リスク・フォーカスレポート

震災時における防災・減災編 第四回(2015.5)

2015.05.26
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 皆様こんにちは。東日本大震災は、あらゆる人々の生活に影響を及ぼし、事業活動にも大きな被害をもたらしました。ひとたび大規模な震災が発生すると、その地域で暮らしていた方々の生活圏や文化等が、一瞬にして破壊されてしまいます。当然のことながら、震災は被災者の方々の心に様々な歪みをもたらし、多大な精神的負担を強いることになります。

 東日本大震災によって、経済的基盤、肉親や友人、住み慣れた街といった文化的生活的基盤を失ってしまった被災者の方々が今もなお、筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を受けていることは明白であり、メンタルヘルスの悪化が懸念されます。

 さらに、上記した震災によって直接被害を受けた方々のみでなく、被災地の復旧・復興に携わる方々、被災地と直接かかわりをもたない方々(震災による間接的な被害により職場の業績が悪化し不安を抱えている方、震災によって業務プロセスが乱れ、ストレスを抱えている方、震災によって業務の代替が生じ作業負荷が増加した方など)にも、メンタルヘルス上の問題が生じている可能性も十分想定する必要があります。

 現在、各自治体や職場で作成されている震災時の対応マニュアル類(防災マニュアル・事業継続計画etc.)は、震災発生直後を主な内容としたものが多く、避難や救助、救急搬送等の各種対応は定められていますが、被災者や職員の安全や身体的な問題に関しては、メンタルヘルス上の問題への対応にまで言及されているものは、あまり多くみられないのが現状ではないでしょうか。

 せっかく震災からの復旧・復興が進んだとしても「震災の二次被害により自殺者が出た」、「一部の被災者、或いは職員の心が震災当時のままで停止している」といった状況が見られるようであれば、本当の意味で復旧・復興が進んだとは言えません。そういった事を踏まえ、平常時より震災時の心のケア・メンタルヘルスを想定し、医師・看護職・臨床心理士、産業カウンセラー、保健スタッフ等の活用を予め決めておくことが望ましいといえます。

 さらに、今後首都直下型地震や南海トラフに沿う地震の発生確率が高まってきていることもあり、震災時における職場の心のケア・メンタルヘルス対策の体制整備は急務であると言えます。そこで、本レポートの第4回目では、震災時における「心のケア・メンタルヘルス」について取り上げ、考察を行っていきたいと思います。

1. 震災時におけるメンタルヘルス対策の状況と動向

 東日本大震災を契機として、被災地はもちろんのこと、被災地以外でも多くの職場が、震災に向けた各種体制の見直しを迫られたのではないであろうか。震災対策の中の一つとして、阪神淡路大震災以来、PTSD(Posttraumatic stress disorder:心的外傷後ストレス障害)等の専門用語が取り上げられ、特に、震災後の心のケアやメンタルヘルスに対して、注目が集まるようになってきた。

 関東大震災は、首都東京を襲い東京の機能をほぼ完全に麻痺させた為、東京を中心とした周辺地域には、緊急勅令で戒厳令が布告されたと報告されている。

▼厚生労働省、みんなのメンタルヘルス

 2011年に独立行政法人労働安全衛生総合研究所が、100人以上の職員が在籍している職場1,782社を対象として、平常時からのメンタルヘルス対策の実施状況に関する調査を行ったところ、そのうちの約70%が、平常時から職員に対して何らかのメンタルヘルス対策を実施していることがわかっている。(▼原谷隆史,倉林るみい,井澤修平,土屋政雄. 企業のメンタルヘルス対策に関する全国調査. 労働安全衛生総合研究所特別研究報告JNIOSH-SRR. 2012)

 しかし、その一方で同調査内において、調査対象とした1,782社中、職員数が5,000人以上の職場のメンタルヘルス対策実施状況は92.1%、1000~4999人が89.2%、500~999人が76.2%、300~499人が71.5%、100~299人が50.3%、と職員の在席数が少ない職場ほどメンタルヘルス対策の実施が進んでいない傾向が読み取れる。また、約13%の職場が「専門スタッフがいない」、「取り組み方がわからない」等を理由に、今後メンタルヘルス対策に取り組む予定がないと回答している。

 東日本大震災が発生した前年の2010年6月の閣議決定において、2020年までの目標の一つとして、メンタルヘルスに関する措置を受けられる職場の割合を100%にする目標が掲げられており、対策に取り組んでいる職場が約70%という現状から見ても、今後5年以内に100%という目標に近づけていくためには、比較的中小規模の職場であっても、平常時からのメンタルヘルス対策の浸透・実施が欠かせない課題となっている。

▼首相官邸、新成長戦略 ~「元気な日本」復活のシナリオ~(平成 22 年6 月18 日)閣議決定

 しかし、平常時に問題なくメンタルヘルス対策を実施できていたとしても、震災時のような緊急事態時にも、それを迅速かつ円滑に実施できるとは限らない。まして、平常時ですら綿密な実施ができていないのであれば、なおさらであることは言うまでもない。震災後のメンタル不調の原因としては、被災による喪失感・無力感等に起因したものが挙げられる。例えば、大切な家族や友人を亡くした、故郷を失った、大切な人を救えなかったといった喪失感や自戒の念に基づくものが根底にあるのではないだろうか。業種や立場にもよるが、こうした状態は平常時にはみられにくく、平常時のメンタル不調とは質的な違いがある。

 さらに、震災時においては、被災した職員のみではなく、被災と直接かかわりのない職員等に対しても、様々なメンタル不調が出てくることが想定され、長期にわたる取り組みが必要となってくることが考えられる。

 首都直下型地震や南海トラフに沿う地震の発生が差し迫っていることを考えれば、平常時から、震災時におけるメンタルヘルス対策を想定し、かつ各種対応計画等に反映させ、万全の状態を期しておくことが大前提であり、今後のメンタルヘルス対策に欠かせない取り組み活動の一つであるといえる。下記に震災時に想定されるメンタルヘルス上の問題事例を取り上げ、その対処法について考察する。

1) 被災した全職員の安全確保を

 震災発生後のメンタルヘルスにかかわる初期対策としては、全職員の身の安全確保に努め、職員に対して「安心」を与えることではないであろうか。早朝・深夜・休日の場合は、情報を密に取り合うことが重要となってくる。職員の住居の被災状況、或は交通機関の途絶の具合によっては、職場に寝泊まりをしなければならないことも想定でき、また、住居が被災したり、職場自体も被災した場合は、どのような対策を平常時からとっておけばよいのか想定しておかなければならない。さらに、家族のことが心配で仕事が手につかないといった職員が出てくることも考えられる。最近多くの職場では、最低限の食料や飲料水の備蓄が行われているが、職場が、被災した一人一人の安全・安心に配慮し、居場所や食料等の生活支援物資を円滑に提供することは、初期段階において、職員にとっては何よりの心のケアとなり、ひいては各種震災対応を行っていく上で、職場の士気の高まりにもつながっていくと考える。

2) 行方不明職員の家族への対応を

 職員に行方不明者がおり、該当者が独身、または単身赴任者である場合は、遠方より家族が捜索のために現地入りすることも考えられるが、最悪の場合、交通機関等の途絶で現地入りすることが不可能な状況に陥る。この場合に、職場がこうした家族に、どこまで支援を提供できるかは、被災した職場の状況や被災者の人数や職場規模により異なってくるが、残された職員にとっては、並々ならぬ気遣いが必要となってくることが考えられる。また、不明者と個人的に親しかった職員は、その他の職員と比較して強い影響を受ける為、メンタルヘルス不調が発生する可能性が高いことも視野に入れ、対応にあたらなければならないと考える。

3) 職員へ明確な情報開示を

 職員に対して、震災関連情報を開示することは重要である。生命の危険を脱し、食糧や居場所が何とか確保された状態であっても、職場が今後どうなるのか、雇用は継続されるのか等、職員にとっては大きな懸念事項である。このことについては、状況が悪化していくなかで、全てを決定してから伝えようとすると、情報開示が非常に遅れてしまうため、未定なことは未定と伝え、根拠のない希望的観測は慎みつつ、管理責任者の立場にいる社員が明確な情報を伝えることが肝要である。情報の乏しい状態では、無責任な流言等が広がりやすく、職員の不安をいたずらに煽ることになってしまうため、なるべく早い時期に、現在わかっている情報だけでも明確に伝え、一定の安全・安心を与えることが、職員の心のケアとして重要であると考える。

 上記したように、震災時において生じる職員の健康上の問題は、もちろんメンタルヘルスに関わるものだけではない。しかし、メンタルヘルス上の問題は、老若男女問わず、幅広い層の職員が影響を受ける可能性があると共に、迅速な対応が求められる問題であることは言うまでもない。

 しかしながら、産業医や臨床心理士、産業カウンセラー等の専門職が在籍している職場であっても、めったに発生しない震災のような緊急事態への対応経験を有していることは、まれではないだろうか。多くの場合、迅速かつ有効な対応を行うことは困難であり、当然のことながら、産業医や臨床心理士、産業カウンセラー等の専門職が在籍していない職場では、内部のみで対処することは、ほぼ不可能である。独立行政法人労働者健康福祉機構によれば、そのような場合には、早急に外部の専門機関への相談や、電話相談等の窓口の設置が有効であるとしている。

▼(独)労働者健康福祉機構、職場における災害時のこころのケアマニュアル

 たしかに、阪神淡路大震災発生から今日までの約20年間で、職員に対するコンプライアンスや、PTSDを含むメンタルヘルス対策に関する意識は、大きく向上したことが伺えるが、今後発生しうる首都直下型地震を想定した場合、震災時における職場の心のケアやメンタルヘルス対策の体制整備や、さらなる強化は急務であり、外部専門家や相談窓口の活用を視野に入れ、職員・職場を守るためにはどのような備えをしておくべきか、また、可能な範囲でどのように支援していくか等、詳細な対応策を考えておくことが望ましいことは言うまでもない。なお、外部の相談窓口の設置や、専門家との連携の際の留意事項については、次項で述べる。

2. 震災時に求められるメンタルヘルス対策と連携の確保

 メンタル不調は、震災後の被災地だけの問題ではなく、震災の影響で各種業務プロセスが乱れたり、人間関係に変化が生じた場合、被災地と直接かかわりを持たない職員もメンタル不調に陥る可能性が考えられる。長時間労働や業務負荷、慣れない業務を行うことでのストレス、何時まで続くかわからない不安、これらが、メンタル不調を助長する可能性があることを忘れてはならない。既存のメンタル不調者への対応策としては、相談窓口の設置(面談・電話・メール)、ストレスチェック、産業医・産業カウンセラー・保健スタッフ等との連携・支援体制の整備等が挙げられる。そこで、第2項では、震災時におけるそれらの役割と在り方について考察する。

1) 既存の体制の有効活用(第三者相談窓口等)

 初期段階で適切な対応を行うことができれば、その効果は、着実に職員のメンタルヘルス対策に繋がっていくことが想定できる。例えば、震災によって犠牲者を出してしまったか、家族を失ってしまった職員がいるかどうか等により、対処方法は多種多様なものとなってくる。職員全員に対して、個別に面談を行う方が望ましい場合もあれば、問い合わせ窓口を設け、職員に対して情報提供を行い、ある程度様子を伺った方がよい場合も考えられる。

 いずれにせよ、震災時にまったく新しい体制を構築するより、平常時から導入している既存の管理体制を、震災時にも最大限に活用する方が現実的であり、職員にとっても慣れ親しんだ既存の体制の方が利用しやすいと思われる。また、メンタルヘルスに関する電話相談・メール相談窓口を、平常時からすでに職場に導入済みであれば、それを改めて周知の上、有効に活用すべきである。

 職場によっては、メンタルヘルス相談に関する相談窓口は、抵抗が有り、敬遠してしまう職員が少なからず出てくることが考えられる。そういった場合には、「震災で疲労が溜まっていませんか」、「身体の調子はいかがですか」等、身体不調全般に関する相談窓口とすることも一つの手段ではないであろうか。

 相談者からの身体の健康相談、さらに法律問題や経済的相談を糸口として、心の奥底にしまいこまれていたメンタルヘルス上の問題を見つけ出すことができるかもしれない。

 一昔前と比較してみても、メンタルヘルスに関する相談窓口の導入を進めている職場が増えてきているように思われるが、一般的に男性職員は、女性職員よりも比較的利用率が低いのではないかといった印象を受ける。

 当社が、内部通報第三者窓口として運営している「リスクホットライン®」の利用傾向を見ても男性より女性の方がやや多いといった傾向が見て取れる。同じメンタル不調状態でも、平常時の職場組織内における人間関係に関するものと、震災時に家族を失った等の被災に関するものとを同等に考えることは非常に難しいが、平常時においても震災時においても、誰もが安心して利用できるといった対応策を今後講じていかなければならない。

▼株式会社エス・ピー・ネットワーク、内部通報窓口/リスクホットライン®

2) 震災時におけるストレスチェックの導入と今後の課題

 震災直後は、気丈に振る舞っていた職員も、復旧・復興の過程で次第にストレスが蓄積し、メンタル不調に陥ってしまうことが想定される。

 東日本大震災発生から約5か月後に、公益財団法人日本生産性本部が発表した「東日本大震災とメンタルヘルスへの影響」に関する緊急アンケート調査結果(調査期間は2011年5月から6月)によると、回答した上場企業257社の7割が「自社がなんらかの形で企業活動に負の影響を受けている。」と回答している。

▼公益財団法人日本生産性本部、「東日本大震災とメンタルヘルスへの影響」に関する緊急アンケート調査結果

 その内、職員の心身に影響を与える事項では、1位「被災事業所等の復旧作業による過労・ストレス」、2位「職員本人や家族の直接被災」、3位「放射性物質拡散による不安」、4位「事業所被災による就業場所・時間の不規則化」、5位「緊張状態の継続」という結果となっている。「応援先の復旧現場で受けた精神的ショック」という回答も14.0%みられた。

 中でも、「放射性物質拡散による不安」、「緊張状態の継続」は、被災地域に関係事業所が無い企業の回答も多く、震災の精神的ダメージは、被災地だけではないことを改めて感じた。特に、視認しづらい放射性物質等に起因した不安は今後も様々な場面で出てくることが想定できる。また、同調査の「震災後の不調者の増減(心や体の不調を訴える職員の増減)」では、被災地域に関係事業所がある企業で22.4%、被災地域に関係事業所が無い企業でも7.8%が「増加」したと回答している。同項目で、被災地域に関係事業所がある企業の24.2%、被災地域に関係事業所が無い企業の27.8%が「わからない」と回答しているが、震災後職場に表れている影響を見ると、約1割の企業で「うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神疾患の増加」、「面接相談や電話相談の希望件数の増加」「職場の生産性の低下」といった具体的な事象が表れており、震災発生直後から、組織的に早急に手をうたなければならなかった状況にあったことが伺える。

 こうした状況を踏まえ、2015年12月から導入の義務化が求められている「ストレスチェック」を、平常時に行うことはもちろんのこと、震災直後から復旧・復興の各段階で、どのように活かしていくことができるかの検討を、今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震を踏まえ、各職場単位で早急に検討を進め、事業継続計画や防災マニュアル等の各種規定類に落とし込みを行っていくことを提言したい。

 平常時はもちろんのこと、震災時であっても、職場で「自殺者」や「メンタル不調者」が発生した場合、労災請求や民事訴訟に発展、あるいは、監督官庁から指導を受ける可能性がある。これは、職場の活動やイメージに大きな負の影響を与えることになりえる。

 上記したことを踏まえ、特に職場の人事・労務担当者は、ストレスチェックの導入の検討を進めることはもちろん、被災の程度にもよるが、震災時においても産業医や産業カウンセラー、保健スタッフ等と、円滑な連携体制をとれるようにしておくことは重要である。これら産業医ら保健スタッフ等との連携上の留意点については、次項でさらに詳しく述べる。なお、このような専門家の協力以外に、残った家族・友人・同僚・近隣の方々の支えが不可欠であることも忘れてはならない。

 今後、平常時・震災時を問わず、ストレスチェックが円滑に導入・実施され、その意味を浸透させていくためには、個人情報の取り扱いや不当な待遇(左遷、減給、降格etc.)等に関して、職場側の十分な配慮や行政によるアフターフォローが欠かせないものとなってくる。また、職場に知られることなく、専門家に相談を行いたいと希望する職員の為には、 第三者機関や医療機関に相談できるような仕組み作りも必要となってくる。

 ストレスチェックの義務化は、今まで何もメンタルヘルス対策に取り組んでこなかった、あるいは、取り組みたくてもきっかけがなく先延ばしになっていた、という職場に対しては、メンタルヘルス対策の必要性の再認識や、意識改革を行っていく上で有効であると考える。しかし、中にはストレスチェックを導入しただけで「法律で定められたことを実施しているのだから、責任は十分果たしている」という安易な考えを持ち、それだけで満足してしまう職場が一部出てくることが懸念される。

  震災時にせよ平常時にせよ、ストレスチェックは、メンタルヘルス対策の一環として導入し、ただ単に行っていればよいというわけではなく、職員一人一人が健康で元気よくはたらくために長期的な視点を持ち、根気強く取り組んでいかなければならないものであることは言うまでもない。なお、ストレスチェックの今後の課題については、2015年度12月の実施以降、さらに調査・研究を進め別途機会を設け言及したい。

3) 震災時における産業医・産業カウンセラー・保健スタッフとの連携

 震災時や平常時にメンタル不調に対して、適切に対応していくには、産業医・産業カウンセラー・保健スタッフと各職場の人事・労務担当者の密な連携は欠かせない。例えば、平常時のメンタル不調者への対応に際してでさえ、各職場の担当者の足並みがそろっていないと、思わぬトラブルを招いてしまうことが想定できる。厚生労働省が発行した、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」にも「社内の産業保健スタッフ、職場の上司、人事担当者の適切な連携が大切」と明記されているが、そもそもどのように連携すればよいかを説明し、具体的に示している資料はあまり多くないように感じる。

▼厚生労働省、心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き

 そこで、今回は特に各職場の人事・労務担当者が、震災時に保健関連スタッフとどのように連携し、どのような部分にスポットを当て、面談・対応等を行っていけばよいのか考察する。

◆対象者は多岐に渡り経時変化に伴い支援体制の在り方の見直しを

 直接被害にあった職員家族はもちろんのこと、震災対応に携わっている担当者(もちろん上記した保健スタッフや人事・労務担当者を含む)にも、多大な精神的な疲労が蓄積されていくことが想定されるため、あらかじめ幅広い対象者を見積もっておくことが求められる。さらに震災の場合、特に経時変化に伴い、PTSDの発症や労災の問題が出てくることが想定できる。その中でも対応が難しいのは、「地震後から食欲がなくなり眠れなくなった。」等、因果関係が立証しにくい漠然としたケースではないだろうか。

 原則的には、一般の労災への対応に沿った形式となるのかもしれないが、特に震災が絡むケースの場合、前例が無く判断に迷うケースが出てくることが想定される。これに関しては、平常時からあらかじめ、産業医・産業カウンセラー・保健スタッフ等との打ち合わせの場を設け、職場としてどのレベルまで対応するのか、境界線を定めておくことも重要ではないだろうか。

◆震災後のメンタルヘルス対策の重要性に関する周知を

 震災時には、余震・節電対策・被災等による生活環境の悪化等により、これまでのキャリア感、価値観、人生観に「波紋」が生じることが想定される。こういった先行きの不透明さは、被災の有無を問わず職場の職員のメンタルヘルスを悪化させることが考えられる。

 そのため、震災時においては、誰にとってもメンタルヘルス対策が重要なこと、早めの気軽な相談が望ましいことを周知しておく必要がある。

◆被災地出身者への気配り・緊急連絡網の整備を

 被災の程度にもよるが、被災地出身の職員には、家族・親族等が無事であったかなど上司や周囲が率先して声がけをすることが望ましい。しかし、本人が話をしたいようであれば、話を聞く、話をしたくないようであれば、無理に話を聞き出す必要はないと思われる(家族や友人等が亡くなっている場合には、かえって思い出しなくないことを思い出させてしまう可能性があることを忘れてはならない)。しかし、個人情報保護法施行後、職員の個人情報が上司にも伝えられていないといったリスク管理上の弱点があり、より迅速な安否確認やメンタルヘルス面での密な対応を考慮した場合、本人・家族への緊急時の連絡先として、出身地、携帯電話番号やメールアドレス等の情報を任意で収集し、職場における緊急連絡網の見直しや再構築を行う必要がある。

◆震災発生前後に生じた休職者の復職支援の検討を

 震災により、大きな被害を受け業績の悪化が想定される職場においては、様々な面で余裕が無くなることが考えられる。その為、職員の雇用の確保や経済的な補償等はもちろん、メンタル不調等により、休職していた職員の復職支援を、職場の組織としてどこまで支援することができるのか等の検討を現実的なレベルで議論しておくことが重要である。どこの職場でも、復職可能と判断する境界線のレベルは平常時の場合より高くなり、より即戦力となる人材の復職が優先的に望まれる傾向へと強まっていくことが考えられる。正社員、派遣社員等の差異をどのようにとらえるか、或いは、両者の間で差異をつけることを認めるか否か等、職場独自の対応策を定めておく必要がある。

 上記したように、震災後の職場におけるメンタルヘルス支援対象は、多種多様である為、産業医・産業カウンセラー・保健スタッフ等の協働と人事・労務担当者の役割が重要となり、職場の実情に即したきめ細かな対応が求められてくる。しかし、あまりにも震災というキーワードを強調しすぎてしまうと、「自称PTSD」・「自称労災」といった問題職員の訴えを掘り起こしてしまう危険性があることも忘れてはならない。

3. 今後発生しうる震災を踏まえた職場のメンタルヘルス対策・支援体制のあり方

 これまで述べてきたように、今後も、職場・職員のメンタルヘルスに対して大きな影響を及ぼすであろう首都直下型地震や、南海トラフに沿う地震の発生確率が高まってきている。震災直後は、被災状況の把握や職場等の物的な復旧に目が向きがちであるため、職員一人一人のメンタルヘルス対策にまでは、手が回りにくいといったことが現状ではないであろうか。

 震災時には、復旧作業等に人手を割かなければならない為、ルーティン業務を平常時より少ない人数でこなさなければならないことが想定できる。限られた数の職員のみで業務をこなそうとした場合、全員に平等な量の業務が分担されず、一部の仕事ができる職員に集中的に業務負荷がかかってしまうケースが少なくないのではないだろうか。その結果、仕事ができる職員が過労に追い込まれ、燃え尽きてしまったり、さらには、メンタル不調等により、休職あるいは退職といった事態を招きかねない。

 そういった負の連鎖をいかに食い止めていくかは、職場の業績や体制にもよるが、経営者ないし管理職者がどのような「理念」の下で、職員に対してメンタルヘルス対策を展開し、休職から復職までの総合的な支援を行っていけるかが重要であり、また、経営者ないし管理職者の力量が問われる点と言えよう。

 ところで、復職までの休職期間中に「リハビリ出勤」や「試し出勤」と称する就労形態を認めている職場が少なくないのではないだろうか。そもそも、このようなリハビリ出勤制度が生まれた一つの契機が、2004年に厚生労働省から公表された、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き~メンタルヘルス対策における職場復帰支援~」によるものである。

 しかし、この手引きの前書きには「こころの健康問題による休業者で、医学的に業務に復帰するのに問題がない程度に回復した労働者を対象としたもの」と明記されており、不十分な回復状態の職員にまで適応できるものとはなってはいない。

▼厚生労働省:心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き~メンタルヘルス対策における職場復帰支援~

 さらに「リハビリ出勤」や「試し出勤」等の施策については、休職状態のまま就労させてしまってよいのかといった面から、通勤中の事故原因や賃金基準決定等に関する責任範囲の不明瞭さが指摘できる。一見すると、職場にとっても職員にとっても好ましい復職支援対策のように見えても、復職に際しては、回復状態の良し悪しではなく勤務日に一定時間の就労ができ、給与と見合った業務をこなせるかどうかといった判断をしなくてはならないため、双方に最悪な事態をもたらしかねない危険性を、有していることを忘れてはならない。

 上記してきたように各職場においては、平常時から「①発生防止、②早期発見・早期対処、③リハビリ・復職支援・再発防止」までの、各段階における詳細なメンタルヘルス対策づくりを、前項で述べた産業医・産業カウンセラー・保健スタッフ等と連携し行っておくことが、重要となってくることが考えられる。例えば、震災時においては、そういった保健スタッフと各職場の人事・労務担当者が合同でメンタルヘルス対応チームを編成し、メンタル不調者に対して、各種対応を円滑に行えるような体制づくりを行っておくことが望ましいと提言できる。

 そこでまず、合同の震災対応チームの編成を進めていく上での注意点として、産業医や産業カウンセラー、保健スタッフは、職場の組織や人事・労務に関する専門家ではない為、職場のメンタル不調者への対応を行っていくに際しては、職場の人事・労務担当者側からの積極的な働きかけが重要となってくる。

 平常時であっても震災時であっても、職場の理念や環境を詳細に理解してもらった上で、直接面談や電話・メールによる相談等を通じて、保健スタッフから職員のメンタルヘルスを支えてもらえる体制の方が望ましい。特に震災時において、メンタル不調者が多数出れば職場の管理職者の負担は増す。また、業務は多くの場合、他の職員がカバーすることになり、不公平感等感情的な問題もでてくる。そうした中、危機対処のためにまた新たな業務負担が発生したならば、さらに心身にダメージを受けることが想定できる。その為関係者は、常日頃から打ち合わせの場を設けコミュニケーションをとり、情報共有を行っておかなければならない。

 各職場にとって「職員(人材)は最も大切な財産」と言える存在であることは言うまでもない。職場にとってメンタルヘルス対策は、「職場の財産である職員をどのように守るか」、という根本的な考え方に基づいて、実施していかなければならない。その為にも、平常時から、震災時におけるメンタルヘルスに関する各種対応計画を策定しておくことが重要であり、望ましいと言える。

 そういった事を踏まえ、経営者ないし管理職者は、震災時のメンタルヘルス対策として、「いつまでに何を行うのか」を明確に定め、CSRの原則に沿って方針やコミットメントを明言し、職場としてのベクトルを一つの方向に合わせられるように、平常時から注力していかなければ真のメンタルヘルス対策とは言えない。

 次回最終回は、これまでの4回にわたる連載内容を踏まえ、震災時における「事業継続」に焦点を当て述べたい。

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