"日本版司法取引"とこれからの企業危機管理(2) (2018.6)

2018/06/06 / 総合研究部 研究員 鈴木 昭博 プリント


 いよいよ「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」(以下、「合意制度」と称します。)の運用が6月1日からスタートしました。企業不祥事、企業犯罪において適用となった場合、その企業にはどのようなことが起こるのでしょうか。 前回は、「合意制度」の概要とアメリカの司法取引との比較、司法取引が抱える問題点についてみてきました。
 そこで後半は、今後「合意制度」がどのような運用となるのか、2(2)で確認した対象となる「特定犯罪」について、事例をもとに検討します。そして、企業としてどのような対策が必要となるのか、危機管理的観点から考察いたします。

5.事例検討
 【ケース】企業犯罪「贈収賄」

(1)概要

 土木建設業のX社(代表取締役Y)において、海外事業を担当していた取締役Aは、S国の大規模な委託工事を確実に落札して、社内での地位を高めようと画策し、執行役員Bに対して、S国の公務に従事し当該工事に関与しているMと面談し、日本円にして現金500万円を渡して入札予定価格を聞き出すように指示を出した。執行役員Bは、取締役Aの指示に従い、Mと面談して、現金500万円を手渡したうえで、入札予定価格を聞き出すことに成功。この情報をもとに、取締役Aは、落札に向けた準備を社内で進め、当該工事をX社名で落札することができ、X社は数億円の利益を得た。これにより、取締役AのX社内での地位は確実なものとなった。

 なお、不正競争防止法第21条第2項第7号において、第18条第1項の規定(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止)に違反した者は、5年以下の懲役、もしくは500万円以下の罰金、または、この両方の罰に処される可能性があります。また、同法には、両罰規定が設けられており、同法第22条第1項第3号の規定により、法人の代表者や代理人、使用人、その他の従業員等が当該法人の業務に関し違反行為をした場合には、その行為者自身を処罰するだけでなく、その法人に対しても3億円以下の罰金刑が科される可能性があります。通常の刑法犯であれば、贈賄罪と収賄罪の刑罰を比較した場合、贈賄罪よりも収賄罪の刑罰は重く、法律は、贈賄罪よりも収賄罪、つまり金品を受け取った側の罪を重く捉えていることが分かります。しかし、不正競争防止法は、贈賄側に対してのみ刑罰が設けられている点に違いがあります。(※なお、法解釈やその可能性の程度については、顧問弁護士等の専門家にご確認ください)


(2)想定される"司法取引"

 (※以下は、合意制度の影響等について、企業の立場から考察するもので、企業の立場からは、通常は必ずしも検察実務を深くは理解していないことを前提としての考察になります。)
 前回述べたように、有罪となる可能性が高い場合、個人であれ団体であれ、その罪を免れたいと願うのは当然のことであり、"取引"に応じることでその罪が免除または軽減されるとなれば、"司法取引"を持ち掛けること、持ち掛けられるよう働きかけることが積極的に行われるようになるでしょう。
 また、「合意制度」は、検察官の裁量として認められているため、実際のところは関係当事者のうち、誰に"取引"を持ち掛けるのか、そもそも"取引"について協議に至るかさえ分かりません。
 「合意制度」は、関係当事者全員となされるものではなく、検察官が真相を解明するために必要かつ有力な情報を握っていると思われる人物に対して、限定的に行われることになると考えられます。つまり、証言の信ぴょう性や証言の裏付けとなる証拠の有無、さらに、他の被疑者・被告人が同一の情報を持っていた場合にはタイミングも関係してくると思われます。このような意味合いでも、関係当事者間で「合意制度」を得られるよう獲得競争が起こることも考えられます。一方で、検察官が真相として描いている「真の受益者」には、制度の趣旨から推察するに、"取引"が持ち掛けられる可能性は低いと考えられます(「真の受益者」が関係している、または「真の受益者」が別の「特定犯罪」について情報を有している場合には可能性はあります。)。
 この事例では、検察官、執行役員B、 X社について検討していきます。


A)検察官の狙い

 まず、検察官が、もっとも得たい情報は何でしょうか。別の言い方をすれば、もっとも重い刑罰を受ける可能性があるのは誰でしょうか。それは、不正競争防止法に両罰規定がある以上、X社と言えるのではないでしょうか。「真の受益者」と言えるかは定かではありませんが、この事例の場合、X社が利益を受けていることは間違いありません。そして、X社に責任があるとするためには、主犯格である取締役Aの違法行為を立証する必要があります。そのためには、実行犯である執行役員Bから、取締役Aを有罪とし得る情報を引き出す必要があります。


B)執行役員B

 実行犯である執行役員Bは、内心では取締役Aの指示でやむを得ずに違法行為に及んだことであると主張したいところですが、自らの罪をそのまま認めれば、5年の懲役もしくは罰金刑500万円、またはその両方の刑罰を受ける可能性が高いため、これらに関する供述を躊躇することが考えられます(自らの罪を認めることで情状酌量により、減刑される可能性はあるようですが、ここではこの点については、考えないものとします)。
 では、どうすれば自らの刑罰を軽くすることができるのか。ここで、「合意制度」を利用して、取締役Aの罪を明らかにすれば自らの刑罰を軽くする、もしくは刑罰を受けずに済むかもしれないと考えるのではないでしょうか。代理人も、被疑者・被告人である執行役員Bの利益のために、Bの考えに同意するでしょう。
 しかし、そのためには、執行役員Bは、取締役Aに指示をされたことを示すメールや書面、口頭での指示を録音したデータ、S国公務員Mへ渡すための金銭の授受を示すもの、取締役Aの指示を断ることが出来なかった諸事情などを示すものなど、検察官が真相解明のために必要で、かつ有力な確たる証拠を揃える必要があります。そして、執行役員Bおよびその代理人は、これらの証拠集めに成功し、検察官と協議のうえ、検察官は真相解明に足る証拠であることを認めた場合に、検察官は初めて、執行役員Bとの間で、「合意制度」に関する協議を進め、合意の成立に至ることでしょう。そうなれば、取締役Aが有罪となる可能性が高まったと言えます。


C)X社

 この事例の場合、前述のように、不正競争防止法には、両罰規定が設けられているため、X社も処罰の対象となり得ます。最高裁判所の判例では、会社の行為者たる従業員等の選任・監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定し、その注意を尽くしたことの証明がない限り会社も刑事責任を免れないとするものがあります(最判昭和40年3月26日刑集19巻2号83頁、「外資法違反事件」)。
 この判例は、不正競争防止法に関するものではありませんが、従業員等が行った違法行為に対する会社の責任はない、会社としてやることはやっていたと認められるためには、一般的、抽象的な注意を促すことだけでは足りず、積極的かつ具体的に、違反防止のための指示を与えるなど、違反行為を防止するために必要な注意を尽くしたことが要求されていると考えられています(経済産業省「外国公務員贈賄防止指針」参照。)。
 この事例の場合には、外国公務員に対する贈賄を適切に防止できるようなコンプライアンス・プログラムの策定や、啓もう活動・教育の実施など、内部統制システムの実効性と有効性を向上させる取り組みを行っていたことが必要となるでしょう。また、上記に加え、取締役Aが行った違法行為について、X社としての指示であったのか、内部監査部門による監査など不正を未然に防ぐための具体的な取り組みがなされていたのか、捜査当局が認知するより以前にX社として認識していたのか、X社が認識して以降どのような取り組みを行ったのかなど、その責任の有無について、追及されることが推察されます。
 これらを証明する責任はX社にあるものと考えられ、そのためにX社としては、社内調査の実施や第三者委員会を立ち上げるなど、自ら事態の全容把握に努める必要性があります。
 一方、何ら情報を得られていない状態では、会社として対応策を講じることができないばかりか、仮にX社には何らその責任がないことが明らかになったとしても、後手に回ったことで、事件の真相解明に消極的であるとか、企業として隠蔽の体質なのではないかなど、レピュテーションリスクの可能性が高まり、これらを回避・軽減することは難しくなります。そのため、危機管理の観点からは、X社としては、執行役員Bが任意同行を求められた時点、あるいは、遅くとも執行役員Bが逮捕された時点において、その情報を押さえ、事件性の端緒としてこれらを認識し、今後の対応について検討のうえ、対応策を講じなければなりません。
 加えて、企業として、この不祥事にどのように向き合っていくか、適切な対応と説明責任の履行があらゆるステークホルダーから求められこととなります。
 ただし、仮に、X社が会社として、もしくはX社の代表者であるY社長が、取締役Aおよび執行役員Bに対して、公式・非公式を問わず指示を出していた場合や、以前よりX社にはS国をはじめ他の外国公務員との贈収賄疑惑がある場合などには、X社の責任が問われる可能性が高いため、「合意制度」の当事者となり得ます。この場合、X社(またはY社長)、取締役A、執行役員Bの間で、「合意制度」の成立に向けた獲得競争が起こり得ると考えられますが(他事案が加わった場合には、取締役C、取締役D...と当事者は増えるため、獲得競争も激化する可能性はあります)、検察当局は、取締役Aや執行役員Bよりも、X社(Y社長)を組織犯罪の上層部としての"ターゲット"とみて捜査を進めることが考えられます。そうなれば、取締役Aと執行役員Bの「合意制度」獲得競争が起こる可能性が高まり、X社内では、X社本体へのクライシス対応、取締役Aのクライシス対応、執行役員Bのクライシス対応と"三つ巴"の構図となり混乱が生じることでしょう。
 余談ですが、ここに、X社の現体制に不満を持つ反対勢力が、この混乱に乗じて、Y社長の失脚を企てたならば、これを回避することは極めて困難となるでしょう。


D)補足

①他の事例

 本事例のような不正競争防止法に関する過去の事件は、さほど多くはありません。代表的な事案は、九電工ゴルフセット事件(2007年)、PCI事件(2009年)、フタバ産業事件(2013年)、日本交通技術社事件(2015年)の4件とされています。
 そして直近では、6月5日に、神戸製鋼所が品質検査データ改ざん問題で、同法における虚偽表示の疑いで、家宅捜索を受けています。あくまで予想ですが、時期的には「合意制度」が用いられ真相解明に動き出したとの見方もできるのではないでしょうか。この場合、「合意制度」による「他人の特定犯罪」の情報提供がなされ、業界全体に波及する可能性もないとは言えないでしょう。
 また、「合意制度」における「特定犯罪」のうち、過去に起きた多くの事例がある事件は、金融商品取引法(旧証券取引法)におけるインサイダー取引や有価証券報告書等の虚偽記載、独占禁止法(「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)における価格カルテルや入札談合などです。直近では、昨年末、リニア中央新幹線建設工事の入札不正事件として、独占禁止法における不当な取引制限の疑いで大林組、大成建設、鹿島建設、清水建設の4社が東京地検特捜部と公正取引委員会の家宅捜索を受けています(なお、鹿島建設、清水建設の2社は、東京地検特捜部にのみ家宅捜索を受けているとの報道があります)。
 独占禁止法における価格カルテルや入札談合については、「課徴金減免制度」があります。これは、入札談合などの違反行為の情報を自ら公正取引委員会に申告した事業者に対して、その違反行為に対する課徴金を免除または減免する制度です。特に、公正取引委員会による立入検査や家宅捜索前の1番目に申告した事業者に対しては、課徴金が全額免除されるほか、刑事告発はなされないこととされています(参照:「独占禁止法違反に対する刑事告発及ぶ犯則事件の調査に関する公正取引委員会の方針」)。なお、独占禁止法においては、公正取引委員会による刑事告発がなければ、検察官は起訴できないと定められています(独占禁止法第96条)。しかし、刑事訴訟法上、共犯者の1人に対してなされた告発の効力は、他の共犯者にも及ぶとする「告訴・告発不可分の原則」(刑事訴訟法第238条第1項)があり、理論上は、1番目に申告した事業所に対しても検察官の裁量による起訴が可能となっています。
 しかし、この点について、2005年3月11日に開かれた衆議院経済産業委員会第4号において、当時の大林法務省刑事局長は以下のように言及しています(同会議録引用。)。


 独占禁止法違反事件は、いわゆる親告罪であり、当該事件について公正取引委員会からいずれの事業者に対しても告発がなされなければ刑事訴追をすることはできません。
 一部の事業者を被疑者とする告発がなされた場合、告発されなかった被疑者につきましては、検察官において、その訴追裁量権の行使に当たり、専属告発権限を有する公正取引委員会があえて刑事告発を行わなかったという事実を十分考慮することになると考えられますので、措置減免制度は有効に機能するものと考えております。


 現在の運用上、課徴金減免申請を1番目に行った事業者に対しては、検察官による起訴はなされていません(なお、2番目以降に申請した事業者に対しては、刑事告発がなされているようです)。
 「合意制度」は、あくまでも検察官との合意であるため、公正取引委員会などの他の機関の判断を拘束するものではありません(参照:沖田美恵子「合意制度の概要と企業における対応課題―いわゆる日本版司法取引の導入を受けて―」)。確かに、上述のリニア事件では、大林組と大成建設が、東京地検特捜部と公正取引委員会の両機関に家宅捜索を受けていることを踏まえれば納得がいきます(この点、鹿島建設と清水建設が公正取引委員会の家宅捜索を受けていないことは、この2社が課徴金減免制度を利用したことが推察されます)。
 しかし、「合意制度」により、公正取引委員会よりも検察が独占禁止法違反行為の情報を認知した場合にはどのような取り扱いがなされるのでしょうか。なお、現在、課徴金減免制度の見直しとして、裁量型課徴金制度(事業者の協力・非協力の程度を勘案して、公正取引委員会の裁量により課徴金額を決定する制度)導入の議論がなされています。この制度が導入された場合、合意制度を利用した事業者への取扱いとして、刑事処分と課徴金との連動性がもたらされるのかについては注視する必要があるでしょう。


②軽犯罪者の情報提供可能性

 詐欺事件などの組織的な犯罪である場合、その役割は細分化され、実行犯などは、罪の軽い犯罪であるケースもあり得ます。この場合、「合意制度」に応じる、あるいは持ち掛けることは、被疑者・被告人である情報提供者にとっては、何の得にもならないのではないかとも考えられます。
 しかし、一般的な社会生活の中で、前職の退職事由として、犯罪に加担し執行猶予付きであったとしても有罪判決を受けたとなれば、その人は社会的にどのような影響を受けるでしょうか。
 また、どの過程において、検察と被疑者・被告人との間で、どのような"取引"が行われたかについては、合意書面により記録としては残されるにしても、そもそも"取引"の存否さえ、公表しないこととなっています。
 したがって、たとえ、罪の軽い犯罪であったとしても、今後の社会生活を考えれば、司法取引に応じることで不起訴、もしくは無罪となることを選択するのではないでしょうか。このことは、ある意味では、社会的・社内的な下位者にとっては、「合意制度」を利用することは"チャンス"とも言えるかもしれません。

6.企業における危機管理

 施行以前から「合意制度」の運用について、慎重な姿勢を示してきた検察当局ですが、その姿勢は、最高検察庁が通達している「合意制度の当面の運用に関する検察の考え方」を見れば明らかでしょう。

 合意に基づく供述の信用性は、他人の刑事事件の公判において慎重に判断されることになる上、合意をした本人が合意後に虚偽の供述をして無関係の第三者を巻き込み、あるいは、事実を歪曲して第三者に責任を転嫁する事態はあってはならないため、そのような事態が生じないよう、合意に際しては、協議における本人の供述の信用性の吟味を徹底して行う必要がある。

 協議における本人の供述につき、裏付証拠が十分にあるなど積極的に信用性を認めるべき事情がある場合にのみ、合意することとする。

 確かなことは、社会に名をはせた大企業や業界全体を揺るがしかねない犯罪行為であり、かつ、その社会的影響が著しく大きい事件で、事件の複雑性から通常の捜査では真相解明が難しいと判断される事件であっても、「供述の信用性」と確たる「裏付証拠」が場合にのみ、「合意制度」の適用がなされるものと考えられます。「合意制度」に基づき司法取引にて当人を不起訴にし、別の首謀者を起訴したところ、「合意制度」で得た証拠等の証拠能力が否定され、当該首謀者も有罪にできなかったということが、最も検察の威信に関わるからです。まさに検察にとっては、「諸刃の剣」の制度なのです。

 また、「合意制度」の導入が、内部告発や自主調査を促進する契機となり、これらを有効に活用することで、企業のコンプライアンス促進が図られるとの見方もあります(参照:沖田美恵子「合意制度の概要と企業における対応課題―いわゆる日本版司法取引の導入を受けて―」)。しかしその他方で、制度の乱用により、個人や企業が"巻き込まれ"、冤罪を生むとの懸念もなされています。裁判所や検察などの司法機関が慎重な姿勢を示しているのは、このような世論を配慮してのことでしょう。仮に、企業が巻き込まれた場合、対応が後手に回れば、事業活動への影響は計り知れないでしょう。 では、その運用が始まっている「合意制度」に対して、企業は、莫大なコストをかけて、壮大なスケールで何か特別な対策を講じることが必要なのでしょうか。

(1)企業における留意点~内部通報制度と司法取引

 先に紹介した通り、「合意制度」の導入が、内部告発や自主調査を促進する契機と なり、これらを有効に活用することで、企業のコンプライアンス促進が図られるとの 見方もあります(参照:沖田美恵子「合意制度の概要と企業における対応課題―いわ ゆる日本版司法取引の導入を受けて―」)。この点について、もう少し考察しておきま しょう。
 内部通報と司法取引には、差異があります。
 内部通報制度は、ある不法行為ないし法令違反の事実等を見聞きした、関わった、段階で企業に改善を求める趣旨で行われるもので、基本的には、行為者や関係者が逮捕前の段階で活用されるものです。法令違反による不祥事を発生させないように、あるいはまだその芽が小さいうちに企業で対処することを求めるものです。
 司法取引は、捜査機関にある不法行為に関わった事実が認知され、その容疑で逮捕・起訴された段階で問題となるものです。不法行為や法令違反が、企業内では治癒されずに、社会的に問題となり(被害者が出たり、内部告発、スクープ記事等により)、逮捕者が出るという、個人、企業・団体組織などの「行為者」、さらには管理監督者にとっては、危機管理の観点からは"手遅れ"の状態です。
 このように企業にとっては、いかに内部通報制度を充実させて、司法取引の俎上に乗せないかが重要になりますが、実際に不法行為等に関与せざるを得なかった従業員等にとっては、全く逆の考え方もありうるのです。それは、以下のようなものです。
 現在、機運が高まっている内部通報制度は、「公益通報者保護法」により企業内部において、通報したこと自体を事由として通報者を解雇など不利益に取り扱うことを禁止しています。しかし、その通報者が行った不法行為などに対して、社内的な処罰を免れるものではなく、また、民事・刑事ともに法的な責任を追及しないことを約束されているものでもありません(この点については、現在議論がなされています)。また、実際の例をみても、通報者探しや当人を担当からはずすなどの報復的な事例も散見され、それに対する抑止力は限界が見えています。
 他方で、司法取引は、社内的な処罰(懲戒解雇など)はともかく(依願退職をしてしまえば、次職では一身上の都合との言い訳も可能)、法的責任(民事的責任を除く)を免れることが可能となります。そのため、不法行為に加担してしまった社員個人は、内部通報を行って会社に是正を求めるよりも、法的責任を免れるという自身の利益を優先する可能性が高くなると考えられ、内部通報というカードよりも、自身が保持する情報を司法取引時の"ジョーカー"として切る可能性を残すこともありえます。
 行為者が一身上の都合で退職し、その後に捜査機関に犯罪事実を申告し、逮捕後の司法取引で企業の重大な不法行為・法令違反が捜査機関の知るところをなれば、捜査機関は即座に家宅捜索などに踏み込むでしょう。この時点で、企業は緊急事態の対応準備ができておらず、また資料などが押収されれば、社内調査にも影響が及び、なんら説明責任が果たせない状況となれば、企業はステークホルダーからの信頼を失うこととなります。
 以上のように、"日本版司法取引"の施行は、企業にとって、経営者にとってリスクとなり得ることを認識し、何らかの対策を講じなければなりません。
 内部通報をしても仕方がない(どうせ会社は改善しない)と従業員に思わせてしまうと、内部告発や退職後に捜査機関に駆け込むなどの行為を促進し、そうなると、司法取引により、企業の経営陣が逮捕・起訴される事態に発展しかねないリスクは確実に高まっていますので、内部通報しやすい環境作りと、内部通報を利用した組織的改善や不法行為・法令違反行為の是正が、今まで以上に重要になってくることはいうまでもありません。

(2)緊急時における対応

 企業不祥事後の記者会見では、社長等の経営幹部が、「自分は知らなかった」、「現 場の担当者の一存でやったこと」等の発言をすることが往々にしてあります。危機管 理の観点からは、このような会見はかえって、火に油を注ぐだけですが、このリスク は、司法取引の開始により、一層高まることを認識しなくてはなりません。
 このようなケースでは、現場担当者が、過失罪含めて逮捕等されている場合があり ますが、現場に責任を擦り付けるような発言を経営幹部が公然と行えば、現場のスタ ッフは、たまったものではありません。この期に及んで責任逃れをしようとする 経営幹部に反発心を抱き、現場の実態を暴露したり、経営幹部の指示等を裏付けるエ ビデンスを公表したりと、事態は泥沼化します。このあたりは、昨今、世間を賑わせ ている事例を見ても、明らかでしょう。
 そして、現場のスタッフがこのような反発を抱けば、逮捕され従業員等も、例えば 社長の指示だった等、相応のエビデンスを捜査機関に提供し、司法取引をも持ちかけ る動機が働きますし、検察側も、一従業員の心理を巧みに利用し、経営幹部を逮捕・ 起訴すべく司法取引を働きかける可能性が高まります。世間の耳目を集める事案で あれば、なおさらです。現場のスタッフの退職後に捜査当局との間で司法取引が成立 する可能性も、内部通報との関連で論じたとおりです。
 このように考えれば、確かに司法取引の可能な犯罪は現時点では限られていると しても、不祥事等が発生した場合の企業の危機対応、マスコミ対応、社内調査を含め た危機管理が一層重要になるものと考えられます。

7.おわりに

 「合意制度」は始まったばかりですが、企業の実務、それも特定犯罪における逮捕事案等が発生した後の危機対応にも大きな影響を及ぼします。
 自社はそのような事態になることはないと高を括っている担当者もいらっしゃるかもしれませんが、制度ができた以上、従業員や退職者等、誰が、捜査当局との間で、司法取 引が行われるかわかりません。
 「合意制度」が利用されて、捜査が企業(法人)や経営幹部に及んでからでは、できる危機管理にも限界があります。自らが、訴追の対象となりうる経営幹部はもちろん、担当者も、その矛先は経営幹部に向くことを十分に認識し、日ごろから、不法行為や法令違反が行われない、また、それらが早めに是正される社内体制、コンプライアンス体制の整備・拡充が重要になることを改めて、指摘し、本論考を締めくくりたいと思います。

(完)

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【参考文献】

・白取祐司・今村核・泉澤章「日本版『司法取引』を問う」(旬報社、2015年)
・平尾学「日本版司法取引と企業対応」(清文社、2016年)
・木目田裕・佐伯仁志編著「ジュリスト増刊 実務に効く企業犯罪とコンプライアンス判例精選」(有斐閣、2017年)
・朝山道央編著「企業犯罪と司法取引」(金融財政事情研究会、2017年)
・村井敏邦・海渡雄一編著「可視化・盗聴・司法取引を問う」(日本評論社、2017年)
・山口幹生・名取俊也「Q&Aでわかる日本版『司法取引』への企業対応」(同文館出版、2017年)
・清水晴生「司法取引と共犯者の自白」(白?法学第24巻1号、2017年)
・沖田美恵子「合意制度の概要と企業における対応課題―いわゆる日本版司法取引の導入を受けて―」
 (商事法務No.2106、2016年)
・早川真崇「日本版司法取引が内部通報制度に及ぼす影響-既存の制度強化と社内リニエンシーの活用」
 (ビジネス法務)
・最高検察庁新制度準備室「合意制度の当面の運用に関する検察の考え方」(法律のひろば、2018年)
・経済産業省「外国公務員贈賄防止指針」(2017年9月改訂版

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