暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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1. KYCチェックからKYCCチェックへ(2)

 前回の本コラム(暴排トピックス2018年3月号)では、金融庁の「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(以下、「AML/CFTガイドライン」、「ガイドライン」)をもとに、リスクベース・アプローチ(RBA)の考え方や、営業・管理・監査の3つの部門による「3線管理」のあり方、さらには、事業者を取り巻くリスクの動向、社会の要請・グローバルスタンダードの動向をふまえれば、AML/CFT/反社リスク対策など個々のリスク領域のうちのどれかに着目したリスク管理のあり方ではもはや十分ではなく、より包括的・統合的な視点から、顧客の何らかの「リスクの芽」(端緒情報)に気付くことがより重要であり、正に全方位的な「KYC(Know Your Customer)チェック」に基づく「厳格な顧客管理」が求められていることを概観しました。そのうえで、最近の犯罪組織の状況や犯罪の高度化・巧妙化の状況をふまえれば、今や、「KYCチェック」でも十分とはいえず、「KYCC(=Know Your Customer’s Customer)チェック」へとさらに深化させる必要があることも示しました。これらのフレームワークは、今後、一般の事業者においても、是非、積極的に追求していく必要があるものと考えます。なお、AML/CFTはお金の流れを中心とした考え方ですが、今後のリスク管理の重要なキーワードの一つである「サプライチェーン・マネジメント」におけるリスク管理実務においても参考になるものと言えます。

 さて、このKYCチェック、KYCCチェックをベースとする「厳格な顧客管理」が必要な状況にあることを、金融庁が、ある事例(前回の本コラムで、「北朝鮮リスクを巡る動向」で取り上げた事例と同一のものと推測されます)をもとに示しています。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼全国地方銀行協会/第二地方銀行協会

 これは、金融庁が、地銀・第二地銀との意見交換会で明らかにしたもので、「マネロン・テロ資金供与対策(以下、「AML/CFT」)について、平成、30 年1月の意見交換会において「『ガイドライン』(案)に照らし問題のある個別事例が見られる」旨発言したことについて、当該問題事例に関して、現時点での問題認識を示したものとなり、その指摘はかなり辛辣な内容となっています(以下、引用)。

 詳細は、まだ調査・確認中だが、当該事例では、「複数回にわたり」、「顧客が、窓口に持参した現金を既存の顧客口座に入金し」、「海外口座に送金を実施」しているが、「ガイドライン」の趣旨に照らし、大きく次に述べる4点の問題が認められ、マネロン等のリスク管理態勢の機能発揮状況に重大な懸念を持たざるを得ないものと考えている

【問題点(1)】
 窓口に多額の現金を持参し、これまで個人の生活口座として使われてきた口座にそれを入金した上で、貸付金の名目で、海外の法人に対してその全額を送金するといった、これまでに例のない不自然な取引形態であった。にもかかわらず、犯収法・外為法で規定された最低限の確認に止まり、疑わしい取引にあたるかどうかの判断のために必要と思われる、送金目的の合理性の確認や送金先企業の企業実態・代表者等の属性についての調査、その結果を踏まえた検討など、取引の危険性に応じた検証を行わないまま、複数回続いた高額送金を漫然と看過した。法令上確認が必要な事項に係るエビデンスさえ揃っていれば、問題なしとし、実際の取引のリスクに見合った低減措置が講じられておらず、またそのような適切な措置を講じるためのリスクベースでの管理態勢(画一的・形式的なチェック態勢ではなく、顧客の取引のリスクを評価した上でリスクの程度に応じた措置を講じる態勢)が構築されていない

【問題点(2)】
 海外送金責任者に速やかに情報が上がらず、第2線の管理部門にも情報伝達が行われていない

【問題点(3)】
 外部からの指摘を受けるまで、問題意識を持たず、再発防止策や態勢見直し等の対応を行っていない

【問題点(4)】
 海外の送金先口座からの資金の移動状況を、送金先銀行に確認する等の情報収集を行っていない

 金融庁は、以上の問題意識を提示したうえで、「AML/CFTは、低いレベルの金融機関が1つでも存在すると、金融システム全体に影響し、日本全体のマネロン・テロ資金供与対策が脆弱であるとの批判を招くおそれがある」こと、「『ガイドライン』については、確定版とパブリックコメントの概要を公表するとともに、それに伴う監督指針の改正も行ったところ。各行においては、これらの内容を確認し、対応が求められる事項と自らの現状とを比較し、前向きにAML/CFTの高度化のために、自らが何を行うことができるか検討してほしい」こと、「当局としても、必要に応じ、検査も含めた深度あるモニタリングを行い、金融機関の的確な対応を促していきたい。また、金融機関に具体的な対応の目線を示すべく、例えば、具体事例の提供を更に進めるなど、協会とともに検討・対応を深めていきたい」ことを金融機関側に示しています。
 金融庁の示した問題意識の核心は、「最低限の確認に止まり」、「漫然と看過した」、「法令上確認が必要な事項に係るエビデンスさえ揃っていれば、問題なし」、「画一的・形式的なチェック」、「外部から指摘を受けるまで、問題意識を持たず」といった部分に集約されることになろうかと思いますが、RBAをふまえた3線管理態勢の整備がもちろん求められるところ、そもそも「横並び意識の弊害」から、「受け身のリスク管理態勢」、「リスクセンスの組織的な欠如」、「AML/CFTへの無関心」が色濃い組織風土を背景に、「入口」管理態勢の脆弱性ゆえに、特異な兆候を見逃してしまったと指摘できると思います。さらに、特異な取引であったにもかかわらず、それをモニタリングしようとしない(モニタリングすべき状況とすら認識/理解できていない)「中間管理」態勢の脆弱性もあわせて指摘できると思います。犯罪者側は、正にその脆弱性を突いており、(推測ですが)以前にも何等かのアプローチによって脆弱な管理態勢である確証を得たうえで、複数回にわたる大胆な犯行に及んだのではないかとすら思えます。
 それに対し(金融庁の事例と前回の本コラムの事例が同一であるとして)、本コラムで問題提起したように、今の情勢下、国連制裁リスト等のスクリーニングを全く実施していないことは考えにくい一方で、送金先の口座の所有者である法人名は制裁リストに載っておらず、役員の一人についてのみ該当があったという点から口座所有者の法人の役員までは確認していなかった可能性が考えられます。また、この法人自体が北朝鮮との関係が噂される”札付き”の商社と頻繁に取引があったとの指摘から、法人の主要取引先の確認(とはいえ、企業情報DB等に記載されていなかった可能性はあります)や法人およびその主要取引先にかかる風評チェック等の踏み込んだ情報収集も実施されていなかった可能性も考えられます。そして、送金元となった会社経営者とその会社についても、別の支店の既存顧客であったことから中間管理(モニタリング)が実効性を持って行われていたのか、送金手続き時のチェックが十分だったのかも懸念が残るところです。結果論かも知れませんが、金融庁の指摘している「送金目的の合理性の確認や送金先企業の企業実態・代表者等の属性についての調査、その結果を踏まえた検討」が、KYC/KYCCチェックの実施と「厳格な顧客管理」という形で実施されていればある程度、見抜けたものではなかったかと考えます。なお、反社チェックの実務においても、役員や主要取引先までチェック対象に含めることや、中間管理について実効性を持って実施することは、推奨されているとはいえ、そこまで実施できている事業者はそれほど多くないのが現状です(反社チェックに置き換えた場合、通常の事業者がこれを見抜くのは難しかったかもしれません)。
 しかしながら、本件においては、「送金目的が日常の口座の利用状況と整合性が取れないこと」、「取引支店ではない別の支店からの送金依頼であること」、「短期間の間に分割された形で複数回の送金依頼であること(明らかに敷居値以下に分割された取引?)」であることが分かっており、これだけで「疑わしい取引」として届け出を行うべきレベル感であり、慎重に判断されるべき取引であったと評価できます(金融庁も、「これまでに例のない不自然な取引形態」と指摘しています)。そうであれば、通常より厳格なチェックを行うべきだったということにもなり、やはり、トータルでみれば、AML/CFT+反社リスク対策+北朝鮮リスク対策(制裁対応)が求められる事案であり、実務としての「KYC/KYCCチェック」としては不十分だったと言えるでしょう。そして、このように十分なリスク評価に基づくKYC/KYCCチェックが行われていない実態は、この銀行だけでなく日本全国のどの金融機関でも起こり得ること(既に起こっていること)が容易に想像でき、金融庁の危機感も当然です。今後、官民連携のもと、真相解明と再発防止に全力を挙げることを期待するとともに、実務としてのKYC/KYCCチェックの深化、厳格な顧客管理の深化を図っていく必要があると考えます。

 さて、本事態を受けて、金融庁は、3月末に地方銀行や信用金庫など全地域金融機関にマネロン対策の緊急点検を指示しています。同じような問題が起きかねないとして、緊急で各金融機関の対策に穴がないか点検し報告するよう求めたということで、問題がみつかれば立ち入り検査も実施するということです。なお、既に、金融庁は2018年度、地域金融機関を対象にAML/CFTの状況を調べるため立ち入り検査する方針を示しています。まず10を超える地方銀行や信用金庫が対象で、仮想通貨交換業者も対象に加わるほか、ずさんな管理が判明した場合は業務改善命令を出すことなども検討しているとされます。

 また、金融庁のサイトでは、3月30日付で「金融機関等における送金取引等についての確認事項等について」とする、金融機関に発出した内容が公表されており、あらためてKYC/KYCCチェック、RBA、3線管理態勢のあり方など確認すべき事項が記載されていますので、以下に紹介しておきます。

▼金融庁 金融機関等における送金取引等についての確認事項等について

 「金融機関等における実効的なAML/CFTの実施を確保し、さらに促進する観点から、ガイドラインの項目のうち、送金取引に重点を置いて基本的な確認事項等を取りまとめ、各金融機関等に発出した」とする内容ですが、以下の通り、AML/CFTの実務としては、ガイドラインや疑わしい取引の届出の内容を知っている者にとっては、極めて基本的な事項が並んでいます。それはすなわち、このような基本的な内容であっても、十分に理解できていない(実務に落とし込めていない)役職員を有する金融機関等が存在しているからであり、日本のAML/CFTは正にこのレベルからスタートすべきなのだと実感されます。具体的には、その「確認事項の概要」は第1線である「営業」として確実に意識すべき内容が盛り込まれているほか、その内容をふまえた情報の検証態勢・エスカレーション態勢、さらには厳格な顧客管理態勢のあり方や教育・研修等にまで及んでいます。とりわけ、先の事例においては、全般的にAML/CFTに対する深い理解が不足している状況がうかがえ、ガイドラインの内容を中心した教育・研修態勢の充実もまたリスク管理上重要だと指摘しておきたいと思います。

確認事項の概要
送金取引を受け付けるに当たって、営業店等の職員が、個々の顧客及び取引に不自然・不合理な点がないか等につき、下記その他自らの定める検証点に沿って、確認・調査することとしているか。

【検証点の例示(抄)】

  • 送金申込みのあった支店で取引を行うことについて、合理的な理由があるか
  • 顧客又はその実質的支配者は、マネロン・テロ資金供与リスクが高いとされる国・地域に拠点を置いていないか
  • 短期間のうちに頻繁に行われる送金に当たらないか
  • 顧客の年齢や職業・事業内容等に照らして、送金目的や送金金額に不合理な点がないか
  • 口座開設時の取引目的と送金依頼時の送金目的に齟齬がないか
  • これまで資金の動きがない口座に突如多額の入出金が行われる等、取引頻度及び金額に不合理な点がないか 等

上記の検証点に該当する場合その他自らが定める高リスク類型に該当する取引について、営業店等の職員において、顧客に聞き取りを行い、信頼に足る証跡を求める等により、追加で顧客・取引に関する実態確認・調査をすることとしているか。また、当該確認・調査結果等を営業店等の長や本部の所管部門長等に報告し、個別に取引の承認を得ることとしているか

その他、防止体制等、ITシステムによる取引検知、疑わしい取引の届出、他の金融機関等を通じた送金取引、教育・研修等

2. 最近のトピックス

(1)最近の暴力団情勢

 指定暴力団神戸山口組から分裂した任侠山口組は、3月に23番目の指定暴力団となりました。平成27年8月に指定暴力団六代目山口組から神戸山口組が分裂した際には、神戸山口組の指定暴力団への指定までに8か月を要し、暴力団対策法上の規制の「空白期間」が生じることとなりました。その間、神戸山口組は同法が禁じるみかじめ料(用心棒代)などの不当要求を繰り返していたと言われています。今回、昨年4月の分裂からほぼ1年が経過した時点での指定となったものの、警察当局は、前回露呈した暴力団対策法の限界をふまえ、暴力団対策法の規制の網を、空白を作ることなく掛け続けるため、新組織結成について、あくまで神戸山口組内の「内部対立」と表現し続けてきました。その一方で、指定暴力団の指定に向けて組織や資金源の解明を進め、今回の指定にこぎ着けたということになります。
 いずれにせよ、これにより、今後、六代目山口組を交えた三つどもえの対立構造がより深刻化することになります。とりわけ、この3団体の対立が先鋭化しているのが、西日本最大級の繁華街である「大阪ミナミ」と言われています。3団体の傘下組織などがモザイク状に乱立し、引き抜きなど組織の切り崩しが過熱しているほか、任侠山口組系の幹部が白昼堂々と襲撃される事件も起きています。報道(平成30年4月4日付産経新聞)に詳述されていますが、実は、任侠山口組の直系組長は結成時から倍増して約60人となっており、神戸山口組の23人や山口組の54人を上回っていますが、構成員数で見ると約460人にとどまり、六代目山口組の約5,200人、神戸山口組の約2,000人とは大きな差があることが特徴です。任侠山口組は、当初の構想通り、織田代表を頂点としたピラミッド型ではなく、それぞれの直系組長を横並びにした組織を構成し、上納金の徴収額を抑えることで、六代目山口組や神戸山口組から若い世代の移籍を促そうとしてきました。この「横並び」「若い世代の組織」色の強い組織運営がこのような特徴に反映されたものだと言えます。さらに、本報道では、大阪ミナミが商業地域として活況であることも緊張感を高めている要因だと指摘しています。国土交通省が3月に発表した直近の公示地価では、訪日外国人の増加が顕著なミナミがJR大阪駅周辺のキタを抜いたこともあり、シノギをめぐる争いの激化につながることが予想されること、大阪がインバウンド景気で飲食や宿泊などの業界が好調な上、万博やカジノを含む統合型リゾート施設の誘致実現も期待されていること、他の地域の暴力団までもが大阪に進出する動きを見せていることなど、複数の要因が絡まって、ただでさえ3団体の主要傘下組織等が物理的に密集するこのエリアを軸にシノギを巡る争いが激化することは明らかであり、状況の推移に注意が必要だと言えます。一方で、指定暴力団となれば、最近注目されている、自治体の外郭団体が住民に代わり組事務所の使用禁止を求める「代理訴訟」を起こせるようになるほか、抗争が激化した際は、特定区域内に組員らが5人以上集まっただけで警察が逮捕できるようになるなど、さらに規制の厳しい「特定抗争指定暴力団」指定も視野に入ることになります。今後も、潜在的なシノギの奪い合い・幹部や組員の引き抜き合戦などは続き、局地的な争いが勃発はするものの、大規模な抗争となる可能性は今のところそんなに高くないのではないかと思われます。

 さて、任侠山口組だけでなく、直近では、指定暴力団松葉会から分裂した「関東関根組」について、国家公安委員会が指定暴力団の要件を確認、合致していることを確認したとの報道がありました。これにより、拠点がある茨城県公安委員会が、今後、同団体の指定暴力団への指定に向けて手続きを進め、24番目の指定暴力団が誕生することになります。本件については、以前の本コラム(暴排トピックス2017年5月号)でも取り上げましたが、昨年、東京や茨城などを勢力範囲とする指定暴力団松葉会の傘下組織である松葉会関根組が新組織「関東関根組」を作り、松葉会は正式に分裂状態となりました。松葉会については、過去から跡目問題を巡ってもめる歴史を繰り返しており、平成26年に七代目会長が就任した際に、その就任を承認しないグループにより「松葉会関根組」が結成されたという経緯があります。昨年4月に、松葉会との間で和解が成立し、名称から「松葉会」を外し、代紋を使わない事により、松葉会から承認を得て、名称を松葉会関根組から関東関根組とし独立団体となりました。報道によれば、関東関根組は1月時点で、構成員が約160人、勢力は1都1道3県に及んでいるということです。

 また、指定暴力団工藤会を巡る裁判についても大きな動きがありました。一連の一般人襲撃事件の裁判とは別に工藤会トップの脱税事件も並行して進んでいましたが、3月に福岡地裁で検察側の論告求刑、弁護側の最終弁論が行われています(判決は7月18日の予定です)。報道(平成30年3月27日付町日新聞ほか)から双方の主張について整理すると、検察側は、金庫番とされる幹部が管理していた第1系列/第2系列/第3系列の3口座に継続的に3対3対1の比率で入金記録が残っている一方、建設業者などから工藤会に支払われた現場対策費(みかじめ料)は前総裁/野村総裁/工藤会に3対3対1の比率で分配されていたと指摘、こうした入金状況などからみかじめ料が3口座に分配されていたと推認できると説明しています。そのうえで第2系列の口座の金を野村総裁が愛人のマンション購入費や子供の生活費などとして私的に使っていたと指摘、これらの金は個人所得に当たるため課税対象になるにもかかわらず、野村総裁らは申告せずに脱税した(2010~14年の総所得9億4,551万円のうち上納金8億990万円を隠し、所得税3億2,067万円の支払いを免れた)と主張しました。そのうえで、「上納金は、工藤会の威力を背景にした恐喝や暴力的要求行為に起因する。不正行為の態様は、周到、巧妙で極めて悪質」、「野村被告の派手な生活状況も考慮すると、上納金徴収システムの存在を秘匿し、莫大な収入を継続的に確保しようとしており、動機に酌むべき事情はない」と主張、「国税当局が銀行預金を差し押さえ、徴収が確保されることを考慮しても厳重な処罰が必要」として、野村総裁に懲役4年、罰金1億円、金庫番にも懲役3年6か月をそれぞれ求刑しています。一方、弁護側は、「私的に使ったとされる出金は口座の46回の出金のうちわずか4回。この出金を取り上げて口座が野村被告に帰属すると主張するのは乱暴な推論」と批判、そのうえで「通常の脱税事件では考えられないずさんな立証だ」と訴えたほか、金庫番も「口座の金はすべて工藤会のもの。私はうそを言っていません」と主張したということです。本件については、日本弁護士連合会民事介入暴力対策委員会委員長(木村圭二郎弁護士)が、「検察側は野村被告の所得の範囲を限定して立証を試みており、有罪認定は難しくないはず。公判で企業からの具体的な金の流れが明らかになった意義も大きい」とコメントしていますが、上納金を個人の所得と認定して脱税事件とする手法は画期的であり、暴力団の資金源への直接的な打撃、資金獲得活動の解明、さらには暴力団の弱体化に直結する新たな手法として注目されることから、今後の捜査等によい影響が及ぶことを期待したいと思います。

 なお、暴力団の資金源への直接的な打撃の一つの手法としては、暴力団対策法上の「トップの使用者責任」を問うものもあり、最近多くの請求が提起されるようになっています。今般、工藤会が関与したとされる歯科医襲撃事件においても、被害にあった30代の男性歯科医が、野村総裁ら4人に計約8,300万円の損害賠償を求めて福岡地裁に提訴しました。工藤会に対しては、(既に本コラムでも紹介した通り)銃撃事件の被害者の元福岡県警警部が約2,900万円の賠償を求めて既に提訴しています。加えて、元漁協組合長射殺事件の遺族も損害賠償命令制度(刑事事件を担当した裁判所が、有罪の言渡しをした後、引き続き損害賠償請求についての審理も行い、加害者に損害の賠償を命じることができるという制度。損害賠償請求に関し、刑事手続の成果を利用するこの制度により、犯罪被害者の方が、刑事事件とは別の手続で民事訴訟を提起することに比べ、犯罪被害者の方の立証の負担が軽減されることになる)に基づき、7,800万円の支払いを申し立てており、野村総裁らの賠償責任を問う動きが強まっており、こちらの手法を使うことでも工藤会の資金源への直接的な打撃を与えることが期待されます。

 2年前に発生したATM不正引き出し事件についても動きがありました。この事件は、17都府県のコンビニのATMから18億円超が不正に引き出されたものですが、福岡県警は、計画に関与した疑いがあるとして逮捕した暴走族グループ「関東連合」(解散)の元メンバーを窃盗などの疑いで再逮捕しています。事件後、全国の警察は南アフリカのスタンダード銀行の顧客情報が悪用され、海外の犯罪組織を通じて偽造カードが使われたとして現金の引き出し役や勧誘役が摘発されていますが、今回再逮捕された男と指名手配中の男(ともに関東連合OB)は、一連の犯行の計画・実行で南アフリカのスタンダード銀行の偽造カードの調達に関わるなど主導的な役割を果たした疑いがあるとされています。本コラムでは本事件についてたびたび取り上げ、海外の犯罪組織との連携、国内の複数の指定暴力団の協業、実行犯は暴力団員だけでなく振り込め詐欺グループの受け子等も動員されていることなどから、海外犯罪組織と日本の暴力団の間をとりもった「半グレ」が主導的な役割を担ったのではないかと指摘してきましたが、この半グレの男らが正にそのキーパーソンだった可能性が高いと思われます。報道(平成30年3月31日付産経新聞)に詳しく書かれていますが、「男が周囲の暴力団関係者や不良仲間に『新たなシノギ』として(ATM不正引き出しの)話を持ち込み、裏社会のネットワークを通じて広まり、”参加希望者”が増えていった疑いがある」と捜査幹部が指摘していますが、筆者としてもそのような構図だったのではないかと考えています。いずれにせよ、不正に引き出されたお金は暴力団の資金源となった可能性が高く、一刻も早い首謀者の逮捕と実態解明を期待したいと思います。

 その他、暴力団および暴排の動向についての最近の報道から、何点か箇条書きで紹介します。

  • 以前の本コラム(暴排トピックス2016年5月号)で紹介しましたが、茨城県守谷市にある松葉会本部の関連施設「松葉会会館」の土地と建物について、暴力団追放の住民運動を受け、守谷市が、平成27年12月、登記上の所有者だった建設会社社長から、諸費用を含め1億3,000万円で買い取り、同市に引き渡されました。現実に抗争が起きていない段階で、住民と行政が組事務所撤去を勝ち取ったのは極めて異例のことでした。今般、この松葉会の旧事務所が、市民活動の拠点となる施設「市民交流館」として生まれ変わり、1日に開館したということです。「暴力団追放」に地域住民も立ち上がる中、反社会的勢力の排除のために市が建物を取得し、改修を進めてきたもので、旧事務所は「モリヤガーレ」に命名され、社会の敵のイメージは完全に払拭されているということであり、地域住民が暴排活動を通じて勝ち取ったものとして語り継いでいただきたいものだと思います。
  • 兵庫県警明石署と淡路署は、暴力団組事務所などをパトロールする警戒要員を募り、男性を働かせたとして、職業安定法違反(有害業務募集)の疑いで、神戸山口組系組員を逮捕しています。男性が同署に相談して発覚したものですが、男性は「実際にパトロールして報酬をもらった」と話しているということです。また、神戸山口組系組員の男に男性を紹介したとして、同容疑(有害業務の紹介)で無職の男も逮捕されており、「紹介はしたが、暴力団事務所の警戒要員とは知らなかった」と否認しているということです。警戒要員を募集するというケース自体珍しいと思われますが、紹介した男性も、紹介され実際に報酬をもらった男性も、本当に「暴力団関係者とは知らなかったのか」がポイントになりますが、「情を知って」の場合は、暴排条例にも抵触する行為であると考えられます。
  • 暴力団組員に捜査情報を漏えいしたとして、警視庁は、新宿署の女性巡査(23)を地方公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検し、停職6か月の懲戒処分としています(なお、巡査は依願退職しています)。この巡査は組員と交際しており、交際中の30歳代の暴力団組員に対し、捜査対象になっている路上でのけんかの捜査状況などを電話で教えた疑いがあるとされています。本件は正にあってはならない事例の典型、言語道断であり、単に個人的な事情からという理由で済まされる問題ではなく、警察組織として襟を正すべきだと言えます(なお、元暴力団組長(現在は元暴力団員の更生を支援するNPO法人代表)が、テレビ番組で、暴力団とつながっている警察官が罪の見逃しをするケースについて、「その課のトップにおったらできますよ。逮捕状請求すなとかね。色んな面で融通きかせてくれますよ。平成になってからの話です。ようけあったよ」と述べています。本当ならこちらも言語道断の話です)。

(2)仮想通貨を巡る動向

 コインチェックから流出した仮想通貨NEMは、NEM財団が付けた「モザイク」による監視を振り切ってダークウェブに大量に流れ込み、悪質な海外の取引所を介して他の仮想通貨への交換や現金化が進められていましたが、先ごろ全額が交換され、残念ながら犯罪者が逃げ切った形となりました。仮想通貨を取り巻く技術的・倫理的な脆弱性について、(利便性や新たな技術革新やビジネスを保護しようとするあまり)対処が後手に回ってしまった感があり、結果として犯罪を助長することとなり、大きな課題を残しました。なお、当のコインチェックはインターネット証券大手のマネックスグループ傘下に入り、経営立て直しを図ることになりました。金融庁は、顧客資産の分別管理に加え、リスク管理や内部監査など適切な経営体制をつくることを前提として、改正資金決済法に基づく仮想通貨交換業者への登録を容認する検討に入るようです。一方、3月に開催された20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、投機による急激な価格動向や脱税、マネー・ローンダリングなど仮想通貨の負の側面に対して国際的な規制強化に舵が切られた重要な転換点となりました。今後、仮想通貨の中でも、匿名性の極めて高い「Dash」「Monero」「Zcash」「Komodo」などの排除、非対面取引でも厳格な本人確認手続きを徹底するなど、健全性の担保のためにすべきことは明確ではあるものの、一部の国や事業者が規制を強化するだけでは、別の脆弱性が突かれるだけで意味がありません。AML/CFTや北朝鮮の制裁逃れ対応などと同じく、各国が連携して強制力を持つ形で「抜け道」をどう塞いでいくかが肝要となります。

 さて、金融庁は、仮想通貨交換業の「みなし業者」3社への行政処分を発表しています。2社に対し、2カ月間の業務停止命令を出したほか、この2社を含む計3社に業務改善命令を出しています。業務停止命令を受けたのはFSHO社とエターナルリンク社で、2度目の業務停止命令となったFSHO社は3月8日に1カ月の業務停止命令を出したにもかかわらず、マネロン防止の観点から、疑わしい取引について届出が必要か検討しないなど、是正が図られていなかったということです。エターナルリンク社は、顧客から預かった金銭の一時流用や取引時確認の不徹底、疑わしい取引の届出にかかる要否の判断を適切に実施していないなど不適切な業務運営が指摘されたほか、法令等遵守や適正な業務運営を確保するための実効性ある経営管理態勢が不十分、実効性ある委託先管理態勢やシステムリスク管理態勢が構築されておらず、帳簿書類の一部未作成なども認められたということです。LastRoots社には、内部監査の未実施など法令等遵守や適正な業務運営を確保するための実効性ある経営管理態勢が不十分であるとされたほか、AML/CFT、利用者財産の分別管理並びにシステムリスクに係る実効性ある管理態勢が構築されていないことが認められたことから業務改善命令が出されています。
 なお、参考までに、このうちFSHO社に対する行政処分の内容については、以下の通りです(特に下線部の指摘に注目していただきたいと思います。金融庁の厳しい姿勢がうかがえます)。

▼金融庁 FSHO株式会社に対する行政処分について
▼関東財務局 FSHO株式会社に対する行政処分について
  • 犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯収法」という。)に基づく取引時確認が未済の顧客について、再度の取引時確認を実施したとしているが、当局が改善を要請した内容を十分に理解している者がいないため、取引を行う目的や職業の確認を実施していない
  • また、犯収法に基づく疑わしい取引(以下「疑わしい取引」という。)の届出の要否に関わる判断が未実施の顧客について、改めて判断し、届出を行ったとしているが、顧客から仮想通貨を買い取り、多額の現金を手渡す取引について、疑わしい取引の届出の要否を判断していないなど、当局の指導にも関わらず、是正が図られていない
  • 上記に加え、当局の指導にも関わらず、利用者情報の安全管理を図るための態勢や法定帳簿の作成及び保存を適切に実施するための態勢が改善されていないほか、システムリスク管理態勢の構築も不十分であり、法令等遵守や適正な業務運営を確保するための実効性ある経営管理態勢が整備されていないことなどが認められたことから、本日、法第63 条の17第1項及び法第63条の16の規定に基づき、以下の内容の業務停止命令及び業務改善命令を発出した

1.業務停止命令
平成30年4月8日から平成30年6月7日までの間、仮想通貨交換業に係る全ての業務を停止(仮想通貨の交換等に関し利用者に対して負担する債務の履行等を除く)

2.業務改善命令
適正かつ確実な業務運営を確保するための以下の対応

  • (1)これまでの取引に関する取引時確認の実施及び疑わしい取引の届出の実行
  • (2)ビジネスモデルの見直しを含む実効性あるマネー・ローンダリング及びテロ資金供与に係る管理態勢の構築
  • (3)利用者情報の安全管理を図るための態勢構築
  • (4)システムリスク管理態勢の構築
  • (5)法定帳簿の作成及び保存の適切な実施のための態勢構築
  • (6)上記(1)から(5)が実施できていない根本的な原因の分析及び評価を行ったうえで、当該評価に基づく経営体制の抜本的な刷新、法令等遵守や適正な業務運営を確保するための実効性ある経営管理態勢の構築
  • 上記(1)から(6)までの事項について、講じた措置の内容を平成30年5月7日まで及び当局の求めに応じて随時に書面で提出。

 これまで、技術革新や成長が期待される仮想通貨取引の規制強化には、金融庁内でも慎重な意見が多かったところ、コインチェックの問題以外にも、みなし業者を中心に実態確認を進めたことで、顧客資産の私的流用やマネー・ローンダリングにつながりかねない管理の不備が相次ぎ発覚し、厳格な処分が必要との判断に傾いたものと考えられます(もちろん、G20の議論など世界的な潮流としては、規制強化の方向に舵が切られたことも影響していると思われます)。金融庁は今後、登録申請中の「みなし業者」に対しての登録審査を厳しくするほか、既に登録された事業者にも立ち入り検査を進める方針を示しています(今週中に改正資金決済法に基づく立ち入り検査に着手すると報道されています)。検査の結果、不備が見つかれば業務改善命令などの行政処分を出すほか、改善が認められない事業者に対しては、「撤退」を強く求めていくとも言われており、すでに6社が仮想通貨交換業からの撤退を表明しているところ、仮想通貨交換事業者の「本気度」がいよいよ問われています。

 さて、仮想通貨の不正送金被害も増えていますが、警察庁の集計によると、昨年1年間で149件に上り、被害額は約6億6,240万円相当だったということです。報道によれば、主な被害の手口は、正規の利用者が取引のために開設した「ウォレット」と呼ばれる口座に他人がアクセスし、仮想通貨を別の口座へ不正に送金するというもので、16の仮想通貨交換業者などで被害が確認され、不正送金されたのはビットコインやリップル、イーサリアムが多かったということです。また、認知件数全体のうち、8割以上の122件はIDとパスワードによる認証のみで、安全対策の甘さが被害の要因となった可能性があるということです。コインチェックの管理の脆弱性も問題となりましたが、個人の管理の脆弱性もまた被害の一因となっている現実が浮き彫りになったと言え、仮想通貨を扱う上でのリスク管理は、徹底した自己責任が求められていることをあらためて認識すべきです。

 ここまで金融庁の動向を中心に見てきましたが、世界的にも、仮想通貨の規制をめぐっては、米国は一部の州で交換業者に資金移動業の免許制を導入し、EUも顧客の本人確認を義務化、中国では仮想通貨を発行して資金調達する手法「新規仮想通貨公開(ICO)」を禁止するなど規制強化は世界的な潮流となっています。そのような中開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議は、仮想通貨リスクに対し、明確に「規制強化」へ舵を切った転換点となりました。報道によれば、共同声明は仮想通貨のことを「暗号資産」と表現し、法定通貨のような決済手段とは切り分けて考える姿勢を明確にしている点が印象的です。そして、その共同声明では、「仮想通貨(暗号通過)は、消費者・投資家保護、脱税、資金洗浄、テロリストの資金調達面の問題を起こす。ある時点で、金融安定に影響が及ぶ恐れもある」、「国際的な基準設定機関が、仮想資産やリスクの監視を強め、多面的な対応が必要になるかを評価すべきとの認識で一致した」とし、そのうえで金融活動作業部会(FATF)の基準の見直しに「期待」するとしています。この「見直し」とは、現在は単なるガイダンスとなっている交換業者の登録制や利用者の本人確認の導入を強制力のある審査基準に格上げすることを意味するということであり、FATFは7月に報告書をまとめる方向です。なお、FATFは、既に3年前に仮想通貨の交換所の本人確認や疑わしい取引の届け出などの義務化を促す指針を公表しており、この指針を受け、日本では昨年4月に資金決済法が改正された経緯があります。この指針をより強制力のあるものとすることになりますが、仮に各国が本人確認を義務化したとしても、形式ではなくその質が重要になるのは間違いありません。偽造された身分証で簡単に口座が作れるようでは、犯罪抑止には不十分であり、非対面取引の典型とはいえ、実効性の高い本人確認手続きが各国で実現できるかがポイントなると思われます。仮想通貨は、一部の匿名性の高い仮想通貨を除けば、本来、ブロックチェーンの特性上、その資金の流れが可視化できるため、そもそもマネー・ローンダリングには適していません。したがって、各国が足並みをそろえて、匿名性の排除、本人確認手続きの厳格化といった対策を強化することにより、(抜け道を作らず)犯罪に使われるケースは大幅に減ることが十分に予想できます。そのための道筋をFATFがどう示していくのかが、注目されます。

 その他、仮想通貨を巡る様々な情報について、簡単に列記しておきたいと思います。

  • 財務省は、ずさんな管理が問題視される仮想通貨を使った海外送金のルールについて、3,000万円相当分超の支払いを当局に報告する基準を明確にする方向です。財務省は将来、国境を越えたモノやサービスの取引を決済するのに仮想通貨がさらに使われていくとみており、わかりやすいルールが必要なため、主要国に先行して作るということです。海外取引の実態を把握しやすくなり、マネー・ローンダリングを抑え込む効果も期待されます。
  • IMF専務理事は、「仮想通貨を支える技術を利用者の情報の検証や国境を越えた脱税の取締りなどに利用できるほか、生体認証技術やAIなどを安全性の向上や不審な取引の洗い出しに活用できる」と指摘しています。そのうえで、「実際に効果を発揮するには、こうした取り組みは緊密な国際的な協力が必要となる。仮想通貨には国境がないため、規制の枠組みは国境を越えるものでなくてはならない」との考えを示しています。仮想通貨の匿名性が多くの犯罪のインフラとなっている状況をふまえ、匿名性の排除・本人確認の厳格さがブロックチェーン技術や生体認証技術やAIと結びつくことで、不審な取引・人などの抽出・チェーン全体の安全性・健全性の向上につながることを示唆しており、非対面取引においても有効な、今後のリスク対策のあり方を示すものとして参考になります。
  • 日米欧などの中央銀行が参加する国際決済銀行(BIS)は、法定デジタル通貨が導入されれば、民間銀行から大規模な資金移動が起きて金融システムに問題が生じる懸念もあり、「対応は容易ではない」と警鐘を鳴らしています。一方、法定デジタル通貨導入はお金の動きを中銀が容易に把握できるため、テロ資金対策などで効果があるとも言及しています。この点は、先のIMF専務理事の指摘と通じるところがあり、かつ、仮想通貨の負の部分を切り離し、ブロックチェーン技術の正の部分を正しく活用していくべきとするG20の方向性とも合致していると言えます。
  • インターネット電話「スカイプ」を介した仮想通貨の相対取引ビジネスが拡大しているといいます。相場を荒らす可能性のあるオンライン取引所での取引を避けたい大手投資家が商売相手ということですが、取引所に比べて価格発見機能が不透明で、決済リスクも高く、マネー・ローンダリングに使われないようにするには、ブローカーが取引相手を精査してくれると信頼するしかありません。あえてこのような取引を選択するような相手の健全性については、最初から疑ってかかるべきではないかとも考えられ、仮想通貨悪用リスクがまた一つ増えた印象があります。
  • クレディセゾンなど国内のクレジットカード大手5社はカードを使った仮想通貨の購入を相次ぎ停止しています。仮想通貨の価格変動が大きく、カード決済の損失発生のリスクが高いと判断したものです。すでに米国や英国ではクレジットカード発行元の銀行の間で仮想通貨購入を停止する動きが広がっているところ、日本でも利用者に過度なリスクをとらせないよう自主規制の動きが広がってきたと言えます。報道によると、米コインデスクの調査で、仮想通貨をクレジットカードや証拠金取引などで購入している人は全体の約2割だということです。
  • 米グーグルは、インターネット上で取引される仮想通貨に関連する広告を6月から禁止すると発表しています。詐欺的な内容の広告を排除し、ネット利用者の保護を図るのが狙いということですが、1月に米フェイスブックが仮想通貨関連の広告禁止を発表しており、グーグルも追随する形となりました。さらに、米ツイッターも、仮想通貨関連の広告を一部禁止する方針を発表しました(日本に関しては金融庁に登録している業者は対象外ということです)。このツイッターの措置によってソーシャルメディア上の仮想通貨に関する広告は大幅に制限されることになると予想されます。なお、両社ともに、仮想通貨技術を使った資金調達(ICO)やトークン(デジタル権利証)の販売に関する広告を世界的に禁止する方針も示しています。

(3)特殊詐欺を巡る動向

 まずは、例月通り、平成30年1月~2月の特殊詐欺の認知・検挙状況等についての警察庁からの公表資料を確認します。

▼警察庁 平成30年2月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 平成30年1月~2月の特殊詐欺全体の認知件数は2,448件(前年同期2,310件、前年同期比+6.0%)、被害総額は39.0億円(45.0億円、▲13.3%)、うち振り込め詐欺の認知件数は2,407件(2,264件、+6.3%)、被害総額は37.2億円(42.4億円、▲12.3%)となっており、件数の増加と被害額の減少という傾向は継続して続いています。一方、類型別の被害状況をみると、オレオレ詐欺の認知件数は1,402件(840件、+66.9%)、被害総額は18.4億円(19.8億円、▲7.1%)と件数が急激に増加している一方で、被害額については、今回、減少に転じました(1月の被害額は前年比+6.9%でした)。また、架空請求詐欺の認知件数は735件(683件、+7.6%)、被害総額は15.2億円(14.4億円、+5.6%)と件数・被害額ともに増加し、1月の傾向(件数+15.5%、被害額▲14.0%)と異なる傾向が見られました。融資保証金詐欺の認知件数は46件(118件、▲61.0%)、被害総額は0.6億円(0.9億円、▲31.9%)、還付金等詐欺の認知件数は224件(623件、▲64.0%)、被害総額は2.9億円(7.3億円、▲60.4%)と、これらについては件数・被害額ともに大きく減少する傾向が継続しています。これまで猛威をふるってきた還付金等詐欺の件数・被害額が急激に減少する一方、それととって替わる形でオレオレ詐欺や架空請求詐欺が急増している点(特殊詐欺全体でみれば件数がいまだに増加している点)に注意が必要です。なお、それ以外の状況として、特殊詐欺全体の被害者について、男性25.1%、女性74.9%、60歳以上79.3%と、相変わらず全体的に女性・高齢者の被害者が多い傾向となっているほか、犯罪インフラの検挙状況として、口座詐欺の検挙件数は209件(277件、▲24.5%)、犯収法の検挙件数は378件(324件、+16.7%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は40件(75件、▲46.7%)などとなっています。
 なお、新たな手口として、架空請求詐欺関係では、個人情報を隠すための「情報保護シール」を貼った架空請求はがきが、昨年末から兵庫県内各地に届けられ、各市町の消費生活センターに相談が相次いでいるといったものがあります。シールをはがせば、公的機関を装った架空の訴訟通知が書かれており、連絡先へ電話をかけさせようとする内容であり、「情報保護シール」「はがき」という手の込んだ最近では珍しい手口であり注意が必要です。また、「みかんを送るよ」といった何気ない電話でまず信用させ、ワンクッション置いてから2度目の電話でだます手口、「ビットコイン」などの仮想通貨の投資に失敗したと電話でかたり、現金をだまし取る手口(仮想通貨や投資話にまつわる詐欺被害は今年になって奈良、橿原市など4市2町で8件、被害総額は計2,600万円超に上るということです)などが確認されています。

 さて、以前の本コラム(暴排トピックス2018年2月号)でもご紹介した平成29年における特殊詐欺の被害状況等では、前年から5割以上減少した自治体もある中(また、大都市圏でも大阪は件数・被害額ともに減少した中)、東京は件数・被害額ともに増加し、被害は深刻化しています。その東京の特殊詐欺被害の状況について、報道(平成30年4月2日付読売新聞)によれば、昨年1年間に東京都内で確認された特殊詐欺事件で、詐欺グループの電話番号が判明した3,964件のうち、約8割(3,175件)がインターネット回線を使うIP電話だったということです。IP電話のレンタルに本人確認義務はなく、詐欺への悪用に歯止めがかからない状況が続いており、正に犯罪インフラとなっています。ある事件では、「03」から発信された電話の発信元は都内の業者が埼玉県の女性に貸したIP電話の番号だったことが判明した(IP電話は通常は「050」から始まりますが、「逆転送」サービスによって「03」から始まる番号に表示される仕組み)ということですが、実際の契約は女性を装う別人が行っていたということです。さらに、この業者のIP電話はそれまでに数十回、詐欺に悪用されていたものの、業者は今回も「なりすましとは気づかなかった」と釈明しています。これらの状況から、振り込め詐欺の犯罪インフラがますます高度化している状況が実感されます。また、別の事件では、摘発を免れるため、都内のホテル約20か所を転々としながら、高齢者らに電話をかけていた4人組が逮捕されています。アジトの摘発は警視庁なども力を入れているところですが、ホテルを転々とすることで摘発がより困難になることは明らかです。なお、似た手口としては、「車で移動しながら」、「(他人名義で借りた)短期賃貸物件を2週間ほどで渡り歩く」といったものも確認されており、特殊詐欺グループと警察との間のアジト摘発を巡る駆け引きが熾烈となっています。なお、特殊詐欺の「3種の神器」は、「飛ばしの携帯」「他人名義の銀行口座」「名簿」と言われていますが、本事件でも、4人の部屋からは約14,000人分の名簿や携帯電話約30台などが押収されており、この4人が2月以降、首都圏で約20件(被害総額約4,000万円)の詐欺事件に関与したとみられているということです。

 一方、銀行が詐欺を防いだ事例もあります。この事例は、池田泉州銀行の泉州営業部で昨年9月に開かれた2口座に、4日間だけで、神奈川や鳥取などの43人から計約96万円が振り込まれたことを不審に思い入金を保留した営業部からの通報で岸和田署が捜査して発覚したというものです。実はこの2口座は、スノーボードなどのネット通販をかたって商品を送らずに代金を振り込ませる詐欺に使われていたものだったようですが、報道によれば、同行は、「口座開設時に10円ずつしか預けなかったうえ、その後まったく取引がないので、チェックの対象にしていた」ということであり、不審の口座のモニタリングが適切に機能したことで犯罪を未然に防いだといえ、好事例として他行や他の事業者においても参考になるものと思われます。

 さて、警視庁では、「特殊詐欺根絶アクションプログラム・東京」として、特殊詐欺を根絶するために、警視庁、東京都、経済団体、労働団体、暴追・防犯団体、高齢者団体がタッグを組み平成25年10月から、現役世代の息子、孫(会社員)を対象に、特殊詐欺の手口や被害にあう原因などを理解してもらい、親・祖父母が被害にあわないために、留守番電話機能の活用方法を学ぶプログラムの提供を行っているところ、今回、企業や団体などのグループで登録した方以外にも、誰でも参加できるよう改修を行っています。

▼警視庁 「特殊詐欺根絶アクションプログラム・東京」eラーニング入口

 「特殊詐欺根絶アクションプログラム・東京」の上記サイトでは、参加企業・団体皆様の特殊詐欺や防犯に関する取組状況を紹介するページも新設されています。特殊詐欺対策は、事業者にとっても、社員の家族が犯罪に巻き込まれる心配がないことで、安心して業務に取り組め、さらに事業者が社員の家族にまで配慮していることが伝えられるという意味では、重要な課題のひとつだと言ってもよいと思います。本ツールは、社内研修への活用も考えられますので、一度、内容を確認いただければと思います。

(4)テロリスクを巡る動向

 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の弱体化が明らかとなった今、国際社会は急速に「IS後」へとシフトしていますが、テロとの戦いはまだ終わってはいません。そして、その戦いは国や地域によって様々な様相を呈しています。
ベルギーは、ブリュッセル連続テロ事件から3月で丸2年を迎えました。報道によれば、テロ被害者らは今も政府に対し、国籍や居住地を問わず一律的な補償や支援を求め続けているほか、被害者の相続税の免除の有無や心のケアの支援態勢など国内でも地域によって対応に差があるといいます。ベルギー政府は今年1月、国内全土のテロ警戒レベルを約2年ぶりに1段階引き下げ、全4段階の下から2番目としました。テロ発生の「可能性は低い」を示していますが、EUや政府機関などブリュッセルの重要施設周辺では武装した兵士による警備が継続されており、警戒レベルの変化とは別に、地政学的なリスクを背景としたテロとの戦いは継続していると言えます。
 その欧州各国は、シリアやイラクでISに加わった戦闘員の妻子の扱いに頭を悩ませています。渡航者数が欧州最多のフランスでは妻子の帰国受け入れを求める声が高まっているものの、「テロ予備軍」となりかねないため、政府は対応に慎重となっています。一方、イラクなど現地に渡った自国民が現地でテロほう助などの罪で死刑を宣告されるケースも出ています。EU加盟国は死刑を廃止しており、自国民に死刑判決が出た場合には介入する方針を示す政府も多く、報道によれば、スウェーデン首相は「犯罪者は渡航先で裁かれるべきだが、死刑には反対する」と明言しているほか、仏法相も死刑判決には「介入する」スタンスを示しています。また、ベルギー内相は、シリアとイラクには12歳未満のベルギー人が115人いると発表、過激思想に洗脳されている恐れがあり、帰国後は必要に応じて治安組織の監視下に置くと述べています。以前も紹介した通り、IS帰還兵に対する対応は、仏のように入国の阻止や訴追等(殺害も含む)の強硬措置により無力化することを検討している強硬派もあれば、デンマークのように過激化抑止・脱過激化プログラムを活用した市民社会への包摂に取り組む国もあります。しかしながら、その妻子の取り扱いを帰還兵本人とどう切り分けるか(いかにして「テロ予備軍」かどうかを見極めるか)は極めて難しい問題であると感じます。
 さらに、「IS後」への対応として、ロシアでは、ロシア連邦保安局が、シリアやイラクに向けてISの戦闘員として参加する要員を派遣するルートを違法に構築したとして、外国人60人(国籍は不明)をモスクワとモスクワ州で拘束したと発表しています。イスラム教徒の多いウズベキスタンやキルギスなど中央アジアからISへの人材供給ルートを断つことは、今後のさらなるIS弱体化に向けて大きな意味があると言えます。また、IS後とは関係ないところでも、南米コロンビアの政府軍は、旧左翼武装組織コロンビア革命軍(FARC)の元兵士約1,200人が、2016年11月に成立した政府との和平合意に背を向け、社会復帰プログラムを離脱したことを明らかにし、場所によっては(現在最大の左翼ゲリラ)民族解放軍(ELN)や(最大麻薬組織)クラン・デル・ゴルフォと結びつき、離脱者らが犯罪組織化している実態があるようです。「IS後」の戦いでは、帰還したIS戦闘員が、あらたに東南アジアで拠点をつくろうとしているとの動き(現に、マレーシアやバングラディシュでISに触発されたテロが発生しています)や、エジプト東部シナイ半島でISの影響下にあるとみられる武装組織によるテロが頻発している状況、さらには、迫害を受けているとされる、世界中のロヒンギャ(ミャンマー西部ラカイン州で少数民族のイスラム教徒)難民が過激化してテロを起こす可能性なども指摘されています(既にイスラム過激派などの支援を得る組織化が進み、一方でテロ組織への要員の供給源となっているとも言われています)。やはり、伊勢志摩サミットで確認された「多元的共存」「寛容」「平等」といった行動指針のもと、宗派や民族に関係なく、公平・公正な政治が行われる土壌が育たない限りは、テロは、いつでも、どこででも発生するとの危機感は持っておく必要があると言えます。

 また、米におけるテロとの戦いは「IS後」の今も続いています。米国務省は、渡米希望者へのビザ(査証)発給に当たり、申請者にソーシャルメディア情報などの提出を求める方針を明らかにしています。これは、テロリストの入国阻止に向け、トランプ政権が掲げる「究極の入国審査」の一環で、提出が求められるのは、移民・非移民ビザの申請者が過去5年間に使用したソーシャルメディアのユーザー名のほか、携帯電話番号、メールアドレス、外国渡航歴などだということです。昨年5月に制定された規則では、ソーシャルメディアIDの収集は「身元確認や国家安全保障上より厳格な身元調査の実施に必要な情報」と判断した場合に限るとされていたところ、今回はテロリストの入国阻止を理由として、厳格な規制に踏み込んだ形となり、今後の動向が注目されます。また、テロを助長するとして対策が急務とされていたソーシャルメディアにおいては、米ツイッター社が12回目の透明性リポートを公開、この中で、2017年7月1日~12月31日の半年間に、テロを推進することで同社のポリシーに違反したアカウント274,460件を永久凍結(permanently suspended)したと発表しています(2015年からの累計では、12,100,357件の関連アカウントを凍結したというこです)。この過去半年間に凍結したテロ関連アカウントのうち、93%は社内のツールで検出したものであること、74%はアカウントが最初のツイートを投稿する前に凍結できていること、テロへの関与を理由とするアカウントの閉鎖は減少傾向にあることなど、同社が規約違反を封じ込める取り組みが奏功していると強調した通り、同社の対策がある程度テロを助長する犯罪インフラ化を阻止している状況が読み取れます。

 さて、一方の日本における「IS後」のテロ対策は、「東京五輪前」のテロ対策でもあります。まずは、警察庁から「官民一体となったテロ対策」のページが公表されていますので、簡単に紹介します。

▼警察庁 官民一体となったテロ対策

 本ページではこれまでの警察庁からの発信情報をコンパクトにまとめたものといえ、まず、ISIL(IS)を巡る状況について、米国を中心とする「対ISIL有志連合」参加国等に対するテロ、あるいは、ナイフ、車両等を使用してテロを実行するよう呼び掛けており、平成29年も、5月の英国・マンチェスターにおける自爆テロ事件、8月のスペイン・バルセロナ等における車両使用テロ事件を始め、ISILによる呼び掛けに影響を受けたとみられるテロ事件が発生したほか、イラク及びシリアで戦闘に参加していた外国人戦闘員が自国に戻り又は第三国に渡航してテロを行うことなどが懸念されることを指摘しています。さらに、中東、アフリカ及び南アジアにおいて活動するAQ(アルカーイダ)関連組織が、政府機関等を狙ったテロを行っているほか、オンライン機関誌等を通じて欧米諸国におけるテロの実行を呼び掛けていること、欧米においては、外国人戦闘員やいわゆるホームグローン・テロリストによるテロ事件が発生しているところ、日本でも、ISIL戦闘員として加わるためにシリアへの渡航を企てた疑いのある者、ISIL関係者と連絡を取っていると称する者や、インターネット上でISILへの支持を表明する者が存在しており、ISILやAQ関連組織等の過激思想に影響を受けた者によるテロが日本国内で発生する可能性は否定できないとの「IS後」のテロを取り巻く厳しい現状認識が示されています。さらには、平成31年にラグビーワールドカップ2019日本大会及びG20大阪サミットの開催が、平成32年には2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が予定され、こうした国際的な大規模行事は、大きな注目を集めることから、テロの攻撃対象となることが懸念されると、「東京五輪前」のテロ対策の重要性についても示されています。
 このような社会情勢をふまえ、「警察庁国際テロ対策強化要綱」に基づき、情報収集・分析、水際対策や警戒警備、事態対処、官民連携といったテロ対策を強力に推進しているところ、フランス・パリにおける同時多発テロ事件の発生を受け、爆発物の原料となり得る化学物質等への対策、ソフトターゲット対策等、各種テロ対策を強化・加速化していること、とはいえ、テロ対策は、警察による取組のみでは十分ではなく、関係機関、民間事業者、地域住民等と緊密に連携して推進すべきとの方向性が示されています。また、具体的な取り組みとして、警察においては、銃砲刀剣類や火薬等を取り扱う個人や事業者に対し、銃砲刀剣類所持等取締法や火薬類取締法に基づく規制や指導を行っているほか、爆発物の原料となり得る化学物質を販売する事業者に対し、関係省庁と協力して、販売時の本人確認を徹底するよう指導したり、不審な購入者への対処要領を教示したりしていること、旅館、インターネットカフェ、賃貸マンション等の事業を営む者に対しても顧客に対する本人確認の徹底等の働き掛けを行い、テロリストによる悪用の防止を図っていることなどが紹介されています。

 また、直近では、日本のテロ対策の一環として、「IS後」のイラクの治安改善に向けた日本らしい取り組みの発信を行っています。

▼外務省 イラクの治安改善のための経済開発に係る東京会議(結果)
▼日本・イラク共同議長サマリー
▼首相スピーチ

 イラクでは昨年12月、アバディ首相がISからの「全土解放」を宣言し、約3年半に及ぶ戦いが終結したところですが、武器や銃弾を多くの民間人が所持している状況があります。今回、日本が創設を目指す枠組みでは、武器回収の代わりに職業訓練を実施するもの(「暴力的過激主義を生み出す可能性のある青年及び社会的弱者の失業への対策などにも焦点が当てられたが、主要な課題の一つは、労働市場のニーズに合致する職業訓練を行うこと」と記載されています)で、その他にも、日本がかんがいや上水道事業のため総額約350億円の円借款を供与することで合意しています。なお、本会議において、日本の首相が、その狙いについて、「平和的な生計手段を確保できる機会をイラク国民に提供し、それにより、武器の自発的な政府への提出を促す。そうすることで、イラク社会に蔓延する武器を削減し、武器への依存度と武器の需要を下げ、より安全な社会とする」と述べていますが、あわせて、「真の勝利は、今までの軍事的勝利の上に立ち、今後二度と暴力的過激主義組織の台頭を許さない豊かで安全な国をイラクに作り上げることで達成されるのだと考える」と述べたのは、正に「IS後」の戦いのあり方を示したもので注目されます。

 また、「東京五輪前」のテロ対策としては、2020年東京五輪・パラリンピック大会の警備指針案が公表されています。ポイントとしては、テロを未然に防ぐため、マラソンなど一部競技を除き、全会場を約3メートルの仮設フェンスで囲う、その上で、通行証の顔写真と本人の顔が一致するかどうかを確認する「顔認証システム」の導入などにより、会場の出入りを厳格に監視する、警察は、テロの標的になりやすい駅や大型商業施設など(ソフトターゲット)のほか、電気・ガス・水道の社会インフラなどの警備を重点的に担うなど、また、9都道県・42会場の分散開催で広大な警備が求められる一方、酷暑が予想されるため、組織委は顔認証システムや危険物を探知する先端機器の導入で観客らに負担をかけないスムーズな警備を目指すことなどがうたわれています。なお、この顔認証技術をはじめとする新技術の実証実験が、最近、国土交通省によって行われ、その結果が公表されています。

▼国土交通省 先進的警備システム実証実験の検証結果をまとめました~空港ターミナルビル一般区域の警戒強化~
▼先進的警備システム実証実験検証結果の総評

 空港における国際テロは、ブリュッセル空港の出発ロビー内やイスタンブール空港到着ロビー付近での 爆発など空港ターミナルビル内や車両乗降場といった不特定多数が集まるソフトターゲットに対する攻撃が増加しており、また、ISが日本をテロの標的として名指しするなど、日本に対するテロの脅威は現実のものとなっているとの現実認識のもと、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向け、空港ターミナルビル一般区域の警戒強化を目指すことを目的に、先進的警備システムによる実証実験が行われています。その結果、「協力事業者から提案された様々な技術は、空港ターミナルビル一般区域の警戒強化に 効果的な役割を果たすことが確認できた」との総評が得られました。具体的には、主軸とした「不審行動者追尾監視機能」、「群衆行動解析機能」及び「不審物検知機能」については、警戒強化への効果のみならず、混雑状況の把握や迷子捜索等の効果も確認され警備負荷軽減にもつながるものと評価されたほか、一部で環境要因による機能への影響も確認されたものの、ハードやソフトでの対応で解消可能であることも確認されています。また、協力事業者においては、先進的警備システムを実際の空港ターミナルビルで実験的に稼働させたことにより、空港ターミナルビル一般区域の特性を把握することができたことから、本実証実験が今後のさらなる性能向上に寄与するものと考えられるなど、幅広い成果が得られ、「東京五輪前」のテロ対策として順調に準備が進んでいるものと思われます。
 なお、「東京五輪前」のテロ対策の一環として、警視庁が、実際に試合が行われる卓球会場となる東京体育館でテロ対策訓練を実施しています。訓練は、試合中に体育館2階のエントランスでペットボトルに入ったサリンがまかれ、観客に被害が出たとの想定で実施され、警視庁原宿署員のほかNBC(核・生物・化学)テロに対応する部隊や、地元の住人、企業関係者ら計約180人が参加したということです。このような本番を想定した実践的な訓練は、今後も数多く実施されていくものと思われますが、テロ対策をどんなに厳格に行っていても、テロを100%防ぐことは困難であり、実際にテロが発生した際のダメージを極小化する取り組みもまた重要です。その意味では、このような訓練は極めて重要であり、その精度を高めていってほしいと思います。

 さて、前回の本コラム(暴排トピックス2018年3月号)で社内研修等の一環として活用できそうな外務省の 「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」について一部紹介させていただきました。4月に入って、その動画版の第1話がリリースされています。既に、さいとう・たかをさんの人気漫画「ゴルゴ13」を使った単行本とともに以下に掲載されていますのであらためて紹介します。

▼外務省 「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」

 前回は、第1話【日本】「外務大臣からの依頼」と第10話【トルコ】「平時の危機管理」からポイントを紹介しましたが、今回も、いくつか紹介します。
まず、第2話【パキスタン】では、「たびレジ」がテーマですが、海外で重大な事件や大規模な事故・災害などが起きたとき、関連情報を現地で迅速に入手することは、安全対策の基本であること、現地の治安は様々な要因で急速に悪化する場合があること、自然災害や感染症など、被害が広域に及んでいたり、事案が差し迫っている場合は情報の有無が運命を分けることにもなり得ること、現地で情報収集を行うことが重要であると同時に、最新の情報が素早く、日本語で配信される「たびレジ」は海外安全対策に必須のツールであることが紹介されています。
 また、第3話【タイ】では、「外務省海外安全情報」がテーマとなっていますが、外務省が提供している海外安全情報は、国内外のさまざまな有力筋から得られた膨大な情報を精査してまとめたものであり、現地の情勢を把握するのに最適なものであること、まずは渡航先・赴任先について、掲載されている危険情報、スポット情報、テロ・誘拐情報などを確認することが重要であること、現在の危険情報区分はどのレベルか、その国だけでなく、周辺エリアの治安状況も確認したうえで、どの程度の安全対策が必要であるのかについて検討すべきであること、また、気を付けるべき感染症の流行など、疾病に関する情報も必ず確認すべきこと、各国・地域別に掲載されている安全対策基礎データは犯罪発生状況出入国手続き、滞在時の留意事項、その他風俗・習慣・疾病など安全に関する必要な情報が詳細に記載されているが、仮に「危険情報」が発出されていない場でも、油断せず、安全対策基礎データを確認し、安全対策を怠らないようにすべきであることなどが解説されており、大変有用な内容となっています。

(5)犯罪インフラを巡る動向

インターネット/スマホアプリ

 ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の設計者である英国の科学者、ティム・バーナーズ・リー氏が、「強大なソーシャルメディアなどを規制しなければ、インターネットが「大規模な兵器化」する恐れがある」と警鐘を鳴らしています。報道(平成30年3月13日付ロイター)によれば、同氏は、ネットの世界で一握りの巨大企業に力が集中し、「新たな門番」として思想や意見の拡散を牛耳るようになっていると指摘、「近年、ソーシャルメディアのプラットフォーム上で陰謀論がトレンドの話題に上ってきたり、ツイッターやフェイスブックの偽アカウントが社会的な緊張を煽ったり、外部者による選挙への介入や犯罪者による個人データの窃盗が見られるようになった」と懸念を示したうえで、営利企業が自主的に取り組むだけで問題に十分対処できるとは思えないとし、「社会問題を把握する法的、あるいは規制上の枠組みがあれば、これらの問題を緩和できるかもしれない」との考えを示しています。もはや、インターネットの「犯罪インフラ化」(リー氏は、「兵器化」とさらに過激な用語を用いています)については、事業者の自主的な規制だけではもはや阻止できるものではなく、社会的・法的な規制の枠組みが必要だという主張は大変的確だと思います。行き過ぎた表現の自由や営利追求が、多くの犯罪を助長し、世界に好ましくない影響を及ぼし始めているのは紛れもなく事実です。また、一部のガリバーに知らず知らずのうちに(購買行動だけでなく、思想や人格などまでも)支配されつつある状況は、明らかに問題があると言えます。一方で、事業者による社会的責任からの観点からの自主規制だけでは手ぬるい(お手盛り)のであり、「社会的害悪」と見なされるものについては、第三者により強制的にインターネットから退場させることができる等の枠組みの検討が必要な状況に来ていると言えるでしょう。ただ、仮想通貨への当局の対応が典型的でしたが、当初は、新たな技術革新の保護や利便性、将来性を見据えた方向性を採っていたものの、社会的害悪が露呈したことで、顧客保護・規制強化へと、市場からの退場を含む強制力を持った厳格な対応に大きく舵を切ることになりました。仮想通貨に対する「保護と規制」のバランスの難しさについては、早い段階から筆者も含め多くの識者が指摘していたところであり、むしろ、筆者としては、(法改正による形ばかりの規制ではなく)実質的な規制強化を早く行わないと犯罪者の利益に直結する(犯罪インフラ化する)と警告していましたので、事業者の自主規制に過度に期待するのは、リスク管理上はやはり避けるべきだとのスタンスです。すなわち、サービスの保護・育成にせよ規制のあり方にせよ、最初の制度設計の段階から、過去の類似の事例等を分析し、「犯罪者視点」「悪意視点」を盛り込みながら検討していく必要があるのではないかと考えます。

 さて、スマホアプリの世界においても、犯罪インフラになりかねない危険性を有するものがたくさん出回っており、こちらも(事業者や業界の枠を超えた)何等かの社会的・法的な規制、より上位の枠組みが必要ではないかと感じさせます。最近では、例えば、スマホを通じて知り合いがつくれる「マッチングアプリ」の利用が広がっていますが、不特定多数と手軽に連絡が取れるため、出会いツールとして使われている一方で、大阪市の民泊などに遺体が遺棄された事件では、被告の男と被害者の接点になりました。トラブル防止策や子どもの利用制限の甘さが犯罪インフラ化につながりかねず、早急なサービス改善や規制の導入が望まれます。ただ、このような「出会い系サービス」は既に類似のものがあり、それらのほとんどが犯罪インフラ化している実態をふまえれば、そもそものサービスのあり方から検討し直すべきではなかったか、事業者の社会的責任の範囲はそこまで来ていると認識して欲しいところです。
 また、フリマアプリ等の犯罪インフラ化への対応が迫られているメルカリでは、利用者の対面による物品受け渡しを仲介するアプリ「メルカリアッテ」を5月31日に閉鎖すると発表しています。素性の分からない相手との対面は怖いといった声もインターネット上などで出ていたということですが、これも「出会い系アプリ」の犯罪インフラ化の実態をふまえれば、サービス提供前にその危険性を認識すべきものだったと言えます。また、同社は、酒類やエアガン、喫煙関連製品を購入する利用者に生年月日の入力を求め、年齢を確認する取り組みを始めています。ただ、虚偽の生年月日が入力された場合、直ちに見破る仕組みはなく、度重なる酒類の購入者に対しては本人確認書類の郵送を求めるなどの対応を取るものの、未成年者への不正販売を完全に遮断するのは難しいとしていると報道されています。これも、アプリを通じた未成年の酒類購入がインターネット上などで問題視されていることを受けた措置だということですが、(狭い意味での)法令遵守の観点から、そもそもサービスを提供する前に検討しておくべき当然のことだと言えます。さらには、「見破ることは難しい」のであれば、システム等が整備されるまでの間、出品を禁止するなどの措置を取るべきではないかとも指摘できます。同社は株式の新規上場が取り沙汰されており、法令順守の徹底に向け不安のある事業を終えておく狙いもあるようですが、規制のベースとなるべき本人確認手続きですら自己申告に頼っている状況では、犯罪を抑止することは不可能であり、すでに犯罪インフラ提供事業者とのレッテルも貼られつつある中、上場企業であればなおさら、そもそものサービス提供前のリスク評価をより徹底する必要があるように思われます。

民泊

 本コラムではたびたび民泊の犯罪インフラ化に警鐘を鳴らしてきました。これまで指摘してきた通り、ヤミ民泊の問題では、犯罪者、内外の犯罪集団やテロリストといった「利用者のリスク」はもちろんのこと、宿泊者名簿取得や衛生管理・安全管理を徹底しない「不良事業者のリスク」への対応も求められています。直近でも、民泊として使われていたマンションで覚せい剤を作ったとして、警視庁は、米国籍で住所、職業いずれも不詳の容疑者(25)を覚醒剤取締法違反(営利目的製造)の疑いで再逮捕しています。この部屋は容疑者以外の人の名義で借りられていたもので、容疑者は複数人と共謀し、本人名義で借りた豊島区の民泊マンションに昨年12月、覚醒剤12.7キロを密輸しようとしたとして、同法違反(営利目的輸入)などの罪で1月下旬に起訴されており、同容疑者宛ての覚醒剤はこれまでに計78キロ(末端価格50億円相当)が押収されているということです。規模の大きさからみて、背後に密売組織が関与している可能性は高く、民泊の本人確認の甘さが突かれ(他人名義での利用)、覚せい剤の製造拠点という犯罪インフラを提供する形となってしまいました。また、密輸事件の方では、(本人名義で借りた)民泊場所に覚せい剤が届くよう手配されていたことから、やはり、民泊の仕組み自体が覚せい剤事件の舞台として悪用されたことになります。

 また、ヤミ民泊の実態については、例えば、報道(平成30年3月14日付神戸新聞)によれば、2016年4月以降、兵庫県内で少なくとも50カ所のヤミ民泊が確認されていたとのことです。神戸市ては、「外国人が頻繁に出入りしている」「キャリーケースを引く音がうるさい」「収集日以外もゴミが出されている」などの通報が41件寄せられたことが発覚の端緒になったほか、近隣住民だけでなく民泊利用者からの通報もあったということです。さらに、ヤミ民泊であっても多くが民泊紹介サイトで取り上げられているなどしており、行政側の監視態勢が追い付いていない状況が浮き彫りになっています。兵庫県は、既に住居専用地域での営業を全面禁止するなど厳しい条例を制定していますが、他府県より厳格な分、潜在化する形でヤミ民泊が広まる可能性も指摘されています。このヤミ民泊への対応のあり方については、暴排や特殊詐欺対策の動向にも似ています。例えば、近隣住民からの通報が端緒となる点は、暴力団事務所や特殊詐欺のアジトの摘発も同様であり、物件の所有者・管理者が、事務所・アジト・ヤミ民泊などの「用法違反」がないかの情報を収集しようとする「モニタリング」態勢の整備が、社会の要請から重要となっていると言えます。また、規制の厳格化によりヤミ民泊が潜在化するというのは、正に反社会的勢力の潜在化と同じ構図であり、その対策においては、現場(最前線の営業、近隣住民)との意識の共有・協力の要請等が必須であり、事業者や所有者においては、暴排・特殊詐欺の観点と同じく、物件価値を毀損するものとして、「ヤミ民泊は許さない」との強い認識を持つこと、さらには官民の連携もまた重要となります。
 そのような中、都道府県などへの届け出を条件に民泊を認める住宅宿泊事業法(民泊新法)に基づく届け出が始まりましたが、仲介サイト世界最大手の米Airbnbは、届け出がないままの違法なヤミ民泊は、法が施行される6月15日の前に全て掲載をやめると発表しています。貸主への警告文を3月15日に掲載し、届け出がない場合は6月14日のうちに非表示にするということで、観光庁が、昨年12月に、同社などに対してヤミ民泊の掲載をやめるように要請していることを受けての対応と思われます。現在、同社が国内で掲載する6万件超の民泊はほとんどが無許可のヤミ民泊だと言われており、同社が届け出がないままのヤミ民泊の掲載をやめれば、大半は集客が難しくなり、営業をやめると考えられており、同社の毅然とした対応に期待したいと思います。

その他の犯罪インフラを巡る動向

 以下、最近の報道から、犯罪インフラ化が懸念される状況について、いくつか提示しておきます

 特殊詐欺のうち振り込め詐欺においては、第三者名義の口座の存在が不可欠ですが、ひとたび犯罪に使われたと分かれば、金融機関はその口座を凍結する措置をとることになります。最近、この口座凍結を巡って、深刻な問題も顕在化しています。振り込め詐欺などの犯罪に口座を悪用された人が、被害に遭っていない別の金融機関の口座まで凍結され、日常生活などに支障をきたすケースが相次いでいるというものです。そもそもの発端は、例えば、キャッシュカードの盗難などによるもので、被害者的立場だとしても、ひとたびその口座が犯罪に悪用されれば、「振り込め詐欺救済法」に基づき、当該口座だけでなく、犯罪と無関係の同一名義人の口座についても一時凍結する措置がとられることになります。当然ながら、対象になるとほかの金融機関も含めて新たな口座を作ることも困難になります。その他にも、運転免許証や健康保険証の紛失や盗難で個人情報が漏れて不正口座を開設されたりして犯罪と無関係な名義人の別の口座が誤って凍結されるケースも目立っています。直近でも、熊本県内の知的障害がある男性(34)がヤミ金業者の誘いに応じて銀行口座を売却したところ、口座凍結の通知が来て新たな口座開設ができなくなったという事例がありました。売却した口座が何らかの犯罪に悪用されたためとみられるものの、男性は口座開設ができないことで今も就労が困難な状況に陥っているということです。この問題については、本コラムでもたびたび取り上げています(暴排トピックス2017年11月号)が、直近の金融庁のスタンスでは、「名義人が凍結リストに合致した場合には、直ちに新規口座開設の謝絶等を行うという従前の取扱いを改め、こうした措置を行うか否かは各行の判断に委ねる」となっていますので、本ケースであれば、成年後見人などがつけば柔軟に新規口座開設が認められるような運用を期待したいところです。
 一方で、この口座凍結を巡って、京都府警の措置が違法だという大阪地裁の判決がありました。本件は、京都府警がわいせつ動画を配信したとして、FC2を実質的に管理運営していた会社の元社長ら2人を公然わいせつ容疑などで逮捕後、会社や元社長の口座を凍結するよう金融機関に依頼、その後、元社長らは平成27年8月に起訴され、平成28年11月の凍結解除までの間、取引できない状態になったものです。京都府側は、違法配信で得た収益が還流される口座で、凍結依頼は被害拡大を防止するためだったと主張していましたが、大阪地裁は、「個人の財産に重大な制約を課すもので、具体的に相当と認められる限度でのみ許容される」と指摘し、当初は凍結の必要性があったが、地検の処分後は必要性があったといえないと判断しています。
 また、口座の犯罪インフラ化という点では、他人の個人情報を使って仮想通貨交換所の口座を不正に開設したとして、警視庁サイバー犯罪対策課と福島、群馬両県警が、私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで、中国籍の会社役員を逮捕しています。仮想通貨交換所の口座の不正開設での摘発は全国初で、同課は、容疑者が犯罪グループ向けに口座などを不正調達する「道具屋」とみているということです。容疑者が口座を転売した中国人の犯罪グループは、別の法人名義の口座から300万円を不正に引き出し、仮想通貨「ビットコイン」に交換、その後、ビットコインを買い取ったこの口座に送金していたもので、犯罪収益のマネー・ローンダリングに悪用する狙いがあったとみられています。金融機関の口座開設ほど厳格な手続きではなく、「非対面取引」であるがゆえに、口座登録できるだけの他人の個人情報さえ有していれば、簡単になりすますことができるのが仮想通貨の口座開設手続きの脆弱性であり、本コラムでも以前から危険性を指摘していましたが、実際にマネー・ローダンリングの犯罪インフラとして悪用されたのは大きな衝撃です。今般の金融庁によるみなし事業者の一斉処分に限らず、これから参入しようとする事業者も含め、仮想通貨はリアルな通貨と必ず「つながっている」以上、口座開設や送金等、その取扱いにおいては、金融機関並みの厳格な顧客管理態勢の整備がマストであることを、あらためて認識すべきだと思います。

 さて、犯罪インフラとはやや様相が異なりますが、最近、中国の「監視国家」ぶりに驚かされる報道が相次いでいます。中国共産党の利益に反する行動をネット上だけでなく幅広く追跡・統制を徹底するため、AI、顔認識、ビッグデータといったテクノロジーの利用に本腰を入れています。中国が実用配備しているセキュリティ技術はますます多種多彩になっており、国内外の関連産業の成長を加速させる一方で、個人のプライバシー侵害の拡大を巡る懸念も、人権擁護活動家の間で高まっています。言い換えれば、最新の技術革新を「犯罪抑止インフラ」として本来あるべき形も含めた活用がなされている一方で、その目的が「個人の監視」と、プライバシー侵害のための「犯罪インフラ」となっており、これはこれで、極めて重要な問題だということです。日本においては、軍事用と民生用の両方に利用できる技術「デュアルユース」の問題が学術界を揺るがしていますが、正に、世界のIT企業も、自らの理念と中国市場へのスタンスについては、同様のジレンマを抱えていると言えます。

(6)その他のトピックス

薬物を巡る動向

 一般人の薬物を巡る犯罪が後を絶ちませんが、最近は企業名もあわせて報道されるケースが増えており、企業は、「個人的な犯罪であり、会社とは無関係」とは単純に言えなくなってきたようにも思えます。直近でも、医療用麻薬を自宅に持ち帰ったなどとして、東北厚生局麻薬取締部が、公益財団法人宮城厚生協会の病院で薬局長を務めた3人を麻薬取締法違反の疑いで書類送検、協会も同容疑で書類送検されるという事例がありました。「紛失した場合に取り繕うため取っておきたかった」と話しているということですが、法律に違反する行為がそのような理由で安易に行われていたことは、リスクが麻痺してしまった「専門家リスク」の典型であり、一般常識からの乖離の大きさに驚きを禁じえません。また、陸上自衛隊に所属する男性陸士長(20)が大麻を使用したとして懲戒免職となった事例もありました。内部の抜き打ち薬物検査で陽性反応が出て発覚したものだということです。さらには、危険ドラッグ「ラッシュ」を持っていたとして、東京メトロの男性社員が医薬品医療機器法違反(所持)の罪で、さいたま簡裁から罰金の略式命令を受けていたことが分かったという事例もありました。この男性は列車運行制御の管理者だったといい、本年2月に懲戒解雇されています。本件は、警視庁小平署が昨年10月、この元社員が危険ドラッグを使用しているとの書き込みをインターネットで発見、家宅捜索で職場や自宅から見つけたものだということです。報道によれば、同社が解雇を公表しなかった理由について、「プライベートの使用で、薬効がすぐ切れるので、業務に影響がないと判断した」と釈明していますが、鉄道事業者としての社会的責任の観点から説明責任を果たしているかは意見の分かれるところです。なお、東京メトロでは、3年前にも、車掌を務めていた男性が覚せい剤を所持していたとして、覚醒剤取締法違反(所持)で逮捕、起訴されています。参考までに、当時、同社は、リリースの中で、再発防止策として、「尿による薬物検査を実施するとともに、日常管理において点呼時に違法薬物乱用者にみられる一般的な特徴がでていないかを確認いたします」との項目が入っていました(なお、その後、どの程度の頻度で実施されたのか等は不明です)。
 薬物検査は、基本的に個人のプライバシーと抵触しかねないデリケートな問題ですが、欧米では、薬物乱用防止活動の一環として職場や学校での薬物検査が広く行われているのに対して、日本では、麻薬や覚せい剤、指定薬物などに使用罪が規定されているという、世界的にみるとやや特殊な事情があります。欧米では、一般に、薬物使用を犯罪として扱うことはないため、薬物検査はアルコール検査と同じように、健康管理の問題として取り扱われますが、日本の場合は、薬物検査で陽性反応が示された場合は、会社は犯罪として対処せざるを得ず、従業員の被る不利益は相当深刻なものとなります。したがって、薬物検査を巡って人権問題などが問われかねず、事業者としては慎重にならざるを得ない状況にあります。とはいえ、薬物検査は、日本では、2005年に自衛隊が薬物検査を導入したのを皮切りに(先の事例も、この抜き打ちの薬物検査で発覚しています)、公共交通機関などで従業員の薬物問題が発覚した際の再発防止策として、職場での薬物検査を打ち出す例が増えてきています(ただ、あくまで公共交通機関の例であって、一般の事業者にとっては実施の必然性等と人権侵害のバランスからそこまではなかなか難しいと言えます)。

 さて、本コラムで以前から指摘しているように、やはり、組織の中には常識が通じない人が一定割合存在することは否定できない事実です。大多数の社員の持っている常識と違う常識を持っている人が組織には必ず存在し、そのわずかな人間が、「薬物」「賭博」「痴漢」等で逮捕され、その際に会社名が報道されてしまいます。そして、そのような事例が社会で増えれば増えるほど、「会社として教育や啓蒙をすべきではなかったのか」、「そのような社員を職場からの声や監査等を通じて把握できていなかったのか」といった批判も出てくるようになります。残念ながら、これまで一般常識だからという理由で扱われることのなかったこれらのテーマを教育研修に取り上げざるを得ない時代になっているとの認識が必要です。特に、薬物はその入手ルートの延長線上に暴力団が関与している可能性が高く、彼らの活動を助長しかねないとの観点からも教育研修の必要性は高いと言えます。なお、教育研修のあり方については、「薬物絶対ダメ!」とか「痴漢は犯罪です」といった内容だけであれば、当の異分子には届きません(効果は期待できません)。むしろ、職場の中で得られた端緒(時々行動が奇異になる、飲み会の場で薬物使用を自慢していた、盗撮画面と思しき画像をスマホやPCで見ていた等)から異分子の「誤った行動」をあぶりだし、教育を受けた常識人からの報告を通じて組織的に把握できるような企業風土を醸成することがリスク管理上は重要ではないかと考えられます。逮捕される前に把握できれば、組織としての個別対応の機会や少しばかりの抑制効果をもたらすこと(ダメージコントロール)ができるかもしれません。薬物や賭博、痴漢など、もはや常識の問題だからと放置するのではなく、企業のリスクとして企業自らが取り組むべき時期に来ていると言えるでしょう。

 その他、最近報道された薬物関連の情報について、箇条書きですが紹介しておきます。

  • しめ縄などに使う神事用大麻の栽培許可を求めていた団体に対し、三重県は、栽培を認める決定を出しています。一昨年の申請では不許可となっていましたが、防犯カメラや高さ2メートル以上の柵を設置するなどの盗難対策等を県が評価して許可した模様です。大麻の栽培には、大麻取締法の規定で都道府県からの免許が必要で、三重県の指導要領では「社会的な有用性や合理的な必要性が認められる場合」が条件となっていますが、県内で免許を与えるのは初めてだということです。なお、産業用大麻では、鳥取県での許可を得て、町おこしを目的とし、しめ縄や加工食品などを作るための大麻栽培をおこなっていた大麻関連商品販売会社代表が、自宅で乾燥大麻を隠し持っていた疑いで逮捕された事例などが想起されます。あくまで伝統を守り、厳格な運営を行うことで薬物としての大麻が拡散しないよう期待したいと思います。
  • 報道(平成30年3月28日付朝日新聞)によると、全国の税関が水際で摘発したチョコレートやクッキー、グミなどの菓子類やリキッドなど「大麻製品」は、4年前から急増しており、最も多かった2015年で24件に上ったということです(昨年、一昨年はともに9件)。一方、2011~13年は年間1~2件にとどまっており、危険ドラッグ対策が本格化した2014年を境に増加したと考えられるということです。さらに、国内で押収される例も目立っており、関東信越厚生局麻薬取締部横浜分室は今年に入り、違法薬物事件の捜査の過程で、スナック菓子やブラウニーを押収したということです。大麻の蔓延は、その危険性に関する誤解とともに危険水域にありますが、このような大麻製品についても、含まれる幻覚成分の濃さの割に手を出しやすく、さらなる乱用の拡がりが懸念されるところです。
  • 本コラムでもたびたび取り上げていますが、米国で鎮痛剤として処方される医療用麻薬(鎮痛薬)オピオイドの過剰摂取により死者が相次いでいる問題で、米政府当局者は、合法的なオピオイドの利用を抑制するとともに、密売人に死刑を含む厳しい刑罰で臨むなどの対策をまとめています。米国では2016年、オピオイドの過剰摂取で少なくとも64,000人が死亡、トランプ大統領は昨年10月に非常事態を宣言、麻薬密売人は死刑や終身刑にすべきだと訴えていました。

ギャンブル依存症対策(カジノ/IR)を巡る動向

 自民、公明両党のカジノを含む統合型リゾート(IR)に関するワーキングチーム(WT)は、カジノ入場者の本人確認にマイナンバーカードを活用すること、開業までのプロセスは何年と決める必要はなく丁寧に手続きすること、カジノの適正な運営を監督する「カジノ管理委員会」を設置すること、カジノ計画の申請は地元市町村の同意が要件となること、IR区域の認定数見直しは最初の開業から一定期間(例えば5年)を置くこと、カジノへの入場料を6,000円とすることなどで合意しました。また、政府は、マネー・ローンダリング対策の一環として、カジノ事業者に対し100万円以上の現金とチップを交換した客の記録を国に報告するよう義務付ける(IRの中核施設であるカジノでは、スロットマシンなどで使うチップが大量の現金と頻繁に交換されるため、マネロン・テロ資金供与に悪用される危険性が指摘されているところです)ほか、暴力団関係者の入場禁止、チップ譲り渡し禁止などの制度も導入する方針も固めています。政府は、これらカジノ規制の全容が固まったことを受けて、4月27日にIR実施法案を閣議決定し、国会に提出する予定としています。

 さて、IR実施法案の動向とともに、金融庁と消費者庁からギャンブル依存症関連情報が出ていますので、紹介します。

▼金融庁 「ギャンブル等依存症に関連すると考えられる多重債務問題に係る相談への対応に際してのマニュアル」について
▼(別紙)「ギャンブル等依存症に関連すると考えられる多重債務問題に係る相談への対応に際してのマニュアル」

 金融庁からは、「ギャンブル等依存症に関連すると考えられる多重債務問題に係る相談への対応に際してのマニュアル」が公表されています。以下に、その内容を引用します。

1.相談者来訪前の準備
(1)地域の自助グループ等を含め、関係機関へ円滑につなぐこと(情報共有・情報連絡)ができるよう、精神保健福祉センターや保健所との間で関係機関の連絡先を共有する
(2)相談者(御本人又は御家族)からの相談内容を的確に把握できるよう、ギャンブル等依存症及びギャンブル等に関する一般的な知識を把握しておく

2.相談者来訪時
(1)相談者に安心してもらえるようにする
(2)借金の状況を確かめながら、ギャンブル等へののめり込みの状況を確かめるための質問をし、御本人の反応を見る
(3)質問に対する御本人の反応から、ギャンブル等へののめり込みがうかがえる場合、医療機関、精神保健福祉センター、保健所への相談状況など、回復に向けた取組状況を質問するようにする

3.ギャンブル等依存症の治療等のための機関の紹介
(1)債務の整理のための機関へのつなぎは、多重債務者相談の場合と同様
(2)新たな債務の問題を発生させないためにも、御家族が借金の肩代わりをすべきでないことを理解できるようにする

4.関係者間のコミュニケーションの確保
(1)御本人は病気であると認めたがらない場合があり、御本人に専門機関の連絡先を伝えるだけでは、借金の問題の解決にならない可能性がある。つなぐ際に、御家族ともコミュニケーションを図るよう留意する
(2)多重債務者相談の場合と同様、「頼りになる窓口」であることや、相談内容が外部には漏れない」ことを理解していただくとともに、「安心して」話をしてもらう雰囲気づくりが重要

【質問項目の例】

  • 興奮を得るために、使用金額を増やしてギャンブル等をすることがありますか
  • ギャンブル等をするのを中断したり、中止したりすると落ち着かなくなりますか、また はイライラしますか
  • ギャンブル等をすることを制限しよう、減らそう、またはやめようとしたが成功しなかった ことがありますか
  • しばしばギャンブル等に心を奪われていますか
  • 苦痛の気分のときにギャンブル等をすることが多いですか
  • ギャンブル等の負けを取り戻そうとして別の日にギャンブル等をすることがありますか
  • ギャンブル等へののめり込みを隠すためにウソをつくことがありますか
  • ギャンブル等によって大切な人間関係、仕事、教育、または職業上の機会を危険にさらしたり、失ってしまったりしたことがありますか。
  • ギャンブル等によって引き起こした絶望的な経済状態から免れるために、他人にお金を出してくれるよう頼んだことがありますか

 また、消費者庁からは、「ギャンブル等依存症でお困りの皆さまへ」とする注意事項と相談窓口が公表されています。消費者庁の説明では、ギャンブル等依存症とは、「ギャンブル等にのめり込んでコントロールができなくなる精神疾患の一つ」であり、日常生活や社会生活に支障が生じることがあること、うつ病を発症するなどの健康問題や、ギャンブル等を原因とする多重債務や貧困といった経済的問題に加えて、家庭内の不和などの家庭問題、虐待、自殺、犯罪などの社会的問題を生じることもあること、ギャンブル等依存症は、適切な治療と支援により回復が十分に可能であるものの、本人自身が「自分は病気ではない」などとして現状を正しく認知できない場合もあり、放置しておくと症状が悪化するばかりか、借金の問題なども深刻になっていくことが懸念されること、を指摘しています。以下に、注意事項について、引用します。

▼消費者庁 ギャンブル等依存症でお困りの皆様へ
▼ギャンブル等依存症でお困りの皆様へ

こんな行動に心当たりのある方はギャンブル等依存症に注意!

  • 興奮を得るために、使用金額を増やしてギャンブル等をする
  • ギャンブル等をするのを中断したり、中止したりすると落ち着かなくなる、またはイライラする
  • ギャンブル等をすることを制限しよう、減らそう、またはやめようとしたが成功しなかったことがある
  • しばしばギャンブル等に心を奪われている
  • 苦痛の気分のときにギャンブル等をすることが多い
  • ギャンブル等の負けを取り戻そうとして別の日にギャンブル等をすることがある
  • ギャンブル等へののめり込みを隠すためにウソをつく
  • ギャンブル等によって大切な人間関係、仕事、教育、または職業上の機会を危険にさらしたり、失ってしまったりしたことがある
  • ギャンブル等によって引き起こした絶望的な経済状態から免れるために、他人にお金を出してくれるよう頼んだことがある

■ギャンブル等依存症からの回復に向けて

  • 本人にとって大切なこと
    • 小さな目標を設定しながら、ギャンブル等をしない生活を続けるよう工夫し、ギャンブル等依存症からの「回復」、そして「再発防止」へとつなげていきましょう(まずは今日一日やめてみましょう。)
    • 専門の医療機関を受診するなど、関係機関に相談してみましょう
    • 同じ悩みを抱える人たちが相互に支えあう自助グループに参加してみましょう。
  • 家族にとって大切なこと
    • 本人が回復に向けて自助グループに参加することや、借金の問題に向き合うことについては、「主体性」が重要。ギャンブル等依存症が病気であることを理解し、本人の健康的な思考を助けるようにしましょう。借金の肩代わりは、本人の立ち直りの機会を奪ってしまいますので、家族が借金の問題に直接関わることのないようにしましょう
    • 専門の医療機関、精神保健福祉センター、保健所にギャンブル等依存症の治療や回復に向けた支援について相談してみましょう。また、消費生活センター、日本司法支援センター(法テラス)など借金の問題に関する窓口に、借金の問題に家族はどう対応すべきか相談してみましょう
    • 家族だけで問題を抱え込まず、家族向けの自助グループにも参加してみましょう

 これらの資料を見る限り、 今後のギャンブル依存症等の対策においては、まずは「精神疾患の一つ」という「病気」であることを広く認識させることがまずもって重要ではないかと考えます。本人に自覚がない、そう思いたくないという事情はあるにせよ、適切な治療と支援により「回復」が十分に可能であることを周知することで、これまで届かなかった範囲まで支援が行き届くことが期待されます。

忘れられる権利を巡る動向

 本コラムでもたびたび取り上げている「忘れられる権利」を巡る動向については、昨年1月の最高裁の「プライバシー保護が情報公表の価値より明らかに優越する場合に限って削除できる」と削除に高いハードルを課した判断が出て以降、それに沿った判決が続いており、その後、特段の大きな変化等は見られません。直近でも、インターネットで自分の名前を検索すると、過去の犯罪歴が表示されるとして、男性が検索結果を削除するよう米グーグルに求めた訴訟の判決で、福岡地裁は男性側の請求を棄却しています。本件は、判決に先立つ平成28年の仮処分申し立てにおいては、地裁の別の裁判官が、「プライバシーなどの人格的価値が侵害される恐れがある」と認定、「知人に知られると社会生活の影響が大きい。(グーグルは)検索エンジンの管理者として公共性、公益性を踏まえて適切に判断すべきだ」と指摘し、犯罪事実に関する記載がない9件を除き、101件の削除を命じる決定を出していたものですが、逆転判断となりました。男性は10年以上前に逮捕され、内容を報じた記事がインターネット掲示板に転載されていたもので、男性側は「時間が経過し、社会の関心は失われた。プライバシーの観点からも削除すべきだ」と主張していたのに対し、判決は、「男性の罪は強い社会的非難の対象となる内容だった。社会の関心事項といえ、情報を流通させる意義はある」と判断したということであり、最高裁の基準に照らして、10年前でも公益性が失われず、プライバシー侵害に優越すると判断されたことになります。
 また、忘れられる権利とは異なりますが、ツイッター上で何者かに「なりすましアカウント」を作成された埼玉県内の女性が、ツイッター社を相手に、アカウントの削除を求める仮処分をさいたま地裁に申請し、認められていたことが分かりました。個々の投稿の削除が認められたケースは少なくないものの、アカウント自体の削除を命じる司法判断は極めて異例であり、「個々の投稿を削除する司法判断がなされても、同じアカウントで再び違法な投稿が行われる可能性がある。アカウント自体の削除命令によって将来の投稿まで差し止める判断といえ、被害救済の面で画期的だ」と専門家が評価している通り、市民感覚からすれば妥当な判断だと言えると思います。なお、ツイッター社は「(アカウント自体の)全削除をすれば、将来の表現行為まで不可能になる」と反論していたもののアカウントが消えたことから異議を取り下げたということです。

 このように、忘れられる権利が日本で認められるためのハードルが高い状況にある(知る権利を重視する方向にある)のは確かですが、一方で、インターネット上においては、新聞等のメディアが個人情報保護を盾にした個人からの削除要請に比較的応じている事実や、(一度表示されると半永久的に削除されない、検索が可能というネットの特性もあり、顕名での報道に慎重にならざるを得ず)匿名報道化や、(同様の観点から)一定期間経過後に報道記事自体を削除する傾向にあるなど、現実の報道においては、知る権利がやや軽んじられる傾向にあるように感じます。反社会的勢力など犯罪者は不透明化の度合いを強め、ますます潜在化していく一方ですが、その存在を報道等によってしか知る術のない国民や事業者にとっては、このようなやや安易な削除・匿名化傾向は、インターネット検索や記事検索を行ってもヒットしない(該当しない)という形で、本質的かつ潜在的なリスク(例えば、暴力団や詐欺犯の再犯率の高さなど)を見抜くことが難しくなっており、そのことによって、彼らの存在の不透明化や実態の不透明化を推し進め、その活動をさらに助長することにつながることが危惧されます。

北朝鮮リスクを巡る動向

 平昌五輪以降の北朝鮮の歩み寄りの姿勢から、中国の周主席との会談に続き、4月27日に南北首脳会談、5月末までに初の米朝首脳会談がそれぞれ開催される方向となり(日本も可能性が取り沙汰されています)世界的に北朝鮮との対話ムードが広がっていますが、まだまだ予断は許さない状況です。核開発・弾道ミサイルの脅威、さらには日本人拉致問題の完全解決の道筋が見えない限りは、日本を含む国際社会が連携して実施している北朝鮮に対する経済制裁の手を緩めるべきではありません。というのも、国連安全保障理事会で、対北朝鮮の制裁決議の履行状況を監視し、制裁逃れを調べる国連安保理の北朝鮮制裁委員会専門家パネルの年次報告書が公表され、北朝鮮による制裁逃れの実態が明らかになっているからです。報道(平成30年3月16日付産経新聞ほか)によれば、「北朝鮮は、国際的な石油供給網を駆使し、外国人と共謀、海外企業の登記や国際銀行システムを悪用して、直近の安保理決議も無視している」とその悪質な制裁逃れの実態を批判し、昨年10月以降の「瀬取り」の手口として、「船名を偽装する」「北朝鮮の国旗を白く塗りつぶす」「夜間に行う」「位置や速度を他の船に電波で知らせる船舶自動識別装置(AIS)を切る」などがみられ、「複数の手口の組み合わせ」によって行われていると報告しています。また、「瀬取り」に使用された香港やパナマ籍の船舶などの背後には「台湾を拠点としたネットワーク」があると指摘、台湾の男がマーシャル諸島などで登記した会社を通じ、船舶を所有したりチャーターしたりしていた実態があるといいます。また石油精製品の調達には、香港やシンガポールに登記がある企業が関わっていたとし、「国際的なブローカーのネットワークに加え、無意識のうちに加担している貿易会社や石油会社によって、数百万ドルの違法なビジネスが生み出されている」などと注意も呼びかけています。さらに石油だけでなく、「制裁決議で禁じられたほぼ全ての商品の輸出を継続していた」と指摘、石炭に関しては船舶を利用して中国、マレーシア、韓国、ロシア、ベトナムに輸出されており、これらの行為は「いくつもの制裁逃れのテクニックや(密輸)ルート、だましの戦術を使って」行われていたといいます。一方、長年、軍事協力を行っているとされる北朝鮮とシリアの関係についても、弾道ミサイル開発の技術者グループのシリアへの度重なる訪問やシリアとの取引などが報告されており、その関係が強化されていることもうかがえます。加えて、ミャンマーが北朝鮮からロケットランチャー、地対空ミサイルなど通常武器に加え、弾道ミサイルシステムも受け取った証拠があるとの報告もあります。さらに、金融制裁の分野でも、北朝鮮の金融機関の代表者30人超が中東やアジアを外交旅券や外交官用車両を使い、外交特権を悪用するなどして自由に行き来して、銀行口座を保持して、違法な金融取引を続けていると指摘しているほか、昨年は中国、リビア、ロシア、シリア、アラブ首長国連邦(UAE)での活動が確認されたということです。これらの実態をふまえ、報告書では、アフリカやアジア太平洋の国・地域で、禁じられている北朝鮮との軍事協力が依然として続いていると強調、軍事機密を盗むためのサイバー攻撃や武器の売買のほか、情報活動や軍事技術、武器輸送など様々な分野で協力している疑いがあるとしたうえで、「北朝鮮の不正な活動や、加盟国の適切さを欠いた行動によって、金融制裁の効果が損なわれている」として、制裁の「抜け道」をふさぐべく加盟国に制裁の履行徹底を呼びかけています。その意味では、直近でも、国連安保理の北朝鮮制裁委員会が、北朝鮮との石炭や石油の密輸などに関わっていたとして、21の海運会社と1個人、27隻の船舶を制裁対象に追加したことは良いタイミングだったと思います。米政府が2月、洋上で物資を積み替える「瀬取り」などの制裁逃れにかかわっているとして、安保理の追加制裁対象とすべき会社や船舶のリストを提出していたものですが、対話の姿勢とともにこのような厳しい姿勢も示し続けることが重要だと言えます。

 さて、これらの実態を見るにつけ、北朝鮮に対する制裁の「抜け道」がなんと多いことかと愕然とします。とりわけ、その手口の巧妙さもそうですが、「既存のシステム(海外企業の登記や国際銀行システム等)が悪用されていること」、「無意識のうちに加担している貿易会社や石油会社によって、数百万ドルの違法なビジネスが生み出されていること」については、日本の事業者も正に違法なビジネスに「無意識」のうちに取り込まれ、犯罪を助長している可能性が示されているといえ、あらためて、北朝鮮制裁の実効性を確保する観点からも、KYCCチェック、サプライチェーン・マネジメントの視点を十分に取り込んだ「厳格な顧客管理」が必須となっていることを実感します。実際のところ、この国連専門家パネルの報告書の中でも、(以前、本コラムでも取り上げていますが)北朝鮮が昨年5月に発射した中距離弾道ミサイル「火星12」を運搬する際に、日本製のクレーンが使われたとみられ、日本の民生用機械が北朝鮮のミサイル開発に転用された疑いが強いとの指摘がなされています。また、人気漫画などを無許可でインターネット上で公開している「海賊版サイト」をめぐり、ある特定のサイトにアクセスすると、閲覧者に無断で、仮想通貨「Monero」の採掘(マイニング)に利用されていたことも分かっています。本コラムでも取り上げた通り、Moneroは北朝鮮が資金源としている可能性があり、日本の一般市民でさえも、「無意識」のうちに北朝鮮の資金源獲得活動を助長していることになります。したがって、海賊版サイト自体のそもそもの違法性の問題とあわせ、その利用については、現に慎むべきだと言えます。北朝鮮制裁の問題は、日本の事業者にとっても、金融機関や貿易関係事業者だけの問題にとどまらない拡がりを持っていること、決して対岸の火事ではないことを、あらためて認識していただきたいと思います。

 北朝鮮に対する日本の対応を強化する動きは外務省の組織変更からもうかがえます。外務省は、4月1日付で総合外交政策局の下に国連制裁室を新設したと発表しています。室員は併任を含め11人で、国連安全保障委員会が採択した制裁決議に関し措置の実施や調査などを担当、当面は北朝鮮への制裁の履行確保や関係国への協力呼びかけが主な業務で、これまで北東アジア課など地域ごとの担当課が担ってきた業務を一元化し、効率化を図るとされています。さらに、報道によれば、韓国と北朝鮮を扱う現在の「北東アジア課」を二つに分ける形で、「北東アジア第2課」として北朝鮮政策を専門に扱う課を新設するということです。米国、韓国などとの対話に前向き姿勢を示す北朝鮮への対応を強化する狙いがあり、日朝交渉再開に向けた水面下調整や、北朝鮮情報の収集と分析を担うということです。
 一方、北朝鮮の弾道ミサイルの度重なる発射でその運用が注目されているJアラート(全国瞬時警報システム)については、ミサイル発射、大規模テロなど国民保護情報も英語、中国語、韓国語の3カ国語で配信することになりました。これまで多言語化は緊急地震速報など気象関連に限られていましたが、2020年東京五輪・パラリンピックを控え、訪日外国人の増加が見込まれることから、日本語が不慣れな人にも確実に伝える狙いがあるということです。また、総務省消防庁は、3月14日に実施されたJアラートの訓練結果を公表しています。Jアラートの訓練は定期的に行われており、前回は昨年11月14日に実施されています。前回は、全47都道府県と1,741市区町村のうち1,735団体が参加したものの、不具合があり住民への情報伝達ができなかった自治体が12市町あったことから、消防庁は全国の自治体に対して、事前に電源欠落やケーブルの緩みなどなど装置配線や設定の点検を促していました。しかしながら、今回の訓練においても、参加した1,664市区町村のうち、防災行政無線やメールなどいずれの手段でも情報伝達できない不具合が15市町村で発生したということです。主な原因は、受信機の設定ミスや、受信機と防災行政無線の接続不良などだということですが、本番での不具合発生が致命的となるだけに、自治体においては精度を高める努力をしてほしいものだと思います(ただし、定期的な訓練によって不具合の存在が認識され、改善につながっているのであれば、今後も継続して実施していくことこそ重要だと言えます)。

3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

(1)岐阜県暴排条例関連情報

 暴力団と密接な関連があるとして岐阜県から入札参加資格停止措置を受けた建設業者が、三重県の外郭団体「三重県環境保全事業団」発注の工事に参入していることが分かったとの報道がありました(平成30年3月23日付西日本新聞)。報道によれば、元請けのゼネコン熊谷組は措置を把握しながら、下請けとして参入させていたということです。同社は、平成28年9月、当時の社長が指定暴力団六代目山口組弘道会系組幹部の名前を出して、同業者から現金を脅し取ろうとしたとして、愛知県警が恐喝未遂容疑で逮捕されました。岐阜県警は2人が密接な関係にあると判断し、平成29年1月、岐阜県暴排条例に基づき同社の資格停止措置を県に要請、岐阜県は平成29年2月~11月の資格停止としていたものです(本事例については、暴排トピックス2017年3月号にて紹介しています)。

▼岐阜県 平成28年度暴力団排除(入札参加資格停止)措置

 なお、同社については、当時の本コラムでも、「排除措置後、代表者変更、不当要求防止責任者の選任、「暴力団等反社会的勢力排除宣言」を同社サイトに掲載して、再発防止に取り組む姿勢を対外的にアピールしています」と紹介しましたが、その後も関係改善が確認されていないとして、岐阜県は現在も措置を継続しています(岐阜県のサイトにおいても、入札参加資格停止期間について、平成29年2月15日~平成29年11月14日(ただし、改善されたと認められる日まで措置を継続)と記載され、いまだサイトに掲載されている状態で、措置が継続していることが確認できます)。報道によれば、事業団発注工事の事業を引き継いだ熊谷組は、平成29年9月初旬に同社への措置を把握しながら、当初から工事に入っているとして、改めて下請けに入れ、事業団に対しては、「安全管理の面で他業者より優位性がある」などと選定経緯を説明したということです。さらに、岐阜県に確認せずに、措置がすぐ解除される見通しだと事業団に伝えたというこです。同社が措置が解除されていない状態を認識しつつ受注した姿勢に大きな問題があるのはもちろん、(前事業者の倒産を受けた受注など)どのような事情があったにせよ、「情を知って」業務を委託しただけでなく、根拠のない見通しを発注者に説明するなど、熊谷組の暴排意識の低さ、資格停止措置に対する認識の低さ、コンプライアンス意識の低さには驚くばかりです。一方の、熊谷組とこのようなやり取りを行った発注者側の事業団においても、十分な注意を払わずに結果的に許可した不作為が認められます。いまだサイトに掲載されている以上、(熊谷組の説明をうのみにせず)県側に確認を行うべきだったと言えます。暴排条例および入札参加資格停止措置がこのような安易な運用によって「抜け道」が存在していることが明らかとなったこと自体、由々しき問題であり、他の自治体はこれを他山の石として、運用の厳格化を求めたいと思います。

(2)青森県暴排条例関連情報

 報道(平成30年3月26日付東奥日報)によれば、青森県では、暴力団員数は平成29年末現在で220人、ピークだった昭和38年末の約1,800人の約12%まで縮小している一方で、みかじめ料の摘発が進まず、最近5年間でみかじめ料の要求行為に対する中止命令はわずか2件の状況にとどまっているということです。さらに、今年2月に、みかじめ料を脅し取ろうとしたとして、弘前署が刑法の恐喝未遂容疑を適用し暴力団員の男を逮捕しましたが、みかじめ料を巡る暴力団員の逮捕は2平成24年12月以来で、ここ10年では3件目という状況です。このような状況をふまえ、他の自治体で定めのる、「みかじめ料などの授受1回で罰することができる」「みかじめ料などを支払った事業者が、自ら警察に申告すれば罰則が軽くなる条項」などを参考に、今後、同様の条例制定も視野に入れ、取り締まり強化策を探る方針だということです。

▼青森県警察 青森県暴排条例

 現行の青森県暴排条例では、第13条にて、利益供与の禁止として、「事業者が暴力団に用心棒代やみかじめ料などとして金銭を提供することを禁止」することが明示されているものの、暴力団員を規制する条項等は見当たりません。その点、例えば、昨年改正された北海道暴排条例(北海道暴力団の排除の推進に関する条例)では、第5章の2「暴力団排除特別強化地域」で、「暴力団員の禁止行為」(第20条の4)として、「用心棒の役務の提供をしてはならない」「用心棒の役務の提供をする対償として又は当該特定接客業を営むことを容認する対償として、財産上の利益の供与を受けてはならない」と暴力団員の禁止行為が明記され、さらに「罰則」(第26条)も新たに定められました。その結果、改正以降4人を摘発する成果が得られたといいます。暴排条例の実効性を時代が経っても担保し、暴排を徹底していくためには、常にその内容を見直していくことが重要であり、既に成功事例が出ている以上、その他の自治体においても、積極的に見直していくべきだと思われます。

▼北海道警察 北海道暴力団の排除の推進に関する条例

(3)山梨県暴排条例関連情報

 本コラム(暴排トピックス2016年8月号)で紹介した通り、山梨県暴排条例が平成28年に改正施行され、甲府市中心街、石和温泉街が暴力団排除特別強化地域に設定され、暴力団員の禁止行為が定められるなど取締りが強化されることとなりました。その後、昨年2月からは、当該地域において、山梨県警が、犯罪抑止や暴排のため、街頭に防犯メラを設置、運用を開始しています。この街頭防犯カメラシステムは、犯罪の予防と被害の未然防止を図るため、公共空間に防犯カメラ17台を設置し、撮影した画像を管轄する警察署にデータ送信し、これを記録するものです(暴排トピックス2017年2月号を参照ください)。そして、設置から1年間で計53件の画像が暴力団関係事件や器物損壊などの裏付け捜査に活用されたほか、犯罪抑止としても貢献し、暴行傷害による被害受理件数が大幅に減少、特に、石和温泉街ではゼロという成果が挙がったということです。防犯カメラの証拠能力はともかく、その犯罪抑止効果については様々な意見があるところ、とりわけ、傷害・暴行、自転車盗難については明らかな相関関係があると言われており、防犯カメラの存在を周知し、犯罪の裏付けや犯罪抑止効果についても周知することによって、当該エリアの犯罪や暴排につながることが示されたとも言えます。とりわけ、改正暴排条例で「暴力団排除特別強化地域」等を設けて規制を強化している自治体については同様の効果が見込めそうであり、このような取り組みが全国に拡がることを期待したいと思います。

(4)福岡県等の指名停止措置

 福岡県、福岡市、北九州市において、代表が同一の2法人についての指名停止措置が公表されていますので、紹介します。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置一覧
▼北九州市 暴力団と交際のある事業者の通報について

 指名停止の理由としては、「当該業者の役員等が、暴力団構成員と「社会的に非難される関係を有していること」に該当する事実があることを確認した」(北九州市)、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)となりますが、本件は、代表者が、今年1月に、バイクチームのロゴで因縁をつけ脱退させたとして、強要容疑で工藤会幹部らとともに逮捕されたことによるものと考えられます。

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