暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

手で制止する人のイメージ画像

【もくじ】―――――――――――――――――――――――――

1.「社内暴排」への対応

2.最近のトピックス

1) 暴力団情勢/離脱者支援等の動向

2) ATM不正引き出し事件を巡る動向

3) 特殊詐欺の動向

4) テロリスク/テロ資金供与対策(CTF)の動向

5) アンチ・マネー・ローンダリング(AML)の動向

6) 捜査手法の高度化を巡る動向/注目すべき司法判断

・通信傍受の拡大

・GPS捜査の違法性

・代理訴訟で組事務所使用禁止の仮処分

・暴排条項導入前の口座解約の有効性

7) タックスヘイブン(租税回避地)を巡る動向

8) 忘れられる権利の動向

9) 犯罪インフラを巡る動向

・ネーム・ローンダリング

・個人情報漏えいと偽造クレジットカード

・インターネット合鍵業者

10)その他のトピックス

・共謀罪を巡る動向

・仮想通貨/ブロックチェーンを巡る動向

・組長の使用者責任を巡る動向

・スポーツと暴排/野球賭博

・王将フードサービス(OFS)事件の動向

・常識を疑う

3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

1) 大阪府の勧告事例

2) 福岡県の中止命令発出事例

1.「社内暴排」への対応

 「社内暴排」に明確な定義があるわけではなく、狭義の意味では、「役職員から反社会的勢力を排除すること(役職員として反社会的勢力が企業内に侵入してくることを防止すること)」と言えると思いますが、より広範に捉えるならば、「役職員が反社会的勢力と一切の関係を持たないこと」「役職員を介して反社会的勢力が企業内に侵入してくることを防止すること」、さらには、「企業の反社会的勢力排除(暴排)に向けた取り組みを推進すること」までを含めてよいものと考えます。そもそも、雇用契約も暴排条例で定めるところの「事業にかかる契約」であり、正に取引先と同様の反社リスク対策を講じる必要性があると言えます。なお、今般の犯罪収益移転防止法の改正においても、金融庁のパブコメへの回答で、「属性としてリスクが高いとされる反社会的勢力を採用しないこと」が例示されていることは、社内暴排を考えるうえでも、その必要性を補強するものと言えます。

 一方、使用者には、職場環境の安全配慮義務(労働契約法第5条)があり、(離脱者以外の)暴力団員等を雇用することによる職場環境の悪化に対しては厳しく対応していくことが求められるほか、暴力団員や密接関係者等が社内に在籍している情報が外部に流れれば、強い社会的非難を浴び、社会的信用を棄損することにもなりかねません。さらには、当該役職員に起因して企業が反社会的勢力と関係を持つことにより、暴排条例に抵触する「利益供与」とみなされる可能性や、銀行取引停止や公共事業からの排除、上場廃止や経営破たん等の事態さえ招くことも考えられます。したがって、これら役職員の排除については、「入口」対策としてだけでなく、業務上あるいは私的な場面で接点をもってしまうことなどを防止・監視・把握する「中間管理」対策や、万が一関係をもったことが判明した、会社の信用を棄損する事態をもたらす結果を生じさせたなど、解雇・懲戒処分という「出口」対策も求められることになります。

 企業が行うべき「社内暴排」の具体的な取り組みとしては、取引先と全く同様の考え方に基づき、役職員に対しても反社チェックを行うことや、入社時や入社後にも定期的に「反社会的勢力と関係がないことの確認書(誓約書)」を提出させること、就業規則への暴排条項の導入や反社会的勢力対応規程等の制定、反社会的勢力に関する社内ルールの周知徹底や研修の実施、およびそれを通して、日常業務をはじめ反社会的勢力の端緒を得たときの会社への報告義務を課すといった、「入口」「中間管理」「出口」における様々な施策が考えられるところです。本稿では、以下、実際に質問の多い、いくつかの具体的な場面における社内暴排の考え方について、解説していきたいと思います(なお、以下は筆者の私見であり、実際の検討や対応の際には、弁護士や社会保険労務士等の専門家と相談していただきたいと思います)。

 まず、採用時に応募者本人に対して、「現在、反社会的勢力でないかどうか」「過去、反社会的勢力であったかどうか」質問してもよいかという点については、原則として、現時点の状況については許されるものの、過去については、一定期間の加入歴等の質問にとどめるべきではないかと思われます。企業内に反社会的勢力が侵入することの危険性や企業内秩序の維持の観点などから、「反社会的勢力でないこと」や「密接交際者でないこと」は本人の「適性」に関する事項であって、違法なプライバシー侵害にはならないと考えられます。また、暴排条例の主旨(関係者が暴力団関係者でないことを確認するよう努めるものとする、などの努力義務)からも、労働契約の締結に先立ってこれらの確認をすることが求められていると解釈できると思います。一方で、過去については、(離脱者支援の問題が顕在化している中)そもそも更生を妨げるおそれや、関係を断ってから相当の期間が経過しているような場合にまで、本人の「適性」として質問することは認められ難いものと考えます。したがって、質問の範囲も限定したものにとどめるべきということになります。

 また、採用段階で本人が反社会的勢力である親族と「同居」している、「同一生計」であることを考慮するのは許容されるかという点については、「社会的に非難されるべき関係」が認められ、職員として「適性」を欠くと認められる場合には許容されるのではないかと考えます。そもそも、厚生労働省による公正な採用選考の考え方として、「生活環境・家庭環境など」については、「本人に責任のない事項」として把握しないよう配慮を求めています。

厚生労働省 公正な採用選考の基本

 ただ、反社会的勢力との同居が「本人に責任のない事項」かと言われれば、同居をやめて関係を解消することは可能であることから、あえて関係を継続することをもって採用を拒否することは決して不合理ではないのではないかと考えます。また、同一生計については、同居よりもさらに強い関係を推認させるものであり、公共事業からの暴排等の場面では同一生計からの暴排が規定されている(例えば、暴力団対策法第32条第1項の2では、「次に掲げる者をその行う売買等の契約に係る入札に参加させないようにするための措置を講ずるものとする」として、「指定暴力団員と生計を一にする配偶者(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)」が指定されているほか、福岡県暴排条例第6条でも、「暴力団関係者(暴力団員又は暴力団若しくは暴力団員と密接な関係を有する者をいう。略)を県が実施する入札に参加させない等の必要な措置を講ずるものとする」と規定されており、同一生計からの暴排が想定されています)ことから、採用を拒否することには合理性があるものと思われます。

 採用内定者から誓約書を取り付ける効果については、反社会的勢力の企業への侵入を抑止する効果だけでなく、本人に対する意識付け(企業姿勢の明確な伝達や暴排の徹底に向けた社内ルールの実効性確保など、社風の定着に寄与することが期待されます)、万が一の際の法的防御の強化といった様々な側面があります。また、暴排条項と同様に、現時点の属性に対する表明保証違反を問うことが可能になるほか、将来暴力団員等にならないことや、将来暴力団員等と一切の関係をもたないことを誓約させることから、就業規則等への暴排条項の導入とあわせれば、万が一の際の「出口」対策の有効性を補強するものとなりえます。

 採用内定者が反社会的勢力ではないかとの「疑い」が判明した場合に、それを理由に採用内定を取り消せるかどうかについては、「疑い」だけで内定を取り消すことは難しく、詳しい調査を行う、モニタリングを継続するなどして真実であると認めるに足る証拠を(戦える段階にまで)積み上げることや、反社会的勢力との関係以外の関係解消事由(内定取消事由)を探して、それを理由とした対応を検討する、といったことが考えられます。実際に、参考となる裁判例として、「オプトエレクトロニクス事件(東京地判平成16年6月)」がありますが、同社が内定取消に用いた情報は、「あくまで伝聞に過ぎず、噂の域をでないもの」ばかりであると指摘されており、「当該噂が真実であると認めるに足りる証拠は存在しない」として、内定取消を無効としています。取引先における「出口」対策同様、相手の反社属性の立証には十分な注意を払う必要があり、企業として手を尽くしたうえで合理的な判断を導く(すなわち、経営判断の原則を充足する)ことが求められます。

 就業規則に暴排条項を導入することについては、会社の姿勢を明示して暴排に向けた職員の意識の統一を図ること、明文化することで外部からの侵入に対する予防・抑止的効果が期待できること、万が一の際の裁判規範として、雇用契約の解消(普通解雇・懲戒解雇等)をより円滑に進められる効果も期待できるといったメリットがあります。また、実際に導入すべき内容としては、服務規律として、「反社会的勢力に属さないこと」「密接な関係を持たないこと」はもちろん、「一切の関係を持たないこと」まで記載することも考えられます。さらに、「関係を知った場合の会社への報告義務」「反社チェック等の会社の定めたルールに従って業務を適正に実施すること」等についても十分に考えられるところであり、どこまで記載するかは企業のリスク判断事項となります。また、これらをふまえて解雇事由や懲戒事由についても検討する必要があります(例えば、一切の関係遮断をうたいながら、密接な関係とは言えない私的な交際をも懲戒の対象とすべきかどうかは議論の余地があると言えます)。

 既存の社員から誓約書を取り付けるべきかどうかについては、取引先管理と同一のスタンスをとり、全員から取り付けるべきだと言えます。この点については、社内に関係者がいることによる企業内秩序に与える悪影響なども考えれば、合理性が認められるものと言えると思いますし、誓約書の提出を業務命令として発することについても、相当の理由があるものとして認められ、社員は命令に従う義務が生じるとも言えます。一方で、業務命令に違反した不提出を理由として懲戒処分にすることについては、程度の問題はあるものの、企業秩序を乱すものとして制裁を課すことも可能ではないかと考えられます(なお、実際に、過去、反社会的勢力と知って取引を行っていた複数の部長クラスが誓約書の提出を拒んだケースがありました。本ケースでは、企業側の判断で、過去の行為を遡って処罰はしないが、今後について誓約して欲しいと説得し、取り付けることができましたが、誓約書の重みをあらためて感じさせるケースとなりました)。ただし、その合理性・相当性を担保するために、就業規則等への暴排条項の導入だけでなく、誓約書の提出義務をあらかじめ明示しておくことなどは取り組んでおく必要がると思われます。

 社内暴排の観点からは、上記のほかにも様々な問題や疑問があるところですが、ベースとなる考え方は、雇用契約もまた事業にかかる契約の一つであって、取引先からの暴排と基本的には同様のスタンスを持つべきということです。さらには、社内暴排は、現在および将来にわたって、反社会的勢力が役職員として/役職員を介して企業に侵入することを防止するほか、企業の暴排の取り組みに実効性を持たせるために必要な「意識」付けにとって重要な取り組みの一つであると認識し、これによって、反社リスク対策全般の底上げを図っていただきたいと思います。

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2.最近のトピックス

1) 暴力団情勢/離脱者支援等の動向

 先日、和歌山市内で指定暴力団神戸山口組系組幹部が殴打されて死亡する事件が発生しました。事件の背景事情は今のところ不明であり詳細を待ちたいと思いますが、山口組の分裂抗争の組織的な流れであれば、「特定抗争指定暴力団」の指定も現実味を帯びる状況になりつつあると言えます。

 さて、山口組分裂騒動から1年が経過し、現在も組織としては表立った抗争を避け、(皮肉なことに)「法令遵守」を徹底することにより組織の防衛を図っている両団体ですが、水面下では相変わらず様々な駆け引きや情報戦が行われています。例えば、指定暴力団六代目山口組の篠田建市(通称・司忍)組長が、9月末に横浜市内で指定暴力団稲川会や指定暴力団住吉会の最高幹部らと極秘会談を行ったとの報道がありました。この3団体は友好関係にあるものの、特段の行事のない時に会うのは極めて異例であり、自らの影響力を誇示しながら神戸山口組側をけん制する狙いがあったと考えられます。また、これに先立ち、神戸山口組側は、新神戸駅で篠田建市組長に対し「サインください」などと挑発する行為におよぶ騒ぎを起こすなど、抗争は泥沼化の一途を辿っています。前回の本コラムで指摘した通り、暴力団がその存在を自ら堂々と誇示できない状況や、資金獲得のために、ご法度とされる「詐欺」や「覚せい剤の密売」、「窃盗」等になりふり構わず手を染めている状況、報復などの「ヤクザ」としての筋を通した行動すらできない状況が続くのであれば、暴力団の存在意義自体が問われていると指摘せざるを得ません。さらには、そのような犯罪組織を合法的な枠にあてはめて規制することで果たしてよいのかといった、非合法化に向けた議論を行うべき時期に来ていると言えます。

 一方、特定危険指定暴力団工藤会については、福岡県警が同会トップの野村被告を摘発した「頂上作戦」から2年が経過し、組員の離脱が相次いでいます。一方で、以前、本コラム(暴排トピックス2016年8月号)で紹介した北九州市の「企業対象暴力に関するアンケート調査」結果でも、企業への不当要求が激減したことが判明しましたが、工藤会が関与したと思われる未解決事件も多数あり、市民の不安を完全に解消するまでには至っていません。

 この頂上作戦では、福岡県警に逮捕された工藤会系組員が200人近くに上り、全構成員の4割超に当たるなど、組織に大きな打撃を与えることができたという意味では高く評価したいと思います。その大きな成果の一つが離脱者の増加であり、これまでに80名あまりが離脱しています。また、福岡県警が取り扱った離脱支援者全体についても、平成25年は42名だったものが、平成26年は65名、平成27年には127名にまで急増している現状です。ただ、福岡県警には、実は、半世紀前にも最高幹部を含む組員の大量検挙を行い、壊滅寸前にまで追い込んだ歴史がありながら、結局は、懲役を終えた組員らが組織の再編を強化するという悪循環を生んでしまったという反省があるといいます。実際の離脱者支援においては、組員が、組抜けの際に抱く「報復」や「就労」に対する不安が大きく、企業側にも元組員を雇い入れることに大きな不安を感じており、双方の不安を解消するための取り組みが必要不可欠であって、今まさに福岡県警は、過去の反省をふまえながら、福岡県暴排条例の改正や広域連携協定、同県内の弁護士会や暴追センターと県警の三者協定の締結など様々な取り組みを行っている途上にあります。

 なお、最近の実態調査結果(先日都内で開催された「警察政策フォーラム~暴力団員の社会復帰対策の今後の展望と課題」における配布資料)によれば、「首領や幹部級の者は離脱後も安定した職に就いている一方、それ以外の者は無職者となる傾向」や「無職者は、アウトローとして、覚せい剤や窃盗、恐喝など金になることなら何でも行うようになる傾向」があるといいます。それに対して、企業側も暴排の機運の中、元組員らの採用に難色を示す(先の北九州市の調査でも8割の企業が離脱者雇用に消極的という結果)傾向にあり、このミスマッチの解消は一筋縄ではいかないのが現状です。

 なお、同フォーラムでは、福岡県警が離脱者支援した者について、暴排条項の5年卒業基準を適用しない取り組みを模索しているとの報告もありました。この点については、本コラム(暴排トピックス2016年2月号)でも、離脱者支援において事業者が社会的コストを負担するための4つの要件を提案し、その一つとして、「5年卒業基準の例外事由であると警察など公的機関が保証してくれること(公的な身分保証の仕組みがあり、それによって事業者がステークホルダに対する説明責任が果たせること)」を掲げており、福岡県警の取り組みの方向性は正にこの点に合致していると言えます。

 一方で、上記実態調査から見えてきているのは、離脱のターニングポイントが「結婚」と「安定的仕事への就業」であるという点で、それによる「社会的紐帯の回復」が普通の社会生活への復帰を可能にするとの提言もあり、そうであるならば、「社会的紐帯の回復」という意味では、事業者の「雇用」に焦点を当てた取り組みは当然のこととして、それだけでなく、「地域社会による支援」という視点から出来ることを考えていくことも、今後の離脱支援のあり方として重要だと思われます。この点については、テロリスク対策の一つにも同様の考え方があり、例えば、「ローンウルフ型」テロリストも、実は、外部との遮断を断って孤独感や疎外感等を強めるというよりは、地域社会や何らかのコミュニティとの接触を続けている傾向があることが分かっていることから、そのコミュニティの中である者が過激化する何らかの兆候を得ることができるかもしれないし、コミュニケーションを通じて過激化を阻止できるかもしれないということが言われています。これを離脱者支援の文脈にあてはめて考えれば、地域社会において、離脱者に「居場所(社会的紐帯)」を提供することによって、通常の社会生活への復帰(真の更生)が円滑に進められる可能性があるのではないかということになります。

2) ATM不正引き出し事件を巡る動向

 本コラムでは、ATM不正引き出し事件は、海外の犯罪組織と日本の暴力団が連携し、その指示の下、特殊詐欺集団が実行犯との構図であることを指摘してきましたが、最近の報道によれば、暴力団が海外のハッカー組織と手を結んで不正引き出しを計画したもので、これまで(9月末時点)に現金引き出し役など計92人を窃盗容疑などで逮捕、いずれも指定暴力団の山口組、神戸山口組、稲川会、住吉会、道仁会、合田一家の6組織の傘下組織幹部や組員が事件に関与したほか、別の指定暴力団の関与も浮上しているということです。なお、逮捕された出し子の裁判もすでに始まっており、東京地裁では、「全国一斉に短時間で多額の現金を引き出した極めて巧妙な組織的犯行で、果たした役割は大きい」と指摘して、出し子に懲役2年8カ月(求刑・懲役3年6月)の実刑判決を下しています。また、出し子の逮捕事例もまだまだ続いており、最近ではトヨタ自動車の社員が逮捕されたことも報道されています(本コラムでたびたび指摘していますが、社員教育をいくら徹底しても、それが届かない社員も一定数存在すること、その一部がこのような問題を起こしてしまうこと、一部の社員の問題であっても、このように会社名まで報道されてしまうリスクを、事業者は改めて認識する必要があります。したがって、当たり前の指導が届かない社員をいかに把握するか、彼らの行動等をどうやって監視していくか、といった個別のリスク対策のあり方も検討する必要があると言えるでしょう)。

 一方で、ATMから現金を引き出された側のセブン銀行は、一度に引き出せる限度額を10万円から5万円に引き下げていますが、今般、再度見直しを行い、安全性の低い磁気ストライプ式のカードは3万円まで引き下げる一方、より安全性の高いICチップを使ったカードは10万円に引き上げる対応を行っています。本コラム(暴排トピックス2016年6月号)では、「何故、日本のATMが狙われたのか」について、「ATMのネットワーク管理が甘く、不正分析ソフトに見破られないこと」「旧式で安全性が低い『磁気ストライプ』のカードが通用し、クレジットカードの暗証番号を検証する『Chip and PIN(チップ・アンド・ピン)システム』への対応が遅れていること」「実行犯である『出し子』を手配するネットワークが出来ていること」といった諸条件が揃っているからだと指摘しています。明らかに日本が海外の犯罪組織のターゲットとなっていることを示した本事件をふまえ、引き出し限度額の見直し(といった小手先の対応)だけでなく、不正防止・監視・検知・対応といったいずれの対策の質も向上させていく必要があります。

3) 特殊詐欺の動向

 警察庁から平成28年1月~8月の特殊詐欺の認知・検挙状況等が公表されています。

警察庁 平成28年8月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 特殊詐欺全体の平成28年1~8月の認知件数は8,802件(前年同期9,189件、▲4.2%)、被害総額は253.7憶円(同314.8億円、▲19.4%)となり、7月までと同様、認知件数・被害総額ともに大きな減少が続いています(ただし、認知件数については、7月までの減少ペースからは鈍化しています)。内訳として、オレオレ詐欺の認知件数が3,715件(同3,980件、▲6.6%)、被害総額が101.4億円(同112.1億円、▲9.5%)、架空請求詐欺の認知件数は2,152件(同2,629件、▲18.1%)、被害総額は98.7億円(同116.2億円、▲15.0%)、融資保証金詐欺の認知件数は281件(同303件、▲7.3%)、被害総額は4.8億円(同3.7億円、+29.7%)などとなっており、融資保証金詐欺の被害金額の伸びが気になります。また、還付金詐欺については、認知件数2,288件(同1,501件、+52.4%)、被害総額27.0億円(同15.7億円、+72.0%)と、認知件数・被害総額ともに急激な増加傾向を示しており、さらには、その増加ペースも伸びている点が気になります。

 このように、減少傾向にあるとはいえいまだ高水準にある特殊詐欺被害ですが、その抑止に向けて様々な取り組みや施策が出てきていますので、最近の取り組み状況について、以下紹介いたします。

  • 大阪高等検察庁が特殊詐欺事件で起訴された犯罪グループの末端メンバーに対し、被害総額と同じ追徴金を裁判で求刑する方針を決め、管轄する近畿2府4県の地検に指示したとの報道がありました。末端のメンバーは、小遣い感覚で事件に関わるケースが多いのは周知の事実ですが、起訴されたうえに稼ぎを没収されることで、結局「割に合わない」ことを認識させ、安易な気持ちから関与することがないようにする狙いがあると思われます。この方針をもっと広く社会に周知徹底するとともに、全国的に横展開していくことで、抑止効果をさらに高めることができるのではないかと考えられます。
  • 電話機と電話回線の間に設置し、電話の発信者に対して「会話内容が録音されます」という警告メッセージを流すとともに通話内容を録音する「通話録音機」が注目されています。消費者庁が、以前、約5カ月かけて岩手県や千葉県、大分県で県が行った実験では、事前警告で悪質な問い合わせが10分の1程度にまで減少し、アンケートでは90%以上の利用者が「安心できた」と回答するなど、一定の効果がみられたといいます。今後、自治体が購入して無料で貸し出すなどの取り組みが進めば、被害の防止につながるのではないかと考えられます。
  • 高齢者の資産を振り込め詐欺などの犯罪被害から守る「セキュリティ型信託」の販売を信託銀行が強化しているとのことです。信託した資金は事前に決めておいた親族の同意がなければ引き出せない仕組みで、警察や自治体とも協力し、販売の拡大に取り組んでおり、新たな詐欺対策として注目されます。
  • 国は、平成12年4月から「成年後見制度」を導入しています。認知症などで判断能力が衰えた高齢者や障害者に代わって、家庭裁判所が認めた親族以外の第三者後見人が財産を管理したり、契約を締結したりすることができる仕組みで、第三者後見人には、司法書士をはじめ、弁護士や社会福祉士などが選ばれることが多いということで、このような仕組みがもっと普及することも詐欺対策として重要ではないかと思われます。
  • 特殊詐欺は日本だけに限ったものではなく、世界的に問題となっています。とりわけ高齢者を狙った金融詐欺を防ぐには、銀行取引に顔認識を導入するなど新しいITが役に立つとした報告書を世界経済フォーラム(WEF)が発表しています。顔認証以外にも、利用者の位置を特定する技術の有効性や、金融機関の職員として、顧客が認知症になりそうな場合に事前に兆候を把握し、支援するための訓練を受けるべきだといった提言も含まれています。

 また、特殊詐欺の摘発手法として定着しつつある「だまされたふり作戦」について、その捜査手法に関する司法判断が出ています。報道によれば、福岡地裁では、「被告は被害者がだまされたと気づいた後に加担しており、罪に問えない」「被告の加担後は、だます行為は行われておらず、荷物を受け取った行為は詐欺未遂の構成要件に該当しない」と判断したうえ、捜査側に対して「『だまされたふり作戦』の有効性は否定しないが、捜査は慎重に行うべきだ」との指摘もあったということです。一方、名古屋高裁では、詐欺グループと共謀していれば荷物の受け取り行為は犯意が継続し、罪に問えるとの見方を示し、同作戦の捜査手法そのものは容認しています(ただし、事件そのものについては、「男性が共謀したと認める証拠はなく、証明は不十分。被害者が発送した荷物が現金だったと認識していたとは言えない」と指摘し、無罪となっています)。なお、この名古屋高裁の判決については、名古屋高検が上告を断念したため、受け子の無罪が確定しています。「だまされたふり作戦」の捜査手法については、その有効性は概ね是認されているものの、司法の判断は今なお確定したわけではなく、今後も動向を注視していきたいと思います。

 一方、特殊詐欺対策に有効なものの一つに犯罪利用が疑われる金融機関の口座取引を強制的に停止する「凍結」措置がありますが、報道(平成28年9月23日付毎日新聞)によれば、凍結措置が導入された2008年以降、犯罪とは無関係な487件の口座が誤って凍結されていたことが分かったということです。迅速な口座凍結によって詐欺被害の拡大防止に成果を上げている一方で、「口座が急に凍結され、生活費が引き出せない」という苦情や相談が増加しているようです。事例の中には、運転免許証や健康保険証の紛失・盗難により、犯罪グループに個人情報が渡ったために不正な口座が開設され、その名義人の別の口座まで次々と凍結された例や、いったん凍結されると同じ名義人の別口座も次々と停止されるため、日常生活や就職に支障を来たし、極度の貧困に陥る事例など深刻なものもあるといい、このような「誤った」凍結措置を「迅速に」解消できる救済措置(運用の改善)の検討も急がれます。

 本件のように、「利便性」と裏腹の関係にある「犯罪に悪用されるリスク」は常に並存しており、リスク対策を強化すれば過剰な規制の問題点が露呈する、という構図は、様々なところで見られます。例えば、ネット銀行でも、昨年1年間で犯罪利用が疑われるとして口座が凍結され失権手続きに入った口座が約1万件に上り、3年前の2.7倍に増えたといいます。これは、ネット銀行が独自のアルゴリズムで不審な口座を排除する取り組みを強化するのに伴い、犯罪とは無関係の口座まで凍結されるケースまで増えていることを示唆しており、利便性と規制のバランスの難しさを実感させられます。

4) テロリスク/テロ資金供与対策(CTF)の動向

 バングラデシュの首都ダッカで、日本人7人を含む人質20人が殺害された人質テロ事件が発生してから3カ月が経過しました。事件を起こしたとされるのは、地元の過激派組織「ジャマトル・ムジャヒディン・バングラデシュ」(JMB)ですが、同国当局は、事件を「ホームグロウン・テロ」と主張しています。そもそも、バングラデシュでは昨年以降、イスラム原理主義を批判する活動家や外国人が相次いで殺害されており、ISが犯行を認めていたものの、同国政府は、国際的イメージの低下を恐れてか、「国内にISは存在しない」と頑なに主張し続け、対策を怠っていたと言われており、それが本事件における同国政府の対応の遅れを招いたのはないかとの指摘が根強くあります。そのような中、この事件に使われた資金がアラブ首長国連邦(UAE)から送金されていたことが分かり、「ホームグロウン・テロ」では片づけられない、背後にある国際的な背景事情が見えてきました。

 また、現在のテロリスクにつらなる脅威が顕在化したのは紛れもなく2011年の米同時多発テロですが、そのニューヨークのマンハッタンでテロと思われる爆発事故が発生し30名あまりの負傷者が出ています。事件後間もなく、FBIとニューヨーク市警は、ニュージャージー州に住む28歳のアフガニスタン出身の米国籍の男が関与している疑いがあるとして逮捕しています。同爆発事件のほか、同じ日に発生した同州のマラソン会場の爆発事件などにも関与した疑いがあるとされ、押収したノートに爆弾で米政府などに対する「聖戦(ジハード)」を行うとの趣旨の記述があることも判明しています。イスラム過激思想に影響された連続爆弾テロが疑われており、本件について、米司法長官は「テロ行為」として捜査していると述べています。米同時多発テロ発生から15年が経過しましたが、ISなどによるテロが世界各地で頻発する中、実は、ニューヨークではテロは1件も発生していません。報道によれば、同時テロ以降、同市を標的にしたテロ計画は16件あったものの、未遂に終わったとのことです。また、今回の容疑者について、2年前に父親から「息子がテロリストかもしれない」と通報があり、FBIが一時捜査していたものの、父親が話を変えたことから捜査は短期間で打ち切られており、事件発生時は当局の監視対象ではなかったとの報道もありました。

 一方で、本事件を含む、各国におけるテロへの対応で参考になると思われる点について紹介しておきたいと思います。例えば、ニューヨーク市警が、情報提供を求めて地域のスマホに一斉メッセージを配信しています。爆発事件の容疑者名を公表し、見かけた場合はただちに通報するよう呼びかける内容で、このメールに反応した市民から容疑者に関する通報が寄せられ、迅速な逮捕につながっています。同様に、フランスのパリで、5本のガスボンベを搭載した乗用車が見つかり、テロ事件を未然に防いだ事案がありましたが、その端緒となったのは、現場近くの飲食店従業員からの不審な車があるとの「通報」でした。また、これとは別に、リオオリンピック中にテロを計画したとして、8人が反テロ法などに基づき訴追されていますが、インターネット上などでテロ組織への勧誘や組織の宣伝を行った疑いなどが持たれており、ブラジル当局は米当局からの情報を基に、武器購入やテロ計画についてやり取りした電子メールなどを「傍受」した結果の逮捕ということです。これらの事例を日本に置き換えてみた場合、通報をすべての市民に一斉に促す仕組みが存在することや通信傍受を可能にする法整備、不審な状況や情報提供の要請に対して、市民が適切に反応する(無関心で終わらせない勇気ある市民がいる)ことなどの社会的土壌があって初めて、有効なテロリスク対策が講じられる(テロリスク対策の実効性を高めることができる)のだろうと考えさせられます。

 また、テロリスク対策としては、スイスで、テロ防止のため同国の情報機関に対し国民の電話盗聴や電子メールなどネットの監視などにより多くの権限を与える法案の是非を問う国民投票が行われ、賛成が65・5%と反対を上回り可決されたことも注目されます。スイスには個人のプライバシーを尊重する伝統があり(スイスの金融機関の長年にわたる守秘義務の伝統は有名でした)、これまで情報機関には公開情報や外国政府からの通報に基づいた活動しか許されてこなかったところ、隣国のフランスでテロが相次いだことから危機感が高まっていたものです。一方の日本では、バングラテロ事件を経験してもなお、共謀罪改め「テロ等組織犯罪準備罪」の創設、国際組織犯罪防止条約の批准に向けた審議入りすら出来ていない状況であり、あらためてテロリスクに対する危機意識・対応のスピード感の違いを感じます。

5) アンチ・マネー・ローンダリング(AML)の動向

 既にご案内の通り、10月から改正犯罪収益移転防止法(犯収法)が施行されています。

犯罪収益移転防止法の概要(平成28年10月1日以降の特定事業者向け)

 主な改正のポイントについては、前回の本コラム(暴排トピックス2016年9月号)で解説していますので、そちらを参照いただきたいと思いますが、今回の改正を行ってもなお、国際的なAML/CTFの要請レベルには追い付いていない部分がいくつかある点はあらためて認識しておくべきと考えます。

 例えば、「既存顧客の顧客管理」(反社チェックにおける「適切な事後検証(中間管理)」のイメージ)について、FATF(金融活動作業部会)からは、「重要性およびリスクに応じて、既存顧客に対する顧客管理措置を行うことが義務づけられていない」との指摘を受けています。「重要性およびリスクに応じて」の具体的なものとしては、「相当額の取引(敷居値以下)が行われた場合」「口座の運用方法に実質的な変更があったとき」「金融機関が既存顧客に関する十分な情報が不足していると認識したとき」が該当しますが、改正犯収法では、既存顧客との取引については、概ね「取引時確認済みの確認(+新たな取引時確認事項の確認を求める)」をすれば足りるとしています。反社チェックにおいては、既存顧客を対象とした「定期・不定期」の確認が求められている(FATFの指摘にある上記3つの端緒が認められる場合、反社チェックの実務においては、不定期の確認を行う運用が通常です)中、少し緩い(甘い)印象が拭えません。

 また、FATFからは、「業務関係の確立もしくは一見顧客に対する取引の実施の前またはその過程において、顧客および受益者の身元を照合すべき」として、顧客管理措置は取引開始前になされることが原則とされています。ただし、(実質的には事後の完了となる)非対面取引等の場合は、業務上合理的な範囲内で速やかに身元の照合(本人確認)を実施するとともに、取引件数、種類、額を制限したり、多額または複雑な取引を監視するなど、完了前に取引することのリスクを低減するためのリスク管理措置を義務付けています。しかしながら、この点について改正犯収法では、「取引開始後に本人確認を行う場合であっても、FATFが求めるリスク管理措置を講ずること」までは求めていません。とはいえ、事業者としては、義務化の有無にかかわらず、リスクを低減させるための何らかのリスク管理を行うべきだと言えるでしょう。一方、反社チェックの実際の運用においては、入口でのチェックが十分でない(既に取引を行っている)既存顧客の取引条件について、リスクの低減のために何らかの制限を加えるといった取り組みはなされていない状況にあります。その意味では、取引条件等ではなく、「モニタリング」のレベル感を検討することが考えられます。例えば、賃貸借契約において、本来は、「契約者・入居者・同居人」をすべてチェックすべきところ、現時点の運用として「契約者」のみのチェックを実施していた場合、入口で十分な審査が行われているとは言い難いことになります。更新時に、「契約者・入居者・同居人」のすべてをチェックする運用に変更するにしても、それまでの期間は、実際の入居者や同居人(いわば、真の受益者)に反社会的勢力が紛れ込んでいる可能性や、それが認知できない可能性は否定できません。現実的な運用は難しいとはいえ、入居者や同居人の状況をモニタリングしたり、不審な点があれば通報を促すといったリスク管理措置を検討してもよいと思われます(実際のところ、特殊詐欺のアジトや暴力団事務所発見の端緒は近隣の住民からの通報が多いようです)。

 さて、特殊詐欺や偽造カード等による金融犯罪は実際に被害が発生する犯罪であり、反社会勢力との関係も、判明すれば取引を解消することが求められており、事業者にとっては、そのリスクが「損害が生じる/可視化されている」点で共通しています。一方、マネー・ローンダリングは、金銭的な被害が発生しないことから、一見、被害者が存在しないように見える点で大きく異なります。ただし、金融犯罪や反社リスク対策においては、それらの犯罪行為等で得られた犯罪収益の出所を分からなくする行為こそがマネー・ローンダリングであり、その対策(AML)は、犯罪組織の維持・拡大、犯罪の拡大再生産のために再投資されることを防ぐ重要な取り組みだと言えます。言いかえれば、すべての事業者にとって、自らのビジネスがマネー・ローンダリングに利用されるリスクがあるということであり、反社リスク対策同様、業種・業態・規模等にかかわらず等しくそのリスクに取り組まない限りは、何らかの抜け穴が存在し続けることになります。現状の犯収法が、金融機関や不動産事業者などの「特定事業者」のみを対象としていること自体が、今後の大きな課題と認識すべきかもしれません。

 さて、実際のマネー・ローンダリング事案で最近のものとしては、米国から送金された犯罪収益を不正に引き出し、国際的なマネー・ローンダリングに関与した疑いがあるとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益の隠匿)と詐欺の疑いで、元指定暴力団山口組系組員ら3人が逮捕された事例があります。本事案においては、米国から名古屋市の地銀の支店の自分名義の口座に送金された詐欺事件の被害金(計約8500万円)について、銀行に「重機の販売代金」と虚偽の説明をして払い戻しを受けたとされています。本事案においては、地銀側が「重機の販売代金」との説明について、その信ぴょう性(疑わしい兆候がなかったか)や厳格な顧客管理を行っていたかといった点、元暴力団員が自分名義で保有していた口座への送金事実について、そもそも口座保有者の事後検証が適切だったか(元暴力団員という属性を把握していたか、口座取引解消に向けてアクションをとっていたか・・・)といった点などを検証する必要があります。

 また、AMLに関連して、北朝鮮による5度目の核実験を受け、米政府が、北朝鮮の銀行と取引がある中国企業1社と同社責任者ら4人の米国内にある資産を凍結し、同社との取引を禁じる独自制裁を発表していますが、北朝鮮の核開発をめぐり、米政府が中国企業を制裁の対象にしたのは初めてということです。米政府はまた、同社や関連企業が持つ25の銀行口座を差し押さえるよう中国当局に要請しています。そもそも、北朝鮮については、AML上、世界的に「高リスク国」との位置づけ(日本でも平成27年犯罪収益移転危険度調査書でも「危険性が著しく高い」国・地域と評価されています)であり、今回の制裁対象(中国が米の要請に基づき制裁すればそれも含む)についても実務上は取引NGと認識すべきということになります。

6) 捜査手法の高度化を巡る動向/注目すべき司法判断

(1) 通信傍受の拡大

 通信傍受の拡大は、今年6月に公布された刑事司法改革関連法に、取り調べの録音・録画(可視化)の義務化や司法取引などとともに盛り込まれましたが、政府は、警察による通信傍受の対象となる犯罪を12月1日から増やすことを閣議決定しています(可視化と司法取引も今後順次始まる予定です)。現在の対象犯罪は、「薬物関連犯罪」「銃器関連犯罪」「集団密航の罪」「組織的殺人」の4類型に限られていましたが、今回の拡大で、「爆発物の使用」「現住建造物等放火」「殺人」「傷害・傷害致死」「逮捕・監禁関係の罪」「略取・誘拐関係の罪」「窃盗」「強盗・強盗致死傷」「詐欺・電子計算機使用詐欺」「恐喝」「児童ボルノ関係の罪」が新たに加わることになります。また、「暗号技術を活用することにより、傍受の実施の適正を確保しつつ、通信事業者等の立会い・封印を伴うことなく、捜査機関の施設において傍受を実施することができるなどの措置を講じる」として、通信傍受の際に第三者の立ち会いも不要になっています(ただし、当面の運用は立ち会いのもとで実施するとのことです)。ただし、裁判所の令状なしの傍受までは認めていないので、テロを未然に防止することなどについては、依然として難しいものと推測され、このあたりは今後の課題となるものと思われます。

(2) GPS捜査の違法性

 以前の本コラム(暴排トピックス2016年7月号)でも取り上げましたが、裁判所の令状なしに捜査対象者の車に衛星利用測位システム(GPS)を取り付けた捜査の違法性が問われた窃盗事件の控訴審で、名古屋高裁が、令状を取らなかった愛知県警の捜査を違法と判断しています。GPS捜査の違法性を明確に指摘したのは高裁では初でしたが、大阪高裁の今年3月の判決および1月の大阪地裁の判決も違法性を否定しています。また、3月の別の大阪地裁判決では違法性を認めたほか、水戸地裁や名古屋地裁でも違法性を認める判決が出ており、本論点については、判断がかなり割れた状況となっています。これについて、先日、最高裁第2小法廷は、審理を大法廷に回付しましたので、GPS捜査の違法性について、大法廷が初めて判断を示す可能性があり、注目されます。
なお、GPS捜査については、警察庁が、「他の方法による追跡が困難」「設置時に住居侵入などの犯罪を伴わない」「事前に警察本部の許可を得る」といった内規でその基準を定めて運用していることが明らかとなっていますが、先の名古屋高裁判決では、愛知県警が連続窃盗事件で約3カ月半にわたって令状なしのGPS捜査を続け、計1653回の位置検索をしたと認定しています。報道によれば、「警察の内規に定めた『捜査上特に必要がある』とは認めがたい。プライバシー侵害の危険性が相当程度現実化している」と指摘して、名古屋高裁が捜査を違法と判断した経緯もあります。

(3) 代理訴訟で組事務所使用禁止の仮処分

 今年1月、火炎瓶が投げ込まれる事件が起きた福岡市の指定暴力団山口組系一道会事務所について、福岡地裁が、福岡県暴力追放運動推進センターの申し立てに基づき、組事務所としての使用を禁じる仮処分決定を出しています。平成24年の改正暴力団対策法によって、国家公安委員会の認定団体(各地の暴追センター)が住民の代わりに裁判を起こせるようになった「代理訴訟制度」を使ったケースで、暴力団組事務所の使用禁止を認めた仮処分決定は全国で初めてとなります。

福岡県暴力追放運動推進センター 暴力団事務所使用禁止等の仮処分

(4) 暴排条項導入前の口座解約の有効性

 以前も取り上げましたが、暴排条項導入前の口座解約に対し、指定暴力団道仁会会長と本部長がメガバンク2行を相手取って無効確認を求めた訴訟で、福岡地裁は、「暴排条項を追加した規定(約款)の事前周知、顧客の不利益の程度、過去に遡って適用する必要性を総合的に考慮すれば解約は有効」として、請求を棄却する判決を下しています。特に、口座開設後に暴排条項を導入するなど、個別の合意がなくても事後的に既存の契約を変更できるとした点でも極めて画期的な判決で、報道によれば、口座が不正利用された場合に「事後的な対応で被害回復や、反社会的勢力が得た利益を取り戻すことは困難」として解約の合理性を認め、暴力団幹部の不利益についても限定的とし「反社会的勢力の所属を辞めるという自らの行動で回避できる」と指摘したとされます。

 今般、本件についての控訴審判決があり、「条項は目的の正当性が認められ、反社会的勢力に属する預金契約者に対し解約を求めることは合理性があり、有効」と、1審の福岡地裁判決を支持し、道仁会側の控訴を棄却する判決を下しています。

7) タックスヘイブン(租税回避地)を巡る動向

 世界の首脳や著名人らがタックスヘイブンを利用し、節税していた実態を暴いた「パナマ文書」ショックから半年経過しました。直近では、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が入手した「バハマ文書」も問題化しつつあり、日本との関連でいえば、経営破綻した旧山一証券による「損失飛ばし」に使われたペーパーカンパニー4社の名前も含まれていたようです。これらは、実体のないペーパーカンパニーで、役員は仮名で登録し、資本関係も山一から切り離していたとされます。バハマについては、ドル防衛のため米政府が1960年代に銀行の対外投融資の規制に乗り出し、70年代には米英で銀行課税を強化する動きがあったことを受けて、バハマに国際業務を移す銀行が増えたという歴史的経緯があります。バハマの国内総生産の1割余を金融サービス部門が占め、金融関連のビジネスを含めると4割弱に上るほど、バハマにとってはタックスヘイブン関連が基幹産業と言え、外国の金融機関や企業を誘致するため、所得税や法人税などを免除する政策を採っていますが、その分、情報開示には消極的だったと言われています。

 パナマ文書やバハマ文書の問題を受けて、租税回避行為を巡る問題に厳しく踏み込んでこなかった国際社会も、伊勢志摩サミットやOECD租税委員会での議論など、当該行為を規制する動きが国際的に相次いでいます(もちろん、国や地域の個別事情も絡み、国際社会は必ずしも一枚岩ではありません)。日本も、パナマとの租税情報交換協定の締結をはじめとする国際的な租税条約の締結を促進する動きや、財務省と国税庁が企業や富裕層に租税回避策を指南する税理士に仕組みの開示の義務付けと拒んだ場合の罰則も設ける方向での検討、財務省が企業や個人が税を逃れるために海外に移した所得に対し日本から課税する仕組みを強化する動き(現状のルールでは、海外の子会社がペーパーカンパニーだとしても、税率20%以上の負担が子会社に生じていれば課税の対象外になるところ、20%未満という税率区分を廃止し、税率を問わずペーパーカンパニーなら課税できるようにする新たなルールを示して国際課税逃れ対策を強化しようとしています)など、さまざまな観点からの規制等の動きが本格化しています。

 海外でも租税回避行為を行う多国籍企業に対する調査に踏み込む事例も増えており、大手IT企業の課税逃れを巡っては、フランス当局がグーグルのフランス法人を捜査、米国ではフェイスブックが調査を受けたほか、直近では、インドネシア税務当局が、米グーグルが付加価値税などの課税を免れた疑いがあるとして、調査のため捜査員をグーグルのインドネシア法人に派遣しています。報道によれば、昨年分だけでも4億ドル(約405億円)を追徴課税される可能性があるとのことです。

 また、最近の報道によれば、国連人権理事会の専門家グループが、タックスヘイブンにある個人の保有資産は計7兆〜25兆ドル(700兆〜2,500兆円)に上ること、租税回避しなければ各国が徴収できた税金の総額は少なくとも数千億ドル規模になることなどを明らかにしており、あらためてその規模の大きさや「適正な納税」のもたらす影響の大きさを実感させられます。

 タックスヘイブンを悪用する租税回避行為は、一部の富裕層や多国籍企業(その本質は「無国籍企業」)がその恩恵を享受する一方で、本来納められるはずだった税金で福利厚生を受ける機会を失った層との「格差」が拡大し、それが現在の反グローバリスム等の社会不安の拡大の遠因となっているとの指摘も説得力を持つものであり、「正しい租税行為」が強く求められるのは当然の流れと言えます。言うまでもなく、企業は法令を厳守してさえいればよいわけではなく、法令以外の複雑な慣習やルールをより一層尊重してこそ企業も社会も共存していくことができるのです。アップル社やグーグル社の行為は合法かもしれませんが、良き市民の行為とはいえないし、むしろ市民の反発を招くことにもなりかねません。多国籍企業だろうと無国籍企業だろうと、市民の理解や社会との共存なしに企業の存続があり得ない以上、「ノブレス・オブリージュ」(高貴さは義務を強制するとの意味で、財産、権力、社会的地位等の保持には社会的責任が伴うということ)にふさわしい振る舞いを行うべきだと言えるでしょう。もちろん、一方では、合法かつ適切なタックスヘイブンの利用までを過度な規制によって経済的な活力を削ぐ方向に作用することなどへの配慮も必要であり、それらのバランスをどのように取っていくか、各国・地域が自らの置かれている立場を超え、租税回避行為の適性化に向けて、いよいよ本気度が試される段階になっています。そして、タックスヘイブンがマネー・ローダンリングやテロ資金供与の舞台として、犯罪を助長する側面があり、暴力団等の反社会的勢力が現実にタックスヘイブンを利用している実態がある以上、この問題については、米欧だけでなく、日本も主導的な役割を果たすべきだと言えます。

8) 忘れられる権利の動向

 今回は、直接的に「忘れられる権利」に関係しないものの、知る権利・表現の自由とプライバシー保護の緊張関係にかかわる最近の事例について紹介しておきます。

  • 愛知県警に偽造有印私文書行使容疑で逮捕され不起訴となった男性が、実名の逮捕報道で名誉を毀損されたとして、毎日、朝日、中日の新聞3社に計500万円の賠償などを求めた訴訟の上告審で、最高裁が、毎日新聞について、「警察発表にない罪での逮捕を示しており、原告が精神的苦痛を受けたことは否定しがたい」と認定した一方で、朝日、中日の記事は「重要な部分が真実で違法性はない」と判断、「実名で報道されプライバシーを侵害された」との原告側の主張については、「犯罪報道における被疑者の特定は公共の重要な関心事で、真実性、正確性の担保のために必要」と指摘しています。
  • ツイッターでの虚偽投稿(「国会前デモに連れて行かれた孫が熱中症で亡くなった」などと祖父母に成りすました虚偽の投稿)に娘の写真を無断転用され、肖像権を侵害されたとして、投稿者の個人情報開示を求めた訴訟で、新潟地裁は「投稿は本人の承諾があったとは言えず、肖像権の侵害に当たる」として、投稿者の住所とマンション名(プロバイダーはマンション単位での契約で個人までは把握していない)を開示するよう命じています。SNS上に無断で投稿された画像の肖像権侵害を認め、個人情報の開示を求める判決は例がないということです。
  • グーグルで自社名を検索すると「詐欺」などと表示され名誉が傷つけられるとして、インターネット関連会社が検索結果242件の削除を求め、東京地裁に提訴しています。昨年、削除を求める仮処分を申し立て、東京地裁が今年4月に250件の削除を命令していますが、グーグルが不服を申し立てたため提訴したものです。「忘れられる権利」については、個人情報が議論の対象となっていますが、本件は、法人が名誉棄損の観点から削除要請を求める事例となります。報道(平成28年10月8日付日本経済新聞)によれば、グーグル社は「本訴に伴い行った調査では、国民生活センターに、原告に対して複数の苦情が寄せられていることが判明している。人々の知る権利に貢献するという観点から、引き続き裁判で争う」と話しているようです。

 本件については、グーグル社の主張が事実であれば、知る権利の観点、犯罪抑止という公益の観点、検索の公平性等の観点から、安易に削除されるべき情報ではないようにも思われます。そもそも、ネットやSNS上の情報を、反社チェックをはじめリスク管理の一つとして収集することがスタンダードとなっていることから、明らかに悪意のある、虚偽の内容でない限りは、グーグル社の主張に分があるように思われます。ただし、前回の本コラム(暴排トピックス2016年9月号)でグーグル社の法務顧問のインタビューを取り上げましたが、「グーグルが持つコンテンツではなく、他者のコンテンツに対する判断をしている」ことの困難性、「裁判所の手続きとは大きく異なり、当事者がいない。削除依頼を出した人の話に依拠して判断しなければならない」問題が指摘されている通り、本件は、当該記事や掲載内容の真実性について、グーグル社として独自の基準に基づき真摯に取り組んだ結果に対するものであり、正に「忘れられる権利」を取り巻く問題の法人版と言え、今後の動向に注目したいと思います。

9) 犯罪インフラを巡る動向

(1) ネーム・ローンダリング

 ネーム・ローンダリングの代表的な手口としては、偽装結婚・偽装離婚・偽装養子縁組、通称名の変更などがありますが、そのほかにも、東日本大震災時に津波で戸籍原本が流されたことで、戸籍を乗っ取られ、なりすましに悪用されたケースなども広く含めることができると思います。(震災の犠牲者を除き)いずれも、生活困窮者や障害者など社会的弱者が隠れ蓑に行われることも多く、これまで以下のような事例がありました。

  • 知的障害者の男性が27人もの人と偽装養子縁組をさせられた事案
    事情をよく認識できない知的障害者が利用されています。養子縁組を交わせば養子側の姓が変わり、新たな名義で銀行口座開設や携帯電話契約などが可能になり、振り込め詐欺グループや暴力団が悪用していることは知られており、実際、当該男性の口座も詐欺などの犯罪に利用された形跡があったということです。
  • 建設業の男性が、知らない間に、面識がない7人と養子・養親の縁組を繰り返したように戸籍が変更されていた事案
    この事例の特異な点は、騙されたり利用されたといった事実が本人の自覚としてなく、「全く知らないところで繰り返し行われていた」というところにあります。言い換えれば、例えば親族であったとしても、それが可能となってしまう行政の手続き自体の甘さが「犯罪インフラ化」しているということでもあります。
  • 暴力団による偽装養子縁組
    最近の事例となりますが、暴力団幹部らが、65歳の男性容疑者と共謀し、親子関係を結ぶ意思がないのに養子縁組届を提出し受理させ公正証書の原本の磁気ファイルにうその記録をさせた疑い(電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑い)で逮捕されています。男性容疑者は旧姓では海外渡航できなかったため、名字を変える目的で養子縁組したということです。

 ネームローダンリングの手口の中でも、筆者が驚いたものとしては、融資を受ける資格がない多重債務者4人を僧侶として改名、偽の源泉徴収票を銀行に提出するなどして信用させ、住宅ローンの融資金をだまし取るなどした元僧侶が関与した詐欺事件です。本件について、京都地裁は「得度制度を悪用した組織的かつ計画的な犯行」と指摘し、懲役4年10月(求刑・懲役5年6月)を言い渡していますが、先日、最高裁が上告を棄却し、1審・2審の判決が確定しています。

 報道によれば、「得度制度」とは、仏教で出家すれば戸籍の名前を変更できる仕組みのことで、その背景には経営難に苦しむ宗教法人の現状があると言われています(現在インターネット上にも、出家をあっせんするサイトが複数存在するようです)。戸籍の変更手続きは家庭裁判所で行われますが、住職が作成した得度を証明する書類と写真を添付する手続きは、形式的な審査で短時間のうちに終わるといい、チェックが甘い背景には、出家して仏門に入るという神聖な行為であるために、悪用されないだろうという(家庭裁判所側が)性善説に立っている現状があるようです。さらに、金融機関においても、個人情報保護が厳しくなる世間の流れの中で身元を詳しく調べることに慎重になっており、こうした事情を逆手に取った巧妙かつ悪質な犯罪だと言えます。

 事業者がこれらのネーム・ローンダリングに対抗するには、本人確認手続きとしてデータベース(DB)だけではほとんど無力(名字が変われば、DB上は別人と認識されるため)ですが、「入口」だけでは限界があることをふまえ、対応する職員らの「職業的懐疑心」が健全に発揮される(性善説的な思い込みや業務上の慣れによる見落とし等の排除)ための意識付けや判断基準・業務プロセス等の継続的な見直し、あるいは、実態のモニタリングなどの日常業務と組み合わせながら、「継続的な顧客管理」の中で端緒を掴んでいくといった対応が求められます。

(2) 個人情報漏えいと偽造クレジットカード

 不正アクセスなどによって盗み出された顧客情報が犯罪に悪用されるケースが相次いでいます。本コラムでも取り上げているATM不正引き出し事件もその一つであり、そのような顧客情報は、犯罪組織間で売買されたり闇サイトなどで取引されています(闇サイトでは1件1万円程度で取引されているとの情報もあります)。この顧客情報は、詐欺等の犯罪においては極めて重要なものであり(いわゆる特殊詐欺の「三種の神器」の一つは個人情報リスト(名簿)です)、それを盗み流通させる犯罪インフラが整備されている現状があります。

 最近では、偽造されたクレジットカードを使って商品をだまし取ったとして、中国籍の男女6人が詐欺容疑などで逮捕されていますが、昨年11月にPOSシステムへの不正アクセスの被害が明らかになった米ホテル大手のヒルトン・ワールドワイドから流出した顧客情報が悪用されていたことが判明しています。逮捕された6人はいわゆる「買い子」と呼ばれる、偽装クレジットカードを利用して商品を購入して転売する役割を担っており、ATM不正引き出し事件における「出し子」と同じような位置づけと言えます。特殊詐欺は犯罪組織が組織的に行うことが多く、「買い子」や「出し子」「受け子」、あるいは「運び屋」「仲介役」など明確な役割分担がなされ、相互の情報は詳細に知らされないまま(全体像を把握している人間を限定することで摘発された際のリスクを軽減する目的があります)、最終的に犯罪組織に収益が集まる仕組みを整えています。

(3) インターネット合鍵業者

 鍵の情報からインターネットで合鍵を作り、松山市内の女性宅に侵入したとされる事件が発生しています。合鍵を作る際に、身分証などを提示する法的義務がなく、匿名で合鍵が作れるのが従来から続く実態がありますが、これまで大きく問題となるようなことはありませんでした。その陰で、最近ではインターネットで受注する業者も増えており、業者が客と対面して受注する従来の形態に比べ、匿名による注文が増える傾向にあるといいます。匿名による注文は、自らのプレイバシー保護やセキュリティ意識の高まりと受け取れる一方、何らかの不正な方法で鍵の情報を入手して不正に合鍵を作る目的を持つ人間の存在を示唆しています。(対面の合鍵業者も否定できませんが)インターネット合鍵業者は、ある意味、私書箱業者やレンタルオフィス業者と同様、高い利便性がある一方で、犯罪を助長する可能性の高いビジネスであると言え、犯罪組織との連携によってさらに深刻な被害をもたらす犯罪インフラ化が懸念されます。したがって、今後、同業界に対する自主規制等を求める社会の要請が厳しくなることや、そもそも鍵のあり方(本人確認の導入や生体認証等)についての議論が高まることが予想されます。

 なお、本人確認の導入に関連して、車や部屋などを貸し借りする「シェアビジネス」における利用者保護の取り組みが始まっている点を紹介しておきたいと思います。今般、政府は、シェアビジネス業界全体の横断ルールとなる指針の骨格案をまとめています。サービスの提供者に身分証明書の提示を義務付けるほか、事故やトラブルに備えて賠償保険の加入を求めることなどが柱で、特に、本人確認と信頼性の向上策として、「運転免許証など公的身分証明書のコピー提出やマイナンバー、LINE、Facebook、クレジットカード、電話番号などの認証」「公的機関への届出制度(事業性・安全性によって許認可制にする)」「相互レビューシステムによる悪質なユーザを排除」「対面による確認」などが想定されています。

10) その他のトピックス

(1) 共謀罪を巡る動向

 共謀罪については、2020年の東京五輪やテロ対策を前面に出す形で、罪名を「テロ等組織犯罪準備罪」に変えるなど、テロ対策の一環として明確に位置づける、過去の法案では「団体」としていた適用対象を、テロ組織や暴力団、振り込め詐欺集団などを念頭に置いた「組織的犯罪集団」と明記し、「4年以上の懲役.禁錮の罪を実行することを目的とする団体」と限定、また、「組織的犯罪集団としての活動」「2人以上の具体的な計画」「犯罪実行の準備行為」などを犯罪の構成要件として検討、今臨時国会での審議が期待されていましたが、結局は、平成28年度第2次補正予算案や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)承認案・関連法案などの審議を優先させること、過去3回廃案となったことをふまえ、会期が2カ月程度の臨時国会で改正案の審議を急ぐことには慎重論が根強いことなどから、今回の審議入りは見送られる結果となりました。とはいえ、首相は所信表明演説で、「共謀罪」に関する国内法整備を求めている国際組織犯罪防止条約について、「国際社会と協力してテロ組織による犯罪と戦うことは、極めて重要な課題だ」と早期の締結を目指す姿勢を示すとともに、組織犯罪処罰法改正についても慎重に進める考えを示しています。テロリスクのみならず反社リスクを低減させる可能性を秘め、国際的な犯罪対策の連携に貢献するという意味からも、速やかな条約批准と法整備が求められていると言え、引き続き今後の動向に注目したいと思います。

(2) 仮想通貨/ブロックチェーンを巡る動向

 仮想通貨やブロックチェーン技術については、高い利便性や革新的な応用など将来性が見込まれる一方で、前回の本コラム(暴排トピックス2016年9月号)でも指摘しているように、サイバー攻撃の潜在的な標的になりやすく、脆弱性を突く新手の犯罪手法との「いたちごっこ」が続く限り、どんな技術、仮想通貨、金融メカニズムでも攻撃から100%安全となるようには設計できないものと認識し、これまで以上に堅固な情報セキュリティ態勢を構築していく必要があります。

 地銀など金融機関は収益基盤の強化が喫緊の課題であり、フィンテック連携などにその活路を求める動きが活発化しています(最近では、横浜銀行や住信SBIネット銀行などが構築を検討する新送金システムに、三井住友信託銀行やりそな銀行など38行が参加するといった動きがありました)。また、現在は店舗が専用端末などを用意しなければビットコインでの支払いができないことがネックとなっていたところ、VISAブランドのプリペイドカードにビットコインから入金するサービスが開始されるなどその普及も急激に進みつつあります。仮想通貨分野は特に国際間の競争が激化しており、事業化には相当のスピード感が求められていますが、その一方で適切なリスク対策・規制のあり方、慎重な検証もまた重要な論点だと言えます。

 さて、日本では、改正資金決済法により、仮想通貨については、不特定多数間での物品購入・サービス提供の決済・売買・交換に利用できる「財産的価値」であり、情報処理システムによって移転可能なものと定義されました(つまり、法定通貨ではないが、決済手段の一つと解釈されています)が、米国ではこのあたりの正式な統一された定義は現時点でありません。例えば、米フロリダ州でのビットコインを使ったマネー・ローンダリングと不正取引に関する裁判(7月)では、裁判官は、ビットコインは通貨ではなく商品であり、マネー・ローンダリングには該当しないとの判決を下しています。一方で、米ニューヨーク連邦地裁は、ビットコインの無認可取引所に関する裁判(9月)で、「ビットコインは財やサービスの決済手段に使え、銀行口座を使って取引所から直接購入することもできる」などとし、普通の意味で「資金である」との見解を示しています。さらには、IRS(米内国歳入庁)は、ビットコインは通貨というより資産であり課税対象であるとしているほか、米商品先物取引委員会は、ビットコインは商品であると位置づけています。このような位置づけや取扱いの不明確さは国際的にも同様の傾向がみられ、ドイツやシンガポールはビットコインを金融商品として認め、課税の対象にするいわば容認の立場をとっている一方で、中国、インド、タイは金融機関などでの取り扱いを禁止する措置をとっています。日本でも、仮想通貨は、数年前は「モノ」扱いであったものが「財産的価値」を持つものと認められるなど、社会や経済情勢、犯罪助長性などによっても大きく位置づけが変わりうるものだとも言えます。いずれにせよ、セキュリティ面での脅威とあわせ、安定的な取扱いとなるにはまだまだ注意が必要な状況だと言えます。

(3) 組長の使用者責任を巡る動向

 組長の使用者責任の追及は、暴力団の資金面への直接的な打撃、弱体化の有力な手段として、また、一定の抑止効果も期待できることから、積極的に活用していくべきものと考えます。前回の本コラム(暴排トピックス2016年9月号)でも、指定暴力団六代目山口組系組幹部にみかじめ料を脅し取られたとして、飲食店経営者が、篠田建市組長ら3人に、使用者責任に基づきみかじめ料の返還と慰謝料の損害賠償を求めた裁判で和解が成立した事案、篠田健一組長と傘下組織の組長に対して、詐欺被害にあった男性が損害賠償の支払いを求めた裁判で和解が成立した事案、指定暴力団共政会傘下の組長らにみかじめ料を脅し取られたとして、広島市内の風俗店経営者らが、指定暴力団共政会のトップに損害賠償の支払いを求める裁判が提起された事案などを紹介しました。

 直近では、聴覚障害を持つ暴力団組員に現金を脅し取られるなどした聴覚障害者27人が、指定暴力団極東会の元会長らに使用者責任等に基づく損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁が、元会長に暴力団対策法に基づく使用者責任を認め、3人に計約1億9700万円を支払うよう命じています。これまでの組長に対する使用者責任を巡る裁判では、前述のように和解での解決はありましたが、平成20年の暴力団対策法改正に基づく使用者賠償責任を認めた判決は初めてとなります。

 報道によれば、東京地裁は、現金を要求したことは所属組長の指示であり、脅し取った資金の一部は極東会への上納金となっていたとみられると指摘し、暴力団対策法で規定する「威力利用資金獲得行為」だったと認定しています。暴力団対策法第31条の2は、「威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任」として、「指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めていますが、今回の判決の画期的な点は、「極東会では上位の構成員に対する上納金制度があると推認され、組員は極東会の事業の一環として恐喝や詐欺で資金を獲得した」と指摘したとされる点にあり、これまで民事訴訟で暴力団組織の指揮命令や上納金制度などを立証するハードルはそもそも高かったところ、詐欺的犯罪類型についても暴力団トップの使用者責任を問えることの意味は非常に大きく、特殊詐欺が暴力団の資金源となっている現状をふまえれば、今後、大きな抑止力となりうるものと評価したいと思います。

 この特殊詐欺における暴力団トップに対する使用者責任の追及という点では、以前の本コラム(暴排トピックス2016年7月号)でも紹介した、指定暴力団住吉会系組員らが絡む特殊詐欺グループが、実態のない医療研究会社の社債販売名目などで全国の高齢者ら約170人から計約15億円を詐取したとされる事件で、被害者7人が、住吉会トップの西口総裁らを相手取り、暴力団対策法が規定する使用者責任などに基づいて、総額約2億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした事案があります。本事案については、現在、住吉会の西口総裁ら最高幹部3人を含む5人が請求棄却を求めて争う構えを示しており、今後の動向を注目したいと思います。

 さらに、特定危険指定暴力団「工藤会」が関与したとされる一連の一般人襲撃事件で、被害者の一部が同会トップの野村悟被告ら幹部を相手取り、暴力団対策法の使用者責任等に基づく損害賠償請求訴訟の提起を検討しているということです。前述のように暴力団トップに対して使用者責任を問う流れが定着しつつある中、民間人であろうと容赦なく攻撃をしてきた凶悪な工藤会に関しては被害者が報復を恐れるなどして提訴されてこなかった現実があります。報道によれば、今回は、福岡県弁護士会の民事介入暴力対策委員会が被害者の一部と協議しながら進めるものの、現時点でもトップの襲撃事件への関与が未確定であり、損害賠償請求権の時効との関係から、慎重な検討が必要だということです。ただ、実現すれば多額の賠償金の支払いを求められるため、最高幹部らの逮捕が相次ぐ工藤会に新たな打撃を与えられるものと期待されます。一方で、工藤会からの報復等の懸念も高まることから、工藤会壊滅作成(頂上作戦)による一層の封じ込めや原告ら被害者の保護対策の徹底が求められると言えます。

(4) スポーツと暴排/野球賭博

 元プロ野球選手による野球賭博事件で、警視庁は、賭博の胴元だったとして、指定暴力団山口組系幹部ら男3人を賭博開帳図利容疑で逮捕しています。今回の野球賭博で暴力団組員が逮捕されるのは初めてとなり、野球賭博が暴力団の資金源になっている実態の解明が待たれます。報道によれば、野球賭博において、賭博を主催する胴元には大、中、小の階級があることが明らかとなり、すでに逮捕された元飲食店経営者は「小胴元」、今回逮捕された幹部はその上位の「中胴元」として、賭け金が特定のチームに偏らないように客を調整するなど、元組員の2人を使って賭博を取り仕切っていたとみられると言うことです。しかしながら、「中胴元」の立件においては、客らが携帯電話のメールでハンデをやり取りした記録や賭け金を送った金融機関の口座記録などを入手してこぎつけた経緯がありますが、その上位に位置する「大胴元」を立件するためには、その下に複数存在する「中胴元」が統制下にいたことを証明する必要があることや、記録等はすべて消去されている可能性など、ハードルは高そうです。

 さて、暴力団対策法の度重なる改正、暴排条例の施行、事業者や社会の暴排機運の高まりなどにより、みかじめ料など暴力団が資金源としてきた資金獲得活動の摘発が強化されたことで、暴力団は再び野球賭博に注目するようになったといいます。メールなど現代的なツールを導入することで、より巧妙かつ潜在的な手法になり、警察当局の摘発を逃れながら、複数の暴力団が手を染めている実態があります。今回の事件は、元プロ野球選手が絡んだことで社会的にもクローズアップされましたが、そもそも野球賭博は多くの賭け手がいる裾野の広いもので、一晩に数億円動くとされる重要な資金源であることに変わりはなく、今回の事件による社会の目の厳格化を契機として、手口のさらなる巧妙化や組織的資金獲得活動の潜在化が一気に進むことも間違いありません。そして、それは、賭博場のオンライン空間への拡大によって、その傾向はさらに拍車がかかることになり、摘発をますます困難にすると予想されます。

 先日、本事件について、東京地裁は、賭博開帳図利罪に問われた飲食店従業員に懲役1年6月、執行猶予4年(求刑・懲役1年6月)、同ほう助と常習賭博の罪に問われた元プロ野球選手に懲役1年2月、執行猶予4年(求刑・懲役1年2月)の判決を言い渡していますが、この裁判ではもう一つの争点が注目されています。

 本裁判において、被告側は、被告と客とのやりとりがメールで行われたことなどから、「賭博場は存在しない」として賭博開帳図利と同ほう助の罪について無罪を主張していましが、判決は、被告が賭博の申し込みの受け付けなどを当時経営していた都内の飲食店を中心とする場所で行っていたことから、「飲食店を本拠地に賭博場を開帳した」と判断しました。ただ、このオンライン空間上の「賭場」が刑法上の「賭博場」にあたるのかとうかについては、実は、これまで見解が分かれています。最近では、本事件以外で野球賭博の胴元となったとして賭博場開帳図利罪などに問われた男に対する大阪地裁の判決で、「LINEでのやりとりは、賭博場を物理的に開いたことにはならず罪の一部が成立しない」とする弁護側の主張に対し、裁判長は「賭博場と認めるには必ずしも場所は必要ではなく、被告は賭博の主催者として、みずからルールを作り、客を集めた」と判断していますが、一方で、昨年10月に福岡地裁で争われた、同様にオンライン空間上での野球賭博を主催したとして罪を問われた別の事件では、「一定の場所を確保し賭博場を開いたとは認められない」として「電子空間上の賭場は刑法の定める賭博場にはあたらない」という判決が出ています(ただし、常習賭博罪は電子空間上でも適用されるので有罪であることに変わりはありません)。つまり、現時点では、オンライン上での賭博開帳図利罪の成立についての見解は分かれているものの、いずれにおいても常習賭博罪は成立し、そのほう助罪を認めていることから、現行刑法上でオンライン賭博が違法であることに変わりはないということになります。

 野球賭博の問題以外にも、プロ野球では、違法薬物の問題や反社会的勢力との関係遮断など多くの課題を抱えています。そのような中、日本野球機構の理事会とプロ野球12球団による実行委員会は、反社会的勢力の球場への立ち入りを防ぐため、選手など球団関係者が招待した入場者に対し、身分証明書の提示などによる身元の確認と、入場の記録保管を徹底することを確認しています。これまでも指摘しているとおり、プロ野球選手は反社リスクが高い属性であり、事業者としても相応の十分なリスク管理が求められますが、無防備な選手などが球場に出入りする人間を簡単に信頼して、知らない間に反社会的勢力と関係を持ってしまう接点となりうる可能性が高いだけに、徹底した本人確認の実施は当然のことであり、反社チェックについてもこれまで以上に本格的に実施すべきと言えます。また、本実行委員会では、野球協約の条文改正を前提に、暴力団対策に関する規定などを明確化させる方針を確認しています。現在、試合観戦契約約款には、暴排条項がありますが、野球協約にはないということであり、一刻も早い改正が望まれます。

(5) 王将フードサービス(OFS)事件の動向

 以前もご紹介しましたが、同社は、前社長が2013年12月に射殺された事件に関連し、暴力団などとの関係の有無を調べていた「コーポレートガバナンスの評価・検証のための第三者委員会」(OFS第三者委員会)による調査報告書でも指摘されていた、創業者の長男で元社長と次男で元専務が所有する借り上げ社宅について、返還されていなかった敷金の返還を受けたこと、また本社ビル内に間借りしていた創業家が運営に関わる財団法人も他所に移転することになったことを8月に発表、これにより創業家との取引が解消されています。

 これに対して、最近の報道によると、京都府警が今年1月下旬に、同社の取引先企業グループを経営していた男性の関係会社を殺人容疑で家宅捜索、経理書類などを押収したとのことです。この企業グループは、OFS第三者委員会の調査報告書でも、創業家との間で総額260億円に上る不適切な取引があったと指摘されており、同社は3月にこのグループとの取引を解消しています。企業としての取り組みは今後も粛々と継続する一方、事件自体の解明に焦点が移ることになります。

(6) 常識を疑う

 本コラムでたびたび取り上げていますが、暴排の取り組みに実効性をもたせるためには、役職員の「意識」と「リスクセンス」を高く保つことが重要となります。事業者が研修や反社チェックの徹底などを通して、それらを研ぎ澄ます努力をすべき一方で、残念ながら、組織の中には、「常識」が異なる異分子が一定程度存在することも事実です。リスク管理上、認識しておくべきは、このような異分子の存在を無視してはならない(意識や認識、常識のレベルは画一ではないと認識すべき)という点です。以前(暴排トピックス2016年5月号)ご紹介した、横浜市の危険ドラッグや脱法ハーブについての市内小中学生約1800人に実施した調査では、9割以上が「絶対に使うべきではないし、許されない」と答える一方で、小5の2%、中2の6%は「使うかどうかは個人の自由」と回答したというものがありました。また、日経リサーチの調査によれば、勤務先のコンプライアンス関連規定について、正社員は「かなり理解している」と「ある程度理解している」の合計が83.7%なのに対し、非正規社員の理解度は65.6%と正社員に比べるとかなり低水準という結果になったというものもありました。いずれの調査結果からも、同じ環境にいるように見えても、コンプライアンス意識に差が出るという意味では、一人ひとりの違いへの着目、(正規・非正規など)属性の特性をふまえた教育研修の実施や職場環境の改善といった視点も求められていると言えます。

 直近でも、海上自衛隊員が大麻使用で懲戒免職となったという事例がありました。組織としては、研修や規程・マニュアルの周知徹底などさまざまな形で規律を求めていたものと思いますが、懲戒免職となった者には十分それらの取り組みが刺さっていなかったということになります。

 一方、本事件において注目されるのは、総監部による「不定期の薬物検査」により端緒が発覚したという点です。監査部門によるチェックは、「定期」「不定期」があり、それぞれに意味のあるものですが、摘発を想定して抜き打ちで実施することの重要性を認識させられます。

 また、さらに注目したいのは、「薬物検査」の実施という点です。自衛隊では2005年から導入されており、最近では、東京メトロが社員の覚せい剤取締法違反での社員の逮捕を受けて、昨年(2015年)、薬物検査の実施を打ち出しています。逆に、2013年にJR北海道の運転士が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されたことを契機に、国土交通省北海道運輸局がJR北海道に対し、抜本的再発防止として全運転士(約1100人)に対する薬物検査実施を提案し、これをJR北海道が拒否したといった事例もありました。このように、従業員等に対する薬物検査の実施を巡っては、かなりデリケートな問題を含んでおり、今のところは、過去、厚生労働省から出されていた「労働者の個人情報保護に関する行動指針」の中で、「使用者は、労働者に対するアルコール検査及び薬物検査については、原則として、特別な職業上の必要性があって、本人の明確な同意を得て行う場合を除き、行ってはならない」と明記されていたことが一つの基準となっているようです。「本人の明確な同意」は当然のこととして、特に、「特別な職業上の理由」という部分については、運送業や警備業など「顧客の安全確保が責務となっている業種」や官公庁・地方自治体など、「不祥事が社会に与える影響が大きい組織」が該当すると考えられており、リスク管理上は有効だと思われる薬物検査の実施であっても、ハードルはなかなか高いものがあります。そもそも、「薬物に手を出さない」ことは常識と思われるところ、薬物犯罪や従業員等の薬物の問題が後を絶たない現実をふまえれば、その常識を疑い、「手を出してしまう」ことを前提として、組織がどこまで取り組めるかが、今後、一層問われるようになると思われます。

 また、常識を疑うという意味では、三重県紀北町の町会議員が、拳銃と実弾を所持していたとして逮捕されたとの報道がありました。報道によれば、同町議は、過去にも、健康保険に加入していない知人に保険証を貸して不正に使用させたとして三重県警に逮捕され、その後詐欺罪で有罪判決を受けており、その保険証を貸したという知人は暴力団組長であったことや、免許失効中に高速道路を運転して道路交通法違反(無免許運転)で逮捕されたことなども明るみに出ています。今回の拳銃等の所持については、当然のことながら暴力団との関係も疑われ、議員という公人としての資質だけでなく、一人の大人としても常識を欠いていることは明らかであり、そのような人物を3期も当選させた有権者の常識もまた疑われ、批判されても仕方のないところでしょう。

 さて、その「常識」を形成するうえでは、「知識」もまた重要な構成要素だと言えます。リスク管理においても、「常識」だと思われる部分で十分な「認識」がなく(その前提として、十分な「知識」がなく)、結果的に有効なリスク管理ができていないケースは少なくありません。報道(平成28年9月17日付日本経済新聞)によると、トレンドマイクロの調査で、感染させたパソコンのデータを勝手に暗号化したり、ロックをかけたりして「金を出せば復旧する」などと要求する犯罪に使われる「ランサムウェア」と呼ばれるコンピュータウィルスについて、企業などのIT担当者に質問したところ、「説明できる」と答えた人は44%と半分以下にすぎなかったということです。一方で、社内のデータを暗号化されるなど実際に被害を受けた経験があるという回答は19%に上り、うち6割以上が金銭を支払っていたという調査結果も紹介されています。これらの調査結果は、正に、リスク管理の大前提となる「知識」の欠如が、有効なリスク対策の欠如だけなく、リアルのダメージを発生させていることを示しています。リスク管理における「知識」の重要性、組織的かつ継続的な情報収集と分析、専門的な人財の強化の重要性がご理解いただけることと思います。

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3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

1) 大阪府の勧告事例

 指定暴力団山口組系組長らが使用する車を無償で駐車させていたとして、大阪府公安委員会は、大阪府内でガソリンスタンド(SS)を経営する50代男性に対し、大阪府暴排条例に基づく勧告を行っています。報道によれば、組事務所と約30メートルの距離にあり、20年ほど前から頻繁に給油や洗車でスタンドを利用していたということです。暴排条例が施行されて5年以上が経過しましたが、大口の顧客(本ケースでは、毎月15万円ほどの売上げがあったといいます)との長年の取引慣行を断つのはまだまだ困難であることを実感させられる事例です。

 なお、資源エネルギー庁の資料によれば、「ガソリンの取引経路は、大別して、元売のブランドマーク(商標)を掲げるSS向けの『系列取引』と、当該元売マークを掲げないSS向けの『非系列取引』がある。元売系列以外の非系列SS数と非系列SSにおける販売量の割合は増加傾向にある」とされます。

資源エネルギー庁 石油流通における現状と課題について

 さらに、石油販売業者の約98%は中小企業であり、7割を超える事業者は1つのSSのみ運営する中小零細企業がほとんどを占めていること、石油製品販売業者の営業利益率は、小売業平均の半分以下であり、SSの約40%程度が赤字決算となっていること、販売量の減少とそれに伴う収益の悪化、さらには消防法改正による地下タンク改修の義務化、施設の老朽化、後継者難等の要因により、経営環境が厳しさを増しており、SSの数は減少傾向にあります。このような厳しい状況下にあって、小さな商圏内にある、安定的かつ大口の顧客との関係解消が経営に与えるインパクトが極めて大きい(したがって、取引解消に踏み込めない)ことは容易に想像できますし、実際に廃業するSSの増加によって、「SS過疎地域」の問題も顕在化しており、暴排の取り組みと事業継続、SSの地域社会への貢献(公益)など、多くの課題との間でのバランスをどう考えるかは高度に難しい問題だと言えます。

 また、本事例が、どのような経緯で勧告に至ったのか不明であるほか、無償で駐車させるという「利益供与」に対する勧告であって、ガソリンの販売や洗車等のサービスの提供(利益供与)までを対象とするものではないことが推測されます(つまり、勧告を受けたとしても、ガソリンの販売等の取引は継続できるという考え方もありうると言うことです)。

 それらサービスの提供が、一般の顧客と同等の取引条件(「利益供与」ではあるが「便宜供与」ではない取引状況)で、かつ店頭やその他でのトラブルもない場合では、警察が、それを「利益供与」を禁止する暴排条例違反としてふみこんで指導するといったことまで行っているとは、現時点では聞き及んでいません。しかしながら、法律によって供給義務が課されている電気・ガス・電話等の取引以外のサービスで、かつ「やむを得ない場合」に該当すると認められない場合であれば、当該見解については、相手が暴力団関係者で、その取引(たとえば、組長専用車への給油・洗車など)が暴力団の活動を助長する可能性があると「知っている」状況であること、銀行の口座開設や不動産取引など他の同様の社会インフラ的なサービスでさえ厳しく制限されていることなどとあわせて考えれば、暴排条例の主旨からみてやや無理がある(暴排条例の禁止する利益供与に該当する可能性がある)ように思われます。最終的には、事業者の自立的・自律的なリスク判断事項となるものと思われますが、系列取引SSであれば、石油元売りのチェーン・マネジメント、暴排条例における「関連契約」の観点からの元売り事業者のリスク判断も求められるとも言えます。

2) 福岡県の中止命令発出事例

 組を脱退しようとしている男性に、「指詰めてもってこい。30万円返せ」「とにかく久留米に出てこい」などと威圧して脱退を妨害した容疑で、指定暴力団道仁会傘下組織組員の男2人に対し、暴力団対策法に基づく中止命令を出しています。同法は、第16条第2項で、「指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない」旨を定めています。

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