内部通報 関連コラム

心理的安全性のある職場を考える

2023.08.01

総合研究部 主幹研究員 杉田 実

ビルを背景に顎に手を当てて考え事をするリクルートスーツの若い女性

1.はじめに:心理的安全性とは

最近、各社のご担当者と話をする中で「心理的安全性」という言葉がよくキーワードとして挙がる。心理的安全性はハーバード大学の組織行動学者であるエイミー・エドモンドソン氏が提唱したもので、「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」とされており、職場で意見を言うことによって、拒絶されたり罰せられたりすることがない状態のことを言う。つまり、上司や部下、同僚等の誰に対しても、誰もが自身の意見を安心して発言することができる状態にある職場が、心理的安全性が確保された職場だということだ。ここでは言葉の意味を覚えることが重要なのではなく、よりよい職場でよりよい仕事を進めていくうえで何が必要なのかを考えることが重要になる。本レポートは、それを前提に読み進めていただければと思う。日本では従来「空気を読む」「忖度する」ことが良いとされる雰囲気があり、なかなか言いたいことを言えない職場になっていることもあるかもしれない。ぜひこの機会に、自身の職場はどうか振り返ってみて欲しい。「余計なことは言わない(言わせない)」「黙っていればいい」という雰囲気になってはいないだろうか。そのような雰囲気になっていると、意見を言いやすい環境とは言えず、心理的安全性があるとは言えないだろう。

心理的安全性は、コンプライアンスの観点からも重要な考え方である。今度はコンプライアンスとの関係も見ていこう。まず、コンプライアンスと言うと、従来は「法令遵守」と訳され、各種法令を守り正しく事業活動を行うこととされていた。そこから、「守って当然」である法令だけでなく、倫理や道徳、モラル等にも従い、「やるべきことをきちんとやること」として捉えられるようになった。最近では、さらにその表す範囲が広がり、倫理や道徳、モラル等だけでなく、広く社会から求められることに応えて、「社会的要請に適切に対応すること」として各社対応を進めている。このように、コンプライアンスという言葉の表す意味は範囲が広がり、変化している。当然、今後もその意味が広がったり変化したりする可能性もあるだろう。企業が存続、発展していくためには、その変化にも柔軟に対応していかなくてはならない。変化に柔軟に対応していくためには、役員・従業員一人ひとりがコンプライアンスを正しく理解し、実践する必要がある。つまり、一人ひとりが自社におけるコンプライアンスでは何を重視しているかを理解し、「これは正しいのか?」「こうするべきでは?」と気づいたことに関して、職場内で意見を出し合い、コミュニケーションをとる必要がある。心理的安全性のない職場では、意見が飛び交いにくいため、これを達成することが難しい。

2.心理的安全性のない職場はどうなる?

心理的安全性のない職場とはどのような職場なのか、考えてみよう。例えば、「このやり方で合っているか?」と不安になり相談したい場合や「こうすべきではないか」と提案したい場合などをイメージしてほしい。心理的安全性のない職場では、そのような意見に対して「余計なことは言うな!」「言われたことだけやっていろ!」など、否定し押さえつけられてしまう。そのような状況が続くと、最初は声をあげていた人も「何を言っても無駄」「どうせ変わらない」「余計なことは言わないでおこう」と、改善すべき点に気付いたとしても、何も言わなくなってしまう。その結果、諦めの雰囲気が漂ったり、思考停止状態に陥ったりしてしまう。そうすると、最初は気づけていたはずの問題に気づく力が低下していく。それに伴い、問題として顕在化すること自体が少なくなるため、問題に対応する機会も少なくなり、問題を解決する力も低下してしまう。このような職場だと、周囲の顔色を伺ってばかりで一人ひとりのパフォーマンスを最大限に発揮することができないだけでなく、不祥事発生リスクも高まり、会社にとってはマイナスに繋がってしまう。

各社のご担当者との打ち合わせでは、「ES向上」もよく話題に上がる。ESというのは、Employee Satisfaction、つまり従業員満足度のことだ。どうしたらES向上に繋がるのか、試行錯誤している企業も多い。このES向上にも心理的安全性は大きく関わっている。本来の目的である成果を出すこと、効率をあげること等を目指すためには、当然周囲との連携が必要不可欠になる。前述のように、心理的安全性のない職場では、これを達成することができないため、会社にとって重要なよりよい仕事を目指す人達が、不満を溜めてしまったり、諦めて会社に見切りをつけて退職してしまったりすることも考えられる。つまり、心理的安全性のない職場は、従業員の満足度やモチベーションが上がらないどころか、むしろ下げる要因になってしまうということだ。このような悪循環に陥らないよう、職場を活性化させていくためにも職場の心理的安全性は重要だと言える。

3.適切なコミュニケーションの実践

心理的安全性のある職場には、何が求められるだろうか。一言で言えば、適切なコミュニケーションだろう。しかし、言うは易く行うは難し、コミュニケーションのとり方には悩みを持つ人も少なくないだろう。コミュニケーションと言うと、趣味やプライベートの話で仲良くなることをイメージする方もいるかもしれない。そのような話題から仲良くなることもあり、それ自体は悪いことではないが、職場で求められるコミュニケーションは、単なる仲良しこよしではない。職場のコミュニケーションは、何のために行うのか、改めて考えてみる。目的は様々あるが、大きくは、関係者と連携して仕事をスムーズに行うこと、さまざまな視点から検討し、よりよい成果を上げることなどが考えられる。気づいたことを言い合ったり、自由闊達な意見交換の中で改善提案を出したりして、よりよい仕事に向けて検討していく、適切な意見交換を目指したい。

適切なコミュニケーションを行い、意見を言いやすい雰囲気を醸成するために、職場コミュニケーションで気を付けるポイントを振り返る。重要なポイントとして、それぞれの立場や価値観によって、視点・考え方が異なることは理解しておきたい。上司と部下の関係でみてみるとわかりやすい。上司から部下に対する指示が上手く伝わらずに、お互いの認識がすれ違い、こじれてモヤモヤが残った…。大なり小なり似たような経験をお持ちの方は多いのではないだろうか。このような場合、上司の立場からすると、「自分の指示をきちんと理解できない部下が悪い」と捉え、部下の立場からすると、「わかりやすく伝えられない上司が悪い」と感じ、お互いに相手が悪いと思ってしまいがちである。しかし、一度立ち止まって考えてみると、上司の立場であれば、部下が理解できるように伝えたのか、伝わりやすいような伝え方をしたのか、部下の立場であれば、理解できない部分を細かく確認したのか、認識の齟齬がないか確認したのかなど、自身にも改善点があることも多い。コミュニケーションは相手のあることであるため、上手くいかない場合にどちらかが100%悪いということは少ないだろう。細かく確認せずとも両者の認識が一致すれば何の問題も起きないが、それも難しい。特に上司・部下の場合は立場が異なり、見えている視点も異なるからだ。上司はマネジメントをする立場として、複数の部下の業務内容や成績等を見なければならないことが多い。そうすると、部下一人ひとりが現場で直面していることには気づけないこともある。簡単に言うと、自分が常識と思っていることが、必ずしも他の人も常識と思っているとは限らないということだ。昨今、ダイバーシティ等、多様な生き方・考え方への理解が謳われている。自分と異なる考えを全て受け入れる必要はないが、「そういう考えもある」と受け止めるイメージをするとわかりやすいだろう。自分と異なる考え方をする人もいるし、自分の考えを理解できない人もいるかもしれないということをわかっていれば、この伝え方で伝わるか、わかりにくいことはないかなど、自身のコミュニケーションのとり方の工夫に繋がる。コミュニケーションが上手くいかないときは、ぜひ自身の伝え方・受け取り方を振り返ってみてほしい。

ここで、アサーションという考え方も紹介したい。アサーション(assertion)は、言葉としては「主張」などの意味があるが、単に自分の意見を主張することだけを目的としているのではなく、お互いの立場を尊重しながら意見を的確に伝えるものである。アサーションの考え方では、コミュニケーションを3つのタイプに分類している。

  1. 攻撃的(アグレッシブ):自分の意見は表現するが、相手への配慮を欠くタイプ
  2. 非主張的(ノン・アサーティブ):自分の意見を表現できず、不満が溜まるタイプ
  3. アサーティブ:自分の意見を表現し、相手の意見にも耳を傾けるタイプ

適切なコミュニケーションを実践する上で目指したいのは、3つ目のアサーティブである。アサーティブを目指す上で、伝わりやすい伝え方の一例として、DESC法という方法がある。DESC法は、①Describe(描写する)、②Express(表現する)、③Suggest(提案する)、④Choose(選択する)の頭文字をとったもので、この4つのステップを基本に自身の意見を伝えるコミュニケーション方法である。ステップとしては、①Describe(描写する)で客観的・具体的な内容を伝え、②Express(表現する)で自分の意見や感情を伝える。そして、③Suggest(提案する)で、お互いの行動や解決策を提案し、④Choose(選択する)では、相手の反応(③の提案を受け入れる場合と受け入れない場合)を予測し、結果や選択肢を示す流れとなる。例えば、今日が締め切りの提出物がまだ出て来ない場合を例にして考えると、①で「締め切りが今日であること」「まだ提出されていないこと」等客観的事実を確認する。ここでは感情は含まれない。②では「忙しそうだから心配していること」(自身の感情含む)を伝える。③で、「必要ならサポートできる人を探すので、出来ているところまで見せてほしい」「私にアドバイスできることがあるかもしれないので、現在の状況を教えてほしい」等の提案をする。④では、サポートが必要なら「○○さんにお願いしましょう」としたり必要なアドバイスをしたりして、必要ないのなら「それでは残りの作業をお願いします」「○時にまた見せてください」など、③に対する相手の反応に合わせて返答が変わる。すべてこの通りに進める必要はないが、コミュニケーションが上手くいかない場合の参考としては活用できるだろう。少し話が逸れたが、よりよい職場・よりよい仕事には、心理的安全性が確保された職場での適切なコミュニケーションが必要不可欠であることが筆者の伝えたかったことである。そして、その大前提として、個々人の主体性が求められることも伝えておきたい。

4.自分事として考える

よりよい職場を目指すのも、よりよい仕事をしていくのも、当然主体は働く私たち一人ひとりである。コミュニケーションのとり方も含め、仕事の進め方や内容等について、一人ひとりが主体的に考え、行動していくことが求められる。コンプライアンスの視点からも、一人ひとりが気づいたことや疑問に思ったことなどに関して、職場内でコミュニケーションをとる必要があることはすでに述べた通りだが、その前提には、一人ひとりが主体的に考え、気づくことがある。それぞれのリスクセンスを活かし、「本当にこれでいいのか?」「こうした方がよいのではないか?」と、自分ごととして考え、行動し続ける必要がある。一人ひとりが考えることをやめてしまうと、コミュニケーションや心理的安全性云々以前の問題になり、職場の活性化には繋がらない。「働く」主体は「自分」であることを理解し、行動することが求められる。自社ではどうか、自分の部署や周辺ではどうか、振り返ってみて欲しい。必要な報連相のコミュニケーションは適切にとれているだろうか。忙しく過ぎる日々では、細かいコミュニケーションまで気が回らないこともあると思うが、もし上手くいっていなかったり、改善点が見つかったりしたのであれば、是非できることから行動に移してみて欲しい。他人事から自分事へと捉え方を変え、一人が次の一言の言い方を変える、伝わりやすいように伝え方を工夫してみるなど、その小さなアクションがよりよいコミュニケーションに繋がる。

5.会社がすべきこと

一方、一人ひとりの主体性に任せるだけでは限界がある。心理的安全性のために会社としてすべきことは、機会を作ることと体制を整えることが考えられる。ディスカッションを含む研修を実施し、部署や役職等立場の違いによる考え方の違いを理解する機会を作ったり、職制のルートが機能していない(上司等に相談出来ない)場合に相談する先として、内部通報窓口等のバイパスルートを用意しておいたり、会社側からサポートすることも重要である。全社員向けアンケートや定期監査等のヒアリングを定期的に実施することで、意見を言いやすい雰囲気を醸成することもひとつだ。会社側が現場の状況を把握するだけでなく、必要に応じて改善策を講じ、結果のフィードバックを行うことで、「意見を言って改善された」という成功体験を作るのも有効だ。ただし、意見を言いやすくなり言いたい放題になってしまっては本末転倒になるため、会社としても意見の内容をしっかりと聞き、対応が必要なものを見極める必要がある。会社はなんでもかんでも意見を聞くわけではないことを、会社と従業員の双方が理解しておくべきだろう。意識の浸透や意見を言いやすい雰囲気を醸成するためには、都度実態を把握し、より効果のある研修やアンケートを繰り返し実施することが求められる。

6.SPNの活用法

このように考えてみると、SPNでお手伝いできることも多い。以下の例を参考にしていただけたらと思う。

会社の状況 対応例
1 社内でのコンプライアンス意識やハラスメントに対する認識にばらつきがある。 コンプライアンス研修やハラスメント防止研修を実施し、認識を統一する。
2 全体的にコミュニケーションが上手くとれていない。 階層別に指導の仕方/受け方やコミュニケーションの研修を実施する。
従業員向けアンケートを実施し、現状の課題を把握する。
3 コンプライアンス意識の差や職場でどのような問題があるのか知りたい。 従業員向けアンケートを実施し、現場の状況を把握する。
4 職制を通じた問題の解決が出来ていない。 管理職向け研修を実施し、相談があった場合の対応方法等を示す。
バイパスルートとしての内部通報窓口を設置する、または運用を見直す。

ここでは一部のご紹介となるが、ここに挙げたものだけでも、さまざまな活用法がある。研修は、一方的な座学だけでなく、ディスカッションやワーク等を活用することでより効果が見込めるため、各社の状況や社風に合わせて内容を検討することが可能だ。研修の前にリアルマイニング®(従業員向けアンケート)を活用することで、どの層がどのようなやりにくさを感じているか等の職場の状況を把握し、それを踏まえた研修を実施することもひとつである。効果測定としてのアンケートを実施するのであれば、研修の後しばらくしてからコンプライアンス意識やコミュニケーション、ハラスメント等に関するアンケートを実施し、以前の意識と比べ変化があったか、意識が定着しているか、現状の課題はどこにあるか等を確認する方法もある。内部通報窓口の運用では、リスクホットライン®でお手伝いできることが多い。リスクホットライン®は、単に形だけの窓口を設置するだけでなく、きめ細かいレポートや、通報への対応に困った場合の相談対応などを提供する並走型のサービスであり、各社のお悩みに寄り添った対応をする点が特長のひとつだ。いずれにしても、SPNには各社のご事情に合わせて、カスタマイズすることができるサービスが多いため、ぜひ上手く活用していただきたい。どのような方法や内容が効果的なのか一緒に考えながら、幅広い知見を提供し、クライアントをサポートしていくことがSPNの強みでもある。漠然としたお悩みでもまずはお気軽にご相談いただき、意見交換等をしながらよりよい職場に向けてできることを検討させていただければと思う。

以上

参考

  • 平木典子(監修)『よくわかるアサーション自分の気持ちの伝え方』株式会社主婦の友社2012年
  • 石井遼介『心理的安全性のつくりかた』日本能率協会マネジメントセンター 2020年
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