反社会的勢力対応 関連コラム

統計上の数字を見誤るな~警察庁「令和4年における組織犯罪の情勢」から

2023.04.11

首席研究員 芳賀 恒人

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1.統計上の数字を見誤るな~警察庁「令和4年における組織犯罪の情勢」から

最新の「令和4年における組織犯罪の情勢」(警察庁)によれば、暴力団構成員及び準構成員等の数は、2022年末現在、前年の24100人から1700人減の22400人となったということです。うち、暴力団構成員の数は11400人、準構成員等の数は11000人となり、数の上では暴力団の脅威は年々減少しているように見えます。ところが、本コラムでたびたび指摘してきたとおり、暴力団等と密接な関係を有する半グレ集団(準構成員)については、その数はいまだ統計上明らかにされず「資金獲得活動を活発化させている実態がみられる」との指摘のみであり、また、最近ではあえて暴力団員として登録しない者や警察が把握できていない構成員等も増えており、統計上の数字の数倍に上るとの見方もあるなど、統計上の数字が実態を正しく表しているとは限らない点に注意が必要です。また、警察や暴追センターの援助で離脱した暴力団員は約360人、そのうち就労者は26人、(今回新たに統計として加わった)離脱した者の預貯金口座の開設は7件という結果も示されました。しかしながら、暴力団員等の前年からの減少数1700人に対する離脱者数約360人、離脱者約360人に対する就労者26人、離脱者数や就労者数に対する口座開設7件といった「差異」が意味するものは何なのでしょうか。それは、統計上の数字だけでは表せない、例えば、暴力団という属性はないものの実質的には暴力団員として活動している統計上捕捉されない層が分厚さを増している実態、半グレ集団の本質的な不透明さ、暴力団員を辞めてもまっとうに稼げる者はごく僅かに過ぎず、多くは「元暴アウトロー」として、暴力団とは異なる属性としての反社会的勢力やその周辺者、あるいは完全なアウトローとして、結局は危険分子という点で離脱前と変わらない存在の者たちの増加、さらには暴力団という組織の「規律」に縛られることがない分、より危険な存在となりつつある可能性など、リアル(現実)な姿がそこにはあるのです。

▼警察庁 令和4年における組織犯罪の情勢
  • 六代目山口組と神戸山口組の対立抗争の激化を受け、令和2年1月、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴力団対策法」という。)に基づき、特に警戒を要する区域(以下「警戒区域」という。)等を定めて両団体が「特定抗争指定暴力団等」に指定された後も、両団体の対立抗争は継続していることから、両団体の特定抗争指定の期限を延長するとともに、警戒区域を見直し、情勢に応じた措置を講じている。
  • こうした中、六代目山口組と、神戸山口組から離脱した池田組との間で対立抗争が発生し、令和4年12月、両団体を「特定抗争指定暴力団等」に指定した。
  • 今後も引き続き、市民生活の安全確保に向け、必要な警戒や取締りの徹底に加え、暴力団対策法の効果的な活用等により事件の続発防止を図るとともに、各団体の弱体化及び壊滅に向けた取組を推進していくこととしている。
  • さらに、工藤會については、平成24年12月に「特定危険指定暴力団等」に指定し、以降1年ごとに指定の期限を延長しているところ、令和4年12月には10回目の延長を行った。
  • これまで工藤會に対する集中的な取締り等を推進してきた結果、主要幹部を長期にわたり社会隔離するとともに、その拠点である事務所も相次いで閉鎖されるなどした。そうした中、令和3年8月には、福岡地方裁判所において、工藤會総裁に対する死刑等の判決が出されるなど、工藤會の組織基盤等に相当の打撃を与えている。
  • 今後も、未解決事件の捜査をはじめとした取締りや資金源対策を強力に進めるとともに、工藤會による違法行為の被害者等が提起する損害賠償請求訴訟等に対する必要な支援や離脱者の社会復帰対策を更に推進していくこととしている。
  • このほか、暴力団排除の取組を一層進展させるため、暴力団排除に取り組む事業者に対する暴力団情報の適切な提供や保護対策の強化等に取り組んでいる
    • 暴力団構成員及び準構成員等(以下、この項において「暴力団構成員等」という。)の数は、平成17年以降減少し、令和4年末現在で2万2,400人となっている。このうち、暴力団構成員の数は1万1,400人、準構成員等の数は1万1,000人となっている
    • また、主要団体等(六代目山口組、神戸山口組、絆會及び池田組並びに住吉会及び稲川会。以下同じ。)の暴力団構成員等の数は1万6,100人(全暴力団構成員等の71.9%)となっており、このうち暴力団構成員の数は8,500人(全暴力団構成員の74.6%)となっている
    • 準暴力団とは、暴力団のような明確な組織構造は有しないものの、これに属する者が集団的又は常習的に暴力的不法行為等を行っている、暴力団に準ずる集団である。近年、準暴力団やこれに準ずる集団(以下「準暴力団等」という。)に属する者が、暴力団等犯罪組織と共存共栄しながら、特殊詐欺等の違法な資金獲得活動を活発化させている実態がみられるほか、こうして得た資金を元手に、性風俗、芸能(AV等)、スカウト等に進出し、マネー・ローンダリングを行ったり、特殊詐欺の人材供給源となっている実態もうかがえる
    • 警察では、準暴力団等の動向を踏まえ、繁華街・歓楽街対策、特殊詐欺対策、組織窃盗対策、暴走族対策、少年非行対策等の関係部門間における連携を強化し、準暴力団等に係る事案を把握等した場合の情報共有を行い、部門の垣根を越えた実態解明の徹底に加え、あらゆる法令を駆使した取締りの強化に努めている。
      1. 暴行を加えて緊縛等した逮捕監禁致傷等事件(令和4年8月、警視庁、福岡)
        • 五代目工藤會傘下組織組員は、自らがリーダーとなっている集団のメンバーらとともに、令和4年5月、知人の男性を車両後部座席に乗車させ、同男性の顔面等を殴るなどの暴行を加えて負傷させるとともに、同男性の両手首等を結束バンド等で緊縛し、同男性の目等を粘着テープで塞ぎ、同車からの脱出を不能にした。さらに、これらの暴行等により反抗を抑圧されている男性から腕時計等を強取した事件について、同年8月までに、同組員ら5人を逮捕監禁罪等で逮捕した。
      2. 親族を装って高齢者から現金をだまし取った特殊詐欺事件(令和4年10月、長野)
        • 暴力団と関係を有する集団のメンバーである男らが、令和2年10月、高齢者に対し、親族を装って株取引の損失補填のために現金が至急必要である旨のうそを言って現金を要求し、これを信じた高齢者から現金300万円をだまし取った事件について、令和4年10月までに、同男ら3人を詐欺罪で逮捕した。
      3. 暴力団を名乗り集団で凶器を使用した傷害事件(令和4年5月、大阪)
        • 凶器準備集合等の事件を起こしたことがある集団のメンバーである男らが、令和4年1月、路上においてトラブル関係にあった男性を取り囲み、自らが暴力団組員であると称するなどして脅した上で催涙スプレーを噴射し、さらに、金属製ポールで身体を複数回殴るなどの暴行を加えて負傷させた事件について、同年5月までに、同男ら6人を傷害罪で逮捕した。
      4. 美人局による恐喝事件(令和4年8月、群馬)
        • 暴力団と関係を有する集団のメンバーである男らが、知人の女と援助交際を行ったなどと因縁をつけて男性から現金を脅し取ろうと考え、令和4年3月、群馬県内の駐車場において、同男性に対し「人の彼女になに手を出してんだよ」「警察呼ぶか」「示談するにしても100万円以上だぞ」などと言って現金を要求し、同男性から現金約25万円を脅し取った事件について、同年8月、同男ら4人を恐喝罪で逮捕した。
        • 総会屋及び会社ゴロ等(会社ゴロ及び新聞ゴロをいう。以下同じ。)の数は、令和4年末現在、920人と近年減少傾向にある
        • 社会運動等標ぼうゴロ(社会運動標ぼうゴロ及び政治活動標ぼうゴロをいう。以下同じ。)の数は、令和4年末現在、4,620人と近年減少傾向にある
        • 近年、暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者をいう。以下同じ。)の検挙人員は減少傾向にあり、令和4年においては、9,903人である。主な罪種別では、覚醒剤取締法違反(麻薬特例法違反は含まない。以下同じ。)が2,141人、詐欺が1,424人、傷害が1,142人、窃盗が847人、恐喝が453人で、前年に比べそれぞれ844人、131人、211人、161人、3人減少している。
        • 暴力団構成員等の検挙人員のうち、構成員は2,129人、準構成員その他の周辺者は7,774人で前年に比べいずれも減少している。
        • また、暴力団構成員等の検挙件数についても近年減少傾向にあり、令和4年においては、16,834件である。主な罪種別では、窃盗が5,482件、覚醒剤取締法違反が3,224件、傷害が1,012件、恐喝が352件で、前年に比べそれぞれ530件、1,288件、107件、39件減少している一方、詐欺が1,986件で、前年に比べ53件増加している。
        • 近年、暴力団構成員等の検挙人員のうち、主要団体等の暴力団構成員等が占める割合は約8割で推移しており、令和4年においても、8,003人で80.8%を占めている。なかでも、六代目山口組の暴力団構成員等の検挙人員は4,089人と、暴力団構成員等の検挙人員の約4割を占めている。
        • 六代目山口組は平成27年8月末の分裂後も引き続き最大の暴力団であり、その弱体化を図るため、六代目山口組を事実上支配している弘道会及びその傘下組織に対する集中した取締りを行っている。令和4年においては、六代目山口組直系組長等12人、弘道会直系組長等9人、弘道会直系組織幹部(弘道会直系組長等を除く。)30人を検挙している。
        • 令和4年においては、対立抗争に起因するとみられる事件は17件発生している。これらは、六代目山口組と神戸山口組との対立抗争に関するもの及び六代目山口組と池田組との対立抗争に関するものであり、銃器を使用した事件が住宅街で発生するなど、地域社会に対する大きな脅威となっている。
        • 暴力団等によるとみられる銃器発砲事件は、令和4年においては6件発生し、これらの事件による死者は2人で、負傷者は1人である。暴力団等によるとみられる銃器発砲事件は、依然として市民の身近な場所で発生しており、地域社会の大きな脅威となっている。
        • 暴力団からの拳銃押収丁数は、令和4年においては、34丁と前年に比べ増加しており、組織別でみると、六代目山口組が17丁(割合50.0%)、稲川会が4丁(同11.8%)、住吉会が2丁(同5.9%)、神戸山口組が1丁(同2.9%)、その他が10丁(同29.4%)となっている。依然として、暴力団が拳銃を自宅や事務所以外の場所に保管するなど、巧妙に隠匿している実態がうかがえる。
        • 令和4年における暴力団構成員等に対する組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「組織的犯罪処罰法」という。)の加重処罰関係の規定の適用状況については、組織的な犯罪の加重処罰について規定した第3条違反の検挙事件数は4件であり、組織的な犯罪に係る犯人蔵匿等について規定した第7条違反の検挙事件数は1件であった。
        • 暴力団構成員等の検挙状況を主要罪種別にみると、暴力団構成員等の総検挙人員に占める詐欺の割合は、過去10年にわたり10%前後で推移している。令和4年においては、14.4%と過去10年で最も高い割合であり、詐欺による資金獲得活動が定着化している状況がうかがえる。特に、近年、暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与し、有力な資金源の一つとしている実態が認められる。その他、金融業、建設業、労働者供給事業、風俗営業等に関連する資金獲得犯罪が行われており、依然として多種多様な資金獲得活動を行っていることがうかがえる。
        • 令和4年における暴力団構成員等に係る組織的犯罪処罰法のマネー・ローンダリング関係の規定の適用状況については、法人等事業経営支配について規定した同法第9条違反事件数が1件、犯罪収益等隠匿について規定した同法第10条違反事件数が43件、犯罪収益等収受について規定した同法第11条違反事件数が18件である。また、同法第23条に規定する起訴前の没収保全命令の適用事件数は19件である。
        • 近年、暴力団が資金を獲得する手段の一つとして、詐欺、特に特殊詐欺を行っている実態が認められる
        • 暴力団は、暴力団を利用する企業と結託するなどして、金融業、建設業等の各種事業活動に進出し、暴力団の威力を背景としつつも一般の経済取引を装い、様々な犯罪を引き起こしている。
        • 令和4年における暴力団構成員等、総会屋、会社ゴロ等及び社会運動等標ぼうゴロによる企業対象暴力及び行政対象暴力事犯の検挙件数は566件となっており、このうち、企業対象暴力事犯は168件、行政対象暴力事犯は398件となっている。また、総会屋、会社ゴロ等及び社会運動等標ぼうゴロの検挙人員は77人、検挙件数は50件である。依然として暴力団構成員等が、企業や行政に対して威力を示すなどして、不当な要求を行っている実態がうかがえる。
        • 令和4年における暴力団等に係る金融・不良債権関連事犯の検挙事件数は8件であり、企業融資等に関する融資詐欺事件といった融資過程におけるものが7件、債権回収過程におけるものが1件(強制執行妨害目的財産損壊等事件)であった。
        • 令和4年における中止命令の発出件数は、877件と前年に比べ11件増加している。態別では、資金獲得活動である暴力的要求行為(暴力団対策法第9条)に対するものが570件と全体の65.0%を、加入強要・脱退妨害(同法第16条)に対するものが97件と全体の11.1%を、それぞれ占めている。暴力的要求行為(同法第9条)に対する中止命令570件を条項別にみると、不当贈与要求(同条第2号)に対するものが361件、みかじめ料要求(同条第4号)に対するものが37件、用心棒料等要求(同条第5号)に対するものが124件となっている。また、加入強要・脱退妨害(同法第16条)に対する中止命令の発出件数を条項別にみると、少年に対する加入強要・脱退妨害(同条第1項)が7件、威迫による加入強要・脱退妨害(同条第2項)が81件、密接交際者に対する加入強要・脱退妨害(同条第3項)が9件となっている。団体別では、住吉会に対するものが279件と最も多く、全体の31.8%を占め、次いで六代目山口組175件、稲川会123件、二代目東組22件の順となっている。
        • 近年、再発防止命令の発出件数は減少傾向にあり、令和4年においては32件と前年に比べ5件減少している。形態別では、資金獲得活動である暴力的要求行為(暴力団対策法第9条)に対するものが24件と全体の75.0%を占めているほか、準暴力的要求行為(同法第12条の5)に対するものが3件となっている。
        • 令和4年における損害賠償請求等の妨害についての防止命令の発出件数は9件である。団体別では、神戸山口組に対するものが4件、六代目山口組に対するものが3件、稲川会に対するものが2件となっている。
        • 令和4年における縄張に係る禁止行為についての防止命令の発出件数は3件である。団体別では、六代目山口組に対するものが2件、稲川会に対するものが1件となっている。
        • 令和4年における暴力行為の賞揚等についての禁止命令の発出件数は57件である。団体別では六代目山口組に対するものが53件、工藤會及び道仁会に対するものがそれぞれ2件となっている。
        • 令和4年における事務所使用制限命令の発出件数は5件である。団体別では、六代目山口組及び池田組に対するものがそれぞれ2件、工藤會に対するものが1件となっている。
        • 令和4年における命令違反事件の検挙件数は3件である。形態別では、再発防止命令違反が2件、中止命令違反が1件となっている。
        • 平成23年10月までに全ての都道府県において暴力団排除条例が施行されており、各都道府県は、条例の効果的な運用を行っている。なお、市町村における条例については、令和4年末までに46都道府県内の全市町村で制定されている
        • 各都道府県においては、条例に基づいた勧告等を実施している。令和4年における実施件数は、勧告38件、指導3件、中止命令10件、再発防止命令4件、検挙14件となっている。
        • 警察においては、都道府県暴力追放運動推進センター(以下「都道府県センター」という。)、弁護士会民事介入暴力対策委員会(以下「民暴委員会」という。)等と連携し、暴力団員等が行う違法・不当な行為の被害者等が提起する損害賠償請求等に対して必要な支援を行っている。
        • 警察においては、都道府県センター、民暴委員会等と連携し、住民運動に基づく暴力団事務所の明渡請求訴訟等について、必要な支援を行っている。
        • 都道府県センターでは、暴力団が関係する多種多様な事案についての相談を受理し、暴力団による被害の防止・回復等に向けた指導・助言を行っている。令和4年中の暴力団関係相談の受理件数は4万2,005件であり、このうち警察で1万7,601件、都道府県センターで2万4,404件を受理した
        • 都道府県センターでは、都道府県公安委員会からの委託を受け、各事業所の不当要求防止責任者に対し、暴力団等からの不当要求による被害を防止するために必要な対応要領等の講習を実施している。令和3年度中に実施された不当要求防止責任者講習の開催回数は1,415回、同講習の受講人数は延べ5万5,898人であった。
        • 都道府県センターは、適格都道府県センターとして国家公安委員会の認定を受けることで、指定暴力団等の事務所の使用により生活の平穏等が違法に害されていることを理由として、当該事務所の使用及びこれに付随する行為の差止めを請求しようとする付近住民等から委託を受け、当該委託をした者のために自己の名をもって、当該事務所の使用及びこれに付随する行為の差止めの請求を行うことができることとなる。平成26年7月までに全ての都道府県センターが適格都道府県センターとしての認定を受けている。
        • 令和4年中、警察及び都道府県センターが援助の措置等を行うことにより暴力団から離脱することができた暴力団員の数については、約360人となっている。また、令和4年中、警察、都道府県センター、関係機関・団体等から構成される社会復帰対策協議会を通じて就労した者の数については、26人となっている。令和4年2月には、警察庁において、暴力団から離脱した者の預貯金口座の開設に向けた支援策を策定した。同支援策により口座開設に至った件数は、令和4年12月末までに、7件となっている。
  • 令和4年における薬物情勢の特徴としては、以下のことが挙げられる。
    • 薬物事犯の検挙人員は、近年横ばいが続く中、1万2,142人と前年より減少した。このうち、覚醒剤事犯の検挙人員は6,124人と前年より大幅に減少し、第三次覚醒剤乱用期のピークであった平成9年の1万9,722人から長期的に減少傾向にある。
    • 大麻事犯の検挙人員は、平成26年以降増加が続いていたが、令和4年は5,342人と過去最多であった前年を下回った。営利犯検挙人員は、近年横ばいが続く中、1,028人と前年より増加した。このうち、暴力団構成員等によるものは減少し、外国人によるものは増加した。
    • 覚醒剤事犯の営利犯検挙人員は450人と前年よりやや減少したものの、暴力団構成員等の同人員は4割以上を占めている。また、大麻事犯の営利犯検挙人員は、近年増加傾向がみられるところ、436人と前年より増加した。このうち、暴力団構成員等は105人、外国人は40人であった。
    • 薬物別総押収量は、覚醒剤が289.0キログラム、乾燥大麻は289.6キログラムといずれも前年より大きく減少した一方、大麻濃縮物が74.0キログラムと前年より大幅に増加した。
  • 以上のとおり、営利目的の覚醒剤事犯に占める暴力団構成員等の割合が高いことや、外国人が営利目的で敢行した薬物事犯が増加している現状から、依然として、その背後にある暴力団や外国人犯罪組織等と薬物事犯との深い関与がうかがわれるところ、引き続き、密輸入・密売関連事犯等の営利犯の検挙による薬物供給網の遮断に取り組むこととしている。
  • また、大麻事犯の検挙人員は、過去最多を記録した前年に続く高い水準にあり、引き続き、厳正な取締りに加え、若年層による乱用防止を主な目的として、インターネット上での違法情報・有害情報の排除や広報啓発活動を推進することとしている
    • 覚醒剤事犯の検挙人員の35.7%(2,186人)を暴力団構成員等が占める。組織別では、六代目山口組、神戸山口組、絆會、池田組、住吉会及び稲川会の主要団体等で、覚醒剤事犯に係る暴力団構成員等の全検挙人員の76.3%を占めている
    • 大麻事犯の検挙人員の12.1%(648人)を暴力団構成員等が占めている。組織別では、六代目山口組、神戸山口組、絆會、池田組、住吉会及び稲川会の主要団体等で、大麻事犯に係る暴力団構成員等の全検挙人員の75.2%を占めている。
    • 暴力団構成員等による覚醒剤事犯の営利犯検挙人員は191人と覚醒剤事犯の全営利犯検挙人員(450人)の42.4%を占めている。また、暴力団構成員等による覚醒剤密売関連事犯の検挙人員は150人と、覚醒剤密売関連事犯の全検挙人員(280人)の53.6%を占めており、依然として、覚醒剤密売等による犯罪収益が暴力団の資金源として定着している状況がうかがえる。
    • 暴力団構成員等による大麻事犯の営利犯検挙人員は105人と同検挙人員全体(436人)の24.1%を占めている。また、暴力団構成員等による営利目的大麻栽培事犯の検挙人員は27人と同事犯検挙人員全体(85人)の31.8%を占めており、大麻の密輸入・密売のみならず、栽培への一定の暴力団の関与もうかがわれる。
    • 外国人による覚醒剤事犯の営利犯検挙人員は97人で、覚醒剤事犯の全営利犯検挙人員(450人)の21.6%を占めている。国籍・地域別では、最多はベトナム14人、次いで中国13人、ナイジェリア9人となっている。違反態様別では、密輸入事犯が76人(構成比率78.4%)、密売関連事犯が21人(同21.6%)となっている。
    • 外国人による大麻事犯の営利犯検挙人員は40人で、大麻事犯の全営利犯検挙人員(436人)の9.2%を占めている。国籍・地域別では、最多はベトナム17人、次いでブラジル11人、韓国7人となっている。違反態様別では、密売関連事犯が18人(構成比率45.0%)、密輸入事犯が15人(同37.5%)、栽培事犯が7人(同17.5%)となっている。
    • 覚醒剤の密売関連事犯の検挙人員は280人で、このうち暴力団構成員等は150人(構成比率53.6%)となっており、覚醒剤密売に係る犯罪収益が暴力団の資金源となっている実態がうかがわれる。また、外国人は21人(同7.5%)と前年よりやや減少した。
    • 大麻の密売関連事犯の検挙人員は305人で、このうち暴力団構成員等は61人(構成比率20.0%)となっており、その割合は覚醒剤の密売関連事犯に比べて低いものの、大麻密売に係る犯罪収益も暴力団の資金源となっている状況がうかがわれる。また、外国人は18人(同5.9%)と前年より減少した。
    • 薬物密輸入事犯の検挙件数は294件と前年より大幅に増加した。薬物事犯別では、覚醒剤事犯は129件、麻薬及び向精神薬事犯は104件といずれも前年より増加した一方、大麻事犯は61件と前年より減少した。また、薬物密輸入事犯の検挙人員に占める外国人の割合は54.0%、MDMA等合成麻薬では86.7%と非常に高く、薬物押収量の多寡や検挙実態などから、同事犯に海外の薬物犯罪組織が深く関与していることがうかがわれる。
    • 密輸入事犯における覚醒剤の押収量は282.1キログラムと前年より大幅に減少した。電子たばこ用等の大麻濃縮物の押収量は70.2キログラムと大幅に増加した。また、前年に引き続き乾燥大麻の押収量13.9キログラムを大幅に上回った。
    • 覚醒剤の密輸入事犯の検挙件数は129件と前年より大幅に増加した。検挙人員については、暴力団構成員等は37人、外国人は81人といずれも増加した。国籍・地域別では、最多が日本94人で、次いでベトナム13人、中国13人となっている。
    • 態様別では、航空機利用による覚醒剤の携帯密輸入事犯が43件と前年より大幅に増加した。また、国際宅配便が66件、国際郵便が15件、事業用貨物が5件となっている。
    • 仕出国・地域別では、最多がマレーシア13件(構成比率10.1%)で、次いで南アフリカ12件(同9.3%)、タイ10件(同7.8%)となっている。
    • 覚醒剤の密輸入事犯の検挙件数は、前年より大幅に増加しており、態様別では、国際宅配便利用の占める割合が51.2%と引き続き高くなっている。また、航空機利用による携帯密輸入の占める割合も33.3%と高くなっている。こうした状況の背景には、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴った入国制限の実施とその後の制限緩和が影響したものと推認される。また、国内における根強い覚醒剤需要の存在に加え、国際的なネットワークを有する薬物犯罪組織が国内外に存在し、国内における覚醒剤取引を活発化させていることがあると推認される。押収量については、比較的小口の密輸入事犯が多かった影響により、前年より大幅に減少している。
    • 大麻の密輸入事犯の検挙件数は61件と前年より減少した。
    • このうち、電子たばこ用等の大麻濃縮物の密輸入事犯は32件(構成比率52.5%)と昨年に引き続き半数を上回っている。検挙人員については、暴力団構成員等は17人(同23.0%)と前年より増加した一方、外国人は31人(同41.9%)と前年よりやや減少した。国籍・地域別では、最多が日本43人(同58.1%)で、次いでアメリカ12人(16.2%)、ベトナム9人(同12.2%)となっている。
    • 仕出国・地域別では、最多がアメリカ36件(構成比率59.0%)で、次いでベトナム7件(同11.5%)、カナダ4件(同6.6%)となっている。アメリカの36件のうち、大麻濃縮物の密輸入検挙件数が25件を占めており、これは、同物件の密輸入検挙件数全体の78.1%を占める。
    • 大麻密輸入事犯の検挙件数は61件と前年よりやや減少した。密輸入事犯による押収量は、乾燥大麻が4.8%にとどまる一方、大麻濃縮物では94.9%を占めている。
    • 薬物事犯の検挙人員は、近年横ばいで推移している中、1万2,142人と前年より減少した。薬物事犯別では、覚醒剤事犯が6,124人(構成比率50.4%)と平成28年以降減少し続けている一方、大麻事犯は5,342人(同44.0%)と過去最高を記録した昨年から僅かに減少した。暴力団構成員等の検挙人員は2,915人(同24.0%)で、検挙人員及び薬物事犯に占める割合はともに減少傾向にある。外国人の検挙人員は977人(同8.0%)と前年よりやや減少している一方、MDMA等合成麻薬やコカイン等の麻薬及び向精神薬事犯の検挙人員は207人(同30.8%)で、昨年に引き続き、同人員に占める割合が高い。
    • 薬物別の押収量は、覚醒剤が289.0キログラム、乾燥大麻が289.6キログラムとそれぞれ前年より減少した一方、大麻濃縮物は74.0キログラム、大麻樹脂は5.6キログラムとそれぞれ大幅に増加した。また、主な麻薬では、MDMAが7万4,747錠、コカインが41.8キログラムとそれぞれ前年より増加した。
    • 薬物犯罪収益隠匿罪の検挙事件数は15件と前年より大幅に増加し、最近5年間で最多となっている。同収受罪の検挙事件数は2件と前年より減少した。
    • 覚醒剤事犯の検挙人員は6,124人と前年より大幅に減少した。同検挙人員は、第三次覚醒剤乱用期のピークであった平成9年の1万9,722人から長期的に減少傾向にあり、平成30年以降連続して1万人を下回っている。なお、同検挙人員のうち、暴力団構成員等は2,186人(構成比率35.7%)、外国人は459人(同7.5%)となっている。人口10万人当たりの年齢層別検挙人員は、20歳未満が1.6人、20歳代が6.1人、30歳代が9.5人、40歳代が11.2人、50歳代が7.9人、60歳以上が1.8人であり、最多は40歳代で、次いで30歳代となっている。
    • 大麻事犯の検挙人員は、平成26年以降増加が続いていたが、令和4年は5,342人と過去最多であった前年をやや下回った。大麻の種類別の検挙人員は、乾燥大麻に関する検挙人員は4,169人(構成比率78.0%)と前年よりやや減少し、大麻濃縮物に関する検挙人員は617人(同11.5%)と前年より増加した。また、大麻事犯の検挙人員のうち、暴力団構成員等は648人(同12.1%)、外国人は311人(同5.8%)となっている。人口10万人当たりの年齢層別検挙人員でみると、近年、30歳代以上が横ばいで推移し、その他の年齢層においては増加傾向で推移していたが、令和4年は、50歳代以上の年齢層が引き続き横ばいで推移し、その他の年齢層では、それぞれ減少した。最多は、昨年に引き続き20歳代で、次いで20歳未満、30歳代となっており、これらの年齢層で同検挙人員の87.9%を占めている
  • 大麻乱用者の実態
    • 令和4年10月から同年11月までの間に大麻取締法違反(単純所持)で検挙された者のうち911人について、捜査の過程において明らかとなった大麻使用の経緯、動機、大麻の入手先を知った方法等は次のとおりである(平成29年については、平成29年10月から同年11月までの間に大麻取締法違反(単純所持)で検挙された者のうち535人について取りまとめたもの。)。
      1. 大麻を初めて使用した年齢
        • 対象者が初めて大麻を使用した年齢は、20歳未満が52.1%、20歳代が33.0%と、30歳未満で85.1%を占める(最低年齢は12歳(4人))。
        • 初回使用年齢層の構成比を平成29年と比較すると、20歳未満が36.4%から52.1%に増加しており、若年層の中でも特に20歳未満での乱用拡大が懸念される。
      2. 大麻を初めて使用した経緯、動機
        • 大麻を初めて使用した経緯は、「誘われて」が最多であり、20歳未満が80.2%、20歳代が70.8%と、特に若年層において誘われて使用する割合が高い。
        • 使用した動機については、いずれの年齢層でも「好奇心・興味本位」が最多で、特に30歳未満では約6割を占めるなど顕著である。また、同年齢層では、次いで「その場の雰囲気」が多く、比較的多い「クラブ・音楽イベント等の高揚感」、「パーティー感覚」と合わせてみると、若年層では、身近な環境に影響を受けて享楽的に大麻を使用する傾向がうかがわれる。
        • 30歳以上では、「ストレス発散・現実逃避」や「多幸感・陶酔効果を求めて」といった、薬理効果を求める動機が比較的多数を占めた。
      3. 大麻使用時の人数
        • 大麻使用時の人数については、年齢が低いほど、複数人で使用する割合が高い傾向にあり、このことからも、30歳未満の乱用者の多くが、知人等の他人を含む身近な環境に影響を受けて大麻を使用する傾向がうかがわれる。
      4. 大麻の入手先(譲渡人)を知った方法
        • 検挙事実となった大麻の入手先(譲渡人)を知った方法は、30歳未満で「インターネット経由」が3分の1以上を占め、そのほとんどがSNSを利用していた。
        • 他方、「インターネット以外の方法」では、全ての年齢層で「友人・知人」から大麻を入手しているケースが半数程度に上り、30歳未満では半数を超える。
      5. 大麻に対する危険(有害)性の認識
        • 大麻に対する危険(有害)性の認識は、「なし(全くない・あまりない。)」が79.5%(前年比2.5ポイント上昇)で、覚醒剤に対する危険(有害)性の認識と比較すると、昨年に引き続き著しく低い。また、大麻に対する危険(有害)性を軽視する情報の入手先についても、引き続き、「友人・知人」、「インターネット」が多く、年齢層が低いほど「友人・知人」の占める割合が大きい傾向にある。
        • 「令和3年における組織犯罪の情勢」に掲載した「大麻乱用者の実態」では、30歳未満の大麻乱用者の多くが大麻使用に関して身近な環境に影響されている実態がうかがわれたが、令和4年も、大麻を使用し始めた経緯や動機、使用時の状況、入手先、危険(有害)性に関する誤った認識の形成等多くの面で、身近な環境に影響されている実態が改めて裏付けられた。
        • また、大麻に対する危険(有害)性の認識を有さない者の割合が前年(77.0%)から僅かに上昇し、引き続き全体の8割近くを占めている。
        • 昨年に引き続き、少年等若年層の周辺環境を健全化させるための総合的な施策が求められるとともに、大麻の供給源となる組織的な栽培・密売を厳正に取り締まり、SNS等における違法・有害情報の排除や大麻の危険(有害)性を正しく認識できるような広報啓発等を推進することが重要である。
        • 危険ドラッグ事犯の検挙状況は、近年、検挙事件数及び検挙人員の減少傾向が続いていたが、令和4年は、260事件、279人とそれぞれ前年より増加した。適用法令別では、指定薬物に係る医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「医薬品医療機器法」という。)違反が前年より大幅に増加し、麻薬及び向精神薬取締法違反も僅かに増加した。危険ドラッグ事犯のうち、暴力団構成員等によるものは7事件7人、外国人によるものは31事件33人、少年によるものは19事件20人となっている。
        • 危険ドラッグ事犯のうち、危険ドラッグ乱用者の検挙人員は264人(構成比率94.6%)となっている。
  • 令和4年における銃器情勢の特徴としては、以下のことが挙げられる。
    • 銃器発砲事件数は9件と前年とおおむね横ばいであり、このうち暴力団構成員等によるものは6件と過半数を占めた。
    • 拳銃押収丁数は、長期的に減少傾向にあるところ、令和4年は321丁で、このうち暴力団からの押収丁数は34丁といずれも前年より増加した。
    • 以上のとおり、銃器発砲事件数はおおむね横ばいで推移したものの、暴力団による銃器発砲事件が依然として発生し、更には暴力団からの拳銃押収丁数が増加に転じるなど、引き続き、平穏な市民生活に対する重大な脅威となっていることから、暴力団の組織防衛の強化による情報収集の困難化や拳銃隠匿方法の巧妙化に適切に対応し、暴力団の組織的管理に係る拳銃の摘発に重点を置いた取締りを強化するとともに、インターネット上に流通する銃器に関する情報の収集に努めるなど、関係機関と連携した活動等により総合的な銃器対策を推進していくこととしている。
    • インターネットのオークションサイトや掲示板等を端緒として押収した拳銃の押収丁数は41丁で、前年より増加した。
  • 来日外国人犯罪の検挙件数・人員については、最近5年間はほぼ横ばい状態で推移してきたが、令和4年は、令和3年に引き続き、検挙件数・人員とも減少している。
  • このような中、来日外国人による犯罪は、日本人によるものと比べて多人数で組織的に行われる傾向がうかがわれ、出身の国・地域別に組織化されている場合が多くみられる。
  • 令和4年中の来日外国人による刑法犯の検挙件数に占める共犯事件の割合は37.5%と、日本人(13.0%)の約2.9倍になっている。また、形態別にみると、2人組は17.7%、3人組は7.8%、4人組以上は2.9%となっている。罪種等別にみると、窃盗犯のうち、住宅対象の侵入窃盗では34.7%と、日本人(11.8%)の約2.9倍、万引きでは46.7%と、日本人(2.6%)の約18.0倍になっている。
    • 来日外国人で構成される犯罪組織についてみると、出身国や地域別に組織化されているものがある一方で、より巧妙かつ効率的に犯罪を実行するため、犯罪ごとに様々な国籍の構成員が離合集散を繰り返すなど、組織の多国籍化もみられる。このほか、面識のない外国人同士がSNSを通じて連絡を取り合いながら犯行に及んだ例もみられる。
    • また、犯罪行為や被害の発生場所等の犯行関連場所についても、日本国内にとどまらず複数の国に及ぶものがある。特に近年は、他国で敢行された詐欺事件による詐取金の入金先口座として日本国内の銀行口座を利用し、詐取金入金後にこれを日本国内で引き出してマネー・ローンダリングを行うといった事例があるなど、世界的な展開がみられる。
  • 犯罪インフラとは、犯罪を助長し、又は容易にする基盤のことをいう。来日外国人で構成される犯罪組織が関与する犯罪インフラ事犯には、地下銀行による不正な送金、偽装結婚、偽装認知、不法就労助長、旅券・在留カード等偽造等がある。
  • 不法就労助長、偽装結婚及び偽装認知は、在留資格の不正取得による不法滞在等の犯罪を助長しており、これを仲介して利益を得るブローカーや暴力団が関与するものがみられるほか、最近5年間では、在留資格の不正取得や不法就労を目的とした難民認定制度の悪用が疑われる例も発生している。偽造された旅券・在留カード等は、身分偽装手段として利用されるほか、不法滞在者等に販売されることもある。また、地下銀行は、不法滞在者等が犯罪収益等を海外に送金するために利用されている。
  • 最近5年間の犯罪インフラ事犯の検挙状況をみると、不法就労助長は、昨今の人手不足を背景とし、就労資格のない外国人を雇い入れるなどの事例が引き続きみられるが、検挙件数・人員は減少傾向で推移している。旅券・在留カード等偽造は、就労可能な在留資格を偽装するために利用されており、平成28年以降、増加傾向にあったが、令和4年は、令和3年と比べ、減少した。偽装結婚は、日本国内における継続的な就労等を目的に「日本人の配偶者等」等の在留資格を取得するための不正な手段であり、令和4年は、令和3年に比べ、減少した。地下銀行は、最近5年間の検挙件数は10件前後で推移している。また、偽装認知は3件前後で推移しており、令和4年の検挙はなかった。
    • 来日ベトナム人による犯罪の検挙は、来日外国人犯罪全体の総検挙件数の41.8%、総検挙人員の35.9%(刑法犯については検挙件数の41.9%、検挙人員の31.5%、特別法犯については、検挙件数の41.8%、検挙人員の40.8%)を占め、総検挙件数・人員ともに最も多くなっている。
    • ベトナム人の在留者は、最近5年間、「技能実習」や「留学」の在留資格で入国する者が増加しており、一部の素行不良者がSNS等を介して犯罪組織を形成するなどしている
    • ベトナム人による犯罪は、刑法犯では窃盗犯が多数を占める状況が一貫して続いており、手口別では万引きの割合が高い。近年、ベトナム人同士のけんか等に起因した殺人や賭博における金の貸し借りに起因したベトナム人グループ内の略取誘拐、逮捕監禁等の事案の発生もみられる。また、特別法犯では入管法違反が多数を占める状況が続いており、「技能実習」等の在留資格を有する者が、在留期間経過後、就労目的で不法に残留し、又は偽造在留カードを入手して正規滞在者を装うなどの事案が多くみられる。
    • 来日中国人による犯罪の検挙は、来日外国人犯罪全体の総検挙件数の22.2%、総検挙人員の21.0%(刑法犯については検挙件数の23.0%、検挙人員の22.7%、特別法犯については検挙件数の21.1%、検挙人員の19.1%)を占め、総検挙件数・人員ともにベトナムに次いで多くなっている。
    • 中国人犯罪組織は、地縁、血縁等を利用したり、稼働先の同僚等を誘い込むなどしてグループを形成する場合が多い。また、中国残留邦人の子弟らを中心に構成されるチャイニーズドラゴン等の組織も存在し、首都圏を中心に勢力の拡大を図りつつある傾向がみられる。
    • また、近年、中国人犯罪組織がSNS等で中国人等の在留者をリクルートし、犯罪の一部を担わせている例も散見される。偽造在留カード事犯では、かつては中国国内にあった製造拠点が日本国内に置かれ、中国国内の指示役の指示に基づき、リクルートされた中国人等の在留者が様々な国籍の偽造在留カードを日本国内で製造するといった事案が確認されている。指示役は中国国内に在留していることから、摘発されても同様の手口で中国人等の在留者をリクルートして新たな製造等の拠点を設けるなど、高度に組織化されている傾向がみられる。

前回の本コラム(暴排トピックス2023年3月号)では「闇バイト」を集中的に取り上げました。「闇バイト」が特殊詐欺に限らず、さまざまな犯罪の基盤となる最悪の「犯罪インフラ」である実態を確認しましたが、いよいよ政府も「闇バイト」対策に本腰を入れ始めました。「闇バイト」を根絶するため、政府は犯罪対策閣僚会議を開き、省庁横断で取り組む緊急対策を決定しています。凶悪事件が相次ぎ、国民の「体感治安」が悪化しているとの危機感が背景にありますが、各対策にどれだけ実効性を持たせられるかが課題となります。ネットで知り合った者同士による犯罪は2000年代からあったが、SNSの普及でハードルは下がり、金欲しさに安易に応じる若者が増えてきた現実があります。関東など各地で相次いだ強盗では、暴行を受けた被害者が死亡したケースも出ており、政府は踏み込んだ対策によって、国民の不安を払拭する必要があると判断したとされます。また、民間事業者との連携強化も対策のカギとなります。これまで導入を検討しながら、民間への配慮から実現していなかった対策が複数含まれるためです。例えば、犯罪に悪用された電話番号を売った事業者への規制では今回、業者に対する番号の供給停止だけでなく、業者が既に保有する番号の販売を全て認めない対策を検討しています。実現できれば、対策が大きく前進することになります。報道で治安対策に詳しい東京都立大の星周一郎教授(刑事法)は「政府は闇バイトがいかに大きな問題であるかを丁寧に説明し、民間事業者の理解と協力を得る必要がある。特殊詐欺が20年続いていることから見ても、犯罪組織は対策の漏れを見つけて犯行を続ける。対策の効果を点検しながら、長期的に取り組むことが重要だ」と話していますが、筆者も前回の本コラム(暴排トピックス2023年3月号)などにおいて、「外形的な対策だけでは根本的な解決にはつながらず、「人間の性」「心の闇」にまで踏み込み、「社会的包摂」の観点から問題に真摯に向き合う必要性」、「官民連携の重要性」、「息の長い取組みとなる」と述べていましたので、このあたりが本質的な対策の勘所なのかもしれません。

また、政府が決定した「闇バイト」などの緊急対策プランでは、SNS上で高額報酬をうたって強盗や特殊詐欺の実行役を募る書き込みの削除や、資産家情報が記された闇名簿対策の強化などがポイントとして挙げられていますが、SNS上には闇バイトの書き込みがあふれ、削除や取り締まりは「イタチごっこ」になる可能性も指摘されています。闇名簿も現状では対策が限られており、やはり犯罪に加担する若者らを減らすための「教育」の推進の重要性も忘れてはならないと思われます。また、AI(人工知能)を活用するにしても、警察がAIに何を学習させるかが問題で、偏ったデータ学習では水面下の手口をAIが感知できず、犯罪を素通りするリスクがあるほか、犯罪者は日々新たな手口を編み出してその網をすり抜けるものであり、AIが「リアルタイム」に対抗できるだけの精度を有していることも重要な要件となると言えます。闇名簿対策も難しく、種々の公的調査などを装って犯罪者側が各家庭に電話をかけて集めた資産情報の蓄積(名簿)は、犯罪者集団内で出回っても表面上は露見しないうえ、現存する名簿も、通常の検索ではたどれないダークウェブ上を中心に売り買いされている現実があり、その対策や摘発は極めて難しいものとなります。したがって、より本質的な取り組みが重要となるのであり、「人間の性」「心の闇」にまで踏み込み、「社会的包摂」の観点から問題に真摯に向き合うことが必要となってくるのです。具体的には、若者への(犯罪に加担しないための)教育、バイアスを含めた人間の心理の教育、そしてそもそもそういった状況に陥らないための教育や(誰一人取り残されないための)適切な配慮(社会的包摂)が重要となるのです。そして、そうした教育は早い段階(義務教育の段階)で科学的、論理的に行われることが必要で、そこに切り込まないと使い捨ての若者は減らせないと考えます。

▼首相官邸 特殊詐欺事案に関する 緊急対策プラン
▼特殊詐欺事案に関する 緊急対策プラン 本文
  • 序「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」の策定に当たって
    • 「闇バイト強盗」と称される強盗等事件が広域で発生した。
    • これまでに14都府県で50数件が把握されている一連の事件では、60数人の被疑者が検挙されている。
    • これらの事件では、「「高額バイト」、「即日即金」などの文言を用い、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上で実行犯を募集する手口がとられること」、「被害者を拘束した上で暴行を加えるなど、凶悪な犯行態様であること」などの特徴がみられる
    • 現在、警察において、全容解明に向けた捜査が進められるとともに、各種の防犯対策がなされているところであるが、国民の間では、「もしかしたら自分が被害に遭うかもしれない」という不安感が広がっている。
    • 特殊詐欺をめぐる情勢も、なお深刻である。
    • 特殊詐欺の認知件数は、令和3年以降、増加しており、また、その被害額は、令和4年に8年ぶりに増加に転じている。検挙件数・人員も、令和4年に増加に転じている。
    • そして、特殊詐欺被害者の大部分は、高齢者である。
    • 政府では、令和元年6月、特殊詐欺等から高齢者を守るための総合対策として、「オレオレ詐欺等対策プラン」(令和元年6月25日犯罪対策閣僚会議決定)を策定し、特殊詐欺の認知件数・被害額を減少させるなどの一定の成果を上げてきた。同プランにおいては、「犯人からの電話の内容の不自然さに気付く」、「少しでも不審に感じたときには家族に確認や相談をしやすくする」ためには、家族間でのコミュニケーションや、地域社会、民間事業者等の幅広い協力による連携が重要であるとの認識の下、被害防止対策を推進するとともに、犯行ツール対策、効果的な取締り等を行うこととしている。
    • これらの対策は、「闇バイト強盗」と称される強盗等事件を抑止する上でも、有効であると考えられる。
    • 他方、強盗や特殊詐欺の犯罪者グループ等は、いわゆる「架け子」、「受け子」、「出し子」、「現金回収・運搬役」、「リクルーター」等のように、役割分担を細分化させ、そのネットワークを海外にまで広げているケースもみられる。
    • また、指示役と実行役との間の指示・連絡に、秘匿性の高い通信手段を用いるなどし、犯行の手口を一層巧妙化させている。
    • さらに、犯罪者グループ等に対し、預貯金口座や携帯電話を不正に譲渡する者や、電話転送サービス等の提供を行うなどしている悪質な事業者の存在が依然として認められる
    • こうした情勢を踏まえ、この種の犯罪から国民を守るためには、「高齢者等が被害に遭わないようにする」という観点にとどまらず、「組織的に敢行される犯罪そのものを封じ込める」、「そもそも高齢者等が犯罪者グループ等と接点を持たないようにする」といった観点から、一層踏み込んだ対策を講じることが不可欠である。
    • そこで、政府は、以下の四つの柱から早急に対策を講じることとした。
    • 1点目は、犯罪者グループ等が巧妙な手段で犯罪の実行者の「募集」を図っている実態等に鑑み、「実行犯を生まない」ための対策である。
    • 2点目は、犯罪者グループ等が高齢者等の資力等に関する個人情報、他人名義の預貯金口座や携帯電話、秘匿性の高い通信アプリケーション等を用いて犯行に及んでいる実態等に鑑み、「実行を容易にするツールを根絶する」ための対策である。
    • 3点目は、犯罪者グループ等が偽装や甘言など様々な手口を用い高齢者等に接近して犯行に及んでいる実態等に鑑み、高齢者等が犯罪者グループ等と接点を持たないようにするという観点から、「被害に遭わない環境を構築する」ための対策である。
    • 4点目は、犯罪者グループ等の実態を含む真相の解明を迅速に実現するべく、「首謀者を含む被疑者を早期に検挙する」ための対策である。
    • これら対策のパッケージとして、今般、「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」を策定することとした。
    • 本プランは、「オレオレ詐欺等対策プラン」とあいまって、必要な対策の推進を促すものである。
    • 政府は一体となって、地方公共団体、民間事業者等の協力を得ながら、本プランに基づく施策を強力に推進することとする
  1. 「実行犯を生まない」ための対策
    1. 「闇バイト」等情報に関する情報収集、削除、取締り等の推進
      • 「闇バイト」等情報がSNS上で発信されている実態がみられるところ、こうした情報による犯罪実行者の募集を防ぐため、引き続き、警察において、サイバーパトロール等を通じて把握した情報を端緒とする捜査を推進するとともに、こうした情報が確実に削除されるよう、インターネットサービスプロバイダー等に対する働き掛けを行うほか、返信(リプライ)機能を活用した投稿者等に対する個別警告等を推進する。
      • また、違法情報の取締りや有害情報を端緒とした取締りを強化すべく、「闇バイト」等情報の自動検索を行うAIの活用等も含め、効果的かつ効率的な対策を推進する
      • インターネット利用者等からの違法情報等に関する通報の受理、警察への通報、サイト管理者への削除依頼等を行う「インターネット・ホットラインセンター」で取り扱う有害情報の範囲に、令和5年2月15日、個人の生命・身体に危害を加えるおそれが高い重要犯罪と密接に関連する情報を追加した。国民に対し、「インターネット・ホットラインセンター」に対する情報提供を呼び掛けつつ、「インターネット・ホットラインセンター」及び「サイバーパトロールセンター」の効果的な運用により、「闇バイト」等情報の排除に向けた更なる対策を推進する。
      • そのほか、主要なSNS事業者が、モデル約款やその解説の記述を参考に、利用者からの通報を受けた場合や自主的な検知を行った場合、「インターネット・ホットラインセンター」からの「闇バイト」等情報に関する削除要請があった場合に、利用規約等に基づき投稿の削除等の措置を講ずるよう、事業者団体に通知を行う
    2. サイバー空間からの違法・有害な労働募集の排除
      • 犯罪の実行者を募集する「闇バイト」等情報の発信は、「公衆衛生上有害な業務に就かせる目的」での「労働者の募集」等として、職業安定法4第63条第2号に規定する違法行為に該当することから、健全な労働市場の確保のため、警察とも連携しつつ、違法な労働募集に対するネットパトロール活動を推進し、その排除を図る。
      • また、求人メディア等の業界団体及び事業主に対し、違法・有害な募集情報(疑わしい情報を含む。以下同じ。)の掲載を防止するために必要な措置を講ずるよう、警察とも連携しつつ、広報・啓発を徹底する。
      • さらに、求人メディア等の業界団体及び事業主に対し、違法・有害な募集情報を掲載していることを発見した場合、警察と連携して適切に対応するよう、要請する。
      • 加えて、都道府県労働局に対し、都道府県労働局が違法・有害な募集情報が掲載されていることを把握した場合、警察と連携して適切に対応するよう、通知する。
    3. 青少年をアルバイト感覚で犯罪に加担させない教育・啓発
      1. 青少年を取り巻く有害環境の浄化対策の推進
        • 「青少年の非行・被害防止全国強調月間」において、国、地方公共団体、関係団体等が相互に協力しながら、少年が「闇バイト」等情報により重大な犯罪に加担する危険性について広報・啓発を推進するとともに、「青少年が安全に安心してインターネットを利用できるようにするための施策に関する基本的な計画(第5次)」(令和3年6月7日子ども・若者育成支援推進本部決定)に基づく広報・啓発の一環として、保護者等に対し、子供がSNS上における「闇バイト」等情報をきっかけに加害者となる危険性があることを注意喚起する。
      2. 児童生徒等の非行防止のための取組の推進等
        • 小学校、中学校及び高等学校における児童生徒の非行防止に関しては、各種通知や生徒指導の基本書となる生徒指導提要において、
          • 児童生徒本人からの前兆行動を把握し、スクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカーや警察を含む関係機関等と連携し、アセスメントを行うこと
          • 警察官等を外部講師として招き、地域の非行情勢や非行要因等について児童生徒に情報発信する「非行防止教室」等を実施することが有効であること
        • 等を示しており、引き続き、「闇バイト」等の犯罪行為への加担防止も含め、児童生徒の非行防止に係る取組を推進する。
        • また、大学等に対しても、令和5年3月1日に所要の通知を発出し、注意喚起を行ったところであり、引き続き、学生が犯罪に加担してしまうことがないよう、必要な取組を推進する。
      3. 情報モラル教育の着実な実施
        • 学習指導要領において情報モラルを含む情報活用能力を育成することとしているところ、小学校段階から、情報発信による他人や社会への影響について考えさせる学習活動や、ネットワーク上のルールやマナーを守ることの意味について考えさせる学習活動などを通じて、情報モラルを確実に身に付けさせる。
      4. 青少年に対する広報・啓発の推進
        • SNS等の利用を通じて青少年が「闇バイト」等情報に触れるなどし、事の重大性を認識することなく、アルバイト感覚で犯罪に加担してしまうこと等のないよう、防犯教室や非行防止教室等の場を活用して、SNS等を用いた犯罪の発生状況、手口等について情報発信するとともに、学生向けに労働関係法令を分かりやすく解説したハンドブックや、インターネットに係るトラブル事例の予防法等をまとめた「インターネットトラブル事例集」2023年版に注意喚起を盛り込むことなどにより、青少年に対する広報・啓発を推進する
    4. 強盗や特殊詐欺の実行犯に対する適正な科刑の実現に向けた取組の推進
      • SNS上で実行犯を募集する手口がとられたり、凶悪な犯行態様で敢行されたりする昨今の強盗事件をめぐる状況や、認知件数・被害額が増加に転じるなど、引き続き深刻な情勢にある特殊詐欺の状況を踏まえ、犯罪者グループ等において実行犯を担った者に対する適正な科刑を実現すべく、捜査において、余罪の積極的な立件、令和4年12月に法定刑の引上げ等がされた組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(犯罪収益等隠匿・収受)の適用等を推進するとともに、公判においても、悪質な事情について、適切に主張・立証する。
  2. 「実行を容易にするツールを根絶する」ための対策
    1. 個人情報保護法の的確な運用等による名簿流出の防止等の「闇名簿」対策の強化
      1. 個人情報保護法の的確な運用等
        • 今般、「名簿屋」等の事業者に対して、個人情報保護法7の規定の下での個人データの取扱いの実態を把握するため、個人データの第三者提供における、提供先に対する本人確認手続等の実施の有無等に関する調査を実施しているところ、その結果等を踏まえ、個人データの適正な取扱いが一層確保されるようにするため、厳格な法執行を推進する
        • また、例えば、従業者教育等安全管理措置の徹底等の個人情報の適正な取扱いの確保を図るべく、業界団体等への働き掛け等、・今後、様々なチャンネルを通じた広報・啓発を更に推進する。
      2. あらゆる法令を駆使した取締り等の推進
        • 個人情報を悪用した犯罪被害を防止するため、特殊詐欺等の捜査の過程で入手した名簿の登載者に対し、注意喚起や防犯指導を引き続き行うとともに、犯罪者グループ等にこうした名簿を提供する悪質な「名簿屋」、さらに個人情報を不正な手段により取得して第三者に提供する者に対し、あらゆる法令を駆使した取締り等を推進する
      3. 犯罪の利用目的のための個人情報収集に係る注意喚起
        • 電話や自宅訪問等により、真の目的を偽装して、個人の資産や貴金属の所有状況、家族構成等を聞き出して犯罪に利用するケースもみられることから、このような不当な個人情報の収集活動に対する注意を一層喚起する
    2. 携帯電話等の本人確認や悪質な電話転送サービス事業者対策の推進
      1. 本人確認の実効性の確保に向けた取組
        • 携帯電話や電話転送サービスの契約時の本人確認において、本人確認書類の券面の偽変造による不正契約が相次いでいることから、携帯電話不正利用防止法及び犯罪収益移転防止法等で定められている本人確認の実効性の確保のため、制度改正を含め、非対面の本人確認においてマイナンバーカードの公的個人認証機能の積極的な活用を推進する。
      2. 通信事業者・電話転送サービス事業者に対する指導監督の強化
        • 特殊詐欺の犯行には、匿名での架電を可能とする様々な通信手段が利用されているところ、総務省、警察庁等の関連省庁が連携して施策を推進することにより、こうしたサービスの悪用防止対策を更に強化する。具体的には、固定電話番号の利用停止等スキーム等を通じて、警察が把握した悪質な電話転送サービス事業者に係る情報を活用して、総務省が、犯罪収益移転防止法及び電気通信事業法等に基づく指導監督を効果的に行うことができる仕組みを構築するほか、悪質な電話転送サービス事業者が大量に保有している「在庫番号」の利用を一括して制限するための仕組みを新たに設け、電話の悪用防止対策の実効性向上を図る。
    3. 悪用されるSMS機能付きデータ通信契約での本人確認の推進
      • 契約時の本人確認が義務化されていないSMS機能付きデータ通信専用SIMカードについて、電気通信事業者に対して、契約時における本人確認の実施を更に推進する。また、SMS機能付きデータ通信専用SIMカードについて、「闇バイト」等情報の発信や犯行の指示等の手段への利用を含め不正利用の実態について分析を行い、これを踏まえて、制度改正を含めた検討を行う。
    4. 預貯金口座の不正利用防止対策の強化
      • 不正に譲渡された預貯金口座等が、犯罪者グループ等内での金銭の授受等に用いられている実態がみられるところ、預貯金口座に係る顧客管理の強化を図り犯罪への悪用を防止するべく、業界団体等を交えた検討を行いつつ、犯罪収益移転防止法により求められている預貯金口座利用時の取引時確認や金融機関による顧客等への声掛け・注意喚起を徹底・強化するなどの対策を推進する。
      • また、犯罪収益移転防止法等で定められている本人確認の実効性の確保のため、制度改正を含め、非対面の本人確認においてマイナンバーカードの公的個人認証機能の積極的な活用を推進する。
    5. 証拠品として押収されたスマートフォン端末等の解析の円滑化
      • 高度な情報通信技術を用いた犯罪に対処するため、最新の電子機器やアプリケーションの解析のための技術力の向上、パスワードが不明なスマートフォン端末の解析等を行う解析用資機材の充実強化、外国捜査機関や研究機関等の関係機関との連携・情報共有、検察官や捜査員等に対する研修等を推進し、情報技術解析に関する態勢を強化する
    6. 秘匿性の高いアプリケーションの悪用防止
      1. 秘匿性の高いアプリケーションの悪用に係る注意喚起
        • 「闇バイト」等情報の応募者が、リクルーターや指示役から、連絡に秘匿性の高い通信アプリケーションを用いるように誘導され、当該アプリケーション上でのやりとりに移行したとみられる実態があることを踏まえ、犯罪に加担する事態を防ぐために、SNSを含む「闇バイト」等への応募の入り口になりそうな場面における注意喚起のメッセージの表示や、「インターネットトラブル事例集」2023年版などを通じ、広報・啓発を実施する。
      2. 青少年を取り巻く有害環境の浄化対策の推進【再掲】
        • 「青少年の非行・被害防止全国強調月間」において、国、地方公共団体、関係団体等が相互に協力しながら、少年が「闇バイト」等情報により重大な犯罪に加担する危険性について広報・啓発を推進するとともに、「青少年が安全に安心してインターネットを利用できるようにするための施策に関する基本的な計画(第5次)」(令和3年6月7日子ども・若者育成支援推進本部決定)に基づく広報・啓発の一環として、保護者等に対し、子供がSNS上における「闇バイト」等情報をきっかけに加害者となる危険性があることを注意喚起する。
    7. 帰国する在留外国人による携帯電話・預貯金口座の不正譲渡防止
      1. 携帯電話の不正譲渡防止
        • 帰国する在留外国人から不正に譲渡された携帯電話が「飛ばし携帯」として第三者の手に渡り、犯行に利用される実態がみられるところ、携帯音声通信事業者の協力を受けるなどして、携帯電話不正利用防止法等に規定された契約者確認の実効性確保のための検討を行う。
      2. 預貯金口座の不正譲渡防止
        • 帰国する在留外国人から不正に譲渡された預貯金口座が、犯行に利用される実態がみられるところ、こうした預貯金口座が不適切に使用されるような事態を防止するべく広報・啓発活動を引き続き推進するとともに、犯罪者グループ等が当該外国人になりすまして預貯金口座を悪用することのないよう、業界団体等を交えた検討を行いつつ、在留期間に基づいた預貯金口座の管理を強化するなどの対策を推進する。
        • 併せて、金融機関が、サービスの悪用防止のため、在留外国人の在留期限の確認等が円滑に行えるような情報の共有態勢について検討を行う。
      3. 在留外国人等に対する広報・啓発の実施
        • 在留外国人に対し、携帯電話・預貯金口座の不正譲渡の違法性の広報・啓発を徹底し、注意喚起するため、出入国在留管理庁において在留外国人に向けた広報・啓発資料の掲示等を行い、未然防止に努める。
        • また、日本に新たに入国する技能実習生等については、外国人本人に対し、又は受入機関を通じて、携帯電話・預貯金口座の不正譲渡の防止のための周知・啓発に取り組んでいるところであり、引き続き適切に実施する。
        • さらに、在外公館においても、上記広報・啓発の資料を掲示及び配布、公館ウェブサイトに掲載するなど、未然防止に努める。
  3. 「被害に遭わない環境を構築する」ための対策
    1. 宅配事業者を装った強盗を防ぐための宅配事業者との連携
      • 強盗等事件では、宅配事業者の訪問を偽装するなどの手段で一般住宅等に侵入する手口がみられるところ、いわゆる「置き配」等の非対面形式の宅配方法の普及が対策として効果的と考えられることから、強盗等を企図する者が住居等に不法に侵入する機会を低減するため、非対面形式の宅配方法の拡充等の取組を宅配事業者と連携して推進する。
      • また、国土交通省においては、今後実施する「再配達削減PR月間」を通じ、経済産業省や宅配事業者、EC(eコマース)事業者等と連携し、再配達削減に係る取組を紹介するなど、消費者に対し、置き配等の活用を呼び掛ける。
    2. 防犯性能の高い建物部品、防犯カメラ、宅配ボックス等の設置に係る支援
      • 警察庁、国土交通省、経済産業省、建物部品関連の民間団体等から構成される「防犯性能の高い建物部品の開発・普及に関する官民合同会議」や「5団体防犯建物部品普及促進協議会」において一定の防犯性能があると評価された建物部品(CP部品)をウェブサイトで公表するなどし、引き続き、その普及に努めるほか、侵入犯罪対策の広報・啓発を推進する。
      • また、CP部品として登録されたドア・窓への交換や、防犯カメラ、宅配ボックスの設置等への支援により、防犯性の高い住宅への改修を促進する。
    3. 高齢者の自宅電話番号の変更等支援
      • 特殊詐欺等の捜査の過程で入手した名簿の登載者に対し、注意喚起を徹底するほか、防犯機能を備えた固定電話機の設置・導入や、自宅電話番号の変更を含む被害防止対策等について広報・啓発を行う。
      • なお、警察の注意喚起を偽装した特殊詐欺等も想定されるところ、これを防止する観点から、不審に感じた場合は#9110に確認の電話をすることなどを併せて周知徹底する。
      • また、電気通信事業者に対して、警察からの情報提供により、当該名簿への登載が確認されたこと等を契機として、固定電話番号の変更を希望する契約者については、番号変更にスムーズに応じるよう要請を行う。
    4. 高齢者の自宅電話に犯罪者グループ等から電話が架かることを阻止するための方策
      1. 特殊詐欺の予兆電話等に利用された電話番号や海外経由の通信サービスに係る対策の検討
        • 特殊詐欺の予兆電話等に利用された電話番号や、非通知設定の電話、海外経由の通信サービスが関与する電話からの着信を機械的に阻止するなどの方策について検討する
      2. 発信者番号表示サービス等の普及等
        • アポ電等の悪質な電話の被害を抑止するためには、各個人が発信者番号を見て対策していただくことが重要であることから、電気通信事業者に対して、発信者番号を表示するサービス(ナンバーディスプレイ等)の普及拡大を図るとともに、利用者本人からの申出に従って、非通知設定で架かってきた電話を着信しないように設定できるサービス(ナンバーリクエスト等)や、非通知設定の電話等を自動で拒否することができるような端末(特殊詐欺対策アダプタ等)の普及促進に取り組むよう要請する。
        • また、関係機関が連携し、固定電話利用者に対して、非通知設定の電話等については、意図せず出ないように呼び掛けを行う。
    5. 現金を自宅に保管させないようにするための対策
      • 高齢者が自宅に保管する現金を狙った「現金手交型」の特殊詐欺等が発生している実態がみられるところ、こうした被害を防止するため、高齢者に対して具体的な犯行手口について注意喚起を行うとともに、高額の現金を自宅に保管することの危険性について広報・啓発し、金融機関への預貯金等を活用するなどの予防対策の広報・啓発を図る。
    6. パトロール等による警戒
      • 警察において、職務質問や防犯指導等の効果的な実施を通じて、事件等の発生を防ぐとともに、犯罪を取り締まるため、犯罪の多発する時間帯・地域に重点を置くなどしたパトロールを、引き続き、推進する。
  4. 「首謀者を含む被疑者を早期に検挙する」ための対策
    1. 犯罪者グループ等の実態解明に向けた捜査を含む効果的な取締りの推進
      • 事件の背後にいる首謀者や指示役も含めた犯罪者グループ等の弱体化・壊滅のため、新たな捜査手法の検討や、短時間で局面が展開する事案等に際しても迅速な捜査を行うことができるようにするための環境整備等を含め、効果的な取締りのための取組を推進する。
      • 電気通信事業者が保有している通信履歴情報等の円滑な差押えを可能とする対応について、警察庁・総務省・関係事業者間の連携・協議の場を設けて取組を推進する。
    2. 国際捜査の徹底・外国当局等との更なる連携
      • 首謀者や指示役が海外に所在するなどのケースにおいては、外国捜査機関等との迅速な情報交換や、捜査に必要な証拠の提供を通じ、事件の全容解明を図る必要があるところ、ICPO等を通じた捜査協力を推進するほか、外交ルートや条約・協定を活用して国際捜査共助等の円滑・迅速化に取り組む。
      • また、被疑者の引渡しや退去強制に係る調整が一層円滑・迅速になされるよう、外国政府・外国捜査機関等との連携を一層深める。
    3. 現金等の国外持出し等に係る水際対策の強化
      • 国民の安全・安心の確保や経済活動の健全な発展に寄与するため、「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策の推進に関する基本方針」(令和4年5月19日マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策政策会議決定)等に基づき、関係機関と緊密に連携し、海外への不正な現金等の持出しに係る水際での取締りを実施する。

上記対策でも言及されていますが、特殊詐欺の被害者から現金を受け取る「受け子」など、闇バイトの募集に複数の大手求人サイトや情報誌が悪用されるケースが増えています。通常の求人を装っているため、応募者が意図せず犯行に関与してしまう恐れがあり、警察庁は警戒を強めています。警察庁によると、SNSによる募集と違い、大手求人サイトなどでの募集は必ずしも高額報酬を売りにしておらず、仕事の内容は「受け取り・配送」「現場系作業スタッフ」と一般的で、勤務時間も「午前9時~午後5時」「土日完全休み」「運転免許不要」など、誰でもできて働きやすいことをアピールしているのが特徴で、一方、求人元の企業や住所は架空か実態がなく、電話番号は特殊詐欺のリクルーターにつながるケースが多いといいます。とはいえ、一見して闇バイトと分からない内容になっており、警察庁は応募する前に求人元が本物か確認することを推奨しています。逮捕者も増えており、2022年1月~2023年1月末、大手求人サイトの「インディード」「エンゲージ」や情報誌などを使った闇バイトの求人に応じて逮捕されたのは、東京、愛知、福岡など7都県の38人に上っています。求人サイトは求人を載せる会社などを審査していますが、詐欺グループはダミー会社の名前を用いるなどして審査をパスしていたことも判明しています。サイト運営会社側は、悪用防止のため国税庁のデータベースと照合して法人登録の有無を確認するなどの対策を取っているといいますが、運営会社の担当者は「巧妙化した有害求人を排除できるよう、審査基準を随時強化している」という状況です。

ルフィに関連する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • フィリピンを主な拠点として60億円以上の被害を出した特殊詐欺グループで、これまでに逮捕されたメンバー約70人のうち、少なくとも40人が「闇バイト」に応募する形でグループに関わっていたことが、捜査関係者への取材でわかったといいます。警視庁は逮捕された「かけ子」やグループ幹部ら約70人の供述などから詐欺グループに加わった経緯を捜査したところ、判明しただけでも40人がツイッターなどのSNSで「無料で海外旅行に行けます」「月給80万~100万円」と投稿されたものにアクセスしたことをきっかけとしていたことが判明したものです。報道で警視庁犯罪抑止対策本部の担当者は、もともと犯罪とは無縁の人を実行役に仕立てることで犯罪グループの上位者が摘発を免れる傾向が強まっているとしたうえで、「新型コロナの影響で経済的に困窮する人が増えていることも一因に、SNS上でのリクルート活動が活発化している可能性がある」とみています。2021年版犯罪白書によると、2020年に摘発された特殊詐欺容疑者の7割超が30歳未満で、立正大学の小宮信夫教授(犯罪学)は「経済的なゆとりがない若い世代は『短時間で高収入』といった経済合理性を特に重視し、SNSやネットに触れる機会も多い」と分析、「闇バイトに加担した後の人生についてシミュレーションし、長期的には合理性がないという結論を自ら出してもらう機会を小中学校などの教育現場で与えることが重要だ」と指摘しています。
  • 近年、東南アジアを拠点にするニセ電話詐欺グループの摘発が相次いでいますが、日本の警察当局が詐欺の摘発に力を入れていることが、国外に拠点を設ける背景にあるとみられています。カンボジアのグループが詐取したのは、被害者と会わなくてもだまし取れる電子マネーで、摘発のリスクを回避しようとする思惑も透けて見えます。警察庁によると、全国の警察が国内で摘発したニセ電話詐欺の拠点は、2018年は61カ所だったところ、2022年には20カ所に減少、被害の確認件数は両年とも約1万7000件と横ばいで、警察庁幹部は「拠点を海外に移している可能性を否定できない」と話しているといいます。しかし海外の当局も見過ごしているわけではなく、タイ当局は2019年3月、同国中部に拠点を置いていた日本人15人を摘発、11月にはフィリピン当局が、マニラ首都圏のホテル跡地で日本人36人を摘発しています。フィリピンのグループは、日本の被害者宅に行かせていた「受け子」の突き上げ捜査が拠点の摘発につながったものです。今回摘発されたカンボジアのグループは、インターネット上で電子マネーを詐取していたとみられ、捜査関係者は「リスクを避けようと、海外だけで完結する手口を考えたのかもしれない」と指摘しています。
  • ルフィの問題は暴力団の世界においても大きな影響を及ぼしており、「コンプライアンス」徹底の通達がなされるなどしているようです。そのあたりの記事(いずれも週刊誌情報となります)を以下、抜粋して引用します。組織によっては、「闇バイト禁止令」を出したり、「この様な事件に加担した者が居た場合又は接触を持ったりした者が居た場合は、当人は元より一家一門まで厳しく処罰する」とする組織なども見られるようです。
「ルフィ強盗団」に関わったら一家一門まで厳しく処罰…!ヤクザ組織が出した異例「通達文」の衝撃文言(2023年3月14日付FRIDAYデジタル)
1都1府6県を跨ぐ一連の強盗事件は日本中を震撼させたが、実はその影響はヤクザ業界にまで及んでいる。ある暴力団関係者はこう話す。「一連の事件の関係先として、渡邉たちの出身地である北海道の組が疑われていたのは確か。業界内では、渡邉が特殊詐欺を行っていた時代に手伝っていたとされる東京のある組の名前も挙がっていた。いずれも実際に犯罪グループと関連があったのかは不明だが、山口組上層部も渡邉らと組との接点や関係性について独自に調査を行っていたと聞いている。それだけ無視できない事案だったということ。ヤクザの世界でも事件は注目されていた」それだけに、ヤクザのなかには「闇バイト禁止令」を出す組織まで現れているという。FRIDAYデジタルは関東の暴力団を束ねる有力団体が出したとされる「通達書」を入手。そこには、〈最近報道されている強盗 特殊詐欺事件等の事案が有りますがこの様な事件に加担した者が居た場合又は接触を持ったりした者が居た場合は当人は元より一家一門まで厳しく処罰する(原文ママ)〉と記されている。…「ヤクザへの取り締まりが厳しい昨今、もし組員が事件に関与しているとなればトップの使用者責任まで問われかねない。今回のような世間の関心度が高い事件だと、警察も本気になっているだろうからね。どの組織も事態を重く見ているのは間違いない。通達書はルフィの事件とわかるように書いてあり、『関わるな』とはっきりと忠告している。少なくとも今は絶対に手を出してはいけないシノギということ」(同前)…渡邉の元部下だった人物が、犯罪グループの内情について語る。「ボス(渡邉)の下で働いていたとき、グループ内にヤクザがいたことはある。ただ、ボスがヤクザに使われていたというのは聞いたことがない。むしろボスは、『あいつらは何もできない』とヤクザを下に見て、便利に利用していた」
ルフィ強盗事件への関与は暴力団にとって致命的! 元極妻が考えるヤクザの「コンプライアンス」(2023年3月26日付サイゾーウーマン)
ネットで確認できる「通達」の文面には、「最近報道されている強盗 特殊詐欺等の事案」とあり、「この様な事件に加担した者が居た場合又は接触を持ったりした者が居た場合は当人は元より一家一門まで厳しく処罰する」として、違反した場合は本人だけでなく、その親分や兄弟分たちまで厳罰だそうです。もう一つは、「ETC」ですね。名前こそ出ていないものの、他人名義のETCカードを使用して割引料金で高速道路を通ったとして、今年の2月に大阪府警が山口組幹部を逮捕したことについて、「私達にも起こり得る事件で御座いますので注意して下さい」と書かれています。…こうした「通達」は、簡単に言えば「アリバイづくり」ですね。組としては「傘下の者たちに厳しく指導しており、それを破るのは組のせいではない」ということです。殺人の教唆や民事の使用者責任問題から逃れるためです。最近はオレオレ詐欺について、トップの使用者責任が認められ、億単位で損害賠償の支払いを命じられることも珍しくなくなっていますから、ここで「ルフィ」のような闇バイトへの関与があったとしたら致命的です。過剰な暴力団排除でシノギがきつくなっているので、オレオレ詐欺や闇バイト、クスリ(違法薬物)に手を出すのは仕方ない面もあります。追いつめられたら、もっと悪いことをすると思いますよ。…通達には、ほかにも「会員同士のお金の貸し借りは禁止」とか「会合中は携帯電話はマナーモードに」とかがあったそうです。これはヤクザには合わない感じもしますよね。週刊誌には「新入社員が研修で学ぶような”社会人としての心得”」と揶揄されていました。…ヤクザに限らず、昔はどこにでも「叱ってくれる人」がいましたが、今はいないから、こんな通達を出さねばならないのでしょうか。寂しい気もしますね
暴力団で通達文「携帯はマナーモードに」「お金の貸し借りは禁止」 組織が組員にコンプラを求める背景(2023年3月16日付NEWSポストセブン)
暴力団といえば違法行為もいとわない何でもありの組織─そう認識している人が多いだろうが、令和の暴力団はそうもいかないようだ。関東に本拠地を構える広域暴力団が傘下組織に出した通達文の内容が、組員に一般企業さながらコンプライアンス遵守を促していると話題になっている。この広域暴力団が〈通達事項〉として傘下組織に配った複数枚の紙には、新入社員が研修で学ぶような“社会人としての心得”に似た内容が記されている。(以下、〈 〉内は原文ママ)〈会員同士のお金の貸借は厳禁とする〉〈定例幹部会又は会合が開催されている時は携帯電話の呼び出し音はマナーモードに設定するか電源をオフにしておいて下さい〉また、幹部会が開かれる施設近隣のサービスエリアで集まることなども〈他の利用者に御迷惑が掛かり今迄何度か当局に通報が入る事態になっておりますのでその様な行為はお止め下さい〉とも記されている。組員は幹部会でトップに挨拶した後は、廊下などで立ち話をせず、速やかに席に戻らなければならないという。…〈最近報道されている強盗 特殊詐欺等の事案〉として、「ルフィ」と名乗る日本人の男らがフィリピンから強制送還され逮捕された事件を示唆。その上で、〈この様な事件に加担した者が居た場合又は接触を持ったりした者が居た場合は当人は元より一家一門まで厳しく処罰する〉とし、親まで連帯責任を負わせるという厳しい内容になっている。…「暴力団は脱法行為を繰り返している、法に縛られない組織というイメージが強いが、実際は警察のお目こぼしがあるから存在できている。警察の機嫌を損なうと工藤會(特定危険指定暴力団)のように壊滅まで徹底的に追い込まれます。今回の広域強盗は逮捕された首謀者4人に六代目山口組関係者がいたこともわかっている。警察の威信にかけた捜査が進められているため、今後、組員の関与が相次ぐと組織ごと潰されかねない。今回の通達は組員に向けてというよりも、警察に“ウチの組織は禁じています”というアピールの面が大きい」

最近の暴力団等に関する報道から、いくつか紹介します。

大阪府警捜査4課は、神戸山口組から傘下組織の宅見組が離脱したと明らかにしています。宅見組の入江禎組長は神戸山口組副組長を務めていましたたが、2022年10月に神戸山口組から除籍となりました。警察は除籍が偽装ではないかなどを捜査していましたが、今回、離脱したものと認定、宅見組は2023年4月6日で特定抗争指定暴力団から外れ、入江組長の自宅がある同府豊中市は組の活動を制限する「警戒区域」の指定を解除されています。大阪府警は同市での警戒は継続するとしています(なお、宅見組は最盛期と比較して組員が大幅に減少、現在、組員の数は数十人まで減っているとみられるとのことです)。これにより、大阪府内の警戒区域は大阪市のみとなります。一方、六代目山口組と神戸山口組の特定抗争指定暴力団への指定は、4月7日から7月6日まで3カ月間、延長され、延長は13回目となります。

特定抗争指定暴力団の活動を制限する「警戒区域」内で集まったとして、兵庫県警暴力団対策課と尼崎南署などは、神戸山口組系古川組組長ら男5人を暴力団対策法違反容疑で逮捕しています。警戒区域では組員が5人以上集まることなどが禁止されており、県内での適用は初めてということです。他に逮捕されたのは、古川組幹部の左官工、同組員の解体作業員、無職、神戸山口組傘下組織組員で無職の5人で、逮捕容疑は共謀し2022年12月29日午後7~9時ごろ、尼崎市内の飲食店に順次集まり、多数で集合した疑いがもたれています。兵庫県公安委員会などは六代目山口組から一部直系団体が離脱して神戸山口組を結成して以降、抗争が続いているとして2020年1月に両組織を特定抗争指定暴力団に指定、2023年7月6日まで延長することが決まり、尼崎市も引き続き警戒区域に定められています。

工藤会の組員が絡む特殊詐欺の被害に遭ったとして、関東地方在住の70~80代の女性4人が、工藤会トップの野村悟総裁=一審で死刑判決、控訴中=ら3人に計約1373万円の損害賠償を求め、横浜地裁に提訴しています。福岡県警は暴力団対策法に基づいて、工藤会幹部に対し、裁判の原告に面会要求や文書送付といった「請求を妨害する行為」を行うことを禁止する仮命令を出しています。損害賠償訴訟への仮命令は初めてだといいます。報道によれば、原告4人は2019年9~11月、親族を名乗る工藤会系の組員ら数人から「事件や事故の示談金が必要」とうその電話を受け、計1135万円をだまし取られたもので、組員は指示役として逮捕され、有罪が確定しているといい、野村総裁に対しては、暴力団対策法に基づき、代表者責任を問うものとなります。弁護団は2023年2月施行の改正民事訴訟法の秘匿制度を利用し、名前や住所を伏せて提訴、原告弁護団によると、特殊詐欺事件で工藤会トップの野村総裁を対象とした民事訴訟は全国で初めてということです。福岡県警は、特殊詐欺が暴力団の資金源につながっているとみて、2023年4月から暴力団などに損害賠償請求を起こす被害者の身辺の保護対策を強化したり、裁判に向けた弁護士調査の委託料を負担したりする取り組みを始めています。福岡県警組織犯罪対策課は「損害賠償の支払いにつながることで、暴力団の資金源を断つことにつなげたい」と話しています。工藤会壊滅に向けた頂上作戦の完遂のため、さまざまな法改正、制度改定を駆使して取り組みが行われていること、こうした積み重ねが全国の暴排活動の底上げにつながっていることを痛感させられるものです。

工藤会については、福岡県警が、工藤会の中心的組織である田中組が、北九州市小倉北区の事務所を撤去したことを確認、発表したことも大きな転機といえます。田中組は、工藤会トップで総裁の野村悟被告や、ナンバー2で会長の田上不美夫被告が組長を務めたほか、多くの工藤会幹部の出身母体となっています。福岡県警組織犯罪対策課によると、田中組事務所は9階建てマンションの一室で、工藤会幹部が所有し、2000年2月から使用していましたが、2015年2月からは暴力団対策法に基づいて使用制限命令を出し、組員の集合や指揮命令のために使用することを禁じていたものです。福岡県警は、使用制限命令を出して以降、工藤会に自主的な撤去を求め、工藤会は2022年2月に了承、事務所として使用できなくなった上に、固定資産税などの維持費が負担になることから、撤去したとみられています。福岡県警によると、2023年3月に事務所の所有権が県内企業に移り、県内企業は事務所を含むマンション全20室を購入したといいます。野村被告らの逮捕に踏み切った2014年の頂上作戦以降、工藤会の事務所撤去は25件目で、田中組が所有する事務所はすべて撤去されたことになります。現在、事務所の使用制限命令が出ているのは、野村被告の自宅兼事務所など2カ所で、捜査関係者は「工藤会の撲滅に向け、田中組の事務所が解体されたことは大きい」とする一方、「拠点以外から指示や命令を出す可能性がある」とし、活動への警戒を続けています

現時点では週刊誌情報のみで、楽天も否定しますが、三木谷会長が元暴力団員でコカインの密売をしている人物と密接な交際をしているかのような写真が出回っています。報道の内容や写真がディープフェイクの可能性も含め、一切真偽を確認できていないため、詳述は控えますが、万が一、写真が本物であった場合、相応の説明責任や責任、見識等が問われることになりそうです。

町発注の公共工事の入札結果を公表していなかった福岡県大任町の永原町長が、町役場で記者会見を開き、2023年4月1日から約1年8カ月ぶりに公表を再開すると発表しています。報道によれば、町内の暴力団組員らが逮捕されたことから「環境整備ができた」として公表を決めたということです。町は2021年7月中旬ごろから、「犯罪予防のため」との理由で入札結果を非公表としてきました。ただし、公表は法律で義務付けられており、国土交通省からは2022年6月以降、「入札契約適正化法に違反しており、改善の必要がある」として是正を求められていたものです。永原町長によれば、2021年7月に、町内の16業者から入札結果を公表しないよう町に要望書が提出されたといいます。暴力団関係者とみられる人物が、落札業者にそうめんを高額で売りつける事例などがあったためとのことですが、町は国交省の助言を受けて2022年8月に県警に相談、2023年3月7日、会社経営の男性を脅すなどしたとして、太州会系の組長ら暴力団員3人が暴力行為等処罰法違反容疑で県警に逮捕されましたが、要望書を出した業者の1人が被害者だったといいます。暴力団員3人は2022年11月、大任町内で会社経営の男性を取り囲み、「都合のいい仕事ばかりしやがって覚悟しとけよ。殺すぞ」と脅すなどした疑いがもたれています。何となく釈然としない町長の対応ですが、暴排に取り組む健全な町政を行ってほしいものです。

熊本県警は組織的に薬物を密売するなどした麻薬特例法違反などの疑いで、これまでに熊本市の道仁会系組幹部ら計17人を逮捕しています。押収された薬物は末端価格 約2400万円相当に上り、押収された薬物の量、末端価格ともに過去10年間で県内の最大だといいます。報道によれば、容疑者らは2021年10月から2月までの間、熊本県内で覚せい剤や大麻を所持・販売などした疑いが持たれており、警察は、容疑者が薬物を扱っているという情報を入手し、2022年3月から捜査を開始、密売役と倉庫番を兼ねていたとみられる道仁会系組員上木容疑者が契約するアパートから覚せい剤391グラムと大麻163グラム(末端価格約2400万円相当)を押収したものです。このほか、注射器約160本や薬物を隠し持つケース、売買の連絡手段に使ったとみられるタブレット端末なども押収したといいます。

愛知県警は、稲川会系暴力団組長の男を、麻薬取締法違反と大麻取締法違反(いずれも営利目的所持)容疑で逮捕しています。報道によれば、男らはSNSで抽選会を開いて麻薬を無料配布するなどして販路を広げ、1000人超の顧客を抱えていたとみられるといいます。男は仲間と共謀して2022年7月、群馬県内の集合住宅で大麻草約6キロや麻薬のLSDを含む紙片約8グラムなどを、密売目的で所持した疑いがもたれており、末端価格は大麻が約3400万円、LSDを含む紙片が約370万円だったといいます。男が主導したグループはSNSで麻薬を密売し、2022年夏の2か月間に約6500万円を売り上げていたといい、抽選会のほか、SNSで顧客に「セール中」とメッセージを送るなどして購入を促していたということです。

2.最近のトピックス

(1)外務省「2022年版開発協力白書」から

外務省から2022年版開発協力白書が公表されています。その中から、本コラムで取り上げている領域に関係する記述を紹介します。

▼外務省 2022年版開発協力白書 日本の国際協力
▼(全文)2022年版開発協力白書
  • ウクライナ情勢を受けた日本の取組
    • 2022年は、新型コロナウイルス感染症がいまだ収束しない中、ロシアのウクライナに対する侵略が、ウクライナおよびその周辺国のみならず、世界全体に大きな影響をもたらした1年になりました。
    • 2022年2月の侵略開始以来、ウクライナの人々の約3分の1が自宅を追われたとされ、こどもや民間人を含む654万人が国内で、また、1,600万人近くが国外へ、安全を求め避難を強いられています。国内外の避難民の多くが仕事を失い、厳しい状況に晒さらされています。ウクライナ国内に加えて、多くのウクライナの人々が避難する周辺各国においても、一時的避難施設、食料、生活必需品、保健・医療といった支援ニーズが増大しています。また、継続する攻撃により、ウクライナ各地のインフラ施設やエネルギー施設が被害を受けています。保健・医療や教育など必要な社会サービスの提供力が低下しているのみならず、必要なサービスへのアクセスや支援物資の供給を行うにも、がれき除去や地雷・不発弾処理が必要になっているなど、市民生活への影響は続いています。さらに、戦闘の長期化により、越冬のための支援ニーズも高まっています。
    • 世界有数の穀物の輸出国だった両国の間の事態の長期化に伴い、特に両国産穀物に多くを依存するアフリカ、中東、アジアの開発途上国を中心に安定的な穀物の供給に深刻な影響が生じています。さらに、世界各地で穀物の取引価格が上昇し、食料価格の高騰も生じています。新型コロナからの経済回復に伴ってエネルギー需要が拡大する一方で、ロシアのウクライナ侵略により生じている地政学的緊張や世界的な天候不順等の複合的な要因によってエネルギー供給は世界的に拡大せず、エネルギー価格も高騰しています。
    • このように、ロシアによるウクライナ侵略は、ウクライナおよび周辺国における人道状況の悪化や、ウクライナの経済・社会の不安定化をもたらしています。
    • また、世界的にグローバル・サプライチェーンの混乱をもたらし、人々が尊厳を持って生きるための基盤をなす食料およびエネルギー安全保障、自由で開かれた貿易体制の維持強化といった、国際社会全体に関わる新たな課題を浮き彫りにしています。
    • このような複合的な危機による影響は、日本にとって決して対岸の火事ではなく、日本国民の生活や日本企業のビジネスにも深刻な影響を及ぼしています。また、力による現状変更に断固として対応しなければ、それはウクライナだけの問題にとどまらず、アジアを含む他地域においても、同様の動きを認めてしまうことにつながります。日本が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に置かれる中、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化し、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値を守り抜くことの重要性がより一層高まっており、日本は、ロシアのウクライナ侵略という暴挙を断固として認めることなく、ウクライナおよびその周辺国に対する支援を進めていくことが必要との一貫した立場に立ち、ロシアによるウクライナ侵略の開始直後から、G7を始めとする国際社会と連携した取組を行っています。
    • 3月、4月に開催されたG7外相会合および首脳会合で、日本は、総額2億ドルの緊急人道支援を表明し、ウクライナおよびウクライナの人々に寄り添い、G7を始めとする国際社会と連携してこの危機を乗り越え、国際社会の平和と安定および繁栄を確保する姿勢を明確に示しました。
    • その後も、日本は、G7、G20、アフリカ開発会議(TICAD)、国連総会など国際的な議論の場において、人道危機対応にとどまらず、ウクライナの包括的な復興・再建に向けた取組や、ウクライナ情勢の影響を受けた世界的な食料不安やエネルギー危機に直面し特に脆弱性を増しているいわゆる「グローバル・サウス」への支援についても、国際社会と連携しつつ、議論を積極的にリードし、取り組んでいく姿勢を示しています。
    • 日本は、これら人道状況への対応、ウクライナの復興・再建を見据えた中長期的な支援、世界的な食料・エネルギー安全保障の危機に直面する国々への支援を進めています。
    • 12月には外務省の補正予算に、ウクライナおよび周辺国向け600億円、アジア、島嶼しょ国、中東、アフリカ等の途上国向け1,022億円の支援が計上されました。G7の役割がかつてなく高まる中、日本は2023年のG7議長国として、ウクライナ情勢を含む国際社会が直面する諸課題に対する取組を主導していきます
  • 安定・安全のための支援
    • 国際的な組織犯罪やテロ行為は、引き続き国際社会全体の脅威となっています。こうした脅威に効果的に対処するには、1か国のみの努力では限界があるため、各国による対策強化に加え、開発途上国の司法・法執行分野における能力向上支援などを通じて、国際社会全体で対応する必要があります。
      1. 治安維持能力強化
        • 日本の警察は、その国際協力の実績と経験も踏まえ、治安維持の要となる途上国の警察機関に対し知識・技術の移転を行いながら、制度作り、行政能力向上、人材育成などを支援しています。
        • その一例として、2022年、警察庁は、インドネシアへの専門家の派遣や、アジアやアフリカ、大洋州などの各国からオンラインでの研修を行い、国民に信頼されている日本の警察のあり方を伝授しています。
      2. テロ対策
        • 新型コロナの感染拡大によりテロを取り巻く環境も大きく変化しました。パンデミックによる行動制限は、都市部でのテロを減少させましたが、人々の情報通信技術(ICT)への依存が高まり、インターネットやSNSを使った過激派組織による過激思想の拡散が容易になりました。また、もともと国家の統治能力が脆弱だった一部の地域では、パンデミックによってガバナンスが一層低下したことにより、テロ組織の活動範囲が拡大しています。新型コロナ対策のための行動制限の緩和に伴い、テロ攻撃が多発する可能性を指摘する声もあります。
        • 2022年、日本は、テロを取り巻く環境の変化に迅速に対応するため、国際機関を通じて様々なプロジェクトを実施しました。例えば、モルディブの若者や女性を対象とした暴力的過激主義に対する対処能力強化や教育支援を国連開発計画(UNDP)経由(約18万ドル)で実施したほか、新型コロナ感染拡大の状況下におけるテロリストによるオンラインおよびオフラインでの搾取行為に対応するため、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)が実施する東南アジア9か国の刑事司法当局の能力向上プロジェクトに45万ドルを拠出しています。
      3. 国際組織犯罪対策
        • 日本は、テロを含む国際的な組織犯罪を防止するための法的枠組みである国際組織犯罪防止条約(UNTOC)の締約国として、同条約に基づく捜査共助などの国際協力を推進しているほか、主に次のような国際協力を行っています
  • 違法薬物対策
    • 日本は、国連の麻薬委員会などの国際会議に積極的に参加するとともに、2022年はUNODCへの拠出を通じて、東南アジアや中央アジア地域の国々の関係機関との連携を図り、新規化合物を含む違法薬物の流通状況の監視や国境での取締能力の強化を行うほか、薬物製造原料となるけしの違法栽培状況の調査等を継続的に実施し、グローバルに取り組むべき課題として違法薬物対策に積極的に取り組んでいます
    • また、警察庁では、アジア太平洋地域を中心とする関係諸国と、薬物情勢、捜査手法および国際協力に関する討議を行い、相互協力体制の構築を図っています。
  • 人身取引対策
    • 日本は、人身取引に関する包括的な国際約束である人身取引議定書や、「人身取引対策行動計画2014」に基づき、人身取引の根絶のため、様々な取組を行っています。また、同行動計画を踏まえて、人身取引対策に関する取組の年次報告を公表し、各省庁・関係機関およびNGOなどとの連携を強化しています。2022年には、人身取引対策のさらなる充実・強化のため、「人身取引対策行動計画2022」を策定しました
    • 日本は国際移住機関(IOM)への拠出を通じて、日本で保護された外国人人身取引被害者に対して母国への安全な帰国支援や、被害者に対する教育支援、職業訓練などの自立・社会復帰支援を実施しています。
    • また、日本は、二国間での技術協力、UNODCなどの国連機関のプロジェクトへの拠出を通じて、東南アジアや中東の人身取引対策・法執行能力強化に向けた取組に貢献しているほか、人の密輸・人身取引および国境を越える犯罪に関するアジア太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」への拠出・参加なども行っています。
  • 国際的な資金洗浄(マネー・ローンダリング)やテロ資金供与対策
    • 国際組織犯罪による犯罪収益は、さらなる組織犯罪やテロ活動の資金として流用されるリスクが高く、こうした不正資金の流れを絶つことも国際社会の重要な課題です。そのため、日本としても、金融活動作業部会(FATF)などの政府間枠組みを通じて、国際的な資金洗浄(マネー・ローンダリング)やテロ資金供与の対策に係る議論に積極的に参加しています。世界的に有効な資金洗浄やテロ資金供与対策を講じるためには、FATFが定める同分野の国際基準を各国が適切に履行することにより、対策の抜け穴を生じさせない、といった取組が必要です。そのため、資金洗浄やテロ資金供与対策のキャパシティやリソースの不足等を抱える国・地域を支援することは、国際的な資金洗浄やテロ資金供与対策の向上に資することから、日本は、非FATF加盟国のFATF基準の履行確保を担うFATF型地域体の支援等を行っており、特にアジア太平洋地域FAT型地域体(APG:AsiaPacific Group on Money Lundering)が行う技術支援等の活動を支援しています。
  • 宇宙空間
    • 日本は、宇宙技術を活用した開発協力・能力構築支援の実施により、気候変動、防災、海洋・漁業資源管理、森林保全、資源・エネルギーなどの地球規模課題への取組に貢献しています。また、宇宙開発利用に取り組む新興国の人材育成も積極的に支援しています。
    • 特に、日本による国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」を活用した実験環境の提供や小型衛星の放出は国際的に高く評価されています。2022年8月には、「KiboCUBE」プログラムを通じて、モルドバ初の小型衛星が放出されました。同国内ではガブリリツァ首相や関係者がライブ中継で放出の様子を見守り、現地における日本の宇宙協力に対する期待の高さがうかがえました。
    • また、日本は、宇宙新興国に対する能力構築支援をオールジャパンで戦略的・効果的に行うための基本方針を2016年に策定し、宇宙新興国を積極的に支援しています。例えば、アジアやアフリカ、中南米地域の78か国において、人工衛星「だいち2号」による熱帯林のモニタリングシステム(JICA-JAXA熱帯林早期警戒システム:JJ-FAST)を活用した森林モニタリングを実施しています。2022年に開催されTICAD8では、日本は、JJ-FASTを活用して、熱帯林を有するアフリカ43か国を対象に森林の定期監視と100名の人材育成を実施するとともに、アフリカ10か国で計800名の森林管理人材を育成することを表明しました。
    • そのほか、宇宙空間における法の支配の実現に貢献すべく、宇宙新興国に対して国内宇宙関連法令の整備・運用に係る能力構築支援を行っています。日本は2021年5月に国連宇宙部(UNOOSA)の「宇宙新興国のための宇宙法プロジェクト」への協力を発表して以降、アジア太平洋地域の宇宙新興国に対して国内宇宙関連法令の整備および運用面での支援を行い、民間活動を含む自国の宇宙活動を適切に管理・監督するために必要となる法的能力の構築に貢献しています。
    • 2022年には、タイ、フィリピンおよびマレーシアに対して個別の法的能力構築支援を実施しました。
  • サイバー空間
    • 近年、自由、公正かつ安全なサイバー空間に対する脅威への対策が急務となっています。この問題に対処するためには、世界各国の多様な主体が連携する必要があり、開発途上国を始めとする一部の国や地域におけるセキュリティ意識や対処能力が不十分な場合、日本を含む世界全体にとっての大きなリスクとなります。そのため、世界各国におけるサイバー空間の安全確保のための協力を強化し、途上国に対する能力構築のための支援を行うことは、その国への貢献となるのみならず、日本を含む世界全体にとっても有益です。
    • 日本は、日・ASEANサイバー犯罪対策対話や日・ASEANサイバーセキュリティ政策会議を通じてASEANとの連携強化を図っており、2022年もASEAN加盟国とサイバー演習および机上演習を実施しました。また、国際刑事警察機構(インターポール)を通じて、新型コロナの感染拡大の状況下において増大したサイバー空間で行われる犯罪に対処するための法執行機関関係者の捜査能力強化などを支援しました。
    • このほか、日本が拠出する日・ASEAN統合基金(JAIF)を活用し、タイのバンコクに日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター(AJCCBC)が設立されました。同センターでは、ASEAN各国の政府機関や重要インフラ事業者のサイバーセキュリティ担当者などを対象に実践的サイバー防御演習(CYDER)などが提供されており、ASEANにおけるサイバーセキュリティの能力構築への協力が推進されています。新型コロナの世界的流行の中、持続的な研修実施の観点から、自主学習教材の提供や対面での演習プログラムを全てオンラインで実施可能にしました。2022年10月より対面で研修を再開し、11月には2年ぶりに若手技術者がサイバーセキュリティスキルを競い合うCyber SEA Gameが対面で開催されました。
    • また、日本は、世界銀行の「サイバーセキュリティ・マルチドナー信託基金(Cybersecurity MultiDonor Trust Fund)」への拠出も行い、低・中所得国向けのサイバーセキュリティ分野における能力構築支援にも取り組んでいます。
    • さらに、警察庁では、2017年からベトナム公安省のサイバー犯罪対策に従事する職員に対し、サイバー犯罪への対処などに係る知識・技能の習得および日・ベトナム治安当局の協力関係の強化を目的とする研修を実施しています。
    • 経済産業省も、2018年度から毎年度、日米の政府および民間企業の専門家と協力し、インド太平洋地域向けに、電力やガスなどの重要インフラ分野に用いられる産業制御システムのサイバーセキュリティに関する演習を実施しています。2021年度からはEUも主催者として参加しています。
  • 不正行為の防止
    • ODA事業に関連した不正行為は、適正かつ効果的な実施を阻害するのみならず、国民の税金を原資とするODAへの信頼を損なうものであり、絶対に許されるものではありません。
    • 外務省およびJICAは、過去に発生した不正行為の教訓を踏まえつつ、これまで、監視体制の強化(不正腐敗情報に係る窓口の強化、第三者検査の拡大など)、ペナルティの強化(排除措置期間の上限引上げ、違約金の引上げ、重大な不正行為を繰り返した企業に対する減点評価の導入など)、および排除措置の対象拡大(措置対象者の企業グループや、措置期間中の者から事業譲渡などを受けた者も対象に加えるなど)を行い、不正行為を防止するための取組を強化してきました。
    • 日本は、ODA事業に関連した不正行為は断じて許さないという強い決意の下、引き続き、不正行為の防止に向け、しっかりと取り組んでいきます。
  • 国際協力事業関係者の安全対策
    • ODA事業を中心とする開発協力の実施にあたっては、JICA関係者のみならず、ODAに携わる企業、NGOなど全ての国際協力事業関係者の安全確保が大前提です。2022年は、新型コロナウイルス感染症に対する水際措置や行動制限の緩和・撤廃が世界的に進みました。外務省およびJICAは、こうした状況においても油断することなく、海外渡航に伴う適正なリスク評価と適切な感染予防・感染拡大防止策を継続し、JICA海外協力隊を含む国際協力事業関係者の安全確保に努め、事業推進に尽力しました。
    • また、2016年7月のバングラデシュ・ダッカ襲撃テロ事件後、関係省庁、政府関係機関および有識者が参加した国際協力事業安全対策会議での再検証の結果公表された「最終報告」を受け、外務省およびJICAは、同報告書に記載された安全対策の実施に取り組むとともに、国際協力事業関係者の安全対策の実効性を確保するための対応を継続・強化しています。最終報告以降に常設化された2022年の同会議では、最近のテロ情勢および治安状況を含む世界情勢の変化を踏まえ、国際協力事業関係者の安全対策に関する取組などについて議論を行いました。
    • 新型コロナの感染拡大下においてもテロのリスクは減っていないことから、2022年4月、外務省は、国際協力事業関係者を含む国民の海外での安全対策強化のために活用してきた「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」に、感染症流行下でのテロといった「複合化したリスク」への対策の必要性を訴えるエピソードと解説の動画を追加し、公開しました。また、2022年10月より、LINEサービス上で、「デューク東郷からの伝言」との形でゴルゴ13を交えた安全対策の啓発・マメ知識の配信も行っています。

なお、外務省海外安全ホームページ 「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」については、本コラムでも以前、継続的に紹介していますが、番外編として「感染症流行下の安全対策」が追加されていますので、以下、抜粋して紹介します。

▼外務省海外安全ホームページ 「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」
▼番外編 感染症流行下の安全対策
  • 確かに、テロリストにとっても新型コロナウイルスは他人事ではありません。テロリストが新型コロナウイルスに感染すればテロを起こすことは難しくなるので、彼らも内部で感染症対策に取り組んでいる模様です。例えば、ISILの機関誌では、組織の構成員向けに手洗いを含む感染予防への取り組みが奨励されています。
  • また、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、人々が密集空間に集まる機会が減れば、テロの目的も達成しづらくなると思われます。
  • しかしながら、新型コロナウイルス感染症拡大を受け、世界におけるテロ発生のリスクが下がったとみるべきではありません。むしろ、感染症の拡大とテロが同時に発生するという複合的なリスクに対処する必要性について、新しい問題が提起されたと考えるべきです。
  • ISILやアルカイダ等テロリストは新型コロナウイルス感染症の世界的大流行を「神の罰」と称し、欧米諸国が麻痺と恐怖に襲われていることにつけ込んで欧米諸国に攻撃を仕掛けるよう呼び掛けています。
  • また、新型コロナウイルスの発生により、政治・社会・経済に対する不満や不安を募らせた市民が過激主義に共感し、単独犯によるテロを起こすリスクもあります。
  • さらに、テロに加え、世界各地で新型コロナウイルス感染症の流行を契機としたアジア人に対するヘイトクライムが発生しています。…このようなアジア人に対するヘイトクライムが今後大規模な事件へ発展する可能性も、残念ながら排除されません。
  • もうひとつ忘れてならないのが、サイバー攻撃の脅威です。新型コロナ対策で始まった「テレワーク」に用いられる個人端末や海外拠点のシステム端末の脆弱性につけ込んだ、機密情報の窃取、暴露、破壊、それらの行為をほのめかした金銭要求等の事案が増加しています。被害は一拠点だけに止まりません。堅固なセキュリティを持つ本社システムが、管理の甘い海外拠点経由で攻撃された事例も複数あります。
  • 企業の皆さまにおかれましては、
    1. リモート型の安全対策セミナーへの積極的な参加やオンライン研修の積極的な導入をお願いします。
    2. 新型コロナウイルス感染症時代のテロ・誘拐対策マニュアルの整備を行い、社員・社員のご家族への共有をお願いします。マニュアルの整備にあたっては、国内移動、国外への出国、本社からの支援、政府からの支援等に一定の制約が生じる可能性も念頭に、既存のマニュアルを見直していただくことが効果的です。
    3. 整備したマニュアルに基づき事件発生を想定した訓練をオンラインも活用していただき、マニュアルの精度と関係社員の対応能力の向上を図っていただくようお願いします。
(2)サイバー攻撃/サイバー対策を巡る動向

警察庁から、「令和4年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」が公表されています。本コラムでも継続的にサイバー攻撃等に関する情報を取り上げています。サイバー攻撃は、自らが「被害者」であると同時に、他者への攻撃への「踏み台」とされる可能性もあり、「加害者」にもなりうるという側面があります。そして、基本的な対策を疎かにするなどの実態が明らかになっており、その脇の甘さが犯罪組織に狙われ、資金源とされてしまうことになり(いわば「犯罪インフラ化」の状態)、それによってさらなる犯罪が再生産されてしまうという側面もあります。その脅威を正確に把握することが、実効性ある対策を講じるための第一歩となります。

▼警察庁 令和4年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について
  • ランサムウエアとは、感染すると端末等に保存されているデータを暗号化して使用できない状態にした上で、そのデータを復号する対価(金銭又は暗号資産)を要求する不正プログラムである。最近の事例では、データの暗号化のみならず、データを窃取した上、企業に対し「対価を支払わなければ当該データを公開する」などと対価を要求する二重恐喝(ダブルエクストーション)の手口が多くを占める。また、感染経路は、令和3年に引き続き、インターネットに公開されたVPN機器等のぜい弱性や強度の弱い認証情報等を悪用し、組織のネットワークに侵入した上でランサムウェアに感染させる手口が多くみられた。
  • 企業・団体等におけるランサムウェア被害として、令和4年に都道府県警察から警察庁に報告のあった件数は230件であり、令和2年下半期以降、右肩上がりでの増加となった
  • 二重恐喝(ダブルエクストーション)による被害が多くを占める
    • 被害(230件)のうち、警察として手口を確認できたものは182件あり、このうち、二重恐喝の手口によるものは119件で65%を占めた
  • 暗号資産による対価の要求が多くを占める
    • 被害(230件)のうち、直接的な対価の要求を確認できたものは54件あり、このうち、暗号資産による支払いの要求があったものは50件で93%を占めた
  • 被害(230件)の内訳を企業・団体等の規模別にみると、大企業は63件、中小企業は121件であり、その規模を問わず、被害が発生した。また、業種別にみると、製造業は75件、サービス業は49件、医療、福祉は20件となるほか、その業種を問わず、被害が発生した
  • ランサムウェアの感染経路について質問したところ、102件の有効な回答があり、このうち、VPN機器からの侵入が63件で62%、リモートデスクトップからの侵入が19件で19%を占め、テレワーク等に利用される機器等のぜい弱性や強度の弱い認証情報等を利用して侵入したと考えられるものが81%と大半を占めた。
  • 復旧に要した期間について質問したところ、131件の有効な回答があり、このうち、復旧までに1か月以上を要したものが35件あった。また、ランサムウェア被害に関連して要した調査・復旧費用の総額について質問したところ、121件の有効な回答があり、このうち、1,000万円以上の費用を要したものが56件で46%を占めた。
  • 被害に遭ったシステム又は機器のバックアップの取得状況について質問したところ、139件の有効な回答があり、このうち、取得していたものが116件で83%を占めた。また、取得していたバックアップから復元を試みた111件の回答のうち、バックアップから被害直前の水準まで復旧出来なかったものは90件で81%であった
  • 令和4年においても、ランサムウェアによって流出した情報等が掲載されているダークウェブ上のリークサイトに、日本国内の事業者等の情報が掲載されていたことを確認した。掲載された情報には、製品に関する情報、ユーザーID、パスワード等が含まれていた。
  • 警察の取組
    1. 中小企業や医療機関等を対象としたランサムウェアへの対策
      • 国内の中小企業や医療機関において、ランサムウェアの被害により製造・販売・サービス等の停止、電子カルテ等の閲覧障害による新規患者の受入れ停止等の事態が生じた。そのため、商工会・商工会議所等の経済団体とその会員である事業者や、多数の病院等が加入する医療団体との連携を推進し、手口の情報共有や注意喚起を実施した。
      • このほか、テレビ、ラジオ、ウェブサイト、セキュリティセミナー等の様々な媒体・機会を活用するほか、各都道府県警察が関係機関・団体等と構築する協議会等を通じた情報発信を行うなど積極的な広報啓発を実施した。
    2. 関係省庁等との連名による注意喚起の実施
      • ランサムウェアによる被害の発生やサイバー攻撃事案のリスクの高まりを踏まえ、内閣官房内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)や関係省庁との合同により、重要インフラ事業者等をはじめとする企業、団体等に対して、具体的なセキュリティ対策の実施項目を挙げながら、累次にわたりサイバーセキュリティ対策を強化するよう注意喚起を行った
  • サイバー攻撃事例
    1. 複数の化学企業におけるマルウェア感染
      • 1月、化学工業関連企業は、自社で運用するサーバに不正アクセスが行われ、サーバ内に保存した情報の一部が外部に流出した可能性があると発表した。これに関連し、同社のグループ企業においても管理するサーバに不正アクセスが行われ、サーバ内に保存した情報が外部に流出した可能性があることを発表した。
    2. 大手システム事業者等に対する不正アクセス
      • 5月、大手システム事業者及びグループ会社は、一部の通信制御装置に対して、ぜい弱性を悪用した不正アクセスが行われていたことを確認したと発表した。これにより、当該通信制御装置を通過した通信パケット等を窃取された可能性があるとしている。
    3. 複数のウェブサイトの閲覧障害
      • 9月、「e-Gov」等の政府機関や国内企業等の運営するウェブサイトが一時閲覧不能になる事案が発生し、時期を同じくして、親ロシアのハッカー集団とされる「Killnet」等が犯行をほのめかす声明を発表したことが確認された。
      • 「Killnet」は、ロシアによるウクライナ侵略等に対する我が国の対応に反対する旨の声明を発表したものの、ロシア政府との関係については否定した。
  • 警察における取組
    1. 重要インフラ事業者等に対する注意喚起
      • 重要インフラ事業者等に対してサイバー攻撃に関する注意喚起を継続的に実施している。令和4年中には特定の情報通信機器のぜい弱性に関して全国に注意喚起を実施したほか、海外の関係機関・団体等からサイバー攻撃等に関する情報を入手した場合は個別に注意喚起を行うなど、重要インフラ事業者等のサイバー攻撃による被害の未然防止・拡大防止を図った。
    2. C2サーバのテイクダウン
      • サイバー攻撃事案で使用された不正プログラムの解析等を通じてC2サーバとして機能している国内のサーバを把握し、C2サーバとしての不正な機能を停止(テイクダウン)するよう、サーバを管理する事業者等に依頼するなどの対策を継続的に実施した。
    3. 共同対処訓練の実施
      • サイバー攻撃事案の発生を想定した重要インフラ事業者等との共同対処訓練を継続的に実施している。令和4年中においても、自治体、電力事業者、金融機関等の幅広い分野の事業者等を対象とした、標的型メールを題材とした訓練や警察との連携を確認するための現場臨場訓練等の実践的な訓練を実施し、警察との連携強化や各事業者等のサイバー攻撃に対する対処能力の向上を図った。令和4年中では、596回の共同対処訓練を行った。
    4. ラザルスと呼称されるサイバー攻撃グループに関する注意喚起の実施
      • 北朝鮮当局の下部組織とされる「ラザルス」と呼称されるサイバー攻撃グループが、数年来、国内の暗号資産関係事業者を標的としたサイバー攻撃を行っていると強く推察される状況にあることが、関係都道府県警察やサイバー特別捜査隊の捜査等によって判明した。
      • 「ラザルス」によるものとみられる暗号資産の窃取を目的としたサイバー攻撃は今後も継続されると考えられるところ、最近は暗号資産取引の多様化により、暗号資産取引が事業者だけでなく、個人間でも行われているため、個人も標的とされるおそれがある。こうしたことから、暗号資産取引に関わる個人や事業者がこうした組織的なサイバー攻撃が行われているという認識を持ち、サイバーセキュリティの強化に取り組むよう、警察庁は令和4年10月14日、金融庁及びNISCとの連名で注意喚起を発表した。
    5. Emotetの注意喚起の実施
      • 電子メールの添付ファイルを主な感染経路とする不正プログラムEmotetは、令和4年7月中旬頃から活動を停止していたが、令和4年11月、警察庁において、添付ファイルを指定されたフォルダにコピーするよう指示を行い、マクロを実行可能とさせEmotetに感染させるメールを複数確認するなど、国内において活動が再開したとみられる事象を確認した。これを受けて、警察庁ウェブサイトにおいて注意喚起を実施した。
  • フィッシング等に伴う不正送金・不正利用の情勢と対策
    • 令和4年におけるインターネットバンキングに係る不正送金事犯による被害は、8月下旬から9月にかけて急増し、発生件数1,136件、被害総額約15億1,950万円で、前年と比べて発生件数、被害額ともに増加した。
    • 令和4年8月下旬から9月にかけて急増した被害の多くはフィッシングによるものとみられ、銀行を装ったフィッシングサイト(偽のログインサイト)へ誘導するメールを多数確認した。また、フィッシング対策協議会によれば、令和4年のフィッシング報告件数は96万8,832件(前年比+44万2,328件)で、右肩上がりで増加となり、フィッシングで騙られた企業は、クレジットカード事業者、EC事業者を装ったものが多くを占めた。
  • 警察の取組
    1. 金融機関等との連携強化
      • 警察庁において、金融庁及び一般社団法人全国銀行協会等に対して、インターネットバンキングの不正送金に係る被害状況等を提供することにより、被害防止対策に取り組んでいる。
    2. フィッシング対策強化の要請等
      • 令和4年8月下旬から9月にかけて、フィッシングによるものとみられるインターネットバンキングに係る不正送金被害が急増した。これを受け、警察庁において、令和4年9月に、JC3と連携し、メールやショートメッセージサービス(SMS)に記載されたリンクからアクセスしたサイトにID・パスワード等を入力しないよう注意喚起を実施するとともに、金融庁と連携し、一般社団法人全国銀行協会等に対して、送信ドメイン認証技術(DMARC等)導入等のフィッシング対策の強化を要請した。
    3. SMSを悪用したフィッシング対策
      • SMSによってフィッシングサイトへ誘導する手口であるスミッシングによる被害を防止するため、フィッシングサイトに誘導するSMSを利用者が受信すること自体を阻止する仕組みの構築に向けた大手携帯電話事業者等による検討に参画した。その結果、大手携帯電話事業者3社において、それぞれ令和4年3月、同年6月、令和5年2月にフィッシングサイトに誘導するSMSの受信を自動で拒否する機能が提供されるようになった。
    4. フィッシングサイトの閲覧防止対策
      • 警察庁において、都道府県警察が把握したフィッシングサイトに係るURL情報等を集約し、ウイルス対策ソフト事業者等に提供することにより、ウイルス対策ソフトの機能による警告表示等、フィッシングサイトの閲覧を防止する対策を実施している。
    5. 関係機関と連携した不審なSMS等に係る注意喚起の実施
      • 令和4年8月以降、国税の納付を求める旨や、差押えの執行を予告する旨のショートメッセージやメールが多数確認されたことから、令和4年9月に、警察庁及び都道府県警察において、国税庁と連携して、フィッシングサイトの閲覧防止に関する広報啓発を実施した。
      • また、令和4年10月に、警察庁及び金融庁のロゴを使用したフィッシングサイトを認知したことから、それぞれのウェブサイトにおいて注意喚起を実施した。
    6. JC3と連携した検挙
      • 会社員の男(49)は、令和3年12月、宿泊予約サイトにおいて、不正に入手した他人名義のクレジットカード情報を入力して宿泊予約を行い、代金の支払いを免れて不正宿泊を行った。JC3から情報提供を受け、令和4年5月、男を電子計算機使用詐欺で検挙した。
  • サイバー空間の脅威情勢
    • 警察庁では、インターネット上にセンサーを設置し、当該センサーに対して送られてくる通信パケットを収集している。このセンサーは、外部に対して何らサービスを提供していないので、本来であれば外部から通信パケットが送られてくることはない。送られてくるのは不特定多数のIPアドレスに対して無差別に送信される通信パケットであり、これらの通信パケットを分析することで、インターネットに接続された各種機器のぜい弱性の探索行為等を観測し、ぜい弱性を悪用した攻撃、不正プログラムに感染したコンピューターの動向等、インターネット上で発生している各種事象を把握することができる。
    • 令和4年にセンサーにおいて検知したアクセス件数は、1日・1IPアドレス当たり7,707.9件と、継続して高水準で推移している。アクセス件数が継続して高水準にあるのは、IoT機器の普及により攻撃対象が増加していること、技術の進歩により攻撃手法が高度化していることなどが背景にあるものとみられる
    • 検知したアクセスの送信元の国・地域に着目すると、海外の送信元が高い割合を占めている。令和4年においても、国内を送信元とするアクセスが1日・1IPアドレス当たり49.4件であるのに対して、海外を送信元とするアクセスが7,658.6件と大部分を占めており、海外からの脅威への対処が引き続き重要となっている。
    • 検知したアクセスの宛先ポートに着目すると、ポート番号1024以上のポートへのアクセスが多数を占めており、全体のアクセス件数が高水準で推移する要因となっている。
    • IoT機器では標準設定として1024番以上のポート番号を使用しているものが多く、これらのアクセスの多くがぜい弱性を有するIoT機器の探索やIoT機器に対するサイバー攻撃を目的とするためのものであるとみられる。
    • 平成30年から令和4年にかけて、リモートデスクトップサービスが標準で使用するポート3389/TCPに対するアクセスが、緩やかな増加傾向にある。特に令和4年の12月には、同年1月と比較しておよそ2倍のアクセスが観測された。
    • アクセスを詳細に確認すると、当該サービスの稼働状況を調べることが目的と思われるアクセスが増加しており、令和4年は過去最高の件数を観測した。そのほか、推測されやすいIDやパスワードが設定されていないかを確認するためのアクセスも観測されるなど、攻撃の対象となるリスクは増加している。
    • テレワークが社会的に浸透し、リモートデスクトップサービスを利用する機会が増えている。このサービスの利用に当たっては、一定時間内のログイン試行回数の制限等の適切な設定、推測されにくいIDやパスワードへの変更、多要素認証等の対策を講じることが必要である。
  • 標的型メール攻撃
    • 令和4年中に、全国警察で把握した事例について、様々な種類の不正プログラムが標的型メールに添付されていたことが確認されている。手口としては、実在する人物になりすましてメールを送りつけ、何度かメールのやり取りを行うことで信用させ、ファイル名として興味を惹くキーワードを盛り込んだ不正プログラムのファイルを実行させるものが確認されている。
    • 警察及び先端技術を有するなど情報窃取の標的となるおそれのある全国約8,500の事業者等(令和4年12月末現在)から構成されるサイバーインテリジェンス情報共有ネットワーク(以下「CCIネットワーク」という。)の枠組みを通じて、事業者等から提供される標的型メール攻撃をはじめとする情報窃取を企図したとみられるサイバー攻撃に関する各種情報を集約するとともに、これらの情報を総合的に分析して、事業者等に対し、分析結果に基づく注意喚起を行っている。また、NISCから提供を受けた政府機関に対する標的型メール攻撃の分析結果についても、当該事業者等に対して情報共有を行っている。
    • CCIネットワークを通じて事業者等から情報提供を受けた標的型メール攻撃には以下のようなものがあった。なお、令和4年中においても、事業者等に対して、業務に関連した精巧な内容の標的型メールが確認されたほか、パスワード等の窃取を企図したとみられるフィッシングメールをはじめとする不審なメールも確認された。
      1. シンクタンクに対する標的型メール攻撃
        • 不正プログラムが仕掛けられた添付ファイルを開くよう誘導する標的型メールがシンクタンクに送信された。
      2. 医薬品メーカに対する攻撃
        • 添付ファイルから偽のパスワード入力画面に遷移させ、業務で使用するアカウントのパスワードを入力するよう誘導する標的型メールが医薬品メーカに送信された

また、警察庁から不正アクセス行為の発生状況等に関する報告書も公表されています。

▼警察庁 不正アクセス行為の発生状況及びアクセス制御機能に関する技術の研究開発の状況
  • 不正アクセス行為の認知状況
    • 令和4年における不正アクセス行為の認知件数は2,200件であり、前年(令和3年)と比べ、684件(約45.1%)増加した。
    • 令和4年における不正アクセス行為の認知件数について、不正アクセス後に行われた行為別に内訳を見ると、「インターネットバンキングでの不正送金等」が最も多く(1,096件)、次いで「インターネットショッピングでの不正購入」(227件)、「メールの盗み見等の情報の不正入手」(215件)の順となっている。
    • 令和4年における不正アクセス禁止法違反事件の検挙件数・検挙人員は522件・257人であり、前年(令和3年)と比べ、93件・22人増加した。
    • 検挙件数・検挙人員について、違反行為別に内訳を見ると、「不正アクセス行為」が491件・243人といずれも全体の90%以上を占めており、このほか「識別符号取得行為」が8件・5人、「識別符号提供(助長)行為」が5件・5人、「識別符号保管行為注5」が16件・8人、「識別符号不正要求行為」が2件・2人であった。
    • 令和4年における不正アクセス行為の検挙件数について、手口別に内訳を見ると、「識別符号窃用型」が482件と全体の90%以上を占めている。
    • 令和4年に検挙した不正アクセス禁止法違反事件に係る被疑者の年齢は、「20~29歳」が最も多く(104人)、次いで「14~19歳」(68人)、「30~39歳」(55人)の順となっている。なお、令和4年に不正アクセス禁止法違反で補導又は検挙された者のうち、最年少の者は11歳、最年長の者は62歳であった。
    • 令和4年に検挙した不正アクセス禁止法違反の検挙件数について、識別符号窃用型の不正アクセス行為の手口別に内訳を見ると、「利用権者のパスワードの設定・管理の甘さにつけ込んで入手」が最も多く(230件)、次いで「識別符号を知り得る立場にあった元従業員や知人等による犯行」(41件)の順となっており、前年(令和3年)と比べ、前者は約1.50倍、後者は約0.80倍となっている。
    • 令和4年に検挙した不正アクセス禁止法違反の検挙件数のうち、識別符号窃用型の不正アクセス行為(482件)について、他人の識別符号を用いて不正に利用されたサービス別に内訳を見ると、「オンラインゲーム・コミュニティサイト」が最も多く(233件)、次いで「社員・会員用等の専用サイト」(104件)の順となっており、前年(令和3年)と比べ、前者は約1.62倍、後者は約1.39倍となっている。
  • 利用権者の講ずべき措置
    1. パスワードの適切な設定・管理
      • 利用権者のパスワードの設定・管理の甘さにつけ込んだ不正アクセス行為が発生していることから、利用権者の氏名、電話番号、生年月日等を用いた推測されやすいパスワードを設定しないほか、複数のウェブサイトやアプリ等で同じID・パスワードの組合せを使用しない(パスワードを使い回さない)よう注意する。また、日頃から自己のパスワードを適切に管理し、不用意にパスワードを他人に教えたり、インターネット上で入力・記録したりすることのないよう注意する。
      • なお、インターネット上に情報を保存するメモアプリ等が不正アクセスされ、保存していたパスワード等の情報が窃取されたと思われるケースも確認されていることから、情報の保存場所についても十分注意する。
    2. フィッシングへの対策
      • eコマース関係企業、通信事業者、金融機関、荷物の配送連絡等を装ったSMS(ショートメッセージサービス)や電子メールを用いて、実在する企業を装ったフィッシングサイトへ誘導し、ID・パスワードを入力させる手口が多数確認されていることから、SMSや電子メールに記載されたリンク先のURLに不用意にアクセスしないよう注意する。
    3. 不正プログラムへの対策
      • 通信事業者を装ったSMSからの誘導により携帯電話端末に不正なアプリをインストールさせ、当該アプリを実行すると表示されるログイン画面にID・パスワードを入力させる手口も確認されていることから、心当たりのある企業からのSMSや電子メールであっても、当該企業から届いたSMSや電子メールであることが確認できるまでは添付ファイルを開かず、本文に記載されたリンク先のURLをクリックしないよう徹底する。また、不特定多数が利用するコンピューターでは、ID・パスワード、クレジットカード情報等の重要な情報を入力しないよう徹底する。さらに、アプリ等のソフトウェアの不用意なインストールを避けるとともに、不正プログラムへの対策(ウイルス対策ソフト等の利用のほか、オペレーティングシステムを含む各種ソフトウェアのアップデート等によるぜい弱性対策等)を適切に講ずる。特に、インターネットバンキング、インターネットショッピング、オンラインゲーム等の利用に際しては、不正プログラムへの対策が適切に講じられていることを確認するとともに、ワンタイムパスワード等の二要素認証や二経路認証を利用するなど、金融機関等が推奨するセキュリティ対策を積極的に利用する。
  • アクセス管理者の講ずべき措置
    1. 運用体制の構築等
      • セキュリティの確保に必要なログの取得等の仕組みを導入するとともに、管理するシステムに係るぜい弱性の管理、不審なログインや行為等の監視及び不正にアクセスされた場合の対処に必要な体制を構築し、適切に運用する
    2. パスワードの適切な設定
      • 利用権者のパスワードの設定・管理の甘さにつけ込んだ不正アクセス行為が発生していることから、使用しなければならない文字の数や種類を可能な限り増やすなど、容易に推測されるパスワードを設定できないようにするほか、複数のウェブサイトやアプリ等で同じID・パスワードの組合せを使用しない(パスワードを使い回さない)よう利用権者に周知するなどの措置を講ずる。
    3. ID・パスワードの適切な管理
      • ID・パスワードを知り得る立場にあった元従業員、委託先業者等の者による不正アクセス行為が発生していることから、利用権者が特定電子計算機を利用する立場でなくなった場合には、アクセス管理者が当該者に割り当てていたIDの削除又はパスワードの変更を速やかに行うなど、ID・パスワードの適切な管理を徹底する。
    4. セキュリティ・ホール攻撃への対策
      • ウェブシステムやVPN機器のぜい弱性に対する攻撃等のセキュリティ・ホール攻撃への対策として、定期的にサーバやアプリケーションのプログラムを点検し、セキュリティパッチの適用やソフトウェアのバージョンアップを行うことなどにより、セキュリティ上のぜい弱性を解消する。
    5. フィッシング等への対策
      • フィッシング等により取得したID・パスワードを用いて不正アクセスする手口が多数確認されていることから、ワンタイムパスワード等の二要素認証や二経路認証の積極的な導入等により認証を強化する。また、フィッシング等の情報を日頃から収集し、フィッシングサイトが出回っていること、正規のウェブサイトであるかよく確認した上でアクセスする必要があることなどについて、利用権者に対して注意喚起を行う

英情報機関の政府通信本部(GCHQ)は、政府のハッカーらが過激派や国家の支援を受けた虚偽情報拡散行為や選挙介入の試みに対する作戦を実行したと発表しています。報道によれば、GCHQがサイバー攻撃を報告するのはまれだといいます。作戦は、2020年に設立された秘密ハッキング部門の「国家サイバー部隊(NSF)」が過去3年にわたり実施したといい、GCHQのフレミング長官は「ますます不安定で連動性が高まっている世界において、真に責任あるサイバー大国であるためには、国家はサイバー空間で敵と戦い、競争できなければならない」と述べています。GCHQの声明は、英国のサイバー戦略を示した28ページにわたる文書とともに公表、ただ、作戦の詳細は明らかにしませんでした。英国が米国と並んで、ロシアや中国、イランなどと競争する主要なハッキング勢力であることは長らく知られていましたが、ほとんど認知されていませんでした。

日本のサイバー防衛の最前線で活躍する松原実穂子氏によれば、ロシアのウクライナ侵攻を分析し、ウクライナの善戦理由について、2014年のクリミア半島併合、2015、2016年のサイバー攻撃による停電から得た教訓で、サイバー防御能力と重要インフラ施設防衛を徹底して進めてきたことに加え、米国などの外国政府、ハイテク企業の支援を受け続けている現状を挙げたとし、その上で「ウクライナは自らの優れた知見をそれらと共有している。米軍の高官ですら驚嘆するほどで、信頼がウクライナを支えている」と述べ、日本も平時からサイバー防御能力の強化をさらに図り、それを発信していくことの重要性を強調しています。(2023年3月30日付産経新聞)

2022年10月にサイバー攻撃を受け、システム障害によって新規外来の受け付けなどを一時停止した大阪急性期・総合医療センター(大阪市住吉区、病床数865床)の問題で、情報セキュリティの専門家らでつくる調査委員会が報告書を公表しています。攻撃者は、ネットワーク接続する配食事業者経由でセンターの給食管理サーバに侵入、ウイルス対策ソフトをアンインストールし、電子カルテシステムにも侵入して暗号化したため、カルテが閲覧できなくなったもので、センターは、外部接続の利用状況を確認していなかった上、給食管理サーバのパスワードが他のサーバと共通だったことなど、内部のセキュリティが不適切な状態で、電子カルテなど基幹システムへの侵入も許したものです。被害額は診療制限に伴い十数億円以上を見込まれるほか、調査・復旧費用にも別に数億円かかるということです。報告書は、どの医療機関でも起こり得るリスクだと指摘していますが、上記の警察庁の報告書等で推奨されている対策に不備があり、それがセキュリティインシデントにつながったことが理解できる内容となっています。

▼大阪急性期・総合医療センター 情報セキュリティインシデント調査委員会報告書について
▼情報セキュリティインシデント調査委員会報告書

調査委員会は、センターでは電子カルテシステムに接続するためのものと同じパスワードが別のシステムでも使い回され、サイバー攻撃に対して脆弱な状態だったと指摘、「システム業者を含めて危機管理意識が不足していた」と批判しています。センターでは、基幹システムの一つである電子カルテシステムと、給食などのシステムに接続するために使うパスワードが同じだったほか、取引先の給食委託業者とセンターのシステムは常時接続しており、給食業者側のシステムで、外部からの侵入を防ぐファイアウォール(防護壁)が最新のものに更新されていなかったため、給食業者側のシステムを介して、センターの電子カルテシステムに侵入され、その後パスワードを使ってシステムを書き換えられるなどしたとみられるといいます。また、電子カルテシステムのサーバには、負荷を軽くするため、ウイルス対策ソフトが設定されていなかったといい、調査委員会は「医療機関には『システムは外部とつながっていないから安心』という認識がある。そのあしき慣行が、問題を発生させる要因になった」と指摘、システム業者の役割も契約上あいまいだったと指摘しています。また、今回のシステム障害に直接影響しなかったが、同センターの職員約2000人に割り当てられたパソコンのパスワードが同一だったことも明らかになるなど、災害時の救急対応の中心となり、高度なセキュリティ対策が求められる地域医療の拠点で、危機管理の意識の乏しさが改めて浮かび上がる結果となりました。電子カルテのシステムはNECが構築しましたが、センター側から、閉鎖的なネットワークであるとの説明を受けていた同社は「利便性などを考慮し、同じパスワードを使うことも可能だ」と提案し、採用されたといいます。実際には、他のITベンダーが構築した病院食の納入業者のシステムに脆弱性があったため、ウイルスが電子カルテシステムに侵入する結果となったといえます。NECの担当者は「状況を把握していなかった。システムの安全性を高めるため、あらゆるリスクを織り込むべきだった」と話していますが、外部のネットワークとつながっている可能性を検証せず、ウイルスの侵入を許した事例は少なくなく、ITベンダー側は専門家集団として問題を予見し、対策に乗り出すべきだったといえます。また、病院側も業者に丸投げせず、専門家にチェックを頼むなどしてセキュリティの穴を見つける努力を重ねるべきであり、対症療法にとどまらない、予防的な対策が求められているといえます。

関連して、NECが構築した電子カルテシステムを使う全国280の大規模病院のうち、半数以上の病院でサーバやパソコンが病院ごとに同じIDとパスワードを使い回す状態になっていたことがわかったと報じられています(2023年3月26日付朝日新聞)。大阪市の病院が昨秋に受けたサイバー攻撃による被害の原因を調べる過程で、発覚したものです。病院の「心臓部」ともいえる電子カルテシステムは、多くの医療機器と接続する必要があり、複雑な仕組みで動いているため、開発した業者しか把握できず、病院側で専門知識を持った人材を育てにくい側面があるとされ、病院側も「設定や管理をNECに任せきりだった」と認めています。NEC担当者のコメントも生々しく、「(給食業者を踏み台にサイバー攻撃が連鎖した)サプライチェーン攻撃までは正直、認識が薄かった。欠陥のある機器がいまだに放置されていたなんて思ってもいなかった。病院の取引先業者のネットワークまではさすがに調べられない」、「事実として、本当の意味での閉域網ではなかったということです」、「(センターの事案に対処する以前は)我々は正直、インシデント(サイバー攻撃被害などの事変)を経験したことがなかった。机上の議論を重ねていたところがあった。これからは侵入されるという前提でやる。そのための対策を考えていく」と述べていますが、杜撰としか言いようがない危機意識の低さが露呈されたものと言えます。セキュリティ専門家は、「ITベンダー側の管理のしやすさを優先している例は他にもあり、NECに限らず、他社の電子カルテシステムで起きてもおかしくない。外部と接点があれば閉じられたネットワークとはいえず、IDとパスワードが使い回されているのはリスク以外の何ものでもない。ひとたび被害が出れば病院側の責任も問われる可能性があり、業者任せでは済まなくなる。患者らの情報を扱う以上、病院が主体的にシステムの管理に取り組むべきだ」と指摘していますが、正に正鵠を射るものだと思います。

警視庁公安部は、家庭用のインターネットルーターが複数の企業のサイバー攻撃に「踏み台」として悪用されていたことを確認したと明らかにしています。こうした悪用は2020年ごろから増加し、従来の対策のみでは対応できないことも判明したといいます。公安部は、関係するメーカーと協力し、官民一体で広く注意喚起に乗り出すとしています。公安部のサイバー攻撃対策センターによると、民間の複数の大手企業がサイバー攻撃された事案を詳しく分析するなどした結果、攻撃者が、VPN(仮想私設網)を介して一般家庭のルーターに侵入、そこから企業にサイバー攻撃を仕掛けていたことが分かったといいます。サイバー攻撃対策センターは「ルーターの持ち主が攻撃を仕掛けたように見せかけた(海外からのアクセスを国内からのアクセスだと装うことが目的とみられる)」とし、一度侵入を許すと、ルーターのソフトを最新のものにするといった従来の対策などを行っても、攻撃者は侵入を続けられることも確認され、サイバー攻撃対策センターは「気付かないうちに永続的に踏み台にされている人も多い」としています。警視庁は初期設定のIDやパスワードの変更や、サポート期間の終了した古いルーターの買い替えなどの対策に加え、ルーターの設定をこまめに確認することも呼びかけています。まさに「被害者」でもあり「加害者」ともなりうるサイバー攻撃の典型的な構図だといえます。2023年4月7日付毎日新聞の記事「自宅に捜査員が…家のルーターが知らぬ間にサイバー攻撃発信元に」が具体的であり、以下、抜粋して引用します。

「こちらにアクセスしていませんか」2022年秋、警視庁公安部サイバー攻撃対策センターの捜査員が東京都内のアパートに住む30代の男性会社員宅を訪れた。都内の大手企業へのサイバー攻撃の発信元が、この男性宅のルーターだったことを公安部は突き止めていた。捜査員は通信記録を示した上で男性を問い詰めた。しかし、男性には全く心当たりがなかった。自宅でネットを使うのは検索やゲームのときぐらい。男性は捜査員の来訪に驚き、必死で否定した。不審に思った捜査員が男性宅のルーターを調べたところ、驚くべきことが分かった。このルーターは、無線接続などに使う家庭用のもので、特異なものではない。ただ、外部から特定のシステムに接続する際に使う仮想専用線「VPN」と、ネット上の住所にあたるIPアドレスが変動しても外部から同じ接続先に安定的に通信できる「DDNS」と呼ばれる機能がいずれも有効化されていた。公安部は男性への事情聴取などから、何者かが男性のルーターに不正アクセスして設定を変更したと判断。ここを「踏み台」にして大企業へのサイバー攻撃が行われた可能性が高いと結論づけた―。公安部によると、同様の手法で家庭用ルーターを悪用したサイバー攻撃は20年ごろから相次いでいる。先端技術保有企業などが狙われているという。パスワードやIDの変更などの対策では防ぐことが難しいだけでなく、ルーターの設定を変更したり初期化したりしなければ永続的に不正利用され続ける危険がある。2年間にわたり、悪用されていたケースも確認されている。一方で、捜査関係者などによると、こうした機能を理解していなかったり、ルーターの設定状況を把握していなかったりするユーザーも多く、改変されても気づかないことが多い。
▼警察庁 家庭用ルーターの不正利用に関する注意喚起について
  • サイバー攻撃事案の捜査の過程で、家庭用ルーター(以下「ルーター」という。)がサイバー攻撃に悪用され、従来の対策のみでは対応できないことが判明したことから、警察では、複数の関係メーカーと協力し、官民一体となって注意喚起いたします。
    1. 使用された手法
      • 今回確認された手法は、一般家庭で利用されているルーターを、サイバー攻撃者が外部から不正に操作して搭載機能を有効化するもので、一度設定を変更されると従来の対策のみでは不正な状態は解消されず、永続的に不正利用可能な状態となってしまう手法です。
    2. 推奨する対応
      • 従来の対策である「初期設定の単純なIDやパスワードは変更する」「常に最新のファームウェアを使用する」「サポートが終了したルーターは買換えを検討する」に加え、新たな対策として、「見覚えのない設定変更がなされていないか定期的に確認する」をお願いします。
      • 具体的には、ルーターの管理画面で次の事項を定期的に確認し、問題があった場合には、その都度是正するようお願いします。
        1. 見覚えのない「VPN機能設定」や「DDNS機能設定」、「インターネット(外部)からルーターの管理画面への接続設定」の有効化がされていないか確認する。
        2. VPN機能設定に見覚えのないVPNアカウントが追加されていないか確認する。
        3. 見覚えのない設定があった場合、ルーターの初期化を行い、ファームウェアを最新に更新した上、機器のパスワードを複雑なものに変更する。
          • ※ルーターの設定の詳細については、取扱説明書やメーカーのホームページを確認してください。
      • また、メーカーのサポートが終了したルーターは、機器の脆弱性を改善するためのファームウェアの更新が行われず、さらにセキュリティのリスクが高まるので、買換えの検討をお願いします

深刻化するサイバー犯罪に対応するため創設された警察庁の「サイバー警察局」と「サイバー特別捜査隊」は4月1日で発足から1年を迎えました。海外の捜査機関との連携を強めており、国際共同捜査で攻撃グループの摘発を目指しています。同局は、これまで庁内の警備局や生活安全局などにまたがっていたサイバー部門を統合し、攻撃手段の解析などを担っており、特捜隊は、国の機関や発電所などの重要インフラの被害、海外からの攻撃など「重大サイバー事案」の捜査を担っています。報道によれば、最も進んだのは国際共同捜査への参加だといい、これまでは海外からの攻撃だと検挙の可能性が低いため、被害相談を受けても対応に二の足を踏むケースが多く、態勢が整っている警視庁などは別として、地方警察では技術力や言語の壁があり、初動捜査すら十分にできない状態だったといいます。新体制では、都道府県警察が行っていた海外への国際照会を、同局に一本化、初動捜査が適切に行われるようになり、情報の集約が進んだほか、全国から優秀な人材も集まり、(以前の本コラムでも紹介したとおり)身代金目的でデータを暗号化するウイルス「ランサムウエア」の一部に対して有効な、データ復元ツールを開発するという成果もでています。現在、ランサムウエアによる被害などの事案で、国際共同捜査を展開中だといい、摘発事例はまだないものの、容疑者検挙やネットワーク壊滅などを目指しているといいます。さらに、企業が受けたサイバー攻撃被害の情報収集を警察当局が強化する方向を打ち出していますこれまでは都道府県警ごとに窓口を設けていたが通報は低調だったことをふまえ、インターネットで通報できる一元窓口を2023年度内にも設け、企業の申告を促すとしています。被害情報は捜査や分析に向けた重要な端緒で、必要に応じて国直轄の専門部隊にも共有、サイバー犯罪の情報を国が集約する米国などの通報の仕組みへ近づくことになります。情報収集の強化で端緒を生かせれば、犯罪グループや手口の実態解明、被害の未然防止につながる可能性があります。米国では米連邦捜査局(FBI)の関連組織がサイバー犯罪の情報を一元的に集めています。さらに、警察庁は捜査体制だけでなく通報の仕組みも見直すとしています。現在は各地方警察がサイバー攻撃の被害相談を受けていますが、対応にはばらつきがあったほか、専門窓口がある都道府県警は2023年2月時点で19警察にとどまり、担当組織をウェブサイトで明示していないケースもあるため、被害申告は活発とは言えないのが実態です。警察庁の2022年調査によると、不正アクセスなどに遭った企業や行政機関のうち43%が「(被害を)届け出なかった」と答えています。申告が低調な背景には企業がメリットを感じにくいことがあげられ、サイバー攻撃の捜査のハードルは高く、通報が摘発につながるケースは現時点では多くはなく、捜査協力を巡る業務の増加や、表面化による信用毀損への懸念も影響しているとみられています。2023年4月6日付日本経済新聞で、サイバー被害に詳しい東京都立大の星周一郎教授は「被害企業の通報で情報が集まれば、海外当局との捜査共助を進展させ摘発や被害回復にもつなげられる。申告のメリットを企業に伝え通報を促すことも警察に求められている」と指摘していますが、正にその通りと思われます。

▼警察庁 サイバー事案の被害の潜在化防止に向けた検討会報告書等について
▼報告書 本編
  • サイバー空間は、量的に拡大し質的に深化するとともに、実空間との融合が進み、「公共空間」としての外縁を着実にそして驚くべき速さで広げている。同時に、ひとたびサイバー事案が発生すると、社会経済活動に多大な影響を及ぼしかねないことは周知のとおりである。インターネットで検索すれば、毎日のようにサイバー事案のニュースが目に飛び込んでくる。ランサムウェア感染被害の件数は右肩上がりで増加し、個人情報・機密情報の流出やインターネットバンキングに係る不正送金等のサイバー事案の例は枚挙にいとまがない。
  • 様々な主体が参画し、公共空間化が進むサイバー空間においては、各主体の関係が複雑に絡み合い、一部の被害が予想外の形で広範囲に波及する危険がある。これに的確に対処するためには、犯人を検挙して犯行の制圧を迅速に行い、また、被害拡大の阻止と被害の未然防止により、可能な限り「潜在的な被害者」を現実の被害者にしないようにすることが重要である。この点、警察が有する犯罪を捜査する機能と犯罪を予防する機能に対する国民の期待・要請は大きい
  • 警察においては、従来、被害の届出により実態把握のための情報を収集していたが、被害者が刑事処分を望むとは限らず、被害に遭ったことへの引け目や被害者に対する社会的評価の悪化(レピュテーションリスク)の懸念から被害申告をためらうなど、現実の被害が潜在化している状況がうかがわれる。また、サイバー空間においては匿名性が悪用され、サイバー事案の中には国家の関与が疑われるものもあるなど、犯行が組織化され手法が洗練されてきていることから、被害自体の認知や事件捜査が一層困難なものになってきている。このことから、個々の事案から得られる情報が断片的なものにとどまるとしても、それらを幅広く集め、総合的に分析・検討することで実態を把握し、取締りと対策を効果的に進める必要がある。
  • こうした観点から、警察への通報・相談をより一層促進し、被害者等からの情報を広範に収集する必要があるが、そのためには、警察の情報収集能力を強化するとともに、被害者の被害拡大防止や被害回復に貢献することや、犯罪手口や未然防止対策に関する情報を社会に速やかに還元するなどの活動を充実させ、それにより、被害の通報・相談が自ずと行われる社会的な気運を醸成していくことが重要である。その前提として、警察においても、通報・相談に係る負担を軽減することや、通報・相談に対して適切に対応する必要があることは言うまでもない。
  • そうしたところ、サイバー警察局が令和4年4月に警察庁に設置された。実に28年振りの局の新設である。サイバー空間に山積する課題に対し、関係機関等との連携強化を含め、一元的かつ強力に対処する体制が備わることとなった。もちろん、対策を進める中で被害の潜在化防止もその射程の一つである。
  • サイバー空間における情勢認識
    • サイバー空間の情勢は、ランサムウェアによる被害が広範に及んでいるほか、国家を背景に持つ集団によるサイバー攻撃も確認されているなど、極めて深刻な情勢が続いている。
    • 令和5年2月に警察庁が公表した「令和4年の犯罪情勢」によると、令和4年中に警察庁に報告されたランサムウェアによる被害件数は230件と、前年比で57.5%増加し、VPN機器やリモートデスクトップ等のテレワークにも利用される機器等のぜい弱性を狙われたケースが大半を占めている。その被害は企業・団体等の規模やその業種を問わず広範に及んでおり、一時的に業務停止に陥る事態も発生している。
    • また、インターネットバンキングに係る不正送金事犯について、令和4年は発生件数が1,136件、被害総額は約15億円と、いずれも3年ぶりに前年比増加となった(それぞれ前年比で94.5%、85.4%増加。)。その被害の多くがフィッシングによるものとみられており、金融機関を装ったフィッシングサイト(偽のログインサイト)へ誘導する電子メールが多数確認されている。
  • 個人情報の漏えい等の被害
    • 令和2年に改正された個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号。以下「個人情報保護法」という。)の令和4年4月の全面施行により、従前、努力義務であった個人情報の漏えい等事案の発生時における個人情報保護委員会への報告について、一定の要件を満たすものに係る同委員会への報告及び本人への通知が義務化された。これに伴い、令和4年度上半期に個人情報保護委員会に報告された個人データの漏えい等事案は、1,587件と前年度同期の報告件数(517件)と比較して件数が増加しており、このうち、不正アクセス等による漏えい事案については、報告件数全体に占める割合こそ大きくないものの、1件当たりの漏えいの規模が1,000人を超えるものが多く確認されるなど、深刻な被害が生じている状況である。
    • 個人データの取扱いに当たっては、個人情報保護法において、個人情報取扱事業者は「個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない」と定められており、具体的に講じるべき措置として、「組織的安全管理措置」、「人的安全管理措置」、「物理的安全管理措置」、「技術的安全管理措置」、「外的環境の把握」が「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」において示されている。個人情報保護委員会では、個人情報等の取扱いに関する監視・監督を行う中で、漏えい等事案の報告を受けた場合には、事実関係及び再発防止策の確認等を行い、必要に応じて指導等を行っている。
    • また、「個人情報の保護に関する基本方針」(平成16年4月2日閣議決定、令和4年4月1日一部変更)において、「サイバーセキュリティ対策の観点から、個人情報保護委員会は、各主体が取り扱う保有個人データや個人データの外部からの不正アクセスやランサムウェア等のサイバー攻撃等による漏えい等の未然防止や被害の拡大防止等のリスクの低減、漏えい等事態への適切かつ迅速な対応を図るため、NISC等の関係省庁等及びサイバーセキュリティ関係機関と緊密に連携する」と定められている。これを踏まえ、令和4年12月に開催された「個人情報保護法サイバーセキュリティ連携会議」において、各省庁・機関が持つ報告等の枠組みを活用して双方の報告等制度の更なる促進を図ることの重要性について認識が共有された。
  • 医療分野におけるサイバー事案被害
    • 本検討会における警察庁の発表によると、警察庁に報告された医療・福祉分野におけるランサムウェアによる被害件数は増加傾向にあり、データが暗号化されることによって電子カルテシステムが使用不能となり、新規外来患者の受け入れを停止するなどの被害が生じている。
    • 具体の事例について、厚生労働省の発表によると、令和4年10月、大阪府立病院機構の大阪急性期・総合医療センターにおいて、センター内の調理を委託していた給食事業者のシステムを経由してランサムウエアに感染する被害が生じた。これにより、同センターでは新規外来患者の受入れを一時停止するとともに、緊急性が高くない入院患者の一度自宅退院、周辺病院への転院を進めることとなった。結果的に患者の生命等への影響はなかったものの、地域医療に深刻な影響が生じた
    • 厚生労働省においては、こうした状況を踏まえ、「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」の改定を進めるとともに、ぜい弱性が指摘されている機器・ソフトウェアの確実なアップデートの働きかけ、医療分野におけるサイバーセキュリティに関する情報共有体制(ISAC)の構築等に向けた取組等のほか、厚生労働省委託事業において、「医療機関向けセキュリティ教育支援ポータルサイト(MIST:Medical Information Security Training)」等による医療機関向けサイバーセキュリティ対策研修の充実や被害発生時の初動対応の支援(駆けつけ機能の確保)等により、医療情報システムのサイバーセキュリティの強化を推進している。
  • クレジットカード決済におけるサイバー事案被害
    • 社会のデジタル化・新型コロナウイルス感染症の被害拡大を受けた巣ごもり需要の拡大等により、令和3年のECの市場規模は約21兆円にまで拡大し、これに伴いECサイトでの非対面取引における主要な決済手段としてクレジットカードが利用される機会が増加している。民間最終消費支出に占めるキャッシュレス決済比率は令和3年には32.5%に達し、クレジットカードの取引はそのうち約9割を占めているところ、今後も引き続き増加すると見込まれている。
    • 一方で、EC加盟店やクレジットカードの決済代行会社等が標的となったサイバー事案だけでなく、消費者が標的となったフィッシング被害により、令和3年にはクレジットカードの不正利用被害額は約330億円と過去最高となっている。このうち、クレジットカードの番号盗用の割合が約94%を占め、非対面取引でクレジットカード番号等を窃取したなりすましによる不正利用が主要な要因となっている。これらの不正利用の対象となっているクレジットカード番号等は、関係事業者からの漏えいだけでなく、クレジットカード決済処理の仕組みを悪用しクレジットカード番号等を割り出すクレジットマスター、SMS等を通じて利用者からクレジット情報等をだまし取るフィッシングにより詐取されているとみられている。また、クレジットカード決済機能の分化により多様な主体がクレジットカード決済網に関与しているため、EC加盟店、ECシステム提供者、決済代行業者、消費者等、多様な主体に対するサイバー攻撃のリスクが存在している。
    • 経済産業省においては、クレジットカード決済システムの信頼性を確保すべく、割賦販売法(昭和36年法律第159号)に基づくクレジットカード番号等の適切管理や加盟店での不正利用防止を義務付けている。
    • 特に非対面取引での安全・安心なクレジットカード決済を確保するため、令和4年8月に有識者会議「クレジットカード決済システムのセキュリティ対策強化検討会」を立ち上げ(警察庁はオブザーバ参加)、(1)クレジットカード番号等を安全に管理する(漏えい防止)、(2)クレジットカード番号等を不正に利用させない(不正利用防止)、(3)クレジットの安全・安心な利用に関する周知・犯罪の抑止、の3本柱に沿って、当該検討会での議論を踏まえ、クレジットカード決済システムのセキュリティ対策強化に向けた具体的な取組と今後の課題について、令和5年1月に報告書を取りまとめている。
    • 今後、デジタル化の更なる進展により新たなサービスが次々と生み出され、社会に展開されていくと予想されることに伴い、複数のデジタルサービスの連携の間隙を突いた犯罪や、技術革新の恩恵を攻撃側が悪用する犯罪等の発生が懸念される。また、クラウドサービスの利用拡大、産業分野でのAIやIoT機器の利用拡大等により、サイバー事案が経済社会活動等に与える影響も、より広範により重篤に及ぶようになり、被害が発生した際の影響を予見したり、発生原因を特定したりすることが困難になると懸念される。
    • サイバー空間の脅威は、今後、より一層深刻なものになっていくことが予想される
  • 通報・相談の重要性
    • 前述した深刻化する情勢においてもなお、サイバー空間の安全・安心を確保するためには、サイバー事案が発生した場合に、被疑者の検挙に向けた捜査を行うことに加え被害者や被害企業等における被害の拡大防止や被害回復、社会全体の被害の未然防止対策を推進することが必要不可欠である。
    • こうした観点から、警察では、サイバー事案を把握した場合は、捜査のみならず攻撃者・犯行手口等の実態解明や被害防止対策・未然防止対策等、様々な取組を行っている。
    • 被害の未然防止対策については、例えば、令和4年8月下旬から9月にかけてインターネットバンキングに係る不正送金被害が急増した際には、警察庁において、通報・相談により把握した情報を基に不正送金被害の手口等を分析し、令和4年9月に警察庁ウェブサイトにおいて注意喚起を行っている。また、同月、金融庁と連携し、業界団体等を通じて金融機関に対しフィッシング対策の強化を要請している。
    • また、サイバー攻撃を受けたコンピューターやサイバー攻撃に使用された不正プログラムの解析結果や犯罪捜査の過程で得た情報等を総合的に分析し、攻撃者及び手口に関する実態解明に努めているところ、これらの情報等は、サイバー攻撃の攻撃者を公表し、非難することでサイバー攻撃を抑止する、いわゆるパブリック・アトリビューション等にも活用されている。令和4年10月には、金融庁、内閣サイバーセキュリティセンターと連名で、北朝鮮当局の下部組織とされるラザルスと呼称されるサイバー攻撃グループによる暗号資産関連事業者等を標的としたサイバー攻撃について、具体的な攻撃の手口、リスク低減のための対処例を示すなどの注意喚起を行っているほか、12月には、我が国として同グループを外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号)に基づく資産凍結等の対象として指定している。
    • さらに、サイバー攻撃の攻撃者等を特定するに至らず、パブリック・アトリビューションを実施できない事案についても、事業者等からの通報・相談を基に捜査・実態解明を実施し、関係省庁と連携して広く手口や対策方法を公表し、注意喚起を行うことで、被害の未然防止・拡大防止を図っている。例えば、令和4年11月30日には、内閣サイバーセキュリティセンターと連名で、学術関係者・シンクタンク研究員等を標的としたサイバー攻撃について、注意喚起文を発出している。
    • このように、警察では、サイバー事案の捜査のみならず、攻撃者・犯行手口等の実態解明、被害の拡大防止・未然防止対策に取り組んでいるところであるが、これらは主に国民・企業等からの通報・相談によって得られた情報を端緒として実施しているものであり、通報・相談が警察の活動において重要かつ代替できない役割を担っている。
  • 被害の潜在化
    • ところが、サイバー事案においては、被害者側におけるレピュテーションリスクや、早期復旧に支障が及ぶことなどへの懸念、届出するべきなのか分からないなどの理由から、被害者からの通報・相談がためらわれる傾向があり、いわゆる「被害の潜在化」が課題となっている
    • 警察庁が令和4年に実施した「不正アクセス行為対策等の実態調査」において、過去1年間に不正アクセス等の被害に遭った行政機関や企業等に対して、届出先機関を調査したところ、「届け出なかった」が最も多く43.9%を占めていた。また、このうち、届出を躊躇させる要因(複数回答)については、「実質的な被害が無かった」との回答が74.4%、「社・団体内で対応できた」との回答が32.6%であった。
    • 通報・相談が適切に対応されていない要因には、
      • 届出する必要があるかわからない
      • どこに届ければよいかわからない(通報すべき窓口がわからない)

      など、犯罪の態様や通報・相談に関する情報不足によるものが見受けられるほか、ランサムウエアの被害者に対して警察が実施したアンケートにおいて、「復旧作業等に対応する中で、捜査協力としてどのような対応を求められるかわからない」、「被害に関する情報が外部に伝わってしまう懸念がある」等の捜査協力に関して不安がある旨の意見も見受けられた。

    • また、個人の被害者に目を向けると、高齢者や青少年が被害に遭った際に、そもそも被害に遭ったことを認識していないことや、犯罪に関する知識不足や家族に相談しにくい内容などにより、被害の通報・相談がなされていない状況がうかがわれる。
    • さらに、警察への通報・相談がなされた際、警察の受理体制の不足や対応者の知識不足等により、適切な対応・処理がなされていない状況も発生している。暗号資産やNFT(NonFungibleToken;非代替性トークン)等のいわゆるデジタル資産をはじめとした新たな情報通信技術に関する知識不足・理解不足は、その一因であろう。
    • なお、被害の潜在化は、「サイバーセキュリティ戦略」(令和3年9月28日閣議決定)においても、「サイバー犯罪に関する警察への通報や公的機関への連絡の促進によって、サイバー犯罪の温床となっている要素・環境の改善を図る」とされているなど、警察のみならず政府・社会全体として取り組むべき課題とされている。
    • また、攻撃を受けた被害組織がサイバーセキュリティ関係組織と被害に係る情報を共有するための取組として、官民の多様な主体が連携する協議体である「サイバーセキュリティ協議会」の運営委員会の下に、「サイバー攻撃被害に係る情報の共有・公表ガイダンス検討会」を開催し、被害組織が被害情報を共有する際の実務上の参考となるガイダンス(サイバー攻撃被害に係る情報の共有・公表ガイダンス)が策定された。当該検討では、警察庁も事務局として参画しており、被害発生時における警察への通報・相談の必要性やその意義について活発な議論等が行われたところである。
  • 被害の潜在化防止に向けた方策
    • 前述した被害の潜在化を防止するためには、広く社会に対して警察への通報・相談の重要性、意義等のほか、被害発生時の被害拡大防止・被害回復等に関する助言等の被害企業等に裨益する事項を丁寧に周知する必要がある。
    • 社会への周知に当たっては、既に整備された法的枠組みや関係省庁や企業等との情報共有や交換の枠組み等を活用することが一般に効率的かつ効果的であることは論をまたないであろう。
    • 具体的には、個人情報の漏えい等が発生し、個人の権利利益を害するおそれが大きい場合は、個人情報保護委員会への報告等が義務化されており、また、重要インフラ事業者等については、各業法等により事業への障害を所管省庁へ報告することが義務付けられている。
    • こうした枠組みを活用するためには、所管省庁等と連携した取組を推進する必要があり、これについては3.1において検討する。
    • 同時に、警察における通報・相談に関する環境整備を進める必要がある。これは、情報発信や広報啓発の観点、マニュアル整備や教育の実施等、警察側の対応を見直すものであり、その中には、警察の相談・受付対応者の意識改善といった論点を含むものである。
  • 関係機関等との連携強化
    • 概括すると、事案発生時においては、可能な場合は関係省庁等から被害概要等を提供してもらうとともに、関係省庁等から被害企業等に警察への通報・相談を促進してもらうべきである。一方で、警察において事案を認知した場合は、所管行政を円滑に進めるためにも被害企業等に対し関係省庁等への報告の有無を確認し、報告していない場合は報告を促すべきである。
    • 社会的な反響の大きい事案となりやすい分野を所管する省庁等として、例えば、NISC、金融庁や総務省に加え、個人情報保護法を所管する個人情報保護委員会や、医療機関を所管する厚生労働省、大学等を所管する文部科学省、クレジットカード業界を所管する経済産業省等が挙げられる
    • 具体的には、個人情報保護委員会においては、個人情報漏えい等事案の報告を受けた場合に、被害企業等に対し警察への通報を促進することが望まれる。また、厚生労働省、文部科学省及び経済産業省においては、医療機関や大学、クレジットカード事業者等においてサイバー事案が発生した際に、被害組織に対し警察への通報を促進するとともに、情報の取扱い等に関する被害組織の意向に配慮しつつ、被害の概要を警察庁に提供することが望まれる。
    • また、こうした取組は、被害発生時に緊急に実施したとしても実効性を確保することが困難であることから、平素から相互に通報・相談又は報告の促進に関する広報啓発を推進することが求められる。
    • 具体的には、ガイドライン等に盛り込んだり、講演等において説明したりすることが適当であろう。また、令和5年3月24日、警察庁サイバー警察局と個人情報保護委員会事務局との間で連携に関する覚書が締結されているところ、このように関係機関等との間で申し合わせを締結し、これを広報することなどにより、関係業界団体や国民に対しそれぞれの取組を可視化することも効果が大きいと考える。
  • サイバー事案の被害に関する報告窓口の一元化
    • 被害企業等の報告先が複数にわたる場合があることは述べたが、企業等がサイバー事案の被害に遭った場合の関係機関等への報告は、被害企業等の負担軽減や関係機関等における迅速な情報の把握・共有の観点から、ポータルサイトを設けるなど窓口を一元化(統一化)すべきである。警察庁においては、犯罪被害の拡大防止を強力に進めるため、省庁横断の統一窓口の創設に向けイニシアティブを強力に発揮することを期待する
    • そして、より負担が少なくスタートしやすいことから、第一歩として、被害に遭った企業等が届け出る内容や様式について、関係機関等と連携し可能な限り統一化することから始めるべきである。
    • そのほか、例えば、インターネット上の誹謗中傷について警察による捜査等を望まずに削除のみを希望する被害者や、自社のウェブサイトを騙ったフィッシングサイトについて迅速なテイクダウンを求める企業等、通報・相談の内容によっては警察以外の窓口に相談することが適している場合もある。そうした通報・相談の内容に関し、関係機関等と連携して対策等に関する広報啓発を行うとともに、それぞれの所掌事務、特徴等を生かせる分野等を基に、効果的な役割分担となるよう検討を進め、あわせて、関係機関等の窓口や担当業務を都道府県警察のウェブサイト等において提示すべきである。
  • 被害者に対する情報発信の不足
    • 通報・相談を行うに当たって必要な情報が不十分であることが、通報・相談を躊躇させる理由となっている状況がうかがえることは述べたとおりである。
    • 実際、都道府県警察のウェブサイトにおける情報発信の状況について調べたところ、「サイバー犯罪の具体例を示している」のが30警察、「通報・相談すべき具体的内容を示している」のが23警察、「通報・相談時に必要となる情報を示している」のが10警察、「よくある相談とその対応策を示している」のが26警察、「被害回復の手続を示している」のが4警察であるなど、全ての都道府県警察において情報発信を十分に実施できていないことが判明している(令和5年2月末時点)。
    • また、都道府県警察のウェブサイトからのサイバー相談受理状況は極めて低調であることも併せて判明しているところ、都道府県警察における通報・相談窓口は、必ずしも担当窓口や警察署の電話番号が明示的ではない状況である。都道府県警察のウェブサイトにおけるサイバー相談に関する窓口の設置状況について確認したところ、入力フォームか電子メールかの違いはあるものの、19警察にのみ設置されている状況であり、残りの都道府県警察では、警察相談の枠組みで相談を受け付けている状況であった(令和5年2月末時点)。
  • 被害者が相談しにくい事案の存在
    • 3G回線のサービス終了や成人年齢の引き下げといったことを背景として、これまでインターネットやスマホに触れてこなかったなどの理由から情報リテラシーが比較的低い層における急速なスマートフォンの普及が見込まれる。こうしたことに加え、被害に遭った高齢者や青少年が家族等に相談しにくいなどの理由から、通報・相談が躊躇されることが懸念される。例えば、サポート詐欺であれば、被害者が犯罪と認識できずコンビニエンスストア等でギフトカードを購入し送金する事案が発生しているほか、フィッシング詐欺のように偽のサイトと気付かずに銀行の口座番号やパスワードを入力し不正送金されてしまう事案が発生している。
    • また、令和4年10月末時点で外国人労働者数が過去最高を記録し、今後も来日する外国人の増加が見込まれることを踏まえ、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(令和4年度改訂)」(令和4年6月14日関係閣僚会議決定)に基づいて日本語が堪能ではない外国人に対する配慮を実施する観点や、「障害者基本計画(第5次)」(令和5年3月14日閣議決定)に基づく障害のある人への合理的配慮を提供する観点等からの対応を併せて行う必要がある。
    • こうした状況を踏まえると、高齢者、青少年、外国人、障害のある人等に対し、被害の拡大防止・未然防止等の観点から、どういった犯行手口があるのかを個別かつ丁寧に説明を行う必要があるほか、万が一だまされた場合における被害対策を講じる必要がある。
  • 警察の適切な対応の不足
    • 国民や企業等が警察に通報・相談した際に、警察において適切な対応が取られていない場合があるとの指摘がなされている。例えば、警察からの説明が不十分であり、「通報や相談をしても警察は捜査に消極的である」との印象を与える場合がある。また、通報・相談の対応をする警察職員によっては、デジタル資産をはじめとした新たな情報通信技術に関する知識不足・理解不足等により、被害者の窮状や切迫した状況等が理解できず適切な対応ができていない場合がある。
    • これまで述べてきた施策を推進し通報・相談が促進されたとしても、こうした対応が改善されない場合は、被害者の要望や希望に対する落差は大きくなり警察への信頼が失われ、かえって被害が潜在化してしまうおそれがある
  • インターネット上の通報・相談窓口の統一化
    • 前述したとおり、企業等がサイバー事案の被害に遭った場合の関係機関等への届出先は、通報・相談を行う企業等の負担軽減や関係機関等における迅速な情報の把握・共有の観点から、ポータルサイトにより統一されることが望ましい。しかし、こうした取組については、関係機関等との調整や所要の期間、予算等を要することから、関係機関等の相談窓口について相互に参照できるようにすると同時に、まずは警察庁においてインターネットから一元的かつ簡易に通報・相談できる窓口を整備するべきである。
    • この際、インターネットからの手続に苦手意識を持つ高齢者等もいることから、一元的に相談を受け付けるページにおいて、各都道府県警察の警察署の連絡先のリンクを掲載するなどの配慮を行うべきである
(3)AML/CFTを巡る動向

2023年2月に業界団体との意見交換会において金融庁から提起された主な論点が公表されています。今回は主要行等との会合から、AML/CFTに関する部分を中心に紹介します。直近の指摘事項が一部公表されており、参考になります。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • マネロン等リスク管理態勢の整備について
    • マネロン等リスク管理態勢については、金融庁から各金融機関に対し、マネロンガイドラインを踏まえた態勢整備を2024年3月までに完了するよう要請し、2021年からマネロンに焦点を当てた検査等を順次実施しているが、態勢整備の期限まで残り1年となっている。
    • 2024年3月までの態勢整備の参考として、指摘事項を一部紹介する。
    • 例えば、「リスクの特定作業において洗い出されたリスク項目は実務に即した個別具体的な項目にまで細分化されているか」という項目について、リスク項目洗い出しの粒度(例えば、個人・法人に加え、実務に即して、法人であれば、業種、上場有無、公的機関か否かなど)が低いため、未達となっているなどの事例が見受けられる。
    • また、マネロンガイドラインで対応が求められる事項の中には、規定の整備に係るものもあるが、こうした項目についても未達(規定の未整備)となっている金融機関が多く確認されている。
    • このようなケースでは、金融機関の経営管理態勢にも課題がある可能性があるため、経営陣においては、自らの不備項目を再度確認の上、早急に対応を指示いただきたい。
    • 改めて、経営陣においては、こうした事例も含め、自身の金融機関がどの水準にあるか把握した上で、残りの期間内に態勢整備が確実に完了するよう、取組みを進めていただきたい。
  • サイバーセキュリティ演習の結果還元について
    • 2022年10月に実施した「金融業界横断的なサイバーセキュリティ演習(Delta Wall Ⅶ)」の結果を、先般、参加金融機関に還元した。
    • 参加金融機関においては、演習の結果を活用して、インシデント対応能力の更なる向上に取り組んでいただきたい。ただし、今回の演習結果は、ひとつのシナリオの下での評価であって、サイバーセキュリティに対する態勢整備の状況をあまねく評価したものではない。仮に今回の演習結果が良好であっても、演習で使用したシナリオに限らず、サプライチェーンの弱点を利用した攻撃やランサムウェア攻撃、フィッシングなど、最新のサイバー攻撃の脅威の動向を想定してインシデント対応態勢を整備し、その実効性を確認するための演習・訓練を定期的に行っていただきたい。
    • また、非参加金融機関に対しても、今後協会を通じて、演習を通じて認められた業態に共通する課題や良好事例をフィードバックする予定である。非参加金融機関においても、金融庁からの還元内容を参考として、演習・訓練の高度化を含め、インシデント対応態勢の強化に取り組んでいただいきたい。
  • 経済安全保障推進法に基づく基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する基本指針(案)について
    • 2023年2月8日、内閣官房において第5回「経済安全保障法制に関する有識者会議」が開催され、経済安全保障推進法の基幹インフラの事前審査制度について、以下が公表された。
    • 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する基本指針(案)
    • 制度開始に向けたスケジュール
    • 対象となる業者の指定基準(案)
    • 本制度は、金融を含む基幹インフラの事業者に対して、その重要設備の導入等に当たり、当局による事前審査を求めるものである。
    • 金融庁としては、制度の施行に向けて、金融機関との間で丁寧な対話に努めていく所存であり、引き続き協力いただきたい。

次にFATFが定期的に公表しているものですが、高リスク国・地域に関するFATFの指摘事項等をあらためて確認しておきたいと思います。

▼金融庁 FATF声明の公表について
▼仮訳
  • 高リスク国・地域は、資金洗浄、テロ資金供与及び拡散金融の対策体制に重大な戦略上の欠陥を有する。高リスクと特定された全ての国・地域に関して、FATFは、厳格な顧客管理を適用することを加盟国・地域に要請し、かつ全ての国・地域に強く求める。そして、極めて深刻な場合には、各国・地域は、高リスク国・地域から生じる資金洗浄、テロ資金供与及び拡散金融のリスクから国際金融システムを保護するため、対抗措置の適用を要請される。このリストは対外的に、しばしばブラックリストと呼ばれる。すでにFATFの対抗措置の要請に服していることに鑑み、新型コロナウイルスのパンデミックに照らして、2020年2月以降、FATFはイラン及び北朝鮮に対するレビュープロセスを一時休止している。したがって、2020年2月21日に採択されたこれらの国・地域に対する声明を参照されたい。その声明はイランと北朝鮮のAML/CFT体制の直近の状態を必ずしも反映したものではないが、FATFのこれらの高リスク国・地域に対する対抗措置の要請は効力を有している。
  • 北朝鮮(DPRK)[2020年2月以降変更なし]
    • FATFは、DPRKが資金洗浄・テロ資金供与対策の体制における重大な欠陥に対処していないこと、及びそれによってもたらされる国際金融システムの健全性への深刻な脅威について、引き続き憂慮している。FATFは、DPRKが資金洗浄・テロ資金供与対策の欠陥に対して直ちにかつ意義ある対応を講じることを強く求める。さらに、FATFは大量破壊兵器の拡散や拡散金融に関連したDPRKの違法な行為によってもたらされた脅威について深刻に憂慮している。
    • FATFは、2011年2月25日の加盟国への要請を再確認するとともに、全ての国・地域が、DPRK系企業・金融機関及びそれらの代理人を含めたDPRKとの業務関係及び取引に対し、特別な注意を払うよう、自国の金融機関に助言することを強く求める。
    • FATFは、強化された監視に加え、DPRKより生じる資金洗浄・テロ資金供与・大量破壊兵器の拡散金融リスクから金融セクターを保護するために、効果的な対抗措置を適用すること、及び適用される国連安保理決議に基づく、対象を特定した金融制裁を加盟国に要請し、かつ全ての国・地域に強く求める。各国・地域は、関連する国連安保理決議が要請するとおり、領域内のDPRK系銀行の支店、子会社、駐在員事務所を閉鎖、及びDPRK系銀行とのコルレス関係を終了するための必要な措置をとるべきである。
  • イラン[2020年2月以降変更なし]
    • 2016年6月、イランは戦略上の欠陥に対処することにコミットした。イランのアクションプランは2018年1月に履行期限が到来した。2020年2月、FATFは、イランがアクションプランを完了していないことに留意した。
    • 2019年10月、FATFは、イランに本拠を置く金融機関の支店・子会社に対する強化した金融監督の実施、金融機関によるイラン関連の取引に係る強化した報告体制又は体系的な報告の導入、イランに所在する全ての支店・子会社に対して金融グループが強化した外部監査を行うことを求めることを加盟国に要請し、かつ、全ての国・地域に強く求めた。
    • そして今、イランがFATF基準に従った内容でパレルモ条約及びテロ資金供与防止条約を締結するための担保法を成立させていないことに鑑み、FATFは勧告19に則し、対抗措置の一時停止を完全に解除し、効果的な対抗措置を適用するよう加盟国に要請し、かつ、全ての国・地域に強く求める。
    • イランは、アクションプランの全てを完了するまで、FATF声明[行動要請対象の高リスク国・地域]にとどまる。イランがFATF基準に従った内容でパレルモ条約及びテロ資金供与防止条約を批准すれば、FATFは、対抗措置を一時停止するかどうかを含め、次のステップを決定する。同国がアクションプランにおいて特定されたテロ資金供与対策に関する欠陥に対処するために必要な措置を履行するまで、FATFは同国から生じるテロ資金供与リスク、及びそれが国際金融システムにもたらす脅威について憂慮する。
  • ミャンマー[2022年10月以降変更なし]
    • 2020年2月、ミャンマーは戦略上の欠陥に対処することにコミットした。ミャンマーのアクションプランは2021年9月に履行期限が到来した。
    • 2022年6月、FATFは、ミャンマーに対し2022年10月までにアクションプランを速やかに完了させるよう強く求め、それが適わない場合は、FATFは、ミャンマーとの業務関係及び取引に厳格な顧客管理を適用するよう加盟国・地域に要請し、全ての国・地域に強く求めることとした。アクションプランの履行期限を1年過ぎても進展がなく、アクションプランの大半の項目が対応されていないことを踏まえると、FATFは、手続きに沿ってさらなる行動が必要となり、加盟国・地域及び他の国・地域に対し、ミャンマーから生じるリスクに見合った厳格な顧客管理の適用を要請することを決定した。厳格な顧客管理措置を適用する際は、各国は、人道支援、合法的なNPO活動及び送金のための資金の流れが阻害されないようにする必要がある。
    • ミャンマーは、不備に対応するため下記を含めたアクションプランを実施する取組を続けるべきである。
      1. 重要な分野における資金洗浄リスクについて理解を向上したことを示すこと
      2. オンサイト・オフサイト検査がリスクベースであること、及び「フンディ」を営む者が登録制であり監督下にあることを示すこと
      3. 法執行機関による捜査において金融インテリジェンス情報の活用を強化したことを示すこと、及び資金情報機関(FIU)による対策の執行のための分析及び分析情報の配信を増やすこと
      4. 資金洗浄が同国のリスクに沿って捜査・訴追されることを確保すること
      5. 国境を越えて行われた資金洗浄の事案の捜査を国際協力の活用で行っていることを示すこと
      6. 犯罪収益、犯罪行為に使用された物、及び/又はそれらと同等の価値の財産の凍結・差押え、及び没収の増加を示すこと
      7. 没収されるまでの間、差し押さえた物の価値を保つために、差し押さえた資産を管理すること
      8. 拡散金融に係る対象者を特定した金融制裁の実施を示すこと
        • FATFは、ミャンマーに対し、資金洗浄・テロ資金供与の欠陥に完全に対応するよう取り組むことを強く求め、同国がアクションプランを完全に履行するまでは、行動要請対象国のリストに引き続き掲載される。

暗号資産(仮想通貨)を利用したマネー・ローンダリングが増え続けている状況にあり、ブロックチェーン(分散型台帳)分析会社の米チェイナリシスによると2022年には前年比68%増の238億ドル(約3兆1千億円)に達したといいます。犯罪者集団のほか国家が軍事実験資金に用いるケースもあるとされ、資金の出所を隠すサービスも登場しています。2023年3月21日付日本経済新聞の記事「仮想通貨の資金洗浄、世界で3兆円 可視化技術で戦う 米チェイナリシスCSO ジョナサン・レビン氏」によれば、同氏は、「世界中のどこにでも瞬時かつ安価に送金できる仮想通貨は犯罪者にとっても価値があるということだ。特に22年はブロックチェーン上のプログラムで金融取引をする分散型金融(DeFi)サービスへの攻撃が相次ぎ、資金洗浄の額が膨らんだ。DeFiサービス『ローニンネットワーク』への攻撃では6億2000万ドル相当の仮想通貨が盗まれた。北朝鮮系のハッカー集団『ラザルスグループ』による攻撃とされている」、「だがブロックチェーン上の取引が全て公開されていることを忘れてはならない。(ブロックチェーン上の)犯罪者の電子財布のつながりを可視化し、追跡することが可能だ」、「当社の調査によれば、資金洗浄の67.9%を5つの交換所が担っている。こうした取引所を持つ国に対し、外交面から強く圧力をかけていく必要がある。取引自体を経済制裁で禁止することも有効だろう」、「分散型のDeFiは資金洗浄の最終地点ではない。犯罪者は最終的に従来型の交換所で法定通貨と交換しなければ、被害を受けた資産を差し押さえられる可能性があるからだ。それまでに取引を素早く解析していくのが重要だ。ローニンネットワークへの攻撃では当社の解析により、ミキサーも利用した洗浄の途中で取引を差し止め、被害額の10%を回収できた」などと述べています。とりわけ暗号資産を用いたマネー・ローンダリングの手口において、3分の2以上が5つの交換所で担われていることは、同氏の指摘するとおり、集中的に厳しい規制をかけることでAML/CFT全体の実効性を高めることに直結する可能性を感じます。また、以前から本コラムで指摘しているとおり、暗号資産においては、必ずどこかのタイミングで「暗号資産」という形から離脱する(現金等に換金する)ことになり、その「出口」に厳しい規制をかけること、「出口」に至る前の「中間管理」において、ブロックチェーンの利点を活かして、その動向を迅速に把握することで、一定程度の「回収」に直結する可能性が高まると思われます

2022年に警察に摘発された来日外国人9548人のうち、ベトナム国籍が最多の3432人に上ったことが警察庁のまとめで判明しています。本国のブローカーに多額の金を払って来日し、金に困って犯罪に手を染めるケースが目立つといい、警察庁はベトナムの治安当局とブローカー対策などについて協議しているといいます。2022年の来日外国人の摘発は1万4662件で、前年比1231件減少、摘発人数も同1129人減で、国籍別ではベトナムが最多の3432人で、次いで中国が2006人となりました。一方、9年前の2013年は、来日外国人全体の摘発人数が9884人で、うちベトナム人は1118人だったことから、全体の摘発人数が減る中、ベトナム人の摘発は約3倍に増えていることになります。背景には、技能実習制度などで来日する人の増加があると考えられます。一部の実習生は本国で借金をしてブローカーに払う金を調達しているといい、来日後に金に困り、犯罪グループの指示を受けて転売目的で盗みなどを繰り返すベトナム人が目立っており、2022年に摘発されたベトナム人の刑法犯のうち53・8%が万引きでした。マネー・ローンダリングにおける危険度の高い主体のひとつが正に「来日外国人犯罪グループ」であり、令和4年版犯罪収益移転危険度調査書において、「外国人が関与する犯罪には、法制度や取引システムの異なる他国に犯罪収益が移転することによってその追跡が困難となるほか、来日外国人等で構成される犯罪グループがメンバーの出身国に存在する別の犯罪グループの指示を受けて犯罪を敢行するなどの特徴がある。外国人が関与する犯罪は、その人的ネットワークや犯行態様等が一国内のみで完結せず、国境を越えて役割が分担されることがあり、巧妙化・潜在化をする傾向を有する。令和3年中のマネー・ローンダリング事犯の検挙件数のうち、来日外国人によるものは91件で、全体の14.4%を占めている。内訳は、犯罪収益等隠匿事件60件及び犯罪収益等収受事件31件であった」、「来日外国人による組織的な犯罪の中で、マネー・ローンダリング事犯が敢行されている実態が認められ、中国人グループによる不正に入手したクレジットカード情報を利用して名義人になりすまして商品を窃取した上で、処分役等に転送するなどの事犯、ベトナム人グループによる万引き事犯、ナイジェリア人グループによる国際的な詐欺事犯等に関連したマネー・ローンダリング事犯がみられる。また、過去3年間の預貯金通帳・キャッシュカード等の不正譲渡等に関する犯罪収益移転防止法違反事件の国籍等別の検挙件数では、ベトナムが全体の約7割を占めている。さらに、過去3年間の疑わしい取引の届出件数は、国籍等別ではベトナム及び中国に関する届出が多く、特にベトナムに関する届出が近年大幅に増加している」と指摘されています。また、ベトナム人が関与したマネー・ローンダリング事犯の事例として、「SNSを利用して海外送金を受け付け、日本国内に開設された他人名義の口座に現金を振込入金させ地下銀行を営んだ」、「偽造在留カード等の販売代金を他人名義の口座に振込入金させた」、「窃盗により入手した化粧品等を処分役等に発送する際、送り状に記載する品名や依頼主を偽って発送した」といったものが紹介されています。

2023年3月20日付日本経済新聞によれば、デジタル技術を使った本人確認を企業が導入する際のガイドラインを、NTTドコモなどが参加する民間団体が主導して整備するということです。通信販売やカーシェアリングなど、法令で定めのない事業者を念頭に本人確認の手法や注意点を示し、安全性やコストを踏まえた最適な技術の活用を促すことが狙いで、デジタル庁と連携して業界横断の指針を策定し、近く公表するとのことです。本人確認は運転免許証の提示などが一般的ですが、近年はデジタル技術を使ってオンラインで確認する「eKYC」と呼ぶ手法が広がっており、顔認証のほか、スマートフォンをマイナンバーカードにかざすなどの方法があり、QRコード決済の利用登録などで活用が進んでいます。確認手法が法令で決まっている金融機関や携帯電話会社などと違い、電子商取引(EC)やシェアリングサービスといった事業者には厳格な定めがなく、自主的な導入にとどまっているとこと、ガイドラインには本人確認の基礎知識に加え、免許証やマイナカードを使ったデジタル認証の利点や注意点を明記、なりすまし防止など安全性を保ちつつ、導入時の負担やコストを考慮して手法を検討してもらうとしています。本人確認の重要性は高まっており、偽サイトに誘導して個人情報を抜き取る「フィッシング」の2021年の報告件数は前年比2.3倍の52.6万件、盗まれた情報はダークウェブ(闇サイト)で売買され、なりすましに悪用される恐れがあるとされます

イエレン米財務長官は、マネー・ローンダリングやテロ資金供与への新たな取り組みとして、法人の実質的支配者名簿の作成に20カ国以上の政府と共に開始すると表明しています。取り組みには、マネー・ローンダリングなどの国際監視機関であるFATFの法人の実質的支配者および透明性の基準の実行が含まれるといいます。参加国は、法執行機関、その他当局が支配者情報に効率的にアクセスできるよう法規制の枠組み更新が求められることになります。犯罪者が、不透明な企業構造や法人を利用し身元や資産、犯罪行為を隠蔽するのを困難にするのが狙いで、イエレン氏は「この取り組みは、ペーパーカンパニーのような法人の透明性を向上し悪用の防止を求めるFATFの改訂基準に沿ったものだ」と説明しています。参加国は、取り組みに必要な資金、人材、技術的資源を優先的に投入する方針だと述べています。

(4)特殊詐欺を巡る動向

NTT東日本とNTT西日本は、かかってきた電話番号を電話機に表示する「ナンバーディスプレー機能」について、高齢者を対象に2023年5月から料金を無償化すると発表しています。電話を悪用して高齢者から現金などをだまし取る特殊詐欺が後を絶たないことを受け、対策を強化するもので、対象は70歳以上の契約者や、高齢者と同居している契約者、ナンバーディスプレー機能のほか、番号を通知せずに電話してきた相手に対し、番号を通知してかけ直すよう音声メッセージで応答する「ナンバーリクエスト機能」も高齢者を対象に無償化するとしています。さらに特殊詐欺の被害を受けた人などを対象に2023年4月以降、申し出があれば電話番号変更の工事を無料でできるようにするということです。報道でNTTは「犯罪防止に貢献することで、固定電話サービスを安心して利用いただけるよう取り組みを強化する」と説明していますが、特殊詐欺対策として「電話に出ないこと」が最も重要だと考えられているところ、特殊詐欺の電話を撃退する機能を高齢者が無料で利用させるという英断を高く評価したいと思います。同時に、こうした取り組みにより、騙される人がいて初めて成立する特殊詐欺の被害が、騙されにくくなることによって大きく減少することを期待したいと思います。

SNS上で強盗や特殊詐欺といった実行役を募る「闇バイト」が問題となる中、警視庁は、特殊詐欺で摘発した実行役らの分析を初めて明らかにしています。2022年1月から2023年1月に取り調べた受け子ら620人のうち、ツイッターを利用して闇バイトにアクセスしたのは290人(46・8%)に上り、2022年に摘発した793人のうち10~20代の若者が全体の6割以上を占めたといい、警視庁は若者らへの啓発活動を強化する方針です。報道によれば、2022年に摘発された793人のうち91.3%は男、年齢別では20代が最多で44.6%に上り、次いで10代と30代が18・9%、50代以上も7.6%いたといい、警視庁は「『高額報酬』など甘い言葉に釣られている」とみています。一方、警視庁は同期間に調べた受け子や出し子の計620人の調書なども分析したところ、犯行動機は「金に困った」、「金もうけ」が474人と76.5%を占め、ツイッターの闇バイトへのアクセスも半数近く確認されたといいます。警視庁は、こうした分析を踏まえ、闇バイトへの応募を減らす「#BAN闇バイト」を展開しており、警視庁の公式ユーチューブなどで注意喚起する動画を公開するほか、求人情報を提供する団体への情報提供などを求めていくといいます。また若者らへの啓発活動や闇バイト募集の取り締まりを強化するとしています。前述のとおり、闇バイトをきっかけとする犯罪を未然に防ぐには、応募者と犯罪グループの接点となるネット上の投稿の取り締まり強化が鍵になりますが、大手求人サイトで「配達員」「回収」などと正規の求人を装った闇バイトの募集が掲載されている例もあり、警視庁は運営会社と協力して迅速な削除などの対策を進めるとしています。前述した犯罪対策閣僚会議でも、AIで闇バイトに関する投稿を早期に発見し、ネット事業者などに削除を求めるといった緊急対策を打ち出しています。また、青少年をアルバイト感覚で加担させない教育や啓発活動の推進なども盛り込んでいます。報道でネット犯罪に詳しい東京都立大の星周一郎教授は「闇バイトは詐欺だけでなく強盗などにも広がっている。応募してくる若者らの境遇や動機、属性などの実態把握を進め、実効性のある対策を積み上げていくことが重要だ」と話しています。有効な対策として、検索時に闇バイトに関連するワードを打ち込めば、自動で警告メッセージを表示させる仕組みの構築などが考えられるといいます。

さらに、「闇バイト」が絡む強盗や特殊詐欺事件で、資産状況などが分かる名簿を犯行グループが悪用した疑いがあることから、政府の個人情報保護委員会は、名簿業者に対する調査を始めています。名簿を第三者に提供する際、提供先の身元確認が適切かどうかを調べ、違反がある場合は指導や勧告を行うものです。ただ、現行法での規制には限界があり、専門家は法改正による規制強化の必要性を指摘、同委員会の調査が実効性のある対策につながるかは不透明な状況です。個人情報保護法は、名簿業者が第三者に個人情報を提供する際、提供先の名前や法人名、住所の記録を義務付け、提供先による虚偽申告も禁じていますが、違反しても行政処分や行政罰にとどまり、記録作成時に身分証による裏付けも規定していません。同委員会は実態を調査して「厳格な法施行を推進する」と意気込んではいるものの、過去公表された事例のうち、名簿業者に適用されたものはなく、同法が実効性の薄い「ザル規定」(政府関係者)となっているとの指摘もあります。そうした中、一歩踏み込んだのが愛媛県と大分県で、いずれも強盗や特殊詐欺などの被害防止を目的とした条例の中で、同法が義務付ける記録作成時に運転免許証などで裏付けを取るよう求めており、大分県の場合は、名簿業者に対し立ち入り調査や、勧告、公表もできるとしています。報道でプライバシー問題に詳しい宮下紘・中央大教授(情報法)は両県の取り組みについて、「現行法よりは進んでいるが、身分証の確認だけでは身代わりを雇うことも考えられる」と指摘、「闇名簿業者を取り締まるには、本人の同意がないと名簿を渡すことができないよう、『オプトアウト』を廃止するのが有効」と訴えています。オプトアウトは「求めに応じて提供を停止する」などと一定の条件を表示すれば、事前同意が不要となる例外規定で、2014年のベネッセコーポレーション顧客情報流出事件を機に廃止の議論が起きたものの、経済界の反対などを受け見送られた経緯があります。宮下教授は「経済界は発想の転換が必要。情報が完全に保護された方が、消費者は信頼して情報を開示する気になる」と話しており、筆者としても十分検討に値すると考えています。

若者らを犯罪に誘い込む「闇バイト」について、前述したとおり、政府の犯罪対策閣僚会議が緊急対策に取り組むことを決めています。ひとたび手を染めれば犯罪組織から抜けられなくなり、人生を台無しにすることから、安易に募集に応じないよう、若者らに対する啓発の強化が急務だといえます。抜けられなくなる背景要因として、メンバーに恐怖心を植え付け支配する状況も分かっています。2023年3月17日付読売新聞の記事「「闇バイト」転落の入口、特殊詐欺加担で「自殺」も…恐怖心植え付け支配」はそうした状況が生々しく報じられており、考えさせられます。こうした恐ろしい実態が「闇バイト」の先にあることを、多くの若者が知ることで、安易に応じる者が一人でも減ることを願っています。以下に本記事から一部、抜粋して引用します。

「一人暮らしをしている家族と連絡がつかない」。東京都内のアパートに住んでいた20歳代の男性について、警察に行方不明届が提出されたのは2021年5月のことだった。警視庁が男性の生活状況を調べたところ、多額の借金を抱えており、SNSの闇バイトに応募して特殊詐欺グループの一員になっていた。さらに、詐取金の「持ち逃げ」を疑われ、組織から追われていた。行方がわからないまま月日が流れたが、同年10月、大阪府警から警視庁に「男性が死んでいるかもしれない」との情報が寄せられた。府警に逮捕された特殊詐欺グループの男が、男性の名前を挙げて「やばいことをやってしまった」と漏らしたという。その後の警視庁の調べに男は「(男性は)高尾山で死んだ」と明かした。男の供述に基づき、東京都八王子市の高尾山の山中を捜索したところ、同年11月、白骨化した男性の遺体が見つかった。近くにロープがあり、警視庁は男性が首をつって自殺したと判断した。近くのホームセンターの防犯カメラには、死亡した男性と、府警に逮捕された男、別の男の計3人が共にロープを購入する様子が映っていた。警視庁は22年、男性の自殺を手助けしたとして、一緒にロープを買った男2人を自殺ほう助の疑いで書類送検した(後にいずれも不起訴)。警視庁は男性が特殊詐欺グループの上役から自殺するよう迫られた可能性もあるとみているが、証拠は得られていない。仲間の1人は警視庁に「首をつった男性の画像がグループ内で共有された」と語ったが、画像も見つかっていない。捜査の過程で、男性とは別のメンバーが上役から暴行を受ける様子を撮影した画像は見つかっている。警視庁は、詐欺グループがこうした画像を共有し、末端メンバーに恐怖心を植えつけていたとみている。恐怖でメンバーを支配する構図は、関東など各地で相次いだ指示役「ルフィ」らによる強盗事件と共通する。東京都稲城市の住宅で昨年10月に起きた強盗致傷事件で逮捕された容疑者の1人は、取り調べで「話せばルフィに粛清される」と述べたという。政府の緊急対策では、文部科学省を中心に今後、学生ら若者に対する広報啓発を強化するとしている。 東洋大の桐生正幸教授(犯罪心理学)は「高額報酬をうたうSNSの投稿には必ず裏があることを理解してほしい。闇バイトに加担すれば、後ろめたさにつけこまれて脅され、逃げられなくなってしまう。生活苦などの事情があっても、応募せず踏みとどまってほしい」と話した。

また同様にSNSの「闇バイト」に手を出し、貴金属店への強盗など6つの罪に問われた21歳の男の裁判員裁判が2023年3月、大阪地裁で開かれ、金欲しさの軽い気落ちが、「ルフィ」を名乗る人物の関与が疑われる犯罪グループの捨て駒となる結果を招いた状況が明らかになっています。報道によれば、事前に600万円の報酬を提示されたこともあったものの、実際に手にした現金はほぼゼロだったといい、闇バイトの行き着く先は割に合わない「重罪」しかないことが分かります。また、指定された場所に強奪品を持っていくと、突然現れた男に殴られて持っていかれたといい、偶然とは考え難いが、失敗と扱われて報酬はもらえなかったといいます。ほかの事件でも数百万円の報酬を示されたものの、被害者の抵抗に遭って計画が頓挫したため、報酬はゼロ、また別の事件では約19万円を受け取ったものの移動代などでほとんど消えたといい、結局、「利用されただけ」の現実が明らかになっています。なぜ犯行を繰り返したのかについては、闇バイトでは、事前に身分証明書の写真を送るよう指示され、個人情報を「担保」として逃走を防いでいることが多いことも多い一方、被告は恐怖よりも報酬への欲求が上回ったと明かし、「割に合わないという気持ちもあったが、成功して(報酬を)もらえることだけを考えていた」と語っており、この問題の難しさの一端が垣間見えています。裁判長は説諭で、「(インターネット上の)正しい情報と悪い情報を見極め、二度と犯罪に近寄らないようにしてほしい」と述べていますが、まさにその通りだと思います。残念ながら最近でも、マッチングアプリを通して「闇バイト」に誘われ、特殊詐欺に加担したとして、神奈川県警田浦署は、空調設備作業員の30代の男(詐欺未遂罪で起訴)を詐欺の疑いで再逮捕する事件(逮捕は4回目)も報じられています。報道によれば、男は1都4県で被害が確認された計13件、2425万円の特殊詐欺被害に関与しているとみられ、同署が捜査を進めています。男は2022年12月、仲間と共謀して横浜市の80代女性宅に長男や警察官を装って電話し、「トイレに財布を忘れた。金を貸してほしい」とうそを言い、女性宅を訪れ、現金100万円を詐取した疑いがもたれているほか、横浜、横須賀、鎌倉市で高齢者らから現金を詐取するなどした疑いで、2022年12月~2023年2月に逮捕されています。

▼警視庁 闇バイトは犯罪です #BAN 闇バイト
  • 闇バイトとは
    • SNSやインターネット掲示板などで、短時間で高収入が得られるなど甘い言葉で募集しています。
    • 応募してしまうと、詐欺の受け子や出し子、強盗の実行犯など、犯罪組織の手先として利用され犯罪者となってしまいます。
  • 闇バイトに手を出さないために
    • アルバイトを探すときは「高額」「即日現金」「高額即金」「副業」「ハンドキャリー」「書類を受け取るだけ」「行動確認・現地調査」等の言葉に注意してください。楽をして大金を稼げるアルバイトは存在しません。
    • 申込時に匿名性の高いアプリのインストールを求められる場合は、闇バイトの可能性があります。
    • 怪しいと思ったら、友人や家族、警察に相談してください。
  • 一度でも闇バイトをしてしまうと
    • やめたいと思っても、応募のときに送った身分証明書から「家に行く」「家族に危害を加える」と犯罪組織から脅されて逮捕されるまでやめられません。
    • 逮捕されたあとに待ち受けるのは懲役や被害者への損害賠償です。もちろん犯罪グループは助けてくれません。闇バイトは使い捨てです。
  • 闇バイトに申し込んでしまったら
    • いますぐ最寄りの警察署、警視庁総合相談センター又はヤング・テレホン・コーナーに相談してください。

#BAN 闇バイトの取り組み状況に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 東京都足立区の文教大学で、この春入学の新入生約200人を相手竹の塚署の警察官が、警視庁が3月から始めた「#BAN闇バイト」という取り組みの一環で、全国で相次いだ強盗事件の実行犯の多くがSNSで闇バイトに応募していたとし、「事前に身分証明書の提示を求められるため、辞めたくても辞められない状況になる」と語りました。
  • 相次ぐ強盗事件や特殊詐欺事件で、実行犯がSNSの「闇バイト」情報で集められることが多いことを受け、警視庁などは、東京・渋谷駅前で若者にチラシを配り、闇バイトに加担しないよう呼びかけました。高校生や大学生らによる警視庁のボランティア「ピーポーズ」や警察官ら計約30人が、渋谷駅のハチ公前広場で、道行く若者らに「#BAN闇バイト」と書かれたチラシを配ったほか、スクランブル交差点の大型ビジョンでも、闇バイトに加担しないよう呼びかける啓発用動画が放映されました。動画は警視庁が作成、生活安全総務課の総崎課長もチラシを配り、「『闇バイトは危険』ということを強く訴え、新たな実行犯を生まないようにしたい」と話しています。
  • 高校生の健全育成を目指し、警視庁神田署は、バスケットボール女子元日本代表の大崎さんを講師に招いて講演会を開いています。警視庁が「闇バイト」撲滅を推進しているのも踏まえ、神田署の川合署長は「闇バイトの危険性を改めて認識してもらい、犯罪に巻き込まれないでほしい」と訴えました。講演会に先立ち、神田署員は高校生に「脅されて止められなくなる」などと闇バイトの実態を紹介。SNSを巡るトラブルなどについても注意を促しました。大崎さんは五輪出場などの経験を踏まえて、「夢や目標を持つことはすごいこと。今何をするべきかが分かる道しるべになる」と講演、「(闇バイトなどの)おいしい話はない。判断ができる大人になって」とも呼びかけました。
  • 相次ぐ強盗事件や特殊詐欺事件で、実行犯がSNSの「闇バイト」募集情報に応募していたことを受け、警視庁千住署は、帝京科学大学の新入学生を対象に、闇バイトの危険性を訴え、加担しないように呼びかけました。新入学生のオリエンテーションの一環で行われ、千住署生活安全課の小川統括係長は学生に、「SNSの『簡単に稼げる』という情報に飛びつくと、詐欺などに加担することになる。受け子や出し子は、犯罪集団にとって使い捨て。逮捕されても助けてくれない」と注意喚起しました。

全国で相次いだ強盗事件の指示役「ルフィ」の関連事件で知られるようになりましたが、特殊詐欺グループは近年、警察の摘発を逃れるためにアジアを中心とした海外に拠点を移す動きが目立っています。今回、カンボジアを拠点とした特殊詐欺グループ19人が摘発されましたが、初めてのことだといいます。「ルフィ」の可能性がある男性がトップだったグループは、フィリピン・マニラを拠点としていたほか、ほかにも中国やタイで特殊詐欺グループが摘発されたケースもあります。今回のカンボジアの事件については、警視庁は近く捜査員を現地に派遣して身柄の引き渡しを受け、日本に移送して逮捕する方針だといいます。発端は2023年1月中旬、「日本の詐欺グループがホテルを拠点にしている」との情報が現地の日本大使館に寄せられたことだといいます。19人は20~50代で、取り調べに「観光目的で入国した」などと説明したといいますが、カンボジア南部にある海辺のリゾートホテルの借りていた8つの客室のうち、事務所として使っていたとみられる客室からは、大量の携帯電話や複数のパソコンのほか、詐欺の手口が書かれたマニュアルなどが見つかり、警視庁が調べたところ、NTTドコモを装って日本の携帯電話にショートメールを送りつけ、メールに記載した番号に電話をかけてきた被害者に「有料サイトの未払い料金がある」とうそを言い、電子マネーを購入させる(日本でいまだに多い)手口だったようです。被害者がかけた電話番号と、カンボジア当局が押収した携帯電話のラベルに記載されていた番号が一致したといいます。また、19人が滞在していたリゾートホテルは海水浴場前にある高級ホテルで、国内外からの観光客でにぎわっており、19人はチェックインとチェックアウトを繰り返しながら、数カ月にわたって滞在、従業員は「日本を含め、いろんな国から観光客が来る。日本人が大勢泊まりにきても不審には思わなかった」と話しているといいます。また、滞在中には、ジムや敷地内のプールを利用したり、ホテル前のビーチに繰り出したりする姿をたびたび見かけたといいます。こうした状況が、犯罪グループを見えにくくすることにつながったといえます。さらに、このように特殊詐欺グループが東南アジアや中国といった海外に拠点を置くケースが目立つのは、日本の警察当局の捜査権が及ばないことから「摘発逃れ」とみられるほか、時差が小さく、携帯電話購入時の審査が緩いことも背景にあるとされます。警察庁によれば、警察当局が国内で摘発した特殊詐欺の拠点は、2018年は61カ所だったところ、2022年は20カ所まで減少しており、日本国内の取り締まりが厳しくなり、賃貸マンションやオフィスを借りた大がかりな拠点を設けなくなったことが要因とみられています。近年グループは役割ごとに実行役らを分散、本コラムでもたびたび指摘しているとおり、ホテルを転々としたり、車で移動したりしながら詐欺電話をかけているといい、海外に拠点を移すのもその一環だと考えられています。なお、「ルフィ」グループの指示役とみられる渡辺被告ら4人はフィリピンを拠点とする特殊詐欺グループを率いていましたが、渡辺被告はタイに滞在した記録があり、摘発逃れに海外で拠点を移しながら詐欺を続けていた可能性も考えられるところです。警察は、拠点を発見すれば、海外であっても現地の治安当局と連携して捜査していくと述べていますが、今後も国内外を転々とする犯罪グループとの追いかけっこは続くことが予想されます。

なお、「ルフィ」グループの犯罪を助長した要因として、フィリピンの刑務所の問題も指摘されていますが、本件についてはフィリピン国内でも大々的に報道されたことで大きな変化もあったようです。

「氷雨」で知られる歌手の日野美歌さんが、詐欺被害防止のアドバイザーに就任し、神奈川県警加賀町署で委嘱式がありました。2023年3月に還付金詐欺の被害に遭ったという日野さんは「催眠術にあったかのようにATMに誘導された。詐欺は誰にでも起きる。多くの人に気づいてほしい」と呼びかけています。区職員を名乗る男から「60歳以上に医療費の払い戻しがある」と電話があり、次に銀行員を名乗る男にATMに誘導され、指示通りに操作すると19万5千円を振り込んでしまっていたといい、途中で「これって詐欺っぽくない?」と聞いたところ、はっきり「違います」と言われ、操作を続けたということです。振り込んだ先の口座が凍結されていて、お金は無事に戻ったといいますが、日野さんは「1日警察署長もやったことがあるのに詐欺に遭って恥ずかしい。でも、体験を話すことで1人でも詐欺の被害が防げれば」と話していますが、こうした体験談は大変説得力があり、広く社会に知ってもらいたいものだと思います。この短いエピソードだけでも、とりわけ「催眠術にかかったように誘導された」、「疑わしいと思っても、はっきりと否定されたことで操作を続けた(「確証バイアス」によって問題ないことを確認してしまう」、「詐欺にあって恥ずかしいという気持ちが強い(そのため、潜在化している被害も多いのではないかと推測される)」、「誰にでも起こり得る」ということが伝わります。

インドや米国、英国その他の国で毎日何百万人もの相手に電話詐欺を繰り返している悪質なコールセンターは、インドには何千カ所もあるといい、従業員は、税務署員や銀行・保険会社の社員、技術サポートスタッフを装って電話をかけ続けているといいます。インド警察はここ数年、アーメダバード、デリー、グルグラム、ムンバイ、コルカタで、悪質なコールセンター数百カ所を摘発しており、詐欺容疑で数千人を訴追しているといいます。英語を話せる大卒労働者を安い人件費で雇えるため、グローバル企業が顧客サポート業務をアウトソーシングするようになり、インドの同セクターは活況を呈しましたが、まさにそれと同じ要素が、悪質なコールセンターという裏の産業の発達を促したことになりました。正にこうした状況が、2200億ドル(約28兆8000億円)の規模を誇るインド情報テクノロジーサービス産業の暗部でもあります。メディアが報じた連邦捜査局(FBI)のデータによれば、2022年、米国市民だけでも、インドのフィッシング詐欺グループや悪徳コールセンターに100億ドル以上を詐取されたといいます

日本国内でも北九州市で最近、ベトナム語のSNSで、「あなたのお姉さんがベトナムで事故に遭った」とうその連絡が届き、そうしたメッセージでベトナム人をだますニセ電話詐欺がありました。報道によれば、外国人が被害に遭うケースは珍しいといい、人口が増えるベトナム人などを狙う新たな手口とみられています。小倉北署によると、北九州市小倉北区に住む30代のベトナム人女性のスマートフォンに、SNSで「お姉さんが事故に遭った」、「入院治療費が必要だから、25万円を振り込んでほしい」などとベトナム語でメッセージが届き、女性は指定された日本国内の銀行口座に25万円を振り込んだといいます。女性は相手のアカウントに面識はなく、ベトナム在住の姉に連絡を取り、詐欺に気づいたといいます。福岡県内の在留ベトナム人は2021年末時点で約1万8千人と、6年前と比べて倍増しており、在留ベトナム人の家族構成などが犯罪組織に把握されている可能性があるとみて警戒しているといいます。

例月どおり、2023年(令和5年)1~2月の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。

▼警察庁 令和5年2月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和5年1~2月における特殊詐欺全体の認知件数は2,816件(前年同期2,147件、前年同期比+31.2%)、被害総額は61.7憶円(44.2憶円、+39.6%)、検挙件数は1,016件(778件、+30.6%)、検挙人員は321人(300人、+7.0%)となりました。ここ最近、認知件数や被害総額が大きく増加している点が特筆されますが、この傾向がいまだ継続していることから、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして十分注意する必要があります。うちオレオレ詐欺の認知件数は597件(443件、+34.8%)、被害総額は18.5憶円(13.4憶円、+38.1%)、検挙件数は316件(206件、+53.4%)、検挙人員は129人(115人、+12.2%)、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。2021年までは還付金詐欺が目立っていましたが、オレオレ詐欺へと回帰している状況も確認できます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。そもそも還付金詐欺は、自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たない現状があり、それが被害の高止まりの背景となっています。とはいえ、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性も考えられるところです(繰り返しますが、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。最近では、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は362件(408件、▲11.3%)、被害総額は5.0憶円(5.5憶円、▲10.1%)、検挙件数は278件(281件、▲1.1%)、検挙人員は66人(63人、+4.8%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに減少という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されています。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出始めています)。また、預貯金詐欺の認知件数は379件(317件、+19.6%)、被害総額は5.3憶円(3.3憶円、+60.1%)、検挙件数は210件(191件、+9.9%)、検挙人員は73人(83人、▲12.0%)となりました。ここ最近は、認知件数・被害総額ともに大きく減少していましたが、一転して大きく増加し、その傾向が続いている点が注目されます。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は745件(404件、+84.4%)、被害総額は21.0憶円(14.2憶円、+47.9%)、検挙件数は28件(17件、+64.7%)、検挙人員は16人(16人、±0%)、還付金詐欺の認知件数は669件(542件、+23.4%)、被害総額は7.3憶円(5.8憶円、25.9%)、検挙件数は181件(79件、+129.1%)、検挙人員は33人(17人、+94.1%)、融資保証金詐欺の認知件数は32件(13件、+146.2%)、被害総額は0.5憶円(0.2憶円、+133.5%)、検挙件数は1件(1件、±0%)、検挙人員は3人(1人、+200.0%)、金融商品詐欺の認知件数は22件(3件、+633.3%)、被害総額は2.5憶円(0.5憶円、596.7%)、検挙件数は0件(0件)、検挙人員は1人(1人、±0%)、ギャンブル詐欺の認知件数は5件(7件、▲28.6%)、被害総額は0.2憶円(1.4憶円、▲84.0%)、検挙件数は0件(2件)、検挙人員は0人(0人)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。

犯罪インフラ関係では、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は41件(26件、+57.7%)、検挙人員は12人(6人、+100.0%)、口座開設詐欺の検挙件数は117件(138件、▲15.2%)、検挙人員は64人(71人、▲9.9%)、盗品等譲り受け等の検挙件数は1件(0件)、検挙人員は0人(0人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は447件(482件、▲7.3%)、検挙人員は338人(360人、▲6.1%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は17件(21件、▲19.0%)、検挙人員は23人(20人、+15.0%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は1件(1件、±0%)、検挙人員は1人(0人)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体は男性31.6%:女性68.4%、60歳以上89.2%、70歳以上70.2%、オレオレ詐欺は男性19.3%:女性80.7%、60歳以上98.7%、70歳以上96.5%、架空料金請求詐欺は男性61.7%:女性38.3%、60歳以上71.5%、70歳以上46.2%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢(65歳)被害者の割合について、特殊詐欺全体では82.6%(男性29.0%、女性71.0%)、オレオレ詐欺97.8%(19.2%、80.8%)、預貯金詐欺99.7%(8.2%、91.8%)、架空料金請求詐欺60.6%(65.2%、34.8%)、還付金詐欺80.9%(35.7%、64.3%)、融資保証金詐欺6.5%(100.0%、0.0%)、金融商品詐欺27.3%(33.3%、66.7%)、ギャンブル詐欺0.0%、交際あっせん詐欺0.0%、その他の特殊詐欺40.0%(100.0%、0.0%)、キャッシュカード詐欺盗99.4%(10.8%、89.2%)などとなっています。

直近の特殊詐欺の事例から、いくつか紹介します。

  • 秋田県警秋田東署は、秋田市の20代の外国人男性が現金約191万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、男性の携帯電話に、大使館職員を名乗る男から「銀行カードを持った者が捕まり、その中にあなた名義のカードがあった」と電話があり、さらに警察官を名乗る男に「君はマネー・ローンダリングをした犯罪者だ。逮捕、送還されないためには、保釈金を支払う必要がある」と電話で言われ、指定された口座に現金を振り込み、だまし取られたものです。
  • 特殊詐欺に関与したとして、警視庁捜査2課は、東京都中野区野方の美容サロン経営者ら女性2人を詐欺と窃盗容疑で逮捕しています。容疑者はメンバーを集めるリクルーター役で、このグループは女性を中心に構成されていたとみられています。報道によれば、2023年1月下旬ごろ、何者かと共謀して銀行員を装い、品川区の80代女性宅に電話し、医療費の還付金名目で現金1万円とキャッシュカードなどを詐取し、カードを使って現金約17万円を引き出したといいます。容疑者は現金の受け取り役などを集める際、指示役から「女の子優先でお願いします」と指示されていたといいます。警視庁はこれまでにこのグループのメンバーを計4人逮捕していますが、いずれも女性で、このグループによる被害は2022年10月~23年1月に都内で約35件確認され、被害総額は約3000万円に上るとみられています。
  • 10代の犯罪も相次いでいます。警視庁綾瀬署は、特殊詐欺事件に関与した疑いがありフィリピンに逃亡していた千葉県船橋市の19歳の男子大学生を電子計算機使用詐欺などの容疑で逮捕しています。報道によれば、「逮捕されると思って逃げ出したが、全て話そうと思って帰ってきた」と話しているといいます。東京都足立区内で警戒中の警察官が不審な動きをしていた大学生を見つけ職務質問、当時、足立区内では高齢者宅に電話で資産状況などを尋ねる「アポ電」が確認されていたといいます。大学生は職務質問の直後にフィリピンに出国、その後、大学生が特殊詐欺に関与した疑いが浮上したことから同署は逮捕状を取り、2023年3月に帰国したところを羽田空港で逮捕したものです。また、息子を装った「オレオレ詐欺」で高齢男性から現金7000万円をだまし取ったとして、茨城県警は、群馬県伊勢崎市の無職の18歳の男を詐欺容疑で逮捕しています(「現金手交型」のオレオレ詐欺としては、茨城県内で過去最高の被害額だといいます)。報道によれば、男は男性宅近くに行って現金を受け取る「受け子」役だったといい、現場周辺の防犯カメラの映像から犯行時に使用した車を特定し、受け子とみられる男性を逮捕したもので、茨城県警は、SNSの「闇バイト」に応募し、詐欺グループの指示を受けていた可能性があるとみて調べています。男は他の仲間と共謀して2023年1月、水戸市の70代の自営業男性に、男性の長男を装って「電車に荷物を忘れた」、「契約の書類が入っていた。現金が必要」などとウソの電話をかけ、現金をだまし取った疑いがもたれており。電話の後、この男が長男の同僚をかたって男性宅近くに行き、男性の妻から紙袋に入った7000万円を受け取ったということです。さらに、高齢者宅を訪れて現金をだまし取ろうとしたとして、兵庫県警は、大阪府枚方市の中学3年の男子生徒(15)を詐欺未遂容疑で現行犯逮捕しています。特殊詐欺の「受け子」とみられるといい、報道によれば、神戸市北区の80代の無職女性宅に息子の会社関係者を装って訪問し、現金をだまし取ろうとした疑いがもたれています。女性宅には男子生徒が訪れる数時間前、息子を装った男から「財布をなくした。会社への支払いで100万円を準備しなければならない。同僚の子供が行くので渡してほしい」と電話があり、不審に思った女性が息子に連絡してうそに気付き、警察に通報、女性宅で警戒中の捜査員が、訪れた男子生徒を逮捕したものです。男子生徒は「現金が入った封筒を取ってくるよう指示された」と供述しているといい、県警は経緯を調べています。さらに、医療費の還付金があると偽り、現金を振り込ませたなどとして、警視庁久松署は、電子計算機使用詐欺などの疑いで、職業不詳の20代の容疑者を逮捕しています。報道によれば、特殊詐欺グループのリーダー格として、詐取金を引き出す「出し子」の少年11人に指示を出すなどしていたといいます。同署は、グループが2022年6~9月、1都4府県で14件、計約3770万円をだまし取った疑いがあるとみて調べていますが、グループではほかに出し子や見張り役など計12人が逮捕されるなどしており、うち11人はいずれも千葉県出身の16~18歳の少年でした。また、息子を装って「決算で金がいる」などと電話し、大阪府吹田市の80代女性から現金2千万円をだまし取ったとして、大阪府警は、奈良県の建設作業員の17歳の少年を詐欺容疑で逮捕し、発表しています。報道によれば、少年が特殊詐欺グループの「受け子」だったとみており、他の人物らと共謀して女性宅に電話をかけ、「のどの調子が悪く、声がおかしい」、「2千万円ほど用立ててほしい」などとうそを言い、女性から現金をだまし取ったといいます。女性は、「上司の息子」を名乗って訪ねてきた人物に自宅に置いていた現金を渡したといい、防犯カメラの捜査などから少年の容疑が浮上したということです。さらに、特殊詐欺の詐取金を回収したとして、警視庁武蔵野署は、住所・職業不詳の30代の容疑者を窃盗容疑で逮捕しています。容疑者らの詐欺グループによる被害は、2022年10~12月で少なくとも25件、計8000万円に上るとみられています。逮捕容疑は2022年12月、千葉県市川市の80代女性宅に財務局職員などを装って「銀行口座が不正使用されている」などと電話し、キャッシュカード2枚をだまし取り、現金115万円を引き出したというもので、東京都豊島区のJR大塚駅の商業施設にある多目的トイレ内で、現金の引き出し役だった10代女性から現金を回収していたといいます。
  • 外国人を装い、恋愛感情を利用する国際ロマンス詐欺事件で、大阪府警国際捜査課は、詐欺と組織犯罪処罰法違反の疑いで、ガーナ国籍で住所不定、職業不詳の容疑者を公開手配しています。容疑者はガーナを拠点に活動する国際的な詐欺グループのリーダーで、米国に潜伏しているとみられており、4億9千万円を詐取したといいます。大阪府警はこれまでに、グループの日本人メンバーの取りまとめ役とされる被告ら17人を逮捕しています。容疑者は共謀し、2018年9月~2019年12月、米国人の軍人や医師などを名乗り、大阪府内の40代女性ら4人から約2600万円をだまし取った疑いがもたれています。また、北海道千歳署は、恵庭市内の50代女性が詐欺被害に遭い、現金約1億2100万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性は2023年1月、SNSで外国人の名前を名乗る者と知り合い、その後、「外国為替の取引をやったら成功した」などと投資を勧められ、2023年3月までの間、計17回にわたって指定された口座に現金を振り込んだということです。
  • 高知県警は、「預貯金を暗号資産にする必要がある」などと電話で言われた香南市在住の60代無職女性が、約2159万円をだまし取られる架空料金請求詐欺に遭ったと発表しています。2022年以降に確認された同種の15件の被害で、最高額といいます。報道によれば、2023年1月、同市内の老人ホーム運営会社を名乗る男から女性宅に「老人ホームを建設中ですが入居しませんか」と電話があり、断ると再度、かかってきて入居の権利譲渡を頼まれ、承諾したところ、後日、保険会社や財務省職員、弁護士という男らから続けて電話があり「名義貸しで逮捕される」、「預貯金が凍結される恐れがある」などと誘導され、女性は言われたパスワードを設定してインターネット上の暗号資産取引所に口座を開設、その後、預貯金2158万6108円を都市銀行の口座を経由して暗号資産の口座に送金し、詐取されたものです。
  • 福井県警福井署は、福井市の70代女性が息子を装う「オレオレ詐欺」で300万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性宅に医師を名乗る男から「息子さんが救急車で運ばれた。吐血したので、しゃべり方がいつもと違うかもしれない」と電話があり、その後、息子を名乗る男からも電話があり、「財布をなくした」と説明、女性は自宅を訪ねた男に300万円を手渡したものです。その後、女性は息子に電話し、被害に遭ったことがわかったといいます。
  • 警察官らを装って高齢女性から現金100万円を詐取したとして、神奈川県警田浦署は、空調設備作業員を詐欺の疑いで再逮捕しています。報道によれば、容疑者はマッチングアプリで知り合った女性から「闇バイト」に誘われ事件に加担、高齢女性に対し、警察と連携した被害者がだまされたふりをして詐欺犯を検挙する「だまされたふり作戦」に参加するよう促す手口で、現金を詐取したとみられています。「だまされたふり作戦」を逆手にとった手口は、数年前に相次いだが最近は珍しいといい、署は「実際にだまされたふり作戦への協力を要請する際は、警察官が直接顔を合わせて説明する。電話で協力をお願いすることはない」と注意を促しています。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。まずは、コンビニの事例を紹介します。全国で相次ぐ特殊詐欺の被害防止は今や、コンビニの協力なしには成り立たないといえます。店員が利用客に声をかけ、「水際対策」に尽力しているためで、店頭で被害防止に貢献した店舗は5年間で3.6倍に増えたとの調査結果もあるといいます。客が気分を害することも念頭に、店員は勇気を振り絞って声かけを行っており、警察は店側の協力に感謝するとともに声かけへの理解を呼びかけています。

  • 特殊詐欺被害を防いだとして、兵庫県警芦屋署は、コンビニ「ローソン芦屋川駅前店」のアルバイト店員で、ネパール人のバダル・アラティさん(26)に感謝状を贈っています。同署によると、外国人に感謝状を贈るのは珍しいといいます。アラティさんは2023年3月、来店して電子マネー5万円分を購入しようとした80代男性に使用目的を確認、「パソコンに感染したウイルスを除去するため」などと説明したことから、「詐欺かもしれない。警察に相談してください」と滑らかな日本語で伝え、県警が特殊詐欺注意を呼び掛ける啓発ビラを手渡したところ、この後、男性は芦屋署を訪れ、特殊詐欺の手口と認識したといいます。アラティさんは来日して初めて、日本で多発している特殊詐欺被害の現状を知り、胸を痛めていたといいます。
  • 特殊詐欺を防いだとして鳥取県警鳥取署は、鳥取市天神町の「セブン―イレブン鳥取天神町店」のオーナーとアルバイト店員の大学生に署長感謝状を贈っています。2023年2月、アルバイト店員は60代の男性が30万円分のプリペイドカードをレジに持って来たことに驚くとともに詐欺を疑い、すぐに店長に相談、店長は男性に詐欺のおそれが強いことなどを伝え、110番したといいます。店では2022年10月に特殊詐欺の水際防止訓練を行っていたほか、店長が朝礼のたびに店員に特殊詐欺防止などを呼びかけ、3万円以上の電子マネー購入を希望する高齢者には声かけすることを徹底、そのおかげで、アルバイトを始めて約半年の店員は訓練に参加していなかったものの、とっさに行動できたといいます。正に組織的な教育や良好なコミュニケーションなどが功を奏した事例といえます。

次に金融機関の事例と一般の方の事例を紹介します。

  • 山口県警下松署は、うそ電話詐欺の被害を防いだとして、山口銀行下松支店の職員と支店長代理に感謝状を贈っています。2023年3月、70代の女性客の様子がおかしいと感じた窓口の職員が声をかけたところ、買い物もしていないのにネット通販会社から商品の未納料金として32万円を振り込むよう求められたといい、支店長代理に報告の上、警察に通報したものです。
  • 埼玉県警浦和西署は、客が詐欺被害に遭うのを防いだとして、浦和神田郵便局の深田さんと加藤さんに感謝状を贈っています。2023年2月、2人は特殊詐欺グループとみられる相手からの指示に従って窓口で現金50万円を引き出そうとした80代女性に応対、加藤さんは過去にも何度か女性の対応をしており、通常とは異なる高額取引を不審に思ったといい、さらに女性が「ATMでも現金を引き出す」などと話したことから上司の深田さんと連携して通報したものです。女性は、息子を名乗る人物から「会社のお金を誤って送ってしまった」などと説明を受け、現金を用意することを求められていたといいます。
  • ATMで携帯電話を手にパネルを操作していた高齢女性に声をかけた神奈川県鎌倉市大町の障害福祉サービス事業所長の水口さんに逗子署が感謝状を贈っています。報道によれば、女性は「大丈夫」と操作を続けたが、「だめもと」で警察に通報して詐欺を止めたといいます。2023年3月、水口さんは、車で逗子市のATMに立ち寄ったところ、80代の女性が携帯を手にパネルを操作、「大丈夫ですか」と声をかけたところ、女性は落ち着いていて「大丈夫。還付金があって銀行の人と話していますから」とそのまま操作を続けたといいます。一度車に戻ったが「やはりおかしい」と、余計なお世話とも思ったが「ATMで携帯を使っていたら110番」の貼り紙に背中を押されて通報、ATMに戻り、「電話かわっていいですか」と言って女性の携帯にでると、相手は大手銀行員を名乗る詐欺師だったといいます。女性は約2万円の還付金があるとATMに誘導されていたものです。正におせっかいなまでの「声掛け」と被害防止のために作成されたチラシが効いた事例といえます。

最後に被害防止の取組み事例について、いくつか紹介します。

  • 神奈川県内で特殊詐欺被害が多発する中、葉山署管内は2020年以降、特殊詐欺認知件数が年間2件以下で推移しています。葉山町は元々、鉄道が通らず犯人の逃走手段が限られて標的になりにくい土地柄であることに加え、署がコンビニなどで販売される電子マネーカードに注意喚起のシールを貼るなど、小さな町ならではのきめ細かな対策を徹底して実施していることが功を奏しているといいます。報道によれば、陳列されているプリペイド式の電子マネーカード1枚ずつに、署の電話番号と共に「高額の電子マネーの購入は詐欺の可能性があります」と印刷されたシールを貼り、店員に注意喚起のチラシを渡しているもので、シール貼りは署員のアイデアから生まれ、2022年10月から店側に協力してもらい、署員が、シールが貼ってあるかを毎日チェックするほど力を入れているといいます。会計時に店員が読み取る電子マネーカードのバーコードに重ねて貼るのがポイントだといい「店員、購入者双方に二重で注意喚起することができる。毎日繰り返しお願いすることで防犯に対して高い意識を維持したい」と署員は強調しています。こうした巡回は、署員が交代で行い、金融機関、ATM、コンビニ、ドラッグストアなどで毎日欠かさず実施しているほか、署は金融機関で高額の支払いがあった場合の通報の目安を「100万円以上」に設定、町内にある銀行、JA、郵便局の金融機関と協定を結び、通報を受けると署員が急行する取り組みも行っているといいます。
  • 頻発する特殊詐欺の被害を防止するため、大阪府高槻市と府警高槻署は市内の金融機関を巡回してATM利用者らに対して注意を呼びかける活動を展開しているといいます。市によると、2022年の特殊詐欺による市内の被害件数は過去最多の91件を数え、被害総額は約2億2千万円にまで及んだといいます。こうした事態に市は「市特殊詐欺被害防止強化特別対策本部」を設置、高槻署などの関係機関と連携して2023年4月30日までを対策強化月間に設定して全庁を挙げて対策に乗り出しているものです。今回のATM巡回もその一環で、市担当者と同署員らが合同で市内にある10カ所の金融機関を訪問、ATMの利用者らに対してチラシなどを配布して、特殊詐欺の被害に遭わないように呼びかけています。
  • 特殊詐欺への注意を促すため、愛知県警には「特殊詐欺被害防止コールセンター」が設置されています。高齢者宅などに電話をかけて被害に遭わないよう注意を促しているものの、「本当に警察が運営しているのか」、「お宅が詐欺なのでは」など、真偽を確かめる問い合わせが相次いでいるといいます。県警は知名度不足が原因としていますが、電話から始まる詐欺を、電話を使って注意するという難しさも孕んでいるといいます。コールセンターでは、犯人と直接会話をしないために、留守番電話を設定するよう呼びかけており、留守番電話の設定は詐欺被害を防ぐために有効であるものの、コールセンターが2022年12月までの9カ月間に電話をかけた約7万件のうち、留守番電話が設定されていたのはわずか2割だといいます。そのため、2022年9月からは一度電話で留守番電話に設定するよう伝えた世帯に、当日中に再度電話をかけ、実際に設定されたかどうかの確認も始めています。にもかかわらず、当日中に留守番電話に切り替えが確認できた世帯は18.1%にとどまるといいます。冒頭、NTTの取り組みを紹介しましたが、こうした複数の取り組みが積み重ねられることによって、「詐欺は電話から」「留守電設定にすることが最大の防御」との認識と実際の「行動」が高齢者の間に広まり、「定着」することを期待したいところです
(5)薬物を巡る動向

空き部屋の「犯罪インフラ化」については、本コラムでたびたび取り上げているところですが、不正薬物のやり取りにも悪用されている実態があります。

前述のとおり、空き部屋に航空貨物を届ける手口が横行していますが、そもそも海外から持ち込まれる不正薬物の摘発も増えています。2022年に税関が摘発した不正薬物の件数は、3年ぶりに1000件を超えています。2022年10月に新型コロナウイルスの水際対策が緩和されたことに伴い、航空機を使って密輸するケースが急増、2023年は訪日外国人観光客(インバウンド)のさらなる増加が見込まれ、捜査当局は警戒を強めているといいます(なお、人の動きが活発になれば、覚せい剤などを小分けにして持たせた複数の運び屋を同じ航空便に乗せ、国内に違法薬物を持ち込む「ショットガン方式」と呼ばれる密輸がさらに横行する可能性もあります)。財務省によると、2022年1年間の不正薬物の摘発件数は前年比25%増の1044件で、統計を開始した1992年から2014年までは年間400~500件程度で推移してきたところ、近年は深刻な状況となっているといいます。また、2022年の押収量は8%減ながら約1147キロと7年連続で1トンを超えています。摘発件数で特に増えたのは覚せい剤で前年の3.2倍の300件となり、全体の約3割を占め、押収量は約567キロで、薬物乱用者の通常使用量で約1892万回分に当たるほか、末端価格は約335億円に上り、犯罪組織の資金源になっている可能性もあります。密輸が増える背景には、新型コロナの水際対策の緩和があげられます。

海外からの不正薬物の密輸の摘発には、最近「コントロールド・デリバリー」という手法が使われるようになりました。本手法について、2023年4月6日付産経新聞の記事「泳がせ追跡 薬物捜査で威力「コントロールド・デリバリー」」で詳しく解説されていますので、以下、抜粋して引用します。

海外から国内に違法な薬物を密輸する事件が後を絶たない。新型コロナウイルス禍で海外との往来が減少し、一時は目減りしたが昨年は税関による摘発が3年ぶりに1千件を超えた。個人郵便を装い密輸するケースも目立つが、その摘発で用いられるのが、「コントロールド・デリバリー」という手法だ。…コントロールド・デリバリー捜査とは、海外から郵便物に紛れ込ませるなどして密輸した薬物を税関検査などで発見したものの、その場では押収せず、届け先まで追跡して受取人らを摘発する手法だ。「泳がせ捜査」とも形容される。万一、途中で追跡できなくなることなどを考え「中身は害のない偽物と入れ替えるなどクリーンな状態でも摘発を可能としている」(捜査関係者)。すり替えた荷物はあくまでも薬物ではない「偽物」であるため、それを受け取ったとしても、「麻薬取締法」の規制対象ではなかった。だが、海外では、すり替えなどのコントロールド・デリバリー捜査が、薬物犯罪組織の効果的取り締まりの手法として効果を発揮しており、日本でも平成4年7月の「麻薬特例法」施行を機に、すり替えた場合などでも摘発できるようになった。偽物とすり替える際に開封したことを知らせるセンサーなども荷物の箱などの中に入れ、開封と同時に捜査員らが室内に踏み込んで受取人らを現行犯で摘発する。荷物の受取人は偽名を使うことが多いが、捜査関係者は「他人に宛てられた荷物を開封する人はおらず、開けた人は薬物と知っているから摘発は免れない」と説明する。…元厚生労働省麻薬取締部捜査第1課長で近畿大医学部非常勤講師の廣畑徹氏(66)は「首謀者を摘発できる可能性が高まる」と話す。この手法が定着する以前は、違法薬物が入った荷物の受取人は、「闇バイト」などに応募した事情を知らない一般人らで、実際の指示役らまでたどるのが難しかった。だが、導入後は、対象の荷物の追跡に失敗しても害のない偽物にすり替えておけば、市中に薬物が広がる恐れがないとし、荷物を”泳がせ”、売人らまでたどることが容易になったという。…日本では、令状なしに捜査対象者の車両に衛星利用測位システム(GPS)を付け「追跡」する捜査を最高裁は平成29年に違法と判断。海外では普通に使われているが「プライバシーを侵害する」との理由で、警察庁も最高裁判断以降、捜査現場に、GPS捜査を控えるように通達している。このため、捜査関係者によると、コントロールド・デリバリー捜査では、荷物を最初に受け取った人物から、指示役や首謀者に渡る「追跡」が、GPS捜査が認めらず、なかなか難しいのが実情だという。捜査関係者は「コントロールド・デリバリー捜査をいかすためにも、GPS捜査は必要だ」と話している

前述のとおり、全国の警察が2022年に大麻事件で検挙したのは5342人(前年比▲140人)となり、前年比で9年ぶりに減少したものの、依然として高水準となっている実態があります。このうち、20歳未満は912人(▲82人)で、20代と合わせると7割を占めており、若年層での乱用拡大が懸念されるところです。警察庁によると、年代別の割合は、20歳未満17.1%、20代53.4%、30代17.4%で、大学生は160人、高校生は150人、中学生も11人いたといいます。初犯は約75%となる4054人、違反別では、所持が4430人で8割以上を占め、譲渡(251人)、栽培(225人)、譲り受け(184人)、密輸入(74人)が続いています。2022年10~11月に単純所持容疑で検挙された911人を警察庁が分析したところ、大麻を初めて使用した年齢が20歳未満だった割合は52.1%で、2017年(36.4%)から増加、動機は「好奇心・興味本位」が59.6%で、「その場の雰囲気」は18.4%、また、大麻に対する有害性の認識は、「なし(全くない・あまりない)」が79.5%に上っています。本コラムでたびたび指摘しているとおりの結果となっており、状況が悪化していることは極めて残念です。若年層における大麻の濫用の実態がわかる記事がありましたので、以下、抜粋して引用します(2023年4月7日付毎日新聞「やめられないのがきつい」13歳で大麻、売人にも 中高生に広がる乱用)

男性によると、ツイッターなどSNSで大麻を意味する「草」や「葉っぱ」の隠語を使い、取引相手を探したという。取引がまとまると繁華街に近い公園や路上などで待ち合わせ、かつての自分と同じような不良少年らに1グラム2000~7000円で大麻を売ったといい「時には、自分から街を歩く大学生に声を掛けることもあった」と話す。男性が加入していた売人グループのチャットやSNSには、大麻を購入したという人との交渉過程も記録されていた。男性が所持していたスマートフォンには、大麻とみられる多数の画像が保存されているのを記者は確認した。「昨日これを売りました」「ゲットしました」。男性は一枚一枚の写真をこう説明した。「悪い仕事をして稼いでいるので、捕まることも覚悟している。でも、多い時は月に100万円ほど稼げる。中高生も買ってくれる」。男性があけすけに語る。 そうは言いながらも、薬物の強い依存性には怖さも感じている。初めて大麻を吸った翌日は体が重く感じたが、今では大麻を吸わないでいる時の方がだるくてきついという。…「薬物に走ることで、母親から虐待されて死にたいと思った気持ちや、日々の嫌なことを忘れてきた。ただ、薬の効果が抜けると、何も変わらない現実がある。それが嫌で、また吸ってしまう。駄目だと分かりながら、やめられないのがきつい」…中学生の約300人に1人は、大麻を使った経験がある―。国立精神・神経医療研究センターが2018年に実施した全国調査の結果だ。同センター薬物依存研究部の嶋根卓也室長は「若者が、大麻を肯定的に捉える傾向が強まっている」と指摘する。…全体の0・3%に当たる249人が「大麻の使用経験がある」と回答。大麻の使用について「少々なら構わない」「全く構わない」を合わせると全体の1・9%(1381人)と前回16年調査より0・4ポイント増え、覚醒剤など他の薬物よりも伸びている。背景をたどると、インターネット上で「たばこよりも体に害がない」など大麻の安全性を強調するような、偏った情報が氾濫している影響が考えられるという。…嶋根室長は「子どもたちが大麻を乱用する背景に、学校や家庭での孤立がある」と指摘する。悩みや不安があっても周囲に自ら相談できず、立ち直りのための支援を受けることもハードルが高いという。そのため、大麻の乱用を止めるには「周囲の大人が積極的に寄り添う姿勢を示し、子どもたちが支援を受けやすい環境をつくってあげることが重要だ」と強調する。…勧めるのは「私は、薬物を使いたくない」「私は、健康を大切にしたい」など、自分を主語にして相手に気持ちを伝える姿勢。相手を批判することなく、自分のありのままの気持ちを伝えられるという。この断り方は、英語で「私」を意味する「アイ(I)」から始めるため、「アイメッセージ」と呼ばれる。その場から立ち去ったり、話題を変えたりすることで自分の身を守ることもできるという。

「闇バイト」については、前述したとおりですが、不正薬物においても最近目立っています。成田空港に覚せい剤約9キロ・グラムを密輸しようとしたとして、30代の男が関税法違反容疑で逮捕され、起訴されています。報道によれば、男はSNSで「闇バイト」に応募して密輸しようとしたといい、借金の返済や元妻と子どもの養育費の支払いに追われていたといいます。何者かと共謀し、クレーン部品が入った木箱2箱に覚せい剤約9キログラムを隠し、メキシコから成田空港に密輸入しようとしたとされます。男は2022年12月、ツイッターで「闇バイト」「裏バイト」と検索して応募し、指示役からキャッシュカードや現金を受け取る「受け子」を頼まれたといいます。その後、クレーン部品の送付先となっていた会社の社員を装い、成田空港の税関で荷物を受け取ろうとしたものです。男は「闇バイトには抵抗があったが、金のことしか考えられなかった。途中で逃げることもできなかった」と述べています。前回の本コラム(暴排トピックス2023年3月号)でも、「自らの行動が罪だと認識していても、追い込まれるほどに、人は物事を自分に都合よく解釈してしまいます。「正常性バイアス」は、自らの心の平穏を保つために、多少、危険なことが起きても正常の範囲内であると考えてしまう状態で、「闇バイト」に応募してきた追い込まれた者などは正にそうしたバイアスが強く働いてしまい、犯行に及んでしまうと言えます。そして、こうした「認知の歪み」を起こしてしまう悲しい性を、末端の実行犯のリクルーターは熟知したうえで、言葉巧みに、あるいは心理的・精神的に追い込むことを通じて、犯行に誘っているのです。特殊詐欺が人間の性分や心理的メカニズムを巧みに操った犯罪でもあることを、あらためて認識する必要があります」と述べましたが、正にそうした状況であったことがうかがえます。また、国際郵便で麻薬などを密輸し、闇バイトに応募した「受け子」に受け取らせようとしたとして、東京税関は、関税法違反の疑いで、無職の20代の容疑者を東京地検に告発しています。報道によれば、容疑者は匿名性の高いインターネット空間「ダークウェブ」で麻薬や大麻といった違法薬物を購入し、国際郵便などで密輸していたといい、送り先には受け子の住所を指定、受け子には、違法薬物を別の住所宛てに転送するよう指示していたといいます。ツイッターで「荷受け転送」「高額バイト」「副業募集」などとうたって受け子を募集、指示を出す際は、秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」を使っており、10~20人の受け子に指示していたといい、全国で50件程度の密輸に関与した疑いがあるということです。受け子の報酬は1回5000~1万円、告発容疑は2020年11月~22年3月の間、15回にわたり、フランスや中国、米国など8カ国から、10~30代の男女3人の自宅宛てに麻薬や覚醒剤、大麻など計約800グラムを、国際郵便などを使って密輸しようとした疑いで、税関職員が輸入品の検査で発見し、発覚したものです。なお、3人には荷物の中身がアダルトグッズやサプリメントなど合法なものだと知らせていたようです。

最近の薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 鹿児島県警は、大麻のようなものを知人から購入したとして、鹿児島中央署の20代の巡査を懲戒免職処分にしています。被告は4日に宮崎地検に麻薬特例法違反(大麻譲り受け)の罪で起訴されています。報道によれば、2022年8月11日ごろ、宮崎県内で、知人から大麻のようなもの約3.2グラムを1万4千円で購入したというものです。
  • ベトナムから覚せい剤を輸入したとして、大阪府警は、いずれもベトナム国籍の無職の2人の容疑者を覚せい剤取締法違反(営利目的共同輸入)などの疑いで逮捕しています。報道によれば、2人は別の人物と共謀して2022年10月、覚せい剤をベトナムから航空便で輸入した疑いがもたれています。覚せい剤はカプセルに詰められ、サプリメントを装った瓶に入れられていたといい、計約648グラム(末端価格約3824万円)にのぼるといいます。府警は、同区のホテルの一室で1人の容疑者がベトナムから送られてきた郵便物を受け取るのを確認し、麻薬特例法違反容疑(規制薬物としての所持)で現行犯逮捕し、捜査していたといい、2人は2022年12月、覚せい剤取締法違反罪などで起訴されています。
  • コカイン約3.5キロ(末端価格約7000万円)を国内に持ち込もうとしたとして千葉県の東京税関成田税関支署と成田国際空港署はスリナム国籍の自称運転手、ラグ容疑者を麻薬及び向精神薬取締法違反(営利目的密輸)などの疑いで現行犯逮捕しています。報道によれば、ラグ容疑者は2023年3月、スリナムからオランダ経由で成田空港に入国した際、腰部分にコカイン5袋をラップなどで巻くなどして密輸しようとした疑いがもたれています。税関職員が腰の不自然な膨らみに気付き、コカインが見つかったといいます。ラグ容疑者は「スリナムで中古バス1台を報酬でもらう約束だった」などと供述、同法違反で起訴されました。
  • 合成麻薬MDMAの密輸に関わったとして、警視庁が2023年3月にファッションモデルの道端ジェシカ容疑者と知人の40代男を麻薬特例法違反容疑で現行犯逮捕しています。国際貨物で国外から届けられた荷物の中に、粉末状のMDMAが約15個のカプセルに入った状態で隠されているのを成田空港の税関職員が発見、荷物を追跡したところ、東京都港区内のホテル一室にたどり着いたため、警視庁の捜査員が踏み込み、その場にいた道端容疑者と知人のカオ容疑者を逮捕したもので、荷物は知人の男宛てだったといいます。なお、道端容疑者については、処分保留となって釈放されています。「(カオ容疑者から)MDMAを使いたいと言われ、日本では違法だからダメと伝えていた」という趣旨の供述をしていたといい、一方、警視庁は、このMDMAを密輸したとしてカオ容疑者を麻薬取締法違反(輸入)容疑で再逮捕しています。カオ容疑者は「アメリカで処方された薬で、日本でも大丈夫だと思った」などと話し、容疑を認めているということです。
  • マンション一室で乾燥大麻を所持したとして、警視庁がユーチューバーの容疑者と総合格闘家の容疑者の2人を大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕しています。報道によれば、ユーチューバーの容疑者が住むマンションの一室を家宅捜索したところ、プラスチック容器に入った乾燥大麻3.6グラムが見つかり、現場にいた2人を逮捕したというもので、容疑者は「大麻は自分が買ったもの」、格闘家の容疑者は「大麻をもらって2人で吸っていた」と容疑を認めているといいます。
  • 覚せい剤取締法違反(所持、使用)などの罪に問われたアイドルグループの元メンバー田中被告の控訴審判決が名古屋高裁であり、裁判長は懲役1年8カ月、執行猶予3年とした一審・名古屋地裁判決を支持し、被告の控訴を棄却しています。一審判決によると、田中被告は2022年1月30日、名古屋市中区栄のホテルで覚せい剤約0.16グラムを所持、2022年2月24日ごろ、同区の別のホテルで覚せい剤を使用し、愛知県警中署で危険ドラッグの液体など計約4.4グラムを所持していたもので、田中被告は2022年6月に名古屋地裁で猶予付きの有罪判決を受けていました。この9日後に千葉県柏市内で覚せい剤を所持したなどとして覚せい剤取締法違反の罪に問われ、千葉地裁松戸支部は2023年2月27日、懲役1年4カ月の実刑判決(求刑懲役2年)を宣告、田中被告はこれを不服として東京高裁に控訴していたものです。田中被告は、名古屋高裁の判決を不服として、最高裁に上告しています。
  • 神事で使う麻糸などに用途がほぼ限られている産業用大麻の幅広い活用を考えようと、大学や企業の関係者らから構成される「麻産業創造開発機構」などが主催する勉強会が東京都内で開かれ、約200人が参加、産業用大麻の活用が、脱炭素化やエネルギーの安定供給に向けて政府が掲げるGX(グリーントランスフォーメーション)の推進にも寄与することなどが報告されたといいます。海外の研究などが紹介され「産業用大麻はすでに存在する二酸化炭素(CO2)を最も吸収する作物だ」、「脱炭素化に産業用大麻の活用は不可欠」と指摘されています。同機構は、今通常国会への提出も検討されている大麻取締法改正案の動向を踏まえ、わが国における産業用大麻のさらなる活用に向けた支援にも取り組むとしています。関連して、三重県明和町で4月から、幻覚作用があるテトラヒドロカンナビノール(THC)がほとんど含まれない大麻の栽培が始まると報じられています。平安時代に伊勢神宮に仕えた皇女「斎王」が暮らした国史跡「斎宮跡」にある遊休地を利用、町は三重大と皇学館大、大麻栽培許可を持つ法人などと連携する「伊勢麻振興プロジェクト」を立ち上げ、神事での活用や麻布などの製品活用を目指すとしています。神社で大麻は、繊維を「お払い」の道具に使うなど、神事に欠くことができないものですが、大麻取締法の規定で栽培や所持する際には、都道府県知事の許可が必要で生産者は全国的に減少傾向にあるとされます。国は大麻取締法の改正を検討中で、改正に先立つ検討委員会で、大麻の栽培管理を緩和する方向性を示しています。

海外での薬物に関する最近の報道から紹介します。

  • 大麻が麻薬リストから除外されたタイで、大麻の成分が含まれた菓子を知らずに食べた子どもや興味本位で吸った少年少女が頭痛を訴えたり、吐いたりして病院で治療を受けるケースが相次いでいるといいます。2023年3月15日付朝日新聞によれば、医師らは「死者が出るような最悪の事態になる前に対策が必要だ」と警告していますが、法案の真偽が終わらないまま解散に突入したようです。タイの小児科医らでつくる協会は2022年6月、子どもが大麻を摂取したことによって体調異変を起こした事例の収集を開始、2023年3月1日に調査報告書を公表、調査を行った協会は、子どもが誤って摂取しないように大麻入りの食品や飲料に「大麻は脳にダメージを与える」と明記したラベルを貼ることを提唱しています。本コラムでたびたび取り上げているとおり、タイでは大麻の医薬品や健康食品、化粧品などへの利用は2021年に合法化され、2022年6月には麻薬リストから大麻が除外され、一般家庭でも栽培できるようになりました。医療・健康増進を目的に大麻を換金作物として利用することで経済活性化を図る狙いがあるとされます。大麻の吸引に関しては、娯楽目的の使用は認められていないが、公共の場や他人に迷惑をかける場所でなければ吸うことはできますが、医師は「子どもが大麻を摂取することがないように大麻の使用は医療目的に制限するべきだ」と指摘しています。
  • メキシコのロペスオブラドール大統領は4日、麻薬鎮痛剤「オピオイド」問題で中国の習近平国家主席に協力を要請する書簡を送ったと明かし、オピオイドの密輸撲滅でメキシコ政府が十分な取り組みを行っていないとする米国の批判を一蹴しています。同氏は、オピオイドの中でも特に致死性の高い「フェンタニル」の供給抑制に向けたメキシコ政府の取り組みを正当化しています。フェンタニルを巡っては、メキシコが密売組織を取り締まっていないとの批判が米共和党議員から出ており、同氏は書簡で、フェンタニルの出荷場所や規模、それに関わる組織などの情報提供を習氏に求めたといいます。メキシコ国内でフェンタニルは製造されておらず、密輸組織がアジアから直接購入していると指摘、米国で消費されるフェンタニルのうち、メキシコ経由で米国に渡るのは30%に過ぎないと主張しています。一方、米当局者は、メキシコでは製造に必要な化学物質を主に中国から輸入してオピオイドが大量生産されていると主張しています。
  • 米食品医薬品局(FDA)は、米医薬品受託製造のエマージェント・バイオソリューションズの医療用鎮痛剤「オピオイド」の拮抗薬「ナルカン(ナロキソン)」を、処方箋不要の市販薬として承認しています。オピオイドの過剰摂取から命を救う医薬品が入手しやすくなるといいます。同薬は現在、処方薬として販売が認められていますが、エマージェントによると、ナルカンの市販薬は夏の終わり頃までに米国内の小売店とオンラインで入手できるようになるといいます。ナルカンはオピオイドの過剰摂取の最初の兆候から数分以内に投与すれば、同薬の作用を即座に阻害する効果を持ち、正常な呼吸を回復させるといいます。米政府統計の推計によると、2021年の薬物の過剰摂取による死者は10万人を超えています。
(6)テロリスクを巡る動向

安倍晋三元首相(当時67歳)が2022年7月、奈良市で演説中に銃撃され死亡した事件で、奈良地検は、同市の無職、山上徹也被告(42)=殺人罪などで起訴=を武器等製造法違反や火薬類取締法違反、建造物損壊など四つの罪で追起訴しています。あらためて、この事件の背景要因等を振り返っておく必要があると考えます。以前の本コラム(暴排トピックス2022年9月号)で、筆者なりにまとめたものをあらためて紹介します。

元首相銃撃事件はテロではないものの、テロ対策を考えるうえでの重要な社会的背景や問題点を提示しており、詳しく分析しておく必要があるといえます。残念ながら、本件に類似した「無差別攻撃」あるいは「テロ」が発生する土壌がすでに日本にある、つまり、いつ「無差別攻撃」や「テロ」が日本で起きてもおかしくないことを感じさせます。また、「想定外」や社会情勢の変化に対応してこなかった「不作為」がもたらした結果の重大さ、安全大国という幻想の上に胡坐をかいてきたがゆえの今後の課題の大きさも浮き彫りになっています。さらに筆者が強調しておきたいことは、今回の銃撃事件が突き付けたのは、「表現の自由」の名のもとにネット上に放置された有害情報が、むしろ言論の封殺に利用されかねないリスクが顕在化したということであり、「表現の自由」の前に思考停止してしまうことのないよう、腰を据えて取り組む必要があるということです。また、直接的に元首相を守ることができなかった警察の警備態勢の脆弱さについては厳しく検証すべきであるところ、警察庁から「警護警備に関する検証・見直しについて」と題する報告書が公表されました。…報告書は、「近年はネットを通じて、銃器などの設計図や製造方法を容易に入手でき、治安の脅威に深刻な変化が生じている」、「ネットに触発され、特定のテロ組織と関わりのない個人が過激化しうる現代社会の特性を踏まえる必要がある」としたものの、奈良県警にこうした脅威への認識はなく、警察庁も自作武器による襲撃の危険性を都道府県警に伝えていなかったことを指摘しています。過去には、ネット上で紹介されていた設計図を基に3Dプリンターで銃を自作した事件も摘発されていますが、警察庁は、こうしたネット上の「有害情報」を抽出し、削除する仕組みの構築を検討するとし、危険性などの評価を都道府県警に通報することを見直しの柱の一つとしています。現在は爆発物への対策として、原料となり得る化学物質11品目の販売事業者に対し、大量購入者を通報するよう呼びかけていますが、警察庁はこうした枠組みを活用し、関係省庁や民間企業と連携して対策も拡充させる考えです。報道で、治安対策に詳しい東京都立大の星周一郎教授(刑事法)は「AI(人工知能)など民間の最新技術を駆使し、早期にネット上の有害情報を把握し、削除する必要がある。警察庁だけでなく関係省庁すべてが、日本で銃が自作できるという現実を直視し、違法サイトの法規制などのあり方も検討すべきだ」と話していますが、正にそのとおりだといえます。一方、警察庁は新しい部署を作って対応する方針を打ち出しましたが、マンパワーが足りるのか危惧されるところであり、今後は東京都を管轄する警視庁が果たす役割も大きくなる点も実効性という点で大きな課題となります。また、警察庁は今後、カメラ付きのドローンを積極的に活用し、高い位置からの状況把握にも力を入れるほか、AIを活用した以上行動検知システムの導入、要人を銃撃から守るための防弾ついたてや防弾ガラスの整備、警護計画の審査のため、現場で撮影した映像を3Dで再現する技術の実証実験も進めるとしています。さらに、インターネット上の銃器などの製造に関する有害情報に対するサイバーパトロールも強化する方針といいます。これらすべてが実現することは大きな前進ではありますが、一朝一夕にできるものでもなく、来年のG7サミットが一つの試金石となりそうです。この点について、報道で日本大危機管理学部の福田充教授は「テクノロジーの進化で警護環境は日々変化し、リスクが高まるなかで警護のコスト増はやむを得ない」としたうえで「予算が増えるだけで結果が伴わなければ批判は避けられず、政府は見直し内容や意義を丁寧に説明する必要もある」と指摘しています。2023年のG7サミット以降も海外要人らの来日が予定される重要イベントが続いており、高まるリスクに合わせて、警護要則や運用を今後も不断に見直していく必要があることは言うまでもありません。

なお、警察庁が公表した「警護警備に関する検証・見直しについて」では、上記以外にも、以下のような指摘があり、これらについてもあらためて認識をしておく必要があるといえます。

  • 奈良県警察本部及び奈良西警察署は、今回、警護上の危険について、本件事案のような、強固な殺意を有する者が、銃器等を使用して襲撃する事案を具体的に考慮しておらず、警戒の対象を聴衆の飛び出し等のより危険度が低い事案に向けていた。
  • 被疑者は、本件警護に先立ち、ソーシャル・ネットワーキング・サービス上で特定の宗教団体を批判する投稿を繰り返していたとされるが、これまで、安倍元総理に危害を加えることを具体的に示唆するなどの投稿があったことは確認されておらず、奈良県警察においても、本件警護に関する個別具体的な脅威情報を把握していたものではない
  • しかし、近年は、我が国においてもインターネットを通じて、銃器等の設計図、製造方法等を容易に入手できるなど、治安上の脅威に深刻な変化が生じている。また、特定のテロ組織等との関わりがなくても、社会に対する不満を抱く個人が、インターネット上における様々な言説等に触発され、違法行為を敢行する事例も見受けられるところである
  • 警察としては、特定のテロ組織等と関わりのない個人が警護対象者に対する違法行為を敢行する可能性も見据え、各種情報収集に努めるとともに、警護対象者に関連する情勢等を収集・分析することにより、警護に活用する必要がある。また、インターネットを通じて、特定のテロ組織等と関わりのない個人が過激化し得ることや、銃器等の設計図、製造方法等に関する情報を容易に入手できる現代社会の特性を踏まえ、インターネット上の違法情報・有害情報対策、爆発物原料の調達への対策等を強化する必要があると認められる
  • 警護の強化のためには、警察庁の関与の強化にとどまらず、都道府県警察の現場における態勢を強化することも必要である。
  • 警護の実施に当たっては、個々の身辺警護員等が教養訓練を通じ、警護に関する高度な能力を有していることが前提となる一方、その態勢を構築するに当たっては、特定の職員の能力のみに依存することなく、指揮官を含む警護に携わる者の能力の底上げや警護への組織的対応の拡充を通じ、組織的・重層的対応を行う必要がある。この点、警察庁としては、都道府県警察が警護に従事する者に対して、きめ細かい教養訓練の機会を提供することができるよう、警察庁が都道府県警察を指導するとともに、警護の現場全体を俯瞰する現場指揮官の育成等を行う必要があると認められる。

さらに、暴排トピックス2022年8月号においては、個人的な事情の背景にあるものについても言及しています。

犯人の個人的な事情の背景にある社会のあり様についても考えてみたいと思います。事件が発生してしまった後だからこそさまざまな分析や意見があってよいとは思いますが、重要なことは「二度と繰り返してはならない」という視点です。ローンウルフ型・ホームグロウン型のテロリストを社会が生まないために必要なことは、「社会的包摂」のあり方、重要性をあらためて考えるべきではないかということです。本コラムでは、テロリストに限らず、暴力団離脱者支援や再犯防止、薬物事犯者の立ち直りなど「社会的包摂」が果たすことができる役割の大きさに期待して、その重要性を訴え続けてきました。今のところ有効な対策を考えるうえで「社会的包摂」は不可欠なものといえそうです。そして、「社会的包摂」は、国や他者が用意してくれるものではなく、一人ひとりの行動の積み重ねから成り立っているものでもあります。もはや自助努力でどうにかなる社会情勢でもなさそうです。今はやりの「誰一人取り残されない社会」を嘯くなら、まずは、人として、事業者として、できることから、自ら実践してみてほしい、そう思います

なお、奈良県警は銃撃で演説を中止させたとして公職選挙法違反(自由妨害)容疑でも追送検していましたが、地検は不起訴(容疑不十分)にしています。これにより事件から9カ月近くで一連の捜査は終結したことになります。報道によれば、山上被告は取り調べに対し、選挙を妨害する意思を明確に示してはいなかったといいます。しかし、公衆の面前で発砲すれば、結果的に演説が中止になるという「未必の故意」があったと奈良県警は判断したものの、元検事の落合洋司弁護士は「山上被告が事件を起こした最大の目的は安倍氏を殺害することであり、地検は選挙への影響は本質ではないと判断したのではないか。量刑に大きな影響がないと考え、証拠を検討した上で起訴を見送ったのだろう」と述べています。この公職選挙法の自由妨害罪の成立には、選挙妨害の意図が重要とされ、元刑事裁判官で法政大法科大学院の水野智幸教授(刑事法)は、「選挙が混乱するだろう」ぐらいでは足りず、「明確に政治家や政党に打撃を与えるとの認識が必要だ」と指摘しています。2007年に長崎市長が射殺された事件では、元暴力団幹部の男が殺人や公選法違反罪などに問われましたが、1審長崎地裁は選挙妨害を認めて死刑判決を言い渡したものの、2審福岡高裁は「主な動機は市長への恨みで、選挙妨害そのものが目的ではない」ことも考慮し、無期懲役とされました。警察当局を中心に、公職選挙法違反罪で起訴した方が「『民主主義への挑戦』と主張しやすく、厳しい刑につながる」との見方もありましたが、同罪での起訴が見送られても、選挙活動中の凶行が与えた社会的影響の大きさを公判で強調することは可能で、ある検察関係者は「核心はあくまでも安倍氏への殺害行為。公選法に重きを置く必要はない」と述べています。

上記でも「試金石となる」と指摘した広島G7サミットが間もなく開催されます。その警備態勢についての記事「G7サミット警備本格化 大都市開催に難しさ サイバー空間でも脅威」(2023年4月4日付毎日新聞)が参考になりますので、以下、抜粋して引用します。

5月19~21日に広島市で開かれるG7サミットに向け、警察当局が警備の準備を本格化させている。ロシアによるウクライナ侵攻が続くなか、現実空間だけでなくサイバー空間でのテロの脅威が増している。人口100万人超の大都市で開催される難しさもあり、警察当局は従来のサミット以上の緊張感を持ちながら警備に臨む。…露木氏は広島湾内の宇品島にある主会場の「グランドプリンスホテル広島」を視察。首脳らが集まることが予想される同ホテル高層階のレストランや周辺の様子を確認した後、報道陣に「海に囲まれ、他の陸地から隔離されているのが警備上の利点という面もあるが、他方でドローンといった新たな脅威についても、陸海を問わず、想定せざるを得ない」と話した。宇品島と広島市街とは道路1本で結ばれており、サミット開催期間中は通行を制限して警備を強化する。一方、周辺を貨物船や定期船が頻繁に往来するため、海上保安庁と連携して海からの襲撃にも備える予定だ。…サイバー攻撃への脅威も高まっている。今年2月には、国際ハッカー集団「アノニマス」関連のツイッターアカウントが、サミットへのサイバー攻撃を示唆する投稿をした。日本国内を標的にした身代金要求型のコンピューターウイルス「ランサムウエア」による攻撃が急増する中、政府機関や重要インフラ事業者などのシステムをダウンさせるなどの攻撃も予想される。警察庁幹部は「洞爺湖、伊勢志摩両サミットの時と最も違うのは、サイバー攻撃の脅威だ」と警戒を強めている。今回のサミット警備は、昨年7月に起きた安倍晋三元首相の銃撃事件を受けて要人警護の態勢を強化した後としては、同9月に行われた安倍氏の国葬に続く2回目の大規模警備となる。

警備の問題に関連して最近課題となったのが、岸田首相のウクライナ訪問です。筆者としてもインド訪問のタイミングしかないだろうと考えていましたが、さまざまなハードルの高さから懸念していたところですが、厳格な情報統制の中、念入りに準備が進められ、自衛隊等日本の法体系が十分ではないところをウクライナ政府の協力を得て実現したことは高く評価できるものといえます。一方で、やはり課題も出てきています。そのあたりの成果・意義と課題について、代表的な2つの記事を以下紹介します。

岸田首相のウクライナ訪問 安全確保が課題に 有識者に聞く(2023年3月23日付日本経済新聞)
「欧州の人々は、ウクライナでの戦争を直接的な安全保障上の懸念であり、すぐ近くにある潜在的な脅威だと考えている。そういう文脈の中で重要なのは日本がヨーロッパとアジアの安全保障領域や利害を分ける対応をしないということを明確にしたことだ。」「気になったのが首相がポーランドから列車に乗り込む映像が流れたことだ。ウクライナの首都キーウ(キエフ)に着く前に居場所が特定されると標的になる懸念が高まる。ロシアの軍事能力であれば、どこからでもミサイルを撃てる。万が一の事態になったときには領域主権の問題でウクライナ軍に守ってもらわないといけない。情報管理のあり方も検証の余地がある。」「会談後の共同声明で東・南シナ海や台湾海峡、自由で開かれたインド太平洋への言及もあった。国際秩序への挑戦と戦っているという日本の立場が鮮明に表れていた。ウクライナ侵攻に無関心な姿勢をとれば、中国や北朝鮮にも法の支配に関する誤ったメッセージを送ることになる。中国の習近平国家主席のロシア訪問と同時期となり結果的に良かった。」「国際政治は秩序を守るために軍事力を使わないといけないときがある。国際情勢は厳しく、非軍事分野に限定するのは非合理的だ。民主主義国である以上、国民にしっかりと説明して理解を得る努力が重要だ。」
自衛隊法、海外警護に穴 首相キーウ訪問に帯同できず(2023年3月25日付日本経済新聞)
現地での安全確保はウクライナ頼みだった。松野官房長官は22日の参院予算委員会で「警護はウクライナ政府が全面的に責任を負って実施した」と述べた。…海外で首相を守る任務は書かれていない。戦地に要人が赴く事態を考慮していなかったといえる。浜田靖一防衛相は首相のウクライナ訪問で輸送や警護、外国軍への協力依頼に防衛省・自衛隊は関与していないと説明した。…想定外の事態が制度の穴を突いたのは2月に浮上した気球問題も同じだった。…平和・安全保障研究所も22年7月公表の政策提言で「ポジティブ・リスト方式を改め、可能な限りネガティブ・リスト方式を追求する」よう主張した。徳地秀士元防衛審議官や河野克俊前統合幕僚長らがまとめた。決められた「やってはいけない」こと以外は実行できるネガティブ・リスト方式なら柔軟な運用も可能となる。自衛隊の発足時は戦前の反省から、国民の権利を極力阻害しないよう原則禁止を前提にした。日本を取り巻く国際情勢は変化し技術の進展によって脅威の質も異なってきた。装備や人員だけでなく法制面からも自衛隊の対処能力を再点検する必要がある

その他。国内でのテロリスク対策に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 政府は、テロリストら不審者の入国を海外の空港で搭乗前に阻止するため、「相互事前旅客情報システム」を導入するとしています。要注意人物が海外の空港で搭乗手続きした際に出入国在留管理庁のブラックリストと照合し、航空会社が搭乗拒否の判断をできるようにするもので、システム構築を行った上で、2024年度の運用開始を目指すということです。政府は、テロリストや国外退去処分を受けている外国人の入国を防ぐため、航空会社から国際線の出発後30分以内に乗員・乗客情報の提供を受け、ブラックリストと照合していますが、上陸不許可となる可能性が高い外国人でも、搭乗できてしまうため、到着後に空港で審査を行う必要がありました。導入予定の新システムでは、出発空港でのチェックイン時に旅客情報が入管庁に送信されることから、その時点でブラックリスト入りしている外国人がいれば、入管庁が航空会社に連絡し、その場で搭乗を阻止することが可能になるということです。日本の空港での上陸審査が不要になり、入管当局の負担軽減につながるメリットもあります。
  • JR東日本と群馬県警は、2023年4月末にG7デジタル・技術相会合が開かれる群馬県高崎市へ向かう新幹線でテロ対策訓練を実施しています。埼玉県の大宮駅を出発、高崎駅へ走行中の新幹線車内と駅ホームで刃物を持った不審者への対応を想定、JR関係者や警察官ら約160人が乗客の安全確保や不審物処理の方法を確認しています。訓練では、G7広島サミットに反対する不審者が「サミットなんてなくなればいい」などと騒ぎ、刃物を振り回すと、乗客の非常通報で駆け付けた警備員らが盾を持って包囲、駅で停車後、ホームで警察官が制圧するシナリオで実施されています。また、不審者が持ち込んだ想定で化学薬品のような液体の処理や、探知犬による不審物の捜査も行っています。

米ホワイトハウスがアフガニスタン駐留米軍の完全撤収(2021年8月末に終了)の報告書要旨を公表しています。撤退時の混乱などにより、本件はバイデン政権の失態と見なされていますが。一方で完全撤収したことにより、米国は同時多発テロ(2001年9月)に端を発したアフガン戦争を終結させたことになります。20年以上続いたアフガン戦争で、米国は2兆ドル(約260兆円)以上を投入し、30万人の兵士からなるアフガン政府軍を立ち上げましたが「タリバンはアフガンを迅速かつ容易に支配した」と説明、米軍を大幅に増員して永久的に駐留させる以外にアフガン政府の崩壊を避ける選択肢はなかったと結論付けています。こうした中、報告書では撤収時の教訓がロシアによるウクライナ侵攻への対応に生かされていると強調しています。本コラムでも当時、経緯を詳しく紹介しましたが、アフガン駐留米軍は2021年4月末に撤収作業を開始、作業が進行するに従って、イスラム主義組織タリバンが地方で勢力を拡大し治安が悪化、バイデン政権は米国民やアフガン人協力者の退避に関し、アフガン政府崩壊の危険性を警告するリスクに悩まされたといいます。「アフガン政府の信頼が損なわれる」ことを危惧したためで、その結果、警告は電話やメールなどで個別に実施し、その数は数万件に及んだといいます。一方で、最悪のシナリオの可能性については「大声で公言しない」と決定していました。結局、アフガン政府は「予想外」に早く崩壊し、退避希望者がカブールの空港に殺到するなど大混乱につながりました(米国民や数千人のアフガン人協力者らが首都カブールに取り残される事態に加え、自爆攻撃で米兵13人と多数のアフガン市民が死亡するなど、大きな混乱に陥りました)。なお、当時の情報機関は、米軍撤収後にタリバンが勢力を拡大しても、2021年後半まではアフガン政府軍がカブールを守るために効果的に戦う能力があると分析しており、タリバンが地方の州都を初めて制圧した2021年8月6日、バイデン氏は安全保障チームに非戦闘員退避作戦の開始の是非を問い合わせたものの、チームは反対したといい、最終的にバイデン氏はカブール陥落前日の8月14日に作戦開始を指示したといいます。報告書は「現在は治安の悪化に直面した場合は早めの退避が優先されている」とし、当時の判断ミスを認めています。こうした経験から、バイデン政権はウクライナ侵攻開始(2022年2月)の数カ月前から情報当局の機密情報を積極的に公開、ウクライナ政府高官らからは「パニックを引き起こし、経済にダメージを与える」と強い反対を受けたといいますが、「明確で率直な警告を発したことで、侵攻前に同盟国をまとめて迅速な対応を計画でき、米国民は安全に退避できた」と説明しています。さらに、バイデン政権は侵攻開始前にホワイトハウス内に専門家グループ「タイガーチーム」を発足、ロシアによる本格的な軍事侵攻から限定的な武力行使までさまざまな「侵攻シナリオ」を検討しています。タイガーチームの立ち上げは、アフガン駐留米軍の完全撤収前にカブールが陥落したことを受けて「低確率でも高いリスクのあるシナリオを早期に幅広く考えることが必要」、不安定なセキュリティ環境におけるリスク対応で「積極的なコミュニケーション」をより重視するようになったとの教訓を得たことが影響しているといいます。アフガン政府軍はタリバンがカブールに迫ると戦うことなく崩壊しており、報告書要旨では、兵士らの「戦闘意欲」を評価する重要性も指摘されています。なお、撤退の判断については、より多くの時間や資金を投じより多くの米国人を派遣してもアフガンにおける軌道を根本的に変えることが可能だった「兆候はなかった」という認識を示しています。報告書では、米前政権がタリバンと5月までの完全撤収で合意したにもかかわらず「最終的な撤収や米国民とアフガン人協力者の退避に関する計画が存在していなかった」ことや、駐留米軍も大幅に削減されており、「タリバンが最も軍事的に強くなっていた」ことを指摘しています。関連して、国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、バイデン政権がアフガンにおける混とんかつ枯渇した作戦を前政権から受け継ぎ、アフガンからの全面撤収もしくはタリバンとの戦闘再開いずれかの厳しい決断を迫られる結果になったと指摘、「移行は重要」とし、トランプ前政権を批判しています。さらに「米国はアフガンで地上戦を展開していなかったため、ウクライナ支援や世界安全保障上のコミットメント履行、中国との競争などでより強力な戦略的基盤を有している」という認識を示しています。

米軍で中東やアフガニスタンを担当する中央軍のクリラ司令官は、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の戦闘員の家族を収容しているシリアの避難民キャンプで「3万人以上の子供たちが過激化するリスクにさらされている」と警鐘を鳴らしています。報道によれば、クリラ氏は「軍事的な解決策はない。出身国への送還、社会への再統合などを進めるしかない」と対応を訴えています。シリア北東部でISの戦闘員の家族らを収容している2カ所の避難民キャンプには、計3万1000人以上の子供が暮らしていますが、生活環境は「有意義な教育施設はほとんどなく、外部へのアクセスは禁止され、お湯もめったに使えない」(クリラ氏)状況だといい、避難民らは親ISと反ISに二分され、クリラ氏は「子供たちはイデオロギー争いの犠牲者になるリスクがある。ISの指導者たちは子供たちの心を捉えたがっている」と懸念を示しています。また、拘束下にあるISの戦闘員に関しても「シリアで約1万人、イラクで約2万人の戦闘員が収容所にいる。イラク政府は収容を続けるのに十分なインフラを提供しているが、シリアでは(少数民族クルド人主体の民兵組織)シリア民主軍に頼っており、2022年1月には戦闘員らが集団脱走を図って双方で420人以上が死亡する事件も起きた」と指摘、シリア民主軍側が収容者を「時限爆弾」と形容したことを紹介し、「施設の安全確保のためにシリア民主軍を支援し、同時にIS戦闘員らを出身国に送還する必要がある」と訴えています。一方、クリラ氏は、アフガンを拠点とするIS系の「ISホラサン州」(IS-K)が「勢力を増している」と指摘、「6カ月以内に欧州やアジアなどの外国で、米国や西側の関連施設を攻撃できるようになる」との見方を示しています。本コラムでたびたび指摘しているとおり、ISの帰還兵の問題については、出身国側の強い反対から進んでいない現状があります。また、テロが蔓延る背景には「国土と人心の荒廃」があり、避難民の置かれた状況が正にそうであることなど、IS復活に向けた状況が揃いつつあり、それに伴いテロがますます激化する可能性が高まっている状況にあると認識する必要があります。なお、帰還兵(外国人戦闘員(FTF:Foreign Terrorist Fighters)の問題については、公安調査庁の国際テロリズム要覧でも指摘されているところであり、以下、2022年版の中から、コラム「欧州出身の外国人戦闘員(FTF)及びその家族をめぐる現状」を紹介します。FTFの存在が「治安上の脅威」であり、今後、その脅威が増す可能性が高まっていることが実感できます。

▼公安調査庁 国際テロリズム要覧
  • 2012年以降、シリア又はイラクに渡航した欧州出身の外国人戦闘員(FTF)及びその家族約5,000人のうち、2,000人以上が帰国、約3分の1が死亡、その他が紛争地域で拘束され、又は行方不明とされる。また、「シリア民主軍」(SDF)によって拘束され、シリア北東部の施設に収容されている欧州出身のFTF及びその家族は、約1,000人(うち600人以上が子供)と推計されている。
  • 欧州各国の治安当局は、帰国したFTF特有の脅威として、豊富な戦闘経験、高度な戦闘技術及び国際的な人的ネットワークの存在を指摘しており、欧州に帰国したFTFによるテロや、収監された刑務所内で他の受刑者を過激化する可能性が懸念されている。欧州の多くの国では、2014年にベルギーで、2015年にフランスで発生したテロを契機として、2015年以降、帰国したFTFに対する体系的な捜査が行われている。2020年7月時点で、テロ関連犯罪による受刑者(イスラム過激主義者)は、欧州10か国で約1,300人とされ、このうちFTFであった者の多くはテロ組織への参加等の軽微な罪で有罪判決を受け、ベルギーやフランスでは平均約6年半、ドイツでは平均約4年半の懲役刑に服しているといわれる。このため、2025年頃までには多数のFTFの釈放が見込まれ、これに伴うテロの脅威の増大が懸念される。また、帰国したFTFは、カリスマ性を有する英雄的存在として他者を感化し、過激化させる可能性が指摘されており、帰国後、収監されたFTFが他の受刑者に与える影響を注視する必要がある。
  • 2019年10月、米軍のシリア北東部からの一部撤収を受け、トルコ軍が同地で軍事作戦を開始した。SDFが同軍への対処を余儀なくされた結果、SDFによる収容施設の監視が緩んだほか、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う収容者と監視員との接触の減少により、同施設内部で過激主義がまん延しやすくなったと言われる。これにより、同施設内部では、元戦闘員が脱走し、イスラム過激組織に復帰したり、当局の監視を逃れて自国へ帰国したりするなどのリスクもあるとされる
  • こうした中、多数の欧州人を含む「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)元戦闘員約5,000人を拘束していたとされるハサカ所在の収容所が、2022年1月、ISIL戦闘員200人以上によって襲撃され、拘束されていた元戦闘員約400人が消息不明となったとされる。
  • また、約60か国(うち欧米は約20か国)出身の外国人女性及び子供約1万人を収容しているアル・ホールキャンプでは、ISIL支持者による収容者殺害事案も発生しているとされる。
  • 欧州出身のFTFの一部は、シリア北西部において複数のイスラム過激組織に分散しており、ISILは、これらのFTFに対し、現在所属する組織からの離脱及びISILへの参加を呼び掛けているとされ、FTFがこうした呼び掛けに応じる可能性が懸念される。
  • また、現時点で、シリア北西部から第三国へのFTFの移動は限定的とされるが、今後、例えばアフガニスタンにおいてISIL関連組織や「アルカイダ」の勢力が拡大した場合、紛争地域に滞在する欧州出身のFTFが同国に移動してこれらの組織に参加したり、その高度な戦闘技術と人的ネットワークを生かしたりして、ISIL関連組織「ホラサン州」を始めとするイスラム過激組織の欧米を標的としたテロに関与する可能性も懸念される

その他、最近のテロリスクを巡る海外の報道から、いくつか紹介します。

  • 前回の本コラム(暴排トピックス2023年3月号)でも指摘しましたが、アフガニスタンを制圧したイスラム主義組織タリバン内部に亀裂が生じているとの見方が浮上しています。女性の教育などを巡り厳しい抑圧政策をとる現体制に対し、一部の幹部が公の場で批判的な発言をしているためです。同国が国際的に孤立するなか、路線修正につながるか注目されるところです。報道によれば、米シンクタンク、ウィルソン・センターのマイケル・クゲルマン氏は、タリバンは結束の強い集団で、相違点があれば内部で静かに処理するのが通例であるところ、「権力を独占し、政府全体の評判を落とすことは我々の利益にならない」というハッカニ氏の言動は「そうした不和がエスカレートしたものだ」と分析しています。タリバンの広報担当者は取材に対し「彼らは批判ではなく、提案をしたにすぎない」と主張し、組織内で亀裂が生じているとの見方を否定、「我々の指導者たちは政府にとって適切で受け入れやすい政策を見つけるために、お互いにコメントや助言をしている」と述べています。
  • アフガニスタンで停止が続く女子中等教育について、イスラム主義組織タリバンの最高指導者アクンザダ師が、学校で新年度が始まる3月21日からの再開方針を一部閣僚にいったん伝えたものの、強硬派の反対を受け撤回したことが明らかになっています。国際社会は女子教育の制限を問題視し政権を承認していないことから、タリバン内部でも反発が強まっており、アクンザダ師は再開を迫る有力閣僚の反目を恐れて再開方針を伝えたとみられています。アクンザダ師は独自のイスラム法解釈による統治徹底を図る強硬派の中心人物で、教育政策を巡りタリバン内の溝が深まっています。有力派閥「ハッカニ・ネットワーク」を率いるハッカニ内相と、タリバンの初代最高指導者オマル師の息子ヤクーブ国防相、ムッタキ外相らが2023年2月と3月中旬、アクンザダ師と計4日間にわたり協議、国際社会から孤立している現状を懸念し、日本の中学・高校に当たる女子の中等教育を再開するよう求めていました。
  • 国連は、アフガニスタンを統治するイスラム主義勢力タリバンの暫定政権から、同国の国連機関で働くアフガニスタン人女性の就労を禁止する通達を受けたと発表しています。ただちに実施されるとの通告で、国連は「最も強い言葉で非難する」との声明を出し、撤回を求めています。就労禁止は「国際法違反であり、国連は受け入れられない」としています。2021年8月に復権したタリバンは、女性の教育や就労を厳しく制限しており、すでに同国の国連機関で働く複数の女性職員が嫌がらせや拘束などを受けています。国連は、同国で働く職員すべてにオフィスに来ないよう指示を出したことも明らかにしています。国連のグテーレス事務総長は、タリバンの決定を強く非難する声明を出し、「女性に対し、譲れない基本的人権の侵害だ」とし、即時撤回を要求しています。また、国連総会のコロシ議長も非難声明を出しています。国連によると、現在アフガニスタンでは2830万人ほどが救命のための支援を必要としているといい、うち2千万人が食糧難に直面し、600万人ほどが飢え死にする危険性を抱えていると説明しています。今回の就労禁止は、そのような人たちに悪影響を及ぼすと警告しています。
  • このような状況下にあっても、アフガニスタンでは、女子学生が自宅で授業を受けられるよう、オンラインで授業を提供する教育機関が増えつつあるといいます。イスラム主義組織タリバンが政権を掌握して以降、女性の就労や教育が制限されているアフガニスタンでは、規制を回避する最終手段としてインターネットを使用する女性や少女が増えているようです。タリバンは、女子高等学校を閉鎖し、大学への進学を禁止し、政府機関以外での女性の就労を禁止しました。イスラム教の服装規定などを巡る「問題」によるものだとしています。ただ、1996年から2001年にかけてのタリバン政権時代と著しく異なるのは、インターネットが爆発的に普及したことで、「アフガニスタンはインターネット接続できる国にならなくてはならない。デジタル端末も大量に導入しなくてはいけない」といえます。
  • イラク軍高官は、同国内で現在も活動しているIS戦闘員が「最大で400~500人」いるとの認識を示しています。また、ISが都市部から離れた砂漠や山岳地帯を拠点にしており、「新たな戦闘員を勧誘する能力は失っている」と述べています
  • 国連の強制失踪委員会は、イラクで「強制失踪者」の数が過去50年間に最大100万人に上るとの報告を発表しています。この間には、フセイン独裁政権による支配、米国主導の軍事作戦、イスラム過激派台頭などがあり、イラクの失踪者は世界最多水準で、同委員会は失踪者の捜索と加害者の処罰を同国に求めています。しかし報告は、イラクの法律で強制失踪が犯罪に指定されていないためこの動きが阻害されていると指摘、「委員会はイラクに対し、この凶悪な犯罪を防止、根絶、修復するための基盤を直ちに構築するよう求めた」と説明しています。また、報告によれば、1968~2003年にフセイン政権がクルド人自治区で行ったジェノサイド(大量虐殺)政策によりクルド人10万人を含む29万人が強制失踪、2003年の米国主導の侵攻以後も失踪が続き、20万人が拘束されて約半数が米英が運用する刑務所に投獄されています。さらに、ISがイラクの一部掌握を宣言したことに伴い、新たな強制失踪の波が発生したということです。
  • 2017年に米ニューヨークで8人が死亡した車両突入テロで、連邦検察は、殺人やISを支援した罪などで2023年1月に有罪評決を受けたウズベキスタン出身のサイフロ・サイポフ被告が終身刑を受けることになったと発表しています。報道によれば、サイポフ被告は35歳で、死刑か終身刑の可能性があったところ、ニューヨークの連邦地裁の陪審が量刑を審理し、死刑とするには全会一致が必要だったものの一致に至らず終身刑となったといいます。サイポフ被告は2017年10月、ピックアップトラックで自転車道に突っ込み通行人らをはねて、8人が死亡、10人以上が負傷、犯行車両の近くから、ISは「永久に続く」と書かれたメモが見つかっていました。
  • フランスの最高裁に当たる破棄院は、1970~80年代にイタリアで殺害・誘拐などのテロを繰り返した極左組織「赤い旅団」を巡り、フランスへ逃亡した元メンバーら10人についてイタリアへの身柄移送を認めないと判断しています。フランスのマクロン大統領がイタリアの要請に応じて引き渡すとした政治判断を覆したものとなります。破棄院は、移送後のイタリアでの裁判で自己弁護できない可能性があるほか、フランスで築いた家族生活の権利が過度に侵害され得るとして移送を認めなかった控訴院の判断を支持、検察側の上訴を退けています。報道によれば、元メンバーの弁護士の1人は「人道に関する基本権の保護が解決を導いた」と述べ、イタリアのノルディオ法相は「(テロの)犠牲者や近親者らに思いを致す」とコメントしています。
  • ウクライナ侵攻開始後、恩赦と引き換えにロシアの民間軍事会社「ワグネル」戦闘員となった殺人罪の元受刑者が2023年3月下旬、中部キーロフ州に帰郷し、約1週間で再び殺人容疑で逮捕されるという事態となっています。制度上、恩赦はプーチン大統領の署名に基づくものですが、ワグネルは2022年秋、劣勢のロシア軍の穴を埋める形で激戦地に増派、元受刑者が中心の戦闘員約5万人中、約4万人が「戦死傷者、行方不明者、捕虜」(人権活動家)になったといわれています。生存者は自由の身になり、国内で治安悪化に懸念が高まる中、実際に犯罪が起きてしまった形となります。ワグネル創設者のエブゲニー・プリゴジン氏は、戦闘を終えた元受刑者について「帰還後1カ月で再犯率は0.31%」、「20人だけ」と主張、計算上、6000人以上が自由の身になったことを示唆していますが、根拠を示さず「侵攻前の再犯率より10~20倍少ない」と独自の見解を述べています。
  • 2021年2月のクーデターで権力を握ったミャンマー国軍は、首都ネピドーで「国軍記念日」の式典を開催、ミンアウンフライン最高司令官が演説し、民主化指導者アウンサンスーチー氏を支持する民主派を「テロリスト」と非難、「国軍と政府は行動を起こす必要がある」と述べ、民主派への強硬姿勢を改めて鮮明にしています。演説で同氏は、市民の抵抗について「当初は平和的だったが、その後、テロリストが無実の市民を攻撃し始めた」と主張、「テロを許す政府はない」として、国軍による弾圧を正当化しました。また、国際社会でミャンマーが孤立を深めていることを念頭に「テロリストを支援する国や国際機関からの批判や非難は、完全に間違っている」と主張、「民主主義の正しい道を歩むため、現在の政府の努力に協力するよう国際社会に求めたい」としています。テロリストの定義、民主主義の定義が、使う者によってこのように大きな違いを生み出してしまうという事実に驚愕します。
(7)犯罪インフラを巡る動向

本コラムで以前から休眠宗教法人の犯罪インフラ化の懸念を指摘してきましたが、ようやく休眠化して脱税などへの悪用の恐れのある宗教法人に対し、文化庁が解散命令手続きを含む法人整理の迅速化を図る方針を固めました。これにより、休眠宗教法人(不活動宗教法人)の整理が進むことが期待できる状況となりました。活動実態がなく、解散命令請求の対象にもなる「不活動宗教法人」の判断基準を初めて示し、3月31日付で各都道府県に通知しました。不活動法人を速やかに認定して解散を促すことで、宗教法人の税制上の優遇措置に着目した不正の芽を摘む狙いがあります。文化庁によると、全国約18万の宗教法人のうち、不活動法人は2021年12月末時点で3348法人ですが、休眠状態にある法人数は国の把握分を大幅に上回る可能性があります。2022年末、産経新聞が文化庁と47都道府県に実施したアンケートでは、宗教法人が所轄庁(国や都道府県)に毎年提出すべき役員名簿や財産目録などの「事務所備付け書類」について、提出しなかった法人数が1万5千超にのぼったことが判明しています。多数にのぼる不活動法人について、文化庁は都道府県側に対し、活動再開や合併・任意解散を促したり、裁判所に解散命令を請求したりして整理を進めるよう求めてきましたが、不活動法人と判断するための統一基準がそもそも存在せず、都道府県ごとの裁量に委ねられる状態で、法人整理も進んでいなかった実態があります。報道によれば、今回の通知について、文化庁の担当者は「不活動法人対策を徹底するため曖昧な部分を明確化した。円滑な解散手続きを後押しするために今後、具体的なマニュアルも示したい」と述べています。休眠状態に陥った宗教法人が、脱税やマネー・ローンダリングといった犯罪の温床になり得ることは以前から指摘され、国も危機感を募らせてきたところですが、2023年2月の衆院予算委員会で議員から見解を問われた岸田文雄首相は「悪用の可能性が広がることはあってはならない」と強調していたものです。

▼文化庁 宗務行政の適正な遂行について(通知)
  • 今般、宗教法人法(昭和26年法律第126号)第25条第4項に定められる事務所備付け書類の提出の督促及び未提出時の過料手続の実施や、不活動宗教法人対策の徹底など、宗教法人に関する事務の適正な遂行について、国会において議論がなされ、内閣総理大臣及び文部科学大臣から、宗教法人法の確実な適用の必要性等に関する答弁がありました。
  • このような状況を踏まえ、宗教法人法に基づく事務の適正な遂行に向けて、改めて、取組を徹底する必要があると判断し、今般、文化庁において当該事務の遂行に当たり御留意いただきたい事項を整理しました。
  • まず、宗教法人法第25条第4項により、宗教法人は、毎会計年度終了後4か月以内に、当該法人の事務所に備え付けられた書類の写しを所轄庁に提出しなければならないこととされております。
  • この事務所備付け書類の提出制度は、所轄庁において、宗教法人の管理運営に関する実態の把握を継続的に可能にすることを目的として、平成7年の宗教法人法の改正に際して創設された重要な仕組みであり、その趣旨を踏まえれば、現に活動している全ての宗教法人から、必要な書類の提出が適切になされることが求められます。
  • このため、文化庁では、「宗教法人からの書類の写しの提出に関する留意事項について」(平成10年3月3日付け10文宗第12号文化庁文化部宗務課長通知。以下「平成10年通知」という。)を各都道府県宗教法人事務担当課宛てにお示しし、提出された事務所備付け書類の確認や、当該書類の提出がない場合の督促及び過料の手続について、適正な対応を要請しているところですが、各都道府県宗教法人事務担当課において、改めてその重要性を認識いただくことが必要であると考えます。
  • また、いわゆる不活動宗教法人については、これを放置した場合、第三者により法人格が不正に取得され、脱税や営利目的の行為に悪用される等の問題につながるおそれがあることから、各所轄庁の責務として、不活動宗教法人の実態を把握し、速やかに整理を進めることが求められています。
  • 令和3年末時点において、文部科学大臣及び都道府県知事が所轄庁である宗教法人のうち、3,348の法人が不活動宗教法人として確認されているところ、これらの法人について、それぞれの状況に応じて、活動再開を促すことや、合併若しくは任意解散の手続を進めること、所轄庁において裁判所に解散命令を請求することなどによって整理する必要があることは、これまでも各都道府県宗教法人事務担当課に対する研修・会議等の場において周知してきたとおりです。これに加えて、既に不活動宗教法人として確認されたもの以外の法人についても、不活動の疑いが生じている場合は、宗教法人の自主性・主体性に配慮しつつも、その実態を確実に把握し、整理等の対応を迅速に進めることが必要と考えられます。
  • この点、これまで、不活動宗教法人の判断に関する明示的な基準が存在しなかったことや、整理の対象たるべき宗教法人の状況や意向を確認するにとどまり、整理に至らない例が多くみられてきたこと等を顧みると、今後、一層円滑に不活動宗教法人の把握・整理を進めるための基準等を示すことが、効果的な不活動宗教法人対策の推進に資するものと考えられます。
  • このような趣旨にかんがみ、下記のとおり取組を進める上での留意点を整理しましたので、各都道府県宗教法人事務担当課におかれては、これらを踏まえて、宗教法人の義務である事務所備付け書類の提出の徹底を図るため、その督促及び未提出時の過料手続を確実に実施することや、不活動が疑われる宗教法人に対しては、その把握及び対応をこれまで以上に迅速に行うこと等について、遺漏なく御対応いただくようお願いします。
  1. 事務所備付け書類の提出の徹底について
    • 事務所備付け書類の提出に係る事務については、平成10年通知の内容を改めて確認するとともに、特に以下の点に留意の上、宗教法人法の確実な適用にお取り組み願いたい。
      1. 提出された事務所備付け書類の確認及び督促の確実な実施
        • 宗教法人法に定める事務所備付け書類の提出期限(毎会計年度終了後4か月以内)を徒過しても、当該書類の提出が確認できない場合は、当該法人及びその代表役員等に対して督促状を確実に送付し、当該書類の提出を求めること。
        • この際、平成10年通知にあっては、事務所備付け書類の提出期限から督促状の送付を行うまでの期間は、少なくとも2か月を置くこととされているが、当該2か月の期間を経過した後は、実務上の合理性も考慮した上で、可能な限り速やかに督促を行うこと。
        • また、当該2か月の期間において、実際上法人に連絡を試みるなどして書類の提出を促すことは差し支えないこと(文化庁においては、当該期間に事務連絡の形式によって法人に提出を促すこととしている。)。
        • 書類が未提出である法人及びその代表役員等に対して発出した督促状が不達となるなど、その所在地及び住所地における実在が明らかでなく、所轄庁の保有するその他の情報(電話番号等)を活用してもなお連絡ができない場合には、2.に示すとおり、当該法人を不活動宗教法人として取り扱うこと。
        • また、ある年において事務所備付け書類の提出がなく、過料事件通知書の対象となった宗教法人から、その翌年においても期限までに提出がなかった場合は、上記に従って督促を行い、なお提出がない場合は、2.に示すとおり、当該法人について不活動宗教法人として取り扱うこと。ただし、当該法人から、事務所備付け書類を提出しないことに関する明確な理由・意思の表示があった場合は、不活動宗教法人と判断するのではなく、事務所備付け書類の提出を怠ったものとして過料の手続を行い、それ以後の年度についても、継続して書類の提出を促すこと。
        • なお、宗教法人から提出された事務所備付け書類については、当該法人において所轄庁の変更がなされ、それらの書類の移管を行う必要が生じる可能性があることも念頭に、各都道府県において定められる文書の取扱いに関する規程に基づき、適切に保管・管理し、移管の必要が生じた場合には、変更後の所轄庁にすみやかに書類を引き継ぐこと(文化庁においては、事務所備付け書類の保存期間は5年間としている。)。
      2. 過料手続の確実な実施
        • 上記1.(1)に示すとおり、督促状を送付してもなお事務所備付け書類の提出がない法人に対しては、宗教法人法第88条第5号の規定に基づき、当該法人の代表役員等についての過料事件通知書を裁判所に対して送付すること(具体的な手順については平成10年通知及び「提出書類に関する留意事項について」(平成11年3月30日付け文宗務第24号文化庁文化部宗務課長通知)を参照すること。)。
        • この際、平成10年通知にあっては、法人に対する督促状の送付から裁判所に対する過料事件通知書の送付までの期間は、少なくとも2か月を置くこととされているが、当該2か月の期間を経過した後は、実務上の合理性も考慮した上で、可能な限り速やかに過料の手続を進めること。
        • 事務所備付け書類の提出期限が到来してから、上に掲げたような督促の手続等を経て、最終的に当該法人について過料事件通知書を裁判所に対して送付する手続に着手するまでの期間は、最大でも1年間を目安とすること(この点、文化庁においては、たとえば、7月末日に事務所備付け書類の提出期限が到来する法人に対しては、同年の12月中に督促を行い、翌年の3月中に過料の手続に着手するといったスケジュールにより手続を実施しており、参考にされたいこと。)。
        • 2.に示すところによって不活動宗教法人と判断された法人については、過料の手続を執るのではなく、解散命令の請求等を通じてその整理を図ること。ただし、不活動宗教法人の整理の過程において、当該法人が不活動宗教法人に当たらない事情が明らかとなった場合は、その時点で改めて過料の手続を行うこと。
  2. 不活動宗教法人の確実な把握及び整理の加速化について
    • 不活動宗教法人の把握及びその整理の事務が迅速に遂行されるよう、各都道府県宗教法人事務担当課におかれては、以下に掲げる事項を踏まえて対策の徹底にお取り組み願いたい。
      1. 不活動宗教法人の確実な把握
        • 所轄する宗教法人について、別紙に示す「不活動宗教法人の判断に関する基準」に該当するものがあるときは、これをただちに不活動宗教法人と判断し、必要に応じて活動実態を確認した上で、すみやかに整理の手続を開始すること。この際、不活動宗教法人であるおそれがある、又はその疑いがあるといった曖昧な位置づけをすることなく、基準に当たるものは遺漏なく不活動宗教法人と判断すること。
        • 上記の基準の適用に当たっては、事務所備付け書類の提出や規則変更の認証申請等の機会を有効に活用すること。たとえば、提出された事務所備付け書類の確認に際しては、平成10年通知に示される確認事項を参照して、不活動宗教法人の判断に関する基準に該当する事実がないかについて判断すること。
        • なお、規則変更の認証について審査する際には、「宗教法人法に係る都道府県の法定受託事務に係る処理基準について」(平成16年2月19日付け15庁文第340号、文化庁次長通知)を参照し、規則の変更に関与する代表役員等が正当に選任された者であることについて疑義がある場合には、当該選任の手続を調査すること。同様に、目的の変更・主たる事務所の所在地の変更等の場合において、反社会的勢力が宗教法人に介入している疑いがあるなど当該法人の同一性に疑義がある場合には、宗教活動や礼拝の施設の現状、代表役員等の選任経過等について十分な調査を行うこと。この際、主たる事務所の所在地の変更等により、所轄庁の変更を伴う場合においては、当該変更前後の所轄庁の間において十分連携の上、事実関係を適切に確認すること。
      2. 不活動宗教法人の整理の加速化
        • 今後、不活動宗教法人と判断したものについては、原則として、宗教法人法第81条第1項第2号後段から第4号までに掲げる宗教法人の解散命令事由のいずれかに該当するかについて、事実関係を確認し、同事由のいずれかに該当すると認められた場合は、速やかに当該法人の主たる事務所の所在地を管轄する裁判所に解散命令を請求するための手続に着手すること。その際、事実関係の確認の過程において、当該法人が活動している事実や、その連絡先が確認できたものは、不活動宗教法人と判断することなく、当該法人から事務所備付け書類が提出されない場合は、提出の督促や過料の手続を実施すること。
        • ただし、その過程において、宗教法人側から、当該法人の状況(宗教活動の終了又は停止、境内建物の滅失、代表役員等の欠失)について申出及び説明があった場合や、他の宗教法人との合併や任意解散に向けた準備を進めているなど、法人の個別の事情について所轄庁として了知した場合には、当該法人の動向を注視するとともに、必要に応じて相談・助言を行うとともに、当該法人を包括する宗教団体があるときは、当該包括宗教団体との連携を促すなど適切に対応すること。その上で、法人の任意による整理が困難と判断した場合は、解散命令を請求するための手続を行うこと。
        • このほか、不活動宗教法人と判断した法人の整理の手順については、今後、その詳細を示す手引きを作成し、各都道府県宗教法人事務担当課宛て周知する予定であること。
        • 文部科学大臣所轄宗教法人のうちの不活動宗教法人についても、文化庁において速やかな整理を図ることとしており、これを確実に進めるため、具体的な整理計画の策定を予定しているところ、各都道府県宗教法人事務担当課におかれても、所轄する宗教法人の実情を踏まえて、計画的に整理を進めるよう留意いただきたいこと。各都道府県における整理の状況等については、今後、文化庁への情報提供を依頼することがあること。
      3. 各都道府県における事務の適正な遂行のための基盤整備について
        • 上記にお示ししたような事項に留意しつつ、今後、宗教法人法に基づく関連事務の一層の適正化を図るためには、それらの事務に当たる体制の整備が必要であることから、各都道府県宗教法人事務担当課におかれては、組織・定員等の担当部局とも積極的に御調整いただき、必要な体制整備について配慮いただきたい。
        • また、不活動宗教法人の把握・整理等に係る財政面での支援として、文化庁においては、これまでも「不活動宗教法人対策推進事業」を実施してきたところ、令和5年度から、全ての都道府県において当該事業を活用いただけるよう、事業規模の充実を図ることとしている。
        • この詳細については別途周知を行うこととしているが、各都道府県宗教法人事務担当課におかれては、当該事業を活用しつつ取組を計画されたい
      • 不活動宗教法人の判断に関する基準
        1. 宗教法人の各所轄庁においては、宗教法人制度の信頼性を維持し、その適正な機能を確保するためには、不活動宗教法人に対する徹底した対策が必要であることを十分に認識し、自ら所轄する宗教法人について、以下のいずれかの事由に該当する場合には、当該法人をただちに不活動宗教法人と判断し、速やかにその整理に着手すること。
          1. 宗教法人から、宗教法人法第25条第4項に基づく事務所備付け書類の提出がなされなかった場合において、所轄庁が当該法人に対して督促を行う過程で、郵送した督促状等の書面が不達となるなど、法人の所在地及び当該法人の代表役員の住所地における実在が明らかでないことが判明し、所轄庁の保有するその他の情報(電話番号等)を活用してもなお連絡ができなかったとき
          2. 事務所備付け書類の提出を怠ったことを理由として、過料事件通知書の送付の対象となった宗教法人から、翌年も連続して、所轄庁の督促にもかかわらず事務所備付け書類が提出されなかったとき(ただし、当該法人から、事務所備付け書類を提出しないことに関する明確な理由・意思の表示があった場合は、不活動宗教法人と判断するのではなく、事務所備付け書類の提出を怠ったものとして過料の手続を行い、それ以後の年度についても、継続して書類の提出を促す。)
          3. 宗教法人から提出された事務所備付け書類の確認、申請された規則の変更等の認証の過程において、「宗教法人からの書類の写しの提出に関する留意事項について」(平成10年3月3日付け10文宗第12号)又は「宗教法人法に係る都道府県の法定受託事務に係る処理基準について」(平成16年2月19日付け15庁文第340号)に基づき、事実関係を調査すべき事情があり、調査の結果、当該宗教法人に宗教法人法第81条第1項第2号後段から第4号までに掲げる事由(以下「不活動による解散命令事由」という。)のいずれかに該当するおそれがあると認められるとき
          4. 所轄庁において収集した宗教法人に関連する情報資料により、又は捜査機関及び税務当局その他の関係機関からの情報提供等により、当該宗教法人に不活動による解散命令事由のいずれかに該当するおそれがあると認められるとき
          5. 宗教法人から、宗教活動を停止する若しくは終了する旨の申出、境内建物が滅失し再建の予定がない旨の申出、又は代表役員が死亡若しくは退任したことにより不在となり代務者又は後任者を置く予定がない旨の申出等があった場合において、当該法人が自ら合併・解散等を通じて法人を整理することが困難と認められるとき
        2. 上記に基づき、不活動宗教法人と判断したものについては、速やかに当該法人について、不活動による解散命令事由のいずれかに該当するかについて、事実関係を確認し、同事由のいずれかに該当すると認められる場合には、当該法人の主たる事務所の所在地を管轄する地方裁判所に解散命令の請求を行うこと。その際、事実関係の確認の過程において、当該法人が活動している事実や、その連絡先が確認できたものは、不活動宗教法人と判断することなく、当該法人から事務所備付け書類が提出されない場合は、提出の督促や過料の手続を実施すること。
          • この手順の詳細については、文化庁宗務課において別途示す手引きを参照すること

また、その他の懸念事項等については、2023年3月19日付産経新聞の記事「宗教法人法を問う 合併解散、休眠化防止に有効も二の足 不動産管理の負担重く」に詳しいため、以下、抜粋して引用します。

代表者の死亡や信者離れで休眠状態となる宗教法人が全国で増える中、休眠化を防ぐ有効な手立てとなるのが、合併などによる法人の早期解散だ。しかし、休眠化の危機にある法人は、過疎化が進む山間部などに多い。合併の受け皿となる存続法人にとって、引き継いだ土地や建物を管理するのは負担が重く、合併に二の足を踏むケースもあるという。…文化庁は、代表者の死亡などで休眠化して「不活動宗教法人」になる前に早期解散するよう呼びかけるが、現状ではそれを後押しするような対策はない。このため、過疎地を中心に檀家や信者離れが進み、解散できないままの休眠法人が増え続けているという。休眠法人は暴力団などの第三者に悪用される懸念があるが、主に売買の標的になるのは独立系の「単立宗教法人」。規模の大きい宗派や教派は、代表役員の就任や不動産の処分といった際に上位法人(包括法人)の承認が原則必要で、天理教の場合も第三者が介入する可能性はほぼないという。担当者は「不活動法人を放置せず自主的に整理するのは”公益法人”としての責務だ」と強調する。…長谷川氏は「不動産を国有化して、法人を解散できても国が土地を有効活用できなければ、結局放置されたままになる。現状の解散の仕組みを再考する必要があるだろう」と指摘した。

オウム真理教の後継団体「アレフ」に対し、法務省の外局の行政委員会の公安審査委員会は、団体規制法に基づいて施設使用などを禁止する「再発防止処分」を出しています。1999年に同法が施行されて以降、再発防止処分は初めてとなります。公安調査庁は賠償逃れの「資産隠し」が背景にあるとみています。アレフは国に差し止めを求めて提訴し、全面的に争う姿勢を示しています。処分によりアレフは6カ月間、全国にある施設の全部または一部の使用が禁じられることになるほか、布施など財産上の利益の贈与を受けることも禁止され、違反した場合は2年以下の懲役または100万円以下の罰金とする罰則規定があります。公安調査庁によると、アレフは2020年2月から物品販売などの収益事業の資産を除外して申告、2019年11月に約12億8千万円とされた資産額は3年間で約2千万円まで減少、2020年にオウム真理教犯罪被害者支援機構に対する10億円超の賠償命令が確定しており、公安関係者は「資産を関連会社や個人などに移し、賠償のための強制執行を逃れようとしている」とみています。公安調査庁は「無差別大量殺人行為に及ぶ危険性の把握が困難になった」として2023年1月に再発防止処分を請求、アレフは2月末の意見聴取手続きを欠席し、陳述書や証拠書類も提出しませんでした。既に国を相手取り、処分の差し止め請求などを求めて提訴しており、裁判で争う構えです。報道で同志社大学の小原克博教授(宗教倫理学)は「処分は宗教団体にとって極めて重く、憲法で保障される信教の自由とのバランスを含め運用には慎重さが求められてきた」と指摘、「規定は監視を前提としたアレフに対するもので、他の宗教団体への影響はただちには考えられない」と話しています。一方、北海道大学の桜井義秀教授(宗教社会学)は「団体規制法のルールを守らない以上、処分は仕方ない」とみており、「団体の変わらない危険性について警鐘を鳴らす効果はあるが、人や金の流れなど禁止行為の違反を常時監視できるかは未知数だ」として、順守についてのチェック徹底を課題として挙げています。

▼公安調査庁 「Aleph(アレフ)」を対象とする再発防止処分の決定について
▼無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律に基づく再発防止処分の決定に係る公安調査庁コメント
  • 安調査庁長官は、いわゆるオウム真理教と同一性を有する、「Aleph」の名称を用いる団体について、無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律の規定に基づく再発防止処分の請求を行っていたところ、令和5年3月13日(月)、公安審査委員会から、同処分を行う旨の決定書を受け取りました。
  • 公安審査委員会におかれては、厳正かつ慎重な審査の結果、再発防止処分を決定したものと承知しており、同決定により、「Aleph」は、6か月間、当該団体が所有し又は管理する特定の土地又は建物の全部又は一部を使用することが禁止され、また、金品その他の財産上の利益の贈与を受けることが禁止されることとなります。
  • 公安調査庁としましては、警察当局とも連携を図りながら、再発防止処分の実効性を確保していくとともに、引き続き、観察処分を適正かつ厳格に実施し、当該団体の活動実態を把握するなどして、公共の安全を確保し、松本・地下鉄両サリン事件等の被害者・遺族や地域住民を始め国民の皆様の不安感の解消・軽減に鋭意努めてまいる所存です。
▼再発防止処分決定の概要
  • 被処分団体
    • 「麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体」と同一性を有する、「Aleph」の名称を用いる団体
  • 決定した処分の内容・期間
    1. 処分の内容
      1. 「Aleph」が所有し又は管理する特定の土地又は建物(専ら居住の用に供しているものを除く。)の全部又は一部の使用を禁止すること(団体規制法第8条第2項第2号)
        • 「Aleph」管理下の4施設の全部及び9施設の一部(「Aleph」が実質的に経営する収益事業の事業所たる作業場所及び道場等)を対象
      2. 「Aleph」が金品その他の財産上の利益の贈与を受けることを禁止すること(同法第8条第2項第5号)
    2. 処分の期間
      • 6か月間
  • 当該処分に伴う禁止行為及び罰則
    1. 役職員又は構成員等の禁止行為違反に係る罰則
      • (1)「Aleph」の役職員又は構成員は、団体の活動として、当該処分に違反する行為をしてはならない(団体規制法第9条第1項)
      • (2)-1 「Aleph」の役職員又は構成員は、「Aleph」の用に供する目的で、当該処分により使用を禁止された土地又は建物を使用してはならない(同法第9条第2項第2号)
      • (2)-2 「Aleph」の役職員又は構成員は、「Aleph」の利益を図る目的で、当該処分により贈与を受けることが禁止された金品その他の財産上の利益を贈与の目的として受け取ってはならない(同法第9条第2項第5号)
        • 上記の規定に違反した者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処されることとなる(同法第38条)
    2. 土地又は建物の使用禁止に関する標章の損壊等に係る罰則
      • 当該処分により使用が禁止された土地の所在する場所又は建物の出入口の見やすい場所に掲示された標章を損壊し、又は汚損してはならず、また、処分期間中に標章を取り除いてはならない(同法第11条第1項・第3項)
      • 上記の規定に違反した者は、五十万円以下の罰金に処されることとなる(同法第40条)

厚生労働省は、企業が従業員を休ませた時に支払われる「雇用調整助成金」の特例措置を巡り、不正受給した企業名の公表基準を公開する方針を固めています。社会保険労務士らが関わった不正は原則公表するなど、厳正に対処する姿勢を明確化する一方、不正を自ら申告して全額返還した企業は公表しないなど、自主的な返還を促すことも狙っています。雇用調整助成金はコロナ禍の行動制限に伴う飲食店への休業要請などの影響で申請が急増し、2023年3月24日時点の支給総額は6兆3465億円に達しましたが、一方で、不正受給は後を絶たず、2022年12月時点で1221件、187億8000万円に上っていました。ただ、企業名や不正受給額を個別に公表したのは224件、69億3000万円にとどまり、労働局ごとに運用のばらつきもみられていたところです。

愛知県警は、盗まれた高級車を保管したとして、いずれも職業不詳、長久手市在住の男と瀬戸市の男を、盗品等保管容疑などで再逮捕しています。報道によれば、両容疑者は2023年3月、独アウディの乗用車(時価400万円)を盗品と知りながら同市内の駐車場に保管した疑いがもたれています。2人は、トヨタの高級ミニバン「アルファード」(時価900万円)を、同じ駐車場に保管した容疑で県警に現行犯逮捕されていました。県警は男から、車の動きを制御するコンピューターに侵入して、ドアの施錠を解除し、エンジンを起動させることができる特殊な機器を押収、この機器を使った手口は「キャンインベーダー」と呼ばれ、新たな手法として、近年急速に広がっており、本コラムでもたびたび警鐘を鳴らしていたものです。2023年3月までに、愛知県内ではアルファード約30台が盗難被害に遭っており、県警が関連を調べています。

本コラムでたびたび取り上げていますが、SNSの犯罪インフラ化についてもさまざまな動きがありました。自民党はSNSのデータ流用や情報工作を防ぐためのルール整備を検討するとしています。中国発の動画共有アプリ「TikTok」を念頭に政府に実態調査を促すとしています。欧米は法整備で先行しており、日本でも立法措置に発展する可能性があります。具体的には、ユーザーの個人情報が不正に利用されたり、偽情報の発信が確認されたりした場合に行政機関が疑いのある事業者に立ち入り検査できるよう促し、実態を正確に把握して、行政による適切な措置がとれるようにするほか、SNSによる情報工作を平時から把握できるような情報収集体制も求めるとしています。政府は2024年度にも外国勢力による偽情報の発信など「情報戦」に備える専門組織を立ち上げる予定で、機能の強化を要請するとしています。SNSを巡って議連が問題視するのは大きく2点で、一つはユーザーの個人情報が不正に利用されるといった恐れ、もうひとつがSNSの投稿によって相手国の世論を自国に有利な方向へ誘導する「認知戦」に利用される事態で、こうしたSNS上の懸念は海外では安全保障のリスクとして規制が設けられています。一方、難しいのが経済的な事業への目配りで、TikTokの利用者数は急増しており、広告など企業活動にも多用されている中で、利用に過度な規制をつくれば経済活動にも影響が生じかねないことが挙げられます。例えば、米西部ユタ州では、2023年3月に大手SNS企業に対し、18歳未満の利用者がアカウントを開設する際に保護者の同意を得ることを義務づける法律が成立しています。保護者の同意なしの利用を禁じる州法は全米で初であり、保護者が子どもの投稿をすべて見ることができるようにする条文も盛り込まれ、子どものプライバシー保護の観点などから反対意見も出ているといいます。新法では、500万人以上の利用者を持つSNS業者に対し、利用者の年齢確認を義務化、午後10時半から午前6時半までの間は、保護者が認めない限り、子どもがSNSを利用できなくするよう義務づけました。子どもの個人情報の収集や、子どもを対象にした広告も禁止、同法は2024年3月から施行される予定です。米国では、若者のSNS利用による自殺や拒食症、薬物利用の問題が深刻化しており、写真投稿アプリ「インスタグラム」や動画投稿アプリ「TikTok」など大手SNSへの規制強化を求める声が超党派で強まっていますが、ユタ州の今回の措置は、親による監視が強すぎ、子どものプライバシーを奪うなどと反対の声も出ています。報道によれば、米電子フロンティア財団(EFF)は今月の声明で「オンラインでのプライベートな空間は、若者にとって極めて重要だ。法案はこうしたプライバシーを不可能なものにする」として、廃案を求めています。また、西部カリフォルニア州のサンマテオ郡教育委員会は2023年3月、SNSが子どものメンタルヘルスを悪化させ、欠席やいじめなどにつながっているとして複数の運営企業に損害賠償を求める訴訟を起こしています。西部ワシントン州のシアトル公立学校による2023年1月の提訴が皮切りとなり、同様の訴訟が全米で広がっている状況です。前述のとおり、子どものSNS利用規制をめぐっては、プライバシー保護や表現の自由の観点から批判もあり、業界団体のネットチョイスは「言論の自由」を保障する合衆国憲法に反すると主張、このほか家庭内で虐待を受けている子どもの存在などを念頭に、親の監視を強めることへの懸念も出ています。関連して、2023年3月29日付読売新聞の記事「「激やせ」検索で壊れた心身、SNSで増幅する「美への願望」…[情報偏食]第2部<1>」も興味深い内容でした。厚生労働省によると、国内で摂食障害を患う人は2019年度末時点で約24万5000人、多くは10~20代の若い女性だといいます。報道で東京大の笠井清登教授(精神医学)らが2019年に公表した研究結果では、調査対象にした10歳女児約2000人の23%が「痩せたい」と答えており、ネット利用の目的についての回答と合わせて分析すると、SNSを目的にネットを利用する子の方が、そうでない子よりも痩せたいという願望を抱く確率が高かったといいます。笠井氏は「SNSの利用で押し寄せる似た情報にさらされ続けると、考え方にバイアス(偏り)が生じる。無意識のうちに他人と比較しがちになり、判断や行動に影響が及ぶということを知った上で接する必要がある」と指摘しています。また、国際美容外科学会の調査によると、日本で2021年に施術された美容医療は約175万件と5年前の1.5倍に増えているといいます。米国、ブラジルに次いで世界で3番目に多く、外科手術は約27万件に上ります。報道で東京未来大の大村美菜子講師(臨床心理学)は「美容手術で前向きになれるのであればいいが、SNSなどを見て他人の評価を軸にすると、欲求が際限なく高まる」と警鐘を鳴らしています。認知心理学では、人は繰り返し見聞きする情報を「正しい」「好ましい」と感じる「単純接触効果」という作用が知られています。また、ツイッターの投稿を引用するリツイートの数や「いいね」の数が多いと情報の信用度が高いと感じるようになり、さらに、何らかの判断や意思決定をする際、直前に見たものなど思い出しやすい情報を基に決断してしまう傾向もあるとされいます。東京工業大の笹原和俊准教授(計算社会科学)は「SNSは、人を連鎖的に依存や中毒に陥らせる危険な性質を持っている。社会経験が少なく自己形成が途上な若者は特に歯止めがきかず、落とし穴にはまりやすい可能性がある」と指摘しています。

SNSの犯罪インフラ化としては、自殺ほう助という点も挙げられます。福岡市西区の海岸で2023年2月、20代の男性の絞殺遺体が見つかった事件では、男性がSNSで一緒に自殺する人を募集し、殺人容疑で逮捕された大阪市の男子高校生(17)が応じたことが発端とみられています。SNSへの自殺関連の投稿が事件につながるケースは相次いでいる一方で、対策が追いついていない現状があります。報道によれば、「匿名性が高いインターネット上で、自分と同じ価値観や思考を探す人は多い」とSNSで悩み相談に応じる相談員を育成する「全国SNSカウンセリング協議会」の浮世常務理事が指摘しています。その上で、「不特定多数の人とつながることで感情が増幅され、自殺などの行動にも移行しやすい」と注意を呼びかけています。警察庁が委託する民間団体「インターネット・ホットラインセンター」(IHC)は2018年から、「自殺を手助けする」といった投稿を確認した場合、サイト管理者などに削除を要請していますが、IHCによれば、2021年までの4年間に削除を依頼した1万1443件のうち、要請から一定期間内に削除が確認されたのは6247件(54%)にとどまっています。報道で自殺対策に詳しい岩手医大の大塚耕太郎教授(精神医学)は、「相談員の心理的負担は大きく、人員も不足している」と指摘、SNSの方が相談しやすい人もいるとして、「SNSでの相談のノウハウを蓄積し、相談員の育成や質の向上につなげていく必要がある」としています。

さらに、SNSは、オウム真理教の後継団体「アレフ」が若者世代の勧誘を続けるのに使われている側面もあります。14人が犠牲になった地下鉄サリン事件から2023年3月で28年となりますが、前述のとおり、国はこのほど団体規制法に基づき、施設使用などを禁止する「再発防止処分」を出しましたが、専門家からは「効果は不十分」との指摘もあります。公安調査庁によると、アレフなどオウム真理教の後継団体は信者の獲得を継続しており、2020年に約60人、2021年に約80人が入会したといいます。勧誘の場を街頭からSNSに移しているとみられ、オウム真理教に関する知識の少ない世代を主な対象に団体名を伏せて「ヨガ」「メンタルヘルス」などのイベント名目で参加者を募集しているといいます再発防止処分により、全国13カ所にある施設の全部または一部の使用が6カ月間禁じられることになりますが、ネット上での勧誘活動は規制対象外となっています。報道で日本脱カルト協会の代表理事、西田公昭・立正大教授は「ネット上でのやりとりは監視できず、活動をどこまで制限できるのかは不透明。団体の危険性や勧誘手口を広く周知するなど取り組みを続ける必要がある」と指摘しています。

米CNNは、中国で7億人超の顧客を持つ通販サイト「ピンドゥオドゥオ」が、自社のアプリをインストールした人のスマートフォンから、様々な個人情報を同意なく取得していたと報じています。CNNがセキュリティの専門家らに分析を依頼したところ、ピンドゥオドゥオはスマホの通話履歴や写真、文字記録などに不正にアクセスしていたといいます。スマホの基本ソフト「アンドロイド」の脆弱性を突き、アプリが削除されてもデータを取得し続けていた可能性も指摘されています。取得されたデータは販促や広告のために用いられ、政府への提供は確認されていないといいます。米グーグルは2023年3月、自社のアプリストア「グーグルプレイ」でピンドゥオドゥオアプリのダウンロードを停止、ピンドゥオドゥオは2022年から海外でも「Temu」の名称でサービスを始め、北米などで利用者を急速に増やしています。TikTokの問題が大きな問題となる中、本件も事実であればチャイナリスクが深刻なものであるとの認識をさらに広めることになりそうです。

屋内のIoTエアコンなどを悪用して、スマートテレビのリモコン操作から個人情報を盗み出す攻撃が考えられるといいます。2023年4月3日付産経新聞によれば、テレビの赤外線(IR)リモコンは、その簡便さと低コストから、家庭で広く使われており、IRは1回でも反射すると信号強度が弱くなる性質や、通常は10m程度の限られた距離の通信に使用されることが多いため、IRを盗聴する場合、物理的にその場にいる必要がありました。近年では、インターネットに接続できるスマートテレビが登場し、そこでもIRリモコンが使われ続けている状況で、また多くの家庭用機器がIoT(Internet of Things)化されている中、IoTデバイスの多くはIR受信機が整備されており、インターネットを通じて遠隔操作できるため、スマートテレビのIRリモコンの信号を盗聴できる可能性が否定できません。加えて、Netflixやプライムビデオ、YouTubeなどの動画アプリにおいて、IRリモコンでアカウント情報を入力する可能性があり、中にはアプリ内課金でデジタル製品や物品の購入ができるものもあります。調査の結果、家庭内のIR信号は、同じ部屋に置かれたIoTデバイスによって容易に盗聴され、攻撃者は被害者が押したキーを一意に再現し、抽出技術によって機密情報を抽出できることを示唆されました。

日本政府は、中国系動画投稿アプリ「TikTok」に関し、「政府機関が要機密情報を取り扱う場合には、利用することはできない」とする答弁書を閣議決定しています。また、答弁書では、閣僚らの政務三役がTikTokを利用しているかどうかについては、「政府機関などが支給する端末には、インストールしていない」としています。TikTokを巡っては、個人情報が中国側に漏洩する恐れなどから欧米各国で利用禁止の動きが広がっており、米下院外交委員会は2023年3月、同アプリの米国での利用を禁止する法案を賛成多数で可決しています。直近では、オーストラリア政府も、政府職員が使う端末で中国系動画投稿アプリ「TikTok」を利用することを禁止する命令を出しています。国家安全保障上のリスクがあるとの指摘が出ており、欧米諸国に追随した形となります。これに先立ち、ニュージーランドは議会システムに接続できる端末からのTikTok削除を発表、米英カナダを含めた英語圏5カ国による機密情報共有の枠組み「ファイブ・アイズ」の全ての国で規制措置が導入されることになります。一方、中国商務省は、オーストラリア政府の対応を「差別的な措置だ」と批判、商務省幹部が談話で「オーストラリアのビジネス環境に対する国際社会の信用を傷つける」と強調しています。国家安全保障上のリスクがあるとの指摘には「(禁止は)安全保障には無益で、かえって自国の企業と市民の利益を損なう」と語っています。なお、メキシコのロペスオブラドール大統領は、政府がTikTokの使用を禁止しないと明言しています。フランスでは、ゲリニ公共変革・公務員相が、TikTok」について、フランス政府が国家公務員に対し、仕事で支給された携帯電話での使用を禁じることを決めたと発表しています。ただ禁止対象はTikTokに限定せず「娯楽用アプリ」全体としており、娯楽用アプリはサイバーセキュリティやデータ保護の水準が公的利用には不十分だと指摘しています。オランダ政府は、安全上の懸念からTikTokを公用携帯端末で使用しないよう勧告しています。オランダの情報機関は2023年2月、中国やロシア、イラン、北朝鮮のアプリは「スパイ活動のリスクがある」と指摘、オランダ政府はTikTokだけでなく、こうした国々のアプリを公用携帯端末で使用することを全面的に禁止する方針です。英政府は、TikTokを公用携帯端末で利用することを即時禁止すると発表しています。オリバー・ダウデン英内閣府担当相は「機密にかかわる政府情報を守ることを最優先しなければならないので、われわれは本日、このアプリを公用端末で使うのを禁止する」と述べています。英政府は、さまざまなソーシャルメディアアプリで政府データが脆弱性にさらされて重要情報が入手・利用される危険性に関して、国家サイバーセキュリティセンターに検討するよう要請していたものです。

TikTokの運営会社は、米国内の利用者数が1億5000万人を超えたと明らかにしています。米議会では外国企業が所有するアプリなどについて、「米国の利用者に国家安全保障上の脅威を与える」と認められた場合に米国内での利用を禁止可能にする法案が審議されています(下院では賛成多数で成立)が、同社はサービスが停止した場合の影響の大きさを訴え、法案成立を食い止める狙いとみられています。同社が米国内の利用者数を公表するのは1億人を突破した2020年8月以来で、周CEOは運営会社の米国内の従業員数が約7000人にのぼり、中小企業を中心に米国内で500万社がTikTokを利用していることにも言及しています。また、周CEOは、米下院エネルギー・商業委員会での証言で、米国の個人情報を中国政府と共有したことはなく、今後共有することもないと述べています。同CEOは「TikTokは米国の個人情報を中国政府と共有したことは一度もなく、共有を求められたことも一度もない。万が一そのような要請があった場合も要請に応じない」と主張しています。親会社であるバイトダンスについては、政府や国家組織に所有・支配されていないと説明し、「バイトダンスは中国や他国の代理人ではないと明言させてほしい」と述べています。TikTokを巡っては、米国の個人情報が中国政府の手に渡るおそれがあると懸念が浮上しています。TikTokは、データ保護やコンテンツ監視・管理上の決定を監督する「米国データ・セキュリティ(USDS)」部門を立ち上げ、1500人近いフルタイム従業員を雇用、米国の個人情報の保管で米オラクルと提携、同CEOは「オラクルはすでにTikTokのソースコードの検査を始めており、関連アルゴリズム・データモデルに前例のないアクセスが得られるだろう」と述べています。こうした作業が完了すれば「保護された全ての米国のデータは米国法の保護下と米国主導のセキュリティチームの管理下に置かれる。この構造では中国政府がデータにアクセスしたり、アクセスを強要することはできない」と説明しています。

英情報保護当局は、TikTokを運営する現地法人などに1270万ポンド(約21億円)の制裁金を科すと発表しています。2020年に最大140万人の13歳未満の子供が、年齢制限に違反してTikTokを利用、法人側の年齢確認などの対応が不十分だったため、子供の個人情報が違法に使用されたといいます。英国の法律では、13歳未満の個人情報の利用には保護者の同意が必要ですが、同意なしに子供のデータが収集され、不適切な広告が表示された可能性が指摘されています。

米メタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグCEOら幹部が、FB(フェイスブック)やインスタグラムで性売買や児童の性的搾取を防ぐ取り組みを十分に行っていないとして、株主が訴訟を起こしています。複数の年金基金や投資ファンドは訴状で、メタの経営陣と取締役会が犯罪行為の「組織的証拠」に目をつぶることで、会社や株主の利益保護を怠っていると主張、取締役会が問題根絶に向けた対策を説明しないことから「メタのプラットフォームが性/人身売買を助長することを取締役会が意識的に許可しているというのが唯一の論理的推論だ」と訴えています。メタは訴訟について根拠がないとし、発表文書で人身売買や児童の性的搾取を明確に禁止していると強調しています。

以前の本コラムでも取り上げましたが、ガソリンスタンド(GS)で、銀行口座から即時決済する「デビットカード」を使い、外国人グループがタイヤなどの高額商品をだまし取る不正利用が多発した問題で、経済産業省が再発防止に向け石油元売り事業者などに対し注意喚起を行っています。一連の不正では、給油の決済で行われる「1円オーソリ」という特殊な承認手続きが悪用されました。GSでは給油量に応じて決済金額が決まるため、一定の金額を下回る安価な決済では、いったん1円でカードの有効性を確認する1円オーソリの処理がシステム上で行われ、後に実際の金額に書き換えられる方式となっています。不正はこの仕組みを店舗内の物品販売でも導入しているGSが狙われ、1円オーソリが行われる金額で、複数回に分けてタイヤなどの高額商品が購入されて転売が行われたものです。経産省は通知文で、こうした分割売り上げについて「不正取引や犯罪行為に悪用されるおそれがある」と指摘、石油元売りなどに対し、加盟するGSでカードを用いた分割売り上げを行わないよう周知するとともに、従業員教育に取り組むよう求めています。

日本クレジット協会は、2022年のクレジットカード(クレカ)の不正利用被害額が、前年比32.3%増の436億7000万円に上ったと発表しています。1997年の調査開始以来、過去最高となりました。キャッシュレス決済の普及でクレカ利用額も15.8%増の93兆7926億円と最高額を更新しましたが、利用額を上回るペースで不正利用が急増している実態が浮かび上がりました。被害の内訳は、番号盗用によるものが411億7000万円と9割以上を占め、偽サイトに誘導して個人情報を盗み取る「フィッシング」や、加盟店などのコンピューターへの不正アクセスが主な手口で、かつて多かった偽造カードによる被害は1%以下に減っています。こうした被害拡大を踏まえ、カード業界は事業者向けのガイドラインを改訂しています。政府もカード会社に国際的な本人認証の導入を求め、安全な取引環境の整備を急いでいます。不正利用の内訳をみると、9割超はカード番号の盗用による被害で、キャッシュレス決済の普及に伴い、ネット通販サイトへのサイバー攻撃の増加や、利用者を偽サイトに誘導して個人情報を抜き取る「フィッシング」被害の拡大が背景にあります。新たな不正利用対策として、すべてのEC加盟店に対し2025年3月末までに複数の方法で本人認証する国際的な規格「EMV-3Dセキュア」の導入を盛り込んでいます。利用履歴がない場所での決済や異常を検知すると、生体認証など複数の方法で確認が必要となるものです。これまでカード業界はセキュリティ対策を進めてきたが不正利用の被害額は増加傾向にあり、2000年ごろは偽造カード対策が中心だったところ、近年は手口が巧妙化しカード番号の漏洩や盗用が相次いでいることをふまえ、政府はカード業界に対し、不正利用の情報共有やガイドラインの改訂を求めていました。今回導入される「EMV3Dセキュア」と呼ばれる本人認証システムの規格では、スマホを使った指紋認証や、1回ごとに使い捨てる「ワンタイムパスワード」なども含まれ、欧米では広く使われているもので、日本では、ヤフーやメルカリが導入していますが、普及は遅れています。カードの不正検知サービスなどを提供する「かっこ」が2022年12月、通販事業者の不正利用対策の担当者530人を対象に調べたところ、EMV3Dセキュアを導入している企業は28.9%にとどまり、「ランニングコスト」(63.7%)、「導入コスト」(45.2%)など、費用負担を懸念する声が多い結果となりました。また、技術的な課題もあり、正当な取引でも不正と誤認するエラーが起きたり、不正な取引を検知する精度にムラが指摘されたりしていることから、独自のシステムで対策をとる企業も多いといいます。現在は事前に登録した暗証番号による認証が主流で、購入手続きが簡単な半面、番号が流出すると被害が拡大する恐れがあります。決済時の本人認証を強化することで、被害を防ぐことが期待されます。

政府がデジタル社会の「パスポート」と位置づけるマイナンバーカードは、2023年3月末時点で累計の申請枚数が9614万枚を超えました。普及率は76%を超え、政府も「目標達成」を宣言しています。一方、国民の手に広がったカードの利便性が実感される場面はまだ多くなく、民間企業による活用など、真価はこれから試されることになります。申請ベースで運転免許証の保有者数(約8189万人)を超え、顔写真付きの身分証として最多となったマイナンバーカードですが、今後の焦点はポイントのばらまきと保険証の廃止方針で普及させたカードが実際に利用され、社会が便利になるのかどうかに移ります。ただ普及を急いだあまりに、医療や行政の現場では混乱も起きています。カードの利用や取り扱いが増えれば、それだけ個人情報の漏洩リスクは高まることになります。そもそも当初はほぼ全員がカードを持つことは想定していなかったと言われていますが、「マイナンバーカードには正確な個人情報が入っている」として、民間サービスでの利用の広がりが期待されるところです。想定を超えた情報を事業者に利用されるリスクが高まる一方で、カードを使ったサービスを使う場合、自らの情報をコントロールしたり、信頼が置けたりする事業者を選ぶ意識を持つことが極めて重要で、カードの認証機能を使う事業者の信頼性をチェックする消費者側の組織も必要となると考えられます

米国が主導して開催した第2回民主主義サミットが閉幕しましたが、約120カ国・地域の首脳らが招待され、先端技術を民主主義の促進に生かす方法や汚職撲滅、報道の自由などについて意見が交わされ、米英仏など11カ国は、専制主義国家などを念頭に、スマートフォンやパソコンからひそかに個人情報を収集する民間の「スパイウエア」の拡散や悪用を防ぐための共同声明を発表しています。今後、その取扱いが大きな課題となると考えられる「経済スパイ」(チャイナリスク)や「スパイウエア」に関する最新の動向について、2つの記事を紹介します。

中国、スパイの定義を拡大へ…北京の外交官「運用は当局の判断次第」(2023年4月3日付読売新聞)
中国の習近平政権はスパイ行為の摘発強化に向け、2014年施行の「反スパイ法」の改正作業を進めている。スパイ行為の定義を現行法よりも拡大するのが柱だ。規定は曖昧で、恣意的な運用で外国企業の活動などへの影響がさらに強まりかねないとの懸念が出ている。同法の改正は初めて。全国人民代表大会(国会)常務委員会で、改正法案が今年前半にも可決される見通しだ。改正法案では、スパイ行為の定義について、現行法にある国家機密の提供に加え、「その他の国家の安全や利益にかかわる文献やデータ、資料、物品」の窃取や探りを入れる行為、買収などを盛り込んだ。「国家の安全や利益」について詳しい説明はない。…重要な情報インフラ施設のサイバーセキュリティの脆弱性に関する情報を提供することもスパイ行為に挙げた。サイバー攻撃への危機感があるとみられる。摘発機関である国家安全当局の権限も強まる。…日本企業には社員の安全を守るための対策を考える責任がある。オンライン会議を活用することで、中国が管理を強めるデータを社員が国外に持ち出さなくてもすむようにしたり、日本人社員が駐在しなくてもビジネスができる仕組みを整えたりすることが考えられる
スパイウエア「際限なき監視」 プライバシーは国家の安全の犠牲に(2023年3月23日付毎日新聞)
デジタル技術による国民監視は、すでにアジアや中東の権威主義国家で問題視されている。だが、民主主義が定着した西欧でも、その強大な監視能力は影を落とす。…スパイウエアはスマホやパソコンからひそかに個人情報を抜き取る監視ソフトだ。イスラエル企業が開発したペガサスは、メッセージの閲覧や通話の録音をしたり、カメラやマイクを遠隔操作したりすることができる。「トイレに行くのさえ知られてしまう。際限なきプライバシー侵害です。逃れたいなら、携帯を窓から投げ捨てるしかない」。…報告書は監視活動が、独立派と対立するスペイン政府によるものであることを「状況証拠が示唆している」と指摘した。…テロ・犯罪組織などを対象に、治安維持を名目とした諜報活動は世界各国で行われてきた。しかし、スマホの普及とスパイウエア技術の発展は国家に対し、かつてない規模と精度で、いとも簡単に人々の行動を監視する力を与えている。スパイウエアは安全保障に必要だと思うかと尋ねると、ボイエ氏は唇をゆがめた。「国家が『安全保障』のためにテクノロジーを使う度に、(私たち個人の)安全が脅かされているのです」、「スパイウエアがテロなど特定の脅威から人々の命を救うためだけに利用されるならいいでしょう。しかし、現実はそうならない。そうしたテクノロジーがあれば、彼らは自らの政治的利益のために使う誘惑にかられるからです」…多くはクリックすればスパイウエアに感染する仕組みだが、ときには受信者が何の操作をしなくても感染する「ゼロクリック攻撃」もあるとされる。…欧州ではプライバシーの保護を、人が人として生きるための基本権と定める。スペイン法では、当局はテロ容疑者の監視などのため裁判所の認可のもと例外的にプライバシー権を制限することができるが、その場合は監視の目的や期間を具体的に限定しなければならない。しかし、スパイウエアは従来の盗聴などとは違う。スマホの中身をのぞき見られれば過去にさかのぼり、極めて広範囲な個人データを把握されてしまう。…ブロックチェーンで国家の権力を分散化したい独立派と、スパイウエアによる統制で秩序を維持したい政府―。そんな構図が浮かぶ。

社会の分断を助長するスパイウエアに関連して、「監視」ツールもいよいよ「犯罪インフラ」として認識されつつあり、(米中の対立関係が背後にあるとはいえ)ウイグル族のイスラム教徒の監視に使われる顔認証技術を提供した中国企業に制裁を加えており、今後、中国からの顔認識技術の輸出を制限するさらなる措置として、こうした技術を輸入する国に対する制裁措置を講じることも考えられるところです。こうした視点については、2023年4月9日付産経新聞の記事「中国が顔認識技術で世界最大の輸出国に。「監視社会」の拡大に高まる懸念」にコンパクトにまとめられていますので、以下、抜粋して引用します。

顔認識技術の分野において中国が最大の輸出国になったことが、このほど発表された報告書から明らかになった。顔認識技術とともに市民の監視が強化され、権威主義的な政府のあり方が広がることも懸念されている。バングラデシュ政府がベンガル湾に人工知能(AI)を活用したスマートシティを建設する目的で、とある社名非公表の中国企業からの提案を検討し始めたのは2022年初旬のことだった。このハイテク都市の建設はまだ始まっていないが、もし計画が進めば、公共のカメラを利用して群衆から行方不明者を探したり、犯罪者を追跡したりできる顔認識ソフトウェアが導入される可能性がある。これは中国の多くの都市では、すでに標準的に導入されている技術だ。…こうした輸出によって他国の政府は監視を強化でき、市民の人権が損なわれる可能性があると報告書は主張している。「中国がこれらの国に技術を輸出しているという事実は、より民主的になれる国々を独裁的に変えてしまう可能性を示しています」と、AIなどの新技術と政府の政策、マクロ経済との関係を研究しているMITの経済学者のマーティン・ベラジャは語る。米国では、世界的に中国の技術を制限することへの超党派の関心が高まっている。前大統領のドナルド・トランプの下、米国政府は米国やほかの地域…におけるファーウェイ(華為技術)の5G技術の使用を制限することを目的とした規制を導入し、中国のAI企業に狙いを定めた半導体の禁輸措置を講じた。バイデン政権は、中国企業が最先端の半導体やその製造技術を手に入れられないよう、より広範囲な半導体の輸出規制を導入した。また、ウイグル族のイスラム教徒の監視に使われる顔認識技術を提供した中国企業に制裁を加えている。中国からの顔認識技術の輸出を制限するさらなる措置として、こうした技術を輸入する国に対する制裁措置を講じることができると、シーモアは説明する。しかし、同時に米国は顔認識技術の利用の規制において世界のほかの国々に模範を示す必要があると、シーモアは語る。

米連邦捜査局(FBI)は、英国やカナダ、EUなどと共に、ハッキングで盗まれた銀行口座の番号やパスワードを含む機密情報を販売する世界最大級の闇サイト「ジェネシス」を摘発したと発表しています。ロシア発の同サイトは国際犯罪の温床(犯罪インフラ)となっており、サイバー攻撃の拡大阻止に向けて西側諸国が結束を示した形となります。ジェネシスはマルウエア(悪意のあるソフトウエア)で攻撃したコンピューターから取得したブラウザーの利用者特定につながる情報など、デジタル商品の販売に特化しているとされます。

ここのところの最近の大きな話題の1つが「ChatGPT」であることは間違いのないところです。あたかも人間と会話をするように流暢に回答することで業務の利便性の向上に役立つ可能性を見出す人も多い一方、さまざまなマイナスの側面も指摘されています。ChatGPTが「犯罪インフラ化」する可能性を有していると認識する必要があるのです。米国のバイデン大統領は、高性能人工知能(AI)が社会に及ぼす影響について、「国家安全保障への潜在的なリスクにも対処しなければならない」と述べています。利用者の個人情報を守る法律の整備を目指すともしています。米新興企業オープンAIが開発した「ChatGPT」を念頭に、「ハイテク企業は、製品を公開する前に、安全性を確認する責任がある」とも話しています。ソーシャルメディア利用者の個人情報を保護する措置が必要だとする考えも示し、「議会は、超党派のプライバシー保護法案を可決する必要がある」と述べています。AI技術の開発には、適切な保護政策の整備が欠かせないとしています。ChatGPTを巡っては、法的な根拠や利用者への説明がないまま、会話の内容を集めた疑いがあるとして、イタリアの情報保護当局が一時的に、利用を禁止すると発表しています。偽情報の氾濫や著作権侵害といったリスクも指摘されているところです。以下、最近の報道から、犯罪インフラ的な側面についての記事をいくつか紹介します。

対話AIにハッカー注目 悪用議論、闇サイトで急増(2023年2月21日付産経新聞)
ハッカーやサイバー犯罪者が「チャットGPT」など人工知能(AI)を用いた対話型ソフトに注目し、匿名性の高い闇サイトで悪用の手口を議論していることが21日、セキュリティ企業の「NordVPN」の調べで分かった。闇サイトの関連投稿は今年1月から2月にかけて7倍超に急増し、内容も過激化しているという。ノードVPNは「対話型ソフトは利用者のプロフィルを把握して保存している。ハッカーによる対話型ソフト乗っ取りを心配するのであれば、利用者は個人情報を伝えるべきではない」と注意を呼びかけている。ノードVPNが「ハッカーフォーラム」と呼ばれる、ハッカーの情報交換の場となっている闇サイトを調べたところ、対話型ソフト関連の投稿は今年1月に120件だったが、2月は870件になった。
チャットGPTは犯罪に悪用の恐れ、欧州刑事警察機構が警告(2023年3月28日付ロイター)
EUの欧州刑事警察機構(ユーロポール)は27日、米マイクロソフトが出資する新興企業、オープンAIが開発した人工知能(AI)「チャットGPT」について、性能がアップしており、IDやパスワードを盗み取る「フィッシング」、虚偽情報の作成、サイバー犯罪などに悪用される恐れがあると警告した。非常にリアリティーが高い文章を書くことができるチャットGPTの能力はフィッシングに役立つ。また特定の個人やグループの文体を模倣する言語パターンの再生能力は被害者を狙い撃ちするのに利用できる。さらに真実味の高い文章を素早く量産できる能力はプロパガンダや虚偽情報の拡散に理想的なツールになるという。チャットGPTは昨年の公開以来、ブームを巻き起こし、ライバル勢が相次いで類似製品を発表。アプリや製品への導入が進んでいる。
ChatGPT「欧州で規制広がる恐れ」 データ法制専門家(2023年4月3日付日本経済新聞)
米オープンAIの対話型人工知能(AI)「ChatGPT」に対し、欧州での締め付けが厳しくなる恐れが出ている。イタリア当局は、そのデータ収集手法を問題視して調査に乗り出し、同国でのサービス停止に発展した。EU全体の個人データ保護ルールが今回の調査の根拠となっているため、今後、EUの各国当局が同様に動く可能性がある。…「イタリア当局の発表によると、今回の調査は、EUの個人データ保護ルールである『一般データ保護規則(GDPR)』を根拠にしている。当局にユーザーの会話などに関して何らかの『データ侵害』があったとの報告が上がり、調査につながったという。GDPRに基づく調査や摘発は本来、その会社が欧州での拠点を持つ国の当局が担うのが原則だ。だがオープンAIには欧州拠点がないためEU全体での調整がされず、報告を受けたイタリア当局が先陣を切った形となった」「当局がGDPR違反の疑いがあるとして考えている論点は大きく2つある。(1)チャットGPTを利用することによって個人データを収集される利用者本人や、チャットGPTが回答を作成するためにネット上から個人データを集められる人々に対し、オープンAIが個人データを取り扱う事実について情報提供をする義務を果たしていない(2)アルゴリズムを訓練するために個人データを大量に収集、処理することについて、GDPRが求める『本人による明確な同意』や『正当な利益がある』といった法的根拠がない―という2点だ」「さらに、チャットGPTの回答が必ずしも事実とは一致しないことから、不正確な形で個人データが取り扱われている可能性がある点や、利用の際に年齢確認の手続きがないために未成年者などが年齢などにふさわしくない不適切な回答を受ける恐れがある点も問題視されている」「GDPRとは別に、現在、EUで立法準備が進んでいる『AI規則』との関係がより注目される。AI規則は、AIを人権リスクの程度で4段階に分類し、一番重大な『許容できないリスク』のあるAIはEUでのシステムやサービス提供を禁止、2番目の『ハイリスク』のAIには厳しい品質管理義務を課すなどの内容だ。同規則が採択されれば、むしろこちらのほうが直接的な歯止めになり得る
ChatGPT、情報漏洩を防ぐには? データ専門家に聞く(2023年4月5日付日本経済新聞)
最大のリスクは、社員のユーザーがAIにコンフィデンシャル(機密)情報を与えてしまう点だ。社外のクラウドサービスに対して通常は働く危機意識が、相手がAIだからと安心して働かなくなってしまうことがある。AIがその入力内容をベースに学習を深め、社外の他のユーザーへの回答に反映するといった、会社が想定していない形での機密漏洩が起きてしまう」「あるバイオテクノロジー企業から『漏洩が発生した可能性がある』と相談を受けた。社員が自社の製造データをチャットGPTに入力し、どうすれば製造効率を改善できるか質問してしまったという。幸いにして致命的な機密ではなかったが、こうした悪意のない行動で漏洩が起こりうる」「必ずしも『全面禁止』までしなくていい。あくまでも社員が許容できるポリシーが必要だ。たとえばITエンジニアは新しい技術を試す意欲が高く、また対話型AIのリスクの正確な知識がある。業務での活用には彼らの試行錯誤は不可欠で、このレベルのデータや使い方までなら良いと線引きをすれば安全だろう。むしろ禁止することでルール外の利用が横行する可能性が出てきてしまう」「一方、重要な機密を扱ったりメンバーが知識に乏しかったりする部署は、活用のメリットよりデメリットが上回る。全社一律ではなく、部署の扱う情報や知識に応じて個別にポリシーを設定することが求められる」「ベライゾンは毎年、データ漏洩や侵害に関する調査報告書をまとめている。直近の2022年版で約2万3千件の事案を分析したが、事案の82%が人的要因だった。その大半が悪意のないミスだ。チャットGPTへの機密データ入力はまさにここにあたる。また外部からのサイバー攻撃でも、社員をだまして認証情報を送信させるなどの『ソーシャルエンジニアリング』が起点となることが多い」
米国でGPT-4差し止め要請、イタリアはChatGPT一時禁止(2023年4月1日付日本経済新聞)
人工知能(AI)の倫理問題を調査する非営利団体、米AIデジタル政策センター(CAIDP)はこのほど、米連邦取引委員会(FTC)に米オープンAIが開発する最新AI「GPT-4」の商業利用を差し止めるよう要請したと発表した。欧米ではAIの高度化を警戒する声が急速に広がっている。イタリア当局は3月31日、オープンAIの対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」を一時的に禁止すると明らかにした。GPT-4はオープンAIが3月に発表した最新AIで、人と自然な会話ができる対話型AIサービスのチャットGPTを動かすための基盤となる技術だ。…高度AIの開発をめぐっては、偽情報の氾濫や偏見を助長しかねないといった負の側面を懸念する声が相次ぐ。最近では米非営利団体がその危険性を警告する書簡を公開して署名活動を始め、米起業家のイーロン・マスク氏らが賛意を示した。GPT-4を上回るシステム開発に向けた訓練を中断するように呼びかけている。一方で企業のAI開発は急ピッチで進んでいる。
イタリア、チャットGPTを一時的に使用禁止に 欧米で初(2023年4月1日付毎日新聞)
イタリアのデータ保護当局は3月31日、米新興企業オープンAIが開発した人工知能(AI)を使った対話型ソフト「チャットGPT」を一時的に使用禁止にすると発表した。ロイター通信によると、欧米諸国でチャットGPTの使用を禁止するのはイタリアが初めて。イタリア当局は、膨大な個人情報を違法に収集した疑いがあるとした。13歳以上と想定する利用者の年齢確認の仕組みがないことも問題視した。当局はオープンAIに対し、20日以内に対策を講じて報告するように求めた。対応が取られない場合、最大2000万ユーロ(約29億円)か、世界での年間売上高の4%を上限とする罰金を科す可能性がある。ロイターによると、オープンAIは当局の要請に基づき、イタリアでチャットGPTが利用できないようにする措置を取った。
独、必要ならチャットGPT禁止も 伊に追随 仏アイルランドも検討(2023年4月4日付ロイター)
ドイツがデータセキュリティ上の懸念から、米オープンAIが開発する対話型人工知能(AI)「チャットGPT」の使用を禁止するイタリアの決定に追随する可能性があると、独データ保護当局者が現地紙ハンデルスブラットに語った。イタリア当局は3月31日、米マイクロソフトが出資するオープンAIのチャットGPTへのアクセスを一時停止し、膨大なデータ収集が個人情報保護法に違反する可能性があるとして調査を開始したと発表。ユーザーの年齢確認にも不備があると指摘した。独連邦データ保護機関のトップ、ウルリッヒ・ケルバー氏は、当局がイタリアに対し禁止措置を巡る一段の情報を要請しているとし、ドイツでも同様の措置を取ることは原則的に可能という認識を示した。フランスとアイルランドのプライバシー当局もイタリア規制当局と連絡を取っており、アイルランドのデータ保護機関の報道官は「この件に関し、欧州連合(EU)域内の全てのデータ保護関連当局と調整する予定」と述べている。スウェーデン当局はチャットGPTを禁止する計画はなく、イタリア当局とも接触していないとしている。
OpenAI、対話AIの安全策公表 欧米での批判受け(2023年4月6日付日本経済新聞)
人工知能(AI)開発の米オープンAIは5日、高度な言語能力を持つAIの安全面での施策を公表した。外部の専門家や利用者の声を交え、動作監視して改善するほか、AIの訓練に使うデータから個人情報をできる限り削除することなどを掲げた。プライバシー侵害をめぐり欧米で批判や懸念の声が強まっていることに対応した。…オープンAIは可能な場合は、AIを訓練するデータから個人情報を削除する。外部から個人情報の削除の要請があった場合にも応じることでプライバシー侵害を最小限にするとしている。また動作については外部の専門家や利用者の声を反映して改善し、監視する仕組みをつくる。「API」と呼ばれる外部ソフトとの連携機能を通じ、実際のサービスの使われ方を確認することで、不正使用を防ぐようにするという。高度なAIは基になるデータの不正な収集、差別や偽情報の助長、サイバー攻撃への悪用といった課題を抱える。イタリアの一時禁止をはじめ、個人データ保護法制が厳しい欧州で規制強化が進む可能性がある。米国では非営利団体などがさらに高度なAI開発の危険性を指摘して署名活動をしているほか、当局にサービス差し止めを求める動きもある。
オープンAI調査、当局に要請 プライバシー侵害のリスク―米団体(2023年3月31日付時事通信)
対話型人工知能(AI)「チャットGPT」を手掛ける米新興企業オープンAIに消費者保護などの法令違反があるとして、米国の非営利団体が米連邦取引委員会(FTC)に調査を要請したことが30日、明らかになった。同社の技術が誤情報を生成したり、プライバシーを侵害したりするリスクがあると指摘している。要請したのは「AI・デジタル政策センター」。チャットGPTなどの最新の基盤技術「GPT―4」を問題にしており、要請文では「偏り、欺瞞的で、プライバシーと公共の安全を脅かす製品をリリースした」と非難。悪用のリスクについて、オープンAIが認識していたとも指摘した。
G7 チャットGPT議論…月末にデジタル・技術相会合(2023年4月8日付読売新聞)
河野デジタル相は7日、群馬県高崎市で29~30日に開くG7デジタル・技術相会合で、対話型AI(人工知能)サービス「ChatGPT」への対応を議論する考えを示した。閣議後の記者会見で「できればG7として結束したメッセージを出したい」と述べた。チャットGPTを巡っては、ビジネスの効率化などが期待されている。一方で、イタリアの情報保護当局は個人情報が違法に収集された懸念があるとして一時的に利用を禁止するなど、警戒感も広がる。G7ではAIの利活用や規制が議題となる見通し。松本総務相も、デジタル・技術相会合ではAIが議題の一つになるとしたうえで、「AIの推進、規制は世界各国が連携、協力して取り組むことが重要だ」と指摘した。

各種報道の中でも言及されていたAI倫理の検討も進められています。次にこうした側面についての記事をいくつか紹介します。

自民党が「AI国家戦略」を提言 司令塔創設を(2023年3月30日付産経新聞)
自民党のデジタル社会推進本部は30日、党本部で会合を開き、人工知能(AI)関連政策を立案する司令塔の創設を柱とする「AI国家戦略」の策定を政府に求める提言をまとめた。提言は、対話型AIが世界的に注目されている現状を踏まえ「ここ数カ月の世界的変化は『AI新時代』の到来を示している」と位置づけた。AI関連政策の司令塔を定め、研究開発、経済構造、人材育成、安全保障など幅広い観点から早急に総合的な施策を検討するよう訴えた。AIを活用した新規事業の創出を奨励することも求めた。一方で、人権侵害やサイバー攻撃、虚偽情報の流布といったAIの進化による重大なリスクに関する法規制の必要性も明記した。
マスク氏ら、AI開発の一時停止訴え 安全性の確立優先(2023年3月29日付ロイター)
米実業家イーロン・マスク氏や人工知能(AI)専門家、業界幹部らは公開書簡で、AIシステムの開発を6か月間停止するよう呼びかけた。まずは安全性に関する共通規範を確立する必要があると訴えた。オープンAIが開発したAI対話ソフト「チャットGPT」の最新版言語モデル「GPT─4」に言及し、これを上回るシステムを対象にすべきとした。公開書簡は非営利団体「フューチャー・オブ・ライフ・インスティチュート(FLI)」が発表。マスク氏や米アルファベット傘下のディープマインドの研究者、英スタビリティーAIのエマド・モスタクCEO、AIの大家であるヨシュア・ベンジオ氏やスチュワート・ラッセル氏など1000人以上が署名している。独立した有識者が先端AI開発の安全性に関する共通規範を策定、実行、検証するまでAIの開発を停止するよう呼びかけた。…書簡は人間と競争するAIシステムが経済的・政治的な混乱という形で社会と文明にもたらし得るリスクを詳述し、開発者に対し、ガバナンス(統治)担当の当局や規制当局と協力するよう促した。
AI専門家ら、マスク氏らの公開書簡に懸念(2023年4月1日付ロイター)
米実業家イーロン・マスク氏らが署名した公開書簡に研究が引用された人工知能(AI)の専門家4人が懸念を表明した。22日付の書簡は、米マイクロソフトが出資している米新興企業オープンAIの最新言語モデル「GPT-4」と比べて「より強力な」システムの開発を6カ月間停止するように呼びかけた。…書簡を発表した非営利団体「フューチャー・オブ・ライフ・インスティチュート(FLI)」は、主にマスク財団から資金提供を受けている。FLIは人種差別や性差別の偏見が機械にプログラムされるといったAIのより差し迫った懸念よりも、想像上の終末論的シナリオに重きを置いていると非難されている。研究を引用された1人で、AI関連企業ハギング・フェイスのチーフ・エシカル・サイエンティストのマーガレット・ミッチェル氏は書簡を批判し、何をもって「GPT-4よりも強力」とするのか不明確だとロイターに語った
AI開発停止要請の公開書簡、問題解決につながらず=ゲイツ氏(2023年4月5日付ロイター)
米マイクロソフト創業者で慈善活動家のビル・ゲイツ氏は、強力な人工知能(AI)の開発停止を求める米実業家イーロン・マスク氏らの公開書簡について、問題解決にはならないとの見解を示した。世界中で開発を停止するのは難しいとし、AI開発の最善の利用法に集中する方が得策だとした。マスク氏や1000人以上のAI専門家は先週の公開書簡で、マイクロソフトが出資している米新興企業オープンAIの最新言語モデル「GPT-4」と比べて「より強力な」システムの開発を直ちに停止するように呼びかけた。社会に及ぼし得るリスクと恩恵を精査すべきだと主張した。ゲイツ氏は「ある特定の集団に停止を求めることで課題が解決されるとは思わない」と発言。AI開発に「多大な恩恵があるのは明らか」であり、「必要なのは注意すべき分野を特定することだ」と述べた。「誰が(開発を)止められると彼らは言っているのか、世界中の全ての国が停止に同意するというのか、そしてなぜ停止すべきなのか、私には分かりかねる」と語った上で、「この分野にはさまざまな異なる意見がある」と認めた。
AI開発、倫理面の規制を 民主主義・経済社会に危険(2023年3月24日付日本経済新聞)
自分が本当に信用できるのは手で触れられるくらい近くにいる人や物だけだとしたらどうだろう―。人工知能(AI)が我々を導く世界とはそういうものなのかもしれない。米マイクロソフトの投資先でもある米オープンAIは14日、対話型AIの最新版「GPT‐4」(人の捉え方によるが、受け答えなどの機能を「さらに改善させた」ものらしい)を発表した。米ハーバード大学の研究者やAI専門家は、こうしたチャットボットなどの技術がディストピア(反理想郷)的未来をもたらしかねないとして、AI技術の開発には倫理面から規制を設けるべきだとする報告書をこのほど公表した。…「非集中型社会技術(編集注、AIや仮想通貨、ブロックチェーンなどを指す)を使ったおびただしい数の実験」に警鐘を鳴らしている。…同報告書は様々な危険やリスクを回避すべく責任ある実験をするためのガイドラインを策定し、これにより安全な技術の開発を促した(もっとも、新型コロナウイルスが研究所から漏洩した可能性がこのほど指摘されたことを考えると、国際的に安全だと確信できる枠組みなど存在していないとも言える)。だが当面、AIを非合法化する、あるいは何か完璧な規制の手法を整える代わりに打てる手はあるはずだ。企業にどのような実験をしているのか、何が成功し、何が失敗したのか、想定外の影響が出そうな領域は何かといった情報の開示を義務付けることから始めてはどうか。透明性を確保することは、AIがそれを開発した人間を支配するような事態が起きないようにする第一歩だ。
軍事目的でのAI利用は規制できるか 米国が示したビジョンの真意(2023年3月18日付産経新聞)
軍事目的でのAIの利用について規制すべきという考えに基づき、米国務省が新たなビジョンの概要を発表した。この原則に同盟国の同意を求めると同時に、責任あるAIシステムの構築に向けた国際基準の制定につながることが期待されている。人工知能(AI)を活用した兵器などの軍事システムの開発と試験、検証に関する新たなビジョンの概要について、米国務省が2023年2月16日に発表した。この概要は「AIと自律化技術の責任ある軍事利用に関する政治宣言」と呼ばれ、技術的に重要な時期にある軍事AIの開発に関する米国の試みのひとつである。この文書は米軍を法的に拘束するものではないが、同盟国がその原則に同意し、責任をもってAIシステムを構築するための一種の国際基準を生み出すことが期待されている。この政治宣言には、軍事AIは国際法に従って開発する必要があること、各国が技術の根底にある原理について透明性を確保すること、AIシステムの性能を検証するために高い基準を設定することなどが記されている。また核兵器の使用に関しては、人間だけが判断を下すべきだとしている。実際にロシアによるウクライナ侵攻では、認識と行動を支援する機械学習アルゴリズムによって高度化した安価な使い捨てドローンというかたちで、自律化技術がいかに紛争で素早く優位に立つうえで役立つかが示されている。
AI研究の巨匠 一問一答「教育や医療、環境分野への活用を」(2023年4月4日付毎日新聞)
AIが急激に進歩しているという印象は、あくまでメディアでの話です。科学の進歩は実際には非常にゆっくりで、小さなステップを積み重ねているのです。対話型AI「チャットGPT」も、科学の観点ではそれほど新しいものではありません。確かに優れていますが、その多くは(科学の)応用と規模の拡大によるものです。(人間の脳の働きをコンピューター上で模倣した)ニューラルネットワークの規模を拡大(多層化)することで、ディープラーニング(深層学習)が生まれました。2009年ごろから(一度に多くの演算を実行できる半導体)「GPU」を使ったことで、より大きなネットワークを訓練できるようになり、それがうまくいったのです。(チャットGPTも)同じで、規模が大きくなったのです。…長期的には人間の価値観と道徳的に一致するようなAIシステムを構築する必要はあります。それに関して研究が進むのはいいことですし、重要なことです。ただ、私がもっと懸念しているのは、そのような状況になるよりも前に、多くの被害が出るということです。…既に大きな力を持つ人や企業、国がAIを悪用すれば、さらに大きな力を持つ可能性が高いのです。
「作者」はいったい誰なのか、AI生成作品が招く著作権論争(2023年4月6日付ロイター)
クリス・カシュタノバ氏(37)は昨年、最新の人工知能(AI)プログラムに、コミック作品を生成するよう指示を入力した。それが、大きな利益の行方を左右する論争のスタートだった。いったい、作者は人間なのか、アルゴリズムなのか。…カシュタノバ氏は昨年9月に著作権を取得し、ソーシャルメディア上で、アーティストは自らのAI創作プロジェクトに対する法的保護を受ける権利がある、と宣言した。だが、その状況は長くは続かなかった。米著作権局は2月、突然その見解を翻し、カシュタノバ氏は米国において、AI作品に対する法的保護を剥奪された最初の人物となった。「ザリヤ」のイメージは「人間の作者による産物ではない」というのが著作権局の主張だ。著作権局は、設定や物語に対する著作権はカシュタノバ氏にあると認めている。…「チャットGPT」や「ミッドジャーニー」、「ステーブル・ディフュージョン」など新たなAIプログラムの利用者数が驚異的に増加し、人間による表現に大きな変化をもたらそうとしている一方で、生成物の著作権者が誰なのか、司法の判断はまだ定まっていない。利用者なのかプログラムの所有者なのか、ひょっとしたら著作権者など存在しないのか。法律の専門家によれば、その答え次第では数十億ドルの金額が動くという。

最後に、DXと社会の分断について考察したコラムを紹介します。なかなか考えさせられます。

この国はどこへ これだけは言いたい 形だけのDXが分断加速 情報学者・東大名誉教授 西垣通さん 74歳(2023年4月7日付毎日新聞)
社会のデジタル化は急激に進むが、肝心の未来が見えない。このままではリアルな社会までも格差が広がり、分断が深まるのではないかと心配になる。不安を拭おうとコンピューターの黎明期に技術屋として関わり、情報学が専門の東大名誉教授、西垣通さん(74)を訪ねると、こう返された。「残念ですが、その懸念は正しいのです」政府はデジタル庁を発足させ、今は産官学のどこもかしこもDXが合言葉だ。DXはデジタル技術の浸透で生活の向上を目指すものだが、西垣さんは「そもそも、DXはトップダウンで実現するものではありません」と切り出した。DXの基盤になるのは、言うに及ばずインターネット。「本来は権力から逃れて個人の自由や平等を保障するのが特長ですから、中央集権的にDXの旗を振っても、市民が不信感を持つのは当然です」。更に西垣さんは「形ばかり欧米のマネをしても、日本人の国民性に合わなければ浸透しません」と続けた。…西垣さんが指摘したのは、「アテンションエコノミー」の存在だ。日本語では「関心経済」などと訳されるが、要は情報の正確さや質を問わず、単に利用者の関心や注目を大量に集めて利益を生み出すことに重点を置く経済のこと。今のネット空間では、それが市場原理となり、健全さが失われているという。「GAFAMは利益を上げるために、集合知にアテンションエコノミーを組み合わせた。クリックの件数一つ見ても、単に検索結果の上位に載ったものが、より多く見られている。もはや、誰もが自由に公平に競争できる構造ではなく、資金があり、目立つ強者がますます強くなるシステムになっています。正しさや誠実さとは関係なく、経済格差が広がっています」「これまで自由と平等を求めて対話を重視した人たちが、多様性を強調する一方で、自分の関心が強い問題以外には狭量になりつつある。差異を超えて普遍的な幸せを追求するよりも、意見の異なる人を排除し、アイデンティティー重視のいわゆるミーイズム(個人第一主義)に走りがちになっている」「デジタル化で効率は向上しますが、その土台となる理解が浅いまま、今の日本は迷走している。デジタル技術の本質的な限界を見極めずに突き進めば、いずれ民主主義は破壊されます
(8)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

法務省は、全国の法務局に2022年に寄せられた人権侵害の状況を公表しています。法務省が受けた相談のうち、救済手続きを開始した「人権侵犯事件」の総数は7859件だったと発表、近年減り続けており、直近10年間で最少となりました。一方、インターネット上の書き込みに関するものは1721件で、高水準で推移しています。ネット関連の1721件は、プライバシー侵害が最多で665件、部落差別につながる内容が414件、名誉毀損が346件となりました。また、2022年、人権擁護機関が違法性を認め、プロバイダなどに削除を要請したのは533件で、新型コロナウイルスやワクチン接種に関連して差別的な待遇を受けるなどし、救済手続きを始めた件数は、3年より減少しました。

▼法務省 令和4年における「人権侵犯事件」の状況について(概要)~法務省の人権擁護機関の取組~
令和4年における法務省の人権擁護機関の「人権侵犯事件」に関する取組状況について、お知らせします。

  1. 取組状況
    • 法務省の人権擁護機関は、人権侵犯事件調査処理規程(平成16年法務省訓令第2号)に基づき、人権を侵害されたという方からの申告等を端緒に、その被害の救済及び予防に努めている。
  2. 令和4年の主な特徴
    1. 令和4年において、新規に救済手続を開始した人権侵犯事件の数は、7,859件、処理した人権侵犯事件の数は、7,627件であった。
    2. 学校におけるいじめについて、新規に救済手続を開始した人権侵犯事件の数は、1,047件であり、全体に占める割合は、13.3%であった。
    3. インターネット上の人権侵害情報について、新規に救済手続を開始した人権侵犯事件の数は、1,721件であり、高水準で推移している。

インターネット上の誹謗中傷対策をめぐり、総務省は、被害者がプラットフォーム(PF)事業者に対して投稿の削除を求める「削除請求権」を法的に明文化することによる効果を示しました。ツイッターなど海外PFの対応が課題とされており、明文化することで海外PFの対応を促す効果が期待できるといいます。削除請求権は判例上認められている権利ではあるものの、明文化した法律はありません。法律上明文化されていない現状では、海外PFが相手の場合、削除請求に迅速に応じてもらうことが難しく、被害の深刻化を防ぐことに課題があると指摘されていました。総務省は、削除請求権を法律に明文化することで「海外PFに対して一定の場合に削除義務を負うことが明確化され、対応の促進が図られる」と説明、また、投稿の削除を求める権利があることが広く知られれば、削除請求で救済される人が増える効果もあるとしています。一方、削除請求権に対して、安易な削除につながることで「表現の自由に悪影響を及ぼす懸念がある」などと慎重な対応を求める意見もあるほか、明文化する場合でも、どの法律に盛り込むかなどは検討が続くことになります。

▼総務省 誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ(第4回)配布資料
▼資料2 特定電気通信役務提供者に対する削除請求権の創設について(京都大学大学院 橋本佳幸教授)
  1. 削除請求権を創設することの法技術的な可否
    • 人格的利益を違法に侵害するインターネット上の投稿に関して、プロバイダに対する削除請求権を法律に規定することが、民法の理論にも整合するか。
    • プロバイダ責任制限法に、次のような送信防止措置請求権の規定を置くことができる。
      「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利又は法律上保護される利益を侵害される者は、……特定電気通信役務提供者に対し、当該情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることを請求することができる。」

      1. 従来、差止請求権としてプロバイダに対する削除請求権が認められてきたものを確認して明文化する。
      2. プロバイダ責任制限法3条は、このような削除請求権(削除義務)を前提とするものと解される。
    • 従来、人格権に基づく差止請求権または特別法上の差止請求権としてプロバイダに対する削除請求が認められてきたものを、確認して明文化するものであること
    • インターネット上の「情報の流通」によって侵害される権利・法益
      1. 著作権・商標権・信用・営業秘密…特別法上の差止請求権
      2. 名誉、プライバシー、名誉感情など…人格権に基づく差止請求権
    • (2)に関して……「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、 法的保護の対象となるというべきであり、このような人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し……侵害行為の差止めを求めることができる」(最判令和4年6月24日)
    • プロバイダに対する削除請求権(差止請求権)の要件に関して、判例は、違法な侵害以上のものを要求しない。
      1. 最決平成29年1月31日は、検索事業者に対する検索結果からの削除請求につき、「明らか」要件を立てる。
      2. 最判令和4年6月24日は、ツイートの削除請求につき、要求しない。
    • プロバイダ責任制限法3条の責任制限の規定は、上記の削除請求権(削除義務)を前提とするものと解されること
    • 3条1項は、権利侵害情報についてプロバイダが送信防止措置を講じなかった場合に、被害者に対する損害賠償責任を制限する。次の(1)(2)を満たす場合に限り責任を負う。
      1. 当該情報の流通を知っていること……一般的監視義務の否定
      2. 当該情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があること
    • 3条2項は、非権利侵害情報についてプロバイダが送信防止措置を講じた場合に、発信者に対する損害賠償責任を制限する。次の(3)の場合には責任を負わない。
      1. 当該情報の流通によって他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき
    • (2)(3)の規律は、プロバイダが権利侵害情報の削除義務を負うこと(上記の削除請求権)を不文の前提として、プロバイダが権利侵害情報該当性(=削除義務)の判断を誤った場合の責任を制限するもの。
  2. 炎上の場面における請求権を創設することの可否
    • 多数の者によって大量・集中的に侮辱的な投稿がされた場面(炎上事案)では、大量の侮辱的な投稿を全体として捉えれば、社会通念上許される限度を超えた違法な侮辱がある。他方で、各投稿を個別に見たときには、違法な侮辱に当たらないものも多い。
    • 被害者は、プロバイダに対し、個別には違法でない投稿も含め、各投稿の削除を請求することができるのか。
    • 大量の侮辱的な投稿が全体として帯びる違法性に着目した理論構成による削除請求が考えられる。
      1. 大量の投稿によって被害者が受忍限度を超える侮辱を受け、侵害が違法な程度に達している。
      2. プロバイダは、違法な侵害状態を解消すべき作為義務を負う。
      3. 被害者は、プロバイダに対し、削除等の方法による侵害状態の解消を請求することができる。また、プロバイダは、侵害状態を放置するときは損害賠償責任を負う。
  3. 送信予防措置請求権を創設することの可否
    • あるアカウントから繰り返し多数の権利侵害情報が投稿される場合に、プロバイダに対する送信予防措置請求として、アカウントの停止・凍結等の請求を認めることができるか。
    • 差止請求権には、ア侵害の停止とイ侵害の予防がある。
    • インターネット上の情報の流通に関して、イを一般的に肯定すべきではない。
    • 問題場面に限れば、アでも対応することができる。
      1. 権利侵害となる投稿を反復する行為を1個の継続的な侵害とみて、その停止の請求を認める。
      2. 侵害の停止請求は、「停止に必要な措置」を含みうる(著作権法112条2項、不正競争防止法3条2項参照)。
      3. 被害者は、プロバイダに対して、投稿の反復を停止させるのに必要な措置として、アカウントの一時停止や削除を請求することができる。
  4. 削除請求権に関連して意見照会の規定を設けることの要否
    • プロバイダが削除請求を受けた場合について、発信者への意見照会を義務づける手続的な規定を置くべきか。
    • プロバイダ責任制限法6条は、プロバイダが発信者情報の開示請求を受けた場合に「当該開示の請求に応じるかどうかについて当該発信者の意見を聴かなければならない」とする。削除請求を受けた場合についても、同様とすべきか。
    • 発信者情報開示の場合は、いったん開示されれば原状回復ができないため、発信者に対する意見照会が義務づけられる。削除の場合は、発信者情報の開示の場合ほどに慎重な手続は必要ない。
    • 意見照会を義務づける場合には、権利侵害性が明白な投稿につき、迅速に削除措置を講じることの妨げとなりうる。
  5. 損害賠償責任の責任制限の範囲を変更することの可否
    • 繰り返し多数の権利侵害情報を投稿するアカウントのモニタリング義務
    • 検討アジェンダ
      • 繰り返し多数の権利侵害情報を投稿するアカウントに対象を限定した上で、これを継続的にモニタリングすることを義務づける。
      • 当該のアカウントによる投稿については、プロバイダ責任制限法3条1項2号「情報の流通を知っていた」とみなす。
    • その種のアカウントに限ってであれ、発信情報の監視を義務づけることには、慎重であるべき。
      1. 表現の自由に対する萎縮効果
      2. プロバイダにとっての負担
    • 一定の信頼性を有する機関から削除要請を受けた場合
    • 検討アジェンダ
      • 「公平中立な立場からの削除要請等の法的位置づけや、要請を受けたプラットフォーム事業者に求められる対応を明確化すること」「例えば、応答義務を課すことや、要請された投稿を削除した場合の免責を定めること」「例えば、応答義務を課すことや、要請された投稿を削除した場合の免責を定めること」
    • 権利侵害情報について、プロバイダが、信頼性のある機関から削除要請を受けたにもかかわらず、誤って削除しなかった場合には、3条1項2号「他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由がある」として、プロバイダの責任を肯定する。
    • 非権利侵害情報について、プロバイダが、信頼性のある機関から削除要請を受けたがために、誤って削除した場合には、3条2項1号「他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があった」として、プロバイダの責任を否定する。
    • 一定の信頼性を有する機関から削除要請を受けた場合
    • プロバイダが当該機関の判断(権利侵害情報であるとの判断)に従うべきものとするための基盤、あるいは当該機関の判断を信頼することが許されるための基盤が、欠けている。→責任範囲を変更すべきでない。
    • ある投稿が権利侵害情報に該当するか否かの判断
      1. 判断の基礎となるべき事実の把握
      2. 違法な侵害といえるかどうかの法的評価
    • (1)権利侵害情報かどうかを判断するための基礎事実
    • 重要な基礎事実を(プロバイダではなく)当該機関が保有している状況でなければ、上記の「基盤」が存在しない。
    • (2)違法な侵害といえるかどうかの法的評価
    • 法的評価は裁判所が行う。裁判所以外の機関がした評価に従うべき、あるいは信頼してよい理由はない。
▼資料3 プロバイダに対する削除請求権に関する規定の創設について-法的技術的観点からの検討(東京大学大学院 森田宏樹教授)
  • 実体法上の請求権としての削除請求権の創設の可能性
    • 特定電気通信役務提供者(プロバイダ責任制限法3条)ホスティング・サービス・プロバイダ一般を対象とする
    • 削除請求権を明文化することについてニーズがあることを前提として、法技術的観点からの当否の検討 もっとも、どのようなニーズに応えるかによって規定の内容も変わってくる
  • 2つのアプローチ
    1. 被侵害法益の観点からのアプローチ
      • 判例法において認められている差止請求権としての削除請求権を、その根拠となる権利または利益ごとに明文化するアプローチ
      • 削除請求権の明文化のニーズ
      • 人格権に基づく差止請求権としての削除請求権という権利の存在を認識している国民は約3割にすぎないとの指摘
      • 民法の一般法理がプロバイダとの関係でも妥当することを確認する法律の規定
      • 差止請求権について法律の規定がない場合についてのみ、明文化するもの人格権または人格的利益に基づく削除請求権
      • 問題点
        • 判例が認める権利・利益以外については、引き続き解釈に委ねられる。
        • 人格権ないし人格的利益といっても、具体的な法益には多様なもの含まれるから、違法な侵害の具体的な要件を一般的に定めることは困難である。
        • プロバイダ責任制限法が損害賠償責任について採用する「分野横断的(horizontal)アプローチ」と整合的なのか
    2. プロバイダの行為義務の観点からのアプローチ
  • 「技術的媒介者(intermédiaire technique)」としてのプロバイダ:間接侵害
    • プロバイダは、いかなる場合に侵害主体と評価することができるのか。 投稿を削除しないことが違法な侵害と評価されるためには、「条理上の作為義務」が認められることを要する:プロバイダの行為不法の観点
    • 一般的監視義務の不存在の原則(プロバイダ責任制限法3条1項1号・2号) EU情報社会サービス指令(2000/31)の考え方の立法化 EUデジタルサービス法(2022/2065)における原則の維持 プロバイダ責任制限法3条1項1号・2号が定める要件のもとで、削除請求権を規定するのであれば、現行法の解釈とも整合的であり適切な方向
    • 分野横断的アプローチ:法益による限定は必要ない プロバイダが削除しなければ損害賠償責任を負う場合であれば、原則として、削除義務を認めても問題ない。現行民法709条の文言に合わせれば、「他人の権利又は法律上保護される利益が侵害されていること」
  • 削除請求の態様との関係
    1. 裁判上の削除請求
      • 裁判所が判決により権利・利益の違法な侵害について要件充足を認定することにより、当然に1号・2号の要件が充足される。
    2. 裁判外の削除請求
      • 裁判外の通知により与えられた情報から、権利・利益の違法な侵害の要件充足を認識することができる場合(1号)
      • 権利・利益の違法な侵害があることを蓋然的に示す重要な事実を認識しているにもかかわらず、一定の調査・確認を行わない場合(2号)「当該関係役務提供者が当該情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができた…と認めるに足りる相当の理由があるとき」
      • 権利者による通知と「信頼される第三者」による通知とを問わない。
  • ホスティング・サービス・プロバイダに対する削除請求権の射程
    1. 検索事業者
      • 最決平成29年1月31日(民集71巻1号63頁) 「検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」
    2. オンライン・プラットフォームに関する特則
      • ※プラットフォームの規模と対象となる権利・利益に応じた特別な責任制度の可能性
      • ※EUのデジタル単一市場著作権指令(2019/790)17条
      • 著作権侵害に関するコンテンツ共有サービス提供者(online content-sharing service provider)の責任制度
      • サービス提供者自体を送信主体と定めたうえで、一定の要件を充たす場合に免責されるとするもの:直接侵害として、原則と例外が逆転
  • 削除請求権に関連する検討課題
    1. 送信「予防」措置請求権の実現の可能性
      • 権利・利益を侵害する情報が繰り返し投稿される場合における削除義務の実効性
      • プロバイダが既に認識している侵害と同一または同等の侵害と評価されるものか
    2. 削除請求に関して発信者の意見照会を行う規定の要否
      • 権利・利益の違法な侵害があることを蓋然的に示す重要な事実を認識しており、発信者に照会することにより要件充足を確認できる場合は、2号に包摂可能
    3. いわゆる炎上の場合における削除請求権を創設することの可否
      • 複数の者により大量に誹謗中傷の投稿が反復継続してされた場合
      • 複数の者の行為の主観的・客観的な関連共同性から、行為全体を違法な侵害行為と捉えることができるか
▼総務省 誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ(第5回)配布資料
▼資料1 検討アジェンダ3-2(1)の「削除請求権」が必要とされる事情について(事務局)
  • 送信防止措置請求権を巡る現状
    • 従来、人格権に基づく差止請求として、名誉権、プライバシー権等の権利又は法律上保護される利益を侵害する投稿について、かかる侵害が違法と評価される場合には、プロバイダ等に対する削除請求が認められている。【プライバシーの侵害に当たる投稿について侵害行為の差止めができると判断した事例として、最判令和4年6月24日民集76巻5号1170頁】
    • また、一定の権利侵害について、特別法において差止請求権が規定されている。【著作権法、不正競争防止法等】
    • プロバイダ責任制限法は、特定電気通信役務提供者が、権利侵害情報について送信防止措置を講じなかった場合において、権利侵害を知らず、かつ、知ることができたと認めるに足りる相当の理由がないときには、被害者に対する不作為による不法行為の損害賠償責任を負わないこととしている(同法3条1項)。その反面で、権利侵害を知り又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるときは、送信防止措置の作為義務が生ずることを不文の前提としている。【参考:第4回ワーキンググループヒアリング資料】
  • 送信防止措置請求を巡る課題
    1. プロバイダ責任制限法は、権利侵害情報に係る送信防止措置の作為義務を不文の前提としていると考えられているとはいえ、同法は、こうした前提を明文で規定しておらず、一定の場合に作為義務が生じることが不明確との指摘がある
    2. 主に海外プラットフォーム事業者を念頭に、明文で送信防止措置請求権の規定がないと削除請求に対応してもらえないとの指摘がある。海外のプラットフォーム事業者は、裁判外では専らポリシーのみに基づいて投稿の削除等について運用しているため、名誉毀損、プライバシー侵害等について、日本の法律上の判断と一致した運用がなされていないとの指摘がある。
    3. また、判例上、一定の場合に人格権に基づく差止請求権が認められているとはいえ、ユーザに対するアンケート調査では、一定の要件で差止請求権が認められること(人格権に基づく差止請求権が認められていること)を知っている人は、3割程度にとどまっており、差止請求権が活用されているとは言い難いとの指摘がある。
    4. さらに、判例上、一定の場合に人格権に基づく差止請求権が認められているが、人格権以外の権利又は法律上保護される利益の侵害をする情報(例:営業上の利益を侵害する情報)について差止請求権が認められるかどうかについては明らかになっていないとの指摘がある。ただし、近時の学説では、人格権に留まらないとの指摘がある。
  • 送信防止措置請求権の明文化により期待される効果
    • 送信防止措置請求権が明文化されることにより、権利又は法律上保護される利益が違法に侵害された場合には、被害者が特定電気通信役務提供者に対して、権利侵害情報について送信防止措置を求めることが可能であることが明確化され、
      1. 被害者が送信防止措置を求めることが可能であると広く認知され、送信防止措置請求により救済される被害者が増える、
      2. 特に海外のプラットフォーム事業者に対して、一定の場合に被害者に対して送信防止措置義務を負うことが明確化され、日本の法律上の判断と一致した判断と対応の促進が図られる、
      3. 人格権以外でも、権利又は法律上保護される利益(例:営業上の利益を侵害する情報)の侵害が違法な侵害と評価される場合には送信防止措置を求めることが可能であることが明確化される、
    • といった効果が生じることが期待されるのではないか。
  • 送信防止措置請求権の明文化にあたっての要検討事項
    • 一方、裁判例によれば、特定電気通信役務提供者が送信防止措置の作為義務を負う要件は、被侵害利益やサービス提供の態様などにより異なるため、送信防止措置請求権の要件は抽象的なものとならざるを得ないと考えられる(例:被害者が、特定電気通信役務提供者に対して、権利侵害の認識や侵害を知り得た相当の理由があるときであって、技術的に可能な場合に、送信防止措置を請求できるといった、被侵害権利・利益ごとの要件には立ち入らない規定)。
    • このとき、
      1. このような抽象的な規定であっても、前述のような効果が得られるか、
      2. 実務上、主に人格権侵害についてのみ差止請求が請求されていたところ、送信防止措置請求権の明文化により、人格権以外の権利又は法律上保護される利益の侵害も送信防止措置請求の対象となり得ることが明確になると考えられるが、その影響についてどう考えるか、
      3. 安易な送信防止措置請求の乱発を招きかねないことについて、どう考えるか、
      4. 著作権法や不正競争防止法などの個別法における差止請求の規定との整合性について、どう考えるか、

      といった諸点について検討がなされることが必要ではないか。

  • 削除請求権の認知度
    • 判例上、人格権に基づく削除請求が認められているものの、アンケート調査によると、削除請求権があることを知っていた人は3割程度(33.7%)であった。
  • 削除請求に関する指摘
    • プラットフォーム事業者におけるコンテンツモデレーションに関して、名誉毀損、プライバシー等についての対応が不十分との指摘がある。
    • また、海外プラットフォーマーについて、日本の法律上の判断と一致した判断がなされていないとの指摘もある
    • 名誉毀損、プライバシー侵害等にかかる情報についての監視・対応は不十分ではないか
    • 削除や開示は、基本的には裁判所がそれを命じた際にのみ応じるといった対応が取られているように感じられる
    • 海外プラットフォーマーの場合、日本人の感覚、日本の法律上の判断と一致した判断がされない→自らの定める規約違反かどうかが主たる基準になっている?
  • 人格権を侵害しないが、その他の権利・利益を侵害しうるケース
    • インターネット上で問題となる投稿には、人格権を侵害しないものの、営業権など、権利や法律上保護される利益を侵害するとみられる情報が投稿されるケースがある。
    • これらのケースに限らず、人格権以外の権利・利益を侵害すると考えられる投稿について、全体の流通の中で、どの程度の割合を占めるかについて、実態の把握を要すると考えられるのではないか。
    • 人格権を侵害しないものの、その他の権利を侵害すると考えられるケース
    • 「●●会場に11:00に爆弾を設置した。イベントを中止しないと爆破する」といった爆破予告がされて、イベントが中止になったケース
    • 「●●店の●●という商品に針を混入しておいた」といった商品に対する外部的なイタズラをしているケース* 信用毀損にはなりえるが、元々の商品に問題があるとはいえないので名誉毀損にはならない。ただし、店の防犯体制がなっていないという指摘と捉えて、店からの名誉毀損と構成する余地はある
    • 「従業員の個人情報を晒す」といった投稿をしているケース* 放置したら使用者の安全配慮義務違反が問われかねないので対応する必要があり、それによって本来業務ではないことについてリソースが割かれるため業務妨害になる
    • 非上場会社が会社の売上げ、販管費、利益率などの情報を投稿するなどのケース* 不正競争防止法上の営業秘密とまでは言えないが、少なくとも会社との間の守秘義務に違反するものである場合。なお、不正競争防止法にいう営業秘密に当たる場合でも、ネット上の投稿では、行為類型の特定が困難であるため不正競争防止法上の違反があると立証することは相当難しく(できない場合の方が多い)、需要があると思料される。
    • 「このマンションは自殺をした人がいる」といった投稿がされているケース* 物件所有者の社会的評価は低下せず、不動産の価値が下げられているだけなので名誉毀損にはならない
    • ステマランキングサイトなどを作成され、低い順位付けをされているケース* 実際には最安値くらいでの提供なのに、高いとして順位が低くされていれば有利誤認、実際のサービス内容がそれほど良いものではないとして低くされていれば優良誤認などになり得る。ランキング入りしているということ自体から、それほど悪いものではないとして名誉毀損は認められにくいと思われる。
    • Google検索の右側のところに出るマイビジネスの表示に関して、ビジネスプロフィールの管理権限を第三者に勝手に取得されているケース。同様に、管理権限を取得していなかったために、「閉業」などと表示されてしまったケース。

米グーグルは、広告の安全性に関する年次の報告書を公表しています。

▼Google Our 2022 Ads Safety Report

同社が2022年、規約違反を理由に掲載を阻止もしくは削除した広告は世界で52億件、前年の34億件から5割以上増えています。最も多かったのは、広告の目的を偽ったり、広告主が他のサイトに利用者を誘導したりする「広告ネットワークの悪用」で約13億件、そのほか、現地の商標登録にかかわる問題や、法律違反が疑われる広告などが続いています。グーグルは違反が増加した理由について監視体制を強化したことを挙げています。グーグルは世界のデジタル広告市場で約3割のシェアを持つ最大手で、2022年の広告収入は2千億ドル(約26兆円)超にのぼっていますが、不適切な広告は、AI(人工知能)と人間によるチェックで取り締まっているといいます。これとは別に、2023年3月25日付産経新聞の記事「グーグルは、いかに検索結果を最適化しているのか “中の人”が語る5つのポイント」は大変興味深いものでした。報道によれば、グーグルは最適な検索結果を表示するために、1年間で数千にも及ぶ変更を「Google検索」に加えているといいます。Google検索に加えられる変更は、厳格なテストを経てから新たに実装されるといい、グーグルは70万回以上のテストを2021年に実施し、結果として検索エンジンに約4,000の改善を加えたといいます。「こうした評価や実験から得たデータは、経験豊富なエンジニアや検索アナリストのほか、法務やプライバシーの専門家も徹底的に確認します。こうした専門家が変更を承認して、公開するかどうかを決めるのです」としています。モバイル端末とPCでは異なる検索結果が表示され、モバイル端末では、読み込みが速く、画面上でうまく表示されるコンテンツの表示順位が高くなります。スパムコンテンツと闘うGoogle検索と同じように、「Google広告」もマルウェアコンテンツと悪質な広告主を排除する闘いを続けています。「広告主の身元を検証し、Googleのネットワーク内の信号を使用してアカウント間の共謀行為を特定すること」で対処していると、いいます。「わたしたちは悪質な販売業者を当社のプラットフォームから除外するよう、常に適応しています。これは検索結果に表示される販売業者と商品の数を増やしていくにあたり、わたしたちが重点的に取り組んでいる分野です」、「不正との闘いに終わりはありません」と述べています。

新聞社から名誉毀損にあたる記事の配信を受けて「ヤフーニュース」に載せたヤフーの責任の有無が争われた訴訟の判決が東京地裁であり、判決は、記事が新聞社の操作だけで自動掲載された経緯を踏まえ、ヤフーの賠償責任を否定しています。原告は俳優で、2020年7月、東京スポーツ新聞社が自社サイトで「よからぬうわさも多い男性と組んでパーティーを開いた」などと報じ、ヤフーニュースにも掲載されました。判決では、内容は「真実でない」として名誉毀損を認め、東スポには165万円の賠償を命じた一方、ヤフーの責任については、問題の記事は、事前に契約を結んだ新聞社が直接入稿できる仕組みを使って配信し、自動的に掲載されただけだと指摘、ヤフー側の判断で「トピックス」としてトップページに載せたり、アルゴリズムを使って「おすすめ記事」に表示したりはしておらず、「ヤフーの意思で流通過程に置かれたと評価するのは難しい」とし、他人の権利を侵害する情報を仲介しても、その情報の「発信者」でない限りは責任を負わないとするプロバイダ責任制限法を適用し、ヤフーの責任を否定したものです。転載記事をめぐるヤフーニュースの責任は、いわゆる「ロス疑惑」で無罪判決が確定した故・三浦和義氏の遺族が「手錠姿の写真を掲載され、感情を害された」と訴えた訴訟でも問題になりましたが、東京地裁は2011年、「ヤフーも写真が掲載されないよう注意し、速やかに削除すべき義務を負う」と責任を認め、確定しています

誹謗中傷や偽情報に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 芸能人らに対する暴力行為法違反(常習的脅迫)などの疑いで逮捕状が出ている元参院議員のガーシー(本名・東谷義和)容疑者のSNSのアカウントを凍結するよう、警視庁が運営会社に要請したことが明らかになっています。報道によれば、要請先はライブ配信サービス「ツイキャス」と動画共有アプリ「TikTok」の運営会社で、元議員はツイキャスなどで告訴人を脅すような動画の配信をしていたとされます。なお、ガーシー元議員は2022年12月に警視庁が任意の事情聴取に応じるよう求めた後も、SNSのライブ配信などで、自身を告訴した人物を名指ししながら、「刑事告訴してきた人間は絶対に許さん」、「小学校に通ってる子どもらにも迷惑かかってくんねんぞ」などと脅迫めいた発言を繰り返していたといいます。また、元議員については、2023年3月の参院本会議で除名され、議員資格を失ったほか、外務省は旅券返納命令を出しており、2023年4月の期限までに応じなければ旅券が失効することになります。
  • トヨタ自動車グループの「愛知製鋼」の技術情報を漏らしたとして不正競争防止法違反罪に問われ、無罪が確定した元専務、本蔵さんが、「ヤフーニュース」のコメント欄に侮辱する内容を投稿されたとして、名古屋市の男性に損害賠償を求めた訴訟の判決が名古屋地裁であり、裁判官は約93万円の支払いを命じています。報道によれば、地裁が2022年3月18日に無罪判決を出した翌日、「人を踏み台にして上がっていった」などと人格をおとしめる投稿があり、後に削除されたものの、本蔵さんが発信者情報開示仮処分命令を申し立てるなどして投稿者を特定したものです。本蔵さん側は「無実の罪で精神的にも苦しい立場に立たされ、追い打ちをかけるような侮辱行為は許されない」と訴えていました。
  • プロ野球のDeNAに所属するエドウィン・エスコバー投手が、SNSで人種差別を伴う誹謗中傷を受けたことを明かし、波紋を呼んでいます。球団は誹謗中傷に対してSNSで注意喚起を行うとともに、「違法な投稿に対しては法的措置をとる」と強い姿勢を打ち出しています。SNSのユーザーからも「選手をしっかり守ってほしい」などといった声が出ています。なお、選手に対するSNSでの誹謗中傷は、過去にも確認されています。声明文では、「選手の家族や監督、コーチ、球団スタッフ、審判員を含む関係者への誹謗中傷等も発生し、今春のキャンプイン後もその兆候は続いています。これらの誹謗中傷等を受けた人たちは、大きな不安と恐怖、そして深い悲しみを抱え、試合や私生活に支障が生じてしまう例も出ています」と誹謗中傷の被害を訴えた上で、「誹謗中傷等に対しては、発信者情報開示請求等の法的措置を講じ、専門家や警察などの関係機関と連携するなどして、これまで以上に断固とした対応をとってまいります」としています。
  • 実名を挙げて生徒の悪口をインターネット上の掲示板に書き込んだとして、山形県教育委員会は、庄内地域の中学校の40代女性教諭を減給10分の1(1か月)の懲戒処分としています。報道によれば、生徒から人間関係のトラブルを相談されていた女性教諭は2022年4月、この生徒と別の生徒が、トラブル相手の生徒について話していた悪口を偶然耳にし、「生徒の思いを外に出してあげたい」と考え、聞いた内容をネット上の掲示板に氏名や性別とともに書き込んだとされます。書き込まれた生徒の保護者が気付き、警察に相談したもので、女性教諭は2022年7月に侮辱容疑で書類送検されましたが、11月に不起訴となっています。女性教諭は「相談を受けた生徒に感情移入しすぎた。自分が何とかしないといけないと背負いすぎ、手段を間違えた」などと話しているといいます。
  • 川崎市は27日、外国にルーツのある人に対するヘイトスピーチ禁止条例の解釈指針の一部を改正したと発表しています。インターネット上の差別的言動の投稿で、個人名がなくとも、地区名や事業所名、学校名を示した場合も削除要請の対象になると明示しました。市が示した該当例は(1)「(同市の)○○地区に住んでいる△△人」(2)「(市内にある)○○事業所に勤めている△△人」(3)「(市内にある)○○学校に通う△△人」で、これまで条例の運用では個人が特定できる差別的言動を対象にしていましたが、川崎市差別防止対策等審査会は2023年2月、在日コリアンの人たちが多く住む地区名を示したインターネット上の投稿3件をヘイトスピーチと判断、削除を要請するべきだとの意見を初めてまとめ、市に答申、市は電子掲示板などの運営者に削除を要請、そのうえで指針の一部を改正したものです。
  • 相模原市が制定を目指す人権条例の内容について諮問されていた人権施策審議会は、悪質なヘイトスピーチなどに対して罰則を設けるよう本村市長に答申しています。罰則は、行政罰の過料とする案と、過料または刑事罰とする案を併記、実現すれば、川崎市に続き全国で2例目の罰則付きの条例となります。答申案では国籍、性自認、障害などを理由に不当な差別的取り扱いをしてはならないと規定、不当な差別が発生した場合は市長が声明を出し、さらに悪質な行為に対しては過料か、過料または刑事罰の罰則を科すよう求めています。全国でも珍しい関係者の調査や加害者への説示をする被害者救済機関「人権委員会」を設けることも要請しています。
  • 中国の国家インターネット情報弁公室(CAC)は、企業や起業家のイメージ悪化につながる悪質なオンラインコメントを取り締まると表明しています。報道によれば、CACの当局者は会見の質疑応答で「企業や起業家、特に民間企業や民間の起業家に対する虚偽の情報が時々見受けられ、企業のブランドイメージに傷がついている」と発言、企業の通常の生産活動や業務にも悪影響が及び、経済的な損失につながると述べています。
  • インターネット空間の安全性を高めることに寄与するデジタル技術「オリジネーター・プロファイル(OP)」の実用化を目指すOP技術研究組合は、通信大手のNTT、IT大手のヤフーなど6法人が組合員として新規加入したと発表しています。組合は2022年12月、読売新聞社を含む国内外のメディアなど11法人で設立され、大手広告会社3社も合流し、計20法人が共同で実証実験を進め、技術規格の国際標準化を目指すとしています。組合が実用化を目指すOP技術は、ネット上の記事や広告などの情報の一つ一つにデジタル化した識別子を付与する仕組みで、フェイクニュースや虚偽広告などを広める悪質なサイトを識別しやすくなり、広告主にとっても、こうしたサイトに自社の広告が掲載されるトラブルを防止できるとしています。読売新聞の報道で、OP技術研究組合理事長を務める村井純・慶大教授は、「インターネット空間の健全性を保ち、公益性を高めることを目指す私たちの取り組みに、様々な方面からご賛同をいただいたことに深く感謝している。今後も呼びかけを進め、OP技術の実用化と社会実装、技術規格における国際標準化を目指していく」と述べています。
  • 露によるウクライナ侵攻では、ウクライナ市民がそれぞれの持ち場で徹底的に抗戦している姿が大変印象的です。リアルな戦闘だけでなく、「情報戦」「認知戦」という領域での戦いにも注目が集まっている点も興味深いところです。

最後に陰謀論の流布のメカニズムについて解説した記事「「闇の政府」陰謀論を信じ込む母、コロナワクチンも「絶対打たないで」…[情報偏食]第2部<3>」(2023年3月30日付読売新聞)を紹介します。

母親は闇の政府の関与を主張するようになり、家族に「根拠がない」と指摘されると目をむいて怒り、「私の世界ではこれが真実なの」と泣きながら訴えた。その姿は、娘が知る母とはまるで別人だった。SNSでは関心がある情報ばかりに包まれる「フィルターバブル」が生じ、極端で刺激的な考えに染まることがある。一日中、パソコンにかじりついていた母親も、いつの間にかその罠にはまっていたのだろうか。…一部の人間が秘密裏に物事を操り、不当に利益を得ている―。コロナ禍では、そんな根拠のない言説がインターネット上にあふれ、傾倒する人が後を絶たない。その要因として指摘されるのが、認知バイアスなどの「脳のくせ」に加え、個人が抱える不安や不満などの負の感情だ。…米国の心理学者の研究によると、陰謀論を信じる人は「無力感や疎外感が強い」という傾向もあるという。日本では、その影響を受ける人は若者よりも中高年のほうが目立つ。…いったん傾倒すると、無関係に見える言説でも次々と信じてしまうのも陰謀論の特徴のようだ。東京大の鳥海不二夫教授(計算社会科学)が昨年3月に実施したツイッター分析では、日本語で「ウクライナ政府はネオナチだ」という根拠のない言説を拡散していた人の88%が過去に反ワクチンの主張を、47%がQアノンに関連する主張を拡散していた。信じることで満たされない何かを埋め合わせているとすれば、情報の「沼」から抜け出すのは難しい。…インターネット上には、強烈な文言や断定的な表現で、人を驚かすようなものが多い。新情報を見つけると脳内でドーパミンが出て、様々な神経回路が活性化すると考えられている。慶応大の小久保智淳研究員(神経法学)は「記憶に関わる『海馬』という部分に影響が及ぶと、根拠がない情報も『真実』として記憶されてしまう可能性がある」と話す。いったん不正確な情報を信じてしまうと、それに矛盾する正しい情報に不快感を感じる「認知的不協和」という心理作用が働く。米国の研究によると、事実を突きつけられても、それを否定し、かえって自分の思い込みを強固にしてしまう「バックファイア(逆火)効果」が起きることもある
(9)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

日銀が実証実験を進める「デジタル円」を巡り、財務省が2023年4月にも発行の実現性などを議論する有識者会議を新設する見通しです。諸外国の検討状況や発行時の影響などを議論する予定であり、日銀は4月からは民間企業も交えた実証実験の最終フェーズに入ることになります。デジタル円については、現時点で発行する計画はないものの、政府としても環境整備を本格化する予定としており、。4月中の立ち上げを目指し、有識者の人選を進めている段階です。デジタル円は、通常の硬貨や紙幣と同じように使える「中央銀(中銀)行デジタル通貨(CBDC)」の一種と位置づけられ、まずCBDCの在り方や諸外国の検討状況を整理する見通しで、現状の通貨の発行・流通量などのほか、実現時の影響なども議論する可能性があります。デジタル円の導入にあたっては、お札(銀行券)や硬貨がなくなるわけではなく、電子的な決済手段として現金を補完する役割が期待されているとはいえ、通貨や決済など幅広い関連法律の改正に波及しかねないほか、民間のキャッシュレス決済手段とのすみわけをどうするか、偽造や複製への対応、プライバシーの保護やマネー・ローンダリング対策をどう図るかといった課題もあり、国会などで導入に向けた国民合意を得る必要もあり、将来的にはこうした論点も対象となる可能性もあります。諸外国は検討を加速させており、米国では2022年にバイデン大統領が研究開発を政権の最優先課題に位置づけたほか、欧州中央銀行(ECB)も2023年中にデジタルユーロの開発の可否を判断する見通しとしています。一方、中国は2022年、北京五輪の会場でデジタル人民元を利用する実証実験を実施済みで、中国はデジタル人民元の実用化で、元の国際化を加速させるとの見方がなされています。通貨を巡る覇権争いは、貿易や金融取引など日本の経済力にも直結する問題であり、デジタル通貨の趨勢は、米ドルやユーロに続く円のシェアを守れるかを左右することにもなります。また、直近で、急激な米利上げに伴う米シリコンバレー銀行(SVB)の破綻でネット時代特有の急速な預金流出が懸念され始めており(いわゆる取り付け騒ぎがSNS等により助長された側面が指摘されています)、「CBDCを早期に実用化することによる金融システム安定の機運が欧州側などには出ている」という状況もあります。なお、先日退任した日銀の黒田前総裁は、在任中の3月に、フィンテックの最新動向などを議論する「FIN/SUM2023」であいさつしCBDCについて、現金や民間の電子マネーなど様々な「お金」との共存を図ったうえで、中央銀行が民間と協力しながら「今後実現していかなければならないし、実現していくと考えている」と述べたほか、CBDCをいつからどのように提供するかは「いくつもの選択肢があり得る」と指摘、「いかなる対応もできるようあらかじめ準備しておくことは、中央銀行の責務だ」と述べています。

シンクタンクのアトランティック・カウンシルによると、現在は100カ国余りがCBDCの調査や開発、試験運用に乗り出しており、既に導入したのは、バハマやジャマイカ、ナイジェリアを含めて十数カ国だといいます。インドに関しては、CBDCが今の通貨制度に取って代わるのではなく補完的な役割を目指しており、透明性と低い取引コストの確保を通じて大きな将来性が見込めるとインド準備銀行(RBI、中央銀行)が2022年10月に公表したeルピーの概要説明文に記されています。報道によれば、「eルピーはインドのデジタル経済を発展させ、ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂:だれもが金融サービスを享受できるようにする取り組み)を強化し、通貨・決済システムの効率性を高めてくれる」と説明されています。2023年4月1日付ロイター通信の記事で、アトランティック・カウンシルのジオエコノミクス・センターのシニアディレクター、ジョシュ・リプスキー氏は、暗号資産市場の拡大や、ウクライナに侵攻したロシアに対する金融制裁も、各国がCBDCを試す動機になっていると分析、「暗号資産の台頭は、インドのような国を通貨主権が維持できるかどうか不安にさせ、代わりとなる存在に目を向けさせている」と指摘、特にドルに裏付けられたステーブルコインへの懸念があるとの見方を示しています。その上で「インドにおける試験運用には、大きな意味がある。世界有数の経済規模で、他国が行動を起こす起爆剤の役目を果たしているからだ」と付け加えています。世界的に見ると、現金の利用は減り続け、その傾向は新型コロナウイルスのパンデミック中に加速しましたが、一方で、世界銀行によると、今も17億人の成人は銀行口座を持てる境遇に置かれていません。国際決済銀行(BIS)はリポートで、携帯電話の電子ウォレットを通じて利用可能なCBDCなら、特に市場規模の面で民間セクターが参入に「二の足」を踏むような地域でも、デジタル決済サービスの導入につながり、金融包摂を促進してくれると分析しています。各中銀にとってより大きな動機は、マネー・ローンダリングをはじめとする金融犯罪の取り締まりが進むことにあるとの指摘もあります。現金はほぼ追跡不能であるところ、CDBCには身元を証明するIDが必要になるためです。この点、RBIも、デジタル通貨に匿名性を付与すれば「闇経済」や違法取引を促進しかねない以上、CBDCが「現金と同等」の匿名性やプライバシーを保つ設計になる公算は乏しいとしています。一方、RBIのサンカル副総裁は「匿名性は通貨の基本的な特徴の1つであり、われわれはそれを確保しなければならない」と述べていますが、具体的な措置については明らかにしていません。権利擁護団体フリー・ソフトウエア・オブ・インディアのスリニバス・コダリ氏は「いかなるデジタル決済制度でも、特にCBDCではプライバシー(保護)が最大の不安要素だ。インドのデータ保護法案は、政府が例外的に全データにアクセスできると定めている」と主張、また、「サイバーセキュリティも心配だ。セキュリティの穴があれば、人々は脆弱な状態で放置される。インドにおいては、CBDCも他のデジタルインフラ同様、透明性も市民の参加もないまま開発されてきている」と述べています。インドのシステム開発の特異性は本コラムでも以前指摘したとおりですが、匿名性やプライバシー、AML/CFT、セキュリティなどの課題がまだまだ完全な解決が見通せない中、金融包摂を急ぐあまり、eルピーがどのような段階でどのようなレベル感で導入されるのか、その動向が大変興味深いところです。

中国は資本取引を厳しく規制しているため、人民元を国際的な取引で使うには不便であり、経済規模が世界第二位で、貿易総額が世界一の国にしては自由にしておらず、人民元の存在感は大きいとは言えません。2023年4月3日付朝日新聞の記事によれば、東南アジアの国々が通貨危機、つまり米ドルの大量流出に見舞われた1997~98年にかけて、通貨を厳しく管理していた中国経済は安定を保ち、地域で存在感を高めましたが、ドルが枯渇する恐怖の記憶は、中国の通貨に対する考え方の土台になっていると考えられます。米ドルに過度に依存すると、経済のみならず安全保障面でも米国に命綱を握られかねないという意味で、中国における人民元の国際化は、米ドル以上に世界で広範に使われる通貨を目指すよりも、過度なドル依存は安全保障からみて危ないので、自国の通貨人民元を使う比率を上げたいという動機の方が大きいと指摘されています。中国は2015年に「人民元国際決済システム(CIPS)」という独自の決済ネットワークを作りました。中国も基軸通貨米ドルを中心にした決済ネットワーク、国際銀行間通信協会(SWIFT)を中心に利用していますが、自らが主導権をとれるネットワークが必要だと考えたものと推測されます(現時点ではSWIFTから締め出されたロシアがCIPSの利用比率を高めている状況にあります)。将来、中国経済の規模がさらに拡大し、中国が世界経済の主導権を握るようになったら、人民元の利用を強要したりCIPSを用いた制裁に踏み込んだりする可能性も否定できないところであり、通貨と安全保障は密接に結びついていると認識する必要があります

ステーブルコインの動向も注視しておく必要があります。最近の報道からいくつか紹介します。

  • 米ドルに連動するステーブルコイン「USDコイン(USDC)」から過去3日間で約30億ドルが流出したと発行会社の米サークルが2023年3月16日に明らかにしています。米シリコンバレー銀行(SVB)の破綻を受けて資産を引き揚げる動きが広がったためです。そもそも同コインは1ドル=1コインとなるように設計されていますが、サークルが33億ドルをSVBに預けてあると発表したことで3月11日にこの水準を割り込み、コインゲッコーのデータによると、一時0.88ドルまで下落したものの、13日には1ドルを回復したといいます。サークルによると、この13~15日に投資家が38億ドル相当のトークンをドルに戻す一方で、8億ドルのトークンが新たに作成され、差し引きで30億ドルがUSDCから流出したことになります。本来、法定通貨に連動していることから「ステーブル」な状態にあるはずですが、ほぼ無価値となったテラUSDほどではないにせよ、STV破綻のような場面では、維持することが難しいことが露呈したことになります
  • 三菱UFJ信託銀行はブロックチェーン(分散型台帳)開発をてがける新興のソラミツやデータチェーンと円などの法定通貨と価値が連動するステーブルコインを相互に交換できる基盤づくりで提携すると発表しています。2023年以降、多種多様なステーブルコインが発行になる見通しです。送金費用負担の重い全銀システム(全国銀行データ通信システム)を通さないデジタル決済のインフラをつくることで、企業間・個人間の送金効率化や手数料削減を後押ししたい考えとされます。ステーブルコインは銀行間の送金システムである全銀システムを経由せずに送金できるのが特徴で、同システムは2021年に銀行間の送金にかかる手数料を約40年ぶりに見直し、振り込む銀行から振り込まれる銀行に支払う費用を1件当たり62円(従来は117~162円)に下げましたが、この費用が必要ない分、ステーブルコインによる送金はさらに低い手数料の実現が可能となります。個人がステーブルコインを使えば、決済・送金する際の手数料負担を軽減できるほか、自治体や企業間の即時入金も可能になります。ただ、全銀システムを通さない仕組みには日本企業・団体100社近くが参加するデジタル通貨DCJPYや、G.U.テクノロジーズが主導するブロックチェーンであるジャパン・オープン・チェーンでのステーブルコイン発行を目指す陣営があり、それぞれが新たな時代のデジタル決済インフラを目指しており、三菱UFJ信託など3社の枠組みに乗らない可能性もあるほか、複数陣営が乱立すれば、ネットワーク外部性(同じ商品の利用者が増えれば増えるほど、1人の利用者が受ける便益が大きくなる現象)が働きにくくなる懸念も指摘されているところです。

シリコンバレー銀行(STV)破綻の衝撃の中、米金融当局は、シグネチャー銀行(米ニューヨーク州)が経営破綻したと発表しました。同行は暗号資産取引で知られており、2022年末の総資産は約1100億ドル(約15兆円)で全米29位、預金総額は約890億ドル(約12兆円)でした。暗号資産の価格低迷で、株価が低迷していましたがSTV破綻の余波を受ける格好となりました。なお、STV同様、すべての預金は保護されます。また、米国ではその直前に、暗号資産取引が多いシルバーゲート銀行の清算が発表されています。シグネチャー銀行の2022年12月末時点の総資産は1104億ドル(約14.9兆円)、総預金は826億ドル(約11兆円)でした。シルバーゲート銀行とシグネチャー銀行は暗号資産関連企業向けの金融サービスに従事していましたが、2022年11月の暗号資産交換業大手のFTXトレーディングの経営破綻後、経営悪化に見舞われていました。なお、前述したUSDCを手掛ける暗号資産会社の米サークルは、シグネチャー銀行が閉鎖されたことを受け、同行を通じた暗号資産の作成と償還ができなくなったとし、米金融大手バンク・オブ・ニューヨーク・メロン(BNYメロン)を通じて決済を処理すると発表するなど、暗号資産業界に大きな影響が及んでいます。こうした状況をふまえ、米金融当局は暗号資産関連の取引に関し監督強化を検討する構えです。バイデン大統領も、相次いだ銀行破綻に関し「再び起きる可能性を低くする」とし、米議会などに銀行への規制強化を要請すると表明しています。

決済インフラを支えたシルバーゲート銀行やシグネチャー・バンクが経営危機に直面したことを受けて、暗号資産の強みである24時間365日決済が制限されるおそれも出ています。さらに、これにより売買の制限によって資産価値の目減りも懸念されるところです。「ビットコイン」は9カ月ぶり高値を回復したものの、先行きへの不安を払拭できていません。暗号資産取引を手がける多くの事業者はシルバーゲートとシグネチャーを使って運営してきており、両行とも暗号資産を含むデジタル資産分野への投資で先行しており、他行は容易に追随できないとされます。決済サービスが停止されると暗号資産と米ドルの間の24時間365日決済への影響が避けられないことになります。暗号資産は価格の変動が大きく、リスクの高まるタイミングではいち早く法定通貨などに資金を移動するニーズがありますが、一方で商業銀行の従来顧客の間では暗号資産業界との取引関係がリスクとして改めて意識されています。

米証券取引委員会(SEC)は、暗号資産関連証券を提供する企業が米国の法律を順守していない可能性があると投資家に警告しています。未登録で行われているこうした証券の提供では、監査済み財務諸表など情報に基づいた意思決定に必要な重要データが含まれていない可能性があるといいます。SECはまた、一部の暗号資産取引所が提供する「準備金証明」サービスについても警告しており、準備金証明は、顧客からの預かり資産を裏付ける十分な準備金を取引所が保有していることを証明するものですが、「暗号資産事業者は、資産の安全性を不明瞭にし、顧客を混乱させるために、監査済みの財務諸表の代わりにこれらを使用する可能性がある」といいます。SECはFTXトレーディングが2022年に経営破綻して以来、暗号資産業界への締め付けを強化しており、米コインベース・グローバルは、SECが同社に対し、訴訟の可能性を警告する「ウェルズ・ノーティス」を出したと明らかにしています。訴訟の内容はコインベースのスポットマーケット取引や、「ステーキング」商品である「アーン(Earn)」などに関連したものとなる見通しだということです。ステーキングは、暗号資産の保有者がブロックチェーン上の取引の承認手続きに貢献し、その対価として高利回りを得る仕組みで、コインベースの発表を受けて同社株は急落しています。前述したとおり、SECは暗号資産業界への締め付けを強化していますが、とりわけ、登録せずにステーキング・サービスを行うことに対して監視を強めており、2022年2月には同業のクラーケンがステーキング事業を取りやめ、3000万ドルの制裁金を支払ってSECと和解することに合意しています。

欧州中央銀行(ECB)監督委員会のマコール委員は、EUの暗号資産市場規制法案(MiCA)について、不十分な内容と指摘し、リスクを適切に把握するために規制内容の強化が必要との見解を示しています。欧州議会は、2023年4月中に同法案を採決にかける見通しで、不祥事や経営破綻が続いた暗号資産業界の監督体制を整える大きな一歩となると考えられています。マコール氏はブログで「新たなバーゼル基準やMiCAは重要な一里塚ではあるが、恐らくこれだけでは不十分」との見方を表明、政策の目的と手段の均衡を定める「比例性原則」に基づき、重要性の高い暗号資産取扱業者に対しては要件の厳格化と監督強化の両方が必要だが、MiCAはどちらも実現していないと論じています。また、暗号資産取扱業者の規模に基づき重要性を決める判断基準に問題があると指摘、最大の暗号資産取扱業者であるバイナンスは世界のアクティブユーザーが2800万~2900万人とされていますが、「EUで重要と分類される基準を恐らく満たさないだろう」としています。取引プラットフォームの取引量あるいはカストディアン業務で管理している資産の量を考慮に入れるなど、新たな定量的判断基準が必要だとしています。

オーストラリアの金融規制当局である豪健全性規制庁(APRA)は米シリコンバレー銀行の破綻を受け、スタートアップ企業や暗号資産に特化したベンチャー企業へのエクスポージャーを報告するよう国内銀行に求めているといいます。APRAは脆弱性をより把握するために暗号資産に関する最新の情報を毎日提供するよう銀行に指示したということです。APRAはこの報道に関するコメントを控えていますが、国内銀行業界に対する監督を強化し、STV破綻による潜在的な影響についてより多くの情報を求めるとした先週の声明に言及しています。

その他、暗号資産関連事業者に関する国内外の最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 破綻した暗号資産交換業大手FTXトレーディング創業者のサム・バンクマン・フリード被告は、ニューヨーク市の米連邦地裁に出廷し、中国政府関係者への贈賄罪などを否認しています。既に否認していた顧客や投資家への詐欺を含め、13の罪すべてで無罪を主張しています。なお、本件は2023年10月に初公判を迎える予定です。同被告保有の投資会社アラメダ・リサーチの取引口座が2021年11月頃、中国警察に凍結された後に資産引き出しを狙って4000万ドル(約53億円)以上に相当する暗号資産を不法に譲渡したと検察側は主張、弁護士は法廷で事実関係を争う姿勢を示しています。
  • 米商品先物取引委員会(CFTC)は暗号資産交換業者バイナンスとチャンポン・ジャオCEOらを提訴しています。CFTCはバイナンスと同社のチャンポン・ジャオCEO、元コンプライアンス担当幹部が「違法な」交換所を運営し、実体がないコンプライアンス対策を講じていたとしています。具体的には、CFTCに未登録でありながら、暗号資産デリバティブ取引で米国在住の投資家を勧誘したと指摘しているものです。裁判書類によるとバイナンスは2019年7月以降、ビットコインやイーサリアムといった暗号資産のレバレッジ取引を、米国内で提供していた疑いがもたれています。CFTC規制下にある米国法人バイナンス・ドット・USと異なり、バイナンス本体は監督を受けておらず、バイナンス本体は本拠地を置かず、米国の投資家とは取引していないと説明しているものです。なお、この提訴以降、同社運営の交換所から16億ドル相当の暗号資産が引き出されたことが明らかになっています。ブロックチェーン分析会社ナンセンによると、過去24時間の流出額は8億5200万ドルで、直近2週間の1日平均3億8500万ドルを上回りました。ナンセンのリサーチアナリスト、マーティン・リー氏は、提訴後の流出額は通常より多かったとする一方、バイナンスの内部留保について懸念が強まった2022年12月13日に記録した30億ドルは下回ったと指摘しています。
  • モンテネグロ内務省は、2022年に数十億ドル規模の詐欺に関与したとして、韓国政府が国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配していた暗号資産「テラUSD」と「ルナ」の運営会社の共同創業者で韓国人のド・クォン容疑者を逮捕したと明らかにしています。声明によると、容疑者は韓国籍の人物と共に、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイへ向かう出国審査で「コスタリカの偽造書類」を使用したところを拘束されたといい、荷物からはベルギーと韓国の渡航書類も発見され、ベルギーの書類は偽造だったといいます。また、モンテネグロへの入国記録はなかったといいます。テラUSDは、米ドルのような法定通貨と連動する「ステーブルコイン」の一つですが、裏付けとなる資産を持つタイプではなく、発行量を調節するアルゴリズムを通じて連動を保つようにするタイプで、2022年5月にテラUSDへの信認が揺らぐと、関連する別の暗号資産ルナとともに暴落、テラやルナに投資していたヘッジファンドが破綻すると、同ファンドに融資していた企業も連鎖倒産することとなりました。SECの提訴状によると、400億ドル(約5兆2200億円)に相当する市場価値が吹き飛んだということです。容疑者ら同社関係者6人は、詐欺行為で2022年5月の価値暴落を招いた容疑で、韓国政府が9月に国際手配を要請していたものです。
  • 自身が経営する会社の資産を暗号資産の運用に不正に充てたとして、警視庁は、外貨両替会社「RSK」の元社長を会社法違反(会社財産を危うくする罪)の疑いで書類送検し、発表しています。警察がこの容疑を適用するのは全国初といいます。元社長はRSKの口座から自身の口座などに計約3億円を送金し、横領したなどとして2023年2月までに逮捕、起訴されています。報道によれば、元社長はRSK社長だった2020年8月、同社が保有していた現金約2億7400万円と暗号資産「ビットコイン」(当時約3750万円相当)を暗号資産交換所に預託し、不正に同社の財産を処分した疑いがもたれています。容疑を認め、「資金繰りの回復のためだった」と話しているといいます。会社法は、株式会社の役員らが会社の事業とは無関係の目的で、投機取引のために会社の財産を処分する行為を禁じています。同課は、元社長による暗号資産などの預託行為がRSKの定款で定められた同社の財産の処分方法ではなく違法だったとみているといいます。
  • 暗号資産の取引を巡り所得税計約4億円を脱税したとして、東京地検特捜部は、所得税法違反罪で、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに本店を置く「KPT General Trading LLC(KPT社)」役員ら4人を起訴しています。起訴状などによると、被告らは、顧客の田原被告と鈴木被告の暗号資産をKPT社が所有しているように装い、2020~2021年分の所得税計約4億円を免れたなどとしています。

最後に金融庁からの「FX取引・暗号資産投資の勧誘」にご注意!」という注意喚起と、暗号資産交換業者4社にかかる注意喚起を紹介します。

▼金融庁 「FX取引・暗号資産投資の勧誘」にご注意!!
  • FX・バイナリーオプション・暗号資産取引等について、勧誘を要請していない顧客に勧誘を行うことは原則禁止されています!!
  • あなたが望んでいない勧誘、それは詐欺かも!?
    • 「セミナーで勉強すれば、勝てるようになる」「自動売買ソフトを使えば、なにもしなくても儲かる」などと言って、FX・バイナリーオプション・暗号資産等への投資を一方的に勧めてくるケースが以前より発生しています。特に、SNSで知り合った方からの投資勧誘に応じて投資した方からの相談が多く寄せられています。
    • また、それが友人・知人からの勧誘・紹介であったとしても、取引する業者が日本で登録を受けていない違法な業者であったり、詐欺等をしているおそれもあります。そして、取引をした結果、投資したお金が引き出せない、出金の際に税金等の名目で高額な金銭を要求される、紹介者や業者と連絡が取れなくなるといったトラブルに巻き込まれたりするケースが生じています。
  • 取引はグローバル!!でも業者はどこにいる?
    • このような勧誘による取引は、日本の法令に基づく登録等がない海外のFX業者や暗号資産取引所等を利用するとしているケースが多いです。そのため、上記のようなトラブルに巻き込まれたとしても、海外の業者であることから、損害賠償請求を海外の裁判所等に行うことになるほか、そもそも取引していた業者が存在していなかった等、被害回復が困難となる場合が多く、泣き寝入りとなってしまうおそれがあります。
  • 違法な業者と取引しない!!
    • 実際に取引する(契約する)前に、取引する業者が登録を受けているか確認しましょう。金融商品取引業の登録を受けている業者、暗号資産交換業の登録を受けている業者は、別途確認できます。
    • なお、日本で登録を受けた業者と取引を行う場合であっても、その業者の信用力などを慎重に見極めることが大切です。また、登録業者の名を利用する業者もありますので、ご注意ください。
▼金融庁 無登録で暗号資産交換業を行う者について(Bitget Limited)
  • 無登録で暗号資産交換業を行う者について、事務ガイドライン第三分冊:金融会社関係16.暗号資産交換業者関係Ⅲ-1-6(2)②に基づき、本日、警告を行いましたので、下記のとおり公表いたします。
    • 業者名等:Bitget Limited
    • 代表者 不明
    • 所在地:シンガポール共和国
    • 内容等:インターネットを通じて、日本居住者を相手方として、暗号資産交換業を行っていたもの
    • 備考:インターネット上で暗号資産取引を行っている「Bitget」を運営している。
      • ※上記は、インターネット上の情報に基づいて記載しており、「業者名等」「所在地」は、現時点のものでない可能性があります。
▼金融庁 無登録で暗号資産交換業を行う者について(MEXC Global)
  • 無登録で暗号資産交換業を行う者について、事務ガイドライン第三分冊:金融会社関係16.暗号資産交換業者関係Ⅲ-1-6(2)②に基づき、本日、警告を行いましたので、下記のとおり公表いたします。
    • 業者名等:MEXC Global
    • 代表者 不明
    • 所在地:シンガポール共和国
    • 内容等:インターネットを通じて、日本居住者を相手方として、暗号資産交換業を行っていたもの
    • 備考:インターネット上で暗号資産取引を行っている「MEXC」を運営している。
      • ※上記は、インターネット上の情報に基づいて記載しており、「業者名等」「所在地」は、現時点のものでない可能性があります。
▼金融庁 無登録で暗号資産交換業を行う者について(Bybit Fintech Limited)
  • 無登録で暗号資産交換業を行う者について、事務ガイドライン第三分冊:金融会社関係16.暗号資産交換業者関係Ⅲ-1-6(2)②に基づき、本日、警告を行いましたので、下記のとおり公表いたします。
    • 業者名等:Bybit Fitech Limited
    • 代表者 Ben Zhou
    • 所在地:Macdonald House 40A Orchard Road, Singapore
    • 内容等:インターネットを通じて、日本居住者を相手方として、暗号資産交換業を行っていたもの
    • 備考:インターネット上で暗号資産取引を行っている「Bybit」を運営している。
      • ※上記は、インターネット上の情報に基づいて記載しており、「業者名等」「所在地」は、現時点のものでない可能性があります。
▼金融庁 無登録で暗号資産交換業を行う者について(Bitforex Limited)
  • 無登録で暗号資産交換業を行う者について、事務ガイドライン第三分冊:金融会社関係16.暗号資産交換業者関係Ⅲ-1-6(2)②に基づき、本日、警告を行いましたので、下記のとおり公表いたします。
    • 業者名等:Bitforex Limited
    • 代表者 Jason Luo
    • 所在地:セーシェル共和国
    • 内容等:インターネットを通じて、日本居住者を相手方として、暗号資産交換業を行っていたもの
    • 備考:インターネット上で暗号資産取引を行っている「Bitforex」を運営している。また、所在地について「香港」「シンガポール」とする資料が確認されている。
      • ※上記は、インターネット上の情報に基づいて記載しており、「業者名等」「所在地」は、現時点のものでない可能性があります。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

2023年4月9日投開票の大阪府知事・大阪市長のダブル選では、地域政党・大阪維新の会は、誘致を目指すカジノを含む統合型リゾート(IR)が経済振興につながると強調しているのに対し非維新勢力はギャンブル依存症への懸念などを挙げて反対や慎重姿勢を示す候補者が多くなりました(結果は、いずれも大阪維新の会候補が当選しました)。吉村現知事は大阪府と大阪市が一体で進める成長戦略の一つとしたうえで、経済効果を強調、「カジノは厳格に管理される。依存症対策にも取り組む」とした一方、「カジノの収益を福祉や教育にあてるのは間違っている。依存症対策をやればいいというのも甘い」、「一過性のイベントやインバウンド頼みではない、持続可能な成長をつくっていく必要がある」、「ギャンブルで人を呼ぶのはおかしい」などと反対していました。過去10年以上にわたって府市の行政運営を主導してきた「維新政治」の評価が選挙戦の底流をなし、論点がぼやける中で、対立のコントラストを最も鮮明にしやすかったのが、IRだとの指摘もありましたが、今回の選挙の結果を受けて、「IR誘致の是非については一定の民意を得た」と考えられるかもしれません。IR開業により、府市が事業者から受け取る収入は年間1060億円と試算されていますが、富裕層をはじめとするインバウンド(訪日外国人客)がコロナ禍で激減した後、どこまで回復するかはまだ見通せないうえ、ロシアのウクライナ侵略に伴う世界的な燃料・物価高騰も、まだ「先の話」ともいえるIRの収支シミュレーションから、現実味を奪ってしまっており、こうした将来の不確定要素はそのまま推進派の維新に対する攻撃材料となっているのが現状です。ダブル選でIR反対陣営は「情報開示が不十分なまま強引な議会運営で手続きが進められた」と批判し、住民投票で民意を問うべきだと主張しており、今後の展開はまだ安定的とは言えません。そもそも本コラムでも指摘していますが、国はIR認定の審査のポイントとして「地域における十分な合意形成」を挙げていることから、審査がさらに長引き、住民投票の結果次第では、審査の行方に影響を与える可能性も考えられるところです。

そのような中、朝日新聞社が実施した世論調査では、IRについて、府民対象の調査、市民対象の調査のいずれでも反対が賛成を上回る結果となったと報じています。報道によれば、調査でIR誘致への賛否を尋ねたところ、府民は賛成37%、反対43%、市民は賛成37%、反対47%だったということです。また、府民調査では男性の51%が賛成、女性の51%が反対、市民調査では男性の50%が賛成、女性の反対が55%となっており、男女で賛否が逆転する結果となりました。世代別では、府民調査では若年層ほど賛成が多く、高齢層ほど反対が多く、市民調査もほぼ同じだったということです。一方、同じ時期に日本経済新聞社が実施した大阪府知事・市長の「大阪ダブル選」の情勢調査では、IRの大阪への誘致に賛成との回答が反対を上回る結果となっています。報道によれば、情勢調査で府民にIR誘致への賛否を聞いたところ、賛成が45%で反対の38%を上回り、維新支持層だけでみると7割近くが賛成し、反対は1割程度、自民支持層では賛成46%、反対37%だったということです。

本コラムでも取り上げてきているIRを巡って市と事業予定者の借地権設定契約の締結差し止めを求める住民監査請求について、大阪市は監査委員の意見が一致しない「合議不調」だったという結果を発表しています。請求は2023年1月に大阪市民らのグループがIR予定地の賃料が「著しく不当に廉価だ」として実施していたもので、請求ではIR予定地の賃料を決める際に市が鑑定業者に依頼した不動産鑑定で4社中3社の価格が一致したことや、鑑定においてIRを考慮外として賃料を算定したことなどを問題視していました。結果では価格の一致について市からの指示があったとは認めなかったほか、IRを考慮外としたことも不当とは認められないと結論づけましたが、契約の差し止めについては4人の委員で意見が分かれました。請求人の主張を棄却すべきだとした委員は「不動産鑑定評価は、いずれも適切に行われて正常賃料が算出されている」と指摘したのに対し、市へ措置を勧告すべきだとした委員は計画のあった予定地付近での新駅開業などを加味すると賃料が上昇する可能性があるとして「(市が設定した賃料が)『適正な対価』であるとは認めがたい」と述べています。関連して、直近では、予定地の賃料が不当に安く設定されたなどとして、大阪市民10人が、大阪市長らに定期借地契約の締結差し止めを求める訴訟を大阪地裁に起こしています。報道によれば、市は2019年に人工島・夢洲にある予定地約49ヘクタールの賃料算定を鑑定業者4社に依頼したが、3社が1平方メートル当たり月額428円で一致。市はこの値段で事業者に土地を貸し出す予定としていることに対し、原告側は「不自然な一致で、著しく安価に設定された不当な鑑定だ」と主張しています。

IRの候補地としている大阪市此花区の人工島・夢洲について、自民党名で「ディズニーリゾート」の誘致を呼びかけるポスターが大阪市内に掲示され、波紋を呼んでいます。IRを巡っては政府・自民党が国政レベルで推進する一方、自民大阪府連内では反対意見も根強く、府市両議会では自民がIR誘致の是非を問う住民投票条例案を提案したこともありますが、「ディズニー」構想はこれまで、自民の政策として議論の俎上に載っておらず、自民関係者にも戸惑いが広がっているようです。ただ、大阪維新の会顧問の松井一郎・大阪市長は同市此花区に「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」を誘致した経緯に触れ、「他の大規模テーマパークを誘致しないとする覚書を結んでおり、ディズニーの誘致はできない」と指摘しています。

大阪府は、ギャンブル依存症対策を推進する計画を策定しています。治療を手掛ける医療機関の情報などを提供する「大阪依存症センター」(仮称)の整備や、対応医療機関を増やすことなどを盛り込んでいます。大阪府と大阪市はIRの開業を目指していますが、住民の中にはギャンブル依存症を懸念する声もあります。計画の実施期間は2023~25年度で、「大阪依存症センター」をIR開業までに整備することを掲げています。具体的な時期や人員数は今後検討するとしていますが、ギャンブル依存症患者を診ることができる府内の医療機関数も、府が開催する研修会などを通じて2021年度末時点の25機関から、2025年度末までに60機関に増やすとしています。

▼大阪府 「第2期大阪府ギャンブル等依存症対策推進計画」の策定について
▼概要版
  • ギャンブル等依存症を巡る状況【「ギャンブル等と健康に関する調査」(令和3年2月実施)等より】
    1. 経験したギャンブル等の種類
      • 生涯での経験:「宝くじ」60.5%「パチンコ」51.2%「競馬」33.2%
      • 過去1年での経験:「宝くじ」47.6%「競馬」15.5%「パチンコ」14.7%
    2. 初めてギャンブル等をするようになった年齢
      • 0-19歳:31.9%
      • 20歳代:56.1%
    3. ギャンブル等依存が疑われる人(SOGS5点以上)のギャンブル等行動
      • 過去1年での経験:「パチンコ」90.9%「競馬」72.7%(最もお金を使用:「パチンコ」50.0% 「パチスロ」31.8%)
    4. 家族等がギャンブル問題から受けた影響
      • 浪費、借金による経済的困難:37%
      • 借金の肩代わり:16%
    5. ギャンブル等依存の相談者の借金額
      • 100万円以上:55%
    6. 専門相談における主訴の内容
      • 精神科の受診・治療・病気に関するもの:46%
    7. OAC加盟機関・団体への補助実績
      • 早期介入・回復継続支援事業参画団体数 「R1-R3団体数」:4団体(横這い)
  • ギャンブル等依存が疑われる人等の推計
    • SOGS5点以上で、過去1年以内にギャンブル等依存が疑われる人の割合は成人の1.9%、府の成人人口(令和4年12月現在:750万人)にあてはめると約14万3千人と推計され、うちギャンブル障害に該当する人は約半数と推定。
    • また、SOGS3~4点の割合は成人の1.5%、府の成人人口にあてはめると約11万3千人と推計。府では、これに該当する層を、過去1年間のギャンブル等行動から将来「ギャンブル等依存のリスクがある人」と捉え、発生予防の観点から、上記のギャンブル等依存が疑われる人と合わせたの割合(3.4%)について、今後の推移を把握していく。
  • 基本方針Ⅰ 普及啓発の強化
    • ギャンブル等依存症は誰もがなり得る可能性があり、本人だけでなく、その家族等の生活にも支障が生じることから、ギャンブル等による問題が生じた場合、適切な支援や医療につながるよう、府民に対し、ギャンブル等依存症に関する正しい知識の普及と理解の促進を図る。特に、初めてギャンブル等を経験する割合が高い若年層に対しては、教育庁等と連携し、早期の予防啓発に集中的に取り組む。また、昨今のオンラインカジノや公営競技のインターネット投票などの関心の高まりを踏まえた啓発に取り組む。
    • 【重点1】若年層を対象とした予防啓発の強化
    • 【重点2】依存症に関する正しい知識の普及と理解の促進
  • 基本方針Ⅱ 相談支援体制の強化
    • ギャンブル等依存症に悩む本人及びその家族等が、早期に必要な支援につながることができるよう、現在の相談拠点に加え、相談者の生活環境に応じて気軽に相談できるよう、SNS やオンラインなどを活用した相談窓口の整備や、相談者が抱える課題等に対応するための支援体制の充実に取り組む。
    • 【重点3】依存症の本人及びその家族等への相談支援体制の充実
  • 基本方針Ⅲ 治療体制の強化
    • ギャンブル等依存症の本人等が適切な治療を受けることができるよう、依存症専門医療機関や依存症治療が可能な精神科医療機関の裾野拡大を図るとともに、地域の医療機関と専門医療機関等との連携などを通じて、患者の状況に応じた段階的な治療体制の構築に取り組む。
    • 【重点4】治療可能な医療機関の拡充と治療体制の構築
  • 基本方針Ⅳ 切れ目のない回復支援体制の強化
    • ギャンブル等依存症の本人やその家族等が日常生活や社会生活を円滑に営むことができるよう、回復や社会復帰等に重要な役割を果たす自助グループや民間団体等との連携強化を進めるとともに、支援ネットワークの裾野拡大に取り組む。
    • 【重点5】関係機関等との協働による切れ目のない支援の推進
    • 【重点6】自助グループ・民間団体等の活動の充実
  • 基本方針Ⅴ 大阪独自の支援体制の推進
    • ギャンブル等依存症対策を総合的に推進するため、新たなハブ拠点の設置に向けた検討を行うとともに、ギャンブル等依存症の本人等が、相談・医療・回復のワンストップ支援を享受できる機能整備に取り組む。
    • 【重点7】予防から相談、治療及び回復支援体制の推進
  • 基本方針Ⅵ 調査・分析の推進
    • ギャンブル等依存が疑われる方について、抱える課題の種類や困難度、課題解決に必要な支援の内容や関わりの程度などを把握するべく、ギャンブル等依存が疑われる方や抱える問題の実態などを明らかにする調査を実施する。
    • 【重点8】ギャンブル等依存症に関する調査・分析の推進
  • 基本方針Ⅶ 人材の養成
    • ギャンブル等依存症対策を推進するためには、その基盤となる担い手の養成が必要であることから、様々な相談窓口等の相談員や担当者などを対象に、ギャンブル等依存症に関する必要な知識の習得や相談支援能力の向上等を図る養成研修を実施する。
    • 【重点9】相談支援等を担う人材の養成
  • 基本方針に沿って、ギャンブル等依存症対策を総合的かつ計画的に推進することで、府民の健全な生活の確保を図るとともに、府民が安心して暮らすことができる社会の実現に寄与することを目標とする。指標としては、以下を設定し、府実態調査結果を基に、令和7年度における以下の数値について、計画作成時点の令和4年度の数値からの増減をめざす。
    1. 「『ギャンブル等依存が疑われる人等』の割合」の低減
      • 現状3.4% → 目標値3.4%未満
    2. (2)「『ギャンブル等依存症は病気であることを知っている』と回答した府民の割合」の増加
      • 現状82.3% → 目標値90%以上

依存症の範囲が拡大しているようにも見える中、スマホ依存・ネット依存・ゲーム依存に関する記事、クレプトマニア(窃盗症)に関する記事を紹介します。

万引依存症「クレプトマニア」は治る 「成功体験」の記憶をパズルで崩す治療法(2023年4月2日付産経新聞)
万引などの窃盗行為がやめられない心の病「クレプトマニア(窃盗症)」。衝動的に犯行に及んでしまうことが多いとみられてきたが、研究は進んでおらず未知の領域とされてきた。そうした中で京都大などの研究グループは2月、スーパーなどの犯行現場の風景を見ることが引き金となり、アルコール依存症患者らと同じく無意識に行動している可能性があるとの研究成果を発表した。すでに共同研究を行う医療機関で治療に応用。感情コントロールが治療方法との定説を覆し、脳科学の分野から全く異なる手法が新たに確立されようとしている。「クレプトマニアは『パブロフの犬』のような反応がある」。…研究グループによると、依存症患者の最初の動機はストレス解消といった感情面が主な要因。その後はパブロフの犬のように、繰り返すたびに刷り込まれて無意識的に行うようになるという。また、アルコールや薬物に頼る「物質依存症」の患者は居酒屋の風景などの視覚情報が刺激となり飲酒や薬物摂取に走ることが分かっており、窃盗症は依存症には認定されていないものの、共通点があるのではとの仮説を立てた。…「窃盗症も依存症の一種の可能性が高い。根本的な原因を探るメカニズムの解明にとって大きな一歩だ」と期待を込める。…曖昧な記憶の再定着時に別の刺激を与えることで、記憶が薄らいでいく。元院長は「人は成功体験が積み重なることで無意識的に行動に及ぶ。他の刺激に集中させることで原因を断ち切ることが目的だ」と述べる。…刑法犯認知件数の7割を占める窃盗。新たな治療方法の普及に向け元院長は「心的外傷後ストレス障害(PTSD)や他の依存症にも応用できる。依存症を克服する手助けをしたい」と話している。
③犯罪統計資料

例月同様、令和5年1~2月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和5年1~2月分)

令和5年(2023年)1~2月の刑法犯総数について、認知件数は97,862件(前年同期79,554件、前年同期比+23.0%)、検挙件数は39,004件(37,165件、+4.9%)、検挙率は39.9%(46.7%、▲6.8P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。最近は、検挙件数は前年を下回る傾向にあったものの、ここにきて増加に転じています。その理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ(検挙件数は今回増加に転じ)、窃盗犯の認知件数は66,636件(53,670件、+24.2%)、検挙件数は22,973件(22,610件、+1.6%)、検挙率は34.5%(42.1%、▲7.6%)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は14,872件(13,729件、+8.3%)、検挙件数は9,418件(9,547件、▲1.4%)、検挙率は63.3%(69.5%、▲6.2P)と、最近減少していたところ、認知件数が増加に転じています。また粗暴犯の認知件数は8,611件(6,964件、+23.7%)、検挙件数は7,112件(6,184件、+15.0%)、検挙率は82.6%(88.8%、▲6.2P)、知能犯の認知件数は7,098件(5,431件、+30.7%)、検挙件数は2,997件(2,812件、+6.6%)、検挙率は42.2%(51.8%、▲9.6%)、とりわけ詐欺の認知件数は6,520件(4,896件、+33.4%)、検挙件数は2,568件(2,267件、+13.3%)、検挙率は39.4%(46.4%、▲7.0P)などとなっており、本コラムで指摘してきたとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加、アフターコロナへの移行期を経て、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加傾向にある点が注目されます。刑法犯全体の認知件数、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率がやや低下傾向にある点も気がかりです)。

また、特別法犯総数については、検挙件数は9,791件(9,609件、+1.9%)、検挙人員は8,095人(7,906人、+2.4%)と2022年同様、検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続いていたところ、今回、ともに増加に転じた点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は688件(501件、+37.3%)、検挙人員は502人(392人、+28.1%)、軽犯罪法違反の検挙件数は1,102件(1,006件、+9.5%)、検挙人員は1,098人(981人、+11.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は1,633件(1,375件、+18.8%)、検挙人員は1,285人(1,100人、+16.8%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は173件(138件、+25.4%)、検挙人員は143人(106人、+34.9%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は501件(505件、▲0.8%)、検挙人員は379人(401人、▲5.5%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は69件(49件、+40.8%)、検挙人員は12人(28人、▲57.1%)、不正競争防止法違反の検挙件数は12件(8件、+50.0%)、検挙人員は10人(8人、+25.0%)、銃刀法違反の検挙件数は704件(714件、▲1.4%)、検挙人員は590人(613人、▲3.8%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反やストーカー規制法違反、不正アクセス禁止法違反等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は136件(137件、▲0.7%)、検挙人員は84人(78人、+7.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は968件(843件、+14.8%)、検挙人員は779人(658人、+18.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は918件(1,170件、▲21.5%)、検挙人員は613人(769人、▲20.3%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がこのところ減少傾向が続いていたところ、前月から増加している点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が継続しており、特筆されます。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について、総数81人(74人、+18.3%)、ベトナム29人(24人、+20.8%)、中国10人(9人、11.1%)、スリランカ8人(12人、▲33.3%)などとなっています。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は1,424件(1,574件、▲9.5%)、検挙人員は808人(875人、▲7.7%)と検挙件数・検挙人員ともに継続して減少傾向にある点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じており、アフターコロナにおける今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は86件(88件、▲2.3%)、検挙人員は82人(94人、▲12.8%)、傷害の検挙件数は133件(157件、▲15.3%)、検挙人員は149人(165人、▲9.7%)、脅迫の検挙件数は55件(55件、±0%)、検挙人員は49人(57人、▲14.0%)、脅迫の検挙件数は59件(50件、+18.0%)、検挙人員は58人(65人、▲10.8%)、窃盗の検挙件数は655件(752件、▲12.9%)、検挙人員は105人(124人、▲15.3%)、詐欺の検挙件数は272件(237件、+14.8%)、検挙人員は206人(183人、+12.6%)、賭博の検挙件数は2件(5件、▲60.0%)、検挙人員は21人(35人、▲40.0%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、減少傾向から増加傾向に転じ高止まりしている点が特筆され、全体的には高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測されることから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数総数は566件(797件、▲29.0%)、検挙人員総数は351人(537人、▲34.6%)と、検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は0件(1件)、検挙人員は0人(6人)、軽犯罪法違反の検挙件数は12件(12件、±0%)、検挙人員は11人(11人、±0%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は2件(5件、▲60.0%)、検挙人員は7人(15人、▲53.3%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は15件(23件、▲34.8%)、検挙人員は8人(5人、+60.0%)、大麻取締法違反の検挙件数は140件(130件、+7.7%)、検挙人員は86人(88人、▲2.3%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は297件(464件、▲36.0%)、検挙人員は159人(289人、▲45.0%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は15件(38件、▲60.5%)、検挙人員は5人(24人、▲79.2%)などとなっており、やはり最近減少傾向にあった大麻事犯が、検挙件数が増加に転じたこと、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していること、麻薬等取締法違反が大きく増えていることなどが特徴的だといえます。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(10)北朝鮮リスクを巡る動向

国連安全保障理事会は、対北朝鮮制裁の履行状況を調べる国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会の専門家パネルの年次報告書を公表しています。報告書は2022年に北朝鮮が過去最高額の暗号資産を盗んだと強調したほか、ロシアなどに軍事通信機器の輸出をしている可能性があると指摘しています。報告書では2022年の対北朝鮮制裁の履行状況をまとめ、制裁逃れの手口が詳述されており、法的拘束力はないものの、報告を受けて国連安全保障理事会(安保理)や加盟国などが違反する団体や個人に新たな制裁を科すことがあります。具体的には、北朝鮮は2022年に前年に比べて約2倍の6億~10億ドル(約790億~1300億円)と「過去最高額の暗号資産を盗んだ」としています。「より巧妙な技術を使い、暗号資産に関連する金融システムにアクセスしたり、兵器開発に利用できる情報などを取得したりした」と分析しています。北朝鮮によるサイバー攻撃について、対外工作機関・偵察総局傘下のハッカー集団によって実行されたと分析し、「Kimsuky」や「Andariel」など具体的な集団名を挙げたほか、窃取した資金は、「主に核・ミサイル開発の資金源になった」とみられること、暗号資産を窃取された被害者は、暗号資産会社や医療関連組織などで、「ランサムウエア」と呼ばれる身代金要求型ウイルスなどによるサイバー攻撃を受けていたケースのほか、ビジネス向けSNS「リンクトイン」を通じて個人的に接触し、一定の信頼を得た後に、対話アプリ「ワッツアップ」でマルウェア(悪意あるプログラム)を送り付けるケースもあったとしている点が大変興味深いところです。さらに、暗号資産のほか、「兵器プログラムを含む価値ある情報」を盗み取るため、航空宇宙や防衛業界などを標的にした攻撃を仕掛けていたと指摘し、「高度なサイバー技術を駆使した」と分析しています。なお、専門家パネルは「ブロックチェーが持つ匿名性や交換所を利用して違法に奪った資産の出所を隠蔽できている」と説明し、引き続き金融制裁の違反を調査するとしています。同時に加盟国にはマネー・ローンダリング対策を審査するFATFがまとめているガイドラインを導入して、暗号資産が大量破壊兵器の購入に利用されないようにするよう求めています。また、報告書では北朝鮮による軍事通信機器の輸出に関する調査についても触れており、ウクライナに侵攻を続けるロシアに対し、北朝鮮が砲弾を輸出しているとの報告について、専門家パネルが調査を始めたことが明らかになっています。さらに、北朝鮮の弾道ミサイル開発についてパネルは「劇的に加速した」と強調し、「少なくとも73発のミサイルを発射し、大陸間弾道ミサイル(ICBM)も8回発射した」と指摘しています。豊渓里核実験場では新たな建物やトンネルにつながる道路を補強する工事が続いており、2023年1月には複数の従業員が実験場の業務棟付近にいたのが衛星画像で確認されたほか、核施設で核分裂性物質の備蓄量を継続的に増やしている」との見方を示し、「著しく加速している」と非難しています。そして、北朝鮮による核・ミサイル開発をめぐっては、北朝鮮が2022年9月に核兵器の使用条件などを定めた法令を採択し、核の先制使用ができるとの姿勢を打ち出したことなどを挙げ、「いずれも同国の核開発計画の著しい加速を意味する」と指摘しています。また、制裁を逃れるために海上で積み荷を移し替える「瀬取り」の手口も悪用され続けていると警告、「北朝鮮の領海内で不正な貨物の輸入が続き、輸出が禁じられている北朝鮮産石炭の瀬取りも継続している」と言明しています。その他、ある加盟国からもたらされた情報として、北朝鮮が2022年6月、エチオピアに無線機を2回輸送したと記載、送り先はエチオピア国防省の可能性があり、専門家パネルは同国に回答を求めているといいます。また、平壌科学技術大学と海外の大学のつながりに関する調査では、北朝鮮の研究者がスウェーデンの大学の博士課程を修了し、その後、2020年4月からスウェーデンの研究機関で雇用されているとし、制裁違反に該当する可能性を挙げ、調査を続けているということです。

北朝鮮のこうした動向をふまえ、日本、米国、韓国の北朝鮮担当高官が協議し、日米韓3カ国で対処をめざすとの内容を盛り込んだ共同声明を発表しています。協議では、韓国が「北朝鮮の大多数の人々は食料や薬を奪われ、人権状況は悪化し続けている」と問題視、「北朝鮮は核兵器が全ての問題を解決する魔法であると住民に信じさせ、誤った方向に導いている」とも述べています。3カ国は共同声明で、北朝鮮が2022年だけで最大17億ドル(2200億円)の暗号資産を盗んだとする(専門家パネルの報告とは異なる)民間推計を紹介、「不正な資金の流れを食い止めるため、共同の取り組みの重要性を強調する」と表明しています。また、北朝鮮のIT関連の労働者が身分や国籍を偽って海外に渡り、核・ミサイルの開発資金を稼いでいると言及し、「北朝鮮の悪意あるサイバー活動を通じた資金窃取や資金洗浄、情報収集を深く懸念している」と訴えています。国連は安保理の制裁決議に基づき、北朝鮮の出稼ぎ労働者について、2019年12月までの送還を加盟国に義務付けましたが、2020年からの新型コロナウイルスの世界的な流行で北朝鮮が国境を封鎖したこともあって、現在も相当数の労働者が国外に残っている状態とされています。北朝鮮が国境管理を緩和する可能性が指摘される中、国際社会に対し、改めて出稼ぎ労働者を北朝鮮へ送還するよう求めた形です。北朝鮮は2023年に入っても弾道ミサイルの発射を繰り返し、戦術核の搭載をちらつかせ日米韓を威嚇しているほか、巡航ミサイルや核魚雷など多様な種類の戦術核開発を主張しています。3カ国はこうした北朝鮮の言動について声明で「状況を不安定化させる核兵器使用に関するレトリック(修辞)」だと非難、北朝鮮の脅威に対抗するため、日米韓の安全保障協力をさらに強化すると申し合わせています。

国連人権理事会は2023年4月、北朝鮮による日本人拉致などの人権侵害を強く非難する決議案を採択しています。決議は、拉致問題の解決が喫緊の課題だと強調した上で、「(拉致被害者の)即時帰国を保証し、(日本など)当事国との建設的な対話に関与する」よう北朝鮮に要求しています。スウェーデンがEUを代表して決議案を提出、日本を含むG7各国や韓国が共同提案国として加わりました。なお、韓国は北朝鮮に融和的だった文在寅前政権下で共同提案に加わっておらず、復帰は5年ぶりとなります。また、決議は韓国の音楽やドラマの視聴などを禁じた北朝鮮の「反動思想文化排撃法」の見直しも求めています。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は2023年3月、北朝鮮による強制失踪と拉致に関する報告書を公表しています。日本人を含む拉致被害者の家族や脱北者らへのインタビューから、強制失踪の実態をまとめたもので、北朝鮮に対して事実を認め、早急に人権侵害を終わらせるよう求めています。国連は2014年に出した北朝鮮の人権状況に関する調査委員会の報告書で、日本人の拉致を含む強制失踪について北朝鮮政府による組織的で広範な人権侵害として「人道に対する罪」にあたると指摘しています。今回の報告書は、今も続く被害者やその家族の苦しみに焦点をあてており、北朝鮮では、国内や国外で拘束された北朝鮮人が政治犯収容所で拷問や即決処刑などの扱いを受けていると指摘、朝鮮戦争時の韓国軍の捕虜が北朝鮮の炭鉱で働かされ、韓国に戻れないまま差別されている事例もあるといいます。また、報告書は、日本と北朝鮮の赤十字の合意に基づいて1959~84年までに約9万3千人の在日朝鮮人や日本人配偶者らが北朝鮮に渡った「帰国事業」についても触れ、北朝鮮が「地上の楽園」と宣伝して渡航させた帰国者に、日本への帰還を認めなかったことが強制失踪にあたる可能性があると指摘しています。また、関連して、韓国政府が「北朝鮮人権報告書」を初めて公表しています。北朝鮮で人権や自由が抑圧されており、麻薬犯罪、韓国発の映像の流布、宗教活動を理由に処刑が行われている実態、公開処刑や人体実験など凄惨な人権侵害の数々が記されています。報告書は、2016年施行の北朝鮮人権法に基づき、2018年から年1回作成されてきましたが、対北融和を重視した左派の文在寅前政権は公開してきませんでした。尹大統領は「人権が蹂躙されている実情を国際社会に明らかにしなければならない」と強調しています。このように尹錫悦政権が公式な文書として報告書を発表した意義は極めて大きく、尹政権は北による韓国人拉致被害への対応も政権の重要課題に位置づけ、拉致問題に関する対話チャンネルの設置を日本に呼びかけてもいますが、国民の身体や生命を守ることは政府が果たすべき最優先の義務であり、日韓の連携が求められるところです。日本と比べて韓国では北朝鮮による拉致被害が、南北対話の障害になるとして軽視されてきた経緯がありますが、拉致問題に真摯に取り組まなかった歴代政権の不作為は、韓国国民への背信行為といえます。金正恩朝鮮労働党総書記が最高指導者になって以降、体制批判や外国との接触に一層厳しくなりました。さらに、外国文化の流入を取り締まる「109連合指揮部」という組織の存在も明かされ、中国から流入したUSBなどで韓国映画やドラマを見る住民を取り締まるのが主な任務とされ、抜き打ちでの民家の捜索や、携帯電話の捜査が行われているといいます。そして何より、今回の脱北者508人の証言による1600件の侵害事例という大規模なものは例がないもので、体制に近い脱北者の証言もあるとみられ、貴重な資料といえます

北朝鮮の工作機関が、スパイとして取り込んだ韓国最大の労働組合の幹部らに東京電力福島第1原発事故に絡めて韓国社会の反日感情をあおり、日韓両国を極度の対立状況に追いやるよう指示していたことが、韓国当局の捜査で分かったと報じられています(2023年4月7日付産経新聞)。背景には北朝鮮の故金日成主席が半世紀前に韓国攻略に向けて唱えた日韓の離間策があり、現代でも韓国社会を揺さぶっている実態が浮かび上がりました。韓国警察と情報機関、国家情報院は2023年1月、韓国最大の労組の全国組織「全国民主労働組合総連盟(民主労総)」の本部などを家宅捜索、3月末には、北朝鮮工作員と東南アジアなどで接触して指令を受け、反政府活動を行ったとして、国家保安法違反容疑で、民主労総の中枢幹部や元幹部ら4人を逮捕しています。当局は100件以上の北朝鮮からの指令文を押収し、実態の解明を進めてきたといいます。文化日報や中央日報などの韓国紙によると、日本政府が福島第1原発処理水の海洋放出を決定して間もない2021年5月の指令文には、「放射能汚染水放流問題に絡め、反日民心をあおり、南当局(韓国政府)と日本の対立を取り返しがつかない状況に追い込め」と記されていたといいます。さらに、「福島沖に怪魚出現」など日韓関係の悪化を図るデマの流布を命じたものもあったようです。これまでに韓国の情報機関、国家情報院(国情院)などが押収した北朝鮮からの指令文(通信文書)には反日扇動も含まれ、そのターゲットは「フクシマ」だったといいます。

バイデン米政権は、ウクライナ侵略を続けるロシアが北朝鮮から武器や弾薬を調達しようとするのを仲介したスロバキア国籍の武器商人を制裁対象に指定したと発表しています。北朝鮮からの武器調達に関連した制裁の発動は初めてとなります。米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、この武器商人がロシアと北朝鮮との秘密の武器取引の仲介を図り、2022年末~2023年初めに北朝鮮当局者と接触し、20種類以上の武器や弾薬を入手してロシアに送ろうとしたと説明しています(取引は成立していないとのことです)。カービー氏によるとロシアは武器調達に向け代表団を北朝鮮に派遣することも検討しているといい、北朝鮮は武器と引き換えに民間機や食料を求めているといいます。ブリンケン国務長官は今回の対応について「今日の制裁は、ロシアのウクライナに対する侵略と残虐な戦争を支援する者に米国は容赦しないという明確なメッセージだ」、「ロシアの戦争遂行能力を弱体化させ、弾道ミサイル開発などに利用できる収入を北朝鮮に与えないための取り組みだ」と述べ、「ロシアが北朝鮮などから装備を入手する企てを特定し、対抗し続ける」と強調しています。北朝鮮からロシアへの武器供与を巡っては、バイデン政権が2023年1月、ウクライナで活動する露民間軍事会社「ワグネル」に北朝鮮が歩兵用ロケットやミサイルなどを提供したとする証拠画像を公開しています。関連して、イエレン米財務長官は声明で、ロシアは侵攻開始から9000を超える重軍事装備を失い、プーチン大統領は補充に必死になっていると分析、「この個人が試みた武器取引のような企ては、プーチン氏がイランや北朝鮮といった供給の最後の手段に頼ろうとしていることを示している」と指摘しています。また、日本政府は、北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイル発射に対する制裁措置として、核・ミサイル開発に関与した3個人を外為法に基づく資産凍結などの対象に追加指定しています。松野官房長官は「北朝鮮による一連の挑発行動は、わが国の安全保障にとって重大かつ差し迫った脅威であり断じて容認できない。拉致問題についても解決に向けた具体的な動きが示されていない」と述べています。北朝鮮は前例のない頻度で弾道ミサイル発射を繰り返しており、それへの対抗措置となるものです。

ミサイル発射については、この1カ月でも何度も繰り返されており、直近では、朝鮮中央通信が、北朝鮮が2023年4月4~7日に核魚雷の一種とされる兵器「核無人水中攻撃艇」の試験を行ったと報じています。試験の結果、「(攻撃艇の)信頼性と致命的な打撃能力が完璧に検証された」と主張しています。北朝鮮は3月下旬にも、核無人水中攻撃艇の試験を実施したと発表しており、4日に東部・咸鏡南道で海中に投入された核無人水中攻撃艇「ヘイル(津波)2」は、日本海を71時間6分にわたり潜航、7日に目標水域に到達し、試験用の弾頭が水中爆発したとされます。同通信は「敵の軍事行動を抑制し、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を防御するのに必須で、われわれの優勢な軍事的潜在力になる」と強調しています。ここ1カ月の流れでは、米韓両軍が大規模合同軍事演習「フリーダムシールド(自由の盾)」を2023年3月13日に開始したことに対抗する狙いで、14日に南西部の黄海南道・長淵付近から日本海に向けて短距離弾道ミサイル2発を発射、16日にもフリーダムシールドへの対抗措置として大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の弾道ミサイル(火星17)1発を東方向に発射(通常よりも高い高度で飛ぶ「ロフテッド軌道」、米国全土が射程に含まれ、核の先制使用を持ち出した形)、さらに同じくフリーダムシールドへの対抗措置として19日にも西岸付近から東方向に向けて短距離弾道ミサイル1発を発射(変則軌道、過去の移動式の発射台ではなく固定式のミサイル格納施設(サイロ)が用いられた可能性、核反撃を想定、「核を保有しているだけでは戦争を抑制することはできない」、「いつでも迅速かつ正確に稼働できる核攻撃態勢を完備してこそ、戦争抑制の重大な戦略的使命を果たせる」と金総書記)、22日にも同様の目的で東部の咸鏡南道咸興付近から日本海上に向けて数発の巡航ミサイルを発射(巡航ミサイルは低空を飛行し弾道ミサイルよりもレーダーなどで探知・追跡しにくい)、23日にフリーダムシールドが終了(ただし、合同演習終了後も、米韓の海軍と海兵隊は4月3日まで韓国南東部・浦項一帯において大規模な上陸訓練を続ける予定)、21~23日に新兵器となる「核水中攻撃兵器」の発射試験を日本海で実施(日本海の水深80~150メートルを59時間12分にわたって潜航、23日午後、敵の港を想定した水域で実験用の弾頭を水中爆発させたとするも詳細は不明)、22日には咸鏡南道の咸興(から日本海に向け、戦略巡航ミサイル「ファサル1」と同「ファサル2」を2発ずつ発射(楕円軌道)、27日に弾道ミサイル発射(米韓両軍が米原子力空母を朝鮮半島周辺に展開させて合同演習を実施している最中)、4月3~4日に米原子力空母ニミッツが参加する日米韓合同の対潜水艦訓練を朝鮮半島南方の公海上で実施、そして4月4~7日に核魚雷の一種とされる兵器「核無人水中攻撃艇」の試験を実施という流れを辿りました。

その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米国拠点の北朝鮮分析サイト「38ノース」は2023年4月2日までに、北朝鮮北西部寧辺の核施設で活発な活動が見られるとの分析を発表しています。金総書記が3月下旬に核兵器の生産拡大を指示したことを受けた動きとみられるとしています。3月撮影の商用衛星画像を分析した結果、建設中の軽水炉の冷却システム試験と関連があるとみられる排水が確認され、軽水炉が完成に近づいていることを示している可能性があると指摘しています。北朝鮮メディアは3月28日、金正恩氏が27日に「核の兵器化事業」を指導し「兵器級の核物質の生産を拡大し、引き続き威力ある核兵器の生産に拍車をかけなければならない」と述べたと報道、。核弾頭とみられる物体の写真も公開しています。
  • 北朝鮮国営の朝鮮中央通信は、米韓の一連の合同軍事演習を非難する論評を配信し「米国と追従勢力は、自分たちの相手(北朝鮮)が核攻撃力を持つ事実を忘れてはならない」と強調しています。米側が軍事的挑発を続けるなら相応する対応を取ると予告しました。論評は、米韓が最近の演習で平壌の占領や北朝鮮指導部を暗殺する「斬首作戦」の訓練をしていることを隠していないと指摘、また米韓が6月にも先端兵器を投入した過去最大規模の合同訓練を予定していることも挙げ、これへの対抗措置も示唆しています。
  • 北朝鮮メディアは、「より現代的な衛星管制総合指揮所が建設され、各種の実用衛星を打ち上げるしっかりした跳躍台が設けられた」と報じ、人工衛星を打ち上げる準備を進めていると明らかにしています。事実上の長距離弾道ミサイルと日米韓がみなすロケットを過去に打ち上げた北西部東倉里の西海衛星発射場で新たな指揮所建設を終えたとみられています。北朝鮮で宇宙開発を担う国家宇宙開発局は2022年12月に「軍事偵察衛星1号機」の準備を2023年4月までに完了すると予告しており、最初にこれを打ち上げる可能性があります。
  • 北朝鮮の金総書記の妹、金与正党副部長は、朝鮮中央通信を通じてウクライナのゼレンスキー政権が核保有を目指していると非難する談話を出し「生存を脅かす核の惨事を自ら招いている」と主張しています。また、「核の傘」を含む米国の「拡大抑止」では国を守れないとも強調しています。米国から拡大抑止の提供を受けながら核保有論が出ている韓国をけん制する狙いもありそうです。北朝鮮はロシアのウクライナ侵攻は米欧の対ロ圧力が原因だとしてロシアを擁護してきましたが、ゼレンスキー政権を直接非難することは珍しく、ロシアに歩調を合わせて米欧と対決する姿勢をさらに強めた形といえます。金与正氏は、ウクライナはロシアの「核の照準」の中にあり、核保有に執着すれば明確な核の目標になると指摘しています。
  • 朝鮮中央通信は、北朝鮮の金総書記が武器の「核兵器化事業」を視察し、「威力ある核兵器の生産に拍車をかけていくべきだ」と核戦力の強化を指示したと報じています。朝鮮半島有事に備えた合同訓練を行っている米韓に圧力をかける狙いがあるとみられています。金総書記は、新たな戦術核兵器と様々な兵器の互換性を点検し、「強力で優勢な核戦力の体制を備えれば、敵が我々に手出しできなくなる」と強調しています。金総書記は2022年12月の党中央委員会拡大総会で、核弾頭数を飛躍的に増やすことを2023年の方針に掲げており、北朝鮮は核兵器を搭載できる兵器の多様化を目指しています。韓国軍や専門家は、北朝鮮の発表には誇張が含まれていると指摘、各種兵器の開発がどの程度進んでいるかは不明です。一方、韓国の尹錫悦大統領は、北朝鮮が核兵器の開発を続けている間は1ウォンたりとも資金を提供しないと言明しています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(東京都)

東京・中野区で、小学校などの近くに、暴力団事務所を構えたとして、東京都暴排条例違反の疑いで住吉会系組長ら7人が警視庁に逮捕されています。東京都暴排条例第22条には「学校、図書館、児童福祉施設等から200メートル以内に暴力団事務所を開設及び運営してはならない」と規定されていますが、容疑者らは、この禁止規定に違反して、2021年3月から2023年1月まで、中野区の学校から200メートル以内の場所に、組事務所を構えた疑いがもたれています。報道によれば、事務所は、飲食店などが入居する雑居ビルの3階で、およそ140メートル離れたところに小学校が、およそ65メートル離れたところに高校があるといいます。事件発覚のきっかけは「路上駐車」で、路上駐車のクレームを受けて、駆けつけた野方署の警察官が職務質問をしたところ、車に暴力団員風の男が乗っており、男がビルに向かったため、警察官も同行しようとすると、「見るな。住侵(住居侵入のこと)だぞ」などと抵抗したといいます。男の言動が不審だったたため、警視庁暴対課などは、ビル内に組事務所があるとみて内偵捜査を開始、その後、組員が関与していた別の薬物事件で、家宅捜索を行った結果、事務所の中から、組の看板や「代紋」が入った傘が見つかったということです。また、同課などは。ビルの部屋を借りる際、暴力団であることを隠して契約していたとみて詳しく調べているといいます。

▼東京都暴力団排除条例

同条例第22条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供せられるものと決定した土地を含む。)の周囲200メートルの区域内において、これを開設し、又は運営してはならない」として、「一 学校教育法(昭和22年法律第26号)第1条に規定する学校(大学を除く。)又は同法第124条に規定する専修学校(高等課程を置くものに限る。)」と規定されています。さらに、第33条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「一 第22条第1項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者」が規定されています。

(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(兵庫県)

暴力団組員に毎月20万円の用心棒代を支払ったとして、兵庫県公安委員会は神戸市内でラウンジを経営する女性に、兵庫県暴排条例に基づき、利益供与をやめるよう勧告しています。報道によれば、女性は県警に「10年ほど前から金のやりとりがあった」と話したといい、受け取った六代目山口組系の男性組員も勧告対象となっています。なお、朝日新聞は「用心棒代などとして飲食店が暴力団員に金銭を支払う行為は、各地に残る習慣。「みかじめ料」と呼ばれ、暴力団の伝統的な資金源になってきた。暴力団側からの求めを断れずに店が支払う例も多いとされる。みかじめ料の支払いのため、店が店内のサービス料金を高くすれば、利用客にも影響が出る」と指摘していますが、暴力団の活動を助長する行為であることも強調して欲しかったところです。なお、兵庫県警によれば、勧告は3年ぶり16件目だといい、女性は2022年10月~2023年1月、経営する神戸市内のラウンジでトラブルが起きた際に解決してもらう対価として、月に20万円(計80万円)を組員に渡しており、「ややこしい客に対応してもらうためだった」(女性)としています。「習慣」の名のもとに暴力団の威力を利用しようとする一般人もいまだ多いことは残念です。

▼大阪府暴力団排除条例

同条例大14条(利益の供与の禁止)において、「事業者は、その事業に関し、暴力団の威力を利用する目的で、又は暴力団の威力を利用したことに関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、金品その他の財産上の利益又は役務の供与(以下「利益の供与」という。)をしてはならない」と規定されています。また、暴力団員についても、第16条(暴力団員等が利益の供与を受けることの禁止)において、「暴力団員等は、事業者から当該事業者が第十四条第一項若しくは第二項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者がこれらの項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」と規定されています。そのうえで、第23条(勧告等)において、事業者・暴力団員に対して、第3項で「公安委員会は、第十四条第一項若しくは第二項又は第十六条第一項の規定の違反があった場合において、当該違反が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該違反をした者に対し、必要な勧告をすることができる」としています

(3)暴力団排除条例に基づく勧告事例(沖縄県)

以前の本コラム(暴排トピックス2022年12月号)で暴力団対策法に基づく中止命令発出事例として紹介しましたが、沖縄県警うるま署は、2021年11月に自営業の40代男性に対し、威力を示し、干支の泡盛の購入を要求したとして、旭琉会二代目志多伯一家構成員に暴力団対策法に基づく中止命令を出しています。本件に関連して、沖縄県公安委員会は、旭琉会の男性幹部から干支の寅型の容器に入った泡盛を現金1万円で購入したとして、いずれもうるま市で自営業の45歳と61歳の男性2人と、男性幹部の計3人に沖縄県暴排条例違反(利益供与・受供与)に基づく勧告を出しています。

▼沖縄県暴力団排除条例

同条例第13条(利益の供与の禁止)において、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団の威力を利用することにより暴力団員又は暴力団員が指定した者に対して、金品その他の財産上の利益の供与(以下「利益の供与」という。)をしてはならない」と規定されています。さらに、第15条(暴力団員が利益の供与を受けることの禁止)において、「暴力団員は、情を知って、事業者から当該事業者が第13条の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は当該暴力団員が指定した者にこれを受けさせてはならない」と規定されています。そのうえで、第22条(勧告)第2項において、「公安委員会は、第13条又は第15条の規定に違反する行為があった場合において、暴力団員による不当な行為を助長するおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」と規定されています。

(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(福岡県)

福岡県警は、暴力団対策法に基づき、工藤会幹部に対し、横浜地裁に起こされた損害賠償請求訴訟の妨害を禁止する仮命令を出したと発表しています。報道によれば、福岡県警は訴訟を妨害する恐れがあると判断、県警によると、工藤会はトップの野村悟総裁ら多くの幹部が逮捕・起訴されたため、この幹部が現在、事実上の会のトップを務めているとみられており、関東地方で活発に資金獲得活動を続け、今回の訴訟でも被告の一人となっているといいます。仮命令では正当な理由なく、原告やその家族に面会を要求したり、つきまとったりする妨害行為を禁止されます(福岡県警は、4月4日にこの幹部から意見を聴き、県公安委員会が本命令を出すかどうかを決めるとされていますが、執筆時点で報道は確認できていません)。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

同法第30条の2(損害賠償請求等の妨害の禁止)において、「指定暴力団員は、次に掲げる請求を、当該請求をし、又はしようとする者(以下この条において「請求者」という。)を威迫し、請求者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他の請求者と社会生活において密接な関係を有する者として国家公安委員会規則で定める者(第三十条の四及び第三十条の五第一項第三号から第五号までにおいて「配偶者等」という。)につきまとい、その他請求者に不安を覚えさせるような方法で、妨害してはならない」として、「一 当該指定暴力団員その他の当該指定暴力団員の所属する指定暴力団等の指定暴力団員がした不法行為により被害を受けた者が当該不法行為をした指定暴力団員その他の当該被害の回復について責任を負うべき当該指定暴力団等の指定暴力団員に対してする損害賠償請求その他の当該被害を回復するための請求」が規定されています。そのうえで、第30条の3(損害賠償請求等の妨害に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が前条の規定に違反する行為をしている場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

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