天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP
総合研究部 専門研究員 大越 聡

6月21日、毎日新聞社が「タワマン140棟に深刻被害可能性 南海トラフ地震 耐震診断進まず」との記事を配信した。今年3月に発生したミャンマー地震では、長周期地震動により震源から1000キロ離れたバンコクでビルが倒壊したことも記憶に新しい。2011年に発生した東日本大震災では、震源から約770km離れた55階建ての大阪府庁舎の最上階付近で最大約2.7メートルの揺れ幅を記録し、エレベーターが使用不能になるなどの被害が発生した。しかし長周期地震動で日本においてビルにこれほどまでに深刻な被害が発生するということは、これまであまり言われていなかったように思う。なぜ、南海トラフ巨大地震でタワーマンション140棟に深刻な被害の可能性があるのか、考察していきたい。
▼深刻被害懸念タワマン140棟 南海トラフ地震 識者「全壊判定も」(毎日新聞)
長周期地震動とは
ここで、長周期地震動について改めて振り返りたい。地震が発生すると、さまざまな周期を持つ揺れ(地震動)が発生する。ここでいう「周期」とは、揺れが1往復するのにかかる時間のことを指す。南海トラフ地震のような海溝型で規模の大きい地震が発生すると、周期の長いゆっくりとした大きな揺れ(地震動)が生じる。ここでは「海溝型の地震」というところも1つのポイントで、例えば阪神淡路大震災や熊本地震のような内陸直下型の地震は揺れる時間自体は15秒から30秒と非常に短いことが知られている。対して、海溝型の地震はゆっくり大きく揺れるため、東日本大震災では場所によっても異なるが、おおよそ90秒から3分間ほど揺れていたといわれる。「長く揺れていたら海溝型地震。津波に気をつけろ」といわれる由縁だ。そしてこのような周期の長いゆっくりとした大きな揺れ(地震動)のことを長周期地震動という。
それぞれの建物には固有の揺れやすい周期(固有周期)があるといわれる。地震波の周期と建物の固有周期が一致すると共振して、建物が大きく揺れることになる。
高層ビルの固有周期は低い建物の周期に比べると長いため、長周期の波と「共振」しやすく、共振すると高層ビルは長時間にわたり大きく揺れる。また、高層階の方がより大きく揺れる傾向にある。長周期地震動により高層ビルが大きく長く揺れることで、室内の家具や什器が転倒・移動したり、エレベーターが故障したりすることもある。
長周期地震動にはもう1つの特徴がある。地震は通常、震源地に近いほうが震度は強く、震源地から離れれば離れるほど、震度は弱まっていく。しかし長周期地震動は震源から遠く離れたところでも建物の固有周期が一致すると大きく揺れる可能性があり、地表の震度が小さくても高層階では大きく揺れることがあるということだ。ミャンマーの例や東日本大震災の大阪の例を見れば遠く離れたビルが影響を受けることが分かる。
長周期地震動における政府の対応
政府では地震における長周期地震動被害を軽減するため長周期地震動階級を策定し、2023年2月1日から緊急地震速報の発表基準に追加している。
長周期地震動階級は、高層ビルにおける地震時の人の行動の困難さの程度や、家具や什器の移動・転倒などの被害の程度を基に、揺れの大きさを4つの階級に区分した指標。長周期地震動階級3以上を予想した場合、緊急地震速報(警報)が発表される。

(出典:「長周期地震動階級および長周期地震動階級関連解説表について」気象庁HP)
震度階級3では「立っていることができない」状態、震度階級4では「揺れにほんろうされる」状態とあり、事態の深刻さが分かるだろう。気象庁では揺れをシミュレーションした動画をホームページで公開している。
▼長周期地震動説明ビデオ
また、国土交通省は2016年、南海トラフ巨大地震に伴う長周期地震動により超高層ビルに被害が出る可能性が高いとして、関東、静岡、中京、大阪の4地域11都府県を「対策地域」に指定。17年4月以降に申請された高さ60メートル超(おおむね20階以上)の超高層を対策地域内で新築する際、長周期地震動に耐えられる設計を義務付けた。主な対策の概要は以下の通りだ。
超高層建築物等における南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動への対策について
- 対象地震
本対策で対象とする地震は、モデル検討会の報告において、南海トラフ沿いで約100~150年の間隔で発生しているとされるM8~9クラスの地震です。 - 超高層建築物等における長周期地震動への対策
- 対象地域内に超高層建築物等を大臣認定により新築する場合について
高さが60mを超える建築物及び地上4階建て以上の免震建築物(以下、「超高層建築物等」という。)であって、平成29年4月1日以降に申請する性能評価に基づく大臣認定によって新築されるものについて、大臣認定の運用を強化します。- 従来からの検討に加えて、対象地震によって建設地で発生すると想定される長周期地震動による検討を行うこと。
- 家具の転倒・移動防止対策に対する設計上の措置について説明すること。
- 免震建築物や鉄骨造の超高層建築物について、長時間の繰返しの累積変形の影響を考慮して安全性の検証を行うこと。
- 対象地域内の既存の超高層建築物等について
対象地震による建設地の設計用長周期地震動の大きさが、設計時に構造計算に用いた地震動の大きさを上回る場合には、大きな揺れによる家具の転倒、内外装材や設備の損傷等による危害が発生するおそれがあることから、自主的な検証や必要に応じた補強等の措置を講じることが望ましい旨を周知します。なお、マンションを含む区分所有建物や庁舎等の公共建築物の耐震診断・耐震改修等の事業について、既存の国の支援制度の活用が可能です。
- 対象地域内に超高層建築物等を大臣認定により新築する場合について
<対象地域>
下図の対象地域内の既存の超高層建築物等については、対象地震による建設地の設計用長周期地震動の大きさが、設計時に構造計算に用いた地震動の大きさを上回る可能性があります。
- ■青:設計時に構造計算に用いた地震動の大きさを上回る可能性が非常に高い地域
- ■赤:設計時に構造計算に用いた地震動の大きさを上回る可能性が高い地域
- ■緑:設計時に構造計算に用いた地震動の大きさを上回る可能性がある地域

(出典:超高層建築物等における南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動への対策について)
長周期地震動でタワマン140棟が「全壊判定」も??
さて、ここで冒頭に記述した毎日新聞の記事について改めてみていきたい。
▼深刻被害懸念タワマン140棟 南海トラフ地震 識者「全壊判定も」
同社は上記の「対策地域」に指定された関東、静岡、中京、大阪の4地域11都府県のマンションを調査。その結果、対策地域には20階建て以上のタワーマンションは1170棟。南海トラフ巨大地震による長周期地震動の大きさが「旧基準」の設計想定を上回る可能性が「非常に高い」「高い」地域には178棟あり、そのうち139棟が基準強化前に建てられていたことが明らかになった。国では補助金を出し、改修を促しているが未だに申請はないという。物件によっては改修によって「地震に弱い」とみられてしまうのを恐れている面もあるという。
東日本大震災の時、筆者は東京の日本橋にある40階建てのビルの18階で勤務しており、地震の直後からビルが大きく揺れだし、その後数時間に渡りビル全体がまるで嵐の中の船にいるようにゆっくりと大きく揺れていたことを思い出す。ビルから下を見下ろすと、10階建てほどの細いビルが隣のビルと接触しそうなほど長時間にわたってたわんでいたのも目撃した。キャビネットから書類があふれ出し、コピー機や固定されていない什器はことごとく倒れ、しかも揺れが続くのでその場での対応も難しかった。
その揺れが長周期地震動によるものなのか地震による直接的なものなのか、今となっては判断がつかないが、まずは本稿の読者のご自分の自宅が高層マンションであれば、どのような状況にあるか確認してみるのもよいだろう。オフィスビルに入居する事業者においては、南海トラフ巨大地震では想定以上の揺れが長時間にわたって発生すると考え、オフィス家具の転倒防止やコピー機の固定など、まずは今できることを着実に進めていく必要がある。
(了)