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富士山噴火に備えよ!企業に求められるBCPとは?(前編)

2022.04.26

総合研究部 専門研究員 大越 聡

富士山

富士山噴火に備えよ!企業に求められるBCPとは?(前編)

2021年3月、山梨県、静岡県、神奈川県などの自治体や火山学者らで構成される富士山火山防災対策協議会は富士山ハザードマップを改定した。これまでのハザードマップは2000年10月から翌年5月にかけて富士山直下で低周波地震が多発したことを受け、2004年に初版が策定されたもので、今回の改定は17年ぶりのものとなった。改定の大きなポイントは、2004年の初版以降の調査で新たな火口などが発見され、それにより溶岩流や火砕流などの被害エリアが大きく拡大したことだ。想定火口範囲や火砕流・火災サージ、噴石や溶岩流などによる被害の、3時間以内の到達範囲内人口推計では、これまでの1万6274人から約7倍の11万6093人にまで拡大した。富士山噴火BCPを策定するにあたり、企業はどのような点に配慮するべきなのかを考察する。

日本の活火山は111

2003年、火山噴火予知連絡会は活火山を「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」と定義。当初、活火山の数は108とされていたが、その後の調査により2011年に2火山、2017年に1火山が新たに選定され、現在活火山の数は111とされている。世界中には約1500の活火山が存在すると言われており、世界のおよそ7%の火山が日本に集中していることになる。そして有史以降、関東に最も大きな被害を与えた火山が富士山だ。以下、これまでの富士山の噴火史を振り返る。

年代 噴火の状況 名称
781年(天応元年) 山麓に降灰し、木の葉が枯れた(続日本紀)
800~802年(延暦19~21年) 砕石が足柄路を塞いだので箱根路を開いた(日本紀略) 延暦噴火
864~866年(貞観6~7年) 溶岩流が本栖湖とせの海(かつて富士山麓に存在した湖)に流れ込んだ(日本三大実録) 貞観噴火
937年(承平7年) 溶岩流が未知の湖を埋めた(日本紀略など)
999年(長保元年) 噴火(本朝世紀)
1033年(長元5年) 溶岩流が山麓に達した(日本紀略)
1083年(永保3年) 爆発的な噴火(扶桑略儀など)
1435年(永享7年) 富士山に炎が見えた(王代記)
1511年(永正8年) 河口湖付近で異様な鳴動が聞こえ、釜岩が燃えた(妙法寺記)
1707年(宝永7年) 噴火前日から地震群発、12月16日から2週間にわたって爆発的な噴火。江戸にも降灰(資料多数) 宝永噴火

出典:▼富士山ハザードマップについて資料5(内閣府防災)

注意しなければいけないのは、火山噴火は地震との関連も指摘されている点だ。864年貞観噴火の5年後には東北で貞観(三陸沖)地震が発生し、津波で多くの人が亡くなった。9年後の887年には仁和地震と呼ばれる東海・東南海・南海の南海トラフ三連動地震が発生している。1707年の宝永噴火の前後では、同年に東海・東南海・南海三連動型の元禄地震が発生しているほか、1703年に元禄関東地震、1717年には宮城県沖地震が発生した。1995年の阪神・淡路大震災以降、東日本大震災や熊本地震など多くの地震を体験している現在と似たような状況であったと考えられる。

富士山で発生が予想される火山現象

ハザードマップを確認する前に、富士山が噴火した場合どのような火山現象が予想されるのだろうか。ハザードマップを見るうえでも役に立つので、覚えておきたい。大きくは以下の8つに分かれるので、一つひとつ見てみよう。

(1)大きな噴石

20~30cm以上の大きな石が噴火によって吹き上げられたもの。大きなものでは1メートルを超えることもある。噴火とほぼ同時に発生し、高速で弾道を描いて地上に落下する。平均到達距離は2~5kmだが、1783年の浅間山噴火では11kmを記録したこともある。かなり堅牢な建物でない限り、建物を破壊する恐れがある。

(2)火砕流・火砕サージ

高熱の岩石や破片が斜面を流れ下る現象を「火砕流」、火山灰と空気の混ざった高熱の爆風を「火砕サージ」という。スピードが非常に速く、自動車並みの時速100キロを超える事もある。火砕流や火砕サージの温度は数百度と大変高温で、襲われた森林や住宅は一瞬のうちに燃え上がってしまう非常に危険な現象といえる。到達範囲については溶岩流と比較すると狭いといえる。

(3)溶岩流

高温でドロドロに溶けた溶岩(マグマ)が斜面を流れ下る現象。高温な溶岩に触れた木は燃え、沼地や川に溶岩が流れ込むと水蒸気爆発を起こす。速度は遅く、人が歩く程度。流れている間に先端が冷えて固まりガラガラと崩れながら押し寄せてくる。到達範囲は広く、山頂から数十キロ離れた市街地でも溶岩に埋没し、壊滅的な被害を受ける可能性がある。

(4)融雪型火山泥流

雪の積もっている時期に、溶岩や火砕流の熱で雪が溶けて起きる泥流を融雪型火山泥流という。土石流よりもスピードが速く、積もった雪が一気に溶けて流れ下るため、大量の泥流が広範囲に被害をもたらす。天候とは無関係に起きるので予測は大変難しい。速度は自動車程度かそれ以下。水深や流速によっては、巻き込まれた人や動物は死亡する可能性が高く、流れた先の建物や車も大破する可能性が高い。

(5)小さな噴石

直径数cm程度の、風の影響を受けて遠方まで流されて降る噴石のこと。特に火口付近では、小さな噴石でも弾道を描いて飛散し、登山者等が死傷することがある。到達範囲は比較的広く、風の影響を受けて風下側に広がる。

(6)降灰

マグマや岩石が細かく砕けて火山灰となったもの。量が多くなると昼間でも暗くなる事がある。屋根などに多く降り積もると家が潰され、田畑に積もると農産物が出荷できなくなるなどの被害が出る。ガラス質の細かい粒子で目・鼻・喉・気管支などに異常が発生し、吸い込むことにより健康に異常が出る可能性がある。大量の降灰が高層風によって運ばれるため、被害は非常に広範囲に及ぶ可能性が高い。

(7)降灰後土石流

火山の噴火後、火山灰が約10cm程度降り積もった地域に10mm以上の雨が降ると土石流が発生しやすくなる。通常の土石流よりも少ない雨で起こり、流下するスピードが速いのが特徴。噴火で積もった火山灰が原因なので、噴火が終わってからも数年間は土石流の起きやすい状態が続く。速度は自動車程度。巻き込まれた人や動物は流されて死亡し、建物や車は大破する可能性が高い。

(8)火山ガス

マグマの中に溶解していた揮発性成分が火山の火口や噴気孔から放出される気体成分のこと。その温度は,水の沸点以下の低温のものから1000℃をこえる高温なものまである。成分と濃度により危険性が大きく変化し、二酸化硫黄や硫化水素などが高濃度の場合、人体だけでなく周辺環境や植生にも大きな影響がある。発生するガスの濃度が高いと風下側の広範囲に影響する可能性がある。

参考:▼富士山火山広域避難計画検討委員会 中間報告書 説明資料(静岡県)

以上のなかで、特に首都圏の企業に直接的な注意が必要なのは「降灰」と「溶岩流」だろう。以下、ハザードマップを見ながらどのような事態が想定できるのか確認したい。

溶岩流で東海道の物流が分断!関東では広範囲にわたって降灰のリスク

上図は、改定した富士山ハザードマップによる溶岩流可能性マップだ。2004年版との違いは、最新の調査により溶岩流噴出量が見直され、噴出量は7億立方メートルから最大で13億立方メートルと倍近くの量に修正された。凡例で示されている通り、溶岩流が最終的に到達する可能性のある範囲(最大で57日)が拡大され、南側では相模湾に大量の溶岩流が到達していることが分かる。この場合、東海道新幹線や東名高速という日本の東西を結ぶ大動脈が切断され、企業の物流に多大な影響を及ぼすことが伺える。

同様に、北側では溶岩流が神奈川県相模原市まで到達している。避難対象として約6000人の住民が対象エリアに居住しているとされた。相模原市には多くの工場が集う工業団地もあるため、停電、断水のほか大規模火災などの可能性も否定できないので今後注意が必要だろう。

もう一つ、深刻な被害を及ぼすことが考えられるのが降灰リスクだ。下は、内閣府防災が公表した「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」が公表した資料だ。<ケース1>として江戸時代の宝永噴火の実績に類似する、噴火期間中に西風が吹いた場合だ。

前述した1707年の宝永噴火は、12月16日正午前ごろに発生。噴火は消長を繰り返しながら、16日間にわたり継続し、12月16~17日と25~28日頃に噴火活動が高まった。噴火による噴出物は、ほとんどが降下火砕物(火山礫・火山灰)で、最終的に、総噴出量約17億m3の火山灰等が堆積したとされる。

火山灰で注意しなければいけない点は、火山灰は単なる「灰」ではなく、マグマが噴火時に破砕・急冷した「ガラス片」「鉱物結晶片」から成り、硬く、角ばった形状をしているものが多いということだ。細かいガラスや鉱物結晶であることから目や気管支に入った場合には人体に深刻な影響を及ぼすことが考えられる。火山が噴火した場合、灰は数時間で関東にまで及び、長ければ2週間以上降り続ける可能性がある。例えば就業時間中に火山が噴火した場合、火山灰が降り注ぐなか、ゴーグルや粉じんマスクなどの必要な装備なくして従業員を帰宅させることは極めて危険なため、少なくとも降灰が降り続ける間は従業員をとどめておくことを検討しなければいけないだろう。

その他、中央防災会議のWGでは降灰に対して、以下のようなインフラへの影響を想定している。

[主な影響]

鉄道:微量の降灰で地上路線の運行が停止。大部分が地下の路線でも、地上路線の運行停止による需要増、車両・作業員の不足等により運行停止や輸送力低下。停電エリアでは地上、地下路線ともに運行が停止。

道路:視界低下による安全通行困難、道路上の火山灰や交通量増等による速度低下や渋滞。乾燥時10cm以上、降雨時3cm以上の降灰で二輪駆動車が通行不能。

物資:一時滞留者や人口の多い地域では、少量の降灰でも買い占め等により、店舗の食料、飲料水等の売り切れ。道路の交通支障による物資の配送困難、店舗等の営業困難により、生活物資の入手困難。

人の移動:鉄道の運行停止と道路の渋滞による一時滞留者の発生、帰宅・出勤等の移動困難。道路交通支障により、移動手段が徒歩に制限される。

電力:降雨時0.3cm以上で碍子の絶縁低下による停電。数cm以上で火力発電所の吸気フィルタの交換頻度の増加等による発電量の低下。電力供給量の低下が著しく、必要な供給力が確保しきれない場合停電に至る。
(※火山灰が水を含んで湿った状態の場合、火山灰に付着している火山ガス成分や火山灰に含まれる塩基類によって導電性を持つことがある。そのため湿った火山灰が電柱の碍子等に付着した場合、碍子部の絶縁性が弱くなり、停電などが起きることがある)

通信:利用者増による輻輳。降雨時に、基地局等の通信アンテナへ火山灰が付着すると通信阻害。停電エリアで非常用発電設備の燃料切れが生じると通信障害。

上水道:原水の水質が悪化し、浄水施設の処理能力を超えることで、水道水が飲用不適または断水。停電エリアでは浄水場及び配水施設等が運転停止し、断水。

下水道:降雨時、下水管路(雨水)の閉塞により、閉塞上流から雨水があふれる。停電エリアで非常用発電設備の燃料切れが生じると下水道の使用制限。

建物:降雨時30cm以上の堆積厚で木造家屋が火山灰の重みで倒壊可能性。

長期間にわたる事業者及び従業員の備蓄が必要。ゴーグルや粉じんマスクは必須

以上に見られるように、宝永噴火と同程度の噴火が発生し、風向きによって降灰が東京方面を直撃した場合、地震以上に長期間にわたり首都機能がマヒする可能性が考えられる。まず長期間にわたって必要物資が途絶えた場合に備えた備蓄と、復旧時には目やのどを防御するための個人用防護具(Personal Protective Equipment:PPE)が必要となるだろう。PPEについては今回のコロナ対策などを通じて勉強されたBCP担当者の方も多いと思うので、引き続き感染症対策もあわせて今から備蓄を検討していただきたい。

富士山噴火は非常に手ごわい相手であることに変わりはないが、企業として今から準備できることは多い。また、関東以外の被害は限定的になることが予想されるため。大規模地震対策BCPによる代替拠点戦略や、感染症対策BCPによる備蓄品を応用することでカバーできることもあるだろう。まずは事態を冷静に分析し、「今できること」から着手することが必要だ。今回のコラムでは、富士山噴火の概要について解説した。次回では具体的な企業の備蓄品やBCP策定のポイントについて検討してみたい。

(了)

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