天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP

帰宅困難者対策をより柔軟に~新しい政府の帰宅困難者対策方針についての考察~

2022.10.24
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総合研究部 専門研究員 大越 聡

駅の人ごみ

政府の首都直下地震帰宅対策等検討委員会(座長:東京大学大学院 工学系研究科都市工学専攻 教授 廣井悠氏)は8月26日、「帰宅困難者等対策に関する今後の対応方針」(以下、「新しい対応方針」)を公表した。原則としてはこれまでの「発災から3日間はむやみに移動を開始しない」とする「一斉帰宅抑制」の基本方針は維持しつつ、昨今のICT技術の向上や公共交通機関の復旧状況を鑑み、被害状況に応じて柔軟に新しい対応を検討する方針だ。現段階で企業のBCP担当者がどのようなことを検討するべきかを中心に考察する。

▼帰宅困難者等対策に関する今後の対応方針(2022年8月)

まずは、これまでのガイドラインを見てみよう。現在の帰宅困難者対策の基となっているのは、2015年3月に内閣府(防災担当)から出された「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者対策のガイドライン」(以下、「ガイドライン」)だ。企業のBCPを作る時の基本資料になるものでもあるので、まだ目を通していない方はぜひ一度ご確認いただきたい。

▼大規模地震の発生に伴う帰宅困難者対策のガイドライン(2015年3月)

まず、ガイドラインでは災害の前提条件として以下を挙げている。

大都市圏において、M7クラス以上の地震(以下「大規模地震」という。)が平日昼12時に発生し、当該大都市圏内の鉄道・地下鉄は少なくとも3日間は運行の停止が見込まれており、郊外と大都市圏とを結ぶ路線は3日間のうちに復旧し、折り返し運転を行う見込みとする。また、ライフライン(電力、通信、上水道、ガス)についても一定の被害が生じていることとする。

すなわち、「平日昼の12時」に「M7クラス」の地震が発生していることを前提としていることが分かる。しかし、2021年10月に発生した千葉県北西部を震源とする地震ではM7クラスに至らなかったにもかかわらず、鉄道が一時運航を停止し、駅周辺を中心として深夜遅くまで多くの帰宅困難者が発生した。このような事態も踏まえ、新しい対応方針では以下のようなシナリオを検討するとしている。

シナリオについては~中略~量的にピークとなる平日昼12時に都心南部直下地震が発生した場合を基本とし、加えて、帰宅困難対応者への対応主体に課題が生じる休日や夜間に発生した場合も検討する。なお、帰宅困難動機が最も強くなると想定される夕方の帰宅時間帯を想定し、リスクを洗い出しておくことも有用である。

これらの前提の上で、新しい対応方針では以下の3つの観点から具体的な対応を検討するとした。

  1. 対策の実効性向上を図るための一斉帰宅抑制等の正しい理解と認知度の向上
  2. デジタル技術の活用等による帰宅困難者の一斉帰宅抑制等の適切な行動の推進
  3. 一斉帰宅抑制の適用期間中に一部鉄道が運行再開する場合の鉄道帰宅者への支援

(1)で取り上げられている「一斉帰宅抑制等の正しい理解」については、今コラムでも何度か取り上げているが、2021年の内閣府アンケートによると認知度はまだ約40%にとどまっているという。その認知度を拡大するための工夫として、これまでは「一斉帰宅を開始すると、人命救助のための応急活動ができなくなる可能性がある」という防災観点で語られてきたが、今後は「帰宅者自身の安全確保」の視点も取り入れるという。

具体的には、「混雑が発生して集団転倒に巻き込まれる危険性がある」「徒歩帰宅ルートにおける火災や落下物等により、徒歩帰宅者自身の命に危険が及ぶ可能性がある」「熊本地震のように、徒歩帰宅中に再度の大地震が発生する可能性がある」といった文言だ。

2001年7月に兵庫県明石市で発生した明石花火大会歩道橋事故では、JR山陽本線朝霧駅の歩道橋において、駅から来た客と会場からの客が合流する場所で群衆雪崩が発生し、11人が全身圧迫による急性呼吸窮迫症候群(圧死)等により死亡し,183人が傷害を負った(余談だが、この事件を機に警備業法が改正され警備業務に「雑踏警備」という項目が新設された)。このように、想定外の人数が一か所に集まると命の危険があることなど、「帰宅者自身の命が危ぶまれる」状態であることを強調するという。企業のBCPのなかにも、取り込んでおきたい文言だ。

(2)については、まず国や地方公共団体、鉄道などの交通公共機関、電気・通信事業者、放送事業者、その他関連する事業者は連携して、帰宅困難者が適切な行動を判断するのに必要な情報を効率的かつ適切に提要できる体制の確保を図るとした。もちろん、状況は刻一刻と変化する。見通し情報を提供する場合には変更や修正が伴うものであることを正しく伝えるなど、受け手が情報を正しく理解できるよう留意することも付け加えている。国立研究開発法人防災科学技術研究所では、防災情報の標準化を図る「SIP4D」プロジェクトを進めている。SIP4DはShared Information Platform for Disaster Managementの略で行政や民間などの組織の枠を超えて防災情報の相互流通を担う基盤的ネットワークシステムをつくるプロジェクトだ。このプロジェクトをけん引する同研究所総合防災情報センター長の臼田裕一郎氏も検討委員に参加されていることから、早期の本格的な運用を期待したい。

▼SIP4D

(3)についても、興味深いメッセージといえる。これまでのガイドラインでは、

災害の規模や被害の状況によっては、3日目までの間に帰宅支援ができる場合もあるため、4日目以降でないと帰宅させてはならないというものではなく、帰宅支援の移行のタイミングについては、国、都道府県等の関係機関とよく調整した上で、決定する必要がある。

という記載はあるものの、具体策については明言されていなかった。また、近年においては震度6弱程度であっても鉄道の早期運航開始ができる可能性もあることから、3日間の「一斉帰宅抑制」の基本原則は維持しつつ、被害状況や鉄道の運行状況に応じて柔軟な対応を可能とするとした。ただし、鉄道も段階的に復旧していくことが考えられるため、復旧に際して一斉に帰宅行動を開始した場合、やはりターミナル駅などでは大混雑が予想される。これについては(2)の取り組みを強化し、公共機関や鉄道事業者などが的確かつ迅速に情報を発信することが大前提となるだろう。

冒頭に紹介した、「M7クラスに至らない規模の地震による鉄道運休に伴う駅前滞留者対応についての基本的な考え方」では、特に(2)による情報発信と共有を中心の対策としつつ、鉄道事業者は乗客の安全を最優先にしながら早期の復旧作業を目指する。企業は翌朝にも鉄道の運行が正常化しないことが見込まれることから、可能な限り出勤の抑制に努めるとした。

以上、現在の政府の帰宅困難者ガイドライン検討方針について紹介した。1つ付け加えなければいけないのは、災害後も含めて企業活動への影響を最小限に抑えるよう、「平時からのテレワーク体制の構築に努める」ことに何度も言及している点だ。感染症対策とも合わせ、テレワーク体制の構築は今後も途切れず進めておきたい。

(了)

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