暴排トピックス

山口組分裂から2年-最近の暴力団情勢概観

2017.09.11
印刷

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

暴力団のイメージ画像

1.山口組分裂から2年~最近の暴力団情勢概観

 指定暴力団六代目山口組(以下「六代目山口組」)から指定暴力団神戸山口組(以下「神戸山口組」)が分裂して2年が経過しました。今年の春には、神戸山口組から「任侠山口組」が内部分裂した形となり、2年前には1つだった山口組は今や3つの組織に分かれて存在しています。2年前に分裂した後の平成27年末の構成員数は六代目山口組が約6,000人、神戸山口組が約2,800人でしたが、平成28年末には六代目山口組が約5,200人(前年比▲28.7%)、神戸山口組が約2,600人(前年比▲14.4%)と双方ともに大きく人数を減らしています(なお、平成28年末の暴力団構成員の総数は18,100人、前年比▲10.0%であることと比較すると、山口組の減少傾向が顕著であることが分かります)。なお、一方の任侠山口組は500~600人程度の勢力を有しているとみられています。今後、この3すくみの膠着状態がどのように落ち着いていくのか、特に任侠山口組は、最終目標として「暴力団ではなく任侠団体である」と主張していますが、彼ら自身の今後の立ち位置だけでなく、その主張自体が内包する意味は大きく、今後の暴力団のあり方、暴力団対策法のあり方にも大きな変化がもたらされる可能性があります。

 また、分裂抗争の懸念が強まる中、六代目山口組および神戸山口組(任侠山口組を含む)の両団体の組員らの逮捕者数は、両団体が対立抗争状態にあると認定された平成27年3月7日以降、延べ2,600人超に上ったものの、直接的かつ大規模な抗争が表面化することないまま今に至っています(なお、直近で、任侠山口組の織田代表のボディガードの組員が関係先で何者かに射殺される事件が発生し、抗争勃発の危険性が高まっています。本事件の続報については、次回の暴排トピックスで取り上げます)。平成24年の暴力団対策法の改正で新たに設けられた「特定抗争指定暴力団」に指定されれば、(公安委員会が定める「警戒区域」内で、組事務所の新設と立ち入り、対立暴力団組員へのつきまとい、対立暴力団の事務所やその組員の居宅近くをうろつく、同じ暴力団の組員が5人以上で集まるといった行為で即逮捕となるという)規制の厳しさから組織の統制が困難となり、正に存続にかかわる事態を招くことは明らかであり、表立った抗争をやりにくい状況にあることがその背景にあります。

 一方で、警察当局は暴排条例などを駆使して、資金源を断つべく取り締まりを強化しており、暴力団のシノギ(資金獲得活動)は細る一方で、最近では、生活苦から足を洗う組員も増えている状況です(警察庁の「平成28年における組織犯罪情勢」では、このような状況について、構成員が減少する一方で犯罪性向が高まっていること、離脱した者についても高い犯罪性向を示していること、さらには、生活困窮の典型的犯罪である万引きの占める割合が高いことなどを指摘しています)。したがって、今後ますます「離脱者支援対策」の重要性が高まることが予想されますが、暴排先進県である福岡県の積極的な取り組みですらまだまだ十分な成果を引き出せていないのも事実です。官民挙げた暴排の成果として、暴力団離脱者が増えた一方で、その受け皿に社会も事業者もなりきれず、「組員でも食べていけない、組員を辞めても食べていけない」状況が固定化しつつあり、暴排の進展が、必ずしも犯罪者の減少や社会不安の解消につながるとは言えない厳しい状況にあります。

 さて、組織のトップが軒並み社会不在となり、組織的な統制が不能となりつつある特定危険指定暴力団工藤会(以下「工藤会」)については、暴排条例制定後の暴排の機運の高まりに対する一連の襲撃事件や組織トップの脱税事件を中心に報道される機会が増えています。

 まず、一連の一般人襲撃事件のうち元福岡県警警部銃撃事件や歯科医師刺傷事件など3件に関与したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)などに問われた工藤会系組幹部の論告求刑公判が福岡地裁であり、検察側が無期懲役を求刑しました。

 報道によれば、検察側は「(工藤会トップの)野村被告らには警察の工藤会捜査への憎しみなどの動機があり、あえて蚊帳の外に置かれて実行されたとの特段の事情はない」とし、野村被告の指示による組織的犯行と指摘しました。さらに、その上で量刑について「厳格な上下関係の中で上位者の指示に忠実に従い、背景を知らされないまま加担したものの、実行役となった2事件では中心人物として関与し、刑事責任は首謀者に次いで重大だ」とも指摘したということです。

 これら一連の裁判では、工藤会トップの野村総裁と実行犯との間の「共謀関係」が認められるかが重要な争点になると思われ、検察側の主張もその線で進められていますが、今後の福岡地裁の判決が注目されるところです(なお、直近の報道では、一連の事件で起訴された工藤会の組員22名の被告のうち少なくとも6名が離脱を表明し、捜査に協力しているとのことであり、「共謀関係」の立証に役立つことを期待したいと思います)。

 また、直近では、平成23年2月に大手ゼネコン「清水建設」の現場事務所に押し入った男が男性社員を銃撃し軽傷を負わせた事件で、福岡県警が、工藤会理事長補佐ら数人を殺人未遂容疑などで逮捕しています。報道(平成29年9月8日付産経新聞)によれば、工藤会は、建設会社から工事受注額の数%程度をあいさつ料として受け取るなどしており、建設会社などが会に納めていたあいさつ料は年間数億円に上り、うち6割は野村総裁や上位2人に渡っていたとされます。こうした経緯から、「あいさつ料の支払いを拒む」(工藤会からみれば資金源を失うことになります)という清水建設の暴排の姿勢や福岡県暴排条例の改正によって、あいさつ料を要求された建設業者に通報義務を課すなど、資金源を断つ動きが加速するにつれ、暴排に対する危機感を募らせ、市民や企業に対して「圧力」をエスカレートさせていったものと考えられます。

 なお、様々な面から組織の弱体化が顕著となっている工藤会の最新の動向としては、幹部が工藤会本体に毎月納める「上納金」が昨年秋ごろ、半額程度に下げられたことも分かっており、ますます資金獲得活動が困難になって追い込まれている状況が明らかになっています。工藤会壊滅作戦に福岡県警が着手して、9月11日でちょうど3年が経ちましたが、ここにきて、その成果が収穫の時を迎えつつあるようです(ただし、直近の報道では、一部の組員はいまだに幹部を忠誠を誓っており、その鉄の結束が崩壊したわけではない状況もみられ、楽観視できません)。

 分裂騒動の渦中にある指定暴力団会津小鉄会(以下「会津小鉄会」)についても、直近で動きがありました。会津小鉄会は昨年以降、六代目の後継人事をめぐり内部分裂状態にあり、今年1月には本部事務所で乱闘事件が起き、この騒動を受けて、4月には、会津小鉄会本部事務所の使用差し止めの仮処分が認められています。報道によれば、その後、会津小鉄会の直系団体である「心誠会」の事務所で、組員らが対立組織による嫌がらせに備えて事務所の外で警戒を実施していたことで、近隣住民から京都府警に「安心して出歩けない」などの相談が寄せられたことから、6月に住民約20人が京都府暴力追放運動推進センターに仮処分の申し立てを委託、今般、京都地裁が仮処分を認める決定をしています。

 さて、ここ最近、暴力団対策法上の「使用者責任」を追及する動きが活発化してきているように感じます。本コラムでもたびたび指摘しているように、使用者責任に基づく損害賠償を組織のトップに請求することにより、暴力団の資金源にダイレクトに打撃を与えることが可能になります。暴力団が関与し民間人が被害者となる、みかじめ料や特殊詐欺、恐喝等の行為について、民事上の損害賠償責任を追及できる事案はこれまでもたくさん発生しているはずであり、このような取り組みがさらに浸透することで、特にみかじめ料や恐喝等については、そもそもの被害の抑止にもつながるのではないかと期待されます。なお、直近では、以下のような事例がありましたので、簡単に紹介しておきます。

  • 指定暴力団稲川会系組員が関わったとされる振り込め詐欺事件の被害者4人が、使用者責任があるとして、稲川会会長と組員ら計4人に計約2,600万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴しました。なお、振り込め詐欺などの特殊詐欺を巡り暴力団幹部の使用者責任を問う訴訟は、昨年6月、東京地裁に全国で初めて起こされ、審理が続いている状況にあります
  • 六代目山口組弘道会系組員から恐喝被害にあった大阪府内の40代男性が、六代目山口組の篠田建市(司忍)組長ら3人に約1,100万円の損害賠償を求めた訴訟が大阪地裁であり、和解が成立しています。篠田組長ら3人が連帯して解決金500万円を支払う条件だということです
  • 福岡県警の元警部銃撃事件に関与したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)などに問われた工藤会トップで総裁の野村悟被告らに対し、被害にあった元警部の男性が、約3,000万円の損害賠償を求める訴訟を福岡地裁に起こしています

 また、暴排実務の分野においては、「暴力団排除条項」導入前の口座解約に対し、指定暴力団道仁会会長と本部長が銀行(メガバンク2行)を相手取って無効確認を求めた訴訟で、最高裁が、解約は有効との画期的な判断を示したことは歓迎すべきことだと言えます。本件は、2人が暴排条項の導入前に遡った解約は無効だとして提訴、「口座は社会生活に欠かせず、不利益が大きい」と訴えていたものですが、一審の福岡地裁判決は、口座が違法行為に使われる危険性を重視して、「既存口座を解約できなければ暴排の目的を達成できない」と判断、二審の福岡高裁も解約が有効と認めており、最高裁もその判断を支持したものです。判断のベースとなった福岡地裁の判決については、「暴排条項を追加した規定(約款)の事前周知、顧客の不利益の程度、過去に遡って適用する必要性を総合考慮すれば解約は有効」と判断していますが、特に、(1)口座開設後に暴排条項を導入するなど、個別の合意がなくても事後的に既存の契約を変更できるとしたこと、(2)口座が不正利用された場合に「事後的な対応で被害回復や、反社会的勢力が得た利益を取り戻すことは困難」として解約の合理性を認めたこと、(3)暴力団幹部の不利益についても限定的とし、「反社会的勢力の所属を辞めるという自らの行動で回避できる」と指摘したこと、などがポイントとなります。金融機関においては、多くは暴排条項を平成22年頃に導入しており、今回の最高裁の判断が出るまでは解約の是非を巡って対応が割れていた(敗訴リスクが否定できないことから、積極的に解除すべきでないとしていた金融機関が特に中小に多かった)ところであり、今後、根拠が明確になったことで、暴力団員の口座の解除実務が大きく進展することが期待されます。

 なお、参考までに、栃木信用金庫が、暴力団など反社会的勢力との取引完全解消に向けた取り組みで成果をあげたことが報道されています(平成29年9月1日付ニッキン)。約3年かけて、顧問弁護士と二人三脚で1案件ずつ慎重に対応、警察当局から情報提供で「ブラック認定」された全34先との取引解消が完了したということです。ノウハウとして興味深い点は、対象先の口座の動きを5~10年前まで遡り、不活動口座は強制解約、その他を合意解約に分類して対応したという点です。また、合意や規約に向けて、弁護士から取引解約に関する話し合いをしたい旨を通知文に記載して郵送する手続き面のノウハウや、「相手が理解を示すまでの時間や手続きで時間を要する場合など1年ほどかかったこともある。焦らないことが大事」、「いくつかの金融機関で取引があり、最低限の生活口座は必要となるため、早めの対応を心掛けた」という同金庫のコメントは大変参考になります。特に、最後かつ唯一の口座となれば解約しにくいため、関係が継続することになることをふまえれば、今後、中小の金融機関による解除手続きが進む一方で、相手側からの反論・抵抗もより強硬となることが予想されるところであり、中小ほど契約解除実務の困難さに直面するリスクがあります。

もくじへ

2.最近のトピックス

(1) 特殊詐欺を巡る動向

 特殊詐欺のうち振り込め詐欺においては、第三者名義の口座の存在が不可欠ですが、ひとたび犯罪に使われたと分かれば、金融機関はその口座を凍結する措置をとることになります。最近、この口座凍結を巡って、深刻な問題も顕在化しています。報道(平成29年8月21日付産経新聞)によれば、振り込め詐欺などの犯罪に口座を悪用された人が、被害に遭っていない別の金融機関の口座まで凍結され、日常生活などに支障をきたすケースが相次いでいるということです。そもそもの発端は、例えば、キャッシュカードの盗難などによるもので、被害者的立場だとしても、ひとたびその口座が犯罪に悪用されれば、「振り込め詐欺救済法」に基づき、当該口座だけでなく、犯罪と無関係の同一名義人の口座についても一時凍結する措置がとられることになります。当然ながら、対象になるとほかの金融機関も含めて新たな口座を作ることも困難になります。

消費者庁 第3回消費者の財産被害に係る行政手法研究会

全銀協 振り込め詐欺救済法における口座凍結手続きについて

 具体的な口座凍結の手続きや基準等については、上記資料に記載があります。そこでは、振り込め詐欺救済法第3条第1項を踏まえ、以下の1~4のいずれかに該当する場合に、すみやかに口座凍結を実施(預金口座に係る取引の停止等の措置)する旨の記載があります。なお、口座凍結は、口座への入出金双方の停止(解約を含む)を意味し、他の店舗を含め同一名義人の口座があることが判明した場合には、利用実態を確認のうえ、必要がある場合には同様の措置を実施すること、1~4に該当しないケースでも、疑いがあると認められる場合には、個別事例に即して柔軟かつ適切に措置を講ずるよう努める、こととされています。

  1. 捜査機関、弁護士会、金融庁および消費生活センターなど公的機関ならびに弁護士、認定司法書士から通報があった場合
  2. 被害者から被害の申し出があり、振込が行われたことが確認でき、他の取引の状況や口座名義人との連絡状況から、直ちに口座凍結を行う必要がある場合
  3. 口座が振り込め詐欺等の犯罪に利用されているとの疑いがある、または口座が振り込め詐欺等の犯罪に利用される可能性があるとの情報提供があり、以下のいずれかに該当するとき
    • 名義人に電話で連絡し、名義人本人から口座を貸与・売却した、紛失した、口座開設の覚えがないとの連絡が取れた場合
    • 複数回・異なる時間帯に名義人に電話で連絡したが、連絡が取れなかった場合
    • 一定期間内に通常の生活口座取引と異なる入出金、または過去の履歴と比較すると異常な入出金が発生している場合
  4. 本人確認書類の偽造・変造が発覚した場合

 これを見る限り、実務上は、「直ちに口座凍結を行う必要がある」との金融機関の判断に大きく依存していることが分かります。金融機関側としては、たとえ「過剰対応」だと言われようと、被害の拡大を防ぐために迅速な対応が第一優先事項となれば、「疑わしい場合は凍結する」との判断がなされることになるのは明白です。しかしながら、その凍結解除は金融機関の個別の対応・判断に任されており、利用者からの異議申し立てについては、凍結口座を指定した警察署に出向き、凍結口座以外の複数口座の履歴を示すなどしながら、犯罪とは無関係であることを証明しなければならず、ハードルが高いのが現状のようです(いったん凍結された後に解除された口座は平成24~28年度には350件とのことです)。本報道の中で、弁護士が、「被害救済に効果がある法律だが、迅速に口座を止められる点が裏目にも出ている。凍結解除の要件を整える必要がある」と述べていますが、正にその通りと思われます。顧客の利便性を犠牲にしてリスク対策(規制)や公益を重視した形となりますが、その規制のあり方に「行き過ぎ」があるのであれば、それを正す道筋は設けるべきであり、犯罪に無関係な口座の凍結解除の要件の明確化が必要な状況だと言えると思います。

 さて、特殊詐欺対策として有効と思われる対策についてはこれまでもご紹介してきましたが、最近でもいくつか報道されていましたので、以下紹介しておきます。

  • 高齢者を対象にしたATMからの振り込み制限は岡崎信用金庫の取り組みから始まり、信金・信組から地銀まで導入が進んで成果をあげていますが、三菱東京UFJのほか、三井住友銀行、みずほ銀行、りそな銀行など大手銀行については、利便性や公平性を損なうことと事務手続きの増加が予想されることなどからこれまで導入を見送ってきた経緯があります。そのような中、大手銀行についても、振り込め詐欺の被害防止という公益に資するため、同様の対応を検討中であるとの報道がありました。対象になる期間や年齢などの詳細は今後詰めるとのことですが、大手銀行の取り組みにより、特殊詐欺対策の底上げが図られるものと期待したいと思います。ただ、こうした取り組みの一方で、犯罪者らは、金融機関の店舗内のATMではなくコンビニATMを介した犯行にシフトしつつあり、正にイタチごっこの状況が続いています。
  • 振り込め詐欺の被害を防止するため、ITベンダーも被害防止に取り組んでいます。例えば、日本ATMは、ATMのインターフォンを通じて被害を未然に防いでいる(今年上半期の未然防止の実績は101件にのぼるとのこと)ほか、高齢者などに注意喚起するコールセンター業務を警察から受託するなどの取り組みを行っています。また、日立製作所は、携帯電話の電波を検知してATMの取引を停止するシステムを提供しており、常陽銀行が2月から運用を開始しているほか、他の金融機関の関心も高い状況だということです。
  • 有料サイトへの架空請求詐欺を未然に防ぐためにソフトバンクと愛知県警、トビラシステムズは、実際に犯行に使われた電話番号からのメールをブロックする取り組みを進めるとの報道がありました。実際に有料サイトの架空請求詐欺に使われた電話番号を愛知県警が提供、その情報を基にトビラシステムズが、迷惑電話番号のデータベースを構築し、犯行に使われた電話番号からのメールを迷惑メールとして検知する仕組みだということです。
  • みずほ信託銀は、高齢者向けに詐欺被害を防ぐ新商品を発売しています。資産の保全や承継といった金融機能に加え、介護や見守り、家事代行などのサービスをパッケージで提供するものです。

 その他、直近で報道された詐欺犯罪について、その手口等を中心にご紹介しておきたいと思います(以下のうち、特殊詐欺グループと暴力団の接点を示すような事例が多くなっている印象があります)。

  • 今年上半期(1~6月)に警視庁が把握した特殊詐欺事件1,513件のうち、キャッシュカードをだまし取る手口が407件に上り、前年同期(30件)の約13倍に増えたということです。従来の「現金受け取り型」は493件で、前年同期比で約2割減っています。被害者が訪れた金融機関での犯行発覚を避けるため、詐欺グループが手口を変えているものと推測されます。
  • KDDI(au)に対し、会社で使うと偽り、携帯電話96台(約285万円相当)などを契約して詐取した疑いで物流会社の社長が逮捕されています。報道によれば、96台のうち60台の携帯電話が指定暴力団山口組弘道会系の組員に流れていたことが分かっており、KDDI以外の会社名義の携帯電話は振り込め詐欺に使われていたということです(正にこの物流会社社長自体が犯罪インフラ事業者の典型と言えます)。
  • 不動産会社役員の女性(66)に「老人ホームに入居しませんか」と電話し、その後、別人を装って「老人ホームの入居権があるなら使用させてほしい」などと持ち掛け、女性が承諾すると「名義貸しは犯罪だ。全財産が没収されるが、金を振り込めば大丈夫だ」とだまし、7,800万円を詐取したとして特殊詐欺グループ6人が逮捕されています。報道によれば、同様の手口の詐欺が全国で数十件確認され、被害総額は約3億5,000万円に上るということです。また、そのアジトには、数万人分の高齢者の住所や氏名、電話番号などが記載された名簿が押収されています(この「名簿」を犯罪グループに提供する者もまた犯罪インフラ事業者です)。なお、このグループには暴力団関係者が含まれており、詐取金の一部が暴力団に流れていた疑いがあるとして警察が調べています。
  • 「オレオレ詐欺」の電話を一度は見破った埼玉県春日部市の女性(83)が、その直後に「犯人を捕まえるために捜査に協力してほしい」と求めてきた警察官を装う電話を信じ、現金100万円をだまし取られるという事件がありました。詐欺の電話に気づいた人にだまされたふりをしてもらう「だまされたふり作戦」を逆手に取った新たな手口がついに現れたといえ、今後、同様の事案に注意する必要がありそうです。
  • 国民生活センターに寄せられた仮想通貨関連の相談件数については、平成26年度に194件だったものが、28年度に847件と急増しているということです。今年度は7月末までの約4カ月間ですでに566件の相談があり、報道では、「ネット上の口座にコインがあっても、本当に換金可能かどうか分からない。また、ネット上のことは『ない』とも証明しにくく、詐欺に問いにくい」とのセンターのコメントが紹介されています。
  • ラオス通貨購入を持ちかけて高齢者から現金をだまし取ったとして、大阪府警と兵庫県警は、大阪市の会社役員(38)を詐欺の疑いで逮捕しています。大阪、京都、兵庫の各府県の高齢者ら約100人が計約1億2,000万円の被害に遭った詐欺事件の指示役とみて調べています。
  • コンビニエンスストアで「アマゾン」などの電子マネーを買わされる架空請求の詐欺被害が拡大しています(後述するように、架空請求詐欺の認知件数は前年同期に比べて69.4%も急増しています)。犯人側は入手したコードで商品を買って転売したり、コードそのものを闇サイトで売買したりして現金化する手口で、年配の被害者が多い振り込め詐欺と違い、若者もだまされるのが特徴です。警察が注意を呼びかけているほか、コンビニなどの業界も「水際対策」を始めているということです。

 最後に、例月同様、警察庁から直近(平成29年7月)の特殊詐欺の認知・検挙状況等が公表されていますので、簡単に状況を確認しておきたいと思います。

警察庁 平成29年7月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 平成29年1月~7月の特殊詐欺全体の認知件数は10,325件(前年同期7,644件、前年同期比+35.1%)、被害総額は193.3億円(226.0億円、▲14.5%)となり、ここ最近と同様、件数の大幅な増加と被害総額の大幅な減少傾向が続いています。件数の増加については、いまだ還付金等詐欺の猛威が衰えていないことによるものですが、その他の類型についても同様の件数の大幅な傾向が認められている点およびその件数の増加ペースが高止まりしていること、被害額の減少幅がやや縮小しつつある(増えてはいないものの高止まりしており、むしろ、還付金詐欺は被害額も増加している)ことなどから、特殊詐欺被害を抑止する有効な対策については、まだまだ十分でなく、被害の拡大には注意が必要な状況であることを示しているとも言えます。

 特殊詐欺のうち、振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺を総称)の認知件数は10,152件(7,306件、+39.0%)、被害総額は182.9億円(206.9億円、▲11.6%)と、特殊詐欺全体と全く同様の傾向を示しています。また、類型別でも、オレオレ詐欺の認知件数は4,408件(3,300件、+33.6%)、被害総額は89.3億円(91.4億円、▲2.3%)となっており、これまでより件数の増加ペースが高まっている点が気になります(一方で、被害総額の減少幅は以前より拡がっています)。さらに、架空請求詐欺の認知件数は3,162件(1,867件、+69.4%)、被害総額は64.4億円(88.5億円、▲27.2%)、融資保証金詐欺の認知件数は382件(234件、+63.2%)、被害総額は4.0億円(3.9億円、+2.5%)、還付金詐欺の認知件数は2,200件(1,905件、+15.5%)、被害総額は25.1億円(22.9億円、+9.6%)などとなっており、特に還付金等詐欺については、(規模は相対的に大きくないとはいえ)件数だけでなく被害総額も急激に増加している状況が続いている点に注意が必要です。

 なお、参考までに、口座詐欺の検挙検数は914件(885件、+3.3%)、検挙人員は531人(566人、▲6.2%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,374件(992件、38.5%)、検挙人員は1,118人(722人、+54.8%)と、総じて犯罪インフラ型の犯罪の検挙が伸びている状況がうかがえます。また、特殊詐欺全体の被害者について、男性28.1%/女性71.9%、70歳以上は61.9%を占めていますが、この点については、これまでの傾向と大きく変わりありません。

(2) テロリスク対策を巡る動向

 先月、スペイン・バルセロナのランブラス通りを車が暴走し、市民や観光客ら13人が死亡、100人以上が負傷するというテロが発生しました。また、同日、スペインのカンブリスでも歩道を車が突進する事件があり、1人が死亡、6人が負傷するテロが発生、警察隊と銃撃戦になり、実行犯5人が射殺されるという事件も発生しています。その前にはドイツ・ハンブルクのスーパーで刃物を使ったテロが発生したばかりであり、またしても欧州はテロの脅威に直面しています。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦が最終段階を迎えていると思われる(イラクのモスルの解放以後、シリア北部ラッカの奪還が進んでいる)一方で、欧州を舞台とした「テロの日常化」という恐れていた事態が現実のものとなりつつあります。本コラムでたびたび指摘している通り、ISは、もともと「思想」をキーにネットワークを形成している以上、テロはいつでもどこでも、また「ソフトターゲット」であればなおさら、(車や刃物など)どのような手段でも実行可能であり、(社会に対する不満や不安を抱える)若者などの流入が途絶えることもなく、「実体」がなくても「実態」は存続し続ける点にその脅威の本質があると言えます。

 このように「テロの日常化」に直面した欧州ですが、昨年7月、バルセロナ同様、車両テロにより86人が犠牲となった仏ニースの市長は、「(対テロ)戦争には平和のルールでは勝てない」と述べたといいます。平和ボケした日本にとってその言葉のもつ意味はとても重く響きます(日本は、イラクにおける武器のまん延や不安定なエネルギー供給などが社会不安の要因となっていることを受け、武器回収や火力発電所の改修支援など社会情勢の安定に貢献する方針を打ち出しました。また、イラク国内のIS元兵士や民兵らを対象に、武器引き渡しの見返りに職業訓練を施す「武装解除・動員解除・社会復帰」事業を国連と協力して実施すると表明しています。昨年の伊勢志摩サミットの成果文書に明記された「教育等を通じた異文化間、異宗教間の対話や理解を通して多元的共存、寛容、ジェンダー間の平等を促進」を具体的に推進するもので、日本らしい国際平和やテロ対策への貢献の仕方だと思いますが、一方で、目の前の脅威との戦いに臨むリーダーの言葉は極めて重いということであり、日本として何ができるかをあらためて問われているような気がします)。このように、テロリスクは、リアルな国境や地理上の「点」のみでの対応はもはや限界があり、国際的な連携、すなわち「面」での対応が急務であり、日本も例外ではないこと(ISに呼応したテロに限らず、例えば、国内の極左暴力集団などは現在も武装闘争を放棄しておらず、世間に紛れて和製「ホームグロウンテロリスト」として潜在している実態があります)をあらためて認識する必要があるでしょう。

 今回のスペイン連続テロであらためて認識させられたのが、ISが追い込まれているのと裏腹に、思想的に共鳴した者が欧州各地でテロを実行している(活発化させている)ということであり、それと関連して、続々と帰還する「戦闘員」の存在が脅威となっています(さらに、帰還戦闘員だけでなく、女性や子供ですら「過激思想化」していれば、その存在自体が危険分子となります)。スペイン連続テロの容疑者グループの多くはモロッコ系で、ISに共鳴する若者が多い北アフリカは戦闘員の供給源となっているとのことです。その背景には、モロッコの若者の失業率が25%にのぼる現実があり、将来を悲観してISの排他主義に傾倒していく土壌があるとされます(このことを裏付けるように、スペイン連続テロが起きたばかりという状況で、スペイン、モロッコ両内務省が、「大規模テロ」計画を摘発し、モロッコ系の容疑者6人を逮捕したと発表しています)。

 報道によれば、イラクとシリアに残る欧州出身者は最大2,500人にのぼり、帰還者の監視や訴追に努めていても、当然ながら限界があります。監視や訴追の限界を乗り越えるため、彼らをいかにして「脱過激化」し、日常に復帰させていくかという観点からの支援はひとつの有効な手法となりえます(前述した通り、日本が貢献できる分野でもあります)。

 その他の海外のテロリスクおよびテロリスク対策の動向に関する報道から、いくつか紹介しておきたいと思います。

  • インドネシア警察当局は、ジャカルタ中心部の大統領宮殿などで爆弾テロを計画したとして、男女5人を逮捕しています。5人はISを信奉する組織のメンバーで、爆発物を持っていたということです。インドネシアは、世界で最もイスラム教徒の人口が多く、ISなどの過激な思想がネットなどを通じて流入し、社会問題化しており、イラクやシリアを失ったISの残党が拠点化する動きもあるようです。
  • 英警察当局は、テロ計画などの疑いで、ネオナチ組織「ナショナル・アクション」のメンバーで陸軍所属の4人を逮捕しています。報道によれば、同組織は、昨年6月に極右思想に傾倒した男が労働党のジョー・コックス下院議員を殺害した際に殺害を称賛したことで知られています。同組織は、その後、非合法化され、メンバーになることも禁止されているということです。ご存知の通り、日本の暴力団はそれ自体非合法でなく、構成員になることも禁止されているわけではありません。暴力団が「犯罪組織」以外の何者でもない以上、英国のように、すみやかな非合法化等の措置ができないものか、暴力団対策のあり方などを含め、暴力団対策法の見直しに向けた議論を期待したいところです。
  • 自動車を使ったテロが欧州などで相次いでいることを受け、オーストラリア(豪)政府は観光名所やショッピング街などを対象としたテロ対策の指針を公表しています。報道によれば、観光名所やスポーツ施設などは「テロの立案が容易で、多数の被害者が出かねない」と指摘し、「人が集まる施設の所有者や管理者は、テロ対策の責務を負っている」として、池や噴水、フェンスなど、車の進入を防ぐための障害物設置を求めているということです。ソフトターゲットでのテロを防ぐことの困難さが指摘される中、その管理者たる民間事業者に「テロ対策の責務を負っている」として積極的な対策を求める点は大変重要な視点だと思われます。
  • 国土交通省が、空港のターミナルビルを訪れる全ての人を対象に爆発物検査をする検討を始めたとの報道がありました。テロ対策強化の一環で、ビルの入り口にセンサーを置き、爆発物を自動検知する仕組みなどを検討しているということです。
  • 総務省消防庁が、テロ対策の一環として、爆発物や銃による負傷者の救助に対応できる救急隊員の養成に乗り出すとの報道がありました。自治体の救急隊員は、爆発物や銃乱射の負傷者は大量の出血が伴うため、救命には迅速な止血が不可欠で、特化した処置を学ぶ必要があるということです。

(3) AML/CTFを巡る動向

 日本は2年後(平成31年)に、AML(アンチ・マネー・ローンダリング)/CTF(テロ資金供与対策)の国際基準を策定しているFATF(金融作業部会)から第4次審査を受ける予定です。日本におけるAML/CTFの取り組み状況は、国際的なレベルから周回遅れの状況であることはたびたび指摘している通りですが、FATFの第3次審査(平成20年)では法整備の遅れ等が指摘されたうえ、平成26年に改善状況の遅れから名指しでの異例の警告を受けた経緯があります。現状、第3次審査の要件はクリアしているものの、他の先進国では既に平成26年から第4次審査に進んでいる状況にあります。

 さらに、この第4次審査は、これまでの態勢整備状況中心の審査から、対策の「実効性」も評価されることになり、金融機関等特定事業者を中心とした取り組み状況が審査対象になります。過去、英HSBCのマネロン事案に関する米上院議院常設調査小委員会の報告書で日本の北陸銀行が、トラベラーズチェックの決済を通じて、ロシア人の中古車ビジネスに絡む犯罪に関係していた(同行の態勢不備によって、ロシアの犯罪組織の資金が米国の金融システムに持ち込まれた可能性がある)との指摘を受けた事案がありました(暴排トピックス2017年8月号を参照ください)。その結果、同行は、海外の提携銀行からコルレス契約(国際決済のために金融機関が海外の金融機関と結ぶ、為替業務代行の契約)を解除されてしまいましたが、この事案のように実効性に不備があることが判明すれば、国内の地域金融間であっても、海外の金融機関等から厳格な対応をされる可能性は否定できません(数年前のメガバンクの反社融資事件の際も、海外の金融機関から厳しい対応を迫られる可能性があったようです)。このような危機感から、金融庁は、地域金融機関に立ち入り検査やヒアリングを実施する予定としています。2017事務年度の重点課題と位置づけ、詳細にモニタリングを行い、その結果をふまえ、ベストプラクティスの情報共有やセミナー等の開催を通じて底上げを図るということです。

 このように日本のAML/CTFの取り組みが遅れている一方で、仮想通貨に対する規制については、日本は世界に先駆けて、今年、改正資金決済法等を施行し、仮想通貨交換業者の登録制などをスタートさせています。日本の取り組みに続き、今度は豪政府が、AML/CTFの一環で、仮想通貨交換業者の規制に乗り出し、取引業務分析局(AUSTRAC)の権限を強化する法案を発表しています。この法案によって、仮想通貨交換業者はAUSTRACの管理下となり、仮想通貨取引の規制が強化されることになります。

 また、緊張が高まる北朝鮮絡みでのAML/CTFに関する動向としては、米司法省が、中国とロシアの2企業について、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮のマネー・ローンダリングに関わった疑いがあるとして、計約1,100万ドル(約12億円)に上る資産の没収を求め、先月、連邦地裁に提訴したことがあげられます。報道によれば、米国が北朝鮮と取引する第三国の企業などに制裁を科す「二次的制裁(セカンダリー・サンクション)」は、昨年9月以降、第3弾となり、対象数としては最大規模となります。

 このAML/CTFに関する制裁については、国際的な連携による厳格な包囲網を築かない限り、その実効性は著しく減ずることになります。残念ながら、北朝鮮に対する厳しい制裁が続いているにもかかわらず、彼らの資金源が枯渇することなく、ミサイルや核開発に投資し続けることができている背景には、その「制裁逃れ」に協力する勢力があるからだと言えます(北朝鮮への制裁の実効性を担保するうえでその動向が注目される中国については、直近の報道によれば、中国の中国銀行など大手国有銀行が、北朝鮮人名義の新規口座開設や既存口座からの送金など一部取引を停止しているとのことです。いよいよ中国も核・ミサイル開発の資金遮断に向け本腰を入れ始めた可能性があり、制裁の実効性を高められるか注目されます)。

 以下、最近の報道からその「抜け穴」について紹介しておきます。少なくとも、日本の個人や団体が制裁逃れに直接・間接を問わず関与することは許されず、事業者もサプライチェーン・マネジメントをより一層厳格化し、自らの商流にそのような取引が入り込まないよう監視レベルを上げていくことが求められます。

  • 北朝鮮が、国連安全保障理事会の制裁対象となっている石炭の輸出先を中国からマレーシアやベトナムなどに切り替え、外貨を獲得しているようです。安保理の制裁決議に基づき、最大の貿易相手国である中国が今年2月に石炭の取引を停止して以降、北朝鮮は、産地を偽装するなど巧妙な手口で中国以外への輸出を継続しているとのことです。
  • 北朝鮮が、今年6月、北東部の羅津港とロシア極東沿海地方ハサンを結ぶ国際鉄道や、北朝鮮内の輸送力強化に向けた協力をロシア側に依頼していたようです(ロシア側の回答は不明)。厳しい制裁を逃れるため、輸送ルートの多様化がその目的だと言われています。

  • 北朝鮮が、仮想通貨ビットコインを標的にしているとの観測が流れています。北朝鮮の工作機関「偵察総局」が世界規模でサイバー攻撃を繰り返し、昨年以降、企業から不正入手した情報を公開しない見返りなどとしてビットコインを要求しだしているとされます。さらに今年5月ごろからは、北朝鮮系ユーザーがビットコインの「採掘」(取引に伴う膨大な計算に協力して報酬を得ること)を急増させているとの観測もあり、リアルな金融口座が国際社会の監視下に置かれる中、仮想通貨に活路を見出したという、分かり易い構図だと言えます。

(4) 仮想通貨を巡る動向

 ビットコインをはじめとする仮想通貨の値が、このところ乱高下を繰り返しています。北朝鮮有事リスクの緊迫度が増していることを背景に、リスク回避策のひとつとしてビットコインなどに資金が流入して最高値を更新したのもつかの間、今度は、中国が、「ICO(イニシャル・コイン・オファリング)」と呼ばれる手法を使った資金調達を禁止すると発表したことを受けて急落するなどしています。そもそもビットコインの高騰はチャイナマネーに支えられている状況にあり、当の中国も、仮想通貨を利用した海外への資金移動に懸念を強めており、これまでもたびたび、取引所の営業停止処分など、仮想通貨の規制策を打ち出してきましたが、直近では、仮想通貨を扱う中国国内の取引所の閉鎖を命じることを決めたとの報道があり、またしても急落しています。今回の報道は、ビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨と、人民元との交換業務を行うすべての取引所が閉鎖の対象になるということであり、事実であれば相当のインパクトとなると思われます。

 そもそも、既存の貨幣が国家によって中央集権型に管理されているのに対し、仮想通貨は、取引参会者同士の分散型管理で国家などの管理者が不在である点に特徴があります。したがって、中国当局から見れば、国家の管理下にない「影の通貨」「影の経済圏」が形成されることに対して強い警戒心があることは容易に想像できますし、現実の経済においても、中国は、個人投資家の過剰な投資熱、資本流出リスクといった問題の深刻化に直面しています。その意味ではICOや仮想通貨そのものに対する規制は理解できるところです。

 なお、このICOについては、詐欺まがいの資金集めの横行という問題が顕在化しています。報道(平成29年8月24日付日本経済新聞)によれば、海外では、お金を受け取っても仮想通貨を渡さない詐欺や150億円調達したうち50億円分の仮想通貨が盗難されるといった事件が現実に発生しており、専門家の「ICOをするにあたって出すホワイトペーパー(説明書)には実現可能性に疑問があるものも多く、半分以上が詐欺との指摘もある」というコメントが紹介されています。

 一方、米国の証券取引委員会(SEC)は、ICOについては、通常の証券発行と同様の規制対象とするべきだと表明しています(シンガポールでも同様の規制の動きがあります)。ただ、中国当局が国家管理の視点からの規制であるのに対し、SECは投資家保護の観点からの規制である点が対照的です。

 また、日本では、まだ大きな問題が顕在化しているわけではなく、民間主導で取り組みが正に始まろうとしている段階にありますが、発行した仮想通貨が有価証券に該当するかは、仮想通貨の性質によって異なるとされ、「仮想通貨の発行で集めた資金を使って事業をして、得た利益を、仮想通貨を買った人に配分する仕組みなら『有価証券』に該当し、金融商品取引法の規制対象となる」という整理がなされていることもあり、金融庁としては情報収集の段階のようです(とはいえ、金融庁は、検査局を廃止し、現在の3局体制の役割を見直して、総合政策、企画市場、監督の3局へと改組し、「フィンテック」に対応するため「フィンテック室」などを新たに設けることなどを盛り込んだ組織再編案を発表するなど、この分野に積極的に関与する姿勢を示しています)。ただ、日本においても、最近の仮想通貨の異常な値動きやICOに向けた性急すぎるような動きなど、以前のIPOバブルや反市場勢力(仕手など)が跋扈していた時期によく目にした犯罪的なやり口を彷彿とさせるものがあり、仮想通貨を舞台に悪意を持った犯罪者が既に暗躍している可能性が否定できず、その加熱ぶりやリスクアペタイトのあり方には懸念を覚えます。したがって、このような犯罪や悪意が顕在化しつつある今こそ、日本においても、技術革新(イノベーション)に重きを置いた状況から、「利便性の裏に潜むリスク」に対して一定の規制をかけていくという方向に舵を切る時期にきているのではないかと思われます。

 さて、関連して、警察庁が「平成29年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」を公表しています。今回、はじめて仮想通貨を巡る不正事案についても公表されていますので、仮想通貨に関する部分を抜粋して紹介いたします。

警察庁 平成29年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について

  • インターネットバンキングの電子決済サービスを使用して仮想通貨取引所に対して送金を行う新たな手口が発生。この手口で仮想通貨取引所に送金された約1億400万円のうち、約6,900万円相当の仮想通貨等については、取引所において凍結措置がとられた
  • 仮想通貨アカウントへの不正アクセスによる不正送金事犯としては、認知件数は23件、被害額約5,920万円相当で、本年5月以降に認知件数が急増
  • 被害が発生している取引所では、いずれも二段階認証(ログイン時、一般的な識別符号(ID、パスワード)による認証に、ワンタイムパスワード等の認証を更に一段階追加したもの)を導入しているが、不正送金被害者23人のうち20人(87.0%)が、二段階認証を利用していなかった

 また、報道によれば、警視庁が今年上半期に受けた不正送金の相談は51件で、昨年1年間の13件から急増しているということです。前述の通り、これらのデータを見る限り、既に仮想通貨の投機性などに犯罪者が目をつけ、セキュリティ対策が万全ではない取引所をターゲットにしている状況がうかがえます。さらに、取引所の脆弱性だけでなく、不正送金被害者のIDやパスワードが使い回しだったために簡単に悪用されたり、二段階認証を利用しないなど、利用者側の意識の問題に起因する事案も多いようです。

 なお、取引所については、金融庁が登録に向けて、利用者保護などの取り組みができているか審査を本格化させています。今年4月に施行された改正資金決済法で、仮想通貨の取引業者は国への登録が義務付けられました。審査では、仮想通貨には価格変動に伴う損失のリスクがあることを利用者にきちんと説明できているか、自社の資産と利用者から預かった金銭や仮想通貨とを明確に分けて管理できるか、コンピューターシステムのリスク管理体制が整備され、絶えず見直しているか、委託先に対する必要かつ適切な監督等を行うための措置が講じられているか、犯罪収益移転防止法(犯収法)に基づく外国PEPsであることの確認し、確認ができた範囲内において厳格な顧客管理を行っているか、など多岐にわたる項目が確認の対象となっており、この9月にも第1号の登録事業者が誕生する見込みだということです。

(5) カジノ/IRを巡る動向

 本コラムでは、「カジノ/IRからの暴排」も重大な関心をもってとりあげてきておりますが、この秋の臨時国会に提出される予定のIR実施法案の動向とあわせ、関連情報を今後も取り上げていきたいと思います。

 さて、直近では、大阪市の人工島・夢洲へのカジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致に積極的に取り組んでいる大阪府と大阪市が、有識者会議による大阪でのIRのあり方をまとめた基本構想案の中間骨子を公表しています。

大阪府 IR推進会議

第5回会議 資料2-1 大阪IR基本構想(案)・中間骨子

 国としてのIRのあり方については、既に特定複合観光施設区域整備推進会議の検討状況が公表されているところですが、今回の大阪の基本構想案(中間骨子)は、自治体としての独自の対策等を盛り込んでいる点が注目されます。ただし、反社会的勢力対策やテロ対策、犯罪抑止対策等については、現時点で独自色の詳細までは示されていませんが、「ギャンブル等依存症対策」については、かなりのスペースを割いて取り上げられている点が興味深いところです。その基本的な考え方としては、「ギャンブル等依存症は適切な治療と支援により、回復が十分可能とされながらも現時点では医療体制や相談支援体制が乏しく、必要な治療および支援を受けられない依存症患者も存在する。また、依存症に関する予防教育も不十分と言わざるを得ない。このため、大阪府・大阪市では、「IRの実現を契機に依存症対策のトップランナーをめざし、発症・進行・再発の各段階に応じた、防止・回復のための対策について、世界の先進事例に加え、大阪独自の対策をミックスした総合的かつシームレスな取組み(大阪モデル)を構築する」、「エリア(カジノ施設、夢洲、府内全域)毎に、メリハリの効いた支援、対策を実施する」、「これらの対策にかかる財源にはカジノからの入場料・納付金収益の一部をあてる」といった方向性が示されてます。また、具体的な対策として、以下のような独自の方策が示されており、参考になります。

  • 最先端の技術を導入した入場規制やゲーミング規制の導入
    • 最先端の認証・排除プログラム(顔認証、生体認証等の複合利用)による入場確認
    • 依存症者及び依存症予備軍の早期発見のため、賭け金額等のデータ化など、最先端の技術を活用したゲーミング規制
  • 依存症に対応する大阪アディクションセンター(依存症の本人及び家族をとぎれなく支援するための相談・治療・回復ネットワーク)への加盟機関の増加によるネットワークの充実及び加盟機関によるアディクションセンターの積極的な活用による依存症者への対応力の向上
    • 顔の見える連携体制の推進
    • 依存症への対応力の向上(連携のための専門研修・事例検討会の実施)
    • 依存症支援に関する情報の充実(ホームページ、啓発媒体など情報収集・発信)

 また、これとは別に、「ギャンブル依存症対策」に関連して、政府もギャンブル等依存症対策推進関係閣僚会議でその対策案をとりまとめています。

首相官邸 第3回ギャンブル等依存症対策推進関係閣僚会議(平成29年8月29日)

ギャンブル等依存症対策の強化について【概要】(案)

 本案では、例えば、「事業者の対応」として、「全主催者等に依存症対策担当を設置、相談対応マニュアル等を作成、従業員教育を順次実施」「RSN(リカバリーサポート・ネットワーク)の周知のため、営業所の広告に相談窓口を掲載、相談員の増員、相談時間の延長、専門医等の紹介等」があげられています。また、それ以外にも、「ガイドライン等を作成し、競走場・場外券売場において本人申告によるアクセス制限の運用を開始」、「家族申告によるアクセス制限の仕組みの構築」、「インターネット投票において購入限度額を設定できるシステムを、次期システム改修に併せて構築」、「本人申告による解約等がなされた場合、一定期間は再契約等の申請を受け付けず、アクセス制限措置を継続する仕組みを構築」、「出玉規制の強化等のため、風営法施行規則・遊技機規則を改正」、「出玉情報等を容易に監視できる遊技機の開発・導入のため、遊技機規則を改正」、「ATMのキャッシング機能の廃止又はATMの撤去」、「ギャンブル等依存症に関する全国調査を9月中を目途に取りまとめ。今後も継続的に実態を把握」、「保健師・看護師・精神保健福祉士・社会福祉士・公認心理師がギャンブル等依存症に適切に対応できるよう、養成カリキュラム等を見直し」、「依存症について取り上げる高等学校学習指導要領解説の作成に着手」、「貸金業、銀行業における貸付自粛制度の整備」といった多方面にわたる内容があげられています。

 このうち、例えば、パチンコの依存症対策として、警察庁は、出玉の上限を現行の約3分の2に抑えるよう風俗営業法施行規則などを改正し、来年2月1日から施行することが決まっています。警察庁が実施していたパブコメに寄せられた意見は約14,000件もあり、報道によれば、「1日に使える遊技料金を規制するべき」「遊技の長時間化を招く。依存症対策として逆効果では」などの意見があったようですが、当初の予定通りの改正となりました。また、ギャンブル依存症に関する全国調査という点では、公益財団法人による興味深いレポートが公表されています。

日工組社会安全研究財団 全国調査結果の概要を公開しました

パチンコ・パチスロ遊技障害全国調査 調査報告会

 本調査で、最近12 ヶ月の遊技・公営競技・宝くじ等への参加状況をたずねたところ、最も多いのが宝くじで33%、続いてパチンコ・パチスロで11%、LOTO 9%と続き、「現役プレイヤーである(最近1年未満に遊技経験あり)」と回答した人は、全体の11.5%であったことから、18~79 歳の日本の人口のうち、おおむね1,100 万人と推計されるとしています。そのうち、最頻値は、来店頻度が週1 回程度、1 日あたりの平均遊技時間が3~4 時間、ひと月あたりの平均負け額が1~2 万円であること、パチンコ/パチスロではパチンコを選ぶ者が高年齢層と女性に多いこと、低価格台を選ぶ者が高年齢層に多いこと、男女差はないことなどの実態も浮かび上がっています。また、「直近あるいは生涯の特定の1 年間において、パチンコ・パチスロ遊技障害を有している(有していた)おそれがある」と推測される人は、人口推計で894,876 人にも上り、「直近1年間において、パチンコ・パチスロ遊技障害を有しているおそれがあると推測される人」も、人口推計で399,799 人に上ることが指摘されています。さらに興味深い傾向として、パチンコ・パチスロ遊技障害のおそれのある人は、そうでない者にくらべ、「離婚の経験がある人」「預貯金のない人」が多いこと、また、来店頻度が高く、平均利用時間が長く、平均負け額も高いという結果となりました。さらに、過去にパチンコ・パチスロ遊技障害に準じるような問題を経験したか尋ねたところ、現役プレイヤー、過去プレイヤーいずれも2 割程度が問題を経験したと申告、問題の内容は、「行動の自己制御困難」が6 割弱、「経済的困難」と「思考のとらわれ」がそれぞれ3 割程度ありました。これまでこのような実態調査はなく、今後も継続的に実施していくことで、予防や治療、回復などにつながるものと期待されます。

(6) 犯罪インフラを巡る動向

・ネーム・ローンダリング

 最近、顧客の利便性や女性活躍推進、LGBTなど様々な性のあり方やその心情に配慮するような形で、旧姓や通称名の利用範囲が拡大しています。具体的なものとしては、例えば、以下の通りです。

  • 政府は、銀行業界に対し、結婚前の「旧姓」を使って、銀行口座を円滑に開設・利用できるよう対応を要請しています。銀行口座は現在、本人確認を徹底する観点から、結婚で姓が変わると、名義変更を求められるケースが一般的であり、各行は旧姓での利用を認めるかどうかは「合理的な理由が必要」などという姿勢で、現場の裁量に委ねられているのが実情です。この点、女性活躍推進の一環としての対応要請であり、全国の自治体にも同様の対応を要請する方向だということです。
  • 厚生労働省は、健康保険証について、日常で使う「通称名」の記載を認めることを都道府県や公的医療保険の運営者に通知しています。昨年、国民健康保険の保険証では通称名の記載を認めましたが、会社員向けの健康保険組合や協会けんぽ、75歳以上が入る後期高齢者医療の保険証でも取り扱いを統一しました。なお、保険証を本人確認書類として利用できるよう、表面に通称名を載せた上で、裏面に戸籍上の氏名を併記することなどが条件となるようです。ただし、前述のAML/CTFにおけるFATFの第4次審査等では、先進国では日本でのみ本人確認資料として認められている健康保険証等の「顔写真のない証明書」の取り扱いの厳格化が要請され、将来的には変更される可能性があります。
  • 政府は、国家公務員が政府の公文書に名前を記載する際、旧姓使用を全面的に認めると発表しています。これまでは各府省の内部文書などに限って旧姓使用を認めてきましたが、今後は本人が希望すれば、法的効果を伴う行政処分や立ち入り検査など、国民向けに出す法令上の文書についても原則として認めるということです。

 とりわけ銀行口座や健康保険証などは本人確認手続きと密接に関係するものですが、AML/CTF等の観点から「厳格な顧客管理」が求められている中、利便性を高めて規制を緩めるのは、それに逆行する形となります。今後は、「名寄せ」の精度をいかに高めていくかの観点からの実務の深化が求められるのではないかと思われます。本コラムでたびたび指摘しているように、「本人確認」は様々な「KYCチェック」(反社チェックやAML/CTF、制裁リストスクリーニング等を総称)のベースとなるものであり、本人確認の精度がKYCチェックの精度に大きく影響することは言うまでもありません。それは、現状のKYCチェックの実務が、反社DBや各種制裁リスト、あるいは、インターネット上の風評等の「検索/スクリーニング」がメインとなっていることに起因します。(「あいまい検索」をどこまで行うかにもよりますが)苗字が異なる、文字が異なるだけで「検索/スクリーニング」から逃れることができることから、犯罪者は、偽装結婚や偽装離婚、偽装養子縁組など「ネーム・ローンダリング」を行っています。中には、得度と呼ばれる出家によって法名(僧名)を与えられることを悪用して戸籍上の名前を変更するネーム・ローンダリング・スキームもあるようです。さらには、前述した通り、国内では「写真付証明書」でない書面も本人確認書類として認められている点も、このようなネーム・ローンダリングによる詐欺等を許してしまう要因ともなっています。また、通称名は在日外国人の場合、比較的簡単に変更することが可能であることから、さらに注意が必要だと言えるでしょう。旧姓や通称名の利用範囲の拡大の利便性が本人確認の精度を落とすリスクを孕んでいることを認識して、実務上は「厳格な名寄せ」を実現のうえ、慎重な運用を行うべきだと言えます。

 なお、実際にあった「複数の名前を使い分けている事例」を以下に紹介しておきます。

bohai20170911

 本件は、A社の代表取締役B(佐藤信一)と、同じくA社の会長という名刺をもっているC(左藤真一)が「文字違いの同性同名」であることを不審に思ったクライアントからの分析依頼で判明した事例となります。当社で、広く関連情報を収集して分析を行った結果、相関図に登場するすべての関係者が同一人物であり、複数の名前を使い分けていると推認できる状況であることを突き止めました。

 具体的には、A社およびD社の社長を務めるB(佐藤信一)については、D社の創業者とされるE(伊藤信一)と別姓で同名という関係があり「苗字の変更」という状況がうかがわれました。さらに、D社の本店所在地の所有者として登記されているF(伊藤真一)については、E(伊藤真一)から「改名」したことが確認できました。なお、このF(伊藤真一)については、「苗字の変更」によってC(左藤真一)となりうることが推認されました。また、このC(左藤真一)は、A社の会長であることは名刺で示すのみで登記の事実はなく、同時にD社の社長であることについても新聞報道等で確認されるのみで登記の事実はなく、B(佐藤信一)とC(左藤真一)がA社の社長(正しくはB)として同一人物であること、C(左藤真一)とE(伊藤真一)もD社の社長として同一人物であること(正しくはE=F)ことなどから、関係者すべてが同一人物であり、複数の名前を使い分ける形で「ネーム・ローンダリング」を行っていると推認するに至りました。さらに、このうち、D社の創業者(社長)であるE(伊藤真一)と同姓同名・同年齢で同一性の高い者が暴力団関係者と脅迫容疑で一緒に逮捕されていることが、反社DBのスクリーニング結果から判明しました。これらの分析結果をふまえて、依頼したクライアントにおいては、A社の代表者が暴力団と関係を有する共生者であると見なして、大口取引を見送る方向で検討に入りました。

 (かなり分かりにくい事例となりましたが)姓が異なるから、名が文字違いだからといって、必ずしも別人とは限らないということを示すもので、広く情報を収集・分析することで、犯罪者の意図して仕向ける「安易な思い込み」に流されず、細心の注意を払って相手を見極めることが重要であることがご理解いただけると思います。

・本人確認の脆弱性

 前項とも関連しますが、本人確認の脆弱性を突かれた新しい犯罪が発生しています。

 まず、アップルペイ(Apple Pay)で、他人名義のクレジットカードを使って商品を購入する詐欺事件が発生しています。アップルペイの決済には指紋認証が必要で、登録されたカード情報はその都度暗号化され、スマホの画面にカード番号や有効期限が表示されないだけでなく、小売店にもアップルにもカード情報が一切残らない仕組みであり、その高度な安全性が高く評価されていました。今回の事件で、本人確認に脆弱性があったことが明らかとなりました。カード情報を登録する際の本人確認は、各発行会社に任されており、企業などへのサイバー攻撃やフィッシングで流出したカード情報がいったんスマホに登録されれば、店舗での不正利用を防ぐことは難しくなる点が突かれた形となります。実際の事件では、アップルペイの利用に必要な発行会社がショートメッセージサービスやメールで発行する認証番号について、男らが「電話番号を変えた」などと名義人になりすまし、自分のアイフォーンの電話番号やメールアドレスを伝えて認証番号を送らせていたと推測されます。つまり、名義人になりすましていることを認識できない本人確認の甘さがあったということになります。どんなに新しいサービスや高度なセキュリティでも、「人」の運用部分には脆弱性が存在する点を犯罪者はいち早く見抜いたといえ、犯罪者のスキル・ノウハウの高さにあらためて脅威を感じます。

 他にも新たな事例として、住宅に旅行者を有料で泊める「民泊」が犯罪グループの滞在拠点などに悪用されているというものがありました。報道(平成29年8月10日付日本経済新聞)によれば、偽造カードでATMから現金を不正に出金したとされる台湾出身の男3人の「滞在先(アジト)」として、あるいは、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕した男女らの場合、米国から覚醒剤約1キロを無許可とみられる都内の民泊施設に発送、別の住宅に転送させて受け取る手口で発覚を逃れようとした「経由地」として、それぞれ悪用されていました。このように、民泊が「犯罪インフラ化」している背景には、宿泊者と面会しないまま部屋を提供するなど本人確認の不十分な物件が多いこと、そもそも無許可で営業する家主が多いことがあげられます。いくら国が本人確認の強化を求めても、このような状況では、どこまで徹底できるか疑問です。また、たとえ、本人確認を実施したとしても、現在の管理状況では、本人確認時に偽造パスポートを使われたり、部屋を犯罪者に無断で転貸されたりする懸念が残り、いずれにせよ、「犯罪インフラ化」から免れることはできない状況です。今後は、ネット上の「非対面取引」における本人確認手続きの厳格なスキームが有識者会議等で検討されることもあり、民泊においてもその成果を応用していち早く導入できるよう検討を進めておく必要があるものと思われます。

・所有者不明の土地

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年8月号)で取り上げた「地面師」の問題(登記手続きの脆弱性)に関連して、所有者不明の土地問題もクローズアップされています。法務省が今年行った全国10万筆を対象に実施したサンプル調査では、最後の登記から50年以上経過している土地が22.4%にのぼり、90年以上も経過している土地も5.6%あるとの結果になったほか、別の有識者会議の推測では、九州の面積を超す広さの所有者不明の土地が存在するとの結果となりました。その背景には、土地を相続しても、きちんと登記をしない人が後を絶たないことがあげられます。その結果として、自治体は必要な都市計画を実行できない状況であり、災害に見舞われれば復興の阻害要因となってしまいます。また、犯罪者等による不正な登記や不法な占拠が行われれば、正当な権利を主張して自治体や企業等に対する高値での買い取り要求や様々なトラブルへと発展しかねません。また、海外の所有者に転売されるなどすれば、国の安全保障上の問題になる可能性すらあります。所有者不明の土地をこのまま放置すれば、犯罪を助長したり、防災上の課題の妨げとなるなど、危機管理上も大きな問題を抱えることになります。法務省が今年実施を予定している本格調査では、司法書士らに委託し、不動産登記簿や戸籍などから所有者が生存しているかどうかを割り出し、死亡していれば法定相続人をたどって、相続登記するよう促したり、法定相続人一覧図もつくり、公共事業などの所有者調査に活用できるようにするということです。このような地道な取り組みによって、将来の危機(クライシス)の芽を摘んでいくことは極めて意義のあることだと思います。

(7) その他のトピックス

・忘れられる権利を巡る動向

 本コラムでもたびたび取り上げている「忘れられる権利」の動向については、今年1月の最高裁の「プライバシー保護が情報公表の価値より明らかに優越する場合に限って削除できる」と削除に高いハードルを課した判断が出て以降、それに沿った判決が続いています。直近では、約10年前に資格のない者に一部の診療行為をさせた疑いで逮捕され、罰金刑を受けた歯科医師が、グーグルで自分の名前を入力すると、かつて逮捕された際の記事が検索結果として表示されるとして、グーグルに検索結果の削除を求めた訴訟で、横浜地裁が、歯科医の請求を棄却する判決を言い渡しています。本件を報道されている範囲から最高裁の基準に照らせば、「約10年前」の「歯科医師法違反」事案については、公益性(知る権利)がプライバシーの侵害に優越すると理解することができます。ただし、この歯科医の逮捕歴については、削除を求めた仮処分の申し立てを受け、東京地裁が2015年、グーグルに検索結果削除を命じる決定を出していたことから、同社の検索結果には逮捕されたことを巡る記事が表示されない状態になっているようです。

 本件も含め、これまでの多くのケースにおいて、忘れられる権利が日本で認められるためのハードルが高い状況にある(知る権利を重視する方向にある)一方で、インターネット上においては、新聞等のメディアが個人情報保護を盾にした個人からの削除要請に比較的応じている事実や、(一度表示されると半永久的に削除されない、検索が可能というネットの特性もあり、顕名での報道に慎重にならざるを得ず)匿名報道化が進んでいること、(同様の観点から)一定期間経過後に報道記事自体を削除していることなど、現実の報道においては、知る権利がやや軽んじられる傾向にあるように感じます。反社会的勢力など犯罪者は不透明化の度合いを強め、ますます潜在化していく一方ですが、このようなやや安易な削除・匿名化傾向は、事業者にとっては、インターネット検索や記事検索を行ってもヒットしない(該当しない)という形で、本質的かつ潜在的なリスク(例えば、暴力団や詐欺犯の再犯率の高さなど)を見抜くことが難しくなっており、そのことによって、彼らの不透明化とその活動をさらに助長するのではないかと危惧されるところです。

・パナマ文書

 ドイツの地方紙「南ドイツ新聞」が、匿名の情報提供者から、2.6テラバイトのモサック・フォンセカ法律事務所関連文書=「パナマ文書」を入手して2年が経過しました。世界の富裕層によるタックスヘイブン(租税回避地)の利用実態などを明らかにして世界に衝撃を与えたパナマ文書は、その膨大な文書量の解析に時間がかかっていたものの、ここにきて、期待される本来の役割を果たしつつあります。報道(平成29年8月24日付朝日新聞)によれば、欧州や米州の大部分の国々、韓国、インド、豪州を含む約80カ国で少なくとも150件の捜査・検査・訴追・逮捕がパナマ文書をきっかけに行われ、法人を含め6,500の納税者が当局の調査の対象となり、コロンビアやメキシコ、スロベニアなどの当局がパナマ文書の情報を使って少なくとも約1億1,000万ドル(約120億円)相当の資産を差し押さえたと言われています。それだけでなく、さらに数十億ドル(数千億円)が脱税の疑いで追跡の対象となっているとのことです。そして、日本においても、パナマ文書に名前があった日本関連の個人や法人について、国税当局が、所得税など総額31億円の申告漏れを指摘、自主的な修正申告も含め40億円弱に上る申告漏れが判明したということです(その中には、有名な企業家が、パナマ文書に記載された英領バージン諸島の法人の株式譲渡をめぐって約3億7,000万円の申告漏れを指摘された事案も含まれるなど、具体的な事案もはじめて明らかとなっています)。

 一方、これを契機に、世界的にタックスヘイブンやBEPS(税源浸食と利益移転)、課税逃れの問題がクローズアップされたことにより、国際的な包囲網として、約100の国・地域が参加する「非居住者に係る金融口座情報の自動的交換のための報告制度(CRS)」が来年までに本格稼働することとなりました。それに先立ち、日本は、タックスヘイブンで名高い英領バージン諸島やパナマ、バハマなどと積極的に租税情報交換協定の締結を進めてきている点は評価されるべきものと思われます。世界が失ってきた税収を正しく徴収して公正に配分することで、世界の格差是正にもつながることを期待したいと思います。

 しかしながら、タックスヘイブンを巡る問題の本質は、租税回避行為にとどまらず、マネー・ローンダリングやテロ資金供与、金融制裁逃れなどの犯罪を助長する「犯罪インフラ」機能にあります。国際安全保障の脅威となる北朝鮮等やテロリスト、反社会的勢力などにつながる資金の流れを断ち、犯罪や脅威を抑えこむという視点から、「真の受益者」にかかる資金の流れを解明することこそ急務であり、正にその視点からパナマ文書の解析、そこ(モサック・フォンセカ)を経由地点として、流入と流出の両面からの資金の流れを解明することは、極めて重要なことだと考えます。

・役職員の犯罪リスク

 役職員の中には「常識の異なる」素行不良の者が確実に存在するものですが、そのような者が罪を犯すことで企業名とともに報道されてしまう事例が相次いでいます。海外でも、セクハラやいじめ、その他の不正行為等不祥事のオンパレードで創業者CEOが辞職に追い込まれた米ウーバーテクノロジー社の事例は記憶に新しいところですが、直近1か月に国内で報道された事案についていくつか列記してみます。

  • 他人に譲渡する目的で口座を開設し、キャッシュカードをだまし取ったとして、詐欺容疑で陸上自衛隊の陸士長が逮捕されています。容疑者は10以上の口座を開設していたといい、振り込め詐欺事件の振込先となっていたことで発覚したということです。
  • 石川県の中学教諭(学校名も報道)が、自分の銀行口座を特殊詐欺グループに譲り渡したとして、犯罪収益移転防止法違反などの疑いで書類送検されています。さらに、押収した携帯電話やメモから、少女へのわいせつ行為も発覚、いしかわ子ども総合条例違反の疑いでも逮捕されています。当該教諭については、地方公務員法(信用失墜行為の禁止など)に違反すると判断され、懲戒免職処分となっています。
  • 乾燥大麻約0.4グラム(末端価格約2400円)を所持した疑いがあるとして、神奈川県の中学教諭(学校名も報道)が、大麻取締法違反(所持)で逮捕されています。路上に放置されたリュックサックの中から乾燥大麻が見つかったことから、持ち主である容疑者の逮捕につながったといいます。
  • 子どもへのわいせつ問題を起こした教員(この事例は、女子児童への強制わいせつ容疑で逮捕された愛知県の公立小の臨時講師が、埼玉県内の小学校教諭時代に、児童ポルノ事件で停職処分を受けたことを隠して採用されていたというもの)の処分情報の共有に向け、文部科学省は来年度から、都道府県教育委員会間で運営する「教員免許管理システム」の大幅改修に乗り出すということです。この事件を契機として、免職や停職になった事実を伏せて別の場所で教員に再雇用されうる点が問題視されていました。
  • 覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、トヨタ紡織社員(35)が逮捕されています。容疑者の父親が「息子の様子がおかしい」と交番に相談、自宅から警察署に任意同行を求め、尿検査で陽性反応が出たため逮捕に至ったとされます。
  • 危険ドラッグ「ラッシュ」を自宅に所持していたとして、医薬品医療機器法違反(所持)の疑いで、北陸朝日放送編成部係長が逮捕されています。別の薬物事案に絡み自宅を捜索したところ、発見したものということです。

 これらを見る限り、痴漢や薬物、犯罪組織との関係など、一般常識の範疇と考えられるリスクですら、もはや役職員個人の問題にとどまらず企業の危機管理のひとつのテーマとして取り組むべき状況となっていると言えます。したがって、役職員の常識が均質であるとの幻想を前提にした、ただ単に常識に働きかける研修・啓蒙だけでは、リスク対策として十分ではなく、企業はあらためて教育研修のあり方、役職員の管理のあり方から見直す必要があると言えます。また、そのような素行不良の端緒をどうすればつかめるのかの検討もリスク管理の観点から必要です。現行の管理職は部下の行動を正しく認識・把握できているか、部下から周囲の人間の不審な兆候に関する情報があがってくる状況か、内部通報制度がそのような端緒情報の吸い上げに役立つ形で機能しているか、抜き打ち監査を有効に実施できているかなど、見直しのポイントはたくさんあるはずであり、できるところから着手していただきたいと思います。

・専門家リスク

 本コラムで以前(暴排トピックス2017年3月号を参照ください)取り上げた京都府立医大事件における専門家リスクについては、まず、「専門性」を巡る問題が指摘できます。この点については、専門家がプロとして判断したものを尊重することが司法手続きの前提であり、臓器移植患者のその後の健康状態を判断することは非常に難しく、専門家でも収監の判断が分かれる可能性があり、「医師が100人いれば100通りの判断がある。前例がなく、診察した医師の判断が間違っていると外部からは言えない」、「医療行為の裁量の広さから立証は困難」といった報道を紹介しましたが、直近の報道では、京都府が開催した外部調査委員会において、委員から、医局内での協議内容や治療方針などについて、カルテに十分記載されていない部分があるとの指摘があったということです。「専門性の高さ」を巡るハードルは高いものの、暴力団との密接な関係を示すものを導き出すことができないか注目されるところです。

 また、もう1つの問題として、病院・医師の場合、医師法上の「応召義務」(診察治療の求めがあった場合、正当な事由がなければ拒んではならないとする規定)との関係で、患者が暴力団員であるからといって診察を断ることはできないこと、暴力団員に対する医療行為は、いわゆる、暴排条例の適用除外規定の中の「法令上やむを得ない場合」に該当し、属性だけで原則断ることはできないことを指摘しました。さらに、「応召義務」については、欧米の医療のあり方として、「患者が医師を選ぶ権利、医師が診察を拒否する自由」があると考えられている点と極めて対照的であり、その趣旨をあらためて見直す時期にきているのではないかとも指摘しました。さらに、暴力団の幹部クラスであれば、暴れる、不当な要求を行うなどして周囲に迷惑をかけるようなケースはほとんどないのが現実であり、加えて、(おそらくは)金払いもよいことから、病院経営上の観点から、「VIP」的に扱われる可能性すら否定できない点も問題をさらに深刻なものにしているとも指摘しました。この医師に課されている「応召義務」を巡っては、直近の報道で、東京や新潟で研修医の過労死が判明したことを受けて、「東京過労死を考える家族の会」や勤務医でつくる「全国医師ユニオン」などが、「前近代的な内容で、過重労働を助長している」と指摘し、廃止か改正を求める動きがありました。また、この点については、政府の働き方改革実行計画で医師の残業規制は応召義務を理由に5年間猶予されているものの、有識者会議が労働時間短縮などの検討を始めている状況にあり、そのあり方が見直される状況にあるようです。

 さて、医師の専門家リスクとは別の視点から、軍事的研究を巡る専門家リスクについても重要な問題でです。最近の朝日新聞の調査によれば、学内に研究指針などの基準を持つ大学が3割にとどまる結果となったということです(平成29年9月3日付朝日新聞)。日本学術会議が、大学などの研究機関に対して軍事的研究を技術的、倫理的に審査する制度を求める声明を今年3月に出していますが、整備が進んでいない状況にあります。なお、日本学術会議の「安全保障と学術に関する検討委員会」の声明は、軍事目的の科学研究を認めないとした1950年と1967年の声明を継承した軍事的研究に否定的なもので、事前の調査でも、大学側の4割が「堅持すべきだ」と慎重な姿勢を示していました。それに対し、本コラム(暴排トピックス2017年3月号)では、民生技術と軍事技術の相乗効果が科学の発展をもたらしている側面があること、防衛・軍事研究の成果が、北朝鮮やISに悪用され、その活動を助長することはあってはならないが、同様の技術によって、彼らの攻撃を無力化する、その脅威を減じさせることもできるのであり、それこそが立派な防衛・軍事研究の成果・転用であって、功罪両面(二面性)があることも忘れてはならない(軍事用と民生用のどちらにも使える技術=デュアルユースという点が技術のもつ本質的な性格でもある)ことを指摘しています。特に、基礎研究分野においては、どちらに転用されるか功罪の見極めの難しい技術もあり、研究者の倫理観からみても難しい判断が迫られるケースも少なくなく、だからこそ「軍事的研究を技術的、倫理的に審査する制度」が必要だと言えます。言い換えれば、技術の進歩の可能性を一律に規制すること(そして、技術的・倫理的審査体制を構築するという姿勢すらもたないこと)は大学をはじめとする学術界のあり方としてふさわしいとは言えないのではないか、研究に携わる者、それを応用する立場にある者は、その二面性に配慮し、「専門家リスク」の危険性を十分に認識した対応をすべきではないかと考えます。

・医薬品業界を巡る動向

 ここ最近、本コラムでは、医薬品業界(関連して医療業界)のリスク感性に問題があるのではないかと指摘し続けています。そもそもこの業界においては、医薬品が生命に関わるもので厳格な管理が求められること、高額な商品であれば転売リスクが高くより一層管理を厳格化する必要がある、といったリスク管理上の常識から見れば、今さらこのレベルでよいのかという状況にあります。医薬品業界や医療業界では安心を蔑ろにする不祥事が相次ぐことをふまえれば、まずはこの「世間一般からあまりにも乖離したリスク感性」から正していく必要があると思われます。

 ただ、残念ながら、直近でも、複数の専門家による信じられない犯罪が発生しています。それは、他人のさい帯血を使った再生医療が無届けで行われていたという問題であり、本件では、愛媛、京都、高知、茨城4府県警の合同捜査本部によって、さい帯血販売会社社長、医師ら男女6人が再生医療安全性確保法違反(計画未提出)容疑で逮捕されています。同法違反での摘発は全国で初めてとなりますが、延べ約100人の患者に無届け投与され、少なくとも約3億円が容疑者側に流れたと言われています。本件において、「あまりにも乖離したリスク感性」として問題視すべきは、さい帯血を使った治療では、感染症や拒絶反応など、命に関わるトラブルも起き得ることをふまえ、組織適合性のチェックなど万全の安全対策を講じて使用されるべきところ、それが有効性が確かでない大腸がんなどの治療や若返り美容に乱用されていた(治療目的やカルテの改ざん、さらにはその隠蔽工作を行っていた)という点にあります。加えて、人体の組織が営利目的で売買されていた事実(つまり人身売買・臓器売買と同じレベルということ)は重く、それも専門家の手で安心を蔑ろにして営利目的のために積極的に悪用された事実もまた極めて重いものです。関係者はその重さを深刻に受け止め、再発防止を講じていただきたいと思います。
なお、美容目的が本来の医療(治療)目的から逸脱して問題となっているものとしては、「超高級美容クリームより医療用医薬品がいい」と様々な媒体で取り上げられていることをきっかけに、美容目的であるにもかかわらず、医師や患者のコスト意識が低いこともあいまって、医薬品が安易に処方され、結果として医療費を押し上げている構図があげられます。医薬品の販売元が記事の撤回を求め続けていても、意識の低い(患者ではなく)消費者や(治療による報酬が絡む)医師が存在することで、この構図を脱するのは難しいようです。

・北朝鮮リスクを巡る動向

 北朝鮮有事リスクが極限まで高まっている状況にあります。8月29日早朝に発射した弾道ミサイルが日本上空を通過、「これまでにない深刻かつ重大な脅威」(官房長官)となったのに続き、9月3日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)装着用の水素爆弾の実験を行うなど、その挑発が続いています。また、最近では、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙が報じた「電磁パルス攻撃」の脅威も現実のものとなりつつあります。「電磁パルス(EMP)攻撃」は、ひとたび発生すれば被害が日本全土の広範囲に及びかねない巨大なリスクでありながら、現時点で、発電所、通信網、交通網など幅広いインフラを防護する技術は確立されていない状況にあります(一方で、直近の報道では、防衛相がEMPを「古い技術」として北朝鮮による実行可能性に否定的な見解を示しています。高度な情報戦の一環の可能性もありますが、いずれにせよ、現状の分析を行いつつ、中長期的にEMP防護技術の検討を進める必要があると思われます)。このような状況の中、以前も指摘した通り、北朝鮮有事リスクの増加に対して、軍事的脅威、ミサイル落下という人命に直接関係する事項に対する備え(自分の身を守る行動の確認等)ももちろん重要ですが、事業者にとっても、北朝鮮リスクの拡がり(北朝鮮に関係する個人や団体等との取引の禁止はもちろんのことサプライチェーンからの北朝鮮関係者の排除、北朝鮮によるサイバー攻撃による被害の防止など)に注意が必要な状況となっています。

 国連安全保障理事会で北朝鮮に対する制裁を大幅に強化する決議が全会一致で可決されました。安保理による北朝鮮制裁決議は、2度の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を受けて8月5日に採択して以降、9回目となります。今回の決議の内容は、報道によれば、当初盛り込まれていた金正恩朝鮮労働党委員長らの資産凍結が見送られたほか、初めて原油や石油精製品の輸出制限が盛り込まれました。このほか、天然ガス液などは全面禁輸、北朝鮮の主要産品である繊維製品の輸出を禁止することなどが盛り込まれています。また、本コラムでも以前紹介した、北朝鮮の資金源となっている海外派遣労働者については、就労許可の発給を禁じたものの、決議採択日よりも前に書面で雇用契約がある場合は例外とされました。

 なお、これに先立ち、前回(7月28日)の弾道ミサイル発射を受けて、日本の独自措置の一環として、資産凍結等の措置の対象者を拡大していますので、参考までにご確認いただきたいと思います。

外務省 外国為替及び外国貿易法に基づく資産凍結等の措置の対象者の拡大について

 本件は、8月25日の閣議了解「外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮の核その他の大量破壊兵器及び弾道ミサイル関連計画その他の北朝鮮に関連する国際連合安全保障理事会決議により禁止された活動等に関与する者に対する資産凍結等の措置について」において、北朝鮮の核その他の大量破壊兵器及び弾道ミサイル関連計画その他の北朝鮮に関連する国際連合安全保障理事会決議により禁止された活動等に関与する者として新たに6団体・2個人が指定されたことに伴い、これらに対する外為法に基づく資産凍結等の措置を講じたものとなります。これによって、外務省告示により指定される者に対する支払等を許可制とする、外務省告示により指定される者との間の資本取引(預金契約、信託契約及び金銭の貸付契約)等を許可制とする措置がとられています。

 参考までに、金正恩氏の資産凍結に絡み、報道(平成29年9月8日付朝日新聞)によれば、同氏らが使う「革命資金」と呼ばれる資金が、スイスや香港、中東諸国などの様々な金融機関の偽名口座に、計30億~50億ドル(約3,300億~5,400億円)隠されているとの韓国・IBK企業銀行の研究委員の証言が紹介されています。また、国際的な制裁包囲網が進み外貨獲得の手段が限られている中で、北朝鮮ハッカーが、韓国内のATM63台をハッキングして約238,000人分のカード情報等を盗み、捜査中の中国人共犯者を経て、日本や韓国、タイ、台湾の犯罪集団に情報を売り込んだといった報道もありました(一連の事件であわせて1億ウォン(約940万円)の被害が発生しています)。北朝鮮によるサイバー攻撃をめぐっては、昨年、バングラデシュの中央銀行が攻撃を受け、88億円余りが盗まれた事件もあり、こうしたサイバー攻撃により得られた資金が核やミサイルの開発にあてられる可能性が指摘されています。

・訓練の重要性

 北朝鮮の度重なる弾頭ミサイルの発射を受けて、各地で避難訓練が行われるようになっています。以前も紹介したように、これまで「避難訓練はいたずらに脅威をあおる」との批判も根強いものがありましたが、さすがに今は、現実を直視して、国民がミサイル対処訓練に参加する素地が醸成されつつあります。危機管理上は当たり前のこの訓練がこれまで実施されずにきたのは、「脅威を認識させてはいけない」という誤った危機管理意識が蔓延っていたことに由来しています。脅威を認識させないことこそ「真の脅威」であり、まずは脅威を認知するところから危機管理は始まるとも言えます。

 これに関連して、危機管理上、緊急事態等に遭遇した人間が陥る心理的作用についても正しく認識しておくべきであり、その作用から正しく逃れるためには日頃からの訓練が極めて重要です。例えば、人間が予期しない事態に対峙したとき、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)が働き、物事を正常の範囲だと自動的に認識する心の働き(メカニズム)が作動します。これは「正常性バイアス」と言われ、危機管理上は大変やっかいなものです。これは心理的作用であって逃れることは難しいとされますが、日頃からの訓練を通じて、日常と非日常の切り替えに翻弄されず、冷静に対応できるようになるとも言われています。また、「確証バイアス」と呼ばれる作用もあり、「自分が好きなもの・信じていること・慣れ親しんでいる価値観(世界観)」などが固定観念としての確証バイアスを生み出し、その結果、見たいものだけを見て聞きたいものだけを聞くという状況を作り出してしまいます(例えば、無意識に見るネットニュースは自分の見たいものにどんどん偏っていきます)。この確証バイアスが強くなると、客観的な事実の検証や中立的な価値の判断ができなくなり、すべての情報・知識が「自分の見たい世界」に合わせて自動的に取捨選択されてしまうことになり、現実をあるがまま直視することが難しくなります(それが、犯罪や事件・事故に巻き込まれている際にマイナスに作用する危険があります)。さらには、緊急事態が発生した現場において、自分以外に大勢の人がいると、取りあえず周りに合わせようとする心理状態である「多数派同様バイアス」も働く可能性があります。例えば、電車火災が発生しているのに、周りが逃げないから自分も逃げないで大丈夫だろうと(相互に)信じ込んでしまうことで、結果的に大勢の人が逃げ遅れてしまう状況を招くことがあるのは、このためだと言われています。なお、これに関連して、災害(アクシデント)発生時、10%の人間は直ちに行動を起こすことができ、10%の人間はパニック状態に陥り、80%の人間は恐怖、唖然、当惑、フリーズする(凍りつく)という「ジョン・リーチ サバイバーズ・クラブ 10-80-10理論」も有名で、多くの人がフリーズしたりパニックに陥る中、冷静な一握りの人間の行動(例えば、大声で行動を指示するなど)が多くの人間の生死を分けることもあります。いずれにせよ、日頃からの訓練を積み重ねておくことが、万が一の際の行動に大きな良い影響を及ぼすことを十分認識していただきたいと思います。

 また、訓練は、本番に向けて危機管理上の課題を抽出する良い機会ともなります。
今回の北朝鮮による弾道ミサイル発射の際には、Jアラート(全国瞬時警報システム)が北海道や東北など12道県の617市町村に発令されましたが、24市町村で防災行政無線から情報が流れないなどの不具合が発生し、20市町村で機器の設定ミスがありました。原因として、システムに対する習熟度が低いことがあげられており、消防庁は、研修会で、設定方法や警報が出た際の適切な行動などについて自治体の担当職員らに説明するほか、トラブルを防ぐため、日ごろから機器の整備に万全を期したり、各自治体でテスト作業を行ったりするよう要請、Jアラートの全国的な定期訓練を毎年11月に実施している点についても、回数を増やすなど充実に向けた検討を開始するということです。一方、個人レベルにおいても、ツイッターなどで、「今ミサイル発射って、どこへ逃げるのよ?」「シェルターがあるわけでもない。周りに地下なんてない」「近くに頑丈な建物なんてない」「地震は結構経験あるけれど……」などのツイートが飛び交いましたが、正解はともかく、有事の際の自らの行動を確認する、想定してみるよい機会となった点は、今後の危機管理の強化に資するものだと言えます。なお、直近で報道された住民参加型の訓練に関する情報としては、以下のようなものがありました。

  • 青森県などは、つがる市車力町でミサイル飛来を想定した避難訓練を行っています。米軍の車力通信所にはミサイル防衛用早期警戒レーダー「Xバンドレーダー」が配備されており、市民から不安の声が上がっていた中、市立車力小や車力中の児童・生徒、住人ら約350人が参加したということです。
  • 島根県隠岐の島町で、初のミサイル落下想定訓練が実施されました。報道によれば、危機管理室長が「今回の訓練は、Jアラートなどについて住民にしっかり理解してもらう第一歩。離島は、さまざまな事態を島内で完結させる必要があり、今後もしっかり取り組んでいきたい」と述べていますが、離島ならではの対応の難しさを考えさせられるコメントだと思います。
  • 兵庫県と西宮市は、北朝鮮の弾道ミサイル飛来を想定した住民避難訓練を9月17日に同市内で実施すると発表しています。国と県、同市、県警の合同訓練で県内では初めての試みとなります。市民約850人が参加予定だということです。
  • 政府と鳥取県などは直近の弾道ミサイル発射前の8月19日に、日本海に面した同県琴浦町で、弾道ミサイルの飛来を想定した避難訓練を実施しています。住民約120人が参加し、内閣官房と総務省消防庁、鳥取県、琴浦町の共催で行われたということです。北朝鮮情勢で緊張が高まっていた4月ごろから県が市町村に打診し、琴浦町が6月下旬に応じた経緯があります。
  • 中国、四国9県で8月に行われたJアラート訓練で機器が正常に作動せず、住民に情報が伝わらないトラブルが相次いだことを受け、鳥取県は独自に再訓練を行っています。Jアラートから情報が配信されたと想定し、防災行政無線による音声が正常に流れたかや、防災メールが受信できたかなどを確認、県内の市町村でも順次、訓練を実施していく予定だということです。

 なお、9月1日が防災の日だったこともあり、直近では地震を想定した訓練に関する報道も目立ちましたが、最近では、サイバー攻撃への対処訓練、反社会的勢力への対応のロールプレイング研修など、様々な形での訓練が実施される機会が増えているように思います。危機管理・リスク管理における「訓練の重要性」に官民ともに気付き始めていることの証左であり、今後、定着化していくことを期待したいと思います。以下、最近の報道からいくつか紹介します。

  • 今年の「防災の日」では、警視庁が首都直下地震を想定した大規模な交通訓練を行いました。震度6弱以上の地震が起きた場合、中央道や主要幹線道路は「緊急自動車専用路」に指定されることをふまえ、訓練では中央道で被災車両がレッカー移動されたり、パトカーや救急車を走行させたりしました。
  • 「防災の日」を中心とした各地の訓練には、仮想現実(VR)体験や小型無人機「ドローン」など、最新機器や技術を取り入れる自治体もあったようです。那覇市ではツイッターを活用して、震度6強の地震を想定し、文頭に「訓練」、文末に同じテーマの投稿を示すハッシュタグ(#)を付け、「#那覇市災害」で市民や観光客に被災状況や写真などの訓練用の投稿を呼びかけたということです。
  • サイバー攻撃の手口や対策情報を共有する民間組織「金融ISAC」が、実際の攻撃を想定した共同演習を開いています。職場から参加したのは大手行グループなど152社、東京都内に設けた会場で演習したのが52社で、参加社数は204社に達したということです。想定したのは標的型攻撃メールやウェブサイトへのDDoS攻撃など3種類で、「刻々と変わる状況を分析したうえで、取るべき対応を点検したい」との第二地銀の担当者のコメントも報道されていました。
  • 四国電力と愛媛県警などは、四国電力伊方原発3号機で、システムがサイバー攻撃を受けたとの想定で対応訓練を実施しています。サイバー攻撃への本格的訓練は全国の原発で初めてだということです。原発のプラント制御システムに不正なプログラムが侵入したとの想定で、緊急時対策所では県警職員や四国電社員がシステムに異常が発生した状況を確認し、被害箇所の特定や復旧作業に当たりました。
  • 青梅信用金庫が、「反社会的勢力対応ロールプレイング研修」を初めて開催したということです。反社会的勢力への対応法を知らない職員が増えたことを背景に、全店が5つのグループに分かれて副支店長、店頭役席者ら計73人が受講、報道によれば、「たくさん失敗して学んでほしい」とシナリオは用意せず、各自が臨機応変に対応したリアルな内容だったということです。
  • 福岡県警が青少年からの暴排の取り組み一環として継続的に実施している「暴排教室」は、既に7年目に入ってます。福岡県警が2年前に実施した調査では、中学生以上の非行少年ら348人のうち40人が暴力団と関わりがあると回答した実態があります。また、暴力団への印象についても、お金持ち」が26人、「かっこいい」も16人いるなど、まだまだ青少年からの暴排に向けて徹底した取り組みが必要な状況だと言えます。
  • 長崎県弁護士会が、反社会的組織による民事介入暴力への対策を啓発するドラマを製作しています。脚本から監督、出演者まで全て弁護士が務め、約30分間の経済ドラマで、弁護士会が啓発用の映像作品を自主製作するのは九州では初めてということです。

・薬物を巡る動向

 警察庁「平成28年における組織犯罪の情勢」では、「資金獲得活動の変容」として、「覚せい剤への回帰」が指摘されています。同レポートにおいては、覚せい剤事犯における暴力団構成員1千人当たりの検挙人員が増加傾向にあり、平成28年には47.6人と平成19年の約1.4倍となったこと、特に覚醒剤営利犯の検挙人員に限定すると、平成19年の3.7人から平成28年には6.5人と約1.8倍になったことなどから、資金獲得活動の覚せい剤への回帰傾向が明らかです。

警察庁 平成28年における組織犯罪の情勢

 直近でも、茨城県の漁港で陸揚げされたとみられる覚醒剤約480キロ(末端価格約300億円、1,600万回分の使用量に相当)を茨城県警や警視庁などの合同捜査本部が押収しています。昨年、那覇市で摘発された過去最多の約600キロに次ぐ押収量で、暴力団組員や外国人ら計5人が覚醒剤取締法違反(営利目的共同所持など)容疑で逮捕されています。このように暴力団等の覚せい剤への回帰の背景としては、(1)覚せい剤の密売は薬物乱用者からの根強い需要がある(最近では主婦や若者など新たな層が増加している)、(2)利益率が高く魅力的な資金源である(覚せい剤1キロの仕入れ値が500~600万円である一方で、その末端価格は6,000万円を超える)、(3)暴力団がその威力を示して行う資金獲得活動が困難化している、といったことが考えられます。

 また、覚せい剤以外でも、例えば大麻の蔓延は、「大麻事犯については、20歳未満、20歳代、30歳代の人口10万人当たりの検挙人員がそれぞれ3.0人、7.9人、5.8人(それぞれ前年比+1.0人、+1.0人、+1.5人)と、若年層を中心に増加」していることや、初犯者率についても、「平成28年は77.4%(前年比+0.6ポイント)と依然として高水準にある」との同レポートの指摘から、大きな危機感を覚えます。最近では、大麻を液体状に加工した「大麻リキッド」が、繁華街などで蔓延の兆しを見せているとの報道(平成29年8月29日付産経新聞)がありました。大麻が合法化されている海外から密輸され、利用者が急増している電子たばこと組み合わせて使用されているということで、匂い等もほとんどなく周囲にもばれずに吸えるとも言われています。さらには、幻覚成分を濃縮した「大麻ワックス」の摘発も相次ぎ、その加工品も市場に出回るなど、これまで以上に「気軽に」接点を持つ可能性は否定できず、若者や初犯者が「手を出しやすい」状況になっています。既に指摘したように、このような状況をふまえ、企業としても、従業員に対するあらためての啓蒙等を行うべきだと言えます。

 また、以前の本コラムでも指摘した産業用大麻の取扱者が逮捕された問題ですが、今回新たに、大麻研究者免許を与えられていた者が、免許の有効期間経過後、都道府県庁に対して「大麻を廃棄した」旨の虚偽の廃棄報告を行った上で、大麻を不正に数十キロも所持していたことにより、地方厚生局麻薬取締部に大麻取締法違反で検挙される事案が発生しています。これを受けて、厚生労働省は、各都道府県に監視指導の徹底に関する通知を発出しています。

厚生労働省 各都道府県に大麻取扱者に対する監視指導の徹底について通知しました

通知

 主な内容としては、「大麻取扱者免許を保有していた者の免許が失効した場合についても、同大麻取扱者からの廃棄報告を受けることに加え、栽培地等へ赴き、実地で大麻の廃棄等について確認すること」「大麻取扱者免許の審査にあたっては、・・・昨今の事案等を踏まえ、各都道府県における免許業務の手順等を精査し、必要に応じて規則等を改正する等、適正な免許業務の実施を確保するとともに、免許申請者に対して関係法令を遵守すべきことを周知徹底すること」となります。共通して言えるのは、「現状をしっかり把握せよ」という点になると思います。(カジノにおける賭博行為の例外と同様)そもそも禁止薬物とされている大麻を「産業用」として例外的に取り扱いを認めている以上、相当厳格な監視態勢を講じておくべきだと言えると思います。

 また、海外では、その犯罪組織性を表す珍しい事例として、中米メキシコの犯罪組織が米カリフォルニア州サンディエゴに向けて掘ったトンネルを利用して、中国人とメキシコ人計30人が不法入国を図り、米税関・国境警備局に摘発された事件がありましたが、このトンネルは主に麻薬を密輸するために掘られたもので、中国人集団の不法入国に利用されるのは珍しく、密売組織と不法入国組織の連携といったものが垣間見られます。なお、先に紹介した「平成28年における組織犯罪情勢」においても、日本の反社会的勢力を念頭におきながら「人的ネットワーク・犯行態様等が一国内のみで完結せず、国際的に分担することで犯罪がより巧妙化かつ潜在化している実態が我が国で目立ち始めている」といった指摘があります。このような事例をふまえれば、グローバルレベルで犯罪組織同士の連携強化の動きがあると認識すべきであると言えます。正に、「犯罪捜査の分野における外国捜査機関との国際捜査共助や情報支援等といった協力を深化させながら、国内関係機関との連携も更に強化して、国際組織犯罪についての情報収集や実態解明、水際対策等を強力に推進していかなければならない」こと(その意味ではパレルモ条約の批准は必要なことだと言えます)は当然のこととして、民間の事業者においても、国際犯罪組織が外国で不正に得た犯罪収益をマネー・ローンダリングする過程で日本国内の金融機関の脆弱性が突かれたように、距離、時間の壁を越え、グローバルレベルからみて何らかの脆弱性があれば犯罪に悪用されてしまうことを厳しく認識し、国内の反社チェックにとどまらず、グローバルコンプライアンスの観点からのKYC/KYCCチェックに取り組んでいく(厳格な顧客管理を講じていく)必要があると言えます。

 また、薬物リスクの大きさを物語るものとして、米国で25~54歳の働き盛り世代の男性の労働参加率が落ち込み、主要国で最低水準に沈んでいる要因のひとつに「オピオイド中毒」を指摘する報道が相次いでいる(例えば、平成29年8月19日付日本経済新聞)ことがあげられます。オピオイドはアヘンと同じケシ由来の成分やその化合物からつくる麻薬などを指し、モルヒネやヘロインを含むもので、脳への痛みの伝達を遮断するものの中毒性が強いとされており、米では90年代に医療用鎮痛剤として普及したものです。米疾病対策センターによると、2015年の過剰服用による死者数は違法なヘロインを含めて33,000人強と、2000年の4倍近くに膨らんでいるほか、「働き盛り世代なのに労働力ではない男性」の半分弱が鎮痛剤を日常的に服用し、うち3分の2がオピオイドなど医療用であるといった調査結果もあるようです。そして、この働かない中毒患者が増えると政府や州の財政の悪化に直結するほか、オピオイド中毒の広がりは経済的に苦境に陥った白人層に目立ち、この層の不満は台頭する白人至上主義の温床にもなっているなど、薬物問題が米の存在基盤を大きく揺るがしかねないレベルまで大きなリスクとなっています。

・金密輸を巡る動向

 全国で金の密輸事件が摘発される事例が多発しています。警察庁の「平成28年における組織犯罪の情勢」においても、「平成28年中においては、金地金の密輸事案等の検挙事例から、暴力団による、規制や制度の間隙を狙った『表に出にくい、利益率の高い』新たな資金獲得活動が出現し、広まっている状況がうかがわれる」と指摘されているほか、実態として、金密輸の処分件数が、昨年6月までの1年間に過去最高の294件で、その前の1年間と比べて1.7倍に増え、脱税額も6億1000万円と2.6倍に膨らんでいます。また、1件あたりの密輸も大口化しているほか、密輸元は香港と韓国で7割以上を占めています。

 ご存知の通り、これは、金を密輸して日本で取引をすることで、消費税(8%)分の利ザヤが確実に儲けとなる仕組みを悪用したものであり、直近でも、大阪市中央区の路上で金塊を換金した直後の会社経営者らが襲われ、男3人が逮捕・起訴された事件で、男らに襲撃を指示したとして、元暴力団組員を強盗致傷の疑いで逮捕されています。また、金塊取引の情報をこの元組員に流した人物がいるとみて、大阪府警などは暴力団などが組織的に関与した可能性についても調べているということです。

 今後予定されている消費税10%に向けて、金の密輸事案への暴力団等反社会的勢力の関与にさらに注意が必要な状況ですが、財務省は、急増する金の密輸を防ぐため、また、反社会的勢力の資金源となっていることから、消費税法の罰則を厳格化し、1,000万円超の罰金を科せるように改め、2018年度にも施行すると報道されています。なお、密輸した金が市場に出回り再び国外に出るとき、政府は消費税分を還付する仕組みとなっており、密輸が増えると、日本政府が損を被る構図になっていることも背景にあるようです。いずれにせよ、「制度の間隙」を狙われていることが明らかである以上、速やかにその脆弱性を解消し、反社会的勢力の活動を助長することのないようにすべきだと言えます。

もくじへ

3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

(1) 愛知県の勧告事例

 愛知県公安委員会は、指定暴力団山口組3次団体の組長にみかじめ料を支払っていたとして、飲食店などを営むいずれも三河地方の2法人と5人の男女に対し、愛知県暴排除条例に基づき、利益供与をしないよう勧告、組長に対しても利益供与を受けないよう勧告しています。

 報道によれば、店側は同条例施行以降、みかじめ料や干支の置物のリース料などの名目で、計445万円の利益を組長に供与、さらに、深夜営業の飲食店やマージャン店などで、各店が毎月6,000〜15,000円を組長に銀行振り込みなどで支払っており、これまでに計1,825万円が暴力団の資金になっていたということです。なお、本件は、愛知県警が情報収集の過程で同組長の口座を調べていたところ、利益供与が発覚したものです。裏を返せば、銀行振り込みでなければ端緒を得ることができなかった(実際に、それまで発覚していなかった)ということであり、先日の東京・銀座の件もそうですが、みかじめ料という資金獲得活動については、集金や手渡しのケースが多いこともあり、まだまだ表に出ていない事例が多いと推測される一方で、支払う側からの申告・被害届の提出や客観的な事実等がなければ発覚しにくいとも言えます。暴力団の持つ「暴力装置」を利用しようとする一部の者は論外ですが、それを恐れて支払い続けている被害者的立場の者については、社会的な暴排の機運の高まりや暴力団対策法や暴排条例による法的な対応の浸透(暴力団だけでなく事業者も厳格に規制していく流れ)、みかじめ料により被った損害について、組織トップに損害賠償請求する暴力団対策法上の使用者賠償条項の活用が進んでいることなどを周知することによって、その「意識を変える」取り組みがより一層求められます。そして、企業にとっても、本社の目の届かない拠点などで、「ローカルルール」としてみかじめ料や利益供与を(名目だけでは分からない形で)いまだに続けている可能性はゼロではありません。組織としてそのようなことがないか現場の実態を把握することや、従業員の「意識を変える」ための研修等を繰り返し行っていくことが重要だと思います。

(2) 兵庫県の勧告事例

 神戸市中央区内のビルを指定暴力団神戸山口組に期限付きで譲渡したとして、兵庫県公安委員会は、兵庫県暴排条例に基づき、市内の60代男性に期限の延長や別の建物の提供など暴力団と不動産取引を継続しないよう求める勧告を出しています。報道によれば、この男性は、政治団体の関係者で組幹部とは知人関係にあるようです。また、このビルには神戸山口組系の組員が常駐し、本部に次ぐ事務所として会合などに使われており、兵庫県警は、今後、撤去に向けた対策を進めるということです。

 兵庫県暴排条例は、第2節(暴力団事務所等の用に供する不動産の譲渡等に関する規制等)第15条(不動産所有者等の講ずべき措置)第1項に、「県内に所在する不動産(以下単に「不動産」という。)の所有者、管理者又は占有者(以下「不動産所有者等」という。)は、当該不動産が暴力団事務所等の用に供されることとなることを知って、当該不動産の譲渡又は貸付け(以下「譲渡等」という。)に係る契約をしてはならない」との規定があり、暴力団事務所に使われると知りながら不動産を譲渡することを禁じています(他の暴排条例もほぼ同様の規定があります)。

兵庫県警 兵庫県暴力団排除条例(全文)

 報道によれば、ビルを譲渡した男性が「拠点として使われるのを知っていた」と説明したということであり、暴排条例上の「利益供与」にあたると判断されたものと思われます。

(3) 群馬県の勧告事例

群馬県警 群馬県暴力団排除条例

 なお、参考までに、群馬県暴排条例については、全国でも珍しい条項として、第20条(施設利用契約の禁止)に、「事業者のうち、旅館、ホテル、ゴルフ場その他の多数の者が利用する施設の運営又は管理を行う者であって、公安委員会規則で定めるもの(以下この条において「特定事業者」という。)は、情を知って暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる当該施設の利用の契約を締結してはならない」との規定が定められています。さらに同条第2項においては、「特定事業者は、前項の施設の利用に係る約款、規約その他の定めにおいて、次に掲げる事項を定めるよう努めなければならない」として、(1)当該契約の相手方は、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる施設の利用をしてはならない旨、(2)当該契約の相手方が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる施設の利用をすることが判明した場合は、当該契約を解除することができる旨の規定を盛り込む努力義務が明記されています。そもそも条例は自治体が制定するものであることから、このように、観光産業やレジャー産業に注力している自治体としての実態をふまえた「リスク評価」をしたうえで、独自の「リスク対策」を講じている点は評価できると思います。

(4) 愛知県暴排条例に違反による逮捕事例

 飲食店などからみかじめ料を受け取ったとして、愛知県警は、指定暴力団山口組弘道会会長の竹内照明容疑者ら6人を愛知県暴排除条例違反容疑で逮捕しています。他にも、弘道会系組長と山口組傘下組織の幹部ら3人も逮捕されてます。竹内容疑者は六代目山口組最大の直系団体で篠田建市(司忍)組長の出身母体でもあり弘道会の会長で、かつ、山口組でも若頭補佐を務める最高幹部の一人です。愛知県警は、弘道会の壊滅を目指すとしており、今後の動向が注目されます。

愛知県警察 愛知県暴力団排除条例

 なお、愛知県暴排条例では、平成24年6月の改正で、名古屋市の栄地区、名古屋駅西地区、同県豊橋市の一部を「特別区域」に指定し、みかじめ料を受け取った暴力団側も、支払った店側も1年以下の懲役か50万円以下の罰金を科すことと規定されています。以前の本コラム(暴排トピックス2017年4月号)でも紹介したように、今年3月、弘道会の傘下暴力団にみかじめ料を支払っていた元飲食店経営の女性が、この傘下暴力団の組長と六代目山口組トップの篠田建市組長に2,258万円の賠償を求めた訴訟で、名古屋地裁が、連帯して1,878万円の支払いを命じる判決を言い渡しています。みかじめ料の要求行為を民法上の不法行為と認定し、(当該傘下組織トップだけでなく)六代目山口組トップの使用者責任をも認める初めての判決となった点で注目を浴びましたが、まだまだ潜在しているみかじめ料の被害をなくしていくために、前述した通り。暴排条例や暴力団対策、あるいはこのような判決をもっと関係者に周知し「意識を変える」取り組みを徹底していくことが重要です。

(5) 埼玉県暴排条例の改正

 埼玉県の暴力団排除条例が改正される見通しです。先頃、パブコメが締め切られ、今後改正手続きを経て施行される予定です。

 (現在、埼玉県、埼玉県警のサイトでは改正案が見れない状況ですが)主な改正点としては、さいたま市の大宮地区の一部地区を「暴力団排除推進特別区域」と指定、「暴力団排除推進特別区域」で利益供与を行った事業者は直罰規定の対象となることが挙げられます。

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年8月号)では、兵庫県の改正動向をご紹介しました。兵庫県の場合は、規制の網を従来の住居系地域から、商業系地域まで拡げる全国初の取り組みでした。今回の埼玉県の改正のポイントである「暴力団排除推進特別区域」の指定自体は、山梨県や新潟県等でも既に改正施行されているところですが、実は関東圏内では、東京都や神奈川県の暴排条例でいわゆる大繁華街を対象とした区域の指定は行われていません。したがって、関東圏の大繁華街のひとつである「大宮地区」を指定することは大きな意義があることだと思われます。なお、従来から、埼玉県暴排条例においても、事業者が暴力団員であることを知った上で行う利益供与は禁じられており(第19条)、行った場合は当該事業者への勧告、さらには公表といった制裁が規定されています(同第28条、29条)。

 また、今回の改正の2つ目のポイントは、その制裁について、禁止行為に違反した場合の罰則まではなかったところ、新たに、条例で定められた特定の場所で暴力団員であることを知って利益供与等に応じた場合、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる(いわゆる直罰規定)が設けられ、規制が強化された点にあります。前項でも問題とした、みかじめ料による資金獲得活動を厳しく制限するものとして、今後に期待したいと思います。

 なお、参考までに、埼玉県暴排条例のQ&Aもとても分かりやすい解説となっていますので、いくつか抜粋して紹介しておきたいと思います。概ねすべての暴排条例において共通の考え方であり、社内研修等に活用いただけるものと思います。

埼玉県警 埼玉県暴力団排除条例Q&A

  • 取引を行う場合に、取引の相手方が暴力団員であるか否かを確認する方法(いわゆる反社チェック)について、以下を具体的に列記しています。
  • 相手方の風体、言動、取引の内容及び新聞、テレビ、インターネット等を通じて収集した情報等から判断する
  • 取引の契約内容に暴力団員を契約の相手方としないことを明記する
  • 取引の相手方から暴力団員でないことの誓約書を徴収する
    そのうえで、取引の相手方が暴力団員である疑いが払拭できず、このまま取引を行えば暴力団の活動を助けることとなるなどのおそれがある場合には、警察にご相談することとしています。
  • 第19条(利益の供与等の禁止)第1項第2号に定める「暴力団の活動又は運営に協力する目的で、相当の対償のない利益の供与をすること」については、「暴力団員又は暴力団員が指定した者に対して一方的に金銭を提供すること、無償で物品を提供すること、社会通念上妥当といえる程度の対価と比べて著しく格安で物品を販売すること、物品購入の対価として著しく多額の金銭を支払うことなど」と説明したうえで、以下のような行為を例示しています。
    • 飲食店業者が、暴力団員にいわゆるみかじめ料等を支払う行為
    • ガソリンスタンド経営者が、近接する暴力団事務所に集合する暴力団員に対し、敷地を駐車場所として無償で提供する行為
    • 不動産業者が、自己の管理するマンションにある暴力団事務所の光熱費を負担する行為
    • 事業者が、暴力団組長の襲名披露にご祝儀を贈る行為
    • 事業で得た収益の一部を実体のない業務委託費名目で暴力団員に支払う行為

もくじへ

Back to Top