SPNの眼

日本に蔓延するカスタマーハラスメント ~カスハラ条例は是か非か!~

2024.03.05
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総合研究部 上席研究員 森田 久雄

Definition of the bylaws of a corporation

1.はじめに

昨今、メディアの影響もありカスタマーハラスメント(以後、カスハラ)への注目度が高まっています。2020年にコロナ禍へ突入してから、小売店舗においてお客様からの度を越えた申し出を小売店従業員が受けるケースが多くなり、2020年中旬頃からは、悪質なクレーム・不当要求として“カスハラ”という呼称が出始めました。

その後、カスハラに関する報道はあまり見られませんでしたが、2022年2月に厚生労働省より「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が発表され、徐々に注目度が高まってきている現状にあります。その一方で、実際に企業側の対策の進み具合はどうかというと、通常の顧客対応に関する対策はされているものの、カスハラへの対策は依然として停滞しているように見受けられます。そもそもカスハラ対策とは、従業員を如何にカスハラから守るかという目的がある訳で、通常の顧客対応だけでは従業員を守る事は不可能だと言わざるを得ません。疲弊する従業員を生まず、安全な職場環境を企業は整備する義務を負っているのです。

2.本当に従業員は疲弊しているのか?

前述したとおり、2022年に厚生労働省より「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(以後、カスハラマニュアル)」が発表されましたが、その後2023年9月には労災に関する「心理的負荷による精神障害の認定基準」が改正され、新たに具体的出来事として、「顧客や取引先施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆる「カスタマーハラスメント」※厚生労働省ホームページより認定基準改正のポイントより引用)が追加されました。

労災認定の基準も改正されること自体、カスハラにより労働者が精神障害を発症する事例が増大していることを物語っています。それほど深刻な状況になっているからこそ、厚生労働省がカスハラマニュアルを作成したり、労災基準を改定したりしているのです。ところで、厚労省からカスハラマニュアルが出されていますので、企業がこれに準じて対策に乗り出しているのであれば、カスハラ被害は、増大ではなく減少傾向に動くのではないでしょうか。

「従業員の疲弊?当社では通院を始めたという話は聞かないですね」と言われる企業が大半かもしれません。しかし、疲弊とは「心身ともに疲れ、弱ってしまった状態」を指しますので、必ずしも精神障害を発症したということではありません。むしろ、精神障害を発生させないように、従業員の状態をしっかりと把握し、早め早めの対処をしていかなければなりません。

  • 従業員の顔をしっかりと見ていますか!
  • 最近、言動(勤務状況)に変化は出ていませんか!
  • 体調不良を起こし易くなっている従業員はいませんか!
  • 従業員のSOSを見逃していませんか!
  • お客様対応にあたる従業員の業務ミスが増えていませんか!

3.東京都カスハラ防止条例は有効か?

本年(2024年)2月、東京都は全国で初となる「カスハラ防止条例」制定に向けて動き出しました。都民感情(企業人)としては、是非とも早々に施行して欲しい!というところだと思います。確かに、カスハラ防止条例を策定することで、消費者に対してカスハラはいけないという周知効果はありますので、その意味では条例制定に向けた取組みとしては一定の評価ができますが、現時点では、「罰則を設けない」方向で検討していくとしており、この点については、大きな疑問を感じざるを得ません。カスハラ被害が深刻化している中で、罰則を盛り込まないで、“その条例に(カスハラ被害の低減に向けた)何らかの効果はあるのですか?”と思ってしまいます。です。ここには賛否両論あると思いますが。

日本では“罪刑法定主義”が採用されていますので、罰則、いわゆる刑罰を設けないのであれば、カスハラ行為者を処罰することができず、単なる注意喚起のための条例という形になってしまいます。都の制定委員会では、「カスハラの一部の行為は刑法で対処できる」と考えているようですが、果たして本気でそのように思っているのでしょうか。今まで、企業の不当要求・カスハラへの対応を行なってきた私としては、カスハラ行為を刑法の枠組みで対処するという考え方には、大きな疑問でしかありません。実際問題として、刑法で対処できずに、罪に問えていないケースが多いからです。だからこそ、カスハラ被害がここまで広がっているのです。福岡県警では、警察官に対するカスハラが深刻化している事態を受けて、警察官向けのカスハラ対応ガイドラインを作成していると報道されていますが、刑法が適用できるなら、警察官向けのカスハラ対応ガイドラインなどいりませんよね、刑法に従って、逮捕すればよいのですから。

例えば、道路交通法で制限速度を設け、違反した場合の罰則規定があるので、運転者は道路交通法を守るという意識が働きます。しかし、それでもスピード違反などの違反行為は後を絶ちません。刑法でも同じで、暴行・傷害、強要、恐喝、脅迫等、凶悪な犯罪行為は世の中に数えきれないほど存在しています。それでも、罰則を設けているからこそ、思い止まる人も多いのではないでしょうか。

今回の東京都の取組みは、大変望ましいものと評価できる一方で、果たして抑止力は得られるのだろうか?多くのカスハラを見てきている者として、罰則を設ける等、本当に効果を生むための政策を考えて頂きたいものです。

4.カスハラは行政でも民間と同じ状態

カスハラといえば、お客様が企業(店舗)に対する行為として報道されるケースが多いのですが、実は都道府県庁職員はもちろんのこと、全国の市区町役所の職員に対するカスハラも強烈なものがあります。

民間企業であれば、場合により「契約自由の原則」などにより、取引を行わないという判断ができるのですが、行政サービスについてはこれができないことから、現状では甘んじてカスハラを受け入れざるを得ない状況が多くみられており、疲弊する職員の方々が増加しているというのが現実です。

  民間企業の場合 行政の場合
具体的カスハラの
言動
「誰のお陰で生活できている」
「SNSに投稿するぞ」
「不買運動を起こすぞ」
「ただでは済まさないぞ」etc
「私たちの税金で生活しているくせに」
「税金泥棒」「公務員のくせに頭悪いな」etc
対処 警察への被害相談・届けや出入り禁止措置等 謝罪等を行いながらサービス提供に向けてひたすら話を聞く。酷い場合には、検討により警察介入等
※場合により施設内より一旦退去命令

民間企業の場合、比較的対処し易く毅然としてサービスの提供をお断りすることが可能なのですが、行政の場合はサービスの提供を中止することができないことにより、お断りするという思考よりも、サービス提供を継続するために職員が我慢し、カスハラに耐えながら対処するという理不尽な状況が多いようです。

誤解のないようにここで述べますが、行政サービスは税金により賄われており、職員の給与を支払うために国民より徴収している訳ではありません。もちろん、結果的には税金より支払われているものではありますが、行政サービスを提供するために税金は使われており、そのサービスを国民に提供する係(窓口)として職員がおり、その役務提供の報酬として職員への報酬が支払われる訳です。

至極当たり前のことなのですが、国民の中には“私の払っている税金であなたがたは生活している”という意識が強い人もいるかもしれません。では、もしこの職員の方がいなくなったらどうなるでしょう。職員の方がいなければ行政サービスはストップしてしまいます。結果的に困るのは、我々国民であることは言うまでもありません。もちろん、国民一人ひとりの召使いでもありません。法令の枠内で公平な行政サービスが求められる中で、職員の方々が対応しているのであり、国民側が自分自身の我儘を通すために、税金トークを盾に、本来の行政サービス以上の対応を求めること自体が筋違いなのであり、だからこそ、これらはカスハラにしかならないのです。ある意味、国民一人ひとりの良識・見識・民度の問題といえるでしょう。

このように述べると、行政の味方か!と言われるかもしれませんが、民間企業の従業員も行政の職員も、皆、同じ人間であり暴力を受ければ、心身ともに疲弊しサービス提供できなくなるのです。同じ人として、相手の気持ちを考えて冷静な態度で接して頂きたいものです。

5.地域性によるカスハラの発生頻度

SPNでは、日本全国に所在する企業より各種の相談や実践対応の依頼を頂いておりますが、カスハラの発生頻度には地域性も要因の一つとして関係しているように感じています。これはあくまで、私の感じるところですが。

日本には47都道府県が存在し、その面積の大きさや人口数なども大きく違います。例えば、日本の5大都市として東京、札幌、名古屋、大阪、福岡などは、大都市圏として商業の中心地と考えられています。このような場所では、人口の入れ替わりが激しく、他府県の移住者が増加することから、小売店も増加しますし飲食店も必然的に増加します。もちろん、居住性は増し済みやすい環境は整えられる訳ですが、反面、元々住んでいた住民同士であれば、その関係性は良好な関係が築かれているケースが多く、築いていかなければ自身が住みにくくなることが考えられます。しかし、移住者の場合にはその土地に溶け込むのに時間を要し、場合により周辺住民との関係は希薄化している状況もあるのではないでしょうか。

このようなことから、人間関係をあまり気にしないという点では、クレーム・カスハラは発生し易い環境とも考えられます。狭いコミュニティーで、昔なじみの住民であれば、あまり酷いクレームは出しにくい状況となり、そもそもある程度の相互理解の中での人間関係やコミュニティーができていますので、寛容性が高くなるのではないかと思います。したがって、都心部では比較的カスハラの発生率が高くなるのではないかと考えます。

これに対して、地方に行くとどうでしょうか?すべてとは言いませんが、やはり地域性もあるのか、クレーム(正当)は出るものの酷いカスハラのような申し出は減少するように思われます。これは、実際に私が北海道札幌市、沖縄県那覇市に転勤移住し、様々な企業の相談を受けた際、クレームの件数や内容等、やはり大都市圏部との違いを感じたものです。ちなみに、相談を受ける際によく出る発言としては、「他府県の人ですね。言葉が違います」と言われました。

また、地方都市でも観光立県と呼ばれる地域については別の考え方ができ、地域住民からは多くのクレームは出ないものの、他府県からの移住者や観光客からのカスハラが見られる傾向にあるのではないでしょうか。これは、ある意味で言えば「旅の恥はかき捨て」ということもあるのかもしれませんが、日常で会うこともなく、旅行という非日常体験の中で、少しでも我儘を通したいがために、クレームもカスハラ化するものと考えられます。

6.カスハラへの効果的な対策

一番に考えていかなければならないのは、自社の従業員である“人”を守るということです。そもそも、自社ではどのようなカスハラ事象が発生しているのかを認識しなければ、従業員を守るための効果的な対策は打てません。したがって、まずは現場(実態)を知るということが重要になります。まさに“事件は現場で起きている”のです。当社でもカスハラ実態調査アンケートのサービスを提供していますが、実際に実態調査をしてみると、どの時間帯にカスハラが多いのか、どんな態様のカスハラが多いのか、従業員はどんな悩みを抱えているのか等が明確に分かります。実態把握をしてみると、今行っている研修や、今あるマニュアルが、現場の悩みに応えられていないということが明らかになる場合もあります。

このようにして自社でのカスハラを認識した若しくは、起こりそうだと想定・認識できれば、次は、自社としてのカスハラに対する定義・行為類型・方針を策定することが重要です。これがなければ、何をもってカスハラとするか、どのように対応すべきかのかの判断ができなくなります。カスハラの定義や行為類型については、厚労省のカスハラマニュアルの内容は、あくまで参考でしかありません。自社の現場の実態に即して、会社ごとに制定していく必要があるのです。そして、そのカスハラには企業組織としてどのように対応するのか等について、「カスハラ対応方針」として、固めておく必要があります。この方針を組織として明確に策定しなければ、結果的に従業員任せの属人的対応になるため、従業員個々人のスキル等に左右されることになり、一部従業員がカスハラの被害を受けてしまうことにもなりかねません。

そして、カスハラの定義・行為類型・方針については、組織として定めたものですので、トップダウンで社内への落とし込みが必要となりますし、社外に対しても公表することで、組織内での意思統一に繋がるものでもあります。対外的に公表することで、自社を利用するカスハラ行為者への牽制・警告にもなります。なお、この場合、まずは社内周知を行った上で、社外への公表を行うことが肝要です。これを逆転させると、社外より問い合わせが入った際に対処できない状態となり、問い合わせ者としてみれば、形式上のものかと判断されかねません。

その上で、カスハラへの具体的な対応方法を盛り込んだマニュアルを作成してカスハラへの対応方法(要領)を具体化すること、そのマニュアルを用いて研修を繰り返し行って、従業員の対応スキルやカスハラに対する意識を高めることが重要です。ここまでやらないと、せっかく作ったマニュアルが形骸化しかねません。一番避けるべき対処は、マニュアル作成後に各部署に通知し、「各々で読んでおくように」等という指示です。このような状態ですと、殆どの方が読まずに、いつのまにか、マニュアルの存在すら忘れられてしまいます。

また、対策の一つとして必須なのは、従業員からのカスハラに関する相談窓口を設けておくことです。カスハラに困った時、対応方法に苦慮した時、相談できることで安心して業務に専念することができるものです。尚、ありがちなことなのですが、「あの人に任せておけば、長年やっているから大丈夫」等という考えは極めて危険です。当然、長年の経験により対応スキルは高いと思われますが、それと精神的ダメージは別物で、必ず精神的なダメージは受けていることを理解して下さい。経験年数が長いほど、そのダメージ蓄積量は多いと容易に想像がつきます。したがって、定期的な配置転換なども視野に入れて、精神的なダメージやストレスの低減を図るような組織運営をする必要があります。

7.おわりに

カスハラへの対応は、顧客への適正かつ適切な対応を行なうことが大変重要なことではありますが、それだけの枠には留まらず、カスハラ被害により精神障害を発症し、休職を余儀なくされ、職場復帰が叶わない人もいます。そのような場合、人ひとりの人生を変えてしまう可能性もあるのです。企業としても、従業員がそのような状況になれば、人事計画は大幅に狂いが生じることは言うまでもありません。そのような事が起きないように、Win-Winの関係を維持できるように、従業員を守るための組織対策を取組むべきなのです。

尚、SPNでは「クレーム対応体制・カスハラ対策簡易診断」を実施していますが、そほかにも、カスハラに関する自社の現状を把握すること、どこが足りない状態であるか(課題)を知るため、「カスハラ対応体制簡易診断」の実施をお薦めしています。実態把握や簡易診断を実施して、現場や組織としての現状・課題(リスク)を正しく把握し、それを踏まえた体制整備とマニュアル作成・研修、そして従業員の相談体制の更なる強化を行うことで、企業としての安全配慮義務も果たしていくことができます。ご興味のある方は、貴社を担当致しますコンサルタントに、または弊社ホームページよりお問合せ下さい。

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