SPNの眼

株主総会の危機管理~2017年直前期の実務対応

2017.06.07
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1.はじめに

 本コラムでは、例年この時期に、株主総会の危機管理について情報発信しています。昨年(2016年)は、IPOが活況となっていたこともあり、新規上場企業の株主総会担当者に利活用いただけるよう、株主総会における留意事項を危機管理的視点からまとめました。

 本年については、新規上場から2年目を迎える企業には、1年目よりも来場者が増加する可能性が高いとの当社の経験則と、コーポレートガバナンス・コードの制定により「開かれた総会」が求められていることから、株主総会において企業はどのような点に留意しながら、株主との”対話”に臨むべきかを確認していきます。

2.株主総会に向けた留意事項

 まずは、昨年の株主総会を振り返りながら今年の流れに触れます。

(1) 企業不祥事や大型の粉飾決算事案の影響

 近年、企業不祥事の発覚が後を絶ちませんが、これらの出来事は、当然に、「ガバナンス強化」、「監査実務」、「内部通報制度」などへの株主の関心を高めることになるため、株主総会に影響を及ぼす大きな要因となることは、すでに昨年のコラム(SPNの眼2016年3月号)でも述べたとおりです。

 「ガバナンス強化への注目」に関しては、会社法改正やコーポレートガバナンス・コードなど株主によるガバナンスの強化の流れを受けて、これに関連した質問や事前質問、株主提案が一層加速しています。

 「監査実務への影響」に関しては、粉飾決算にかかわった監査法人が新規業務の業務停止命令を受けたこともあり、当該監査法人に対する風当たりが強まりました。株主総会では、会計監査人やそれを監督する監査役に対する質問や動議ばかりでなく、株主提案、会計監査人の出席要求や検査役選任、帳簿閲覧請求などの行使も視野に入れて、対策・準備を進める必要があります。

 「内部通報制度の改善」については、コーポレートガバナンス・コードのほか、昨年12月に改定された公益通報者保護ガイドラインも視野に入れた準備が求められます。
特に、コーポレートガバナンス・コードが社外取締役の選任を強く求めていることに鑑みれば、経営者不正に関する通報への考え方や行動基準を役員選任議案に絡めて質問されることも考えられます。

 また、内部統制システムの実効性をどのように確保するか、運用状況の開示等の要請と相まって、関連の質問や今後の方針等に関する質疑も想定されます。

(2) 対立型株主・総会経営権争い

 最近では、創業家メンバーによる経営権の争い、創業メンバーと経営陣間での経営方針の違いを巡る対立に端を発した対立型の株主総会も注目を浴びました。

 社内の勢力図や対立構造を把握できないまま、株主総会対策を行わなければいけないとすれば、上程予定の議案や人事案などの秘匿性を確保することも難しくなります。この対立型の総会の場合、株主総会当日のアピール・誹謗中傷合戦も想定しておかなければなりません。経営幹部のスキャンダルや不正のリーク、過去の些細なコンプライアンス違反を表沙汰にしたりと、泥仕合が展開されることもあるからです。

 また、このような状況は、株主提案の乱発による審議の長時間化や株主総会関連資料のページ増に伴う印刷コストの増加を招くほか、経営陣や経営幹部、提案側に対する不信感・失望感から株主離れを助長するリスクもあります。

(3) 個人株主の増加と株主総会における発言の活発化

 景気の回復基調に伴う投資活動の活発化や個人投資家の増加は、株主総会の実務にも大きな影響を及ぼします。

 コーポレートガバナンス・コードにおいて、株主との対話促進と株主の権利行使の実効化・公平性の確保が要請されているため、企業は、議決権行使の環境整備、機会の拡充等の様々な施策に一層の対応を図る必要があるため、株主総会のコストが増えることになります。

 また、「開かれた総会」を促進すべく、付加情報、特に非財務情報の開示等を充実させることが強く求められているため、開示資料の充実や説明資料作成に伴う業務負担の増大、インサイダーや営業秘密の管理を含めた、開示・非開示情報の精査・見極め、集約・整理、再構成等が必要になります。

 答弁に際して、議長のみが行っている企業が未だ少なくはない中、社外取締役や監査役などのコーポレートガバナンス強化に重要な役割を担っている役員に直接答弁を求める場合もあることに留意しなければなりません。特に社外取締役は、任務の重要性から、質疑対応の訓練や答弁のシミュレーション、トレーニングを事前に行っておくことが望まれます。

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3.コーポレートガバナンス・コードを踏まえた株主総会への準備

(1) 株主に対する企業姿勢

 総会出席株主の構成として、国内では圧倒的に個人株主が多いという現実を踏まえなければなりません。

 多くの個人株主は、「どんな会社なのか」、「どんなビジネスをしているのか」、「どのような考え方で経営に望んでいるのか」、「事業の見通しはどうなのか」、「役員はどのような考え方をしているのか(人間性や倫理観・社会認識も含めて)」等に関心を抱いており、企業としてもこれに応えることが出発点となります。このような株主の関心の中には、『対処すべき課題』や配当・報酬に関する内容、後継者育成や人材育成、コンプライアンス、経営理念等、コーポレートガバナンス・コードが求める内容も含まれているため、これまで以上に丁寧な説明を心がけて準備をすることが、コーポレートガバナンス・コードへの対応にもつながります。たとえば、株主との対話の場である株主総会において、受付は正に株主とのファーストコンタクトの場であり、その対応一つで、企業に対するイメージも大きく違ってきます。

 そして、株主総会の危機管理実務において、常に念頭におかなければならないことは、建設的な対話を行うには相応しくない私欲型株主への対応です。すでに多くの企業や株主に知られ、”名物”となっている株主は、株主総会に出席しては最前列に陣取り、議長不信任を叫び、罵声を浴びせ、議長に詰め寄ってきますが、信託銀行等もコンサルティングを充実させていることもあり、企業側の対策も進んでいます。

 また、”名物”まではいかないまでも、定年後に配当や株主優待を期待して蓄えを使って株を持った”団塊の世代”株主も増えています。その特徴としては、株主総会に出席しては、議長を相手に、自身の社会経験や勤務経験、専門分野を活かした質問、業界に関する薀蓄(うんちく)や経営に関する意見交換、(上から目線での)年齢的には後輩に当たる経営陣への指導や叱責を目的とした発言をします。

 さらには、OB・OGが積極的に株主総会に参加しては、取締役選任議案に絡んで、候補者攻撃に当たるような質問を行い会場を白けさせたり、退職した元社員が会社や経営陣への批判・当て付けを目的として社内の実情を暴露したり、一ユーザーが社長に直接苦情・クレームを言うために出席し、執拗に回答や約束を求め、企業姿勢を糾弾・非難するというケースも多くなっています。

(2) 実務負担の増大

 「開かれた総会」を促進すべく、付加情報、特に非財務情報の開示等を充実させることが強く求められているため、前述した通り、開示資料の充実や説明資料作成に伴う負荷・負担の増大、インサイダーや営業秘密の管理を含めた、開示・非開示情報の精査・見極め、集約・整理、再構成等が必要になります。株主総会当日は、これらに関する質問を受けることになるため、想定問答をより補強しておく必要があります。

 また、開かれた総会や株主との対話を促進しようとすれば、企業としては、多くの株主が出席することを想定した種々の準備が必要になります。昨年もとりあげていますが、例えば、以下の点です。

 上場企業が増加している一方で、株主総会に適した会場が不足している事情もあり、駅から距離がある場所で株主総会を開催しなければいけない企業では、会場に至る最寄駅の案内やルートも複数ある場合は、複雑な行程をどのように株主を誘導するかという問題があります。基本的には株主様の自己責任とはいえ、案内スタッフを配置している企業が少なくない現状に鑑みても、単純に株主様の自己責任とは割り切れません。

 「株主との対話」「開かれた総会」を求める企業こそ、株主に直接対応することなる受付や案内・誘導スタッフ等イベントとしての株主総会を下支えしているスタッフに対しても、レクチャーやロールプレイングを実施することが望ましいことは言うまでありません。

 介添者の取扱いに関しても、留意が必要です。株主の高齢化等に伴い、介助者、介添人付添で株主総会に出席する株主いますが、介助者や介添人は株主資格が無いからとむげに断ると、それこそ企業イメージを悪化させかねません。事前にどのように対応するのか、対応方針を企業として明確にしておく必要があるでしょう。

(3) 株主総会の警備

 企業の中には警察官が臨場するから警備員を配置しないという企業がありますが、基本的に議場内で相当重大な犯罪行為等が行なわれない限り、臨場した警察官が直接、退場を命じられた株主を取り押さえたり、議場外に出したりすることはないということは認識しておく必要があります。これは、何を意味するかというと、株主総会の警備(=議事の円滑な遂行の担保と来場株主の安全確保)、特に、退場を命じられた株主への初期対応者、基本対応者は企業側(社員または警備員)にあるということです。そこで、株主総会の警備に関して、留意しておくべき点にいくつか言及しておきます。

 まず、実際の警備対応の局面では、警備の目的が来場株主・会社役員・社員の安全と適正な総会運営であることから、総会妨害予告等など厳重警戒が必要な場合を除き、来場株主等をお迎えするというソフトな警備が要求されます。しかし、それは「無警戒」を意味するものではありません。例えば、会場内での警備員配置についても、議長席に駆け寄られたときの阻止や退場等に対応するための配置や有形力の行使の仕方など工夫が必要です。会場内の警備員には「ご案内」係として株主席や質問時のマイクの受け渡しの業務をソフトに対応させ、万が一、退去させる場合でも、退場を促し会場の外へエスコートするような対応を基本としておく必要があります。

 そして、外部の警備会社を使わずに、自社の社員等で警備を行おうとする場合にも同様に注意が必要です。自社の社員や系列の警備会社で株主総会の警備を行なっている企業では、株主退場や議場内トラブルへの対応に際して相手が受傷した場合等、直接的に使用者責任が問われるリスクが考えられます。株主総会という業務執行中の社員の行為によるものである以上、相手方から受傷等の申し出があった場合、企業としてその責任を直接的に問われる状況になりかねません。

 しかし、いざ警備を任されたスタッフは、自分の社内での評価を悪くしたくないあまり、また、その任務を遂行しようと一所懸命なあまり、このようなケースでは行き過ぎた有形力の行使に発展しかねないリスクがあることを理解しておかなければなりません。

 次に、株主総会のメイン会場や受付には十分な警備員を配置していても、第2会場や第3会場に警備員を配置していない企業、役員控え室や役員懇談会の会場に警備員を配置していない企業、施設内外周や動線上の警戒等を考慮していない企業も見受けられ、注意が必要です。第2会場や第3会場にも株主を入れる場合は、そこでも警備員が対応しなければいけない事態が生じる可能性はありますし、何よりも、(地震発生等も含めた)有事の際の円滑な避難誘導の観点からも相応の警備スタッフを配置しておくべきだと言えます。

 そして、株主総会会場(施設)入りする議長や議場へ移動する際の議長の安全を確保する警備担当者を配置していないケースもありますが、これでは万全とは言えません。議長が時間までに会場に入れなければ、株主総会は開会できません。言い換えれば、議長の会場入りを妨害するという方法が、株主総会を混乱させるために最も効果的な手段であるにも関わらず、その事態への危機管理対策が講じられていないケースもあるのです。
なお、警備や受付スタッフその他関係者については、腕章や名札、係員の表示等を徹底することが重要です。警戒区画や役員控室に立ち入る人が、警備員やスタッフ等の正当な権限者であることが瞬時に認識でき、部外者の立ち入りを早期に認知・排除できなければ、部外者による妨害行為を許すことになるからです。

(4) 株主総会リハーサルの重要性

 株主総会のリハーサルの重要性については、毎年繰り返し説明していますが、今回も改めて言及しておきたいと思います。

 過去の株主総会をみても、通常のクレームのような内容を議長に質問・抗議する株主もおり、それらをごく少数と軽視することは正しくありません。「株主との対話」が求められるようになっている以上、株主からの質問は多様化し、多くの質問に混じって、クレーム的な質問も増えています。クレーム対応的な視点で考えると、企業に対するクレームは、通常、お客様相談室等の担当部門・担当者で対応し、社長や役員が直接対応することはありませんが、株主総会では、議長ないし議長が指名した役員が直接対応することになります。その意味では、クレーマー的株主にとっては、株主総会は、企業へのクレームや批判を直接行うチャンスでもあります。

 一般論やあるべき論を振りかざす手法や、真偽が定かではない報道内容を持ち出しては既成事実で会社側に落ち度があるかのような前提を作り上げて、誘導的に議長の失言を引きだすことを狙う手法、企業側の回答を不十分・不適切と称して畳み掛けて追加質問を行い、一問一答や泥仕合的なやり取りに持ち込む手法、さらには、野次を飛ばして回答者の冷静さを失わせ、挑発し感情的にさせて追加の回答や発言を引き出す手法など、クレーマーの手法を用いた質問は、実際の株主総会でも行われています。

 もちろん、この手の質問に対して「総会の目的事項とは関係ない」「担当部門がしかるべき対応をするので、担当部門に申し出ていただきたい」旨の回答で済むものもありますが、質問の仕方によっては相応に説明しなければならない場合もあり、コーポレートガバナンス・コードの趣旨を踏まえた十分なリハーサルを行い、何をどこまで答え、どのように対応するのかを確認しておく必要があります。

 当社がコンサルティングを行った企業では、議長も議事進行に慣れ、一通りの対応を頭では理解していました。しかし、リハーサルで、当社スタッフが議長の複数回にわたる指示にも従わず不規則発言を続け、騒ぎ立て、さらには議長に詰め寄ると体が動かず、呆然としてしましました。本来であれば、議長の権限による退場命令を出し、警備員に退場誘導を指示する場面なのですが、退場命令および退場誘導の指示を出すことができませんでした。リハーサル終了後、議長である社長に伺ったところ、頭では分かっているつもりだったが、いざとなるとやはり体が動かなかったとのことでした。このような点からも、事前のシミュレーションやトレーニングが重要であることはご理解いただけるものと思います。

(5) 出席株主層の変化とそれに伴う想定問答集作成の留意点等

 前述した通り、 “団塊の世代”株主による自身の経験談、薀蓄、経営陣への指導や叱責を目的とする発言や、OB・OG株主による取締役候補者への攻撃的な発言、元社員の株主による経営陣への批判や暴露、ユーザー株主による社長への直接的なクレームなど、ここに挙げたケースだけでもその対応に苦慮・困惑することは、想像に難くはありません。社会の変化や世代が変われば、それと同時に人の考え方や行動も変化します。人が変化するということは、株主も変化するということです。100人の株主がいれば、100人それぞれの考え方があり、行動や目的があります。さらには、株主としての利益も加わります。企業、あるいは株主総会担当者は、このことを前提に対策を講じなければなりません。

 企業が準備している想定問答集は、市販されている非常に高度な書籍をそのまま引用、あるいは参考にされている場合が多く、法律的概念にこだわり過ぎていたり、一般株主の視点が抜けていたりと、出席している株主の変化に十分に対応しきれていないと思われることも少なからず見受けられます。そもそも、企業ごとに抱えている課題には違いがあり、自社にあった対策を講じなければ、対策としては不十分と言わざるを得ません。

 また、想定問答の作成やリハーサルでの質疑演習において、想定問答集から当たり障りのない無難な質問をして満足している企業もあり、このような一般株主の視点や不意打ち的内容の質問もリハーサルの段階で行い、株主総会当日に向けて対応を協議し、(事務局の対応も含めた)準備をしておく必要があります。

 当社がコンサルティングを行った別の企業の事例では、残業時間に関する質問への想定問答を用意はしていました。しかし、リハーサルにおいて、残業時間数ではなく、残業にかかるコスト(販管費おける人件費)を当社スタッフが質問したところ、担当役員でさえ回答することができず当日までの宿題となりました。そして迎えた株主総会の当日、株主から同趣旨の質問が寄せられ、難なく回答することができました。同じ「残業時間」というキーワードでも、視点が違えば、質問も異なり、回答もそれに沿った回答をする必要があります。

 人件費を聞かれているのに、労働時間を答えれば、株主は”対話”が成り立っていないと感じます。また、たかが一問であったとして、議長や担当役員が回答に苦慮しているその姿を、株主に見せるのは、得策ではありません。なお、株主総会の危機管理という観点から考えた場合、クレーム的な質問はともかく、スキャンダラスなインターネット上の書き込みや内部事情の暴露的な質問への対策も不可欠です。

 例えば、取締役選任議案に絡めて、取締役の資質を判断するための一資料として質問することは極めて容易であり、この場合、議案に関係ないとして「回答しない」という判断もしにくく、相応の想定問答集を事前に準備しておくことが重要です。言い換えれば、取締役等の役員選任議案は、伝家の宝刀(役員としてふさわしいか資質を判断するという口実)として、様々な質問が行える議題であることを改めて認識していただければと思います。

 また、通常のIRの延長線上での質問も多様化が予想されますし、暴露的な内容や不祥事の発覚などがすでに報道されている場合は、それに関連する質問も増加し、マスコミ側も大いに注目します。場合によっては、記者が総会に潜入(知人の代理として)することもあり、質問の多寡や掛かった時間なども含め、”荒れた総会”などと報道されないことが重要です。その報道内容は、総会終了後、退出する株主たちへマイクを向けることで補強されてしまうことを肝に銘じておくべきでしょう。

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4.おわりに

 最後に、当社でも毎年6月を中心に、上場企業の会員企業から株主総会の会場警備や役員の身辺警護業務を多数ご用命いただいています。

 また、企業を取り巻くリスク環境等の変化に伴う株主構成の多様化や名物株主の存在、レピュテーション対策等から株主総会コンサルティング業務のご用命をいただく会員企業も増えています。さらには、企業不祥事があった企業に対するクライシスコミュニケーションの一環として、株主総会運営をサポートさせていただくケースも増えています。

 当社が提供している株主総会コンサルティングや株主総会警備では、特に、多様化する株主や一般株主の増加に伴う株主総会での質問の質的変化等を踏まえて、実際の株主総会でミスしないためのシミュレーションやリスクコンサルティング、そして実地支援を行っています。

 株主総会の危機管理対策で何かお困りのこと、ご不安のことがあれば、お気軽にお問い合わせいただければと思います。

以上

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