暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

テロを警備する警察のイメージ画像

1.ダッカテロ事件から1年~テロリスクを巡る最新の動向

 バングラデシュの首都ダッカで昨年7月1日に発生した、日本人7人を含む20人が殺害された人質テロ事件から1年が経過しました。また、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の拠点陥落(直近では、ISが国家樹立を宣言した象徴的な場所でもあるモスル奪還のニュースがありました)など、その崩壊が迫っているといった、この1年でテロを巡る情勢も変化してきています。本コラムでは、テロリスクの動向を継続的にレポートしていますが、今回も、最新のテロを巡る情勢を概観し、事業者におけるテロリスク対策の「今」と「今後」についても考えてみたいと思います。

(1) 国際テロの脅威を巡る動向

 では、まずは、最近公表された警視庁の「国際テロの脅威」から、重要と思われる部分を抜粋して紹介したいと思います。

警視庁 国際テロの脅威

  • ISやアル・カーイダ関連組織等のテロ組織や過激主義者らは、インターネット上の各種メディアやSNSを利用して、過激思想を広め、構成員を勧誘するなどしており、こうした扇動等に影響を受けて過激化した者によって引き起こされたとみられるテロ事件が多数発生している
  • ISは、インターネット上に公開した機関誌等で、我が国及び邦人をテロの標的として繰り返し名指ししているほか、アル・カーイダは、米国及びその同盟国に対する戦いの継続を表明していることから、米国と同盟関係にある我が国がテロの標的となる可能性は否定できない
  • 海外においては、平成25年に発生した在アルジェリア邦人に対するテロ事件、平成27年に発生したシリアにおける邦人殺害テロ事件、平成28年に発生したバングラデシュ・ダッカにおける襲撃テロ事件等、現実に我が国の権益や邦人がテロの標的となる事案等が多数発生していることから、今後も邦人がテロや誘拐の被害に遭うことが懸念される
  • 警視庁では、組織の総合力を発揮して、テロ関連情報の収集・分析の強化、関係機関等と連携した水際対策の強化、政府関連施設や駐日外国公館等の重要施設及び不特定多数の者が集まる施設等いわゆるソフトターゲットとなり得る施設・場所に対する警戒警備の強化等を推進し、テロの未然防止に取り組んでいる
  • 一方、万が一テロが発生した場合に、その被害を最小限に食い止め、犯人を制圧・検挙するために、テロ対処体制の強化等を図っている
  • テロを未然に防止するためには、警察による取組だけでは十分ではなく、民間事業者、地域住民等の皆様と緊密に連携し、官民が一体となってテロ対策を推進することが不可欠
  • 警視庁では、官民連携の枠組みを構築し、関係機関、民間事業者、地域住民等の皆様に対して、テロ対策に関する研修会、共同訓練、共同パトロール等を実施することで、テロに対する危機意識の共有や、テロ発生時における共同対処体制の整備等を推進している
  • 化学物質等を販売する業者に対して、継続的な個別訪問のほか、不審な購入者の来店等を想定したロールプレイング式訓練の実施等に取り組み、販売時における本人確認の徹底、不審な購入者に関する通報、化学物資等の管理強化等を要請している
  • テロを企てる者が利用するおそれのある、ホテル、旅館、インターネットカフェ、レンタカー店等を営む事業者に対しても、通報体制の構築を推進し、テロの未然防止に努めている

(2) 日本におけるテロ対策の動向

 本レポートの中で紹介されているように、警察と間事業者や地域住民が一体となって、具体的な研修や訓練等を通じて、リアルな対処方法の習得や経験、通報体制の構築を図ろうとしている点は高く評価できると思います。テロの未然防止には、官民の連携が極めて重要ですが、都内の薬剤師を対象に講習や訓練が行われ、その様子を伝える報道で、参加者が「店頭の判断でテロが防げることが分かった」とのコメントしているのを目にしましたが、正にこれこそが、テロ対策の核心を突く、重要な成果だと言えると思います。

 犯罪収益移転防止法上の疑わしい取引の届出において、「職員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引」を「疑わしい」とする現場のプロの皮膚感覚が重視されているように、その現場のプロの皮膚感覚こそがテロの未然防止に直結するのであって、事業者ができることや果たすべき役割の大きさ、訓練の重要性をあらためて認識させられる事例だと思います。その意味で、このような実際の訓練や研修などの地道な取り組みをはじめとする官民の連携が拡がっていくことが極めて重要です。なお、直近1カ月の間に報道された訓練やテロ対策に関する施策については、例えば、以下のようなものがありました。

  • 爆発物の原料となる薬品がテロリストに渡るのを防ごうと、警視庁公安部は、都内の薬剤師を対象に不審者が来店した場合の対応方法の講習と訓練を行っています。警視庁は2020年東京五輪・パラリンピックに向け、テロに使われる道具が購入される恐れのあるホームセンターや火薬の取扱店などの民間業者と連携を強化しており、テロリスト役の警察官が「オキシドールを店にあるだけ買いたい」と来店した想定で、対応した薬剤師が通報するまでの手順を確認するといった訓練が行われたということです。
  • 日銀は、東京・日本橋の本店で、男2人が客を装って侵入を図り、拳銃を発砲したという想定で、警視庁とテロ対策訓練を行っています。日銀は昨年10月から訪問者に対する手荷物検査を始めるなど、警備を強化しているということです。
  • 東京都は都内の浄水場のテロ対策を強化しています。3年後に迫る東京五輪・パラリンピックに備え、都ではライフラインのテロ対策が急務になっており、外部から浄水場内への侵入を防ぐために監視カメラを増設するほか、水道水への異物混入を防ぐ対策を進め、ライフラインの要である水道をテロの脅威から守る態勢を整えるとしています。
  • 大阪府警黒山署や堺市消防局美原消防署などは、同市美原区で、テロリストがタンクローリーを路線バスに衝突させるテロを実行したとの想定で訓練を行い、犯人の制圧や負傷者救助の手順などを確認したということです。欧州で、警備の手薄な「ソフトターゲット」を狙い、トラックなどを暴走させて市民を殺傷するテロが頻発しているのを受けての実施で、訓練には近鉄バスの社員らも参加しています。
  • JR西日本と大津市消防本部は、同市の湖西線大津京駅で、化学物質による電車内のテロを想定した訓練を実施しています。4両編成の先頭車両で液体が散布され、大津京駅で緊急停止したとの想定で、運転士が通報し、防護服姿の消防隊員が体調不良を訴える乗客役を救助したり、駅員らが車両からホームと反対側の線路上に降ろして避難誘導したりしたということです。
  • 厚労省は今年度から、テロ発生時に救急の現場でリーダーとなる医師や看護師を育成すると発表しています。爆発物や銃器などで負傷した患者を治療する機会は国内の医師らにはほとんどおらず、多数の負傷者が一気に搬送されてきても、救急現場が混乱せずに適切な対応ができるようにすることを目指しているとのことです。

 日本では、先日、テロ準備罪の新設を主眼とする改正組織犯罪処罰法が成立し、7月11日から施行されています。残念ながら国会での議論は十分であったとは言い難く、強引な運営手法が目立つ形となりましたが、様々な国民の意見や識者の指摘をふまえながら、今後、国家権力が適切に運用しているかを監視していくことこそが、私たち国民の役割であり、マスコミの責務でもあります。なお、テロ準備罪新設された今、見えている今後の課題としては、例えば、同法が組織犯罪を対象にしている以上、個人のテロに対応することはできないという点、通信傍受の対象犯罪ともされず、未然防止という点では実効性に疑問符が付くという点は、極めて重要な課題となっています。

 実務的なテロ対策ということであれば、今後、通信傍受法や刑事訴訟法の改正も必要となると考えられますが、捜査と人権のバランスを考慮しつつ、諸外国のような令状なしの通信傍受の在り方についても、ヒステリックに批判するのではなく、真摯な議論を始めるときに来ていると言えるでしょう。また、既に共謀罪がある国でもテロを防げていないことからもテロ対策には限界があるのだから(そもそもテロ準備罪を新設しても防げるわけではない)、監視社会化を推し進めるだけだとの批判が根強い点も今後、十分に意識していく必要があります。ただし、テロ対策に限界があることは事実ではあるものの、テロを防げていないというより、ある程度未然防止につながってはいるが全てを抑え込むことは難しい(=限界がある)と認識すべきなのかもしれません。加えて、テロ対策においては「内心に踏み込まざるを得ない」(平成29年6月18日付産経新聞 佐藤優氏の発言)との意見も説得力があります。

 佐藤氏は、「ISやそれに賛同するテロリストの脅威は共産主義者のそれとは本質を異にする。思想信条が即、テロ活動につながる。従って、テロを防ぐためには、行動が確実視されているテロリストの思想に踏み込むことが不可欠」と指摘しています。そのうえで、「『日本では中東や欧米、ロシアのようなテロは起きない』という認識は間違いだ。残念ながら日本でもテロは起きる。・・・テロが、いつ、どのような形で起きるかについてシミュレーションをする段階に至っている。・・・テロを社会に拡散するイデオロギーに対する思想的・宗教的安全保障を、真剣に考えなくてはならない時機に至っている」と警鐘を鳴らしています。

(3) サミット/G20声明と事業者におけるテロリスク対策

 さて、現在のテロの脅威を代表するISの動向も、大きな転換点を迎えています。

 イラクにある最大拠点モスルはイラク軍などが制圧したという報道が駆け巡りました。シリアにある首都ラッカを巡る攻防も激しさを増しており、他の地域に移動を始めている戦闘員との戦いは今後も続くことが予想されます。そして、アジアにおいても、ISの封じ込めに向けた国際社会の取り組みが強まっています。このような中東のISの支配地が壊滅しつつあるなか、東南アジアが新たな拠点となり、テロが拡散するのを水際で防ぐ必要があるためで、フィリピン南部のIS支持勢力による紛争を巡り、オーストラリアは哨戒機による活動を開始、米国や中国も掃討作戦を支援しています。このようなISをはじめとするテロの脅威の今後の動向については、宮家邦彦氏の論考(平成29年7月6日付産経新聞)に説得力があると思われますので、以下、重要な部分を抜粋して紹介します。

  • 最大拠点モスルが陥落しても、ISが全体として弱体化するとは思えない。今市内に残っているのは前線の自爆分子であり、高級指揮官や爆弾製造などの技術を持つ者は既に脱出しているだろう。
  • ISは組織、領域、思想を有する大規模テロ組織だったが、仮に組織と領域を失っても、思想があればテロは実行可能だ。モスル陥落後ISは必ず報復を狙う。世界に拡散したイスラム至上主義、ジハード主義に基づくテロが減ることは当分ないだろう。
  • 過激思想に共感し洗脳されやすい若者を過激主義者のリクルート活動から守ることは難しい。少なくとも、欧州や中東のイスラム教徒のコミュニティーが健全で安定・繁栄しない限り、新たな戦闘員のリクルートはほぼ無限に続く。
  • 最近欧州で相次ぐテロを見ると、犯行に以前のような宗教性、組織性、専門性が感じられず、一層幼稚化、衝動化、大衆化、アマチュア化が進んでいるように見える。
  • 先進国でのテロと、現在中東で弱体化しつつあるISとの関連を論じてもあまり意味はない。現在われわれが目撃するテロの原因は「組織」ではなく、「思想」だからだ。
  • 日本を含む国際社会がすべきことは多い。第1はイスラム教そのものを敵視しないこと。問題は一部の非イスラム的ジハード至上主義思想を弄ぶ輩であり、大多数のムスリムは真面目な一般市民だ。
  • 第2は、現行の警備手法の限界を知ることだ。テロリストは実に卑劣な連中で、最も脆弱な標的を最も効果的に狙い、最大の恐怖と衝撃を与えようとする。一度狙われたら防ぐことは難しいので、狙われないよう普段からテロリストを抑止するしかない。

 本コラムでも、以前(暴排トピックス2016年5月号)、以下のように指摘しています。

 例えば、欧米的価値観が歴史の中で獲得し、育んできた「国家」の概念、「自由」や「プライバシー」の概念に対して、いわば「思想」「主義」によって物理的・地理的な限界を超えて結びついているIS的価値観には、「国家」「自由」「プライバシー」などの概念は存在せず、むしろ否定されるべきものです。つまり、現状のテロを取り巻く状況は、IS的価値観によって、欧米的価値観が「大きく揺さぶられている、試されている」とも指摘できると思います。

 ISがもともとリアルな国土を持つ国家というより、思想的につながる国家である以上、宮家氏の指摘する通り、テロは実行可能であり、思想をキーに若者などの流入が途絶えることもなく、「実体」はなくても「実態」は存続し続けるのではないでしょうか。テロの脅威とは、今はそのような次元にあると認識する必要があります。

 また、テロリスクへの事業者の対応という点でも、欧米のIT事業者を中心に大きく動きつつあります。先日イタリアで開催されたG7サミットにおける、「テロおよび暴力的過激主義との戦い」に関する声明の中で、「通信サービス・プロバイダやソーシャルメディア企業に対し、テロ関連の内容に対処する取組を大幅に増加するよう呼びかける。我々は、産業界が、暴力への扇動を促す内容の自動的な検知を改善する新たな技術やツールを緊急に開発し、共有するため行動するよう奨励し、また同様に、インターネット上の過激主義と闘うために提案されている産業界主導のフォーラムを含め、産業界の取組を支持することにコミットする」との部分への対応が現実に動き始めています。そして、直近のドイツ・ハンブルクで開催されたG20 でも、テロ対策に関する声明が出されています。

外務省 G20ハンブルク・サミット

テロ対策に関するG20首脳声明

 声明では、「テロ資金との闘い」という項目では、「安保理決議や金融活動作業部会(FATF)の基準の実施を呼びかけ」、「透明性及び法人の実質的所有者に関する国際的な基準の実施を促進」、「民間部門に対しテロ資金の特定と対処の強化を呼びかけ」、「テロと国際組織犯罪の関係を断絶。テロ資金の全ての代替源への対処を呼びかけ」といった内容となっています。さらに、「テロにつながる過激化やテロ目的のインターネット使用への対策」としては、以下のような項目が掲げられています。

  • テロ及び暴力的過激主義対策・予防に関するベスト・プラクティス等を共有
  • 政治的・宗教的寛容性、経済開発、社会的結合や包摂性の促進が不可欠
  • 産業界に対し、テロリストのコンテンツの発見と削除を促進するための技術や人材資本への投資を奨励。合法かつ恣意的でない形による情報アクセスにつき、産業界との協調を奨励
  • メディア、市民社会、宗教団体、ビジネス・コミュニティ、教育機関が果たす重要な役割を強調

 以下、これらの動きを受けた事業者の最近の具体的な動きについて、紹介しておきたいと思います。

  • フェイスブック、マイクロソフト、ツイッター、グーグル傘下のユーチューブの米IT4社は、テロ対策の強化に向け、新たな業界団体を立ち上げると発表しました。4社は新団体を通じて過激思想の拡散を防ぐための技術開発や情報共有、政府や国際機関との連携を拡大するとしています。
  • 米フェイスブックは、世界で20億人近くが利用する同社のSNS上でのテロ対策を強化すると発表しました。テロリストやその支持者が投稿する画像や動画、プロパガンダなどを識別するAIの運用を本格化し、テロ対策の専門家や監視要員も拡充しつつ、過激思想の拡散を防ごうというものです。
  • 米フェイスブックは、非政府機関による過激派関連コンテンツの監視・対応を支援するためのトレーニングを行うほか、サポートデスクを設けて非政府機関からの質問などに直接答える計画を公表しました。AIなどの技術を活用し、テロリストの宣伝活動に関連したコンテンツを見つけ出して排除するとして、世界各国にテロ対策の専門家がいると説明しています。
  • グーグルは、Youtubeでテロをあおる動画の排除を強化しています(英国などで公的な規制強化の動きが出ている中で、自助努力をアピールする狙いがあるようです)。問題ある動画の検出に使うAIをさらに進化させるほか、専門の人員を増強するとしています。利用者が広告をクリックするとISの勧誘サイトにたどり着くケースがあるとして、勧誘サイトではなく反テロを訴える動画につながるようにする取り組みも始めています。
  • (事業者の取り組みではありませんが、逆に事業者の取り組みを促すものとして)ドイツ連邦議会(下院)は、ソーシャルメディア企業が憎悪をあおる投稿や偽ニュースを利用者の通報から7日以内に削除するなどの対応を取らなければ、最高で5,000万ユーロ(約64億円)の罰金を科すことを可能にする法案を可決しています。ソーシャルメディア企業は、違法性が明らかな投稿については、24時間以内の削除を求められることになります。

 さらに、個別の各国の対応策についても概観しておきたいと思います。まず、仏マクロン大統領は、2015年11月のパリ同時テロ以来続けてきた「非常事態宣言」を今秋に解除する方針を明らかにしています。同宣言下ではテロ組織への捜査をしやすくするため治安当局の権限が強化され、広範な捜査は人権侵害だとの批判があったことをふまえての対応ですが、テロの脅威は依然続いていることから、捜査対象を絞り込むなど当局の権限を現行より限定したテロ対策新法の成立を目指すとしています。また、米国については、米連邦最高裁が、トランプ大統領による中東・アフリカのイスラム圏6カ国の国民の入国を禁じる大統領令について、今年10月に最終的に判断するまでという条件付きで部分的に執行を認め、難民受け入れ中止についても執行を認めています。さらに、米国土安全保障省は、爆発物を電子機器に偽装して機内に持ち込むテロの防止などに必要として搭乗客の荷物検査を強化しています。具体的には、PCやタブレット型端末など機内に持ち込む電子機器の検査や搭乗客の本人確認の厳格化、爆発物探知犬の導入拡大などを各国の空港や航空会社に求めるもので、日本の空港や航空会社も対応を迫られています。

 なお、ISとは関係ありませんが、欧米など65カ国の企業に広がった先月末のサイバー攻撃をめぐり、ウクライナ保安局は、同国を狙った組織的な攻撃だったとする声明を発表しています。平成27年、28年の年末にあった同国の送電網に対するサイバー攻撃と類似のソフトウエアが使われたとして、「ロシア情報機関が関与した証拠だ」と同局は指摘しているということです。サイバー攻撃もまた、サイバーテロやサイバー戦争に発展する可能性を秘めているという点で、テロリスク対策の文脈からも対応が求められている領域だと認識する必要があります。

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2.最近のトピックス

(1) 暴力団情勢

 全国の暴排条例の施行等によってその規模は縮小したとはいえ、「みかじめ料」はいまだに暴力団の主要な資金源のひとつです。日本最大の繁華街である東京・銀座の高級クラブなど約50店が暴力団からみかじめ料を払わされていたことがついに明らかとなり、指定暴力団六代目山口組国粋会系の暴力団組長ら8人が警視庁に逮捕されています。10年近く徴収されていた店もあり、被害総額は約5,000万円に上るということですが、まだまだ氷山の一角だと思われ、実際の被害総額は数倍に上るものと推測されます。

 銀座では日頃から「地回り」と呼ばれる国粋会の組員が数人で歩き回り、「ここは国粋のシマ(縄張り)だ」「銀座で商売できなくしてやろうか」などと脅して、新規オープンの店を中心にみかじめ料を要求していたということで、報道によると、クラブやキャバクラなどからは毎月25日に3万~5万円を車の中や指定した店で徴収、客の車を預かる「ポーター」や、ホステスに贈る生花や焼き芋などを売る露天商からも月1万~2万円を受け取っていたということです。なお、組員らが店を回りながら回収するのではなく、毎回場所を変えることで摘発を逃れるために、みかじめ料を要求している店にメールで集合場所を通知し、現金を回収する、さらには、みかじめ料の徴収を、飲食店関係者に代行させていた実態もあったということです。

 これだけ大規模な徴収システムが機能していながら、暴排条例が施行されて5年以上経過してはじめての摘発となったわけですが、摘発がここまで遅れたことや、暴排条例による勧告も確認されていないことから、警察も相当慎重に(口の重い飲食店や関係者などから)情報を収集しながらタイミングを見計らっていたと考えられます。六代目山口組が国粋会を傘下に収めてから新たに獲得した、この安定的かつ巨大な資金源(シノギ)に警察がついにメスを入れたということは、六代目山口組の資金源をたたく意味があり、山口組が3つに分裂したこのタイミングで、最も規模が大きく、かつ、指定暴力団神戸山口組と任侠団体山口組の分裂を漁夫の利を狙っているのかの如く静観していた六代目山口組の弱体化を狙ってのものではないかとも推測されます。

 なお、みかじめ料を巡っては、今年に入って、六代目山口組弘道会の傘下暴力団にみかじめ料を支払っていた元飲食店経営の女性が、この傘下暴力団の組長と六代目山口組トップの篠田建市組長に2,258万円の賠償を求めた訴訟で、名古屋地裁が、連帯して1,878万円の支払いを命じる判決を言い渡しています。みかじめ料の要求行為を民法上の不法行為と認定し、(当該傘下組織トップだけでなく)六代目山口組トップの使用者責任をも認める初めての判決となりましたが、今回の摘発を機に、いまだ被害にあっている飲食店らが自主申告すること(今後、一切応じない旨の誓約書を提出するなどして、暴排条例の勧告はなされない措置が検討されるはずです)、さらには、みかじめ料の被害回復のため暴力団対策法上の使用者責任の追及を行うなど、暴力団の資金源に直接的にダメージを与えることができるよい機会とすべきではないかと考えます。

 さて、先月、携帯電話を他人名義で不正に取得したとして、兵庫県警が、神戸山口組の井上組長を詐欺容疑で電撃的に逮捕しました(その後、釈放されています)が、その井上組長は、指定暴力団会津小鉄会本部事務所で今年1月、会長後継人事をめぐり、暴力団組員らが乱闘騒ぎを起こしたとして、傷害と暴力行為法違反(集団暴行)容疑で再逮捕されています。前回も指摘しましたが、一時的にせよ、この時期の組長不在は大きな意味を持ちます。神戸山口組の指揮命令系統の一時的混乱や分裂騒動後の組織固めが十分にできないことなど組自体の活動や引き締めが抑制されること、それに伴って、六代目山口組の神戸山口組への介入や任侠団体山口組による切り崩し工作など、水面下での駆け引きが激しさを増している状況ではないかと推測されます。

 一方の任侠団体山口組についても、表立って派手な動きは見せていませんが、先月末に開催された定例会は、5月の初会合とは別施設が使われたことが報道されています。同団体は、組織性を否定したフラットな組織を標榜し、明らかに暴力団対策法逃れを図っていますが、この会場の変更についても、明確な組織性をあいまいにし、暴力団対策法に基づく指定暴力団と指定されることを逃れる狙いがあるものと考えられます。任侠団体山口組の分裂騒動後も、例えば、古川組の組員らの多くは「3代目古川組」組員として任侠団体山口組に移籍したとされますが、一部は「2代目古川組」に戻ったとの情報や、新たに暴力団グループが任侠団体山口組に加入したとの情報などが乱れ飛んでおり、まだまだ水面下では激しい駆け引きが続き、事態は流動的であると言えます。したがって、今や対立状態にある複数の組員らが繁華街などで鉢合わせになり偶発的、突発的な事件が発生して大規模な事件・抗争に発展する可能性は否定できず、今後、抗争の激化(表面化)を念頭に一連の動向を注視する必要があると言えます。

 分裂騒動が続く、会津小鉄会については、その内紛に絡んで、本部事務所で会長の印鑑を無断で使用するなどして、新会長に原田容疑者が就任したなどとする文書を偽造し、関係する暴力団23団体にファクスしたとして、有印私文書偽造・同行使容疑で同会幹部や六代目山口組系組長らが逮捕されています。また、この騒動に関連して、近隣住民の安全が脅かされているとして、近隣住民約20人の委託を受けた「京都府暴力追放運動推進センター」が、同会の傘下組織心誠会(その代表が前述の有印私文書偽造・同行使で逮捕されています)の事務所の使用禁止を求める仮処分を京都地裁に申し立てています。なお、報道によれば、暴追センターによる代理訴訟は全国6例目となります。

 それ以外の大きなトピックスとしては、暴力団の「覚せい剤への回帰」が鮮明となる中、台湾マフィアらと連携して覚醒剤密輸の「中国-台湾ルート」を掌握するなど、密売人の間で「大物」として知られていた指定暴力団極東会の元幹部が、中国に潜伏していたところ不法滞在の疑いで身柄を拘束され、日本に強制送還されて、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕されています。報道によれば、このルートでの覚せい剤の押収量は平成28年までの3年間で1,500キロ超に達しているということです。

 また、暴力団による犯罪や薬物・銃器、児童虐待などの情報を匿名で知らせることができる「匿名通報ダイヤル」について、平成28年度の受理件数は20,271件と、平成27度から8,950件(8割近く)増え、平成19年度の導入以来、初めて2万件を超えて過去最多を更新したということです。

匿名通報ダイヤル

 匿名通報ダイヤルは、暴力団が関与する犯罪等、犯罪インフラ事犯、薬物事犯、拳銃事犯、特殊詐欺、また、少年福祉犯罪、児童虐待事案、人身取引事犯等の潜在化しやすい犯罪の検挙、また、被害者となっている子どもや女性の早期保護等を図るため、警察庁の委託を受けた民間団体が、市民から匿名による事案情報の通報を、電話やウェブサイト上で受け、これを警察に提供して、捜査等に役立てる趣旨で設置されているものです。本ダイヤルにより、これまで自己の身元が特定されることや刑事手続への協力を敬遠して通報を躊躇していたような方々から有益な情報を得ることができるものと期待されており、その活用が進んでいることは大変有益なことだと思います。

(2) 特殊詐欺を巡る動向

 詐欺的犯罪類型についても暴力団トップの使用者責任を問えるかについては、昨年9月、指定暴力団極東会の元会長らに使用者責任等に基づく損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁が、元会長に暴力団対策法に基づく使用者責任を認め、3人に計約1億9700万円を支払うよう命じた判決があります。今般、指定暴力団住吉会系暴力団員らによる特殊詐欺事件の被害者ら43人が、暴力団対策法に基づき、住吉会トップの西口総裁ら最高幹部3人を含む組員7人を相手に、計約7億1,500万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしています。なお、報道によれば、暴力団トップに対する損害賠償訴訟では過去最高の請求額になるほか、特殊詐欺事件の被害者が同総裁らの使用者責任を求めた訴訟も、昨年6月に原告7人(請求額約2億2,000万円)、今年3月に原告1人(同約2,000万円)が東京地裁に提訴したのに続き、3件目となるということです。本件は、刑事事件では、同総裁ら最高幹部の直接的な関与を立証できませんでしたが、平成20年の暴力団対策法の改定によって、民事上の損害賠償責任の追求が可能となっており、被害者が泣き寝入りすることなく被害回復が図られること、多額の損害賠償金が認められることで暴力団の資金源に直接的なダメージを与えられることなど、指定暴力団の代表者への賠償責任(使用者賠償責任)の追及はもっと活用されるべきだと言えます。

 やはり特殊詐欺を巡る裁判において、銀行のキャッシュカードを騙し取られるという詐欺の被害にあったにもかかわらず、そのカードが特殊詐欺に使われたことで、一転して有罪判決を受けるという事態が発生しています。外形上は、銀行口座を不正に譲り渡すことなどを禁じた犯罪収益移転防止法に違反したことになりますが、被害者でもある一般人をこのように厳しく取り締まるべきなのか、心情的には違和感を覚えます。報道(平成29年7月4日付京都新聞)で、識者が、「一般市民を形式的に処罰しても、主犯格や詐欺グループの中枢には近づけない。経済的に弱い立場の人間がカードをだまし取られている実態を見ると、処罰は行き過ぎだ」と述べていますが、妥当な意見ではないかと思われます。特殊詐欺事案においては、やはり、その中枢を摘発しないと、末端はいくらでも取り替えが可能であり、根本的な解決にはつながりません。

 さて、直近でも、特殊詐欺対策として有効と思われるものがいくつか報道されていましたので、以下紹介しておきます。

  • 還付金詐欺などの特殊詐欺被害を未然に防ごうと、犯行グループが使う電話番号に電話をかけ続けて常に着信状態にし、電話を使えなくする京都府警の「集中架電システム」の運用が始まっています。このシステムは、インターネット回線を利用して一度に複数の通話ができるIP電話を使用し、過去の特殊詐欺事件で使われた番号に常に発信し続けるものということです。
  • 前回の本コラムでは静岡県警や三重県警の取り組みを紹介しましたが)福井県警察本部が始めた振り込め詐欺の入手情報を支店へ一斉配信する新対策に協力して、福井県内の13金融機関、486カ店が登録し、情報をもとに来店客に注意喚起する取り組みを始めています。

 大阪府門真市は、特殊詐欺被害を防ぐため、電話機に接続する防止機器を無料で貸し出す事業を始めています。高齢者を中心に電話を使った特殊詐欺被害が深刻であり、同機器の活用で被害の未然防止を図るのが狙いということです。なお、同様の取り組みは、奈良県大和郡山市・生駒市、長野県茅野市・上田市、秋田県大仙市なども行っているようで、今後、このような取り組みが全国の自治体に拡がることを期待したいと思います。

 また、特殊詐欺や詐欺の新たな手口がいくつか発生して注意が必要な状況にあります。以下にその手口や対策等について紹介しておきます。

  • 全国の消費生活センター等には詐欺業者が架空請求などにおいて消費者からプリペイドカード番号を不正に入手して料金を支払わせるトラブルが寄せられているということです。最近、新たな支払手段として詐欺業者に利用されている仮想通貨購入用の口座にコンビニから消費者に入金させ、不正に仮想通貨を入手する手口です。
  • アマゾンジャパンや楽天などなどが発行するプリペイドカード式電子マネー(電子ギフト券)の不正利用が急増していることから、警視庁は、両社らと連携して、電子ギフト券をだまし取られたことに利用者が気付いた場合に発行会社にすぐ連絡し、使えなくする仕組みを導入しています。
  • 携帯電話に「675」から始まるパプアニューギニアからの国際電話の着信があり、折り返し電話した利用者に高額な通話料がかかる問題が起きており、携帯各社が利用者に注意を呼びかけています(以前から、国内・国際通話を問わず、着信履歴を残し、かけ直すとアダルト関連のサービスにつながるなどして、利用者から多額の料金を取る手口はありました)。
  • 百貨店や全国銀行協会の職員などを名乗り、キャッシュカードをだまし取って金を引き出す手口の詐欺事件が急増しており、今年1~4月の被害は全国で約11億円に上り、4月は1月の約3倍にも上ったということです。現金の手渡しより心理的な抵抗が小さく、周囲が気づく機会も限られるため、詐欺グループが新たな手口にしているとして警察が警戒を呼び掛けています。
  • (特殊詐欺とは異なりますが)米で、日用品を取り扱う7つのオンラインストアのネットワークが、実際はダミーで、ギャンブルサイト上の支払いを偽装するために使われていたことが判明しています。市場規模400億ドル(4兆4500億円)のオンラインギャンブル産業でやり取りされる支払いを偽装するための多国籍システムの一部で、「トランザクション・ローンダリング」と呼ばれる新たなマネー・ローンダリングの手段です。オンラインストアがカード決済を代行することで、支払いの本質を偽装できるといいます。このスキームは特殊詐欺等でも悪用が可能ではないかと思われ、日本でも警戒が必要だと考えます。

 最後に、例月同様、警察庁から直近(平成29年5月)の特殊詐欺の認知・検挙状況等が公表されていますので、簡単に状況を確認しておきたいと思います。

警察庁 平成29年5月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 平成29年1月~5月における特殊詐欺全体の認知件数は7,163件(前年同期 5,261件、+36.2%)、被害総額は135.4億円(159.8億円、▲15.3%)となり、ここ最近と同様、件数の大幅な増加と被害総額の大幅な減少傾向が続いています。件数の増加については、いまだ還付金等詐欺の猛威が衰えていないことによるものですが、その他の類型についても同様の傾向が認められている点およびその件数の増加ペースが高止まりしていること、被害額の減少幅がやや縮小しつつある(増えてはいないものの高止まりしており、むしろ、還付金詐欺は被害額も増加している)ことなどから、特殊詐欺被害を抑止する有効な対策については、まだまだ十分でないことを示しているとも言えます。

 特殊詐欺のうち振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺を総称)についても、認知件数は7,041件(4,991件、+41.0%)、被害総額は128.0億円(143.7億円、▲10.9%)と、特殊詐欺全体と全く同様の傾向を示しています。また、類型別でも、オレオレ詐欺の認知件数は2,899件(2,241件、+29.4%)、被害総額は61.8億円(62.6億円、▲1.3%)となっており、これまでより件数の増加ペースが高まり、被害総額の減少ペースもダウンしている点が気になります。さらに、架空請求詐欺の認知件数は2,133件(1,338件、+59.4%)、被害総額は44.3億円(63.1億円、▲29.8%)、融資保証金詐欺の認知件数は302件(164件、+84.1%)、被害総額は2.8億円(2.8億円、▲1.1%)、還付金等詐欺の認知件数は1,707件(1,248件、+36.8%)、被害総額は19.1億円(15.2億円、+25.9%)などとなっており、特に還付金等詐欺については、(規模は相対的に大きくないとはいえ)件数だけでなく被害総額も急激に増加している状況が続いており、その対策が急務であることが分かります。

 なお、参考までに、被害者の性別については、特殊詐欺全体で男性が28.7%であるのに対し、女性が71.3%と女性の方が被害者の割合が多くなっており、とりわけオレオレ詐欺の女性被害者比率は85.8%に上っています。また、口座詐欺の検挙件数は648件(641件)と前年並みとなっていますが、ここ最近では平成21年の3,778件をピークに減少が続いていること、盗品譲受けの検挙件数は2件(1件)ではあるものの、ここ最近では平成17年148件がピークに急激に減少していることなどが表からは読み取れます。

(3) カジノからの暴排を巡る動向

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年6月号)では、「カジノ事業を含むIR事業からの反社会的勢力排除」をメインテーマに取り上げました。そこでは、新たに示された規制方針案において、「賭博罪の例外を認める特権的な性格を有し、高度な規範と責任、廉潔性が求められる」として、厳格な審査による免許制(更新あり)が導入されることになったほか、その背面調査の深度、廉潔性を求める範囲の広さは、民間事業者の反社チェックレベルからみても、かなり高レベルなもの(文字通り「世界最高水準の厳格な規制」)となりました。

 前回のコラムから直近まで、IR事業の規制のあり方を検討する特定複合観光施設区域整備推進会議が第5回、第6回と開催されていますが、とりわけ、反社会的勢力排除に関する議論が行われている部分について、重要と思われる部分を抜粋のうえ紹介しておきたいと思います。

特定複合観光施設区域整備推進会議 第5回 特定複合観光施設区域整備推進会議 議事次第

資料5 マネー・ローンダリング対策等について

 反社会的勢力排除の取組に関する今後の議論の方向性として、大きく、「令により、暴力団員をカジノ施設に入場させない義務をカジノ事業者に課すとともに、暴力団員本人に入場してはならない義務を課すべき」、「カジノ施設の秩序維持上排除の必要がある者(暴力団員以外)についても、カジノ事業者に排除義務を課し、また、カジノ施設利用約款に規定することで、カジノ施設への入場を禁止することを義務付けるべき」、「カジノ施設への入場時に暴力団員や反社会的勢力の者等でない旨を表明する措置等を導入すべき」という3点が示された点が大きなポイントとなります。さらに、暴力団員を約款ではなく、法令により入場禁止とする規制をかけようとするロジックについては、以下の通り、これまで本コラムでも紹介してきた考え方が採られており違和感はなく、むしろ、厳格な方向性が示されている点が注目されます。

  • 暴力団員の入場を禁止することにより、暴力団員は、カジノ行為を行うことができなくなるが、カジノ行為を行うことは社会生活上必要不可欠なものではない。また、刑法により禁じられるカジノ事業が公益のために認められることに伴って反射的に可能になるにすぎず、現行法上できない賭博行為を、引き続きできないということにとどまるものであって、不利益の程度は小さい。加えて、暴力団員は、自己の意思で暴力団を脱退することも可能である。
  • 高額の金銭を得られたり、マネー・ローンダリングに利用し得るというカジノ事業の性質を踏まえると、暴力団員がカジノ施設への入場を試みる蓋然性がゴルフ場等他の施設に比べて高くなると考えられる以上、違反に対する公的な制裁がなく民・民の関係での規律にとどまる約款による排除のみでは、徹底した排除が期待できない

 2つ目の暴力団の周辺に位置する「反社会的勢力」をどこまで排除の対象とすべきかという論点については、カジノ事業者の義務として、「カジノ施設の秩序維持上排除の必要がある者」を反社会的勢力として約款等で排除すべきとする方向性が示され、現行の実務を厳格に運用することで対応することが可能となります。この点について、警察等の公的なデータベースによる排除のみを前提とした対応であれば、周辺者等の情報提供が難しいと考えられることから、その実効性や排除実務の困難さが予想されたところですが、事業者の主体的な取り組みに委ねることで、整合性のとれた厳格な対応が可能になったと言えます。なお、以前の本コラム(暴排トピックス2015年10月号)でも、入場者管理に関して提言していますが、その内容は以下の通りであり、今回示された方向向性と大きく違いはありません。

 反社会的勢力の不透明化・巧妙化の実態や、日本における本人確認制度の現時点の脆弱性や手続きの迅速性等も総合的に考慮すれば、「入場者」からの反社会的勢力排除においては、個人レベルのカジノゲームによる儲けが限定的かつ捕捉可能であり、万が一の際には退場の権限も保持できていることを前提として、本人確認制度とデータベースによって捕捉可能なものについて確実に排除していくこと(すなわち、「結果ベースの反社会的勢力」の排除)が最低限必要となるものと思われます。もちろん、チェックの精度、捕捉可能性を高める努力を継続的に行い、「実態ベースの反社会的勢力」の排除を最終的に目指していくことが、社会の要請(社会の目線)に応えるためには必要となることは言うまでもありません。

 なお、この「反社会的勢力」を厳格な入場者管理の射程に含めようとする考え方の根拠として、「暴力団員と密接な関係を有する反社会的勢力やカジノ行為に関し不正な行為を行うおそれのある者についても、排除の必要性はあるものの、その該当性は必ずしも明白ではなく、外延が不明確であるため、法令により入場を禁止する対象として規定することが困難である。そこで、カジノ事業者に対し、事業活動を通じてこのような者に当たると判断した者についてカジノ施設への入場・滞在を禁止する措置を講ずる義務を課すとともに、カジノ施設利用約款により、カジノ施設への入場を禁止することを義務付けることが適切ではないか」と示されています。「排除すべきもの」である反社会的勢力を事業者のリスク判断事項に委ね、事業者の厳格な反社チェックと健全な判断をベースに、法令ではなく約款ベースで対応するとした取り組みスキームは、正に、現在、事業者が実行しているものであり、これについても違和感はないところです。

 また、3つ目の「表明確約書」の提出についても、後で反社会的勢力に該当するなどが判明すれば詐欺罪で摘発することや、以後の入場を謝絶できることを可能にする有効な方法であり、正に「法令やカジノ施設利用約款による入場禁止の実効性を確保する」ために必要な措置であると考えます。

 さらに、今回新設されるカジノ管理委員会のあり方についての骨格も議論されていますので、その中から重要と思われる部分について、以下抜粋して紹介しておきたいと思います。

特定複合観光施設区域整備推進会議 第6回 特定複合観光施設区域整備推進会議 議事次第

資料3 カジノ管理委員会について

 まずその立ち位置については、「IR推進・振興に関係する他の行政機関とは一線を画し、カジノに関する規制を厳格に執行する独立した行政委員会として、カジノ管理委員会を位置付けるべき」との基本的な方向性が示されています。そのうえで、「カジノ事業の健全な運営の確保のためには、カジノ管理委員会がカジノ事業者等の廉潔性やカジノ規制の遵守状況を厳格に監督し、問題が生じた場合には、事業者等の排除も含め、行政処分により問題を改善する」機能を持つべきであり、徹底した調査を行うため、カジノ管理委員会に以下の権限を設けるべきと提案されています。

  • 調査
    • カジノ報告徴収・資料の提出命令等
    • 職員によるカジノ施設等への立入検査
    • 公務所、公私の団体その他の関係者への照会(他の法制での例:銃刀法、弁護士法、特定秘密保護法等)
    • 外国規制当局との情報交換(他の法制での例:犯罪収益移転防止法、個人情報保護法、独占禁止法等)
  • 監査
    • カジノ管理委員会にカジノ事業者の業務及び経理の監査を、毎年、義務付けるべき(他の法制での例:電気事業法、ガス事業法)
  • 行政処分
    義務履行確保のため、カジノ管理委員会に以下の処分権限を設けるべき
    • 業務運営・財産状況の改善命令
    • カジノ事業者・従業者等が法令違反や公益を害する行為をしたとき、カジノ事業者等が行政処分や免許条件に違反したときその他公益上の必要性があるときのカジノ事業免許等の取消し、業務の全部又は一部の停止命令(他の法制での例:漁業法、軌道法、電気事業法等)

 さらに、具体的な背面調査の活動のイメージは以下のようなものです。「カジノ管理委員会が調査に必要と考える者は全て対象」との方針や、カジノ管理委員会自体の知見を高めるだけでなく、外部委託等も含めて高品質の背面調査を実施しようとする強い意気込みが感じられます。

  • カジノ管理委員会は、Multi Jurisdictional Personal History Disclosure Form(カジノ事業免許の申請における共通確認事項)と同等の申請書様式を規定
  • 申請者本人(法人を含む)に、上記様式に従い自己申告させるとともに、必要な書類等を添付させた上で、カジノ管理委員会自身が調査を実施
  • カジノ管理委員会は、申請者本人(法人を含む。)から背面調査に係る包括的な同意を得て、関係行政機関への照会を実施する等、綿密な裏付調査を実施
  • 調査対象については、例えば、法人の役員本人だけでなく、その配偶者、被扶養者等の親族、仕事上密接な関係を有する者等、カジノ管理委員会が調査に必要と考える者は、全て対象
  • 調査事項については、犯罪歴や暴力団との関係、刑事・民事訴訟の内容、雇用歴や学歴等の非財務事項及び資産情報、負債情報等の財務事項等を対象として、詳細に調査を実施
  • 外国における財務事項の調査等専門的な知見を要する事項については、調査の外部委託等合理的と考えられる手法の活用も視野

 その他、不正なカジノ行為等による経済的利得行為を許さないために、改善命令等の行政処分に加えて、金銭的な不利益処分の導入を検討することや、カジノ運営を一部委託されて富裕層向けにサービスを提供する仲介業者(ジャンケット)について、反社会的勢力の介入やマネー・ローンダリングを防ぐために、全面的に排除すること、事業者が得たカジノ収入は「広く公益に還元する」ことが求められることから、一部を給付金として徴収し、懸念が強いギャンブル依存症への対策費などに充てることなどが議論されています。

(4) 犯罪インフラを巡る動向

不動産鑑定

 報道(平成29年7月5日付朝日新聞)によると、「依頼者プレッシャー」と呼ばれる、政治家や企業が不動産鑑定に不当な圧力を掛け、評価をつり上げたり引き下げたりする問題が深刻化しているとして、国交省が対策に動き出すと言うことです。報道で紹介されていた事例としては、開発・造成の難しい林地について、超高層マンションを建てる前提で土地価格を過大に計算する、斜面が含まれているのに平地として評価する、議員関係者の土地を相場の10倍にあたる1億3,000万円以上と鑑定して自治体側に買わせる、などかなり悪質なものもあります。これらの不正な評価がまかり通れば、高値で土地を買わされることはもちろん、企業の資産価値を過大(過少)に評価させて経営実態を不透明化することすら考えられ(最近では、某学園問題でも同様の不正な評価が問題となっています)、反社会的勢力の活動を助長するものとして十分な注意が必要です。

 なお、これに近い手法で実際に粉飾に悪用されたものとして、元ジャスダック上場の不動産会社の不正増資事件がありました。同社の増資を巡り、山林の評価額を過大に見積もって水増し増資したとして、元社長と投資コンサルタントが金融商品取引法違反(偽計)容疑で逮捕された事件です。コンサルタントが実質経営する不動産会社を引受先にして和歌山県内の山林の現物出資による第三者割当増資を共謀して計画、その山林を20億円(直前の購入価格は5億5,000万円)と不当に高く評価していました。当時、同社は業績不振で債務超過に転落しており、この時債務超過を解消できないと上場廃止になる恐れがあったところ、期末直前にこの増資を行うことで債務超過を免れてたというものです。参考までに、本事件を含む同社代表取締役の不当・違法な業務執行行為(任務懈怠行為)が反復されたことについて、当時の非常勤の社外監査役が辞任をほのめかしながら強く反対意見を述べていたものの、実際に管注意義務違反が認められたケースとしても有名です。大阪地裁の判決では、強く意見するだけでは足りず、リスク管理体制を直ちに構築するよう勧告する義務や解任のための臨時株主総会招集を勧告する義務までを認めており、社外監査役にとってはかなり厳しい判決ともいえます。経営陣の不当・違法な行為が予見された場合に、監査役としてどのような行動をとるべきかを考えるにあたってひとつの重要かつ参考となる裁判例となっています。

診療報酬制度

 診療報酬制度の犯罪インフラ化については、以前(暴排トピックス2016年3月号)取り上げた、指定暴力団住吉会系組長らによる療養費や診療報酬の不正請求事件が代表的だと言えます。この事件では、クリニック(閉院)を経営していた元タレントで医師ら男女2人が詐欺容疑で逮捕されましたが、総額約6,900万円の診療報酬を不正請求したもので、診療報酬のほとんどが不正請求という酷いものでした。診療報酬制度の問題点については、膨大な数の審査に忙殺されて不正を完全に見抜くのが難しいという(半ばあきらめにも似た)構造的な問題が以前から指摘されており、暴力団がその脆弱性を突いて、この事件だけで数億円単位の資金源としていたことが分かっています。正に、診療報酬審査が「犯罪インフラ化」していると危惧される状況です。診療報酬制度自体が、医師の真っ当な診療行為を前提として成り立っている現状では、このような「悪意」を早い段階で見抜くことが難しいことも事実であり、やはり、「不審な請求等を検知する、性悪説に基づく制度設計」への見直しが急務となっています。

 そのような中、診療報酬の審査を、AI(人工知能)を活用してほぼ自動化する試みが始まるようです。報道によれば、厚労省は、診療報酬の請求を審査する特別民間法人「社会保険診療報酬支払基金」(支払基金)の業務合理化策について、2022年度までに審査の9割をコンピューターに担わせ、国民が払う健康保険料から賄っている年800億円の運営費を減らすとしています。AIは定型的な業務を大幅に効率化する分野で特に力を発揮できるものですが、「不審な請求等を検知する、性悪説に基づく制度設計」へと、AIによる不正検知機能の搭載とその精度向上についても期待したいところです。AIとはいえ100%の検知・排除は難しいと言えますが、相応の不正請求時の排除の実現とそれによる不正の抑制効果は大きいと考えられます。

偽装難民

 就労目的の「偽装申請」が横行する「難民認定制度」について、法務省が新たな偽装対策を導入する方向です。そもそも「難民」とは、難民条約及び難民議定書の規定により定義されているもので、「人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由として迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないか又はそれを望まない者」と定義されています。

 ただ、日本の難民認定制度については、「救済ビザ」と呼ばれるほど、就労目的で来日する外国人らに悪用されているのが実態です。申請理由が虚偽でも罰則がなく、当座の就労資格を獲得できることがその理由で、既に「偽装難民」が数多く押し寄せて審査業務がパンクしている状況にあり、テロリストや犯罪者の入国チェック体制に対する不安が解消されない状況が続いています(審査待ちを理由とする滞在者が増えることで日本国内での犯罪を助長しかねない、難民認定制度の「犯罪インフラ化」の懸念があります)。現在の申請の大半は就労目的の「偽装申請」とみられていますが、法務省が平成27年9月に始めた「難民認定制度の運用の見直し」(明らかに難民に該当しない申請は本格的な審査前に却下し、同じ主張を繰り返す再申請者に対しては、在留資格は認めても就労を許可しないというもの)の運用が、偽装申請対策として十分な効果をあげていない実態(罰則がないこと、審査がパンクしていること)が改めて浮き彫りになっており、申請数の増加が「真の難民」の審査に遅れを生じさせている要因ともされています。そのような状況において、現在は申請6か月後から日本での就労が一律に許可されているところ、「技能実習」や「留学」などの在留資格を持つ申請者については、在留期限後に速やかに入管施設に強制収容して物理的に就労できなくすることで、申請数の急増に歯止めをかけようというもののようです。世界的に難民対策は深刻な問題となっており、とりわけ、テロリストの流入や雇用問題、治安の悪化といったリスクを拡大する要因の一つとなっており、一刻も早い制度の見直しと審査の迅速化・精度向上が求められます。

本人確認の脆弱性

 総務省は、携帯電話の契約時に本人確認を怠ったとして、ソフトバンクに対し、携帯電話不正利用防止法に基づく是正命令を出しています。

総務省 ソフトバンク株式会社による携帯電話不正利用防止法違反に係る是正命令

 ソフトバンク直営店に勤務する複数の従業員が、平成26年9月から11月にかけて、契約者本人ではない代理人による申し込みに対し、代理人の身分証明書の提示を求めるなど本人確認をしないまま35件の契約を結んでいたというものです。暴力団が携帯電話を不正に入手する事件は以前から後を絶ちませんが、ほとんどが本人確認の不備やその仕組みの脆弱性を突いた手口となっています。

 例えば、平成22年には、ドコモの複数の販売代理店が暴力団員を名乗る男の要求に応じ、身分確認などを経ずに他人名義の携帯電話およそ400台を不正に提供していた事例がありました。また、区役所に偽装養子縁組の届け出をした上で、携帯電話を他人名義で契約するなどしたとして、元暴力団組員ら6人が逮捕された事例(これは販売店側で形式的に見抜くことは難しいかもしれません)、それとは逆に、販売店員から暴力団員とは分割購入契約をしないと説明を受けながら暴力団の身分を隠して申し込み、携帯電話をだまし取ったとして暴力団員が逮捕された事例などがあります。

 さらに直近では、指定暴力団神戸山口組の井上組長が、他人名義で携帯電話を購入したとして、兵庫県警に逮捕されたという事件がありました。契約者本人の確認手続きでも悪意を持てば店員をだまして携帯電話を詐取することも可能な中、代理人による手続きの場合は、さらに「真の受益者」の特定・確認が難しくなります。したがって、代理人による手続きの厳格な運用について、事業者はあらためて徹底する必要があると思われます。

 対面取引における本人確認手続きでもこのような難しさがある中、非対面取引における本人確認手続きのあり方についての検討が始まっています。金融庁は、インターネット上で預金や証券の口座を簡単に開設できる環境整備に着手、民間企業や団体と共同で研究会を立ち上げました。今は郵送でしか受け付けない本人確認をオンラインの手続きだけでできるようにしてオンライン取引を普及していくのが狙いで、Fintech(フィンテック)を活用するとされています。また、これに伴い、関連する犯罪収益移転防止法や外国為替及び外国貿易法など法律の規定を見直すとも言われています。さらに、技術革新と金融の融合(イノベーション)という意味では、地域銀行で、口座動態情報やインターネットを利用して完全非対面で事業性融資に踏み切る動きが広がっているということです。融資や預金取引がある企業の口座情報や未取引先でも外部のクラウド会計情報を活用して融資判定するスキームが開発されて実用化されているようです。また、国際送金の世界では、現状では国際送金を完結するには数日間かかるところ、今後は即日決済を可能とするスキームが導入される見込みだと言います。参加行が「サービス・レベル・アグリーメント(SLA)」を順守することで実現するとのことですが、これまでマネー・ローンダリングや経済制裁、さらには各国・地域の法制度などさまざまな規制の面でチェックするためにかけた時間を、相互の信用関係の連結により大幅に短縮しようという試みだと思いますが、果たして、リスク管理上それで十分なのかはこれから十分に議論していただきたいところです。

 また、話を戻せば、Fintechをはじめとする技術革新によって、非対面での安全な本人確認手続きが今後実現していくものと考えられますが、技術革新は正の面だけでなく、必ず負の側面も持っています。この点、IMF(国際通貨基金)は、Fintechに関する報告書を発表した中で、ビットコインなどの仮想通貨や新たな送金、決済サービスが「国際的な支払いの利便性を改善する」と評価した一方で、匿名性がマネー・ローンダリングのリスクを高めると警告しています。「悪意を持った者」の高度な技術によるなりすまし、偽装等を匿名性の高いシステムから完全に排除することができるのか、新たな技術の開発には、リスクに対する「慢心」を排除し、負の側面にも十分配慮したものとして取り組んでいただきたいと思います。

介護事業

 「絶望の超高齢社会 介護業界の生き地獄」(中村淳彦著、小学館新書)が話題になっています。本書では、介護の現場の実態が生々しく描かれていますが、暴力団と介護事業との関係についての言及もあり、「暴力団が介護事業に進出しているというのは本当の話ですよ。今現在、実際にたくさんの組織が、都道府県から認可を受ける指定介護事業所を運営しています」、「雇用関係の助成金が手厚くて、不正がしやすい介護は(彼らの)格好のターゲットになっている」と指摘されています。さらには、「介護事業所の不正の表面化は、内部告発がほとんどだが、暴力団の暴力を背景にした人材管理や、内部統制は凄まじいので、内部告発によって不正が明らかになるということはない…現実は不正請求まみれであっても、書類は整備されているので、第三者には不正の実態はわかりようがない」といったものや、暴力団関連事業所が、雇用保険が原資となる助成金詐欺に力を入れているなど、介護事業者等に対する助成金は手厚く、暴力団による詐欺の格好のターゲットになっているそうです。そして、「資産を持つ一人暮らしの高齢者を狙い撃ちに。”お散歩ですよ”とか言って老人を外に連れ出して、仲間の店に連れて行って高額商品を買わせる。…高齢者から騙し取ったお金を、仕事に関わった仲間で分配する」といった手口なども語られています。公的助成金が犯罪インフラと化している実態や、介護事業所自体の管理体制の脆弱性、高齢者から資産をむしり取る実態など、介護事業自体が正に犯罪インフラとして暴力団の資金源となっている現実には大変驚かされます。

専門家リスク(医薬品業界)

 本コラムでも以前取り上げた、高額なC型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品が流通した問題を受け、厚生労働省の有識者検討会が、再発防止策を示した中間報告を取りまとめています。

厚生労働省 「医療用医薬品の偽造品流通防止のための施策のあり方に関する検討会」の「中間とりまとめ」を公表します

中間とりまとめ

 ハーボニーの偽造品は卸売業者が複数の個人から購入して転売、流通され、取引の際に氏名は確認していなかった(あるいは、帳簿に記載された氏名が虚偽であった)こと、外箱がないなど少なくとも外形上の相違点について違和感を持ち、特段の行動をとるべきところ、そのまま取引が行われていたことなどが問題となりました。今回の中間報告では、「製造、流通から、医療機関や薬局に至るまでの一連のサプライチェーンの下で、関係者間において更なる取組を進める必要がある」と指摘し、卸売業者や薬局に対し、許可証や身分証で仕入れ先の身元確認を徹底すること、氏名や住所だけでなく、医薬品のロット番号や使用期限を記載した書面を保存すること、研修などで偽造薬への対応を従業員に周知、医薬品の保管場所に立ち入る従業員を制限、偽造の疑いがある商品を発見した場合の行政機関への報告などを求めています。また、卸売販売業者の遵守事項として、職員研修や業務手順書等に偽造品対策のための各種対応(取引時の相手方の適格性の確認、品質に疑念のある医薬品を発見した際の対応、医薬品を返品する際の取扱い、自己点検の実施等)を位置付けることなども求めています。加えて、偽造品検査の簡易分析法も開発するということで、これらをあわせれば偽造品流通対策の強化が期待されるところです。

 しかしながら、そもそも医薬品が生命に関わるもので厳格な管理が求められること、高額な商品であれば転売リスクが高くより一層管理を厳格化する必要がある、といったリスク管理上の常識から見れば、いまさらこのレベルでよいのかというのが偽らざる正直な思いです。医薬品業界における専門家リスクとは、まずこの世間一般からあまりにも乖離したリスク感性から正していく必要があるように思います。

 医薬品業界においては、最近でも、国内大手の原薬メーカーが、解熱鎮痛剤に中国製を長年無届けで混入させていた問題が発覚しました。昨年は化血研が、長年、不正製造していたことが発覚しましたが、同様の問題が続くということは、医薬品業界全体にリスク管理上の深刻な脆弱性があると指摘せざるを得ません。それが、医薬品といえども日常的に取り扱うことで安全への意識が希薄化したせいなのか、専門家であるがゆえに「この程度なら品質に問題ないはずだ」といった過信やおごりがあったのか、過去逸脱してしまった慣習を何の問題意識も抱くことなく引き継ぎ、あるいは、認識したうえで隠ぺい作業を続けてきたのか、その真因は十分に判明していないところも多く、業界に共通する構造的な問題を正すには、まだまだ時間がかかりそうです。

 その中で注目すべきは、いずれの不祥事も、「無予告監査」により発覚した点です。今回の事案では、和歌山県は8年にわたって事前予告の上で定期検査を実施していましたが、これに対して同社が偽造した製造記録を提出するなどして発覚を逃れていました。今回、無予告での立ち入り検査を行ったところ、不正を確認したと言います。これらを受けて、厚労省は、原薬メーカーなどに立ち入り検査をする際には、原則的に無通告で実施するよう各都道府県に通知を出しています。

厚生労働省 「医薬品に係る立入検査等の徹底について」の一部改正について各都道府県に通知しました

「医薬品に係る立入検査等の徹底について」の一部改正について

 本通達においては、「調査について、組織的隠蔽等を防止する観点から、立入検査等を実施する場合は、当該事業所における製造管理及び品質管理に注意を要する程度(製造工程の複雑さ、製品のリスクの程度等)、過去の立入検査等における結果や不適合の有無、市販後の品質に関する情報、回収等の状況、不正が発覚した場合の影響範囲が大きい原薬製造業者かどうか等の状況を踏まえ、リスクの高いものから優先して無通告で行うこと。また、無通告とすべき事項として、調査日、調査品目、調査スケジュール、調査対象区域、調査対象文書等が挙げられる」との指示がなされています。

 無予告かつ「リスクの高いものから優先して」との部分が重要であり、そこには調査する側にも客観的な視点からのリスク評価が求められます。なお、行政による立ち入り調査手法の見直しと関連する話題として、総務省が「覆面調査」から得られた情報をふまえて携帯大手3社をはじめ電気通信事業者12社に対して、契約内容を十分に説明するように求める行政指導を行ったという事例がありました。

総務省 「平成28年度消費者保護ルール実施状況のモニタリング(評価・総括)」を踏まえたMNO・FTTHサービスに係る対応(指導)

 覆面調査についても、無予告監査と同様の効果が期待できる手法であり、行政側の、書面や形式面ではなく、「現場の実態」を把握しようとする強い意向が感じられるようになってきました。事業者としても、本来やるべきことを、日常的に緊張感を持ちながら実施していくことがリスク管理にとっても極めて重要であることをあらためて認識すべきだと思います。

 さて、医薬品業界(関連して医療業界)のリスク感性に問題があることを指摘してきましたが、それ以外にも、以下のような実態が報道されており、その問題の根深さを感じさせます。

  • 医師の処方が必要な「医療用医薬品」に関する製薬会社の広告について、厚労省が医療機関を通じてモニター調査した結果、39製品で、「誇大な表現」など法律や通知に違反する疑い事例が64件ありました。重大な健康被害を招きかねない事例はないものの、厚労省は23製品について自治体と連携して行政指導する方針とのことです。
  • 厚労省研究班の調査で、全国の歯科医療機関の半数近くが、歯を削る医療機器を患者ごとに交換せずに使い回している可能性があることが分かったということです。使い回しが7割弱だった5年前の調査に比べて改善したものの、日本歯科医学会の指針では、患者ごとに機器を交換し、高温の蒸気発生装置で滅菌するよう定めているところ、実態は指針とは程遠く、院内感染のリスクが根強く残る現状が浮き彫りになっています。

グローバルIP

 最近立て続けに発生した、世界的規模で猛威を振るったサイバー攻撃に関連して、「WannaCrypt」や「Petya」など、脆弱性を悪用して感染を広げるマルウェアが相次いで発生、拡散している問題で、無自覚のまま「グローバルIPアドレス」が割り当てられた端末を利用し、攻撃を受けるケースが発生しているとして、日本サイバー犯罪対策センター(JC3)やJPCERTコーディネーションセンターなどセキュリティ機関が注意を呼びかけています。サーバはもちろん、SIM対応端末をはじめ、データ通信カード、USBスティック型モデムなどを利用した際、利用者が意識しないまま、外部より直接アクセスが行われるグローバルIPアドレスが割り当てられているケースがあるということです。このような被害を未然に防ぐためには、端末における脆弱性の解消や、ファイアウォールの活用、不要なサービスの無効化など、対策を講じることが必要です。これらのサイバー攻撃では、本来行っておくべきセキュリティ対策を適切に実施していないという脆弱性が突かれているものがほとんどであり、覆面調査や無予告監査と本質的には同じ文脈で、本来やるべきことを、日常的に緊張感を持ちながら実施していくことがリスク管理にとっても極めて重要であることを感じさせます。

(5) その他のトピックス

京都府立病院事件

 本コラムでも取り上げた、暴力団幹部の収監を免れさせるために検察に病状の虚偽報告をしたとして虚偽診断書作成・同行使容疑で康生会武田病院の医師ら3人が京都府警に逮捕された事件で、京都地検は、同病院元医事部長と指定暴力団会津小鉄会系組員を不起訴処分としています。また、暴力団組長との関係が指摘された京都府立医科大学の前学長の退任を受けて4月に就任した新学長が、暴力団組長の虚偽診断書作成容疑について、「不正はなかった」と否定しています。報道によれば、虚偽診断書の作成があったか調べている同大学法人の調査委員会に、専門家が作る委員会(外部3人、内部1人)が、「診断書は妥当」と報告したということです。新学長は、「捜査の対象にはなっているが、専門委員会で妥当性があると判断されたので、診療の内容や診察結果に不正や恣意的な行為はなかったと考えている」と話しているということですが、それがこの問題の核心部分となります。以前、本コラム(暴排トピックス2017年3月号)では、本件について以下の通り指摘しました。

  • 本件は、大病院の組織トップと暴力団トップとの密接交際、診断書偽造による暴力団の活動助長といった「暴排条例に抵触しかねない問題」、さらには、これらの問題を組織自体が黙認していた(誰も抵抗できなかった)という「組織統制上の問題」と、医療行為の専門性の悪用という「専門家リスク」、それらを招いた「構造上の問題」が炙り出されたという意味で、極めて大きな、様々な課題を提示した
  • 臓器移植患者のその後の健康状態を判断することは非常に難しく、専門家でも収監の判断が分かれる可能性もある(報道によれば、「医師が100人いれば100通りの判断がある。診察した医師の判断が間違っていると外部からは言えない」、「医療行為の裁量の広さから立証は困難」などの専門家の話がある)など、専門性の高さゆえに「虚偽診断」の立証のハードルがかなり高いという現実がある

 本件は、残念ながら、正にその通りとなったようで、「専門家」でない私たちには、釈然としない思いが残ります。一方、新学長は、前学長が学内外で組長と会ったのは不適切だったとして、職員や学生が暴力団と交際しないよう定める行動規範を9月までに作ると表明しています。本コラムで指摘した「応召義務」が暴力団との関係を生じやすい構造を生んでいる点についても、「病院には患者を受け入れる義務もあるが、法律上などの義務を超えた付き合いは厳しく律する」とコメントしています。そもそも行動規範を明確に定めていないことが、(社会常識から著しく乖離することも多い)医師のモラルを過大評価しており、正に、応召義務を超えた部分を厳しく律していくこと、暴力団等との関係はもはや許されるないことが社会常識となっていることを、関係者はあらためて確認、徹底していただきたいと思います。

平成28年の犯罪情勢

 警察庁から平成28年の犯罪情勢が公表されていますので、その中から、特徴的な点について、以下に紹介したいと思います。

警察庁 平成28年の犯罪情勢

平成28年の犯罪情勢

 平成28 年の刑法犯認知件数は、昭和21 年以降最少であった前年から更に102,849 件減少し、996,120 件となり、初めて100 万件を下回っています。特徴的な点として、年齢別の人口10 万人当たりの検挙人員では、14-19 歳は、平成15 年をピークに大きく減少しており、平成28 年は平成元年の約3分の1である444.6 人となった一方で、80-84 歳及び85-89 歳は増加傾向にあり、それぞれ平成元年の6.1 倍である129.9 人、7.1 倍である75.9 人となったということです。

 少子高齢化の影響はもちろん、万引きなどを中心に高齢者の犯罪が増加している肌感覚を裏付けるものと言えます。また、罪種別でみると、平成19 年以降の「窃盗」の被害額は一貫して減少し、平成28 年は平成19 年に比べて約▲736.6 億円、▲51.1%となっています。また、「詐欺」の被害額については、長期的には増減を繰り返している状況ですが、本コラムで毎月その動向を紹介している通り、直近2年間は連続して減少しています(ただ、特殊詐欺の件数は増加しています)。なお、「窃盗」の被害額と「詐欺」の被害額を比べると、平成26 年を除き、窃盗が詐欺を上回っているということですが、「平成28年における組織犯罪の情勢」によると、「暴力団の威力を必ずしも必要としない詐欺の検挙人員が占める割合が増加しており、暴力団が資金獲得活動を変化させている状況がうかがわれる」といった指摘があります。なお、関連して、暴力団構成員等の検挙人員についても、当然ながら減少傾向にあり、平成28 年は平成19 年と比べて▲4,444 人、▲26.7%となっています。

 その他、本報告書で興味深かった点について、以下、抜粋してみます。

  • 万引きの認知件数は、平成22 年以降一貫して減少し、平成28 年は平成19 年と比べて▲29,213件、▲20.6%となっている
  • スーパーマーケットでの発生について、被疑者の国籍・スーパーの種類別に内訳をみると、日本人と韓国・朝鮮人は同一傾向(最も多い場所が総合スーパーで、全体の30%超。次いでコンビニエンスストアが多く、15%程度。ドラッグストアは7%程度)を示すのに対し、ベトナム人や中国人はドラッグストアでの犯行が多く、コンビニエンスストアでの犯行が少ない傾向がみられる
  • 平成23 年から平成28 年にかけて、詐欺の認知件数は+6,270 件、+18.1%増加したが、同期間中、振り込め詐欺(恐喝を除く。)は+7,367 件、+118.2%増加した
  • 特殊詐欺を助長する犯罪(口座詐欺・盗品等譲受け、犯罪収益移転防止法違反、携帯電話端末詐欺、携帯電話不正利用防止法違反)の検挙件数は平成25 年をピークに減少傾向にあったが、平成28 年は前年から+57 件、+1.4%増加した(本コラムで指摘している「犯罪インフラ」の動きが活発化している表れとも言える)
  • 外国人のうち来日外国人についてみると、刑法犯検挙件数は一貫して減少し、平成28 年には平成19 年から▲16,687 件、▲64.9%減となった。外国人全体に占める来日外国人の割合は低下したが、平成27、28 年は2年続けて上昇した
    【注】 国籍別の検挙件数について、平成19年と平成28年を比較すると、中国(10,932人から3,690人に、▲66.2%)、韓国・朝鮮(9,302人から3,812人に、▲59.0%)、ブラジル(8,401人から1,063人に、▲87.3%)、フィリピン(1,463人から819人に、▲44.0%)となった一方で、ベトナム(1,233人から2,427人に、+100.4%)など対照的な動向を示している
  • 薬物常用者検挙人員を薬物の種類別にみると、毎年、覚せい剤常用者が最も多く、平成28 年には薬物常用者検挙人員の81.7%を占めた。大麻常用者が占める割合は低下傾向にあったが、平成25 年以降は上昇に転じ、28 年は前年から1.9 ポイント上昇して4.6%を占めた(本コラムでも薬物を巡る動向を注視しているが、暴力団の資金獲得活動の覚せい剤への回帰、大麻事犯の増加は実感しているところ)

薬物依存対策/薬物リスクは企業リスク

 一般人の薬物を巡る犯罪が後を絶たないが、最近は企業名もあわせて報道されるケースが増えており、企業は、「個人的な犯罪であり、会社とは無関係」とは単純に言えなくなってきたようにも思えます。この1か月の間にも、京都新聞社が、危険ドラッグを所持したとして医薬品医療機器法違反の疑いで近畿厚生局麻薬取締部に逮捕されたニュース編集部の男性記者(33)を信用失墜行為に当たるとして懲戒解雇処分にした事例や、独フォルクスワーゲン(VW)グループジャパンの幹部が覚せい剤使用容疑に加えてコカインも使用していたとして、神奈川県警が、麻薬及び向精神薬取締法違反容疑で、同社常務執行役員でドイツ国籍の容疑者を再逮捕するといった事例がありました。最近では、(賭博などもそうですが)痴漢容疑者が線路を逃亡するなどの事件も世間を賑わせています。なお、報道によれば、大阪府内では薬物事件の捜査対象者が職質を拒否し、仲間を呼んで妨害するケースが急増しており、府警は速やかに応援を呼ぶなど「逃げ得」を許さない対策を取っているとのことです。痴漢や薬物事件における、このような誤った対応は、別の犯罪や危険を招く可能性があることなど、冤罪であればなおさら適切な対応のあり方についての社員への教育・啓蒙等が必要ではないかと感じています。

 本コラムで以前から指摘しているように、やはり、組織の中には常識が通じない人が一定割合存在することは否定できない事実です。大多数の社員の持っている常識と違う常識を持っている人が組織には必ず存在し、そのわずかな人間が逮捕され、会社名が報道されてしまうのです。そして、そのような事例が社会で増えれば増えるほど、「会社として教育や啓蒙をすべきではなかったのか」、「そのような社員を職場からの声や監査等を通じて把握できていなかったのか」といった批判も出てくるようになります。残念ながら、これまで一般常識だからという理由で扱われることのなかったこれらのテーマを教育研修に取り上げざるを得ない時代になっているとの認識が必要です。特に、薬物はその入手ルートの延長線上に暴力団が関与している可能性が高く、彼らの活動を助長しかねないとの観点からも教育研修の必要性は高いと言えます。また、以前も紹介したように、自衛隊や交通機関等の一部で既に導入されている「薬物の抜き打ち検査」なども効果をあげています(ただ、一般の事業者にとっては実施の必然性等と人権侵害のバランスからそこまではなかなか難しいと言えます)。なお、教育研修のあり方については、「薬物絶対ダメ!」とか「痴漢は犯罪です」といった内容だけであれば、当の異分子には届きません(効果は期待できません)。むしろ、職場の中で得られた端緒(時々行動が奇異になる、飲み会の場で薬物使用を自慢していた、盗撮画面と思しき画像をPCで見ていた等)を組織として把握できるような風潮が醸成できれば、逮捕される前に、組織としての個別対応の機会や少しばかりの抑制効果をもたらすことができるかもしれません。薬物や賭博、痴漢など、もはや常識の問題だからと放置するのではなく、企業のリスクとして企業自らが取り組むべき時期に来ていると言えるでしょう。

 薬物依存が深刻になっている中、その救済に向けて様々な取り組みが行われています。報道(平成29年6月25日付産経新聞)によれば、米国での薬物依存が深刻な状況となっており、一度薬物依存に陥ると、脳が正常な判断をする機能が根本的に失われ、薬物摂取を何よりも優先させるようになるという点で、「薬物依存は精神疾患である」と米国立薬物乱用研究所が指摘している点や、「恥の意識は患者を孤独にさせ、適切な治療から遠ざける」との関係者の声などが紹介されており、大変興味深いものです。薬物依存を個人の意志の弱さと片付けていては、「恥」の意識も含め何も問題は解決せず、もう一歩踏み込んで、精神疾患であって適切な治療が必要であり、周囲も治療を促す行動をとるべきであることなど大変参考になります(ただ、日本との状況の違いも小さくはないように思われます)。

 なお、日本の取り組みの原稿については、最近、厚生労働省から報告書が公表されています。

厚生労働省 「第四次薬物乱用防止五か年戦略」及び「危険ドラッグの乱用の根絶のための緊急対策」のフォローアップの公表について

別紙1 概要

 本資料では、まず、平成28年中の我が国の薬物情勢については、覚せい剤事犯の検挙人員は過去20年間で最も少なかったものの依然として1万人を超えていること、大麻事犯の検挙人員は3年連続で増加し、2,700人を超えたこと、さらには、覚せい剤の押収量は、大量密輸事件の検挙が相次ぎ、平成11年に次ぐ過去2番目の押収量を記録するなど、国内における根強い薬物需要と供給元の存在がうかがわれること、特に増加傾向が顕著な大麻事犯や、悪質・巧妙化する大口の密輸入事犯、覚せい剤事犯の高い再犯率に対して継続的な対策を講じつつ、「第四次薬物乱用防止五か年戦略」及び「危険ドラッグの乱用の根絶のための緊急対策」に基づく総合的な取組を引き続き推進する必要があるとしています。

 その具体的な取り組みとしては、小学校、中学校、高等学校等において薬物乱用防止教室の開催率が向上(実施率82.5%、+1.5%)したことや、刑事施設において刑の一部の執行猶予制度の施行に合わせ、薬物依存離脱指導の標準プログラムに認知行動療法を取り入れたプログラムを導入、薬物依存症に対して有効とされる認知行動療法を用いた治療・回復プログラムの普及、依存症者の家族に対し、認知行動療法を用いた心理教育プログラムを行い、依存症者への対応力の向上と依存症家族の支援を図るなどの取り組みが紹介されています。なお、関連して、平成28年中、首領・幹部を含む暴力団構成員等5,837人を薬物事犯により検挙したこと、密輸出入取締において、船舶等を利用した大量の覚醒剤密輸入事件を相次いで摘発した結果、税関における覚せい剤の密輸入押収量が過去最高の約1,501㎏を記録したことなども取り上げられています(これらは、既に本コラムでも紹介した通りです)。さらには、ケシの実の一大栽培地となっているアフガニスタン及びその周辺地域に対する国境管理支援や麻薬取締当局への能力構築支援、代替作物開発等、幅広く取り組んでいるとのことです。

 それ以外にも、昨年6月に導入された「刑の一部執行猶予」(刑務所で長期服役させるのではなく、社会の中で再犯防止を図る制度)を適用した判決が、今年5月末までの1年間で1,596人の被告に言い渡され、うち9割超が覚醒剤や大麻などの薬物事件だったとの最高裁のまとめや、薬物依存症からの回復支援施設「ダルク」の退所者のうち15.1%が就職し、経済的に自立した生活をしている(実家からの支援や生活保護の受給なども含めれば37.8%が施設を出て地域で生活している)との厚労省研究班の全国調査結果なども報道されています。

スポーツ・コンプライアンス

 国内スポーツ界の不正や不祥事を防止するため、競技団体などのコンプライアンス強化を図る「スポーツ・コンプライアンス教育振興機構」が発足しています。

一般社団法人スポーツ・コンプライアンス教育振興機構(通称:SPORTS COMPLIANCE)

 昨年、スポーツ選手の賭博問題や薬物問題、暴力団等反社会的勢力との密接交際等の問題が世間から大きな批判を浴びたことを受けて、JOC(日本オリンピック委員会)は、JOC加盟団体の全競技の日本代表クラスの選手を対象に、コンプライアンスなどに関する教育プログラムの受講を義務付けたほか、国際総合大会への派遣規定を改定し、反社会的勢力との関係を持たないなど、順守事項の具体例を明示しています(暴排トピックス2016年6月号を参照ください)。今回新たに設立された同機構の設立趣意書には、「スポーツ選手・競技団体に関わる不祥事・社会的事件が頻発し、スポーツそのものの価値が損なわれ、スポーツ界への信頼が揺らぎ、2020年東京五輪・パラリンピックへの期待と希望が損なわれるような状況が生まれています。とりわけ、その背景として、競技団体のガバナンス(組織統治)の不備が指摘されています。」、「現在、日本のスポーツ界では違法行為や一般社会のコンプライアンス違反とされるような事案が連続して発生しており、ルール/規則を守る、フェアプレイ精神を守る、高潔性を守る、そしてスポーツそのものを守ることが困難になっていると言わざるを得ません。」、「『予防に勝る治療はない』とされるように、今こそ、教育という手段と方法により、スポーツ界のコンプライアンスを徹底し、社会的事件・不祥事の発生を予防しなければなりません。」といった内容が書かれており、現状に対する強い危機感とスポーツ・コンプライアンスに対する取り組みの遅れに対する反省とともに、「教育」の重要性を強調しています。

 これまであくまで「個人の資質の問題」と「他人事」のように軽視していたこれらの問題について、スポーツ団体として、「人格形成への積極的な関与」や「団体としての健全性の担保」といった「我が事」の視点から、真正面から取り組むような流れとなっている点は高く評価したいと思います。本コラムでもこれまでもお話してきましたが、表面的な研修では内容が素通りしてしまう、一定割合の選手へのフォロー(個別の指導やプライベートの監視など)の重要性や、厳格な上下関係やタニマチ文化というプロスポーツ等が置かれている構造的な問題と絡め、指導者層の意識改革もまた重要であることなどをあらためて指摘しておきたいと思います。

忘れられる権利を巡る動向

 本コラムでもたびたび取り上げている「忘れられる権利」の動向については、今年1月の最高裁の「プライバシー保護が情報公表の価値より明らかに優越する場合に限って削除できる」と削除に高いハードルを課した判断が出て以降、それに沿った判決が続いています。直近でも、グーグルで名前と居住地を検索すると、過去に振り込め詐欺で逮捕された事実を記したページが表示されるとして、東京都内の男性が米グーグルに検索結果の削除を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は、「振り込め詐欺は10年以上わが国の大きな社会問題で、男性はグループのリーダーだった。逮捕事実は現在も社会的な関心の対象だ」と指摘して、逮捕歴を公表されない男性側の利益は、公表する理由に優越しないとして、男性の請求を退けています。なお、この裁判は、それに先立つ男性による仮処分の申し立てでは東京地裁が2015年に表示を消すよう命じる決定を出し、グーグルは削除する一方、正式な裁判を起こすよう求めていたという経緯があります。今回の判決で、少なくとも、「10年以上前」の「特殊詐欺」事案で「少なくない役割を果たした」ことは、公益性(知る権利)がプライバシーの侵害に優越するとの基準のひとつが出されていると理解することができます。ただし、本コラムの問題意識は、あくまで「表現の自由」や「知る権利」と「公共性」と「時間の経過」の比較衡量の観点(何年たてば犯罪報道の公共性がなくなるのか)にあります。先の最高裁の判断でもこの点は明確には示されなかったことから、そのあたりの基準については、今後の判例の積み重ねが重要となります(暴排トピックス2017年2月号を参照ください)。犯罪歴は、慎重な配慮を必要とする個人情報(改正施行された個人情報保護法における要配慮個人情報)であり、過失などの軽微な犯罪歴まで、誰でも検索可能な形でネット上に掲載し続けることは、人権上、まったく問題がないとは言えず、そのバランスが判例の積み重ねにより妥当なところで収斂していくことを期待したいと思います。一方で、暴排実務との関係でいえば、今後、重要と思われるリスク情報(つまり、今、削除されるべきでない個人情報)について、「報道されない」、「匿名報道される」、「削除される」傾向が一層強まり(つまり、端的に言えば、「忘れられる権利」が、結果的に「表現の自由」や「知る権利」を凌駕する状況)、事業者が取引可否判断に必要な「事実」にアプローチしにくくなることが、現実的に大きな懸念事項として顕在化しています。EUデータ保護指令など今後のプライバシー保護の厳格化の流れの影響も見極める必要がありますが、(特殊詐欺事案や性犯罪なども含めるべきところ)少なくとも暴排実務に関する情報については、反社会的勢力を排除するという社会的要請が強く存在する以上、これらの動きとは関係なく、「地域性」を超えて、きちんと「実名」で報道され、「時間の経過に伴う公共性の減少」の概念の適用外として運用されることが望ましいと言えます。

タックスヘイブンを悪用した脱税の摘発

 昨年のパナマ文書ショックをふまえ、租税回避地(タックスヘイブン)の悪用に厳しい視線が向けられている中、鋼材輸送専門の海運会社が東京国税局の税務調査を受け、2016年5月期までの約7年間に計約8億円の所得隠しと、重加算税を含め約3億円の追徴課税を指摘されていたことが判明しました。報道によれば、同社がパナマにある実質的な子会社との資本・支配関係を隠し、「タックスヘイブン対策税制」(外国子会社合算税制)の適用を免れていたと判断されたということです。パナマの会社の株主を第三者名義で登記するなど関係がないように装い、国内で税務申告を行う際、同税制の対象から除外するという手口だったと考えられます。パナマ文書には、日本の政治家の名前は今のところ確認できていないものの、反社会的勢力やそれに連なる反市場勢力の姿が散見されています。また、最近の報道によれば、国際的なBEPS(税源浸食と利益移転)の取り組みのひとつである非協力的な国・地域を特定する「ブラックリスト」が公表されたものの、カリブ海のトリニダード・トバゴ1か国のみが登録されたということです。1カ国にとどまったのは、各国がリストに載らないよう体制整備を急いだためと考えられますが、どこまで実効性があるか見通せず、「ブラックリスト」の実効性が早くも問われる状況になっています。これらの事例のように、適正な納税、BEPS(税源浸食と利益移転)の観点からタックスヘイブンの悪用を暴き出すことは本筋かと思いますが、本コラムとしては、タックスヘイブンを巡る問題の本質は、あくまでマネー・ローンダリングやテロ資金供与をはじめとする犯罪収益の隠匿や犯罪を助長している点にあると捉えています。本来明らかにされるべきリスト(情報)は、こうした不透明かつ問題ある資金の流れであり、それが明るみに出ることによって、テロリストや国際安全保障の脅威となる北朝鮮等、日本の暴力団等の反社会的勢力などの資金を断つことにつながる(犯罪を抑止できる可能性がある)という点からもっと国際的な取組みが強化されるべきだとあらためて申し上げておきたいと思います。

北朝鮮リスク

 北朝鮮による弾道ミサイルが、ついに「ICBM(大陸間弾道ミサイル)」であると米国が認定し、米国や同盟国、(アジア太平洋)地域、そして世界に対する脅威が新たな段階に突入しました。北朝鮮有事リスクがさらに高まった形ですが、報道によれば、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公表した報告書では、北朝鮮の保有核弾頭を10~20発(昨年の報告書での保有核弾頭数の推計は10発)と推計、「兵器級プルトニウムの保有量が増加」と指摘しています。このような北朝鮮リスクの増加に対して、軍事的脅威、ミサイル落下という人命に直接関係する事項に対する備えはもちろん重要ですが、事業者にとっても、北朝鮮リスクの拡がりに注意が必要な状況です。

 まず、北朝鮮の弾道ミサイルにより、国内の原発等のインフラが攻撃されるリスクがあります。当然、原発が日本の防衛上の弱点であり、サイバー攻撃や職員として内部に協力者を侵入させるといった作戦も既に遂行していると考えらえますが、日本のサイバー攻撃対応力も信頼できるほど強固ではありませんし、原発関係者における内通者対策としての身元チェックも「自己申告」をベースとした脆弱なものです。さらには、直接、弾道ミサイルによる破壊といった事態も想定しておく必要があります。したがって、いずれの攻撃にせよ、電気やガスなど「インフラ途絶」のリスクへの対応、原発有事への対応、すなわち、BCP(事業継続計画)を検討しておくことがこれまで以上に重要となっていると言えます。

 また、北朝鮮リスクとして顕在化しているもののひとつがサイバー攻撃です。報道(平成29年5月11日付日本経済新聞)によれば、米シマンテックの幹部が、米上院の国土安全保障・政府問題委員会で証言し、「北朝鮮に拠点を持つグループがバングラデシュ中央銀行から8,100万ドル(約92億円)を奪った」との認識を示したといい、さらには、北朝鮮がバングラデシュ以外でも攻撃を仕掛けているとの分析結果を提示、今年3月時点で北朝鮮のハッカーグループは31カ国で組織的にサイバー攻撃をしているとみられると指摘したと言うことです。これが事実であれば、各国が様々な制裁を通じて資金源を枯渇させようと取り組む中、核やミサイルの開発の巨額の資金の一部をサイバー攻撃によって賄っていることになります。そして、先月には、米国土安全保障省と連邦捜査局(FBI)が、北朝鮮のハッカー集団が米国や世界のメディアや金融機関、重要インフラにサイバー攻撃を仕掛けているとして警報を発令しています。現実に、以前のソニーピクチャーズへの大規模なハッキングや今年5月の欧米を中心に発生した大規模なサイバー攻撃への関与なども指摘されています。その攻撃は、ウイルス対策が行き届かない古いバージョンのソフトウエアが攻撃されやすいとされており、基本的なサイバーセキュリティの取り組みを疎かにすることで、北朝鮮からのサイバー攻撃によって資金を提供し、その犯罪を助長することになりかねないということになります。そして、その不作為は社会的に大きな批判を浴びることになると考えられることから、北朝鮮リスクの文脈からも、サイバー攻撃に対する備えを適切なレベルで実行しておくことが求められていると言えます。

 また、米国では、北朝鮮の労働者を雇用する海外の企業などを新たに制裁対象に加える法案を審議しているということです。この点、米国務長官は、「(国外で)強制的に労働者を働かせて年間数億ドル(数百億円)を稼いでいる」と指摘し、国際社会に北朝鮮労働者の受け入れ停止や本国への送還を呼びかけています。報道によれば、建設業、鉱業、食品加工業などの業界で強制的に長時間労働させ、給料のほとんどを政府が没収している実態があるとされます。これもまた、最近、フェアトレードなどに代表される「倫理的消費」や「SDG(持続可能な開発)投資」、「ESG(環境・社会・ガバナンス)投資」などが重要視されつつある中、事業者にとっては、強制的に労働力を搾取するようなビジネスとは関わらない、サプライチェーンの健全性にかかる適切なチェーン・マネジメントが求められています。当然ながら、北朝鮮による労働力の搾取を前提としたビジネスへの関与もまた、事業者にとっての大きなリスクとなることを認識する必要があります。

 また、北朝鮮に関係するマネー・ローンダリングについても事業者のリスクが高まっています。米検察当局は、北朝鮮のマネー・ローンダリングに関わったとして、中国遼寧省の貿易会社に対し、北朝鮮関連では過去最高の約190万ドル(約2億1,000万円)の差し押さえを求めてワシントンの連邦地裁に提訴しています。米政府が制裁対象としている北朝鮮の朝鮮貿易銀行のダミー企業として、米国内でドル取引をした疑いがあるとされます。さらに、米財務省も、北朝鮮のマネー・ローンダリングに関わったとして、中国遼寧省の銀行に対し、米金融機関との取引を禁じたほか、北朝鮮からの石炭輸出などに関与した同省大連市の運輸会社と、北朝鮮からの武器輸出などに便宜を図った中国人2人も、資産凍結などの制裁対象にするなど、次々と手を打っている状況です。このように北朝鮮の金融機関が各国から制裁を受けていることから、直接的に資金を本国に送金することが困難になっていることから、関連の事業者との取引を介した資金の移動が必須となっている現状があります。したがって、制裁リストに記載された企業との取引を行ってしまうこと自体、自らも制裁の対象となりかねないことはもちろん、制裁リスト以外の企業との取引についても、常に、AMLの観点から、北朝鮮リスクに最大の注意を払う必要があると言えます。なお、日本においても、北朝鮮に対する日本独自の追加制裁として、貨物検査特別措置法で禁輸対象になっていない品目でも、核・ミサイル開発に転用される恐れがある場合には海上保安庁や税関が検査、押収できる「キャッチオール規制」に乗り出すなど、広範囲にまたがる北朝鮮リスクへの対応を既に行っています。

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3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

(1) 福岡県の勧告事例

 福岡県公安委員会は、特定危険指定暴力団工藤会の幹部に対し、福岡県暴排条例に基づいて、市内の飲食業者らで組織する幹部の支援団体「二十日会」にみかじめ料を要求しないよう勧告しています。報道によれば、「二十日会」は、市内で飲食業や物品販売業などを営む6人がメンバーで、毎月集金のうえ同幹部に渡していたということです。本来は勧告の対象となってもおかしくないと思われますが、事実関係を認めたため勧告されず、今後みかじめ料を支払わない旨の誓約をしたということです。前述の銀座のみかじめ料集金システムにメスが入った事件も同じですが、これだけ社会の風向きが変わってもなお、みかじめ料を払い続けていたことにまずは驚かされます。それだけ、暴力団等の持つ「暴力装置」が機能し続けていたということであり、このような事例がさらに明るみに出て、実際に関係が遮断できることが分かることで、その呪縛から早く解放されて欲しいものだと思います。また、このように警察が両者の間に入って、関係解消を推し進めるケースも少なくありません。当社の数年前の対応事例でも、暴力団関係者への利益供与(特別な値引き販売)の疑いについて警察から問い合わせが入ったことに端を発し、全社的に実態調査を行い、その結果とともに誓約書を警察に提出、あわせて暴力団に対して関係断絶の意志を記載した書面を渡し、最終的に警察が暴力団側に渡す橋渡しの役割を担ってくれたことで、大きなトラブルもなく関係解消ができたケースがありました(このケースの場合も、勧告には至りませんでした)。事業者が実態を把握してもそれを放置してしまう背景には、暴力団等の「暴力装置」への恐れとともに、「既に利益供与を行っている。しかも、いまだに継続している」との負い目があると考えられます。みかじめ料が、いまだに暴力団等の重要な資金源のひとつであることをふまえれば、そのような事業者の恐れや負い目に配慮した、業界団体や自治体、当局等の官民挙げた対応が求められると言えます。

(2) 北海道暴排条例の改正(平成29年7月1日施行)

 この7月1日に、北海道暴排条例(正式には、北海道の場合、「北海道暴力団の排除の推進に関する条例」といいます)が改正施行されています。

北海道警 北海道暴力団の排除の推進に関する条例の一部が改正されます

 主な内容は、福岡県や愛知県などに代表される「暴力団排除特別強化地域」が新設されたこと、「暴力団事務所の開設等の規制区域」が拡大されたことです。前者の「暴力団排除特別強化地域」の規制については、同地域内において、特定接客業者と暴力団員等との間における「みかじめ料及び用心棒料の授受等」の規制が強化されています。なお、「特定接客業者」とは、「風俗営業(ニュークラブ、キャバクラ、パチンコ店、ゲームセンター等)」、「性風俗関連特殊営業(ソープランド、ファッションヘルス、デリバリーヘルス、ラブホテル等)」、「特定遊興飲食店営業(クラブ、ディスコ等)」、「接客業務受託営業(コンパニオン派遣業等)」、「酒類提供飲食店営業のうち深夜(午前0時から午前6時まで)に営業するもの(スナック、居酒屋等)」が該当し、それらの特定接客業者が、「暴力団員等を用心棒として利用すること」、「特定接客業者が、暴力団員等に用心棒料、みかじめ料を支払うこと」が禁止され、違反すれば、懲役1年以下または罰金50万円以下の罰則が科せられるというものです。あわせて、暴力団員等についても、「暴力団員等が用心棒の役務を提供すること」、「暴力団員等が、特定接客業者から用心棒料、みかじめ料を受け取ること」が禁止され、罰則が適用されることになりました。
また、後者の「暴力団事務所の開設等の規制区域の拡大」については、(学校等から200メートル以内など)既存の暴力団事務所の開設等の規制区域に、「認可外保育施設」「家庭的保育事業等(居宅訪問型保育事業を除く)を行う事業所」の敷地の周囲200メートルの区域が追加されています。有数の歓楽街「すすきの」を抱え、国内外からの観光客が多数押し寄せるエリアであることから、他の自治体では既に導入されているこのような規制は当然のことと思われます。

 なお、関連して、北海道の暴力団情勢については、少し興味深い点があり、簡単に触れておきたいと思います。平成28年末現在、道内の暴力団員等は2,440人で前年から80人減少していますが、その減少率は▲3.2%にとどまり、全国の暴力団員等の前年からの減少率が▲16.6%であることと比較すると、減少幅が極端に低いことが分かります。さらに、大雑把な計算ですが、人口に占める暴力団員等の比率は、全国が0.031%程度であるのに対し、北海道は0.044%を占めており、全国平均より41%ほどその比率が高くなっています。これらから推測されることは、北海道においては、従来型の暴力団の資金獲得活動が行われるなど、その他のエリアに比較すればまだまだ活動がしやすく、大都市圏で顕著に起きている「変化」が比較的緩やかであることや、資金源を求めて他のエリアからの流入なども考えられるところです。暴力団は、規制や監視が「緩い」あるいは「追い付いてない」領域やエリアに進出する性質があります。今後、「脇の甘い」企業や業界が狙われるとともに、いまだに暴力団の存在を「必要悪」といった形で容認する雰囲気のある(規制や取り締まりが比較的緩い)エリアに拠点を移していくことが予想されます。北海道に限らず、これまで暴力団の脅威をあまり感じることがなかったようなエリア、あるいは業界でもその進出等に注意が必要な状況であり、暴排の取り組みレベルを全国標準のレベルにまで引き上げておく必要があるということでもあります。

(3) 暴力団関係事業者に対する公表措置等(福岡県等)

 前回同様、福岡市・北九州市・福岡県のHPにおいて、福岡市内の事業者について、「暴力団との関係による」(福岡市)、「当該業者の役員等が、暴力団構成員と「社会的に非難される関係を有していること」に該当する事実があることを確認した」(北九州市)、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)として、「平成29年6月23日から平成30年6月22日」(福岡市)、「平成29年6月27日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」(北九州市)、「平成29年7月5日から 平成31年1月4日まで(18ヵ月間)」(福岡県)、それぞれの自治体の公共事業などからの排除される旨、公表されています。

福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表 排除措置

福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置一覧

北九州市 被通報事業者一覧 暴力団と交際のある事業者の通報について

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