暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

犯罪組織のイメージ画像

【もくじ】―――――――――――――――――――――――――

1.コロナ禍と犯罪組織

2.最近のトピックス

(1)薬物を巡る動向

(2)AML/CFTを巡る動向

(3)特殊詐欺を巡る動向

(4)テロリスクを巡る動向

(5)犯罪インフラを巡る動向

(6)その他のトピックス

・暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

・IRカジノ/依存症を巡る動向

・犯罪統計資料

(7)北朝鮮リスクを巡る動向

3.暴排条例等の状況

(1)暴排条例に基づく逮捕事例(愛知県)

1.コロナ禍と犯罪組織

今、世界は新型コロナウイルス感染拡大の脅威に晒されています。その脅威は、身体的な脅威にとどまらず、人間の心理の深い部分にまで影響を及ぼしているほか、社会・経済のあり方を根底から覆すような悪魔的な破壊力を持っています。そして、今、人類は、そのような自然の脅威を相手にその叡智の限りを尽くして立ち向かっています。そのような中、反社会的勢力や特殊詐欺グループなど犯罪組織は、未曾有のコロナ禍でさえ「稼ぎの場」と捉え、立ち向かう市民をあざ笑っています。否、あざ笑うどころか、不安や恐怖、混乱の中にいる市民や事業者の心理を巧みに突いた新たな手口を次々と繰り出しながら、大きく稼いでいる実態があります(その陰には、必ず、経済的にも心理的にも大きく傷ついた被害者が存在するのです)。コロナ禍は犯罪組織との闘いでもあり、決してその跋扈を許してはなりません

例えば、資金繰りに苦しむ事業主らの不安につけこみ、政府系金融機関から融資を受けられるよう斡旋するなどと金融庁職員をかたって高額な手数料を請求する犯罪が増えているといいます。その背後に反社会的勢力の関与も疑われる事例も散見されています。助成金を巡っても同様の構図が見られ、始まりだした現金給付も「貧困ビジネス」に悪用されかねないリスクを孕んでいます。融資や助成金の利用申し込みが急増する中、金融機関や行政が、膨大な件数の相談をこなしながら不正を見抜くのは容易ではありません。本当に苦しむ事業者に必要な資金を行き渡らせることが緊急事態における金融機関や行政の役割であり、次々と打ち出される諸政策も理解できまるところ、膨大な事務処理に時間的圧迫が重なり審査が形骸化すれば、犯罪組織を助長しかねません(本当に必要な事業者のもとに必要なだけの給付金が間違いなく届くように、迅速さの中にも的確な審査が求められますが、「言うは易く行うは難し」です。国税当局や警察などと連携し、事後的にでも相当数の無差別サンプリング調査を実施するといった方針をあらかじめ示すなど、不正をけん制し、実効性を少しでも高める工夫をすることが必要だといえます)。あるいは、コロナ禍が拡大する中、欧州諸国の医療・研究機関へのサイバー攻撃が相次いでいます。治療薬として特例承認された米の「レムデジビル」製造会社もターゲットとなりました。卑劣なのは、感染者を治療する病院やワクチンの研究所がサイバー攻撃で機能が停止するなどの被害を受ければ、コロナ禍の収束が遅れる恐れがあり、金銭を支払ってでもコンピューターの復元を選ばざるを得ない状況が突かれている点です。国内でも、事業者や消費者の不安や窮状につけ込むような休業店舗への窃盗事件や詐欺事案が多発、新型コロナウイルスに効くとうたって健康食品や薬を不正に販売する事例や違法広告が後を絶ちません。外出自粛で路上販売が難しくなった一方でインターネット通販に活路を見出した薬物販売は不安を抱える若者に浸透し、その問題の根深さと反比例するかのように、犯罪組織は莫大な収益を手にしています。イラクでは治安部隊が外出禁止令などのコロナ対策に追われるなどの混乱に乗じて、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の復活が現実味を帯びています。また、EUで新設された欧州検察庁のコベシ長官は、巨額の新型コロナウイルス対策に対する監視が不足すれば、詐欺や不正行為の急増につながる恐れがあるとの見方を示しています(2020年5月13日付ロイター)。EUの新型コロナウイルス対策の詳細はまだ調整中のところ、今後数週間の間に、最大2兆ユーロ規模の対策が講じられると見込まれています。当然ながら、受給者からは迅速な給付を確保するため柔軟性の向上を求める声が出ているものの、コベシ長官は柔軟性を高めれば詐欺や不正行為など意図しない結果につながりかねないと指摘、また新型コロナウイルス対策が公開入札のない契約など透明性に欠ける慣行を招いている兆候がすでにあるとし、これは組織犯罪や汚職が横行している一部の加盟国の話ではなく、加盟27カ国全体に見られる現象だと指摘、コロナ禍において監視不足が不正行為を招いている現状に警告を発しています。まさにコロナ禍は犯罪組織との闘いであることを実感させられますが、やはりその跋扈は許されるものではありません。

今回の暴排トピックスでは、暴力団をはじめとする反社会的勢力、あるいは特殊詐欺グループや窃盗グループらも含む犯罪組織について、コロナ禍における活動実態や新たな手口、社会への影響等について概観することで、そのような犯罪組織との闘いに少しでもお役立ていただきたいという思いで書いています。

さて、まずはコロナ禍における暴力団情勢、反社会的勢力の動向等について触れたいと思います。

最初に作家で元六代目山口組系二次幹部の沖田臥竜氏のコラム「山口組など活発化するヤクザの自警団から考える「コロナ禍と任侠」」ほか数編から、抜粋して引用します。

  • 多くの国民が不安を募らせ、困窮に喘ぐ人たちも出てきてる。こうした状況は間違いなく治安を悪化させる。不安に駆られた人々や、非常事態下で脆弱になったセキュリティを突いて悪事を働こうとする輩が犯罪に走る傾向が強まるのだ。そうした中で、治安の乱れに一定の抑止力を働かせているのが、六代目山口組や神戸山口組のみならず、いくつものヤクザ組織が立ち上げている自警団の存在だ。組員たちが数人のグループとなり、人通りの少なくなった商店や住宅街などの見回りに当たるという活動が活発化している。水面下では、両組織がなんらかの政治的な交渉に入る可能性もあるのではないかと思われていた矢先に、新型コロナウイルス問題が発生。外出自粛などのコロナ対策はヤクザの世界でもご多分に漏れず、また、経済的打撃が両組織を襲っていると思われる中で、分裂問題についても、先が読めなくなったのが現状といえるのではないだろうか。
  • 今後、緊急事態宣言が長引けば長引くほど、ヤクザが抱え続けてきた精神論=任侠の真髄がクローズアップされていくのではないか。筆者がその道で生きていたから、身びいきがあると思われるかもしれない。だが、自己犠牲の上で、弱者や困っている人たちを助けようという任侠の真髄は、誰からも否定されないだろう。今回の自警行為だけでなく、各震災後、物質支援や炊き出しを精力的に行うヤクザ組織は数多くあった。ヤクザであろうがなかろうが、反社会的な活動は決して認められるものではないし、ヤクザがどんなに社会貢献をしても、それは公に語られるものではないだろう。だが、任侠に基づく言葉と行動が、今の社会に必要であることは間違いない。
  • ヤクザ、暴力団が「反社会的勢力」と位置づけられて久しく、もはや「必要悪」ではないといわれることが多くなった。必要悪を「悪い面もあるが、社会としては、ないよりあったほうがいい存在」とした場合、果たしてヤクザは、もはや必要悪でもないのだろうか。社会通念上、ヤクザが「絶対悪」と明確に定義されるのならば、その存在の是非を論じるまでもない。だが、現在、社会も政治もヤクザの存在を許容している。どれだけヤクザに対する厳罰化が加速しても、それはヤクザの行為を締め付けるものであって、その存在自体を違法とはしていない。
  • あくまで一般論だが、海外マフィアは、組織内に血の結束があったとしても、外部に対しては違う。他者に対して、自己の利益のためなら、犯罪を犯すことに躊躇がない。だが、日本のヤクザ組織は、精神的な真髄を軸に形成されている。いうなれば、どの組織であっても、根底に流れるのは任侠道なのだ。それは現在、対立関係にある六代目山口組と神戸山口組とにおいても、同じである。仁義を重んじ、自己犠牲を厭わず弱き者を助けるという任侠道を歩むべきと結成された組織を、社会は否定しないし、絶対悪とはしない。
  • 「現在、六代目山口組と神戸山口組は特定抗争指定暴力団に指定されており、警戒区域では組員が集まることができない。そのため、少人数のグループを何組もつくり、自警団として警戒区域内の見回りを続けている」(業界関係者)決して報道されることがない動きではあるが、これこそがヤクザにとっての義侠心というものなのだ。また、ある組幹部は、全国民に一律給付される10万円についても、このように語っている。「当たり前だが、我々が受け取るわけにはいかない。どうしても受け取らなければならないのなら、どこかに寄付させてもらう」
  • もちろん、ヤクザのなかでも考え方は人それぞれだろう。だが、多くのヤクザがこれまでも国難に対して立ち上がってきてみせたのは事実だ。震災が起きれば、たとえ売名行為だと揶揄されても、物資支援や炊き出しなどを行ってきた。年々、社会から排除されていく存在になっていたとしてもだ。「困っている時に助け合うのは当たり前のこと。それを世間がどう取るかは関係がない。好きなように言えばよい」(某組織幹部)
  • ヤクザが、必要悪か否かを論じる必要はないだろう。「困った時に助け合うのは当たり前のこと」。社会では希薄になりつつあるこの言葉をヤクザが持ち続ける限り、その存在がなくなることはないのではないか。

暴力団が「仁義を重んじ、自己犠牲を厭わず弱き者を助けるという任侠道を歩むべき」として結成された組織であり、「困った時に助け合うのは当たり前のこと」とする行動原理を実践している限りは、沖田氏の主張にはある程度の理解はできるところ、そもそも暴力団をはじめとする反社会的勢力が、平時は犯罪行為やギリギリのラインで(広義のコンプライアンス上、許容できる範囲をはるかに超えて)、市民や事業者を相手に資金獲得活動を展開していることによって組織運営が成り立っているのではないか、有事の際に市民のために奉仕的活動を行う行為は尊いにせよ、その活動を支えているのはあくまで犯罪収益であって、健全なビジネスや労働によって得られた対価とは根本的に次元の異なる話ではないのか、任侠道を極めるという意味の「極道」という任意団体である限り、その活動は誰も否定しない(否定できない)のはその通りだが、それが健全な行為、健全な経済的裏付けがあってという前提(善良な市民であるとの大前提)を無視はできない、筆者はそう考えます。そして、このコロナ禍にあって、基礎疾患を抱え、高齢化の進む暴力団員は、特定抗争指定による厳格な活動制限、当局の取り締まりや社会の目線の厳格化もあり、その活動を最小限にせざるを得ない事情があります。六代目山口組や神戸山口組では、大半の会合が取りやめとなっていますが、会合は暴力団が統制を保つ上で重要なものであり、特定抗争指定と感染拡大による活動自粛は、じわじわとダメージにつながることは必至と考えます。さらに、統制が効かなくなるおそれにとどまらず、コロナ禍によって、資金獲得活動のメインである繁華街などへの外出自粛が求められ、資金源が急激に細っている現実もあります。コロナ禍は、これまで貧困暴力団や少子高齢化、半グレの台頭といった形で表れてきていた「暴力団のあり方」「暴力団の定義」を根本から見直す動きを、一気に加速させる契機となるように思われます。「アフター・コロナ」において、暴力団は今のままの形で存続できるのか、犯罪収益に依存しない(犯罪組織でない)任侠道を追求する任意団体になるのか(沖田氏の主張を煎じ詰めればそうなりますが、あまり現実的ではないように思われます)、あるいは、任侠道を標ぼうする犯罪組織という現在のあり方が違法な(非合法な)存在と捉え直されマフィア化するのか、暴力団という現在の組織形態は雲散霧消し、半グレのようなより柔軟な犯罪グループが反社会的勢力の中核となっていくのか、その答えが出るのはそう遠くないのではないかと考えます。一方の企業の実務における反社会的勢力排除は、社会の目線を強烈に意識した、「関係を持つべきでない」とするシンプルな判断基準に基づいて行われるという点では現在と変わりはないものの、その難易度はますます高まっていくことは確実だといえます。

では、コロナ禍における暴力団の活動が停止したかといえば、そんなことはあり得えず、表面的には最小限の活動の体裁を保ってはいるものの、その実、より必死に資金獲得活動に励んでいるというのが正しいといえます。コロナ禍の混乱に乗じて、人々や事業者の不安や恐怖を巧みに操り、細った資金源の穴を埋めるべく、新たな資金源を模索し続けています。例えば、全国民に10万円の現金給付を行うとして、ホームレスやネットカフェ難民も受給対象に含まれましたが、今後、そうした社会的弱者から搾取する「貧困ビジネス」の発生も懸念されるところです(実際、過去には暴力団関係者がホームレスを集めて住居をあっせん、受給させた生活保護費をピンハネして逮捕される事件も発生しています)。あるいは、覚せい剤のデリバリーは路上で行われていたところ、外出自粛によってそれも難しくなった一方で、インターネット通販を活用することで新たな顧客を獲得する(もちろん覚せい剤の再犯率・依存性は極めて高く既存顧客は固定客として確保できたうえでの話となります)、特殊詐欺では日々新たな手口が生まれ、高い摘発リスクを有する受け子や出し子は金に困った人間を使い捨てればよく(今後、窮乏する人間の増加によって手配はより簡単になるものと推測されます)、ギャンブルも賭博場や裏カジノなどの「ハコ」を用意する必要もなく、オンライン形式のカジノ・賭博で代替は可能、性産業も「ハコ」から「デリバリー」への流れ、SNSを活用して接点を拡大するなどすれば、現状の資金獲得活動を「コロナ禍仕様」に仕立て直すことも問題なくできそうです。なお、コロナ禍の反社会的勢力のビジネスについては、弊社代表取締役社長の熊谷のコラム「やくざもコロナ対策本格化!新たなシノギに要注意!~反社チェックの形骸化(意識含む)が大きな落とし穴に~」もあわせて参照いただきたいと思います。

神奈川県など18都道県で活動する稲川会が今月、構成員らに「特殊詐欺への関与は厳禁」とする文書を配ったことがわかりました。報道によれば、神奈川県警は、幹部に対する責任追及(使用者責任)を逃れる目的で作られた文書だとみているといいます。文書は、「『稲川会規約』総本部通知」と題し、同会ナンバー3の名前で作られ幹部の会合で配布され、特殊詐欺は落ち度のない高齢者を狙い撃ちする犯罪だとして、「一般に犯罪行為が許されないことは当然であるが、特にこの種事犯に及ぶ事はもっての他である。特殊詐欺は、何ら落ち度もなく判断能力が低下している老人等を狙い撃ちにし、個人的な生活資金を騙し取るもので有って、誠に卑劣である」(原文ママ)と断罪、「特殊詐欺への関与を絶対に無き様、再度厳禁する」とし、事件で得た収益の受け取りも禁じる内容で、関与が明らかになった場合、破門などの処分を下すとし、文書を事務所に掲示するよう求めています。稲川会がこのような文書を出すのは初めてとみられ、背景には、今年3月、東京高裁が、稲川会系組員による特殊詐欺に関する損害賠償請求訴訟の判決で、元会長の責任を認め、計約1,600万円の支払いを命じたことがあると考えられます。本コラムでもたびたび紹介してきましたが、暴力団組員が関与する特殊詐欺を巡っては、水戸地裁が昨年5月、住吉会トップが暴力団対策法上の使用者責任を負うと初認定し、605万円の支払いを命じたほか、同様の訴訟は他の裁判所でも起こされている状況にあり、使用者責任を問われば、高額の損害賠償責任を負うことになることから、資金源への打撃も無視できないことになります。そのうえで、稲川会ではコロナ禍の影響もふまえて特殊詐欺に加担しないためにも会費を半額にしたという噂もあります。

しかしながら、筆者にとっては「何を今さら」という違和感もあります。そもそも、使用者責任を法的に追及されようがされまいが、稲川会に限らず、どの組織も特殊詐欺に関与することは、相当前から厳禁事項として打ち出しています。なぜなら、それは前述した「任侠道」と、「特殊詐欺」という行為が相容れないものだからです。まさに、弱者や困窮している人から金銭を詐取する輩は、ヤクザの風上にも置けないという考え方で、トップの責任を取らせるという点もヤクザの世界では看過できない不祥事だといえます。それらの理屈は筆者も否定はしないのですが、それでも特殊詐欺に加担する組員の割合は増加しているのが現実です。これまで見て見ぬふりをしてきた上層部が(当局や社会に向けて)保身のためにあらためて通達を出したに過ぎないと感じます。コロナ禍で伝統的資金獲得活動が急激に細る中、特殊詐欺は極めて「よい稼ぎ」ができるものであり、そう簡単に上層部も配下の組員も手を引くことは現実的には考えにくいものです。あらためて、「任侠道と暴力団の不思議な関係」を目の当たりにした感覚です。この点については、溝口敦氏のコラム「ついに「暴力詐欺団」という新語まで出てきたヤクザの凋落」においても、「今、暴力団組員の中から批判的な気持ちを込めて「暴力詐欺団」という新語が使われ始めた。意味するところは、暴力団でありながら、オレオレなどの特殊詐欺を行う集団である。暴力団が組み合わせるシノギとして、特殊詐欺だけは違和感をもたれる。なぜなら、自分の本名や稼業名、所属を隠し、偽りの名前や所属を告げて行うだましの犯罪だからだ。半グレからノウハウを教わった、半グレを傘下に加えた、などのルートで導入したのだろうが特殊詐欺は恐喝に比べ圧倒的に摘発されにくく、獲得する金額が大きい。一部で、やらない手はないとなったのだろう。報道を注意深く見ていると、傘下に多く詐欺団を抱えるのは弘道会系、住吉会系、一時期の山健組系など、知名度の高い暴力団に多い。中には特殊詐欺の被害者から「組長の使用者責任」という概念で訴えられる組長まで登場している。ヤクザのシノギはバクチ、覚醒剤、管理売春など犯罪的な悪事ばかりだが、中でも特殊詐欺は綱領の精神に大きく反する」と指摘されています。なお、同じく特殊詐欺の使用者責任を巡る訴訟の当事者としなっている住吉会についても、傘下組員が特殊詐欺事件で逮捕されたことを受けて、警視庁は、住吉会の本部事務所を家宅捜索しています。この事件は、住吉会幸平一家傘下組員が2018年10月、山口県の高齢女性にうその電話をかけ、現金250万円をだまし取った疑いで逮捕されたもので、警視庁は、板橋区にある住吉会幸平一家の本部にも家宅捜索していて、住吉会が特殊詐欺でだまし取った金を組織の運営資金にしていた可能性があるとみて調べているといいます。

以下、最近の暴力団情勢、反社会的勢力を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 兵庫県尼崎市にある指定暴力団絆会(旧・任侠山口組)が、神戸地裁の出した本部事務所の使用禁止の仮処分命令を守っていないとして、暴力団追放兵庫県民センターは、違反した1日ごとに100万円の制裁金を支払わせる間接強制を同地裁に申し立てています。認められれば、今後の違反で効力が発生することになります。報道によれば、住民や県警が2018年9月から約1年半、組員らが事務所に出入りする様子を何度も確認し、事務所を使い続けていると判断したということです。今後、神戸地裁が同会の意見を聞く機会を設けた上で間接強制を認めるか決めることになります。
  • 福岡県暴排条例が施行から10年を迎えたことを受けて、筆者のコメントが2020年4月7日付読売新聞九州版に掲載されました。この10年で暴排が進んだという流れの中で、事業者側も「反社チェック」に取り組んでいるとし、「反社との関係は企業価値を損なう大きなリスクと捉えられ、「反社チェック」が定着しつつある」とコメントいたしました。一方で、反社会的勢力の見極めの困難さが課題となっており、日本弁護士連合会民事介入暴力対策委員会の鈴木仁史副委員長が「条例で暴力団が社会から締め出され、組員を名乗るデメリットが大きくなった。離脱を装ったり、肩書を偽ったりする例もあり、反社の見極めは難しい。官民や民間同士で情報共有を深めて対応する必要がある」と指摘していますが、筆者も同感です。コメントだけでは言いたいことが足りていませんが、反社の潜在化、巧妙化はこの10年で驚くべきレベルまで進んでおり、そのレベル感で事業者が反社チェックを実施できているかというと、まだまだ疑問符がつくのが現状です
  • 国に虚偽の書類を提出したとして福岡県警は、福岡県久留米市の建築・土木業者2社の社長ら5人を建設業法違反容疑で逮捕したと発表しています。県南部の暴力団捜査の過程で発覚したということであり、両社への反社会勢力の関与の有無を調べるとのことです。当該建設会社は公共工事の受注実績があるといい、県警は両社の関係先を家宅捜索し、給与明細などを押収して実態解明を進めていました。今後の動向を注視したいと思います。
  • 報道(2020年4月19日付朝日新聞)によれば、全国最多の五つの指定暴力団が本拠を置く福岡県で、組員の平均年齢が統計を取り始めて初めて50歳を超えたことがわかったということです。昨年末の時点の組員数は計約970人で、平均年齢は2歳で、統計を取り始めた2013年末の時点の44.8歳から7.4歳上がったことになります(6年間で7.4歳あがった計算ですので、いかに若手が定着せずベテランが残っているかが推測できる数字です)。なお、年齢構成は、20代が3.6%、30代が14.9%、40代が36.8%、50代が25.5%、60代が12.4%、70代以上がなんと6.7%となっています。福岡県警は、施行から10年が経った福岡県暴排条例で、青少年対策を強化した影響とみているとのことですが、あと10年経過したとき、暴力団という現行組織が雲散霧消するという話もあながち絵空事ではないと感じます。
  • 国家公安委員会が、特定危険指定暴力団工藤会の本部事務所として、別の同会系の事務所を新たな本部事務所として定める方針を固めたことが判明しました。暴力団対策法に基づき、これまで「主たる事務所」として公示していた本部事務所が2月に撤去されたことに伴う措置で、新たな本部事務所は同市小倉北区にある2次団体の事務所を候補とし、福岡県警などが変更手続きに向けてこの2次団体から3月に意見を聞いていたといいます。本コラムで継続的にお伝えしてきた従来の本部事務所の撤去問題については、同会トップで総裁の野村悟被告(73)らの逮捕に伴い撤去され、最終的に跡地を購入した北九州市のNPO法人が福祉施設の建設を目指しています(4月末、工藤会の本部事務所跡地を買い取った福岡県内の民間企業から、ホームレス支援などに取り組む同市八幡東区のNPO法人「抱樸」に所有権を移転する手続きが完了しています)。
  • 人気お笑いコンビ「ロッチ」の中岡創一さんが反社会的勢力と一緒に写真に写っていると所属する芸能事務所を脅したとして、警視庁組織犯罪対策特別捜査隊は、無職の容疑者を脅迫容疑で逮捕しています。報道によれば、中岡さんが所属する芸能事務所「ワタナベエンターテインメント」に電話をかけ、「所属しているタレントが反社っぽい人と写っている写真を持っている。週刊誌に持って行ってもいいですか」などと脅迫したといいます。容疑者が、「写真は暴力団の知り合いからもらった」と供述、同事務所は「反社会的勢力とのつながりは一切ない。ファンサービスの一環として撮影に応じた写真が事件に利用されたということなのであれば、極めて残念です」とのコメントを発表しています。芸能人と反社との関係を巡っては、昨年、闇営業問題で吉本興業が大変大きなダメージを被ったことと比較すれば、今回のケースは、適切な対応で最小限にクライシスを封じ込めることができたとも言えると思います。

2.最近のトピックス

(1)薬物を巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2020年4月号)で警察庁の「令和元年における組織犯罪の情勢について」を取り上げましたが、その中で「薬物情勢」についても確認しました。2019年に摘発された違法薬物の密輸は過去最多、前年比4割増の463件にのぼりましたが、とりわけ洋上で大量の覚せい剤等の違法薬物を受け渡しする「瀬取り」の大規模摘発が相次いだ(2019年6月には静岡県の海岸で過去最大となる約1トン(末端価格約600億円)の覚せい剤が押収されました)ことから、「ショットガン方式」と呼ばれる、外国人や帰国する日本人を「運び屋」として使った小口の密輸にシフトしている現状があります。密輸摘発が最も多かったのは覚せい剤で、前年比2倍超の過去最多の273件となりました。また、摘発された333人のうち7割を外国人が占め、タイ(65人)、マレーシア(30人)、米国(19人)の順に多い結果となりました。また、国内で若年層を中心に蔓延が懸念されている大麻については、密輸の摘発は前年より14件多い89件で、過去10年で最多となりました。なお、大麻は国内で違法栽培されたものが出回るケースの方が多いといいます(最近は大麻栽培の摘発も急増しています)。加えて、大麻の成分を濃縮し液状にした大麻リキッドの密輸摘発も目立ってきています。電子たばこで成分を蒸発させて吸引できる手軽さから若者の間で蔓延しているとみられており、SNSでは売買を持ち掛ける投稿が飛び交っています。2019年に税関が関わった大麻リキッドを含む大麻製品の摘発は2018年比で約1.5倍の131件にものぼっています。前述した統計資料によれば、2019年の大麻事件の摘発は4,321人と過去最多を記録、特に10~20代が急増していることが判明しています。また、直近では、横浜港に入港した船の積み荷からコカイン約700キロ(末端価格140億円相当)が見つかり、横浜税関が押収していたことが判明しました。今年3月下旬から4月上旬にかけて、箱詰のバナナなどが入った積み荷のコンテナ内に隠されているのを税関職員が発見したということです。昨年10月、神戸市の神戸港でコンテナから見つかった約400キロを上回り、一度の押収量としては過去最多とみられます。

さて、その薬物の国内での流通については、コロナ禍に伴う外出自粛を背景にインターネットを通じて拡がりを見せている状況にあるようです(流通価格が上昇していることから需要の高まりが指摘できます)。学校の休校や会社の雇い止め、アルバイト切りなどによって家に閉じこもらざるを得ない若者たちが、興味本位でインターネット等を通じて覚せい剤を購入し、ハマっていく構図が顕在化しつつあり、売りさばく側の暴力団も、その資金源である夜の町の閉鎖や売春や風俗営業からの収益が低迷する中、覚せい剤などのドラッグの密売に活路を求めているといった構図もあります。若年層が薬物に簡単にリーチできる状況、コロナ禍で薬物に手を出してしまいかねない状況が、今あり、若年層の蔓延を防ぐ対策が急務となっています。なお、参考までに、ドラッグ乱用者の行き着く先は、「1:3:3:3」と言われています。つまり1割は命を失い、3割は刑務所か精神病院に、3割は行方不明(死ぬまで使い続け)、残り3割が何とか専門家や自助グループ、医療機関の助けを受け、その回復へと向かっていくという意味です。残りの3割でもすべてが薬物依存症から回復できるとは限らず、それだけ厳しい現実をもっと知ってもらう必要があるといえます。

最近の薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 芸能人の薬物トラブルが後を絶ちません。実家で乾燥大麻を所持したとして、大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕された女性アイドルグループ「HKT48」の谷口愛理元メンバーに関し、福岡地検は処分保留で釈放しています。福岡県警西署は16日に逮捕。同署によると「大麻は交際相手のもの」と供述していたといいます。また、大麻を所持したとして、警視庁戸塚署は、ラップの技術を競うテレビ番組に審査員として出演もしていたラッパーの川上容疑者を大麻取締法違反容疑で現行犯逮捕しています。自宅近くの路上で、挙動が不審だったため警察官が職務質問した際、たばこの箱に大麻片を隠し持っていた疑いがあるということです。なお、同容疑者は、その後の尿検査で、覚せい剤の陽性反応が出ていたことがわかりました。警視庁戸塚署は、覚醒剤取締法違反(使用)容疑でも調べる方針だということです。さらに、広島県警と厚生労働省中国四国厚生局麻薬取締部は、「ZAO」の名で音楽活動をするラッパーの塗装業と会社員の両容疑者を大麻取締法違反(営利目的所持)の疑いで逮捕しています。報道によれば、ZAOは「大麻とは思わなかった」、会社員は「大麻には違いないが、販売していない」と容疑を否認しているといいます。2人は十数年来の知人で、会社員宅からは栽培中の大麻19鉢や自作の吸引具などが見つかっており、営利目的で栽培したうえで所持していたとみられています。
  • 自宅マンションの敷地内で乾燥大麻を所持したとして、兵庫県警は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、同県警尼崎南署留置管理課の巡査(22)を逮捕しています。「大麻を吸った」とも供述し容疑を認めているということです。3月に外部から容疑者の大麻使用に関する情報提供があり、捜査を進めていたといいます。取り締まる側の警察官の不祥事は極めて残念です。
  • 新型コロナウイルスの感染拡大で米国から一時帰国中に、密輸された覚せい剤を東京都内の実家で受け取ったとして、警視庁は、米ロサンゼルスの女子大学生(22)を麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、女子大学生は、4月に一時帰国して滞在していた渋谷区の実家で、米国から成田空港に輸入されたピーナツバターの瓶に覚せい剤の錠剤が隠されていると知りながら受け取った疑いがあり、調べに「ボーイフレンドから送ってもらったが、覚せい剤とは知らなかった」と容疑を否認しています。東京税関の検査で錠剤90錠が見つかり、警視庁が中身を途中で入れ替えて発送をする「クリーン・コントロールド・デリバリー(CCD)」捜査をしていたものです。
  • 埼玉県警薬物銃器対策課は、米国から覚せい剤を密輸したとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、ベトナム国籍の容疑者を逮捕し、さいたま地検に送検しています。何者かと共謀して昨年10月、覚せい剤約4・6キロ(末端価格約2億8,000万円)を入れた小包を米国から埼玉県本庄市内のアパートに発送し、密輸したというものです。今月14日に日本へ入国し、県警が成田空港で身柄を確保しています。
  • 福岡市内のマンションで大麻を栽培したなどとして、福岡地検が無職の男ら男女4人を大麻取締法違反(営利目的共同栽培など)で福岡地裁に起訴しています。九州厚生局麻薬取締部は部屋から大麻草93株と乾燥大麻8キロ(末端価格1,400万円)を押収、報道によれば、男らは、「インターネット動画で栽培方法を勉強した」と供述しているといいます。マンションは男らが栽培用に借りていたもので、2016年頃から栽培を始め、計1,500万円以上の売り上げがあったということです。なお、すでに指摘しているとおり、大麻栽培の摘発事案が急増しており、私たち市民がその兆候に気づき、通報するといったことも重要となります。本コラムで繰り返し紹介しているとおり、埼玉県警のHPでは、大麻栽培が疑われる場所の端緒として、「玄関の隙間や家屋の換気口から、大麻特有の青臭い・甘い匂いがする場合は要注意」、「光量の調節のためには、外の光をシャットアウトして暗闇を作る必要がある。大麻栽培プラントでは、雨戸や遮光カーテン等を閉め、さらに目張りをするなど、外の光の差込みや匂いの漏れなどを防いでいるケースが多い」、「人が生活している様子がないのに「電気メーターが常に早く回っている」、「常にエアコンの室外機が回っている」などの特徴がある」、さらには、「必要な作業のため、「連日深夜等に人が短時間立ち寄る」ほか、栽培に必要な「大量の土、肥料、電気設備、植木鉢、ダクトなどを運び込む」、あるいは、「収穫した大麻を、ダンボールやゴミ袋に詰め込み、人に見つからないように持ち出す」といった特徴がある」などといったものが紹介されており、参考になります。
  • 朝日新聞出版は、運営するニュースサイト「AERA 」で5月5日に配信した記事「『マトリ』が次に狙うセレブタレント」について「関係者に対する十分な取材や事実確認ができていなかった」として記事を取り消し、女性タレントと所属事務所に謝罪する文章を同社の公式ホームページに掲載しました。謝罪文によると、問題の記事は、厚生労働省麻薬取締部が「元モデルでタレントのA」を内偵捜査しているとの内容。これに対して女性タレント側が、記事の記述はAが当該女性タレントと「同定が可能」だと指摘していたものです。この手の記事は以前から多数見かけますが、それを安易に信じて拡散させる行為自体も名誉棄損につながる可能性があり注意が必要です。さらには、当局の捜査にも影響を及ぼす可能性もあり、慎重な対応をお願いしたいものです。

(2)AML/CFTを巡る動向

コロナ禍によって金融機関の実務に大きな影響が出ていますが、海外送金の実務も例外ではありません。また、感染防止のため人員など業務体制を縮小しているのは、日本の金融機関だけでなく海外でも同様です。日本の金融機関では、顧客から海外送金の依頼を受け、中継金融機関を経由し相手国金融機関へと送ることになりますが、中継機関を含めて業務体制が縮小傾向にあり、3月にはフィリピンへの送金が一時的にできなくなる事態も発生したといいます。そうでなくても、海外送金の実務においては、昨今ではAML/CF(アンチ・マネー・ローンダリング/テロ資金提供対策)の強化から事務が厳格化していることもあり、必要書類の確認なしに実行されることもありえず、今後しばらく、海外送金の実務の混乱は続く可能性がある点に注意が必要です。なお、この海外送金については、主要国の中で日本が突出して高いとの分析結果を日銀が公表しています。日本は米国の3倍近くに達し、G20平均も大幅に上回っており、決済システムの高コスト体質が改めて示され、改善に向けた議論が活発になりそうです。

▼日本銀行

日銀の資料によれば、海外送金(クロスボーダー送金)における日本特有の課題として、「SWIFTと金融機関の接続システムが多層化していることが、システム更改費用を膨張させ、コスト高の一因になっているとの意見や、内国為替制度と外国為替制度が分かれていることが、コストや規制遵守の程度などにおいて、国内送金とクロスボーダー送金の差を生み出しているのではないか」と指摘されています。そのうえで、「クロスボーダー送金の改善に向けた取り組み」として、以下のような取組み課題が指摘されています。

クロスボーダー送金のために提供される種々のデータを有効に活用・補完することで、クロスボーダー送金のコスト削減・送金時間短縮を実現する事例が紹介されました。例えば、グローバルまたは地域単位のKYC Utilityの構築やSWIFT gpi(global payment innovation)の利用拡大が挙げられました。SWIFT gpiは、(送金経路を最初に特定した上で)各送金にユニークな送金番号(Unique end-to-end transaction reference<UETR>)を付与し、全ての送金を可視化したほか、各システムの処理自動化(STP化)にも資するとの見方が示されました。また、これにより、全ての関係者が送金の状況を確認でき、照会などにかかるコストも削減できるほか、各銀行の処理速度向上のモチベーションを付与し、結果として送金時間の短縮化が図られている、との指摘がありました。

また、SWIFTは、2021年11月に国際標準ISO 20022に準拠したメッセージフォーマットへ移行する予定であるため(今年3月に、SWIFTは、移行時期を2021年11月から2022年末に変更する旨を発表)、SWIFTと外為円決済制度のフォーマットとの相互運用性の向上を通して、STPの改善などによるスピードの向上および事務ミスリスクの低減が図れる、との指摘がありました。新フォーマットでは、情報の要素が細分化されるため、各金融機関によるAML/CFTスクリーニングの精度向上と時間短縮にもつながることが期待できるとの見方が示されました。

さらに、日本の送金コストが高い背景の一つとして指摘されたSWIFと金融機関との接続コストの高さについては、新たにSWIFTが提供予定のクラウド・APIソリューションの活用により削減可能、との見方も示されました。このほか、(SWIFTとは異なる)新たなクロスボーダー決済プラットフォームを構築し、参加銀行に対して(コルレスバンキングのもとで銀行の負担となっていた)相対交渉コストの削減や送金チェーンの短縮化を実現する取り組みが、プラットフォーム運営企業から紹介されました。

なお、KYCの実務の効率化としては、三井住友銀行などメガバンク3行と大手地方銀行が、NECと共同で口座開設時の本人確認などをオンラインで完結できる共通基盤を展開すると発表しています。顧客の同意を得た上で、各行の本人確認済みの情報を証券会社など外部に提供、利用企業が口座開設を効率化でき、顧客はすぐに新たなサービスの利用を始められるようになるというものです。

▼三井住友銀行 マルチバンク本人確認プラットフォームの提供について(2020年5月7日)

本リリースによれば、「金融機関が保有する本人確認済情報(氏名、住所、生年月日等)を本人の同意を都度得たうえで事業者と連携し、信頼性の高い本人確認に基づいたサービス提供へとつなげていきます」、「経済社会のデジタル化が急速に進展し、金融サービスをはじめとする多くのサービスが対面ではなく、デジタル技術を通じてリモートで提供されつつあります。一方で、なりすまし等による不正利用を防ぐため、事業者には利用者が本人であるかどうかを厳格に確認することが求められています。金融業界では、2018年の犯罪収益移転防止法(以下、犯収法)の改正により、オンラインで完結する本人確認(KYC)方法として、「本人確認書類+銀行等への顧客情報照会」が認められました。金融機関の有する本人確認済情報は、デジタル化が進展する経済社会において、認証基盤の一筋になると期待されており、NECが主催する産業横断イノベーション研究会「」において、業種や業界の垣根を超えたオープンAPIの利活用による安全・便利な社会の実現事例として、NECと複数の金融観が共創して検討を進めてきました」とされています。

また、本人確認資料として有効とされている「パスポート」ですが、2020年2月から導入が始まった日本の新パスポートについて、本人確認書類として使えないとする企業やサービスが現れているといいます。新パスポートから住所記入欄がなくなるというのがその理由です。そもそも、旧パスポートでも住所は自筆であり、居住地を公に証明するものではなかったわけですが、(全国銀行協会と金融庁との間で新パスポートの取り扱いを協議中ということですが)現状のメガバンクの実務的としては、パスポートだけでは本人確認書類として使えず、住所を証明できるものが必要とされています。

(3)特殊詐欺を巡る動向

新型コロナウイルスの感染拡大で社会活動が大きく制限されている中、特殊詐欺グループをはじめとする詐欺グループ等の犯行が活発化している状況があります(特殊詐欺に限らず、工事業者を装って自宅に上がり込む窃盗グループなどの活動も活発化しています)。外出自粛によって、高齢者自身が在宅している時間が長期化していること、不安や混乱が広がる現状は、詐欺グループにとって絶好の機会ともなっているからです。報道(2020年4月30日付朝日新聞)によれば、新型コロナウイルスの感染拡大に便乗した手口の詐欺事件(未遂も含む)の被害が3月上旬以降、全国で32件確認され、被害額は計約3,117万円にのぼることが警察庁のまとめでわかったといいます。だましや誘いの中でコロナウイルスなどの言葉が使われたり、マスクや消毒液などの販売を名目にしたりした事件で4月27日までの報告分を集計したもので、国民への一律10万円の給付金を口実にキャッシュカードをだまし取る手口も目立つこと、自営業者らを対象に「緊急特別貸付」をするとして融資保証金名目で現金約43万円を振り込ませ詐取した事件や、兄を名乗り「コロナ関係の仕事をしていて大事な書類をなくした。お金がない」などとなりすました事件、マスクの販売をうたうインターネットのサイトで申し込み、代金を振り込んだが商品が届かない被害事例などが確認されています。なお、32件のうち容疑者を逮捕・書類送検したのは7件ということです。さらに、全国の消費生活センターには、新型コロナウイルスに関連し、行政や親族になりすました相手から連絡があったなどの相談が4月19日までに96件寄せられており、「公的機関を名乗る者から現金給付に当選したというメールが届き、手数料を振り込んでしまった」との相談もあったといいます。週刊誌上での犯罪者側からの視点として、このような不安や混乱を背景として、「トレンドは”給付金”や”融資”」、「メールで数十万件ばら撒けば、数ヶ月前には一本もヒットしなかったのが、十数件ヒットするらしい」、「世の中が冷静でないからこそ、不安な人々を陥れるのは平時よりいくらか簡単になっている」、「政府もメディアも芸能人までも”みなさん家にいて”と言う。そうすると、アポ電強盗に関わるような奴にしてみれば、機会が増えるということに他ならない」といった具合です。警視庁も、4月24日、政府が全国民に現金10万円を支給する「特別定額給付金」を狙った不審な電話が東京都内で相次いでいると発表、自治体職員などを装い、「申請手続き」と称して給付金をだまし取ろうとする手口が多いとして、注意を呼びかけています。なお、在宅を狙ったとみられる詐欺メールも目立ち、ネット通販などをかたる偽メールが増えているとして、警察は「10万円給付」を巡る偽メールにも警戒を呼びかけています。在宅ではサイバー攻撃へのセキュリティ対策上の脆弱性があり、周囲にすぐ相談できないため不審メールを開いてしまい、ウイルス感染などの恐れも増す可能性が高まることも考えられます。業務に関する詐欺メール(ビジネスメール詐欺など)にも注意が必要な状況で、在宅勤務では上司など周囲に確認が取りづらくなるため、会社の資金や情報を狙う手口の標的になりやすいことを十分認識させることが求められています。

なお、報道(2020年5月14日付産経新聞)によれば、被害者から現金やカードを受け取る「受け子」は、人出の減少で目立つリスクを抱えながら活動を続け、新型コロナウイルスに便乗する新たな手口も次々と確認されています。アポ電をはじめとする不審電話の件数は、緊急事態宣言の発出を境に急増しているといいます。記事の中で、立正大の西田公昭教授(社会心理学)が、「政府の方針が突然変わったり、情報が錯綜する現状は、犯罪者にとって絶好の機会。詐欺グループは社会情勢に応じて新しいだまし文句をどんどん考え出す。従来の手口を知っていても、不安な心理状態ではのみ込まれてしまう」、「人は自分は被害に遭わない、詐欺の手口を理解していると根拠のない自信を持ってしまうが、自分は大丈夫だと思わないことがまず大事」とした上で、「相手が公的機関を名乗っていても確証が持てないなら、すぐに通報したり、信頼できる人に相談したりすべきだ」と指摘していますが、筆者も全く同様の意見であり、まさに正鵠を射るものと考えます。詐欺グループは、漠然とした健康や生活への不安を喚起して言葉巧みに付け入ろうとし、論理的な思考を失わせる手口を用います。さらに、新型コロナウイルスの場合、「自分も感染するかも」という危機感が不安に拍車をかける面もあります。緊急事態宣言は誰も経験したことがなく、そのような異常な状況の下では、少しの兆候だけでは詐欺と気づけない恐れがあるという点で大変厄介だといえます。なお、コロナ禍をふまえ注意点はそのとおりとして、以前の本コラム(暴排トピックス2020年3月号)で指摘したとおり、特殊詐欺対策のポイントとしては、特殊詐欺被害の6割以上を占める「オレオレ詐欺」対策や被害の7割近くを占める「高齢女性」対策、受け子の3割近くを占める「少年」対策、主導的な立場で特殊詐欺に積極的に関与する「暴力団」対策などについては、従来から重点的に取り組まれているが、加えて、70代から60代へターゲットが移行しつつある還付金等詐欺対策の見直し、被害の5割以上を占める「キャッシュカード(手交型・窃盗型)」対策、さらには犯行拠点の多様化への対応、警察官や銀行協会職員等の詐称に騙されるケースが急増している「なりすまし」対策、少年に代わる使い捨て人材としての「外国人」対策などの視点も重要となっています。

さて、不安や混乱がコロナ禍における特殊詐欺のキーワードとなりますが、もう一つ、高齢者の購買行動の変化の兆しにも着目する必要があります。高齢者のインターネット通販での決済が急増する一方、スーパーマーケットなど対面型店舗での決済が減っていることが、クレジットカード大手の三井住友カードの調査で分かったという点は注目する必要があります。高齢者は新型コロナ感染で重症化しやすいとされ、コロナショックを機に高齢者の買い物のデジタルシフトが進む可能性があり、「今までネット通販をあまり使っていなかったとみられる高齢者の消費行動が、新型コロナを機に大きく変わるかもしれない」と同社は分析していますが、高齢者の消費行動の変化によって、フィッシング詐欺はもちろんのこと、プリペイドカード詐取型、詐欺的情報商材の勧誘など、あらゆるインターネットを介した詐欺の類型に、(ただでさえ騙されやすい階層である)高齢者が巻き込まれる危険性が高まることが考えられます。特に、インターネットに不慣れで溢れる情報に対して正しい知識を有しておらず、バイアスなく接することが難しい高齢者の特性から、犯罪者側も手口をシフトさせてくる可能性が高いと思われ、今後、注意が必要な状況です。

さて、コロナ禍における特殊詐欺の動向については、別の角度から見れば、特殊詐欺の抑止につながっている側面も見えてきています。警視庁は、今年1~3月の東京都内の特殊詐欺認知件数は717件で、前年同期に比べ28.7%減ったと発表しています。被害額は33%減の約13億2,943万円となり、新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛やテレワークの普及で家族が在宅することが増え、不審な電話に気付くケースが増えたことが要因ではないかと考えられます。とりわけ、被害者宅を訪れた人物が警察官などになりすましてキャッシュカードをだまし取る「キャッシュカード詐欺盗」は前年同期比2.8倍の301件と、全体の約4割を占め最多となりました。また、医療費の還付に必要な手続きなどを装いATMで送金させる「還付金詐欺」が167件(▲36.3%)で、全体の約2割を占めたほか、親族などを装って現金を振り込ませる「オレオレ詐欺」は102件(▲37%)、架空の料金を請求する詐欺なども減少する結果となりました。なお、3月の1カ月間でいえば、東京都内で認知した特殊詐欺被害は299件(前月比54件増)、被害金額は約5億4,184万円(+約1億2,213万円)に上っています。つまり、アポ電等の不審電話が増加していることから特殊詐欺グループの活動が活発化している状況がうかがわれる一方、家族が在宅する機会が増えたことで不審電話を見抜ケースも増えていること、ただし、キャッシュカード詐取型の急増が顕著に示しているように、不審電話と見抜けず被害にあうケースが結果として増えているといった実態であろうと思われます。もっといえば、家族と同居しているケースでは比較的被害を防止できている一方で、高齢者のみ居住のケースでは十分に防ぎきれていない可能性が考えられるところです。なお、直近では、特殊詐欺の「現金受け取り役」をしたとして、警視庁牛込署が、東京都新宿区の無職の男(68)を詐欺容疑で逮捕しました。ところが、この男は事件前の昨年10月、同様の手口で現金110万円をだまし取られる詐欺の被害に遭ったといい、その後、詐欺グループから「指示通りに動けば、お金を取り戻せる」などと電話で持ちかけられたといいます。警視庁は、現金受け取り役などの人手を必要とする詐欺グループが、金に困った被害者にも目を付け、詐欺に加担させようとしているとみて警戒しているといいます。以前、本人が知らない間に詐欺の受け子にさせられた高齢者の事例を紹介しましたが、本件は自ら被害回復のために加害者側に回った事例であり、被害者の心理を巧みに突き、コントロールしたという点で特殊詐欺グループの巧妙さには驚かされます。一度騙された人間が再度騙される確率は、通常の場合の約5倍にも上り、高齢者ほどその確率は高まると英国の研究者の研究結果があります。警視庁も警戒しているとおり、本件のようなケースは今後も増えることが予想されることから、高齢者対策・再犯防止対策が急務だといえます。

公的機関を装い、現金を振り込ませる「架空請求詐欺」に使われたはがきに、郵便局の窓口で手続きが必要な「料金後納郵便」が使われる事件が相次いでいるといいます。報道(2020年4月10日付毎日新聞)によれば、捜査当局は、郵便局の役割に期待を寄せるものの、郵便局側は郵便法が定める「信書の秘密」を理由に及び腰だという実態があるようです。後納郵便は、切手を貼る手間を省き、大量のはがきを一度に郵送できる一方、郵便窓口で申し込み、本人確認書類などを提出する必要があります。警察もこうした詐欺グループとの接点に注目、当局側は、「詐欺への利用が疑われる場合、はがきの郵送を一度止めてもらえたら被害を食い止められるのではないか」と期待しているといいます。はがきには、差出人に公的機関名が書かれているなどの共通点があり、記載内容を確認すれば、詐欺への利用を見抜ける可能性があるのは間違いありません。また、事件後の捜査でも、郵便局からの情報提供があればグループ特定に役立つことも考えられます。記事の中で、有識者が「郵便法の制定時には、はがきが詐欺に使われることは想定外だったのではないか。被害の大きさを考えれば、通信の秘密に配慮しつつ、犯罪への使用が明白なはがきの差し出し時の受け付けや配達を制限できるよう法改正すべきだ」と指摘していますが、まさにそのとおりかと思います。社会情勢の変化によって法の規定が時代にそぐわなくなるケースもある中、特殊詐欺の社会的害悪の大きさを鑑みれば、慎重な運用によって「信書の秘密」に反する違法性阻却事由にもなりうるのではないか、一度、議論をしてみる価値はありそうです。

以下、最近の特殊詐欺に関する報道から、具体的な事例を中心にいくつか紹介します。

  • 愛知県警碧南署は、80代の無職女性が「キャッシュカードが古く、国から給付金の10万円がもらえなくなる」などと電話を受け、カードをだまし取られる被害に遭ったと明らかにしました。新型コロナウイルスの緊急経済対策として全国民に10万円を配る「特別定額給付金」に絡む詐欺事件の可能性もあるとみて調べています。
  • 男性の自宅に、警察官を名乗る男2人から「口座からお金が引き出される被害が多発している」、「明日、キャッシュカードを切断して使えないようにするため、そちらへ行く」などと嘘の電話があり、翌日、男性の自宅に警察官を名乗る別の男が現れ、男性がカード8枚を手渡したところ、「こちらで処分しておきます」などとさらに嘘を言われ、カードを詐取されたという事例がありました。後日、金融機関の担当者から男性に「大金を下ろしているようですが、大丈夫ですか」と連絡があり、男性が同署に通報して事件が発覚したということで、すでに3つの口座から計350万円が引き出されていたといいます。
  • 大阪府警は、新型コロナウイルスの感染拡大に便乗した特殊詐欺が府内で2件起き、高齢者2人が計約900万円をだまし取られたと発表しています。息子を名乗る男から「保証人になった会社が倒産して借金ができた」と電話があった。翌日にも「お金を貸してほしい」といった内容で、緊急事態宣言の発出で、不安な心理につけ込んだ詐欺が今後も多発する恐れがあり、府警が注意を呼びかけています。
  • 佐賀県警は、県内で保健所職員らをかたった不審電話が多発していると発表しています。新型コロナウイルスの感染拡大に便乗したとみられる内容もあった。佐賀市内では10日、警察官を装った女性の声で「2万円を払えば、優先的にコロナの治療が受けられる」と話してきた不審電話も発生しており、県警は注意を呼びかけています。
  • 愛知県では、名古屋市の90代男性宅に「おやじ、マスクあるけどどうする」といった電話があり、健康を気遣う言葉に、息子だと信じ込んだ男性は「仮想通貨でもうかったので、税金の処理に金がいる」と言われ、自宅を訪ねてきた弁護士役の男に300万円を渡してしまった事件がありました。大阪府では、府内の80代男性が、息子を名乗る男に借金の肩代わりを頼まれ、800万円をだまし取られる事件が発生しています。男性はお金を用意する際、銀行の窓口で「コロナの関係で手元に資金がいる」と説明していたといい、銀行員のチェックをすり抜けるための詐欺グループの指示だったということです。
  • 東京都では、「新型コロナ関係の仕事をしていて大事な書類をなくした。お金がない」と荒川区の70代女性のもとに実兄の名を名乗り、男の声で電話があり、「信頼できる男を行かせるからお金を渡してほしい」と言われ、女性は数回、自宅近くの路上に現れた何者かに現金計1,420万円を渡したということです。さらに、新型コロナ関連のうその電話はとして、「お困りでしたら融資します」、「80歳以上の人には補助金が60万円出ます」といった内容で、給付金制度に関するものも増えており、都職員を名乗る人物が「手続き書類を持ってうかがいます」と言ってきたり、案内に従うよう求める音声ガイダンスが流れたりする手口も確認されています。
  • 「特別にPCR検査が受けられる」「マスクを届けに行くので家族構成を教えて」など、新型コロナウイルスへの不安につけ込んだ不審電話が、茨城県内各地で相次いでいるといいます。台湾から心当たりのない郵便でマスクが届いた事例もあり、郵便局で確認してもらうと、実際に台湾から送られたもので、送り主の住所は私書箱になっていたが、マスクを送り付けてきて5ドルを払い込めという内容だったということです。このようなケースは、国見生活センターによれば、全国で500件近く確認されているといい、政府のマスク配布に便乗して、後になって代金を請求する「送り付け商法」の恐れもあるとして、注意を呼びかけています。勝手に商品を送り付けて事後に料金を請求する送り付け商法には健康食品や化粧品などが使われてきたところ、社会的に関心の高まっているマスクが使われた点が新しいといえます。
  • 大阪府内で特殊詐欺とみられる不審電話が多発したことから捜査員が警戒したところ、和泉市内の駅で似合わないスーツ姿の容疑者を発見、その行動が不審だったため追跡し、男性宅から出たところで声を掛けたところ、首に身分証などを入れるプラスチックケースをかけており、偽の身分証を入れていたとみられるが、声を掛けた後に食べたとみられるということです。スーツ姿の違和感という点では、同じく大阪府警が、警察官などになりすまして60代女性からキャッシュカードなどを盗んだとして、窃盗容疑で無職の男(22)を逮捕しています。大阪市住吉区で特殊詐欺とみられる不審な電話が多発したことから捜査員らが付近を警戒、新型コロナウイルスの感染拡大で外出自粛が広がる中、公園でスーツ姿の容疑者が歩き回っていることを不審に思い、職務質問したところ、特殊詐欺への関与が浮上したということです。
  • 高齢女性のキャッシュカードを使ってATMから現金150万円を引き出したとして、奈良県警桜井署は、窃盗の疑いで関西電力社員(25)を逮捕しています。報道によれば、女性宅に「口座が犯罪に使用されている。桜井署の警察官を行かせます」と電話があった後に容疑者が訪問、キャッシュカードが入った封筒を受け取り、現金を引き出したもので、防犯カメラに写った車のナンバーなどから、容疑者が割り出されたものです。本件について、関西電力は、「従業員が逮捕されたことを重く受け止めている。今後事実関係を確認の上、厳正に対処するとともに、同様のことがないよう社内で徹底してまいりたい」としています。本コラムでたびたび指摘しているとおり、企業は、社員の中に特殊詐欺に加担してしまうような(あるいは薬物に手を出してしまうような)危険分子が必ず潜んでいると認識し、個人の常識に任せるのではなく、企業の名前が公表されてしまうレピュテーション・リスク対策や社会的責任の観点から、企業として社員に対して働きかけていくことの重要性を感じます(ただし、そのような危険分子は、通り一遍の研修や注意関係では「まったく響かない」性質を持っており、そのような危険分子にこそ届くような内容となるよう工夫すること、社員の中に特異な行動を示すものがいないかの「監視」「情報収集」について検討していく必要もあるといえます)。
  • 特殊詐欺グループに関与し、被害者からキャッシュカードを盗むなどして複数の事件に関与、窃盗罪に問われた元神奈川県警巡査に、横浜地裁は、懲役5年(求刑懲役6年)の実刑判決を言い渡しています。報道によれば、裁判官は量刑理由で、「動機に酌量すべき点は認められず、被害金額は1,600万円を超えるなど結果も重大」と指摘、現職の警察官にもかかわらず、特殊詐欺に加担したことは「職業倫理はもとより規範意識が全く欠落していたというほかなく、犯行は悪質」としています。
  • 2万円分の電子マネーを購入しようとした60代の男性を説得して詐欺被害を未然に防いだとして、滋賀県警高島署は、ローソン高島新旭店のアルバイト店員に感謝状を贈っています。電子マネーを買おうとした男性に目的を確認し「コンピューターウイルスを削除するため」と聞き出して詐欺を直感、30分ほど粘り強く説得して、警察への相談につなげたということです。報道によれば、店では高額な電子マネーを求める高齢者らに声かけをしており、当該店員もオーナー相手に何度も練習していたということです。コンビニの特殊詐欺被害防止の取り組みについては、本コラムでもたびたび紹介してきましたが、通常からロープレによって対応を鍛えてきたという点は大変素晴らしい取り組みです。コンビニの社会的存在価値を高めるものとして高く評価したいと思います。

(4)テロリスクを巡る動向

新型コロナの感染防止で各国政府が浮足立つ現状は、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が浸透する格好の機会となっているように見えます。米国のトランプ大統領がIS拠点の完全制圧を宣言して1年以上が経過しました。しかしながら、これまで本コラムで紹介してきたとおり、2014年にイラクとシリアにまたがる地域を支配し「国家樹立」を宣言した疑似国家(リアルIS)の残党は各地に潜伏し、「思想的IS」という形で今もテロの機会をうかがっています。前回の本コラム(暴排トピックス2020年4月号)でも、米政府とタリバンが和平合意文書に署名した歴史的な出来後の裏で、アフガンで米軍がプレゼンスを低下させることで、ISの復活にもつながりかねない懸念があることを指摘しましたが、ここにきて、コロナ禍を追加の背景要因として、ISの復活が懸念される状況が現出しています。テロ発生のメカニズム、IS等のテロ思想の受容に至る土壌が整いつつある状況であり、以前の本コラム(暴排トピックス2020年3月号)でそのあたりについて指摘していますので、あらためて引用します。

シリアやイラクにおいて、ISが実効支配地域を拡大できたのは、本コラムでもたびたび指摘してきたとおり、政府の機能不全や内戦、宗派・部族対立による混乱といった「人心・国土の荒廃」がテロの温床となっていたためです。今回、「力の空白」が生じ混乱を招くようなことがあれば、ISは各地のローンウルフやホームグロウン・テロリスト、世界中の信奉者やIS元戦闘員、外国人戦闘員などに思想的に呼び掛けていくことが容易に想定されるところです(思想に共鳴したテロが各地で続けば、人々の間に疑心暗鬼が芽生え、それがさらなるテロを生むという悪循環となり、そこにISが実効支配を強めていくという構図の再来が考えられます)。今できることは、テロ発生のメカニズムのネガティブ・スパイラルを絶つこと、「力の空白」をどう埋めていくかを真剣に検討することであり、これからが正に正念場となるといえます。

現状は、さらに悪化の一途を辿っており、報道(2020年5月15日付産経新聞)によれば、イラクでISが犯行声明を出した4月の事件は113件と、1~3月の1カ月平均(49件)の倍以上に達しており、地元メディアはISの攻撃が「新たな段階」を迎えたと伝えたと報じています。リアルISの消滅以降、ISは分散して潜伏し、治安部隊の奇襲や内通者の誘拐、市民の金品強奪などを行っているとされます。イラク以外でも、エジプト北東部シナイ半島で4月末、同国軍の車両が爆破されて兵士10人が死傷する事件もISがIS犯行声明を出したほか、モザンビークで治安部隊などが襲われ180人以上が死者が出たテロなど、最近の複数の事件でも犯行を認めています。

イラクでは昨年10月、中央政界の汚職の蔓延や経済低迷に反発する抗議デモが始まり、アブドルマハディ首相が辞意を表明、その後2人が首相候補に指名されたがいずれも組閣を断念し、3人目の情報機関トップ、カディミ氏率いる政権が今月上旬、ようやく正式に発足しましたが、やはり短命に終わり混乱は続くと見られています。このような政治の空白、混乱、財政難など課題が山積みのうえに、コロナ禍が大きな影響を及ぼしており、混乱の隙を突いてISが勢力を回復している可能性があり、さらに盛り返していく余地も十分にある状況なのです(イラクに限らず、アフガン問題も混迷の度合いを深めているほか、アフリカ諸国やアジアでも、同様の構図が見られており、コロナ禍同様、世界はIS復活という難局に直面しています)。イラク情報当局によれば、同国内のIS戦闘員は現在3000人程度とみられるものの、イラクでISが息を吹き返した要因をまとめると、(1)新型ウイルス対策として政府軍が勤務人員を半減、(2)治安部隊をロックダウンへの対応に割かれていること、(3)イラク中央政府とクルド自治政府の政争で一部地域が無法地帯化していること、(4)米軍部隊が3月にイラク国内の複数の基地から撤退したこと、などが挙げられます。新型ウイルスの感染拡大と米軍撤退開始の前は週1回程度だった攻撃頻度が、現在では月20回程度まで増えているとの分析もあります。また、報道(2020年5月5日付毎日新聞)によれば、内戦が続くシリアでも、3月下旬ごろからISの攻撃が各地で盛んになっており、4月9日には中部スフナ近郊でISがアサド政権軍の陣地を攻撃し、2日間の戦闘で政権軍兵士32人とIS戦闘員26人が死亡、シリア北部ではクルド人中心の治安部隊や油田地帯が攻撃対象となっているといいます。さらに、エジプトのシナイ半島北部では4月30日に過激派摘発の作戦に従事していた軍の装甲車列が爆発物で攻撃され、10人が死傷、直後にISが犯行声明を出しています。一方、エジプト内務省は5月3日に警察の治安部隊が、シナイ半島北部でイスラム過激派戦闘員18人を殺害、同日にはエジプト軍も「最近の作戦で戦闘員126人を殺害」と発表するなど、戦闘が激化しています(なお、西アフリカのサハラ砂漠周辺にある国々で、ISなどと関係のある武装勢力が台頭しており、世界的な注目を集めることはほとんどないものの、人道危機は急激に進んでいるとの指摘もあります)。

米国、アフガン政府、アフガンの反政府勢力タリバン、ISが絡むアフガン情勢については、直近でも首都カブールの産科病院が武装集団に襲われ、24人が死亡したテロが発生しています。米国のハリルザド・アフガン和平担当特別代表は、「ISは和平に反対し、イラクやシリアのような宗派間戦争を引き起こそうとしている」としてISによる犯行との見方を示しています。一方、アフガンのガニ大統領はISとタリバンが事件に関与したと主張、政府軍に対し、武装集団への「『積極防御』態勢を『攻撃』態勢に切り替えるよう指示を出した」といいます。それに対し、タリバンは関与を否定、「アフガン政府は誤った方向に導こうとしている」と批判し、(異例なことに)専門家による「公平で透明な調査」を要求しています。タリバンは声明で、「病院や葬儀への攻撃は、われわれの方針に反する」と反論、「攻撃(の責任)をタリバンになすりつけるため、大がかりで組織的なプロパガンダ」を展開したと政府を非難、「暴力行為が深刻化すれば、責任はアフガン政府にある」として攻撃強化の姿勢を示唆しています。米国とタリバンの歴史的和平合意以降、タリバンへの姿勢を巡って、米国とアフガン政府の足並みの乱れが洗面になってきており、そこにISが関与することによって事態の混迷度がさらに増しているといった状況です。なお、和平合意では、米国とタリバンは、アフガン政府がタリバン捕虜を5,000人、タリバンが政府軍などの捕虜を1,000人それぞれ解放すると約束していましたが、双方いまだ一部の解放にとどまっています。合意直後にアフガン政府側が「約束していない」(ガニ大統領)としていたほか、タリバンには和平合意に盛り込まれたアフガン駐留米軍撤退を完了させたい思惑があり、捕虜解放もそのための駆け引きの一部とみられており、逆に政府への攻撃を強めるなど、(当初から危惧されていたとおり)双方の思惑から事態は不透明となっています。アフガン政府は、国民の大多数を占めるイスラム教徒が重視するラマダン(断食月)に入ったことを受けて、ガニ大統領が「(同じ)アフガン人の殺害をやめるように」とラマダンに合わせ停戦を呼び掛けたが、タリバンは「米国との合意が完全に履行されない中、停戦は理にかなっていない」と拒絶しました。その後、米国も、何とか打開の道を見出そうと、タリバンに対し、深刻化する新型コロナウイルスの危機への対処に努めている間、「人道的停戦」を実施するよう求めていますが、こちらも進展がありません。それどころか、米国とアフガンの和平合意に調印した2月末以降、4月半ばまでに確認されたタリバンによる攻撃件数は4,500件超と前年から7割以上増加したと報じられています(2020年5月1日付ロイター)。アフガン政府の発表では、同時期の国軍・地元兵士の死者は900人超と、前年の520人から2倍近くに増加しており、和平合意で暴力行為の軽減が約束されたにもかかわらず、タリバン側は故意に合意を無視していると取られても仕方のない状況にあります。

その他、最近の報道から、テロリスクに関するものをいくつか紹介します。

  • フランス南部ロマンシュルイゼールで、4月4日、男が刃物で通行人らを襲い、2人が死亡した事件で、フランスの対テロ検察当局が捜査を開始しています。報道によれば、容疑者は1987年生まれでスーダン国籍の難民で、捜査当局に拘束された際、歩道上でひざまずき、アラビア語で祈りの言葉を述べていたといいます。さらに、自宅の捜索で、宗教に関する手書きの文書が見つかり「無信仰の国」で生きることへの不平がつづられていたということなどから、イスラム過激思想の影響を受けていた可能性があるとされています。
  • 米国務省は、ロシアの白人至上主義組織「ロシアン・インペリアル・ムーブメント」(RIM)と指導者3人を、国際テロリストに指定しています。白人至上主義組織の指定は初めてということです。米国内の資産が凍結され、米国の金融システムへのアクセスが禁止されることになります。
  • 日本人1人を含む250人以上が死亡したスリランカ連続テロから4月21日で1年を迎えました。捜査当局は犯行に関与したとみられるイスラム過激派の掃討作戦を続けているが、再度の犯行計画が明らかになるなど大規模テロへの不安はなお続いています。報道によれば、テロへの警戒が継続する一方、国民には異なる宗教への不信感が芽生えており、少数派イスラム教徒の店舗や住居が襲撃される事件が相次ぎ、死者も出ており、地元カトリック教会トップが宗教間対立を避けるよう呼びかけてはいるものの、社会の分断は容易には収まる気配を見せていません。本コラムで指摘しているとおり、テロ発生のメカニズムのネガティブ・スパイラルに陥っているといえます(宗教が共存してきた社会であっても、いったんテロが発生すれば、人々の間に疑心暗鬼が芽生え、それがさらなるテロを生むという悪循環に陥いることになります)。
  • 本コラムでもたびたび紹介してきたとおり、化学好きな人が放射性物質や高性能爆薬など危険な物を自作する事件が続発していることは、テロリスクの観点からみて極めて危険であるといえます。当人らは「DIY感覚」で違法な危険物製造に手を染めるケースが多く、SNSで情報を集め、インターネットで原材料を調達する点も共通化しており、こうした化学愛好家がテロ組織に取り込まれる危険性は否定できない状況です(当人らの思想的背景はともかく、知識を誇示したい、共有したいというレベルの思いが悪用されることが想定され、洗脳や過激思想に染められる危険性のほか、当人らの意図・意識とは関係なくテロリストに仕立て上げられる可能性すらあります)。今、官民挙げて行うべきことは、爆薬などの原料が薬局やネット通販で容易に手に入る現状をふまえ、メーカーやプラットフォーマーらが顧客のKYC(本人確認に加え、顧客の動き、購買状況等のモニタリング)を徹底し、同じ薬品を大量に買う客や不審な購買行動などをチェックする体制を整えること、国も民間の取り組みをサポートし、巡回による指導(ロープレ研修など)、不審物やその原材料に関する知識の啓蒙等、まだまだやるべきことは数多く残されているといえます。

(5)犯罪インフラを巡る動向

まずは、コロナ禍に関連した犯罪インフラについて取り上げます。

オーストラリア国立大学(ANU)は、新型コロナウイルス関連の「ワクチン」が闇サイト(ダークウェブ)に出品され、高値で販売されているとの調査結果を公表しています。4月に20の闇サイトを調査したところ、12のサイトで、コロナ関連の医薬品や医療用品として計645点が出品されていたことが分かったもので、半分近くが医療用マスクなど個人防護具で、約3割は抗ウイルス薬をはじめとする治療薬、1割はワクチンをうたっていたということです。現時点で実用化された新型コロナのワクチンはなく、報道によれば、同大は、効果のない偽物ワクチンを入手した利用者が免疫を得たと勘違いして振る舞い、「ウイルス拡散を助ける恐れがある」と警告しています。闇サイトは匿名性の高さがポイントですが、このようなコロナ禍における詐欺の「犯罪インフラ」となっています。

また、新型コロナウイルス感染拡大に関する国の緊急事態宣言の期間が延長され、資金繰りに関する懸念がさらに強まる中、様々な手法で資金繰りを支援するサービスが広がっています。「少しでも早く手元に資金を」という中小企業の切実な声に応えようと、入金待ちの請求書などの売掛債権をオンラインで買い取って即日に現金化する「ファクタリング」や不特定多数の人からインターネットで資金を集める「クラウドファンディング(CF)」を活用して、地域の飲食店の資金繰りを支援する取り組みもみられます。とりわけ、ファクタリングについては、悪質な「給料ファクタリング」が社会問題化しつつあります。「給料の前払い」「ブラックでもOK!」などと手軽さをうたいつつ、多額の手数料をとられたり、違法な取り立てにあったりする被害が目立ちはじめています。本コラムでも以前紹介しましたが、「生活が破綻する恐れがある」として、金融庁も警戒を呼びかけています。直近では集団提訴となったケースもあり、給料をもらう権利を業者に売り、前借りのような形で支払いを受ける「給料ファクタリング」の実態は貸金で、不当に高い手数料に基づく契約は無効として、利用者9人が東京都内の業者に計約436万円の返還などを求めて東京地裁に訴えを起こしています。報道によれば、利用者9人は給料ファクタリングについて、給料をもらう権利の売買ではなく、実態は貸金だと指摘、手数料の多くは金利に換算すると年率300%前後に上り、「民法で定める公序良俗に違反し、無効だ」と訴えています。要は、ファクタリングという仕組みが「犯罪インフラ化」してヤミ金と変化してしまったと指摘できます。また、クラウドファンディングも、募集する側の悪意によって「犯罪インフラ化」するおそれがあることは言うまでもありません。なお、今後、注意が必要な仕組みとしては、企業や個人の取引データなどから信用力を評価して融資する「スマートレンディング」があります。会計ソフトなどでお金の出入りをつかみ、すばやく判断して貸すのが特徴で、新型コロナウイルスの影響で中小企業を中心に資金繰り需要が高まり、短期のつなぎ資金として使う会社も出始めているようですが、借りやすくて便利な一方で、金利は高めのことが多く注意が必要です。スマートレンディングが「犯罪インフラ化」しないよう、IT事業者やサービス提供事業者には慎重さももって取り組んでいただきたいと思います。

SNSの「犯罪インフラ化」は本コラムでも以前から指摘しているとおりですが、新型コロナウイルス対策で在宅勤務をする人が増えるなか、「在宅でもうかる」などと副業を勧誘する投稿がインターネットやSNSで広がっているようです。投資のノウハウなど「情報商材」の購入を持ちかけるものが多いようですが、価値の低い商材を高額で買わされたとするトラブルも多発するなど、休業などに伴う経済的な不安につけ込まれる恐れがあり、注意が必要です。SNSが在宅勤務と結びついて「犯罪インフラ化」した類型としては、他にも青少年が性被害を受ける事案の増加も挙げられます。性犯罪に巻き込まれる女子高生が相次いだ「JKビジネス」の店舗の取り締まりが強化され、営業自粛要請からリアルの接点が絶たれているほか、青少年の側も休校が長期化していることから、SNSが接点となりやすい状況も長期化しており、注意が必要です。

一方、在宅勤務の「犯罪インフラ化」というべきものとしては、サイバー攻撃を誘発している実態が挙げられます。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、米国をはじめとして従業員を出社させず在宅勤務に切り替える企業が増えていることに伴い、3月の企業のコンピューターシステムに対するハッキングが、前月に比べて2倍以上増加したとの調査結果もあります。企業のセキュリティ部門が、多くの従業員が自宅のコンピューターで安全に社内システムと接続できる態勢を構築するのに苦戦していることが背景にあるとされます。今や在宅勤務を象徴する、世界で3億人の利用者を抱えるまでに急成長したビデオ会議サービス「Zoom」では、会議室への不正侵入が多発、報道によれば、多くのアカウント情報が匿名性の高い闇サイト群「ダークウェブ」に流出していることも明らかになっておりZoomのアカウント名になるメールアドレス、パスワード、ミーティングIDなど最低でも2,000~3,000件で、ダークウェブでは4月上旬から情報が投稿され、すでに100回以上ダウンロードされていたほか、企業や教育機関のものも含まれ、一部では流出は数十万件に及ぶとする調査も出ています。さらに被害はテレビ会議にとどまらず、コロナ関連不正サイトに誘導する被害は3月に1月比で8.7倍の計3万件超に急増しているといいます。こうした手口の多くはメールなどでユーザーを世界保健機関(WHO)や米疾病対策センター(CDC)のものに見せかけた偽サイトへと誘導し、パスワードやクレジットカード情報などを入力させ情報を不正に入手するもので、最近日本でも、首相官邸、神戸市や名古屋市といった公的機関のほか、報道機関や大学、民間企業を装う1,000種類以上の偽サイトが発見された事案も、同様の狙いがあったのではないかと推測されます(個人情報が抜き取られた形跡がないとされますが、これから本格化する助成金や給付金の詐取を目的としたフィッシング詐欺に悪用される可能性や転売目的の犯行であることは否定できません。もちろん愉快犯の可能性も否定できませんが、現時点では被害状況も狙いも完全には明らかとなっていません)。さらには、コロナ禍を悪用した外部からのサイバー攻撃が増加するなか、企業は外部からの攻撃と同じくらい重大なセキュリティ上の脅威として、自社の従業員の存在も忘れてはなりません。多くの人が上司の監視の目が届かない自宅で仕事をしているうえ、押し寄せる解雇の波に不満を募らせる従業員も現れ始めていることから、機密データの流出や盗難防止に向けた取り組みも求められています(従業員の「犯罪インフラ化」の防止の視点)。「身内からの脅威」には、従業員が誤って個人情報を職場ネットワークの外部と共有するケースだけでなく、主に金銭や雇用主への恨みを動機として、故意にデータを盗むケースも含まれるほか、外国政府のスパイとして知的財産を盗み出すケースも、まれだが増加傾向にあるとして、監視ツールの導入を検討している企業が増えていると報じられています(2020年5月13日付日本経済新聞)。コロナ禍によって、急ぎ足で在宅勤務の導入を迫られた企業は多く、対策が遅れれば狙い撃ちされやすく「在宅勤務」の「犯罪インフラ化」の危険が迫っています。企業などは利便性を追求するだけでは問題があり、システム面はもちろん、利用する役職員の意識面も含めた徹底したセキュリティ対策の質的向上も急務だといえます。また、(在宅勤務に伴う)従業員の「犯罪インフラ化」防止の視点としては、社外の便利なサービスを社員が勝手に業務に利用する「シャドー(影の)IT化」が進んでいる点を厳しく認識する必要があります。「シャドーIT化」とは、例えば、LINEを業務連絡に使う、グーグルのクラウドサービスに仕事の資料を保存するといった事例をいいます。こうした「シャドーIT化」が進むと、簡単に突破されるIDとパスワードを用いたり、誤って社内文書をネット上に投稿したりする懸念が生じるなど、企業にとっても重大なリスクに晒されることになります。企業としては、「シャドーIT化」を防止するために、明確な利用ルールやガイドラインを設定すること、社員も利用ルールを順守して相互の意識を深めることがより重要となっています。

なお、これらの点については、経済産業省も、欧米で新型コロナウイルスの感染防止に取り組む医療機関などへのサイバー攻撃が増えているとして、産業界に対策を怠らないよう要請しています。サイバー攻撃は高度化し、手口も多様化、感染拡大に伴う社会の混乱に乗じ、偽サイトに誘導してIDやパスワードを盗む「フィッシングメール」も増加している現状をふまえ、既存の対策をすり抜ける攻撃を防ぐ仕組みの導入など、日本企業もリスク管理が改めて重要としています。また、テレワークの急速な普及に伴い、従業員がパソコンを適切にアップデートしているかどうか確認する必要性などにも言及しています。

▼経済産業省 産業サイバーセキュリティ研究会 「産業界へのメッセージ」

関連して、コロナ禍においてサイバー攻撃が激化している状況があります(新型コロナウイルスの「犯罪インフラ化」です)。例えば、チェコで4月中旬、病院や空港を標的にしたサイバー攻撃が相次ぎました。チェコの反露的な姿勢に反発を強めていたロシアの関与を疑う見方もありますが、欧州諸国では医療・研究機関へのサイバー攻撃が相次いでいる実態があります。卑劣なことに、感染者を治療する病院やワクチンの研究所がサイバー攻撃で機能が停止するなどの被害を受ければ、新型コロナの収束が遅れる恐れがあることを逆手に取られ、医療関係者がサイバー犯罪者の要求に応じやすい状況に追い込まれていることが背景要因として挙げられます。コロナ禍の中、身代金目的のランサムウエア攻撃を受けた病院は、治療に遅れが生じる恐れから、金銭を払ってでもコンピューターの復元を選ばざるを得ない状況に陥りやすい状況となっています。また、米アルファベット傘下グーグルのセキュリティ専門家は、コロナ禍を利用してフィッシングやマルウエア(悪意のあるソフトウエア)によるサイバー攻撃を行っている12以上の政府関連ハッカー集団を検知したと明らかにしています。相手の弱みを攻撃するのが犯罪組織ですが、このようなコロナ禍においてさえ、自身あるいは自組織の論理を優先させ、相手を窮地に追い込むやり方には怒りを覚えます。

また、各種助成金や給付金、融資等を巡って、自治体や金融機関等の手続きの脆弱性が「犯罪インフラ化」することが、今後、強く危惧されるところです(コロナ禍と切り離しても、最近では例えば、非正規労働者の人材育成などを行った事業者を支援する厚生労働省の「キャリアアップ助成金」制度を悪用し、金をだまし取ったとして、大阪府警捜査2課は、詐欺容疑で会社役員ら30人を逮捕・書類送検し、計約1億3,000万円の被害を裏付けて捜査を終えたと発表しています。府内の整骨院や情報通信会社など30事業者に、職業訓練を実施したように装う虚偽の書類を大阪労働局に提出させ、助成金をだまし取ったというものです)。実際に、政府系金融機関から融資を受けられるようにあっせんするなどとうたい、資金繰りに苦しむ個人事業主らの不安につけこみ、金融庁職員をかたって高額な手数料を請求する手口もみられているほか、金融機関側も新型コロナの影響での売り上げ減を装って不正に融資を引き出そうとする反社会勢力に警戒を強めているといいます。ただ膨大な件数の相談をこなしながら不正を見抜くのは容易ではありません。直近でも、新型コロナウイルスの影響で収入が減った世帯に貸し付ける「緊急小口資金」10万円をだまし取ったとして、兵庫県警灘署は、無職の男(別の詐欺罪で起訴)を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、貸し付けの申請窓口となる神戸市灘区社会福祉協議会で、経営する会社の売り上げが減ったとする虚偽の書類を提出し、口座に10万円を振り込ませた疑いがもたれており、新型コロナウイルス関連の貸付制度を悪用した詐欺事件の摘発は全国初となります。

コロナ禍が犯罪を誘引しているという点で、コロナ禍の「犯罪インフラ化」とでもいえる事案が、他にも多発しています。典型的なものが、新型コロナウイルスの感染拡大で外出禁止措置が長期化する欧州各国や日本でも、家庭内暴力(DV)やアルコール過剰摂取などの問題が表面化している点が挙げられます。被害者が加害者から離れられない状況や、ストレス、支援体制の不足などが原因で、加害者の監視下で、被害者がSOSの相談電話さえできない状況に陥っている可能性が高い点が大きく危惧されます。さらには、各地で飲食店などの営業自粛が呼びかけられる中、休業中の店舗を狙った窃盗事件が相次いでいること、休校措置のため、子供だけで留守番をしている民家に窃盗犯が侵入する事件も発生していることなども挙げられます。この点については、警察庁が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、営業を自粛したり、営業時間を短縮したりした店舗から金品が盗まれる被害が、3月下旬~今月11日までに21都府県で79件あったことを明らかにしています。被害の8割以上が飲食店で、具体的には、定食屋や喫茶店などの飲食店が54件、スナックやバー、パブといった深夜営業の飲食店が12件だったといい、スーパーや衣類・雑貨店、美容室、リサイクル店も狙われたといいます。また、侵入方法は、出入り口の鍵を壊されたり、ガラスを割られたりしたものが多いこと、屋外のポストに保管していた鍵で出入り口を開けられた店舗も複数あったこと、被害の多くはレジに保管してあった現金だったが、手提げ金庫のほか、高価な酒や高級時計を持ち去られた店舗もあったことなどが報じられます。また、コロナ禍は農業の現場にも影響が及んでおり、外国人技能実習生の受け入れが予定通り進まず、深刻な人出不足の状況となっています。そのことが原因で、北海道警名寄署は、出入国管理法違反(不法残留)の疑いでベトナム人とインドネシア人の男3人を逮捕し、送検したという事例がありました。在留期間が半年から1年以上過ぎていたにもかかわらず、国内に滞在していたというもので、複数の農家では今年の農期に向けて、中国人の技能実習生計51人の受け入れを予定していたところ、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、全員が来日できなくなったため、4月中旬に群馬県の人材派遣会社から売り込みがあり、外国人12人が名寄まで来たものの、逮捕された3人に不審な点があったことから事態が発覚したというものです。間に入った人材派遣会社がコロナ禍で困った農家に違法な人材供給を行っていた構図があり、それも人材派遣の「犯罪インフラ化」として指摘できると思います。

危険ドラッグについては、取り締まりの強化で販売店舗が消滅して以降、地下に潜った密売網は機密性の高い通信ツールや暗号資産などを駆使した巧妙なものに変貌し、乱用者を生む温床となっているといいます。警視庁による危険ドラッグの密売グループ摘発から、サイバー空間に構築された流通ルートの一端が明らかになったとの報道(2020年4月23日付産経新聞)から「犯罪インフラ」のオンパレードであるその実態を紹介します。「摘発リスク回避のため、製造拠点の危険ドラッグを定期的にスーツケースで発送拠点2か所へ運び込んで保管」、「販売窓口を兼ねた製造役の男はサイトを見て接触してきた客を、ロシア生まれの無料通信アプリ「テレグラム」へと誘導する。高度な暗号化技術で通信内容が保護され、一定期間が過ぎるとメッセージが消去され復元が困難となるため、証拠を残さずに済む」、「さらに慎重を期し、一見客には違法性のない薬物しか送らない。「もっと効果の強い薬物を」と再び要望があり、信用できる客であると確認できて初めて危険ドラッグを売買する」、「薬物はレターパックで郵送する。素朴にも見えるが、「通信の秘密があるため、警察が開示を求めるのが難しい」(捜査関係者)方法でもある」、「代金は追跡が難しい仮想通貨のビットコインで支払わせ」ていたということです。

本コラムでも以前紹介しましたが、三菱電機への大規模なサイバー攻撃で、不正アクセスの起点が「仮想プライベートネットワーク(VPN)」と呼ばれる通信機器へのハッキングだった可能性が高いことが分かった土報じられています(2020年5月2日付朝日新聞)。本件は、ネットワークに侵入した中国系ハッカー集団「BlackTech(ブラックテック)」が、防衛に関する機密や個人情報を流出させたとされるものですが、そもそも離れた拠点同士や自宅のパソコンと会社のネットワークを安全につなぐ便利な手段である(実際にコロナ禍における在宅勤務の急増にVPN回線の手配がひっ迫している状況もあります)一方、厳重なセキュリティ管理が求められるところ、世界ではすでに、VPNから侵入されたとみられる深刻な被害が起きていたというものです。なお、VPN装置が外部から不正侵入を受けるリスクについては、米国の政府機関などが今年3月、厳重なセキュリティ対策を講じるよう警戒を呼びかけています。今年2月に三菱電機が公表した攻撃の概要(当然ながらVPNの仕組みやハッカーの侵入経路については触れられていません)によれば、同社の中国にある拠点でパソコンにコンピューターウイルスの感染が広がり、そこから日本国内の本社へ感染が拡大、ウイルスはハッカーの遠隔操作を受け、社内のPCやサーバーに不正アクセスを繰り返していたということです。安全とされたVPNであっても、サイバー攻撃に対する「穴」が存在していた点は、あらためて情報セキュリティ対策の難しさを示すものとなります。また、NECがサイバー攻撃を受けた問題では、米司法省が中国政府との関連を指摘するハッカー集団が関与した疑いが強いことが専門家らの分析で明らかになったということです(2020年4月26日付毎日新聞)。報道によれば、このハッカー集団(APT10)は外国の政府や民間企業の広範な分野のデータを盗む手口で知られ、日本の民生、防衛部門の重要データが国家ぐるみの攻撃で盗まれている可能性が浮上したとも指摘されています。APT10は、中国の産業育成策の重点分野を中心に、他国企業の技術を広範に盗んでいると指摘されており、日本企業の技術が日常的に危険にさらされている現実が明らかになったことから、対策の遅れている日本にとって、官民挙げての情報セキュリティ対策の強化が急務だといえます。なお、関連して、トランプ米大統領は、電力網整備に使う製品などに関し、特定の外国企業からの調達を制限する大統領令に署名しました。大統領令は対象を明示していないが、中国やロシアの企業を念頭に置いた措置とみられており、米政府は外国勢力がサイバー攻撃などで停電を起こし米社会を混乱させる恐れがあると懸念しており、外国製品への依存度を下げたい考えだといいます。米国の強硬な対応を見てもわかるとおり、サイバー攻撃が、国境を越えて、国益を左右するだけの破壊力を持っている以上、やはり官民挙げた取り組みの強化は急務です。

外国人技能実習生に実習先を紹介し、実習内容や住環境の監査もする「監理団体」については、本コラムでも「犯罪インフラ化」の懸念を指摘していたところですが、最近、3つの監理団体で総額約5億円の所得隠しが指摘されました。経費を架空計上して裏金をつくり、代表者による個人的な使用や海外工作に充てたとされ、所得隠しの発覚は初めてとなります。監理団体は技能実習がきちんと行われているかをチェックする国の許可を受けた非営利団体である一方で、人手が欲しい企業に実習生を売り込む「外国人材ビジネス」の側面もあります。報道(2020年4月20日付朝日新聞)によれば、監理団体大手のひとつである協同組合フレンドニッポン(FN、広島市)は、昨年9月時点で3,000人超の実習生を監理していますが、技能実習適正化法に違反した実習を行わせていたとして国から処分を受けた日立製作所や三菱自動車に、フィリピン人実習生を紹介していたことも明らかとなっており、国はこの問題でもFNについて調べているということです。

(6)その他のトピックス

①暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

本コラムでも以前紹介したとおり、暗号通貨(仮想通貨)ビットコインは、供給量が一定の水準に達した段階でマイニング(採掘)作業者に報酬として与えられる新たなコインの数が半分に減る「半減期」を近く迎えると言われています(11年間のビットコインの歴史の中で3回目の半減期となります)。過去の半減期は大幅な価格上昇を招きましたが、新型コロナウイルスの感染拡大で今回は不確実性が高い状況との指摘があります。近く到来すると幅広く予想されていることから市場には織り込み済みとされるものの、パンデミックによる経済活動の激減がどのような影響を与えるのか注目されます。世界の中央銀行が新型コロナウイルスの経済への影響を抑えようと金融緩和に走り、法定通貨の供給を増やしており、理論的には貨幣の価値が下がり、物価が上昇するインフレになりやすくなる一方で、逆に新規供給が減少し続けるビットコインは貨幣価値が上がりやすくなる(インフレへの抵抗力の高い資産として見直される)とする見方もあれば、現状、ビットコインが暗号資産に占める割合が6割台まで低下していることや、中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)が登場すればビットコインにとっては逆風となりえるとの指摘もあります。資産の裏付けのある通貨が出てくれば、ビットコインの存在感の低下がさらに進む可能性も否定できません。いずれにせよ、ビットコインを巡っては、「半減期」と「コロナ禍」、「CBDC」の動きがどう作用・反作用しあうのか、注目されます。

さて、最近の暗号資産を巡るその他の報道について、いくつか紹介します。

  • 暗号資産の売買を自動的に繰り返すソフトの使用料名目で顧客から現金をだまし取ったとして、埼玉、長崎両県警は、ソフト販売会社「アイリス」元社長や元社員など4人の男を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、神奈川、福岡、栃木各県の男女の顧客3人に対し「もっとお金が生まれるソフトを使える」と勧誘、実在しないソフトの契約を結び、約130万円をだまし取った疑いがもたれており、同様の手口で全国の約130人から、総額約1億円を詐取したとみられています。昨年11月、投資の顧問料名目で計約37億円を集めたとみられる「JG-company」の元代表らを金融商品取引法違反(無登録営業)の疑いで逮捕、関係先として浮上したアイリス社の捜査を進めていたものです。
  • 暗号資産交換事業者コインチェックから流出した仮想通貨「NEM」の不正交換事件で、警視庁サイバー犯罪対策課は、約10億円分の流出NEMを取得したとして、大阪市の会社役員を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)容疑で再逮捕しています。盗難されたNEMだと知りながら200回以上に分けてNEMおよそ2,400万ゼムを取得し、匿名性の高いインターネット空間「ダークウェブ」を通じて別の暗号資産ビットコインと交換し、不正に取得したというものです。

さて、本コラムでは、ここ最近、米FB(フェイスブック)の構想する米ドルなどの法定通貨に裏打ちされたデジタル通貨「リブラ」を巡る議論、そこから拡がる国際的な「ステーブルコイン」の議論について取り上げています。直近では、中国で「デジタル人民元」の部分的な試験運用が始まったとの報道がありました(2020年4月21日付ロイターなど)。それによれば、中国人民銀行(中央銀行)のデジタル通貨研究所は、4都市の内部で人民銀行のデジタル通貨・電子決済(DC/EP)システムの試験を行っており、冬季五輪の会場で試験サービスを提供したいと述べています。試験を行っているのは深セン、蘇州、北京郊外の雄安新区、成都であり、人民銀行のDC/EPシステムはまだ研究開発段階で、今回の試験はデジタル人民元の公式な発行を意味するものではなく、試験都市以外の人民元の発行、流通、金融市場への影響はないとしています。今後、正式な実用化にこぎつければ、中国人民銀行(中央銀行)が世界で初めてデジタル通貨を運用することになります。

一方、FBの「リブラ」については、発行・管理を行う「リブラ協会」が、計画を修正したことを明らかにしています。報道によれば、リブラを単一の暗号資産として発行する元の計画を変え、まずは主要通貨それぞれに連動する複数の暗号資産を発行、それらを一定の比率で組み合わせてリブラを構成する(個別通貨連動型)というものです。2019年6月にFBが構想を公表した際は、通貨のバスケットを裏付けとした「ステーブルコイン」を発行し、世界中で使えるようにする方針だったところ、ドル、ユーロなどそれぞれの主要通貨と連動する「ドル版リブラ」「ユーロ版リブラ」など複数の暗号資産に連動する「リブラ」を発行し、その際、通貨の組み合わせ比率は、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)など既存の比率に固定するということです。これまでの、サイバー攻撃による窃取リスク、マネー・ローンダリングやテロ資金供与等への悪用リスク、プライバシー侵害リスク等に加)国家主権の中核である通貨発行権を脅かしかねないなどといった懸念に対する世界的な批判や議論、CBDCの導入に向けた動きなどをふまえ、計画の後退を余儀なくされた形です。個別通貨に連動させることで金融当局による承認を得たい考えは理解できるものの、今回の計画見直しにより国際送金の手間やコストを減らすといった効果が薄れ、利用者の拡大やFBの事業戦略に悪影響を及ぼす可能性があるとも指摘されています。正に「通貨発行権」という経済政策の根幹に対するチャレンジは中途半端な形で進むことになります。一方、リブラに触発されたCBDC導入に向けた検討、動きは前述の中国の例に限らず、大きな潮流となっており、直近でも以下のような報道がありました。

  • 各国の金融当局で構成する金融安定理事会(FSB)は、デジタル通貨が金融の安定性を損なわないよう、G20がルールの相違点を埋める必要があるとの認識を示しています。報道(2020年4月15日付ロイター)によれば、FSBは、既存の金融規則でも、ステーブルコインと呼ばれるデジタル通貨取引の全部または一部に適用が可能だが、その適用範囲が国によって異なるため、国境をまたぐステーブルコイン取引では欠落部が生じる可能性があると指摘、各国の規制が対立することがないよう、柔軟かつ国際的な協力を提案、「関係機関がその監督範囲を明確にし、国際的なステーブルコイン取引によって生じるリスクに適切に対応するため、それぞれの枠組みの相違点に対応する必要がある」と述べたといいます。
  • 2020年4月6日付ロイターに掲載された門間一夫氏のコラム「基軸通貨に高い壁、デジタル人民元の現実」はCBDCの検討の視点、デジタル人民元の限界が明快に示されており、大変興味深い内容でした。とりわけ、「預金、現金、民間デジタル通貨、中銀デジタル通貨の4種類の通貨をどのように組み合わせれば、決済システム全体にとってベストなのか、これが各国の直面している課題の構図である。ベストの解は、既存決済インフラの違いなどにより、国ごとに大きく異なりうる。中銀デジタル通貨の発行の是非や、発行する場合の形態や利用限度等については、そうした国ごとの事情も踏まえて、決済システムの最適化という観点から検討を進めるのが基本である。もう1つの視点は、国際決済システムの改善に資する可能性である。現行の国際決済、とりわけ小口決済は、コストや利便性の面で問題があることが広く指摘されている。そこにビジネスチャンスを見出したのが、昨年夏に浮上したリブラ構想である。そうした民間の創意工夫を適切な規制・監督の下で促していくのが良いのか、あるいは中銀デジタル通貨を用いた各国の協力体制でより望ましいソリューションを構築できるのか、様々な可能性について研究が進むことは歓迎したい。」との指摘は正に正鵠を射るものだと考えます。
  • 報道(2020年4月27日付日本経済新聞)によれば、新型コロナウイルスの感染拡大で個人の現金需要が低下、4月中旬の東京都内の銀行店舗のATMからの現金の引き出しは1カ月前と比べ約6割減ったということです(国際決済銀行(BIS)によれば、英国でも3月中旬に前年比で約2割減っているといいます)。外出自粛の影響が大きいとみられるほか紙幣を通じた感染リスクへの意識も背景にありそうだと指摘しています(米国立衛生研究所(NIH)などの研究によると、新型コロナウイルスは段ボールの表面で最大24時間生存、空気中の3時間より長かったと指摘されています)。外出自粛が長引いてインターネット通販に頼る人が増えれば、期せずして脱現金の流れが加速することになる可能性があり、事業者は、「アフター・コロナ」において決済手段を多様化していく必要性に迫られるとも言えます。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

横浜市は、成人の市民でギャンブルなどの依存症が疑われる人の割合が0.5%とみられるとの調査結果をまとめています(2020年4月10日付日本経済新聞)。報道によれば、2019年12月から20年3月にかけ、横浜市内の18~74歳の男女3,000人を対象に面接調査を実施(回収率は42.1%)した結果、過去1年間のギャンブルなどの依存症の疑いがある人の割合が0.5%、最もお金を使ったのは「パチンコ・パチスロ」、依存症が疑われる人の賭け金の中央値は月3万円だったということです。本調査結果については、横浜市が健康対策として普及啓発する際に利用し、同市が誘致を目指すカジノを含む統合型リゾート(IR)の準備に向けた依存症対策などに役立てる方針だといいます。その横浜市のサイトにおいて、「新型コロナウイルス感染症と依存症」というページがありましたので、以下に紹介します。

新型コロナウイルス感染症の拡大防止に伴い、様々な活動の自粛が求められる状況になっています。依存症の当事者や当事者家族の回復を支えてきた自助グループも、各地で開催できなくなるなどの影響が出てきています。また、それまでは全く問題なく生活できていても生活の変化により、アルコールや薬物などを摂る量が増えている可能性がある事も指摘されています。

日々の生活で気をつけること:WHOや日本アルコール・アディクション医学会などは、このような人たちに対して、日々の生活で気を付けてほしいことを次のようにあげています。

  • 料理や読書などの時間を作ったり、楽しんでリラックスできるほかの活動をする時間を増やすようにしましょう。無理のない範囲で庭やベランダで運動することや、睡眠をしっかりとること、またバランスのいい食事と十分な水分補給など、規則正しい生活を忘れないようにしましょう。
  • 現在の状況では普段よりもネットやゲームに接する時間が増える可能性があります。画面を見つめる時間が長くならないようにし、十分な休止時間とゲーム以外の活動を行う時間をつくるように心がけましょう。
  • 自宅にいる時間が増えたり、不安な状況が続くと、普段より飲酒量が増えたり、お酒を止めていた方は再飲酒のリスクが高まることがあります。以前に比べて、お酒を飲む時間が早まっている方は、規則正しい生活を心掛け、飲酒について考えましょう。お酒を止めていたけれど、再飲酒して止まらない方、飲酒量が増えてお悩みの方は、横浜市の相談窓口や医療機関にご相談ください。
  • 医学的なアドバイスがない中で、前医でもらった余りの処方薬を自己判断で内服したり、過度に内服したりすることは、健康上大きなリスクを伴い、薬物依存症の発症につながる可能性もあります。治療中の方は、治療を中断せず、主治医や医療従事者などの専門家に相談しましょう。
  • 多くの娯楽施設が閉鎖されている一方で、ギャンブル等の問題がある人たちはオンラインギャンブル等に過度に没頭する可能性があります。ギャンブル等の習慣についても、一人で抱え込まずに積極的に相談するようにしましょう。

依存のお悩みを一人で抱え込まず、誰かとつながりましょう

  • アルコール、薬物、ギャンブル等やゲームと言った依存症の悩みを抱えていると、このような状況では特に相談がしづらく、孤立しやすいとも言われています。自助グループに参加している方は、スポンサーや同じグループのメンバーなどと連絡を取って、周囲とのつながりが切れないようにしましょう。
  • 医療機関への通院についても、無理して自粛する必要はなく、主治医の先生と相談して、通院の頻度などを決めましょう。通院の際はマスクや手洗い、人混みを避けるなどの感染予防対策をしましょう。信頼できる周囲の人と話をして、見通しを立てることは、安心感や希望につながります。

指摘にもあるように、「3密」の回避が、依存症対策においては大きな障害となっている現実があります。依存症は「孤立の病」ともいわれており、ミーティングのように「他者といかにつながるか」が重要だと言われています。実際のところ、オンラインでのミーティングも導入されて一定程度の効果があるようですが、「オンラインも万能ではない。体験を共有する仲間に「薬やりたい」と言ってみるだけで気持ちは発散できるが、隣に家族がいれば本音を言い出しにくい」(2020年5月12日付時事通信)といった課題も見えてきているようです。なお、新型コロナウイルス感染防止対策と依存症の関係では、オーストラリアで手軽なギャンブルとして親しまれている「スロットマシン」の置かれる施設が新型コロナウイルス感染防止のため閉鎖されて1カ月、事実上利用が禁止されたスロットマシンにつぎ込まれずに済んだ金額がこの間、少なくとも10億豪ドル(約690億円)に上るとのデータが紹介されています(2020年4月28日付時事通信)。報道によれば、ギャンブル依存症など「精神的な病」も緩和されるなど、想定外の効果を生んでいるといいます。さらに、インターネットのギャンブルもそれほど増えていないとの指摘もあり、新型コロナウイルス感染対策が依存症対策によい影響を与えている例としても興味深いものです(ただし、自粛が緩和されれば、あっという間に依存状態に戻ってしまう可能性は否定できません)。

さて、横浜市のIR誘致を巡っては反対運動が活発化し全国的拡がりが注目されていましたが、それもコロナ禍で署名活動が行えないなど難しい局面に立たされています。横浜市は、6月に予定していたIRの誘致事業の要件をまとめた実施方針の公表を8月に延期すると正式表明しています。一方、国による認定スケジュールに変更がないことから、予定通り事業を進めることとしているものの、コロナ禍での準備が「カジノより新型コロナ対策に専念すべきだ」という批判につながりかねないとの懸念が高まっているのも事実です。報道によれば、林市長は、「新型コロナウイルス感染拡大の危険が増しており、感染症対策を最優先する」、「優先すべきはコロナの終息だ」と述べています。さらに、感染がさらに拡大した場合はIR誘致事業の担当職員をコロナ対策の応援に充てる可能性があることなどにも触れています。また、ここにきて、IR運営の米最大手のラスベガス・サンズが、日本での事業参入を断念したと報じられています。日本では1兆円規模の投資を計画していたものの、新型コロナウイルスの感染拡大で業績が悪化したことが響いたこと、日本での参入が認められても、付与される事業免許の有効期限が短く、収益性に問題がある点なども断念の理由であるとも言われています(なお、サンズの撤退について、菅官房長官は「個別の案件にはコメントしない」としつつ、「現時点で基本的にIRに関するスケジュールを変更する予定はない」と語っています。また、ライセンス期間10年についても、「すでに決定した内容を変更する考えはない」と述べています)。最大手の参入断念は、ほかのIR事業者の判断にも影響を与える可能性もあり、横浜市のIR誘致活動は難しい運営が続いています。

また、すでに事業者が1つに絞られた大阪では、大阪湾の人工島・夢洲にあるIR建設予定地で、絶滅危惧種に指定されている海鳥・コアジサシの繁殖行動が確認され、付近では土地の造成工事が進められていることから、公益社団法人「大阪自然環境保全協会」が繁殖地の保護を求める要望書が提出されたということです。大阪もコロナ禍による緊急事態宣言下にある中で、まだまだ紆余曲折が予想されるところです(なお、大阪での参入を目指すMGMリゾーツ・インターナショナルは、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、米国で運営するIR16施設の営業を取りやめるなど事業環境が悪化しているものの、「日本への投資を継続し、IR実現に注力する」と述べたと報じられています。ただ、事業者選定などのIR全体のスケジュールが遅れることになれば、計画自体の見直しもせざるを得ない状況に追い込まれるものと推測されます)。また、同じくIR誘致に取り組んでいる和歌山県は、事業者公募の書類審査に2社が応じたと発表しています。県は5月中旬までに審査結果を公表するとしており、審査に通った業者は事業計画を提案し、県は11月中旬に事業者を決定する方針だといいます。なお、2社は、カナダのIR投資会社「クレアベスト・グループ」のグループ会社「クレアベストニームベンチャーズ」と、アジアで複数のカジノ関連事業を展開している香港の「サンシティ・グループ」のグループ会社「サンシティグループホールディングスジャパン」だということです。

③犯罪統計資料

警察庁から最新の「犯罪統計資料(令和2年1月~令和2年4月分)が公表されていますので、以下に紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和2年1月~4月)

令和2年1月~4月の刑法犯の認知件数の総数は209,334件(前年同期234,693件、前年同期比▲10.8%)、検挙件数の総数は87,748件(91,673件、▲4.3%)、検挙率41.9%(39.1%、+2.8P)となり、令和元年における傾向が継続される状況となっています。犯罪類型別では、刑法犯全体の7割以上を占める窃盗犯の認知件数は146,971件(165,812件、▲11.4%)、検挙件数54,721件(56,593件、▲3.3%)、検挙率37.2%(34.1%、+3.1P)であり、「認知件数の減少」と「検挙率の上昇」という刑法犯全体の傾向を上回り、全体をけん引していることがうかがわれます(なお、令和元年における検挙率は34.0%でしたので、さらに上昇していることが分かります)。うち、万引きについては、認知件数29,075件(32,012件、▲9.2%)、検挙件数20,664件(21,831件、▲5.3%)、検挙率71.1%(68.2%、+2.9P)であり、令和元年に続き、認知件数が刑法犯・窃盗犯を上回る減少傾向を示しています。検挙率が他の類型よりは高い(つまり、万引きは「つかまる」ものだということ)一方、ここのところ検挙率の低下傾向が続いたところ、今回プラスに転じている点は心強いといえます。また、知能犯の認知件数は10,958件(12,150件、▲9.8%)、検挙件数は5,604件(5,955件、▲5.9%)、検挙率は51.1%(49.0%、+2.1P)、うち詐欺の認知件数は9,802件(11,006件、▲10.9%)、検挙件数は4,751件(5,003件、▲5.0%)、検挙率は48.5%(45.5%、+3.0P)と、とりわけ検挙率が高まっている点が注目されます(なお、令和元年は49.4%でしたので、少しだけ低下しています)。

また、令和2年1月~4月の特別法犯の検挙件数の総数は21,217件(22,079件、▲3.9%)、検挙人員の総数は17,911人(18,883人、▲5.1%)となっており、令和元年においては、検挙件数が前年同期比でプラスとマイナスが交互し、横ばいの状況が続きましたが、今回は減少する結果となりました。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数2,037件(1,859件、+9.6%)、検挙人員1,463人(1,429人、+2.4%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数886件(767件、+15.5%)、検挙人員738人(628人、+17.5%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数210件(102件、+105.9%)、検挙人員40人(40人、±0.0%)、不正競争防止法違反の検挙件数28件(22件、+27.3%)、検挙人員32人(23人、+39.1%)などとなっており、特に入管法違反と不正アクセス禁止法違反、不正競争防止法違反が継続的に大きく増加し続けている点が注目されます(体感的にもこれらの事案が増加していることを実感していますので、一層の注意が必要な状況です)。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は274件(303件、▲9.6%)検挙人員は144人(151人、▲4.6%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,627件(1,540件、+5.6%)、検挙人員は1,372人(1,216人、+12.8%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は3,250件(3,238件、+0.4%)、検挙人員は2,299人(2,267人、+1.4%)などとなっており、大麻事犯の検挙が令和元年から継続して増加し続けていること、一方で、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向にあったところ、今回、増加に転じたことは大きく注目されるところです(参考までに、令和元年における覚せい剤取締法違反については、検挙件数は11,648件(13,850件、▲15.9%)、検挙件数は8,283人(9,652人、▲14.2%)でした)。

なお、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯の検挙人員総数は169人(140人、+20.7%)、中国32人(27人、+18.5%)、ベトナム19人(18人、+5.6%)、ブラジル19人(16人、+18.8%)、韓国・朝鮮12人(8人、+50.0%)などとなっており、令和元年から大きな傾向の変化はありません。

暴力団犯罪(刑法犯)総数については、検挙件数は3,233件(6,081件、▲46.8%)、検挙人員は2,027人(2,469人、▲17.9%)となっており、とりわけ検挙件数が激減している結果となりました。やはり、特定抗争指定や新型コロナウイルス感染拡大の影響が色濃く反映されたものと考えられます(なお、令和元年は、検挙件数は18,640件(16,681件、▲0.2%)、検挙人員は8,445人(9,825人、▲14.0%)であり、暴力団員数の減少傾向からみれば、刑法犯の検挙件数の減少幅が小さく、刑法犯に手を染めている暴力団員の割合が増える傾向にあるとも推測されるところです。今回の激減した状況が今後もどれだけ続くのか注視していきたいと思います)。さて、犯罪類型別では、暴行の検挙件数240件(334件、▲28.1%)、検挙人員234人(307人、▲23.8%)、傷害の検挙件数393件(512件、▲23.2%)、検挙人員463人(534人、▲13.3%)、脅迫の検挙件数113件(115件、▲1.7%)、検挙人員105人(105人、±0.0%)、恐喝の検挙件数114件(161件、▲29.2%)、検挙人員140人(205人、▲31.7%)、窃盗の検挙件数1,456件(3,557件、▲59.1%)、検挙人員286人(386人、▲25.9%)詐欺の検挙件数426件(731件、▲41.7%)、検挙人員343人(412人、▲16.7%)などとなっており、暴行や傷害、脅迫、恐喝事犯の減少と窃盗と詐欺の増加の傾向が顕著となっています。この点については、警察庁の「令和元年における組織犯罪の情勢について」において、「近年、暴力団は資金を獲得する手段の一つとして、暴力団の威力を必ずしも必要としない詐欺、特に組織的に行われる特殊詐欺を敢行している実態がうかがえる」と指摘されているとおりです。また、窃盗犯の検挙件数の増加が特徴的なことから、「貧困暴力団」が増えていることを推測させることから、こちらも今後の動向に注視する必要があると思われます。また、暴力団犯罪(特別法犯)総数については、検挙件数は2,050件(2,439件、▲15.9%)、検挙人員は1,497人(1,737人、▲13.8%)となっており、こちらも大きく減少傾向を継続している点が特徴的だといえます。うち暴力団排除条例違反の検挙件数25件(3件、+733.3%)、検挙人員50人(10人、+400.0%)、麻薬等取締法違反の検挙件数49件(70件、▲30.0%)、検挙人員18人(25人、▲28.0%)、大麻取締法違反の検挙件数294件(379件、▲22.4%)、検挙人員201人(251人、▲19.9%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数1,341件(1,524件、▲12.0%)、検挙人員931人(1,033人、▲9.9%)などとなっており、令和元年の傾向とやや異なり、大麻取締法違反の検挙件数・検挙人員が大きく減少に転じている点が注目されます。さらに、覚せい剤取締法違反についても令和元年の傾向を大きく上回る減少となっている点も注目されます。いずれも、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛の影響で対面での販売が減っている可能性を示唆しています(なお、令和元年においては、大麻取締法違反の検挙件数は1,129件(1,151件、▲1.9%)、検挙人員は762人(744人、+2.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5,274件(6,662件、▲20.8%)、検挙人員は3,593人(4,569人、▲21.4%)でした)。

(7)北朝鮮リスクを巡る動向

国連安全保障理事会(国連安保理)が、北朝鮮制裁委員会の下で制裁違反を調べる専門家パネルが2月にまとめた年次報告書を公表しています。すでに本コラムでも紹介しているとおり、北朝鮮が昨年1~8月、主に船から船に海上で移し替える「瀬取り」の手口で、主産品の石炭計約370万トン(推定3億7,000万ドル、約400億円相当)を中国などに密輸出したと指摘しています。瀬取りは中国の寧波市や連雲港市の沖合などで多く実施され、年次報告書に掲載された昨年10月10日付の寧波市沖の写真には、北朝鮮籍とされる船8隻が写っており、中国が意図的に制裁履行を怠っているとの見方をされてもやむを得ない状況にあります。さらに報告書は、北朝鮮が密輸出で獲得した外貨により核開発を続け「弾道ミサイルの開発を強化した」と指摘しています。また、こちらも本コラムでは以前紹介したことがありますが、北朝鮮の軍部が1,000人超のIT関連の出稼ぎ労働者を外貨取得のために世界各国に派遣した可能性にも触れています。報道(2020年4月18日付日本経済新聞)に詳しいので紹介しますが、報告書では、IT労働者の派遣先は、中国、ベトナム、ネパールなどで、毎月3,000ドル(約32万円)以上稼ぐことを求められており、達成できなければ職を取り上げられるといいます(なお、平均では毎月5,000ドル以上稼いでいるとも指摘されています)。また、海外に派遣したのはIT労働者のほか、スポーツ選手や医療従事者も含まれ、外貨を取得して北朝鮮に送金しているといいます。また、「中国やロシアが北朝鮮人に対して観光や学生ビザの発給を急激に増やしている」と懸念を示し、ある加盟国は「2,000人ほどの北朝鮮国籍の人が中国に入国した」と指摘、ロシアは北朝鮮の観光客に2019年1~9月で、2年前の約10倍となる1万3,000程度のビザを発給、学生ビザも同期間に7,000超発給したと指摘しています(なお、これも本コラムで紹介しましたが、国連安保理は加盟国に、北朝鮮の出稼ぎ労働者を2019年12月22日までに送還することを義務付けていましたが、既に期限を過ぎているものの、(意図的なものかどうかは断定できませんが)中国やロシアは送還できていません)。こうしたビザで入国した北朝鮮労働者が、外貨を違法に取得しているとみられています(このIT労働者派遣により、北朝鮮は年間で2,040万ドル(約22億円)を獲得していると指摘されています)。このような労働者の派遣は北朝鮮で核や弾道ミサイルの開発を統括する軍部が主導しており、稼いだ外貨を、安保理の制裁決議が禁じた核・ミサイル関連兵器の開発に充てている可能性があるということです。また、制裁破りとなる高額品の輸入も続いており、2019年11月に北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と側近の姿とともに、トヨタ自動車の高級ブランド「レクサス」の多目的スポーツ車(SUV)「LX」が確認されたほか(なお、このレクサスについては、20日間にわたり姿を見せていなかった金委員長が姿を現した平安南道順川のリン酸肥料工場完工式会場でも確認されています)、ウイスキーやブランデー、ウオッカなどの酒類の輸入を継続していることも分かったということです。高級車については、本コラムでも紹介したドイツの高級車「メルセデス・ベンツ」を違法に輸入していることも問題になりました。報告書でも触れられており、2018年8月に日本の商社を通じて大阪から韓国の釜山に送られ、西アフリカのトーゴ籍の船でロシアのナホトカに運ばれたこと、その途中、北朝鮮は船の位置や針路などを発信する船舶自動識別装置(AIS)の作動が切られたこと、ロシア当局にはナホトカへの到着記録が残っていないことなどを指摘しています。さらに、パネルのサイバー攻撃に関する調査チームは2019年10月、北朝鮮が関与している疑いのある暗号資産交換所も発見、洗練されたデザインのウェブサイトを立ち上げ、主力の暗号資産ビットコインなどを手数料無料で取引できるとうたっていたということです(現在は削除されているようです)。

なお、(報告書ではありませんが)関連して4月中旬、米政府高官は、北朝鮮によるサイバー攻撃の恐れがあると警告し、銀行など金融機関に対し特に警戒するよう呼び掛け、米国務省、財務省、国土安全保障省、連邦捜査局(FBI)が共同勧告を発表しています。今回、勧告が出された理由は不明ですが、北朝鮮のハッカーは金融機関を標的にしていると非難されているところ、国務省は電子メールで、今回の勧告は「北朝鮮のサイバー攻撃による驚異に対抗するための」望ましい措置を提供したとしています。

このように、瀬取り、労働者派遣、高級品の輸入など、中国やロシアが「意図的に」手引きして(便宜を図って)いる実態が浮かび上がっており、そもそもの北朝鮮に対する制裁の実効性が無効化されてしまっている(制裁は面で行われるべきところ、1か所でも抜け穴があれば全体が無効化されてしまう脆さもあります)といえます

さて、北朝鮮を巡る直近の動向では、金正恩朝鮮労働党委員長の動静が一時20日間ほど不明となったことも大きな関心が寄せられました。「神経血管系の手術を受けて大変危険な状態にある」という米テレビの報道に端を発したものですが、コロナ禍からの避難という説、死亡説、妹の金与正氏に権限が移されているといった情報まで飛び交いました。結論的には、前述したとおり、「レクサス」とともに姿を現しましたが、実は過去も何度となく動静が不明となるケースはあり、今回もその一つであったといえます(そもそも北朝鮮に関する詳細な情報は入手しにくく、真偽不明のものも多く、復帰したのが本人なのかも本当はわかりません)。このように、金委員長は、自らが姿を現す場合はもちろん、逆に公の場で確認できないという事態でもそれは全く同じく、常に世界を不安に陥れています。米朝交渉が暗礁に乗り上げ国内が窮乏している状況から、弾道ミサイルを立て続けに発射して世界の関心を惹こうとする行為に至ったこともそうでしたが、新型コロナウイルス感染拡大の早い段階で国境を閉鎖したことにより、北朝鮮国内における経済情勢が(ただでさえ悪い中さらに)悪化しており、(北朝鮮は否定していますが、新型コロナウイルス感染が同国内でも拡大していると推測されていることとあわせ)国際社会からの支援が必要な窮状となっていることとも関連しているかもしれません。ただ、今回の事態であらためて認識しなければならないのは、真偽不明にせよ「健康不安説」は常にあること、後継者が決まっていないこと(一番上の息子も10歳とみられています)、したがって、いったん軍部や金正恩氏の一族、さらに事態に便乗しようとする勢力の間で権力闘争が始まれば、北朝鮮内外で暴力的な動きが発生してもおかしくないということです。そこに、中国や米国、韓国がそれぞれ有利な立場を獲得しようとすることで、事態が複雑化するのも目に見えています。さらには、金正恩氏体制下での暫定的な市場経済導入の動きも頓挫する恐れがあります。やはり、金正恩朝鮮労働党委員長は、姿を見せても動静が不明でも常に世界を不安に陥れる存在であることは間違いなく、世界も徒に振り回されることのないよう、情報収集と分析を抜かりなく行っていくことが重要だといえます。

さて、そのコロナ禍については、感染者が「国内にいない」と世界保健機関(WHO)に報告しているものの、実際には感染による死者が少なくとも267人出ていることが、韓国の脱北者団体が入手したリストから判明したと報じられています(2020年4月25日付産経新聞)。北朝鮮が新型コロナにまつわる隔離対象者や死者を全て「疑い例」として処理し、実態を隠蔽していることも浮き彫りになったといいます。また、新型コロナウイルス対策で北朝鮮当局が中朝国境の往来を厳しく制限する中、北朝鮮住民の間では、感染以上に生活苦に悩む声が高まっているといい、報道によれば、過去2カ月間にコメやトウモロコシ、食用油などの生活必需品の価格は1.5~2倍に上がり、「(餓死者を多く出した1990年代の)苦難の行軍が再び来た」と嘆く住民もいるといいます。なお、朝鮮中央通信によると、北朝鮮の国会に相当する最高人民会議(定数687人)が4月12日、2日遅れで平壌の万寿台議事堂で開かれています。金正恩朝鮮労働党委員長は出席しておらず、理由は明らかにされていないが、新型コロナウイルスの感染拡大が影響しているとの見方が大勢です。会議では新型コロナウイルスについて、内閣の事業報告で「医学的監視と隔離事業を強く行い、我が国ではたった一人の感染者も発生させないようにした」と強調、「感染の危険が短期間に解消されることは不可能で、我々の闘いと前進にも一定の障害を来しうる」とし、ウイルスの流入を徹底的に遮断するための国家的な対策を引き続き厳格に実施することにしたとしています。北公開された写真では、会議に出席の代議員はマスクを着けておらず、感染者がいないことを改めてアピールする狙いがあるとみられています。なお、会議では、人事について、米国との非核化交渉に携わった外交ラインを入れ替えたほか、軍の核・ミサイル開発者を重用し、軍事力増強を優先する姿勢を印象づけた点も見逃せません。

さて、弾道ミサイル発射を立て続けに行っている北朝鮮ですが、4月14日にも東部・江原道の文川付近から日本海に向け、短距離の巡航ミサイルと推定される複数の飛翔体を発射しています。飛距離は150キロ・メートル以上と推定されています。報道によれば、北朝鮮は2017年6月にも、「新型地対艦巡航ロケット」と称して巡航ミサイルを試験発射しており、今回のミサイルは2017年のものと類似していると見られており、北朝鮮最大の祝日である金日成主席の誕生日の4月15日(なお、金委員長は極めて異例なことにこの生誕祭を欠席しています)を前に、感染症の流行に屈せず、国防力強化に取り組む姿勢を誇示する狙いとみられるほか、米空母などへの攻撃を想定した訓練の可能性があるとされます。北朝鮮の相次ぐ弾道ミサイル発射をふまえ、防衛省防衛研究所は、日本周辺の安全保障環境を分析した2020年版「東アジア戦略概観」を発表、ミサイル発射を再開した北朝鮮が核危機をあおる戦略への回帰をちらつかせているとして、「核兵器への恐れがもたらす戦略上の効果を強く意識した行動」だと分析しています。なお、今回の巡航ミサイル発射の前には、米国拠点の北朝鮮分析サイト「38ノース」が、最新の衛星写真に基づき、北朝鮮が東部新浦の造船所で模擬ミサイル試射実験を最近実施した可能性が高いとの分析結果を公表しています。ミサイルの信頼性を確認するためだと見られています。発射管とみられるものが取り付けられた構造物のほか、標的の斜面に(以前は確認されなかった)模擬弾が着弾したような四つの物体が確認されということです。通常こうした試験の場合には模擬弾が異なる軌道で発射され、標的に衝突した際の痕が複数できるものだといいます。これもまた北朝鮮の核・ミサイル戦力増強の姿勢を示すものと考えられます。また、関連して、米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は、衛星写真に基づき、北朝鮮の平壌国際空港近くで、弾道ミサイル開発計画に関連する可能性の高い新たな施設が今年後半にも完成し、運用開始の準備が整うとの分析結果を公表しています。大陸間弾道ミサイル(ICBM)を収容できる規模の建物が含まれているとしています。鉄道や道路に接続する建物の特徴や、隣接する地下施設の存在などから、CSISは北朝鮮の弾道ミサイル計画に関連する機能を持つ施設だとの見方を示しています。さらに、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は、北朝鮮東部・新浦の造船所で「潜水艦と水中射出の装備が継続して確認されている」と非公開の国会情報委員会で報告、国情院は、建造中とみられる新型潜水艦の進水準備に関連した動きを注視しているということです。

このような北朝鮮の動向に対して、米国のロバート・スーファー国防次官補代理は、米政策研究機関のイベントで、日米が共同開発した新型迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」による大陸間弾道ミサイル(ICBM)の迎撃実験を今夏にも実施することを明らかにしています(2020年4月22日付読売新聞)。実験が成功すれば、米本土の防衛能力向上に大きく貢献することになるといいます。SM3ブロック2Aは、短距離から中距離の弾道ミサイルを迎撃する目的で開発され、ICBMの迎撃も可能だとの見方があり、米議会が実験を行うよう求めていたものです。

なお、参考までに、北朝鮮の短距離弾道ミサイル発射について、日本政府が最近、発表の表現を変えています。落下地点については「日本海上」から北朝鮮の「沿岸付近」と説明、発射されたのが弾道ミサイルと断定できない段階で使っていた「飛翔体」もなくなり、「北朝鮮による発射事案」になっています。2020年4月27日付朝日新聞の報道によれば、「落下地点を範囲が広い『日本海上』とすると、日本を狙っているように聞こえる」ものの、「実際は日本からかなり離れている。ミサイルの方向も日本には向かっていない」ことを反映したといいます。さらに、政府内には、最近の北朝鮮による弾道ミサイル発射について、国際社会へのメッセージや国内の体制引き締めよりも、短距離の新兵器開発に重きを置いているとの見方が出ており、北朝鮮の「沿岸付近」といの表現は、北朝鮮側の意図の変化を示唆する狙いもあるといいます。

3.暴排条例等の状況

(1)暴排条例に基づく逮捕事例(愛知県)

キャバクラ店から用心棒代(みかじめ料)を受け取ったとして、愛知県警は、六代目山口組弘道会ナンバー3の松山猛善容疑者ら2人を愛知県暴排条例違反容疑で再逮捕しています。また、用心棒代を支払ったとして、飲食店経営者も逮捕されています。

▼愛知県警察 愛知県暴力団排除条例

まず、愛知県暴排条例において、暴力団の逮捕については、本条例第23条(特別区域における暴力団員の禁止行為)第2項「暴力団員は、特別区域における特定接客業の事業に関し、特定接客業者から、顧客その他の者との紛争が発生した場合に用心棒の役務の提供をすることの対償として利益の供与を受けてはならない」との規定があり、本件はその規定に抵触したものと考えられ、第29条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「第二十三条第一項又は第二項の規定に違反した者」の規定に基づき逮捕されたものと考えられます。また、飲食店経営者の逮捕についても、同じく本条例第22条(特別区域における特定接客業者の禁止行為)第2項「特定接客業者は、特別区域における特定接客業の事業に関し、暴力団員に対し、顧客その他の者との紛争が発生した場合に用心棒の役務の提供を受けることの対償として利益の供与をしてはならない」との規定があり、本件はその規定に抵触したものと考えられます。その結果、同じく第29条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「相手方が暴力団員であることの情を知って、第二十二条第一項又は第二項の規定に違反した者」に基づき、逮捕されたものと考えられます。

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