「技術者の倫理」と危機管理(2)(2018.4)

2018/04/25 / 総合研究室 執行役員 高森 一誓 プリント

「技術者の倫理」と危機管理(2)

4.チャレンジャー号爆発事故とデータ改ざん問題

 前回は、技術者倫理を検討するうえでの代表事例とされるチャレンジャー号爆発事故とともに、そこに内包されるリスクとも言うべき「相反(ジレンマ)問題」と「線引き問題」の概要を紹介した。ここからは技術者倫理の欠如がもたらす今日の製造現場における不正リスク等を考察する一例として、このチャレンジャー号爆発事故と近時の製品検査データ改ざん問題との対比に基づき、組織的危機管理の課題について考えていきたい。


 ここまで見てきたチャレンジャー号爆発事故について、札野順氏(金沢工業大学教授)は次のように、技術者の倫理上の行動分析とその構造化を試みている。

(1) 発射が低温下でなされた場合、Oリング(筆者注:前出の事故原因となった部品)はうまく機能しない。
(2) チャレンジャー号打上げの時、気温は低かった。
(3) Oリングが機能しないことは、宇宙飛行士の生命を脅かす状況を招く。
(4) 作業に従事するエンジニアは、ユーザ(同:NASAではなく、最終ユーザたるパイロット)の生命を脅かすような
   デザインを考案すべきではない。
 ――――――――――
(5) Oリングを他の何かに置き換えることはプロジェクトスケジュールの重大な遅延を招く。
(6) プロジェクトスケジュールを遅延させないことが会社の関心事である。
(7) エンジニアは、自らが属する会社に忠実でなければならない。
 ――――――――――
(8) (1)~(4)に従えば、エンジニアはOリングの代わりになるものを探すべきだと結論づけられる。
(9) (5)~(7)に従えば、エンジニアはOリングの代わりを探すべきではないと結論づけられる。
(10) 結論(8)と(9)は対立する。


 さて、結論(8)と(9)の対立はいかにして生じたものだろうか。
推論(1)~(7)のうち、(1)~(3)および(5)(6)は事実であって、対立の原因ではない。よって問題になるのは、道徳的な規範であるところの(4)と(7)を同時に満たすことができないということである。このように複数の要求(責務)を同時に満たすことができず、しかしいずれかを選択せねばならない事態を「相反(ジレンマ)問題」と呼ぶことは前回記述した。


 ここで、最近の製品検査データ改ざん問題について、神戸製鋼所の例を見てみよう(以下、いずれも本稿執筆時点での情報に基づく)。


 神戸製鋼所では海外工場にまでデータ改ざんが蔓延していることから、会社ぐるみの不正疑惑が指摘された。実際に明確なマニュアルは存在せず、同社も経営陣の指示を否定したが、品質保証室や工場長経験者である元役員複数名が不正を認識していたとの報道もなされ、「役員を含む多くの者の認識や関与の下に長期間にわたって不正が継続してきた」との報告もなされている。


 不正については、規格を多少満たしていなくとも安全性に問題はないという声があるが、こうした意識の前提にあるのが「トクサイ」(特別採用)という商慣行だという。製品が特定顧客と契約していた基準に満たない場合に、当該顧客の了承を得た上で販売するアウトレットのようなものであり、確かに合意があれば問題はなく、ISO9001の基準においても「不適合製品の管理」(要求事項8.3)に基づく例外的な使用が認められている(ただし、一旦は不適合品として記録することを前提としているのが重要)。
 一方、神戸製鋼所の場合は「トクサイ」において、どの程度が許容範囲になるかについて経験を積み重ねるうちに基準に対する意識が低下し、顧客の了承も得ないまま勝手にデータ改ざん(メイキング)を行うという許されない行為にまで発展していったものとされる。周到なことに「不正の許容範囲」までが共有されていたとされるためか、現に不正発覚後に至ってさえ、「安全性には問題がなく、何が悪いのか分からない」と居直る元役員の声も報道された。


 更には問題の背景として、厳しい納期や経営環境、自社の技術に対する驕(おご)りがあったとの指摘がある。神戸製鋼所は同社にしか作れない軽くて強度が高い製品など高付加価値が特長である一方、その高い技術力を維持しながら、競争激化とともに業界再編の進んだ鉄鋼業界にあって独立経営維持を貫くには、当然に高いコストが伴う。結果的に、製造現場にはコスト削減・納期厳守の圧力が厳しくのしかかっていた模様である。


5.データ改ざん問題と技術者倫理

 ここで、前出の札野順氏がチャレンジャー号爆発事故について試みた行動分析を参考に、製品検査データ改ざん問題における技術者の倫理上の行動を構造化してみれば次のようになろう。

(1) 契約していた基準に満たない製品が発生した。
(2) その製品には、飛行機や高速鉄道等にも使用されているものもある。
(3) 基準に満たない製品は、最終ユーザの安全性に大きな影響を与える可能性がある。
(4) 技術者は、最終ユーザの安全性を脅かすような製品を出荷するべきではない。
 ――――――――――
(5) 基準に満たない製品を出荷しないと、納期に重大な遅延を招く。
(6) 納期を遅延させないことが会社の関心事である。
(7) 技術者は、自らが属する会社に忠実でなければならない。
 ――――――――――
(8) (1)~(4)に従えば、技術者は基準に満たない製品を出荷すべきではないと結論づけられる。
(9) (5)~(7)に従えば、技術者は基準に満たない製品でも出荷するべきだと結論づけられる。
(10) 結論(8)と(9)は対立する。


 改めて、(8)と(9)の対立はどのように生じたか。チャレンジャー号の場合と同様、(1)~(3)および(5)(6)は事実であってこの対立の原因ではない。問題なのはここでも、道徳的規範である(4)と(7)を同時に満たせなかったということである。
 すなわち、「相反(ジレンマ)問題」からすれば、神戸製鋼所グループの従業員である限り、(7)における「会社に忠実でなければならない」という規範の心理的影響からは逃れきれず、(4)「基準に満たない製品を出荷すべきではない」との両立は自ずと困難になる。


 一方、このような状況下で大きな危険をもたらすのが「線引き問題」である。
 「トクサイ」が許容されるケースは(実際には様々な規制があるが、あくまで簡潔に言えば)、個別顧客の安全性に対する具体的な確認に基づく合意であり、それは要するに「受容可能ではある(使用不可ではない)が、あくまで規格外であるから、重要な部材としては用いない」といった適切な判断(解釈)と適用を前提とすることは前記したとおりである。
 しかしながら、いかに神戸製鋼所グループの技術者が優秀であろうとも、あるいは「不正の許容範囲」を指南する一般的なデータがあったとしても、出荷の都度、全ての利害関係者や最終ユーザの特性に応じた安全性を考慮しての出荷可否判断(すなわち「線引き」)を行うことは、現実的に困難であろう。
 このように、実際には根拠を欠いた自社製品や「トクサイ」に対する過剰な自信は、いつ国民の安全・安寧を脅かす重大問題を惹き起こしてもおかしくないとの認識が必要といえよう。


 チャレンジャー号爆発事故の調査を実施したロジャース委員会で、最も具体的で厳しい調査・提言を行ったファイアマン氏は、そのあまりに直截的であるがゆえに本文から除外された付録報告の最後を次のように締めくくっている。
 「ここで勧告したいことは、NASAの幹部たちが今後、現実にしっかりと目をむけ、シャトルの技術上の弱点と不完全さを十分理解し、それを積極的に除去する努力をすることである。(中略)そして、実現可能な飛行計画のみ、かつ遂行の可能性あるスケジュールのみを提案すべきである。」 データ改ざんをはじめとする多くの製品不正について、ここでも言葉を置き換えて肝に銘じたいものである。


6.技術者倫理が企業危機管理に示唆するもの

 以上のとおり、スペースシャトルチャレンジャー号の爆発事故から見た技術者の倫理を参考に、神戸製鋼所をはじめとする製品検査データ改ざん問題について、更にはその向こう側に近年我が国でも続発する製品不正問題を見渡しつつ、技術者を不正に駆り立てる倫理上の課題について考察してきた。
 最後にこれまでの記述を踏まえ、前回冒頭で約束したとおり、技術者倫理問題が組織的危機管理に与える重要かつ不可欠な示唆、技術者倫理問題を踏まえた危機管理への活用について少し触れておきたい。


 両立しない複数の責務を負った技術者に誤った判断を生じさせる「相反(ジレンマ)問題」からは、不祥事発生後の再発防止を含め、リスク管理・内部統制に関わる構成員に対しての、「倫理的な負担を軽減する必要性」を痛感させられる。
 企業の一般の従業員は、いかに優秀で専門知識を有していようと、高い倫理性に基づき自らの研究と判断により安全性や適法性等の峻別を行いうる超越した存在ではない(そうした意味で、厳密には技術者倫理は科学者・研究者のそれと区分される。本稿ではここまで便宜的にひと括りにして来たが、この点においてこそ両者は大きく異なるのである)。
 給与所得者として組織に携わる一般従業員には、技術者の倫理問題と同じように、常に社会的倫理と所属企業に対する倫理の相克が生じうるのであり、「相反(ジレンマ)問題」は避けて通れない。そして、彼らの判断が正確性を担保しえないものである限り、「線引き問題」では誤った判断がなされる危険性が高い。
つまり、これは工学等の技術分野ばかりでなく、法務や営業部門等における一般従業員についても同様である。このような契約は許されるのか、どのような販売方法ならば法的・社会的に認められるのか。リニア中央新幹線建設工事に伴う大手ゼネコンの談合問題にしても、関与したとされる「企業戦士」にどれほどの違法性認識や罪悪感が期待できるだろうか。更にはもっと日常的で身近なコンプライアンス上の判断においても、常に会社の利益を代表せねばならず、厳格な判断力を持ち合わせていないのが通常の従業員なのである。


 そうしてみると、企業がリスク管理・内部統制の確立に向けて採るべき方策は、極論を恐れずに言えば、いかにして所属従業員に「判断」という負荷をかけないか、という方向に進むべきであろう。将来的にはAIやIoTがその役割を代替する部分もあろうが、その手前では、例えば明確で迷いの幅がより小さいプリンシプル・ベース(原則主義)の指針とそれに基づく教育の徹底、それでも悩むときには自らの判断に頼らずに済む相談窓口の設置などが工夫できよう。


 相談窓口といえば、内部通報窓口の運用に際してしばしば論点となる「通報範囲の制限」についても今回のテーマは示唆に富む。通報できる問題の範囲を「コンプライアンスに関する件」に限定した窓口は、窓口利用者にとって通報しづらいのだということを、我々はよく経験値に基づき説明するが、理解の得づらい面もある。しかし、前記したようにスペクトル的に法令上の適否や社会的な善悪が存在する社内問題において、コンプライアンスに関するか否かを二分法的に切り分ける線引きを一般従業員に求めるのには無理がある。現に、チャレンジャー号爆発事故におけるボジョレー氏は、技術者として倫理上正しい主張をしたと評価されている一方で、内部告発等のそれ以上の行動を起こさなかったことに対しては一部からの批判も存在するのである。

 このように「合理と実証」を旨とする科学的なアプローチには、一面で文系的・定性的に捉えられがちな企業危機管理の要諦について、より具体的な説得力が期待できよう。


 しかし、我々が技術者倫理から学ばねばならない最重要なことは、従業員の倫理意識を醸成していくことは個人的不正の防止という観点からは必要ながら、組織的危機管理においてはそこに過剰な期待を持つのではなく、経営陣が率先して企業自身の倫理観を高めていくことの重要性である。
 技術者倫理の代表事例として紹介したチャレンジャー号爆発事故は、確かに大きな教訓を現代に遺した。しかし、その17年後となる2003年、NASAは再びスペースシャトルコロンビア号の空中分解事故という悲劇を繰り返す。事故の詳細は割愛するが、これもまた予算削減や日程優先の圧力の中、技術者たちの危ぶむ声を無視したNASAの安全軽視を根本原因とする事故であったと報告されている。
 日本を代表するメーカーでの製品不正の頻発により、我が国製造業は重大な危機に直面している。このような現在、企業は社会的責任を再認識し、経営陣自らが企業倫理を確立していく強い意志を持つことが不可欠である。技術者たちの倫理は勿論重要ながらも、それは反面で無力化されやすいものだからである。(了)


 ●参考文献 札野順(2015)『新しい時代の技術者倫理』 一般財団法人 放送大学教育振興会


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