反社会的勢力対応 関連コラム

首席研究員 芳賀 恒人

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人が人を操るイメージ

1.「匿名・流動型犯罪グループ」の排除は事業者の責務だ

警察庁は、「警戒の空白を生じさせないために当面取り組むべき組織運営上の重点について(通達)」を全国の警察本部へ発出しています。とりわけ本コラムとして注目しているのは、暴力団対策法の数次にわたる改正や全国各地で制定・改正の動きが続く暴力団排除条例(暴排条例)で暴力団が外形的に縮小していく中、特殊詐欺などで暗躍するピラミッド構造を持たない準暴力団(半グレ集団)らを、実態に合わせてより広い概念の「匿名・流動型犯罪グループ」と新たに定義した点です。本コラムでもその動向を注視してきた「闇バイト」や「特殊詐欺」で暗躍し、離合集散を繰り返す匿名・流動型犯罪グループについて、グループが得た犯罪収益を元手に繁華街や歓楽街に進出する懸念があることから、組織犯罪対策部門と生活安全部門が協力して取り締まりに当たることとし、47都道府県警の規模や地域性に応じて専従の係や班、担当を置いて実態解明を開始するといい、ボーダレスの特殊詐欺被害撲滅に向け、大都市を管轄する一部の警察本部にその他の警察本部が捜査を嘱託(依頼)する体制を構築するとしています。なお、本通達自体は、これに限らず、広く「警戒の空白」を防ぐための態勢強化(体制強化)を図ることを目指しており、具体的には、社会情勢の変化により深刻化が進む(1)サイバー犯罪(2)SNSを通じて離合集散する犯罪グループ(3)経済安全保障(4)組織に属さない単独犯「ローンオフェンダー」などが対象となります。また、リモートでの引き当たり捜査、許可事務への人工知能(AI)導入、地域警察官のウエアラブルカメラ活用、留置管理でのバイタル(生命)情報計測など、先端技術を駆使した業務効率化も進めるとしています。

あらためて今回新たに定義された「匿名・流動型犯罪グループ」について、検討をする必要があります。通達においては、「近年、暴力団とは異なり、SNSを通じるなどした緩やかな結びつきで離合集散を繰り返す犯罪グループが特殊詐欺等を広域的に敢行するなどの状況がみられる。また、犯罪グループが、匿名性の高い通信手段等を活用しながら役割を細分化したり、犯罪によって得た収益を基に各種の事業活動に進出したりするなど、その活動実態を匿名化・秘匿化する実態もみられる。警察庁は、準暴力団を含むこのようなグループ(以下「匿名・流動型犯罪グループ」という。)に対する対策を強化するめ、現在準暴力団として把握されていないものを含め、治安対策上問題のある犯罪グループを実効的に把握する」という文脈の中で定義(表現)する形をとっています。現時点ではかなり曖昧な定義といえますが、まずは徹底して実態把握をしていくとしていることから、今後より一層明確になっていくものと推測されます。

一般的な反社会的勢力の定義としては、2007年の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(政府指)における「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人である「反社会的勢力」を捉えるに際しては、暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等といった属性要件に着目するとともに、暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求といった行為要件にも着目することが重要である。」といった考え方をベースとすることで問題ないといえますが、政府指針が出された2007年当時から現在に至る社会情勢の変化(暴力団対策法の度重なる改定、暴排条例の施行・改正施行、更なる不透明化・潜在化の進展、準暴力団などグレーゾーンの拡大など)をふまえれば、この考え方に「共生者」や「元暴力団員」、「半グレ集団」なども加えることが実務上は妥当といえると思います。そして、今回、ここに「匿名・流動型犯罪グループ」が追加される(半グレ集団を包含する)と捉えてよいものと思われます。あらためて反社会的勢力の範囲は、「時代とともに変わるもの」(2019年12月の閣議決定では「その時々の社会情勢に応じて変化し得るものである」と表現しています)であること、反社会的勢力は存在の不透明化・手口の巧妙化をひたすらに推し進めていること、を理解する必要があります

そもそも反社会的勢力の不透明化の実態とは、「ブラックのホワイト化」(暴力団等がその姿を偽装したり隠ぺいしたりして実態をわかりにくくすること)の深化だけでなく、「ホワイトのブラック化」(暴力団等とは関係のない一般の個人や企業がそれらと関係を持つこと)も進んでいること、つまり、反社会的勢力のグレーゾーンが両方向に拡がっていることを理解することが大変重要です。そのうえで、企業実務における反社会的勢力の捉え方、考え方については、そもそも、反社会的勢力という用語自体、暴力団対策法をはじめ全国の暴排条例でも使われておらず、その意味するところは実は社会的に確定しておらず、政府指針等でその捉え方が示唆されているにすぎません。結論から言えば、企業が、自ら置かれている社会経済情勢や立場をふまえて、自らの企業姿勢に照らして明確にする努力をしていくしかないということになります。「反社会的勢力の不透明化」は、結局は「暴力団の活動実態の不透明化」であり、もう一方の一般人の「暴力団的なもの」への接近、その結果としての周縁・接点(グレーゾーン)の拡大であって、反社会的勢力自体がア・プリオリに不透明な存在(明確に定義できないもの、本質的に不透明なもの)であるともいえます。また、暴排条例や暴力団対策法の度重なる改正、それらに伴う社会の要請の厳格化によって、結果として反社会的勢力の不透明化の度合いがますます深まっており、その結果、彼らが完全に地下に潜るなど、いわゆる「マフィア化」の傾向が顕著になりつつあります。表面的には暴力団排除が進んだとしても、「暴力団的なもの」としての反社会的勢力はいつの時代にもどこにでも存在するのであって、その完全な排除は容易ではありません。だからこそ、企業は、その存続や持続的成長のために、時代とともに姿かたちを変えながら存在し続ける反社会的勢力を見極め(したがって、反社会的勢力の定義自体も時代とともに変遷することも認識しながら)、関係を持たないように継続的に取組んでいくことが求められているのです。つまり、反社会的勢力を明確に定義することは困難であるとの前提に立ちながら、暴力団や「現時点で認識されている反社会的勢力(便宜的に枠を嵌められた、限定された存在としての反社会的勢力)」だけを排除するのではなく、「暴力団的なもの」「本質的にグレーな存在として不透明な反社会的勢力」を「関係を持つべきでない」とする企業姿勢のもとに排除し続けないといけないとの認識を持つことが必要となります。したがって、あくめで便宜的に、反社会的勢力を、「暴力団等と何らかの関係が疑われ、最終的には「関係を持つべきでない相手」として、企業が個別に見極め、排除していくべきもの」として捉えていくべきだといえます。便宜的とはいえ、反社会的勢力を事細かく定義することによって、「そこから逃れてしまう存在」にこそ、彼らは逃げ込もうとするのであり、このくらいの大きな捉え方をしたうえで、ケースごとに個別に判断していくことこそ、実務においては重要であり、極めて実務的な捉え方であると強調しておきたいと思います。

反社会的勢力を「暴力団等と何らかの関係が疑われ、最終的に『関係を持つべきでない相手』と個別に見極めて、排除していくべきもの」と定義しましたが、それは、そもそもが「本質的にグレーな存在」である実態を踏まえたものです。一方で、反社会的勢力の範囲を詳細に定義することが可能になれば、データベース(DB)の収集範囲が明確となり、その結果、DBの精度が向上し、排除対象が明確になり、暴排条項該当への属性立証も円滑に進むであろうことは容易に想像できるところです。しかし、そこに落とし穴が潜んでいるのです。反社会的勢力の範囲の明確化は、反社会的勢力の立場からすれば、偽装脱退などの「暴力団対策法逃れ」と同様の構図により、「反社会的勢力逃れ」をすすめればよいだけの話となります。社会のあらゆる局面で、排除対象が明確になっており、DBに登録されている者を、あえて契約や取引の当事者とするはずもなく、最終的にその存在の不透明化・潜在化を強力に推し進めることになるといえますが、その結果、実質的な契約や取引の相手である「真の受益者」から反社会的勢力を排除することは、これまで以上に困難な作業となっていくのは明らかだといえます。つまり、反社会的勢力の資金源を断つどころか、逆に、潜在化する彼らの活動を助長することになりかねず、結局はその見極めの難易度があがる分だけ、自らの首を絞める状況に追い込まれるはずです。さらに、反社会的勢力の範囲の明確化を企業側から見た場合、排除すべき対象が明確になることで、「それに該当するか」といった「点(境目)」に意識や関心が集中することになることから、逆に、反社チェックの精度が下がる懸念があります。そもそも、反社会的勢力を見極める作業(反社チェック)とは、当該対象者とつながる関係者の拡がりの状況や「真の受益者」の特定といった「面」でその全体像を捉えることを通して、その「点」の本来の属性を導き出す作業でもあります。表面的な属性では問題がないと思われる「点」が、「面」の一部として背後に暴力団等と何らかの関係がうかがわれることをもって、それを反社会的勢力として「関係を持つべきでない」排除すべき対象と位置付けていく一連の作業です。その境目である「点」だけいくら調べても、反社会的勢力であると見抜くことは困難であり(さらに、今後その困難度合が増していくことが予想されます)、全体像を見ようとしない反社チェックは、表面的・形式的な実務に堕する可能性が高くなるといえます。その意味で、2019年12月の閣議決定において、「あらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難」とされているのは、実務的には正しいといえます(むしろ、あらかじめ限定的かつ統一的に定義すべきではありません)。

反社会的勢力の範囲を明確にすることで、表面的・形式的な暴力団排除・反社会的勢力排除の実現は可能となると思われます。企業実務に限界がある以上、また、一方で営利を目的とする企業活動である以上、最低限のチェックで良しとする考え方もあることは否定しませんが、既に述べた通り、私たちに求められているのは、暴力団対策法によって存在が認められた暴力団や当局が認定した暴力団員等、あるいは、「現時点で認識されている反社会的勢力(便宜的に枠を嵌められた、限定された存在としての反社会的勢力)」の排除にとどまるのではなく、「真の受益者」たる「暴力団的なもの」「本質的にグレーな存在である反社会的勢力」の排除であることを忘れてはなりません。反社会的勢力の範囲を明確にすればするほど、直接的に相手を利することにつながり、対峙すべき企業が自らの首を絞めるとともに、自らの「目利き力」の低下を招くものだとしたら、これほど恐ろしいことはありません。

こうした反社会的勢力の捉え方をベースとして、今回の「匿名・流動型犯罪グループ」をどう位置付けるかですが、そこに内包されることになる「準暴力団」については既に整理したとおりである一方、「緩やかな結びつきで離合集散を繰り返す犯罪グループ」あるいは「現在準暴力団として把握されていないものを含め、治安対策上問題のある犯罪グループ」と表現している点をふまえれば、「暴力団と何らかの関係がうかがわれ」という点は必ずしも必須の要件ではないと考えることができそうです。また、筆者が注目したいのは「治安対策上問題のある」という表現です。公表された通達では個別具体的なところまでは定義されていませんが、こうした存在は事業者にとっても「関係を持つべきでない「相手」であることは明確であり、事業者が「個別に見極めて、排除していくべきもの」に他なりません。つまり、事業者として手を尽くしてさまざまな情報を収集し(今後、匿名・流動型犯罪グループの事件がどのような形で警察発表がなされ、具体的に報道されるかはわかりませんが、可能な限り情報を収集し、分析するスタンスはますます重要になります)、暴力団の関係の有無も注視しつつ、主に「治安対策上問題となりそうな相手」であれば関係をもたないと捉えていくべきということになります。このような考え方は何も反社リスク対策に特有のものではなく、社会経済情勢をふまえれば、「繁華街の中の暴力団関係企業が所有するビルに入居している店舗のため、取引可否の判断は慎重にすべきだ」、「人権侵害に加担する(放置する)ような企業との取引をすべきではない」、「クラスター弾を製造しているメーカーに巨額の融資をしている金融機関との取引は慎重に考えるべきだ」、「電話転送サービス事業者として、特殊詐欺グループと密接な関係があるとの信ぴょう性の高い情報があるため、取引すべきではない」、「北朝鮮系の企業と密接な取引をしている事実があるため、取引は避けた方がよい」、「日本ではコンプライアンス上疑義のあるオンラインカジノを運営していることから、取引はすべきではない」なとの取引可否判断(リスク評価)と同様のものと考えてよいものと思われます。つまり、今回、新たに「匿名・流動型グループ」が反社会的勢力のカテゴリーの一つとして追加されたとはいえ、実務としては大きく変わるものではなく、社会経済情勢をふまえて、また、自らが置かれている立場をふまえて、「関係をもってよいのか」をコンプライアンス・リスク管理の観点から正しく判断し、対応していくことに他ならないとの捉え方でよいものと考えます。

▼警察庁 警戒の空白を生じさせないために当面取り組むべき組織運営上の重点について(通達)
  1. 人的リソースの重点化等により体制を抜本的に強化して推進すべき事項
    全国的な治安情勢の構造的変化に対応するため、警察庁及び各都道府県警察は、警察組織全体から捻出した人的リソースを重点的に投入すること等により、以下の取組を推進するものとする。

    1. サイバー空間における対処能力の強化
      1. 警察庁は、都道府県警察からの出向の拡充等によるサイバー特別捜査隊の増強や、全国の情報技術解析部門(警察庁サイバー警察局、管区警察局情報通信部、四国警察支局情報通信部、東京都警察情報通信部、北海道警察情報通信部、府県情報通信部及び方面情報通信部における情報技術解析部門をいう。)における人的・物的リソースの再配分、技官のキャリアパスの見直し等により、重大サイバー事案その他都道府県警察のみでは対処が困難なサイバー事案に対する警察組織全体の対処能力向上を図る。【サイバー特別捜査隊の増強:令和5年度以降随時増員要求を実施、その他:令和5年中に方針決定】
      2. 各都道府県警察は、サイバー部門において、高度な専門的知識及び技術を要するサイバー事案(重大サイバー事案を含む。)に対処するための体制を拡充するとともに、サイバー部門以外の事件主管課の捜査力のみでは対処が困難な捜査事項について、高度な専門的知識及び技術に基づいた支援を行うことができる体制を確保する。【可能な限り速やかに実施】
        • なお、態勢の構築に当たっては、これらの業務を行う所属が複数に分かれる場合であっても、サイバー部門において捜査部門と支援部門の一体的な運用がなされるよう、十分に配意する。
      3. 各都道府県警察は、例えば、各部門の事件主管課の若手捜査員を一定期間サイバー部門で受け入れ、必要な専門的知識及び技術を修得するための実践的教養を行うなど、各部門におけるサイバー捜査能力の向上が図られるような取組を推進する。【可能な限り速やかに実施】
    2. 繁華街・歓楽街対策の強化を含む、匿名・流動型犯罪グループに対する戦略的な取締りの強化
      1. 近年、暴力団とは異なり、SNSを通じるなどした緩やかな結びつきで離合集散を繰り返す犯罪グループが特殊詐欺等を広域的に敢行するなどの状況がみられる。また、犯罪グループが、匿名性の高い通信手段等を活用しながら役割を細分化したり、犯罪によって得た収益を基に各種の事業活動に進出したりするなど、その活動実態を匿名化・秘匿化する実態もみられる
        • 警察庁は、準暴力団を含むこのようなグループ(以下「匿名・流動型犯罪グループ」という。)に対する対策を強化するため、現在準暴力団として把握されていないものを含め、治安対策上問題のある犯罪グループを実効的に把握するための情報集約の在り方について、都道府県警察を指導するほか、下記イ及びウにより都道府県警察が構築する匿名・流動型犯罪グループ対策のための体制や風俗環境浄化に係る専従体制等の在り方について、都道府県警察の規模等に応じた着眼点や留意点を具体的に提示する。【速やかに実施】
      2. 都道府県警察は、匿名・流動型犯罪グループに対する戦略的な取締りを強化するため、
        • 匿名・流動型犯罪グループの活動実態を総合的に分析するための実態解明体制
        • 匿名・流動型犯罪グループの主要メンバー等を取り締まるための事件検挙体制

        を、既存の特殊詐欺の取締体制や、暴力団に係る実態解明体制・事件検挙体制とは別に構築する。また、疑わしい取引に関する情報等を活用して匿名・流動型犯罪グループの資金獲得活動及びマネー・ローンダリングの実態を解明しつつ、犯罪収益の剥奪に向けた事件指導をより一層推進するため、既存の犯罪収益解明班を拡充する。【いずれも可能な限り速やかに実施】

      3. 大規模な繁華街・歓楽街を管轄する都道府県警察は、繁華街・歓楽街対策の重点見直し等により、
        • 暴力団、匿名・流動型犯罪グループによる資金獲得活動の実態の総合的分析
        • 取締対象者を戦略的に選定した取締り

        等を一体的に行うための、組織犯罪対策部門(犯罪収益対策部門を含む。)、保安部門等から成る専従体制を構築する。また、その他の県警察においても、適切に重点課題を設定し、同様の取組が実質的に推進されるような連携態勢を構築する。【いずれも可能な限り速やかに実施】

    3. 特殊詐欺に係る広域的な捜査連携の強化
      1. 警察庁は、広域的に行われる特殊詐欺に対して、都道府県警察が緊密に連携した的確な組織捜査を実現するため、下記により都道府県警察が構築する新たな体制で受理することとする捜査嘱託事項の検討や、専従体制を構築する一部の大規模都府県警察に対する各道府県警察からの人員拠出の調整を行うほか、連絡共助の円滑化を図るため、特殊詐欺事件に係る国費事件の認定要件の緩和等、捜査嘱託の実施に関する負担を軽減する方策について検討する。【速やかに実施】
      2. 各都道府県警察は、広域的に行われる特殊詐欺に的確に対応するため、他の都道府県警察からの捜査嘱託を受理する新たな体制を構築する
        • 具体的には、捜査事項が集中する傾向にある一部の大規模都府県警察にあっては、捜査嘱託を受理する専従体制を、新たな所属又は特殊詐欺の取締りを主管する所属内の室等として新設するとともに、その他の道府県警察にあっても、予想される捜査嘱託件数等の業務量を踏まえつつ、捜査嘱託を受理するための所要の体制を、特殊詐欺の取締りを主管する所属内に構築する。【可能な限り速やかに実施】
    4. 経済安全保障の確保その他の対日有害活動対策の強化
      • 各都道府県警察は、経済安全保障の確保等、対日有害活動への対策を強化するため、警備部門における情報収集体制強化に向けたこれまでの取組を加速するとともに、国際情勢の変化に伴う業務量の増加の状況を踏まえつつ、必要な外国語能力を有する職員を含め、体制の更なる拡充を行う。【可能な限り速やかに実施】
    5. 要人に対する警護等の強化
      1. 警察庁は、引き続き、教養訓練の高度化、先端技術を活用した資機材や銃器に対処するための資機材等の整備等を推進し、警護等の高度化を図る。また、実践的な警護の経験を通じた警護員の能力向上を図るため、都道府県警察間における警護員の機動的な運用を推進する。その他、警護対象者等への違法行為に悪用され得る技術の進展等の情勢の変化に的確に対応するため、最新の知見を取り入れつつ、警護等について不断の見直しを行う。【継続的に実施】
      2. 各都道府県警察は、警護専従員のみならず、指定警護要員等についても、職務、経験及び技能に応じた実践的教養を確実に受けさせるとともに、警護等に関する体制の状況を点検し、必要に応じて拡充すること等により、警護対象者に対する警護等に万全を期する。また、警護対象者と聴衆の安全を確保するため、主催者との連携を強化する。【体制の状況の点検及び必要に応じた拡充:可能な限り速やかに実施、その他:継続的に実施】
    6. ローンオフェンダーその他不特定多数の者に危害を加えるおそれのある者に対する対策の強化
      1. 警察庁は、いわゆるローンオフェンダーその他不特定多数の者に危害を加えるおそれのある者に対する対策として、情報収集・集約、危険度評価、危険度に応じた対策等に係る関係部門間の効果的な連携方策について、警備部門を中心に、早急に検討を行う。【令和5年度中に試行実施、令和6年度中に当面構築すべき体制の在り方を決定】
      2. 各都道府県警察は、当該検討結果を踏まえ、所要の体制を構築する。【検討結果が示され次第、可能な限り速やかに実施】
    7. 自転車その他の小型モビリティ対策の強化
      1. 警察庁は、良好な自転車交通秩序を実現させるための制度の在り方について幅広く検討する。【令和5年度中】
      2. 各都道府県警察は、警察署における交通部門と地域部門の連携を抜本的に強化するなど自転車や特定小型原動機付自転車等の指導取締りに従事する体制を実質的に強化した上で、自転車指導啓発重点地区・路線を中心に、PDCAサイクルに基づく、関係所属が連携した指導取締りを行う。【速やかに実施】
  2. 組織内の人的リソースを一層有効に活用するために業務の効率化・合理化のための見直しを行うべき事項
    (1)社会情勢の変化やそれに伴う治安情勢の変化を踏まえ、創意工夫を凝らした業務改革により、前例踏襲等を排した業務の効率化・合理化を徹底し、組織内の貴重な人的リソースを一層有効に活用するため、警察庁及び各都道府県警察は、以下の取組を推進するものとする。
    (2)なお、記載がない取組についても、各都道府県警察の実情等に応じて、業務の効率化・合理化のための取組を不断に推進するものとする。

    1. 情勢に応じた警察の活動拠点や所属の在り方等の見直しを検討するべき事項
      1. 警察署の業務見直し
      2. 交番、駐在所等の在り方の見直し
      3. 本部執行隊等の在り方の見直し
    2. 限られた人的リソースの有効活用の観点から業務の実施方法等の見直しを検討するべき事項
      1. メリハリのある地域警察活動の推進
      2. 交通指導取締りや交通規制の在り方の見直し
      3. 交通事故事件捜査の在り方の見直し
      4. 引き当たり捜査への情報通信技術の活用
      5. 業務上過失事件等の捜査の加速化
      6. 保管場所標章関係業務の見直し
      7. 許可等関係事務の業務集約
      8. 庶務・会計業務の集約
  3. その他
    1. 広域的に行われる犯罪等に効率的に対処するための所属を超えた連携の強化
      1. 効率的なサイバーパトロール等のための連携強化
        1. 警察庁は、サイバー空間における警察のサイバーパトロールが効率的に実施されるよう、これを一元的・集約的に実施することの適否等を含め、効率的なサイバーパトロールのための役割分担の在り方を、全国的な観点から早急に検討する。【令和5年中】
        2. 警察庁は、捜査の効率化と部門を超えた捜査員の育成の観点から、都道府県警察の各部門からの若手捜査員の派遣等による警視庁サイバー犯罪対策課協働捜査班の体制拡充等を警視庁と検討する。【令和5年中に方針決定】
      2. 特殊詐欺に係る広域的な捜査連携の強化【再掲】
    2. 先端技術の活用等による警察活動の更なる高度化
      1. 留置管理業務の高度化
        • 警察庁は、全国警察における実効ある留置事故防止対策を推進するため、非接触型センサーにより呼吸等のバイタル情報を計測し、異常を検知する技術の留置管理業務への活用可能性を調査・検討する。【令和5年度に実証実験。令和6年度中の試験導入、令和7年度以降の全国展開を目指す。】
      2. ウエアラブルカメラの活用等【施策内容は再掲】
        • 警察庁は、
          1. 地域警察活動におけるウエアラブルカメラの活用
          2. 交通指導取締りにおけるカメラ映像等の客観的証拠の更なる活用等について検討する。【令和5年度中】
      3. 許可等関係事務への先端技術の活用【施策内容は再掲】
        • 警察庁は、審査のチェック機能の強化等の観点から、AI等を用いた実証実験を行うなど、許可等関係事務の高度化・合理化のための更なる取組を推進する。【古物営業法の許可に関する実証実験:令和5年度中】
      4. 複数の部門にまたがる事案に関する更なる連携の強化
    3. 働きやすい職場環境の形成等
      1. 警察庁及び各都道府県警察は、働き方が多様化する中で、より効率的な業務運営をするための見直しを推進するほか、仕事と子育て・介護等の両立を支援するための勤務制度及び資機材を整備するなど、組織内の職員の意見を幅広く把握しつつ、高い規律と士気の保持に資する、働きやすい職場環境の形成を図るための各種取組を的確に推進する。【継続的に実施】
      2. 警察庁及び各都道府県警察は、第一線において即時に事案に対処しなければならない職員の職務執行を支援するため、職員からの相談・照会に直ちに応じるための窓口を整備したり、各種マニュアルの整備・改定をしたりするなど、職員のニーズを十分に踏まえつつ、第一線における職務執行を支えるための取組を推進する。【継続的に実施】

暴力団追放運動推進都民センター(東京)は、暴力団対策法の適用外の「準暴力団」などの犯罪集団による被害者への支援を新たに始めたと発表しています。特殊詐欺の被害者が損害賠償を請求する際に訴訟費用を支援することなどを想定、全国の都道府県にある暴追センターの中で、初の取り組みといいます。準暴力団は、暴力団のような明確な組織性はないが常習的に犯罪行為をする集団。暴力団組員が減少する中、特殊詐欺や強盗などで台頭しているとされ、警察当局が取り締まりを強化しています。

東証プライム上場の不動産会社「三栄建築設計」の元社長が在職中、暴力団に小切手を渡していたとして、東京都公安委員会は、東京都暴排条例に基づき、暴力団に利益供与をしないよう同社に勧告しています。上場企業が暴力団との関係を認定され、暴排勧告を受けるのは極めて異例のこととなります。本コラムでもたびたび取り上げていますが、暴排条例は、企業や個人に暴力団への利益供与を禁じ、違反した場合に利益供与の防止措置を講じるよう求める勧告の手続きや、従わない場合の企業名の公表などを定めています。同社の発表によると、創業者で元社長の小池信三氏が社長在任中の2021年3月、同社が発注した解体工事を巡り、暴力団員に額面約189万円の小切手を渡したとされ、警視庁が2022年9月に会社法違反(特別背任)容疑で同社の捜索を行い、小池氏は同11月に社長を辞任しています。なお、報道によれば、利益供与を受けたのは、住吉会系3次団体の組長で、小切手は2020年11月に発注した都内のアパート解体工事の仲介手数料名目で、関係者を介して渡されたということです。組長と小池氏は20年以上の付き合いで、飲食を共にする仲であるほか、組長の自宅や事務所の工事も同社側が請け負っていたということですが、小池氏は警視庁の任意聴取に「暴力団員という認識はなかった」として利益供与を否定したといいます。組長は、このアパート解体工事を巡って「工事を早くしろよ。ぶっ殺してそこの庭に穴掘って埋めちまうぞ」などと仲介業者を脅したとして暴力行為等処罰法違反容疑で警視庁に逮捕され、処分保留で釈放されていますが、警視庁は近く、小池氏を会社法違反(特別背任)容疑で書類送検する方針ということです。また、同社は記者会見を開き、小池学社長が辞任し、千葉理恵常務が社長に就任する人事を発表、「経営に対する小池信三氏の影響を排除するため」と説明しています。さらに直近では、原因究明に向けて第三者委員会を設けると発表、勧告理由となった創業者である元社長の暴力団組員への金銭供与について事実関係などを調査、再発防止策の提言も求めるとしています。なお、第三者委員会は、社内の調査委員会に参画していたメンバー2人も含めて弁護士5人で構成するとのことです。本件については、トップの暴走を止められなかったガバナンスやリスク管理に深刻な脆弱性があったと推測される一方、暴排条例に基づく勧告は本来非公開であり、当該企業が自らその事実を公表し、創業者一族の経営への影響力を排除すべく体制を一新した一連の対応は評価できると思います。2022年11月の創業者の唐突な退任、2023年5月の同社工事に絡む暴力団幹部の逮捕報道などから、いずれ公になる可能性等を鑑みての対応だと考えられ、こうした対応も開示に前向きとの評価をしてよいものと考えます。なお、組織的な関与があったか否かについては、第三者委員会の報告を待つ必要がありますが、反社リスクは企業の存続と従業員の人生を左右しうるほどの破壊力をもつことを肝に銘じ、信頼回復は容易ではないこと、「正しく稼ぐ」ために、より一層の自浄作用が求められます。

青森県弘前市のスーパーが民事再生法の適用を申請しています。関連会社とあわせて負債総額は売約70憶円となります。同社については、東京商工リサーチ社のレポートによれば、相次ぐ設備投資により金融債務が膨らみ、他人資本に依存した体質に陥っていたうえ、2022年11月4日に当時の代表であった前代表が突然退任、同年11月15日には無許可で労働者を受け入れていたとして、職業安定法違反の容疑で同氏が逮捕されています。さらに、当事件を巡っては指定暴力団組員の関与も取り沙汰されたことから信用が失墜し、金融機関からの新規融資も厳しい状況となっていたものです。立て直しを図るため、創業家一族の現代表が就任し、事実関係の調査ならびに再発防止、取引先への事情説明を行ったほか、第三者による特別調査委員会が組織的な関与の有無を調査し、2023年5月には反社会的勢力との関係はないとの結果が得られたといいます。ただ、その後も売上拡大に努め、金融機関との協議も進めてきたものの、経営環境は厳しく資金繰りも限界に達し、自力での再建が困難なことから今回の措置となったということです。反社会的勢力と代表との関係が今回の事態にどれほど影響を及ぼしたか、第三者委員会の調査結果が業績回復にどれだけ関わったのか、詳細は分かりませんが、(第三者委員会のシロ認定でさえも覆すことができなかった)反社リスクの大きさを認識する事例であることは間違いありません。

前回の本コラム(暴排トピックス2023年6月号)で取り上げたとおり、元暴力団員が、みずほ銀行に口座開設を拒否され精神的苦痛を受けたとして、損害賠償を求めて水戸簡裁に提訴した事案については、その後の続報等はほとんどありません。本件では、開設が可能となるのは一般的に「離脱後5年」とされるが、元組員の場合は5年以上経過し、拒否を「不合理な差別」と訴えているものです。実際のところ、口座なしでは社会復帰は進まず、組織の弱体化や再犯防止につながらないとして、警察庁も支援に乗り出している状況にあります。以下、2023年6月30日付東京新聞の記事「暴力団から足を洗って5年以上なのに、どうして銀行口座つくれないの?元組員が「不合理な差別」と提訴」から、抜粋して引用します。さまざまな立場からのコメントは前回の本コラムでの指摘同様、それぞれに理解できるところであり、あくまで金融機関のリスク管理事項であって判断は尊重されるべきである一方、社会がそれを「行き過ぎ」と判断すれば、金融機関の実務としてその状況をきちんと反映させていく必要もあるといえます。現状、そのバランスの取り合い、鍔迫り合いが始まったばかりの状況でもあり、今後の裁判の行方を注視していきたいと思います。

代理人の篠崎和則弁護士によると、組を抜けた後、5年以上前から県内の建設関連会社に勤めているという。…みずほ銀行は「反社会的勢力の排除に係る規定」を設け、組員のほか組を辞めて5年以内の客とは取引しない方針を示す。男性は離脱から5年以上が経過しているというが、同行広報室は「(訴訟の件は)答えられない」と回答。一般論として「支援施策に従い、『問題なし』であれば口座を作れる」と説明した。訴訟は水戸地裁に移管された。この「支援施策」とは、警察庁が進める「暴力団離脱者の口座開設支援」のことだ。昨年2月、同庁は金融庁を通じ、全国の金融機関に「就労先から給与を受け取るため(中略)、過去に暴力団員であったことを理由として排除されることがない」よう求める通達を出した。組員ではないか、受け入れ先として登録された協賛企業に勤めているかなどを都道府県警が調べ、口座開設の可否を判断する仕組みとなっている。提訴した男性の勤務先は「協賛企業ではない」と篠崎氏。とはいえ、男性は会社に素性を伝え、社長は更生に向けた姿勢を評価しているという。「男性が離脱を考えていたとき、組の上層部との話し合いが難しく、茨城県警の警察官が間に入った経緯もある。県警も把握しているはずで、組員でないのは明白だ」と篠崎氏は言う。…全国暴力追放運動推進センターの中崎和博事務局長は「口座開設に至らない事例も多い」と説明。都道府県ごとの進み具合も「バラバラ」という。「組を抜けるという当事者の決意が、よっぽど固くなければ難しい。短期間で勤め先を辞めたり、住まいから逃げる元組員もいる。警察は脱会届や破門状などで離脱の事実を確認するが、巧妙な偽装の可能性もある」…「離脱したと言っても、警察の支援がなければ、反社会的勢力に戻る懸念は払拭できないとする金融機関の意見は理解できる」「家族のために暴力団と手を切ると覚悟を決めた元組員もいる。そういう人が社会に居場所を持てなければ、アウトローに戻ってしまって新たな犯罪被害者を生みかねない。小規模な支援制度だとしても、今は確実な成功例を積み上げていく段階だ

また、本件については、「週刊金曜日」(2023年6月28日配信)も報じていますので、あわせて紹介します。

生活口座はクレジットカードや携帯電話の契約、インターネット決済など生活の隅々にかかわる。篠崎さんは「開設できないと不利益が大きい」と指摘。「(口座開設後は)入出金の履歴を見れば生活口座であることが分かり、銀行側のリスクは考えにくい。開設拒否は過剰反応だ」と話す。『だからヤクザを辞められない』の著書がある龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員の廣末登さん(犯罪社会学)は「口座が作れないと、離脱を考える組員が暴力団側に引き留められる口実になる」と懸念する。「排除の論理を徹底すると、生きるために再び犯罪に手を染める者が出かねず、ひいては新たな被害者を生むことになる」廣末さんは元暴力団員や特殊詐欺の疑いで逮捕された未成年の就労支援に携わった経験から「口座や携帯電話がなければアルバイト先を見つけるのも難しい」と話す。…警察庁は昨年2月、元暴力団員の社会復帰を促すため、全国の警察に元組員の給与振り込み口座の開設を支援するよう通達で求め、金融庁を通じて全国の金融機関にも周知した。だが、通達では「協賛企業に就労していること」を支援対象の判断基準にしている。…廣末さんは「協賛企業が東京や大阪などの大都市圏に少ないのも問題点だ」と指摘する。そのうえで「更生意欲がある人ならば、警察が継続就業証明書のようなお墨付きを発行すれば銀行側も判断しやすいのではないか」と提案する。弁護士の篠崎さんは「暴力団から離脱して5年以上経っても口座が開けないなら、社会全体に周知して銀行の対応を変えるしかない。提訴が、原告と同様まじめに働いているのに苦しんでいる人たちの手助けになれば」と話す。

前述した警察庁の通達でも触れられていますが、「闇バイト」の問題は深刻で、多様な拡がりを見せています。以前の本コラムでは、「闇バイト」の持つ多様性について紹介しましたが、最近でも、以下のような報道がありました。

  • 全国で相次いだ広域強盗事件のうち、「ルフィ」と名乗り、2022年5月の京都の事件を指示したとして逮捕された今村磨人容疑者(39)が、東京などで起きた複数の窃盗事件も指示した疑いがあるといいます。報道によれば、警視庁などの合同捜査本部は、フィリピンを拠点とする特殊詐欺グループ幹部だった同容疑者が窃盗事件にも関与し、その後、強盗も指示するようになったとみて調べています。盗品を遠方に運び、処分させる手口は、強盗事件とも重なります。今村容疑者はルフィを名乗り、京都の時計店でロレックスが奪われた事件を指示したとして強盗容疑で逮捕されました。被害品41本のうち、一部はメンバーが、東京、埼玉、大阪の計10カ所の買い取り店などに分散して持ち込み、売却していたといいます。京都の事件は実行役や運搬役などとして、今村容疑者を除き13人が逮捕され、このうち12人は闇バイトで集められていたといいます。ただ、報酬を受け取ったのはわずか数人で「言いがかりをつけられ、報酬を取り返された」と説明したメンバーもいたようです。今村容疑者らのグループは、特殊詐欺のメンバーも闇バイトで集め、応募してきた人物に身分証の写真を送らせたり、家族の住所を聞き出したりして、抜け出せないようにしていました。
  • ウェブ上の「闇バイト」で、フリーマーケットアプリ「メルカリ」とオークションサイト「ヤフオク!」のアカウントを持つ人物を募り、不正に入手した他人のクレジットカード情報で商品を買わせて転売益を得たなどとして、埼玉、青森、宮城、滋賀、京都、福岡、佐賀、長崎、熊本の9府県警は、男女5人を電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕しています。警察はこのグループが約150アカウントと約400人分のカード情報で、計約1億800万円分の買い物をしたとみています。また、5人の中には、メルカリで仲間と取引をしたように装い、運営会社から代金を詐取したとして逮捕された人物もいたといいます。メルカリは取引相手に身元を明かさずに済むよう、購入者がクレジットカードで運営会社に代金を支払い、運営会社から出品者に売上金を送る仕組みがあり、これを悪用していたということです。警察は、カード情報の入手に、ネットの利用者を企業などの偽サイトに誘導して個人情報を入力させる「フィッシング」の手口が使われたとみています。また、今回の事件では、「メルカリ」と「ヤフオク!」の利用者が「闇バイト」に応募し、不正取引に協力した疑いがもたれています
  • 「闇バイト」に応募して違法薬物を密輸したとして、麻薬特例法違反に問われた住所不定の被告の男(26)の初公判が福島地裁であり、被告は起訴事実を認めています。検察側は懲役1年6月を求刑、弁護側は執行猶予付きの判決を求め、結審しています。被告は3月8日、覚せい剤などの違法薬物を体内に隠し、メキシコから成田空港を使って日本国内に密輸したとして起訴されました。検察側の冒頭陳述などによると、被告は2月頃、ツイッターで高報酬のバイトを募っていた氏名不詳の人物とやりとりを開始、「米国の仕事をレビューする業務」に応募したが、途中から「薬をのみ込んで運ぶ仕事」に変わったといいます。秘匿性の高い通信アプリで指示を受けながら、ゴムに包まれた違法薬物の塊計17個をのみ込むなどして密輸したというものです。帰国後の3月下旬に新幹線に乗車中、体調不良となって意識を失い、搬送先の福島市内の病院で尿から覚醒剤の成分が検出されたことで事件が発覚、被告は被告人質問で「報酬は10万~30万円だった。金ほしさに引き受けた」と説明しています。
  • 岡山県警は22日、JR岡山駅に脅迫文を添えた不審な段ボール箱を置いたとして威力業務妨害容疑で、無職の容疑者(21)を逮捕しています。容疑を認め「借金があり闇バイトに応募した。場所や方法はSNSで指示された」と供述しているとのことです。
  • 人気ゲーム「ポケットモンスター」のトレーディングカード約1500枚を盗んだとして、警視庁は、沖縄県浦添市の職業不詳の男(35)を窃盗と建造物侵入容疑で逮捕しています。容疑者はSNSの「闇バイト」に応じ、価格が高騰しているポケモンカードを盗むよう指示されていたといいます。事件前日に指示役から電話を受け、茨城県のレンタカー店で車を借りた上、面識のない男から工具や手袋などを受け取ったと説明、盗んだカードは全てこの男に渡したものの、報酬は「後で渡す」などと言われたまま結局、受け取っていないということです。
  • 他人に譲渡する目的を隠して「闇バイト」の応募者にスマホを契約させたとして、埼玉県警サイバー捜査課と大宮署は、無職の容疑者(35)を詐欺容疑で逮捕しています。この事件での逮捕は10人目となりますが、同容疑者が主導役とみられ、これまでにスマホ約70台(販売価格約1000万円)が詐取されたとみられています。都内の複数の携帯電話販売店で、他人に有償譲渡する目的を隠して契約し、スマホ計5台をだまし取った容疑で逮捕されましたが、容疑者らは、SNS上の副業紹介アカウントで契約者を募集、販売店でスマホを購入するように指示し、受け取ったスマホを転売していたとみられています。
  • 在日ベトナム人にも、「闇バイト」を募った犯罪が増えていると報じられています。2023年6月23日付産経新聞によれば、SNS上のベトナム人コミュニティーでは詐欺など不正への勧誘とみられる文言が散見され、捜査当局もすべてを把握しきれていないのが現状だと指摘しています。日本語が十分に分からないまま来日し、ネット上のつながりを頼って甘い言葉に惑わされる人も少なくないといいます。奈良県警が2023年5月に摘発した詐欺事件の犯罪グループがフェイスブックに投稿した記事には、「スマートフォンが安く買えます」として、無数のスマホが一面に並んだ写真には、こんな誘い文句が添えられていたといいます。グループは携帯会社の紛失補償サービスを悪用、携帯電話を紛失したと偽り、会社から新しい携帯電話20台(計約323万円相当)をだまし取ったとしています。グループは、23~34歳のベトナム人技能実習生ら15人で、このうち、首謀者の男(26)がフェイスブック上で実行犯を集め、携帯電話の契約方法や補償手続きの方法を指南、日本語を流暢に話せる首謀者の男が警察署に電話して実行犯名義の虚偽の遺失届を提出した上で、実行犯がそれぞれ携帯会社から新しいスマホを不正に入手していたとみられています。実行犯らはそれぞれ、スマホを知人やリサイクルショップに1台当たり約10万円で売却し、男の口座には手口を指南した手数料として約5万円を振り込んでいたといいます。

「闇バイト」に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

『闇バイト 凶悪化する若者のリアル』廣末登著 「ラクして稼ぐ」風潮の危うさ(2023年7月8日付産経新聞)
本書を読めば、闇バイトがいかに私たちの生活の身近に潜んでいるかを実感できると思います。第3章「闇バイトの実態と犯罪現場」で紹介しますが、自分で”仕事”を探しにいかなくても、気がついたらオンラインゲームを通して犯罪者とつながっていた、というケースもあります。また、強盗に使われる名簿の流出やターゲットの選定にあたっては、少なからずカタギの協力者が関与していたりもします。…現代では「お金こそが正義」「ラクして稼ぐ奴が賢い」と煽(あお)る風潮があります。その風潮がある限り闇バイトはなくならない―。当事者による警告には、闇バイトが個人の問題ではなく、社会全体として考えるべき問題であることを再認識させられます。自分が被害者にも加害者にもなりかねない「闇バイト」の本当の恐ろしさを知るためにも、ぜひご一読ください。
子供の身近に潜む「闇バイト」 入り口はゲーム、SNS……(2023年7月6日付毎日新聞)

広末さんは「これまで犯罪とは無縁の大学生や正規の職を持つ若者も『闇バイト』に手を染めています。一般家庭の子供は大丈夫と言い切れない状況です」と危機感をあらわにする。…今回、闇バイトをテーマにしたのにはわけがある。非常勤講師を務める久留米大で、若者が置かれた実情を知り、強い懸念を覚えたからだ。学生90人のうち、新聞を読んでいる人はおらず、ネットニュースを見ていたのは1人だけ。闇バイトがこれだけ報道されていても、その危険性は若者の間でほとんど共有されていないと分かった。一方で、多様化する闇バイトの募集手口。「ツイッターなどのSNS、オンラインゲームのチャット機能、スマホのアプリ……。闇バイトは、あなたの身近にあります」。社会に警告する必要があると感じ、筆を執ったという。…「闇バイトに応じることは、犯罪グループを助長させることにもなるのです」…新書に登場する特殊詐欺グループの元リーダーや元暴力団組員など、かつて振り込め詐欺などに関与した人物はいずれも「闇バイトは割に合わない。やめた方がいい」と口をそろえる。広末さんも「保証もない僅かな報酬の割に、失うものが大きすぎる」と指摘する。…「周囲の大人も『ネットのことはよく分からない』と言っている場合ではありません。SNS上の高額バイトは犯罪の可能性が高いと認識し、脅しの材料にされる運転免許証や個人情報を安易に送信してはいけないことなど、基本的知識を助言できるようになってほしい」…「そうした人たちがやり直したいと願っても、就職先も限定されるし、世間からの冷たい視線もあります」と更生が難しい社会風潮も問題だと言う。その上で「立ち直りを阻害された人は新たな加害者になりかねません。罪は罪として償いつつも、更生しようとする人を受け入れる社会が、新たな被害者を生まないためにも重要です」と力を込める。そして新書の最後は、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉の意味をかみしめてほしいと結んでいる

闇バイトは「駒」 誰も助けてくれないよ 困ったときは#9110へ(2023年7月5日付毎日新聞)

「犯罪グループにとって、闇バイトは『使い捨て』。誰も助けてくれません」。全国で相次いだ強盗事件の捜査が本格化し組織的な犯罪の実態解明が進む中、和歌山県警も高額報酬をうたい実行役の若者を集める「闇バイト」の対策に本腰を入れている。県内の大学では学生を対象に、危険性を訴える講座を開催。SNSでは現在も闇バイト募集の投稿が絶えず、パトロールを強化している。…SNSでは闇バイト募集に使われるハッシュタグ(検索目印)として、特殊詐欺における受け子と出し子の隠語「#UD」や強盗の隠語「#T」「#たたき」のほか、「#高額即金」「#簡単」「#安全」など一見犯罪と気付けないものも紛れているという。県警はこうした投稿をネットパトロールで察知し、「実行犯を募集する不適切な書き込みの恐れがあります」などと誰もが見える形で返信し注意喚起している。捜査関係者によると、県内でも闇バイトに応募した若者が、特殊詐欺の受け子などで逮捕されている。実行役は高額な報酬で全国から集められており、県警が九州の20代男性を特定し逮捕、他県での被害を含めて立件した事例もあった。闇バイトで雇われた実行役は匿名性の高い通信アプリなどを使用しており、取り調べで指示役について尋ねても不明なケースが一般的だ。

川崎の時計店強盗「黒幕は暴力団でも半グレでもない素人」見よう見まねとしか思えない手口指摘(2023年6月13日東京スポーツ新聞)

神奈川・川崎で起きた時計店への強盗致傷事件で、あまりに稚拙な実行犯の手口に驚きの声が上がっている。事件は11日午後1時ごろ、川崎市幸区の腕時計などを販売する店に男2人組が押し入り、1人が逮捕され、もう1人が逃走している。逮捕された大阪府高槻市の八木貴寛容疑者(26)は逃走中の男について「名前も知らない」と話していることが12日、分かった。また、県警によると、逃走した男について別の人物が車で手助けした疑いもあるという。5月に東京・銀座の高級腕時計店に仮面をかぶった男らが強盗に入り、計3億円相当のロレックスを盗んだものの、逃走中に逮捕された。高級腕時計店での強盗の成功率の低さ、換金の難しさはニュースでさんざん報じられた。当初は闇バイトとみなされていたので、闇バイトはハイリスク、ノーリターンであることも報じられた。元暴力団関係者は「わざわざ大阪から遠征して、真っ昼間に強盗をやったのは、やはり闇バイトに応募してしまい、『家族に危害を加える』と脅されて仕方なくやったのかもしれません。実行役が自分たちだけで発案するとしたら、遠征はしません。関西にも店はたくさんあるんですから。店を指定した黒幕がいるということでしょう」と語る。今回の強盗は銀座以上にずさんで、奇妙な点があるという。「被害に遭ったのはビンテージウオッチ専門店で、メインは手の出しやすい価格帯で、最高でも数百万円です。ビンテージものは欲しい人にとってはたまらないですが、換金できないし、換金してもいくらにもなりません。リスクが極めて高いうえ、リターンがない犯行です。暴力団などが黒幕だとしたら、カネにならないことは分かっているはず。今回は暴力団でも半グレでもない、見よう見まねのシロウトの黒幕としか思えません

闇バイト「勧誘受けた」男子の2% 名古屋の高校生に調査(2023年6月23日付産経新聞)

特殊詐欺や強盗へ加わる少年らの存在が社会問題となる中、愛知県警と名城大の学生は23日、合同で市内の高校生千人を対象に犯罪の実行役を募る「闇バイト」に関するアンケートを実施したところ、男子生徒のうち、50人に1人に当たる2%が「勧誘を受けたことがある」と答えたと発表した。…闇バイトの募集をネット上で目にしたことがあるかという質問には、男子の6%、女子の3%が「ある」と回答。「闇バイトの勧誘を受けたことがあるか」との問いに、「ある」と答えた男子が2%いたのに対し、女子はゼロだった。犯罪組織が個人情報を把握し、違法行為に加わるよう脅すケースが確認されている。「SNSで学生証など身分証を送ったことがあるか」との質問に、男子3%、女子1%が「ある」とした

保護司に「闇バイト」防止啓発 再犯防止狙う 警視庁(2023年6月24日付産経新聞)

保護観察中の人が特殊詐欺などの「闇バイト」に手を染めないよう、警視庁の警察官が、東京保護観察所の保護司約70人に闇バイトの実態を説明し、再犯防止には「悪い誘いをいかに断れるかが大事。断続的な支援が必要になる」と訴えた。…少年育成課によると、令和4年に特殊詐欺で摘発された803人のうち、20歳未満は153人。このうち、友人や先輩の紹介で詐欺をしたのは60・2%と過半数を占め、SNSの闇バイト募集情報に応募したのは28・8%だった。渡辺主査は「再犯防止には、対象者本人の交友関係が重要になる。断続的に支援をし、(犯罪に手を染めないよう)呼びかけ続けなければならない」と語った。

2023年3月に犯罪対策閣僚会議から出された「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」について、3カ月経過した時点における進捗状況について、あらためて犯罪対策閣僚会議に報告されています。

▼首相官邸 犯罪対策閣僚会議(第38回)議事次第
▼資料1 「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」の進捗状況
  1. 「実行犯を生まない」ための対策
    • 闇バイト」等情報への対策やサイバーパトロール等を通じて把握した情報を端緒とする強盗・特殊詐欺事件に係る捜査を推進するとともに、インターネット・ホットラインセンター等の取扱情報の範囲に、強盗の勧誘等に関する情報を追加し、削除等を強化。
    • 学生向けに労働関係法令を分かりやすく解説したハンドブック(「知って役立つ労働法」)、「インターネットトラブル事例集」2023年版に「闇バイト」等に関する注意喚起を盛り込んで公表するとともに、大学等に対して「闇バイト」等に関する注意喚起を実施。
    • 強盗や特殊詐欺の実行犯の適正な科刑を実現するため、余罪の積極的な立件、マネー・ローンダリング罪の積極的な適用を推進
  2. 「実行を容易にするツールを根絶する」ための対策
    • 「名簿屋」等に対する調査結果も踏まえ、個人情報保護法に則り、個人情報を適正に取り扱うことについての注意喚起を実施するとともに、犯罪者グループ等に名簿を提供する悪質な「名簿屋」等に対する取締り等を推進。
    • 預貯金口座の不正利用防止のため、特殊詐欺の被害・犯行が疑われる取引に係る取引時確認の強化策等について、実務上の課題を踏まえ、業界団体と協議。
    • 預貯金口座、携帯電話等に係る本人確認について、非対面で行う際には、マイナンバーカードの公的個人認証機能の活用の推進に向け、業界団体と議論。
    • 特殊詐欺への悪用が特に多く確認されている「050アプリ電話」について、契約時の本人確認を義務化する制度改正を検討。
    • 固定電話番号の利用停止等スキームの改正による、悪質事業者の在庫電話番号の利用の一括制限に向け、業界団体と協議。
    • 制度改正を含めた検討を行うため、SMS機能付きデータ通信専用SIMカードに関し、携帯電話キャリア等に対するヒアリング等調査を実施するなど、その悪用実態の分析を実施。
    • 在留期間が経過している外国人口座で発生した取引について、なりすましの疑いがあるとして厳格な取引時確認を行うことについて、実務上の課題を踏まえ、業界団体と協議
  3. 「被害に遭わない環境を構築する」ための対策
    • 宅配事業者を装った強盗を防ぐため、大手宅配業者等との間で、非対面での荷物の受取りの拡充等の覚書を締結したほか、「再配達削減PR月間」(4月)を通じ、消費者に対し、置き配等の活用を呼び掛け。
    • 特殊詐欺等に係る被害を防止するため、NTT東西において、犯罪被害を理由に番号変更を希望する場合の変更手数料の無償化、70歳以上の契約者等に対するナンバーディスプレイ等の無償化、特殊詐欺対策アダプタを活用したサービスの一定期間の無償化を発表。これを受け、対象世帯への普及促進に向けた周知を実施
  4. 「首謀者を含む被疑者を早期に検挙する」ための対策
    • 突き上げ捜査等のための捜査手法について、警察庁及び法務省において実務的に検討。
    • 捜査共助の更なる迅速化等のため、刑事共助条約の締結について諸外国と協議するとともに、国際会議の場等において、各国に捜査協力等を要請。
▼資料2 「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」に基づく警察関連施策の進捗状況
  1. 「実行犯を生まない」ための対策
    • サイバーパトロール等を通じて把握した情報を端緒とする強盗・特殊詐欺事件に係る捜査を推進
    • 受け子等を募集していると認められる投稿に対する警告等を実施
    • 「闇バイト」等情報の削除推進に向け、SNS運営事業者への働き掛けを実施
  2. 「実行を容易にするツールを根絶する」ための対策
    1. 犯罪者グループ等に名簿を提供する悪質な「名簿屋」等に対して、あらゆる法令を駆使した取締りの推進を指示
    2. 特殊詐欺に用いられる通信手段等の手口を分析するなどして「特殊詐欺の手口と対策」を取りまとめ
  3. 「被害に遭わない環境を構築する」ための対策
    • 宅配事業者を装った強盗を防ぐため、大手宅配業者等との間で、置き配を含む非対面での荷物の受取りの拡充等の覚書を締結
    • 「地方創生臨時交付金」を活用した防犯対策強化のための取組(防犯性能の高い建物部品等設置)に対する支援について、都道府県警察と地方公共団体の連携を推進
    • 貴金属等を狙った強盗事案の発生状況を踏まえ、事業者等と連携した防犯対策の徹底を推進
  4. 「首謀者を含む被疑者を早期に検挙する」ための対策
    • 突き上げ捜査等のための捜査手法について、警察庁及び法務省において実務的な検討を実施
    • 捜査共助の更なる迅速化等のため、刑事共助条約の締結について諸外国と協議するとともに、国際会議の場等において、各国に捜査協力等を要請
▼資料3 「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」に基づく総務省の施策の進捗状況
  • 既に実行に移した施策
    1. 青少年をアルバイト感覚で犯罪に加担させない教育・啓発
      • 『インターネットトラブル事例集2023年版』に「闇バイト」等に関する注意喚起を掲載。教育委員会、PTA等の関係機関に周知して教育・啓発。(3月)
    2. ナンバーディスプレイ等の普及拡大
      • 高齢者が悪質電話に出ないようにする観点から、総務省からNTT東西に対し、ナンバーディスプレイ等の普及拡大について要請。これを踏まえ、NTT東西において、ナンバーディスプレイ等の無償化を実施。(5月)
  • 準備・検討を進めている施策
    1. 050アプリ電話の契約時の本人確認の義務化
      • 特殊詐欺への悪用が特に多く確認されている「050アプリ電話」について、契約時の本人確認を義務化する制度改正を準備。【総務省令の改正】
    2. 悪質な電話転送事業者の在庫電話番号の一括利用制限
      • 悪質な電話転送事業者が保有する固定電話番号等(在庫電話番号)の利用を一括して制限するスキームの改正を準備。【業界団体への要請文書の改正】
    3. 携帯電話の契約時の本人確認におけるマイナンバーカードの活用
      • 本人確認書類の券面の偽変造による不正契約を防ぐ観点から、携帯電話の契約時の本人確認におけるマイナンバーカードの公的個人認証の活用に向け、業界団体との協議を実施。
    4. SMS機能付きデータ通信専用SIMカードの悪用対策
      • SMS機能付きデータSIMの悪用の実態について、携帯電話キャリアやSMS配信事業者に対して調査を実施。悪用の実態の分析結果を踏まえて対策を検討。

消費者問題対策委員会が、SNS事業者のサービスが特殊詐欺等の犯罪インフラとなっている点について、詳細な実態調査とそれに基づく改善を申し入れています。とりわけ、本人確認手続きの脆弱性は極めて由々しきレベルと指摘せざるを得ず、筆者としても早急な改善が必要だと考えます。これまで、携帯電話が犯罪インフラとなっていたものの、さまざまな施策を講じてきたことにより、現状は、以前ほどの悪用ができなくなっている状況を参考に、SNS事業者にも、そして何より利用者にも「痛み」が伴うものであるとはいえ、安心安全な社会の実現には不可欠の取り組みであると正しく周知しながら、取り組みを前進させていただきたいと思います。

▼内閣府 第406回 消費者委員会本会議
▼【資料1-1】 SNS を利用した詐欺行為等に関する調査・対策等を求める意見書(消費者問題対策委員会提出資料)
  • 意見の趣旨
    1. 総務省、消費者庁及び内閣府消費者委員会に対し、以下の点につき調査するよう求める。
      1. ソーシャルネットワーキングサービス(以下「SNS」という。特に利用者の登録時に本人確認を十分に実施していないもの。)が詐欺行為や消費者被害(以下「詐欺行為等」という。)の誘引手段として使用されている実態
      2. SNS事業者による本人確認の実態及びその記録の保管状況
      3. SNS利用者を特定する情報について、弁護士法第23条の2に基づく照会がなされた場合のSNS事業者の対応状況
    2. 総務省に対し、上記1記載の調査を踏まえ、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための被害予防及び被害回復に向けた実効性のある対策を講じるよう求める。
    3. 消費者庁及び内閣府消費者委員会に対し、上記1記載の調査を踏まえ、総務省が上記2記載の実効性ある対策を速やかに講じるべく、総務省に対する適切な働きかけ又は意見表明を実施するよう求める。
  • 意見の理由
    • スマートフォンの普及に伴い、LINE、Facebook、Twitter、Instagram等の様々なSNSが登場し、普及した。SNSを利用する個人の数は増加の一途をたどっており、その結果、SNSは、デジタル社会においては生活に不可欠なコミュニケーションツールとして、生活インフラとなっている。
    • 他方で、SNS事業者による本人確認規制等が不十分であるためか、SNSが詐欺行為等に使用される事件が多発し、多くの事案において被害回復がなされないままとなっている。
    • さらに、近年、新型コロナウイルス感染症拡大によって社会のデジタル化が急速に進行しており、日常の消費生活においてもデジタルツールが担う役割が増えたため、今後、SNSを利用した詐欺行為等により被害を受ける利用者も増加し続けると考えられる。
    • 本意見書は、今後、各関係機関において、速やかにこのような実態を調査した上で、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性のある対策を講じることを求めるとともに、SNS事業者に対して、被害回復のための加害者の特定に資する適切な対応を進言することを検討する必要がある点について詳述する
  1. SNSが関わる消費者トラブルが多発していること
    • 令和4年版消費者白書によると、SNSに関連する消費生活相談件数は、2017年が15,709件、2018年が18,881件、2019年が25,119件、2020年が40,484件、2021年が50,406件と急増し、2017年と2021年を比較すると、5年間で3倍以上の件数となっている。
    • SNSに関連する相談としては、(1)SNSの広告が契機となるケース、(2)SNSでの勧誘が契機となるケース、(3)SNSで知り合った相手との個人間取引のケースなどがみられる。
    • 特に、(2)については、SNSでの勧誘が契機となって、情報商材や転売ビジネス、副業、投資等のもうけ話を持ち掛けられ、高額な契約をしてしまうケース等があり、看過できない。
    • 情報商材全体の消費生活相談件数は、2018年をピークに減少傾向にあるが、他方で、SNSに関連する情報商材の消費生活相談件数は、2018年以降、約3,000件であり、横ばい状態となっている。情報商材に関する事案に対して、消費者庁や独立行政法人国民生活センター(以下「国民生活センター」という。)では、注意喚起を実施しているものの、いまだ多くの被害が発生し続けている。
  2. 特に若者世代のSNS関連の消費生活相談件数は増加傾向にあること
    • 前述のとおり、SNSに関連する消費生活相談件数は、全体として増加傾向にある。特に、15歳から29歳の世代の若者(以下「若者世代」という。)についての相談件数は増加の一途をたどっており、2017年が5,733件、2018年が6,721件、2019が9,783件、2020年が12,717件、2021年が13,490件と増加し続けている。全体の相談件数のうち若者世代が占める割合は、2017年が約36.6%、2018年が約35.5%、2019年が約38.9%、2020年が約31.4%、2021年が約26.8%となっており、いずれの年でも一番の割合を占めている。2021年に限ってみると、日本における総人口は1億2538万人であり、そのうち若者世代は1818万2000人であるから、総人口における若者世代の比率は約14.5%しかない。それにもかかわらず、若者世代におけるSNSに関連する消費者生活相談件数が年齢層別でみると一番多いことに鑑みれば、特に若者世代がSNS
    • に関連した消費者被害に遭っていることがうかがえる。
    • これは、若者世代のSNS利用率が高く、1日に1時間以上使用する者が約8割を占めていることから、SNS上で広告に触れたり、SNSを介して人と交流をもったりする機会が、他の年齢層と比較して多いことが理由であると考えられる。
    • そして2022年4月、民法上の成年年齢が18歳に引き下げられたことからすると、今後も、若者世代の消費者被害は増加し続けると考えられる。
  3. LINE等が詐欺行為等に多用されていること
    • そして、これらの被害のうち、現在、LINEが詐欺行為等のツールとして利用されている事案が非常に多い。最初の入口としては、ネット上の広告や他のSNS、マッチングアプリ等であったとしても、多くの事案においてLINEでのやり取りへと誘導され、LINEの通話ないしトークで勧誘を受けて、被害に遭うケースが多発している。
    • LINE株式会社(以下「LINE社」という。)が提供する「LINE」の国内月間アクティブユーザー数は2022年6月末時点で月間9200万人にも上り、日本の人口の70%以上とされている。その上LINEは、かつて詐欺行為等に主に利用されてきたツールである携帯電話等と同様の機能(音声・ビデオ通話、文字でのやり取り、写真やPDF等のデータの添付が可能)を有しているため、LINEが詐欺行為等に利用されている事案が多くなるのも当然である。
    • このことは、LINE社が、自社のHP上で公表している捜査機関からの照会に対する情報開示の状況についてのレポートからもみてとれる。
    • すなわち、2016年から2022年までのレポートのうち、日本の捜査機関がLINE社に対してした開示請求の要請件数についてみると、LINEが何らかの犯罪に利用されたと捜査機関が認知した件数が非常に多く、減少していないことが分かる。
    • さらに、2017年から2002年までの同レポートによれば、LINE社が捜査機関からの要請に対応した事案のうち、かつて高い割合を占めていた「児童被害」に関連する情報開示請求が占める割合は減少傾向であるのに対し、「金銭被害」の割合は増加傾向であることが分かる。
    • このように、LINE社の公表データからも、LINEが詐欺行為等に利用されている実態が見てとれる。
  1. 携帯電話等に代わり、SNSが犯罪ツールとして用いられるようになっていること
    1. かつて犯罪ツールの主流であった携帯電話について
      • かつて、振り込め詐欺等の特殊詐欺や生活経済事犯等において、匿名で契約された携帯電話が多用され、多くの被害を生み出していた。
      • これを受けて、2006年4月に携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認及び携帯音声役務の不正な利用の防止に関する法律(以下「携帯電話不正利用防止法」という。)が施行され、携帯電話事業者に契約者の本人確認を身分証明書等の公的な本人確認書類で行うことが義務付けられた。
      • その後、2008年12月施行の改正により、レンタル携帯電話業者等が規制対象に加えられるなどした。
      • さらに、本人確認義務がなかった電話転送サービスが詐欺行為等のツールとして利用されるようになると、電話転送サービスについても、2013年4月施行の犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯罪収益移転防止法」という。)改正により、本人確認義務が課せられるようになった。このように、犯罪ツールの主流であった携帯電話等は、取締法規によって本人確認規制が強化され、生活経済事犯等においては、犯罪ツールとしての有用性が以前より低くなっている。
    2. SNSが詐欺行為等に利用されていることについて
      • 他方で、2017年以降、SNSを利用した組織的詐欺等事件や、エステ契約に係る詐欺事件、暗号資産(仮想通貨)投資名下の詐欺事件、金融商品取引法違反事件や出資法違反等事件17、連鎖販売取引契約締結の勧誘に係る特定商取引法違反事件18など、SNSを利用した詐欺行為等が目立ってきている。
      • 詐欺行為等に及ぶ者たちは、本人確認規制が強化され匿名性を維持できづらくなった携帯電話だけでなく、本人確認が不十分で、匿名性を維持したまま勧誘可能なSNSを重要なツールとして用いるようになっていると考えられる。
  • SNS事業者による利用時における本人確認の状況
    1. SNS事業者による本人確認が不十分であることについて
      ・以下、日本国内で利用率が上位のSNS事業者の本人確認の状況について言及する。

      1. LINE
        • 日本国内で最大規模のSNSであるLINEの個人アカウントにおける本人確認の状況は、以下のとおりである。
          1. 住所、氏名(実名)、生年月日の登録が不要であること
            LINEアカウントの新規登録をする場合、住所、氏名(実名)、生年月日等個人情報の入力は不要であり、公的な本人確認書類による確認もない。また、新規登録の際にアカウントのユーザー名の入力は必要であるものの、これは任意に設定することができるため、実名である必要はない。
          2. 電話番号の入力及びSMS認証について
            ・LINEの新規登録をする場合には、2020年4月上旬頃までは、Facebookログインによる新規登録が認められていたが、それ以降、電話番号の入力及びSMS(ショートメッセージサービス)による個人認証(以下「SMS認証」という。)などが必要となった。
            SMS認証は、一定の本人確認機能を有するものであるが、必ずしもLINEの新規登録希望者と当該携帯電話を所持している契約者の一致を保証するものではない。さらにLINEでは、登録された電話番号が他者に表示されることはないため、LINEの利用者は、相手方の電話番号を知ることはできず、相手方が任意的に登録した名前とプロフィール画像しか知り得ない。
          3. 小括
            ・このように、LINEの新規登録においては、2020年4月上旬頃以降、新規登録を行うには電話番号の登録及びSMS認証が必要となったものの、新規登録の際の本人確認が、必ずしも十分とはいえない。
      2. Twitter
        • 新規登録をする際、「名前(ユーザーネーム)、電話番号またはメールアドレス、生年月日」、Googleアカウント」又は「Apple ID」が必要である。
        • 名前等を登録する場合、電話番号又はメールアドレスを入力し、個人認証を行うが、名前は、利用者が任意的に入力することができるため、実名である必要はないし、生年月日についても任意的に入力することができ、公的な本人確認書類の提出も求められないため、事実である必要はない。
        • さらに、メールアドレスによる登録の場合、SMS認証等を回避する方法もあるばかりか、メールアドレスは複数保有することができるため、一人で複数のアカウントを新規登録することも可能である。
        • Googleアカウント又はApple IDによる登録の場合、Twitter上では、電話番号又はメールアドレスによる個人認証すら不要である。
        • このように、Twitterの新規登録の際の本人確認は不十分である。
      3. Instagram
        • 新規登録する際、最初に携帯電話番号又はメールアドレスを入力し、個人認証を行う。
        • その後、プロフィールの登録において、名前、ユーザーネーム等を入力する。しかし、名前及びユーザーネームは登録希望者が任意的に入力することができるため、実名である必要はない。また、非公開情報として、メールアドレスや電話番号、性別等の個人情報を入力することも可能であるものの、必須ではない。
        • 2019年12月以降、犯罪の防止を目的として、新規登録希望者はアカウントの登録時に、既に登録している利用者は、アプリ作動時に、生年月日の入力ないし追加が求められるようになったものの、これらも任意的に入力するのみであり、公的な本人確認書類の提出は求められないため、事実である必要はない。
        • さらに、メールアドレスによる登録の場合、SMS認証を回避する方法もあるばかりか、メールアドレスは複数保有することができるため、一人で複数のアカウントを新規登録することすら可能である。
        • このように、Instagramの新規登録の際の本人確認は不十分である。
      4. Facebook
        • 新規登録する際、普段使用している名前、生年月日、性別、携帯電話番号又はメールアドレスを登録するが、他のSNSサービス同様、公的な本人確認書類の提出が求められるわけではなく、メールアドレスによる登録の場合、SMS認証を回避する方法もあり、新規登録の際の本人確認は不十分である。
      5. 小括
        • 以上のように、本人確認が不十分である実態は、利用率の高い多くのSNS事業者に共通している。
    2. SNS事業者に対する本人確認の法規制が不十分であること
      現在の取締法規上、以下のとおり、SNS事業者に対し、本人確認義務を課す規定は存在しないと考えられる

      1. 電気通信事業法
        • LINE社を含むSNS事業者は、電気通信事業法に規定される電気通信事業者として電気通信事業の届出を行っている。
        • しかしながら、同法上、電気通信事業者に本人確認義務は課されていない。
      2. 携帯電話不正利用防止法
        • 携帯電話不正利用防止法は、「携帯音声通信事業者」に対し本人確認義務を課している(第3条第1項、第2条第3項)。
        • しかしながら、LINE等のSNSは、携帯電話の無線回線を利用して音声を送受信しているのではなく、インターネット回線によるデータ通信を音声に転換するアプリケーションソフトを利用して音声通話を行う仕組みであるから、「携帯音声通信」には該当しない(同法第2条第1項)。
        • そのため、LINE社等のSNS事業者は「携帯音声通信事業者」に該当せず、同法に基づく本人確認義務は課されていない。
      3. 犯罪収益移転防止法
        • 犯罪収益移転防止法は、電話受付代行業者や電話転送サービス事業者等を特定事業者として定めている(第2条第2項第44号)。そして、特定事業者に対し、本人特定事項等の取引時確認義務(同法第4条)や取引時確認記録の作成及び保存(同法第6条)、疑わしい取引の届出(同法第8条)を課している。
        • しかしながら、前述のとおり、LINE等のSNSは電話回線を利用しない通話であるため、同法の特定事業者には該当しないと解され、本人確認義務は課されないと解されている。
      4. 小括
        • SNS事業者自身による本人確認が不十分であるのは、そもそもSNS事業者に対する本人確認の法規制が不十分であることにも原因があると考えられる
  • LINEについては特に被害の回復が困難であることについて
    1. 被害回復の必要性と弁護士会照会制度
    2. 詐欺行為等の加害者が利用するLINEのアカウントを特定できる情報が、被害者のLINEメッセージ画面から確認できないこと
    3. LINE社が弁護士会照会への報告に極めて消極的であること
    4. 詐欺行為等に関与した加害者がLINEアカウントを削除することで、報告がなされない可能性があること
    5. 照会に対する報告をしても通信の秘密を侵害するおそれはないこと
  • 結語
    1. 調査及び実効性ある対策の検討をする必要があること
      • 詐欺行為等を行う者は、被害者と複数回にわたって連絡を取る必要があることから、自らの匿名性を維持できるツールは必要不可欠である。
      • そのため、かつては匿名で契約された携帯電話や本人確認義務のなかった電話転送サービスを用いるなどされていたが、携帯電話不正利用防止法の成立・改正や犯罪収益移転防止法改正により本人確認規制が強化されて、ツールとしての有用性が相当程度失われた。
      • そこで、詐欺行為等に及ぶ者たちは、携帯電話等だけでなく、本人確認が不十分で匿名性を維持できるSNSに有用性を見出し、現在、LINE、FacebookやInstagram等が詐欺行為等のツールとして利用され、多くの事案において被害回復がなされないままになっていると思われる。
      • よって、総務省、消費者庁及び内閣府消費者委員会は、まず、これらのより正確な実態を把握するための調査をした上で、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性ある対策を検討する必要がある。
    2. 考えられる実効性のある対策について
      • SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性のある対策として、以下のような措置が考えられる。
        1. SNS事業者による適切な本人確認・本人確認記録の保管
          • 携帯電話や電話転送サービスにおいて本人確認義務を導入したことによって詐欺防止への一定の抑止効果が認められたという実績を踏まえ、SNS登録時(登録済みアカウントにあっては、今後の利用継続時)における本人確認を適切に行わせることが考えられる。具体的には、SNS事業者は、必要に応じて、利用者の電話番号のみならず氏名・住所・生年月日等を公的な本人確認書類によって確認することが望ましいが、少なくとも電話番号の登録及びSMS認証を確実に実施することが不可欠である。
          • また、詐欺行為等に関与した加害者を特定するための契約者情報について、弁護士会照会がなされたとしても、SNS事業者が同情報を早期に削除して、調査不可能として報告を拒絶してしまえば、同照会の意味がない。
          • そこで、犯罪収益移転防止法が定めるように、たとえ加害者がSNSのアカウントを削除したとしても、SNS事業者が同加害者の特定情報を直ちに削除することのないよう、本人確認記録の適切な保管等を行わせる必要がある。
          • 本人確認等規制の方法としては、取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律の第3条において、取引デジタルプラットフォーム提供者の努力義務が定められていることなどが参考になる。同条では、取引デジタルプラットフォーム提供者は、(1)消費者が販売業者等と円滑に連絡できるための措置、(2)消費者からの苦情に係る事情の調査等、表示の適正確保に必要な措置、(3)販売業者に対して、所在情報を始め、その特定のために必要な情報(身元確認情報)を提供させることなどの措置を講ずるよう努めなければならないとしている。
        2. 被害者が加害者のアカウントを特定する情報を容易に確認できるようにすること
          • SNSを用いた詐欺行為等を行う者らについて、加害者を特定し、民事訴訟等により法的責任を追及することも被害救済と被害予防のために必要な措置であり、そのためには、被害者が、詐欺行為等に関与した加害者のアカウントを特定し得る情報を容易に確認できる仕様にすることが望ましい。具体的には、被害者からのSNS事業者に対する通報や、被害者が依頼した弁護士からの通知等に基づき、LINEのID等の加害者アカウントを特定し得る情報を開示する等、加害者のアカウントの特定を容易にするような適切な措置が講じられる必要がある。
        3. 弁護士会照会に対して適切に報告すべきことを周知徹底すること
          • 詐欺行為等に関与した加害者を特定するための契約者情報について、弁護士会照会がなされた場合、照会先に報告義務があることを踏まえ(前掲・最判平成28年10月18日)、照会先であるSNS事業者は、事案及び照会事項に応じて適切に報告をしなければならず(電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン参照)、一律ないし原則報告拒絶の対応は許されない点を、総務省及び業界団体を通じて周知徹底させる必要がある。
          • また、SNS事業者の規約・プライバシーポリシー等において、弁護士会照会に対し、報告(情報開示)がなされる場合があることを明記することも検討されるべきである。
    3. まとめ
      • SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性のある対策を講じ、安心安全なSNSの利用環境を整えることは、利用者を詐欺行為等の危険性から保護し、被害回復に資するのみならず、危険性のあるSNSから利用者が遠ざかることを回避し、信頼性のあるSNS事業者の利益にも資するものと考える。
      • よって、意見の趣旨記載のとおり、各関係機関において、速やかに実態を調査の上、適切な対策を講じること等を求め、本意見書を提出する。

前述した、犯罪対策閣僚会議の「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」の進捗状況にも記載がありましたが、「050」アプリ電話の契約時における本人確認の義務化、特殊詐欺に悪用されがちな電話転送サービスを巡り、悪質な転送業者が保有する電話番号を一括で利用停止する措置の開始が具体的に進められています。

▼総務省 電気通信事業者による特殊詐欺に利用された固定電話番号等の利用停止等スキームの改定
  • 総務省は、悪質な電話転送サービス事業者が保有している「在庫番号」の利用を一括して制限する対策を実施するため、電気通信事業者による特殊詐欺※に利用された固定電話番号等の利用停止等スキームの改定について、一般社団法人電気通信事業者協会及び一般社団法人日本ユニファイド通信事業者協会に通知しました。
    ※特殊詐欺(被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ、指定した預貯金口座への振り込みその他の方法により、不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪をいう。以下同じ。)

    1. 背景
      • 警察から特殊詐欺に利用された固定電話番号の利用停止等の要請があった場合における電気通信事業者の対応について、令和元年9月に一般社団法人電気通信事業者協会に対して、令和4年11月に一般社団法人日本ユニファイド通信事業者協会に対して、総務省から通知を行い、警察からの要請に基づく利用停止等の対策を行ってきたところです。
      • 昨今の情勢を受け、令和5年3月17日に犯罪対策閣僚会議において「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」が決定されました。本プランの決定を踏まえ、悪質な電話転送サービス事業者の保有する固定電話番号等(在庫番号)の利用を一括して制限することができるよう、本スキームの改定を行うものです。
    2. スキームの概要
      1. 固定電話番号等の利用停止等
        1. 都道府県警察は、特殊詐欺に利用された固定電話番号等を認知後、電気通信事業者に対し、当該固定電話番号等の利用停止等を要請する。
        2. 当該電気通信事業者は、都道府県警察から要請があった固定電話番号等の利用停止等を行った上、警察庁に対し、当該利用停止等を行った固定電話番号等の契約者(卸先電気通信事業者を含む。)の情報を提供する。
      2. 新たな固定電話番号等の提供拒否
        1. 警察庁は電気通信事業者に対し、一定の基準を超えて利用停止等の要請の対象となった契約者の情報を示すとともに、同契約者に対する新たな固定電話番号等の提供拒否を要請する。
        2. 電気通信事業者は、警察庁から要請のあった者から固定電話番号等の追加購入の申し出があった場合には、一定期間、その者に対する新たな固定電話番号等の提供を拒否する。
      3. 悪質な電話転送サービス事業者の保有する固定電話番号等(在庫番号)の利用停止
        1. 警察庁は電気通信事業者に対し、一定の要件を満たす場合には、悪質な電話転送サービス事業者の保有する固定電話番号等を一括して利用停止等を行うよう要請する。
        2. 電気通信事業者は、警察庁から要請のあった者に対して提供している固定電話番号等について、利用停止等を行う。
▼総務省 携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律施行規則の一部を改正する省令案に対する意見募集
  • 総務省は、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律施行規則(平成17年総務省令第167号)の一部を改正する省令案に関する意見募集について、令和5年6月28日(水)から同年7月31日(月)までの間、意見を募集します。
    1. 意見募集対象
      • 携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律施行規則(平成17年総務省令第167号)の一部を改正する省令案
    2. 概要
      • 近年、特定IP電話番号(050)を使用した通話を可能とするアプリケーション・ソフトウェアを提供し、移動端末設備(スマートフォンやタブレット端末等)において通話することを可能とするもの(いわゆる050アプリ電話)により特殊詐欺が行われる事態が数多く発生しています。こうした事態を受けて政府全体において取りまとめられた特殊詐欺への対策パッケージ(「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」(令和5年3月17日犯罪対策閣僚会議決定))においても、「特殊詐欺の犯行には、匿名での架電を可能とする様々な通信手段が利用されているところ、総務省、警察庁等の関連省庁が連携して施策を推進することにより、こうしたサービスの悪用防止対策を更に強化する」こととされたところです。
      • これを受け、いわゆる050アプリ電話についても、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(平成17年法律第31号)に基づく役務提供契約締結時の本人確認義務の対象とするため、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律施行規則(平成17年総務省令第167号)について、所要の改正を行うことから、本案について広く意見を募集するものです。

2023年6月21日付朝日新聞によれば、起業時に会社の定款のチェックをする公証人の活動について内閣府が民間会社に依頼して調べたところ、起業家の15%が認証手続きの際に「公証人と面談しなかった」と答えたことがわかったと報じられています。経済界からは「定款認証は形骸化している」との声があり、一部を裏付けた形となりました。一方、公証人を対象にした法務省の調査では、「面談した」との回答が100%で、食い違う結果ともなっています(当然といえば当然の結果です)。株式会社をつくるときは、会社の目的や組織など基本的なルールを決める定款について、経営者は公証人の認証を対面で受けなければならず、マネー・ローンダリングや詐欺など不正行為の「隠れみの」に会社が使われるのを防ぐためで、公証人法で定められています。政府は規制改革の一環として定款認証のオンライン化を検討しており、公証人の活動の実態を把握しようと、内閣府は2023年4月、複数の民間会社に依頼して過去2年間に起業した約270人を対象に調査したものです。「公証人との面談の方法は?」とたずねたところ、8割以上が「公証役場での対面」と答えた一方、15%は「面談はなかった」という結果となりました。公証人による認証をめぐっては、かねて経団連などから「形式的なものになっている」と見直しを求める声があがっていたところ2021年の夏には、武蔵野公証役場に勤める公証人2人が「経営者と面談していなかった」として、公証人法に基づく訓令処分を東京法務局から受けています。筆者としては、以前から、設立時の代表者に反社会的勢力と見なされるような人物が就任するはずもなく、そういった点では「形式的だ」と批判してきましたが、そもそもの面談が実施されないという意味での「形骸化」の実態には驚くばかりです。

最近の暴力団等反社会的勢力を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 兵庫県公安委員会は、六代目山口組と神戸山口組に対する特定抗争指定暴力団の指定を3カ月延長すると発表しています。期間は7月7日~10月6日で、延長は14回目となります。
  • 神戸山口組の井上邦雄組長の自宅に放火しようとしたとして、兵庫県警神戸北署は、自称、六代目山口組傘下組織組員の男を放火予備容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、男は、神戸市北区の井上組長宅前の歩道などにガソリンのような液体をまいた疑いがもたれており、「火をつけるつもりだった」と話しているといいます。県警は、両組織の抗争が激化する恐れもあるとみて警戒を強めています。また、直近でも、神戸山口組の直系団体「西脇組」の事務所にトラックが突っ込む事件がありました。報道によれば、トラックはバックで突っ込んだとみられ、門柱が壊れていたものの、運転手はおらず、トラックは現場に乗り捨てられていたといいます。こちらも抗争の可能性が高いと思われます。ここにきてこうした事件が相次いでいることから、今後の抗争の行方を注視していきたいと思います。
  • 国家公安委員会は、暴力団対策法に基づき、極東会(東京都新宿区)と東組(大阪市西成区)の2団体を指定暴力団に再指定することを確認しています。東京都と大阪府の公安委員会で手続き後、官報に公示することになります。いずれも11回目の指定で、期間は極東会が7月21日から、東組が8月4日からの3年間となります。なお、2022年末現在の構成員数は極東会が約350人、東組が約80人です。
  • 東京・歌舞伎町にあった国内最大規模の違法ネットカジノ店の収益を受け取ったとして、警視庁は、住吉会傘下組織幹部ら3人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)の疑いで逮捕しています。ネットカジノ店の収益を受け取ったとして暴力団組員が逮捕されるのは異例ということです。報道によれば、東京都新宿区歌舞伎町2丁目にあったネットカジノ店「SEXY」などの売り上げのうち、約5千万円を「みかじめ料」として受け取ったほか、別の2人と共謀して他に「用心棒代」として約600万円を受け取った疑いがもたれています。警視庁は、店が2005年以降の17年間で500億円近くを売り上げ、一部が暴力団側に流れたとみています。パソコンで完結するネットカジノ店は、違法賭博の証拠が残りにくく、捜査は特に難しいといわれています。「SEXY」の摘発は、長期間の内偵に偶然も重なって実現したものですが、報道によれば、2023年1月、警視庁の捜査員たちが店内に踏み込んだ時、店の従業員らは「別の違法カジノの勢力から急襲を受けた」と勘違いしたといい、結果的に電源を落とすシステムが十分には働かず、賭博の証拠が残りやすかったとみられています。なお、店側が勘違いした背景には、大金が動くネットカジノ店では店同士や背後の反社会的勢力同士のトラブルが起こりやすいことが事情があるとのことです
  • マンションの一室から覚せい剤と大麻が見つかり、指定暴力団の組員らが逮捕された事件を報じたニュース記事が「通報者が特定されるのではないか」と物議をかもしているとの報道がありました(2023年6月23日付弁護士ドットコム)。報道で専門家は「市井の人々が情報提供をためらうような影響も考えられる」として、メディアの報道のあり方に一考をうながしているといいます。集合住宅であれば通常、「隣の部屋」は2戸、もし角部屋なら1戸まで限定されてしまうことになります。報道で「弁護士は、「通報を受けて逮捕されるなどした反社会的な組織・個人が通報者を逆恨みし、危害を加えようとする可能性もゼロではないため、どこまで許容されるかはともかく、『近隣の住民』など書き方を工夫してもよかったのではないでしょうか。この報道に接した人の中には、将来、自分が事件を見聞きした際に通報をためらう人が出てくる可能性もゼロではありません。反社の捜査をおこなう警察にとって、市民からの通報は貴重な情報です。それを萎縮させてしまうことがあるとしたら、社会にとっても損失になると思います」と指摘していますが、正にその通りだと思います。
  • 駐車中の高級車を盗んだとして、大阪府警は、窃盗容疑で、六代目山口組傘下組織組長を逮捕しています。組長は三重県を拠点とする窃盗グループのメンバーの指示役とみられ、大阪府警はこれまでに、同容疑などで、別のグループを含めた20~50代の男20人を送検、大阪や三重など9府県で被害計73件(計約4億3千万円相当)を裏付けたといいます。組長らは小型機器で車の制御システムに侵入する「CANインベーダー」と呼ばれる手口で車64台を盗み、茨城県の修理工場に運び込んで売却目的で解体していたとみられています。

罪を犯した人や非行少年の立ち直りを支える「保護司」の高齢化が深刻さを増しつつあります。平均年齢は65歳を超え、企業の定年延長や再雇用増加が人材不足に拍車をかけており、支えてきた「団塊の世代」が年齢制限で一斉に退任せざるを得ない状況も迫っています。担い手の確保に向け、法務省は2023年5月に有識者らの検討会を立ち上げ、公募制度など抜本的な見直しも視野に議論を始めています。現行制度に基づく保護司の高齢化や担い手不足は深刻で、法務省によれば、2023年1月時点で全国に約4万7千人いる保護司の約8割が60歳以上で、70歳以上は4割近くに上り、平均年齢は65.6歳、統計が残る1953年以降、ほぼ一貫して上昇が続いている状況です。一方、総務省によると、60~64歳の就業率は10年の57%から20年に71%に上昇しており、「定年延長や高齢者再雇用の影響もあり、人材の確保がさらに難しくなっている」(法務省担当者)といいますが、保護司ならではの「門の狭さ」も背景にあるといいます。戦後間もない1950年に制定された保護司法は、保護司について「社会奉仕の精神」で業務を担うことを使命と規定する日本独自の制度で、地域ボランティアによる再犯防止の取り組みとして世界的にも注目されているものです。2021年に京都で開催された「国連犯罪防止刑事司法会議」(京都コングレス)では世界保護司デーの創設に取り組むことなどを盛り込んだ「京都保護司宣言」を採択、政府は海外での制度導入の支援も進めているところです。法務省によれば、フィリピンやケニアなどで日本の保護司を基にした制度が採用されているといいます。再犯防止に保護司が果たす役割への期待は大きいものがあり、法務省によれば、2020年に満期釈放された約7700人と仮釈放された約1万1千人を対象に2年以内の再入率を調べた結果、満期釈放が約22%だったのに対し、保護司らが支援する仮釈放は約10%という成果があります。

保護司の動向に関連して、国民の間に広く再犯の防止等についての関心と理解を深めるために、7月は再犯防止啓発月間と定められています。法務省のサイトから紹介します。

▼法務省 7月は「再犯防止啓発月間」です
  • 平成28年12月に、「再犯の防止等の推進に関する法律」(再犯防止推進法)が公布・施行されました。
  • 同法第6条には、国民の間に広く再犯の防止等についての関心と理解を深めるため、7月を再犯防止啓発月間とする旨が定められています。
  • 法務省では、普段の生活では触れる機会の少ない「再犯防止」というテーマについて、御関心を持っていただけるよう、PRイベントや情報発信を積極的に行っています。
  • 令和5年度の取組
    1. 再犯防止啓発ポスターの作成
      • 令和5年3月に「第二次再犯防止推進計画」が策定され、再犯防止の取組は新たな段階を迎えております。
      • そのような今だからこそ、再犯防止がなぜ必要か、改めて考え直すことをコンセプトに、本ポスターを作成しました。
      • 再犯防止は、犯罪をした者等が再び犯罪をすることを防ぐ取組でありますが、その根底には、新たな被害者を生まない、安全・安心な社会の実現という目的があります
      • 令和5年度の再犯防止啓発ポスターは、そのような思いを一人でも多くの方にお伝えするために、「変わってほしい 被害者も 加害者も 生まない 未来のために」をキャッチフレーズとしました。
      • このポスターは、法務省の出先機関のほか、裁判所、地方公共団体、鉄道会社等にも御協力いただき、全国で掲示いただいています。また、法務省前の祝田橋交差点にあるポスター掲示板のほか、法務省内にも掲示しています。
      • 本ポスターを目にされた一人でも多くの方が、再犯防止について知っていただき、また、考えるきっかけとしていただけますと幸いです。
    2. ソーシャルメディアサービス(SNS)を活用した情報発信
      • 令和5年度においても、ソーシャルメディアサービスの「Twitter」や「note」を活用し、再犯防止に関する情報について、集中的に発信を行います。ぜひご覧ください。
▼法務省 第73回“社会を明るくする運動”~犯罪や非行を防止し、立ち直りを支える地域のチカラ~
  • “社会を明るくする運動”とは?
    • “社会を明るくする運動”~犯罪や非行を防止し、立ち直りを支える地域のチカラ~は、すべての国民が、犯罪や非行の防止と犯罪や非行をした人たちの更生について理解を深め、それぞれの立場において力を合わせ、犯罪や非行のない安全で安心な明るい地域社会を築くための全国的な運動です。令和5年で73回目を迎えます。
  • 地域のチカラが犯罪や非行を防ぐ
    • テレビや新聞では、毎日のように事件(犯罪)のニュースが報道されていますが、安全で安心な暮らしはすべての人の望みです。犯罪や非行をなくすためには、どうすればよいのでしょうか。取締りを強化して、罪を犯した人を処罰することも必要なことです。しかし、立ち直ろうと決意した人を社会で受け入れていくことや、犯罪や非行をする人を生み出さない家庭や地域づくりをすることもまた、とても大切なことです。
    • 立ち直りを支える家庭や地域をつくる。そのためには、一部の人たちだけでなく、地域のすべての人たちがそれぞれの立場で関わっていく必要があります。“社会を明るくする運動”では、犯罪や非行のない地域をつくるために、一人ひとりが考え、参加するきっかけをつくることを目指しています。
  • あなたもできることから始めてみませんか
    • “社会を明るくする運動”では、街頭広報、ポスターの掲出、新聞やテレビ等の広報活動に加えて、だれでも参加できるさまざまな催しを行っています。イベントに参加したり、このホームページを見たりしたことなどをきっかけにして、犯罪や非行のない安全で安心な暮らしをかなえるためいま何が求められているのか、そして、自分には何ができるのかを、みなさんで考えてみませんか。
▼「この運動において力を入れて取り組むこと」の例
  1. 犯罪や非行をした人の立ち直りを支え、再犯を防止することの大切さや、更生保護の活動について、デジタルツールも活用するなどして、広く周知し、理解を深めてもらうための取組
    • 犯罪や非行をした人たちが社会復帰をするためには、地域社会において彼ら彼女らが孤立することのないよう、その立ち直りを支えていくことが大切です。そのことが再犯を防止し、新たな被害者を生まない、安全・安心な地域社会作りにつながります。
    • 立ち直りを支えるため、国や地方公共団体においては再犯の防止等に関する各種施策が行われ、また、民間においても、更生保護ボランティア等による多様な活動が行われています。施策や活動の内容を広く知ってもらい、理解を深めてもらうことは、地域全体で立ち直りを支える大きなチカラにつながります。
    • 私たちは、本運動を通じて、様々な広報媒体や広報手法を用いて情報の発信に努め、人から人へ、立ち直りを支えることの大切さが広く伝わっていくように努めていきます。
      1. 一人ひとりにできる、再犯防止や更生保護の活動を知る関わりの例
        • 再犯防止や更生保護について、SNS等で発信された情報をフォローする
          • 例)法務省Twitter・法務省保護局Twitter・法務省保護局Instagramのフォロー、更生保護ボランティアに関するメッセージ動画の拡散
        • 再犯防止や更生保護をテーマとしたシンポジウムへの参加やオンライン上でのライブ配信を視聴する
          • 例)再犯防止、就労・住居の支援、福祉支援、依存症からの回復支援等をテーマとしたシンポジウムへの参加、ライブ配信の視聴
        • “社会を明るくする運動”に関係する各種イベントに参加する
          • 例)街頭広報活動、ミニ集会、住民集会、公開ケース研究会等への参加
  2. 犯罪や非行の防止や、犯罪や非行をした人の立ち直りには様々な協力の方法があることを示し、多くの人に協力者として気軽に参加してもらうための取組
    • 犯罪や非行を防止する、犯罪や非行からの立ち直りを支援する、というと、難しく聞こえるかもしれません。また、「犯罪や非行をした人」という言葉からは、怖い、どう接したらよいか分からない、といったイメージを持たれることもありますし、関わりといっても、何をしたらよいか分からないという人もいるかもしれません。
    • しかし、協力の方法は様々です。例えば、身近なところでは、地域に孤立していそうな人がいたら、挨拶をしてみること。そのことが、孤立を少しでも防ぎ、ひいては犯罪に陥ることを防ぐことにつながるかもしれません。様々な人が、自分にできることで支え手となり、それが層のように重なれば、大きく豊かな運動となります。
    • 私たちは、本運動を通じて、犯罪や非行の防止と犯罪や非行からの立ち直りに理解を示してくれる人たちに、多様な関わり方の例を示し、多くの協力者を巻き込んだ運動となるように努めていきます。
      1. 見守りとしての関わりの例
        • 地域にいる、犯罪や非行から立ち直ろうとしている人に対し、偏見を持たず、温かい視線で見守る
        • 地域で孤立していそうな人がいたら、声を掛けてみる
      2. 資金や物資面での関わりの例
        • 犯罪や非行をした人の立ち直りを支援する事業のクラウドファンディングに協力してみる
        • 犯罪や非行をした人が関わるソーシャルファームの作る農作物を購入してみる
        • 立ち直り応援基金へ寄附をする
      3. 各種行事への関わりの例
        • 犯罪や非行の防止や立ち直りを支援するイベントにサポートスタッフとして関わる
  3. 保護司、更生保護女性会会員、BBS会員、協力雇用主等の更生保護ボランティアの活動を支援し、なり手を増やすための取組
    • 犯罪や非行をした人は、刑務所での刑を終えるなどした後、再び地域に戻り、地域において再出発を図ります。その人たちに対し、同じ地域社会の一員として、彼ら彼女らを支える多くの更生保護ボランティアが存在します。保護司、更生保護女性会会員、BBS会員、協力雇用主等、民間の立場から関わる更生保護ボランティアが地道な活動を積み重ねているからこそ、地域社会における、息の長い支援が形作られているのです。
    • しかし、日本では、社会の変動により、少子高齢化や地域社会における人間関係の希薄化が進み、保護司を始めとするボランティアが減少傾向にあり、従前のような活動が難しくなってきています。
    • 私たちは、本運動を通じて、更生保護ボランティアの様々な活動を広報し、それを体験する機会を提供したり、更生保護の各種イベントを行う際に広く市民からサポートスタッフを募集したり、更生保護ボランティアになるための方法を広く周知するためのセミナーを行ったりして、更生保護ボランティアのなり手を増やし、活動を発展させていくことができるよう努めていきます
      1. 一人ひとりにできる、更生保護ボランティアの活動を発展させるための関わりの例
        • 更生保護ボランティアの活動を体験する
          • 例)保護司活動インターンシップへの参加、“社会を明るくする運動”各種イベントへの参加、保護観察所への問合せ
        • 更生保護ボランティアになるための方法を知る
          • 例)保護司セミナーへの参加、“社会を明るくする運動”各種イベントへの参加、法務省ホームページ・保護局公式Twitter等の閲覧、保護観察所への問合せ
  4. 民間協力者と地方公共団体と国との連携を強化しつつ、犯罪や非行をした人が、仕事、住居、教育、保健医療・福祉サービスなどに関し必要な支援を受けやすくするためのネットワークをつくる取組
    • 犯罪や非行をした人たちの中には、その背景に、虐待、貧困、ホームレス、学習機会の不足、高齢・障害、依存など様々な「生きづらさ」を抱えている人たちが少なくありません。また、一人の人が複数の生きづらさを抱え、制度を利用して支援を受けたいけれども、制度と制度の狭間に陥り、適切な支援を受ける機会を逸しているということもあります。
    • その人たちの立ち直りを支えるには、農福連携のように、異なる立場や分野の支援者が互いに手を携えてネットワークを作り、そのネットワーク全体で生きづらさを解消していく必要があります。
    • 私たちは、本運動を通じて、犯罪や非行をした人たちの立ち直りを息長く支えるネットワークを作るための取組を展開していきます。
    • ネットワーク作りの例
      • “社会を明るくする運動”推進委員会の構成機関・団体に、様々な立場や分野の機関・団体に加入していただく
      • “社会を明るくする運動”関連のポスターや広報資材を、幅広い機関・団体に掲出していただく
      • 就労、住居、教育、保健医療・福祉サービス(農福連携を含む。)を担当する機関や、様々な「生きづらさ」を抱えている人への支援を行う団体と、更生保護の関係機関・団体が、それぞれの分野に携わる人に参加を促しながら、犯罪や非行からの立ち直りに関するシンポジウムその他のイベント等を実施する
  5. 犯罪や非行が起こらないよう、若い人たちの健やかな成長を期する取組
    • 近年、地域の人間関係の希薄化が進み、地域全体で若い人たちを見守る機会の減少や、子育て世帯の孤立による児童虐待、コミュニケーションの不足による孤立等を背景に、様々な社会のひずみへとつながり、そのことが、若い人たちの健やかな成長を阻み、非行や犯罪につながっていることが考えられます。
    • 私たちは、本運動を通じて、若い人たちの健やかな成長を期する取組を行い、その取組に多くの人々に参加していただけるよう、呼びかけに努めていきます。
      1. 若い人たちの健やかな成長を期する取組への関わりの例
        • 学校や地域で行われる非行防止集会に参加する
        • 大学で行われる非行防止のためのワークショップに参加する
        • “社会を明るくする運動”に関係する各種イベントに参加する
      2. 子育て世帯支援への関わりの例
        • 更生保護女性会が行う子育て支援教室に参加する

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

金融庁が「マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題」(2023年6月)を公表しています。前回は2022年3月に公表されましたが、そこから、新たな社会情勢の変化、組織犯罪の動向等をふまえ、内容的にも最新の事例や特定事業者の取り組みが紹介されるなど、実務にとって大変参考になるものとなっています。本書の「はじめに」において、以下のような指摘がされていますが、これはそのまま本コラムの問題意識と重なるものです。

  • 一般に、「マネー・ローンダリング対策」や「テロ資金供与対策」、「拡散金融対策」と言うと、海外の犯罪者や犯罪者集団による巨額の資金洗浄や国外のテロリスト等への資金供与など、自分や日本にとって縁遠いものと捉えられている場合がある。だが、我が国においても、強盗や特殊詐欺などをはじめとする日本で発生している犯罪において、マネー・ローンダリングが密接に関係している。犯人らは、犯罪から得た資金を、預貯金口座に集約したり、暗号資産に変換したりするなどして被害金の行方を不透明にしている例が数多く確認されており、これらは組織的に行われていることが多い。また、近年日本でも相次ぐサイバー犯罪やフィッシング等の増加、弾道ミサイルの発射を重ねる北朝鮮の動向等も勘案すれば、日本の金融機関は絶えず様々なマネー・ローンダリング等のリスクにさらされているといえよう。
  • 犯罪者・犯罪組織等によるマネー・ローンダリングが日本国内外の深刻な組織犯罪等を支えているのであり、日本の金融セクターにとって、不正な資金の流れを止め、政府や法執行機関と連携して金融犯罪対策に取り組むことは最重要課題の1つであるとともに、日本の金融機関の使命・コンプライアンスの中核をなすものだと考えられる。
  • マネロン対策等は、一ヶ国、一当局、一金融機関で完結するものではなく、業態・官民を超えた議論・取組が必要である。不正な資金の流れを止めるため、官民一体となったマネロン対策等の高度化が求められている。マネロン対策等に係る取組は、世界や社会の脅威となっている犯罪組織等の抑止に資するとともに、近い将来、実施予定のFATF第5次対日相互審査において、我が国のマネロン対策等に係る取組や成果を示す上でも必要不可欠である。

以下、本書から筆者の考えて重要と思われる部分を抜粋して引用します。いずれも実務において大変参考になるものと考えます。

▼金融庁 「マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題」(2023年6月)の公表について
▼「マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題」(2023年6月)
  • 我が国においては、暴力団によるマネロンがとりわけ大きな脅威として存在しており、2021年中のマネロン事犯の検挙件数の10.1%を暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者が占めている。暴力団は、時代の変化に応じて様々な資金獲得犯罪を行っており、覚醒剤の密売、賭博、恐喝、強盗、窃盗等に加え、特殊詐欺やコロナに関連した給付金等の不正受給事犯等の資金獲得犯罪への関与も確認されている。暴力団は、不正に獲得した資金を押収される事態を回避するため、マネロンを行い、個別の資金獲得活動とその成果である資金との関係を不透明化している実態がある。このほか、近年、暴力団のような明確な組織構造は有しないものの、集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行っている準暴力団と呼ばれる集団が、特殊詐欺、組織窃盗等の違法な資金獲得活動を活性化させており、暴力団と準暴力団が結託するなどして規制を逃れつつ、巧みに資金を獲得している状況がみられる。
  • 特殊詐欺については、近年我が国での認知件数と被害額が高い水準にある。特殊詐欺の犯行グループは、首謀者を中心に、だまし役、詐取金引出役、犯行ツール調達役等の役割を分担した上で、預貯金口座、携帯電話、電話転送サービス等の各種ツールを巧妙に悪用し、組織的に詐欺を敢行するとともに、詐取金の振込先として架空・他人名義の口座を利用するなどし、マネロンを敢行している。また、外国の犯行拠点の存在が表面化するなどしている。
  • 来日外国人が関与する犯罪は、メンバーの出身国に存在する別の犯罪グループの指示を受けて国内で犯罪を敢行するなど、その人的ネットワークや犯行態様等が一国内のみで完結せず、国境を越えて役割が分担されることがあり、巧妙化・潜在化する傾向を有する。2021年中のマネロン事犯の検挙件数のうち、来日外国人によるものは91件で、全体の14.4%を占めた。2019年から2021年までの間の組織的犯罪処罰法に係るマネロン事犯の国籍等別の検挙件数では、中国及びベトナムが多く、特に中国が全体の半数近くを占めている
  • また、帰国した外国人の口座を、解約手続等の措置を執ることなく利用し、詐欺や窃盗等の犯罪収益が入金される事例が後を絶たず、来日外国人の口座譲渡によりマネロンの敢行が助長されていることに注意を払う必要がある。国籍等別に犯罪収益移転防止法違反の検挙件数をみると、日本が最も多いものの、我が国の在留外国人数に比して、外国人が関与した口座譲渡に係る犯罪の検挙が目立っていることに留意する必要がある。
  1. 特殊詐欺をはじめとした詐欺等の犯罪
    • 近年、我が国においては、特殊詐欺が多発している。特殊詐欺とは、被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ、指定した預貯金口座への振込みその他の方法により、不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪(現金を脅し取る恐喝及びキャッシュカード詐欺盗を含む。)の総称である。以前は、親族、警察官、弁護士等を装い、親族が起こした事件・事故に対する示談金等を名目に金銭等をだまし取る(脅し取る)オレオレ詐欺と称される手口が主流だったが、現在では、
      • 税金還付等に必要な手続きを装って被害者にATMを自ら操作させ、口座間送金により財産上の不法な利益を得る、「還付金詐欺」
      • 未払いの料金があるなど架空の事実を口実として金銭等を脅し取る、「架空料金請求詐欺」
      • 親族・警察官・銀行協会職員等を名乗り、キャッシュカード交換手続きを装って通帳などをだまし取る、「預貯金詐欺」
      • 警察官や銀行協会職員等になりすました犯人が自宅を訪れ、被害者が目を離している隙に、キャッシュカードをすり替えるなどして盗み取る、「キャッシュカード詐欺盗」

      などの手口が増加しており、詐欺の手法も多種多様になっている。

    • 特殊詐欺等の犯罪者グループ等は、いわゆる「架け子」、「受け子」、「出し子」、「現金回収・運搬役」、「リクルーター」等のように、役割分担を細分化させており、そのネットワークを海外にまで広げているケースもみられる。
    • さらに、犯罪者グループ等に対し、自己名義の口座や偽造した本人確認書類を悪用するなどして開設した架空・他人名義の口座を遊興費や生活費欲しさから安易に譲り渡す者や帰国前の在留外国人が自分の口座を不正に譲渡する等の事例が確認されているほか、最近では、詐取した資金を預貯金口座から不正に譲渡された他人の暗号資産アカウントに送金する事例も確認されている。このような不正な預貯金口座や暗号資産アカウントを利用して、詐欺で得た被害金を次々と移転させ、マネロンを敢行している。
    • 一時減少していた特殊詐欺の認知件数・被害額は、コロナの流行が落ち着きをみせたこと等もあり、2022年には再び増加しており、2022年の被害額は、370.8億円にのぼっている。特殊詐欺被害者の大部分は65歳以上の高齢者となっているが、架空請求詐欺などにおいては、30~40代の被害も増加している。
  2. デジタル技術を活用した取引時確認手法(e-KYC)におけるリスク
    • e-KYC(electronic Know Your Customer)とは、オンラインで完結する本人特定事項の確認方法の通称であり、2018年11月の犯罪収益移転防止法施行規則の改正・施行により、同規則第6条第1項第1号ホからトなどの方式が新たに認められた。近年、金融機関では、顧客から写真付き本人確認書類の画像と本人の容貌の画像の送信を受ける方法(同号ホ)が多く用いられている。なお、金融機関が、e-KYCを実施するに当たっては、申し込みのあった顧客について本人であることの確認や本人確認書類の精査等の本人確認手続の一部を、1件当たり数百円などの単価で他の企業に委託していることが一般的である。
    • しかしながら、金融機関が、当該e-KYC業務の委託先に対して、適切な研修や指導を実施しなかった場合や、本人確認手続の一部を受託した事業者が適切な確認作業を実施していない場合、委託先におけるe-KYC業務が適切に実施されず、適切な取引時確認がなされないリスクがある。
    • また実際に、金融機関の顧客が、e-KYCにおいて偽造した運転免許証等を用いて口座を開設しようとした事例も発生している。偽造した本人確認書類等で作成された口座は、特殊詐欺の犯行グループ等により、マネロン等に悪用されるおそれがある。
    • このような点を踏まえ、金融機関においては、e-KYCを他の企業に委託している場合には、e-KYCが法令等に基づき適切に実施されることを確保するため、委託先の定期的なモニタリングや最近の検証実績の確認、e-KYCの悪用事例を踏まえた検証態勢の高度化の検討等の措置を講じることが重要である。
    • また、e-KYCを利用するに当たっては、偽造本人確認書類を検知できるよう適切な検証機能を整備し、不正な口座開設申請を検知した場合には、警察庁への通報や疑わしい取引の届出を行うことが必要である。利用するe-KYCの手法についても、利用者の真正性がより確認しやすいマイナンバーカード等に搭載されている公的個人認証機能による本人確認方法(犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1項第1号ワ)等を検討することも考えられる。
  3. 暗号資産を使ったマネロン・テロ資金供与・拡散金融
    • 我が国においては、2016年に資金決済に関する法律(以下、「資金決済法」という。)及び犯罪収益移転防止法が改正され、暗号資産に関する法整備が行われた(2017年4月施行)。2021年4月時点で、暗号資産に関する法規制を導入(あるいは法規制で暗号資産の取扱いを禁止)しているのは58の国・地域にとどまるとされている。海外の事業者の中には、日本の居住者に対して、無登録で暗号資産の交換等を業として行う者も見受けられ、こうした事業者に対し、金融庁として警告書を発出している。
    • このほか、暗号資産については、特に高額の暗号資産の現金化に際しては金融機関の関与が欠かせない実態はあるものの、一般的には、法定通貨による取引のように、金融機関による仲介がなくとも取引が完了し得ることから、テロリストやテロ支援者、経済制裁対象者等が、暗号資産を経済制裁の回避手段として悪用している可能性がある。また、こうした仲介者を介さない暗号資産の移転については、その規模の実態把握が困難であることも指摘されている。海外では、ツイッターで暗号資産ウォレットアドレスを周知することで、ISIL(Islamic State of Iraq and the Levant)に対する暗号資産の移転を匿名で呼びかける事例や、シリアへの渡航を企図するISIL支持者に対し渡航資金を援助する方法を提供した事例も確認されている。
    • なお、暗号資産に係る不公正取引については、各国で法規制当局による執行事例が増えるとともに、各国マーケットにおける課題も確認されている。
    • マネロン対策等の国際基準の策定を担うFATFでは、2019年に暗号資産に関するFATF基準を最終化した後、2021年に基準実施の目線となるガイダンスを改訂し、現在、(1)FATF基準の各法域での実施状況とその促進策、(2)暗号資産に関する通知義務(いわゆるトラベルルール。以下、「トラベルルール」という。)の実施状況と効果的な実施に向けた課題、(3)新たなリスクへの対応(分散型金融(Decentralized Finance:以下、「DeFi」という。)、P2P(Peer to Peer)取引を含むアンホステッド・ウォレット、非代替性トークン(Non-Fungible Token:以下、「NFT」という。)等)、(4)拡大するリスクへの対応(北朝鮮による暗号資産の窃取・悪用、テロリストによる暗号資産の利用等)などのテーマについて議論を行っている。
    • 我が国が議長国を務める2023年5月のG7財務大臣・中央銀行総裁会議の共同声明では、同年4月に当庁ホストにより開催されたFATFの暗号資産コンタクト・グループ(Virtual Assets Contact Group。以下、「VACG」という。)東京会合での議論等も経て、トラベルルールを含むFATF基準のグローバルな実施を加速するための作業、並びに、DeFi及びP2P取引も含む新たなリスクに関する作業についても支持が表明されている。また、2023年2月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議の成果文書においても、トラベルルールを含む、FATF基準のグローバルな実施の必要性が指摘されている。
  • コラム 【暗号資産関連のマネロン等リスクの傾向】
    • 2023年6月にFATFは「暗号資産:FATF基準の実施状況についての報告書」(原題「Virtual Assets: Targeted Update on Implementation of the FATF Standards」)を公表した。今年で、2019 年の FATF 基準の最終化から 4 年経過し、一部の法域は暗号資産(Virtual Asset:以下、「VA」という。)及び暗号資産交換業者(Virtual Asset Service Provider:以下、「VASP」という。)に関する規制を導入しているものの、世界的な実施状況は比較的芳しくなく、基準の履行は他のほとんどの金融セクターに遅れをとっている、と危機感が示されている。報告書での指摘事項は下記のとおり。
      • 各法域はFATF基準の基本的な充足に苦慮しており、2023年3月に実施した調査に回答した151の法域のうち、3分の1以上がリスク評価を実施しておらず、また、相互審査報告書及びフォローアップ報告書の結果によれば、審査対象となった法域のうち73%の法域が適切なリスク評価を実施していない。
      • 調査回答法域のほぼ3分の1は、VASPセクターを規制するかどうか、またどのように規制するかをまだ決めていない。
      • 回答法域の60%がVA及び暗号資産交換業を許可すると決定している一方、11%がVASPを禁止することにしたと報告しているものの、相互審査報告書とフォローアップ報告書の結果によると、VASPを効果的に禁止することは困難であり、このアプローチを採用している法域のうち1つだけが、FATF基準の要求事項をほぼ履行している。
      • トラベルルールについては、調査の回答法域の半数以上がトラベルルールの実施に向けた措置を講じていないなど、実施は依然不十分である。
      • トラベルルール・ソリューションツールは相応の数が存在し、一部の法域のVASPで利用が開始されているものの、FATF基準のトラベルルール要件を全て満たしたツールはほとんどなく、ツール間の相互互換性にも課題が残る
      • 北朝鮮によるランサムウエア攻撃や制裁逃れを含む不正な暗号資産関連活動が大量破壊兵器拡散の資金調達にもたらす脅威について、深刻な懸念が示されている。ISIL、アルカイダ、過激派右翼グループによる資金調達など、暗号資産は、テロ資金供与リスクの増大ももたらしている。
      • DeFiやP2P取引を含むアンホステッド・ウォレットについては、VAエコシステム全体の一部分ではあるが、制裁対象者による乱用を含め、マネロン等のリスクをもたらす。これらのリスクを低減するうえでの課題として、DeFiアレンジメントにおけるVASPの義務に責任を負う具体的な自然人又は法人の特定、P2P取引を含むアンホステッド・ウォレット取引に関連する不正金融リスクの評価、データギャップの解消などが挙げられている。VAエコシステムが発展し、VASPがAML/CFTのための統制を導入していくにつれ、DeFi及びP2P取引がもたらすリスクは増大する可能性がある。これは、暗号資産が広く受容され、法定通貨に換金することなしに支払いに使われることがより一般的になることで、より課題となる。
    • 今後の取組として、FATFは、勧告15の実施を改善するため、2024年6月までのロードマップを2023年2月に採択し、また、勧告15への準拠を促すため、引き続きアウトリーチを実施し、キャパシティの乏しい法域に支援を提供するとした。加えて、FATFは、DeFi及びP2P取引を含むアンホステッド・ウォレットに関する知見、経験及び課題を引き続き共有し、FATFの更なる作業が必要となり得る進展がないか、この分野における市場動向を監視してゆく。
    • 上記の作業も踏まえ、FATFは、各法域における勧告実施の進捗と、DeFiやP2P取引などの新たなリスクへの対応に関して、2024年に報告書を作成予定である。
  • コラム【ランサムウエアによる不正資金調達への対策に関するFATF報告書】
    • 2023年3月、FATFは、犯罪者がランサムウエア攻撃を実行するための手法と身代金の資金洗浄手法について分析した報告書を公表した。
    • 同報告書によると、ランサムウエア攻撃に関連する資金移転は、近年世界規模で急激に拡大している。業界による推計では、ランサムウエア攻撃による2020年と2021年の身代金支払額は2019年と比較して最大4倍増となっている。ランサムウエア攻撃の支払い及び後続する資金洗浄のほとんどで暗号資産が利用されており、近年では、匿名性を強化する技術(匿名性を高めた暗号資産や、ミキサー等)の利用も増えている。
    • 同報告書にて、FATFは、各法域での好事例とともに、各法域に対し、暗号資産交換業者に関するものを含むFATF基準の実施、及び検知の向上、捜査及び財産回復の取組の推進、サイバーセキュリティ当局やデータ保護当局なども含めた、幅広い当局間の協力、民間セクターとの連携の支援、国際協力の強化を推奨している。
    • FATFはまた、ランサムウエアに関連する疑わしい取引の検知を向上させることを目的として、各法域から収集した経験・データを基に、下記のとおり、潜在的リスク指標を取りまとめ、同報告書の付属文書として公表している。

<ランサムウエアによる不正資金調達を検知するための潜在的リスク指標>

  • 銀行及びその他の金融機関・送金機関による、ランサムウエア被害者の支払いの特定
    • ランサムウエア復旧を扱うサイバーセキュリティコンサルティング企業又はインシデント対応企業への仕向電信送金
    • ランサムウエア復旧を扱う保険会社からの通常と異なる被仕向電信送金
    • 顧客によるランサムウエア攻撃又は支払いに関する自己報告
    • 顧客へのランサムウエア攻撃に関するオープンソース情報
    • 同一の銀行口座からVASPの複数の口座への大量の取引
    • 支払明細に「身代金」などの語句やランサムウェアグループの名前が含まれる
    • リスクの高い国・地域にあるVASPに対する支払い
  • VASPによるランサムウエア被害者の支払いの特定
    • インシデント対応企業又は保険会社による、第三者の代理での暗号資産購入の依頼
    • 顧客が身代金支払いのために暗号資産を購入しているとVASPに申告する
    • 暗号資産取引の履歴のないユーザーによる標準的なビジネス慣行以外の送金
    • 顧客が口座の限度額を引き上げて第三者に送金する
    • 顧客が支払いにかかる時間について不安や焦りを感じているようである
    • 匿名性を強化した暗号通貨の購入あるいは関連する取引
    • リスクの高い国・地域にあるVASPに対する支払い
    • 新規顧客が暗号資産を購入し、口座の残高全額を単一のアドレスに送金する
  • VASPによる身代金の支払い受領・ランサムウエア犯罪口座の特定
    • 最初の大規模な暗号資産移転後に、顧客がデジタル通貨の取引をほとんど、あるいはまったく行っていない
    • ウォレットアドレスのブロックチェーン分析によりランサムウエアとのつながりが判明する
    • 暗号資産への資金の変換後、即時の引き出し
    • ランサムウエアに関係のあるウォレットへの暗号資産の送金
    • リスクの高い国・地域でのVASPの利用
    • ミキシングサービスへの暗号資産の送金
    • 暗号化されたネットワークの使用
    • 確認情報がコンピューター画面上のデータの写真である、あるいはファイル名に「WhatsApp image」などの文言が含まれる
    • 顧客のSyntaxが顧客のデモグラフィックと一致しない
    • 顧客情報により、顧客が Proton Mail や Tutanotaなどのプライバシーの高い電子メールアカウントを所有していることが示される
    • 認証情報の不整合、又は偽の身元情報での口座作成の試み
    • 複数の口座が同一の連絡先とつながっている、アドレスが異なる名前で共有されている
    • 顧客がVPNを使用しているように思われる匿名性を強化した暗号通貨に関連する取引
  1. 資金決済(収納代行)におけるリスク
    • 資金移動業者はそのビジネスモデルや規模、取引形態が様々であり、2020年の資金決済法の改正で導入された、送金金額上限のない第一種資金移動業の認可・登録が始まっているほか、2023年4月より、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座への賃金支払いが可能となっているなど、資金移動業者の可能な業務の幅も広がっている。
    • そのため、資金移動業者が直面するマネロン等リスクについても様々であり、それぞれの資金移動業者が直面するリスクに応じたマネロン対策等を講ずる必要がある。例えば、国内の少額の資金移動にとどまらず、海外送金を行っている資金移動業者においては、法制度や取引システムの異なる外国へ犯罪収益が移転されて追跡が困難になるといった海外送金に共通するリスクに直面している。また、代理店利用がある資金移動業者においては、代理店における不適切な本人確認によるリスクに直面している可能性がある。
    • 海外送金サービスを提供する資金移動業者に口座を提供する銀行においては、顧客である資金移動業者が国内拠点と海外拠点との間で複数の小口送金取引を取りまとめて決済(いわゆるバルク送金取引。以下、「バルク送金」という。)を行っている場合、小口送金の実態は国境を跨ぐ資金決済でありながら、バルク送金の中に含まれる個々の送金人や受取人に関する情報が不透明となるリスクがある。
    • 資金移動業者と口座を提供する銀行との間で、お互いのマネロン対策等の実施状況を確認し合うとともに、マネロン等が疑われる資金決済が行われたり、制裁対象者等への支払い等が含まれたりすることのないよう、リスクに応じた対応を講じることが重要となる。
  2. サイバー犯罪(フィッシング詐欺、ランサムウェア等)
    • 近年、デジタル化の進展等に伴い、サイバー空間の公共空間化が加速する中、国内では、2022年中のサイバー犯罪の検挙件数は12,369件と過去最多を記録した。同年は、ランサムウエアによる攻撃が、サプライチェーン全体の事業活動や地域の医療提供体制に影響を及ぼす等、市民生活に大きな影響を及ぼす事案も発生し、フィッシング報告件数が増加する18中でインターネットバンキングに係る不正送金被害が一時的に急増するなど、サイバー空間をめぐる脅威は、極めて深刻な情勢が続いている。
    • また昨年から、金融機関を装って、マネロン対策等の名目で、利用者の口座の暗証番号・インターネットバンキングのログインID・パスワードや、クレジットカード/キャッシングカード番号等を不正に入手しようとするフィッシングメールも多数確認されており、金融庁で注意喚起を行なっている。
    • また、サイバー空間においては、各種機器のぜい弱性の探索行為等が確認されている。警察庁が検知したこれらのアクセス件数は、1日1IPアドレス当たり7,707.9件と、継続して高水準で推移している。これらのアクセスのほとんどが海外を送信元とするものであり、海外からのサイバー攻撃等に係る脅威が引き続き高まっていると認められる。検知したアクセスの宛先ポートに着目すると、ポート番号1024以上のポートへのアクセスが大部分を占めており、これらのアクセスの多くがぜい弱性を有するIoT機器の探索やIoT機器に対するサイバー攻撃を目的とするためのものであるとみられる。
    • このように、引き続きサイバー空間における脅威が極めて深刻である中、警察では、2022年4月に新設した警察庁サイバー警察局等が中心となり捜査・実態解明に取り組むとともに、関係省庁、民間事業者等と連携した効果的な被害防止対策を推進している。金融庁も、業界団体との意見交換会において、フィッシング詐欺対策の検討・実施を要請するとともに、警察庁サイバー警察局等と連携し金融業界に対しフィッシング詐欺等に係る注意喚起を行ったほか、警察庁や一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター(JC3)と連携し、各業界団体を通じ、金融機関に対してフィッシング詐欺対策の推進を要請した。金融庁は引き続き関係省庁及び関係団体と連携し、サイバー空間に実空間と変わらぬ安全・安心を確保すべく努めている。
  3. テロ資金供与リスク
    • 欧米諸国をはじめとし、世界各地でテロ事件が発生し、2021年8月にはアフガニスタンにおいてタリバンが政権樹立を宣言する等、国際的なテロを巡る情勢は、改善の見通せない状況が続いている。
    • 日本では、現時点で、国連安保理決議を受けた資産凍結等の措置の対象者に日本人や我が国に居住している者はおらず、幸いにも、現在まで、日本国内において、国連安保理が指定するテロリスト等によるテロ行為は確認されていない。しかしながら、過去には、殺人、爆弾テロ未遂等の罪で国際刑事警察機構を通じ国際手配されていた者が、不法に我が国への入出国を繰り返していたことも判明しており、過激思想を介して緩やかにつながるイスラム過激組織のネットワークが我が国にも及んでいる可能性がある。また、我が国にもISILを支持したり、ISILのプロパガンダに共鳴したりする者がいるほか、ISILに戦闘員として加わるため、シリアへの渡航を企てた疑いのある者が把握されている。
    • FATFが2019年に公表したレポートでも、「国内でテロやテロ資金供与の事例がない場合であっても、それをもってテロ資金供与リスクが低いと直ちに結論付けることはできず、国内で資金が収集され、又は海外に送金される可能性を排除すべきではない」との指摘がなされており、日本においてもテロ資金供与リスクに十分配慮する必要があり、日本を経由した資金が海外のテロ活動に使われることがあってはならない。
    • 2021年にFATFが公表した第4次対日相互審査報告書において、我が国はテロ資金供与対策に関して、「日本のNPO等は、知らず知らずのうちに、テロ資金供与の活動に巻き込まれる危険性がある」との指摘がなされ、これを受けて、2022年6月に内閣府より「NPO法人のテロ資金供与対策のためのガイダンス」が公表されるなど、政府でも対策が進められている。
    • 金融機関においても、日頃から昨今の世界情勢やテロ資金供与の危険度が高い国・地域、取引等について情報蓄積及び分析を行うとともに、NPOが口座を開設している場合には、海外送金の有無や支援している地域や団体も踏まえ、リスクの特定・評価を行い、テロ資金供与リスクに対して、継続的かつ予防的なリスク対応を行うことが重要である。
    • なお、テロ資金供与について我が国では、公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律(以下、「テロ資金提供処罰法」という。)に基づき、タリバン・ISIL及びアルカイダ関係者等及びその他のテロリスト等に対してテロ資金の提供等が規制されているほか、外国為替及び外国貿易法(以下、「外為法」という。)、国際テロリスト等財産凍結法に基づき、国連安保理決議で指定された制裁対象者に対する取引が規制され、資産凍結等が求められている。
    • また、金融庁の「マネー・ロ-ンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」という。)では、FATF勧告等の国際的な基準を踏まえると、制裁対象者の指定に係る外務省告示等の発出前においても、国連安保理決議で経済制裁対象者が追加されたり、同対象者の情報が変更されたりした場合には、遅滞なく自らの制裁対象者リストを更新して顧客等の氏名等と照合するとともに、制裁対象者リストに該当する顧客等が認められる場合には、より厳格な顧客管理を行い、同名異人か本人かを見極めるなどの適切かつ慎重な対応を求めている。
  • コラム【野生動植物の違法取引に関連するマネー・ローンダリング】
    • 昨今、環境に対する世界的な関心が高まっているところ、環境犯罪を助長する資金の流れや洗浄手法等に対する認識向上を目的として、2020年6月にFATFは「マネー・ローンダリングと違法野生生物取引」(原題「Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade」)、2021年6月には「環境犯罪にかかるマネー・ローンダリング」(原題「Money Laundering from Environmental Crime」)を公表した。
    • 警察庁によれば、我が国では、国内における環境事犯としては、廃棄物事犯、動物・鳥獣関係事犯等があり、2020(令和2)年から2022(令和4)年までの間における環境事犯の検挙事件数は次のとおりである(省略)。
    • 我が国においても、FATFや国際的な議論を踏まえ、環境犯罪をリスクと認識して対応することが必要であり、国際的に希少な野生動植物・森林資源・鉱物に関する取引や廃棄物投棄等に関係した取引等を前提としている場合等には、マネロンのリスクを意識した対応を行うことが必要である。金融機関として気を付けるべきは、貿易決済に関する送金を取り扱う場合の注意事項と同様に、顧客の職業やビジネスの内容と送金の送付先、裏付けとなる商取引に不自然なものがないか、取引されているモノが野生動物や希少動物、もしくは象牙といったものでないかという確認をするなどのリスクの特定・評価を行い、リスクに応じて、必要な場合には、更なる深掘り調査をするということがリスクベースの対応であると言える。
  1. 地政学リスク(含む大量破壊兵器に関する拡散金融リスク)
    • マネロン及びテロ資金供与リスクのほかにも、拡散金融(核兵器をはじめとした大量破壊兵器等の製造・取得・輸送などに係る活動への資金提供)に係るリスクに対しても十分に対策を講じる必要がある。我が国においては、拡散金融について、国際テロリストと同様に、国連安保理決議等により指定される大量破壊兵器に関連する活動に関与する者に対し、外為法等に基づく資産凍結等措置をはじめとする制裁措置が実施されている。
    • 特に、北朝鮮については、2023年4月に公表された国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書において、引き続き北朝鮮による制裁違反・回避が疑われる事例及びその詳細な手法が報告されている。同報告書では、2022年に北朝鮮が暗号資産関連企業及び暗号資産取引所等へのサイバー攻撃を通じて過去最高額(10億米ドル相当以上(窃取時点))の暗号資産を取得した旨などが指摘されている。同様に、2020年4月に米国連邦政府関係省庁が合同で公表した、北朝鮮によるサイバー攻撃に関するガイダンスにおいても、北朝鮮が、企業・金融機関・中央銀行・暗号資産関連事業者等へのサイバー攻撃により不法にドル資産等を取得していることを注意喚起している。
    • 金融機関においては、北朝鮮等の拡散金融に係る制裁対象者が関与する取引を無為に行わないよう適切な確認・検証態勢を整備するとともに、取引がある場合には適切に資産凍結等の措置を講ずる必要がある。また、テロ資金供与対策と同様に、拡散金融に係る制裁対象者についても、日頃から、公表後遅滞なく自らの制裁対象者リストを更新して、より厳格な顧客管理を行うなど、対応を確実に実施することが必要である。
    • 我が国を含む各国は金融制裁や輸出入禁止措置等を課しており、日本においては、プーチン大統領を含むロシア政府関係者、ロシアの財閥であるオリガルヒ等に対する資産凍結等の制裁、ロシアの主要金融機関等に対する国内資産の凍結、国際的な合意に基づく規制リスト品目や半導体など汎用品、ロシアの産業基盤強化に資する物品等の輸出禁止措置等を実施している。
    • なお、我が国における、ロシアによるウクライナ侵略を受けた金融制裁については、閣議了解に基づき、外為法に基づく種々の経済制裁による諸般の義務の遵守が要請されている。また、外為法に基づく支払規制及び資本取引規制をより一層効果的なものとするため、2022 年4月の同法改正により暗号資産に関する取引が資本取引規制の対象とされ、暗号資産交換業者に資産凍結措置に係る確認義務を課す等の措置も講じられている。
    • FATFにおいても、2022年3月より、ロシアを非難する声明の発出や、加盟国としての権利制限を段階的に行ってきたが、2023年2月の総会において、「ロシアに対するFATF声明(原題:FATF Statement on Russian Federation)」が採択され、ロシアによるウクライナ侵略に対する重大な懸念を表明するとともに、ロシアのFATFメンバーシップの完全停止が決定された。なお、ロシアは、従来どおりFATF勧告の遵守義務を負い、FATF型地域体であるEAG(Eurasian Group on Combating Money Laundering)メンバーにはとどまっている。FATFメンバー国には、引き続き、ロシアによるウクライナ侵略における国際金融システムへの脅威に十分警戒することが求められている。
    • ロシアによるウクライナ侵略に係る情勢については、予断を許さない状況が続くが、金融庁としては、これまでと同様に、関係当局や業界団体等と連携し、マネロン等リスクに与える影響を勘案し、リスクに応じた対応に取り組んでいく。
    • 金融機関においては、自ら又は他の金融機関を通じて暗号資産を含む海外送金等を行う場合に、これら外為法をはじめとする海外送金等に係る国内外の法規制等に則り必要な措置を講ずることはもとより当然であり、マネロン対策等と同様、日頃から制裁への対応を確実にして、追加的な制裁が発動された際には早急に必要な措置を取れるよう備えておく必要がある
  • 預金取扱金融機関
    • 継続的な顧客管理の実施に当たっては、金融機関が自らの全顧客のリスク評価を実施し、顧客の情報が不足している場合や、そのリスクに応じて最新の情報が必要な場合には、顧客にアンケート等の郵便物を送付するなどして対応している金融機関が多い。しかし、顧客からアンケート等への返信が得られないケースも散見され、取組状況に遅れが出ている金融機関も認められる。継続的な顧客管理の実施に当たっては、金融機関の顧客のリスク評価に応じた中長期的な行動計画を策定した上で、その進捗を管理しながら着実かつ丁寧に対応を進めていくことが重要となる。さらに、調査に対する顧客からの回答率を向上させる努力も重要であり、顧客における継続的な顧客管理への理解を促すための周知活動や、郵便の送付以外にも顧客属性や顧客との関係性を踏まえた回答チャネルの充実等も積極的に検討する必要がある。金融庁としては、2022 年3月公表の改訂FAQにおいて、改めて「簡素な顧客管理措置(Simplified Due Diligence:以下、「SDD」という。)」の考え方について留意点を明確化する改訂を行うなど、継続的な顧客管理に関する態勢整備を促してきているが、金融機関の顧客のリスクに応じた適切な継続的顧客管理の在り方について、金融業界の実務や課題等を勘案しながら、引き続き、必要な議論を行っていく。
    • 取引モニタリングは、疑わしい取引の届出を行うため、不自然な取引を事後的に検知するもので、職員の気付きによるものとシステムによる検知の二種類が一般的である。特にシステムによる検知については、取引パターン分析のためのルールやシナリオの有効性について検証・分析の上、抽出基準の改善を図るとともに、誤検知率を踏まえた、より有効な取引の形態、抽出基準を特定する取組の継続的な実施等が重要である。
    • 他方、取引フィルタリングは、取引を行う前に制裁対象者等の取引不可先が含まれていないかを職員の目視やシステムを使って検知する手法である。システム上、あいまい検索機能の適切な設定や国連安保理決議等で経済制裁対象者等が指定された場合の遅滞なき対応(制裁対象者指定から24時間以内にリスト照合を可能とする態勢)等が求められている。
    • なお、取引モニタリングやフィルタリングについては、誤検知率の高さやシステム費用負担等の課題から、預金取扱金融機関業界を中心に、マネロンシステムを共同化して、負担を軽減するとともに、対策を高度化できないか議論が行われている。各金融機関においては、マネロン対策等の高度化に向けて、後述する共同化の枠組みの活用も期待される。
  • 暗号資産交換業者
    • 近年発生している、特殊詐欺や不正送金等の犯罪収益についても、被害者口座からこれらの口座に詐取金を入金した後、暗号資産を購入し、即時に購入した暗号資産をどこかに出金するといった手口が多数認められる。
    • 不正利用が増加傾向にある暗号資産交換業者において、不正利用の手口の分析やそれに応じた取引モニタリングシナリオの見直しなどの不正利用対策が十分に行われていない。
  • 資金移動業者
    • 多くの事業者において、顧客リスク評価及び継続的な顧客管理に向けた実効性のある計画を策定し、対応期限内に実施することが課題である。
    • また、リスクに応じて定期的に実態把握を行うのみならず、顧客のマネロン等リスクが高まったと想定される具体的な事象が発生した場合(例えば適時開示や報道等により不芳情報に接した場合)には、顧客情報や取引内容を確認・検証し、顧客リスク評価の見直しをするなど、リスクベース・アプローチによる対応の実効性を高めることが必要である。
    • 代理店を介して取引を行っているにもかかわらず、代理店が適切に業務を実施しているかを確認していない事例や、代理店で発生した問題事案について報告を受けるのみで、代理店管理方法が実効性を有しているかについての検証や分析を実施していない事例が認められた。資金移動業者は、各代理店のリスク評価を行った上で、そのリスクに応じて管理態勢のモニタリングを実施することが課題である。なお、グローバルに展開している外資系資金移動業者の中には、母国当局からの行政処分を受け、日本を含む世界各地で代理店管理プログラムや代理店に対する監査の見直し等、代理店管理を強化する取組を行っている事業者もある。
  • 金融商品取引業者等
    • 資産運用業務においては、投資家から犯罪収益が流入するリスクや、金融商品取引業者等の投資行動を通じた経済制裁対象者等が関与している企業等に対する資金流入のリスク等が考えられる。そのため、金融商品取引業者等はマネロン対策等においては、例えば、自社による直接的投資先であれば、投資先の役員や実質的支配者について制裁対象者リストと照合することや、ファンド・オブ・ファンズを通じた投資等、運用委託先を通じた間接的投資であれば、委託先運用業者に対してマネロン等リスク管理態勢の確認を行う等の対応が考えられる。
    • 運用商品(投資信託等)の販売を委託する場合は、販売会社を通じて犯罪収益が運用商品に流入するリスクがあることから、委託先販売会社のリスクに応じたマネロン等リスク管理態勢等の適切性の継続的確認・審査を実施することが重要である。
    • 経済制裁対象者のリストと既存顧客の氏名等との照合の頻度が定期的なものにとどまり、リスト更新時の随時の照合を行っていない。
  • マネロン対策等に係る業務の共同化
    • 金融のデジタル化の進展やマネロン等の手口の巧妙化等を踏まえ、国際的にも、金融活動作業部会(FATF)において、より高い水準でのマネロン等への対応が求められており、金融機関におけるマネロン対策等の実効性の向上は、喫緊の課題となっている。一方で、各金融機関における取引モニタリング等システムの誤検知率が非常に高く、検知結果について人による再検証が必要になる等、マネロン対策等の実効性を向上させるに当たっては、特に中小金融機関にとって、システム整備や人材確保等の面で負担が大きく、単独での対応には限界があるといった課題がある。このような課題について、銀行業界を中心に、マネロン対策等に係る業務システムを共同化して負担を軽減するとともに対策を高度化できないか議論が行われてきた。こうした民間主導の取組を推進すべく、金融庁では以下のような取組を進めてきた。
      • 金融庁は、2022年6月に資金決済法を改正し、新たに為替取引分析業に許可制を導入することとした。2022事務年度は、制度の円滑な施行に向けて、関係事業者へのヒアリング等を通じて業務の実態把握等を進めた。事業者ヒアリングにおいては、金融機関のみならず、マネロン対策等関連システムを開発・提供するシステムベンダーや、AI等の先端技術を活用したデータ分析システムを研究・開発する事業者とも議論を重ね、マネロン対策等に係るデータ分析について最新の動向を把握し、分析手法等に関し知見を蓄積してきた。同時に、為替取引分析業者に対する監督上の着眼点や課題も整理し、2023年5月に同業者向け監督指針を公表するなど監督体制の整備を行った。
      • また、金融庁は、全国銀行協会が設置した「AML/CFT業務共同化に関するタスクフォース」を始め、各種研究・検討会に参加するなどして、民間主導の業務共同化の取組を支援し、又はその質の向上を促してきた。
      • 複数の金融機関で利用可能なAI等の技術を活用した共同システムの開発・実装を財政的に支援することにより我が国金融業界全体のマネロン対策等の高度化・実効性の向上を適切かつ迅速に推進させることを目的として、「マネー・ローンダリング等対策高度化推進事業」に係る経費を令和4年度第2次補正予算において措置し、2023年1月16日に補助事業者の公募を開始した。2023年3月27日には、外部有識者による審査結果を踏まえて選定した補助事業者2社を公表した
  • 警察庁等との特殊詐欺対策等に係る連携
    • 特殊詐欺等の犯罪においては、預貯金口座が犯罪の実行を容易にするツールとして使われる手口が複数確認されている57。
    • 例えば、「預貯金詐欺」や「キャッシュカード詐欺盗」においては、犯人が高齢者などからキャッシュカード等をだまし取る又は窃取したうえで、ATMで被害者の預貯金口座から不正に資金を引き出すなどの手口が確認されている。そのほか、「還付金詐欺」においては、犯人が税金還付など手続きを装って被害者にATMを操作させ、被害者口座から犯人の口座に送金をさせて不法の利益を得る手口が、また、「架空料金請求詐欺」においては、未払いの料金があるなど架空の事実を口実として被害者をだまし、被害者自らで現金を引き出して犯人に手交したり、犯人口座に送金させたりする手口が確認されている。
    • 預貯金口座は、被害者からだまし取った金銭の収受や犯罪者グループ等内での金銭の収受等に悪用されており、これには、口座の売却目的で作られ不正に譲渡された口座や、帰国する外国人等から不正に譲渡された預貯金口座等が利用されている実態がある。
    • そのため、特殊詐欺被害を防ぐためには、キャッシュカード等を犯人に悪用されている被害者の預貯金口座や取引に係る対策と、振込先として悪用されている口座への対策の双方が必要と考えられる。強盗・特殊詐欺緊急対策プランではこの双方の観点を取り入れた検討案となっており、警察庁・金融庁においては、預金取扱金融機関の業界団体等と連携して、対策の実効性や実施にあたっての課題などの具体的な検討を進めている。
    • また、預貯金口座等の悪用の背景には、偽造免許証等、不正な本人確認書類を用いて、売却目的や犯罪利用のための口座開設を行っている者の存在も確認されている。このような犯罪に対しては、犯罪収益移転防止法で定められている取引時確認における本人確認を厳格化して、悪用を防止することが考えられる。
    • この観点を踏まえ、強盗・特殊詐欺緊急対策プラン及び2023年6月9日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」においては、本人確認手法の実効性を高めるため、犯罪収益移転防止法等に基づく非対面の本人確認手法について、マイナンバーカードの公的個人認証に原則として一本化する等の対策が盛り込まれている。
  • 実質的支配者リスト制度に係る連携
    • マネロン対策等においては、法人の悪用防止のため、実質的支配者(Beneficial Owners:以下、「BO」という。)の確認が重要とされており、犯罪収益移転防止法においても、法人顧客の実質的支配者の確認が義務付けられている。
    • 2022年1月31日より、法務省により実質的支配者リスト制度(以下、「BOリスト制度」という。)が開始された。これは、全国の商業登記所が、株式会社等(利用者)が提出した自社の実質的支配者に関する情報が記載された書面(実質的支配者リスト。以下、「BOリスト」という。)を確認した上で、その写しを交付する制度である。BOリストの写しを活用することで、確認手続の円滑化が期待されるものであり、金融庁においても、法務省と連携し、所管業界への周知や制度の活用を呼び掛けている。
    • BOリストの写しについては、一部の地方銀行においては、法人(非上場株式会社)の新規口座開設の際に、口座開設を希望する顧客に依頼して、法務局での取得と銀行への提出を依頼しているなど、積極的に活用されている事例もある。BOリストの写しは、法人顧客の実質的支配者について確認を行ったことの証跡として使えるものであり、より多くの金融機関において活用されることを期待したい。
    • また、BOリスト制度については、一般社団法人金融財政事情研究会により「商業登記所における実質的支配者リスト制度の利便性向上に関する研究会」が立ち上げられ、2023年5月から議論が開始されている。全国銀行協会及び全国地方銀行協会などがメンバーとして議論に参加しているほか、法務省、財務省及び金融庁もオブザーバーとして参加し、制度の更なる活用に向けた利便性向上策について検討を行っている。
  • コラム【法人及び信託(法的取極め)の実質的支配者の透明性向上に係るFATF勧告24・25の改訂について】
    • パナマ文書の事例など、租税回避や違法な資産の隠匿のため、法人や信託(法的取極め)の悪用に対する懸念が国際的に高まるなか、FATFでは、2019年10月に、法人の実質的支配者(BO:Beneficial Ownership)の特定に際し各国が抱える共通の課題、及び対応の好事例を集めた報告書を公表した。
  1. 勧告24改訂
    • その後、2022年3月には、法人の実質的支配者の透明性を向上させる観点からFATFは、勧告24及びその解釈ノートを改訂した。2023年3月には、同勧告の実施に向けた目線であるガイダンスの改訂版を公表している。
      • <勧告24及び解釈ノート改訂のポイント>
        • 国に対し、国内法人及び当該国とsufficient linkがある外国法人のリスク評価を義務化
        • 当局が、複数の手段を用いて、法人のBOを適時に特定するメカニズムの確保を義務化(Multi-prongedアプローチ。(a)法人に対する自身のBO情報の取得・保持(カンパニー・アプローチ)、及び(b)公的組織(税当局、FIU、BOレジストリ等)によるBO情報の取得・保持又はその代替メカニズム(レジストリ・アプローチ)、を義務化したうえで、必要に応じて、(c)補足的手段(証券取引所、金融機関、DNFBPsによる情報)を活用する、といった、多面的な情報ソースに当局がアクセスしてBO情報を取得するよう求めている。)
        • BO情報に求められる要件として、十分性(BOたる自然人及びその手段・構造の特定に十分である)、正確性(他の情報源を活用して検証される)、最新性(BOに変更があった場合、合理的な期間内に更新される)を記載
        • 金融機関、DNFBPs、一般大衆により、BOレジストリー又はその代替メカニズムにアクセスできるようにすることを各国に検討するよう求めている
  2. 勧告25改訂
    • 信託(法的取極)の実質的支配者の透明性向上に関しては、2023年3月、FATFは勧告25及びその解釈ノートの改訂を公表している75。現在、同勧告の実施に向けたガイダンスの改訂作業を進めている。
      • <勧告25及び解釈ノート改訂のポイント>
        • 国に対し、(a)自国法に基づく信託、(b)受託者が自法域に居住する信託、又は、自法域が信託の管理地である信託、(c)自国と”sufficient link”がある外国信託のマネロン等リスクの評価を義務付け
        • 信託の受託者が居住する法域、又は、信託の管理地である法域に対し、受託者によるBO情報の取得・保持を義務付けるよう要請
        • 国に対し、自国法に基づく信託の類型等の開示を義務付け
        • 当局が受託者からBO情報を適時取得できる権限の確保
        • その他の当局によるBO情報の取得方法については、各国は、リスクベース・アプローチにより、必要に応じて、公的登録機関・他の関係当局(税当局等)・他の代理人(士業・金融機関等)等から1つ以上の手段を用いることを検討

本書でも厳しく指摘されていますが、暗号資産を悪用したマネー・ローンダリング事犯が増加している一方、その規制が世界的に十分でなく、犯罪を助長するような状況となっています。そもそも、暗号資産に国境があるわけではなく、最初から国や地域を超越した形で存在しているものであり、世界中でどこか1か所でも「抜け穴」があれば、その他の規制をも無力化してしまう可能性があるものだといえます。G7広島サミットでも確認されましたが(「無法な暗号資産空間に終止符を打つ」)、今後、FATFによる暗号資産の規制・監視の強化に向けた検討が進められる流れとなっています。直近でFATFが、「暗号資産:FATF基準の実施状況についての報告書」を公表していますので、以下、抜粋して引用します。

▼金融庁 金融活動作業部会(FATF)による「暗号資産:FATF基準の実施状況についての報告書」の公表について
▼暗号資産:FATF基準の実施状況についての報告書 仮訳
  • 金融活動作業部会(FATF)がマネロン・テロ資金供与対策(AML/CFT)に関する国際基準を暗号資産及び暗号資産交換業者に適用拡大してから4年が経過した。暗号資産活動の重要性と規模という点で極めて重要な暗号資産市場の一部では、AML/CFT規制が導入され、又は施行途上である。しかし、改訂後のFATF基準に照らして審査された法域の75%が一部適合又は不適合に過ぎないことは、深刻な問題である。また、金融セクターの他のほとんどの業態に履行面で遅れをとっている。なおFATFは、不備も残るものの、一部の民間セクター・プレーヤーがトラベルルール遵守ツール改善に向けて連携しており、業界のコンプライアンス向上への意欲を示していることを確認している。このような背景から、本レポートは、トラベルルールを含む暗号資産及び暗号資産交換業者に関するFATF基準の実施状況に関する4回目のレビューと、暗号資産分野における新たなリスク及び市場の動向に関する最新情報を提供する。
  • 主な調査結果
    • FATFによる暗号資産及び暗号資産交換業者に関する基準(勧告15)の採択から4年が経過し、一部の法域は規制を導入しているものの、世界的な実施状況は相対的に芳しくなく、基準の履行は他のほとんどの金融セクターに遅れをとっている。暗号資産及び暗号資産交換業者に関する基準が採択されて以来実施された、98件のFATFの相互審査報告書及びフォローアップ報告書によれば、4分の3の法域(75%、98件中73件)が、FATF基準の要求事項に対し、一部適合又は不適合である。
    • 各法域は基本的な要件を満たすことに苦慮し続けている。2023年3月に実施した勧告15の実施に関する調査での151の回答法域(2022年の回答は98)のうち、3分の1以上(151法域中52)がリスク評価を実施していない。相互審査報告書及びフォローアップ報告書の結果によれば、73%の法域(98法域中71)が適切なリスク評価を実施していない。調査回答法域のほぼ3分の1(151法域中45)は、暗号資産交換業者セクターを規制するかどうか、またどのように規制するかをまだ決めていない。回答法域の60%(151法域中90)が暗号資産及び暗号資産交換業を許可すると決定している一方、11%(151法域中16)が暗号資産交換業者を禁止することにしたと報告している。相互審査及びフォローアップの結果によると、暗号資産交換業者を効果的に禁止することは困難であり、このアプローチをとっている法域のうち1つだけが、FATF基準の要求事項にほぼ適合していると評価されている。さらに、暗号資産交換業者を禁止するという決定が、どの程度まで徹底したリスク評価の結果であるのかも不明である。
    • 複数の法域はトラベルルールの実施を十分に進めておらず、暗号資産や暗号資産交換業者は、悪用されやすい状況に置かれている。調査回答法域の半数以上(暗号資産交換業者を禁止している国を除く135法域中73)は、トラベルルールの実施に向けた措置を講じておらず、このグループには、FATFの調査に回答しなかった54法域がさらに含まれる可能性が高いため、現実にはさらに大きくなると予想される。暗号資産/暗号資産交換業者を高リスクと評価し、禁止アプローチをとらない法域の3分の2(38法域中25)は、トラベルルールを実施する法律を未だ成立させていない。調査以降、いくつかの進展があり、状況は進展している。例えば、欧州連合(EU)は、暗号資産交換業者に対する規制の枠組みを確立し、トラベルルールを実施する3法律を可決した。これにより、トラベルルールを実施するための法律または規制を可決した法域の数は58となり、2022年以降、より大きな進展があったものであるが、世界的な基準遵守は依然として満足のいくものではない。トラベルルールを導入している法域であっても、監督や執行の水準は低く、暗号資産交換業者に対して、トラベルルール遵守に重点を置いた指摘や指導・処分を発出したり、行政対応やその他の監督措置を取ったりしているのは、わずか21%(62法域中13)である
    • 現在、民間セクターは、暗号資産交換業者がトラベルルールを実施するための様々な技術的ツールを提供している。しかし、これらのツールは一般に、FATFのトラベルルール要件全てを完全に準拠しているわけではない。相互運用性はFATF基準の下でのトラベルルール実施の前提条件ではないが、トラベルルール遵守ツール間の相互運用性の向上については、昨年来、限定的な進展しかみられない。一部の法域や民間セクター・プレーヤーは、トラベルルール違反に対する法執行がこの分野の進展を後押しするために必要なステップになると考えている。
    • 最近の国連等の報告によれば、北朝鮮によるランサムウエア攻撃や制裁逃れを含む不正な暗号資産関連活動が大量破壊兵器拡散の資金調達にもたらす脅威について、深刻な懸念が示されている。この活動により、最近では弾道ミサイル(大陸間弾道ミサイルを含む)の前例のない数の発射が可能になった。資金調達の規模(2017年以降、DeFi(Decentralized Finance)アレンジメントから盗まれたものを含む、12億米ドル相当の盗まれた暗号資産)と拡散金融の深刻な結果の双方を鑑みるに、これは重大な脅威である。テロ資金調達の大部分は依然として法定通貨を使用して行われているものの、ISIL、アルカイダ、過激派右翼グループによる資金調達など、暗号資産は、テロ資金供与リスクの増大ももたらしている。
    • 暗号資産エコシステム全体の一部分ではあるが、分散型金融(DeFi)や個人間(peer-to-peer:P2P)取引を含むアンホステッド・ウォレットは、制裁対象者による乱用を含め、マネロン、テロ資金供与、拡散金融のリスクをもたらす。これらのリスクを低減するうえでの課題として、一部の法域は、DeFiアレンジメントにおける暗号資産交換業者の義務に責任を負う具体的な自然人又は法人の特定、P2P取引を含むアンホステッド・ウォレット取引に関連する不正金融リスクの評価、データギャップの解消などを挙げている。暗号資産エコシステムが発展し、暗号資産交換業者がAML/CFTのための統制を導入していくにつれ、DeFi及びP2P取引がもたらすリスクは増大する可能性がある。これは、暗号資産が広く受容され、法定通貨に換金することなしに支払いに使われることがより一般的になることで、より課題となる。暗号資産及び暗号資産交換業者に関するFATF基準の実施に加え、法域及び民間セクターの双方は、こうしたリスクを監視し、アプローチを共有し、こうしたリスクを軽減するための課題を特定する取り組みを強化すべきである。
  • 公共セクター及び民間セクターへの提言
    • 各国は暗号資産及び暗号資産交換業者に関するFATFの要求事項を実施するために迅速に行動することが肝要である。以下の提言は、本報告書の所見に基づき、各法域が早急に取るべき行動と、FATF及び暗号資産コンタクトグループ(VACG)の次のステップを明らかにするものである。
  • 公共セクターへの提言
    1. リスク評価、軽減措置、認可・登録
      • 暗号資産及び暗号資産交換業者のリスクをまだ評価していない法域は、FATFの2021年改訂ガイダンス及び暗号資産に関するコミュニティ・ワークスペースを含む利用可能なリソースを活用してリスクを特定し、特定された規制及び監督上の課題に対処するための措置を含む、リスク軽減措置を講じるべきである。
      • 暗号資産や暗号資産交換業者を許可している法域も、暗号資産交換業者を禁止している法域も、暗号資産交換業者へのモニタリング・監督と、違法な暗号資産交換業者への制裁を含むコンプライアンス違反に対する執行を、開始又は継続すべきである。
      • 暗号資産に関連するテロ資金供与及び拡散金融の脅威の増大に鑑み、各法域は、勧告15の完全な実施を確保し、その他のリスクに応じた措置(例えば、サイバーセキュリティの強化)を採用することを含め、これらのリスクを軽減するための早急な措置をとるべきである。
      • 各法域は、DeFiアレンジメントの不正金融リスクを評価し、DeFiアレンジメントが自国のAML/CFTの枠組みにどのように適合するかを検討し、DeFiアレンジメントのリスクを軽減するために、自法域の経験、事例及び残された課題をFATFのグローバル・ネットワークと共有すべきである。
      • 各法域は、P2P取引を含むアンホステッド・ウォレットに関連するリスクを評価・モニタリングし、データ収集やリスク評価の方法論・知見、リスク軽減の実践を含む経験を共有することが奨励される。
    2. トラベルルールの実施
      • トラベルルールを実施するための法律/規制をまだ導入していない法域は、早急に導入すべきである。
      • トラベルルールを導入している法域は、違反に対する効果的な監督や執行などを通じて、トラベルルールを速やかに運用すべきである。
      • 勧告16や勧告13に沿った取引相手のデューディリジェンスを促進するため、各法域は、その法域で登録又は認可されている暗号資産交換業者に関する情報を保持し、公表することが強く奨励される。
      • 法域は、全てのFATFの要求事項を満たすトラベルルール遵守ツールの採用を促進するために、暗号資産関連サービスセクターとのエンゲージメントを検討することができるだろう。これには、不足点になりうる事項を特定し、完全な遵守の重要性を印象づけるために、ツール提供者と関与することも含まれる。
  • 民間セクターへの提言
    • 暗号資産交換業者及びトラベルルール遵守ツールの提供者は以下を行うべきである。
      • トラベルルール遵守ツールがFATFの要件に完全に準拠していることを確認するため、自社のトラベルルール遵守ツールを見直し、不足点があれば速やかに対処すること。
      • ツール間の相互運用性を可能にする技術的進歩を通じて、又は、相互運用可能な一連のツールを通じて取引が行われるような関係を構築することによって、トラベルルール遵守ツールの相互運用性を世界的に向上させること。
    • 暗号資産に関連するテロ資金供与及び拡散金融の脅威が増大していることを踏まえ、民間セクター、特に暗号資産交換業者は、勧告15に沿った適切なリスクの特定及び軽減措置を確実に実施すべきであり、また、その他のリスクに応じた措置(サイバーセキュリティ対策など)を採用すべきである。
    • 民間セクターは、DeFi及びP2P取引を含むアンホステッド・ウォレットに関連するものを含め、暗号資産エコシステム全体のリスクを引き続きモニタリング・評価し、これらのリスクを軽減するための措置を講じるべきである。また、共通のリスク理解を確保するために、必要に応じて規制当局と協議すべきである。
  • 次のステップ
    • FATFにおいても、この分野の活動を継続していく。2023年2月、FATFは勧告15の実施を改善するため、2024年6月までのロードマップを採択した。FATFとその傘下の暗号資産コンタクトグループ(VACG)は、勧告15への準拠を促すため、引き続きアウトリーチを実施し、キャパシティの乏しい法域に支援を提供していく。2024年前半に、FATFは、FATF加盟国及び暗号資産関連サービスの活動が著しく重要なその他の法域が、勧告15の実施に向けたステップ(リスク評価の実施、暗号資産交換業者を規制する法律の制定、監督上の検査の実施等)を示す表を公表する予定である。加えて、FATF及びVACGは、DeFi及びP2Pを含むアンホステッド・ウォレットに関する知見、経験及び課題を引き続き共有し、FATFの更なる作業が必要となり得る進展がないか、この分野における市場動向を監視していく。

直近では、FATFは、クロアチア、カメルーン、ベトナムの3カ国を「グレーリスト(強化監視対象国・地域)」に加えると発表しています。グレーリストにはアラブ首長国連邦(UAE)、パナマ、マリなどが掲載されていますが、クロアチアはグレーリストに掲載される唯一のEU加盟国となります。FATFのラジャ・クマール議長は、クロアチアは法令順守の改善に向けた実行計画を約束しており、同国にできるだけ速やかにこの計画を実施するよう促したと述べたほか、FATFは「加盟国の全当局は、国際金融システムを保護するための対ロシア政策の回避から生じる現在および新たなリスクに警戒すべきだ」と改めて強調しています。

国内外のAML/CFTを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 特殊詐欺グループがだまし取った電子マネーを転売してマネー・ローンダリングしたとして、大阪府警は、コンサルタント会社「トリニティ」社長と男性社員を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益の仮装)の疑いで逮捕しています。この会社は自社が運営するサイトを通じて十数億円分の電子マネーを買い取っていたといい、府警が全容解明を進めています。逮捕容疑は2022年6~7月、詐取された電子マネーと知りながら、氏名不詳の者から360万円分を11回にわたって買い取り、領収書などを作成して正当な取引を装ったというものです。2人は買い取った電子マネーをチケット買い取り販売会社に転売して現金化、手数料を差し引いた分を売り主の特殊詐欺グループに渡していたとみられ、コンサル会社は2021~23年に十数億円分の電子マネーを買い取っており、このうち少なくとも約6800万円分は特殊詐欺事件による被害だったと報じられています。他の買い取り時も売り主が本人確認で提示した運転免許証は紛失や詐取されたもので、詐欺事件に関係しているとみられています。買い取られた電子マネーは「ギフトカード」で、記載された番号を元にインターネットで商品を購入でき、コンビニなどで販売されており、特殊詐欺グループが被害者をだまして購入させ、番号を聞き出す被害が全国で相次いでいます
  • 児童ポルノをSNS上で販売したとして、奈良県警は、新潟県新発田市の専門学校生の男(19)を児童買春・児童ポルノ禁止法違反(提供)とわいせつ物頒布等の疑いで逮捕しています。報道によれば、男はインターネット上で児童ポルノを収集し、それらをまとめて販売することで収入を得ていた可能性があり、送金には「ペイペイ」などの電子マネーが利用されていたといいます。銀行への振り込みなどとは異なり、相手に名前が表示されずに決済できる電子マネーが台頭していることも、手軽さを助長している要因の一つと考えられますが、一見匿名性があるように見えても、お金のやりとりは記録に残るため、実際はすぐに特定されることになります。
  • 資金移動業者ウニードスが、30上限1000万円までの国際送金業務を始めました。規制緩和で銀行以外の事業者も100万円超の高額送金が可能になり、金融庁から第1号の認可を得たものです。手数料は一律5000円で、銀行の送金手数料のほぼ半分に設定されています。同業のシースクェアも100万円超の認可を得たほか、SBIホールディングス傘下のSBIレミットなども参入を検討しているといいます。銀行が独占してきた高額送金の担い手が増え、コストも大きく下がることになります。銀行の国際送金は国際銀行間通信協会(SWIFT)のシステムを通じて決済し、複数の中継銀行を経由するため大胆なコスト削減が難しかった背景があります。
  • 中国の金融当局は7日、ネット通販大手アリババ集団傘下の金融会社アント・グループに対して、約70億元(約1400億円)の罰金を科すと発表しています。消費者保護やマネー・ローンダリング防止を怠ったほか、決済サービスなど様々な金融業務で違法行為が確認されたためだということです。当局は、ここ数年続くアントへの集中的な指導は一段落したとしています。アントはスマートフォン決済「アリペイ」で得た膨大な決済情報を元に消費者金融など様々な金融事業を展開し、急成長しましたが、従来型の金融機関ではないため、規制や監視の目が行き届かないことを金融当局は問題視していました。そのような状況において、アリババの創業者である馬雲(ジャック・マー)氏による当局批判ともとれる3年前の発言をきっかけに、アントは直後に予定していた新規株式上場(IPO)を延期、当局の指導に従い、マー氏の議決権の割合を下げたり、金融持ち株会社への移行を発表したりしました。2021年には、当局がアリババに独占禁止法違反で約182億元(約3600億円)の罰金を科しています。
  • イタリア銀行(中央銀行)は、ロシアによるウクライナ侵攻を受けたEUの対ロシア制裁の一環として、ロシアの新興財閥オリガルヒの約20億ユーロ(25億ドル)相当の資産を凍結したと発表しています。差し押さえられた資産には銀行口座、高級別荘、ヨット、自動車などが含まれているといいます。中銀のマネー・ローンダリング取り締まり部門(UIF)の年次報告によれば、凍結した資産の評価額は2023年6月30日時点の数値で、UIFの幹部は、制裁の一環として80人の個人に関連した金融資産の凍結額は約3億3000万ユーロ相当だと説明しています。ロシアのウクライナ侵攻前には、イタリアの海岸や港湾は、コモ湖やサルディニア、トスカーナ、リグリア海沿岸などの主要観光地に不動産を購入したロシアの富裕層に人気の高い滞在先でした。
  • オランダ検察当局は、パレスチナのイスラム組織ハマスの関連組織に約550万ユーロ(約8億6000万円)を送金したとして、ハーグ郊外ライツヘンダムに住む父娘を逮捕しています。EUはハマスをテロ組織に指定し制裁対象にしています。
(2)特殊詐欺を巡る動向

言うまでもなく、特殊詐欺とは、被害者に対面することなく信頼させ、不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪の総称ですが、被害額、件数ともに増加傾向にあり、特に高齢女性の被害が多いことが特徴です。一方、本コラムで継続的に紹介しているとおり、その被害を防ぐためには、地域住民からの情報提供や相談が警察による加害者の検挙可能性を高めること、地域社会に共有されることで地域の詐欺被害の防犯力の向上につながることが実感されているところです。今般、消費者庁新未来創造戦略本部国際消費者政策研究センターが、高齢者を中心に特殊詐欺等の消費者被害が発生している実態をふまえ、徳島県警察及び徳島県の協力も得て、特殊詐欺等の消費者被害経験者、被害未経験者、被害届提出者、看破者に分けて、特に被害届提出者の被害状況や心理・行動特性について分析するとともに、消費者被害の未然防止に向けた、より効果的な情報発信方法を検討することを目的として調査が行われ、その報告書が公表されています。本報告書の調査対象者は徳島県運転免許センターや県シルバー大学校等にて調査協力が得られた消費者被害経験者17名、被害未経験者389名、徳島県警察と徳島県消費者情報センターにて調査協力が得られた消費者被害の被害届提出者43名、看破者44名です。分析結果としては、(1)この5年の消費者被害未遂経験の頻度は被害経験者の方が被害未経験者に比べて多かったものの、被害届提出者と看破者とでは差がみられなかったこと、(2)被害状況については、相手が名乗った身分、最初の接触方法、相手からの説明内容については、被害届提出者と看破者で統計的に有意な差はみられなかったこと、ただし、(3)被害届提出者は看破者と比較して、固定電話の防犯機能がない者が多い傾向があり、相手との最初の接触に対してメールを送信している割合が多かったこと、また、(4)犯人からの要求に応答した理由としては、被害届提出者は看破者と比較して、一時的に支払いをする場合も含め最終的に自分にとって利益があるといった利益追求の動機づけが強い傾向があったこと、さらに、(5)被害届提出者は看破者と比較して、詐欺の手口を知らないという回答が多くみられたこと、(6)詐欺脆弱特性(詐欺に遭いやすい特性)は、被害届提出者の方が看破者に比べて高いが、被害経験者と被害未経験者では統計的に有意な差はみられなかったこと、(7)楽観性バイアス(他者に比べて自分が被害に遭う確率を低く推定する傾向が強い)と自己効力感(ある状況で自分が目標を遂行できるかどうかの認識)は、被害届提出者と看破者で統計的に有意な差はみられなかったが、被害経験者の方が被害未経験者に比べて高い傾向がみられたこと、また、(8)情報提供・相談のデメリットは、被害届提出者の方が看破者よりも高いことが明らかになっています。こうしたことから、被害届を提出した後でも、次は大丈夫という自信を持ちやすく詐欺脆弱特性は低くなりにくいことから、個人に対策を任せておくのは二次被害に繋がりかねないこと、被害届提出者の被害状況の特徴から、被害を未然に防ぐため、犯人が接触してきた時を想定して、固定電話も含めてSNSやメールの防犯機能の周知と設置の徹底とともに、メール等自分と相手以外の人物以外が介在しにくい連絡手段で見知らぬ人と接触することを避けることを広報する必要性を示唆しています。さらに、利益が得られそうな誘いの断り方や第三者に相談する際の具体的な方法を練習する機会を提供し、接触しても咄嗟に対応できる必要性、地域の被害拡大を未然に防ぐため、未遂や被害経験の情報提供や相談のデメリットの認識を改めるような広報をする必要性も示唆されています。

▼消費者庁 「特殊詐欺等の消費者被害における心理・行動特性に関する研究」プロジェクトにおけるリサーチ・ディスカッション・ペーパーの公表について
▼特殊詐欺等の消費者被害における心理・行動特性 全体版
  • 「最初の接触方法」については、被害届提出者では、「携帯電話・スマートフォン」が46.5%で最も多く、次いで「固定電話」が20.9%であり、電話での接触方法が被害者の約67%を占めていた。看破者では、「携帯電話・スマートフォン(SMS・電子メール含む)」が36.4%で最も多く、次いで「固定電話」が31.8%であり、電話での接触方法が看破者の約68.2%を占めていた。
  • 「固定電話の防犯機能」については、「固定電話」と回答した者のうち、被害届提出者では、「留守番電話機能利用者」が22.2%であり、いつも留守番機能を設定しているかは不明であった。看破者では、「留守番電話機能利用者」が57.1%であり、8名のうち、3名は「いつも留守番機能を設定」しており、2名は「必要に応じて留守番機能を設定」しており、3名は「不明」であった。なお、「電話に応答した理由」については、被害届提出者では1名は不明であり、看破者では3名は不明であったが、2名は「留守番電話機能を設定しなかった」、2名は「電話の近くにいた」、1名は「姉がすでに通話していた」と回答していた。
  • 「犯人からの要求に応答した理由」については、被害届提出者では「困りごとを解決しなければと思った」が44.2%で最も多く、次いで「後に返金されるという言葉を信用した(キャッシュカード含む)」が34.9%、「相手の身分を信用した」が32.6%であった。看破者は要求に応じていないと想定し回答不要の設問であったが、水際で第三者から看破される事例もあることから回答があった内容について記載する。「とりあえず電話をした」が22.7%で最も多く、次いで「困りごとを解決しなければと思った」が20.5%であった。「その他」に回答した7名の詳細は、「かかってきた電話に応答したものの犯人の要求には応じなかった」3名、「コンビニや警察に確認した」が2名、「個人情報を守るという言葉を信用した」、「スマホの対策アプリが起動した」であった。
  • 「犯人の要求に異変を感じたか」については、被害届提出者では、「感じた」が39.5%であった。その詳細は、「毎回同じ高額当選の連絡があるにもかかわらず、繰り返し金銭(電子マネーの購入2名も含む)を要求されたから」6名、「男女の仲が進展しないから」、「同一携帯電話会社で複数台の携帯電話契約を指示され、さらに別の携帯電話会社で携帯電話契約を指示されたから」、「警察がこんなことをするのかと思った」、「送り先住所から心当たりなしで返送されたから」、「一方的に急かされた」、「異変を感じたが少額の還付金だった」、「プリペイドカードのシリアル番号が間違っていると言われたから」、「サービスの利用に心当たりがなかったから」、「支払いをしなければ大変になると思った」、「不明」3名であった。
  • 看破者では、「感じた」が63.6%であった。その詳細は、「話の内容が難しくてよく分からなかった」2名、「(会話の内容が)ありえない(と思ったから)」、「突然、銀行口座を聞いてくるのは詐欺だと思った」、「申出の内容に矛盾があったから」、「要求金額が万単位だったから」、「全く身に覚えのない料金請求だったから」、「ワンクリックで会員登録されるのは詐欺だと思った」、「はっきりした要求がなかった」、「前に何回も同じような電話がかかってきていたから」、「PCを遠隔操作する指示が多かった」、「申請を代行するので成功報酬をくれという申出に違和感があった」、「本日中の支払いで大金を電話で要求された」、「相手が外国人だった」、「コンビニの店員さんに止められた時」、「コンビニエンスストアを指定してきた」、「スマートフォンにインストールしている詐欺対策アプリが作動した」、「銀行でシステムエラーと言われた」、「西暦で言われて和暦を質問すると説明できず不審だった」、「古いタイプのキャッシュカードは使えないと言われ、配偶者名義の口座有無や残高を聞かれたことで変だと感じた」、「電力会社職員から商品の購入期間を聞かれたがデータで管理しているはずなので不審に感じたから」、「(相手の要求に)今行くの?と思った」、「身に覚えのないことを言われたから」、「言葉使い」、「金銭の支払いの要求があったため」、「犯人が未納だと言った契約が身に覚えのないものだった」、「相手の話し方や、役所職員なのに市長の名前を知らなかった」が挙げられた。
  • 「詐欺手口の知識」については、被害届提出者では、25.6%が知っていたものの「人に説明できる程度知っていた」人は4.7%であった。「詐欺の手口をどこで知ったか」という問については、「新聞」が最も多く63.6%であり、次いで「テレビのニュース」54.5%だった。看破者では、44.2%が知っていたものの、「人に説明できる程度」知っていた人は18.2%であった。「詐欺の手口をどこで知ったか」という問については、「新聞」が最も多く57.9%であり、次いで「テレビのニュース」及び「その他」が26.3%だった。「その他」に回答した5名の詳細は、「防災無線」2名、「県消費生活センターに相談したことがあるため」、「今までに何回か似たような電話がかかってきていたため」、「ネットニュース」であった。
  • 看破者における「詐欺を見破った理由」は、「常識的に考えてありえなかった」が31.8%で最も多く、次いで「身に覚えのない話だった」が29.5%であった。「その他」に回答した6名の詳細は、「コンビニエンスストアの店員(店長)が声をかけてくれた」2名、「SMSに記載されていた企業名に誤字があった」、「説明内容(西暦と和暦)に誤りがあった」、「過去に遭遇した経験があった」、「途中で相手が無言になる等不審点が多かった」であった。
  • 「詐欺を見破った人物」では、「回答者自身」が61.4%で最も多く、次いで「コンビニ店員」が18.2%で、回答者自身以外の者が38.6%を占めていた。「家族」と回答した者のうち、「同居家族」は3名、「別居家族」は4名であった。「その他」と回答した1名は「職場の同僚」であった。「回答者自身」と回答したもののうち1名が「同居家族」、3名が「別居家族」、2名が「警察」と回答が重複していた。このことから、回答者単独で詐欺を見破った割合は、看破者の47.8%であった。
  • 被害届提出者と看破者の詐欺脆弱特性に差があるのかを検討するため、被害届提出者と看破者を独立変数、詐欺脆弱特性3項目の合計得点を従属変数にした一元配置分散分析を行った。その結果、被害届提出者の方が看破者に比べて詐欺脆弱特性が高かった
  • 被害届提出者と看破者の楽観性バイアスに差があるのかを検討するため、被害届提出者と看破者を独立変数、楽観性バイアスを従属変数にした一元配置分散分析を行った。その結果、楽観性バイアスに統計的有意差はみられなかった。なお、被害未経験者と被害経験者を独立変数、楽観性バイアスを従属変数にした一元配置分散分析を行った結果、被害経験者の方が被害未経験者に比べて高い傾向がみられた
  • 被害届提出者と看破者の自己効力感に差があるのかを検討するため、被害届提出者と看破者を独立変数、自己効力感を従属変数にした一元配置分散分析を行った。その結果、自己効力感に統計的有意差はみられなかった。なお、被害未経験者と被害経験者を独立変数、自己効力感を従属変数にした一元配置分散分析を行った結果、被害経験者の方が被害未経験者に比べて高い傾向がみられた
  • 最終学歴では、被害届提出者の方が看破者に比べて低かった。米国の先行研究では、高学歴の方が投資などの金融取引を行う機会が多く、詐欺に遭いやすいといった報告(Lichtenberg et al.,2016)もある。本研究の被害内容には融資保証金があるものの、投資といった金融取引は含まれておらず、最終学歴が低い方が消費者被害に遭いやすいといった関係性は、消費者被害の内容によって変わる可能性がある。
  • 外出頻度では、被害経験者の方が被害未経験者に比べて多い傾向がみられた。既報(上野ら、2022 や Ueno et al.(2021,2022))では、被害経験者や被害届提出者もしくは詐欺脆弱特性の高い人ほど外出頻度が少ないことが報告されている。本研究の被害経験者17名とサンプルが少なく、そのうち16名が毎日1回以上外出しており、回答に偏りがみられたためだと考えられる。
  • 性別では、被害未経験者と被害経験者、被害届提出者と看破者のそれぞれで統計的な有意差はみられなかった。既報(上野ら、2022)でも被害未経験者と被害経験者の人数に性差は見られなかったものの、インターネットを用いた全国調査(Kadoya et al., 2021)では、男性の方が架空請求詐欺の被害経験が多い傾向がみられた。また、警察庁(2022)の被害認知件数や京都府で調査を行った Ueno et al.(2022)の被害届提出者では女性の方が多かった。このように地域によって被害経験者や被害届提出者に性差があり、徳島県では男性の被害届提出が全国や京都府よりも多い傾向があった。
  • 過去5年間の消費者被害未遂の経験については、被害経験者の方が被害未経験者に比べて多かった。一方で、被害届提出者と看破者とでは有意な差がみられなかった。このことは、被害経験者の方が被害未経験者に比べて未遂経験が多いものの、被害届提出者が看破者に比べて犯人との接触機会が多い訳ではなく、看破者も被害届提出者と同等に犯人と接触する機会があるということを示している。ただし、過去の経験のうち犯人が最初に接触してきた手法は、被害経験者では雑誌などの掲載広告が多く、被害届提出者ではSNSやPCメールによる接触が多く、看破者では固定電話による接触が多いという特徴が明らかになった。固定電話の方が防犯機能の種類も多く、防犯機能付き電話の設置に関する啓発もされている。一方で、雑誌を見て自ら連絡を取る場合やSNSやPCメールには固定電話のような防犯機能はあまり周知されておらず、被害経験者や被害届提出者に多くみられた可能性がある。このように、自ら連絡を取る場合やSNSやPCメールで犯人と接触する機会を減らす防犯対策や防犯機能の充実や啓発が必要であると考えられる。
  • 相手が名乗った身分、最初の接触方法や説明内容、固定電話の防犯機能設置の有無は、被害届提出者と看破者で統計的有意に異なるということはなく、被害届提出者では、一時的に支払いをすることも含めて自分にとって利益がある誘いについて、自分以外が介在しにくいメールでの対応が多いことが明らかになった。
  • 看破者は被害届提出者に比べて、「最初の接触に対しての反応」としてとりあえず電話したことが多く、「犯人の要求に異変を感じたか」に、「はい」と回答する割合が高かった。これらの結果から、異変を感じながらもとりあえず電話で応答する傾向が明らかになった。「固定電話の防犯機能」では統計的な有意差は見られなかったが、看破者の方が被害届提出者に比べて防犯機能を利用している割合が多いため、防犯機能を頼りにして異変を感じながらもとりあえず電話で応答する割合が多かった可能性も考えられる。
  • 「詐欺手口の知識」では、看破者の方が被害届提出者に比べて知っている人数は多いものの、看破者で特徴的な情報源はなく、被害届提出者の方が看破者に比べて防犯講座と回答する人数が多かった。警察庁(2018)によるオレオレ詐欺の被害届提出者と看破者を対象にした調査では、還付金等詐欺や架空請求詐欺といった特定の手口に関する知識は看破者の方が多い傾向があるが、実際被害に遭った手口(オレオレ詐欺)については被害届提出者も看破者も同等に約97%が知っていると回答していた。今回の消費者被害も含めた調査では、看破者の方が手口の知識を知っている人数が多かったものの、手口によっては知識に偏りがあり、一概に知識があれば被害に遭いにくいとは言い切れない。また、手口の知識に対する回答は認知的不協和を解消するため実際の知識の有無とは逆の回答をした可能性もある。認知的不協和とは、自己と自己をとりまく環境に関する認知に生ずる矛盾や食い違いである(Festinger,1957)。そして、認知的不協和が生じると不快なため、その不快を解消させるため認知の一方を変化させる。つまり、一般的に手口を知っていると被害に遭いにくいという認識があり、被害届提出者はその手口を知っていたとしても、一般的な認識と自分が被害に遭ってしまった事実に認知的不協和が生じて、手口を知らなかったと回答している可能性も考えられる。一方、看破者は、その手口を知らなかったとしても、一般的な認識と自分が被害に遭う前に相談した事実に認知的不協和が生じて、手口を知っていたと回答している可能性も考えられる
  • 「詐欺を見破った理由」では、「常識的に考えてありえなかった」や「身に覚えのない話だった」やその他の回答として、企業名や説明内容に誤りや相手の不審な挙動に気づくといった傾向があった。このことから看破者が詐欺を見破った理由として、説明内容の不自然さや違和感に気づきやすい傾向があることが明らかになった。「詐欺を見破った人物」では自分自身に次いで、コンビニエンスストアの店員が多かった。また、回答者単独で詐欺を見破った割合は、看破者の50%以下であった。このことから、消費者被害を自分だけで見破るのは難しく、家族や地域での見守りが必要不可欠である。特に、「詐欺を見破った理由」のその他にも2名「コンビニエンスストアの店員(店長)が声をかけてくれた」と回答していたように、コンビニエンスストアでの水際対策は効果が高いと考えられる。コンビニエンスストアは、プリペイドカード、ATMなど犯人が金銭のやり取りに要求する手段を提供しているため、コンビニエンスストアでの被害予防活動や店員向けの対応啓発の促進が必要である。
  • 特殊詐欺は、受け子(犯人グループのうち直接現金やキャッシュカードを受け取りに行く係)が効率良く回収するため、一定期間に特定の地域で多発する。また、消費者被害の内容も流行があり、時期によって増減を繰り返している。よって、未遂経験や被害経験を警察や消費生活センターに情報提供や相談することは、その地域の被害拡大を防ぐことにつながる。本調査の結果から、看破者からの情報提供・相談に至った動機にメリットを多く認識しているというよりは、デメリットを少なく認識しているということが明らかになった。よって、未遂経験や被害経験の情報提供や相談を促進するには、相談する際の手間がかかるという認識やためらいを改めるため消費者ホットライン(188)を周知し連絡先を調べる手間を省くことや相談をためらわず気軽に相談しても良いという雰囲気を醸成し、デメリットが少ないことを強調するような広報が効果的であると考えられる。
  • 被害届提出者において情報提供・相談のデメリットの認知が高かった理由には、被害届を提出した影響も考えられる。被害届を提出する過程で被害状況を回想し、その状況を警察官に聞き取りされたことが「事情を聞かれて、面倒なことになる」といったデメリットの認識を促した可能性がある。被害による心理的影響を軽減するのは様々な課題があるが、消費者被害の情報提供・相談のデメリットを少しでも軽減するため、情報提供や相談する際に警察や消費生活センターではどのようなことを聞かれるのかを広報し、消費者が未遂経験や被害を相談する際に控えておくべき情報や心構えを準備するような消費者教育が必要である
  • 被害届提出者が看破者に比べて楽観性バイアスと自己効力感が高くなかった理由として、被害届を提出した経験の影響が考えられる。楽観性バイアスは、高齢者においてより修正が難しいことが報告されている(Chowdhury et al., 2014)にもかかわらず、被害届提出者が看破者に比べて楽観性バイアスに違いがなかったのは、警察署で被害状況を聴取され被害の状況や深刻さの影響が大きく、楽観性バイアスと自己効力感が低下したと考えられる
  • Mears et al.(2016)は、消費者被害防止教育の取組は教育を受けた高齢者がより効果的に家計を管理し、インターネットやネットショッピングを慎重に利用することに効果はあるが、詐欺脆弱特性が高いからといって自ら情報や支援を求めることにはつながらないことを報告している。つまり、詐欺脆弱特性をチェックする啓発活動が行われ始めているが(京都府警察本部、2022)、詐欺脆弱特性が高いことを伝えるだけでは具体的な対策にはつながらないと考えられる。また、McKenna et al.(2020)は、特殊詐欺等の消費者被害防止の観点からは、被害に遭わないという自信を変容させるのではなく、詐欺は誰にでも起こりうるという危機意識を持ち、詐欺の手口に関する知識を広め、自分だけで判断することを避け、消費者被害に遭わないという自信の根拠を得る対策を講じることが必要であると提案している。本調査の結果からも、被害届提出者は看破者と比較して、統計的に有意ではなかったものの固定電話の防犯機能がない者が多い傾向があり、自分以外が介在しにくいメールで対応している者が多く、手口を知っている者が少ないにもかかわらず、自分は詐欺に遭わない自信が高いといった詐欺脆弱特性が高いことが明らかになった。本研究では、看破者に多くみられた固定電話の防犯機能設置と詐欺脆弱特性の低さとの因果関係は不明であるが、具体的な対策を取ることにより詐欺脆弱特性に関する心理・行動特性が修正される可能性もある。つまり、消費者被害による影響があるものの、消費者被害に関連する心理・行動特性を変容することは難しいため、詐欺脆弱特性が高いことを伝えるだけではなく、詐欺脆弱特性が高い人たちに優先的に固定電話の防犯機能を設置し、自分だけで応対しないような環境づくりと犯人と思われる相手と接触した時の対処方法を身につけて詐欺被害に遭わないという自信の根拠を提供する必要がある。さらに、詐欺の特殊性は電話のみならずSNSやメールなどにも広がっており、インターネット空間での詐欺対策も進めていく必要がある
  • 相手が名乗る身分、最初の接触方法、相手からの説明内容については、被害届提出者と看破者で統計的に有意な違いはみられなかった。ただし、被害届提出者は犯人からの要求に対してとりあえず電話に応答した割合が多い傾向があるものの、看破者と比較して、固定電話の防犯機能を利用する割合が少なく、最初の接触に対してメールを送信している割合が多かった。また、犯人からの要求に応答した理由としては、被害届提出者は看破者と比較して、自分にとって利益があることや後に返金されるといった利益追求の動機づけが強い傾向があった。さらに、被害届提出者は看破者と比較して、被害届提出者自身が被害に遭った理由を説明するため手口を知らなかったと回答している可能性も考えられるが、詐欺の手口を知らないという回答が多くみられた。さらに、被害届を提出した後も看破者と比較して詐欺脆弱特性は高く、消費者被害を経験したからといって犯人を看破できるほど詐欺脆弱特性が低くなりにくいことも明らかになった。また、情報提供・相談のデメリットは、被害に遭ったことによる影響もあるが、被害届提出者の方が看破者よりも高いことが明らかになっ
  • 今後の消費者被害防止の対策として、詐欺脆弱特性に関する心理・行動特性の修正よりも犯人と接触しない環境整備が急務である。具体的には、犯人が接触してきた時を想定して、固定電話の防犯機能の周知と設置を徹底するとともに、メール等自分と相手以外の人物以外が介在しにくい連絡手段で見知らぬ人と接触することを避けることを周知する必要がある。さらに、利益が得られそうな誘いに接触した時を想定して、誘いの断り方や第三者に相談する際の具体的な方法を練習する機会を提供し、接触しても咄嗟に対応できるようになることが必要である。また、看破者の特徴からコンビニエンスストアでの水際対策の促進は効果が高そうである。さらに、手間なく、ためらいなく、面倒なく、未遂経験や被害経験の情報提供や相談を促進するため、消費者ホットライン(188)を周知し連絡先を調べる手間を省くことや相談を気軽に相談しても良いという雰囲気を醸成し、警察や消費生活センターではどのようなことを聞かれるのかを広報し、消費者が未遂経験や被害を相談する際に控えておくべき情報や心構えを準備するような消費者教育が必要である。

暴力団が関与した特殊詐欺の事例も相変わらず報じられています。新たな手口としては、特殊詐欺グループからの脱退を手助けする見返りとして、出し子役の男にだまし取った金100万円を振り込ませたなどとして、稲川会傘下の暴力団組員の男ら3人が犯罪収益等の隠匿の疑いなどで逮捕されたというものがあります。報道によれば、共謀して特殊詐欺グループを脱退したいと相談してきた出し子役の男(24)に「かくまってやるから特殊詐欺の金をよこせ」などと言い、2022年8月、男が大阪府の80代の女性からだまし取ったキャッシュカードで、合計100万円を容疑者の口座に不正に送金させた疑いが持たれています。また、2人が得た金を自身の口座に振り込ませ受け取った疑いで、稲川会傘下の暴力団幹部も逮捕されたものです。岡山県警は2022年8月、出し子役の男を窃盗の疑いで逮捕、その取り調べの中で今回の事件が発覚し、捜査していたものです。また、特殊詐欺グループの脱退をめぐるトラブルで、ボリビア国籍で住吉会系暴力団幹部が逮捕監禁致傷などの疑いで逮捕されています(ボリビア国籍の暴力団幹部の存在というのも興味深いところです)。男は、特殊詐欺グループを抜けたいと話す男性に対して「変な動きをしたら殺す」と脅したうえ、監禁してケガをさせた疑いなどが持たれているといいます。男は「かけ子」グループの主犯格とみられ、事件はすきを見て逃げ出した男性が警察に被害を届け出たことで発覚したものです。また、キャッシュカードをだまし取ったとして、兵庫県警明石署は、窃盗の疑いで、二代目親和会傘下組員を再逮捕しています。何者かと共謀して、兵庫県明石市内の80代の女性に「カードが不正利用されている。銀行協会職員が確認しに行く」と電話した後、自宅を訪問、女性からキャッシュカード5枚を受け取り封筒に入れた後、別の封筒とすり替えて盗んだ疑いがもたれています(その後、複数の口座から現金が引き出されました)。なお、男は同日、神戸市灘区の女性と、明石市の別の女性から同様の手口でキャッシュカードを盗んだとして窃盗容疑で逮捕されています。さらに、70代の女性から現金をだまし取った特殊詐欺事件を指示した疑いで、暴力団組員の男が逮捕されています。仲間とともに、都内の70代の女性に息子を装って「上司の母親が倒れてしまい、お金を立て替えたい」などと嘘の電話をかけ、現金100万円をだまし取った疑いが持たれており、容疑者は詐欺グループの指示役とみられ、雑居ビルなどで受け子から現金の回収もしていたといいます。容疑者は同様の手口で総額400万円をだまし取ったとみられており、警視庁は暴力団の資金源となった可能性も視野に捜査しています。

上記とは別に新たな手口としては、大阪府警が、大阪府内に住む70代女性が約1億2000万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表していますが、女性は過去に詐欺被害を受けており、その被害金を回復する「被害回復給付金支給制度」を利用するには暗号資産を買う必要があるとだまされ、新たな被害に見舞われたというものがありました。報道によれば、女性は約2年前、投資名目の詐欺被害に遭っており、2022年10月、IT業者を名乗る男から携帯電話に連絡があり「国の被害回復給付金支給制度を使って被害金を支給する」と伝えられたといいます(被害者名簿が特殊詐欺グループに拡がっていることを想起させるものです)。そもそもこの制度は、詐欺などが組織犯罪として行われた場合、犯人から没収・追徴した財産を被害者に返す仕組みで、被害者には検察官から通知することはあるものの、業者が連絡することはありません。女性は土地を売るなどして資金を捻出していたとみられ、業者側と連絡が取れなくなり、2023年3月に府警へ相談してだまされたことに気付いたということです。また、報道されることが珍しい手口として、高齢女性が被害にあった特殊詐欺事件で被害金を回収する役割をしたとして、警視庁は中国籍の無職の男を窃盗の疑いで逮捕、男は別の人物と共謀して2022年7月、東京都西東京市の80代女性宅に全国銀行協会の職員をかたって電話をかけ、「キャッシュカードの悪用を防ぐためにカードを管理する必要がある」、「警察官が家に行きます」などとうそをついてキャッシュカード5枚を盗み、ATMで現金340万円を引き出した疑いがあり、引き出された現金は、別の人物によって新宿駅のコインロッカーに入れら、男がこのロッカーから現金を持ち出す様子が、周辺の防犯カメラに映っていたことから発覚したものです。さらに、医療費の還付金名目で現金をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は、いずれも住所不定で無職の2人の容疑者を電子計算機使用詐欺、窃盗の容疑で逮捕しています。2人は特殊詐欺グループの幹部とみられ、容疑者のスマートフォンには運転免許証やマイナンバーカードと一緒に写した数十人分の顔写真が保存されていたといいます。「闇バイト」の文脈でよく報じられる内容ですが、特殊詐欺においても同様の手口が用いられていることが分かります。

新たな手口としては、6月に入り、福岡県内で九州電力やNTTをかたる自動音声を使い、特殊詐欺を狙う不審電話が増えており、電話は、固定電話だけでなく、スマホにもかかっているといい、福岡県警は「新手の方法」と注意を呼びかけているといったものもあります。報道によれば、一人暮らしの70代女性が帰宅すると、固定電話に留守電が入っており、「電気料金の未払いで2時間後に停電します」という自動音声で、「『1』を押して担当につないでください」と続いたといい、女性は詐欺電話を疑い、粕屋署に通報、被害を免れたといいます。一方、山口県下松市の60代の女性は通帳とキャッシュカードをだまし取られ、このキャッシュカードから250万円が引き出されてしまいました。東京中央警察署の人と話してくれと電話を転送され、その後、「東京中央警察署」刑事課のモリモトを名乗る男に「暴力団からあなたの口座に金が振り込まれている」「このままではあなたも共犯で逮捕される」「通帳とキャッシュカードを預かると、優先調査という無実を証明する方法がある」などと言われ、1週間後、検事のマツオを名乗る男から電話があり「優先調査は検事の権限」「早く調査しないと暴力団に殺される可能性がある」「近くに刑事がいるので、通帳とキャッシュカードを封筒に入れてポストに入れて」と言われ、話を信用した女性は渡してしまい、被害にあったということです。福岡県警によると、1月から6月15日時点で、県内で確認した自動音声を使った特殊詐欺を狙う不審な電話は約50件、電話会社や電力会社などをかたった自動音声が多いといいます(各社は自動音声で顧客に電話をかけることはないとしています)。同様の電話の県内での認知件数は1~4月は数件だったが、5月は約10件、6月は約20件と急増しており、こうした詐欺電話は固定電話にかかってくると思い込み、携帯電話やスマホにかかってくると「本物」と信じてしまう傾向もあるとの指摘もあります。こうした状況をふまえ、報道で福岡県警担当者は「自動音声を使った手口はこれまで(県内で)少なかった。相手に不安を募らせ、焦らせてだまそうとしている。落ち着いて対応してほしい」と呼びかけています。

例月どおり、2023年(令和5年)1~4月の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。

▼警察庁 令和5年5月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和5年1~5月における特殊詐欺全体の認知件数は7,788件(前年同期6,085件、前年同期比+28.0%)、被害総額は153.6憶円(124.7憶円、+23.2%)、検挙件数は2,658件(2,296件、+15.8%)、検挙人員は873人(782人、+11.6%)となりました。ここ最近、認知件数や被害総額が大きく増加している点が特筆されますが、この傾向が継続していることから、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっていると十分注意する必要があります。うちオレオレ詐欺の認知件数は1,718件(1,340件、28.0%)、被害総額は47.7憶円(39.1憶円、+22.0%)、検挙件数は835件(591件、+41.2%)、検挙人員は376人(303人、+24.1%)となり、相変わらず認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。2021年までは還付金詐欺が目立っていましたが、オレオレ詐欺へと回帰している状況も確認できます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。そもそも還付金詐欺は、自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たない現状があり、それが被害の高止まりの背景となっています。とはいえ、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性も考えられるところです(繰り返しますが、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。最近では、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は983件(1,113件、▲11.7%)、被害総額は12.4憶円(17.1憶円、27.5%)、検挙件数は708件(811件、▲12.7%)、検挙人員は178人(184人、▲3.3%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに減少という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されています。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出ています)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,053件(892件、+18.0%)、被害総額は12.9憶円(10.6憶円、+21.7%)、検挙件数は555件(519件、+6.9%)、検挙人員は175人(192人、▲8.9%)となりました。ここ最近は、認知件数・被害総額ともに大きく減少していましたが、一転して大きく増加し、その傾向が続いている点が注目されます。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は2,055件(1,016件、+102.3%)、被害総額は51.8憶円(35.9憶円、+44.3%)、検挙件数は91件(64件、+42.2%)、検挙人員は40人(37人、+8.1%)、還付金詐欺の認知件数は1,774件(1,627件、+9.0%)、被害総額は20.3憶円(18.4憶円、+10.3%)、検挙件数は439件(291件、+50.9%)、検挙人員は75人(48人、+56.3%)、融資保証金詐欺の認知件数は82件(43件、+90.7%)、被害総額は1.1憶円(0.9憶円、+16.3%)、検挙件数は9件(11件、▲18.2%)、検挙人員は6人(6人、±0%)、金融商品詐欺の認知件数は70件(10件、+600.0%)、被害総額は6.2憶円(0.8憶円、+636.3%)、検挙件数は12件(2件、+500.0%)、検挙人員は13人(6人、+116.7%)、ギャンブル詐欺の認知件数は10件(20件、▲50.0%)、被害総額は0.3憶円(1.8憶円、▲84.5%)、検挙件数は0件(7件)、検挙人員は0人(4人)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。なお、組織犯罪処罰法違反について、検挙件数は91件(37件、+145.9%)、検挙人員は36人(8人、+350.0%)となっています。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は293件(272件、+7.7%)、検挙人員は163人(149人、+9.4%)、盗品等譲受け等の検挙件数は2件(0件)、検挙人員は0任(0人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,085件(1,224件、▲11.4%)、検挙人員は856人(979人、▲12.6%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は53件(37件、+43.2%)、検挙人員は54人(40人、+35.0%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は5件(6件、▲16.7%)、検挙人員は4人(3人、+33.3%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、男性32.0%:女性68.0%、60歳以上89.0%、70歳以上69.8%、オレオレ詐欺では、男性18.6%:女性81.4%、60歳以上98.4%、70歳以上96.0%、架空料金請求詐欺では、男性61.7%:女性38.3%、60歳以上71.2%、70歳以上43.7%、融資保証金詐欺では男性79.7%:女性20.3%、60歳以上14.9%、70歳以上2.7%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢(65歳以上)被害者の割合について、特殊詐欺 81.7%(男性28.5%、女性71.5%)、オレオレ詐欺 97.8%(18.6%、81.4%)、預貯金詐欺 99.4%(9.4%、90.6%)、架空料金請求詐欺 57.9%(65.0%、35.0%)、還付金詐欺 80.1%(34.6%、65.4%)、融資保証金詐欺 4.1%(66.7%、33.3%)、金融商品詐欺 30.0%(42.9%、57.1%)、ギャンブル詐欺 20.0%(100.0%、0.0%)、交際あっせん詐欺 0.0%、その他の特殊詐欺 35.1%(53.8%、46.2%)、キャッシュカード詐欺盗 99.4%(12.2%、87.8%)

などとなっています。

最近の特殊詐欺被害に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 新潟県警は、上越市の80代女性から現金700万円をだまし取ったとして、詐欺の疑いで、女子中学生(15)を逮捕しています。新潟県警は、特殊詐欺グループで現金を受け取る「受け子」だったとみて、グループと知り合った経緯や背景を詳しく調べています。氏名不詳者と共謀して、女性に息子を名乗って「会社の取引でお金を今日中に支払わなければならない」などと電話、同日正午ごろ、息子の上司の娘を装って女性宅を訪問し、現金700万円をだまし取ったとしています。女性が帰宅した息子と話して被害に気付き、県警に通報したものです。学生という点では、役所の職員をかたり、独居の高齢女性からキャッシュカードをだまし取ったとして、大阪府警羽曳野署は、詐欺容疑で、大学生(21)を現行犯逮捕したというものもありました。容疑者が特殊詐欺グループ内で、キャッシュカードを受け取る「受け子役」だったとみて突き上げ捜査を進めるとともに、容疑者が事件に関わった経緯などを調べているといいます。報道によれば、この日、詐欺とみられる「アポ電」が管内で複数確認され警戒中、府警本部特殊詐欺捜査課員が挙動不審な容疑者を発見、女性宅から出てきたところで職務質問し、逮捕したものです。
  • 高齢女性の息子の同僚になりすまして現金800万円をだまし取ったとして、警視庁は俳優の容疑者(23)を詐欺容疑で逮捕しています。現金を受け取る「受け子」役といい、他の人物と共謀し、東京都足立区の80代女性に「息子が会社のカードを無くした」などとうその電話をかけ、その後、息子の部下になりすまして女性宅を訪れ、現金800万円をだまし取った疑いがもたれています。報道によれば、アプリで知り合った人に「稼げるバイトがある」「借金が返せなくなった人の親や友人から現金を受け取る仕事」と紹介されたと説明、「稽古があって普通のバイトにはなかなか入れず、貯金を切り崩して生活していた。手っ取り早く稼げる仕事を探していた」という趣旨の供述をしているといいます
  • 滋賀県警大津署は、大津市の60代の団体職員男性が架空請求で約1800万円をだまし取られたと発表しています。男性は、携帯電話に「利用料金について本日中に連絡してください」とメールが届き、記載された連絡先に電話、応対した通信会社を名乗る男から「携帯電話機の内部IPアドレスが盗まれて悪用され、多数の被害が出ている」などと言われ、指定された口座に100万円を振り込み、その後も警察官を名乗る男らの指示に従い、計約1800万円を振り込んだというものです。
  • 兵庫県警川西署は明石市の会社員の男を詐欺容疑で逮捕しています。氏名不詳者らと共謀、病院医師や息子の上司などを装って川西市内の80代の女性宅に電話をかけ、「息子さんが仕事中に救急搬送され、口に大けがをし、懸命に治療中」「治療費が必要」とうそを言い、上司の息子を名乗る男が女性宅を訪れ、120万円をだまし取った疑いがもたれています。ツイッター上で、現金プレゼントをうたうアカウントに「いいね」を付けたところ、ダイレクトメールで「闇バイト」に誘われ、特殊詐欺に加担したということです。
  • 大阪府警特殊詐欺捜査課は、府内在住の60代男性が、有料動画サイトの利用料名目などで4~6月にかけ、計約3100万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。男性の携帯電話にサイト利用料の確認を求めるメールが届き、男性が記載の連絡先に電話したところ、通信会社の社員を名乗る男に「支払いが1年間滞っている」と言われ、指示通りコンビニで30万円分の電子ギフト券を購入、ギフト券を使う際に必要な利用番号を伝えたところ、以降も男性に「サイバー保険」への加入を勧める電話などがあり、現金を送ったり、電子ギフト券の利用番号を伝えたりしたというものです。
  • 2023年6月14日付毎日新聞の記事「「犯人の自信」にだまされた80代女性振り返る特殊詐欺被害」はなかなか興味深いものでした。記事によれば、特殊詐欺の被害に遭った愛知県清須市の80代女性は、百貨店従業員を名乗る電話で「化粧品売り場であなた名義のクレジットカードで高額商品を購入した人がいる」ところから最後だまされてしまいましたが、「自分は絶対にだまされない自信があったのに」と述べています。そして、だまされた要因の一つとして、犯人の「自信」を挙げており、女性が「市役所にカードの手続きをする係なんてあるの」と聞くと、男は「年金係の隣にあります」と堂々と答えたといい、「だまされた自分にも腹が立つ。同じ目に遭わないために、私のような事例があることを知ってほしい」と話しています。前述した報告書の中でも「特殊詐欺等の消費者被害防止の観点からは、被害に遭わないという自信を変容させるのではなく、詐欺は誰にでも起こりうるという危機意識を持ち、詐欺の手口に関する知識を広め、自分だけで判断することを避け、消費者被害に遭わないという自信の根拠を得る対策を講じることが必要である」との指摘がありましたが、こうした事例からも重要性を感じることができます。なお、2023年1~5月に愛知県内で発生した特殊詐欺の認知件数は517件(前年同期比187件増)、被害総額は約12億5000万円に上り、前年同期(約7億3900万円)の2倍弱となっており、愛知県地域安全対策室長は「留守番電話機能を設定し、犯人と直接話さないでほしい。怪しいと思ったらすぐに警察に通報を」と呼びかけています。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。

  • 7歳と5歳の姉妹の機転が、80代男性を特殊詐欺の被害から救ったという事例に大変驚かされました。2023年6月28日付朝日新聞によれば、6月17日、愛知県春日井市の7歳と5歳の姉妹は、母親と名古屋市北区にある金融機関を訪れた際、ATMの隣のブースには高齢の男性がおり、操作にまごついている様子、妹が「ママっ!」と母親の足をつつき、「あのおじいちゃん、電話しながらやってる。だめだよ」と、「ATMでの携帯電話はやめよう」と書かれたポスターを指さしたといいます。母親は男性に、「お手伝いしましょうか」と声をかけ、電話を代わると、相手が「あなたの名前を教えて下さい」と言うので不審に思い、すぐに110番通報したといいます。母親が、壁に貼ってあった還付金詐欺の啓発ポスターを示しながら、「これじゃない?」と言うと、男性は「そうかもしれない」と、だまされたことに気づいた様子だったといいます。その後、北署員が駆けつけるまで男性に付き添ったといい、特殊詐欺の未然防止に協力したなかで姉妹は最年少となりました。報道で署長が「報告を聞き正直びっくりした。ポスターを見ておかしいなと感じた観察力には驚かされた」とコメントしていましたが、警察官になるのが夢という点もあわせリスクセンスや強い使命感・正義感に基づく「おせっかい」が被害を防止したものと感心させられます
  • コンビニ店員とたまたま来店していた一般人が、サポート詐欺を防いだとして、京都府警舞鶴署から感謝状が贈られました。店員2人が、高齢男性が8万円のiTunesカードを購入しようとしていることに違和感を抱き、詐欺だと思うと伝えるも男性は納得せず、レジ待ちをしていた舞鶴高専職員が自宅まで一緒に行って、つながり続けていた電話を代わって詐欺を防止したというものです。報道によれば、職員から報告を受けた店員の高校生は「安心した。家まで行ってもらい、すごいなと思った」、女性店員は「助けてもらい感謝の気持ちでいっぱいです」と振り返り、一方の職員は「最初に怪しいと思った2人がすごい」と応じています。コンビニの店員と客との連携と「おせっかい」が功を奏した形だといえます。こうした連携が地域社会の防犯力を高めることにつながると思います。

次に金融機関とコンビニにおける事例を紹介します。

  • 70代女性がうそ電話詐欺の被害に遭うのを未然に防いだとして、山口県警周南署は山口県周南市櫛ケ浜の山口銀行櫛ケ浜支店に感謝状を贈っています。窓口で対応した行員と支店長代理が預金を下ろして現金のまま持ち帰ろうとする女性の被害を心配して周南署への相談を勧め、思いとどまらせたというものです。女性は会社を名乗る電話で老人ホーム入居権をかたる架空の料金請求を受け、200万円を宅配便で送るよう指示されていたといい、同行の行内基準に沿って「多額」で女性が高齢者だったため、行員は使途を「めいの家のリフォーム代」と聞いたうえで支店長代理に報告、支店長代理が振り込みを利用せずに現金で持ち帰る理由などを尋ねると、女性は「相談したいことがある」と打ち明け、駆け付けた署員から電話の内容を「100%詐欺です」と説明され、安心していたといいます。報道によれば、感謝状を受け取った支店長代理は「現金の支払いでいろいろ聞くと、『自分のお金なのに、何で』と嫌がられるお客さんもいるが、何百件に一件でも詐欺の被害が防げるなら今後も続けていきたい」と話していますが、あらためて地域金融機関の使命・存在意義に立ち返る素晴らしいコメントだと思います
  • 国際ロマンス詐欺の被害を未然に防いだとして、和歌山県警和歌山東署は、紀陽銀行東和歌山支店の行員2人に感謝状を贈っています。同支店で窓口業務を行っていた行員のもとに40代の女性が訪れ、外国人名義の銀行口座に140万円を振り込むよう依頼、不審に思った行員が振り込み目的を尋ねても女性は明らかにしなかったため、行員は上司に報告、上司が女性に確認したところ、「SNSで知り合った男性に振り込む。その男性とは会ったことはない。今日中に1万ドルを振り込むように言われた」などと話したため、国際ロマンス詐欺の可能性があると判断、女性に振り込みを思いとどまらせ、同署に通報して被害を未然に防いだものです。
  • 三重県警伊賀署は、架空料金請求の特殊詐欺を防いだとして上野郵便局の窓口営業部長と同部主任に感謝状を贈っています。市内の70代女性の携帯電話に、発信元をNTTと装ったショートメールが着信し、女性がメールに記載の電話番号にかけると「48万円を払わなければ民事裁判になる」と言われ、女性は、つながったままの携帯電話を手に上野郵便局を訪れたといいます。窓口にいた主任は女性が慌てているのを見て部長に報告、部長が女性の携帯電話に出るといったんは切れ、再度かかってきたので部長が対応すると沈黙の後切れたといいます。2人は伊賀署に通報し被害を防いだものです。
  • 特殊詐欺被害を防いだとして兵庫県警兵庫署は、神戸中道郵便局の局員に署長感謝状を贈っています。局員は、携帯電話で送金の方法を聞きながらATMを操作する女性(79)を発見、特殊詐欺を疑い女性に声をかけ、電話を替わるとすぐに切られたといい、女性に事情を聴くと、「保険料の還付があるのでATMを操作しに来た」と話したため、同署に連絡したものです。報道で23歳の局員は「お客さまのお金を預かっている身なので、被害を防止できてよかった」と語っていますが、こちらも金融機関の使命・存在意義をしっかりと体現する行動だと思います。
  • 福岡県警行橋署は、ニセ電話詐欺の被害を未然に防いだとして、福岡県行橋市西宮市のコンビニ「ファミリーマート行橋西宮市店」の店長に感謝状を贈っています。店で8万円分の電子マネーカードを購入しようとした高齢男性に使用目的を尋ねたところ、男性は「パソコンのウイルス除去のために必要」と説明したため、不審に思った店長は「急いでいる、いいから早くくれ」と焦る男性を「これは詐欺かもしれない」と説得、最寄りの交番まで走って通報し、被害を未然に防いだものです。
  • 特殊詐欺被害を防いだとして、島根県警安来署は、益田市のコンビニ「ローソン・ポプラ益田津田店」オーナー、「ローソン安来折坂町店」の店長に感謝状をそれぞれ贈っています。ローソン・ポプラ益田津田店の女性店員は、70代の男性客がパソコンの修理費名目で3万円分の電子マネーカードを購入しようとしたことを不審に思い、説得して110番し、未然に被害を防いだといい、同店が特殊詐欺被害を防いだのは2022年1月以降、4件目となります。報道で同店オーナーは「従業員には日頃から、お年寄りに声かけするよう指導している。被害に遭わなくてよかった」と話しています。

最後に、元刑事の方が特殊詐欺の「受け子」を見つけ、警察と連携して摘発した事例も報じられています。元刑事の時に培われたリスクセンスが発揮された事例でもあり、以下、抜粋して引用します。

「襟の上からネクタイ?」元刑事の勘 詐欺未遂容疑者の逮捕貢献(2023年7月1日付毎日新聞)

汗ばむような暑さなのに、ジャケットを着てネクタイも締め、携帯電話で話しながら周囲の家を探すように歩いている。ひょっとしたら……」。6月19日午前10時ごろ、大津市の団体役員、中野和浩さん(63)は職場の窓から何気なく外を見ていると、スーツ姿の若い男性の姿が目に留まった。元刑事の勘で後を付けてみると―。中野さんは1985年から2021年3月まで県警の警察官として勤務。県警捜査2課には10年間在籍し、特殊詐欺事件の捜査などに携わったほか、次席も務めた。男性の様子に違和感を覚えた中野さんは、気が付くと職場を出て追跡を始めていた。数分後、男性に近付いて「どうかなさいましたか」と声を掛けた。男性は驚いた感じで訪問先を探していると答えた。しかし話す敬語はぎこちなく、ネクタイも結び慣れていないのかシャツの襟の上からしていた。その姿に「特殊詐欺の受け子だ」と確信。通報しようと考えていたところ、金融機関から「アポ電が相次いでいる」という通報を受けてパトロールをしていた警察官2人を見付け、男性の人相や言動を伝えた。直後に男性は職務質問を受け、詐欺未遂容疑で緊急逮捕された。…今年度からは同署の少年補導員を務める。若者が闇バイトなどで受け子になってしまうケースも多く「周囲の大人とのコミュニケーションが不足しているのではないか」と話し、「街頭での声掛けなどを通じて、大人が子供を見守っていることを伝えていきたい」と語った。

(3)薬物を巡る動向

2023年6月27日付産経新聞によれば、政府が策定する薬物乱用防止の新5カ年戦略の原案が判明、若年層での蔓延が深刻化する大麻乱用への総合的な対策の強化や、サイバー空間を利用した薬物密売の取り締まり強化が柱となると報じています(8月上旬に関係省庁でつくる「薬物乱用対策推進会議」において正式決定予定)。本コラムでは継続的に注視していますが、所持などの大麻事件で検挙した人数は2014年以降、増加傾向にあり、2021年は過去最多の5783人に上り、2022年も5546人(速報値)と高い水準で推移しています。大麻は覚せい剤などと比べ違法薬物というイメージが薄く、若者が喫煙のような感覚で手を出してしまうことがあるとされ、実際、2021年の検挙人数の約7割が30歳未満であり、こうした現状を踏まえ原案は、「大麻乱用期の渦中にあると言え、大麻に特化した施策が急務」と明記、背景として、インターネットなどで「大麻には有害性がない」といった誤情報が流されていたり、海外で大麻が合法化されたりする国際的な潮流を挙げています。また、若者がSNSの「闇バイト」に安易に応募し、密輸とは知らずに「運び屋」として加担させられるケースがあることや、秘匿性の高いアプリで取引が行われるなど手口が巧妙化していることにも懸念を示しています。こうしたサイバー空間を利用した新たな手口に対応するため、警察当局や、2023年4月に関東信越厚生局麻薬取締部に新設されたサイバー捜査課など関係機関が連携し、捜査手法の高度化を図るほか、大麻と似た作用のある規制外の化学物質にも対応していくとしています。政府は1998年に戦略を策定し、以後、5年おきに改定を重ね今回で5回目となり、大麻対策を含め、密売組織の壊滅など5項目を重点目標に据えています。

大麻の若者への蔓延に関する報道は多いですが、直近では、2023年7月8日付読売新聞の記事「「大麻は無害」「体にいい」誤った情報氾濫…県内摘発者、10~20代が7割超占める」がありましたので、抜粋して引用します。

昨年、滋賀県内で大麻を所持するなどした大麻取締法違反で37人が摘発され、そのうち10~20歳代の若者が7割を超えていることが、県警のまとめで分かった。近年、「大麻は無害」という誤った認識が広がり、若者の大麻乱用が増加傾向にあるといい、県警は「刺激を求めてより依存性の高い覚醒剤使用につながるケースも見られる。絶対に手を出さないで」と警鐘を鳴らしている。県警組織犯罪対策課によると、県内で昨年、大麻の所持や密売などで摘発されたのは37人で、そのうち10~20歳代は28人と7割以上を占めた。2018年と比較すると、10~20歳代の割合は大幅に増えており、19年以降は半数を超え、若者の間で拡散している状況がうかがえる。「SNS上で容易に入手でき、誤った情報が氾濫している」。同課の古田孝管理官は指摘する。SNS上では、大麻は「体にいい」「リラックスできる」といった誤った情報や「海外では合法だから大丈夫」と危険性を軽視した誘い文句があふれている。「ハッパ」や「野菜」などの隠語を調べると容易に密売人と接触できるようになっていることも蔓延(まんえん)に拍車をかけている。近年は電子たばこのように吸う液状の「リキッド」や、大麻が混ぜ込まれたクッキーやグミなど、抵抗感が薄まる形態のものの密売も目立つという。…大麻は幻覚作用や知能の低下など、脳に影響を及ぼし、依存性もあり、決して安全な薬物ではない。古田管理官は「薬物は、自ら自分の人生を壊すだけでなく、家族や周りの人たちにも迷惑がかかることを認識してほしい」と強調した。

直近では、暴力団が絡む薬物事犯が目立ったように感じます。

  • 香川県警は高松市に本部を置く二代目親和会の幹部らを覚せい剤の密売などの疑いで高松地方検察庁に送検し起訴されたと発表しています。一連の事件で検挙されたのは覚せい剤の使用疑いによるものも含め、合わせて9人に上ります。第五管区海上保安本部から提供された覚せい剤関係の事件の情報をもとに共同で捜査を始め、まず2022年11月に、同じところから覚せい剤を入手したとみられる徳島県の40代の漁業者2人を覚せい剤を使用した疑いで逮捕、その後、ほかの容疑者を覚せい剤使用の疑いなどで逮捕するとともに、入手経路についての捜査を進め、暴力団幹部にたどりつき逮捕したということです。覚醒剤は、路上で渡したり売人を介して郵送したりするなどして渡っていたということで、捜査の過程で警察がこの幹部の自宅を捜索したところ、覚せい剤3グラム余り、末端価格でおよそ20万円を押収したとしています。
  • 川口市内のアパートで、営利目的で覚せい剤約39グラム(末端価格約240万円相当)を所持していたとして、埼玉県警捜査4課と川口署の合同捜査班は、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)の疑いで、住吉会傘下組織幹部=同法違反(使用)の罪で起訴=を再逮捕しています、この幹部は、川口市内にある知人宅で男性を暴行、男性の110番通報を受けて警察官が男を職務質問したところ、覚せい剤を所持していることが分かり、覚せい剤取締法違反(所持)で男を現行犯逮捕し、その後同法違反(使用)でも再逮捕したものです。
  • 東京都内で、覚せい剤や大麻など大量の薬物を、販売目的で所持していたとして、覚せい剤取締法違反などの疑いで住吉会・村田会構成員が逮捕されています。別の男らと共謀し、東京都新宿区のマンションの一室で、覚せい剤およそ40グラムとコカインおよそ200グラム、それに、大麻およそ1300グラムを販売目的で所持していた疑いがもたれており、押収した薬物は末端価格にしてあわせておよそ1400万円に上るということです。容疑者は広島市の70代女性を狙った特殊詐欺事件に関与したとして逮捕・起訴されており、警察が関係先を捜査したところ、薬物が発見されたものです。
  • 大麻を譲渡したとして広島県警が共政会沖本組の組員を逮捕しています。2023年4月、広島市中区の公園で、男性に乾燥大麻約3グラムを売った疑いが持たれており、容疑者の関係者から情報提供を受け今回の事件が発覚したものです。
  • 神奈川県警薬物銃器対策課と港南署は、覚せい剤取締法違反(営利目的共同所持)の疑いで、稲川会系林一家平栗組事務局長=同罪で起訴=を再逮捕し、妻でパートの女を逮捕しています。神奈川県警は、被告らが利益を暴力団の資金源にしていたとみて、実態解明を進めています。厚木市内の駐車場に止めた車の中に覚せい剤約84グラムを営利目的で所持したといい、女の逮捕容疑は、横浜市内の住宅内で覚せい剤約295グラムを営利目的で所持したというものです。
  • 四代目小桜一家の傘下組織の組員の男が覚せい剤を使用した疑いで逮捕されています。県内に住む20代の女性に対し、借金の回収を名目に現金数十万円を脅し取った疑いで逮捕され、その捜査の中で尿検査を行ったところ、覚せい剤の陽性反応が出たといいます。

前述していますが、薬物事犯にも「闇バイト」が関係しています。「闇バイト」に応募して違法薬物を密輸したとして、麻薬特例法違反に問われた住所不定の被告の20代の男の初公判が福島地裁であり、被告は起訴事実を認め、検察側は懲役1年6月を求刑、弁護側は執行猶予付きの判決を求め、結審しています。報道によれば、覚せい剤などの違法薬物を体内に隠し、メキシコから成田空港を使って日本国内に密輸したとして起訴されたもので、検察側の冒頭陳述などによれば、被告は2023年2月頃、ツイッターで高報酬のバイトを募っていた氏名不詳の人物とやりとりを開始、「米国の仕事をレビューする業務」に応募したが、途中から「薬をのみ込んで運ぶ仕事」に変わったといい、秘匿性の高い通信アプリで指示を受けながら、ゴムに包まれた違法薬物の塊計17個をのみ込むなどして密輸したということです。帰国後の3月下旬に新幹線に乗車中、体調不良となって意識を失い、搬送先の福島市内の病院で尿から覚醒剤の成分が検出されたことで事件が発覚、被告は被告人質問で「報酬は10万~30万円だった。金ほしさに引き受けた」と説明しています

薬物を「飲み込んで」密輸した事例としては、コカインを入れたカプセル状のケースを飲み込んで密輸したなどとして、警視庁薬物銃器対策課は、麻薬取締法違反容疑などで、ポルトガル国籍の容疑者を逮捕したというものもありました。コカイン約9グラムが入った直径約2センチのカプセル状のケース(長さ約5・5センチ)を飲み込んでドイツから6月12日に羽田空港に入国し、密輸したなどといい、身体検査で容疑者の腹が不自然に膨らんでいたことなどから医療機関でエックス線検査を実施し、密輸が発覚したものです。体内からはカプセル状のケース130個が見つかったといいます。コカインは計約1.3キロ(末端価格約3000万円相当)に上り、薬銃課は営利目的とみて密売ルートを調べています。また、埼玉県警は、麻酔薬ケタミン約1.9キロを密輸したとして、麻薬取締法違反容疑で、中国籍の自称内装業の容疑者を再逮捕しています。埼玉県警は2023年5月と6月に覚せい剤の密輸容疑で2回逮捕、覚せい剤約4.5キロ(末端価格約2億7000万円)を押収し、入手ルートを捜査しています。ケタミンは動物用の麻酔薬として使用されており、幻覚などの副作用がある麻薬で、衣類を入れた化粧箱に隠されていたといいます。

ダークウェブと呼ばれる闇サイトを使い、オランダから覚せい剤約100グラムを密輸するなどしたとして、覚せい剤取締法違反(営利目的密輸)などの罪に問われたブラジル国籍で元大学生のモチヅキ被告(23)の裁判員裁判の判決で、福岡地裁は、「ダークウェブで犯罪を繰り返す中、犯罪行為に対する感覚を麻痺させていった」として懲役8年、罰金200万円(求刑・懲役11年、罰金200万円)の実刑判決を言い渡しています。判決によると、モチヅキ被告は男2人らと共謀し、2021年9月23日、覚せい剤を国際郵便で国内に密輸、裁判長は「違法薬物販売サイトにアクセスし、海外に注文する重要な役割を自発的に引き受けた」と指摘しています。また、車の補修などに使う「パテ」が入った缶だと偽装して覚せい剤を密輸したとして、茨城県警は、県内在住でイラン国籍の42歳と54歳の男を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕しています。缶に入っていた灰色の液体から覚せい剤の成分が検出されたといいます。2人は、覚せい剤を混ぜた灰色の液体約15キロをステンレス缶に隠し、航空貨物を利用してアラブ首長国連邦から営利目的で国内に輸入した疑いがもたれています。成田空港に到着した航空貨物の中に不審な段ボール箱があるのを税関職員が発見、中には車の補修などに使う「パテ」と表記されたステンレス缶8個などが入っていましたが、缶の中の液体には白い結晶のようなものが混ざっていたため液体を詳しく検査したところ、覚せい剤の成分が検出されたということです。段ボール箱の宛先に記載された情報などから2人の関与が浮上したものです。さらに、ブラジル連邦警察は、サンパウロ近郊のグアルリョス空港でリュックサックの中にコカイン約2キロを入れて国外に運ぼうとしたとして、日本人の男(70)を逮捕しています。報道によれば、空港で荷物を検査したところリュックサックに入れていた枕四つの中からコカインが見つかったといい、男は、仕事でブラジルを訪れておりコカインについては知らなかったと供述、ブラジルからエチオピア経由で日本に行く予定だったといいます。

芸能人など有名人の薬物による逮捕が続いています。自宅で大麻を所持していたとして、俳優の永山絢斗容疑者が大麻取締法違反(所持)容疑で逮捕されています。警視庁が自宅内を家宅捜索したところ、リビングの照明スタンドにかかっていたポーチの中に、若干量の乾燥大麻がラップに包まれた状態で入っているのが新たに見つかったということです。その後、東京地検は、大麻取締法違反(所持)で東京地裁に起訴しています。なお、容疑者の出演作品の取り扱いが、メディアによって分かれている点も注目されています。NHKの大河ドラマは降板が決まったのに対し、映画は予定通り公開することが決定したもので、芸能人の不祥事を巡っては関係した作品の公開の是非が論議を呼ぶことも多いところ、専門家は「作品自体に罪があるわけではなく、作品を非公開にして罪を償う必要はない」とし、映画を公開する判断は妥当だと指摘、別の専門家も「映画を公開中止にして連帯責任をとっても、解決策にはならない」と述べています。また、覚せい剤取締法違反(所持・使用)などに問われた人気アイドルグループの元メンバーで音楽家の田中被告について、最高裁第1小法廷は2023年6月21日付の決定で被告側の上告を棄却、懲役1年8月、執行猶予3年とした1審・名古屋地裁と2審・名古屋高裁の判決が確定しています。1、2審判決によると、田中被告は2022年1~2月、名古屋市内のホテルで覚せい剤を所持・使用するなどしたとされます。さらに、合成麻薬MDMAを輸入したとして麻薬取締法違反などに問われた映画プロデューサー、カオ・ケネス被告=米国籍=に対し、東京地裁は、懲役1年6月、執行猶予3年(求刑・懲役1年6月)の有罪判決を言い渡しています。裁判長は「重大性を考えずに安易に密輸した」と指摘しています。判決によれば、ケネス被告は2023年3月、滞在していた米国からMDMAのカプセル15錠が入った荷物を宿泊する東京都港区のホテルに郵送、判決は、ケネス被告が米国でうつ病のためMDMAを処方されていたとした上で、「日本では違法だと十分認識していた。他人名義で密輸する工作もしていた」と述べています。また、千葉中央署は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、自称ミュージシャン、緑川容疑者を逮捕しています。ジャズバンド「ソイル・アンド・ピンプ・セッションズ」のメンバーとみられ、容疑を認め「自分で使うためだった」と話しているといいます。千葉市中央区中央の路上で乾燥大麻を計2.3グラム所持したといい、不審な挙動をしていた緑川容疑者を警察官が職務質問、バッグ内からポリ袋に入った乾燥植物が見つかり、鑑定で大麻と判明したものです。さらに、日本ボクシングコミッション(JBC)は、世界ボクシング協会(WBA)スーパーフライ級タイトルマッチに臨む元世界ボクシング機構(WBO)同級王者の井岡選手の尿検体から禁止物質の大麻成分が検出されたと発表、世界反ドーピング機関(WADA)の基準値を下回る微量のため、試合は予定通り行われました。検体は2022年12月の世界スーパーフライ級2団体王座統一戦の際に採取したもので、JBCは処分の可能性について「検討中」としています。井岡選手を巡っては2020年12月の試合で受けた検査でも大麻成分が検出されましたが、手続き不備などにより違反は認められないと結論付けられています。

大麻が練り込まれたクッキーを知人から受け取ったとして、大麻取締法違反に問われた兵庫県芦屋市の占い師の女に対し、神戸地裁は、懲役2年、執行猶予3年(求刑・懲役2年)の判決を言い渡しています。判決などによると、女は2022年12月中旬、知人から宅配便で大麻入りクッキーを譲り受け。同年12月末、神戸市内で「運気を上げる」とうたったイベントを開催し、振る舞ったクッキーを食べた参加者の尿から大麻成分が検出されたことで発覚したものです。判決で裁判官は、関節痛の緩和のために大麻を使用したとの動機について、「酌むべき点はなく、大麻への依存性や親和性は顕著だ」と指摘、一方、「一定の社会的制裁は受けている」としています。

東京都足立区のアパートで乾燥大麻約2キロを所持したとして、警視庁は20代の男6人を大麻取締法違反(営利目的共同所持)容疑で逮捕しています。同庁は、男らがこの部屋で大麻を栽培し、3年半で約2億8000万円を売り上げたとみています。男らは地元仲間で、部屋を「工場」と呼んでいたといい、乾燥大麻計1908.558グラム(末端価格約954万円相当)を営利目的で所持した疑いがあり、男らはツイッターで「インポートもののBUDSあります」などと大麻を意味する内容で客を募り、匿名性の高いアプリへ誘導、1グラム7000~1万2000円ほどで売っていたといいます。代金は指定の口座に振り込ませ、乾燥大麻を郵送していたもので、この口座には、2019年4月~22年11月に計約2億8400万円の入金記録があったといいます。福井県警が別の事件で逮捕した別の男の自宅から大麻が見つかり、購入先の捜査でこのアパートが浮上、室内や関係先からは他に覚せい剤396.4グラムも押収されています。また、アパートの一室で大麻草を栽培したとして、福岡県警と九州厚生局麻薬取締部は、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで、福岡県筑紫野市の2人の容疑者を再逮捕しています。2人は面識があり、関係先から大麻草計76株を押収しています。同県太宰府市と福岡市のアパートの部屋で、それぞれ大麻草を栽培するなどし、「栽培方法はインターネットで調べた」と供述しているといいます。さらに、栃木県那須塩原市の観光地で閉店した元土産物店など2つの建物で大麻草675本を営利目的で栽培したとして、神奈川県警国際捜査課は大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで、ベトナム国籍の男女5人を逮捕しています。報道によれば、このグループは、閉店した隣り合う土産物店とそば店の空き店舗を購入、内側から目張りをするなどして寝泊まりしながら大麻草を栽培していたとみられ、室内からは乾燥大麻も押収されており、同課は大麻の密売先などを調べています。グループの男1人について神奈川県警が別の詐欺事件で捜査する中でこの建物に出入りしていることが分かり、家宅捜索で大麻草の栽培が発覚したものです。

陸上自衛隊板妻駐屯地は、大麻を所持したとして、第34普通科連隊に所属するいずれも18歳の男性自衛官候補生2人を懲戒免職にしたと発表しています。1人は2023年4月13日、もう1人は同24日に大麻を所持したといい、2人は4月の入隊前の尿検査で大麻の陽性反応が出たものの入隊、訓練などの活動には参加させていないということです。陸自の警務隊が調べ、2人は所持や入隊前の使用を認めたといい、聞き取りに対し「入隊前に興味本位で使用したものが残っていた」と話したといいます。また、警察の独身寮の自室で大麻を所持したとして、兵庫県警薬物銃器対策課は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、同県警明石署地域3課の巡査(21)を現行犯逮捕しています。警察官の大麻使用に関する情報提供があり、捜査を進めていたところ、同課は容疑者宅や明石署などを捜索し、容疑者の自室で乾燥大麻を発見したものです。

北海道警の違法捜査により精神的苦痛を受けたとして、札幌市の男性(25)と女性(37)が、北海道を相手取り、約1430万円の損害賠償を求める訴訟を札幌地裁に起こしています。男性は覚せい剤取締法違反(使用)容疑などで逮捕されましたが、札幌地裁が捜査の違法性を指摘し、勾留取り消しを決定、その後、いずれの容疑も不起訴処分になったものです。訴状などによると、原告の男性と女性は交際していて、女性が借りるマンションの部屋で同居しており、複数の警察官は2023年3月、男性が女性を殴ったとする傷害容疑事件の捜査名目で女性宅を訪れ、室内にいた男性に任意同行を求めたところ、男性が拒否したため、約4時間後、女性の承諾なしに部屋の窓を割り突入、男性を傷害容疑で緊急逮捕後、強制採尿を実施し、4月に覚せい剤使用の疑いで再逮捕したといいます。原告側は、いずれの捜査も違法だと主張しています。

本コラムで注視している米のオピオイド中毒の問題に関連して、米司法省は、合成麻薬「フェンタニル」の原料となる化学物質を違法に取引したなどとして、中国の原料製造企業4社と中国人8人を起訴しています。米当局がフェンタニルの原料を製造する中国企業を訴追するのは初めてとなります。米当局は、中国が、米国やメキシコの麻薬組織がフェンタニルを製造するための原料の供給元になっているとみており「麻薬サプライチェーンの末端」に捜査の手を広げた形となります。報道によれば、在米中国大使館のスポークスマンは起訴を非難し、「たくみに計画されたおとり捜査が、中国と米国の麻薬対策協力の障害を生むことになるだろう」と述べています。フェンタニル対策を巡っては、ブリンケン米国務長官が2023年6月に訪中した際も、麻薬や原料の世界的な流通を取り締まるために協力する重要性を中国側に提起しています

2023年7月6日付毎日新聞の記事「注射器で感染 それでも薬物を絶たず「治療」 HIV対策の新機軸」は、東南アジアの「黄金の三角地帯」における実態とハームリダクションの重要性について触れており、大変興味深いものでしたので、以下、抜粋して引用します。

一見のどかな時間が流れているように見える集落には、別の顔がある。ラオスと国境を接し、朝と夕、薬物の密売人が姿を現すのが日常風景で、ヘロインなどの薬物が広がる。その上、薬物を打つ注射器の使い回しのため、エイズウイルス(HIV)に感染する人が相次ぐ。…ベトナムは、麻薬の生産地として知られる「黄金の三角地帯」(タイ、ミャンマーとラオスの国境地帯)に近い。交易路に位置し、歴史的に麻薬と結びついてきた。人口約7万6000人の9割を少数民族が占めるクエフォンは、国内で最も貧困層の多い地域の一つだ。生活インフラが貧弱で、高等教育を受けられる人は少ない。こうした背景から、薬物に手を染める人が後を絶たない。…当事者から薬物を取り上げれば問題は解決するのだろうか。…異なるアプローチが導入されている。薬物の使用を断つのではなく、ヘロインの代わりに同じオピオイド系の経口鎮痛剤「メサドン」を服用する方法だ。適切に代用すれば、ヘロインをやめたことによる離脱症状を抑え、徐々に全ての薬物への欲求を減らすことが期待できる。ヘロインを続ける人でも、注射器の共有によってHIVに感染するのを避けるため、清潔な注射器や注射針も保健当局から無償で提供される。こうした取り組みは「ハームリダクション」(害の低減)と言われる。…HIVの対策で、闘うべき相手はウイルスというより、社会の偏見なのかもしれない―。ハームリダクションを実践するベトナムの当事者や支援者たちの姿を取材すると、そう思わされた。同国で00年代初めに年間2万人以上に上ったHIV新規感染者は、対策の強化により年間約6000人まで減少、30年までの流行収束を目指している。

(4)テロリスクを巡る動向

2022年7月8日に安倍晋三元首相が選挙応援演説の最中に暗殺されてから1年が経過しました。この間、現職の岸田首相も演説中に襲撃される事件も発生するなど、要人警護のあり方、選挙と安全といったテーマでの議論や具体的な対策がいくらか深まりを見せたように思われます。そもそも本件が「テロ」であるかといえば、やや異なります。テロについて、2017年3月の国会答弁において、「「テロリズム」とは、一般には、特定の主義主張に基づき、国家等にその受入れ等を強要し、又は社会に恐怖等を与える目的で行われる人の殺傷行為等をいうと承知している」と述べられています。また、日立システムズのWebサイト上の「コラム」において、「私たちは、特定の宗教やイデオロギーに心酔した残忍な人間だという、なんとなくのイメージを持っています。しかし、彼らの多くは決して無知蒙昧な狂信者ではなく、高度な軍事訓練(銃、爆発物の取り扱い方、戦闘訓練)を受け、実戦の知識、技術、経験を持った戦闘員であるということを知っておかなければなりません。テロ組織は国家の正規軍と全面衝突するには、勢力範囲が限定的で規模も小さいため、歯が立ちません。そのため、テロという「最小限の犠牲で最大の効果」を得ることができる「小規模な軍事行動」を戦術として採用しているのです。テロは、大勢の無実の人々を巻き添えに恐怖を拡散し、敵対勢力(敵対国)に心理的打撃と企業活動の停滞などの経済的打撃を与えることによって、闘争を有利に導き、組織の主張を認めさせたり、理想の社会を実現したりする目的で実行されると言われています」と説明されています。本件はテロではないものの、「社会に恐怖等を与える目的で行われる人の殺傷行為等をいう」という部分に着目しれば、広義のテロと言ってよい面もあります。また、いわゆる「ローンオフェンダー」の犯行は予兆がつかみにくく、その行動をいかに早く察知できるか、あるいは行動を抑止できるか、武器を持たせないことで無力化できるか(行動をあきらめさせるか)が今後の課題となります。また、海外での先行研究によれば、反人工中絶や反性的少数者の立場からの犯行など動機・目的も多様化し、レイシズム(人種主義)やヘイトクライム(憎悪犯罪)との境界も曖昧になっており、それとともに「暴力で何かを達成させようとするのではなく、暴力そのものが目的化される」事件も多発するなど、伝統的な「政治的な動機」というテロ要素に、厳密には当てはまらない「広義のテロ」へと変質している点も注目されます。それは反社会的勢力の態様の変質とも共通しており、その射程範囲が大きく拡がっていることも、対策の困難さを高めてしまっています。そのような状況下で発生した本事件については、テロ対策のあり方を考えるうえでの重要な社会的背景や問題点を多く提示していることも間違いないところであり、本事件を厳しく評価・分析していくことが重要だと思われます。なお、直近では、警察庁から「警戒の空白を生じさせないために当面取り組むべき組織運営上の重点について(通達)」が出され、この件については既に前述したとおりであるため割愛します。以下、直近の報道で、さまざまな論点について述べられていますので、以下、いくつか紹介します。

メディアが生むテロ…安倍氏暗殺から1年 筒井清忠(2023年6月30日付産経新聞)

昨年7月8日に安倍晋三元首相が選挙応援演説の最中に暗殺されてから間もなく1年になろうとしているが、私にはある強い感慨がある。暴力の恐怖をもって社会に迫るのがテロであるならば、旧統一教会に対する怒りから起きたあの事件もまたテロと呼ぶべきだし、少なくとも、連鎖的テロを引き起こす危険の高い重大事件であった。しかし、その後、日本のマスメディアとそこに登場する有識者たちは、このことにあまりに無警戒であったと思うのである。…おそらく、彼らにとって、テロと言えば、イスラム過激派のような組織が起こす事件や戦前の五・一五事件や二・二六事件のような軍人関係の事件、そうした組織とは直接関係なくとも、右翼思想などにのめりこんだ過激な政治的人間が引き起こすものであり、安倍氏暗殺のように犯人の個人的な不遇などを動機にした事件は、重大なテロと認識できなかったのであろう。その結果、今後テロリストにどう対処すべきかという重要な問題はなおざりにしたまま事態は推移し、事件から約9カ月後に、岸田文雄首相がやはり選挙演説の最中、近くに爆発物を投げつけられるという、明らかに模倣犯と思われる事件が発生したのである。戦後は起きないはずの「政治家に対する暴力事件」の連鎖が、テロの再発に十分な警戒をしなかったメディアの無意識の助力とでもいうべきものもあって、結果的に現実のものとなったのであった

要人襲撃の検知にAI活用 画像解析、警察庁が実証へ(2023年7月7日付日本経済新聞)

警察庁は要人警護に関し、防犯カメラの画像を人工知能(AI)で解析するシステムの実証を2023年度内にも始める。不審な動きや持ち込まれた武器などの検知につながる可能性があり、導入されれば警護の補強策になりえる。AIによる画像解析には人物の動作を分析する「行動検知」や、人物を特定する「顔認証」といった用途がある。警察庁が実証するのはこのうち行動検知だ。不審者の動作パターンの学習により、周囲を何度も見回すといった通常とは異なる動きを把握(異常行動検知)できる。目視による確認が難しい群衆の中で不審な行動を検知できれば、人力を補完する形で警護のリスク排除に生かせる。このほか、銃などの不審物の検知(物体検知)や特定のエリアへの侵入の検知(侵入検知)といった機能も試す。警察庁は実証で検知の精度を調べ、活用の可能性を慎重に検討する。…テロ対策に詳しい公共政策調査会の板橋功研究センター長は「AIによる画像解析は欧米やアジアで既に活用が広がっており、行動検知は日本企業の研究も進んでいる。警戒の目が増えるため、警察官を効率的に配置するのにも役立つだろう」と話す。…AIによる画像解析を巡ってはプライバシー保護とのバランスが重要だ。EUでは6月に採択した包括的なAI規制案で顔認証機能の使用を制限した。警察庁はAIシステムの実証にあたり、顔認証など特定の人物を検出する技術は対象としない方針だ。

許されぬ「警戒の空白」 見直し進む要人警護、迫る衆院選へ残る不安(2023年7月7日付毎日新聞)

警察当局は事件以降、要人警護で現場に配置する警護員を以前より増強し、「警戒の空白」を生まないようにしている。事件では警護計画に不備があったことも明らかになり、作成の仕組みも見直した。従来は各国首脳が参加する国際会議や現職首相を除き、計画の作成は都道府県警任せになっていたが、22年8月26日以降は全ての計画を事前に警察庁がチェックする仕組みに変更。今年6月末までに審査した約3100件のうち修正した計画は約7割で、当初の9割以上から減少し、都道府県警の理解も進んでいるという。警察庁は22年11月、10人程度だった要人警護に関わる人員を約3倍に増強し、警護を担当する部署の体制も強化した。また実際に警護をした後については、これまでは「重大事案がなければ100点」という感覚があったが、厳格に対応を振り返るように改めた。都道府県警がチェックリストに沿って警察庁に報告し、必要があれば、全国の警察に情報を共有するようにした。今年1月4日に岸田首相が参拝する直前の伊勢神宮(三重県伊勢市)で遠隔操作により爆竹が破裂した際は、事前の不審物などの捜索が不十分だったと判断。その後は事前捜索の専従部隊を用意し、配置される警護員と「二重のチェック」をするケースが増えた。要人の急な日程変更や、予定していない聴衆との「グータッチ」が行われた経験から、予備部隊を厚めに配置することも増えた。6月以降は政治家側に対し、手荷物検査の一律の実施▽演説場所には手荷物検査が実施しやすい屋内会場を優先的に選定▽「グータッチ」など聴衆との直接の接触を回避―などを要請。計画には政治家側とのやり取りを盛り込み、警察庁が細かく確認できるようにした。選挙で有権者との触れ合いを求める政治家側にとっては受け入れづらい内容だが、現状ではおおむね協力的な姿勢を示している。…安倍氏の銃撃事件を受け、各地の警察は体制の見直しに追われている。専門家は「警護の機会が少ない地方警察の練度を底上げするには組織改編だけではなく、有能な指揮官を育てられるかが鍵になる」と訴える。…元福岡県警本部長の田村正博・京都産業大教授(警察行政法)は「多くの捜査現場を経験して成長できる刑事と異なり、警護担当者は実践が少なく練度がなかなか高まらない。地方ではその傾向が顕著だ」と解説する。田村教授はその上で、指揮官の能力向上が現場対応や訓練・研修の効果で特に重要になると指摘。「警護レベルの地域格差を解消するため、国は警視庁などへの人材派遣や有効な訓練の実施を支援していくことが大切だ」と語った。

遊説の安全、探る警察 「グータッチ」回避・屋内開催(2023年7月8日付日本経済新聞)

岸田首相の襲撃事件直後、与党幹部の演説会場では金属探知機や手荷物検査が導入され、警察犬が会場を巡回するなど厳戒な警備体制が敷かれた。…警護を強化するほど、選挙活動の自由度は狭まる。バランスを巡り政治家側と警察の調整が続くとみられる。リスクの排除に向けカギとなるのが「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」と呼ばれる単独犯への対策だ。ローンオフェンダーはSNSへの投稿などで犯行の予兆ともとれる痕跡を残すことがある。警察はインターネット上の情報収集を強化している。…日本大の河本志朗非常勤講師(危機管理学)は「選挙期間中の襲撃リスクが高まっており、警護体制の強化は待ったなしの課題だ」と指摘する。「要人や聴衆の安全を確保するために、有権者の理解を得ながら、警察と政治家、施設管理者らが危機感を共有して具体的な警護・警備の手法を構築し、確実に実行されるよう緊密に協力していく必要がある」と話す。

試行錯誤のローンオフェンダー対策 「永遠の課題」克服できるか(2023年7月7日付毎日新聞)

2022年7月8日に起きた安倍晋三元首相の銃撃事件は、警察当局による要人警護のあり方に根本から見直しを迫った。震源地となった奈良をはじめ各地でその教訓が生かされつつある一方、次の国政選挙に向けて政治家側との連携という課題も浮かぶ。事件から1年がたつ中、兆候をつかみにくい「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」対策にも試行錯誤が続く。…事件前、ツイッターに「オレが憎むのは統一教会だけだ。結果として安倍政権に何があってもオレの知った事ではない」などと投稿していたが、警察当局では警戒対象の人物として浮上していなかった。岸田首相襲撃事件で自作の爆発物を投げつけたとして逮捕された容疑者も、組織には所属していなかった。山上被告らのように単独でテロ行為を起こすローンオフェンダーは、特定組織の情報を集める従来のテロ対策の手法では把握が難しい。…警察当局も対策は進めてきた。銃撃事件後、警察庁や全国の警察は要人の安全に関わる情報に特化したサイバーパトロールを開始。また、山上被告がネット上の動画を見て手作りした銃を使用したとされることから、SNSに流れる銃や爆発物の製造情報などを、委託している民間事業者を通じて削除要請する取り組みを今年2月に始めた。9月からはAIを活用して投稿の効率的な抽出を図る。銃撃事件の前から、警察当局は爆発物の原料となる化学物質を大量購入する不審な人物がいた際、販売事業者に通報を求めてきた。ただ爆薬の原料が含まれる肥料などは、購入に正当な目的があるか店頭では見極めが困難なことから、その効果は限定的だ。…8月以降、情報を収集してきた警備部門に加え、事件捜査に当たる刑事部門や、さまざまな相談事案を抱える生活安全部門と情報共有する会議を定期的に開催するなどの取り組みを一部の都道府県警で試行実施する。その上で24年度までに全国的な体制構築について判断するという。

ローンオフェンダー考 独善的テロリストの誕生 冷徹に計算された暴力(2023年7月7日付産経新聞)

テロリズムが専門の明治大公共政策大学院特任教授、小林良樹の著作によれば、テロの定義については学説上いまだ見解が分かれているが、おおむねのコンセンサスがある基本的な要素として(1)政治的な動機(2)恐怖の拡散(3)暴力の使用・暴力による威嚇-が挙げられる(『テロリズムとは何か』慶応義塾大学出版会)。1980年代以降、イスラム過激派による組織テロが激化し、2001年の米中枢同時テロでピークに達すると、米欧各国が対策を強化。既存テロ組織の掃討を進めた結果、国内自立型の攻撃が主流となる。その中でも特に単独犯の形態が「ローンウルフ」「ローンオフェンダー」と呼ばれるように。事前の兆候がつかみにくく、組織テロよりはるかに対処が困難という特徴がある。米連邦捜査局(FBI)がローンオフェンダーによる52件のテロ事件を調査したリポートによれば、容疑者の96%が他人に発見されることを意図した文章やビデオなどを作成していたという。「彼らが完全に孤立することはない」とFBIは未然防止の観点からこの点に注目するが、孤立ゆえにつながりを求めるとみることもできるだろう。山上は事件直前に送付した犯行声明ともいえる手紙の中でツイッターアカウントと「まだ足りない」のハンドルネームが自分であると明かした。ネットの大海から、自己の人格が発見されることを望んだのだ。海外での先行研究によれば、ローン型テロでは反人工中絶や反性的少数者の立場からの犯行など動機・目的も多様化し、レイシズム(人種主義)やヘイトクライム(憎悪犯罪)との境界も曖昧になっている。伝統的な「政治的な動機」というテロ要素に、厳密には当てはまらない混沌が新たなテロ時代の地平をなす。…テロリストの思想にくみしないことが国際的な報道の潮流となる中、日本では教団に翻弄された山上の半生が過度にクローズアップされ、危うい同情論が人口に膾炙した。勾留中の山上のもとには激励の手紙が多数寄せられ、山上はそのすべてに目を通しているという。事件後に得た他者からの共感こそ、山上がその暴力の延長線上に見据えていたものなのではないか。

武器製造サイト、法規制進まず 警察庁が経産省に呼び掛け―AI監視も「解決策にならず」・安倍氏銃撃1年(2023年7月8日付時事通信)

安倍晋三元首相銃撃事件から8日で1年となったが、インターネット上で銃や爆発物の製造方法を紹介する動画やサイトの法規制は進んでいない。警察庁は、武器等製造法などを所管する経済産業省に規制検討を呼び掛けているものの、同省は「警察の取り締まりで十分」などと法規制の必要はないとの認識を示し、平行線をたどっている。…捜査関係者は「現場で地道に頑張っているが、削除要請に応じるとは限らず、抜本的な解決策にならない。法改正を考えてもらいたい」と話す。警察庁が所管する銃刀法は銃などの管理に関する法律で、製造過程を規制するのは難しい。同庁は、武器等製造法や火薬取締法を所管する経産省に対し、規制を検討するよう働き掛けている。これに対し、経産省は「警察のネットパトロールで取り締まりは十分」との認識を示す。担当者は取材に「武器等製造法は武器の製造や販売を規制する法律で、製造動画やサイトは対象ではない」と指摘。別の担当者も「火薬取締法は火薬を産業で安全に使ってもらうための法律で、犯罪捜査を目的とした法律ではない。事件があったから取り締まりをするのは難しい」と話す。国内法を整備しても、海外サイトには法規制が及ばないという課題もある。児童ポルノ対策のように、閲覧制限する「ブロッキング(接続遮断)」を導入するのが効果的だが、憲法が保障する「通信の秘密」を理由に反対が起きる可能性もある。ネット社会の問題に詳しい東京都立大の星周一郎教授(刑法)は「銃の製造情報は生命身体の自由を奪う可能性がある。武器等製造法の中で、こういうケースはブロッキングできるという『制限リスト』を規定してはどうか」と話した。

本事件では、山上被告はネット上の情報を基に黒色火薬を自ら作ったとされます。爆発力が大きい黒色火薬はテロや犯罪で使われる危険性があり、原料となるアセトンなどの流通に警察当局は目を光らせており、そこでは民間事業者の役割も大きいといえます。爆発物を使用したテロを防止するため、警視庁公安部は、爆発物の原料となり得る化学物質を店で大量に購入しようとする不審者への対応訓練を、東京都足立区のホームセンターで行っています。ホームセンターの店員や綾瀬署員ら約30人が参加、アセトンはマニキュア除光液の主成分であるとともに、車の洗浄用などとして市販されていますが、威力の強い爆弾の原料になりうることが知られています。この「アセトン」を大量に購入する不審者の対応方法が確認されました。購入に必要な身元確認などを拒否した男性客が立ち去った後、店側が警察に通報、男性客の服装を伝えるなど情報を共有する内容でした。警察は2003年以降、特定の化学物質を大量購入しようとした不審人物について通報するよう民間事業者に求めており、対象の物質を増やすなど対策を強化してきたところです。報道で警視庁幹部は「特に購入者への本人確認は、テロを断念させる大きな抑止力になる。民間の協力が不可欠だ」と話していますが、正に、民間事業者ができる最大限の努力によって、ローンオフェンダー等の犯行を食い止めることを期待したいところです。

東京都世田谷区などを走行中の小田急線車内で2021年8月、乗客3人を刺して殺害しようとしたとして、殺人未遂罪などに問われた被告の裁判員裁判の後半が東京地裁であり、検察側による被告人質問が行われ、被告は「1人刺しても何人刺しても捕まることは変わりない。たくさん刺して捕まった方が得だと思った」と述べています。さらに、被告は検察官から、具体的に何人を殺害しようとしたのかと問われると、「何人というのはないが、悔いが残らないようにベストを尽くしたいと思っていた」と回答、大量殺人をすることで「世の中への恨みや理不尽を発散できると考えた」と述べ、犯行後に乗客が悲鳴を上げて逃げる姿を見て「映画の主人公になったようで気分爽快だった」と振り返ったといいます。また、電車内で犯行に及んだ理由については「密室で逃げ場がなく、邪魔が入らないのでマイペースに人を刺せると思った」と説明、「乗客はスマートフォンばかりいじっているので狙いをつけた」と語っています。さらに、約3か月後の同年10月31日に京王線で刺傷事件が起きたことを知ったときには、「先駆者になったと思った」と明かしています。率直にかなり「歪んだ」思考である一方で、犯行の実行においては「冷静さ」や「合理性」もうかがわせる発言の数々であり、大変興味深いといえます。小田急線の事件、それに続く京王線の事件、そして直近で発生した長野県で4人を銃で殺害した事件など、さまざまな視点から報道がなされており、以下、いくつか紹介します。

「勝ち組」女性への憎悪:伝染する怒りと憎悪の物語(2023年7月1日付毎日新聞)

暴力によって何かを達成しようとするのではなく、暴力そのものが「目的」化する若者の犯罪が目立つという。映画や過去の事件のストーリーに感染したように、頭の中で暴力物語を創り上げ、その「主役」を演じ切ることに強い執着を見せる。だが自分の人生や将来にはあきらめが目立つ。そこに見えるのは、現実から離脱し、物語の世界に救済を求める人間の姿だ。…立正大学心理学部の西田公昭教授によれば、犯行のシミュレーションを何度も重ねると気持ちが高揚し、「やれるような気分」になりやすいという。現実と物語の境界が見えにくくなる瞬間かもしれない。映画のジョーカーと近年の暴力的過激主義との関係を分析した欧州大学院(イタリア・フィレンツェ)のオリビエ・ロワ博士は論文で、「(現代の若者が)魅了されるのは(社会への)純粋な反逆」のストーリーだと指摘。「暴力が手段ではなく、それ自体が目的となっている。それは将来を持たない暴力だ」と述べている。…「勝ち組女性」を敵視し自分を絶対的な被害者ととらえる思考は、世界で猛威をふるうインセル(非モテ)ナラティブの典型だ。…事件の最中、「妄想」を行動に移してよいのかという葛藤も感じていた。だが「ここまで来たのだから、とにかく刺さなければ」と刺殺そのものが「目的」化する心理的状態にあったという。…事件の経緯からうかがえるのは、「勝ち組女性への攻撃」や「無差別殺人」というシナリオを完遂することへの強い執着と、一方で、自分の人生や将来には淡泊であきらめがちだというギャップだ。…ナラティブの研究で知られる米心理学者のダン・P・マクアダムス氏は、ナラティブ・アイデンティティーという概念を提示した。アイデンティティーを形成するということは、まさに人生のナラティブ、つまり人生物語をつむぐ行為そのものであり、そうした物語が人生にまとまりや目的、意味を与え、自我を形成していくと指摘した。人はいったん自らの人生に物語を見いだすと、それに沿った生き方、行動を取ろうとするものだとも述べている。

ローンオフェンダーが没入する「インセル」「ジョーカー」物語(2023年6月30日付毎日新聞)

現代社会の脅威とは何か。米田壮・元警察庁長官によれば、「現代型テロ」や「アベンジャー(復讐者)型犯罪」だという。前者は「ホームグロウン(自国育ち)のテロリストによるテロ」。後者は復讐心などから、自暴自棄的に他者を巻き込む犯行だという。米田氏は彼らを「強い犯罪者」と呼び、その特徴として3点を挙げた。刑罰による抑止力が効かない(死ぬこと、捕まることを恐れない)▽組織的ではないため、事前の情報収集が極めて困難▽1人でも高い実行力―。…欧米諸国では、政治的な思想や個人的な信条に基づき、暴力で他者を支配しようとする行為を総じて「暴力的過激主義」と呼ぶ。ナチス・ドイツを生み出したドイツの治安当局は、暴力的過激主義を「極右」「極左」「宗教」「その他」の4系統に分類。「その他」の一つである陰謀論の動向には特に目を光らせる。近年、SNSの普及で人心をひきつけるさまざまな陰謀論が日々大量に発信されている。受け手が求めているものと合致すると、受け手は心にカギがかかったような状態となり、思い込みが急速に強まって暴走しやすくなる。…人間は、脳内報酬がないと生きられない。山上被告は殺害計画を立てたり銃を製造したりしながら、犯行をイメージするナラティブ、つまり物語の中に生きることで「報酬」を得ていたのかもしれない。「社会的に孤立した状態、心理的に孤独な状態だと、ドーパミンも不足するしセロトニンも不足するしオキシトシンも、全部不足するんですよ。だからそういう意味では動物的に、本能的に報酬を求める可能性はあります

鉄道の安全対策はどう変わったか 列車内で相次いだ乗客刺傷事件(2023年6月26日付産経新聞)

京王線特急や小田急線快速急行の車内で令和3年に相次いだ乗客刺傷事件を受け、鉄道各社は防犯カメラの設置や緊急時のホームドアの取り扱いを見直すなど安全対策を強化している。国土交通省によると、事件が発生した京王線の車両には防犯カメラが設置されておらず、乗務員は車内の詳しい状況を把握できなかったが、小田急線の車両には防犯カメラが設置されており、事件後に発生当時の乗客の避難行動などを検証できた。このため国交省は、新幹線や主に乗客の多い大都市の路線を対象に、今秋にも、新造車両の車内に防犯カメラの設置を義務付ける方針を示している。国交省が3年12月に鉄道各社に示した対策では、車内で複数の非常通報装置が使用された場合は緊急事態と認識して速やかに停車。ホームドアと車両のドアがずれていてもドアを開けて乗客の避難を優先するようにした。京王線の事件では、特急が緊急停車した駅で乗客が非常用ドアコックを操作したが、ホームドアとずれた位置に停車したため乗客が窓から脱出しなければならなかったためだ。

ローンオフェンダー考 募らせた不公平感「世の中への憎しみ」に(2023年7月9日付産経新聞)

「周りの人は何不自由なく暮らしているのに自分だけが不幸な気がして、世の中への憎しみに変わっていった」先月29日、東京地裁の法廷でこんな不公平感を打ち明けたのは、小田急線車内で令和3年8月に乗客を刃物で刺した対馬悠介(37)。勤務先を退職し、事件を起こした年の3月から生活保護を受給していた。検察側の論告などによれば、対馬は以前から「男性の友人には見下され、女性からは軽くあしらわれている」と感じていた。幸せそうなカップルや男性にちやほやされる「勝ち組」の女性を憎み、大量殺人を考えるようになった。…米国で起きたローンウルフ(ローンオフェンダー)型テロを調べたマーク・ハムらのリポート(2015年)によれば、ローン型テロリストは「与えられたはずのものを剥奪されたように感じ、自分たちが雇用されなかったり不当な扱いを受けたりしていることに政府への不公平感(不満)を形成する」という。特徴は、個人的な不公平感と政治的な不公平感が組み合わさること。テロ組織において不公平感は集団的に共有されるが、ローン型は個人的感情のみに端を発する。「自分だけが不幸」という小田急刺傷事件の対馬悠介(37)の不公平感がまさにそれだろう。…もっともこの不公平感に導かれ、テロの実行に至るまでにはさらに自己の思考を過激化させるプロセスが必要だ。以前は主に既存のテロ組織がこの役割を担ったが、近年はSNSやメディアがこれに置き換わった。…「誰かのせいだ」と責任を外在化させることで、わずかに残った自尊心、自己肯定感を保つ-。立正大教授(社会心理学)の西田公昭は「ネットの発展で自分と類似の人、モデルをすぐに見つけられるようになった。そうした情報に触れることで感化されていく」と、自己過激化しやすい時代背景を指摘した。…暴力は連鎖する。それは朝日の時代から、あるいはそれ以前から変わらない。山上の暴力もまたそうだった。今年4月に首相の岸田文雄(65)を襲撃した木村隆二(24)は山上と同じく、選挙の応援演説を狙いテロを決行した。木村は現行の選挙制度が不公平だと主張していた.

その他、海外のテロリスク等の動向について、最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米国務省は、2021年8月のアフガニスタン駐留米軍撤退を巡る混乱について検証した報告書の一部を公表し、これまで、混乱の原因の一端は米軍撤退の方向性を決めたトランプ前政権にあるとの見方を強調してきましたが、今回は一転してバイデン政権の見通しの甘さや準備不足などを大幅に認めるものとなりました。バイデン政権がアフガンのガニ政権を崩壊させたイスラム主義組織タリバンの進撃を過小評価し、アフガンの状況が悪化した際に「大規模なタスクフォースを設置しなかった」ことを挙げ、事態対処の責任者不在など危機管理体制に問題があったと結論付けています。バイデン政権のアフガン対応を巡っては、現地情勢を見誤ったとの批判が米世論で根強く、一定の責任を認めざるを得ないと判断した可能性が指摘されています。野党共和党がバイデン政権の危機管理能力への批判を強めることになりそうです。なお、関連して、米国のトランプ前政権で国務長官を務めたマイク・ポンペオ氏は、ロシアによるウクライナ侵略について、アフガニスタンからの米軍撤退がプーチン露大統領の決断に影響を与えたと分析、「力による平和を実現するため、ロシアに弱みを見せてはいけなかった」と語っています。
  • アフガニスタンで、イスラム主義組織タリバンが政権を奪取した2021年8月15日から2023年5月30日までの間、爆弾テロなどに巻き込まれ死傷した民間人は3774人に上ったと、国連アフガン支援団(UNAMA)が公表した報告書で明らかしています。政権奪取前と比べ民間人の死傷者数は減っているといい、タリバンと旧政府軍との戦闘がほぼ終結したためとみられています。3774人のうち、死者は1095人、負傷者は2679人で、死傷者の約4分の3は礼拝所や学校といった公共の場で爆破装置による無差別テロに巻き込まれたものだといい、大半は、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)系武装勢力による犯行としています。
  • 米中央軍は、シリアで無人機による攻撃を2023年6月7日に実施し、ISのウサマ・ムハジール幹部を殺害したと発表しています。シリア東部での指導者だということです。ISは米軍などの作戦で最高指導者や幹部を相次ぎ失っていますが、関連組織はテロを継続している状況にあり、米中央軍は「ISの脅威は残ったままだ」とし、掃討作戦を続けると強調しています。
  • 2023年6月20日付ロイターによれば、アフガニスタンの人権状況に関する国連特別報告者リチャード・ベネット氏は、ジュネーブで行われた国連人権理事会で、同国で実権を掌握しているタリバンによる女性と少女の処遇は、ジェンダーのアパルトヘイトに相当する恐れがあると報告しています。ベネット氏は「タリバンの思想と規則の根幹には、女性に対する重大で組織的かつ制度的差別が存在する。これは、タリバンがジェンダー・アパルトヘイトに責任がある可能性を示している」と述べています。国連は、ジェンダーまたは性別を理由に個人に対して行われる経済的・社会的性差別」をジェンダー・アパルトヘイトと定義しています。また、ベネット氏は「われわれはジェンダー・アパルトヘイトをさらに追及する必要性を強調、現時点では国際犯罪となっていないが、そうなる可能性がある」と指摘、「現在、アパルトヘイトは人種を対象としているが、これをアフガンの状況に当てはめて人種の代わりに性別を適用すれば、その方向に向けた強い示唆となるとみられる」と述べています。一方、アフガニスタンを統治するイスラム主義組織タリバンのザビフラ・ムジャヒド報道官は声明で、タリバン政権はイスラム法を実施していると述べ、国連や西側の機関による「プロパガンダ」と非難しています。
  • ISの帰還兵の問題やその家族の帰国を認めるべきかの問題はいまだに十分な解決が見いだせていません。英国のキングスカレッジ・ロンドン過激化研究国際センター(ICSR)が各国政府の発表や報道をもとにまとめた2018年の報告書によると、2013年4月からの約5年間で80カ国の4万1490人がISに参加し。女性と未成年はそのうち4分の1を占めるといいます。西欧諸国の出身者は約6千人で、このうちフランスの出身者は約1900人で最多となっています。フランスではテロ行為に直接加担していなくとも、シリアに渡ってISに参加することや戦闘員の妻になることが、テロへの関与として罪に問われることになります。ISに参加した罪に問われたアマンディヌ・ルコーズの公判では、検察側は約530人の女性が結婚などを通じてISに加わり、150人が帰国したと明らかにしています。仏紙ルモンドによると、フランスでテロが相次いだ2015年以前に、短い期間だけシリアなどに滞在して帰国した約40人は訴追されていません。フランス政府はISに加わった女性やその子どもの帰国について、「ケース・バイ・ケース」で判断するとしていますが、今も約100人がシリア北部のキャンプで拘束されたままだといいます。
(5)犯罪インフラを巡る動向

新型コロナウイルスの無料検査事業を巡る補助金の不正申請が、各地で相次いで発覚しています。本コラムではさまざまな給付金や助成金、貸付金など、コロナ禍という国家的危機に支出された多額の公金が、一部の悪質事業者によって食い物にされた事例を取り上げてきました。2023年7月2日付産経新聞の記事「コロナ無料検査の不正「当たり前」 公金食い物に…内部関係者が明かす水増しの実態」では、「検査件数の水増しなんて当たり前のことだった」と、過去の検査事業で億単位の補助金を受け取ったとされる大阪府の委託先の内部関係者が赤裸々に実態を明かしています。報道によれば、無料PCR検査では、採取した受検者の唾液を「検査ラボ」と呼ばれる専用施設へ送付、施設の装置を使って陽性か陰性かを判断して、「最短2日で受検者のメールアドレスに結果を通知する仕組み」で、この中で起きる典型的な不正が、「PCR検査しか受けていない人が、同時に抗原検査を受けたと偽って検査件数を水増し」し、補助金を申請する手口だといいます。抗原検査は一般的に、鼻の奥の粘液を綿棒で取ってウイルスのタンパク質を検出し、その場で15分程度待てば結果が判明しますが、PCR検査で採取する唾液とは異なり、検査ラボに送ることなく検体は廃棄されるため、検査申込書は府側に提出する必要がなく、1週間ごとに件数のみを報告していたといいます。大阪府側は不正に関する情報が寄せられた事業者に対し、抗原検査の申込書を提出するよう求めたところ、事業者側は筆跡などから申込書の偽造が発覚するのを恐れ、「手書きの申込書の情報をパソコンで入力し、申込書を作り直して提出していた」といいます。また、「(ある検査業者が)保険代理店から入手した保険契約者の名簿から、協力してくれそうな契約者を物色し、『陽性』のPCR検査結果を捏造して保険金をだまし取っていた」ともいいます。こうした「不正申請は全国で相次いで発覚しており、東京都も2023年6月、11事業者が都に総額約183億円の補助金を不正に請求していたと発表、同6月には埼玉県の無料検査事業で抗原検査を実施したように装い、補助金約100万円をだまし取ったとして、詐欺容疑で30代の男ら2人が逮捕されており、男の関係先からは、この約1年間で7000万円以上の請求があったとされます。また、新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けた企業の休業手当を国が助成する「雇用調整助成金」(雇調金)を仲間と共謀してだまし取ったとして、神奈川県警は、大阪府を拠点としている社会保険労務士の30代の男を、詐欺の疑いで逮捕しています。男は指南役とみられ、被害総額は約5億円に上る可能性があり、雇調金の詐取事件では全国でも最大規模といいます。社労士の男は2020年、横浜市内の人材派遣会社の代表ら男3人と共謀し、同社が3か月間休業したとして国に雇調金を申請する際、従業員数を偽って記載した書類を提出して約1億1000万円をだまし取った疑いがもたれており、実際の従業員は数人だったところ、約200人に水増しするなどしていたといいます。雇調金の申請方法についてノウハウを持つ社労士の男が、3人を指南し、不正受給を繰り返して約5億円を詐取した可能性があるとみて、詳しい経緯を調べています。正に専門家が(高い職業倫理観が求められるにもかかわらず)その専門知識を悪用することで犯罪を行う(あるいは助長する)「専門家リスク」の側面もあります。また、本コラムでもたびたび指摘しているとおり、対応にスピード感が求められる一方で、行政側のリソース不足、コロナ禍における極めて高い業務負荷などによって、「審査が形骸化」してしまった隙を突かれた側面もあり、だからこそ、本来はマイナカード等を適切に活用して正確かつ迅速な対応が目指されるべきです(残念ながら、その大前提となる個人情報とのひもづけのところで躓いてしまっている現状は歯がゆいものがあります)。

コロナ禍における公金による補助の「犯罪インフラ化」も問題ですが、自由貿易をゆがめかねないグレーな補助金が世界でなし崩しに広がっており、実体経済にも悪い影響を及ぼしかねないという問題も指摘されています。2023年7月1日付日本経済新聞の記事「世界で補助金肥大、コロナ前から6割増 陰る自由貿易」によれば、政府が市場に介入する補助金などの措置は世界で5万件超と10年前の2.5倍に増え、自動車や半導体などの供給網の見直しを理由に自国での投資や生産を優遇する例が目立ってほり、ウクライナ危機による分断も重なり、各国がなりふり構わなくなっていると指摘しています。欧州の調査機関グローバル・トレード・アラート(GTA)によると、自由競争を妨げる国単位の措置は2023年5月時点で約5万2千件で、企業支援の性格が明確な補助金はコロナ前比6割増え、全体の半数に及ぶといいます。補助金の影響を受ける貿易の割合も金額ベースで10年前に30%台だったのが50%に迫っているといいます。報道で国際貿易投資研究所の鈴木裕明客員研究員は「補助金で競争力を底上げする政策が選ばれている」と指摘していますが、本来、自由貿易をゆがめるような補助金は世界貿易機関(WTO)が規制してきたところですが、機能しなくなっているのが現状です。自由貿易の旗振り役だったはずの米国の近年の変質はあからさまで、背景には中国の台頭への危機感があり、トランプ前政権時代には関税の引き上げ合戦まで始めています。貿易と経済の拡大は相関があるとされ、国際通貨基金(IMF)は分断が進めば世界の1人あたり実質所得が1~2%ほど減るとしています。

警察庁は「犯罪インフラ」について、「犯罪を助長し、又は容易にする基盤のことをいい、不法滞在者等に在留資格を不正取得させる手段となる偽装結婚・偽装認知等のようにその行為自体が犯罪となるもののほか、それ自体は合法であっても、詐欺等の犯罪に悪用されている各種制度やサービス等があります。こうした犯罪インフラは、あらゆる犯罪の分野で着々と構築され、治安に対する重大な脅威となっています」と述べています。直近では、外国人技能実習生による失踪問題に加え、「偽装結婚」も見られるなど、外国人技能実習制度自体の「犯罪インフラ」化も懸念されるところです。京都府警は20232年「5月、資格外の仕事をしたとして、技能実習生の女を逮捕していますが、日本人の男と偽装結婚をして、在留資格を得ていたといいます。報道では、「「日本人配偶者」という在留資格を得てメンズエステ店で働き続けたい実習生の女。安定的に店を営業するため従業員を減らしたくない経営者の女。金がほしい男」という3者の利害が一致した構図が指摘されています。京都府警は、偽装の婚姻届を出したとして電磁的公正証書原本不実記録・同供用容疑で3人を逮捕、その後、起訴に至っています。さらに、男は実習生を受け入れる企業の監督を担う「監理団体」で勤務しており、正に「監理団体」の「犯罪インフラ」化の問題も指摘されるところです。報道で府警幹部が「実習生は実習先をやめた後、別の職に就けないため、不法就労など罪を犯すケースが目立つ。隙が多い制度で、改善を進めてほしい」とコメントしていますが、犯罪インフラ化が深刻化している以上、その改善は急務だといえます。

本コラムでもたびたび取り上げてきた自動車盗の手口「リレーアタック」は、車から出る微弱電波を拾い、スマートキー(電子鍵)を誤作動させる電波を発してエンジンをかけることなどができる仕組みですが、新たな捜査手法が考案され、注目されています。自動車の窃盗に使うための専用機器を所持していたとして、埼玉県警が、コロンビア国籍で無職の男を電波法違反(無線局の不法開設)容疑で逮捕、スマートキーを解除するために不正な電波を発する専用機器を「無線局」として位置づけて摘発したもので、全国初だといいます。警察はこの捜査手法で窃盗グループを機器の所持容疑で摘発することが可能になり、被害抑止につながるとみているといいます。本件では、車は盗難車で、男が事故を起こし、車内からリレーアタック用の機器が見つかったものですが、埼玉県警はこれまでに機器が法定値を上回る強さの電波を発し、スマートキーを解除できることを確認、電波法を所管する総務省や警察庁と調整し、無線局と位置づけることが可能と判断したということです。リレーアタックの無力化につながる成果といえますが、自動車盗においては、窃盗グループが盗難車を持ち込む「ヤード」と呼ばれる塀や柵で囲まれた車の解体・保管場所の犯罪インフラ化への対応も必要です。ヤードで間を置かず、解体してパーツを売ったり、コンテナに積んで密輸出したりする目的で「出荷」されていくことがわかっていますが、以前、GPSを使ってその場所を特定する捜査手法が採られていたものの、司法の場で「プライバシーの侵害」との訴えが相次ぎ、2017年に最高裁は「公権力による私的領域への侵入にあたる」とする判断を示し、警察はこの手法を使えなくなりました。自動車盗を巡ってはこのようにさまざまな犯罪インフラとその無力化を目指した捜査手法が編み出されてきましたが、まだまだ一進一退の攻防が続くことが予想されます。一方、自動車盗の手口としては、車の外部からつないでシステムに侵入し、ロックを解除してエンジンを始動させる違法な機器「CANインベーダー」も犯罪インフラとなっています。直近でもCANインベーダーを使って高級車を盗んだとして、警視庁は、職業不詳の男女3人を窃盗の疑いなどで逮捕しています。警視庁は、この容疑者らが2022年5月~2023年6月に都内や埼玉、千葉各県で、トヨタ製の高級乗用車ヴェルファイアやアルファードなど計57台(時価約3億円)を盗むなどしたとみているようです。なお、盗まれた車は海外に輸出されたとみられています。現状、CANインベーダーへの対策はなかなか難しく、タイヤロック、ハンドルロック、シフトレバーのロックなどの物理的な対策が、車両窃盗をもくろむ犯人にとって面倒な車だと思わせることができ、抑止力につながるほか、車両盗難にあっている車の約7割が屋外の契約駐車場であることから、人目につきやすい駐車場に変更したり、シャッターがある屋内の駐車場を検討することもひとつの防犯対策として有効かと思われます。CANインベーダーという「犯罪インフラ」の無力化に向けて、こうした自助努力に加え、官民で連携しながら取組みをすすめてほしいと思います。

SIMスワップの脅威については、本コラムでも注意喚起をしていますが、その背景には、SIMカードの本人確認の脆弱さが要因の1つとして挙げられます。他人名義のSIMカードは電話の発信者の特定を難しくできるため、特殊詐欺などの組織犯罪で使われる「犯罪インフラ」のひとつです。直近でも、ベトナム人3人と共謀し、他人名義の運転免許証を使ってスマートフォンのSIMカードを不正に購入したとして、埼玉県警は、スマホ販売店に勤務する同県朝霞市の日本人の男を詐欺容疑で逮捕しています。販売店の関係者の摘発は異例といい、系列店などの在庫状況や、店員による身分証の確認方法などを3人に教え、不正購入を手引きしていたとみられていますが、ここまでされれば、本人確認自体が無効化され、犯罪者のやりたい放題となってしまい、「専門家リスク」「従業員リスク」の典型だともいえます。なお、県警は、3人がSNSで「闇バイト」に応募し、何者かに購入を指示されたとみて捜査、押収したスマホの通信履歴などから、男を特定したということです。また、4枚目の購入を申し込んだ時点で店側が不審に思い、警察に通報したものです。

本コラムでも取り上げてきましたが、生物兵器製造に転用可能な装置を無許可で輸出した外為法違反容疑などで警視庁公安部は2020年、製造元企業(大川原化工機)の社長ら3人を逮捕、検察は起訴したものの、1年4カ月後に「犯罪に当たるか疑義が生じた」と起訴を取り消すという事案がありました。事件の捜査の違法性を問うため、社長らは国と東京都を提訴しました。その訴訟で、現職捜査官が「事件は捏造」と証言して大きな波紋を広げています。争う都の側の警察官(しかも捜査幹部クラスである警部補)が捜査を批判した点で相当な重みがあります。証言の中には、立件を手柄にして出世したい幹部たちの姿勢が背景にあったことを示唆するものもあったようです。経済安全保障を取り巻く環境が厳しさを増す中、由々しき事態だといえます。このあたりについては、2023年7月6日付産経新聞の主張「公安の「捏造」証言 国益害する異様な事態だ」が的確かつ厳しく指摘していますが、「中国や北朝鮮などの兵器開発に日本企業の民生品が利用されてはならない。そのための輸出管理捜査である。企業活動を阻害することもあるため、自由社会の安全を守る目的での国家権力の行使だという国民の理解が必要だ。警察捜査への信頼そのものである。証言の通り、捜査に捏造があったとしたら、信頼など得られまい。経済安保の強化に向け、輸出管理は重要度が増している。それなのに、警視庁で何が起きているのか。混乱を喜ぶのは、日本の捜査が緩んで利益を得る国や勢力だ。なぜ捜査幹部が相次いで捜査批判を証言するに至ったのか、警視庁には公安捜査の受益者たる国民に説明する責務がある」との主張は正に正鵠を射るものといえます。なお、本件については、当時の経済産業省の担当者も、「輸出規制対象外の可能性を警視庁に伝えた」、(公安庁幹部が経済産業省に働きかけたとの警部補の証言について)「んなことはありえない」と証言したこと、一方の検察官は「当時に戻っても同じ判断をすると思う」、「間違った判断をしたとは思わない。謝罪はしない」と証言したこと、警察白書などに事件が実績として掲載されたことについて、谷公一・国家公安委員長が、警察庁に対し「削除がこの時期になった経緯も含めて、(同社側に)丁寧な説明を行うよう指示した」こと、警察庁の担当者からは電話で2分ほどの説明のみで謝罪はなかったことなども関連して報じられています。また、原告側の大河原社長は、「いわば警察が作り上げた事件だった」、「否認・黙秘したことで長期に拘束された」と日本の司法制度にも疑問を投げかけ、「あいまいな規定は恣意的に運用されるリスクがある。規制するのであれば、経済産業省はきちんと関係者に説明すべきだ」、「無実を認めてもらい、名誉を回復したい」と述べています。なお、関連して、経済産業省は、武器の製造に転用できる工作機械などを無許可で輸出したとして、貿易会社「SEALS」(横浜市)に対し「外国為替及び外国貿易法(外為法)」違反で厳正な輸出管理と再発防止を求める警告書を出しています。同省は「わが国の安全保障、貿易管理への信頼を損ねるもので大変遺憾だ」としています。経産省によると、同社の社員1人が2014~22年に中国、ベトナム、米国、タイなどへ、許可が必要な工作機械や濾過用装置を16回輸出、濾過用装置は生物兵器の製造などへも利用可能で、同省は他社の輸出許可申請を審査する過程で違反行為を発見し、同社への立ち入り検査を行い、輸出された機械や装置は民生用として使われていることを確認したといいます。社員が申請を怠った動機は不明であるものの、同省は事業者の管理責任を問題視して警告に踏み切りました。今後、社員の刑事告発に踏み切るかは「安全保障、貿易管理に支障が生じる可能性があるため、詳細は控える」としています。

経済安全保障の観点では、機密情報の取扱いも極めて重要となります。研究機関「産業技術総合研究所」(産総研)の中国籍の研究者が、研究データを中国企業に流出させたとして警視庁公安部に逮捕されています。研究者は否認していますが、外国人の存在が欠かせなくなった日本の研究現場に衝撃が広がっています。報道によれば、容疑者の逮捕容疑は2018年4月13日午後、このメーカーが使うメールアドレスに、フッ素化合物の合成技術情報が記された研究データを送信したというもので、逮捕時には「営業秘密にあたるものではない」と否認したといいますが、メール送信の約1週間後、この化学メーカーは中国で特許を申請、内容は容疑者がメールで送った研究データと似ており、2020年6月に特許を取得したということです。報道で捜査幹部は事件について、「日本の公金を用いて生み出された研究成果が海外で特許を取得され、国益が損なわれた」と評し、「似たような事案の情報は他にもある。事件は氷山の一角にすぎない」と指摘していますが、こちらも極めて由々しき事態だといえます。低迷し続ける日本の研究力の回復には、国際共著論文数を増やすなど、海外との連携強化も課題だとなっており、日本の公的な研究現場は、外国人とりわけ中国人の研究者なしでは成立しにくくなっているのも事実であり。中国は研究者数や論文総数だけでなく、引用数が多い注目論文数などでも米国を抜き世界1位となり、いまや世界有数の科学技術立国です。経済安全保障の観点からこうした外国人研究者との連携を両立させていくために、知恵を絞っていく必要があります。

京都市の女性2人が毒性の強いタリウムを摂取させられた殺人・殺人未遂事件で、叔母に対する殺人未遂容疑で大阪府警に再逮捕された容疑者が叔母の容体が急変する2か月前、同市の試薬販売業者からタリウム50グラムを購入していたと報じられています。成人の致死量50人分に相当する量で、大学関係者を装って購入し、受領書からは容疑者の指紋が検出されたといいます。報道によれば、容疑者は2020年5月22日、京都市の業者に京都府内の大学関係者を名乗り、タリウムの購入を申し込み、同25日に業者を訪れ、50グラムを購入したとされ、購入時、毒劇物取締法で提出が義務付けられている書面に本名で署名し、押印していたといいます。テロ対策の文脈と重ね合わせれば、こうした劇薬が、本人確認を適切にしたうえで簡単に購入でき、それが犯罪に悪用されてしまうことが実際に起きていること、それを食い止めることが(研究用途とすれば)なかなか困難であることを突き付けられた形となり、大変な危機感を覚えます。

消費者を誘導し、欺き、強要し、又は操って、多くの場合消費者の最善の利益とはならない選択を行わせる「ダークパターン」の問題が顕在化しており、本コラムでもたびたび注意喚起をしています。直近では、(ダークパターンの代表的なケースとなっている感がありますが)米連邦取引委員会(FTC)は、米アマゾン・ドット・コムが数百万人の消費者を「同意なしに」有料会員サービス「アマゾンプライム」に登録させた上、解約手続きも困難にしているとして、シアトルの連邦裁判所に提訴しています。FTCは「アマゾンは数百万人の消費者を故意に欺き、知らないうちにアマゾンプライムに登録させた」と主張、アマゾンは消費者を不利な決定に誘導する「ダークパターン」として知られる「操作的、強制的、欺瞞的なユーザー・インターフェースデザインを使用して、消費者を欺き、自動更新のプライム会員に登録させた」としています。FTCは2021年3月からアマゾンプライムの登録・解約手続きについて調査しており、FTCのリナ・カーン委員長は声明で「アマゾンは利用者をだまし、同意なしに登録を維持させ、利用者をいら立たせただけでなく、多大な損害を与えた」と指摘しています。訴状によれば、プライムを解約しようとした消費者は複数の解約手続きを踏まなければならなかったといいます。一方、同社はプライム加入・解約に関わる仕組みは「明快かつシンプル」だと反論、FTCの主張は事実誤認だとする声明を発表、「法廷に私たちの訴えの論拠を提供するのを楽しみにしている」と全面的に争う構えです。

犯罪人引き渡し条約を締結していない現状がもたらす犯罪インフラ性は、ルフィの事件などでも明らかですが、この問題についての報道から、以下、抜粋して引用します。

海外にいる容疑者は700人 出国すれば「逃げ得」なのか(2023年6月28日付毎日新聞)

国内で起きた何らかの事件への関与を疑われている容疑者で、事件後に出国するなどして海外にとどまっているとみられるのは約700人に上る。一方で、元参院議員、ガーシー(東谷義和)容疑者(51)が帰国したところを成田空港(千葉県成田市)で逮捕されたケースや、海外を拠点に特殊詐欺をしていたとみられるグループが潜伏先から強制送還されるケースもあった。警察当局は「逃げ得を許さない」と厳しい姿勢を示すが、国内での身柄確保に比べてハードルは高い。…実際、捜査の手が及ぶ前に海外渡航することは不可能ではない。捜査当局が容疑者を特定し、逮捕状を取得するまでには一定の時間がかかるからだ。捜査関係者は「出国する直前に空港などで気づけば身柄を押さえるための手配もできるが、それにも逮捕状が必要。永遠の課題だ」と語る。…容疑者が滞在する現地当局への働きかけが必要になり、国際刑事警察機構(ICPO)や外交ルートを通じて身柄の拘束などを要請する。しかし、それぞれの国の法律や考え方があり、身柄の引き渡しは簡単には進まない。捜査関係者は「現地当局に通い詰めれば対応に動き出してくれるが、そこまでできるケースはわずかだ」と唇をかむ。身柄の引き渡しに関しては、引き渡しを相互に義務づける「犯罪人引き渡し条約」があるが、日本がこの条約を結んでいるのは米国と韓国だけ。…さらに容疑者が外国人の場合は、自国民保護の観点から引き渡しがスムーズにいかない場合がある。捜査関係者は「日本に死刑制度があることや、『人質司法』などと言われるように身柄拘束が長期化するケースがあることがネックになっている」とみる

ネット通販などで、安全性が疑われる製品やリコール製品が流通しないようにするため、大手ネット通販事業者などが自主的な取り組みを強化しており、不適切な製品が出品されていると経済産業省など規制当局からの指摘を受けて出品を削除することなどを盛り込んだ「製品安全誓約」に、アマゾンジャパンや楽天グループなど7社が近く署名する予定です。製品安全誓約は、欧米やオーストラリアなど海外で先行している取り組みで、ネット上で製品の「売買の場」を提供する事業者を対象に、リコール品や安全でない製品が出品されていた場合に自主的に削除したり、規制当局からの要請を受けて出品削除したりすることなどが盛り込まれる予定です。国内で製品安全を担う経済産業省ではこれまで、違反製品を見つけても出品者と連絡がとれない場合などは、モール事業者に削除を要請してきましたが、今回の誓約で、自主的な取り組みを促し、事業者との協力体制を強化する狙いがあるといいます。ネット通販は、市場が拡大し、重要な社会インフラとなる一方で、販売された製品による火災などの重大製品事故が相次ぎ、法令違反の製品が流通している実態が問題視されています。また、海外出品者による日本の消費者への直接販売が増加する中、法令違反が疑われる製品を販売する海外出品者に対して、規制当局が連絡がとれない事例も目立っています。「場」を提供する事業者との一層の協力体制が求められているところであり、報道で京都大の依田高典教授(応用経済学)は、「誓約をさせることで、事業者が社会的責任を自覚することになり、出品を適切に管理してもらうことができる」と評価しています。

▼消費者庁 製品安全誓約(日本国)
  • 日本版「製品安全誓約」とは、OECD(経済協力開発機構)が公表した「製品安全誓約の声明」を踏まえ、関係省庁と主要なオンラインマーケットプレイス(OM)を運営する事業者により策定したものです。製品安全誓約は、OM上において出品・販売される、リコール製品や安全ではない製品がもたらす、生命・身体に及ぼすリスクから消費者をこれまで以上に保護することを目的とした、製品安全に係る法的枠組みを越えた「官民協働の自主的な取組」です
▼日本国製品安全誓約
  1. 規制当局等のウェブサイトから、リコール製品や安全ではない製品に関連する情報を定期的に確認し、これらの製品を特定した場合は適切に対処する。
  2. 規制当局からリコール製品や安全ではない製品に関連する情報の通知又は出品削除要請ができるよう、専用の窓口を提供する。
  3. 規制当局から出品削除要請を受けてから2営業日以内に、要請を受けたリコール製品や安全ではない製品の出品を削除する。また、規制当局に対して、実施した措置とその結果を通知する。
  4. 規制当局から情報提供の要請があった場合には、リコール製品や安全ではない製品のサプライチェーンを合理的な範囲で特定し対応する。
  5. 規制当局からの情報提供の要請に係る対応及びリコール製品や安全ではない製品の出品削除を実施するための内部管理体制を構築・維持する。
  6. 誓約の署名者に対して、リコール製品や安全ではない製品が出品されていることを消費者が直接通知できる手段を提供する。通知があった場合は、署名者が構築した処理プロセスに基づき、5営業日以内に適切な対応を行う。
  7. 販売者が日本の製品安全関連法令を遵守する措置を実施するため、販売者に対して、規制当局等が提供する製品安全に関連する情報を共有するなど、法令に係る知識を習得できる合理的な機会を提供する。
  8. 規制当局や販売者と協力し、リコール製品や安全ではない製品に関連する各事業者や規制当局の措置について、消費者に情報提供する。
  9. 必要に応じ、出品禁止製品、リコール製品や安全ではない製品の販売を阻止又は制限するための制度を構築・維持する。
  10. 規制当局と協力し、リコール製品や安全ではない製品の販売を意図的に繰り返すなどをする悪質な販売者に対して、適切な措置を講ずる。
  11. 既に出品削除されたリコール製品や安全ではない製品の再出品を阻止するための適切な措置を講ずる。
  12. リコール製品や安全ではない製品の検出や出品削除の水準を向上させるための新技術やイノベーションの活用を積極的に検討する。

SNSの犯罪インフラ化に関する海外の動向からいくつか紹介します。フランスのマクロン大統領は、検問中の警察が17歳の少年を射殺したのを機に暴動や略奪が広がったことについて、「SNSプラットフォームが大きな役割を担っている」と指摘しています。SNSで暴力をあおる利用者を特定するため、運営会社に協力を求める構えを示しています。報道によれば、マクロン氏は、「TikTok」や「スナップチャット」が、暴徒集結の情報交換に使われていると発言、動画投稿が互いに暴力をまねる手段になっているとも指摘しています。さらに、暴徒の多くは若者だとしたうえで、SNSに流れる暴力映像は「現実から抜け出したような感覚を抱かせている」と懸念を示しています。また、カンボジア政府は、米メタが運営するソーシャルメディア上の不適切投稿を監視する独立機関「監督委員会」のメンバーを入国禁止にすると発表しています。同委員会がメタに対してフン・セン首相のアカウント凍結を求めたことへの報復措置とし、監督委員会のメンバー22人に48時間以内の国外退去を要求し、入国禁止としました。カンボジア政府は声明文の中で「(監督委員会は)カンボジア国民のための報道の自由と、国民が支持するリーダーから信頼できるニュースを受け取る権利を妨害しようとしている」と断じています。監督委員会は、フン・セン首相が2023年1月の動画配信で政敵に向けて「ギャングを家に送り込む」などと発言したことについて、こうした発言が暴力を扇動していると判断、メタに対してフン・セン首相の「フェイスブック」(FB)と「インスタグラム」のアカウントを6カ月間にわたって凍結するよう求めています。今後は「TikTok」など他のソーシャルメディアで情報発信を続けるとしています。カンボジアでは2023年7月23日に国民議会選挙(下院選)の投開票を予定しており、FBは同国で最も普及したソーシャルメディアとして、情報発信の重要なツールになっており、フン・セン首相のFBアカウントは約1400万人のフォロワーを持ち、注目度が高かったといいます。

サイバー空間は陸海空、宇宙に続く「第5の戦場」として安全保障上の重みが増しています。また、サイバー空間は攻撃側が圧倒的に有利とされ、先手を打って被害を防ぐ必要があります。実際、ロシアは2022年2月のウクライナ侵攻直前、政府機関のウェブサイトなどにサイバー攻撃を行い、一部でアクセス不能となる事態を引き起こしています。日本でも2022年、デジタル庁所管のポータルサイトなどが利用できなくなり、親露派ハッカー集団が犯行声明を出すという事態も発生しています。こうした世界の情勢に鑑み、サイバー攻撃への対処能力を強化するため、「通信の秘密の保護」を規定する電気通信事業法など複数の法改正を政府が検討しているといいます。2024年の通常国会にも関連法改正案の提出をめざすとしています。政府は今夏以降に有識者会議を立ち上げ、年内をめどに能力強化をめぐる課題を集中的に議論する方針としてます。本コラムでも指摘してきましたが、法改正は「通信の秘密」を保障する憲法21条との兼ね合いなど課題が多く、海外での攻撃的なサイバー活動の是非のほか、国内では政府による市民の監視にもつながりかねないなど、議論を呼ぶことは必至の状況といえます。現在、海外からのサイバー攻撃には、防御や事後の対処といった受動的な対応にとどまっていますが、政府は、中国やロシア、北朝鮮などを念頭に、2022年12月に改定した国家安全保障戦略で「サイバー安全保障分野での対応能力を欧米主要国と同等以上に向上させる」、「能動的サイバー防御を導入する」と明記、サイバー攻撃を防ぐため、民間の通信事業者の通信に関する情報を活用することや、「攻撃者のサーバーなどへの侵入・無害化」のために政府の権限を付与することなどを盛り込んでいますさらに、国や民間企業が、サイバー攻撃の具体的な事例や方法などに関する情報を共有する必要があることから、機密情報の取り扱いを官民の有資格者に限る「セキュリティー・クリアランス(適格性評価)」とも関連付けて検討する必要があります。こうした方針を受け、政府は「能動的サイバー防御」を実現するため、電気通信事業法4条が定める通信の秘密の保護に、一定の制限をかける法改正を検討するとしたほか、本人の承諾なくデータへアクセスすることを禁じた不正アクセス禁止法、コンピューターウイルスの作成・提供を禁じた刑法の改正も視野に入れるとしています。また、通信や電力、金融などの重要インフラや政府機関を狙ったサイバー攻撃を防ぐため、海外のサーバーなどに侵入し、相手のサイバー活動を監視・無害化するため自衛隊法を改正するかどうかも検討するとしています。これらのサイバー能力は、ロシアのウクライナ侵攻の際も、米軍がロシアによるサイバー攻撃をあらかじめ阻止するために実施したとされ、欧米では「積極的サイバー防衛(Active Cyber Defense)」と呼ばれますが、政府は新戦略では、「能動的サイバー防御」と言い換えています。なお、政府は、監視・収集したデータを米軍などと一定程度共有することも想定しています。日本が攻撃される前から相手のネットワークに侵入する際の条件や手続き、侵入後にどのような活動を行うかが大きな争点になるほか、政府によるネットワークへの侵入や通信傍受は、市民への監視やプライバシーの侵害につながりかねず、通信の秘密を保障する憲法との整合性も問われることになります。「能動的サイバー防御」を名目に、監視や諜報が市民に及んだり個人情報が侵害されたりすることはないのか、さらに警察の犯罪捜査との兼ね合いなども議論になります。

サイバー攻撃は、自らが「被害者」であると同時に、他者への攻撃への「踏み台」とされる可能性もあり、「加害者」にもなりうるという側面があります。そして、基本的な対策を疎かにするなどの実態が明らかになっており、その脇の甘さが犯罪組織に狙われ、資金源とされてしまうことになり(いわば「犯罪インフラ化」の状態)、それによってさらなる犯罪が再生産されてしまうという側面もあります。その脅威を正確に把握することが、実効性ある対策を講じるための第一歩となります。以下、サイバー関連の犯罪インフラに関する動向を見ていきます。

政府は、首相官邸で「サイバーセキュリティ戦略本部」の会合を開き、重要インフラのサイバーセキュリティにかかわる安全基準などの策定指針を改定しています。サイバー攻撃による企業経営への影響の拡大をふまえ、重要インフラを担う企業の経営指針などでサイバーセキュリティの確保に触れるよう求めています。松野官房長官は会合で「サイバー空間上のリスクが多様化し、日本の政府機関や重要インフラ分野における情報システムの防御力やレジリエンスの向上がますます重要になっている」と指摘、生活基盤となるインフラで機能の停止が大きな混乱につながる情報通信や金融など14分野を政府は「重要インフラ分野」に指定しています。改定は2019年以来で、新しく「組織統治」の項目を設け、サイバーセキュリティの責任者を経営者の責任で任命し、平時からの対応の強化を推奨しています。政府機関などのサイバー対策の統一基準も変更、委託先企業に米政府水準の独自基準の順守を義務づけています。情報処理推進機構によれば、供給網のセキュリティー整備を進めるうえでは二つの課題があるとされ、一つはピラミッド型に広がる供給網の中でどの階層までを対象とするかであり、新基準は防衛製品の能力水準を示す内容を含むなど、一定以上の機微性を持つ情報を共有する企業を対象にするとしており、防衛装備庁産業サイバーセキュリティ室は「主に3~4次までの企業の数千社が対象になるとみられる」としています。もう一つの課題はセキュリティに割く予算が乏しい中小の企業対策で、供給網全体のセキュリティーを担保するため、こうした企業の対応が急務となっており、2023年度に1330億円の予算を確保して中小のセキュリティ整備を支援するとしています。また、行政機関や企業に示すサイバー対策の年次計画も決定、国家安全保障戦略に基づいて取り組みを進めると明記しています。さらに、文章などを自動で生成する生成AIの普及がサイバー攻撃の増加や情報漏洩につながるとも指摘しています。

サイバー脅迫、支払額3割減のワケ 標的は中小にシフト(2023年6月14日付日本経済新聞)

企業にサイバー攻撃をしかけて金銭を脅迫するランサムウエアの被害額が減少している。米セキュリティ企業の調査では2022年度の攻撃者からの要求額が21年比で7割減、支払額も3割以上減った。攻撃者の標的が対策を強化する大手企業から、防衛力の弱い中小へとシフトしたのが要因だ。大手と中小とが互いに連携した防衛力向上が求められる。サイバーセキュリティ大手の米パロアルトネットワークスが2021年5月から22年10月までに対応した約1000件の被害事例を調べたところ、同時期に発生したランサムウエアの攻撃者による支払い要求額の中央値は65万ドル(約9100万円)だった。21年発生分の220万ドルから70%減少した。企業が実際に支払う金額は要求額よりも低いケースが多い。22年度の支払額の中央値は35万ドルで、こちらも21年(54万ドル)から35%減っている。…攻撃件数が増えた一方で被害金額は減少した要因を、パロアルト日本法人の林薫CSO(最高セキュリティー責任者)は「これまで多額の身代金を見込んで大企業を狙った攻撃者が成功しにくくなり、中小企業を狙い始めたためだ」と話す。実際に被害企業名が投稿される闇サイトでは、中小が多く掲載されるようになったという。…林氏は「既知の脆弱性で侵入できるシステムを手当たり次第に探し、少額でも楽に稼ぎたいという意識が攻撃者に広がっている」と分析する。ランサムウエアの攻撃者は最大手「ロックビット」をはじめ日々新たなグループが生まれており、競争の激化から狙いやすい中小へのシフトは今後も続きそうだ。大手への脅威も引き続き残る。サプライチェーン(供給網)の中小が被害にあった場合、部品やソフトウエアの供給が停止したり、取引データが漏洩したりするなど間接的に被害を受ける可能性があるためだ。中小はグループ内や取引関係にある大手と連携した対策が求められる。ただ、経済産業省と公正取引委員会は22年10月、大手が中小に対して不合理な負担を求めたり、特定の製品導入を強制するなどといった行為は下請法などに抵触しうるとの見解を示した。リスクとコストのバランスを十分に考慮したサイバー防衛の構築が必要となる

名古屋港にコクヨ、エーザイ…相次ぐランサムウエア感染 被害防止には「早期発見」(2023年7月7日付産経新聞)

身代金要求型コンピューターウイルス「ランサムウエア」の被害が相次いでいる。4日には、貨物取扱量が国内最大の名古屋港の情報システムが感染して障害が発生し、トヨタ自動車など利用する企業の物流に影響を与えた。犯行集団の「プロ化」とともに被害は急増しており、専門家は十分な対策を講じるよう呼びかけている。…ランサムウエアの被害は急増しており、警察庁に報告があった被害件数は、昨年は230件で、前年より84件増加し、過去最高となった。今年に入ってからも、6月には文具メーカーのコクヨ(大阪市)と製薬大手のエーザイ(東京都文京区)が相次いで被害に遭った。トレンドマイクロの成田直翔さんは、被害増加の背景について、ソフトウエアの開発や侵入口を見つけることを専門とする「アクセスブローカー」に、「アフィリエイター」と呼ばれる実行犯など分業化が進み、もはやランサムウエアのマーケット化が進んでいると指摘する。また、新型コロナウイルス禍でテレワークが普及したことで、「VPN」など社外から社内のネットワークに接続するシステムを利用する企業が増え、このシステムを侵入口とするケースも増えているという。対策として、VPNの適切なアップデートやセキュリティーソフトで侵入を防ぐほか、いち早く侵入を検知することも重要だという。成田さんは「ランサムウエアは侵入してからファイルを暗号化して使えなくするまでのタイムスパンが平均で5日から6日ある。それまでに気づくことができれば、未然に被害を防ぐことができる」とし、侵入を検知する「XDR」と呼ばれるシステムを導入することも重要だとしている。

名古屋港システム障害、物流停止リスク露呈…サイバー対策強化が急務(2023年7月7日付読売新聞)

国内有数の貿易拠点・名古屋港のコンテナターミナルを管理するシステムが、身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」の感染でダウンし、コンテナの搬出入が4日朝、全面停止する異例の事態に陥った。6日夕までに再開されたが、重要インフラが被害を受けた時の影響の大きさを浮き彫りにした。…21年連続で全国一。コンテナの取扱量だけでも4618万トンあり、影響は大きい。トヨタ自動車は6日、傘下企業の工場など計4拠点を7日に稼働停止すると明らかにした。国土交通省港湾局の担当者は「すべてのコンテナの搬出入が止まるほどの影響は想定を超えていた」と漏らす。…協会はランサムウエア感染への対策として、インターネットに接続されていない専用パソコンから入力することにしていたが、一部の事業者には自社のパソコンから「VPN」を通じた入力を認めていた。取引先の船にはUSBメモリーで情報を伝えており、協会や県警はこうした行為が感染の原因となった可能性があるとみている。…NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジストの松原実穂子氏は「49時間という短時間で復旧したのは早かった」と評価する。港湾施設へのランサムウエア攻撃は海外でも相次いでおり、松原氏によると、昨年から今年にかけ、ベルギーやポルトガルなどで被害があったという。国交省は今回の事態を深刻にとらえており、全国の港湾業界団体や自治体に向けて、指針への対応状況を確認するよう求める予定だ。…昨年6月には、闇サイトに開設しているホームページを一新。グループ名を「ロックビット2.0」から「同3.0」と改めた。ホームページでは、重要インフラへの攻撃は行わないと明言していた。だが、今回は重要インフラが被害に遭った。国は、機能が停止すると国民生活への影響が大きい「医療」「電力」「鉄道」など14分野を重要インフラに指定しており、港湾運送事業者などが対象の「物流」もその一つに含まれる。

闇のサイバー空間 「800万円引き」表示も 公式装う偽通販サイト急増(2023年6月25日付産経新聞)

大手の公式通販サイトを装った偽のショッピングサイトが増加している。公式サイトのロゴなどを使って本物そっくりにしているが、高級ブランドの時計やバッグなどが百万円単位で値下げされるなど、不審点が多い。代金を詐取されたり、商品が届かなかったりする被害もあり、関係機関が注意を呼びかけている。…サイト自体は一見本物のようだが、漢字が日本語ではなかったり、「何か助けがありますか?」など、不自然な日本語がところどころ見受けられた。日本サイバー犯罪対策センター(JC3)が協力するウェブサイトの危険性の有無を確認できる無料サイト「SAGICHEC」で調べると、「このサイトは怪しいように思われます」との表示が出た。被害を受けた百貨店はホームページで、「一切関係がございません」とし、偽サイトにアクセスしないよう呼びかけている。国民生活センターにも相談が寄せられているという。公式通販サイトを装った偽のショッピングサイトは年々増加している。…JC3によると、悪質なショッピングサイトはネット検索結果の上位や検索エンジン、SNSの広告にも表示されるという。偽サイトは、商品の価格が極端に安い▽決済方法が銀行振込に限定▽振込先が個人名義の口座▽不自然な日本語表記▽URLのTLD(トップレベルドメイン)が見慣れない「.top」「.xyz」「.bid」-などの特徴があるという。…メールやSNSから偽のサイトに誘導して個人情報を入力させる「フィッシング」の5月の報告数は過去最高となった。金融機関をかたったフィッシングメールでフィッシングサイト(偽サイト)に誘導し、インターネットバンキングのパスワードなどの情報を入力することで、自分の銀行口座から外部へ不正に送金されてしまう不正送金被害も急増。…協議会によると、フィッシング被害の認知度が向上して報告が増加した一方、犯罪者側も分業化してメールを大量送信。ネット上ではフィッシングメールを送る犯罪ツールなどが売られているという。

対話型人工知能(AI)「ChatGPT」の米国の利用者らが、チャットGPTの性能強化のため個人情報などを違法に収集しているとして、開発した米新興企業のオープンAIを西部カリフォルニア州の裁判所に提訴しています。情報開示などの適切な対応をとらない限り業務を停止し、利用者が受けた損害を賠償するよう求めています。報道によれば、原告らは訴状で、オープンAIがChatGPTを開発し訓練するため、未成年者を含むあらゆる年代の数億人のインターネット利用者の個人情報を、本人への通知や正当な補償もなく収集していると主張、「個人情報と著作権で保護された膨大な量の情報を盗むことで、今日の数十億ドル規模のビジネスを築いた」と批判しています。誰からどんなデータを集め、それをどのように利用しているのか開示すべきだとし、適切な対応をとらない限りビジネスを禁止するよう求めています。ChatGPTはネット上の膨大な言語データを取り込んで学習し、自然な受け答えができ、2022年11月に公開されて以来、世界中で利用者が急速に増えたが、虚偽情報の回答や著作権侵害などの問題が指摘されています

対話型人工知能(AI)「ChatGPT」を開発した米新興企業のオープンAIは、人間の知能を超えるAIが生まれた際に、安全にコントロールするための研究を始めると発表しています。生成AIがもたらす未知の危険を防ぐことを目的に。今後4年間でオープンAIが持つ20%のコンピューターのリソースを充てるとしています。また、研究を通じ、AIが人間の意図に従うように自動で調整する機能の構築を目指すとしています。たとえばAIの安全性を評価するために、別の監視用のAIを設けることを想定、問題のある動作や調整不良を自動で検出できるようにするといいます。AIの能力は2045年までに人間の知能を超える「シンギュラリティー(技術的特異点)」を迎えるという予測があり、オープンAIはこうした人間より賢いAIを「スーパーインテリジェンス(超知能)」と呼び、うまくコントロールしていくことが「現代の最も重要な未解決の技術的問題の一つだ」としています。オープンAIが2022年11月にChatGPTを公開すると、世界各地で反響を巻き起こす一方、個人情報の取り扱いの問題や偽情報の拡散、サイバー攻撃への転用といった負の側面への懸念が広がり、イタリアが一時ChatGPTの利用を禁止したほか、欧州はAIの包括規制を進めています。サム・アルトマンCEOは米議会に出席してAIの規制導入を訴えたほか、世界各地を訪問して利害関係者と議論を重ねてきており、AIの安全性確保に向けた施策も次々発表し、懸念の払拭に向けた取り組みを急いでいるところです。なお、オープンAIは、超知能AIへの対策には技術開発に加え、国際原子力機関(IAEA)のような国際機関も必要だとしています。

仏自動車大手ルノーや独総合電機大手シーメンスなど、欧州を中心に約150社のトップや幹部が、EUが整備を急ぐAI規制案は厳格で、競争力や技術力を損なう恐れがあるとの懸念を示す公開書簡に署名しています。EUでは、欧州委員会が2021年に規制案を発表しましたが、その後に「ChatGPT」に代表される生成AIが急速に普及したことから、欧州議会は2023年6月、生成AIに関する規制項目を追加した案を承認、今後、EU主要機関がそれぞれの立場を踏まえて協議し、最終案を取りまとめる方針としています。書簡は、EUの規制によって、生成AIのような技術が厳しく規制され、関連するシステムを開発する企業は多大な法令順守コストや責任負担に絡むリスクに直面すると指摘し、この分野で高度な技術を持つ企業は欧州から域外に移転し、投資家も欧州におけるAI開発資金を引き揚げてしまいかねないと訴えています。そのうえで、EUに対し、社会を保護しながら欧州の競争力にも資する「将来を考慮した法案」に合意するよう求めています。

米国のバイデン大統領は、AIの急速な発展に対応したプライバシー保護の必要性があるとして、新たな情報保護法制の整備を超党派で進めるよう議会に求めています。個人情報の収集や子どもを対象とした広告の制限などの案を示しています。今後10年間に過去50年で起きた以上の技術革新があるとし、バイデン政権として対応を強化する考えを強調しています。特にSNSについては、「適切な保護措置を講じなければ害悪をもたらすことがすでに明らかになっている」と警鐘を鳴らし、具体的な対策として、検索履歴などを基に利用者の興味に沿った商品やサービスの広告を表示する「ターゲティング広告」の対象から子どもを除外すべきだと訴えています。利用者の指示の意図をくみ、文章や画像を作る生成AIが急速に普及する一方、人々の雇用を奪うといった懸念も高まっています。

急速に普及する生成AIに対し、クリエイターの間で著作権侵害の懸念が広まる中、今年度最初の文化審議会著作権分科会が開かれ、分科会のもとに法制度小委員会を設け、生成AIと著作権に関する論点整理を今後行うことが決定しています。報道によれば、座長が「AIは思っていた以上に速く普及し、社会にも混乱が生じている。多くの人々の関心がある問題なので、活発な議論をしていただきたい」と呼びかけたといいます。2018年の改正で著作権法に盛り込まれた規定(30条の4)では、AI開発のための情報解析などといった「著作物に表現された思想または感情の享受を目的としない利用」であれば、「著作権者の利益を不当に害する」場合などを除き、著作権者の許諾が必要ないとされていますが、分科会では、営利目的で制作されている作曲AIにもこの規定が適用され、著作権者への対価を払わずに開発できるとして問題視し、「開発側にだけメリットがある現行の著作権法は、大きな問題を抱えている」として、規定の見直しを訴える声や、規定はあくまでAIの開発段階について定めたもので、AI生成物が既存の著作物との類似性や依拠性が認められる場合は、現行法でも著作権法侵害が成立すると指摘、「AIの開発と権利者の利益のバランスをどう取っていくか、法改正、ソフトロー(自主的な取り決め)など、様々な観点から検討することが必要だ」と指摘する声などもあったといいます。

ChatGPTなどの生成AIやAIについて論じた報道が多くなっています。以下、筆者が参考になるとおもった記事をいくつか紹介します。

画像生成AIが持つ2つの顔 フェイクも「民主化」(2023年6月27日付日本経済新聞)

何が本当で、何がウソか。インターネットやSNSの登場で見極めが難しくなった事実と虚構の境界が、ますます不鮮明になっている。背景にあるのが文章や画像を生成するAIの急速な進化だ。米国防総省付近で爆発が起きた―。5月、SNSでデマが拡散し、米国の株価が一時的に下落する事態が発生した。AIで作成したとみられる爆発の画像によって信ぴょう性が増し、短時間とはいえ「真実」と受け止められて混乱につながった。…こうした虚偽の画像や動画の存在はこれまでも問題視されてきた。作成過程が不透明なケースも多いが、パッと見て事実と勘違いしてしまう人がいてもおかしくはない。AIの技術が急速に発展するなか、脅威が深刻化する恐れも指摘される。…「ほとんどの市民が事実とフィクションを区別できなくなる」。米ユーラシア・グループは23年の10大リスクの3番目にAIがもたらす混乱をあげ「偽情報が横行し、社会的連帯、商業、民主主義の基盤である信頼がさらに損なわれる」と警鐘を鳴らした。…文章や画像を生成するAIは、生産性の飛躍的な向上などに効果を発揮する可能性を秘める。問題はどう社会に受け入れられる形で普及させていくか。インパクトの大きい技術なだけに、扱う人間側の賢さが求められる。

「生成AIに3つのリスク」 有識者に聞く懸念と対処法(2023年7月1日付日本経済新聞)

「生成AIは人の身体性に基づく時空間の構造を理解できていない。難しい言い方だが、人が暮らす実空間の経験に基づく判断はできない。あくまでも人間が知覚できる情報、つまり映像・音声・言葉の自動生成機械であり、情報や知識を組織化し、保存・管理する機械であり続ける」「人間が行うことは、機械に指示して得られた情報を採用するかしないかを判断することであり、その情報によってもたらされた結果に責任を持つことだ。人と機械の関係は変わらない。機械を人にしてはいけない。あくまでも使用者責任は人に帰着する」「3点を挙げたい。第1に、虚実の区別がつかなくなったことだ。生成された情報が人が暮らす実空間を反映したものなのか、機械が自動生成したものか区別できなくなった。AIは大量のデータを学習し、人間の言動やトレンドを模倣できるようになった。それが人によって指示され、操作されたとしても、少数の人が『限界費用ゼロ』で情報を発信できることになる」「第2に、人と機械のインターフェースを独占するものが社会を制御できるようになる危険性が高まった」「3番目には個人情報や忘れ去られるべき過去など、提示されるべきではない知識が合成されてしまうことがある。巨大な知識ベースを結合することで、どんな善管注意義務をはらっても確率的にあり得る事故だ。時効となった犯罪履歴や個人の住所などが暴露される可能性がある

恐山副住職が説く チャットGPTと人類の消失(2023年6月13日付毎日新聞)

人間の自意識がデジタルネットワークの中に溶けて消え去る、仏教の言葉をもじれば「デジタルニルバーナ(電子涅槃=ねはん)」の時代が、いずれ訪れるのではないか。AIの進歩を、そんな思いで見ています。今のところ、AIは、精巧な道具に過ぎません。与えられた問いに対して、膨大なデータから答えを出すだけです。つまり、人間のような自意識、たとえば、自分の置かれた状態や自分のあり方を自ら疑問に思う能力はありません。それでも、今後、社会と人間のあり方を大きく変えるでしょう。AIは、創意工夫のさほど必要ない、凡庸な作業や情報の量産に向いています。逆に言えば、近い将来、凡庸で構わない場面に、人間はほぼ必要がなくなるでしょう。ほとんどのホワイトカラーの仕事は、ざっくり言うと凡庸な事務処理です。専門職の仕事だって、たとえば医師よりもAIの方が正確に診断したり、迅速に手術したりするようになるかもしれません。…人間の多くは、圧倒的に凡庸な存在です。それで世の中の誰も何も困りません。つまり、そんなに大量の創造的な仕事は、人類に必要がないのです。結局、AIが事務仕事を奪い、他の機械が単純労働も代替した末には、無職で生活は保障された人の存在を許容する社会が必須になると思います。こうなると、アイデンティティーの問題が出てきます。近代以降の人間のアイデンティティーは、根本を仕事が占めてきました。だから、退職した途端に元気がなくなる人や、新聞の投書欄で「元教師」とか「元公務員」といった肩書を使う高齢者がいるわけです。未来社会では、多くの人が、人生の最初から、いわば「老後」を生きます。やらなければならないことがなくなると、他者からの承認を得る機会が失われます。人間は、自分から積極的にはしたくないことをしたり、他者に褒められたりけなされたりするなかで自分が何者であるかを確認する。つまりアイデンティティーを確立しています。これが、できなくなります。…18~19世紀ドイツの哲学者、ヘーゲルが説いた「主人と奴隷の弁証法」という話があります。消費に没頭する主人は、奴隷に生活を依存して、人間らしい自立した精神を見失う。むしろ奴隷の方が、働くことで自立的な意識を獲得し、結果として主人と立場が逆転するというものです。…人間の自意識をデジタルネットワーク上にフルコピーできる日も遠くないでしょう。人間の自意識に、今あるような身体は必要なくなります。こうなると、もはや人間とAIの違いはありません。デジタルネットワーク上の自意識は身体がなく、無限にコピーできますから、いつまでも死なずに済みます。が、その自意識が、永遠の生に耐えられるとも思えません。…人間は死を何よりも恐れます。だからこそ、多くの宗教は、天国や極楽など死後の世界を説いてきました。…他方で、人間は自意識があるからこそ、孤独や怒り、不安を感じます。自意識が重荷だからこそ、何かに依存もします。…自意識は、苦しみの源泉でもあります。人間は、自意識を失うことを恐れる一方で、自意識に苦しめられてきたのです。

「生成AIとのコミュ力が大事?」 東大・松尾教授に聞く(2023年6月21日付日本経済新聞)

人のコミュニケーション手段が言葉である限りは、より的確に情報を伝えたいというニーズは存在し続けます。人と人がコミュニケーションを取るとき、伝え方のうまい下手は確実にあります。それと同じように、AIと意思疎通をする際にも、コミュニケーションのうまい下手は出てくると思います。その意思疎通のテクニックとしてのプロンプトエンジニアリングは、おそらく残り続けるのではないかと」「これまで、この自然言語を使ったコミュニケーションは、人間同士の特権でした。しかし、ChatGPTの登場でAIとも自然言語でのコミュニケーションが可能になる未来が見えてきました。今後は、人間とAIが混在した中で、プログラミング言語と自然言語を組み合わせたようなコミュニケーション手段が一般化してくる可能性もあります」「その距離感も含めて、新しいコミュニケーションをデザインしていく必要があります。自分だけに合わせてくれているという感覚と、『みんなもこれを喜んでいる』『みんなもこれを消費している』といった全体感が大事になるケースもあるからです。技術的にワン・ツー・ワンのコミュニケーションができるようになるという選択肢が増えるからこそ、全体のデザインが重要になると思います」…既に、生成AIが生み出した画像がSNSには目立ち、チャットAIをビジネスに組み込み日常的に使うビジネスパーソンも出てきている。身近にAIが「いる」状況は、意外に早く来るのかもしれない。ビジネスにおいて、コミュニケーション力(コミュ力)は極めて重要なスキルだといわれる。就職活動において、最重視する企業も少なくないはずだ。今後は、AIとのコミュ力が問われる時代になるのかもしれない。

生成AI、敵か味方か 迫る「働き方大変革」(2023年6月26日付日本経済新聞)

米ゴールドマン・サックスは3月、生成AIが経済や雇用に与える影響をリポートにまとめた。それによれば、AIが普及すると労働生産性が上がり「10年にわたって世界のGDPを7%増加させる」という。半面、「生成AIは(世界で)3億人のフルタイム雇用に相当する仕事を自動化する可能性がある」とも指摘した。つまり、飛躍的な経済成長が見込まれる一方で、雇用が不安定になりかねない。今まさに、人類は変革期に足を踏み入れつつある。…事務サポート(46%)、法務(44%)、金融のオペレーション(35%)などの仕事が影響を受けやすい。影響が小さいのはビルや路面の清掃、メンテナンス(1%)や機械の設置、保守、修理(4%)など身体を使う職業だ。…日本の状況も米国と大きくは変わらず、AIによってさまざまな「頭脳労働」が自動化される可能性がある。各国の産業構造によってインパクトの度合いは変わり、農業などの割合が高い新興国は先進国に比べてAIの影響を受けにくいと考えられる。長い目でみると、技術の進化や経済構造の変化が新たな職業を生む可能性もある。ゴールドマン・サックスのリポートでは米著名経済学者のデビッド・オーター氏らの研究を引用し、「現在の労働者の60%が1940年には存在しなかった職業に就いており、過去80年間の雇用増加の85%以上が技術による新しい職種の創出によって説明できる」と指摘した。…気候変動対策やサイバーセキュリティといった領域でも働き手の需要の拡大が見込まれる。生成AIによる仕事の自動化が進んだ場合、適切に手を打たないと産業革命当時の労働者のように大きな痛みが生じかねない。成長領域に働き手が円滑に移行できるよう、政府や企業はリスキリング(学び直し)などに一層力を入れる必要がある。

親切なAIは人を衰退させるか 「人新世」終わらせる技術(2023年6月26日付日本経済新聞)

石器の発明から約300万年。人類は脆弱な肉体を道具と知恵で補い、生態系の頂点に立った。テクノロジーは指数関数的な進化を遂げ、AIは人間の覇権を脅かすまでになった。地球史の新たな時代「テクノ新世」が幕を開ける。…40億年前に誕生した生命は、栄華と衰退を繰り返してきた。6600万年前の恐竜絶滅を経て、30万年前に姿を現したホモ・サピエンスが地上の覇者となった。だが人類がいま直面するのは、ヒトの能力をはるかに超えて地球の命運を揺るがすテクノロジーの奔流だ。…AIによる人類絶滅のリスクは核戦争に匹敵する―。AI研究の大家ジェフリー・ヒントン氏ら350人超は5月末、共同声明に署名した。声明をまとめた団体は、AIがもたらすリスクの一つに「衰弱」を挙げる。重要な判断を機械に託すようになると、人間は知識やスキルを得る動機が減る。いずれ人類は衰え、自治能力を失う恐れがあると警告する。一方、米マッキンゼー・アンド・カンパニーは6月、生成AIが年最大4.4兆ドル(約630兆円)の経済価値をもたらすと試算した。先端技術への評価が割れるなか、社会は変革を迫られる。…どんな細胞でも時計の針を巻き戻し、性別の壁もやすやすと越える。同性カップルの子供や自分のクローンすら実現可能だ。家族を巡る社会制度が矛盾を来す日も近い。テクノロジーは人間の欲望をかなえる魔法の道具だった。イスラエルのワイツマン科学研究所によると人類が生み出した人工物の重さは、地球上の全生物の総量に匹敵するまでに増えた。「人類の時代」を意味する新たな地質年代「人新世」を設ける議論が進む。ただ破壊的なイノベーションはヒトの限界を踏み越える。人類に代わりテクノロジーが覇権を握る「テクノ新世」の到来も予感させる。技術を脅威とみなすか、それとも共生を探るか。人類は地球史の分岐点に立つ。

増える「AIセラピスト」、心の健康に役立てるには課題も(2023年6月25日付ロイター)

米国から南アフリカに至るまで、医療資源が逼迫する中、データのプライバシー保護やカウンセリングの倫理に関するテクノロジー専門家の懸念があるにもかかわらず、メンタルヘルス分野においてAIを利用したチャットボットの採用は増えている。メンタルヘルス分野では10年以上前からデジタルツールが活用されているが、「インターナショナル・ジャーナル・オブ・メディカル・インフォマティクス」によれば、現在では世界で40以上のチャットボットが同分野で導入されているという。…チャットGPTは「定型的なアドバイス」しかくれないと言いつつも、「本当に神経が高ぶっていて、1人で悩んでいるよりは、せめて何か基本的なアドバイスを聞くだけでもいいという場合には」、やはり役に立つと話す。…WHOによれば、コロナ禍以前、世界全体で推定10億人が不安や抑うつの症状を抱えて暮らしており、その82%は低所得国・中所得国の住民だった。WHOは、その数はコロナ禍によって約27%増加したと推測している。またメンタルヘルスの治療においては、費用の高さが大きなハードルであり、その利用には所得水準による格差が見られる。研究者らは、AI治療のコストの低さは魅力的かもしれないが、テクノロジー企業は医療を巡る格差を強化してしまわないよう注意しなければならない、と警告する。…NEDAの元カウンセラーであるドイル氏は、ボットは共感をシミュレートできるかもしれないが、それは決して、ヘルプラインに連絡してくる人が切望している人間の共感と同じものではない、と語る。「私たちは、テクノロジーを人間の代わりにではなく、人間に寄り添って働くように活用すべきだ」

Googleで「ChatGPT」と検索すると、謎のサイト「ChatGPT 日本サイト」がトップに 運営者は不明(2023年6月27日付産経新聞)

Google検索で「ChatGPT」と調べると「ChatGPT 日本サイト」という非公式サイトが検索トップに表示されると話題になっている。同サイトの登録者はChatGPT提供元である米OpenAIとの関係性が不明であるため、検索する際は注意が必要だ。…非公式サイトにアクセスしてみると、OpenAIのロゴマークなどを使い、ChatGPTの使い方やサービスの概要などを日本語で説明している。サイトには「ChatGPTを日本向けに運営・情報発信しています。非公式Webサイトです」と記載がある。他にもクリックすると、突然メールアドレスやパスワードの入力を要求するページにユーザーを誘導させる記事なども掲載している。

注意!チャットGPTに偽アプリ パスワード、ID盗む(2023年6月27日付産経新聞)

世界中で利用者が急増する対話型AI「チャットGPT」を偽装したパソコン向けアプリが見つかったことが27日、セキュリティ企業のトレンドマイクロへの取材で分かった。誤ってダウンロードするとコンピューターウイルスに感染し、パスワードなどの情報を抜き取られる恐れがある。チャットGPTのアプリはiPhone向けがあるだけで、開発元の米新興企業オープンAIはパソコン向けは提供していない。同社の岡本勝之氏は「パソコンからはオープンAIの公式ウェブサイトを通して利用してほしい」と話している。トレンドマイクロによると、偽アプリは4月中旬に見つかった。正規のチャットGPTに酷似した画面が表示され、正規版の機能を利用できるため、利用者が感染に気付きにくい。ウイルスに感染すると米グーグルの閲覧ソフト「クローム」に保存したパスワードやIDなどを盗む。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

本コラムでもたびたび取り上げていますが、テレビ番組に出演していた女子プロレスラー木村花さんがSNSで誹謗中傷されて自殺した問題を巡り、母親が誹謗中傷の投稿をされたとして損害賠償を求めた訴訟で、証拠とした投稿が第三者による捏造とみられることがわかったということです。投稿内容の捏造は技術的に容易である一方、それを偽物と見抜くのは極めて難しく、ネット上に真偽不明のものが出回る中、あらためて対策が求められるところです。報道で、母親の代理人弁護士は、「まさか投稿が捏造の可能性があるものとは全く思い至らなかった」と述べていますが、(結果論ではありますが)ネット空間における真偽不明の投稿が飛び交う状況をふまえれば、捏造の可能性を含め、慎重な態度で臨むべきだ(臨むべきだった)ということになります。本コラムでも注視してきましたが、母親は、投稿者に対して刑事や民事の責任を追及、複数の投稿者が侮辱罪や名誉毀損罪で略式起訴されたり、損害賠償を命じられたりしているます。今回、訴えられた女性側は訴訟でこうした投稿を否定、女性側の代理人弁護士が調べたところ、画像には通常なら表示される投稿の日時がない上、投稿に使われたアカウントは非公開で、5か月前に開設されてから投稿は2回しかないことがわかったといいます。一般的に著名人らを誹謗中傷する投稿者は積極的に情報発信する傾向にあり、女性側は、今回の投稿は実在しないものだと主張、これに対し、母親側は、母親と代理人弁護士が協議の上、訴えを取り下げて弁護士費用を負担する意向を示すも条件が折り合わず、女性側が2023年1月、捏造された画像に基づいて不当に提訴されたとして、母親側に880万円の損害賠償を求めて反訴し、訴訟は続いているとのことです。母親の代理人弁護士は「誹謗中傷の投稿はすぐにツイッターから消去されることが多く、ネット上で誰かが保存した画像を証拠とするしかなかった」と話していますが、女性側は訴訟で「提訴された当初は家族の中で誰が投稿したのかと疑わざるを得なかった。平穏な生活を送る権利を侵害された」と訴えています。報道でITジャーナリストの三上洋氏は「ネット上の情報や画像を安易に信用せず、元の投稿が本当に存在するかどうか慎重に見極め、虚偽情報の拡散に加担しないよう注意してほしい」と指摘、対策について「悪質な捏造やなりすましには、警察が積極的に捜査して厳重に処罰することが必要。問題のあるアカウントに対し、SNS事業者が使用を停止する対策の強化も効果的だ」としています。いずれにせよ、誹謗中傷を巡る問題は、こうした難しさも内包していることを痛感させられます

日本新聞協会は、インターネット上での誹謗中傷に関し、利用者が投稿の削除を求める「削除請求権」を明文化するかどうかは「慎重な検討を行う必要がある」との意見書を総務省に提出しています。「表現の自由や国民の知る権利に悪影響を及ぼしかねないため」としています。サイト運営事業者に対し、削除指針の策定・公表などを求める方針が示されたことは、ネット上で有害情報が広く出回る状況が深刻化していることを踏まえ「やむを得ない方向性」だとしつつも、今後の具体的な制度設計では、表現の自由に考慮した慎重な検討が欠かせないと指摘、根拠が曖昧な個人の投稿と、時間をかけて裏付け取材した報道とは区別すべきで、報道の自由が不当に侵されることがないよう十分考慮するよう求めています

▼一般社団法人日本新聞協会 総務省「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ今後の検討の方向性(案)」に対する意見
  • 方向性案は、プラットフォーム事業者に対して利用者が投稿の削除を求める「削除請求権」の明文化について「慎重な検討を行う必要がある」とした。当協会はWGの検討に先立つ意見募集の段階で、表現の自由や国民の知る権利に悪影響を及ぼしかねず、同意できないと述べた。権利の濫用や過度な削除が行われる恐れがあることなどを理由に明文化を見送ったことは妥当で、今後検討するとしても極めて慎重な議論が必要だと考える。
  • また、プラットフォーム事業者に対し削除指針の策定・公表や措置申請窓口の明確化などを求める規律について検討を進めていく方針が示された。ネット上の誹謗中傷などの違法・有害情報の流通が深刻な状況に鑑みれば、やむを得ない方向性だと受け止める。規律の対象を利用者数やサービスの目的・性質などを考慮して検討していくとした点は妥当だ。
  • 今後の具体的な制度設計に向けては、引き続き、表現の自由に考慮した慎重な検討が欠かせない。その際、根拠がはっきりしない個人の投稿と時間と労力をかけて裏付け取材がなされた報道とは明確に区別すべきだ。報道機関は取材活動に基づき情報発信を行っており、公正な取材に基づいた正当な批判・論評と有害な誹謗中傷とは明らかに異なるものである。報道の自由が不当に侵されることのないよう十分に考慮するよう求める。
  • プラットフォーム事業者に対して、罰則付きの投稿削除義務や問題のあるアカウントを停止・凍結させる義務を課すことは「慎重であるべき」とした方針も妥当だ。WGでは表現の自由に配慮した検討がなされ、プラットフォーム事業者の自主的な改善を促す方向で議論が行われてきた。しかし、透明性・アカウンタビリティー(説明責任)の確保が十分ではなく、自主的な取り組みが機能していないことも明らかになった。
  • 生成AIの急速な発展に伴い、健全な言論空間や情報流通に対する懸念がさらに高まっている。プラットフォーム事業者は情報流通を担う責任を自覚し、健全な情報空間に向け主体的に取り組むべきだ。

ネット上での個人の創作活動を支援するクリエイターエコノミー協会は、誹謗中傷対策検討会を設置したと発表しています。ユーチューバー事務所のUUUMや米グーグルの日本法人などが参加し、クリエイターとプラットフォーマーの双方の立場から誹謗中傷対策に関する意見を出し合い、業界を超えて連携し、悪質な投稿や個人攻撃といった問題の解決を目指すとしています。報道によれば、UUUMの鎌田和樹会長は「被害が起きてから動くのではなく、未然に防ぐことが重要だ」、「(誹謗中傷対策は)各企業が個別に進め、なかなか連携ができていなかった。利害関係を度外視して皆で取り組んでいきたい」と語り、まずは参画企業を広く募り、誹謗中傷の現状についての啓発活動に取り組むとし、政府への提言や対応策など具体的な活動については今後検討していくといいます。クリエイターエコノミー協会と三菱UFJリサーチ&コンサルティングの共同調査によると、誹謗中傷の経験を受けたことがあるクリエイターの割合は25%にのぼるといい、検討会に参加する国際大学の山口真一准教授は「情報発信を積極的に行うクリエイターは中傷にさらされやすい。さらに、誹謗中傷は健康面への影響や表現の萎縮にもつながる」と指摘しています。誹謗中傷が書き込まれるプラットフォーム側も対応を急いでおり、ZHD傘下のヤフーは、ニュース配信サービス「ヤフーニュース」のコメント欄で人工知能(AI)の自然言語処理技術を活用し、不適切な投稿を検知、削除しており、(本コラムでも取り上げましたが)2022年11月からはコメントの投稿に対して携帯電話番号の設定を必須とし、不適切な投稿をしたIDの停止措置を確実にできるようにし、成果が出てきています。

▼一般社団法人クリエイターエコノミー協会 日本初!国内クリエイターエコノミー調査結果を発表
  • 調査結果ダイジェスト
    • 国内クリエイターエコノミーの市場規模は1兆3,574億円。世界の推計規模の約1割に相当
    • 多様なプラットフォーム・収益化手法の登場、働き方の選択肢の拡大など複合的な要因が市場の拡大に寄与し、コロナ禍でその流れが加速
    • 「コンテンツ」ではなく、クリエイター「個人」に対する”ファン化”が進展
    • クリエイター活動のきっかけは「自分の創作した物・サービスを発信したかった」が、65%と最多。必ずしも収入を目的とせず、趣味や特技の延長から収益につながっているケースも
    • 専業クリエイターの半数近くが一般的な会社員等と同程度の月20万円以上の収入を得ている
    • 副業として活動するクリエイターの64%、収入を目的としていないクリエイターの29%が収入を得ており、副業・趣味でも数万円の収入を得ているケースも見られる
    • クリエイターの4人に1人が誹謗中傷を受けた経験有り
    • 潜在クリエイター数は2,200万人にのぼると推計され、市場規模は2034年に10兆円超に拡大が見込まれる

2023年6月22日付ロイターによれば、オーストラリアのサイバー空間を監視する「eセーフティー・コミッショナー」のジュリー・インマン・グラント氏が、米ツイッターにオンライン上のヘイトへの対処について説明を求めたことを明らかにしています。ツイッターは新オーナーの米起業家イーロン・マスク氏が凍結されていた6万2000件のアカウントを再開してから苦情が急増しているといいます。さらに、ツイッターは「TikTok」やメタ・プラットフォームズの「インスタグラム」に比べてユーザーが少ないにもかかわらず、規制当局に寄せられたオンラインヘイトについての苦情の3分の1がツイッターに関連していたといい、そのためツイッターに法的な通知を送り、説明を求めたということです。同氏は声明で、「ツイッターはヘイトに対して適切に対応していないようだ」と危惧を表明、「こうしたプラットフォームは説明責任を果たし、ユーザー保護を講じるべきだ。透明性なくして説明責任を果たすことはできない」と訴えています。ツイッターは28日以内の回答が義務付けられており、実行できなければ1日当たり約70万豪ドル(47万3480米ドル)の罰金が科されることになるとのことです。

その他、誹謗中傷を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 北海道旭川市で中学2年だった広瀬爽彩さん(当時14)がいじめを受け、自殺した問題で、爽彩さんの母親がSNS上で誹謗中傷され、著しい精神的苦痛を受けたとして、投稿をした市内の女性に慰謝料253万円を求めた訴訟で、旭川地裁は、慰謝料165万円の支払いを命じる判決を言い渡しています。報道によれば、爽彩さんのいじめ問題を報じたネット記事が出た直後の2021年4月26~29日、被告女性はツイッターに「きなこもち」のアカウント名で、爽彩さんの自死の原因が家庭環境や教育方針にあるかのような内容を計12回投稿し、母親の名誉を著しく傷つけたとされ、母親は名古屋市の女性を相手取り同様の訴訟を旭川地裁に起こし、女性が解決金230万円を支払うことで和解しています。裁判官は判決理由で「娘を突然亡くした原告が、自身が娘の自殺の一因であるかのような名誉毀損を受けたことにより大きな精神的苦痛を被ったことは明らか」と指摘、母親の代理人弁護士は、名誉毀損が認められた点を評価し「判決がインターネット上の軽率な投稿を予防する一助となることを期待している」とコメントしたています。
  • ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏(2019年死去)の性加害問題をめぐり、事務所に対して署名活動をした団体やメンバーに、誹謗中傷が相次いでいます。ネット上には「ファンだとうそをついて、ジャニーズを陥れようとしている」「二次加害をして被害者を増やそうとしている」といった書き込みが相次ぎ、団体メンバーの実名やマスクをしていない顔写真が拡散、同氏が慰安婦問題に取り組む団体で活動していることを批判する内容も見られるといい、メッセージを受け付けるサイトに寄せられた3分の2は誹謗中傷だといいます。報道で国際大学の山口真一准教授は、熱心なファンがいる現象の特徴として、何か問題が起こった際、「問題について明るみにしてほしい」という思いと、「受け入れがたい」「悪く言ってほしくない」という二つの心理が出てくることを挙げ、「ジャニーズのファンは桁違いに多く、裾野が広がれば広がるほどネガティブにとらえる人も多くなる」と指摘、団体の活動に対しては、賛同人になった女性らの名を挙げて「フェミ団体」「フェミの連中」などの書き込みもあり、アンチフェミニズムによる攻撃とみられるものもあるとして「より問題が複雑化している」とし、その上で「批判は自由だが、事実かわからないことを言って名誉を傷つけたり、不当に個人情報を拡散したりすることは罪に問われる可能性もある」と指摘しています。
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2023年6月号)で取り上げましたが、大学教授らが自民党の杉田水脈衆院議員に中傷されたとして損害賠償を求めた訴訟は、大阪高裁で5月30日に原告側が一部勝訴しています。本件について、2023年6月20日付毎日新聞の記事「「笑っていい対象」記号化する女性差別名誉毀損の壁と闘う弁護士」では、性差別や性暴力の問題について積極的に発言してきた太田啓子弁護士が、「性差別に声を上げる女性は嘲笑していい相手とみなされ、あらかじめ攻撃対象として記号化されている」と指摘しています。以下、同記事から抜粋して引用します。

インターネットにおける誹謗中傷は非常に速く、大量に拡散され、訂正しようとする情報の速度と量は追いつきません。この実態を踏まえているのかと疑問を覚えました。杉田議員の発言は、若い女性の自立を支援する一般社団法人「Colabo」への攻撃と共通する点があります。「公金使途への問題提起」という体裁で、マイノリティーへの暴言を正当化しています。差別の一つのテンプレートになっており、「在日特権」や「生活保護の不正受給」も同じ構図です。…ネットにおける誹謗中傷では、ターゲットを笑いものにしたり、上から見下ろして蔑視したりするものが多く、それが指数関数的に拡散されます。原告は、インターネットテレビなどでの杉田議員の嘲笑は発言と相まって名誉毀損になると主張しましたが、裁判所は認めませんでした。元々がミソジニー(女性嫌悪)なネット空間では、フェミニストや性差別に声を上げる女性は自意識過剰で嘲笑していい相手とみなされ、あらかじめ攻撃対象として記号化されています。…「女の子に生活保護を受給させ、徴収している」など荒唐無稽な言説でも、ネットであれば非常にたくさん閲覧されて拡散されます。しかもツイート数や再生回数の多さが、あたかも真実性や正当性を担保するかのように取られてしまう

次に、偽情報(フェイクニュース)/誤情報/ディープフェイク等を巡る最近の動向を確認します。まずは、最近の報道から、いくつか紹介します。

「どれが本物?」進化するAIフェイク 戦争、災害…判別難しく(2023年6月27日付毎日新聞)

AIで作られたフェイクニュースが世界を駆け巡っている。技術の進化で真偽の見極めは困難になり、戦争や災害、選挙などでも悪用されつつある。対策が後手に回れば、私たちの生命や民主主義が脅かされる事態になりかねない。…22年3月には、ウクライナのゼレンスキー大統領が自軍に降伏を促す偽動画がフェイスブックに投稿された。ロシアによるウクライナ侵攻が始まって間もない頃で、ディープフェイクは安全保障への脅威との認識が広まった。22年夏、画像生成AIによる「ミッドジャーニー」「ステイブルディフュージョン」などのサービスが登場すると状況は一変した。誰もが簡単に、高画質のAI画像を作れるようになったが、それはフェイクが氾濫するリスクと背中合わせだ。この年の9月、静岡県が台風による豪雨に見舞われた際、「水害」の偽画像がツイッターに投稿された。作成した男性はインターネット番組で「画像を作るAIで遊んでいて、その結果を見せたかった。(本当の水害と)信じてリツイート(共有)している人ばかりだったのでまずいと思った」と釈明した。…偽情報対策を研究する山口真一・国際大准教授は「誰でも偽情報を作れるようになり、『フェイクニュースの大衆化』とも呼べる事態が起きている。今後、爆発的に増える恐れがある」と懸念する。…「SNSの写真はフェイクの可能性があると考えて、すぐにリツイートなどをしないことが大事だ。そのうち、大事件・大災害なのに1種類の画像しか出てこない、公的機関の発表がないなどおかしなことに気付くことができる」…フェイクニュースに詳しい笹原和俊・東京工業大准教授は、認証アカウントが偽画像をリツイートしたことが、急速な拡散につながった可能性があると指摘。「多くの利用者は認証の仕組みが変わったと理解しておらず、認証がアカウントを信頼できるかどうかのラベルとして機能している側面がある。認証の有無ではなく、普段の投稿内容を確認して怪しいアカウントかどうかを判断してほしい」と呼び掛ける。…国際大の山口准教授は「(IT企業側の)対策は改善の余地があり、偽情報を判定する仕組みを強化すべきだ。ただ、投稿を削除しすぎると言論の自由に抵触しかねない。どういう基準で、何を削除したかを明確にし、透明性を確保する必要がある」と指摘する。…「AIのリスクを恐れすぎると社会にとってマイナスが大きい。強行的な法規制に頼らず、政府、IT事業者、報道機関などが連携して対策を進めることが望ましい」

偽投稿磨く「ガーデニング」とは 国や企業、情報戦に直面(2023年7月5日付日本経済新聞)

生成AIをはじめとしたテクノロジーの進化が虚実の境界を曖昧にしている。偽情報は真実よりも速く拡散し、時には国家による情報戦の思惑も透ける。「中ロに加え北朝鮮、イランが偽情報の『ユージュアル・サスペクツ(おなじみの容疑者)』だ。米国など西側諸国に直接干渉するだけではない。中南米や東欧、東南アジアの親西側の新興国で混乱を起こすことで、間接的に来年の米大統領選などに介入することを狙っている」「当時の偽アカウントは英語が明らかに不自然だった。翻訳AIの進化で現在ははるかに精巧になっている。実在する人物のアカウントと見せかける『ガーデニング』と呼ばれる手法も洗練されてきた。長期間にわたって普段の生活の様子を収めた写真を投稿することで信ぴょう性を高める。対象国のインフルエンサーを取り込んで情報を拡散する手法も使われる」「以前はツイッター、フェイスブック、ユーチューブが投稿の9割以上を占めていた。今ではディスコード、レディット、ツイッチなど様々なSNSが登場し、連動しながら情報が拡散する。偽情報の出元を探ることが困難になっている。また動画共有アプリのTikTokの人気で、テキストだけでなく画像や動画の拡散が容易になった」「爆発の偽情報では、生成AIでつくられたとみられる精巧な画像が添付されていた。米国の主要企業の時価総額の合計が一時5000億ドル(約72兆円)も変動した」「シリコンバレーバンクを皮切りにした今年春の米銀行連鎖破綻もその1つだ。ファースト・リパブリック・バンクの破綻前の1週間で『次の破綻銀行』などとする同銀への否定的投稿が165%も増加して不安をあおった」「情報の拡散の速さからみて、悪意をもって工作を進めている人物がいると考えるべきだ。空売りを仕掛けようとしているヘッジファンドかもしれないが、国家機関の関与も考えられる。特に今は情報工作で大きな経済的影響を生みだし、景気後退の芽をつくることすらできる。新たな経済戦争の脅威に警戒すべきだ

国民の意見、8割が偽投稿 19歳が揺るがした民主主義(2023年6月27日付日本経済新聞)

米民主主義を揺るがしたのは19歳の大学生だった。標的となったのは、通信会社への一部規制を緩和する米連邦通信委員会(FCC)の法案だ。カリフォルニア州の大学生はメールアドレスを大量発行するサービスや、でたらめな氏名や住所を生成できるウェブサイトを使い、770万件もの反対意見を送りつけた。通信大手などの団体が数百万ドルを投じて専門業者に850万件の賛成意見を投稿させていたことも発覚。関わった業者3社は5月、計61万5千ドル(約9千万円)の罰金処分を受けた。法案のパブリックコメント2200万件のうち偽投稿は8割超の1800万件にのぼった。国民の意見を政策に生かす民主主義のルールは破綻寸前だ。ニューヨーク州のジェームズ司法長官は「国民の声がかき消された」と訴える。金融市場を震撼させた3月の米銀行の連鎖破綻。その陰でもテクノロジーによる情報工作が働いていた。イスラエルの調査会社サイアブラは「(米銀が)いずれ破綻する」などと危機感をあおっていたツイッター投稿の2割が悪意のあるアカウントによるものだったと推定する。…豪戦略政策研究所(ASPI)などと連携した日本経済新聞の調査によると、親中政権への批判が起こるたびに「政権批判の暴動の背後に米国や台湾がいる」といった反米をあおる陰謀論や偽情報が現地SNSで拡散した。逆に反中国の投稿は最大で約7割減った。AIで映像や音声を精巧に偽造する「ディープフェイク」技術が拍車をかける。オランダの調査会社センシティによると、ディープフェイク動画は20年末に8万5千件と2年前の11倍。偽動画は「まばたきをしない」などの特徴があったが、急速に改良され、人の目での判別はほぼ不可能になった。AIの虚飾を見破るのもAIだ。…虚と実の境界が揺らぎ、情報自体が信じられなくなる世界。米ハーバード大バークマンセンターのアビーブ・オバディア氏は「インフォメーション(情報)」と「アポカリプス(世界の終わり)」を組み合わせた概念「インフォカリプス(情報の終焉)」を提唱した。「本物も偽物と主張できてしまう。社会制度が追いついていない」(アビーブ氏)。誰もが偽情報を拡散できる時代。世界の破綻をもたらすのはあなたの隣人のつぶやきかもしれない。

情報の「出典」保証するOP技術、健全なネット空間に寄与…前木理一郎・読売新聞編集局長の講演要旨(2023年6月30日付読売新聞)

生成AIによって引き起こされる問題にどう対処すべきか、世界中が最適解を求めている。最も重大なテーマは、情報の「出典」にまつわる問題だ。新聞人、メディアにかかわるジャーナリストは事実の探究者であり、ことの真偽を見極めるためにも、情報のソース、その出所がどこかを重視している。これに対し、ひたすらネット空間の情報を「食べ続ける」ことで成長する生成AIは、取り入れたすべての情報の中から、利用者に回答を提供する仕組みであり、どこから得た情報なのか出典は明らかではない。偽情報の流布に悪用される懸念は無視できない。デジタル時代の到来とともに、新聞社をはじめとする報道機関は、情報の出典とその真正さの明示という、新たなチャレンジに対処しなければならなくなった。記者が地を這って見聞きした一次情報で構成する読売新聞のニュースに虚偽が入り込む余地はなく、すでに存在する情報、既報をもとに作品を生み出す生成AIはジャーナリズムとは異質の存在だ。それでも、このような状況の中では読売新聞のニュースでさえも、「真正」をうたわなければならなくなった。…「Originator Profile(オリジネーター・プロファイル)」、OPと呼ばれる新しい技術だ。この技術の目標は、情報の出典、発信者の存在を明らかにすることだ。紙幣の「透かし」のように、一つひとつの記事や広告に電子識別子を埋め込み、真正性を保証する。識別子には、発信者の情報が埋め込まれている。メディアであれば編集方針や報道責任、広告主は企業姿勢といった第三者機関が確認した「信頼性にまつわる情報」をユーザーが閲覧できる仕組みだ。これを記事などに埋め込み、ソーシャルネットワーキングサービス上でシェアをしても機能するようにしたいと考えている。偽情報が記事の体裁を装って拡散するのも、出典を明らかにしないまま情報を発信することが可能だからだ。出典を人の目だけでなく、機械的に瞬時に判断できる技術と仕組みが必要だ。…広告会社や、今後は広告主も巻き込んでいきたいと考えているのは、OP技術が広告にも有用だからだ。デジタル広告のクリック数を水増しして広告主に損害を与える「アドフラウド」や、公序良俗に反する違法サイトに広告が掲載され、ブランドが毀損されてしまうリスクを防ぐ糸口になる

国内外のフェイクニュースやディープフェイク等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 政府が夏ごろの開始を目指す東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出を巡り、外務省が海外メディアの報道に神経をとがらせていると報じられています。2023年6月30日付毎日新聞によれば、地球規模の環境問題として、日本に対する国際世論の風当たりが強まりかねないことから、ある国のメディアに対して、外務省が「フェイクニュースだ」と異例の抗議をする事態となっているといいます。韓国の革新系ネットメディア「ザ・探査」がインターネット上に投稿した動画ニュースで、匿名の外務省幹部が「浅川」とされる人物に対し、「日本政府が専門家の意見の相違を解消するため、IAEAに対して100万ユーロ(約1億6000万円)以上の献金を行った」という趣旨の発言をしたと報じ、この動画の視聴回数は、6月27日時点で9.3万回を超えたというものがあり、これに対し外務省が発表したコメントには強い不満が示され、「報道は事実無根であり、日本政府としてこのような無責任な偽情報流布に対し、強く反対する」としています。規模の小さな独立系メディアにわざわざ抗議するのは珍しく、外務省幹部は「IAEAの権威をおとしめるフェイクニュースで極めて悪質だ」と怒りを隠していません。
  • (本コラムで何度か取り上げましたが)匿名のツイッターアカウント「Dappi」の投稿で名誉を傷つけられたとして、国会議員2人が東京都内のウェブコンサルティング会社に損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が東京地裁であり、被告会社の社長と専務が尋問に応じたものの、地裁が求めた投稿者名の開示は拒んだと報じられています(2023年6月26日付朝日新聞)。アカウントを巡っては、原告側が「被告会社は業務として役員や従業員らにより投稿を行わせた」と主張し、投稿者名の開示を求めていましたが、被告会社側は、投稿が従業員によるもので、業務時間内の投稿もあったと認めたものの、「業務と無関係の私的な投稿」として、会社や役員の関与を否定しているといいます。一方、裁判長が2023年3月、投稿者名が入った給与明細を2週間以内に提出するよう命じる決定を出していますが、会社側は応じていません。尋問で社長は「会社名が開示されて以来、会社や自宅の電話が鳴りやまず、ネット上で脅迫もあった。投稿者名を明かせば嫌がらせも想定される」として、投稿者名の開示を拒否、裁判長は「正当な理由なく証言を拒絶すると、相手の主張を真実と認めることができる」と指摘したものの応じなかったようです。このアカウントは2019年に投稿を始め、6月26日現在で16万7千のフォロワーがいて、ネット番組の動画や野党を批判する出演者の言葉を紹介したり、与党議員の発言を評価したりする投稿を繰り返していたとされます。
  • 福岡県議会は、議員らへのハラスメント行為根絶を目指す全国初の条例が2023年4月に施行されて以降、設置された窓口に6件の相談があったと発表、一部は公職選挙法違反にあたるとみて、県議会として刑事告発も検討するとしています。内容は、「公共工事の入札などに介入する悪徳議員と虚偽の情報を流され、対立候補への投票を呼びかけるビラが配布された」「多数の支援者に対し、候補者が反社会的勢力とつながっているなど虚偽の話をしている人がいる」「特定の支援者が選挙準備期間中、特段の用もなく頻繁に長時間、議員事務所を訪問したり、女性スタッフの対応に不満があると「票を入れない」などの発言をしたりして、業務が滞った」などです。相談内容の公表は条例に基づくもので、記者会見した香原勝司議長は「特に選挙に関するハラスメントは今まで相談する場所がなく、表に出てこなかったが、相談窓口を作ったことで声を上げやすくなったのだろう。条例がさまざまなことの抑止につながればいい」と話しています。
  • 2023年7月7日付ロイターによれば、中国は台湾に関する誤った情報を流し、台湾市民を動揺させようとしおり、中国が台湾に侵攻した場合を想定して総統の脱出計画が用意されているといった誤情報などがあるといいます。ロイターが6月に確認した安全保障関連の報告書によると、台湾政府当局者は、2024年1月の台湾総統選挙に向け中国が対話アプリや団体旅行などを使って親中派候補者を支援しようとしているとして警戒を強めており、台湾国防部(国防省)は2023年7月、中国の軍事進攻を想定した年1回の大規模軍事演習「漢光演習」を全土で行うに際し、中国国営メディアが同5月以降、台湾と主要同盟国である米国の軍事活動に関する誤情報などを報じているといいます。漢光演習については、中国が侵攻した場合の蔡英文総統の「脱出リハーサル」で、米国民の避難訓練だとする報道が多数あるといい、中国政府はこうした情報を流すことで台湾の市民を動揺させ、指導者の信頼感を損ねようとしているといいます。
  • フランスのコロナ外相は、ロシアがインターネット上でフランスに対して偽情報の拡散作戦を展開していると非難する声明を発表しています。フランスのメディアや外務省のウェブサイトを装い、偽の情報を流している例が見つかったといい、仏当局の調査により、仏紙ルモンドやフィガロをはじめとする米欧・中東のメディアに見せかけた355のドメイン名が見つかったものです。仏外務省を装ったウェブサイトもあり、ウクライナ支援のための「安全保障税」を導入するとする偽文書が掲載されていたといいます。同氏は声明で「ロシアの大使館や文化センターが、SNSの公的アカウントを使ってこの作戦の増幅に積極的に関与した」として、ロシアによる攻撃であると明言、攻撃の狙いは「平和で民主的な議論の条件を損なう」ことだとの見方を示し、「国連安保理常任理事国に値しない策謀」として、パートナー国と緊密に連携し、「ロシアの(軍事的・非軍事的手段を駆使した)ハイブリッド戦争を失敗させる」と非難しています。また、フランス内務省は、仏国内で拡大した暴動を受けて、「仏政府がインターネット接続を遮断する」との偽情報がネット上で出回っているとして、ツイッターで情報を否定し、拡散しないよう呼びかけています偽情報は、仏内務省のロゴを入れて「プレス声明」と題された文書の画像で、「暴動に対応するため、3日から一定期間、一部のインターネット接続を制限する」とフランス語で書かれていたといいます。仏内務省はツイッターに「文書は偽物だ。そのような決定は全くなされていない」と投稿、一方、仏政府はアルジェリア系の少年が警察官に射殺される様子の動画がネット上で拡散したことが暴動拡大の一因になったとみて、ネット関連企業などに対応を求めています
米爆発の偽情報、数千アカウントが拡散 露メディア、楽天証券も(2023年6月26日付毎日新聞)

米ワシントンで爆発が起きたとする偽画像がツイッターで拡散され、株価下落を招く事態が起きた。イスラエル企業の分析では数千のアカウントが拡散に関与。ロシアの国営メディア「RT」も、偽画像を投稿したことを毎日新聞の取材に認めた。専門家はAIが画像の生成に使われた可能性があるといい、巧妙化する「フェイクニュース」に気付かないまま加担してしまう危険性を指摘する。…CBKNEWSのプロフィルには「メディアニュース会社」と記載しているが、活動実態は不明だ。過去の投稿では「#QANON」「Qは1人ではない」などと、極右系陰謀論「Qアノン」に繰り返し言及。6月には、トランプ氏が敗れた2020年の米大統領選について「中国共産党が選挙を盗んだ」などと独自の見解をツイートしていた。他のアカウントも追随した。フォロワー数約300万のロシア国営メディア「RT」は偽画像を添付し、「ペンタゴン近くで爆発と報道」とツイート。インドの放送局「リパブリック」はこれを引用し、テレビ番組で放送した。楽天グループの楽天証券が運営する「楽天FX」も、「米国防総省(ペンタゴン)近くで大規模爆発 報道」とツイートした。…イスラエルのIT企業「サイアブラ」は、5月22日朝からの数時間に「国防総省の爆発」に言及した3785アカウントの投稿を分析した。その結果、実在の人物や組織などになりすます「偽アカウント」の投稿は6~8%で、それほど多くはなかったという。同社は毎日新聞の取材に「偽アカウント同士が連携したのではなく、一つのアカウントの投稿が大きく拡散し、最大の混乱を引き起こしたように見える」と説明した。一方、偽画像を投稿したアカウントにはツイッターから「認証」を受けた青色マークがついたものもある。…フェイクニュースに詳しい笹原和俊・東工大准教授(計算社会科学)は「生成AIの進化で、誰でも簡単に偽画像を作れるようになり、ますます社会が混乱する可能性がある。今回はニュースメディアが気付かず拡散させた影響も大きい。情報源を複数確認するなど、フェイクを見極める目が必要だ」と話す。

バイデン政権とSNSの接触禁止 地裁命令が波紋(2023年7月6日付産経新聞)

米国の裁判所がバイデン政権に対し、SNSへの投稿内容に関する規制を運営会社に促すなどするのは憲法が保障する「言論の自由」の侵害に当たる恐れがあるとして、SNS各社との接触を禁じる差し止め命令を下し、波紋を広げている。SNSでの誤情報の拡散や敵対国による「トロール(荒らし)」行為が民主主義への脅威としてクローズアップされる中、バイデン政権は対策の手足を縛られた格好だ。差し止めは4日付。共和党が優勢な中西部ミズーリと南部ルイジアナ両州の司法長官(いずれも共和党)らの訴えを受け同州連邦地裁のダウティ判事が命じた。判事は2018年にトランプ前大統領の指名を受け任命された人物。共和党側は、バイデン政権と大手SNS各社が、新型コロナウイルスのワクチン忌避や、トランプ氏が敗れた20年大統領選に関する投稿の排除を進め、言論の自由を抑圧していると主張。判事は、国家安全保障に関連する場合などを除き、保健衛生やサイバーセキュリティに関わる政府機関や法執行機関がSNS各社と連絡することを禁じた。判決確定まで効力は維持されるとしている。…米国では共和党の支持基盤である保守層を中心に、政府がコロナワクチンの接種を通じて市民を支配しようとしていると考えたり、20年大統領選で大規模な不正があったとするトランプ氏の言い分に同調したりする人が多い。フェイスブックやツイッターなど大手の規制を嫌い、「完全自由」をうたう新興SNSに乗り換えるケースも多い。共和党側には今回の訴えなどを通じて、バイデン政権が巨大IT企業と結託してSNSを統制していると印象付ける狙いがある。一方、陰謀論的な反ワクチン論や根拠のない不正主張の拡散などを野放しにすることは、SNSの健全性を損なうことにつながる。選挙システムの信頼性を傷つけるためにロシアなどが仕掛けるトロール行為も横行していると指摘される中、SNSでの「自由」と「規制」のバランスは民主国家にとり重大な課題だ。米政府は、バイデン政権以前からSNS各社と協議の場を設けるなどしてきたが、差し止め命令で見直しを迫られる可能性がある。

最後に、陰謀論やフィルタ―バブル現象、エコーチェンバー現象等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

陰謀論を生む土壌(2023年7月6日付産経新聞)

今年1月に発生したブラジルの国会襲撃事件の余波を取材するために、最近現地入りしたときのことだ。事件を起こしたのはボルソナロ前大統領の支持者たちで、ルラ大統領が勝利した昨秋の大統領選の結果を覆そうとした。襲撃に加わり逮捕されたという50代の女性に会えたのだが、一言も話してもらえなかった。女性は保釈されていたのだが、その条件として装着を義務づけられた「GPS搭載端末」を通じて「会話をルラ派に盗聴され、裁判で不利になる」と信じ込んでいた。GPS装着の目的は逃亡防止だ。だが、女性と一緒にいた支援者たちは「権力を握ったルラ派は何でもやる」と主張し、彼らの懐疑心の強さを実感させられた。女性には身寄りがなく、支援者の一人が自宅に住まわせているという。世話を焼く支援者らの結束の強さも印象的だ。選挙結果に不服だからと暴力に訴えてよいのかと支援者に尋ねてみた。全員が「国会を襲ったのは抗議デモに紛れ込んだルラ派。ボルソナロ派は無実」と答えた。彼らが使う交流サイトで広まる偽情報が根拠だった。一方で彼らは実社会で異なる意見に触れず、仲間内だけで集う「閉じた空間」に生きていた。陰謀論を生む土壌を見た気がした

自分の考えに近い意見・情報表示されやすい、ネット特性「知っている」日本38%…米・中を大幅に下回る(2023年7月4日付読売新聞)

総務省は4日、2023年版の情報通信白書を公表した。SNSなどで自分の考え方に近い意見や情報が表示されやすいことを「知っている」との回答が日本では38%にとどまり、7割を超える米国やドイツ、中国を大幅に下回った。同省の調査結果として示した。白書では、インターネット上で起きている、自分の興味のある情報だけに覆われる「フィルターバブル」や、自分の意見に似た意見ばかりに触れて信じ込んでしまう「エコーチェンバー」といった現象を指摘した。「ネット上の意見・思想の偏りが社会の分断を誘引し、民主主義を危険にさらす可能性もありうる」と警鐘を鳴らしている。総務省の調査は今年2月、日本、米国、ドイツ、中国のそれぞれ約1000人を対象に、オンラインで実施した。自分に近い意見が表示されやすいことを「知っている」との回答は、米国77%、ドイツ71%、中国79%だった。また、日本は、他国に比べて、「複数の情報源の情報を比較する」との回答割合も少なかった。偽・誤情報に惑わされず、拡散しないためにも、主体的に幅広い情報に接するメディアリテラシーの向上が重要としている。

「フィルターバブル」を問う 全面広告を掲載(2023年6月20日付産経新聞)

産経新聞は創刊90周年となる6月20日の朝刊に、興味のない情報が自動的に遮断されるインターネット環境を指す「フィルターバブル」に包まれがちな現代社会の在り方を問う全面広告を掲載した。さまざまな情報を扱う新聞に触れることで、多様な世界から刺激を受けることができると提示した。「そのバブルは、弾けにくい。」との見出しで掲載された広告は、博報堂DYメディアパートナーズと産経新聞社が企画。透明な泡(バブル)に包まれた人たちの写真の中に、新聞を手に泡の外に出ようとしている人の姿をデザインした。フィルターバブルとは、検索履歴などに応じて利用者の興味関心に沿った情報が優先的に表示されることにより、利用者が自身の考え方や価値観のバブルの中に自覚がないまま孤立する情報環境を表す用語。幅広い情報に触れられるはずのネット社会において、知らず知らずのうちに触れられる情報が限られるとして問題視されている。広告では、そうした環境を「好きな情報だけに囲まれた生活は楽。興味のない情報はいつでもシャットダウンできる。時代は極端な選択をも可能にしました」と表現。産経新聞として、「多様な世界から刺激を受ける。時には目を背けたい真実も受け止めてみる。あなたの周りにある課題と可能性に、多くの記事を通して出会って欲しい。それが新聞の役目だと私たちは考えます」と訴えた。

(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

EUの欧州委員会は、CBDC(中央銀行が発行するデジタル通貨)の「デジタルユーロ」に関する法案を発表しています。決済手段として利用が減る現金を補完するため、新たな法定通貨として位置づけて導入を検討するとし、発行が決まるのは早くても2028年以降となる見通しとしています。各国代表による欧州理事会と欧州議会が法案を承認したうえで、欧州中央銀行(ECB)が最終的な発行の可否を決める流れとなります。本コラムでも取り上げましたが、ECBは2021年に発行に向けた調査を始めており、実際の技術的な手段も今後検討するとしています。法案ではデジタルユーロを個人や企業が無料で利用できるものと位置づけ、インターネットの接続がない場所でも使えるようにし、決済履歴といったプライバシーの確保に最大限配慮するほか、ほぼすべてのユーロ圏の店舗で使えるようにし、銀行口座を持たない個人でも公的機関を通じて利用できる仕組みとなります。EUがデジタルユーロを検討する背景には、決済手段として現金を提供するだけでは不十分だとの危機感があり、世界的なキャッシュレス化が進み、暗号資産の利用も広がる中、民間のデジタル決済手段に中銀の役割が奪われることを警戒しているほか、通貨主権を確保する狙いもあるとされます。一方で、ユーロは世界で2番目に多く取引されている通貨であり、CBDCで遅れをとるわけにはいかないとの声や、ロシアやベネズエラが経済制裁を科せられたことで、米国と同盟関係にある欧州諸国でさえ、ドルに依存しない決済システムを求める声が出ている点も「デジタルユーロ」の検討が加速している背景として挙げられます。また、1人当たりの保有上限を定める方向で、消費者が銀行預金をデジタルユーロに大量移管することで、銀行からの資金流出につながるリスクを抑える狙いがあります。本コラムでもたびたび取り上げていますが、CBDCの導入は新興国が先行しており、中国は「デジタル人民元」の実証実験を進めています。先進国では米国や日本は具体的な発行時期を明らかにしていません。関連して、米シンクタンクのアトランティック・カウンシルが公表した調査によれば、CBDCのプロジェクトに現在130カ国が何らかの形で関与しており、ほぼ半数は開発が進展し、実証試験段階に移行したり、さらに発行にこぎ着けたりしている状況にあるといいます。同組織の分析によれば、過去半年でアルゼンチンを除くG20は全て「進展組」に入ったほか、カリブ海諸国やナイジェリアなど11カ国は既に発行、中国では実証試験の対象が2億6000万人に広がり、案件は電子商取引から政府の景気刺激策に絡む支払いまで多岐にわたっているほか、インドとブラジルも2024年にはCBDCを発行する予定としています。ただ米国の「デジタルドル」の取り組みは、銀行間で使われる「ホールセール」分野のみが前進し、一般レベルの幅広い利用につながる「リテール」分野は停滞したままです。バイデン政権は2022年3月、デジタルドル発行に伴うメリットとリスクを検討するよう関係当局に指示しましたが、米連邦準備理事会(FRB)は2023年1月、デジタルドルを発行するかどうかは議会が決めるべきだとしています。なお、ロシアがウクライナに侵攻してG7から制裁を発動されて以降、ホールセールのCBDC開発スピードは2倍になっているとも分析しています。関連して、スイス国立銀行(SNB、中央銀行)のジョルダン総裁は、国内のSIXデジタル取引所でホールセールのCBDCを試験的に発行すると表明、「これは単なる試験ではなく、銀行準備金と同等のリアルマネーであり、市場参加者との実際の取引をテストすることが目的だ」と述べ、試験プロジェクトは「間もなく」始まり、現時点では期間限定を予定しているようです。一方、リテールのCBDCについては、金融システムにもたらしかねない潜在的リスクを懸念しており、その利用を管理することは一層困難だと指摘、「決して導入しないと排除しているわけではないが、現時点では少し慎重になっている」と述べています。

国際通貨基金(IMF)のゲオルギエワ専務理事は、CBDCの基盤を、IMFが整備する取り組みを進めていると明らかにしています。2023年6月20日付ロイターによれば、ゲオルギエワ氏はモロッコで開催されたアフリカ地域の中央銀行の会議に参加し、「CBDCは国ごとに分断されるべきではない。より効率的で公正な取引のために、われわれは国家間をつなぐシステムが必要だ。つまり相互運用性が求められる」と語り、その上で「このような理由のためIMFでは、国際的なCBDCのプラットフォームの概念をまとめる作業を続けている」と述べています。IMFは、各中銀がデジタル通貨規制について1つの共通した枠組みに合意してほしいと考えており、そうした基盤の確立で意見がまとまらないと、生じた空白に暗号資産に入り込まれてしまう公算が大きいとし、既に114の中銀が何らかの形でCBDCの検討に入っており、約10が「最終ライン」を越えたと指摘、各国が国内運用のためだけにCBDCを導入すれば、「宝の持ち腐れ」になると警告しています。一方で同氏は、CBDCを有効利用できれば金融包摂を促進し、送金コストも低下すると訴えています。

前回の本コラム(暴排トピックス2023年6月号)でも詳しく紹介しましたが、米証券取引委員会(SEC)が暗号資産の締め付けを強めています。暗号資産の多くを有価証券と位置づけて、二大交換業者であるバイナンスとコインベース・グローバルを証券法違反で提訴しています。マネー・ローンダリング対策など暗号資産の規制強化は世界的な流れとなっていますが、1930年代に制定した証券法で暗号資産を規制するのは無理があるとの指摘もあり、暗号資産ビジネスの米国の孤立を招く可能性も考えられるところです。ロシアのウクライナ侵攻問題などで、もう一段の国際的なマネー・ローンダリング対策が求められており、投機的な取引とマネー・ローンダリングに使われる暗号資産は、政府組織から経済を解放するというリバタリアン(自由至上主義者)の理想通貨からほど遠い状況となっています。日本では資金決済法と金融商品取引法で暗号資産を定義して規制の網をかけていますが、SECは取引額の大きい「ソラナ」や「カルダノ」などの暗号資産を証券とみなして提訴したものの、米国では暗号資産の法的な扱いがきちんと決まっていないのが実情です。暗号資産が有価証券と位置づけられれば、事業者は証券関連法に基づいて格段に厳しい規制が課せられることになりますが、暗号資産を証券とみなすのか商品とみなすのかで連邦議会の議論も迷走しており、立法府を見切って司法に判断を委ねようというのがSECの本音と言えそうです。訴訟は数年がかりになると見られ、法的な検討もやはり時間がかかると考えられることから、米国の暗号資産ビジネスは極めて不安定な状況に長く置かれることになります。暗号資産に使われるブロックチェーン(分散型台帳)技術などは、資金決済の時間短縮やコスト圧縮につながり、実体経済のボトルネック解消に役立つのは間違いないところですが、前述したとおり、米国はCBDCの議論も迷走しており、デジタル人民元の開発を終えた中国などに後れを取っている状況です。

なお、本訴訟に絡み、SECと暗号資産交換業最大手バイナンスの米国法人は、ワシントンの連邦地方裁判所の命令に基づき、同社の顧客資産の保護策を講じることで合意しています。SEC側が求めていた顧客資産の凍結は回避し、顧客は資金の引き出しが可能になります。報道によれば、バイナンス側は米法人の顧客に関連する資産を米国に送還し、同国内で資産を保持したり、顧客からの引き出しに応じたりするよう求めるほか、バイナンスや同社のチャンポン・ジャオCEOなどに米法人の資産や資金を移管することを禁止するとしています。SECが、バイナンスとジャオCEOらを証券法違反で提訴したのは、米国の投資家から集めた数十億ドルの資産をジャオ氏が所有する会社に移すなどして、投資家を危険にさらしたと主張しているもので、米法人の資産を一時的に凍結するよう地裁に要請していたものです。SEC幹部は今回の合意を受けた声明で「顧客資産を好きなように混同・流用できたことを考えれば、これらの禁止事項は投資家の資産を守るために不可欠だ」としていますが、バイナンスの米法人はツイッター上で「裁判所は不当な資産凍結を認めなかった」と強調、「SECの要求は我々のビジネスを事実上停止させるもので、事実に基づかない主張などあらゆる手段を通じて暗号資産業界を潰そうと試みている」と非難しています。一方、SECの提訴でその将来性に疑念が出ています、取引を完全に避けることはできないというのがトレーダーの見方で、世界の暗号資産取引においてバイナンスUSのシェアは60%前後に達しているとのデータもあります。

その他、暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 暗号資産投資家が、取引のリスク管理対応に奔走していると報じられています。2023年6月19日付ロイターによれば、2022年、暗号資産レンディングのセルシウス・ネットワークやボイジャー、デジタル、暗号資産交換所大手FTXなど業界企業が相次いで突然破綻したため大やけどを負ったことや、残っている業者に対する規制当局の締め付けが一段と強まるとの懸念が背景にあるとしています。一連の破綻を受け、身動きが取れなくなった顧客資産は現在約340億ドルに上るといいます。機関投資家は自らの身を守るため、資産保護拡充をうたっている交換所に取引先を切り替えたり、取引相手の精査を強化したり、取引額を細分化したりといった手段を講じているといいます。
  • ベルギーの金融規制当局FSMAは、暗号資産交換業最大手のバイナンスに同国での暗号資産サービス提供の停止を命じています。報道によれば、FSMAは「バイナンスは欧州経済領域(EEA)に加盟していない国からベルギー向けに暗号資産と法定通貨との交換サービスやカストディ・ウォレットサービスを提供しており、このためベルギーにおけるそのようなサービスの提供を即時停止するよう命じた」との声明を発表しています。
  • 2022年に経営破綻し再建を進めている暗号資産交換業大手FTXトレーディングが日本法人FTXジャパンの売却を見送る方針だといいます。FTXジャパンを通じて日本の金融庁に意向を伝えたと報じられています。本コラムでも取り上げましたが、FTXは不適切な会計処理やリスク管理により経営が立ちゆかなくなり、2022年11月に日本の民事再生法にあたる連邦破産法11条(チャプター11)の適用を申請、債権者への弁済にあてるため、事業子会社や投資先株式などの売却を進める計画を立てていました。日本法人については当初2023年4~5月に売却の入札をする計画で、事業会社や金融機関など40~50社が関心を示していたとされますが、いったん入札自体が延期になっていました。入札までの期間が短く、FTX側の想定に見合った金額が買い手から示されなかったとみられています。今回の方針転換は、地域ごとに子会社を売却するよりもグループ全体で売り出すことで売却価格を引き上げたいとの思惑があるとされます。前回の本コラム(暴排トピックス2023年6月号)でも取り上げたとおり、金融庁、利用者保護に万全を期すためで、同社の資産が国外の関係会社などに流出するのを防ぐ目的から、FTXジャパンに対し金融商品取引法に基づく資産の国内保有命令を3カ月延長しています。一方、FTXジャパンが2月から始めた顧客資産の返還は順調に進んでいます。とはいえ、FTXの方針転換の先行きは不透明で、前述したとおり、米国では暗号資産への規制が強まる中、事業の収益性は落ちてきており、売却交渉は難航も予想されるところです。
  • エストニアの警察当局は同国に拠点を置くウォレットサービスのアトミックウォレットから暗号資産が盗まれた問題について捜査しています。暗号資産分析を手掛けるエリプティックは、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」がアトミックウォレットの利用者から1億ドル強相当の暗号資産を盗み出したと明らかにしています。
  • 茨城県警サイバー犯罪対策課は、他人のデジタル地域通貨を使ってコンビニエンスストアの商品を詐取したとして、美容室従業員の男性(19)を詐欺容疑で逮捕しています。地域限定で使えるデジタル通貨の不正利用が立件されるのは県内で初めてとなります。報道によれば、市役所に設置されたデジタル通貨「モリン」を使うアプリのサポート窓口に人材会社から派遣されていたといい、窓口では入力方法が分からない来訪者の代わりにスタッフがパスワードを入力することもあったということです。女性が窓口を訪れた際に容疑者がパスワードなどの個人情報を入手し、アプリに不正ログインしたとみられています。なお、守谷市は女性を含む3人のモリンの不正利用を確認、被害などの問い合わせに応じるコールセンターを設置しています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

大阪府・市が認定されたIR(カジノを含む統合型リゾート)については、カジノ以外の収益をどう高めていくかが課題となっています。2023年6月14日付産経新聞において、りそな総合研究所の荒木秀之主席研究員が、2030年ごろに大阪市での開業が見込まれるIRで「ノンゲーミング」と呼ばれるカジノ以外の事業の売り上げを、現状見通しの年間1000億円から、2.5倍となる2500億円へ引き上げられるとの試算を公表しています。同氏は、大阪IRのノンゲーミング施設について「テーマパークや水族館、マリンレジャーなどが充実するシンガポールのIRを参考にすべき」と指摘、IRにおける観光施設が充実することは、「今後急増が見込まれる訪日外国人客(インバウンド)の受け皿としても重要だ」と述べています。前述のとおり、大阪府・市とIR事業者は現在、大阪IR全体の年間売上高を約5200億円と試算していますが、そのうちカジノ事業が約4200億円、ノンゲーミング事業が約1000億円と見積もられるなど、カジノへの依存度が高い実態が指摘されており、同氏は「税収につながる意味でカジノは重要だが、関西の観光業全体の発展につなげるためにも、ノンゲーミング分野の充実が必要だ」と指摘しています。また、2023年7月4日付の朝日新聞で同氏は、(鉄道延伸について)「関西全体の波及効果という点では税金投入に理解もできる」としながら、「カジノやMICE(国際会議や展示会、イベントなど)だけでは客層に偏りがある」として、国内外の家族層の観光需要を幅広く取り込むことが重要になるとの見方を示しています。いずれもそのとおりで、大阪経済の大きな起爆剤となるためには、カジノだけに依存しない、収益の多様化の検討、実現が必須となるといえます。

国の審査員会による認定においては、地元住民の理解をさらに促進することも求められています。今後の課題について、日本経済新聞の2つの記事がまとまっていることから、以下、抜粋して紹介します。

IR計画「住民に十分な説明を」 市民団体前代表・山川氏(2023年7月5日付日本経済新聞)

「予定地の夢洲はゴミの焼却灰や土砂で造成された軟弱地盤で、建物の沈下や土地の液状化の可能性があるほか、カジノで依存症患者が増える懸念もある。夢洲の土壌にはヒ素やフッ素による汚染も確認されており、大阪市は2021年に汚染残土の処分などに約790億円を負担する方針を示した。計画は認定されたものの、問題はまだ山積しているという認識だ」「国の審査委員会は区域整備計画に1000点満点中657.9点という合格点を確かにつけたものの、同時に様々な課題を指摘した。例えば夢洲は津波で浸水被害など南海トラフ地震の影響を受ける可能性がある。審査委も『(計画に)幅広なリスク管理の意識の高さが見受けられたかについては高評価しがたい』としている」「課題が残りながらも、住民への説明はまだ十分とはいえない。22年に住民への説明会を開いたが、新型コロナウイルス感染拡大で当初予定していた11回のうち4回が中止となった。代替措置としてウェブ上に説明動画は公開されたが、きちんと直接対話ができるよう、中止の分を補足してほしい」…主な反対理由は依存症患者の増加や治安悪化、多額の公金支出への不安などとみられる。大阪府・市や事業者には住民の声に耳を傾け、一つ一つの懸念に対してきめ細かに対策などを説明する必要がある。整備計画を認定した国の審査委員会も「地域との十分な対話の場を設け、懸念の払拭を図る取り組みを求める」と付言している。IRを大阪の観光振興の起爆剤として位置づける以上、成功には地域との一体感が不可欠。計画の認定を受けたからこそ、いかに住民の納得を得られるかに知恵を絞ることが求められる

大阪IR、市長「2030年開業目標」 関経連会長「誘客支援」(2023年7月5日付日本経済新聞)

「IRは大阪経済の大きな起爆剤であり転換点になる。世界基準のホテル、エンターテインメント施設、国際会議場、カジノを備えた一大拠点だ。また大阪にはライフサイエンスでも強みがある。大阪の街を楽しんだり、ビジネスに来て経済交流をしたりする中で高度な医療にも触れてもらう。大阪経済の強みを関連させながらIRの戦略を交えて経済を前に進めたい」「住民理解の促進が重要だ。事業者は入場管理をし、府・市は『依存症センター』を設立するなど対策をする。ただ発信が到底足りていない。住民にカジノに対して悪いイメージを持っている方がいるのは事実だ」…「経済の活性化に向け、観光のスプリングボード(跳ね板)になるIRを実現してほしい。元々経済団体はIRに賛成というわけではなかったが、ポジティブな点もあるとみて(誘致)やると決めた。立派なものにしてほしいという気持ちは、やると決めた当時から変わっていない。今後準備しないといけないことが色々ある」「まず(再検討すべきは)は収益構造だ。5200億円の売上高のうち8割をカジノで稼ぐ計画になっているのはやりすぎだ。国際会議や展示会、プール、ゴルフ場といった非カジノ部門とあわせて、利益の多様化を考えなければいけない」

一方、大阪IRに関する情報公開請求を巡り、担当職員が対象のメールを廃棄した問題が発生しています。大阪府・市でつくる大阪港湾局は、情報公開請求を受けた関連文書があったにもかかわらず、担当職員が削除し「不存在」と回答していたと明らかにしたものです。IR用地の不動産鑑定に関するメールで、鑑定に絡んで大阪市側と市民グループが係争中で、港湾局は「公文書に当たる認識がなく、対応は不適切だった」と陳謝しています。メールはその後、職員共用の外付けハードディスクに保存されているのが見つかったといい、開示を進めるとしています。当該メールの保存期間は決まっていないものの、大阪市の条例に基づき、請求があった時点で存在するものは公文書として公開するよう義務付けられているもので、職員は「メールの保存期間は1年未満と漠然と考え、公開の対象外だと思った」と説明しているといいますが、廃棄や「不存在」とした職員の行為は、市の公文書管理条例や情報公開条例に抵触するとしています。IR用地となる大阪市の人工島・夢洲について、市は事業者に貸し出す賃料の鑑定を4社に依頼、うち3社で鑑定額が一致し、IRの用途を考慮しない形で算定したため不当に安いとして、市民グループが契約差し止めを求める住民訴訟を2023年4月に起こしています。港湾局はこの点に関し、市の鑑定への不当な関与は改めて否定、「(メールは)従前からの当局の説明を裏付けるもので、当初の説明と齟齬はない」と述べています。なお、見つかったメールには、業者の社名と担当者名を記した文面を、他の業者に送信していたものもあったといい、「事務連絡にとどまるもので、依頼や誘導、指示ではない。4社とも鑑定に関して他の3社と連絡を取り合ったことはないと説明している」と述べています。説明のとおりかどうかも含め、このような対応が社会からの不信感を招くことが危惧されます。

現金を賭けずにポーカーなどで遊べる「アミューズメントカジノ店」が増えているといいます。風俗営業法上、ゲームセンターと同じような許可を得ている店がほとんどだが、2023年5月には大阪で賭博場を開いた疑いで2店が摘発されています。さらに、同6月には大阪市内の歓楽街にあるアミューズメントカジノ約20店舗に大阪府警が立ち入り検査に入り、「ゲームの勝敗や大会の順位に応じて、参加者が賞金などの得失を争う」「店内のトーナメント大会で、旅行券やゲーム機などを提供する」ことは禁止されているとあらためて指導したといいます。一方、実際には、ポーカー大会の上位入賞者に店の割引券やポイントを配る、数十万円を超える賞金を出す大会を開く、といった店もあるといい、競争が激しくなり、集客のために賞品を提供し、その価値もどんどん上がっている状態だということです。2023年6月20日付朝日新聞の記事「許可あり、現金賭けず…でも注意必要 増えるアミューズメントカジノ」では、「海外のカジノと違い、国内で現金を賭けることは違法だ。多くの国内の店はゲームセンターの許可で営業しており、現金をチップに換えて遊ぶが、残ったり増えたりしたチップは換金できない。客の金を原資として、賞金や賞品を出すことは賭博罪に問われる可能性がある」と指摘していましたが、正にそのとおりであり、こうしたグレーな部分を放置することで、IRにも悪影響が及ぶ可能性もあります。

依存症に関する最近の報道から、いくつか紹介します。とりわけギャンブル依存症は、「孤独の病であり、国民病でもある。依存症は誰でもなる可能性がある」こと、本人が病気であることを受け容れることが難しく、早期の対処、地道な治療に結びつくケースが少ないこと、家族の愛だけではどうにもならないこと、病院外来や自助グループなど味方の存在が重要であること、(薬物の問題同様)若年層から正しい知識の普及、啓発を進めていく必要があることなどを痛感させられます

大阪IR「カジノ開業で一定数の依存症患者」 専門医指摘(20023年6月14日付日本経済新聞)

「WHOは『自らの社会的、職業的価値を損なうほど生活を支配する障害』と定義し、自分の行動をコントロールできないという特徴がある。賭ける額が増え続けたり、ギャンブルができないとイライラしたりする。患者の中にはギャンブルで借金を背負い、家族や友人関係に悪影響をきたすほか、借金を返すために犯罪に手を染める人もいる」、「薬物のように特有の身体的変化が起こらず、早期発見もしづらい。当センターには年間で約150人の依存症患者が新規で来院する。うち5~10人ほどは入院が必要なほど深刻な状態になってから治療に訪れている。治療には心理療法が有効だ。患者には依存症が引き起こすデメリットや特徴を説明し、問題意識を持ってもらうのが最初の一歩だ」、「一緒に相談しながら、ギャンブルに代わる時間の過ごし方を見つけるなどして、少しずつ通常状態を取り戻していく。地道な治療だ。現時点でギャンブル依存症の治療に役立つ薬はない」、「過去の海外事例を見ると、IRが開業すればギャンブル依存症患者が一定数出ることは避けられない。早期発見やその後の診療体制の整備とともに、カジノ内での取り組みを含め、予防も含めた対策が求められる

「いっそ死んでくれた方が…」依存症招き、家族を苦しめるカジノの闇 見通せぬ対策の実効性(20023年6月21日付産経新聞)

カジノを含む統合型リゾート(IR)の開業に向け、準備を本格化させている大阪府と大阪市。ただ、IRを巡ってはさまざまな課題が指摘され、とりわけ懸念されているのがギャンブル依存症だ。府市は依存症対策にも取り組むが、現時点では、実効性が見通せない。ギャンブル依存症は金銭面も含めて周囲を巻き込むだけに、実際に苦悩した家族からは「誰もが当事者になりうる病。啓発や対策が追い付いていないのでは」と懸念の声も上がっている。…ギャンブル依存症は「特別な病気じゃない。早期の対処が必要だ」と強調。さらに周囲の偏見や誤解で当事者や家族も孤立しがちだ。「間違った対応で悪化させないためにも、若年層から正しい知識の普及、啓発を進めていく必要がある」と話す。一方で、当事者は自分が依存症だと認めず、いつでもギャンブルは止められると思ってしまう。医療機関や自助グループなどへつなげようとしても拒否されることが多いといい、つながり続けることができるのは一握り。何度も繰り返してようやく、というケースが多いという。上野さんは「依存症から回復し続けるには、各地域で受け皿となる社会資源や支援者を育てていく必要がある」と訴える。…若年層への普及啓発を強化しようと、今年度から府内すべての高校の教員を対象に、ギャンブル依存症など依存症についての研修を行う。これまでは限られた学校だけで外部講師が授業を行っていたが、教員が直接指導できるようになれば、より柔軟な対応が期待できるという。府は昨年11月に依存症の当事者や家族の支援に充てる対策基金も設置し、寄付を呼びかけている。

「勝てば返せる」膨れた借金1400万円 悪循環でギャンブル依存(20023年6月28日付毎日新聞)

三光病院の海野順院長はギャンブルをはじめとする依存症について、周囲に相談しづらい点を踏まえ「孤独の病であり、国民病でもある。依存症は誰でもなる可能性がある」と警鐘を鳴らす。小遣い稼ぎなど、ささいなきっかけから依存症になってしまうケースもあるという。「快楽を味わい、またやりたいと思うことは脳の働きとして健康」と話す一方、「ギャンブルにのめり込みすぎると、健康的な人間関係や仕事よりもギャンブルを優先する。相談する相手もいないから、さらにギャンブルに依存する悪循環が生まれる」と指摘する。ギャンブル依存はだらしないなどのイメージが強く、病気かもしれないと発想できない人が多いという。病院外来や自助グループの存在を広く知ってもらうことが必要で、海野院長は「味方がいれば、回復へ導く支えとなる」と強調する。

ゲーム障害、若者で増加 治療体制道半ば「予防強化を」(20023年7月1日付日本経済新聞)

ギャンブル依存症などと同様、WHOから精神疾患に認定された「ゲーム障害」。その疑いのある若者が増え続けている。新型コロナウイルス禍で強いられた「在宅」で依存度がより高まったとの指摘もある。治療を担う国内の医療機関は約90に拡大したが、なお途上にある。治療などは手探りの側面もあり、予防の強化が求められる。…WHOは2019年にゲーム障害を精神疾患と認定し、22年に正式に精神障害の分類に加えた。日常生活よりもゲームを優先させるなど、複数の条件を満たすと診断される。国内で初めて治療を始めた国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の樋口進名誉院長は「酒や薬物と違い、若年の依存者が圧倒的に多い点が特徴」と説明する。受診患者の7割が20歳未満という。厚生労働省の研究班の推計では、ネット依存の疑いがある中高生は17年度の調査で93万人。大半がゲーム障害とみられ、5年前と比べ1.8倍に膨らんだ。樋口氏は「最近も小学生から大人まで患者が増えている」と話す。コロナ禍で在宅時間が延び、さらに急増している恐れもある。世界的には有病率は総人口の3%前後とされる。…アルコール依存症は投薬治療や自助グループでの活動などを組み合わせた治療法が確立されている。対してゲーム障害は治療や研究の歴史が浅い。入院や通院、キャンプなどを組み合わせながら、ゲームと適度に付き合える状況を目指す段階にある。治療の継続も容易でない。…治徳医師は学校など関連機関と協力し、スマホやゲームとの付き合い方を子どもの頃から教育する重要性を説く。学校や家庭で悩みを抱え、現実逃避でのめり込むケースもあり「タバコなどのように、メーカー側がパッケージやプレー画面で依存症のリスクを表示するなどの対策も有効ではないか」と指摘する。

③犯罪統計資料

例月同様、令和5年1~5月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和5年1~5月分)

令和5年(2023年)1~5月の刑法犯総数について、認知件数は271,850件(前年同期222,672件、前年同期比+22.1%)、検挙件数は101,802件(96,423件、+5.6%)、検挙率は37.4%(43.3%、▲5.9P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。最近は、検挙件数が前年を下回る傾向にあったものの、ここにきて増加に転じています。その理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は186,391件(149,950件、+24.3%)、検挙件数は59,574件(58,019件、+2.7%)、検挙率は32.0%(38.7%、▲6.7P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は38,857件(35,235件、+10.3%)、検挙件数は24,895件(23,911件、+4.1%)、検挙率は64.1%(67.9%、▲3.8P)と、最近減少していたところ、認知件数が増加に転じています。また凶悪犯の認知件数は2,049件(1,709件、+19.9%)、検挙件数は1,709件(1,434件、+19.2%)、検挙率は83.4%(83.9%、▲0.5P)、粗暴犯の認知件数は23,481件(20,273件、+15.8%)、検挙件数は18,765件(16,644件、+12.7%)、検挙率は79.9%(82.1%、▲2.2P)、知能犯の認知件数は19,007件(14,623件、+30.0%)、検挙件数は7,356件(7,079件、+3.9%)、検挙率は38.7%(48.4%、▲9.7%)、とりわけ詐欺の認知件数は17,523件(13,292件、+31.8%)、検挙件数は6,291件(5,908件、+6.5%)、検挙率は35.9%(44.4%、▲8.5P)などとなっており、本コラムで指摘してきたとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加傾向にある点が注目されます。刑法犯全体の認知件数、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率が低下傾向にある点も気がかりです)。

また、特別法犯総数については、検挙件数は26,827件(25,662件、+4.5%)、検挙人員は22,103人(21,056人、+5.0%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続いていたところ、2023年に入って以降、ともに増加に転じた点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は2,206件(1,612件、+36.8%)、検挙人員は1,565人(1,211人、+29.2%)、軽犯罪法違反の検挙件数は3,090件(2,941件、+5.1%)、検挙人員は3,099人(2,921人、+6.1%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は4,038件(3,459件、+16.7%)、検挙人員は3,132人(2,648人、+18.3%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は480件(392件、+22.4%)、検挙人員は397人(315人、+26.0%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,270件(1,306件、▲2.8%)、検挙人員は996人(1,076人、▲7.4%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は165件(183件、▲9.8%)、検挙人員は51人(74人、▲31.1%)、不正競争防止法違反の検挙件数は18件(25件、▲28.0%)、検挙人員は23人(26人、▲11.5%)、銃刀法違反の検挙件数は1,998件(1,920件、+4.1%)、検挙人員は1,664人(1,682人、▲1.1%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、入管法違反、軽犯罪法違反、迷惑防止条例違反やストーカー規制法違等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は453件(397件、+14.1%)、検挙人員は275人(233人、+17.5%)、大麻取締法違反の検挙件数は2,677件(2,292件、+16・8%)、検挙人員は2,192人(1,791人、+22.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は2,724件(3,369件、▲19.1%)、検挙人員は1,887人(2,288人、▲17.5%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加している点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続しており、特筆されます(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。したがって、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について、総数226人(199人、+13.6%)、ベトナム70人(59人、+18.6%)、中国34人(32人、+6.3%)、ブラジル15人(13人、+15.4%)、フィリピン10人(7人、+42.9%)、スリランカ10人(22人、▲45.4%)などとなっています。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数総数は3,615件(3,593件、+0.6%)、検挙人員は2,206人(2,228人、▲1.0%)と、刑法犯と名異なる傾向にありますが、ここ数年、検挙件数・検挙人員ともに継続して減少傾向にあったところ、今回、検挙件数が増加に転じた点が注目されます。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じていたところであり、アフターコロナにおける今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、強盗の検挙件数は30件(31件、▲3.2%)、検挙人員は74人(45人、+64.4%)、暴行の検挙件数は221件(249件、▲11.2%)、検挙人員は207人(239人、▲13.4%)、傷害の検挙件数は361件(388件、▲7.0%)、検挙人員は420人(412人、+1.9%)、脅迫の検挙件数は125件(143件、▲12.6%)、検挙人員は112人(143人、▲21.7%)、恐喝の検挙件数は134件(125件、+7.2%)、検挙人員は157人(164人、▲4.3%)、窃盗の検挙件数は1,635件(1,518件、+7.7%)、検挙人員は284人(306人、▲7.2%)、詐欺の検挙人員は682件(623件、+9.5%)、検挙人員は574人(487人、+17.9%)、賭博の検挙件数は9件(11件、▲18.2%)、検挙人員は40人(55人、▲27.3%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしている点が特筆され、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される(とはいえ、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は1,655件(2,246件、▲26.3%)、検挙人員は1,130人(1,520人、▲25.7%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります(さらに減少幅も大きい点が特筆されます)。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4件(3件、+33.3%)、検挙人員は3人(8人、▲62.5%)、軽犯罪法違反の検挙件数は30件(34件、▲11.8%)、検挙人員は22人(30人、▲26.7%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は23件(38件、▲39.5%)、検挙人員は22人(34人、▲35.3%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は10件(13件、▲23.1%)、検挙人員は23人(29人、▲20.7%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は63件(77件、▲18.2%)、検挙人員は31人(28人、+10.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は374件(374件、±0%)、検挙人員は245人(22人、+11.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は884件(1,320件、▲33.0%)、検挙人員は570人(849人、▲32.9%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は45件(74件、▲39.2%)、検挙人員は22人(47人、▲53.2%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなって、今回はともに増加していること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます(覚せい剤については、前述のとおりです)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

本コラムでは、北朝鮮が、自国民に苛烈な負担を強いる一方で核・ミサイル開発を強力に推進し、そのための資金獲得活動として、暗号資産の窃取をはじめとするサイバー攻撃など多様な犯罪を行っており、一般の事業者や個人が意図しない形でそうした資金獲得活動を助長してしまっている構図に警鐘を鳴らし続けています。今、北朝鮮のそうした行動(とりわけ核・ミサイル開発)を食い止める重要性については、2023年6月28日付日本経済新聞の記事「北朝鮮から目をそらすな ジャック・アタリ氏」で的確に指摘されていますので、以下、抜粋して引用します。

北朝鮮の金正恩氏ら指導者たちの全体主義的な雰囲気と、激化する攻撃的な態度に対し、国際社会は、今後も傍観を貫くのだろうか。北朝鮮は、飢えと恐怖にさいなまれる約2600万人が暮らす外界から遮断された、まるで要塞国家だ。北朝鮮への攻撃に対して、どこの国であろうと核攻撃を辞さないと隣国を脅している。この脅しを実行に移す準備はまだのようだが、国際社会が放置し続ければ準備はまもなく整うはずだ。…このままでは最悪の事態が訪れる。北朝鮮の大量破壊兵器の備蓄は増え続け、これらの兵器の小型化は加速する。金正恩氏は核弾頭を搭載しても米国本土にまで到達可能な射程の長い大陸間弾道ミサイルの開発を命じている。…インドネシアとオーストラリアも核武装の道を歩み、ベトナムも追随するだろう。そうなると、国際社会は、イランをはじめサウジアラビアやトルコなどの将来的な大国に対し、同様の防衛手段の保有を拒否できなくなる。つまり、北朝鮮は核拡散というドミノ現象を引き起こす最初の駒なのだ。このドミノ現象を回避するには、まだ時間が残されている。今のうちにあらゆる手段を講じなければならない。特に中国と米国は世界の状況が変化したこと、そして北朝鮮の核軍備増強という脅威を放置することは、もはや両国の利益にならないことを理解すべきだろう。

北朝鮮は、2023年6月15日に、弾道ミサイルを2発発射しています。首都・平壌の順安付近から日本海に向け発射さ、いずれも短距離弾道ミサイルとみられ、日本の排他的経済水域(EEZ)に落下したといいます。北朝鮮が弾道ミサイル技術を使って発射するのは2023年、5月31日に平安北道東倉里の西海衛星発射場から「軍事偵察衛星」と称する発射をし、失敗して以来となります。米韓両軍は同5月から過去最大規模の合同火力訓練を行っており、同日が最終日で、北朝鮮国営の朝鮮中央通信が、ミサイル発射の約30分前に、北朝鮮国防省報道官の「再三の警告にもかかわらず、地域の軍事的緊張を更に引き起こす挑発的で無責任な行動を強く糾弾し、これを厳重に警告する」との談話を伝え、報道官は「敵のいかなる形態の挑発にも徹底的に対応する」と強調していました。なお、当時、鳥取、兵庫両県内の漁船が落下地点から50キロ圏内の場所で操業中だったといいます。鳥取県の平井知事は、水産庁の神谷崇長官とオンライン会議をつなぎ、落下地点の近接エリアに兵庫県の漁船もいたことから兵庫県知事とも協議したとし、「花火のような大きな音で非常な恐怖を覚えたとのことだ。EEZは安心安全に水産業を営む大切な場所で、そこにミサイルが撃ち込まれるのは到底容認できない」と述べた上で、ミサイル発射抑止への実効性のある対策や、操業中の漁船に情報を即時に伝達できる新たな仕組みの検討などを求めています。

一方、同5月31日に打ち上げて墜落した人工衛星の主要部分を韓国側が引き揚げたと発表しています。北朝鮮は、人工衛星について、米国の軍事行動をリアルタイムで監視するための軍事偵察衛星だと主張していましたが、米国と共同で分析した結果、「偵察衛星としての軍事的な使い道は全くないと評価した」と明らかにしています。北朝鮮は性能が不十分なまま軍事的成果をアピールしようとしたとみられます。なお、打ち上げ失敗直後に「可及的速やかに2回目の発射を断行する」と表明していますが、いまだ再発射していません。今回の引き揚げ成功により、北朝鮮の技術レベルの解析が進んだとみられています。一方、北朝鮮の朝鮮労働党中央委員会の拡大総会が同6月16~18日、平壌で開かれ、金正恩朝鮮労働党総書記が出席、5月31日の軍事偵察衛星の打ち上げを「失敗」と断定し、早期に2回目の打ち上げを強行する方針を改めて示しています。報道によれば、総会では、打ち上げ失敗について、軍事力強化の過程で表れた「最も深刻な欠陥」だと総括し、担当した幹部らは「無責任さが辛辣に批判された」とし、打ち上げの責任者らが処罰された可能性が指摘されます。その上で、「打ち上げ失敗の原因と教訓を徹底的に分析し、早期に軍事偵察衛星を成功裏に打ち上げる」と表明しましたが、具体的な時期には言及しませんでした。技術的な欠陥の修正には数か月以上かかるとの指摘もあります。総会では、核・ミサイル開発を加速する方針も改めて確認されたほか、新型コロナウイルスの感染拡大で停滞していた対外活動を積極化させる可能性も示唆されています。朝鮮半島の安全保障環境を分析し「軍事技術と政治外交で機敏に対応しなければならない」と強調する報告があり、外交について「米国の強力な世界覇権戦略に反旗を翻した国々との連帯を一層強化する」と表明、加えて「対外活動を国益を守る原則のもとで自主的かつ積極的に展開する」ことを重大課題として取り上げたといいます。

北朝鮮の弾道ミサイル発射などに備え、日本政府は今年度、過去最多となる67回の国民保護訓練を実施する予定としています。本コラムでたびたび指摘しているとおり、全国瞬時警報システム(Jアラート)の発令自体に問題を抱えているほか、そもそも国民の側にも、具体的なアクションが浸透していない状況にあります。Jアラートを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

ミサイルより地下鉄の遅れ気になる…Jアラートで避難「1割どまり」、命守る行動浸透せず(2023年6月12日付読売新聞)

政府は今年度、過去最多となる67回の国民保護訓練を実施する。半数以上がミサイルの飛来を想定したものだ。ただ、全国瞬時警報システム(Jアラート)が発令されたときに、身の安全を守る行動を取った人は1割にとどまるとの調査もあり、どう緊急時の避難につなげるかが問われている。…札幌市は8月にミサイルの飛来を想定した避難訓練を実施する。参加者が屋外から地下街に避難する際に、周囲の人たちに「避難しましょう」と声をかけるように求め、危機意識の向上を目指すという。市危機管理課の村瀬課長は「訓練を積み重ねておかなければ、いざ落下してきたときに地下の狭い空間にいる人が一斉に動き、パニックも起きかねない。二次被害を防ぐためにも訓練を繰り返したい」と強調する。…国民保護行政に詳しい防衛大学校の宮坂直史教授(安全保障)は「危機管理では最悪を想定することが鉄則だ。次にJアラートが発令されたとき、ミサイルが落ちてこない保証はない。破片だけでも人的被害が出る恐れは十分にあり、可能な限り避難行動を取る必要がある」と指摘する。宮坂氏は、危機意識を高めるためには被害を具体的にイメージできるようにする必要があるとし、「国や自治体は避難訓練で住民が集まった際に、ウクライナなど海外で発生した被害を学ぶ機会も設けるべきだ」と話す。…屋外にいるケースでは、近くの建物や地下街に避難する。コンクリート造りなど頑丈な建物が望ましいが、木造住宅でも被害は軽減できるという。屋内では爆風による窓ガラスの破損に備え、できるだけ窓から離れる。近くに建物がない場合は物陰に身を隠したり、地面に伏せたりして、落下物や破片から頭部を守る

ミサイル発射時の避難先をマップ表示 大阪市が防災アプリに機能追加(2023年6月15日付産経新聞)

大阪市は15日、災害情報などを発信するスマートフォンアプリ「大阪市防災アプリ」に、他国からのミサイル発射を受けた全国瞬時警報システム(Jアラート)の発令を想定し、緊急一時避難施設を表示する機能を追加したと発表した。新たに常時表示されるのは、市が指定する地下駅舎や公共施設などの732カ所。画面をタップすると、現在地からの順路が確認できるという。Jアラート発令時には、避難の呼び掛けが届き、警戒レベルに応じてトップ画面のアイコンの色も変わる。15時間先までの降水予測や台風の進路予測も閲覧できるようになった。アプリは2016年にサービス開始。気象情報や地震など災害時の避難先が表示されるマップ、備蓄品のチェック機能などを備える。ダウンロードの累計回数は10万3千回で、市は2023年度末までに13万5千回を目指す。横山英幸市長は定例会見で「迅速、的確に避難するために必要な情報を強化した。一人でも多くの人に使ってもらえるよう、アプリの周知徹底に力を入れたい」と述べた。

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、中国が保有する核弾頭数が2023年1月時点で推計410発となり、2022年同月比で60発増えたとする報告書を発表しています。報告書は中国について、核戦力の著しい近代化と拡大の途上にあり、今後10年は同じ傾向が続くと指摘、中国は核搭載可能な大陸間弾道弾(ICBM)の数も増やしており、10年以内に少なくとも米国やロシアと同数のICBMを持つ可能性があるとしています。中国の核弾頭数は2010年1月時点で推計240発で、300発を超えるまで10年を要したものの、その後3年で400発台に達したことになり、核戦力増強の加速が顕著になっています。米英仏中露にインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮を加えた9か国の核弾頭総数は、前年から微減の推計1万2512発。ロシア(5889発)と米国(5244発)が全体の約9割を占めたほか、解体予定を除く運用可能な核弾頭数は9576発で、前年から86発増えたといいます。核兵器開発を進める北朝鮮は、5発増の約30発に上ると推定されています。さらに報告書は、ウクライナ侵略を続けるロシアが核使用の脅しを強める中、第2次世界大戦以来初めて核兵器が使われるリスクが「劇的に高まっている」と指摘しています。

米国務省報道官は、米国は北朝鮮がロシアに対するさらなる武器供給を計画していることを懸念していると述べています。国営朝鮮中央通信(KCNA)によれば、北朝鮮の金総書記は、ロシアの祝日「ロシアの日」にあわせてプーチン大統領に祝電を送り、強大な国家を作るという共通の目標に向け戦略的協力を強化し、共に手を取り合うと表明、金総書記はプーチン氏によるウクライナ侵攻の決定を擁護し、「全面的な支持と連帯」を打ち出しています。「正義は必ず勝利し、ロシア国民は勝利の歴史に栄光を加え続ける」とし、ロシアとの「より緊密な戦略的協力」を呼びかけ、「強国建設という壮大な目標を達成するという両国民の共通の願いでロシア大統領としっかりと手を取り合う」と語っています。また、北朝鮮は、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」創設者のプリゴジン氏による反乱をめぐって、「ロシア指導部による選択と決定を強力に支持する」との見解を明らかにしています。報道によれば、任外務次官が、ロシアのマツェゴラ駐北朝鮮大使と面会し、ロシア指導部への支持を表明、任氏は「今回ロシアで発生した武装反乱事件が、ロシア人民の意向にそって順調に平定されると信じて疑わない」と言及、「強靱なロシアの軍隊と人民が試練と難関に必ず打ち勝ち、対ウクライナ特殊軍事作戦で英雄的に勝利すると確信する」と強調したといいます。

北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」が最近、暗号資産ウォレットのサービスを提供しているアトミックウォレットの利用者から1億ドル強相当の暗号資産を盗み出したと見られています。2023年6月14日付ロイターによれば、犯行に関与したのは「ラザルス」と呼ばれる北朝鮮のハッカー集団で、5500余りのウォレットが被害を受けたとされます。エストニアに拠点を置くアトミックウォレットは「「ウォレットに不正侵入されたとの報告を受けた」と述べ、事件の調査と盗まれた資産の追跡のためにチェーンアナリシスを起用したと説明していますが、詳細は報じられていません。本コラムでもたびたび登場する「ラザルス」はこれまでも度々暗号資産の窃取を行っており、きた。2022年には米暗号資産ハーモニーの主要サービスがサイバー攻撃を受け、1億ドル相当が盗まれており、今回の被害額はそれ以来の大きさとなります。国連は、北朝鮮が2022年盗み出した暗号資産は過去最大だったと報告、これらが核・ミサイル開発に利用されていると見られています。また、韓国の情報機関、国家情報院は、北朝鮮が韓国で広く利用されるサイトの偽物を開設し、利用者から情報の奪取を試みていると発表しています。韓国最大のポータルサイト「ネイバー」の複製サイトをつくり、ハッキングをしかけるのを捕捉、国情院は「ネイバー」を使う際、正常なアドレスになっているか確認するよう呼びかけており、アドレスが異なる場合、北朝鮮の偽サイトの可能性があり、「北朝鮮の韓国国民を対象とするハッキング攻撃の手法が巧妙になっている」と注意を促しています。報道によれば、偽サイトは「証券」「不動産」「ニュース」など細部のメニューや広告バナーを完全に再現していたといい、実際のメイン画面がリアルタイムで複製され、画面の外観だけでは区別が難しいといいます。北朝鮮は偽サイト上で訪問者をログインに誘導し、IDやパスワードといった個人情報を奪取した恐れがありますが、偽サイトのサーバーが海外にあるといい、国情院は海外の機関と協力してハッキング活動を追跡しているとしています。さらに、関連機関と情報共有し、偽サイトの接続を遮断する措置も進め、「国民の被害を遮断するため多角的に対応する」と説明しています。

中国と北朝鮮との国境地域で国内旅行に興じる中国人客が増えているといいます。新型コロナウイルス感染対策で今も人の往来を禁じている北朝鮮への旅行の代替となっているとされます。北朝鮮の外貨獲得につながり、大量破壊兵器の資金源となりかねないと警戒する声もあります。報道によれば、北朝鮮は金正恩体制による過酷な抑圧下にあるものの、高速成長を経て厳しい競争社会で暮らす中国の人にとってはノスタルジーを感じる場所となっているといいます。丹東市によると、労働節(メーデー)に合わせた大型連休(4月29日~5月3日)中の旅行者数は約103万8000人で、コロナ禍前の2019年の同期比で約20万人増加したといいます。吉林省の地元メディアによると、同省で北朝鮮と接する観光地の琿春、図們でも同期比で、約3.5倍、約2.8倍と観光客が増加しており、韓国政府関係者は、国境地域での旅行者増加が北朝鮮が外貨を稼ぐ好機になっていると危惧しているといいます。土産物店や出稼ぎ労働者が働く北朝鮮レストランの売り上げが北朝鮮に流れることになれば、「核ミサイル開発を続けるための主要な資金源になる」というものです。2018年の北朝鮮への外国人旅行者は約20万人で9割以上が中国人で、北朝鮮が再び旅行客を受け入れるようになれば多くの中国人客が旅行に行き、北朝鮮がさらに外貨を稼ぐ大きな柱となりかねません

その他、北朝鮮の最近の動向に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 北朝鮮が新型コロナウイルス対策の厳格なマスク着用義務を緩和したようだと、韓国や米国のメディアが報じています。2023年7月4日付ロイターによれば、北朝鮮国営メディアは正式な発表をしていないものの、多くの人がマスクをせずに劇場などに集まる様子を伝えており、韓国の北朝鮮専門サイト「NKニュース」のアナリストによると、こうした状況は2022年9月までさかのぼった新聞報道と比べて大きく異なっているといいます。また、米国を拠点とするラジオ・フリー・アジア(RFA)は関係筋の話として、住民や工場などが7月1日付でマスク着用義務が解除されたという通知を受けたと報じています。北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)は2022年8月、金総書記が新型コロナとの戦いで勝利宣言したことを受け、マスク着用義務など各種規制が解除されたと伝えましたが、1カ月後にはインフルエンザなど感染症予防のためとして再び公共の場でのマスク着用を命じた経緯があります。
  • 韓国統一省は、北朝鮮が2020年6月に南西部・開城の南北共同連絡事務所を爆破したことに対し、北朝鮮に総額447億ウォン(約49億円)の損害賠償を求める訴訟をソウル中央地裁に起こしたと発表しています。韓国政府が北朝鮮政府を相手取って訴訟を起こすのは初めてということです。ただし、北朝鮮が訴訟に応じる可能性は極めて低く、韓国の尹錫悦政権は、北朝鮮に厳しい姿勢を示す狙いとみられています。連絡事務所は、北朝鮮に融和的な文在寅前大統領と金正恩朝鮮労働党委員長(現・党総書記)との合意を受けて2018年9月に設置されていたものです。
  • 岸田文雄首相と米国のバイデン大統領、韓国の尹錫悦大統領が8月末にワシントンで会談する方向です。北朝鮮による軍事偵察衛星の再打ち上げを含む核・ミサイル開発などに連携して対応することを確認する見通しです。3氏は5月に広島で開かれたG7サミットに合わせて短時間、意見を交わし、バイデン氏が米国での日米韓首脳会談を提案していました。実現すれば、首脳会談を目的に3氏が集うのは初めてとなります。首脳会談では、各国のレーダーなどが捉えた北朝鮮のミサイル関連情報を、リアルタイムで共有する仕組みの2023年内の運用開始について、作業の進捗を確認するとみられています。
  • 北朝鮮外務省のクォン・ジョングン米国担当局長は談話で、「朝鮮半島での米国の挑発の水位が高まる場合、共和国(北朝鮮)の対応する行動の規模と範囲も圧倒的かつ攻撃的に拡大する」と強調、ブリンケン米国務長官が最近、「中国が(北朝鮮への圧迫に)動かなければ日本、南朝鮮(韓国)と共に軍事的措置を取る」と脅迫的な発言をしたと主張し、「妄言だ」と非難、米国が朝鮮半島で戦略兵器の展開や軍事訓練を拡大すれば「より現実的な安全保障上の脅威を体感することになる」と警告しています。関連して、北朝鮮の朝鮮中央通信は論評で、ブリンケン米国務長官の訪中について「対中国圧迫政策の失敗を認めた挑発者の物乞い」と酷評しています。「米国は中国を圧迫し抑制しようとしたものの、自国経済に致命的な打撃を与えるブーメランになっている」と主張、米中対立が軍事衝突につながりかねないことへの不安感から、米国が緊張緩和を「物乞い」するようになったと指摘、「先に挑発を行い、いまさら責任を持って意見の相違を管理すべきだと叫ぶのは、米国特有の二面性と鉄面皮だ」と皮肉っています。
  • 北朝鮮は、東部の金剛山観光地区を南北経済共同事業で開発した韓国・現代グループの玄貞恩会長が訪朝の意向を示したと韓国メディアが報じたことに対し「南朝鮮(韓国)のいかなる人物の入国も許可できない」と表明しています。報道によれば、対南関係担当部署ではなく外務省の表明で、韓国人が北朝鮮域内に入る行為は「入国」だと強調しており、対立激化を背景に、韓国を外国扱いしないとの従来の姿勢を変えたものと見られています。北朝鮮の対南政策は祖国平和統一委員会(祖平統)や朝鮮労働党統一戦線部が担当してきましたが、祖平統は2021年3月に金正総書記の妹、金与正党副部長が談話で「これ以上存在する理由がなくなった」として廃止を示唆しており、既に存在しない可能性があります。
  • 北朝鮮当局は朝鮮戦争勃発から73年となる2023年6月25日に各地で反米集会を開いています。朝鮮労働党機関紙、労働新聞は平壌のメーデースタジアムでの集会参加者は12万人余りと伝えています。規模を2022年より拡大させたもようで、米国への敵対心を高めるよう住民に求める狙いとみられています。一方、北朝鮮外務省は同省米国研究所の「研究報告書」の体裁を取り米国に敵視政策の撤回を要求、核抑止力が戦争の再発を防ぐと強調し「主権国家の正当な自衛権行使は今後も続けられる」と、核戦力開発の継続を表明しています。平壌の集会に出席した李党書記らは演説で、朝鮮戦争中に原子爆弾の使用を口にした米国は今も韓国を突撃隊としてあおり立て「核戦争演習に狂奔している」と非難しています。

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は、北朝鮮による日本人の拉致問題について「(北朝鮮の)誠意ある努力によって、完全無欠に解決された」とする外務省日本研究所研究員の論評を伝えています。拉致問題解決へ向けて北朝鮮との対話に意欲を見せている岸田首相に対し、改めて北朝鮮の立場を強調したものです。日本政府が国連で拉致問題に関するシンポジウムを開催するのに合わせた形で、日本が望む形での解決は「実現不可能」だと指摘し、これを「旧態依然として国際舞台に持ち出すのは時間の浪費」だと批判、日本政府が前提条件なしで北朝鮮側と対話する姿勢を示していることに触れ、拉致問題の提起はこの姿勢を「自ら否定するのと同じだ」と指摘、また、日本側が拉致被害者全員の帰国を望んでいることを「死者を生かせというむなしい妄想にすぎないことを肝に銘じなければならない」とはねのけています。一方、2023年7月1日付産経新聞によれば、来日した韓国の対北ラジオ「自由北朝鮮放送」のキムソンミン代表は「北朝鮮はギリギリの瞬間に立っている。金正恩が住民のためではなく自分のために日本人拉致問題で動き出す可能性はある」と述べています。岸田首相は同5月下旬、拉致被害者の家族会などが主催した「国民大集会」で、拉致問題解決のため「首相直轄のハイレベル協議」を行う決意を表明したのに対し、北朝鮮側は2日後、パク・サンギル外務次官が談話を発表して「両国が会えない理由はない」と応じたため、北朝鮮側の対応が注目されているところです。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例の改正(和歌山県)

暴力団事務所の開設を広範囲で規制することなどを盛り込んだ和歌山県の改正暴排条例が7月1日に施行されました。2011年に制定した同条例でも事務所の開設場所の制限や暴力団関係者への利益供与などを禁止してきましたが、今回の改正ではこれらの規制をさらに強めています。具体的には、「暴力団事務所の規制範囲拡大」「暴力団員による他人名義の利用禁止」「利益供与のほう助禁止」などを新たに盛り込んだほか、暴力団事務所の開設・運営はこれまで「学校等の周辺200メートル以内」を禁止する地点ごとの規制(点の規制)だったところ、改正後は都市計画法の用途地域に基づく広範囲での規制(面での規制)とし、住居系、商業系、工業系の用途地域を対象としています。

▼和歌山県警 「和歌山県暴力団排除条例」の改正について
  • 暴力団事務所に対する規制強化
    1. 従来:学校等の周辺200m以内での開設・運営禁止(「点」での規制)
      • 1年以下の懲役又は50万円以下の罰金
      • 違反→直罰(従来どおり)
    2. 追加:都市計画法の用途地域内での開設・運営禁止(「面」での規制)
      • 使用禁止命令→違反→罰則
      • 中止命令に違反した場合 1年以下の懲役又は50万円以下の罰金
  • 暴力団の活動の潜在化・不透明化対策
    1. 暴力団員による他人の名義利用禁止
      • 暴力団員等が他人の名義を利用することの禁止
      • 自己又は他人の名義を暴力団員に利用させることの禁止
    2. 利益供与の幇助行為の禁止
      • 暴力団員等が、事業者から利益供与を受けることを手助け(幇助)することの禁止
    3. 行政指導(勧告・事実の公表)
  • 行政指導(調査・勧告・事実の公表)に係る規定整備
    1. 規制強化
      • 従来、調査(行政指導の前提)の対象に「する/しない」としていた、境界となる条項を削除
      • 暴力団に対する全ての利益供与を行政指導の対象に
      • 原則、全ての利益供与事案は調査対象
      • 調査の結果、必要があれば是正措置を講ずるよう勧告
      • 調査拒否、虚偽回答をした場合、勧告を拒否した場合、事実の公表
    2. 規定整備
      • 暴力団事務所の使用禁止命令のための調査、その他悪質な違反行為があって、調査だけでは目的を達成できない場合、関係場所の立入検査
      • 立入検査忌避、陳述拒否は20万円以下の罰金
(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(沖縄県)

沖縄県警組織犯罪対策課は、沖縄県暴排条例違反の疑いで、那覇市松山の歓楽街にある飲食店約20店舗と旭琉会傘下の複数の組員の自宅などを家宅捜索しています。報道によれば、これらの店舗では暴力団員に用心棒代を支払っていた疑いがあるといい、沖縄県警は暴力団組織の運営資金になっていた可能性を視野に詳しく調べています。コロナ禍を経て、松山周辺では連日のように組員の姿が確認されるようになっていたといい、沖縄県警は数カ月間内偵し、強制捜査に踏み切ったようです。沖縄県暴排条例は2019年に一部が改正され、暴力団排除特別強化地域を新設、同条例で松山と沖縄市上地の歓楽街では暴力団員から用心棒の役務を提供してもらったり、その見返りに利益供与したりすることを飲食店などに禁じています。今回の大規模な家宅捜索は改正後初だといい(全国的にもこれだけの大規模な取り組みは珍しいと思われます)、沖縄県警は機動隊員や捜査員約150人を動員し、松山の各店舗から関係資料を押収、今後は店の関係者から事情を聴くなどし、実態解明を進める方針だということです。本件については、今後の動向を注視していきたいと思います。

▼沖縄県暴排条例

同条例第19条(特定営業者の禁止行為)第2項で「特定営業者は、特別強化地域における特定営業に関し、暴力団員からその営業所における用心棒の役務(営業を営む者の営業に係る業務を円滑に行うことができるようにするため顧客、従業者その他の関係者との紛争の解決又は鎮圧を行う役務をいう。次項及び次条第2号において同じ。)の提供を受けてはならない」、第3項で「特定営業者は、特別強化地域における特定営業に関し、用心棒の役務の提供を受ける対償又は特定営業を営むことを容認させる対償として、暴力団員に対して、利益の供与をしてはならない」と規定されています。さらに、暴力団員に対しても、第20条(暴力団員の禁止行為)において、「暴力団員は、特別強化地域における特定営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(1)客に接する業務に従事すること。(2)特定営業者のために用心棒の役務を提供すること。(3)特定営業者から前条第3項に規定する利益の供与を受けること。」が規定されています。そのうえで、第25条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(2)相手方が暴力団員であることの情を知って、第19条の規定に違反した者 (3)第20条の規定に違反した者」が規定されています。

(3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(沖縄県)

沖縄県警浦添署は、「ケツ持ちなしでどうやって商売するのか。たっくるすぞ」などと暴力団の威力を示し、40代の自営業男性に用心棒代を要求したとして、暴力団対策法に基づき、旭琉会三代目ナニワ一家構成員に中止命令を出しています。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」として、「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること。」が禁止されています。そのうえで、(暴力的要求行為等に対する措置)で、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」とされています。

(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(兵庫県/岡山県/鳥取県/佐賀県)

兵庫県公安委員会は、六代目山口組の篠田建市(通称・司忍)組長ら4人に対し、抗争事件に絡み服役中の傘下組織組員2人に出所祝いや功労金などを与えることを禁じる「称揚等禁止命令」を発出しています。兵庫県内での同命令は、2022年5月に篠田組長らに出したのに続き2例目となります。報道によれば、今回の命令に関わる事件は岡山県倉敷市と福岡県福津市で発生したもので、倉敷市では2020年12月、六代目山口組系組員が神戸山口組傘下の組事務所に発砲した銃刀法違反容疑で逮捕されたもの、福津市では2022年8月、六代目山口組系組員が神戸山口組傘下の組事務所に車で突っ込み建造物損壊容疑で逮捕されたものとなります。組員2人は現在服役中で、この組員2人の住所が明らかでないため、暴力団対策法に基づき、六代目山口組の「主たる事務所」を管轄する兵庫県公安委員会が同命令を出したものです。効力は出所から5年までで、組織内で組員を昇格させることも禁じるものとなります。また、岡山県公安委員会は、2022年から23年にかけて、岡山県内で発生した暴力団同士の抗争事件で、服役中の組員の男2人について、暴力団対策法に基づく賞揚等禁止命令を六代目山口組の組長ら4人に発出しています。2021年5月、倉敷市の神戸山口組系の組長の家を銃撃した六代目山口組系組員と、2022年5月、岡山市にある池田組の関連施設に車で突っ込んだ六代目山口組系組員に対して、金品を与えたり地位を昇格させたりすることが禁止されるもので、岡山県内で同禁止命令が発出されたのは岡山市で指定暴力団同士の対立抗争が起きた2012年以来、2回目となります。さらに、佐賀県公安委員会は、六代目山口組の篠田組長や六代目山口組弘道会会長ら3人に対し、福岡県福津市の特定抗争指定暴力団神戸山口組系の事務所に乗用車が突っ込んだ暴力団抗争に絡んで服役中の唐津市の組員に出所祝いなどの金品を供与することを禁止する命令を出しています。また、鳥取県公安委員会は、岡山市の暴力団幹部を銃撃し、服役している米子市の暴力団幹部の男に慰労などの目的で金品などを渡すことを禁じる命令を、六代目山口組の組長と、傘下の大同会の会長に対して発出しています。

暴力団対策法の「第四節 暴力行為の賞揚等の規制」第三十条の五において、「公安委員会は、指定暴力団員が次の各号のいずれかに該当する暴力行為を敢行し、刑に処せられた場合において、当該指定暴力団員の所属する指定暴力団等の他の指定暴力団員が、当該暴力行為の敢行を賞揚し、又は慰労する目的で、当該指定暴力団員に対し金品等の供与をするおそれがあると認めるときは、当該他の指定暴力団員又は当該指定暴力団員に対し、期間を定めて、当該金品等の供与をしてはならず、又はこれを受けてはならない旨を命ずることができる。ただし、当該命令の期間の終期は、当該刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から五年を経過する日を超えてはならない」として、「当該指定暴力団等と他の指定暴力団等との間に対立が生じ、これにより当該他の指定暴力団等の事務所又は指定暴力団員若しくはその居宅に対する凶器を使用した暴力行為が発生した場合における当該暴力行為」等が規定されています。

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