リスク・フォーカスレポート

緊急事態対応の理論と実際編 第六回(2014.9)

2014.09.17
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第6回「緊急対策本部の機能・役割・活動」

 これまで本連載中、過去4回に亘り、初動プロセスを詳述しました。これは緊急時対応プロセスを時系列に見た場合、初動が占める時間的区分割合は決して大きくないことに反して、その後のプロセス、あるいは全体プロセスに与える影響は測り知れないという事実に基づいたものでした。さて、本連載もラスト二回ですが、今回は対策本部の活動内容についてコミュニケーションを軸に考察していきます。

緊急対策本部という組織

 本連載の第一回目で、『・・・緊急事態対応(危機管理)マニュアル」には、対策本部の設置要領や設置基準が記述されているはずである・・・』と述べた。ただ、それだけでなく、当該マニュアルの上位に「緊急時対応計画」が用意されている企業もあろう。そこには当該マニュアルに沿った対応が推奨または指示されているわけだが、それではこの計画の推進主体はどこの部署の誰になるのであろうか。もちろん、それは(緊急)対策本部であり、対策本部長である。

 これまで述べてきたように、対策本部設置にまで至らぬレベルの事案であれば、関連複数部署による連携対応組織(総務部・営業部・システム部等による)で対応可能である。

 ただ、この場合も当初は連携対応組織で済むだろうとした判断に誤りがあって、事態進行中・対応進行中に急遽対策本部に格上げせざるを得ない局面も現れる。

 その代表例が、全社的対応が必要な(求められる)事態に対して、経営資源の部分的・逐次的投入しか行わなかったときや、誠意ある補償が幅広く実施されるべきときに、その範囲を限定してしまうときなどである。要は、連携対応組織による方針や決定事項が世に受け入れられないときである。より明確に言えば、ただ受け入れられないだけでなく、それらが反感・反発を買うときとなる。これについては、追って詳述する。

 さて、対策本部は確かに本部ではあるが、平時における営業本部や管理本部、開発本部や生産本部などとは趣旨が異なる。平時において、これらの本部長を社長が兼任することは通常あり得ない(あり得る場合は、また別の意味で非常事態である)。ところが、社長が対策本部長として、陣頭指揮に立つことは決して珍しいことではない。

 通常の組織編成からすれば、社長が格下の本部長を兼務することはないのだが、この場合は、むしろトップが陣頭指揮に立つことで、当該事案収束に対する会社としての意気込みや責任の表明や遂行、または事態の重大さや深刻さに対する世の中との同一の認識を示すことができる。そのため「わざわざ社長が前面に出なくとも・・・」との意見は、マスコミ関係者など社外の人間が言うセリフであって、社内の人間が言うセリフではない。

 しかし、当然のことながら、対策本部長を誰にするのかは、企業内部で決めることである。それ故に、企業内部のリスクセンスが厳しく問われる。もちろん、発生事案のレベルによって、副社長や専務・常務が対策本部長を務めることは当然あり得るし、それこそ連携対応組織で事が済む場合もある。要は、発生した緊急事態の社会的影響度に応じて、自社が社外・社会からどのように見られているか、評価されているかを冷静に客観的に見る眼を、社内に保持しているかどうかがカギとなる。もっと言えば、”保持された、そのような眼”を介した声が周囲の雑音にかき消されることなく、対策本部内に留まり、行き渡ることがより重要である。

 別の言い方をすれば、レベルAの緊急事態にも関わらず、レベルBやCの対応体制や対策しか採っていなければ、事態は間違いなく悪化し、対策本部の再編成や社長が前面に出ることを余儀なくされる。また、逆にレベルBやCであることに気を緩め、事態を軽視し、公表はせずに内々に処理しよう、若しくはなかったことにしようとした場合はどうだろうか。これは、ともに起きてしまった事態それ自体には、確かにレベルA、B、Cと判定される根拠が存在していたとしても、その対応レベルがCとかDであったために、本来表面化するほどの不祥事ではなかったものが、自ら対応の不備によって、表面化圧力をかけてしまう悪例として捉えられるのである。

 これらは全て対策本部を設置して緊急事態への対応を一元化・一本化して、効率的・効果的に事態に当っていこうとする本来の趣旨や意気込み・覚悟などとは正反対の方向を志向するものである。対策本部という”ハコモノ”さえ作れば良いというわけではない。

 当該の緊急事態において、対策本部ならびに対策本部長は、まさに社を代表した公式な機関であり、”顔”なのである。それ故、できるだけ上位者が務めることが望ましいとはいえるのである。

対策本部のコミュニケーション

 したがって、以上のことを組織として十分に踏まえた上で、対策本部が設置され、本部メンバーが招集され、初動対応から一連の業務を引き継ぎ、対策本部の業務が本格化していくことが望ましい。そこでまず、決定されなければならないのが、当該緊急事態に対する方針の決定である。どのような方針で事態に臨むのか、どのような方策で事態を処理・解決し、収束させるのかといった基本方針の策定である。そのためには自前の経営資源の投入だけで済むのか、それとも官民含めた第三者の協力が欠かせないのかの判断が必要となる。

 自社(あるいは自社グループ)だけで対応可能な事態であったとしても、全社を挙げて一丸となって対応していくためには、基本方針の了解と浸透を前提とした全社員の協力が不可欠である。第三者の協力を仰ぐ場合は、第三者からの了解を得ることがより重要となる。そのためには、普段から多様な第三者との間で信頼関係の構築が欠かせない。

 そして、この多様な第三者とは自社を取り巻くステークホルダーにほかならない。基本方針が決定されれば、次は各種対応方針が策定される。

 ここで対策本部を構成する各チームや班を再度概観してみよう。例えば、事態対応班や原因究明班、あるいは被害者対応班などという 直載的な役割と名称を持ったチームであれば、発生事態に直接関連する担当部署が担うことになる。これら対応方針に基づいた対応経過や対応結果は、情報として対策本部内に共有されることになる。これらの直載的な役割と名称を持ったチームの業務が、特に第三者の協力を必要とする。当局による捜査や公的研究機関による調査などが、その代表例である。

 いずれにしても、社内外から時々刻々提供された情報は、対策本部で共有・更新され、さらに対応方針に則って精査・整理・確認され、多様な第三者、つまり各ステークホルダーへのメッセージやコミュニケーションコンテンツとして伝達される。

 このコミュニケーションが果すべき役割・使命は、各種依頼・報告・謝罪・説明・説得などであり、目的とすべき各ターゲットから得たい反応とは、協力・納得・信頼回復である。これらの双方向のコミュニケーションは、各ステークホルダーとのリレーションシップを悪化させないために実行されるものである。

 つまり、このコミュニケーションの束は、対策本部内の顧客対応班や株主対応班、取引先対応班や金融機関対応班、社内対応班や行政対応班、法務対応班や報道対応班などを通じて、顧客、株主、仕入先・得意先、銀行、証券、監査法人、弁護士、社員・家族、所管官庁、捜査当局、マスコミなど、各(全)ステークホルダーに伝えられるものである。

 しかし、これらのコミュニケーションの役割・使命・目的などが、基本方針に反したものであるならば、緊急事態時に設置される対策本部とは、まさに名ばかりだけのものに堕してしまうのである。ところで、対策本部(内の各チーム)によるコミュニケーションの総体をクライシスコミュニケ-ションと呼ぶ。クライシスコミュニケ-ション=危機管理広報とする理解が一般的であるが、厳密にいうとクライシスコミュニケ-ションの中でメディアを対象としたものが、つまりは報道対応班が担う活動と内容が危機管理広報になる。

 これらのコミュニケーションの要となる文書が、ポジションペーパーと呼ばれるものである。ポジションペーパーはあくまでも社内文書であり、全てのステークホルダー向け文書の雛型となるものである。内容は基本的には同一であるが、”社内文書”の全てを漏らさず社外に出す必要もなく、また相手によって強調点や観点が異なることから、雛形をステークホルダー毎に若干調整して作成していくのである。ステークホルダー向けの情報開示は、基本的には同一のタイミングで実施されるべきだが、ケース毎に優先順位が変わることもある。これに関しては、次回で詳しく取り上げる。

要求されるスピーディーなフィードバック

 さて、当該発生事案に関する対策本部としての基本方針ならびに対応方針(事態対応とステークホルダー対応)が決定・策定され、それらの対応策が実行に移される局面となってからは、各種対応策の効果が早急にかつ敏感にフィードバックされなくてはならない。

 効果のない対応策を継続することは、事態の収束を長引かせるだけである。また、各ステークホルダーへの対応は、先に述べたように、協力・納得・信頼回復を目的としている。

 しかしながら、その目的達成に対して効果が薄いようでは全く意味がない。また、効果の有無以上に問題となるのは、各ステークホルダーからの反発・反感を招来してしまうことである。

 反発・反感の主役はマスコミである。何故ならば、マスコミは世論を代表しているからである。もちろん、顧客や被害者、あるいは社員からの反発・反感も非常に恐ろしいものである。ただ、それら特定のステークホルダーの声を拾い上げ、すくい取り、広く知らしめるのがマスコミの役割である。

 マスコミを通じて、それらの反発・反感、あるいは不信の声が社会全体に向けて発信され、増幅していくのである。これが一番恐い。顧客や被害者、あるいは社員などの一部のステークホルダーの声も、それ以外のステークホルダーの声も皆、世論を構成する要素であることを考え合わせれば理解しやすいだろう。

 マスコミにとっては、当該企業はもちろんのこと、全てのステークホルダーが取材対象先になるのである。このことは肝に銘じなければならない。ステークホルダーは利害関係を有している分、世間の同情を買いやすいし、仮に、特定の利己的な利害関係を差し引いたとしてもなお、世間の共感を集めやすい立場にいる。程度の差こそあれ、被害を被っているという立場である。但し、例えば株主でいえば、あくまでも株主責任を問われない範囲においてであることには、各ステークホルダーも留意すべきである。

 いずれにせよ、各ステークホルダーから反感を買い、マスコミから叩かれるような状況では、対策本部が機能不全に陥りやすい。したがって、自社の対応・対策に対する社外の声を早急に、敏感に察知・フィードバックして、素早く軌道修正を図らなければならない。

 この素早い軌道修正が図れるかどうかが当該企業の危機管理力が試される最大のポイントであり、したがって、その後の展開を大きく左右することにもなるのである。自己再生力、自己修復力といってもよいかもしれない。また、これまでと同様の追加対策では意味がないことを悟る力ともいえる。

 もし、対策本部が機能不全に陥ったままの状態でいると、会社自体が存続の危機に晒されることにもなる。対策本部メンバーには、そのような認識が絶対に必要である。

 例えば、当該企業が良かれと思って、実施したマスコミ発表、特に緊急記者会見を開いた翌日の各新聞の紙面、テレビニュースは隈なくチェック・モニターしなければならない。

 自社発表に対する反応を素早く検証するのである。自社の発表内容は、どこまで理解され同調されたのか、それとも反対に理解もされない、それどころか、不信や反発まで買ってしまったのか、これを謙虚に検証する必要がある。

 特に、後者の場合は、何故そのような論調になってしまったのか、その原因を真摯に探求しなければならない。そして、何がいけなかったのか、何が足りなかったのかという現実に向き合わなければならない。それなくして、論調・世論の風向きを変えることはできないのである。批判的な報道が溢れかえれば、それを見た各ステークホルダーから、お客様相談室やコールセンターはいうに及ばず、各部門部署に抗議の電話が殺到することは目に見えている。かくして、事態の収束は遠ざかるのである。

 対策本部に使用されるルームの回線や事務機器、ホワイトボード等の設備・備品類の整備・確保、および対策本部内の情報収集や報告の手続き・ルールは所与のものと見なす、つまり、この部分での不備・不足はないものとした上で、改めて述べる。要するに、以上見てきたように、対策本部の実務とは、極めて原則論的・理念的活動なのである。

 但し、状況の変化や事態の推移に応じて、臨機応変な対応をしていくこととは何ら矛盾はない。それは基本原則内での振れ幅でしかないからである。

 この基本軸を踏み外しては、危機管理など遂行することなどできない。また、対策本部を設置する意味もない。つまり、基本軸・基本原則なしでは、対策本部の活動や意思決定のフレキシビリティを著しく制約し、場合によっては阻害すらしてしまうのである。

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