リスク・フォーカスレポート

内部不正と集団心理編 第三回(2015.1)

2015.01.28
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 これまで2回にわたり、内部不正に影響する集団心理をテーマに考察してきた。第一回では「内部不正犯行者の個人的特性」、第二回では「小売店舗の現場で会計系の内部不正が発生する際の環境や心理的影響」について解説した。これらを踏まえ、第三回では、第二回に引き続き、小売業で発生する内部不正に焦点を当て、より詳細な分析を試みたい。特に、小売業で発生する内部不正の原因のひとつとして、「非正規社員の増加による労働環境の変化」を取り上げ、現場組織(店舗)における管理者と従業員の相互作用について考察してみる。また、この考察を踏まえた上で、必要な社内の新たな制度や、教育・研修等のあり方についての提示もしていきたい。

1.労働環境の変化が内部不正に与える影響

 内部不正とは、組織内の役割やルールを逸脱(その範囲内のものが「正当な業務執行」ということになろう)して、自らの判断・選択・決定・不注意等・自己正当化等により、組織にマイナスの影響をもたらす事象ということが出来るだろう。内部不正が発生する際、もちろん個人的特性の影響は否定できないが、一方で、所属する組織内の人間関係も大きく関わっていると考えられる。社会心理学の専門家である本間道子氏によれば、組織内での様々な逸脱行為が発生する際、その心理的な要因として以下の5つの点が指摘されている。

①役割認識の強さ

  • 社員が、組織から割り当てられた職務役割を忠実に実行する認識の強さ。

②外集団認識の不足

  • 社員が、「外集団」※1である社会一般への関心や理解、共感が低下している状況。社会からの反応を過小評価していたり、「内集団」の中で発生した事象が、外の世界に及ぼす影響の大きさに関して、認識が低下していたりする状況。

③組織全体の見通しの悪さ(情報交換のなさ)

  • 社内の業務・職務が細分化されるなどして、組織全体の中で社員の仕事の位置づけがあいまいであるか、その見通しができない状態。また、他の部署の仕事・業務の状況も不明瞭であり、部署間の交流も少なく、互いに排他的である状態。

④公正観の低下(社会的ルール、不正認識の低下)

  • 企業文化の中に不正を容認する何らかの規範(雰囲気)、法順守に対するルーズな姿勢があるような状態。あるいは、社内のみに通じる規範が常習化することによって、そもそも違反行為に気付かない、もしくは気付いていても社内の規範を優先してしまう状態。

⑤内集団志向の強さ

  • 企業内もしくは部署内にある極端に利益を優先する意識など、組織内の目標に目を奪われている状態。

    ※1:社会心理学の概念では、自身が所属する集団のことを「内集団」と呼び、それ以外の集団を「外集団」と呼ぶ。ここでいう内集団とは、「所属している企業や部署あるいは店舗」であり、外集団は「所属している企業以外」を示す。

     以上の仮説をもとにすると、内部不正が発生する際、周囲の人間関係が関係する要因としては、とりわけ「②外集団認識の不足」「③組織全体の見通しの悪さ」「④公正観の低下」が影響しているものと考えられる。内部不正が発生する際、まず「③組織全体の見通しの悪さ」が上げられるであろう。例えば、社員がそれぞれ担当する業務内容が不明瞭(他の社員の監視や干渉がなされにくい業務実施環境)であり、なおかつ所属している部署内のコミュニケーションが不足している場合、社員が不正行為を働いても気付かれ難い状況が整っているといえる。

     そうした状況の中、社員は、社会に対する関心が薄い、他社の組織的考え方等は知らないといった「②外集団認識の不足」に陥っていると、所属している部署内にある組織的な考え方や雰囲気に影響を受けやすいといえる。そして最終的に、企業や部署内に不正を容認する意識や考え方、雰囲気があると、社員は、「④公正観の低下」によって正常な判断力が低下していることと相まって、不正に気付いても黙認する、もしくは不正を働きやすくなる状況に置かれる(不正の「機会」を得る)ことになるといえる。

     上記のような作用は、小売店舗で発生する会計系の不正でも同様の働きがあると考えられる。なぜなら、第二回のレポートでも述べたが、小売店舗の現場では不正を働きやすい「機会」が多く、非正規雇用者の人数も多いことから、不正行為に対する規範意識がより低い(そのような雰囲気にある)ことが(一般的に)想定される。さらに、非正規雇用者は正規雇用者よりも一時的に勤務している者がほとんどであることもあって、所属している会社に対して忠誠心や思い入れのある者が少ないのが一般的であろう。そのため、上記に示した心理的な作用は、正規雇用者によって構成された企業組織だけでなく、内部不正を誘発する条件が揃えば、非正規雇用者が多い小売店舗内でも同様の心理的作用が(より強く)働き、不正の可能性が高まると考えられる。

     小売店舗内で、こうした心理的作用に影響を受けた非正規雇用者が増加した場合、現場は以前よりもさらに内部不正が生じやすい環境に変化すると考えられる。先に紹介した本間氏によれば、企業内の逸脱行為を発生させる構造は、上層、中層、下層、さらに不正を暗黙に容認する周囲の社員等、大勢の構成員が様々な形で関与しているものとなっていると指摘している。これは小売店舗の現場でも同様で、非正規雇用者の間で不正を容認する暗黙の規範意識・雰囲気等が存在した場合、従業員全体、職場全体で(職場環境自体が)不正を容認している可能性がある。

     小売店舗内の職場環境で、不正を容認する雰囲気を作らない為には、いうまでもなく、管理者による従業員の監督や有効に機能する内部統制の存在が重要である。しかし、実際には管理者自身が不正行為を行うこともある。上述の通り、企業内の逸脱行為には、上層、中層、下層の者が関与していると考えられる。不正に関与する者は、役職や役割が異なる者同士であっても、不正を誘発させる相互作用を、少なからずお互いの行動に働きかけているといえるのである。これは小売店舗も同様であり、管理者に不正を容認する意識(があると、非正規雇用者にも不正行為を容認する意識が蔓延していくのである(その意識の具体的なあり様としては、暗黙の了解、見て見ぬふりや容認せざるを得ないプレッシャー等、様々な形態がある)。

     こうした現場で、管理者の「不正を容認する意識」に影響を受けることになる非正規雇用者は、さらに安易な気持ちで不正を働きやすくなっていくのである。特に小売店舗の現場では、食品担当、消耗品担当、雑貨担当等に役割が分かれており、非正規雇用者に対しても、発注権限、商品管理権限が与えられている場合もある。業務オペレーション上そうした権限が与えられている場合、不正を働く「機会」に遭遇しやすく、(業務が細分化され一定程度の権限移譲がなされることを通じて)管理者による監視が少ない状況と、非正規雇用者は”安易な気持ち”で不正行為に及ぶことになるものと考えられる。

     この様に、小売店舗で不正を行いやすい「機会」と、(正規・非正規を問わず)所属する者の「不正を容認する意識」とが揃った環境であると、管理者(正規雇用者)と従業員(非正規雇用者)は相互に影響しあいながら、日々小さな不正を見逃し、いずれ発生するかもしれない深刻な内部不正の可能性の眼を見逃がし、つぶし、あるいは黙認することにつながるのである。そして、一度、店舗内で内部不正が発生しやすいサイクルが作られると、大規模な組織や意識の変革でも行われない限り、改善させることは難しい。

     企業は、小売店舗でこうしたサイクル作らせないためにも、まずは管理者の不正を防止する意識を高めさせることが最も必要だと考えられる。そして管理者は、担当者の業務オペレーションを見直し、現場全体で交わされている、従業員間のコミュニケーションの方法等についても見直す必要があるといえる。現場内で円滑なコミュニケーションが行われているかを常に確認するとともに、業務上で不正に繋がる行為が発生してないか、オペレーション上の脆弱性はないか、従業員が会社や上司に不満を抱いていないか、私生活で経済的に逼迫した状況でないか等、不正に関係する情報収集(すなわち、ミドルクライシスの抽出)を日常的に行っていくことが何より大切である。さらには、これらの取組みを強化する意味で、内部監査の徹底や、社内教育の充実についても力を入れるべきであるといえる。

    2.非正規雇用者に対する教育の実情

     厚生労働省「非正規雇用の現状と課題」(平成25年度)によると、非正規雇用者の割合は役員を除く雇用者全体の36.7%だという。非正規雇用者の数は、平成5年から平成15年までの間に急激に増加し、以降は緩やかな増加傾向にあるとされる。

     特に小売店舗は、他の業種と比べ、パートやアルバイトといった非正規雇用者の割合が高い傾向にある。厚生労働省「平成23年パートタイム労働者総合実態調査(事業所調査)の概況」の調査結果によれば、正社員(正規雇用者)以外の労働者の割合を産業別にみると、「宿泊業,飲食サービス業」で62.7%、「生活関連サービス業、娯楽業」で49.9%、「卸売業,小売業」で48.3%と非正規雇用者の割合が高くなっている。このように、小売業では非正規雇用者の人数が多い(割合が高い)ことから、企業は「非正規雇用者向け」の内部不正防止に関する対策をより一層強化すべく、検討する必要に迫られているといえる。とはいえ、残念ながら、この「非正規雇用者向け」の視点を欠いた対策、より汎用的な対策に終始しているのが企業の取組みの現状ではないだろうか。

     厚生労働省「能力開発基本調査」(平成25年)によると、非正規雇用者に教育訓練を実施している事業所は、計画的なOJT、OFF-JTのいずれも正規雇用者の約半数となっている。とりわけ、「卸売業・小売業」については、OJTについて正社員は53.8%、非正規社員は25.6%、OFF-JTについて正社員は69.1%、非正規社員は32.0%となっているという。この調査報告から、内部不正を防止する目的の教育において、正規雇用者と同じ割合で非正規雇用者に対して実施している企業は多くなく、「非正規雇用者向け」の対策に脆弱性があることが推測されるのである。

    事業所における教育訓練の実施状況.png

    ※出典:『厚生労働省「平成23年パートタイム労働者総合実態調査(事業所調査)の概況」』

    ▼ 本間道子(2007)『組織性逸脱行為過程-社会心理学的視点から-』多賀出版

    ▼ 厚生労働省「非正規雇用の現状と課題」

    ▼ 厚生労働省「能力開発基本調査」(平成25年)

    ▼ 厚生労働省「平成23年パートタイム労働者総合実態調査(事業所調査)の概況」

    3.教育・研修の改善と新ルールや新制度の導入

     企業においては、内部不正の防止対策として、社内で教育に力を入れているところは多いだろう。しかし、内部不正を防止しようと取り組む企業が増えているにも関わらず、内部不正が減少しているように見えないのは何故だろうか。

     内部不正の犯行者には、定職に付けない事情がある人がアルバイトやパートとして勤務している場合もある。そうした者は、他社でも内部不正もしくは何らかの違反行為を働いて、犯行が露見しそうになったら職を変える、といった転職を繰り返している場合もある。このような極端な犯罪予備軍の存在も否定できない一方、内部不正の犯行者の中には、これまで犯罪とは無関係な生活を送っていたにも関わらず、犯行に及んでしまう者もいる。つまり、犯行者が持つ個人的な特性にだけ着目することなく、現場の環境が犯行を誘発させているといった現実についてもまずは深く理解し、それをふまえた対策の重要性・必要性についても認識することが重要ではないだろうか。

     小売店舗で発生する内部不正の要因については、現場の環境や、現場組織の人間同士による相互作用による働きかけも、そのひとつにあげられることはこれまでも取り上げてきた。犯罪心理学者のカート・R.バートルによると、多くの従業員は、正規雇用、非正規雇用に限らず、自身は常識的な倫理観を持ち合わせており、不正を働くことは無いと思っているという。それにもかかわらず、不正を働きやすい環境に遭遇すると、簡単に会社が提示している規定に違反し、不正行為を働いてしまうというのである。したがって、小売店舗における不正防止対策として教育を行う場合は、この点に考慮する必要があるといえるだろう。

     すなわち、たとえ社内教育を実施しても、受講者が「自分は常識的な倫理観を持っている」という意識がある限り、受動的な、一般教養や一般常識に訴えるだけの内容では真剣に受講する者は多くないであろうし、自分には関係ない(自分は大丈夫だと考える)者が多く、教育の実効性には大きな疑問符がつくといえるのではないだろうか。いくら社内倫理や社内規定等を説明しても、従業員が不正を防止する意識にまでは届かないであろう。

     したがって、不正防止の教育を行う際には、社員にルールを提示、説明するだけではなく、実践的なトレーニングを行うといった工夫をして、意識レベルにまで働きかけることが重要となるといえる。例えば、実際に発生した内部不正の事例を用意し、その組織上の問題点や犯行に至るプロセス等に対してディスカッションをさせる等の方法が考えられる。こうした実践的なトレーニングを行う中で、誰でも不正行為を働く可能性があること、自信の倫理感がいかに脆いものであるかを、自分のこととして理解させることが重要なのである。

     また、社内で内部不正対策に関する、新たなルールや制度等を策定する際には、(通常行われているような)企業全体をカバーする内容であることとは別に、各店舗の個性に応じて、より具体的かつ個別の(ローカル性を加味した)規定にまでふみこんで策定した方が望ましいと考えられる。各店舗は、店舗周辺の地域環境、客層、従業員の年齢層等にそれぞれ違いがあり、店舗毎に異なる特性を持っているのは当然である。そうした様々な要因の影響により、店舗によって業務の進め方には多少の違いがあるだろうし、また従業員の年齢層、性別の割合、地域性等で、不正に対する意識や雰囲気にも大きな違いが生じているはずである。さらに非正規雇用者は、正規雇用者よりも流動的に入れ替わっていくことが多いことを考えれば、店舗の特性は、定期・不定期に変化していくことも考えられる。

     この様に、店舗によって様々な特性があり、それが流動的でもあるため、全社的かつ不動の規定・ルール等を定めたとしても、店舗においてはそのままでは精確に適用できないことに注意が必要である。適用できないルールや制度に対しては、次第に守ろうとする意識が働かなくなり、徐々に活用の機会が減っていき、規定・ルール・制度が形骸化してしまう可能性があり、それが内部不正を生む温床ともなる。それを防ぐためにも、ローカルルールを安易に容認するのではなく、本社の正しい関与のもと、各店舗の特性に合わせた規定・ルール等(会社公認のローカルルール)の策定の検討が必要であり、また定期・不定期に見直していく必要があるといえる。

     いずれにせよ、新しい規定・ルールや制度の策定には、会社が現場の実態を理解する必要がある。そのため企業は、内部監査の実施はもちろん、また定期的に管理者のマネジメントや異動等の人材の流動化も行いながら、店舗内で不正を容認させない環境作りを意識させ、実践していくこと、そうした現場の環境作りを支援できる体制構築に取り組んでいくことが、内部不正を防止するためには不可欠であるといえよう。

    ▼参考:カート・R.バートル他(著),羽生和記他(訳),(2006)『犯罪心理学―行動科学のアプローチ―』,北大路書房

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