BCP におけるリスクコミュニケーションの重要性についての一考察(上)
知恵と知識と思考力こそが最強の防災グッズ (2019.5)

2019/05/08 / 総合研究部 専門研究員 大越 聡 プリント

迫り来る南海トラフ地震や首都直下地震。まずあなたは何をしますか?(※画像はイメージです。Photo AC)

 東京都のホームページによると、東京都の人口は2019年4月1日現在で1388万人。一昨年の国勢調査によると、東京都の昼間人口は1592万人。「昼間人口」とは、他都道府県からの通勤・通学者の人数を入れたもので、旅行客の人数は含まれていない。ついでに東京都産業振興局の統計を調べたところ、2017年の1年間に東京都を訪れた外国人観光客は1377万人、日本人観光客は5億2331万人。とても乱暴な計算になるが、全ての観光客が「日帰り」と仮定し、単純に観光客数合計を356日で割ってみると、1日の東京都の観光客はおよそ147万人にのぼる。


 冒頭、何が言いたいのかというと、それだけの人が住み、さらに多くの人が行きかう東京都が、現在整備している災害時における避難所の収容人数は、最大でおよそ 328 万人分しかないということだ。もし、平日の昼間に首都直下地震や南海トラフ地震が発生した場合、どんなに低く見積もっても 1000 万人以上の東京都民には、行く避難所さえ準備されていない。「避難所」と言っても、これまで皆さんがよく災害現場のニュースで見るように、学校の体育館や公民館などが主な受け入れ先となるため、環境は劣悪になることが予想される。


 ある専門家は「328 万人全員が避難所に駆け込めば、座る場所もないだろう」と指摘する。


阪神・淡路大震災当日の 1995 年 1 月 17 日撮影された神戸市中央区の学校体育館に設置された避難所。プライベートは おろか足の踏み場所もない。(写真提供:神戸市「阪神・淡路大震災「1.17」の記憶」Web サイトから)
まずは個人の「自助」が大切

 そのような状況のなか、企業や私たちは何をどのように備えなければいけないのだろうか。まず個人では、大地震が発生した後は「在宅避難」が基本となる。「東京防災」というハンドブックが舛添都政下の 2015 年に都内全世帯に配布されているが、そこに記載されている内容には「在宅避難」のあり方が多く費やされている。まず一人ひとりの「自助」が重要なのだ。


 まずは家の耐震性をチェックしてみよう。一般的には 1981 年 6 月から施行している「新耐震基準」を満たせばよいとされているが、この基準はあくまで震度 6 強~7 程度でも「倒壊しない(命が守れる)」ことを基準としており、「地震が発生した後でも生活ができる」ことを保障するものではない。「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(品確法)の基準でいうと、耐震等級1という最低限のランクがこれにあたる。等級は 3 まであり、耐震等級3は耐震等級の 1.5 倍の地震まで耐えられる。しかし、熊本地震では震度 6 弱以上の地震が連続して発生しており、さらに最新の研究結果では「1000 年に 1 度クラス」の南海トラフ地震が発生した場合、さらに 1 週間後にもう一度同クラスの地震が発生する可能性が高いとされている。現在、各自治体で耐震リフォームに対する補助なども出ているので、ぜひ確認してほしい。自分の住んでいる場所で大地震が発生したらどのくらい揺れるのか、調べてみたい人は、以下の地盤ネット社の「地盤カルテ」と言うサイトで住所を打ち込んでみると簡単に見ることができる。

▼地盤カルテ

 家の耐震を確保したら、次は家具の固定だ。阪神・淡路大震災は直下型地震のため、「グランドピアノが横の部屋から壁を突き破ってきた」という報告もされている。箪笥などの家具だけでなく、冷蔵庫などの電化製品もしっかり固定が必要だ。現在は新築マンションなどを購入した人が、釘をさしてしまうと「家の価値が下がる」として家具固定をしない傾向にあると言う。現在は釘をささずに家具を固定する不二ラテックス社の「不動王」やアイディール ブレーン社の「ガムロック」などの製品もあるので、ぜひチェックしてほしい。


 耐震と家具固定ができたら、いよいよ備蓄だ。備蓄は最低 3 日分、できれば 1 週間分は用意してほしい。備蓄に関しては、現在では「ローリングストック」と言う方法が内閣府防災でも推奨されている。これは「備蓄用の特別なものを購入するのではなく、普段から食べるものを多めに用意しておこう」と言う考え方だ。何も難しいことをするのではなく、例えば私の家では妻の実家から米が毎年大量に送られてくるため、この米をカセットコンロで炊く事を中心に、缶詰やレトルトフードなどで 1 週間分の食事を備蓄している。現在は「缶詰ブーム」でもあり、非常に美味しい缶詰が豊富にとりそろっているので、普段から食べ比べておきながら防災を意識してみるのもよいだろう。


 災害後はおにぎりなど炭水化物中心の食事になりやすく、避難所では口内炎などの症例が多数出ているため、繊維質を意識しながら取り揃えるのも重要だ。今の時期であればリンゴやみかんの美味しい季節なので、私の家ではリンゴを長野の知り合いの農家から 10 キロずつまとめて購入している。水だけは購入するしかないので、現在は庭に雨水タンクを設置することも計画中だ。「水」は生活水あわせて一人 1 日 3 リットルを目安としているが、もちろん飲み物は「水」でなくても、お茶でも野菜ジュースでも何でもよい。バリエーション多く取り揃えていれば、それだけいろいろなものを試しながら、楽しみながら備蓄することができる。また、アルファ化米は水で戻すものと考えられているが、もちろんお茶でも野菜ジュースでも戻すことができる。東日本大震災では「避難所に水がなくてアルファ米が食べられない」と連絡があったが、「お茶」は大量にあったのでそちらを使ってもらったと言う報告があった。訓練として、いろいろな飲料でアルファ化米を戻してみるのも楽しいだろう。

個人の備蓄で一番重要なものはトイレ!

 「備蓄で最も重要なものは何ですか?」と聞かれたら、必ずトイレと回答するようにしている。これは意外と知られていないのだが、例えばマンションで大地震が発生した場合、下水配管が外れる可能性があるため、水を流すと階下で漏水が発生する可能性が高い。そのため大地震が発生した場合は専門業者に確認をとるまで水は使えなくなり、トイレも使えないよう規定しているマンションが増えている。この問題については国土交通省がとても分かりやすい動画を作成しているのでこちらをぜひ見てほしい。

▼災害時のトイレどうする?(国土交通省)

 災害時には、実は食事はある程度我慢できるものだが、トイレは我慢できない。また、トイレに行きたくないばかりに水を飲まず、脱水症状で体調を崩してしまう人も多い。災害時のトイレ問題は、命にかかわる非常に重要な問題なのだ。現在では、トイレにかぶせるタイプの簡易トイレがアマゾン等で販売されている。災害時のトイレ問題に詳しい日本トイレ研究所理事長の加藤篤氏によると、トイレは平均して 1 人 1 日 5 回~8 回利用するという。これをもとに「家族の人数分×7 日×簡易トイレ5~8回分」として計算し、備蓄するといいだろう。


 ではもし、簡易トイレが尽きたらどうするか。簡易トイレは基本的に「防水」と「吸水」でできている。トイレにかぶせるビニールが「防水」の役割を果たし、中に入っているもの(猫砂のようなものやオムツの素材など)が「吸水」の役割を果たしている。もし簡易トイレがなくなっても、その仕組みが分かっていればゴミ出し用のビニールの中に新聞紙をちぎったものを入れるだけで代用品になる。最後まであきらめないことが大切だ。


 そして普段から家族で話し合い、できれば一度みんなで使ってみると、さらにいろいろな知恵が出てくるだろう。例えばトイレが 2 つある戸建ての家であれば、大用と小用を分けた方が効率よく長持ちしたという報告があった。また、東日本大震災以降、ほとんどの自治体で汚物を燃えるごみで出すことが可能なのだが、災害時にはゴミ収集車も長期にわたり来ないことが予想される。その場合、汚物をためておく必要があるのだが、たまっている汚物を見るのはいやなので「黒いビニール袋を購入した」という人もいる。現在、黒いビニール袋はほとんど使われないのでアマゾンでも少し価格が高かったという。


熊本地震で倒壊した益城町の家。直下型地震の恐ろしさが伝わってくる。(撮影:大越聡)
重要なのは家族間のリスクコミュニケーション

 ほかにも、「災害時の連絡方法を決めておく」「家が倒壊するなど甚大な被害があったときに、集まる場所(学校や公園など)を決めておく」「家族の写真を財布に入れておく(行方不明になったときに人に聞きやすい。スマホの写真は電源が切れる可能性が高い)」などなど、何も特別なことをするわけではなく日常の中でリスクに備えるためにできることは多い。重要なのは家族間における「リスクコミュニケーション」だ。


 そのためにはさまざまな防災知識も重要な役割を果たす。例えば、大地震で健康保険証や銀行のカードを紛失してしまったら、どうしたらいいだろうか。災害用の持ち出し袋に入れておくように書いている本もあるが、普段使うものなのでずっと防災袋にしまっておくことは現実的に難しい。実は、大地震が発生して災害救助法が適用されれば、保険証がなくても病院で無料で受診できるし、銀行も同法が適用されれば、100 万~300 万円くらい(銀行によって上限は変わる)までは免許証などで本人確認さえできれば引きおろすことができる(もちろん預金があればだが)。このような知識を家族で共有していれば、非常時に保険証を取りに帰って危険な目にあうなどのリスクを回避することができる。災害に対して感度を高くし、それらを普段から家族で共有することが一番の災害対策なのだ。『大災害と法』などの著作のある弁護士の津久井進氏は、「知恵と知識と思考力こそが最強の防災グッズ」と話している。


次回は、企業のBCPについて考えてみたい。

続く

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