SPNの眼

東日本大震災を振り返る~復興面からの検証(2012.9)

2012.09.05
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 今年の9月1日の防災の日に、東京をはじめとする各地で行なわれた防災訓練は、昨年の東日本大震災の経験と、今後予想される首都直下地震や南海トラフを発生源とする大震災を想定したものとなりました。
私の故郷である宮城県気仙沼市も昨年の東日本大震災により多大なる被害を受け、多くの犠牲者を出しました。実家は津波で流されて跡形もなくなりましたが、幸いにも身内で亡くなった者はいませんでした。しかしなから、近所の知り合いのなかには亡くなられた方や未だ行方不明の方が大勢おられます。

 被災地出身の者として、この場を借りて震災直後からの会員企業の皆様、さらに全国の皆様からの暖かいご支援に深く感謝申し上げるとともに、お亡くなりになられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。

 さて、今回の「SPNの眼」では、今後、同様の震災が発生した場合に備え、東日本大震災発生直後から現在までの復興に向けた各種対応について、私が感じた幾つかの問題点を取り上げてみたいと思います。そこから企業の危機管理に対する示唆や教訓を汲み取っていただけたら幸甚です。
福島第一原発事故につきましては、多岐に亘る問題を含んでおりますので、また別の機会に譲ることといたします。

 また、本稿の内容は特定の第三者の対応・活動(救助・救援、支援、サポート等)を批判するものではなく、今回の災害対応を今後の対応計画・実践に活かすための問題提起であることを予めご了承いただきたいと思います。

1.震災発生後の金品・物資を巡る諸状況

 震災直後は、限られた物資を被災者同士で譲り合い、助け合う光景が見られましたが、間もなく外部からの悪意ある者の侵入、あるいはそもそも物資等が不足していることから、各種商店から勝手に商品を持ち出したり、破損したATM等からの現金の盗難等もあったことが報告されています。

 私の同級生が経営をしていた会社の従業員は、会社の状況を見に行ったところ、事務所奥の瓦礫の下に大金があるのを発見したそうです。報告を受けた同級生は「一切、手を付けるな」と社長指示を出したうえで、警察に連絡しました。ところが、警察自身が被災しているうえに、被害対策に忙しく、直ぐに来てくれなかったので、しばらくの間、自分たちでその現金や自社の貴重品が盗まれないように警戒しなければならなかったそうです。

 同級生は「あんなもの(現金)があちらこちらで、まとまって置かれているようなものだから、心ない人間は盗ってしまうよな」と洩らしていました。

 一部雑誌やネットでは報道されていましたが、新聞・テレビ等の大マスコミでは報道されずにいた現場の実態を現地の人間から直接聞くことにより、改めて当時の現地の混乱を知りました。

 また、全国からようやく届くようになった救援物資の保管場所の確保や、配布作業を被災者自身が担わなければならない状態のなかで、せっかく届いた物資にも種類と数量に大きな偏りがあったため、数が少ない物資をめぐって、同じ避難所の中のグループ間で、取っ組み合いのトラブルも起きたそうです。

 支援する側が正しい情報収集に基づくシミュレーションをする間もなく、とにかくスピードが優先されたため、被災地が本当に必要とする物資の種類や輸送量の実態把握ができずに、結果的にミスマッチが起きていたということでしょう。

 震災直後の道路事情を勘案しつつも、支援物資輸送の第二弾、第三弾と続くなかで、そのミスマッチが修正されていったかどうかの検証が必要でしょう。

2.人的支援

 震災直後の各種交通機能が麻痺している状態の中、自衛隊、警察、消防などはいち早く被災地に入って、被災地への人的支援を提供しました。しかしながら、復興庁の出先機関などによる行政部門への人的支援はかなりの期間が過ぎてからとなったことは周知の通りです。

 それまでの間は、限られた人材であらゆる対応をこなさねばならず、中核となるべき行政機能が機能しなかったことが、復旧・復興活動に大きな影響を与えました。

 地元行政が十分に機能しないため、全国からのボランティアによる人的支援の受け入れや、配置場所の振り分けが適切に指示されず、その結果として、本当に被災地が必要とする業務内容・人的支援においてもミスマッチが生じてしまいました。

 特に、行政における人的支援については、被災地の市職員などから、「国や都道府県の担当者はタクシーで現地入りして、これはどうした、それをどうすると言うだけ言って、短い時間の視察で戻っていくだけ」、「何故、ここに(被災地)留まって仕事のサポートをしてくれないのか」という声が多く聞かれました。単なる報告のためだけの視察であるなら、ミスマッチの解消には何の役にも立たないでしょう。

3.物的支援

 日本全国および全世界から多くの物資が被災地に寄せられましたが、各被災地がそのときどきに必要としている物資に関する情報が正確に伝わっていたかについては疑問が残ります。

 被災時の物的支援に必要なものとして、すぐに思い浮かぶのは、水・食料・毛布・衣類・医薬品・簡易トイレなどがあり、それらは被災直後の初期においては決して間違いではありません。問題はその後に、各々の量や種類(含.新規追加アイテム)などが、被災地・避難所ごとの特性に応じて調整できていなければ、せっかくの支援物資も有効な支援とはいえません。

 送られてきた大量の水の搬送と配布・保管などが煩雑になったり、無駄になったりしたことと、偏った種類の食料、また、女性・子供・乳児・高齢者・病人ごとに異なる、特有の必需品(下着・衣服・ミルク・薬の不足)等の選択・供給に複合的なミスマッチが起きていました。

 そのために、せっかく送られた物資が使われずに山積みになる一方で、決定的に必要な物資は不足するという両極端な現実を見せつけました。

 また、首都圏をはじめ被災地以外でもエネルギー不足となりましたが、被災地におけるエネルギー(ガソリン、灯油、ガスなど)不足は、これも道路事情が重なり、より深刻な問題となりました。冷蔵庫や洗濯機など生活家電に至っては、電力が復旧した後でも支援に回る絶対数が足りないなど、物的支援においても、全体的に被災地の要望とのミスマッチが起きていたのが現実です。

4.資金的支援

 日本国内を問わず、全世界の個人や企業から複数の団体に寄せられた義援金についても、被災地の要望に応じて、金額的な配分や支援事業への資金拠出が行われています。

 ただ、義援金の使途決定権は集めた各団体にあり、義援金を出した企業の一部からは「拠出金がどのように被災地に分配され、支援に結びついたのか不明」との疑問の声が当初から囁かれました。その一方で、被災地の行政等からは予算が足りなくて、何もできないとの悲鳴が上がり続けました。

 さらに、一部の被災地では、関西系の支援団体を名乗った反社会的勢力が、避難所などに来て、関係者の制止を振り切り、現金入り封筒を配布するなどの事態も起きました。

 義援金を寄せていただいた多くの方々の思いが、被災地の救援・復旧復興支援にこれまで、どのように反映されてきて、今後、どのように反映されていくのか、透明性と説得力を持った形で、説明していくことが課題といえます。

 これについては、義援金を拠出した企業側も善意のお金の使われ方にもっと関心を持つべきでしょう。

5.復興支援事業と雇用

 震災後、瓦礫の撤去作業などにおいて、一時的に一部の雇用は確保されたものの、地元企業の再建の見込みが立たない現状では、被災者は「安定した職業に付けるのだろうか」、「元の職業に戻れるのだろうか」との将来への不安を抱えたままです。

 一方では、支給される助成金で当分生活できるという考えからか、被災地での雇用創出事業が急務であるにも関わらず、被災地での求人募集に人が集まらないという皮肉な状況が生まれています。

 その原因はさまざまであると思いますが、なかでも、そもそもの復興計画がいまだ明確に決定されていないことが挙げられ、その結果、各種産業復興も進まないというのが現実です。

 復興に向けた作業には段階があり、最初のステージは復興計画に基づいた被災地の公共事業(ライフライン、焼却施設など)を優先的に進め、それに続いて各種産業復興事業が着手されていくものと考えられます。

 市町村は県に対して復興計画案に基づく予算申請を行っても、県側もまた「国の予算方針が決定しなれれば回答できない」としか言えず、全くスピード感に欠ける状況に陥っています。

 また、わずかに動き始めている復興事業においても、被災で保有する重機・機材等が損傷している地元企業が入札において、落札することができず、他府県から震災を契機に事務所移転してきた企業が落札しているのが現実です。真の意味での地元企業の復興並びに雇用創出に繋がっていないのです。

 さらには、他府県から事務所移転をしてきた業者の中には、あろうことか反社会的勢力の風評を有する業者まで混じっています。

 復興に向けて地元産業(企業)復興と雇用創出の実現には依然として大きな壁があり、その解決には相当の時間がかかるものと考えられます。特に、相も変わらず、行政の政策決定・実行がスピード感に欠け、民間の足を引っ張るようでは本末転倒と言わざるを得ません。復興に無駄な時間を費やすことは、それこそ被災地の要望との重大なミスマッチです。

6.適切な情報収集による人・物・金の支援体制の確立

 今後の震災対策等の検討・立案に関しては、阪神淡路大震災や今回の東日本大震災について、様々な角度からの情報収集・情報分析が行われており、政府も含め各専門機関などで検証が進められています。

 今後の災害対策に向けた各種マニュアル等も整備されつつあるものの、これまで指摘してきたような災害発生時から復興に向けての「情報収集」「人」「物」「金」の支援体制の有効性についての検証が、支援戦略にまで練り上げたレベルを志向しているものかどうか甚だ心許ない限りです。

 関係法令や国家レベルでの調整や決定が必要なことも多く、実現にはかなりの紆余曲折が予想されますが、個人的には、災害発生当初から復興に向けての過程では、以下の諸機能が必要だと考えています。

  1. 被災地の実態や要望などの情報を一貫・継続して現地で収集して関係機関に配信するような災害支援情報機関の構築
  2. 行政部門、復旧支援部門など被災地で必要とされる人的支援を統括する人的支援調整機関の構築
  3. 必要支援物資などの調達と配付を統括する支援物資調整機関の設置
  4. 義援金等などの使い方とその公示を統括する支援金調整機関の設置

 今回のような究極的なクライシスの経験を、今後有効に活かしていけるかどうかは、国家レベルで今回の支援体制の課題をしっかりと検証すること、迅速に上記のような関係調整機関を設置すること、「特区」または「特例」として柔軟な支援ができるような制度設計(含.縦割り行政の改善、新機関創設・設置を既存省庁の縄張り争いに関与させないなどの工夫)が必要になってくるのではないかと思います。

 今週末も、被災地(気仙沼など)に行く予定です。今後の復興に向けて、私や当社としてできる、必要不可欠な危機管理要因対応について、微力ではありますが、支援を続けて行きたいと考えております。

 最後になりましたが、様々なご支援をいただきました皆様に故郷が被災地となった一人として、改めて、深く感謝・御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

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