暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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1.最新の暴力団情勢~警察庁「平成29年上半期における組織犯罪の情勢について」ほか

 指定暴力団六代目山口組(以下「六代目山口組」)から指定暴力団神戸山口組(以下「神戸山口組」)が分裂して既に2年が経過しました。今年の春には、神戸山口組から「任侠山口組」が内部分裂し、2年前には1つだった山口組は今や3つの組織に分かれて存在する形となりました。前回の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)でも指摘した通り、今後、この3すくみの膠着状態がどのように展開していくのか、はたまた収束していくのか、予断を許さない状況でありますが、とりわけ自らを「暴力団ではなく任侠団体である」と主張する任侠山口組の動向や、暴力団対策法の改正の行方、使用者責任や仮処分申請を巡る司法の判断の動向などを中心に注視していく必要があると思われます。

(1) 3つの山口組

 その任侠山口組の結成表明から4か月半が経過し、この膠着状態がまだまだ続くと思われた矢先の9月12日、神戸市長田区で任侠山口組の織田代表の車列が襲撃され、織田代表の警護役が射殺される事件が発生しました。射殺の実行役として殺人容疑で指名手配されたのは、神戸山口組系組員で、数名の仲間も含め逃亡中であり、現在も捜査が続けられているところです。事件の背景としては、任侠山口組が、結成以降、2度の記者会見の場などで執拗に神戸山口組の井上組長をけなし続けてきた経緯があり、メンツを潰された形の神戸山口組側が報復を企てたという見立てが一般的だと言えます。

 一方で、(1)織田代表らの行動を把握したうえでの襲撃で用意周到さがうかがえること、(2)犯行現場に確かに織田代表が居合わせ、襲撃メンバーの状況や手口等からみて織田代表を仕留められる可能性があったにもにもかかわらず、それを行っていないこと、(3)任侠山口組側が神戸山口組に浴びせ続けた言葉は、例えば、「神戸山口組の現実は山口組にも劣る」「金を搾り取るだけ搾り取る」「(織田代表に)嫉妬し焼きもちを焼き、猜疑心の塊となるのが井上組長の隠された本性」「だらだらといつものように優柔不断」「井上組長の口から信じがたい言葉の数々が次々と発信され、裏の人間性を再確認した」など、任侠道から外れるような罵詈雑言が並んでおり、そのこと自体むしろ不自然さが際立つこと、(4)指名手配されている組員については、「数カ月前から音信不通になった」と神戸山口組が説明していること、(5)同組員の身分証が拳銃と共に目立つ場所に置かれていたこと、など不自然な点が多く、実行役の組員を偽装離脱させた上で神戸山口組上層部も関与した組織ぐるみの犯行の可能性が高く、捜査のかく乱を狙っての不自然さを演出したとの見立てをベースとしつつも、本件の真の背景事情については、まだまだ慎重に分析を行う必要がありそうです。

 なお、このような状況下で、高みの見物あるいは漁夫の利を狙っているように見える六代目山口組については、本事件発生後、トップの司忍自ら、友好関係にある関東の有力団体の指定暴力団住吉会(以下「住吉会」)の関功会長、指定暴力団稲川会(以下「稲川会」)の清田次郎会長ら最高幹部が勢揃いした異例とも言える会合に出席しています。六代目山口組としては、関東の有力団体との友好関係をアピールし、神戸山口組をけん制する狙いがあるものと考えられます。

 これら三者三様の動向に加え、さらに、そもそも任侠山口組の神戸山口組からの離脱が「内部分裂」であるとする警察の見解や、任侠山口組の離脱自体が六代目山口組と抗争を起こすための「偽装離脱」であるという見方、一方で、当の任侠山口組は「暴力団ではなく任侠団体である」と主張していること、など様々な見方もあわせて考える必要もあると思われます。3つの山口組が共通して最も恐れているのが、「特定抗争指定暴力団」に指定されることであると仮定すれば、既に指定暴力団である六代目山口組と神戸山口組が直接抗争を起こすことは双方ともに極力避けるはずであり、一方で、神戸山口組と任侠山口組の間で抗争があったとしても、現時点では警察は「内部分裂」と見なしている以上、双方が「特定抗争指定」される状況にはありません。そして、六代目山口組と任侠山口組との間で抗争があったとしても現状では「特定抗争指定」される状況にはありません。

 このような三者の立ち位置や距離感の中で、任侠山口組による神戸山口組からの離脱が偽装離脱だとすれば、表面的には距離をとっているように見える六代目山口組を油断させる戦略のひとつかもしれませんし(射殺自体が何らかの予定外の事件だった可能性もあります)、逆に偽装離脱でないとすれば、神戸山口組に対して確実に報復の機会を窺っているでしょうし、一方の六代目山口組に対してその動きをけん制しつつ、(任侠山口組の織田代表は山口組の再統一を目論んでいることから)六代目山口組の動向・反応を確認しているといった見立ても考えられるところです。いずれにせよ、このような状況をふまえれば、抗争の激化を防ぐためにも、任侠山口組を指定暴力団に指定のうえ、3つの山口組をすべて特定抗争指定暴力団に指定するよう急ぐ必要があるのではないかと思われます。

 なお、関連して、両組織の対立が激化する恐れがあるとして、兵庫県警が暴力団対策法に基づく組事務所の使用制限命令に向けて検討を始めたという報道がありました。警察庁と協議しながら、適用をめざして情報収集を急いでいるということです。暴力団対策法に基づく組事務所の使用制限命令は、指定暴力団同士やその内部で対立抗争が発生した際、住民の生活の平穏が害される恐れがあると判断されれば、関与した組の事務所に集まったり会合を開いたりすることを一定期間禁止できるというものです。このような措置も含め、重要なのはスピード感であり、今後、警察が取り締まり等をさらに強化していくために対応態勢の整備を急ぐこと、さらには、組事務所の使用制限命令に限らず、取り得る対応としての中止命令等の発出や逮捕、さらには、本来的には「指定暴力団へのみなし認定」(指定作業の迅速化)など暴力団対策法の改正も視野に入れるべきだとも言えます。

 一方、このような警察の動きと連動して大きなうねりを生み出しそうなのが、民間(地域住民)による組事務所の使用差し止めの仮処分申請の動きです。神戸山口組の本部事務所のある兵庫県淡路島では、抗争勃発のおそれが高まり、付近の住民の生活が脅かされているとして、公益財団法人暴力団追放兵庫県民センターが、事務所の使用差し止めを求める仮処分を神戸地裁に申し立てました。なお、この手法も暴力団対策法に基づいたもので、今年に入ってからは以下の事例などがあります。このように住民の委託に基づく代理訴訟の活用が全国的に進んでいますが、指定暴力団の本部を対象にしたのは全国初であり、抗争の危険性の高まりや暴排の機運の高まりをふまえて、司法がどのように判断するのか注目されるところです。

  • 公益財団法人富山県暴力追放運動推進センターが、同県内所在の神戸山口組傘下組織事務所について、付近住民から委託を受けて、平成29年4月、使用差止等請求訴訟を提起しています
  • 公益財団法人京都府暴力追放運動推進センターが、同府内所在の指定暴力団会津小鉄会傘下組織事務所について、付近住民から委託を受けて、平成29年6月、使用禁止等の仮処分命令の申立てを行っています

(2) みかじめ料を巡る動向

 東京・銀座の高級クラブなど約50店が暴力団からみかじめ料を支払わされていた恐喝事件で、指定暴力団六代目山口組国粋会系の暴力団組長ら8人が警視庁に逮捕されたのに続き、愛知県警は、指定暴力団山口組弘道会会長であり山口組の若頭補佐でもある竹内照明容疑者ら6人を愛知県暴排除条例違反容疑で逮捕しました。また他に弘道会系組長と山口組傘下組織の幹部ら3人も逮捕されています。このような事件を受けた報道によって、みかじめ料の実態が次々と明らかとなっていますので、以下、紹介したいと思います。

  • 兵庫県三宮市や尼崎市の歓楽街では神戸山口組と任侠山口組との間で縄張りが交錯するとされ、警戒強化のために兵庫県警は今年5月、約500人態勢の「歓楽街特別暴力団対策隊」を発足させています。同隊などが歓楽街の調査を進めたところ、神戸山口組の有力団体である山健組が10年以上前から「三宮警備」と称する巡回を行い、飲食店などから密かに活動資金を徴収していた実態が浮かんだということです。報道によれば、これらの繁華街の飲食店など約150店が暴力団からみかじめ料を払わされており、約30年間も徴収されていた店もあるなど、被害総額は2億円に上るとみられるということです。これらのみかじめ料が、山口組の重要な資金源の一つとなっていることは間違いなく、また、全国的も同様の被害がまだまだ表面化していない現状もあり、今後、官民挙げて、みかじめ料被害の顕在化、関係遮断や被害回復訴訟による暴力団の資金源の枯渇化を急ぐべきだと思います。
  • 後述する暴排条例の勧告事例の中に、ガソリンスタンド(GS)の洗車代などを優遇料金で供与したとして勧告を受けた群馬県の事例がありますが、同様の事例は全国的に相当数あるものと推測されます。これは、「形を変えたみかじめ料」であり、当社が把握しているところでは、他の客には掛け払いを認めていないのに暴力団関係者だけに認めている、暴力団関係者の車の洗車だけ念入りに行う(それを強要されている)、敷地の一部を駐車場代わりに利用させる、といった形態も確認しています。さらに、GSの事例以外のみかじめ料の変形として、おしぼりや観葉植物、絵画や骨とう品等のリース契約、しめ縄の高値での購入、飲食店や高級クラブの無料使用などがあります。
  • 「半グレ集団」と呼ばれる暴力団に所属しない不良グループ(警察は「準暴力団」とカテゴライズしています)が、大阪・ミナミでみかじめ料を要求している疑いがあるとして、大阪府警が、大規模な実態調査に乗り出しています。前述の通り、暴力団は従来からみかじめ料を主要な資金源としているものの、今では規制が厳しくなりあからさまに徴収することが難しくなっている状況にあります。その間隙を縫って半グレ集団が台頭している実態があり、「準暴力団」と位置付けられているとはいえ暴力団対策法などの規制の対象外となっており、明確な組織や拠点を持たず、組織実態が見えにくく、その背後に暴力団が見え隠れするケースも増えているということです。一方で、半グレ集団の中には、暴力団と一定の距離を持ちながら、暴力沙汰やみかじめ料要求など傍若無人で凶暴な振る舞いが問題となっているケースも増えています。暴力団が規制によって身動きがとれず表向き衰退していくにつれ、それと入れ替わるように、規制の緩い半グレ集団のような存在が台頭していく構図は、以前もあったし今後も起こりうることであり、たとえ「暴力団」の名称は消えても、市民や事業者が関係をもつべきでない反社会的勢力がなくなることなないと言えます。
  • 一連の一般人等襲撃事件や脱税事件等に関与したとして、本格的に公判がはじまっている特定危険指定暴力団工藤会については、証人による証言から内部事情が徐々に明らかになっています。例えば、報道によれば、「傘下の暴力団員が集めたみかじめ料の一部などから、組織の運営費としてひと月におよそ2,000万円を得ていた」と元幹部が述べています。そして、その運営費のなかから、刑務所に服役中の暴力団員のための積立金などを差し引き、残りは上納金を管理していた幹部が「どこかに持って行っていた」というものまで飛び出しています。

(3) 使用者責任を巡る動向

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)で、最近、暴力団対策法上の「使用者責任」を追及する動きが活発化してきている点を指摘しました。言うまでもなく、使用者責任に基づく損害賠償を組織のトップに請求することにより、暴力団の資金源にダイレクトに打撃を与えることが可能になってきています。一方で、暴力団が関与し民間人が被害者となっている、みかじめ料や特殊詐欺、恐喝等の行為について、民事上の損害賠償責任を追及できる事案はこれまでもたくさん発生しているはずですが、残念ながら表面化しているのはごくわずかしかありません。このような取り組みがさらに浸透することで、特にみかじめ料や恐喝等については、被害回復だけでなく、そもそもの被害の抑止にもつながるのではないかと期待されるところです。

 これに関連して、大変興味深い報道(平成29年9月24日付毎日新聞)がありました。それは、暴力団対策法に基づき使用者責任を問う損害賠償請求訴訟が平成21年からこれまで少なくとも26件提起されており、このうち14件の訴訟が原告勝訴か和解などで終結していることが分かったというものです。言い換えれば、原告敗訴のケースはなく、和解金はほぼ支払われたとみられるということです(その背景事情について、記事の中で弁護士が、「暴力団側は敗訴の裁判例を作りたくないため和解することが多いとみられる。原告側も被害者救済の観点から和解に応じることが多く、和解金はほとんどが実際に支払われている」とコメントしており、納得がいきます)。前述したように、使用者責任を問う損害賠償請求は、暴力団に対して経済的に大きな打撃を与えることができるほか、泣き寝入りしていた被害者の被害回復、今後の資金源獲得活動の抑止につながるといった、いずれも大きな意味があります。記事でも言及がありましたが、そもそもこのような手法があることをもっと広く周知すること、組事務所の使用差し止めの仮処分申請を、報復恐れて尻込みしがちな地域住民を後押ししながら暴力団対策法に定める適格団体である各地の暴追センターが代行できるように、泣き寝入りしがちな被害者救済の観点から同様の制度を創設することも重要なことではないかと思われます。

(4) 警察庁データベースによる反社情報照会制度

 さて、以前から導入が予定されていた銀行による警察庁への反社情報照会制度が、早ければ来年1月からスタートすることとなりました。銀行の本部に設置する端末から預金保険機構を介して警察庁のデータベースで調査する仕組みで、対象は個人ローンとなる見込みです。預金保険機構は既に預金保険法に基づいて守秘義務が課せられているため、警察庁が懸念する情報管理面の問題をクリアできるほか、既に回収が難しい暴力団関係者への融資債権を金融機関から買い取って回収するなど、反社会的勢力への対応でも実績があります。一方、この仕組みの課題としては、警察庁データベースでの照会に対する回答が翌営業日以降になる可能性が高い(場合によっては1週間程度かかるケースも想定される)ことがあげられ、銀行が力を入れているカードローンの即日融資は、事実上難しくなります。なお、現時点で警察庁のデータベースに登録されている情報がどこまでの範囲かといった詳細は不明ですが、この点も重要な関心事項であると思われます。ただし、この点については、平成25年12月の警察庁内部通達(暴力団排除等のための部外への情報提供について)の内容がポイントとなりそうです。

警察庁 暴力団排除等のための部外への情報提供について

 本通達では、「提供する暴力団情報の内容」として、具体的に、「暴力団員、暴力団準構成員、元暴力団員、共生者、暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者、総会屋及び社会運動等標ぼうゴロ、暴力団の支配下にある法人」が列記されています。実際に警察に照会されたことのある方は経験があるかもしれませんが、これらのカテゴリーに該当する確度が高いと事業者側が思っていても、警察からは十分な情報が提供されないケースも少なくありません。それは、例えば、「元暴力団員」の情報提供については、「現に自らの意思で反社会的団体である暴力団に所属している構成員の場合と異なり、元暴力団員については、暴力団との関係を断ち切って更生しようとしている者もいることから、過去に暴力団員であったことが法律上の欠格要件となっている場合や、現状が暴力団準構成員、共生者、暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者、総会屋及び社会運動等標ぼうゴロとみなすことができる場合は格別、過去に暴力団に所属していたという事実だけをもって情報提供をしないこと」といった規定があり、その規定にしたがって回答をしていることによるものです。

 同様に、例えば、「暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者」の情報提供については、「例えば、暴力団員が関与している賭博等に参加している場合、暴力団が主催するゴルフコンペや誕生会、還暦祝い等の行事等に出席している場合等、その態様が様々であることから、当該対象者と暴力団員とが関係を有するに至った原因、当該対象者が相手方を暴力団員であると知った時期やその後の対応、暴力団員との交際の内容の軽重等の事情に照らし、具体的事案ごとに情報提供の可否を判断する必要があり、暴力団員と交際しているといった事実だけをもって漫然と「暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者である」といった情報提供をしないこと」と規定されています。

 つまり、単純に「元暴力団員」や「暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者」に外形的に該当するというだけでは情報提供できず、現時点の属性の状況(更生の状況)や事情の軽重等を踏まえて個別具体的な事案ごとに検討のうえ回答を行うことが決められています。したがって、データベース照会とはいえリアルタイムでの回答が困難であることはある意味当然であり、「事実確認・実態確認」を所轄等に行う運用となっていると予想されます(その結果、回答までに時間を要することになります)。一方、警察庁が(データベースの更新等の運用をどのように行っているか分かりませんが)スピーディに回答しようと思えば、「確実に該当している情報」のみの提供に限定されることになります。以上のような実務上の限界や課題があるとはいえ、銀行業務においても、警察のデータベースとの接続によって反社会的勢力排除の実効性を高める武器が増えたとして、歓迎すべきものと言えると思います。

(5) 警察庁「平成29年上半期における組織犯罪の情勢」

 以上、最新の暴力団情勢を概観してきましたが、最後に、直近で警察庁から「平成29年上半期における組織犯罪の情勢」が公表されましたので、その内容の中から重要と思われる部分について、紹介したいと思います。

警察庁 平成29年上半期における組織犯罪の情勢

  • 平成20年以降、暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者をいう)の検挙人員は減少傾向にあり、平成29年上半期においては、8,684人と前年同期に比べ825人減少しています。主な罪種別では、傷害が988人、窃盗が883人、詐欺が867人、覚せい剤取締法違反(麻薬特例法違反は含まない)が2,325人で、前年同期に比べそれぞれ189人、58人、70人、51人減少しています。暴力団構成員等の検挙人員のうち、構成員は1,964人で前年同期に比べ251人減少し、準構成員その他の周辺者は6,720人で前年同期に比べ574人減少しています。さらに、暴力団構成員等の検挙状況を主要罪種別にみると、暴力団の威力を必ずしも必要としない詐欺の検挙人員が占める割合が増加しており、暴力団が資金獲得活動を変化させている状況がうかがわれます。その他、金融業、建設業、労働者派遣事業、風俗営業等に関連する資金獲得犯罪が敢行されている状況があります。なお、詐欺や窃盗は、薬物とともに、暴力団の世界ではご法度とされていますが、いずれも検挙人員が多い実態こそ、暴力団が資金獲得活動に窮してきていることの表れだと思います。
  • 暴力団構成員等の検挙人員のうち、主要団体の暴力団構成員等が占める割合は、79.3%となっています。このうち、六代目山口組の暴力団構成員等の検挙人員は、2,697人と約3割を占めています。
  • 平成29年上半期では、六代目山口組直系組長等(いわゆる「直参」を指す)10人(増減なし)、弘道会直系組長等7人(▲5人)、弘道会直系組織幹部(弘道会直系組長等を除く)6人(▲7人)を検挙しています。さらに、抗争状態にあると判断した平成28年3月7日から平成29年6月末までに、両団体の対立抗争に起因するとみられる不法行為は、19都道府県で48件発生しているところ、うち32件で165人の暴力団構成員等を検挙しています。
  • 暴力団構成員等に係る組織的犯罪処罰法のマネー・ローンダリング関係の規定の適用状況については、犯罪収益等隠匿について規定した第10条違反事件数が8件で、前年同期に比べ15件減少し、犯罪収益等収受について規定した第11条違反事件数が9件で、前年同期に比べ1件減少しています。また、第23条に規定する起訴前没収保全命令の適用事件数は16件で、前年同期に比べ5件減少しています。
  • 平成20年以降、伝統的資金獲得犯罪の全体の検挙人員のうち暴力団構成員等が占める割合は、50%前後で推移していますが、この割合は、刑法犯・特別法犯の総検挙人員のうち暴力団構成員等の占める割合が6~7%台で推移していることからすると極めて高い水準となっています。平成29年上半期の伝統的資金獲得犯罪に係る暴力団構成員等の検挙人員は、2,823人(▲173人)で、暴力団構成員等の総検挙人員の32.5%(1.0ポイント増)を占めており、伝統的資金獲得活動に相変わらず注力している状況が窺えます。
  • 市町村における暴排条例については、平成29年上半期までに44都道府県内の全市町村で制定され、他の県の市町村においても、制定に向けた動きが見られるということで、間もなく、全国の全ての自治体で暴排条例が制定されることになります。また、平成29年上半期における実施件数では、勧告が32件、中止命令が7件、再発防止命令が2件、検挙が6件となっています(28年上半期は勧告が40件、指導が1件、中止命令が5件、再発防止命令が1件、検挙が3件)。

 その他、薬物事犯(覚せい剤事犯、大麻事犯、麻薬及び向精神薬事犯及びあへん事犯をいう)の検挙人員は6,600人(前年同期比+385人、+6.2%)、うち覚せい剤事犯検挙人員は4,997人(+163人、+3.4%)、大麻事犯検挙人員は1,390人(+221人、+18.9%)といずれも増加している点に注意が必要です。また、覚せい剤事犯の検挙状況について、年齢層別でみると、人口10万人当たりの検挙人員は、20歳未満が0.7人(▲0.4人)、20歳代が4.8人(+0.2人)、30歳代が9.4人(+0.2人)、40歳代が9.3人(+0.3人)、50歳以上が2.4人(+0.2人)と20~40歳代で顕著に高いことが分かります。

 さらに、覚せい剤事犯の再犯者率は、(平成19年が55.9%であったところ)平成28年は65.1%と上昇傾向が続いていますが、年代別でみると、20歳代が38.9%、30歳代が56.9%、40歳代が72.1%、50歳以上が82.3%と年齢が上がるにつれ再犯者率も上がっていることが分かります。一方の大麻事犯の検挙状況については、年齢層別でみると、人口10万人当たりの検挙人員は、20歳未満が2.2人(+0.9人)、20歳代が4.4人(+0.6人)、30歳代が3.0人(+0.5人)、40歳代が0.8人(±0人)、50歳以上が0.1人(±0人)と若年層を中心に引き続き増加傾向にある点が注目されます。また、薬物密輸入事犯の検挙状況については、覚せい剤事犯が43件(+10件、+30.3%)、53人(増減なし)、大麻事犯が49件(+25件、+104.2%)、38人(+14人、+58.3%)と、特に大麻事犯が大きく増加している点に注意が必要です。なお、暴力団構成員等の構成比率は、覚せい剤事犯が11.3%、大麻事犯が7.1%で、暴力団組織別構成比率では、六代目山口組23.9%、神戸山口組17.8%、住吉会19.0%、稲川会15.8%、工藤会3.9%などとなっています。大麻事犯でも同じような状況であり、六代目山口組23.7%、神戸山口組18.9%、住吉会20.3%、稲川会18.1%、会津小鉄会4.0%などとなっています。

 それ以外の状況については、銃器発砲事件の発生事件数については、12事件(▲5事件)、このうち暴力団等によるとみられるものは8事件(▲4事件)となったほか、来日外国人犯罪の総検挙(刑法犯及び特別法犯の検挙をいう。以下同じ。)状況については、検挙件数は8,327件(+1,560件、+23.1%)、検挙人員は5,193人(+383人、+8.0%)と、いずれも前年同期より増加していることが分かります。さらに、来日外国人犯罪の総検挙状況を国籍等別にみると、総検挙、刑法犯、特別法犯のいずれも中国及びベトナムの2か国で全体の50%以上を占めているほか、総検挙人員を正規滞在・不法滞在別にみると、正規滞在が全体の74.4%(▲2.6ポイント)を占めています。

 また、窃盗犯の検挙件数は3,617件(+837件、+30.1%)、検挙人員は1,409人(+121人、▲7.9%)と、前年同期と比べて検挙件数が増加し、検挙人員は減少しています。うち、検挙件数が増加した主な要因としては、侵入窃盗、万引き、自動車盗が増加したこと、検挙人員減少の要因としては、万引きが減少したことが挙げられます。なお、ベトナムの検挙件数が増加した主な要因として、侵入窃盗及び万引きが増加したことが挙げられます(ベトナム人による集団窃盗事件が多数発生していることは、報道等でも取り上げられています)。

 さらに、強盗及び窃盗はベトナムおよび中国が高い割合を占めるほか、窃盗を手口別にみると、侵入窃盗は韓国、中国およびベトナム、自動車盗はブラジルおよびカメルーン、万引きはベトナムおよび中国が高い割合を占めているといった特徴があります。また、外国人に係る犯罪インフラ事犯には、地下銀行、偽装結婚、偽装認知、旅券・在留カード等偽造、不法就労助長のほか、携帯電話不正取得、偽造在留カード所持等が挙げられますが、偽装結婚、偽装認知及び不法就労助長には、相当数の日本人や永住者等の定着居住者が深く関わっており、不法滞在者等を利用して利益を得る構図がみられます

2. 最近のトピックス

(1) 特殊詐欺を巡る動向

 警察庁から直近(平成29年8月)の特殊詐欺の認知・検挙状況等が公表されていますので、まずは簡単に状況を確認しておきたいと思います。

警察庁 平成29年8月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 平成29年1月~8月の特殊詐欺全体の認知件数は11,653件(前年同期8,803件、前年同期比+32.2%)、被害総額は216.7億円(254.8億円、▲15.0%)となり、ここ最近と同様、件数の大幅な増加と被害総額の大幅な減少傾向が続いています。また、特殊詐欺全体の検挙件数は2,683件(2,808件、▲4.5%)、検挙人員は1,457人(1,339人、+8.8%)で、認知件数の減少とリンクして検挙件数も減少していると考えられる一方で、検挙人員が増加している点が注目されます。なお、件数の増加については、いまだ還付金等詐欺の猛威が衰えていないことがその主な要因と思われますが、その他の類型についても、件数が大幅に増加している点に注意が必要です。

 しかしながら、ここにきて、還付金詐欺の前年同期比が1~7月の+15.5%という水準から、今回は+4.5%とおよそ10ポイントも減少し、さらに、還付金詐欺や融資保証金詐欺においては、これまで前年同期比で増加を続けていた被害総額が減少に転じるなど、この急激な増加傾向が始まってちょうど1年が経過したことが分かります。とはいえ、全体的に高止まりの状況が続いていることに変わりはなく、特殊詐欺被害を抑止する有効な対策については、まだまだ不十分で、被害の拡大には注意が必要な状況にあります。

 類型別では、特殊詐欺のうち、振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺を総称)の認知件数は11,463件(8,435件、+35.9%)、被害総額は205.1億円(232.8億円、▲11.9%)と、特殊詐欺全体と全く同様の傾向を示しています。また、振り込め詐欺のうち、オレオレ詐欺の認知件数は5,043件(3,725件、+35.4%)、被害総額は99.7億円(101.9億円、▲2.2%)と高止まりの状況にあるほか、架空請求詐欺の認知件数は3,610件(2,140件、+68.7%)、被害総額は73.5億円(99.1億円、▲25.8%)、融資保証金詐欺の認知件数は417件(281件、+48.3%)、被害総額は4.5億円(4.8億円、▲6.3%)、還付金詐欺の認知件数は2,393件(2,289件、+4.5%)、被害総額は27.4億円(27.0億円、+1.5%)などとなっています。

 なお、参考までに、口座詐欺の検挙検数は1,035件(992件、+4.3%)、検挙人員は590人(633人、▲6.8%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,548件(1,125件、37.6%)、検挙人員は1,256人(835人、+50.4%)と、総じて犯罪インフラ型の犯罪の検挙が伸びている状況がうかがえます。また、特殊詐欺全体の被害者について、性別別では、男性28.3%に対して女性71.7%となっているほか、年齢別では、70歳以上が61.9%を占めています。特に、オレオレ詐欺の被害者の年齢構成では60歳以上で98%、還付金詐欺についても97.9%を占めている点については、高齢者対策の重要性を示唆していると言えます。

 さて、特殊詐欺対策として有効と思われる対策についてはこれまでも紹介してきましたが、最近でもいくつか報道されていましたので、以下紹介しておきます。

  • アダルトサイトの利用料金を滞納しているなどと偽り、客に購入させたアマゾンギフトカードの利用権などをだまし取る電子マネー型の架空請求詐欺事件が今年に入って急増していることを受け、大阪府警は、大阪府内のコンビニ約4,000店舗で10月1日から、電子マネーを購入した客に対し、店員を通じて注意喚起を記した封筒を配布しています。報道によれば、封筒は約60万枚配布される予定で、「『カード番号を教えて』は全て詐欺!」などといったメッセージが記されているということです。
  • 高齢者を狙った特殊詐欺被害を防止しようと、群馬県警は、70歳以上の利用客が金融機関の窓口で300万円以上を引き出した場合、担当者を通じ同県警へ全件通報する新たな対策を始めています。さらに、65歳以上の利用客が50万円以上を引き出した場合、同県警の作成したチェックシートを使い、詐欺が疑われる場合には通報するという取り組みもあわせて実施しています。なお、報道によれば、群馬県内の金融機関のほぼ全店にあたる915店が協力しているとのことですが、その背景には、金融機関の担当者が窓口で高齢者に対応しても、詐欺を見抜けないケースが多い実態があるようです。実は、そもそも人は、(騙されやすい性質をもっているものの)まさか自分が詐欺の被害にあうとは思っておらず、自分の判断を信じ、少しくらいおかしな点があっても、つじつまの合うように修正してしまう性質(=確証バイアス)を持っています。被害にあった高齢者は正にこの「確証バイアス」が働いている状況にあると言えます。そのような方に対して、金融機関の窓口から「振り込め詐欺じゃないですか?」と声かけをしても、逆に相手を怒らせてしまい、より一層冷静さを欠き、確証バイアスから抜け出せないことが指摘されています。必ずしも窓口からの声掛けが特殊詐欺防止に100%有効な方策だとは言えないということになりますが、(第三者・客観性の典型である)警察からの声掛けによって冷静さを取り戻すことができれば、確証バイアスから抜け出せるケースも多くなるものと期待されます。
  • 格安スマホ事業を手がけるトーンモバイルは、オレオレ詐欺など特殊詐欺防止に向けたサービスを始めると発表しています。報道によれば、過去に詐欺事件に使われた番号などから着信があると、画面に「危険な可能性のある着信」と警告を表示、さらに電話に出ようとすると「本当に応答しますか?」と問いかけ、注意を促す仕組みで、電話番号のデータは警察庁などと連携して蓄積するというもののようです。2段構えで警告する仕組みは、高齢者の特殊詐欺対策として期待でき、実際の効果に注目していきたいと思います。

 一方、直近で報道された詐欺犯罪について、その手口等を中心に紹介しておきたいと思います。

  • 前回の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)でも紹介した埼玉県春日部市の事例とは別に、埼玉県警は、同県上尾市の無職女性(76)が、詐欺の電話をうそと見抜いた直後に、偽の警察官からの捜査協力を求める電話を信じ、現金300万円をだまし取られる被害に遭ったと明らかにしています。「だまされたふり作戦」を逆手に取る手口として、埼玉県警は、「『だまされたふり作戦にご協力を』などの話にも注意を」と啓発を始めています。報道によれば、だまされたふり作戦では模擬紙幣を使い、本物の現金を使うことはなく、だまされたふり作戦では「現金を預かることは絶対にない」「電話だけで協力を求めることもない」などと注意を呼びかけています。
  • 「民事訴訟管理センター」と名乗る架空の組織から、「未払い料金があり、提訴された」との通知はがきを受け取ったという消費者からの相談が今春以降に急増しています。今年3月下旬以降、相談件数は1万件を超え、はがきに書かれた電話番号に連絡した人が、プリペイドカードなどをだまし取られる被害も発生しており、最高裁は「決して連絡しないようご注意ください」と呼びかけています。なお、コンビニ店の店頭での決済は、ATMで現金を振り込ませる手口と異なり、詐欺グループが口座を作る必要がなく、コンビニ店員が詐欺に気づいたとしても、犯行の足が付きにくいという特徴がありますが、一方で、コンビニ決済は複数の機関が介在するため、即時に決済できないという特徴もあり、「おかしい」と気付いたコンビニ店員の機転によって未然に被害を防止できた事例もあります。
  • 国民生活センターは、医療費や税金を還付するとうたって現金をだまし取る「還付金詐欺」に関する相談が、平成28年度は7,633件あり、4年間で7倍に急増したと発表しています。

国民生活センター ATMを操作しても還付金はもらえません!!-「還付金詐欺」に関する相談が増えています-

 なお、同センターの注意喚起によれば、還付金詐欺の手口の特徴として、(1)市役所などの公的機関の職員や金融機関の職員になりすます、(2)「手続きの期間が過ぎている」などすぐに手続きをしなければならないかのように信じこませ、人目につきにくいATMへ誘導する、(3)ATMでは自分の口座からの振り込みではなく、自分の口座への振り込み手続きをしているかのように錯覚させる、(4)振り込まれた金銭はすぐに引き出され、一度、振り込みの手続きをすると複数回振り込みをさせようとする、といったものがあげられるということです。さらに、この手口をふまえ、同センターでは、以下のアドバイスを行っています。

  • 電話で「お金が返ってくるのでATMに行くように」と言われたら、それは還付金詐欺です。そのまま電話を切るようにしてください
  • 還付金等に心当たりがある場合でも、すぐにATMに向かったり、指示された電話番号に電話をかけたりせず、役所の担当部署に電話をかけて確認をしてください
  • 全国各地で起きているため、今後も還付金詐欺に注意が必要です
  • 「お金が返ってくる」など還付金詐欺に関する電話があった場合は、すぐに警察や消費生活センター等に電話するなど、周囲に相談をしてください

(2) テロリスク対策を巡る動向

 米ラスベガスで銃乱射事件が発生し、多数の死傷者が出る「米史上最悪の銃乱射事件」という大惨事となりました。この事件では、当初、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)と関連のあるAMAQ通信が、「ラスベガスの攻撃はISの兵士が実行した」とし、この人物は「数カ月前にイスラム教に改宗していた」との報道を行っていましたが、米当局は、この事件の容疑者は単独犯で、国際テロ組織とのつながりはないとの見方を示しています。ISは、いよいよリアルな空間における拠点(実態)を失い、「思想」をキーにその実体を維持している状況にあり、本事件もISの自らの存在を誇示するプロパガンダに利用しようとしたものと推測されます。また、以前の攻撃で爆死したとされる指導者バクダディ容疑者の演説とされる音声が公開された(ただし、真偽については不明)のも同様の構図だと思われ、この点からも、ISの終焉が近く、「力強い実態」を演出するのに躍起になっている状況がうかがえます。

 直近のリアルな空間の状況については、ISが「首都」と称してきたシリア北部ラッカの奪還作戦にあたっている「シリア民主軍」(SDF)が、ラッカ市域の8割を奪い返したとして「作戦は最終局面にある」との認識を示しているほか、在英NGO「シリア人権監視団」も、SDFが同市の9割以上を奪還したと発表し、「シリア領内からはあと1~2カ月で駆逐される」との見通しを示しています。ただし、混乱が続くシリアでは新たな過激派組織の台頭が懸念されるところであり、「思想」としてのISを完全に駆逐するのは容易ではないという見方が大勢のようです。また、イラクでは、同国首相が、ISが支配する北部ハウィジャを制圧したと発表しています。これにより、イラク軍は主要都市を制圧し、ISのイラクでの拠点は西部のシリア国境近くの砂漠地帯だけとなったようです(一方で、イラク北部クルド自治政府が独立に向けた住民投票を行い、賛成派が圧倒的優位となり、周辺国からの反発やIS掃討作戦への影響も無視できない状況となっており、今後も注意が必要です)。さらに、リビアでも、米アフリカ軍がISの拠点を空爆しています(リビアでのIS攻撃はトランプ大統領就任してから初めてだということです)。また、フィリピン南部ミンダナオ島でのISに対する政府軍部隊の掃討作戦が大詰めの段階に入っています。同国のドゥテルテ大統領はテロ拡散防止に向け、インドネシア、マレーシアと合同部隊を設けることも検討しており、アジアにおけるISの影響力波及を排除できるか正念場を迎えています。このように各地におけるISとの戦いも、直実にその終焉に向かっている状況です。

 さて、一方で、このところ独ハンブルクやスペイン・バルセロナなど「テロの日常化」に直面した欧州では、直近でも英ロンドンで30人あまりが負傷する地下鉄テロが発生しています。このロンドンの地下鉄車両での爆発物によるテロで、ロンドン警視庁は、18歳の少年と21歳、25歳の男の身柄を拘束しています。報道によれば、この少年らが住んでいた住宅には88歳と71歳の夫妻が暮らしており、夫妻は約40年にわたり約300人の未成年者を里親として引き受け、2010年にはエリザベス女王から表彰されていたということですが、近年はシリアやイラクからの難民が多かったということで、犯行声明を出したISなど過激思想との関係が懸念されるところです。また、同じく「テロの日常化」に直面した欧州の仏マルセイユでも、主要駅マルセイユ・サンシャルル駅でナイフを使ったテロが発生し、女性2人が死亡しています。仏では2015年に武装勢力が劇場などを襲撃したパリ同時テロ後に非常事態宣言が出され、主要駅などは今でも厳戒態勢が続いており、本テロでも実行犯は警戒中の兵士に射殺されています。なお、本テロでもISが犯行声明を出しており、男は30歳前後のイスラム教徒とみられ、犯罪歴があるとの報道があります。

 一方、欧州同様にISのターゲットとなっている米国については、、観光名所として知られるマンハッタンの繁華街であるタイムズスクエアなどで爆弾テロを計画したとして、パキスタン系米国人の男ら3人をニューヨーク連邦地検が刑事訴追しています。報道によれば、3人はISに感化され、昨年夏にテロを実行するため爆弾の材料や自動小銃などの武器を購入するなど密かに準備を進めていたところ、FBIの「おとり捜査」で摘発されたということです。テロが実行されていれば大惨事となっていただけに、おとり捜査の有効性をあらためて認識させられます。なお、先日、日本で成立した改正組織犯罪処罰法で新設された「テロ等準備罪」は、対象をテロ組織や暴力団などの組織的犯罪集団に限定したうえで、構成員が2人以上で犯罪を計画し、少なくとも1人が現場の下見や資金調達などの準備行為をすれば、計画に合意した全員が処罰されるというものですので、本件は(報道の範囲では)構成要件に当てはまり、テロ等準備罪の典型的な適用事例になるのではないかと思われます。

 なお、「おとり捜査」については、日本では、刑事訴訟法上の規定があるわけではなく、直ちに違法な捜査とされるわけではありません。おとり捜査の定義としては、捜査の対象となった者に対して、捜査機関またはその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して、犯罪の実行を働きかけ、犯罪が実行されるのを待って、対象者を現行犯逮捕するなどして検挙する捜査手法であるとする最高裁の判断があります(最高裁判所平成16年7月12日決定)。日本では銃器や薬物の犯罪の捜査において稀に使われることがあり、例えば、覚せい剤密売人を検挙するため、覚せい剤の末端使用者になりすました捜査協力者が、覚せい剤の購入を申し込み、覚せい剤密売人と取引場所を決め、密売人と取引したその場面で捜査員が現行犯逮捕する、というのが典型例とされます。ただ、日本で積極的に行われていない背景には、本来犯罪を取り締まるべき国家機関が、犯罪を誘発し、作出する性格を否定できず、司法の廉潔性や信頼を害する点で違法性があるとされているためだと言われています。なお、おとり捜査の適法性・相当性の判断を巡って諸説あるところ、今回の事案のように、(1)被害者がおらず、(2)犯罪の性質上おとり捜査による摘発の必要性が高く、(3)おとり捜査の態様が社会通念上相当な範囲内であれば、、おとり捜査による摘発も、一般的には適法と考えられているようです。

 さて、「テロの日常化」に直面した欧州や米国とは状況が異なる日本でも、2020年東京五輪・パラリンピックに向けてテロの危険性が高まっているとの認識が定着しつつあります。しかしながら、テロ対策と一口に言っても、従来型の人的被害や物理的破壊を伴うようなテロだけでなくサイバーテロをも想定する、対象が重要インフラだけでなくソフトターゲットをも想定する、テロ組織メンバーによる犯行だけでなくロンリーウルフ型・ホームグウン型のテロリスト、ドローンや無人飛行機・ロボット型のものをも想定する、爆弾や銃器、車両やナイフによる物理的破壊型のテロ手法だけでなく細菌やウィルスといった生物兵器型・毒物等の化学兵器型をも想定する、といった無数にあるテロの態様への対応が求められています。やはり「外部からの攻撃は、攻撃する側が圧倒的に優位」であり、防御する側は、全方位的な対策を可能な限り講じ、実践的な訓練を繰り返し行いつつ、平時からテロに関する情報収集やテロリストやテロ組織等の動向を注視し、未然に抑止・防止していくとの観点がより一層重要となると言えます。直近では、テロ対策の一環として、国土交通省が空港のターミナルビルのテロ対策強化に着手しています。今秋以降、行動が不審な人物を見分ける最新の監視カメラや爆発物を自動検知する装置の実証実験を行い、導入を本格的に検討するということです。不特定多数が出入りできる空港ビルのテロ対策は旅客しか入れない保安検査場に比べ遅れていますが、このような最新機器の導入がテロの防止だけでなく抑止につながる効果が期待されるところです(一方で、防御プランの詳細が早い段階で公となってしまうことで、逆に攻撃する側の手口に手の内を明かし、攻撃手法のさらなる高度化を招く側面もあり、抑止効果とのバランスも難しいところです)。

(3) AML/CTFを巡る動向

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)では、2年後に迫った、AML(アンチ・マネー・ローンダリング)/CTF(テロ資金供与対策)の国際基準を策定しているFATF(金融作業部会)から受ける第4次相互審査について、これまでの態勢整備状況中心の審査から、対策の「実効性」も評価されることになり、金融機関等特定事業者を中心とした取り組み状況が審査対象になること、実効性に不備があることが判明すれば、国内の地域金融間であっても、海外の金融機関等から厳格な対応をされる可能性があること、強い危機感を抱く金融庁が、地域金融機関に立ち入り検査やヒアリングを実施する予定としていることなどを紹介しました。

 今後予定されているFATFによる第4次相互審査の内容について、参考までに第3次相互審査との比較で変更される点を確認すると、まずは、次の2つの基準を用いた評価が実施される点があげられます。すなわち、(1)技術的な適合性評価として、AML/CTFに関する当該国のシステムの要素が、FATF勧告に沿って整備されているかを評価(第3次相互審査の評価基準に相当)する、(2)有効性評価として、(1)の要素が、どの程度有効なAML/CTFシステムの目的に合致し、機能しているかを評価する、というものです。さらに、第4次相互審査においても、審査対象国に関する事前調査と、FATF調査団による現地調査が組み合わされて実施されることになりますが、現地調査の際に、当該国の当局者だけではなく、民間セクター(金融機関等)に対するインタビューが実施されることもあるということです。

 さて、金融庁は、9月から10月にかけて地域銀行28行に対し、AML/CTFが十分かどうか調べるため立ち入り検査を行っています。その実施状況に関する報道(平成29年10月2日付ロイター通信)によれば、昨年改正された犯罪収益移転防止法(改正犯収法)で作成が求められている「リスク評価書」(取引時確認などを的確に行うための調査・分析の結果を記録した書面)を作成していない地銀が約20%、信用金庫で約60%、信用組合で約50%にのぼったほか、リスク評価に不可欠な経営陣の関与がない地銀と信金はそれぞれ30%台後半、信組で約20%に達していたことが分かったということです。ある程度想定されていたこととはいえ、メガバンク等大手行を除けば、AML/CTFに十分に取り組めていない現状が明らかになりました。国際的に緊張の高まる北朝鮮関連の制裁対応やテロ資金供与対策において、これまで以上に資金の流れに十分注意する必要がある(厳格な顧客管理を講ずべき)ところ、このままでは、日本の金融システムに対する国際的な信頼が大きく毀損される状況になりそうです(犯罪者や悪意は脆弱な部分を悪用することから、国際金融システムの中に抜け穴があってはならないとする考え方が一般的であり、日本も例外ではありません)。

 このような状況を受けて、金融庁は今後、立ち入り検査やモニタリングだけでなく、AML/CTFの高度化に関するセミナーの開催などを通じて各金融機関に体制整備を促していくこととしていますが、報道(平成29年9月22日付ニッキン)によれば、テロ事件が頻発する欧米の金融機関では「日本の金融機関は『危機感が薄く、ぬるま湯につかっている状態だ』との厳しい声」が既に出ているということですから、AML/CTFの高度化とすべての金融機関の取組みレベルの全体的な底上げはもはや喫緊の課題だと言えます。

 今後、金融庁が全国の金融機関に対して実施してくセミナーの内容については、報道(同)によれば、まず、「テロ資金や犯罪収益の移転は、テロが実行される場所ではなく、対策の甘い地域を中継点として行われることが多い」、「AML/CTFの脆弱な金融機関に資金が流れ込み、海外取引を拡大するチャンスと誤解しかねない(ノーガードで海外取引を拡大すれば犯罪者に利用されるだけで危険極まりないということです)」というリスク認識のもと、「海外取引の多い大手行だけでなく、すべての地域金融機関も管理態勢を強化すべきである」としています。さらに、留意事項として、(1)テロ資金の出所は犯罪行為だけでなく、合法的な取引を出所としている場合もあること、(2)資金の移転先はテロ組織の所在地やテロ発生地だけでなく、その周辺国を中継する例が多い、(3)海外展開する金融機関は欧米当局から巨額の制裁金を課されるのを恐れて対策を強化しており、管理体制の甘い金融機関にリスクの高い取引が集中する懸念がある、といった点を周知していく予定だということです。いずれの内容についても、AML/CTFにおいては「常識」とされる内容ではあるものの、KYCからKYCCへと顧客管理を厳格化し、AML/CTFの高度化に向けて取り組む良い機会となってほしいと思います。

(4) 仮想通貨を巡る動向

 仮想通貨やそれを支えるブロックチェーン技術等については、連日、新たなサービスや実証実験を開始するといった様々な報道が飛び交い、正に技術革新が現在進行形で進んでいることが実感されます。そのような中、改正資金決済法が今年4月から施行されたことを受け、今般、金融庁が、11社を「仮想通貨交換業」として登録、10月1日から仮想通貨取引所の監視を本格化していくことになりました。

金融庁 仮想通貨交換業者登録一覧

 今後、登録済みの11社か登録審査中の業者以外は営業ができなくなります。なお、40社あった既存業者のうち、廃業もしくは廃業予定となった業者は3割の12社に上っています。また、仮想通貨のトラブルが増加していることを受け、金融庁や消費者庁のサイトでは注意喚起が行われているほか、金融庁は組織の見直しにより、30人規模体制で顧客資産を保護する体制などをチェックし、必要があれば立ち入り検査も行うなど登録業者の状況を監視していくということです。一方で、仮想通貨を巡っては、新たなサービス創出が期待される一方、本コラムでも警告している通り、詐欺やマネー・ローンダリング等の犯罪に悪用されている実態も窺え、金融庁は技術革新の促進と監視・規制の両面から対応していくことになります。また、金融機関や仮想通貨交換業者においても、利便性の追求だけでなく、悪意・悪用対策も同じだけの熱意をもって取り組んでいくべきだと考えます(残念ながら、目まぐるしく変わる社会情勢に厳しい規制で対応することには限界があり、法整備と柔軟な自主規制の組み合わせが健全な市場発展に欠かせないところ、自主規制作りを主導していくべき仮想通貨業界・業界団体は一枚岩ではないという不安材料があります)。

 さて、実際のところ、10月からスタートした仮想通貨取引所業務において、登録事業者11社のうちの1社であるテックビューロが運営する仮想通貨取引所「Zaif」で、9月29日から10月2日午前にかけてシステム障害が発生、被害は発生していないものの登録初日に早くもシステム面の弱さを露呈する形となりました。また、報道(平成29年10月2日付ロイター通信)によれば、「銀行など既存の金融機関に比べ、仮想通貨取引所のシステムは脆弱なところが目立つ」との関係者の指摘や、ロイターが調査したところ、ビットコインやイーサリアムの仮想通貨取引所の多くは、参加者の身元や詐欺行為、技術、さらには取引高さえも把握できていないこと、これらの取引所はハッキングに弱いこと、仮想通貨の窃盗が日常茶飯事に発生していること(2011年以降、仮想通貨取引所で少なくとも36件超の窃盗が起き、現在価格にして約40億ドル(約4,500億円)相当のビットコインが盗まれ、ハッキングされた取引所の多くは後に閉鎖しているという実態が報じられています)など、ショッキングな状況が明らかとなっています。これらの事実を持ち出すまでもなく、システムの安定性強化が仮想通貨業界の課題になっていることは以前から指摘されていたところであり、いまだに十分な態勢が整備されていない点が明らかとなっている以上、規制当局も厳しく指導していく必要があると言えるでしょう。

 さて、世界の規制当局の動向に目を転じてみると、スイスの金融監督当局は、違法とみられる仮想通貨の提供元を閉鎖させたことを明らかにしています(端的に言えば、いわゆる仮想通貨と異なり、ブロックチェーン技術を利用してネットワーク上に保管せず、会社のサーバー上に保管していたもの)。さらに、報道によれば、スイス金融当局は声明で「技術革新は歓迎するが、新技術が許認可を得ない事業活動に悪用されるなら対処する」と強調したほか、同様の詐欺の疑いがあるとして3社の社名を公表し、監視していること、さらに11社を対象に調査を行っていることなども明らかにするなど、厳しい監視態勢をアピールしています。

 また、中国の規制当局の動向については、仮想通貨によるマネー・ローンダリングなどを懸念しており、かなり厳格な対応をとっています。具体的には、中国の大手仮想通貨取引所「BTCチャイナ」が9月30日をもってビットコインなどの取引を停止したほか、他の大手も10月末までに同様の措置をとること、取引所幹部には出国を禁ずる指示などが出ていることが明らかになっています(ただ一方で、11月以降も仮想通貨間の取引はできるとする取引所もあるとされ、一部混乱が生じています)。なお、中国は、企業や個人が独自の仮想通貨を売って資金を集める「新規仮想通貨公開(ICO=イニシャル・コイン・オファリング)」を全面的に禁止することを明らかにしています。このように、中国がICOの全面禁止や仮想通貨取引所の閉鎖措置を打ち出して仮想通貨市場に動揺が広がっています。なお、韓国政府の金融委員会も、中国同様、ICOを全面的に禁止する方針を示しており、報道によれば、仮想通貨を使った投機行為の兆候がみられるため、「ICOを禁じて金融市場の安定と投資家の保護をはかる」ことがその理由とされています。

 なお、日本については、前回の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)でも指摘した通り、現時点でまだ大きな問題が顕在化しているわけではなく、民間主導で取り組みが正に始まろうとしている段階にありますが、ICOについて言えば、発行した仮想通貨が有価証券に該当するかは、仮想通貨の性質によって異なるとされ、「仮想通貨の発行で集めた資金を使って事業をして、得た利益を、仮想通貨を買った人に配分する仕組みなら『有価証券』に該当し、金融商品取引法の規制対象となる」という整理がなされていることもあり、金融庁としては情報収集の段階のようです。ただ、日本においても、最近の仮想通貨の異常な値動きやICOに向けた性急すぎるような動きなど、以前のIPOバブルや反市場勢力(仕手など)が跋扈していた時期によく目にした犯罪的なやり口を彷彿とさせるものがあり、仮想通貨を舞台に悪意を持った犯罪者が既に暗躍している可能性が否定できません。したがって、このような犯罪や悪意が顕在化しつつある今だからこそ、日本においても、技術革新(イノベーション)偏重ではなく、「利便性の裏に潜むリスク」や悪意・悪用対策に本腰を入れるべき時期にきているのではないかと思われます。

 なお、参考までに、金融庁と消費者庁からの注意喚起サイトから、既に顕在化している相談事例いくつか紹介しておきます。

金融庁 仮想通貨に関するトラブルに御注意ください!

  • 仮想通貨を購入したが、購入先から購入が完了したというメールが来ない。詐欺かもしれないのでお金を取り戻してほしい
  • 知人から1日1%の配当がつくと紹介されて、1000万円で仮想通貨を購入し海外の投資サイトに預けたが、閉鎖されてしまった
  • SNSで知り合ったA氏から儲け話を持ち掛けられた。仮想通貨に投資すれば儲かるという話だった。運営の組織Bを紹介され、組織の銀行口座に100万円を振り込んだ。A氏や組織Bの住所は分からない。A氏のメールアドレスしか分からない。契約書などは一切ない。以上のことから、契約の実体がないのではないかと考え、騙されたのではないかと不安になった。A氏にメールで返金を申し出たところ、Bに聞いてみると返信が届いた。その後、何度、メールをしても返信が一切ない。どうしたらよいか
  • 大手の仮想通貨取引事業者とインターネットでの仮想通貨取引を行っている。仮想通貨を売却したが自分の口座に振り込まれない
  • 仮想通貨の口座に不正アクセスされ、10分ほどのうちに預けていた280万円のほぼ全額が盗まれた。取引所が補償してくれず困っている
  • インターネットで見つけた仮想通貨取引所で、5万円分の仮想通貨を購入した。自分の口座を誰かが勝手に操作し、第三者に送金したようだ

(5) 犯罪インフラを巡る動向

サイバー空間

 「陸・海・空・宇宙」に続く第5の空間として、今や「サイバー空間」では、ネット空間を利用して政府機関やインフラの機能を麻痺させる「サイバー戦争」の危機が現実のものになりつつあります。既に、ウクライナで頻発するサイバー攻撃による被害は電力供給の停止にまで及んでおり、ロシアによるリアルな軍事侵攻と並行して攻撃が行われている状況にあります。このような状況は、北朝鮮による弾道ミサイル発射や核実験を繰り返しつつ、サイバー攻撃の脅威にも直面している日本も同じ状況にあり、もはや避けて通れない、「今そこにある危機」だと言えます。また、このサイバー空間は、高い利便性や革新性を生み出すという「表の側面」だけでなく、企業や個人に対する攻撃の舞台として、また、ダークウェブ(闇サイト)のような様々な犯罪の交流の場(隠れ蓑)として、あるいは、高い匿名性や悪意による詐欺等の犯罪ツールとして悪用されているという「裏の側面」もあります。

 最近の動向について、金融業界を例にとれば、インターネットバンキング不正送金被害が、ワンタイムパスワードの導入をはじめとする不正送金対策を強化してきた結果、2017年上半期の被害件数は、前年同期の859件から214件に大幅に減少したほか、被害金額も8憶9,700万円から5億6,400万円に減少するなど減少傾向が鮮明になっています。その一方で、クレジットカードが不正に使われる被害は急増しており、日本クレジット協会が発表した2017年上半期の被害額は前年同期の約1.6倍に上っています。最近では、カードの偽造や変造ではなく、番号などの情報だけを盗み取り、本人になりすましてネットショッピングをする手口が増えているとのことであり、これらの情報の不正入手の方法として、セキュリティの甘い企業がサイバー攻撃を受け、情報が盗み取られている実態があります。特に、最近では、中国人の犯罪組織がアップルペイを悪用した事例が典型ですが、カードの名義人のさまざまなカード情報を把握した上で当人になりすまし、発行会社に「電話番号を変更した」などと連絡、発行会社から買い子のスマホに認証コードを送らせるという手口(利用登録の際の本人確認が発行会社に任されていたという脆弱性が突かれた)で、商品の購入時に店側が見抜くことはまず不可能な形態です。

 このように、ネットバンキング不正送金被害の減少とクレジットカードの不正利用被害の増加は、ともにサイバー空間の中で発生しているものの、前者に対する対策が強化される中で物理的な対策(トークンの利用等)がなりすましを困難にする機能を果たし、対策が上手くフィットしてきたのに対し、後者では、サイバー空間上から情報を窃取する行為と本人になりすますという行為が別次元のものであり、カード利用時に本人に正しくなりすましてしまえば、不正を防ぐ物理的な手立てはほとんどなくなるという違いがあります(後者については、カード利用時のたびにリアルな本人確認を実施すればよいことになりますが、現時点のカード利用シーンからみて、利便性を完全に阻害することになり、実現は難しいと言えます)。この2つの事例をふまえれば、犯罪の手口の高度化に対して、(1)技術的に追いつけるか、(2)犯罪の手口を可能な限り根本から無力化できるか、がサイバー空間の犯罪インフラ化を防ぐポイントであると言えます。

 とはいえ、犯罪の手口はさらに高度化し続けており、直近では以下のような新たな手口が確認されており、注意が必要です。

  • 外国為替証拠金取引(FX取引)を取り扱う企業を狙い、サーバーなどに大量のデータを送り付ける「DDoS攻撃」を仕掛けると脅し、金銭を要求する「ランサム(身代金)DDoS」と呼ばれるサイバー攻撃が相次いでいます。攻撃は9月以降立て続けに確認されており、サイトの閲覧や取引に障害が出ており、専門家らが警戒を呼びかけています。
  • ワンタイムパスワード(OTP)を悪用する「ドリームボット」が昨年12月に国内で初めて確認されていますが、このウイルスに感染したパソコンは2017年上半期で約25,000台に上ったということです。本物そっくりのパスワード入力画面を表示させるドリームボットは、OTPの持つ安心感につけ込み、OTPを窃取させようとし、OTPを入力した瞬間に自動的に犯人の口座に不正送金されてしまうとのことです。
  • インターネットバンキングで不正送金させた現金の引き出しを指示したとして、警視庁が窃盗容疑で容疑者を逮捕しています。日中混成のサイバー犯罪グループが昨年11月以降、ネットバンキング利用者の端末を新型ウイルス「ドリームボット」に感染させ、不正送金させた計約2億4500万円を引き出していたとみられています。同ウイルスを使った不正送金の摘発は全国で初めてだということです。

 なお、サイバー空間の監視強化に向けて、米証券取引委員会(SEC)では、ネット上の不正行為の監視を専門とするサイバー部隊を設置し、ネットを使ったインサイダー取引や相場操縦などテクノロジーの進化によって多様化する金融犯罪への対応を急いでいます。仮想通貨の発行による資金調達「新規仮想通貨公開(ICO)」や、ダークウェブの匿名性の高さを悪用した不正行為(企業の機密情報のリークや売買に利用されている可能性が高い)も調査対象に含めるなど、機密情報を取扱う監督機関としてサイバー空間への対応能力が問われていると言えますが、今後、日本の関係機関でも当然求められることになると思われ、対応を急ぐべきだと思います。なお、直近では、経済産業省が、電気・ガス・水道や医療機関など重要インフラについて、サイバー攻撃から制御システムを守るための指針をまとめています。

経済産業省 IPAより「制御システムのセキュリティリスク分析ガイド」が公開されました

IPA(情報処理推進機構) 「制御システムのセキュリティリスク分析ガイド~ セキュリティ対策におけるリスク分析実施のススメ ~」を公開

 システムのセキュリティレベルの抜本的な向上を図るのに不可欠な位置付けにあるセキュリティリスク分析が、制御システム分野や重要インフラに関わる多くの事業者において、十分もしくは詳細には実施されていないのが実態であることから、本ガイドによって制御システムを活用する事業者のセキュリティリスク分析への理解が深まり、制御システムのリスク分析に取り組んでいく組織が増加すること、結果として各組織におけるセキュリティレベルの抜本的な向上と継続的な維持見直しが達成されることを期待したいと思います。

外国人による犯罪

 前述した警察庁の「平成29年上半期における組織犯罪の情勢」にもあるように、外国人による犯罪は増加傾向にあります。その背景のひとつに、難民認定制度が2010年3月に改定されて以降、日本での就労を目的とした「偽装申請」が横行していることが考えられるところです。2017年上半期に難民認定を申請した外国人は8,561人で過去最高を記録したうえ、前年同期比では1.7倍というハイペースになっています。一方で、実際に難民認定されたのは3人にとどまっており、偽装申請に歯止めがかからず、就労目的での滞在だけでなく、それが犯罪組織に悪用されている実態もあります。

 以下、直近で摘発された、外国人が関与した犯罪組織が絡むと思われる事案を紹介しておきます。

  • ベトナム人専用の交流サイトを通じ、留学生から銀行口座を買い取ったとして、警視庁組織犯罪対策1課は、犯罪収益移転防止法違反容疑で、ベトナム国籍の無職の男を逮捕しています。同容疑者はベトナム人から口座を不正に集め転売するグループのリーダー格で、ほかにもベトナム人の20~30代の男女4人が逮捕されています。このグループは同容疑者の指南を受け、日本に住むベトナム人から約1,800の口座を購入、転売による利益は2,600万円以上に上り、転売された口座は最終的に日本で特殊詐欺の送金先に使われていたということです。
  • 偽造クレジットカードを製造するための器具を用意したなどとして、警視庁組織犯罪対策特別捜査隊は、支払用カード電磁的記録不正作出器械原料準備の疑いで、会社社長で中国籍の男を逮捕しています。会社から刻印機やPCなどのほか、生カード409枚や偽造カード36枚を押収。容疑者は中国に化粧品を輸出する会社を経営するかたわら、偽造カードを大量に密造する「偽造カード工場」を営んでいたとみられています。
  • 借金や飲食の未払い金を抱える男らとフィリピン国籍の女を「偽装結婚」させたなどとして、大阪府警は、パブ経営者を電磁的公正証書原本不実記録・同供用などの疑いで逮捕しています。ヤミ金も営んでおり、月5万円の報酬で偽装結婚を持ちかけていたとされ、府警はパブのホステスを確保するためだったとみています。
  • 愛知県警は、2015年7月以降、在留期間を超えて日本に「不法残留」したとしてベトナム人8人を逮捕したほか、不法残留や資格外活動をしていた疑いのある男5人を名古屋入国管理局に引き渡しています。これら13人はいずれも技能実習や留学の資格で入国し、美濃加茂市の同じ2階建てアパートに住んでいたということであり、同県警は容疑者らの勤め先などについても調べています。
  • カーナビやタイヤといった自動車部品の盗難は全体的に減少傾向にありますが、ナンバープレートだけは減少幅が少ないと言います。盗まれて切り取られ、架空ナンバーの「材料」にされ、そのナンバーをつけた車は、組織窃盗グループによって別の犯罪に使われる実態があるということです。前述の警察庁のレポートによれば、自動車盗は、ブラジルやカメルーンの犯罪者が多いようです。

非対面取引における本人確認

 金融業界では、非対面チャネルの利用が高度化しています。通信技術の発達により、金融機関のサービスは店舗にとどまらず、パソコンやスマホなどに拡大し、非対面での相談や案内に対応する顧客サポートが活発になっています。それとともに、非対面取引における本人確認手続きのあり方が注目されており、最近では、総務省が、マイナンバー制度の個人番号カードの情報をスマホに取り込んで本人確認ができるシステムを整備する方針を打ち出しています。カードを持ち歩かなくても行政手続きができるほか、2020年東京五輪・パラリンピックなどイベントのチケットレス化への活用も想定し、2019年度の実用化を目指しているということです。また、3メガバンクは、店頭やスマホアプリを使った金融サービスを客に即時に提供できるよう、相互に情報を共有、利用者が一度本人確認を済ませておけば、別の銀行や証券会社での口座開設が簡単にできるような取組みを始めており、来春までに実用化に向けた課題を洗い出したい考えだということです。さらに、金融庁は担当チームを編成し、法令解釈や監督指針上の問題点などをアドバイスし、取り組みを後押しするということで、官民あげて本人確認手続きの迅速化が図られる流れになっています。また、それ以外にも、フィンテックベンチャーらが新しい形での非対面型の本人確認手続きの開発を進めていますが、本人確認手続きの脆弱性は犯罪インフラ化に直結する重要な部分であることから、利便性だけでなく、慎重かつ厳格なリスク管理に耐えうるだけの正確性を実現してほしいところです。

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)でも指摘しましたが、金融業界だけでなく、非対面の本人確認手続きを巡って、その脆弱性から犯罪インフラ化が深刻となっている分野のひとつに「民泊」があります。直近も、偽造カードでATMから現金を不正に出金したとされる海外の犯罪者の「滞在先(アジト)」として、あるいは、海外から覚せい剤を無許可の民泊施設に発送、別の住宅に転送させて受け取る「経由地」として、悪用されたことが分かっています。宿泊者と面会せず部屋を提供するなど本人確認の不十分な物件が多いことや、そもそも無許可で営業する家主が多いといった脆弱性が突かれた形となっています(とはいえ、そもそも民泊事業者全体のコンプライアンスやリスク管理の意識が低いことは、厚労省の調査で、無許可営業の疑いのあるのが2015年が1,413件であったのに対し、民泊解禁後の2016年には10,849件に激増したことからも明らかです)。さらに問題なのは、本人確認を行っても、偽造パスポートの悪用や犯罪者への無断転貸といった悪意への対応が現状の業務・実務レベルでは困難であることも指摘できます。それに対し、厚生労働省は、自治体や警察に取り締まりの強化を求めるほか、無許可営業に厳しく対応するため罰則を大幅に引き上げる改正旅館業法の成立を急ぐということです。また、観光庁は、民泊関連事業者の情報を省庁間で共有するデータベースを今年度中に整備するとの報道がありました。データベース化で情報共有を行うことで、旅行者の安全確保や悪質業者の排除に役立て、民泊の健全性を高めたいということです。民泊においては、それらの取組みも速やかに実施して悪質な事業者を排除するとともに、(繰り返しとなりますが)厳格な本人確認の徹底もまた喫緊の課題であって、海外の犯罪組織やテロリストなどが国内に浸透している脅威から目をそらしている時間はもはやないと認識する必要があります。

除染事業

 東京電力福島第一原発事故に伴う除染作業を行う業者に無許可で作業員を紹介したなどとして、警視庁は、六代目山口組系暴力団幹部の男(48)ら3人を職業安定法違反(無許可有料職業紹介)などの容疑で逮捕しています。作業員の日当の一部を業者から受け取り、暴力団の資金にしていたとみられるということですが、原発の除染作業を巡っては、当初から、専門的な技術は不要でも数千人単位で人員を確保しないといけないという特殊性から、相当な数の下請業者が元受業者の下にぶら下がる多重構造になっており、それを隠れ蓑として暴力団が介在して「中抜き」する作業員の違法派遣などの実態が相次いで明らかになっています。実際のところ、これまでも、違法に作業員を派遣したとして平成25年1月に住吉会系組員が、平成27年8月には六代目山口組系組員が逮捕されるなど、暴力団の摘発が相次ぎました。そして、そのような実態が明らかになってもなお、さらには東日本大震災から6年半以上経過してもなお、いまだにそれを完全に排除できていない(結果的に暴力団等の活動を助長することになる状況を、不作為とその放置によって継続的に許容し続けている)東電、元請である大手ゼネコン、さらには2次以降の下請事業者などが、「サプライチェーン全体からの暴排」の取り組みを(掲げてはいるものの)徹底することなく、ただただ国民の税金を暴力団の資金源にしてしまっているのです。

 暴排に対する社会の目が厳格化していく中で、その生ぬるい姿勢についてはもっと厳しく指弾されてしかるべきだと思います。そして、今後、復興関連事業の重点は、除染作業から「中間貯蔵施設関連工事」に移ることが明らかであり、暴力団は既に次なる一手を打っていることも十分予想されます。除染作業によって暴力団の活動を助長してしまった愚を繰り返さないためにも、あらためて関係者の暴排意識の徹底と厳格な顧客管理をベースとした事業者・作業員のチェックの励行など、確実な排除態勢を構築して欲しいものです。

暗号化技術

 以前の本コラム(暴排トピックス2016年5月号)では、テロリスクとソーシャルメディアのあり方についての議論をとりあげました。その中で、テロを称賛するような過激な書き込みにどう対処するか(例えば、IT事業者の自立的な判断で削除すべきか否か、事後的に削除すべきか・拡散される前に削除すべきか等)、あるいは、(米アップル社などが拒んだような)テロリストの暗号解読に協力すべきか、といった争点について、積極的に削除や捜査協力を求める声が高まる一方で、IT事業者がネット上の自由な投稿に自らの存立基盤を有している中で「自己検閲」することになりかねないとの懸念も根強いものがあるといった視点を紹介しました。それから1年以上が経過し、既にご紹介したようにテロリスク対策の一環として書き込み内容の検閲やアカウントの停止はSNS事業者の重要な責務であるとの認識が浸透してきましたが、テロリストの暗号解読への協力については、米アップル社とFBIの対立した事案が結果的に明確な結論がないまま終結した(米アップル社が拒否している間にFBIが別の事業者の協力を得て解読に成功した)こともあり、未解決の課題となっているとも言えます。あるいは、過去の本コラム(暴排トピックス2017年7月号)で紹介した「エフェメラル系SNS」も犯罪との親和性という意味では大きな問題を内包しています。

 すなわち、「エフェメラル系SNS」の持つ高い利便性(他人に知られたくない情報をやり取りしやすいという利便性)の一方で、犯罪組織にとっては、犯罪に関する情報のやり取りの痕跡を残さずに済む機能は極めて魅力的ということであり、実際に海外の過激派組織が連絡に使っているという、利便性と裏腹の関係にある「悪用リスク」が顕在化しています。このあたりの論点については、最近でも、英内相が、メッセージアプリ「ワッツアップ」などが採用するエンドツーエンド暗号化について、小児性愛者や他の犯罪組織が司法の目の届かないところで活動することを企業が放置しているとの認識を示し、「業界に対し迅速かつ積極的な対応を求める必要がある」と指摘しています。英内相はまた、ワッツアップを傘下に持つフェイスブックやグーグル、マイクロソフト、ツイッターにも一段と迅速な対策を求めています。暗号化技術のもつ利便性と悪用リスク、プライバシー保護と規制の規制の合理性の緊張関係にあらためてスポットが当たりそうな動きとして、今後も注目していきたいと思います。

(6) その他のトピックス

ギャンブル/薬物依存症を巡る動向

 国立病院機構久里浜医療センターが行った調査で、過去1年以内のギャンブル等の経験等について評価を行ったところ、「ギャンブル等依存症が疑われる者」の割合を、成人の0.8%(0.5~1.1%)と推計されること、平均年齢は46.5歳、男女比9.7:1)であること、生涯を通じたギャンブル等の経験等を評価した場合の割合は成人の3.6%(3.1~4.2%)と推計されること、後者を全国の人口にあてはめると、約320万人に上るということが分かったということです。

国立病院機構久里浜医療センター ギャンブル等依存に関する疫学調査の中間とりまとめを公表しました

 さらに、本調査結果からは、最もよくお金を使ったギャンブル等はパチンコ・パチスロが最多であること、「ギャンブル等依存症が疑われる者」の過去1年以内の賭け金は、平均で1か月に約5.8万円(中央値は4.5万円)であること、ギャンブル等依存症が疑われる者の割合」を国別で比較すると、オランダ1.9%、フランス1.2%、ドイツ0.2%などであるのに対し、日本は3.6%と高い水準にあることなども報告されています。ギャンブル依存症対策については、「ギャンブル等依存症対策基本法」が先の国会で提出され、今後、審議される予定となっているほか、カジノを含むIR事業においても重要なテーマであり、既に様々な対策が検討されています(暴排トピックス2017年6月号7月号をご参照ください)。これらの流れを受けて、金融機関においても、ギャンブル依存症患者が多重債務に陥る事態を防ぐための体制整備として、全国銀行協会と日本貸金業協会が、症状を金融機関などに自己申告した顧客の情報を信用情報機関へ登録し、借り入れを制限する仕組みを2018年度に導入するということです(考え方としては、カジノ入場規制における「本人申請による入場制限」と同じだと言えます)。さらに、競馬場などに置かれているATMの撤去やキャッシングサービスの廃止も本格化していくことが見込まれます。

 次に薬物依存症対策の最近の動向については、まず、昨年12月に成立した再犯の防止等の推進に関する法律(再犯防止推進法)第7条第3項に基づき作成する「再犯防止推進計画の案」に掲げる事項等を検討することを目的とした検討会再犯防止推進計画等検討会が、今後の再発防止推進計画の案を取りまとめ、公表していますので紹介したいと思います。

法務省 再犯防止推進計画の案(法務省再犯防止推進計画等検討会取りまとめ)

 本取りまとめでは、「犯罪をした者等が、円滑に社会の一員として復帰することができるようにすることで、国民が犯罪による被害を受けることを防止し、安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与する」という目的のもと、多面的な角度から様々な施策等が提示されています。その中でも、とりわけ、「薬物依存を有する者への支援等」においては、新機軸が打ち出されており、注目されます。

 具体的には、従来からの薬物依存者の再犯防止対策として、「懲役・禁錮刑」の考え方からを転換し、「薬物事犯者は、犯罪をした者等であると同時に、薬物依存症の患者である場合もあるため、薬物を使用しないよう指導するだけではなく、薬物依存症は適切な治療・支援により回復することができる病気であるという認識を持たせ、薬物依存症からの回復に向けた治療・支援を継続的に受けさせることが必要である」との認識のもと、「法務省及び厚生労働省は、薬物事犯者の再犯の防止等に向け、刑の一部の執行猶予制度の運用状況や、薬物依存症の治療を施すことのできる医療機関や相談支援等を行う関係機関の整備、連携の状況、自助グループ等の活動状況等を踏まえ、海外において薬物依存症からの効果的な回復措置として実施されている各種拘禁刑に代わる措置も参考にしつつ、新たな取組を試行的に実施することを含め、我が国における薬物事犯者の再犯の防止等において効果的な方策について検討を行う」としています。また、「薬物依存症からの回復に向けて効果が認められている治療・支援が、認知行動療法に基づくものであり、薬物依存症に関する知識と経験を有する心理学の専門職が必要となることを踏まえ」、心理専門職などの薬物依存症の治療・支援等ができる人材の育成等についても具体的に明示するなど、新たな方向性がしめされた点は特筆すべきだと言えるでしょう。

 なお、報道(平成29年9月26日付毎日新聞)によれば、背景には、薬物犯罪の再犯率の高さとともに、「刑務所に閉じ込めるだけでは再犯は止められない」との考え方が広まってきたことがあるとされます。米国などでは「ドラッグコート」(薬物法廷)という取り組みが浸透しており、依存症の対象者は、社会生活の中で薬物離脱プログラムを受けながら更生を目指す制度(裁判官・検察・弁護人・保護観察官・警察とトリートメントサービスのコーディネーターやケースマネージャーで運営され、ドラッグ・トリートメントへの「アクセス」を「強制」するシステム)で成果をあげているようです。日本でもこのような制度の導入を検討する方向が示されたこと、現在、法務省の法制審議会でも再犯防止の観点から、受刑者らの教育をより充実させる刑事法のあり方などが幅広く審議されていることなどをあわせれば、「懲役・禁錮刑」を中心としてきた日本の刑事政策は社会内での更生を重視する流れが加速してきたと言えるでしょう。

 なお、本取りまとめでは、ストーカー対策や暴力団対策における施策等についても言及がありますので、以下、紹介しておきます。

  • ストーカー加害者の保護観察実施上の特別遵守事項や問題行動等の情報を共有し、被害者への接触の防止のための指導等を徹底するとともに、必要に応じ、仮釈放の取消しの申出又は刑の執行猶予の言渡しの取消しの申出を行うなど、ストーカー加害者に対する適切な措置を実施する
  • 警察庁は、ストーカー加害者への対応を担当する警察職員について、研修の受講を促進するなどして、精神医学的・心理学的アプローチに関する技能や知識の向上を図るとともに、ストーカー加害者に対し、医療機関等の協力を得て、医療機関等によるカウンセリング等の受診に向けた働き掛けを行うなど、ストーカー加害者に対する精神医学的・心理学的なアプローチを推進する
  • 警察庁及び法務省は、ストーカー加害者が抱える問題等や、効果的な指導方策等について調査研究を行い、2年以内を目途に結論を出し、その調査結果に基づき、必要な施策を実施する
  • 警察庁及び法務省は、警察・暴力追放運動推進センターと矯正施設・保護観察所との連携を強化するなどして、暴力団関係者に対する暴力団離脱に向けた働き掛けの充実を図るとともに、離脱に係る情報を適切に共有する
  • 警察庁は、暴力団からの離脱及び暴力団離脱者の社会への復帰・定着を促進するため、離脱・就労や社会復帰に必要な社会環境・フォローアップ体制の充実に関する効果的な施策を検討の上、可能なものから順次実施する

専門家リスク

 指定暴力団山口組淡海一家の総長の高山受刑者が平成25年6月に京都地裁で恐喝罪などにより懲役8年の判決を受け、平成27年7月に判決が確定したにもかかわらず、京都府立医大病院からの回答書の提出により刑の執行が停止され、今年2月14日まで収監されなかったことについて、京都府が設置した調査委員会が、「医療の内容は適切だったが、カルテの記載が不十分だった」とする報告書を府知事に提出しています。前院長が、記者会見などで「医師として公正、適切に作成した。偽造は一切ない」と疑惑を全面的に否定しており、そもそも臓器移植患者のその後の健康状態を判断することは非常に難しく、専門家でも収監の判断が分かれる可能性がある「専門家リスク」にどのような決着がつくのか注目していましたが、報道によれば、検察への回答書の根拠となる記載がカルテになく、信ぴょう性を確認できなかったことを「大変残念」と指摘しているほか、医療行為の内容を正確に記載するよう改善を指示する内容となっているようです。少し踏み込んだ内容であるものの、残念ながら、関係者らへの聞き取り調査を行い、医療行為は「適切な判断の下、必要な医療は提供された」としており、「適切な判断と医療の提供がされた」とする明確な根拠のないまま、あいまいな幕引きが図られた印象は免れません。

 一方で、京都府警は、虚偽有印公文書作成・同行使の疑いで京都府立医大病院の前病院長と元担当医を書類送検しています。報道によれば、起訴を求める「厳重処分」の意見を付けたとみられ、京都地検が起訴するかどうか注目されるところです。なお、本事件については、最近は、収監を巡る高度に専門的な医学的見地からの判断の是非に関する報道が多いのですが、以前の本コラム(暴排トピックス2017年3月号)で指摘した通り、本件は、大病院の組織トップと暴力団トップとの密接交際、診断書偽造による暴力団の活動助長といった「暴排条例に抵触しかねない問題」、さらには、これらの問題を組織自体が黙認していた(誰も抵抗できなかった)という「組織統制上の問題」と、医療行為の専門性の悪用という「専門家リスク」、それらを招いた「構造上の問題」が炙り出されたという点こそ問題の本質であって、専門性の高い壁の中で社会常識から乖離した病院・医療関係者の脇の甘さをもっと厳しく追求し、専門性の上に胡坐をかいている医療業界に、最新の社会情勢・社会常識をふまえた暴排の徹底や健全経営への取組み、医師や職員に対するコンプライアンスの浸透を強く促すことが重要なのではないかと思われます。

 京都府立医大病院の事例に限らず、本コラムでは、最近、医薬品業界(関連して医療業界)のリスク感性の鈍さ、社会常識からの乖離の状況を厳しく指摘してきました。C型肝炎治療薬(ハーボニー)の偽装品流通問題、無届さい帯血問題など医薬品・医療という生命に関わる関係者の猛省を促すとともに、性悪説に基づいた厳格なリスク管理の必要性を強く感じます。

 直近では、鹿児島県奄美市の奄美病院を運営する公益財団法人慈愛会が、7万錠を超える向精神薬が所在不明になったとして、容疑者不詳のまま窃盗の疑いで奄美署へ告訴状を提出するという事件が発生しています(事案は4月に公表され、院内でヒアリング調査等が行われていたようですが、結局は容疑者不詳だということです)。報道によれば、今年3月までの約5年間で、複数回にわたり、院内の薬局の倉庫などから、計73,000錠を超える抗うつ薬や睡眠導入剤が、何者かによって盗まれたということです。世間では不正に転売されている事例が後を絶たず、報道もなされていた中、5年もの間、所在不明の状況を放置していた(何ら有効な対策を講じてこなかった)こと自体信じられませんが、社内調査においても容疑者を炙り出せなかったことも病院側の自浄能力の欠如と指摘できると思われます。

 さて、C型肝炎治療薬ハーボニーの偽造品が流通した問題を受け、厚生労働省は、医療用医薬品の偽造品流通防止のための施策のあり方に関する検討会で対応策を検討してきましたが、今般、その結果をふまえ、再発防止に向けた改正省令を公布しています。

厚生労働省 医薬品の偽造品流通防止のために薬局開設者、卸売販売業者、店舗販売業者及び配置販売業者が遵守すべき事項をルール化しました

別添1 偽造医薬品流通防止のための医薬品医療機器法施行規則等の改正(概要)

 偽造医薬品の流通防止のためにただちに対応を行うべき事項に関して所要の措置を講じるべきものとしては、以下があげられています。リスク管理上は当然すぎる内容であり、やや拍子抜けしますが、これまでの商慣習やリスク感性の鈍さの実態を改善するために、最低限、改善すべき内容であると考えます。

  • 薬局開設者等に課される医薬品の譲受・譲渡時の記録事項として相手方の身元確認の方法、ロット番号、使用期限等を追加する
  • 同一の薬局開設者等が開設する複数の薬局間における医薬品の譲受・譲渡に係る取引について、業許可を受けた場所ごとに取引に係る記録(品名、数量、ロット番号、使用期限等)及びその保存を行うことを明確化する
  • 製造販売業者により医薬品に施された封を開封して販売・授与する場合(調剤の場合を除く。)について、開封した者(薬局等)を明確にするため、その名称・住所等の表示を新たに求める
  • 薬局、店舗販売業者の店舗及び卸売販売業者の営業所の構造設備の基準として、貯蔵設備を設ける区域が他の区域から明確に区別されていることを追加する
  • 薬局及び店舗販売業の店舗において医薬品等の販売又は授与を行う体制の基準について、医薬品の貯蔵設備を設ける区域へ立ち入ることができる者を特定することを追加する

 また、無届さい帯血問題をふまえ、他人のさい帯血が無届けで移植された事件を受け、厚生労働省は、再生医療の計画を国に届けた医療機関に、治療内容の詳細を公表するよう義務づけることを決めています。今後、再生医療安全性確保法の施行規則を改正し、11月中に同省のウェブサイトを通じて公表されるということです。この問題では、「研究に用いられる」などとうそを言って騙し取ったうえで、有効性が確かでない大腸がんなどの治療や若返り美容に乱用されていた(治療目的やカルテの改ざん、さらにはその隠蔽工作を行っていた)という事実が指摘されています。加えて、人体の組織が営利目的で売買されていた事実(つまり人身売買・臓器売買と同じレベルということ)は重く、それも専門家の手で安心を蔑ろにして営利目的のために積極的に悪用された事実もまた極めて重い問題だと言えます。あらためて治療内容の詳細を公表することを義務化するというのも、リスク管理上は遅きに失した感は否めませんが、これまで医師等の医療従事者の職業上の倫理観をベースとしたリスク管理が全く機能していなかったことが顕在化したことをふまえ、性悪説に基づく厳格なリスク管理に舵を切った点(あくまで第一歩)は評価できると思います。

訓練の重要性

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)で、訓練の重要性について取り上げました。訓練の意義としては、危機的な状況に直面した際の心理的メカニズム(正常性バイアス・確証バイアス・多数派同調バイアス・凍り付き症候群等)から正しく逃れ、適切な対応を迅速に取れるようになるためには、日頃から訓練を積み重ねておくことが重要であること、訓練は、本番に向けて危機管理上の課題を抽出する良い機会であると考えるべきであることなどがあります。

 今回も、直近で報道された様々な訓練について、以下、列記しておきたいと思います。(最近は、当社に対しても訓練・トレーニング系の研修ニーズが高くなっており)事業者は、これまでの座学中心の研修・セミナーという受け身のもの(知識を得ることも極めて重要です)に加え、訓練という能動的かつ積極的に参加せざるを得ない形や、よりリアルな実践的な事態想定など、その実効性を高める工夫をしていただきたいと思います。

  • 北朝鮮が8月と9月の2度にわたり、北海道上空を通過するミサイルを発射した際、12道県の617市町村に全国瞬時警報システム(Jアラート)で情報を配信したものの、一部でシステムと連動して情報を伝える防災行政無線などでトラブルが発生し、原因究明と再発防止が課題となっていることから、総務省消防庁は、都道府県などから要望があれば各地に職員を派遣することや、都道府県が市町村職員を集めた研修会などを開催する機会を捉え説明する、Jアラート配信時にトラブルが起きた自治体に原因究明に関する相談にも応じるといった対応策を打ち出しています。
  • 総務省消防庁は全国の自治体に対し、住民への伝達訓練を毎月1回実施するよう要請しています。研修会では、ミサイル落下時に取るべき行動を自治体の広報紙などで周知することも求めています。
  • 北朝鮮の弾道ミサイル発射に備え、兵庫県西宮市で、国などが主催しミサイル飛来時の情報提供や避難の手順を確認する訓練が行われました。関西では初めて行われ、訓練対象の地区住民約200人が、ミサイル発射と警戒を呼び掛ける防災行政無線にあわせ、避難場所の公民館などに移動、避難場所に移動した住民は、床に身を伏せ、手で頭を覆う行動をとったということです。
    【注】 なお、政府は、北朝鮮の弾道ミサイルが発射された際に避難を呼びかけるJアラートのメッセージについて、従来の「頑丈な建物や地下」への避難というところ、「頑丈な」の3文字を省き、「建物の中または地下」への避難呼びかけに改めています。
  • 宮城県東松島市でミサイル飛来を想定した住民避難訓練が同県内市町村で初めて行われています。防災無線の情報で自発的に避難することで、有事の際の行動を参加者らが体験する形式で、報道によれば、スタッフが住民に避難場所を事前に知らせない状態で、自発的な避難行動を促し、樹木のそばにうずくまる、図書館の棚の陰に隠れるなど、住民はそれぞれ、自主的に避難行動をとったということです。このような自発的な行動を促す形式の訓練は実効性がより高まると思われ、他の自治体等でも取り入れて欲しいものです。
  • 2020年東京五輪・パラリンピックに向けて、警視庁は、競技会場が多く集まる東京湾沿岸で発生したテロに対応できるよう、東京都台東区の隅田川で訓練を実施しています。訓練では、隅田川に架かる蔵前橋の上で爆発があったと想定し、橋から川に投げ出された人たちを水上バイクや警備艇で救助。また、台風などの自然災害に備えた訓練も行っています。
  • 小田急電鉄の職員らが、神奈川県警警務部らの指導で、酔客トラブル等への想定訓練を行っています。カメラによる証拠保全のほか、「1対1になるな」「ヒーローになるな」「声を出して応援を呼べ」といった対処のポイントや、後ろから抱えられた時に尻を押し出し、足の甲を踏みつける技なども学んだということです(平成29年10月5日付読売新聞)。
  • 奈良中央信用金庫は「不当要求防止責任者講習」を開いています。課長・主任級の中堅職員29人が受講(10年間で100人以上受講)、反社会的勢力の実情や不当要求への対応方法、ロールプレイング(暴力団員が口座開設とローンの申し込みで来店した設定で、警察官が暴力団に扮して職員が対応)などに取り組んだということです。

行き過ぎた規制

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)で取り上げましたが、振り込め詐欺などの犯罪に口座を悪用された人が、被害に遭っていない別の金融機関の口座まで凍結され、日常生活などに支障をきたすケースが相次いでいます。実務上は、「直ちに口座凍結を行う必要がある」との金融機関の判断に委ねられていますが、金融機関側としては、たとえ「過剰対応」だと言われようと、被害の拡大を防ぐために迅速な対応が第一優先事項となれば、「疑わしい場合は凍結する」との判断がなされるのは仕方ないと言えます。一方で、顧客の利便性を犠牲にしてリスク対策(規制)や公益を重視した形であることから、その規制のあり方に「行き過ぎ」があるのであれば、それを正す道筋は設けるべきであり、犯罪に無関係な口座の凍結解除の要件の明確化が必要だと思われます。

 同様の構図のものとして、Twitterで、「身に覚えがないのにアカウントを凍結された」訴えるユーザーがここ最近、急増していることがあげられます。テロ対策や犯罪対策の観点から悪質な投稿を排除する取り組みの中で、攻撃的なツイートは行っていないとみられるアカウントまで凍結される事態が起きているというものです。報道(平成29年9月29日付産経新聞)によれば、Twitterでは機械学習(ディープラーニング)を使ったシステムを強化しており、毎週320万件以上の不審なアカウントを捕捉しているものの、規約を守っているアカウントも巻き込む可能性が高く、同社として「改善に取り組んでいる」ということです。ディープラーニングの学習が進むことである程度「行き過ぎ」は解消されていくものと考えられますが、問題ないアカウントが巻き込まれることがゼロになるとは考えにくく、利用者側もそのようなリスクを認識したうえで利用するという形でバランスを取っていくことが望ましいと言えます。

 さらに、似たような構図が、反社会的勢力排除やAML/CTF、経済制裁等の観点からの「KYCチェック」の現場でも起きているように思われます。KYCチェックを厳格に行うほど、判断も厳格な方向に傾くようになりますが、データベースへの該当だけで(現時点の実態等を考慮せず)100%排除しようとする考えや、反社会的勢力との認定が難しい「グレー」先についてまで、「クロ」同様に100%排除しようとする考えなど、極端な運用をされているケースに遭遇することもあります。それ自体は企業姿勢であって問題はありませんが、本来は、相手方が「現時点で」反社会的勢力と関係を有していると認められるか、自社との関係によって暴力団等反社会的勢力の活動を助長することになるか、威力を利用することになるか、反社会的勢力との関係というレピュテーションの毀損を招くおそれがあるかなど、様々な要素を総合的に判断していくべきものです。そしてその判断は定期・不定期に更新していくことも求められます(いわゆる「ジャッジメント・モニタリング」、適切な事後検証)。あらためて、厳格なKYCチェックとは、誤検知(シロ=クロ)や過剰反応(グレー=クロ)までも厳しく運用していくという意味ではなく、可能な限り手を尽くして相手のことを知ろうとすること(KYC/KYCC/KYCCC)、グローバルコンプライアンス・リスク管理、サプライチェーンマネジメント等の観点から説明責任を果たせるだけの十分なチェックと監視(モニタリング)を行うことであり、(結果的には近いものとなるかもしれませんが)本来の目的をふまえた運用を行うべきだと言えます。

北朝鮮有事リスクを巡る動向

 北朝鮮有事リスクが極限まで高まっている状況にあります。8月29日早朝に発射した弾道ミサイルが上空を通過、「これまでにない深刻かつ重大な脅威」(官房長官)となったのに続き、9月3日には大陸間弾道ミサイル(ICBM)装着用の水素爆弾の実験を敢行、さらに、9月15日早朝にも日本上空を通過する弾道ミサイルを再度発射し、現在も弾道ミサイル発射の動きを見せるなど挑発を続けています。この間、国際社会は北朝鮮に対する厳しい姿勢を示し、国連安全保障理事会(国連安保理)による新たな北朝鮮制裁決議の採択、各国独自の経済制裁の発動や大使の追放、関連する企業や個人等の制裁リストの公表などが行われています。その中で、「厳格な顧客管理」の視点から注目したいのは、出稼ぎ労働者の就労や繊維製品の輸出が禁止されたことであり、北朝鮮からの輸入を全面禁止している日本に、中国など第三国を経由して輸出するという制裁逃れもできなくなったことで、大手総合スーパーなどは、北朝鮮労働者が働く中国の工場製の衣料品の輸入・販売を既に停止する措置を取らざるを得なくなっています(サプライチェーンからの北朝鮮リスクの排除ということ)。

 しかしながら、北朝鮮への国際的な制裁の包囲網には多くの抜け穴も存在しており、その実効性を阻害するものとして大きな問題となっています。例えば、国連加盟国は国連安保理決議に従うことになっているものの、罰則はなく、北朝鮮の脅威をあまり感じない、あるいは(独裁国家などに典型な)軍事・経済面で連携してきたアフリカや中東諸国、税関や法律が整っていない途上国などがその抜け穴となっていると指摘されています。以下では、その制裁包囲網の各国の施策等と、その一方で抜け穴と思われる動きについて、それぞれ紹介したいと思います。

 まず、制裁包囲網では、米財務省は、北朝鮮関連で個人26人と銀行9行に対する制裁を発表、朝鮮人および中国、ロシア、リビア、ドバイにいる北朝鮮国籍の個人を対象としています。また、EUは加盟各国の大使級会合で、新たな対北朝鮮独自制裁として、北朝鮮労働者の収入が核開発などに流用されるのを防ぐため、北朝鮮への送金制限を強化することなどで基本合意しています。さらに、北朝鮮からの旅行者を含むことも視野にビザの発給要件を厳格化する方針でも一致しています。また、制裁包囲網の実効性のカギを握る中国については、中国銀行など中国の主要銀行が、北朝鮮籍の個人、企業による口座開設、送金などの金融業務を停止する中国独自の制裁措置に踏み切っています。中国人民銀行(中央銀行)など監督当局の意向に基づく措置だということです。さらに、国連安保理決議に基づき、10月から北朝鮮への石油精製品の輸出制限や繊維製品の禁輸などを実施しているほか、やはり北朝鮮労働者の新たな受け入れを原則禁止した同決議を受けて、中国と北朝鮮間の貿易の約7割が通過するとされる中国遼寧省丹東市の地元政府が、北朝鮮労働者を雇っている企業に対し、北朝鮮人を新規雇用した場合、1人当たり5,000元(約85,000円)の罰金を科し、労働者も強制送還すると通知したということです。さらには、中国商務省が中国国内にある北朝鮮との合弁企業に対して、来年1月上旬までに営業を停止するよう要請しています。その他の国でも、例えば、スペイン、メキシコ、ペルー、クウェートなどは北朝鮮大使に退去を要請、アジア有数の貿易相手国のタイは北朝鮮からの輸入を8割、輸出を9割減少させる措置、ウガンダは軍のパイロットや技術者の北朝鮮による訓練の停止、カタールは北朝鮮労働者のビザ更新の中止などに踏み切っており、制裁包囲網が拡がっていることが窺えます。

 一方で、このような制裁包囲網を無力化する方向に働くような様々な抜け道等についても報道されています。主なものとして、例えば以下のようなものがあげられます。

  • エジプト沖で昨年8月に拿捕された船舶から見つかった北朝鮮製携行式ロケット弾約3万発の買い手がエジプト国内の企業だったと米紙が報じています。北朝鮮製の同種の武器押収量として過去最多であり、米政府がエジプトへの約2億9,000万ドル(約327億円)の経済・軍事支援の削減や凍結を決めた背景の一つには、同国企業と北朝鮮との武器取引があったということです。
  • 米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイト「38ノース」が、ロシアの大手通信事業会社が北朝鮮に対してインターネット接続サービスの提供を開始したとみられるとの分析を発表しています。米大統領は今春、米サイバー軍による北朝鮮へのサイバー攻撃を許可する大統領令に署名、サイバー軍は北朝鮮情報機関のハッカーらに対する攻撃を展開、中国国営企業1社に依存したネット接続体制からロシアからも接続できるようになることで、米のサイバー攻撃を避ける狙いがあるものと考えられています。
  • 中国からは公式統計に表れない形で北朝鮮に年間50万トン程度の原油が輸出されていると言われるほか、密輸の横行も指摘されています。
  • 中国は、ガソリンなど石油精製品の輸出増で北朝鮮経済を支援しているようです。北朝鮮向け輸出が1~8月累計で22億8,241万ドル(約2,556億円)となり、前年同期比で25.3%増えていることが判明しています。また、今年2月に北朝鮮からの石炭の輸入を停止すると発表していた一方で、、8月に新たに約163万トンを輸入していることも判明しました。報道(平成29年9月24日付産経新聞)によれば、中国の政治学者は、「経済制裁を厳格に行えば、北朝鮮は対中反発から予想外の軍事行動に出る恐れもある」と、全土がミサイル射程内に含まれる地政学的な理由も、石油精製品の全面禁輸措置などに踏み切れない理由と指摘しています。
  • ロシア企業が運航する北朝鮮の貨客船「万景峰」が、北朝鮮と中国の貿易の中継に関与している疑いが出ています。中国で北朝鮮船舶の入港を拒否する動きがあるため、ロシアで北朝鮮以外の船に荷物を積み替えて中国への輸出を続けているとのことです。
  • 米紙が、北朝鮮が長距離弾道ミサイル用の燃料を製造している可能性があると報じています。北朝鮮はこれまで、国内で燃料を製造できず、中国やロシアから調達しているとされていました。これが事実であれば、北朝鮮に対する石油の輸出禁止等の措置の実効性が大きく減じることになります。
  • 北朝鮮が制裁回避のため、仮想通貨で資金調達している可能性があるということです。複数の米企業が、北朝鮮による仮想通貨を狙ったサイバー攻撃とマイニング(採掘)を確認しており、仮想通貨が国家の管理下にないために規制や監視が届きにくいという脆弱性が悪用された形となっています。また、韓国の仮想通貨取引所へのサイバー攻撃の成功や5月に世界各地を襲った大規模サイバー攻撃「ワナクライ」にも北朝鮮の関与なども指摘されています。

3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

(1) 群馬県の勧告事例

 群馬県安中市のガソリンスタンド(GS)の洗車代などを優遇料金で供与したとして、群馬県警組織犯罪対策1課などは、ガソリンスタンド運営会社と神戸山口組系組幹部と組員に対し、群馬県暴排除条例に基づき利益供与をやめるよう勧告しています。

群馬県警察 群馬県暴力団排除条例

 報道によれば、店側は男らに「何かあったら守ってやる」と言われ、数年前から洗車代を割り引くなどしており、店側が警察に相談して発覚したということです。GSを巡るこのような事案は他の自治体でも勧告に至るケースが散見されており、暴力団による「みかじめ料の変形」型の資金源となっており、注意が必要です。

 なお、本件は、GS運営会社については、同条例第17条の「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、情を知って暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる金品その他の財産上の利益の供与をし、又はその申込み若しくは約束をしてはならない」に該当、一方の暴力団員についても、第18条の「暴力団員等は、事業者から当該事業者が前条の規定に違反することとなる金品等の供与を受け、若しくは事業者に当該暴力団員等が指定した者に対する金品等の供与をさせ、又は事業者に対して金品等の供与を要求し、若しくは金品等の供与を受ける約束をしてはならない」に該当したと判断されたことになります。さらに、GS運営会社に対する勧告については、第23条で「当該違反行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるとき」に勧告をすることができるとの規定に該当すると判断されたことになります。しかしながら、この点については、店側から自主申告(相談)したとされながら、結果的に勧告にまで至った経緯を知りたいところです(当社の知る範囲でも、同様の規定を持つ条例であっても、自主申告のうえ誓約書の提出等を行うなど適切な対応をしたことで、「勧告できる」規定であっても勧告を免れたケースも数多く存在しています)。なお、運用の柔軟性については幅がある一方で、規定のあり方として、例えば東京都暴排条例では、第28条において、「公安委員会が勧告を行う前に、公安委員会に対し、当該行為に係る事実の報告又は資料の提出を行い、かつ、将来にわたってそれぞれ違反する行為の態様に応じて・・・規定に違反する行為を行わない旨の書面を提出した場合には、前条の規定を適用しない」とのリニエンシー規定があり、群馬県暴排条例等における「明らかな違反行為を確認=勧告できる」という立て付けとそもそも異なっているものもあります。全国で制定されている暴排条例はその基本的な構造はほぼ同じですが、このような相違点もあることをあらためて認識いただければと思います。

(2) 兵庫県の勧告事例

 兵庫県尼崎市内にある暴力団事務所のリフォーム工事を請け負った建設業者3社に対し、兵庫県公安委員会は、兵庫県暴排条例に基づき、今後工事の請負契約を結ばないよう勧告しています。報道によれば、この3社は建物が暴力団事務所と認識していたということであり、さらに3社のうち1社は工事の一部を無償で請け負っていたことも判明し、同県公安委員会は同様の利益供与が今後ないよう勧告もしたというこです。なお、組事務所の内装工事を請け負った業者への勧告については、昨年7月にも、指定暴力団神戸山口組の直系団体侠友会の事務所とその傘下団体事務所の内装工事をしたとして、兵庫県内で内装業を営む40代男性に対し、兵庫県暴排条例に基づき、今後は暴力団事務所などの工事を請け負わないよう勧告が出されています。前項のGSの勧告事例も全国的に見られる形態ですが、本件のような組事務所等の工事を請け負う事例もまた後を絶たず、古くからの知人である、以前からの関係があるなど、断りきれない事情があることは推察できるものの、社会的な暴排の流れや、警察や弁護士等外部専門家へ相談することで関係解消に踏み出せるといった認識を、社会全体に浸透させていく必要性を感じます。

(3) 「平成29年上半期における組織犯罪の情勢について」で紹介されている勧告事例等

 既に紹介した警察庁の本レポートの中で、全国の暴排条例の勧告事例・命令事例・検挙事例が取り上げられていましたので、以下、ご紹介します。

  • 美術家が、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる情を知りながら、六代目山口組傘下組織等からの依頼により、事始め式に使用する毛筆の書幕を作成する役務を提供したことから、同美術家及び同組織組長らに対し、勧告を実施した事例(愛知、2月)
  • 浪川会傘下組織幹部が、条例で定める暴排特別強化地域に所在する飲食店において、暴力団員が立ち入ることを禁止する旨を告知する標章が掲示してあるにもかかわらず、同店に立ち入ったため中止命令を発出していたが、他の飲食店に対しても同様の行為を行ったことから、再発防止命令を発出した事例(福岡、4月)
  • スポーツ施設運営会社が、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることを知りながら、三代目熊本會会長に同スポーツ施設を他の暴力団組織との友好を図るための場所として使用させたことから、同社に対して勧告を実施し、同会長については、勧告を受けていたにもかかわらず、勧告に従わなかったことから、その氏名等を公表した事例(熊本、5月)
  • 水産物卸売業経営者が、六代目山口組傘下組織組員が不正に採捕したなまこであることを知りながら、なまこ合計約70キログラム(取引価格約21万円)を譲り受けたことから、同経営者に対し、勧告を実施した事例(北海道、6月)
  • 住吉会傘下組織組長が、条例で定める暴力団事務所の開設又は運営の禁止区域に暴力団事務所を開設し、運営したことから、条例違反として検挙した事例(警視庁、3月検挙)
  • 移動商業組合が、祭礼の出店に際し露店商従事者全員に顔写真入り組合員証を発行した上で、出店を許可していたところ、祭礼当日に組合員証を所持していない露店商従事者らが六代目山口組傘下組織幹部であることが判明したことから、同幹部らを同祭礼から排除した事例(富山、4月)

(4) 愛知県の逮捕事例

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)でも紹介した通り、飲食店などからみかじめ料を受け取ったとして指定暴力団山口組弘道会会長の竹内照明容疑者ら組幹部7人が愛知県暴排条例違反で逮捕されましたが、直近でも、別の店からもみかじめ料を受け取ったとして、7人が愛知県暴排条例違反容疑で再逮捕されています。報道によれば、過去約10年にわたり、店舗型性風俗店の実質経営者から約1,080万円、飲食店経営者から約310万円を受け取り、組の資金源にしていたと見られています。当然のことながら、他にも余罪が相当あるものと思われ、今後の捜査によって実態が解明され、暴力団の資金源に打撃を与えることを期待したいと思います。

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