暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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考えるビジネスマン

1.あらためて反社会的勢力とは何か

元首相銃撃事件に絡み、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)について、公明党の北側副代表が同団体を「反社会的」と言及したことについての政府の認識を記者団から問われて、木原官房副長官は、「政府として、反社会的勢力ということをあらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難」と述べています。北側氏は「旧統一教会というのは過去に様々、事件があった。政治の側として、そうした反社会的な団体と認められる、反社会的な団体と評価される団体から、支援を受けていく、さらには行事に参加をしていくことは慎重でなければいけない」などと発言していました。政府は2019年12月、当時の安倍晋三首相が主催した「桜を見る会」に出席していたとされ問題となった「反社会的勢力」について、「あらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難」との答弁書を閣議決定しています。一方、政府が2007年にまとめた「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針「(政府指針)では、反社会的勢力を「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人」と定めています。そこで、本コラムでもたびたび述べていますが、反社会的勢力の捉え方について、あらためて整理しておきたいと思います。

一般的な反社会的勢力の定義としては、上記政府指針における「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人である「反社会的勢力」を捉えるに際しては、暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等といった属性要件に着目するとともに、暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求といった行為要件にも着目することが重要である。」といった考え方をベースとすることで問題ないといえますが、政府指針が出された2007年当時から現在に至る社会情勢の変化(暴排条例の施行、更なる不透明化・潜在化の進展、半グレ集団等を意味する準暴力団などグレーゾーンの拡大など)をふまえれば、この考え方に「共生者」や「元暴力団員」、「半グレ集団」なども加えることが実務上は妥当といえると思います。このように、反社会的勢力の範囲は、「時代とともに変わるもの」(前述した閣議決定では「その時々の社会情勢に応じてい変化し得るものである」と表現しています)であること、反社会的勢力は存在の不透明化・手口の巧妙化をひたすらに推し進めていること、を理解する必要があります。

そのうえで、反社会的勢力の不透明化の実態とは、「ブラックのホワイト化」(暴力団等がその姿を偽装したり隠ぺいしたりして実態をわかりにくくすること)の深化だけでなく、「ホワイトのブラック化」(暴力団等とは関係のない一般の個人や企業がそれらと関係を持つこと)も進んでいること、つまり、反社会的勢力のグレーゾーンが両方向に拡がっていることを理解することが大変重要となります。そのうえで、企業実務における反社会的勢力の捉え方、考え方については、そもそも、反社会的勢力という用語自体、暴力団対策法をはじめ全国の暴排条例でも使われておらず、その意味するところは実は社会的に確定していませんし、前述の政府指針等でその捉え方が示唆されているにすぎませんので、結論から言えば、企業が自らの企業姿勢に照らして明確にする努力をしていくしかないということになります。「反社会的勢力の不透明化」は、結局は「暴力団の活動実態の不透明化」であり、もう一方の一般人の「暴力団的なもの」への接近、その結果としての周縁・接点(グレーゾーン)の拡大であって、反社会的勢力自体がア・プリオリに不透明な存在(明確に定義できないもの、本質的に不透明なもの)であるともいえます。また、暴排条例(暴力団排除条例)や暴力団対策法の度重なる改正、それらに伴う社会の要請の厳格化によって、結果として反社会的勢力の不透明化の度合いがますます深まっており、その結果、彼らが完全に地下に潜るなど、いわゆる「マフィア化」の傾向が顕著になりつつあります。表面的には暴力団排除が進んだとしても、「暴力団的なもの」としての反社会的勢力はいつの時代にもどこにでも存在するのであって、その完全な排除は容易ではありません。だからこそ、企業は、その存続や持続的成長のために、時代とともに姿かたちを変えながら存在し続ける反社会的勢力を見極め(したがって、反社会的勢力の定義自体も時代とともに変遷することも認識しながら)、関係を持たないように継続的に取組んでいくことが求められているのです。つまり、反社会的勢力を明確に定義することは困難であるとの前提に立ちながら、暴力団や「現時点で認識されている反社会的勢力(便宜的に枠を嵌められた、限定された存在としての反社会的勢力)」だけを排除するのではなく、「暴力団的なもの」「本質的にグレーな存在として不透明な反社会的勢力」を「関係を持つべきでない」とする企業姿勢のもとに排除し続けないといけないとの認識を持つことが必要となります。したがって、あくめで便宜的に、反社会的勢力を、「暴力団等と何らかの関係が疑われ、最終的には「関係を持つべきでない相手」として、企業が個別に見極め、排除していくべきもの」として捉えていくべきだといえます。便宜的とはいえ、反社会的勢力を事細かく定義することによって、「そこから逃れてしまう存在」にこそ、彼らは逃げ込もうとするのであり、このくらいの大きな捉え方をしたうえで、ケースごとに個別に判断していくことこそ、実務においては重要であり、極めて実務的な捉え方であると強調しておきた伊と思います。

反社会的勢力を「暴力団等と何らかの関係が疑われ、最終的に『関係を持つべきでない相手』と個別に見極めて、排除していくべきもの」と定義しましたが、それは、そもそもが「本質的にグレーな存在」である実態を踏まえたものです。一方で、反社会的勢力の範囲を詳細に定義することが可能になれば、データベース(DB)の収集範囲が明確となり、その結果、DBの精度が向上し、排除対象が明確になり、暴排条項該当への属性立証も円滑に進むであろうことは容易に想像できるところです。しかし、そこに落とし穴が潜んでいるのです。反社会的勢力の範囲の明確化は、反社会的勢力の立場からすれば、偽装脱退などの「暴力団対策法逃れ」と同様の構図により、「反社会的勢力逃れ」をすすめればよいだけの話となります。社会のあらゆる局面で、排除対象が明確になっており、DBに登録されている者を、あえて契約や取引の当事者とするはずもなく、最終的にその存在の不透明化・潜在化を強力に推し進めることになるといえますが、その結果、実質的な契約や取引の相手である「真の受益者」から反社会的勢力を排除することは、これまで以上に困難な作業となっていくのは明らかだといえます。つまり、反社会的勢力の資金源を断つどころか、逆に、潜在化する彼らの活動を助長することになりかねず、結局はその見極めの難易度があがる分だけ、自らの首を絞める状況に追い込まれるはずです。さらに、反社会的勢力の範囲の明確化を企業側から見た場合、排除すべき対象が明確になることで、「それに該当するか」といった「点(境目)」に意識や関心が集中することになることから、逆に、反社チェックの精度が下がる懸念があります。そもそも、反社会的勢力を見極める作業(反社チェック)とは、当該対象者とつながる関係者の拡がりの状況や「真の受益者」の特定といった「面」でその全体像を捉えることを通して、その「点」の本来の属性を導き出す作業でもあります。表面的な属性では問題がないと思われる「点」が、「面」の一部として背後に暴力団等と何らかの関係がうかがわれることをもって、それを反社会的勢力として「関係を持つべきでない」排除すべき対象と位置付けていく一連の作業です。その境目である「点」だけいくら調べても、反社会的勢力であると見抜くことは困難であり(さらに、今後その困難度合が増していくことが予想されます)、全体像を見ようとしない反社チェックは、表面的・形式的な実務に堕する可能性が高くなるといえます。その意味で、閣議決定において、「あらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難」とされているのは、実務的には正しいといえます(むしろ、あらかじめ限定的かつ統一的に定義すべきではありません)。

反社会的勢力の範囲を明確にすることで、表面的・形式的な暴力団排除・反社会的勢力排除の実現は可能となると思われます。企業実務に限界がある以上、また、一方で営利を目的とする企業活動である以上、最低限のチェックで良しとする考え方もあることは否定しませんが、既に述べた通り、私たちに求められているのは、暴力団対策法によって存在が認められた暴力団や当局が認定した暴力団員等、あるいは、「現時点で認識されている反社会的勢力(便宜的に枠を嵌められた、限定された存在としての反社会的勢力)」の排除にとどまるのではなく、「真の受益者」たる「暴力団的なもの」「本質的にグレーな存在である反社会的勢力」の排除であることを忘れてはなりません。反社会的勢力の範囲を明確にすることが、直接的に相手を利することにつながり、対峙すべき企業が自らの首を絞めるとともに、自らの「目利き力」の低下を招くものだとしたら、これほど恐ろしいことはありません。

反社会的勢力の捉え方を確認したところで、あらめて旧統一教会のもつ「反社会的」な要素も考え見ます。

「信教の自由」は尊重されるべきものであるにせよ、内面の自由を超えて、社会的行為として犯罪に加担する、犯罪を助長する、他社の生命・身体・財産を毀損するといった時点で、それは「反社会的」なものとして厳正に処罰されるべきものだと思います。暴力団等との関わりの有無は別として(その意味では前述した反社会的勢力とは言えませんが)、反社会的な違法行為を組織的に行っているのであれば、(違法行為に無関係の信者がいるにしても)「関係をもってはならない」反社会的な団体として、慎重に見極めるべき(極めて広義に捉えた反社会的勢力)ということになります。この点について、末松文部科学相が、憲法で信教の自由が保障されていることを踏まえ、「(宗教法人を所管する)文科省が立ち入って(問題を)指摘することは極めて抑制的であるべきだ」、(事件の動機に関して「ネットニュース程度しか見ていないのでコメントできない」とした上で、一般論として)「所管庁による宗教活動への介入は基本的には認められないという解釈だ」と述べ、宗教法人をめぐるトラブルについては「いろいろな意見はあると思うが、個別に法律的な処理をするのが正しい方法だ」と指摘している点については、前半はもう少し明確に「通常の宗教法人」と「違法行為を常習的・組織的に行っている反社会的な団体」とを区別する姿勢が欲しいところですが、後半はそのとおりかと思います。一方、旧統一教会の金銭トラブルを巡っては、相談窓口への問い合わせが相次いでいるといい、報道によれば、教団からの脱会支援などに取り組む「全国統一協会被害者家族の会」にメールや電話で寄せられた相談は、6月は8件だったところ、7月には約12倍の94件に増え、8月も100件を超える見込みだということです。相談は信者の子どもからのものが目立ち、内容は献金に関するものが多く、訴える「被害」の合計は少なくとも約8億7,000万円、担当者は「献金の種類や目的が多すぎて、家族も我々も(全容が)分かっていないのが実態」とのことです。こうした状況をふまえ、就任したばかりの河野消費者相が、消費者庁に霊感商法に関する検討会を設置するよう指示、旧統一教会を巡り、霊感商法への批判が高まっていることを受けて「これだけ様々問題視されているので、きちんと対応していく必要がある。消費者庁として締め直さないといけない」と述べたことは高く評価できると思います。

福岡県暴力団排除条例に基づき、ステッカー(標章)を貼った飲食店などに暴力団組員の立ち入りを禁じる「標章制度」を巡り、制度に反したとして組員に出された中止命令が100件に達したことが福岡県警への取材で判明したということです。制度導入から8月1日で10年を迎え、当初は反発する組員らが関与したとみられる放火事件なども相次ぎましたが、現在は県内の対象店舗の約8割が標章を掲げているといい、繁華街の暴排の動きが目に見える形で進んでいるものと評価死体と思います。制度がスタートした当初、「標章をはがせ」などと一方的に告げる脅迫電話の被害は、飲食店168店に及び、「市民が矢面に立たされている」、「警察は守ってくれない」などと飲食店関係者の間で不満が高まり、北九州市の標章掲示率は落ち込みました。転機となったのは、福岡県警が工藤会の壊滅を目指して2014年9月に着手した「頂上作戦」だったといいます。2012年8~11月に北九州市で標章掲示店の関係者が狙われた計11件の放火や切り付け事件のうち6件について、工藤会の組員らが関与したとして検挙、令状が不要で迅速に対応できるとして、標章に伴う中止命令も積極的に活用し、2021年末で100件に上りました。そして、福岡県警の動きに合わせるように、50%台まで落ち込んだ北九州市の標章掲示率は上昇し、2022年5月末時点で71.3%にまで回復しています(なお、福岡、北九州、飯塚、久留米、大牟田5市の対象店舗のうち掲示しているのは4,193店で、掲示率は79.2%となります)。一方、新型コロナウイルスの感染拡大後、店舗の入れ替わりが激しく、福岡県警は改めて制度の周知に力を入れる必要に迫られています。

これだけ地道な努力を積み重ねている福岡県警ですが、直近では残念な不祥事も発生しています。、地方公務員法(守秘義務)違反容疑で福岡県警田川署の巡査長田中容疑者が再逮捕されたものです。報道によれば、ギャンブル好きで、知人の会社役員の男性から借金し、男性から引き合わされた合田一家系組長の金容疑者にも、職務上知り得た情報を漏えいするようになったということです。県警は三大重点目標に「暴力団の壊滅」を掲げており、暴力団排除活動を進めてきた市民からは「裏切り行為だ」と憤りの声があがっているといいます。約20年前には、捜査情報の見返りに県内の指定暴力団トップから現金を受け取っていた警察官が汚職事件で摘発され、信頼が大きく揺らぎました。2012年にも、工藤会の親交者から同様に現金をもらっていた警察官が逮捕されるなど、暴力団との癒着が繰り返し明らかになってきた経緯があります。今回、再び浮上した「黒い関係」に、北九州市で長らく暴排に携わる男性は「警察官への信頼がなくなってしまう。われわれボランティアのパトロール隊も命懸けなのに、最前線で県民を守るはずの警察官が暴力団と付き合っていたというのは、大変残念だ」と述べています。また、暴力団捜査を担当する県警幹部も「市民に顔向けできない。批判されても反論のしようがない」と述べています。一刻も早く、社会からの信頼を回復すべく、職務に励んでほしいと思います。

2つの山口組の抗争については、ここ1カ月はあまり大きな動きはなかったようです。そんな中、福岡県警は、車をぶつけて塀を壊したとして、無職の容疑者と自称暴力団組員を建造物損壊の疑いで現行犯逮捕しています。現場は、六代目山口組と対立する神戸山口組系の組事務所で、六代目山口組系組員を自称し「対立する組であり、功績をあげたかった」と容疑を認めているようです。六代目山口組と神戸山口組をめぐっては、各地で分裂抗争とみられる事件が相次いでおり、九州でも6月には佐賀市内の神戸山口組系事務所に車を衝突させた疑いで、六代目山口組系組員が逮捕されています。また、岡山県倉敷市で2020年12月、神戸山口組系三代目藤健興業の組事務所で拳銃を発射し、凶器を示して脅迫したとして、銃刀法違反の加重所持や発射などの罪に問われた六代目山口組弘道会系組員の弁護側は、岡山地裁の初公判で発射の起訴内容を否認し、無罪を主張しています。発射以外に問われている加重所持や暴力行為法違反、建造物損壊の罪の起訴内容は認めています。報道によれば、冒頭陳述で弁護側は、拳銃を撃った場所が組事務所の中だったとして、発射が規制される場所に当たらず無罪だと主張、検察側は、撃った場所は事務所の玄関先で周辺に小中学校や公民館などがあり、多くの車両や歩行者が通行している場所だったとして「多数の者に供される場所での発射」を禁じる銃刀法違反罪の要件を満たすと反論しています。起訴状などによると、被告は、神戸山口組系組事務所で回転式拳銃を5発撃ち天井や壁を破壊、事務所にいた神戸山口組系組幹部だった男性に発砲音を聞かせ、凶器を示して脅迫したとしています。

野田少子化相の夫が、暗号資産業者を巡る記事で名誉を傷つけられたとして、「週刊文春」側に損害賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第1小法廷は8月8日付の決定で夫側の上告を棄却、文春側に55万円の支払いを命じた2審・東京高裁判決が確定しています。同誌は、野田氏が総務相を務めていた2018年7月、夫を「元暴力団組員(元会津小鉄会系昌山組組員)」とした上で、野田氏が夫の依頼を受け、暗号資産業者と金融庁職員との面談をセットするなどしたとの記事を掲載しました。1審・東京地裁判決は、面談の経緯や内容は事実でなく必要な裏付け取材も不足していたなどとして110万円の賠償を命令しましたが、2審判決は、面談以外の記述の一部に名誉毀損の成立を認めた一方、夫が野田氏に依頼して面談をセットさせたとする点は「真実だと信じる相当の理由があった」などとして賠償額を減らしています。なお、裁判の過程で、「週刊文春」は、夫が昌山組に所属していたことを示す「暴力団個人ファイル」と題された警察庁の内部文書などを証拠として提出、その結果、東京地裁は2021年3月、同氏が元暴力団員だった点について、真実相当性があるとする判決を下しています。なお、文春のサイトの記事によれば、東京高裁は今年2月3日、「警察庁幹部への取材結果等を総合すれば、1審原告が過去において京都の指定暴力団「会津小鉄会」傘下の「昌山組」に所属していたことは真実であるというべきである」との判決を出したということです(1審では、同氏が元暴力団員という点について「真実相当性がある」とする判決だったものの、控訴審では「真実である」とする判決になっているとしています)。一方、自民党の野田聖子議員は、8月10日、自身のブログを更新し、夫をめぐる一連の報道を受け「事実を踏まえていない」と釈明しています。自身のブログに「報道にあります夫が訴えている裁判の件についてご説明致します」と書き出し、「上告の後、夫が暴力団に所属していたといわれている時期に、夫と交際関係のあった知人、また、夫が勤務していた会社の関係者の方々から詳細な事実関係を確認しました。これにより、当時、夫がごく普通の会社員として真面目に勤務し、プライベートも含め、暴力団として活動する余地などなかったこと、また、暴力団との関係もなかったことを明らかにしていただきました」と投稿。「他方、週刊誌に頼まれて夫が暴力団に所属していたと証言をした人物(元暴力団組長※これが真実性に関する唯一の証人)については、昨年、京都府警が偽証罪の疑いがあるとして捜査を開始し、本年5月に至るまで熱心に捜査を続けてくださいましたが、残念なことに、当該偽証をした人物が死亡し、捜査は打ち切りとなってしまいました。ただ、本年7月、捜査を担当した捜査官の方からは、この人物が偽証をしたものと考えていたとの見解を頂いています」と説明し、事実と異なると主張、「最高裁の判断は誠に遺憾ではありますが、最高裁は法律審であり、上記のような事実を踏まえていないものであります」と釈明しています。

本コラムでもたびたび取り上げているとおり、暴力団事務所の使用差し止め請求や事務所や土地の売却事案が増えています。最近では、大阪府東大阪市が、六代目山口組の二次団体の事務所があった土地について、暴力団排除を目的に購入すると発表しています。東大阪市が購入を決めたのは、市内にある約50平方メートルの土地で、六代目山口組の二次団体織田組が事務所をかまえていたもので、織田組をめぐっては、大阪府暴力追放推進センターが起こした裁判で、事務所の使用が差し止められ、その後センターが建物を買い取り、6月に解体作業が行われています。東大阪市では跡地について取り扱いを協議していましたが、暴力団排除を目的に購入を決めたということです。市によると、自治体が暴力団事務所の跡地を購入するのは、大阪府では初めてのことで、購入価格や活用方法は現時点では決まっておらず、「鑑定の上、適正価格を算出し、活用方法を検討する」としています。

東京・浅草を拠点とする老舗暴力団「姉ケ崎会」が7月に組織の解散を他団体に通知していたということです。姉ケ崎会は規制の厳しい「指定暴力団」には該当しないものの、警察当局は「構成員が集団的・常習的に暴力的不法行為を行うことを助長するおそれがある」として、暴力団対策法上の指定はされていませんが、「暴力団」とみており、実に130年余りの歴史を誇る老舗暴力団でした。報道によれば、姉ヶ崎会は、プロ野球のチケットなどを転売する「ダフ屋」稼業を都内でほぼ独占していたとされますが、近年は思うような収入を得られていなかったことが背景の一つにあるとみられています。解散の通知には、「令和四年七月二十五日付を以て解散する事に決議致しました」、「明治後期の結成以来百三十余年に亘り御指導御支援御厚誼を賜りました事厚く御礼申し上げます」となどと記されています。警視庁は、この通知が極東会などの組織に配布されたことを把握、暴力団対策課は「本当に解散したのかどうかの見極めはしなければならない。今後の動向を注視していきたい」としています(偽装解散のおそれもあることから、まだ正式に認めていないとのことです)。報道によれば、姉ケ崎会の稼業(シノギ)は主に二つで、ダフ屋と、夏祭りなどで露店を出す「テキ屋」だったとされます。とりわけ、都内ではダフ屋稼業を独占し、「ダフ屋と言えば姉ケ崎」とも呼ばれていたようです。大正初期ごろに発足したとみられる姉ケ崎会は、2003年には700人ほどの構成員がいましたが、2021年末時点で約85人に減少、警察の取り締まりや高齢化による構成員の減少はどの組でも同じ傾向ではあるものの、姉ケ崎会に特に影響を与えたとみられるのが新型コロナ禍による影響でした。報道で、捜査関係者らは「チケットはネットで購入することが当たり前になり、本人確認も徹底しているから、ダフ屋が入り込む隙がなくなった。それに近年はコロナ禍で、コンサートそのものが開かれなくなっていた。ダフ屋としての仕事がなくなっていたようだ」、「時代が変わって割に合わないしのぎになったのだろう」と指摘していますが、暴力団のあり方を考えさせられるものともいえます。なお、「解散」に伴い、会を構成していた三つの下部組織のうちテキ屋を担っていた2組織の一つが名称を変えて存続するものの、ダフ屋をしのぎとする1組織は消滅したといいます。

京都府公安委員会は、京都市に所在する七代目会津小鉄会(金元会長)を暴力団対策法に基づく指定暴力団として官報に公示しています。指定は今回が11回目で、期限は7月27日から3年間で、京都府警によると、指定暴力団となった1992年に約1,600人いた同会の構成員は、2021年末現在で約40人となっています。また、鹿児島県公安委員会は、鹿児島市に拠点を置く四代目小桜一家を、指定暴力団として指定し、7月25日付の官報に公示しています。四代目小桜一家は、鹿児島県内におよそ50人の構成員を抱える暴力団で、1992年に初めて指定暴力団に指定されて以降、3年ごとに指定されており、今回が11回目の指定となり、指定の効力は7月27日から3年間となります。

みかじめ料を含む上納金を受け取ったとして、警視庁暴力団対策課などは、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)の疑いで、住吉会系組織の「向後睦会」幹部を逮捕しています。報道によれば、同容疑者は向後睦会の金庫番だとされ、容疑者を介して住吉会幹部らにも犯罪収益が流れていたとみられています。同課は、暴力団の資金源獲得や上納システムの実態解明の糸口になるとみて捜査しているとのことです。なお、事件に関連して、東京都新宿区の住吉会本部事務所に家宅捜索に入っています。事件を巡っては今年3月、警視庁が2015年~2021年、計約85万円のみかじめ料を飲食店から脅し取ったとして、向後睦会幹部の男ら3人を恐喝容疑で逮捕しています。3人は向後睦会の神田地区の責任者らで、月に1回の向後睦会の会合で、住吉会と向後睦会の会費として上納金10万円を渡していたといいます。金庫番の逮捕としては、工藤会の脱税事件(同会トップの野村悟被告が、工藤会への上納金を巡り、約3億2,000万円を脱税したとして所得税法違反罪に問われ、最高裁が上告を棄却、懲役3年、罰金8,000万円とした一、二審判決が確定)が有名ですが、本件も同様の結果が導かれるのか、期待したいところです。さて、その住吉会ですが、福岡市の繁華街・中州に進出したとしてその動向が注目されています。そのあたりの状況について、週刊誌(FRIDAY)情報ですので信ぴょう性は不明となりますが、参考までに紹介します。

「昨年末から東京の『住吉会』が本格的に進出しているという情報があり、中洲の暴力団勢力図が変わるかも知れないと福岡県警は警戒を強めています」(県警担当記者)、「九州の暴力団といえば、北九州の『工藤会』や久留米の『道仁会』などが『四社会』という親睦団体を組織しています。四社会には、工藤会を始め、福岡市内に拠点を持つ組が少なくない。この四社会以外にも中洲には『福博会』など山口組と近しい組も多いのですが、最近ではここに住吉会が入り込んできたようなのです」、「全国的に有名な宝飾店を経営する会社が数年前に中洲にビルを購入した。同社が昨年、ある会社にそのビルの一角を貸し、キャバクラがオープンしたのです。そのキャバクラを経営している会社が住吉会の二次団体とズブズブだと言われているのです」、「本来なら地元の暴力団と衝突してもおかしくない状況ですが、これには理由がある。住吉会は道仁会と五分の兄弟分として親睦関係を結んでおり、工藤会とも関係は悪くない。そうした九州の暴力団が住吉会を中洲に招き入れることで、中洲で勢力拡大の機会をうかがう六代目山口組の動きを牽制する狙いがあると見ています」

市民襲撃4事件で殺人罪などに問われ福岡地裁で死刑判決を受けた工藤会のトップで総裁の野村悟被告が、刑事事件で自身を担当した弁護士を全員解任したことが判明しています。野村被告は死刑判決を不服として福岡高裁に控訴していますが、控訴審の日程に影響を与える可能性があります。報道によれば、1審から続いて数人が刑事弁護をしていたものの、全員解任されたといいます。このうちの1人は「解任は事実だが、経緯は明らかにできない」と話しています。控訴審の日程は未定で、野村被告側が控訴趣意書を提出する期限が7月下旬に迫っていたところでした。1審公判で野村被告は市民襲撃4事件について「一切関わりはない」などと無罪を主張したものの、本コラムでも取り上げたとおり、2021年8月の福岡地裁判決は「首謀者として関与した」と認定し、野村被告に死刑を、同時に関与を問われたナンバー2で会長の田上不美夫被告に無期懲役を言い渡しています。また、工藤会関係でいえば、暴力団の威力を示し借金返済を迫ったとして、暴力団対策法違反(暴力的要求行為の禁止)の罪に問われた工藤会幹部の緒方被告に、福岡地裁は、懲役1年、罰金80万円(求刑懲役1年、罰金100万円)の判決を言い渡しています。報道によれば、2019年6月、2,000万円の返済が滞った連帯保証人の男性に「俺の仕事が何か知っているのか」などと言い、法定制限額を超える利息の支払いを要求したとされ、緒方被告は公判で、工藤会のナンバー4だと説明、起訴内容を認め、借金の債権を放棄して被害者に接触しない誓約書を出し、執行猶予を求めていましたが、裁判官は判決理由で「工藤会の幹部が威力を示して取り立てた」と認定、前科があることも踏まえ実刑が相当と判断しています。今年5月に福岡県警に逮捕されましたが、起訴後に保釈されていました(実刑判決に、傍聴席の関係者は慌ただしく法廷を出入りし、担当検事は「準備できていない」と慌てた様子で勾留手続きのためとみられる電話をしていたと報じられています)。

また、北九州市八幡西区で2012年9月、不動産会社経営の男性(当時72歳)が刺された事件に関与した疑いが強まったとして、福岡県警は、工藤会幹部ら5人を殺人未遂の疑いで逮捕しています。逮捕されたのは、工藤会の2次団体・極政組の組長や前組長らで、同会の3代目会長(故人)が作った組織で、組長は工藤会の幹部を務めています。報道によれば、組長らは2012年9月、同区の国道交差点で、信号待ちをしていた乗用車の助手席にいた男性を刃物のようなもので刺し、殺害しようとした疑いが持たれています。襲ったのは2人組で、乗用車の後方からバイクで接近、バイクから降りて助手席の窓を割った後、無言で男性を刺し、バイクで逃走したとされ、男性は病院に運ばれ、命に別条はなかったといいますが、県警は、暴力団関係者が関与した可能性があるとみて捜査していました(なお、事件現場を管轄する県警八幡西署の署長は「被害者の方が病気で他界され、直接犯人検挙を伝えられず残念だ。善良な市民が襲われた無念の思いを晴らすためにも、事件の全容解明を進める」と話しています)。

警視庁は、工藤会系暴力団組員ら男4人を逮捕監禁や強盗傷害などの疑いで逮捕しています。報道によれば、4人は今年5月、東京都港区内で知人の20代の男子大学生を車に乗せ、手足を粘着テープで縛って暴行(大学生は顔に重傷を負いました)、「工藤会がどんな組織か知っているか」と脅し、大学生が1人に貸し付けていた120万円分の債権を放棄させた上、高級腕時計(約400万円相当)を奪うなどした疑いがもたれています。なお、この事件は2つの意味で注目されます。1つは、これまでは暴力団が関与する闇金から金を借り、激しい取り立てに遭うことが多かったところ、今回はその逆で、一般市民にお金を借り、返済を迫られた暴力団員が監禁、暴行&窃盗に及ぶといった珍しいケースだということです。もう1つは、福岡・北九州市が本拠地の工藤会の構成員が首都圏に進出していることがあらためて明らかになった点です。工藤会は、2021年8月に死刑判決を受けた野村総裁は2014年に逮捕されていますが、その前から関東進出を計画していたとされます。その2014年に東京都内、千葉県で工藤会の拠点が確認され、警視庁も専従の工藤会対策室を設置し、活動実態解明を進めてきたといいます。その後の勢力拡大方法にも捜査当局は目を光らせており、報道で捜査関係者が「工藤会全体では最盛期に1,000人いた構成員が現在は300人まで減少したとみられる。総裁の逮捕などを受け、本拠地の九州・山口ではしのげないと、若手が関東に進出し、暴走族や飲食店、ファッション、不動産などさまざまな業界に入り込み、準構成員のような協力者を増やしている。今回も、被害者の大学生を脅して仲間に引き込もうとした可能性が高い」と指摘しており、今後の動向が注目されます。

東京・秋葉原の路上で六代目山口組系暴力団幹部が一般人に刺殺されるという事件も発生しています。報道によれば、逮捕され、殺人罪で起訴された経営コンサルタントの男は、「要求に応じて現金を渡すという状況を全て終わらせるつもりで刺した」と供述、暴力団幹部に対し、約4年間で総額約8,000万円を渡したと説明しているようです。容疑者は、2013年ごろに居酒屋で幹部と知り合い、当初は暴力団員と知らずに付き合っていたと説明、幹部が別の事件で逮捕されたことをきっかけに暴力団員と知って以後、幹部から「俺をボスと呼べ」などと迫られ、飲食や車の購入名目などで現金を求められるようになったといいます。拒否しようとすると暴力を振るわれ、組の仕事を手伝わされることもあったといいます。容疑者は、ガールズバーやコンセプトカフェなどのコンサルタント業で生計を立てていたところ、警視庁は2021年4月からの半年間で計約2,400万円が口座から出金されていることを確認、容疑者はそのほとんどを幹部に渡したと説明し、幹部への支払いは自身の親や妻からの借金で工面することもあり、総額は2018年夏ごろから約8,000万円に上ると話しているということです。暴力団幹部も暴力を振るいながら「みかじめ料」の支払いを要求する暴力団対策法違反の行為を繰り返しており、一方の容疑者自身も、暴力団員と知って「みかじめ料」を支払うという暴排条例に違反する行為を繰り返していたことになりますが、(暴力を振るわれていたとはいえ、最終的には切羽詰まっての犯行とうかがわれることから)もっと早い段階で警察等に相談していればと悔やまれるところです。

その他、暴力団等反社会的勢力に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2億5,000万円をだましとったとして詐欺などの疑い逮捕され、京都地検が不起訴とした神戸山口組系組長の男性ら4人の処分について、京都第2検察審査会は、1人を「起訴相当」、2人を「不起訴不当」と議決しています。報道によれば、組員らは共謀して2020年7月、東京都港区の50代男性に、当時会社役員だった男性が抱えていた2億5,000万円の債務を代わりに返済すれば融資が受けられるとうそを言い、銀行口座に2億5,000万円を振り込ませてだまし取ったとされます。
  • クリスマスにキャバクラ店の入り口に集まって店の営業を妨害したとして、警視庁は、住吉会系組幹部や組員ら9人を組織犯罪処罰法違反(組織的な威力業務妨害)の疑いで逮捕しています。報道によれば、9人は2021年12月24、25両日の夜、東京・歌舞伎町のキャバクラ店の入り口周辺に集まり、出入りする従業員や客をにらみつけるなどして店の営業を妨害した疑いがもたれており、防犯カメラなどから少なくとも9人の関与を裏付けたということです。この店には組員らが2021年10月から出入りしていましたが、男性店長が暴力団排除のため、2021年12月6日にこの組の別の幹部に直接会って「もう来ないでくれ」と告げたところ、その日から同月29日まで同様の妨害行為が毎日、続いたといいます。暴力団対策課は、入店拒否への報復としてこの組が組織的に営業を妨害していたと判断、刑法の威力業務妨害容疑ではなく、より罰則の重い組織犯罪処罰法違反容疑を適用したということです。
  • 暴力団員であることを隠し、インターネット上で宿泊予約をして施設に泊まったとして、兵庫県警尼崎南署は、電子計算機使用詐欺の疑いで、六代目山口組の直系団体「竹中組」組員を逮捕しています。報道によれば、暴力団員であることを隠して2019年12月7日、香川県などでインターネット上のサイトを使って宿泊予約をし、大阪市中央区内の施設に宿泊してサービスを受けた疑いがもたれています。
  • 準暴力団に指定されている「チャイニーズドラゴン」のメンバーらが、入店を断った飲食店の店員にけがをさせた疑いで逮捕されています。報道によれば、4人は今年4月、東京・北区の赤羽にある飲食店で、暴れるなどして20代の男性店員に全治約2週間のけがをさせた疑いが持たれています。対応した男性店員は以前、容疑者が店で料金トラブルを起こしていたため入店を断ったところ、容疑者が腹を立て、男性店員がつけていた無線装置のコードで首を絞め、顔を殴るなどの暴行に及んだとみられています。

最後に、暴力団離脱者支援に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 正式な統計はないものの、暴力団員や元暴力団員の自殺は意外に多いとの指摘があります。週刊誌(週刊新潮)で、「今の時代、自分名義の銀行口座の開設やスマホの契約すらさせてもらえないようでは、暴力団員に人権はないと言っても過言ではないのかもしれない。この御威光により、暴力団員になろうとする若者も減れば、暴力団から脱会する人も増えており、日本の暴力団員の総数は年々減少しているが、この減少傾向の内訳には脱会者や離脱者ばかりではなく、自殺者も含まれていることを見落としてはならない。繰り返すが、銀行口座もスマホも持てず、職にあぶれ、社会的につまはじきにされて路頭に迷えば、自殺の二文字が頭にちらつくのも充分理解できる。識者や役人は「暴力団を辞めればいい」と説くが、簡単に辞めることができない暴力団員もいる。まさに生きる場所を失って、暴力団員が自殺をすれば、数字的に暴力団員の総数が減って、社会秩序や治安維持が達成できたと喜ぶことは、単なる国家的狂気という社会病理の進行を助長するだけではないだろうか」といったコラムが掲載されていました。最終部分は勇み足の感がありますが、全体を読めば、暴力団に関係することで「生きにくさ」を感じる(追い込まれていく)側面も否定できないと感じます。暴力団離脱者支援も「社会的包摂」の文脈からその解決を図っていくことが重要ではないかと思います。
  • 2022年7月30日付毎日新聞の記事「3回逮捕の元暴力団組員「道半ば」の社会復帰は元警察官と二人三脚」で、兵庫県警の暴力団離脱者支援の取組みが紹介されています。報道によれば、県警は公益財団法人「暴力団追放兵庫県民センター」と協力、捜査員は捜査で組員に関わった際、脱退の意向を聞くなど離脱支援に取り組んでいるといいます。記録のある2016年から2021年までに、約130人が暴力団を辞めたといいます。取材対象となった組を抜けた男性は2018年3月ごろ、県警の社会復帰アドバイザーと面談したといいます。県警と同センターが就労先としてあっせんする県内75事業者(2022年6月末時点)の面接に付きそい、1カ月以上雇用すれば企業に給付金(最大140万円)が支給される制度もあり、これまでに58人の元組員が就職しているということです。当該元組員は「継続して働ける環境で、会社や暴追センターの人に感謝している。『社会復帰した』と周りの人に思ってもらうのは難しいかもしれないが、ひたむきに仕事を続けたい」と述べているほか、社会復帰アドバイザーは「社会経験がほとんどない元組員の就職や自立には、慣れない環境で仕事を続けられる、やる気が必要だ。アドバイザーは暴力団に戻らず自立した生活ができるように寄り添うことが大切だ」と、県警の担当者も「暴力団と決別した元組員の社会復帰を支援する制度が必要だ」と指摘しています。本コラムでもたびたび指摘しているとおり、暴力団離脱者支援や再犯防止においては、就職先の確保がその定着には最も重要であると感じます。生活していける安心感や安定感だけでなく、「周囲から感謝されること」「必要とされること」を実感できる環境にあることが実は大きな要因だとも思います
  • 2022年7月30日付神戸新聞の記事「暴力団員、社会復帰へ高いハードル結果的に「偽装離脱」防止が壁に欠かせない就労支援」も上記同様、現在の支援状況がや課題がよくわかり、参考になりますので、以下、抜粋して引用します。なお、金融機関の口座開設を支援する活動については、金融機関の実務的にはかなり難しい問題を内包しており、簡単には進展しないのも事実です。官民でより踏み込んだ暴力団離脱者支援対策を検討、構築していく必要があると感じています
暴力団組織を抜けても、社会復帰のハードルは高く、再び犯罪に関わってしまう人は多い。離脱した組員には就労先の確保とともに早期の支援が欠かせない。警察庁によると、全国の暴力団構成員や準構成員の数は、2021年末時点で2万4100人。10年前の3分の1程度と激減した。一方で構成員ではないものの、組織的に暴力や特殊詐欺などの犯罪に手を染める不良集団「半グレ」の存在が社会問題化している。元組員の壁となるのが企業や金融機関が定める「暴排条項」だ。条項は、脱退後の5年間、口座の開設や賃貸住宅の契約などを認めない。本来は「偽装離脱」を防ぐためだが、結果的に職に就けない要因でもある。そこで、全国の暴力追放運動推進センターが元組員の身元を保証し、地元の登録事業所に雇用してもらう活動を続けている。だが、兵庫県であれば、同センターが関わる年間10~30人のうち、支援を得て就職できるのは1~2人程度だ。住まいや生活費がなく、借金を抱える人もいる。担当者は「事業所と調整しながら、組員をやめる意志が変わらないうちに就労につなげる必要がある」と話す。兵庫県警は22年度から、事業所が雇った元組員の行為で損害を負った場合の補償金を、最大50万円から200万円に増額。登録事業所も70社(22年5月末)に増えた。県警暴力団対策課は「山口組の分裂抗争で規制され、やめる組員が増えている。社会復帰を支援することで、暴力団の基盤を崩したい」としている。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

金融庁が、令和3年3月に策定・公表した「マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに関するよくあるご質問(FAQ)」について、モニタリング等を実施してきたところ、「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」で対応を求めている事項について金融庁の考え方が十分浸透していないことが認められたとして、FAQの関係する箇所を一部改訂しています。以下、公表された新旧対照表から、変更箇所を中心に紹介します。

▼金融庁 「マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに関するよくあるご質問(FAQ)」の改訂版公表について
▼新旧対照表
  • リスクの特定【Q3】例えば、NRAにおける「商品・サービスの危険度」の項目に記載のある商品・サービスを提供する者に対して、サービスを提供している場合、自らの直面するリスクを「包括的かつ具体的」に「検証」する場合の留意点について教えてください。
    • 【A】NRAにおける「商品・サービスの危険度」の項目に記載のある商品・サービスを提供する者に関する顧客属性としてのリスクの特定・評価について、NRAに記載されている商品・サービスを提供していることのみをもって一律に高リスクと判断することなく、NRAに記載の「商品・サービスの危険度」の記載のうち、「危険度の要因」、「危険度の低減措置」等の記載等や、実際の顧客の取引等を考慮して、リスクの特定・評価を行う必要があるものと考えます。また、こうした顧客の顧客リスク評価を行う場合には、当該顧客のビジネスモデルや取引内容を踏まえ、実施する必要があるものと考えます。
  • リスクの特定【Q】包括的かつ具体的な検証に当たっては「自らの営業地域の地理的特性」、「事業環境」や「経営戦略」を考慮するとありますが、具体的に何が求められているのでしょうか。
    • 【A】「自らの営業地域の地理的特性」については、当該地域の地理的な要素の特性を意味しています。例えば、自らの営業地域が、貿易が盛んな地域に所在するといった場合や、反社会的勢力による活発な活動が認められる場合、反社会的勢力の本拠が所在している場合に、当該地域のリスクに関する独自の特性を考慮する必要があると考えます。実際に地理的特性を考慮してリスクを検証する際には、例えば、貿易が盛んな地域に自らの営業地域が存在している場合、貿易や水産物等を取り扱うなどの取引先が多いと考えられますので、顧客の取扱商品や輸出・輸入先の把握を通じた経済制裁等への対応等、地域的特性から精緻に検証し、リスク項目を洗い出すことが必要になるものと考えます。「事業環境」については、マネロン・テロ資金供与に関する規制の状況、競合他社のマネロン・テロ資金供与対策の動向等、自らの事業に関する要素を考慮した上で、リスクを検証する必要があると考えます。例えば、競合他社が参入する場合(基本的には、自らの競合他社が参入する場合)には、新たな競合他社の参入により、競争の激化やサービスの変化、取引量の増減等によるマネロン・テロ資金供与の固有リスクが変化する可能性があります。したがって、例えば、新たな競合他社の参入により市場全体のマネロン・テロ資金供与に関するリスクが影響を受ける場合には、新たに検証すべきリスク項目がないかについて、年に1回程度予定されている定期的なリスク評価書の改訂を待つのではなく、可能な限り早い段階で洗い出す必要があると考えます。なお、顧客が海外との取引を行っている場合、その相手先の国・地域のマネロン・テロ資金供与リスクも踏まえた顧客リスク評価を行うことが求められています。「経営戦略」については、収益の倍増、新規顧客の獲得強化、海外の金融機関の買収等様々なものが考えられますが、自らが経営戦略上の重点分野として設定した事項について、当該経営戦略を推し進めた場合に、どのような形で自らの提供する商品・サービス等がマネロン・テロ資金供与に利用され得るかといったことを検証する必要があると考えます。
  • マネロン・テロ資金供与リスクについて、金融機関等は、当該顧客のリスク評価の一要素として、当該顧客の商流のみならず、当該顧客の子会社・合弁会社の実態等や必要に応じてその取引相手の実態等を把握することが考えられます。さらには、顧客がこれらの子会社等の実態を把握しているか、顧客が子会社等に牽制機能を有しているかといった点を十分把握することが考えられます。
  • これまで取扱いがなかった商品・サービス等の提供を開始する場合のほか、例えば、国内外の事業を買収することや業務提携等により、新たな商品・サービスの取扱いが発生する場合、直面するリスクが変化することから、営業部門と管理部門とが連携して、事前にマネロン・テロ資金供与リスクを分析・検証することが求められます。これまで取扱いがかった商品・サービス等の提供を開始する場合として、例えば、金融機関等が顧客に対して法人口座に紐づく入金専用の仮想口座(バーチャル口座)等を提供することを検討している場合に、仮想口座を利用する事業者等の利用目的等を踏まえ、マネロン・テロ資金供与リスクを検証することが考えられます。なお、顧客が仮想口座を介して実質的に第三者の資金を移転させるような場合には、当該利用状況を踏まえたリスク低減措置を講ずることが必要となるものと考えます。また、他業態の事業者と提携して新たな商品・サービスを提供する場合に、例えば、当該他業態の事業者の取引時確認の結果に依拠する場合には、当該他の事業者のマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢の有効性を確認することが必要となるものと考えます。さらに、提携先等これらの実質的支配者を含む必要な関係者を確認し、反社会的勢力でないか、あるいは制裁対象者でないかといったことを検証することが必要となるものと考えます。
  • リスクの特定【Q2】リスクを特定するための包括的かつ具体的な検証における、第1線及び第2線の連携・協働の方法に関する留意点を教えてください。
    • 【A】第1線の職員は、顧客の取引先や顧客の商流等の情報、商品・サービスの利用実態等に精通していると考えられるため、実務に即して具体的にリスク項目を特定するためには、商品・サービスや顧客等の実態をよく把握している第1線が保有している情報を活用することが必要であると考えられます。その方法としては、第2線において、商品・サービスの性質や、顧客の属性等、リスクの特定のために必要な情報(非対面性、外国との取引が見込まれるか、現金の受入の有無、蓄財性、高リスク顧客の利用が見込まれるかなど)を整理した上で、該当する性質が、各商品・サービスや顧客に妥当するか否かなどを、第1線が精査した上で第2線に還元する方法や、第1線において自らが取り扱う商品・サービスや顧客属性等の情報を整理した上で第2線に提供する方法が考えられます。なお、これらの役割分担の前提条件として、第2線は、第1線に対して、マネロン・テロ資金供与リスクの特定の方法について、商品・サービス、取引形態、国・地域、顧客属性等に即した適切な研修等を実施し、第1線がリスクの特定をはじめとするリスクベースのマネロン・テロ資金供与リスク管理手法を理解している必要があると考えます。
  • (リスク評価における営業部門との具体的な連携方法について)これらの連携の前提条件として、第2線は、第1線に対して、マネロン・テロ資金供与リスクの評価の方法について、商品・サービス、取引形態、国・地域、顧客属性等に即した適切な研修等を実施し、第1線がリスクの評価をはじめとするリスクベースのマネロン・テロ資金供与リスク管理手法を理解している必要があると考えます。
  • サンプルチェック等の結果、疑わしい取引の参考事例等に該当するにもかかわらず届出が行われていない取引が一定数認められた場合等には、本来届出を行うべき取引が検知されない、又は検知されたものの提出に至っていない可能性があるため、このような場合には、疑わしい取引の届出を行うための態勢について、第3線が検証を行うこともあり得ます
  • 「信頼に足る証跡」は申告の真正性を裏付ける公的な資料又はこれに準じる資料を意味しています。本人確認事項の調査に当たっては、犯収法施行規則第7条に定める本人確認書類のほか、経歴や資産・収入等を証明するための書類等が考えられますが、調査する事項に応じ、その他の書類等についても活用することが考えられます。例えば、株主名簿、有価証券報告書、法人税確定申告書の別表等を徴求することや公証人の定款認証における実質的支配者となるべき者の申告制度(注1)や実質的支配者リスト制度(注2)を活用することなども考えられます。具体例としては、生命保険金の支払時において、受取人が団体である場合には、株主名簿や有価証券報告書等の証跡を取得するなどにより、その実質的支配者の調査を実施することが考えられます。ただし、信頼に足る証跡を求める場合には、必要に応じて複数の資料を検証することが必要であるものと考えます。また、取引目的の調査に当たっては、例えば、取引目的が商取引であれば、取引先との取引履歴や、同取引に関する契約書等を徴求することが考えられます。なお、犯収法令上定められた項目については、犯収法令上定められた方法、書類に従い確認を行った上で、リスクに応じて、追加的に証跡を取得することについて判断することとなります。
    • (注1)法人設立時の定款認証において、公証人に実質的支配者となるべき者を申告させる制度のことを指します(2018年11月30日に改正公証人法施行規則の施行により開始)。
    • (注2)登記所が株式会社からの申出によりその実質的支配者に関する情報を記載した書面を保管しその写しを交付する制度のことを指します(2022年1月31日に商業登記所における実質的支配者情報一覧の保管等に関する規則の施行により開始)
  • 国内外の制裁に係る法規制等の遵守については、例えば、国際連合安全保障理事会(以下「国連安保理」といいます。)決議等で指定される経済制裁対象者については、外国為替及び外国貿易法第16条及び第21条等に基づき、同決議等を踏まえた外務省告示が発出された場合に、直ちに該当する経済制裁対象者との取引がないことを確認し、取引がある場合には資産凍結等の措置を講ずるものとされています。さらに、国際的な基準等(注)を踏まえると、外務省告示の発出前においても、国連安保理決議で経済制裁対象者が追加されたり、同対象者の情報が変更されたりした場合には、遅滞なく自らの制裁リストを更新して顧客等の氏名等と照合するとともに、制裁リストに該当する顧客等が認められる場合には、より厳格な顧客管理を行い、同名異人か本人かを見極めるなどの適切かつ慎重な対応が必要と考えています。さらに、国連安保理における決議を経ることなく、特定の国・地域から特定の国・地域に対して経済制裁が行われることもあり得るため、取引に関係する者や物品・サービスが特定の国・地域の制裁対象に関係していないか、慎重な確認が必要となる場合もあることに留意が必要であるものと考えます。したがって、このような対応を確実に実施するために必要なデータベースやシステム等の整備、人材の確保、資金の手当てを、直面しているリスクに応じて実施していただくことが重要であると考えています。なお、昨今、データ復旧等に身代金を要求するランサムウエアの感染被害が報告されています。海外ではランサムウエアの身代金がテロ資金等に悪用される可能性もあると指摘されており、米国においては、金融機関等に向けて、ランサムウエアの身代金の支払いへの関与には制裁リスクがあるという点について注意喚起の勧告も出されました。サイバー空間には国境がないことから、このような身代金の支払いに金融機関等が利用されてはならず、顧客の送金について、この種のテロ資金供与リスクがあることも留意する必要があります。
    • (注)FATFにおいては、テロ資金供与や大量破壊兵器の拡散に関する金融制裁として、国連安保理により制裁対象として指定された個人・団体が保有する資金・資産を遅滞なく凍結することを求めております。
  • 在留期間の定めのある在留外国人についても、リスクベースで、顧客リスクに応じて顧客管理を実施していただく必要があるものと考えます。そして、在留外国人の場合を含め、将来口座の取引の終了が見込まれる場合には、当該口座が売却され、金融犯罪に悪用されるリスクを特定・評価し、適切なリスク低減措置を講ずる必要があります。在留期間の定めのある外国人顧客については、リスク低減措置として、在留期間を確認の上、顧客管理システム等により管理し、顧客の在留期間満了前において、当該顧客が在留期間を更新しない場合は在留期間満了前に口座を解約すること、及び当該顧客が在留期間を更新する場合は更新後の在留期間を届け出ることを改めて要請する必要があります。在留期間の更新が確認された場合には再度顧客管理システムへの登録を行う一方、更新が確認できないなどリスクが高まると判断した場合には、取引制限を実施するなどのリスク低減措置を講ずることが考えられます。いずれにしても、自らの直面するリスクを踏まえ在留期間の定めのある顧客の管理方法を決定する必要があり、リスクベースの適切な検討を経ることなく、在留期間満了前に以上のような要請を実施しないこととすることは、適切ではないものと考えます。特別永住者や永住者については、このような在留期間に基づくリスク自体はないものと考えられますが、他の顧客と同様に顧客リスク評価は必要になります。なお、在留カードを所持している在留外国人が、在留期間更新許可申請又は在留資格変更許可申請(以下「在留期間更新許可申請等」といいます。)を行った場合において、当該申請に係る処分が在留期間の満了の日までになされないときは、当該処分がされる時又は在留期間の満了の日から二か月が経過する日が終了する時のいずれか早い時までの間は、引き続き従前の在留資格をもって我が国に在留できることとされているところ、在留期間更新許可申請等を行った場合、在留カード裏面の「在留期間更新等許可申請欄」に申請中であることが記載されます(オンラインによる申請の場合を除く。)。リスクに応じた対応を検討する場合には、こうした制度の存在に留意することが必要と考えます。
  • 2016年10月に施行された改正犯収法施行規則に定める方法により、本人特定事項(実質的支配者を含む)、取引目的及び職業等を確認することができていない顧客については、時機を捉えて、同規則に定める方法で確認することが考えられます。
  • 継続的な顧客管理については、リスクが低いと判断した顧客も含む全ての顧客をその対象とすることが求められますが、全ての顧客に一律の時期・内容で調査を行う必要はなく、顧客のリスクに応じて、調査の頻度・項目・手法等を個別具体的に判断していただく必要があります。顧客との店頭取引やインターネット取引等、各種変更手続等の際に顧客が金融機関等のホームページ等にアクセスする場合のほか、定期又は随時に顧客を訪問するなどの場合に、こうした機会を捉えて、マネロン・テロ資金供与対策に係る情報も確認されているのであれば、そのような実態把握をもって、継続的な顧客管理における顧客情報の確認とすることも考えられます。ただし、高リスク顧客の中には、営業実態の把握や実地調査、顧客に対して対面で確認することが必要な場合もあることから、リスクに応じた対応が必要であることに留意すべきと考えます。
  • 顧客管理(カスタマー・デュー・ディリジェンス:CDD)【Q13】「顧客リスク評価を見直し、リスクに応じたリスク低減措置を講ずること」に関して、顧客が調査に応じることができない場合においては、どのように顧客リスク評価を見直すことが考えられますか。
    • 【A】調査に応じてもらえない場合や、郵送物が届出住所に到達しない場合には、そうした事実や、取引履歴データ等も踏まえて、例えば、顧客リスク評価を高リスクとすることが考えられます。定期的に情報を更新することが必要な顧客について、取引履歴データ等を踏まえて顧客リスク評価の見直しを検討する場合には、各金融機関等において、調査に応じてもらえない顧客であることや、郵送物が届出住所に到達しない顧客であること等について、適切に判断できるだけの検証を行うことが必要となるものと考えます。また、高リスク顧客の中には、営業実態の把握や実地調査、顧客に対して対面で確認することが必要な場合もあり得るため、顧客リスク評価の見直しの方法についても、リスクに応じて検討・判断することが必要であるものと考えます。なお、高リスク顧客に限らず、特に届出住所宛ての郵送物が届かない顧客については、本人特定事項の一部が不明であることとなります。特に、こうした状態の顧客のうち連絡を取ることもできず、かつ、口座も不稼働状態となっていない場合には、届出住所宛ての郵送物が届かない状態を解消するための施策を優先的に講ずることが必要であると考えられます。
  • 「合理的な理由」が存在するか否かについては、預金規定の内容等、顧客との契約関係に照らして、個々の顧客の事情・特性・取引関係やリスク管理に必要な情報が収集することができるかといった点等を踏まえ、各金融機関等において、個別具体的に丁寧に検討する必要があると考えております。そして、個々の顧客の事情・特性・取引関係やリスク管理に必要な情報について、可能な限り収集し、これ以上手段を尽くすことが困難な状況になった場合、当該顧客に対してどのような制限を行うことが必要かということを、リスクに応じて、総合的に検討することが考えられます。実際にリスク遮断を行うに当たっては、適切な調査を行い、当該調査の過程及び結果を適切に保存した上、金融機関等において適切な手続を経ることが必要と考えられます。また、リスク遮断の内容についても、個々の顧客の事情・特性・取引関係やリスク管理に必要な情報のうち収集できないもの等に応じて整理をすることが必要と考えられます。こうした調査、記録の保存、手続、リスク遮断の内容については、適切に規程等に定めることが必要と考えられます。
  • 取引モニタリングで検知した取引、疑わしい取引の届出に至った取引について、共通した取引の特徴(業種・地域等)及び抽出基準(シナリオ・敷居値等)を確認することに加えて、より多くの疑わしい取引の届出につながった取引の特徴や抽出基準とそれ以外を特定し、有効な取引の特徴や抽出基準の改善余地の検証、それ以外については、有効なものと同様に改善の余地がないか検証をするとともに、誤検知率を踏まえ、廃止する必要性の検討を実施し、より有効な取引の形態、抽出基準を特定する取組みを継続的に実施することが求められています。また、抽出基準の有効性の検証に当たっては、捜査機関等から凍結要請のあった口座の取引についてアラートが生成されていなかった場合に、その理由を検証し、必要に応じて抽出基準を見直すことも考えられます。
  • 犯収法上求められている疑わしい取引の届出義務の履行及び義務履行を適切に実施できる態勢整備等のみならず、疑わしい取引の届出を実施した取引について分析することに加え、金融機関等自らのリスク評価や取引モニタリングのシナリオ・敷居値に反映できるような情報を抽出し、リスク管理態勢の強化に活用することが求められます。また、疑わしい取引の検知に際しては、システムによる検知のほか、顧客から取引の申込を受け付ける職員等の気づきも重要となるため、疑わしい取引の届出を実施した取引の分析結果や疑わしい取引の事例等を職員等に定期的に還元するなどして、職員等が不審・不自然な取引等を検知し、本部に報告することができるような態勢の構築が必要であるものと考えます。
  • 海外送金等における送金人又は受取人の顧客として、送金依頼書等の依頼人名といった名義上のものではなく、真の送金人や受取人が存在することが判明した場合には、取引時確認等の結果に基づく真の送金人・受取人のリスクを踏まえた上で、送金人・受取人の属性の調査や取引モニタリングを実施するなど、当該リスクに応じた措置を講ずる必要があります。また、顧客による送金の資金原資が、第三者の資金を基にしている場合には、当該顧客の業務実態や取引目的等を調査した上で、リスクに応じて当該顧客のマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢を検証するなど、リスクに応じた対応が必要となると考えます。
  • 海外送金等【Q2】「送金人及び受取人」の「情報が欠落している場合等にリスクに応じた措置を講ずること」とありますが、どのような措置が想定されているのでしょうか。
    • 【A】例えば、送金人や受取人の情報が欠落した海外送金等について、取引実行前に仕向金融機関等に対して、欠落した情報の内容を確認することなどが考えられます

金融活動作業部会(FATF)は、2022年7月、AML/CFT分野におけるデジタル・トランスフォーメーション(DX)にかかる報告書を公表しています。2020年7月~2022年6月のFATFドイツ議長下では、AML/CFT分野のDXを優先課題として、その取組を進めてきたところ、2021年7月に公表した「データプーリング、共同分析とデータ保護にかかるストックテイク」報告書も踏まえ、本報告書は、疑わしい取引の検知に焦点を当て、データ保護やプライバシー規制と整合的な形で進められている民間セクターでの情報共有の取組事例から得られた教訓等を提供するものだということです。詳細は以下のとおりですが、ここでは、「Executive Summary」部分をグーグル翻訳結果ではありますが、紹介します。

▼金融庁 金融活動作業部会(FATF)による「金融犯罪との闘いにおける提携:データ保護、テクノロジー、民間セクターの情報共有に関する報告書」の公表について
▼「金融犯罪との闘いにおける提携:データ保護、テクノロジー、民間セクターの情報共有に関する報告書」(原文)
  • マネー・ローンダリング(ML)、テロ資金供与(TF)、大量破壊兵器(PF)およびデータ保護とプライバシー(DPP)の拡散に対する資金調達に対抗することは重要な公益です。どちらも、以下を含む重要な目的を果たします。人権と基本的自由(プライバシーの権利など)を支持し、テロを含む犯罪活動から国民を保護する。これらの利益は対立したり、本質的に相互に排他的ではありません。マネー・ローンダリング防止、テロ対策資金調達、拡散防止資金調達のための効果的な体制(AML/CFT/CPF)は、公的部門と民間部門がAML/CFT/CPFとDPPの両方の目的を追求することを要求しています。
  • このレポートは、個人データの共有の増加に関連するリスクが適切に考慮されるように、データ保護およびプライバシー規則に従って、責任を持ってそのようなイニシアチブを設計および実装するために、民間部門エンティティ間の情報交換の強化を検討している管轄区域を支援することを目的としています。適切なバランスを取るために、FATFはこの作業でデータ保護当局、学者、技術プロバイダー、および民間部門に相談しました
  • AML/CFT/CPFシステムは、組織化された犯罪グループ、腐敗した役人、テロ組織、武器拡散者、麻薬や人身売買業者が金融システムにアクセスできないようにすることを目的としています。こうした努力にもかかわらず、犯罪組織はますます巧妙化しており、システムのギャップを利用しています。単一の金融機関は、トランザクションの一部しか把握しておらず、多くの場合、大きくて複雑なパズルの小さなピースしか見ていません。犯罪者は、法域内または法域全体で複数の金融機関を利用して、この情報のギャップを悪用し、違法な資金の流れを重ねます。より正確で一貫した情報がなければ、個々の金融機関がこれらの活動を検出することはますます困難になります。共同分析を使用したり、データをまとめたり、他の共有イニシアチブを責任ある方法で開発したりすることにより、金融機関はパズルのより明確な全体像を構築し、マネー・ローンダリングとテロ資金供与のリスクをよりよく理解し、評価し、軽減しようとしています。金融機関は、トランザクションの部分的なビューしか持っておらず、多くの場合、大きくて複雑なパズルの1つの小さなピースを見ています。犯罪者は、管轄区域内または管轄区域間で複数の金融機関を使用して、違法な資金の流れを階層化することにより、この情報のギャップを悪用します。より正確で一貫性のある情報がなければ、個々の金融機関がこれらの活動を検出することはますます困難になります。金融機関は、協調分析を使用したり、データをまとめたり、責任ある方法で他の共有イニシアチブを開発したりすることで、マネー・ローンダリングやテロ資金供与のリスクをよりよく理解、評価、軽減するために、パズルのより明確な全体像を構築しようとしています。
  • 重要なのは、これらの目的での個人データの収集と使用は、データ保護とプライバシーの問題を引き起こす可能性があることです。データの悪用、不必要な共有、または保護の欠如は、悪意のある活動に従事していない個人に悪影響を与える可能性があります。関連するデータとシステムは、適用されるDPP規則に従って管理および設計する必要があります。法的枠組みで要求される場合は、イニシアチブが、処理の目的(AML/CFT/CPF)に関連して必要かつ合理的で、バランスが取れていることが重要です。個人データの共有の増加に伴うリスクが適切に考慮されるように、イニシアチブは責任を持って効果的に設計および実施する必要があります。一般に、これらのリスクは、金融犯罪と闘うことによる公共の利益によって上回る必要があります。
  • このレポートでは、FATFとそのグローバルネットワークのメンバーが、国内のDPPフレームワークの法的要件の範囲内で民間部門の情報共有を増やした経験を共有しています。これらの情報共有イニシアチブのそれぞれは、それらの固有の特性と関連するDPP要件に応じて、ケースバイケースで検討する必要があります。
  • これらの経験は、AML/CFT/CPFの民間部門の情報共有手段が、主要なテストと要件を条件として、DPPの規則と義務に準拠して達成できることを示しています。テクノロジーは、ポリシーの目的のバランスを取り、プライバシーリスクを軽減する上で有効な役割を果たすことができますが、適切なガバナンスと法的枠組みがこれらのイニシアチブの成功の鍵となります。個人情報共有イニシアチブが試験的に実施されるか、進歩して成熟するにつれて、このタイプの共有がAML/CFT/CPFの有効性を高めることができるかどうか、いつ、どのように高めることができるかを評価するためのより定量的なデータがあります。FATFは、この作業が、民間部門の情報共有メカニズムに着手することを検討している国々が、情報共有イニシアチブの設計におけるDPPの義務にどのように取り組んでいるかを理解するのに役立つことを期待しています。
  • これは拘束力のない報告です。民間部門の実体間の情報交換の強化を検討している法域への勧告は、FATFグローバルネットワークの法域全体で学んだ観察と教訓を反映しています。
    • 公的部門は、例えば必要に応じて法律や監督手段を更新することにより、民間部門の情報共有イニシアチブにおいて積極的な促進の役割を果たすことを検討する必要があります。規制サンドボックスとパイロットプログラムを利用する。共有の恩恵を受ける領域、類型、またはデータ型を強調する。コラボレーションと調整を促進するための主要な機関/連絡先を特定する。ガイダンスまたはチェックリストを提供する。共有と監視のための安全なプラットフォームを構築する。データを調和させ、標準化するためのプロジェクトを開発します。
    • 公共部門は、FATF勧告2に準拠して、また国際的に、たとえば定期的なフォーラムを開催することにより、DPPとAML/CFT当局間の定期的な対話を確保および促進する必要があります。共同戦略を考案する。共同ガイダンスの提供またはセクター全体の関与の実施。業界のイニシアチブを支援する。規制サンドボックスやテクノロジースプリントなどの共同イニシアチブを実施します。
    • 民間部門は、目的に適したプライバシー強化技術の適用を検討する必要があります。データ準備に向けた措置を講じます。設計によるデータ保護を追求する。DPP当局との早期かつ継続的な関与を確立する。成功を測定するための指標と指標を開発する。情報共有に関連するリスク軽減を防止するための対策を採用する

定期的に金融庁と業界団体との意見交換会が行われ、金融庁から定期された主な論点が公表されています。今回は主要行等の論点から、AML/CFTの観点以外も含めていくつか紹介します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • 「経済財政運営と改革の基本方針 2022」等について
    • 6月7日に「経済財政運営と改革の基本方針 2022」や「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」などが閣議決定された。監督局に関係する施策について3点紹介する。
    • 1つ目に「事業者支援」について、事業者の実情に応じた収益力改善・事業再生・再チャレンジを図るため、返済猶予・資金繰り支援、経営改善・事業転換・再構築支援、資本基盤の強化、債務減免を含めた債務整理等に総合的に取り組むことが盛り込まれている。コロナの影響が長期化する中、ウクライナ情勢等を受け、世界規模で不確実性が高まっており、政府の支援メニューも有効に活用いただいた上で、事業者のニーズに応じたきめ細かな支援を徹底いただくよう改めてお願いしたい。
    • 2つ目に、「経営者保証に依存しない融資」の促進が盛り込まれている。最近見聞した事例として、例えば、税務申告時の書面添付制度を活用し、税理士に、経営者保証を免除するために必要な、法人・経営者個人の資産分離を確認してもらうという取組みが見受けられた。こうした創意工夫を図りながら、引き続き、経営者保証に依存しない融資を一層進めていただきたい。また、金融庁としても、政府方針を踏まえ、今後の施策を検討してまいりたい。
    • 最後に、「事業成長担保権」について、不動産担保や個人保証によらない事業性融資を制度的に後押しし、スタートアップ等の円滑な成長資金供給を促進する一施策として、事業全体を担保に成長資金を調達できる制度の早期実現を目指す旨が盛り込まれた。金融庁では、こうした方針も踏まえて、日本の金融機関が提供できる融資サービスの選択肢が広がるよう、引き続き、関係者の意見も伺いながら、金融機関が事業を評価した融資を行いやすい環境整備のため、事業成長担保権の検討を含め、共に尽力してまいりたい。
  • 外国人顧客の口座開設等について
    • 来日したウクライナ避難民の方々が口座開設を希望し金融機関に来訪されていると承知。
    • 避難民の方々に対して、円滑な口座開設手続きのために必要となる本人確認書類や手続内容、利用可能なサービスについて分かりやすく説明するとともに、例えば営業店のみで口座開設可否判断を行わず本部に情報を集約するなど、丁寧な顧客対応を行えるような態勢の構築をお願いしたい。
    • また、これを機に、外国人顧客への対応一般に関しても、業界団体及び各金融機関の方々自らが、外国人顧客の利便性向上に向けて、現場でどのような顧客ニーズや課題があるのかを把握・確認し、それらを踏まえて、どのような取組みが必要であるかを継続的に検討するなど、PDCAを回していただくよう、改めてお願いしたい。2021年6月に公表した「外国人顧客対応にかかる留意事項」や「取組事例」も活用しながら、継続的に創意工夫を積み重ねていただきたい。
    • 特に、非居住者口座の開設に対応している金融機関においても、入国後6ヶ月を経過していないことを理由に外国人の口座開設を断ったと考えられる事例が金融庁に複数寄せられており、適切に対応いただくよう改めてお願いしたい。
  • 地銀等におけるシステム障害対応について
    • 3月に発生した地銀等におけるシステム障害に関し、検証を進めていく中で、各金融機関の参考となるような問題や事例も見えてきた。例えば、
      • 今回、障害発生時の初動対応について、行員への情報伝達の迅速性、正確性に課題が認められたことを踏まえ、電子メール一斉配信システムの活用や、障害状況・復旧状況をスマホ等で共有できる行内掲示板を新設するなどの改善策を導入した事例
      • 暫定払い等の顧客対応について、対応行員の未確保及び対応店舗の未選定、事務フローが不明確といった課題を踏まえ、危機管理マニュアルを見直した事例
      • 外部委託先との関係強化について、外部委託先の業務運営の把握が不十分であったとの課題を踏まえ、定期的に深度あるモニタリングの実施や、実機を用いた、外部委託先と連携したより実践的な訓練の検討を進めている事例
        が見られている。
    • これらの取組みは、顧客の利便性向上や緊急時における業務の効率化に資するものであることから、先般のシステム障害事案と直接関係のない金融機関も含め、経営陣自ら現状を再確認していただき、必要な改善策を検討していただきたい。
    • 金融庁としても、システム障害については、迅速な対応が必要になると考えており、障害発生時における各金融機関と金融庁・財務局の連絡・情報共有のあり方について、どのようにより効果的かつ効率的なものとしていくのか等、検討していきたいと考えており、今後、各金融機関とも相談してまいりたい。
  • 旧姓名義による口座開設等へのより一層の対応促進
    • 旧姓名義による口座開設等に関して、3月、各金融機関における対応状況や課題等を把握するため、アンケート調査を実施した。このアンケート調査により、
      • 銀行業態においては、約7割が旧姓名義による口座開設等に対応している一方、約3割で依然として対応いただけていない状況にあること
      • 未対応である主な理由として、「マネロン対応に懸念が生じること」や「大幅なシステム改修が必要となること」等が挙げられていること
      • 対応している銀行において、顧客に対する積極的な周知への取組みが少ない状況にあること
        等が分かった。
    • この調査結果を踏まえ、今後、より一層、旧姓名義による口座開設等への前向きな対応を推進する観点から、銀行業界において、既に対応している金融機関の取組事例を共有し、未対応の銀行の今後の具体的な取組みを促進する等の対応をお願いしたい。
    • 改めて申し上げるが、経済社会活動の様々な場面での旧姓使用の拡大は、女性活躍推進の一環として、内閣府男女共同参画局が中心となって政府全体として取り組んでいる施策であり、金融業界においても、その社会的要請の高まりを踏まえ、ぜひ、前向きな対応をお願いしたい。
  • 障がい者等に配慮した取組みに関するアンケート調査について
    • 金融機関における障がい者等に配慮した取組みに関し、2010年から毎年アンケート調査を実施している。2021年には、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の一部を改正する法律が成立し、事業者による社会的障壁の除去の実施に係る必要かつ合理的な配慮の提供について、現行の努力義務から義務へと改めるなど、引き続き障がい者等に配慮した取組みに対する社会の期待は高い状況にあることからも、2022年度においてもアンケート調査票を発出した。
    • アンケート項目については、代筆・代読対応の取組状況に関する項目のほか、2021年7月に提供が開始された公共インフラとしての電話リレーサービスの対応状況に関する項目について主に追加している。
    • 電話リレーサービスを用いた聴覚障がい者等からの連絡については、連絡の受け手が電話リレーサービスの仕組みを理解し、電話による連絡と同様に応対することが求められる。
    • アンケート調査票への回答にあたっては、当該趣旨を十分に理解いただいた上で対応いただきたい。また、電話リレーサービス含め障がい者等に配慮した取組みに関し、経営陣のリーダーシップのもと、更なる対応促進に取り組んでいただきたい。
  • 今事務年度のモニタリング結果について
    • 事務年度末にあたり、大手銀行グループに対する通年検査のフィードバック面談を各社の経営陣と行っている。年間を通じて、臨店調査を含むオンサイト・オフサイトの手段や、水平レビューやデータに基づく分析を組み合わせ、対話を行っており、総括的な評価について紹介したい。
    • はじめに、財務面においては、2021年度は、全体として業績は過去数年と比較して堅調であり、金融システムの健全性は維持されていると考える。もっとも、与信費用の水準は高く、諸外国の金利上昇の影響なども見られており、不確実性の高い経済・市場環境にあって、様々なリスクの顕在化も見られている。
    • こうした中、金融庁の通年検査の目線では、各社が取り組むべき課題は、全体として増加している。具体的には、
      • グループ・グローバルでの業務拡大によって複雑化するリスクへの対応
      • 拡大傾向にある国内LBOファイナンスへの対応
      • 米欧の金融政策が転換する中での市場リスクへの対応
      • 国際的に目線が高まっているマネロン・テロ資金供与対策への対応や高度化するサイバー攻撃への対応などの課題が確認されている。
    • 通年検査によるフィードバックレター等で各社に伝達している内容は、特に経営陣の主導により、取組みを着実に進めていただきたい。金融庁としても、その取組みをフォローアップしてまいりたい。
  • マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に係る顧客対応について
    • これまで各金融機関において、継続的顧客管理の実施に積極的に取り組んでいただいているが、こうした金融機関の取組みに対する金融庁への相談も寄せられていることから、引き続き丁寧な対応を行っていただきたい。
    • 金融庁としても、政府広報含め各業界団体と連携して、国民にマネロン・テロ資金供与対策に係る確認手続きについて広く理解・協力を求める広報活動等を行ってまいりたい

法人の継続的顧客管理において、本人特定事項の確認が求められますが、その1つが「商号」です。何らかの合理的理由があればよいのですが、ビジネスにおいては、「名前を知ってもらう」ことが何よりも重要であるところ、商号変更を行う背景として、行政処分等の過去の事実やネガティブな風評から逃れる(検索逃れ)ために商号を変更することがあります(上場企業においても、不祥事を起こす、仕手筋と関係する、といった企業が商号を変更する事例も少なくありません)。したがって、法人の商号変更については、十分に注意をする必要がありますが、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の過去の名称変更手続きについても注目が集まっています。そもそも、同法人については、旧統一教会と自民党とのつながりは古いと指摘されています。報道によれば、教会の歩みをまとめた「日本統一運動史」や創設者の文鮮明氏の自伝によると、安倍晋三・元首相の祖父・岸信介元首相と文氏は、約半世紀前から反共産主義の立場を通じて交流を持っていたといいます。韓国で創設された旧統一教会は1959年から日本で布教を始め、64年に宗教法人として認証されています。教義として伝統的な家族観を尊重し、共産主義を強く否定しており、68年には文氏が主導し、政治団体「国際勝共連合」を日本と韓国に創設、日本の初代名誉会長は、戦前に右翼政治家として活動した元日本船舶振興会会長の笹川良一氏で、笹川氏は保守派の岸氏と関係が深く、岸氏に教会を紹介したといいます。旧統一教会は選挙で政治家に運動員を派遣したり、票の取りまとめを行い、政治家も熱心に選挙を手伝う信者や組織票を当てにするという、「持ちつ持たれつの関係」が続いてきたといえます。その一方で、いわゆる霊感商法が社会的に大きな問題となった過去があり、名称を変更してもなおその被害は増え続けている現状があります。まず、問題の経緯等について、2022年8月8日付産経新聞の記事「霊感商法被害、3万人の1千億円超を確認」がコンパクトにまとまっていますので、以下、抜粋して引用します。

安倍晋三元首相の銃撃事件では、山上徹也容疑者の供述内容から、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)による霊感商法に注目が集まった。霊感商法は事件化などによって被害人数は減少したものの、いまもなお続いており昨年は約3億円の被害が確認された。不安をあおり、壺や置物などに超自然的な霊力があるように思わせ、不当に高い値段で売り込む霊感商法。昭和60年ごろから社会問題化し、全国霊感商法対策弁護士連絡会によると、旧統一教会による霊感商法の被害は62年には約164億円にのぼった。同会の渡辺博弁護士によると、霊感商法を行っている団体は他にも存在するものの、全国で大規模に行っているのは旧統一教会だという。平成21年には不安をあおり高額の印鑑を購入させたとして、警視庁公安部が特定商取引法違反の疑いで、旧統一教会と密接な関係にあった印鑑販売会社社長らを逮捕。これ以降、大々的な勧誘は鳴りを潜めたものの、同会が確認した被害はこれまでに3万人以上、1,237億円以上にも及ぶ。…かつては壺などがよく販売されていたが21年の摘発を受けて、近年は「一番大切なものをささげることで悪い因縁を断ち切ることができる」などといって資産を取り上げる「浄財」が多いとされる。平成30年の消費者契約法改正で、霊感商法は最大5年を期限に取り消し権を行使できる。しかし渡辺弁護士は「旧統一教会と正体を明かされても、その段階で被害者はすっかり信者になっていて訴えない」と指摘。取り消し権を行使できても、教団側が拒絶した場合は裁判をすることになり、被害者が霊感商法であることを証明しなくてはならない。

このような実態をもつ旧統一教会の名称変更については、「実態隠し」との批判があり、名称変更を認めた当時の手続きや法制度のあり方に焦点が当たっています。以下、関連する報道から、いくつか紹介します。なお、今回の内閣改造で新たに文部科学相に就任した永岡氏は、旧統一教会をめぐる悪質商法などの問題の救済に関し、宗教法人の認証や解散について規定した宗教法人法を「変えることは考えていない」、被害者の救済に万全を期すよう求めた岸田首相の指示を受け、「宗教の自由を守る宗教法人法は手をつけず、その周りで問題が起こった団体の被害の救済をするのがいいだろう」と語っていますので、この問題については今のところ法改正等までは至らないことが考えられます。筆者としては、霊感商法としてこれだけ社会に悪影響を及ぼしている以上、「信教の自由」に基づく形式上の要件だけでなく、実体・実態の継続性や社会的影響度合い等をふまえて、より慎重な取扱いがなされるべきではないかと考えます。

2022年8月10日付読売新聞「旧統一教会・田中会長、名称変更に「政治介入や不正なかった」…事件後初めて謝罪の言葉も」
2015年に統一教会から名称変更が認証された経緯について、難色を示す文化庁に、訴訟を辞さない意向を伝えていたことを明らかにし、「政治介入や不正はなかった」と説明した。…名称変更について田中会長は「文化庁に何度も相談したが、対応が変わらず、訴訟もやむを得ないと決意し、専門家の意見書を付けて意思表示すると受理された」と説明。「『正体隠し』という批判は事実無根の決めつけ」と主張した。…岸田首相が新閣僚らに同連合との関係を断つよう求めたことについては「報道に揺れる世論への気遣いがあったことは否定できず、遺憾に思っている」とした。
2022年8月11日付日本経済新聞「被害対策の弁護士ら批判 「名称変更は正体隠し」」
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の田中富広会長が記者会見で「名称変更は適法に処理され、何らの政治的介入や不正はない」などと説明したことについて、被害救済などに取り組む全国霊感商法対策弁護士連絡会の代表世話人、山口広弁護士は「統一教会が社会問題化したことを受けた正体隠し以外、理由は考えられない。突然、名称変更が認められた経緯は極めて不自然で、何らかの力が働いたと考えられる」と批判した。田中会長が2009年以降にコンプライアンスを徹底しトラブルが減ったなどと説明したことについても「高額献金の被害など家族を含む被害者の相談は依然として続いている」と主張。証拠が少なく、泣き寝入りする被害者も多いといい「同連合は組織的に行き過ぎた資金集めをしていたことを率直に認め、活動のあり方を抜本的に改めて、被害者の被害回復に協力すべきだ」と話した。

関連して、個人が養子縁組等を悪用して名前を変える「ネーム・ローンダリング」についても、その対策は容易ではありません。直近でも、養子縁組で名前を変え、暴力団員であることを隠して口座をつくり、新型コロナウイルスによる生活苦を装ってその口座に現金を振り込ませる手口の詐欺行為にかかわったとして、福岡県警が、六代目山口組系組員の男ら3人を詐欺容疑で逮捕するという事件がありました。報道によれば、2021年11月、組員は笹野容疑者の養子となって名字を「笹野」に変え、同月と2022年3月に暴力団員であることを隠して金融機関に口座二つを開設した疑いがあるということです(なお、組員は「当時は組員ではなかった」と供述しているといいます)。さらに、大阪府高槻市の民家で2021年7月、住人の会社員が殺害された事件で、大阪府警は、クレジットカードを不正利用されたと装って購入代金を詐取したとして、詐欺容疑で養子の無職の容疑者(28)を再逮捕する事件もありましたが、関連して容疑者は2022年7月、殺害された直子さんと養子縁組する際に虚偽の届け出をしたとして、有印私文書偽造・同行使の疑いで逮捕されています。直子さんは2021年7月、自宅浴槽内で死亡しているのが見つかり、同容疑者は直子さんに掛けられていた約1億5,000万円の生命保険の受取人になっていたといいます。このように、ネーム・ローンダリングが今も横行している実態を認識する必要があるといえます。

海外のAML/CFTに関する報道から、いくつか紹介します。

  • 米政府は、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」などのマネー・ローンダリングを支援しているとして、暗号資産の匿名性を高める「ミキシング」サービスを行う業者「トルネード・キャッシュ」に制裁を科しています。米国内の資産を凍結し、米国人との取引を禁止することになります。報道によれば、トルネード・キャッシュは2019年に創設されて以降、70億ドル(約9,440億円)超の暗号資産をマネー・ローンダリング、すでに米国の制裁対象となっているラザルスはトルネード・キャッシュを通じ、少なくとも4億5,500万ドル(約610億円)をマネー・ローンダリングしたということです。米財務省は2022年5月にも、ミキシング業者「ブレンダー」に制裁を科すと発表、北朝鮮によって利用され、大規模な暗号資産盗難に関与したと非難しています。なお、ミキシングは本来は個人情報保護が目的ですが、米財務省は、技術を悪用して「違法行為による収益の送受信者を隠している」と、警戒を強めているといいます。
  • 米司法省は、北朝鮮のハッカーにサイバー攻撃を受けた米国内の病院が、ハッカーに支払った身代金50万ドル(約6,900万円)を押収したと発表しています。北朝鮮のハッカーらを手助けする中国のマネー・ローンダリング業者が存在することも明らかにしています。報道によれば、同省のモナコ副長官は、北朝鮮が支援する「マウイ」と呼ばれるハッカー集団の活動に打撃を与えたとしています。さらに、同氏は「病院は身代金要求に屈するか、医療が提供できなくなるかの困難な選択を迫られた」ものの、病院がただちに司法機関に通報したため、ハッカー集団を捜査して、身代金を取り戻すことができたと述べています。同氏は、司法省と連携する米連邦捜査局(FBI)が、身代金の暗号資産を追跡する中で、中国のマネー・ローンダリング業者を確認したと説明、西部コロラド州の医療機関などから奪われた身代金も、中国の業者が資金洗浄に関与していたとしています。FBIなどは2022年7月上旬、北朝鮮ハッカーが2021年春以降、医療機関を狙ったサイバー攻撃を活発化させていると警告しています。
  • コロンビアの金融犯罪を捜査する金融情報分析局(UIAF)は取り締まりを強化しており、2019年から2022年半ばまでの3年半にマネー・ローンダリングに関連した疑いのある総額約200億ドルの金融活動を摘発したということです。2022年8月10日付ロイターによれば、この金額はコロンビアの年間国内総生産(GDP)の6%余りに相当するといいます。UIAFは疑わしい動きについて毎年2万件以上の報告を上げており、グティエレス局長は「われわれはこの数年、不正資金の捕捉が加速し、時間の経過とともに習熟度が高まっている」と述べています。偽物や水増しされた送り状、通貨取引、輸出、暗号資産などマネー・ローンダリングの経路を570件ほど発見したともしています。なお、国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、マネー・ローンダリングは1年間の規模が全世界のGDPの2~5%に相当する8,000億~2兆ドルに上ると推計されていますが、関係者の努力や進歩にもかかわらず実態を把握するのは困難な状況です。
  • マレーシア税関当局は、同国西部ポートクランで、アフリカから密輸されたとみられる象牙やサイの角など大量の動物の部位を押収したと発表しています。押収品は総額8,000万リンギ(約25億円)と推定されています。報道によれば、押収されたのは、マレーシアで過去最大となる象牙6トンのほか、サイの角29キロ、センザンコウのうろこ100キロなどで、木材と一緒にコンテナに入れられていたといいますが、押収に絡んで逮捕された者はいないということです。税関当局者は、密輸品について「マレーシアが最終目的地ではない」と述べたものの、どこに向かっていたかは明らかにしていません。象牙のほか、伝統医薬品の原料となるセンザンコウのうろこは、中国やベトナムで高い需要があるといいます。なお、関連して、令和3年版犯罪収益移転危険度調査書において、「野生動植物の違法取引に関連するマネー・ローンダリング」に関する事例等が取り上げられています。
FATFは、令和2年(2020年)6月に公表したレポートにおいて、違法な野生動植物取引は、毎年数十億ドルの犯罪収益を生み出す国境を越えた組織的な犯罪であり、腐敗を進行させるとともに、生物多様性への脅威となるほか、公衆衛生や経済への重大な影響を与えると懸念している。また、令和3年(2021年)6月、イギリスで開催されたG7コーンウォール・サミットで採択された付属文書「G7 2030年自然協約」(「G7 2030 Nature Compact」)の中でも、野生動植物の違法取引を深刻な組織犯罪とし、マネー・ローンダリングのリスクを特定し、評価し、対処するための取組を強化する旨が盛り込まれた。

我が国では、野生動植物の違法取引がマネー・ローンダリング等として検挙された事例は認められないものの、近年の国内における野生動植物の密輸等に関連する検挙事例として、

  • 必要な承認・許可を受けることなく、生きているコツメカワウソをボストンバッグに隠匿して、タイから輸入するなどした事例
  • 必要な許可を受けることなく、象牙等をスーツケース等に隠匿して、ラオスに輸出しようとした事例
  • 必要な登録を受けることなく、象牙の印材をインターネットオークションサイトで広告して、顧客に販売した事例

等がある。また、上記のFATFレポートでは、外国における野生動植物の違法取引に関連するマネー・ローンダリングの事例として、

  • 南アフリカでサイの角を密猟していた犯罪組織が、支払手段として主に現金を使用し、不動産や高級車を現金購入した事例
  • インドネシアでアルマジロの違法取引をしていた者が、売上金を複数の親族の口座に移転させた後、宝石等の高級品を購入した事例

のほか、象牙を密輸するためにシェルカンパニーを設立し正規の貿易を仮装していた事例や電子決済サービスを利用して国境を越えた送金をしていた事例等を紹介している。

最後に、国内のAML/CFTに関する報道から、いくつか紹介します。

  • 愛知、愛媛両県警は、60代の女性からだまし取った約2億2,400万円相当の暗号資産のビットコインをマネー・ローンダリングしたとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)の疑いで、自営業の、岡本容疑者や会社役員の松岡容疑者ら男女6人を再逮捕していま。報道によれば、再逮捕容疑は共謀して2021年3月、春日井市の女性から詐取したビットコインを自分たちが管理する暗号資産口座に送金した上で、交換業者を通じて現金化するなどして犯罪収益を隠匿したというものです。岡本容疑者らは、女性のスマートフォンのアプリを不正に操作し、管理するアドレスにビットコインを送信したなどとして、電子計算機使用詐欺などの疑いで2022年6月に逮捕されていました。
  • 三菱UFJ銀行は、中国で企業の海外送金簡素化に関する認可を当局から得たとのことです。上海市の開発区に本社を置く企業が対象で、これまで海外送金時に必要だった資金使途を証明する書類の提出が不要となるといい、第1弾として伊藤忠商事のグループ会社が利用を始めています。中国は人民元相場を安定させるため、国内外の資金の流れを厳格に管理しており、企業は海外送金時に資金使途などを説明する証明書が必要で、取引契約書や請求書などを銀行に提出する必要があり、企業の実務負担が重かったといいます。同行が今回得た認可は、上海市の開発区「臨港新片区」に本社を置く企業に限って、こうした証明書を不要とする措置で、同開発区が規制改革特区である「中国(上海)自由貿易試験区」の一部となっており、優遇措置によって有力企業の誘致につなげる狙いがあるとされます。中国は段階的に海外送金規制を緩和しており、三菱UFJ銀は2021年、海外送金の簡素化に関する認可を得ましたが、原則6カ月ごとに企業の証明書を抽出検査し、不正な送金がないかチェックしていました。
  • 暗号資産交換業者の「ガイア」は、暗号資産を日本円に両替して出金できる自動両替機「BTM」のサービスを始めています。従来の交換業者の取引では出金するまで数日かかるところ、BTMは即座にできるといいます。マネー・ローンダリングに対応した犯罪防止策も施したといい、国に登録した交換業者による自動両替機の設置は初めてとなります。BTMは大阪と東京の2カ所に設置され、ビットコインやイーサリアムなど四つの暗号資産を両替でき、出金は1,000円単位で1回あたり10万円まで、1日の上限も30万円に制限されています。事前登録で入手できる専用カードが必要で、利用者が保有する暗号資産をBTMにスマートフォンで送付すると、その場で出金できる仕組みです。犯罪収益のマネー・ローンダリングなども懸念されるところ、利用登録時の厳格な本人確認審査やカメラ画像によるモニタリング、利用状況のリスク評価など、多重の犯罪防止策を講じているといいます。例えば、厳格な本人確認審査の対象となった本人を経由した暗号資産と現金との間のマネー・ローンダリングなど、利便性の裏に潜む脆弱性が悪用されることがないよう、慎重な運用をしていただきたいと思います。
  • 利便性の裏に潜む脆弱性の悪用という点では、昨今、注目される「レグテック」の分野にも当てはまるものです。技術への過信は禁物ですが、そもそもの活用については、例えば、金融機関がそれぞれ独自に保有しているネガティブ情報を、金融グループを越えて共有・活用しようとしても個人情報保護の観点から実用化に高いハードルがあります。この問題意識については、前述したFATFの「金融犯罪との闘いにおける提携:データ保護、テクノロジー、民間セクターの情報共有に関する報告書」でも、「単一の金融機関は、トランザクションの一部しか把握しておらず、多くの場合、大きくて複雑なパズルの小さなピースしか見ていません。犯罪者は、法域内または法域全体で複数の金融機関を利用して、この情報のギャップを悪用し、違法な資金の流れを重ねます。より正確で一貫した情報がなければ、個々の金融機関がこれらの活動を検出することはますます困難になります。共同分析を使用したり、データをまとめたり、他の共有イニシアチブを責任ある方法で開発したりすることにより、金融機関はパズルのより明確な全体像を構築し、マネー・ローンダリングとテロ資金供与のリスクをよりよく理解し、評価し、軽減しようとしています」と紹介されているところでもあります。2022年7月24日付日本経済新聞の記事「金融不正取引、AIで防ぐ 広がる「レグテック」」も関連した内容として興味深いものですので、以下、抜粋して引用します。
金融機関の規制対応に最先端の技術を活用する「レグテック」が世界で浸透してきた。AI(人工知能)を用いたマネー・ローンダリング対策や、オンラインでの本人確認(eKYC)など用途が拡大。世界の市場規模は2028年までに約870億ドル(約12兆円)に拡大する見通しだ。複雑になる規制対応の効率化が金融機関にとっては急務だが、データ管理に課題を抱える日本は出遅れている。…会計事務所のEYは金融機関と顧客の取引において、マネロンやテロ資金供与のリスクがどの程度あるかAIが判断するサービスを提供している。人間の手では1人あたり15~20分かかっていた作業時間を約45秒に減らせ、手作業によるエラーを防ぐことで評価の精度も高められるという。AIの主な仕事は複数のデータ解析とリスクの自動検知だ。口座開設時に制裁者対象リストとの照合を自動で行うほか、取引時には過去の顧客の取引傾向や犯罪手口から疑わしい取引を瞬時に検知することができる。マネロン以外では製造現場での品質不正の予防など法令順守体制の整備に応用することも可能だ。…日本で需要が高まっているのが本人確認の分野だ。全国銀行協会は5月、本人確認事業を手がけるトラストドックのeKYCサービスを導入した。クレジットカードやローンの契約に関する個人情報の開示請求手続きをオンラインで完結できるようになった。レグテックの重要性が高まる背景には規制の複雑化とそれに伴う金融機関の対応コストの増加がある。08年のリーマン・ショックをきっかけに世界の当局は規制を強化し、銀行に対してマネロン対策や内部統制の不備を理由に巨額の制裁金を科すなど監視を強めた。近年はDXの文脈でも導入が加速する。…日本は機動性に欠ける。壁になっているのがデータの管理だ。EYジャパンでレグテックリーダーを務める小川恵子氏は「膨大な社内外の情報から目的に沿ったデータを正確に抽出したり、利用する外部データの正確性を担保する管理体制が整っていない」と指摘する。データの信頼性が低いままでは、レグテックは育たない。英国では金融当局と民間企業の間に立つ中間団体の存在がレグテック育成に一役買う。英金融行為監督機構(FCA)が社会の課題などを解決するための先端技術の活用のアイデアを競う会合を開催し、非営利組織「レグテックカウンシル」がデータの標準化などで支援する仕組みがある。社会インフラである金融機関の国際競争力を左右するだけに一考に値しそうだ。

(2)特殊詐欺を巡る動向

今年1~6月の特殊詐欺の被害額(暫定値)は前年同期より18億7,000万円増の148億8,000万円となりました。上半期の増加は8年ぶりとなります。警察庁は金融機関と連携するなどして、被害防止対策を進めていますが、全体の認知件数は631件増の7,491件で、うち65歳以上の高齢者の被害は9割近くの6,504件にものぼります。また、埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫の7都府県で5,156件(68.8%)を占めています。手口別では、還付金詐欺が2,054件(前年同期比318件増)、オレオレ詐欺が1,695件(272件増)、キャッシュカード詐欺盗が1,3988件(221件増)などで増加傾向にあります。一方、預貯金詐欺は1,062件(317件減)と減少しています。また、摘発人数は1,061人(42人減)でほぼ横ばいとなりましたが、うち暴力団関係者が14.8%の157人を占めたほか、全体の65.8%の698人が詐取金受け取り役の「受け子」となりました。なお、全体の被害額のうち新型コロナウイルスを名目にしたものが8件、計約510万円、特殊詐欺の犯行に先立って被害者の資産状況などを探る「アポ電(アポイントメント電話)」とみられる不審電話は2021年同期から1,386件増え53,321件で、このうち、東京、埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫の7都府県で72.8%を占めています。報道によれば、警察庁は、被害額が増えた理由について「今年は昨年や一昨年よりコロナ禍による行動制限が緩和されたことで、犯罪グループも活動しやすくなった影響もあるかもしれない」と分析しています。

▼警察庁 令和4年6月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和4年1~6月における特殊詐欺全体の認知件数は7,491件(前年同期6,806件、前年同期比+10.1%)、被害総額は148.8憶円(130.1億円、+14.4%)、検挙件数は2,881件(3,064件、▲6.0%)、検挙人員は1,061人(1,103人、▲3.8%)となりました。ここ最近は認知件数や被害総額が大きく増加している点が特筆されますが、とりわけ被害総額が増加に転じ、継続している点はここ数年なかったことであり、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして十分注意する必要があります(前述のとおり、コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。うちオレオレ詐欺の認知件数は1,695件(1,423件、+19.1%)、被害総額は49.7憶円(39.5億円、+25.8%)、検挙件数は752件(639件、+17.7%)、検挙人員は408人(323人、+26.3%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。昨年までは還付金詐欺が目立っていましたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立ちます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで昨年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶ちません。なお、最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性が疑われます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。最近では、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は1,398件(1,117件、+25.2%)、被害総額は19.4憶円(17.6憶円、+10.6%)、検挙件数は999件(911件、+9.7%)、検挙人員は240人(279人、▲14.0%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに増加という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されていますが、増加傾向にある点は注意が必要だといえます。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出始めています)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,062件(1,379件、▲23.0%)、被害総額は12.1憶円(18.5憶円、▲34.6%)、検挙件数は653件(1,121件、▲41.7%)、検挙人員は246人(368人、▲33.2%)となり、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は1,167件(995件、+17.3%)、被害総額は39.5憶円(31.1憶円、+27.0%)、検挙件数は87件(128件、▲32.0%)、検挙人員は53人(63人、▲15.9%)、還付金詐欺の認知件数は2,054件(1,736件、+18.3%)、被害総額は23.8憶円(19.7憶円、+20.9%)、検挙件数は356件(242件、+47.1%)、検挙人員は71人(51人、+39.2%)、融資保証金詐欺の認知件数は58件(87件、▲33.3%)、被害総額は1.1憶円(1.4憶円、▲23.9%)、検挙件数は18件(11件、+63.6%)、検挙人員は16人(8人、+100.0%)、金融商品詐欺の認知件数は13件(18件、▲27.8%)、被害総額は0.9憶円(1.1憶円、▲11.9%)、検挙件数は4件(6件、▲33.3%)、検挙人員は9人(8人、+12.5%)、ギャンブル詐欺の認知件数は26件(38件、▲31.6%)、被害総額は2.1憶円(1.1憶円、+86.2%)、検挙件数は9件(1件、+800.0%)、検挙人員は8人(1人、+700.0%)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は347件(340件、+2.1%)、検挙人員は184人(201人、▲8.5%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,457件(1,066件、+36.7%)、検挙人員は1,149人(837人、+37.3%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は40件(90件、▲55.5%)、検挙人員は42人(79人、▲46.8%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は6件(12件、▲50.0%)、検挙人員は3人(11人、▲72.7%)、組織犯罪処罰法違反の検挙件数は59件(63件、▲6.3%)、検挙人員は10人(14人、▲28.6%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成の特殊詐欺全体について、60歳以上91.8%、70歳以上73.3%、男性(25.6%):女性(74.4%)、オレオレ詐欺について、60歳以上98.3%、70歳以上96.0%、男性(19.6%):女性(80.4%)、融資保証金詐欺について、60歳以上14.3%、70歳以上0%、男性(89.8%):女性(10.2%)、特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺 87.5%(男性22.8%、女性77.2%)、オレオレ詐欺 97.9%(19.3%、80.7%)、預貯金詐欺 98.4%(10.6%、89.4%)、架空料金請求詐欺 50.3%(53.9%、46.1%)、還付金詐欺 90.0%(29.7%、70.3%)、融資保証金詐欺 8.2%(100.0%、0.0%)、金融商品詐欺30.8%(75.0%、25.0%)、ギャンブル詐欺 50.0%(61.5%、38.5%)、交際あっせん詐欺 0.0%、その他の特殊詐欺 37.5%(100.0%、0.0%)、キャッシュカード詐欺盗 98.7%(12.8%、87.2%)などとなっています。

その他、最近の傾向として挙げられるのが、若者の関与と(厳密に言えば特殊詐欺ではありませんが)国際ロマンス詐欺やコロナ関連の給付金や融資金の不正受給・詐取です。

特殊詐欺事件に関与した疑いで10代や20代の若者が検挙されるケースが目立つとして、埼玉県警が対応に注力していると報じられています(2022年7月29日付産経新聞)。報道によれば、金を受け取る「受け子」や口座から引き出す「出し子」を若者が担い、SNSなどでの「求人」が関与の契機になった事例が多いといい、夏休み中の学生らが誘惑に負けることがないよう、県警は呼び掛けを強化しているといいます。2022年1~5月、特殊詐欺事件の被害者宅周辺などで検挙した「受け子」や「出し子」とみられる人物は50人で、内訳を年代別でみると、最も多かったのは20代(24人)で、10代(13人)、30代(10人)、40代(2人)、50代(1人)と続いています。実に7割以上が10代と20代で占められているという結果となりました。本コラムでもたびたび紹介しているとおり、「闇バイト」「高収入」「即日支払い」など、SNS上では、犯行グループによる投稿とみられる惹句が目を引く状況にあり、こうしたうたい文句を目にして若者が加担するケースが多い状況です。さらに、加わる際に運転免許証の内容などを確認するグループもあり、関与した若者が「抜けると学校や家族にばらすぞ」と脅されることもあります。そもそも、犯行グループが約束する「高収入」も、詐取する金品の額に比べると微々たるものであることが多いとされます。本コラムでも以前紹介した「令和3年版犯罪白書」において、特殊詐欺に関する特別調査の結果がまとめられており、とりわけ、報酬に関する部分では、「報酬額100万円以上の者の構成比は、「主犯・指示役」では42.9%、「架け子」では34.7%であり、「受け子・出し子」では2.4%にとどまった。他方、約束のみ(報酬を受け取る約束をしていたものの,実際には受け取っていないことをいう。)の者の構成比は,「受け子・出し子」では56.1%、「犯行準備役」では41.7%であった」、「特に、「受け子・出し子」に続いて多かった「架け子」については、「受け子・出し子」よりも、実際に報酬を得た者の構成比が高い上、高額の報酬を得ている者の構成比も高い。しかしながら。「架け子」の8割強が全部実刑となり、その刑期も「受け子・出し子」よりも総じて長いものであることを考えれば、「割に合う」ものではないという点では同じである。「架け子」については、経済的な動機・理由や背景事情に加え、「不良交友」を背景事情とする者、「友人等からの勧誘」を動機・理由とする者の割合が高かった。「架け子」も約6割が30歳未満の若年者であり、3割強が保護処分歴を有していることを考えれば、不良交友関係を有する者に対しては、保護処分の段階で、その解消に向けた指導や、勤労意欲や能力を高めるための就労支援等を行い、あるいは、円滑に就職できるような職業訓練を実施するといった方策が、特殊詐欺を実行する犯罪組織への参加を予防することにもつながるものと思われる」といった指摘がなされており、「報酬が少なく、摘発リスクが高い。刑罰も軽くはない」実態が明らかになっています(詳しくは、暴排トピックス2022年1月号を参照ください)。なお、直近では、15歳の女性2人と共謀したオレオレ詐欺で300万円をだまし取ったとして、神奈川県警田浦署は、18歳の無職女性を詐欺容疑で逮捕するという事件もありました。報道によれば、2022年4月、仲間と共謀し、横須賀市の80代の女性に次男を装って「会社のお金を無断で600万円流用した。300万円足らないので助けてほしい」などと電話し、被害者宅の前で現金300万円をだまし取ったというものです。18歳の無職女性は現金を受け子から回収する役で、受け子役の15歳のアルバイト女性に対し、10万円の報酬を支払ったほか、そのほかの共犯者として、受け子を勧誘した同市の別の15歳のアルバイト女性も6月に逮捕されています。また、宮城県警泉署は、埼玉県川越市の男子高校生(16)を詐欺未遂容疑で現行犯逮捕しています。特殊詐欺グループの「受け子」とみられ、現金の受け渡し場所で署員が待ち伏せる「だまされたふり作戦」で摘発したとのことです。仲間と共謀して、仙台市泉区の70代女性から現金をだまし取ろうとした疑いがもたれています。女性の長男を装って女性宅に「お金を用意しなければならない」と電話があり、詐欺と気付いた女性が同署に通報、路上で高校生が女性から紙袋を受け取ったところを捜査員に取り押さえられたもので、調べに「ものをとってくるよう頼まれたが、お金とは知らなかった」と容疑を否認しています。さらに、電子商取引(EC)サイトや金融機関になりすまし、個人情報などを抜き取るフィッシング詐欺が増えており、2022年上期の偽サイトの数は2年前の約6倍に上った(2020年上期に5,785件だった検知件数は2022年上期に約6倍の35,598件に上昇した)といいます。クレジットカード会社を装う事例が急増し「三井住友カード」の偽サイトが最多で、4月から成人年齢が18歳に引き下げられ、カード初心者を狙ったとみられています。さらに、日本クレジット協会によると、1~3月のカード不正利用額は100億円となり前年同期比で35.8%増えており、フィッシング詐欺の増加が被害額を押し上げる形となっています。専門家は、サイバー犯罪の分業が進み簡単に詐欺に加担できる状況が広がっていると指摘していますが、18歳成人の影響も今後大きく表れるものと危惧されます。

国際ロマンス詐欺に関する最近の報道としては、以下のようなものがありました。

  • 大阪府警は、国際手配していた住居・職業不詳の森川容疑者を詐欺容疑で逮捕、森川容疑者はガーナを拠点とする詐欺グループの指示役で、府警は日本人ら65人から約3億9,000万円を詐取したとみています。報道によれば、森川容疑者はイエメンで働く架空の日本人女性医師などを名乗り、2019年~2020年、男性2人から計約150万円を詐取した疑いがもたれています。府警は2021年8月に国際手配し、2022年5月に顔写真を公開、その後、森川容疑者から府警に電話があり、ガーナの首都アクラに滞在していることが判明、旅券が失効しており、現地の捜査当局に不法滞在の疑いで拘束されていました。なお、府警はこれまでに送金役の日本人やガーナ人ら計15人を摘発しています(逮捕された者の中には、2022年2月に病死した住吉会系組員も含まれています)。15人は外交官や弁護士などになりすまし、SNSで親密になった被害者に宝石の送料名目で口座に入金させるなどしたとされ、振り込ませた金はマネー・ローンダリングされ、大半はガーナに送金されたことが確認されていました。
  • 広島県警広島中央署は、広島市南区の60代男性が米軍の女性軍医を名乗る女らから約600万円をだまし取られる詐欺事件が起きたと発表しています。報道によれば、男性は2022年7月、SNSで女と知り合い、「あなたは信頼できる。結婚しよう」などと持ちかけられ、女の車両を海路で日本に輸送する費用や税関手続きの費用として計608万円を指定口座に振り込んだというものです。
  • 山形県警捜査2課は、マッチングアプリで知り合った自称外国人の女などから、うその投資話を持ちかけられ、同県置賜地方に住む40代の男性公務員が、暗号資産計約6,699万円相当をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。同様の手口による詐欺被害としては今年最高額ということです。報道によれば、男性は2021年4月頃、アプリで知り合った女と、その女から紹介された投資に詳しいとされる男から、無料通信アプリを通じて「国際先物取引について教えてあげましょう」、「あなたの資産が少ないので、私が取引計画を立て直します」といったメッセージを受け取ったといい、2021年8月頃までの間、計18回にわたって指定された暗号資産取引所に暗号資産計約6,699万円相当を送付、男性は同月、暗号資産の現金化を申し出たが、「保証金として口座資金の10%が必要」などと返信されたことを不審に思い、詐欺に気づいたといいます。
  • 2022年8月7日付毎日新聞の記事「「マイクは『妻』と呼んだ」 国際ロマンス詐欺、女性が信じた言葉」には、国際ロマンス詐欺の手口が詳しく報じられています。一部抜粋して引用すると、「結局、女性が1カ月足らずの間に送金したのは計1040万円に及んだ。サイト上では、約1600万円分に増えていたが、女性が「払い戻したい」と伝えると、マイクではなく、「ICE welfare」というアカウントから「アジア太平洋反マネー・ローンダリング機構(APG)」を名乗るメッセージが届いた。そこには「資金引き出し注文に異常行為を発見した」「今回の取引で引き出した資金が大きすぎる」などと書かれ、3万ドル(当時のレートで約310万円)の「保証金」を求められた。マイクに相談すると、「これは正常です」と保証金の支払いを促された。既に貯金はなかったため、消費者金融で借り入れた185万円をビットコインに替え、投資金と同じように指定先に送金した。…女性が使っていたマッチングアプリの広報担当は今回の被害について「国際ロマンス詐欺については被害件数が増えつつある状況を鑑みて、今後もより一層、不正利用者の対策および利用者への啓発強化に努めてまいります」とコメントした。…仮想通貨で送金させることが多いのも特徴で、同センターに21年4~12月に寄せられた相談のうち54%を占めた。運営者の不明な海外サイトなどを経由させることにより、送金先を特定させないことが狙いとみられる。「東京投資被害弁護士研究会」の坂弁護士は「マッチングアプリを利用する人に対するだます側の手口も洗練されてきている。安易に『投資』をしないということを前提に、アプリで知り合った相手とはメッセージだけでなく、実際に会ってきちんと素性を確認すべきだ」と話している」というものです。マッチングアプリや暗号資産の犯罪インフラ性が悪用された事例とも言えると思います。

次に暴力団の関与した事件や給付金の不正受給等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 沖縄県警特別捜査本部は、国の持続化給付金を不正に受給したとして、那覇市の無職の男(28)を詐欺容疑で逮捕しています。逮捕容疑は2020年6月30日から同7月6日の間、旭琉会二代目沖島一家構成員の男と共謀の上、インターネット上で虚偽の申請をし、中小企業庁から給付金100万円をだまし取った疑いがもたれており、特捜本部は暴力団が関与した可能性も視野に捜査を進めているといいます。
  • 全国各地の高齢者らに「保険料の還付を受けられる」と持ち掛けて現金をだまし取ったとして、大阪府警四條畷署は、暴力団組員を電子計算機使用詐欺と窃盗の疑いで逮捕しています。組員は特殊詐欺グループの一員で、被害金をATMから引き出す「出し子」とされています。報道によれば、2021年8~10月、大阪や東京、北海道など17都道府県に住む50~70代の男女37人に「ATMを操作すれば還付金が受けられる」とうそを言い、現金を振り込ませた疑いが持たれており、関与が裏付けられた事件の被害総額は計約4,800万円に上るといいます。なお、この組員は、千葉県などのATM62カ所で出金を繰り返しており、約2カ月間で170回に上り、ATM付近の防犯カメラ映像で関与が浮上したとのことです。
  • 愛知県警に逮捕された六代目山口組傘下の「谷誠会」幹部ら男4人は、2020年6月にウソの申請で国の持続化給付金100万円をだまし取った疑いが持たれています。容疑者らの詐欺グループではこれまでに男6人が逮捕されており、その後の捜査でこの幹部が犯行を指示していた疑いなどが強まり、逮捕に至ったものです。報道によれば、このグループは同様の手口でおよそ100件の申請を繰り返しており、だまし取った総額は1億円に上り、だまし取った金が暴力団の資金源になっているとみられています。
  • 特殊詐欺グループを抜けようとしたいわゆる「かけ子」の男を、監禁し殴るなどしてケガをさせたうえ詐欺を強要したなどの疑いで、警察は暴力団関係者の男など3人を逮捕しています。3人は、2022年3月 特殊詐欺グループを抜けようとした20代の男に「なにバックレてんだ。殺すぞ」などと脅し、都内の雑居ビルに監禁して殴るなどしてケガをさせたうえ「グループに入った以上、簡単には抜け出せねーんだ。1,300万稼ぐまでかけ子やれ」などと詐欺のかけ子をするよう強要した疑いがもたれています。20代の男が監禁から逃げ出し、沼津警察署に駆け込み事件が発覚したとのことです。また警察は被害者の男を含む5人を、「かけ子」や「うけ子」として高齢者からあわせて現金約790万円をだまし取るなどした疑いで逮捕しています。警察によりますと、監禁などをした男の一人は住吉会系の組関係者とみられ、特殊詐欺の被害金が暴力団の資金源になっていた可能性があるとみて実態解明を進めているといいます。

次に特殊詐欺被害等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 秋田市内で、警察官を装って個人情報などを聞き出そうとする不審電話が相次いだといいます。報道によれば、7月27日午後5時~7時40分頃、同市に住む70~80代の男女4人に、警察官を名乗る男から「あなたの通帳を狙っている人がいます」などと電話があったほか、28日も市内の70~80代の女性3人に同様の電話が相次いだとのことです。いずれも警察に相談し、被害はなかったといいますが、秋田県警は不審な電話があった場合、すぐに電話を切って個人情報を教えず、警察に相談するよう呼びかけています。
  • ウクライナで活動するボランティアの支援をうたった団体などを装い、東京都内の80代女性から現金をだまし取ろうとしたとして、警視庁高輪署は詐欺未遂の疑いで、無職の容疑者(26)を現行犯逮捕しています。報道によれば、容疑者は特殊詐欺グループの受け子役とみられ、他のメンバーらと共謀して女性から現金をだまし取ろうとしたとしたものです。女性の被害は6月までに計約6,000万円に上っているといい、同署は他のメンバーの関与を調べています。5月下旬以降、グループのメンバーらが団体の関係者らになりすまし、女性宅に電話、ウクライナで活動するボランティアの食料代金を支援しているとうたい、寄付を求めていたといいます。前回の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも、国民生活センターが「」として注意喚起していることを取り上げましたが、時事ネタを取り込む詐欺の手口の特徴から、今後も十分注意する必要あがります。
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)で「茨城県内で、最近は、数年前にみられた病院の医師を装って「息子さんが緊急搬送された」と不安をあおる電話を先にかける手口が再び頻発している」ことを紹介しましたが、直近でも、長男や医師らを名乗る人物から電話があった同県日立市の80代の女性が現金4,000万円をだまし取られたと茨城県警が明らかにしています。報道によれば、医師や長男を名乗る男から複数回、女性宅に電話があり、長男と詐称した男は「喉に病気が見つかった。だから声が違う。仕事で損害が出てしまう」と現金の準備を依頼、女性は、代理として自宅に来た男に現金4,000万円を渡したということです。女性から連絡を受けた長男が110番通報し、発覚しています。茨城県警は、同様の手口の詐欺が多発しているとして、留守番電話を設定してメッセージを聞いてから電話に出るようにするなど、警戒を呼びかけています。
  • 今年1~5月に埼玉県警が認知した特殊詐欺の被害は440件、被害額は8億3,886万円で、前年の同じ期間より23件増え、約1,100万円少ないものの、依然として厳しい状況にあるということです。とりわけ、お年寄りの自宅を訪ね、隙を見てキャッシュカードを盗む手口が前年比で増えており、埼玉県警が特に注意を呼びかけています(子や孫がお年寄りに定期的に声をかけるのが被害の抑止に有効だということです)。いわゆる「キャッシュカード詐欺盗」と呼ぶ手口の、県内の1~5月の被害は90件(前年同期比49件増)で、特殊詐欺全体の被害の約20.5%を占め、被害総額は計1億5,262万円と、前年比で被害が増えており、県警の危機感は強いといいます。一方、ほかの手口の1~5月の被害は、親族などを装うオレオレ詐欺159件(被害額4億4,137万円)、「キャッシュカードの交換が必要」とうそをつく預貯金詐欺124件(同1億1,348万円)、サイトの利用料名目で現金を求める架空料金請求詐欺15件(同7,065万円)、「医療費・税金の還付がある」とだます還付金詐欺51件(同5,480万円)という被害となりました。
  • 健康保険料の還付金をかたって現金約100万円を詐取したとして、警視庁捜査2課は、電子計算機使用詐欺と窃盗容疑で、住居不定、自称飲食店従業員の容疑者(28)を逮捕しています。報道によれば、容疑者は詐取金を引き出す「出し子」で、少なくとも還付金詐欺6件(被害総額計約700万円)の引き出しに関与したとみられています。逮捕容疑は何者かと共謀して7月下旬、仙台市に住む60代男性宅に区役所職員をかたり、「健康保険料の払い戻しがある」などと電話、男性にコンビニエンスストアのATMから振り込ませた現金約100万円を引き出したというものです。なお、捜査2課は宮城、神奈川、千葉など1都4県で7月中旬~8月上旬の間、宮原容疑者を含む同一グループによる犯行が少なくとも26件(被害総額計約4,000万円)に上るとみて調べを進めているということです。
  • 神戸市で今年4月、高齢男性が警察官をかたる特殊詐欺グループに現金2,700万円をだまし取られる事件があり、兵庫県警は、事件に関わったとみられる男の防犯カメラ映像を公開し、情報提供を呼び掛けています。県警によると、4月22日、神戸市長田区の80代男性宅に警察官をかたる男から、「偽札が出回っているので自宅にあるお金を確認しに行く」と電話があり、その後、同じく警察官を名乗る女(22)=詐欺罪で起訴=が男性宅を訪れて現金2,700万円を受け取り、だまし取ったというものです。公開された男は50~60代ぐらいで、女から被害金を受け取って運んだとみられ、右足のつま先を外側に開きやや引きずって歩く特徴があります。
  • 医療保険の還付金があるとうそを言い、80代の女性からキャッシュカードをだまし取ろうとしたとして、大阪府警吹田署は、無職の容疑者(30)を詐欺未遂の疑いで現行犯逮捕しています。警察官が、不審な動きをしていた容疑者を約7キロ追跡して逮捕したもので、特殊詐欺グループで現金などを被害者から受け取る「受け子」とみられています。約50分前、巡回中の警察官が吹田市内の路上で、スマートフォンを操作しながら辺りを見回す容疑者を見つけ、徒歩やタクシーで南方に移動するのを追跡した結果、約7キロ先の女性宅に入るのを確認、容疑者は金融機関の職員を名乗ったが、女性から「親族に連絡する」と告げられたため、カードを受け取らずに退出、外で待ち構えていた警察官に呼び止められたということです。
  • 石川県警金沢中署は、金沢市の80代女性が現金3,946万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表、今年発生した特殊詐欺被害としては最高額ということです。報道によれば、女性宅に県防犯協会職員を装う男らから電話があり、女性に関する情報が犯罪に利用されたとして、「保釈金を払えば刑務所に入らなくて済む」などと言われ、1,300万円を指示された場所にいた人物に手渡したほか、6月28日頃までに5回にわたり計3,900万円を手渡し、ATMで46万円を振り込んだということです。
  • 栃木県警足利署は、足利市内の80代の女性が特殊詐欺の被害に遭い、現金350万円をだまし取られたと発表しています。女性宅に孫をかたる男から「喫茶店のトイレにバッグを置き忘れた」、「契約会社との契約金700万円が必要だ。上司がいくらか立て替えてくれるが、残りを用意してほしい」などと電話があり、その後、自宅で2回にわたり、孫の上司のおいを名乗る男に現金計350万円を手渡したもので、女性が孫に確認して被害に気付いたということです。
  • 他人のキャッシュカードで現金を引き出そうとしたとして、大阪府警は、陸上自衛隊朝霞駐屯地所属の2等陸佐の男を窃盗未遂容疑で逮捕しています。2等陸佐の男は、大阪府四條畷市の70代女性のカード2枚を使い、大阪市内の商業施設など3か所に設置されたATMで現金を引き出そうとした疑いがもたれていますが、カードの利用は停止されていたため、被害はなかったということです。なお、女性宅には同日、警察官を名乗る男から「カードを使えなくしなければならない」などと電話があり、女性は自宅を訪れた男にカードをだまし取られ、直後に女性の娘が府警に通報したものです。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。なお、今年に入り、神奈川県内では特殊詐欺の被害が大幅に増加していることから、同県警生活安全総務課は、県警本部で「特殊詐欺被害防止対策会議」を開催しています。会議には、金融機関やコンビニエンスストアなど42団体の担当者が参加し、被害状況や被害防止対策などについて情報共有が行われています。6月までの特殊詐欺認知件数は833件、被害額は約16億3,600万円で、前年比で認知件数は230件、被害額は約6億600万円、それぞれ増加しているといいます。報道によれば、林県警本部長は会議の冒頭、「このような危機的状況のなかで、金融機関やコンビニエンスストアの方々の積極的な声かけなどにより、被害の未然防止につながった阻止事案は前年同期に比べ大きく増加している」とし、継続した注意喚起やATMの利用制限などの検討や協力を要請しています。なお、最近のこのような傾向については、新潟県の状況を報じた2022年8月13日付読売新聞の記事「カードと通帳を手に動揺する女性、電話口から「ちょっと待って」と声…男女が通報」が参考になりますので、以下、抜粋して引用します。

今年上半期に新潟県警が認知した特殊詐欺の被害は85件、被害額は2億4,458万円となり、被害額は昨年1年間の2億2,508万円を既に超えた。一方、被害を防ぐ「未然防止」も増加。特に銀行やコンビニ店を利用する一般人が防いだケースが相次ぎ、今年は上半期だけで4件と、過去5年で最多ペースとなっている。県警は、被害防止につながる新たな兆しとみて啓発に力を入れている。「たまたま居合わせただけで、声をかけるのは勇気が必要だったと思う。危ないところを水際で阻止してもらった」十日町署で6月9日、山岸信行署長が、十日町市に住む農業手伝いの男性(76)と団体職員の女性(57)に感謝状を手渡し、感謝の言葉を述べた。2人は5月26日夕、市内の郵便局で、60歳代女性が携帯電話をかけながら現金自動預け払い機(ATM)を操作するのを目撃。女性がATMから離れようとすると、電話口から「ちょっと待って」と声が聞こえた。2人は不審に思って女性に声をかけ、警察に通報した。…県警安全安心推進室によると、未然防止は昨年1年間で149件だったが、今年は上半期だけで107件(昨年同期比30件増)に上る。防いだのはコンビニ店員が最も多い52件、金融機関職員が47件、その他が8件。未然防止は例年、銀行員やコンビニ店員が7~9割を占める。一般人は非常に珍しいが、今年は上半期で4件と、過去5年で最も多かった昨年と2017年の1年間の5件に迫ろうとしている。統計では銀行員らによる未然防止となっているが、一般人が被害者に気付いて銀行員らに知らせた事例もあった。同推進室の脇屋栄室長は一般人の未然防止が増えていることについて、「詐欺の手口や被害者の特徴が広く県民に認知されてきた兆し」と指摘する。

以下、まずは、金融機関の事例を紹介します。

高齢者を狙った特殊詐欺事件の被害が滋賀県内で相次いでおり、今年上半期の被害額は昨年1年間の約1億4,100万円に迫る1億3,000万円超となっているといいます。そのような中、特殊詐欺には分類されないが、高齢者を狙った国際ロマンス詐欺の被害を銀行員2人が機転を利かせて未然に防ぐというお手柄が滋賀県甲賀市内であり、滋賀県警甲賀署は、2人に署長感謝状を贈るとともに、「SNSやメールのやり取りだけで交際を匂わし、出会ったこともない人から金銭を要求されれば、すべて詐欺」と注意を呼びかけています。報道によれば、70代男性から「SNSで知り合った日系米国人の女性軍医から、LINEで『退役し、日本に行きたい。退職金を預けたいので、退職金の輸送費用として速達なら148万円、通常輸送なら70万円が必要』などと依頼された」と言われ、2人は詐欺事件を疑い、特に西田さんは今年3月にも同様の国際ロマンス詐欺の被害を未然に防いでおり、事件を身近なものと感じていたことから、すぐに男性の説得を始めたといいます。しかし、男性はLINEの内容を信じており、「自分が正しい。人助けをしたい」と当初は説得を受け入れなかったといいます。片岡さんらの説得は、1時間以上続いたとのことです。甲賀署警務課は「被害男性を興奮させることなく、うまく説得してもらった。警察への連絡など2人の連係が被害の未然防止につながった」と感謝していたとのことですが、高齢者は思い込みが激しく、他人からの詐欺との指摘も受入れ難い傾向があります。粘り強い説得はもちろんですが、警察官の制服などが説得力を増すとの調査結果もあり、警察との速やかな連携も重要だといえます。関連して、詐欺被害の予防に関する参考資料を紹介します。大変、示唆に富む分析がなされており、すべて紹介したいのですが、ごく一部のみ抜粋して引用します。

▼金融広報中央委員会 行動経済学を応用した消費者詐欺被害の予防に関する一考察
  • 行動経済学では、こうした心理状態の下では、自分の下した(犯人の指示に従うという)決断と整合的で都合の良い情報を重視する反面、相反する情報については、軽視しやすくなることが知られている。ちなみに、この詐欺被害の犯行は未遂に終わっている。これは、被害者が金融機関に振り込みのために自転車で向かう途中、交番を見かけたことを契機に、詐欺ではないかと疑念を抱き息子の本来の電話番号に電話したためである。その時の心境は、「間髪で『なりすまし詐欺』の被害を逃れ、気が抜けた状態で帰宅した」と記されている。このように、本手記をみると、(1)「自分は大丈夫」と思っていても、実際に電話を受けると冷静ではいられなくなること、(2)恐怖が喚起された後に回避策が提示されると、いとも簡単に受け入れてしまうこと、(3)一旦決断して行動に移すと、冷静さを取り戻すのは容易でないこと、などの被害者心理の特徴がよくわかる。
  • 詐欺被害予防の原則
    • 心理特性を考慮すると、消費者に提供する予防策は、極力情報を厳選し、要点をせいぜい3つ程度に絞り込むなど、情報過多を避ける工夫を行うことが望ましい
    • 消費者は、平常時には、「自分は騙されない」という自信過剰傾向にある。こうした心理状態では、自ら予防策を講ずる必要性を軽視したり、無関心になったりしやすい
    • 消費者は誰しも、「自分が詐欺被害に陥るほど愚かであるとは思いたくない」という自尊心を有しており、特に高齢者層はこの傾向が強い。この点、詐欺被害防止セミナーに参加したり、予防手段を講じたりする行為が、自分の詐欺脆弱性を暗黙のうちに認めることに繋がるため、積極的に取り組もうとしない。また、詐欺防止策のメッセージは、どうしても「~してはいけない」など、否定型や禁止的な表現をとることが多い。消費者は、対応策が理屈上は正しいことを理解していても、禁止的な表現が使われると、無意識のうちに自分の選択の自由が侵害されたように受け止めがちである(これを「心理的反発」と呼ぶ)。特に高齢者は、否定的・ネガティブな情報よりも、肯定的ないしポジティブな情報を無意識のうちに重要視する傾向がある(これを「ポジティブ優位性効果」と呼ぶ)。こうした情報の受け手側の心理を勘案すると、詐欺予防策のメッセージは、なるべく禁止的、強制的な表現を避けることが望ましい。
  • 「自分は騙されない」と思い込んでしまうと、詐欺予防策の必要性を正しく理解できず、学習意欲の欠如や無関心に繋がる恐れがある。この結果、無防備な消費者は、犯人からの突然の電話に適切に対応できず、詐欺被害に遭遇する可能性が高まってしまう。
  • 一般的に、自信過剰傾向にあることに自ら気付くことは難しい。このため、第三者が、ミニテストやセミナーなどの機会を提供することで、個々人に詐欺被害に対する対応能力が十分ではないことを自覚させるアプローチがとられることが多い。
    • わが国における詐欺脆弱性テストの例(「だまされやすさ心理チェック」)
      • (問1) 自分のまわりにあまり悪い人はいないと思う
      • (問2) 相手に悪いので人の話を一生懸命聞くタイプだ
      • (問3) たまたま運の悪い人がトラブルにあうのだと思う
      • (問4) 知人から「効いた」「良かった」と聞くと、やってみようと思う
      • (問5) 有名人や肩書のある人の言うことはつい信用してしまう
      • (問6) 人からすすめられると断れないタイプだ
      • (問7) 迷惑をかけたくないので家族にも黙っていることがある
      • (問8) 実際、身近に相談できる人があまりいない
      • (問9) しっかり者だと思われたい
    • 採点方法……当てはまる数が多いほど、消費者トラブルにあう危険度が上昇。また、設問別に、以下の傾向がみられる
    • 問1~3に該当する場合は、トラブルに応じて危機意識が薄い傾向/問4~6に該当する場合は、騙されているのに気が付かない傾向/問7~9に該当する場合は、騙されたとき一人で抱え込んでしまう傾向
  • 詐欺的な電話を受けた際の対応原則を優先度の高い順に、以下三項目挙げる
    1. 原則1:説得的話法の速やかな察知と会話の打切り
      • 第一は、電話を受けた際に、犯人が説得的話法を利用していることに気が付いたら、速やかに会話を打切ることである。加害者が持ちかける詐欺的なシナリオは多様かつ絶えず変化しているが、その基本的なメカニズムは共通の要素で構成されているものが多い。このため、警戒すべき用語や話法のパターンを一旦理解すれば、対応可能な幅が広がり被害抑制に繋がり得る。このことは、米国の実験例でも確認されている。
    2. 原則2:第三者と相談する機会の確保
      • 第二に、資金の振込みなど、相手の要請に従った行動をとる前に、できるだけ、第三者と相談する機会を設けることである。ただし、こうした行動をとるためには、説得的話法や自尊心(自分が騙されているとは認めたくない)などの影響から、自己努力だけでは限界があるため、周囲の協力が欠かせない。
      • 相談すべき第三者としては、家族、親戚、消費生活センター、警察、弁護士などが挙げられる。また、(1)振込み・引出し時の金融機関職員等による声掛け運動、(2)一人暮らし高齢者などに対する民生委員・地域包括支援センターによる支援なども、第三者確保の観点からは極めて有効であり、今後も一層奨励していく必要がある。
    3. 原則3:個人情報の秘匿と質問・反論による牽制
      • 第三は、会話が犯人のペースで進行するのを牽制することである。このためには、個人情報の秘匿や、質問や反論の投げかけが有用である。
      • 恐怖喚起・利得勧誘のいずれの場合についても、犯人は、会話を通じて入手した個人情報(家族構成、経済状況、年齢構成、趣味等)に応じて会話のシナリオをカスタマイズし、説得効果を高めようとする。このため、会話の中で自分や家族の個人情報を伝えないように心掛ける必要がある。
      • また、犯人ペースで進行する会話を牽制するためには、会話の途中で話を遮ってでも、相手の素性などを確認する質問をしたり、反論を投げかけたりすることも有効なことが多い。説得的話法を粘り強く繰り出す犯人も、消費者からの質問を嫌がる傾向があるほか、質問に答えられない場合には、驚くほど簡単に会話を打ち切ってしまう例が多くみられる
      • ただし、あまり具体的な反論をしたり、相手の答えを更に問いただそうとしたりすると、自分の個人情報を漏らしてしまう可能性も高まるため、質問の内容やその後の会話には慎重さが求められる。
  • 英国の被害者調査をみると、一度被害を受けた消費者のうち約3割は、12か月以内に再被害に遭っているという。これは一般的消費者の被害遭遇率の約5倍に相当するレベルである。こうした現象には、いくつかの要因が関係していると考えられる。すなわち、(1)詐欺集団の中で過去の被害者リストが共有され、再アプローチしてくること、(2)被害者が説得的話法による誘導を自覚せず、資金の振込みを自分自身で下した適切な判断だと誤解したり、逆に失った資金を取り戻そうと焦って、犯人の再度の勧誘を承諾したりする傾向がみられること、(3)被害者が社会的に孤立し、第三者の助けを簡単に求められない場合が多いこと、などである。再被害防止のためには、一度被害を受けた消費者に対して、説得的話法への警戒方法の学習を促すとともに、家族など周囲の見守りなどのサポートが一層重要となる
  • 一人暮らしの80代女性のニセ電話詐欺被害を未然に防いだとして、佐賀県警唐津署は、唐津市厳木町の岩屋郵便局に感謝状を贈っています。女性は6月17日、スマートフォンを手に「1,500万円当選のメールが届いたけど、どうしたらいい」と窓口を訪れたため、メールの内容を確かめると、サイトに誘導していたことから、振り込みなどを指示される恐れから「当選はうそですよ」と接続しないよう説得して、女性は帰ったものの週明けの20日以降も繰り返し来局、その度に局長と2人の局員が対応し、連絡を受けた警察官も加わって、女性を思いとどまらせたということです。前述の事例同様、粘り強い説得が必要であることを痛感させられますが、お客さまの大切な資産をお守りするという強い「職業的使命感」や「お節介さ」も重要であると感じます
  • SNSで知り合った外国人を名乗る異性から金をだまし取られる「国際ロマンス詐欺」の被害を防いだとして、岩手県警盛岡東署は、ゆうちょ銀行盛岡店に感謝状を贈っています。来店した同県内の中年女性が「外国人との結婚のため、イエメンに48万円を送金したい」と申し出があり、対応した女性行員が不審に思い尋ねたところ、「SNSで知り合ったスペイン国籍の外科医からプロポーズを受けているが、一度も会ったり、声を聞いたりしたことはない」と話したことから、警察に相談するよう指導したもので、その後、女性が同署を訪れ、詐欺に遭っていたことが判明したということです。

最後にコンビニほかの事例を紹介します。

  • 大阪府警羽曳野署は、客の特殊詐欺被害を防いだファミリーマート羽曳野野々上店マネジャーの女性に感謝状を贈っています。不審なクレーム電話がかかってきたタイミングから、詐欺の手口だと見抜いたといいます。女性は6月下旬の夕方、事務室で店にかかってきた電話を受けたところ、一方的なクレームを不審に思い、防犯カメラの店内映像を見ると、携帯電話をかけながらATMを操作する高齢の男性客を発見、電話を切って駆けつけ、「詐欺だと思います」などと言って操作を止めたといいます。約80万円を送金する寸前だったということです。本コラムでもたびたび紹介していますが、無人ATMで操作させる際に店員に怪しまれないよう、別の関係者が店にクレーム電話を入れる手口が横行していますが、この事例のように、コンビニ側でも手口に関する注意喚起など、教育研修がしっかりと行き届いているように感じます
  • パソコンに「ウイルスに感染した」と虚偽の警告などを表示し、修理費名目で金銭をだまし取る「サポート詐欺」を未然に防いだとして、セブンイレブン神戸住吉本町店のアルバイト従業員(岩崎さん)に東灘署から感謝状が贈られています。岩崎さんへの贈呈はこれが2回目で、前回に続き、一緒に働く娘と連携し、犯人の言葉を信じ込む被害者を粘り強く説得したといいます。5月中旬、60代男性が4万円分の電子マネーを購入しようとしたことを不審に思い、男性に用途を確認、男性が「パソコンの修理費として購入するように言われた」と話したため、詐欺だと感じたといいます。しかし、男性にはなかなか理解してもらえず、「私が不安なので警察に相談しても良いですか」と説明、通常業務を続けながら、一緒に勤務していた20代の娘とともに男性を説得し、購入を思いとどまらせたというものです。岩崎さん親子が特殊詐欺被害を防いだのは約2年前に続き、2回目で、前回は「携帯電話の料金が未納」とするショートメールの指示で、電子マネーを購入するように言われた高齢女性を説得したというものです。本事例についても「思い込みが強い高齢者」に対する「粘り強い説得」が功を奏したものといえます。
  • 特殊詐欺を未然に防いだとして、兵庫県警丹波署は、丹波市内の「ファミリーマート」店員の60代の女性に感謝状を贈っています。6月22日午後5時頃、20代の女性客が来店し、携帯電話で通話しながら30万円分の電子マネーカードを購入、女性店員は、女性が「今、購入した」と電話口で話したことを不審に思い、店外に出た女性を追いかけ、電話を代わって「何のお金ですか」と確認すると通話が切れたため、署に通報、署員が駆けつけ、詐欺だとわかったというものです。女性は、携帯電話のショートメッセージに利用料金を払っていないという内容が届いたため、書かれていた番号に電話し、指示通りにコンビニを訪れたということです。電子マネーを巡る特殊詐欺は、高齢者に限らない点が特徴でもあり、本事例はその点を理解しておくことが重要であると気付かせてくれる好事例だといえます。
  • うそ電話詐欺(山口県では特殊詐欺を「うそ電話詐欺」と呼びます。鹿児島県・宮崎県・山形県なども同様です)が未然に防がれる一方で、新しい被害も発生している。下関市に住む60代の女性宅に、役場の介護保険課職員を名乗る男から「介護保険の払い戻しがある」と電話があり、更に電話番号を伝えられたため、女性が、男が指定した金融機関のATMに行き、指示された通りにATMを操作すると、約50万円をだまし取られたというものです。山口県警によると、2022年1~6月までに県内で発生したうそ電話詐欺の発生件数は49件(前年同期比20件増)、被害総額は約1億2,300万円(同約4,300万円増)に上り、県警では被害が多発しているとして、「うそ電話詐欺警戒警報」を発令し、警戒や注意喚起を実施、県警生活安全企画課は「電話でお金の話は詐欺と思ってほしい。気になったら一人で判断せず、すぐに最寄りの警察署に相談を」と呼び掛けています。
  • コンビニで30万円分の電子マネーを買おうとした高齢の男性客にファミリーマート西垣生店の店員が「詐欺だ」と告げると、男性は「他の店で買う」と言い残してタクシーで去って行ったのに対し、店員は、タクシーを追いかけて走り、約200マーとる先の別のコンビニで支払おうとしているところを食い止めたという事例がありました。報道によれば、「粘り強い声かけにより被害を未然に防止した」として、松山西署と松山西地区防犯協会が感謝状を贈ったとのことですが、これだけの行動がとれるのは、「お節介」なまでの使命感の賜物だともいえます。
  • 還付金詐欺を未然に防いだとして、富山県警富山中央署が、富山市内のドラッグストア「ウエルシア」と女性従業員3人に、感謝状を贈っています。6月3日午前10時頃、市内在住の60代の女性が携帯電話を手に持ち、店内のATMを操作していたため、従業員の一人は女性が戸惑っている様子を見て、別の従業員二人に相談、3人で声を掛けると、女性は「市の職員から『介護保険料の還付金が受けられる』と電話を受けて、操作の指示を受けている」と説明、不審に思った3人は、「市役所に確認した方がいい」「1人ではなく家の人と行動してください」と伝え、被害を食い止めることができたということです。報道によれば、感謝状を受け取った従業員の一人は、「普段からニュースで目にしていて気づいた。お客の役に立ててよかった」と話しています。

(3)薬物を巡る動向

厚生労働省は、第3回厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会大麻規制検討小委員会を開き、現行の大麻取締法に設けられていない「使用罪」を新設する場合の具体的な規制方法などを議論しています。有害な成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)のみを規制対象とし、ほかの成分は医薬品などにも使えるようにする方向で検討、今夏をめどに大麻取締法の改正案の骨子をまとめる予定です。現行の大麻取締法は、大麻の栽培や所持、大麻を原料とする医薬品の製造を禁じていますが、規制は部位で区別しており、花穂や葉、未成熟の茎、根などが対象になっています。一方、大麻の主な成分をみると、規制対象の部位でも、有害性が低く、医薬品などに活用できうる成分が含まれています。主成分のうち、THCは幻覚など精神への作用があって有害ですが、カンナビジオール(CBD)は害は少ないとされます。このため、委員会では有害な成分であるTHCだけを規制する方向で検討していますが、CBDだけを使ったとする海外製の食品やサプリメントへのTHCの混入や、CBDが体内での化学反応や、加熱処理でTHCに変化するおそれが指摘されています。

▼厚生労働省 第3回厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会大麻規制検討小委員会 資料
▼資料1 大麻種子の生産及び流通管理について
  • 国内外における大麻種子の生産・流通管理方式
    • 国内外の事例を踏まえると、大麻種子の生産・流通管理方式は、「登録品種方式」と「農場検査方式」の2つに分類される。
    • 登録品種方式Aは、栃木県に見られる方式で、農業試験場等が、登録品種又はそれに準じた品種の種子を増殖して大麻農家に配布する。その種子を使って大麻農家が栽培した生産物(大麻草)はTHC検査を必要としない。
    • 登録品種方式Bは、カナダにみられる方式で、海外の登録品種を種苗会社から購入して、大麻農家が栽培した場合、その品種の生産物(大麻草)はTHC検査を必要としない。
    • 農場検査方式Cは、米国の各州で見られる方式で、登録品種ではない大麻種子を栽培した場合、収穫する前にTHC検査を実施し、THC制限値以下であることが確認された生産物(大麻草)のみが市場流通する。
    • 欧州ではEU共通農業植物品種カタログによって、大麻は2022年4月末で79品種が登録されている。カナダでは、2022年に74品種が登録されている。
    • 産業用途の大麻草は、栽培用種子の採種段階等で、採種した株のロットが低THCの性質を有することを検査により確認することを原則としてはどうか。
  • 低THC特性の維持について
    1. 種子段階でのTHC管理
      • 栽培免許の基準として、花穂のΔ9THCの定量検査を実施した株のロットに由来する種子であって基準値(別途定める)を満たしたものを栽培に用いること(案)を加えてはどうか。
      • THC定量検査は、登録検査機関となった「都道府県の研究・検査機関、大学・国立研究開発法人の研究機関等」が実施し、検査証明書を発行してはどうか。
      • 登録などの管理された品種の種子を譲受・購入する場合は、管理団体/種苗業者(種子提供者)が原種増殖する際の花穂・葉のTHC検査証明書のみで栽培者/生産者の採種圃場での花穂・葉のTHC検査は不要としてよいか。
      • 検査のサンプリングやロットの考え方等の方法を整備すべきではないか。基準を満たさない場合は、栽培免許を取り消す等の対応が必要ではないか。
    2. 種子の流通について(免許制度の運用改善)
      • 発芽可能な種子についても、登録品種などの管理された品種の種子や在来種などは、THC検査をパスしたロットから採種したものであれば、都道府県間の流通を制限する必要はないのではないか。
      • 輸入種子についても、外国で品種登録やTHC検査がされているものであれば、輸入可能としてはどうか。ただし、国内法上、国内での栽培前のTHC検査は必要。
    3. 子実(食用)の取り扱い
      • 栽培者/生産者の段階で加熱処理した種子は、食用の子実として譲渡・販売してもよいのではないか。
  • 現状規制では発芽可能な種子を海外から輸入し、栽培者/生産者が利用することはできない。
    • 大麻取締法では、種子は規制対象外であり、その所持を直接処罰する規定はないが、違法な栽培に関連して、栽培予備罪や資金等提供罪等に該当するおそれがある
    • さらに大麻の実(及びけしの実)については、輸入承認を受けるべき貨物として規制されている。その際、熱処理等によって発芽不能の処理を施したものであることを証する書類(当該陸揚港を管轄する地方厚生局麻薬取締部、地方厚生支局麻薬取締部又は地方麻薬取締支所が発行したものに限る。)が必要。
    • 国内で免許(都道府県又は厚労省)が交付された大麻栽培者が、その栽培用途で大麻種子を輸入する場合は、海外で栽培用に登録されている品種であれば、発芽可能な種子の輸入を認めてもよいのではないか
    • 制度改正時に、何らかの方法で輸入規制の見直しを実施してはどうか。
    • 技術的な検討課題:海外種子について、ロット管理やサンプリングの考え方、サンプリングの際に開封された種子袋の管理、国内で小分け流通する際の検査証明書の管理など、実施に際して技術的に検討すべき課題もある。その際に、種子流通に関与する種苗業者の適切性確保も課題
▼資料2 大麻草の栽培規制及び大麻研究者免許について
  • 大麻研究者に関する論点
    1. 論点
      1. 大麻について、THCなどを中心とした成分規制として麻薬及び向精神薬取締法(以下「麻向法」という。)で規制する場合、大麻草の規制部位や大麻成分の分析などの研究は、麻向法の麻薬研究者免許により可能となるため、大麻研究者制度を見直す必要があるのではないか。なお、現行法における治験での大麻の被験者への施用は、大麻研究者による研究のための使用(大麻取締法第3条第1項)と解釈されるが、大麻取締法の法文上必ずしも明確な記載となっていない。
      2. 大麻草の研究栽培については、現行法では都道府県知事免許を受けた大麻研究者により実施可能であるが、仮にTHC濃度の低い大麻草の産業目的の栽培(都道府県知事免許を想定)やTHC濃度の高い大麻草の医薬品原料目的の栽培(厚生労働大臣免許を想定)を新たに認めた場合にはこれらの栽培規制と整合性を持たせる必要があるのではないか。
      3. 大麻草の栽培研究においては、今後、低THC品種の種子の確保に係るTHCの検査、交配による栽培品種の改良研究も想定されており、後者の場合、THC含量の高い品種と低い品種の掛け合わせ等に関する研究もなされる点に留意が必要。
      4. 麻向法とあへん法では、麻薬又はあへん・けしがらを使用する研究者免許は、麻薬研究者免許として共通となっている
    2. 方向性
      1. 大麻について、THCなどを中心とした成分規制として麻向法で規制する場合、
        • 大麻に係る研究者免許は、従前の麻薬の研究使用や麻薬原料植物の研究栽培と同様に、大麻取締法の栽培規制と麻向法のTHCなどの成分規制の間で、麻薬研究者免許として一本化してはどうか。
        • 麻薬研究者の定義に、大麻草の栽培を加え、「学術研究のため、麻薬原料植物若しくは大麻草を栽培し、麻薬を製造し、又は麻薬、あへん若しくはけしがらを使用する者をいう。」に改めてはどうか。
        • 免許期間も、麻薬研究者と同様に、現行の大麻研究者免許の1年間から3年間に延長することとしてはどうか。
      2. 大麻草の研究栽培については、麻薬研究者の免許を受けたことを前提に、
        • THC濃度の低い大麻草の研究栽培を認める場合には、当該大麻草の産業目的の栽培免許の免許権者と同様の主体(都道府県知事を想定)による栽培許可を要する仕組みとしてはどうか。また、THC濃度の高い大麻草の研究栽培を認める場合には、当該大麻草の医薬品原料目的の栽培免許の免許権者と同様の主体(厚生労働大臣を想定)による栽培許可を要する仕組みとしてはどうか。
        • 一方、品種改良等の研究のために栽培に用いる品種は、必ずしもTHC濃度の低い品種のみにとどめることが困難な場面も想定されるため、THC濃度にかかわらず厚生労働大臣許可に一本化した栽培許可の仕組みもありうるか。
▼資料3 THCに変換される物質の取扱いについて
  • 大麻使用の立証に関する科学的知見(THCに変換される物質)
    • 大麻使用事犯における大麻使用の立証では、大麻使用後の尿中の大麻成分の挙動を把握しておくことが重要となる。体内にΔ9-THCが取り込まれる又は体内でΔ9-THCが発生する場合、Δ9-THCは代謝を受けてTHC代謝物(THC-COOHglu)として尿中に排泄される。
    • 未加工の植物としての大麻草の中では、90ー95%がΔ9-THCではなくΔ9-THCAとして存在しており、Δ9-THCA自体には大麻様の有害作用はない。Δ9-THCAは、市販の電子タバコデバイス使用時の加熱条件のみで速やかにΔ9-THCに変換されるため、Δ9-THCが体内に取り込まれ、THC代謝物として尿中に排泄されることになる。
    • その他にも、Δ9-THCとは異なる物質(カンナビノイド)で、それ自体に有害作用がなくても、生体内に取り込まれる直前に又は生体内において容易にΔ9-THCに変換される物質の出現も懸念される。
    • また、前回委員会でも、CBDに強酸を加えて加熱すると一部がΔ9-THCに変換されることが懸念された。(※当該行為は麻薬製造罪にあたる。)
  • 対応(前駆物資規制)
    1. 麻向法では、「麻薬向精神薬原料」を指定して、その製造、輸出入、流通を監視しているが、麻薬そのものには該当せず、業務届出や輸出入時の届出による規制のみであることから、上記のような物質の所持・使用の取締に効果的に活用することは困難。
    2. 新しい制度的対応を検討してはどうか。
      1. 例えば、Δ9-THCAのように、それ自体に麻薬と同種の有害作用のない物質でも、通常の使用環境において容易に麻薬成分に変換されて体内に取り込まれる、又は、生体内で麻薬成分を生成する物質であって、濫用のおそれがあるものを、麻薬成分の「前駆体」として麻薬成分と同様に指定して規制する(前駆物質規制)。
      2. CBDについては、強酸及び加熱条件でΔ9-THCを生成する場合は、麻薬製造罪としての取締りの強化を検討する。
  • 薬物摂取の証明について
    • 薬物検査の試料としては、尿、血液、唾液、汗、毛髪などがあるが、大部分の薬物は、尿中に排泄されることから、通常尿を試料として検査を行う方法が一般的である。
    • 薬物は、一般に、まず血液中に移行することから、血液を試料として検査することも可能である。しかし、血液中の薬物は速やかに各臓器に移行し、更に、尿や糞中に続々と排泄されるので、その濃度は急激に減少する。したがって、血液を試料とできるのは摂取後比較的早い時期(数時間)のみである。また、採血には、苦痛が伴い、医師の手が必要となる等、試料採取の点で問題がある。一方、尿中の薬物は、一般に、血液中より高濃度で、更に長期間亘って見出され、また、多量の試料を採取することができることから、検査試料としては、尿が最適である。
    • 唾液中の成分の大部分は血液由来であり、薬物の影響は血管を通して唾液中にも現れるため、唾液を試料として検査を行うことも可能である。唾液を試料とする検査は、採取に苦痛を伴わず簡便であるが、血液と同様に速やかに各臓器に移行し、更に、尿や糞中に続々と排泄されるので、その濃度は急激に減少する。したがって、唾液を試料とできるのは摂取後比較的早い時期(数時間)のみであるといわれる。
    • 保護観察所における薬物使用検査では、尿を試料とする検査キットのほか、唾液を試料とする検査キットが用いられている。(使用するキットの種類は各保護観察所で検査環境や条件などに応じて選定している)
    • 唾液検査:唾液中の成分の大部分は血液由来であり、薬物の影響は血管を通して唾液中にも現れるため、唾液を試料として検査を行うもの。
    • 尿検査:体内に取り込まれた薬物は、代謝酵素によって代謝され、尿中に代謝物として排出されるため、尿を試料として検査を行うもの。
    • 毛髪検査:体内に取り込まれた薬物のほとんどは体外に排出されるが、一部は毛髪や体毛に蓄積されるため、毛髪や体毛を試料として検査を行うもの

若者への大麻の蔓延の状況については、本コラムでも毎回警鐘を鳴らしています。2022年8月7日付産経新聞の記事「『スマホで薬物を買う子どもたち』瀬戸晴海著 若者汚染 コロナ禍で拡大」において、同書籍が紹介されており、その内容だけでも現状の理解を深めることにつながるものと思い、以下、抜粋して引用します。

本稿を読む前に、ツイッターアカウントをお持ちの方は、「野菜・手押し」と検索してみてほしい。ほんの数分・数秒前に投稿された、絵文字交じりの大量の広告ツイートが現れるはずだ。「野菜」はマリファナ、つまり大麻を指し、「手押し」は配達もしくは手渡しによる直取引可能なことを意味する。絵文字は覚醒剤、コカイン、LSD等の隠語だ。密売人たちは戦慄するほど身近で手ぐすねを引いているのである。…若者の間で薬物乱用が広がっている理由の一つに、コロナ禍がある。かつてのような学校生活の喪失や終わりの見えない社会不安によるストレスが、刹那的な快感をもたらす依存性薬物へと駆り立てるのである。また、入手の容易さに加えて、海外での大麻合法化ならびにネットでの大麻解禁肯定論調が拍車をかけている。著者はこの嗜好性大麻自由化論に対して丁寧に反論していく。大麻は覚醒剤やヘロインと比べると精神依存が低いが、同じく依存性薬物の酒やたばこにはない幻覚作用を持ち、反社会的行動への端緒となる。さらに、大麻使用者はより陶酔感を求めて他の強力な薬物に手を出しやすくなる、等々…。もう一つ重要な指摘として、暴力団や犯罪組織ではなく素人が密売人となるケースが増加している点も見逃せない。本書には著者が相談を受けた乱用者、被害者の他に、密売人として逮捕・懲役となった大学生の実例が出てくるが、これがなんともおぞましく悲劇的である。「使用者と密売人の境がなくなってきた」とは、著者の弁だ。日本は先進国で最も薬物乱用の少ない「清浄国」であるが、著者がこの国の未来に危機感を募らせるのもうなずける。スマホ普及とコロナ禍が薬物汚染へのターニングポイントとなったと歴史書に記されてもおかしくないのだから。

関連して、大麻がらみの事件の摘発が千葉県内で増えているの報道もありました(2022年8月2日付毎日新聞)。報道によれば、2020年と2021年に摘発されたのは各200人近くに達し、2018年の91人から倍増、2022年も5月末まで前年並みのペースで推移し、高止まりが続いているといい、その大半を20代以下が占めていることから、県警は小中学校での出張授業などを通じて若者たちに大麻の危険性を訴えているといいます。2018年に91人だった摘発人数は2019年に148人と6割以上増え、統計データの残る1983年以降で最悪となり、翌2020年は196人とさらに過去最悪を更新、2021年も190人とほぼ横ばいという状況です。2022年も5月末までに54人と前年同期(56人)と変わらない高水準となっています。近年の特徴は若者が摘発される事件が増加傾向にあることで、2019年は摘発された人に占める20代以下の割合は53.4%であったところ、2020年は64.8%、2021年は70.5%と徐々に上昇、今年は5月末までに摘発された54人のうち41人(75.9%)が20代以下となっているとのことです。

前述の厚生労働省の大麻規制検討小委員会の検討課題ともなっていましたが、大麻を栽培する目的で欧州から種子を輸入したとして、警視庁は、東京都と神奈川県内の20~50代の男女21人の自宅などを大麻取締法違反(栽培予備)容疑で捜索し、その後、大麻所持容疑などで全員を逮捕・書類送検したと発表しています(大麻種子の輸入に栽培予備罪を適用するのは全国の警察で初めてとなります)。警視庁は、ネットを通じた種子の輸入が国内の大麻乱用の温床になっているとみて、一斉捜索に踏み切ったと報じられています。関係先に一斉捜索を行ったところ、自宅の台所や押し入れで大麻を栽培していたり、専用の照明器具を取り付けて部屋全体を栽培用にしていたりしたということです(大麻草や覚せい剤も押収しています)。大麻取締法では、大麻の種子の所持や販売は禁止されていませんが、栽培などの罪を犯す目的で種子を準備する行為は「栽培予備罪」に該当します。報道によれば、21人は会社員やアルバイト、自営業の男女らで、捜索容疑は、昨年から今年にかけて、いずれも欧州から栽培する目的で大麻の種子を輸入した疑いがもたれています。警視庁は、若者らによる大麻の使用が後を絶たないことを受け、昨春から栽培目的で種子が輸入されているケースがないか情報収集を開始したところ、英国やオランダなど欧州から種を個人輸入するケースが多数あることを確認したといいます。輸入する大麻の種子は、発芽しないよう熱処理することが義務づけられているのに、処理が行われていない疑いがあることも判明しています。この点は今後の規制のあり方が問われることになります。

同じく大麻関連では、東海北陸厚生局麻薬取締部が、大麻成分が入ったクッキーを販売目的で所持したとして、大麻取締法違反(営利目的栽培、所持)の疑いで、ドローン販売業の容疑者(27)を再逮捕しています。報道によれば、容疑者はクッキーを製造し、密売人に供給していたとみられており、同部は、食べやすいクッキーの形にすることで、大麻の使用を容易にしていると警戒を強めるとともに、大麻クッキーは、大麻草の吸引と同じように幻覚などが現れるとされることから、「食べやすい形状にしていても、大麻が深刻な健康被害を引き起こすことに変わりはない」と注意を呼びかけています。容疑者の関係先からは大麻草やクッキーの他、原料となる大麻バターなどが押収されています(なお、「チョコレートなどにも混ぜて味を研究していた」と供述しているようです)。再逮捕容疑は6月、埼玉県新座市のマンション一室で、営利目的で大麻を栽培し所持したというものですが、同部は、容疑者から入手したとみられるクッキーを販売目的で所持したとして、同法違反(営利目的所持)などの疑いで別の容疑者ら3人も逮捕しています。それぞれツイッターで客を募り、全国の延べ2,500人以上にクッキーや乾燥大麻を売っていたとみられています。大麻リキッドや大麻ワックスなどにとどまらず、大麻クッキーのようにさらに若者向けに使用のハードルを下げるようなものが登場してしまうことは大変忸怩たる思いですが、犯罪者とのいたちごっこにも徹底的に対応していくことが重要だといえます。

大麻草をスーツケースに隠して密輸したとして、大阪府警関西空港署と大阪税関関西空港税関支署は、大麻取締法違反(営利目的輸入)容疑で、自営業の容疑者を逮捕、大阪地検が同法違反罪と関税法違反罪で大阪地裁に起訴しています。大麻草約2,300グラム(末端価格約1,350万円相当)をポリ袋に小分けにしてスーツケースに詰め、米ロサンゼルス国際空港から関西国際空港に密輸したというものです。報道によれば、容疑者は関空の到着エリアに設置された「電子申告ゲート」を通過できず、検査官が調べたところスーツケースからリュックや衣服に包まれた大麻草が入った袋が発見されたもので、航空会社からの情報を基に、ゲートが自動的に閉まったというものです(個人情報に問題が見つかったと報じられています)。税関は「電子申告ゲートによる密輸摘発は関空で初めて」だということです。同ゲートは2020年7月から、混雑緩和などを目的に全国の主要空港で導入されており、旅客がスマートフォンで携行品などの申告書を作成し、専用端末で読み取らせて提出、顔写真を撮影し、顔認証でゲートを通過できる仕組みです。

薬物事犯の摘発に税関の果たす役割は大きいといえます。その意味で、2022年8月13日付産経新聞の記事「違法薬物の摘発件数全国1位 横浜税関と密輸犯の攻防」は、最近の密輸の手口や違法薬物の水際で防ぐための攻防をリアルに感じさせる内容でした。以下、抜粋して引用します。

ドイツから空輸されたコーヒー豆の中に合成麻薬MDMAが隠されているのを、横浜税関川崎外郵出張所の職員が発見したのは、今年3月16日のことだった。税関から通報を受けた神奈川県警薬物銃器対策課は4月、麻薬特例法違反(麻薬として所持)などの疑いで、ベトナム国籍の男を逮捕した。横浜税関では外国から到着する国際郵便物の約9割が通関しており、違法薬物の摘発件数も2年連続で全国1位だ。不法行為に目を光らせる税関と犯罪者との攻防を追った。…短期間で複数発生した、MDMAが隠された郵便物がドイツから密輸される事件。横浜税関では、ドイツから密輸された違法薬物の摘発例が令和2年は8件だったが、3年は43件と約5倍に急増していたといい、職員が警戒に当たっていた。同税関調査部によれば、オランダ、ドイツ、ベルギーといったヨーロッパ地域にMDMAの製造拠点があると推測され、近年は中東や南米、南アフリカにも広がりをみせているという。このような薬物の製造拠点を持つ地域から闇サイトを通じて違法薬物を注文し、輸入する手口が多発している。…摘発件数が増加している理由の一つとして考えられるのが「アルバイト感覚で気軽に受け取りの仕事を請け負う人間がいること」だと同税関の担当者は指摘する。犯行に関与しているのは、密輸に専従するような人物ばかりでなく、同じ国籍などのコミュニティーの中で情報を得て、金欲しさに受け取りの「高額バイト」に手を出すパターンも一定数あるようなのだ。また昨年初め、SNSで知り合った相手に親密な感情を抱かせ、「プレゼントを送るので、同封する荷物を後で知人に渡してほしい」などといい、薬物の「仲介人」に仕立てようとしたケースもあった。今年6月には、空き家宛てに薬物を隠した郵便物を送らせ、住人になりすました男が部屋のドア前で郵便物を受け取ろうとする事件も発生している。年々、巧妙化する犯行グループの手口。前述の担当者は「不正は許されない。今後も、県警と協力しながら監視の目をさらに強化していく」と語気を強めた。

国内の薬物に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 今年1月、トルコからコーヒーや菓子など食料品が入った1つの段ボール箱が航空貨物として届いた。東京税関は、箱の表面から微量の覚せい剤を検知。荷物の中を調べると、入っていたスープの缶詰12個から覚せい剤成分が検出されたといいます。このように、缶詰のスープに溶かす、木炭に練りこむなど、違法薬物の密輸を水際で防ぐベテラン税関職員も「聞いたことがない」と話すほど、覚せい剤の密輸方法が巧妙化しているといいます。「ゲートウェイドラッグ」として違法薬物の入口とされる大麻も若年層に浸透しており、捜査関係者は「日本に薬物が蔓延しかねない深刻な事態」と警戒を強めています。巧妙化する覚せい剤密輸には、長引く新型コロナウイルス禍の影響があるといいます。
  • 覚せい剤取締法違反(使用)の罪に問われ、無罪判決が確定した東京都町田市の50代男性が警視庁と検察による捜査や公判の違法性を訴え、国と都に2,000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁立川支部は、都に計220万円の賠償を命じています(国への請求は棄却)。裁判長は、強制採尿に立ち会っていない警視庁の捜査員が権限なく内容に誤りのある捜査資料を作成し、別の捜査員も問題点を看過して逮捕状の請求に使ったと指摘、いずれの職務行為も違法と判断した一方、検察官が起訴や公判に当たって資料の問題点を認識するのは困難だったとしています。刑事事件では男性を無罪とした2016年3月の東京地裁立川支部判決(確定)が男性の尿検体について「警察が誤廃棄し、取り繕うためにすり替えた疑いがある」と指摘していたもので、男性側が今回の訴訟でも主張した尿のすり替え行為について、裁判長は尿鑑定などに時間がかかった点を「不適切な捜査を繰り返していたことを示すものといえる」とする一方、「直ちに尿すり替えがあったとは推認できない」としています。
  • 末端価格1,000万円以上の覚せい剤を販売する目的で所持していたとして、40代の男性が再逮捕されていま。報道によれば、自宅で覚せい剤およそ195グラム、末端価格にして約1,155万円相当などを販売する目的で所持していた疑いがもたれおり、容疑者の自宅からは、密売に使ったとみられる覚せい剤が入ったチャック付きビニール袋や、注射器や封筒などが入ったキャリーバッグなどが見つかっており、警察は、密売の背後に暴力団が関わっているとみて調べているとのことです。
  • メキシコから覚せい剤約1.7キロ(末端価格約1億円)を密輸したとして、三重県警は、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、いずれもボリビア国籍の派遣社員、ナガオ容疑者とパート従業員の妻を逮捕しています。2人の逮捕容疑は、国際スピード郵便で、営利目的で覚せい剤を大阪府泉佐野市の関西空港に輸入した(さらに、営利目的でコカイン約100グラム(末端価格約200万円)を所持、県警のコカイン押収量としては過去最多だった)ものです。報道によれば、名古屋税関職員が、愛知県常滑市の中部国際郵便局に届いた荷物から、プラスチック製のボトルに隠された覚せい剤を見つけ、通報を受けた三重県警の捜査員が、県内のナガオ容疑者の友人宅に荷物が届いたのを確認、ナガオ容疑者の妻が受け取りに来たのをきっかけに関与が浮上したものです(津地検は、ナガオ容疑者を同法違反(営利目的輸入)などの罪で起訴、一方、妻は嫌疑不十分で不起訴としています)が、薬物の密売組織の関与が疑われています。
  • 大麻を栽培したとして、熊本県警と九州厚生局麻薬取締部は、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで、会社役員ら、大麻栽培グループのメンバー3人を再逮捕しています。グループによる大麻栽培事件は2021年9月、容疑者が大麻を栽培しているとの情報が寄せられて発覚したといい、県警はこれまで、乾燥大麻約18.4キロ(末端価格約1億1,000万円相当)と大麻草計176本を押収しています。逮捕容疑は3人で共謀し、山鹿市内の建物で大麻草148本を営利目的で栽培したというものです。
  • 愛知県警は、オランダから合成麻薬MDMAとLSD計1キロ超(末端価格計約1,500万円相当)を密輸したとして、麻薬取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで、職業不詳の容疑者を逮捕しています。他の人物と共謀し2021年6月、MDMAを含む粉末約1キロと、LSDを含む紙片約16グラムを国際郵便で輸入したもので、折り畳み式のボードゲームの中に隠されたものを名古屋税関職員が発見、県警は今年4月、受け取り役とみられる男2人を逮捕し、捜査を進めていたものです。県警は、容疑者らが密輸した違法薬物の保管場所とみられる群馬県高崎市内のアパートを家宅捜索し、大麻とみられる植物片約6キロなどを押収、さらに県警は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、この部屋に住む無職の容疑者を逮捕しています。
  • 千葉地裁松戸支部は、覚せい剤取締法違反(使用、所持)の罪で起訴されたアイドルグループ「KAT―TUN」の元メンバー田中被告の保釈請求を却下する決定をしています。同被告は6月29日午後10時ごろ、JR柏駅付近で覚せい剤を所持した疑いで現行犯逮捕されています。起訴状によると前日、柏市内で覚醒剤少量を加熱し、気化させて吸引、翌29日に覚せい剤約0.062グラムを所持したというものです。
  • 薬物依存の経験がある高知県出身の俳優、高知東生さんが、ギャンブル依存症の支援について考える高松市の講演会に参加、来場者約130人を前に自身の経験を打ち明け、「世間からたたかれまくった僕でも今ここにいる。『(依存症からの)回復っていいぜ』と伝えたい」と語りかけたと報じられています。報道によれば、同氏は、支援団体から「12ステップ」の回復プログラムを教えられ、「『(高知さんの)周囲の人間は自分の世話を焼くことを喜んでいる』などの認知のゆがみを自覚した」と明かしています。また、故郷で母の知人を訪ねたことで、生前の母が高知さんを常に気に掛けてくれていたことを知ったといい、「おふくろに捨てられたと思っていたが、愛されていたのだと気付いた。一度しかない人生を大切に、本気で生き直そうと思った」と述べています。
  • 神事で使う麻糸などに加工される産業用大麻の活用を幅広く議論する「麻産業創造開発機構」の検討会が東京都内で開かれ、検討会には大学や企業の関係者ら約250人が参加、新田理事長は「この分野のイノベーションには正確な知識の発信と企業などの交流の場が必要だ」と話しています。この日は関係者によるシンポジウムなども行われたといいます。同機構は今後、大学や企業関係者の研究開発や交流、普及に向けた啓発活動などを支援していく方針とのことです。

海外の薬物に関する報道から、いくつか紹介します。

  • ロシア当局に拘束され、違法薬物密輸などの罪で起訴された米女子プロバスケットボールのブリトニー・グライナー選手の公判がモスクワの裁判所で開かれ、禁錮9年(求刑9年6月)などの有罪判決が言い渡されています。同選手は2022年2月、モスクワの空港で入国時に大麻成分入りのオイルを所持していたとして露当局に拘束され、これまでの公判で、罪を認めた一方、「法を破るつもりはなかった」として故意ではなかったと主張していました。報道によれば、弁護側は、無罪を主張したものの、裁判所は、同選手は「故意に犯罪を犯した」と判断したということです。米政府は、同選手を帰国させるため、米国で服役中のロシア人との「身柄交換」を提案し、両国間で協議が進められているとされています。米国のバイデン大統領は、同選手に有罪判決が出たことに対し、「受け入れられないことであり、ただちに彼女を釈放するようロシアに求める」との声明を出しています。
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介しましたが、タイが大麻を麻薬指定から外し、一般家庭での栽培を促すために100万株を国民に配布するという大胆な策に打って出ています。保健相自らが旗振り役となり、大麻を使った化粧品や医薬品を開発したり、大麻を味わう料理を紹介したりするなど熱のこもったPRを繰り広げていると報じられています。この点について報じた2022年7月20日付毎日新聞の記事「タイ、麻薬指定解除 家庭で大麻育てよう そして経済育てよう」を、以下、抜粋して引用します。なお、本コラムでもたびたび紹介しているとおり、大麻は娯楽・医療目的ともに使用が認められているのはウルグアイとカナダのみですが、米国でもニューヨークなどの18州や首都ワシントンなどで合法化の動きが広がっています。個人で少量を使用しても刑事罰を科さない「非犯罪化」の立場をとるか、医療目的のみの使用を認めている国は、イタリア、スペイン、オランダなどとなっています。
コロナ禍で疲弊した国内経済の活性化が狙いだが、違法な娯楽目的の吸引が闇で広がっているとみられる。在留邦人や旅行客の多いタイ。日本人が思わぬ落とし穴にはまる危険性もある。タイでは6月9日に幻覚作用を及ぼすテトラヒドロカンナビノール(THC)の含有量が0・2%以下の大麻の個人栽培が解禁された。政府は過去に違法栽培や所持などに問われた受刑者3000人以上の釈放を決め、生産拡大に向けて家庭用大麻約100万株の無料配布を始めた。1家族につき2株受け取ることができ、栽培時に農業省のウェブサイトに個人IDや目的を届け出る。「プルークガンジャ(大麻を育てよう)」と名付けられた保健省の個人栽培申請アプリにはこれまで約100万人が登録した。…タイ政府は娯楽目的の使用や公共の場での吸引は引き続き認めないとするが、バンコクの街中では異なる姿が見えてくる。…「大麻は依存性があり、神経などさまざまな臓器に悪影響をもたらす。規制の整備は急務だ」…タイ、ミャンマー、ラオスの3国にまたがる山岳地帯は世界最大の麻薬密造地帯で、都市部でもかつて麻薬密売や乱用による貧困層拡大が社会問題となった。国民の間では再び大麻がまん延することについての懸念がくすぶる。…今回の麻薬指定解除を受けて、在タイ日本大使館はホームページや在留邦人向けのメールで注意を呼び掛けている。またインドネシアやベトナムなど周辺国では大麻関連の犯罪で死刑になる可能性がある。
  • 2022年7月30日付毎日新聞の記事「政情不安ミャンマー、広がる合成麻薬東南・東アジア、押収量が過去最高」によれば、東南アジアと東アジアで2021年の合成麻薬の押収量が過去最高を記録したといいます。一大供給地はミャンマーで、クーデター後の混乱が続き、国連薬物犯罪事務所(UNODC)は犯罪組織や武装勢力が政情不安を利用していると警鐘を鳴らしています。8月1日で政変から1年半となりますが、経済的苦境が深まり、憂さ晴らしから麻薬に手を出す中毒者も増えているようです。UNODCによると、東南アジアと東アジアでは2021年、覚せい剤メタンフェタミン計約172トンが押収されており、うち錠剤は10億個を超え、10年前の7倍になっています。生産拠点があるのがミャンマー北東部シャン州で、同州とタイ、ラオスの国境周辺は「ゴールデン・トライアングル(黄金の三角地帯)」と呼ばれ、ヘロインやアヘンの原料ケシの栽培も盛んだといいます。強い影響力を保つ少数民族武装勢力が麻薬密造に関わり、軍政や国際機関の監視の目が届かないとされます。一方で、軍政は麻薬対策をアピールしています。最大都市ヤンゴンでは今年6月下旬、1億9,200万ドル(約260億円)相当の押収麻薬を焼却処分にする様子を公開しています。報道では、取り締まりに当たる警察関係者が「武装勢力が存在する限り、この国から麻薬はなくならない」と断言していますが、それが現状だといえます。
  • イスラエルの製薬会社テバ・ファーマシューティカルズは、米国での医療用麻薬鎮痛剤「オピオイド」中毒まん延で多くの州や自治体が参加する訴訟を起こされていた問題を巡り、総額43億5,000万ドル(5,800憶円超)規模の和解提案に基本的に合意を得られる運びになったと発表しています。テバの最新和解案に基づくと、テバは向こう13年で最大37億ドルの現金を支払うとともに、オピオイド拮抗薬12億ドル相当を提供するとし、州や自治体は拮抗薬を定価の一定以上の割合に相当する現金で受け取ることもできるほか、先住民のコミュニティーに別途約1億ドルも支払われるというものです。
  • 南米コロンビア最大の武装麻薬犯罪組織「クラン・デル・ゴルフォ」を含む六つの犯罪組織が、左派のペトロ次期政権に対して、停戦交渉を提案しています。ペトロ氏は治安を安定させるため、左翼ゲリラや武装麻薬犯罪組織と対話の用意があるとしてきました。犯罪組織側は停戦交渉に臨む姿勢を先に見せることで、新政権から譲歩を引き出す狙いがあるとみられています。声明では、既に武装解除した武装勢力も連名で、提案を支持、犯罪組織側は「和平を望む国民とペトロ氏の思いに無関心でいられない」と強調、「適切な時期に武装解除し、犯罪行為を繰り返さない」としています。コロンビアでは2016年に当時最大の左翼ゲリラ「コロンビア革命軍」(FARC)が政府と和平合意を結び、半世紀以上に及んだ内戦が終結しましたが、その後もFARCの残党や別の左翼ゲリラ「民族解放軍」(ELN)、右派民兵組織などが麻薬取引を巡って抗争を繰り広げています。コロンビアは世界最大のコカイン生産国で、多くは米国や欧州に密輸されています。元左翼ゲリラのペトロ氏は、コロンビア初の左派の大統領として、8月7日に就任しました。
  • ブラジルのリオデジャネイロ市北部に広がるファベーラ(貧民街)「コンプレクソ・ド・アレマン」で、警察による麻薬密売組織の摘発作戦が行われ、地元メディアによると、銃撃戦で少なくとも18人が死亡、うち16人は組織メンバーとみられ、1人は警察官、1人は流れ弾に当たった住民だったといいます。ファベーラの大部分は麻薬組織か自警団に支配され、摘発や組織間の抗争に伴う銃撃戦が頻発、コンプレクソ・ド・アレマンは最も危険なファベーラの一つとされ、警察は特殊部隊員ら400人とヘリコプター4機、装甲車10台を動員して作戦に当たったといいます。

(4)テロリスクを巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも取り上げましたが、安倍晋三元首相が街頭演説中に銃撃され、死亡したニュースは日本国内にとどまらず世界中に大きな衝撃を与え続けています。本件はテロではないものの、テロ対策を考えるうえでの重要な社会的背景や問題点を提示しており、詳しく分析しておく必要があるといえます。まずは、個人的な事情ではなく、社会的な背景について考える必要があります。以下のような報道からは、本件に類似した「無差別攻撃」あるいは「テロ」が発生する土壌がすでに日本にある、つまり、いつ「無差別攻撃」や「テロ」が日本で起きてもおかしくないことを感じさせます。また、「想定外」や社会情勢の変化に対応してこなかった「不作為」がもたらした結果の重大さ、安全大国という幻想の上に胡坐をかいてきたがゆえの今後の課題の大きさが浮き彫りになっています。さらに筆者が強調しておきたいことは、今回の銃撃事件が突き付けたのは、「表現の自由」の名のもとにネット上に放置された有害情報が、むしろ言論の封殺に利用されかねないリスクが顕在化したということであり、「表現の自由」の前に思考停止してしまうことのないよう、腰を据えて取り組む必要があるということです。

安倍元首相銃撃 組織属さず単独犯行、察知困難(2022年7月13日付日本経済新聞)
事件は、思想的に結びつく組織に所属しない単独犯による要人襲撃を事前に察知することの難しさを浮き彫りにした。特定組織の動向に目を光らせてきた警察の従来の捜査手法は転換を迫られている。国内外で無差別な襲撃やテロを単独で実行する犯罪傾向が強まるなか、ネット上の犯行予告や武器の材料調達などの兆候をつかもうとするなど各国の模索が続く。…政治家への襲撃は思想的な背景や特定の組織が関わる場合がほとんどで、政治的な目的を達成するための「テロ」と位置づけられることが多い。組織に所属しない山上容疑者の要人襲撃は異例だ。テロ対策などに詳しい板橋功・公共政策調査会研究センター長は「日本の警察は思想的な背景を持つ組織などから情報収集する捜査手法でノウハウを蓄積してきた」と指摘。「単独犯は察知できる手掛かりが少なく行動も予測しにくい。要人警護の新たな難題が浮かんだ」と話す。…対策のカギを握るのが、武器を自作する兆候やネット上の犯行予告などの情報をいち早く捉えることだ。警察当局は爆発物の原料となる化学物質を扱う事業者に不審な購入者の情報提供を呼びかけたり、SNSに危険な投稿がないかを監視したりするなど地道な取り組みを重ねる。板橋氏によると、欧米などでは情報機関が武器の製造に興味を持つ人物を探るため、ネット上で危険物の提供を装うなど日本の警察に権限がない「おとり捜査」を実施することもある。ただ実効性は不明で「予兆を捉えるのに苦心するのは各国共通の課題」という。ローンウルフ型は社会で孤立を深め自暴自棄になった末に犯行に及ぶケースが多い。英国は孤立による犯罪リスクを社会問題としてとらえ、2018年に孤独・孤立問題の担当相を置いた。日本でも政府が21年に担当相を新設。孤立を防ぐことで、ローンウルフ型の犯行を抑止する取り組みの模索が始まっている
隣り合わせの「銃社会」 材料調達ネットで容易に(2022年8月7日付日本経済新聞)
「管理をしっかりしていますか」。大阪府警の捜査員は府内の薬局やホームセンター1,000店舗以上に定期的に足を運ぶ。店頭で販売する化学薬品は爆発物の原材料として使用される可能性があり、警戒を強める。警察庁は硝酸カリウムやアセトンなど指定する化学薬品11品目について、販売業者に購入者の使用目的や本人確認を促し、1度に大量注文する場合などは通報するよう求めている。だが、安倍晋三元首相の銃撃事件で逮捕された山上徹也容疑者(41)は警察の警戒網にかからなかった。…店舗販売と比べ、警察とインターネット業者との連携は進んでいない。業者に購入者の身分証の写しの送付やクレジットカード決済の推奨を依頼するが、「本人のものかどうか検証する必要があり、業者側に負担をかける」(警察幹部)のが理由の一つだ。ネット規制に詳しい関西学院大学の鈴木謙介准教授は「民主主義国家でネット空間の個人の行動に目を光らせるのは不可能だ」と話す。…警察幹部は「銃器対策は暴力団など組織犯罪を前提としていた。個人の動きまで追いきれない」と打ち明ける。銃の密造対策は海外各国にも共通する喫緊の課題だ。米国では21年に発見された密造銃は1万9,000丁を超え、16年の10倍以上に急増した。…元警察官僚の中央大学の四方光教授(刑事政策学)は「日本でも銃を使った凶行が身近に迫っている」と強調。「購入履歴などネット上のやり取りを把握するのは簡単ではないが、AI(人工知能)を積極的に活用するなど予兆を見抜く対策を地道に進めることが重要だ」と話す。
殺意に飛躍する「過激化」 日常に潜む特異事件どう防ぐ(2022年7月23日付日本経済新聞)
2010年、衝撃的な記事がオンライン雑誌に載った。「ママの台所で爆弾を作ろう」―。圧力鍋やマッチを使って「手軽に」爆弾を製造する方法が解説されていた。発行したのはアルカイダ系のイスラム過激派組織とされる。本来テロ組織とは無関係な人たちが、自らの意思でテロを正当化する思想に染まることは「過激化(radicalization)」と呼ばれる。他者への批判や不満が飛躍して強い殺意を抱いたり、公の場で無差別に人々を襲ったりする―。近年、日本で相次ぐ特異な事件は、「イスラム過激派の思想」といった要素を除けば、様態は似通っている。…過激化の背景として指摘されるのは政治や社会への不満、生活の困窮、差別体験、孤立、疎外感など。インターネットやSNSなどを通して、極端な思想にとらわれていく。…欧米では脱・過激化の模索が続く。たとえば英国の若者支援制度「コネクションズ」は、対象年齢の若者すべてを登録・把握する▽専門家が出向いて全員と面談する▽教育、就職、差別などあらゆる分野の支援を1人の相談員が担う―という仕組みだ。だがこうした欧米の取り組みも、必ずしもうまく機能しているわけではないようだ。海外の事例に学びながら、日本でもいまこそ「過激化」の問題を正面から議論、研究していくべきだ。「過激化」「他責」などとともに、特異事件に共通するキーワードに「模倣」がある。事件が次の事件を呼ぶ負の連鎖に最大限備えながら、抑止策を見いだし、地道に取り組んでいくしかない
安倍氏銃撃事件の教訓、また葬り去るのか(2022年8月10日付産経新聞)
社会を震撼させる事件が起きて教訓が明らかになったのに、抜本的な対策が示されないまま時だけが過ぎる-。あってはならない現実が、わが国では何度も繰り返されている。平成28年、相模原市の障害者施設で45人が殺傷された事件はその典型だ。植松聖死刑囚(32)は、自傷・他害の恐れがある場合に都道府県が強制的に入院させる「措置入院」から約5カ月後に事件を起こした。これを機に、措置入院から退院後の支援を強化する精神保健福祉法改正案が国会に提出されたが、猛反発を受けて廃案に。再発防止策を提言した国の検証チームの関係者は憤っていた。「踏み出してみて問題が生じれば修正すればいい。多大な犠牲がなかったことにされていいのか」。当然の訴えだと思う。発生から1カ月が過ぎた安倍晋三元首相(67)への銃撃事件でも、重大な課題が浮かび上がっている。山上徹也容疑者=鑑定留置中=はユーチューブの情報を基に銃を自作したとされる。実は銃や火薬の材料はホームセンターで容易に手に入る。そこにSNSの集合知が加わると、既製品に劣らない銃が作れてしまうのだ。もはや銃と無縁ではいられないこの国で向き合うべき「法の抜け穴」は多い。一つは武器の製造方法をインターネット上に公開する行為が法律で禁じられていない。さらに個別事件を誘発した刑事責任を問うハードルも高い。教唆犯について「ただ漠然と特定しない犯罪を惹起せしめるに過ぎないような行為」だけでは罰せられないとする最高裁の判断があるからだ。
SNSと安倍時代のシンクロ 民主主義に「分断」の影(2022年7月13日付日本経済新聞)
銃撃され亡くなった安倍晋三氏の首相在任と並行して登場し、社会に大きな影響を与えたのがSNSだった。バブル崩壊以降、尾を引き続ける閉塞感を脱し切れない中、誰でも発信できるこのツールを通じて他者への敵意や対立が表に流れ出やすくなった。社会が変容し「分断」にもつながりかねないこの潮流に、どうあらがうか。大きな宿題が残されている。…個人が自由に発信できるSNSでは、むき出しの感情がそのまま表に出た。見たい情報が優先的に表示される「フィルターバブル」、自分と同じ意見が返ってきやすい「エコーチェンバー」といった特性も、異なる立場間の議論を豊かに深めるよりも、単純な好き嫌いといった二元論につながった。要は使い方次第なのだが、未体験の新しいツールに、社会は明らかに免疫がなかった。SNS勃興と並走する形で長く政権の座にあったことで、安倍内閣は従来にないほど人々の好き嫌いがはっきり分かれた印象を強くもたれた。それが結果的に、対立の構図が強調されたイメージを多くの人に与えた可能性がある。…閉塞感の中で相互理解を拒む分断の影は、油断すればこれからの世の中を覆いかねない。それは熟議に基づく民主主義とは対極にある姿だ。SNSと上手に付き合い、独善的なたこつぼにはまり込まず、いかにお互いを認め合っていくかが重要になる。地道な取り組みで、近道はない。ネット、リアルを問わず、一人ひとりの振る舞いが問われよう。日本社会をよりよくして次の世代に引き継げるのか。「安倍氏の時代」が私たちに示した宿題だろう。
「手製銃で要人襲撃」全国の警察が想定せず、「ネットに製法」軽視…警察庁検証(2022年8月12日付読売新聞)
警察庁は、全国の警察がこれまで手製銃による要人襲撃を想定していなかったと、月内にまとめる警護の検証結果に盛り込む方針を固めた。インターネット上で銃の作り方などの有害情報を容易に入手できることへの意識が希薄だったとして、対応の強化を検討している。手製銃などの製造が広がれば、人を傷つける銃器犯罪が増え、要人警護だけでなく治安全般に影響が出かねない。警察庁は、有害サイトへの対応や、火薬の原料となる薬品の管理強化などについて、所管省庁などと協議していく考えだ。…これまでの要人警護の想定や担当者の認識を確認した。その結果、ネットに氾濫する情報をもとに誰でも銃などの武器を作れてしまうことへの意識が薄く、手製銃による要人襲撃を想定していなかっ たことが判明した。 ネット上では近年、銃や爆発物の作り方を指南するサイトが存在するほか、個人が3Dプリンターで銃を自作したケースも確認されている。警察庁はこうした現状への対応が不十分だったことが事件の背景の一つになったとみており、警察幹部は「時代認識が甘く、『現代型』の銃器犯罪に無警戒だった」と話す。警察庁によると、銃の作り方などを紹介するサイトは違法性の線引きが難しい上、海外サーバーを用いるケースも多く、銃刀法などに基づく取り締まりは容易ではない。外部からの通報などで把握しても、明らかに違法でない限り、サイト管理者に削除要請を行うことしかできなかった。火薬や爆発物の原料となる薬品についても、大量購入者がいた場合に通報するよう販売業者に求めているが、義務ではない。
6畳ワンルームは「武器工場」、手製銃に「異様な執念」…組織属さず警察「想定外」(2022年7月17日付読売新聞)
「ガンマニアが好む銃とは明らかに違う。殺害という目的を達成するために、実用性のみを追求したように見える」。銃器ジャーナリストの津田哲也さんはそう分析する。…銃に行き着いたのは「無関係の人を巻き込まず、狙った相手を確実に殺せる」と考えたからだった。山上容疑者は20歳代の時、海上自衛隊に所属し、一定の銃の知識はあったと思われる。「銃の作り方は動画サイトなどを見て調べた。昨秋から製造を始め、今春完成した。火薬も自分で作った」と供述している。元陸上自衛隊富士学校研究員の照井さんは「ネットで集めた情報や自身の知識を組み合わせたオリジナルだろう」と推測する。「火薬が多すぎるとパイプが爆発してしまい、少ないと威力が弱くなる。相当の研究や実験を重ねたはずで、異様な執念を感じさせる」と驚きを隠さない。…ネット上には銃の作り方だけではなく、火薬の調合方法を解説する動画もある。材料の入手も難しくない。山上容疑者が銃の製造に使った金属パイプなどはホームセンターで手に入るものばかりで、火薬の材料となる硝酸カリウムや硫黄も農業用として販売されている。日本では、銃刀法や火薬類取締法などで銃の所持や製造が厳しく規制されている。銃を所持する権利が憲法で認められている米国と異なり、銃犯罪は市民には遠い存在だ。昨年までの3年間に国内で起きた発砲事件は40件で、8割が暴力団関連。警察の対策は主に暴力団を想定し、山上容疑者のような存在は「想定外」だった。…立正大の小宮信夫教授(犯罪学)は「抑止策として、例えば火薬の材料の販売者に購入者の記録を義務づけるような制度も考えられるが、悪用を防ぐのは難しいだろう。今後、同種の手製銃による事件が起きうるということを前提に、治安対策を考える必要がある」と指摘する。民主主義の根幹を揺るがした凶弾が、「安全大国」と呼ばれた日本の常識をも揺さぶっている。
「火薬はネットで」 爆発物対策に限界 突かれた安全と利便の狭間(2022年7月17日付毎日新聞)
爆発力が強い黒色火薬は、テロや犯罪で使われる危険性があるため、その原料となる硝酸カリウムなどの流通に警察当局は目を光らせてきた。米同時多発テロが発生するとテロ対策の声は一層強まり、警察庁は2003年、海外テロでも使われた高性能爆薬「過酸化アセトン(TATP)」の原料となるアセトンなど7品目の化学物質について、販売時の本人確認や使用目的の確認などを販売業者に要請した。不審な購入者がいた場合の通報も求め、09年には硝酸カリウムなど4品目を追加している。要請には、これらの化学物質を一度に大量購入したり、不自然な頻度で買ったりする人物を把握し、購入目的などを確認する狙いがある。ただ、これらの対策の効果は限定的と言えそうだ。要請に法的根拠がなく、購入者への確認や警察への通報をどの程度徹底するかは業者の裁量に委ねられているからだ。警察幹部は「不審者情報を通報してくれるケースもあるが、業者によって取り組みに温度差があるのが実情。警察が販売業者の幹部に使用目的の確認などの重要性を伝えても、店舗のスタッフ全員に同じ認識を持ってもらえるわけではない」と漏らす。さらに難しいのは、ネット販売業者への対応だ。大手EC(電子商取引)サイトの運営業者などへも声かけをしているが、ネット上に乱立する全てのサイトに要請が行き届いているとは言い難いという。海外サイトであればなおさらだ。…これまでも市販品の購入を通じて、危険物が製造されている。19年には、高性能爆薬の四硝酸エリスリトール(ETN)を違法に製造・所持したとして、当時16歳の男子高校生が火薬類取締法違反容疑で警視庁に書類送検された。材料をネットで購入したとみられる。…警視庁で国際テロ対策に取り組んできた幹部は頭を悩ませる。「警察による要請が強すぎると利便性が失われ、監視社会につながるという懸念もある。バランスが難しい
「消去覚悟」で事件後も続く、銃の作り方動画投稿 SNS規制の壁(2022年7月15日付産経新聞)
安倍晋三元首相(67)への銃撃事件で、山上徹也容疑者(41)=殺人容疑で送検=は動画投稿サイトのユーチューブを参考に銃を手製したとみられる。事件後もサイト上には武器の作り方を紹介する投稿が残り、過去にはインターネット情報を基に武器が製造される事件が起きている。専門家は「表現の自由」との兼ね合いはあるものの、製造方法の公開を取り締まる法整備を検討すべきだと訴える。…ユーチューブやツイッターは、銃や弾薬などの製造方法を紹介する投稿を禁じ、違反した場合は削除やアカウントの停止といった措置を取っている。しかし明らかな違反であっても、膨大な投稿の中から見つけ出し、削除するまでにはタイムラグが生じてしまう。SNSに氾濫する違法・有害情報は武器の製造方法に限らない。誹謗中傷やフェイクニュースといった情報にも重大な問題性がある。…今回の銃撃事件が突き付けたのは、ネット上に放置された有害情報が、むしろ言論の封殺に利用されかねないというリスクだ。元警察官僚でサイバー犯罪対策に詳しい中央大の四方光教授(刑事政策学)は、「表現の自由は重要だが、被害者を生まない社会環境を整えることも国の重大な責務であることを踏まえて議論を進めるべきだ」と指摘する。特に武器の製造方法の公開には法の「抜け穴」がある。…無許可で銃を製造したり譲り渡したりする行為は違法だが、作り方の公開は禁じられていない。個別の事件を誘発したとしても、刑事責任を問うのは極めてハードルが高いという。

次に犯人の個人的な事情の背景にある社会のあり様についても考えてみたいと思います。事件が発生してしまった後だからこそさまざまな分析や意見があってよいとは思いますが、重要なことは「二度と繰り返してはならない」という視点です。ローンウルフ型・ホームグロウン型のテロリストを社会が生まないために必要なことは、「社会的包摂」のあり方、重要性をあらためて考えるべきではないかということです。本コラムでは、テロリストに限らず、暴力団離脱者支援や再犯防止、薬物事犯者の立ち直りなど「社会的包摂」が果たすことができる役割の大きさに期待して、その重要性を訴え続けてきました。今のところ有効な対策を考えるうえで「社会的包摂」は不可欠なものといえそうです。そして、「社会的包摂」は、国や他者が用意してくれるものではなく、一人ひとりの行動の積み重ねから成り立っているものでもあります。もはや自助努力でどうにかなる社会情勢でもなさそうです。今はやりの「誰一人取り残されない社会」を嘯くなら、まずは、人として、事業者として、できることから、自ら実践してみてほしい、そう思います。

社会から孤立、突然犯行 「一匹狼」の対策急務…安倍氏銃撃 察知できず(2022年7月31日付読売新聞)
安倍晋三・元首相が銃撃されて死亡した事件は、組織に属さない人物による「ローンウルフ(一匹狼)型」の事件を防ぐ難しさを改めて浮き彫りにした。背景には社会的な孤立もあり、専門家は警察と行政が連携して対応を強化する必要性を指摘している。「これほどまで周到に準備していたとは」。警察幹部は驚きを隠さなかった。複数の手製銃、自ら作った火薬、工具類……。山上徹也容疑者(41)の自宅から見つかった押収品だ。6畳のワンルームで、誰にも気づかれずに黙々と凶器を作り続けていた。…元海上自衛官で、過激派や右翼団体などへの所属は確認されていない。警察にとって「完全にノーマーク」(警察幹部)の人物だった。「個人がひそかに武器を製造し、人知れずある日突然犯行に及ぶ。典型的なローンウルフ型だ」。テロ対策に詳しい公共政策調査会の板橋功・研究センター長(62)はそう話す。警察は従来、過激派などを監視することで、政治家や重要施設などを狙うテロを阻止してきた。選挙期間中であれば、過激派メンバーらの顔を知る「面割り捜査員」を演説会場に配置し、警戒に当たってきた。だが近年、組織に属さないローンウルフ型の容疑者が目立ち、兆候をつかむのが難しくなっている。…警察が近年、力を注ぐ対策は主に二つだ。一つは爆発物対策で、00年代から、材料となり得る薬品の販売業者に対し、不審な購入について通報するよう求めてきた。15年には火薬を取り出せる花火についても、不審な購入者らの情報を提供するようネット通販大手に要請した。もう一つは、SNS対策だ。警察庁は16年、テロにつながる書き込みなどを自動的に収集する「インターネット・オシントセンター」を設置し、捜査に生かしている。銃の作り方などを掲載するサイトについても削除要請を行っている。だが、民間業者への要請などに強制力はなく、対策には限界がある。…治安対策に詳しい東京都立大の星周一郎教授(52)(刑事法)は「警察による対策強化は必要だが、それだけでは不十分だ。例えば、社会への不満や孤立を訴えるSNSの投稿に対して行政が直接支援のアプローチをするなど、背景にある孤立対策に本腰を入れる必要がある」と話している。…ローンウルフは元々、ネットの情報などで人知れず過激派思想に染まり、単独や少人数で事件を起こすテロリストを指す。イスラム過激派組織「イスラム国」がSNSを通じて若者らにテロを呼びかけた影響もあり、2010年代に各国で事件が多発した。
安倍元首相銃撃 凶行が映す社会のゆがみ(2022年8月1日付日本経済新聞)
そもそもローンウルフ型は予兆を捉えるのが極めて難しい。日本と比べてテロ対策を巡る国の権限が強い欧米諸国などでは、事件の捜査とは別に、情報機関が議会の統制下で通信を傍受することもあるが、単独犯は誰とも連絡を取らずに計画を進めるため効果は乏しい。どこの国も有効な手段を見いだせず、頭を悩ませているのが実情だ。こうした犯行形態が近年急速に広まったのは、国際テロ組織アルカイダや過激派組織「イスラム国」(IS)の戦略がきっかけだ。欧米などにテロリストを送り込むのではなく、インターネットを通じて現地の国民らを過激化させる「ホームグロウン(自国育ち)」型のテロを広めようとしてきた。武器の調達は、警察や治安当局に察知される場合も多い。テロ組織が始めたのが身近な材料を使った爆弾など武器の作り方のネット配信だ。手立てがあるとすれば、SNSへの書き込みなどから事件の予兆を察知する能力を高めていくことだ。単独犯でも、社会に自分の不満や気持ちを発信したいという願望が垣間見えることは多い。容疑者もSNSに多くの書き込みを残したり、襲撃前に手紙を書いたりしていたことがわかっている。…やり場のない憎悪は、同連合に近いと映った安倍氏に向かった。本来の対象に接近が難しかった場合に矛先を変える「怒りの置き換え」という現象が起きた。恨みを世間に訴えるため、世界的な知名度を誇る安倍氏を狙った可能性も考えられる。容疑者のものとされるツイッターのアカウントでは、フォロワーがほぼ不在の中で同連合の批判を重ねていた。見過ごされてきた主張が世間の耳目を集めている現状を知ったなら、一定の手応えを感じるのではないか。凶悪事件は「自分はもうダメだ」と受け止める「破滅的な喪失」と呼ばれる体験が直接の引き金となる例が多い。容疑者の境遇に照らすと、犯行前に仕事を辞めて孤立や困窮を深めた状況が、これに当てはまるだろう。社会的に失うものがなく、凶行をためらわない人間を指す「無敵の人」というインターネット上の俗語があり、今回の容疑者は典型例と言える。対策として考えられるのは、他者とのつながりをつくり、社会の一員であるとの意識を醸成させることだ。就労の場を見つける再就職支援や、暮らしの相談窓口などの公的サービスにとどまらず、ご近所同士のあいさつといった地域社会の交流も欠かせない。「あなたはひとりではない」というメッセージを様々な場面で送り続けることが必要になる。…日本は諸外国と比べて経済成長が鈍化し、身近な生活そのものが地盤沈下を起こしつつある。将来が見えにくい社会だと多くの人が感じてしまっている。時代の変わり目は、犯罪の質的変化が起こる傾向にある。…閉塞感が漂う時代を背景として、自らが抱える問題を解決するためには「誰かを攻撃するしかない」といういびつな思い込みが強まる。これに加え、今回は警備態勢の不備が重なったこともあり、凶悪な犯行が表出してしまった。
ネット依存、孤立深めた末の凶行 秋葉原殺傷で死刑執行(2022年7月26日付日本経済新聞)
裁判では、ほぼ唯一の「居場所」であるインターネットの掲示板で受けた「嫌がらせへの怒り」を動機として認定。社会との接点を見いだせないまま一方的に孤立や不満を深め、無関係の他人に暴力を向ける凶行は社会に衝撃を与えた。…社会との接点がないまま一方的に不満を募らせ、組織的な背景のないままに単独で無差別に襲撃する犯行は「ローンウルフ」型と呼ばれる。19年の京都アニメーション放火殺人事件、21年の大阪・北新地のビル放火殺人事件、東京で21年に連続して起きた小田急と京王電鉄で乗客を狙った襲撃事件―。秋葉原の事件と同様、「孤立」が背景にうかがえる事件が近年目立つ。ローンウルフ型は欧米で多発するテロとも共通するが、他人とのつながりが薄いため犯行の予兆を捉えにくく、海外諸国も対応に頭を悩ませている。英国は18年に孤独・孤立問題の担当相を置いた。孤立による犯罪リスクなどを社会問題と捉えた。日本でも政府が21年に担当相を新設。ローンウルフ型の犯行抑止に向けて孤立対策の模索が続いている。
「ジョーカーは何に絶望したのか」境遇重ねた山上容疑者、SNS空間でも「孤立」(2022年8月11日付読売新聞)
約20年前から100件以上の事件で精神鑑定をしてきた聖マリアンナ医科大の安藤久美子准教授(司法精神医学)は「孤立を深め、境遇への不満を他者にぶつける事件は、体感として増えている」と指摘する。安藤准教授によると、孤立は以前から事件の主な要因だった。近年はSNSの普及で、成功している人に劣等感を抱き、より孤独を感じやすくなっているという。「孤立すると視野が狭くなり、SNSなどで同種事件に触発され、『自分の方が不幸だ』と自暴自棄になる。その結果、負の連鎖が続いているのではないか」と危機感を示す。加害者家族を支援してきたNPO法人「ワールドオープンハート」の阿部恭子理事長は「加害者の孤立に目を向けないといけない段階に来ている」、「つらい生い立ちで恨みがあったとしても、コミュニティーに属し、弱音を吐ける存在がいれば、踏みとどまったはずだ」と話す。…国も「孤立・孤独」を社会問題と捉え、昨年12月に決定した重点計画で、「自助努力に委ねられるべき問題ではない」と明記した。特に深刻なのが、現在30~40歳代の「就職氷河期世代」だ。社会に出る時に企業が採用を大幅に絞り、非正規の仕事を選ばざるを得なかった人が多い。…早稲田大の橋本健二教授(社会学)は「氷河期世代の一部には、社会から見捨てられ、もうはい上がれないという『あきらめ』がある。国の支援は不十分で、『見捨てていない』ことを具体的な施策を講じて示す必要がある」と強調する。
大渕憲一氏 銃撃は「誤った方向で自分の存在意義かけたか」(2022年7月18日付毎日新聞)
社会全体に対する義憤のようなものを感じていた可能性もある。これまでの通り魔事件でも、仕事をクビになったとか、特定の嫌な経験がきっかけになって社会全体に対する不満を募らせていく過程がある。安倍氏のような高名な政治家を標的にした背景には、そうしたテロにも通じるような、独善的視点からの「世直し」的な思考もありそうだ。また、自己顕示的な、自分の存在をアピールしたいという気持ちも背景にあったかもしれない。日本で無差別事件を起こした人たちは、欧米の事件のような自己主張をあまりしていない。ただ、ローンウルフ型としての心理には類似性があり、ゆがんだ自己顕示欲がある。本来、人は合法的な生活の中で他者や仕事とつながり、自分の価値を認めてもらうことで、自尊心や自己の存在意義を保つ。しかし、本人の責任かどうかは別にして、そういう道が断たれると希望を失い自暴自棄になってしまう。彼はここ数年、宗教団体への復讐を生きがいに生きてきたのではないか。爆弾を作ったり銃を作ったり、そうした準備をすることに自分の生きる道を見いだしてきたのではないか。誤った方向ではあるが、そこに人生の意味、自分の存在意義をかけた可能性はある。これでもう人生を終わりにしてもいいという自暴自棄的な気持ちが、最後に背中を押す力になったのかもしれない。…テロ事件を起こすような人物については、これまでは特殊な思想信条の持ち主、あるいは偏った性格・異常な心的状態にある人であるという「特異心理仮説」が取られてきた。しかし近年は、ローンウルフ型犯罪の増加などを背景に、誰もが状況によっては過激主義に陥り、テロ事件に関与するようになりうるという「一般心理仮説」に基づく分析が主流になりつつある。
「喪失連鎖」の果て ローンウルフが過激化するまで 安倍元首相銃撃(2022年7月18日付毎日新聞)
人は家族や職業、社会的地位などを失うと、手持ちの資源(友人との交流や貯蓄など)で補い心身のバランスを保つ。だがそもそも資源が少ない人もいる。さらに、喪失経験は獲得経験よりも心理的なインパクトが大きく、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したり、被害者意識の強まりから周囲に敵対的、回避的になったりしやすいという。このため喪失経験が続くと、手持ちの資源が枯渇しやすくなり、そこから抜け出しにくくなるというのだ。…米メリーランド大学のアリエ・クルグランスキ博士(社会心理学)はその論文(12年発表)で、ゆがんだ正義感に基づき物事を暴力的に解決しようとする暴力的過激主義の根底には、「自己実現の感覚」があると指摘している。移民のイスラム過激派なら就職で「差別」する欧米社会に、いじめの被害者ならそれを「看過」した学校や同級生に「猛省」を促す。そんな「世直しの聖戦」を自己犠牲のもとに完遂することが「天命であり、使命」と思い込んでいくという。支えとなる「資源」が枯渇すると、「聖戦士」としての自分の物語を作り、そこに依存することで自身を支える人もいるのかもしれない。こうした思考の過激化は、「いくつかのステップを踏む」とハム教授らは指摘する。暴力的過激主義を研究する専門家の分析でおおむね共通する過激化プロセスの「起点」は、個人的な苦悩や不満だ。やがて社会性や政治性を帯びて「大義」として昇華され、第2のステップ、物語の生成へとつながっていく
安倍元首相銃撃 容疑者の心理は 独善的「世直し」思考か(2022年7月19日付毎日新聞)
山上徹也容疑者(41)=殺人容疑で送検=は、現場で警察官に取り押さえられた。抵抗するそぶりはほとんど見せず、暴れることもなく終始無言だったという。その姿にはむしろ、脱力感さえ漂っていた。…米司法省から委託を受けて米インディアナ州立大学のマーク・ハム教授(犯罪学)らが実施した調査によると、1940~2016年に米国で起きた単独犯によるテロ事件は123件。01年以降に起きた84件のうち約75%は、容疑者が現場付近で数時間以内に拘束されるか、射殺されたり自殺したりしている。00年までの39件のうち約半数は数カ月以上逃亡していた。ハム教授らは、近年の容疑者は犯行を「一つのパフォーマンス」ととらえ、「捕まらないこと」よりも「見せ場」を重視する、破滅的な傾向が強まっていると分析する。確かに海外では最近、単独犯が犯行の様子をSNSで動画配信する例も目立つ。…「最終的に非常に高名な政治家を標的にした背景には、テロと共通するような、独善的視点からの『世直し』的な思考もあったのかもしれない」と分析する。そこには「より大きな社会問題として告発したい」という「義憤」のような感情と、同時に「自分の存在を社会にアピールしたいというゆがんだ自己顕示欲」も垣間見えるという。
「過去の事件と同じ系譜」 犯罪心理学者の桐生氏―安倍元首相銃撃(2022年7月18日付時事通信)
桐生氏は、山上容疑者が安倍氏と旧統一教会を短絡的に結び付けている点に着目。「大阪の事件はクリニック全体を自身の問題解決の象徴と見なしていた。今回の事件も安倍氏を個人ではなく象徴と捉えている」と共通点を挙げる。その上で、インターネットの偏った情報によって本人のゆがんだ認知が強化された可能性を指摘。2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件では、被告がネット検索で京アニが自分の作品を盗作したと思い込んだことが事件につながったとの見方を示し、今回の事件でも「本人が検索するほど、安倍氏と宗教の結び付きを強化させるような情報だけが目に飛び込んできたのだろう」と推測する。…欧米の「ローンウルフ型テロ」は差別に苦しむイスラム系移民らが単独で実行するのに対し、日本型には政治、思想的な意味合いがなく幼稚な点に特徴があるという。桐生氏はこうした事件への対策として、「まずは動機面に着目し、捜査機関が近年起きた大量殺人のデータを集め、犯罪傾向を見ることだ」と語る。こうした凶悪犯罪に備えるため、例えば電車内で凶器を持った人が現れた際に乗客がどう対応すべきかなどを学ぶ「防犯訓練」を防災訓練と一緒に実施することを提案する。桐生氏は「パニックにならず、被害を抑えるために対策を練ることが重要。事件を人ごとではなく自分自身の問題として考えることが大切だ」と強調した。
旧統一教会批判の「危うさ」 ある僧侶が口にした懸念(2022年8月14日付毎日新聞)
安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件をきっかけに、報道やインターネットでは「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」への批判があふれている。逮捕された山上徹也容疑者(41)が動機として安倍氏と教団との関わりを挙げたとされるためだ。「霊感商法」や献金の強要などの問題や政治家との関わりは批判、検証されるべきだが、信者個人の人格や、旧統一教会以外の新宗教もまとめて否定するような言説も見られる。「危うさを感じます」。カルトからの脱会支援活動を続けている真宗大谷派の僧侶、瓜生崇さん(48)はそんな懸念を口にする。「長期的に見て、良い方向には進んでいない」。…「旧統一教会が無理な献金の要求など社会的な問題を起こしてきたのは間違いなく、政治との関わりも含めきちんと批判すべきです」。信仰の核心部分を隠し詐欺的な勧誘をしてきたことも、カルトの重大な特徴として問題視する。ただ、信者にも層があり、こうした被害に遭わずに地道に信仰活動を続ける人もいると指摘する。「一斉にバッシングを浴び、信仰そのものが悪であるように言われることはつらいと思います」…「正しさを抱きしめ、間違ったものを正義の鉄ついでたたきたいという欲求は誰にでもある。だから、人間は絶対悪を見つけたときに一番残酷になるのです」。しかし旧統一教会の信者たちが問題のある行動を取るのも、教団の示す「絶対の正しさ」のためだろうと瓜生さんは指摘する。…瓜生さんが長期的な影響を懸念するのは、教団の中にいる人たちと社会の「分断」だ。…「例えば企業が大きな不祥事を起こしたとして、その会社に勤めている人全員と仲良くできないかというとそんなことはない。しかし宗教はそうはいかない。自分と違う信仰に対し、人は特に強く異質さを感じます」。「異質さ」はまた、人の興味を引きつける。…「教えがいくら異様でも、批判されるべきは個人の自由や尊厳を侵害する行為であって、信仰そのものではないはずです」…「あのように生きざるを得なかった原因は元々、統一教会とは別のところにあったはずです。『おかしな宗教にハマって洗脳された』と処理しておしまいでは、また同じ事が繰り返されるのではないでしょうか

元首相銃撃事件を教訓にテロをいかに防ぐか、どう対応していくべきかを考えるうえでは、さらに警備・警護態勢についても踏み込む必要がありますが、現在、警察にて検証結果の報告書をとりまとめているところでもあり、今回は割愛します。一言で総括するなら、「前回も問題なかったから今回も大丈夫だろう」、「銃による犯行はないだろう」といった「油断」や「不作為」なのだと思います

もう1点、今回の事件をテロ対策の視点から考えてみた場合、衆人環視の中で起きた銃撃事件で、聴衆の多くが銃撃後もその場にとどまり、様子をスマートフォンで撮影し続ける人もいたことは大きな違和感があり、今後の重要な課題を示すものでもあります。事件直後は犯人の数や狙いが分からず、複数犯の場合、次の犯行が起きていた可能性もあります(実際のテロでは、時間差で爆弾や自爆の攻撃が仕掛けられることが多いとされ、一定時間はその場にとどまることがテロへの対応の基本でもあります)。本コラムでも以前紹介しましたが、銃社会の米国では、「Run(逃げる)」、「Hide(隠れる)」、そして「Fight(戦う)」が常識とされています。銃犯罪率が低い日本ではとっさの行動が難しいとはいえ、あの段階では命が大切であって、原因や状況を確認する必要はないといえます(つまりそれだけ、日本人は安全ボケしているということでもあります)。なお、銃撃事件が多い米国では、学校や家庭などで避難訓練や教育が徹底しており、銃声がしてから次の行動に移る人は、日本に比べれば圧倒的に多いとされます。今後も、日本でテロや無差別銃撃事件等が発生する可能性は否定できず、「自分の身を守る」ための教育や訓練を検討すべきではないかと考えます

有事の際の対応という点では、台湾有事への備えとして、台湾が防空壕の整備を進めているとの報道がありました。対中関係が緊迫化している上、ロシアのウクライナ侵攻もあり、中国による攻撃の可能性が改めて危惧されており、報道によれば、中国がミサイルを撃ち始めた場合に備え、防空壕として使える場所を分かりやすく指定、専用の防空壕ではなく、地下駐車場や地下鉄網、ショッピングセンターの地下などのスペースを活用するということです。台北にはこうした防空壕が4,600カ所以上あり、市の人口の4倍以上に当たる約1,200万人を収容できるということです。台湾では今年7月、新型コロナウイルスの感染拡大で定期訓練が途絶えて以降、初めてとなる本格的な軍事防空訓練を実施しています。ミサイルが飛来した場合、市民は地下駐車場に避難し、爆風による衝撃を最小限にとどめるために目と耳を手で覆い、口は開けておくよう指導されているといいます。さらに、長期間の滞在に備えて持ち込むべきキットの準備も奨励されています。数十年に及ぶ中国とのつばぜり合いを経験してきた台湾市民の多くは、中国による侵攻の脅威を感じながら生きることを覚悟していることが垣間見えました。

イスラム主義組織タリバンによるアフガニスタン支配から8月15日で1年を迎えます。タリバンは国際テロ組織アルカイダなどとの連携を水面下で続けており(直近の米政府によるアルカイダの最高指導者、ザワヒリ容疑者殺害でタリバンがかくまっていた事実が明らかとなりました)、世界にテロが拡散する懸念がなお消えない状況が続いています。過激なイスラム思想を変えないタリバンには国際社会からの支援が途絶え、物価が急騰するなど国民生活は困窮を極めています。国民の間ではタリバン支配を機に「治安はやや改善した」との声が一部にあるものの、国連によれば、2021年8月から2022年6月にアフガンでのテロによる死傷者は2,106人にも上っており、タリバンが他のテロ組織との連携を強めていることから、今後数年間、アフガン発でテロが増える恐れがあると考えられています。一方、世界銀行によると、アフガンの人口(約4,000万人)は15歳以下が4割を占め、人口の増加がこれからも続くことから、テロ組織は貧しい若者の採用や訓練がやりやすくなり、アフガンでテロを助長する環境が生まれていることに警戒が必要だといえます。また、タリバン支配に伴う貧困の加速もテロの温床になっています。国連によれば、2022年7月に国民の貧困率は97%に達し、およそ3,200万人が食料不足に苦しんでいるといいます。そして、タリバン支配1年でアフガン経済の瓦解が鮮明になるなか、横行するのは麻薬や人身売買などの「闇経済」です。タリバンはケシ栽培を禁じるとしましたが、現在もアフガンとパキスタンやイランの国境沿いでは麻薬取引が以前と同様に続いている実態があります。国際社会の関心が今年2月以降にウクライナ危機に移った隙を突き、タリバン支配は世界におけるテロや麻薬のまん延のリスクを増大させているといっても過言ではありません。テロリスク以外の状況についていえば、テロを繰り返してきたタリバンが復権したことを受け、多くの国の大使館や国際機関が撤退したままとなっています。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻後、アフガニスタンに対する国際社会の関心はますます低下、国家予算の約半分を支えてきた国際援助は減り、米国によるアフガン中央銀行の在外資産凍結も続いており、企業の倒産が相次いで、街には失業者があふれている状況です(米国はアフガン中央銀行の在米資産のうちほぼ半分に当たる35億ドル(約4,600億円)をアフガンでの人道支援に活用する方針ですが、暫定政権との協議は合意に至っていません)。そして、干ばつや世界的な食糧難もその苦境に追い打ちをかけている状況にあります。国連によれば、国民の6割にあたる約2,500万人が人道支援を必要としており、旧政権時より約600万人増えたほか、国連は、今年5月、年末までに5歳未満の子供約110万人が急性栄養不良に陥ると推定、自分の臓器や幼子を売って借金を返済する人や、路上で野菜や果物を売る子供の姿も目立つといいます(これに対し、政権側は「アフガンは数十年にわたって経済問題を抱えてきた。ガニ前政権時代には9割の市民が貧困ライン以下で暮らしていたとの報道もあり、我々の政権に特有の問題ではない」と主張しています)。また、タリバンは暫定政権の主要閣僚のポストを独占しており、そこには国連が制裁対象とする幹部も名を連ねています(人道目的とはいえ国際社会がアフガンに十分な支援を行えない理由の一つです)。国際社会に約束した女子中高生の通学は依然として認めておらず、女性の就労や移動も制限している状況が続いています。さらに、タリバンは報道への締め付けも強めていて、国内に623あった報道機関のうち半数を超える318が、この1年で閉鎖に追い込まれたといいます。首都カブールなどでは政府庁舎前に装甲車が止まり、武装したタリバン戦闘員が巡回しています。前述のとおり、戦闘や爆発の件数は減りましたが、ISによる攻撃は散発的に発生しており、高止まったたままです(国連アフガン支援団(UNAMA)の7月20日の報告書によれば、2021年8月以降の10カ月間でIS系勢力の攻撃により民間人700人が殺害され、1,406人が負傷したといいます)。IS以外にもタリバンの支配に反対する勢力はおり、治安情勢は不透明なままとなっています。日本を含めた各国は、タリバンが発足させた暫定政権と協議を続けているものの、少数民族の権利尊重や女子教育の再開に応じていない暫定政権を、正当な政権として承認した国はまだありません。米国は2021年8月に駐留米軍を撤退させたものの、遠隔で過激派の監視を継続、米政府は、カブールの住宅街に潜伏していたアルカイダ指導者のザワヒリ容疑者を7月31日にドローン攻撃で殺害したと発表しました。一方、タリバンの外交官を受け入れるなど、接近しているのが中国で、背景には、タリバンを安定統治に導き、自国へのイスラム過激派の流入を防ぐ狙いがあるとされます。また、巨大経済圏構想「一帯一路」の要として、レアアース(希土類)などの天然資源を利用する思惑もあるとされます。中国の王毅国務委員兼外相は7月、ウズベキスタンで、タリバン暫定政権のムタキ外相と会談し、アフガンからの輸入品の98%に関税を課さないと伝えています。さらに、中国の企業関係者らも度々アフガン入りし、貿易・投資の強化を図っているといいます。タリバンが今後、中国との関係をより深めることで、抑圧的な姿勢を一層強めていく可能性も否定できない状況です。

なお、前述したとおり、バイデン米大統領は8月1日、アフガニスタンに潜伏していた国際テロ組織「アルカイダ」の最高指導者ザワヒリ容疑者を無人航空機(ドローン)による攻撃で殺害したと発表しています。2021年8月のアフガンからの米軍撤収時に、イスラム主義組織タリバンの実権掌握を許して批判にさらされたバイデン政権にとって、対テロ戦争で久々の大きな成果となりました。一方、ザワヒリ容疑者の潜伏先が首都カブールだったことで、タリバンとアルカイダが引き続き連携している疑いが浮上し、タリバンに対する国際社会の見方は厳しさを増しています(隠れ家はタリバン内の強硬派であるハッカニ内相の側近が所有していた都の情報や、直近では、タリバン暫定政権のアフンド首相が、ザワヒリ容疑者を国葬で弔うよう閣議で提案したと報じられています。暫定政権は、容疑者潜伏は「把握していない」と声明を出して否定していますが、今回の取材で実際には確認していたことが判明したほか、政権内部でもアルカイダとの距離感を巡って対立があることもうかがえることとなりました)。トランプ前米政権とタリバンが2020年2月に結んだ合意では、タリバン側は米軍の完全撤収と引き換えにアルカイダなどのテロ組織の活動を認めないことを約束していたため、ブリンケン米国務長官は、タリバンの合意違反を批判し「国際社会からの承認を求めるという自らの願望を裏切った」と指摘しています。なお、ザワヒリ容疑者殺害によって、各地の関連組織の活発化につながると警戒する見方も出ているところです。米国務省は、アルカイダや関連組織の支持者が米国の施設や市民を攻撃する可能性があると警告、全世界に関する最新の渡航警戒情報で明らかにしたほか、反米暴力が高まる可能性があるとの見方も示しています。一方、アルカイダについては、国連監視団の今年7月の報告書によると、アルカイダの残存勢力はアフガニスタン南部と東部を中心に活動し、勢力は数百人とみられており、米同時多発テロの時のような勢いはないものの、「アルカイダ指導部は、タリバンに助言する役割を担っており、両グループは緊密な関係を保っている」と指摘、今後もタリバン側と一定のつながりを持ちつつ、再興を目指すものとみられます。アルカイダの関連組織やそこから派生したISは、2011年の中東民主化要求運動「アラブの春」後の混乱に乗じた形で2014年ごろに中東で勢力を拡大、米軍のフセイン政権打倒(2003年)以降に不安定化したイラクと、内戦が起きたシリアが主な舞台となりました。しかし、米軍などの掃討作戦によって2019年にISの支配地域は無くなり、最高指導者のバグダディ容疑者は自爆死しています。今年2月にも後継のハシミ最高指導者が米軍特殊部隊に追い詰められ自爆死していますが、組織の消滅にはつながっていません。また、シリアではアサド政権が支配地域を回復させたが、今もISの残党やアルカイダから分離独立した組織などが存在している状況です。また、イラクでは既にISが活発化の兆しを見せており、2021年は首都バグダッドで自爆テロが2件発生、今年1月には中部ディヤラ県のイラク軍兵舎が襲撃されています。国家と全面的な戦闘を繰り広げた最盛期とは全く異なる姿ですが、ISやアルカイダは各地域に分散化し、それぞれが土着的なテロ組織として強固になっている状況にあります。イスラム過激派はエジプトなどの北アフリカだけでなく、サブサハラ地域(サハラ砂漠以南)での伸長が目立っており、西部のマリ、東部のソマリアなどでISやアルカイダの流れをくんだイスラム過激派が勢いを増し、政情不安の大きな要因となっています。このような状況から、「ザワヒリ容疑者は高齢で潜伏していたので、組織内部でも『不在のリーダー』と呼ばれた。その殺害は象徴的だが組織に打撃は与えない」、「現在、世界では米中対立やロシアのウクライナ侵攻といった国際的混乱があり、アルカイダはこうした隙を突いて、より強力になるのではないか」、「今回の殺害は、報復攻撃や末端組織の再活性化の口実として(アルカイダ系過激派組織などに)利用されるだろう」といったさまざまな専門家が見解を述べています。

その他、テロやテロリスクを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • イスラム教を風刺する小説「悪魔の詩(うた)」で知られる英作家、サルマン・ラシュディ氏が、講演で訪れた米ニューヨーク州西部でナイフを持った男に襲われました。英国籍を持つラシュディ氏はインド出身でNY在住で、イスラム教の預言者ムハンマドの生涯を題材とした「悪魔の詩」(1988年)はイスラム圏から「イスラム教を冒涜している」と反発を浴び、イラン初代最高指導者のホメイニ師はラシュディ氏に「死刑」を宣告、イランでは同氏殺害に330万ドルの「懸賞金」がかけられました。日本では1991年、「悪魔の詩」の翻訳者で、筑波大助教授の五十嵐一さん(当時44歳)が同大学構内で何者かに殺害されましたが、2006年、事件は容疑者を特定できないまま時効が成立しています。
  • イスラム主義勢力タリバンが統治するアフガニスタンの首都カブールで爆発があり、少なくとも8人が死亡、18人が負傷しています。ISが犯行声明を発表しています。タリバンは2021年8月15日に首都を制圧後、戦闘員を国内各地に配置、「治安は改善した」と強調していますが、一方で、国連アフガニスタン支援団は、2021年8月15日から2022年6月15日にかけて、民間人の死者が700人、負傷者が1,406人に上ったと指摘、多くはISの攻撃によるものだとしています。
  • 国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)は、イスラム主義組織タリバン暫定政権がアフガニスタンを実効支配後の10カ月で裁判を経ない処刑、拷問、恣意的な逮捕といった数百の非人道的刑罰に関与していたと発表しています。UNAMAの報告書によると、追放された政府関係者、人権擁護団体、ジャーナリストを含む多くの団体を標的にしていたほか、女性の権利も損なわれていると指摘しています。タリバン政権の報道官は、報告書の調査結果を根拠がないとして否定していますが、UNAMAの声明は、タリバン政権による人権保護が目的とみられる措置や、「武器を用いた暴力の著しい減少」を認める一方で、当局が非人道的刑罰に関与していると指摘、報告書は、最も大きな被害を受けたのは旧政権とその治安部隊の関係者だとしています。裁判なしの処刑が160件、恣意的な逮捕が178件、旧政府職員への拷問や虐待が56件あったと挙げています。
  • 米中央軍は、シリア北西部でISの最高幹部1人をドローンによる攻撃で殺害したと発表しています。バイデン米大統領は声明を出し、「米国と世界を脅かす全てのテロリストへの強力なメッセージだ。米国はテロリストを裁くために容赦しない」と強調しています。バイデン政権はアフガニスタン戦争の終結を機に、対テロ対策として他国に大規模部隊を展開することから脱却、遠隔地からテロ組織を監視し、ドローンなどで攻撃する「オーバー・ザ・ホライズン」と呼ばれる手段を重視しています。
  • 130人が死亡した2015年のパリ同時多発テロで、実行犯のうち唯一の生存者とされ、今年6月の公判で刑の執行停止などを原則として認めない完全な終身刑を言い渡されたモロッコ系フランス人のアブデスラム被告は上訴せず、判決が確定しています。死刑を廃止したフランスで最も重い刑に当たり、テロ殺人罪などで起訴した検察側の求刑通りの判決でした。被告の弁護士は、声明を発表し「被告は判決を支持しないが、諦めて受け入れる」と表明、テロの準備に関わったなどとされ、共に起訴された他の被告19人や検察側も上訴せず、終身刑や禁錮刑が確定しています。
  • 英警察当局は、ISで「ビートルズ」と呼ばれたグループの一員だったエイネ・デービス容疑者をロンドンの空港で逮捕しています。デービス容疑者は2012年から2015年にかけてISに参加し、シリアで外国人の拉致などに関与した疑いが持たれています。同容疑者ら英国発音の英語を話す4人組は「ビートルズ」と呼ばれ、米国や欧州、日本のジャーナリストら少なくとも27人を拉致したとされます。
  • アフガニスタンで、同国の宗教少数派を狙ったテロが相次いでいるといいます。報道によれば、6月には首都カブールでシーク教徒の礼拝施設が武装集団の襲撃を受け、ISが犯行声明を出しています。攻撃を実行したのはアフガンのIS系勢力であるISホラサン州で、2021年8月にタリバンがカブールを掌握してからシーク教徒がテロリストの攻撃を受けたのは初めてでした。また、カブールでは4月以降、主にイスラム教シーア派、同教の神秘主義スーフィー派へのテロが相次ぎ、計数百人の市民が殺害されています。ISはアフガンで多数派のイスラム教スンニ派を主体とする組織ですが、タリバンは宗教少数派の安全を保証すると表明していますが、少数派は、タリバンの治安維持能力への疑念を強めているといいます。タリバンはISと対立、アフガンでテロが相次げば、タリバンによる同国の統治が揺らぎ、ISには都合のよい環境になることになります。ISは傘下の通信社のウェブサイトで公表した6月の犯行声明で、インド政府高官の一人がイスラム教の預言者ムハンマドを侮辱した疑いがあるため「シーク教とヒンズー教の寺院」が攻撃を受けたと指摘、アフガンに残るヒンズー教徒やシーク教徒の多くは襲撃を恐れ、礼拝施設を避けて海外への移住を希望しているとのことです。6月のテロ後、インド内務省は2021年9月の申請に基づき、アフガンのヒンズー教徒とシーク教徒の計100人以上に緊急ビザを発給しています。
  • 7月31日付の英紙サンデー・タイムズは、チャールズ英皇太子が2013年10月、米中枢同時テロを首謀した国際テロ組織アルカイダの指導者だった故ウサマ・ビンラディン容疑者の親族と面会し、側近らの反対にもかかわらず、100万ポンド(約1億6,000万円)の寄付金を受け取ったと報じました。皇太子はロンドンの公邸クラレンスハウスで、ビンラディン容疑者の異母兄弟で、サウジアラビアの富豪のバクル・ビンラディン氏と面会、側近らは容疑者の親族らから金を受け取ることに強く反対したといいますが、皇太子が同意し、皇太子の慈善基金「PWCF」が受け取り先となったといいます。
  • 米ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、国務省がウクライナ侵略を続けるロシアを「テロ支援国家」に指定するかどうかについて検討していると明らかにしています。同氏は会見中、バイデン大統領がロシアをテロ支援国家に指定する気があるかを問われ、国務省で対応を慎重に検討していることを説明、具体的な検討内容は明かしませんでした。ウクライナのゼレンスキー大統領は4月のバイデン氏との電話会談でロシアをテロ支援国家に指定するよう要請、米上院は7月、指定をブリンケン国務長官に対して求めることを全会一致で決議していたものです。米政府は北朝鮮とイラン、シリア、キューバをテロ支援国家に指定、金融制裁や経済援助の禁止措置などを実施できることになります。
  • トランプ前米大統領が、サウジアラビア政府系ファンドが支援する超高額賞金ゴルフツアー「LIV招待」を全面的に後押しし、2001年の米中枢同時テロで亡くなった被害者の遺族らから非難を浴びているといいます。在任中にサウジと密接な関係を構築したトランプ氏は、退任後のビジネスでも「サウジマネー」を放すまいと躍起になっているといいます。トランプ氏は7月に開催されたLIV第3戦を米東部ニュージャージー州にある自身のゴルフクラブに招致するなどLIVとのビジネスを強化、PGAを批判し、「カネを稼ぎたければLIVに移れ」と選手たちをあおっていますが、現在のところ米国でLIVは必ずしも歓迎されていないのが実情だといいます。背景には、同時テロを起こした国際テロ組織アルカイダの当時の指導者ビンラディン容疑者や実行犯の大半がサウジ人だったことからくるサウジへの根強い不信感があります。
  • 後述する令和4年版防衛白書や令和3年版犯罪収益移転危険度調査書にサイバーテロの脅威が登場します。2022年7月20日付日本経済新聞の記事「航空宇宙のデジタル化で高まるサイバー攻撃リスク」では、航空宇宙産業へのサイバー攻撃(サイバーテロ)について言及されています。サイバーテロの影響の大きさを考えるよい材料と考えます。以下、抜粋して引用します。
航空宇宙産業のサイバーセキュリティーリスクに関する議論になると必ずといっていいほど思い浮かぶ破滅的なシナリオがある。飛行中の航空機をハッカーが攻撃し、墜落させたらどうなるのか、というものだ。今はまだ非常に可能性の低いシナリオだが、それでも安全意識の高い民間航空会社や防衛産業にとっては注目の論点であり続けている。しかし、サイバーセキュリティの強化とは、個別の航空機やその経路誘導、地上との通信、機内用の無線通信、機内エンターテインメントの各システムが侵入者による攻撃を受けないよう安全を確保することのみにとどまらない。米非営利団体エアロスペース・ビレッジのスティーブ・ルチンスキー理事長によれば、企業は管制塔、地上の航行補助装置や空港そのものに加え、メーカーやそのサプライチェーンも守らなければならない。「攻撃の対象領域は広大であり、(航空宇宙業界の)エコシステム(生態系)も広大だ」例えば航空宇宙技術は、民生用と軍用の両方で新たに開発される専用システムを狙う国家のスパイから主な標的にされる。だが、より被害が大きいのは、政府系のハッカー集団や犯罪集団によるサボタージュ(破壊工作)やテロ攻撃のリスクだ。…航空宇宙業界は起こりうるサイバー攻撃の規模の大きさや攻撃の対象領域の広さに鑑み、機械学習や人工知能(AI)の利用を増やすことで、異常な挙動を監視したり攻撃を自動的に防御または阻止したりしようとしている。産業側によるこうした技術の利用は、攻撃側も同様のツールを導入するのに伴って一層進むとみられる。

(5)犯罪インフラを巡る動向

新型コロナウイルス対策で政府が実施した雇用調整助成金や休業支援金の不正受給を巡り、会計検査院は、所管する厚生労働省に調査手法の改善を求める異例の是正要求を出しています。検査院の調べで約3億円の不正受給などが新たに判明、総支給額が5兆円を超える事業の事後調査の甘さが露呈する形となりました。検査院が厚労省から2020~21年度の申請データの提供を受けて調査したところ、新たに計約3億1,700万円分の不正や不適正な受給が見つかったといい、原因は同省が給付金支給後に実施した「事後確認」と呼ばれる調査の甘さにあるといいます。同省が事後確認で見落としていたのは、事実と異なる書類を作成して手続きする虚偽申請のほか、雇用調整助成金と従業員向けの休業支援金の重複支給などで、不自然に多額の助成金を受給した事業者への実地調査が不十分だったり、休業支援金を支払った従業員の勤務先への支給状況の確認を怠ったりしたことが原因でした。英国では、企業向けの資金援助事業の申請を管理するシステム上で不審事例を排除する仕組みを設け、現在のレートで300億円超の不正受給を防いだといいます。支給後には1,000人規模の事後審査専門チームを発足させ、2020~21年に800億円超を回収しています。また、ドイツではコロナ関連の不正受給のパターンを識別するソフトウエアを運用して探知するなど、ICT(情報通信技術)を活用した対策を取っているといいます。本コラムでたびたび指摘しているとおり、業務に起因する脆弱性が「犯罪インフラ」とならないよう、業務のデジタル化などで迅速な給付と不正防止を両立させる仕組みづくりが不可欠だといえます

▼会計検査院 雇用調整助成金等及び休業支援金等の支給に関する事後確認の実施について」
▼報告のポイント
  • 雇用調整助成金等及び休業支援金等の事後確認(処置要求) 3億1719万円(指摘金額)
    1. 厚生労働省による事後確認の概要等
      • 厚生労働省は、雇用調整助成金等及び休業支援金等の支給の迅速化のために支給決定の際に行う審査(事前審査)の迅速化等を行う一方で、適切な支給を確保するために、支給後に不正受給の有無等の確認(事後確認)に取り組む
      • 厚生労働本省は、不正受給への対応を強化するために、各労働局に対し、令和3年10月、雇用調整助成金等の支給を受けた事業主の事業所を訪問して行う実地調査に取り組むことなどとする通知を発出
    2. 検査の結果
      • 労働局が実地調査を実施できる対象には限りがあるなどの事情を踏まえつつ、事後確認が適切に実施されているかなどに着眼して、2、3両年度に支給決定された雇用調整助成金等及び休業支援金等を対象として検査
      • データが十分に活用されておらず、雇用調整助成金等と休業支援金等を重複して支給している事態(重複支給)の有無に関する事後確認が適切に行われていない 等(指摘金額1億6133万円)
      • データが十分に活用されておらず、休業支援金等について二重に支給している事態(二重支給)の有無に関する事後確認が行われていない 等(同2271万円)
      • 実地調査の対象とする事業主の範囲がリスクの所在等を踏まえて設定されておらず、対象範囲外の事業主に雇用調整助成金等の不正受給が見受けられている(同1億3315万円)
    3. 要求する処置
      • 保有するデータを活用するなどして重複支給の有無を事後確認することなどとして、それらの具体的な方法を策定すること 等
      • 保有するデータを活用するなどして二重支給の有無を事後確認することとして、その具体的な方法を策定すること 等
      • リスクの所在等に十分に留意して実地調査の対象とする事業主の範囲を設定することとする見直しを行い、リスクの程度を適切に評価することにより付した優先度に基づき実地調査の対象とする事業主を選定することとして、その具体的な方法を策定すること
  • 検査の結果(1)
    • データが十分に活用されておらず、重複支給の有無に関する事後確認が適切に行われていないなどの事態
    • 厚生労働省が保有するデータの分析により重複支給の可能性があるものを抽出可能
    • 本院が実際にデータを分析。その結果、1億0017万円の重複支給(指摘金額1億 6133万円)
    • また、重複支給と関連して別に、雇用調整助成金の不正受給5227万円、休業支援金の不正受給838万円(指摘金額1億6133万円)
    • 要求する処置:保有するデータを活用するなどして重複支給の有無を事後確認することなどとして、それらの具体的な方法を策定すること 等
  • 検査の結果(2)
    • データが十分に活用されておらず、休業支援金等について二重支給の有無に関する事後確認が行われていないなどの事態
    • 厚生労働省が保有するデータの分析により二重支給の可能性があるものを抽出可能
    • 本院が実際にデータを分析。その結果、2271万円の二重支給(指摘金額2271万円)
    • 要求する処置:保有するデータを活用するなどして二重支給の有無を事後確認することとして、その具体的な方法を策定すること 等
  • 検査の結果(3)
    • 実地調査の対象とする事業主の範囲がリスクの所在等を踏まえて設定されておらず、対象範囲外の事業主に雇用調整助成金等の不正受給が見受けられている事態
    • カテゴリーⅢ(実地調査の対象範囲外の事業主のうち不正受給のリスクが相対的に高い事業主)から66事業主を抽出して検査 ⇒ 6事業主が計1億3315万円を不正受給(雇用している労働者はいないのに雇用したとするなど)
    • 9労働局による実地調査により不正受給が判明した割合 5.7%
    • 本院の検査により不正受給が判明した割合 9.0%
    • カテゴリーⅢにも不正受給が見受けられていて、カテゴリーⅢについても実地調査の対象に含めるようにしないと、不正な支給申請を行うリスクが想定される事業主が取り込まれないことになる
    • 要求する処置:リスクの所在等に十分に留意して実地調査の対象とする事業主の範囲を設定することとする見直しを行い、リスクの程度を適切に評価することにより付した優先度に基づき実地調査の対象とする事業主を選定することとして、その具体的な方法を策定すること

新型コロナウイルスの影響で業績が悪化した福祉施設などを支援する公的融資制度を巡り、業務委託料の名目で現金をだまし取ったとして、福岡県警は、大阪府寝屋川市議、吉羽容疑者ら男女5人を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、福岡県警は大阪府や福岡県内の福祉施設、医療法人などが受けた十数件の融資30億円以上のうち、十数億円が吉羽容疑者らの手に渡っていたとみて調べるとしています。5人は2020年7~12月、堺市の福祉施設に対し、独立行政法人「福祉医療機構(WAM)の「新型コロナウイルス対応支援資金」制度について、「特別な条件で融資が可能で、返済しなくても民事上の責任は負わない」などと偽り、同年12月中旬、この施設に1億2,000万円の融資を受けさせ、うち5,940万円を業務委託料などの名目でだまし取った疑いがもたれています。吉羽容疑者は融資を持ちかける際に市議の名刺を見せていたといいます。また、うち1人が融資元の関連機関で審議官を務めているなどと偽っていたことも判明しています。なお、この事件では、集めた詐取金の一部とみられる約1億5,000万円が2021年2月に福岡市の貸金庫からなくなり、グループ間で金銭トラブルになり、1人が福岡県警に窃盗被害を相談する事態となったことで事件発覚につながったといいます。さらに、現場の防犯カメラには、吉羽容疑者が現金を運び出す様子が映っていたといいます。さらに、この吉羽容疑者については、共犯として逮捕された男と仲たがいした後、自ら主導して現金の詐取を繰り返していた疑いももたれています。市議という立場を最大限に悪用して、多額の公金を、一般市民を利用して、執拗にだまし取るという、稀に見る悪質さに怒りを禁じ得ません。

財務省は全国の税関で不正輸出の取り締まりを強化するとし、軍事転用の恐れがある精密機器など工業製品を輸出する際の検査で人工知能(AI)を活用するといいます。ロシアのウクライナ侵攻では、日本企業の製品が軍事転用されていることが指摘されています。最新技術を活用し、安全保障面で重要な製品や技術の海外流出を防ぐ狙いがあります。財務省関税局はこのほど全国の税関長に対し、輸出貨物の事後調査を充実するよう通知、輸出する企業と協力し、不正輸出に関する情報収集と分析を強化することを求めています。税関では膨大な貨物を一つ一つ綿密に調べると輸出が滞るため、通関時に得た情報や画像をもとにした追跡的な事後調査が重要で、2020年以降、通常の輸入貨物に紛れた覚せい剤や麻薬、拳銃といった不正な輸入品を見つけ出すため、AIを使ったシステムを全国の税関で導入、税関が持つ過去の通関情報やX線画像など膨大なデータをAIに学習させ、新たに届いた貨物の中から調査が必要な輸入品を洗い出してきたといいます。今後は輸出品でもビッグデータとAIを活用し、検査能力を高める。輸入品での蓄積を生かしつつ、輸出品に適した新たな手法を探るとしています。税関職員の持つリスクセンスの高さは本コラムでもたびたび称賛していますが、AIやビッグデータの活用によって、その精度がますます高まることを大いに期待したいと思います

▼財務省関税局 経済安全保障に係る税関における対応について
昨今、安全保障の裾野が経済・技術分野に急速に拡大するとともに、コロナ禍によりサプライチェーン上の脆弱性が国民の生命や生活を脅かすリスクが明らかになる中、経済安全保障上の脅威への対処が政府全体として重要な政策課題となっており、本年5月には、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(令和4年法律第43号)(経済安全保障推進法)が国会で成立・公布され、経済財政運営と改革の基本方針2022(令和4年6月7日閣議決定)において、

  • 国家安全保障局を司令塔とした、関係府省庁を含めた経済安全保障の推進体制の強化を図る、及び
  • インテリジェンス能力を強化するため、情報の収集・分析等に必要な体制を整備する

旨が定められている。

政府全体の方針を踏まえ、外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号)において輸出が規制されている軍事転用のおそれのある製品や技術等の流出につながる不正輸出(以下「不正輸出」という。)を防止することを念頭に、今後当面の間の経済安全保障に係る税関の取組みを下記のとおり定めたので、令和4年7月1日以降、これにより実施されたい。

  1. 関係機関及び民間事業者との連携を強化し、不正輸出に関する情報の収集を促進して集約するとともに、情報分析を強化する。
  2. 適正な輸出通関の徹底を図るとともに、輸出された貨物に関する事後調査の充実を図る。

なお、経済安全保障に関連して、「ディアルユース」(軍民両用)についての議論を深める必要があります。その点について、小林科学技術担当相は、日本学術会議が軍事用技術と民生用技術の研究成果を分けるのが困難だとの見解を示したことに対し、日本の先端科学技術力の向上につながるとして「前向きに評価する」と述べています。小林氏は軍民両面で利用可能な「デュアルユース」技術に関し、人工知能(AI)や量子技術などを念頭に、産官学の連携による研究開発が重要と強調、「(見解が)研究の現場で広く知られるよう努めてほしい」と学術会議側に求めています。学術会議は昭和25年と42年に「軍事研究は行わない」との声明を発表、その後も一貫して軍事応用可能な研究に慎重な姿勢を示していましたが、今年7月27日に公表した新たな見解では「従来のようにデュアルユースとそうでないものとに単純に二分することはもはや困難だ」と指摘しています。

政府は企業が事業活動にあたって人権を侵害するのを防ぐため、順守すべき項目を示す指針の案を公表しています。本コラムでもたびたび指摘しているとおり、今や、人権侵害を自ら行わないことはもちろん、自らの関係する範囲において人権侵害を放置する不作為は、犯罪を助長する(犯罪インフラ)とみなされかねない状況にあり、企業として厳格に取り組むことが求められているといえます。今回公表された指針案では、人権DDを「日本で事業活動を行うすべての企業」が最大限実施に努めるべきだとしています。また、原材料や製品の取引先、投融資した企業や他社との共同出資会社にも目配りする必要があるとし、調達網や販売網(サプライチェーン)の全体で人権侵害を防ぐ取り組みを求めています。また、守るべき人権は多岐にわたり、強制労働や児童労働だけでなく、人種・障害・宗教・ジェンダーに基づく差別なども認められないほか、外国人や女性、子ども、障害者、先住民族、民族的・宗教的・言語的少数者なども弱い立場に置かれやすいとして、人権侵害があればあらためるべきとしています。さらに、企業には人権侵害をなくす方針をまとめ、公表することを求めています。そのうえで4段階に分けた対応を促しています。(1)まずは人権侵害を特定し、深刻度合いを評価する。(2)そのうえで防止と軽減の措置をとり、実効性を評価。(3)結果について情報開示する。(4)人権侵害を予防・低減できなかった場合は、企業に救済措置を求め、謝罪や金銭的・非金銭的補償、再発防止策の表明などを例示しています。原材料の調達先や製品の販売先などで人権侵害があると分かった場合にも対応を求めるほか、人権侵害をなくすよう努め、「最後の手段」として取引停止を位置づけています。なお、(本コラムでも紹介しましたが)米国では6月に、新疆ウイグル自治区からの物品輸入を原則禁止する法律が施行されるなど、海外では規制が進でいます。人権侵害に加担したとみられれば、国際的な供給網から締め出される可能性もあります(正に、人権侵害における犯罪インフラとみなされかねないリスクといえます)。2021年1月には、ファーストリテイリングが展開する衣料品店「ユニクロ」のシャツの米国への輸入が差し止められる事案が発生しており、日本企業からも指針整備を求める声が上がっていたものです。なお、(これも本コラムで取り上げましたが)指針案では日本特有の問題として技能実習生への人権配慮を例示しています(技能実習生制度自体の持つ犯罪インフラ性の解消を目指す狙いがあります)。技能実習生のパスポートを保管したり、貯蓄金管理に関する契約を締結したりするケースについて見直しを促しているほか、技能実習生の受け入れ企業には、悪質な仲介業者が介在していないかを監理団体などと連携しながら確認することも求めています。露のウクライナ侵攻や新疆ウイグル自治区の問題で明らかとなったとおり、ESGや社会的責任の観点で撤退・事業縮小が望ましいとしても、企業にとってどこで線引きすべきかはなお見えづらく、判断は簡単ではありません。簡単に線引きができる問題ではないことを前提にしつつも、今回の指針や今後つくる実務担当者向けの手引書とともに、適切な判断をしやすい環境を整えていくことも重要になります(筆者としては、こうした取り組みの枠組みが、反社リスク対策やAML/CFTと相当共通していると感じています。今後のKYC/KYCCにおいて、必要不可欠な視点となり、かつ、実務においては、それらを包含した形で効果的かつ効率的に実施されることになると確信しています)。

▼経済産業省 責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)に対する意見募集について
▼責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)
  • 人権尊重の意義
    • 人権尊重への取組は、企業が直面する経営リスクを抑制することに繋がる
    • 企業がその人権尊重責任を果たすことの結果として、企業は、企業経営の視点からプラスの影響を享受することが可能となる。
  • 「人権」とは
    • 国際的に認められた人権をいう。国際的に認められた人権には、少なくとも、国際人権憲章で表明されたもの、及び、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に挙げられた基本的権利に関する原則が含まれる。
    • 具体的には、企業は、例えば、強制労働や児童労働に服さない自由、結社の自由、団体交渉権、雇用及び職業における差別を受けない自由、居住移転の自由、人種、障害の有無、宗教、社会的出身、ジェンダーによる差別を受けない自由等への影響について検討する必要がある
    • 国際的に認められた人権であるかどうかにかかわらず、各国の法令で認められた権利や自由を侵害してはならず、法令を遵守しなければならないことは当然であることに留意が必要
  • 取組の概要
    • 企業は、その人権尊重責任を果たすため、人権方針の策定、人権デューデリジェンス(以下「人権DD」という。)の実施、自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済が求められている
      1. 人権方針(各論3)
        • 人権尊重責任に関する約束の表明(国連指導原則16・各論3)
      2. 人権DD(各論4)(国連指導原則17)
        • 負の影響の特定・評価(国連指導原則18・各論4.1)
        • 負の影響の防止・軽減(国連指導原則19・各論4.2)
        • 取組の実効性の評価(国連指導原則20・各論4.3)
        • 説明・情報開示(国連指導原則21・各論4.4)
      3. 救済(各論5)
        • 負の影響から生じた被害への対応(国連指導原則22・各論5)
  • 「負の影響」の範囲
    • 本ガイドラインにおいて、「負の影響」には、下表の3類型がある。すなわち、企業は、自ら引き起こしたり(cause)、又は、直接・間接に助長したり(contribute)した負の影響に加えて、自社の事業・製品・サービスと直接関連する(directlylinked)人権への負の影響についても、人権DDの対象とする必要がある。
    • また、実際に生じている負の影響だけでなく、潜在的な負の影響も人権DDの対象となる。人権への負の影響が実際に生じると、その被害の回復は容易ではなく、不可能な場合もあることから、事前に負の影響を予防すること、そして、実際に負の影響が生じてしまった場合にはその再発を予防することが重要である。
  • 「ステークホルダー」
    • 「ステークホルダー」とは、企業の活動により影響を受ける又はその可能性のある利害関係者(個人又は集団)を指す。
    • ステークホルダーの例としては、例えば、取引先、自社・グループ会社及び取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体等のNGO、業界団体、人権擁護者22、周辺住民、投資家・株主、国や地方自治体等が考えられる。
    • 企業は、その具体的な事業活動に関連して、影響を受け又は受け得る利害関係者(ステークホルダー)を特定する必要がある。
  • 救済(各論5参照)
    • 救済とは、人権への負の影響から生じた被害を軽減・回復すること及びそのためのプロセスを指す。後記のとおり、企業による救済が求められるのは、自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合であるが、企業の事業・製品・サービスが人権への負の影響と直接関連するのみであっても、企業は、負の影響を引き起こし又は助長している他企業に対して、影響力を行使するように努めることが求められる。
  • 人権尊重の取組にあたっての考え方
    1. 経営陣によるコミットメントが極めて重要である
      • 人権尊重の取組は、採用、調達、製造、販売等を含む企業活動全般において実施されるべきであるから、人権尊重責任を十分に果たすためには、全社的な関与が必要になる。したがって、企業トップを含む経営陣が、人権尊重の取組を実施していくことについて約束するとともに、積極的・主体的に継続して取り組むことが極めて重要である。
    2. 潜在的な負の影響はいかなる企業にも存在する
      • いかなる企業においても、人権への潜在的な負の影響は常に存在し、人権尊重への取組を行っても全てを解消することは困難である。このため、各企業は、潜在的な負の影響の存在を前提に、いかにそれらを特定し、防止・軽減するか検討すること、また、その取組を説明していくことが重要である。
      • 負の影響を正確に特定するには、後記のステークホルダーとの対話や後記の苦情処理メカニズムが有用である。
    3. 人権尊重の取組にはステークホルダーとの対話が重要である
      • ステークホルダーとの対話は、企業が、そのプロセスを通じて、負の影響の実態やその原因を理解し、負の影響への対処方法の改善を容易にするとともに、ステークホルダーとの信頼関係の構築を促進するものであり、人権DDを含む人権尊重の取組全体にわたって実施することが重要である。
      • 本ガイドラインにおいては、それぞれの項目でステークホルダーとの対話について具体的な取組方法やその例について言及している。なお、ステークホルダーは、前記のとおり、取引先や労働組合・労働者代表等の様々な主体を含む。
    4. 優先順位を踏まえ順次対応していく姿勢が重要である
      • 企業には、国連指導原則をはじめとする国際的なスタンダードを踏まえ、(1)自社・グループ会社及びサプライヤー等に対して、(2)国際的に認められた人権について、(3)企業が引き起こし又は助長する負の影響だけでなく、自社の事業・製品・サービスと直接関連する負の影響も含めて、人権尊重の取組を実施していくことがその最終目標として求められている。
      • しかし、多くの企業にとって、人的・経済的リソースの制約等を踏まえると、全ての取組を直ちに行うことは困難である。
      • そこで、企業は、人権尊重の取組の最終目標を認識しながら、まず、より深刻度の高い人権への負の影響から優先して取り組むべきである。深刻度の高い負の影響が複数存在する場合には、まず、自社及び直接契約関係にある取引において、自社が引き起こし又は助長している負の影響に優先的に対応することも考えられるが、その場合には、間接的な取引先や自社の事業等と直接関連するにすぎない負の影響へと対応を広げていく必要がある。
      • 人権尊重の取組に唯一の正解はなく、各企業は、自らの状況等を踏まえて適切な取組を検討する必要がある。このことは、優先順位付けに限らず、人権尊重の取組全般において重要な姿勢である。
    5. 各企業は協力して人権尊重に取り組むことが重要である
      • 前記のとおり、全ての企業には、その規模や業種等にかかわらず、人権尊重責任があるが、それぞれの企業が人権尊重に取り組む際に、自社のサプライヤー等に対して一定の取組を要求することも想定される
      • その際、企業は、直接契約関係にある企業に対して、その先のビジネス上の関係先における人権尊重の取組全てを委ねるのではなく、共に協力して人権尊重に取り組むことが重要である。
      • なお、企業が、製品やサービスを発注するに当たり、その契約上の立場を利用して取引先に対し一方的に過大な負担を負わせる形で人権尊重の取組を要求した場合、下請法や独占禁止法に抵触する可能性がある。人権尊重の取組を取引先に要請する企業は、個別具体的な事情を踏まえながらも、取引先と十分な情報・意見交換を行い、その理解や納得を得られるように努める必要がある。
  • 取組みの具体例(抜粋)
    • 自社工場の労働者に対して、人権への負の影響(例:危険な作業環境下での労働)が生じていないか定期的にアンケート・ヒアリング等を行う。その際、労働者が自らの回答を使用者に見せることなく提出することができるよう配慮する。
    • サプライヤーに対してCSR調達方針の説明会を実施するとともに、年1回の自己評価アンケートへの回答を依頼し、その結果を踏まえてサプライチェーンにおける人権や環境といった項目のリスクについて調査を実施する。その際、自己評価アンケートをサプライヤーに適切に理解してもらい、また、サプライヤーからの(形式的なものでなく)実質的な回答の提出を受けるべく、自己評価アンケートの実施にあたりサプライヤーとの対話の機会を持つ。
    • 現地住民の土地収用を伴う事業について融資を実施する場合には、現地住民との対話を含め、その事業が現地住民に与える可能性のある負の影響を特定・評価する。
    • 紛争等の影響を受ける地域において現地企業と合弁事業を実施していたが、強化された人権DDを実施した結果、その現地企業が、広範に市民に対して武力を行使して人権侵害を行っている反政府組織と密接な関係にあり、合弁事業の収益がその反政府組織による人権侵害行為の大きな資金源になっていることが判明したため、撤退によるステークホルダーへの影響を十分に考慮・検討した上で、合弁事業を解消する。
    • 紛争等の影響を受ける地域において現地企業と共同で情報サービスを提供していたところ、紛争等の当事者が現地企業に対して、その事業によって得られた情報の提供を強制したことを受け、強化された人権DDを実施し、自社の事業における人権への負の影響について改めて評価を行う。
    • 児童労働が発覚したサプライヤーに対して、雇用記録の確認や、児童がサプライヤーにおいて雇用された原因の分析を行い、その結果を踏まえて、更に徹底した本人確認書類のチェック等の児童の雇用を防ぐための適切な管理体制の構築を要請する。また、貧困故に就労せざるを得なかったその児童に就学環境改善支援を行っているNGOに協力する。
    • サプライヤーに対して、サプライヤー行動規範の内容に基づくアセスメント(自己評価)を依頼し、提出された回答の評価を行う。そのうえで、評価が低かった項目についてサプライヤーとコミュニケーションを取り、一緒に改善していく方法について協議する。
    • 海外サプライヤーの工場における実地調査により、現地国の労働法に違反する過度の長時間労働が常態化していたことが確認されたことから、そのサプライヤーに対して深刻な懸念を表明するとともに、法令違反の状況を直ちに改善するように要請する。また、そのような要請にもかかわらず同様の法令違反を繰り返す場合には、慎重に検討した上でなお適切な場合には、取引を停止する。
    • 海外の融資先企業が強制労働や児童労働の人権への負の影響を引き起こしていることが確認された場合には、その負の影響を引き起こしている行為の停止及び再発防止を求めるとともに、一定期間経過してもなお対応がなされない場合には、融資停止によるステークホルダーへの負の影響の有無・内容について十分に考慮した上で、融資契約期間満了後の新規の貸付けを行わないこととする。
    • 自社において性別を理由とした差別が行われているとの苦情が寄せられたことから、自社の労働組合に依頼して、自社における差別に関する懸念について情報提供を受けるとともに、労使間の対話を通して、差別が今後生じないための予防策を検討・実施する。
    • 企業が、国内外のサプライヤーの従業員も使用できるホットラインを設置していたところ、海外に所在する特定のサプライヤーにおいて、職場での特定の人権侵害に関する相談が多かったことを踏まえ、そのサプライヤーの経営陣への注意喚起、苦情処理委員会の設置を要請する。
  • 技能実習生に関する指摘例(抜粋)
    • 技能実習生を含む外国人に対して、脆弱な立場の労働者における人権課題一般(例:外国人であることのみを理由とした賃金差別)や、新型コロナウイルス影響下での労働環境の変化等について、ヒアリング等の調査を実施し、特定された課題に対応する。また、調査に当たっては、対象者にとってコミュニケーションが容易な言語を用いる。
    • 法律によって明示的に禁止されているにもかかわらず、自社内において、技能実習生の旅券(パスポート)を保管したり、技能実習生との間でその貯蓄金を管理する契約を締結していたりしたことが発覚したため、社内の他部門はもちろん、サプライヤーに対しても、そうした取扱いの有無を確認するとともに、それらが違法であることを周知し、取りやめを求める
    • サプライヤーが、技能実習生に技能実習に係る契約の不履行について違約金を定める契約の締結を強要したり、旅券(パスポート)を取り上げたりしている不適切な状況が確認されたことから、そのサプライヤーに対して事実の確認や改善報告を求めたが、十分な改善が認められなかったため、実習先変更や転籍支援を行う監理団体に対して連携・情報提供するとともに、そのサプライヤーからの今後の調達を行わないこととする。
    • 技能実習生を受け入れている企業は、悪質な仲介業者が介在していないかや不適正な費用を技能実習生が負担していないか等を、監理団体と連携しながら技能実習生本人や現地の送出機関に対して確認する。特に、ベトナム社会主義共和国から技能実習生を受け入れている企業は、日本政府がベトナム政府との間で合意した技能実習生等の送り出しに関するプラットフォームの運用が開始された際には、送出機関が同プラットフォームを活用することを促す。
    • 自社において、技能実習生との合意に基づかない家賃や光熱水費の天引きが行われていたり、夜間労働に係る割増賃金の支払いが適切に行われていなかったりしたことが発覚したことを受け、天引きについて丁寧な説明を実施した上で技能実習生の自由意思に基づく承諾を得るとともに、未払金を即座に支払う。
  • 「企業の規模、業種等にかかわらず、日本で事業活動を行う全ての企業は、…人権尊重の取組に最大限努めるべき」(本ガイドライン1.3)とのことであるが、当社は国際的な事業を行っていないにもかかわらず、「ビジネスと人権」に関する国際スタンダードに則り人権尊重の取組を行う必要があるか。あるとすればそれはなぜか。
    • 本ガイドラインは、日本で事業活動を行う全ての企業を対象としており、国際的な事業を行っていなくても対象である。
    • 各国政府とともに日本政府が支持する国連指導原則等が示すとおり、企業には人権尊重責任があり、企業が尊重すべき人権には、国際的な事業に限られず、自社内や国内事業におけるステークホルダーの人権も含まれる。したがって、例えば自社の直接の取引先が全て国内企業であり、国際的な事業を行っていない企業であっても、国際スタンダードに則った人権尊重の取組に最大限努めるべきである。
    • なお、企業は、海外企業と直接の取引がなくても、間接的には何らかの形で、サプライチェーンを通じて繋がっていると考えられる。そのため、取引先から人権尊重の取組を求められることが増えており、こうした要請に適切に応えていくためにも、国連指導原則をはじめとする国際スタンダードに則った取組の実施に努めるべきである。
  • 人権尊重の取組の対象には、「サプライヤー等」(サプライチェーン上の企業及びその他のビジネス上の関係先)(本ガイドライン1.3)も含まれるとのことであるが、2次取引先以降の、直接の取引関係にはないサプライヤー等における負の影響も、防止・軽減の対象としなければならないのか。どこまでのサプライヤー等を対象としなければならないのか。
    • 企業は、直接の取引関係になくても、(1)自社が引き起こす負の影響、(2)自社が助長する負の影響、及び、(3)自社の事業・製品・サービスと直接関連する負の影響について、防止・軽減すること((3)については防止・軽減に努めること)が求められる。したがって、2次取引先以降における(1)~(3)の負の影響も全て対象になる。
    • もっとも、全ての直接・間接の取引先における負の影響について直ちに取組を行うことは困難であることから、まずは、より深刻度の大きい人権への負の影響から優先して取り組むべきである。優先度の高い負の影響が複数存在する場合には、まず、自社及び直接契約関係にある取引先において、自社が引き起こし又は助長している負の影響に優先的に対応することも考えられるが、その場合には、間接的な取引先や自社の事業等と直接関連するのみの負の影響へと対応を広げていく必要がある。
    • なお、防止・軽減の対象とすべき負の影響は、企業が人権DDにおいて特定した負の影響だけでなく、例えば、苦情処理メカニズムを通じてステークホルダーから提起された懸念を通じて特定された負の影響も当然含まれる
  • 負の影響の特定・評価に必要な「関連情報の収集」(本ガイドライン4.1.2.3)のための「現地取引先の調査」の例として、現地調査も挙げられているが、常に現地調査を実施する必要があるか。
    • 本ガイドライン4.1.2.3のとおり、収集する情報の種類等によって適切な方法は異なり得るが、常に現地調査を実施する必要があるわけではない。もっとも、例えば、工場における労働環境の確認を行うためには、現地に赴かなければ確認しづらいことも多く、現地調査が最も効果的な方法の一つであると考えられる。
    • 他方、現地調査の実施が望ましいと考えられる場合であっても、現実的に実施が困難な場合も考えられ、このような場合には、書面調査や、現地のステークホルダーとのオンラインでの対話等を実施することが考えられる。また、現地調査の実施が現実的に可能な場合であっても、大きな負担を伴うこともあるため、例えば、深刻度が高く優先的に対応すべき負の影響について実施することなども考えられる。また、現地の専門家に、監査の実施や自社による現地訪問時のサポートを依頼することで、現地に赴くことに伴う負担を軽減することも考えられる。ただし、その場合であっても、全てを委ねることは極力避けることが望ましい。
  • 取引停止は最後の手段として検討される(本ガイドライン4.2.1.3)とのことであるが、例えばサプライヤーにおいて深刻な人権への負の影響が確認された場合、(レピュテーション・リスクなど)経営リスクの増大を防止するためにそのサプライヤーとの取引を停止するべきか。
    • 人権尊重の取組は、経営リスクの低減を目的とするものではなく、あくまでも、人権への負の影響を防止・軽減することを目的とするものである。したがって、経営リスクの増大を抑制するために取引停止を行うことは、人権尊重の取組における基本的な考え方に合致しない。
    • 直ちに取引を停止すると、自社と人権への負の影響との関連性はなくなるものの、その負の影響自体はなくならず、注視の目が届きにくくなったり、取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われる可能性があったりするなど、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性もあることに留意する必要がある。

なお、関連して、繊維産業の業界団体「日本繊維産業連盟」は、サプライチェーン上の人権問題に関し、企業側に一段の配慮を促すためのガイドラインを策定しています。強制労働など人権侵害の事例ごとに、経営者が守るべき事項をチェックリストにまとめています。アパレル業界では、新疆ウイグル自治区の「新疆綿」をめぐる強制労働が国際問題に浮上しました。指針では、強制労働や児童労働、ハラスメントなど人権侵害の事例ごとに、課題や守るべき事項を列挙、強制労働の場合、長時間労働や賃金支払いの遅れなどに注意を促したほか、社内ルールや人権に関する方針策定の重要性も指摘しています。一方、こうしたリスクが顕在化したものとして、直近では、韓国・現代自動車の子会社が、米南部アラバマ州の工場で児童を働かせていたと報じられています。米国では新型コロナウイルス禍からの経済活動正常化に伴って人手不足が深刻化しており、経済的に恵まれない不法移民の子どもが児童労働のリスクにさらされやすいと指摘されているところ、報道によれば、児童労働は現代自の完成車工場に部品を供給する金属プレス工場で行われていたといい、人数や就業条件などは分かっていません。あらためて「自分事」として捉えることが重要だといえます。さらに、関連して、米国のバイデン政権は、サハラ砂漠以南のサブサハラアフリカ向けの包括戦略をまとめ、「最近の強権主義の流れを食い止める」と明記、人権侵害に対して制裁措置を辞さない構えを強調しています。一方で食料支援やインフラ整備を重視し、中国やロシアに対抗する方針も示しています。

前述の指針案でも取り上げられている技能実習制度の問題について、古川法相は、外国人が日本で技術を学ぶ技能実習制度について「国際貢献という目的と、人手不足を補う労働力として扱っている実態が乖離しているとの指摘がある。理念と実態が整合した制度づくりを目指す」と述べ、本格的な見直しに取り組む考えを示しています。政府は年内にも有識者会議を設置し、議論をスタートさせるということです。本コラムでもたびたび取り上げていますが、技能実習については、多額の借金をして来日したり原則3年間は職場を移る自由がなかったりするため、不当な扱いを受けても相談や交渉ができない実習生がいます。また、制度の適正実施を監督する「外国人技能実習機構」や、受け入れ実務を担う監理団体の相談・支援体制が機能していない例も指摘されています。そのうえで、見直しを検討するポイントとして、「技能実習制度の趣旨と運用実態の分かりやすい整合」、「外国人労働者の人権の尊重」、「外国人労働者にとっても、日本にとってもプラスになる仕組みの構築」、「今後の日本社会のあり方に沿った制度設計」の4点が挙げられています。「少子高齢化が進む日本では、外国人労働者に依存する傾向はますます強まるとみられる。外国人材を日本の社会にどう取り込んでいくのか。未来を見据えた骨太の議論が求められる」(2022年7月30日付毎日新聞)との指摘は正に正鵠を射るものと考えます。

人権侵害の深刻なものの一つが(正規の法律やルートによる移植手術を除く)臓器売買だといえますが、東京都内のNPO法人が仲介した海外での生体腎移植手術で、売買された臓器が使われた疑いのあると報じられています。ドナー(臓器提供者)は経済的に困難を抱えているウクライナ人で、腎臓の対価は約1万5,000ドル(約200万円)で、手術は途上国で行われ、患者が容体を悪化させるケースも出ているといいます。臓器移植法は、臓器売買やその要求・約束などを禁止しており、国外犯規定もあります。国際移植学会も2008年、臓器売買について「公平、正義、人間の尊厳の尊重といった原則を踏みにじるため禁止されるべきである」との「イスタンブール宣言」を出しています。NPO法人は「難病患者支援の会」で、HPによると、2003年から臓器移植を希望する患者に中国など海外の病院を紹介し、死体からの移植を中心にこれまで百数十人の移植に関与したとされます。腎移植の場合、患者から2,000万円前後の費用を受け取っているとされます。臓器売買が世界各国で禁止されている理由は、仮にドナーが健康上のリスクや報酬に納得していたとしても、そうまでしてお金を作らざるを得ない人の弱い立場につけ込む行為で、極めて非人道的だからです。当該NPO法人が関与した生体腎移植のドナーは、お金を必要としているウクライナ人であり、過去に臓器売買に関与した疑いで摘発されたトルコ人も関わっているといいます。さらには、手術が行われたのは中央アジアの途上国などで、医療体制や手続きには不透明な点が多く、手術後に患者が重篤に陥ったケースもあるなど、患者とドナーの命が危険にさらされている点が深刻な問題だといえます(直近では、実質代表が「口が裂けても生きている人から(臓器を)もらったとは言ってほしくないんですよ。日本に帰ったら」と生体移植を口外しないよう要請、理由については「貧乏な人から(臓器を)買ったんじゃないかとか言われますから」と話していたとも報じられています。また、医療関係者によれば、海外で臓器移植を受けた患者が国内の医療機関を受診する場合、死体移植よりも、生体移植の方が、診察や入院に難色を示されたり断られたりする可能性が高いといいます。医療機関が臓器売買を疑い、犯罪性のあるケースへの関わりを嫌うためです)。

盗難に遭った高級車を保管したとして、茨城県警や大阪府警などの合同捜査本部は、茨城県筑西市の自動車整備会社経営の男ら5人を盗品等保管容疑で逮捕しています。報道によれば、「キャンインベーダー」と呼ばれる新たな手口で盗まれた約200台が茨城県内の倉庫に運び込まれ、輸出目的で解体されていたとみて実態解明を進めるとしています。男らは今年4月、茨城県下妻市の倉庫で、大阪市内で盗まれたトヨタの高級車「レクサスLX」(約1,000万円相当)を盗品と知りながら引き取り、保管していた疑いがもたれています。倉庫は男らが盗難車を解体する「違法ヤード」として使われており、これも「犯罪インフラ」として本コラムで指摘してきたものです。車の盗難は、電子キーが発する電波を増幅させるなどしてドアを開ける手口「リレーアタック」の被害が大半でしが、電波を遮断するケースでキーを管理する防犯対策が広がり、2021年頃から手口の主流がキャンインベーダーに置き換わっています。本事例でも、逮捕した男らが2021年以降、大阪や愛知などで盗まれたレクサスやランドクルーザーなど高級車約200台を違法ヤードで引き取っていた形跡を確認、解体後に海外に輸出していたとみられています。車はいずれも数百万~1,000万円超で、被害総額は10億円超に上る可能性が高いといいます。また、同様の手口で、大阪や兵庫など近畿2府4県で、自動車盗などを繰り返したとして、兵庫県警捜査3課などが、窃盗の疑いで容疑者を逮捕、送検しています。報道によれば、被害総額は約2億4,000万円に上るとみられています。容疑者が所有する兵庫県丹波篠山市の事務所から、盗難車とみられるレクサスやアルファードなどの高級車約10台が、ナンバープレートが外された状態で発見されたということです。

GPS機器を送り女性の位置情報を無断で取得したなどとして、神奈川県警は、20代の会社員の男をストーカー規制法違反の疑いで逮捕しています。報道によれば、男は転居先に郵便物が転送される制度を悪用、GPS機器入りの封筒を女性の旧住所に郵送し、それが新住所に転送されたことで、住まいを把握していたといいます。逮捕容疑は、今年1月、相模原市の30代女性宅近くをうろつき2月1日、GPS機器入りの封筒を郵送し無断で女性の位置情報を取得するなどしたもので、ゴミ捨て場から拾った女性の巾着袋に5センチ程度のGPS機器を入れた上で旧住所に送っていたとされます。女性は横浜市内の新居に転送された封筒からGPS機器を見つけ、署に相談していたものです。郵便の転送制度が「犯罪インフラ化」したものといえますが、今後、同様の手口でストーカー犯罪が助長されることを危惧しています。なお、日本郵便広報室は、同社が郵便物の中身を確認することはないとし「郵便制度を悪用されたことが事実であれば誠に遺憾」と述べています。

サイバー攻撃の手口が巧妙になり、被害が広がっています。サイバー攻撃に脆弱な中小企業が狙われ、サプライチェーン全体が深刻な打撃をうけるケースが出ています(中小企業の脆弱性が犯罪インフラ化しているといえます)。また、コンピュータの未対策の脆弱性を突く「防げない」サイバー攻撃(ゼロデイ攻撃)も増えています。ゼロデイ攻撃を仕掛けられるとシステムへの侵入を防ぐことが原則できず、侵入を前提に被害を最小化する対策が必要となります。また、猛威をふるっている身代金要求型ウイルスの「ランサムウエア」や、メールを通じ拡散するマルウエア(悪意のあるプログラム)「エモテット」についても、攻撃対象を広げたり、手口を変えた「変異型」が現れたりするなどして被害を広げている実態があります。一方で、サイバーセキュリティーに関連する人材の不足が深刻になっており、6割の企業が「人材」が不足していると感じています。サイバー攻撃対策に予算をどの程度かけ、どうやって人材の確保やスキルの育成をするかが課題になっており、サイバー攻撃への対応は正に経営の優先課題の一つとなっているといえます(言い換えれば、サイバー攻撃への対策に真摯に取り組まない企業が、犯罪組織から狙われ、犯罪インフラ化する可能性があるということです)。以下、最近のサイバー攻撃に関する調査報道から、いくつか紹介します。

  • 米セキュリティ大手のパロアルトネットワークスの調査によれば、サイバー攻撃のきっかけとして最も多かったのは、ネットサービスなどを装ってパスワードを盗み取るなどする「フィッシング」で37%、次いでソフトウエアの脆弱性が31%で続いたといいます。同社はフィッシング対策の社員訓練で結果を競わせることや、社員が疑わしいメールを専門部署に報告しやすい仕組みをつくることが重要だと指摘しています。また、同社が過去1年に対応した600件超の事件の36%はランサムウエアを用いた攻撃で最も多く、34%は上司などになりすましたメールで金銭を詐取する「ビジネスメール詐欺(BEC)」だったといいます。フィッシングは近年、社内のクラウドサービスや実在の人物を装うなどだましの手口が巧妙化しており、日本で現在感染が拡大しているウイルス「エモテット」による攻撃もフィッシングメールで広がっている状況です。ソフトウエアの脆弱性は2021年8月に修正が呼びかけられた米マイクロソフトのメールサーバーの脆弱性が最も悪用されており、全体の55%を占めています。2021年12月に公開されたオープンソースのログ管理用のソフトウエア「Apache Log4j」の脆弱性が14%で続いています。同社の調査では攻撃者は脆弱性が公開されてから最短15分で攻撃準備を始めるといい、脆弱性の迅速な修正対応が求められているといえます。。
  • 企業が所有するサーバーにサポート期限切れの古いソフトウエアが使われ、サイバー攻撃に脆弱な状態となっています。2022年7月28日付日本経済新聞の記事「国内企業、海外拠点サーバーに「穴」 古いOS放置」によれば、日本経済新聞が売上高1,000億円以上の国内企業から50社を無作為に抽出してセキュリティ会社と調べたところ、7割超(37社)がメーカーのサポート期限が終わった古い基本ソフト(OS)を搭載したサーバーを使い続けており、特に海外拠点のサーバーの管理を怠る例が目立つ結果となったといいます。放置すればハッカー集団の標的となり、ランサムウエアなどの被害に遭う恐れが高まることになります。「調査は氷山の一角。リスクの高いサーバーを把握しOSを更新するなどの対応が急務だ」と警鐘を鳴らしています。また、見落としがちなのが、海外の子会社やグループ会社のサーバーで、調査を担当したマクニカによれば、今回の調査で判明した脆弱なサーバーの約半数は海外の事業拠点にあるとみられています。グローバルに事業展開する大手企業は国内外に1,000台以上のサーバーを保有する場合があり、一部が管理対象から漏れている可能性が考えられます。「大企業は保有するサーバーが国内外に多数存在するため管理が難しい。狙われやすい機器やシステムを重点的にチェックするとともに『侵入口は塞ぎきれない』という前提で多重の防御を講じる必要がある」と指摘しています。外部からの攻撃は、攻撃者より全方位に対し防御を構える必要がある企業の方が圧倒的に不利だとされますが、このような各種調査結果で厳しい指摘がなされているにもかかわらず、点検すべき脆弱性を放置すること自体、経営リスクを高めることいなるとの認識を強く持つ必要があります。
  • 米セキュリティ企業のラピッドセブンはランサムウエアによるサイバー攻撃事件において漏洩した企業のデータを調査し、種類別では口座情報や融資関連の文書など「財務・会計」のデータが63%で最多だったとする結果を公表しています。その他、クレジットカード情報や医療記録などの「顧客・患者データ」、「従業員の個人情報および人事関連情報」がいずれも41%で続いたといいます。また、業種別に見ると、金融サービスでは顧客・患者データの流出の割合が82%で特に高く、知的財産のデータは全体では12%と低かったものの、製薬では43%で流出していたとのことです。これらの状況から、同社は「被害者に身代金の支払いを強制する効果を最大化するデータを選択している」と分析しています。逆に言えば、こうした情報が狙われる傾向にあるということであり、全方位での防御が難しいのであれば、リスクの高いこうした情報から優先的に防御を固めるべきだといえます。

暗号資産の項でも取り上げていますが、暗号資産はブロックチェーン技術が基盤となっていることから、追跡可能性が高い特性も有しており、ランサムウエア攻撃により暗号資産で支払われた身代金が「全額押収(回収)」される事例も増えています。最近でも、米司法省が、北朝鮮のサイバー攻撃グループが米中西部カンザス州などの病院から身代金として受け取ったり、そのマネー・ローンダリングに使ったりしていた暗号資産計約50万ドル(約6,900万円)相当を押収したと発表しています。司法副長官はサイバー安全対策の会議で「迅速な報告と被害者の協力で、北朝鮮政府の支援を受けるグループの活動を妨害することができた」と語っています。通報を受けた米連邦捜査局(FBI)は、北朝鮮のランサムウエアを特定し、暗号資産が中国に拠点を置くマネー・ローンダリング業者に流れていることを突き止めたことに加え、同じ「マウイ」と呼ばれるランサムウエアを使うグループが西部コロラド州の医療機関から身代金を仮想通貨で受け取っていたことも判明、それらの口座を差し押さえて資産を没収し、被害者に返還する手続きを始めたといいます。FBIなどは、北朝鮮の支援を受けているサイバー攻撃グループが少なくとも2021年5月以降、医療機関などを標的に、ランサムウエアを使ったサイバー攻撃を仕掛けているとの警告を出しています。

米グーグルやアマゾンを始めとする「ビッグテック」は便利なサービスを次々と生み出し、ビジネスの規模を拡大し続けてきましたが、各種犯罪や分断を助長するなど「犯罪インフラ」化の側面も無視できず、市場の寡占化の弊害も指摘されているところです。

関連して、中国政府は、インターネットの統制を強めるため、SNSの新たな管理規定や改正独占禁止法を施行しています。秋ごろに開かれる5年に1度の共産党大会を前に社会を安定させるため、反政府的な言論やネット企業の巨大化を阻止する取り組みを加速させる狙いがあります。新たなSNS規定は「社会主義の価値観を発揚し、国家の安全を守る」ことを目的に、利用者の身分確認を徹底する内容で、サービス提供業者は、利用者の氏名、身分証番号、職業などをこれまで以上に厳格に審査しなければならないとされています。中国では反政府的な内容をSNSに投稿するとアカウント閉鎖に追い込まれることが多いですが、新規定は別アカウントでの再登録も禁止としています。また、改正独禁法は「データやアルゴリズム(計算手法)、技術、資本の優位性を利用した独占行為」を禁じました。ネットのサービス基盤を提供する「プラットフォーマー」と呼ばれる大企業が党・政府の制御の及ばない力を持つことを封じる狙いがあります。電子商取引(EC)大手のアリババグループなどが念頭にあるとされます。共産党の習近平総書記(国家主席)は党大会で異例の3期目入りを狙っており、国内の安定が必須の課題となっており、中国では長年、ツイッターなど外国のSNSは使用できない状態が続いています。

さらに、東南アジアでデータ利用が急増し、個人情報の取り扱いを強化する動きが広がっています。取引のある欧州にならった動きで、法令に違反すれば、多額の罰金が科される可能性もあり、日本企業も注意が必要です。タイでは今年6月、個人情報の取り扱いを包括的にまとめた個人情報保護法を完全施行し、企業に対し、顧客や取引先、従業員の個人情報を含むデータの適切な管理を義務付けています。シンガポールは2021年2月、改正個人情報保護法が施行され、取り組みを強化、インドネシアやベトナムも新たな法令の導入に向けた議論を行うなど、各国で動きは加速している状況にあります。きっかけになったのは、2018年のEUによる一般データ保護規則(GDPR)の施行だとされます。最近は、企業のサプライチェーンが複雑化して国をまたぐデータのやり取りが増え、取引のある欧州の規制に従わざるを得ない面もあることが理由です。各国の法令は国際スタンダードであるGDPRに合わせており、企業に求める内容も高い水準となっている点は厳しく認識しておく必要があるといえます。一方で、東南アジアは、工場誘致をはじめ、投資の呼び込みに躍起になってきましたが、データ保護の取り組みが厳しくなれば、企業が投資を見送る材料になり得るとの指摘もあります。いずれにせよ、日本はいまだGDPR並みの規制に追いついていない現状があり、こうした東南アジアの国々との取引において、個人情報保護法制に関する十分な理解がない場合、思わぬ落とし穴に嵌ってしまうリスクがあると錦する必要があります

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

米ツイッターは、透明性に関する最新の報告書を発表しています。

▼Twitter Transparency Report

2021年7~12月に世界各国から寄せられたツイートの法的な削除請求は、前期より1割増の47,572件で、2012年の開示開始以来で過去最多となったといいます。。うち日本が半分を占め、引き続き最多となっています。削除請求は、各国の法律に基づき、警察などの政府機関や個人を代理する弁護士などが行うもので、日本の削除請求は前回より27%増え、23,555件となりました。請求の96%は、金融犯罪、麻薬、売春などに関するものだといいます。なお、2番目以降はロシア、韓国、トルコ、インドで、上位5カ国で全体の件数の97%を占めています。なお、日本はツイッターにとって米国に次ぐ世界2番目の市場であり、ツイッターは各地の県警などに捜査における活用方法などのレクチャーもしており、削除請求の多さにもつながっているとみられています。政府機関以外の民事や刑事裁判の関係者らによるアカウントの情報に関する開示請求は、世界全体で426件であり、日本が最多の224件で、ブラジル、米国、フランスが続いています。

本コラムでも関心を持って取り上げている「陰謀論」ですが、米南部テキサス州の裁判所の陪審が、児童ら26人が死亡した銃乱射事件を「やらせ」と主張して遺族らの名誉を傷つけたなどとして、トランプ前大統領と親しく陰謀論を掲げる政治評論家アレックス・ジョーンズ氏に総額約4,930万ドル(約66億5,000万円)の損害賠償を命じる決定を下しています。報道によれば、陪審は前日に約410万ドルの損害賠償を命じていましたが、行為の悪質さや社会的影響などを考慮してさらに約4,520万ドルの懲罰的賠償を科し、賠償金額は大きく膨らむ形となりました。陰謀論に絡んで賠償支払いが命じられるのは珍しいといいます。訴えていた遺族は2012年、東部コネティカット州ニュータウンのサンディフック小学校での乱射事件で6歳の息子を亡くしており、事件は銃規制強化を狙ったやらせだったなどと主張するジョーンズ氏に対して、1億5,000万ドルの賠償を求めていたものです。極右的主張で知られるジョーンズ氏は、トランプ氏が取り上げた根拠のない陰謀論をこれまで自らのメディアで主張してきており、当初、事件は銃規制強化を狙ったやらせだったとの主張を展開、遺族側は法廷で「言論は自由だがうそには代償を払う必要がある」などと訴えていました。

本コラムで取り上げてきた日本で事業を行う海外のIT企業が会社法に違反して法人登記を怠っていた問題で、米国のグーグルとマイクロソフトが法務省の要請に応じて登記を行っています。登記されれば、インターネットに誹謗や中傷を投稿した者の情報開示を求める裁判などが国内の手続きで終えられるようになるため、ネットで中傷された被害者の負担軽減につながる可能性があると考えられます。登記を行ったのは、グーグルが7月7日付でマイクロソフトは7月11日付です。同省は今年3月、未登記のIT企業に登記するよう要請、6月30日には対応を拒んだ7社に過料を科すよう、東京地裁に求めたことを発表していました。7月25日にあらためて登記の進捗状況を発表、7月22日までに登記申請を行うよう求めていた31社のうち、13社が要請に応じたといいます。同省は企業名を明らかにしていませんが、報道によれば、グーグルとマイクロソフトはこの13社に含まれていますが、一方で、電気通信事業を休止・廃止した4社を除く14社はまだ申請を行っておらず、メタ(旧フェイスブック)とツイッターは未登記のままだといいます。インターネット上で情報発信や通信販売などの場を提供する「デジタルプラットフォーマー」である大手IT企業を巡っては、影響力の大きさに対して「情報開示や顧客保護が不十分だ」との指摘が根強く、今回の登記も、透明化に向けた一歩といえそうです。国内では2020~2021年にかけて、デジタルプラットフォーマーに情報開示を義務付けたり、消費者保護を図ったりする新法が相次いで制定され、その付帯決議で求められたのが、外国企業への法人登記促進でした。背景には、SNSでの誹謗中傷の被害や、通信販売サイトでのトラブルの増加などがあり、被害者が中傷メッセージの送信元を特定するため、発信者情報の開示請求を行ったり、サイト運営者を訴えたりしようとしても、運営業者の多くは海外企業であり、国内に登記がなければ、海外の本社に外国語の書類をわざわざ郵送する必要があり、手続きが煩雑で時間もかかることが問題視されていました(発信者情報の開示請求をした際などには、外国語への翻訳などに手間取り、開示が間に合わないケースもあるのが実態です)。国内で法人登記されれば、日本での代表者とその住居が公的書類に明記されるため、発信者情報の開示請求などをする場合でも、日本語の書類をその代表者の住所に郵送すれば済むため、手続きが迅速化される見込みです。また、デジタルプラットフォーマーである大手IT企業に対してはこのほか、G20財務相・中央銀行総裁会議などで、自国内に事業拠点がなくても課税するデジタル課税の議論も進んでいるところです。

2月に入ってもウクライナの銀行や政府系のウェブサイトへの攻撃が続き、2月24日、侵攻が始まると同時に、サイバー空間では通信衛星「KA-SAT」の通信ネットワークへの大規模攻撃が起きました。これはウクライナ軍が使用するネットワークで、軍の通信を妨害するための攻撃でした。まさに軍事攻撃が始まった最初の数時間での出来事でした。侵攻から最初の1カ月で、サイバー攻撃の件数には顕著な増加がみられました。過去の同時期と比べて2.5倍から3倍に及びました。なかには、軍事攻撃とサイバー攻撃を連動させて同じ標的を狙うパターンも複数回、確認されました。ただ、そこまで巧妙な攻撃ではなかったので、深刻な被害が出なかったのも事実です。ロシア軍はミサイルなどの通常兵器による攻撃だけで、ウクライナに容易に十分なダメージを与えられると想定していた可能性があります。高度なサイバー攻撃までは必要ではないと考え、長期で本格的なサイバー攻撃は準備をしていなかったのではないかと考えています。…侵攻から1カ月が経った3月下旬ごろからは主要インフラを狙った危険な攻撃が相次ぎました。3月28日の大手通信企業「ウクルテレコム」への攻撃では、70%の顧客の通信が失われ、回復には24時間かかりました。4月には、ある大手エネルギー企業も標的となりました。調べてみると「インダストロイヤー2(INDUSTROYER2)」という新種のマルウエアが4月8日の金曜日、午後5時58分に攻撃を開始するように仕込まれていました。つまり、人々が帰宅した週末前の夜を狙い、地域全体を停電させる狙いだったわけです。攻撃が成功すれば150万~200万人が住むエリアが停電に陥る恐れがありました。直前に気づいて被害を防ぐことができましたが、成功すれば市民に心理的に大きな影響を与える危険がありました。…ロシアでは知的人材の流出が起きていることも事実です。技術面や資金面での制裁の効果もあります。今後のロシアによるサイバー攻撃能力を制限するために、各国はこうした制裁は継続していく必要があります。…ロシアによるサイバー攻撃には複数の狙いがありました。直接の打撃を与えるだけでなく、「情報戦」を有利に進めることも狙いの一つだったのです。たとえば南部ヘルソンでは、市民による真実の情報へのアクセスを遮断する一方で、偽情報を拡散させた。もはや南部は永遠にロシアの支配地域だと人々に思わせるためです。サイバー空間でのスパイ行為により個人情報を盗み、親ロシア派かどうか市民を選別するのに使うこともありました。… ロシアは長い間、ウクライナにとっての友好国でした。だが14年以降、ロシアはウクライナに攻撃を仕掛けてくる敵国となったのです。サイバー攻撃に関しても、14年までウクライナは特に攻撃を受けやすい国ではありませんでした。そのため、従来は「サイバー犯罪」への対策に重点を置いてきました。相手は財産的な利益のために動く犯罪者でした。だが国家をバックにしたハッカー集団が相手となると話が変わってきます。利益に関係なく、目的達成のために何でもやってきます。サイバー防衛にあたっては、大きな意識の転換を迫られました。…ウクライナは、ロシアにとっての「実験場」だったのです。ウクライナで試したサイバー兵器を使って、今度は米国の大統領選に介入する、といった具合です。ただ、ウクライナもやられてばかりではありませんでした。特に17年の「NotPetya」(ウクライナの銀行や省庁をはじめ、世界各国にも被害が広がった強力なサイバー攻撃)以降は、国家としてサイバーセキュリティを整備してきました。特に昨年末からは、ロシアがウクライナの基幹インフラをサイバー攻撃することを想定して準備を急いできました。我々は戦争が近づいているリスクを理解していました。だからこの数年間を効率的に使うことができたのです。

2022年8月7日付産経新聞の記事「『デマの影響力 なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』シナン・アラル著、夏目大訳 SNSが牛耳る社会考察」は、書籍の紹介ですが、大変興味深いものでした、記事から抜粋して引用すると、「MIT(米マサチューセッツ工科大)教授の著者は、現代の情報社会は新しい局面に入ったという。その中核をなすのが「ハイプ・マシン」だ。ハイプ・マシンとは本来、誇大宣伝機械というような軽い意味の言葉だが、著者はSNSをはじめとしたネットワークサービス全体をハイプ・マシンと呼び、それが我々にとって欠くことのできない生活基盤として君臨し始めたがゆえに、社会問題の発生源にもなっていると指摘する。ハイプ・マシンは、情報ネットワークを通じて接続されたスマートフォンなどの情報端末によって人々を結び付けた。その結果、単にコミュニケーションの手段が増えたにとどまらない社会的影響力を生んだ。大統領選挙に影響を及ぼすほどのデマを蔓延させ、過激思想を増長させ、思想的な立場の分断や林立を助長した。意図的な悪用は別にして、この主原因は、ハイプ・マシンに搭載された人工知能技術がおススメ表示をしているうちに、個人の意見が次々と確証されてしまい、多様な意見の存在を覆い隠すことにある。著者は分析をもとに、現代社会が抱えた産業構造、社会制度、人間の欲求が複合的に絡み合いながら暴走するハイプ・マシンを、いかに文明の発展や社会福祉の増進に向けて制御していくかの展望を立てていく」といったものです。

元首相銃撃事件においても、偽情報が多く流されています。そして、過去の陰謀論投稿と発信元が重なるケースも多い事実も浮かび上がっています。その点について、2022年8月3日付産経新聞の記事「安倍氏事件のデマ発信アカ、過去に親露・コロナ陰謀論投稿 海外勢力が関与か」に詳しいので、以下、抜粋して引用します。

安倍晋三元首相(67)の銃撃事件を巡り、日本のツイッター上で「事件はヤラセ」「自作自演」などのデマを中枢となって発信していたアカウントの一部が、過去にロシアによるウクライナ侵攻や新型コロナウイルスのワクチンに関し、陰謀論とみられる情報を積極的に発信していたことが3日、分かった。情報セキュリティ会社はデマを中枢となって広めていた5つのアカウントを抽出。いずれも1万~10万人のフォロワーがいたり、安倍氏を巡るデマを投稿したところ5千件以上のリツイート(共有)や「いいね」を集めたりするなど、高い影響力があることが分かった。1日の投稿は平均約30回。一部は銃撃事件発生直後からデマの拡散に関与していた一方、事件前に安倍氏に言及する投稿はなかった。同社は5アカウントの過去の投稿内容も検証。それによると、今年2月のロシアによるウクライナ侵攻直後には「ウクライナに米国の生物兵器研究所がある」「ウクライナはネオナチ」といったロシア側の主張に立ったデマを発信したり、侵攻以前は新型コロナウイルスのワクチンに関し「人口削減計画の一環」と訴えたりする投稿が目立った。また「親ロシア」「反ワクチン」という同じ特徴を持つグループとつながり、互いにリツイートする連携も見て取れたという。「投稿内容が日本になじみがないものだったり、投稿時間がロシアのサンクトペテルブルクのビジネスアワーと一致したりするなど不審な点が複数みられた」と同社の担当者。安倍氏銃撃を巡る陰謀論の拡散に、海外の勢力が関与している可能性があるとした。加工された動画や画像を用い、真実を曲解させようともくろむ手法は、近年のフェイクニュースにおける定番となっている。…インターネットに接する機会が増えるようになったコロナ禍以降、SNSでは陰謀論とみられる情報が氾濫するようになった。特に目立つのがコロナワクチンに関するデマや、「ウクライナの真実」などと称したロシア寄りのプロパガンダ(政治宣伝)だ。ネットでの誹謗中傷に詳しい国際大の山口真一准教授は、人間の「優越感への欲求」がデマの拡散と深い関係にあるとみている。根拠不明の情報に触れたり拡散したりすることで、ほかの人が持っていないものを自分だけが知っているという感情だ。…山口氏によると、人は自分が信じたいものや、イデオロギーに合うような情報ばかり見てしまう習性がある。結果的にデマを基にセミナーに勧誘されたり、高額な商品を購入してしまったりするなど、経済的な影響も懸念される。中には誤った情報を基に母国への反感が高まるといった極端な例も想定される。技術革新が進み、動画などを人工知能(AI)で加工する「ディープフェイク」も新たな脅威だ。一方、海外ではデマの拡散を商業目的で組織的に行うケースも確認されている。こうした中で、山口氏が危惧するのは、陰謀論による社会の分断だ。相対する勢力で議論が成立しなくなる世界の到来を意味し、「民主主義の危機」と訴えている。

(断定はできませんが)国家によるサイバー攻撃と偽情報の流布という情報戦の観点からは、台湾の行政院(内閣)は、公的機関に対するサイバー攻撃が8月2日にこれまでの過去最多の23倍に達したと発表したことも注目されます。ペロシ米下院議長の訪台直前で、その後も攻撃が続いているといい、総統府や外交部(外務省)、国防部(国防省)のサイトは8月2~4日、サイバー攻撃を受けて一時閲覧できなくなったほか、桃園空港など公共施設のサイトも標的となり、被害を受けた外交部は、攻撃に使われたIPアドレス(ネット上の住所)を調べたところ、「中国やロシアなどからだった」と明らかにしています。また、台湾南部・高雄の左営駅では、構内の電光掲示板がハッキングされ、中国で使われる簡体字で、ペロシ氏の訪台を批判し、「祖国の主権への挑戦だ。積極的に受け入れた人は、人民の審判を受ける」と表示されたほか、各地のコンビニエンスストアの電光掲示板でも、ペロシ氏を名指しして「台湾から出て行け」という文字が映ったとも報じられています。さらに、SNSでは、「中国は台湾在住中国人の退避を決めた」などの偽情報も出回り、関係機関が打ち消しに追われているといいます。

また、偽情報の拡散については、最近でも、新型コロナウイルスのワクチン接種を巡り、トヨタ自動車の豊田章男社長が8月2日の記者会見で「私は、ワクチンを打っていない。ワクチンはDS(ディープステート、影の国家)が人口削減のために用意した遅効性の毒。打つと2年以内に死ぬ」などと呼びかけたとする事実ではない情報がネット上に掲載され、拡散しました。報道によれば、同日はトヨタは記者会見を開いておらず、完全に虚偽情報であり、この虚偽情報は、報道機関の記事を装っており、「トヨタ社長豊田章男氏、ワクチン打たず『DSが人口削減のために用意した遅効性の毒』 株価は3%下落」との見出しで2日午後に流され、豊田社長が2日に名古屋市で会見を開いて「(ワクチンを)大切な人に打たせないでください」「私の影響力を使い、少しでも死ぬ人を減らしたい」などと発言したとする虚偽の内容も書かれていました。また、この会見の直後に「トヨタ自動車の株価は1.8%下落、その後も下げは止まらず一時3%程下落した」との不正確な情報も載せていたといいます。この情報は「TECH NEWS ONLINE」と題するブログで出され、ネットで拡散、ツイッターでは、「遅効性の毒」「人口削減のため」など関連する言葉がトレンド入りしましたが、ネット上では批判も多く出て、このブログの記載内容は2日夜、削除されています。

偽情報に対するデジタルプラットフォーマーの動きとしては、まず、米ツイッターは、11月8日に行われる米中間選挙を前に、偽情報や誤解を招く投稿を排除するために2018年に導入した措置を適用すると発表しています。選挙結果に関する虚偽の情報を含め、投票意欲を失わせたり、選挙に対する国民の信頼を損ねたりすることを意図した投稿を禁止するものです。また、米インターネット通販最大手アマゾン・ドット・コムは、フェイスブック(FB)のグループを通じて商品の偽レビューの投稿を募っていたとして、1万件以上のグループの管理者を本社のあるワシントン州の裁判所に提訴したと発表しています。管理者の名前や所在地は明らかにしていませんが、報道によれば、これらのグループはカメラの三脚やカーステレオなど数百の商品について、商品販売に有利な高評価のレビューの投稿を金銭や無料の商品と引き換えに個人に依頼、米国のほか日本や英国、ドイツ、フランス、イタリア、スペインのサイトに偽レビューが投稿されていたというものです。特定されたグループの一つ「アマゾン・プロダクト・レビュー」にはメタ(旧FB)が今年に入り閉鎖するまで43,000人超のメンバーがいて、不正を示唆するようなキーワードは解読しにくく加工し、サイト上で検知されないよう活動していたといいます。メタの広報担当者は「偽レビューを推奨するグループは運営指針に違反し、削除される」と説明、アマゾンや業界全体と協力して対処にあたる方針を示しています。新型コロナウイルスの感染拡大以降、電子商取引(EC)の利用が拡大するとともに、恣意的に評価を高めて検索で上位に表示されやすくする偽レビューの増加が問題視されてきたところ、アマゾンが削除した偽レビューの疑いがある投稿は2020年だけで2億件以上に上るといい、2021年6月には英規制当局が偽レビュー対策をめぐり、アマゾンとアルファベット傘下のグーグルの本格的な調査を始めています。一方、ロシア通信監督局は、米IT大手グーグル傘下の「ユーチューブ」が、ロシア軍に関する「虚偽情報」を含む動画の削除命令に応じなかったとして、モスクワの裁判所が、グーグルに罰金約211億ルーブル(約500億円)の支払いを命じたと発表しています。報道によれば、裁判所は、グーグル側が繰り返し命令に違反したと認定し、罰金額はグーグルの露国内での年間売上高の10分の1に設定されたといいます。判決では、ユーチューブが露通信監督局の削除命令に従わず、7,000件以上の「違法な」動画が削除されないままになっていると指摘したということです。なお、グーグルは2021年12月にも、宗教的対立をあおるコンテンツの削除に応じなかったとして約72億ルーブルの罰金を命じられています。

ウクライナ侵攻を巡り、ロシアがSNSを活用して、偽情報を流し、世論をコントロールしようとしている状況があらためて盛んになっているようです。2022年8月14日付日本経済新聞の記事「ロシア、SNS戦巻き返し 対ウクライナで民主主義劣勢」では、SNSを使ったロシアの工作に対し、「ウクライナ支援を民主主義を守るための戦いと位置づけてきた米欧は劣勢に立たされつつある」と指摘しており、大変考えさせられます。以下、抜粋して引用します。

ロシアがウクライナに出遅れていたSNSによる情報戦で巻き返している。米ツイッターのロシア支持投稿への反応は当初ウクライナ支持を大きく下回っていたが、迫っている。人々の関心が反ロシアよりもインフレによる生活苦に移り、既存政治に不満を持つ層ほどロシアの工作に共鳴しやすくなっている。民主主義を守る戦いだとしてウクライナを支援してきた西側諸国の結束が問われている。…「戦争への関心が世界的に徐々に下がるなか、ロシア支持投稿への積極的な反応が目立つ」と分析する。ロシア支持投稿で最も使われている言語はイタリア語(32%)で、スペイン語も20%と多い。英語が67%を占めるウクライナ支持投稿と対照的だ。…慶応大の広瀬陽子教授は「ロシアはイタリアで反EU政党を長年支援するなど、自らの主張が浸透しやすい素地を作ってきた」と話す。中南米の反米感情を持つ層も、米国のヒスパニック系に働きかけるためのロシアの工作対象になっていると指摘する。ロシア側の情報には既存政治に不満を持つ層ほど共鳴しやすい。英エコノミスト誌などの調査によると「ウクライナ政府は偽の爆撃映像を公開している」とするロシア側の主張を「絶対に真実」「恐らく真実」と考える米国人は17%。だが極右の陰謀論集団「Qアノン」の活動に好意的な人に絞ると57%に膨らむ。…西側諸国ではウクライナへの「支援疲れ」が指摘され、反ロシアよりも目の前のインフレによる生活苦に関心が向かいがちだ。東京海上ディーアールの川口貴久主席研究員は「ロシアは最近、ウクライナへの軍事支援や対ロ制裁が西側諸国の市民の負担増になると強調し始めた」と話す。米バイデン政権は物価高への国民の不満から支持率が低迷し、中間選挙でも民主党の苦戦が予想される。これに対し、ポピュリズム政党が台頭する一部の民主主義国ではロシアのプーチン大統領による権威主義を評価する動きも出ている。ウクライナ支援を民主主義を守るための戦いと位置づけてきた米欧は劣勢に立たされつつある。

本コラムでもたびたび紹介していますが、ディープフェイクはその精度を向上させることで脅威を増している状況にありますが、一方でそれを見抜く技術も向上しています。だますAIと見抜くAIが相互に切磋琢磨しているといういたちごっこが続いています。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(暗号資産)を巡る動向

本コラムで関心を持って取り上げているCBDCですが、CBDCを巡る状況を分かりやすく紹介した記事「デジタル円・デジタルドル…CBDCって何?」(2022年8月6日付日本経済新聞)から、抜粋して引用します。あらためての理解に役立ちます。

世界の中央銀行の約9割がなんらかの形でCBDCの研究に着手しているとされています。米国はもともとCBDCに対して慎重な姿勢でしたが、2022年3月にバイデン大統領が研究の加速を指示しました。日本も発行するかは未定ですが、3段階に分けて実証実験に取り組んでおり、22年4月には決済の利便性向上などを実験する第2段階に移りました。ユーロ圏は26年以降の発行を見据えて研究を進めています。一方、中国は20年秋から実証実験を始めています。22年2月に開催された北京五輪では外国人客にもお披露目されました。…今は一般的に現金を補うものとして位置づけられています。日銀は24年に新紙幣を発行する計画で、日本で議論されているデジタル円も当面は現金と併用することを想定しています。将来的に国民の大部分が利用するようになれば、CBDCがお札や貨幣に取って代わる可能性があります。…多くのCBDCはスマートフォンにアプリを入れて使います。銀行口座を持っていない人でもスマホがあれば利用できるため、金融サービスがあまり行き届いていない新興国で導入する動きが盛んです。アプリ画面でQRコードを表示してお店に読み取ってもらったり、アプリ上で送金額を打ち込んだりして決済します。スマホに慣れていないお年寄りや外国人などに向けて、ICカードを発行することも想定されています。CBDCの利用に対応した機器などインフラを整える必要があります。「どこでも使える」ようにするためのハードルは高いのが実態です。先進国では決済の領域をPayPayのような民間企業に任せることで、CBDCの利便性を高めるといった手法も議論されています。…仮想通貨は裏付けとなる資産がなく値動きが激しいといった点があります。実際に仮想通貨の代表格であるビットコインは足元、22年初めと比べ半分程度にまで下落しています。仮想通貨を保有している間にお金が減ってしまう恐れもありますが、CBDCにはそうした価格の変動がありません。中央銀行がCBDCの流れを管理するため、セキュリティ面でも強みがありますが、どこまで個人のプライバシーを確保するかといった課題も残っています。

上記にも触れられているとおり、CBDCは金融サービスが行き届いていない新興国で導入が進んでいます。2022年8月2日付日本経済新聞の記事「中銀デジタル通貨、新興国先行 「金融包摂」の切り札」では、その辺りの状況がコンパクトにまとまっていますので、以下、抜粋して引用します。

中央銀行が発行するデジタル通貨「CBDC」が新興国で広がり始めた。金融インフラを十分に備えた欧米など主要国が二の足を踏むのを尻目に、中南米やアジアが導入を急ぐ。最大の主眼は銀行口座を持たなくても、誰もが金融サービスを享受できる「金融包摂」にある。現地通貨の利便性を高めて過度なドル依存から脱却する狙いもあるが、インフラ整備など課題は多い。…国際決済銀行(BIS)によると、CBDC研究に着手した世界の中央銀行はおよそ9割にのぼる。「実用化で新興国が先進国に 先行する歴史的に例を見ない逆転現象が起きている」(大和総研の長内智主任研究員)…新興国が導入に前向きなのは高い効果が期待できるからだ。世界銀行の調べでは21年時点の新興国の携帯・スマホの所有割合は83%と、口座保有割合(71%)を上回るスマホを通じてCBDCが浸透すれば、出稼ぎの送金から融資まで多くの国民が金融サービスを受けられるようになる。金融が潤滑油の役割を果たし、経済の押し上げが期待できる。現地通貨を巡る事情もある。カンボジアでは基軸通貨である米ドルの存在感が大きい。小売店では米ドルのみの表示や、米ドルとリエルの併記が少なくない。CBDCで自国通貨の信認が増せば、金融・経済政策の自由度が高まる。理論的にメリットの多いCBDCだが、導入の障壁は高い。一つはインフラ問題だ。CBDCの普及が限られるなか、店舗が自ら費用を払って決済機器を整備するメリットは少ない。カンボジアでも対応店は大都市圏など一部にとどまる。ソラミツの宮沢和正社長は「店舗決済は民間のイノベーションに任せるといった役割分担が一番だ」と指摘する。

新興国以外でCBDCの導入に向けての動きが進んでいるのが中国だとされます。中国人民銀行(中央銀行)が発行するデジタル人民元が実験の場を拡大している状況にあります。今春から試験地域を23へと倍増させ、日常の買い物や公共料金の支払いなど市民がお試しで使える機会を広げています。中国人民銀行は2014年、CBDCを研究する組織を立ち上げ、2020年10月の広東省深セン市を皮切りに各地で市民が参加する実証実験を重ね、2021年末までに単純計算で総人口の2割に達する延べ2億6,100万人がアプリ上で個人用の財布をつくっています。一方、開発着手から8年、最初の実証実験から1年半余りがたっても正式発行への道のりは見えておらず、「スマートフォン決済先進国」ならではの課題もあると指摘されています。既存のアプリ決済との違いを実感できないことが一因で、そもそも偽札被害が多かった中国ではスマホ決済が浸透、小売決済の8割超を占めるとの試算もあるほどです。2022年7月22日付日本経済新聞の記事「デジタル通貨で中国足踏み 開発着手8年、なお実験続く」によれば、「デジタル人民元の強みはある。一つは決済手数料の軽減だ。民間のスマホ決済とは異なり、デジタル人民元の支払いでは小売店側に手数料はかからない。決済機器には近距離無線通信規格「NFC」を使った支払い機能があり、通信が途絶する災害時でもスマホと決済機器を接触させれば支払いが終わる。問題はこれらの魅力が、慣れ親しんだスマホ決済から切り替えるほど大きくないことだ。人民銀も3月末の会議で、便利さや革新性を目立たせることを課題に挙げた。デジタル人民元は、米国と対峙する中国の国家戦略に欠かせないツールの一つとされる。欧米はウクライナに侵攻したロシアに対し、ドルやユーロの決済網からの排除を経済制裁の柱にした。中国が経済安全保障を意識するなら、海外との資金規制を緩めてデジタル人民元を決済通貨として普及させるなど、人民元の国際化はより重要になる」と指摘されています。直近では、中国人民銀行デジタル通貨研究所の穆所長が、「デジタル人民元」の使用においてプライバシーを完全に尊重し、個人情報を保護する方針を示しています。報道によれば、穆氏は限定的な匿名性がデジタル人民元の主要な特徴で、これにより妥当な匿名取引が保証される一方、マネー・ローンダリング、テロ資金供与、脱税などの違法行為を防止し金融面の安全保障ニーズにも対応していると指摘しています。また、デジタル人民元は紙幣や硬貨で購入できる全ての物の購入に利用できるとし「紙幣や硬貨は金を購入したり外貨に交換したりできるがデジタル人民元も同じだ」と述べています。

日本は実証実験の第2段階に入ったとはいえ、まだCBDCの本格導入を決めていませんが、そもそもCBDCは紙幣や硬貨の発行コストをなくせるほか、犯罪につながる取引の履歴を追いやすいといったメリットのほか、クレジットカードで最長1カ月程度かかっていたお店への着金期間がゼロになるなど、CBDCを使う世界では、お店で買い物をするとき、現金と同じように支払いと同時に着金できるなど決済効率が上がり、お店側の資金の流動性が高まるうえ、利用者にとっても送金などの費用が安くなることが期待できるメリットもあります。日銀の実証実験の第1フェーズでは発行や流通といった基本的な機能を検証し、4月に始まった第2フェーズでは自動送金予約などのサービスが機能するか検証しており、早ければ来年度にも、民間事業者や消費者らが参加する最後の第3フェーズに入る見込みです。日銀はCBDCについて、全ての機能を中銀が提供するのではなく、中銀と民間による「二層構造」を想定しており、日銀は現金のやりとりを電子に置き換え、インフラ部分を整備する一方、預金口座の管理や決済などは民間が主導権を握る見通しで、クレジットカードや「○○ペイ」などを介して買い物をする今の構図と大きく変わらない形が想定されています。前述のとおり、CBDC導入の利点の一つは決済の効率化にあり、2021年の日本のキャッシュレス比率は3割と、5割前後かそれ以上の海外に見劣りしています。高齢者らを中心に現金信仰はいまだ根強いのが実態で、日本におけるCBDCの普及にはまだまだハードルがあるといえます。一方、CBDCは年齢や国籍、性別を問わず利用できるものの、過度な匿名性を与えればマネー・ローンダリングや脱税などを助長しかねません。また、取引記録が中央銀行に管理されることはプライバシーの侵害につながるとの懸念もあるほか、ネット通信がない環境でも決済できるか、銀行を中心とした既存の金融システムを崩さないかなど論点は極めて多いのが現状です。

欧州中央銀行(ECB)理事会メンバーのビルロワドガロー仏中銀総裁は、ECBが計画しているデジタル通貨「デジタルユーロ」の発行量に上限を設ける可能性があると述べています。デジタルユーロ導入を巡っては、金融業界や一部の政策当局者から人々が貯蓄をデジタルユーロに置き換えることで従来の銀行預金が減少する可能性があると懸念する声が出ており、こうした中、同総裁は金融関連の会議で「銀行の預金が置き換わるリスクに関し、われわれはデジタルユーロが貯蓄資産または投資資産ではなく支払い手段であり続けることを保証しなければならないし、そうするつもりだ」と指摘、「これはデジタルユーロの流通量に上限を設けることで実現できる」としています。また、デジタルユーロはホールセール市場では問題が少ないと言及、フランス中銀はここ1年間にわたり官民パートナーとホールセール市場で9回の実証実験を行ったほか、年内には4~5回の追加実験を計画しており、「こうした取り組みにより、欧州の試験的な運営が実施される2023年には中銀デジタル通貨を決済手段として導入する準備が整う」としています。

オーストラリア準備銀行(中央銀行・RBA)は、CBDCの導入について1年間の研究プロジェクトを開始すると発表しています。潜在的な経済効果に焦点を当てるとしています。報道によれば、プロジェクトでは、CBDCの発行により可能となる革新的な使用事例やビジネスモデルを特定し、技術面や法律、規制上の検討事項について理解を深めることを目指すとしています。小規模な試験的CBDCを開発し、限定された環境で運用、CBDCを活用して家計や企業に革新的で付加価値のある決済サービスをいかに提供できるかを示す具体的な事例について業界から案を募るとしています。また、関連して、RBAのフィリップ・ロウ総裁は、民間企業が発行する消費者向けのデジタル通貨(暗号資産)は、発行企業が適切に規制されるのならば、CBDCよりも優れている可能性があると述べています。また、同じ討論会で、香港金融管理局(中央銀行・HKMA)の余偉文長官は、民間発行デジタル通貨の監視を強化すれば、暗号資産のエコシステムの一部を成す分散型金融(DeFi)プロジェクトに起因するリスクの軽減にもつながると指摘しています。各国中銀がCBDCの研究、実証実験を進める中で、民間企業が米ドルなどの既存通貨に連動し価値が安定するよう設計されたステーブルコインを発行していますが、(本コラムでも取り上げたとおり)5月に代表的なステーブルコインのテラUSDが崩壊し、金融システムへのリスクが鮮明になりました。登壇者らは、民間デジタル通貨に対する十分強力な規制システムの構築に一段の取り組みが必要との見解で一致したといいます。RBAのロウ総裁は「これらのトークンがコミュニティーで広く使用されるようになるなら、国のバックアップや銀行預金と同様な規制が必要になる」と述べた上で、「規制面で適切に対処すれば、民間のソリューションのほうが良いと考えたくなる」とし、「民間セクターは機能の設計や革新の点で中銀より優れており、中銀がデジタル通貨のシステムを確立するには多大なコストを要するとみられるからだ」と説明、余HKMA長官は、ステーブルコインと暗号資産交換所はDeFiプロジェクトの入り口のような存在とし「テラUSDの崩壊にもかかわらず、暗号資産とDeFiは、勢いを失うことがあってもなくなることはないと考える。これらの開発の背後にある技術と革新は将来の金融システムにとって重要になると予想されるからだ」と述べています。

また、国際決済銀行(BIS)、国際通貨基金(IMF)、世界銀行は7月11日に公表した報告書で、CBDCに関し、各国が設計初期にある今の段階で、国際的に協力することが重要だと強調しています。本格普及を見据え、国境を越える決済ができる仕組みなどを取り入れる必要性を訴えています。CBDCを巡っては、中国が今年2月の北京冬季五輪の開催に合わせ、主要国に先駆けてデジタル人民元の大規模な実証実験を実施、日銀や欧州中央銀行(ECB)は発行も視野に入れ、実証実験や本格調査に取り組んでいるところですが、報告書は、各中銀によるデジタル通貨の設計は現時点で決まっていないことが多いと指摘、それぞれが「白紙の状態」で設計を進めており、利用しやすいデジタル通貨の実現に向け、この段階で連携するよう促しています。その上で、各中銀がそれぞれの国内や域内での流通を考慮してデジタル通貨を設計した結果、国境を越える決済に支障が出る事態を懸念、利便性を踏まえて「国際的な決済を支える基準作りが必要だ」と強調しています。関連して、BISの委員会は、声明で「各国中銀は、CBDCが国境を越えた決済を強化する可能性を十分に活用するために、多国間の相互運用性を確保するとともに、非居住者や海外金融機関のCBDCへのアクセスについて重要な選択をしなければならない」と延べ、各国中銀がそれぞれのCBDCを効果的に決済手段として機能させるためには、国境を越えたアクセスについて「根本的な」判断を下す必要があるとしています。また、英金融街シティーが支援するシンクタンク、国際規制戦略グループ(IRSG)は、CBDCに世界共通ルールを導入し、国境を越えたホールセール決済の円滑化につなげるべきだと訴えています。米連邦準備理事会(FRB)やイングランド銀行(中央銀行・EOB)、欧州中央銀行(ECB)などほとんどの主要中銀は、何らかの形でCBDCの発行が可能かどうか検討を進めている(ただ英国では、「デジタルポンド」は2030年までに実用化されそうにないとみられています)ところ、IRSGは「CBDCの潜在能力をフルに発揮させる鍵は、さまざまな国・地域の市場をまたいで流通する道筋を確保し、ホールセールの越境決済を円滑に行えるようにすることにある」と指摘、この構想実現には規制面で世界的な原則の確立と協力体制が不可欠だと主張しています。IRSGによると、共通ルールができればある国・地域でサービス提供を許可された企業が別の場所でもサービスを展開できる上、各国・地域が互いに規制緩和競争に走るのを防ぐことも可能としています。

次に、暗号資産(仮想通貨)やステーブルコイン等を巡る最近の動向も確認します。まず、金融安定理事会(FSB)が、7月に「暗号資産関連の活動に対する国際的な規制・監督に関するステートメント」(原題:FSB Statement on International Regulation and Supervision of Crypto-asset Activities)を公表、本文書は、最近の暗号資産市場の混乱を踏まえて、暗号資産のもたらすリスクについて警鐘を鳴らすとともに、暗号資産関連事業者に対して規制遵守の必要性を指摘し、各国当局に対して国際基準の実施を促すもので、引き続きFSBが暗号資産やステーブルコインに対する強固な規制・監督の実施に向けた作業に取り組むことを強調する内容となっています。前述したBIS、IMF、世界銀行のレポートど相通じるものがありますが、これらの指摘は今後の暗号資産やステーブルコインの規制動向に大きな影響を与えるものと考えます。金融庁のサイトで紹介されていますので、以下、その要点について取り上げます。

▼金融庁 金融安定理事会による「暗号資産関連の活動に対する国際的な規制・監督に関するステートメント」の公表について
▼プレスリリース(仮訳)
  • いわゆるステーブルコインを含む暗号資産は急速に発展している。最近の暗号資産市場の混乱は、その本質的なボラティリティ、構造的な脆弱性、伝統的な金融システムとの相互連関性の高まりといった課題を浮き彫りにしている。市場参加者の破綻は、投資家に潜在的に大きな損失を与え、コンダクトリスクの顕在化により市場の信頼を脅かすことに加えて、暗号資産エコシステムの他の部分にも急速にリスクを伝播させる可能性がある。また、短期金融市場などの伝統的な金融システムの重要な部分にも波及効果を及ぼす可能性がある。効果的な規制枠組みは、暗号資産の新たな特徴を考慮し、その背後にある技術の潜在的な恩恵を活用しつつ、伝統的な金融業務と同様のリスクをもたらす暗号資産関連の活動が、同様に規制されることを確保しなければならない
  • 暗号資産及び市場は、国内及び国際レベルで、それらがもたらすリスクに見合った効果的な規制・監督に服さなければならない。法域がその規制枠組みの変更の可能性を検討している場合であっても、いわゆるステーブルコインやその他の暗号資産を、規制のないところでは運用せず、これらの資産がもたらすリスクに対処するために規制を適用する場合には、関連する既存の要件を遵守しなければならない。暗号資産及び市場は、伝統的な金融部門の商品及び仲介者が果たすのと同等の経済的機能を果たす可能性がある。そのため、暗号資産は、「同じ活動・同じリスクには同じ規制を適用する」との原則に沿って、暗号資産の根底にある経済的・金融的性質に鑑みて同等の規制の対象となる。暗号資産は主に投機目的で使用され、現在、その多くが金融セーフガードの対象外又はその要件を遵守していない状況にあり、これらの活動の参加者はこのことを十分に認識すべきである。
  • 暗号資産サービス提供者は、自らが業務を行う法域における既存の法的義務の遵守を常に確保しなければならない。これには、暗号資産に固有の要件だけでなく、一般に適用される要件も含まれる。暗号資産市場で業務を行う全ての個人及び事業体は、業務を開始する前に、特定の法域で適用されるすべての規制、監督、監視の要件を満たす必要があることを認識しなければならない。そのような要件に疑問がある場合は、自らの活動の要件遵守を確保するために国内の規制当局に相談すべきである。FSBメンバーは、法令遵守を促進し、違反に対しては処分を下すため、自らの法域における法的枠組みの中で執行力を行使することにコミットしている。
  • 最近の暗号資産市場の混乱は、いわゆるステーブルコインを含む暗号資産がもたらす潜在的な金融安定リスクに対処するために、FSB及び国際的な基準設定主体が進めている作業を進展させることの重要性を強調している。各国の金融当局及び国際的な基準設定主体が、広範な暗号資産に関する共通の理解の構築とともに、リスクベースで技術中立的であり、「同じ活動・同じリスクには同じ規制を適用する」との原則に基づく規制・監督政策の策定に向けて取り組む中で、FSBは、各国の金融当局及び国際的な基準設定主体間の国境を越えた部門横断的な協力を引き続き促進する。この作業には、既存の適用される基準の評価、既存の基準の適用可能性についての情報提供を目的とした潜在的なギャップの特定に加え、国際的な一貫性と責任あるイノベーションを促進する方法で、既存の規制枠組みでは適切に捉えられない可能性のある新たな種類のリスクに対処するための新たな基準又はガイダンスを策定することが含まれる。
  • ステーブルコインは、広く利用される決済手段として採用される場合又は金融システムにおいて重要な役割を果たす場合には、関係当局の強固な規制・監督によって捕捉されるべきである。金融システムの主流となり、複数の法域で決済手段及び/又は価値貯蔵手段として広く利用されるステーブルコインは、適切な規制がなければ、金融安定に重大なリスクをもたらす可能性がある。そのようなステーブルコインは、高度な規制と透明性の基準にしたがい、価値の安定を保つ裏付け資産を常に維持し、関連する国際基準を満たす必要がある。
  • FSBメンバーは、既存の国際基準の完全かつ適時の実施を支持する。FSBメンバー当局は、FATF勧告15(AML/CFTの観点からの登録・認可等)やFATF勧告16(トラベルルール)など、適用可能な国際基準のうち、まだ国内の規制・監督枠組みに反映されていないものを導入し、必要に応じて、国際的な基準設定主体のガイダンス、勧告、ベストプラクティスを採用する。
  • FSBは、暗号資産が強固な規制・監督の対象となることを確保するための取組みを進めている。FSBは、10月にG20財務大臣・中央銀行総裁に対し、ステーブルコインやその他の暗号資産に対する規制・監督アプローチについて報告する。FSBは、ギャップを埋めてハイレベルな勧告を実施するために、既存の枠組みがどのように拡張され得るかを含む、「グローバル・ステーブルコイン」の規制・監督・監視に関するハイレベルな勧告の見直しに関する市中協議報告書を同会合に提出する。FSBはまた、その他の暗号資産及び暗号資産市場に対する規制・監督アプローチの国際的な一貫性を促進し、国際的な協力・協調を強化するための勧告を提案する市中協議報告書を提出する。FSB及び国際的な基準設定主体のこれらの複合的な取組みは、分断及び規制裁定のリスクを最小化することを目的としている。FSBメンバーは、CPMI-IOSCOのガイダンスである、「ステーブルコインに対する『金融市場インフラのための原則』の適用」を歓迎する。これは、主に決済に用いられるシステム上重要なステーブルコインに、「同じ活動・同じリスクには同じ規制を適用する」との原則を適用する上での大きな前進である。FSBメンバーは、また、銀行の暗号資産エクスポージャーに係るプルデンシャルな取扱いに関するBCBSの進行中の作業及び、公表されたIOSCOの「分散型金融(DeFi)についての報告書」を含む、傘下のFinTechタスクフォースを通じた分散型金融(DeFi)及び暗号資産に関するIOSCOの進行中の作業を支持する。IOSCOの作業は、主に投資家保護と市場の公正性・透明性の確保に焦点を当てつつも、脆弱性の低減を目指し、暗号資産エコシステムに関連する金融安定リスクに対処するためのFSBの協調的な取組みを支援している

関連して、米国では、法定通貨などに価値が連動する暗号資産ステーブルコインの発行などを規制する法案の作成が大詰めを迎えているとのことです。発行者に銀行並みの基準を求めることなどが柱となっています。(本コラムでも取り上げましたが)5月にテラUSDなど一部のステーブルコイン価格が急落し、市場関係者に不安が広がったことをふまえ、急拡大する市場に追いつかない規制を整備する狙いがあります。ステーブルコインの市場規模は約1,500億ドル(約20兆円)に達し、2年間で約10倍に膨らみました。「暗号資産取引のインフラとして不可欠」な存在となりましたが、前述のとおり、価値の安定をうたっていたはずの「テラUSD(現テラクラシックUSD)」が5月に暴落し、多くの投資家が損失を被り、裏付け資産の分類や開示の重要性が浮き彫りになりました。報道によれば、法案は超党派で準備しており、9月をメドに米下院の金融サービス委員会で審議する見通しだといいます。ステーブルコインの発行者を銀行や、資本や流動性で銀行並みの基準を満たす金融機関に限定する方針で、メタ(旧FB)など巨大テック企業を想定し、一般的な営利企業が発行することを禁じる案も出ているといいます。また、裏付け資産については現金や短期国債など流動性の高い資産とするよう求めるとしています。イエレン財務長官や米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長など金融規制当局のトップで構成する大統領直轄の作業部会が2021年11月に公表した報告書で、ステーブルコイン発行者は実質的に銀行として扱われるべきだと総括していますが、素案は報告書に沿ったものとなり、8月にも審議が見込まれたが、顧客への資金の返還に関する条項を巡って与野党の交渉が暗礁に乗り上げ、米財務省や民主党が顧客の資産を保護する措置を法案に盛り込むよう働きかけているのに対し、共和党が反発しているようです。一方、世界の金融規制当局が規制強化に動き、日本や欧州では法整備が米国に先んじて進んでいます。日本は6月の改正資金決済法の成立で、ステーブルコインの発行を銀行や資金移動業者、信託会社に限定した。仲介業者にも登録制を導入し、マネー・ローンダリング対策を強化しています。また、EUは7月、暗号資産の包括的な規制体系(MiCA規制)で大筋合意し、2023年にも成立する見通しで、EU域内での事業を認可制にしたほか、ステーブルコインの保有者に無料で資金を返還請求できる権利を認めています。さらに、G20の国際金融監督機関である金融安定理事会(FSB)は2020年10月、ステーブルコインについて、情報開示や裏付け資産など各国の規制作りの骨格となる報告書をまとめ、7月には暗号資産市場を規制下に置く必要性を強調(前述したものです)、各国それぞれ規制作りを進めてきたことも考慮し、10月をめどに報告書を更新する方針です。これらの動きに対し米の動きが明らかに遅れています。2022年8月9日付日本経済新聞の記事「米ステーブルコイン法案、発行者に銀行並み基準へ」において、「ある当局関係者は「EUや日本と比べ、米国はハイレベルな方針が示されたまま具体策への落とし込みが遅れている」と話す。法律の成立時期は不透明だ。米ブルッキングス研究所のアーロン・クライン氏は「米議会は歴史的に危機が起こるまで金融規制に動かなかった。仮想通貨相場でさらなる混乱が起こらない限り、今年中の法律制定は難しいだろう」とみる」と指摘されていますが、米のこうした遅れがより大きな混乱を招くことにならないか、懸念されるところです。

本コラムでも紹介してきたとおり、法制審議会(法相の諮問機関)の担当部会は、犯罪グループなどが不法に入手した暗号資産を確実に没収できるようにするため、組織犯罪処罰法改正の要綱案をまとめています。同法が規定する犯罪収益の没収対象を、これまでの現金や金銭債権などから財産全般に拡大するもので、法務省は9月に行われる法制審の答申を踏まえ、早ければ秋の臨時国会に同法改正案を提出する見通しとなりました。デジタル化の進展に伴い犯罪収益の形態は多様化、マネー・ローンダリングに暗号資産などが悪用されることも多く、今後も新たな形態のデジタル資産が増えることも懸念されることから、要綱案では「犯罪収益などの財産は、不動産・動産・金銭債権でないときも、没収することができる」とし、没収対象をこの3種類に限っている現行法の規定を改める内容となっています。発行主体が明確でない暗号資産は、専門家から3種類のいずれにも当たらないとの見解が示されていたほか、AML/CFTの観点から、FATFが各国に、犯罪収益の没収に関する制度整備を求めていること、6月には東京高裁が暗号資産の没収を命じた1審判決を破棄しており、現行法が暗号資産のような新たな財産形態に対応できていない実態が明らかになったことなども背景にあります。

暗号資産を不正に取得したとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)に問われた被告らの公判で、東京高裁が、被告らが交換所に預けていた暗号資産について、「現行法では没収できない」とする判決を言い渡していたことがわかりました。没収を認めない司法判断が明らかになったのは初めてとなります。高裁判決によると、被告の男は2018年、暗号資産交換業者「コインチェック」から約580億円相当の暗号資産「NEM」が流出した事件に絡み、何者かが不正に流出させたと知りながら、闇サイト上で計約5億3,000万円相当のNEMを取得、これらの一部は暗号資産の交換所に預けられていましたが、現行法は、犯罪収益が土地・建物などの「不動産」、現金や貴金属といった「動産」、預金などの「金銭債権」である場合に没収できると規定、専門家からは、発行主体が明確でない暗号資産はいずれにも該当しないとの見解が示されていたところ、実務上の取り扱いは明確になっていませんでした。東京高裁は「没収できなくても追徴によって犯罪収益の剥奪は可能で、妥当性を欠く結果にはならない」とも指摘していますが、その場合の追徴額は犯人が収益を取得した時の金額になり、暗号資産の価値は変動しやすいこともあり、取得後に価値が上がれば、その分の利益が犯罪者の手元に残ることとなり、犯罪収益を確実に取り上げられないおそれもあります。

▼法務省 法制審議会 第2回会議(令和4年8月9日開催)
これまでの会議の議論を踏まえ、要綱(骨子)について審議がなされた。引き続き、採決が行われ、諮問第123号については、要綱(骨子)のとおり法整備をするのが相当である旨法制審議会(総会)に報告することが決定された。

  • 要綱(骨子)
    • 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律第十三条第一項各号に掲げる財産は、不動産若しくは動産又は金銭債権でないときも、これを没収することができるものとすること
▼法務省 法制審議会 第1回会議(令和4年7月27日開催)
▼配布資料4 犯罪収益等の没収・追徴に関する近時の裁判例の概要
  1. 暗号資産が「金銭債権」に当たらないと判示した事例
    1. 事案の概要
      • 不正に流出した暗号資産について、被告人が、その情を知りながら収受したという犯罪収益等収受の事案。
    2. 第一審判決(令和3年3月30日・東京地方裁判所)
      • 第一審は、暗号資産につき、特段の判断を示すことなく、「本件犯行によって被告人が収受した暗号資産を没収することができないことから、その価額を追徴することになる」旨量刑の理由において判示したのみで、検察官の求刑どおり、追徴を言い渡した。
    3. 控訴審判決(令和3年8月4日・東京高等裁判所)
      1. 控訴審における争点
        • 弁護人は、控訴審において、被告人が収受した暗号資産が組織的犯罪処罰法16条所定の「没収することができない」財産に当たるという点について立証が尽くされていないのに原判決が追徴を言い渡した点に事実誤認があるとして争った。
      2. 判決要旨
        • 控訴審は、前記争点について、以下のとおり判示し、原判決に誤りはないと判断した。
          • そもそも暗号資産とは、資金決済に関する法律2条5項で定義される財産的価値であって、法定通貨と異なる単位によって表示される通貨類似の機能を有するデジタル的な価値の表象であり、不動産又は動産でないことはもとより、金銭債権でもないから、組織的犯罪処罰法13条1項の没収可能な財産には当たらず、同法16条1項によりその価額を追徴できることは明らかである。
  2. 暗号資産移転請求権が「金銭債権」に当たらないと判示した事例
    1. 事案の概要
      • 不正に流出した暗号資産について、被告人が、その情を知りながら収受したという犯罪収益等収受の事案。なお、被告人は収受した暗号資産の一部を暗号資産交換業者を利用して管理しており、捜査段階においては、被告人が暗号資産交換業者に対して有する暗号資産移転請求権を「仮想通貨等債権」として特定し、これを対象とする没収保全をしていた。
    2. 第一審判決(令和3年3月24日・東京地方裁判所)
      • 第一審は、前記「仮想通貨等債権」を金銭債権と認めて、没収を言い渡した(没収の可否が争点となったものではないため、この点について具体的理由の判示はなし。)。
    3. 控訴審判決(令和4年6月23日・東京高等裁判所)
      1. 控訴審における争点
        • 控訴審においては、被告人が暗号資産交換業者に対して有する暗号資産移転請求権(前記「仮想通貨等債権」)が「金銭債権」に該当するか否かが争点の1つとなった。
      2. 【判決要旨】
        • 以下のとおり判示し、被告人が暗号資産交換業者に対して有する暗号資産移転請求権(前記「仮想通貨等債権」)を金銭債権として没収した原審を破棄した。
          • 暗号資産は、通貨である日本銀行券や貨幣とは異なり、日本国内での強制通用力がなく、その移転を目的とする債権は、組織的犯罪処罰法13条1項にいう没収可能な金銭債権には当たらない。
          • 組織的犯罪処罰法16条1項により追徴することができるとされており、暗号資産の移転を目的とする債権が金銭債権に当たらないと解したとしても、妥当性を欠く結果とはならない。
          • 民事執行の実務においては、暗号資産の移転を請求する権利は、民事執行法上の金銭債権(民事執行法155条、民法402条)ではなく、その他の財産権(民事執行法167条1項)であるとされているから、組織的犯罪処罰法においても金銭債権ではないと解することは、こうした取扱いと整合する。
  3. 電子マネー利用権が「金銭債権」に当たらないと判示した事例(1)
    1. 事案の概要
      • 本件は、被告人が、他の共犯者と共謀の上、架空のコンテンツ利用料等を請求して、被害者からAmazonギフト券番号の教示を受けて、財産上不法の利益を得たという詐欺の事案。
    2. 判決要旨(平成31年1月23日・横浜地方裁判所)
      • 本件各犯行により被告人らが得た財産上の利益(電子マネー利用権)について「(組織的犯罪処罰法)13条1項1号の犯罪収益であり、犯罪被害財産であるが、不動産、動産及び金銭債権のいずれでもなく、没収することができない」と判示し、追徴を言い渡した
  • 電子マネー利用権が「金銭債権」に当たらないと判示した事例(2)
    1. 事案の概要
      • 本件は、被告人2名が、他の共犯者と共謀の上、架空のサイト利用料金等を請求して、被害者からnanacoギフトカードのギフトIDやWebMoneyギフトカードのプリペイド番号の教示を受けて、財産上不法の利益を得るなどしたという組織的詐欺の事案。
    2. 判決要旨(令和3年9月1日・東京地方裁判所)
      • 本件各犯行により被告人らが得た「nanacoギフトカード利用権及び…(中略)…WebMoneyギフトカード利用権は、いずれも、組織的犯罪処罰法13条1項1号の犯罪収益であり、組織的犯罪処罰法13条2項1号の犯罪被害財産であるが、…(中略)…これらの財産は、不動産若しくは動産若しくは金銭債権でないか、既に費消され、又は他の財産と混和しているが、その混和先を特定することができないから、これを没収することができ(ない)」と判示し、追徴を言い渡した。
  • 不動産・動産・金銭債権以外の財産が没収された事例(1)
    1. 事案の概要
      • 被告人が、氏名不詳者と共謀の上、覚醒剤等の規制薬物の有償譲渡行為と薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡す行為を併せてすることを業としたという麻薬特例法違反等の事案。
    2. 判決要旨(平成29年3月14日・東京地方裁判所立川支部)
      • 被告人がX社に対して有する金地金及びプラチナ地金の引渡請求権(金地金債権、プラチナ地金債権)を没収した。
        1. 主文(没収に関する部分)
          • 「X社に対する被告人名義の金地金債権のうち金地金0.85054グラムに相当する部分、同社に対する被告人名義のプラチナ地金債権のうちプラチナ地金27.99112グラムに相当する部分…(中略)…を没収する。」
  • 不動産・動産・金銭債権以外の財産が没収された事例(2)
    1. 事案の概要
      • 上場会社Aの代表取締役であった被告人が、他社との業務提携及びこれに伴う第三者割当増資という重要事実について業務執行の決定をするや、知人(B及びC)名義で自社の株式を買い付けたという金融商品取引法違反(内部者取引)の事案。被告人は、重要事実の公表後に株価が上昇した株式を売却して相当額の利益を得たり、含み益のある株式を相当数保有したりしていた。
    2. 判決要旨(平成31年2月26日・東京地方裁判所)
      • 被告人がY証券会社に開設されたB名義の証券口座で管理していた振替株式及びZ証券会社に開設されたC名義の証券口座で管理していた振替株式を没収した。
        1. 主文(没収に関する部分)
          • 「Y証券会社に開設されたB名義の証券口座にあるA社の株式4400株及びZ証券会社に開設されたC名義の証券口座にあるA社の株式1万4200株を没収する。
▼配布資料5 FATF(金融活動作業部会)対日相互審査報告書(2021年8月)の概要について
  • 勧告4(Confiscation and provisional measures(没収及び保全措置))
    • 「各国は、権限ある当局が、善意の第三者の権利を侵害することなく、次に掲げるものを凍結又は差押え、及び没収することを可能とするため、法的措置を含め、ウィーン条約、パレルモ条約及びテロ資金供与防止条約に規定されているのと同様の措置をとるべきである:(a)洗浄された財産、(b)資金洗浄若しくは前提犯罪から得た収益、又はこれらの犯罪に使用された若しくは使用を企図された犯罪供用物、(c)テロリズム、テロ行為若しくはテロ組織に対する資金供与から得た収益、又はこれらの犯罪に使用され、使用を企図され、若しくは使用のために配分された財産、又は(d)これらの価値に相当する財産。当該措置には、(a)没収の対象となる財産を特定し、追跡し、評価する権限、(b)当該財産の取引、移転又は処分を防止するため、凍結、差押えなどの暫定的な措置をとる権限、(c)没収の対象となる財産を凍結、差押え若しくは回復する国家の権能を侵害する行為を防止又は無効化する措置をとる権限、及び(d)捜査のためにあらゆる適切な措置をとる権限が含まれるべきである。各国は、国内法の原則に一致する限りにおいて、刑事上の有罪判決がなくても当該収益又は犯罪供用物を没収することを認める措置(有罪判決に基づかない没収)や、被告人に、没収の対象として申し立てられた財産の合法的な起源を示すよう要求する措置を採用することについて検討すべきである。」
  • 勧告38(Mutual legal assistance: freezing and confiscation(法律上の相互援助:凍結及び没収))
    • 各国は、外国の要請に応じて、洗浄された財産、資金洗浄、前提犯罪及びテロ資金供与から得た収益、これらの犯罪の実行において使用された若しくは使用を企図された犯罪供用物、又はこれらの価値に相当する財産を特定し、凍結し、差し押さえ、没収するための迅速な行動をとる権限を有することを確保すべきである。この権限には、国内法の基本原則に反しない限り、有罪判決に基づかない没収手続及び関連する保全措置に基づく要請に応じることができる権限が含まれるべきである。各国は、これらの財産、犯罪供用物又は相当する価値の財産を管理するための有効なメカニズムを有するとともに、没収財産の分配を含む差押え及び没収手続の調整のための取極めを有するべきである。」

前述のとおりステーブルコイン規制法案が大詰めを迎えている米国で、暗号資産の規制のあり方を巡る議論が活発になっています。政府や議会で検討が始まったにもかかわらず、米証券取引委員会(SEC)が7月下旬、独自の現行法解釈に基づいて捜査や告発などの法執行を強行する動きを見せたためです。他の省庁・委員会や裁判所、議会を巻き込んだ論争が年末にかけて熱を帯びそうな状況です。SECは、暗号資産交換業大手の米コインベース・グローバルが扱う暗号資産のインサイダー取引で不正に利益を得たとして、同社の元従業員らを突然告発しました。告発の中で、コインベースの取引プラットフォームに「上場」している暗号資産のうち7銘柄を個別具体的に「有価証券である」とSECが断定していたため、暗号業界に衝撃が走ったものです。これに対しコインベースは「我々のプラットフォームには『有価証券』は一つも上場していない」とすぐに声明をツイート、「(2021年4月の)我々の株式新規上場の審査の過程で、SEC自身が我々の実践している判断基準を確認していたはずだ」と、SECの一貫性の欠如を指摘しています。一方、SECのゲンスラー委員長は、暗号資産貸し出しをしている業者について、投資会社のようなことをしているのであれば「適切な」登録をさせるようSECとして動こうとしていると語り、そうした業者の多くが多くの顧客から膨大な暗号資産を集め、それをまとめて貸し出しに回し、顧客にはかなりの高いリターンを提供しようとするのであれば、まるで投資会社のようだと言えるかもしれないと指摘、「そうした業者がどのように事業をしているのか。業者が顧客に利益を約束する根拠は何なのか。そうした業者を証券法に基づき適切に登録させるべく、われわれは業界と協調して取り組もうとしている」と述べています。また、顧客が取引することで利益を得るのでなく、保有することで金利収入を得られるように設計された金融商品に対する米連邦規制を巡って、暗号資産業者は自分たちが当該規制の対象になるかがよく分からないままだと訴えています。(本コラムでも取り上げてきましたが)同氏はこれまでも個人的な見解として、一部の暗号資産事業は「証券類」に分類するのが妥当かもしれないとし、証券として取引され登録されるべきだと繰り返し表明しています。また、同氏は、大手金融機関が顧客向けの商品設計で暗号資産の選択肢を加えようと思うかどうかは金融機関が決めることだとも指摘した上で、その場合でも暗号資産のリスクをきちんと開示する必要があるとも主張しています。仮にSECが、コインベースが違法に無登録で有価証券を扱っているとして告発に踏み切れば、米国籍のほぼ全ての暗号資産交換業者と、世の中で無数に出回っている「トークン」と呼ばれる非通貨型の暗号資産が未登録で違法状態にあることになり、業界全体が大混乱に陥る可能性があります。こうしたSECのやや強引な「法施行」と裁判の積み重ねによる判例法でデジタル有価証券の要件が固まっていくのか、それとも政府や議会のルール整備がスピードアップするのか、現時点では何とも言えない状況ですが、いずれにしても大部分の暗号資産について、ほとんど何も明確な法規制がないという状態が長くは続かないことを感じさせます。

SECに限らず、暗号資産に向けるイエレン米債務長官の目も厳しいものがあります。2022年7月22日付日本経済新聞の記事「仮想通貨、失われた2兆ドル 「年利40%」の危うい賭け」では、暗号資産事業の危うさについて同氏の指摘も含め言及されており参考になります。以下、抜粋して引用します。

「極めて危険な投資手法だ。私は推奨しない」。米イエレン財務長官は6月上旬、ワシントンのイベントで、暗号資産を組み入れた年金運用について語気を強めた。米資産運用大手フィデリティ・インベストメンツが4月、確定拠出年金(401k)プランで、業界で初めてビットコインへの投資を可能にすると発表していた。イエレン氏の懸念は的中する。ビットコインの価格は6月中旬に3万ドル台から一気に2万ドルを割り込み、わずか1週間で時価総額の3割が消えた。暗号資産全体の時価総額は、ピークだった2021年11月の3兆ドル近くから直近までに約2兆ドル(約280兆円)減った。米国では一部の中小年金基金が資産構成に暗号資産を組み入れ始めていた。「年金がなくなったら生活が立ち行かない人もいる」。…年金が暗号資産を運用対象に加えたのは、株式など伝統的な金融資産と違う値動きをする代替資産としての期待からだ。だが実際には、暗号資産も株式と同じように世界の中央銀行の金融緩和で価値を押し上げられ、利上げ局面に入ると急落した。…暗号資産の21日時点 の時価総額は1兆ドル強。450兆ドル規模のグローバル金融システムを脅かすほどの規模には一見、みえない。だが、かつてリーマン・ショックの引き金となったサブプライムローン市場も「危機の直前の2008年には約1兆2000億ドルと評価されていた」とイングランド銀行のジョン・カンリフ副総裁は話す。…金融システムの「アリの一穴」となりかねない。「暗号資産とその市場は、それがもたらすリスクにふさわしい規制と監視の対象とする必要がある」。FSBは11日、規制強化の方針を示した。10月のG20財務相・中銀総裁会議で、規制案を議論する。金融システムの安定に配慮した「責任あるイノベーション」(イエレン氏)への転換が待ったなしだ

関連して、プログラムを使って無人で暗号資産の売買ができるプラットフォームの分散型金融(DeFi)がその存在基盤を揺ルがしかねない状況に置かれています。暗号資産の急落を受け、運営会社が突然取引を中止するなど管理の権限が分散されていないことが分かったためです。本来はプログラムを変えるには利用者同士で決めるはずだったところ、議決権の9割が特定の人物に集中していたという調査もあるといいます。そもそもDeFiはブロックチェーン(分散型台帳)上のプログラムを使い、暗号資産の交換や融資・預金など幅広い金融取引が自動でできる仕組みであり、中央管理者が不在で、プログラムの変更や停止は利用者が決めるとされ、次世代型インターネット「Web3」の注目分野で、データを独占する巨大IT企業への「アンチテーゼ」ともいえます。ところが、暗号資産の急落で、DeFiの預かり資金が4月末の2,000億ドルから740億ドルまで下落、運営会社は破綻を回避するため、なりふり構わずに手を打つ実態が明らかになっており、米分析会社チェイナリシスがDeFiを運営する主な自律分散型コミュニティー(DAO)を調査したところ、調べた全てのDAOで議決権の9割を1%未満の人が握っていたことが分かったといいます。開発スピードを高めるため、最初から運営会社に議決権を集中させていることが主な理由とされますが、ただ運営会社は発行した暗号資産を自ら運用していることが多く、運営者と利用者の利害は必ずしも一致しないため、議決権を分散しにくい構造になっているとも指摘されています。

その他、暗号資産を巡る海外の報道から、いくつか紹介します。

  • イラン当局が暗号資産を使った輸入発注を行ったことを初めて公表した報じられています。2022年8月10日付ロイターによれば、米国の制裁を回避できる可能性があり、発注は今週行われ、規模は1,000万ドル相当で、ドル中心の世界の金融システムを回避し、同様に米制裁下にあるロシアなどとの取引が可能になります。報道は取引に使用された暗号通貨を特定していませんが、産業鉱山貿易省の当局者は「9月末までに暗号資産とスマートコントラクト(ブロックチェーン上で契約を実行する仕組み)の利用が対象国との対外貿易で広く使われるようになる」とツイッターに投稿しています。米国はイランにほぼ全面的な経済封鎖を課し、石油、銀行、海運部門などが対象となっています。ブロックチェーン分析会社エリプティックは2021年、ビットコインのマイニング(採掘)の約4.5%がイランで行われているという調査結果を明らかにしていますが、稼いだ資産で輸入品を購入し、経済制裁の影響を緩和していると分析していました。国際的な経済制裁網の「抜け穴」として暗号資産が悪用されている実態をより正確に把握していく必要があります
  • 東南アジアに特化した暗号資産取引所ジップメックスはシンガポールで破産申請を行ったと発表しました。暗号資産相場の5月以降の急落を受けて、業界で不振の連鎖が広がっています。シンガポールに拠点を置く同社は7月20日に資金の引き出しを停止しましたが、翌日に再開、暗号資産融資を手掛ける香港拠点のバベル・ファイナンスと米セルシウス関連のリスクにさらされている資産5,300万ドルの対処に取り組んでいるとしていました。ジップメックスの発表によると、同社の弁護団は22日、同社に対する法的手続きを最大6カ月間禁止する措置の適用を申請、シンガポールの法律では、このような申請により企業は30日間、または裁判所が申請に対する決定を下すまでの期間、自動的に法的手続きが禁止されることになります。直近では、シンガポールの暗号資産貸借業者、ホドルノートが、暗号資産の引き出しや交換や預け入れを停止したと発表しています。シンガポール金融管理局(MAS)から3月に原則承認を取り付けていたデジタルトークン決済事業の免許申請も取り下げるとしたということです。報道によれば、「最近の市場情勢」を理由とし、「流動性の安定化と資産保全に集中するため」と説明しています。7月に破産申請した米同業セルシウス・ネットワークの法廷提出文書によると、ホドルノノートは同社の取引相手の1社に挙げられています。アジア太平洋地域で最大規模とされるシンガポールの暗号資産関連業界ですが、暗号資産ファンド、スリーアローズ・キャピタル(3AC)の破綻で大きく揺れている状況です。MASは暗号資産関連サービスの振興を後押ししていましたが、風向きが変わってしまいました。報道によれば、シンガポールの暗号資産・ブロックチェーン企業への投資は2021年は14億8,000万ドルで前年の10倍に急増し、アジア太平洋地域の投資総額の半分近くを占め、MASは関連サービスを促進を打ち出し、2020年には150社以上が暗号資産決済事業免許をMASに申請していましたが、3ACの破綻で状況が一変、暗号資産の価値急落もあって業界に影響が広がっています。
  • タイでも暗号資産が広がりを見せています。日本や米国など先進国と比べても若者らの関心は高いとされ、デジタル経済の成長を後押ししているとされます。一方で、中央銀行は年内にもCBDCを発行する見通しで、暗号資産市場への悪影響も懸念されています。これに対し、タイの暗号資産交換最大手ビットカブのCEOは、「デジタル通貨は送金や預け入れの効率化が目的で、中銀の閉鎖的なシステムで運用される。広く交換所で取引される暗号資産とは全く性格が異なり、両者は共存できるはずだ」、「デジタル通貨の発行によって市場の流動性をさらに高める可能性がある。デジタル分野は今後10年で最大の成長分野だ。我々はインターネットの世紀に生きているのだから通貨も変わらなければならない。紙幣に固執しすぎるとデジタル経済との整合性がとれなくなる」などと指摘していますが、タイにおける暗号資産やCBDCの今後の動向を注視する必要があります。なお、関連して、タイの金融大手サイアム商業銀行がビットカブの買収を無期限で延期することが判明しています。暗号資産の価値急落や当局による規制強化が延期の判断に影響したとみられると報じられており、サイアム商銀は「買収はデューデリジェンスと監督官庁との協議の段階にある」と説明しています。2018年設立のビットカブはビットコインをはじめとした主要な暗号資産を取り扱っており、2021年の取引額は1兆バーツ(3兆8,000億円)を超え、国内市場の9割を占めています。他行との競争激化で業績が低迷するなかでの事業の多角化を狙った動きでしたが、足元では関連ビジネスへの逆風は強まっており、タイ証券取引委員会(SEC)は暗号資産を決済に利用することを禁止したほか、主要な暗号資産ビットコインの価値は2021年11月ピーク時から70%以上下落しています。
  • 調査会社クリプトコンペアが公表したデータによると、暗号資産の主要取引所のデリバティブ(金融派生商品)取引高が7月に前月比13%増加し、3兆1,200億ドルとなったということです。一時暴落していた暗号資産価格に回復の兆しが見られていることが背景にあり、暗号資産の取引全体に占めるデリバティブ市場の割合は69%となり、6月の66%から上昇、7月の全体の取引高を4兆5,100億ドルに押し上げています。デリバティブ取引高は7月29日に2,450億ドルに達し、1営業日の取引高で6月の最高だった2,230億ドルを9.7%上回るなど大きく伸ばしています。一方、7月の現物取引は前月比1.3%減の1兆3,900億ドルと2020年12月以来の低水準となっています。また、ベンチャーキャピタル(VC)はデジタル通貨やブロックチェーン技術に携わるスタートアップ企業への投資をかえって積極化している状況だということです。報道によれば、今年上期のこうしたVC投資は175億ドルに達し、ビットコインなどの暗号資産が好調だった2021年は、通年で269億ドルと過去最高を記録しましたが、今年のペースはこれをも上回る勢いだといいます。米国の主要な暗号資産投資企業、デジタル・カレンシー・グループのルミ・モラレス氏は、こうしたデータが暗号資産とブロックチェーンへの信頼感の高まりを示していると指摘、「この業界全体が消えてしまうのではないか、などという存亡の危機がかつて語られていたが、すべては空想だった。もはやそうした状況ではない」と言い切っています。暗号資産を投資手段として採用する動きは、2021年に大きく広がり、ブロックチェーンの利用も根付いてきているものの、金融やコモディティーなどの業界に革命をもたらすという約束はいまだに実現していません。暗号資産を取り巻く状況、その評価はまさにジェットコースターのように乱高下しており、すぐ先を予測することも難しいというのが筆者の率直な感想です。
  • 英国の独立機関である法律委員会は、暗号資産などのデジタル資産について、私有財産法で新しい分類を設けるべきだとの見解を示しています。同国では今年4月、当時のスナク財務相が英国を暗号資産技術の世界的ハブにする意向を表明、法律委員会に対し、現行の法律でデジタル資産に対応できるか調査を要請していたものです。報道によれば、法律委員会は、非代替性トークン(NFT)など多くのデジタル資産は現行の私有財産法には容易に適合しないと表明、従来の「有体財産」(金などの有形資産)、「無体財産」(債券や株式など)に加え、新たに「データオブジェクト」という第3の分類を私有財産に追加することを提案しています。この第3の分類に入るデジタル資産は、電子データで構成され、一度に一人しか使用できないといった基準を満たす必要があるとしています。発想としてはなかなか興味深いもので、今後の議論の進捗を見守りたいと思います。
  • 米証券取引委員会(SEC)は、暗号資産投資のネズミ講詐欺に関わったとして11人を提訴しています。米国をはじめとする世界各地の個人投資家から計3億ドル余りを集めていたといいます。報道によれば、11人のうち4人が「Forsage」の名でスキームを作り、直近でそれぞれロシア、ジョージア、インドネシアに住んでいたことが分かっているといいます。投資のウェブサイトは2020年1月に始められ、ブロックチェーン技術を活用する自動約定取引と称して何百万人もの個人投資家を引き込んでいます。実態は先に加入した投資家が新しい投資家を仲間に入れ、先に加入した人たちへの支払いには新規勧誘した投資家の資産を充てるという典型的なネズミ講で、2年余りも続いたといいます。SECの暗号資産・サイバー部門責任者代理キャロライン・ウェルシュハンズ氏は報道で、「Forsageは大規模に立ち上げられ、積極的に投資家を誘い込んでいた詐欺的な無限連鎖講だ。連邦証券法はブロックチェーンや自動約定取引に基づく手口に焦点を当てた。詐欺師らは決して連邦証券法の網から逃れることはできない」と述べています。SECによると、被告のうち2人は和解に合意し、別の1人は制裁金支払い処分を受け入れたといいますが、いずれも詐欺行為については否定も肯定もしていないということです。
  • 米国の暗号資産会社ノマドが1億9,000万ドルの盗難被害を受けたといいます。ノマドはツイッターで「事件を認識」しており、調査中だとコメントするも、詳細は明らかにしていません。暗号資産分析会社ペックシールドは、ノマドでイーサやステーブルコインのUSDCなど顧客の暗号資産1億9,000万ドル相当が盗まれたと指摘、他のブロックチェーン専門家は被害額を1億5,000万ドル以上と推定しています。ノマドは異なるブロックチェーンを接続するソフトを開発していますが、暗号資産取引所運営のコインベース・グローバルなどから2,200万ドルを調達しています。今回の盗難事件では、異なるブロックチェーン間でのトークン移動を可能にするツールである「ブリッジ」が狙われましたが、ブリッジを狙った盗難事件は増えており、ブロックチェーン分析会社エリプティックによると、今年の被害額は10億ドルを超えているとのことです。2018年の暗号資産(仮想通貨)の暴落は、下落率で言えば今の状況よりも大幅だった。今回違うのは関わっている金額だ。情報サイトのコインゲッコーによると、18年には市場の高値から約7000億ドルが消えた。今年はこれまでのところ、仮想通貨の市場価値は1兆2000億ドル以上縮小した。犯罪者に盗まれた数百万ドルをこの合計に加える必要がある。関連して、ノマドだけでなく、8月1日の週には、暗号資産のソラナもハッカー攻撃を受けています。価格の乱高下だけでなく、ハッカー攻撃・サイバー攻撃による窃取リスクなど、米決済大手のブロック(旧スクエア)、暗号資産の交換業大手米コインベース・グローバル、米テスラなど暗号資産への投資を選択したテクノロジー企業にとって、剰余金を不安定な資産で保有することはますます維持できなくなりつつあるともいえます。投資を分散させるという目的で多額の損失を正当化することはできず、「会社の資金を不安定なデジタル資産で保有する愚かな行為を繰り返してはならない」(英フィナンシャルタイムズ)との指摘も正鵠を射るものだと思います。

最後に国内の暗号資産等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 次世代インターネットである「Web3」推進が日本の成長戦略に位置づけられるなか、海外競争力を確保するために暗号資産税制の見直しが不可欠だとされます。暗号資産業界が公表した税制改正要望によれば、見直しのひとつが暗号資産の取引税制です。現在税率が最大55%の総合課税である税制を20%の申告分離課税にするほか、3年の損失繰越控除を導入したり、現物取引だけでなく暗号資産デリバティブ取引にも適用したりするよう要望しています。2つ目が法人税で、現在は企業が保有するトークンや暗号資産に対し、期末に時価評価した上で法人税が課税されていますが、この対象を短期売買目的の保有に限定するよう要望しています。同時に、自社発行し意思決定投票などに使うガバナンストークンを急いで課税対象から除外するように明記しています。この税制を嫌って海外にブロックチェーン(分散型台帳)技術の有力が海外に流出していることが背景にあります。3つ目が資産税で、相続した暗号資産の譲渡による所得を亡くなった人の取得費を引き継げるように要望、相続財産の評価に過去3カ月の平均時価の最低額を選択できるようにすることも盛り込んでいます。
  • ソニー生命保険の海外子会社から約170億円を不正送金したとして、詐欺罪などに問われた元同社社員の公判が東京地裁であり、被告人質問で被告は「投資で十分な運用益を得たら会社と示談交渉し、あわよくば利益をもらおうと思った」などと述べています。報道によれば、被告は2021年5月19日、上司の指示と偽り、海外子会社の米国口座から自身の米銀行口座に約1億5,500万ドル(当時約168億円相当)を不正に送金、翌20日に全額を暗号資産ビットコインに交換し、犯罪収益を別の口座に隠したとされます。被告人質問では「口座に眠っている資金を投資して有効活用しようというよこしまな気持ちが芽生えた。ビットコインは必ず値上がりすると思っていた」と説明、予想以上に早く不正が発覚したとし、ソニー生命役員に匿名で「示談交渉に応じないと、お金は返らない」などとメールを送ったことも明らかにしています。日米の捜査協力で米連邦捜査局(FBI)が全額押収しており、ソニー生命によると、約1億6,100万ドルが返還される予定で、増額分は犯罪防止などのため寄付するとしています。詐取されたお金が暗号資産に投資されたことで大きな収益を生んでしまう事実(正直などころ、何だかなあという感想です)、暗号資産がブロックチェーンをベースにしたものであるがゆえに「全額押収(回収)」が可能であるという事実など、大変考えさせられる事例だといえます。
  • 佐賀県警鳥栖署は、福岡県筑紫野市の50代男性が、2,160万円相当の暗号資産をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、男性は今年2月下旬、投資関連サイトで知り合った男から「暗号資産をアプリ内に送金すれば、毎日1%の利益が出る」などと持ちかけられ、5月中旬までに5回にわたって計2,160万円相当を送金、その後、アプリ内の投資額が「ゼロ」と表示され、男とも連絡が取れなくなったことから、詐欺と気づいたということです。報道によれば、被害男性はサイトで知り合った男と面識がないまま、携帯電話やSNSで連絡を取り合い、「毎日1%の利益がでる」との説明を信じて、実在する暗号資産を2月25日に200万円分買い、相手が指定した自社開発というアプリを使って自分のアカウントに送金、その後も「増資すれば利益が倍になる」、「金額を増やすと利益が3,000万円になる」、「もっと増資したら40%の税率が4%になる」などと言われるたび、暗号資産を追加購入し、計5回に分けて送金を続けたということです。
  • 暗号資産の取引で利益を得た顧客の所得を隠し、約4,200万円を脱税したなどとして、東京地検特捜部は、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイに本店を置く貿易会社「KPT General Trading LLC」の日本支店代表の70代の男ら3人を所得税法違反容疑で逮捕しています。日本支店代表の男の逮捕は3度目だといいます。報道によれば、日本支店代表の男は、同社の顧客で会社役員の40代の女ら2人と共謀、女が暗号資産取引で得た所得をKPT社に帰属するように装って申告から除外し、所得税約4,200万円を免れるなどした疑いがもたれています。特捜部は、別の顧客の所得税計約7,400万円を脱税したとして、日本支店代表の男を同法違反で東京地裁に追起訴するなどしています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

カジノ管理委員会は、国内に誘致を進めるIR事業について「事業者の免許に関する審査基準」を公表しています。カジノ事業免許申請者が事業を遂行する能力・財産的基礎を有していること、申請者とその役員に十分な社会的信用があることのほか、マネー・ローンダリングや依存症対策が法令に適合し十分に行われることや、カジノ運営面積の遵守、カジノ事業に係る収支の見込みが良好であることなどが規定されているほか、カジノ運営については、ゲームに使用するチップの意匠や引き換え方法を具体的に明示することや反社会勢力の排除、法令遵守のもとで広告及び勧誘の基本的な方針・方法を示すことなど、公平性や顧客誘引について厳しい基準が定められています。以下、抜粋して紹介します。

▼カジノ管理委員会 特定複合観光施設区域整備法に基づくカジノ事業の免許等の処分に係る審査基準等の制定について
以下の審査基準等を本日制定しました。(令和4年7月22日施行)

  1. 審査基準
    • 「特定複合観光施設区域整備法に基づくカジノ事業の免許等の処分に係る審査基準」
    • 法第41条各号で規定する免許の基準への適合性を審査するための基準を定めるもの。
  2. カジノ管理委員会規則等
    1. カジノ事業規制関係
      • 「特定複合観光施設区域整備法に基づくカジノ事業者又はカジノ施設供用事業者が行う設置運営事業等の監査及び会計に関する命令」
      • 特定複合観光施設に係るカジノ事業者又はカジノ施設供用事業者が行う設置運営事業等の監査及び会計に関してカジノ管理委員会規則・国土交通省令で定めることとされた事項を定めるもの。
    2. 電子申請関係
      • 「関係行政機関が所管する法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律施行規則の一部を改正する命令」
      • 規則別表各号に掲げる関係行政機関としてカジノ管理委員会及び国土交通省を追加する改正を行うもの。
▼特定複合観光施設区域整備法に基づくカジノ事業の免許等の処分に係る審査基準 要点
  1. 申請者等の社会的信用及び申請者の人的構成に関する事項(法41(1)Ⅰ~Ⅴ関係)
    • 申請者等の十分な社会的信用に係る判断基準として、暴力団との関係の有無・内容等を 総合勘案し、不正又は不誠実な行為を行うおそれがないことを規定。また、人的構成に係る判断基準として、組織体制や役員の資質が的確な業務遂行を可能とするものであることを規定。
  2. カジノ事業者の財務の健全性に関する事項(法41(1)Ⅵ関係)
    • 事業を健全に遂行するに足りる財産的基礎を有することに係る判断基準として、十分な純資産を保持していること等を規定。また、事業に係る収支の見込みが良好であることに係る判断基準として、その見込みが合理的根拠に基づく適正なものであること等を規定。
  3. カジノ施設の規模、構造及び設備、カジノ関連機器等に関する事項(法41(1)Ⅶ~Ⅹ関係)
    • カジノ施設の数が一を超えないことに係る判断基準として、カジノ施設が構造的・機能的な一体性を有していること等を規定(IR整備法施行令で定めた3%の面積規制の算定方法は、規則で規定済み。)。
  4. 定款、業務方法書、カジノ施設利用約款に関する事項(法41①Ⅺ・Ⅻ、法53①関係)
    • 定款、業務方法書(広告勧誘、特定金融業務、コンプライアンス確保等の具体的な業務実施方法、体制整備等について記載するもの)及びカジノ施設利用約款の法令適合性等に係る判断基準として、必要な事項が記載されていること等を規定。
  5. 依存防止規程に関する事項(法41(1)ⅩⅢ関係)
    • 依存防止規程の法令適合性等に係る判断基準として、法令遵守宣言のほか、利用制限措置の具体的な手続が記載されていること等を規定。
  6. 犯罪収益移転防止規程に関する事項(法41(1)ⅩⅣ関係)
    • 犯罪収益移転防止規程の法令適合性等に係る判断基準として、法令遵守宣言のほか、取引時確認の具体的な手続が記載されていること等を規定。
  7. カジノ行為区画内関連業務に関する事項(法41(1)ⅩⅤ関係)
    • 区画内関連業務がカジノ事業の健全運営に支障を及ぼすおそれがないことに係る判断基準として、業務の内容が著しく射幸心をそそるおそれがないものであること等を規定。
  • その他、カジノ行為粗収益(GGR)の集計、契約・再委託契約の認可等に係る審査基準についても策定
▼特定複合観光施設区域整備法に基づくカジノ事業の免許等の処分に係る審査基準 本文
  • 法第39条の規定によるカジノ事業の免許の基準については、法第41条に定められているとおりであり、その審査基準は以下のとおりとする。
    1. 「申請者が、人的構成に照らして、カジノ事業を的確に遂行することができる能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有する者であること。」(法第41条第1項第1号)
      1. カジノ事業を的確に遂行することができる能力に関する事項
        1. カジノ事業に係る業務の的確な遂行に必要な人員が各部門に配置される組織体制、人員構成にあること。
        2. 役員が、その経歴及び能力に照らして、カジノ事業者としての業務を的確に遂行することができる十分な資質を有していること。
      2. 十分な社会的信用に関する事項
        • 例えば、以下の事項を総合的に勘案してカジノ事業に関連して不正又は不誠実な行為を行うおそれがないと認められる者であること。
          1. 暴力団との関係の有無・内容
          2. 法令遵守状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
          3. 社会生活における活動の状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
          4. 経済的状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
          5. 他者との不適切な社会的・経済的な関係の有無・内容
    2. 「申請者の役員が十分な社会的信用を有する者であること。」(法第41条第1項第2号)
      • 例えば、以下の事項を総合的に勘案してカジノ事業に関連して不正又は不誠実な行為を行うおそれがないと認められる者であること。
        1. 暴力団との関係の有無・内容
        2. 法令遵守状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
        3. 社会生活における活動の状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
        4. 経済的状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
        5. 他者との不適切な社会的・経済的な関係の有無・内容
    3. 「出資、融資、取引その他の関係を通じて申請者の事業活動に支配的な影響力を有する者が十分な社会的信用を有する者であること。」(法第41条第1項第3号) 例えば、以下の事項を総合的に勘案してカジノ事業に関連して不正又は不誠実な行為を行うおそれがないと認められる者であること。
      1. 暴力団との関係の有無・内容
      2. 法令遵守状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
      3. 社会生活における活動の状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
      4. 経済的状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
      5. 他者との不適切な社会的・経済的な関係の有無・内容
    4. 「申請者の主要株主等基準値以上の数の議決権等の保有者(営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者であるときは、その法定代理人(法定代理人が法人であるときは、その役員を含む。以下同じ。))及び当該主要株主等基準値以上の数の議決権等の保有者が法人等であるときはその役員が十分な社会的信用を有する者であること。」(法第41条第1項第4号) 例えば、以下の事項を総合的に勘案してカジノ事業に関連して不正又は不誠実な行為を行うおそれがないと認められる者であること。
      1. 暴力団との関係の有無・内容
      2. 法令遵守状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
      3. 社会生活における活動の状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
      4. 経済的状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
      5. 他者との不適切な社会的・経済的な関係の有無・内容
    5. 「当該申請に係る特定複合観光施設区域の施設土地権利者(営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者であるときは、その法定代理人)及び当該施設土地権利者が法人であるときはその役員が十分な社会的信用を有する者であること。」(法第41条第1項第5号) 例えば、以下の事項を総合的に勘案してカジノ事業に関連して不正又は不誠実な行為を行うおそれがないと認められる者であること。
      1. 暴力団との関係の有無・内容
      2. 法令遵守状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
      3. 社会生活における活動の状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
      4. 経済的状況に関する不適切な経歴・活動の有無・内容
      5. 他者との不適切な社会的・経済的な関係の有無・内容
    6. 「申請者がカジノ事業を健全に遂行するに足りる財産的基礎を有し、かつ、当該カジノ事業に係る収支の見込みが良好であること。」(法第41条第1項第6号)
      1. カジノ事業を健全に遂行するに足りる財産的基礎を有することに関する事項
        • 以下の事項等を総合的に勘案して、カジノ事業を健全に遂行するに足りる財産的基礎を有すると認められること。
          1. 事業等のリスクが顕在化し、カジノ事業の収益が見込みよりも下振れした場合にも、将来にわたって設置運営事業を継続できる規模の純資産を保持すること。
          2. 設置運営事業に係る施設整備等について、資金が安定的な手段により調達されていること及び将来にわたって必要となる資金調達が確実であること。
          3. カジノ事業の安定的な実施に必要な流動資産を保持すること。
      2. カジノ事業に係る収支の見込みが良好であることに関する事項
        • 以下の事項等を総合的に勘案して、カジノ事業に係る収支の見込みが良好であると認められること。
          1. カジノ業務の収益及びその他の業務の収益の見込みが合理的な根拠に基づく適正なものであること。
          2. 将来にわたって設置運営事業を実施するために必要な利益が見込まれていること(事業等のリスクが顕在化し、カジノ事業の収益が見込みよりも下振れした場合を含む。)

カジノを含む統合型リゾート(IR)の大阪府・市による誘致に関し、賛否を問う住民投票の実施を求める市民団体が、法定数を超える有効署名を府に提出し、住民投票条例の制定を吉村洋文知事に直接請求しました。地方自治法の規定では、住民投票条例の制定を知事に求めるには有権者の50分の1の署名が必要になるところ、市民団体が集めた有効署名は192,773筆で、法定数の約146,000筆を上回りました。これに対し、大阪府議会は7月29日に臨時議会を開き、大阪維新の会や公明党などの反対多数で否決、住民投票は行われないことになりました。知事が提案する重要議案は審議を尽くすため、10人程度の議員でつくる委員会で時間をかけて議論するのが通例であるところ、議会は本条例案を委員会に付託せず、即日採決して否決しました。19万を超える人が望んだ住民投票は、たった半日の議論で退けられたことになり、2022年7月29日付毎日新聞によれば、その実現を求めた市民団体は「住民の声に背を向けるものだ」と抗議の声を上げ、今後は裁判を通じて問題を追求していくとしています。本コラムでも継続的に取り上げているとおり、IRを巡っては、カジノによりギャンブル依存症の問題が深刻化するなどと反対の声も根強く、横浜市では2021年8月の市長選でIR反対派の候補が当選し、誘致を撤回、和歌山県も議会の反対で頓挫し、誘致を進めているのは大阪と長崎県だけになっている状況にあります。また、誘致の賛否を問う住民投票条例は、大阪府豊中市議会が制定を求める意見書を可決するなど賛同意見が広がっていたといいます。同報道において、地方自治に詳しい南山大の榊原秀訓教授(行政法)は、住民投票の実施を求める直接請求の多くは首長や議会多数派の政策の足かせになるとして、否決されるといい、「直接請求は、行政や議会の判断が信頼されていない証拠。多数の有効署名が集められながら十分な検討もなく否決するのは、市民の政治参加を軽視する対応だ。府議会は住民投票について深い議論をしたくないから、本会議のみで即日採決したように見える」と指摘しています。現在、カジノ管理委員会が大阪府・市から提出されたIR区域整備計画を審査している状況ですが、特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律の附帯決議においては、「地方公共団体が特定複合観光施設区域の認定申請を行うに当たっては、公営競技の法制に倣い、地方議会の同意を要件とすること。また、地方公共団体による公聴会の開催など、地域の合意形成に向けた具体的なアクションや依存症や治安維持などの地域対策を、国の認定に当たっては十分に踏まえること」(第5項)としており、地方議会の同意はもちろんですが、地域住民の合意形成が極めて重要であり、その点をどう評価されるのかも注目されるところです。なお、あらためて、「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案に対する附帯決議(平成二十八年十二月十三日 参議院内閣委員会)」は以下のとおりです。

政府は、本法の施行に当たっては、次の諸点に留意し、その運用等について遺憾なきを期すべきである。

  1. 特定複合観光施設区域の整備を推進するに当たっては、特に、カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響を排除する観点、我が国の伝統・文化・芸術を活かした日本らしい国際競争力の高い魅力ある観光資源を整備する観点、並びにそれらを通じた観光及び地域経済の振興に寄与する観点に特に留意すること。
  2. 政府は、法第五条に基づき必要となる法制上の措置を講じるに当たり、特定複合観光施設区域の整備の推進に係る目的の公益性、運営主体等の性格、収益の扱い、射幸性の程度、運営主体の廉潔性、運営主体の公的管理監督、運営主体の財政的健全性、副次的弊害の防止等の観点から、刑法の賭博に関する法制との整合性が図られるよう十分な検討を行うこと。
  3. 特定複合観光施設については、国際的・全国的な視点から、真に観光及び地域経済の振興の効果を十分に発揮できる規模のものとし、その際、特定複合観光施設全体に占めるカジノ施設の規模に上限等を設けるとともに、あくまで一体としての特定複合観光施設区域の整備が主眼であることを明確にすること。
  4. 特定複合観光施設区域の数については、我が国の特定複合観光施設としての国際的競争力の観点及びギャンブル等依存症予防等の観点から、厳格に少数に限ることとし、区域認定数の上限を法定すること。
  5. 地方公共団体が特定複合観光施設区域の認定申請を行うに当たっては、公営競技の法制に倣い、地方議会の同意を要件とすること。また、地方公共団体による公聴会の開催など、地域の合意形成に向けた具体的なアクションや依存症や治安維持などの地域対策を、国の認定に当たっては十分に踏まえること。
  6. 特定複合観光施設区域の整備が真に観光及び地域経済の振興に寄与するため、また、特定複合観光施設の設置の前提として犯罪防止・治安維持、青少年の健全育成、依存症防止等の観点から問題を生じさせないようにするため、特定複合観光施設区域の整備の推進における地方公共団体の役割を明確化するよう検討すること。
  7. カジノ施設の設置及び運営をしようとする者その他カジノ施設関係者については、真に適格な者のみが選定されるよう厳格な要件を設けるとともに、その適合性について徹底した調査を行うことができるよう法制上の措置を講ずること。また、カジノ施設を含む特定複合観光施設全体の健全な運営等を確保するため、事業主体としての一体性及び事業活動の廉潔性が確保されるよう、法制上の措置を講ずること。
  8. 依存症予防等の観点から、カジノには厳格な入場規制を導入すること。その際、自己排除、家族排除プログラムの導入、入場料の徴収等、諸外国におけるカジノ入場規制の在り方やその実効性等を十分考慮し、我が国にふさわしい、清廉なカジノ運営に資する法制上の措置を講ずること。
  9. 入場規制の制度設計に当たっては、個人情報の保護との調整を図りつつ、個人番号カード(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律第二条第七項に定める「個人番号カード」をいう。)の活用を検討すること。
  10. ギャンブル等依存症患者への対策を抜本的に強化すること。我が国におけるギャンブル等依存症の実態把握のための体制を整備し、その原因を把握・分析するとともに、ギャンブル等依存症患者の相談体制や臨床医療体制を強化すること。加えて、ギャンブル等依存症に関する教育上の取組を整備すること。また、カジノにとどまらず、他のギャンブル・遊技等に起因する依存症を含め、ギャンブル等依存症対策に関する国の取組を抜本的に強化するため、ギャンブル等依存症に総合的に対処するための仕組・体制を設けるとともに、関係省庁が十分連携して包括的な取組を構築し、強化すること。また、このために十分な予算を確保すること。
  11. 法第九条及び第十条に定める各種規制等の検討に当たっては、諸外国におけるカジノ規制の現状等を十分踏まえるとともに、犯罪防止・治安維持、青少年の健全育成、依存症防止等の観点から問題を生じさせないよう、世界最高水準の厳格なカジノ営業規制を構築すること。なお、諸外国におけるいわゆる「ジャンケット」の取扱についてはきわめて慎重に検討を行うこと。
  12. カジノにおけるマネー・ローンダリングの防止を徹底する観点から、第七項の事業主体の廉潔性を確保するための措置、第八項及び第九項のカジノへの厳格な入場規制を導入するための措置、第十一項の世界最高水準の厳格なカジノ営業規制を構築するための措置に加え、マネー・ローンダリング対策に関する国際基準であるFATF勧告に適切に対応するため、諸外国の規制の現状等を踏まえつつ、カジノの顧客の取引時確認、確認記録の作成・保存、疑わしい取引の届出等について、罰則を含む必要かつ厳格な措置を講ずること。また、カジノにおけるマネー・ローンダリングの防止を徹底する観点から、厳格な税の執行を確保すること。
  13. カジノ管理委員会は、独立した強い権限を持ついわゆる三条委員会として設置し、カジノ管理委員会がカジノ営業規制等を厳格に執行できる体制の構築が不可欠であり、特に、カジノ導入時から厳格な規制を執行できるよう、十分な機構・定員を措置するとともに、適切な人材を配置するほか、厳格なカジノ営業規制等や関係事業者に対する行政処分等の監督を有効に執行できる人材育成の在り方も検討すること。また、特定複合観光施設の設置の前提として犯罪防止・治安維持、青少年の健全育成、依存症防止等の観点から問題を生じさせないようにするため、都道府県警察その他の関係機関の必要な体制を確保するとともに、カジノ管理委員会とこれらの関係機関の連携体制を確保すること。
  14. カジノの運営主体が民間事業者になることに鑑み、カジノ事業者に適用される税制・会計規則等につき、諸外国の制度を十分に勘案の上、検討を行うこと。
  15. 法第十二条に定める納付金を徴収することとする場合は、その使途は、法第一条に定める特定複合観光施設区域の整備の推進の目的と整合するものとするとともに、社会福祉、文化芸術の振興等の公益のためにも充てることを検討すること。また、その制度設計に当たっては、依存症対策の実施をはじめ法第十条に定める必要な措置の実施や周辺地方公共団体等に十分配慮した検討を行うこと。
  16. 以上を含め、法第五条に定める必要となる法制上の措置の検討に当たっては、十分に国民的な議論を尽くすこと。

一方の長崎についても心配な動きがあります。旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS)傘下の大型リゾート施設「ハウステンボス」(長崎県佐世保市)が売却される見通しであることが明らかになったことです。なお、ハウステンボスの株式はHISが3分の2、残りをJR九州などの地元企業が保有しており、各社は同時に株式を売却するとみられています。長崎県は、ハウステンボスにIRの誘致を目指して国に事業計画を提出、国が審査中の状況にあります。報道によれば、長崎市の朝長市長は「IRに影響はないと考えている」と話す一方、県幹部は「売却されることで、国の審査に悪影響を及ぼさないか心配だ」と話しています。この点については、区域整備計画について、「10年・5年問題」への対応の観点から懸念が生じる可能性があります。具体的には、区域整備計画の認定の有効期間は、第9条11項の認定(区域整備計画の認定)の日から起算して10年とする規定があり、区域整備計画認定のためには、以下の手続きが必要となります(第9条5項~9項)(すでに区域整備計画を提出していますので、一度はこの手続きを踏んだ形となっています)。

  • 協議会における協議(協議会が組織されていない場合は、立地市町村等及び公安委員会との協議)
  • 区域整備計画に公安委員会(又は立地市町村等)が実施する施策及び措置が定められる場合には、公安委員会(又は立地市町村等)の同意
  • 公聴会の開催等住民の意見を反映させる措置
  • 認定都道府県等の議会決議
  • 立地市町村等の同意

さらに、10年後に区域整備計画の更新がされたときは、区域整備計画の認定の有効期間は、従前の区域整備計画の認定の有効期間の満了の日の翌日から起算して5年とすると規定され、区域整備計画認定の更新のためには、上述の更新前と同様の手続きが必要となります。ハウステンボスの所有者の意向によっては、区域整備計画の見直しやそれに伴う国の認可の動向が影響する可能性があるためです。この点も含め、今後の動向を注視していく必要があります。

雇用創出とギャンブル依存症対策をテーマにしたセミナーが長崎県佐世保市で開かれ、報道によれば、長崎IRの採用活動を支援するヒト・コミュニケーションズ社は誘致が実現した場合「事業全体で600~800の職種が必要になりそうだ」と指摘、総合採用センターやトレーニングセンターを設置し、幅広い人材の採用を進める考えを示していますが、IRが地域経済に与えるインパクトが大きいことがあらためてわかります。また、依存症対策についてはIRの設置運営事業予定者の担当者が、欧州での取り組みを紹介、その上で「長崎でも早期支援と適切な治療を提供する」と説明しています。一方、長崎IRを巡り、事業予定者と交わした基本協定書を長崎県が非公開としている問題で、大石知事は「事業者の公募の段階から外部に公表しないことを前提としている」と述べ、今後も公開しない考えを示しています。報道によれば、長崎県は2021年8月、事業予定者「カジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパン」との間で双方が負う義務や計画が頓挫した場合の違約金などを定めた基本協定を結んでいますが、内容を明らかにしていません。同様にIRを誘致する大阪府などは協定書の内容をHPなどで公開、府の担当者は「事業の透明性を確保し、議会や府民への説明責任を果たした上で、しっかり議論いただくことが重要だ」と説明しているのとは対照的な対応となっています。さらに、長崎県のIR誘致を巡っては、反対派の弁護士らが国の区域認定審査に対応するためのコンサルタント委託費約1億1,000万円の支出を違法として、住民監査請求をしています。

その他、カジノや依存症を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

    • 愛知県警は、インターネットカジノ店から収益の一部を受け取ったとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)の疑いで、無職の容疑者ら3人を再逮捕し、会社員を逮捕しています。県警はカジノで遊ぶために使う「ポイント」を店側に売り、賭博で得た収益が支払いに充てられていたとみて調べているといいます。報道によれば、容疑者らは名古屋市を中心に大阪府などの賭博店数十店舗にポイントを販売していたとみられるということです。逮捕容疑は、共謀して2021年12月と2022年3月、名古屋市中区のカジノ店から、賭博収益の一部である現金計34万円を受け取ったというもので、4人は200万ポイントを34万円で店側に提供し、店は客に1ポイント1円で販売していたとみられています。
    • 新型コロナウイルス禍の長期化などで、インターネットをやりすぎてしまう「ネット依存」の人が増えていることは本らコムでもたびたび取り上げてきました。背景には、コロナ禍において自宅で過ごす時間が長くなったり、オンライン授業のためのタブレット配布が進んだりしたことが挙げられます。総務省が、10代のネット利用時間を調べたデータによれば、2020年の利用時間は平均224分(平日1日)で、コロナ前(2019年は168分)の1.3倍に上っており、これに伴い、ネット依存に悩む人が増えているといいます。2022年7月12日付毎日新聞の記事「増えるネット依存・ゲーム障害どう予防する 夏休み前に専門家が助言」に興味深い指摘がありましたので、以下、抜粋して引用します。
    東京医科歯科大学の治徳大介講師(精神行動医科学分野)は、大学が設けたネット依存に関するホームページへのアクセス数が、コロナ前後で大きく変わったと指摘する。国内でコロナ患者が確認される直前(20年1月初旬)は、1週間のアクセス数が70程度。ところが、同年8月には756へと急増。治徳医師は「多くは小中学生やその家族からのアクセスだったと思います」と分析する。…ネット依存がひどくなると、深夜までゲームをしてしまい、生活リズムが乱れる。そして朝起きられずに学校を休んで成績が下がってしまう。この状態にまでなると「ゲーム障害」という立派な病気だ。こうした人について、治徳医師は「自分に自信がなく、楽しみがなくて逃げ場としてゲームをすることが多いです」と説明する。治療法の一つに、物事を前向きに捉える練習があるという。例えば、コップに半分入った水を見せて「もう半分しかない」ではなく、「まだ半分もある」と考えるような練習だ。…就寝直前にゲームをすると、睡眠が浅くなりやすいことが研究で分かっているという。治徳医師は「就寝の1時間以内に、ゲームをするのは控える方がいいでしょう」と話す。続けて、こうアドバイスしてくれた。「ネット自体は、危険でも何でもありません。現代社会では、むしろ健全です。大事なのは、ネット以外にも、何か一つ『好きなこと』を作る。そして友達を作ることです
    ③犯罪統計資料

    本コラムでも毎月犯罪統計資料で状況を紹介していますが、今年上半期(1~6月)に全国の警察が認知した刑法犯は前年同期に比べ0.8%減の275,033件となり、20年連続で減少し、戦後最少を更新しています。うち、路上強盗などの「街頭犯罪」が前年同期比3.0%増となっていますが、5~6月の増加幅が大きく、新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言などが出た昨年と異なり、今年は行動制限がなかったことが影響したものと考えられます。また、「侵入犯罪」は7.7減少、全体の7割近くを占める窃盗犯は0.5%減となりました。さらに、殺人などの「重要犯罪」は3.4%増の4,419件、未遂を含め罪種別で見ると、増えたのは放火(10.6%増)、強制性交等(6.6%増)、強制わいせつ(6.4%増)などとなっており、殺人はほぼ横ばい、強盗、略取誘拐・人身売買は減少しています。一方、刑法犯全体で摘発したのは7.2%減の119,545件、人数は4.8%減の80,849人で、近年上昇傾向だった検挙率は3.0ポイント下落し、43・5%となった点が懸念されるところです。

    ▼警察庁 令和4年上半期の刑法犯認知・検挙状況について【暫定版】
    • 認知件数は275,033件(前年同期277,112件、前年同期比▲2,079件、▲0.8%)、検挙件数は119,545件(128,853件、▲9,308件、▲7.2%)、検挙人員80,849人(84,964人、▲4,115件、▲4.8%)、検挙率43.5%(46.5%、▲3.0ポイント)
    • 令和4年上半期における刑法犯認知件数は275,033件で、年間の認知件数が戦後最少であった令和3年(568,104件)の上半期(277,112件)を更に下回った(前年同期比で0.8%減少)。他方、重要犯罪の認知件数は前年同期比で3.4%の増加となった。
    • 刑法犯認知件数のうち、街頭犯罪の認知件数は前年同期比で3.0%増加した。一方、侵入犯罪の認知件数は前年同期比で7.7%減少した。
    • 包括罪種別に見ると、刑法犯認知件数の約7割を占める窃盗犯の認知件数は、前年同期比で0.5%の減少となった(このうち、重要窃盗犯の認知件数は前年同期比で5.1%減少。)。侵入盗、自動車盗、ひったくり及びすり
    • 令和4年上半期における刑法犯の検挙率は43.5%、重要犯罪の検挙率は85.0%、重要窃盗犯の検挙率は61.4%であった。
    • 刑法犯、重要犯罪及び重要窃盗犯の検挙率はいずれも平成10年代半ば以降上昇傾向にあるが、本年上半期は前年同期比でいずれも下落している。
    • 令和4年上半期における街頭犯罪の認知件数は85,382件となり、前年同期比で3.0%増加した(侵入犯罪の認知件数は21,714件となり、前年同期比で7.7%減少、街頭犯罪及び侵入犯罪以外の認知件数は167,937件となり、前年同期比で1.6%減少した)。
    • 令和4年上半期における月別の街頭犯罪の認知件数を見ると、2~4月が対前年同期比で減少している一方で、1・5・6月はそれぞれ3.6%、21.9%、15.5%増加となっている。
    • 令和4年上半期における重要犯罪の認知件数は4,419件と、前年同期比で3.4%増加した。
    • 令和4年上半期の重要犯罪の認知件数を罪種別にみると、強制性交等が727件、強制わいせつが2,120件、放火が418件となり、前年同期比でそれぞれ6.6%、6.4%、10.6%増加した。
    • 刑法犯認知件数の約7割を占める窃盗犯について、令和4年上半期の認知件数は185,008件と、前年同期比で0.5%減少している。重要窃盗犯についても、令和4年上半期の認知件数は20,747件と、前年同期比で5.1%減少している。
    • 令和4年上半期における刑法犯検挙件数は119,545件、検挙人員は80,849人で、ともに令和3年の上半期(128,853件、84,964人)を下回った(それぞれ前年同期比で7.2%、4.8%減少)。少年の検挙人員は6,531人で、検挙人員全体の8.1%となった(令和3年上半期は全体の8.3%)。
    • 令和4年上半期における検挙率は、前年同時期より3.0ポイント下落し、43.5%となった。重要犯罪の検挙率、重要窃盗の検挙率は、いずれも前年同時期より下落し、それぞれ85.0%、61.4%となった(それぞれ前年同期比で6.0%、13.1%減少)。

    例月同様、令和4年6月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

    ▼警察庁 犯罪統計資料(令和4年1~6月分)

    令和4年(2022年)1~6月の刑法犯総数について、認知件数は275,033件(前年同期277,112件、前年同期比▲0.8%)、検挙件数は119,545件(128,853件、▲7.2%)、検挙率43.5%(46.5%、▲3.0P)と、認知件数・検挙件数ともに2020年~2021年において減少傾向が継続していた流れを受けて減少傾向が継続しています。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は185,008件(185,882件、▲0.5%)、検挙件数は71,774件(79,218件、▲9.4%)、検挙率は38.8%(42.6%、▲23.8P)となりました。また、粗暴犯の検挙件数は20,286件(19,967件、+1.6%)、検挙件数は16,649件(17,221件、▲3.3%)、検挙率は82.1%(86.2%、▲4.1P)となりました。コロナで在宅者が増え、窃盗犯が民家に侵入しづらくなり、外出も減ったため突発的な自転車盗も減った可能性が指摘されるなど窃盗犯全体の減少傾向が刑法犯の全体の傾向に大きな影響を与えていますが、3月のまん延防止等重点措置の解除などもあり、今後の状況を注視する必要がありそうです。また、知能犯の認知件数は17,936件(17,067件、+5.1%)、検挙件数は8,813件(8,842件、▲0.3%)、検挙率は49.1%(51.8%、▲2.7P)などとなっており、本コラムでも指摘しているとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加しています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が大きく増加傾向にあることが影響しているものと考えられます。刑法犯全体の認知件数が増加傾向を見せ、検挙件数が減少傾向の中、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率がやや低下傾向にある点も気がかりです)。

    また、特別法犯総数については検挙件数は32,328件(33,632件、▲3.9%)、検挙人員は26,646人(27,717人、▲3.9%)と2021年同様、検挙件数・検挙人員ともに減少している点が特徴的です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は1,985件(2,564件、▲22.6%)、検挙人員は1,494人(1,869人、▲20.1%)、軽犯罪法違反の検挙件数は3,726件(3,967件、▲6.1%)、検挙人員は3,703人(3,974人、▲6.8%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は4,365件(3,874件、+12.7%)、検挙人員は3,378人(3,049人、+10.8%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は493件(472件、+4.4%)、検挙人員は392人(379人、+3.4%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,559件(1,145件、+36.2%)、検挙人員は1,279人(930人、+37.5%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は234件(144件、+62.5%)、検挙人員は86人(53人、+62.3%)、不正競争防止法違反の検挙件数は29件(41件、▲29.3%)、検挙人員は32人(43人、▲25.6%)、銃刀法違反の検挙件数は2,420件(2,409件、+0.5%)、検挙人員は2,128人(2,107人、+1.0%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や犯罪収益移転防止法違反、不正アクセス禁止法違反が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は477件(383件、+24.5%)、検挙人員は286人(228人、+25.4%)、大麻取締法違反の検挙件数は3,016件(3,132件、▲3.7%)、検挙人員は2,396人(2,476人、▲3.2%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は4,356件(5,365件、▲18.8%)、検挙人員は3,002件(3,584件、▲16.2%)などとなっており、最近継続して大麻事犯の検挙件数が大きく増加傾向を示していたところ、減少に転じている点はよい傾向だといえ、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きく減少傾向にある点とともに特筆されます。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、、総数257人(290人、▲11.4%)、ベトナム75人(100人、▲25.0%)、中国48人(45人、+6.7%)、スリランカ24人(6人、+300.0%)、ブラジル18人(17人、+5.9%)、韓国・朝鮮11人(9人、+22.2%)、フィリピン10人(17人、▲41.2%)などとなっています。

    一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、刑法犯全体の検挙件数は4,325件(5,766件、▲25.0%)、検挙人員は2,651人(3,249人、▲18.4%)と検挙件数・検挙人員ともに2021年に引き続き減少傾向にある点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じている点は、緊急事態宣言等やまん延防止等重点措置の解除やオミクロン株の変異型の再度の流行などコロナの蔓延状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は290件(364件、▲20.3%)、検挙人員は290人(338人、▲14.2%)、傷害の検挙件数は457件(570件、▲19.8%)、検挙人員は506人(674人、▲24.9%)、脅迫の検挙件数は178件(166件、+7.2%)、検挙人員は169人(157人、+7.6%)、窃盗の検挙件数は1,885件(2,799件、32.7%)、検挙人員は343人(501人、▲31.5%)、詐欺の検挙件数は712件(806件、▲11.7%)、検挙人員は587人(641人、▲8.4%)、賭博の検挙件数は16件(17件、▲5.9%)、検挙人員は55人(67人、▲17.9%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、3月まで検挙人員が増加傾向を示していたところ減少傾向に転じています。とはいえ、全体的には高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測されることから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は2,635件(3,465件、▲24.0%)、検挙人員は1,788人(2,335人、▲23.4%)とこちらも2020年~2021年同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、暴力団排除条例違反の検挙件数は17件(19件、▲10.5%)、検挙人員は33人(50人、▲34.0%)、銃刀法違反の検挙件数は45件(50件、▲10.0%)、検挙人員は28人(39人、▲28.2%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は90件(67件、+34.3%)、検挙人員は34人(21人、+61.9%)、大麻取締法違反の検挙件数は461件(591人、▲22.0%)、検挙人員は278人(365人、▲23.8%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,550件(2,247件、▲31.0%)、検挙人員は1,020人(1,446人、▲29.5%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は84件(69件、+21.7%)、検挙人員は49人(45人、+8.9%)などとなっており、やはり最近増加傾向にあった大麻事犯の検挙件数・検挙人員ともに減少に転じ、その傾向が定着していること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していること、麻薬等取締法違反・麻薬等特例法違反が大きく増えていることなどが特徴的だといえます。なお、参考までに、「麻薬当特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

    (8)北朝鮮リスクを巡る動向

    国連安全保障理事会で対北朝鮮制裁決議の履行状況を監視する、北朝鮮制裁委員会の専門家パネルがまとめた中間報告書案の概要が判明しています。報道によれば、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」などのサイバー攻撃によって新たに数億ドル相当の暗号資産を盗み取ったと指摘、窃取した暗号資産は、核・ミサイル開発の資金源になっているとみられています。また、「ビッシング」と呼ばれる電話を使ったフィッシング詐欺の手法や、大量破壊兵器に関する情報などを狙ったサイバー攻撃も続いていると説明しています。さらに、NFT(非代替性トークン)を利用し、暗号資産を不正奪取する資金調達やマネー・ローンダリングを進めている実態も明らかになっています。北朝鮮の偵察総局傘下のハッカー集団「ラザルスグループ」が、2022年1~7月にサイバー攻撃でイーサリアムやUSDコイン(USDC)など数億ドル相当の暗号資産を盗み取ったと結論づけています。また、専門家パネルは、北朝鮮系のハッカー集団が、サイバー攻撃の標的を銀行などから暗号資産を扱う企業に移していると分析、北朝鮮が目を付けたのがNFTだといいます。NFTはオンライン上のデジタルアートなどのデータに固有のIDを持たせて唯一無二であることを証明する仕組みで、誰でも作成でき、専用の取引市場「NFTマーケットプレイス」に出品して売買できるものですが、今年3月にはラザルスが、人気のNFTゲームの「アクシー・インフィニティ」のネットワークにサイバー攻撃を仕掛け、約6億2,000万ドル(約820億円)の暗号資産を不正に奪い取ったとされ、ゲーム内の取引の仕組みを手掛けるサービス会社のネットワークが攻撃の標的となったとしています。専門家パネルは、「北朝鮮が資金調達と資金洗浄の両方で、規制が緩いNFTの仕組みを利用するケースが増えている」と指摘、専門家も「デジタルアートを出品し、匿名口座を通じて暗号資産で作品を買い戻すことで資金洗浄などに利用される可能性がある」と警告しています。さらに、北朝鮮が今年前半、7回目の核実験に向けた準備を進めたと明記しています。核実験を巡っては、韓国政府が今年5月、北朝鮮による核起爆装置の作動試験を探知したと公表しています。報告書案は2022年1月から7月の対北朝鮮制裁の履行状況をまとめており、制裁逃れの手口を詳述しているものですが、北朝鮮は寧辺の核施設で核分裂性物質の生産能力を高め、2018年に非核化交渉の過程で爆破した豊渓里の核実験場の地下トンネルの掘削も再開、6月上旬時点で核実験の準備は最終段階に入ったとされます。さらに、北朝鮮による石油精製品の輸入などの制裁逃れも続いており、7月27日までに加盟国が制裁委員会に報告した北朝鮮による石油精製品の輸入量は、年間供給上限50万バレルの8.15%にとどまった一方、ある加盟国はすでに年間供給上限に迫る45万8,898バレルもの石油精製品が輸入された可能性があると推計しています。また、北朝鮮は石炭の輸出も継続しており、専門家パネルと加盟国による調査では、北朝鮮は制裁をかいくぐり、中国領海で石炭の荷下ろしを続けていると指摘しています(具体的な数量は明らかにしていません)。また、報告書案で北朝鮮による制裁逃れを指摘する一方で、北朝鮮における新型コロナウイルスの感染拡大をめぐり「国連による制裁が意図せずして人道状況に影響を及ぼしたことに疑いの余地はない」との文言が盛り込まれた点は注目されます(関連して、国連人権理事会が7月に任命した北朝鮮人権問題を担当する特別報告者のエリザベス・サルモン氏が、北朝鮮政府との「意見交換の機会を設けることに最善を尽くす」との声明を出し、北朝鮮が2020年1月から新型コロナウイルス感染対策で国境を封鎖したことを念頭に、人権状況が「一層悪化した」と言及しています)。報告書は安保理の理事国による議論を踏まえて修正を加え、9月にも公表される見込みだといいます。

    核開発に関連して、北朝鮮の国連代表部は、核拡散防止条約(NPT)再検討会議で欧米や日本などが北朝鮮の核開発を批判していることに反論する声明を発表しています。声明は「北朝鮮はずいぶんと前にNPTに基づいた正当な手続きを通じて条約から離脱した。NPT外の核保有国であるため、他国に自衛権行使を批判する権利はない」として核開発の継続を正当化しています。北朝鮮は1993年と2003年にNPTからの脱退を宣言しており、8月1日にニューヨークの国連本部で開幕したNPT再検討会議にも参加していません。NPT再検討会議ではロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮の核開発をめぐる批判が欧米各国から続出しており、米国のブリンケン国務長官は「北朝鮮は違法な核開発を拡大し、地域に対する挑発を続けている」と非難、ドイツのベーアボック外相は「今回の会議では最も深刻なNPTの違反である北朝鮮の核開発について結束を示すべきだ」と訴えたほか、日本の首相として初めてNPT再検討会議に出席した岸田首相は「北朝鮮による新たな核実験が行われる懸念もあるなか、日本は国際社会と協力して北朝鮮の核・ミサイル問題に取り組んでいく」と述べています。

    北朝鮮とサイバー攻撃との関連でいえば、北朝鮮外務省が、同国のサイバー攻撃能力に触れた米ホワイトハウス高官の発言を非難するとともに、米国の「侵略」に対抗し続けると表明しています。国営の朝鮮中央通信(KCNA)によると、ニューバーガー米国家安全保障担当副補佐官(サイバー・先端技術担当)は、北朝鮮は「国を装って」収益を追求する犯罪シンジケートだと述べたとされ、KCNAは外務省報道官のコメントを引用し、「結局のところ、かつては『無条件の対話』や『外交的関与』というベールに覆われていた、最も卑劣な敵対政策の真の姿を米政権は明らかにした」と報じています。さらに、米国は「世界で唯一無二の犯罪者集団」だとも指摘しています。

    在ロシア北朝鮮大使館は、ウクライナ東部で親露派武装集団が一方的に「独立」を宣言している「ドネツク人民共和国」と「ルハンスク人民共和国」を国家として承認したと明らかにしています。また、ドネツク州の親露派武装集団幹部は、「北朝鮮と外交関係を確立する更なる措置について合意した」と主張しています。同州の親露派武装集団は、モスクワで「ドネツク人民共和国」の大使館を開設したとしており、「独立」を既成事実化しようとしており、6月下旬には、プーチン政権の支援を受けるシリアのアサド政権も、両「共和国」の国家承認を発表しています。これに対し、ウクライナ外務省は、声明を出し、シリアと同様に北朝鮮とも外交関係を断絶すると表明、ゼレンスキー大統領も「あらゆるレベルで非常に厳しく対応する」と述べています。さらに、ウクライナ東部ドネツク州で「独立」を宣言している親ロシア派武装集団トップは、ウクライナ軍との戦闘で破壊が進んだ地域の復興のため、北朝鮮からの建設労働者受け入れに向けて具体的な調整に入っていると明らかにしています。北朝鮮の専門家グループが近く現地入りし、必要な人数などを確認する見通しも示しています。在北朝鮮のロシア大使は7月、ウクライナ東部への北朝鮮労働者の派遣に期待感を示しており、ロシアが水面下で仲介している可能性が考えられます(大使は、北朝鮮のいくつもの企業はソ連の技術協力で建設されており、その設備はドネツク州スラビャンスクやクラマトルスクの重機械工場などドネツク地域で現在でも製造されていると指摘、そのうえで、北朝鮮側はこうした工場で生産される部品や設備を自国工場の修繕や更新の際に使うことに「強い関心」を持っており、北朝鮮と二つの「共和国」の間には交易対象になる多くの商品があると強調しています)。北朝鮮が労働者を派遣するのは、友好国のロシアとの連携強化が最大の目的とみられ、新たな核実験などを強行する際、ロシアが米主導の追加制裁に同調しないことなどを期待しているのは確実なところです。実際、ロシアのウクライナ侵略後、北朝鮮は露骨なロシア擁護の外交を展開しており、3月の国連緊急特別総会の対露非難決議では反対に回ったほか、7月には前述した「ドネツク人民共和国」と「ルハンスク人民共和国」の国家承認など行い、北朝鮮外務省は「朝露両国は、米国と追従勢力の強権を全面的に排撃し、国の安全を守るための協力を一層緊密にしている」と主張しています。こうした政治的な側面にとどまらず、北朝鮮にとって、労働者の海外派遣は貴重な外貨獲得の手段でもあります。国連安全保障理事会は2017年12月の制裁決議で、北朝鮮労働者を2019年12月までに本国送還するよう加盟国に義務づけていますが、ロシア国内には多数の北朝鮮労働者が滞留しているとされ、このうち一部がウクライナ東部に派遣されるとの観測も出ています(当然ながら、国連制裁に違反する行為だといえます)。

    (中国の習近平主席の続投実現に悪影響が出るとして当面は控えるとの憶測が流れていますが)北朝鮮は核実験の準備を着々と進めています。一方、韓国の専門家らの間で北朝鮮経済の苦境が一段と深刻になっているとの分析が相次いでいるようです。本コラムでもたびたび指摘してきたとおり、核・ミサイル開発を巡る国際社会の経済制裁に新型コロナウイルスによる対中貿易停滞が重なり、北朝鮮内での新型コロナ流行が追い打ちをかけており、打開を目指す北朝鮮は当面、対外強硬姿勢を続ける一方、中国やロシアの支援を模索するとみられています。報道によれば、韓国の政府系シンクタンク、韓国開発研究院(KDI)は6月30日に公表した報告書で、食糧不足の被害者が貧困層に集中することや、新型コロナのため北朝鮮内に外国人の情報発信者が少ない事実を問題点にあげ、「飢饉の発生を外部から把握できない」との理由で「沈黙の飢餓」と呼ばれる状態に陥る可能性を指摘しています。そもそも新型コロナの流行前から北朝鮮の経済は低迷しており、新型コロナは経済面で北朝鮮の孤立を深めたことから、人道支援も届きにくい状況にあります。すでに中国には中朝貿易の再開を求めていますが、中国の習近平指導部は秋の共産党大会を控え、新型コロナを徹底して抑え込む「ゼロコロナ」政策を継続する方針で、反応は鈍い状況にありますが、ウクライナ侵攻を批判する米欧の制裁が効いてきたロシアは北朝鮮との距離を縮めている状況にあります。また、韓国中央銀行の発表によると、2021年の北朝鮮の実質国内総生産(GDP)は0.1%減と、2年連続でマイナス成長となったもようです。2020年は国連の制裁や新型コロナウイルス流行に伴うロックダウン(都市封鎖)を受けて、1997年以降で最悪となる4.5%のマイナス成長を記録していました。

    北朝鮮は、ペロシ米下院議長が韓国訪問中に北朝鮮に対する抑止力の維持に支持を示したことを非難しています。北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)は、ペロシ氏の発言は朝鮮半島の緊張を激化させようとする米国の計画の一環だと非難、また、同氏が米国の対北朝鮮敵視政策を正当化したり、米国の軍備増強を支持しようと試みたと伝えています。報道によれば、北朝鮮外務省のチョ報道局長は談話を出し、「国際的平和と安定の最大の破壊者」であるペロシ氏が台湾訪問で「中国人民の怒りを買った」と強調、「米国は、ペロシ氏の訪問場所によって生じた全てのトラブルの火種に関し、大きな代償を払わなければならないだろう」としています。さらに、韓国と北朝鮮の軍事境界線がある板門店の共同警備区域(JSA)を訪れたことについては「米政府の敵視政策を表した」と言及、「南朝鮮(韓国)の保守政権を同族対決に追い込み、朝鮮半島の情勢を一層激化させている」と主張しています。また、ペロシ氏が4月にウクライナに訪問したことにも触れ「反ロシアの対決ムードを高めた」と批判しています。前述のとおり、米欧と中ロの対立が深まるなか、北朝鮮が中ロとの関係強化を図る方針を改めて鮮明にした形となります。また、北朝鮮の朝鮮労働党中央委員会は、中国共産党中央委員会に、台湾問題を巡り米国を非難し中国への連帯を表明する手紙を送っています。秋ごろに開かれる共産党大会が「習近平総書記(国家主席)の指導の下、中華民族の偉大な復興のための旅程で新たな里程標となる」と指摘し、習氏の3期目入りを事実上支持しています。中国は、北朝鮮が準備を終えたとみられる7回目の核実験を行えば情勢が不安定化し、共産党大会での習氏の続投実現に悪影響が出るとみて反対しており、北朝鮮が党大会成功への協力姿勢を見せたことで、大会前には核実験を控える可能性が出ています。また、手紙は、ペロシ米下院議長ら米要人の訪台を、中国の主権を侵害し共産党大会の成功を妨害するための政治的挑発行為だと主張しています。北朝鮮は以前から台湾問題で中国を支持しており、外務省報道官がペロシ氏の訪台を非難していますが、表明の水準を党レベルに引き上げた形となります。

    金正恩朝鮮労働党総書記は、平壌で全国非常防疫総括会議を開き、新型コロナウイルス感染症との戦いに「勝利」したと宣言、最大非常防疫体制から通常の防疫体制への緩和を表明しています。北朝鮮の防疫体制の緩和は5月12日に国内でのコロナ感染を初めて認めて以来、3カ月ぶりとなります。7月29日から新たな発熱者が出ておらず、最後の全快者が報告されてから7日が経過したと説明(7月28日から8月7日の間に風邪や気管支炎など、新型コロナと似た症状を示した10万人あまりにPCR検査を実施した結果、胃腸炎などによる発熱と確認され、新型コロナに感染していないことが証明されたとしています)、この間の感染者はすべてオミクロン型の派生型「BA.2」で、それ以外の変異型ウイルスの流入はないと強調、感染が広がった5月以降の死者は74人にとどまり「致命率は世界保健界で空前絶後の奇跡といえる非常に低い数値を記録した」などと指導部の感染症対応を自賛しています(北朝鮮の新型コロナの統計については、死者数が極端に少ないなど不自然な点があり、信頼性を疑う見方も根強いといえます)。同会議では、妹の金与正党副部長が演説し、韓国の脱北者団体が散布したビラでウイルスが流入したとの見方を示したうえで、韓国に対する報復措置を警告しています(今後、北朝鮮が韓国に対する軍事挑発を行う口実とする可能性も考えられます)。なお、与正氏が演説の中で、金総書記について「高熱の中でひどく苦しみながらも、自分が最後まで責任を負わなければならない人民たちのことを考え、一瞬も横になれなかった」と述べた点が注目されています。防疫に伴う厳しい統制措置で国内経済が疲弊する中、外部に責任を転嫁し、住民らの不満をそらす狙いとみられています。また、米韓両軍は8月下旬から合同軍事演習を予定しており、北朝鮮がそれに対抗する形で何らかの軍事的挑発に踏み出す可能性も否定できません。

    なお、北朝鮮におけるコロナ対応について、ちょっと変わった切り口から分析している2022年8月3日付日本経済新聞の記事「コロナ感染の情報を公開 金正恩流のプロパガンダ」が大変興味深い内容で、前述した総括会議における与正氏の演説内容と重ねるとその背景がよくわかります。以下、抜粋して引用します。

    北朝鮮が5月、新型コロナウイルス感染者が初めて出たことを明らかにして以来、孤立した国に暮らすワクチン未接種で栄養不良の国民について、多くの人が最悪の事態を恐れてきた。…この数カ月で見られた北朝鮮のプロパガンダ(政治宣伝)の紆余曲折は、同国内のパンデミックの現実を覆い隠している。だが同時に、北朝鮮の体制と現実との間の変わりゆく複雑な関係を浮き彫りにすることにもなった。…オーストリア・ウィーンの非政府組織(NGO)「オープン・ニュークリア・ネットワーク」の上級アナリストで、北朝鮮国営メディアの専門家であるレイチェル・ミンヨン・リー氏は「北朝鮮指導部にとっては、事態を完全に掌握していることを国民に示すことが重要だ」と語る。「だが、国営メディアが伝える体制側の主張と市民の実体験の間に過剰な食い違いが生じるとリスクになる。北朝鮮体制の生死はプロパガンダ次第だ」…「重要なのは、指導者は国民から遠くかけ離れた人ではなく、生と死、喜びと悲しみを国民と分かち合う人間であることを人々に深く理解させることだ」。金氏は19年にプロパガンダ担当者向けの文書にこう書いている。「指導者の偉大さを強調するために、真実を隠してしまう結果になる。国民が人間として、同志として指導者に魅了された時に初めて、絶対的な忠誠心があふれ出すのだ」…「北朝鮮政府は、問題を否定できない時にはそれを認める戦略を採用した」とグリーン氏は話す。「だが、否定し、ごまかし、隠蔽しようとする本能は根本的に変わっていない。この種の体制は正直さに関して、構造的な問題を抱えている」

    令和4年版防衛白書が公表されています。北朝鮮に限らず、日本の国防を巡る状況は厳しさを増しており、現状を俯瞰的に知ることは大変重要なことだと考えます。毎回、アジア各国からはさまざまな指摘もなされるところ、今回、台湾有事を巡る記述が踏み込んでいる点が興味深いものでした。台湾外交部(外務省)は、「台湾情勢の安定はわが国の安全保障にも重要だ」と明記したことや、台湾情勢の記述を倍増させたことについて「日本政府が台湾海峡の安全を重視していることの表れだ」と述べて高く評価、さらに中国やロシアを念頭に「権威主義が拡張し、国際秩序が試練にさらされている」と指摘し、日本を含めた価値観が近い国々と協力を深めて台湾海峡やインド太平洋地域の平和と安定を図っていくとしています。一方、中国外務省の汪報道官は、日本の令和4版防衛白書に断固として反対すると表明、日本側に厳重に抗議したことを明らかにしています。報道官は「日本の防衛白書は、中国の国防政策、市場経済動向、正当な海上活動を非難し、中傷している」と表明、「いわゆる中国の脅威を誇張した」とし、台湾問題について中国の内政に介入したと批判しています。「中国は強烈な不満と断固とした反対を表明し、日本側に厳重に抗議した」と発言、防衛白書に防衛予算増額や反撃能力への言及があったことに触れ「日本側は近隣の安全保障上の脅威を誇張し、強力な軍備を整える口実を探す誤った慣行を直ちに止めるべきだ」と述べています。さらに、白書は竹島について「我が国固有の領土」だと記述している点について、在韓国日本大使館の政務公使が韓国外務省から抗議を受けたと公表、松野官房長官は我が国の領土、領海、領空を断固として守り抜くとの決意のもと、毅然と対応していく」と述べています。以下、膨大な内容の中から、筆者として気になる記述を抜粋して引用します。

    (9)令和4年版防衛白書のポイント

    令和4年版防衛白書が公表されています。北朝鮮に限らず、日本の国防を巡る状況は厳しさを増しており、現状を俯瞰的に知ることは大変重要なことだと考えます。また、防衛白書の内容は、本コラムで取り上げるさまざまな危機管理の分野と重なる部分も多く、参考になることも多いといえます。防衛白書については、毎年、アジア各国からはさまざまな指摘もなされるところ、今回、台湾有事を巡る記述が踏み込んでいる点が興味深いものでした。台湾外交部(外務省)は、「台湾情勢の安定はわが国の安全保障にも重要だ」と明記したことや、台湾情勢の記述を倍増させたことについて「日本政府が台湾海峡の安全を重視していることの表れだ」と述べて高く評価、さらに中国やロシアを念頭に「権威主義が拡張し、国際秩序が試練にさらされている」と指摘し、日本を含めた価値観が近い国々と協力を深めて台湾海峡やインド太平洋地域の平和と安定を図っていくとしています。一方、中国外務省の汪報道官は、日本の令和4年版防衛白書に断固として反対すると表明、日本側に厳重に抗議したことを明らかにしています。報道官は「日本の防衛白書は、中国の国防政策、市場経済動向、正当な海上活動を非難し、中傷している」と表明、「いわゆる中国の脅威を誇張した」とし、台湾問題について中国の内政に介入したと批判しています。「中国は強烈な不満と断固とした反対を表明し、日本側に厳重に抗議した」と発言、防衛白書に防衛予算増額や反撃能力への言及があったことに触れ「日本側は近隣の安全保障上の脅威を誇張し、強力な軍備を整える口実を探す誤った慣行を直ちに止めるべきだ」と述べています。さらに、白書は竹島について「我が国固有の領土」だと記述している点について、在韓国日本大使館の政務公使が韓国外務省から抗議を受けたと公表、松野官房長官は我が国の領土、領海、領空を断固として守り抜くとの決意のもと、毅然と対応していく」と述べています。以下、膨大な内容の中から、筆者として気になる記述を抜粋して引用します。

    ▼防衛省 令和4年版防衛白書
    ▼本編
    • 現在の安全保障環境の特徴として、第一に、国家間の相互依存関係が一層拡大・深化する一方、中国などのさらなる国力の伸長などによるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している。こうした中、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した、政治・経済・軍事などにわたる国家間の競争が顕在化している。中でも、米中の戦略的競争は一層激しさを増し、貿易、台湾、南シナ海、人権といった分野において顕在化するとともに、ロシアによるウクライナ侵略など、既存の秩序に対する挑戦への対応が世界的な課題となっている。
    • このような国家間の競争は、軍や法執行機関を用いて他国の主権を脅かすことや、ソーシャル・ネットワークなどを用いて偽情報などを流し、他国の世論を操作することなど、多様な手段により、平素から恒常的に行われている。こうした競争においては、軍事的手段と非軍事的手段を組み合わせた、いわゆる「ハイブリッド戦」が採られることがあり、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いている。また、いわゆるグレーゾーンの事態が国家間の競争の一環として長期にわたり継続する傾向にあり、今後、さらに増加・拡大していく可能性がある。
    • 第二に、テクノロジーの進化が安全保障のあり方を根本的に変えようとしている。情報通信などの分野における急速な技術革新に伴う軍事技術の進展を背景に、現在の戦闘様相は、陸・海・空のみならず、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域を組み合わせたものとなっている。さらに、各国は、人工知能(Atificial Intelligence)技術、極超音速技術、高出力エネルギー技術など将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなり得る先端技術の開発や活用に注力している。特に、技術の進展・拡散と相まって、無人・AIアセットの開発・導入が進められており、従来の軍隊の構造や戦い方に根本的な変化が現れる可能性がある。また、経済安全保障の重要性が認識され、先端技術の流出防止や輸出管理強化、サプライチェーンの強靭化が進められており、科学技術・イノベーションは激化する国家間の競争の中核となっている。
    • 第三に、一国のみでの対応が困難な安全保障上の課題が増加している。まず、宇宙・サイバーといった新たな領域の安定的利用の確保が国際社会の安全保障上の重要な課題となっている。近年、各国においては、国全体としてのサイバー攻撃対処能力の強化が進められるとともに、海洋に関しては、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づいて自国の権利を一方的に主張し、行動する事例がみられるようになっており、公海における航行の自由や上空飛行の自由の原則が不当に侵害されるような状況が生じている。さらに、核・生物・化学(Nuclear, Biological and Chemical)兵器などの大量破壊兵器とそれらの運搬手段である弾道ミサイルなどの拡散や国際テロの問題は、依然として、国際社会にとっての大きな脅威の一つとして認識されている。また、気候変動が安全保障環境や軍の活動に様々な影響を与えうるとの認識が国際社会に急速に共有されてきている。さらに、2019年末以降中国で発生した新型コロナウイルス感染症の対応にあたって、各国は、医療機関とともに軍も活用して、自国の同感染症への対応やワクチン接種の促進に努めた。一方で、軍の中でも感染者が発生し、訓練や共同演習の中止・延期を余儀なくされるなど、軍事活動などにも様々な影響・制約をもたらした。
    • 新型コロナウイルス感染症に関しては、偽情報の流布を含む様々な宣伝工作やいわゆる「ワクチン外交」など、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した動きも指摘されている。例えば、ロシアと中国は、自国で開発したワクチンを宣伝するとともに各国へ供給を行っており、こうしたいわゆる「ワクチン外交」は、欧米製ワクチンなどに対する信頼を損なうための偽情報や工作活動と結びついている旨指摘されている。このように、今後、新型コロナウイルス感染症への対応をめぐって国家間の戦略的競争が一層顕在化していくと考えられることから、安全保障上の課題として重大な関心をもって引き続き注視していく必要がある。
    • 2022年2月21日、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナの一部である東部の「ドネツク人民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」を独立した主権国家として承認する大統領令に署名した上で、これら分離派勢力との間の「友好協力相互支援条約」に基づく支援「要請」があったとの名目で、同月24日、ドンバスの住民保護などを目的とした「特別軍事作戦」の実施を決定した旨を表明し、ウクライナに対する侵略を開始した。ロシア軍は、侵略当初から、各種のミサイルや航空攻撃を行うとともに、北部、東部及び南部の複数の正面から地上軍を同時に侵攻させ、首都キーウ付近まで到達したものの、ウクライナ軍の強固な抵抗や、作戦・戦術面において指摘されている様々な失敗などもあり、侵攻兵力は大きな損害を被ったとされ、ウクライナ北部などから後退した。しかしながら、その後、兵力の再編成が指摘され、ウクライナ東部及び南部における攻撃を強化するなど、引き続き、戦況は予断を許さない状況となっている。
    • 今般のロシアによるウクライナへの侵略は、ウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法と国連憲章の深刻な違反であり、このような力による一方的な現状変更は、欧州のみならず、アジアを含む国際秩序全体の根幹を揺るがすものである。また、ウクライナ各地においてロシアによる残虐で非人道的な行為が明らかになっているが、多数の無辜の民間人の殺害は重大な国際人道法違反、戦争犯罪であり断じて許されない。
    • 第二次世界大戦後の国際秩序においては、力による一方的な現状変更を認めないとの規範が形成されてきたが、そのような中で、国際の平和及び安全の維持に主要な責任を負うこととされている国連安保理常任理事国の一つであるロシアが、国際法や国際秩序と相容れない軍事行動を公然と行い、罪のない人命を奪っているという事態は前代未聞と言えるものである。このようなロシアの侵略を容認すれば、アジアを含む他の地域においても一方的な現状変更が認められるとの誤った含意を与えかねず、わが国を含む国際社会として、決して許すべきではない。
    • 国際社会は、このようなロシアによる侵略に対して結束して対応しており、各種の制裁措置などに取り組むとともに、ロシア軍の侵略を防ぎ、排除するためのウクライナによる努力を支援するため、防衛装備品等の供与を続けている。ウクライナ侵略にかかる今後の展開については、引き続き予断を許さない状況にあるが、わが国としては、重大な懸念を持って関連動向を注視していく必要がある。
    • 今般のロシアによるウクライナ侵略においては、ウクライナ自身の強固な抵抗に加え、国際社会が結束して強力な制裁措置などを実施するとともに、ウクライナを支援し続けることにより、ロシアは大きな代償を払わざるを得ない状況に陥っている。また、欧州各国は、ロシアの脅威に対応するため、結束を強める動きを見せており、ウクライナ侵略を契機として、欧州の安全保障環境は大きな転換点を迎えている。NATOの東方拡大を自国に対する脅威と位置づけてきたロシアの侵略行為がこのような欧州諸国の安全保障政策の変化を促したことは明らかであり、「勢力圏」の維持を通じて自国の安全を確保するとのロシアの戦略的な目的が今般の侵略により達成できているとは言い難い状況にある。こうしたことも踏まえ、NATO加盟国である米国の同盟国であり、欧州とはロシアが位置するユーラシア大陸を挟んで対極に位置するわが国としては、欧州と東アジアを含むインド太平洋の安全保障は不可分であるとの認識の下、その戦略的な影響を含め、今後の欧州情勢の変化に注目していく必要がある。さらに、ウクライナ侵略を受けた欧州情勢の変化は、米中の戦略的競争の展開やアジアへの影響を含め、グローバルな国際情勢にも影響を与え得るものである。いずれにせよ、引き続き関連動向について、強い関心を持って注視していく必要がある。
    • 朝鮮半島では、半世紀以上にわたり同一民族の南北分断状態が続いている。現在も、非武装地帯(Demilitarized Zone)を挟んで、150万人程度の地上軍が厳しく対峙している。このような状況にある朝鮮半島の平和と安定は、わが国のみならず、東アジア全域の平和と安定にとって極めて重要な課題である。
    • 北朝鮮の金正恩国務委員長は2013年3月、経済建設と核武力建設を並行して進めていくという、いわゆる「並進路線」を決定し、2016年5月の朝鮮労働党第7回大会において、「並進路線」を「先軍政治」と併せて堅持する旨明らかにした。北朝鮮は2016年から2017年にかけ、3回の核実験のほか、40発もの弾道ミサイルの発射を強行した。これを受けて、関連の国連安保理決議により制裁措置がとられたほか、わが国や米国などは独自の制裁措置を強化した。
    • 一方、2018年4月には、金正恩委員長は、国家核武力が完成し、「並進路線」が貫徹されたとし、「全党、全国が社会主義経済建設に総力を集中する」という「新たな戦略的路線」を発表した。また、「核実験と大陸間弾道ロケット試験発射」の中止などを決定し、同年5月には、北部の核実験場の爆破を公開した。同年6月の米朝首脳会談で金正恩委員長は朝鮮半島の完全な非核化の意思を表明した。
    • しかし、2019年2月の米朝首脳会談は、双方が合意に達することなく終了し、金正恩委員長は同年12月、米国の対北朝鮮敵視が撤回されるまで、戦略兵器開発を続ける旨表明した。また、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会において米国を敵視する姿勢を示し、同時に「核戦争抑止力を一層強化し、最強の軍事力を育てる」など、核・ミサイル能力の開発を継続する姿勢を示した。
    • 金正恩委員長は、同年10月にも演説を行い、「われわれの主敵は戦争そのもの」であるとしつつ、軍事力の保有は主権国家の「自衛的、義務的な権利」であることや、軍事力の強化が党の「最重大政策」である旨を強調した。2022年2月以降、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)級弾道ミサイルの発射を再開したが、特に同年3月24日の発射後には、大々的に新型ICBM級弾道ミサイルの発射を喧伝しつつ、今後も核戦力を強化していく旨を表明するなど、関連技術を向上させていく意思を改めて明らかにした。こうしたことから、北朝鮮は引き続き核・ミサイルをはじめとする戦力・即応態勢の維持・強化に努めていくものと考えられる。同年2月の最高人民会議における北朝鮮の発表によれば、北朝鮮の同年度予算に占める国防費の割合は、15.9%となっているが、これは、実際の国防費の一部にすぎないとみられている。
    • 北朝鮮は、過去6回の核実験に加え、近年、弾道ミサイルの発射を繰り返すなど、大量破壊兵器や弾道ミサイル開発の推進及び運用能力の向上を図ってきた。技術的には、核兵器の小型化・弾頭化を実現し、これを弾道ミサイルに搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる。さらに、2021年1月には金正恩委員長が「中長距離巡航ミサイルをはじめとする先端核戦術兵器」の開発に言及し、同年9月及び2022年1月には、北朝鮮は長距離巡航ミサイルの試験発射が成功した旨発表した。
    • また、非対称的な軍事能力としてサイバー領域について大規模な部隊を保持し、軍事機密情報の窃取や他国の重要インフラへの攻撃能力の開発を行っているとみられるほか、大規模な特殊部隊を保持している。加えて、北朝鮮は、わが国を含む関係国に対する挑発的言動を繰り返してきた。
    • 北朝鮮のこうした軍事動向は、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものとなっている。
    • 特に2022年に入ってから、北朝鮮は極めて高い頻度で、かつ新たな態様でのミサイル発射を繰り返しているほか、累次にわたり核武力の強化に言及するなど、国際社会に背を向けて核・弾道ミサイル開発のための活動を継続する姿勢を依然として崩していないのみならず、さらなる挑発行動に出る可能性も考えられ、こうした傾向は近年より一層強まっている。
    • 北朝鮮の核兵器保有が認められないことは当然であるが、同時に、弾道ミサイルなどの開発・配備の動きや朝鮮半島における軍事的対峙、北朝鮮による大量破壊兵器やミサイルの拡散の動きなどにも注目する必要がある。
    • その閉鎖的な体制などから、北朝鮮の動向の詳細や意図の明確な把握は困難だが、わが国として強い関心を持って注視していく必要がある。また、拉致問題については、引き続き、米国をはじめとする関係国と緊密に連携し、一日も早い全ての拉致被害者の帰国を実現すべく、全力を尽くしていく。
    • 北朝鮮は、これまで各種の弾道ミサイルの発射を繰り返してきているが、その動向については、次のような特徴がある。
      • 第一に、弾道ミサイルの長射程化を引き続き追求しているものとみられる。長射程の弾道ミサイルの実用化のためには、弾頭部の大気圏外からの再突入の際に発生する超高温の熱などから再突入体を防護する技術についてさらなる検証が必要になると考えられるが、北朝鮮は、2017年11月に、搭載する弾頭の重量などによっては10,000kmを超える射程となりうる「火星15」型ICBM級弾道ミサイルを発射した際、弾頭の再突入環境における信頼性を再立証した旨発表するなど、長射程の弾道ミサイルの実用化を追求する姿勢を示している。
      • また、2022年3月24日に北朝鮮が発射したICBM級弾道ミサイルは、この時の飛翔軌道に基づけば、搭載する弾頭の重量などによっては1万5,000kmを超える射程となり得ると考えられ、この場合、米国全土が射程に含まれることになる。
      • 北朝鮮が弾道ミサイルの開発をさらに進展させ、長射程の弾道ミサイルについて再突入技術を獲得するなどした場合は、米国に対する戦略的抑止力を確保したとの認識を一方的に持つに至る可能性がある。仮に、北朝鮮がそのような抑止力に対する過信・誤認をすれば、北朝鮮による地域における軍事的挑発行為の増加・重大化につながる可能性もあり、わが国としても強く懸念すべき状況となりうる。
      • なお、北朝鮮は、わが国を射程に収めるノドンやスカッドERといった弾道ミサイルについては、実用化に必要な大気圏再突入技術を獲得しており、これらの弾道ミサイルに核兵器を搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる。
      • 第二に、飽和攻撃などのために必要な正確性、連続射撃能力及び運用能力の向上を企図している可能性がある。スカッド及びノドンについて、2014年以降、過去に例の無い地点から、早朝・深夜に、TELを用いて、多くの場合、複数発、朝鮮半島を横断する形で発射している。これは、スカッド及びノドンを、任意の地点から、任意のタイミングで発射する能力を示している。
      • また、2017年3月6日に発射された4発のスカッドERとみられる弾道ミサイルは、同時に発射されたと推定される。さらに、近年、短距離弾道ミサイルと様々な火砲を組み合わせた射撃訓練なども実施しており、こうした発射を通じて、北朝鮮は、弾道ミサイルの研究開発だけではなく、実戦的な運用能力の向上を企図している可能性がある。
      • 2017年5月に発射されたスカッドミサイルを改良したとみられる弾道ミサイルについては、終末誘導機動弾頭(MaRV)を装備しているとの指摘もある。2019年の弾道ミサイルなどの発射において、北朝鮮が公表した画像では、異なる場所から発射し、特定の目標に命中させていることも確認できる。
      • こうしたことから、北朝鮮が、既存の弾道ミサイルの改良や新たな弾道ミサイル開発により攻撃の正確性の向上を企図していることが考えられる。
      • さらに、2019年11月28日及び2020年3月2日にそれぞれ2発発射された短距離弾道ミサイルの発射間隔は1分未満と推定され、飽和攻撃などに必要な連続射撃能力の向上を企図していると考えられる。
      • 第三に、発射の兆候把握を困難にするための秘匿性や即時性を高め、奇襲的な攻撃能力の向上を図っているものとみられる。
      • TELや潜水艦を使用する場合、任意の地点からの発射が可能であり、その兆候を事前に把握するのが困難となるが、北朝鮮は、TELからの発射やSLBMの発射を繰り返している。さらに2021年9月以降は、鉄道発射型の弾道ミサイルも発射している。
      • また、2019年以降、北朝鮮は特に、固体燃料を使用しているとみられる弾道ミサイルの発射を繰り返しており、弾道ミサイルの固体燃料化を進めているとみられる。一般的に、固体燃料推進方式のミサイルは、保管や取扱いが比較的容易であるのみならず、固形の推進薬が前もって充填されていることから、液体燃料推進方式に比べ、即時発射が可能であり発射の兆候が事前に察知されにくく、ミサイルの再装填もより迅速に行えるといった点で、軍事的に優れているとされる。こうした特徴は、奇襲的な攻撃能力の向上に資するとみられる。
      • 第四に、他国のミサイル防衛網を突破することを企図し、低高度を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルの開発を進めている。短距離弾道ミサイルA及びBは、通常の弾道ミサイルよりも低空を飛翔するとともに、変則的な軌道を飛翔することが可能とみられるほか、2021年以降に発射された鉄道発射型の弾道ミサイル及び新型のSLBMは、いずれも短距離弾道ミサイルAと外形上類似点があり、変則的な軌道を飛翔した。
      • さらに、北朝鮮は、同年9月以降、「極超音速ミサイル」と称するミサイルの発射も繰り返している。このように、北朝鮮は、ミサイル防衛網を突破するためのミサイル開発に注力しているものとみられる。
      • 第五に、発射形態の多様化を図っている可能性がある。2016年6月22日、2017年5月14日、7月4日、同月28日、11月29日、2019年10月2日、2022年1月30日、2月27日、3月5日、同月24日、5月4日及び同月25日の弾道ミサイル発射においては、通常よりも高い角度で高い高度まで打ち上げる、いわゆるロフテッド軌道と推定される発射形態が確認されたが、一般論として、ロフテッド軌道で発射された場合、迎撃がより困難になると考えられる。
    • このように、北朝鮮は、極めて速いスピードで弾道ミサイル開発を継続的に進めてきており、特に、近年、固体燃料を使用して通常の弾道ミサイルよりも低空を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルを立て続けに発射するなど、ミサイル防衛網を突破するための関連技術の高度化に注力している。このような高度化された技術がより射程の長いミサイルに応用されることも懸念される。
    • 北朝鮮は攻撃態様の複雑化・多様化を執拗に追求し、攻撃能力の強化・向上を着実に図っており、このような能力の強化・向上は、発射兆候の早期の把握や迎撃をより困難にするなど、わが国を含む関係国の情報収集・警戒、迎撃態勢への新たな課題となっている。引き続き北朝鮮の弾道ミサイル開発の動向について、重大な関心をもって注視していく必要がある。
    • 人工知能(AI)技術
      • いわゆる人工知能(AI)技術は、近年、急速な進展がみられる技術分野の一つであり、軍事分野においては、指揮・意思決定の補助、情報処理能力の向上に加えて、無人機への搭載やサイバー領域での活用など、影響の大きさが指摘されている。この点、オースティン米国防長官は、米国防省高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency)のAIプロジェクトに今後5年間で約15億ドルを投資すると述べており、AIへの投資を「最優先事項」と位置づけている。AIを活用した技術の例として、米国では、収集した情報をAIが分析し、戦闘部隊などにネットワーク経由で迅速に共有する先進戦闘管理システム(Advanced Battle Management System)の実証実験が2019年12月に実施されている。また、中国では、次世代指揮情報システムの研究・開発を目的に、中央軍事委員会がAI軍事シミュレーション競技会を2020年7月に開催を発表している。また、各国は、AIを搭載した無人機の開発を進めている。米国のDARPAは、空中射出・回収・再利用が可能なISR(情報収集・警戒監視・偵察)用の小型無人機のスウォーム飛行、潜水艦発見用の無人艦など、多様な無人機の開発を公表している。このほか、空対空戦闘の自動化に関する研究開発や、2021年6月には、スカイボーグシステム2の2回目の飛行試験に成功するなど有人機と高度な無人機が連携する構想の研究を推進している。中国電子科技集団公司は、2018年5月、人工知能を搭載した200機からなるスウォーム飛行を成功させており、2020年9月には中国国有軍需企業が無人航空機のスウォーム試験状況を公開している。このような、スウォーム飛行を伴う軍事行動が実現すれば、従来の防空システムでは対処が困難になることが想定される。ロシアは、2019年9月、大型無人機S-70「オホートニク」と第5世代戦闘機Su-57との協調飛行試験を実施しており、飛行試験の状況を動画で公開している。複座型のSu-57に約4機のオホートニクが随伴し、航空・地上標的への攻撃を担当する可能性も報じられている。また、こうした無人機は、いわゆる自律型致死兵器システム(Lethal Autonomous Weapons Systems)に発展していく可能性も指摘されている。LAWSについては、特定通常兵器使用禁止・制限条約(Convention on Certain Conventional Weapons)の枠組みにおいて、その特徴、人間の関与のあり方、国際法の観点などから議論されている。
    • 量子技術
      • 「量子技術」は、日常的に感じる身の回りの物理法則とは異なる「量子力学」を応用することにより、社会に変革をもたらす重要な技術と位置づけられている。2019年12月には、米国防省の諮問機関である米国防科学技術委員会が軍事への応用が期待される量子技術として量子暗号通信、量子センサー、量子コンピュータをあげている。量子通信においては、例えば、第三者が解読できない暗号通信とされる量子暗号通信が各国で研究されている。中国は、北京・上海間約3,000kmにわたる世界最大規模の量子通信ネットワークインフラを構築したほか、2016年8月、世界初となる量子暗号通信を実験する衛星「墨子」を打ち上げ、2018年1月には、「墨子」を使った量子暗号通信により、中国とオーストリア間の長距離通信に成功したとしている。また、量子センシングに関しては、2020年3月、グリフィン米国防次官(当時)が、量子技術の国防への応用に楽観的であってはならないと指摘する一方で、量子センサーが、ナビゲーション情報を改善するものとして期待でき、今後数年間で実現可能とされる見込みと証言している。このほか、量子レーダーは、量子の特性を利用して、ステルス機のステルス性を無効化できる可能性が指摘されている。量子コンピュータは、現在のスーパーコンピュータでは膨大な時間がかかる問題を、短時間かつ超低消費電力で計算することが可能となるとされ、暗号解読などの分野への応用の可能性が指摘されている。中国は、量子コンピュータを重大科学技術プロジェクトとして位置づけ、量子情報科学国家実験室の整備などのために約70億元を投資している。
    • 次世代情報通信技術
      • 民間の移動通信インフラとして、2019年4月以降各国で相次いで商用サービスが開始されている第5世代移動通信システム(5G)が注目を集めている。米国は、2020年3月に「5Gの安全を確保するための米国家戦略」を公表し、同年5月には同戦略の国防政策上のアプローチを示した「米国防省5G戦略」を公表した。国防省の戦略では、5Gは極めて重要な戦略的技術であり、これによってもたらされる先端技術に習熟した国家は長期にわたり経済的及び軍事的な優位を獲得するとの認識を示している。さらに、米国防省は、米軍基地内に5G実験を行うための実証基盤を開設する取組を2019年10月から開始しており、複数の基地を5G実験施設として指定している。2021年12月には、ユタ州のヒル空軍基地で5Gネットワーク実験設備が完成している。また、仮想通貨に利用されているブロックチェーン技術4についても、軍事分野への応用が期待されており、米国は、2020年10月に公表した「重要な新興技術のための国家戦略」において、20の重要・新興技術分野のうちの一つに同技術を選定している。
    • 積層製造技術
      • 3Dプリンターに代表される積層製造技術は、低コストで通常では作成できないような複雑な形状でも製造が可能なことや、在庫に頼らない部品調達など兵站に革命が起きる可能性があることから、各国で軍事技術への応用の可能性が指摘されている。例えば、米陸軍は、予備物品の輸送が不要になることから、「物流に本当の革命を起こすことになる」としており、米空軍は、部品不足が指摘される航空機のエンジン部品の製造を発表している。
    • 2014年のロシアによるクリミア「併合」、2016年の米大統領選へのロシアの介入疑惑、2020年の台湾総統選挙をめぐる中国の活動、2022年のロシアによるウクライナ侵略などでも指摘されているように、主にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を媒体とした、偽情報の流布や、当該政府の信頼低下や社会の分断を企図した情報拡散などによる情報戦への懸念が高まっている。こうしたSNS上での工作には、ボットと呼ばれる自律的なプログラムが多用されるようになっているとの指摘がある。大手ソーシャルメディア各社は、ボットアカウントも含め、中国やロシアなど政府によるプロパガンダ5作戦に利用されているとするアカウントの削除を発表してきている。このような偽情報の流布などによる情報戦は、AIやコンピューティング技術のさらなる活用により、一層深刻になる可能性がある。このため、米国の2021年度国防授権法は、国土安全保障長官に対して、デジタル・コンテンツの偽造に使われる技術や、これが外国政府により使われた場合の安全保障への影響について報告するよう命じている。また、米国防省高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency)は、画像や音声の一貫性に着目し、偽造されたコンテンツを自動的に発見するアルゴリズムの研究を行っている。
    • IoTやAI、5G、クラウドサービスなどの利用拡大、テレワークの定着など、情報通信ネットワークは経済社会において、必要不可欠なものになっている。そのため情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃は、人々の生活に深刻な影響をもたらしうるものであるとともに、サイバー空間における諜報活動の一環であるサイバー攻撃は国の安全保障にとって現実の脅威となっている。
    • サイバー攻撃の種類としては、情報通信ネットワークへの不正アクセス、メール送信などを通じたウイルスの送り込みによる機能妨害、情報の改ざん・窃取、大量のデータの同時送信による情報通信ネットワークの機能妨害のほか、電力システムなどの重要インフラのシステムダウンや乗っ取りを目的とした攻撃などがあげられる。また、ネットワーク関連技術は日進月歩であり、AIを利用した攻撃が行われる可能性も指摘されるなどサイバー攻撃も日に日に高度化、巧妙化している。
    • 軍隊にとって情報通信は、指揮中枢から末端部隊に至る指揮統制のための基盤であり、情報通信技術(Information and Communications Technology)の発展によって情報通信ネットワークへの軍隊の依存度が一層増大している。攻撃の実施主体や被害の把握が困難なサイバー攻撃は、敵の軍事活動を低コストで妨害可能な非対称的な攻撃手段として認識されており、多くの外国軍隊がサイバー空間における攻撃能力を開発しているとみられる。
    • 諸外国の政府機関や軍隊のみならず民間企業や学術機関などの情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃が多発しており、重要技術、機密情報、個人情報などが標的となる事例も確認されている。例えば、高度サイバー攻撃(Advanced Persistent Threat)のような、特定の標的組織を執拗に攻撃するサイバー攻撃は、長期的な活動を行うための潤沢なリソース、体制、能力が必要となることから、組織的活動であるとされている。このような高度なサイバー攻撃に対処するために、脅威認識の共有などを通じて諸外国との技術面・運用面の協力が求められている。また米国は、情報窃取、国民への影響工作、重要インフラを含む産業に損害を与える能力を有する国家やサイバー攻撃主体は増加傾向にあり、特にロシア、中国、イラン及び北朝鮮を最も懸念していると評価しているように、各国が、軍としてもサイバー攻撃能力を強化しているとみられる。
    • 北朝鮮には、偵察総局、国家保衛省、朝鮮労働党統一戦線部、文化交流局の4つの主要な情報及び対外情報機関が存在しており、情報収集の主たる標的は韓国、米国及びわが国であるとの指摘がある。また、人材育成は当局が行っており、軍の偵察総局を中心に、サイバー部隊を集中的に増強し、約6,800人を運用中と指摘されている。
    • 各種制裁措置が課せられている北朝鮮は、国際的な統制をかいくぐり通貨を獲得するための手段としてサイバー攻撃を利用しているとみられるほか、軍事機密情報の窃取や他国の重要インフラへの攻撃能力の開発などを行っているとされる。例えば、次のサイバー攻撃への関与が指摘されている。
      • 2017年5月、マルウエア「ワナクライ」により、世界150か国以上の病院、学校、企業などが保有する電子情報を暗号化し、使用不能にするサイバー攻撃が発生。わが国や米国、英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドは、その背後に北朝鮮の関与があったことなどを非難する声明を発表。また、このサイバー攻撃によって14万ドル分のビットコインが集められたとの指摘。
      • 2021年2月、米司法省は、北朝鮮軍偵察総局所属の北朝鮮人3名をサイバー攻撃に関与した疑いで起訴。
      • 2021年4月に公表された「国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル最終報告書」において、大量破壊兵器や弾道ミサイル計画を支える利益を生み出すために金融機関や仮想通貨取引所に対する攻撃が継続していると評価し、2019から2020年11月までに計3億1,640万ドル相当を窃取したとする分析を公表。
      • 2021年5月、韓国原子力研究所は、北朝鮮のサイバーグループがVPNサーバーの脆弱性を悪用して内部ネットワークに侵入したと発表。
    • 自国防衛の目的で購入・開発を行った兵器であっても、国内生産が軌道に乗ると、輸出が可能になり移転されやすくなることがある。例えば、通常戦力の整備に資源を投入できないため、これを大量破壊兵器などによって補おうとする国家に対し、政治的なリスクを顧みない国家から、大量破壊兵器やその技術などの移転が行われている。大量破壊兵器などを求める国家の中には、自国の国土や国民を危険にさらすことに対する抵抗が小さく、また、その国土において国際テロ組織の活発な活動が指摘されているなど、政府の統治能力が低いものもある。こうした場合、一般に大量破壊兵器などが実際に使用される可能性が高まると考えられる。
    • さらに、このような国家では、関連の技術や物質の管理体制にも不安があることから、化学物質や核物質などが移転・流出する可能性が高いことが懸念されている。例えば、技術を持たないテロリストであっても、放射性物質を入手しさえすれば、これを散布し汚染を引き起こすことを意図するダーティボムなどをテロの手段として活用する危険があり、テロリストなどの非国家主体による大量破壊兵器の取得・使用について、各国で懸念が共有されている。
    • 大量破壊兵器などの関連技術の拡散はこれまでに多数指摘されている。例えば、2004年2月には、パキスタンのカーン博士らにより北朝鮮、イラン、リビアに主にウラン濃縮技術を中心とする核関連技術が移転されたことが明らかになった。また、北朝鮮は、シリアの秘密裡の核関連活動を支援していたとの指摘もある。
    • 運搬手段となる弾道ミサイルについても、移転・拡散が顕著であり、旧ソ連などがイラク、北朝鮮、アフガニスタンなど多数の国・地域にスカッドBを輸出したほか、中国によるDF-3(CSS-2)、北朝鮮によるスカッドの輸出などを通じて、現在、相当数の国などが保有するに至っている。例えば近年では、イエメン北部を拠点とする反政府武装勢力ホーシー派が、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)に対し散発的に弾道ミサイルなどを用いた攻撃を行っているが、ホーシー派はイランから武器供給を受けているとの指摘がある。
    • 北朝鮮は、技術や通常兵器、WMDサプライチェーンのための物品の拡散源であり続けていると指摘されている。例えば、2019年に発射実験された2種類の短距離弾道ミサイルの発射台付き車両(Transporter-Erector-Launcher)が砂色・黄褐色に塗装されているのは販売目的があるとの指摘があるほか、イランとの間で長距離ミサイル開発についての協力を行っているとの指摘もある。
    • この点、1980年代から90年代にかけて北朝鮮が発射実験をほとんど行うことなく、弾道ミサイル開発を急速に進展させてきた背景として、外部からの各種の資材・技術の北朝鮮への移転の可能性が考えられる。また、弾道ミサイル本体及び関連技術の移転を行い、こうした移転によって得た利益でさらにミサイル開発を進めているといった指摘もある。
    • こうした動きに対する国際社会の断固たる姿勢は、大量破壊兵器などの移転・拡散に関与する国への大きな圧力となり、一部の国に国際機関の査察を受け入れさせるといった結果にもつながっている。
    • 一方、近年では懸念国が大量破壊兵器などを国外に不正輸出する際に、書類偽造や輸送経路の多様化などによって巧妙に国際的な監視を回避しつつ、移転を継続していると指摘されている。また、懸念国が、先進国の主要企業や学術機関などに派遣した自国の研究者や留学生などを通じて、大量破壊兵器などの開発・製造に応用し得る先端技術を入手する、無形技術移転も懸念されている。
    • 気候変動による各国の軍に対する直接的な影響として、異常気象の増大は大規模災害の増加や感染症の拡大をもたらすと考えられており、災害救援活動、人道復興支援活動、治安維持活動、医療支援などの任務に、各国の軍隊が出動する機会が増大するとともに、過酷な環境下で活動する軍の要員の身体に悪影響を与え得るとされる。また、気温の上昇や異常気象、海面水位の上昇などは、軍の装備や基地、訓練施設などに対する負荷を増大させると考えられている。さらに、軍事作戦への影響も指摘されている。NATOは2021年4月、気候変動及び異常気象は、NATOにとって、戦術、作戦及び軍事戦略の各レベルで重大な影響があるとした。例えば、海上作戦では海流パターンの変化が海上警戒監視及び対潜水艦作戦に影響を与え、陸上作戦では、洪水、氷雪または嵐による供給路の遮断などが兵站にとって重大な課題になるとしている。
    • 加えて、軍に対しても、温室効果ガスの排出削減を含む、より一層の環境対策を要求する声が高まる可能性が指摘されている。

    3.暴排条例等の状況

    (1)暴力団排除条例に基づく勧告事例(神奈川県)

    神奈川県公安委員会は、神奈川県暴排条例に基づき、神奈川県内の建築会社に、暴力団事務所として使われることを知りながら、建物を貸し付けないよう勧告しています。報道によれば、同社の男性取締役が、知人の稲川会系組長から依頼を受けて、2016年4月~2022年5月ごろ、同社が所有する平塚市内の雑居ビル2階の1室を貸し付けたというものです。なお、この組長は2022年5月、不法に事務所を開設したなどとして、同条例違反の疑いで逮捕されています。その後、略式起訴され、罰金刑を受けています。

    ▼神奈川県暴排条例(2022年11月1日施行)

    同条例第23条(利益供与等の禁止)では、第2項「事業者は、その事業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(7)前各号に掲げるもののほか、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること」が禁止されており、本件はこの規定に抵触したものと考えられます。また、第28条(勧告)「公安委員会は、第23条第1項若しくは第2項、第24条第1項、第25条第2項、第26条第2項又は第26条の2第1項若しくは第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」との規定に基づき、今回の勧告がなされたものと思われます。

    なお、神奈川県暴排条例においては、他の暴排条例とは異なる「暴力団経営支配法人」が規制対象となっています。これは、同条例第2条(定義)において、「法人でその役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人に対し業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。)のうちに暴力団員等に該当する者があるもの及び暴力団員等が出資、融資、取引その他の関係を通じてその事業活動に支配的な影響力を有する者をいう」と定義されているものです。また、青少年に対する有害行為等を具体的に禁止し、違反した場合には中止命令等を発出できる規定が設けられていることも大きな特徴です。

    • 第17条(禁止行為) 暴力団員は、正当な理由がある場合を除き、自己が活動の拠点とする暴力団事務所に少年を立ち入らせてはならない。
      1. 暴力団員は、少年有害行為(少年が犯罪による被害を受けること又は暴力団員がその活動に少年を利用することを特に防止する必要があるものとして公安委員会規則で定める行為をいう。)を少年に行う目的又は少年に行わせる目的で、少年に対し、次に掲げる行為をしてはならない。
        1. 面会を要求すること。
        2. 電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、又は電子メールの送信等をすること。
        3. つきまとい、待ち伏せし、進路に立ち塞がり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において見張りをし、又はこれらの場所に押しかけること。
      2. 前項第2号の「電子メールの送信等」とは、次の各号のいずれかに掲げる行為(電話をかけること及びファクシミリ装置を用いて送信することを除く。)をいう。
        1. 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)第2条第1号に規定する電気通信をいう。次号において同じ。)の送信を行うこと。
        2. 前号に掲げるもののほか、特定の個人がその入力する情報を電気通信を利用して第三者に閲覧させることに付随して、その第三者が当該個人に対し情報を伝達することができる機能が提供されるものの当該機能を利用する行為をすること。
    • 第17条の2 暴力団員は、暴力団の活動に利用する目的で少年を同行させてはならない。
      1. 暴力団員は、正当な理由がある場合を除き、少年に金銭、物品その他の財産上の利益を供与してはならない。
    • 第18条(中止命令等) 公安委員会は、第17条第1項又は第2項の規定に違反する行為をした暴力団員に対し、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。
      1. 公安委員会は、第17条第1項又は第2項の規定に違反する行為をした暴力団員が更に反復して他の少年に対しても当該行為をするおそれがあると認めるときは、当該暴力団員に対し、1年を超えない範囲内で期間を定めて、当該行為を防止するために必要な事項を命ずることができる。
    • 第19条(通報その他の措置) 何人も、少年が暴力団員等と交際しており、又は交際するおそれがあると思料するときは、状況に応じて、警察官への通報その他の適切な措置を講ずるよう努めるものとする。

    また、同条例は、2022年7月に神奈川県議会において一部改正案が可決され、11月から施行されることとなっています。改正内容については、以前の本コラム(暴排トピックス2022年3月号)でも紹介していますが、最近の他の暴排条例の改正動向に同じく、「繁華街などの地域を「暴力団排除特別強化地域」と定め、同地域内においては、「特定営業者(風俗店、性風俗店、飲食店等)」と暴力団員との間で、用心棒料等の利益の授受等を禁止する措置を創設します」というもので、「暴力団排除特別強化地域」において以下の行為が禁止されます。

    • 特定営業者の禁止行為
      • 暴力団員から用心棒の役務の提供を受けること
      • 暴力団員に用心棒の役務の対償(いわゆる「用心棒料」)又は営業を営むことを容認する対償(いわゆる「みかじめ料」)として利益供与すること
    • 暴力団員の禁止行為
      • 用心棒の役務を提供すること
      • 用心棒の役務の対償又は営業を営むことを容認する対償として利益供与を受けること

    禁止行為に違反した特定営業者及び暴力団員には罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が適用される一方、特定営業者が自首(捜査機関が違反者として特定する前後を問わない)をした場合に、減軽又は免除することができる規定が盛り込まれています。暴力団が飲食店などから徴収する「みかじめ料」や「用心棒代」について、これまで罰則はありませんでしたが、改正後は指定地域の繁華街で暴力団と支払う店側の双方を即時に罰則の対象となります。2011年4月に施行された同条例には、みかじめ料などの支払いに関する暴力団や店側について、違反が発覚した場合は県公安委員会が「勧告」を行い、それでもやめなければ氏名や事業者名を「公表」する措置にとどまっていました。みかじめ料に関する事件では、暴力団組員に対してのみ暴力団対策法に基づく摘発ができますが、中止命令や再発防止命令を発出後、より悪質なケースに限られています。また、刑法の恐喝罪を適用する方法もありますが、逮捕には脅迫行為の裏付けが必要であり、いずれもハードルが高かったところ、改正では、横浜や関内、川崎の各駅周辺など神奈川県内15地域を「暴力団排除特別強化地域」に指定、飲食店や風俗店が集中する繁華街を抽出して、この地域内での違反に対しては、暴力団と店側の双方に罰則を新設するほか、即座に適用できる「直罰規定」としているのが特徴です(自ら名乗り出た店側への減免規定も盛り込まれました)。

    (2)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(大阪府)

    大阪府警は、大阪市西成区に本部を置く二代目東組の組長に対し、傘下組織の事務所の外壁にあるいわゆる「代紋」が住民に見えるため、不安を覚えさせるおそれがあるとして、見えなくするよう命令しています。報道によれば、組事務所を巡って、2021年1月ごろから事務所の周辺住民から警察に対し、事務所の外壁に掲げられている「代紋」が見えるため不安を覚えるとの声が多く届いているといい、こうした声を受け、大阪府警は「事務所に外部から見通すことができる状態で、周辺住民などが不安を覚える物を設置することを禁止とする」暴力団対策法に反することから外壁の「代紋」を外すなどして、見えなくするよう命令を出したものです。二代目東組組長は命令に対し「内容はわかりました」と話しているといいますが、命令に従わなければ3年以下の懲役または250万円以下の罰金が課されることになります。なお、同様の事例については、直近でも北海道であり、以前の本コラム(暴排トピックス2022年6月号
    で紹介していますので、あわせて参照ください。

    ▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

    同法第29条(事務所等における禁止行為)において、「指定暴力団員は、次に掲げる行為をしてはならない」として、「一 指定暴力団等の事務所(以下この条及び第三十三条第一項において単に「事務所」という。)の外周に、又は外部から見通すことができる状態にしてその内部に、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせるおそれがある表示又は物品として国家公安委員会規則で定めるものを掲示し、又は設置すること」が規定されています。そのうえで、第30条(事務所等における禁止行為に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が前条の規定に違反する行為をしており、付近の住民若しくは通行人又は当該行為の相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」とも規定されています。

    (3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(北海道/静岡県)

    北海道滝川市の飲食店に「みかじめ料」を要求していたとして、北海道察は2022年7月、六代目山口組系福島連合の暴力団組員に対し暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。報道によれば、男は滝川市内の飲食店に対して、毎月みかじめ料として数千円から1万円以下の金を要求し支払わせていたことがわかったものです。匿名の情報が寄せられ、警察が2022年4月から市内の飲食店約80店舗を調べたところ、このうち十数店舗でみかじめ料が要求されていたことが確認でき、中止命令を発出したということです。店によっては十数年前から金を要求され、支払い続けていたといいます。なお、1人の組員に対して、一度に十数件の中止命令が出されるのは北海道では初めてだということであり、今後、男が命令に従わない場合は検挙する方針だといいます。また、静岡県警沼津署と捜査4課は、暴力団対策法に基づき、稲川会八代目大場一家の男に暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。報道によれば、組員の男は2022年7月下旬、静岡県東部で広告代理店勤務の30代男性に対し、物品の貸借関係に因縁をつけ、男性の勤め先にみかじめ料の支払いを要求するなどしたとされます。なお、同組員は7月下旬、男性に対する暴行容疑で逮捕されています。

    暴力団対策法第9条(暴力期要求行為の禁止)では「暴力的要求行為」の禁止が規定されており、これらの事件は、「四 縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域をいう。以下同じ。)内で営業を営む者に対し、名目のいかんを問わず、その営業を営むことを容認する対償として金品等の供与を要求すること」に抵触したものと思われます。そのうえで、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)の「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」として、中止命令が発出されたものと思われます。

    (4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県)①

    静岡県警島田署と捜査4課は、稲川会系森田一家の配管業の男に、暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。報道によれば、男は2022年2月下旬、静岡県中部地区で、20代の女性に対して暴力団の威力を示し、車の代金支払いや現金を要求したとされます。暴力団対策法第9条(暴力期要求行為の禁止)では「暴力的要求行為」の禁止が規定されており、本件は「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」に抵触したものと思われます。そのうえで、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)の「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」として、中止命令が発出されたものと思われます。

    (5)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県)②

    静岡県警御殿場署組織犯罪対策推進本部と捜査4課は、稲川会系森田一家の幹部に暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。報道によれば、本幹部は2022年5月上旬に静岡県東部で、40代男性に暴力団組織への加入を強要したとされます。暴力団対策法第16条(加入の強要等の禁止)第2項では、「前項に規定するもののほか、指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない。」と規定されています。さらに、同第18条(加入の強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をしており、その相手方が困惑していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項(当該行為が同条第三項の規定に違反する行為であるときは、当該行為に係る密接関係者が指定暴力団等に加入させられ、又は指定暴力団等から脱退することを妨害されることを防止するために必要な事項を含む。)を命ずることができる。」と規定されています。

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