SPNの眼

危機管理と5S+「S」(3)

2018.12.05
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 前回に引き続き、今回も「危機管理と5S+『S』」について論じていきたい。なお、前回は一気に20個のSをご紹介したが、連載の都合上、今回(今月)と次回(来月)は、それぞれ5個ずつの紹介とさせていただく。

■思考・指向
 26個目の「S」は、「思考・指向(向かうべき方向性)」である。
 危機事象や各種のリスク・課題に直面しての考え方や目標・到達点の設定は、クライシスマネジメントやリスクマネジメントの成否を大きく左右する。
 企業不祥事等が発生した場合に、事態を過少評価したり、事態の解釈を歪曲化するなどして、事態の隠蔽や責任転嫁等を行おうとすれば、危機対応に失敗し、事態は更に悪化する。危機事態においては、当該事態を適切に評価し、真摯に対応すること、言い換えれば、危機事象に対応する際には、トップや事態対応にあたる担当者の認識・考え方(思考)が危機管理を行う上では極めて重要な要素であると言える。
 また、社内のリスク事象や課題等の見直し・改善を行う場合あるいは各種のプロジェクトを行う場合、その到達点や目的・目標の設定が極めて重要になる。何のために、何を目的として実施するのかが定まっていなければ、途中で迷走し、十分な効果は期待できない。あてもなく、ただ歩いても、徒労に終わるのと同様である。むしろ、到達点や目的に立ち返ることなく担当者の利害で進むと、担当者の面子が優先されて、遠回りをしたり、路頭に迷う事態にも陥りかねない。特にリスク対策を行う場合は、到達点や目的を常に確認し、冷静に進めていくことが重要である。
 したがって、危機管理を行っていく上でも、「思考・指向(向かうべき方向性)」は重要な要素であるといえる。

■安定(Stability)
 27個目の「S」は、「安定(Stability)」である。
 不安定なまま、事態の推移をその成り行きに任せたり、不安定な業務運営によるムラ・ムダの発生は、危機管理の観点からも避けるべき事態であり、むしろそのような不安定な状態を安定させ、結果等にムラやムダが出ないような対策を行うことが危機管理を行う目的である。
 また、動作が不安定な場合は、故障や事故の前提の場合があり、本来しっかりと固定等されるべきものが不安定な状態にあれば、それに起因した事故・トラブル等を誘発しかねない。不安定な状態を放置することは、事故やトラブルの芽を放置することに他ならず、危機管理の観点からは、望ましいことではない。
 したがって、不安定な状態を是正・改善し、可能な限りの「安定(Stability)」を指向することは、危機管理においても、重要な要素といえるであろう。

■最善手
 28個目の「S」は、「最善手」である。
 藤井聡太七段の登場により、将棋界は大変な盛り上がりである。彼の強さは、歴代のAIをも凌ぐ最善手にあるとも言われる。
 危機管理においても、特にクライシスマネジメントの局面では、当該事象を適切に把握し、適正に評価し、その影響や今後発生しうるリスクや事態を分析しながら、その状況の中での「最善手」を行えるように種々検討していくことが重要である。
 将棋同様、一手の差し方で、形勢は大きく動き、場合によっては、状況はどんどん悪化する。クライシスの状況下では様々な制約があるが、その中で、考えられる限りの検討を行い、「最善手」を考え、実行していける能力・思考・資質が危機管理の担当者にも求められる。多くのクライシスを経験すればするほど、「最善手」を繰り出すことの難しさを痛感するが、だからこそ、将棋の棋士と同様、「最善手」を考える習慣をつけ、感性を磨いていくことが重要になる。
 そこで、私は、「最善手」も危機管理において意識すべき重要な要素として、5S+「S」の一つとしたい。

■粘り(Stickiness)
 29個目の「S」は、「粘り(Stickiness)」である。
 様々な事態、特にトラブルや事件・事故に至る可能性のある事態に直面した場合、当該事態のマネジメントを誤ると、大きな事故や事案に発展する可能性がある。ミスの許されない事態においては、それを担当・マネジメントする担当者のストレスやプレッシャーも相当なものであるが、このような状況下でも、危機管理を行う担当者は簡単に諦めてはいけいない。
 このような状況下では、最善と思って対処したことも、不運も重なり効果がでないこともある。その場合でも、粘り強く、状況のコントロールに当たることが危機管理の担当者に課せられた使命である。
 また、防災対策や事業継続対策として、システム等の冗長性が重要であるといわれるが、これも結局は、ミスや停止の許されない状況で、いかに持ちこたえるかという「粘り」をどのようにするかの問題に他ならない。
 したがって、「粘り(Stickiness)」も危機管理に必要な要素であると言える。

■試行運用(リスク対策の定着に向けて)
 30個目の「S」は、「識(良識・見識・常識・知識)」である。
 当社のコラムや論考において、弊社石原等が、「識(良識・見識・常識・知識)」の重要性については、すでに論じてきているように、危機管理においても、組織内の個々人の良識・見識・常識・知識は極めて重要になる。
 この「識(良識・見識・常識・知識)」は、危機管理の担当者のみならず、経営幹部はもちろん、各現場の個々人も持ち合わせておく必要がある。
 特に不祥事や不正の端緒に接した場合、個々人の良識・見識がうまく機能し、それが組織としての良識・見識に生かされるかどうかが重要な要素となる。良識・見識より、当該事態に適切なけん制がかかれば、事故や不正・不祥事等は回避できる場合も少なくない。
 そして、良識や見識を働かせるためには、常識と知識が欠かせない。常識も知識もなければ、善悪や良否の判断ができず、またそれに基づく見識も合理性を持たなくなるからである。
 「識」とは「分かる」の意味を包含しているように、個々人が事態や問題に関しての善悪・良否が「分かる」ために常に蓄積・練磨しておくべき人間的素養であり、「識(良識・見識・常識・知識)」は、危機管理においても、当然に備えるべき重要な要素である。

続く

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