暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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もくじ

1.離脱者支援のあり方を考える

2.最近のトピックス

1) 常識の不均質性についての考察~有名人の薬物問題と絡めて

2) 六代目山口組の分裂など

3) 信用保証を巡る最高裁判断

4) テロリスク

5) 特殊詐欺を巡る動向

6) 平成27年の犯罪統計

7) 犯罪インフラを巡る動向

8) その他のトピックス

3.最近の暴排条例による勧告事例・暴対法に基づく中止命令ほか

1. 離脱者支援のあり方を考える

 工藤会壊滅作戦や山口組の分裂を契機として暴力団を離脱する者が増加していることが数字の面からも明らかになっています(後述します)が、本コラムにおいて以前から指摘しているように、離脱者支援(離脱者対策)は社会全体で取り組むべき課題です。そのような中、警視庁や大阪、福岡、愛知など14都府県の警察などが、暴力団をやめて一般企業への就職を目指す離脱者の就労に向けて広域で連携するという報道がありました。離脱希望者の就職希望などの情報を共有し、受け入れ意思のある協賛企業を紹介し合い、雇用のマッチングを支援するというもので、特に、工藤会からの離脱者は福岡県外(遠隔地)での就職を希望するケースが多いと言われている中、全国規模での連携は離脱者支援においては必要不可欠であったことから、大変良い取組みと評価できると思います。

 さらに、福岡県が離脱者を雇った企業に最高約70万円の奨励金を給付する制度を4月から始めるということも報道されています。離脱者を受け入れた事業主に対し支給されるもので、福岡県内に限定せず全国を対象とするとのことです。さらに、離脱者を雇用後、暴力事件などのトラブルが起きた場合、損害の状況に応じ、事業主に最高200万円の見舞金を支給する「身元保証制度」も同時に実施するとのことで、自治体としては珍しい取組みだと思われます。なお、これまでの類似の給付金の例としては、大阪府の暴追センターで導入されているものがあります。

大阪府暴力追放推進センター 暴力団離脱者の社会復帰支援

 この大阪府の場合、具体的には、「離脱者雇用給付金支給制度」として、「社会復帰 “カタギ”になった人を雇用した企業に給付金を支給します。大阪暴追センターにおいては、暴力団を離脱した者を継続して1カ月以上雇用した事業者のうち、(1)大阪府暴力団離脱者支援対策連絡会の協賛企業であること、(2)雇用された離脱者が大阪府内に事務所を有する暴力団員であったこと、または大阪府内に住所を有すること、(3)当該離脱者を雇用したことについて、他の都道府県センター等から給付金の支給を受けていないこと、などの条件を満たす事業者」に対して給付金を支給しているということです。
この取組みは「大阪府内」を対象とした取組みですが、福岡県の施策は、14都府県警察の連携などとの相乗効果によって、遠隔地での雇用を希望する離脱者に関する情報提供や紹介がスムーズに進むことが期待できる点に大きな特徴があり、今後の展開を期待したいと思います。

 さて、離脱者支援については、警察庁からも、昨年6月の段階で、離脱者の社会復帰の推進についての全国規模での相互協力を要請しています。

警察庁 暴力団離脱者の社会復帰対策の推進に伴う関係都道府県警察等との協力等について (平成27年6月19日)

 なお、本通達は、過去からの離脱者対策の流れを汲むものであり、参考までに過去の通達も紹介しておきます。

警察庁 暴力団員の社会復帰対策について(平成4年11月10日)

警察庁 社会復帰した暴力団離脱者の就業先での定着を図るためのアフターケアの充実について(平成7年7月31日)

 この昨年の通達では、既に各地の暴追センターや職業安定機関、保護・矯正関係機関等の行政機関や事業者団体その他の団体との協力により設立されている暴力団離脱者の安定した雇用の場の確保のための連絡組織「社会復帰対策協議会」について、広域での連携を要請しています。さらに、都道府県別にある特定非営利法人である「就労支援事業者機構」(犯罪者等の更生に理解を示す多くの事業者等が協力雇用主として会員登録し、保護観察所等と連携した暴力団離脱者を含む犯罪者等に対する就労支援に取組んでいる組織)と同協議会の連携を図るよう要請しています。また、就業後のアフターケアについては、都道府県警察および都道府県暴追センターが主体となってきめ細かく実施していくべきとしています。

 さて、そもそも事業者にとっての離脱者対策という観点(事業者にとっての社会的コスト負担の観点)から言えば、福岡県が今後導入を予定しているような奨励金制度をはじめ、本人の固い意志や暴力団と完全に縁が切れていることが公的に保証されていること(この点は、暴排条例を契機として独り歩きしている「5年卒業基準」が離脱の実態を考慮されずに適用されている現状と大きく関係します)、都道府県警察や暴追センターによるアフターケアがきちんと行われることが、やはり事業者にとっては大前提となるものと思われます。
 参考までに、全国暴力追放運動推進センターのサイト上に、同センターの活動実績やアンケート等をもとにした専門家のコラムが掲載されています(掲載が2006年と、10年以上前の社会情勢が前提となっていますが、現時点でも参考となります)が、離脱者や事業者の懸念点が整理されていますので紹介しておきます。

全国暴力追放運動推進センター プロの意見箱「より効果を上げる「暴力団離脱指導」のために」

 まず、離脱者が求めるもの(不安・心配)について、離脱就労に伴い一番欲しいのは、「心のうちを話せる精神的な支えになってくれる人」であり、不安・心配な点としては、(1)職場での人間関係、(2)社会人としての常識・心得、(3)組織からの身内への侵害行為、(4)仕事がみつかるのか、(5)仕事が長続きするか、(6)収入が安すぎないか、(7)出所後の誘惑を乗り切れるか、があげられています。

 また、受け入れ事業主が離脱者受け入れに伴い保証して欲しい点は、(1)暴力団と完全に縁を切っていること、(2)継続して就労できること、(3)できれば、指詰めや刺青が人目につかないこと、(4)必要な資格免許があること、(5)誠意があること、があげられており、現時点においても全く異論のないところだと思われます。

 これらの懸念事項と、福岡県等が公表している施策や警察庁の通達など今後の取組みの方向性を並べてみれば、離脱者や事業者のニーズと社会的・公的な対策が比較的マッチしていることがお分かりいただけるものと思います。その意味では、これらの方向性は大きく誤りではないと評価できると思います。
 しかしながら、だからこそ、あらためて認識が必要な点としては、離脱者が全て「真に更生したい者」とは限らないということがあげられます。例えば、2014年に放映されたNHK福岡放送局のドキュメンタリーからは、「更生とは何か」という本質的な問題について考えさせられます。

NHK福岡放送局 暴力団 消えた1万人~”離脱者”はどこへ~

 ここでは、離脱者の多くが犯罪に手を染め続けている実態がリアルに描かれています。暴力団であるがゆえに警察から厳しく締めつけられ、組織からも厳しくシノギを求められ、暴力団の影があれば商売が出来ない厳しい現状も、「離脱」によってそれらの規制やしがらみのすべてから開放されるのであって、「一人の方が稼げる」「楽に、手っ取り早く儲けられる」という状況を生みだしているのです。
 それは、ある意味、離脱による「共生者」の創出、暴力団との共生関係も成り立たせるという側面(警察の取り締まりを逃れるために組と関係のない者として仕立て上げてシノギをさせ、暴力団としては、摘発されれば関係ないと切り捨てる構図)や、逆に暴力団と関係のない犯罪者たちとの連携を強めている側面(犯罪者の連携においては、元暴力団員であるかは関係がなく、奇妙な連携が自然に成立するという)という2つの相反する面があり、その多くは合法的な稼ぎとは言えない以上、暴排が進むことによって「社会の安全」に対する脅威が増すという皮肉な現実がもたらされていることが分かります。

 いわば、「更生」=「暴力団からの離脱」という「形式」的なレベルにとどまり、本来の、事業者として関係をもつべきでない「反社会的勢力」という「実態」からみれば何の変化もないと言ってよく、「暴排は進展しても反社排除は進展していない」、あるいは、「離脱と更生の意味が大きく乖離している」とも言い換えることができるかと思います。

 一方でこのような厳しい現状を認識しながらも、事業者にとっての離脱者対策という観点に戻れば、あくまで現時点では、事業者がその社会的コストを負担できるとすれば、(あくまで私見ではありますが)少なくとも以下の4つの要件が社会的な合意事項として揃った場合に限られる(逆に言えば、目指すべき方向性が見えてきた)と言えるのではないでしょうか。

  1. 更生に対する本人の意思が固い事(離脱=更生=暴排=反社排除の構図が成立すること)
  2. 本人と暴力団との関係が完全に断たれていること

  3. 5年卒業基準の例外事由であると警察など公的機関が保証してくれること(公的な身分保証の仕組みがあり、それによって事業者がステークホルダに対する説明責任が果たせること)
  4. 事業者の暴排の取組みの中に離脱者対策の視点が明確に位置付けられること(離脱者支援対策が社会的に認知され受容されていること)

 もちろん、反社リスクへの対応が各社の自立的・自律的なリスク管理事項である以上、CSRや社会貢献の観点などもふまえ、暴力団の離脱者支援に積極的に取組むという事業者が存在する一方で、現実の更生の難しさ・再犯可能性の高さ・会社や社員がトラブルに巻き込まれるおそれなどから慎重なリスク判断を行う事業者があっても、それ自体何ら問題があるわけではありません。ただし、後者の立場であっても、少なくとも、リスクテイクして取組んでいる前者の事業者や本人の更生の努力を妨げてはなりませんし、むしろ、積極的に「理解」していこうとすべき状況であるとの認識は必要だと思われます。離脱者支援はまだまだ道半ばの状況ではありますが、事業者が積極的に取組めるだけの環境、その要件が明確になりつつあり、その基盤が整備されつつあるという現状は、一歩前進と言えるかもしれません。

2. 最近のトピックス

1) 常識の不均質性についての考察~有名人の薬物問題と絡めて

 元プロ野球選手の薬物問題(および過去からの暴力団との密接交際の疑い)が大きく報道されています。新人の頃の日本シリーズ最終戦で見せた涙に、彼の境遇への共感や野球に対する真摯な姿勢や純粋さがうかがわれたものですが、その後の野球人としての歩みとは別に、社会人として、人として大きく道を踏み外してしまったのは大変残念なことです。

 本コラムでも度々指摘していますが、人が群がるスポーツ選手などは、その人間的な未熟さ(脇の甘さ)につけ込まれて、裏社会に絡め取られてしまう可能性は高いと言えます。特に、覚せい剤については、ここ10年で中国やメキシコ、西アフリカで密造が大規模化して国際的に流通量が増加したことで、国内の末端価格も下落しており、一般人でも手が出しやすい状況になっていると言います。それでも、プロ野球選手や芸能人などは、ストレスフルな状況やその秘密を保持しようとする強い動機があること等につけ込まれて、一般人よりも高い価格で購入する上顧客となっており、そのことによって一層彼らにとってのターゲットになっているという背景事情もあります。

 そのような薬物問題や賭博問題に絡んだ反社リスクを抱える選手を管理する球団や機構は、優先的に管理すべきリスクとして選手らのプライベートを含む厳格なリスク管理を行うべきであり、具体的には、暴排や賭博・薬物に関する集合研修だけでは不十分であることも厳しく認識すべきだと言えます。ましてや、現役だけでなくOBもまた「社会的に影響力の大きい公人」であり、球団や機構、関係者は、その人間的な育成の責任も担っているとの認識のもと、健全な「常識」を身につけさせるといった視点からの取組みが求められています(同じことは、芸能人など、反社会的勢力のターゲットになりやすい関係者についても言えます)。ここでは、この「常識」のあり方について、少し考察を加えてみたいと思います(以下は、暴排トピックス2015年12月号に取り上げた内容に加筆修正を加えたものです)。

 筆者が、反社リスクと「常識」についてあらためて考えるきっかけとなった事例として、以前、某私立大学の名誉教授が、暴力団関係者と知りながら借金をし、法律的なアドバイスもしていたということが報じられたことがあげられます。「元組長とは日頃からつきあいがあり、軽い気持ちで借りた。反社会的勢力だからすべてが悪いというのはおかしいと思う」と話したと報道されていますが、東京都杉並区で行政相談委員を務める(問題を受け、総務省は委嘱を解除)など、人格・知見ともに高いと認められる方の、暴力団排除がもはや社会的に「常識」とされる状況下での、このような発言には本当に失望しました。

 一般的に、学校関係者や医療関係者、研究者などは、閉じられた世界にどっぷりと浸かり、社会的地位の割に世間の常識から乖離しがちですが、正にこの正直な発言から、「常識」がズレることの怖さを見せつけられた感じがします。

 学校法人や医療法人をはじめ、そのような(事業者が自立的に制御していくことが困難なリスクという意味での)危険分子(!)を抱える事業者や団体は、彼らの「脇の甘さ」に起因する反社リスクの高さをあらためて強く認識し、研修をはじめとするコンプライアンス・プログラムの徹底にあらためて取組むべきだと言えます。

 また、この「脇の甘さ」という点では、先にも指摘したスポーツ関係者にも同様のことが言えます。最近では、先にあげた例以外にも、暴力団が胴元とされる野球賭博にプロ野球選手自らが関与していた問題、薬物問題、日本オリンピック委員会(JOC)関係者の男性が、指定暴力団山口組系元組幹部の男性らとの会食に同席していた疑いも取り沙汰されました。また、本件に限らず、過去、相撲やゴルフ、野球、格闘技系などで暴力団等反社会的勢力との密接交際などの事例が数多く発覚していますが、これらは氷山の一角であり、押し並べてスポーツ界においては、同様の事例はまだまだ多いものと推測されます。

 これは正に、前述した大学教授と同じ構図で、「常識」という点では、スポーツ選手は、過ごしてきた環境や彼らを取り巻く環境(暴力団等が興行に深く関与している事実)などもあって、人間的な「未熟さ」を抱えたり、一般人と感覚などが乖離してしまう可能性が高いのも事実でしょう。そのような彼らが、選手を引退後そのまま団体の幹部に就任する、新たに事業を興すなどの場合に、何のためらいもなく(悪いとの認識もないまま)反社会的勢力との関係を継続したり、彼らからの誘いにのって新たに接点を持ったりする可能性を否定できない状況にあります。つまり、スポーツ選手らも危険分子、「反社リスク」の塊であって、相応の厳格なリスク管理を行っていくべき対象だとの認識が、事業者や団体には求められているのです。

 一方、スポーツと暴力団との接点という意味で、「薬物」とともに暴力団の資金源となっている可能性の高い「賭博」については、スポーツ選手の酒やタバコ、ギャンブルなどの依存症を克服する英国のある施設で、受診者の約7割がギャンブル依存症になっていたという深刻な報告があるとのことです。
 スポーツ選手が常に競争や緊張感に晒されている(ストレスフルである)こととの関連性が疑われますが、そもそもスポーツと賭博の親和性の高さ(あるいは、薬物との親和性の高さ)に「構造的な要因」が認められるのであれば、スポーツ団体やそれに関わる事業者は、ギャンブル依存症対策や薬物依存対策、反社リスク対策を一体のものとして、もっと真剣に取り組むべきだと言えます。

 このように、反社リスクは、「常識」が社会からズレていることに起因する「脇の甘さ」と密接に関連していますが、この「常識」そのものが、「構造的・環境的な要因」によって一般的なものとズレてしまうケースがあることにも注意が必要です。よく「業界の常識は世間の非常識」と言いますが、このケースはより深刻であり、個人の「常識」そのもののズレは、当該個人だけでなく、雇用主も(何かの機会がなければ)認識できず、有効な対策をあらかじめ講じることが難しい(その意味で、制御が困難である)と言えます。

 そして、このような「常識」のズレの存在をふまえれば、そもそも社員や選手一人ひとりの「常識」が必ずしも一律ではない(常識の非一貫性)と認識する必要があるということになります。とりわけ日本の事業者は、自社の従業員は全て「常識」的な人たちで同質性が高いものと疑わず、「性善説」的な管理、均質的な管理で良しとする風潮がいまだに根強くあります。その結果、反社リスクに限らず、事業者のリスク管理は、事業者がそうだと思いこむ「常識」レベルに全員が到達している(社員の常識レベルは全員同じである)ことを前提としたものとなっているように思えるのです。もちろん、現実はそうではないし、ダイバーシティが深化すればするほどそのような前提が通用しないことは一層鮮明になっていくでしょう。
 さらに、事業者が前提としているものと異なる常識レベルにある者にとっては、会社の求めることを表面的にしか理解できない(あるいは、理解しようとしない)わけですから、結果として、一般常識では考えらえない犯罪を起こす社員が現れることになりますし、そもそもこの「不均質性」が反社リスク対策やコンプライアンス・プログラムの実効性を阻害する要因となりうるのです。

 この「常識」の「不均質性」の理解を深めるために、いくつか事例を通して考えてみます。

  • まず、福岡県警が、今年、窃盗事件などで任意の取り調べを受けた12~19歳の非行少年348人を対象に行ったアンケートで、暴力団との関わりについて1割以上(40人)が「ある」と回答、「社会に暴力団は必要か」との問いには19人が「必要」と回答したということです。このアンケート結果自体はあくまで参考ですが、事業者は、社員の中にそのような「脇の甘さ」を持った者が「一定数存在する」という現実、その一部の者の軽率な行動や誤った対応が事業全体に大きな影響を及ぼし得る現実を直視することを迫られていることが、容易にお分かりいただけるものと思います。
  • また、神戸山口組系の組員にコンビニの駐車場を無償で貸したとして、大阪府公安委員会は、大阪府暴排条例に基づき、40代男性のコンビニ店長に貸さないよう勧告、組員にも借りないようあわせて勧告したという事例がありました。報道によれば、店長は、組員が使用することを知りながら駐車スペースを無償で提供しており、よく買い物に来ていることから面識があり、組事務所に弁当の配達までしていたということです。
    コンビニやガソリンスタンドを駐車場代わりに利用させる「利益供与」の事例や実際に勧告を受ける事例は全国的に多く、「業界の常識」とならないような社内教育の重要性はもちろんのこと、例えばフランチャイジーにブランドを提供している事業者(フランチャイザー)においても、レピュテーションリスクに直結するという意味で、正に自らの責務として主体的に取組む必要があること、見方を変えれば、チェーンビジネスにおける「常識」や教育への取組みレベルの「不均質性」の問題にも着目する必要があると言えます。
  • さらに、特に後者の事例のように、業務上やむなく(顧客として対応せざるを得ない)反社会的勢力と接点を持ちやすい業界(例えば、先にあげたスポーツ選手や芸能人だけでなく、飲食店や量販店、不動産事業者など)の中で長く働いていることで、知らず知らずのうちに反社会的勢力に対する「免疫」ができ、反社会的勢力との密接な関係に何ら疑問を抱かないようになる(麻痺してしまう)「構造的・環境的な要因」、さらには、そのような環境によって「常識」がズレてしまいやすい点についても、関係者は十分認識しておく必要があります。例えば、不動産会社の社員が、賃貸契約できない暴力団員のために、借名契約等によって物件を確保し提供していた事例などは、正にその典型であると言えるかもしれません。

 以上から、事業者は、(反社リスクに限られず)全てのリスクに対処する際の重要な視点として、(1)社員や取引先等の「常識」の「不均質性」を自覚すること、(2)その「不均質性」への配慮が各種コンプライアンス・プログラムの実効性を高めるための重要なポイントとなること、また、(3)「不均質性」は自らを取り巻く「構造的・環境的な要因」によって後天的に生じ得ること、したがって、(4)継続的な教育・研修、コミュニケーション(場合によっては、厳格な監視)等が重要である、といった認識を持つべきだと言えるでしょう。

2) 六代目山口組の分裂など

 山口組の分裂を巡っては、局所的な小競り合いはあるものの、大局としては表面上平静さを保っている状況が続いていますが、水面下では相変わらず引き抜き合戦や情報戦が展開されており、今もその勢力分布は流動的な状況です。
 そのような中、直近における山口組の暴力団員数(構成員数)に関する報道がなされており、指定暴力団六代目山口組が約6,000人、神戸山口組が約2,800人と、両者を合わせても約8,800人と、初めて1万人を割ったということです。2014年末では山口組全体で10,300人と公表されていますので、1年間で約15%減少したことになり、最多であった1992年(なお、この年は暴力団対策法が施行されたと年でもあります)の22,200人からみれば、およそ60%減少したことになります。また、暴排条例が施行された2011年(17,300人)からこの4年あまりの間におよそ半減した計算となり、暴力団対策法と暴排条例の施行、そしてこの分裂騒動が大きな転機となっていることがあらためて理解できます。

 また、分裂後の昨年9月から12月の3か月間で、26都府県警が、六代目山口組と神戸山口組の関係先118カ所と組幹部ら延べ161人を摘発しています。その背景には、以前も指摘した通り、神戸山口組の指定暴力団への指定に向けた実態把握が急務であること、さらには、本年6月に六代目山口組の再指定の期限が迫っていることとあわせ、全国の警察が総力をあげて摘発とそれに伴う家宅捜索による構成員等の状況などの実態把握に本腰を入れている状況があります。裏を返せば、六代目山口組・神戸山口組の双方ともに、この時期に大規模な抗争を起こすことに何のメリットもないことになり、再指定作業が終了してからのあらためての動向が気になるところです。

 また、日本最大の指定暴力六代目山口組の分裂は、他の指定暴力団の動向にも影響を与えており、例えば、稲川会組織委員長で紘城一家の戸上総長と、同会直参で箱屋一家の中村総長が、同会から破門されたことが明らかになっています。処分の理由こそ明らかとなっていませんが、戸上総長は神戸山口組の山健組傘下の健國会の山本総裁と、中村総長は神戸山口組の井上組長、住吉会総本部長で幸平一家の加藤総長と兄弟分といわれているのに対して、稲川会の内堀理事長(山川一家総長)は、山口組の竹内若頭補佐(弘道会会長)と兄弟分であり、複雑怪奇な人間関係、「代理戦争」的な構図が背景にあるのではないかと言われています。このように、やはり山口組の分裂は暴力団の再編につながる可能性を秘めており、その結果、ますますその活動に制限が加えられることとなり、「食えない」「稼げない」として離脱する者の増加や組織としての集金力・求心力の低下、ひいては暴力団全体の弱体化(あるいは変質・変容)に直結することが予想されます。

 一方、この山口組の分裂とは別の流れとして、福岡県警を中心に展開された工藤会壊滅作戦の影響も極めて大きいものがあります。福岡県警が、昨年12月末における福岡県の暴力団勢力について公表していますので、以下に紹介いたします。

福岡県警察 暴力団の壊滅

平成27年12月末における福岡県の暴力団勢力

 それによれば、福岡県内の暴力団構成員等の総数は、平成27年12月末現在約2,400人(前年同期▲130人、▲5.1%)と1992年以降で最小となっており、平成19年の3,750人をピークに8年連続で減少したということです。内訳としては、暴力団構成員は約1,480人、準構成員等は約920人であり、全国的には準構成員等の方が多くなっている中、福岡県内については、構成員がいまだに圧倒的に多いという特徴がみられます。
 団体別では、道仁会や浪川会(浪川睦会から名称変更)がこのような情勢下で(準構成員等も含めれば)人数を増やしている反面、工藤会730人(同▲60人、▲7.6%)、山口組380人(同▲150人、▲28.3%)など、その数を大きく減少させている点が目立ちます。ただし、工藤会においては離脱者が目立ったのに対し、山口組の減少は、「その他」団体の増加数との関係から神戸山口組への移籍が主な要因であると推測される点が大きく異なります。
 この工藤会からの大量の離脱者に対する支援をどうしていくべきかについては、冒頭に考察した通りであり、広域的な連携、公的な身元保証、事業者の意識改革、社会的な機運の高まりといった要素が不可欠であると言えます。

3) 信用保証を巡る最高裁判断

 融資先(主債務者が反社会的勢力)を債務保証する信用保証協会が、焦げ付いた債務の肩代わりを拒否できるかが争われた4件の訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷は、「金融機関が一般的な調査をして反社会的勢力と分からなければ、契約は原則有効で信用保証協会は支払いを拒めない」との初判断を示しました。
 信用保証協会側は、「反社会的勢力は信用保証の対象外」として肩代わりを拒否していたのに対し、金融機関側が「事前に判明しなければ債務保証は有効だ」と訴えていたものです。

最高裁判例 補償債務請求事件

全文

 判決文によれば、「融資先が反社会的勢力と後から判明した場合に保証を無効とすることが契約の前提になっていたとはいえない」として、信用保証協会側の錯誤無効にはあたらないとされたほか、金融機関が一般的な調査(相応のレベルの反社チェック)を実施した上で見極めできなかったものについては、信用保証協会側は責任を免れないという基準が示されたことになります。その結果、4件のうち3件については、金融機関が相応のレベルの反社チェックを行っていたのか(調査義務を果たしていたのか)の審理を東京高裁に差し戻していますので、今後、その「相応のレベル」がどのようなものか、高裁の認定もまた注目されます。

 これにより、金融機関の「相応のレベルの反社チェック」の実施があらためて求められることになるとともに、信用保証協会側においても、やはり「相応のレベルの反社チェック」を実施しなければ、反社リスクを抱えることになるため、自立的・自律的に反社リスクをコントロールしていくための反社チェックの実施とその精度が求められることになります。本判断は、相手方の反社チェックに相互に依存することができないという点を示唆するものとも言え、事業者における今後の反社チェックの自立的・自律的な運用の重要性を考えるよい契機となるものと評価したいと思います。

4) テロリスク

 ISなどの国際組織によるテロやローンウルフ型のテロのリスクがこれまでにないほど高まっている中、EUはテロリスクへの対策を強化しています。
 その対策のひとつとして、欧州警察機構(ユーロポール)に、加盟国が保有するテロリスト情報の共有化を進める新たな組織「欧州テロ対策センター」を発足させています。外国人戦闘員の監視や捜査のほか、武器取引や資金源の遮断などでテロ捜査の能力向上を図ることを目的としていますが、加盟国の多くは依然として、通信傍受などで得た機密情報の共有には慎重だと言われており、その実効性を確保するためにはそのような個別の事情を超えた「情報共有」がキーとなります。

 また、パリ同時多発テロでは、物資の購入にプリペイドカードが利用されていたこともあり、テロ資金供与対策(CFT)の強化策として、取引などの際に利用者に義務づけてきた身分確認の対象範囲を拡大することや、仮想通貨についても、実際の通貨と交換する際には匿名で取引できないようにすること、アンチ・マネー・ローンダリング(AML)が不十分な国(高リスク国)からの資金移動に対しては、EU共通の検査態勢を整備するほか、金融当局が口座情報を入手しやすくなるように権限を強化することなどを柱とする行動計画をまとめています。

 その一方で、テロリスクに対する過剰反応の事例もあります。イギリスに住むイスラム教徒の10歳の少年が、小学校の授業で「自分はテロリストの家に住んでいる」と単なるスペルミスによって書いてしまった(テラス・ハウスをテロリスト・ハウスと間違った)ため、警察の聴取を受けるという事態が発生し、警察に通報した学校側の対応に「過剰反応」との批判が寄せられたということです。結果的には過剰反応と言われても仕方のないことですが、緊迫する状況の中、学校側の対応は適切だった(やむを得なかった)との評価も成り立ちます。このあたりは、前回の本コラム(暴排トピックス2016年1月号)でも取り上げた「爆破予告に対する事業者の対応」において、ほとんどが悪質ないたずらによるものとはいえ、自治体によって来館者を避難させるケースと周知せずに点検作業を優先するケースとに大きく二分される現状と同じような悩ましさを有していると考えられます。

 また、過剰反応の事例とは言い切れないものとしては、他にも、ツイッターがISに利用されている状況を容認し、テロ支援を禁じた連邦法に違反するとして、ヨルダンでのISによる乱射テロで殺害された男性の妻が米ツイッター社を提訴したというものがあります。報道によれば、女性側は「ツイッターがなければ、ISの爆発的な勢力拡大は不可能だった」「ISが過激思想を拡散させる手段としてツイッターを利用している状況を故意に容認している」と訴えており、米ツイッター社は「テロを助長する行為は規則で禁止し、司法当局とも協力して適切に対応している」「人々がどのように利用するかについては法的責任を負っていない」としています。
 なお、直近の報道によれば、同社は、昨年半ば以降、ISなどのテロ活動を予告したり推進したりしたアカウント12万5,000件以上を凍結したと発表しています。米政権が、ISによるインターネット上での宣伝や要員募集を食い止めようと主要ネット企業へ協力を呼びかけたものに呼応したもので、同社としても主体的に監視員の増員や問題検出ソフトの開発などにも取り組んでいる姿勢を明確にしています。

 なお、この問題は、テロリスクとソーシャルメディアのあり方との緊張関係という視点を提供するものでもあります。テロを称賛するような過激な書き込みにどう対処するか(例えば、ツイッター社などのようにIT事業者の自立的な判断で削除すべきか否か、事後的に削除すべきか・拡散される前に削除すべきか等)、あるいは、(アップル社などが拒んでいるような)テロリストの暗号解読に協力すべきか、といった争点について、積極的に削除や捜査協力を求める声が高まる一方で、ネット上の自由な投稿に自らの存立基盤を有している中で「自己検閲」することになりかねないとの懸念も根強いものがあります。さらに、フランス政府は、当局の「治安関係」の要注意人物リストにパリ同時多発テロ事件の犯人の一部が掲載されていながら、その行動が十分に監視できず見逃してしまったことなどへの反省から、「盗聴」や「通信傍受」を容易とする規制強化にも乗り出していますが、当然のことながら、一般市民のプライバシーの保護と厳しく対立することになります。
 このように、捜査当局と事業者、あるいは利用者(一般市民)の間には、テロ対策と表現の自由や知る権利、プライバシー侵害の間でまだまだ深い溝がありますが、テロリスクの高まりを背景として、テロ対策の緊急性や公益性の高さ、ソーシャルメディアのもつ活動助長性の高さを共通認識としつつ、乗り越えていかなければならない課題だと言えるでしょう。

5) 特殊詐欺を巡る動向

 昨年の特殊詐欺の被害状況が明らかとなっています。

警察庁 平成27年の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 関係者の懸命の努力にもかかわらず、認知件数は13,828件と、前年に比べて436件(3.3%)増加しています。一方、被害額については、476.8億円と、前年に比べて88.7億円(15.7%)減少(6年ぶりの減少)したものの、依然として高水準で推移していると言えます。また、1件当たりの被害額は373.4万円と、前年と比べて81.0万円(17.8%)減少しているほか、首都圏1都3県における認知件数・被害額は大幅に減少したことも明らかになりました。
 一方で、地方の大都市圏である大阪、岡山、福岡などにおいては増加傾向にあり、取り締まりが厳格な首都圏からやや緩い地方にシフト・拡散している状況が読み取れます。この点は反社リスクや情報セキュリティなどと同様、規制の緩いところや脇の甘いところが攻撃されやすいという、攻撃する側からみれば当然の動きの表れだと言えます。

 さらに、地方における被害も様々な傾向、特徴が見られ、例えば、石川県の特殊詐欺被害は150件と前年に比べて55件(57.9%)、被害額も約4億9,200万円と前年より約9,900万円(25.2%)増えて過去最悪となっていますが、北陸新幹線の開業が大きく影響を及ぼしたものと推測されます。また、前述した通り、被害が過去最悪となった大阪では、特に、投資話などをめぐって名義貸しを頼まれ、トラブルの解決金名目で現金をだまし取られる手口の詐欺が133件と前年の7倍に、その被害額も前年から約15億3,000万円増の約18億7,000万円と5.5倍に急増した点が大きな特徴です。この名義貸し詐欺の1件当たりの平均被害額は約1,400万円と、全国・全体の平均373.4万円、還付金詐欺など他の種類の特殊詐欺と比べても高額であることが、事態の深刻化を招いていると言えます。

 また、昨年の大きな特徴のひとつとして、有料サイト利用料金等名目の架空請求詐欺等において、コンビニエンスストア等で電子マネー(プリペイドカード)を購入させ、そのIDを教えるよう要求して、カードの額面分の金額(利用権)をだまし取る手口が急増している点があげられます。さらに、この手口では、1件当たり数万~数十万円の比較的少額の被害となるケースが多いものの、これまで圧倒的に高齢者が多かった特殊詐欺の被害が、中学生など若い世代にも広がっていることが懸念されます。また、送金させる手口に比べて口座開設の必要もなく手軽であることや、オークションサイトを通じて現金化が可能(換金性・匿名性の高さ)といった背景理由もあり、銀行などの振り込め詐欺対策を強化した結果、(規制がそれより緩い)ネットを使った手口に移行しているものと推測されます。

 一方で、検挙件数は4,114件と前年から862件(26.5%)に、検挙人員も2,552人と前年から567人(28.6%)増え、いずれも2011年以降で最多となり、官民挙げての対策がある程度功を奏していると評価できると思います。なお、検挙された2,552人のうち現金受け取り役が1,261人で、首謀格の検挙は68人にとどまった点は従来から指摘されている課題である一方で、暴力団関係者は808人と32%を占めるなど、警察の暴力団の資金源化を阻止しようとする意気込みが感じられます。
 また、宅配事業者やコンビニエンスストア店員が被害を未然に防いだケースが増えた(その背景として、被害金在中の荷物を見抜くための具体的な着眼点を示すなど受付時の声かけや通報の依頼など警察との連携が強化されたことがあげられます)ほか、マンションの空き室などを集中的に摘発した効果が出ていると言えますが、中でも、金融機関の窓口が詐欺グループとの攻防の最前線になっています。職員による顧客への「声かけ」で食い止めることができた被害の件数は年々増加しており、2015年は12,336件が阻止されています。さらに、被害を回避できた金額は266億4,000万円にも上っており、金融機関職員による声かけは、未然防止に成功した件数全体の63%を占めるまでになっています。

 なお、昨年の取り締まりの新たな重点施策として、特殊詐欺を始めとする各種事件捜査の過程において貸与時の本人確認義務違反が認められるレンタル携帯電話について、携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否が行われるよう携帯音声通信事業者に情報提供を行うことにより、犯行に悪用されるレンタル携帯電話の無力化が推進されたほか、昨年4月1日から「匿名通報ダイヤル」の対象事案に特殊詐欺を追加した結果、昨年12月末までに特殊詐欺の通報として185件受理したことなどがあげられます。
 今後の課題としては、やはりアジトの摘発の強化があげられますが、事業者の関与という意味では、アジトを提供している悪質な不動産会社対策もそのポイントのひとつとなりそうです。さらには、細分化された犯罪グループの連携に必須となる電話対策では、事業者と連携したレンタル携帯の不正利用排除の取組みの継続以外にも、通信傍受法の改正に期待が高まります。予定されている改正案では、これまで薬物犯罪や組織的殺人などに限られてきた通信傍受の対象が組織的詐欺にも拡大されることで、特殊詐欺の捜査に使えることになります。犯罪の手口の高度化・巧妙化への対応として、捜査手法の高度化や銀行やコンビニエンスストア、不動産事業者など全ての関連する事業者による未然防止の取組みの徹底とすそ野の拡大、官民の緊密な連携が、特殊詐欺の抑え込みには必須だと言えます。

6) 平成27年の犯罪統計

 全国の警察が昨年認知した刑法犯が109万9,048件(前年比▲9.3%)となり、1973年の約119万件を下回って戦後最少を更新しています。この数字は、組織窃盗や来日外国人犯罪などでピークだった2002年の約285万件と比べると、6割も減少したことになります。

警察庁 平成27年1~12月犯罪統計【暫定値】

 項目別では、窃盗犯が807,605件(前年比▲10.0%)で最多となっており、今回の減少の理由として、全体の8割を占める窃盗犯の大幅減が主な要因と考えられます。もう少し詳しく見ると、窃盗犯の中で最も件数の多い自転車盗(260,552件)が前年比10.8%の減少となっている点が注目されます。これは、全国的に街頭防犯カメラの設置が増えていることと一定の相関関係があると思われ、以下の警察庁の資料においても、「(街頭防犯カメラの設置により)全体的には減少傾向にあるものの、罪種によってその傾向は若干異なっていた。もともと刑法犯認知件数に占める構成比が大きい自転車盗でその減少幅が最も大きかった。・・・自転車盗の認知件数に統計的に有意な差があったことが示された。」といった分析結果があります。

警察が設置する街頭防犯カメラシステムに関する研究会『警察が設置する街頭防犯カメラシステムに関する研究会最終とりまとめ(案)』警察庁(平成23年3月)

 その他、詐欺などの知能犯は、前年から5.2%減の43,638件となったものの、容疑者が摘発された件数の認知件数に対する比率を示す「検挙率」は32.5%にとどまるといった課題も顕著になっています。特に、検挙率の低下が目立つのは窃盗犯で、先の街頭防犯カメラの設置の増加との関連から窃盗犯の認知件数が減少している一方で、地域社会のつながりの希薄化や相互監視・けん制効果の低下、聞き込み捜査の実効性の低下などの背景事情が推測されます。

7) 犯罪インフラを巡る動向

<健康保険証(悪用リスク)>

 前回の本コラム(暴排トピックス2016年1月号)で健康保険証の悪用リスクを取り上げましたが、現実に、日本年金機構に提出した偽造書類によって基礎年金番号を不正に入手し、全国健康保険協会から健康保険証をだまし取ったとして、男2人が有印私文書偽造・同行使と詐欺容疑で逮捕されるという事案が発生しました。

 同機構の窓口において、ホームレスなどの年金未加入者であると架空の人物名義で健康保険証の交付を申請していたもので、機構は本人確認を行わず、不正を見抜けなかったと報道されています。さらに、埼玉、兵庫、福岡など1都12県にある機構の窓口を通じて約360通の保険証が取得されたということで、各地に設立したペーパーカンパニーを使って申請窓口を分散させ、広域的に詐欺を繰り返していたということです。また、東京、広島、福岡などに設立した旅行会社や人材派遣会社など14社が従業員を雇用したと装い、架空の人物名義の保険証を取得、その後、名義人の転職を装って次々と保険証を取得したほか、結婚や離婚などで氏名が変わったと偽って機構に「氏名変更届」を提出し、さらに新しい保険証を入手していたとのことで、あらゆる手続きにおける機構側の審査の脆弱性(架空名義・転職・ネームローンダリングなどへの対応の不備)が突かれた形となります。

 また、本事案においては、警察の捜査によって、健康保険証だけでなく、預金通帳やキャッシュカードなども押収されており、一部の健康保険証は、ネット通販で詐取した商品を空き家で受け取った際の本人確認や口座の不正開設に使われていたとのことであり、機構の審査の甘さに端を発して、実際の詐欺事件の犯罪ツールとして悪用されていた事実、すなわち、機構の審査の甘さが犯罪インフラ化している実態が明らかになったと指摘できます。

 また、類似のものとして、京都市内の医師が不正取得した通院患者名義の住民基本台帳カードを悪用し、交通違反の摘発を免れた有印私文書偽造事件も発生しています。医師が患者になりすまして不正に住民基本台帳カードを取得したものですが、本人確認資料として、患者から預かった患者名義の預金通帳と年金番号通知書を市に提出しており、交付手続き自体は正規のものと言えます。つまりは、これも前回指摘した「顔写真のない書面」による本人確認手続きの脆弱性(日本でのみ通用し国際的には通用しない実態)を突かれたものでもあり、これが可能だということは、実はマイナンバーカードを不正取得できる可能性があることを示すことにもなります。



<名義貸し>

 名義貸しは、本人確認の脆弱性を突く典型的な手口のひとつで、単純な手口でありながら、実際には様々な場面で犯罪を成立させる重要な役割を担っている「やっかいなもの」と言えます。例えば、直近だけでも暴力団が関係するものとして以下のような事例がありました。いずれも、実際に組の活動に使用されていた(その目的で購入した)もので、活動助長性も高く、「元妻」や「交際していた女性」というやや第三者的な距離感を悪用したもの(つまり、相当の注意を払わない限り、真の受益者を特定することは難しい)と言えます。また、暴力団側からみれば、ある程度の立場の人間であっても、自らの名義ではいかんともしがたい規制の現状とそのために浅はかな悪知恵を働かせたという苦しい状況がうかがえる点が共通しています。

  • 暴力団組員であることを隠して乗用車を購入したとして、兵庫県警は、指定暴力団山口組の直系組織大原組組長と元妻を詐欺の疑いで逮捕しています。同組長は山口組のナンバー4にあたる本部長で、「元妻に頼んで買ったが暴力団ではないと誤信させていない」と容疑を一部否認しているということです。
  • 家電量販店で、自分が使うことを隠し、交際していた女性に携帯電話を購入させたとして、愛知県警は、詐欺の疑いで、指定暴力団山口組弘道会系組幹部を逮捕しています。同幹部は山口組の司忍組長のボディーガード役だということです。

<ネット不正送金・地下銀行>

 ネット不正送金や地下銀行は違法な金融取引ですが、今やその規模が拡大し、あわせて国際的な拡がりもみられます。さらには、それ自体犯罪であるだけなく、さらなる犯罪を助長する「犯罪インフラ化」している点が懸念されます。なお、直近で報道された事例では、以下のようなものがあります。

  • 愛知県内の昨年のネットバンキングによる不正送金の被害額が約2億140万円に達し、2012年に統計を取り始めてから過去最多となったということです。また、送金先となった県内の110人分の口座を分析したところ、約9割が中国人名義で、職業別で見ると、85.5%が技能実習生で、留学生も8.2%あったということです。彼らが帰国する際に不正に犯罪組織側に転売した可能性もありそうですが、そもそも技能実習制度や留学制度が不正取引のひとつのツールとなっている状況がうかがえます。
  • 中国広東省の警察当局は、昨年1年間に同省で83件の地下銀行を摘発し、計231人を拘束したということです。不正に動かした資金は計2,072億元(約3兆7,000億円)にも達し、経済犯罪やインターネット賭博、振り込め詐欺などに加え、汚職に絡んだ資金のマネー・ローンダリング等に悪用されている実態があるといいます。

<使途秘匿金>

 先月、大手土木会社が東京国税局からおよそ1億2,000万円を使途秘匿金と認定された事案が発覚しましたが、それとともに、特に建設・土木業界全体において、使途秘匿金を認定された法人が増加している実態があるとの報道がありました。使途秘匿金課税自体は制度化されているものですが、支払先が明らかにされない支出は、政治家へのヤミ献金や贈収賄、脱税、反社会的勢力への資金提供などにつながりやすいであろうことは誰の目からみても明らかです。
 実際に、過去、当社が依頼を受けて、経営幹部が暴力団との関係を疑われていた上場企業の資金の流れや取引の実態把握を行っている最中に、東京国税局から数億円にも上る使途秘匿金を認定されたことがありました(実際に後日の調査で、まともな審議もされないまま、一部の経営幹部のみで支払先や使途など全く不明な「現金」での至急払いが行われるなど不透明な支出が多数見られました。前後の文脈から反社会的勢力と疑わしい関係先への支払いであることがうかがえましたが、断定するまでには至りませんでした)。

 そもそも、使途秘匿金課税は、平成5年のゼネコン汚職事件をきっかけとする企業の「使途不明金」を用いたヤミ献金や贈収賄などへの社会的な批判を背景に、「企業が税務当局に対し相手方の氏名等を秘匿するような支出は違法ないし不当な支出につながりやすく、それがひいては公正な取引を阻害することにもなりかねない」(平成6年度の税制改正答申)という問題意識のもと制度化されたという経緯があります。圧倒的に不利な取扱いを課すことによって公正かつ透明性の高い資金の流れを促すものとして制度化されているにもかかわらず、それでもなお秘匿される(それが許される)ということは、株主等の利益に反する行為であるにとどまらず、重大な不透明さがあるものと自他ともに認めることでもあり、それが、反社会的勢力の活動を助長するような隠れ蓑として悪用されてしまうのであれば、極めて深刻な問題だと思われます。

8) その他のトピックス

<FCPA事例の紹介(経済産業省HPより)>

 FCPA(Foreign Corrupt Practices Act 米国海外腐敗行為防止法)など贈賄行為に対する規制の動向については、本コラム(暴排トピックス2015年9月号)をご参照ください)でも解説していますが、経済産業省から、外国公務員贈賄に関する海外における摘発事例(とりわけ、FCPAに関する執行事例)のうち、日本企業にとって参考になるものが紹介されています。

経済産業省 海外における外国公務員贈賄の摘発事例について

・共謀、教唆・ほう助したとの理由で日系企業にFCPAが適用された事例

本事案は、FCPA上の「国内関係者」や「発行者」には該当しない日系企業が、FCPA違反に問われたもの(域外適用の事例)です。実際にそれらに該当する海外の企業とともに、プロジェクトを受注するために外国公務員に金員を供与することを議論する等、様々な態様で「共謀」を行っていたこと、「国内関係者」による外国公務員に対する送金を「幇助・教唆」したことで違反に問われたという意味で、域外適用の厳しさを認識させるものと言えます。

・コンプライアンス体制の構築により法人への処罰が免除された事例

本事案は、前述した本コラムで事例(3)として取り上げています。当局に「効果的なコンプライアンス・プログラムが確立されていた」と評価された徹底した取組みは、贈賄リスクへの対応として極めて参考になるものですが、それはまた、反社リスクにおいても同様のことが求められていると言えます。具体的な共通項としては、例えば、以下のようなものがあげられます。

  • 従業員教育の繰り返しの実施と誓約書の提出
  • 新規取引開始時の反社チェック(デューデリジェンス)の全件実施
  • 取引状況のモニタリングを通じた端緒の把握
  • 既存取引先等の中間管理(内部監査の定期的な実施による抽出)
  • 反社リスク体制整備を内部統制システムの構築義務の文脈でとらえるべきであること

・非常に高額な制裁金の支払や多額の費用をかけた徹底的な内部調査、再発防止のための抜本的な措置等を講じる必要に迫られた事例

本事案も、前述した本コラムで事例(1)として取り上げたものです。リスクマネジメント体制は不十分だったものの、危機対応(クライシスマネジメント)を適切に行ったことにより、司法当局の量刑の判断において考慮を勝ち取ることができたものとなります。残念ながら、日本企業においては、不祥事に直面したときに証拠隠滅等を図るケースや(海外の当局対応リスクの認識が不十分なために)そのような意図がなくても司法妨害と認定されてしまうケースも少なくなく、リスクマネジメント・クライシスマネジメントともに海外を含むリスク情報の収集や緊急時の対応態勢の整備・訓練等は日頃から取組んでおくべき課題であることが認識できるものと思います。

<チェーン・マネジメントの視点の重要性>

 トヨタ自動車が、国内の部品工場の爆破事故で特殊な鋼材の確保が困難となり、東日本大震災以来5年ぶりに完成車の組み立てラインのある国内全ての工場が停止する事態となりました。震災以降、BCP(事業継続計画)におけるサプライチェーン・マネジメント(SCM)やデマンドチェーン・マネジメント(DCM)の重要性、取引先の選定・管理のあり方が注目されている中、「特殊な鋼材」であるがゆえの脆弱さが露呈した形となります。
 一方、横浜の傾斜マンション問題、廃棄カツの横流し事件、バス事故等、世間をにぎわせている様々な事件・不祥事も、別の見方をすれば、コンプライアンスにおける「チェーン・マネジメント」の問題であるとも指摘できます(委託先の業務遂行レベル、廃棄処理業務の適正性・ビジネスの健全性、ドライバーの質や健康管理等に対する委託元等としての監督責任など)。さらに、これまでも度々指摘しているように、AML/CFT、反社リスク対応においても、その商流上に位置する取引先等の健全性に注意を払うことが求められているという意味では、「チェーン・マネジメント」の視点が重要となります。

 さて、この「チェーン・マネジメント」の脆弱性のひとつとして、正に「特殊」なもの=ボトルネックへの対応があげられます。特殊な材料(そこからしか入手できない)、特殊な業務・価格(安かろう悪かろうでも仕方ない)、特殊な立場(そこを通すしか、そこに頼むしか方法がない)・・・といった状況に陥っている部分はないか、自らの関与する商流の中にそのようなボトルネックがないか、をこのような不祥事や事故を他山の石として、あらためて点検すべきタイミングだと言えます。

 さらに、反社リスクについて言えば、反社会的勢力は正にこの「特殊」な立ち位置を上手く利用したり、自らを暗に陽に「特殊」なものと見せることによって、自らの「儲け」を極大化しようとします。しかし、コンプライアンスの視点からよく考えてみれば、今時彼らの「特殊性」に依存しないといけない理由がないことに気付くでしょう。債権回収や地上げ・立ち退き、社内のトラブルや不祥事など、彼らが得意としていた場面は、今や弁護士に依頼すべき領域であり、法や規範、社会の要請をふまえたコンプライアンスの問題として処理される時代なのです。そこに彼らの「特殊性」は必要とされていないと認識すべきです。

 したがって、事業者は、常に、(彼らの主張する)その特殊性が合理的かつ公正・適切なものなのか、代替可能性はないのか、といった観点からの「チェーン・マネジメント」、具体的に言えば、委託している理由が合理的なものか、委託先の健全性に問題はないか、社会の要請レベルに適合しているか、といった観点からの定期・不定期の取引先チェックの実施等に真摯に取組んでいくことが重要だと言えます。

3.最近の暴排条例による勧告事例・暴対法に基づく中止命令ほか

1) 大阪府の勧告事例①

 暴力団組員が使用する中古車の車庫証明を自らの名義で取得したのは利益供与に当たるとして、大阪府公安委員会は、府内の自動車販売修理業者の60代男性に対し、大阪府暴排条例に基づき勧告しています。報道によれば、男性は組員と数十年来の付き合いがあったということです。

2) 大阪府の勧告事例②

 神戸山口組傘下の暴力団組長と知りながら高級車を販売したのは利益供与に当たるとして、大阪府公安委員会は、府内の自動車販売会社の70代の男性社長に対し、大阪府暴排条例に基づき勧告しています。報道によれば、組長は定例会に出席するために車を使っていたということですが、活動助長性の高い利益供与の典型例だと言えます。なお、大阪府公安委員会は、組長に対しても利益供与を受けないよう勧告しています。

3) 愛知県の勧告事例

 山口組系の暴力団員に代わって、飲食店やキャバクラの経営者8人からみかじめ料を回収していたとして、別の飲食店の責任者が、愛知県暴排条例に基づき、回収をやめるよう勧告を受けています。報道によれば、同責任者は、知り合いの山口組系暴力団員に代わって、飲食店やキャバクラの経営者8人から「花代」や「雑貨代」などの名目で、みかじめ料計約39万円を回収して暴力団員に渡していたということですが、自分が回収を代行すればみかじめ料の支払いを免れると考えたとされています。なお、愛知県でみかじめ料の回収を代行したことについて勧告が出るのは初めてです(そもそも、このような形態のみかじめ料の回収代行による勧告自体、珍しいのではないかと思われます)。

4) 鹿児島県の逮捕事例

 鹿児島県警は、保育園近くに暴力団事務所を開設したとして鹿児島暴排条例違反の疑いで、神戸山口組系の3次団体「薩州連合会」会長と組員を逮捕しています。報道によれば、同条例では保育園から200メートル以内での事務所の開設、運営を禁止していますが、鹿児島市内の保育園近くの2階建て住宅に暴力団事務所を開設、運営した疑いがあるということです。
なお、同条例の第3章(少年の健全な育成を図るための措置)・第12条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「何人も、次に掲げる施設の敷地の周囲200メートルの区域内において、暴力団事務所を開設し、又は運営してはならない。」との規定があります。

鹿児島県暴力団排除条例

5) 大阪府の暴力団対策法による中止命令事例

 車庫証明を取得するために、自治会集会所の駐車場を貸し出すよう不当に要求したとして、暴力団対策法に基づき、指定暴力団山口組傘下団体会長の60代の男に対し、貸し出し要求や自治会関係者との面会などを禁じる中止命令が出されています。土地の賃借をみだりに要求することを禁止した同法の条項の適用は全国初だということです。

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