「技術者の倫理」と危機管理(1)(2018.3)

2018/03/28 / 総合研究室 執行役員 高森 一誓 プリント

「技術者の倫理」と危機管理(1)

1.科学者・技術者の倫理

 日本時間3月22日、ソユーズ宇宙船にてカザフスタンのバイコヌール宇宙基地を飛び立った米ロの乗組員3名は同24日、無事に国際宇宙センター(ISS)に到着し、既に昨年12月19日よりISSにてミッションを開始している金井宣茂宇宙飛行士らの歓迎を受けるとともに、約半年間に及ぶ任務に就いた。勇気ある彼らの生命リスクと巨額の資金をかけたプロジェクトの成功を祈るのみである。
 こうした宇宙船打上げの映像に固唾を呑んで見入るとき、網膜からスペースシャトルチャレンジャー号爆発事故の残像を消し去れないのは、筆者だけではないであろう。


 チャレンジャー号の事故は、技術者倫理における代表的な事故事例として扱われる。それだけ、技術的問題よりも人為的・倫理的問題が根本原因にあると認識されているためである。
 科学者や技術者の倫理問題は、我が国のモノづくりに対する信用と自信を揺るがすという衝撃性によって、近年の企業不祥事における重大テーマのひとつとなった。神戸製鋼所、三菱マテリアル、東レといった日本を代表するメーカーとそのグループ企業による製品検査データの改ざんは、「納入先と契約した数値を外れたため検査数値を改ざんしたものの、安全性確保に必要な数値はクリアしており製品としては問題ない」といった倫理以前の契約軽視が共通する。国内企業同士の契約意識の甘さと、製品の安全性に対する絶対的な自信とが背景にあるとの指摘は一面で楽観的に過ぎ、いずれ国際的な信頼と競争力の失墜、更には新幹線等の高速鉄道、航空機、あるいは宇宙事業での大事故などにつながりかねない、まさにミドルクライシスの段階にあると認識すべきであろう。


 日本学術会議は、東日本大震災とこれに伴う福島第一原子力発電所事故を踏まえ、「科学者が真に社会からの信頼と負託に応えてきたかについて」の反省とともに、「科学がその健全な発達・発展によって、より豊かな人間社会の実現に寄与するためには、科学者が社会に対する説明責任を果たし、科学と社会、そして政策立案・決定者との健全な関係の構築と維持に自覚的に参画すると同時に、その行動を自ら厳正に律するための倫理規範を確立する必要がある」として、2013年に『科学者の行動規範』と題する声明を改訂・公表している。
 原子力発電に限らず、科学やその成果と発展を支える技術とは、そのもの自体が人類・社会・国家等における重大な危機管理のテーマであるのは勿論であるが、そこで生じる事故や不正には、組織的危機管理における重要かつ不可欠な示唆が多く盛り込まれている。「合理と実証」を本旨とする科学技術分野はそれらを具体的に伝える雄弁なアプローチであり、組織的危機管理の本質を掘り下げていく上で今後更に研究を深めるべきテーマであると認識しているが、本稿ではその入り口・紹介として、このチャレンジャー号と神戸製鋼所等における製品検査データ改ざん問題の対比を通じ、科学者・技術者倫理の問題と、組織における不正リスク対策など危機管理への活用を考察してみたい。


 なお、厳密には科学者における倫理と技術者におけるそれとは、専門性・独立性や社会への影響等により異なる定義と立場からの視点を要するが、前記のとおりその詳細は今後に譲り、本稿では以下、単に技術者の倫理として記述する。


2.チャレンジャー号爆発事故と技術者倫理

 それではまず、技術者倫理における代表的な事故事例として紹介したチャレンジャー号爆発事故について概観してみよう。

 事故発生の1986年1月といえば、76年周期で地球に接近するハレー彗星の話題で宇宙への関心は世界的に高く、その彗星観測をミッションのひとつにしたスペースシャトルの打上げも注目度が高かったことを記憶している。一般公募から選出された初の民間乗組員として女性教諭クリスタ・マコーリフ氏が「宇宙授業」を行うことや、国内的には日系人初の乗組員エリソン・オニヅカ氏がディスカバリー号に続き名を連ねたことも話題性を高めた。その1月28日、フロリダのケネディ宇宙センターから発射されたチャレンジャー号は、打上げ73秒後に爆発炎上し、乗組員7名全員が死亡した。


 事故調査に当たったロジャース委員会が同年6月9日、レーガン米大統領(当時)に提出した報告書によれば、事故の直接原因はモートン・サイオコール社(以下、MT社)製のOリング(オー・リング。簡単に言えば、ブースターロケットの熱を構造部内に侵入させないため金属接合部に挟み込む特殊ゴム製品、いわゆるパッキンの一種)が低温で弾性を失い、高熱ガスが燃料貯蔵タンク内に侵入・引火したものと特定された。


 ところが、このOリングの低温下での問題は、かなり以前から不確実ながらもMT社として認識しており、米航空宇宙局(NASA)へも報告されていたことであった。
 MT社の主任技士ボジョレー氏はOリングの機能における温度と弾性の相関関係に気づきつつも、その欠陥の証明まではできていなかった。そうした中、MT社の懸念報告を受けたNASAから、「安全性の保証」ではなく「打上げが安全ではない(失敗する)ことの証明」を求められたMT社経営陣は、NASAとの契約を強く望むあまりに懸念表明を取り下げてしまう。その過程では、ボジョレー氏ら技術者たちの主張を最後まで支持した技術担当副社長ランド氏に対して「技術者の帽子を脱いで、経営者の帽子をかぶれ」と詰め寄り、最終的にランド氏も打上げ賛成に転じるひと幕もあったという。スペースシャトルには、下請け企業の1社でも反対すれば打上げが中止となる厳格な決まりがあったのであるが、このMT社の決断によりチャレンジャー号の行く末は決したとも言える。


 天候要因等で打上げスケジュールが再三延期される中、NASAは早期の発射実施を望んでいた。更に不確実な情報も加えれば、打上げ同夜にはレーガン大統領の年頭教書演説が予定されており、演説の際には発射成功後のチャレンジャー号との交信が計画されていたという。民間人の女性教諭を宇宙船に搭乗させるという発案自体が同大統領によるものであり、ホワイトハウスの期待がNASAの判断に影響したのではないかとする、まさに「忖度」の可能性もささやかれる。
 いずれにしろ結果的に、極端な低温で発射整備塔に氷柱が発生するなど他の支障も生じる中、実はMT社以外の技術者たちからも出ていた懸念の声は全て無視され、チャレンジャー号は運命の時を迎えるのである。


3.「相反(ジレンマ)問題」と「線引き問題」

 以上のとおり、ロジャース委員会報告書が示す事故の根本原因は、部品や整備状況といったハード面の問題ではなく、組織とその意思決定というソフト面の問題にあったことが分かる。不幸なことに、発射直前のフロリダの気温は摂氏2度程度と米南部に位置する同地においては異常な低温であった。12度以下での柔軟性確保を保証できるデータを有さないMT社技術陣はNASAと協議し、ボジョレー氏は最後まで発射差止めの説得に努めたが無視された。こうしてチャレンジャー号は、逃れることも可能だったはずの事故に向け発射されたのだった。


 チャレンジャー号打上げに際して、技術者たるボジョレー氏とランド氏が遭遇した局面は、倫理的問題のうちでも最も主要とされる「相反問題」(ジレンマ問題)と捉えられる。「ひとりの人間に対していくつかの要求(責務)が課せられており、それらを同時に満たすことができないにもかかわらず、いずれかを選択しなければならない状況」である。「顧客要望に応え必要な納品責任を果たすこと」と、「安全性を確保すること」とが、ここでは相反したと言える。


 もうひとつ、「線引き問題」という倫理問題の類型がある。
チャレンジャー号爆発事故については、安全性の認識において、NASAは事故の危険性を「10万分の1のリスク」と標榜していたが、その数値はロジャース委員会の一部調査によれば都合のよい仮説に過ぎず、実際には「100分の1程度」と大きな乖離があった。また、「致命度1」とする絶対に避けねばならないリスク(バックアップの準備では足りない、死に直結する危険度。Oリングの欠陥はこれに該当していた)に対するNASAの認識も極めて甘かったという。
 それでもボジョレー氏ら一部を除いた多くの技術者たちが、発射差止めをともに叫ばなかった理由には、「相反(ジレンマ)問題」のような政治的な事情だけではなく、安全性に対する評価の難しさがあげられる。1000分の1のリスクは許容されるのか、1万分の1ならばどうなのか。つまり、定型化された倫理的規則は一般的・抽象的であり(ここでは「安全最優先」とでもいうことになろうか)、そこから行為を導き出すには解釈や適用が必要になる。その際、二分法(黒か白か)的な判断ならばある程度マニュアル化が容易である(例えば、乗組員の生命を尊重すべきことは自明で判断に迷うことではないだろう)が、現実にはスペクトル的(黒から白にかけて灰色の濃淡・グラデーションが存在するイメージ)な安全確保責任への妥当性に対し、技術者自身がどこかに正否・可否等を分ける線引きを行わねばならないということだ。
 このように「線引き問題」は、ある倫理的規則の妥当性を前提とした上で、それを具体的行為に適用する際に、規則の定める基準や概念をどのように理解し判断するかという場面で生じるものを指す。


 チャレンジャー号爆発事故が技術者倫理を検討するうえでの代表事例にあげられるのは、こうした問題を内包していたからであり、それがゆえに技術者倫理の欠如がもたらす今日の製造現場における不正リスク等を考察する上でも有効といえよう。
 そこで、次回においては、このチャレンジャー号爆発事故と近時の製品検査データ改ざん問題との対比から、組織的危機管理の課題に向けたアプローチを試みることとする。

(続く)


 ●参考文献 札野順(2015)『新しい時代の技術者倫理』 一般財団法人 放送大学教育振興会


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