暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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【もくじ】―――――――――――――――――――――――――

1.最新の公表資料から

1) 平成28年版警察白書(概要版)

2) 平成26、27年の犯罪情勢

3) 平成28年上半期の特殊詐欺認知・検挙状況等

4) 犯罪統計資料(平成28年1~6月分)

2.最近のトピックス

1) 暴力団組織の動向

2) ATM不正引き出し事件と特殊詐欺の動向

3) テロリスク/テロ資金供与対策(CTF)の動向

4) アンチ・マネー・ローンダリング(AML)の動向

5) タックスヘイブン(租税回避地)を巡る動向

6) 忘れられる権利の動向

7) 犯罪インフラを巡る動向

・不動産事業者が抱える脆弱性(在籍屋など)

・架空口座

・クレジットカード(悪質加盟店)

・競売からの暴排

・債権回収会社(サービサー)

8) その他のトピックス

・ビットコインを巡る動向

・北九州市「企業対象暴力に関するアンケート調査」

・企業と反社会的勢力

・プロ野球からの暴排

3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

1) 山梨県暴排条例の改正

2) 京都府の勧告事例

3) 長野県の勧告事例

4) 暴追センター代理訴訟制度の活用/暴排条例の活用(福岡県)

1.最新の公表資料から

 警察庁から、「平成28年版警察白書(概要版)」「平成26、27年の犯罪情勢」「平成28年上半期の特殊詐欺認知・検挙状況等」「犯罪統計資料(平成28年1~6月分)」などの最近の犯罪の傾向や組織犯罪の動向等に関する重要な資料が、相次いで公表されていますので、それぞれについて、簡単にポイントを紹介していきたいと思います。

1) 平成28年版警察白書(概要版)

警察庁 平成28年警察白書

概要版

 今年の警察白書では、「国際テロ対策」が特集として取り上げられています。2001年の米同時多発テロから15年が経過し、アルジェリアやシリアでの事件やバングラテロ事件など、日本にもテロの脅威が現実のものとして迫っている中、また、2020年の東京オリンピック等に向けて、より一層官民が一体となってテロ対策を推進していく必要があります。本白書では、国内外のテロ対策の現状が網羅的に取り上げられており、全体像の整理に大変役立ちます。

警察における国際テロ対策

 警察庁は、平成27年6月に、「警察庁国際テロ対策強化要綱」を制定し、警察庁警備局外事情報部を中心に各国治安情報機関等との連携を一層緊密化するなど、テロ関連情報の収集・分析を強化するとともに、その総合的な分析結果を、重要施設の警戒警備等の諸対策に活用しています。また、重要施設に対するテロ等の発生を未然に防止するため、首相官邸等の政府関連施設、原子力関連施設、鉄道等の公共交通機関、米国関係施設、駐日外国公館等について、機動隊を配置するなど、警戒警備を強化、不特定多数の者が集まる施設等について、制服を着用した警察官による巡回の実施や、パトカーの活用等により「見せる警戒」を実施するとともに、施設管理者に対して職員や警備員による巡回強化により自主警備を強化するよう働き掛けるなどして、ソフトターゲットに対するテロへの警戒を強化しているということです。さらには、小型無人機を使用したテロ等を未然に防止するため、重要施設等の周辺において警戒、操縦者が利用するおそれのあるビルの屋上や敷地等の管理者に対して、出入口の施錠の徹底を働き掛けたりするなどの対策を講じているほか、爆発物の原料となり得る化学物質の販売事業者等に対する管理者対策の推進、旅館、インターネットカフェ、賃貸マンション等を営む事業者に対しても、これらをテロリストが利用する可能性があることから、本人確認の徹底を促進(民泊サービスのあり方も検討)しています。

 警察の取組みの一方で、本コラムでもたびたび指摘しているように、多様化するテロリスクへの対応は、事業者にとっても喫緊の課題です。思想的に感化された「ローンウルフ型」テロリストによる犯行が急増している中、自社の役職員が犯行に及ぶリスクを完全には排除できません。「ローンウルフ型」テロリストは実は、外部との遮断を断って孤独感や疎外感等を強めるというよりは、地域社会や何らかのコミュニティとの接触を続けている傾向があることが分かっています。それはつまり、事業者が役職員の過激化する何らかの端緒を得ることができる(SNSや従業員からの通報・情報提供等)かもしれない(テロではないにせよ、相模原障害者施設殺傷事件も犯人の急進化の過程において、周辺が何らかの端緒を得ていたことが分かっています)ということであり、それに対して、社内のネットワークやカウンセリング等を通じてその進行等を阻むことができる可能性を示唆しています。したがって、事業者は、傍観者ではなく、当事者として何ができるか、考える必要があると言えるでしょう。

テロ資金対策(テロ資金供与対策 CTF)

 CTFについては、国際的な包囲網に積極的に関与していくために、既存あるいは新規の様々な法規制等を組み合わせながら取組みを強化している途上にあります。具体的には、「テロ資金提供処罰法」に基づき、テロリストに対するテロ資金の提供等を規制しているほか、「犯罪収益移転防止法」(および度重なる改正)に基づき、顧客等の本人特定事項等の取引時確認、疑わしい取引の届出等を特定事業者へ要請、さらには、その精度等についても深化を要請している状況です。また、「外為法」及び「国際テロリスト財産凍結法」(国際テロリストに係る国内取引を規制するため、平成27年10月施行)に基づき、国際テロリストに係る取引を規制し、その財産の凍結等の措置を講じています。ただし、CTFだけでなく、AML(アンチ・マネー・ローンダリング)についても、国際的な取組みから周回遅れの脆弱性を有する部分も残されており、今後も、特定事業者に限らない、全ての事業者がAML/CTFの観点から取引時確認等に積極的に取組むなど、健全な取引の連鎖(サプライ/デマンド・チェーン・マネジメント)が強化されることを期待したいと思います。

諸外国の国際テロ対策

 本報告書で紹介されているのは、米・英・仏・独の4カ国の状況ですが、これらとの比較において、日本の取組みが、共謀罪の検討やテロを助長する行為への処罰のあり方など、まだまだ緒に就いたばかりであることを痛感させられます。

  • 米では、テロの準備や実行に利用されることを知りながらテロリスト等に対して重要な支援をすること、具体的には、金銭、宿泊場所、訓練、専門的助言、隠れ家、偽造身分証明書、輸送手段等を提供することなどが犯罪とされています。
  • 英では、テロの実行又は援助の意図をもってその準備をすること、テロの実行若しくは準備又はその援助のために利用されることを知りながら有害物質の製造、取扱い若しくは使用等の技能に関する訓練等を提供し又は当該訓練等を受けること、テロの実行、準備又は扇動に関連する目的と合理的に疑われる状況で正当な理由なく物品を所持すること、正当な理由なくテロの実行や準備に有用な情報を収集することなどが犯罪とされています。
  • 仏では、テロを行う準備をする目的で結成された集団に参加すること、テロを行うために利用されることを知りながらテロ組織に対して資金等の提供、収集若しくは運用又はそのための助言の付与により財政的な支援をすること、テロを行う意図をもって攻撃対象についての情報収集や武器の取扱い等についての訓練をすることなどが犯罪とされています。
  • 独では、銃器、爆薬、有害物質等の製造、入手、保管若しくは提供又はその製造や取扱い等に関する技能の教示等により国家の安全に重大な危険をもたらす暴力的犯罪の準備を行うこと、テロ組織を支援することなどが犯罪とされています。

その他トピックスから

 恋愛感情等のもつれに起因する暴力的事案への対応について、恋愛感情等のもつれに起因する暴力的事案については、事態が急展開して重大事件に発展するおそれが大きいことから、加害者の検挙、被害者の保護等、組織による迅速・的確な対応を推進しているとされますが、国民感情から見れば、「もっと迅速・的確な対応ができないのか」というのが本音かもしれません。ストーカー事案についても、被害防止のための広報啓発、行為の再発防止のための加害者に関する取組等の各種対策を強力に推進しているとはいえ、前述同様、迅速・的確な対応を求めたいところですし、SNSによる付きまとい行為等の取扱いの明確化など、まだまだ強化・検討すべき課題が多いと思われます(なお、SNSを執拗に送り続ける等の行為を規制対象に加える等のストーカー規制法改正の動きが本格化しており、今秋の臨時国会での成立が見込まれています)。

 新たな刑事司法制度に対応した警察捜査の構築に向けては、平成28年5月、刑事訴訟法等の一部を改正する法律が成立し、同年6月公布されたことは大きな進展だと評価できます。刑事手続における証拠の収集方法の適正化及び多様化並びに公判審理の充実を図るため、取調べの録音・録画制度や証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度の創設、通信傍受の合理化・効率化等を内容とするものであり、今後の捜査の高度化、組織犯罪の摘発等に大きく寄与していくことを期待したいと思います。

 また、本コラムでもタイムリーに情報提供し続けている、特殊詐欺の撲滅に向けた警察の取組みとしては、高齢者を標的とした特殊詐欺に重点を置くなど、手口・被害実態を分析し、これを踏まえながら、犯行拠点(アジト)の摘発や「だまされた振り作戦」の実施等により、犯行グループの検挙の徹底を図っているほか、架空・他人名義の預貯金口座や携帯電話等の「犯罪インフラ」が特殊詐欺に利用されていることから、これらの流通を遮断し、犯行グループの手に渡らないようにするため、預貯金口座の売買等の特殊詐欺を助長する行為の取締りを推進しています。また、警察では、民間委託したコールセンターからの電話連絡を通じて、捜査の過程で押収した名簿の登載者を中心に、高齢者への注意喚起を図っており(後述しますが、滋賀県・和歌山県に続き、今月から大阪府が導入しています)、これにより被害を未然に防いだ事案が多数あるということです。

 一方で、平成27年中の特殊詐欺の検挙人員のうち、暴力団構成員等の数は826人と、特殊詐欺の検挙人員全体の33.0%を占めており、特殊詐欺が暴力団の資金源となっている状況が伺えます。
 その暴力団情勢については、六代目山口組・神戸山口組及び工藤會対策については、両団体に対する取締り及び警戒活動の徹底、暴力団対策法の活用等を通じて、市民生活の安全確保並びに両団体の弱体化及び壊滅に向けた取組みをさらに強力に推進しているところであり、工藤會対策として、「各部門から動員した捜査員等の北九州地区への集中的な投入」「全国警察からの機動隊及び捜査員の派遣」「暴力団捜査等を行う警察官の増員」「監視カメラ等の装備資機材の充実強化」等が「頂上作戦」の成果に結びついていると評価できます。そして、これらの取組みを通じて、また、事業者の積極的な暴排の取組みが定着することを通じて、組織の弱体化・解体が実現することを期待するとともに、今後は、暴力団離脱者支援の問題を、社会全体で取り組むべき課題として本腰を入れて欲しい(もちろん、事業者側にとっても重要な課題です)ところです。

 また、マネー・ローンダリング関連事犯については、平成27年中のマネー・ローンダリング事犯の検挙件数が389件と、前年より89件増加するという結果となっています。うち、暴力団構成員等によるものが94件と、全体の24.2%を占めており、詐欺やヤミ金融事犯等により獲得した犯罪収益について、マネー・ローンダリングを行っている実態が窺われます。企業実務としても、AML/CTF、さらには、反社会的勢力排除の取組みを、「自らの商流に関与させない」という視点から一体的に運用し、取引先管理など効率的かつ実効性の高い取組みを行っていくべき状況にあると言えます。

2)  平成26、27年の犯罪情勢

 平成27年の刑法犯認知件数は、前年比11万3,194件減の109万8,969件で、戦後最少となりました。実は、平成8年以降は毎年戦後最多を更新し続け、平成14年には285万件を超えていたのですが、その後は13年連続して減少しているという推移を辿っています。
本レポートは、組織犯罪に限らず、日本の犯罪の最近の傾向等についてまとめられており、全体像を把握するのに大変有用な資料です。以下、重要と思われる部分について、箇条書きとはなりますが、解説とともに紹介したいと思います。

警察庁 平成26、27年の犯罪情勢

平成26、27年の犯罪情勢

  • 刑法犯検挙件数は、昭和60年をピークに以後おおむね減少傾向にあります。また、検挙率は、平成18年以降30%を若干上回る水準で推移しており、平成27年は前年比1.9ポイント増の32.5%となっています。
  • 検挙時の年齢層別に当該年齢層別人口10万人当たりの検挙人員をみてみると、14-19歳が平成15年をピークに大きく減少し、平成27年には平成元年の「0.4倍」の549.8人となったのに対し、65歳以上の高齢者は平成元年の「3.1倍」である144.3人にまで増加し、とりわけ高齢者の犯罪が急激に増加していることが分かります。
  • 凶悪犯、窃盗犯及びその他の刑法犯は、ピーク以降減少傾向にある一方で、粗暴犯、知能犯及び風俗犯は、増減を繰り返しつつ、平成27年にはそれぞれピーク時から▲18.7%、▲56.1%、▲15.4%とかなり低い水準で推移しています。
  • ・平成27年は、前年に比べ、窃盗が48.0億円・▲5.9%、詐欺が85.4億円・▲10.1%の減少となったほか、平成26年は統計開始以来初めて詐欺の被害額が窃盗の被害額を上回りましたが、平成27年は再び窃盗の被害額が詐欺の被害額を上回る結果となりました。
  • 万引きの認知件数は、平成17年から平成21年まではほぼ横ばいでしたが、平成22年以降は減少傾向にあり、平成27年には平成17年から3万6,639件(▲23.8%)の11万7,333件にま減少しています。また、検挙率はおおむね低下傾向にあり、平成27年は平成17年以降最低の70.4%となっています。
  • 平成17年以降減少傾向にあった詐欺の認知件数は平成24年に増加に転じましたが、平成27年には4年ぶりに減少に転じました。また、特殊詐欺の認知件数は平成23年から平成27年まで一貫して増加しており、手口別にみると、とりわけ架空請求詐欺及び還付金等詐欺が著しく増加しています。
  • 高齢者の検挙人員は、平成17年から平成19年まで大きく増加しましたが、その後はほぼ横ばいで推移しています。ただし、万引きのみが高い(平成26年の14歳以上人口に占める65歳以上の割合は29.5%)のが気になるところです。
  • 平成17年以降の暴力団構成員等の検挙人員の推移をみると、同年以降減少傾向にあり、平成27年までに5,939人(▲31.9%)減少しています。構成員等の数の減少が大きな要員と考えらえます。
  • 刑法犯検挙人員を初犯・再犯の別にみると、昭和48年には検挙人員の35.3%を再犯者が占めていましたが、平成27年にはその割合が48.0%に上昇しています。とりわけ、万引きの再犯者率は、昭和48年の1割程度から、平成27年には5割を超える状況になっています。以前の本コラム(暴排トピックス2016年4月号)でも法務省の「再犯防止に向けた総合対策」を紹介しましたが、再犯対策は社会全体にとって喫緊の課題だと認識する必要があります。

3)  平成28年上半期の特殊詐欺認知・検挙状況等

 平成28年上半期の特殊詐欺全体の認知件数は6,443件(前年同期比▲570件、▲8.1%)で、上半期として5年ぶりに減少する結果となりました。また、被害額は198.4億円(▲41.8億円、▲17.4%)で、昨年に引き続きの減少とはなりましたが、依然として高水準で推移しており、引き続き十分な警戒が必要な状況だと言えます。

警察庁 平成28年上半期の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 既遂1件当たりの被害額は331.2万円と、前年同期に比べ、43.9万円(▲11.7%)の減少となりました。また、地域別の傾向としては、11道県において被害額が前年同期比で半減した一方、神奈川、静岡、愛知、京都、大阪などの大都市圏において増加しています。警察の取り締まりや金融機関等のチェックが厳しい東京での減少傾向が続いています。

 また、高齢者(65歳以上)被害の特殊詐欺の件数は5,070件(▲359件、▲6.6%)で、その割合(以下「高齢者率」という。)は78.7%(+1.3P)に上り、類型別では、オレオレ詐欺(95.6%)、還付金等詐欺(93.9%)、金融商品等取引名目の特殊詐欺(88.6%)で高齢者率が特に高く、架空請求詐欺、融資保証金詐欺は、高齢者以外の年齢層にも被害が見られるといった特徴が見られます。
 その他、振込型、手交型、送付型のいずれも認知件数、被害額ともに減少した一方で、電子マネー型の認知件数が483件と、27年下半期(547件)に続いて多発している点にも大きな特徴が見られます。また、特に力を入れている犯行拠点(アジト)の摘発は31箇所(▲1箇所)と前年同期並みの高水準となり、138人(▲66人)を検挙しています。また、犯罪インフラとして重点課題となっている預貯金口座や携帯電話の不正な売買等、特殊詐欺を助長する犯罪の検挙を引き続き推進しており、1,940件(+324件)、1,349人(+220人)を検挙しています。さらに、金融機関、宅配事業者、コンビニエンスストア等に対し、声掛けや通報を依頼した結果、6,214件(+18件)、104.3億円(▲38.3億円)の被害を防止、阻止率は50.9%となり過去最高を記録しました。なお、被害金送付先92箇所(▲23箇所)において104人(▲20人)を検挙していますが、検挙に係る送付先のうち、空き室が59箇所と6割強を占めている点は、(様々な工夫が官民挙げてなされているとはいえ)空き家対策が喫緊の課題であることを示唆しています。また、犯罪インフラの一つとされる私設私書箱(自称を含む)に絡む摘発は4箇所で、利用の減少が見られる結果となっています。

4)  犯罪統計資料(平成28年1~6月分)

 今年上半期に全国で認知した刑法犯は488,900件で、戦後最少だった昨年同期よりさらに9.3%減少し、14年連続の減少となりました。一方、刑法犯の検挙率は32.0%から33.9%に上がっており、特に殺人や強盗などを含む重要犯罪は75.9%となり、前年より5.7ポイント上昇しています。

警察庁 犯罪統計資料(平成28年1~6月分)

犯罪統計資料(平成28年1~6月分)

 平成28年1月~6月の主な数値については、「窃盗犯」全体の認知件数は、355,625件(前年同期 395,203件・前年同期比▲10.0%)、うち「侵入盗」の認知件数は、37,384件(42,409件・▲10.7%)、「万引き」の認知件数は、57,937件(59,373件・▲2.4%)と軒並み減少傾向となっています。一方で、「知能犯」全体の認知件数は、21,747件(20,686件・+5.1%)、うち「詐欺」の認知件数は、19,375件(18,759件・+3.3%)と増加傾向が続いています。
 また、暴力団の伝統的資金獲得活動のひとつである「賭博」の認知件数は、217件(91件・+138.5%)、同じく「覚せい剤取締法」違反による送致件数は、6,901件(7,222件・▲4.4%)といった増減を示しているほか、「暴力団犯罪」(刑法犯)の検挙件数は、12,167件(11,905件・+2.2%)、うち「詐欺」の検挙件数については、1,507件(1,368件・+10.2%)と相変わらずご法度であるはずの詐欺事犯が増加しています。その他、「賭博」の検挙件数は、183件(38件・+381.6%)、「暴力団排除条例」による検挙件数は、2件(6件・▲66.7%)、「迷惑防止条例」による検挙件数は、265件(227件・+16.8%)といった結果となっています。

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2.最近のトピックス

1) 暴力団組織の動向

山口組分裂抗争を巡る動向

 岡山市の指定暴力団神戸山口組傘下の「池田組」ナンバー2の高木若頭が同市内で射殺され、対立状態にある指定暴力団六代目山口組傘下の「高山組」組員が逮捕された事件に続き、名古屋市内のマンションで、指定暴力団神戸山口組傘下の「山健組」幹部が拳銃で撃たれて死亡する事件が発生しています。指定暴力団六代目山口組との対立抗争ではないかと見られている一方で、死亡した幹部が実は絶縁処分を受けていたとの情報(ただし、組員を破門や絶縁処分にしたところで、偽装離脱等の可能性を念頭にうのみにはできず、分裂以降、絶縁処分者の復帰が相次いでいることなどとあわせ、慎重に見極める必要があります)や、薬物取引を巡る個人的なトラブルとの見方も強くあり、今のところ、双方ともに静観の構えを崩さず、全面的に抗争に突入するような事態は避けられています。

 前回の本コラム(暴排トピックス2016年7月号)でも指摘しましたが、真偽は定かではないものの、「和解説」が浮上しては否定される状況が続いており、最近でも司組長が引退して分裂を収束させるプランがあるとの情報が流布しました(現在、高度な情報戦の最中にあり、それぞれ御用媒体を使って様々な情報をリークしています。和解の状況についても、それぞれの立場から情報が流されており、確定的な事実を見極めるのが困難となっています)。現時点で、本格的な抗争に至らず、目立った衝突等も劇的に減っていることから、双方が、「特定抗争指定」を避けるために引き続き自重している側面が強いものと考えられますが、指定暴力団の指定を受けない第3の勢力が突然立ち上がる可能性なども含め、(おそらく緊張感が増している)水面下での動向にまで注意を払っていく必要があります。

 なお、兵庫県警は、抗争を警戒して、山口組総本部の向かいに監視拠点の「特別警戒所」を開設していますが、警察組織が特定の暴力団を対象とした監視拠点を常設するのは全国初ということです。特定抗争指定暴力団への指定を視野に情報収集を進めている一環とも言われていますが、まずは地域住民の安全と安心の確保を徹底して欲しいところです。

暴力団離脱者を巡る動向

 広島市は、同市発注の公共事業の競争入札で、暴力団離脱者を雇っている企業を優遇する措置を導入すると発表しています。離脱者雇用の受け皿を拡大するのが狙いで、全国でも初めての取り組みになります。

広島市 平成28年度(2016年度) 建設工事等に係る入札・契約制度の見直しについて(平成28年9月1日以降適用)

平成29年度及び平成30年度の建設工事に係る競争入札参加資格の認定審査における広島市評価事項の項目並びにその評価基準及び該当する場合の評価点数を定める件について

 建設工事に係る競争入札参加資格における広島市評価事項に、「暴力団離脱者の社会復帰支援事業協力事業所への登録」の項目を追加するもので、申請事業者が、申請日において、公益社団法人広島県民会議が行う暴力団離脱者の社会復帰支援事業における協力事業所として登録されている場合に加点されることになります。具体的には、以下の通りです。

刑務所出所者等又は暴力団離脱者の雇用・支援の取組状況

次のいずれかに該当する場合 5点(地元事業者が該当する場合にあっては、8点)

(1) 申請事業者が、申請日において、広島保護観察所に協力雇用主として登録され、かつ、申請日の前2年以内に、次のいずれかに該当する場合

  • 広島市の区域内に居住する保護観察対象者又は更生緊急保護対象者を雇用した実績がある場合。なお、雇用形態については、問わない。
  • 広島市の区域内に居住する保護観察対象者又は更生緊急保護対象者に対し、事業所見学会又は職場体験講習を実施した実績がある場合

(2) 申請事業者が、申請日において、公益財団法人暴力追放広島県民会議が行う暴力団離脱者の社会復帰支援事業における協力事業所として登録されている場合

 なお、本コラム(暴排トピックス2016年6月号を参照ください)でも以前ご紹介したとおり、北九州市も、広島市と同様の建設工事競争入札参加資格の見直しを、平成29年1月下旬から(予定、平成29・30年度の建設工事競争入札参加資格定時受付から)実施することを発表しています。

北九州市 入札参加資格における暴力団離脱者雇用の加点について

工藤会を巡る動向

 福岡県警が、平成26年9月から「頂上作戦」を展開している特定危険指定暴力団工藤会については、会の運営方針を決める執行部約10人のうち2人(ともに工藤会の2次団体である「極政組」系組長)が、引退や病気以外とみられるが理由で辞任したということです。頂上作戦以降に執行部の辞任が判明したのは初めてで、幹部の社会不在の間、残された幹部らが合議制でほとんどの意思決定をしている中の辞任でもあり、野村総裁の出身母体である「田中組」との緊張関係など内部に亀裂が入った可能性や組織統制の弱体化が背景にあるものと考えられます。
 さらに、報道(平成28年7月28日付毎日新聞)によれば、工藤会の幹部数人が、上納金を支払えずに降格処分を受けるケースが相次いでいるということです。みかじめ料などの資金獲得活動が困難になっていることがその背景にあり、前述の組織面での統制の弱体化とあわせ、経済的な基盤の弱体化、組員の大量離脱問題による人的基盤の弱体化など、正に、工藤会壊滅作成の成果と言えると思います。

2) ATM不正引き出し事件と特殊詐欺の動向

ATM不正引き出し事件の動向

 本事件については、暴力団幹部や元幹部等の逮捕が相次ぐ局面を迎えています。新潟県警が、指定暴力団山口組系組幹部を含む11人の男を不正作出支払用カード電磁的記録供用と窃盗の疑いで逮捕したほか、千葉県警も、引き出しの指示役で出し子から現金を回収していたとみられる同県在住の指定暴力団山口組系組員を窃盗などの容疑で逮捕しています。
 また、本事件が相当大規模な背後関係があることが明らかになりつつあり、既に公判が始まっている出し子の裁判では、指示役とされる知人の男から「仕事」を持ちかけられ、事件直前に複数枚の偽造カードを渡されて暗証番号を告げられ、コンビニ店で現金を引き出すよう指示されたことが明らかになっています。さらに、報道によれば、捜査関係者の話として、現金引き出し役の「出し子」が全国で約600人に上るとみられ、末端部分での報酬や指示内容等は異なるものの、これだけ大勢の出し子を集められることからも、背後に大きな組織が関わっているのは間違いないところだと思われます。前回の本コラム(暴排トピックス2016年7月号)でも触れたように、本件では海外の犯罪組織のサイバー攻撃との連動が確認されていることや、数年前に海外で同様の事例が確認されていること、さらには、直近でも台湾で同様の手口(短時間で繰り返し引き出す手口)でATMから2億円超が不正に引き出された事例が発生していることなどから、特殊詐欺グループと暴力団の連携、暴力団と海外の犯罪組織の連携が国際的に行われていると考えるべきだと思います(むしろ、日本の事件については、日本の暴力団が海外の犯罪組織の下請け的な立ち位置にあり、特殊詐欺グループは孫請けにあたる構造かと思われます)。今回のような事件の発生をふまえれば、海外の犯罪組織の動向にも着目する必要があること、反社リスクを国内だけなく国際的な犯罪動向の中に位置付けてみることが重要だということをあらためて認識させられます。

特殊詐欺の動向

 警察庁が発表した平成28年1月~6月の特殊詐欺全体の認知件数は、6,443件(前年同期 7,013件、前年同期比▲8.1%)、被害総額は、191.4億円(233.7億円、▲18.1%)となり、前述の上半期の状況での指摘の通り、全体的な減少傾向を示しています。

警察庁 平成28年6月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 態様別にみると、オレオレ詐欺の認知件数は、2,760件(3,055件、▲9.7%)、被害総額は、76.2億円(84.9億円、▲10.2%)、架空請求詐欺の認知件数は、1,618件(1,951件、▲17.0%)、被害総額は、74.6億円(83.7億円、▲10.9%)、融資保証金詐欺の認知件数は、190件(246件、▲22.8%)、被害総額は、3.3億円(2.9億円、+13.8%)、金融商品等取引名目の特殊詐欺の認知件数は、210件(373件、▲43.7%)、被害総額は、14.2億円(39.4億円、▲64.0%)などと軒並み減少傾向を示している一方で、還付金等詐欺の認知件数は、1,561件(1,142件、+36.7%)、被害総額は、18.9億円(11.9億円、+58.9%)と大きく増加している点が特徴です。

 減少傾向を見せているとはいえ、高水準での被害が続いていることから、これまでも紹介してきたように、その対策に様々な知恵が絞られ、実践されてきているところであり、その努力によって現在の減少傾向につながっているものと考えられます。その知恵のひとつとして、大阪府警は8月1日から、高齢者らに被害に遭わないよう電話で注意を呼びかける「おおさか特殊詐欺被害防止コールセンター」の運営を始めています。

大阪府警察 「おおさか特殊詐欺被害防止コールセンター」の開設について

 大阪府警が過去の捜査で押収した約6万人分の名簿を活用した「高齢者への注意喚起」と、「事業者への注意喚起(お客さんへの声掛け強化を要請する)」取組みを、民間委託の7~8人のオペレーターが1日1,000件をめどに電話をかけるもので、同様のコールセンターの設置は近畿では滋賀、和歌山両県警に次いで3番目の取り組みだということです。

 また、検察当局が現金受け取り役の「受け子」も積極的に起訴するよう姿勢を転換しています。昨年の特殊詐欺の検挙状況についてまとめた資料の中で、受け子等の被疑者に関する興味深いデータとして、「被疑者として逮捕された790人の多くが逮捕の段階で否認」するも、「最終的には606人が起訴されており、起訴された者の比率は76.7%に上る」こと、平成26年における刑法犯の起訴率が38.5%、詐欺の起訴率は55.0%であることと比較すると、かなり高い割合となっていることが取り上げられています。

警察庁 特殊詐欺認知・検挙状況等(平成27年・確定値)について

 この転換については、報道によると、従来は「お金とは知らなかった」などと否認すると立件が難しかった(特殊詐欺グループが出し子に取り調べ等の際の「言い訳」を教育しているとの情報もあります)ものの、検察当局が運用を変えて、「偽名を使うなど、状況から見て、自分の行為が犯罪になるかもしれないとの認識があったと推定できる」ものを起訴しているということです。これにより、高い率で起訴されるようになったことから、現在では受け子の成り手は激減しているとも言われ、受け子のリクルーティング(人材供給)を困難にする取組み、知恵を絞った取組みの好事例として注目されます。

3) テロリスク/テロ資金供与対策(CTF)の動向

 日本人7名が犠牲となったバングラテロ事件の検証作業が国内で本格化しており、外務省による邦人安全強化に関する報告書や、外務省と国際協力機構(JICA)を中心に組成された国際協力事業安全対策会議の中間報告などが相次いで公表されています。一方、バングラテロ事件を受け、JICAの青年海外協力隊とシニアボランティアが、隊員らの安全確保を理由に同国から全員撤退しています。再開は治安情勢を踏まえ慎重に判断するということですが、このような判断が事件の前に可能だったのかどうかも含め、邦人ができるだけテロに遭遇しないよう、また、テロが発生した場合に被害を最小限にとどめるために、平時から十分な検討を行う必要があります。これらの報告書が次のテロへの適切な対応の基礎となることを期待したいと思います。

 さて、まずは、外務省が、バングラデシュでのテロ事件を受け、海外在留邦人や渡航者に対する安全対策強化の報告書を発表していますので、以下、簡単にポイントを紹介しておきたいと思います。

外務省 「『在外邦人の安全対策強化に係る検討チーム』の提言」の点検報告書の提出

「『在外邦人の安全対策強化に係る検討チーム』の提言」の点検報告書

 本報告書では、世界的なテロの頻発についての現状認識として、「大規模なテロが中東・北アフリカのみならず、欧州、米国、アジアにますます広がりつつある。バングラデシュを含め、多数の日本企業が進出するアジアにおいてもテロの可能性が高まっている」としたうえで、テロに関する以下の現状分析を行っています(概ね、本コラムでこれまで提供してきた内容となっています)。

  • テロの場所又は対象がレストラン、公共交通施設、イベント会場など多くの人々が集まる日常生活の場、いわゆるソフトターゲットであるとの傾向が一層明確になっている。特に空港、国際的観光地、オープンな場所での外資系レストラン等多くの外国人や観光客が集まる場所は攻撃の対象となりやすい。
  • 実行主体がインターネットなどを通じて国外のイスラム過激思想に感化された若者の場合が多く(ホームグロウン型)、組織的背景が薄く単独で行動する「一匹狼」(ローンウルフ型)である例が多数見られる。テロリストの間の通信にSNSが使用されることが多いことも加わり、事前に動きを察知することを困難にしている。
  • 性別・年齢を問わず容赦なくテロのターゲットとなっているほか、主義・主張を強要するというよりも殺傷・破壊行為がメディアで大きく取り上げられることを目的とする傾向も見られる。

 本報告書では、これらをふまえ、「日本人に対するテロの脅威は高まっていると考えざるを得ない」と結論付けて、邦人ができるだけテロに遭遇しないように、また、テロが発生した場合に被害を最小限にとどめるために、国民一人一人の安全対策意識と対応能力をこれまで以上に高めることが必要であること、国民に対して情報を適時適切かつ効果的に伝えることが重要であること、これらを行うための体制の整備につきさらなる改善が必要であることを重要な認識と位置付けて、具体的に、以下のような安全対策の強化の方向性を示しています。

  • 在外公館内での領事班と「日系企業支援窓口」の連携強化、安全対策連絡協議会の強化等に加え、中堅・中小企業、留学生、海外子女教育施設、短期旅行者など、相対的に脆弱な、安全対策に関する情報に接する機会が限られる方々との連携を強化すること
  • 中堅・中小企業に対して、政府、系列グループの本社、工業団地に誘致する商社、現地日本商工会議所などによる的確かつ時宜を得た情報提供をはじめとする安全対策面での支援を行うこと
  • より客観的で精度の高い情報の収集・分析、わかりやすく適時適切な情報発信(海外安全HPのスマホ対応、「たびレジ」登録推進、ソーシャルメディア等の活用など)
  • 海外緊急展開チーム(ERT)の強化として、携行品やロジスティックの支援、要員の能力強化などを図ること

 また、外務省とJICAは、途上国で政府開発援助(ODA)に携わる関係者の新たな安全対策策定に向けた中間報告を取りまとめています。

外務省/国際協力機構(JICA) 国際協力事業安全対策会議 中間報告

 この報告書は、シリアにおける邦人殺害テロ事件を踏まえた提言(平成27年5月)を始めとする過去の提言等を土台として、在外邦人一般の安全対策ではカバーしきれていない、事業関係者やNGO特有の事情を考慮した安全対策のあり方について検討を行ったものの中間報告(既に存在する在外邦人保護の仕組みを補完するものとの位置付け)となります。具体的には、「もはや日本人であれば被害に遭うことはないと想定できない」「日本人はテロの標的とされ得る」「『安全はタダ』との認識は完全に過去のもの」「政府も国際協力事業に従事する企業も、トップ自らが安全確保に関する問題意識を強く持ち、不断に対策を進めることが不可欠」という厳しい現状認識のもと、以下のような大きく4つの課題についての方向性を検討しています。

脅威情報の収集・分析・共有の強化

  • 在留届・「たびレジ」の登録について、現地政府との契約企業や案件発掘調査等の実施企業を含む全ての事業関係者及びNGO(短期滞在者を含む。)への周知徹底を行う
  • 本省及び在外公館の地域・語学の専門家を増強する
  • 政府とJICAによる脅威情報のすり合わせや危機意識の共有を含む日々の連携をとる
  • 外務省が事業関係者やNGOの活動状況に則した情報収集・分析を行う
  • 情報収集において現地当局や友好国の公館との協力関係を一層強化する
  • 事業関係者、NGO等から有益な情報がもたらされた場合に、これを関係省庁とともに有効に活用し、事業関係者やNGOの安全対策にしっかりと役立てる
  • JICAが活用する情報源を拡充する
  • JICAから事業関係者のみならずNGOに対する情報提供も強化する 等

事業関係者及びNGOの行動規範

  • テロは時に相手を選ばず、国際協力事業の現場ではこれらの企業を含む多種多様な事業関係者が共に活動していることもあるとの実態を考慮し、外務省及びJICAの発信する行動規範を、新たにより広い対象者に共有し、できるだけ広範囲の人々に役立ててもらう
  • NGOの自主性は十分に尊重しつつ、外務省及びJICAが発信している行動規範について、NGOに対しても密に情報提供を行う

ハード・ソフト両面の防護措置、研修・訓練の強化

  • 事業関係者・NGOの保護
    現地の軍・警察による警備が更に強化されるよう、各国政府に改めて強く働きかけを行うとともに、より広範囲の事業関係者(現地政府との契約企業、案件発掘調査等の実施企業を含む)が研修・訓練を受けられるよう、具体策を検討し、併せて研修・訓練の質を向上させる
  • 事業の現場、現地事務所等の防護
    無償資金協力事業においては、受注する日本企業が警備員を雇うための費用、安全対策設備費用等を経費として認めることのほか、事業の広報を現地で行うことは一般に非常に重要である一方、仮にそれがテロを誘発する懸念がある場合には、広報の方法を機敏に変更するなど、安全確保にも配慮した広報の方針を策定する、など
  • 円借款事業特有の事情への配慮
    円借款事業においても安全対策費用が事業の予算に含まれるよう、相手国に働きかけてほしい、テロの発生等の場合の事業遅延については、遅延損害金の支払いが免除されるよう、相手国に働きかけてほしいといった要望への対応、など
  • 相手国の治安分野の能力向上への支援を通じた安全確保
    国際協力事業が相手国の領域において実施されるものである以上、日本側で警備態勢等を強化するだけでは足りず、相手国の警察、税関、軍等による取締、捜査等が効果的に行われることが極めて重要で、日本としてもODAを活用して治安分野での能力向上に向けた支援を行う

危機発生後の対応

  • 外務省及びJICAとして事業関係者をできるだけ広くカバーする形で連絡態勢をとっておき、定期的な緊急連絡訓練等によってその実効性を確保しておくべき
  • 現地の在外公館及びJICAの現地事務所が事業関係者と共に事業ごとの状況を踏まえた対応策を協議し、在外公館及びJICAから相手国政府に必要な働きかけ(警備の強化等)を行う
  • 退避オペレーションには多くの論点があるため、今後、内閣官房、防衛省を含む関係省庁との連携のあり方を検討すべく、外務省及びJICAが関係省庁とともに特定のシナリオを対象にした机上演習を行い、手順等についてマニュアルを整備する

外務省・JICAにおける危機管理意識の向上・態勢の在り方

  • 外務省及びJICAは、東京及び各国において安全対策に関して緊密に意思疎通を図るため、「安全対策会議」(仮称)を立ち上げる

さて、報道によれば、そのテロを世界中で拡散させているISについては、米情報調査会社が、IS支配地が2016年上半期に12%縮小し、収入も大幅に落ち込んだとする調査報告を公表したほか、追い詰められたISがテロ攻撃を活発化させる恐れがあると警告しています。
 そのような状況と関連して、最近、ローンウルフ型のテロ実行犯本人が犯行を計画・準備したものに、ISはその結果に「便乗」しているだけ(宣伝に活用しているだけ)といった傾向が強くなっているように感じられます(したがって、事前に察知することが相当困難になっているのも事実です)。

 ただし、このローンウルフ型の攻撃については、単なる事件が散発的に起こっているのではないと認識すべきかもしれません。攻撃を分散化し、普及させることを目的とした、イスラム教の聖戦思想における10年に及ぶ組織立った行動がもたらした成果だとする指摘や、それらは宗教的信念でも、貧困に対する不満でもなく、真の原因は社会で疎外された若者が抱く一種の「破壊願望」(フロイトの指摘する「死の欲動」)ではないか、「イスラムの過激化」ではなく、むしろ土着の「過激主義が宗教化」した結果ではないかとの指摘など、有識者たちは様々な角度から、ISが宣伝に利用している世界で連動して起こっている「何か」の正体を突き止めようとしています。さらに、報道によれば、米国務省報道官は、「ISの打倒やその脅威を取り除くためには、軍事作戦が十分ではないことを、われわれは常に明確にしてきた」「過激主義の根本原因に対処する総合的な取り組みこそが、持続的な敗北に追い込む方法だ」と述べたとされます。

 このように、正に、ISとの戦いは、軍事作戦だけではなく、根本原因に対処する総合的な取組みが必要な新たな局面を迎えていると思われます。先の伊勢志摩サミットの成果の付属文書「テロ及び暴力的過激主義対策に関するG7行動計画」においては、航空搭乗者情報やインターポール等の持つテロリストの情報、文化財関連情報などの「国際的な情報共有の強化」に向けた具体的なアクションと並んで、「寛容」や「異文化・異宗教間の対話や理解」「多元的共存」といったキーワードが散りばめられている点にあらためて注目し、その意味をよくよく考える必要があると思われます。また、関連して、現在開催されている、リオデジャネイロ・オリンピックの開会式を演出した監督は、多民族国家ブラジルらしい「多様性」と「自然」、「笑顔」の「三つの柱の上に『寛容』をテーマに表現したい。現在、世界で起きている様々な問題を解決したいというメッセージを届けたい」との思いがあったと報道されています。やはり、「寛容」は、テロ対策に限らず、今後の世界のあり方を語るキーワードなのかもしれません。

4) アンチ・マネー・ローンダリング(AML)の動向

 「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律(犯収法)」等(本年10月1日施行)を踏まえ、金融庁が監督指針の一部改正を行っています。

金融庁 「主要行等向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等について

(別紙1)コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方

(別紙15)「取引時確認の適正な実施について」

今回の改正では、(1)「統括管理者の選任・配置」「取引のリスク評価・特定、事業者作成書面の作成等」「必要な情報の収集・分析、確認記録等の継続的精査」「高リスク取引等への対応」「リスクベース・アプローチに基づく必要な監査の実施」などの内部管理態勢の強化、(2)「法人顧客との取引における実質的支配者の確認、本人確認書類の適切な取扱い」「厳格な顧客管理の必要性が高いハイリスク取引について、外国PEPsに該当する顧客等との取引の追加」「敷居値以下に分割した取引についての取引時確認の実施」などの取引時確認態勢の整備、(3)疑わしい取引の届け出態勢の整備(危険度調査書の内容を勘案すること、ハイリスク取引に応じた異なる深度による確認など)などについて、様々な厳格な方向への指針改正がなされている点をまずは理解する必要があります。
 また、反社会的勢力排除の取組みにおける「入口・中間管理・出口」の3つのプロセスの適切な運用については、犯収法上の取組みにおいても実務的に応用可能であり、その枠組みを十分意識したうえで(反社会的勢力排除実務との連携しながら)態勢整備を進めることが効率的かつ実践的であると言えます。
 以下、今回の金融庁のパブコメへの回答を中心に、改正犯収法への対応実務のポイントについて、簡単に紹介しておきたいと思います。

 まず、統括責任者の専任・配置については、「統括管理者の選任は努力義務であるため、選任されていないことをもって直ちに法令違反となるものではありませんが、その選任に努めていただく必要があります」「また、統括管理者については、特定事業者の規模や内部の組織構成により様々な者が想定されるとともに、その選任は、必ずしも一の特定事業者に一人に限るものではなく、例えば、部門ごとに統括管理者を選任することも有り得ると考えています」という専任・配置の基本的な考え方が示されています。
 さらに、その資質については、「統括管理者については、少なくとも取引時確認等の措置の的確な実施のために必要な業務を統括できる者である必要があり、例えば、取引時確認等の措置について一定の経験や知識を有しつつ、一方で実際に取引に従事する者よりも上位の地位にあり、かつ、一定程度、独立した立場で業務を統括管理できる者が想定されますが、改正前の監督指針の趣旨に沿って選任されたコンプライアンス担当者であれば、通常、犯収法上の統括管理者になりうるものと考えています」とかなり具体的に言及されている点が注目されます。特に、「相応の知見を有して」おり、「取引従事者より上位者」かつ「独立した立場」としている点は、金融庁として、例えば、営業等の現場の要請によって安易な取引可否判断に流れることのないよう、組織的に厳格な運用態勢を求めていることが強く伝わってきます。

 また、特定事業者作成書面等の見直しについては、「毎年、国家公安委員会が作成・公表する犯罪収益移転危険度調査書を勘案し、定期的に行うよう態勢整備を図る必要があるものと考えています。具体的にどのような頻度で行うかについては、各特定事業者において、取引のリスクの程度、取引の態様等を踏まえ、合理的に判断されるものと考えています」「同一業態であっても、事業者によって顧客層等が異なる場合もあることから、特定事業者作成書面等は、個々の特定事業者が作成するものであり、業態ごとに作成するものではないと考えています」などと、各社(各行)の自立的・自律的なリスク管理の実践を金融庁が求めています。

 特定事業者作成書面等の内容については、「見直しについては、毎年、国家公安委員会が作成・公表する犯罪収益移転危険度調査書を勘案し、定期的に行うよう態勢整備を図る必要があるものと考えています」としたうえで、「書面等の内容を勘案して行う確認記録等の継続的精査については、特定事業者の業態、業務、規模、取引のリスク等に応じて、特定事業者において合理的に判断されるものと考えています」とするものの、「精査については、対象を無作為に抽出するサンプリングチェックでは取引時確認等の措置を的確に実施するには不十分であると考えられますが、一定の敷居値等に基づき異常な取引等を抽出し、事後的に当該抽出された取引の分析を行うことであれば、手法の一つとして考えられると思われます。精査の頻度については、一律に定められるものではなく、各特定事業者が取引のリスクの程度、取引の態様等を踏まえ、合理的に判断される範囲で行われるものと考えています」とかなり具体的な手法にまで言及されていることから、精査における「合理的な判断」をきちんと説明できる態勢まで整えられるか(いわば相当厳格な顧客管理態勢)が求められていると理解すべきと言えます。

 今回の改正で悩ましい実務の一つである「実質的支配者の確認」(議決権の有無の確認その他の手段により当該法人を支配する自然人まで遡って確認することを義務化)については、反社排除の監督指針における事前審査、事後検証の対象に法人の実質的な支配者が含まれる旨を明記すべきではないかとの指摘について、「犯収法に基づき実質的支配者の確認がなされた場合、通常はその実質的支配者の反社該当性の確認もなされるものと考えていますが、実質的支配者の確認対象となる「顧客等」に当たらない「取引先」も考えられることや、犯収法上の実質的支配者以外の観点から「取引先」の反社該当性の確認をすることも考えられることから、ご指摘のような改正は現在予定しておりません」との方向性(あくまで事前審査・事後検証における犯収法上の確認は実質的支配者にとどまること)が示されています。ただし、最終的に特定された実質的支配者が反社チェックの範囲に最初から含まれていないケースも十分想定されるところであり、実質的支配者の確認によって認められた対象については、当然のことながら、反社チェックの対象に含めるべきだと言えるでしょう。

 また、外国PEPs該当性の確認については、「特定事業者がその事業規模や顧客層を踏まえて、各事業者において合理的と考えられる方法により行われるものであり、商業用データベースを活用して確認する方法のほか、インターネット等の公刊情報を活用して確認する方法、顧客等に申告を求める方法等が考えられますが、施行日時点において、全ての既存顧客について外国PEPs該当性の確認を完了しておかなければならないものではありません」「顧客が外国PEPsであるかどうかの確認は、必ずしも契約締結前に完了しなければならないものではなく、契約締結後、合理的な期間内に確認することも認められます」とされており、具体的チェック方法や施行前の全件チェックは必ずしもマストではなく、加えて事後検証による確認も認められうる点が示されており、実務上の参考になると思われます。

 その他全般事項の中では、「法人に関しての取引等を行う際は、必ずその法人の名称等と合わせて法人番号を提示させるようにする事を求めたい」との意見に対し、「犯収法上、法人顧客に対する取引時確認は、当該法人の設立の登記に係る登記事項証明書や印鑑登録証明書等の提示を受ける等の方法によって行うこととされており、監督上の着眼点として、それ以上の措置を定めることは予定しておりません」とコメントしています(ただし、今後、マイナンバーと預金口座の連動や、法人番号による顧客管理などが進展するであろう点は認識しておく必要があります)。また、「テロ資金供与」は「組織犯罪者への資金供与」の様な文言の方が良いのではないかとの意見に対し、「取引時確認等の措置その他の犯収法上の義務を的確に実施する態勢整備が行われているか否かを監督上の着眼点として記載しているもの」であって、「『実は組織犯罪者集団に資金を融通しているが、これらはテロまでは行っていないから定義に該当しない』という口実による問題ある資金供与を許す事になるものではない」とコメントしており、いわゆるKYCやKYCCがAML/CTFのみならず、反社会的勢力を含む組織犯罪対策にとって必要な共通の視点であることを示唆しているものと言えます。

5) タックスヘイブン(租税回避地)を巡る動向

 パナマ文書ショック以降、伊勢志摩サミットでの議論、OECD租税員会での議論など、租税回避行為を規制する動きが相次いでいます。確かに、タックスヘイブンによって一部の富裕層や多国籍企業(その本質は「無国籍企業」)がその恩恵を享受する一方で、本来納められるはずだった税金で福利厚生を受ける機会を失った層との「格差」が拡大し、それが現在の反グローバリスム等の社会不安の拡大の遠因となっているとの指摘も説得力を持つものであり、「正しい租税行為」が強く求められるのは当然の流れですが、一方で、過度な規制によって経済的な活力を削ぐ方向に作用することなどへの配慮も必要であり、それらのバランスをどのように取っていくか、各国・地域が自らの置かれている立場を超え、租税回避行為の適性化に向けて、いよいよ本気度が試される段階になったと言えます。

 そのような中、パナマ文書の震源地となったパナマでは、パナマを租税回避地のリストに掲載するなどしたフランスなどの国に対し、対抗措置を講じると発表しています。報道によれば、「パナマに対する差別的行為、またはパナマの経済権益を害する行為に関与した」国の企業や個人が対象で、税制、貿易、移住に関する措置を取るとされています。

 一方で、先月(7月)、OECD租税委員会が策定した、課税逃れ対策に非協力的な国・地域を特定するための基準「BEPS(税源侵食と利益移転)プロジェクト」において、ブラックリスト、すなわち「悪質な国」と判断する基準について、(1)税の透明性を審査する国際組織の評価を満たしている、(2)個人の金融情報を定期的に交換する仕組みに参加している、(3)税務当局が協力する条約に多く署名している、の3つのうち2つ以上に合致しなければ「悪質」と認定され、経済制裁を課される可能性もあることが明らかになっています。そして、このOECDの枠組みに、いよいよパナマも加わる方向であることが報道されています。パナマは、自国を租税回避地と認定した国への対抗措置をちらつかせつつ、国際社会との協調姿勢をOECDの枠組みへの加入の形で示すという、正に、バランスを取りながらの、租税回避行為の適性化に向けた舵取りが迫られています。

 一方、タックスヘイブンの問題は、日本の国税当局にとっても、「国外財産調書」の提出を義務づけて、虚偽記載や未提出には罰則規定も盛り込んではいるものの、実際のところ、海外に日本の調査権は及ばないため、金融機関の口座や不動産登記を直接調べることはできないといった限界があります。富裕層の海外資産の全体像を正確に把握することは容易ではないという中、今回のOECDの枠組みによる各国間の情報交換とブラックリスト制度の取組みの進展や、今後予想される税制改正など、確実に「法の網」が狭められており、日本の富裕層が無理解やノウハウの不足から(まんまと海外ブローカーによって)富の海外流出をもたらしていたところ、「租税回避行為から正しい租税行為」への転換が進むことを期待したいと思います。

 ただ、毎回同じことをお話していますが、タックスヘイブンを巡る問題の本質は、あくまでマネー・ローンダリングやテロ資金供与をはじめとする犯罪収益の隠匿や犯罪を助長している点にあります。「正しい租税行為」を促す「BEPSプロジェクト」等の国際的な枠組みが機能することによって、国際間の資金移動の透明化が図られ、暴力団等反社会的勢力の犯罪収益の移転の状況が早い段階で捕捉できれば、彼らの活動に打撃を与えることも不可能ではありません。今後の国際課税協力の面からのアプローチによる反社会的勢力等の資金源対策の成果を期待したいと思います。

6) 忘れられる権利の動向

 今年3月、さいたま地裁が、男性がグーグルで自身の逮捕(3年以上前に児童買春・ポルノ禁止法違反の罪で罰金の略式命令が確定した事案)に関する記事の検索結果の削除を求めた仮処分申し立てにおいて、「犯罪の性質にもよるが、ある程度の期間の経過後は、過去の犯罪を社会から『忘れられる権利』がある」と判断し、削除を認める判断をしました(忘れられる権利が明示された国内初の判断)。それに対し、本コラム(暴排トピックス2016年3月号を参照ください)では、「時間の経過による公益性の減少」という枠組みに基づくものだとはいえ、事案そのものとの具体的な比較考量の理屈が明らかではなく、グーグル社が再度不服を申し立て東京高裁で審理中であることとあわせ、議論が深まることを期待したいと指摘していたところ、先月(7月)、東京高裁は、「男性の犯罪の性質は公共の利害に関わる」などと判断、削除を認めたさいたま地裁決定を取り消し、忘れられる権利についても、「権利は法的に定められたものではない」とする判断を示しました。

 報道によれば、東京高裁の判断は、「児童犯罪の逮捕歴は公共の利害に関わる(親の関心が高い)こと」「時間経過を考慮しても、逮捕情報の公共性は失われていないこと」などをその理由にあげているとされますが、その判断の際にも検討されたと思われる「児童を対象とした性犯罪の再犯率」について確認してみたいと思います。

法務省 平成27年度版犯罪白書 第6編 性犯罪者の実態と再犯防止

昨年公表された犯罪白書では、「国民が身近に不安を感じ、社会的関心の高い犯罪の一つである性犯罪」をフォーカスした特集が組まれており、以下のような記述が見られます。

  • 性犯罪は、被害者の人格や尊厳を著しく侵害する犯罪であり、国民が身近に不安を感じる犯罪として、社会的関心が高い。また、性犯罪は、被害者が被害を届け出ないことにより顕在化しない事案が多い犯罪とも言われている。
  • 同一罪名再入者の割合について見ると、強姦、強制わいせつは、窃盗、覚せい剤取締法違反ほど高くないものの、殺人、強盗より高い。
  • 再犯調査対象者の総数1,484人のうち、全再犯ありの者は307人であり、全再犯率は20.7%。うち、性犯罪再犯ありの者は207人、性犯罪再犯率は13.9%であり、全再犯ありの者の67.4%を占めていた。
  • 全再犯率は、痴漢型が最も高く、次いで、盗撮型、小児わいせつ型、強制わいせつ型、小児強姦型、単独強姦型の順となる。なお、犯罪再犯(刑法犯)の再犯率が最も高いのは、小児わいせつ型であり、その再犯の内容を性犯罪者類型に当てはめてみると、9人のうち8人の再犯が小児わいせつ型に該当した。
  • 同型性犯罪前科のある者(調査対象事件中の性犯罪と同一の類型の性犯罪前科をいう)の割合は、小児わいせつ型で84.6%を占める。同様に、「強制わいせつ(痴漢)型」(犯行態様が公共の乗り物内における痴漢行為のもの)は100%という調査結果。
  • 性犯罪者には、性犯罪のみを繰り返す傾向がある者もいるものの、性犯罪以外の犯罪に及んでいる者もいる。

 つまり、「児童を対象とした性犯罪の再犯率」の視点からみれば、「社会的関心の高い犯罪の一つ」であって、「再犯率は、窃盗や覚せい剤取締法違反などに比べ高くはないが、性犯罪を繰り返す者は、更に性犯罪の再犯に及ぶリスクがより大きい」との傾向などがあり、あらためて親たちにとって児童買春は重大な関心事であり、5年程度経過しようと(再犯の可能性がより高いことから)公共性は失われていないと考えるのが妥当だと思われます。

 また、もう1つの争点である「忘れられる権利」そのものについては、従来のプライバシー権に基づく削除要請と変わらないとしている点が注目されます。なお、上記裁判とは別に、グーグルで検索すると、男性が迷惑行為を繰り返す集団と過去に関係があったとする記述が多数表示されるとして、検索結果122件(申し立ては237件分の仮処分申請)の削除を命じた東京地裁の仮処分決定が、米グーグル社による保全異議を受けて同地裁で約60件分、取り消されたということです。同様の裁判は他にも複数係争中であり、国内の司法判断の動向については、引き続き、注視していきたいと思います。

 さて、「忘れられる権利」とは別の文脈ですが、本コラムでもその動向を注視している個人情報保護法改正に関する動向のうち、新たに導入される「要配慮個人情報」等の取扱いなどについて、個人情報保護委員会から政令案、規則案等が出され、パブリックコメント手続き中(平成28年8月31日まで)です。

個人情報保護委員会 改正法の施行準備について

政令(案)の骨子(案)

 反社会的勢力に関する情報が「削除」される懸念がある「忘れられる権利」と、犯罪歴等が単純に「要配慮個人情報」に位置付けられれば第三者提供等を含めその取扱いに著しい制限が課されることになるという意味で、双方とも反社チェック実務に大きな影響が及ぶであろう点が共通しています。

 改正個人情報保護法では、要配慮個人情報を、「本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報」と定義し、本人同意を得ない取得を原則として禁止するとともに、本人が明確に認識できないうちに個人情報が第三者へ提供されることがないようにするため、オプトアウト手続による第三者提供を認めないこととしています。
 さらに、政令で、被疑者又は被告人として、刑事訴訟法に基づき、逮捕、捜索、差押え、勾留、公訴の提起等の刑事手続を受けた事実は、有罪判決を受けていなくとも刑事手続を受けたのであれば、犯罪への関与があったものと強く推測され、社会から不利益な扱いを受けることが考えられることから、本人としては秘匿したいと考えることが一般的と考えられることを勘案し、「被疑者又は被告人として刑事手続を受けた事実」を要配慮個人情報に含める方向性が示されています。
 一方で、同改正法において、要配慮個人情報について、以下のような規定もあります。

個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、要配慮個人情報を取得してはならない。

  • 法令に基づく場合
  • 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。(以降、略)

 これは、従来の個人情報保護法上の除外規定と同様であり、それに従えば、反社会的勢力に関する情報は、上記(イ)に該当するものと理解されており、これまで同様、実務には大きな影響は及ばないものと考えられます。ただし、反社チェックの際にあわせて収集されるケースもある、詐欺等の一般事件の犯歴情報については、「社会から不利益な扱いを受けることが考えられ、その取扱いに特に配慮を要するもの」に該当する可能性もあり、今後の運用には細心の注意を払うことが必要となると思われます。

7) 犯罪インフラを巡る動向

不動産事業者が抱える脆弱性(在籍屋など)

 警視庁は、虚偽の使用者名義で雑居ビルの部屋の賃貸借契約をしたとして、東京都の会社員ら8人を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、部屋は実際には特殊詐欺グループがアジトとして使っており、容疑者が賃貸借契約上の保証人を自分の会社の従業員であるように装って貸主を信用させる「在籍屋」ではないかとされています。この「在籍屋」については、特殊詐欺のアジト確保のみならず、以前から暴力団員など反社会的勢力が身分を隠して賃貸借契約を結ぶ時にも利用されており、不動産事業者の賃貸借契約時における本人確認のチェックの甘さ(在籍確認と源泉徴収票の確認手続きの甘さ)が悪用されている実態があります。反社会的勢力だけでなく、特殊詐欺グループの活動を助長する脆弱性を有し、社会的にも問題視されている現状においては、業界をあげた改善の取組みが求められます。

 さらに、特殊詐欺グループに対するアジトの提供という点では、電気店の営業と偽ってオフィスビルの1室を借りたとして、不動産会社従業員と電気工事会社社長を詐欺容疑で逮捕しています。約10カ所のビルやマンションを不正に借り、詐欺グループに使わせて報酬を受け取っていた疑いがあるということです。そもそも不動産事業は反社リスクに関しては、「活動拠点を提供して活動を助長する」という意味で「高リスク」の事業領域であり、契約手続きの厳格化とともに、自らの社員が「接点」「仲介者」となってしまう「従業員リスク」について十分な配慮をしていくことが重要だと言えます。

架空口座

 架空口座が犯罪インフラとして重要な役割を担うことは既にご存知の通りですが、韓国国内の犯罪に、日本人の架空口座が使われていたという事例が摘発されています。日本在住の日本人19人を韓国に連れて来て計52の架空口座を作り、その架空口座を違法賭博サイト運営者に売りつけるなどしたというものです。さらに、男らは、福岡市で通信サーバーなどを貸与する会社も運営し、違法賭博サイト業者らにサーバーを貸し出していたといい、架空口座と(おそらくは匿名性の高い)サーバーの両方を提供して犯罪を助長していたことになります。

クレジットカード(悪質加盟店)

 クレジットカードの悪質加盟店の問題は以前から指摘しており、前回の本コラム(暴排トピックス2016年7月号)でも、最近公表された「産業構造審議会割賦販売小委員会の報告書(追補版)」で、割賦販売法改正に向けた今後の方向性(案)が示され、その骨格として、加盟店調査における「加盟店契約時の確認」「契約締結後のモニタリング」「調査結果に応じた適切な対応」の3つの項目に整理され、それが反社チェックにおける「入口・中間管理・出口」の3つのプロセスに呼応している点を紹介しました。

経済産業省 産業構造審議会割賦販売小委員会の 報告書(追補版)について

 さらに、クレジット取引に関する消費者トラブルの主な原因は悪質加盟店による販売方法にあり、消費者トラブルの未然防止のために、悪質加盟店の排除が重要であると指摘されていることを受け、クレジット会社による加盟店調査(消費者からの加盟店に対する苦情の調査、加盟店契約の際の調査)において国民生活センターのPIO-NET情報(国民生活センターの消費者相談・苦情情報)を有効活用するための措置の実施が求められていたところ、今般、経済産業省が国民生活センターと連携し、クレジット会社が国民生活センターからPIO-NET情報の提供を受け、加盟店調査を行う際の端緒情報として活用する取組みを開始しています。

経済産業省 安全・安心なクレジット取引の実現に向けて国民生活センターの消費者相談・苦情情報の活用を開始します~悪質加盟店排除に向けた取組を強化します~

 この取組みは、(1)経済産業省の依頼を受け、国民生活センターはクレジットで支払いが行われた取引に関するPIO-NET情報を経済産業省に提供、(2)経済産業省は、日本クレジット協会にPIO-NET情報を連携、日本クレジット協会は、クレジット会社による加盟店調査、苦情対応調査に有効な情報を精査し、クレジット会社に提供、(3)クレジット会社は、消費者からの加盟店に対する苦情の調査や加盟店契約にあたっての調査に際し、PIO-NET情報を活用する、といったものです。
 本スキームは、悪質加盟店に関する端緒情報を官民連携のもと、適切に共有し、悪質事業者を排除しようとする取組みとして高く評価したいと思います。ただし、このような貴重な端緒情報をクレジット会社が加盟店審査にどのように活用し、適切に排除していくかが本スキームの肝であり、「決済代行業者の中には、営業優先で加盟店管理が不十分な者も多く、その上、ボーダーレス化も進む中、悪質加盟店が審査の甘い海外の加盟店契約会社に流れる傾向にあること」「加盟店契約時に実施される入口の審査においては問題が認められなくても、その後、業種や取扱商品、実質的な支配者などが大きく変わったり、不審な売上や(本来は認められていない)公序良俗に反する商品の取扱いを始めることが懸念される」などの問題とあわせ、クレジット業界の懸案事項であった悪質加盟店排除の問題にいよいよ本腰を入れる時が来たと言えます。

競売からの暴排

 「不動産取引からの暴排(反社排除)」については、暴排条例でも明記されるなど、他の分野と比較しても取組みが進んでいる中、裁判所による競売が抜け穴とされてきた経緯がある中、法制審議会(法相の諮問機関)は民事執行法を改正し、暴力団を競売から排除するための議論を今秋にも始めるという報道がありました(平成28年8月13日付日本経済新聞)。
 競売制度というある意味合法的な手段を通じて、「安値で競落し高値で転売する」という手法により多額の利益を得る、あるいは、通常の取引では新たな用地取得が難しいことから、競売を通じて新たに暴力団事務所を設置するようになっているといった問題が既に表面化しており、この法の抜け道を防ぐことが喫緊の課題とされています。そのような中、例えば、預金保険機構のWebサイトに掲載されているような提言が各種団体から繰り返しなされています。同機構の提言は、具体的には、「競売参加の際に参加者に『反社会的勢力との関係はない』旨及び『反社会的勢力に転売することはない』旨書面で宣言させる」「競売実施の際に反社会的勢力のリストを参照する」「競落後に競落者が反社会的勢力との関係が発覚した場合においては競落自体の効果を失わせしめるよう制度設計する」などがあげられています。

預金保険機構 競売からの反社会的勢力排除の試

 また日弁連も、平成25年6月に、民事執行手続及び滞納処分手続において、暴対法に規定する暴力団員もしくは暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者(「暴力団員等」という)または法人でその役員のうちに暴力団員等のあるものが不動産を買い受けることを禁止する法整備をすみやかに行うことを求める旨の意見書を発表しています。

日本弁護士連合会 民事執行手続及び滞納処分手続において暴力団員等が不動産を取得することを禁止する法整備を求める意見書

 本意見書では、民事執行手続き等により買い受けられた不動産が実際に暴力団事務所の用に供された事例は多いとして、平成21年に日弁連民事介入暴力対策委員会が、暴力団事務所の取得原因を登記記録により調査したところ、登記記録が得られた暴力団約240組の中で、24組の暴力団事務所の建物または敷地が競売による売却を登記原因としており、1組の暴力団事務所の敷地が公売を登記原因としていることが確認されたほか、暴力団員が競落した不動産を資金源にしたものとして、関東に本拠地を置く暴力団の組幹部が平成18年8月に静岡県のホテルを3億円で落札し、10か10か月後に6億2,000万円で転売したことが報道されている(平成23年10月8日付東京新聞)といった問題を指摘しています。

 今回の日本経済新聞の報道によれば、裁判所が最高額の入札者について警察に照会し、組員と回答があった場合は売却を許可しないなどの案が軸で検討が進むのではないかとされています。いずれにせよ、反社会的勢力を利する分野や抜け道が顕在化しているのであれば、それを放置すること(不作為)があってはならず、法改正の速やかな実現を期待したいと思います。

債権回収会社(サービサー)

 法務省は、元暴力団員が関与する企業に債権を譲渡していたとして、東京都の債権回収会社に、債権管理回収業に関する特別措置法第23条の規定に基づく業務改善命令を出しています。反社会的勢力との関係を理由に、債権回収会社に行政処分を出したのは初めてということです。

法務省 債権回収会社に対する行政処分について

 公表内容によると、立入検査において認められた不備事例として、「元暴力団員が関与する会社に対して債権譲渡を行っていた」「当該債権譲渡に関連する一連の事務処理において、不適切な対応が認められる」「会社全体として、暴力団等の関与を排除しようとする意識が欠如しており、法令遵守意識の徹底が不十分」「個別案件を特定の社員に任せきりにするなど、従業員管理やリスク管理等の債権管理回収業を適正に営むための管理態勢、相互牽制態勢が十分に構築されていない」などの厳しい指摘がなされています。

(本件がそうだったかどうかは不明ですが)債権回収会社が譲渡された債権を、元暴力団員が関与する会社に低廉での譲渡を行い、元暴力団員等が実際に債権回収することで相当の収益を得るというスキームは、正に、暴力団等の活動を助長する典型例であり、債権譲渡スキームが犯罪インフラ化している実態を示しています。そもそも、違法な債権回収は従来から暴力団等が得意としてきた分野であり、それを合法的に行えるようにすることで暴力団等の介入を排除しようとしてきた(その結果、暴力団の資金源の一つを枯渇化してきた側面もある)という経緯をふまえ、業界をあげた健全化の取組みを期待したいところです。

 関連して、預金保険機構の「特定回収困難債権の買取り」制度について、最新の買取り実績が公表されていますので、ご紹介いたします。

預金保険機構 預金保険法第101条の2に基づく特定回収困難債権の買取り実績

 本制度について、買取り対象となり得る債権は、「金融機関が保有する貸付債権又はこれに類する資産として内閣府令・財務省令で定める資産」とされ、特定回収困難債権については、その債権のうち「金融機関が回収のために通常行うべき必要な措置をとることが困難となるおそれがある特段の事情があるもの」と定義されています。
 今回公表された第8回買取り(平成28年3月決定) については、平成28年3月~7月の契約日の買取り債権数は28件、買取り債権総額は1,532,471千円(買取価格総額 18,000千円)に上りました。第1回(平成24年6月決定)からの累計では、買取り債権数は143件、買取り債権総額は5,563,075千円(買取り価格総額 216,247千円、買取り率は3.9%程度)という実績となりました。また、累計の買取り債権数143件のうち、買取り実績要件別内訳では、いわゆる属性要件のみに該当するものが105件、行為要件のみに該当するものが33件、両要件に該当するものが5件となっています。

8) その他のトピックス

ビットコインを巡る動向

 ビットコインに代表される仮想通貨については、本コラム(暴排トピックス2016年6月号を参照ください)でもご紹介したように、伊勢志摩サミット開催直前に資金決済法が一部改正され、交換所を犯罪収益移転防止法上の特定事業者とする規制等が適用されることになりました。
仮想通貨の法規制については、国内の規制に先んじて、G7エルマウ・サミット首脳宣言(平成27年6月)において、「我々は、仮想通貨及びその他の新たな支払手段の適切な規制を含め、全ての金融の流れの透明性拡大を確保するために更なる行動をとる」と採択されたことを受けて、FATF(金融作業活動部会)のガイダンス(平成27年6月)において、「各国は、仮想通貨と法定通貨を交換する交換所に対し、登録・免許制を課すとともに、顧客の本人確認義務等のマネロン・テロ資金供与規制を課すべきである」とされており、国内の規制はその延長線上にあります。規制の概要については、以下のような骨格となっています。

AML/CTF

  • 口座開設時における本人確認仮想通貨に係る法制度の整備-法制度案の概要
  • 本人確認記録、取引記録の作成・保存
  • 疑わしい取引に係る当局への届出
  • 社内体制の整備

利用者の信頼の確保

  • 最低資本金・純資産に係るルール
  • システムの安全管理
  • 利用者に対する情報提供
  • 利用者が預託した金銭・仮想通貨の分別管理
  • 分別管理及び財務諸表についての外部監査
  • 当局による報告徴求・検査・業務改善命令、自主規制等

 さて、最近注目されている「ブロックチェーン技術」と不可分の関係にある仮想通貨ですが、とりわけビットコインについては、当時世界最大の交換所であった「マウントゴックス」社の破産事件(同社代表者は、業務上横領(ビットコイン売買のため顧客が預けた資金の着服等)等の容疑で逮捕)により、日本では特に広く信頼性を獲得する土壌がまだまだ醸成されているとは言い難い状況ですが、世界的には急速に普及が進んでいるのは間違いありません。しかしながら、ブロックチェーンの根幹的思想である「非中央集権」(中央銀行などの公的発行主体や管理者を持たない仕組み)と「セキュリティ」がかなりのレベルでトレードオフの関係にあり、実は、この技術は、「セキュリティ」面において大きな課題が残されていることも指摘されています。例えば、経済産業省が今年4月にとりまとめて公表した「ブロックチェーン技術に関する調査報告書」においても、ブロックチェーン技術の今後の課題として、「理論的な検証がなされていない。同時に、実サービスへ応用した場合の実証も少ない。既存のシステムと考え方が大きく異なるため、サービスレベルやセキュリティ確保の方法論なども定まっていない。よって、技術面、ビジネス面の双方で、より詳細な検討が必要である」との指摘がなされている点は、中途半端な状況で普及が進むブロックチェーンビジネスや仮想通貨のあり方に警鐘を鳴らすものとして、厳しく認識すべきだと思われます(当然、そのような取引が犯罪組織等に悪用される可能性をふまえ、取引関係者等の反社チェックをはじめとする厳格な顧客管理についても、同様に、今から議論を始めていく必要があると思われます。当社としても、望ましいあり方について検討をしていきたいと思います)。

経済産業省/野村総合研究所 平成27年度 我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備 (ブロックチェーン技術を利用したサービスに関する国内外動向調査) 報告書

 さて、マウントゴックス事件では内部不正による意図的な消失だったと思われますが、直近では、香港を拠点とする仮想通貨ビットコインの取引所「ビットフィネックス」において、ハッキングによって約12万ビットコインが盗まれるという事件が発生しています。被害額は計約6,580万ドル(約66億円)相当にのぼり、事件を受けてビットコインの相場は一時急落したといいます。技術的に改ざんは不可能だとされ、ハッキング対策も講じていたと思われるビットコインがまたしてもその「脆弱性」を露呈したことにより、前述の報告書による警鐘が相当な重みを持ってきます。

 また、国内でも、ビットコインを悪用した犯罪事例が出ています。他人のクレジットカード情報やネットバンキングのID・パスワードなどを闇サイトで販売し、その代金をビットコインで受け取っていたもので、ウォレットを複数保有、経由して他人名義の預金口座に移転、現金を不正に引き出していたということです。また、報道によれば、そのやり取りには、閲覧するたびにメッセージが消える「ワンタイムシークレット」と呼ばれる自動削除サービスを利用していたとされ、本コラム(暴排トピックス2016年7月号を参照ください)でも、「エフェメラル系SNS」について、「高い利便性がある一方で、当然、裏腹の関係にある「悪用リスク」も顕在化しつつあります。つまり、他人に知られたくない情報をやり取りしやすいという利便性は、犯罪組織にとっては、犯罪に関する情報のやり取りの痕跡を残さずに済むということであり、既に海外の過激派組織が連絡に使っているとの情報もあります」と指摘していますが、本件においても、ビットコインの匿名性の高さとあわせ、高度な犯罪インフラを組み合わせた犯行と言えます。今後、さらに高度化・巧妙化した複数の犯罪インフラの組み合わせによる犯罪も予想されるところであり、注意が必要だと思われます。

北九州市「企業対象暴力に関するアンケート調査」

 特定危険指定暴力団工藤会の本部のある北九州市が、今年1月、北九州市内の事業所500社を対象とした企業対象暴力に関するアンケート調査を行い、203社が回答(回答率40.6%)しています。

北九州市暴力追放推進会議 企業対象暴力に関するアンケート調査結果の概要

 本調査によると、これまでに暴力団等反社会的勢力から金品の不当要求、契約締結の強要等を受けた経験の有無について、「ある」と答えた事業所は4社(1.97%)にとどまり、10年前の27.4%(61社)から激減する結果となりました。やはり、平成22年4月の福岡県暴力団排除条例の施行や、福岡県警が平成26年9月から特定危険指定暴力団工藤会のトップらを逮捕する「頂上作戦」を進めた効果が顕著に表れたものと実感されます(ただし、現時点の社会情勢において、「不当要求に応じている/応じたことがある」と素直に回答することがためらわれることも、一部考慮する必要があると思います)。
 また、その不当要求等を受けた4社の業種は、製造業、卸売・小売業・飲食、サービス業で、形態としては、「寄付金、賛助金、その他の名目の金品の要求」「あいさつ料、みかじめ料、用心棒代名目の金品の要求」「物品購入やリース契約締結を要求」「因縁を付けて、金品や値引き、損失補てんを要求」が多く、いずれも1万円未満の要求額でした。

 なお、参考までに、警察庁が平成26年に実施した政府指針アンケート結果によれば、反社会的勢力からの不当要求を受けた経験がある企業の割合は4.0%(平成24年政府指針アンケート調査結果の11.7%から激減)、また、その態様として、「機関紙、書籍、名簿等の購読を要求」が最多(37.4%)、「因縁を付けて金品や値引きを要求」(23.4%)、「物品購入やリース契約を要求」(5.6%)などがあげられており、北九州市の本調査結果とほぼ同様の傾向を示していることが分かります(平成26年政府指針アンケートについては暴排トピックス2014年12月号を参照ください)。

警察庁 平成26年度「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」に関するアンケート(調査結果)

 また、工藤会壊滅作戦の進展等に伴って、福岡県を中心に最大の懸念事項となっている暴力団離脱者支援問題についても、興味深い調査結果が示されています。
 元暴力団員を雇用してもよいと思うかについて質問したところ、「雇用してもよい」と答えた事業所は4社(2.0%)、「条件によっては雇用してもよい」と答えた事業所は24社(11.8%)にとどまり、「雇用したくない」と答えた事業所は161社(79.3%)にも上っています。さらに、その161社の雇用したくない理由(複数回答)については、「元暴力団員を雇うことに恐怖心がある」が96社で最多、「仕事に定着できるか、疑問がある」(86社)、「犯罪被害に遭う可能性がある」(66社)、「元暴力団員を雇用することで、社会的非難を受ける可能性がある」(62社)などがあげられています。また、元暴力団員の雇用の条件としては、「警察による本人への指導や財政的支援など、行政の支援が受けられる場合」が圧倒的に多くなっています。
 以前、本コラム(暴排トピックス2016年2月号)で、現時点における事業者にとっての離脱者対策について、事業者がその社会的コストを負担できる4つの要件を指摘しましたが、(1)更生に対する本人の意思が固い事(離脱=更生=暴排=反社排除の構図が成立すること)、(2)本人と暴力団との関係が完全に断たれていること」は当然のこととして、本調査結果との関係で言えば、(3)5年卒業基準の例外事由であると警察など公的機関が保証してくれること(公的な身分保証の仕組みがあり、それによって事業者がステークホルダに対する説明責任が果たせること)、(4)事業者の暴排の取組みの中に離脱者対策の視点が明確に位置付けられること(離脱者支援対策が社会的に認知され受容されていること)の2つの要件について、事業者が正直に懸念を示し、その払拭のための各種施策(例えば、今年3月の福岡県暴排条例の改正など)だけでなく、社会的な合意形成まで求めていることが明らかになったと言えると思います。

 その他の項目では、福岡県暴排条例について、「知っている」と答えた事業所は134社(66.0%)にとどまる一方で、北九州市暴排条例の認知度が123社(60.6%)とあまり変わりがない点が興味深いところです。
 また、暴排条項について、「規定している」と答えた事業所は93社(45.8%)、「規定していないが今後規定する予定」と答えた事業所は56社(27.6%)にとどまっており、暴排条項を規定済みの企業の割合については、建設業(68.0%)、製造業(43.5%)、卸売・小売業・飲食(41.4%)、サービス業(41.5%)などとなっている点も興味深いところです。前述の平成26年政府指針アンケートでは、「契約書等に暴力団排除条項を盛り込んでいる(または盛り込む予定である)」が38.4%だったことと比較すれば、取り組みが進んでいると評価できるかもしれません。なお、本調査において、暴排条項を規定していないと答えた事業所90社について、その内容をみると、「不当要求等の被害を実際に経験したことがない」(60社)が最も多く、「取引相手が限定されている」(32社)、「具体的に何をすればよいのか分からない」(25社)などとなっている点は、今後の課題と言えます。また、暴力団排除条項を規定している事業所93社のうち、暴力団排除条項について、「活用して契約等を解約(解除)した」と答えた事業所は3社(3.2%)、「事例はあったが解除しなかった」と答えた事業所は1社(1.1%)にとどまっている点についても、平成26年政府指針アンケートでは、実際に暴排条項に基づいて排除実務を行った企業が暴排条項導入企業の10.7%(全体の4.1%)を占めていましたので、やはり、今後の課題だと思われます(ただし、この辺りは、本調査に比べて、平成26年政府指針アンケートでは、金融機関や不動産事業者等の割合が圧倒的に多かった点も考慮する必要があるかもしれません)。

企業と反社会的勢力

 暴力団員であることを隠して銀行から住宅ローンをだまし取ったとして、宮城県警は、詐欺の疑いで、大手不動産会社社員を逮捕、指定暴力団神戸山口組系組長と元妻で会社役員の女性を再逮捕しています。女性は「不動産会社の社員から勧められた」と供述、不動産会社社員がローンの手続きを仲介した疑いが持たれています。なお、再逮捕された組長と女性はローン申請後に離婚しましたが、その後も同居しており、同県警は事実上の夫婦とみているということです。そもそも不動産事業は反社リスクに関しては「高リスク」と評価されるべき事業領域であり、特殊詐欺グループへのアジトの提供(犯罪インフラ化)の事例等もふまえ、「役職員による不正排除の観点から『厳格な契約手続き』や『社内暴排』を徹底することが求められている」(暴排トピックス2016年1月号を参照ください)状況ですが、正に「社内暴排」として、社員の意識の底上げを図ること、さらには、いくら研修を実施しても「刺さらない」一定数の層がおり、彼らや彼らが取り扱う取引を「高リスク取引」として個別に厳格に管理していく必要があることを認識させられます。

 また、以前の本コラム(暴排トピックス2016年4月号)でも取り上げた、王将フードサービス(OFS)社は、前社長が2013年12月に射殺された事件に関連し、暴力団などとの関係の有無を調べていた「コーポレートガバナンスの評価・検証のための第三者委員会」(OFS第三者委員会)による調査報告書でも指摘されていた、創業者の長男で元社長と次男で元専務が所有する借り上げ社宅について、返還されていなかった敷金の返還を受けたこと、また本社ビル内に間借りしていた創業家が運営に関わる財団法人も他所に移転することになったことを発表、これにより創業家との取引が解消されました。これに伴い、「一連の当該提言に対する改善・解消に向けた取り組みが終了したことを受け(ただし、定期的に取り組むべき取り組みについては、今後も引き続き実施してまいります)、『第三者委員会調査報告書提言に対する当社取り組みについて』の経過報告を終了する」ことを発表しています。

OFS社 「第三者委員会調査報告書提言に対する当社取り組みについて」の報告終了に関するお知らせ

 同リリースは、「より一層のコーポレートガバナンス体制、コンプライアンスおよび反社会的勢力排除に向けた啓蒙と向上に努めてまいります」として締めくくられていますが、これまでのコーポレートガバナンス体制の脆弱性から決別しようと、OFS第三者委員会による厳しい指摘を真摯に受け止め、ある程度のスピード感を持って課題の解消や透明性の高い情報開示を行ってきた企業姿勢については、リスク管理のあり方の一つの参考事例となるものと評価したいと思います。定期的な取り組みを継続するだけなら難しいことではありませんが、そこに「実効性」を持続させる取組みには相当の困難が伴います。とりわけ、反社会的勢力排除の取組みにおいては、役職員の意識やリスクセンスを常に高めておくことが「実効性」を高く保つための大前提であり、そのための「啓蒙」活動は最も注力していくべきものと言えます。

プロ野球からの暴排

 読売巨人軍が、日本野球機構(NPB)から球場への入場などを禁じられた元暴力団組長側から脅迫行為を受けたとして、警視庁に相談したという報道がありました(平成28年8月12日付読売新聞ほか)。元組長が球場に出入りし、経歴を隠して複数球団の選手に近づいていたため、NPBが今年6月、元組長に球場への入場禁止などを通知していたもので、選手と一緒に写った写真等の存在をネタに脅迫していたということです。なお、報道によれば、接触のあったとされる30人全員が元組長の経歴を知らなかったということです。大きなトラブルや秘密裏に資金提供してしまうといった事態に陥る前の早い段階で、警察に相談し、経緯を公表した点は、(これまでとは異なり)プロ野球界の自浄作用発揮に向けた大きな変化だと評価出来ると思います。一方で、弁護士の調査結果では「全員が元組長の経緯を知らなかった」ということですが、本当に知らなかったのか、怪しいところはなかったのか、といった疑念は残ります。今後、さらなる自浄作用を発揮していくためには、選手や関係者の意識レベルの問題に踏み込み、怪しい人脈等への率直な疑問を抱けるような環境作りに取り組んでもらいたいところです。

 そのためには、本コラムでもたびたび指摘しているように「教育・啓蒙」は重要であり、しかも、日常生活にまで入り込んだ「人格形成」の一部として、あるいは交友関係や行動の注視など、より踏み込んだ取組みが求められています。そして、それはプロ野球界に限ったことではなく、正にスポーツ界全体にとっても言えることです。

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3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

1) 山梨県暴排条例の改正

 山梨県暴排条例について、平成28年3月に、暴力団排除特別強化地域の設定等所要の改正がなされ、平成28年8月1日より施行されています。

山梨県警察 平成28年8月1日「改正山梨県暴力団排除条例」が施行

今回の主な改正内容は以下の通りとなっています。

(1) 暴力団排除特別強化地域の設定

先行する福岡県暴排条例や愛知県暴排条例などと同様、甲府市中心街、石和温泉街が暴力団排除特別強化地域に設定され、当該地域内では以下のような取り組みが強化されています。

◆暴力団排除特別強化地域における禁止行為

*特定接客業者とは、風俗営業、性風俗関連特殊営業、深夜酒類提供飲食店営業、特定遊興飲食店営業及び、接客業務受託営業を営む者を指す

*違反すると、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金の罰則があります。

  • 特定接客業者が暴力団員に用心棒代、みかじめ料の利益を供与すること
  • 暴力団員が特定接客業者から用心棒代、みかじめ料の利益を受けること
  • 特定接客業者が、暴力団員から用心棒の役務の提供を受けること
  • 暴力団員が、特定接客業者に用心棒の役務の提供をすること

◆暴力団排除特別強化地域における標章制度の導入

  • 標章が掲示された営業所に暴力団員が立ち入ること(違反すると、命令違反者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金)
  • 標章を破壊・汚損・取り外すこと(違反すると、30万円以下の罰金)
  • 標章を取り外す目的で営業者等を威迫・困惑させること(違反すると、50万円以下の罰金)

(2) 青少年の健全育成を図るための措置

暴力団員が、青少年(18才未満)に対し、以下の行為を行うことが禁止され、違反すると、命令違反者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金の行政命令が課されます。

  • 暴力団事務所へ立ち入らせること
    • 支配下に置く目的で面会を要求したり電話やメール送信等をすること

    (3) 事業社等の措置に関する強化

    旅館、ホテル、ゴルフ場の事業者は、暴力団の活動を助長すること等を知って施設の使用契約を結ぶことが禁止され、違反に際して、調査・勧告・公表といった行政措置が採られます。

    (4) 暴力団への名義貸し行為の禁止

    暴力団員であることを隠すために名義を貸したり、暴力団員が他人の名義を利用することが禁止され、違反に際して、調査・勧告・公表といった行政措置が採られます。

    2) 京都府の逮捕事例

     祇園の風俗店などでみかじめ料のやりとりをしていたとして、京都府警組織犯罪対策2課などが、京都府暴排条例違反の疑いで、指定暴力団山口組系暴力団の会長と妻、自営業の男の3人を逮捕しています。同県暴排条例の第18条(暴力団排除特別強化地域)第4項に、「特定接客業者は、暴力団排除特別強化地域における特定接客業の営業に関し、暴力団員に対し、顧客その他の者との紛争が発生した場合に用心棒の役務の提供を受けることの対償として金品等を供与し、又はその営業を営むことを容認する対償として金品等を供与してはならない」との規定があります。
     なお、自営業の男性が、無許可でホステス業を行い、労働者派遣業法違反容疑で逮捕(処分保留で釈放)されたのに伴う押収品などから発覚したといい、(同県暴排条例施行前の)平成17年頃から支払っている旨の供述をしているということです。

    3) 長野県の勧告事例

     社交飲食店の経営者からみかじめ料を受け取っていたとして、長野県公安委員会は、同県暴排条例に基づき、授受を中止するよう指定暴力団住吉会系組幹部と当該飲食店の女性経営者に勧告しています。経営者が観葉植物の購入代金を装い、みかじめ料として現金3万円を組幹部に支払った疑いで、同県公安委員会が同県暴排条例に基づく勧告を行うのは平成23年11月以来2回目ということです。

    4) 暴追センター代理訴訟制度の活用/暴排条例の活用(福岡県)

     山口組の分裂に伴う一連の抗争等のうち、今年1月に福岡市内の指定暴力団山口組系一道会事務所に火炎瓶が投げ込まれた事件を受け、福岡県暴力追放運動推進センター(暴追センター)は、周辺住民に代わって事務所の使用差し止めを求める仮処分を福岡地裁に申し立てる方針を固めています。
     この「代理訴訟制度」は、平成25年施行の改正暴力団対策法で認められたもので、国家公安委員会から認められた暴追センターが住民の委託を受けて暴力団事務所の使用差し止めを請求できるもので、これまでに広島、埼玉の2県で適用した例がありますが、九州での適用は初めてとなります。

    政府広報オンライン 不当要求などの規制・取締りをより強化!改正暴力団対策法(平成24年10月30日施行)

     一方、一道会は、当該事務所を撤去する意向を福岡県警に伝えるとともに、福岡市内の別の場所に暴力団事務所を購入し、移転する動きを見せているということです。
     ただ、本件については、福岡県暴排条例に違反する可能性がいくつかあります。まずは、移転先事務所の周辺に学校等があり、同県暴排条例第13条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)の、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲200メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない」との規定に抵触する可能性があり、同県警が調査を行っています。さらに、暴力団事務所を新たに「購入」した事実については、同県暴排条例第19条(不動産の譲渡等をしようとする者等の責務)第2項の、「何人も、自己が譲渡等をしようとしている不動産が暴力団事務所の用に供されることとなることを知って、当該譲渡等に係る契約をしてはならない」という規定に違反したと認定されれば、売買に関係した事業者等が勧告の対象となる可能性があります。

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