リスク・フォーカスレポート

震災時における防災・減災編 第三回(2015.4)

2015.04.22
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 皆様こんにちは。東日本大震災は、極めて大きな被害をもたらし、特に被害の大きかった東北地方の被災地では、今でも多くの方々が、長期間にわたって、それまで生活を営んでいた拠点を離れ、仮設住宅での生活を余儀なくされています。

 震災後当時、被災地では、壁や窓が壊れて外部から侵入しやすくなってしまった建物、被災者が避難して無人となった家屋や店舗が多くなることから、火事場泥棒等が懸念されました。被災者の方々は、着の身着のままで、財産をほとんど残したまま、住み慣れた住宅や職場等から隔絶され、不自由な生活を強いられています。そのため、貴重な財産が盗難被害に合わないか、といった不安感等を含め、様々な危機感を今もなお抱えておられます。

 このような危機感をベースとして、東日本大震災直後には、前回の「震災と情報リテラシー」で取り上げたように、「武装した外国人グループによる襲撃が相次いでいる」、といった様々な流言が飛び交い、被災者の不安感にさらに拍車をかけていたことも事実です。

 さらに、震災に便乗した悪質商法や義援金詐欺等の存在が、被災地以外の国内各地でも確認されており、震災発生から3日後の14日には、国民生活センターが「大規模な震災の後には、震災に便乗した点検商法や騙り商法などの悪質商法が横行します。手口は様々であり、被災地だけでなく、周辺の地域でも発生します。手口を知り備えることが重要です。」という発表をしています。

 言うまでもなく、平常時において私たちが、犯罪に遭遇する不安を感じることなく、安全に生活できることが、あらゆる活動を行う上での最低条件であると言えます。本来、震災時においても、それは同様であり、特に被災者が、避難所や仮設住宅等において、安全・安心な生活を営むことができなければ、復旧・復興に専念することは困難となってくることが十分想定されます。

 この為、当然のことながら、私生活での家屋の再建の過程においても、職場の事業の継続の過程においても、震災時における犯罪の発生傾向を理解し、自主防犯への高い意識と備えが重要となってくることが想定される為、今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震を想定し、日々対策の見直しを行っていかなければならないと思います。そこで、本レポートの第3回目では、震災時における「防犯・防災」について取り挙げ、考察を行っていきたいと思います。

1.震災時における犯罪状況と動向

 東日本大震災のような大規模震災発生後には、治安の悪化が危惧され、犯罪に関する様々な流言、虚偽情報等が拡散する可能性があり、人々を混乱の渦に巻き込んでしまうといった危険性が高まることが想定される。一般的に大規模な震災発生後には、社会が混乱状態となることにより、被災地内外において、犯罪が激増する印象を持たれている方々の方が多いのではないだろうか。

 たしかに、今回の東日本大震災の場合、東北の被災地では、被災者が財産等を職場や自宅等に残したまま避難し、街全体が長期にわたってゴーストタウン化という事態に直面している。このような、大規模震災発生後の被災地では、窃盗等の対象物となりやすい財産が、無防備な状態で放置されており、平常時からの社会統制は、ほぼ壊滅状態にあったことはまぎれもない事実である。こうした状況を踏まえ考えてみると、震災に便乗した様々な犯罪が増加傾向にあるのではないか、また、あったのではないか、といった疑問や懸念が出てくることは、当然なことである。

 そこで、実際のところ、大震災発生による被害程度が、被災地の犯罪発生に、どのように影響を与えていたのだろうか、を確認・検証する為、「関東大震災(1923年)」、「阪神淡路大震災(1995年)」、「東日本大震災(2011年)」の3大震災を取り挙げ、比較・考察する。

1) 関東大震災

 関東大震災は、首都東京を襲い東京の機能をほぼ完全に麻痺させた為、東京を中心とした周辺地域には、緊急勅令で戒厳令が布告されたと報告されている。

▼ 内閣府:関東大震災

▼ 内閣府:関東大震災(第2編)

▼ 内閣府:関東大震災(第3編)

 関東大震災における犯罪発生状況に関する詳細な研究は、小野誠一郎によるもの(▼小野誠一郎、震災後の犯罪現象に関する統計的外観、国家学会雑誌38巻)があるのみで、それ以外のものは、あまり見られない。

 小野は、関東大震災が発生した1923年と前年の1922年の犯罪発生状況について、詳しくまとめており、それによると、特に増加が著しかったものとして、放火罪(1922年:8件、1923年:19件、増減数:+11件)、窃盗罪(1922年:1,738件、1923年:2,887件、増減数:+1,149件)、占有離脱物横領罪(1922年:2件、1923年:49件、増減数:+47件)、逆に減少が著しかったものとして、詐欺罪(1922年:11,398件、1923年:378件、増減数:-1,020件)、賭博罪(1922年:402件、1923年:155件、増減数:-247件)と分析している。

2) 阪神淡路大震災

 阪神淡路大震災は、過去に発生した震災と比較して、「大震災直後であるにもかかわらず、犯罪は激増せず比較的治安は良好であった。」という評価がなされ、報告されている。

▼ 内閣府:阪神・淡路大震災教訓情報資料集

▼ 警察庁:平成7年警察白書

 阪神淡路大震災が発生した年の犯罪発生の傾向を見てみると、犯罪全体の認知件数については、減少傾向にある(1994年上半期:11,038件、1995年上半期:9,251件、増減数:-1,787件)。さらに詳しくみてみると、侵入犯(1994年上半期:1,580件、1995年上半期:903件、増減数:-677件)、オートバイ盗(1994年上半期:2,281件、1995年上半期:3,041件、増減数:+760件)、詐欺罪(1994年上半期:218件、1995年上半期:211件、増減数:-7件)であったことが報告されている。

 侵入犯については、阪神淡路大震災発生後に「そごう百貨店」や「ジュエリー・マキ」など商業店舗での宝石の窃盗など、震災に便乗した犯罪が、マスメディア等で報道された。しかし、認知件数の総数が減少していることからみても、上記したような震災直後の犯罪としては、たしかに宝石等の高価なものはニュースになりやすいこともあるが、それが全ての状況を表しているわけではない、ということは言うまでもない。

 また、以前の震災では見られなかった、オートバイ盗に関して言及すれば、神戸市は、山と海に囲まれた都市構造であり、震災後の緊急事態および交通の便の悪さ、かつ震災に乗じた、足となる乗り物の価格高騰 と、いったこともあり、当時の被災者にとっては、オートバイは、自転車では対応しきれない遠距離走行に欠かすことができない、最も魅力的なターゲットな乗り物であったことから、オートバイ盗は、やむを得ないものであったとのアンケート調査もあり、(▼松原英世、災害と犯罪:阪神大震災後の犯罪の実態と特徴、日本刑法学会刑法雑誌)そういった要因が、数値の上昇に影響を与えているのではないかと推測できる。

 詐欺罪については、平成7年の警察白書内 において、震災後の被災に付け込んだ悪質商法が見られたことが報告されている。

3) 東日本大震災

 東日本大震災の場合も、上記した関東大震災、阪神淡路大震災の場合と同様に、犯罪の認知件数の総数が、対前年の同時期と比較してみても減少している。東日本大震災後の犯罪傾向については、警察庁により取りまとめが行われ報告されている。

▼ 警察庁:平成23年警察白書

 しかし、その一方で、特に東北の沿岸地域においては、津波による甚大な被害が発生したことから、震災発生後には、小売り店舗や民家を狙った窃盗事件が多発していたことも報告されている。また、福島第一原子力発電所の事故後、被災者が財産等を職場や自宅に残したまま、街全体が無人化してしまうという、かって例のない事態が発生したため、これらの地域では、空き巣等の窃盗事件が多発したほか、コンビニエンスストア等に設置されていたATMについても、被害が多発していたことが、警察庁の取りまとめ情報より読み取ることができる。

 さらに、日本各地においても、震災に便乗した義援金名目の詐欺や、悪質商法といった犯罪も多く見られた。なお、東日本大震災で見られた義援金詐欺等については、次項でさらに詳しく述べる。

 上記した3つの震災を比較してみると、特に震災時においては、全ての犯罪が、急激に増加するといった傾向はみられなかった。ただし、震災直後は、全体の傾向としては犯罪が減っているというだけで、中には震災を引き金として、集中的に増える犯罪もある。また、ニュースにならず、犯罪統計にも表れない程度の喧嘩・小競り合い・揉め事・避難所での性犯罪や窃盗等もあることを忘れてはならない。そこで、各震災を時間軸で考察してみると、震災直後等では、むしろ犯罪の総件数が減少する傾向にあることが確認できた。

 これは、その場所(被災した地域)に居住している潜在的な犯罪者も被災しており、犯罪を行う余裕がないことなども、数値に対して影響を与えている要因の一つではないかと推察される。しかし、その後の時間軸を追って犯罪発生傾向を見ていくと、電気・ガス・水道等のライフラインが復旧し始める頃から、犯罪の発生件数が、徐々に増えてきていることが確認できた。

 このような傾向から推測できることは、震災直後は、心身共に危機的な状況に置かれているため、誰しも気が引き締まり、緊張状態にあるからではないかといったことが考えられる。つまり、犯罪に走るよりも何よりも、まずは自分の身の安全を図ることが最優先されるためである。

 また、放射能汚染という特殊要因も働いていた。こうした状況下では、犯罪に巻き込まれる可能性は少ないのではないかとも思われるが、ライフライン等が復旧し始め、少し落ち着きを取り戻してくると、人々も気が緩み、たまっていた疲労がどっと出ることにより、自然と警戒心も薄れ、判断力も鈍くなってくる。

 まずは、命は取りとめたが、さて、これからどうしていこうかと思案に暮れているときに犯罪者の魔の手が忍び込みやすくなる。まさに、このような状況に人々が置かれている時が、最も犯罪に巻き込まれやすい事態と化すのではないかと思われる。また、震災発生直後は、防犯等を担う警察側も被災し、有効にその機能を果たせない可能性があることも忘れてはならない。その為にも、このような現状を正確に把握し、具体的かつ効果的な対応策を講じていかなければならないのではないだろうか。

2.東日本大震災で見られた義援金等の詐欺

 前項でも述べたように、東日本大震災発生後には、震災に便乗した義援金詐欺等が日本国内の各地でみられ、省庁等の関係団体は、国民に対して注意喚起を呼びかけていた。

▼ 消費者庁:震災に関する義捐金(ぎえんきん)詐欺にご注意ください

▼ 金融庁:義援金等を装った詐欺にご注意!

▼ 国民生活センター:震災に関する消費生活情報(相談情報とアドバイス)

 下記に東日本大震災で見られた義援金等の詐欺の一例を示す(▼三田豪士、震災に便乗した義援金等詐欺について、東京法令出版、捜査研究 60(5) p2-9 2011)。

◆義援金等の詐欺

東日本大震災による被害状況に便乗し、被災者や被災地への義援金・募金として、各職場や家庭に個別訪問・電話・DM・郵送等によって金銭を要求するものである。特に、今回の東日本大震災後に見られた義援金詐欺の場合、各地の市役所や日本赤十字等の実在する公的機関や、団体を偽装したものが多かったことが報告されている。下記にその一例を示す。

  • 男から電話があり、「○○市役所の者です。東日本大震災の義援金を送る活動を行っています。支払方法は、銀行振り込みで、多い方は100万円以上振り込まれています。」等と言って金銭を求められたもの。
  • 各職場や家庭に対して、男1名が訪問してきて「○○市役所の者ですが、被災地へ送る義援金を募っています。」等と言って金銭を求められたもの。
  • SNS上に日本赤十字社の義援金受付窓口と称して、架空の振込先口座や郵送先が書き込まれていたもの。
  • 本当に実在する団体が、義援金を呼びかけるために使用していた書面を、当該法人の名称ともども流用し、振込先口座のみを全く異なる個人名義のものに書き換え、FAXやDM等で各職場や家庭に対して送付したもの。

※実在する団体を装う場合には、上記した市役所等以外にもNPO法人、県庁、警察、郵便局、銀行、青年会議所、県や市から委託を受けたベンチャー組織等と、多岐に渡っていたことも報告されている。

◆点検・修理等の名目の詐欺

東日本大震災による被害を悪用し、電気・ガス・水道等のライフラインに関する設備や機器の点検・修理等の名目で訪問し、点検作業を行い、虚偽報告や不安を煽ることにより、過分な改善や異常に高い物品の購入や、設置を求められたものである。下記にその一例を示す。

  • ビルの管理会社の者と名乗る男が訪問してきて「今回の震災の関係で、揺れや電気火災に耐えられるように電気設備の工事をしなければならない。政府からの補助があるが、一部の金額については負担してもらわなければならない。」等と言って金銭を求められたもの。
  • ガス会社を名乗る男が訪問してきて「ガスの点検に来ました。安全メーターが停止しているので修理します。」等と言って金銭を求められたもの。
  • 市役所職員を名乗る男が訪問してきて「防災センターから来ました。ガス・水周りの点検をしますので、一時的に家から退避してもらいます。」等と言って、家人を家の外に退避させ、その間に金銭を物色されたり、一時的な退避や金銭を求められたもの。
  • 電力会社を名乗る男が訪問してきて「計器故障の修理に来ました。このままだと停電します。」等と言って金銭を求められたもの。

◆身内等を装う振り込め詐欺

被災地にいる親族やボランティアスタッフ等を名乗り、電話で金銭を要求するものである。下記にその一例を示す。

  • 息子を名乗る者から「電車の中で鞄を紛失してしまった。中に職場で集めた義援金が入っていた。今日中に先方に送らなければならないので、代わりに振り込んでもらえないか。」等と言う電話がかかってきたもの。
  • 被災地のスタッフを名乗る者から「御社の方が震災で大怪我をし、避難所に運ばれてきている。病院では保険が使えず、とにかく現金が必要なのですぐ送ってもらえないか。」等と言う電話がかかってきたもの。
  • 被災地にいると名乗る支社の者から「うちの被害は大丈夫だったが、取引先の被害がひどい。話し合った結果見舞金を送ることになったから100万円用意して。」等と言う電話がかかってきたもの。

以上のような例が見られた。

 東日本大震災に便乗した義援金等の詐欺の例については、上記で挙げたような手口によるものが多数あったが、特に、義援金や募金といったものは、その性質上、寄付を行う側にとっては、相手がどのような者であるかまで、十分詳細な確認を行うこと無く、「寄付を行った」という気持ちの問題や、安堵感のみで、一応の意が足りていると自己満足してしまっている面が否定できない。

 緊急時のある種の高揚感(自分も役に立っている、役に立ちたい)と言っても良い。したがって、実際には、詐欺の被害にあっていても、全く気が付かないままになってしまった潜在的な被害も相当数あったのではなかろうか。また、今後同様な手口による詐欺も起こるのではないか、といったことも推測される。

 上記したように、震災に便乗した義援金等の詐欺は、寄付を行おうとする者の善意を踏みにじる、極めて悪質なものであり、悪用される危険と絶えず背中合わせであることを忘れてはならない。このことを踏まえ、警察庁はこの種の詐欺等の取り締まり及び被害防止の為の防犯指導等を公開している。

▼ 警察庁、東日本大震災に便乗した義援金詐欺等の詐欺に要注意!

 警察庁が打ち出している、義援金詐欺等の被害に合わないための注意ポイントとしては、主に、下記のものを挙げ、注意喚起を呼びかけている。

  • 公的機関・団体が一般家庭等に対して、個別に電話・FAX・訪問等によって、義援金の振り込みを求めることは通常あり得ないので、相手方が告げた機関・団体等に対し、電話帳等で調べた電話番号に電話することによって確認すること。
  • 実在する団体等を名乗って、個別の働きかけがあった場合には、当該団体がテレビ・ラジオ・新聞等で公表している口座番号・名義と同一であるか確認する等、本当にその団体による募金なのか、また、信用できる団体なのかを十分に確認すること。
  • すぐに振り込んだりせず、少しでも不信に思ったら、警察(警察相談専用電話「♯9110」番または最寄りの警察署等)に通報相談すること。

※また、相談先に当然、家族・友人・知人なども含めるべきだろう。

 さらに、上記した義援金詐欺以外に、今後復興・復旧に向けた過程の中で、未公開株等の勧誘を含め、土地の再開発(メガソーラーの設置etc)、建築物等を巡る新たな形態の詐欺が、増えてくることも想定しておかなければならない(当社への事案相談においても、正に現在進行形で増えてきているとの実感がある)。さらに、東日本大震災発生から約2年経過した2013年頃から、首都直下型地震や南海トラフに沿う地震への危惧を逆手に取った、リフォーム等に関する詐欺が、増えてきているといった有用な情報にも注目し、重視していかなければならない。

▼ 国民生活センター、訪問販売によるリフォーム工事

 そもそも、予告してから来る詐欺など存在するはずもなく、震災時のパニック状態につけこんでくる詐欺はもちろんであるが、注意の念が薄れ、忘れかけた頃を狙ってくる、最も悪質な詐欺が存在することも、念頭に入れておかなければならない。また、近隣の、特に同種の建築物を有する人たちとの情報共有が大切である。

 このことを踏まえ、平常時であっても、震災発生時の緊急時であっても、一呼吸置くことができる、心理的な余裕を持つことや、その場で物事を即決せず、きっぱりと断る勇気を持つことなど、改めて非常時に特有の重要な対応を考えておかなければならないことを指摘しておきたい。

 そこで、各職場や各地域の防災マニュアルに対して、震災時に発生しうる詐欺等への注意喚起の文言や、対策項目の追記、また、首都直下型地震や南海トラフに沿う地震を想定し、平常時から行われてきている防災訓練はもちろん重要であるが、それと同様に今後の震災時にも発生じうるであろう犯罪全般への知識を高めておくためにも、また、それらに対処するための防犯・防災に関する活動手段を策定しておくことが、重要になってくると思われる。

 そのためには、各職場、各地域で行われる防災訓練に、震災時に発生しうる犯罪に関する「学習の場」も設定し、徹底した協議・見直し等を平常時から計画的に行い、自主防犯への高い意識と備えを行っていくことで、犯罪被害を軽減していくための、必要不可欠な対応策の一つの手がかりとすべきではないだろうか。

 これらの活動は、個別に実施することも可能であるが、防犯・防災を組み合わせて実施することで、震災に対する強さ、弱さがより一層具体的に認識でき、効果的な取り組みになるのではないかと考えられる。また、日々対策の見直し等にも積極的に取り組んでいく必要があろう。

3. 震災時を想定した防犯や防災を担う自衛消防隊の在り方

 これまで述べてきたように、震災発生後にあらゆる犯罪が激増し、急激に治安が悪化するわけではないが、その一方で震災の混乱に便乗した犯罪の発生が危惧されることは事実である。

 東日本大震災は、まさに未曾有の大震災であり、極めて広い範囲において、甚大な被害をもたらした。特に、津波による被害が広範囲にわたって発生したことにより、地域コミュニティが失われてしまったり、また、著しく弱体化してしまったりしたことが、過去の震災とは大きく異なる紛れもない事実であったことは言うまでもない。

 地震予知に関する技術は、日々進歩発展を遂げてきているが、震災を的確に予知できるようになるまでには、まだほど遠いだろう。たとえ、予知できたとしても、それに対する対策は、一朝一夕に構築できるものではない。

 また、いつ発生するか定かでない震災に対する対応策は、目前の業務に追われがちな現代社会の状況を顧みても、なかなか、手が回りにくいといったことが現状ではないだろうか。しかし、私たちは今回の東日本大震災を契機として、震災は日本全国どこでも起こり得るものであることを肝に銘じ、今後のあらゆる体制に活かしていかなければならない。そこで、震災時における防犯・防災体制の在り方についての提言を述べてみたい。

 そもそも、震災時における被害の拡大を防止していく上では、延焼遮断帯の構築、木造密集地の再整備といった都市防災対策が基本となってくるが、第1回目のリスクフォーカスレポート「震災と火災」で述べたように、これらの措置は、遅々としてあまり進んでおらず、その完成を待たずに、次の震災が発生する可能性の方が残念ながら高いように思われる。このようなことから、震災によって、職場や居住地区に大きな被害が発生することを前提として、事業継続計画(Business continuity planning、以下よりBCP)や防災マニュアルの項目に防犯や防災に関する実施計画や活動を組み込み、各地域・各職場に併設されている自衛消防隊の役割や活動の範囲の拡大を含め、検討を行っていくことが望ましいのではないだろうか。

 そこで自衛消防隊を充実させていくにあたっては、各職場の自然的若しくは社会的条件、職員の意識等がそれぞれの場所によって様々であることから、活動の具体的な範囲や内容を全て統一化することは困難である。よって、各職場の実情・特色に応じた組織の結成を進めていくことが望ましい。

 また、自衛消防隊の運営活動においては、職員の活動に対する意識の低さ、リーダー的人材の不足、訓練や会議等の準備に使用できる時間や場所の不足、活動のマンネリ化等の課題があることも指摘しておかなければならない。

 特に、自衛消防隊による活動は、職員の自主的な活動であり、その活動の活性化は、各職場・組織の意識や理解はもちろんのこと、リーダー人材の資質や経験に負うところが大きいため、自衛消防隊のリーダーには、一度に多くの意見をまとめる見識や効力があり、かつ防犯や防災に関する関心のある者が望ましい。自衛消防隊のリーダーとして求められる資質としては、下記のものが挙げられる。

  • 防犯・防災に関する関心が高く、有効な知識を有している(実際の対応経験があればさらに良い)。
  • 人望が厚く行動力がある。
  • 自己中心的でなく、多数の意見を取りまとめたり、また少数意見の尊重を行うことができる。

 こうした人材を効率よく育成し、防犯や防災を担う自衛消防隊への理解を深めていくには、官庁等が無料で公開している学習サイトを用いて、教育や意識改革を行っていくことも有効な手段の1つである。

▼ 警察庁:自主防犯ボランティア活動支援サイト

▼ 総務省消防庁:チャレンジ防災48

 上記したことを踏まえ、各職場・各地域においては、職員の自衛消防隊への参加意識を高めるほか、活動に参加しやすい工夫や新たな切り口による活動の活性化が求められる。

 また、震災後に急速に協力体制ができあがることもあるが、普段からの結びつきの強い者同士の方が震災時のような緊急時においては、的確な意思の疎通ができることが考えられる。このような平常時からの結びつきは、震災時の防犯だけに有用となるわけではなく、平常時の防犯体制にも十分役立つものである。

 そういった意味では、「何かあったらお互いに助けあえる」といったような関係づくりを普段から行っていくことが重要である。なお、自衛消防隊の結成やBCPの策定に際しては、何らかの「契機」が必要であり、それを確実につかみ、どのようにして育んでいくかも重要になってくる。

 震災時において、自衛消防隊が行う防犯や防災等の活動は、各職場や各地域における財産や人命の保護という責務に基づくものである。震災時に最も効果的にこれらの活動を行うためには、平常時から組織として何をなすべきか、どの部分に注力するか等を事前に十分検討しておく必要がある。

 例えば、震災時において自衛消防隊が行う、防犯や防災活動として、①「情報収集・伝達」、②「交通・雑踏対策」、③「治安維持」等が挙げられる。

 そこでまず一つ目に挙げた、「情報収集伝達」として、震災によって被害が生じた際に、第一に必要なことは、各種情報の収集である。なぜならば、これによって被害状況、交通状況、職員の安否、行政機関の動き等を把握しなければならないからである。それと同時に、的確な情報を伝達し、明確な指示を伝え、各職員への広報、関係部署との連絡を行うための情報伝達手段の確保・選択も重要となってくる。

 第二回目のリスクフォーカスレポート「震災と情報リテラシー」で述べたように、震災が発生した場合、通信回線の途絶・輻輳(ふくそう)、混乱等は当然予想されるところであり、必要な情報を迅速に入手し、指示を的確に伝達するための通信対策が必要となってくる。最も効果的な通信体制を確保するために、SNSの活用を含め、平常時から、様々な事態を想定した通信計画を策定し、全員に周知徹底しておくとともに、各種の通信訓練も実施していくことが望ましい。

 最も通信の混乱が予想されるのは、震災発生直後であると思われるが、その時点において、防犯・防災活動上最も必要な情報は何か、それは誰からどこへ伝達すべきか、情報をどのようにして集約すべきか等である。したがって、これらの情報通信計画大綱とも言うべきものについても研究し、情報伝達ルートを体系化しておくことが重要である。

 また、現場の混乱による聞き違い、又聞き情報、推定情報などから不正確な情報が生ずるので、重要な情報についての再確認および情報と情報源の確実な入手と、正確を期するための検討を行っておかなければならない。なお、情報収集・伝達を行う上では、下記の点に注意が必要であると言える。

  • 事実確認を正確に行い、時機に応じた報告を行う。
  • 伝達は簡単な言葉で行い、専門用語や業界用語等は避ける。
  • 口頭だけでなく、メモ等を渡すようにする。
  • 情報を正確に伝達するために、受信者に内容の復唱等を行わせる。
  • 数字の伝達には特に注意を払う。
  • 時間と場所を特定する(いつ、どこの話しか)。

 二つ目に挙げた「交通・雑踏対策」として、震災時において、防犯・防災活動を効果的に進めていくためには、道路交通の確保がなされているのかの確認が挙げられる。しかしながら、震災時には、道路上に落下物や倒壊物が散らばる、道路が破損する、道路に面した建築物等から火災が発生する、信号機が停止する等によって、道路は通行困難となっている可能性が極めて高い。その為、緊急車両の通行路の確保、職員の避難路の確保等は、被害の拡大を防止していく上で重要となってくる。

 このようなことを解消するため、各職場において、交通・雑踏対策を行える者を確保・育成していくことも重要となってくることが考えられる。実際問題として、緊急車両の通行路の確保のためには、重機の所有や手配が必要であるが、公的セクターでも重機を保有しているところは少ないのが現状であることを指摘しておきたい。

 また、震災時に交通・雑踏対策を行う者はもちろんであるが、そういった活動を行う自衛消防隊自身の「心のケア」も考えていかなければならない。今回の東日本大震災は、地域コミュニティを根こそぎ喪失させるような甚大なものであったこともあり、家族・友人を亡くす、生活の基盤を失う、引っ越しを余儀なくされるなど、被災者のおかれている環境は極めて過酷で不安定なものであり、長期にわたる精神的なケアの必要性が高いように思われる。

 これは、震災時に防犯・防災を行う自衛消防隊にとっても同様の事情・状況であり、自衛消防隊自身も被災者であることから、防犯・防災活動を効果的に行うためにも、自衛消防隊自身の精神的な支援を行う必要も忘れてはならない。なお、「震災時における心のケア」については、次回掲載予定のリスクフォーカスレポート内で述べたい。

 また、三つ目に挙げた「治安維持」として、例えば避難所での治安の維持を例に挙げてみると、震災時には着の身着のままで職場や自宅を追われ、避難所で生活を送らざるを得ない可能性が高い。避難所での共同生活は、プライバシーがほぼなくなり、また使用できる物資も限られてくるため、有効な防犯対策が取りづらいことが想定される。

 しかし、避難所に集まった被災者間が「共助」の意識を持ち合い、互いに結束することができるのであれば、人(仲間)の存在自体が「監視者」としての機能を担うことができる。

▼ 内閣府:避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針

 次に震災に伴う盗難を例に挙げてみると、職場や自宅が全壊あるいは半壊した被災者であっても、せめて無事な財産や思い出の品等だけでも持ち出したいと願うのが人の情というものである。全てを失ったわけではないと実感できれば、これらの財産や心の拠り所等を通じて再起へ向けて勇気づけられることも考えられる。また、早めに、持ち出さなければ盗難にあう恐れもある。

 これらの品は量が多くかさばれば、避難所に持ち込むことは不可能であり、一方貴金属等の管理も難しい。実家や友人宅で一時的預かってもらう方法もあるが、遠く離れている等の事情で難しい場合も想定される。そこで、自宅が全壊ないし半壊した被災者については、優先的に家財等を被災地周辺のトランクルーム・レンタル倉庫等で、また貴重品等については、銀行の貸金庫でしばらく無償で預かってもらえるような仕組みなどは十分検討に値する。また、「警備会社」が無償で預かる方法も考えられる。

 実現は難しいかもしれないが、無償提供での損失よりも企業イメージアップの利益の方が上回れば、またCSRの観点からも、実現することも不可能性ではないのではないか。各企業も自社の被害の復旧以外にも、経営資源を振り分けることができるのであれば、是非「共助」の精神を発揮して頂きたいものである。

 これまで述べてきたように、今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震時には、「想定外」ではすまされない、良好な治安維持が不可欠であり、幾多の困難に直面しようとも、乗り越えていかなければならない。これまでとは全く異なる発想や新たな取り組みも視野に入れ、想像力と先見性を持って、早急に対処していく必要があると考える。

 一つの具体例としては、本物の不良外国人対策と善良な外国人を無意識的・潜在的な差別意識がもたげることによって、流言やデマにより犯罪者に仕立て上げることのないように、言葉やコミュニケーションの壁を乗り越えた対策も急務と言えよう。

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