反社会的勢力対応 関連コラム

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

ビジネス ビルを背景にしたミーティングイメージ

1.暴排条例10年(2)~今こそゲームチェンジの時

全ての都道府県で暴排条例が施行され10年が経過しました。当初の狙い通り「警察」対「暴力団」から「社会」対「反社会的勢力」の構図が明確となり、暴力団事務所の撤去が相次ぐなど、「暴排」「反社会的勢力排除」の機運が社会に定着したことは最大の成果と言えると思います。しかしながら、反社会的勢力は時代の変化に適合すべく、その存在の不透明化の度合いを、境界が溶けてなくなるほどにまで推し進め、暴力団対策法の限界を露呈させてしまいました(実態をふまえれば、今後、何らかの見直しが必要な状況にあるといえます)。また、犯罪収益獲得の手口も「脅し」から暴力団等の威力を要しない「騙し」へと変化させ、さらに、一般人を狡猾に巻き込む手口で摘発を逃れるケースが相次いでいます。一方、企業の実務はそうした変化に対応しきれていません。それどころか、残念なことに、実効性の疑われる反社チェックを漫然と続け、それで問題ないと考え、進化・深化の歩みを止めてしまいました。このような不作為が、むしろ反社会的勢力の跋扈を許してしまっていることに大きな危機感を覚えます。一方的に暴排の流れを優位に進めてきたと錯覚した私たちは、実は暴力団等反社会的勢力にゲームの主導権を握られてしまっているのではないでしょうか。これからの10年、ゲームチェンジを仕掛け、真に優位に立つために、今、私たちは暴排実務を厳しく見直すべきだと言えると思います。

福岡県、福岡市、北九州市など全国の自治体では、「指名停止措置」または「排除措置」が講じられた旨、社名公表される制度があります(とりわけ、この福岡の3つの自治体が最も頻繁に公表を行っています)。以前の本コラム(暴排トピックス2021年6月号)でも取り上げましたが、この制度に基づき社名公表された企業が2週間後には倒産するという事態が発生しています。その際、筆者は反社リスクが企業存続にかかる重大なリスクだと指摘しました。あらためて当時紹介したダイヤモンド・オンラインの記事(「企業の突然死」のニューノーマル、高まる反社リスクとは)を以下に抜粋して引用します(詳細をぜひ本編でご確認ください)。

それまでピンピンしていた会社が県警による突然の社名公表で2週間後には倒産。業績堅調な企業が突然の経営破綻。今年5月、九州で指折りの設備工事業者が破産手続き開始を申し立て、関係者を驚かせた。だが、これは取引先の与信審査担当者などにとって「反社チェック」の重みが一変したことを象徴する事例といえそうだ。…福岡県警は2月19日、県公安委員会の許可を受けずに福岡市博多区でキャバクラ店を営業したとして風営法違反容疑で指定暴力団道仁会系の組長や店長ら3人を逮捕した。事件を伝える新聞記事は、実質的な経営者は組長で、店の収益が道仁会の資金源になっていた可能性もあると伝えている。道仁会の資金源を断つことが目的とみられるこの捜査で、組長の「密接交際者」として浮上したのがA社のT社長(50)だった。実は、組長とT氏らは毎月1回、異業種交流会の名目で食事会を開き、組長が実質経営するこのキャバクラを訪れることもあったとされる。密接交際者の認定を受け、メインバンク以下融資を受けていた地銀3行が相次いで「取引を停止して口座を凍結した」(申立書より)のだ。…T氏はある程度早い段階で、県警による社名公表の可能性を認識していたという。それでも政治力で阻止できると高をくくっていたフシがある。いまや「反社排除」は単なるお題目ではなく、有力企業を一撃でマットに沈める必殺パンチだ。「ニューノーマル」に対応すべく、経営者の人物像を中心とする定性情報の重要性が改めて認識されるきっかけとしたい。

さて、今回、この暴力団組長と密接な交際をしていたと認定した福岡県警の調査や、公共工事から排除した県や福岡市の決定は違法だとして、大分県に本社を置いていた管工事会社「九設」の社長だった男性(51)が11月、決定の取り消しや損害賠償を求めて福岡地裁に提訴しています。男性は「相手が暴力団組長とは知らなかった」と訴えています。いわゆる密接交際者の認定は慎重になされる運用だと思いますが、警察側に立証責任があることから、今後、訴訟でどのように立証が為されるのか、注目していきたいと思います。

今年10月、暴力団組員への利益供与などを規制する「暴力団排除条例(暴排条例)」が47都道府県にそろってから10年の節目を迎えました。以前の本コラム(暴排トピックス2021年10月号)で、筆者は「SDGs全盛の折、「誰ひとり取り残されない社会」を目指すということは、「社会的包摂」にしっかり取り組むことでもあります。暴力団離脱者や再犯防止に取り組む犯罪者、薬物事犯者など、「強く更生したいと願う」のであれば、それを受け容れる社会を創り出すことが今後の社会のあり方のひとつとして問われているといえます。「社会的包摂」が表面的な取組みに堕してしまえば、それは彼らに再度「ドロップアウト」させることを意味し、「元暴アウトロー」(廣末登氏)や「再犯者」「薬物常習者」として、社会不安の増大要因を創り出してしまうことをも意味します。企業の暴排・反社リスク対策の取組みの定着など暴排条例の10年がもたらしたものは大変大きいですが、「暴力団離脱者支援」に社会全体で取り組むことが、これからの10年の大きな課題の一つだと考えます。そして、以前の本コラム(暴排トピックス2021年9月号)で指摘した「反社リスク対策における実効性の確保」(「形式」的なものから、いかに「実効性」を高めていくかという「本気の取り組み」へのギアチェンジ)もまた、これからの10年で大きく進展することを期待したいと思います。」と指摘しました。同じく暴排条例10年を評価した産経新聞の記事(2021年11月8日付「シノギ獲得「脅し」から「だまし」に 暴排条例10年」)もコンパクトにまとまった良い記事だと思いますので、以下、一部抜粋して引用します。

施行後は暴力団排除に向けた機運が高まり、確認される暴力団構成員数は着実に減少した。一方で、近年は「シノギ」と呼ばれる資金源の獲得方法に変化が生じて活動実態が見えづらくなっているといい、「規制のあり方を見直す必要がある」との声も上がる。・・・条例施行で収入が減って足を洗う暴力団員が少なからずいるとみられ、警察庁が把握する全国の暴力団構成員数(準構成員含む)は、23年に約7万300人だったのが、令和2年には約2万5,900人と3分の1近くまで減少した。ただ、実態はこれより多いとの見方もある。捜査関係者によると、従来は暴力団であることを示して飲食店などにみかじめ料を支払わせるなどして資金を獲得していたが、現在は暴力団の身分を隠して詐欺などに手を染めるケースが増えているという。「従来のやり方では稼げなくなっている。やり口が『脅し』から『だまし』に変わってきている」と捜査関係者。このため、暴力団の活動実態の把握が難しくなっているのが現状だ。日弁連・民事介入暴力対策委員会元委員長の木村圭二郎弁護士(大阪弁護士会)は暴排条例について「『社会』対『暴力団』という構図を明確にし、暴力団排除の認識が当たり前になった」と評価。一方で、「条例で規制できることには限りがある。反社会的勢力の撲滅に向けて暴対法の改正など議論を進めるべきではないか」と指摘した。

暴排条例10年の総括として、別の視点からの指摘もあります。2021年11月13日付 AERA.dotの記事「暴排条例から10年 社会から断絶された「ヤクザの子どもたち」の知られざる現実」で、本コラムではお馴染みの廣末登氏の論考を、以下、一部抜粋して引用します。

社会と暴力団との関係を断つことを目的とした暴排条例が47都道府県で施行されてから、今年で10年になる。暴力団の数は大幅に減少し、彼らを取り巻く環境は一層厳しくなった。一方で、暴力団が社会から断絶されることにより、その背後にいる妻や子どもたちなど”家族”の姿もまた見えづらくなっている。・・・ヤクザ本人の「生きづらさ」よりも、問題は家庭にはびこる薬物です。・・・ヤクザの家庭は、ごく限られた場所でしか生きていけず、そこにしかアイデンティティーがないからです。地域はヤクザ家庭との付き合いを避けます。子どもは小学校に上がる前から、同級生の親に「あの子とは付き合うな」と言われ続けることになるので、早々に社会から排除されてしまうのです。でも、国家がヤクザを「差別してもいい」とお墨付きを与えているのだから、地域が差別するのは当たり前ともいえます。だから、ヤクザの家庭には公助も共助もない。彼らの中にある唯一の共助は、同じ穴のむじなである、ヤクザや不良仲間だけになってしまう。・・・ヤクザの家庭自体が存在を隠しながら生きているのです。それゆえ、一般家庭を対象とする従来型のセーフティーネットが機能しない。だからこそ、ヤクザの家庭に特化した介入の仕方を考えていくべきです。・・・ヤクザを美談にするのではなく、その家庭で育ち、社会からも排除されている子どもたちに目を向け、手を差し伸べる術を考える必要があります

暴力団を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 岡山県公安委員会は、神戸山口組を離脱した池田組(岡山市)を、暴力団対策法に基づき指定暴力団に指定し、官報で公示しました。効力は3年間で、岡山県警によると、9月16日時点で池田組の構成員は約80人とされます、池田組は神戸山口組の2次団体でしたが、昨年7月に離脱を表明し、岡山県公安委員会が今年9月に独立を確認していました。なお、同公安委員会は10月、指定に向けて金孝志組長から意見聴取する場を設けたましが、組側は欠席、同公安委員会は岡山市北区の事務所を拠点と認定しています。
  • 本コラムでも取り上げてきましたが、全国で唯一、特定危険指定暴力団に指定されている工藤会の事務所が次々と撤去に追い込まれています。福岡県警によると、工藤会トップで総裁の野村悟被告らを逮捕した2014年9月の「頂上作戦」以降、少なくとも22か所の事務所が撤去されたといいます。一方、新たな開設はなく、居酒屋などを会合場所に使っているということです。報道によれば、福岡県警は、工藤会事務所の全体数や詳しい場所を明らかにしていませんが、北九州市を中心に市外にも事務所があります。22か所の撤去は、警察に多くの組員が逮捕されて組が存続できなくなったり、撤去を求める住民運動が高まったりしたことなどがきっかけになったということですが、みかじめ料収入の減少や、野村被告らの裁判での弁護士費用などで資金力が低下したところに事務所の維持管理費が重なり、大きな負担となっていることも背景にあるとみられています。工藤会館に使用制限命令が出た後、工藤会執行部は毎月の会合を北九州市内のカラオケボックスで行うなどしていたといいますが、そうした動きを把握した県警は、店舗側に「暴力団を利する行為」として県暴力団排除条例に抵触することを指摘、その後、工藤会は特定の場所や店を決めず、居酒屋やファミリーレストランで会合をしていることが確認されているということです。前回の本コラム(暴排トピックス2021年11月号)でも取り上げましたが、福岡県は12月、改正県暴排条例を施行予定で、新たな暴力団事務所の開設禁止区域を、大幅に拡大する内容となっています。既存の事務所は摘発の対象外とはいえ、県内の暴力団事務所の約9割が区域内にあたり、現在の事務所を手放せば、撤去後に周辺に新たな事務所を設置することは事実上、困難となります。県警は、今後も工藤会側に事務所撤去を働きかけるとともに、水面下での活動を警戒するとしています。
  • 兵庫県淡路市が、市議会議会運営委員会で神戸山口組の拠点として使われていた直系団体「侠友会」の市内の事務所を買い取る方針を表明しています。土地と建物の購入費約3,100万円を含めた補正予算案を12月8日の定例市議会に提出する運びとなりました。報道によれば、事務所は2015年8月に六代目山口組から分裂した神戸山口組が本部として使っていましたが、2017年に暴力団追放兵庫県民センターが「代理訴訟制度」に基づき住民に代わり使用禁止を求める仮処分を神戸地裁に申し立て、認められました。その後、兵庫県公安委員会が淡路市を「警戒区域」に指定し、組員の事務所への立ち入りが禁じられたことから、神戸山口組は現在、神戸市内に本部事務所を置いています(なお、特定抗争指定暴力団として本部事務所にも出入りできない状況が続いています)。事務所の所有者側が今年に入り、兵庫県警を通じて売却の意向を示したといい、同市の門康彦市長は「住民の安心安全のために早く買い取りを進めたかった」と話し、購入後は淡路市職員の災害時用の宿舎として利用する案があるとしています。自治体による暴力団関連施設の買収をめぐっては、兵庫県尼崎市が2021年3月、過去に六代目山口組系組事務所だった組員の住宅の買収を表明した例があります。自治体が買い取ることについては、取得費用が暴力団の資金源となる可能性が指摘されるところですが、今後、別の暴力団の事務所となってしまうことを防止し、住民の安心安全を実現する目的には十分な公益性があり、暴排の結果として受け止めるべきと考えます。
  • 神戸山口組の傘下組織「古川組」(兵庫県尼崎市)の事務所について、暴力団追放兵庫県民センターが、地域住民に代わって使用を差し止める仮処分を神戸地裁に申し立てています。本コラムでは最近よく登場するようになった、暴力団対策法に基づく代理訴訟であり、認められれば事務所としての使用が禁止されることになります。報道によれば、兵庫県内ではこれまでに神戸山口組の旧本部事務所や、絆會(旧・任侠山口組)の本部事務所などに同様の申し立てを行い、いずれも地裁が組側に使用を禁じる仮処分を出しています。古川組を巡っては2020年11月、組長が尼崎市内で銃撃される事件が発生、同センターは「住民は事務所の撤去を目指しており、それに向けた第一歩になる」としています。
  • 静岡県警は、六代目山口組の2次団体「良知2代目政竜会」が富士宮市北山地区から完全撤退したと発表しています。静岡県外に事務所機能を移転したとみられています。報道によれば、2次団体の県内からの撤退について、静岡県警組織犯罪対策課や県暴力追放運動推進センターの担当者は「市民が声を上げてくれたことが大きい。県民の安心、安全の構築、県内の暴力団排除活動として大きな成果」と声をそろえています。同地区の土地・建物を組事務所として使用した場合、1日100万円の制裁金を支払うよう命じる「間接強制」を静岡地裁が決定した7月30日以降、組員の出入りは無く、事務所としての使用は確認されていないといいます。同団体はかつて六代目山口組内で「武闘派集団」とされ、豊富な資金力で知られた後藤組(2008年解散)の流れをくむ組織で、後藤組の解散後に藤友会と良知組の2団体に分かれ、その後、良知組から現在の組織になりました。2019年末に吉田町の事務所を撤去し、東京都足立区に移転計画を進めていましたが、暴力団間のトラブルから組事務所としての使用を禁止する仮処分決定を受けて行き場を失い、後藤組の元組員が使用する富士宮市の土地・建物に事務所を構えていたものです。同センターは住民に代わって債権者となる適格都道府県センター制度を県内で初めて活用し、使用差し止めの仮処分を申請、地裁は5月に仮処分を決定していました。
  • 本コラムでも注目してきた特殊詐欺事件にかかる暴力団対策法上の使用者責任追求の動向について、直近でも住吉会系組員が関わった特殊詐欺の被害者3人が、暴力団対策法上の責任があるとして住吉会元トップらに損害賠償を求めた訴訟について、東京地裁で和解が成立しています。被告側は総額約301万円の和解金を既に支払ったといい、弁護団によると、特殊詐欺をめぐり、暴力団対策法で組織トップの責任を追及した訴訟の和解は3例目となります(今年4月の提訴から7カ月での短期決着となりました)。報道によれば、弁護団長は、訴訟が暴力団の犯罪抑止につながると強調し「今後も高齢者が被害に遭わないよう尽力したい」と話したということです。なお、原告はいずれも関東在住の高齢女性で、2017年に約100万~約150万円をだまし取られる被害に遭ったものです。詐欺グループを統制していたとされる組員2人が2018年、埼玉県警に逮捕され、詐欺罪などで有罪判決が確定しています。
  • 全国唯一の特定危険指定暴力団である工藤会のトップで総裁の野村悟被告に死刑判決=控訴中=が言い渡されて間もなく3カ月となりますが、この間、工藤会系の主要拠点が相次いで姿を消すことが明らかとなるなど、福岡県警は「暴排の好機」と意気込み、北九州市や福岡市などの繁華街で暴力団から「みかじめ料」(用心棒代)の要求がないかなどを聞いて回るローラー作戦を展開しています。また、北九州市の繁華街から暴力団を追い出し、活気を取り戻そうと、福岡県警の「繁華街創生プロジェクトチーム」が住民との交流を続けているということです。報道によれば、2015年に発足した当初、住民には「警察は守ってくれない」との不信感があったものの、チームのメンバーは地域活動に参加しながら信頼関係を築いてきた結果、成果もあがっています。北九州地区での飲食店の暴力団組員の立ち入りを禁じる標章の掲示率は、頂上作戦開始直後の2014年12月末時点で53.7%でしたが、今年9月末時点では73.4%まで上昇、暴排機運の高まりによってみかじめ料も得にくくなっている実態がうかがわれます。二度と暴力団を寄せ付けない街づくりを目指すとし、「工藤会が弱体化すれば、別の組織が入り込む可能性もある。市民と手を携えて暴力団のいない繁華街をつくっていきたい」と県警は述べています。なお、2021年11月20日付毎日新聞では、頂上作戦を支えた「保護対策」についても紹介されています。一部抜粋して引用すると、「武道などにたけた約100人で構成。県警は詳細な配置や活動内容を明らかにしていないが、情報提供者や被害者、元組員などの保護対象者にGPS付きの通報装置を渡すなどして24時間態勢で警戒を続けている。…県警は「プライバシーを侵害される」と保護を避ける対象者との信頼関係構築に力を注ぎ、対象者の自宅周辺のパトカー巡回強化など警察署との連携に取り組んだ。巡回強化は対象者周辺で警察の存在をちらつかせることで、対象者ではない家族や関係者も守る狙いがある。工藤会の元組員は「保護対象者のそばに常に警察がいるように見えた」と明かす。」と報じられています。
  • 兵庫県尼崎市の路上で2019年11月、神戸山口組の古川恵一幹部を自動小銃で射殺したとして、殺人罪などに問われた六代目山口組系元組員、安東(旧姓・朝比奈)被告の控訴審判決公判が大阪高裁で開かれ、裁判長は無期懲役とした1審神戸地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却しています。報道によれば、裁判長は、殺傷能力が高い自動小銃を使った強い殺意に基づく犯行で、住民を巻き添えにしかねなかったと指摘、敵対組織の幹部を殺害して「男になって死のうと考えた」という動機は「身勝手で無期懲役はやむを得ない」と述べ、量刑が重すぎるとした弁護側の主張を退けています(被告は、控訴審が始まる前に養子縁組をしたため、姓が変わりました)。控訴審で弁護側は1審に続き、事件は組織的な背景のない個人的な犯行で、有期の懲役刑が相当と主張していました。神戸山口組は2015年の山口組分裂で誕生し、両組織間では対立抗争が続いています。今年2月の1審判決では、被告が六代目山口組側への個人的な忠誠心から犯行に及んだと判断しています。

次に、暴力団等の関与した犯罪について、最近の報道からいくつか紹介します。

  • 北海道内最大の歓楽街ススキノでメンズパブなどを展開する「G―motion」を舞台に2020年夏以降、繰り広げられた持続化給付金を巡る詐欺事件は、逮捕者19人を含め約180人が関与し、被害は計約1億8,000万円に上るとみられています。報道によれば、昨年9月、不正受給に加担した人物が「これは悪いことでは」、「もらえる手数料が少ない」と道警に駆け込み、捜査が動き出したといいます。道警は不正受給した給付金の一部が暴力団に流れているとみて、札幌中央署や組織犯罪対策課などを中心に約7カ月にわたり合同捜査を進め、執念の捜査を続けていますが、今のところ暴力団との結びつきは出てきていません。道警は8月、六代目山口組傘下組織の構成員の関与を視野に、北海道暴排条例違反容疑で逮捕し、構成員は懲役6月、執行猶予2年の判決を受けています。公判で構成員は、被告から店舗の用心棒代として毎月4万~5万円の「みかじめ料」を受け取っていた事実を明かし、被告とは18歳の時からの知り合いで、「木下(被告)は夜の世界で、自分はヤクザの世界で上に上がっていくため」の関係が約6年前から続いていたとしたものの、捜査で詐欺事件との関係は出てこなかったということです。
  • 国内メガバンクを狙った被害総額1億円近くに上る大規模な不正アクセス事件は、茨城、沖縄など9県警の合同捜査本部が首謀者を逮捕し大きな節目を迎えました。ただ、インターネットバンキングの偽サイトを作り、口座情報を盗み取る手口「スミッシング」で、瞬時に別口座へ不正送金するという、IT技術を悪用した人物の摘発には至っていません。犯行グループ末端の「出し子」らの刑事裁判も始まり、親族や先輩・後輩の間柄など地縁、血縁で犯罪が広がる特徴が明らかになってきています。不正アクセス禁止法違反容疑などで逮捕されたのは、首謀者で元住吉会構成員、県内の犯行組織のまとめ役だった旭琉會幹部ら3容疑者で、3人は密に連絡を取り合い一連の犯行を主導したとみられています。沖縄県警は首謀者と位置付ける元住吉会構成員だけでは、複雑な犯罪システムの構築は難しいとみており、IT分野にたけた国外の人物が関与した可能性も視野に入れて来年以降の捜査継続を見据えているということです。
  • 生活保護費を不正に受給した疑いで六代目山口組構成員が逮捕されています。報道によれば、同組委員は、暴力団組員であることを隠して生活保護費を申請し、2015年からおよそ6年間で1,000万円余りをだまし取った疑いが持たれています。暴力団組員は、生活保護費の支給対象ではなく、警視庁によると、組員は2015年に服役を終えてすぐに申請をし、車を2台保有していたといいます。調べに対し、「申請の時、暴力団ではなかった」と、容疑を否認しているということです。
  • 北九州市を拠点に覚せい剤の密売を繰り返したなどとして、福岡県警が工藤会系組幹部と密売グループメンバー、客らの計16人を、覚せい剤取締法違反などの疑いで逮捕しています。県警は工藤会の密売グループや客を相次いで摘発しており、被告らは締め付けが厳しい福岡県内を避け、県外の客に覚せい剤の送付を繰り返していたということです。報道によれば、被告は営利目的で今年6月、長崎県内の受け取り役に覚せい剤約2グラムを送付し、客に5万円で密売するなどした疑いがもたれています。福岡地検小倉支部は10月、被告が密売を何度も繰り返したとして、訴因変更し、より罰則が重い麻薬特例法違反でも起訴しています。覚せい剤事件での福岡県内の暴力団関係者の摘発は、今年は10月末までに265人で、このうち工藤会は91人で最も多くなっているといいます。福岡県警は覚せい剤は工藤会の資金源の一つとみて、入手ルートや資金の流れを調べています。なお、本件において、福岡県警が覚せい剤密売の疑いで暴力団幹部の自宅を家宅捜索したところ、雨どいの中から覚せい剤約62.8グラム(末端価格約378万円)、未使用の注射器や計量器、売り上げとみられる現金約160万円などを押収したといいますが、工藤会の組織的関与は判明していないといいます。家宅捜索では室内から覚せい剤が見つからなかったが、部屋の窓を開けた捜査員が、裏手の家の擁壁に足場のような跡を発見。よじ登って容疑者宅の雨どいのふたを外すと、食品保存容器3箱に覚せい剤がポリ袋計80個に小分けにされているのが見つかったといいます。

暴力団捜査を行ってきた警察官による暴力団の実態を明かした書籍等が発刊されています。著者である元警視庁組織犯罪対策部の管理官(警視)だった櫻井氏へのインタビュー記事から2本を、以下、一部抜粋して引用します。

暴力団による「企業恐喝の手口」、元マル暴刑事が明かす巧妙化の実態とは(2021年11月30日付ダイヤモンド・オンライン)
今も昔も、暴力団が最初から企業とじかに接触することはありません。必ず、間にブローカーや、実業家、ブラックジャーナリストや事件屋を介在させます。企業経営者がそうしたグレーゾーンの人たちと人間関係を深め、後戻りできなくなったところで、暴力団が顔を出す、というパターンが実際によくあります。・・・企業の経営者は、暴力団と会った時点でもう後戻りはできません。一度会ってしまえば、その席でどういう話をしていようが、世間の印象は悪いわけです。それに、グレーゾーンの人間からすれば、暴力団と引き合わせるのは、相手をカタにはめる、つまり逃げられない状態にするためでもあるのです。実際、私が捜査した銀行経営者は、取り調べで黙秘を貫き、警察の捜査に抵抗していたのです。・・・最近では暴力団とは全く関係がない、企業をクビになった不良社員や、筋の悪い取引先が、顧客情報の流出などで企業を脅すこともあります。しかし、仮に恐喝に成功したとしても、いずれ暴力団に取り込まれる可能性が高いと思います。・・・暴力団にとって、企業対象暴力はでっかいシノギです。・・・今の時代、暴力団と直接付き合いをするような企業は皆無だといえます。問題は、暴力団ではない、周辺者をどう判断するかです。・・・暴排条例ができて、暴力団は目に見えて少なくなりました。しかし、企業対象暴力は形を変えて今もうごめいています。暴力団と直接、対峙してきた私たち元警察官の知見が、企業の皆様の助けになれば良いと思っています。
警視庁組対4課元管理官の「マル暴刑事」が明かす暴力団捜査秘史(2021年11月25日付現代ビジネス)
取調室では、まず人として向き合い、互いにわかり合う必要があります。まして真田は、服役中、懲罰房に44回もぶち込まれたような男です。乱暴というのでなく、筋が違うことが許せない昔気質のヤクザ者。取調室のなかでは、私が彼を見ていると同時に、彼も私の人間性を監察している。本気かつ本音で相対する必要がありました。・・・銀行口座を持てない、家を借りられない、ガスも止められる、といった状況では、ヤクザになろうという人間がいなくなるのも当然です。でも、単純には喜べません。今は、振り込め詐欺の出し子(現金の引き出し役)やかけ子(電話をかける役)が、どこの組織の誰がリーダーかをまるで知らない。巧妙化、マフィア化しており、その状況はさらに強まるでしょう。暴力団構成員数は、毎年、数千人単位で減り続け、昨年末は、2万5,900人だった。1万人割れは目前で、近い将来、盃を交わすことで擬似の親子、兄弟関係を築き、日本社会に一定勢力を誇った「暴力団」という存在が、なくなってしまうかも知れない。それは、国家をあげての規制強化と、櫻井氏ら「マル暴」の私生活を犠牲(実際、新宿署の組対課長時代はほとんど新宿署に住んでいた)にした努力の集積だろう。反社会的勢力による犯罪がなくなることはないが、暴力団犯罪は確実に縮小する状況にあって、本書は暴力団犯罪の貴重な「備忘録」ともなりそうだ。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

みずほ銀行で起きたシステム障害の際の外国送金の対応に不備があったとして、財務省は、同行に対し、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく是正措置命令を出しています。命令は、1998年の改正外為法施行後初めてだといいます。今年起きた8件のシステム障害について、同行は、金融庁からも今年2度目の業務改善命令を出されており、システムに関する体制が厳しく問われています。今年9月30日、外国送金の際にテロリストなどの制裁対象者が受取人になっていないかチェックする機器に障害が発生、障害発生後、同行は送金を急ぐあまり、外為法で求められている事前チェックを一部省略し、事後確認する手続きを取ったということです。外為法は事後確認を認めておらず、財務省が同法違反の疑いで調べていたものです。なお、報道によれば、同行のコンプライアンス部門は、(顧客のためを思って送金を急いだとはいえ)こうした対応が違法の疑いがあるという認識がなかったといい、テロリストなどへの送金は確認されなかったものの、財務省は決済システムの中核を担うメガバンクの対応として問題が大きいと判断したとみられています。なお、今回の是正措置に踏み切った背景としては、本コラムでも取り上げた、「金融活動作業部会(FATF)」による第4次対日相互審査において、実質不合格の判定が下され、当局にマネロン対策の強化が求められていた中での今回の不適切な履行事例発生であり、マネロン対策に対する国際的な視線の厳しさがあるのは間違いありません。。

▼財務省 みずほ銀行に対する行政処分について
財務省は、本日、株式会社みずほ銀行(以下「当行」という。)に対し、外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)第17条の2第1項の規定に基づき、以下のとおり是正措置命令を発出した。Ⅰ.命令の内容

  1. 資産凍結等経済制裁に関する外為法及び同法に基づく命令の規定(以下「外為法令」という。)を確実に遵守するための実効性のある改善・再発防止策の策定等
    1. 外為法第17条の規定に基づく銀行等の確認義務(以下単に「確認義務」という。)の不適切な履行事例の発生原因及び当該事例に係る意思決定の経緯等を再検証の上、外為法令の資産凍結等経済制裁全般に係る適切な内部管理態勢を再構築するため、実効性のある改善・再発防止策を策定すること。
    2. 上記(1)により再検証された発生原因の分析が適切か、また、策定された改善・再発防止策が上記発生原因及び意思決定の経緯等に照らして適切なものとなっているか、更に、当該改善・再発防止策が適正に実施されているか、検証するための監査態勢を整備すること。
  2. 上記1.(1)に基づく改善・再発防止策(既にとられた措置を含む。)及び上記1.(2)に基づく監査態勢の整備内容については、令和3年12月17日(金)までに報告書として提出するとともに、速やかに実行に移すこと。なお、当該改善・再発防止策及び当該監査態勢の整備内容について変更又は追加等を行った場合には、速やかに追加報告を行うこと。また、当面の間、当該改善・再発防止策及び当該監査態勢の整備内容(変更又は追加等を行った場合はそれを反映したもの)に係る履行状況について、令和4年1月以降の毎四半期の末日までに報告を行うこと。

Ⅱ.処分の理由

以下の事実が認められており、当行が実効性のある改善・再発防止策を実施し、資産凍結等経済制裁全般に関する適切な内部管理態勢を早急に再構築しなければ、確認義務に違反して顧客の支払等に係る為替取引を行うおそれがあると認められるため。

  1. 役職員の外為法令の知識不足
  2. 危機対応時における関係部署間のコミュニケーション不足
  3. 平時の確認義務の履行態勢に係る問題並びに関係部署間のコミュニケーション及び連携の不足
  4. 外為法令遵守のためのシステム管理態勢の脆弱性

なお、参考までに、システム障害に関して金融庁が発した今年2度目の業務改善命令の中から、「処分の理由」について抜粋して引用します。当然ながら上記の外為法違反にも共通する同行の課題が浮き彫りにされています。

▼金融庁 みずほ銀行及びみずほフィナンシャルグループに対する行政処分について
Ⅱ.処分の理由当庁検査並びに銀行法第24条第1項及び第52条の31第1項に基づく報告を踏まえ、銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するため、以下の理由の通り、本処分を踏まえた業務改善計画の検討、策定及び速やかな実行並びに経営責任の明確化等が必要であると認められる。

  1. 当行では、令和3年2月から9月にかけて、顧客に影響を及ぼすシステム障害を計8回発生させており、そのうち、2月28日の障害においては、システムに高い負荷がかかりやすい月末にデータ移行作業を実施することのリスクについて十分な検討を行わないまま作業を実施し、多数のATMが稼働停止する事態を招くとともに、ATMへの通帳やカード取込みを発生させ、多数の顧客にその場での待機を余儀なくさせる事態を生じさせた。また、8月20日の障害においては、全営業部店で一定時間店頭取引が行えない事態を招いた。さらに、9月30日の障害における復旧対応においては、資産凍結等経済制裁措置に関する法令及び「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」の遵守態勢に係る問題も認められた。
  2. 当行及び当行の親会社である当社は、このように短期間に複数のシステム障害を発生させたことにより、個人・法人の顧客に重大な影響を及ぼし、社会インフラの一翼を担う金融機関としての役割を十分に果たせなかったのみならず、日本の決済システムに対する信頼性を損ねたと考えられ、関係する当行及び当社の経営陣の責任は重大である。
  3. 今回の一連のシステム障害が発生した直接の原因は、当行において、
    • 開発や障害対応における品質を確保するための検証が不足していること、
    • 保守・運用に係る問題点を是正しておらず、委託先への管理を十分に行っていないなど、当行の新基幹システム(以下「MINORI」という。)を安定稼働させるための保守管理態勢を整備していないこと、
    • 危機対応に係る態勢整備の状況について、訓練や研修などを通じて十分に検証していないこと

    にあると認められる。

  4. このような原因の背景には、当行及び当社の執行部門が、IT現場の実態を十分に把握・理解しないまま、MINORIが安定稼働していると誤認し、障害発生時も影響範囲が局所的になりやすいというMINORIの特性を過信したことから、システムの安定稼働に必要な事項(有事を想定した被害の極小化に必要な取組みを含む。)を十分に洗い出さずに、MINORIを開発フェーズから保守・運用フェーズへ態勢を移行させた上、MINORIの保守・運用に必要な人員の配置転換や維持メンテナンス経費の削減等の構造改革を推進したことが認められる。また、当行の執行責任者は、MINORIは安定稼働していると誤認して、システムリスク管理態勢の実態を把握しないまま、人員の再配置、ベンダーからの業務の引継ぎを行ったことが認められる。これらの結果、MINORI等の運営態勢を弱体化させているものと認められる。
  5. こうした対応が、令和3年2月から9月に発生した一連のシステム障害において認められた、障害の予兆管理や障害からの復旧に係る対応力といった、IT現場における業務対応力の脆弱化を招く一因となったものと認められる。
  6. 当行の取締役会は、障害分析や予兆管理の状況、障害に係る訓練の実態、IT人材の適正配置の状況などを継続的に報告させるといった、有効な牽制機能が働くシステムリスク管理態勢を整備していなかったことから、複雑なMINORI等の運用管理に係る脆弱な実態を把握しておらず、執行責任者に対し、適切な指示等を行える態勢となっていない。
  7. 銀行持株会社である当社においては、当行を適切に経営管理していく必要があったが、当社自身に以下のガバナンス上の問題点が認められる。
    • 業務執行を担う経営陣が、適切な資源配分を目指すという構造改革の真意を当社及び当行職員に浸透させられないまま構造改革を推進した結果、コストの最適化が強調され、IT現場の声を十分に拾いきれないまま、MINORIを安定稼働させるための人材の配置転換や維持メンテナンス費用の削減が実施されたという問題
    • 取締役会において、構造改革に伴うシステムリスクに係る人員削減計画と業務量の状況について、十分に審議を行っていないという問題
    • 執行責任者が、過去のシステム障害等も踏まえた危機管理を含む高度な専門性が求められるCIOの人選や候補者育成の指針となる人材像を明示的なものとして策定していなかったという問題。また、取締役会は、グループCEOや主要経営陣の候補者の人材像について十分な議論を行っていないという問題
    • リスク委員会が、トップリスク運営の導入に当たり「大規模なシステム障害」を選定し、選定したトップリスクに対するアクションの策定等が重要であることを提言したにもかかわらず、当社の執行部門において十分な対応がなされず、また、リスク委員会によるフォローもされていないという問題
    • 監査委員会が、重点監査テーマとして「IT関連ガバナンス態勢」を設定したにもかかわらず、当社内部監査グループから改善提言無しとの報告を受けた際に、経営資源配分の適切性について調査・報告を求めるなど、具体的な指示を行っていないという問題
  8. なお、当行及び当社は、令和3年2月及び3月に発生したシステム障害を受け、抜本的な再発防止に組織全体として取り組むとして、6月15日に再発防止策を公表しているが、8月及び9月にも4回のシステム障害を発生させ、これらの障害の発生原因の一部は当該再発防止策の点検範囲に含まれていなかったことなどを踏まえれば、当該再発防止策は限定的なものに留まっていた。
  9. 当庁としては、これらのシステム上、ガバナンス上の問題の真因は、以下の通りであると考えている。
    1. システムに係るリスクと専門性の軽視
    2. IT現場の実態軽視
    3. 顧客影響に対する感度の欠如、営業現場の実態軽視
    4. 言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢
      • これらの真因の多くは、当行において発生させた平成14年及び平成23年のシステム障害においても通底する問題である。そのことからすれば、当行及び当社においては、システム障害が発生する度に対策を講じたとしても、過去の教訓を踏まえた取組みの中には継続されていないものがあるという点、あるいは環境変化への適切な対応が図られていないものがあるという点において、自浄作用が十分に機能しているとは認められない。
  10. したがって、当行及び当社においては、
    1. システム障害に係る再発防止策(MINORI等の安定稼働に必要となるシステムリスク管理態勢の整備、システム障害が発生した場合であっても顧客影響を極小化するための対策を含み、さらに当社にあっては適切な資源配分に係る改善策を含む。)、
    2. システムの安定稼働等に必要となる経営管理(ガバナンス)態勢の整備に係る具体的な取組み、
    3. 一連のシステム障害の真因として挙げたシステムに係るリスクと専門性の軽視、IT現場の実態軽視、顧客影響に対する感度の欠如や営業現場の実態軽視、言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢といった企業風土を改め、各々の役職員が顧客影響に対する感度を高めていくなど、組織的行動力を強化し、行動様式を変革していくための具体的な取組み

    に係る業務改善計画を策定(当社にあっては当行が策定する業務改善計画についての検証及び必要な見直しを含む。)し、これを速やかに実行するとともに、当該業務改善計画について継続的に再検証及び見直しを実施していく必要がある。

金融庁は金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」において、2024年春までの実用化を目指すマネー・ローンダリング対策の共同システム運営機関にかける規制案の概要を公表しています。全国銀行協会などが複数の金融機関での不正な送金を人工知能(AI)で検知する仕組みを検討しており、金融庁が直接検査・監督を実施することが柱となります。金融庁は「共同機関がマネロン対策の柱になる」との考えから、直接監督することで業務運営の質を確保する狙いがあるとされます。なお、他にも、個人情報の取り扱いについて、銀行同様に厳しい規制を課すことなども盛り込まれています。以下、示された規制案から抜粋して引用します。

▼金融庁 金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」(第2回)議事次第
▼資料1-1 事務局説明資料(銀行等におけるAML/CFTの高度化・効率化に向けた対応)
  1. 共同機関に対する業規制の基本的考え方
    • 共同機関が多数の銀行等から委託を受け、その業務の規模が大きくなる場合、
      • 銀行等による共同機関に対する管理・監督に係る責任の所在が不明瞭となり、その実効性が上がらないおそれ
      • 共同機関の業務は、AML/CFT業務の中核的な部分を行うものであり、共同機関の業務が適切に行われなければ、日本の金融システムに与える影響が大きいものとなりうる
      • 共同機関に対する業規制を導入し、当局による直接の検査・監督等を及ぼすことで、その業務運営の質を確保する。
        1. 対象業務
          • 銀行等(預金取扱等金融機関・資金移動業者)からの委託を受けて、為替取引に関して、以下の業務を行うこと
          • 顧客等が制裁対象者に該当するか否かを照合し、その結果を銀行等に通知する業務(取引フィルタリング関連の業務)
          • 取引に疑わしい点があるかどうかを分析し、その結果を銀行等に通知する業務(取引モニタリング関連の業務)
        2. 参入要件
          • 一定の財産的基礎
          • 適切なガバナンスの下で業務を的確に遂行できる体制の確保(業務の実施方法等)など
        3. 兼業規制
          • 個人情報の適正な取扱い等との関係で、一定の制限が必要
          • 取引フィルタリング・取引モニタリングに関連するものが基本
        4. 個人情報の適正な取扱い
          • 多くの個人情報を取り扱うとの業務特性に鑑み、銀行等と同様の個人情報保護法の上乗せ規制(一定の体制整備義務等)
        5. 検査・監督
          • 業務の適正な運営を確保する観点から当局による検査・監督を実施
  2. FATFによるAML/CFT業務の共同化に関する評価と課題
    • 金融活動作業部会(FATF)のレポート(2021)では、データプーリングや共同分析について、以下の通り指摘している。
      • タイムリーかつ負担の少ない方法でマネー・ローンダリング及びテロ資金供与に係る要求を遵守することが可能となる
      • ビッグデータやAI等の高度な分析の活用は個人情報が共有されている場合や、プロセスの十分な説明可能性が不足したまま、偏ったり、誤った結果をもたらす可能性がある場合には、基本的権利や個人の権利に対するリスクを伴う
    • FATFのレポート(2021)では、
      • データ・プライバシー及び個人情報保護がAML/CFTに係る情報共有にあたっての主な課題とされ、
      • AML/CFTと個人情報保護については、各国の法制の下で、バランスの取れた形で考慮されなければならない、と指摘。
  3. 共同機関における個人情報の適正な取扱い
    • 共同機関においては、業務実施にあたり、政府機関等が公表する「制裁対象者リスト」や、銀行等が利用者から取得した「顧客情報」や「取引情報」といった個人情報を含む多くの情報を取り扱うこととなる。
      1. 「取引フィルタリング」関連
        • 「制裁対象者リスト(国の機関・外国の政府機関・国際機関等が公表)」を、これを公表している政府機関等から、収集、保有、最新化。
        • 「顧客情報・取引情報(銀行等が、取引にあたり顧客から提供を受けたもの)」を銀行等から提供を受けて、当該情報と上記リストとを照合し、その結果を銀行等に通知。
      2. 「取引モニタリング」関連
        • 「顧客情報・取引情報」を銀行等から提供を受けて、取引に疑わしい点があるかどうかを分析し、その結果を銀行等に通知。
      3. 業務に必要となる「情報システム・プログラム」を開発、管理・運用、更改(高度化)する(必要に応じ、システムベンダー等に委託)。
    • 共同機関が取り扱うことが想定される「情報」(個人情報を含む)の例>
      1. 制裁対象者リスト
        • 制裁対象者の氏名・生年月日・住所・国籍・出生地・役職・旅券番号など
        • その他政府関係機関等により公表されている制裁対象に関する情報
      2. 顧客情報/取引情報
        • 依頼主情報(氏名・生年月日・顧客番号・住所・国籍・業種・口座情報(預金種別・口座番号・残高情報)等)、受取人情報(氏名・金融機関名・口座番号等)、取引チャネル(店頭、ATM、ネットバンキング等)、送金金額、取扱通貨、送金目的、取引日時など
        • 分析システムの開発・更改(高度化)時の学習に必要なものとして、過去一定期間の取引に係る上記情報、これまでの取引の中で、最終的に疑わしい取引の届出を行ったか、行わなかったかの情報
    • 多くの個人情報を取り扱うこととなる共同機関においては、個人情報の適切な取扱いの確保は極めて重要。
    • 共同機関は、個人情報保護法に基づく各種規制・監督等に服することとなるが、
      • 多数の銀行等からの委託を受けて、多くの個人情報を取り扱うこととなるとの業務特性を踏まえ、
      • 個人情報保護法の上乗せ規制として、共同機関に対する業規制において、個人情報の適正な取扱いに関する以下の規律を課した上で、履行状況について、業規制に基づく検査・監督を行うことが考えられる。
        1. 情報の安全管理措置
          • 業務に係る電子情報処理組織の管理を十分に行うための措置を講ずべきこと
        2. 個人利用者情報の安全管理措置等
          • 共同機関が取り扱う個人である銀行等の利用者に関する情報の安全管理、従業者の監督及び当該情報の取扱いを委託する場合にはその委託先の監督について、当該情報の漏えい、滅失又は毀損の防止を図るための措置を講ずべきこと
        3. 非公開情報の取扱い
          • 共同機関が取り扱う個人である銀行等の利用者に関する非公開情報(業務上知り得た公表されていない情報)を取り扱うときは、適切な業務の運営の確保や目的外利用を防止するための措置を講ずべきこと
        4. 目的外利用の禁止
          • 共同機関の役職員等の業務上知り得た情報の目的外利用の禁止
          • 共同機関から委託を受けた者等についても同様であること
        5. 秘密保持義務
          • 共同機関の役職員等の業務上知り得た秘密を保持すべきこと
          • 共同機関から委託を受けた者等についても同様であること
    • 共同機関の個人情報の取扱いの適正性は、業規制に基づく規制・監督等に加えて、共同機関における業務実施方法や個人情報の取扱いに係る個別具体的な態様を踏まえ、個人情報保護法やそのガイドライン等に基づき確保される必要があり、共同機関においては、例えば、以下(略)の各点に留意することが必要と考えられる
    • 共同機関においては、業規制等に基づく適切な規制・監督等の下で、例えば、下記事例のように、
      • 各銀行等から共同機関に提供される個人情報は、分別管理し、他の銀行等と共有しない、【事例1】
      • さらに、共同化によるメリットの一つである分析の実効性向上を図る観点から、これに資するノウハウを特定の個人との対応関係が排斥された形(個人情報ではない形)で共有する、【事例2】
      • ことにより、個人情報の保護を適切に図りつつ、プライバシーにも配慮した形で、共同化によるAML/CFTの実効性向上等との適切なバランスが確保されるものと考えられる。
      • なお、共同機関において、各銀行等から提供された個人情報を共有して利用することは、ある銀行等から他の銀行等への個人情報の第三者提供に該当するため、原則本人同意が必要となる。
    • 【事例1】「委託の範囲内で顧客同意不要、利用目的の範囲内」
      • 各銀行は、顧客から個人情報の提供を受けるにあたり、「犯罪収益移転防止法に基づくご本人さまの確認等や、金融商品やサービスをご利用いただく資格等の確認のため」との利用目的を通知・公表。
        1. 共同機関は、各銀行から提供を受けた個人データを銀行別に分別管理し、他の銀行のものと混ぜずに業務を実施。
        2. 共同機関は、各銀行の取引等を分析した結果(個人データを含む)は、委託元の各銀行にのみ通知し、他の銀行と共有しない。
    • 【事例2】「委託の範囲内で顧客同意不要、利用目的の範囲内」
      • 各銀行は、顧客から個人情報の提供を受けるにあたり、「犯罪収益移転防止法に基づくご本人さまの確認等や、金融商品やサービスをご利用いただく資格等の確認のため」との利用目的を通知・公表。
        • 上記1、2に加えて、各銀行から提供された個人データを基に機械学習を通じて生成された学習済みパラメータ(特定の個人との対応関係が排斥されたものに限る)を共有し、各銀行の分析で活用
    • 海外のAML/CFT業務の共同化の事例
      1. オランダ
        • オランダでは、5つの大手銀行が参加し、個々の銀行では検知できない異常な取引パターンを検知するシステムを構築することで、分析の高度化を図る取組みを実施している。
        • 当該プロジェクトは、民間セクター主導のAML/CFTデータ共有のイニシアチブであり、将来的な展開のための法改正を必要としている。
      2. アメリカ
        • アメリカでは、USA PATRIOT ACT(以下「米国愛国者法」という。)314条(b)において、民間金融機関等の間において、マネロン又はテロリストが関与する活動に関連すると信じる合理的な根拠を有している場合に、テロリスト又はマネロンに関与している可能性のある個人等の情報を共有すること(あくまで任意)について、法令等に基づく責任を負わない旨規定している。
      3. シンガポール
        • シンガポール金融管理局(MAS)は、2021年10月にAML/CFTのための金融機関の間の情報共有プラットフォームについてのコンサルテーションペーパーを公表し、法的なフレームワークの導入及び金融機関が相互に情報共有を行う安全なデジタルプラットフォーム(MASが所有・運営する「COSMIC」)の開発を提案
▼資料1-2 討議いただきたい事項(銀行等におけるAML/CFTの高度化・効率化に向けた対応)
  • マネー・ローンダリング等の犯罪については、一般に、その対策が十分でない銀行等が狙われる等の指摘がある。こうした観点から、各銀行等における単独での取組みに加え、銀行等が業界全体としてAML/CFTの底上げに取り組むことは意義がある。また、銀行等によるAML/CFTの実効性向上は、詐欺等の犯罪の未然防止や、犯罪の関与者の捕捉、被害者の損害回復にも寄与するものであり、利用者保護の観点からも重要な意義を有する。
  • AML/CFTについては、顧客管理と取引フィルタリング・モニタリングを組み合わせることで実効性を高めることが重要である。各銀行等において、AML/CFTの基盤となる預金口座等に係る継続的な顧客管理を適切に行うこととあわせて、リスク・ベース・アプローチの考え方の下、一般にリスクが高いとされる為替取引に関する「取引フィルタリング」「取引モニタリング」について、システムを用いた高度化・効率化を図っていく必要がある。
  • 共同化の対象としては、FATF審査の結果や共同化による実効性・業務効率向上の観点を踏まえ、銀行等の委託を受けて、為替取引に関して、以下のア・イの業務を行うことを対象とすることが考えられる。
    1. 顧客等が制裁対象者に該当するか否かを照合し、その結果を銀行等に通知する業務(取引フィルタリング関連の業務)
    2. 取引に疑わしい点があるかどうかを分析し、その結果を銀行等に通知する業務(取引モニタリング関連の業務)
  • 犯収法等に基づくAML/CFTの履行義務は、各銀行等に対して課されており、共同機関の利用は各銀行等の経営判断に基づき行われるものである。また、銀行等が共同機関を利用する場合、現行制度の下では、銀行等は共同機関の業務の適正性を管理・監督することが求められ、当局は、委託元の銀行等の管理・監督を通じて、共同機関の業務の実施状況等を把握することとなる。
  • 一方、共同機関が多数の銀行等から委託を受け、その業務の規模が大きくなる場合、
    • 銀行等による共同機関に対する管理・監督に係る責任の所在が不明瞭となり、その実効性が上がらないおそれがあるほか、
    • 共同機関の業務は、AML/CFT業務の中核的な部分を行うものであり、共同機関の業務が適切に行われなければ、日本の金融システムに与える影響が大きいものとなりうる、と考えられる。
  • このような場合を念頭に置いて、共同機関に対する業規制を導入し、当局による直接の検査・監督等を及ぼすことで、その業務運営の質を確保する制度的手当てを行う必要があると考えられる
  • 共同機関は、多数の銀行等から委託を受けて、AML/CFTの中核的な業務を営むことが想定されることから、一定の財産的基礎や適切なガバナンスの下、業務を的確に遂行できる体制の確保等が重要となると考えられる。
  • 上記の取引フィルタリング・取引モニタリング業務に関連するものとして、例えば、制裁対象者リストの情報を共同機関の利用者となる銀行等に提供し、銀行等の継続的な顧客管理に活用してもらうことや、銀行等に対して、AML/CFTの研修を行うこと、更には、取引フィルタリング・取引モニタリングの分析の高度化に向けたコンサルティングを行うことなどが考えられる。また、銀行等以外の金融機関に対し、制裁対象者リストの情報を提供することなども想定される。一方で、取引フィルタリング・取引モニタリング業務と関連のない他業を幅広く営むと、後述の個人情報の適正な取扱い等との関係で、支障が生じうる可能性もあると考えられる
  • 共同機関は、個人情報データベース等を事業の用に供することとなるため、他の個人情報取扱事業者と同様に、利用目的の特定や通知等といった個人情報保護法に基づく各種規制・監督等に服することとなる。更に、政府機関等が公表する「制裁対象者リスト」や、銀行等が利用者から取得した「顧客情報」や「取引情報」といった個人情報を含む多くの情報を取り扱うこととなるとの業務特性に鑑み、銀行等と同様に、個人情報保護法の上乗せ規制として、以下の体制整備義務等の規律を課すことが考えられる。
    • 情報の安全管理措置
    • 個人利用者情報の安全管理措置等
    • 非公開情報の取扱い
    • 目的外利用の禁止
    • 秘密保持義務
  • 当局による検査・監督権限を規定し、上記の取引フィルタリング・取引モニタリング業務の実施状況やそれに伴う個人情報の取扱いに係る体制整備の状況等について、モニタリングすることが考えられる。
  • 共同機関による個人情報保護法や上乗せ規制(体制整備義務等)の履行状況等は当局による直接のモニタリングの対象となるが、銀行等から共同機関への個人情報の提供に際しての本人同意の取得等については、まずは各銀行等と共同機関において、その業務態様を踏まえ、個人情報保護法や同法のガイドライン等に則して、適切に対応する必要がある。
  • 共同機関で想定される業務態様を前提とすると、共同機関における個人情報の取扱いについて、一般論として、以下のとおり整理できると考えられる。
    1. 利用目的の特定・通知又は公表
      • 銀行等は共同機関に利用者の個人情報等を提供することになる。個人情報保護法で求められる利用目的の特定・通知又は公表との関係については、現行の銀行等の実務を前提とすると、一般論としては、現在通知・公表されている利用目的の範囲内となるものと考えられる。
    2. 共同機関への個人情報の提供に際しての本人同意の取得等
      1. 共同機関における個人情報等の分別管理
        • 共同機関が、
          • 各銀行等から提供を受けた個人データを各銀行等別に分別管理する(他の銀行等のものと混ぜない)
          • 各銀行等の取引等を分析した結果(個人データを含む)は、委託元の各銀行等にのみ通知する(他の銀行等と共有しない)
        • 場合には、一般論として、
          • 銀行等の行為は「利用目的の達成に必要な範囲内において個人データの取扱いの全部又は一部を委託することに伴って当該個人データが提供される場合」に該当すると考えられ、
          • 銀行等は、あらかじめその利用者の同意を得ることなく、当該個人データを共同機関に提供することができると考えられる。
      2. 機械学習の学習済みパラメータの共有
        • 共同機関における分析能力の向上を図る観点から、
          • 上記アに加え、複数人の個人情報を機械学習の学習用データセットとして用いて生成した学習済みパラメータ(重み係数)を共同機関内で共有し、他の銀行等の分析に活用する場合には、一般論として、
          • 当該パラメータと特定の個人との対応関係が排斥されている限りにおいては、「個人情報」にも該当しないと考えられ、
          • 銀行等は、あらかじめその利用者の同意を得ることなく、当該パラメータを共同機関内で共有し、他の銀行等の分析に活用することができると考えられる。
(2)特殊詐欺を巡る動向

本コラムでもたびたび取り上げていますが、「050」で始まるIP電話を悪用した特殊詐欺事件が相次いでいます。報道によれば、今年1~6月に特殊詐欺に使われた電話番号は、固定電話の4,228件(58%)に次いでIP電話が1,736件(24%)と多くなり、直近でも、2013年以降全国で約4,600件、80憶円にものぼる被害をもたらした再犯業者「ボイスオーバー」が組織犯罪処罰法違反で摘発されています(同社は国内有数の道具屋として警察もマークしていたようです)。2021年11月18日付朝日新聞によれば、「IP電話回線は工事もせずに簡単に転売できる。大手が売った回線が道具屋を介して転売が重ねられ、その際の身元確認が甘いことも多く、偽造された身分証が使われていることもある。警察が最終的に電話を掛けた人にたどり着くのは難しい」、「IP電話は特別な機器や工事もなく導入でき、転売も簡単。規制や対策が追いついていないのが実情だ」とその犯罪インフラ性が指摘されています。このような状況を受けて、警察は詐欺に使われたIP電話の番号を使えなくするよう通信事業者に求める取り組みを始めています。固定電話ではすでに2019年から同様の取組みを始めており(2020年は1年間で3378件の番号を利用停止)、携帯電話不正利用防止法で契約時の本人確認を義務付けるなど携帯電話への対策も進んでいますが、インターネット回線を使うIP電話への対応は遅れており、これまで固定電話を使っていた特殊詐欺グループが050番号に目をつけていたことが指摘されていました。具体的には、050番号が特殊詐欺などに悪用された場合、警察から要請を受けた電話会社が、番号の利用を停止するとともに、契約者情報を警察に提供する、契約者は多くの場合、電話番号を販売する「電話再販業者」で、同じ再販業者の番号が繰り返し悪用された場合は、業者との契約を一定期間、取りやめるといった内容となります。今年6月までに詐欺で使われた番号を供給した再販業者など11社に対しては、新たな番号を一定期間購入できないようにする措置が取られています。なお、IP電話の「犯罪インフラ」化の問題は10年近く前から認知されており、本コラムでもたびたび指摘してきたところです。残念ながら、対応の遅れが被害の拡大を招いたのも事実であり、本件に限らず、脅威がすでに顕在化している中、これ以上の対応の遅れは許されません。

▼総務省 電気通信事業者による特殊詐欺に利用された電話番号の利用停止等の対象の追加
総務省は、電気通信事業者による特殊詐欺※に利用された電話番号を利用停止等する枠組みの対象として、固定電話番号に加えて、特定IP電話番号(050番号)についても追加することとし、本日、一般社団法人電気通信事業者協会に通知しました。※特殊詐欺(被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ、指定した預貯金口座への振り込みその他の方法により、不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪をいう。以下同じ。)

  1. 現状
    • 令和元年9月、警察から特殊詐欺に利用された固定電話番号の利用停止等の要請があった場合における電気通信事業者の対応について、以下の取扱いを一般社団法人電気通信事業者協会に通知していたところです。
      1. 固定電話番号の利用停止
        1. 都道府県警察は、特殊詐欺に利用された固定電話番号を認知後、電気通信事業者に対し、当該固定電話番号の利用停止を要請する。
        2. 当該電気通信事業者は、都道府県警察から要請があった固定電話番号を利用停止の上、警察庁に対し、当該利用停止を行った固定電話番号の契約者(卸先電気通信事業者を含む。)の情報を提供する。
      2. 新たな固定電話番号の提供拒否
        1. 警察庁は電気通信事業者に対して、一定の基準を超えて利用停止要請の対象となった契約者の情報を示すとともに、同契約者に対する新たな固定電話番号の提供拒否を要請する。
        2. 電気通信事業者は、警察から要請のあった者から固定電話番号の追加購入の申し出があった場合には、一定期間、その者に対する新たな固定電話番号の提供を拒否する。
  2. 対象の拡大
    • 昨今の特殊詐欺の被害状況等を踏まえ、上記取扱いの対象に特定IP電話番号(050番号)を加えることとし、本日、一般社団法人電気通信事業者協会に通知を行いました。

特殊詐欺は社会の変化に適応しながらその手口を巧妙に変化させています。直近でも、新型コロナウイルスや東京五輪・パラリンピック、アフガニスタンの政権崩壊など、目まぐるしく動く社会情勢を利用していることが分かります。その手口の巧妙さによって、いまだに多くの人が1本の電話で途方もない嘘を信じ込み、多額の金をだまし取られているのが実情です。国民生活センターによれば、ワクチン絡みの詐欺と疑われる相談は全国で急増しており、今年10月の時点で297件にのぼり、内容も接種状況や時期によって変化、ネット予約に苦戦している高齢者らを狙い、予約代行を持ち掛けて個人情報の引き出しなどを狙う事案も確認されるようになったといいます。2021年11月11日付産経新聞によれば、捜査関係者が「犯行グループのスピード感になかなか手を打てない」、「どんどん巧妙化している。次はどんなことをやってくるのか」などとコメントしていて大変興味深く感じました。新型コロナウイルスの感染拡大初期は、国の持続化給付金制度をかたった詐欺が横行、注意喚起などの対策に追われているうちに、いつのまにかワクチン接種の代金を請求する手口が主流となっていたといった具合です。詐欺という犯罪の性質上、人を信じ込ませることが重要であり、人々が関心を寄せる社会情勢を利用することが成功率を高めることになります。したがって、警察は詐欺の計画段階から察知するなどして、いち早く傾向を予測して対処する必要があるといえますし、金融機関やコンビニ、タクシーなどとりわけ特殊詐欺の舞台となりがちな業種・業態においても同様に、いち早く手口の変遷について情報収集・周知し、リスクセンスを磨いておくことが重要だといえます(最近では、一般人も被害の未然防止に協力する事例も増えており、警察としても、広く社会に、具体的な形で広報していくことも重要です)。

▼国民生活センター 新型コロナを口実にATMへ誘導する還付金詐欺!

内容

  • 事例1:「3万円の還付金がある」と市役所を名乗る電話があり、口座のある銀行名を聞かれ答えた。その後、その銀行を名乗り「新型コロナの影響で65歳以上は銀行に入れないのでショッピングセンターのATMに行くように」と電話があった。不審だ。(60歳代 女性)
  • 事例2:役場を名乗る電話があり「介護保険料の返金がある。新型コロナの影響で返金期限が早まり手続きは本日までだ。携帯電話と通帳を持って銀行のATMへ行き、指定の電話番号に電話し指示どおりに操作するように」と言われたが詐欺ではないか。(60歳代 女性)

ひとこと助言

  • 役所などの公的機関や金融機関の職員が還付金手続きのためにATMの操作をするよう連絡することは絶対にありません。
  • 「お金が返ってくるのでATMに行くように」という電話があったら還付金詐欺です。相手にせず、すぐに電話を切ってください。
  • 新型コロナを口実にしてATMへ誘導する手口もみられます。心当たりがあっても、指示された番号に電話はかけず、役所の担当部署に確認してください。
  • 不審な電話があったら、すぐに最寄りの警察やお住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください(警察相談専用電話「#9110」消費者ホットライン「188」)。

無登録で暗号資産への投資を募っていたとして、金融商品取引法違反の疑いで、「マルチのカリスマ」と言われた玉井容疑者ら男女7人が警視庁に逮捕されています。玉井容疑者らは巧みな話術を駆使し、冗談を交えながら軽快な語り口で勧誘を進めるセミナーを全国で展開、集めた金は約650億円にも上ります。特殊詐欺ではありませんが、「なぜ人はだまされるのか」を考えるうえで参考になると思われます。報道によれば、まず仕組みとして、紹介した人が専用のサイトに登録したり、収益を上げたりすると、勧誘者が配当を得られるマルチ商法の手口も取り入れられており、勧誘者は「必ずもうかる」、「月利10%」などと説明、勧誘された者がさらに別の者を誘うことで、出資者が全国で増加することになります。玉井容疑者が「マルチのカリスマ」と言われるゆえんは、過去にもマルチ商法的手口で利益を得ていたからで、健康ジュースなどを販売する「ネットワークビジネス」を手がけ、会員でトップの売り上げを上げていたといいます。2021年11月28日付産経新聞によれば、「自由で、派手な生活ぶりをさんざんアピールした後、セミナーの本題でもある話に言及した。「投資でもない。預けるかどうかという感じ」問題となった金融商品の「ジュビリーエース」。出資すれば、あたかもリスクがなく、絶対にもうかる商品と受け取れるように宣伝。玉井容疑者が”自慢”した派手な暮らしがすぐにでも手に入るかのような錯覚を起こさせるセミナーは終始、熱気に包まれていた。」と紹介されています。出資者の40代男性は知人らから勧誘を受け、パソコンで暗号資産の取引がリアルタイムで映し出され、システムが自動で利益を出す様子を見せられ、信用してしまったといいます。また、当初は知人に現金への交換を要請すると、応じていたことからさらに商品に信頼を寄せてしまったといいます。同報道で、投資詐欺に詳しい弁護士は「年利がほとんどつかない時代に『月利20%』などのおいしい話は経済的合理性を欠いている。簡単にお金を預けないように気を付けてほしい」と注意を呼び掛けていますが、それはまた特殊詐欺についても言えることです。

次に、例月どおり、直近の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。

▼警察庁 令和3年10月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和3年1~10月における特殊詐欺全体の認知件数は11,907件(前年同期11,454件、前年同期比+4.0%)、被害総額は222.1億円(227.8憶円、▲2.5%)、検挙件数は5,205件(5,971件、▲12.8%)、検挙人員は1,880人(2,051人、▲8.3%)となりました。これまで減少傾向にあった認知件数が増加に転じている点が特筆されます。前月は被害総額も増加に転じたことから極めて深刻な事態だと注意喚起を行いましたが、今回は再度、減少に転じる結果となりました。しかしながら、高水準で推移していることは事実であり、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして、十分注意する必要があるといえます(詳しくは分析していませんが、コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。とりわけオレオレ詐欺については、認知件数は2,472件(1,823件、+35.6%)、被害総額は70.0憶円(53.1憶円、+69.5%)、検挙件数は1,137件(1,599件、▲28.9%)、検挙人員は615人(492人、+25.0%)と、認知件数・被害総額ともに激しく増えている点が懸念されるところです。これまでは還付金詐欺だけが目立つ状況でしたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立ちます。一方、警察庁によると、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで今年上半期は6,774件、約26億9,000万円と昨年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いだといいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶ちません。最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性が疑われます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。また、最近では、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。なお、認知件数(2,472件)について「形態(文言)別」で分類すると、損失補填金等名目1,533件(構成比62.0%)、横領事件等示談金名目93件(3.8%)、借金等の返済名目75件(3.0%)、妊娠中絶費用等名目51件(2.1%)、傷害事件等示談金名目19件(0.8%)、痴漢事件等示談金名目1件(0.04%)、その他の名目700件(28.3%)となっており、圧倒的に「損失補填等名目」が多いことが分かります。さらに、還付金詐欺についても、認知件数(3,385件)について「形態(文言)別」で分類すると、医療費名目1,659件(49.0%)、健康保険・社会保険等名目1,376件(40.6%)、年金名目117件(0.5%)、税金名目44件(1.3%)、その他の名目189件(5.6%)となっています。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は2,069件(2,510件、▲17.6%)、被害総額は30.7憶円(37.4憶円、▲17.9%)、検挙件数は1,514件(2,093件、▲27.7%)検挙人員は452人(573人、▲21.1%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点(オレオレ詐欺や還付金詐欺に移行していると考えられる点)が注目されます。前述の状況から言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性があります。一方で、外国人の受け子が声を発することなく行うケースや郵便ポストに投函させるといった非対面の手口も出始めています)。預貯金詐欺については、認知件数は2,051件(3,503件、▲28.6%)、被害総額は25.1億円(49.1憶円、▲48.9%)、検挙件数は1,765件(1,238件、+42.6%)、検挙人員は584人(723人、▲19.2%)となり、こちらも認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は1,691件(1,653件、+2.3%)、被害総額は50.5億円(59.7憶円、▲15.4%)、検挙件数は187件(425件、▲56.0%)、検挙人員は93人(128人、▲27.3%)、還付金詐欺の認知件数は3,385件(1,399件、+142.0%)、被害総額は38.3億円(19.2憶円、+99.5%)、検挙件数は548件(362件、+51.4%)、検挙人員は87人(45人、+93.3%)、融資保証金詐欺の認知件数は128件(262件、▲51.1%)、被害総額は2.3億円(3.4憶円、▲32.4%)、検挙件数は24件(177件、▲86.4%)、検挙人員は14人(50人、▲72.0%)、金融商品詐欺の認知件数は28件(49件、▲42.9%)、被害総額は2.6億円(3.4憶円、▲23.5%)、検挙件数は10件(27件、▲63.0%)、検挙人員は17人(25人、▲32.0%)、ギャンブル詐欺の認知件数は55件(90件、▲38.9%)、被害総額は1.6憶円(1.9憶円、▲16.0%)、検挙件数は4件(35件、▲88.6%)、検挙人員は4人(10人、▲60.0%)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は567件(540件、+5.0%)、検挙人員は320人(369人、▲13.3%)、盗品等譲り受け等の検挙件数は2件(3件、▲33.3%)、検挙人員は0人(2人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,879件(2,056件、▲8.6%)、検挙人員は1,496人(1,679人、▲10.9%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は135件(174件、▲22.4%)、検挙人員は118人(144人、▲18.1%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は20件(24件、▲16.7%)、検挙人員は10人(21人、▲52.4%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は138件(113件、+22.1%)、検挙人員は39人(15人、+160.0%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、特殊詐欺全体では、男性(25.4%):女性(74.6%)、60歳以上91.8%、70歳以上73.6%、オレオレ詐欺では、男性(18.1%):女性(81.9%)、60歳以上96.3%、70歳以上93.4%、融資保証金詐欺では、男性(78.4%):女性(21.6%)、60歳以上23.4%、70歳以上13.5%、歳以上23.6%、70歳以上31.2%などとなっており、類型によってかなり異なる傾向にあることが分かりますが、概ね高齢者被害の割合が高い類型では女性被害の割合も高い傾向にあることも指摘できると思います。このあたりについては、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。なお、参考までに特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合については、特殊詐欺 88.3%(男性22.4%、女性77.6%)、オレオレ詐欺 95.6%(17.6%、82.4%)、預貯金詐欺 98.7%(15.0%、85.0%)、架空料金請求詐欺 48.5%(57.0%、43.0%)、還付金詐欺 94.2%(23.8%、76.2%)、融資保証金詐欺 16.2%(83.3%、16.7%)、金融商品詐欺 57.1%(31.3%、68.8%)、ギャンブル詐欺 38.2%(57.1%、42.9%)、交際あっせん詐欺 16.7%(100.0%、0.0%)、その他の特殊詐欺 27.8%(40.0%、60.0%)、キャッシュカード詐欺盗 98.3%(18.4%、81.6%)などとなっています、

新しい手口や最近主流となっている手口など、最近の報道からいくつか紹介します。

  • インターネット端末に警告を表示し、偽の電話相談窓口でサポートをするふりをしてお金をだまし取る「サポート詐欺」と呼ばれる手口の被害が多発しています。国民生活センターによれば、今年4~9月に約1,700件の相談があり、被害は約600件に上るといい、は約6,000万円をだまし取られたケースもあったといいます。新型コロナウイルス感染拡大(コロナ禍)で、仕事や買い物、娯楽などでネットの利用時間が長くなっていることが背景にあると考えられ、「コロナ禍で生活のインターネット依存度が高まった。パソコンやスマホがウイルスに感染し、使えなくなることへの危機感が詐欺に悪用されているのではないか」とのトレンドマイクロ社の指摘が正鵠を射るものといえます。さらに、「昨年から電子マネーでの送金被害が増えている。クレジットカードで契約するよりも抵抗感が少なく、だまされる人が増えているのではないか」と国民生活センターが指摘しているとおり、慌てて電話しないことがまずは重要だといえます。具体的には、パソコンの利用者に偽の相談窓口に電話をかけさせ、「サポート料金」などとして電子マネーで支払いを求めることが多く、スマホの利用者には、自動的に継続課金されるアプリをインストールさせる手口が目立つといいます。一方で、犯人を突き止める捜査の壁は高く、(前述したとおり)詐欺に使われた電話番号やIPアドレスを調べても、すでにもとの名義人から何者かに権利が転売されているケースが目立つほか、「受け子」のように被害者のもとを訪れることがなく、犯人グループを割り出すきっかけをつかむのも難しいといいます
  • 2021年11月27日付朝日新聞の記事「「あなたの番号は499243」言われるがまま打つと49万円送金」は大変興味深いものでした。
  • キャッシュカードをすり替えて盗み、現金を引き出したとして、警視庁組織犯罪対策特別捜査隊などは窃盗の疑いで、中国籍の男2人を逮捕しています。報道によれば、2人とは別の指示役が被害者に「口座が使えなくなっている」などと電話をかけた後、容疑者が警察官を装ってキャッシュカードを受け取りに行き、もう1人の容疑者が現金を引き出すという手口を繰り返していたといいます。2人は同様の手口で、4月から10月までの間に14件、約2,000万円をだまし取っていたとみられています。2人は留学生として来日、容疑者は日本語を話せないものの、指示役は被害者に対し事前に「あなたの口座が犯罪に使われた。警察官がお宅に向かうが、コロナで話ができない」などと電話で話し、もう1人の容疑者が被害者と対面してからは、容疑者の持つ携帯電話のスピーカー越しに「キャッシュカードを封筒に入れて」などと指示をしていたといいます。
  • 金融機関職員らを装って高齢者からキャッシュカードなどをだまし取ったとして、大阪府警は、中国籍の男(24)を詐欺容疑で逮捕しています。カードを自宅の郵便受けに入れるように指示して持ち去る手口で、大阪府警はコロナ禍を逆手にした「非接触」の新たな手口とみています。報道によれば、男は、氏名不詳の男らと共謀し、東大阪市の80代女性宅に金融機関や銀行協会職員を装って電話し、「カードが不正使用され、交換が必要」などとうそを言い、カードを郵便受けに入れるよう指示し、カードと通帳など4点をだまし取った疑いがもたれています。大阪府内では、同様の手口による被害が9月から11月10日までに18件発生しており、受け子の外国籍の4人を詐欺容疑で逮捕しています。全国的にも同様の手口は拡がりを見せているところであり、直接対面を避けることで、外国人であることを被害者に悟られない意図もあると考えられます。本来、「訪問型」の詐欺では外国人が金融機関の関係者などをかたって受け子として相手宅を訪れれば不審がられる可能性が高いところ、非対面型であればそのリスクを低下させることも可能で、摘発される確率が高い受け子のなり手不足で、詐欺グループが外国人を勧誘していた可能性も指摘されています。明らかに特殊詐欺グループは外国人を使った犯行にシフトしており、今後増加が予想される手口として注意が必要な状況です
  • ギャンブル詐欺に関与したとして、福岡県警などの合同捜査本部は、不動産会社代表取締役を詐欺容疑などで逮捕しています。県警は2人が車で移動しながら詐欺電話をかけていたとみているといいます。報道によれば、別の事件から容疑者の行方を追っていたところ、首都高速パーキングエリアにベンツを止め、2人が車内で電話をかけている様子を捜査員が確認、車内を捜索したところ、約100人分の電話番号などが載った名簿を押収したといいます。2人はベンツで首都圏を転々としながら、駐車場などから詐欺電話を繰り返していたとみられ、捜査の手を逃れるため、常に移動できる車を拠点にしていたものと考えられます。2020年に全国で摘発された特殊詐欺の拠点は計30件、ホテルやオフィス、民泊などが代表的ですが、車を拠点とした事案が1件だけあり、容疑者の居場所が絶えず変わるため、実態把握が難しい手口の一つとなっています。移動型の手口としては、静岡県警などが関東や東海地区のホテルを拠点としていたオレオレ詐欺の「架け子」のグループに所属する20代の男3人を逮捕した事例もありました。3人は長野県の80代の女性の自宅に甥などを装って電話をかけ、現金をだまし取ろうとした疑いが持たれていますが、関東や関西、東海地区などを転々とし、オレオレ詐欺の電話を架けるいわゆる「架け子」のグループだということです。
  • 自宅から「テレワーク」でうその電話をかけて高齢者からキャッシュカードをだまし取ったなどとして、警視庁捜査2課は、容疑者を詐欺容疑で、もう1人の容疑者を詐欺未遂容疑でそれぞれ逮捕しています。2人は詐欺の電話をかける「かけ子」で、摘発のリスクを減らすため拠点を設けずに特殊詐欺を繰り返していたグループの一員とみられています。報道によれば、このグループを巡っては、これまでに全国の警察が約100人を逮捕したといい、SNSを通じてかけ子や、カードを受け取る「受け子」を募集、応募者とみられる計約240人分のデータが、別の事件で逮捕された男性容疑者の携帯電話に残っていたということです。このうち、全国の警察がかけ子約20人、受け子約80人を逮捕、警視庁も今回の2人を含め、今年9月以降に計11人を逮捕しています。また、警察官を装って高齢者からキャッシュカードを盗んだなどとして、警視庁捜査2課は、男5人を逮捕しています。容疑者は被害者宅に電話をかける「かけ子」の面接を担当、かけ子らは拠点に集まらず、自宅から「テレワーク」のように電話していたといい、これまで5人以外にかけ子ら20~40代の男女6人を逮捕しており、このグループによる詐欺事件の立件総額は約5,000万円にも上るということです。拠点を分散させて摘発を逃れる意図があったと考えられます。移動型という点では、静岡県警が、茨城県警との合同捜査で特殊詐欺の電話をかける「かけ子」のアジトを摘発した事例もありました。報道によれば、捜査員が群馬県高崎市のラブホテルを急襲し、現場にいた男3人を取り押さえたというものです。男らは関東や関西の宿泊施設を転々としながら、全国の高齢者宅に電話を繰り返していたとみられています。3人が夜間はビジネスホテルに身を寄せ、利用時の氏名の確認がないラブホテルなどで日中に電話をかけていたとみているといい、拠点の変更は、摘発を免れる狙いがあったと考えられています。
  • 企業が株主に提供する株主優待券の購入名目などで4億円超をだまし取ったとして、大阪府警は、東京都のチケット販売会社「シー・ティ・エヌ」の代表取締役ら3人を詐欺の疑いで逮捕しています。大阪府警は同様の詐取を繰り返していた疑いもあるとみて実態解明を進めています。報道によれば、2019年4~6月、大阪市内の40~50代の男性2人に対し、証券会社から株主優待券を取得するための架空の出資を持ちかけるなどして、計約4億3,800万円を詐取したということです。
  • 「写真を送るだけで報酬がもらえる」とうたって情報商材を購入させ、代金を集めていたとして、消費者庁は、消費者安全法に基づきの業者名「Lead」を公表し、注意喚起しています。今年5~9月に約5,500人から計約4億9,000万円を集めたとみられ、同庁によると、同社は「身近な写真を送って報酬ゲット」などと勧誘し、LINEで写真を送らせた上で、ビジネスを行うためには7,000円のテキストを購入する必要があると持ち掛けていたといいます。写真の送信は初回のみで、その後は動画を制作して動画サイトに投稿するよう指示し、20万~150万円の「サポートプラン」の契約も勧めていたといいますが、広告収入が発生しなければ報酬は得られない仕組みとなっていました。
  • 警視庁と埼玉、千葉、神奈川県警は、市民の関心を高め、容疑者検挙につながる情報を求めることを狙って、それぞれ捜査している特殊詐欺事件の容疑者の画像を各ウェブサイトで一斉に公開しました。同時に公開捜査を実施するのは初めてで、警察庁が調整したということです。警察庁によると、公開したのは2020年7月~21年9月に4都県で発生した10事件の容疑者10人で、ATMから現金引き出す「出し子」や、被害者からキャッシュカードを受け取る「受け子」が映ったカメラ画像で、被害のあった日付や場所なども紹介、警察庁のサイトにも紹介ページを設けています。この取り組みが功を奏し、神奈川県警捜査2課と相模原南署は、不正に入手したキャッシュカードで現金を引き出したとして、窃盗の疑いで自称アルバイトの男(63)を逮捕しています。報道によれば、同容疑者は一緒にテレビを見ていた知人から「お前じゃないのか」と指摘され、知人に付き添われて山梨県警大月署に出頭してきたということです。
▼警察庁 特殊詐欺被疑者の一斉公開捜査について
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2021年11月号)で取り上げた国際ロマンス詐欺の事例もありました。米軍の軍医をかたりSNSで知り合った男性から1,053万円をだまし取ったとして奈良県警香芝署などは、ベトナム国籍の無職の女を詐欺の疑いで逮捕しています。報道によれば、女は、何者かと共謀し、SNSで香芝市の60代の男性と接触、イラクに派遣された48歳の米軍軍医と信じ込ませ、「戦場にいるため、118万ドルの退職金を預かってほしい」などとうそのメッセージを送信、その後、配送料や関税手続きの費用などとして、男性に7回にわたって現金を振り込ませ、だまし取った疑いがもたれています。送金する現金を調達するため、男性が香芝市内の銀行に融資の相談に訪れたことから事件が発覚したものです。
  • 「だまされたふりをしてくれませんか」と警察官をかたって被害者に捜査協力を持ちかけ、お金をだまし取る新たな特殊詐欺が、福島県内で相次いで確認されているといいます。正義感につけ込んで誘導する巧妙な手口で、福島県警は「実際にお金を振り込むようお願いすることは絶対にない」と注意を呼びかけているということです。報道によれば、具体的な手口としては、(1)犯人はまず、警察官を装って被害者に連絡し、特殊詐欺の電話があったら「コールセンター」に電話するよう依頼、(2)息子や孫をかたるオレオレ詐欺の電話をかけ、コールセンターに連絡させる、(3)捜査に協力するよう仕向けて、実際にお金を振り込ませるというものです。また、福島県警は「コロナ禍で非接触型の還付金詐欺や長期間会っていない息子や孫をかたるオレオレ詐欺が増えている可能性がある」と分析、昨年10~12月には、昨年全体の3割超にあたる44件の特殊詐欺被害が発生したといい、年末年始にかけて事件事故防止活動を強化するということです。
  • 岩手県警は、岩手県内の高齢女性が現金3,000万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、女性宅に架空の「犯罪被害防止センター」を名乗る男から「あなたが通販会社に会員登録されている」と電話があったといい、その電話で名前や住所とともに一人暮らしであることを話した後、同社の社員を名乗る人から電話があり、「あなたの会員番号を使って不正に買い物が行われた。逮捕されないために3,000万円が必要だ」と告げられたため、女性は現金を下ろし、受け取り役の男に現金3,000万円を手渡したということです。その後、さらに要求された現金を振り込もうとしたところで金融機関の職員が詐欺に気づき、被害が判明したといいます。
  • 神奈川県警南署は、横浜市南区の90代女性が息子の危機をでっちあげたウソの電話を受けた後、現金3,000万円を盗まれる「詐欺盗事件」の被害に遭ったと発表しています。報道によれば、女性宅に息子を装った男から「会社の金を使い込んでしまった。3,000万円貸してほしい」などと電話があり、昼頃に「会社の税理士の息子」をかたる男が現れたものの、女性は「息子に渡す」と断ったところ、約1時間後、男が「トイレを貸してほしい」と再訪。女性宅に上がり込み、紙袋に入れて廊下に置いてあった現金を持ち去ったというものです。女性は耳が聞こえづらく、電話の男を息子と思い込んでいたといい、後日、本当の息子からの電話で被害に気づき、息子が110番しています。
  • 他人の銀行口座からインターネットバンキングで不正送金された金を引き出したなどとして、警視庁は、アルバイトの男(20)を窃盗容疑などで逮捕しています。報道によれば、昨年10月以降、都内のATMで約190回、計約8,500万円を不正に引き出したとみられています。発表によると、男は仲間と共謀して、豊島区のコンビニ店2店のATMで、他人名義の口座に不正送金された現金を7回、計250万円を不正に引き出した疑いがもたれており、口座の名義人が被害に気づいて銀行に伝え、銀行から通報を受けた警視庁が捜査、ATMの防犯カメラ映像などから男を特定したものです。男の自宅からは他人名義のキャッシュカード約30枚が押収されたということです。
  • 島根県警津和野署は、津和野町の80代女性が420万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、女性宅に「大手建設会社が老人ホームを作る。あなたの名前が名簿に載っている」と電話があり、女性が入所しない旨を伝えると、同社の社員を名乗る男から電話で「(女性のせいで)入所できなくなった人が裁判をすると言っている」などと告げられたといい、県警を名乗る男から電話で謝罪を勧められて指示に従うと、同社は裁判回避名目で420万円を要求、女性は運送会社を名乗る男に自宅付近で現金を渡してしまったというものです。
  • 高齢男性の口座から現金およそ16万円を引き出したとして、詐欺グループの男が逮捕されていますが、男は引き出した金を持ち逃げしてグループから追われていたといいます。報道によれば、20歳の容疑者は、仲間と共謀し、東京・新宿区の70代男性のキャッシュカードを使って、現金およそ16万円を引き出して盗んだ疑いが持たれています。詐欺グループの仲間がこの男性に「あなた名義の口座が勝手に作られている」などと嘘の電話を掛け、警察官を装った容疑者が男性のカードを受け取りましたが、現金を引き出すとそのまま持ち逃げして、グループからも行方を追われていたということです。
  • 今年6月、特殊詐欺に使われた電話番号の契約者情報についての警視庁からの照会に対し、虚偽の回答をした疑いで、通信会社代表の31歳の男性ら3人が逮捕されましたが、東京地検は、3人のうち2人について不起訴としました。不起訴の理由は明らかにしていません。報道によれば、男性らが販売した「03」から始まるIP電話の番号で少なくとも4件、約9,000万円の詐欺被害が確認されたということです。

コロナ禍に関連した持続化給付金等の不正受給の動向について、最近の報道からいくつか紹介します。

  • 新型コロナウイルス対策の国の給付金計約1,550万円をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた元経済産業省キャリア官僚の2人の被告(いずれも懲戒免職)の公判が東京地裁であり、検察側は桜井被告に懲役4年6月、新井被告に同3年を求刑、両被告の弁護側は執行猶予付きの判決を求め、結審しました(判決は12月21日)。報道によれば、検察側は論告で「給付金制度を所管する省庁のキャリア公務員による前代未聞の悪質な犯行」と批判、桜井被告が主導的な役割を果たし、新井被告も虚偽の書類を準備するなど法的知識を悪用したと指摘しています。
  • 新型コロナウイルス対策の国の持続化給付金を不正受給したとして、詐欺罪に問われた茨城県桜川市の女性被告の初公判が水戸地裁であり、公判では、金銭に困っていた女性が、正体不明の指南役から手口を学び、安易に詐欺に手を染めていった経緯が明らかになっています。報道によれば、被告が、「国民生活相談窓口」を名乗る指南役とLINEでやり取りするようになったのは2020年11月中旬で、指南役は、だまし取った金の一部と引き換えに、女性に詐欺の手口を教え込んだといいます。12月、女性は理容業を営んでいるふりをしてインターネットで給付を申請、さらに、虚偽の確定申告書の控えや売り上げ台帳などで、新型コロナ禍による収入減を装ったというものです。本コラムでもたびたび指摘していますが、迅速な給付のためにオンライン手続きで申請を簡素化した一方、それを悪用した不正受給が横行しています。全国の警察が摘発を進めていますが、2020年8月に愛知県警が摘発したケースでは、詐欺グループが無職の若者や学生を申請者として誘い込み、約4億円が給付されたとみられています。経済産業省は今年11月11日時点で計714の個人事業主と法人が、総額7億1,657万円を不正受給したと認定、不正が認定された場合、受給金額に加え、20%の加算金と年率3%の延滞金の支払いが課されることになります。
  • 新型コロナウイルス対策で中小企業などを支援する国の持続化給付金をだまし取ったとして、兵庫県警暴力団対策課と長田署などは、詐欺の疑いで、ともに詐欺罪で公判中の会社員の男と自営業の男ら8人を逮捕、送検しています。報道によれば、共謀し、昨年6月1日から7月6日までの間、対象者を装って給付金を申請し、計900万円をだまし取った疑いがもたれています。2人は指南役だったとみられ、インターネットを使った申請や、虚偽の確定申告書の作成、提出を担っていたといい、申請者の勧誘は、自営業の男が別の無職の男に依頼、その男が暴力団員に仲介を求め、生活保護受給者らの名義で申請していたというものです。
  • 休眠会社を使い、国の持続化給付金をだまし取ったとして、警視庁は、ともに職業不詳の2人の男を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、男らが約40社を使って計約8,000万円を詐取した疑いがあるとみているということです。2人は昨年11月~今年3月、新宿区の法人に営業実態はないのに、コロナ禍で売り上げが半減したと偽って中小企業庁に申請し、持続化給付金200万円を詐取した疑いがもたれています。

ZHD傘下のヤフーは、オークションサイト「ヤフオク」の出品者とやりとりできる質問欄において、不正な投稿を自動で検知・削除する機械学習技術の導入後約1年半で、「不審な投稿がある」など不正を疑う利用者から受ける通報の月間件数が、97%減少したと発表しています。商品をだまし取られるような詐欺行為の対策として、一定の効果が出ているものと注目されます。ヤフオクでは質問欄を通じて出品者が直接取引を持ちかけられ、代金の支払いを受けないまま商品をだまし取られる詐欺行為が一部発生、「出品価格より高額で購入できる」などの投稿を見て出品者が応じる例が多いことから、ヤフーは対策として2020年6月に、機械学習システムを採用、不正が疑われる投稿のパターンを学習させており、同様の投稿がされると瞬時に自動で非表示となる仕組みだといいます。しかしながら、直接取引を呼びかける投稿の内容は巧妙化しているのが実態であり、継続的に精度を向上させる取組みが求められることになります。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。

まずは一般人の事例です。報道によれば、埼玉県朝霞市の広垣さんは、仕事帰りに市内の銀行でATMから現金を引き出そうとしたところ、スマホを片手に不慣れな様子でATMを操作する高齢男性の姿が目にとまったといいます。誰かと電話で話をしている様子で、「医療還付金」「入金」といった言葉が聞こえてきたといい、「還付金と言っているのに、入金の話がでているなんておかしい」と思った広垣さんが「おじいさん、どこに電話しているの」と話しかけると、「スマホにかかってきた電話にかけているんです」と回答、男性が手に持っていたメモには「13年間の還付金」と書かれていたことから詐欺を確信した広垣さんは「おじいさんだめだよ。怪しいよ」と伝えたといいます。近くにいた女性も加わり、数分間、説得を続けて男性からキャッシュカードを預かり、110番通報したというものです。男性も次第に納得し、広垣さんに感謝の言葉を述べたようです。メモを見て詐欺を確信したというリスクセンスと声をかける勇気によって被害を未然に防ぐことができたものと考えられます。また、特殊詐欺を未然に防いだとして、長野県警松本署は、アルピコタクシーと運転手に感謝状を贈っています。報道によれば、乗車した市内の70代女性が慌てた様子で「山梨まで1時間で行ってほしい」と告げたことを不審に思い、配車センターを通じて同署に通報したものです。松本から山梨までは通常、約2時間かかるといい、運転手のリスクセンスと機転、会社との見事な連携が功を奏した好事例といえます。

次にコンビの事例を取り上げます。

  • 外国人のコンビニ店員の活躍が目立ちます。愛知県春日井市内に住む客の80代の男性セブンイレブン春日井八田店の店内で何かを探しており、手にはメモを持っていたとからフィリピン国籍の店員が声をかけると「電子マネーの買い方がわからない」と回答、聞けば42万9,000円分と多額で「アプリの会員登録に使う」とのことで、もう一度アプリの運営者に電話してみてはどうかとアドバイスすると、電話口の運営者の男がどうも怪しかったため、男性に断って代わりに電話を受けると、男は話をはぐらかし「もうあなたはいいから」と再び男性に代わるようにと言われたといいます。男性はしばらく男と電話で話し、「大丈夫だから」と伝えてきましたが、「詐欺だと後悔するので警察に相談した方が絶対安全」と粘って説得し、春日井署に相談させたというものです。報道で「外国籍の私たちも日本人もみんな同じ人間。支え合っていけたら。これからも地域を見守るコンビニにしていきたい」とコメントしており、大変感銘を受けました。また、ニセ電話詐欺の被害を防いだとして、福岡県警東署はローソンのカナダ人男性店員に感謝状を贈っています。報道によれば、70代の男性が携帯電話で通話しながら店のATMの操作方法を尋ねることを不審に思い、事情を聞いたところ、男性が「マイクロソフトから電話があって、ウイルスにかかっているのでお金を払ってと言われた」と話したため詐欺だと直感、男性が電話の相手に「本当ですか」などと尋ねても通話が続き、電話を切ってもすぐに着信があるため、男性店員が110番したというものです。さらに、大分東署は、大分市のファミリーマート大在プラザ店で特殊詐欺を防いだとして、同店アルバイトで中国人留学生と店長に感謝状を贈っています。報道によれば、店員は、同市の80代女性が携帯電話で話をしながら店内の端末を操作し、電子マネー3万円分を購入しようとしているのを不審に思い、店長に相談、店長が声をかけると、女性は「『NTTの未払い料金がある』というメールを受け取ったが身に覚えがない」と説明したため、詐欺だと気づいた店長が110番したものです。不審に思ったこと、すぐに店長に相談したことが被害の未然防止につながったものといえます。
  • 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、大阪府警寝屋川署がファミリーマート寝屋川寿町店の店長に感謝状を贈っています。報道によれば、「パンに虫が入っていた。裁判で損害賠償を請求しようと思います」とに、客を名乗る男から店に電話が入り統括店長が対応、男の丁寧で紳士的な口調に逆に動揺を誘われたというものの、電話口の向こうから「相模原市役所の者です」という声が聞こえ詐欺を疑ったといいます。店員が苦情電話の対応をしている隙を狙い、被害者にATMを操作させる手口が相次いでいると、警察から聞いたことを思い出し、すぐにATMを確認すると、70代男性が携帯電話を片手に、操作していたため、男性が「市役所から還付金があると言われた」と話したことから、詐欺を確信、警察に通報し、被害を未然に防いだというものです。本コラムでも最近、こうした苦情電話の際に還付金詐欺が行われている事例を紹介していますが、本件でも事前にそのような事例がインプットされていたことが未然防止につながったものといえます。
  • 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、新潟県警佐渡署は、ローソン佐渡羽茂店の男性店員に署長感謝状を贈っています。報道によれば、この男性が表彰されるのは今回で3度目だということです。男性は来店した市内の70代女性が電子マネーについて尋ねてきたことを不審に思い、店長を通じて同署に通報、女性はスマホゲームの画面が「300万円当選しました」と切り替わり、当選金の保証料金1万1,000円の支払いを電子マネーで求められ、購入しようとしたといいます。この男性店員は2019年にも2度、同様に電子マネーカードを購入しようとした男性に声かけし、被害を未然に防いだとして感謝状を受けています。同様に、うそ電話詐欺の被害を防いだとして、宮崎県警串間署は串間市のファミリーマートの従業員に感謝状を贈っています。報道によれば、従業員は、同店で電子マネーカードを6万円分購入した20代男性が落ち着かない様子だったため、声をかけたところ、男性はインターネットを利用中、画面に「ハッキングされました」とのメッセージや電話番号が表示されたため電話をかけたところ、男から電子マネーを買って暗証番号を入力するよう言われたと語ったといいます。従業員は不審に思い、同署に通報、男性は被害に遭わずに済んだものです。電子マネーの支払の絡む事例としては、兵庫県警丹波署が、特殊詐欺の被害を防いだ丹波市春日町のファミリーマート春日インター店の店員に感謝状を贈ったというものもありました。報道によれば、店内で電子マネー35万円分を購入しようとした60代の男性に対し、購入額が多額なことから特殊詐欺ではないかと説得、丹波署にも連絡して被害を防いだというものです。男性はインターネットサイトを見ていて会員登録されたと画面に出たため、画面にあった番号に電話、「解約にはお金が必要。コンビニに行って電話して」などと男性の声で言われ、指示されるがまま、電子マネーを購入しようとしていたということです。また、電子マネー関連では、特殊詐欺を未然に防いだとして、長野県警松本署は、セブンイレブン松本島立店にも感謝状を贈った事例もありました。7万円分の電子マネーを購入しようとした市内の70代男性に対し、女性店員が同署に通報するよう促したものです。
  • 電話詐欺を未然に防いだとして、山梨県警は、南アルプス市のセブン―イレブンの女性従業員らに生活安全部長感謝状を贈った事例もありました。女性従業員が電話詐欺を防ぐのは昨年3月以降、3回目ということです。報道によれば、女性従業員は、店内で60代男性から「アマゾンで注文した商品の代金を電子マネーで払いたい」と声をかけられたものの、男性が支払いに必要な用紙を持っていなかったため、「怪しい」と感じて南アルプス署に通報したものです。同署によると、男性は、アマゾンの社員を名乗る男から、3万2,000円分の電子マネーを購入するよう電話で指示されていたといいます。何度も被害を未然に防止してきた従業員に共通しているのは、リスクセンスの高さもさることながら、「怪しい」と感じたらすぐに警察に通報している点です。速やかな対応がポイントとなることを痛感します。
  • 特殊詐欺被害を防いだとして、栃木県警宇都宮東署は、ローソンの女性店長に感謝状を贈っています。詐欺への注意を呼びかける県警が作った封筒を手渡し、被害防止につなげたということです。報道によれば、店長は来店した70代男性に「グーグルプレイカードっていうの、置いてる?」と尋ねられたため、使用目的を聞くと、男性は「パソコンがウイルスにかかって、表示された番号に電話したら……」と話し始めたことから、店長は男性に特殊詐欺の可能性を伝え、詐欺を疑うチェックリストや県警と消費生活センターの連絡先が書かれた封筒を手渡したところ、男性は助言通り県警に相談し、被害を免れたというものです。県警の地道が取組みが説得力となって功を奏した事例といえます。同様の取組み事例もあります。鳥取市のローソン国府宮ノ下店の店長の石川さんは元警察官であり、コンビニ店で電子マネーカードを購入させる手口の特殊詐欺が後を絶たない中、長年の経験を生かして、店長やオーナーを務める店舗で昨年以降、5件の被害を未然に防いでいるということです。報道によれば、石川さんは「見て見ぬふりをしてはいけない。少しでもおかしいと思えば、こちらから積極的に声をかけることが大切」と話し、説得に必ず用いるのが、県警がコンビニ店に配布しているチェックシートだといいます。「有料サイトや動画の利用料金が未納です」「電子マネーを買って今日中に支払いをしてください」といった料金の催促を求めるメールの例文が書かれており、当てはまる点を一緒に確かめながら話すよう心がけていると明かし、「水際で被害を阻止する『防波堤』であり続けたい」と話しています。最近は、店頭の端末を使わせることで、電子マネーカードの実物を手に取らせない手口も出てきており、特殊詐欺を見抜きにくくなってきているところ、これからも異変を少しでも感じたら、躊躇なく声をかけていくつもりだと述べています。なお、特殊詐欺被害を防止するためのツールとしては、東京オリンピックの開会式で話題になった競技種目を表す絵文字「ピクトグラム」にあやかって福島県内で増加傾向にある還付金詐欺被害を防ごうと、いわき南署がピクトグラムで詐欺被害防止を呼びかけるカードを作成したといった報道もありました。1万部用意し、いわき市内のATMコーナーなどで配布、同署が作ったカードは、携帯電話で通話しながらATMを操作する人のピクトグラムを中央に配し、「ストップ!ATMでの携帯通話」と注意を促すもので、目に留まりやすく、持ち帰りやすいことから、はがきサイズの用紙を採用したということです。報道によれば、同署の副署長は「家族同士で詐欺事件について話し合うきっかけになったということも聞いている。1件でも多く詐欺被害を防止したい」と話しているということであり、特殊詐欺の被害者として高齢者が多い現実があり、家族で日常的に注意喚起することが極めて重要であるところ、そのために役立ったのであればツールの役割を十分に果たしたといえると思います。

次に金融機関の事例を取り上げます。

  • ニセ電話詐欺を防いだとして、茨城県警常総署は常陽銀行の支店行員2人に感謝状を贈っています。現金200万円を下ろしたいと慌てた様子で支店を訪れた70代の男性客を落ち着かせ、「『カバンの200万円をなくした』と電話してきたのは息子さんではない」と説得、被害を未然に防止したというものです。
  • 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、静岡県警浜松中央署は、浜松市中区の郵便局に署長感謝状を贈っています。報道によれば、80代の女性が口座を開設したいと窓口を訪れ、職員が理由を尋ねると、女性は「亡くなった夫が20年前に買った外国の宝くじが当たり、配当金1,850万円がもらえるという手紙が来た」と説明、手紙には「手数料3,500円を支払うように」などと書かれていたため、不審に思った職員が同署に相談したものです。
  • 言葉巧みに誘導し、現金を振り込ませる手口の「還付金詐欺」から高齢者を守ったとして兵庫県警宝塚署は、警備会社「東洋テック」金融オペレーション部に感謝状を贈っています。報道によれば、60代と20代の男性2人は、JR宝塚駅内にある無人のATMの点検を終えた時、高齢女性が訪れ、機械に現金を入れる作業中だったため近くの郵便局を案内すると、女性は「医療費の還付金を受け取るにはここでないと駄目と言われた」ため詐欺だと直感、説明した上で警察に通報したものです。被害に遭いかけている状況を女性に理解させるのに時間を要したというが、60代の男性社員は「市役所に電話してもらい、ようやく納得してくれた。今後も被害防止に協力したい」と話したといいます。
  • 還付金詐欺の被害を防いだとして、愛知県警中村署は、名古屋烏森郵便局の職員に感謝状を贈っています。被害に遭いそうになった女性も、贈呈式に同席したといいます。報道によれば、区役所の健康保険課を名乗る30代くらいの男の声で、「約2万円の還付金がある。期限は過ぎているが、まだ手続きができる」と言われたため、女性は言われるがままキャッシュカードや通帳、印鑑を持って郵便局へ走ったといいます。同居する夫も、女性の様子を不審に思い郵便局に向かったといいます。郵便局に着くと、男がATMの操作のしかたを電話で伝え、言われたとおりに進めていくと、画面に大きく「送金」の文字が表示され、女性は「私が受け取るものなのに、どうして送金するの?」と思ったものの、電話口からは「送金ボタンを押してください。早く押して」と男の声が何度も聞こえたといいます。ちょうどそのころ、ATMコーナーから話し声がするのに気づいた職員が防犯カメラを確認すると、電話をしながらATMを操作している女性に気づいたため、声をかけると、近くにいた夫が「還付金がもらえると言われて……」と回答、画面を見ると、送金ボタンを押す寸前だったといいます。「その電話あやしいです」「操作をいったん止めて、お話を聞かせて」そう説得していると、職員の声が聞こえたのか、電話は一方的に切れたということです。
  • 福岡県警東署は福岡県信用組合土井支店の女性職員に感謝状を贈っています。80代の男性が支店の窓口で150万円を引き出そうとした際、「弟の仕事の関係者が取りに来る」と話すのを不審に思い、男性に息子へ連絡するよう促し被害を防いだというものです。
(3)薬物を巡る動向

本コラムでたびたび指摘しているとおり、若年層への大麻の蔓延が深刻化しています。厚生労働省の「大麻等の薬物対策のあり方検討会」は、大麻取締法を改正し、現行では罪に問われない「使用」について罰則を設ける方向でとりまとめました。大麻が薬物乱用のきっかけとなる「ゲートウェー・ドラッグ」であり、「使用罪がないことで使用のハードルを下げるのは問題だ」として、使用罪の創設は必要と判断されたわけですが、一方で、「使用罪で摘発されることで相談の機会などを失い、より孤立を生む」などとする反対意見もありました。筆者がこれまで主張してきたことは、(1)まず注意すべきは、嗜好用大麻と医療用大麻をまずきちんと位置付けを明確にすることが必要ではないかということ。(2)国連の麻薬委員会が、薬物を規制する「麻薬単一条約」で大麻を「特に危険」とする分類から削除する勧告を可決していますが、大麻を原料とした医薬品に有用性が認められたことが主な理由だということ。(3)嗜好用大麻と医療用大麻とは別物であり(さらにいえば産業用大麻もまた別物)、とりわけ医療用大麻については、治療目的として有効である点をふまえ、適切に使用していくためにどうしたらよいか検討すべきであると考えること。一方、(4)嗜好用大麻については、たばこや酒より無害だとする主張や合法化している国や地域が存在するとはいえ、依存性の高さや脳の萎縮効果など若年層への悪影響の大きさ、解禁している国・地域と比較した場合の日本における浸透度合い(生涯経験率)の低さを考えれば、現時点で「合法化」を検討すべきではないこと。ただし、(5)治療によって依存症から立ち直ることができる流れをふまえ、「半永久的に人権侵害」とでも言うべき過剰なバッシングを受けないといけないかという点は見直す必要がある(正に、暴力団離脱支援、再犯防止のあり方と同じ構図)こと、などであり、大麻などの薬物に害があることを正しく伝えると同時に、若者を薬物乱用に追い込まないように悩みを相談しやすい環境を作ることが重要となると考えます。しかしながら、現実には、「野菜」や「草」などの隠語でSNSやネットを介して大麻が売買され、栽培方法もネット上で容易に閲覧できるなど、かつては限られた売人しか扱えなかった大麻が入手しやすくなっています。そして、若者の間で大麻は好奇心やファッション感覚で広がっている傾向があり、罪悪感や犯罪といった意識がかなり希薄である点は深刻に捉える必要があります。直近でも、熊本県警が、大麻を繰り返し販売した麻薬特例法違反の容疑で密売グループを逮捕しています。報道によれば、主に10~30代の若年層を顧客としていたとみられ、今年6~9月にかけて18歳の少年2人から30代までの14人に対し繰り返し乾燥大麻や大麻リキッドを販売、配達や現金の回収など密売を手助けした疑いなどがもたれています。容疑者は携帯電話でSNSに「野菜売ります」など隠語を書き込む手口で客を募っていたようです。警察はこれまでに末端価格およそ180万円に相当する乾燥大麻292グラムのほか大麻リキッド11本などを押収しています。また、知人から大麻を譲り受けたなどとして、大阪府警少年課は、大麻取締法違反(譲り受け)容疑で、大阪府内の16~17歳の少年3人を書類送検しています。報道によれば、「これまで500回ぐらい吸引した」などと供述、少年たちの周辺では同法違反容疑での逮捕者が相次いでおり、大阪府警は少年たちの間で大麻が蔓延していたとみているといいます。なお、一連の大麻事件を受け、少年たちの間で広がる大麻汚染を食い止めようと、大阪府警は11月、関係機関と連携して「少年サポートチーム」を結成しています。報道によれば、各機関と密に情報交換を行うことで、少年たちの啓発と地域住民らの安心安全の両立を図るもので、大阪府警が少年の大麻乱用防止に特化したチームを結成するのは初めてだということです。なお、今回の事件でも、中学や高校の同級生といったつながりを通じ、大麻汚染が広がっていたとされ、「地元の友人らを通じて大麻を使用するケースが横行し、大麻に対する危険意識が薄れている。撲滅に向けて全力を尽くしたい」としています。

直近で大規模な密輸が摘発されています。覚せい剤を練り込んだ木炭約24トンを所持したとして、警視庁は、ベトナム国籍の中古品買い取り会社社長とブラジル国籍の男4人を麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)容疑で逮捕しています。木炭を使った覚せい剤密輸の摘発は全国で初めてであり、報道によれば、木炭はトルコから密輸され、覚せい剤の含有量は不明ながら、海外の犯罪組織が関与した大規模な密輸事件とみられています。5人は、トルコから船便で送らせた木炭約24トンに覚せい剤が練り込まれていると知りながら、浜松市西区にある社長の会社作業場で受け取った疑いがもたれており、段ボール24,000箱に入った木炭がコンテナ2台に積まれ、9月にトルコから発送され、10月に東京都大田区のコンテナふ頭に到着、東京税関の検査で覚せい剤成分が検出されました。今後、木炭を鑑定し、覚せい剤の含有量を調べるということですが、覚せい剤の押収量としては過去最大となるとみられています。

最近の報道から、国内の薬物事犯について、いくつか紹介します。

  • 愛知県警中署は、ラッパーとして活動する男2人を大麻取締法違反(営利目的所持)の疑いで逮捕しています。2人は、名古屋市中区の飲食店で乾燥大麻約36グラムと大麻リキッド約15グラムを所持した疑いがあるといいます(その後、名古屋地検は両容疑者を不起訴処分としています)。
  • 奈良県警西和署などが大阪市で覚せい剤や大麻草など末端価格で2,200万円以上の薬物を押収した事件で、大麻取締法違反(営利目的所持)などの疑いで逮捕、起訴された無職の女らが、無人管理の民泊を利用して薬物を密売していたと報じられています。報道によれば、女は「ネコ」と呼ばれる「密売人」で知られており、この被告を中心に大規模な密売が営まれていたとみられています。なお、この民泊は無人で運営されており、ロビーに設置された機械に予約情報を入力するだけでチェックインできる仕組みで、薬物の販売相手ら誰が出入りしても身元を確認されることがなく、無人の民泊が密売の温床になっていた(犯罪インフラ化していた)可能性が指摘されています。
  • 暴力団の逮捕事例も相次いでいます。京都府警組対3課と山科署は、大麻取締法違反(営利目的共同所持)の疑いで、神戸山口組系の組員や建設業の男ら男7人を逮捕しています。報道によれば、組員の男が密売グループを主導したとされ、共謀して山科区内のマンション一室で、乾燥大麻約27グラムを所持した疑いがもたれています。京都府警は組員の男らのマンションや車から乾燥大麻計約50グラム(約30万円相当)や微量の袋入りの覚せい剤を押収、組員の男らが山科区のマンションを拠点とし、密売を繰り返していたとみられています。また、暴力団員であることを隠し、大麻草を栽培する目的でアパートの賃貸契約を結んだとして、大阪府警西成署は、詐欺容疑で六代目山口組弘道会系組幹部ら男4人を逮捕しています。報道によれば、2020年12月ごろ、暴力団員であることを隠した上で大麻草を栽培する目的で堺市堺区にあるアパートの1室を借り、今年7月、このアパートで火災報知機が作動し、駆け付けた消防署員らが栽培されている大麻草を発見したということです。この幹部が指示役とみられる一方、指示を受けて賃貸契約を結んでいた暴力団員の行方を追っているといいます。さらに、本コラムでたびたび取り上げている、洋上で荷物を受け渡す「瀬取り」で覚せい剤約474キロの密輸事件について、事件に関わったとして、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)に問われた宇都宮市の暴力団員に対し、水戸地裁は、懲役7年、罰金150万円(求刑・懲役8年、罰金150万円)の判決を言い渡しています。裁判長は「運搬・保管役の引き継ぎに重要な役割を果たした」と指摘、被告は2017年8月22日、暴力団員や香港の密輸組織関係者と共謀し、茨城県北茨城市内に駐車していたトラック内に覚せい剤約474キロを営利目的で所持したとされます。
  • 公務員や議員といった公人の摘発も相次いでいます。愛知県警は、陸上自衛隊豊川駐屯地所属の3等陸曹を覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで緊急逮捕しています。報道によれば、容疑者は、いずれかの場所で覚せい剤を使用した疑いがあり、容疑者が住む駐屯地の宿舎を家宅捜索した際、任意の採尿鑑定をしたところ、使用が判明したもので、薬物などは見つからなかったということです。また、覚せい剤を使用したとして、警視庁上野署は、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、東京都北区議を逮捕しています。報道によれば、台東区上野のJR上野駅入谷口付近に停車した乗用車の中にいた容疑者に警察官が職務質問をしたところ、車内の助手席のバッグから覚せい剤を吸引するためのパイプが見つかり、その後の尿検査で陽性反応が出たということです。容疑者は業界紙の記者などを経て1999年に北区議に初当選し、現在6期目、自民党所属で、議長などを歴任しています。
  • 覚せい剤およそ300キロ(末端価格約178憶円)を香港から横浜港に密輸したとして今年7月に逮捕されたカナダ国籍と中国籍の男女が不起訴処分となっています。横浜地検は不起訴の理由を明らかにしていません。
  • 大津市で今年8月、無職の少年(18)が自宅で小学1年の妹(当時6)を暴行して死亡させた事件で、滋賀県警は、覚せい剤取締法違反(所持)などの容疑で、逮捕されていた少年の母親を、新たに麻薬取締法違反(使用)の疑いで再逮捕しています。母親は、違法薬物のケタミンを使った疑いがあり、少年の事件で県警が自宅を捜索し、ケタミンを発見、母親の尿検査で陽性反応が出たということです。報道によれば、少年と妹は別々の児童養護施設で育ち、暴行事件の数カ月前から母親との3人暮らしを始めたものの、母親は7月ごろから帰宅しない日が増え、こうした中で事件が起きたといいます。

2021年11月20日付毎日新聞の記事「押収量は過去最多 警察、マトリは持っている薬物をどう処分する?」は、警察が捜査を通じて押収する覚せい剤や大麻などは相当な量となるところ、どのように管理されているのか、また、薬物は最終的にどう処分するのか、という疑問に答える内容で、大変興味深いものでしたので、以下、抜粋して引用します。

薬物事件の捜査を担うのは、各都道府県警や厚生労働省の各地方厚生局にある麻薬取締部(マトリ)、税関や海上保安庁だ。2019年に押収された薬物は平成元年(1989年)以降で最多となる計約3.7トン。うち覚せい剤(約2,650キロ)とコカイン(約640キロ)は過去最多を更新した。乾燥大麻は約430キロで、16年から4年連続で増加した。海外からの密輸などが増えているとみられる。大量の薬物を保管するためにはいろいろな手続きがある。例えば、大麻を押収した場合、まずマトリの担当者がやることは、鉢植えから大麻草を抜き出すことだ。捜査時に撮影した写真などがあれば大麻栽培を立証できるため、大麻そのものが枯れても問題はない。ただ、枯れてしまっても保管を続けなければならないという。「裁判の証拠品として、たとえ枯れても大麻そのものは不可欠。特別な金庫に入れて厳重に保管している」とマトリの現役担当者は明かす。…枯れかける大麻に廣畑さんが水をやろうとしたところ、ひどく怒られたこともあるという。「大麻の栽培になるので違法なんです。栽培は絶対にダメです」・・・警察に押収された薬物は、鑑定のために科学捜査研究所に回される。ただ、保管場所に限りがあり、すべてが持ち込まれるわけではない。「大量の大麻を押収した場合、科捜研の職員が警察署に出向き、葉の部分などを摘み取って持ち帰り、証拠として保管している」と警察関係者は話す。残りの茎などは植物園で処分するという。「合成麻薬の中には光で成分が変化するものもあり、アルミホイルで包むなどして管理している」と話す関係者もいた。…裁判で判決が確定したり、「容疑者不詳で不起訴」となったりして手続きが終了すると、押収された薬物は「国庫帰属」となり、覚醒剤を除くすべての薬物は再びマトリに戻される。戻ってきた薬物は検察に送る前とは別の、堅固な設備内の金庫などで保管される。金庫にアクセスできる人間はごく一部に限られているという。厚労省によると、それらの大量の薬物は「焼却」することで処分される

海外の薬物事犯に関する報道から、いくつか紹介します。

  • コロンビアのドゥケ大統領は、環境保護を訴えながら娯楽用の麻薬を消費する欧米のコカイン使用者を批判しています。報道によれば、麻薬の生産はアマゾン川流域における森林破壊の大きな原因となっているといい、同氏は「コロンビアでは1ヘクタールのコカを栽培するのに2ヘクタール近くの熱帯雨林が破壊されている」、「外国にはとても熱心に環境保護を説くコカイン使用者がいる。しかし彼らは(コカインの)消費が環境に多大なダメージを与えていることに気づいていない」と語っています。また、コロンビアではコカインの主要な原料となるコカの葉の栽培地が約14万3,000ヘクタールに上り、政府は違法なコカ栽培の撲滅に取り組んでいるものの、国立公園や先住民居住区で栽培面積が増加している実態があります。また、コロンビアにおける麻薬を取り巻く状況について、2021年11月21日付ロイターが報じていますので、以下、抜粋して引用します。
兵士たちは、コロンビア北東部ノルテ・デ・サンタンデール県で増加しつつある流血事態を食い止めるために先月創設された、総勢1万4千人の部隊の一部である。この地域は、コカイン生産の増大を背景に、衝突の新たな中心地となっている。「麻薬密売に関与するこの地域には非合法の武装グループが複数ある。どこが我々を攻撃してくるか分からない」─コロンビアとベネズエラを隔てる河川に近い木陰で、軍歴20年の古参陸軍軍曹は語った。…コカインの原料となるコカの葉を根絶しようとしても、実際には現地住民の抵抗に直面している。他に生計手段となる選択肢がほとんどない、というのが彼らの主張だ。また、コロンビア軍の過去も手放しで誉められるものではない。半世紀以上にわたり反政府組織や麻薬密売業者、犯罪組織と対峙する一方で、時には人権侵害を行ってきた。イバン・ドゥケ大統領率いるコロンビア政府の怒りの矛先は隣国ベネズエラに向かっており、ニコラス・マドゥロ大統領が自国側に犯罪組織にとって安全な避難場所を提供し、利益の一部を上納させるのと引き換えに、欧米への麻薬密輸するのを黙認している、と非難している。・・・コロンビア領内では、増大するコカ生産を手中に収めようとする組織同士の戦闘が発生している。そうした地域の1つであるカタトゥンボではコカインの生産能力は年間312トンに上り、国連のデータによれば、これはコロンビア国内のコカイン生産量の4分の1に相当する。・・・ノルテ・デ・サンタンデール県における2021年のコカイン押収量は24.8トンで、2020年の16.6トン、2019年の22.4トンをすでに上回っている。しかし当局者によれば、押収量が増加したのは、米国が提供する衛星データが改善されたこともあるが、そもそも生産量が増加しているという要因もあるという。
  • 本コラムでもたびたび取り上げていますが、米国の薬物過剰摂取による死者が2021年4月までの1年間に10万人を超え、過去最多を更新したといいます。米疾病対策センター(CDC)が発表した暫定データで明らかになったもので、前年比28.5%増にもなります。報道によれば、モルヒネと比べて100倍の強さといわれる麻薬性鎮痛薬「オピオイド」系のフェンタニルなどが出回っていることや、新型コロナウイルスのパンデミックの中、感染抑制のためのロックダウンで治療が困難となったことが背景にあるとみられています。また、公衆衛生当局者は、薬物供給者が効果を高めるためにフェンタニルをより頻繁に覚せい剤のコカインやメタンフェタミンと混ぜるようになり、危険性が増していると指摘、コカインと処方鎮痛薬による死者も前年より増えているといいます。過剰摂取による死者数はここ20年ほど増加傾向にあり、医師に処方されたオピオイドをきっかけに依存症になる人もいて、製薬会社が依存症になるリスクを正しく伝えなかったなどとして訴訟が相次いでいます。処方されるオピオイドは2012年をピークに減少しているものの、過剰摂取を防ぐ対策は十分に機能しておらず、バイデン大統領は、「新型コロナウイルスのパンデミックとの戦いで前進を続ける中、全米の家族やコミュニティーに広がるこの喪失のまん延を見落とすことはできない」、「私の政権は依存症への対策と過剰摂取の流行を阻止するために、すべてのことをする」との声明を発表、心の病への対応の強化や回復支援、害がある薬物の供給を減らすことなどに取り組むとしています。
(4)テロリスクを巡る動向

アフガニスタン駐留米軍が8月末に撤収してから3か月以上が経過しました。イスラム教の戒律を厳格に適用し、女性の隔離や娯楽の制限を掲げる武装組織タリバンが再びアフガニスタンを制圧したものの、当初は治安の安定に期待する向きもあったところ、最近はむしろ逆にテロによる被害が拡大している状況です。それに伴い、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)系の過激派組織が関与したテロ攻撃が続くなど、世界でイスラムに対する負のイメージが広がっていることが懸念されます。イスラムの底流にある多様な思想や論争のポイントについて、2021年11月22日付日本経済新聞で分かりやすく解説されていますので、以下、一部抜粋して引用します。結論としての「イスラム教徒の人口は2060年にも世界の3分の1を占める見通し。イスラムへの偏見を排し「多文化共生」を目指すための取り組みは今後ますます重要となってくるだろう。」は筆者としても100%共感できるところです。

飯山陽著『イスラム教の論理』は、「宗教すべてが神のものとなるまで戦え」(コーラン第8章)との文言を挙げ「イスラムは平和の宗教」とする擁護論に疑問を表明。「西欧の価値観に反しない理解可能な教えだけが正しい」とする考え方を批判する。信徒が過激化する背景については「ネットの普及で聖職者が独占していた教義の解釈が誰にでも可能になったこと」を挙げる。…コーランに頻出する「ジハード」は本来「信仰のための奮闘努力」を指す。だがこれには異教徒との「戦い」が含まれる場合もあり、過激派がテロを正当化する根拠としてきた。…池内恵著『イスラーム世界の論じ方』は「イスラームは異教徒勢力を制圧して体系化され、その教えには軍事・政治的な規範も含まれる」と説明。「過激派などがイスラム教の規範の特定の要素を巧みに訴えて正当化を図る場合、多くの一般市民は反対を表明できない」との問題点を挙げる。「イスラムを理解せよ」という議論に対しては「西欧社会はイスラム教徒の信念を理解する努力を究極的には払ってこなかった」と考察する。異宗教との共存には非イスラム教徒側の冷静な対応も必要だろう。…難民キャンプの神学校(マドラサ)出身者が多いタリバン指導部は「イスラム世界について貧弱な教えしか受けていない」と指摘。「異なる意見を受け入れる仕組みを持たない支配体制で、穏健派と強硬派の対立もある」との分析は、20年前と変わらぬタリバンの特殊性を浮かび上がらせる。…イスラム教徒の人口は2060年にも世界の3分の1を占める見通し。イスラムへの偏見を排し「多文化共生」を目指すための取り組みは今後ますます重要となってくるだろう

関連して、2021年11月23日付毎日新聞で、室蘭工業大学大学院教授の清末愛砂氏が、「今回のアフガニスタンからの米軍撤退の際の報道についても同じ事が言える。タリバンによる全権掌握、および予定されていた米国の撤退にともない、唐突に女性の人権が危なくなるという懸念が強く強調されるようになった。そもそも、タリバンは05~06年ごろから事実上復活して支配地の拡大を進めてきた。しかし、その動きに沿って、女性の人権問題を強く憂慮するような報道が格別になされてきたわけでもない。・・・ジェンダー観という意味では、タリバンもタリバン以外の諸勢力なども基本的に大差はない。多民族国家であるから民族ごとの慣習の違いがあり、また都市部でも農村部との違いもあるとはいえ、各所で家父長的な考え方が可視化されたり、不可視化されたりしながら、影響を及ぼしてきた。・・・私たちはもっと自分の足元を見るべきだ。そもそも女性の人権問題について、「アフガニスタンの状況は厳しくて、それに比べると日本ははるかにまし。アフガニスタンの女性は大変だから救ってあげなければ」という発想は、無意識であっても上からの目線で見ることにつながり、同時に自分の足元を見ないことにもなる。また、日本の問題を見過ごすことでそれらを覆い隠す原因の一つにもなる。」と指摘している点は、私たちが自らの価値観から物事を見ているに過ぎないこと、私たちには事実のすべてが見ているわけではないこと、私たちはもっと寛容になるべきこと、そしてもっと客観的な視点を身につける必要があることなどを痛感させられます。

また、元駐アフガニスタン大使の高橋博史氏が「アフガニスタンと地域情勢、そして日本」と題し、アフガン政府の実態や崩壊の背景、日本の関わり方などについて語った講演の要旨が2021年12月3日付産経新聞で紹介されています。その明快な分析は、筆者のそれとも一致していることから、以下、一部抜粋して引用します。

アフガニスタンのガニ政権が崩壊したのは、アフガン軍が崩壊したからだ。米国の元アフガン和平担当特別代表のハリルザド氏は、米軍の支援を受けて装備した30万人のアフガン軍が6万~7万人の反政府勢力、タリバンと対峙したときに戦わずに崩壊すると予想していた者は、ほとんどいなかったと言っている。アフガン軍が崩壊したのは、軍内に賄賂がはびこるなど腐敗していたからだ。ハリルザド氏は、アフガン人もアフガン軍兵士も、政府が期限通りに給料を支払わないような軍に命をささげるだろうとは思っていなかったとも指摘している。アフガン軍には忠誠心が全くなかった。忠誠心のない軍隊は国を守れない。一方、タリバンは死ぬと天国に行けると信じており、信仰心で戦っている。最初からアフガン軍の兵士とは違う。ガニ大統領(当時)の情勢認識の誤りは「中国、パキスタン、イラン、ロシアに近いアフガンから、米国が本気で撤退するとは思っていなかった」ことだ。アフガン人はアフガンに米国の権益があると言っているが(実際には)権益はない。2001年から20年間の戦争(米軍駐留)はテロ問題の解決のためだった。2001年にアフガンでカルザイ政権が成立した。しかし、カルザイ氏には力がなく、部族がついてこない。さらにカルザイ氏の異母弟がヘロインのビジネスに手を染めた。タリバンが強くなったのは腐敗を拒絶したからであり、当時はタリバンが復活するのは当たり前だった。腐敗しないことがタリバンのアイデンティティーだった。中央アジアの覇権は中国やロシアが握っている。アフガンをめぐり、日本はテロ撲滅を目指す同盟国の米国を支援してきたが、アフガンが平和になれば日本が中央アジアの資源確保に関与することにつながり、日本の国益にもあっている。・・・中村さんは、こうした小さな平和なスポットをアフガン全土に拡大しようとしていた。首都カブールには西側の援助で近代的な建物が整備されたが、その後のメンテナンスが現地の人ではできない。日本は現地の人にも分かる技術支援をすべきだ

アフガンで実権を握ったイスラム主義勢力タリバンは治安維持能力をアピールしているものの、国内ではISによるテロが急増しています。米としては、ISだけでなく、国際テロ組織「アルカイダ」が同国内になお存在していることを警戒しています。米当局は、アフガニスタンなどで活動するIS系武装勢力「イスラム国ホラサン州」(ISKP)は向こう6~12カ月以内にアフガニスタン国外でも攻撃を仕掛ける能力を持つようになると予想、アルカイダについては、向こう1~2年以内にそうした能力を持つようになるとみているようです。直近では、ブリンケン米国務長官が、ISKPのシャハブ・ムハジル最高幹部ら3人を国際テロリストに指定したと発表しています。財務省も、ISKPに資金援助していたアフガン人の男を制裁対象に指定しています。このように、米バイデン政権は危機感を強めていますが、有効なテロ対策を打ち出すまでには至っておらず、テロ対策を含め、タリバンとどこまで関わっていくかが今後の大きな課題となっています。その辺りの現在のアフガニスタン情勢については、2021年12月2日付読売新聞が詳しく、以下、一部抜粋して引用します。

米国務省は、米政府のトーマス・ウエスト・アフガン担当特別代表が、カタールの首都ドーハで、タリバン暫定政権の幹部らと会談したと発表した。米側は、国際テロ組織アルカイダや「イスラム国」のアフガン国内での動きに懸念を示したといい、テロ組織の封じ込めを徹底するよう求めたとみられる。これに対し、タリバン暫定政権の外務省報道官は「治安は保たれると米側に保証した」と強調した。しかし、タリバンと敵対する「イスラム国」のテロは実際には抑えられていない。「『イスラム国』は、すでにアフガンのすべての州に拠点を築いている」。国連アフガニスタン支援団(UNAMA)のデボラ・ライオンズ代表は11月中旬にこう指摘した。2020年は60件だった「イスラム国」によるアフガン国内でのテロが、21年は既に334件まで急増していると明らかにし、「タリバンは『イスラム国』の伸長を食い止められていない」と語った。「イスラム国」は勢力拡大に向けた勧誘活動を活発化させている模様だ。アルカイダの協力者だったという元警備員の男性(61)は本紙通信員の取材に対し、「『イスラム国』はタリバンから離反した元戦闘員を受け入れているほか、崩壊したアフガン政府軍の元兵士らに現金を支給して迎え入れている」と明かした。…米国務省は11月22日、「アフガンが再び国際テロの温床とならないよう、あらゆる手段を用いて『イスラム国』の脅威に対抗する」(ブリンケン国務長官)として、アフガンで活動する「イスラム国」のシャハブ・ムハジル最高幹部ら3人を制裁対象に指定したと発表した。しかし、ほかに有効な手立ては打てていない。バイデン大統領は、無人機などを利用したアフガン国外からの「越境攻撃」を新たなテロ対策の主軸に据えると説明してきたが、多くの専門家が撤収後の情報収集能力の限界を指摘している。米シラキュース大マックスウェル行政大学院・学部長補佐のマーク・ジェイコブソン氏は「テロ対策での協力を含め、タリバンとどこまで関わっていくかが、米政府にとって今後の最大の課題となるだろう」と分析した。

上記に関連して、国連アフガニスタン支援団(UNAMA)のデボラ・ライオンズ事務総長特別代表は、イスラム主義組織タリバンが実権を掌握した後のアフガニスタン情勢に関する調査結果を国連安全保障理事会で発表し、IS系の組織「イスラム国ホラサン州(ISKP)が拡大しており、全土34件のほとんどに存在が確認されると説明しています。報道によれば、さらに特使は、「ISKPは、一時は首都と一部の県にのみ存在していたが、現在はほぼ全県に存在し、活動が一段と活発になっている」とも説明しています。また、タリバンはISKP拡大に歯止めをかけられておらず、対処の方法はISKP戦闘員と疑われる人物の「超法規的拘束や殺害に強く依存している」とし、「国際社会がもっと注目すべき領域」だとも述べています。一方タリバンについては、社会の他の組織の代表者排除や、女性・少女の権利抑圧を続けており、UNAMAには制圧した前政権の安全保障関係職員や当局者の家宅捜索、「超法規的殺害」などの報告が定期的に入っていると述べています。この点、ナンガルハル州のある部族の首長は治安の悪化について「タリバンの内部対立に加え、旧政府関係者への報復も引き金になっている」としています。旧アフガン政府軍からIS系勢力に入り、タリバンへの攻撃に加勢する人々もいるとされ、テロは隣国パキスタンやインドにも飛び火しつつあり、民間調査機関のパキスタン紛争安全保障研究所の調べによると、パキスタンでは8月にテロによる攻撃が45回起きており、月間ベースでは約5年ぶりの高水準を記録したといいます。さらに、米紙WSJは、タリバン暫定政権下で経済が破綻する中、IS入りに際し提示される「相当量の現金」もISへの転向の一因になっていると指摘しています。こうした軍事の専門知識や治安の機微に触れる情報がIS系勢力に流れ込めば、組織の強化が飛躍的に進む恐れがあり、正に憎悪の連鎖・再生産がテロにつながっていることが示唆される、危険な状況であると思われます。さて、UNAMAのデボラ・ライオンズ代表は、冬が近づくにつれ、経済破綻と干ばつで人道上の大惨事が生じる恐れがあると改めて警告し、人道支援が不足しているとして、医療従事者や教員、人道支援関連の労働者への給与提供の方法を模索するよう、国際社会に訴えています。

タリバンが政権を掌握してから、アフガニスタンの国内総生産(GDP)は1年間で20%縮小し、過去最悪の経済破綻の例になるという予想を国連開発計画(UNDP)がまとめています。20年近い米国主導の国際支援、巨額の援助にもかかわらず、アフガニスタン経済はもろいままだったことが露呈した形となりました。報道によれば、新型コロナウイルスの感染拡大、干ばつ、タリバンによる支配という立て続けのショックに耐えられるほど強くはなかったと報告書を書いた専門家は指摘しています。アフガン経済は国際社会からの援助に依存し、UNDPによると、歳出に占める援助の割合は80%に達しており、2021年8月にタリバンが首都カブールを制圧するとすぐに、同国の200億ドルのGDPのほぼ5割に相当する外貨準備は凍結され、現金と流動性の危機につながりました。報道によれば、同国内では失業者が増え、通貨暴落で生活必需品も含めて物価も高騰、流通する現金も不足し、タリバンは労働の対価として小麦を支給するなどの対応を始めています。首都カブールの病院では、薬が枯渇し、医師の数も不足、公務員給与は支払われず、燃料不足で救急車の運行もままならないと状況だといいます(なお、国連機関が医師や看護師、教師らに対し、タリバンを通さず給与を支払う異例の取り組みを進めています。現場職員に直接支給することで、国際支援の迅速化や、制裁対象のタリバンによる「中抜き」を防ぐ狙いがあるといいます)。さらに、アフガンでは本格的な冬が到来しつつあり、世界食糧計画(WFP)は、11月以降、人口の半数以上にあたる2,280万人が深刻な食料不足に陥ると予測、うち5歳未満の子供100万人が急性の栄養不良で死亡する恐れがあるとも指摘されているところです。また、タリバンの実権掌握後、アフガンからは各国の協力者らが報復を恐れて一斉に退避しましたが、今は窮乏する生活に耐えきれなくなった人たちが避難者の大半を占めている状況だといいます。そのような人道的な危機に瀕する中、米政府のトーマス・ウエスト・アフガニスタン担当特別代表とタリバン暫定政権の幹部ら会談が行われ、米側は「制裁にかかわらず、人道支援がアフガン市民の元に届くよう米政府として取り組んでいく」としつつ、「制裁対象となっている団体や個人に資金は渡さない」とも強調したということです。米国が凍結している約1兆円のアフガン資産については、解除に慎重な姿勢を示したとみられます。これに対し、タリバン暫定政権の外務省報道官は「アフガン側は、在米資産の即時かつ無条件の凍結解除や(タリバン幹部への)制裁の終了、人道支援を要求した」と明らかにし、人道支援の必要性を強く訴えています。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は、アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンが実権を掌握した8月15日から10月末までに、元警察官や元兵士ら100人以上がタリバンによって殺害されたか、連れ去られたとする報告書を出しています。米軍によって20年前に政権の座を追われたタリバンは復権後、全国民に「恩赦」を与えると発表しましたが、指導部の命令が末端まで行き渡っていない不安定な統治が浮き彫りになっています。報道によれば、HRWは「元政府の関係者は報復の脅威から逃れられず、恐怖をもたらしている」と指摘、「国連による継続した人権監視が必要だ」と訴えています。タリバンは、殺害や連れ去りは指示しておらず、指導部は関与していないと主張しています。

アフガニスタン情勢を巡り、周辺国や関係国が外交を活発化させています。これまでにロシアやインド、パキスタンなどが会合を開催、9月に暫定政権を樹立したイスラム主義組織タリバンに対し、アフガンを再び「テロの温床」としないことや「包括的な政権」の樹立を呼びかけています。タリバン暫定政権を承認した国はないものの、タリバンとの関係は各国で異なり、それぞれの思惑が交錯しています。例えば、タリバンと近いパキスタンには「アフガン情勢を安定させるためには、タリバンを孤立させないことが重要だ」との考えがありますが、パキスタンがアフガンでの影響力を増す現状を憂慮しているのが、パキスタンと長年対立するインドです。インドは8月に崩壊したガニ政権と近く、タリバンの復権で難しい立場に立たされています。そのインドの目下の懸案は、北部カシミール地方で分離・独立を目指して活動する過激派の拠点にアフガンがなることです。一方、中国は、ロシアが10月にタリバンを招いた国際会合を主催すると、これに対抗するかのように王毅国務委員兼外相が中東カタールでタリバンのバラダル暫定副首相と会談、さらに、10月末にはアフガンとの貿易も再開させています。経済が困窮するアフガンで、中国が経済的な関与をより強めた形で、タリバンはこれを突破口に他の国々との貿易再開も探っており、制裁を続ける米国などは動向を注視しています。報道によれば、外国からの援助に依存していたアフガンでは、経済の自立を目指して2018年、国内で約20万人が携わるとされる松の実の中国への空輸を本格化させています。なお、8月の実権掌握後、外国との本格的な交易は今回が初めてだといいます。一方、中国政府は、新疆ウイグル自治区に過激派が浸透する事態を警戒しており、タリバンに過激派対策の強化も求めています(実際、10月初旬にはアフガン北部でウイグル人戦闘員が関与する自爆テロも起きています)。中国の王毅国務委員兼外相は、タリバン・ムタキ外相との会談で、経済交流の拡大は「アフガンの治安状況が安定してからだ」とクギを刺しており、経済協力をテコに、タリバンに過激派対策を徹底させようとする思惑もあるとみられています。

その他、テロリスクを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米国務省は、南米コロンビアの左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」のテロ組織指定の解除を発表しています。報道によれば、ブリンケン国務長官は「もはやテロ活動を行う能力や意思を有した組織として存在していない」と指摘しています。1964年結成のFARCは反政府闘争を展開し、内戦は半世紀に及びました。米国務省は1997年にFARCをテロ組織に指定し、米国との取引やメンバーの入国を禁止していましたが、コロンビア政府とFARCが2016年に和平合意を成立させています。ブリンケン氏は指定の解除で「戦闘員の社会復帰など、和平合意の履行支援が促進される」と強調しています。一方、国務省は、和平合意を拒否しているFARC元メンバーらで構成する2組織を新たにテロ組織に指定しています。
  • 英中部リバプールの病院近くでタクシーが爆発し、乗客1人が死亡、運転手も負傷しましたが、命に別条はないということでし。英警察はテロと断定しています。報道によれば、警察はこの乗客の男が製作した簡易爆破装置による爆発とみられるとの見方を示していますが、動機は明らかになっていません。英国では前日に戦没者の追悼式典が各地で開催され、現場近くでも追悼行事が開かれたことから、警察が事件との関連を調べています。警察は爆発に関連し、テロ対策の法律に基づき、これまでに20代の男4人を逮捕しています。
  • フランス南部カンヌの警察署前で、車で巡回に出ようとしていた男性警察官を男が刃物で襲いましたが、警察官は防弾チョッキを着用しており、けがはなかったということです。一緒にいた別の警察官が銃で反撃し、男は重傷を負い、拘束されています。当局はテロの可能性もあるとみて詳しく調べていますが、男はアルジェリア国籍の37歳でカンヌで暮らしており、フランスで犯罪歴はなく、当局の監視対象にもなっていなかったといいます。最近、フランスで滞在許可を申請したが却下されたとされ、拘束された際にイスラム教に関する発言をしたとも報じられたが、イスラム過激思想との関連は明らかではないということです。
  • 2015年11月に発生し、130人が犠牲になったパリ同時多発テロの公判が、パリの裁判所であり、当時大統領だったオランド氏が証人として出廷しています。報道によれば、国のテロ対策に不備があったとの指摘に対し、オランド氏は「発生を防ぐ決定的な情報を事前につかむことはできなかった」と弁明しています。また、オランド氏は事件当日の指揮について「全面的に私が責任を負い、すべて正しかった」と述べています。裁判では、同時テロ実行犯10人のうち、唯一の生存者サラ・アブデスラム被告がテロ殺人罪などに問われており、同被告は裁判が始まった9月、事件について「シリアでISに空爆するフランスへの報復だった」と主張しています。しかしながら、オランド氏は「シリア空爆ではなく、我々のライフスタイルに対しての攻撃だった」と反論しています。裁判は来年5月末まで続く見通しとのことです。
  • イスラエルが、パレスチナの人権NGOの6団体を「テロ組織」に指定し、国内外で波紋を呼んでいます。報道によれば、イスラエルは「テロ組織の資金源になっている」と主張していますが、国際的に著名な人権団体が対象となり、批判の声が上がっています。イスラエルのガンツ国防相は、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区ラマラにある人権団体「アルハック」など6団体を「テロ組織」と指定、さらに、イスラエル軍は、6団体をテロ組織であると決定、決定に基づく逮捕などを可能としています。「テロ組織」と指定された団体側は強く反発しています。また、国連機関などは、「パレスチナ人への必要不可欠なサービスを提供してきた6団体の活動を著しく制限するもので、市民と人権に対するさらなる侵害だ」とする声明を出しています。
  • インドネシアの有力宗教団体、イスラム指導者会議(MUI)の幹部が、同国に拠点を置く過激派組織ジェマ・イスラミア(JI)のテロ資金調達に関与していた疑いで逮捕されています。MUIはマアルフ・アミン副大統領の出身母体で支持基盤であり、今後の展開次第ではジョコ大統領の周辺にも影響が及びかねない事態となっています。JIは2002年に200人以上が犠牲になった世界的観光地、バリ島での爆弾テロを実行した団体で、東南アジア各地になお、ネットワークを持つとされており、国際テロ組織アルカイダやISとの関係も取り沙汰されています。報道によれば、JIの資金調達は「巧妙に」なっていると警察は指摘、地域の市場、ガソリンスタンド、モスクの近くに募金箱を置き、慈善事業を隠れみのにして、善意の一般市民からお金を集めているとしています。

走行中の京王線の車内で乗客17人が重軽傷を負った事件を受け、国土交通省は、鉄道各社に求める防犯体制の強化策を発表しています。7月の省令改正で実施可能になった手荷物検査を活用することや、今後新しく導入する車両に防犯カメラの設置を義務づけることなどが柱となります。また、危険が生じた場合、乗客に非常通報装置を積極的に使用するよう周知することも求めています。国交省が手荷物検査を実施する状況として想定しているのは、駅構内や特急、新幹線の車両で不審者を見かけた場合で、東京五輪・パラリンピックに備えて7月に「鉄道運輸規程」が改正され、検査の実施と、拒否した乗客に駅や列車から退去を求めることが可能になったものの、乗客の利便性を損なう懸念から実施例がほとんどないのが現実です。今後、乗客に理解を求めるとともに、事業者を対象に警察と連携した研修も進めるということです。本件については、前回の本コラム(暴排トピックス2021年11月号)で、以下のとおり指摘しました。今回の国交省の方向性は正にそれに近づいたものといえ、一定の評価をしたいと思います。

国交省は8月の小田急線乗客刺傷事件を受けて鉄道事業者と意見交換し、警備員の巡回強化や防犯カメラ増設、人工知能(AI)を活用した不審者の検知といった対策をまとめてもいます。しかしながら、防犯カメラを設置したからといってテロやこのような単独の身勝手かつ確信的な犯行を防ぐことは難しいのではないか、警備員の巡回強化も「抑止」の要素が強く、実際の犯行者とどれだけ対峙でき、排除できるのか、不審者を見つけたら通報するとしても、犯行者が凶器を出すのは走行中の電車の中であり、それまで不審な点に気付きにくいのではないか、そして、これらの取組みでこれまでより早く認知できたしても、それでも避難や身の安全の確保にとっては遅すぎるのではないか、といった懸念を払しょくできるわけではありません。極論すれば、航空機への搭乗時と同じく、手荷物検査の完全履行が望ましいところであり、「利便性を阻害する」として思考停止になるのではなく、その望ましい対応にどれだけ迫れるかを「これまで前提としてきた常識や想定はもはや通用しない」ものとして真剣に検討する必要があるのではないかと考えます。そして、電車の中という「密室」の持つ脆弱性や恐ろしさを認識した社会に対して、「利便性」を犠牲にしてでも乗客の安全を守るという姿勢をどれだけ真剣に社会に提示でき、また説得できるのか、官民挙げたリスクコミュニケーション、説得的コミュニケーションが問われてもいるといえます。なお、参考までに、福岡空港で働く女性職員を対象にした護身術教室が同空港国際線旅客ターミナルビル4階ホールで開かれたといいます。京王線の事件を踏まえて実施したといい、指導した警部は不審な人がいたら2メートル以上距離を取るよう伝えた上で、万一腕をつかまれた場合に相手の力が入りにくい方向に振り払うこつを伝授したと報じられています。大事なことは、このように事件を自分事として捉えて、できる対策から始めることであり、それが乗客を守る使命を持つ事業者に対して社会が求めていることだといえます。
▼国土交通省 京王線車内傷害事件等の発生を受けた対策をとりまとめました
▼報道発表資料
鉄道車内における傷害事件の発生を受けた対応については、2021年8月6日の小田急線車内傷害事件を受けて別紙をとりまとめ、各鉄道事業者や国土交通省において対策を進めていたところである。しかしながら、その後の同年10月31日の京王線車内傷害事件等を受け、国土交通省では、再度JR、大手民鉄、公営地下鉄等の鉄道事業者と意見交換を行い、線区や車両等の状況を踏まえた取組として、別紙に加え、以下の対策を追加し、順次実施することとする。

  1. 乗客の安全な避難誘導の徹底
    • 複数の非常通報装置のボタンが押され、かつ内容が確認できない場合は緊急事態と認識し、安全を確保するため、防護無線の発報等により他の列車の停止を図るとともに、当該列車についても速やかに適切な箇所に停止させることを基本とする。
    • 駅停車時にホームドアと列車のドアがずれている場合の対応として、ホームドアと列車のドアの双方を開け乗客を安全に誘導・救出することを基本とする。(11/2開催の緊急安全統括管理者会議指示事項)
  2. 各種非常用設備の表示の共通化
    • 非常通報装置に加え、車内の非常用ドアコックやホームドアの取扱い装置についても、路線の特性や装置の機能に応じ、ピクトグラムも活用した表示方法の共通化について検討・実施する。
  3. 利用者への協力呼びかけ 以下の事項について、利用者への協力を呼びかける。
    • 乗車時に非常通報装置の位置を確認すること
    • 非常時には躊躇なく非常通報装置のボタンを押すこと
  4. 車内の防犯関係設備の充実 以下の事項について、費用面も考慮しつつ、必要な基準の見直しや費用負担のあり方も含め検討を開始する。
    • 車両の新造時や大規模改修時における車内防犯カメラの設置(録画機能のみであるものを含む)
    • 映像や音声により車内の状況を速やかに把握できる方法等(非常通報装置の機能向上等)
  5. 手荷物検査の実施に関する環境整備
    • 本年7月に改正された鉄道運輸規程に基づき、危険物の持込みを防ぐために必要に応じて手荷物検査を実施することについて旅客等に対し理解と協力を求めるとともに、車内への持込みが禁止されている物品についてのわかりやすい周知を図る。また、不審者を発見した場合の対処、検査のノウハウの共有、訓練の実施等について、警察との連携を図る
(別紙)小田急線車内傷害事件の発生を受けた今後の対策について

2021年8月6日に発生した小田急線における車内傷害事件を受け、国土交通省では、JR・大手民鉄・公営地下鉄等の鉄道事業者と意見交換を行い、線区や車両等の状況を踏まえた取組として、以下の対策をとりまとめ、順次実施。

  1. 警備の強化(見せる警備・利用者への注意喚起)
    • 駅係員や警備員による駅構内の巡回や車内の警戒添乗等の実施
    • 業界共通のポスターや車内アナウンス等を活用した警戒警備の周知
    • 車内や駅構内の防犯カメラの増備
    • 警察との連携の強化
  2. 被害回避・軽減対策
    • 最新技術を活用した不審者や不審物の検知機能の高度化
      • 防犯カメラ画像の解析などによる不審者・不審物の検知機能について、AIを含む最新技術を活用した機能の高度化や技術の共有化等を検討(最新技術の活用状況等について関係者間で共有)
    • ピクトグラムも活用した非常通報装置等の車内設備の設置位置や使用方法のよりわかりやすい表示
    • 指令を含む関係者間のリアルタイムの情報共有
      • スマホやタブレットの活用
      • 非常時映像伝送システムの活用等
    • 防護装備品や医療器具類等の整備
    • 車内事件発生時における現場対応力を向上させるための社員の教育・訓練の実施及びマニュアル等の見直し
      ※具体的な方策の検討・実施に向けては安全統括管理者会議等を活用
      (安全統括管理者:鉄道事業法に基づき、各鉄道事業者が選任する安全の責任者(副社長、専務・常務取締役等))

      • <参考>車内への携行品に関する関係法令の整備
        • 適切に梱包されていない刃物の持ち込みについては、省令改正(平成31年4月施行)により禁止
        • 手荷物検査の実施については、省令改正(令和3年7月施行)によりその権限を明確化

本件に関連した企業等の動向について、いくつか紹介します。

  • 京王電鉄は、事件をうけて「鉄道テロ・災害対策担当」を新設したと発表しています。同事件の検証と今後の安全対策の検討や実施を担うものとし、無差別テロのほか、台風などの激甚災害への迅速な対応の強化を図るとしています。鉄道事業本部安全推進部内に新設、同部で、防災や教育などを担う安全推進担当から一部人員を移しています。
  • 逃げ場の少ない閉鎖空間で安全をどう守るかが問い直されていることを受けて、関西の鉄道各社は防犯カメラの設置や警察官の配置で抑止効果を狙うものの、犯行を完全に防ぐ決め手は見つかっていません。報道によれば、各社に共通するのは、社員や警察官による駅や車内の巡回強化や、アナウンスでの不審者・不審物の通報の呼び掛け、といった対策が中心となっています。乗務員に目くらましの「フラッシュライト」を持たせているJR西など各社それぞれの工夫も見られるものの。JR西日本の担当者が「抜本的な対策はなく、いたちごっこだ」と話していることが状況を表しています。事件を100%防ぐのが難しい以上、乗客が状況を車掌に知らせたり迅速に逃げたりできるような対策が重要で、車内の通報装置の使い方を周知したり、事件を想定した訓練を重ねたりといった地道な取り組みがまずは求められるといえます。そのうで、筆者としても、防犯と人権のバランスをどこで取るか、鉄道事業者が考えるだけでなく、利用者を含めた社会全体の議論が必要だといえます
  • 千葉県警や東武鉄道などは、東武野田線の電車内で男が刃物を振り回したとの想定で訓練を実施しています。訓練は同県野田市の車両基地内で行い、市や消防なども参加、緊急停車した車両からホームに乗客を避難させたり、駅員らが刺股を使って不審者を制止したりして緊急時の対応を確認しています。
  • JR西日本の長谷川社長は、事件が相次いでいることを受け、JR西日本の新快速をはじめ、在来線の車両でも車内カメラの設置を早急に進める方針を明らかにしています。同社はすでに、山陽新幹線と北陸新幹線のほぼ全車両で車内カメラを設置、しかし在来線での設置は特急の一部にとどまり、通勤通学での利用が多い電車ではほとんど実績がなかったといいます。さらに、京王線の事件では、非常通報装置のボタンが押されたが、乗客側からの応答はなかったことから、同社は、複数の非常通報装置が作動した場合、乗客への聞き取りができなくても緊急事態が起きていると判断し、緊急停止や避難経路の確保といった措置を取るようにするということです。大事なことは、このようにできる対策を速やかに実行するということです。
  • 事件では、乗客によって「非常用ドアコック」が操作されました。車外に逃げようとするとっさの行動とみられるところ、鉄道各社では安全性の観点から、基本的に乗客の判断による使用は避けて欲しいという考えが主流だといいます。鉄道各社も判断の難しさを口にしており、今年8月に車内で刺傷事件が発生した小田急電鉄は、乗客によるドアコックの使用について「一概には言えず、目前で危機に直面した時に、使わないでとまでは言い切れない」と話しています。京王電鉄も「禁止」というより「むやみに操作しないでほしい」という趣旨だとしています。各社に共通するのは「まずは通報装置(通報ボタン)で乗務員に知らせて欲しい」という点となっています。
  • 事件を受け、JR北海道の島田社長は、北海道警と合同訓練を年内にも実施すると発表しています。また、札幌市営地下鉄も対応を強化しています。報道によれば、事件後に道警の扇沢本部長から合同訓練の提案を受けたといい、同種事件を想定し、犯人役を置いた訓練などを予定しているとのことです。JR北海道は2011年にJR石勝線で特急が脱線炎上し79人が負傷した事故以降、在来線列車内で火災発生した場合の訓練に重点を置いており、傷害事案を想定したものは机上が中心だったといいます。事件を受け、JR北海道は車内の非常用通報ボタンの周知の徹底や、駅構内などの巡回警備を強化しているといいます。札幌市営地下鉄もホームや改札などの巡回を強化。札幌市交通局によると、事件で焦点となったホームドアの開閉について、停車位置がずれても開放し避難を優先するようにするなど、マニュアルの改定も含め検討しているということです。
  • 九州新幹線でも、車内で男が床に液体をまき、火を付けた紙を投げ込んだ、模倣犯による犯行が発生しています。JR九州によると、九州新幹線は全車両に防犯カメラが設置されているものの、リアルタイムで監視できるのは「N700系」のみで「800系」は録画用になっているほか、N700系も運転士が映像を時折確認する態勢で、指令室で常時モニターできるわけではないとのことです。報道によれば、同社は「当面は警備体制の強化で対応する」とし、事件を受けて、JR九州は九州新幹線で1日平均15本のみに添乗させていた警備員を当面全ての列車(上下線計107本)で巡回させると発表しています。車両内で犯罪など緊急事態が起きた時、在来線なら次の駅に止められるが、新幹線は駅と駅の間が長いため原則的には乗務員がその場で対応する必要があり、最も重要なのは、車両内で何が起きているのか迅速に把握することです。把握できれば防刃手袋やさすまたを持った乗務員が急行できるが、把握できなければ犯行を抑えることも乗客を別の車両に避難させることも、警察や消防、指令室と連携することもできないことになります。車両の防犯カメラで常時監視できていない場合は、(乗客が押す)非常ブザーが重要になるが、乗客はブザーがどこにあるか知らないことも考えられ、複数の対策の徹底があらためて求められているといえます。

JR東日本が、顔の同一性を識別できる防犯カメラで刑務所の出所者らを検知する仕組みを一時導入していたことが波紋を呼んでいます。こうした仕組みは治安の向上や犯罪捜査に役立つ半面、プライバシーの保護が問題となり、社会を萎縮させる恐れもあります。報道によれば、顔を識別できる防犯カメラについて、国交省の担当者は「(顔の情報が)登録されていない人が危険物を持っている可能性もある。突発的な事件を防ぐことは難しい」と指摘していますが、JR東日本は今後「社会情勢の変化を踏まえ、再度検討する可能性はある」と述べています。JR東海はは「プライバシーなどに配慮しながら引き続き慎重に調査を進めていく」とし、東京メトロは現状では活用していないとし、今後については「セキュリティ上の観点からコメントを差し控えたい」と含みを残しています。一方、欧米では、顔識別データの取得に関して厳格な取り扱いが目立ち、EUの一般データ保護規則(GDPR)は、顔特徴データを含む生体情報について、本人の同意なく取り扱うことを禁じており、スペインで今年、小売店などが出所者情報と生体情報を結びつけて顧客を監視し、多額の制裁金を科されるという事例もありました。本件について、2021年11月18日付毎日新聞の記事「顔識別、どこまで容認 防犯カメラ 治安か、プライバシーか」で専門家2人の見解が掲載されており、ともに興味深いものでした。以下に引用します。

第三者機関で運用監視を 指宿信・成城大教授(刑事訴訟法)の話
  • 公共空間で顔識別システムを利用するには(1)映像を照合するデータの提示(2)利用目的の明確化(3)チェックの仕組みづくり―が必要だ。どんなデータと照合するかをJR東が報道されるまで明かさなかったのは問題だ。どんな場合に情報を警察に提供するかや顔情報の保持期間を公表し、第三者機関で運用をチェックさせるべきだ。
事前説明あれば容認の余地 星周一郎・東京都立大教授(刑事法)の話
  • JR東は出所者情報について、会社が被害者となった事案に限って根拠のある方法で提供を受けるとしていた。あらかじめ説明をすれば、社会的に容認される余地がある。顔識別システムは適正に使えば効果がある半面、不適正に使った時の害が大きい。不適正に使われないよう、制度的な担保が必要になる

鉄道車両だけでなく、学校もまた同じ構図を有しており、対策の難しさが露呈しています。先月24日、男子生徒が凶器の包丁を学校に持ち込み同級生を殺傷する事件が発生しました。不審者の侵入を想定した学校の安全対策は、2001年の大阪教育大付属池田小事件を契機に社会的な議論が進んできましたが、生徒が凶器を持ち込む事態までは想定されていません。2021年11月24日付毎日新聞において、学校教育における防犯活動に詳しい藤田大輔・大阪教育大教授(安全教育学)は、事件に至る背景の検証が再発防止に不可欠だと断ったうえで「生徒のケア・サポートを徹底しながら、命を大切にする教育を充実させることこそが重要だ」と、ソフト面の対策強化を訴える。学校現場では池田小事件以降、学外からの犯行を前提に「被害者にならない安全教育」が進んできたと指摘。「教科を横断して命を大切にする教育を拡充し『加害者にさせない安全教育』を進める必要がある」と指摘しており、大変考えさせられます。一方、ハード面の対策として、NPO法人「日本こどもの安全教育総合研究所」の宮田美恵子理事長は、子どもたちを信用することの大切さを踏まえつつ、金属探知機を活用した出入り口でのセキュリティチェックを抜き打ちで実施する方法もあると主張。「学校の安全をみんなで守る意識が必要。金属探知機には視覚的な抑止効果がある。生徒の安心感を確保できる」と指摘しており、こちらも参考となります。

(5)犯罪インフラを巡る動向

人工知能(AI)の犯罪インフラ性については、これまでも指摘してきたところですが、「兵器に人工知能(AI)を組み込むと人類が滅亡する恐れがある」との警告を学者が発しています。究極の犯罪インフラとなりかねない事態について、2021年11月30日付日本経済新聞の記事「「AI兵器で人類は滅亡する恐れ」 学界の権威が警告」から、一部抜粋して引用します。

兵器に人工知能(AI)を組み込むと人類が滅亡する恐れがある―。コンピューター科学者のスチュアート・ラッセル氏は2021年10月、英国防省の高官らに面会し、厳しい警告を発した。・・・自律型致死兵器システム(LAWS)に対する国際的なモラトリアム(一時停止)を求めるラッセル氏の呼びかけは、学界から広く共感を呼んだ。ドイツでは先週、400人以上のAI研究者がドイツ政府に宛てた公開書簡を発表し、ドイツ軍によるこうした兵器システムの開発を打ち切るよう求めた。「人間の殺害は決して、アルゴリズムの公式に基づいて自動化されるべきではない」。書簡には、こう書かれている。「ロボット兵器によって生死の判断が非人間化されることは、全世界で法的に禁止されなければならない」世界各国の政府と折に触れて会談するラッセル氏は、米国とロシアは英国、イスラエル、オーストラリアと並び、まだAI兵器禁止に反対していると話す。・・・ラッセル氏は、AI兵器はもはやサイエンスフィクションではなく、全く規制されないまま、急速に発達していると警告する。17年11月、トルコの軍事企業STMが新型兵器「カルグ」を発表した。ラグビーボールの大きさの完全自律型キラー・ドローン(無人機)で、画像・顔認識に基づいて標的を絞った攻撃を実行できる。国連によると、リビアへの武器売却に対する禁輸措置にもかかわらず、カルグは20年に選択的に標的に狙いを定めるため、内戦下のリビアで使用された。「STMは(AI)技術のリーダーではない国の比較的小さなメーカーだ。このことから、多くの国でこうした兵器を開発するプログラムが進められていると想定せざるをえない」とラッセル氏は語った。・・・ラッセル氏は、AI兵器の拡散は喫緊かつ現実的な脅威となると警鐘を鳴らす。「AIを搭載した殺傷用のクワッドコプター(4つのプロペラを持つ小型無人機)は靴磨きの缶ほど小さい。至近距離なら3グラム程度の爆薬で人を1人殺せる。普通のコンテナには100万個の殺傷兵器を積み込むことができ、任務を遂行するためにすべてを同時に送り出せる」。同氏は講義でこう語った。「このため、自律型兵器が安価で選ばれやすい大量破壊兵器になることは避けられない」・・・突き詰めると、いまだに禁止に抵抗している米国やロシア、英国のような政府を説得する唯一の方法は、個々人の自己防衛意識に訴えかけることだとラッセル氏は考えている。「技術的な問題が複雑すぎるといっても、子供たちだって恐らく(道理を)説明できるだろう」

究極の犯罪インフラとなりかねないAIを巡っては、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が、世界で技術開発が進むAIの倫理に関する国際的な規範を策定し、加盟国への「勧告」として11月の総会で日本や中国など193加盟国が採択したと発表しています。ユネスコによるとAIの倫理に関する国際的な合意は初めてだといいます。報道によれば、アズレ事務局長は「AIは(人類の)共通利益に役立つが、分かりにくさや不透明さなどの問題がある」と指摘、勧告に法的拘束力はないが、加盟国は法制化など「内容を履行する責任がある」とし、各国の取り組みをチェックし、評価する仕組みも盛り込んだと意義を訴えています。勧告は、AIを開発、利用する際に尊重すべき価値として(1)人権(2)環境保全(3)多様性(4)平和や公正さ―を掲げ、プライバシー保護や透明性確保など守るべき10の原則を規定、さらに「性別に関する型にはまった考えや差別的な偏見がAIのシステムに反映されないようにする」などさまざまな分野での具体的な行動も多数定めています。また、中国がAIを使った顔認証など、社会監視を進めていることに触れ、「中国を巻き込んだ国際規範を作り、歯止めをかけることには意義がある」と指摘しています。なお、AIの分野で世界をリードする米国はユネスコを脱退していますが、ユネスコの担当幹部は、オブザーバーとして策定の過程に参加したと説明、「履行にも取り組むべきだ」と呼び掛けています。

米国の変電所で、ドローンによる「攻撃未遂」が発生していたことが明らかになりました。報道によれば、ドローンから垂らした導線で送電線をショートさせる目的だった可能性が高く、ドローンによる攻撃の脅威が現実になりつつあることを改めて浮き彫りにしています。ドローンの犯罪インフラ性についても、本コラムでは当初より警鐘を鳴らしてきましたが、市販のドローンが惨事を引き起こす可能性については、その入手のしやすさと性能の高さが悪人たちに犯罪のチャンスを与えてしまうとして、専門家からは少なくとも6年前から警告が発せられていたようです。実際に2018年には、爆薬を積んだドローンがベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領の暗殺計画に使われたほか、ISなどのテロ組織は、量産品のドローンを偵察と攻撃の両方の目的で使用していることがわかっています。ペンシルベニア州で起きた今回の事件は、米国内におけるドローンの使用が深刻なレベルへとエスカレートしている事実を浮き彫りにするとともに、ドローンの脅威がいかに差し迫ったものになっているかを強く物語っています。冒頭のAIの究極の犯罪インフラとなりかねない状況に関連して、中東で攻撃用のドローンの開発競争が激しさを増しているといい、最先端の技術を持つイスラエルに加えてトルコやイランも開発を進めており、旧ソ連圏やアフリカのほか、中東の民兵組織にも供与されているとの見方が大勢となっています。技術革新で攻撃の精度や情報収集能力も大きな進歩を遂げているとみられ、地域紛争の主役になりつつあると認識されています。これらの深刻な脅威が迫っているのに対応が進まない「不作為」が、世界を混乱に陥れることがないよう、世界は速やかに対策を講じる必要があります。

犯罪インフラを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルなどは、パレスチナの人権活動家6人のスマホが、イスラエルのサイバー企業が開発したスパイウェア「ペガサス」に感染し、ハッキングされたと発表しています。報道によれば、10月中旬にパレスチナの人権6団体の活動家約70人のスマホを調べたところ、6台が昨年7月~今年4月にハッキングされていたことが判明、人権団体が国連に調査を求めています。イスラエル政府が、敵対する活動家の行動を監視するためペガサスを利用したとの見方が出ていますが、実はこの6団体は、パレスチナの過激派に資金提供しているとして、イスラエル政府から「テロ組織」に指定されました。しかし根拠に乏しく、欧米諸国はイスラエルを批判しています。ペガサスは、ハッキングしたスマホを遠隔操作し、メールや位置情報を抜き取ったり、通話を傍受したりできる犯罪インフラであり、米商務省は11月、ペガサスを開発したイスラエルのサイバー企業「NSOグループ」を事実上の禁輸対象に指定しています。
  • 偽造在留カードなどを使って他人になりすまし、スマホをだまし取ったとして、大阪府警南署は、住居不定でベトナム国籍のグエンム容疑者を詐欺と入管法違反(偽造在留カード行使)の疑いで逮捕しています。グエン容疑者は「グループから指導された。手に入れたスマホは仲間が転売した」と供述、同署は組織的に転売を繰り返し、利益を得ていたとみて調べているといいます。具体的な手口としては、大大阪府内の携帯電話販売店で、偽造した他人名義の在留カードを提示、この人物になりすましてスマホ1台(15万6,000円相当)をだまし取ったとされます。グエン容疑者らはインターネットで集めたベトナム人のアルバイトに、格安の携帯を契約させ、アルバイトから契約者情報が入った「SIMカード」を受け取り、これと偽造在留カードを使って機種変更の手続きをすることで、高額なスマホを手に入れていたといいます。偽造在留カードおよびスマホ購入時の本人確認手続きの脆弱性自体が犯罪インフラだといえます。そして、不正に取得した携帯電話は別の犯罪に悪用されるという構図も見えてきます。また、国の制度を悪用したという点では、海外の親族に送金した際に税負担を軽くする制度を悪用したとして、英会話教室で講師をしていたフィリピン国籍の女性と、女性に依頼して所得税の不正還付を受けた少なくとも約70人が国税当局の税務調査を受け、計約5,000万円を追徴課税されていたというものがありました。報道によれば、問題となったのは、親族を養う人の税負担を軽くする扶養控除で、海外の親族に生活費や教育費などを送金する場合、親族であることを示す出生証明書などの書類や送金証明書を提出し、一定の条件を満たせば、所得税の還付を受けられるものです。女性はこの制度を悪用し、知人らの送金証明書などを偽造し、虚偽の確定申告書類を作成、還付された所得税額の約3割を依頼者から手数料として受け取ったとみられますが、申告していなかったということです。
  • 愛知県一宮市に本部を置く全国有数規模の外国人技能実習生の監理団体「アジア共栄事業協同組合」が、許可の取り消し処分を受けました。人材育成による途上国への技術移転と国際貢献が目的とされる外国人技能実習制度で、本コラムでもたびたび警鐘を鳴らしてきましたが、実習生を守るべき監理団体の違法行為が続く由々しき事態となっています。報道によれば、監理団体は全国に約3,500ありますが、監理業務が不適切だったり、資格のない他人に名義を貸して監理業務を委託したりするなどの不正が相次ぎ、これまで30団体が許可を取り消されているといいます。2020年には、広島市などにある3団体が計約5億円の所得隠しを国税当局から指摘されるなど、金銭を巡る問題が絶えません。また、制度を巡っては実習先でのトラブルも多いく。愛知県労働組合総連合(愛労連)によると、「実習先で暴力を振るわれた」、「賃金が支払われない」などの相談が年々増加、愛労連には、昨年1年間で127人の実習生からSNSを通じて相談が寄せられたということです。また、別の「監理団体」大手も10月、特定企業への5億9,000万円に上る支出を巡って内閣府から7月に続いて2度目の勧告を受けています。そもそも技能実習は米国務省に「借金に基づく強制労働」と指摘されるなど国内外から批判を浴びてきましたが、監理団体は技能実習法で、外部の人材を役員や監査人に充てるよう義務付けられているものの、効果が表れているとは言いがたい状況が続いています。強制労働の根絶に向けては、欧州などで企業に対し、自社だけでなくサプライチェーン全体を対象にした調査や対策を求める動きも広がっています。外国人労働者の人権を守る仕組みが機能しない限り、日本企業がグローバル市場から排除される恐れは消えない深刻な状況であるとの認識が必要であり、監理団体の犯罪インフラ化を食い止める取組みが急務です。
  • ショートメッセージサービス(SMS)認証を不正に代行したとして、警視庁は、料理人の男を私電磁的記録不正作出・同供用容疑で逮捕しています。報道によれば、男は今年5月、岐阜県の20代の無職の女性に、フリーマーケットサイトの利用登録に必要な電話番号とSMSで届く本人確認用の数字を教え、SMS認証を代行してサイトのアカウントを不正に作らせた疑いがもたれていますが、「犯罪になるとは思わなかった」と一部否認しているようです。警視庁は男がツイッターで客を募り、1件2,000円で約300回の認証を代行し、計約60万円を得たとみています。
  • 近年はスマホンを持つ小学生が増え、SNSを通じて犯罪に巻き込まれるケースが少なくない状況があります。少子化で子供が被害に遭う事件は全体的には減っているものの、こうしたSNS起因の略取誘拐事件は増加しており、ネット空間への対処が急務な状況です。報道によれば、デジタル性暴力の被害者支援に取り組むNPO法人は今年8月、SNSでの性被害の実態調査を実施、ツイッターで「甘い物が好きな14歳の女子中学生」の設定で架空のアカウントを作ったところ、2カ月で170人以上の大人たちからメッセージが殺到、大半が性的な行為を求めてきたといいます。多くのSNSでは、13歳未満の子供の使用を認めないか、保護者の同意が必要としているが、同NPO法人は「本人認証の機能や規制がゆるいサイトもあり、性犯罪の温床になりかねない」と指摘しています。正にSNSの犯罪インフラの一面だといえます。
  • 本籍や生年月日、結婚歴、親族関係など、膨大な個人情報が、自分の知らないところで他人に入手されている現実があり、しかも防ぐ制度はあるが、ほとんど利用されていないということが明らかになりました。それは、警察幹部が「たまたま発覚した」と明かした事件で、不正取得された住民票や戸籍謄本などが計約3,500通にのぼったというものです。報道によれば、一連の捜査で、行政書士は約5年間で全国の探偵55社から依頼を受け、計約3,500通の戸籍謄本などを不正に取得していたことが判明しています。戸籍謄本などを本人以外が取得するには委任状が必要であるところ、弁護士や司法書士、行政書士らは委任状がなくても「職務上請求書」を使えば、本人の同意はいらないという戸籍法などに基づく仕組みで、行政書士の場合、自動車の名義変更代行や遺産相続の相続人調査といった理由で使われるのが一般的ですが、探偵の調査に流用することは違法となります。報道で、ある行政書士会の幹部は「正直、利用目的を偽って書かれたらチェックしても見抜けない。結局は個々の倫理観に頼らざるを得ない」、兵庫県警の幹部も「見えにくい犯罪。今回の事件もたまたま発覚した」と述べています。さらに、一部の市町村などが導入している通知制度があり、第三者が住民票や戸籍謄本などを取得した場合、本人に知らせる仕組みで、10年ほど前から全国的に導入され始めたものの、事前登録が必要で、利用者は少ないのが実情です。このような専門家の関与する「専門家リスク」は外部から容易に把握できない構図が多く、行政書士会幹部の指摘するとおり、「職業倫理観」に大きく依存する点に脆弱性があります。
  • コロナ禍で取り込み詐欺も増えているようです。2021年11月22日付朝日新聞に具体的な事例が紹介されていました。
  • 取引先の実態を十分確認するという点では、循環取引についても同様です。直近では、蓄電池の設計・開発を手掛けてきたD-LIGHTが、東京地裁から破産手続き開始決定を受けました。破産申立書には債権額が1億円を超える債権者が40社近くに上っていただけでなく、同社が不正な「循環取引」を行っていたという記述もありました。自社では工場を持たない「ファブレス」の成長企業と周囲に見せかけ、多くの取引先を巻き込む形となりました。循環取引は、グループ間で資金を融通するうちに、卸業者に対する上乗せ分(商社などの利益)が当然不足してくるため、それを埋めようと架空の循環取引の額が次第に増えることになり、増やせば増やすほど上乗せする金額が大きくなることから、いずれはどこかの段階で破綻することは目に見えていたはずです。今回のケースに限らず、循環取引の帰結として破綻する企業は毎年のように現れており、それを「見抜く力」を持つことが重要になります。循環取引の多くのケースでは、売り上げが急激に拡大しており、周囲からは成長企業と見られることが多く、これを利用して金融機関からの融資を受けやすくする狙いがあったようなケースもあります。しかし、いったん循環取引に手を染めるとそこから抜け出すことは難しく、循環取引と知らずに巻き込まれて多額の損失を被ると、最悪の場合、連鎖倒産につながることもありえます。そうした被害にあわないためにも、取引の商流はよく確認し、本当に実態のある取引かどうかを確認する作業を怠ってはいけないということになります。
  • だましの電話をかけるスマホ、その通信に必要なSIMカード、金を振り込ませる口座など、被害が絶えない特殊詐欺の犯罪ツール(道具)を調達する集団が存在することは、本コラムでも毎回指摘しているところです。そのような道具屋にスポットを当てた記事(2021年11月16日付朝日新聞)がありました。
  • 「地面師」については、前回の本コラム(暴排トピックス2021年11月号)でも取り上げましたが、直近でも、東京都渋谷区の土地所有者に成り済ますなどし、不動産会社から約6億5,000万円をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は、「地面師」の男ら2人を詐欺などの疑いで逮捕しています。報道によれば、2人は2015年、同区富ケ谷の土地をめぐり、所有者の台湾籍の男性に成り済ますなどして不動産会社に売却話を持ち掛け、約6億5,000万円を詐取した疑いが持たれています。所有者と信じ込ませるため、偽造されたパスポートや印鑑証明書を不動産会社側に提示していたといい、ここでも「道具屋」が関与していることが分かります。不動産会社が土地を登記しようと関係書類を法務局に提出したところ、偽造が発覚、警視庁に刑事告訴していたものです。対面であっても本人であることを確認することは極めて難しいことをあらためて認識する必要があります

    体形や肌など見た目のコンプレックスを過度にあおり、誇大に効果をうたう化粧品や健康食品のネット広告について、大手IT企業を中心に排除する動きが出ています。報道によれば、日本広告審査機構(JARO)に「不快だ」との苦情が急増しており、違法な内容も多いといいます。JAROは悪質な広告について、販売業者側に警告。削除や変更を求めているものの、多すぎて対応が追いつかない状況といいます。不適切な広告の発信元の多くは、商品の販売業者ではなく、「アフィリエイト」と呼ばれるネットビジネスをしている個人や小規模業者だとみられています。作成した広告経由で商品が売れれば、販売業者側から実績に応じた金額を受け取れる「成果報酬型」で、副業で始める人が増加、悩みを抱える人らの目をひくために、不適切な表現が横行しやすい構図となっています。大手IT企業は対策を迫られており、ヤフーは2020年8月、「一部の身体的特徴をコンプレックスとして表現するような広告」として具体例を挙げ、サイトへの掲載を断ると発表、ユーチューブに表示される広告を巡っても2020年、「体毛や体形に関する卑下の広告、やめませんか」というネットの署名運動が始まり、4万人以上が賛同しています。ユーチューブを運営する米グーグルの日本法人によると、不適切な広告の削除を強化しており、昨年6月から今年10月までに計55万件に上るといいます。こうした成果報酬型のインターネット広告「アフィリエイト」で虚偽や誇大な表示が問題となっていることを受け、消費者庁は、全国の消費者2万人に実施したアンケートの結果を公表しています。ブログなどの形式をとった広告について、86.8%が「広告だと分かるようにしたほうがいい」と回答、消費者庁はネット広告のルール作りに生かす方針を示しています。そのほか、「毎日少なくとも1回はインターネットを利用する」と回答した約1万9,800人のうち、87.5%が「第三者の体験談や口コミは参考になる」とした一方、「企業からお金をもらって書かれた場合」は34.1%に減少するという結果になりました。消費者庁のアフィリエイトを巡る有識者検討会は「『広告主から対価を得ている広告』であるとの明示を義務付ける重要性が、アンケート結果から裏付けられた」と指摘しています。

    ▼消費者庁 第5回 アフィリエイト広告等に関する検討会(2021年11月26日)
    ▼資料2-3 これまでの検討・議論を踏まえた本検討会の取りまとめの方向性(事務局資料)
    論点1 問題のあるアフィリエイト広告に対する法執行
    1. 実態・課題
      • 国民生活センターや日本広告審査機構等が、広告主に対して問題のある表示について指摘した際に「アフィリエイターが勝手にやったことだから」と自らには責任がないとする広告主の主張に対し、十分な反論ができず、強く表示改善を求めることができない。
      • 少数の問題のある広告主や、その出資会社・コンサルタント会社によって多くの問題が引き起こされている。問題のある広告主や、その出資会社やコンサルタント会社は問題を指摘されると、会社を清算し、こうした会社のいずれかにおいて問題となる広告についての実質的な指示役を担っていた役員等の個人が他の会社を立ち上げて不当な表示を繰り返す。
      • アフィリエイト広告そのものが問題のある広告手法ではない。確かに問題のある表示の露出は多いが、そのような問題のある表示の大部分は、一部の問題のある広告主や、その出資会社・コンサルタント会社により生み出されているものが占めているのが実態である
    2. 検討の視点
      • アフィリエイト広告であっても、景品表示法上は、広告主の表示とされるものであることを、広告主等の事業者側及び問題表示を指摘する側の双方に広く周知徹底していくことが必要ではないか。また、表示の改善を求めることの実効性を高めるためにも、引き続き、景品表示法の厳正な対処が必要ではないか。
      • 問題のあるアフィリエイト広告の実態を踏まえると、広告主と出資会社・コンサルタント会社が連携共同して通信販売を行い、一体となって事業活動を行っていると認められる場合は、景品表示法上の供給主体を認めて景品表示法を適用することも必要ではないか。また、これらの会社において、問題となる広告について、実質的な指示役を担っていた個人に対して、広告業務禁止命令を行うことも視野に入れ、これらの会社に対する特定商取引法の適用を行うことも必要ではないか。
      • 上記実態が存在する中で、アフィリエイターが広告主の指示を超えて、問題のある表示を行うこともある。ASPやアフィリエイターに対しても景品表示法の対象となるよう法改正を行うべきか。あるいは、アフィリエイト広告市場の健全な発展を促す観点から、まずは広告主によるアフィリエイターの管理といった取組で対応すべきか。
    論点2 広告主によるアフィリエイト広告の管理方法(未然防止の取組)
    1. 実態・課題
      • 不当表示の未然防止に係る対応や不当表示の発生後の対応について、広告主の管理上の措置状況に大きな差がある。
      • 消費者向けアンケート結果を踏まえると、アフィリエイト広告に「広告」と明示していないことが消費者の自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがある。
      • 消費者が広告主に対して、苦情・返品等の情報提供や連絡を行おうとしてもできない。
      • アフィリエイターが広告主の指示を超えて、問題のある表示を行う場合もある中で、広告主によるアフィリエイト広告の表示内容の管理状況には差がある。
      • 業種によって、法令遵守のためのアフィリエイターへの研修の実施状況に差がある。
    2. 検討の視点
      • 広告主がアフィリエイト広告による宣伝活動を行う場合には、消費者が広告である旨を認識できるよう、広告主との何らかの関係性を明記することが必要ではないか(その文言等については実態を踏まえて判断する必要があるのではないか)。加えて、どの広告主の広告であるかも明示した方がいいのではないか。併せて、消費者庁はどのような文言等が消費者にとって望ましいかについて具体的な事例を示すことが必要ではないか。
      • 広告主は消費者が情報提供や連絡等を確実に行うことができる連絡窓口等の設置を行い、その際、不当な表示を迅速に削除・修正できるような体制の構築も行うことが必要ではないか。
      • 広告主は、アフィリエイト広告の管理(例えば、表示内容の確認、確認を行うための表示内容の保存)を十分に行うことが必要ではないか。
      • 広告主は、社内の担当者及びアフィリエイターに対して、景品表示法の専門家による定期的な研修を実施することが必要ではないか。
      • 広告主が未然防止・事後的対応を十分に行えるようにするために、上記の取組等について、アフィリエイト広告の表示における管理上の措置に係る指針を新たに定め、適切に当該指針の運用を行うことが必要ではないか。
    論点3 アフィリエイト広告に関する官民協同した情報共有体制の構築
    1. 実態・課題
      • 問題のある広告主に関しては、アフィリエイト広告の関係事業者全体で継続的に対応していくことが必要であるが、現在は関係事業者間での情報共有・連携ができていない。
    2. 検討の視点
      • 自主ルールの策定、当該ルールの効果的な運用、問題ある広告主等の情報共有等をするために、アフィリエイト広告の関係事業者による協議会等の仕組みを設置することが必要ではないか。また、消費者庁を含めた関係省庁はどのように関与していく必要があるか

    総務省は、インターネットのサイト運営会社やアプリ提供会社が利用者の閲覧履歴を広告会社に提供する際、利用者から同意を取ることを義務付ける方針を有識者会議に示しています。閲覧履歴は利用者の好みにあった商品をサイトで表示する広告に利用されており、個人情報保護の観点で課題が指摘されていたものです。閲覧履歴は個人の氏名や住所などが含まれないため、個人情報保護法の個人情報とは見なされません。個人の通話やメールでのやりとりを第三者に漏らすことを禁じる電気通信事業法の「通信の秘密」の対象にもなっていません。このような現状では、履歴が利用者の意思に関係なく外部に提供されても問題にならないことになります。一方で、海外では、EUがいち早く閲覧履歴の外部提供を巡るルール整備を進め、2018年に施行した一般データ保護規則(GDPR)は、保存された履歴も個人情報とみなし、本人の同意のない外部提供を原則、禁じました。企業の取り組みも始まっており、アップルなどは利用者が閲覧履歴の外部提供を制限する仕組みを持つソフトを提供しています。このように、閲覧履歴が注目される背景には、ターゲティング広告を中心とするネット広告が急成長していることが挙げられます。報道によれば、国内の2020年の広告市場規模は6.1兆円で、そのうちネット広告は2.2兆円と36%を占めています。コロナ禍にあっても、ネット広告だけは成長を続けており、利用者にとっては、興味を持った商品が次々と提案される便利な面もあります。また、業界団体「日本インタラクティブ広告協会」は、広告会社に対して利用者が自らデータの取得や利用を判断できるような仕組みを提供するよう求めていますが、「閲覧履歴が外部で利用されていることは、現状で広く周知されてはいない」との声も上がっているところです。

    ターゲティング広告の弊害については、トイレ修理や鍵の交換など、業者が出張訪問して行う「暮らしのレスキューサービス」(レスキュー商法)の利用を巡り、インターネット検索で表示された業者に依頼し、不当な高額請求を受けるなどトラブルに巻き込まれるケースが増えていることが一つの例といえます。報道によれば、被害者の弁護団は5月、グーグル日本法人「グーグル合同会社」に対し、広告掲載にあたり悪質なビジネスに利用されないように厳格な審査を行うことや、掲載後も広告内容に問題がないか情報収集を続けることなどを求める申し入れ書を送っています。同法人は、広告に関する規約で、不適切な価格設定や、虚偽記載を行っている広告を禁止しており、弁護団事務局長の弁護士は「規約に違反しているのが明らかな広告を放置しているのであれば問題だ」と指摘し、「レスキュー商法には、リスティング広告が効果的に利用されており、被害を拡大させる恐れがある」と話していますが、現時点で同法人から回答はないといいます。

    このような消費者のプライバシー意識の高まりを背景としたターゲティング広告への厳しい目線への対応として、米メタ(旧FB)がサービスの見直しを加速しています。先月、広告の配信対象を絞り込むターゲティング機能を制限すると発表したほか、顔認識技術の利用中止も決めており、技術を活用して利便性を高めることを優先してきた経営が転機を迎えているといえます。報道によれば、2022年1月19日から健康や人種・民族、政党、宗教、性的志向に基づいて広告の配信対象を絞り込む機能を廃止するとし、具体的には広告主が「化学療法」、「同性婚」、「LGBT文化」、「カトリック教会」といったカテゴリーを選んで広告を配信することをできなくする予定だといいます。SNSの「フェイスブック」に加え、スマートフォンの画像の共有アプリ「インスタグラム」なども機能制限の対象とするとしています。同社については、9月半ばから内部告発に基づく管理体制の不備などを指摘する報道が相次ぎ、逆風は強く、米調査会社の10月の調査によると、フェイスブックに好ましくない印象を抱いている人の割合は39%に達し、メタも40%に上っています。社名変更についても「スキャンダル回避」などと見る人が多く、信頼回復は道半ばの状況のようです。

    広告の関連で言えば、政治広告を規制する動きも世界中で顕著となっています。EUの行政執行機関にあたる欧州委員会は、インターネット上の政治広告を巡る規制法案を発表しています。大手IT企業などに広告手法やスポンサーに関する情報開示を義務付けるほか、個人データによって広告を受け取る相手を絞り込む「マイクロターゲティング」について、プライバシー面で特に保護が求められるデータの利用を禁止するとしています。世論誘導や偽情報拡散への悪用が指摘されるネットの政治広告の透明性を高める狙いがあり、報道によれば、SNSなどを運営するIT企業やメディア、広告代理店など、政治広告のスポンサーや支払われた広告料などを明示するよう義務付けるほか、どのように広告を受け取る対象を絞り込んだり、ネット上に拡散させたりしているかの手法についても情報開示を求めるとしています。さらに、政治信条や宗教、人種、性的指向などといった特定の個人データを利用した配信対象の絞り込みは禁止するほか、違反した企業には罰金が科せられることになります。ネット上の政治広告はネットサービスなどで収集した有権者の個人データを利用し、それぞれの関心や好みを合わせて対象を絞るため、投票行動を操作しやすいと指摘されています。不正確な情報を含んだ政治広告で対立陣営を攻撃する方法も問題視され、民主主義への悪影響を懸念する声が強まっています。企業側も批判を受けて自主規制を進めており、ツイッターは2019年11月に政治広告の掲載を中止、グーグルやFBも政治広告の一部を制限するなど、運用の見直しを始めているところです。

    また、グーグルは、来年5月のフィリピン大統領選を前に同社プラットフォーム上での政治広告を禁止すると発表しています。報道によれば、グーグルはフィリピンにおける政治コンテンツポリシーを更新し、いかなる政党や候補者についても宣伝や反対運動を行う選挙広告の掲載を2022年2月8日から同5月9日まで禁止するとしています。グーグルは2019年のカナダ総選挙や2020年のシンガポール総選挙の際にも自社プラットフォームでの政治広告を禁止しています。なお、アナリストは、2016年フィリピン大統領選でのドゥテルテ氏勝利や、同氏の支持者による2020年中間選挙での圧勝にフェイスブックなどのソーシャルメディアプラットフォームが寄与したとみています。

    日本の最先端技術の海外流出を防ごうと、警察当局の捜査員らが民間企業への注意喚起を始めています。政府が重要政策として掲げる経済安全保障(経済安保)の強化が狙いで、スパイ事件の手口を紹介し、流出の未然防止を図るとしています。経済安保の狙いは、原発などの重要インフラや先端技術が外国に支配され、国の安全が脅かされる事態を回避することにあります。警察当局は先端技術が流出して国際競争力が低下すれば、国民生活に影響が出かねないとして企業に対策強化を促すこととしました。これらの活動は「手を差し伸べる」という意味で、警察内で「アウトリーチ活動」と呼ばれており、警察はこれまで、ひったくりなどの街頭犯罪対策などで犯罪の未然防止活動を展開してきましたが、その手法をスパイ事件などを摘発する外事警察でも本格的に進めることとしています。報道によれば、企業側も「警察と顔の見える関係を築くことができるのはありがたい」、「(経済安保を巡る)警察の活動内容や世間の動きを把握でき、有益と感じている」と好意的に受け止められていた一方で、「テレワーク業務も増え、社員の動向すべてをチェックするのは難しい」、「警察にどこまで協力すべきか判断に迷う」といった声もあるようです。日本では小説の中でのことと考えられがちな経済スパイ対策が、今後、企業における重要なリスク管理の一つとなると認識する必要があります。経済安全保障の重要なテーマの一つである半導体については、世界的に不足していることから偽造品の流通が増えており、日系の半導体商社が真がん判定に乗り出していると報じられています。偽造品と知らずに最終製品に組み込めば、誤作動が起きかねず、電機メーカーなどから検査の引き合いが強まっているといい、商社は自前で持つ解析設備を活用して新たな顧客開拓につなげようとしているといいます。そもそも半導体サプライチェーンは、設計から製造、組み立てといった工程を世界各地で分業するのが一般的で、偽造品が紛れやすい環境だといいます。

    また、経済安全保障について、日本企業も専門部署を立ち上げるといった対応も始まっています。共産圏に機微技術が流出しないよう管理していた冷戦時代よりも複雑さは増し、グローバル化が進んだ今はサプライチェーンや資金の流れ、サイバー空間などにも目を配らねばならず、必要な人材を揃えて態勢を整えるのは容易ではなく、企業の多くは手探り状態で、それを支援するビジネスも立ち上がり始めています。報道によれば、今年10月に誕生した岸田政権が担当大臣を新設し、経済安保への取り組みを看板政策に掲げる1年前、三菱電機は経済安全保障統括室を立ち上げたといいます。社内から集めたおよそ10人が、国内のグループ会社に配置された約1,000人とネットワークを構築し、日々情報をやり取りしており、米国が制裁を課す企業が製品の販売先に含まれてないか、輸出規制が新たに追加された品目はないか、半導体など重要部品のサプライチェーンに脆弱性はないか、扱う対象は幅広く、「起きてからのリスク対処だけでなく、リスク事象が起きるかもしれないことを予見して、その影響をミニマムにするためのリスク制御の機能にもなっている」と同社常務は述べています。さらに、「輸出規制だけでなく、技術の規制、投資の規制もあり、判断する時には、国際政治の知見、地政学という知見も必要で、バランスを持った知見の方がそんなにいるはずもなく、「人材は課題」とデンソー役員は述べています。また、IT企業のFRONTEOは、人工知能(AI)を使って独自に編み出した手法でサプライチェーンなどのリスク分析や解決に向けた提案をしており、「日本の企業が新たな国際秩序の中で事業を持続させ、人権問題などの経済安全保障におけるリスクを回避し戦略を立てることができるよう貢献したい」と社長は述べています。

    画像から顔の特徴をつかみ、個人を特定する「顔認識」技術の利用拡大に規制をかける動きが世界で出てきています。簡単に個人が識別できる半面、本人の知らないところで監視に使われ、プライバシーを侵すリスクもあります。報道によれば、懸念の高まりは、膨大な情報を保有する巨大IT大手にも対応を迫っており、豪州のプライバシー保護当局、情報コミッショナー事務局(OAIC)は、米国のITベンチャー企業「クリアビューAI」による顔画像の収集がプライバシーを侵害する違法行為と結論づけたと発表、豪州の個人から集めた画像の削除などを命じています。今年1月にはドイツ・ハンブルク州の当局が同社の顔画像収集を、EUの一般データ保護規則(GDPR)に違反すると判断、データ保護を申し立てた人物の画像の削除を命じています。2月にはスウェーデンのデータ保護当局が同社のシステムを使った同国警察の違反を認定し、警察に25万ユーロ(約3,260万円)の罰金を科しています。カナダでも2月に当局が同社のプライバシー侵害を認め、画像の削除を勧告、さらに6月には同社のシステムを使った警察にも問題があったと認定しています。プライバシーコミッショナーのダニエル・テリエン氏は「顔認識技術には公共空間での匿名性を破壊し、大量監視を可能にする力がある。適切なプライバシー保護がなされない限り、警察による利用は深刻なプライバシー侵害を起こす可能性がある」と指摘しています。顔認識技術については、現状では社会の懸念も大きく、制度も不十分です。透明性と説明責任を担保しながら、多くの人が納得できる形で利用を進める必要があるといえます。

    サイバー攻撃への対応が困難さを極めていますが、国家レベルでのサイバー防衛の視点からの提言として、2021年12月2日付日本経済新聞の記事「サイバー技術、悪用防止へ国際規制が必要」の池田明史・東洋英和女学院大学長の指摘は大変興味深いものでした。以下、一部抜粋して引用します。

    私が専門とする中東地域で、イスラエルは軍民をあげたサイバー大国として知られる。既存の軍事装備をいくら充実させても、遠く離れたイランの動きを察知するのは難しい。サイバーを国家戦略の中枢に据えるのが必然だった。軍がサイバー技術を抱え込んでいるわけではない。民間企業のイノベーションを促している側面もある。…イスラエルが新型コロナウイルスの第1波で感染拡大を防げたのは、官民が張り巡らせた監視網の効果が大きい。誰がどんな人と接触しているかを追跡する技術を活用した。日本がイスラエルを参考とするには「光」だけでなく「影」にも留意すべきだ。…イスラエルでさえサイバー技術を使った監視の是非を巡って議論が巻き起こっている。サイバー産業の野放図な発展も問題点として挙げられる。企業が開発した技術を閉鎖的な強権国家に提供すれば悪用されかねない。サイバー技術は兵器となり得る。核拡散防止条約(NPT)やクラスター爆弾禁止条約のように国際社会が規制のあり方を検討する必要がある。

    関連して、同じくサイバー防衛の観点からの指摘を紹介します。2021年11月27日付日本経済新聞の記事「サイバー事故調、国会に設置を」から、一部抜粋して引用します。

    日本の国会はサイバー防衛をめぐる議論が皆無に等しい。米欧の議会は国の安全を揺るがす問題という危機意識を持って活発に議論している。個人の権利や民主主義にも関わるのだから、国会の関与や超党派での対応が必要だ。・・・日本のサイバー防衛は憲法21条の「通信の秘密」の解釈が他の民主国家に比べ厳格だ。平時から潜在敵国のネットワークを探り情報を収集できるようにしなければ有事対応は難しい。あるサイバー攻撃が武力攻撃事態に該当するのか、誰が攻撃者なのかはすぐには分からない。事態認定や攻撃者の特定、サイバー反撃の可否の判断には政治的な決断が求められる。国会にも事後検証が期待される。・・・国会議員を選出する選挙自体も攻撃対象になりえる。日本はサイバー空間を使った選挙介入やディスインフォメーション(偽情報)に対応・所管する官庁が不明瞭だ。米国は選挙関連の不確実な情報が流れると国土安全保障省傘下のサイバーセキュリティ専門機関(CISA)がその真偽を判定し、公表する。日本の国会議員にとっては、サイバー分野は票に結びつかないとの意識があるのかもしれない。今のままでは民主主義の基盤すら脅かされる。国会に大規模サイバー攻撃や選挙介入に関する超党派の事故調査委員会をつくるのも一案だ。

    徳島県つるぎ町立半田病院が10月末、サイバー攻撃に遭い、深刻な事態に陥っています。データを勝手に暗号化し、復旧と引き換えに身代金を要求するコンピューターウイルス「ランサムウエア」に院内のシステムが感染、患者約8万5,000人分の電子カルテが見られず、診療費の会計もできなくなりました。外来患者の新規受け入れを全面的に停止し、診察内容は手書きでカルテに記録するなど対応に追われているといいます。現時点で復旧の見通しは立たず、身代金を支払わらず再構築をする選択をしました。その取り組みは、正に災害対応といっても差し支えないレベルです。2021年11月、各新聞社がその対応を記録する記事を複数発信していますので、ぜひ一読いただきたいと思います。以下にごく一部ですが、印象に残った部分を抜粋して引用します。

    ランサム攻撃でカルテ暗号化 徳島の病院、インフラ打撃(2021年11月12日付日本経済新聞)
    病院へのランサムウエア攻撃は世界で相次いでいる。2020年5月に英国の複数の病院が攻撃を受けてシステムが停止し、手術のキャンセルなどに追い込まれたほか、9月にはドイツの大学病院が攻撃され、患者を別の病院に搬送するなどした。新型コロナウイルスの感染拡大で医療現場の負担が増す中、診療記録などの重要データや医療機器を扱う病院はランサムウエアによる影響が深刻化しやすい。攻撃者は石油パイプラインなどのインフラ企業と同様に、医療機関も身代金の支払いに応じやすい標的とみている可能性がある。日本では半田病院以外にも、17年に福島県立医大病院、18年に奈良県の宇陀市立病院でランサムウエアの攻撃が確認されたが、海外に比べ被害件数は少ない。ただ被害の多い欧米では捜査当局が摘発を強めており、米国は攻撃者に関する情報提供に報奨金を出すなど国を挙げた対抗策も打ち出す。攻撃者が日本の取り締まりは手薄だとみれば、今後の標的となる恐れもある。警察庁は22年春にも専門で対策にあたるサイバー局を新設する方針で、海外の捜査機関とも足並みをそろえ、ランサムウエア攻撃などの抑止につなげたい考えだ。
    (6)誹謗中傷対策を巡る動向

    性被害の申告が虚偽だとするイラストをツイッターに投稿され名誉を傷つけられたとして、ジャーナリストの伊藤詩織さんが、漫画家のはすみとしこさんに550万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は、88万円の支払いを命じています。はすみさんの投稿をリツイート(転載)した漫画家と医師の男性2人に対してもそれぞれ11万円の賠償を命じています。報道によれば、はすみさんは2017年6月~2019年12月、元TBS記者の山口敬之氏との間で性被害があったとする伊藤さんの申告について、虚偽であるかのようなイラストなど5件を投稿、伊藤さんは、これにより社会的評価を著しく低下させられたなどと主張、さらに、男性2人によるリツイートについては、「ツイートに賛同の意思を示す表現行為で、責任を負うべきだ」と訴えていたものです。一方、はすみさんは「元TBS記者の言い分を記載したにすぎない」、男性2人は「フォロワーに元TBS記者の主張を提供しただけだ」などと反論していました。本件は、誹謗中傷の問題とあわせ、深刻化する性暴力被害を告発した人が攻撃され2次被害を受ける「セカンドレイプ」について社会が議論する契機になるものと期待されるところです。本判決の意義については、2021年11月30日付毎日新聞の記事「セカンドレイプは「不法行為」 伊藤詩織さんへの名誉毀損判決の意義」に詳しく取り上げられていますので、以下、一部抜粋して引用します。

    はすみ氏側は「イラストは架空の女性」などと主張していたが、判決は「容姿も伊藤氏に類似し、多くの閲覧者が女性を伊藤氏と認識していた」として、イラストの女性を「伊藤氏と同定することが容易に可能」と判断した。また、はすみ氏は、山口氏が刑事事件で不起訴処分になっていることなどを理由に「性被害がなかったと信じる相当の理由があった」と主張したが、判決は「不起訴や不起訴相当の議決は、性被害の不存在を認める事実とまでは言えない」として退けた。・・・実名と顔を明かしての伊藤氏の告発は、性暴力に抗議する「#MeToo」運動の日本での先駆けとして捉えられてきた。だが、被害を公に訴えた直後から、ネット上では伊藤氏に対する大量の批判や誹謗中傷が巻き起こった。評論家の荻上チキ氏は、17~20年に投稿された伊藤氏に関するネット上の大量の書き込みを収集、分析。ツイッターでは、収集した21万件の投稿のうち、15.1%にあたる3万件超もの投稿が、伊藤氏に対する「セカンドレイプ」に相当する内容だったと指摘する。・・・「たとえ思い込みであっても、被害がなかったという意見を言うこと自体がセカンドレイプになる危険性があるという認識を、周囲が持たなければいけません。まして、何の関係もない第三者が公の場で被害者をおもしろおかしく中傷することは、セカンドレイプ以外の何物でもありません」、「この訴訟を『誹謗中傷』という一般論に還元してしまうのでなく、セカンドレイプとして位置づけて考えるべきでしょう。性暴力被害について声を上げた人を攻撃するという行為がどれだけ深刻な問題か、社会が認識を深めていく必要があります。判決をきっかけにオンライン上のセカンドレイプとは何かが広く知られ、社会的な議論が醸成されるようになればいいと思います」・・・ネット上の権利侵害に詳しい中澤佑一弁護士は「元ツイートについて打ち消し表示等をしない限りは、『リツイートした者も元ツイートをした者と同じ責任を負う』ととらえる見解は最近の判例の流れに沿ったもの」と評価しつつ、判決が「特段の事情がない限り、リツイートは元ツイートの内容に賛同する意思を示して行う表現行為」との見解を示した点に注目。「リツイートが原則『賛同』だと明確に言い切った点は、最近の傾向より踏み込んだ内容だ。こうした裁判例が積み上がると、安易にリツイートしづらくなる可能性はあります」と指摘する。一方で、「リツイートが原則『賛同』だというのは違和感もあり、なにより被害者にとっては、中傷がリツイートによって拡散され多くの人の目に触れることが問題です。『賛同』を判断基準にすべきでなく、前後のツイートやリツイートの仕方によって拡散する際に意味内容が変わっているのか、それとも単純に被害を拡大させるだけなのかを考えるべきでしょう」と訴えた。ネット中傷被害者などの訴訟を多く手がけてきた佐藤大和弁護士は「表現行為の萎縮につながるべきではなく、表現の自由とのバランスを考慮することが前提」とした上で、「リツイートした者の責任を認めたこうした判決が積み重なることは『中傷を拡散すべきではない』という社会へのメッセージとなる」と判決の意義を語った。一方で「(請求額に対し、認められた)損害賠償額が低い」とし、「被害の深刻さを十分に反映できていません。名誉毀損訴訟に限らず慰謝料全体に言えることだが、裁判所は被害回復にもっと真剣に向き合うべきではないでしょうか」と話した。

    次に誹謗中傷や名誉毀損等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

    • プロ野球・中日ドラゴンズの福敬登投手が、SNSの投稿で誹謗中傷を受けたとして、愛知県警中署に被害届を提出し、受理されていたことがわかりました。報道によれば、県警は侮辱罪に当たる可能性もあるとみて、投稿者の特定を進める方針だということです。福投手は、自身のSNSに「打たれた試合は、おびただしい数の殺害予告が来る」、「家族の身の危険を感じる文言を送る人もいる」と明かしています。「今から殺しに行く」、「嫁や子どもの亡きがら見るの楽しみにしておけ」などと脅す文言が書き込まれたといい、「心を痛めます。受け流せない選手もいる」と訴えています。
    • 国際政治学者、三浦瑠麗さんのツイッターへの投稿で夫婦間のトラブルをさらされたとして、テレビ朝日社員の男性が三浦さんに300万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は、プライバシーの侵害を認め、30万円の支払いを命じています。報道によれば、週刊ポストが2019年4月、当時男性の妻だった女性がNHK記者と不倫していたと報道、三浦さんは「何年も別居し調停後、離婚訴訟係争中の人を不倫疑惑とする方が間違い」などとツイートしたといいます。裁判長は、投稿によって一般に知られていなかった夫婦間のトラブルが公表され、投稿を引用する記事が新たに報じられるなど「プライバシー侵害の程度は軽視できない」と述べています。
    • 秋篠宮家の眞子さん、小室圭さんの結婚への批判は、週刊誌報道を起点に過熱し、ネットやテレビ情報番組などで「大炎上」となりました。そのメカニズムについて、2021年11月17日付日本経済新聞で、ネット炎上を研究している山口真一国際大グローバル・コミュニケーション・センター准教授が解説しています。大変興味深い内容であり、以下、一部抜粋して引用します。
    週刊誌が火をつけ、ネットで燃え上がった構図だが、もっとも大きな役割を果たしたのはマスメディアであるテレビの情報番組だと考えている。週刊誌やSNSで批判されていることを情報番組が取り上げ、それをまたネットメディアが報じる共振作用、相乗効果で炎上が大規模になっていった。・・・帝京大の吉野ヒロ子准教授の研究では、ネット炎上の認知経路として、テレビ情報番組が58.8%、ツイッターが23.2%という数字が出ている。報じ方にも問題があった。小室さんの髪形や態度を批判する番組があったが、自分が相手の立場だったら、という想像力に欠け、傲慢な報道だ。・・・週刊誌にこんな記事があった、というSNSの投稿よりも、テレビでこういうことが言われているという投稿のほうが広まりやすい。・・・反論は一般人でも炎上が激化するのであまり勧められないが、反論することができない立場は精神的負荷を大きくしたと思う。私の研究では炎上参加者の60~70%は正義感で行っている。相手が反論してくることは想定しておらず、自分は正しいという思い込みが攻撃を加速させている。・・・『エコーチェンバー』という現象がある。閉鎖的空間で同じ意見が繰り返されると、その信念が増幅、強化されることだ。ネガティブな意見の人同士がつるんでいく。『皆がこんなに批判しているから』ということで自分の考えを強固にする。・・・悪質クレーマーに似ている面もある。自分なりの正義で上から目線で叱りつける。こういう傾向は中高年男性に多いとされている。・・・ここまで炎上が大きくなった要因は、情報社会においてマスメディアが自身の影響力を理解していないことだと思う。(SNSでの中傷などを背景に亡くなったプロレスラーの)木村花さんの事件から何も学んでいない。テレビの情報番組はジャーナリズムというよりもエンターテインメントなのかもしれない。それでも倫理観は持つべきだ。安易な報じ方をすると、ネットと相乗効果で被害を拡大させてしまう。その責任を理解すべきだ。・・・だメディアは自己批判が下手だ。自己批判的な記事やニュースは極めて報じにくく、次につながらない。ヤフーニュースのコメントをやり玉に挙げている情報番組もあるが、炎上の『拡声器』になっているマスメディアの方が問題で、反省すべきはそっちだ
    • 世界陸連は、東京オリンピックの期間中に陸上選手らがSNSで受けた誹謗中傷を調査し、87%が女性が標的になっていたと発表しています。調査は五輪に出場した選手や関係者から抽出した161人を対象に約24万の投稿を分析したもので、内容は性差別が最多の29%で人種差別、根拠のないドーピング疑惑と続いたということです。
    • 韓国人へのヘイトスピーチ(憎悪表現)を含む文書を職場で配られ、精神的苦痛を受けたとして、東証1部上場の住宅メーカー「フジ住宅」に勤務する在日韓国人女性が、同社と同社会長に慰謝料など3,300万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が大阪高裁であり、裁判長は、1審判決から賠償額を増額し、同社側に132万円の支払いと、韓国人に対する差別的な文書の配布差し止めを命じています。報道によれば、女性は2002年からパート社員として同社に勤務。同社では2013年以降、「正しい歴史認識を持ってもらうため」として、「韓国人はうそをつく国民性」などとした文書が全社員に繰り返し配布されたといいます。昨年7月の1審・大阪地裁堺支部判決は「社会的に許容できる限界を超えている」として、文書配布を違法と判断し、同社に110万円の支払いを命じましたが、同社側は「言論の自由の観点から承服しがたい」として控訴していたものです。
    • インターネット上で4年以上にわたって差別的な書き込みをされ、名誉を傷つけられたとして、川崎市在住の在日コリアン3世の崔さんが、書き込んだ北関東在住の40歳代の男性を相手取り、慰謝料など305万円の損害賠償を求めて横浜地裁川崎支部に提訴しています。報道によれば、男性は2016年6月、崔さんを名指しし、自身のブログに「日本国に仇なす敵国人め。さっさと祖国へ帰れ」などと掲載、この書き込みが崔さんの被害申し立てで削除された後も、2020年10月まで12回にわたり、ブログやツイッターで「差別の当たり屋」、「被害者ビジネス」などと、崔さんを誹謗中傷する書き込みを繰り返したとしています。崔さんは、民族差別を助長するヘイトスピーチ(憎悪表現)が社会問題化していた2016年3月、国会に参考人招致されて被害を訴えた経緯があり、書き込みはその後から始まり、崔さん側は発信者情報の開示を求めた訴訟で男性を特定したといいます。なお、ヘイト解消法はネットの書き込みに十分対応できていない点が問題点として指摘されており、今後の法改正が待たれるところです。さらに、ヤフーがヤフーニュースのコメント欄への対応を強化したように、プラットフォーマーが自らの社会的責任として、法整備を待たず自主的に対策を進めることが求められているともいえます。
    • アジア系へのヘイト被害件数(2020年3月19日~2021年2月28日)が国内最多のカリフォルニア州で、画期的な法律が成立、「エスニック・スタディーズ(EthnicStudies)」という教科が、州の義務教育に組み込まれることになりました。報道によれば、授業内容は、米国に暮らす「アジア系」、「先住民」、「黒人」、「ラテン系」の人々について、それぞれの視点から歴史や文化を学び直すというものです。公立高校では2025年度から導入され、2029年度以降に卒業する生徒については、英語や数学などと並んで卒業必須科目となるといいます。エスニック・スタディーズは1960年代、公民権運動下のカリフォルニア州が発祥で、これまでは大学などの高等教育で選択する科目でしたが、それが義務教育となり、エリート層が知識として触れる学問ではなく、一般層が広く学ぶものとなるといいます。厳罰化という手法の限界をふまえ、それに頼らず、学校教育などを通じた「意識の変化」を促す仕組みの必要性が叫ばれる中、このような息の長い取組みが社会を変えていくことを期待したいと思います。
    • 毎日新聞紙上で、2021年11月に全4回シリーズで掲載された「ネット中傷を考える」という記事は大変興味深いものでした。開成中学の国語・現代文の授業を収録したもので、ネット中傷にさらされた芸人スマイリーキクチさんの本「突然、僕は殺人犯にされた」を課題図書に、リアルタイムで起きるニュースにも触れつつ、中傷に走る人間の心に迫る内容です。中学生の段階でこのような授業を受けられる環境にあることを心の底から羨ましく思いましたが、それ以上に思考を深めていく先生と生徒のやり取りに引き込まれました。ぜひ全編読んでほしいと思いますが、以下、印象に残った部分のみ、抜粋して引用します。
    教室前方のスクリーンに「手軽な加害と深刻な被害」という言葉を映し出した。「人を殴るのって手軽じゃないよね。でも、ネット中傷は手軽な一方で、被害は深刻。この落差たるや大変なことなんだ」ここで今回の授業のテーマが改めて画面に映し出された。「人間の側の問題」。道具だけではなく人間の方に、安易にネット上に誹謗中傷を書き込んでしまいかねない要素はないか、という問いかけだ。・・・「個体としては弱体な人間が生き残る戦略として、他者との共同は不可欠。コミュニケーション欲求は、本能的欲求に近いものなんじゃないのか」・・・「コミュニケーションは常に、相手から誤解されたり、攻撃されたりするリスクもあるよね。でも、自分だけは安全な場所から安易にコミュニケーションをとれる方法があるとしたら?」「そんな方法があったら飛びつかない?そう、ネットの書き込みだ。安全な場所から安易にコミュニケーション欲求を充足できるし、危険になったらすぐ撤退もできる」・・・「ツイッターやってると、『いいね』がたくさんついた方がうれしいよね。僕だって、何もつかないとやっぱり寂しい」。最後はピラミッドの頂点の自己実現欲求だ。「人をおとしめて他者より優位になったと感じることで、自己実現欲求も満たされた気になってしまう。さらに『正義を行使した』という高揚感のおまけつきだ」「ネット上の書き込みは、人間が持っている欲求を非常に安易な方法で充足できるってことだ。でも、あくまで『かりそめ』だよね」・・・「そもそも人間は自分に危険なものや、了解できないものを排除して生き残ってきている。正義感っていうのは、そういう感覚と結び付いているから、欲求5段階のピラミッドの底辺の部分(生理的欲求や安全欲求)から関わってるんじゃないかな。だから、正義を行使したという感覚は非常に厄介だと思うんです」・・・「まずは知ることだ。他人事感覚ではなく、『俺もやっちゃうんじゃないかな』と知ること。『正論は暴走しかねない』と知ること。そして、考える。なぜ暴走してしまうのか考える。さっきみてきた通り、人間は自分たちに迷惑をかけるものを排除しようとするものだと思う。ネットは人のそういう欲望を加速させる装置だと知り、その暴力性を乗り越える知性、感性を持たないといけない。知ることと考えることしかないんだ」・・・「とにかく生身で知る。腹のあたりで知って、感じて、直感的に中傷は『嫌だ』と思えるようになってほしい。言葉は、一言は、すぐ出ちゃうから」人は言葉と共に生きていく。ネット上でも、リアルな世界でも同じだ。「一言」の先にいる人を想像できるか。そのために、知ること、考えることはたくさんある。・・・「僕たちは自由の使い手として、自由が挑戦してきている、僕たちが問われている、と。自由だからこそ、書く側が問われる、僕たちが問われるということだよ」・・・「あれだけの経験をしたのに、『人生はとんとんだ』と結んでいる。『人に恵まれた』とも言っている。リアルな人間関係の中で助けられている。SNSの問題から、人生への取り組み方や人間関係について……そういうことも考えてみました」・・・増えていくネット中傷被害や厳罰化議論をリアルタイムで知ることから始まり、ネットという道具や人間の欲求と中傷との結びつき、「正義感」の暴走、さらには「表現の自由」を考えた。最後は「人間力」に考えを巡らせて授業は終わった。ロジカルでも感情的でもある、答えのない授業。考え続けることに意味があったのだろう。それはそのまま、子どもたちだけではなく、私たち大人にも問われていることなのかもしれない

    前回の本コラム(暴排トピックス2021年11月号)でも取り上げたとおり、侮辱罪を厳罰化する刑法改正が法制審議会(法相の諮問機関)から答申され、政府は早期に改正法案を国会に提出する方針です。SNSをはじめとしたネット社会に横行する中傷を抑止する狙いがあるが、社会は、そして私たちはどこまで変わるのか、変われるのかが今後問われていくことになります。報道によれば、自死した木村花さんの母響子さんは、侮辱罪の厳罰化が答申された感想として「本当に大きな一歩で感謝の気持ち。しかし、法改正が実現しても、傷害や窃盗より軽い。さらなる法整備が必要だ」と述べています。花さんは生前、童謡詩人の金子みすゞの詩の一節「みんなちがって、みんないい」を好んで使ったといい、響子さんは「自分の価値観を大事にすることは大切だが、相手の価値観を尊重することも重要。誰もが他者の痛みを想像できるようになれば、中傷のない優しい世界を実現できる」と訴えています。もちろん、「公正な評論」や「健全な批判」は、仮に相手の社会的評価を低下させるような内容でも、民主主義社会の発展に必要な「正当な表現」とされ、違法性が否定されるものですが、刑罰に対する恐れが過度に高まれば、ネット上での意思表示がしにくくなり、表現の自由の萎縮につながる懸念も否定できないところです。やはり、相手の人格を否定する投稿は論外であり、ネットの匿名性や非対面性の陰に隠れて自己実現欲求を満たすだけの、面と向かって言えない言葉もまた使うべきではないということだと思います。また、最近は逆に、反対意見を言われただけなのに中傷だと反論し、反感を招いて炎上する例も散見されますが、気に入らない意見を安易に中傷だと決めつけない態度も求められます。「相手の価値観」や「他者の痛み」を想像しながら自らの価値観を押し付けず、きちんと主張することが誹謗中傷をなくすために最低限必要なマナーだといえると思います。

    世界的に人権侵害に厳しい目線が注がれる中、中谷首相補佐官は、人権侵害に関与した外国の当局者へ制裁を科す法整備を議論すべきだとの考えを示しました。中谷氏は第2次岸田内閣で国際人権問題担当の首相補佐官に就任、就任前の4月に人権侵害制裁法の成立を目指す超党派議員連盟を設立し共同会長を務めていました。米欧主要国には人権侵害を理由として外国当局者に制裁を科す「マグニツキー法」と呼ぶ法律がありますが、日本では外為法や出入国管理法を使って海外当局者の資産凍結や入国制限に踏み切れるものの、人権侵害だけを理由に制裁する制度はない点が課題となっています。報道によれば、中谷氏は「人権問題の解決へあらゆる政策オプションを積極的に検討していきたい」と主張、中国の新疆ウイグル自治区に関して「重大な人権侵害が行われているとの様々な情報があり、深刻に懸念している」と言明、香港でも「『一国二制度』の信頼を損なわせ重大な懸念を強める事態が続いている」と強調しています。

    次に誤情報・フェイクニュース等について取り上げます。

    • SNS上には今も、新型コロナウイルスを巡る誤った情報が大量に発せられており、公的機関が「科学的根拠のない情報を信じないで」と呼びかけても、惑わされる人が少なくありません。その背景には、製薬会社の公式文書などの一部が添付され、「動かぬ証拠」であるかのように錯覚させるデマの高度化が挙げられます。2021年11月21日付読売新聞で、情報リテラシー専門家の小木曽健さんが「科学に関する文書や論文を恣意的に引用したデマはネット上にたくさんある。正しく理解するには一定の専門知識が必要になるが、検証できる人は限られ、誤解が広まると歯止めがかかりにくい。公的機関の見解と著しく異なる主張を目にした時は、『この発信者は、間違っていた場合に責任を負う立場の人なのか』という点に注意するなど、ネット情報の信頼性を見極める力が求められる」と指摘していますが、正にそのとおりだと思います。また、2021年11g津27日付日本経済新聞の記事「フェイクニュースに向き合う心構えを養う4冊」でもそのヒントが示されています。「個人がフェイクニュースにだまされないためのメディアリテラシーを高めようとすることは、時に逆効果になりかねないと指摘する点だ。批判的思考で偽情報を見抜こうとする行為は陰謀論に行き着きかねないという。確かに、トランプ前米大統領はリベラル系メディアを攻撃する際によく「フェイク」という言葉を使っていた。だが実際には、トランプ氏自身がまさにフェイクニュース問題の震源地でもある。何が「偽」かを探求する心理は、自分が共感できる情報だけに囲まれ偏った思考が強化される「エコーチェンバー」に陥る危険と隣り合わせだ。」との指摘には100%の共感を覚えます。また、「虚偽やプロパガンダは二極化や過激主義など世界の諸問題の「症状」」であり、「フェイクへの対抗手段であるファクトチェックの手法も今後進化するだろうが、対症療法に陥らずフェイクを生み出す根本にある問題に向き合うことがより重要だ。」との指摘もまた重要な示唆を含んでいると考えます。
    • 米司法省は、2020年の米大統領選を巡って偽情報を流したり、民主党支持者に対して共和党のトランプ前大統領に投票するよう脅迫したりしたとして、イランのサイバーセキュリティ企業に勤務する男2人を電子的詐欺などの罪で起訴したと発表しています。報道によれば、米国務省は2人を含む容疑者グループの特定や所在に関する情報に最高1,000万ドル(約11億4,000万円)の報奨金を支払うと明らかにしています。この企業はイラン革命防衛隊やイラン政府のサイバーセキュリティにも関わっているとされ、米財務省は企業幹部らを含む計6人に米国内における資産凍結などの制裁を科しています。司法省幹部は「米国の選挙制度への信頼をむしばみ、米国民の間に不和の種をまこうとする試みだ」と指摘しています。
    • 国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の開催期間を含めたここ数週間、SNSのメタ(旧FB)で、気候変動に関する間違った、あるいは誤解を招く主張を展開する広告が流されていたといいます。現在、FBには気候変動の偽情報に関する広告や投稿を特別に取り締まる規定はない一方で、米アルファベット子会社、グーグルは先月、気候変動で科学的なコンセンサスに反するような広告は今後、動画投稿サイトのユーチューブなどに掲載できなくすると表明しています。FBは、投稿全般における偽情報ついても、新型コロナウイルスを巡るものなどのように、その内容が現実社会に差し迫った弊害をもたらすと判断しない限り、削除はしていません。ただ、第三者の事実確認に基づいて投稿内容を「間違い」と評価する仕組みはあり、間違いと認定された主張を含む広告掲載も禁じています。また、繰り返し偽情報を投稿する広告主は、FBでの広告活動を制限されますが、政治家の広告は事実確認の対象には入らないとされています。さらに、ボーゲン氏の内部告発によれば、気候変動の偽情報や懐疑論に対するFBの姿勢を巡って、従業員の間で論争も起きているといい、社内のメッセージボードでは、気候変動の偽情報をどう扱うか議論が行われ、1月にはある従業員が「フェイスブックウオッチ(企業や団体の作成動画をチェックできる機能)」で気候変動問題を検索した結果として「明らかな偽情報の表示が目立った」と投稿したといいます。
    • 独イエナ大学のジュリアン・カウク氏は、新型コロナの感染についての偽の情報が2020年1~6月に、ツイッター上でいかに広まるかシミュレートした結果、実世界のウイルスの感染拡大と同様の「波のような傾向」がみられたといいます。報道によれば、同氏はさらに、偽情報の流れを止めるための2つの対応策の効果についても調べたところ、拡散の早い時期であれば、真偽不明の情報を検証するファクトチェックが非常に効果的で、偽情報を含むコンテンツの広まりを遮ることができるが、ファクトチェックが遅すぎる場合には、その効果は急速に失われることが分かったといいます。2つ目の策である投稿の削除は、流言の広まりをとどめる効果はそれほど高くないが、時間的に効果が薄れることはあまりなかったということです。
    • 化粧品や健康食品などのネット広告に使われる誇大・虚偽表現への包囲網が狭まっており、劣等感をあおる表現は嫌悪感を招き、法に触れるケースもあります。ネット広告トラブルは年10万件超と過去最多を更新、規制の厳格化もあり、関連業界は対策に本腰を入れ始めています。2021年11月25日付日本経済新聞によれば、米グーグルの日本法人は10月、動画投稿サイト「ユーチューブ」で2020年6月以降に規約違反で55万件の広告を削除したと公表、誇大表現や性的表現のほか、医薬品医療機器法(薬機法)などに違反する疑いがある事例もあったといいます。さらに。ヤフーは2020年度にポータルサイト「ヤフージャパン」などで規約に反する1億7,000万件の掲載を断ったといい、今年から閲覧者の意見も聞き、虚偽など重大な違反があれば修正しても掲載を断る方針ということです。記事の中で、関東学院大の天野恵美子准教授は「順法意識の低い業者が抜け道を通るいたちごっこが繰り返されてきた。官の規制と民の対策を組み合わせて情報交換し、監視を続けることが必要だ」と指摘していますが、記事が「収益優先の姿勢を改め、チェックを強化できるかはネットの信頼性も左右する」とまとめたとおり、もはやプラットフォーマーの社会的責任として、持続可能性に関わる問題として真摯に取り組む必要性が増していると考える必要があります
    • 不適切なユーザー投稿を人工知能(AI)で削除する動きがネット企業の間で広がっており、ヤフーはニュースサイトで他人への誹謗中傷などが相次いだ場合、投稿欄を自動で非表示にする仕組みを導入したことは既にご紹介したとおりです。米テック大手の方が取り組みで先行していますが、違反か判別しづらい「グレー」投稿の摘発に苦慮している点はヤフーもまた同様のようです。これまで「表現の自由」を優先させてきた傾向がありますが、いまや「社会的責任」とのバランスが新たな課題となっているといえます。ヤフーでは、約1億件の過去の投稿データをAIに学習させて言語理解力を培ったうえで、人が不快と感じやすい360万件の投稿データを基にAIが不適切かを判断、投稿を評価付けし、低評価の投稿が一定以上集中するとコメント欄を閉じる仕組みとなっています。なお、ヤフーはAIを使った不適切投稿の削除を14年から実施していますが、「人を不愉快にするか」、「犯罪を促すか」など同社が定めたルールに照らして摘発するものの、違反かどうかグレーな表現はAIではなく人が適否を判断していました。今回はグレーでもAIが自動削除できるようにした点が大きな転換点となっています。報道によれば、メタ(旧FB)やユーチューブなど、より規模が大きな米SNSは先行してAI投稿監視を進めており、メタの2021年4~6月期の報告書によると、暴力に関連する投稿やヘイトスピチは97%以上が利用者の目に触れる前にAIで削除でき、テロ関連は99%を上回る高い割合で摘発できているといいます。一方でAIが苦手とする分野もあり、報告書ではいじめや嫌がらせについては早期摘発ができた比率が54%にとどまったといいます。残りはユーザーからの通報をうけての削除だったとしています。閉じた空間での誹謗中傷や暴力的な投稿への対応は、今後のネット企業の課題となることが浮き彫りとなっています
    • ツイッターアカウント「Dappi」による投稿で名誉を傷つけられたとして、立憲民主党の参院議員2人が訴訟を起こしています。Dappiは、一部を切り取った動画を元に野党や報道機関に対して誤った印象を与える投稿をするなどして、問題になっています。
    • オーストラリア政府は、他人を中傷するといったSNS上の悪質な書き込みについて、SNS運営企業の責任を明確化し、投稿内容の削除や書き込んだ人物に関する情報開示を義務付ける法案を議会に提出すると発表しています。報道によれば、中傷されたり、いじめられたりしたと感じた利用者は誰でも苦情を申し立てることができ、法的手続きを経ずに問題投稿を削除しやすくなること、この仕組みを活用しても解決しない場合は、裁判所がソーシャルメディア側に匿名投稿の発信元を開示するよう命じることも可能になることなどが盛り込まれ(具体的にどういった投稿が中傷やいじめに当たるのかは明確になっていないものの)「世界を先導する動きだ」としています。豪最高裁は9月、報道機関がFB上に開設したページに書き込まれたコメントについて、報道機関側に法的な責任があるとの司法判断を下しましたが、これを受け、米CNNは豪国内で自社のFB上のページを閲覧できないよう制限しました。政府は今回、こうした事態を是正する考えだということです。
    • 米議会下院のエネルギー・商業委員会は、SNSの運営者が利用者の投稿に対する責任を問われないルールの停止について議論する公聴会を開きました。米メタ(旧FB)の内部告発者のフランシス・ホーゲン氏が出席し、「オンライン世界の新たな規制を作るまたとない機会だ」と訴えています。米国では1996年に成立した通信品位法230条により、SNSの運営企業が利用者の投稿に対する責任を原則として問われていない状況にあります。公聴会ではこの免責規定の停止などに関する4つの法案が議題に挙がり、ボーゲン氏は、「FBはプラットフォーム上の問題を知っているが、解決しようとせず悪化させている」と指摘、10代の健康への悪影響や新型コロナウイルスワクチンに関する陰謀論の拡散を例に挙げ、同社が問題を自主的に解決するのは難しいと訴えました。さらにホーゲン氏は、10月上旬にも米議会上院の公聴会に出席し、その際にもSNSの免責を見直す必要性に言及しています。その後、米議会は悪質なアルゴリズムに対応する法案の審議に入っています。この法案は、SNS運営者がアルゴリズムで意図的に有害な情報を拡散した場合などに、通信品位法230条の免責を適用しないように定めているものです。関連して、米メタ(旧FB)が若者への悪影響など、自社に不都合な調査結果を隠していたと内部告発された問題で、米国のマサチューセッツ州など複数の州の司法当局は、消費者保護法に違反していないかなどについて調査すると発表しています。当局側は、メタが傘下の写真共有アプリ「インスタグラム」について心身の健康を害すると知りながら、若者に提供したり、宣伝したりしていたなどとし、「若い利用者への関わりについて真相を究明し、違法行為を特定する」としています。報道によれば、具体的には、メタが若者の利用時間を増やすために利用している技術や、長時間の利用による弊害を調査するといいます。この問題をめぐっては、米連邦取引委員会(FTC)も調査に乗り出していると報じられています。消費者保護上、問題がなかったかを調べているとみられ、メタはSNSの若者への悪影響に関連し、多くの当局から調査を受けることになっています。
    • 台湾の蔡英文政権が、サイバー攻撃や台湾海峡周辺での軍事的な活動、フェイクニュースの拡散など武力攻撃とは判断できない「グレーゾーン事態」への警戒を強めていると報じられています(例えば、2021年11月23日付毎日新聞)。台湾軍は、中国の習近平指導部が台湾社会を混乱に陥らせ、「戦わずして台湾を勝ち取る」ことを狙っているとみているといいます。台湾国防部(国防省)が発表した2021年版の国防報告書によると、2019年~2021年8月、中国からのサイバー攻撃とみられる異常なアクセス数は14億回を超えたほか、国防部は7月、政府や軍の関係者らが利用するLINEのアカウントがハッキング被害に遭ったと発表しています。中国がサイバー攻撃によって中枢機能の破壊を試みる可能性があり、台湾当局は対策を強化する方針ということです。さらに、台湾当局を悩ませているのが偽ニュース攻撃だといいます。台湾側は、その多くが中国本土からの発信とみており、台湾内政部(内政省)の陳政務次長は「新型コロナウイルスの感染が拡大した時期に、台湾政府を非難したり、社会の不安をあおったりするような偽ニュースが増えた」と指摘しています。また、民間団体・台湾ファクトチェックセンターによると、感染が急拡大した今年5月ごろに寄せられた偽ニュースに関する情報提供は通常の5~6倍の件数になったほか、日本が6月上旬、台湾にワクチンを無償で提供した際にはワクチンの有効性を疑問視する内容の偽ニュースがソーシャルメディアで広まったということです。フェイクニュース問題が、「国防」にもかかわる深刻なリスクとなっていることに驚かされます
    (7)その他のトピックス
    ①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

    本コラムでもたびたび取り上げているとおり、エルサルバドルでは、今年9月7日から暗号資産(仮想通貨)ビットコインを法定通貨としましたが、多くの一般市民は自分の生活にどう降りかかってくるのか、理解しあぐねているというのが現実のようです。地元シンクタンクの調査では、87%が9月に買い物の支払いでビットコインを使わなかった、事業者の93%も取引に利用しなかったと回答したようです。そもそもデータ保護やビットコイン相場の急変動などの点に懸念があると指摘されているところであり、全人口の7割にも上るとされる銀行口座を持っていない人々が金融サービスにアクセスしやすくなる「金融包摂」の考え方を打ち出しているものの、特に高齢者が、置き去りにされる恐れがあります。とりわけ農村部は自動支払い機やインターネットアクセスが少ない上、現金文化が根付いていることも背景要因として挙げられます。さらに、世界銀行によると、エルサルバドル国民の半分はインターネットにつながっておらず、最貧困層やスマホを持たない人々、デジタルに疎い人々が、ビットコインに飛びつくのも難しいというのが現実で、国民に定着するかどうかはいまだ見通せない状況です。そのような中、ブケレ大統領は矢継ぎ早にさまざまな施策・構想を打ち出しています。例えば、東部ラ・ウニオンに火山の地熱発電を利用する戦略都市「ビットコイン・シティ」を建設する計画を明らかにしています。空港や居住スペース、商業施設などを建設する(ビットコインのデザインを模した商業施設が上空から見えるようにする)もので、2022年に10億ドル(約1,140億円)分の暗号資産ビットコインに裏付けられた10年債を発行し、建設費をまかなう方針だといいます。報道によれば、消費税以外の税金を免除し、企業の投資を呼びかけるといい、10年債で調達する10億ドルの半分はビットコインの購入に充て、残り半分はインフラとビットコインのマイニング(採掘)に充てると述べ、その後も新たな債券を発行していく方針だということです。ただし、この計画に債券投資家は懐疑的な目を向けており、同国を従来の債券市場から一層遠ざけることになりかねないとの指摘もあります。報道によれば、新興国を手がけるファンドマネジャーたちは、エルサルバドルが2022年に年利6.5%で発行予定の新債券の購入にほとんど関心を示していないということです。さらに、このようなブケレ大統領の「暴走」に対し、国際通貨基金(IMF)は、エルサルバドルに対する2021年の4条協議(経済審査)の結果を発表し、「ビットコインを法定通貨として使用すべきでない」との見解を示しています。報道によれば、IMFは「ビットコイン相場の振れ幅の大きさを踏まえると、法定通貨としての使用により、消費者保護や金融の安定性に大きなリスクが生じ、(国家)財政に偶発債務も発生する」と指摘、その上で「ビットコイン関連法の射程を狭め、新たな決済システムに対する規制と監督を強化するよう推奨する」と述べています。

    暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

    • 米銀行規制当局は、従来の銀行が暗号資産市場で合法的にどのような役割を果たすことができるかについて、2022年に明確化すると発表しています。米連邦準備理事会(FRB)、米連邦預金保険公社(FDIC)、米通貨監督庁(OCC)が共同声明で、銀行が暗号資産に関してどのような活動を行うことができるのかを明確にすると表明、これにはバランスシート上での暗号資産の保有やステーブルコイン(法定通貨を裏付け資産とする暗号資産)の発行など現時点では不明瞭な分野が含まれるとしています。暗号資産の急速な普及は従来型の銀行に「潜在的な機会とリスク」をもたらすとしたものの、詳細は明らかにしていません。また、監視下にある金融機関に対し「協調的かつタイムリーな」説明を行うとしています。
    • オーストラリア証券投資委員会(ASIC)は、議員と協力してデジタル通貨に関するルールの策定を進めているところ、多くの暗号資産は当面規制されないと表明、投資する場合は「自己責任」で行うよう呼び掛けています。これに先立ち、コモンウエルス銀行(CBA)は豪銀初の個人向け暗号資産取引プラットフォームを構築する計画を明らかにしています。報道によれば、ASICのジョー・ロンゴ委員長は「暗号資産への投資は十分に注意して行う必要がある。現時点では、多くの暗号資産はおそらく大部分、『金融商品』ではない。投資家は、少なくとも当面の間は自己責任で行動すべきだ」と述べています。
    • インド政府は投資家による暗号資産保有を阻止するための規制強化を検討していますが、民間のデジタルコインを禁止するという従来の計画を実行に移すことはないと考えられています。2021年11月19日付ロイターによれば、ある関係者は「政府によって承認されたコインのみが取引可能で、それ以外のコインを保有したり取引したりすると罰せられる可能性がある」と述べ、別の関係者は、政府は暗号資産を通貨としてではなく、暗号資産取引所が求めているように資産クラスとして分類することを検討していると述べています。さらに、政府高官は、計画は新しい中央銀行デジタル通貨(CBDC)への道を開く一方で、最終的には民間の暗号資産を禁止するのが目的だと語ったということです。民間の暗号資産に「深刻な懸念」を表明しているインド準備銀行(中央銀行)は、12月までにCBDCをローンチする予定だともいわれています。公式データはないものの、業界推定でインドには1,500万~2,000万人の暗号資産投資家がおり、暗号資産の保有総額は約4,000億ルピー(53億9,000万ドル)に上るとみられています。また、インドのモディ首相はビットコインなどの暗号資産が「悪人の手」に渡らないように民主主義国が協力する必要があると訴えています。テクノロジーがもたらした機会を称賛する一方で、デジタル通貨に注意を促しています。なお、インド政府はデジタル通貨に関する新たなルールの策定に取り組んでおり、規制当局は暗号資産による支払いや決済を全て禁止し、その一方で株・債券・金などと同様に資産として保有することを認める方向との報道もあります。

    次に、ステーブルコインやCBDCを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

    • 米連邦準備理事会(FRB)のクオールズ理事は、法定通貨の裏付けがある暗号資産「ステーブルコイン」の規制について、バイデン政権がこのほど示した提言が関連イノベーションを不要に阻害する恐れがあると述べています。報道によれば、金融規制担当副議長を務め、今月末で退任するクオールズ氏は、ステーブルコインについて「合理的な制限」を行う必要があると指摘、透明性、安定性、消費者保護に関する一定の懸念が満たされた場合には、銀行が取り扱いを認可されるべきとの考えを示しています。特に、ステーブルコイン発行者や「ウォレット」サービス事業者を他の企業から分離すべきとの提言について言及し、非デジタル資産への規制以上に不必要に厳しいものだと述べています。一方、米連邦準備理事会(FRB)のウォラー理事は、ステーブルコインが安全な決済手段であることを保証するためには、規制・監督の枠組み強化が必要だが、必ずしも銀行と同じルールを全て適用する必要はないと述べています。また、銀行が銀行預金とステーブルコインの発行の両方を手掛けることには賛同するが、銀行のみがステーブルコインを発行することには同意できないと指摘、さらに、決済分野ですでに「現実的かつ急速なイノベーション」が起きているため、CBDCの必要性については依然として懐疑的としています。
    • イングランド銀行(英中央銀行)のベイリー総裁は、ステーブルコインが規制された安全な通貨として発展する可能性はないと確信しており、将来的な電子決済の手段としては、CBDCの方が可能性は高いと述べています。英議会上院で、ステーブルコインが、規制が必要な通貨としての機能を持つかどうかについては「懐疑的」だと指摘、特に金融の安定性に貢献するためには、CBDCの方が代替として適しているとしています。
    • インド中銀は暗号資産がマクロ経済や金融安定に及ぼすリスクについて繰り返し懸念を表明してきましたが、来年度第1・四半期にもCBDCを試験的に導入する可能性があるようです。インド中銀の決済部門高官、P.バスデバン氏は、CBDCのターゲットをホールセールもしくはリテールにすべきかといった問題や、認証の仕組みなどを検証中だとしています。また、中間業者を完全に迂回できるかどうかや、技術を分散型にすべきか、半ば中央集中型にすべきかという重要な点についても検証していると述べています。
    • 中国人民銀行(中央銀行)の易綱総裁は、CBDC「デジタル人民元」(eCNY)について、(正式なスケジュールは定めていないものの)当面は国内の小売り決済用とし、正式発行後も使用を強制しない考えを示し、各地での試行結果を踏まえ、プライバシーの保護など設計の改善をさらに進めると強調しています。G7財務相・中央銀行総裁会議は10月、CBDCに関する原則をまとめたばかりで、デジタル人民元に対する懸念を払拭する狙いとみられます。易氏は「デジタル人民元は当面、国内小売り決済の需要を満たすことが中心になる」と述べ、国際送金や貿易での利用は資金洗浄対策などの問題に対応するため、各国中銀や国際機関と基準や原則を議論するとしています。プライバシー保護については「少額決済は匿名、高額決済は法に基づき追跡可能」との原則で運用、個人情報の収集は「必要最小限」とし、機能を引き続き向上させると説明しています。
    • オーストラリア準備銀行(中央銀行)の決済政策責任者、トニー・リチャーズ氏は、CBDC導入について研究を加速しているものの、利点に関してまだ確信を得られていないと述べています。報道によれば、主要国の多くがCBDC発行の是非を検討しているものの、いずれもまだ発行には踏み切っていないと指摘、「リテールCBDC発行論の方向に傾く可能性を踏まえ、豪中銀はCBDCの研究を加速してきた」と述べています。主要国の中では欧州中央銀行(ECB)とスウェーデンが最も先行してCBDCの役割を検討しているようだとする一方、米連邦準備理事会(FRB)は比較的慎重との見方を示しました。その上で「豪中銀スタッフも現時点で、国内においてCBDCに政策上の強い妥当性が生じているとは納得していない」とし、「国内の既存決済システムが既に家計や企業に安全かつ便利で安価な幅広い決済サービスを提供している」と述べています。
    • 産油国ナイジェリアでは、数十万人の市民がアフリカ大陸で初めてのCBDC「eナイラ」を保管するウォレット(電子財布)を持っていますが、同国政府への不信感は根強く、これが普及の妨げになるとの見方もあります。10月25日のeナイラ運用開始で、人口がアフリカで最大のナイジェリアは、ほかの多くの国の中銀の前を行くCBDCの導入国になりましたが、ナイジェリア国民の半数以上が正規の銀行口座を持っておらず、非公式経済部門がGDPの過半を占め、今も取引の95%が現金決済というのが現実です。CBDCによってナイジェリア政府は実質的に全ての取引を把握することができることになる一方、市民と政府の間に不信が残るナイジェリアのような国では、eナイラの利用に懐疑的な姿勢が強まる可能性もあります

    国内の大手企業でつくる「デジタル通貨フォーラム」が実証実験を始めます。以前の本コラムでも紹介しましたが、メガバンクのほか、NTTグループやJR東日本、関西電力、セブン&アイ・ホールディングスなど様々な業種の大企業・団体70社以上が参画、インターネットイニシアティブ(IIJ)傘下で暗号資産交換を手掛けるディーカレットを中心とした民間主導の協議会が母体で、金融庁や日銀はオブザーバーについています。デジタル通貨の仮称は「DCJPY」で、企業間の決済や電力取引など複数の実証実験を年内から年明けにかけて始めるということです。預金を裏付けに銀行が発行し、利用者は口座を開設することでデジタル通貨を保有でき、円建てのデジタル通貨で最小取引単位は1円とし、当面は国内の法人や個人の利用を想定しています。これまで国内ではSuicaやPASMOなどの電子マネーが広く普及してきたものの、主な利用は個人による小口の支払いが中心で、サービスが過度に乱立すれば逆に使い勝手が悪くなる懸念も出ていました。また、電子マネーはチャージすれば原則引き出せませんが、デジタル通貨は出し入れ自由で、企業にとってはデジタル通貨の方が利用しやすく、業界の垣根を越えた企業が連携した決済基盤が実現できれば、企業間送金や大口決済のスピードをあげられるほか、国際的に高コスト体質が顕著な日本の送金コストを下げられる可能性もあります。

    ▼デジタル通貨フォーラム DCJPY(仮称)ホワイトペーパー
    • 経済社会のDXを推進し、デジタル技術を経済の成長や社会厚生の増大につなげていく上では、安全で、信頼でき、迅速で、コストが安く、広く使え、さまざまなニーズに応えることができ、かつ、民間主導のイノベーションを後押しできる支払決済インフラが求められます。
    • そのためには、支払決済インフラそのものに、デジタル技術を積極的に活用していくことが重要となります。現在、このような取り組みは世界的に加速しています。例えば、巨大テクノロジー企業によるデジタル支払決済分野への参入や暗号資産の登場、新しいデジタル技術に基づきながら価値の安定も図ることを狙った「ステーブルコイン」の登場、そして、中央銀行が自らデジタル支払決済手段を発行するCBDCの取り組みなどです。
    • デジタル通貨DCJPYの特徴
      • デジタル通貨DCJPYは、円と完全に連動する、「円建て」のデジタル通貨として設計されています。また、当面は銀行が発行主体となることが想定されています。DCJPYの利用者は、デジタル通貨を利用するためのアカウント(口座)を開設し、この口座においてデジタル通貨を保有し、利用することになります。
    • デジタル通貨DCJPYの性質
      • デジタル通貨DCJPYは民間銀行が債務として発行することを当面前提としており、かかる債務は「預金」と位置付けられることを想定しています。発行されるDCJPYの単位は1円を最小単位とします。単位未満の資金決済のニーズがある場合の取扱いについては、引き続き検討していきます。なお、DCJPYは決済用預金に属する性質のものであり、付利は行われず、全額預金保険の保護対象となる想定です。利用者の依頼に基づいて他の利用者にDCJPYを移転する行為は、発行体である民間銀行による為替行為と捉えることを想定しています。また、付加領域を通じた利用者間でのDCJPYのやり取りは、「利用者が民間銀行に対し、共通領域でのDCJPYの移転を指図する行為」と想定されます。このように、付加領域に記録される一連の操作は指図の伝達の記録と位置づけられます。DCJPYそのものの移転は、あくまでも共通領域内でのDCJPYの口座残高の記録に基づくことになります。
    • デジタル通貨DCJPYの提供範囲
      • デジタル通貨DCJPYの利用者として、当面は日本国内の法人および個人を想定し、DCJPYを利用できる場所も日本国内であることを想定しています。今後検討をさらに深め、将来的には非居住者による利用や日本国外での利用の可能性についても検討していきます。
    • デジタル通貨DCJPYの「発行」「送金」「償却」
      • デジタル通貨DCJPYは、利用者が民間銀行に保有する預金口座から預金を引き落とし、それと同額のDCJPYを利用者がデジタル通貨プラットフォーム上に開設した口座に記帳することにより発行されます。DCJPYは、(1)後述する共通領域において、直接移転の指図が行われる、あるいは、(2)後述する付加領域において移転の指図を受け、その指図が自動的に共通領域に伝達される、という方法により、ある利用者の口座から別の利用者の口座に残高が移転する形で送金が行われます。また、DCJPYは、利用者の要求に基づきデジタル通貨の口座残高を減少させ、相当額の現金や預金を利用者に引き渡す形で償却が行われます。なお、DCJPYと現金との直接の交換は考えず、預金との交換のみを想定することとします。(DCJPYと現金を交換したい利用者は、いったん預金を経由して交換することになります)。
    • デジタル通貨が提供する価値
      • これまでみてきたように、デジタル通貨DCJPYは、(1)銀行の債務という形を採ることによる円建てでの価値の安定、(2)共通領域を通じた相互運用性の確保、(3)付加価値領域を通じたさまざまなニーズへの対応、を実現することを想定しています。このようなデジタル通貨が創り出す価値について簡単に触れます。
        1. イノベーション促進、コスト削減、効率化
          • デジタル通貨DCJPYは民間銀行発行のデジタル通貨であり、民間預金との競合といった問題を回避することができ、また、これにより民間主導のイノベーションを促し、コスト削減や効率化に貢献できると考えられます。さまざまな企業や自治体は、このデジタル通貨プラットフォームを利用して、これにどのような付加価値を載せるかを考えることができます。例えば、企業間の発注書や請求書などの事務をデジタル化し、デジタル通貨の付加領域におけるスマートコントラクトを利用して精算を自由化することにより、コストの削減や事務効率化を行うことなどが挙げられます。さらに、製造業のサプライチェーンや流通業の納入チェーンの全体についてDCJPYでの精算を行えるようになれば、サプライチェーンマネジメント(SCM)の効率化やビジネス全体の生産性向上を実現できる可能性があります。加えて、DCJPYを支払い手段に用いることで、現金のハンドリングや釣銭の準備、現金の保管・輸送、警備などにかかるコストの節約に寄与すると考えられます。
        2. 相互運用性の確保による経済圏間の連携
          • これまで民間企業などが提供してきている電子マネーなどのデジタル決済手段は、自社の経済圏の拡大や経済圏内での顧客のロイヤルティの促進などを狙う結果として、相互運用性が制約されることが多かったといえます。これに対し、デジタル通貨DCJPYでは、共通領域を通じた相互運用性が確保されるため、各企業などが構築した経済圏を超えて利用することが可能です。これにより、顧客の利便性が高まるとともに、企業にとっても、デジタル通貨のプラットフォーム経済圏を跨いで提供するサービスを新たに構築していくインフラとして機能することとなります。さらに、自社開発したアプリの一部にDCJPYの機能を組み込み、これを共通領域と連携させる、“Service a as Payment Digital”ともいえる形で、デジタル支払決済サービスを、あたかも自らの広範なサービスの一部のように提供する事も可能になります。
        3. 人々の経済厚生の向上
          • ロックチェーンやDLTは、今や暗号資産の領域にとどまらず、セキュリティトークン(Security Token)などの新たな金融商品やNFT(Non-fungible Token)などの新たな資産の創造にも活発に使われるようになっています。また、製品や一次産品などのトレーサビリティを確保する技術としても期待されています。例えば、ESG、SDGsへの世界的な関心の高まりの中、製品の製造がどのようなエネルギーに基づいて行われたのかをトレースし、証明することが重要となっていますが、このような面で、ブロックチェーンやDLTには大きな期待が寄せられています。このように、ブロックチェーンやDLTが応用されたモノやサービス、資産などを取引する上で、支払決済手段の側でもブロックチェーンやDLTが使われていることは、スマートコントラクトを活用し両者の連携を図る観点から大きなメリットになります。このような観点からも、デジタル通貨DCJPYは、新たな資産などの取引やESG・SDGsに配慮した取引などを効率的に行っていく上で、有益な支払手段となることが期待されます。

    以下、金融庁の金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」での議論や「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」中間論点整理から、関連する部分を抜粋して引用します。

    ▼金融庁 金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」(第2回)議事次第
    ▼資料2-4 参考資料
    • EUにおけるステーブルコインに関する規制案
      • 2020年9月、欧州委員会はステーブルコインを含む暗号資産の規制案(暗号資産市場規制案)を公表。ステーブルコイン(電子マネートークン及び資産参照型トークン)の発行体に開示規制や資産保全義務等を課すとともに、暗号資産のカストディ、交換、トレーディング・プラットフォームの運営を含む暗号資産サービスの提供者についても認可制を採用して様々な規制を課す内容となっている。
      • 暗号資産市場規制案は、電子マネートークンに関しては電子マネーに係る規律をベースとした規制を設ける一方で、資産参照型トークンに関しては独自の規律を設け、重要なトークンについては上乗せ規制を課している
    • 英国におけるステーブルコインに関する規制案
      • 2021年1月、英国財務省は暗号資産とステーブルコインに関する規制案の市中協議プロセスを開始。市中協議案は、ステーブルコイン(ステーブルトークン)を新たな暗号資産の類型とすることや、発行、価格安定、取引検証、送金、保管、交換等の行為毎に規制の適用の有無について意見を募集。
    • 米国におけるステーブルコインに関する規制動向
      • 米国では現状、ステーブルコインについて複数の連邦規制当局からの監督を受ける可能性があるとともに、既存の送金又は仮想通貨に関する各州法の規律を受けるものと考えられている。
      • 2020年12月、大統領金融市場作業部会(The US President’s Working Group on Financial Markets:PWG)は、ステーブルコインに関する主要な規制・監督上の論点についての声明を公表。2021年7月の会合ではステーブルコインに関する規制の枠組みを早期に整備する必要があるという考えが示されている。
      • 2021年11月、米大統領金融市場ワーキング・グループ、連邦預金保険公社及び通貨監督庁は、ステーブルコインのリスクと規制の方向性を示した報告書を公表。
      • 特に決済用ステーブルコインがもたらす健全性リスク((1)利用者へのリスク・取り付けリスク、(2)決済システムリスク、(3)規模のリスク)及び当該リスクに対処するための一貫性のある包括的な規制枠組みの欠如を指摘。
      • 規制の方向性としては、健全性リスクへの対処を念頭に、決済用ステーブルコインを一貫性のある包括的な健全性規制の枠組みの対象とするための法律を速やかに制定することを議会に対して勧告するとともに、立法措置がとられるまでの暫定措置についても勧告。
    • FSB「『グローバル・ステーブルコイン』の規制・監督・監視-最終報告とハイレベルな勧告」(2020年10月)
      • 「ステーブルコイン」は、特定の資産等に対して安定した価値の維持を目指す暗号資産(crypto-asset)であり、価値安定化メカニズムを有する点や複数の機能が組み合わさっている点が特徴。
      • ステーブルコインのうち、複数の法域で取引され、相当量に達する可能性がある「グローバル・ステーブルコイン(GSC)」は、とりわけ、金融システムの安定性に対するリスクをはらんでいる
    • ステーブルコインとFMI原則
      • CPMI-IOSCOは、2021年10月、システミックに重要なステーブルコインの仕組みが「金融市場インフラのための原則(FMI原則)」を遵守するにあたってどのようにアプローチすべきかを明確化したガイダンスを提供する市中協議報告書を公表。
    • 前払式支払手段の実態
      • 前払式支払手段は、発行者数では「紙型」が過半を占め、発行額では「IC・サーバ型」が9割超を占める。
      • チャージ残高の譲渡を行うサービスについて、計数の提供を受けた4社の合計でみると、月間合計件数は約23万件、月間合計金額は約8億円となっており、1件あたり1万円未満の譲渡が9割弱となっている。
    • 譲渡可能な前払式支払手段に関するサービス
      • 前払式支払手段のうち、「第三者型」かつ、「IC型」や「サーバ型」に該当するものの中には、発行者が提供する仕組みを通じて、利用者が、他者に(1)チャージ残高を譲渡することで、個人間で支払手段の移転を行うことや、(2)番号等をメール・SNS等で送付することで、当該他者が支払手段として利用すること、が可能なものも存在する。
    ▼金融庁 金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」(第3回)議事次第
    ▼資料2-1 事務局説明資料(金融サービスのデジタル化への対応)
    • 法定通貨と連動した価格(例:1コイン=1円)で発行され、発行額と同額での償還を約するもの(及びこれに準じるもの)の発行・移転は、為替取引(参考)に該当し得ることを踏まえ、銀行業免許又は資金移動業登録を受けなければ行うことができないと解される。
    • こうしたものは資金決済法における「通貨建資産」に該当する。資金決済法上「通貨建資産」は、「暗号資産」の定義から除かれている。
    • 米国では、決済用ステーブルコインについて、発行者を預金保険対象の預金取扱機関に限定し、同機関に対する規制等を速やかに整備するよう議会に勧告。
    • 欧州連合(EU)では、単一法定通貨建てのステーブルコインの発行者を、信用機関及び電子マネー機関とする規制案を提案。
    • ステーブルコイン(デジタルマネー類似型)を用いた送金・決済サービスは、既存のデジタルマネーと同様に、社会で幅広く使用される電子的な送金・決済手段(電子的決済手段)としての機能を果たし得る。
    • 現行のデジタルマネーに関する法制度は、(1)発行・償還等、(2)移転、(3)管理・取引のための顧客接点等の機能を同一の者が果たすことを前提としている。(1)~(3)が分離して提供された場合に発行者と仲介者の機能に応じた過不足無い規制を導入する必要。
    • 電子的な為替支払手段については、償還に関する法的な権利義務関係を明確にすることが求められるが、現行の暗号資産の取引については、私法上の権利義務関係が不明確であるとの指摘がある。
    • 発行者又は仲介者破綻時においても、利用者の資産が適切に保護されることが重要である。また、仲介者が帳簿を管理している場合、速やかな破綻処理に向けて、速やかな帳簿の連携が必要となる。
    • 受益証券発行信託の受益権の譲渡の仕組みとして、利用者に流通する受益権について受益証券を発行しないことを前提とすると、実務上、譲渡人及び譲受人が受益権を譲渡しようとする場合に、仲介者を経由して、受益権原簿の名義書換を請求するスキームが考えられる。
    • 信託受益権は、その販売段階においては投資商品の一つとして、金融商品取引法の規制対象とされ、投資家保護等の観点から、情報開示制度、不公正取引の禁止及び業者規制の対象となっている。
    • 信託財産を全額円建ての要求払い預金で管理するものについては、信用リスク、金利リスク・流動性リスク、為替リスクが最小化されており、金商法上の開示規制その他の投資者保護・資本市場の健全性確保のための各種規制の必要性はないか。
    • 電子決済等代行業者は、銀行に対し送金指図の伝達を行うのみで、銀行を代理して預金債権の発生・消滅を行う権限はない点で、仲介者と異なる。
    • 銀行代理業者は、所属制の下、預金契約の締結等に係る代理・媒介を行うものであり、仲介者とは異なる。
    • 銀行預金の不正利用に対する補償について、偽造・盗難カードについては、法律上の措置がとられている。
    • また、インターネットバンキングの不正利用や盗難通帳に関するものについては、監督指針や協会の申し合わせによって、補償等の措置が示されている。
    • 資金移動業者や電子決済等代行業者についても、ガイドラインや業界団体において補償方針等の措置をとるよう示されている。
    • FATFは、ステーブルコインはグローバルに普及する可能性が高いことから、マネー・ローンダリング/テロ資金供与に使用されるリスクが高いと指摘し、仲介業者を通さないP2P取引に関するリスク低減策を提示。
    • 発行者と仲介者とが分離する中、発行者と仲介者の責任分担の明確化のため、利用者に損害が生じた場合の発行者と仲介者の間の責任分担に関する事項等について、発行者と仲介者の間で契約を締結する必要。
    • FSBは、グローバル・ステーブルコイン(GSC)が金融システムの安定性へ与えるリスクに対処するために、10個の規制・監督・監視上のアプローチを提言。
    • 勧告は、リスクに応じた規制・監督・監視を求めるものであり、当局は、“同じビジネス、同じリスクには同じルールを適用する(same business, same risk, same rules)”という原則に基づき、監督・監視の能力や実務を適用する必要性に合意している。
      1. GSCやその関連する機能・活動に関する包括的な規制・監督・監視・法執行に必要な権限・手段等を有するべき。
      2. GSCについて、機能やリスクに応じた包括的な規制・監督・監視要件と関連する国際基準を適用するべき。
      3. 国内外で協力・協調し、GSCについて効率的・効果的な情報共有及び協議を推進するべき。
      4. GSCに対し、その機能と活動に関する説明責任の所在を明確にするような包括的なガバナンスフレームワークの構築を要求すべき。
      5. GSCに対し、準備資産管理、オペレーショナル・レジリエンス、サイバーセキュリティ、AML/CFT等に関する効果的なリスク管理フレームワークの構築等を要求すべき。
      6. GSCに対し、データを収集・保管・保護する頑健なシステムの構築を要求すべき。
      7. GSCに対し、適切な再建・破綻処理計画を持つことを要求すべき。
      8. GSCに対し、利用者や関係者が価値安定化のメカニズム等のGSCの機能を理解するのに必要な、包括的かつ透明性のある情報提供を要求すべき。
      9. GSCに対し、利用者が払戻しの権利を有する場合、かかる権利の法的強制力等やそのプロセスに関する法的明確化を要求すべき。
      10. GSCに対し、ある法域でのサービス開始前に、その法域において適用され得る全ての規制・監督・監視上の要件を満たすことを要求し、また必要に応じて新たな規制を適用するべき。
    • デジタルマネーの発行・償還が大規模に行われると、事業の形態によっては、金融市場や銀行の金融仲介機能に影響を及ぼし得る。
    • 銀行等(預金取扱金融機関)が銀行法等に基づき提供するデジタルマネーサービスについては、金融システムの安定確保・預金者保護の観点から、利用者等から受け入れた(チャージされた)資金を「預金」として、その性格に応じ「決済用預金」又は「一般預金等」として、預金保険の保護対象とする扱いとなっている。
    • 銀行等が銀行法等に基づき提供するデジタルマネーサービスは、チャージ型やチャージ不要型が存在し得るが、いずれも従来の銀行間送金の資金の流れと類似のスキームとなり得る。
    • 前払式支払手段(IC型・サーバ型)には、価値の移転等が可能なもの(電子移転可能型)が存在。電子移転可能型のうち、高額のチャージや価値移転・譲渡が可能なもの(高額電子移転可能型)もあるが、実際に多額の残高譲渡をしている利用者は限られると見られる。
    • 電子移転可能型のうち、番号通知型について、不正利用事案等に係る報告等を踏まえ、残高譲渡型と同様に、価値移転に焦点を当てた体制整備を求めることが考えられる。
    • マネロン上のリスクが特に高い「高額電子移転可能型前払式支払手段」の発行者に対し、資金決済法において、業務実施計画の届出を求め、当局によるモニタリングを強化する。それを前提に、犯収法に基づく本人確認等の規律の適用関係を検討する。
    ▼金融庁 「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」中間論点整理の公表について
    ▼(別紙)「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」中間論点整理
    • この約10年間を振り返ってみると、我が国においては、一連の制度整備により、銀行等の伝統的な金融機関が担ってきた為替取引に係る業務の一部が資金移動業においても担われ、また、新たに暗号資産交換業が導入される等、デジタル化に対応した新たな金融サービスの提供が進んでいる。
    • 世界的には、送金・決済の分野においては、2019年に、いわゆるグローバル・ステーブルコインの構想が登場する一方で、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関し、我が国を含む主要な中央銀行において検討が進められている。
    • また、証券の分野では、伝統的な有価証券をトークン化して低コスト・活発な取引を目指した動きが見られ、また、暗号資産等のアプリケーションを提供するプラットフォームとして、DeFi(Decentralized Finance)と呼ばれるプラットフォームも登場し、特定の管理者が存在しないと称しているものもある。
    • 分散台帳を利用した金融サービスに関しては、送金・決済の分野において、近年、法定通貨と価値の連動等を目指すステーブルコインを用いた取引が、米国等で急速に拡大している。
    • こうしたステーブルコインのユースケースを見ると、暗号資産取引の一環として使われているケースが多いと考えられる。また、顧客から受け入れた資金を適切に保全していない事業者が存在するという指摘や、現時点では、ビットコイン等の暗号資産と同様にパーミッションレス型の分散台帳上で流通しており、金融活動作業部会(FATF)等において、マネー・ローンダリング/テロ資金供与(ML/FT)上のリスクが高いという指摘がなされている
    • 一方で、パーミッション型の分散台帳を用いて、こうした利用者保護上の問題点やAML/CFT上の課題に対応し得る形で、証券決済や企業間決済での利用を目指して実証実験等が行われている。そのため、将来的には幅広い分野で送金・決済手段として用いられる可能性も指摘されている。
    • Facebook社(当時)を中心としたリブラ構想(2019年6月公表)以後、G20及び金融安定理事会(FSB)、FATF等の国際基準設定主体において、いわゆるグローバル・ステーブルコインへの対応について議論が行われている。
    • また、欧州では、2020年9月にステーブルコインを含む暗号資産の規制案が公表され、米国でも、2021年7月の大統領金融市場作業部会(PWG)において規制の枠組みの早期整備が必要との考え方が示され、同年11月、規制方針等を示した報告書が公表されている。
    • パーミッションレス型の分散台帳等を利用した金融サービスについては、複数のレイヤーに基づき、その一部のレイヤーについてのみ中央管理者を置く形態で提供されているものがある。一方、従来の金融規制の枠組みでは、金融機関が全レイヤーを管理する主体として存在し、規制の名宛人として管理責任を果たせる立場にあることを前提としている。
    • 複数レイヤー全体を管理する主体が存在しない場合であっても、サービスが幅広く利用されるためには、システム全体が技術・契約・制度・インセンティブ・信頼等によって規律付けられる必要があり、規制の名宛人として管理責任を果たせる立場にある者がこうした状態を実現する必要があると考えられる。
    • その際、技術的な対応が可能なものについては、システム仕様等において対応することが重要となる。この点に関しては、航空機の設計・製造・運用も参考に議論が行われ、以下のような指摘があった。
      • 金融サービスに活用されるシステム18に関して、技術中立という観点に配意しつつ、当局が、求められる機能・水準を示すことが重要
      • 第三者がシステムの信頼性のチェック結果を公表する等、各ステークホルダーが適切に行動するようなインセンティブ付けが重要
      • 技術の進歩に伴いリスクも変化していくため、当局が必要な水準をアップデートするとともに、サービス提供者に対して継続的に水準を満たし続ける責任を求めていくことも必要
    • 社会経済で広く使われる可能性のある送金・決済手段に求められる水準としては、システムの安全性・強靱性等に加え、一般に
      1. 権利移転(手続、タイミング)に係る明確なルールがあること
      2. AML/CFTの観点からの要請に確実に応えられること
      3. 発行者や仲介者26等の破綻時や、技術的な不具合や問題が生じた場合等において、取引の巻戻しや損失の補償等、利用者の権利が適切に保護されることが必要と考えられる。
    • これらの要件のうち、特にAML/CFTの観点からの要請については、システム仕様等、技術的に対応することが重要である。そのための水準を満たす方法については、現時点においては、例えば、システム仕様等で、
      • 本人確認されていない利用者への移転を防止すること
      • 本人確認されていない利用者に移転した残高については凍結処理を行うこと

      といった事項を求めることを検討することが考えられる。

    • こうしたシステム仕様については、実効性を確保・確認するため、仲介者(又は必要に応じて発行者)に対する業規制(体制整備義務)として、必要な水準を満たすために必要な要件を満たすシステムの採用及びその疎明を求めることが考えられる。
    • また、FATF等における議論も踏まえつつ、利用者にアプリケーションを提供してP2P取引における取引のマッチング等を行う者の取扱いを含め、適用対象の明確化や周知徹底を図ることにより、イノベーションの過度な委縮につながらないように努めることが考えられる。
    • ステーブルコインのうち、法定通貨と価値の連動を目指すものについては、現行制度の考え方に基づけば、価値を安定させる仕組みによって、以下のとおり分類できると考えられる。
      1. 法定通貨の価値と連動した価格(例:1コイン=1円)で発行され、発行価格と同額で償還を約するもの(及びこれに準ずるもの)
      2. アルゴリズムで価値の安定を試みるもの等(1以外)
    • これらのユースケースについては、現状では
      1. 上記1に該当するものを使用して、証券決済等や企業間決済等における活用を目指した実証実験等が行われている。こうしたものの中から、既存のデジタルマネーと同様に社会で幅広く使用される送金・決済手段となるものが出現する可能性がある。
      2. 暗号資産運用の一環として利用されるものとしては、上記1、2いずれもあるが、形式的には上記1に該当するものであっても、発行者が有する裏付資産の内容に照らして償還確実性に問題が生じる可能性がある、裏付資産の運用状況の開示が不十分等の指摘がなされているものも存在する。
    • 上記1(以下「デジタルマネー類似型」)と上記2(以下「暗号資産型」)は、経済社会において果たし得る機能、法的に保護されるべき利益、及び金融規制・監督上の課題が異なると考えられる。そのため必要な制度対応等については、両者を区分して検討することが適当と考えられる。その際、利用者保護等の観点から、問題のあるものについて適切に対応する必要がある。
    • 「デジタルマネー類似型」は、分散台帳等を用いて「発行者」と「移転・管理を行う者」が分離した形態でサービスが提供されているのが一般的であるが、上記のとおり、既存のデジタルマネーと同様に、社会で幅広く使用される電子的な送金・決済手段(以下「電子的支払手段」)としての機能を果たし得る。
    • 他方、既存のデジタルマネーは現時点では「発行者」と「移転・管理を行う者」は同一であるが、将来的には「発行者」と「移転・管理を行う者」を分離するモデルを模索する動きが広がる可能性もある。
    • このため、「同じビジネス、同じリスクには同じルールを適用する(same business, same risk, same rule)」との考え方に基づき、法制度の検討に当たっては対象を「デジタルマネー類似型」に限定するのではなく、既存のデジタルマネーについても「発行者」と「移転・管理を行う者」が分離し得ることを前提に検討を行う必要があると考えられる。
    • この電子的支払手段を用いた送金・決済サービスについては、サービス提供者が果たす機能に着目すると主に以下の3つの機能に大別できる。
      • (ⅰ)発行、償還、価値安定の仕組みの提供(通常、裏付資産の管理やカストディサービスを含む)
      • (ⅱ)移転(通常、取引の検証メカニズムを含む)
      • (ⅲ)管理、取引のための顧客接点(通常、顧客の秘密鍵を管理するウォレットサービスや、コインの取引を可能とするアプリの提供を含む)
    • 我が国の現行のデジタルマネーに関する法制度は、上記(ⅰ)~(ⅲ)の機能を同一の者が果たすことを前提としているが、この点については以下のような指摘がある。
      • (ⅰ)発行等の機能(主として利用者から資金を預かり、運用する機能)と、(ⅱ)(ⅲ)移転・管理等の機能(主として顧客管理(AML/CFT規制の遵守やシステム管理等))は、金融規制監督上求められる規律が異なる。
      • 欧州連合(EU)等のデジタルマネー法制は、(ⅰ)発行等の機能と(ⅱ)(ⅲ)移転・管理等の機能を分離している。米国等におけるステーブルコインも同様に分離した態様で発行・流通されている。
      • 分散台帳の活用等により、複数の主体が台帳を共有し、上記(ⅰ)~(ⅲ)の機能を分離して提供することがより容易になっている。
      • (ⅰ)~(ⅲ)の機能が分離されてサービスが提供された場合、関係者に対する法適用の範囲が必ずしも明確でない。例えば、発行価格と同額での償還を約するもの等であっても償還可能性に疑義のあるものや暗号資産と同様に取引され得るもの等に関する適用を含め、利用者保護やAML/CFT、決済機能の安定の観点から適切な規制が適用されるか必ずしも明確でない。
    • こうしたことを踏まえ、決済・送金サービスにおける民間のイノベーションの促進や、利用者保護を図る観点等から、分散台帳等の活用等も念頭において、(ⅰ)発行等の機能と(ⅱ)(ⅲ)移転・管理等の機能の担い手を分離した形態の送金・決済サービスを可能とする柔軟で過不足のない法制度の構築に向けて、検討することが適切と考えられる。
    • その際、FSBが公表したグローバル・ステーブルコインに関する10の原則を踏まえ、全体として、利用者の権利義務の明確化や、説明責任の所在を明確にするための包括的なガバナンスフレームワークの構築等を求めることが考えられる。
    • 「暗号資産型」のステーブルコインもある。こうしたステーブルコインが、資金決済法に規定する暗号資産に該当する場合、暗号資産の売買・交換・これらの媒介等・管理を行う者は、暗号資産交換業者として規制される。また、暗号資産交換業者には、その特性等に照らして利用者の保護等に支障を及ぼすおそれがあると認められる暗号資産を取り扱わないために必要な措置を取ることが求められており、新規の暗号資産の取扱いに際しては、自主規制団体によりその適切性の確認等が行われている
    • ステーブルコインと称するものの中には、金融商品取引法に規定する有価証券に該当するものもあり得る。この場合、金融商品取引法に規定する開示規制や業規制(電子記録移転権利を自ら発行・募集する場合には第二種金融商品取引業の登録が必要になる場合があるほか、当該権利の募集の取扱いや売買の媒介を行う場合には第一種金融商品取引業の登録が必要になる)等が適用され得る。
    • 情報通信技術の急速な進歩を背景とした内外の様々な領域におけるデジタル化の進展により、今後、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に対する社会ニーズが急激に高まる可能性があること等を受けて、日本銀行を含む各国の中央銀行がCBDCに関する実証実験等を行っている。
    • CBDCは、決済システムのデジタル化や、ステーブルコインを含めた民間のデジタルマネーの広がりという流れにおける、大きな動きの1つとして捉えられる。そのため、民間のデジタルマネーとともに、決済のデジタル化の取組み全体として、より安価で利便性が高く、かつ安全に利用できる金融サービスの実現に資するものとなることが重要と考えられる。
    • その制度設計に当たっては、G7から公表された「リテール中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する公共政策上の原則」も踏まえ検討する必要がある。その際、金融システムの安定や利用者保護を目的とした金融行政の観点からは、主として以下の論点について検討を行う必要があると考えられる。
      • 民間金融機関の金融仲介機能への影響や金融危機時等における影響等に対処すること
      • 民間の決済サービスとの共存によるイノベーションの促進の観点から、民間の創意工夫を促す柔軟な設計を検討すること
      • 利用者保護の観点等から権利義務関係を明確に規定すること
      • AML/CFTの要請に対応すること6
      • プライバシーへの配慮や個人情報保護との関係を整理すること
      • クロスボーダー決済等で使用される可能性を考慮すること

    最後に、最近の報道から、暗号資産等が犯罪に悪用された事例を中心に、いくつか紹介します。暗号資産を巡っては、取引が簡単にできる手軽さなどから近年、急速に普及している一方、勧誘者と出資者とのトラブルが後を絶たず、警察が捜査に乗り出す事案も相次いでいます。国民生活センターによれば、暗号資産に関する相談件数は増加傾向にあり、その多くが「出金できなくなった」という趣旨の内容で、2016年度には847件だったが、2017年度には2,910件に急増、その後も同程度で推移しているといいます。

    • 無登録で暗号資産関連の投資ファンドへの出資を勧誘したとして、警視庁生活経済課は男女7人を金融商品取引法違反(無登録営業)容疑で逮捕しています。2020年5月の改正金融商品取引法施行で暗号資産が金融商品となって以降、同法違反の適用は初めてであり、同課は、2019年4月~20年11月に計約650億円を違法に集めていたとみてるということです。商品はいずれもインターネットサイトを通じてビットコインを送金し、運用額などに応じて配当が支払われる仕組みで、新たな出資者を勧誘すれば紹介料などを得られる「マルチ商法」のようなシステムだったとみられるほか、ファンドの運営会社は英領バージン諸島など海外に拠点を置いており、警視庁は運営実態などを詳しく調べています。なお、一部の勧誘者は投資する商品を次々と変えて出資を募っており、出資者への支払いが滞るたびに新たな商品を提示することで出資金集めを続けようとしていたとみられています、容疑者らは2019年4月ごろからジュビリーエースへの勧誘を開始、2020年夏ごろから「月利20%」などとうたいジェンコへの勧誘を始めたが、2020年11月には出資者への配当が停止、その後は人工知能(AI)とビッグデータ分析を利用しているとしている「グローバリティクス・テック・リサーチ(GTR)」への投資を呼び掛けていたといいます。
    • 高配当を得られるとうたい、国に無登録で暗号資産に関する事業への出資を募ったとして、福岡県警生活経済課などは、金融商品取引法違反(無登録営業)容疑で会社役員ら2人を逮捕しています。容疑者が運営する任意団体「アルトクラブ」と会社「フォーエスエスエイチ」の業務に関し、2018年4月~20年1月、海外での暗号資産交換所の設立や運営に出資すれば配当を受けられるなどと説明し、国に無登録で8人を勧誘した疑いがもたれており、2018年2月以降、約2,500人から約10億5,800万円を集めていたとみられています。「10万円出せば配当55万円を年に3回もらえる権利を得られる」などとセミナーで呼び掛け、出資者を募ったといいます。
    • 暗号資産を無登録で販売した疑いで逮捕された東京のインターネット関連会社代表の男らが、うその説明をして暗号資産を販売したとして、大阪府警は詐欺容疑で再逮捕しています。容疑者らは実態のない事業計画をもとに、SNS上や電話で購入すれば利益が出るなどとうそを言い、独自に開発した暗号資産「アークキャッシュ」や「バイオメックス」を購入者の男性に販売して、対価としてほかの暗号資産をだまし取った疑いがもたれています。容疑者らは、自分たちの暗号資産を紹介するホームページで「2020年ごろに上場」としていたものの、大阪府警が2020年11月に別の事件で容疑者らの拠点を捜索して押収した資料を調べたところ、取引所に上場を持ちかけるなどの形跡は確認されなかったといいます。さらに、声を変えるアプリを使って女性投資家を装うなどし、SNS上で男性に接触して勧誘していたともいわれています。大阪府警は捜査で押収したデータから、のべ1,000人以上に約15億8,700万円相当分の独自暗号通貨を販売していたとみて裏付けを進めているといいます。
    • 中国人の投資家らが暗号資産を東京都内の業者に送金し、日本円に換金して投資資金を調達していたといいます。総額は2019年3月までの3年間で約270億円に上り、不動産購入などに充てられていたようです。暗号資産を規制の「抜け道」として、中国からの投資マネーが日本国内に流入する実態の一端が明らかになった形です。
    ②IRカジノ/依存症を巡る動向

    本コラムでたびたび取り上げているとおり、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)については、政府は2021年10月~2022年4月、自治体からの整備計画申請を受け付け、最大3カ所を選ぶ流れとなっており、開業は2020年代後半を掲げています。各地で準備が進められる中、和歌山県が誘致を進めるIRについて議論する県議会の特別委員会が開かれ、事業者のクレアベスト・グループ(カナダ)の担当者が出席し、事業内容などを説明していますが、議員側から「運営体制が不透明」などと不満が相次いだと報じられています。さらに、和歌山県は当初、11月25日~12月5日に予定していた住民説明会とパブリックコメントの延期を決め、事業者の具体的な運営体制が固まる2022年1月末ごろをめどに改めて実施するということです。報道によれば、約4,700億円としていた初期投資額の資金調達について「メガバンクとも交渉を進めている」、「融資確約書の提出準備も進んでいる」などとしたものの、裏付ける資料を提示せず、議員側から「実現性が信用できない」、「蜃気楼のような話だ」などと不満が相次いだようです。なお、会議では、区域整備計画の原案が出席議員限りで提示され、IR施設の名称を「The PACIFIC」(仮称)とし、全体のコンセプトを「和歌山の自然資源と世界最先端のテクノロジーの融合」とすることなども報告されたといいます。また、宿泊施設は、クレアベストの運営コンソーシアムへの参加を表明していた米カジノ大手のシーザーズ・エンターテインメントが担い、世界的に有名なホテル事業者が運営する予定だということです。

    三重県桑名市の伊藤市長は、市内にIRを誘致できないか三重県に調査や研究を求めていることを明らかにしています。これまでも誘致を目指していたところ、三重県知事に一見勝之氏が当選・就任したのをきっかけに改めて要請することにしたということです。報道によれば、伊藤市長は「当初は雲をつかむような話と思ったが、IRは観光の起爆剤となり市の財政や少子高齢化に与えるインパクトは大きい」と考え、2019年9月には誘致を前提にした調査を当時の鈴木英敬・三重県知事に要請したものの、鈴木氏はIRに否定的な考えを示し、誘致は凍結されていたものです。伊藤市長は「木曽岬干拓地へのIR誘致に向けて外部組織から聞いたところ、適地ではないかとの意見を得た」、「カジノについてはギャンブル依存などの問題があるのは十分承知している。ただ、干拓地には人が住んでおらず、横浜とは状況が異なる」、「県として改めて干拓地をどのような場所にしたいのか、調査で方向性を示してもらいたい」と前のめりな一方、一見知事は「非常に重要なのは、地元の自治体の考え。当然住民の方々の声が反映される。IRについては光と影が両方ある」と慎重な姿勢を示しており、今後の動向については紆余曲折がありそうです。

    マカオのカジノで富裕層を相手に賭博行為を仲介したり資金を貸し付けたりする「ジャンケット」の最大手、太陽城集団(サンシティー・グループ)のトップであるアルヴィン・チャウCEOら11人が、マカオで、越境賭博やマネー・ローンダリングに関与したとして逮捕されています。2021年11月30日付日本経済新聞によれば、中国政府は2021年3月、本土での賭博の広告・宣伝を禁止、マカオ当局も9月、カジノの規制強化案を明らかにしており、それ以来、マカオ当局はギャンブル界の大物として同CEOを警戒していたとされます。背景には、中国の習近平国家主席が格差是正に乗り出し、社会に有害な影響を与える問題を広く取り締まり始めたことが挙げられ、中国のIT、教育、ゲーム、娯楽といった業界の大手各社が打撃を受けています。このような流れの中、マカオのカジノ法改正案が成立すれば、ジャンケットへの規制が強まり、いくつかの慣習は違法になり、そもそも新型コロナウイルスの感染拡大でマカオを訪れる観光客は激減、実はその前からVIP客の売り上げが減少傾向にあり、マカオで登録されたジャンケットは2013年に200人を超えていたところ、2021年は85人に大きく減っている現実がある中、ジャンケットのもうけはさらに細る可能性が指摘されています。なお、CEOの逮捕を受け、マカオのカジノ施設のVIPルームを全て閉鎖したといい、VIPルーム閉鎖でマカオの人員の3分の1程度が削減される見通しだということです。

    ③犯罪統計資料

    令和3年1~19月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

    ▼警察庁 犯罪統計資料(令和3年1~10月分)

    令和3年1~10月の刑法犯総数について、認知件数は469,531件(前年同期514,197件、前年同期比▲8.7%)、検挙件数は215,312件(228,390件、▲5.7%)、検挙率は45.9%(44.4%、+1.5P)と、認知件数・検挙件数ともに減少傾向が継続している点が特徴です。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は316,001件(349,788件、▲9.7%)、検挙件数は131,644件(140,229件、▲6.1%)、検挙率は41.7%(40.1%、+1.6P)、うち万引きの認知件数は71,880件(71,644件、+0.3%)、検挙件数は52,605件(51,666件、+1.8%)、検挙率は73.2%(72.1%、+1.1P)となっています。また、知能犯の認知件数は29,189件(27,815件、+4.9%)、検挙件数は14,961件(14,503件、+3.2%)、検挙率は51.3%(52.1%、▲0.8P)、うち詐欺の認知件数は26,463件(24,848件、+6.5%)、検挙件数は12,893件(12,230件、+5.4%)、検挙率は48.7%(49,2%、▲0.5%)などとなっています。刑法犯全体の認知件数・検挙件数が減少傾向の中、万引きと知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です。

    また、特別法犯総数については検挙件数は56,958件(58,201件、▲2.1%)、検挙人員は46,677人(48,977人、▲4.7%)と昨年同様、検挙件数・検挙人員ともに微減の傾向を示している点が特徴的です(なお、検挙件数については直近までわずかながら増加傾向を示していましたが、減少に転じています)。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は3,984件(5,643件、▲29.4%)、検挙人員は2,879人(4,113人、▲30.0%)、軽犯罪法の検挙件数は6,673件(6,967件、▲4.2%)、検挙人員は6,728人(7,002人、▲3.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は6,980件(6,125件、+14.0%)、検挙人員は5,329人(5,029人、+6.0%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,973件(2,223件、▲11.2%)、検挙人員は1,610人(1,804人、▲10.8%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は273件(487件、▲3.9%)、43.9%)、検挙人員は108人(104人、+3.8%)、不正競争防止法違反の検挙件数は60件(50件、+20.0%)、検挙人員は56人(58人、▲3.4%)、銃刀法違反の検挙件数は4,115件(4,305件、▲4.4%)、検挙人員は3,516人(3,796人、▲7.4%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や不正競争防止法違反が増加傾向にある点が気になります。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は695件(799件、▲13.0%)、検挙人員は395人(414人、▲4.6%)、大麻取締法違反の検挙件数は5,410件(4,592件、+17.8%)、検挙人員は4,264人(3,860人、+10.5%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は9,041件(9,364件、▲3.4%)、検挙人員は6,097人(6,543人、▲6.8%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数が前年に比べても大きく増加傾向を示しており、かなり深刻な状況となっています。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、総数403人(317人、+27.1%)、ベトナム192人(84人、+128.6%)、中国79人(76人、+3.9%)、ブラジル30人(50人、▲40.0%)、フィリピン29人(25人、+16.0%)、韓国・朝鮮15人(25人、▲40.0%)、インド15人(14人、+7.1%)などとなっています。

    一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数総数は9,584件(10,525件、▲8.9%)、検挙人員総数は5,317人(6,117人、▲13.1%)といったん増加していたところ、一転して検挙件数・検挙人員ともに減少に転じている点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じたのは、緊急事態宣言等のコロナ禍の状況や東京五輪に向けた自粛(一般的に国民的行事の際には、暴力団は活動を自粛する傾向にあります)などの要素もあることも考えられ、いずれにせよ緊急事態宣言解除など状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要がありそうです。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は572件(730件、▲21.6%)、検挙人員は542人(704人、▲23.0%)、傷害の検挙件数は908件(1,149件、▲21.0%)、検挙人員は1,090人(1,332人、▲18.2%)、脅迫の検挙件数は297件(385件、▲22.9%)、検挙人員は288人(346人、▲16.8%)、恐喝の検挙件数は314件(348件、▲9.8%)、検挙人員は377人(450人、▲16.2%)、窃盗の検挙件数は4,794件(5,091件、▲5.8%)、検挙人員は789人(962人、▲18.0%)、詐欺の検挙件数は1,335件(1,236件、+8.0%)、検挙人員は1,115人(952人、+17.1%)などとなっています。とりわけ、全体の傾向と同様、詐欺については、大きく増加傾向を示している点は注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、検挙件数総数は5,689件(6,353件、▲10.5%)、検挙人員総数は3,844人(4,620人、▲16.8%)とこちらも昨年1年間の傾向同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、軽犯罪法違反の検挙件数は77件(105件、▲26.7%)、検挙人員は68人(93人、▲26.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は90件(102件、▲11.8%)、検挙人員は80人(96人、▲16.7%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は34件(43件、▲20.9%)、検挙人員は82人(100人、▲18.0%)、銃刀法違反の検挙件数は93件(129件、▲27.9%)、検挙人員は69人(104人、▲33.7%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は113件(152件、▲25.7%)、検挙人員は35人(52人、▲32.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は939件(885件、+6.1%)、検挙人員は590人(587人、+0.5%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は3,658件(4,132件、▲11.5%)、検挙人員は2,401人(2,855人、▲15.9%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は218件(283件、▲23.0%)、検挙人員は175件(209件、▲16.3%)などとなっており、全体の傾向同様、大麻事犯の検挙件数が増加傾向にあること、一方で覚せい剤事犯の検挙件数が減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます。

    (8)北朝鮮リスクを巡る動向

    北朝鮮の朝鮮中央通信は、南アフリカなどで新たに発見された新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」が「深刻な憂慮を生み出している」と指摘した上で、北朝鮮の防疫当局が変異株の国内流入を警戒し、非常防疫態勢を徹底するよう注力していると報じたといいます。報道によれば、同通信は工場や農場などで、検温や消毒、マスク着用、社会的距離の確保などの防疫規定が厳守されていると強調しています。なお、韓国メディアは新たな変異株の発見で、北朝鮮が準備を進めている中国との貿易再開に向けた国境開放がさらに遅れる可能性があると伝えています。なお、国境開放を巡っては、オミクロン株の蔓延直前までは、2020年秋以降中断している中国と北朝鮮の陸路貿易が、11月中にも再開する兆しが出ていたところです。報道によれば、中国遼寧省丹東市から北朝鮮の新義州に入る鉄道を使った輸送ルートの準備が進んでおり、「荷物は丹東に集まっている」といいます。中朝貿易は現在、感染リスクが比較的低い船舶を使い、乳製品や砂糖、農薬など必要物資に絞られています。北朝鮮の食糧、経済状況は改善しておらず、貿易拡大を急いでいるのは明らかであるとはいえ、今年に入り、陸路貿易再開の予兆は何度も表れたが、新型コロナの流入を嫌う北朝鮮が土壇場で見送ってきた経緯があります。今回のオミクロン株の脅威とあわせ、中国でも10月中旬以降、各地で感染が確認されており、再開が実現するかどうかは見通せない状況となっています。関連して、中国税関総署が発表した2021年10月の貿易統計の内訳によると、北朝鮮は、中国から乳幼児向けの乳製品を約8.9トン輸入しており、9月は13キロしかなく、急増したことが明らかとなっています。一方、食品類では他に目立って多いものや増えたものはないといいます。なお、輸入品のうち金額ベースで最も多いのはゴム製品の約700万ドル(約8億円)、プラスチック製品とたばこ類が続き、北朝鮮から中国へは約2万7,000ドルのビールの輸出があったようです。

    直近では、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は、党中央委員会の政治局会議で、国の経済発展に難関が立ちはだかっている中でも経済が安定的に管理されたとして「今年は勝利の年」と評価、さらに国防、農業、建設などの分野で進歩を続けるために来年の「大変巨大な闘争」に備えなければならないと述べています。報道によれば、金正恩総書記は国が依然として経済的困難に直面している一方で、党は政策目標の達成推進と今年初めに自身が発表した5カ年経済計画の実行に成功したと述べ、「国家経済の安定した運営や農業・建設分野での大きな成功に見られるように、政治・経済・文化・国防などの国政全般で前向きな変化があったことは非常に心強い」、「来年は今年と同様、大変巨大な闘争をしなければならない重要な年になる」と述べています。金正恩総書記は自身の計画により経済と電力供給を強化しようとしているところ、国連機関によれば、北朝鮮の核・ミサイルプログラムを巡る制裁、新型コロナウイルスの流行、自然災害を背景に食料や電力不足が続いているといいます。

    また、今年相次いだミサイル発射からうかがえる北朝鮮の姿勢の変化については、2021年11月13日付産経新聞が参考になりますので、以下、抜粋して引用します。

    北朝鮮は9月中旬から、長距離巡航ミサイル、列車から発射し変則軌道をとる「KN23」改良型、極超音速ミサイル「火星8」、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)と多種にわたるミサイル発射を行った。専門家は北朝鮮の核・ミサイル開発の局面が変わったと指摘する。連続発射のさなかに開いた最高人民会議で、金正恩朝鮮労働党総書記はバイデン米政権について、「対話の呼びかけは敵対行為を覆い隠すベールで、敵視政策の延長にすぎない」と敵対的な姿勢を強めた。・・・北朝鮮のような核戦力に過度に頼る弱小国が米国のような圧倒的な核超大国に対抗する場合、当事国(北朝鮮)は核の先制不使用を宣言し、超大国から核攻撃を受けた場合は第2撃として「核で反撃する」と脅すのが通例だ。第2撃は米ワシントンなど大都市の破壊を狙う。都市機能や産業基盤を破壊し甚大な人的被害を目指す対価値(カウンターバリュー)戦略といい、超大国の第1撃をためらわせることが目的で、兵器としての命中精度は必ずしも高くなくていい。北朝鮮の場合、カウンターバリュー戦力は燃料の量で射程の調整が可能だが、発射の兆候が発覚しやすい液体燃料の弾道ミサイルが担ってきた。

    このような北朝鮮の状況や戦略をふまえ、国際的な動きも見られています。米国のオースティン国防長官と韓国の徐旭国防相は、ソウルでバイデン米政権の発足後初となる定例安保協議(SCM)を開催、米韓は協議の結果、核ミサイル開発を進める北朝鮮に対応するため、(対北有事を想定した米韓の軍事計画には「作戦計画5027」や「同5015」があるところ、北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発などに対応し切れていないとの懸念が持たれていることから)朝鮮半島有事の際の作戦計画を見直すことで合意しています。韓国国防省によると、今回の協議では、作戦計画の見直しに向けて、新たな戦略企画指針(SPG)が承認され、米韓の軍当局は今後、承認されたSPGに基づき、現状の作戦計画を北朝鮮の弾道ミサイルにも対応できるように更新するということです。徐氏は「これまでの南北や米朝間の約束に基づいた外交と対話が、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的な平和達成には欠かせないとの認識を共有した」と表明、両国は「国際制裁を維持しながら、外交努力を支えていく」との方針で一致したと述べています。また、オースティン氏は「北朝鮮がミサイル兵器計画を進展させ続け、地域の安全保障を不安定化させている」と指摘、米韓が北朝鮮に対話を求めていく一方で、「あらゆる脅威から防衛する手段を議論した」とも述べています。なお、日米韓3カ国の安全保障協力を深めていく重要性についても、会談の中で再確認したということです。一方、韓国大統領府の徐薫国家安保室長と中国外交部門トップの楊潔チ政治局員が中国・天津で会談を行っています。文大統領は2022年5月までの任期内に南北関係で外交的成果を残そうと、休戦状態にある朝鮮戦争(1950~53年)の終戦宣言実現に全力を傾けており、米国側は北朝鮮が宣言を在韓米軍撤退の根拠にする可能性もあるなどとして消極的だという一方で、戦争の当事国の一つである中国は、楊氏が「宣言が朝鮮半島の平和と安定を進めることに寄与するとみている」、「朝鮮半島の平和と安定のため中国側も努力を続けていきたい」とも述べるなど前向きの姿勢を示しています。

    その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

    • 日本海側で毎年発生している北朝鮮籍とみられる木造船の漂流・漂着が、今年は激減しているといいます。報道によれば、全国で11件(11月19日時点)と、昨年1年間の77件から大幅に減少しており、海上保安庁が統計を取り始めた2013年以降、最少ペースで推移しているようです。新型コロナウイルス警戒で北朝鮮が漁船の操業を禁止しているとみられることや、燃料不足の影響が考えられるところです。一方で、専門家は「北朝鮮の公船が携帯型の対空ミサイルとみられる武器を装備してEEZ内を航行したことが海上保安庁に確認されており、日本海を巡る情勢は極めて不安定な状況が続いている。引き続き注視が必要だ」と指摘しており、安心していられません。
    • 国連総会第3委員会(人権)は、日本人拉致問題を含む北朝鮮による人権侵害を非難するEU提出の決議案をコンセンサス方式(議場の総意)により投票なしで採択しました。日本は賛同を示す共同提案国に加わっています。同種の決議採択は17年連続で、12月中に総会本会議で採択され、正式な総会決議となる見通しといいます。決議案は、拉致問題を「深刻な人権侵害」と強調、被害者と家族の高齢化に言及した上で、「北朝鮮による(解決への)具体的な行動の欠如、被害者とその家族の長年の耐えがたい苦しみに重大な懸念を示す」と明記しています。それに対し、北朝鮮外務省は、報道官談話を発表し「わが国のイメージに泥を塗ろうとする重大な主権侵害行為であり、強く糾弾する」と反発しています。報道によれば、談話では北朝鮮が「人民大衆第一主義」を掲げ、すべての政策で「人民の権益が最優先、絶対視」されていると反論、人種差別などの人権侵害が発生しているのは、米国や決議案を提出したEUの国々だと訴えています。
    • 朝鮮中央通信は、北朝鮮で宇宙科学技術の討論会が11月に開催されたと報じています。報道によれば、宇宙開発の国際的な努力が積極的に行われていることに応じ、北朝鮮が「宇宙開発計画を、確信を持って推進し、経済発展に寄与する契機となった」としています。討論会には金日成総合大や金策工業総合大、国家科学院などの研究者らが参加、衛星の姿勢制御や衛星用撮影機の開発、地上観測技術などに関する論文190件超が審査されたといいます。
    • 拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害に対する認識を深めることを目的に、「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」によって、12月10日~16日は「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」と定められています。
    ▼警視庁 北朝鮮人権侵害問題啓発週間(12月10日から16日まで)

    北朝鮮人権侵害問題啓発週間について

    • 平成18年6月、北朝鮮当局による人権侵害問題に関して、国際社会と連携しつつ人権侵害問題の実態を解明し、その抑止を図ることを目的として、「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」が施行されました。
    • 国及び地方公共団体の責務等を規定するとともに、毎年12月10日から同月16日までを「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」と定めました。
    • 我が国の喫緊の国民的課題である拉致問題の解決など、北朝鮮当局による人権侵害問題への対処が国際社会を挙げて取り組むべき課題とされる中、この問題についての関心と認識を深めることを目的としています。

    北朝鮮による拉致容疑事案

    • 我が国政府はこれまでに、日本人が被害者である北朝鮮による拉致容疑事案12件(被害者17人)を認定していますが、警察は、朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件(被害者2人)を含め計13件(被害者19人)を北朝鮮による拉致容疑事案と判断するとともに、拉致の実行犯として、8件11人の逮捕状の発付を得て、国際手配を行っています。
    • また警察では、これら以外にも、「北朝鮮による拉致ではないか」とする告訴・告発や相談・届出を受理しており、関係機関と連携し、所要の捜査や調査を進めています。

    3.暴排条例等の状況

    (1)暴排条例の改正(大阪府)

    以前の本コラム(暴排トピックス2021年8月号)でも取り上げましたが、暴力団事務所の新設禁止区域を拡大する大阪府の改正暴力団排除条例が11月22日に施行されました。新たに住居や商業目的で使われている地域を禁止区域に追加、府の総面積の約半分が規制対象になり、禁止区域の比率(府内の総面積の約47%、大阪市内の約85%が規制範囲)は全国で最大となります。さらに、違反した場合は撤去が命じられ、従わなければ罰則の対象になります。六代目山口組と神戸山口組の抗争激化に伴い、大阪府公安委員会は暴力団対策法に基づき、活動を制限する「警戒区域」に大阪市と豊中市を定めていますが、一部の組織が区域外に事務所を移転する動きを見せていたこと、抗争が終結するなどして特定抗争指定暴力団の指定が外れれば、警戒区域の対象からも外れてしまうといった状況を鑑みて、今回の暴排条例改正により、警戒区域外の事務所の新設を規制できるとしています。そもそも暴力団事務所は、発砲事件などの標的となりやすいといえます。報道によれば、分裂後に大阪府内で発生した抗争事件は20件、このうちほぼ半分にあたる11件が、トラックが突っ込むなど事務所が標的となる事件で、さらに兵庫県内では暴力団事務所付近で発砲事件がたびたび発生していることから、今後大阪府内でも同様の事件が起きて府民が巻き込まれる懸念があることから、市街地での新設を防ぐことで、府民の安全を守る狙いがあるとされます。

    ▼大阪府暴力団排除条例の改正概要(チラシ)【令和3年11月22日施行】

    なお、本資料によれば、「条例では暴力団が府民生活や青少年の健全育成に不当な影響を与える存在であることから、府、市町村、府民等が協力して社会全体で暴力団を排除し、暴力団事務所の存在を許さないことを基本理念の一つとしています。平成27年8月に始まった暴力団の対立抗争の激化により、暴力団対策法に基づいて、対立する団体を特定抗争指定暴力団等に指定し、暴力団事務所の使用や開設等を禁止して警戒を強化しているところです。しかし、暴力団事務所は、対立抗争においては標的となることが多くあり、府民の皆さまが安全で安心して暮らせるよう、現行の条例で規制する学校、図書館、その他保護対象施設から周囲200メートル以内の区域での暴力団事務所の開設又は運営の禁止に加え、都市計画法に規定する住居系用途地域等も禁止区域に追加し、暴力団事務所の進出を防止するものです」と改正の目的が記されています。なお、今回の改正の主なポイントは以下のとおりです。

    • 禁止区域の追加(都市計画法に規定する用途地域)
      • 現在の禁止区域:学校、図書館、その他保護対象施設から周囲200メートル以内のエリア
      • 住居系用途地域:住宅、学校、幼稚園、公園等青少年の日常生活に密着した施設が多く存在するエリア
      • 商業系用途地域:駅、ショッピングセンター、コンビニ、カラオケ等青少年が通学、飲食、遊興に使う施設が多く所在するエリア
      • 工業系用途地域:軽工業の工場をはじめ様々な工場、サービス施設等が所在するエリア(工業専用地域は除く)
    • 立入検査等・中止命令規定の新設
      • 立入検査等:追加されt禁止区域内で暴力団事務所を開設又は運営している疑いがある場合は、警察職員が暴力団員その他の関係者に対し、文書等による説明や資料の提出を求めることができる。また、その建物内に立入り、設備、書類、その他の物件を検査等することができる。
      • 中止命令:追加された禁止区域内で暴力団事務所を開設又は運営した場合は、その暴力団事務所を開設又は運営する者に対して、公安委員会が中止を命令することができる。
    • 罰則の新設
      • 中止命令違反:中止命令を受けた者が、対象となる暴力団事務所の閉鎖あるいは撤去に向けた行動等をとらなかった場合は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金を科す。
      • 虚偽説明、立入検査拒否等:立入検査等において、警察職員に対し虚偽の説明や立入検査を拒否等した場合は、20万円以下の罰金を科す。
      • 両罰規定:暴力団事務所の開設又は運営をした者、中止命令に違反した者、虚偽の説明や立入検査を拒否等した者と一定の関係にある法人又は人に対しても罰則を科す。
    (2)暴排条例に基づく勧告事例(神奈川県・その1)
    ▼みかじめ料500万円超 キャバクラ店経営者に勧告(産経ニュース 11/26配信)

    暴力団に現金を提供したとして、神奈川県警暴力団対策課は、神奈川県公安委員会が神奈川県暴排条例に基づき、飲食店経営の男性に利益供与をしないよう、また稲川会系組幹部に利益供与を受けないよう、それぞれ勧告したと発表しています。報道によれば、男性は同組員に2019年1月から2021年1月ごろまでの間に、3回にわたって、男性が県内で経営するキャバクラ店のみかじめ料名目で現金計504万円を提供したということです。男性は事情聴取に対して2019年に店を開業する際、同組員が訪ねてきたことをきっかけに、みかじめ料を支払ってきたと説明、「地元の暴力団にみかじめ料を払っておけば、ほかの暴力団組織が店に来ないだろうと思った」などとも話しているといい、これまで約15年にわたって稲川会側に提供された金額は総額2,500万円を超えるとされます。

    ▼神奈川暴排条例

    まず事業者については、本条例の第23条(利益供与等の禁止)第1項「事業者は、その事業に関し、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対し、次に掲げる行為をしてはならない」の「(1)暴力団の威力を利用する目的で、金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること。」に抵触したものと考えられます。また、暴力団員については、第24条(利益受供与等の禁止)「暴力団員等又は暴力団経営支配法人等は、情を知って、前条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方となり、又は当該暴力団員等が指定したものを同条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方とさせてはならない。」に抵触したものと考えられます。その結果、第28条(勧告)「公安委員会は、第23条第1項若しくは第2項、第24条第1項、第25条第2項、第26条第2項又は第26条の2第1項若しくは第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる。」の規定に基づき、勧告が出されたものと考えられます。

    なお、神奈川県暴排条例については、いくつかユニークな規定があり、例えば、「暴力団経営支配法人等」を排除対象と明記、具体的には、「法人でその役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人に対し業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。)のうちに暴力団員等に該当する者があるもの及び暴力団員等が出資、融資、取引その他の関係を通じてその事業活動に支配的な影響力を有する者をいう」と定義されています。全国の多くの暴排条例が、「暴力団員」「暴力団でなくなった日から5年を経過しない者」等のみ対象としているのに対し、ここまで明記している点は、企業の取組みにとっても大変有意義なことだといえます。また、第17条第2項では、「暴力団員は、少年有害行為(少年が犯罪による被害を受けること又は暴力団員がその活動に少年を利用することを特に防止する必要があるものとして公安委員会規則で定める行為をいう。)を少年に行う目的又は少年に行わせる目的で、少年に対し、次に掲げる行為をしてはならない。」として、具体的に、(1)面会を要求すること。(2)電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、又は電子メールの送信等をすること。(3)つきまとい、待ち伏せし、進路に立ち塞がり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において見張りをし、又はこれらの場所に押しかけること、を禁止しています。さらには、「利益供与等の禁止」(第23条第2項)では、前述の「暴力団経営支配法人等」の排除との関連もあって、具体的に「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して出資し、又は融資すること。」「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等から出資又は融資を受けること。」「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に、その事業の全部又は一部を委託し、又は請け負わせること。」「暴力団事務所の用に供されることが明らかな建築物の建築を請け負うこと。」「正当な理由なく現に暴力団事務所の用に供されている建築物(現に暴力団事務所の用に供されている部分に限る。)の増築、改築又は修繕を請け負うこと。」「儀式その他の暴力団の威力を示すための行事の用に供され、又は供されるおそれがあることを知りながら当該行事を行う場所を提供すること。」が禁止行為として明記されています。

    (3)暴排条例に基づく勧告事例(神奈川県・その2)

    暴力団幹部に土地を供与したとして、神奈川県警暴力団対策課は、神奈川県公安委員会が神奈川県暴排条例に基づき、不動産会社の取締役の男性に利益供与をしないよう、また稲川会幹部に利益供与を受けないよう、それぞれ勧告したと発表しています。報道によれば、男性は2021年5月上旬から28日までの間、男が横浜市中区内の土地を暴力団事務所の駐車場として購入するにあたって、不動産売買契約を知人の宅地建物取引業者に依頼したうえ、本来は男が男性に支払うべき仲介手数料102万円を無料にしたということです。男性は「男とは6、7年前に知人の紹介で知り合った」などと説明、男性と男はいずれも勧告を受け入れたといいます。

    本件では、事業者については、神奈川県暴排条例の第23条(利益供与等の禁止)第2項「事業者は、その事業に関し、次に掲げる行為をしてはならない。」の「(7)前各号に掲げるもののほか、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること。」にて抵触したものと考えられます(暴力団員については前項同様であり、勧告の根拠も前項同様となります)。

    (4)暴排条例に基づく逮捕事例(東京都・愛知県)

    前回の本コラム(暴排トピックス2021年11月号)で取りあげた、東京・上野のストリップ劇場からみかじめ料を受け取ったとして、六代目山口組系暴力団組長と、おいで同組幹部が東京都暴排条例違反容疑で警視庁に逮捕された事件について、逮捕された男性と組長がともに不起訴処分となっています。東京地検は、不起訴の理由を明らかにしていません。また、以前の本コラム(暴排トピックス2021年9月号)で取り上げた、名古屋のキャバクラ店の実質的経営者から用心棒代を受け取ったとして愛知県暴排条例違反などに問われている六代目山口組弘道会傘下の高山組の組長は、初公判で起訴内容を否認しています。一方、報道によれば、共謀したとされる幹部は金を受け取ったことは認めたうえで「親分からの指示はなく、共謀の事実はない」と一部否認しているといいます。なお、高山組は弘道会の最有力組織の一つで、県警は2020年、組長とナンバー2を相次いで摘発しており、主要幹部が不在のなか、同被告が実質的に組の運営に関わっていたとみているといいます。報道によれば、現金は、店の経営者から容疑者の知人の夫婦を介して会社員に渡っていたとい、用心棒代の支払いが発覚しないよう複数の人を介したとみられています。さらに、六代目山口組2次団体平井一家の傘下組長も、暴力団排除特別区域にある飲食店2店舗から「用心棒代」として、現金合わせて43万円を受け取った疑いで逮捕されています。

    (5)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)

    直近1カ月の間に、福岡市、北九州市において、「排除措置」が講じられ、公表されています(なお、本稿執筆時点では、福岡県については公表されていません)。

    ▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置一覧
    ▼北九州市 福岡県警察からの暴力団との関係を有する事業者の通報について

    当該企業については、「暴力団との関係による」(福岡市)、「該当業者の役員等が、暴力団構成員であることを確認し、「暴力団員が事業主又は役員に就任していること」に該当することを認めたため」(北九州市)」として措置の対象となりました。また、排除期間については、「令和3年11月30日から令和6年11月29日まで」(福岡市)、「審議中」(北九州市)と示されています。北九州市が公表した内容から典型的かつ分かりやすい事例だといえますが、一方で、過去、当社で公表された企業について調べたところ、公表前に社名や役員を全て入れ替えるなどして、公表による影響を免れようとした事例もあり(本件では、自治体に情報を共有し、新社名も追加で公表されました)、公表された社名と代表者名・住所の情報だけで漫然とスクリーニングをするだけでは不十分(知らずに関係を持ってしまう可能性が否定できない)といえ、注意が必要です。

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