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海外危機管理を見直せ(後編)~海外でテロに遭遇した時の対処法「Run Hide Tell」

2024.04.23
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総合研究部 専門研究員 大越 聡

掌で小さな旅行者と飛行機を守るビジネスマン

※本稿は全3回の連載記事です。

本コラムではこれまで2回にわたり、海外危機管理について考察してきた。

▼海外危機管理を見直せ(前編)~日本人が巻き込まれた海外犯罪・トラブルと海外危機管理の基本
▼海外危機管理を見直せ(中編)~外務省の「海外安全ホームページ」を活用しよう~

最終回となる本稿では、「海外でテロに遭遇した時の対処法」について考えてみたい。言うまでもなく、国内と海外のリスクにおいて大きく違うことの1つに、海外では銃や爆弾によるテロ事件が多発していることが挙げられる。海に囲まれて規制の強い日本と違い、米国のほかアルバニア、オーストリア、チャド、コンゴ共和国、ホンジュラス、ミクロネシア、ナミビア、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、セネガル、南アフリカ、スイス、タンザニア、イエメン、ザンビア、カナダ、チェコ共和国などでは比較的銃について寛容な政策が取られている。筆者も以前仕事でフィリピンに滞在中、スーパーの警備員が銃をこれみよがしに見せつける姿を見て恐れを抱いたことを覚えている。

1997年に発生したエジプト外国人観光客襲撃事件では、エジプトの観光地である「ルクソール王家の谷」近くの遺跡でイスラム原理主義過激派のテロリストが約200人の観光客に銃を乱射。日本人観光客10人を含む62人が亡くなった。この時に亡くなった人を国別にみると、日本人が最多であったという。多くの国では銃による事件が多発しているため、「銃音を聞いたらすぐに走って現場から逃げる」という基本動作が子供の時から教育されているが、日本ではそのような教育がされておらず、一か所に固まってしまったため多くの人が亡くなったと当時識者から指摘されていた。外資企業では海外におけるテロ組織の人質になってしまった時の訓練を行っている企業もあるほど、日系企業との意識の違いは大きい。

「中央労働基準監督署長事件」(東京高判平28・4・27)では、海外勤務者の労災適用に関する裁判において「出張か駐在かに関わらず、海外勤務者が現地で安全で健康に働けるように企業は安全配慮義務(労働契約法第5条)を負う」と明示された。海外における出張者・派遣者のテロ対策も、企業の安全配慮義務と言えるだろう。「テロに遭遇しないようにする」のが基本だが、「テロに遭遇してしまった時」の対処方法もぜひ検討していただきたい。

テロに遭遇しないようにするための対策

テロの脅威を身近に感じているアメリカやイギリス・フランスでは、政府機関がテロに逢わないための対策やテロに遭遇した時の対処法を紹介している。国家公安庁のホームページにさらに詳しく掲載されているので、興味のある方はご覧いただきたい。

先に概要を少し解説しておくと、まず「テロの傾向」としては、オリンピックやワールドカップなどに代表される「公共の場で行われる耳目を集めるイベント」やホテル、クラブ、レストラン、公園、ショッピングモール、市場など「人の集まる場所」を狙う傾向が強いとしている。警視庁の定義として、テロリズムとは「広く恐怖又は不安を抱かせることによりその目的を達成することを意図して行われる政治上その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動」をいう。すなわち、その活動ができるだけ世界の多くのメディアに取り上げられ、その主張を拡散させる必要があるのだ。そのため、できるだけ「多国籍」で、「多くの人」を、「世界が注目している時期」に巻き込むことが重要となる。オリンピックなどの国際的なイベントは「テロの標的になりやすい」ことを知っておく必要があるだろう。

その他、「空港及び航空機利用における推奨事項」、「公共の場における推奨事項」等の基本的な心得が挙げられているので参考にしてほしい。もちろん前回の「中編」でも指摘したように海外に出発する以前から「たびレジ」の登録や外務省HP等をチェックしておくことは必ず実行しておいていただきたい。

■アメリカ国務省領事局(U.S.department of state bureau of consular affairs 資料より)

テロに遭遇しないための対策

  • ア テロの傾向
    過激主義者は、以下のようなソフトターゲットに対するテロを一層強めている。
    • 公共の場で行われる耳目を集めるイベント(スポーツ競技会、政治集会、街頭デモ、休日のイベント、祝賀行事等)
    • ホテル、クラブ、レストラン
    • 礼拝場所
    • 学校
    • 公園
    • ショッピングモール、市場
    • 観光地
    • 公共交通機関
    • 空港
  • イ 空港及び航空機利用における推奨事項
    • 可能であれば、直行便を予約し、危険性の高い空港又は地域における乗り継ぎを避ける。
    • チェックインカウンターから保安検査場へ速やかに移動し、空港の一般区域での滞在時間を少なくする。
    • 目的地に到着した際には、可能な限り速やかに空港を離れる。通常、到着エリアは出発エリアよりも警戒が手薄である。
    • 放置された荷物やブリーフケースその他の不審物に注意し、これらに気付いた際は、空港当局に通報の上、その場から速やかに離れる。
    • 周囲から注意を引かないよう最大限留意する。
  • ウ 公共の場における推奨事項
    • ソフトターゲットにおける滞在をできる限り避ける、又は滞在時間をできる限り短くする。滞在中は、不審な動きや周囲の異状に警戒する。
    • 欧米色の強い場所や欧米風の施設がテロリストの標的となり得ることを認識する。
    • 不穏動向や不審者については、地元警察や最寄りの大使館、領事館に通報する。
    • 警察署、ホテル、病院等の場所を確認しておく。テロその他の危険な事態が発生した際の行動計画を立てておく。
    • テロや類似の事案が発生した際のルールである「ラン・ハイド・ファイト」を念頭に置いて行動する。すなわち、発生場所から速やかに立ち去り(ラン)、退避できない場合には、攻撃者に見付からないように隠れ(ハイド)、最後の手段として、必要がある場合に限り、大声を上げて攻撃者と戦う(ファイト)。
  • エ タクシーや個人車両利用時における推奨事項
    • 可能であれば、複数人で行動する。
    • 携帯電話は、常に携行し、バッテリー切れに注意するとともに、友人や家族、同僚に対し、出発や到着を知らせる。
    • タクシーを利用する際にはランダムに選ぶ。無許可営業車両(いわゆる「白タク」)は利用しない。運転手の写真付き身分証明書は、タクシーであれば車内で、また、ウーバー(Uber)等であれば携帯電話のアプリ上で確認し、個人情報を含め実際の運転手と照らし合わせる。また、念のため、ナンバープレートの情報を携帯電話に記録しておく。
    • レンタカーや所有車両を利用する際には、外観に不審物や不審な形跡がないかを定期的に確認し、運転時には防護のため可能な限り窓を閉める。また、車両整備を怠らず、ガソリンは少なくとも半分を保っておく。
  • オ ホテルにおける推奨事項
    • ホテルの部屋に到着した後に、避難ルートや避難場所を確認する。
    • 自室に来客がある場合には、ドアを開ける前に来客者の身元確認を確実に行う。
    • 面識のない者とは自室で会わない。また、見知らぬ場所や離れた場所でも会わない。
    • 心当たりのない荷物の受取は拒否する。
    • 不審な動きについては、ホテルのフロント又は警備担当に通報する。
  • カ 警察等への対応
    緊急事態が発生した際は、警察等の指示に従う。
  • ▼出典:テロに遭わないための対策及びテロに遭遇したときの対処法/国家公安庁

テロに遭遇した時の対処法「Run Hide Fight」?「Run Hide Tell」?

先に挙げた項目の中で興味深いのは、「ウ 公共の場における推奨事項」のなかで「テロや類似の事案が発生した際のルール」として「ラン(走る)・ハイド(隠れる)・ファイト(戦う)」を挙げていることだ。米国国土安全保障省では、「ラン・ハイド・ファイト」に関して啓発動画をYouTubeにアップしている。


Options for Consideration Active Shooter Training Video/U.S. Department of Homeland Security

「走る」「隠れる」について異存はないだろう。エジプト外国人観光客襲撃事件のところで述べたように、脅威を感じたら取りも直さず「走ってその場から逃げる」ことが第一だ。例えば学校やショッピングモールなどで銃撃にあったときには、裏口などを使ってとにかく施設の外に出ること、敷地の外を目指すことが望ましい。海外では、ショッピングモールのレストランなどでは必ず厨房から外に脱出できる裏口があるので、襲撃されたら厨房を目指すことを教える学校もあるくらいだ。できればその場から完全に走って脱出することが望ましいが、犯人が複数だったり、施設内で脱出できなかったり場合は「隠れる」ことも選択肢に入る。スマホの電源を切り、音を出さずに物陰などに隠れる。「隠れる場所に犯人が侵入してくることを防ぐため、ドアをロックし、バリケードを築く」ことなども有効だ。

しかし、最後の「戦う」については米国民には選択肢の1つかもしれないが、日本人には少しハードルが高いだろう。参考までに「戦う」の項には以下の事柄が挙げられている。

  • 戦う
    逃げることも隠れることもできず、命の危険が差し迫っているときには、最後の手段として、以下の手法で犯人を混乱させ、又は動きを封じることを試みる。
    • 可能な限り果敢に行動する。
    • 物や即席の武器となる物を投げ付ける。
    • 大声を上げる。
    • 全力で戦う。

これに対して、イギリス・フランスでは「ラン・ハイド・テル(知らせる・通報する)」を推奨している。

▼Protect UK National Counter Terrorism Security Office「RUN HIDE TELL」
  • 知らせる・通報する
    • 完全に安全を確保できれば、999(注)に電話を掛けて通報する。
      (※筆者注:各国の警察への連絡方法は必ず確認しておくことが望ましい)
    • オペレーターの指示に注意深く従うとともに、可能な限り多くの情報を伝える。
    • 危険な場所に向かおうとする者がいる場合には、自身が安全であればその者を制止する。

通報する内容としては、以下の項目を挙げている。

事件の性質 ― 何が起こっているのか?
場所 ― 事件が発生している場所
容疑者 ― 容疑者がいる場所
方向 ― 容疑者が向かった方向
説明 ― 攻撃者の特徴、服装、武器など
詳細情報 ― 死傷者、怪我の種類、建物の情報、入口、出口、人質など。

日本人には、まず「RUN HIDE TELL」を浸透していったほうがよいと考えられるだろう。「テロに遭遇した時にどうしたらよいか」を考える機会は、日本国内にいるとほとんどないが、出張・プライベートを問わず海外に行くときには考えておかなければいけない事項の1つだ。企業としても、海外危機管理マニュアルの項目の1つとして検討していただきたい。

本稿では3回にわたって、海外出張者や駐在員の危機管理に関する情報についてまとめてみた。繰り返しになるが、海外における従業員の安全と健康の確保は企業の安全配慮義務にあたる。海外に拠点を構える企業はぜひ参考にしていただきたい。

(了)

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