新入社員研修に求められる「厳しさ」とは(2017.10)

2017/10/04 / 総合研究室 主任研究員 吉原 ひろみ プリント


1.今、「厳しい研修」が求められている?

 6月のある日、居酒屋にて、たまたま近くに居合わせた、「オジサマ世代」の会社員風男性二人組の会話が耳に入った。


 「最近、また『昔ながらの新入社員研修』が見直されているらしいぞ。」

 「あぁ、そうですね。やっぱり厳しい研修も必要ですよ。」


 二人の会話は、近頃の「やさしすぎる」新入社員研修では、社会人として求められる「厳しさ」に耐える力が身に付かないというような主旨だったように思う。研修プログラムの策定に携わる筆者としては、気になる会話であった。はて、「社会人の厳しさ」とは何を指しているのか?新入社員研修には、何が求められているのだろうか?


 それから2ヵ月ほどが経ち、某薬品会社の新入社員が研修期間中に自死し、その遺族が、会社や研修会社、その講師に対し、損害賠償を求めて提訴したというニュースを耳にした。現時点では、研修会社や講師に問題があったのか、その新入社員が所属する会社の問題なのか、またはそれ以外なのか、真相はわからない。しかし、件の研修会社の研修が、「厳しい研修」であったことは、報道やネットの情報等から見て取れる。

 ネットに溢れる口コミが真実であるならば、常に大声で返事をすることを求められる、文章を暗記させ、言えるまで何度も何度も大声で暗唱させる、睡眠もままならない、そして浴びせられる人格否定の言葉の数々。確かに、これは「厳しい」と受け取られるであろう。

 同社に限らず、こういった「厳しい」研修を提供する会社は他にもある。睡眠時間を削り、満足な食事もとらせない、挨拶やお辞儀、体操、行進などを、怒鳴りつけながら延々続けさせる等、「厳しい」と感じるような課題がつきものだ。こういった研修を、好んでオーダーする企業も少なからずあると聞く。冒頭の、居酒屋にいた会社員風二人組が望んでいたのも、こんな「厳しさ」だったのだろうか。

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2.「厳しい研修」から学ぶこと

 では会社は、「厳しい研修」から、新入社員に何を学ばせようとしているのか。「社会人として、元気に大きな声で返事ができるように」「最後までやり遂げる人になるように」等、目的はあるのだろう。「組織の一員として働く」ためには、「会社から与えられたミッションを、四の五の言わずに果たす」力を身に付けさせたいのかもしれない。「連帯感の醸成」や「嫌な仕事にも前向きに取り組む力」を求めているのかもしれない。しかし、「学生時代の自己を壊し、会社のカラーに染める」ことまで目的としているならば、それはもはや「洗脳」の領域だ。


 シャインらによる研究(中国共産党の捕虜となったアメリカ人の体験を調査)(*1)に照らせば、人格を否定する怒鳴り声、睡眠不足、乏しい食事、不慣れな環境、そして限りなく続く理不尽な課題、これらはまさに、洗脳の第一段階として行う「解凍(refreezing)」につながるだろう。個人が今までに抱いてきた信念やアイデンティティを攻撃し、崩壊させるための過程だ。ここに新たな信念やアイデンティティに関する情報を注入し、形成させる(「変革(change)」の過程)。しかし、これで誰もが「洗脳」されるかというと、決してそうではない。恐怖に支配されている間は「服従」させることができても、安全な場所へ戻れば洗脳は解ける。

 洗脳を定着させるには、新たに形成された信念やアイデンティティを強化・発展させる必要がある。新しい信念等を受け入れたことで、周囲からの支持・承認を十分に得られ、その信念を自分のものとして「再凍結(refreezing)」できれば、洗脳は続く。つまり、洗脳が永続的になるのは、組織に認められたほんの一部の人のみである(恐怖による支配を続けるか、また別の要素を加えれば話は別だが)。短期間の「厳しい」合宿研修を実施したところで、全新入社員を会社のカラーに染め上げることなど、不可能だろう。

 新入社員といえども、生まれてから20余年、泣いたり笑ったりしながらそれぞれの生き方を学び、人格を形成している。その人格を否定し、「今までの自分」を全て壊して、会社にとって都合の良い人格に作り替えようというならば、採用選考などいらないはずだ。

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3.「理不尽な研修」がもたらすもの

 こういった研修は、「厳しい」というより「理不尽」に近い。「理不尽」な研修により、新入社員が学ぶのは、むしろ会社に対する「不信感」や、「コンプライアンスの軽視」ではなかろうか。

 人格否定の言葉を浴びせ続けることは、「パワーハラスメント」の6類型のうち、「精神的な攻撃」に含まれるだろう。ハラスメントは、法律的にも、社会的にも、企業経営の効率的にも許されないはずだ。入社早々、「あってはならないとされていること」を会社が堂々と行えば、会社に対して不信感を抱いても、何ら不思議はない。自社のコンプライアンス・ポリシーにも反していることだろう。

 また、外界から隔絶された「研修」から家に戻れば、一時的な「洗脳」は解ける。後に残るのは、「あの時は大変だった」という「思い出」と、「いくら理不尽でも、"はい!"と従っておけば、それで済む」「深く考えずに、ただ従うのが仕事だ」という信念ではないか。「思い出」は、後に適度に美しく変容するだろう。「同じ苦労をした仲間」との連帯感は強まるかもしれない。だが、不信感を募らせて多くの人が離職してしまうならば、その効果も限定的であろう。

 それ以上に、理不尽を受け流すことを「良し」とする信念を植えつけてしまったことによる悪影響が懸念される。これは、「社会的要請への適切な対応」を追求する、「コンプライアンス」の軽視につながるのではないか。自主的に「もっと会社を良くしよう」「自分で工夫して、より大きな成果を出そう」という意欲まで失ってしまわないかと危惧してしまう。


 それでも「理不尽な研修」は、毎年どこかで行われている。冒頭の居酒屋にいた会社員風の二人組もしかり、好意的に捉える意見もある。

 ネットのQ&Aサイトにて、このような研修に疑問を呈する質問に対し、「意味はある」「あとでわかる」「わからないのは未熟者」という主旨の回答を見つけた。

 この回答者は、本当に「意味」を見出せたのであろうか。研修には目的がある。その目的は、「あとでわかる」でよかったのだろうか。もし、「いつかわかるだろう」という希望的観測のもと、目的とその効果の検証を放棄し、例年通りに、思い出に残るだけの「理不尽な研修」を続けているのであれば、それはまさに「思考停止」の状態だ。理不尽に対して問題意識を持たず、「言われた通りにやっていればいい」「受け流しておけば済む」という人が増えれば、不作為の連鎖が起こり、会社が自浄作用を失うのが目に見えている。

 仕事の場面では、残念ながら「理不尽」に出くわすことも少なくない。しかし、「仕事とは、理不尽に耐えること」「会社や上司とは、理不尽なことを要求するものだ」と信じるほどに、「理不尽な会社」ばかりであろうか。そんな会社で、モチベーションやモラルが向上するとは思えない。「理不尽な研修」は、そんな「理不尽な会社」に適応させることを目的としているのではないかと勘繰ってしまう。変えるべきは、「理不尽に耐えられない弱い心」ではなく、「理不尽な会社」の方であろう。

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4.新入社員研修はどうあるべきか

 では、新入社員研修はどうあるべきなのか。


 水槽で魚を飼うことを想像してほしい。

 健康に飼育するならば、水はきれいに保ちたい。誰かが毎日毎日、魚に適した水を用意し、水を換えて水槽をきれいにするのでは、手間がかかりすぎる。魚に対し、「やさしすぎる」状態ともいえる。いずれ毎日の手間が面倒になり、放置された水槽の中で、魚が病気になってしまいそうだ。

 では、どうすべきか。はじめから汚い水に魚を入れ、「汚い水の中でも生き抜ける魚」を育てることが最善か?

 もちろん定期的なメンテナンスは必要だが、水槽に、魚と共に水草や小エビ、貝などを入れて、うまく水質を保てるように工夫した方がよいのではないか。魚には魚の役割、水草には水草の役割がある。それぞれが異なる個性を持ち、うまく共存しながら、それぞれの役割を全うすることが求められる。魚にとって、「自分の役割を全うするよう求められること」は、ある意味「厳しい」かもしれない。しかし、それは水槽の中の皆のためであり、自分のためでもある。


 魚を新入社員に置き換えてほしい。はじめから理不尽に「汚い水」に押し込むのが最善とは思えない。自分や他の仲間の役割をきちんと理解させ、うまくバランスを取りながら自分の役割を果たすように求めること、それが、本来求められる「厳しさ」ではないか。


 新入社員研修は、社会人としての基本行動を身に付けさせるという目的があり、そのためには「厳しさ」も必要だろう。筆者もそこに異論はない。しかし、社会人としての基本行動は、本人の理解・納得の上に醸成されるものであろう。たとえ時間や手間はかかっても、個人の人格を尊重し、その上で会社が求める態度・行動を取れるよう、会社は「誠実な研修」を追求すべきだと考える。


 大切にしたいのは、「コミュニケーション力」と「主体性」だ。これらは、経団連による調査(*2)にて、新卒採用で「選考にあたって特に重視した点」(選択肢の中から5つ選択)の1位・2位とも重なる。

 組織の中で、互いの役割や能力を認め合うためには、コミュニケーション力が欠かせない。それは単に「仲良くする」ことを意味するのではなく、「言うべきことを言い、受け入れるべきことを受け入れる」力だ。自分と異なる価値観を持つ人がいることは、「受け入れてもらう」ばかりでなく、自分たちも受け入れなければならない。それはダイバーシティの活用、インクルージョンにつながるだろう。

 そして、誰かに「・・・してもらう」ばかりでは、大きな成長は望めない。主体的に、自分から「成長する」という意識が必要だ。そのためには、「押し付け」「命令」ばかりではなく、「なぜそうすべきか」「目的のためにはどうすべきか」等、自分で考え、自分で判断する力を伸ばしたいものだ。


 企業経営で求められる「コンプライアンス」を、そこで働く個人レベルの行動に落とし込むならば、それは「より良い会社」「より良い職場」を目指し、自ら行動することに他ならない。コンプライアンス教育は、新入社員に「主体性」を身に付けてもらう上でも重要な意味を持つ。

 また、時代が変われば、人も変わる。どれほど「最適」を求めても、常に「最適」は変化しており、常に「最適」を追い求める努力が必要だ。現在の社会環境と未来への展望に照らし、自社のビジネスに潜む「リスク」を適切に把握する力が求められる。独りよがりな判断では、リスクの見落としや見誤りもあるだろう。適切な判断には、他者の話を丁寧に聴き、自分の考えを適切に伝える「コミュニケーション力」が欠かせない。リスク管理の視点からも、コミュニケーション力は重要なのだ。


 新入社員研修の「例年通り」を今一度見直し、目的とその効果の面から、より良いプログラムを考えてみてはいかがだろうか。

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【参考・出典】

(*1):Shein, E., schneier, I., Barker, C. H., 1961, Coercive persuasion. A socio-psychological analysis of the"brainwashing"of American civilian prisoners by the Chinese Communists. W. W. Norton(西田公明 著「マインドコントロールとは何か」1995年 紀伊國屋書店)

(*2):「2016年度 新卒採用に関するアンケート調査結果」2016年11月15日 一般社団法人日本経済団体連合会

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