反社会的勢力対応 関連コラム

暴力団排除はまだできることがある~官民挙げて知恵を絞っていきたい

2022.06.07

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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握手するビジネスマン

1.暴力団排除はまだできることがある~官民挙げて知恵を絞っていきたい

暴力団の活動を規制するような民間や自治体独自の動きなどが活発化しています。まず、特殊詐欺など組織犯罪による被害回復を進めるため、日本弁護士連合会(日弁連)は、刑事事件記録の閲覧・謄写制度の拡充を求める意見書を発表しています。今後、法務省に協議を申し込むということです。特殊詐欺の被害にあっても、実行犯である「かけ子」や「受け子」らには資力がなく、被害回復は困難であり、そのため近年は、損害賠償を求めて、暴力団トップを相手どった民事訴訟が相次いで提起されています。暴力団トップの責任を問うためには、民法の「使用者責任」(715条1項)や暴力団対策法の「代表者責任」(31条の2)を主張・立証する必要があります。ここで不可欠になるのが、末端の実行犯の刑事事件記録ですが、実行犯の刑事責任を問うにあたって、捜査資料のすべてが裁判に出てくるわけではなく、また、特殊詐欺は起訴されない余罪も多く、刑事裁判に提出された証拠だけでは、自身の被害に関する証拠が十分ではない可能性があります。日弁連の意見書では、暴力団トップを訴えるのに必要な場合には、裁判に提出されなかった記録や不起訴になった事件記録の開示基準を緩和することなどを提言しています。

▼日弁連 特殊詐欺を典型とする組織犯罪の被害回復に資するために刑事事件記録の閲覧・謄写制度を拡充することを求める意見書
▼意見書全文

本意見書の趣旨として、「国に対し、特殊詐欺を典型とする組織犯罪(以下「特殊詐欺等組織犯罪」という。)の被害者(以下「組織犯罪被害者」という。)の被害回復に資するため、組織犯罪被害者が、民事訴訟の提起及びその主張・立証の準備として行う刑事事件記録の閲覧・謄写について、以下の措置を講ずることを求める」としています。

  1. 指定暴力団その他の犯罪組織(以下「指定暴力団等犯罪組織」という。)が関与する特殊詐欺等組織犯罪に関し、当該指定暴力団等犯罪組織の最上位層を占める者(以下「上位者」という。)に対する損害賠償請求の要件事実(民法715条1項の使用者責任における使用者性及び事業執行性、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律31条の2の代表者等責任における指定暴力団員性及び威力利用資金獲得行為該当性等)となり得る事実に係る公判不提出記録及び不起訴記録については、組織犯罪被害者が、必要かつ相当な限りにおいて、民事裁判所による文書送付嘱託等の手続を経ることなく閲覧・謄写することができるよう、開示基準の見直し又は必要な立法を行うこと。
  2. 前項の要件事実を基礎付け得る事実(暴力団の組織構造、意思決定過程、上納金制度等)に係る刑事確定訴訟記録について、保管期間の延長(刑事確定訴訟記録法2条3項)を積極的に行うこと。
  3. 組織犯罪被害者が、開示を受けた刑事確定訴訟記録を、当該特殊詐欺等組織犯罪を敢行した指定暴力団等犯罪組織が関与する他の特殊詐欺等組織犯罪の被害者に対し、その被害回復に資するために提供する行為は、刑事確定訴訟記録法6条に違反するものではないことを明確にすること。
  4. 組織犯罪被害者が公判不提出記録又は不起訴記録を含む刑事事件記録を円滑・迅速に入手できるよう、検察官による記録管理の方法の見直し、閲覧・謄写事務の効率化、組織犯罪被害者に対する当該記録の有無及び概要に関する情報の教示の積極的な実施等を行うこと。

また、最近では暴力団事務所の撤去や使用停止の仮処分申請、土地・建物の売却といった対応が進んでいます。とりわけ、兵庫県や同県尼崎市の取り組みは大変意欲的なものといえます。特に兵庫県内の暴力団事務所のなかには売却されたり住民から使用禁止が申し立てられたりする動きが昨年からことしにかけて相次いでおり、暴力団排除の動きが徐々に広がっています。このうち尼崎市稲葉元町にある、神戸山口組系の2次団体の暴力団事務所だった建物の解体作業が4月に行われています。県内各地で暴力団事務所の排除の動きが徐々に広がっており、2021年12月には神戸山口組がかつて本部を置いていた淡路市の事務所を市が購入し、今年3月には神戸市中央区にある山口組系の暴力団事務所などの使用禁止を求める仮処分が裁判所に申し立てられました。また、神戸山口組から離脱した幹部が結成した絆會系の尼崎市内の2つの事務所が2021年、いずれも民間企業に売却されています。背景にあるのが、警察の取締りの強化に加え、2010年以降全国の都道府県で施行された暴力団排除条例で、企業や民間人から暴力団への利益供与が禁止されるようになったこと、住民などによる暴力団事務所の撤去を求める運動が高まってきたことなどがあげられます。一方、兵庫県尼崎市もかなり意欲的な取組みに着手しています。2022年6月1日付読売新聞によれば、同市は5月31日、違法な性風俗営業が行われてきた同市神田南通の歓楽街「かんなみ新地」について、一帯の土地と建物を買い取り、更地にして売却する方針を明らかにしました。自治体が風俗営業の一掃を目的に、土地や建物を買い取るのは全国的に珍しいといえます。市によれば、かんなみ新地は阪神出屋敷駅近くの680平方メートルに棟続きの木造建物が並ぶエリアで、1950年頃から飲食店を装った違法な性風俗営業が続けられており、2021年まで夜に若い女性が男性客を呼び込む姿が目撃されるなど、住民から対策を求める声が上がっていたものです。市と県警は2021年11月、入居する全36店舗に違法営業の中止を求める警告書を出し、飲食店名目で性的サービスを提供する店舗を含む全店舗がいったん閉店しています。現在は飲食店として8店舗が営業していますが、住民は性風俗店の再開や空き家が多いことによる治安の悪化を懸念しており、市は土地と建物の買い取りに向けた調査費520万円を盛り込んだ補正予算案を6月議会に提出するとしています。登記簿上の地権者25人で、市は土地の取得費用を少なくとも1億数千万円と試算、地権者向け説明会を経て、来年3月末までの買い取りを目指すということです。なお、本件については、2022年6月3日付のMBSニュースの記事「市が次々購入『かんなみ新地一帯』『銃撃された暴力団幹部の家』…”いわくつき”物件を買い取る理由」において、詳しく報じられており、以下、抜粋して引用します。

兵庫県尼崎市が次々と“いわくつき”の建物を買い取っています。いったい、なぜなのでしょうか?阪神尼崎駅から西に約1kmの場所に現れる長屋街・通称「かんなみ新地」。戦後すぐに遊郭として始まり、約70年にわたって飲食店を装って違法に性風俗営業を行う店が集まっていたとみられています。そんな街に去年11月、衝撃が走りました。尼崎市と警察は、70年の歴史の中で初めて、違法な風俗営業の中止を求める警告書を出したのです。その結果、警告書を出した翌日には、風俗営業をしていたとされる36店全てが一斉に閉店。「一斉に閉業するなんて、全然予想もしていなかった」(尼崎市 危機管理安全局長)市も驚きを隠せませんでしたが、同時にある問題が浮上したといいます。「商売地域が一画で全部閉まっているという状況の中で、地域の方からも子どもに対する不安であったり治安悪化の不安がありましたので」地域住民から性風俗店の再開や空き店舗の増加で治安が悪くなることへの懸念の声があがりはじめたのです。そこで市は、今年5月31日に一帯の土地と建物を買い取り、更地にして売却する方針を明らかにしました。そんな“いわくつき”の建物を買い取る尼崎市ですが、これだけではありません。去年、市が全国で初めて買い取ったのは、暴力団幹部が住んでいた家でした。…ここは指定暴力団・六代目山口組系の幹部組員が住んでいた家で、2020年、何者かに3発の銃弾が撃ち込まれる事件が起きた場所でした。市は、今後も事件が発生する恐れがあるとして、この家に住んでいた幹部組員から去年、1,900万円で住宅を買い取ったのです。組員の自宅を市が購入するのは全国初。… 「市内でも残念ながら発砲事件が発生するという状況になったときに、警察も取り組みを強化して、ということがありました。そういった下地があるときでないとなかなか取り組みが難しいと思って決断した」(尼崎市 稲村和美市長)“ワケあり”物件を次々と購入する市の姿勢に、地元の人からはこのような声が聞かれました。「いいと思います。学校も近いし小学校も近いですしね、あまり良くないかなと思っていたので」 「平地になってまた新しいお店になるんだったら良いんじゃないですかね」市の思い切った“爆買い”で、町は変わるのでしょうか?

関連して、組事務所差し止め等の動きとしては、神戸市中央区花隈町の六代目山口組直系「山健組」事務所などについて、暴力団追放兵庫県民センターが、神戸地裁が使用を差し止める仮処分を決定したと明らかにしています。同センターは今年3月、地元住民の代理として、本部事務所や関連施設などを対象に使用差し止めの仮処分を神戸地裁に申し立てていたものです。山健組は山口組5代目組長の出身母体で、かつては山口組内で大きな影響力を誇っていましたが、2015年の分裂騒動では山口組を離脱し、神戸山口組の中核組織となったものの、2021年、六代目山口組側に合流しています。こうした経緯から六代目山口組系の山健組、神戸山口組の双方が事務所を使用する可能性があるとして、同センターは山健組組長、神戸山口組組長のそれぞれを債務者として仮処分を申し立てており、今回は神戸山口組の関連施設(対象は市中心部の住宅街にある同事務所や関連施設など計6棟と駐車場)の使用が差し止められたものです。山健組を対象にした仮処分申請についても、同地裁で審理が続いています。現在、六代目山口組、神戸山口組ともに特定抗争指定暴力団に指定されているため、「警戒区域」の神戸市に所在する同事務所への立ち入りは禁じられていますが、今回の仮処分により、特定抗争の指定が解除された後も神戸山口組は同事務所を使用することはできません。

また、司法の場でも踏み込んだ判決が出されています。無許可でキャバクラ店を経営して収益を隠したなどとして、風営法違反と組織犯罪処罰法違反(犯罪収益仮装)に問われた道仁会系組長に対し、福岡地裁は、懲役1年6月、執行猶予3年(求刑・懲役1年6月)の判決を言い渡しています。また求刑通り罰金100万円、現金など計約390万円分の没収、追徴金2億8,638万円としています。報道(2022年5月10日付毎日新聞)によれば、裁判官は、被告が道仁会2次団体の組長で本来は店を適法に営業できないと指摘、「(売上金は)少なくとも間接的には暴力団の資金源となっていたと認められる。経費分も含めて没収、追徴の対象とする必要性は高い」と判断したとされます。専門家は「暴力団の取り締まりに追い風となる判決だ」と評価しています。公判で被告側は、人件費などの経費を差し引くと店の経営は赤字となるため、売上金の没収や追徴金はすべきではないと主張していました。甲南大の渡辺修・特別客員教授(刑事訴訟法)は「通常の課税なら必要経費を引かれるが、暴力団の活動は許さないという姿勢を明確に示し、売上金全体を手元に残さないようにした。高く評価できる判決だ」と話しています。

さて、2つの山口組の抗争がまた動き始めている印象があります。三重県伊賀市内の病院の駐車場で絆會の組員が拳銃で撃たれた事件に絡み、銃刀法違反の疑いで逮捕された六代目山口組系の暴力団員の男の身柄が津地方検察庁に送られています。容疑者は伊賀市内で拳銃1丁と実弾1発を所持した疑いが持たれていて、千葉県内の警察署に出頭したため逮捕されました。容疑者は同事件について、関与をほのめかす供述をしているということです。また、飲食店で消火器をまき散らすなどしたとして、兵庫県警暴力団対策課と生田署などは、威力業務妨害と建造物損壊の疑いで、六代目山口組傘下組織の幹部と組長を再逮捕しています。幹部は「組長の指示を受けた。神戸山口組の組長が関係する店なので狙った」と話し、容疑を認めているといいます。再逮捕容疑は共謀して1月、神戸市中央区の繁華街にある飲食店で扉に自転車を投げつけて壊し、2月には消火器で店内に消火剤を噴射して、業務を妨害した疑いがもたれています。また、直近では、6月5日、神戸市北区鈴蘭台東町にある神戸山口組の井上邦雄組長の自宅付近で発砲音があり、入り口に複数の弾痕のようなものが見つかり、回転式拳銃1丁を持って近くの交番に出頭した岐阜市の無職の男を、銃刀法違反(所持)容疑で現行犯逮捕しています。男は発砲を認める趣旨の供述をしており、六代目山口組系組員との情報があるということです。現状、大規模な抗争ではないものの、衝突は相次いでいることから、今後の状況に十分注意を払う必要があります。

次に、暴力団組織の動向について、最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 住吉会の関功代表(76)が死亡しました。2021年4月に会長職を退いて代表に就いており、警視庁は住吉会のトップとみていました。住吉会は東京都港区に本部を置き、勢力は東京や北海道など18都道府県に及び、2021年末現在の構成員は約2,500人、最大勢力の六代目山口組(構成員約4,000人)に次ぐ規模の組織です。関代表は会長だった2015年6月、同年4月投開票の千葉県議選をめぐって立候補予定者への投票などを依頼する目的で有権者らに飲食の接待をしたとして公選法違反容疑で逮捕され、その後有罪判決を受けました。また、本コラムでも取り上げましたが、2020年9月には組員らによる特殊詐欺事件の代表者責任を問われ、他の幹部らとともに東京地裁から計約1億7,000万円の損害賠償を命じられていました。なお、葬儀には、関会長収入後、両組が友好関係を続けてきたことから、六代目山口組の司忍組長と竹内若頭補佐が参列しています(襲撃リスクを避けるため、また、警察からの指導等の理由でわずか10分程度のスピード訪問となったようです)。
  • 指定暴力団極東会の松山真一元会長(94)も死亡しました。警視庁は極東会の事実上のトップとみていました。警察庁などによると、極東会は東京都新宿区歌舞伎町に本部事務所があり、勢力範囲は1都12県で、構成員は2021年末時点で約390人となっています。一報が流れると、関係者の間で衝撃が走ったという。暴力団関係者が語る。極東会は、的屋系としては全国で唯一の指定暴力団で「名門」の組織であり、そこで長年、会長を務めた松山元会長は大物ヤクザの評判が高かったといいます。松山元会長は1990年に会長に就任し、数団体に別れていた組織をひとつにまとめ、その際、組織名を「極東関口会」から「極東会」に改め、以来、2015年に会長職を退くまで25年間、会長職を務めました。葬儀で注目されたのが、六代目山口組のナンバー2である高山清司若頭の弔問で、六代目山口組としては、極東会との関係を、松山元会長の死後も一層、強固にしたいという意図があると考えられています。戦後の歌舞伎町をまとめたのは極東会だといわれていますが、現在でも、極東会は新宿・歌舞伎町や池袋の繁華街に大きな勢力を持っており、松山元会長の死去で、極東会の結束力が弱まる可能性を危惧する声もあるようです。そうなれば、他団体も巻き込んで新宿や池袋の勢力図が変わる可能性も否定できないところです。
  • 鹿児島市を拠点とする四代目小桜一家に対する指定暴力団への再指定の意見聴取会を鹿児島県県公安委員会が開きましたが、四代目小桜一家側は欠席し、7月に指定暴力団として改めて指定される見通しとなっています。指定暴力団の「指定」は都道府県の公安委員会が行うもので、2021年末現在、全国で25団体が指定されています。期間は3年で、指定されれば、みかじめ料の要求や不当な債権の取り立てが禁止されるなど暴力団対策法における規制の対象となります。意見聴取を正当な理由なく欠席した場合は指定が認められており、四代目小桜一家はことし7月に指定暴力団としてあらためて指定される見通しです。なお、報道によれば、四代目小桜一家は前回の指定以降の3年間に傷害や恐喝などの容疑で組員のべ19人が摘発されており、県警が把握している県内の暴力団員らの数は5月19日現在、およそ180人で、10年前の2012年の520人と比べるとおよそ3分の1に減っています。団体ごとの内訳は四代目小桜一家がおよそ80人、六代目山口組がおよそ60人、神戸山口組がおよそ10人、絆會がおよそ10人などとなっています。
  • 暴力団対策法に基づき、広島県公安委員会は、広島市に拠点を置く指定暴力団共政会に対する意見聴取を開きましたが、共政会側は欠席、県公安委員会は、現在の指定期限が切れる7月26日までに、再び指定する方針としています。意見聴取は、施行から30年を迎えた「暴力団対策法」に基づき、3年おきに開かれていますが、「共政会」は1992年の第1回手続きに出席して以降、欠席しています。県内で活動する指定暴力団は3団体ありますが、構成員はおよそ200人余りで、減少が続いているといいます。
  • 北海道警察本部のまとめによれば、道内の暴力団員の数は2021年末の時点で1,210人になり、過去10年間でみると減少傾向が続き、2011年末の時点の2,830人からおよそ6割少なくなったということです。道警は、2011年に施行された道の暴力団排除推進条例で企業や市民からの利益供与が禁止されるなど取り締まりが強化されたことで、暴力団が活動資金を得にくくなったのが要因の1つと見ています。一方で、暴力団員とは認められないものの、暴力団と関わりを持つ人が一定数いるとしており、道警はさらに取り締まりを強めるとともに、組織からの離脱やその後の就労を支援して、暴力団の弱体化を図りたいとしています

その他、暴力団等反社会的勢力に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 暴力団を街から排除しようと、神田署は26日、東京都千代田区などとJR神田駅周辺をパトロールしています。このエリアは都内でも特に暴力団排除に力を入れている繁華街で、店側もみかじめ料を払えば罰せられる可能性があり、署は暴力団との関係を断つよう呼びかけています。2019年10月施行の改正東京都暴排条例は、神田のほか銀座、六本木など都内22区市の繁華街を「暴力団排除特別強化地域」に指定、指定地区の飲食店や風俗店などがみかじめ料の支払いに応じると、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される内容となっています。署は、暴力団からみかじめ料を求められた際は、条例をたてに断ったり、警察にすぐに相談したりするよう店側に求めています。報道によれば、神田駅前で飲食店を持つ女性からは「いざ要求されたら、怖くて断れないかも。従業員用も含め、誰でも使える対処マニュアルがあれば」との声も上がっています。また、店の経営に暴力団が関わるケースや、暴排条例を適用しにくい半グレなどがみかじめ料の徴収に当たるケースなど、対処しにくい事例が一定数、存在しているといった状況もまだ解消できていません。
  • 金融機関から通帳とキャッシュカードをだましとった疑いで暴力団幹部の男と飲食店経営者の男が逮捕されました。詐欺の疑いで逮捕されたのは新潟市中央区に住む六代目山口組系暴力団幹部と飲食店経営者で、兄弟関係の2人は共謀のうえ、今年3月下旬に新潟市中央区の金融機関で暴力団幹部が使うことを隠して口座を開設、金融機関から容疑者名義の通帳とキャッシュカードをだまし取った疑いが持たれています。
  • 鳥取県警米子署は、私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで、鳥取市の指定暴力団組員の男を逮捕しています。逮捕容疑は2019年6月、暴力団員であることを隠して反社会的勢力の排除を利用規約に掲げるフリーマーケットアプリに会員登録し、アカウントを利用できるようにした疑いがもたれています。米子署によると単独犯で、暴力団捜査の過程で容疑が浮上したといい、今後、組織的な関与があるかどうかを調べるといいます。
  • 警視庁町田署は25日、住吉会系四次団体の暴力団組員ら21~25歳の男5人を逮捕監禁と傷害容疑で逮捕しています。5人は他の仲間と共謀し、2021年9月、東京都町田市原町田の路上で風俗店無料案内所の店員男性を車内に押し込んで監禁し、顔を殴るなどして重傷を負わせた疑いがもたれています。組員の男らが案内所を訪れた際、男性から「暴力団はお断り」と言われたことに腹を立てたといいます。
  • 通行人の男性に暴行を加えてけがをさせたとして、大阪府警捜査4課などは、傷害容疑で3人を逮捕しています。3人は大阪の繁華街・ミナミが拠点の不良集団「半グレ」のメンバーとみられています。共謀し、1月、同市中央区東心斎橋の路上で、通行人の20代男性に「なに見とんねん」と因縁をつけ、顔や腹に暴行を加えて唇を切るなどの軽傷を負わせたとしています。
  • バイクなど約100台で暴走行為を繰り返したとして、神奈川県警は、自称建築業の男を道路交通法違反(共同危険行為等の禁止)と県暴走族追放促進条例違反(離脱の妨害)の疑いで逮捕しています。離脱の妨害での摘発は初めてだということです。改造したバイクや車で集団走行する旧車會の「川崎宮軍団」のリーダーは2021年10月、メンバー約150人と共謀し、川崎市や横浜市の国道など計約30キロ間で蛇行運転といった暴走行為を繰り返した疑いがもたれています。また、2021年12月頃には、脱退を求める少年(17)にSNSのメッセージで妨害した疑いももたれています。暴走族は必ずしも反社会的勢力というわけではないものの、暴力団対策法同様に、暴走族を規制する条例に「離脱の妨害」の条項があることは筆者は不知でしたので、紹介するものです。
  • 岐阜県内の多くの銭湯やスポーツジムなどで、タトゥー(入れ墨)のある人の入場を断っています。日本では反社会的勢力と関連づけて見られがちな一方、海外ではタトゥーが一般的な地域もあり、ファッション感覚で彫る人も多く、県内では新型コロナウイルスの収束後、訪日外国人客数の回復も期待される中、観光業界の関係者らは「一般の人の安心と、外国人との共生を両立させるのは難しい」と苦心していると報じられています。なお、「FC岐阜の選手は例外です」と貼り紙をした銭湯に批判が集まったこともあったといいます。応援の意味を含め、選手には施設を利用してもらいたいとする一方、「再び苦情が寄せられたら、対応を考えるしかない」と頭を悩ませているといいます。観光庁が2019年に行った調査では、訪日外国人が「訪日前に最も期待していたこと」で、「日本食を食べること」(25.0%)や「自然・景勝地観光」(15.7%)などに次いで5番目に「温泉入浴」(7.4%)が挙げられています。一方で、同庁が2015年に全国のホテルや旅館を対象に行った調査によると、過半数の施設でタトゥーがある人の入浴を断っている実態もあるようです。貸切風呂の利用を進める、あるいは制限しない、一切断るといった対応にわかれますが、トラブルを避けつつ、それぞれの実情に合わせて対応していく方向を探る必要があるといえます。

以下、新聞や雑誌の記事を取り上げ、暴力団等を取り巻く状況についてさまざまな角度から概観していきたいと思います(とりわけ雑誌の記事については、信ぴょう性について筆者としても十分確認できているわけではないことを補記しておきます)。

〈社説〉暴力団の排除 潜在化にも対処が必要(2022年5月17日付北海道新聞)
暴力団を反社会的団体と位置付けて取り締まりを強化した暴力団対策法の施行から30年がたった。また、市民に暴力団との関係を断つよう求めた暴力団排除条例が全国の都道府県にそろって11年となる。法律と条例の両面から対策が進められ、暴力団勢力はこの間、確実に衰退した。しかし、表だって活動しにくくなったことで潜行して活動する組員が増えているとも指摘され、新たな課題になっている。…織を抜けたと見せかける偽装離脱が進んでいるとの証言が、道内の元幹部からも聞かれる。高齢者を狙った特殊詐欺を新たな資金源とする組織が増えていると警察はみているが、組員自らは表に出ず、若者を受け子などの手先に使うケースもある。特殊詐欺の被害額は年間300億円に上る。資金源を断つためにも警察は捜査手法に工夫を重ねて組織実態の解明に努め、摘発に力を注いでもらいたい。暴力団を離れた人たちの受け皿づくりも課題だ。離脱後に生活に行き詰まり、組織に戻るケースも多いという。就労先の確保がカギとなるが、道内の協力企業は約80社にとどまる。離脱者の更生は地域の安心の向上にもつながる。社会全体で受け入れる雰囲気を醸成したい。離脱の相談窓口となっている各都道府県の暴力追放センターによる支援拡充も必要だろう。
溝口敦の「斬り込み時評」 暴力団は構造不況なのに…甘やかされ、今も甘えている幹部たち(2022年5月10日付日刊ゲンダイ)
日本は長いことヤクザを半分だけ容認する政策や社会倫理を続けてきた国である。ヤクザは反社ではなく、実質的に「半社会的」存在だった歴史がある。その証拠に暴力団、ヤクザは今も組事務所を構えることを許されている。組を結成・維持しても、それは結社の自由であり、なんら法に触れることではない。暴力団対策法で個々の暴力団を指定したからといって「解散せよ」とは言われない。単にこれこれの経済行為はやめよ、違反すれば中止命令を出すよ、それでもなお続ければ罰金、あるいは1年、2年の刑はあるよ、というにすぎない。諸外国の組織犯罪集団対策ではほとんど「指定」は解散を意味する。集団を結成してはいけないし、それへの加入を呼び掛けても、メンバーになっても、犯罪と見なされる。日本の暴力団対策は明らかに甘い。…警察のこうした曖昧な姿勢をアテにしているのだろう、暴力団首脳は構造不況のただ中にいるくせに驚くほど危機意識が薄い。
ヤクザの辞め方は2パターンある カタギになった、それぞれの辛すぎる人生とは?(2022年5月9日付デイリー新潮)
法改正や諸条例の整備によって、昨今の暴力団が、まさに公共の敵とばかりに、社会的締め出しを受けていることはよく知られている話。生活苦で暴力団から離脱する者も年々増加中だ。そして、暴力団員を辞めてカタギになった人たちのその後の人生とは、いかがなものか?…現実的な離脱方法としては、俗に「飛ぶ」と呼ばれる、急に音信不通になって姿を隠してしまうケースも多い。しかし時として、自らは組員で居続けたいのに、除籍や破門や絶縁という処罰によって、仕方なく組を辞めざるをえない者もいる。その原因はさまざまだが、要約的に言えば、組の約束事に違反すると処罰を受けて、組から追い払われてしまう。また、自分が服役中に所属していた暴力団が当局の摘発や資金ショート等で消滅してしまい、帰る処を失って半ば自動的にカタギになってしまった元暴力団員もいる。…殆どの者が、それまで住んでいた町では暮らせずに、他所に移住する羽目になっている。逃亡行為ともいえる「飛んだ連中」なら尚更だ。…暴追センターがそれぞれ案内できる再就職先企業は、大体20社前後が平均的だった。業種で言えば、その範囲はもっと狭まる。暴力団を取り締まる規制は充実しているが、暴力団からの離脱サポートはまだ不充分だという印象になってしまうのが今の日本社会の現実なのである。…実は暴追センターは「現役の組員で離脱を希望する者が対象(暴力団員専用)」であって、組からの処罰や組の消滅等によって「既に離脱した者は対象外(暴力団離脱難民には非対応)」だった
「詐欺で稼いだ100万円をポケットに突っ込み、夜の街で……」 ヤクザよりも厄介? 勢力を増す“半グレ”軍団と警視庁の攻防(2022年5月26日付文春オンライン)
暴力団組織や外国人犯罪グループ、覚醒剤の密売組織など、組織的に犯罪を行う集団を専門に捜査している警視庁組織犯罪対策部が4月、部内を改編し新体制がスタートした。新体制に求められる大きなテーマのひとつが「半グレ」と呼ばれる不良グループが引き起こす事件への対策だ。…「最近の若者には『ヤクザにはなりたくないけど、楽に稼ぎたい』という者が多いということだろう。ヤクザになるとほとんどの場合、最初は部屋住みといって親分の家に住み込んで、掃除や洗濯、お客さんの接待などの雑用をする。親分が出かける際には運転手もやる。そのほかに決まりごとも多い。若い連中にとってはそういうしきたりが面倒なんだろうな……」…ただ、大きな問題もあるという。暴力団ほどの強い組織性がないため、警察当局の幹部は「暴力団よりやっかいな連中ですよ」と指摘する。「事件ごとに離合集散が繰り返され、グループといっても組織性がないんです。暴力団の場合は事務所を構え、定期的な会合が開かれるのが通常のケースですが、半グレグループには事務所はないし会合があっても不定期。集団ではあるが組織と言えるほどではないこともあり、実態の把握が難しい」また、違法行為を中心にして資金獲得活動を行っており、事件によっては暴力団と結託しているケースも少なくないにもかかわらず、暴力団ではないため暴力団対策法の規制外となっている。
「半グレは暴対法の規制対象外。やりたい放題だ」 警察も恐れる“半グレ参入疑惑”に揺れた7年目の山口組抗争(2022年5月26日付文春オンライン)
緊張状態が続くさなかの2022年5月8日未明、神戸山口組副組長という組織の「最高幹部」であり、傘下組織の宅見組も率いる入江禎の大阪府豊中市の自宅にバックで車が突入し、一部が破壊される事件が発生した。この事件で、建造物損壊容疑で逮捕されたのが大阪の繁華街・ミナミを拠点にした半グレグループ「アビス」の元幹部の男(26)だった。そのことが判明すると、警察当局、暴力団業界の双方が騒然となった。というのも、これまで山口組同士の抗争に半グレが参入することは無かったからだ。「ついに半グレがヤクザ間の抗争にまで参入し、新たな局面へと展開するのか―?」そんな憶測が飛び交ったのだ。…「6代目(山口組)と神戸(山口組)の対立抗争に半グレが新たに参加したわけではないと捉えている。逮捕された人物についても警察としては6代目山口組傘下の弘道会の構成員か準構成員と認識している」と強調した。実際にアビスは現在、「解散した」とされており、あくまで事件の構図は従来の対立抗争の延長線上にあるとの認識を示している。…6代目(山口組)と神戸(山口組)の双方は、特定抗争指定を受けている。このため、双方の現役の組員であれば警戒区域で(おおむね)5人以上で集まったら、すぐに逮捕される。対立するヤクザの事務所や自宅周辺をうろつくだけでもすぐに逮捕だ。ところが、半グレであればこうした規制の対象外。実質的にやりたい放題ということだ
間違っても戻れる社会に 暴力団離脱を支援する元不良(2022年5月18日付毎日新聞)
延べ200人を超える元組員へインタビューを重ね、なぜ暴力団に加わったのかを尋ねた。「不良だった経験から、彼らと共通言語でコミュニケーションできるという強みがあった」。そこから見えてきたのは、貧困やネグレクト(育児放棄)などの成育環境に問題があり、自分の居場所を外に求めた人々の姿だ。次に浮かんできたのは「なぜ抜けられないのか」という疑問だった。全国の自治体に暴力団排除条例が次々とできた後の2013年ごろ「生きづらくなった」と、旧知の元組員が漏らした。条例で、組を抜けても5年間は現役組員と同様に扱われ、銀行口座の開設もできない。「これではヤクザをやめたくともやめられない」。こうした声に押され、組員の離脱問題を研究テーマの中核に据えた。締め付けによって、暴力団員が減っているのはいいことだと思う。しかし、離脱後も社会から排除され続ければ、行き場を失ってしまう。「暴力団から押し出すのと、社会に引き戻すこと。この両輪がないと、彼らがアウトローの世界から脱することはできない」。広末は、暴力団にいたという属性で社会から排除される現状を「官製村八分」と表現した。…「今の日本社会は『ワンストライクでバッターアウト』になっている」。一度間違いを犯しても、復帰できるような社会にしたい。そうした思いが、多忙な広末の日々を支えている。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

2022年6月4日付読売新聞の記事「不正暗号資産を確実に没収、法改正で対象明確化へ…犯罪収益を阻止」によれば、法務省が、犯罪グループなどが不法に入手した暗号資産を確実に没収するため、組織犯罪処罰法を改正する方針を固めたということです。暗号資産はサイバー攻撃で狙われたり、マネー・ローンダリングに悪用されたりするケースもありますが、現行法では没収対象に含まれるか明示的な規定がなく、「犯罪収益の取り上げに支障を来す」と懸念されていたものです。暴力団などによる組織犯罪やマネー・ローンダリングを取り締まる同法は、犯罪収益が(1)土地・建物などの「不動産」、(2)現金や貴金属といった「動産」、(3)預金などの「金銭債権」、である場合は没収できると規定していますが、暗号資産は「円」や「ドル」といった通貨のように国や中央銀行の後ろ盾がなく、発行主体も明確ではないことから、不動産や動産だけでなく、金銭債権にも当たらないという解釈が一般的となっています。暗号資産の持ち主が「取引所」と呼ばれる交換業者に預けている場合、金銭債権とみなされることもあり得ますがが、その線引きは、はっきりしていない状況にあります。このため、サイバー攻撃で流出したり、犯罪で得た資金を交換したりした暗号資産を見つけても、犯人側の手元に残る事態が生じかねず、検察当局からは「確実に没収できるよう、必要な立法措置を講じるべきだ」との指摘が出ていました。日本のAML/CFTはFATF(金融活動作業部会)から法定刑の低さが問題視されており、法制審議会(法相の諮問機関)が今年2月、同法の「犯罪収益等隠匿罪」などの刑を引き上げるよう答申しています。法務省は暗号資産が没収対象であることを明確にするため、今年度中にも、法制審の議論を経て法改正の具体的な内容を詰めるとしています。暗号資産の取引には暗証番号にあたる「秘密鍵」が必要となりますがが、没収の実効性を高めるため、こうした仕組みへの対処方法も検討するとみられています。

金融のデジタル化に向けた体制整備を促す改正資金決済法が6月3日の参院本会議で可決、成立しています。法定通貨に価値を連動させる暗号資産の一種「ステーブルコイン」や、高額送金が可能な電子ギフト券などのAML/CFTを強化する狙い、20兆円規模に市場が膨らむステーブルコインの金融システムリスクを抑え、投資家保護を強化する狙いがあります。ステーブルコインの取引・管理を担う仲介業者に登録制を導入するのが柱で、犯罪の疑いのある取引をモニタリングするなど、より厳格なAML/CFTを求めるもので、金融のデジタル化に対応した資金決済制度をつくることを目的に、急速に広がるステーブルコインを規制する初めての法律となります(一方で、ステーブルコインの発行を目指していたスタートアップ企業には規制色の強い内容となっています)。具体的には、(1)国内の発行体は銀行と資金移動業者、信託会社に限定し、利用者が損失を被るリスクを防ぐ、(2)メールで番号を送るなどの方法で送金する電子ギフト券やプリペイドカードにも規制をかける、(3)1回の送金額が10万円、1カ月の合計が30万円を超える場合を対象とし、発行者に本人確認手続きなどを義務づける、(4)金融機関が検討を進めるマネロンの共同監視システムには許可制を導入する、(5)システムの運営機関には「為替取引分析業」という新たな業種を設けるといった内容となっています。規制強化は世界の潮流となっています。裏付け資産をコマーシャルペーパーなど短期資産などで運用するステーブルコインがいずれ金融システムに影響を及ぼすのではないかとの懸念があるためで、米連邦準備理事会(FRB)のブレイナード副議長は5月、急落したステーブルコイン「テラUSD(現テラクラシックUSD)」を念頭に「規制上の明白なガードレールが必要だ」と述べたほか、欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁も「デジタル資産に投資してすべてを失いかねないというリスクを理解できない人たちを保護するため規制を設けるべきだ」と指摘しています。テザーなどすでに流通するステーブルコインの発行会社は定期的に準備金や、資産内訳を開示していますが、米やEUでは金融当局がこうした監査に関与したり、発行体を預金取扱金融機関などに限定したりする規制案が浮上しており、日本も歩調を合わせた形となります。ただ、一部には日本の法律が他国に比べて厳しすぎるとの声もあり、そのひとつが海外のステーブルコインの事実上の参入制限で、海外業者が日本でステーブルコインを発行するには発行主体となる組織をつくった上で、裏付けとなるドルなどの資産を国内で保管しなければならない規制があり、コスト負担が大きいことから海外の発行体は敬遠する可能性が指摘されています。なお、今回の法律では法定通貨の価値と連動した価格で発行される「デジタルマネー類似型ステーブルコイン」が主な規制対象であり、テラUSDのようなアルゴリズムで価格調整する「暗号資産型ステーブルコイン」は暗号資産に該当することになり、日本で取り扱うには暗号資産交換業者が金融庁の審査を経て登録する必要がありますが、テラ騒動を受けて審査のハードルが上がる可能性が高いと考えられます。

ステーブルコインの規制については、金融庁より「海外のステーブルコインのユースケース及び関連規制分析に関する調査」報告書が公表されています。一部となりますが、以下、抜粋して引用します。

▼金融庁 「海外のステーブルコインのユースケース及び関連規制分析に関する調査」報告書の公表について
▼(別添)「海外のステーブルコインのユースケース及び関連規制分析に関する調査」報告書
  • 金融のデジタル化の進展の中で、分散型台帳技術を利用した金融サービスに関しては、送金・決済の分野において、価値を安定させる仕組みを導入し、法定通貨と価値の連動等を目指すステーブルコインが登場し、米国等で急速に拡大している。2021年10月7日に公表された、金融安定理事会(以下「FSB」という。)「『グローバル・ステーブルコイン』の規制・監督・監視-金融安定理事会のハイレベルな勧告の実施に係る進捗報告書」(Regulation, Supervision and Oversight of “Global Stablecoin” Arrangements – Progress Report on the implementation of the FSB High-Level Recommendations(以下「FSB Report」という。))によれば、ステーブルコインの時価総額は、2021年9月には1,230億米ドルを突破しているという状況にある。このようなステーブルコインのユースケースとしては、暗号資産取引の中で用いられるケースが多いものと考えられるが、米国大統領金融市場作業部会(the President’s Working Group on Financial Markets(以下「PWG」という。))が、2021年11月にステーブルコインの規制に関する提言をまとめた報告書(Report on Stablecoins by President’s Working Group on Financial Markets(以下「PWG Report」という。))において指摘されているように、仮に精緻に設計され、適切に規制された場合は効率的かつ高速な支払手段になる可能性もある。
  • 他方で、PWG Reportにおいては、ステーブルコイン及び関連した活動について、市場の公正性や利用者保護上の課題及びマネー・ローンダリングに関連した懸念を含む広範なリスクの存在も指摘されている。例えば、非中央集権型の取引プラットフォームを介したデジタル資産の取引について、相場操縦、インサイダー取引やフロントランニングがなされ市場の透明性・公正性に欠けるという懸念が存在するとの指摘がなされている。また、ステーブルコインを用いた取引については、顧客から受け入れた資金を適切に管理していない事業者が存在する、マネー・ローンダリング・リスクが高い、との指摘もなされている。
  • ステーブルコインと暗号資産の関係
    • FinCENが所管する連邦レベルのAML/CFT規制との関係では、PWG Report 20頁に、米国においては、ほとんどのステーブルコインは「convertible virtual currency 兌換性仮想通貨」(以下「CVC」という。)とみなされる旨の記載があることから、既存の規制体系においては、基本的にステーブルコインと暗号資産の取扱いを同じものとしているものと考えられる。
    • SEC・CFTCが所管する連邦レベルの証券・商品先物規制との関係ではステーブルコインや暗号資産についてどのような規制を適用するか検討中であり、現時点で、ステーブルコインと暗号資産の関係について明確に述べている文献等は見当たっていない。しかし、PWG Report11頁では、「最初の問題として、その構造によっては、ステーブルコインやステーブルコインに関する契約(arrangements)の一部は、証券(securities)、商品(commodities)、デリバティブ(derivatives)となる可能性がある。」と記載され、また、SECのGary Gensler委員長は、暗号資産に関する文脈において「トークンの法的位置付けはそれぞれの事実と状況によるが、50、100のトークンがある場合、どのプラットフォームにおいても、有価証券securities)がゼロとなる確率はかなり低い。」と述べている。
    • したがって、暗号資産・ステーブルコインいずれについても、その取扱いは、当該サービスを構成するスキーム(事実や状況)によって判断されるものと考えられる。
    • PWG Reportにおける現状の整理では、連邦法に関しては、ステーブルコインといった名称(サービス名)により形式的に定まるものではないとされている。例えば、当該ステーブルコインが証券(security)、商品(commodity)、デリバティブ(derivative)である場合、連邦証券諸法やCEAを適用することで、投資家や市場を保護し、透明性の面でも重要な効果が期待できると考えられている。
    • また、上記のとおりほとんどのステーブルコインは、CVCとみなされており、ステーブルコインを取り扱うに当たっては、CVCに関する規制である Money Transmitter に係る規制を遵守する必要があるものと考えられる。
  • ステーブルコインの規制枠組み・市場に関する今後の課題について
    • 現状、ステーブルコインに関して、様々な課題の指摘があることは事実である。例えば以下のような指摘がある。
    • P2P取引プラットフォームを用いたステーブルコイン及び暗号資産の取引が、テロ資金供与・国際的な金融制裁の迂回のためのルートとして利用されている
    • 規模の大きいステーブルコインに関しては、裏付資産の運用に関する金融市場での影響も大きくなっており、金融安定性に対するリスクに関して、既存の市場参加者と同等の規制枠組みに服するべきと考えられるが、適切な規制や監督の対象となっていないか遵守していない可能性がある
    • 裏付資産の状況や運営会社の情報などの開示が不十分若しくは虚偽の内容を含むなど利用者保護上不適切な例が存在する
    • 発行者やカストディサービスを提供する仲介者が破綻した際の顧客資産の保護に関して、破綻時の解決法域が特定されていない、具体的な払戻し手法が明確化されていないなど法的安定性の明確な具備などがなされないまま、サービス提供がされている事例が存在する
  • 今後の議論に関して
    • PWG Report は、ステーブルコインに係るリスクに対応するために、以下の法制上の対応を提言している。
      1. ステーブルコインの発行者について、単体及びホールディングス単位で適切に規制監督下にある米国預金保険制度対象の預金取扱金融機関等であることを法制上求めるべき。
      2. カストディサービスを提供しているウォレット業者についても、連邦政府の適切な監督に服することを法制上求めるべき。また議会はステーブルコインの発行者の規制当局にステーブルコインの枠組みにおける不可欠な機能を果たすいかなる主体に対しても適切なリスク管理基準を満たすことを求めることができる権限を認めるべき。
      3. ステーブルコインの発行者に対して、営利団体との連携に限定をかける行動規範に従うことを求めるべき。また監督当局はステーブルコインのインターオペラビリティーを促進する基準を設定する権限を持つべき。加えて、カストディサービスを提供するウォレット業者に関しても営利団体との連携や利用者の取引情報の利用の限定に関する別の基準を検討されるべき。
        • 米国においては、今後、このような提案及び Executive Order on Ensuring Responsible Development of Digital Assets を受け、ステーブルコイン発行者、カストディ業者を含む仲介者に対する具体的な規律のあり方が今後議論されていくものと考えられる。当該議論の中で、発行体以外の者であってステーブルコイン枠組みで重要な機能を果たす主体への規制監督のあり方やステーブルコイン発行者・仲介者における営利企業との連携規範や顧客情報管理に関する基本的な考え方についてどういった検討がなされるのかを注視する必要がある。

業界団体等と金融庁との意見交換会において提起された主な論点について、直近のものから、AML/CFTに関する部分を中心に抜粋して引用します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • ギャンブル等依存症対策推進基本計画の変更について
    • 3月25日、「ギャンブル等依存症対策推進基本計画」について閣議決定されており、全国銀行協会においては、基本計画を踏まえ、引き続き、貸付け自粛制度の周知や適切な運用をお願いしたい。
    • なお、基本計画のパブリックコメントにおいて、「インターネットバンキングにおける公営競技等に係る広告宣伝を抑止するべき」との声が複数寄せられた。
    • ついては、2021年度に、公営競技の関係団体において「公営競技広告・宣伝指針」が策定・公表されていることを踏まえ、銀行業界においても、公営競技のインターネット投票に関するサービスを提供するにあたり、同指針を踏まえ、ギャンブル等依存症の抑止のため、のめり込みを防止し節度を促す等、適切な対応をお願いしたい。
  • 国連安保理決議の着実な履行について(北朝鮮関連)
    • 4月1日、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルが、2021年8月から2022年1月にかけての加盟国による北朝鮮制裁の履行状況等の調査結果と加盟国への勧告を取りまとめた最終報告書を公表した。
    • 同報告書では、以下などについて記載されている。
      • 北朝鮮が金融機関や暗号資産取引所等へのサイバー攻撃を継続し、暗号資産を窃取して資金洗浄を行っていること
      • 複雑なネットワークを用いた、巧妙な海上制裁回避が継続していること
    • サイバーセキュリティ対策を徹底していただくとともに、安保理決議の実効性を確保していく観点から、報告書に記載・言及のある企業や個人、船舶については、以下などに、しっかりと対応いただく必要がある。その上で、同報告書への掲載そのものは、当該企業や個人が制裁対象と認定されたものではない点に留意していただくとともに、上記の確認や調査結果を踏まえ、適切な顧客対応をお願いする。
      • 融資や付保などの取引が存在するかどうかに関する確認、
      • 取引がある場合には、同報告書で指摘されている事案に係る当該企業・個人等への調査・ヒアリング
  • 経済制裁について
    • 経済制裁への対応は、今までどおり、リスクベースでのマネロン管理態勢を適切に実施することが重要。例えば、制裁対象者のスクリーニングや実質的支配者の確認、また、貿易関係の決済においては、商流と資金の流れをリスクに応じて確認する必要がある。マネロン管理態勢に関し、もし個別の判断に迷うものがあれば、前広に相談いただきたい。
  • 継続的な顧客管理に係るFAQ改訂について
    • マネロン等対策については、継続的顧客管理に係る負担軽減に繋げる観点から、「マネロンガイドラインに関するよくある質問(FAQ)」における、“簡素な顧客管理(SDD; Simplified Due Diligence)”の改訂版を、3月30日に公表した。また、各金融機関から寄せられた意見・質問については、同日に協会を通じて回答している。
    • 今回のFAQの改正により、簡素な顧客管理(SDD)の考え方が一層整理され、マネロン等対策に係る負担軽減に繋がれば幸い。不明な点等があれば、勉強会等を通じて回答するので、連絡いただきたい。
    • 金融庁でも、引き続き、広報や勉強会等を通じて、皆様の取組みを支援していく所存であり、マネロンガイドラインで対応を求める事項について、2024年3月までの期限を目標に、態勢整備を着実に進めていただきたい。
      • ※リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD; Simplified Due Diligence)
        SDDとは、リスク評価の結果、マネロンリスクが低いと判断できる一定の顧客については、(DMを送付して顧客情報を更新する等の)積極的な対応を留保する対応のことであり、SDDの対象先をしっかりと特定することで、継続的顧客管理の負担軽減に繋がる。
      • ※FAQ改訂案の概要
        FAQで提示しているSDDの6要件の一つである「本人確認済であること」について、現在は2003年1月の本人確認法の施行以降に取引開始した顧客を本人確認済みと整理可能としているが、改定案では1990年10月以降(大蔵省銀行局通達の効力発生後)に取引開始した顧客等についても、当時、通達に沿った手続が行われていると確認できれば、「本人確認済み」と整理可能とする。また、1990年10月以前に取引を開始した顧客についても、その後の各種手続の中で、公的書類又は他の信頼できる証明書類等に基づき、氏名、住所、及び生年月日を確認した証跡が存在する場合には「本人確認済み」と整理可能とする。その他、現行FAQでは疑わしい取引の届出審査対象となればSDD対象から除外すべきとしており、取引モニタリングの誤アラートが多いことなどを踏まえ、疑わしい取引の届出を実施した場合にはじめてSDD対象から除外すべき、とするなどの考え方を示している。
  • マネロンレポートの公表について
    • 金融庁では、マネロン等対策について、2022年3月末時点の金融庁所管事業者の対応状況や金融庁の取組み等をまとめた、「マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題」(通称マネロンレポート)を4月8日に金融庁ウェブサイトに公表した。
    • 金融庁としては、金融庁がモニタリングで得られた情報や考え方を還元することにより、金融機関等の実効的な態勢整備の一助となればと考えている。
    • レポートに目を通していただき、金融庁の考えるリスクや確認された金融機関の事例等を考慮しつつ、引き続き、マネー・ローンダリングやテロ資金供与等に利用されない金融システムを確保するため、態勢の強化に努めていただきたい。

その他、AML/CFTに関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • オンラインで本人確認を行うシステム「eKYC」を通じネットバンクの口座を不正に開設しようとしたとして、埼玉県警サイバー犯罪対策課は、新潟県柏崎市の会社員を、詐欺未遂と私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで逮捕しています。2018年にオンラインでの本人確認が可能になり、eKYCは自治体や金融機関などで幅広く利用されていますが、eKYCを悪用した事件の検挙は珍しいとみられます。報道によれば、オンラインで5回にわたってうその名前や生年月日を入力した上、eKYCにおける本人確認で偽造したマイナンバーカードを撮影するなどし、不正にネットバンクの口座開設を申し込んでキャッシュカードをだまし取ろうとしたものです。容疑者が送信したマイナンバーカードの写真をネットバンクの職員がチェックしたところ、カードに印字された文字が不自然だったことなどから偽造に気づいたということであり、ネットバンクから情報提供を受け、埼玉県警が捜査していたものです。今後、AIによる審査の精度が向上することが予想されるところではありますが、非対面における本人確認において、やはり最終的には「人の目」が重要であることを示唆するものといえます(逆にいえば、AIやシステム化に依存し過ぎて「人の目」が形骸化・機能しなくなる状況が危惧されます)。
  • 電子決済サービス「auペイ」を悪用し、他人の銀行口座から移し替えた電子マネーで大量の加熱式たばこのカートリッジを購入したなどとして、警視庁サイバー犯罪対策課は、詐欺と組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)の疑いで、中国籍の飲食店従業員を逮捕しています。カートリッジは中国へ送り、売りさばいたとみられています2021年1月、都内のコンビニエンスストアで、三重県の男性の銀行口座から不正に引き出してチャージしたauペイで、加熱式たばこのカートリッジ19カートンなど計約10万円分を購入名目でだまし取るなどしたといい、三重の男性の銀行口座からの引き出しには、銀行や通販サイトなどの正規のホームページを装い、男性に暗証番号や生年月日などを入力させて個人情報を盗む「フィッシング」の手口が使われたとみられています。またauペイのチャージまでには、別の第三者の銀行口座も一時的に経由されていたということです。サイバー犯罪対策課は犯罪で得た資金を正当な報酬などと装うマネー・ローンダリングが行われたとみられています。当時、auペイは銀行口座からチャージする場合に本人確認が不要だったところ、容疑者は、これらのシステムを悪用して架空の名義でアカウントを作成・使用していたといい、名義が有名サッカー選手の名前のほか、「氏・名」となっているずさんなものも確認されたといいます。これらのアカウントを使い、同様の手口で計約80万円の不正利用が繰り返されていたとみられ、auペイは、その後、本人確認を強化する対策が取られたということです。
  • スルガ銀行は永住権を持たない外国人がスマートフォンから口座を開設できるサービスを始めた。2022年から外国人向けのオートローンや、海外送金サービスなどのサービスを相次いで拡充、外国人を雇う企業や外国人労働者の数が過去最多となる中、金融インフラの提供で外国人人材の地域への定着をめざすとしています。具体的には、インターネット専用支店「Dバンク支店」で、永住権を持たない外国人でもスマートフォンと日本で暮らす外国人が持つ在留カードで銀行口座を開設できるサービス「外国籍のお客様専用口座」を始めたもので、地銀で初めてとみられています。永住権を持たない外国人の口座開設には、口座を第三者に売却することによるマネー・ローンダリングの恐れや、偽造在留カードによる申請などのリスクがつきまとい、SNS上では銀行口座の売買や、住所や氏名、在留資格などを自由に記入し偽造在留カードが発行できると宣伝する投稿が後を絶たないのも事実です。スルガ銀行は不正防止のため、在留カードと顔写真の撮影に加え、スマートフォンによる認証確認を行うこと、在留カードの確認にはスマートフォンで撮った顔写真と各種身分証明証の顔写真をAIなどで照合する「eKYC」を使用するほか、出入国管理庁のサイト上で在留カード番号の照会を行うこと、技能実習生の場合は受け入れ先企業へ確認する場合もあること、在留期限が切れる前に新しい在留カードの提出も求め、確認が取れない場合は出入金を制限して口座の不正な売買を防ぐといった対策を講じるとしています。なお、参考までに「令和3年版の犯罪収益移転危険度調査書」において、主な主体のひとつに「来日外国人犯罪グループ」が挙げられ、「外国人が関与する犯罪は、その収益の追跡が困難となるほか、その人的ネットワークや犯行態様等が一国内のみで完結せず、国境を越えて役割が分担されることがあり、巧妙化・潜在化をする傾向を有する」、「来日外国人による組織的な犯罪の実態として、中国人グループによるインターネットバンキングに係る不正送金事犯、ベトナム人グループによる万引き事犯、ナイジェリア人グループによる国際的な詐欺事犯等に関連したマネー・ローンダリング事犯等の事例がみられる」といった指摘がなされており、同行の取引についても、そのリスクの高さについては十分な注意が必要だといえます。
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2022年5月号)でも紹介したとおり、外為法改正により、財務省は、ウクライナに侵攻を続けるロシアに対する暗号資産の送金の規制を発動しています。改正の背景として、「我が国は、ロシアのウクライナ侵略を受け、G7をはじめとする国際社会と緊密に連携し、ロシア・ベラルーシの個人・団体に対する累次の金融制裁措置を実施。国際社会による金融制裁が強化される中、暗号資産が制裁の抜け穴として悪用されないよう、制裁の実効性を更に強化するための法的手当てを講ずる必要」があると指摘しています。改正によって、経済制裁の対象になっているロシアとベラルーシの個人や団体に対する送金でないか交換業者に確認を義務づけ、制裁対象者から第三者に対する送金も差し止めることにより、暗号資産が制裁の抜け穴となるのを封じるとしています。また、制裁対象者向けと判明した場合、交換業者に送金を認めない、暗号資産の口座開設時の本人確認も義務づけ制裁対象者による開設を防ぐ、制裁対象者に対する送金でなくても3,000万円超に相当する暗号資産の取引にかかわった交換業者は取引の記録を報告させることとし、暗号資産の流れを突き止め、今後の制裁などに生かすとしています。
▼財務省 外国為替及び外国貿易法の一部改正に伴う関連政省令等の整備を行います(令和4年5月9日)

外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)に基づく支払規制及び資本取引規制をより一層効果的なものとするため、同法の一部を改正する法律案が第208回通常国会において4月20日に成立し、同日公布されました。改正外為法により、暗号資産に関する取引が資本取引規制の対象となるほか、暗号資産交換業者に資産凍結措置に係る確認義務を課す等の措置が講じられることとなります。これに伴い、関連政省令・告示・通達の整備を行います。改正政令を5月2日に、改正省令・告示・通達を本日公布しました。改正外為法及び関連改正政省令・告示・通達の施行・適用は、特段の定めがあるものを除き、5月10日を予定しています。関連政省令・告示・通達の整備の概要

改正外為法に基づく措置に係り、以下のように関連政省令等の所要の規定の整備を行います。

  1. 外国為替令(政令)の改正
    • 「本人確認の対象となる行為」及び経産省所管の「特定資本取引」を暗号資産取引に適用させるための所要の読み替え規定の整備(第11条の5及び第14条関係)
    • 暗号資産交換業者が、改正外為法施行前に顧客の本人確認を行い、本人確認記録を作成・保存している場合には、外為法上の本人確認済の顧客と取り扱う旨の経過措置(附則第2項関係)
  2. 外国為替に関する省令の改正
    • 暗号資産取引及び暗号資産交換業者に関して、本人確認義務に関する規定の整備(第8条、第8条の2、第12条の3及び第12条の4関係)
    • 暗号資産と本邦通貨との換算方法の整備(第27条の2関係) 等
  3. 外国為替の取引等の報告に関する省令の改正
    • 暗号資産交換業者による3,000万相当額超の暗号資産の売買等の媒介等に関する報告(第13条関係)
    • 当該報告における暗号資産と本邦通貨との換算方法の整備(第36条の2関係) 等
  4. 対内直接投資等に関する命令の改正
    • 暗号資産交換業者による確認義務履行に係る様式の整備(別紙様式第1、第2、第6及び第7関係)
  5. 外国為替法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律施行規則の改正
    • 暗号資産交換業者による暗号資産の売買等の媒介等をオンラインにより報告を可能とする規定の整備(別表関係)
  6. 外国為替及び外国貿易法第21条第1項の規定に基づく財務大臣の許可を受けなければならない資本取引を指定する件(告示)の改正
    • 暗号資産取引が資本取引の許可対象である旨を明示(第1号、第3号、第4号及び第9号関係)。
  7. 外国為替法令の解釈及び運用について(通達)の改正
    • 暗号資産取引によりなされる支払等における暗号資産と本邦通貨との「合理的と認められる」換算方法の整備(21-1、55-3-2関係) 等
  • ロシアによるウクライナ軍事侵攻に絡み、英政府は対露制裁の一環としてプーチン大統領の元妻、リュドミラ氏ら親族に加え、恋人とされる元新体操選手、アリーナ・カバエワ氏の資産凍結や英国内への渡航禁止としています。英政府による制裁対象はこれまでプーチン氏の娘2人と新興財閥「オリガルヒ」など累計千人以上に上るといい、プーチン政権弱体化を狙う動きが広がりをみせています。報道によれば、「プーチン氏のぜいたくな暮らしを陰で支えるネットワークを暴き、締め付けを強める。ウクライナが勝利するまで、プーチン氏の侵攻に手を貸す関係者への制裁を続ける」と英政府は説明しています。なお、米政府は、カバエワ氏への制裁を検討したものの、「プーチン氏の強い反発を招き、米露の緊張関係が高まることが懸念される」として見送った経緯がありますが、プーチン氏の娘2人については米政府も、資産凍結など制裁を実施しています。
  • EU欧州委員会は、ウクライナに侵攻したロシアなどに発動しているEUの制裁を逃れる行為を「犯罪」として明確に位置付けることを提案しています。制裁対象となったオリガルヒなどの資産押収を可能にし、ウクライナ再建に活用する道を開く狙いがあるといいます。現状では加盟国ごとにばらつきのある制裁の執行状況について域内で統一を図り、資産凍結だけでなく押収もできるようルール整備を進めることとし。フォンデアライエン欧州委員長はツイッターで「オリガルヒの資産は差し押さえられ、できる限りウクライナ再建に使われるべきだ」と訴えています。関連して、EUに加盟するリトアニア、スロバキア、ラトビア、エストニアの4カ国が、EUが凍結したロシアの資産を没収するよう提案しています。ロシアによる侵攻後のウクライナ再建に向けた資金に充当するとしています。ウクライナは5月3日の時点で、国の再建に必要な資金を約6,000億ドルと見積もっていますが、本格的な戦争が続いているため、この金額は大幅に増加している可能性が高いと考えられ、書簡では「犠牲者への補償を含め、ウクライナの再建費用のかなりの部分はロシアが負担しなければならない」としています。さらに、EU加盟国による新たな対ロシア制裁の準備も要請、「ロシアがウクライナへの軍事侵攻をやめないのであれば、最終的に、EUとロシアの間に経済的なつながりを一切残すべきではない。EUの資金、製品、サービスが、全てロシアの戦争マシンに貢献しないようにすべきだ」としています。4カ国は、各国がすでに、ロシアの個人および団体に帰属する資産と、約3,000億ドルのロシア中央銀行の資金を凍結していることに言及、ウクライナへの賠償や国家再建に向けて「これらの資源を最大限に活用する法的方法を特定しなければならない」とした上で、「中央銀行の預金や国有企業の財産といった国家資産の没収は、直接的な関連性と効果を持つ」とも指摘、EUがこれまでに凍結した、ロシアとベラルーシのオリガルヒや団体に関連する資産は約300億ユーロ相当とされます。一方、イエレン米財務長官は、ウクライナ再建費用に充当する目的で米国が凍結したロシア中央銀行の資産を差し押さえることは合法ではないとの見方を示しています。報道によれば、米と同盟国が差し押さえたロシア中銀の資産は推定3,000億ドルに上るとされ、「ウクライナが被った甚大な被害と、必要となるであろう膨大な再建費用を考えると、少なくともその代償の一部に充てるためロシアの資産に目を向けるのは、ごく自然なことだと思う。しかし、政府がこれらの資産を押収することは、現在、米国では合法ではない」と述べています。ただ、検討は開始しているといい、今後の動向を注視したいと思います。
(2)特殊詐欺を巡る動向

警察庁は、2021年の特殊詐欺統計の確定値を発表しています。被害額は前年に比べ3億2,000万円減の282億円と7年連続で減少し、過去最高だった2014年から半減しています。認知件数は前年比948件増の14,498件、摘発は同824件減の6,600件でした。被害は大都市圏に集中、認知件数では東京(3,319件)、大阪(1,538件)など7都府県が約7割を占めています。

▼警察庁 令和3年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(確定値版)
  1. 特殊詐欺の認知状況
    1. 情勢全般
      • 令和3年の特殊詐欺の認知件数(以下「総認知件数」という。)は14,498件(+948件、+7.0%)、被害額は282.0億円(-3.2億円、-1.1%)と、前年に比べて総認知件数が増加したものの、被害額は減少。被害額は過去最高となった平成26年(565.5億円)から半減。しかしながら、依然として高齢者を中心に被害が高い水準で発生しており、深刻な情勢。
      • 被害は大都市圏に集中しており、東京の認知件数は3,319件(+423件)、大阪1,538件(+431件)、神奈川1,461件(-312件)、千葉1,103件(-114件)、埼玉1,082件(+56件)、愛知874件(+305件)及び兵庫859件(-168件)で、総認知件数に占めるこれら7都府県の合計認知件数の割合は70.6%(-0.4ポイント)。
      • 1日当たりの被害額は約7,730万円(-約60万円)。
      • 既遂1件当たりの被害額は202万円(-18.2万円、-8.2%)。
    2. 主な手口別の認知状況
      • オレオレ詐欺、預貯金詐欺及びキャッシュカード詐欺盗(以下3類型を合わせて「オレオレ型特殊詐欺」と総称する。)の認知件数は8,118件(-1,139件、-12.3%)、被害額は160.7億円(-8.1億円、-4.8%)で、総認知件数に占める割合は56.0%(-12.3ポイント)。
      • オレオレ詐欺は、認知件数3,085件(+813件、+35.8%)、被害額90.6億円(+22.7億円、+33.4%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は21.3%(+4.5ポイント)。
      • 預貯金詐欺は、認知件数2,431件(-1,704件、-41.2%)、被害額30.6億円(-27.6億円、-47.5%)と、いずれも減少し、総認知件数に占める割合は16.8%(-13.7ポイント)。
      • また、キャッシュカード詐欺盗は、認知件数2,602件(-248件、-8.7%)、被害額39.5億円(-3.2億円、-7.4%)と、いずれも減少し、総認知件数に占める割合は17.9%(-3.1ポイント)。
      • 架空料金請求詐欺は、認知件数2,117件(+107件、+5.3%)、被害額68.1億円(-11.7億円、-14.6%)と、認知件数が増加したものの、被害額は減少し、総認知件数に占める割合は14.6%(-0.2ポイント)。
      • 還付金詐欺は、認知件数4,004件(+2,200件、+122.0%)、被害額45.2億円(+20.3億円、+81.4%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は27.6%(+14.3ポイント)。他の手口と比べ7都府県以外に被害が拡散傾向。
      • オレオレ型特殊詐欺に、架空料金請求詐欺及び還付金詐欺を合わせた認知件数は14,239件、被害額は273.9億円で、総認知件数に占める割合は98.2%(+1.7ポイント)、被害額に占める割合は97.1%(+1.3ポイント)。
    3. 主な被害金交付形態別の認知状況
      • キャッシュカード手交型の認知件数は2,698件(-1,619件、-37.5%)、被害額は39.8億円(-23.9億円、-37.5%)、キャッシュカード窃取型の認知件数は2,602件(-248件、-8.7%)、被害額は39.5億円(-3.2億円、-7.4%)と、いずれも減少。両交付形態を合わせた認知件数の総認知件数に占める割合は36.6%。
      • 現金手交型の認知件数は2,793件(+724件、+35.0%)、被害額は94.4億円(+16.9億円、+21.8%)と、いずれも増加。キャッシュカード手交型、キャッシュカード窃取型及び現金手交型は、被害者と直接対面して犯行を敢行するものであり、これら3交付形態を合わせた認知件数の総認知件数に占める割合は55.8%(-12.3ポイント)。
      • 振込型の認知件数は5,095件(+2,297件、+82.1%)、被害額は79.1億円(+28.8億円、+57.2%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は35.1%(+14.5ポイント)。
      • 現金送付型の認知件数は189件(-164件、-46.5%)、被害額は20.5億円(-20.0億円、-49.5%)と、いずれも減少。
      • 電子マネー型の認知件数は1,096件(-37件、-3.3%)、被害額は8.5億円(-1.4億円、-14.1%)と、いずれも減少。
    4. 高齢者の被害状況
      • 高齢者(65歳以上)被害の認知件数は12,724件(+1,137件、+9.8%)で、法人被害を除いた総認知件数に占める割合(高齢者率)は88.2%(+2.4ポイント)。65歳以上の高齢女性の被害認知件数は9,907件で、法人被害を除いた総認知件数に占める割合は68.7%(+2.6ポイント)。
    5. 欺罔手段
      • 被害者への欺罔手段として犯行の最初に用いられたツールは、電話が88.9%、電子メールが7.0%、はがき・封書等(はがき、封書、FAX、ウェブサイト等をいう)は4.1%と、電話による欺罔が大半を占めている。主な手口別では、オレオレ型特殊詐欺は約99%、還付金詐欺は100%が電話。その一方で、架空料金請求詐欺は電子メールが約46%、電話が約33%。
    6. 予兆電話
      • 特殊詐欺の被疑者による、電話の相手方に対して住所・氏名等の個人情報及び現金の保有状況等の犯行に資する情報を探る電話(以下「予兆電話」という。)の件数は100,515件で、月平均は8,376件(+170件、+2.1%)と増加。東京が34,661件と最も多く、次いで大阪9,084件、埼玉8,960件、千葉7,377件、神奈川6,864件、愛知5,015件、兵庫2,985件の順となっており、全国の予兆電話件数に占めるこれら7都府県の割合は74.6%。
  • トピックス1
    1. 新型コロナウイルス感染症に関連した特殊詐欺(警察庁集計)
      • 令和3年中の新型コロナウイルス感染症に関連した特殊詐欺の認知件数は44件、被害額は約1.1億円と、総認知件数に占める割合は約0.3%。また、検挙件数は4件、検挙人員は7人。
    2. 検挙事例
      • 令和3年1月、80代男性が、息子を名のる男から「会社を辞めた人が取引先から1,000万円を借りたが、コロナでうまくいかず行方不明になった。保証人の自分が返さないといけなくなった。」等の電話を受け、息子の代理を名のる男に現金300万円をだまし取られた特殊詐欺事件で、被疑者(受け子)を同年8月に逮捕した。(京都)
  1. 特殊詐欺の検挙状況
    1. 検挙全般
      • 令和3年の特殊詐欺の検挙件数は6,600件(-824件、-11.1%)、検挙人員(以下「総検挙人員」という。)は2,374人(-247人、-9.4%)と、いずれも減少。
      • 手口別では、大幅に被害が増加した還付金詐欺の検挙件数は747件(+297件、+66.0%)、検挙人員は111人(+53人、+91.4%)と、大幅に増加。
      • 中枢被疑者(犯行グループの中枢にいる主犯被疑者(グループリーダー及び首謀者等)をいう)を43人(-17人、-28.3%)
      • 被害者方付近に現れた受け子や出し子、それらの見張り役を職務質問等により1,872人検挙(-112人、-5.6%)
      • 預貯金口座や携帯電話の不正な売買等の特殊詐欺を助長する犯罪を、3,393件(-163件)、2,530人(-180人)検挙。
    2. 犯行拠点の摘発
      • 東京都をはじめ、大都市圏に設けられた犯行拠点(欺罔電話発信地等)23箇所を摘発(-7箇所)。
    3. 暴力団構成員等の検挙人員
      • 暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者の総称。)の検挙人員は323人(-79人、-19.7%)で、総検挙人員に占める割合は13.6%。
      • 中枢被疑者の検挙人員(43人、-17人)に占める暴力団構成員等の検挙人員(割合)は17人(39.5%)であり、出し子・受け子等の指示役の検挙人員に占める暴力団構成員等の検挙人員(割合)は21人(53.8%)、リクルーターの検挙人員に占める暴力団構成員等の検挙人員(割合)は62人(39.0%)であるなど、暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与している実態がうかがわれる。このほか、現金回収・運搬役の検挙人員に占める暴力団構成員等の人員・割合は33人(26.4%)、道具調達役の検挙人員に占める暴力団構成員等の検挙人員・割合は8人(24.2%)。
    4. 少年の検挙人員
      • 少年の検挙人員は433人(-58人)で、総検挙人員に占める割合は18.2%。少年の検挙人員の77.1%が受け子で、検挙された受け子に占める割合は20.4%と、5人に1人が少年。
    5. 外国人の検挙人員
      • 外国人の検挙人員は117人(-19人)で、総検挙人員に占める割合は4.9%。外国人の検挙人員の63.2%が受け子で、出し子は18人(-3人)となっている。
      • 主な外国人被疑者の国籍別人員(割合)は、中国72人(61.5%)、韓国13人(11.1%)、ペルー9人(7.7%)、ベトナム8人(6.8%)、ブラジル4人(3.4%)。
    6. 主要事件の検挙
      • 令和3年6月までに、家電販売店店員等をかたる特殊詐欺事件に関し、主犯である指定暴力団神戸山口組系幹部組員ら十数人を詐欺罪等で逮捕した。また、同事件を契機として、同年8月までに同組織の別の幹部の男を含む合計4人を京都府暴力団排除条例違反(用心棒代受供与)等で逮捕した。(京都)
      • 令和3年7月までに、携帯電話会社の定額プランを悪用し、特定の電話番号に機械的多数発信を繰り返し、多額の通話料の支払いを不正に免れたとして、特殊詐欺グループに犯行電話が供給されていた電話転送事業者の経営者ら5人を組織的犯罪処罰法違反(組織的詐欺)で逮捕した。(愛知、山口、千葉)
      • 令和3年8月までに、架空料金請求詐欺事件に関し、特殊詐欺の犯行に使用されると知りながら、IP電話回線利用サービスを提供した電話転送事業者3社の経営者ら6人を詐欺幇助で逮捕した。(広島)
      • 令和3年11月までに、電話転送事業者らが特殊詐欺グループらと結託して、特殊詐欺でだまし取った電子マネーを買い取り業者に買い取らせ、その代金数十万円について、別の電話転送事業者の個人口座に振込入金させていたことから、電話転送事業者2社の経営者ら6人を組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)で逮捕した。(福岡、秋田、岡山、青森)
      • 令和3年12月までに、ギャンブル詐欺事件に関し、特殊詐欺の犯行に使用されると知りながら、IP電話回線利用サービスを提供した電話転送事業者の経営者1人を詐欺幇助で逮捕した。(宮城)
  2. 特殊詐欺予防対策の取組
    1. 広報啓発活動の推進
      • 杉良太郎特別防犯対策監をはじめ、幅広い世代に対して高い発信力を有する著名な方々により結成された「ストップ・オレオレ詐欺47~家族の絆作戦~」プロジェクトチーム(略称:SOS47(エス・オー・エス・フォーティーセブン))による広報啓発活動を、公的機関、各種団体、民間事業者等の幅広い協力を得ながら展開。
      • 令和3年中は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、各種イベントの開催が制限される中、SOS47のメンバーによる動画・ポスター等の制作、テレビ・ラジオ等各種メディアへの出演など、あらゆる広報媒体・機会を通じて特殊詐欺被害防止に係るメッセージを発信。9月には落語家の吉原朝馬氏を新たなメンバーに加え、特殊詐欺被害防止に向けた取組を全国的な国民運動として定着させるべく、継続的に活動を展開。
    2. 関係事業者と連携した被害の未然防止対策を推進
      • 金融機関等と連携した声掛けにより、15,006件(+4,103件)、約57.4億円(+6.3億円)の被害を防止(阻止率(阻止件数を認知件数(既遂)と阻止件数の和で除した割合)51.8%)。高齢者の高額払戻しに際しての警察への通報につき、金融機関との連携を強化。
      • 還付金詐欺対策として、金融機関と連携し、一定年数以上にわたってATMでの振込実績のない高齢者のATM振込限度額をゼロ円(又は極めて少額)とし、窓口に誘導して声掛け等を行う取組を推進(令和3年12月末現在、47都道府県、401金融機関)。全国規模の金融機関等においても取組を実施。
      • キャッシュカード手交型とキャッシュカード窃取型への対策として、警察官や金融機関職員等を名のりキャッシュカードを預かる又はすり替える手口の広報による被害防止活動を推進。また、被害拡大防止のため、金融機関と連携し、預貯金口座のモニタリングを強化する取組のほか、高齢者のATM引出限度額を少額とする取組を推進(令和3年12月末現在、40都道府県、204金融機関)。全国規模の金融機関においても取組を実施。
      • 電子マネー型への対策として、コンビニエンスストア、電子マネー発行会社等と連携し、電子マネー購入希望者への声掛け、チラシ等の啓発物品の配布、端末機の画面での注意喚起などの被害防止対策を推進。
      • 宅配事業者と連携し、過去に犯行に使用された被害金送付先のリストを活用した不審な宅配便の発見や警察への通報等の取組のほか、荷受け時の声掛け・確認等による注意喚起を推進。
      • SNS上における受け子等募集の有害情報への対策として、Twitter利用者に対し特殊詐欺に加担しないよう呼び掛ける注意喚起の投稿(ツイート)や、実際に受け子等を募集していると認められるツイートに対して、返信機能(リプライ)を活用した警告等を実施(令和3年12月末現在、15都道府県)。
    • トピックス2 「ATMでの携帯電話の通話は、しない、させない」取組
      • 令和3年中、特殊詐欺の手口のうち被害が最も多かった還付金詐欺は、被害者がATM設置場所において携帯電話を使って犯人と会話することで被害が発生することから、「ATMでの携帯電話の通話は、しない、させない」ことを社会の常識として定着させるため、街頭キャンペーンやATM周辺でのポスター貼付を行っている。
    1. 防犯指導の推進
      • 特殊詐欺等の捜査過程で押収した名簿を活用し、名簿登載者に対する注意喚起を実施。
      • 犯人からの電話に出ないために、高齢者宅の固定電話を常に留守番電話に設定することなどの働き掛けを実施。
      • 自治体等と連携して、自動通話録音機の普及活動を推進(令和3年12月末現在、全国で約26万台分を確保)。全国防犯協会連合会と連携し、迷惑電話防止機能を有する機器の推奨を行う事業を実施。
  3. 犯行ツール対策の推進
    • 主要な通信事業者に対し、犯行に利用された固定電話番号の利用停止及び新たな固定電話番号の提供拒否を要請する取組を推進。令和3年中は4,119件の電話番号が利用停止され、新たな固定電話番号の提供拒否要請を3件実施。
    • 犯行に利用された固定電話番号を提供した電話転送サービス事業者に対する報告徴収を10件、総務省に対する意見陳述を10件実施。なお、国家公安委員会が行った意見陳述を受け、令和3年中、総務大臣が電話転送サービス事業者に対して是正命令4件を発出。
    • 犯行に利用された携帯電話(MVNO(Mobile Virtual Network Operatorの略。自 ら無線局を開設・運用せずに移動通信サービスを提供する電気通信事業者)(仮想移動体通信事業者)が提供する携帯電話を含む)について、役務提供拒否に係る情報提供を推進(6,935件の情報提供を実施)。
    • 犯行に利用された電話番号に対して、繰り返し架電して警告メッセージを流し、電話を事実上使用できなくする「警告電話事業」を継続実施。
  • トピックス3 特殊詐欺に利用された050IP電話番号に係る利用停止等の対策について
    • 近年、特殊詐欺の犯行に050IP電話番号が利用されるケースが多く見られることから、特殊詐欺の犯行に利用された固定電話番号を警察の要請に基づいて電気通信事業者が利用停止等する枠組みの対象に、050IP電話番号を追加し、令和3年11月26日から運用を開始。令和3年12月末までに、3件の050IP電話番号が利用停止され、新たな050IP電話番号の提供拒否の要請を4件行った。
  1. 今後の取組
    • 引き続き、「オレオレ詐欺等対策プラン」に基づき、関係行政機関・事業者等と連携しつつ、特殊詐欺等の撲滅に向け、被害防止対策、犯行ツール対策、効果的な取締り等を強力に推進。
    • 暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与し、有力な資金源としている実態も認められることから、引き続き、暴力団、準暴力団等の犯罪者グループの壊滅に向けた多角的・戦略的な取締りを推進

特殊詐欺に必要な「三種の神器」のうち「他人名義の口座」について、今、ベトナム人名義の口座悪用が急増しているといいます。2022年6月5日付産経新聞の記事「特殊詐欺に悪用される転売口座 ベトナム人名義なぜ多い」では、その背景等について詳しく解説されていますので、以下、抜粋して引用します。

高齢者らに電話をかけ、「還付金」などの名目で現金を振り込ませ、だまし取る特殊詐欺。多額の被害を生んでいるこの悪質な犯罪に欠かせないのが、他人名義の架空口座だ。最近は外国人が開設した口座が使われることが増え、中でもベトナム人が多数を占めている。技能実習や留学のために来日した若者らが、帰国する際に売却するケースが多いという。「この先使うことのない口座なのだから売ってしまおう」という考えがあるのだろうが、口座の譲り渡しは「犯罪収益移転防止法」に違反する犯罪行為。警察当局は警戒を強めるとともに、注意を呼びかけている。…不審な金の動きがあるとして、捜査当局が凍結する銀行口座は毎年数千件にのぼるとされる。捜査関係者によると、凍結された口座はここ数年、ベトナム人名義のものが急増。平成28年の時点では、ベトナム人名義の口座は全体の1%未満だったが、過去3年間は、全体の2割前後で推移しているという。「各種通帳、カードを買い取ります。地方のものはより高く。東京なら直接取引。郵送もOK」バイトの募集や不要品の売買のために使われるベトナム語のSNSには、こんな書き込みがある。ここで取引される口座の多くは留学生や技能実習生として滞在していたベトナム人が、帰国する際に不要となった口座を転売したものだという。相場は1件につき1万~6万円。監視の目が届きにくい地方銀行の方が価値が高いとされ、「地方のものはより高く」というわけだ。ある捜査関係者は「昔はベトナム人同士で、在留期限が切れたなどの理由で口座を作れない人に譲り渡すことが多かったが、近年では、反社会的勢力に流れ、特殊詐欺に使用されるケースが増えている」と指摘。…「小遣い稼ぎ」感覚で大きな罪の意識もなく、売却してしまう場合も多いという。平成23年時点で約4万4千人だった在留ベトナム人は、昨年約43万人まで増えた。数の上では約72万人の中国人より少ないが、永住者や定住者が比較的多い中国人に対し、ベトナム人は帰国を前提とした実習生などが多く、口座転売が相次ぐ背景には、こうした事情も絡んでいるとみられる。

各地の特殊詐欺に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 今年に入り、滋賀県内の特殊詐欺被害額が急増しており、4月末までの被害は約1億円にのぼり、前年同期比でほぼ倍増しているといいます。1人当たりの被害が高額化していることもあり、県警は注意を呼び掛けています。報道によれば、被害で目立つのが架空請求詐欺で、4月までで16件、約5,800万円の被害が発生、全体の被害総額の半分以上を占めており、昨年1年間の架空請求詐欺の被害額(約6,600万円)に迫っているといいます。今年は1人の被害者が多額の被害に遭っているのが特徴で、架空請求のメールに反応した人が繰り返し何度も金銭を請求されるケースがみられているといいます。長浜市の60代の無職男性は3月、架空料金詐欺で計約1,400万円の被害に遭っていますが、長浜署によると、男性は携帯料金が未払いとのメールが届き、記載された番号に電話すると、サポートセンターを名乗る男に「個人情報が漏えいしていて1年間料金が未払いだ」と言われたため、その後、弁護士や検察官などをかたる電話からさまざまな名目で料金を請求され、指定された口座に計24回にわたり金銭を振り込んだという事例がありました。
  • 福岡県警は1~4月の特殊詐欺の認知件数が103件、被害額が約2億7,000万円に上り、いずれも前年同期比で増加したと発表しています。報道によれば、前年1~4月より認知件数は51件増、被害額は1億4,900万円増となり、4月以降に目立つのが、「老人ホームの入居者を募集している」との勧誘だといいます。高齢者が「必要ない」と断っても、容疑者は「入居を希望する人がおり、名義を貸して」などと再勧誘、高齢者が「人のためなら」と応じると、今度は「名義貸しは犯罪」などと脅し高額の解約料を要求するというもので、老人ホームの名義貸しを語る詐欺は以前からある手口ではあるものの、3~5月に県内で高齢者3人が被害に遭い、約2,800万円をだまし取られた人もいるとのことです。いずれも現金を宅配便で送付させる手口で、レターパックや宅配便による現金送付は郵便法などで禁じられており、県警は「『名義貸し』『宅配便などでの現金送付』は、全て詐欺と疑ってほしい」と話しています。
  • 茨城県内の2021年の特殊詐欺被害で、還付金詐欺が64件で前年の約5倍となったといいます。ATMで金を振り込ませるケースが増加しており、県警組織犯罪対策課は「『だまされたふり作戦』のリスクを避けたことなどが一因では」としています。報道によれば、2021年の特殊詐欺の認知件数は259件で、前年から47件減少、被害額も前年比7338万円減の4億7,684万円となった一方で、還付金詐欺は前年比52件増の64件、被害額も同4,315万円増の5,405万円となっています。特殊詐欺は、主流だった振り込み型が、金融機関が高額の取引を窓口のみで対応するなどしたことで減少、現金やキャッシュカードを直接受け渡す方法が増加した歴史があるところ、あらためてATMでの振り込み型が急増したことについて、同課は「新型コロナウイルス禍で、人との接触を避けた可能性もある」としています。2021年に手口として最多だったのは架空請求詐欺で同24件増の66件、還付金詐欺と合わせて全被害の約半分を占めており、県警は「留守番電話を設定し、かけてきた人を一度確認してから電話に出てほしい」などと注意を呼びかけています。
  • 電話口で親族をよそおってきたり架空の請求をされたりしてお金をだまし取られる特殊詐欺の被害がなくならず、和歌山県警は2021年3月から被害防止の専用フリーダイヤル「ちょっと確認電話」(0120・508・878=これはわなや)を設置し、注意を呼びかけ続けているといいます。県警によると、2021年の1年間に認知した特殊詐欺の件数は2020年より27件多い59件、被害総額は2020年より6,718万円少ないものの9,066万円に上るといいます。専用フリーダイヤルに相談があり、阻止できたのは2021年3月からの1年間で282件で、お金を振り込もうとした人がコンビニエンスストアや金融機関を訪れた際、店員らによって未然に防げた事例もあるとのことです。

次に、例月どおり、直近の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。

▼警察庁 令和4年4月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和4年1~3月における特殊詐欺全体の認知件数は4,711件(前年同期4,418件、前年同期比+6.6%)、被害総額は97.5憶円(85.6憶円、+13.9%)、検挙件数は1,818件(2,015件、▲9.8%)、検挙人員は628人(672人、▲6.5%)となりました。これまで減少傾向にあった認知件数や被害総額が大きく増加に転じている点が特筆されますが、とりわけ被害総額が増加に転じ、継続している点はここ数年の間でも珍しく、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして、十分注意する必要があります(詳しくは分析していませんが、コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。うちオレオレ詐欺の認知件数は1,055件(895件、+17.9%)、被害総額は31.4憶円(24.9憶円、+26.1%)、検挙件数は473件(406件、+16.5%)、検挙人員は237人(180人。、+31.7%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。昨年までは還付金詐欺が目立っていましたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、▼暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立ちます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで昨年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶ちません。なお、最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性が疑われます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。最近では、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は872件(793件、10.0%)、被害総額は12.3憶円(11.8憶円、+11.0%)、検挙件数は639件(596件、+7.2%)、検挙人員は147人(162人、▲9.3%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに増加という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されていますが、増加傾向にある点は注意が必要だといえます。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出始めています)。また、預貯金詐欺の認知件数は713件(1,007件、▲29.2%)、被害総額は8.1憶円(14.2憶円、▲43.0%)、検挙件数は420件(760件、▲44.7%)、検挙人員は156人(242人、▲35.5%)となり、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は791件(612件、+29.2%)、被害総額は28.9憶円(20.8憶円、+38.9%)、検挙件数は42件(86件、▲51.2%)、検挙人員は30人(42人、▲28.6%)、還付金詐欺の認知件数は1,214件(1,002件、+21.2%)、被害総額は13.5憶円(11.7憶円、+15.4%)、検挙件数は231件(152件、+52.0%)、検挙人員は39人(34人、+14.7%)、融資保証金詐欺の認知件数は32件(68件、▲52.9%)、被害総額は0.8憶円(1.1憶円、▲28.8%)、検挙件数は6件(7件、▲14.3%)、検挙人員は3人(3人、±0%)、金融商品詐欺の認認知件数は8件(13件、▲38.5%)、被害総額は0.9憶円(0.5憶円、+57.7%)、検挙件数は0件(3件)、検挙人員は6人(7人、▲14.3%)、ギャンブル詐欺の認知件数は15件(22件、▲31.8%)、被害総額は1.5憶円(0.5憶円、+201.2%)、検挙件数は6件(1件、+500.0%)、検挙人員は4人(1人、+300.0%)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は242件(204件、+18.6%)、検挙人員は127人(122人、+4.1%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,014件(677件、+49.8%)、検挙人員は800人(535人、+49.5%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は32件(51件、▲37.3%)、検挙人員は32人(47人、▲31.9%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は5件(9件、▲44.4%)、検挙人員は2人(10人、▲80.0%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は41件(46件、▲10.9%)、検挙人員は8人(6人、+33.3%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では60歳以上91.4%、70歳以上73.2%、男性(25.1%):女性(74.9%)、オレオレ詐欺では60歳以上97.5%、70歳以上95.1%、男性(19.0%):女性(81.0%)、融資保証金詐欺では60歳以上7.7%、70歳以上0%、男性(88.5%):女性(11.5%)、特殊詐欺被害者全体に占める高齢(65歳以上)被害者の割合について、特殊詐欺 87.7%(男性22.0%:女性78.0%)、オレオレ詐欺 97.1%(18.5%:81.5%)、預貯金詐欺 98.2%(11.6%:88.4%)、架空料金請求詐欺 49.4%(56.3%:43.7%)、還付金詐欺 93.6%(25.8%:74.2%)、融資保証金詐欺 3.8%(100.0%:0.0%)、金融商品詐欺 25.0%(50.0%:50.0%)、ギャンブル詐欺 60.0%(55.6%:44.4%)、交際あっせん詐欺 0.0%、その他の特殊詐欺 40.0%(100.0%:0.0%)、キャッシュカード詐欺盗 98.7%(13.6%:86.4%)などとなっています。

本コラムでは持続化給付金の不正受給についても、その動向を注視しています。持続化給付金は新型コロナ禍で打撃を受けた中小企業や個人事業主らを早期救済するため「性善説」に基づいた手続きの簡便化・短期化を重視した制度で不正受給が横行した経緯があります。また、SNSなどを通じ悪用の手口が急拡散したこともあるとの指摘もなされています。制度を所管する中小企業庁によると、これまで約424万件で、計約5.5兆円が支給されましたが、不正認定(5月26日時点)は個人と法人の1,218件で、総額は約12億2,600万円に上っています。チェックの甘さを背景に、組織的に手数料や全額をだまし取るケースが目立ちます。直近では、警視庁に詐欺容疑で逮捕された東京国税局職員ら7人も、申請の名義人となった若者らとLINEでグループを組み、不正受給の方法を指南していたといいます(本件においては、グループのリーダー格は2月にアラブ首長国連邦(UAE)に出国した男性で、一連の手口は元大和証券社員が「発案した」と供述、被告ら3人がオンライン申請手続きを担い、給付金の申請に必要な虚偽の確定申告書類の作成は、元東京国税局職員と、同局鶴見税務署職員が担当、2人は国税庁に同期入庁した幼なじみで、国税局職員が鶴見税務署職員を詐欺グループに誘ったといいます。さらに、大学生の男性被告は、被告の指示を受け、給付金を申請するための名義人の大学生らを勧誘、「(勧誘に成功すれば)ボーナスを出す」「多数の人を誘えば高級焼き肉をおごる」などと持ち掛け、マルチ商法の手法で同級生や後輩を集めていったとされます。また、名義人から給付金全額を回収、約2割をメンバーで分け合った上で、残り8割を暗号資産のマイニング(採掘)を行うとする事業に投資していたといい、名義人は結局、投資の利益をほとんど受け取っていなかったとみられるています)。こうした中、全国の警察も摘発を強化しており、5月30日には、警視庁捜査2課が9億円超の持続化給付金を詐取したとみられる三重県の家族3人の逮捕に踏み切っています。ただ、指南役に加え、名義を貸した方なども罪に問われる恐れがあり、今回、名義人となった当時17歳の高校生だった男(19)も詐欺容疑で書類送検されています(本件は、容疑者親子を中心とする十数人のグループが知人を勧誘するなどし、2020年5~9月に約1,780件を虚偽申請して計約9億6,000万円を不正受給したとされ、同一グループによる持続化給付金の不正受給額としては過去最高とのことです)。なお、警察庁によると、全国の警察が4月までに摘発した持続化給付金の詐欺事件は3,214件で、3,600人以上が検挙され、その被害総額は約31億8,400万円となっています。このように相次ぐ摘発に、名義人が申告して捜査の端緒となるケースも増えており、中小企業庁は不正申請者が自ら返金を申し出た場合は、刑事告訴などは求めない姿勢をとっていますが、これまで2万件超の返金申し出があり15,427件(約166億円)の返還を受け付けたといいます。持続化給付金は事前審査を行わない代わりに、不正対策として、不正発覚時には20%の加算金と年率3%の延滞金を追加で求める仕組みがありますが、十分な抑止にはつながりませんでした。その反省から、持続化給付金に代わる支援策として1月に新設された事業復活支援金では、税理士など第三者が事前に確認する仕組みを導入、中小企業庁の担当者によれば、今のところ不正は確認されていないとのことです。なお、コロナ禍からの経済再開が進む中、いつまで国が支援を続けるのかも課題となっており、東京商工リサーチによれば、コロナ前は8,000件を超えていた企業の倒産件数は、2020年が7,773件、2021年は6,030件と減少しており、手厚い支援で本来なら倒産していた企業が救済された可能性が指摘されています。経済をつなぎとめるという点で支援は意義があったとはいえ、制度の改善や止め時など検証すべきときに来ているといえます。

その他、特殊詐欺に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • フィリピンで2019年11月に特殊詐欺グループの男36人が摘発された事件で、警視庁は、住居、職業不詳の容疑者を窃盗容疑で逮捕しています。同容疑者は、だましの電話をかける「かけ子」のリクルート役だったといいます。グループはフィリピンの拠点から日本に詐欺の電話をかけており、警視庁は2017年12月~2019年11月に約2,300人から計約35億円を詐取したとみています。警視庁は容疑者がマニラから空路で帰国するとの情報を得て、羽田空港に到着した直後に容疑者の身柄を確保したものです。なお、国内にいたメンバーを含め、これまでに計70人が窃盗容疑などで逮捕されており、46人が有罪判決(うち2人は執行猶予付き)を受けています。
  • 国の新型コロナウイルス対策給付金計約1,550万円をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた元経済産業省キャリア官僚の桜井被告(懲戒免職)の控訴審判決で、東京高裁は、懲役2年6月の実刑とした1審・東京地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却しています。控訴審で被告側は「実刑は重すぎる」として執行猶予付きの判決を求めましたが、高裁は、桜井被告が犯行を主導し、だまし取った金の相当部分を得たなどとして、実刑が妥当と判断しています。
  • 暴力団員であることを隠して新型コロナウイルス対策の貸付金をだまし取った疑いで、警察は六代目山口組二次団体平井一家の組員を逮捕しています。新型コロナウイルスの影響で収入が減少した世帯向けの貸付金155万円をだまし取った疑いがもたれており、警察はだまし取った金が暴力団の資金源になっていた疑いもあるとみて捜査しています。また、新型コロナウイルスの影響で収入が減少した世帯向けの特例貸し付け「緊急小口資金」を、暴力団員であることを隠してだまし取ったとして、大阪府警平野署は、詐欺容疑で、六代目山口組傘下組織の組員を逮捕しています。2020年、暴力団員であることを隠して、堺市社会福祉協議会に緊急小口資金の申請書類を提出、同年6月に自身の口座に貸付金を振り込ませ、20万円をだまし取ったとしています。また、群馬県警組織犯罪対策課と桐生署は、詐欺と詐欺未遂の疑いで、松葉会系組幹部を逮捕しています。2021昨年1月、新型コロナウイルスで生活が困窮した人を支援する「緊急小口資金」に、貸付の対象者を装って申請し、県内の社会福祉法人に計20万円を振り込ませだまし取った疑いと、同法人に「総合支援資金」を申請して計60万円をだまし取ろうとした疑いがもたれています。同法人が入金前に警察に届け出たものです。さらに、暴力団員であることを隠し、新型コロナウイルスの影響で収入が減少した世帯向けの生活福祉資金をだまし取ったとして、大阪府警は、詐欺容疑で六代目山口組系組員の男2人を逮捕しています。2020年4月~2021年3月、暴力団員であることを隠し、大阪府内の社会福祉協議会にそれぞれ虚偽の申請をして、緊急小口資金や総合支援金をそれぞれ計200万円、計155万円詐取した疑いがもたれています。また、沖縄県警特別捜査本部は、新型コロナウイルスの持続化給付金不正受給問題で、これまでに2度、詐欺容疑で逮捕されている旭琉会二代目照屋一家構成員を同容疑で再逮捕しています。さらに、2020年、自らが暴力団組員であることを隠して、新型コロナウイルス対策の持続化給付金を申請し、国から100万円を不正に受け取った疑いで、住吉会系幹部が逮捕されています。給付金を電子申請する際、「暴力団員に該当しない」とする誓約事項欄にチェックして暴力団幹部であることを隠して給付を受けたとされ、事業を営んでいた実態も確認されなかったといいます。荻窪署が暴力団員の身辺調査の一環で男の収入状況を調べ、不審な入金があったことから発覚したものです。警視庁の調べに対し、「生活に困っていたので、小遣い稼ぎにやった」と容疑を認めているといい、警視庁は、資金が暴力団組織に流れている可能性もあるとみて調べています。また、新型コロナウイルス感染症対策の特例貸付金計80万円を、暴力団組員であることを隠して不正に受給したとして、兵庫県警伊丹署は、詐欺の疑いで、六代目山口組の組員を再逮捕しています。2020年9月15日~21年1月7日、暴力団員であることを隠して大阪府社会福祉協議会から特例貸付金の「緊急小口資金」と「総合支援資金」を計4回にわたって不正に申請し、計80万円をだまし取った疑いがもたれています。組員は2020年11月、20代の女性に対して共通の知人男性の居場所を聞き出すために携帯電話で「どつきまわしたろか」「刺すで」などと脅した疑いで逮捕、起訴されており、捜査の過程で今回の容疑が浮上したということです。直近では、新型コロナウイルス対策の持続化給付金をだまし取ったとして栃木県警組織犯罪対策1課などでつくる合同捜査班は、住吉会系組長の男ら4人を詐欺の疑いで逮捕しています。2021年6月、暴力団員であることを隠して持続化給付金を申請し、100万円をだまし取った疑いがもたれています。ほかの3人もそれぞれ持続化給付金をだまし取るか未遂に終わっており、警察では組織的な犯罪とみて捜査を進めているとのことです。
  • ニセ電話詐欺を組織的に行ったとして、詐欺や窃盗の罪などに問われた住居不定、無職の男の初公判が佐賀地裁でありました。男は共犯者らと共謀、2020年4月、家電量販店店員らになりすまして福岡市や熊本市の女性3人(当時76~80歳)方に電話をかけ、「銀行口座を利用してテレビなどが不正に購入された疑いがある」などとうそを言い、共犯者が3人の自宅で銀行通帳2通やキャッシュカード3枚をだまし取り、ATMから計77万円を払い出すなどしたということです、佐賀県警によると、男は詐欺組織の受け子管理役を担っていたとみられ、検察側は冒頭陳述で、男らがツイッターでATMから現金を引き出す「出し子」を募集し、これに応じた人の個人情報を集約、メッセージが自動消去される通信アプリ「テレグラム」で、受け子らに犯行や移動経路、宿泊先などを指示していたと指摘しています。
  • 息子をかたる男からの電話を受けて現金120万円をだまし取られた東京都内の80代女性が、事件前後に別の人物からも不審な電話を受けていたといいます。女性を信じ込ませるための「伏線」だった可能性があり、警視庁は、詐欺グループによる「新しい手口」とみて注意を呼びかけています。西新井署によると、2021年12月、女性宅に宅配業者を名乗る男から「息子さん宛ての郵便物を明日届ける」と電話があり、翌3日には息子をかたる男から電話があり、「会社の大事な書類をなくしたか、郵便物と一緒に配送してしまい、会社に損害を出した。金を貸してほしい」と頼まれ、その直後、再び前日の宅配業者から「荷物を配送できなくなった」と電話があり、女性は息子をかたった電話が本物と信じたといいます。女性は同日、現金120万円を金融機関でおろし、自宅を訪れた男に手渡したが、その後親族に相談して被害に気づき、110番通報したものです。
  • 金融機関の職員や百貨店員らを装ったうその電話でキャッシュカードなどをだまし取る特殊詐欺で、新型コロナウイルスの感染拡大を口実に、受け取り役と被害者が会わずにカードを持ち去る「非接触型」の手口が増えています。大阪府内では昨年秋頃から発生が続いており、2021年9月中旬から、カードを被害者の自宅のポストに入れさせたり、玄関扉に貼り付けさせたりする「非接触型」の手口が確認されるようになり、2021年には30件、今年は65件(6月1日時点)に上っており、これまでにカードの受け取り役など6人を逮捕しているといいます。全員が外国人で、片言の日本語しか話せない容疑者もいたといい、これまで、特殊詐欺の受け取り役は、警察官などを名乗って被害者宅を訪れ、直接カードを受け取るのが一般的だったところ、「非接触型」は被害者と直接対面したり会話したりしないため、受け取り役が外国人であっても慣れない日本語などから怪しまれないようにする狙いがあるとみているようです。さらに、滋賀県でも、「キャッシュカードをポストに入れておいて」と、特殊詐欺の「受け子」が被害者と直接言葉を交わさず、カードをだまし取る手口が5月初旬、2件発生しています。滋賀県警によると、県内ではこのような手口はこれまでになく、うち1件で逮捕された容疑者は日本語が不自由な外国人だったといいます。県警は逮捕されるリスクが高い「受け子」役の成り手不足が影響している可能性があるとみていまっす。女性は、百貨店従業員や銀行協会職員など名乗る別の男性から「カードが不正利用されている」などと電話を受け、カードを入れた封筒をポストに入れておくように言われて指示に従ったものの、ポストから封筒を回収した男性を見て不審に感じ、同署に通報、男性を見つけた署員が職務質問して逮捕、男性の日本語は片言だったといい、被害者に怪しまれないよう直接会話しなくて済む手口を取ったとみられています。
  • 茨城県警水戸署は、水戸市の80代の女性が身内を装い示談金などを要求する「オレオレ詐欺」の被害に遭い、現金1,000万円をだまし取られたと発表しています。オレオレ詐欺の被害額で今年に入って最も多いということです。女性は、自宅の電話に医者を名乗る男から「息子さんに喉頭がんの疑いがある」と連絡を受け、その後、息子を名乗る男から「喉の病気だから声が違う。病院で財布とスマートフォンをなくした」と電話があり、さらに長男の知人を名乗る男から「息子は仕事で1,600万円を送る必要がある。職を失うかもしれない」などと告げられ、信用した女性は自宅にあった現金1,000万円を用意し、自宅に受け取りに来た男に手渡したものです。同様の手口として、栃木県警那須塩原署は、那須塩原市の70代の女性が400万円をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。女性宅に医師を名乗る男などから、「息子さんが喉が痛くて病院に駆け込んできた。財布や携帯電話をなくしたようだ」などと電話があり、長男を名乗る男からも「上司に返すお金が必要だ」と電話があったため、女性は、長男の上司の息子をかたる男に自宅で現金を手渡し、翌日、長男に確認して被害に気づいたといいます。
  • サイバー保険名目で現金や電子マネーをだまし取ったとして、警視庁捜査2課は、コンサルタント業の被告=組織犯罪処罰法違反で起訴=ら2人を詐欺容疑で逮捕しています。容疑者らはインターネットサイトを通じて電子マネーを約1億5,000万円(約3,000件)に換金しており、捜査2課は詐取金だったとみて調べています。逮捕容疑は2021年12月、何者かと共謀し、「警視庁サイバー犯罪課」の警察官らを装って北区の60代の女性に電話をかけ、「あなたのIPアドレスがハッキングされて被害が出ている。ウイルスが発生したのはあなたが原因で、300万円のサイバー保険に入る必要がある」などとうそを言い、現金160万円と電子マネー85万円分をだまし取ったというものです。
  • 海外で働く女性らを装って、SNSで知り合った相手に恋愛感情を抱かせ現金をだまし取る詐欺事件で、大阪府警は国際刑事警察機構(ICPO)を通じ、住居・職業不詳の容疑者を詐欺容疑で国際手配しています。府警は容疑者がガーナを拠点とする「国際ロマンス詐欺」グループの指示役の一人で、日本から送られた被害金を受け取っていたとみています。2019年8月、海外居住の国連で働く日本人の女性医師をかたり、SNSで親密になった60代男性に「あなたに荷物を送る送料が必要」などと持ちかけ、計約115万円をだまし取るなどした疑いがもたれています。府警は、国内にいるグループ送金役の日本人やガーナ人ら計15人を摘発、2016~21年、外国人などを装い、SNSで知り合った当時30~70代の男女65人から計約3億9,000万円をグループの口座に振り込ませたとみられるといいます。米軍の医師を装って知り合った相手に「宝石を贈りたい」と持ち掛け、送料名目で現金をだまし取るなどの手口が目立ったといい、15人には、病死した住吉会傘下組長も含まれており、府警は暴力団の組織的な関与も視野に捜査を続けているとのことです。また、トルコの女性兵士をかたり静岡県内の70代の男性から計約1,200万円をだまし取ったなどとして、沼津署は、カメルーン国籍の自称会社員を詐欺と窃盗の疑いで逮捕しています。ネットを通じて被害男性に「退役したら、日本にいるあなたと暮らしたい」との趣旨のメッセージを送信していたといい、親近感を抱かせて大金を詐取したものと思われます。また、宮城県警大河原署は、仙台市青葉区の無職の50代の女性を詐欺容疑で逮捕しています。マッチングアプリで出会った同県柴田郡の50代の会社員男性にSNSを通じて「30万円貸して。ボーナスと給料が出たら倍にして返す」とうそを言い、現金30万円をだまし取った疑いがもたれています。女は既婚であることを隠し、偽名で外科医と称して、2月中旬に知り合った男性と結婚の約束もしていたといい、女と連絡が取れなくなった男性が同署に相談したものです。同様の手口として、出会い系サイトで知り合った女性に結婚を持ちかけて現金約3,600万円をだまし取ったとして京都府警伏見署は、詐欺容疑で住所不定の会社役員を再逮捕しています。容疑者は既婚であることを隠し、女性に「預金は20億円あり、年収は3億円。早く結婚したい」と迫って信用させた上で、「自分の彼女がそんな預金を持っていたら心配だ」と金を預けるよう要求していたものです。容疑者は、同様に結婚を持ちかけて別の女性から計1億1,500万円を詐取したとして、2月に詐欺容疑などで逮捕されています。
  • 競馬の配当金がもらえるとうそを言い手数料名目で現金を詐取したとして、警視庁は、30代の無職の男ら4人を詐欺容疑で逮捕しています。4人は2021年4月~2022年1月、競馬予想会社「ファミリー」の社員を名乗り、福岡県の70代男性に電話で「手数料を払えば競馬の配当金を受け取ることができる」などとうそを言い、約50回にわたり計約2,200万円を銀行口座に振り込ませ、だまし取った疑いがもたれています。なお、警視庁は室内から約4,000人分の名簿を押収したといいます。
  • 偽札が出回っているので確認させてほしいと警察官を装った人物が、うその電話をかけた上で高齢者の自宅を訪問し、多額の現金をだまし取る事件が相次いでいるといいます。兵庫県警は防止のカギは「電話」にあるとみて、家電量販店と協力して高齢者に、録音開始を相手に告げる機能のついた電話機設置を呼びかけているとのことです。県警は「警察が自宅を訪問して現金を預かることは絶対にない」と明言していますが、県内では4月、2,000万円以上を詐取される事件が2件連続で発生、警察からの電話と信じ込んで動揺することや、「タンス預金」で自宅に多額の現金を置く高齢者が多いことも被害の拡大に拍車をかけているとみています。関連して、「偽札かどうか確認する」などとかたってタンス預金の現金2,300万円をだまし取ったとして、兵庫県警は、姫路市伊伝居の20代のパート従業員を詐欺の疑いで逮捕しています。神戸市長田区の80代の男性宅に、署員を名乗る男から「偽札が出回っている。自宅にあるお金を確認するため、若い者を行かせます」と電話があり、直後に容疑者が男性宅を訪れ、自宅にあった現金約2,300万円をだまし取った疑いがもたれています。男性に対し、電話口の男は「お札の番号に『BHD』が含まれていれば偽札なんです」、容疑者は、2300万円を「いったん持ち帰って確認します」などと言ったということです。
  • 群馬県警館林署は、同県館林市の80代の女性が「犯罪行為の解決金」などの名目で、数回にわたり計2,535万円をだまし取られたと発表しています。2~4月に公益法人職員を名乗る人物から、男の声で「あなたの名前が勝手に登録されている」と電話があり、名義貸しは犯罪で解決には「警察庁に金を払う必要がある」などと金を要求されたため、女性は路上での手渡しや金融機関を通じた振り込みで応じたといい、女性宅を訪ねた金融機関職員に勧められ、被害を署に通報したものです。同様の手口として、熊本県警は、県内在住の70代女性が、3月下旬から4月中旬にかけて約4,000万円をだまし取られたと発表しています。3月下旬に警察関係者をかたる男から電話で「あなたの個人情報が漏えいしている。削除の手続きをしてください」と言われ指示に従ったところ、「関東官庁民事事件担当」を名乗る別の男から「あなたのやったことは犯罪だ。あなたを守るため保釈金を用意してください」と言われ、約4,000万円を計8回にわたり、自宅近くの店舗駐車場で手渡したり、指定口座に振り込んだりしたといいます。
  • JAの職員をかたってキャッシュカードを窃取したのは、実際のJA職員だったという事件が発生しています。神奈川県警港南署は、「口座を調べる」などとうそを言って、70代女性からキャッシュカードを窃取したとして、団体職員(JA横浜の職員)を窃盗の疑いで逮捕しています。横浜市港南区内の無職の女性宅で、JAの職員をかたって別人の名刺を示し、「警察から連絡があり、お客さんの口座を調べるように言われた」などとうそを言ってキャッシュカード1枚を窃取したといい、キャッシュカードを使って現金30万円が引き出されたというものです。自宅からはJAの顧客の情報とみられる資料が見つかっており、容疑者が顧客の情報を悪用した可能性もあるとみて捜査しています。
  • 息子をかたって電話をかける「オレオレ詐欺」の手口で高齢者から現金1,000万円をだまし取ったとして、警視庁は住所不定、無職の男を詐欺の疑いで逮捕しています。容疑を認め、「働いていなくて収入がなかった。17歳くらいから100件くらいやった」などと供述しているといいます。男は詐欺グループの一員として2021年6月、東京都荒川区の80代女性宅に息子を装って電話し、「確定申告をしていなかった。国税局に1,000万円支払う必要がある」などとうそをついて現金1,000万円をだまし取った疑いがもたれています。男は現金を受け取る「受け子」役で、「弁護士の関係者」と称して女性宅を訪れて現金入りの紙袋を受け取ったとされます。女性が直後に実際の息子に電話をかけ、被害が発覚、女性宅周辺の防犯カメラの映像などから男の関与が浮上したといいます。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。まずは一般人の事例を紹介します。

  • 2022年5月30日付読売新聞の記事「ふれあいタクシー〈1〉詐欺防いだ「おせっかい」」から抜粋して引用します。「目的地に着き、料金を精算しながら、女性がポツリと言った。「実は孫が仕事で失敗して、お金を渡しに来たんです」詐欺だ。ピンときた。聞けば、女性は家族には相談していないらしい。危ないから考え直したほうがいいと説得しても、女性は「そんなことはない」と頭から信じ込んでいる様子だ。これは放っておけない。思い切って110番通報したが、その間に女性の姿を見失ってしまった。橋場さんは近くの交番に駆け込み、警察官と一緒に捜し回って、女性を見つけることができた。大金を誰かに渡す寸前だったようだ。ああ、よかった―。女性を警察官に託し、タクシーに戻った。まもなく、警」察署から営業所に電話が入った。「女性を詐欺被害から守ってくれたことを表彰します」
  • 埼玉県熊谷市では4月、新車の納車手続きで顧客宅を訪ねたセールスマンが特殊詐欺の現場に居合わせ、警察官を名乗る男を「尋問」し、被害を防いだ事例があったといいます。ホンダカーズ埼玉北・熊谷広瀬店の社員男性は4月、90代男性と50代女性の親子の家を訪ねた際、2人が玄関先で若い男と話しながら慌てているのに気づき、ジャケット姿でリュックを背負った男は警察官をかたって「キャッシュカードが不正に使われた」と話し、カードを自分に渡すよう促していたところで、これは詐欺だとピンときた男性が「警察手帳をお持ちですか」と声をかけると、返答は「特捜員だから持っていない」、「この場に警察を呼びましょう」と詰めると、男は急いで逃げていったといい、男性が特徴を覚えていたため、110番で駆けつけた警察官が男を逮捕したものです。
  • 特殊詐欺の被害を水際で防いだとして、埼玉県警朝霞署は、朝霞市の専門学校生愛香さんと妹で中学1年の莉那さんに感謝状を贈っています。スマートフォンで話をしながらATMを操作するお年寄りを見かけ、女性が発した言葉から詐欺を疑い、電話を切ったということです。4月、2人は市内のコンビニで、スマホで通話をしながらATMを操作する80代の女性を目撃、女性は「医療費の還付」「219万円」などと口にしていましたが、愛香さんは当初、「家族と話しているのかな」と思ったものの、「操作が分かりません」との敬語に詐欺を確信、莉那さんが女性を見守り、愛香さんが店の従業員に110番通報を依頼、女性の電話を切り、「詐欺です。怪しいです」と説明、女性はすぐにだまされかけたことを理解したといいます。リスクセンスが発揮され、勇気をもった行動が被害防止につながったものと評価したいと思います。
  • 「還付金詐欺」を未然に防いだとして、東京都港区の主婦に、麻布署から感謝状が贈られています。同署管内では今年に入り同種手口による詐欺被害が頻発、背景にエリア独特の事情があるとみられ、署長は「日常生活でも周囲の様子を気にかけ、勇気を持ち声をかけてくれた」とたたえています。この女性は4月、渋谷区の商店街にある無人ATMで、携帯電話で話しながら慌てた様子で操作する80代男性を見かけたため、「大丈夫ですか」と声をかけると、「今日じゃなきゃダメなんだ」と回答、話を聞くと直前に区役所をかたる人物から「医療費の還付金がある」と言われたといい、詐欺を疑い、警察に通報、駆けつけた警察官が男性を諭すと、本人も理解したのかATMでの支払いをやめたということです。当初、男性は「邪魔しないでくれ」と聞き入れず、外に出たといいますが、別のATMに向かうのではないかと考えて、男性を追いながら警察に通報し、被害を防いだもので、「声をかけてみることが重要だと思った」と話しているといいます。やはり、商店街で見かけだけで声をかけるという行為、抵抗されても諦めない意思と行動力はなかなかできることではないと思います。
  • 高齢者が振り込め詐欺の被害に遭うのを防いだとして、千葉県警市川署は、いずれも市川市に住む会社員の須藤さん、浪岡さん、小林さんの3人に感謝状を贈っています。須藤さんと妹の浪岡さんは4月、市川市内の銀行のATMに立ち寄った際、「今着いたが、どこに入れれば良いか」などと携帯電話で話す80代女性を目にし、詐欺ではないかと直感、声をかけるべきかどうか迷ったが、近くにいた小林さんも同じように声をかけようとしていたため、思い切って3人で一緒に話しかけ、事情を聴いたところ、市川市の職員を名乗る人物から還付金を受け取るために現金を振り込むよう指示されていることが分かり、女性の通話先は市川市の市外局番である「047」ではなく、「03」で始まる東京の番号だったといいます。これも声をかける勇気とちょっとした違和感に気づくリスクセンスの高さが発揮された好事例だといえます。
  • 「スーツにサンダル」という服装への違和感から特殊詐欺の「受け子」であると見抜き、被害防止に貢献したとして、大阪府警東淀川署は、大阪市東淀川区の70代の男性に感謝状を贈っています。同署は「受け子はスーツを着慣れていない場合が多い。被害に遭わないために服装にも注意を」と呼びかけています。男性は4月、自宅近くで、見知らぬ男が「封筒にキャッシュカードを入れてください」などと高齢女性に話しかけているのを目撃、男は団体職員を装い黒っぽいスーツを着ていたものの、革靴ではなくサンダル履きだったといいます。
  • 振り込め詐欺の被害を寸前に防いだとして、兵庫県警宍粟署は、宍粟市内の自営業の女性に感謝状を贈っています。5月、市内の金融機関で、70代の女性が携帯電話で話しながらATMを操作しているのを見つけたため、不審に思い「何か困っているの?」と声をかけて電話を代わってもらうと、電話口の男から「インターネットの利用料金を請求している」と説明されたため、特殊詐欺だと判断。電話を切って110番したものです。声かけもさることながら、電話を代わることも大変勇気にいることだと思います。
  • 詐欺被害を未然に防いだとして千葉県警印西署は、千葉県のシニア向けマンション「中銀ライフケア白井」職員の宝田さんと保科さんに感謝状を贈っています。保科さんは3月、入居者の80代女性が「印西署から『口座を悪用した犯人を逮捕した。すぐに銀行で記帳するように』と電話で言われた」と話すのを聞いて詐欺と確信、出かけようとする女性を引き留めて同署に通報し、被害を食い止めたといいます。宝田さんは入居する180人前後の中にも同様の電話を受けた人がいると知り、ただちに館内放送で注意喚起したといいます。日ごろから入居者との交流を大切にしているという2人は「日々の成果が実を結び非常にうれしい。住民の安心安全を守るため、より一層注意していきたい」と話したとのことです。声掛けによる被害防止にとどまらず、注意喚起まで行うなど業務上のやるべきことをしっかりと実践した好事例だと思います。
  • 電話を使った特殊詐欺を未然に防止したとして、千葉県警松戸署はこのほど、ビルメンテナンス事業などを展開するビケンテクノの従業員計6人に署長感謝状を贈っています。3月、松戸市内の商業施設「キテミテマツド」で、警備業務をしていた大辻さんは、「高齢男性がATMの前で困った様子で通話している」と女性から連絡を受けたたため、。以前、県警の警察官だった大辻さんは、通話内容を聞き詐欺を確信、坂詰さんと平林さんがATMの出入口付近で見張りを務め、警察へ通報したものです。
  • 大阪市の派遣社員、宮崎さん(31)は銀行で高齢男性がATMを操作しながら携帯電話で「給付」「年金」などと話す言葉に違和感を覚え、娘のふりをして電話に出て被害を防止したといいます。宮崎さんは5月、銀行で男性の言動が気になり、携帯電話の画面をのぞき込んだところ、そこに映る電話番号をインターネットで検索すると、詐欺に使われる番号として注意喚起されていたといいます。男性は「あと5分で支払わないと年金をもらえない」と慌てた様子でしたが、説得を続け、かかってきた電話に娘のふりをして出ると電話が切れたということです。違和感を覚え声掛けをした勇気もさることながら、表示された電話番号を検索して詐欺と確信するといった機転の利いた行動は大変素晴らしいと思います。
  • 施術に訪れた高齢女性宅で女性が電話をしているのを不審に思い、声をかけて詐欺被害を防いだとして、奈良県警郡山署は、鍼灸師の井上さん(33)に感謝状を贈っています。いつもならインターホンを押す前に玄関先で出迎えてくれるが、この日は玄関そばで受話器を手に焦った様子で手招きした女性の様子を不審に思い、奥の部屋で施術の準備をしている間も女性の会話を注意深く聞いていたところ、女性が「銀行協会さん」と相手に呼びかけたのを聞いて詐欺を疑ったといいます。詐欺グループが使う架空の組織だとテレビや報道で聞いたことがあり、女性が電話の内容を書き留めたメモにあった「銀行協会」の電話番号は「070」で始まる携帯電話のようだったため、「協会の連絡先が携帯電話っておかしくないか」と疑念をさらに深めたといいます。

次に金融機関の事例を紹介します。

  • 詐欺を未然に防いだとして、広島県警福山東署は、広島銀行福山春日支店の女性行員に感謝状を贈っています。同支店の行員は詐欺被害防止で、3年連続で感謝状を受け取っているとのことです。4月、福山市の70代男性が同支店を訪れ、インターネットバンキングの振り込み限度額を1,000万円に上げたいと相談、男性は、SNSで知り合ったイエメンの兵士を名乗る女性から「お金を稼ぐ方法がある。知人が日本でビジネスを始め、サポートできる人を探している」と連絡があったと説明したため、行員は不審に思い、支店から通報したものです。
  • SNSなどを通じて恋愛感情や親近感を抱かせてお金をだまし取る「国際ロマンス詐欺」被害を防いだとして、大分中央署は、大分津留郵便局の土屋さんと後藤さんに感謝状を贈っています。4月、大分市の60代女性が同局窓口に「イラクの親戚に送金したいので150万円出金したい」と相談に訪れたましたが、後藤さんは女性がスマートフォンの画面を見ながら話しているのを不審に思い、土屋さんに連絡し、その後、土屋さんがスマホを見せてもらい、女性が面識のない男性に150万円もの大金を振り込むのはおかしいと感じ、警察に連絡するよう伝えましたが、女性は「知り合いだ」と言い拒んだが、土屋さんが「警察が来ても送金できるから」、「150万円がなくなっても良いのですか」と説得して同署に通報したものです。本人が納得しない中、説得する行為は大変勇気ある行動だと思います。報道によれば、土屋さんは「普段からお客様の動向をよく見て、詐欺があったら食い止めようと話していたのでうれしく思います」と話し、後藤さんは「お客様の財産をお守りできて、光栄です」と喜んでいたとのことです。
  • SNSで知り合った相手にだまされ、送金しそうになった男性を窓口で説得して被害を防いだとして、福岡県警博多署は、会社員(矢野さん)に感謝状を贈っています。JR博多駅内の外貨専門店「トラベレックスTiS博多店」で窓口業務を担当、4月、50代男性がスペイン人をかたる相手に1,800ユーロ(約27万円相当)を送金しようと訪れ、男性は「友達に送ります」と説明、矢野さんが「(送金相手に)会ったことはありますか」と確認すると、SNSで知り合っただけで面識がないことがわかり、送金にこだわる男性は相手とのメールを矢野さんに示したが、文面は日本語と英語が入り交じり、文法はでたらめだったため、矢野さんは「これは詐欺事件です。お客様は被害者です」ときっぱり伝えたところ、男性は「そうだったんですか」と納得し、送金をあきらめたというものです。矢野さんによると、今回の事件は「氷山の一角」で、2日後の23日にもSNSで知り合った相手に送金しに訪れた客がいたといい、同店は家族か面識のある人でなければ個人間の送金を断るが、そう伝えると他の店に足を運ぶ客も少なくないといいます。日ごろから顧客を理解しようと努める姿勢(これこそがAML/CFTにおけるKYCの本質です)が防犯につながったことは大変高く評価できると思います。
  • 茨城県警下妻署と連携して詐欺被害を防いだとして、同署は、中央労働金庫下妻出張所の男性所長と職員の女性2人に感謝状を贈っています。女性職員は5月、70代の男性客の振込用紙の記入を手伝った際、不審な点に気づいたといいます。20万円の振込先は男性のスマホに「LINE」を介して送られていたが、その中に「銀行に着いたら連絡を」といったメッセージがあったもので、男性に振り込み理由を尋ねると、「仮想通貨に投資する」と返答したため、所長に報告、所長は、ほかにも「日銀が一日の取引量を制限している」という事実と異なる内容のメッセージを確認し、詐欺と判断、同署に通報すると同時に、もう一人の女性職員を含む3人で男性を説得したところ、半信半疑だった男性は、到着した署員に説明され納得したといいます。男性はインターネットで投資関連について検索していた際、メッセージの送信者と知り合ったということです。
  • 特殊詐欺を4日間で2度防いだとして、高知銀行長浜支店が警察から感謝状を贈られています。支店を訪れたお年寄りの不安げな言動を、女性行員が見逃さなかったといいます。
  • ニセ電話詐欺の被害を防いだとして、茨城県警古河署は、銀行支店と副支店長、支店営業課の女性に感謝状を贈っています。支店営業課の女性は4月、支店フロアで携帯電話とメモ用紙を手に不安そうな表情を浮かべた60代の女性客に気付き声をかけたところ、女性が「市役所と銀行から電話があり、介護保険の払戻金があるのでATMに行ってくれと言われた」と話したため、支店営業課の女性は副支店長に報告、副支店長は「市役所や銀行が電話をすることはない」と女性に説明し、詐欺を防いだものです。
  • 高齢者の特殊詐欺被害を防いだとして、大阪府警羽曳野署は、関西みらい銀行道明寺支店の支店長と支店長代理に感謝状を贈っています。3月、閉店後のATMコーナーで、70代の女性が携帯電話で通話しながら懸命に操作している様子を目撃、説得しながら操作を中断させ、近くの交番に連れて行ったものです。女性によると、自宅に市職員を装う電話があり「ご主人の医療費の還付金がある」としてATMコーナーに誘導されたといいます。支店長代理は「詐欺だと確信した。別のお客さんが被害に遭って悔しい思いをしたばかりだったので、なんとしても止めたかった」とし、支店長は「朝礼などで呼びかけ、支店全体で警戒している。被害を防げてよかった」と話しているといいます。
  • 電話を使った特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、千葉県警行徳署はこのほど、りそな銀行行徳支店の東さんに署長感謝状を贈っています。4月、店舗に訪れた千葉県市川市の80代男性が、「100万円の定期預金をすぐ現金で出してほしい」などと発言、よく訪れる男性の顔を知っていた東さんが、慌てている理由を聞いたところ、息子を名乗る人物からの指示だと判明したということです。大丸署長は、「お客さんを把握されていて素晴らしい。皆さんのご協力をいただき防止に努める」と話していますが、お客さまのことをしっかり把握することが「KYC」の本質であり、特殊詐欺防止においても有効であることを認識されられます。
  • ニセ電話による還付金詐欺被害を未然に防いだとして、延岡署は、土々呂郵便局の局長と30代の女性局員の2人に感謝状を贈っています。男性は、郵便局で男と携帯電話のスピーカーで通話しながらATMを操作。その様子を不審に思った女性局員から報告を受けた局長が、電話を代わるなどして、連係して出金を食い止めたといいます。
  • 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、福岡県警小倉北署は、郵便局の女性局長に感謝状を贈っています。4月、窓口を訪れた70代の女性が、ATMで高額な現金を振り込む方法を尋ねているのを不審に思い、声をかけ送金の理由を聞くと、「誰にも言ってはいけないと言われている」と説明したため、詐欺だと見破り、別の局員が110番したものです。
  • 無人のATMが悪用されるケースが目立つところ、一般の利用客からは見えないATM裏側のバックヤードで警戒し、被害を防いだ警備員が詐欺を防止したといいます。モニターで様子を見ると、70代の女性が携帯電話で通話しながらATMを慣れない様子で操作していたため、「詐欺かもしれない」とバックヤードを飛び出し、女性のもとへ急いだといいます。約1年前の苦い経験があり、電話をしながらATMを操作する高齢者を止めようとしたが、「振り込みじゃないって言っているでしょ!」と怒鳴られ、最終的には説得できたが、既にいくらか振り込んでしまった後で、「ちゅうちょしていてはまた被害が出る」として、詐欺ではないかと女性に声をかけたが、相手にしてくれず、何時までに、と時間を指定されているようで女性は焦っている様子で、電話の向こうからは「還付金が返ってくる」などの声が漏れ聞こえてきたといいます。還付金詐欺と確信し、常備していた「ATMで医療費等のお金は戻ってきません」と書かれた会社のチラシを見せながら声をかけ続けると、次第に女性も納得してくれ、電話を切って被害を免れたといいます。強く抵抗されてもお客さまの財産を守るという強い意思を持って、適切なツールを有効に活用することで被害を防止した好事例だと思います
  • 40代女性が南都行南支店の窓口を訪れ、60万円ほどの融資を希望、融資担当が応対したところ、お金が必要な理由をなかなか明かしてくれず、家族にも内緒だということから「詐欺かもしれない」として女性に考え直すよう促したものの、翌日、女性はまた支店を訪れ融資を求めたため、女性に繰り返し尋ねたが、らちが明かないため上司に相談、2人で対応したところで、ようやく女性は「SNSで2月ごろに知り合ったシリア人を名乗る男性から、『荷物を送るための手数料を振り込んでほしい』と言われました」と理由を答えたことから、詐欺を未然に食い止めることができたといいます。
  • 電話を使った特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、千葉県警千葉南署は、京葉銀行土気支店と窓口係に署長感謝状を贈っています。4月、店舗の窓口を訪れた千葉市緑区の80代女性が、100万円を引き出そうとしたため、金額が高額であったことから理由を確認したところ、孫と名乗る人物から電話で指示されていたことが発覚、県警は「電話de詐欺(電話を使った特殊詐欺)防犯指導員制度」を平成24年5月から導入し、金融機関と連携して未然防止の対策を進めており、山口さんも指導を受けていたため今回の未然防止につながったといいます。電話を使った特殊詐欺の被害は増え続けており、千葉南署での今年の被害総数は、3月末時点ですでに昨年1年間の2倍に相当する8件で、被害総額は約1,511万円に上るといい、孫を騙って高齢者を狙うケースが多く、同署は注意を呼びかけています。
  • 愛知県警緑署は、高齢者の詐欺被害を防いだ三菱UFJ銀行鳴海支店と同支店勤務の行員女性に感謝状を贈っています。3月、70代男性が来店し、「抽選に当たったという封書が届いた。手数料を支払うと換金できる」と小切手のような紙を差し出したため、対応した女性が確認すると、男性の持っていた紙は換金可能な小切手ではなく、不審に思った女性が110番して被害を防いだものです。署長は「金融機関は詐欺被害を防止する最後のとりで。一声かけた勇気に感謝したい」と話し、女性は「銀行には犯罪防止という社会的な役割があることを意識して、業務に取り組みたい」と述べています。まさにその意識の高さが被害防止につながったと言えると思います。
  • 電話を使った特殊詐欺を未然に防止したとして、千葉県警松戸署はこのほど、千葉銀行松飛台支店に署長感謝状を贈っています。2月、同支店で70代夫婦から「未払いのお金があるから、30万円を3回に分けてNTTに振り込んでほしい」とロビーアシスタントに相談があり、違和感を覚え、窓口担当者に報告、内部統括者が対応、阿部さんは犯人の電話相手を務め、振込先の口座名義がNTTではないことなどから詐欺を確信したといいます。
  • ニセ電話詐欺の被害を防いだとして、茨城県警水戸署は、水戸大場郵便局と同局員の男性に感謝状を贈っています。4月、60代の女性客が携帯電話で通話しながらATMを操作しているのを不審に思い、用件を尋ねたところ、「市役所職員の男から、還付金の受け取りがあるからATMに行くように言われた」と説明したため電話を代わると、電話口の男は「土地取引に関する電話をしていた」と、焦った口調で異なる説明をしたことから詐欺と確信、局長に報告し、同署に通報したものです。同郵便局は、振り込みが多額な場合や高齢者である時は、声がけや振込先に電話をかける取り組みをしているといい、男性は「嫌がるお客さまもいるが、それでも声をかけて被害を防げて良かった」と話しており、落合署長は「詐欺の手口が多様化する中、金融機関が未然防止してくれることは非常にありがたい」と話しています。

最後にコンビニの事例を紹介します。

  • 特殊詐欺の被害を2年で3回防いだコンビニが滋賀県高島市にあります。
  • ニセ電話詐欺の被害を防いだとして、茨城県警牛久署は、県内のファミリーマート店舗と店員に感謝状を贈っています。同店が詐欺被害を防止したのは今回で5回目だといいます。そのうち3回はこの店員が関わったということです。店員は3月、来店した70代の女性に、5万円分の電子マネーカードの購入方法について尋ねられ、女性がメモと思われる紙切れを見ながら話していたことを不審に思い、使用目的を尋ねたところ、「壊れたパソコンの修理費用」と答えたため、詐欺と確信、同署に通報したものです。同店では、高齢者が電子マネーを購入しようとした際、用途について聞くよう指導しているほか、本部からの手口の周知に加え、店独自に不審な行動への声かけを徹底しているといいます。来栖署長は「コンビニは被害阻止の最後のとりで。同店は地域の人の財産を守っている」とたたえ、夏川店長は「今後も詐欺被害を防いでいきたい」と決意を新たにしていた。
  • 特殊詐欺被害を防いだとして、滋賀県警高島署は、セブンイレブン近江今津駅前店アルバイト店員に感謝状を贈っています。5月、店で高額の電子マネーを購入しようとした高島市内の70代の男性に事情を尋ねたところ、男性が「サイトで知り合った人に5万円払えば2億円を受け取れると言われた」と話したため、詐欺に遭っている恐れがあると考え、同署に通報、被害を防いだものです。店員は「コンビニの利用者は高齢の方も多いので、声かけをして力になれれば」と話しているということです。なお、同店が特殊詐欺を未然に防いだとして表彰を受けるのは3回目で、店長が他に経営する店も合わせると、5回目になるといいます。店長は他のコンビニ店で起きた特殊詐欺被害の事例を店員と共有するなど対策に力を入れており、「お客様には1円も被害に遭ってほしくない」と話しています。
  • 高齢者の特殊詐欺被害を防いだとして、静岡県下田署は、下田市のセブン―イレブン下田白浜店の従業員の女性2人に感謝状を贈っています。4月、70代の男性が来店し、2人とは別の店員にマルチコピー機のありかを尋ねましたが、男性が携帯電話で通話をしながら不安そうな表情を浮かべていたため、2人が事情を聞くと、男性は「インターネットの未納料金の支払用紙をマルチコピー機から出すよう言われている」などと話したため、2人は詐欺被害に遭いそうだと確信し、男性に警察に相談するよう助言、男性が警察に電話し、だまされていることに気付いたということです。
  • ニセ電話詐欺の被害を防いだとして、茨城県警那珂署は、コンビニとオーナー、妻で店長に感謝状を贈っています。店長は3月、来店した60代の男性に「グーグルカードはどれだ」と聞かれたため、使用目的を尋ねたところ、男性は「パソコンが真っ暗になり、問い合わせたサポートセンターに『4万円支払ってくれ』と言われた」と説明したため詐欺と確信、男性を説得し、同署に通報したものです。同店は、電子マネーの購入額が高額な際は、客に声かけをするようにしているという。店長は「お客さんとコミュニケーションをとることで、詐欺被害防止につながった」と話しています。
  • コンビニエンスストアで特殊詐欺の被害を防いだとして、愛知県警豊橋署は、セブン―イレブン豊橋伊古部町店のアルバイトの関さんに感謝状を贈っています。客の異変に素早く気づいた機転が奏功したといいます。4月、客の60代女性が携帯電話で誰かと通話しながら店内の端末を操作していたところ、復唱する内容から、電子マネー「ビットキャッシュ」を買うよう指示されているようで、「高齢者が電子マネーを購入するのはまれ。操作も不慣れに見えた」と異変を感じた関さんが女性に近づき、「たぶん詐欺ですよ」と肩をたたいたといいます。女性は焦った様子だったといい、身に覚えがない携帯アプリ利用料金の支払いに関するものだったため、最寄りの携帯電話会社の代理店に確認するよう促し、警察にも通報、架空料金請求の詐欺の芽を摘むことができたものです。関さんは「レジだけでなく、店内全体を見渡して気を配っていきたい」と話しています。

その他、特殊詐欺に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 特殊詐欺グループで現金の受け取り役になる「受け子」などの「闇バイト」が、SNSを介して集められていることは本コラムでも指摘しているとおりです。京都府警は、こうした募集をうかがわせる書き込みに、ツイッターで警告文を送る取り組みを始めています。安易に犯罪に加担してしまうことを予防する狙いがあります。府警の捜査員が、ツイッター上に「闇バイト」、「口座売ります」の文言や受け子や現金引き出し役の「出し子」の隠語である「UD」の投稿を監視、発見した場合「詐欺罪は10年以下の懲役」、「口座売買は犯罪!!」などの警告文を送るほか、「あなたの個人情報は犯罪組織にずっと残ります、あなたは今後口座を作れなくなります」、「それでもいいですか?」と危機感をあおるメッセージも発信して、注意を喚起するものです。同様の取り組みは、15都道府県警ですでに開始しており、京都府警では5月16日から始まり、19日までに「闇バイト」などを募る複数のツイッターアカウントに計11回にわたり警告文を送ったということです。本コラムでも紹介しているとおり、特殊詐欺グループでは受け子らの勧誘手段としてSNSの利用が増加、学生らが安易な気持ちで応募するケースが目立っています。その際に身分証や顔写真を送信し、個人情報を握られて組織から抜けられないといった実態も明らかになっています。なお、京都府内では「還付金がある」と持ちかけ、ATMの操作方法を電話で指示しながら現金を振り込ませる還付金詐欺の被害が相次いでおり、1~4月には50件の特殊詐欺事件が発生、昨年同期より16件減ったものの、還付金詐欺は14件(被害総額約990万円)と12件増加しているといいます。
  • 4月の改正民法施行で成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたことを受け、福井県警は、福井市の仁愛女子高校で非行防止教室を開いています。2022年度中に18歳になる3年生約420人を対象に、福井署員と県警少年女性安全課員が、成人はクレジットカードやローンの契約を親の同意なしに結べることなどを説明、知識の乏しい若年層を狙う悪徳商法を紹介したほか、特殊詐欺グループなどがSNSでアルバイトとして携帯電話や銀行口座の転売を持ちかける事例が多いことを踏まえ、「犯罪に加担することになる。絶対にやめましょう」と生徒に呼びかけています。
  • 大阪府内で金融機関のATMを使った還付金詐欺が今年に入って急増しているとして、大阪府警は、府警本部でATMの警戒強化に向けた出発式を行っています。式には、機動隊員や府民安全対策課員ら計51人が参加、友井副本部長が「府警職員が一丸となり、目に見える形で被害を減少させてほしい」と訓示しています。その後、隊員らは白バイやパトカーなどに分乗して出発し、府内全域のATM警戒にあたりました。同課によると、府内で今年1~4月末に確認された特殊詐欺は567件(前年同期比195件増)で、このうち還付金詐欺は前年同期より106件多い251件となり、被害額も約1憶2,000万円増の約2億7,370万円に上っています。警戒は無期限で実施するといい、無人ATMを中心に見回りを強化して高齢者への声掛けを行うほか、現金を引き出す実行役の「出し子」にも目を光らせるということです。
  • 3Gサービスの終了などで新たにスマートフォンを使い始める人が増え、利用者を狙う詐欺被害が懸念されることから、警視庁は、手口などを紹介する啓発イベントを東京都江東区のショッピングモール「アリオ北砂」で開いています。また、タレントの武井壮さんが対策を伝授する動画を公開しました。イベントでは、サイバーセキュリティ対策本部の担当者が、偽ウイルス警告をスマホに表示させ、有料のサポート契約名目に現金をだまし取るといった具体的な手口を紹介、「大切なのは手口を知り、(不審な警告やメールを)疑い、無視することだ」と訴えています。
(3)薬物を巡る動向

厚生労働省は、専門家委員会において、医療用大麻の解禁や「使用罪」の新設に向けた議論を始めています。米国などでは難治性のてんかん治療に大麻成分を使った薬が認められており、本コラムでも取り上げたとおり、厚労省は2021年6月、国内でも同様の利用を認めるべきだとする報告書を作成しています。今夏をめどに大麻取締法改正案の骨子をまとめる予定だといいます。現行の大麻取締法は、大麻の栽培や所持、大麻を原料とする医薬品の製造を禁じています。規制は部位で区別しており、花穂や葉、未成熟の茎、根などが対象になっていますが、大麻の主な成分をみると、規制対象の部位にも医薬品として活用できうる成分が含まれています。大麻の成分のうち、テトラヒドロカンナビノール(THC)は幻覚など精神への作用があって有害である一方、カンナビジオール(CBD)は害が少ないとされ、大麻由来のCBDを使ったてんかん薬は、日本を除いてG7全ての国で使用が認められています。このため厚労省は、規制の対象を部位ではなく成分ごとに改め、基準を明確にした上で医療用大麻を使えるよう、大麻取締法を改正する考えです。ただ、THCを含む大麻の使用のハードルを下げてしまうおそれもあります。インターネット上で売買されるCBDだけを含むとうたった輸入製品の中には、THCが混ぜられているものもあり、規制には実務上の難しさがあります。また、専門家委員会では「使用罪」の新設も議論することとしていますが、使用罪の新設は厳罰化の動きである一方で、国内の大麻の使用者は若い世代が多いというデータもあり、再犯防止のためには厳罰化よりも依存治療を充実させるべきだという意見もあるところです。本コラムでは議論の推移を注視していきたいと思います。

▼厚生労働省 第1回厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会大麻規制検討小委員会 資料
▼資料3 大麻取締法の改正に向けた論点について
  • 「大麻等の薬物対策のあり方検討会」取りまとめ(令和3年6月25日)等を踏まえ、大麻取締法、麻薬及び向精神薬取締法改正に向けて、更に検討すべき論点は以下の通り。
    1. 医療ニーズへの対応
      • 大麻から製造された医薬品について、G7諸国における医薬品の承認状況、麻薬単一条約との整合性を図りつつ、その製造、施用等を可能とすることで、医療ニーズに適切に対応していく必要があるのではないか。
    2. 薬物乱用への対応
      • 医療ニーズに応える一方、大麻使用罪を創設するなど、不適切な大麻利用・乱用に対し、他の麻薬等と同様に対応していく必要があるのではないか。
      • 一方、薬物中毒者、措置入院を見直し、無用なスティグマ等の解消とともに、再乱用防止や薬物依存者の社会復帰等への支援を推進していく必要があるのではないか。
      • また、規制すべきは有害な精神作用を示すTHCであることから、従来の部位規制に代わり、成分に着目した規制を導入する必要があるのではないか。
    3. 大麻の適切な利用の推進
      • 成分規制の導入等により、神事を始め、伝統的な利用に加え、規制対象ではない成分であるCBDを利用した製品等、新たな産業利用を進め、健全な市場形成を図っていく基盤を構築していく必要があるのではないか。
      • その際、こうした製品群について、THC含有量に係る濃度基準の設定を検討していく必要があるのではないか。
    4. 適切な栽培及び管理の徹底
      • 現在の栽培を巡る厳しい環境、国内で栽培される大麻草のTHC含有量の実態等を踏まえ、上記1~3を念頭に、適切な栽培・流通管理方法を見直していく必要があるのではないか。
      • 特に、現行法においては、低THC含有量の品種と高THC含有量の品種に関する規制が同一となっている点を見直す必要はないか。
  • 医療ニーズへの対応
    • 大麻から製造された医薬品について、難治性のてんかん治療薬は米国を始めとするG7諸国において承認されているほか、麻薬単一条約上においても医療上の有用性が認められており、日本においても国内治験の実施に向けた申請がなされている状況。
    • 現行の大麻取締法においては、大麻から製造された医薬品の施用等を禁止しているため、薬機法に基づく承認がなされたとしても、医療現場において活用することは困難。(治験については、大麻研究者である医師の下、適切な実施計画に基づき実施することは可能)
    • 国際整合性を図り、医療ニーズに対応する観点から、「大麻から製造された医薬品の施用等を禁止している大麻取締法の関係条項を改正するとともに」「麻薬及び向精神薬取締法に基づく免許制度等の流通管理の仕組みを導入し」、その製造及び施用を可能とする方向で検討してはどうか。
  • 薬物乱用への対応について
    1. 大麻事犯の増加
      • 薬物事犯検挙人員を見ても、大麻事犯の検挙人員は7年連続で増加、令和2年は過去最多の5,260人となっており、平成26年との比較で見ても、薬物事犯全体の検挙人員の1.1倍に対し、大麻は2.9倍と大幅に増加している状況。
      • また、年齢別で見ても、30歳未満が3分の2近くを占めており、平成26年との比較で見ても5.3倍、20歳未満では11.2倍と大幅に増加、若年層における大麻乱用が拡大している。
      • G7もおける違法薬物の生涯経験率で見ると、日本における違法薬物の生涯経験率は諸外国と比較して低い一方、国内における経験率の推移を見ると、大麻に関しては覚醒剤、コカイン、危険ドラッグと比べて最も高い。
      • 大麻の使用罪に対する認識を見ると、使用が禁止されていないことを知っていた割合が7~8割台と、多くは大麻の使用罪がないことを認識した上で使用している。また、そのうち2割程度は使用罪がないことが使用へのハードルを下げており、使用の契機にも繋がっている。
    2. 大麻に含まれる有害成分
      • 大麻に含まれるTHCが有害作用をもたらすことが示されており、自動車運転への影響、運動失調と判断力の障害(急性)、精神・身体依存の形成、精神・記憶・認知機能障害(慢性)等、同成分の乱用による重篤な健康被害の発生が懸念。
      • 一方、大麻取締法においては、部位規制を課しているが、実態としては、規制部位か否かを判断する際、THCの検出の有無に着目して取締りを行っている。また、麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)においては、化学合成されたTHCについて麻薬として規制を課している。
    3. 再乱用防止と社会復帰支援、麻薬中毒制度
      • 「第5次薬物乱用防止五か年戦略」(平成30年8月3日薬物乱用対策推進会議決定)、「再犯防止推進計画」(平成29年12月15日閣議決定)に基づき、薬物乱用は犯罪であるとともに薬物依存症という病気である場合があることを十分に認識し、関係省庁による連携の下、社会復帰や治療のための環境整備など、社会資源を十分に活用した上での再乱用防止施策を推進。
      • 一方、覚醒剤事犯における再犯者率は14年連続で増加、検挙人員の7割近くに至っているほか、保護観察が付される事例が多くない、保護観察対象者であっても保健医療機関等による治療・支援を受けた者の割合は十分とはいえない水準、保護観察期間終了後や満期釈放後の治療・支援の継続に対する動機付けが不十分、民間支援団体を含めた関係機関の連携は必ずしも十分でない、といった課題も見られる。
      • 依存症者に対する医療に関して、麻向法に基づく麻薬中毒者制度については、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律における精神障害者の定義に薬物依存症も対象とされ、同法に基づく措置が可能となっており、平成20(2008)年以降、麻薬中毒者の措置入院は発生しておらず、実務上も機能していない状況。
    4. 大麻の施用について
      • 課題にあるとおり、若年層を中心に大麻事犯が増加している状況、使用罪が存在しないことが大麻使用へのハードルを下げていること等を踏まえ、薬物の生涯経験率が低い我が国の特徴を維持・改善していく必要があるのではないか。
      • 大麻の乱用による短期的な有害作用、若年期からの乱用によって、より強い精神依存を形成するなど、精神・身体依存形成を引き起こす危険性があることから、乱用防止に向けた効果的な施策が必要ではないか。
      • そのため、麻向法に基づく麻薬に係る取扱いと整合性を図る観点から、上記1に基づく医薬品の施用を除き、大麻の施用を禁止(いわゆる「使用罪」を創設)する方向で検討してはどうか。その際、罰則のあり方等について、更なる検討を行うとともに、大麻使用の立証に関して科学的見地からの検討が必要ではないか。(次回以降、議論予定)
    5. 成分の着目した規制の導入について
      • 規制すべきはTHCを始めとする有害な作用をもたらす成分であることから、従来の大麻草の部位による規制に代わり、成分に着目した規制を導入する必要があるのではないか。
      • その際、麻向法の枠組みを活用することを念頭に、他の麻薬成分と同様、医療上必要な医薬品としての規制を明確化するとともに、麻薬として施用等を禁止する対象となる成分を法令上明確化する方向で検討してはどうか。
      • また、上記以外の成分であって、有害性が指摘されている成分(THCP,HHC等)については、その科学的な知見の集積に基づき、麻向法、薬機法の物質規制のプロセスで指定薬物、麻薬として指定し、規制していくべきではないか。
    6. 再乱用防止と社会復帰支援について
      • 一方で、大麻に限らず薬物依存者に対する治療や社会復帰の機会を確保するべきであり、薬物使用犯罪を経験した者が偏見や差別を受けない診療体制や社会復帰の道筋を作るために関係省庁が一体となって支援すべきではないか。
      • 加えて、麻薬中毒者制度は、実務上も含め機能していないことから、麻向法を改正し、同制度を廃止する方向で検討してはどうか。

東京税関が押収した不正薬物に、液状大麻(大麻リキッド)が増えており、大麻草や乾燥大麻に比べ臭いが弱いため、報道によれば、同税関は「密輸グループが発見されにくいと考えている可能性がある」とみているといいます羽田空港や成田空港で昨年、水際検査で発見した不正薬物は約472キロ、覚せい剤が最多の約368キロで、大麻の約69キロ、MDMAの約13キロ(ほか錠剤型が2万1千錠)、コカインの約9キロが続き、このうち大麻は前年より約11キロ増え、大半の送り元は合法化が進む北米だったということです。また、全体の8割を占めたのが液状大麻で、数年前まで全体の1%に満たず、急増したことがわかります。液状大麻の押収が急増したのは2020年からで、2017年は押収そのものがなかったところ、2020年は大麻全体の約91%、2021年は約80%を占めているといいます。大麻特有の臭いが弱いため、密輸グループが摘発を免れようとして選んでいる可能性が高いとされ、ハチミツやボディーオイルを装い、瓶に詰められた状態で大量に持ち込まれる事例が多いということです。税関では。送り元の国や梱包状態などから不審な荷物を抽出し、専用機器を使って発見に努めているといい、「健康被害が懸念されることから、丹念な水際検査で密輸を食い止めるとともに、徹底的に取り締まってほしいところです。

最近の薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 路上で18歳の男子高校生に覚せい剤およそ10グラムを18万円で譲り渡したとして、稲川会系組員の男が警視庁に逮捕されています。報道によれば、高校生は今年2月に覚せい剤取締法違反などの疑いで逮捕され、押収されたノートに覚醒剤の隠語である「アイス」を入手したと書かれているのが見つかったことや、口座の送金記録などから組員の関与が浮上、調べに対し、組員は容疑を認めているということです。同じく暴力団員の関与したものとして、静岡県警下田署は、覚せい剤取締法違反の疑いで、稲川会系組員を逮捕しています。覚せい剤3袋を所持していたほか、2020年9月29日午後0時半ごろ、市内で知人女性に対し覚せい剤約1グラムを3万円で譲り渡した疑いがもたれています。また、販売目的で覚せい剤約1.1グラムを所持していたとして、覚せい剤取締法違反の疑いで、六代目山口組弘道会の傘下組織組員と妻が逮捕されています。別の事件の関係で、警察が2人の自宅に捜索に入った際に、リビングで覚せい剤を差し押さえたといい、覚せい剤を小分けしたとみられる袋41個(末端価格で180万円相当)や注射器などが見つかっているということです。さらに、大麻をレコードプレーヤーに隠して密輸しようとしたとして、麻取締法違反などの疑いで暴力団組員ら男女3人が逮捕されています。報道によれば、3人は今年2月、大麻約4キロを、国際宅配貨物を使ってアメリカから密輸しようとした疑いがもたれており、大麻はペースト状にされて、2台のトランク式のレコードプレーヤーの底に隠されていたということです。一方、アメリカから覚せい剤7キロを密輸したとして逮捕された暴力団幹部2人について、東京地方検察庁は不起訴にしています。報道によれば、57歳と53歳の六代目山口組系の暴力団幹部2人は2021年10月、アメリカから覚せい剤7キロ、末端の密売価格でおよそ4億円相当をテーブルの板の中に隠して密輸したとして、覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されていたものです。検察は処分の理由を明らかにしていません。
  • たばこ状の大麻1本を所持したとして、神奈川県警神奈川署は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、横浜市神奈川区に住む高校2年の男子生徒(17)=公務執行妨害容疑で逮捕、処分保留=を再逮捕しています。「自分で吸うために持っていた」と容疑を認めているということです。報道によれば、男子生徒の母親から「息子が家で暴れそうだ」と同署に通報があり、同署員が駆け付けたところ、男子生徒に不可解な言動がみられることを確認、大麻の所持が疑われたことから、男子生徒の所持品検査を実施し、大麻のようなものを発見して鑑定作業が進められていたものです。また、高校の同級生だった男性(18)をナイフで刺したとして、大阪府警少年課は、殺人未遂の疑いで、いずれも大阪府に住む建設作業員の男(18)と17歳の少年2人を逮捕しています。報道によれば、男は2021年、被害男性に現金約2万円を渡して大麻を買うように指示しており、「(被害男性が)1年経っても大麻も買わず、金も返さなかった」などと説明、少年2人は男の友人で、男は「3人で暴行を加える話はできていた」と供述しているといいます。なお、類似の事件として、栃木県小山市の塗装会社で同社役員が刺され重傷を負った事件に関連し、小山署は、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、会社員を逮捕しています。報道によれば、周辺住民の聞き込みや防犯カメラから容疑者が浮上、自宅にいたところを任意同行し、覚せい剤使用が疑われたため検査の結果、陽性となったものです。逮捕容疑は4月中旬ごろから5月1日の間、栃木県内やその周辺で覚せい剤を使用した疑いとなります。
  • ツイッターに覚せい剤を販売する書き込みをしたとして、京都府警は、麻薬特例法違反(あおり、唆し)の疑いで、無職の男性を逮捕しています。報道によれば、容疑者は覚せい剤を意味する氷の絵文字や対面で取引をするとの意味で「手押し」などの隠語を使っており、ツイッターに覚せい剤を意味する絵文字とともに「配達員がいますのですぐ対応します。良い質なので」などと販売をうたう投稿をしたといい、京都府警のサイバーパトロールの中で発覚し捜査を進めていたものです。なお、容疑者は逮捕時に覚せい剤を数グラム所持していたということです。
  • 長崎県警佐世保署は、同県西海市の消防士の20代の男を大麻取締法違反(譲渡)の疑いで逮捕しています。報道によれば、男は2021年10月、佐世保市有福町の倉庫敷地内に止めた車の中で、紙巻きたばこ状の大麻5本と電子たばこで吸引できる「大麻リキッド」と呼ばれる液体大麻のカートリッジ1本を、知人男性に27,000円で譲り渡した疑いがもたれており、同署は2021年11月、知人男性を逮捕、その後の捜査で男が浮上したものです。
  • 指定薬物「HHC(ヘキサヒドロカンナビノール)」を所持したとして、富山県警は、建設作業員(23)を医薬品医療機器法(製造等の禁止)違反の疑いで逮捕しています。報道によれば、この薬物は3月、同法に基づく厚生労働省令で指定薬物に追加され、所持や使用などが禁じられたばかりで、この薬物所持での逮捕は富山県内で初めてだということです。容疑者は、富山市内の路上に止めた乗用車内で、医療以外の目的で、HHCを含む液体0.45グラムを所持した疑いがあり、「HHCが規制、禁止されているのは知っていたが、自分で吸うために持っていた」と供述しているといいます。HHCは大麻草にごく微量含まれる物質の一つで、興奮や抑制、幻覚を起こす可能性があるということです。
  • ドイツから合成麻薬MDMAを密輸したとして、大阪府警は、日雇い作業員のファン容疑者(24)らベトナム国籍の2人を麻薬取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕しています。報道によれば、4月、MDMA21錠(同105,000円)を宅配物の段ボール箱に隠し、ドイツから営利目的で密輸したとされ、MDMA985錠(末端価格約492万5,000円)を押収しています。税関が羽田空港に到着した荷物からMDMAを発見、コーヒー豆を入れた袋に紛れ込ませていたといい、宛先は大阪市西成区のマンションの空き部屋で、ファン容疑者が受け取っていたものです。
  • コカインを密輸入したとして、千葉県警と東京税関成田税関支署は、会社役員の被告の女を麻薬取締法違反(営利目的輸入)と関税法違反の両容疑で逮捕しています。報道によれば、女は4月、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイからエチオピアを経由して成田空港に到着した際、手荷物のリュックサックの中に、児童向けの大型本2冊の表紙裏に、袋に入れたコカイン約2キログラム(末端価格約4,000万円)を隠し、密輸入した疑いがもたれており、調べに対し「ドバイのホテルに滞在中、外国人の女性からお土産だと言って本が入ったリュックを渡された」と話しているといいます。コロナ禍でUAEに1人で渡航する女性はほとんどいないことから、税関職員が不審に思い、手荷物検査でコカインを発見したものです
  • 大麻を所持したとして大麻取締法違反罪に問われた男性被告の判決公判が大津地裁であり、裁判官は、警察官の職務質問に重大な違法性があったとして無罪を言い渡しています(求刑は懲役1年6月)。報道によれば、裁判官は、被告が乗ったタクシーの周囲に京都府警が捜査車両を止め、10分以上降車を促したことは許容範囲を逸脱した行為と認定、タクシーを出た被告を、警察官が転倒させた行為も違法と判断、警察官による虚偽報告や、公判での嘘があった疑いを否定できないとして、大麻などの証拠能力を否定しています。報道によれば、被告は2018年6月、京都市内で職務質問を受け任意同行を求められたが拒んでタクシーに乗車、電車に乗り換えた後、JR大津駅の線路上に立ち入って沿線の民家に何かを投棄したとされ、付近から液体大麻が発見されたとしています。

最後に、薬物に関する海外の報道から、いくつか紹介します。

  • フィリピン大統領選挙が行われました。争点の一つとなったのが、ドゥテルテ大統領が6年間の任期中に展開した超法規的な麻薬撲滅作戦への評価で、報道によれば、同国内で最大3万人が殺害されたとの試算があり、無実の市民が多数含まれているとされています(麻薬犯罪者リストに載った人物と名前が同じで、間違えて殺害された事例なども報告されています)。治安維持を政権浮揚の材料としてきたドゥテルテ氏ですが、犠牲者家族の怒りは強く、撲滅作戦は次期政権に継承され、悲劇は続く可能性も考えられるところです。
  • 南米ペルーで、刑務所に麻薬を運ぼうとしていた伝書バトが見つかりました。ハトは約30グラムの麻薬を「密輸」していたが、送り手や受け手が誰なのか、まだ分かっていないといいます。報道によれば、中部ワンカヨにある刑務所の正門前で、路上の水たまりの水を飲んでいるハトを刑務所の職員が発見、ハトが疲れているように見えたため保護したところ、首から小さな袋を提げており、袋から大麻が出てきたといい、ハトは刑務所の中を目指すよう訓練されている様子だといいます。ワンカヨの刑務所では過去にも、受刑者への差し入れのタマネギやジャガイモに大麻を忍ばせる事例があったというものの、伝書バトを使った「密輸」が発覚するのは初めてとみられ、地元警察のトップはメディアに対し「違法な薬物取引に関わる犯行グループは、どんどんと独創的になっている」と述べています。
(4)テロリスクを巡る動向

ウクライナ情勢の陰に隠れてしまった感のあるアフガン情勢ですが、反タリバンの動きが活発化しつつあるようです。報道によれば、2021年8月にイスラム主義勢力タリバン暫定政権が実権を握ったアフガニスタンで、東部の「国民抵抗戦線」(NRF)がタリバンに対する抗戦を再開したほか、各民族の有力指導者らも反タリバン勢力の結集に向けて動き始めたということです。ウクライナ情勢を巡って米欧はロシアへの対応に注力しており、反タリバン勢力が期待する国際社会の支援の動きは鈍いのが現状です。東部パンジシール州で5月上旬、NRFが「戦闘再開」を宣言し、タリバンの拠点に攻撃を仕掛けてたということです。同州は、1996~2001年の旧タリバン政権に抵抗した「北部同盟」の拠点で、当時、北部同盟を率いた国民的英雄アフマド・シャー・マスード司令官の息子、アフマド・マスード氏が、現在のNRFを率いており、タリバンの実権掌握後、NRFは抵抗を続けていたが、冬季は戦闘を停止して準備を進め、ここにきて抗戦を再開したようです。本コラムでもたびたび取り上げてきたとおり、国内ではタリバンへの不満が高まっており、NRFは全土に抵抗を呼びかける考えだといい、「英雄の息子」の旗揚げに焦りをみせたタリバン側は、数千人の兵士を同州に動員し、掃討作戦を開始、多数の住民を殺害しているとの情報も飛び交っています。一方、こうした反タリバン勢力の動きとは別に、イスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」(IS)など武装組織がテロを相次いで起こしています。5月には、北部マザリシャリフで3回の爆発があり、9人が死亡、ISが犯行声明を出しています。現状、タリバンが目指す治安の安定化は進まず、実権掌握以降、国際社会の非難を無視して、中高の女子学校を閉鎖するなど抑圧を強めるなど市民生活は混迷を深めています。反タリバン勢力の動きに市民が同調することを警戒し、タリバンが言論や治安の統制を一層加速させる恐れも指摘されています。そのような中、タリバン暫定政権の勧善懲悪省は、女性が公共の場で、目の部分以外の顔を布で覆わなければならないとの命令を発表、従わなければ父親などの近親男性が投獄されたり、男性が公務員であれば解職されたりする場合があるとしています。アフガンの女性の大半は髪を隠すスカーフをつけているものの、首都カブールなどの都市部では顔は隠していない女性が多いといいます。発表を受けて国連アフガニスタン支援団(UNAMA)は、「タリバンが表明してきた女性の人権の尊重と保護と矛盾していることを深く懸念している」との声明を出し、タリバンに即刻協議を求めています。米国などは既にアフガン開発援助を打ち切り、同国の銀行システムに制裁を科しています。直近では、アフガニスタンのテレビ局「カブール・ニュース」の報道番組の女性司会者が、出演中に目の部分以外の顔を布で覆うよう命じたタリバン暫定政権に抵抗し、覆わずにニュースを伝え続けているということがありました(その後、理解を示していた局にタリバンから圧力がかかり、結局、降板となってしまいました)。タリバン独自のイスラム法解釈で女性抑圧を強めていると批判、「カメラの前で闘い続ける」と話しており、タリバン暫定政権は各テレビ局へ女性司会者に従わせるよう指導したものの、「イスラムの教えやアフガンの慣習ではなく、従う理由がない」と指摘しています。

中国政府が、新疆ウイグル自治区でのウイグル族らの取り締まりを正当化する理由の一つに挙げるのが、新疆の分離独立を目指す過激派とみなす「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」と呼ばれる組織の存在ですが、この問題について、2022年5月25日付毎日新聞から抜粋して引用します。中国政府のテロに対する捉え方など大変参考になります。

この組織は1998年に(中国から)アフガニスタンにやって来たウイグル人による小さな集団のことを言います。彼らは自分たちでそう名乗ったことはありません。確かに中国政府に対抗して(ウイグル人による)小さな国家を樹立するために闘争をする野望を持っていました。しかし、資金もほとんどなく、アフガンではアルカイダとタリバンの両方と緊張した関係にありました。中国外務省は、この集団のいかなる暴力も許さないためにタリバンと協力しています。ETIMが中国でテロ行為を行う能力を持っていた可能性はほとんどないと思います。…過度に宗教的とみなされたウイグル族は国家の標的になり、軟禁され、監視され、嫌がらせを受けました。09年以降の暴力事件のほとんどは、警察や治安部隊など、生活を侵害する権力に対するものだったのです。米国の貧しく疲弊した地域で、警察の横暴が警察に対する暴力を生んでいるのと似ています。13年以降、それはテロ攻撃のように見える暴力行為に発展します。…新疆で起きていることは、テロリズムとは関係がないと思います。中国政府の関係者は、テロの脅威があるという「物語」を信じているのでしょう。そして、それは新疆を安全保障上の問題にすることにつながり、最終的にテロのような暴力を生み出すことになっていったのです。中国のレトリックには興味深い点があります。彼らは「分裂主義」「過激主義」「テロリズム」という三つの観点からテロリズムを定義していますが、違いを区別していません。例えば、宗教的ではない人を国家分裂罪で投獄し、政治的な動機が必ずしもあるわけではない宗教家を過激派だと標的にしています。そして、抵抗のために暴力的な行動をとった人をテロリストに分類しています。境界を曖昧にしているのです。…中国政府は「対テロ戦争」という言葉に飛びつき、「これが新疆で問題なのだ」と言っています。(ただ)中国が本当に問題視しているのは、これらの地域が独立した国家になり得るという考えです。(実際)そこに暮らす人々はその地域が自分たちの「祖国」だと思っています。しかし、中国政府はソ連のような連邦制モデルをまったく信用していません。自治区と呼ばれても、その地域の民族が主導したことは一度もありません。漢民族中心の共産党の支配。それが今の状況を生んでいる問題だと思います。

ウクライナ情勢に端を発したフィンランドとスウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟問題を巡り、トルコのエルドアン大統領は、2国に対し、クルド人勢力に資金援助していると批判、クルド労働者党(PKK)や関係組織との関係断絶を求め、「テロリストを抱えこむ国をNATOに加えるわけにはいかない」との姿勢を崩していません。北欧2国はトルコ軍によるシリア北部への侵攻を受けて、北欧2国が2019年に発動した武器禁輸措置の解除については、前向きな姿勢を見せているものの、トルコはPKK関係者らの引き渡しなど、北欧2国が受け入れ難い条件も突きつけ、交渉は長期化の様相を呈しています。一方、エルドアン大統領は、隣国シリア北部で新たな軍事作戦を準備していると語り、テロの脅威を強調し、国境からシリア側30キロに「安全地帯」の設置を進める方針を示しています。NATO加盟国のトルコは、自国の安全保障上の懸念に対する理解を加盟各国に迫っており、2019年にシリアに一方的に侵攻した際、欧米諸国は反発していました。エルドアン大統領は、軍や情報機関の「準備が完了次第、作戦を始める」と話し、作戦を進める過程で「われわれの安全保障上の懸念を尊重する国と、自国の利益しか考えない国を見分けられるだろう」との認識を示しています。

米国では銃乱射事件が後を絶ちません。直近では、テネシー州チャタヌーガで銃の乱射事件があり、3人が死亡し、14人が負傷、うち数人が重体といいます。容疑者は複数とみられていますが、捕まっていないということです。また、ペンシルベニア州フィラデルフィアの路上で、群衆に向けて銃が乱射され、少なくとも男女3人が死亡し、11人が負傷する事件も発生しています。容疑者は複数人で、逃走しているということです。地元警察によると、現場はバーやレストランなどが集まる繁華街で、事件当時は週末の夜を楽しむ大勢の人でにぎわっていたといいます。さらに、オクラホマ州タルサの病院敷地内で銃撃事件があったほか、テキサス州の小学校で児童ら21人が死亡する銃乱射事件が起きています。また、それより先には米東部ニューヨーク州バファローで10人が殺害された銃乱射事件もあり、同州の大陪審は、憎悪犯罪(ヘイトクライム)によるテロや殺人など25件の罪状で、被告(18)を起訴しています。報道によれば、被告はヘイトクライムとされる過去の乱射事件を詳細に調べるなど、白人至上主義者としてインターネット上に文書を公表しており、「私は白人至上主義者だ。白人の頭脳はほかの人種より優れている」と書かれていたといいます。有色人種の人口が増えることで、白人を中心としてきた米社会で「人種の置き換え」が進むと唱え、多様性を重視する人たちを敵視、白人至上主義者の間では、白人が他の人種より優れているという従来の偏見に加え、有色人種が増加し「白人が絶滅するかもしれない」との考えに基づく憎悪が広がっているといいます。今回の事件も白人の立場が他の人種に取って代わられるとの人種差別的な思想から、黒人の多い地域を選んだ犯行とみられています。なお、この事件に関連して、英語圏の匿名掲示板「4chan」に厳しい視線が集まっているといいます。容疑者が書いたとされる犯行声明の中で、人種差別的な「真実」を学んだ場として記されているためです。ニューヨーク州の司法長官は、容疑者によって犯行が生中継された「Twitch」などとともに「4chan」を名指しし、「バファローのテロ攻撃は、憎悪を広め、促進するオンラインフォーラムの底の深さと危険性を改めて明らかにした」と批判しています。2019年3月にニュージーランド・クライストチャーチでモスクが銃撃され、51人が殺害された乱射事件、同年8月に米テキサス州エルパソで23人が殺害された乱射事件ではそれぞれ「4chan」と似た匿名掲示板「8chan」に犯行声明が投稿されていました。8chanの維持に必要なサービスを提供してきたネットワーク企業「クラウドフレア」はエルパソ事件の翌日、8chanを「憎悪の巣窟」「無法地帯」と呼び契約を解除、一方、8chanはその後、「8kun」と名前を変え、現在も存続しているようです。まさに匿名掲示板がテロの温床(犯罪インフラ)と化している実態がありますが、こうした情報の負の循環を完全に断ち切ることは難しいのも事実です。対抗策として、プラットフォームから危険な人物や投稿を排除したり、コンテンツを厳しく管理したりすることが求められるほか、ネット空間だけでなく、同時に家族や捜査当局、医療関係者らが危険を察知し、対応することも必要だといえます。また、米では銃撃事件が発生するたび銃規制の強化が叫ばれますが、銃規制の強化を巡っては対立が鋭くなる兆しもあり、米社会の人種や思想の分断という問題の根深さが露になっています。ニューヨーク州のホークル知事は「白人至上主義やナショナリズムを信奉する個人が過激化している」と指摘、こうした思想が「(ネット上の闇サイトの)ダークウェブにとどまらず、議会やケーブルテレビでも語られ始めている」と広がりつつある現状に危機感を示しています。今回の事件を受けてバイデン大統領は、殺傷能力の高いライフルや大容量の弾倉の販売、所持を禁止する必要性を訴えていますが、ライフルの規制強化には共和党側で反対が根強いため、譲歩案として「殺傷能力の高い銃の禁止が無理ならば、銃を購入可能な年齢を18歳から21歳に引き上げ、身元調査を厳格化し、(他人に危害を及ぼすと裁判所が判断した場合に銃の押収を認める)『レッドフラッグ法』を制定すべきだ」と議会に求めています。一方、新型コロナウイルス流行後の犯罪の増加などを受けて銃の需要が高まっており、共和党や銃の擁護派は政権の取り組みに強く反対しています。一方、日本では銃の規制はかなり厳格ですが、一般人でも容易に作れる状況になっている問題が浮上しています。例えば、茨城県警神栖署は、2021年10月に同県神栖市の砂浜で遺体となって発見された鹿嶋市の男が、自作の拳銃で自殺をしたとみて、銃刀法違反(複数所持)容疑で容疑者死亡のまま書類送検しています。拳銃は男が3Dプリンターで製造したとみられ、プラスチックと金属で作られていたといい、男の自宅から3Dプリンターと、拳銃の設計図データ、火薬類が押収されています。また、殺傷能力のある改造拳銃などを所持したとして、埼玉県警は、自営業の男を銃刀法違反容疑で逮捕しています。報道によれば、男は2021年11月、改造拳銃や無許可の空気銃など計16丁を自宅で所持していた疑いがもたれています。別の事件の捜査で所持がわかったといい、男は調べに対し、「鑑賞用のコレクション」と供述しているということです。

米国防総省のカービー報道官は、米軍がアフリカ東部ソマリアに再び駐留すると発表しています。国際テロ組織アルカイダ系の過激派アルシャバブの対策のためで、同省が要請しバイデン大統領が承認しています。ソマリア駐留米軍は、トランプ前大統領が2020年12月、海外駐留米軍削減の一環として撤収を命じており、前政権からの方針転換となります。報道によれば、駐留規模は500人以下となる見通しで、前政権が米兵約700人を撤収させた後もケニアやジブチなどから部隊が交代でソマリアに入り訓練などを継続しています。カービー氏は「再駐留で任務が変わることはなく、直接に戦闘行為に従事することはない」と説明しています。

本コラムでは以前、頻発する北朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて、地下のシェルターの整備を主張しました。これに対し、東京都は、国民保護法に基づき、他国から武力攻撃を受けた際に住民を避難させる「緊急一時避難施設」に、地下駅舎など計109か所を新たに指定したと発表しています。地下駅舎の指定は都内で初めてとなり、指定した地下駅舎は、御茶ノ水や芝公園など東京メトロの50駅と都営地下鉄の55駅、都庁本庁舎周辺などの地下道計4か所も加えています。政府は2020年12月、地下駅舎や地下街の避難施設指定を推進するよう都道府県に要請、都内では公共施設など約2,900か所が指定されてきましたが、地下駅舎は未指定だったものです。報道によれば、小池知事は、「現在のウクライナの状況を見ると、地下施設の有効活用は重要だ。確実な避難先となるように工夫する」と語っています。また、2022年5月17日付産経新聞の記事「シェルター整備は首相の務めだ論説副委員長・榊原智」も、同様の主旨で以下のような主張をしています(同記事から抜粋して引用します。

岸田首相は今年1月の施政方針演説で「政府一丸となって、(略)国民の生命と財産を守り抜いていきます」と語った。また、核廃絶・軍縮の推進は首相のライフワークだという。核の脅威から国民を守りたいという思いが本当なら幸いだ。首相の言葉の真偽を示すリトマス試験紙となる政策がある。核・非核を問わずミサイル攻撃から国民を守る「反撃能力」導入とシェルター(避難所)整備の推進だ。ウクライナを侵略するロシア軍は、弾道・巡航ミサイル攻撃や砲撃で鉄筋コンクリート製を含む建物を次々に破壊している。多くのウクライナ国民は地下室や地下鉄構内へ避難した。旧ソ連に属していたウクライナの地下鉄は核攻撃に備えて深くつくられている。独ソ戦の戦場となった教訓から地下室を持つ建物は多い。地下のシェルターがなければ、死傷者はさらに増えていただろう。…平成16年施行の国民保護法は自治体にシェルター指定を義務付けるが、その動きは遅々としている。首相と総務省消防庁、自治体はまず、都市部の既存地下施設を広くシェルターと位置付け、周知徹底を急ぐべきだ。ミサイルなどの警報の際、最寄りのシェルター施設が分かるアプリも整えたい。台湾はすでにそうしている。

東京電力は、本社社員が5月に3回にわたり期限切れの入構証で柏崎刈羽原発構内に立ち入っていたと発表しています。同原発を巡ってはテロ対策不備が相次いで発覚、東電が改善措置を進める中で2月にも同様の事案が発覚しています。報道(2022年5月26日付毎日新聞)によれば、「社員は立ち入り制限区域の入構証の期限が4月30日で切れていたことから、5月11日に原発正門を通過しようとした際、警備員に制止された。その後の調査で5月中に3回、不適切に入構していたことが判明。社員は「そろそろ期限切れが来るなと気づいていたが、忙しくて失念した」と説明しているという。東電は一連のテロ対策不備の反省を踏まえ、昨年12月から入構管理に専用の読み取り機を採用。正門の警備員は専用端末を使い、入構証の本人確認と有効期限などのチェックを実施している。一方、東電は同原発構内に入る車両数を減らすため、構外の駐車場と構内を往復するバスを運用し、今回問題となった社員も利用していた。往復バス利用者の入構管理は、警備員が一人一人の情報を個別に確認するのではなく、構外の駐車場で入構証のデータを集約し、正門にいる別の警備員がサーバーにアクセスしてデータを一括して確認していた。ただし、正門の専用端末には一覧形式で氏名や入構証の有効期限などが表示されるため見落としやすい状態だった上、警備員は本人確認と手荷物検査に追われ有効期限を確認していなかったとみられる」とのことです。一方、島根原発で、協力会社から業務の依頼を受けた業者が、有効期限を偽った身分証明書を使って構内に立ち入っていたことも報じられています。中国電力は発電所の安全性に影響はないとしているものの、原発のテロ対策や安全性の観点から原因究明や再発防止を求めたり、2号機の再稼働を疑問視したりする声が出ているところです。報道によれば、この業者は常時立ち入り許可証を持たない一時立ち入り者で、協力会社からの依頼で鳥の巣の撤去作業の下見のため原発構内に入ったといいます。外部の業者らが原発構内に入る場合、事前申請した上で身分証明書を見せて本人確認を受けることになっているが、この業者は有効期限を自ら書き換えた身分証明書を示して構内に入ったというものです。

米国務省は、日本のオウム真理教について「外国テロ組織(FTO)」の指定を解除すると発表しています。「もはやテロ活動に従事しておらず、その能力や意思も保持していない」と説明しています。ただし、オウム真理教は「特別指定グローバルテロ組織(SDGT)」にも指定されており、凍結されていた資産が個々のテロリストに利用される恐れがあるとしてSDGT指定は維持されています。報道によれば、国務省は5年ごとにFTOの指定状況を見直しており、同省は、指定の取り消しによって「グループが過去に行ったテロ行為や犠牲者に与えた被害を見過ごすものではない」と強調、「日本がグループによるテロの脅威を取り除くことに成功したことを示すものだ」としています。なお、日本では、公安審査委員会が2021年2月、「無差別大量殺人に及ぶ危険性がある」として団体規制法に基づく観察処分を3年間更新、オウム真理教の後継3団体が主な処分対象となっています。

日本赤軍については、1974年にオランダの仏大使館が占拠された「ハーグ事件」などで、懲役20年の判決を受けて服役した日本赤軍の重信房子元最高幹部が、刑期を終えて東京都昭島市の東日本成人矯正医療センターから出所しています。これに合わせて文書を発表し、「日本赤軍の闘いの中で、被害やご迷惑をおかけした」と謝罪、がんを患ったことから、「まずは治療とリハビリに専念したい」としています。日本赤軍は武力による革命を掲げ、1971年に出国した重信元幹部らが、中東のレバノンで結成、1972年5月にはイスラエルの空港で自動小銃を乱射し、旅行者ら約100人を死傷させる無差別テロを起こしています。その後もハーグ事件や、マレーシアの米大使館などを占拠したクアラルンプール事件(1975年)、日航機をハイジャックしたダッカ事件(1977年)などを起こし、服役中のメンバーを「超法規的措置」で釈放させるなどしました。これに対し、警察庁長官は、「テロ組織としての危険性がなくなったとみることは到底できない」と述べています。日本赤軍のメンバー7人は現在も逃亡中として国際手配されており、長官は「逃亡中の構成員の発見・検挙に向け、最大限努力したい」としています。なお、日本赤軍は2001年に解散を表明していますが、長官は、メンバーが逃亡しているなどとして「解散は形だけのものに過ぎない」と指摘しています。一方、1972年5月に日本赤軍メンバーがイスラエルのロッド空港(現ベングリオン空港)で起こした銃乱射事件から50年を迎えた5月30日、実行犯の一人でレバノンで亡命生活を送る岡本公三容疑者(74)=国際手配中=が首都ベイルートで行われた集会に参加しています。岡本容疑者が公の場に姿を見せるのは異例のことで、集会は岡本容疑者を保護しているパレスチナ解放人民戦線(PFLP)などが開いたものだといいます。ロッド空港乱射事件の実行犯は岡本容疑者ら日本人3人で、うち2人は現場で死亡、同容疑者はイスラエルで逮捕され、終身刑で収監されましたが、1985年にパレスチナ過激派との捕虜交換で釈放となり、以後レバノンで生活、レバノン政府は政治亡命者に認定し、日本への身柄引き渡しを拒んでおり、岡本容疑者は、イスラエルを敵視するレバノンやパレスチナ人の間で今も英雄視されています。

(5)犯罪インフラを巡る動向

山口県阿武町が誤って振り込んだ新型コロナウイルス対策関連の給付金4,630万円が全額出金された事件では9割超にあたる約4,300万円が返金されました。容疑者は当初、インターネットカジノで全額使ったと述べていましたが、決済代行会社から4,300万円が突如振り込まれる事態となりました。結果的に決済代行業者が「犯罪インフラ」となりかかった事案だと見ることも可能ですが、本件における論点のひとつが「金が誰のものか」が判然としないことです。容疑者の金であれば「インターネットカジノで全額を使った」とする供述が虚偽だったことになり、決済代行業者の金であれば税法上の問題が残ることになります。大金の正体が不明である以上、さまざまな臆測ができ、「容疑者は本当はカジノに賭けていなかった。もしくは勝っていた」、「依頼を受けた業者は実際には海外カジノに送金せず、ノミ行為を行っていた」、「容疑者の金は業者に残っていなかったが、賭博など他の犯罪行為との関わりを探られないよう事態を収束させようと、自腹で立て替えた」などで、金の流れ、趣旨が不明である以上、こうしたさまざまな臆測を否定する材料は今のところありません。海外カジノへの送金と知って代行していれば賭博罪のほう助や、常習的に組織で関与していれば賭博開帳図利のほう助に問われる可能性もあり、逮捕容疑の電子計算機使用詐欺を知りながら資金を持ち続ける、あるいは届け出を怠れば、マネー・ローンダリングを防止する犯罪収益移転防止法違反に問われる可能性も考えられるところです。決済代行業者側が返金の意図を明確にしない限り、何か後ろ暗いところがあるのではないかとの疑念からは逃れられないといえます。報道によれば、町側の弁護士は、5月13日に行った銀行への要請をポイントに挙げています。3社の口座がある2銀行に、容疑者の入出金について」犯罪収益移転防止法に基づく「疑わしい取引」だと指摘、金融庁に届け、マネー・ローンダリングのガイドラインに沿って「適切に対応」するよう働き掛けたといいます(疑わしい取引の参考事例に照らせば、「利用者の収入に見合わない高額な送金」や「短期間のうちに頻繁に行われる取引で、現金又は小切手による入出金の総額が多額である」、「職員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引」などが考えられるところです)。「金融取引は暗号資産などのサイバー空間に移行している。犯罪収益を回収しにくいネットの世界で隠匿されるのを防ぐためにも、強制的に回収できるような立法化が求められる」(渡辺修・甲南大特別客員教授(刑事訴訟法))という意見には筆者も大賛成です。なお、AML/CFTの項でも紹介したとおり、法務省が、犯罪グループなどが不法に入手した暗号資産を確実に没収するため、組織犯罪処罰法を改正する方針を固めたということも大きくこの流れに沿ったものだといえると思います。

金融庁はインターネット経由で集めた資金を事業会社に貸し付ける「ソーシャルレンディング」への規制を強化、事業者に融資前の審査などを義務付けるとしています。世界的に急成長するソーシャルレンディングでは資金使途が説明と異なるなどずさんな管理体制が目立つことから、情報の透明性を高め、デジタル金融の普及と投資家保護の両立を目指すということです。実際、国内では規制の緩さから高利回りをうたうファンドが相次ぎ、行政処分に発展するケースがあったほか、金融庁は2021年6月、SBIHD子会社に対し、融資した資金の使途が投資家に説明した内容と異なっていたとして1カ月の業務停止命令を出しています。太陽光発電事業者へ融資した約383億円の一部を十分に管理できていなかったことが明らかになっています。ソーシャルレンディング事業が、これ以上犯罪インフラ化することがないよう、規制を強化するのは当然の流れだと思われます。

国会議員に支給されるJR無料パスを悪用し、新幹線のグリーン券などをだまし取ったとして、元議員(79)(岐阜県中津川市)が詐欺容疑などで愛知県警に逮捕されています。現役時代に受け取ったパスを紛失したと偽って返却せず、実在する議員の名前をかたって「ただ乗り」を繰り返していたとみられますが、無料パスは過去にも不正使用がたびたび問題となっており(もっとも元議員のなりすましは前代未聞)、国会でも改革に向けた議論が始まっています。無料パスは希望する国会議員には毎年度、有効期限1年のパスが支給されるもので、新幹線に乗る際は窓口でパスを示し、専用の申込書を提出して券を受け取る仕組みで、衆参の両事務局では期限切れのパスは返還するよう求めているものの、返さなくても議員側に不利益はなく、衆参両院は返還率さえ公表していない状況にあります。報道によれば、容疑者は参院議員在職中、08年度分のパスを「列車内で紛失した」と参院事務局に届け出ていましたが、実際には手元に残して悪用した疑いがもたれています。ある衆院議員秘書は「紛失しても、おとがめがないことは周知の事実だった」と語り、不正の温床になったという見方を示しています(なお、再発防止として、JRに本人確認を求められた際は顔写真付きの証明書を示す再発防止策を申し合わせていますが、そもそも、国会議員だけが無料で乗り放題というパスが、税金の使途として本当に正しいのかについて議論すべきではないかというのが、筆者の率直な感想です)。また、JR側のチェック機能不全も犯罪インフラ化していたといえそうです。報道によれば、社員は「上から『国会議員とは絶対もめるな。議員バッジを見たら何も言わず通せ』と言われた」と述べているほか、パスに明記された氏名や有効期限をチェックすれば不正乗車の防止になるが、実際はそうした運用になっていない現実も明らかとなっています。社員はそのうえで「今回の件で、無料パスの存在やJRによる本人確認の方法などが問題視されているのに違和感がある。議員側の本人証明のあり方こそ広く議論すべきではないか」と指摘していますが、そのとおりではあるものの、JR側としては、「バッジは通せ」のルールに基づかない指示を排し、決められたルールとしての本人確認を行うことで、一定の抑止や不正摘発につながる可能性も否定できないところです。

工事用車両を盗んだとして、警視庁は、いずれも茨城県つくば市の職業不詳の容疑者と自動車整備工の両容疑者を窃盗の疑いで逮捕しています。報道によれば、関東地方を中心に約6年間で高級車など計280台を盗んだグループのメンバーとみているといいます。2人は2021年9月、福島県南相馬市内の建設会社の駐車場で、同社所有の穴掘り建柱車1台(300万円相当)を盗んだ疑いがもたれていますが、東京、千葉、福島、愛知、三重などの関東や東北、東海の1都9県では2016年3月から2022年1月にかけて、車両の鍵を破壊するなどの手口による自動車盗が相次いで発生、レクサスやアルファードなどの高級車やクレーン付きトラックなど計280台が盗まれており、事務所荒らしなども含めた被害額は約7億4,000万円に上っており、盗まれた車両はすべて、埼玉と千葉両県内の「ヤード」に持ち込まれていたといいます。ヤードは車を解体・保管する作業所ですが、被害に遭った車は解体された後にタイなどの海外に輸出されたとみられるといいます。ヤードの犯罪インフラ化を食い止めるために、例えば千葉県では「ヤード適正化条例」が施行されています。千葉県は、制定の背景として、「千葉県のヤード数は、全国的に見て突出して多い」、「矢板等が存在し視認性が確保できない上に、既存法令の立ち入り権限には限界がある」、「油浸み、油流出等により周辺環境への悪影響が発生している」、「不正に取得された自動車の保管場所として利用されているヤードが存在する」ことを挙げ、主な規制の内容として、「特定自動車部品のヤード内保管等に係る届出義務」、「油等の地下浸透等の防止措置の義務」、「エンジンを受け取る際の相手方確認等の義務」が規定されています。

何者かが半導体回路を改ざんし、危険があるとは知らずにその回路を入れたスマートフォンや車が街中にあふれてしまうリスクが指摘されています。2022年5月21日付日本経済新聞の記事「不正半導体は「身近で悪事」盗聴脅威、杞憂か先見か」が、大変示唆に富む内容でした。以下、抜粋して引用します。

戸川教授によると、不正な回路は小さく、簡単には見つからない。正しい回路が働いてこそ、情報漏洩や暴走といった目的を果たせる。そこで例えば特定の日時に起動し、それ以外は眠る。目覚める日に検査をしない限り、発覚はしない。しかし、不正な回路は内部のデータを物色できる場所に陣取る傾向がある。研究ではその特異な回路パターンを人工知能(AI)などで見破る。2020年には、連携する東芝情報システムが不審な回路を検出するサービスを立ち上げた。回路の情報は、電子機器を支える半導体チップの働きを書き下ろした物語だ。回路を設計すると、物語通りに製造装置がチップを作る。設計段階で書き換えられたら、物語の展開が変わり、チップを組み込んだ機器が制御不能に陥る。いま脅威論が勢いづく背景の1つに、半導体チップを作る分業体制の拡大があるという。「回路の設計やチップの製造を広く外注するようになり、サプライチェーンのどこかで悪さをする人が現れたら大変なことになる」(同教授)設計から販売までを1社で担う時代ではない。設計では社内外から回路のもとになるデータを集める。多くの人が携われば、確率の上では隙が生まれやすい。…パリアリニ博士は「問題を修正する道具が(皮肉にも)問題を作る目的で使えてしまった」と明かす。予想外にたやすい手口からは会社に不満を抱く個人や愉快犯ですら悪事に手を染めかねないリスクが浮かぶ。脅威は想像よりも深刻だ。民間のサプライチェーンで問題が起きるとなれば、同僚を責める心理的な負担から単なる設計ミスだと片づけたくなる心理が働く。不正の温床になる。国ぐるみの悪事もあり得る。…業界は時期尚早と静観の構えだ。検査は半導体の性能向上にはつながらず、コストがかさむだけだからだ。早大の戸川教授は「経済安全保障の面から、せめて政府調達では確認を徹底する方がよい」と話す。さらに今後、国内外の顧客が半導体製品に一層の安全性を求めるようになれば、未検査の製品は締め出される。「安全性を確かめるのが当たり前という雰囲気を各社が共有するようになるのが望ましい」(同社)危機にひんしていないから対策は不要だとの考えにも一定の合理性はある。だが私たちは、後手に回ったときの損失がいかに大きいかを新型コロナウイルスの出現から学んだ。杞憂か先見の明か。半導体回路を脅かす問題は、リスクの兆しを感じ取ったときにどう行動するかという課題を突きつけている

本コラムでもたびたびその重要性について指摘してきた「経済安全保障推進法」が緊迫したウクライナ情勢が続くなか、成立しています。米中の貿易摩擦以降、経済安保を理由とした規制が国内外で強まっており、企業にとって法令順守のためのガバナンス体制の構築は不可避となっています。2022年5月24日付日本経済新聞の記事「経済安保推進法成立 識者が指摘「企業は対応急げ」」は、その意義について参考になる内容となっています。以下、抜粋して引用します。

「経済安全保障の強化は、企業経営に効率至上主義からの転換を促す。持続可能な経営の追求はリーマン・ショックに端を発した世界金融危機以降ずっと続く傾向だ。利益率が高い欧米企業は対応のコストを吸収できるが、薄利な日本企業は競争力を失う。ウクライナ情勢関連では、日本企業は欧米企業に比べて開示が遅い。開示は3段階に分けて行うのが有効だ。ロシア軍の侵攻から2週間以内にまずやるべきだったのはロシアやウクライナにおける自社の工場や店舗、在庫の現状、現地通貨での負債や融資、現預金の額などのファクトの開示だ。自社で分析まで加える必要はない。事実を速やかに開示してもらえれば投資家は最大リスクの把握ができる。逆に沈黙は投資家の疑心暗鬼を招く。第2段階は何が不透明で精査中なのかの開示だ。第3段階は対応策の開示。段階を追えば企業はより難しい開示についての時間を稼ぐこともできる。…企業は詳細な規定に依拠する「細則主義」から、自ら考えて行動する「原則主義」にかじを切るべきだ。欧米企業の開示対応が早いのは、「投資家の悲観的な連想を断ち切るのは早いほどよい」という考え方が染みついているためだ。法律などを基に特定のトリガーを設定し、抵触するまで行動を起こさないという受け身の対応では変化に太刀打ちできない。」(アストナリング・アドバイザー代表 三瓶裕喜氏)「以前は1年に1度だった制度変更が2カ月に1度のペースになったイメージだ。特に、調達に関する規制は製品によっては代わりの仕入れ先を探すのに1年以上かかるものもある。日本で成立した経済安全保障推進法については、対象となる技術範囲などの詳細の多くは今後の政省令に委ねられる。経済安保で守る国益が国民の生命や生活の安全ならば、企業も法令を順守し貢献しないといけない。ただ、スコープが曖昧で手探りしている面もある。政省令でできるだけ具体的に定めてもらえると、企業は対応がしやすくなる。十分な準備期間をもうける配慮もしてほしい。」(富士通 経済安全保障室長 羽山和宏氏)

経済安全保障の議論とも関連しますが、クライナで墜落したロシア軍のドローンから日本製の部品が次々と見つかっているといいます。軍事転用の恐れがある製品や技術の輸出は、国際的な枠組みで規制され、違反すれば罰則や制裁を受ける恐れがあるところ、ロシアのウクライナ侵攻を機にG7が対ロシア輸出規制を強めています。2022年6月2日付毎日新聞によれば、企業が神経をとがらせるのには理由があるといいます。軍事転用される恐れのある製品や技術の輸出は、国際的な枠組みにより厳格に規制され、違反した場合は罰則や制裁が科せられ、場合によっては「企業の存亡」にも関わる事態に発展しかねないのがその理由です。そもそも輸出貿易管理令のリストで規制対象を指定し、輸出するには経済産業相の許可を得るよう義務づけており、さらに、対象リスト外の製品であっても大量破壊兵器や通常兵器の開発に使われる可能性がある場合、事前に許可申請を求める「キャッチオール規制」で幅広く規制の網をかけています。ロシア軍のドローンに日本製部品が搭載されているとの情報は、少なくともロシアがクリミア半島を併合した2014年から広がっていたといいます。このような武器と民生品とのグレーゾーンが広がるなか、企業は難しい対応を迫られています。爆撃に使われる攻撃ドローンに部品を提供しているとなれば、民生品の輸出規制強化に向けた世論が強まりかねず、何より消費者や取引先からの信頼低下など企業のレピュテーションリスクが高まることになります。一方、「日本が供給を止めたとしても仮に中国で調達できれば、そこが抜け穴になってしまう。輸出規制を厳格にすることで、日本企業は市場が奪われるリスクもあり、非常に悩ましい」と経産省幹部が指摘していますが、正にその点が経済と安全保障の両立を志向する経済安全保障の難しさでもあります。なお、経済安全保障の問題を身近なものとして捉えてもらうべく、警視庁は、「経済安全保障 狙われる日本の技術」というサイトを立ち上げて注意喚起しています。以下、引用します。

▼警視庁 経済安全保障 狙われる日本の技術
  • 技術情報等の流出防止対策の重要性について
    • 日本の企業、研究機関等が保有する高度な技術情報等は諸外国から情報収集活動の対象になっています。そのため、機微な技術情報等を保有していれば、組織の規模にかかわらず、合法・非合法を問わず狙われる可能性があります。社会全体でデジタル化が加速される中、情報の持出しがかつてよりも容易になっています。
    • 技術情報等の流出の影響は、自社の損失だけでなく、取引先をはじめとする関連企業にも及ぶ上、日本の技術的優位性の低下を招くなどして、日本の独立、生存及び繁栄に影響を与えかねません。また、流出した技術情報等が軍事転用され、世界の安全保障環境に懸念を与えるおそれもあります。
  • 経済安全保障に係る警察の取組み
    • 警察では、産学官連携による技術情報等の流出防止対策を推進するとともに、関係機関との連携を緊密にし、流出に対する情報収集・分析及び取締りを強化することで、先端技術を含む技術情報等の流出を効果的に防止しています。
  • 過去の技術情報流出事例から見た不審な動向等の具体例
    • 展示会や商談以外の場で技術情報等の提供依頼を受けた
    • 何度か一緒に食事等をしたら、技術情報等の提供を求められるようになった
    • 会社の話をしたら、商品や商品券、現金等の謝礼を提示された
    • 会社のサーバーに特定の従業員から、大量のアクセスがある又は業務上関係のないデータへのアクセスがある

など、皆さんが不審な動向や情報等を少しでも把握された場合は、遠慮なく警察に対して相談等を行っていただきますようお願いします。

次に、AIやアルゴリズムの持つ犯罪インフラ性に着目してみます。まず、2022年6月2日付毎日新聞の記事「欧州からの報告 AI無実の人「詐欺犯」に」は、AIのアルゴリズムの犯罪インフラ性をはっきりと理解できるものとして興味深いものでした。以下、3回にわたる記事を抜粋して引用します。

欧州からの報告 AI無実の人「詐欺犯」に(その1) 2万6000人「不正受給」と認定
あなたは不正に児童手当を受け取っている―。身に覚えがないのに、ある日突然、国から「詐欺犯罪者」呼ばわりされ、多額の返金を求められる。こんなケースがオランダで相次いで起きた。返金を求められた人は約2万6,000人。役所内の人為的なミスも一因とみられるが、問題がここまで拡大した背景には、人工知能(AI)を使ったシステムによる「選別」があった。…18年ごろからようやく、メディアの調査報道などで税務当局の対応が疑問視され始める。国会の調査委員会は20年12月、税務当局が多くの親に誤って請求をしていたと結論付ける報告書を公表。政府は謝罪し、内閣は総辞職した。政府は被害者に不当に返還を求めた分を返金し、さらに3万ユーロの補償金を支払うことにした。人の人生を狂わせるほどの過ちがなぜ、これほど広がったのか。税務当局は児童手当を巡る受給詐欺の対策として、コンピューターを利用して個人データを分析。AIも導入し作業の効率化を図った。そのシステムが、無実の人々に理不尽なレッテルを貼り続けていた。
欧州からの報告 AI、無実の人「詐欺犯」に(その2止) 移民系の名字「標的」 職員の偏見AIが増幅か
「詐欺犯」のレッテルを貼られた被害者の多くには、ある共通した特徴があった。それは、移民系住民であることだ。税務当局は集積した申請者の個人データをコンピューターで分析し、不正受給の疑いがあるケースを割り出していた。そのシステムでは分析データの一つとして国籍が利用されていた。オランダデータ保護当局の調査によると、税務当局職員は「申請者が外国籍を持っていると、不正とみなされるリスクが高まった」と証言。また、オランダ国籍以外の多重国籍のデータも利用され、特定の国籍保有者は「不利な扱い」を受けたという。被害者らを支援するオーランド・カルディル弁護士は、多くの人々が「外国人の名前を抽出した民族的なプロファイリング(犯人像の割り出し)」の標的にされたと批判する。この問題を受け辞任を表明したルッテ首相は「国籍や人種などで差別されたと感じさせたことは決して容認できるものではない」と述べた。…全容はいまだ判然としないが、システムを運用した職員らの偏見がデータの入力や分析に反映されたためだと指摘されている。つまり「移民系住民は不正を行う」という差別的な思い込みだ。オランダメディアによると、職員同士のやり取りでは移民系の人々に対する侮蔑的な呼称が使われていたという。そして、こうした偏見に基づく過ちが、コンピューターを使ったデータ処理や、人工知能(AI)の分析により、大量に再生産されていったとみられている。…AIによって判断プロセスが自動化されることで、処理スピードは格段に上がる。だが、この仕組みは危うさをはらむ。元となるパターンに問題があれば、それが際限なく増幅される恐れがあるからだ。…「不正」かどうかの最終的な判断は職員が下していたが、「職員らはコンピューターがなぜ高いリスクスコアを付けたかについての情報を提供されていなかった」(国会調査委員会の報告書)。実際にはシステムの判断を追認するだけのケースが多かった可能性が高い。コンピューターの複雑なアルゴリズム(計算式)が、外部からの検証を拒む不透明な「ブラックボックス」となっていたのではないか。…EUは21年4月、主要国・地域で初めてとなるAI規制案を発表し、「公的機関による信用格付け(スコアリング)」の禁止にも言及した。ただ、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは規制対象の範囲が狭いことなどから「人々が社会保障を受ける権利を十分に保護するものではない」と指摘し、より厳格なルール作りを求めている。
欧州からの報告 AI、無実の人「詐欺犯」に 福祉改革で風当たり強く 水島治郎・千葉大教授の話
オランダでは21世紀に入るころから市場原理を重視した福祉改革が進展し、福祉国家としてのあり方が変容した。かつての福祉は「万人に無条件で付与されるべきもの」だった。それが、労働などで経済社会に貢献しなければ、福祉を受ける資格がないと見なされるようになった。強い風当たりを受けるようになったのが移民系住民らだった。かつては貴重な工場労働者だったが、産業構造の転換で働き場を失った。新右翼政治家の政治宣伝もあり、移民系の人々らに「経済に貢献せず、福祉サービスにぶら下がる存在」と反感を覚える人が増え、「移民らは犯罪者が多い」などとする偏見が助長された。児童手当の不当返還請求問題に関して言うと、反移民世論に影響を受ける形で、税務当局が取り締まりを強化した可能性がある。また、もともと経済効率を重視するオランダはデジタル化にも積極的だ。こうした文脈で、今回の問題が起きたのではないだろうか

このようにAIは元となるデータの信頼性や公平性・中立性などが確保されなければ、差別や偏見を助長しかねない(再生産されかねない)リスクを孕んでいます。AIの普及に伴い差別やプライバシー侵害など倫理面の問題が表面化するなか、産学から対応策の提案が相次いでいます。AIの開発者だけでなく、提供者や利用者を含めた多角的な視点からチェックし、リスクを未然に減らすことの重要性が指摘されていますが、行政が指針などを示して活用を後押しし、AIを開発するスタートアップなどにどう広めるかが課題となります。2022年5月11日付日本経済新聞で、具体的な取組み事例が紹介されていますが、研究者の「リスクのシナリオは継続的に見直す必要があるが、リスクと対策を一体で検討することが重要だ。AIの倫理問題は法務部門が考えればよいという縦割り意識から脱し、提供する製品・サービスの価値や目的を明確にするのにも役立つ」という指摘は大変示唆に富むものといえます。さらに、「こうした手法の研究が活発になってきたのは、AIの倫理・法的問題をめぐり各国政府や国際機関・団体が指針や原則を定め、規制の動きも出てきているからだ。例えばAIによる顔認証は人種差別につながる恐れがあることから、EUは公共の場で法執行を目的とする利用を規制する案を示している。日本政府も19年に公表した「人間中心のAI社会原則」でプライバシーやセキュリティーの確保、公平性や透明性、説明責任などに配慮するよう求めた。こうしたAIをめぐる倫理・法的課題やセキュリティなどを適切に管理する手法は「AIガバナンス」と呼ばれる。世界では米グーグルなどの巨大IT企業が先行してきたが、ここにきて日本企業の間でも広がり始めた」という状況にあります。また、AIガバナンスの普及には行政の後押しも重要になるとして、「経済産業省は1月下旬、政府の「AI社会原則」に沿って企業が対応する際の指針となる「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン」を公表した。ただ、AI社会原則を19年に公表してから時間がかかったうえ「抽象的でわかりにくい」との不満も企業から漏れてくる。情報開示制度や税制などを通じてガバナンスの導入を促していく施策もこれからだ。参考になるのは、シンガポール政府が示したAIガバナンス指針だ。18年にいち早く素案を示し、20年1月に改訂版を公表した。AIの倫理・法的問題をめぐるグローバル企業の対応が実名入りで紹介され、様々なケースごとに想定される問題や対応策を具体的に示している。「実例が豊富に紹介され、スタートアップなどが参考にしやすい」と専門家らの評価も高い」と紹介している点も参考になります。記事は「日本は現在のAIブームをけん引する深層学習(ディープラーニング)の研究開発で出遅れ、世界的なAI開発競争のなかで影は薄い。ただ、倫理や安全面などに配慮したAI製品・サービスを提供できれば、世界で存在感を示せる余地はある。ユーザーを含め幅広い当事者の視点からそうした製品の開発や提供につなげられるか。産学が提案するモデルがその一歩になることを期待したい」と結ばれていますがAIの犯罪インフラ性を厳しく認識しつつ、AI倫理の実践的な対応を目指すことが重要だといえます。

また、AIのアルゴリズムに関する問題としては、「食べログ」問題も認識しておく必要があります。

本コラムでもたびたび指摘しているとおり、eKYCの文脈から顔認証とAIを使ったディープフェイクのせめぎ合いが大きな課題となっています。2022年6月4日付産経新聞の記事「」で、その辺りの最新の状況が言及されていますので、以下、抜粋して引用します。

自治体や金融機関で幅広く使われている、オンライン上の顔認証システム「eKYC」の普及が進む中、不正に顔認証を突破されるリスクへの対策が急務になっている。人工知能(AI)を使って偽動画を作る「ディープフェイク」で、本人になりすまされる恐れもあるといい、eKYCに他の認証方法を組み合わせたり、AIを使って偽動画を見破ったりする仕組みの構築が進んでいる。…eKYCの悪用の恐れも指摘されている。日立製作所の研究グループは3年6月、ディープフェイクの技術を使って作成した偽動画でeKYCが突破される危険性があるとの論文を人工知能学会で発表した。ディープフェイク技術とその検知に詳しい国立情報学研究所の越前功教授(情報セキュリティ)も「ソフトの進歩で1枚の写真から比較的簡単に偽動画が作れるようになっていて、認証が突破される危険性はある」と指摘する。…NECは、認証する際、9種類の変則的な動作を要求することで、偽動画でのなりすましを防いでいる。また、年内には同社が約40年にわたって積み上げた顔認識技術の知見とAIを併用してなりすましを検知する独自開発のシステムをサービスに組み込む予定という。…「顔認証だけでなく、多様な要素で認証することでセキュリティを高めることが重要」と話す。例えば、顔認証に加えて、マイナンバーカードの暗証番号なども要求することなどで、認証突破被害の防止につながると指摘している。一方、国立情報学研究所の越前教授らのグループは偽の顔映像を自動判定するシステムを発表している。ディープフェイクで作成された映像の不自然さをAIが検出するプログラムで、複数の企業から問い合わせが来ているといい、「偽動画を作るAIと検知するAIのせめぎあいが起きている。eKYCの利便性を生かすには用途に応じて安全性を確立する必要がある」と話している。

関連して、AIに関する国の方針を示す「AI戦略2022」が公表されています。

▼内閣府 総合科学技術・イノベーション会議(第61回)議事次第
▼資料4-2 AI戦略2022(概要)
  • AI戦略では、「人間尊重」、「多様性」、「持続可能」の3つの理念のもと、Society5.0の実現を通じて世界規模の課題の解決に貢献し、我が国の社会課題の克服や産業競争力の向上を目指す
  • 具体的には、大規模災害等の差し迫った危機への対処のほか、特に、社会実装の充実に向けて新たな目標を設定して推進する。
  • なお、AIに関しては、経済安全保障の観点の取組も始まることを踏まえ、政府全体として効果的な重点化を図るための関係施策の調整や、量子やバイオ等の戦略的取組とのシナジーを追求すべきことを提示。
  • 「国家強靭化のためのAI」の確立(国家規模の危機への対処)
    • AIによる利活用の基礎となるデジタル・ツインの構築
    • 国内データ基盤の国際的連携による「データ経済圏」の構築など、民間企業のグローバル展開を支援する基盤の構築
  • 「地球強靭化のためのAI」でのリーダーシップの確立(地球規模の危機への対処)
    • 地球環境問題などのサステナビリティ(持続可能性)領域におけるAIの応用
  • 「強靭かつ責任あるAI」でのリーダーシップの確立(強靭な基盤づくり)
    • 「説明可能なAI」など「責任あるAI」の実現に向けた取組
    • 信頼性の向上につながる、サイバーセキュリティとAIの融合領域の技術開発等を推進
  • AIの信頼性の向上
    • 「説明可能なAI」など「責任あるAI」の実現に向けた取組(再掲)
    • 信頼性の向上につながる、サイバーセキュリティとAIの融合領域の技術開発等の推進
  • AI利活用を支えるデータの充実
    • AIによる利活用の基礎となるデジタル・ツインの構築
    • AIの利活用を促進する研究データ基盤、臨床データ基盤等の改善
    • 秘匿データの効果的な利用につながる、サイバーセキュリティとAIの融合領域の技術開発等の推進
  • 人材確保等の追加的な環境整備
    • AI等の先端技術分野における国際的頭脳循環の向上等
    • 民間企業による実践を通じてAIの実装を促すための、国研等からの技術情報の積極的な提供や実践型の人材育成等
    • AIによる学習や処理の対象となるデータの取扱いルールについての再点検
  • 政府におけるAI利活用の推進
    • 政府機関におけるAIの導入促進に向けた推進体制の強化と、それによる行政機能の強化・改善
    • AI利活用を通じたデータ収集など、持続的な改善サイクルの形成
  • 日本が強みを有する分野とAIの融合
    • 医療、創薬、材料科学等の分野におけるAI利活用の更なる注力
    • 我が国が強みを有する文化産業等におけるAI利活用の促進
    • 我が国ならではの課題((1)健康・医療・介護、(2)農業、(3)インフラ・防災、(4)交通インフラ・物流、(5)地方創生、(6)ものづくり、(7)安全保障)に対処するAIと我が国の強みの融合の追求

その他、犯罪インフラに関する報道から、いくつか紹介します。

セキュリティ企業の米インパーバの調べによると2021年の世界のウェブトラフィック(通信量)の3割を悪性自動化プログラム(ボット)が占めていることがわかったということです。報道によれば、国別ではドイツが最も高く、約4割を悪性ボットが占めた一方、割合が最も低かった国は日本で約2割を占めたといいます。悪性ボットは悪意を持って利用される自動化プログラムで、限定商品を買い占めて高額で転売したり、アクセスを集中させてサーバーをダウンさせたり、流出したパスワードを利用して不正アクセスしたりする犯罪インフラです。最も標的になった国は米国で、悪性ボットのトラフィックの4割が米国を対象としていたといいます(2位のオーストラリアは6.8%と大きく差が開きます)。なお、米ツイッターの買収を決めた起業家のイーロン・マスク氏はボット排除を宣言(本人確認による認証アカウントを増やし、匿名性を排除する考えを表明)、米アカマイ・テクノロジーズは検知ソフトを開発し米アマゾン・ドット・コムやヤフーもネット通販や広告で規制を強めている状況にあります。ツイッターを含むSNSでは近年、ボットによる負の側面が目立ち、大量に生成されたボットアカウントによってフォロワーの数を水増ししたり、情報を意図的に拡散したりする手法が多く見受けられます。本コラムでも取り上げてきていますが、ロシアのウクライナ侵攻や新型コロナウイルスのワクチンを巡って世論の誘導を狙った偽情報の拡散も問題視されてきたところです。ECサイトでは楽天市場とメルカリは、サイト内の情報収集や自動出品を規約で禁じており、メルカリは「大量のアクセスにより負荷がかかるため、サービスに悪影響を及ぼす可能性がある」としており、該当者には利用制限などの措置をとっています。また、ヤフーは、実在する人ではなくボットがウェブ広告をクリックすることで広告費を詐取する「アドフラウド」の対策を強化しています。SNS側もかなり対策していますが、悪意ある人は抜け道を簡単に発見するため、いたちごっこになっている状況です。デジタル化の弊害とも言える「悪いボット」ですが、人の手による排除は難しく、その対策も、AIなどのプログラムが担うことになり、結局、AI対AIのいたちごっこが永遠に続くことになりそうです。

SNSの犯罪インフラ性についてはこれまでも本コラムで取り上げてきましたが、日本にいながらスマホと指1本でロシアにサイバー攻撃を仕掛けるような状況が生まれています。

SNSの犯罪インフラ性という点では、SNSなどでスカウトした女性を性風俗店に紹介したとして、大阪市内のスカウト集団が逮捕されています。かつてスカウトは繁華街での声かけが中心だったところ、新型コロナウイルス禍で外出が減ったことなども背景に、SNSを通じた勧誘が活発になっているといいます。アルバイト感覚で安易に誘いに乗る女性の増加も懸念され、警察当局は警戒を強めているということです。報道によれば、実際に利用する男性は、SNSなら全国の女性を勧誘できるとし、「路上のように現行犯で警察に捕まることもないので効率がいい」と説明、また、「ネット世代の若者にすれば、路上で話しかけるより信用してもらいやすい」と、両者にとってのメリットが大きいと話していますが、性風俗店やキャバクラでの勤務、アダルトビデオ出演などに勧誘するスカウト行為はそもそも違法です。紹介先で受け取るはずの報酬から多額の手数料を天引きされるなど、トラブルになるケースもあり、大阪府警幹部は「スカウトの中にはナンパを装って言葉巧みに勧誘し、違法店で働かせようとする者もいる」とし、「安易に連絡先を教えず、もし迷惑行為があればすぐ警察に相談してほしい」と呼び掛けています。

電話で暗証番号などを聞き出した上で、勝手にインターネットバンキング機能を追加して、口座残高を不正に送金するという、新手の詐欺が秋田県内で相次いでいるといいます。電話でやりとりをするだけで被害に遭ってしまうため、秋田県警では注意を呼びかけています。報道によれば、八峰町の60代女性の自宅に3月30日午後、町役場職員をかたる男から「払戻金があるので金融機関を教えてください」と電話があり、女性は、利用する県内金融機関の口座番号やキャッシュカードの暗証番号を伝え、指定された電話番号に電話、数日後、金融機関からの連絡で、ネットバンキングで見知らぬ口座に約700万円が送金されたことに気づいたといいます。そもそもネットバンキングの不正利用を防ぐため、金融機関はパスワードに加え、一時的に発行する「ワンタイムパスワード」を入力する2段階認証を取り入れていますが、このワンタイムパスワードを利用するために、金融機関によっては、利用者が届けている電話からフリーダイヤルにかける仕組みを取り入れており、電話によって本人が手続きを進めていると判断することになります。今回の手口では、被害者が指示された通りに電話をかけたため、知らない間に本人確認されたことになり、不正送金につながったとみられています。金融機関の担当者は「暗証番号など全ての情報を第三者に知らせ、誘導されるがまま届け出がしてある電話番号で認証を行われると、セキュリティ(安全)面での対応は困難」、「詐欺の手口が増えるたびにセキュリティ対策を取るが、それをかいくぐる手口が出てくるのでいたちごっこ。セキュリティと利便性のバランスが難しい」と指摘しています。本件は本人確認手続きの脆弱性が犯罪インフラとして突かれた形であり、口座情報や暗証番号を電話で安易に伝えないという鉄則を守ること以外対策は難しいといえます。

不安をあおる内容のメールで偽サイトに誘導し、個人情報をだまし取る「フィッシング詐欺」の被害が止まらない状況となっています。偽メールは銀行や携帯電話会社など100社以上になりすまして送信されており、全国でクレジットカードを不正利用された被害額は330億円超と過去最多を更新しています。これだけ警戒をしても騙される人が後を絶たない理由について、2022年5月20日付毎日新聞では、「特に注意が必要なのは、自身の行動や予定と合致した内容の偽メールです」との国民生活センターの担当者の指摘をとりあげています。具体的には、荷物が届く予定日の前後に受信した宅配業者をかたる偽メールは危険で、「普段は用心している人も、近く荷物が届くという意識が強いため、信じ込むリスクが格段に高まる」ということです。例えば、福岡県在住の被害者の男性は、偽サイトで入力したIDやパスワードを、普段から複数のサイトで使い回していたため、フィッシング詐欺に遭ったのは「アマゾン」をかたる偽サイトと思われるところ、その後に不正利用が発覚したのは「メルカリ」のサイトだったという事例もあります。情報セキュリティ大手「トレンドマイクロ」の追跡調査によれば、被害者の名前や生年月日、住所を基に偽のカードや身分証が作成される被害も確認されているといい、同社は「日本人の個人情報は犯罪集団の間で売買され、さまざまな犯罪に悪用され続けている」と指摘しています。

次に、サイバー攻撃に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 病院へのサイバー攻撃が相次いでおり、国内の大規模病院3カ所がハッカーから侵入された可能性の高いことが日本経済新聞の調査で分かったといいます(2022年5月28日付日本経済新聞)。大型病院100カ所の情報を闇サイトで調べたところ、3病院のシステムに侵入したプログラムが販売されていたといい、3分の2の病院では職員のパスワードも漏洩していたといいます。医療機関へのサイバー攻撃は激しくなっており、対策の遅れが目立つ状況となっています。病院がサイバー攻撃を受けるのは病歴や治療歴などの個人情報を盗み出すことに加え、ランサムウエアと呼ばれるウイルスに感染させて「身代金」を要求することなどが目的と考えられています。なお、調査では66カ所の病院では職員のメールアドレスとパスワードの漏洩も計16,259件見つかっています。一方で、日本の病院は予算の不足で高度化するサイバー攻撃に対応できていない現実があります。51%の病院がサイバー対策予算を年間500万円未満と回答、一般企業の水準と比べると、500床以上の大病院では数千万円少ないことになり、保有する情報が機微なものが多いこととあわせれば深刻な状況だといえます。対策として普段は回線を遮断していても遠隔でシステムを保守する際などには外部とつながざるを得ず、これが防衛の穴になります。本コラムでも取り上げた2021年に起きた徳島県の病院へのランサムウエアでの攻撃も保守サービス用の回線が侵入口になったとみられています。さらに在宅医療や画像診断の外部委託などが進み、病院では基幹システムを外部に接続することが必須になりつつあります。医療のデジタル化が進むなか、対策を怠れば、日本の病院はサイバー犯罪の格好の餌食になりかねないという危機感が必要です。なお、関連して、新型コロナウイルス禍で資金繰りに悩む医療機関に近づいて返済不要な公の融資枠があると偽り、高額な手数料をだまし取る詐欺行為が、全国で横行しているといいます。独立行政法人福祉医療機構が2年前、経営難の医療機関などに対し、無利子・無担保での貸し付けを始めたところ、不審な勧誘に関する情報が相次ぎ、数百万円を詐取されたとみられるケースもあったといいます。公的医療保険に支えられ、絶えず収入がある病院から資金をかすめ取る新たな手口とみられ、機構は注意を呼び掛けています。
  • セキュリティ企業の米インパーバは、日本企業の8割が社員の過失や故意による情報流出など社内のセキュリティ上のリスクに対して対策を施していないとの調査をまとめています。報道によれば、過去1年間にアジア太平洋地域で起きたセキュリティに関する事故の59%は社内に原因があったといい、それにもかかわらず日本企業の半数以上は内部脅威への対策の優先度は低いと回答しているといいます。調査は日本企業のセキュリティやITの担当者を対象に2021年9月に実施、調査では「外部脅威対策と比べて、内部脅威や認証情報の不正利用の対策を優先していない」に当てはまるかどうか聞いたところ、「当てはまる」または「とても当てはまる」と回答した日本企業は合わせて55%で、そのうちの32%は理由に「内部脅威を重大な脅威として認識していない」を挙げています。内部脅威に対する企業の優先度が低い理由として、予算(43%)と社内の知識不足(32%)が挙がっており、内部脅威に対応する専門部署があると回答した企業はわずか24%にとどまっています。
  • 米サイバー対策企業のエクストラホップ・ネットワークスはアジア圏にある組織のサイバー被害に関する調査結果を発表しています。報道によれば、組織の83%が過去5年以内にランサムウエアの被害を受けたものの、全体の68%が被害を受けても外部に公表していないと回答しているといいます。日本では77%が被害を受け、公表していない組織は75%と他国の平均より高かったとのことです。調査は2022年1月に日本とオーストラリア、シンガポールで従業員50人以上の組織に所属する各国100人、計300人のIT責任者を対象に行われ、被害を受けた回数を尋ねると、1~5回が全体の48%で、6回以上受けたという組織も35%に上っています。ランサムウエアによる脅迫に対し身代金を支払ったことがあるとする回答は全体の45%と半数近くを占めています。サイバー攻撃の被害が広がるなか、被害を受けた組織が金銭の支払いによる解決を図り、被害実態を隠す対応を取っていることが浮き彫りとなっています。また、自組織のサイバー脅威に対する対応能力について「完全に信頼」「大いに信頼」と答えた割合は、シンガポールの52%、オーストラリアの43%に比べ、日本は23%にとどまっており、今後のセキュリティ予算の増加を見込む組織も日本は他国より低いという結果となりました。
  • 世界のメール攻撃は4月に前年比8.5倍に急増し、企業は防衛策の強化を迫られている中、GMOインターネットはグループ全社員約7千人を対象に、攻撃者の視点で脆弱性を診断し、企業などを守る技術者「ホワイトハッカー」としての教育を始めるということです。サイバー攻撃を実演する動画を通じて手法を学び、模擬攻撃も体験してもらうもので、今夏にもホワイトハッカー研修を人事や経理など非技術者を含めた全社員に拡大するとしています。、メールで模擬攻撃を仕掛ける訓練を年1~2回実施するケースが一般的であるところ、全社的にこうした研修を導入するケースは珍しく、その効果を期待したいところです。なお、米国など海外では、攻撃の際に社員一人一人が攻撃の内容を社内のセキュリティ部門に迅速に共有する報告率を上げる訓練を重視しているといいます。実際にシステムに模擬攻撃を仕掛けて弱点を探る「ペネトレーションテスト」を導入する企業も増えており、セキュリティの知見向上のため、GMOのように疑似的に攻撃を体験するなど、研修手法も多様化しつつあります。
  • 国内の企業や政府機関などを狙ったサイバー攻撃が相次いでいます。こうした攻撃のほとんどは海外から行われ、複数の国のサーバーなどを経由してくるため、警察は他国への照会などをしながら捜査を進めていますが、攻撃者を検挙し事件として摘発に至るのはまれという実態があります。そこで注目されているのが、捜査などを通じてサイバー攻撃の主体や手口、目的、背景にある組織などを特定する「アトリビューション」と呼ばれる手法だといいます。専門家は「アトリビューションはできても、外交的な配慮などもあってパブリック・アトリビューションはあまりしてこなかったと感じるが、それを転換していくということだろう」、「「誰が攻撃しているか見えている」と発信することで、ある程度抑制できる」、「サイバーセキュリティの世界では、検挙はできなくても実行者などを名指しすることによって相手が攻撃しにくくする、予防することが重要」、「米国では、攻撃を仕掛けてくる可能性がある国のネットワークに平時から侵入することが認められている。他国の攻撃者は普段から日本のシステムをのぞき、ウイルスを仕込んだりしているが、日本からはできない。激しい能力差がある」、「重要インフラなどの企業が政府機関と事前に合意していれば、その企業の通信のログを共有できるのではないか。ログを共有しておけば、異常に気づくし、政府と他国との情報共有が可能になる」と指摘しています。
  • 日本経済新聞において、世界最大級のサイバー攻撃集団でロシアとつながりが深い「Conti(コンティ)」の活動実態に関する連載記事がありました。そこでは、ランサムウエアで企業などのシステムを攻撃し回復させることと引き換えに1年半で100億円相当の暗号資産を奪取、645の暗号資産口座で複雑に資金を移動させて追跡を逃れていた実態や、人事や渉外など大企業並みに機能を分化した組織で攻撃を実行しており、サイバー犯罪が「ビジネス」化しつつある状況など、世界最大級のサイバー犯罪組織「コンティ」から漏洩したチャット履歴の分析からは、ランサムウエアを仕掛ける組織の構造が浮き彫りになっています。身代金の交渉を担う渉外・広報担当メンバーや攻撃部隊などが、まるで会社組織のように仮想空間で連携して標的を攻める、収益源の多様化のため新規事業を開発したり、標的を調査・分析したりするチームもある、組織の維持・拡大のため、攻撃を担う人材の採用に力を注いでいる、人事担当者が「月給2千ドル」「週休2日」など働きやすさを強調して勧誘する、部下へのハラスメントを戒め、働く目的や生産性の高め方を示す「マニュアル」まである、顔も本名も知らずに、専門スキルを持つ人材を数百人規模で「ギグワーク(単発労働)」の要領で犯罪へ引き込み働かせている、などの実態が明らかになっています。そして、犯罪集団「コンティ」の標的になりかねないコンピューターが少なくとも日本に約22,000台あること、4月下旬時点で台湾に次ぐ多さで3位の米国の1.5倍以上に上ることなどから、事業継続を重視して修正対応を後回しにする短期的な視点が日本の防衛力を下げている実態が浮かび上がっています。コンティから流出した記録は、不明瞭だったロシア政府との関係を示唆する重要な資料であり、ロシア連邦保安局(FSB)とコンティの関連も疑われる中、ウクライナ侵攻を契機に政府の手駒として西側への攻勢を強めていくと専門家は指摘しています。以下、抜粋して引用します。
まるで会社、渉外・調査部も 仮想組織でサイバー攻撃
世界最大級のサイバー犯罪組織「コンティ」から漏洩したチャット履歴の分析からは、「ランサムウエア」(身代金要求型ウイルス)を仕掛ける組織の構造が浮き彫りになった。身代金の交渉を担う渉外・広報担当メンバーや攻撃部隊などが、まるで会社組織のように仮想空間で連携して標的を攻める。収益源の多様化のため新規事業を開発したり、標的を調査・分析したりするチームもある。…ランサムウエアを用いたサイバー攻撃は、複数の犯罪集団が役割を分担して実行される場合が多い。コンティは攻撃の「元締め」的な存在で、開発したソフトを実行犯に提供するサービスを展開している。企業のシステムに侵入する裏口を提供する協力組織も別にある。サイバー攻撃を実行するためのサプライチェーン (供給網)がネットの闇で形成され、産業化している。…漏洩したチャットではほかにも、別のサイバー犯罪集団が作成した攻撃ツールの購入について議論していた。闇のサプライチェーンの裾野は急速に広がっていると見られ、ランサムウエア攻撃というコンティの「ビジネス」を支えている
報酬月2000ドル・週休2日、サイバー攻撃人材の獲得実態
コンティは組織の維持・拡大のため、攻撃を担う人材の採用に力を注いでいる。人事担当者が「月給2千ドル」「週休2日」など働きやすさを強調して勧誘する。部下へのハラスメントを戒め、働く目的や生産性の高め方を示す「マニュアル」まである。顔も本名も知らずに、専門スキルを持つ人材を数百人規模で「ギグワーク(単発労働)」の要領で犯罪へ引き込み働かせている。…サイバー犯罪を継続していくために、コンティは攻撃ごとに数百人単位の専門人材を採用し動かしてきた。元京都府警サイバー犯罪対策課長は「技術を持つ外部人材を巧妙に引き込むエコシステムが発展し、巨額の収益を得られる産業として成立してしまっている」と分析する。優秀な人材をネットの闇に引き込む手口への警戒は、社会全体でしていく必要がある。
世界最大級サイバー攻撃集団 「身代金」で100億円奪取
世界最大級のサイバー攻撃集団でロシアとつながりが深い「Conti(コンティ)」の活動実態が判明した。「ランサムウエア」と呼ぶウイルスで企業などのシステムを攻撃し回復させることと引き換えに1年半で100億円相当の暗号資産(仮想通貨)を奪取。645の仮想通貨口座で複雑に資金を移動させて追跡を逃れていた。人事や渉外など大企業並みに機能を分化した組織で攻撃を実行しており、サイバー犯罪が「ビジネス」化しつつある状況だ。…コンティが活用した仮想通貨ビットコイン(BTC)の645口座には2321BTCが入金されていた。チャットが流出した22年3月時点の取引レートで118億円相当になる。重複分などを除くと、身代金の全額、もしくは一部と思われる外部からの入金は少なくとも1953BTC(99億6千万円相当)あった。最も入金が多かった口座では、約2カ月間で一度に10億円弱の入金が複数回あった。流入した約30億円は細かく分割されて複数の別の口座へ移されていた。「短期間で資金を動かし捜査当局などによる身代金の追跡を逃れ、交換所や闇サイトでの現金化を狙っている」(吉川氏)…プログラミングなどのスキルを持つ数百人の実行メンバーが、「ギグワーク(単発労働)」のように入れ替わり攻撃に参加する。犯罪への関与を知らずに参画しているケースもあるとみられる。報酬と引き換えにスキルを犯罪に提供する闇ビジネスが確立している。
ランサムウエア標的、日本2万台 脆弱性対応世界に後れ
世界最大のランサムウエア犯罪集団「コンティ」の標的になりかねないコンピューターが少なくとも日本に約2万2千台あることが日本経済新聞の調査で判明した。4月下旬時点で台湾に次ぐ多さで、3位の米国の1.5倍以上だ。事業継続を重視して修正対応を後回しにする短期的な視点が日本の防衛力を下げている。…脆弱性は通常、公表時に製造元から修正ソフトが配布される。「修正せずに放置しておくと重大なリスクにさらされる」とテナブルのサットナム・ナラン氏は警告する。しかし、コンティが利用する脆弱性には7年前の発見から修正されていないものもある。特に日本は脆弱性の修正ソフトを組み込む対策が進んでいない。メールサーバーに脆弱性がある台数は、脆弱性が発見された2021年3月から27%しか減っていない。世界平均の84%と比べて見劣りする。この脆弱性は中国政府とのつながりが疑われるハッカー集団に実際に悪用されているとマイクロソフトは指摘する。欧米各国の多くは9割以上のメールサーバーで修正対応済みだ。…高い攻撃技術を持つセキュリティ技術者「ホワイトハッカー」を多数抱えるGMOサイバーセキュリティbyイエラエの牧田誠社長は「攻撃者の視点を持ち、防御するIT資産の優先順位を決めることが必要になっている」と語る。
サイバー攻撃の「パナマ文書」、ロシア政府との関係示唆
世界最大のランサムウエア犯罪集団「コンティ」から流出した記録は、不明瞭だったロシア政府との関係を示唆する重要な資料だ。ロシア連邦保安局(FSB)とコンティの関連も疑われている。ウクライナ侵攻を契機に政府の手駒として西側への攻勢を強めていくと専門家は見ている。…2021年、米国で社会インフラへのランサム攻撃が相次ぎ、経済活動が混乱した。米国はロシア政府が国内のランサム集団を放置していると批判したが、政府とランサム集団のつながりまでは指摘しなかった。ランサム集団も攻撃に政治的意図はないと主張してきた。しかし、流出資料は二者の関係に光を当てた。「(攻撃が成功すれば)クレムリン(ロシア大統領府)で報酬をもらえる」。米金融会社への攻撃に対しコンティ幹部「Target」は語っている。標的選定にロシア政府の意向を意識していることがうかがえる発言は多い。…政府とサイバー攻撃集団の関係には二面性がある。22年1月、ロシア政府は大手ランサム集団「レビル」のメンバーを逮捕したと発表し、米国政府はロシア政府を称賛した。サイバーディフェンス研究所の名和利男専務理事は「ランサム集団はロシア当局の駒だ」と話す。仮想敵国への攻撃に利用される一方、外交の手札として経済制裁の回避のため切り捨てられることもある。ロシアの劣勢が強まれば犯罪集団の活動が過激になる可能性がある。
コンティ、崩れた一枚岩 進化するサイバー攻撃に備えを
「コンティ幹部が内部の結束力を見誤ったのが原因だ。ウクライナ侵攻でコンティがロシアを支持する声明を出したが、当初は『ロシア政府を全面的に支持する』と強いメッセージだった。だが、『我々はいかなる政府とも手を結んでいない』とすぐに書き換えられた」「ウクライナ人、または同国に親和的な内部メンバーが一定以上おり、反発の強さは幹部陣にも想定外だったとみられる。それでも反発はやまず、大規模な漏洩につながった」「組織図や攻撃計画、各メンバーの情報に加え、休日申請が認められたと喜び合う投稿など一般企業さながらのコミュニケーションも見て取れる。参加メンバー同士の意見が衝突して『部署』の異動を求めたり、下位メンバーが上司の不満を漏らしたりと、コンティが必ずしも一枚岩ではないことも分かった。膨張した半面、幹部陣が組織全体を制御しきれていない実態も浮き彫りになった
サイバー攻撃、世界で組織的に 捜査もグローバル連携を
「楽に報酬を稼げるとアピールして悪の道に引き込む手法は、古今東西変わらない。高いITスキルがあれば、先進国ならばまっとうな企業に就職し給料を得られるが、国によっては就職が難しく技術を持て余す人も多い。そうした人材を巧妙に引き込んでいる。サイバー攻撃や犯罪を絶つには、この取り締まりが重要だと捜査員時代から言い続けてきた」「メール詐欺などは以前から分業はされていた。国際的なランサムウエアの攻撃集団が会社のように組織だっていることには率直に驚いた。攻撃集団にとってはメンバーを増やして組織化した場合、今回のような意見を異にするメンバーの反発が起こりうる。気が弱かったり守るべき立場があったりするメンバーが警察の捜査に協力する可能性もある」「海外ではこうしたサイバー犯罪集団に捜査員がひそかに参加し、内部情報を収集したり協力者をつくったりする積極的な潜入活動が行われる。闇サイトの閉鎖やメンバーの摘発に成功している事例もある。攻撃集団の大規模化を逆手に取った手法だ。日本ではそこまで深く活動できていないのではないか。サイバー攻撃の進化に合わせ、法整備とともに捜査手法の進化も不可欠だ

前回の本コラム(暴排トピックス2022年5月号)でも取り上げましたが、ロシアのウクライナ侵攻で多くのロシア市民が、欧米の経済制裁と距離を置くトルコやアラブ首長国連邦(UAE)での不動産購入に動いています。資産保護に加え、ロシア脱出に備えた外国籍獲得の狙いもあるようです。報道によれば、トルコにはロシア観光客が多く、侵攻後も航空路線を維持、投資拡大のため一定額以上の不動産を購入した外国人にトルコ国籍を与える制度があり、ロシア市民の一部が国外脱出に備えて購入しているとみられています。新型コロナウイルスの影響や通貨下落でトルコ経済は低迷しており、不動産業界は歓迎しているといいます。UAEの商都ドバイでもロシア人の不動産購入が目立ち、侵攻後、ロシア人富裕層が制裁の影響を受けやすいロンドンの住宅を売り、ドバイで不動産を買う例が急増、ロシアのオリガルヒのプライベートジェット機やヨットのUAE入りが伝えられ、資産避難の動きが顕著になっています。トルコやUAEがロシア経済制裁の抜け穴となっている実態もここから垣間見ることができます。

建造物侵入容疑で2012年に逮捕された男性が、ツイッター上に残っている逮捕歴の投稿を削除するよう米ツイッター社に求めた訴訟の上告審弁論が、最高裁第2小法廷で開かれました。1審・東京地裁は削除を認めたものの、2審・東京高裁は「(投稿が)公表されない利益が、公表される利益を明らかに優越するとは言えない」として原告を逆転敗訴としていますが、今回、最高裁が結論を変更する際に必要な弁論を開いたため、2審判決が見直される可能性があります。男性側はこの日の上告審弁論で、逮捕後に略式命令を受けて罰金を納付してから長い時間がたったのに、実名入りの逮捕記事の投稿がツイッター上に残ることで更生が妨げられていると主張、その上でツイッターは検索サイトほど社会の情報流通の基盤にはなっていないとし、「17年の最高裁基準より緩やかな基準で(削除することを)考えるべきだ」と訴えています。これに対し、ツイッター社側は「ツイッターは情報流通の基盤として公共的な役割を果たしている。投稿は独自の表現行為で、削除は表現の自由や知る権利に関わる。投稿は削除されるべきではない」と反論しています。本コラムでは、いわゆる「忘れられる権利」を巡る動向について注視しており、時間の経過と公益性の観点、ツイッターの情報流通基盤としての公共性の観点など、最高裁がどのような判断をするのか、注目したいと思います。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

総務省は、インターネット上の誹謗中傷に関するアンケート調査結果を公表しています。過去1年間でSNSを利用した人の8.9%が誹謗中傷の被害経験があると回答、被害経験があると回答した人は、20歳代が16.4%で最も多く、15~19歳が10.9%、30歳代が10.7%で続き、50歳代は8.7%、60歳代以上は4.0%にとどまり、ネットに慣れ親しむ若い世代で割合が高い結果となっています。また、インターネットで誹謗中傷に関する投稿を目撃したことがあると回答した利用者は、全体で50.1%に上り、目撃したことがあるサービス(複数回答)では、ツイッターが52.6%で最も高く、匿名掲示板「2ちゃんねる」などの掲示板サービスが39.7%、「ヤフー コメント」が32.0%などとなっています。さらに、不適切な投稿を見つけた場合、利用者が事業者に対して申告・報告を行える仕組みがあることについては、計7割近くが「知らなかった」、「方法がわからなかった」と答え、利用者の認知度が低い実態が浮き彫りとなっています。関連して、総務省による「令和3年度国内外における偽情報に関する意識調査」の結果概要は以下のとおりとなっています。

▼総務省 プラットフォームサービスに関する研究会(第36回)配布資料
▼資料1 令和3年度国内外における偽情報に関する意識調査

日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、韓国で比較すると下記のような特徴がみられた。

  • 関連用語の認知状況は、日本は対象国中最も低い。ただし、日本での認知度は年々上昇傾向にある
  • 情報の真偽を見分ける自信は、日本は対象国中最も低い。日本の年代別では、10代のみ「自信がある」を上回る結果
  • フェイクニュースを見かける頻度(週1回以上)は、日本は3割台となり、対象国中最も低い
  • フェイクニュース対策に取り組むべき主体として最も期待されるのは日本、アメリカ、イギリス、フランスで「報道機関、放送局、ジャーナリスト」
  • 新型コロナウイルスに関する情報やニュースを取得する方法は、日本は「民間放送局(テレビ・ラジオ・ウェブサイトなど)」が最も高い
  • 新型コロナウイルスに関する情報について特に信用するのは、日本、イギリス、フランス、韓国は「自国の政府機関のウェブサイトや情報配信」
  • 情報の真偽について「調べるか」についてみると、日本と韓国は、欧米の対象国より低い結果
  • 情報の真偽を確かめる方法で最も高いのは日本、フランス、、韓国では「自国の政府機関の情報」
  • 新型コロナウイルスに関する情報についての意見を聞くと、日本を含めた全対象国において、積極的なファクトチェックの実施や、ファクトチェック結果をSNS事業者がユーザーへ届けることが高い結果となった

2022年5月15日付読売新聞によれば、インターネット上の誹謗中傷を巡り、法務省が「違法性がある」と判断して国内外のプロバイダー(接続業者)などに行った削除要請のうち、3割が応じられていなかったことがわかったということです。法務省や総務省などが参加する有識者検討会は実効性を高めるための議論を進めており、今夏にも要請の法的根拠を明確化する報告書を取りまとめる方針だといいます。類型別では、元交際相手らの裸の画像を勝手に公開する「リベンジポルノ」を含む性的画像は80.8%が、プライバシー侵害は72.3%が削除されたものの、被差別部落に関する情報は54.8%にとどまっていたといい、こうした違いは、刑事罰が科されうるリベンジポルノの場合、接続業者側も要請を受け入れやすい一方、日本固有の歴史や経緯が関係する被差別部落の問題は、海外の事業者を中心に理解されにくいことなどから生じているとみられるとしています。また、法務省の要請に接続業者側が応じない場合、自ら削除を求める裁判を起こさなければならないなど被害者側の負担が増えることになり、一方、業者側も安易に削除に応じれば、憲法が保障する「表現の自由」を軽視しているとの批判を招きかねず、対応に苦慮している面も指摘されているところです。このため、法務省内外から「要請に応じやすくするため、根拠を明確に示すべきだ」との意見が出ています。検討会の座長を務める宍戸常寿・東大教授(憲法)は「海外事業者の場合、日本の法制度や判例への理解が十分でないため、削除に応じないケースもある」とした上で「法務省の削除要請は信頼に足るものだと事業者が受け取れるよう、根拠を分かりやすく整理する必要がある」と指摘しています。

本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、インターネット上の誹謗中傷対策で「侮辱罪」を厳罰化する刑法改正案が、衆院法務委員会で、賛成多数で可決されました。刑罰の懲役と禁錮を廃止し「拘禁刑」に一本化する改正案もあわせて可決されています。公然と人をおとしめる行為が対象で、現行の法定刑は「拘留(30日未満)か科料(1万円未満)」にとどまっていたところ、改正案ではこれに「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」を加え、公訴時効は1年から3年に延長となります。さらに、これまでの審議で、政治家への正当な批判など表現の自由を萎縮させる恐れがあるとの指摘が出て、与野党の合意で、施行から3年後、表現の自由を不当に制約していないか検証するとした検討条項の付則が設けられています。また、新設される拘禁刑は、木工や洋裁といった刑務作業が義務の懲役と、そうした作業が義務ではない禁錮の区別を撤廃し一本化、作業が義務でなくなるため、個人の特性に合った指導や高齢受刑者のリハビリにより多く時間を使うことができることになります。なお、法案成立に向けた議論の中で、特に問題視されたのは、名誉毀損罪には「公益を図る目的があり、内容も真実なら罰しない」という特例があるものの、侮辱罪にはこうした除外規定がない点で、意見書の議論に関わった和田恵弁護士は「特例がない侮辱罪は処罰範囲が限定されないまま。政権に対する批判的な表現もためらわれ、開かれた議論の場が失われる」と危惧、また、法定刑が拘留か科料にとどまる現行法では、「住居不定」か「出頭に応じない」場合にしか逮捕できないが、厳罰化されればこうした条件はなくなるという点などでした。一方、古川法相は、法定刑を引き上げても罪の構成要件は同じで、「言論弾圧的な逮捕が可能になるものではない」と主張、法務省刑事局長も「正当な業務による行為は罰しない」という刑法の別の規定を挙げ、「正当な言論は違法性がしりぞけられる」と強調しています。専修大の岡田好史教授(刑法)は「ネット中傷が社会問題化する中、刑罰が最も軽い侮辱罪は十分に機能していなかった」とし。厳罰化については「表現の自由との関係で乱用は戒めなければならない」としつつ、「軽い気持ちで投稿する人への一定の抑止力になり得る」と指摘、そのうえで、刑罰に頼るだけではなく、民事上の救済方法の充実や、地道な啓発が必要だと語っており、正に正鵠を射るものと考えます。

本コラムでも取り上げてきましたが、インターネット上の誹謗中傷が社会問題化する中、SNSへの投稿に「いいね」を付けたり、リツイート(転載)したりする行為について、裁判で責任が争われるケースが相次いでいます。ワンクリックで手軽にでき、利用者同士をつなげる便利な機能である一方、中には賠償を命じた判決もあり、注意が必要な状況です。例えば、「いいね」について判決は、「『いいね』は好意や肯定の感情を示すために使われることが多いものの、ブックマークなどの目的でも用いられ、多くの意味を持つ行為だ」と指摘、クリックをしても、原則として違法な行為と評価することはできないと判断しています。一方、SNSには投稿を転載する機能があり、代表例がツイッターの「リツイート」で、「いいね」と同じように指一本でできるものの、名誉毀損などを認定する判決が出ています。例えば、2019年9月の大阪地裁判決は「元の投稿に賛同する意思を示したと理解するのが相当だ」と指摘、「リツイートした者も元の投稿の内容に責任を負う」として33万円の賠償を命じたものがあります。本件については、2020年6月の2審・大阪高裁判決も1審判決を支持した上で、「リツイートという容易な操作で投稿が短期間に際限なく拡散される危険性がある」と指摘しています。さらに、東京地裁が2014年と15年に言い渡した2件の判決でも「リツイートは、自身の発言と同様に扱われる」との判断を示しています。報道であるベテラン裁判官は「投稿に賛同する意思があったと客観的に捉えられるかどうかがポイントだ」と分析、「リツイートは『他人にも見てほしいと賛同したからこそ、拡散した』とみなされやすい。一方、『いいね』をクリックしただけで賛同したと評価するのは難しいが、賛同の意思を客観的に証明できる証拠があれば、賠償が認められる可能性はある」と指摘しています。

IT大手ヤフーがニュース配信サイト「ヤフーニュース」に掲載するエンタメなどの一部記事に関し、誹謗中傷の抑止を目的に読者のコメント投稿欄を閉鎖しています。週刊誌やスポーツ紙など少なくとも三つのメディアの提供記事が対象となっています。これまでも差別的な投稿を個別に削除したり、「炎上」の恐れがある個別記事のコメント欄を非表示にしたりする対策を取ってきましたが、今回は特定メディアのエンタメ記事に関するコメント欄を一斉に閉鎖する措置に踏み込んだものとなります。インターネット上の誹謗中傷はコメント欄を舞台にエスカレートする場合も多く、人を傷つけ自殺者を出すなど深刻な社会問題となっており、ヤフーは過熱する皇室報道をきっかけに今回の対応を取っていますが、コメント欄がなくなると対象記事の閲覧数が減ることも予想されるところであり、ネットニュースの基盤を握るIT大手と報道機関の関係を巡り議論を呼びそうです。報道で専門家らは「ヤフーニュースのコメント欄には功罪があり、評価が難しい。私もコメント欄で新たな学びを得ることがあり、価値は高い。一方でAIなどでも差別的な表現が削除しきれないことがあり、負の側面があるのも事実だ。ヤフーの対策は完璧ではないが、より健全な議論の場にしようという姿勢は感じる」、「ヤフーニュースのコメント欄は、かねて事実に基づかない書き込みや差別的な表現、個人への攻撃が問題になってきた。抜本的に対応するのであれば、全ての記事からコメント欄を撤廃すべきだ。一部メディアのコメント欄を閉鎖した今回の動きは、ヤフーが記事の価値を判断し、選別する役割を果たしていることを意味する。日本ではヤフーの影響力が大きく、究極的には記事の選別やコメント欄における投稿の削除を通じて世論の操作も可能だ。特定の記事を問題視するのであれば、基準を明確化して公表し、読者が判断できるようにする必要がある。」などと指摘しており、いずれも説得力があります。デジタルプラットフォーマーとしての役割を自覚し、誹謗中傷という人権侵害を許さないという態度を示すという踏み込んだ対応をした点は高く評価できますが、世界的にもウクライナ情勢に対する削除対応に顕著な、「中立性・公平性」とは何か、が十分明確になっていないと感じられ、今後の大きな課題だといえます。なお、関連して、先行して取り組んでいるコメント欄非表示機能導入後の状況については、以下のような結果となっています。

▼ヤフー Yahoo!ニュース、コメント欄非表示機能導入後の状況を公表(2022年1月)
  • 「Yahoo!ニュース」では、以前より誹謗中傷などの内容を含む投稿を禁止し、コメントポリシーに違反投稿の具体例をわかりやすく明示しています。24時間体制の専門チームによる人的なパトロールに加えて、自社で開発した「深層学習を用いた自然言語処理モデル(AI)」などのテクノロジーを駆使しながら、誹謗中傷をはじめとする違反投稿を1カ月で約35万件削除するなどさまざまな対策を行っています。
  • 導入開始から12月18日までの2カ月間において、コメント欄が非表示となった記事数は合計216件で、1日あたり平均3.5件でした。1日あたりの配信記事数に対して0.05%程度です。
  • 2カ月間でコメント欄が非表示となった記事を媒体種別に検証したところ、件数が多い順に一般紙・通信社が47件、週刊誌が42件、テレビが41件、ネットメディアが37件、スポーツ紙・夕刊紙が31件、海外メディアが18件という結果でした。
  • 本機能の導入にあたり恣意性を排除するため、AIが判定した違反コメント数など客観的な指標を用いた基準に従い、コメント欄を自動的に非表示としています。当該基準を用いて非表示となったコメント欄を検証した結果、媒体の種類や記事の内容などを問わず、さまざまな記事のコメント欄が措置の対象となっていることが判明しました。
  • 有識者からは、コメント欄の非表示措置は、コメント欄に誹謗中傷などの投稿が集中しているような状況において、一定の有効な手段であるという意見をいただくとともに、恣意的な運用とならないように非表示とする際の基準を明確にし、かつ、なぜこうした基準を採用するのかという理由を対外的に説明し尽していくことを前提に、本機能による施策を継続していく点についてもご支持いただきました。また、コメント欄の非表示措置は、建設的な意見も事実上削除してしまうことから慎重さが求められるため、違反者や違反投稿への対策をこれまで以上にきちんと両輪で進めるべきであるといった、コメント欄の非表示措置に限られない今後の対策についても適切に推進することを要望する意見をいただきました。

誹謗中傷対策として自治体も独自に取り組みを進めています。大阪府は、インターネット上の誹謗中傷の対策を話し合う有識者会議の初会合を大阪市内で開いています。同会議は京都大大学院の曽我部真裕教授(憲法学)ら専門家5人で構成し、中傷を防ぐための実効性のある施策などについて議論するもので、年内をめどに最終報告書をまとめる方針だといいます。本コラムでも取り上げましたが、大阪府はネット上の中傷や差別の防止を図る条例を4月1日に施行しています。同条例では、被害者支援や中傷行為を抑制する取り組みを「府の責務」と明記し、教育を通じたネットリテラシーの向上に取り組むことも盛り込んでおり、有識者会議は条例の制定を受けて設置し、具体策を議論する場になります。また、福岡県弁護士会は5月に開かれた2022年の定期総会で「ヘイトスピーチのない社会の実現のために活動する宣言」を採択しています。今後ヘイトスピーチ対策の専門チームを会内に結成し、実現すれば九州初となる規制や罰則を伴う条例のモデル案を作り、県や市町村に制定を働きかける方針だということです。報道でによれば、吉田副会長は「県内では依然としてヘイトスピーチが横行しており、法律の専門家として対策に取り組みたい」と述べています。宣言では、福岡県弁護士会はヘイトスピーチが横行する現状に「向き合う必要がある」と宣言、国の解消法に加えて独自に条例を定めてヘイトスピーチを禁止している自治体もあり、現在は条例がない県内の自治体に制定を促すためモデル案を作って示すとしています。東京弁護士会が2018年に条例案を作成して公表し、東京都国立市の条例制定の際に参考にされたといいます。九州では宮崎県木城町がヘイトスピーチ禁止を掲げた条例を制定していますが、罰則はなく、憲法が保障する表現の自由との兼ね合いから、刑事罰など厳しい措置を伴う条例の制定は全国でも川崎市など一部に限られ、大阪市は実行した団体や氏名を公表しています。県弁護士会は県内に条例がない現状について「アジア諸国に近接しながら取り組みが遅れており、看過できない」と指摘、他の自治体の取り組みも参考に何らかの規制や罰則を伴う条例のモデル案を慎重に議論しながら作成したいとしているほか、差別解消のため弁護士による学校への出前授業も計画するとしています。

2021年度にSNSなどで他人を誹謗中傷したり、個人情報を明かしたりした千葉県内の中高生は472人(前年度比542人減)で、11年度以降で最も少ない結果となったといいます。2022年6月4日付毎日新聞によれば、県は2020年度からAIなどを活用し、学校名や呼称、行事名などを手がかりに、生徒によるSNSやインターネット掲示板の問題投稿の特定を試みており、2021年度は県内全ての中学校、高校、特別支援学校など632校を対象に実施、問題投稿が確認された場合、生徒を指導し、投稿を削除させるなどしています。問題投稿は深刻度に応じて、(1)自身の名前や学校名などの公開(2)他人の個人情報の公開や自殺予告、個人を特定した誹謗中傷など(3)刑事事件や自殺に関係するもの、の三つのレベルに分類され、2021年度は(1)が400人(400件)、(2)が71人(84件)、(3)が1人(1件)確認されたといいます。近年は、個人情報を公開していることが原因で事件に巻き込まれるケースやネットでの中傷を苦にした自殺が社会問題になっており、県は子どもたちへの啓発に力を入れてきましたが、県はSNSなどとの適切な付き合い方について、周知が進んできたからではないかと分析しているということです。このような取組みによって誹謗中傷の抑止につながる可能性を示したもので、その意義は大きく、他の自治体でも積極的に取り組んでほしいと思います。

山口県阿武町が新型コロナウイルス対策関連の給付金4,630万円を誤入金し、全額が出金された事件を巡り、インターネット上で職員が誹謗中傷されているとして、町が節度ある対応を求めています。事実無根の書き込みなどが確認されており、一部の職員が心身の疲弊を訴えているといいます。町によると、誤入金の発端が職員のミスと認めていますが、ネット上の書き込みなどで職員らが心を病むような状況になり、職員の家族にも二次被害が及んでいるといいます。一方、苦情や批判の電話が町役場に1日数百本も寄せられており、職員が対応に追われ、つながりにくい状況が続いています。一時は「なぜ町役場に電話がかからないのか」と、別組織の町社会福祉協議会に電話をかけてきたケースもあったといいます。さらに、ネット上で「ミスをした職員ではないか」として無関係の職員の顔写真が出回るなど、深刻な事態も生じています。同町の中野副町長は「ネットの情報は誤りで、写真などが出回っている職員は無関係だ」と強く否定していますが、情報はネット上で拡散し続けており、写真を「さらされた」職員は心身の不調を訴えて、欠勤がちになっているといいます。一方、本件においては、まだ逮捕前だった「一般人」の名前を公表したことの是非も取り沙汰され、町のHPへのアクセスが殺到しました。すでに、HP上から容疑者の情報は削除されているものの、公表した理由は当時、ネット上で「4,630万円の返還を拒む住人」をめぐる推測も飛び交い、容疑者とは別の住民の情報が拡散するなど「間違った情報が流れ、実名を公表しないと『犯人捜し』が続き、無関係の住民が被害を受ける」という懸念からだったとしています。発端は町のミスではありますが、このように広範囲に深刻な被害が及ぶことは明らかに行き過ぎであり、対応の難しさもあらためて痛感させられます。いわゆる電凸やネット上の誹謗中傷は、特定の人に殺到すれば大きな精神的負担となります。自身と考えの違う人を全否定し、自分なりの「正義」を掲げるケースが目立つ傾向が相変わらず続いていますが、そもそも「表現の自由」は人権侵害につながる意見表明を無制限に許容していないはずであり、前述のようなリテラシー教育の充実やデジタルプラットフォーマーの取組みが今後ますます重要となると考えられます。一方で、安易な公権力の介入は「表現の自由」を侵害するものでもあり、批判か誹謗中傷かの判断基準が真に中立であることには困難が伴うとはいえ、関係者は社会と対話をしながら、最善のバランスをとっていくことが求められているといえます。

その他、誹謗中傷に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2019年に開催された国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の実行委員会(会長=大村・愛知県知事)が、名古屋市を相手取って未払いの負担金約3,380万円を支払うよう求めた訴訟の判決が名古屋地裁であり、裁判長は市側に全額の支払いを命じています。名古屋市は2019年、芸術祭にかかる経費約1億7,100万円を負担すると決定、大半を実行委に支払いましたが、2020年に「交付決定を変更する特別の必要が生じた」として残りの約3,380万円を支払わないと実行委に通知して、支払っていなかったものです。河村市長は、いわゆる従軍慰安婦を象徴する少女像などの展示が国民に不快感を与える「ハラスメント」に当たり、政治的中立ではないなどとして、公金支出を止めた判断が正当だと主張していたものです。なお愛知の芸術祭訴訟判決で名古屋地裁は「表現の不自由展・その後」で展示された昭和天皇の肖像を燃やすシーンがある映像作品について「天皇に対する憎悪や侮辱を表明することのみを目的とした作品と解されるとは言い難い」と述べています。本件について河村市長は、判決を不服として控訴したと明らかにしています。「裁判所の判断は本質が『公金支出』の適否にあるとの視点が欠落している。市として支払いを拒むことは合理的判断」と批判、「市民の税金、信用を守らないといけない。だめなら最高裁までいく」と述べ、今後も全面的に争う姿勢を示しています。
  • ツイッターで「死ね」という趣旨の投稿をしたとして、大阪弁護士会の男性弁護士が懲戒処分を受けましたが、日本弁護士連合会から「表現の自由として許される」として取り消されていたことが分かりました。報道によればと、2019~20年、「金払うつもりないなら法律事務所来るな」、「弁護士費用を踏み倒す奴はタヒね!」などとツイート(「タヒね」は、「死ね」を意味する隠語とされます)、一般から懲戒請求を受けた大阪弁護士会は2021年3月、一連のツイートについて「弁護士に求められる倫理性からして認められない。懲戒対象としても、表現の自由の抑制効果が生ずるといえない」とし、懲戒処分の中で最も軽い戒告としましたが。男性弁護士はこれを不服として、日弁連の懲戒委員会に審査請求をしていたものです。日弁連の懲戒委員会は裁決で「軽薄で下品な表現だが、報酬を踏み倒す依頼者は許されないという意見自体は妥当」とする一方、「ツイッターは個人的意見や感情を自由に発信することが認められている」と指摘、「弁護士でも、私的な発言は表現の自由の対象として広く許されるべきだ」とし、懲戒処分を取り消しました。「死ね」という言葉を投げつけることが「表現の自由」として許されるうるのかという点で釈然としませんが、そもそも弁護士としいう立場にふさわしい言動を行うべき(ノブレス・オブリージュ)という視点も重要ではないかと考えます。
  • 東京・銀座にあるロシア食品専門店の看板を壊したとして、警視庁築地署が器物損壊容疑で、都内に住む米国籍の男を逮捕しています。また、同じ店に脅迫メールを送ったとして、脅迫容疑で神奈川県の20代の女を書類送検しています。ロシアが2月24日にウクライナ侵攻を開始して以降、日本国内でもロシア人やロシア関連の店などへの嫌がらせ行為が相次いでおり、関連を調べていたものです。以前の本コラムでも指摘しましたが、国家がやっていることと、その国の国籍を持つ人は明確に区別すべきであり、特定の属性を持つ人々への差別的動機に基づく犯罪であって、放置すればさらなる暴力の連鎖につながりかねず、これまで以上に国が呼び掛けていく必要性を感じます。
  • 患者だった20代女性を中傷するメッセージを女性の父親の勤務先に送信したとして、警視庁は、精神科医を名誉毀損の疑いで再逮捕しています。報道によれば、容疑者は2021年9~10月、東京都内の会社(女性の父親の勤務先)の問い合わせフォームに5回にわたり、患者だった女性について「男性から現金20万円以上や薬1,000錠以上を盗み、新宿署に逮捕されています」、「盗んだ現金は速やかに弁済お願いします」などとうそを書き込み、中傷した疑いがもたれているといいます。なお、同容疑者は今年3月以降、同居女性を蹴ったとする傷害の疑いや、診察中に患者の胸を触ったとする準強制わいせつの疑いなどでこれまでに3回逮捕されています。
  • 社会問題化しているインターネット上の誹謗中傷について裁判例や体験などを共有するサイト「TOMARIGI(トマリギ)」を、群馬県出身のウェブサービスクリエーターらが立ち上げています。報道によれば、公開から約3カ月、徐々にユーザーに浸透しはじめ、被害に悩む人たちへの支援の広がりに期待がかかります。サイトは、法的な解決を図る過去の裁判例や対処法などの情報をまとめ、被害者が傷ついた気持ちを休められるよりどころを目指したといい、目玉の「裁判例紹介」では「個人へのデマ」、「暴言」など被害の内容別に46件の事例を収録、平易な表現で訴えの内容や結果などを事例ごとにコンパクトにまとめ、閲覧者が自分の被害に近い事例を探しやすいようにしています。「対処法」では、トラブルに遭った際の具体的な方策を提示しています。以下、同サイトの対処法から、抜粋して引用します。いずれも本コラムで断片的にこれまで紹介してきた内容ですが、このように整理されている点が極めて有用だと思います。
▼トマリギ SNSでの誹謗中傷体験トラブルの裁判例共有サイト
  • 無視する
    • 誹謗中傷への対応としては、無視することもひとつの方法です。ミュート、ログアウトなどの機能を使って、目に入らないようにすることも有効です。ただし、ブロックなど、機能によっては相手に使用したことが伝わる場合があるので注意しましょう。また、TOMARIGIの体験談広場であなたと似た状況の人の体験談を読んだり、あなたの体験を書いて気持ちを整理することも良い方法かもしれません。
  • 記録に残す
    • 今後、削除請求などの法的対応を検討している場合は、スクリーンショットを撮るなどして、投稿の内容を記録に残しておきましょう。サイトのURLと、保存の日時がわかるように記録することが望ましいです。
  • 無料相談窓口を利用する
    • 無料で相談でき、削除方法を教えてくれる窓口、専門的なアドバイスをくれる窓口、チャットで話を聞いてくれる窓口などが、法務省・総務省HPで紹介されています。各窓口の詳細についてはこちらをご覧ください。
  • 弁護士に相談する
    • 悪質な書き込みをされた場合には、弁護士に相談して、法律上どのような対応をとることができるのか聞きに行くこともできます。インターネット上の問題に強い弁護士事務所や、初回の相談料を無料としている弁護士事務所も多くありますので、まずはお近くの弁護士事務所に気軽に相談してみましょう。法的対応の中には、時間が限られているものもあるので、悩んだ場合にはすぐ相談にいくことをおすすめします。みんなの体験談の中の「#法的対処の体験談」もご参照ください。
  • サイトやSNSの管理者に削除依頼をする
    • サイトやSNSの管理者に対し、削除を依頼する方法があります。お問い合わせフォームなどを設置しているサイトであれば、誰でも簡単に削除を依頼することができます。ただし、法律上の手続による場合と比べ、削除してもらえない場合が多いです。(より詳しい削除依頼手順を知りたい場合は、法務省HPにて紹介されている違法・有害情報相談センターの窓口からメールで無料で相談できます)
    • 法律上の手続としては、プロバイダに対し書面で削除請求を求める送信防止措置依頼や、 裁判手続による削除の仮処分といった方法があります。これらの手続は、専門的な知識や経験がなければ適切に実行することが難しいため、これらの手続に精通した弁護士に依頼することをおすすめします。
    • 送信防止措置依頼は、「侵害情報の通知書兼送信防止措置依頼書」という依頼書に、問題の投稿のURLとその内容、どの権利がどのように侵害されているのかといった必要事項を記入の上、当該投稿のなされたサイト運営者(プロバイダなど)に送付する方法により行います。
    • 書面を受け取ったサイト運営者は、投稿者に対し、送信防止措置依頼がなされたことを伝えた上で、これに対する意見を照会します。サイト運営者は、意見照会に対する回答がない場合や、投稿内容が他人の権利を侵害するものであると認めた場合などに、投稿を削除する可能性があります。ただし、送信防止措置依頼は、あくまでも依頼であって、強制力がないため、サイト運営者が投稿の削除を行わない場合もあります。
    • 削除の仮処分は、裁判所に対し、仮処分命令申立書と、その記載内容を裏付ける疎明資料などの書面を提出する方法により行います。申立後は、裁判官との面接や、サイト運営者の代理人弁護士が出席する裁判期日を通して、お互いに書面を提出して削除がなされるべきか否かについて主張を行います。
    • 裁判所が、当該投稿を削除することについて法律上の要件を満たしていると判断した場合には、サイト運営者に対し、当該投稿の削除を命じる仮処分命令が発令されます。裁判所から削除仮処分命令が発令された場合、サイト運営者は通常、その命令を受けてから1週間以内に、投稿の削除を行います。
  • Yahoo!やGoogleなどの検索エンジンの検索結果に表示させないようにする
    • サイト管理者に対する削除依頼のひとつとして、検索サイト運営者に対し、検索結果の削除請求を行うという方法が可能な場合もあります。具体的な方法としては、一般的なサイト管理者に対する削除請求の場合と同様、サイトのフォームから削除を請求する方法や、弁護士に依頼して裁判所に対して仮処分を申し立てる方法などがあります。
  • 発信者に直接削除依頼をする
    • 発信者と連絡を取ることができる場合には、発信者に対し削除を求めることも手段のひとつです。ただし、発信者が削除に応じてくれない場合や、さらなるトラブルになってしまう可能性もあるため、発信者とのやり取りは慎重に行う必要があります。
  • 発信者情報開示請求をする
    • 損害賠償請求のために投稿者の特定が必要となる場合などには、一定の条件下で、プロバイダに対して発信者情報の開示を求めることができます。ただし、通常、SNSや掲示板の運営会社(コンテンツプロバイダ)からのIPアドレス、タイムスタンプの開示と、通信事業者(アクセスプロバイダ)からの発信者情報(インターネットの契約者情報としての氏名・住所など)の開示の2段階*の手続が必要となり、また、アクセスプロバイダは通常、3カ月または6か月でログを自動的に消去するため、発信者情報開示請求を行う場合には速やかな対応が求められます。これらの手続は、専門的な知識や経験がなければ適切に実行することが難しい ため、これらの手続に精通した弁護士に依頼することをおすすめします。
  • 発信者情報開示請求をする方法は?
    • プロバイダに対して発信者情報開示請求書を送付する方法と、裁判手続(仮処分、訴訟)による方法があります。発信者情報開示請求書による場合、プロバイダに書面を送付します。ただし、この方法で開示されることは極めて少ないです。裁判手続による場合、SNSや掲示板の運営会社(コンテンツプロバイダ)に対して仮処分命令の申立てを行い、その後、通信事業者(アクセスプロバイダ)に対し、訴訟を提起します。それぞれ、権利侵害の具体的内容についてまとめた仮処分命令申立書(又は訴状)と、その裏付けとなる疎明資料(証拠)を提出することにより裁判手続が始まります。
  • 発信者情報開示請求をするとどうなる?
    • サイト管理者や通信事業者に、仮処分命令申立書(又は訴状)が届きます。お互いに書面で主張を重ね、裁判所が開示を認める判断をした場合、プロバイダに対してIPアドレスや契約者情報の開示が命じられます。多くの場合、通信事業者に対する訴訟を提起した際には、通信事業者は投稿者に意見照会を行い、投稿者は自身に対して発信者情報開示請求がなされていることを認識します。
  • 発信者情報開示請求が認められるとどうなる?
    • サイト管理者に対する請求が認められると、IPアドレスなどといった、通信事業者が契約者を特定するために必要な情報が開示されます。通信事業者に対する請求が認められると、当該投稿に用いられたインターネット接続サービスの契約者に関する氏名・住所などの情報が開示されます。その後は、投稿者に対して慰謝料等の支払いを求め、交渉を行うことや訴訟を提起することが一般的です。
      • ※なお、インターネット上での誹謗中傷が社会的な問題となっていることを受け、より簡単に発信者情報開示請求を行うことができるよう、1つの裁判手続の中で発信者情報の開示を請求することができる手続が新設されることとなりました。この手続を定めた改正法は、2021年4月21日に成立し、それから1年6月以内に施行することとされており、2022年秋ごろの施行が見込まれています。
  • 損害賠償請求をする
    • 投稿により、名誉権、プライバシー権などの権利が侵害された場合、投稿者に対し、損害賠償請求を行うことが考えられます。一般私人が被害者となる場合には、100万円を超えるような多額の請求が認められることは少ないですが、近年では、弁護士費用や発信者情報開示請求にかかった費用の一部についても賠償を認める裁判例が増えています。
  • 警察に相談する
    • 加害予告など、身の危険が迫っていると感じた場合は警察に相談しましょう。特に悪質な書き込みについては、刑事事件の対象となる場合もあります。最寄りの警察署や都道府県警察本部のサイバー犯罪相談窓口については、警視庁の公式サイトに掲載されているこちらをご覧ください。

次に偽情報等を巡る最近の動向をみていきます。

新型コロナウイルスの拡大初期にトイレットペーパーが品薄になったのは、「店頭から無くなる」とのデマが原因ではなく、むしろデマに注意を呼びかける情報がSNSで広まったためとの研究結果を東京大学のグループが発表しています。450万件のツイッターの投稿を分析したところ、誤報ツイートが拡散された回数は、計582回、一方で訂正ツイートは、その600倍超にあたる357,000回も拡散されていたといいます(売り切れツイートは73,000回)。閲覧された回数も、訂正ツイートのほうが誤報ツイートより推定で460倍多かったといい、供給不足に関する「デマ」の存在を知った人が、自分はそれを信じなくても、「他人は信じるかもしれない」と心配して買いだめに走るケースが多かったとみられます。誤報ツイートの「もっともらしさ」にもよりますが、訂正ツイートがデマを抑えるのは、それを見た人のうち拡散する人の割合が最大でも0・4%までに過ぎず、これより多く訂正ツイートが拡散されると販売量はむしろ増え、「誤報ツイートを見た人だけが訂正ツイートを拡散する」というルールを設けると、販売量は半減させられたことがわかったということです。

2022年5月28日付読売新聞では、SNS上の「逆張り」についての考察がなされており、大変興味深いものでした。関連する2つの記事から抜粋して引用します。

言葉と相性がいい「逆張り」、SNSで乱発される理由 飯間浩明さん
良識をあざ笑うような意見や、常識的にはありえない主張、がネットではにぎわっています。いわゆる「逆張り」です。SNSが産み落とした負の現象にも思えますが、国語辞典編纂者の飯間浩明さんは、そもそも言葉というものは「逆張り」的文脈で使うときに威力を発揮する、というのです。…SNSの中では、常識的で穏当な意見は埋没しがちです。より多くの閲覧者やフォロワーを獲得するには、まずは目立たないといけない。広告収入などお金が絡んでいればなおさらです。ネットでは、人々の良識に挑戦する主張を展開したり、常識と正反対の情報を広めたりする人が増えました。その発言は、時に根拠があいまいだったり、虚偽に基づいていたりします。もっとも、言葉というものは、もともと、変わったこと、普通とは違うことを伝えるために使うことが多いのも確かです。…常識的、穏当な内容は注意を引きにくいけれど、言葉を尽くして人々の共感を得ることに魅力を感じます。これを逆張りの反対語で「順張り」と言うんですけどね。
「ナチスは良いこともした」という逆張り その根底にある二つの欲求
私が専門とするナチズムの領域には、「ナチスは良いこともした」という逆張りがかねてより存在します。絶対悪とされるナチスを、なぜそんな風に言うのか。私はそこに、ナチスへの関心とは別の、いくつかの欲求が あると感じています。… ツイッターで私が「ナチスの政策で肯定できることはない」と発言すると、多くの反発がありました。私にナチスの「良い政策」を示し、「こんなことも知らないのか」とばかりにあざ笑う人もたくさんいました。そんな反応を見て、逆張りの根底にある二つの欲求に気づきました。一つは、「正しいこと」に縛られずに自由にものを言いたいという欲求です。ナチスの政策について知りたいわけではなく、ナチスは悪といった「正しさ」を息苦しく感じている。もう一つが、「他の人が知らないことを知っている」と誇示し、知的優位に立とうとする欲求です。この二つの欲求は、近年問題になっている陰謀論にはまる動機とも、共通しているように思います。重要なのは、こうした逆張りは、需要があるから存在しているということです。ナチスについての暴論をなぜ少なからぬ日本人が称賛するのかと言えば、「正しい歴史」をひっくり返すための突破口として最適だからでしょう。世界中のだれもが認める「ナチス=悪」が絶対じゃないとなれば、日本の戦争責任だって絶対じゃなくなる。それを信じたいという需要があるから、存在しているのです。…「しょせんSNSの世界の話じゃないか」と思う人もいるかもしれません。しかしいずれ現実の世界に拡散し、より多くの人の目にふれるかもしれない。そして「どちらが正しいか」の判断が人気投票に委ねられてしまいかねません。様々な見方すべてに、等しく価値があるわけじゃない。妥当性の高いものと低いものが存在しています。「逆張りの自由」を看過するわけにいきません

上記の「逆張り」と関連するのかもしれませんが、ウクライナ侵攻で対ロシア批判が強まるなか、国内のSNS上ではプーチン政権擁護の投稿も目立ちます。2022年5月17日付日本経済新聞によれば、東京大学と日本経済新聞が調べたところ、「ウクライナはネオナチ」などロシアの言い分に沿ったツイッター投稿を拡散させている人の約9割は、新型コロナウイルスワクチンに関する誤情報などを発信していたといい、ネット世論にゆがみが生じている恐れがあると指摘しています。鳥海教授はこうしたアカウントの保有者について「政府やメディアが否定する情報をむしろ信じる傾向にある」と分析しているほか、SNSで飛び交う真偽不明の情報は特定のアカウントによって発信や拡散される場合があるとみられています。一方で、「ウクライナ」と「ナチ」の言葉を使いながらロシアの侵攻には賛同しないアカウントも192あり、これらのグループでは310件の投稿が12万回以上拡散、現地の様子を客観的にまとめたり、戦争やロシアの主張を否定したりといった投稿が多い傾向にあったといいます。同じキーワードを使いながら主張が異なるグループはSNS内で断絶していることが多く、鳥海教授は「(いずれのアカウントも)発信は仲間内向けで、意見の違う人同士が議論することは少ない」と指摘しています。同様の傾向は世界的にもみられており、ツイッターはウクライナ侵攻に関して、これまでに10万件以上の偽情報や偏向投稿を削除したりラベル付けしたりしていますが、SNSの特徴は誰もが自由な発信ができることである一方、紛争下などでは偽情報が社会に混乱をもたらす恐れもあり、専門家は「コロナが闇のエリート組織による陰謀だと考える人にとっては、ウクライナ侵攻も同じ陰謀の一つ。根底の部分で考え方がつながっていて共鳴しやすい」と指摘しています。2022年5月20日付毎日新聞の記事「陰謀論、露の主張と共鳴 SNSに侵攻正当化」も同様の傾向を指摘しています。例えば、「ウクライナには米国主導の生物兵器研究所がある」とする誤情報は、ロシアのウクライナ侵攻前後の1週間で、ツイッターのユーザーが同趣旨の投稿を目にしたのは日本語圏だけでも900万回にも上るといいます。分析すると、フォロワー数が1万人を超える影響力が大きい20近いアカウントが拡散の起点となっていたことが判明したと指摘します。ウクライナ侵攻を巡る親ロシア的な主張と反ワクチンを拡散する層が重なる理由として、東京女子大の橋元良明教授(社会心理学)は「どちらも社会の関心が高く、それについて話せば承認欲求が満たされ自己満足を得やすい共通点がある。真相がはっきりしていない部分が多く、陰謀論が入り込みやすい点も似ている。そうした意味で二つの話題は親和性が高い」と指摘しています。また、SNS分析の専門家は「ロシア政府のツイッターアカウントは、誤情報を拡散するために連携している」と指摘、ロシア政府機関のうち、在日大使館を含む主要な75のアカウントについて、ウクライナ侵攻翌日から1週間の投稿を分析したところ、これらのアカウントはほぼ同じタイミングで同じ内容の投稿をリツイートする傾向が確認されたといいます。75アカウントのフォロワーの合計は730万人を超え、ツイッターのアルゴリズムは、ある投稿が短期間に多くの注目を集めたと判断すれば、その投稿を他のユーザーに勧めたり、トレンドリストに表示したりする機能があり、ロシア政府アカウントのリツイートの連携は、このような特性を利用した「アルゴリズムの操作」を意図したものだと指摘しています。「ロシアはデジタル版『鉄のカーテン』をおろして国内で言論を弾圧する一方、国外に対しては、自由な情報の流通という民主主義国家の価値に『ただ乗り』し、偽情報を使った情報戦で混乱を引き起こしている。一方で、このような強権国家に対処するために行き過ぎた規制をとれば、民主主義社会の価値観を損ねかねない。私たちは『寛容のパラドックス(逆説)』の問題にリアルに直面している」との指摘は、正にそのとおりであり、そして事態の深刻さを的確に言い表したものといえます。

最近、ロシア軍とウクライナ軍は即時停戦し、停戦交渉を正式に始めよと主張した声明が、ツイッター上で物議を醸した事に端を発して、専門家同士がSNS上で激論を闘わせました。発表したのは、日本でロシアなどの歴史研究を担ってきた東京大の名誉教授ら14人で、反発したのは、現在大学の教壇に立つ若手の研究者たちという構図で、議論の中身は双方の立場ともに説得力があり、読み応えのあるものでした(ここでは詳述しません)。この議論について、2022年5月30日付毎日新聞において、議論にも参加した日本大学危機管理学部の福田教授が、「和田さんの声明に端を発した世代間の闘争、主張が違う人たちの戦いは、ツイッター上で討論が見える化され、非常に興味深かった。こうして研究者らの議論が見える化されて、一般の人も比較検討しながら自分の理念や理想を構築していくのは、民主主義が進化する一つの過程だと思うのです。研究者も政治家もジャーナリストも、今後もいろいろな意見を言い合ってダイナミックに交流していくべきではないでしょうか」と指摘しており、SNS上の議論があまりに一方的・主観的・感情的であるところ、このような側面もあるのだとあらためて認識させられました。

米テスラのイーロン・マスクCEOによる買収が決まったツイッター社の投稿監視の行方を巡り、懸念の声が相次いでいます。マスク氏は買収後に投稿の取り締まりを緩める考えで、同様の意見をもつ米国の右派への接近も目立っていますが、左派は誤った情報の拡散を防ぐため投稿を厳しく監視すべきだとの立場で、マスク氏の動向が米国の分断を加速させる恐れも出ています。本コラムでも「表現の自由」と「誤情報・偽情報・誹謗中傷の拡散防止」のバランスをどうとるかについて考えていますが、SNSの投稿の削除やアカウント停止といった投稿監視のあり方をめぐっては、米国内で左派の民主党と右派の共和党が長く対立、民主党は誤った情報を積極的に取り締まるべきだとの立場で、共和党は「言論の自由」を主張し、SNS運営会社による取り締まりを「検閲」だと非難してきた経緯があります。2022年5月27日付読売新聞によれば、米NBCニュースが2021年に実施した世論調査で、ツイッターやフェイスブックなどのSNSが米国の分断を招いていると答えた米国人は64%に上るとの結果が出ており、SNSへの不信感が募る中、マスク氏のツイッターの運営方針が分断をさらに深める可能性が考えられるところです。同報道の中で、ソーシャルメディアと政治問題に詳しい米ニューヨーク大のジョシュア・タッカー教授は「ツイッターは言論空間で重要な位置を占めており、危険にならないようにルールを設定することは正当な行為だ」、「節度ある環境を作ることがビジネス上も重要だからこそ、運営会社はお金をかけて有害な投稿を取り締まっている」と指摘し、監視を緩める姿勢を示すマスク氏に疑問を投げかけています。一方、ツイッターは、ロシアのウクライナ侵攻に関わる誤情報の拡散を防ぐ新たな投稿管理のルールを導入、誤解を招くおそれがある証拠が得られた投稿には、閲覧者に注意を促す警告ラベルを加えるもので、リツイートや「いいね」ボタンなども無効にし、SNS上での拡散を抑える「クライシス・ミスインフォメーション・ポリシー」と呼ぶ新ルールを取り入れました。争いが起きている現地の状況を誤って描写したり、領土主権の侵害や武器の使用、国際社会の対応について虚偽を主張したりしている可能性のある投稿が対象となるといいます。さらに、ツイッターは国営メディアや政府公式など注目度の高いアカウントの違反ツイートには優先的に警告ラベルを加えるとし、投稿内容が利用者の誤解を招くかどうかについては、外部の専門家や団体の協力を得て線引きするとしています。報道によれば、ツイッターの投稿管理担当は「特に危機的な状況では真実がまだ眠っている間に誤解を招くような主張が広まってしまうことがある」と指摘、内容が誤りであるかどうかを断定できなくても拡散を抑える新たな投稿管理の手法について「『放置』または『削除』の二者択一を超えるものだ」と説明しています。こうした流れの中、直近で開催された定時株主総会では、マスク氏は「言論の自由」を掲げ、買収後は投稿の削除などをできるだけ少なくする方針を示し、トランプ前大統領のアカウントを永久停止した措置を撤回する意向も表明するなどしている点を念頭に、株主からは「憎悪表現(ヘイトスピーチ)や陰謀論のような投稿、誤情報を投稿する個人や政治家を引き続き禁止するのか」との質問が出たのに対し、アグラワルCEOは「誤情報による被害を制限することに力を注いでいる」とし、「(投稿)削除や利用禁止といった強制措置につながるのは非常にまれだ」と説明、一方、株主からは「なぜ一方の政治的見方を排除し、もう一方は排除しないのか。ソーシャルメディアは双方に公平であるべきだ」との質問もあり、アグラワルCEOは「政治的な言論を封じることは我々の言論の自由への取り組みと相反する」とし、「政治的な思想に対して中立的であり続ける」とこうした見方を否定しています。今回ツイッターが導入した新たなルールは自主的な取り組みで、マスク氏の方針とは相いれないものであり、今後の動向を注視する必要があります。なお、この定時株主総会では、会社側が提案していた米投資ファンド幹部の取締役再任議案が反対多数で否決されています。同氏は、マスク氏が2018年にテスラ株の非公開化を計画して断念した際に手を組んでおり、マスク氏とツイッターとの交渉にも初期から関与、マスク氏は4月に総額440億ドル(約5兆6,000億円)で、ツイッターを買収することで合意したものの、その後にスパム(迷惑)アカウントの割合を問題視し、取引の一時停止を表明している状況にあるなど、買収に向けて予断を許さない状況となっています。

ツイッターによるアカウント凍結について、直近では、2022年6月5日付読売新聞の記事「「ウイグル族弾圧はデマ」、個人装い「中国寄り」投稿拡散…日本標的に組織的情報工作か」で、日本が標的になっているとの指摘があります。興味深い内容でもあり、以下、抜粋して引用します。

個人を装い、中国政府寄りの主張を英語などで不正に拡散させていたとして昨年、米ツイッター社が2,160のアカウントを凍結し、その中の少なくとも45アカウントから日本語で発信されていたことが、読売新聞の調査でわかった。中国による新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧を「デマ」だとする内容だった。同社は組織的な情報工作を指摘しており、日本が標的になっていることがうかがえる。欧米諸国などは自治区でウイグル族が労働や不妊手術を強制されるなど、人権侵害を受けていると指摘しており、米国は昨年以降、「ジェノサイド(集団殺害)」と非難。これに対し、中国は「完全にデマだ」と主張している。米ツイッター社は、複数のアカウントや偽のアカウントを使って情報を増幅する行為などを利用規約で禁止している。ウイグル問題に関する中国寄りの投稿について昨年12月、「国家的関与が疑われる」として規約違反でアカウントを凍結したと発表していた。読売新聞は、2,160アカウントの凍結後、閲覧が停止された投稿とリツイート(転載)の計約6万7,200件のデータの一部を同社から取得。内容を調べた結果、大半は英語で中国語やフランス語もあったが、日本語のものが少なくとも52件確認された。発信元は45アカウントで、架空とみられる英語や中国語の個人名だった。最も多かったのは、ウイグル族を名乗る人が出演し、人権侵害を否定する動画が添付された投稿のリツイート。投稿には動画の中での発言の日本語訳が記され、人権侵害を指摘した米CNNの報道について「記者が偽ニュースを作り出した」などとしていた。

マスク氏のツイッター買収を巡る動向は「表現の自由」を巡る動向にも直結します。巨大SNSなどネット上の「場」をつくるプラットフォーマーの動向が、言論空間に大きな影響を及ぼす時代にあって、民主主義の基盤である「表現の自由」を守るには何が必要なのか、2022年6月5日付朝日新聞の記事「SNS時代に「表現の自由」を守るには 専門家2氏が語る真の問題」は大変示唆に富む内容でした。

(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(暗号資産)を巡る動向

政府の経済財政運営の指針「骨太の方針」で、ブロックチェーン(分散型台帳)を活用し新たな価値移転や決済の仕組みを生み出す次世代型インターネット「Web3・0」の推進に向け環境を整備する方針が盛り込まれました。各国で取り組みが進む中、日本の出遅れを防ぎ競争力を高める狙いがあります。Web3・0の特徴は、ブロックチェーンの暗号技術を使って、利用者個人のコンピューターが相互につながる「非中央集権的」なネットワークで、巨大IT企業などの仲介業者を介さず、情報や暗号資産をやり取りできるとされ、3次元の仮想空間「メタバース」や、複製できないデジタル資産「非代替性トークン(NFT)」などの新技術が注目されており、新たなデジタル経済圏として期待が高まっています。

デジタルマネーは今や金融政策の効果を損ない金利のコントロールを難しくしかねない存在として、中央銀行の注視の的となっています。中央銀行発行のCBDCはスマートフォンなどに入金し、現金同様にどこでも決済に使えるのが特徴で、例えば電子マネーでは使用場所が加盟店などに限られ、店舗側もその後の決済会社からの入金を待つ必要があるところ、CBDCは使う場所を選ばず、支払いを受けた店舗もすぐに仕入などの決済に使用できることになり、利便性は格段に向上し、現金の流通コストも抑えられる利点があります。また、デジタルマネーの基盤となる技術ブロックチェーンには、取引速度アップ、コスト削減、銀行サービスへのアクセス改善などの利点があり、最近の相場の暴落や乱高下にもかかわらず、今後も進化し続けるのは間違いないと見られており、この流れを座視すれば、新興民間企業が開発したシステムが金融市場でシェアを伸ばし、「中央銀行の発行する通貨」の存在意義が薄れ、中央銀行の金利支配力が低下する可能性があると指摘されています。一方、CBDCという形で現金通貨の代替物を作れば、新たな不安要素が生まれかねないことも指摘されています。デジタルドルやデジタルユーロが従来の銀行預金に取って代わり、マネーマーケットファンド(MMF)やその他の主要な金融商品と競合する恐れもあるほか、危機が発生した場合に銀行の取り付け騒ぎと同じような状況となり、システムの流動性が低下し、例えばFRBが市中銀行への融資を強化したり、システムを安定させるために国債など証券の保有を増やさざるを得なくなる可能性があるとも指摘されています。暗号資産やステーブルコインの市場価値は金融市場全体からすれば依然としてほんのわずかにすぎないため、事態の緊迫はまだ先のように思えるものの、ペイパルやアップルペイなど電子決済事業は急成長しており、今年初めにはその市場規模が大手クレジットカード会社と肩を並べるほどになっています。ニューヨーク連銀のシンポジウムでは、暗号資産やステーブルコインの中には、信用創造を伴うものがあり、これが広がればリスクが大きくなると指摘されています。専門家は「中央銀行がリテールあるいはホールセールのレベルで大きな存在感を有する通貨を持たなくなったらどうなるだろう。その場合、中央銀行は金融政策における影響力を失い始めかねない」と指摘、「いくつかの国では既にこうしたことが問題になりつつある。中国、インド、スウェーデンなどでは(民間の決済業者が市場に参入したため)、リテール決済における中央銀行通貨の利用は事実上ゼロになった」と述べています。なお、5月に発表された国際決済銀行(BIS)の報告書によると、世界の経済生産のほぼすべてを占める81の中銀を対象に実施した調査で、9割以上がCBDCについて検討中であることが分かっています。

こうした世界的なCBDCへの注目が増す中、日本銀行(日銀)の内田真一理事は、衆議院・財務金融委員会で、CBDCの発行には利用者となる国民の十分な理解が必要との認識を示し、発行判断の時期は「国民的な議論の中で決まっていく」と述べています。また、黒田総裁は今年1月の国会で、CBDCが発行できるかどうか、2026年くらいには判断できているとの見解を示しています。一方、日銀が今春、電子データの形で発行する法定通貨「CBDC」の実証実験の第2段階に入り、デジタル円の検討を本格化させています。本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、決済の利便性を向上させるCBDC発行に向けた動きは世界的に加速し、先行的な取り組みで国際標準を握ろうとする中国と、巻き返しを図る米国の覇権争いの様相が強まりつうあります。日本は米国と足並みをそろえた対応が必要になると考えられるところ、金融システムの不安定化の懸念などもあり、国際的な決済の枠組み構築にはなお時間がかかるとみられています。このような状況にもかかわらず、日銀としては「どのようなデザインになるかを考えていくことは『発行すべきかどうか』の判断をする上でも有益だ」と、実証実験を通じてCBDCの制度面の検討をすることの重要性を指摘しています。一方、日本では直近で、法定通貨に連動させて価値を安定させるデジタル通貨「ステーブルコイン」を扱う事業者への規制を定める資金決済法などの改正法が参院本会議で可決、成立しています。AML/CFTの項でも紹介していますが、発行主体の銀行や信託銀行と利用者の間に立つ仲介業者を登録制とする、ステーブルコインの法的な位置付けを明確化するなどし、金融庁の監督によって利用者保護を図ることが目的です。ステーブルコインは「1コイン=1ドル」のように法定通貨と価値が連動するように設計されており、法定通貨の裏付けがない暗号資産よりも価格が安定しやすい特徴があります(テラの暴落については後述すます)。国内ではまだ普及していませんが、海外で決済手段として使われ始めており、国内でも利用が拡大する前に体制を整えることとしています。なお。今回の改正では、一定の資産規模を持つことなどをステーブルコイン取引への参入要件としています。

以下、主要国におけるCBDCを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米連邦準備制度理事会(FRB)のラエル・ブレイナード副議長は、「デジタルドル」と呼ばれるCBDCについて証言し、中国が力を入れるデジタル人民元などを念頭に、「(国際的な取引の)基準作りに関与することは非常に重要だ」と述べ、米国が基準策定で主導的な役割を担う必要性を強調しています。報道によれば、同氏は「我々は(ドルが)決済通貨として支配的であることから、大きな利益を得ている」としたうえで、「国際的な決済において支配的な地位を維持することは非常に重要だ」と述べています。同氏は今年2月の講演で、中国のデジタル人民元について「国境を越えたデジタル金融取引の基準策定に影響を与える可能性がある」と警戒感をにじませていました。最近の暗号資産の急落や、中国人民銀行(中央銀行)によるデジタル人民元(eCNY)計画の進展を踏まえ、デジタルドル発行に向けて行動しなければ「リスクがある」と指摘、規制の整備などを通じて「金融システムの発展を確かなものにする」と強調するとともに、デジタルドルの発行で「世界中の人々がドルの強さと安全性を信頼して使い続けることができる」としています。なお、関連して、米上院共和党の議員3人が、アップルやアルファベット傘下グーグルなど国内のアプリストア運営会社に対し、デジタル人民元による決済を受け付けるアプリ提供を禁止する法案を公表しています。デジタル人民元によって中国政府は「ネットワーク上の全ての取引をリアルタイム」で見られるようになる可能性があり、ネットワークを利用する米国人にプライバシーとセキュリティ上の懸念をもたらすことになると指摘しています。一方、在米中国大使館は公表された法案について「米国が国家安全保障という支持できない根拠を挙げて国家権限を悪用し、外国企業を気の向くままいじめる新たな一例」だと反発しています。
  • イングランド銀行(英中央銀行)の市場担当エグゼクティブディレクターのハウザー氏は、CBDCについて、英中銀業務にとってそれほど大きな困難にはならないと述べています。英中銀は独自のデジタル通貨を創設すべきかどうかについて年内に協議する予定であり、スナク財務相から「ブリットコイン」の可能性を検討するよう求められているとしています。同氏はニューヨーク連邦準備銀行が主催する討論会に先立ち、CBDCは何世紀ぶりかの新しいタイプの中銀負債になるだろうが、英中銀の目標と相容れないものではないと述べています。英中銀はこれまで、CBDCが現金に取って代わることはなく、ポンド紙幣と同等の価値を持つことになると説明しています。
  • 欧州中央銀行(ECB)のパネッタ専務理事は、ECBが2023年末までにデジタルユーロの開発に着手する可能性があると述べています。報道によれば、「2023年末にはデジタルユーロの提供に必要な技術的ソリューションやビジネスの取り決めの開発・試験に向けた実証段階の開始を決定する可能性がある。この段階は3年かかる可能性がある」ということです。
  • 中国当局が、新型コロナウイルス感染拡大で打撃を受けた消費を刺激するため、デジタル通貨の活用を進めていると報じられています。深セン市は、消費回復と企業支援を目的に総額3,000万元(450万ドル)相当のデジタル人民元を無償で支給する取り組みを開始、その数日前には河北省雄安新区でも、5,000万元相当のデジタル人民元の配布が始まっています。中国は、CBDC導入における世界的な競争の先頭を走っており、給付金をデジタル人民元で払うことで消費を後押しするだけでなく、CBDCの利用を一層促進する効果も期待されているところです。中国人民銀行によると、昨年末時点でデジタル人民元の利用総額は876億元、個人のデジタルウォレット開設件数は2億6,100万件にのぼり、専門家は「以前なら政府が給付金を支給する場合、お金が対象者に届くまで幾つかの障害が発生する恐れがあった。(しかし)デジタル人民元は直接対象者に入金できる」と指摘、将来的に政府はデジタル人民元を年金の支払いや財政補助金、あるいはインフラ投資にさえ利用してもおかしくないと付け加えています。

さて、ステーブルコイン「テラUSD」が大暴落したことが大きな注目を浴びています。「テラUSD」はステーブルコインの時価総額4位で、伝統的な資産の裏付けがある他のステーブルコインと異なる「アルゴリズム型」で、複雑な処理で需給を調整することでドル相場への連動を維持してきましたが、その信頼性を大きく損なう事態を招きました。そもそもステーブルコインは価格が安定するよう設計された暗号資産で、ビットコインのように価格変動が大きいと決済に向かないため、価格変動を抑えて決済利用しやすくしたのが特徴です。裏付けとする資産や価格を安定させる手法の違いにより(1)法定通貨担保型(2)暗号資産担保型(3)コモディティー担保型(4)アルゴリズム(無担保)型の4つに分けられ、「テラUSD」は価格が1ドルを上回っている場合は供給量を増やして価値を低下させ、逆に下回っている場合には消却などで供給量を減らして価値を上昇させるアルゴリズム型となります。「テラUSD」が急落したのは、ビットコインなど暗号資産市場の急落によりアルゴリズムが機能しなくなったためだとされます(なお、「テラUSD」は、1ドル相当の暗号資産「ルナ」と1対1の比率で交換できるとする「ペッグ制」を取っており、暗号資産の価格下落で裏付け資産が足りなくなり、価値を維持できなくなるとの懸念が広がった結果、売りにつながったものです。報道によれば、「テラUSD」を支えるために設立された非営利団体ルナ・ファウンデーション・ガード(LFG)はこれまでに8万ビットコイン超を含めて多額の準備金を積み上げ、5月3日時点の資産価値は40億ドルに達していましたが、同15日までに残った準備金は9,000万ドル弱になってしまったといいます。さらに、「テラUSD」と連動する暗号資産「ルナ」の保有者はわずか1週間で420億ドルの損失を被ったとされます)。預ければ高い利回りがつくことで資金を集めていた分散型金融(DeFi)プロジェクトが取り付け騒ぎに近い資金流出に見舞われたことが不具合の引き金になったとみられています。また、ステーブルコインは、暗号資産市場で極めて重要な役割を担っており、トレーダーは、すぐに使うあてのない現金を保管したり、交換所との間でドルを出し入れするのにかかるコストや不便さを回避したりするため、ステーブルコインを利用しているほか、ステーブルコインを貸し出して利息を得ることもできるといいます。ステーブルコインで最も規模が大きい「テザー」と「USDC」の2つは、市場価値が総額約1,300億ドルに上りますが。いずれも資産による完全な裏付けを持ち、裏付けとなる資産の大半は現金と現金類似資産であり、今回の混乱で暗号資産プロジェクトに対する幅広い信頼は揺らいだものの、「テザー」や「USDC」など「テラUSD」と競合するステーブルコインが同じ運命をたどることはなさそうです。なお、「テザー」の発行主体は、「テラUSD」の事態を受けて、裏付け資産として米国債の保有を増やし、リスクが高めの資産を減らした(コマーシャルペーパー(CP)の保有を20%以上減らした)と明らかにしています。「テラUSD」のドルと1対1のペッグ(固定)が崩壊し、暗号資産市場に動揺が広がったことから、価格が安定するよう設計されたステーブルコインの動向に注目が集まっていましたが、結局、ステーブルコインにおいて、裏付け資産への信頼が欠かせないことを明白にしたといえると思います。「(裏付け資産を持たないという意味で)存在しないものにお金を払い、20%の利回りを期待してその存在しないものをプロトコルに貯めこんでも、得られるのはもともと存在しないものの20%でしかないのである」との専門家の指摘は正に正鵠を射るものと思います。

一方、暗号資産も先行きに不透明感が漂っています。2022年5月29日付日本経済新聞によれば、世界の暗号資産の価値が減少しており、情報サイトのコインマーケットキャップによると、5月27日時点で世界全体の時価総額は1.2兆ドル(155兆円)と昨年末から46%減り、1兆ドルが消失したといいます。金融緩和であふれたマネーが時価総額を押し上げていたところ、米利上げで資金の逆回転が起き、値動きの激しい暗号資産は金融システムを不安定にしかねず、米欧の金融当局は規制強化に動き始めているのが現状です。そもそもビットコインは株式などの伝統的な資産と値動きが連動しない「デジタルゴールド」と呼ばれていましたが、実際には株と同時に下落しており、背景には、暗号資産市場での機関投資家比率の上昇が挙げられます。暗号資産交換会社の米コインベース・グローバルによると、2021年の機関投資家による暗号資産取引は約140兆円とすでに個人の2倍にのぼっており、暗号資産は株と同じリスク資産の一種との位置づけとなっています。さらに暗号資産からの資金流出に弾みをつけたのが、DAO(分散型自律組織)だといいます。コンピュータープログラムが自動的に売買を繰り返すネット上の投資の「器」となり、投資家から大量の資金を集め、暗号資産に多額の資金を投じてきたところ、相場の変調でプログラムが一斉に「売り」と判断、これがヘッジファンドの売りも巻き込み、値動きが大きくなったとされます。なお、ビットコインの取引量が落ち込んでいる点にも注意が必要です。4月の主要な取引所での売買高は前年同月比で半減し、2011年11月以来の少なさになっており、足元で価格が急落しているほか、法定通貨と連動するステーブルコインの裏付け資産に一部で使われるなど、塩漬けになっているビットコインが増えているためで、流動性が低下すれば値動きはより不安定になりかねず、普及の障害になっています。さらに、ロシアのウクライナ侵攻に伴う米欧諸国の経済制裁で、ビットコイン口座の凍結が進んでいることも影響していると考えられます。3月以降、バイナンスやコインベースなど大手取引所は指定された制裁対象口座の取引を相次ぎ停止、米財務省は北朝鮮などが絡む高額の暗号資産のハッキングに使われたサービスや口座も制裁対象とするなど、凍結対象が広がっていることも大きな要因です米国では大統領直下の組織が2021年11月、ステーブルコインの発行体を、預金を取り扱う金融機関に限定すべきだとの報告書を出し、イエレン財務長官も22年内の法整備の必要性を主張しています。欧州はステーブルコインの発行体に一定の自己資本規制を義務付けるほか、日本でも発行体を銀行、資金移動業者、信託会社に限定する法案が成立しています。日米欧の中央銀行はデジタル通貨の実証実験も進めているところ、「テラショック」と暗号資産相場の急落は、暗号資産の選別を加速させる可能性があるということです。

以下、暗号資産に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 欧州中央銀行(ECB)は金融安定報告で、暗号資産が過去2年の急成長を維持して金融機関が関与を強めた場合、金融安定にリスクをもたらす恐れがあると指摘しています。ECBは、銀行などの金融機関による暗号資産へのエクスポージャーが広範囲に及ぶと資本が危険にさらされ、投資家の信頼や融資、金融市場に打撃を与える可能性があると指摘、「(新興部門の)暗号資産と伝統的な金融部門の相互依存度に応じて、システミックリスクが高まることになる」との見解を示しています。ECBは、暗号資産取引所が提供する高レバレッジ取引では投資家が資金を借りて暗号資産へのより大きなエクスポージャーを購入しており、そのことが金融安定のリスクを高めていると指摘、さらに暗号資産に関するデータ不足も金融リスクの評価を妨げているとし、暗号資産取引所やデータ収集サイトの発表は慎重に扱うべきと警告しています。ユーロ圏の6カ国で実施された消費者期待感調査によると、10世帯のうち1世帯がビットコインといった暗号資産を購入していましたが、ECBは、暗号資産は大部分の個人投資家には適していないとし、EU当局に暗号資産に関する新しい規則を「緊急の課題として」承認するよう求めています。また、最近の動向について、ECB理事会メンバーのビルロワドガロー仏中央銀行総裁は、「暗号資産を規制・監督せず、全ての管轄地域で一貫した適切な方法で相互に運用可能としなければ、国際金融システムに混乱を招きかねない」と発言、ステーブルコインは、名称にやや問題があり、リスク要因の一つになっていると指摘したほか、ECBのパネッタ専務理事も、ステーブルコインは取り付け騒ぎが発生しやすいとの見方を示しています。
  • イングランド銀行(英中央銀行)のカンリフ副総裁は、暗号資産について、今後も困難な局面が続く見込みだと警告しています。世界的な金融状況の引き締まりに伴い、より安全な資産への投資意欲が高まる見通しが背景にあり、カンリフ氏は、金利上昇によって暗号資産への圧力が強まるかとの質問に対し、「その通りだ。(量的引き締めが)米国で始まるに伴い、このプロセスは続くだろう。リスク資産からの資金引き揚げが見られると思う」と答えています。ウクライナでの紛争も安全資産への逃避につながる可能性があると指摘、「リスク資産からシフトする動きが出るときは最も投機的な資産が一番大きな影響を受けると予想される」と述べています。ビットコインは5月12日、25,401ドルまで下落し、2020年12月以来の安値を付けています(2021年11月には過去最高値の69,000ドルに達していました)。
  • 本コラムでもたびたび取り上げているとおり、中米エルサルバドルはビットコインを法定通貨化していますが、そのビットコインの急落が同国の信用力低下につながっています。2032年償還の国債の利回りは20%台半ばとなり、年初の10%台半ばから大幅に上昇(価格は下落)し、法定通貨とするビットコインの価値下落で、さながら「通貨危機」の様相を呈しています。ビットコインの価格は前述したとおり足元では2021年11月の過去最高値の半値以下に沈んでいます。米国の金融引き締めに加え、「テラUSD」の急落などの混乱で、暗号資産全体の価格が調整している現状にあり、そもそも法定通貨価値の毀損は対外的な債務の返済を困難にするため、通貨危機は債務問題につながりやすいといえますが、もともとエルサルバドルは、国内総生産(GDP)に対する債務比率が80%台と財政状態が悪いうえに、政府が国民に配るためにビットコインを買い付けており、暗号資産の価値下落で国が保有する資産の価値が目減りしている状況にあります。2022年5月20日付日本経済新聞では、「23年1月に償還を迎える国債の利回りは足元で60%程度まで上昇。米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは今月、エルサルバドルの格付けを事実上のデフォルト(債務不履行)の一歩手前の水準まで引き下げた。国際通貨基金(IMF)はエルサルバドルに法定通貨の見直しを求めており、今後の債務再編の行方は見通しにくい。暗号資産を法定通貨にする壮大な実験の結末に注目が集まる」と指摘しており、正に待ったなしの状況だと思います。
  • 暗号資産ビットコインのマイニング(採掘)の国・地域別シェアで中国が2位に再浮上したことが、英ケンブリッジ大学の研究チームが公表した最新の報告で判明したと報じられています。中国の比率は採掘作業などが禁じられたことで一時「ゼロ」になっていましたが、実際には当局の目をかいくぐる地下活動が広がっていることが推測されます。報道によれば、同大オルタナティブ金融センター(CCAF)の推計で、1月の中国のシェアは21.1%で、米国の37.8%に次ぐ2位になったほか、3位はカザフスタンの13.2%となっています。中国人民銀行は2021年5月にマイニング禁止の方針を打ち出し、同年6月には暗号資産に絡む取引サービスを提供しないよう主要金融機関に指導、これを受けて中国のマイニングシェアは2021年7~8月に推計上ゼロになっていました。ところが9月に22.3%と突然復活し、その後は2割前後で推移している状況だということです。
  • 米暗号資産業界の最大手、コインベース・グローバルが10日発表した2022年1~3月期決算は、最終損益が4億2,965万ドル(約560億円)の赤字(前年同期は7億7,146万ドルの黒字)だったということです。2021年の上場以来、四半期で赤字に転落したのは初めてで、ビットコインなど主要暗号資産の相場低迷で、個人投資家の売買が減少したことが要因です。また、同社は、上場以来、数社を買収し、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)のコインベース・ベンチャーズを通じて100社以上のスタートアップに出資し、数十社と戦略的提携を結んでいるといいます。暗号資産の市況低迷を受け、コインベースの株価は大きく下がり、採用ペースを落とすなどのコスト削減策を講じているものの、2021年の投資活動は同社が世界での事業拡大と、ブロックチェーンを基盤とした分散型インターネット「Web3.0」の成長加速の2つを長期目標に掲げていることを示しているといえます。
  • 暗号資産交換所FTXの創業者兼CEOであるサム・バンクマンフリード氏は、ビットコインには決済ネットワークとしての将来はないとの見方を示し、効率の悪さや環境負荷の大きさを批判しています。ビットコインは、コンピューターが膨大な処理を行う「マイニング」による「プルーフ・オブ・ワーク(PoW)」と呼ばれるプロセスによって生まれ、そのマイニングには膨大な電力が必要とされます。PoWに代わるシステムは「プルーフ・オブ・ステーク(PoS)」で、システム参加者はトークン(暗号資産)の購入が可能で、参加者の中でより多く保有する者がネットワークでの承認権限を持つ可能性が高いという特徴を持つものです。同氏は「ビットコインのネットワークは決済網ではなく、拡大するネットワークではない」と述べ、暗号資産が決済網に進化するには、コストが低く電力消費の少ないPoSネットワークである必要があるとの見方を示したほか、ビットコインは暗号資産である必要はないとし、金のようなコモディティー(商品)や資産としての将来性はあるだろうと述べています。
  • ロシアのマントゥロフ産業貿易相は、いずれ暗号資産を決済手段として合法化するとの見通しを示しています。2月24日のウクライナ侵攻に先立ち、ロシア財務省は合法化に向けた案を提示していますが、全面的な禁止を求める中央銀行と見解が対立しています。同氏は、暗号資産が決済手段として合法になると思うか問われ、「現在では中央銀行と政府が積極的に取り組んでいるため、問題はいつ(合法化が)行われ、どのように規制されるかだ」と回答、「遅かれ早かれ、何らかの形で実施されると誰もが理解する傾向にある」と述べています。
  • 国民生活センターから暗号資産絡みの相談事例をとりあげ、注意喚起しています。
▼国民生活センター マッチングアプリで知り合った人から勧められた暗号資産の投資サイトに手数料を支払ったが、出金できない

「マッチングアプリで知り合った自称外国人女性と、無料会話アプリでやり取りしていると、海外の暗号資産(仮想通貨)の取引所で投資をするように勧誘された。勧められたアプリで指示どおり投資したところ利益が出たので、アプリから資金を国内の暗号資産交換業者に送付しようとしたら、アプリの運営事業者から「保証金を支払う必要がある」と連絡があった。さらに「手数料」等の名目で次々に費用を請求されている。一部支払ったが、結局アプリ内の資金を出金できなかった。どうしたらよいか。」との相談に対し、「「出会い系サイトやマッチングアプリ等で出会った人物から、海外の投資サイトやアプリを紹介され、投資したが、出金できなくなった」等の相談が多数寄せられています。投資したところ、出金するためには税金や手数料等の支払いが必要などとして振り込みを要求され、請求通り支払っても結局出金できなかったケースも見られます。このような恋愛感情や、投資資金をなんとか取り戻したいという消費者の心理につけ込む手口は「ロマンス投資詐欺」と考えられます。運営会社や投資の運用の実態が確認できないことが多く、その資金を取り戻すことは極めて困難です。支払う前に消費生活センターに相談しましょう。」と回答しています。なお、以下の解説も紹介されています。

  • 質問のような相談事例の他にも、以下のような流れの手口で財産的被害が発生しています。
    • 出会い系サイトやマッチングアプリ等で出会った人物から、無料会話アプリでのやりとりに誘われ、その中で投資サイトでの投資を勧められる。
    • 勧めに従い、投資のために送金する。
    • 出金しようとすると、さまざまな名目で追加の送金を要求され、結局出金できない。
    • マッチング相手や、投資サイト運営事業者と連絡が取れなくなり、返金されない。
  • このようなケースでは、運営会社や投資の運用の実態が確認できないことが多く、支払ってしまった後に資金を取り戻すことは極めて困難となります。投資サイト上で利益が出ている様子が見られたとしても、見せかけのデータにすぎない可能性があります。出金のために保証金や税金、手数料等さまざまな名目で請求を受けたとしても、安易に支払わないでください。
    1. マッチング相手に不審な点はないか確認
      • マッチングアプリ等の利用規約では、外部サイト・外部サービスへ誘導する行為を禁じている場合があります。事前に規約や注意事項をよく読み、違反する行為や疑わしい行為を持ち掛けてくる相手とはやり取りを行わないようにしましょう。また自身も違反行為をしないようにするだけでなく、そうした行為を受けたことをサイトやアプリ運営会社に報告しましょう。
      • この手口では、マッチングの相手が外国人を名乗っていることがあります。会う前から将来の話をする、投資を何度も勧めてくるなど、行動に不自然な点がないか確認しましょう。一度も直接会っていない相手を安易に信じて、投資を行うことはやめましょう。
    2. 投資サイトを確認
      • 紹介した手口に当てはまる場合、詐欺が疑われます。投資サイトの運営事業者が海外に所在する場合でも、日本の居住者のためにまたは日本の居住者を相手方として金融商品取引を業として行う場合は、金融商品取引業の登録が必要です。契約の対象が暗号資産の取引に当たる場合、暗号資産交換業者は金融庁・財務局への登録が義務付けられています。手口に当てはまる場合や、登録がない事業者である場合には、送金しないようにしましょう。
    3. 国内の預金口座等へ振り込んだ場合
      • 紹介した手口に当てはまる場合、振り込め詐欺救済法に基づく届け出を行うことが考えられます。振込先の金融機関にも問い合わせを行いましょう。
      • お困りの際にはお近くの消費生活センター等(消費者ホットライン188)にご相談ください。
  • 前回の本コラムでも紹介しましたが、特定の地域で使える電子通貨「デジタル地域通貨」の発行が全国に広がっています。りそなHDが大阪地域での発行を検討しているほか、観光に特化した通貨も登場しており、従来よりコストが低い専用のプラットフォームが自治体の導入を後押しする一方、地域の活性化や持続的な流通につなげるには壁もあると報じられています。この点について、2022年5月12日付日本経済新聞は、「本格的な普及に向けてハードルは高い。2000年代を中心にこれまで紙も含めて600以上の地域通貨が存在したが、大半が短期間で姿を消した。「デジタルは集めたデータをマーケティングに活用できる利点がある」(ソラミツの宮沢和正社長)ものの、「利用者がメリットを感じないと、デジタル地域通貨は循環しにくい」(専修大学の泉留維教授)といった指摘もある。海外に目を転じると、ドイツのミュンヘン地方には15年以上流通する地域通貨「キームガウアー」がある。キームガウアーは域内消費の回転速度を高めるため、一定期間がたつと減価する。通貨の利便性ではユーロに劣るが、キームガウアーを使うことでNPO法人を支援できる「社会的な価値への共感」が持続する理由だ。デジタル地域通貨の浸透には地域通貨ならではの価値創造が欠かせない。キャッシュレス推進協議会の福田好郎事務局長は「店舗との協働で、購買履歴など集めたデータを人流の把握や分析に生かし、地域活性化につなげることが必要だ」と話す」と報じています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

前回の本コラム(2022年5月号)でも取り上げたとおり、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致を巡り、和歌山県は県議会の承認が得られず断念、大阪府、長崎県が期日までにIR実施法に基づく区域整備計画を国に申請しています。2府県の試算ではIR運営による年間の経済波及効果は計約1兆4,700億円で、来訪者数は同約2,670万人を見込むほか、事業者から自治体に入る納付金・入場料は同約1,450億円で、同額が国にも納付されることになります。政府は2030年に訪日客6,000万人(2019年は約3,200万人)の目標をかかげ、IRを長期滞在者や国際会議の誘致拡大につなげる考えで、観光立国への起爆剤にできるか、計画の実効性が問われることになります。なお、法的には今後、有識者委員会による審査を経て、今秋以降に認定の可否が決められる予定です。一方、後述するとおり、反対運動も活発化しているうえに、「IR計画自体が時代遅れになっている」との指摘や、「コロナ終息や観光需要の回復は見通せず、事業撤退のリスクがつきまとう。建設予定地の人工島・夢洲では液状化リスクや土壌汚染が発覚し、事業者側の求めに応じて市が対策費約790億円を負担することになった。将来的な地盤沈下の可能性も指摘され、費用が膨らむ恐れもある。参入希望が1グループのみだったため、IR実現を優先する府市の立場が弱く、今後も響きかねない状況だ。長崎県は情報公開の不十分さや、資金調達の実現性を疑問視されている」、「カジノの収益を上げないとIRの維持は難しくなるため、依存症の人を増やしかねないという相反する事情も抱える」といったネガティブな懸念も指摘されています。2022年5月20日付毎日新聞の記事「「富裕層はもう集まらない」 専門家が語る日本型カジノの危うさ」では、専門家が経済波及効果は大きくないという指摘をしています。以下、抜粋して引用します。

カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致は4月に申請が締め切られ、大阪府と長崎県の2カ所を候補地に国が審査を進めることになった。認定されれば日本初のIRが誕生することになるが、IRに詳しい鳥畑与一・静岡大教授(国際金融論)は「カジノをするために世界中から富裕層が集まる世界はもう消えている」と指摘する。…米国では地上型カジノ市場の飽和が進み、オンラインへの移行が加速している。マカオ市場も富裕層をカジノに招待する仲介業者への規制強化で急落している。カジノをするために世界中から富裕層が集まり、お金を落としてくれる世界はもう消えている。それなのに、日本はこの状況下でも地上型カジノの開業を目指している。収益確保のため、今後インターネットカジノも解禁すべきだという話になりかねないと危惧している。オンラインへ移行すれば、設備投資や雇用が減り、地域への恩恵は小さくなるだろう。…どちらの計画もカジノ中心になっており、日本の観光や国際競争力を引き上げようとする視点が乏しいように思う。…コンプの活用は大阪、長崎の計画にも盛り込まれているが、IRの中でしか利用できなければ、周辺地域への波及効果は小さくなる。本来は地元で使われるはずだった観光消費がカジノに吸い取られるだけで、IR周辺ではマイナスの経済効果が発生する恐れがある。一方、自治体はギャンブル依存症や治安対策の社会的コストもかかる。大きな経済波及効果があるというのは、幻想ではないか。

関連して、現時点の世界におけるカジノを取り巻く状況は厳しいものとなっています。報道によれば、5月のマカオのカジノ収入は33億パタカ(4億ドル)と、前年比で68%減少、前月比では25%増加したものの、2019年5月の260億パタカを大幅に下回っている状況にあるといいます。マカオではカジノ収入の減少で経済全体に大きな影響が出ており、数百社が閉鎖に追い込まれ、失業率は4.5%と、2009年以降で最悪となっています(2019年は1.8%だったといいます)。マカオ政府は、失業増大と財政悪化が社会不安を引き起こしかねないと警告、カジノ税収は政府歳入の80%以上を占めており、経済の多様化は進んでいない状況にあり、専門家は「マカオは世界で最も観光に依存している都市だ。一夜にして多様化は起きない」などと述べています。さらに、国際通貨基金(IMF)は今年4月、マカオ経済が新型コロナ流行前の水準に戻るには数年かかるとの見通しを示しています。

一方で、IRの重要性はいまだ十分あるとの見解もあります。2022年5月23日付毎日新聞の記事「「IRはマイナス面を超える恩恵が大きい」 国の推進会議委員強調」がその辺りを指摘していますので、以下、抜粋して引用します。

大きな経済効果を地域に与えることは間違いない。IRは国が枠組みを作り、自治体が手を挙げ、民間の資金や能力により一種の地域開発を実現する仕組み。事業者がリスクを負って投資と事業を進めるため、税金をかけずに自治体へ税収がもたらされる。確かにカジノにはギャンブル依存症の問題などマイナス面があるが、それを超えるプラスの恩恵が大きい。米国やシンガポールでも開業前は市民の反対が根強かったが、開業後には地域の雇用が増え、市民の支持率が上がった。…どの地域も参入希望が実質的に1社だけだったために競争がなくなり、自治体側が交渉の優位性を失っている状況はある。ただし、事業運営のリスクは民間が負うわけなので、一定の裁量と判断権は事業者側にあってしかるべきだ。大阪市は市有地を貸し出すため、市が対策費を負担するのは必ずしもおかしい話ではない。…21年、米国のカジノの売り上げは過去最高を記録した。確かにコロナ禍でインターネットカジノが急成長しているが、収益の約8割はスロットやテーブルゲーム。地上型カジノが主力であることに変わりはない。コロナが収束して人の移動が戻ってくれば、日本の地上型カジノでも大きな収入が期待できる

反対運動についても確認しておきます。まず大阪については、IRの大阪府と大阪市による誘致を巡り、賛否を問う住民投票の実現を目指す市民団体が、賛同する署名が157,716筆集まり、住民投票条例の制定を府に直接請求するために必要な法定数(約146,000筆)を上回ったと明らかにしています。今後、未回収分を合算した上で、署名者が有権者登録している各選挙管理委員会に提出するということです。署名活動は市民団体「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」が3月25日に開始し、5月25日まで呼び掛けていたもので、報道によれば、共同代表の西澤信善・神戸大名誉教授は「これだけのまとまった人たちが声を上げた。署名を通じてこうした民意が示されたことは大きな意味がある」と話しているといます。さらに、土壌対策費約790億円を大阪市が負担するのは違法だとして、元市議を含む市民ら5人が、事業者との間で行われる土地の定期借地権設定契約の締結差し止めなどを求めて、市に住民監査請求をしています。報道によれば、事業者と府市が2月に結んだ基本協定書は、市と事業者が協力して取り組む土壌対策に地盤沈下などへの対応が含まれると記し、土地を所有する市に事業への悪影響を防止する責任があると解釈でき、そのため「地盤条件の全てが市の責任の対象になると言わざるを得ず、費用負担の増大が見込まれる」と指摘しています。また事業者が撤退するリスクもあり、採算性について「極めて楽観的な見通し」として、地方自治法や地方財政法などに違反すると主張しているものです。また、今夏の参院選に向け、立憲民主党が大阪選挙区で、IRの誘致の是非を争点にする方針を打ち出し、最高顧問の菅直人元首相が街頭に立ち始めています。同選挙区の「特命担当」としてIRのデメリットを訴え誘致を進める日本維新の会との対決姿勢を鮮明にする狙いがあるようです。報道によれば、市民団体の代表者が、参院選で特定の政党を支援する意図はないと前置きした上で「署名は、カジノ誘致に対し、もっと慎重であるべきだという有権者の意思の表れ。参院選の選挙戦でもカジノの賛否は議論すべきだ」と話していますが、「民意」としてIR反対派が多数を占めることが顕著になれば、国の審査にも大きく影響することが考えられます

長崎県においては、そもそも計画の実現性や効果への懸念は根強いものがあり、報道によれば、ある県議は「長崎が企業名を公表できないと、国の評価でマイナスになるのでは」と話しています。年間来訪者数も、8割を日本人客で占めることを想定、2020年に長崎県・佐世保市IR推進協議会が策定した基本構想では、長崎の強みとして「半径1,500キロ圏内に、東京のほかに北京、上海、ソウルなどを包含し、合計10億人規模の人口がある」と、インバウンド(訪日外国人)が多く来場することを想定していたところ、計画では客の大半は日本人になると見込んでいる状況にあります。さらに、収益計画にも厳しい目が向けられており、専門家は「カジノ収益の見込みが過大だ」と指摘、IRを実現し、安定運営していくためには情報開示の徹底などで県民をはじめ幅広く理解を得るとともに、地元九州などからの企業の参画が重要になります。そして、そのような中、国の区域認定審査に対応するためのコンサルタント業者への委託費として県が約1億1,000万円を支出するのは地方自治法などに違反するとして、市民団体のメンバーが、県監査委員に住民監査請求をしています。請求したのは長崎市の「ストップ・カジノ!長崎県民ネットワーク」幹事の今井一成弁護士らで、報道によれば、今井弁護士らは、IRの初期投資に必要な約4,383億円の調達先の詳細を県が公表しないまま、計画が県議会で可決された経緯を問題視、「資金調達の確実性を欠いた計画が国に認定されるとは考えられず、コンサルタント料として公金を投じる意味はない」と主張しているものです。

前述したとおり、山口県阿武町が給付金4,630万円を誤って送金した問題が大きく取り上げられています。電子計算機使用詐欺容疑で逮捕された無職の田口容疑者(24)が総額の約8割を特定の決済代行会社に送金、「インターネットカジノに使った」と供述したことが注目されています。そもそも公営ギャンブル以外の賭博行為を禁じている日本ではネットカジノは違法で、国内の銀行は出金を認めない可能性があり、そのため国内の利用者はネット決済代行業者を使って、カジノ業者の海外口座に振り込むケースがあるとされます。この場合、ネット決済代行業者の行為も違法となる可能性があります。そのインターネットカジノについては、公営ギャンブルよりアクセスしやすく、ネットが身近な若い男性を中心に急増しているといい、その背景には、日本の法の下にない海外企業(その多くが地中海の島国マルタやカリブ海のオランダ自治領キュラソーなど、ギャンブルを合法としている国でライセンスを取得しているといいます)が野放し状態でネット上のサイトを運営している状況があると言われています。報道によれば、前述の鳥畑教授は、「コロナ下で急拡大しているインターネットカジノはギャンブル依存症問題につながる可能性もある」、「入出金記録が残らないため不正なマネー・ローンダリングに利用される恐れもあり、対策が急務だ」と指摘しています。また、インターネットカジノの依存性については、「24時間、無制限でできるのが一番の魅力であり、同時に恐ろしい点。パチンコや競馬に比べて、勝敗が一瞬で決まるスリルも味わえる」とのコメントも報じられています。2022年5月21日付毎日新聞では、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」は、パチンコなどは店舗の営業時間内で区切りをつけやすい一方、インターネットカジノはパソコンやスマートフォンから24時間いつでもどこにいてもアクセスできるため、「負けが込めば込むほどやめ時が分からなくなる」と分析、賭け金も高額になる傾向があるといい、少しでも取り戻したいとの思いから睡眠時間を削ってでも続けるうちに正常な判断ができなくなるケースもあるほか、最近はインターネット広告でも目に触れる機会が多くなるなど、若年層の流入が懸念されており、同法人の代表は「簡単にアクセスでき、動くお金もこれまでのギャンブルに比べて大きい。重度の依存者が今後もっと増えるのでは」と危機感を示しています。そもそも日本は既に「隠れカジノ大国」であるとの指摘もあります。2022年6月5日付産経新聞の記事「「隠れカジノ大国ニッポン」 ネットギャンブルの落とし穴」で、現状や課題などが整理されていますので、以下、抜粋して引用します。

公営ギャンブル以外の賭博が禁じられている中で、スマートフォンなどから金銭を賭ける「オンラインカジノ」へのアクセスが増えている。新型コロナウイルス禍の自粛生活の影響や、24時間遊べる手軽さが背景にあるとみられ、日本はすでに「隠れカジノ大国」と分析する専門家もいる。ギャンブルを合法とする海外で運営され、捜査が困難だとして事実上野放しにされている現状も無視できない。…日本からの主要オンラインカジノへのアクセス数は、2019年4月は月間約1,430万回だったのに対し、20年1月は5倍以上の同約7,850万回に達した。アクセス数はその後増減を繰り返し、今年4月の月間アクセス数は2,580万回。うち約7割がスマホなどのモバイル端末からのアクセスだった。インターネット犯罪に詳しい神戸大大学院工学研究科の森井昌克教授(情報通信工学)は、国内には延べ100万~200万人のオンラインカジノユーザーがいると推測し「(利用者を)国別で見ると、主要サイトで日本はトップ5に入っている」。日本はすでに、隠れた「カジノ大国」と化しているという。…オンラインカジノでは、24時間いつでもギャンブルに手を染めることが可能だ。「際限がなくなり、寝ずに熱中していれば理性も働かなくなってくる」(田中代表)。決済はクレジットカードがあれば問題なく、電子マネー対応可能とうたうサイトもある。…日本では公営ギャンブル以外の賭博は法律で禁止されている。一方でオンラインカジノは、ギャンブルを合法とする国でライセンスを取得しており、森井氏はこうした事情を踏まえ「海外でカジノ設備を利用するのと同じで摘発は難しい」。日本の業者が間に入っているケースなどを除き、現行法での取り締まりにはハードルがあるという。…「グレーゾーン」ともいえるオンラインカジノだが、日本で金銭を賭けているということに変わりはなく、中には生活が破綻してしまう人もいる。田中代表は、アプリなどを通じて多くの人に浸透している現状を危惧。「一部の海外では合法でも国内では違法となる大麻と異なり、オンラインカジノへの啓発はほとんど進んでいない」と指摘。「若い人を守るため、国は啓発活動を強化する必要がある」と強調した。

このような状況に対し、IR誘致を進める大阪府議会の自民党府議団がギャンブル依存症対策を推進する条例案を議会に提出しています。条例案では、依存症者本人のほか配偶者や親に対する就労支援を行うことを明記、依存症者の自殺対策やその子供への悪影響を防ぐための支援策を拡充するとともに、民間支援団体や自助グループと連携した継続的なサポート体制を構築するよう府に求めるほか、インターネットカジノへの対策も盛り込まれており、成立すれば全国初となります。大阪府のギャンブル等依存症対策推進計画では、府内で依存症が疑われる人を約22万人と推計、普及啓発や治療体制の強化を掲げているものの、今年度の予算額は薬物やアルコール依存症対策と合わせて約5,000万円とされ、当事者団体から「予算が少なく、連携も不十分」との声が上がっていました。また、千葉県の熊谷知事は、ギャンブル依存症の対策推進計画をとりまとめたと発表しています。県民への情報発信、県や県内自治体などへの相談窓口の設置、回復プログラムの実施といった施策を盛り込み、県として今後取り組むとしてます。2022~27年度の6年間、教育・福祉・医療など複数の機関と具体策に取り組むほか、学校では予防教育や冊子の配布などを進め、船橋市などの2病院で本人のほか家族の回復プログラムも設けるほか、こうした専門医療機関を期間中に4カ所に増やすとしています。さらに、自民党の中谷首相補佐官は、インターネットカジノの規制を強化すべきだとの認識を示し、「本来は賭博罪で逮捕されなければならない」とし、日本国内でもオンラインのカジノが流行していると指摘して、「ギャンブル依存症対策を強化すると同時に、ネットカジノを物理的に規制していくことも必要だ」と訴えています。

その他、依存症/依存症対策を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 以前の本コラムでも取り上げた香川県のインターネット・ゲーム依存症対策条例について、憲法が保障する幸福追求権などを侵害し違憲で、精神的苦痛を受けたとして、高松市の高校に通っていた男性(19)らが県に計160万円の損害賠償を求めた訴訟の第7回口頭弁論が高松地裁であり、裁判長は判決期日を8月30日に指定しています。報道によれば、男性側は訴えの取り下げを表明したものの認められなかったといいます。本条例は18歳未満のゲーム利用を1日60分(休日は90分)まで、スマートフォンの使用は中学生以下は午後9時、それ以外は午後10時までにやめさせることを目安に、家庭内で設定したルールを子どもに守らせるよう保護者に努力義務を課しているもので、ゲームの利用時間を制限する内容の条例施行は全国初でした。
  • 大阪市議会は、遊技のパチンコやパチスロなどをギャンブルと位置付け、依存症対策への支援を政府に求める意見書を全会一致で可決しています。最大会派の大阪維新の会と公明党が共同提案したもので、意見書では、パチンコやパチスロなどは依存症患者が多く、依存症対策の底上げが必要だと指摘、カジノ事業との整合性からも国の適正な指導・管理のもとに運営されるよう法整備を求めたほか、依存症対策の推進についても支援を要請しています。大阪市の松井一郎市長は「ギャンブルと位置付け、真正面から依存症の方のケアに取り組むということだ」と述べています。同市長はこれまでもギャンブルとしてカジノが厳格に規制される一方、パチンコが遊技のため、実態とは異なり依存症対策などに開きがあるとしていました。
  • 2022年6月1日付産経新聞の記事「活況の公営ギャンブル パチンコと明暗を分けた理由」から抜粋して引用します。
新型コロナウイルス禍で娯楽関連業界の多くがダメージを受ける中、競輪や競馬といった「公営ギャンブル」が活況だ。競輪場や競馬場に赴かなくても車券や馬券が買える「インターネット投票」の普及が理由。京都府が管理する京都向日町競輪場(向日市)では売り上げが急増し、かつて「廃止もやむなし」としていた府も存続を含めて再検討することに。コロナ禍の3密回避などでパチンコが下火となる一方、感染症対策の担保を前提にギャンブラーたちの熱は冷めることはないようだ。…こうした中で指摘されるのが、パチンコの衰退とパチンコファンの公営ギャンブルへのくら替えだ。府の監査人は、店内にいなければできないパチンコはコロナ禍では敬遠されるとし、「ギャンブルに魅力を感じる客層の一定数が、競輪へ移行した可能性は否定できない」と指摘する。…気になるのがギャンブル依存症対策。京都向日町競輪場では平成30年度から、本人や家族の申告で電話やネットでの投票の利用を停止する措置を講じ、場内に依存症相談窓口を設置して必要があれば専門医や公的な相談機関を紹介している。府は同競輪場の予想外の成長を喜びつつ、「のめりこまず、適度に楽しみましょう」と利用客に呼びかけている。
③犯罪統計資料

令和4年4月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。以前の本コラム(暴排トピックス2022年2月号)で紹介した令和3年の確定値の傾向が概ね継続しつつも、微妙な変化の兆しも見られます。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和4年1~4月分)

令和4年(2022年)1~4月の刑法犯総数について、認知件数は169,948件(前年同期180,011件、前年同期比▲5.6%)、検挙件数は76,415件(85,081件、▲10.2%)、検挙率は45.0%(47.3%、▲2.3P)と、認知件数・検挙件数ともに2020年~2021年については減少傾向が継続していた流れを受けて減少傾向を示しています。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は114,047件(121,146件、▲5.9%)、検挙件数は45,895件(52,642件、▲12.8%)、検挙率は40.2%(43.5%、▲3.3P)、うち万引きの認知件数は27,647件(29,738件、▲7.0%)、検挙件数は19,167件(21,034件、▲8.9%)、検挙率は69.3%(70.7%、▲1.4P)となりました。コロナで在宅者が増え、窃盗犯が民家に侵入しづらくなり、外出しないので突発的な自転車盗も減った可能性が指摘されるなど窃盗犯全体の減少傾向が刑法犯の全体の傾向に大きな影響を与えた結果といえますが、3月のまん延防止等重点措置の解除などもあり、今後の状況を注視する必要がありそうです。また、知能犯の認知件数は11,721件(11,195件、+4.7%)、検挙件数は5,901件(5,811件、+1.5%)、検挙率は50.3%(51.9%、▲1.6P)、うち詐欺の認知件数は10,613件(10,188件、+4.2%)、検挙件数は4,903件(4,959件、▲1.1%)、検挙率は46.2%(48.7%、▲2.5P)などとなっており、本コラムでも指摘しているとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加しています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年2月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が大きく増加傾向にあることが影響しているものと考えられます。刑法犯全体の認知件数が増加傾向を見せ、検挙件数が減少傾向の中、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率がやや低下傾向にある点も気がかりです)。

また、特別法犯総数については検挙件数総数は20,336件(21,698件、▲6.3%)、検挙人員総数は16,750人(17,909人、▲6.5%)と2021年同様、検挙件数・検挙人員ともに減少している点が特徴的です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は1,301件(1,737件、▲25.1%)、検挙人員は972人(1,262人、▲23.0%)、軽犯罪法違反の検挙件数は2,165件(2,468件、▲12.3%)、検挙人員は2,162人(2,467人、▲12.4%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は2,799件(2,531件、+10.6%)、検挙人員は2,152人(1,987人、+8.3%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,100件(723件、+52.1%)、検挙人員は897人(574人、+56.3%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は140件(75件、+86.7%)、検挙人員は64人(32人、+100.0%)、不正競争防止法違反の検挙件数は18件(27件、▲33.3%)、検挙人員は23人(22人、+4.5%)、銃刀法違反の検挙件数は1,476件(1,546件、▲4.5%)、検挙人員は1,290人(1,345人、▲4.1%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や犯罪収益移転防止法違反、不正アクセス禁止法違反、不正競争防止法違反が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は309件(255件、+21.2%)、検挙人員は178人(152人、+17.1%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,812件(1,917件、▲5.5%)、検挙人員は1,433人(1,529人、▲6.3%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は2,596件(3,347件、▲22.4%)、検挙人員は1,763人(2,232人、▲21.0%)などとなっており、最近継続して大麻事犯の検挙件数が大きく増加傾向を示していたところ、減少に転じている点はよい傾向であり、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きく減少傾向にある点とともに特筆されます。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、総数148人(193人、▲23.3%)、ベトナム49人(56人、▲12.5%)、中国22人(31人、▲29.0%)、スリランカ15人(2人、+650.0%)、ブラジル8人(12人、▲33.3%)、韓国・朝鮮8人(8人、±0%)、パキスタン6人(2人、+200.0%)、インド5人(4人、+25.0%)、フィリピン5人(11人、▲54.5%)などとなっています。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、刑法犯全体の検挙件数は2,756件(3,854件、▲28.5%%)、検挙人員は1,674人(2,083人、▲19.6%)と検挙件数・検挙人員ともに2021年に引き続き減少傾向にある点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じている点は、緊急事態宣言等のコロナ禍などの要素もあることも考えられ、いずれにせよまん延防止等重点措置の解除やオミクロン株の変異型の再度の流行の兆候など状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要がありそうです。犯罪類型別では、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別 検挙件数・検挙人員 対前年比較について、刑法犯全体の検挙件数は、暴行の検挙件数は185件(237件、▲21.9%)、検挙人員は188人(220人、▲14.5%)、傷害の検挙件数は274件(366件、▲25.1%)、検挙人員は302人(447人、▲32.4%)、脅迫の検挙件数は109件(112件、▲2.7%)、検挙人員は118人(110人、+7.3%)、恐喝の検挙件数は90件(120件、▲25.0%)、検挙人員は124人(143人、▲13.3%)、窃盗の検挙件数は1,261件(1,944件、▲35.1%)、検挙人員は226人(330人、▲31.5%)、詐欺の検挙件数は435件(522件、▲16.7%)、検挙人員は374人(381人、▲1.8%)、賭博の検挙件数は8件(13件、▲38.5%)、検挙人員は43人(45人、▲4.4%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、前月まで検挙人員が増加傾向を示していたところ減少傾向に転じています。とはいえ、全体的には高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測されることから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は1,635件(2,141件、▲23.6%)、検挙人員は1,107人(1,471人、▲24.7%)とこちらも2020年~2021年同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、軽犯罪法違反の検挙件数は23件(30件、▲23.3%)、検挙人員は20人(25人、▲20.0%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は28件(29件、▲3.4%)、検挙人員は25人(28人、▲10.7%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は11件(10件、+10.0%)、検挙人員は23人(32人、▲28.1%)、銃刀法違反の検挙件数は26件(31件、▲16.1%)、検挙人員は17人(25人、▲32.0%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は53件(39件、+35.9%)、検挙人員は21人(11人、+90.9%)、大麻取締法違反の検挙件数は282件(346件、▲18.5%)、検挙人員は175人(215人、▲18.6%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は938件(1,403件、▲33.1%)、検挙人員は601人(909人、▲33.9%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は65件(46件、+41.3%)、検挙人員は44人(31人、+41.9%)などとなっており、やはり最近増加傾向にあった大麻事犯の検挙件数・検挙人員ともに減少に転じたこと、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していること、麻薬等取締法違反・麻薬等特例法違反が大きく増えていることなどが特徴的だといえます。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

北朝鮮の弾道ミサイル発射に歯止めがかからない状況が続いています。直近では、6月5日午前9時8分頃から同43分頃の間、平壌の順安付近などから日本海に向けて短距離弾道ミサイル8発を発射しています。1日の発射回数では、2006、2009年の7発を超えて最多となります。韓国軍によると、発射地点は平壌・順安のほか、北朝鮮西部・平安南道の价川、北西部・平安北道の東倉里、東部・咸鏡南道の咸興の4か所で、各地から2発ずつ発射されたとみられ、移動式発射台(TEL)が使われたとみられています。飛行距離は約110~670キロ、高度約25~90キロ、速度はマッハ3~6だったとのことです。日本の防衛省も、3か所以上の地点から少なくとも6発の弾道ミサイルが発射されたのを探知、いずれも北朝鮮東側の沿岸付近と日本海の日本の排他的経済水域(EEZ)外に落下したと推定、日本の船舶などへの被害は確認されていません。北朝鮮のミサイル発射は5月25日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)を含む計3発を発射して以来、巡航ミサイル発射も含め今年17回目となります。岸田首相は、「国際社会の平和と安全を脅かすものであり、断じて許すことはできない」と強く非難しています。なお、3か所以上の地点から多数の弾道ミサイルをほぼ同時に発射するのは初めてで、岸防衛相は「(一斉発射で迎撃を難しくする)飽和攻撃などに必要な連続発射能力の向上といった狙いがある」と述べています。米国と韓国が6月2~4日に米原子力空母ロナルド・レーガンも参加した合同軍事演習を実施したことに、北朝鮮が反発した可能性が指摘されています。また、韓国の報道によれば、変則軌道で飛ぶイスカンデル型「KN23」、北朝鮮版ATACMS(陸軍戦術ミサイルシステム)「KN24」などを組み合わせたとの見方が出ているとのことです。北朝鮮は豊渓里核実験場で7回目の核実験に向けた準備を終えており、日米韓は、北朝鮮がICBMの多弾頭化や、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)に搭載するための核弾頭の小型化に向けて、近く実験をする可能性があるとみて警戒しています

前回の本コラム(暴排トピックス2022年5月号)以降の弾道ミサイル発射の動向をあらためて確認すると、今年15回目の弾道ミサイル発射は5月12日夕方に日本海に向けて弾道ミサイル3発を発射しています。日本の排他的経済水域(EEZ)外に落下したとみられ、被害は確認されていないものの、政府は国連安全保障理事会決議に違反するとして、北京の大使館ルートを通じて北朝鮮に抗議しています。岸防衛相は、弾道ミサイルの最高高度は約100キロ、通常の弾道軌道であれば約350キロを飛翔し、北朝鮮東岸の日本海に落下したとみられると説明しています。今回の弾道ミサイル3発の発射は、同時に発射された数としては2017年3月に飛距離約1,000キロの「スカッドER」を4発発射して以降では最多となります。さらに、5月7日にも東部沖から日本海へ向けて潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とみられる短距離弾道ミサイル1発を発射しています。この発射について防衛省は、北朝鮮が核実験を再開した場合、弾道ミサイルに搭載するための核兵器の小型化や、複数の標的を狙うための「多弾頭化」を進める狙いがあるとの見方を示しています。また、弾道ミサイルの大気圏への再突入技術については「成功していると断定できない」と説明しています。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は4月の演説で「我が国家の根本利益を侵奪するなら、我々の核兵力は第2の使命を決行せざるを得ない」と述べており、小型で射程が短く、局地戦向けの「戦術核」使用を示唆したとの見方が出ており、防衛省幹部は、核兵器の小型化は戦術核開発につながる可能性があると説明、「北朝鮮が核実験に踏み切る場合、プルトニウム型の実験をするのではないか」という専門家の見解もあります。

さらに、今年16回目の弾道ミサイル発射は5月25日で、北朝鮮西岸付近から弾道ミサイル3発を相次いで日本海に向けて発射しています。韓国大統領府の金国家安保室第1次長は1発目のミサイルは複数の核弾頭を搭載できるとみられる新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」で、2、3発目も核弾頭を搭載できる短距離弾道ミサイルとの見方を示しています。防衛省によると、いずれも日本の排他的経済水域(EEZ)外の日本海に落下したと推定され、1発目は最高高度約550キロで、飛行距離は約300キロ、3発目は最高高度約50キロ、飛行距離は約750キロで、変則軌道で飛翔したということです。韓国軍の発表によると、発射場所はいずれも平壌の順安付近で、2発目は高度約20キロで消失したといいます。北朝鮮の弾道ミサイル発射はロケット砲などを含めると今年16回目の発射となりました。北朝鮮は。核を搭載できるミサイルを相次いで発射することで、能力を誇示したとみられています。このような状況に対し、産経新聞は2022年5月26日付の社説で「北のICBM発射 世界に弓引くのをやめよ」と主張しています。当然の内容ではありますが、以下、抜粋して引用します。

北朝鮮のミサイル発射は今年だけでも、巡航ミサイルを含めて16回目だ。北朝鮮は経済的苦境に加え、新型コロナウイルス禍に見舞われている。感染の疑われる「発熱患者」は延べ306万4千人超で、32万3千人超が現在治療中だという。「民主主義人民共和国」を名乗りながら、感染の有無を調べる検査さえほとんど行っていない。自国民の健康や生活を顧みず、核・ミサイルにしがみつく金正恩朝鮮労働党総書記の独裁体制は異常というほかない。岸防衛相が「わが国や地域、国際社会の平和と安定を脅かすもので断じて許容できない」と述べたのは当然だ。松野官房長官は「今後、核実験の実施を含め、さらなる挑発行為に出る可能性がある」と懸念を表明した。安保理決議を無視し、世界の平和も乱す核実験は許されない。北朝鮮は直ちに実験準備をやめ、核戦力放棄を約束すべきである。ICBMとみられるミサイルは高い角度で発射され、550キロもの高度に達する代わりに飛距離を抑え、日本海に着弾した。通常の撃ち方なら米本土攻撃用にもなり得る。バイデン氏が離日してからの発射は、北朝鮮が米国の軍事力を恐れつつ、自国の核・ミサイル戦力保有を認めさせるための対米交渉を欲していることを意味する。北朝鮮は核・ミサイルで武装し、恐怖政治で自国民の人権を蹂躙し、ひどい暮らしを押し付けている。拉致した日本人を解放しようとしない。日本は、同盟国米国や隣国韓国と連携して警戒監視に努めなくてはならない。経済と軍事の両面で対北圧力を強め、核・ミサイル放棄を迫るべきである。

相次ぐ弾道ミサイル発射の一方で、5月4日、7日、12日、25日の発射について4回連続で北朝鮮メディアが沈黙を続けている点も注目されるところです。通常なら発射の成功や核・ミサイル能力の進展を大々的に報じる国営メディアは沈黙を守っており、「北朝鮮は新たな核実験も準備しているため、国営メディアはミサイル実験を公表しないことで、プロパガンダ効果を最大限にしようとしているのかもしれない」との韓国の専門家が指摘しています。また、新型コロナウイルス流行を巡って援助を受けている中国の不満を抑えることも意図している可能性にも言及、「支援を切実に必要としているため中国を不愉快にさせたくないのだろう」と指摘しています。さらに、北朝鮮が核・ミサイルの実験や訓練の常態化を狙い、広報戦術を変化させた可能性も指摘されています。大々的に「成功」を報道し、国威発揚を図ってきた一方で、「主権国家の合法的な自衛権行使」だと強弁し、国連安全保障理事会の決議違反とみる国際社会から批判を招いてきたことをふまえ、目新しい成果がない場合は公表を控え、「自衛権のための日常的な軍事行動だ」と国外に印象づけようとしている可能性が考えられるところです。また、韓国の情報機関、国家情報院は、北朝鮮で4月末から新型コロナウイルス感染が拡大する中、「最悪の状況を脱し、ミサイルを発射する余裕があると国際社会に見せつける意味がある」との分析を国会で報告しています。国内向けには発射の宣伝を控えて金総書記らがコロナ対策に打ち込む姿を連日報じるなど、内外で報道を使い分けている可能性が指摘されています。また、中国の習近平国家主席が今秋の党大会で異例の総書記3期目入りを目指すとされるなか、中国は周辺国の不安定化を嫌っているとみられ、「北朝鮮は中国を無視できない。ミサイル自体は開発目的で撃ち続けるが、対外的なアピールは控えているのかもしれない」との指摘もあります。さらに、「手の内を明らかにしないため、戦略的な変更をした可能性」や、北朝鮮メディアからの情報は、日韓などがミサイルの弾種や性能を分析する際の参考になっていることから、米国などにより大きな脅威を与えるべく、対外的なアピールよりも情報の秘匿を重視する姿勢に転じたとの見方も指摘されています。

北朝鮮の挑発に対し、国際社会は一枚岩の対応ができない状況が続きます。国連安全保障理事会(安保理)は、北朝鮮の相次ぐ弾道ミサイル発射を受けて緊急会合を開き、安保理制裁強化の決議案を採決したものの、常任理事国の中国とロシアが拒否権を行使し、否決されました。北朝鮮による核・弾道ミサイル開発を巡り、安保理制裁決議案に拒否権が使われたのは初めてとなります。国連総会は4月、拒否権を使った常任理事国に理由説明を求めることを決めており、適用される初のケースとなります。なお、安保理は北朝鮮が核実験を初めて実施した2006年以降、10回の制裁決議をいずれも全会一致で採択していましたが、今回は理事国15か国のうち米欧など13か国は決議案に賛成という結果となり、ロシアのウクライナ侵攻に続き、北朝鮮情勢を巡っても安保理は機能不全を露呈する結果となりました。決議案では、北朝鮮に対する原油の年間輸出量の上限を400万バレルから300万バレルに削減、弾道ミサイルだけでなく、巡航ミサイルの発射禁止、北朝鮮によるサイバー攻撃が活発になっていることを念頭に、北朝鮮からの「情報通信技術に関するサービス」の調達を禁止することなどを盛り込んでいました。否決後の演説で、米国のリンダ・トーマスグリーンフィールド国連大使は北朝鮮がICBMを含むミサイル発射を繰り返していることに触れ、「世界は北朝鮮がもたらす明白かつ眼前の危険に直面している。(中露は)常任理事国としての責務を拒んだ」と批判しています。

北朝鮮が5月25日、バイデン米大統領が日韓歴訪を終えて帰国の途についた間隙をぬって、ICBMの発射などに踏み切りましたが、挑発を続ける北朝鮮に対して、10日発足した韓国の尹錫悦政権は、(「南北融和」を最優先に掲げた文在寅前政権からの転換を鮮明にし)米国との連携を強化しながら対抗していく姿勢を鮮明にしています。北朝鮮はバイデン米大統領の日韓歴訪を直撃する形での挑発は避けたものの、北朝鮮対応で連携を確認した日米韓3カ国に対し、核・ミサイル開発で対抗する意思を明確にしたほか、複数の種類のミサイルを立て続けに発射することで、ミサイル防衛システムでの対応が難しいことを印象づける狙いもあるとみられています。北朝鮮は今回のミサイル発射で、新型コロナ対策に注力しながらも核・ミサイル開発を続ける余力があることを対外的に誇示したほか、核実験実施の可能性もちらつかせながら、今後も日米韓3カ国への圧迫を強めていくとみられます。5月28日には、日本、米国、韓国の3か国の外相は、共同声明を発表し、北朝鮮による25日のICBMの発射などを強く非難、度重なるミサイル発射について「緊張を高め、地域を不安定化し、全ての国の平和と安全を脅かす行為」だとして、即時停止を求めています。一方で「対話への道が依然として開かれている」と前提条件なしに北朝鮮側と会談する意向も強調し、北朝鮮に交渉に応じるよう呼びかけています。また、国連安全保障理事会で北朝鮮への制裁決議案が、中露両国の拒否権行使によって否決されたことを、「極めて残念」と指摘しています。さらに、5月30日には、G7は、北朝鮮によるICBMの発射について、「最も強い言葉で非難する」との外相の共同声明を発表しています。声明は「国連安全保障理事会決議のあからさまな違反であり、国際的な平和と安全と、国際的な不拡散体制を損なうものだ」と非難し、安保理決議の順守を求めています。

トーマスグリーンフィールド米国連大使は、北朝鮮が7回目の核実験を強行した場合には、安全保障理事会で対北朝鮮制裁の強化を再び提案すると表明しています。米政府は、北朝鮮が核実験の準備を進めていると分析、同氏は、核実験が行われれば「われわれは確実に追加制裁を推し進める」と強調しています。その北朝鮮による核実験の再開の可能性については、韓国の金国家安保室第1次長が、「核起爆装置の作動試験を行っていることを(韓国側が)探知した」と明らかにしています。核実験を実施する可能性について、一両日中は低いが、それ以降なら「十分ある」と語っています。報道によれば、核起爆装置の作動試験は、北東部豊渓里の核実験場とは別の場所で、過去数週間で数回行われたといいます。豊渓里では人や車両の動きが衛星画像などから確認され、米韓などは、地下核実験用の坑道を整備しているとみて警戒しているところです。なお、核実験を実施する時期については、北朝鮮の金正恩総書記自身も「おそらく決めていない」との見方を示し、核爆弾の性能や爆発の規模を評価するための準備が「最終段階まで来ている」と述べています。

北朝鮮に新型コロナウイルスが広がって以降、北朝鮮国内と電話で連絡を取った貿易関係者らの証言で、北朝鮮の公式報道よりも深刻だとみられる実態が徐々に明らかになっています。報道によれば、検査態勢が整っていないためコロナかどうかは不明の発熱による死者が相次いでいるほか、感染拡大を抑え込むために一時は市場なども封鎖され、「どうやって食べていけばいいのか」と住民からは悲鳴が上がったといいます。5月20日前後に北朝鮮北部の住民と連絡を取った関係者によると、この住民は「栄養不足で弱ったお年寄りや子どもたちが発熱し、次々に亡くなっている。近所でも死者が増え、当局者が消毒をしたうえで遺体を運び去った」と語ったといいます。北朝鮮の朝鮮中央通信によると、4月末からの累計で約391万人となり、推定人口約2,600万人の約15%にあたり、死者は70人に達したとされます。ただ、1日当たりの発熱者数は一時39万人を超えたものの、5月下旬には10万人前後まで減少したと報じ、死者もゼロの日が多くなっています。北朝鮮当局が発熱患者の発生、回復状況を細かく公表しているのは、多くが軽症で回復していることを伝えて住民を安心させるためだとみられます。オミクロン株の重症化率は他国でも低いとはいえ、北朝鮮には栄養失調や薬品不足により比較的軽い症状でも打撃を受けやすい人口が他国より多いことが推測されます(北朝鮮では秋の収穫物を食べ尽くし、ジャガイモや麦などの収穫前の今の時期は、貧困層を中心に栄養失調になりがちで、さらにコロナ対策としての国境封鎖が長引いたことで、解熱剤などの薬品も極めて手に入りにくくなっていることから、十分な栄養と薬品があれば死に至らない症状でも、生命に関わっている可能性が否定できません。また、北朝鮮国内でコロナ感染拡大が止まらない状況を受けて、中朝国境地域の中国側でも緊張は高まっており、国境地域での警備は強化されているといいます)。WHOで緊急事態対応を統括するマイク・ライアン氏は「(北朝鮮の状況は)良くなってはいない。悪化していると推定している」と、脆弱な医療体制や医薬品不足を念頭に、深刻化しているとの見方を示しています(さらに、同氏は「未確認のウイルスによる感染は、新たな変異株を生む可能性がある」と感染の拡大が、さらに深刻な事態を引き起こす可能性を指摘、北朝鮮が情報を閉ざしている現状について「各国が支援を受け入れない限り、WHOには対応するすべがない」と懸念を示しています)。また、韓国でも5月下旬、高麗大の教授が、死者は発熱者に対して0.002%しかおらず「納得しにくい数値」と疑問を呈しています。実態と公表数字の乖離の大きさが疑問視されているところ、北朝鮮は数字の公表をとりやめてしまい、さらに実態が分からない状況となっています(死者数の少なさに国外から疑問が示されていることを意識して非公開にしたのではないかとの指摘もあります)。学校や事業所も活動を再開し、通学、出勤が始まったとするものの、全国的にどの程度、経済活動が正常に戻っているかは不明です。北朝鮮は6月上旬に重要政策を決める朝鮮労働党中央委員会総会を開催する予定で、その際にはコロナ対策で一定の成果を誇示する狙いがあるとみられています。

なお、北朝鮮が新型コロナウイルスの流行を初めて認める数カ月前に突如として中国からマスクや人工呼吸器などを輸入していたことが、中国が今月発表した貿易統計で明らかになっています。中国からワクチンを輸入していた可能性も考えられるところです。北朝鮮国営メディアが新型コロナの流行を報道したことを受けワクチン、医療機器、食料の不足に対する懸念が強まりましたが、北朝鮮は国営メディアの報道前にマスクなどの備蓄を開始していたとみられます。北朝鮮が大規模な新型コロナワクチンの接種を行った事実は確認されていませんが、中国は2月に311,126ドル相当のワクチンを北朝鮮に輸出しています(今年2月以外や2021年は、北朝鮮へのワクチン輸出は行われていません)。また、北朝鮮は1~4月には中国から1,060万枚以上のマスクを輸入(2021年12月の輸入はゼロ)、1~4月には95,000個近い体温計も輸入(輸入量は2021年1年間の33倍以上)、4月には人口呼吸器1,000台(266,891ドル相当)も輸入しているほか、新型コロナ検査キットに利用される可能性がある実験用品や、ゴム手袋、防護服なども輸入しています。さらに、韓国の聯合ニュースは、5月26日夜に中国遼寧省丹東市から対岸の北朝鮮新義州に医療物資を積んだ貨物列車が入ったと報じています。報道によれば、新義州に入ったのは30両の貨物列車2本で、積み荷は全て医療物資だということです。中朝間の鉄道貨物輸送は、中国側での新型コロナウイルスの感染拡大によって一時中断したままですが、北朝鮮に物資を輸送するため臨時で運行された可能性があります。北朝鮮では医薬品が不足しており、同16日にも北朝鮮国営の高麗航空の輸送機3機が同省瀋陽の空港で医薬品などを積み、北朝鮮に戻っていたとされます。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のリズ・スロッセル報道官は、このような北朝鮮での新型コロナウイルス流行について、感染拡大を抑制するための措置は同国の人権に「壊滅的な」影響を及ぼす可能性があるとの見方を示しています。感染防止策は食料確保など人々の基本的ニーズに悲惨な結果をもたらしかねないとした上で、対策は適切かつ必要に応じて講じられるべきとしています。また、人々の隔離や行動制限などの措置はより深刻な抑圧につながる可能性があると指摘、「ワクチン接種が行われなければ、人権状況に壊滅的な影響を与えるかもしれない」としています。

以前の本コラムでも取り上げた国連安保理の北朝鮮専門家パネルの最終報告書において、「中国、アフリカ、東南アジア、露において、金融、IT、レストラン、農業、建設、芸術分野で、北朝鮮籍労働者の雇用が継続」、「北朝鮮は、金融機関、暗号資産取引所等へのサイバー攻撃を継続し、暗号資産を窃盗して資金洗浄。2021年の暗号資産の窃盗総額は4億ドル相当との情報」(外務省国連制裁室資料より)などが指摘されており、とりわけ後者にはIT技術者として各国で採用され秘密裡に活動している実態も指摘されてきたところです。この件に関連して、米政府は、北朝鮮のIT技術者が身分を隠して外国企業とフリーランス契約を結び、核・ミサイル開発の資金調達やサイバー攻撃に加担していると注意喚起しています。アプリやゲームの開発に携わり、1人で年間30万ドル(約3,870万円)以上を稼ぐ技術者もいたといいます。国連安保理決議は北朝鮮労働者の外国での出稼ぎを禁止しており、米国は「隠れ出稼ぎ」を防ぐよう各国や企業に呼びかけています。報道によれば、IT技術者らは、リモートワークの機会を利用するなど、偽の身分証を利用し、韓国人や中国人、日本人などを装って活動、外国企業と契約する際には、フリーランスの技術者と名乗ったり、別の企業に手数料を払って名義を借りたりしているといいます。スマートフォン向けのゲームやデート相手を探すアプリの開発、暗号資産の取引所の創設などに携わる例が確認されており、技術者らは委託料を稼ぐほか、契約相手の企業のデータベースにアクセスし、北朝鮮側によるサイバー攻撃や情報窃取、マネー・ローンダリングを手助けしているとされます。収入の90%は北朝鮮政府に「ピンハネ」されており、米政府は「北朝鮮のIT技術者も強制労働の対象になっている」と指摘しています。そのえで、ビデオ通話への参加を拒否したり、暗号資産での給与支払いを要求したりするなどの行為があれば疑うよう、企業に注意を促していることに加え、そうした労働者を雇用し、給与を支払った場合、制裁違反で法的な課題に直面する可能性があると警告しています。

このような事例は対岸の火事ではなく、実際に日本でも発覚しています。中国に住む北朝鮮籍のIT技術者が韓国籍の知人名義で日本のスマートフォンアプリを開発し、知人が報酬を不正送金したとされる事件がありました。事件では、横浜市に住む韓国籍のタクシー運転手の男が銀行法違反(無許可営業)の疑いで、東京都北区に住む朝鮮籍の無職の女が同ほう助の疑いで、それぞれ横浜地検に書類送検されたものです。技術者は、中国・遼寧省を拠点とする朝鮮籍の男で、40歳代とみられており、書類送検された男はその知人、女は親族で、ともに容疑を認めたうえで、「技術者に依頼された」などと供述しているといいます。神奈川県警は北朝鮮による外貨獲得の一環として、技術者が主導したとみて調べているといいます。なお、技術者は2019年以降、複数企業から計7件のアプリ開発を受注しており、知人の男を通じて、同年2~6月に約400万円が送金されたとみられており、県警は今回、このうち、時効が成立していない同年6月分の送金について書類送検しています。デビットカードは、海外のATMで日本円を現地通貨に替えて引き出すことができますが、こうしたデビットカードの利便性を悪用した銀行法違反事件の摘発は初めてということです。そして、この技術者が請け負った案件のうち一つは、兵庫県の防災アプリの修正業務だったことが判明しています(北朝鮮のミサイル発射などを速報する全国瞬時警報システム(Jアラート)を配信するアプリで、兵庫県によると、県の委託先業者から依頼を受けた開発会社が、仲介サイトを通じて防災アプリ「ひょうご防災ネット」の修正作業を外部技術者に依頼していたものです)。他にも複数のアプリ開発に携わっていたといい、神奈川県警などは個人情報の流出がなかったかどうか調べているといいます。本件を受け、兵庫県の斎藤知事は「県民に不安な思いをさせ、おわびをしたい」と述べ、ほかにも外部委託した業務が無断で再委託されていないか調査し、結果を公表する考えを示したほか、再発防止策として、個人情報を扱う業務については、委託先の責任者や社員らの身分証明書の提出を求めることなどを決めています(なお、業務の再委託は原則禁止ではあるものの許可を受ければ可能になっているところ、委託先事業者は県に報告せずに不具合の修正を大阪市内のシステム業者に発注、この業者がさらに東京都内の別の業者に委託し、最終的に仲介サイトを通じ、北朝鮮のIT技術者が業務を請け負ったという構図になっていたといい、技術者の男はネット上の仲介サイトにハンドルネームで登録し、オンラインのビデオ会議を要求すると、「言語の問題で難しい」と断り、顔を見せることのないチャット形式で業務を進めていたということです)。これもまたサプライチェーンにおけるリスクであり、事業者としては、委託における北朝鮮リスク排除の観点からの厳格な取組みが求められていることを認識する必要があります。

ウクライナ情勢に関して、北朝鮮と中国、ロシアとの関係が注目されるところですが、2022年6月3日付日本経済新聞の記事「北朝鮮に「ウクライナ侵攻」のわな 制裁案否決を喜べず」は参考になる内容でした。以下、抜粋して引用します。

「歴史的に見ると、こういう局面だと次は必ず中国との関係に問題が生じる」。3代にわたる独裁体制の歴史に詳しい北朝鮮筋は、「蜜月」といわれる中国と北朝鮮の関係について行方をこう占う。北朝鮮が中国依存を深めればその分、中国による北朝鮮への影響力が強まっていく。染みついた旧宗主国への警戒心がある。…北朝鮮の中国への傾斜ぶりは著しい。例えば、中国の新疆ウイグル自治区の人権問題や台湾問題で米国が中国を刺激すると、とたんに「中国は一つだ!」「中国共産党こそ中国人民の希望の星だ!」などと党や政府が一斉に米国に矛先を向けるといった具合だ。海上で違法に積み荷を移す北朝鮮による「瀬取り」の摘発件数が最近減っているのは監視の目が届きにくい中国沿岸でひそかになされているからだとの分析が日本政府内にある。制裁の長期化と頻発する自然災害に追い打ちをかけるように新型コロナウイルス感染が急拡大した北朝鮮では物資不足が深刻化している。有事のために準備していた食品や医薬品などの軍の備蓄品まで放出せざるを得ない状態で、北朝鮮指導部はその穴埋めやワクチン確保のために中国からの支援取り付けに動いているようだ。半面、朝鮮半島に住む人々には「中国に近づきすぎるのは危険だ」というDNAが脈々と受け継がれている。…ロシアのウクライナ侵攻でも北朝鮮は当初から危機を利用しようとしてきた。3月2日に国連総会が採択したロシアへの非難決議では、中国が棄権したのに対し、北朝鮮は反対票を投じてロシアを擁護し、中朝のスタンスの違いが表れた。社会主義・専制主義陣営内での「振り子外交」は極東の小国である北朝鮮のお家芸だ。…金正恩氏はロシアのウクライナ侵攻を「第3次世界大戦の序幕」と位置づけ、自国の尊厳を守るために核の小型化と多様なミサイル開発の必要性を人民に教育している。軍事・エネルギー大国のロシアの国際的孤立を、むしろ中国一辺倒の対外政策を立て直すチャンスととらえているフシがある。そこに罠がある。安保理での北朝鮮制裁決議案の否決は民主主義国家と専制主義国家の対立という冷戦型の構図を想起させるが、「中ロ朝」連携の復活は、北朝鮮にとっては「自主権」の象徴で虎の子である核カードを制約されかねないリスクをはらむ。…北朝鮮からすれば、2017年のように対北朝鮮制裁で米中に手を組まれるのは阻止しなければならないが、あずかり知らないところで米中交渉の取引材料になるのも悪夢のシナリオだ。そのためにも、疑心暗鬼を抱きつつ当面は中ロ両にらみで歩調を合わせるしかないとみているようだ。核問題をめぐる米朝交渉はさらに遠のき、日本周辺の安全保障に深刻な影を落とす。

その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 韓国国防省の検察部が、北朝鮮のハッカーに機密情報を提供したとして、国家保安法違反で現役の陸軍特殊部隊の大尉を4月に逮捕・起訴していたといいます。報道によれば、大尉は2021年9月ごろ、大学時代の同級生から北朝鮮の工作機関、軍偵察総局傘下のハッカー「ボリス」を紹介されたといい、ボリスは違法サイバー賭博の運営を通じ韓国の現役軍人らをスパイに仕立て、情報収集する任務を担っており、大尉は違法賭博などで金に困っていたことからボリスの要求に応じ、2021年11月から今年3月にかけ、所属していた地域隊の作戦計画など機密情報を提供、ハッキングしようとするボリスの指示を受け、陸軍ホームページのログイン画面の写真や軍の指揮統制システムのコンピューター立ち上げの映像も送ったといいます。大尉は代価や激励金などの名目で、計約4,800万ウォン(約490万円)相当の暗号資産を受け取ったとされます。
  • 米政府は、弾道ミサイルなどの北朝鮮の大量破壊兵器の開発を支援したとして、ロシアの2銀行および、北朝鮮の1企業、1個人に制裁を科すと発表しています。米財務省のネルソン財務次官(テロリズム・金融情報担当)は声明で「米国は、北朝鮮に外交路線へ復帰し、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発を放棄するよう促しながら、既存の制裁措置を引き続き科していく」と述べています。
  • 北朝鮮の金正恩総書記は、東京で開催された在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の全体大会の参加者宛てに書簡を送り、同胞社会の権利擁護運動や民族教育の強化を求めたといいます。書簡は、韓国系の在日本大韓民国民団(民団)を含む日本国内の同胞との「共同行動を活発に展開すべきだ」とも表明していますが、民団が同調する可能性はないとみられています。北朝鮮の国会に当たる最高人民会議の代議員資格を持つ総連幹部らを対象に、日本政府が核開発などに対する独自制裁として2016年から訪朝後の再入国を原則禁止していることを不当だと指摘、「制裁措置を撤回させるための闘いを強力に展開しなければならない」と伝えています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例改正の動向(三重県桑名市)

三重県桑名市が暴排条例の一部改正に向けてパブリックコメントを実施しました。同市は、2つの山口組の抗争を受けて両団体が「特定抗争指定暴力団」に指定されたことに伴い、三重県内では唯一、市の全域が「警戒区域」に設定されています(六代目山口組の高山若頭の居宅があるためです)。改正では、暴力団事務所の開設や運営を禁止する区域を設けることにしていて、市町村レベルで定めるのは全国で初めてだということです。

▼桑名市暴力団排除条例の改正

同条例の第14条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「暴力団事務所(三重県暴力団排除条例(平成22年三重県条例第48号)第2条第8号に規定する暴力団事務所をいう。)は、都市計画法(昭和43年法律第100号)第8条第1項第1号に規定する第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域、第二種中高層住居専用地域、第一種住居地域、第二種住居地域、準住居地域、近隣商業地域、商業地域、準工業地域及び工業地域(三重県暴力団排除条例第18条第1項に規定する区域を除く。)において、開設し、又は運営してはならない」、第2項「市長は、前項の規定に違反する行為があったと認めるときは、市民の安全で平穏な生活を確保するため、当該違反行為をした者に対し、当該違反行為の中止その他の必要な措置を講ずるよう勧告することができる」、第3項「市長は、前項の勧告を受けた者が、当該勧告に従わないときは、その旨を公表することができる」と規定される予定です。

(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(大阪府)

仕事をあっせんしてもらうために暴力団員に現金190万円を渡したとして、建築会社の社長の男性と極東会傘下組織の幹部が大阪府暴排条例違反で勧告を受けています。受け取った現金を暴力団員がホテルに置き忘れたことが発覚につながったといい、報道によれば、社長は今年2月、暴力団の威力を利用して下請けの仕事をあっせんしてもらおうと考え、暴力団幹部に対して大阪市内のホテルで190万円を手渡したということです。ところが、暴力団幹部はホテルをチェックアウトする際、封筒に入った190万円をホテルの部屋に置き忘れたことに気づき、15分後に取りに戻ったところ無くなっており、暴力団幹部から相談を受けたホテルが警察に窃盗事件として申告、事情を聞いたところ、暴力団幹部が違法に受け取った金であることが発覚したというものです。

▼大阪府暴力団排除条例

同条例の第14条(利益の供与の禁止)において、「事業者は、その事業に関し、暴力団の威力を利用する目的で、又は暴力団の威力を利用したことに関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、金品その他の財産上の利益又は役務の供与(以下「利益の供与」という。)をしてはならない」と規定されており、本件はこの規定に抵触したものと考えられます。また、暴力団員については、第16条(暴力団員等が利益の供与を受けることの禁止)において、「暴力団員等は、事業者から当該事業者が第十四条第一項若しくは第二項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者がこれらの項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」と規定されており、これに抵触したものと考えられます。そして、同条例の第23条(勧告等)において、「公安委員会は、第十四条第一項若しくは第二項又は第十六条第一項の規定の違反があった場合において、当該違反が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該違反をした者に対し、必要な勧告をすることができる」と規定されており、それぞれ両者に勧告が出されたものと考えられます。

(3)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(東京都)

東京都暴排条例で禁止されている認証保育所からおよそ70メートルの場所に活動拠点を開設した疑いで、暴力団「東声会」理事長ら2人が逮捕されています。報道によれば、場所は、JR蒲田駅近くの一角で、繁華街の飲食店などに対して、みかじめ料を要求するための拠点にしていたとみられています。また、摘発の対象となったのは、古い木造の建物で、さびれたシャッターがおろされ、一見、空き家かと見間違える外見で、摘発を逃れるために、内も外もあえて暴力団風にはしていなかった可能性があるということです。理事長らは、毎日のようにさびれたシャッターを開けて、活動拠点に出入りしており、黒塗りの車が連日、建物の前に止められ、決してガラが良いとは言えない男たちの姿も目撃されるなど、次第に近所では「不審だ」と評判になったようです。なお、警視庁が、本条項を適用して検挙に至ったのは、今年に入って3件目だといいます。

▼東京都暴力団排除条例

同条例の第22条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供せられるものと決定した土地を含む。)の周囲200メートルの区域内において、これを開設し、又は運営してはならない」として、「三 児童福祉法(昭和22年法律第164号)第7条第1項に規定する児童福祉施設若しくは同法第12条第1項に規定する児童相談所又は東京都安全安心まちづくり条例(平成15年東京都条例第114号)第7条の規定に基づき同法第7条に規定する児童福祉施設に類する施設として東京都規則で定めるもの」が規定されています。本件は当該条項に抵触したものと思われ、第33条(罰則)において、次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「一 第22条第1項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者」が規定されています。

(4)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(愛知県)

名古屋の繁華街・錦三のいわゆる「セクシーキャバクラ」の経営者から用心棒代を受け取ったとして、六代目山口組傘下組織「谷誠会」の組長と組員が逮捕されています。報道によれば、組長らは昨年9月、名古屋市中区錦三丁目にあるセクシーキャバクラの経営者から、用心棒代として現金20万円を受け取った疑いが持たれているといいます。今年1月に風営法違反の疑いでこの店を摘発、売上が暴力団の資金源になっていたとみて、谷誠会の事務所を家宅捜索していたものです。

▼愛知県暴力団排除条例

本条例の第23条(特別区域における暴力団員の禁止行為)において、第2項「暴力団員は、特別区域における特定接客業の事業に関し、特定接客業者から、顧客その他の者との紛争が発生した場合に用心棒の役務の提供をすることの対償として又は、その事業を行うことを暴力団員が容認することの対償として、利益の供与を受けてはならない」と規定されており、この条項に抵触したものと考えられます。また、第29条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「三 第二十三条第一項又は第二項の規定に違反した者」が規定されています。

(5)暴力団対策法に基づく逮捕事例

暴力団員であることをほのめかして借金の返済を迫ったとして、福岡県警は、暴力団対策法違反(暴力的要求行為の禁止)の疑いで、工藤会幹部を逮捕しています。報道によれば2019年6月、2,000万円の返済が滞った50代男性を「俺の仕事が何か知っているのか。何で返さないのか」と脅し、法定制限額を超える利息の支払いを要求したというものです。男性は利息として複数回、それぞれ数百万円を渡したといい、今年2月に福岡県警に相談があり、発覚したものです。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

同法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「六 次に掲げる債務について、債務者に対し、その履行を要求すること」の「イ 金銭を目的とする消費貸借(利息制限法(昭和二十九年法律第百号)第五条第一号に規定する営業的金銭消費貸借(以下この号において単に「営業的金銭消費貸借」という。)を除く。)上の債務であって同法第一条に定める利息の制限額を超える利息(同法第三条の規定によって利息とみなされる金銭を含む。)の支払を伴い、又はその不履行による賠償額の予定が同法第四条に定める制限額を超えるもの」が規定されています。

(6)暴力団対策法に基づく禁止命令発出事例

2017年6月、六代目山口組系組長ら3人が対立する神戸山口組の井上邦雄組長の別宅に銃弾を撃ち込んだ事件で、兵庫県公安委員会などは、六代目山口組の篠田建市(通称・司忍)組長ら2人に、暴力団対策法に基づく「賞揚等禁止命令」を出しています。この事件で六代目山口組系組織の組長ら3人が服役中で2025年9~10月の出所が見込まれており、禁止命令は5月20日から出所5年後まで有効で、3人に慰労金や出所祝いの譲渡などを禁じるものです。報道によれば、兵庫県内で命令が出されるのは初めてだということです。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

同法第4節「暴力行為の賞揚等の規制」・第30条の5において、「公安委員会は、指定暴力団員が次の各号のいずれかに該当する暴力行為を敢行し、刑に処せられた場合において、当該指定暴力団員の所属する指定暴力団等の他の指定暴力団員が、当該暴力行為の敢行を賞揚し、又は慰労する目的で、当該指定暴力団員に対し金品等の供与をするおそれがあると認めるときは、当該他の指定暴力団員又は当該指定暴力団員に対し、期間を定めて、当該金品等の供与をしてはならず、又はこれを受けてはならない旨を命ずることができる。ただし、当該命令の期間の終期は、当該刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から五年を経過する日を超えてはならない」と規定されており、「一 当該指定暴力団等と他の指定暴力団等との間に対立が生じ、これにより当該他の指定暴力団等の事務所又は指定暴力団員若しくはその居宅に対する凶器を使用した暴力行為が発生した場合における当該暴力行為」が該当するものと考えられます。

(7)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(事務所棟における禁止行為等)

稲川会系小林組の事務所の中にあるいわゆる「代紋」などが住民に見えるため不安を覚えさせるおそれがあるとして、見えなくするよう北海道警が命令しています。報道によれば、事務所では、一階の窓に小林組を彷彿とさせる「紋章」いわゆる「代紋」と「小林興業」という文字を数年間にわたり掲げていて、周辺の住民が見えるようになっていたといいます。北海道警は、2021年4月20日から5月6日にかけて周辺住民100人ほどに意識調査を実施したところ、「暴力団事務所だと分かっている」と答えたのは約75%、「恐怖を感じる」と答えたのは約80%だったということでであり、住民に不安を覚えさせる恐れがあるとして、5月10日法律にもとづき「中止命令」を発出(この命令は、表示が市民に暴力団と認識されていると警察が判断すると適用できるもので、違反すると3年以下の懲役または250万円以下の罰金の罰則があります)、「代紋」などを見えなくするようさせたといい、組側は、その日のうちに布で隠したということです。北海道内で、指定暴力団傘下の団体の「代紋」に「中止命令」出されたのは初めてだということです。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

同法第29条(事務所等における禁止行為)において、「指定暴力団員は、次に掲げる行為をしてはならない」として、「一 指定暴力団等の事務所(以下この条及び第三十三条第一項において単に「事務所」という。)の外周に、又は外部から見通すことができる状態にしてその内部に、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせるおそれがある表示又は物品として国家公安委員会規則で定めるものを掲示し、又は設置すること」が規定されています。そのうえで、第30条(事務所等における禁止行為に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が前条の規定に違反する行為をしており、付近の住民若しくは通行人又は当該行為の相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」とも規定されています。

(8)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(暴力的要求行為の禁止等)

富士署と県警捜査4課は、暴力団対策法に基づき、六代目山口組清水一家の幹部の男と、塗装業の男性に中止命令を出しています。報道によれば、幹部の男は今年3月下旬、静岡県東部の80代の男性に暴力団の威力を示して債務の返済を要求したといい、。塗装業の男性は幹部の男に取り立てを依頼し、立ち会って幹部の男を助けたというものです。また、清水署と県警捜査4課は、暴力団対策法に基づき、稲川会大場一家幹部と土木作業員の男性、建設作業員の男性に中止命令を出しています。報道によれば、幹部の男は2021年11月下旬、県東部で建設業の30代男性に対して暴力団の威力を示し、建設作業員の男性の未払い給与を名目に、現金を要求したとされ、土木作業員の男性と建設作業員の男性は、幹部が現金を要求する現場で助勢したとされ、恐喝未遂の疑いで幹部を逮捕していたものです。さらに、群馬県警伊勢崎署は、暴力団対策法に基づき、住吉会系幹部の男に対し、群馬県内の60代の女性派遣社員が返済期限を定めず借りた元金と、その利息の返済を要求しないよう中止命令を出しています。報道によれば、男は2018年の夏ごろ、知人である女性に元金35万円を貸し付け、月々2万円の利息を返済するよう要求したもので、女性が同署に相談して発覚したということです。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

同法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「六 次に掲げる債務について、債務者に対し、その履行を要求すること」の「イ 金銭を目的とする消費貸借(利息制限法(昭和二十九年法律第百号)第五条第一号に規定する営業的金銭消費貸借(以下この号において単に「営業的金銭消費貸借」という。)を除く。)上の債務であって同法第一条に定める利息の制限額を超える利息(同法第三条の規定によって利息とみなされる金銭を含む。)の支払を伴い、又はその不履行による賠償額の予定が同法第四条に定める制限額を超えるもの」、また「八 人に対し、債務の全部又は一部の免除又は履行の猶予をみだりに要求すること」が規定されています。さらに、第10条(暴力的要求行為の要求等の禁止)として、「何人も、指定暴力団員に対し、暴力的要求行為をすることを要求し、依頼し、又は唆してはならない。」、第2項「何人も、指定暴力団員が暴力的要求行為をしている現場に立ち会い、当該暴力的要求行為をすることを助けてはならない。」と規定されています。そして、これらの行為に対しては、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」、第2項「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる。」と規定されています。

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