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海外危機管理を見直せ(中編)~外務省の「海外安全ホームページ」を活用しよう~

2023.12.18
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総合研究部 専門研究員 大越 聡

掌で小さな旅行者と飛行機を守るビジネスマン

※本稿は全3回の連載記事です。

前回のコラムでは、まず海外におけるトラブルの現状と海外危機管理の基本について確認した。

▼海外危機管理を見直せ(前編)~日本人が巻き込まれた海外犯罪・トラブルと海外危機管理の基本

前回も指摘したように、外務省の「海外安全ホームページ」では、非常に有益な海外危機管理に関する情報が日夜アップデートされている。企業の危機管理担当者としてはこの情報を活用しない手はない。とはいえ、初めて見る方は海外安全ホームページには膨大な量のページがあるため、どこから確認したらよいか戸惑うことも多いだろう。本稿では、危機管理担当者に役立つ「海外安全ホームページ」の活用の仕方を解説していきたい。

▼海外安全ホームページ(外務省)

本稿に入る前に、以前筆者が外務省の書記官に取材した時に印象深い話があったので紹介しておく。その書記官によると、15世紀から17世紀にかけてスペインやポルトガルなどの列強諸国が遠洋航海技術の発展により様々な国を植民地とした大航海時代、彼らは必ず船団の中に「軍隊」と「医療団」を組織し、植民地に赴いたという。欧米人にはその時のノウハウがいまだに息づいているのか、新しい国に行く時には、必ず従業員の「セキュリティ」と「医療体制」を現地で確立してからビジネスを開始するという。日本人は島国でビジネスを展開してきたため、やはり海外でビジネスをするときの危機管理に対する認識は薄いといわざるをえないが、ぜひ今後は「セキュリティ」と「医療体制」の2面から危機管理を見直していただきたい。

「セキュリティ」について考える。まずは宗教、風俗、習慣など基礎情報を押さえよう

海外におけるセキュリティを考えるうえで、まず欠かせないのがその国の基礎情報だ。政情や宗教、その土地の慣習など、まず「その国では絶対にしてはいけないこと」を押さえていくことが重要になる。少し話がそれるが、先日埼玉県で子どもだけの外出や留守番を放置による虐待とする改正法案の内容が批判を浴び、県議会の本会議で正式に撤回された。日本人からすると奇異に感じる内容でメディアや住民も大反対をしていたが、実はアメリカでは子どもだけの留守番はすでに虐待ととられ、警察に通報される可能性が高い。以下、「海外安全ホームページ」の「アメリカ合衆国安全基礎データ」を見てみよう。

  1. しつけと児童虐待
    子どもへの体罰や、公衆の面前で子どもに対し大声で叱りつけるなどといった行為は児童虐待とみなされる場合があります。親が逮捕されて子どもは隔離保護となり、裁判によって家族と引き離される可能性もあります。また、身体的暴力や言葉による暴力だけでなく、子どもに服を着せない、または靴を履かせず外を歩かせる、適切な食事を与えない等の行為でも虐待・育児放棄(ネグレクト)として通報されることがあります。
  2. 子ども単独の留守番
    単独での留守番が可能な子どもの年齢については州ごとに定められていますが、一般に、自救能力が備わってくる小学校高学年になるまでは、親が子どもに付き添うか、ホームシッターなど適当な保護者を付ける必要があります。法に反する場合はもちろん、留守中に子どもに何らかの被害が発生した場合は、親は児童虐待として逮捕される可能性があります。なお、小学校高学年までの子どもを車中に単独で残す行為も多くの州で違法行為とみなされ、まだそれを直接的に禁止する法律がない州であっても目撃者から警察に通報される可能性があります。短時間の買い物等であっても子どもを車中に残すことは絶対に避けましょう。

(※太字は筆者)

米国では州によって年齢などの細かい差はあるものの、基本的に子ども単独の留守番は虐待にあたる。親が付き添えない場合はベビーシッターを雇う必要がある。アメリカの映画で「ベビーシッター」を題材にしたものが多いのは、こんなことが背景になっている。日本の常識だけで考えると、知らぬうちに「犯罪者」になってしまうケースも多いのだ。

付け加えると、日本と米国では警察の市民に対する対応も全く違う。在サンフランシスコ日本国総領事館の「安全の手引き」には、以下のような記述もある。

警察官の対応
米国では、警察官から何らかの犯罪に関与していると疑われた場合、はっきりと理由を告げられることなく、後ろ手錠を掛けられて拘束されることがあります。日本では考えられませんが、当地では警察官が安全に容疑者の身柄を確保するために、一般的な手段として使われています。
例えば、交通違反を犯したことを認識していない運転手が、警察官の指示に従わず、自ら降車した場合、逃走や反撃のおそれがあると判断され拘束される場合があります。状況によっては、けん銃を向けられ、地面に伏せる体制をとらされた上で手錠を掛けられる可能性もあります。
誤って拘束されたとしても、当然、容疑が晴れれば解放されます。この時、警察官から「RELEASE/DETENSION CERTIFICATE」と称する書類を交付されることがありますが、これは本件取扱いが逮捕・勾留措置ではないことを証明するためのものです。関係する警察署等には書類が記録として残りますが、犯罪歴にはならず、今後の出入国で問題になること
はありません。

上記のほかにも、現地の法律・風習・習慣によるトラブルはたくさんある。例えば、タイやインドネシア、ネパール、インドなど、多くの地域では「子どもの頭をなでる」行為は禁じられているところが多い。仏教国では頭は神聖な場所であり、他人が触れてはいけない場所なのだ。また、特定の国旗が記載されている服を着ただけで国家侮辱罪に抵触したり、警察官の前でポケットに手を入れただけで拳銃を所有していると誤解され、銃で撃たれたりする可能性のある国もある。まず、その国の法律や風習・習慣を知ることは、現地に赴く前にとても重要な事項なのだ。

外務省「海外安全ホームページ」では、全世界のほとんど全ての国と地域について、これらの情報を公開している。まず、赴任する国の情報をチェックしてみよう。まず、海外安全ホームページのトップページ上段の、「国・地域別 海外安全情報」をクリックする。

海外安全ホームページのイメージ画像

すると、以下のようなページに遷移する。

海外安全ホームページのイメージ画像

上部の地図部分をクリックするか、下部の「国・地域別に探す」から目的の国をクリックする。例えば、比較的親日的な国であり、企業の出先も多いタイをクリックしてみよう。

海外安全ホームページのイメージ画像

このページでは、まずその国の危険情報を確認することができる。比較的安定していると考えられるタイでも、首都バンコクはレベル1の「十分注意」が、一部にはレベル3である「渡航中止勧告」が出ているところがあることが分かるだろう。詳細を見てみると、以下のような情報が掲載されている。

【危険レベル】

  • ナラティワート県、ヤラー県、パッタニー県及びソンクラー県の一部(ジャナ郡、テーパー郡及びサバヨーイ郡)
    レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)(継続)
  • ソンクラー県(ジャナ郡、テーパー郡及びサバヨーイ郡を除く)
    レベル2:不要不急の渡航は止めてください。(継続)
  • 首都バンコク及びプレアビヒア寺院周辺地域(タイのシーサケート県とカンボジアのプレアビヒア県との国境地域)
    レベル1:十分注意してください。(継続)

【ポイント】

  • タイ南端のマレーシアとの国境付近の地域では、分離独立を標榜するイスラム武装勢力による襲撃・爆発事件が頻発しているため、危険レベル3またはレベル2を継続します。
  • 首都バンコクでは、2014年5月のクーデター以降、長期にわたって軍の影響力が強い政権が継続していること等への反発から、首都中心部においても小規模な反政府集会が散発的に行われているため、危険レベル1を継続します。
  • プレアビヒア寺院周辺地域では、隣国カンボジアとの間で同地域の帰属をめぐり、過去に軍事衝突が発生しました。現在は沈静化していますが、不測の事態が発生する可能性が排除されないことから、危険レベル1を継続します。

次に、タイの「安全基礎データ」をクリックしてみると、タイの安全事情や風俗などが記されている。海外赴任する前に一度は読んでおきたい情報だ。例えば犯罪状況では以下のような記載がある。

  1. 基本的な注意事項
    タイは「微笑みの国」、バンコクは「天使の都」といわれ、諸外国と比較して安全なイメージがありますが、外国にいるとの意識が希薄で、日本と同じ感覚のままでいると、何らかのトラブルに巻き込まれた際に適切に対応することができず、事態を悪化させてしまう可能性もあります。法制度、文化的背景、風俗習慣等が日本とは異なることを常に意識しておくことが重要です。
    トラブルに遭遇する機会を避けることが、最も基本的な安全対策ですが、万が一トラブルに巻き込まれた際には家族や会社の関係者にすぐに連絡が取れるよう、ご自身の旅行や出張の予定を共有し、お互いの連絡手段・方法を確認・把握するよう心掛けてください。
  2. 日本人の被害例
    タイ国内、特にバンコクでは、日本人の犯罪被害が後を絶ちません。
    日本人が巻き込まれる被害の多数は窃盗、詐欺等であり、2022年には、東南アジアからの旅行者を装った女性(又は女装した男性)が日本人男性に英語や片言の日本語で声をかけ、お金をだまし取る詐欺被害が報告されています。
    また、タクシーや三輪タクシー(トゥクトゥク)等の運転手を含め、見知らぬ者から声を掛けられ、安易に話に乗ることによる詐欺等の被害が多発しています。見知らぬ者から声を掛けられた際には十分警戒し、軽々しく話に乗らないことが肝要です。
    この他、「交際していたタイ人に宝石をプレゼントしたが、その後、連絡が取れない」、「結婚を前提に交際していたタイ人に家や土地、車購入の資金を渡したが、逃げられた」等の男女間のトラブル事例も発生しています。

また、以下のようにテロや誘拐なども発生している。日本人を直接狙ったものではないが、日本人が巻き込まれているものがあるので注意が必要だ。▼タイ テロ・誘拐情勢

  1. 概況
    1. タイ深南部(ナラティワート県、ヤラー県及びパッタニ県並びにソンクラー県東部)では、分離主義武装組織の活動が活発であり、警察や国軍関連施設等を標的とする襲撃や爆弾テロ事件が頻発しています。
    2. また、首都バンコクや主要観光地においても、以下のとおり、テロ事件が発生しています。
      • 2015年8月、首都バンコクにおいて爆発事件が発生し、20人が死亡、日本人1人を含む多数が負傷。
      • 2016年8月、観光地であるプーケットやフアヒン等中南部7県において、連続爆発事件が発生。
      • 2019年8月、首都バンコクで連続爆発・放火事件が発生し、タイ人2人が負傷。

次に、タイの風俗や習慣について見ていこう。こちらはタイの「安全対策基礎データ」から「風俗、習慣、健康等」で見ることができる。

  1. 風俗・習慣
    1. 王室関係
      タイ国民の国王、王族に対する尊敬の念は深く、刑法上「国王、王妃、皇太子、摂政に対する罪」として刑罰(いわゆる不敬罪)が設けられており、例えば王室を侮辱した場合、3年以上15年以下の禁錮に処せられるおそれがあるほか、社会的にも厳しい批判を受けることにつながります。
    2. 仏教関係等
      1. タイの法律には宗教に関する規定が多く、例えば寺院や儀式を侮辱したり、妨害したりする行為は厳しく罰せられます。仏像はたとえ倒壊したものであっても神聖なものとされています。仏像のタイ国外への持出しは禁止されており、無断での持出しは罰せられます。
        なお、僧侶は上座部仏教の教義に則し、絶対に女性(子供を含む)に触れたり、触れられたりしてはいけないことになっています。
      2. 頭部は精霊が宿る場所として神聖視されており、頭部に触れることはタブーとされています。子供の頭をなでることもトラブルの原因となります。また、足は不浄とされているので、足裏を第三者に向けて座ったり、間違っても足で人を指すような仕草をすることは避けてください。

(※太字は筆者)

また、麻薬関係のトラブルも要注意だ。最高刑は死刑もあり、違法所持で現在も服役している日本人もいるという。▼タイ 安全対策基礎データ

  1. 違法薬物
    タイ政府は、麻薬・薬物犯罪を厳しく取締まっており、麻薬・違法薬物の所持はもとより、持込み、持出しは厳禁であり、これに違反した場合には厳罰が科されます。最高刑は死刑です。
    ゲストハウス(安宿)やナイトクラブ等においても、警察が随時取締り・摘発(いわゆる、おとり捜査)を行っています。違法薬物を所持または使用したために逮捕され、タイ国内の刑務所で長期間に亘り服役中の日本人もいます。

薬物に関しては、大麻解禁を合法とする国と、取締を強化している国と、政府によって見解が大きく分かれている。海外に行くときには特に気をつけていきたい。

医療事情を確認しよう

最後に、医療情報について見ていこう。冒頭に記したように、「セキュリティ」と「医療体制」はその国に赴く上での基本中の基本となる。「海外安全ホームページ」では、医療情報についても詳しく記載している。

▼世界の医療情報

こちらから、参考として同じくタイの医療情報を見ていこう。

▼世界の医療情報 タイ

まず、「衛生・医療一般情報」には以下の記述がある。

医療事情は、首都バンコクと地方都市、地方都市と農村部、さらには個々の医療施設により大きく異なりますが、主要都市の公立基幹病院や代表的な私立病院では概ね良好です。バンコクの代表的な私立病院の医療水準はかなり高く、日本の病院と比較して遜色はありません。日本の医学部を卒業した医師、或いは日本の病院で研修経験のある医師または看護師などが勤務しています。また日本語通訳(日本人またはタイ人)が勤務し、専用窓口を設けるなど、日本人受診者の便宜を図っています。私立病院は全て自由診療です。診察料・治療費等は、日本での窓口負担額と比べて高額になることが多いので事前に料金等を確認するか、または海外旅行傷害保険等の保険が適用されるか確認することが必要です。保険への加入をお勧めします。

タイの医療水準は一般的に高いといわれており、主要都市の公立基幹病院や私立病院は概ね日本と同じような医療が受けられるとの記載がある。ただし、気をつけなければいけないのは、「上記以外の病院では日本と同じ水準の医療を受けることができない可能性が高い」ということだ。すべての国の医療情報ページには、必ず病院の住所と連絡先が記載されているが、これも裏を返せば「これ以外の病院では日本と同じ水準の医療を受けることができない可能性が高い」と考えてよいだろう。

同ページでは「病気になった場合の医療機関」の冒頭に以下のような記述がある。

  1. 病気になった場合(医療機関等)
    1. バンコク周辺
      以下(1)-(5)の病院は、日本語によるサービスが充実し、日本人を対象とする外来・入院治療ともに実績があります。年中無休24時間の診療体制ですが専門医の診察を希望する場合は予約取得をお勧めします。日本語通訳が勤務し、日英語とも使用可能です。支払いは現金、各種クレジットカード、各種医療保険キャッシュレスサービスに対応しています。入院、手術、高額検査の際は保証金を求められます。
      1. Bangkok Hospital (ローンパヤバーン・クルンテープ)
        所在地:2 Soi Soonvijai 7 New Petchaburi Road Huaykwang Bangkok
        電話:02-310-3000(代表)、02-310-3257(日本人専用外来、平日7-16時、土7-14時、日7-12時)
        ホームページ:http://bangkokhospital-jsc.com
        概要:550床の私立総合病院です。歯科を含む全領域の専門医を揃えています。タイ国内外から多くの患者が受診しています。日本人専用外来(JMS: Japanese Medical Service)を設置し、日本語を話すタイ人医師やタイ国医師免許を取得した日本人医師が診察を行っています。
      2. Bumrungrad International Hospital(ローンパヤバーン・バムルンラード)
        所在地:33 Sukhumvit 3 Wattana Bangkok
        電話:02-066-8888(代表)、02-011-3388(日本語カウンター)7-18時 時間外は当番の日本語通訳が対応
        ホームページ:http://www.bumrungrad.com
        概要:580床の私立総合病院です。歯科を含む全領域に対応可能です。タイ国内外から多くの患者が受診しています。日本語専用サービスカウンターを設置し、日本語を話すタイ人医師やタイ国医師免許を取得した日本人医師が診療しています。
      3. Samitivej Sukhumvit Hospital(ローンパヤバーン・サミティヴェート・スクンビット)
        所在地:133 Soi 49 Sukhumvit Road Bangkok
        電話:02-022-2222(代表)、020-222-122(日本語相談窓口)7-20時 時間外は当番の日本語通訳が対応
        ホームページ:https://samitivej-jp.com/
        概要:270床の私立総合病院です。歯科を含む全領域の専門医を揃えています。在留邦人の分娩や乳児予防接種・検診を多数取り扱っています。日本人相談窓口を設置し、日本語を話すタイ人医師が診療しています。
      4. BNH Hospital(ローンパヤバーン・ビーエヌエイチ)
        所在地:9/1 Convent Road Silom Bangkok
        電話:02-022-0700(代表)、02-022-0831(日本語通訳部)、02-632-1000 (救急部)
        ホームページ:https://www.bnhhospital.com/ja/
        概要:100 床の私立総合病院です。産婦人科を含む全領域の専門医を揃えています。診療時間は毎日 24時間です。日本人通訳が勤務しています。
      5. Rama 9 Hospital(ローンパヤバーン・プラ・ラム・カーウ)
        所在地:99 Soi Praram 9 Hospital Huaykwang Bangkok
        電話: 02-202-9999(代表)内線2293(日本語通訳部)
        ホームページ:https://www.praram9.com/
        概要:300床の私立総合病院です。歯科を含む全領域で対応可能です。日本語通訳は8時~16時まで勤務し、時間外は電話通訳対応が可能です。

上記のページを見ていただくと分かるが、医療機関としてはこの5つのほかにもいくつかの病院を掲載しているが、日系企業として従業員を派遣しているならなるべくこの上位5つの病院からきちんと選んで受診をさせるのが適当だろう。海外では日本と違い、水準の高い医療機関へきちんとアクセスすることは、命に係わる必須項目だ。普段から確実にチェックしておいていただきたい。

本稿では、外務省の「海外安全ホームページ」を見ながら、企業の危機管理担当者がチェックしておくべき情報を挙げてみた。次回は「事件・テロに巻き込まれてしまったらどうすればよいか」という観点から海外危機管理を検討していく。

(了)

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