暴排トピックス

最凶の犯罪インフラ「闇バイト」を根絶せよ(2)~「未熟な常識」への対応は大人の責務だ

2023.08.08
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首席研究員 芳賀 恒人

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1.最凶の犯罪インフラ「闇バイト」を根絶せよ(2)~「未熟な常識」への対応は大人の責務だ

「闇バイト」の脅威が衰えることがありません。むしろ、あらゆる犯罪にその範囲を拡げているかのような錯覚を覚えるほどの猛威を奮っています。それだけ「闇バイト」は、犯罪集団のなかで実行役を手軽に集めて使い捨てるノウハウが完成しているといえ、犯罪対策閣僚会議から出されている「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」によるさまざま現状の対策とその進捗をもってしてもは「闇バイト」を根絶することは難しいことを痛感させられます。以前の本コラム(暴排トピックス2023年3月号)で、筆者は「闇バイト」について、以下のとおり、「闇バイト」を根絶するためには、「社会的包摂」の観点が重要であると指摘しました。こうした困難な状況だからこそ、あらためて社会全体でこの問題に取り組むことが重要だと感じています。最近では、若者による大麻等の薬物の蔓延が深刻な状況となっていますが、彼らの「未熟な常識」に対して批判することは簡単ですが、家族や地域、社会といったさまざまなコミュニティにおいて、相互不干渉の空気感、さらにはコロナ禍といった要因で人間関係が希薄になる中、彼らの「未熟な常識」を成熟させるために、私たち大人がどれだけの取り組みをしてきたのかと問われれば、十分ではないはずです。そうした「脆弱性」を犯罪組織は狡猾に突いてくることを忘れてはなりません。その解決に向けた一つのキーワードが「社会的包摂」だと考えます。さらに、若者に限らず、人は知らず知らずのうちに「バイアス」の虜となっているものです。特殊詐欺被害の文脈では、「自分が騙されるわけがない」と強く思う人ほど騙される傾向にあります。肯定する情報ばかりに目を向けて、反証=否定する情報を無視したり、目を背けてしまう「確証バイアス」が強く働き、騙されていても「騙されていない」証拠を無意識に集めようとするためです。一方、「闇バイト」を通じて特殊詐欺に加担してしまう行動にも「バイアス」が関係しています。(軽重はあるにせよ)自らの行動が罪だと認識していても、人は追い込まれるほどに、物事を自分に都合よく解釈してしまいます。「正常性バイアス」は、自らの心の平穏を保つために、多少、危険なことが起きても正常の範囲内であると考えてしまう状態で、「闇バイト」に応募してきた追い込まれた者などは正にそうしたバイアスが強く働いてしまい、犯行に及んでしまうと言えます(そもそもあまりに未熟な常識で、安易に犯罪に加担してしまう者も一定程度存在するのも事実です)。そして、こうした「認知の歪み」を起こしてしまう悲しい性を、末端の実行犯のリクルーターは熟知したうえで、言葉巧みに、あるいは心理的・精神的に追い込むことを通じて、犯行に誘っているのです。特殊詐欺をはじめとする「闇バイト」の仕組みが人間の性分や心理的メカニズムを巧みに操った犯罪でもあることを、あらためて認識する必要があります。

「闇バイト」はここ最近始まったものでも、特殊詐欺や強盗の実行犯を確保するだけのものでもありません。「必要な人を手配する」という点では、古くは暴力団等が人集めを得意としていた時期が長くあり、その後、「手配師」など周辺者がその役割を担うようになりました。日雇い労働者の「手配師」や、「貧困ビジネス」として生活保護受給者を病院連れていく「病院手配師」などは現在も活動が続いています。さらに、「犯罪インフラ」として、より「不特定多数」の人間を「匿名性の高い」形で手配する(匿名性の高さによってハードルが一気に下がった)という意味では、インターネットの掲示板がその機能を担い、その後、「闇サイト(ダークウェブ)」やSNS「テレグラム」などが登場し、今に至っています。さらに、闇バイトは特殊詐欺や強盗の実行犯以外にも、薬物事犯におけるデリバリー要員などとして、以前から使われている実態があります。なお、直近では、「闇バイト」の応募者にスマートフォンを契約するよう求め、それを有償で譲り受け転売するといった事件も発生しています。「闇バイト」は、本質的には、(軽重はあるにせよ)罪を犯してでもお金を必要とする何らかの事情がある者と犯罪組織との間で利害が一致しているからこそ、これだけ長い間、横行している実態があるのであって、インターネットやSNSの監視を強化する、教育啓蒙を強化する、といった取組みでは根本的な解決につながらないといえます(ただし、その犯行を未然に防止する、低減させる効果はある程度期待できます)。やはり、その根絶のためには、暴力団離脱者支援や薬物をはじめとする依存症対策、再犯防止、あるいは貧困や社会的弱者の支援などと「社会的包摂」の観点から捉える必要があるのです(ただ、それでも、全く無分別に軽いノリで闇バイトに応募してしまう者を引き留めるのは難しいといえます)。闇バイトの問題は、決して最近表出してきた一過性のものではなく、相応の長い歴史をもち、その形態は多様性や拡がりを持っています。また、「トカゲのしっぽ切り」、「モグラ叩き」のような実態がある以上、外形的な対策だけでは根本的な解決にはつながらず、「人間の性」「心の闇」にまで踏み込み、「社会的包摂」の観点から問題に真摯に向き合うことではじめて根源的な解決の糸口が見つかるものと認識する必要があります。

警察庁のまとめ(暫定値)によると、2023年1~6月の上半期に全国の警察が認知した刑法犯は、前年同期比で5万8123件(+21.1%)増の33万3003件となりました。しかしながら、統計数字の増減だけが問題なのではなく、警察庁の露木長官は、「体感治安の悪化が著しい」と指摘しています。体感治安とは社会を構成する人々が主観的に感じる治安情勢のことであり、凶悪事件の頻発などが影響するものですが、悪化の大きな要因は、広域連続強盗やアポ電強盗などの凶悪化、「闇バイト」の跋扈で間違いないところです。なお、2023年上半期、闇バイトを含む強盗は24.4%増の683件で、強盗で摘発された703人のうち、犯行時点での年齢が20代以下だったのは半数超の368人、10代は56%増の156人という統計が出ており、ここにも若い実行役が安易に「闇バイト」の誘いに乗る傾向がみられます。2023年7月23日付産経新聞「体感治安 「闇バイト」犯罪の根絶を」において、「警察当局には、こうした闇バイト犯罪の根絶に向けた集中捜査を求めたい。俗に「検挙に勝る防犯なし」というが、検挙にとどまらず、抑止のための広報活動にも力を入れてほしい。広域連続強盗などの捜査では、こんな実態も明らかになった。実行役は首謀者らに個人情報を握られ、犯行への加担が次の強要の材料となる。自身や家族への脅しでグループを抜けられず、犯行のエスカレートを強要される。高額報酬などの甘い誘い文句に乗ったばかりに味わう、こうした負の連鎖を広く知らしめてほしい。新たな実行犯を生まぬために。」と主張していますが、正に正鵠を射るものと思います。

さて、直近では、「闇バイト」などとうたい、強盗や特殊詐欺の実行役を募るインターネット上の投稿について、警察庁は、有害情報としてサイト管理者に削除を要請する対象に追加する方針を明らかにしています。各地で相次いだ広域強盗事件を受けて、政府が2023年3月に決定した「闇バイト」などの緊急対策プランを踏まえた措置で、対象となるのは、「闇バイト」「高収入」などの高額報酬を示唆する表現と、「受け子」「運び屋」といった犯罪実行役の募集を示唆する表現の両方が記載されている投稿です。ただ、最近ではこうした表現がなくても、匿名性の高い通信アプリに誘導して犯罪を指示する手口も確認されており、前後の文脈などを検討した上で慎重に判断するとしています。「X(旧ツイッター)」などのSNSだけでなく、求人サイトの投稿も想定しているといいます。なお、闇バイトなどの投稿の削除要請は都道府県警が独自に実施し、2022年には計約5000件の削除を依頼しています。こうした対策を矢継ぎ早に重層的に打ち出していくことが重要であり、前述した犯罪対策閣僚会議から出されている「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」の進捗状況については、前回の本コラム(暴排トピックス2023年7月号)を参照いただきたいと思いますが、現状、以下のような対策が進行していることをあらためて確認しておきます。

  1. 「実行犯を生まない」ための対策
    • 「闇バイト」等情報への対策やサイバーパトロール等を通じて把握した情報を端緒とする強盗・特殊詐欺事件に係る捜査を推進するとともに、インターネット・ホットラインセンター等の取扱情報の範囲に、強盗の勧誘等に関する情報を追加し、削除等を強化
    • 学生向けに労働関係法令を分かりやすく解説したハンドブック(「知って役立つ労働法」)、「インターネットトラブル事例集」2023年版に「闇バイト」等に関する注意喚起を盛り込んで公表するとともに、大学等に対して「闇バイト」等に関する注意喚起を実施。
    • 強盗や特殊詐欺の実行犯の適正な科刑を実現するため、余罪の積極的な立件、マネー・ローンダリング罪の積極的な適用を推進。
  2. 「実行を容易にするツールを根絶する」ための対策
    • 「名簿屋」等に対する調査結果も踏まえ、個人情報保護法に則り、個人情報を適正に取り扱うことについての注意喚起を実施するとともに、犯罪者グループ等に名簿を提供する悪質な「名簿屋」等に対する取締り等を推進。
    • 預貯金口座の不正利用防止のため、特殊詐欺の被害・犯行が疑われる取引に係る取引時確認の強化策等について、実務上の課題を踏まえ、業界団体と協議。
    • 預貯金口座、携帯電話等に係る本人確認について、非対面で行う際には、マイナンバーカードの公的個人認証機能の活用の推進に向け、業界団体と議論。
    • 特殊詐欺への悪用が特に多く確認されている「050アプリ電話」について、契約時の本人確認を義務化する制度改正を検討。
    • 固定電話番号の利用停止等スキームの改正による、悪質事業者の在庫電話番号の利用の一括制限に向け、業界団体と協議。
    • 制度改正を含めた検討を行うため、SMS機能付きデータ通信専用SIMカードに関し、携帯電話キャリア等に対するヒアリング等調査を実施するなど、その悪用実態の分析を実施。
    • 在留期間が経過している外国人口座で発生した取引について、なりすましの疑いがあるとして厳格な取引時確認を行うことについて、実務上の課題を踏まえ、業界団体と協議
  3. 「被害に遭わない環境を構築する」ための対策
    • 宅配事業者を装った強盗を防ぐため、大手宅配業者等との間で、非対面での荷物の受取りの拡充等の覚書を締結したほか、「再配達削減PR月間」(4月)を通じ、消費者に対し、置き配等の活用を呼び掛け。
    • 特殊詐欺等に係る被害を防止するため、NTT東西において、犯罪被害を理由に番号変更を希望する場合の変更手数料の無償化、70歳以上の契約者等に対するナンバーディスプレイ等の無償化、特殊詐欺対策アダプタを活用したサービスの一定期間の無償化を発表。これを受け、対象世帯への普及促進に向けた周知を実施。
  4. 「首謀者を含む被疑者を早期に検挙する」ための対策
    • 突き上げ捜査等のための捜査手法について、警察庁及び法務省において実務的に検討。
    • 捜査共助の更なる迅速化等のため、刑事共助条約の締結について諸外国と協議するとともに、国際会議の場等において、各国に捜査協力等を要請。

警察庁が「犯罪実行者募集の実態~少年を「使い捨て」にする「闇バイト」の現実~」を公表しています。冒頭、「目先の利益を手に入れるため、少年が「闇バイト」に安易に応募し、特殊詐欺や強盗等の重大な犯罪に加担してしまうことが大きな社会問題となっています。現在、社会的に「闇バイト」という用語が使用されていますが、これは単なるアルバイトなどではなく犯罪です。「闇バイト」の募集は、犯罪実行役の募集にほかなりません。その実態は、犯行グループが切り捨て要員の実行役を手広く募集するものであり、我々は、これに関わることで少年にどのような危険が及ぶかについて、少年に伝え続けていく必要があります。」と指摘しており、筆者の問題意識に対する回答であるとも受け止めました。さらに、「たった一度でも手を染めれば最後には必ず警察に検挙されます。なぜなら、脅し等により、警察に逮捕されるまで使われ続けるからです。関わって得られるものは何もありません。また、犯罪によって被害者やその家族に一生消えることのない深い傷を与えることとなり、他人の人生も台無しにするものです。少年がこのような犯罪へ加担することを防止するためには、保護者、教職員、少年警察ボランティアなど、少年の健全育成に携わる方々が、犯行グループによる犯罪実行役の募集の実態や危険性、悪質性について具体的に少年に発信していただくことが重要です。」、「少年への働き掛けに当たっては、「闇バイト」は犯罪であると少年の道徳心に語りかけ、少年が自らの判断に基づき、犯罪加担行為を踏み止まれるよう少年等の心に響く広報啓発を実施していただければと思います。その上で、少年から「先輩、知人等から「簡単に儲かるバイトがある」と誘いを受けた」「友人が犯罪らしきことをやっている」「不審な高額バイトに応募してしまった」といった話を耳にされた際は、ちゅうちょすることなく、早期に警察(少年相談窓口や少年サポートセンター等)に相談するよう教示していただければと思います。」と述べていますが、正にこうした現実を、「未熟な常識」しか持ち合わせていない若者にきちんと届けることが、私たち大人の責務だといえます。

▼警察庁 事例集「犯罪実行者募集の実態」について
  • 募集情報への応募
    • 少年たちは、自ら一般的なSNS、コミュニティサイトなどで「高額報酬」「闇バイト」などと検索し応募します。また、少年の場合、自ら応募する以外にも「先輩・友人に誘われた」といったものが一定数あり、少年が「闇バイト」に応募するきっかけの特徴の1つとして挙げられます。
      1. 【CASE1】少年たち自らが応募
        • Twitterに「お金に困っている」旨の書き込みをしたら、犯行グループから「働いてみないか。大金を稼げる仕事がある」などのメッセージが届いた。
        • Instagramで「仕事を探している」旨の書き込みをしたら、地元の先輩から連絡があり、その後、知り合いのヤクザを紹介された。
        • パパ活をするためにTwitterを利用していたら、犯行グループから「パパ活ではないが、荷物を受け取るだけの仕事をしないか」旨の連絡が届いた。
        • Twitterで副業募集専用のアカウントを作ったら、犯行グループから海外の荷物の受け取りなどに関する仕事を紹介するメッセージが届いた。
      2. 【CASE2】先輩・友人・知人に誘われた
        • 仕事を探していたら、先輩・知人等から「闇バイト」を紹介された。
        • 先輩がSNSで見つけてきた「闇バイト」に誘われて一緒に加担した。
        • 先輩から金銭トラブルをふっかけられ、借金返済のため「受け子」の役目を強要された。
        • 職場の社長が知人から紹介された「高収入」の仕事を請け負い、社長からの指示で「受け子」として犯行に加担した。
      3. 【CASE3】SNSで知り合った相手から誘われた
        • 遊興費欲しさにSNSで知り合った者に「金を貸して欲しい」旨の相談をしたら、「銀行協会の委託の仕事を紹介する」などと言われ、犯行グループを紹介された。
        • InstagramなどのSNSで知り合った者から仕事を持ちかけられたり、女性を紹介してもらったりした後、美人局のようなかたちで「受け子」を強要された。
  • 犯行グループとのやりとり
    • 応募が完了すると、犯行グループから応募者である少年たちへ連絡が入ります。犯行グループは少年たちに、一定時間が経過すると通信履歴が消去されるなどの機能を有する匿名性の高いアプリ(Telegram、Signal等)を強制的にインストールさせた上、以降のやりとりについてはこのアプリを使って行うよう指示をしてきます。
      • 【CASE】犯行グループが匿名性の高いアプリをインストールするよう指示
        • アルバイト求人サイトに正規のハンドキャリーの仕事(日給15,000円程度)として人材募集広告が掲載されていた。履歴書を送らせるなど一見、正当な仕事だと思ったが
          • 会社との面接は通話のみで実際に会うことはない
          • 会社の者からSignalを入れるように言われ、以後の指示等はSignalのみで実施
          • 報酬の支払い方法は指定された場所に現金が置いてある

          などの不審点がいくつもあり、実際の仕事内容は特殊詐欺の「受け子」だった。

  • 犯行グループへ個人情報を送信
    • 少年たちは犯行グループとのやりとりの中で、「アルバイトをするための登録情報として必要」などと言葉巧みに個人情報を要求され、言われるがまま、身分証明書などの写真をアプリで送信してしまいます。
      1. 【CASE1】身分証明書と一緒に自分の顔写真を送信
        • Signalを使って写真と身分証明書を送るように言われ、保険証と一緒に顔写真を送信してしまった。
        • Telegramで個人情報を送るように言われ、住民票と自撮りの顔写真を送信してしまった。
      2. 【CASE2】家族や交際相手の個人情報を送信
        • 犯行グループから住所だけでなく、家族構成や名前、勤務先等まで聞かれて伝えてしまった。
        • 犯行グループから交際相手のことを聞かれ、彼女の名前や生年月日、顔写真を送信してしまった。
      3. 【CASE3】動画等を送信
        • 犯行グループとの面接の際、スマホの中身(電話帳、写真、SNSの履歴等)を長時間かけくまなく動画撮影された。
        • 自分が住んでいるマンションの入口から部屋までの道のりを動画撮影するよう指示され、送信させられた。
        • 報酬を振り込むために必要と言われ、銀行名、名義、口座番号を伝えてしまった。
        • 自分の名前や住所、連絡先等と一緒に上半身裸の写真を送信させられた。
  • 犯行グループによる脅迫行為
    • 個人情報の送信が完了すれば犯行グループから仕事の内容が伝達され、犯罪行為であることが明らかになります。少年たちが犯罪行為への加担を拒否しようとすれば、犯行グループは入手した個人情報を基に、少年たちが犯罪行為に加担するまで執拗に脅迫します。
      1. 【CASE1】本人や家族に対する脅迫
        • 警察に捕まるリスクが大きいと思い断ると「自宅に押しかける。母親から狙う」と脅され、仕方なく「受け子」をやった。
        • 「受け子」の仕事だと分かったが犯行グループから「逃げたらこうなるよ」と男が殴られる動画が送信されてきて怖くなった。
        • 途中で詐欺だと気付き「辞めたい」と言ったら「家族全員殺すぞ」などと脅迫されて「受け子」をやらざるを得なかった。
        • 犯行グループからの2回目の仕事を断ったところ、「この前の荷物はおばあさんからだまし取ったお金だ。詐欺の運び屋に加担したな。あなたの顔写真や住所を知っているので逃げられない」と脅され、以降も「受け子」として加担せざるを得なくなった。
      2. 【CASE2】実家への押し掛け
        • 「受け子」をして得た現金を別の犯行グループに横流ししたら、自身や実父へ架電された後、実家に押し掛けられた。
      3. 犯行グループの巧妙な手口
        • 犯行グループは、少年たちが素直に指示に従っているうちは、「お前が一番かわいい後輩」「お前しかいない」「お前だけ特別」などと優しい言葉を掛けてきます。しかし、少年たちが犯行グループから離脱する意思を示した途端、態度を豹変させ、本人や家族に対する脅迫等、あらゆる手段を使って犯行グループからの離脱阻止を図ります。
  • 犯行グループの末端として犯罪行為に加担
    • 犯行グループによる脅迫等の結果、少年たちは犯罪行為に加担せざるを得ない状況となり、「受け子」などの役割を繰り返した結果、必ず検挙されることとなります。脅し等により、逮捕されるまで使い続けられることが特徴です。
      1. 「受け子」などの犯行グループの末端として仕方なく犯罪行為に加担
      2. たった一度でも犯罪行為に加担すれば犯行グループからの離脱は困難(犯行グループは個人情報を基に少年たちを何度でも脅迫)
      3. 何度も犯罪行為をやらされ、逮捕されるまで使われ、逮捕されれば見捨てられる(犯行グループは自分たちが逮捕されないよう少年たちを「捨て駒」として利用)
  • 「使い捨て」にされる少年たち
    • 検挙された少年たちの大半が「遊ぶための金がほしい」といった理由で、「闇バイト」に応募し、犯罪に加担させられています。目先の遊興費を得るため、「1回だけなら大丈夫」「嫌になったらすぐに辞めたらいい」といった安易な考えで応募した結果、取り返しのつかない結果を招いています。
    • また、犯行グループによって顔写真等の身分証明書がSNS上に投稿されてしまえばインターネットを利用する不特定多数の者が少年たちの個人情報を閲覧できることとなってしまい、新たな犯罪等に巻き込まれる危険性があります。
      1. 【CASE1】犯行グループにだまされ報酬を得ることができなかった
        • SNSで「闇バイト」に応募した先輩に誘われ「受け子」をすることとなったが、犯行グループから「金が必要になった」「振り込みをしてくれ」などと言われた。言われるがまま指定された口座に「受け子」をして得た報酬を全て振り込まされ、結局、一円も手にすることができなかった。
        • 遊ぶ金欲しさから「受け子」として詐欺行為に加担し被害者から現金を受け取った。犯行グループからは事前に「被害者から受け取った金は全て回収役に渡せ」「報酬は口座に振り込む」と言われていたので現金を全て渡した。しかし、その後、一向に報酬は振り込まれず、「次もやれば渡す」などと言われていたが、結局、報酬は一度も支払われることなく捕まった。
        • 犯行グループから「報酬は後でまとめて払う」などと聞いていたが、結局、報酬が支払われることはないまま逮捕された。
        • 「受け子」としてキャリーケースを持って全国を転々とさせられた。逮捕されるまで家にも帰れず、ホテルや漫画喫茶に寝泊まりしながら犯行を続けていた。
      2. 【CASE2】犯行グループに密告され逮捕された
        • 特殊詐欺の「受け子」として被害者からだまし取った現金を持ち逃げしようとしたら犯行グループにばれてしまい、だまし取った現金を回収された上、密告され逮捕された。
        • 遊ぶための金が欲しく、地元の不良グループ仲間と「闇バイト」に手当たり次第応募した。だまし取った現金を全て自分たちのものにしようと企てたが、犯行グループに密告され逮捕された。
        • 地元の先輩とキャッシュカードのすり替えを行い、一旦報酬を得たが、その後、犯行グループから呼び出され、理由が分からないままペナルティなどと称して、報酬を上回る金を巻き上げられた。さらに、犯行グループの一員が金を持ち逃げしようとしたため、密告され逮捕された。
      3. 【CASE3】「詐欺加担者」として顔写真等の身分証明書をSNSに投稿された
        • 警察官がサイバーパトロール中、「詐欺犯罪者」とコメントの付いた顔写真や身分証明書の画像がツイートされているのを発見した(「闇バイト」に応募した後、犯行グループから離脱した者に対する制裁行為と思われる)。
  • 勇気を持って犯罪から抜け出した少年たち
    • 検挙された少年たちは、その後の取調べにおいて、「家族や警察に相談すればよかった」と供述しています。「怪しいバイトに応募してしまった」など、少しでも不安に感じることがあれば、警察に相談することで犯罪への加担を未然に防ぐことができます。
    • また、仮に、既に犯罪に加担してしまった場合でも、更なる重大な犯罪を行う前に勇気を持って警察に相談することが大切です。ここで立ち止まり、反省し更生することで、明るく幸せな将来をまた取り戻すことができるはずです。
      1. 【CASE1】「闇バイト」に気付きヤングテレホン(少年相談窓口)に相談
        • 女子大学生が犯罪実行役の募集であると気付かずに応募した後、実際に犯罪行為に加担させられそうになったためヤングテレホン(少年相談窓口)に架電し助けを求めた結果、女子大学生の居場所を特定した警察に無事に発見・保護された。
      2. 【CASE2】警察官の親身な説得により改心
        • 財布を紛失した男子高校生が警察署を訪れたが、言動に不審な点が認められたことから問いただしたところ、「闇バイト」に応募し犯行先へ移動中であることが判明した。対応した警察官による親身な説得の結果、男子高校生は改心し、犯罪行為に加担することなく保護された。
      3. 【CASE3】母親が警察に相談し所在不明となっていた息子を発見
        • 母親から息子が書き置きを残し所在不明になった旨の相談を受理し詳細を聴取したところ、「闇バイト」に応募していた事実が判明した。同人は、犯行グループにマイナンバーカードの写真データを送信した後、怖くなり犯罪行為への加担を拒否したが、犯行グループから執拗に脅され、自宅も知られていたことから怖くなり、犯行グループから逃げるため所在不明となっていたところ、居場所を特定した警察に無事に発見・保護された。
  • 検挙された少年たちの声
    • 「闇バイト」に応募する少年たちには、大きく「最初から犯罪行為であると知りつつ加担する者」と、「犯罪行為であるとの認識が薄い(ない)まま、個人情報を盾に脅され、仕方なく加担する者」との2種類のパターンがあります。
    • しかし、双方に共通する事柄として「犯罪行為に加担したことを後悔している」という点を挙げることができます。
    • 犯罪行為であると知りながら危険を犯してでも犯罪に加担する少年たちに対しては、検挙された後に待ち受ける悲惨な現実についてしっかりと伝え、少年たち自らの道徳心に訴えかける啓発が効果的です。一方で、犯罪行為であるとの認識が薄い(ない)少年たちに対しては、「犯罪に加担せざるを得なくなる、簡単には抜けられなくなる仕組み」を伝えるとともに、そのような状況に陥らないための予防策・対応策について啓発することが効果的です。
      1. 【CASE1】どのような情報があれば犯行を思いとどまることができたか
        • 「闇バイト」が犯罪実行役の募集であることやその仕組み、流れ。
        • 個人情報を握られ、自分だけでなく家族も脅迫されることで、犯行グループから抜け出せなくなってしまうこと。
        • 警察に捕まるリスクや、刑の重さや罰金額。捕まれば、少年院に行かなければならないこと。
      2. 【CASE2】犯行前後の心境・同じ過ちを犯さないようにするため伝えたいこと
        • やりたくないけど後には引けない。警察に捕まったどうしよう。
        • 1回だけなら大丈夫だろう。
        • 犯行グループから脅されて抜け出せなかった。後悔している。
        • 詐欺だと分かったが、個人情報を送り脅された後だったのでやるしかなかった。どうせ捕まるんだろうなと思っていた。
        • 捕まってしまったことで家族にも迷惑をかけてしまった。
        • もっと早く引き返せばよかった。
        • 家族に相談すればよかった。止めてくれて(捕まえてくれて)ありがとうございます。
        • 今後も犯行グループからしつこく誘われないか、家族に影響が及ばないかと思うと不安で仕方ない。
        • 「受け子」などの紹介をしてくるやつは、「お前が一番かわいい後輩」「お前しかいない」「めちゃ稼げる」「本当は教えたくないけどお前だから紹介してやる」など、言葉巧みに持ち上げてくる。しかし、裏ではパシリのようにしか思われていないのが現実。
        • 「闇バイト」に手を染めれば必ず捕まる。家族に相談するなどして勇気を持って断って欲しい。
  • 被害者の声
    • 最後に特殊詐欺の被害に遭われた方々の手記等を紹介します。(省略)
    • 犯罪によって被害者やその家族は悲惨な現実に直面することとなります。少年に対する広報啓発に当たっては、自分が犯罪に加担することで被害者を含む多くの人に身体的・精神的な傷を与え、経済的にも追い詰めることになることを丁寧に説き、「犯罪は他人の人生を台無しにする」ことについて気付きを与えることが重要です。
  • 資料編~検挙事例等から確認できた犯罪実行者の募集の特徴等~
    1. 応募動機等
      1. 金銭目的
        • 「遊興費」・「酒・タバコ代」・「借金返済」・「バイク代」
        • 「携帯代」・「生まれてくる子供のため」
        • 「交際者と同居するための費用」・「中絶費用」など
      2. 人間関係
        • 地元の先輩に誘われ、断りづらかった
        • 友達に誘われ、興味本位で
      3. 検索文言
        • 「闇バイト」・「裏バイト」・「UD(「受け子」・「出し子」)」
        • 「高額報酬」・「運び」
        • 「お金貸してください」など
    2. 犯行グループの手口
      1. 募集広告の内容
        • 他の業務では考えられないような高額な報酬を提示
        • 業務内容が不明確
        • 募集内容から要求される資格や経験が不問
      2. 募集文言
        • 「高額収入」 ・ 「高額バイト」・「安全に稼げます」
        • 「1件10万~、2件いけたら20万」 ・ 「犯罪ではありません」
        • 「学生可能」・「初心者大歓迎」・「国対応」 ・ 「保証金なし」
        • 「営業で地方へ出張する仕事」・「リスク無し」 ・ 「詳しくはDM」
        • 「ホワイト案件」・「高校生でもいける」 ・ 「詐欺ではありません」
        • 「誰にでもできる簡単な仕事」など
      3. 要求する身分証明書
        • 「学生証」・「運転免許証」・「マイナンバーカード」・「住民票」
        • 「キャッシュカード」など
    3. コンタクトツール
      1. 募集に使われることが確認されているツール
        • a SNS
          • 【Twitter】・【Instagram】・【Facebook】・【iMessage】
        • b コミュニティサイト・掲示板
          • 【爆サイ】・【ジモティー】
        • c その他
          • 歓楽街の電柱に貼られたQRコード
          • 自宅ポストに投函された求人チラシ
          • 求人情報サイト、求人情報冊子
      2. やりとりに使われることが確認されているツール
        • 【Telegram】・【Signal】・【WeChat】・【DingTalk】

直近の事件から、「闇バイト」に関連したものをいくつか紹介します。

  • 指示役「ルフィ」らによる一連の強盗事件で、SNSの「闇バイト」の募集に応じて2022年5月の京都市の事件に関与したとされる実行役ら12人のうち10人は報酬を得ていなかったといいます。警視庁は、指示役の今村被告(強盗容疑で再逮捕)が末端メンバーに報酬が渡らないよう仕組んだとみているようです。実行役の男は報酬600万円を約束されていたものの、SAで腕時計を奪われたことを理由に19万円に減額されていた。ほか、換金役の2人が20万円と50万円をいったん受け取ったが、「警察にばらされたくなかったら指定口座に振り込め」などと脅され、全額を振り込むなどしていたといいます。警視庁は、「ルフィ」と名乗った今村被告が、闇バイトで募ったメンバーへの報酬を減らすため、SAでの「二重強盗」などを仲間に指示したとみているといいます。
  • 名古屋市中区の高級時計店に押し入り、金品を奪おうとしたとして、強盗未遂容疑で逮捕、家裁送致された無職の男(18)について、名古屋家裁は、少年審判を開き、初等・中等(第1種)少年院送致の保護処分を決定しています。期間は3年間。決定で裁判官は「ゲームの課金などで多額の債務を抱え、一獲千金を狙って闇バイトに応募していた」と指摘、決定理由で、事件当時18歳に達しており、原則検察官送致(逆送)すべき事件としつつ「行動は稚拙で指示役に従属して行動していた」などと指摘、「再非行防止のため、知的能力を踏まえた専門的な矯正教育を施して社会適応力を向上させることが相当だ」としています。
  • 闇バイトで集めた人物にポケモンカードを盗ませたとして、警視庁は住所不定、無職の男を建造物侵入と窃盗の疑いで逮捕しています。実行役の3人=建造物侵入と窃盗の罪で起訴=と共謀し、東京都千代田区内のトレーディングカード販売店に侵入、現金約480万円とポケモンカード650枚(約1300万円相当)を盗んだ疑いがもたれています。男は、闇バイトに応募してきた実行役の3人に対して、匿名性の高い通信アプリ「シグナル」を使い、「渋沢」を名乗って盗みに入る店や方法を指示していたといいます。都内では2022年から2023年にかけ、ポケモンカード狙いの窃盗事件がほかに11件発生、うち1件は「渋沢」を名乗る人物の指示だったといい、同課は男が関与したとみており、さらに他にも指示役がいるとみて調べているといいます。
  • 東京都墨田区のタワーマンションの一室に侵入し、現金や腕時計など計約3110万円相当を盗んだとして、警視庁捜査3課は、窃盗と住居侵入容疑で、住居不定、無職の被告=別の窃盗罪で起訴=と、青果業の容疑者を逮捕しています。いずれも「SNSの闇バイトに応募し、指示を受けた」などと容疑を認めているといいます。墨田区のタワーマンションの低層階に住む会社役員の男性宅にベランダから侵入し、現金約1千万円と高級腕時計など12点(時価計2110万円相当)を盗んだとしています。
  • 川崎市幸区の腕時計店で約40万円の装飾品が奪われた事件で、神奈川県警は、共犯者を乗せるレンタカーを他人に成り済まして借りたとして有印私文書偽造・同行使と詐欺の疑いで住所不定の無職の容疑者=強盗罪で起訴=を再逮捕しています。県警は運転手役だったとみています。SNSで「闇バイト」を募るなどし、容疑者らに指示を出した人物が他にいた疑いがあり、県警が捜査しています。
  • 甲府市の中心市街地の商業施設「ココリ」内で、高級腕時計などを取り扱う時計店に、男3人が押し入ったと、警備会社から110番があり、高級腕時計24点を持ち去り、逃走、山梨県警が強盗事件として緊急配備を敷き、甲府市内で運転手役とみられる40代の男1人を緊急逮捕し、3人を警視庁が東京都内で確保しています。逮捕された男は犯行を認め、「闇バイトだった」と話しているといいます。

最近の反社会的勢力と企業の関係を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 暴力団を離脱して5年以上たって口座開設を拒否されたのは不当な差別だとして、茨城県の元組員の男性がみずほ銀行に対して損害賠償を求めた訴訟の弁論準備手続きが水戸地裁で行われ、みずほ銀行は「契約自由の原則が妥当で、原告の希望が法律上保護されるものではない」として棄却を求める方針を示しています。報道によれば、みずほ銀行は答弁書で、男性が2015~16年に恐喝未遂などの容疑で逮捕されたとの報道があったことから、男性について行内の信用情報として登録していたと説明、2023年4月に男性が口座開設申し込みのため記入した書類の氏名や住所、生年月日が登録情報と一致したため、「原告が指定暴力団の構成員で複数回逮捕歴を有する者と確認し、総合的判断により拒絶した」としています。そのうえで「申し込みに応諾する義務はない」「反社会的勢力の排除は社会的要請で、拒絶に違法性はない」と主張しています。また、みずほ銀行は「拒絶時点で原告の離脱を把握しておらず、離脱情報を得る方法はない」とも主張しています。筆者としては、あくまで金融機関のリスク管理事項であって判断は尊重されるべきである一方、社会がそれを「行き過ぎ」と判断すれば、金融機関の実務としてその状況をきちんと反映させていく必要もあるのであって、現状、そのバランスの取り合い、鍔迫り合いが始まったばかりの状況でもあり、今後の裁判の行方を注視していきたいと思います
  • 六代目山口組は「ETCパーソナルカード」の使用をめぐって、国や高速道路会社6社を提訴しています。六代目山口組側としては、本来は、高速道路という社会インフラへの使用制限をすることに対して、いくらなんでも人権侵害だという同情的な見方を誘える案件である一方、対立する神戸山口組の直参事務所へのトラック特攻が発生しました。こうしたことがあれば、やはり暴力団は社会悪であって、さまざまな制限を受けるのも仕方ないとの社会的空気感が醸成される可能性があり、暴力団員が高速道路から排除されることはもちろん、運転免許証も取り上げられることさえ「行き過ぎ」ではないとの社会的空気感が醸成される事態も想定されるところです
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2023年7月号)でも取り上げましたが、青森県財界で一つの大型破綻劇が経営者らの話題と関心を集めています。前社長が暴力団関係者と関わりを持ち職業安定法違反容疑で逮捕されて信用が失墜、取引金融機関から新規融資をストップさせられた挙げ句、資金繰りに窮して民事再生法の適用申請を余儀なくされたという佐藤長の事例です。同社は事件を受けて第三者委員会を設置、2023年5月には「反社会的勢力との組織的関わりは認められない」とする調査報告書をまとめて金融機関側に釈明。理解を求めて融資再開を要請したものの、「反社」取引にとりわけ神経をとがらせている金融機関側の姿勢を解きほぐすまでには至らず、民事再生適用となったものです。佐藤長では経営再建に向けて現在「複数の支援先候補と交渉中」で、2023年8月中に決定し同11月をメドに弁済額を含めた再生案を策定したいとしていますが、一度貼られた「反社」のレッテルはあまりに重く、今後の動向を注視したいと思います。同時期に東証プライム上場の三栄建築設計の事案も発生し、現在、第三者委員会による調査中となっています。第三者委員会の「シロ認定」が金融機関をはじめ社会に受け容れられるかどうかは、ひとえに企業の姿勢と第三者委員会の客観性・独立性、そして調査報告書の真実性こそ重要となります。形式的に第三者委員会を設置すればよいものではなく、それを精査する私たちも厳しい目線で判断していくことが求められるといえます。

暴力団等反社会的勢力に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 兵庫県公安委員会は、特定抗争指定暴力団に指定されている神戸山口組の「主たる事務所」が神戸市中央区のビルから稲美町中村池之跡の建物に変更されたと官報で公示しています。事務所の所有権が民間の不動産事業者に移っていることを確認するなどし、本部事務所が稲美町の関連施設に変更されていると判断したといいます。さらに、同県警は同日、周辺住民に危険が及ぶとして、暴力団対策法に基づき事務所使用制限の仮命令を出しています。神戸山口組の主たる事務所を巡っては、2017年10月、神戸地裁の仮処分決定を受けて淡路市の事務所が使用禁止となり、2018年に神戸市中央区二宮町のビルが新たな拠点となりましたが、2020年1月に特定抗争指定暴力団となり、このビルも立ち入り禁止となっていたものです。一方、絆會の主たる事務所も尼崎市戸ノ内町3の建物から大阪市中央区島之内のビルに変更されました。
  • 神戸山口組直系「西脇組」の事務所にトラックを衝突させたとして、兵庫県警暴力団対策課などは、器物損壊の疑いで、六代目山口組傘下組織の組員を逮捕しています。同県警は抗争事件の可能性もあるとみて、詳しい状況を調べています。神戸市西区玉津町の西脇組事務所に普通貨物自動車を後退させて2回衝突し、門扉を損壊したもので、容疑者は1人で車に乗り、事務所に衝突、周辺の防犯カメラの映像などから容疑者の関与が浮上し、県警が行方を追っていたところ、茨城県警水戸署に出頭したものです。
  • レンタルのトランクルームを「武器庫」がわりにし、拳銃や大量の実弾を隠し持っていたとして、埼玉県警は、住吉会傘下組織の組員を銃刀法違反(加重所持)の疑いで逮捕しています。埼玉県川口市にあるコンテナ型のトランクルームの一室に、米国製の拳銃1丁と密造拳銃1丁、それぞれの銃に適合する実弾計68発を隠していた疑いが持たれており、拳銃はいずれも回転式で、コンテナ内のかごに入れてあったといいます。トランクルームでは覚せい剤約52グラム(末端価格約326万円)も見つかったといい、県警は、男を覚せい剤取締法違反(営利目的所持)容疑でも逮捕しています。県警は、組員であることを隠してアパートを借りる契約を結んだ疑いで男を逮捕し、関係先としてこのトランクルームを捜索していたといいます。なお、報道によれば、暴力団関係者をめぐり、警察が銃器を発見して所有者の特定に至るのは近年ではまれだといい、報道である警察幹部は「摘発を免れるため、所有者や隠し場所をすぐに変える。警察が情報を得ても古いことが多い」と話しています。埼玉県警でも同容疑での組員の摘発は5年ぶりということです。
  • 全国で暴力団排除運動が進む中、暴力団事務所の跡地を映画館や交流施設などに再活用する動きが徐々に広がっているといいます。警察庁によれば、2022年までの10年間で、暴力団対策法に基づく事務所の使用制限命令は46件、住民訴訟で使用が差し止められるなど排除に成功したケースは計462件に上っています。暴力団が戻ってこないよう、跡地を自治体や民間企業が購入するケースが多いものの、最大の課題は負のイメージの払拭となります。報道で、暴力団問題に詳しい疋田淳弁護士(大阪弁護士会)が「組事務所は繁華街や駅の近くなど利便性の高い場所にあることが多く、跡地の活用は本来はしやすいはずだ。警察や暴力追放運動推進センターなどがバックアップし、安心して活用ができる環境にすることが大切で、そのことがさらなる暴力団排除につながる」と述べていますが、正にそのとおりかと思います。一方で、暴力団事務所の売買を巡って、間に自治体が入るケースはともかく、民間の事業者が直接取引をするケースも多いところ、価格の適正性やそもそもの「利益供与」となるかの観点から、客観的に監視する仕組みが必要ではないかと考えます
  • 東京・新宿の歌舞伎町を拠点にしたネットカジノからみかじめ料などを取っていたとして、警視庁暴力団対策課は組織犯罪処罰法違反容疑で、住吉会の三次団体「大昇会」幹部ら3人を逮捕しています。前回の本コラム(暴排トピックス2023年7月号)でも取り上げた、人気ネットカジノ「SEXY」からみかじめ料約5000万円、用心棒代約600万円を受け取った疑いが持たれている事件です。なお、容疑者が所属する「大昇会」は「歌舞伎町の薬局」と呼ばれるほど違法薬物の売買でも有名であり、同町を拠点とする団体だけに、カジノも有力な資金源としていたとみられています。みかじめ料の検挙にはこれまで恐喝容疑が多用されてきましたが、今回適用されたのは、マネー・ローンダリング(マネロン)関連の犯罪に使われる「犯罪収益の収受容疑」であり、恐喝と違い、店側が納得してみかじめ料を支払っていても罪に問えるのがポイントとなります。警察庁の2022年の統計によれば、マネロンの疑いがある金融取引の届け出は、過去最多の58万件を超えた一方、今回の事件と同じ犯罪収益の収受の適用件数はわずか18件で、ここ10年で最少となっています。こうした工夫を重ねて、暴力団犯罪、マネロン事犯の摘発を強化してほしいと期待しています。
  • 暴力団組員の社会復帰を後押ししようと、暴力団追放兵庫県民センター(神戸市中央区)が、「離脱就労支援カード」を作成しています。報道によれば、「もう暴力団、辞めませんか」のフレーズと共に、相談を受け付ける電話番号を掲載、兵庫県内の警察署や刑務所、拘置所など約100カ所に2023年5月から置いており、家族や友人らを通じたアプローチを目指しています。暴追センターによれば、元組員の受け入れに賛同する事業所は年々増え、兵庫県内で約130カ所を確保、一方で、組織からの離脱や就労についての組員の相談はここ数年、年間1~4件にとどまり、周知が課題となっているといいます。その原因が、支援対象者が現役の組員に限られるという取り組みの特異性だとされます。組員と接点がある親族や友人らが訪れる可能性がある県内46警察署や神戸刑務所、尼崎、姫路の拘置支所、高速道路のサービスエリアなどでの間接的なPRを検討、持ち帰りやすい名刺大のカードを製作し、「ご家族など、どなたからの相談でも対応します」という言葉を添えています。暴追センターは「暴力団の抗争が長期化しており、離脱者が出る可能性はある。本人は難しくても、周囲へのアプローチを強めていきたい」と述べています。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

海外におけるAML/CFTを巡る最近の報道からいくつか紹介します。

  • 米連邦準備理事会(FRB)は、ドイツ金融大手ドイツ銀行と米関連会社に対し、1億8600万ドルの罰金を科すと発表、マネー・ローンダリング(マネロン)などを巡るFRBの改善命令への対応が十分でないと指摘しています。FRBは2015年、2017年にドイツ銀に対し改善命令を出しています。本コラムでもたびたび取り上げましたが、マネロン疑惑で揺れたデンマークのダンスケ銀エストニア支店との関係が引き金となりました。FRBは、ドイツ銀行がこれら問題の複数の項目について優先的に取り組まなければ「追加的でさらに厳しい」罰則に直面すると警告、リスクおよびデータ管理についても改善するよう命じています。報道によれば、ドイツ銀行は声明で「近い将来」にFRBの改善命令に対処することにコミットしていると言明、また、罰金支払いはここ数四半期に積み立てられいてた引当金によってほぼカバーされるとしています。
  • 南米コロンビアの検察当局は、ペトロ大統領の息子ニコラス・ペトロ容疑者を逮捕しています。マネロンや不正蓄財に絡む捜査の一環で、ニコラス容疑者の元妻も逮捕されています。報道によれば、当局は2023年3月、ニコラス容疑者が麻薬組織から資金を受け取った疑いを巡り捜査に着手、容疑者は「根拠がない」と嫌疑を否定していました。また、元妻は先に地元メディアで、麻薬密売に関与したとされる複数の人物が、ペトロ氏の選挙運動のため容疑者に資金を渡したと主張していました。ペトロ氏は、今回の件について「検事総長にも伝えたが、介入したり圧力をかけたりするつもりはない」とし、法に沿って手続きが進むことに期待を示しています。
  • シンガポールの麻薬取り締まり当局は、麻薬所持の罪で死刑判決を受け死刑囚への刑が執行されたと発表しています。女性への死刑執行は2019年4カ月ぶりで、この死刑囚はシンガポール人だといいます。報道によれば、少なくとも30.7グラムのヘロインを密売目的で所持したとして、死刑を言い渡されていたものです。シンガポールは世界で最も厳しく麻薬を規制している国の一つで、ヘロインは大さじ1杯に相当する15グラム超の所持で死刑が科されます。
  • 中国共産党とマフィアの関係について報じた2023年7月30日付産経新聞は大変興味深いものでした。その中で、中国国営銀行がマネロンに関与していたことも報じられています。「「マフィアと手を結んでいた中国共産党」 米調査報道機関が伝える 長谷川幸洋」という記事から、以下、抜粋して引用します。
習近平国家主席率いる中国が、日本を含む世界53カ国、100カ所以上に「非公式警察署」を設置していたことが問題視されているが、新たな衝撃情報が飛び込んできた。中国共産党が中国マフィアと共謀して、海外の人権活動家や反体制活動家を弾圧していると米国の調査報道機関「プロパブリカ」が、報じたのだ。プロパブリカは少数精鋭で調査報道を行うオンラインメディアで、米ジャーナリズムの最高峰ピューリッツァー賞を複数回受賞している。中国は体制維持のために、組織犯罪集団も利用しているのか。…記事によれば、両者の共謀が発覚したのは、イタリア中部の町、プラトで2010年に起きた殺人事件がきっかけだった。6人の中国マフィアが、抗争相手だった2人のマフィアを、なたで殺害した。地元警察が捜査したところ、17年になって電話盗聴から、殺害したマフィアのボスがイタリアを訪問した中国共産党代表団のメンバーと会っていた事実を把握したという。代表団のトップは当時の中国副首相で、イタリア首相と会談していた。普通の国なら、とてもマフィアが会えるような相手ではない。…中国共産党とマフィアの共謀は双方にメリットがあった。共産党は地元の中国人社会に深く食い込んでいるマフィアならでは、の情報を入手できた。見返りに、マフィアは共産党からさまざまな便宜を図ってもらっていたのだ。…マフィアは売春や賭博、麻薬密売、文書偽造、詐欺など、あらゆる犯罪に手を染めていた。…中国は「警察ではなく、在外中国人の運転免許証を更新する事務所」などと言っているが、真っ赤な嘘どころか、法を無視した「ギャングのアジト」と言っていい。…それだけではない。プロパブリカは、中国の国営銀行がマネー・ローンダリングなどの違法行為に手を染めていた事実も報じている。例えば、中国最大の国営銀行である中国工商銀行は16年、スペインで密輸と脱税などの容疑で摘発され、逮捕者を出した。フランスでは中国銀行が20年にマネー・ローンダリングで摘発され、400万ドルの罰金を科された。イタリアでも2200万ドルの罰金を支払っている。イタリア当局の関係者は、こうした実態を「一種の国家犯罪」と語っている。
(2)特殊詐欺を巡る動向

2023年上半期(1~6月)に全国の警察が認知した特殊詐欺事件のうち、「架空料金請求詐欺」が2022年下半期(7~12月)比で46.6%増の2549件(暫定値)だったことが分かりました。このうちウイルスに感染したという偽の警告をパソコンなどの画面上に表示させ、復旧名目で金銭を要求する「サポート詐欺」が47.6%に当たる1214件に上っています。警察庁によると、2022年の特殊詐欺事件の発生は上半期(7520件)より、下半期(1万50件)が多く、コロナ禍の行動制限が緩和され、被害者宅などを訪れる詐欺グループ側が人目につかずに行動しやすくなったことが背景にあるとみられています。なお、2023年上半期に発生した特殊詐欺事件は、2022年下半期比▲5.8%の9464件となり、手口別でも、息子や孫らになりすます「オレオレ詐欺」や、医療費などの過払い金を受け取れると信じさせて現金を振り込ませる「還付金詐欺」がともに同▲約20%となるなど、架空料金請求詐欺を除いていずれも減少する結果となりました(が、高止まりしている状況にあります)。架空料金請求詐欺全体の65.8%に当たる1677件は、電子マネーカードをコンビニエンスストアなどで購入させて番号を聞き出す手口で支払わせており、2022年の上半期(590件)や下半期(819件)に比べて大幅に増加しています。

なお、架空料金請求詐欺の急増の背景に、規制が及ばず、不正に入手したIDと知りながら現金化に応じる買い取り業者が野放しになっている実情があります。2023年7月11日付毎日新聞によれば、「特殊詐欺グループが電子マネーカードを狙うのは、カードのIDを買い取る業者がネット上に乱立しており、容易に現金に換えることができるからだ。コンビニで売られている10万円以下の電子マネーカードは、購入時の本人確認が不要で、誰でも匿名で買うことができる。発行業者は原則、第三者への譲渡や転売を禁じているが、ネット上にはカードのIDを買い取る業者が多くある。IDと引き換えに、短時間で指定口座に現金を支払う仕組みで、特殊詐欺グループはこうした業者を利用しているとみられる。金券ショップのように図書カードや新幹線チケットなどの「有体物」を売買する場合は古物営業法に基づき、公安委員会への営業の届け出や売買時の本人確認が必要だが、電子マネーカードのIDの売買は同法の対象外と解釈されている」、「ATMで現金を振り込ませる「振り込め詐欺」とは異なり、犯行に使う口座が不要で、足が付きにくい面がある」、「特殊詐欺グループにとっては、不正に得た犯罪収益を隠し、捜査の手から逃れる「マネロン」を図ることもできる」とその構造的要因(犯罪インフラ化)について言及しています。そのうえで、報道で、ネット犯罪に詳しい神戸大大学院の森井昌克教授は、「電子マネーのように利用者にとって便利なものは、悪用もされやすい」と指摘、一方で国は現在、キャッシュレス決済の普及を図っており「本人確認の厳格化など利便性を阻害するような対策は打ち出しにくい」とし、法規制が進まない現状では、被害を水際で防ぐ対策がますます重要になるとして「市民生活の窓口となっているコンビニの協力は不可欠だ」と指摘していますが、本コラムで毎回、コンビニが未然防止に成功した事例を取り上げているとおり、コンビニの役割は極めて大きいものがあります。

上記の元となっている2023年(令和5年)1~6月の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。

▼警察庁 令和5年6月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和5年1~6月における特殊詐欺全体の認知件数は9,464件(前年同期7,520件、前年同期比+25.9%)、被害総額は193.0憶円(152.3憶円、+26.7%)、検挙件数は3,322件(2,892件、+14.9%)、検挙人員は1,086人(1,048人、+3.6%)となりました。ここ最近、認知件数や被害総額が大きく増加している点が特筆されますが、この傾向が継続していることから、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっていると十分注意する必要があります。うちオレオレ詐欺の認知件数は2,076件(1,699件、+22.2%)、被害総額は57.0憶円(50.2憶円、+13.5%)、検挙件数は1,043件(752件、+38.7%)、検挙人員は451人(403人、+11.9%)となり、相変わらず認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。2021年までは還付金詐欺が目立っていましたが、オレオレ詐欺へと回帰している状況も確認できます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。そもそも還付金詐欺は、自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たない現状があり、それが被害の高止まりの背景となっています。とはいえ、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性も考えられるところです(繰り返しますが、還付金詐欺自体事態、大変高止まりした状況にあります)。最近では、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくいことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は1,194件(1,416件、▲15.7%)、被害総額は15.0憶円(21.0憶円、▲28.6%)、検挙件数は897件(1,013件、▲11.5%)、検挙人員は237人(239人、▲0.8%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに減少という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されています。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出ています)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,300件(1,059件、+22.8%)、被害総額は15.7憶円(12.7憶円、+23.6%)、検挙件数は701件(655件、+7.0%)、検挙人員は224件(249件、▲10.0%)となりました。ここ最近は、認知件数・被害総額ともに大きく減少していましたが、一転して大きく増加し、その傾向が続いている点が注目されます。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は2,549件(1,183件、+115.5%)、被害総額は68.8憶円(40.3憶円、+70.7%)、検挙件数は138件(87件、+58.6%)、検挙人員は51人(54人、▲5.6%)、還付金詐欺の認知件数は2,093件(2,058件、+1.7%)、被害総額は24.0憶円(23.7憶円、+1.3%)、検挙件数は506件(354件、+42.9%)、検挙人員は89人(68人、+30.9%)、融資保証金詐欺の認知件数は95件(60件、+58.3%)、被害総額は1.4憶円(1.1憶円、+22.5%)、検挙件数は12件(18件、▲33.3%)、検挙人員は8人(16人、▲50.0%)、金融商品詐欺の認知件数は93件(12件、+675.0%)、被害総額は9.7憶円(0.9憶円、+927.7%)、検挙件数は14件(4件、+250.0%)、検挙人員は15人(9人、+66.7%)、ギャンブル詐欺の認知件数は11件(27件、▲59.3%)、被害総額は0.4憶円(2.1憶円、▲82.3%)、検挙件数は0件(9件)、検挙人員は0人(8人)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。なお、組織犯罪処罰法違反について、検挙件数は112件(47件、+138.3%)、検挙人員は42人(10人、+320.0%)となっています。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は352件(353件、▲0.3%)、検挙人員は200人(185人、+8.1%)、盗品等譲受け等の検挙件数は2件(0件)、検挙人員は1人(0人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,330件(1,463件、▲9.1%)、検挙人員は1,040人(1,162人、▲10.5%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は63件(42件、+50.0%)、検挙人員は65人(44人、+47.8%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は検挙件数は7件(6件、+16.7%)、検挙人員は7人(3人、+133.3%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、60歳以上88.7%、70歳以上69.4%、男性(32.2%):女性(67.8%)、オレオレ詐欺について、60歳以上97.8%、70歳以上95.6%、男性(19.4%):女性(80.6%)、預貯金詐欺について、60歳以上99.6%、70歳以上97.5%、男性(9.5%):女性(90.5%)、融資保証金詐欺について、60歳以上14.9%、70歳以上3.4%、男性(78.2%):女性(21.8%)、特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺全体 81.4%(男性28.8%、女性71.2%)、オレオレ詐欺 97.2%(19.2%、80.8%)、預貯金詐欺 99.5%(9.5%、90.5%)、架空料金請求詐欺 58.3%(64.5%、35.5%)、還付金詐欺 79.5%(34.5%、65.5%)、融資保証金詐欺 4.6%(75.0%、25.0%)、金融商品詐欺 30.1%(39.3%、60.7%)、ギャンブル詐欺 18.2%(100.0%、0.0%)、交際あっせん詐欺 0.0%、その他の特殊詐欺 32.6%(60.0%、40.0%)、キャッシュカード詐欺盗 99.2%(12.4%、87.6%)などとなっています。

また、還付金詐欺の急増について、国民生活センターからも注意喚起がなされています。

▼国民生活センター 還付金詐欺が増加しています!-ATMだけじゃない!ネットバンキングを使う手口にも注意-
  • 全国の消費生活センター等に寄せられる「還付金詐欺」に関する相談が増加しています。
  • 還付金詐欺とは、役所等をかたって自宅の固定電話等に電話をしてきて、税金や保険料等が還付されるなどと説明し、そのための手続きとしてATMに誘導するなどしてお金をだまし取る手口の詐欺です。
  • 2022年度の還付金詐欺の相談件数は、過去5年間で最高となっており、トラブルにあわれている方の約95%が60歳以上です。近年、手口が多様化しており、ATMから振り込ませる従来の手口のほか、インターネットバンキングを使って振り込ませる手口も見られます
  • 役所等から「お金が返ってくる」という電話がかかってきたら、それは還付金詐欺です。話し込まず、すぐに電話を切ってください。不安を感じたら、家族・知人、警察や最寄りの消費生活センター等に相談してください。
  • 年度別相談件数:2018年度は2,759件、2019年度は3,007件、2020年度は2,351件、2021年度は4,343件、2022年度は4,849件です。
  • 相談事例
    • 【事例1】市役所から、健康保険の還付金があるのでATMに行くようにと電話があった。
    • 【事例2】年金事務所と金融機関を名乗った電話があり、指示通りにATMを操作したら振り込みをしていた。
    • 【事例3】インターネットバンキングで手続きをすると言われ、口座番号と暗証番号を伝えた。
  • 相談事例からみる還付金詐欺の手口
    • 【役所等】の担当者を名乗って【電話】をしてきます。
    • 電話の中で消費者に【お金が返ってくる話】をします。
    • 役所等の担当者をかたる電話の後、金融機関の担当者をかたる電話がかかってくるなど、複数の人物が登場する「劇場型勧誘」も見られます。
    • お金を受け取る手続きをするよう指示します。
  • アドバイス
    • 役所等から「お金が返ってくる」という電話がかかってきたら、それは還付金詐欺です。
    • 還付金に心当たりがある場合は、自分で役所等の担当部署を調べたうえで連絡し、確認してください。
    • 「お金を返すために必要」などと言われ、名前や住所、銀行名、口座番号等の個人情報を聞かれても絶対に答えてはいけません。
    • 不審な電話の対策として、防犯機能付き電話機の導入や、電話機の留守番電話機能、ナンバー・ディスプレイ機能などを活用しましょう。
    • 不安を感じたら、すぐに家族・知人、警察、最寄りの消費生活センター等に相談してください。

また、関連して、2023年上半期における刑法犯の認知・検挙状況の暫定値について、警察庁から公表されていますので、あわせて紹介します。

▼警察庁 令和5年上半期における刑法犯認知・検挙状況について【暫定値】
  • 認知状況
    • 令和5年上半期における刑法犯認知件数は33万3,003件で、前年同期比で21.1%増加した。このうち、街頭犯罪の認知件数は11万744件で、前年同期比で29.7%増加、侵入犯罪の認知件数は2万7,741件で、前年同期比で28.0%増加した。また、重要犯罪の認知件数は5,137件で、前年同期比で16.5%増加した。
    • 新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、刑法犯認知件数は8.4%、街頭犯罪の認知件数は13.7%、侵入犯罪の認知件数は18.8%それぞれ減少、重要犯罪の認知件数は9.1%増加となっている。
    • 包括罪種別に見ると、窃盗犯の認知件数は22万8,889件で、前年同期比で23.8%増加しており、刑法犯認知件数の増加に対する寄与率は75.6%となった。
    • 新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、窃盗犯の認知件数は11.0%減少となっている。
  • 検挙状況
    • 令和5年上半期における刑法犯の検挙率は37.6%で、前年同期比で5.9ポイント減少、重要犯罪の検挙率は84.1%で、前年同期比で1.1ポイント減少した。
    • 新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、刑法犯の検挙率は1.2ポイント減少、重要犯罪の検挙率は0.1ポイント増加となっている
  • 令和5年上半期における刑法犯認知件数は33万3,003件で、前年同期比で21.1%増加した。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、8.4%減少となっている。
  • 令和5年上半期における人口千人当たりの刑法犯の認知件数は2.7件となり、令和4年(年間4.8件)の上半期(2.2件)から増加した。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期(2.9件)と比較すると、減少となっている。
  • 令和5年上半期における街頭犯罪の認知件数は11万744件となり、前年同期比で29.7%増加した(侵入犯罪の認知件数は2万7,741件となり、前年同期比で28.0%増加、街頭犯罪及び侵入犯罪以外の認知件数は19万4,518件となり、前年同期比で15.9%増加した。)。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、街頭犯罪の認知件数は13.7%減少となっている(侵入犯罪の認知件数は18.8%減少、街頭犯罪及び侵入犯罪以外の認知件数は3.3%減少した)。
  • 令和5年上半期における月別の街頭犯罪の認知件数を見ると、全ての月において対前年同月比で増加となっている。
  • 令和5年上半期における重要犯罪の認知件数は5,137件と、前年同期比で16.5%増加した。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、9.1%増加となっている。
  • 令和5年上半期における窃盗犯の認知件数は22万8,889件と、前年同期比で23.8%増加した。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、11.0%減少となっている。
  • 令和5年上半期における刑法犯検挙件数は12万5,335件、検挙人員は8万5,884人で、ともに令和4年の上半期(11万9,470件、8万710人)を上回った(それぞれ前年同期比で4.9%、6.4%増加)。少年の検挙人員は8,511人で、検挙人員全体の9.9%となった(令和4年上半期は全体の8.1%)。
  • 令和5年上半期における刑法犯の検挙率は37.6%で、前年同時期で5.9ポイント減少、重要犯罪の検挙率は84.1%で、前年同時期より1.1ポイント減少した。

特殊詐欺防止のため通話録音装置を県民に貸し出している山梨県警が装置の使用状況を分析したところ、着信後に相手に通話録音を知らせる音声が流れた場合、4件に1件の電話が切られていたことが分かったといいます。つまり詐欺電話だった可能性があり、同県警は「装置は簡単に取り付けられ、詐欺対策に有効」とアピールしています。同県警は2021年6月から65歳以上の県民を対象に装置を貸し出しており、固定電話の回線につなぎ利用し、着信があると「この電話は振り込め詐欺防止のため、録音されます」と自動音声が流れるものです。2023年6月末までに貸し出しを終えた96台にかかってきた約3万3千件の着信を分析、約24.7%で応答後に電話が切られていたといいますが、利用期間中、詐欺被害に遭った人はいなかったということです。4件に1件が詐欺電話であることに大変驚かされるとともに、通話録音機能が特殊詐欺の未然防止に有効であることもある程度実証されたという点で特筆すべきことと思われます。

中国の警察や公安職員を装い、中国人留学生を脅して現金を送金させた上、誘拐事件を自作自演するよう指示して家族から身代金をだまし取る事件が相次いでいると報じられています。2023年8月3日付読売新聞によれば、2023年6月以降、被害は少なくとも計約1850万円に上り、警視庁が警戒を強めているといいます。東京都内では6月以降、日本の大学や日本語学校に通う10~20代の中国人留学生の女性6人が、同様の被害に遭っており、いずれも「中国公安局」や「上海警察」の職員などを名乗る人物から突然、スマートフォンに電話があり、「逮捕状が出ている」「このままでは犯罪者だ」などと身に覚えのないことを言われて脅され、その後、逮捕を免れるための「保証金」などの名目で金を要求され、電話の発信元は中国の電話番号だったということです。6人とも最終的に「払えない」と伝えたところ、詐欺グループは「日本で誘拐されたと親元に連絡しろ」などと要求、6人は断れず、それぞれ都内や千葉県のホテルなどに行き、誘拐犯に縛られたように見える写真を自ら撮影して、中国の家族に送信、絵の具や口紅などを顔に塗り、暴行を受けて出血したように装うなどしたといい、6人のうち3人の家族がこれを信じ、身代金として100万~600万円を指定口座に振り込んだといいます。子どもの身を案じた家族側から110番を受けた警視庁が誘拐事件として捜査に乗り出し、留学生を現場で見つけて事件が発覚したものです(なお、学生らは偽電話を信じ込んでおり、警視庁が事情を説明しても、だまされたと理解し捜査に協力するまで時間がかかることが多いといいます)。警視庁は、中国の詐欺グループが何らかの手段で留学生の携帯電話番号を入手したと見ていますが、留学生の金銭被害については詐欺事件として捜査しているものの、身代金については中国国内の被害で、捜査対象にならないと見ています。また、やりとりには秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」が使われ、電話の発信元や振込先口座をたどる捜査も国境の壁があり容易ではなく、犯罪グループはそうした事情を逆手に取り、日中当局の摘発をかいくぐろうとしているとも見られています。こうした警察官などを装って金を詐取する手口は、日本の特殊詐欺と共通しており、中国では「電信詐欺」と呼ばれ、習近平国家主席が2021年4月に対策強化を求める指示を出し、捜査を強化してきた経緯があります。報道で中国の犯罪事情に詳しい一橋大の王雲海教授(刑事法)は「中国での対策強化を受け、現地の詐欺グループが中国外の同胞に標的を移している可能性がある。留学したばかりで、生活に不慣れな学生は格好の餌食だ。留学生の相談先を充実させ、周知を進めていく必要がある」と指摘しています。なお、日本在住の中国人名簿が出回っていることをうかがわせる事件も多発しており、警察が注意喚起をしています。大阪府警は、大阪府内在住の中国籍の50代女性が中国語の電話による特殊詐欺の被害に遭い、3800万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、中国の通信会社や警察官を名乗る男から中国語で、「あなた名義で携帯電話が購入されている」、「詐欺で逮捕状が出ており、口座の金が詐欺の被害金か確認する」と女性に電話があり、女性は指定された銀行口座に4回、計3800万円を振り込み、だまし取られたというものです。

(特殊詐欺が意外なところで登場した興味深い事例として紹介しますが)ロシア語の独立系メディア「メドゥーザ」によれば、2023年7月29日から8月2日までの5日間で、ロシア国内の徴兵事務所や関連施設への放火や放火未遂が少なくとも28件発生したと報じています。露情報機関「連邦保安局」(FSB)職員などを名乗る人物から電話で放火を強要された事例が多いとも指摘しており、FSBは関与を否定、ウクライナによる「特殊詐欺」と主張しているといいます。一連の事件は、モスクワや国内第2の都市、西部サンクトペテルブルク、極東ハバロフスク、ロシアが2014年に一方的に併合したウクライナ南部クリミアなど、広範囲で発生しているといいます。FSBは2022年末頃からウクライナからの発信とみられる電話を使った同種の事件が相次いでいるとして、警戒を呼びかけていたといいます。ロシアでは総動員の発令を意識した法整備が進んでおり、ロシア国内での反戦機運の醸成を狙う勢力による組織的な活動の可能性も指摘されています。

電話で口座情報を聞き出した後に通帳を被害者宅の郵便ポストから回収し金を引き出すなどの特殊詐欺被害が増加していると報じられています(2023年7月15日付毎日新聞)。報道によれば、島根県警は警戒警報を出して県民に注意を促し、鳥取県警はNTT西日本と連携協定を結んで啓発活動に乗り出しています。同県警は「こんな手口でなぜだまされるのかと思うが、それだけ犯人は言葉が巧み。口座番号や暗証番号は絶対に教えてはいけない」と呼びかけているといいます。例えば、米子市に住む一人暮らしの70代女性は、NTTドコモ社員や実在しない東京中央警察署の刑事を名乗る男から「携帯電話が犯罪に使われている」、「犯人が(あなたの)通帳を持っていて、400万円の入金が確認された。捜査する必要がある」と電話で言われ、通帳とキャッシュカードを自宅郵便ポストに入れておくよう指示され、外付けポストがなかった女性は、玄関横の室外機上に通帳2通とカード2枚入りの封筒を置いたといいます。封筒は同日中になくなり、関西のATMからカード2枚で計1500万円が引き出されているのが確認されたといいます。倉吉市の60代女性の事例では、警察官を名乗る男に電話で「暴力団の麻薬事件の金を隠す口座となっていて、400万円が振り込まれている。(女性を)共犯者として捜査している」と言われ、定時連絡をするよう指示され、その後、検事役の男から「口座を捜査する必要がある」と言われ、指示されるまま封筒入りの通帳5通とキャッシュカード5枚を自宅郵便ポストに入れたといいます。封筒はその日のうちになくなっており、後日、通帳の金融機関から「不正が疑われる」と連絡があり、県警が3400万円の被害を確認したものです。コロナ禍において、受け子に外国人が使われる事件が増加、対面を避けるために同様に郵便ポスト等に通帳や印鑑を入れるよう指示がなされたケースも増加しましたが、本件も対面を避ける目的があったと考えられます。関連して、外国人が特殊詐欺に関与した事件として、職場から逃げ出した技能実習先が絡むものも多い状況です。例えば、技能実習生としての在留期限も過ぎ、定職に就けず生活が苦しい中、SNSで「仕事を探している人いますか」という書き込みを見つけ、投稿したベトナム人男性に連絡を取ると、日本人に引き合わされ、その日本人は特殊詐欺グループの指示役だったというものが典型的なものと思われます。特殊詐欺に関与したとして2022年に検挙された外国人は過去最多の145人で、10年前の約6倍に上っており、報道である捜査幹部らが「詐欺グループが不法残留の状態になった外国人に目を付け、リスクの高い末端を担わせて『使い捨て』にしているのでは、「背景には、警察の取り締まり強化などの影響で日本人の実行役が人材不足に陥っていることもあるのではないか」、「不法残留の外国人は働ける場所もほとんどない。警察に駆け込むこともないので、詐欺グループにとって都合がいい」と指摘していますが、筆者も正にその通りの状況だと推測しますとみる。特殊詐欺グループの内情に詳しい30代男性はと話した。

暴走族を抜けるための費用を稼ぐため、特殊詐欺の受け子をしたなどとして、警視庁少年事件課が、いずれも川崎市に住む18歳で無職の男2人を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、男の1人が所属する暴走族を抜けようとしたところ、「数百万の金が必要。用意できないなら振り込め詐欺をやれ」などと要求され、特殊詐欺に関わるようになったといい、東京都目黒区に住む80代女性に息子に成り済まして「会社の得意先への賠償金が必要になった」とうその電話をかけ、「賠償金が必要」などと言って、息子の勤務先の関係者のふりをして女性宅を訪れ現金80万円をだまし取った疑いがもたれています。なお、2人は現金の受け取り役と運転手役で、警視庁は男らが2023年4~5月、3都県の高齢者6人から計約600万円をだまし取ったとみて調べているといいます。闇バイトや薬物の問題同様、大人から見れば「なんでそんな理由で」というものであっても、若者にとってはそれを回避する術がないと思いこんでいるのが実態であり、こうした観点からの早期の教育の重要性を痛感させられます。

暴力団が関与した特殊詐欺の事例も相変わらず報じられています(今回はすべて住吉会傘下組織の事件となります)。特殊詐欺グループから抜けようとした男性を脅し、殴ってけがをさせたなどとして逮捕されていた住吉会傘下組織のボリビア人の組員が、神奈川県相模原市の特殊詐欺事件に関わっていたとして詐欺の疑いで再逮捕されています。男は2022年2月下旬、すでに逮捕されている男らと共謀し、神奈川県相模原市の80代の男性から現金4000万円をだまし取った疑いが持たれています。ボリビア人の男は2022年3月に3人と共謀し、特殊詐欺グループから抜けようとしていたかけ子の20代男性に「1300万円稼ぐまでかけ子をやれ」などと脅し、顔を殴るなどしてけがをさせた疑いで逮捕されていました。脅された男性はこの特殊詐欺事件のかけ子役で、だまし取った金のいくらかを着服、詐欺グループのリーダーのボリビア人の組員が着服に気付き、男性を脅したとみられていますこの特殊詐欺事件では、ボリビア人の男を含め4人が逮捕されており、警察はだまし取られた現金が住吉会に流れていた可能性もあると見て詳しく調べています。また、高齢女性から現金を詐取したとして、警視庁暴力団対策課などは、詐欺の疑いで住吉会傘下組織の組員ら10人を逮捕、容疑者らの詐欺グループによる被害は、2022年11月~2023年1月、計37件で総額約1億円に上るとみられています。なお、詐欺の電話をかける「かけ子」らは沖縄県や北海道など全国にあるビジネスホテルを拠点として利用し、摘発逃れのために1週間ほどで移動を繰り返していたといいます。また、警察署の電話番号を表示する、新たな手口の特殊詐欺の被害金が住吉会に流れた疑いが強まったとして、警視庁は本部事務所の家宅捜索を行っています。住吉会の傘下組織の幹部は、実在する警察署の番号が表示される新たな手口の特殊詐欺で、高齢女性から警察官を装って現金をだまし取ろうとした疑いで逮捕されています。なお、本件でも犯行グループは、警察に摘発されないよう固定の拠点を持たず、高速道路を車で走りながら詐欺の電話をかけていたといい、サービスエリアには寄らず、トイレは車内で済ませるなど、毎日12時間にわたって電話をかけ続けていたということです。さらに、全国のホテルを転々としながら、毎日、午前8時から午後8時までの12時間、移動を続けていたようです。また、2023年4月、市役所の職員などを装ったうその電話をかけて埼玉県坂戸市の80代の女性から現金200万円余りをだまし取ったとして住吉会傘下組織の組員2人が逮捕されています。2人は口座から現金を引き出す「出し子」だったとみられ、警察はだまし取った金が暴力団の資金源になっていた疑いがあるとみています。

フィリピンを拠点にしたルフィグループの特殊詐欺事件で、共謀して高齢者らからキャッシュカードを盗み、現金計約414万円を引き出したとして窃盗罪に問われた山田被告の初公判が東京地裁で開かれました。報道によれば、被告は被告人質問で、ツイッター(X)で「闇バイト」を検索して組織から勧誘を受け、フィリピンに渡ったと説明、当初は1カ月程度で帰国する予定だったが組織から脅され、監視されるなどして「逃げる勇気がなかった」と述べたほか、かけ子としての報酬は「受け取っていない」とする一方、「幹部に気に入られ、現金や靴などをプレゼントしてもらったことはあった」と明かしています。また、被害者らに対し「申し訳なく思う。働いてきれいなお金で弁済したい」と述べた上で、最終意見陳述では、一連の広域強盗事件に言及、「私は関与していないが、自分の見たことについては(捜査当局に)話をしていきたい」と述べています。

その他、最近の特殊詐欺に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 高齢女性から盗んだキャッシュカードで現金210万円を引き出したとして、大阪府警は、タクシー運転手ら3人を窃盗の疑いで逮捕しています。一緒に逮捕された受け子の女性を営業運転中のタクシーに乗せ、被害女性宅や金融機関へ送迎していたといいます。正規の乗車料金に加え、特殊詐欺の成功報酬数万円を受け取っていたということです。タクシー運転手が特殊詐欺を未然に防止した事例をこれまでいくつも紹介してきただけに大変残念ですが、タクシー運転手と共謀する手口は新しいともいえ、注意が必要です。
  • 特殊詐欺の「受け子」として70代の女性をだまそうとしたとして、警視庁は静岡市の70代の無職の女を詐欺未遂の疑いで現行犯逮捕しています。「指示役から言われるがままに現場まで行き、カードを受け取ろうとしたことに間違いありません」と供述し、容疑を認めているといいます。訪ねてきた女を不審に思った女性が近所の人に相談、近所の人が110番通報し、駆けつけた署員が現行犯逮捕したといいます。なお、報道によれば、女は指示に従って都内の公園でトイレの個室に入り、スマートフォンや充電バッテリー、イヤホンなどを受け取ったといい、壁と床との隙間でやりとりし、顔は見ていないといいます。受け取ったスマホには、秘匿性の高い通話アプリ「シグナル」が入っており、指示役の人物と連絡を取ったということです。高齢者が高齢者をだます構図は大変胸が痛みますが、犯行時のリアルな状況は大変興味深いものといえます
  • 鳥取県警は、鳥取県倉吉市の60代女性が約3400万円の特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。女性宅の電話に「この電話はあと2時間で使えなくなる。番号1を押して」との自動音声の連絡があり、女性が「1」を押すと「東京警察署」を名乗る男につながり「あなたの口座は暴力団の麻薬事件の金を隠すのに使われている。共犯者として捜査している」と脅され、さらに、指定の電話番号に毎日かけるよう求める「定時連絡」を指示され、言われるがままに毎日電話を入れていたといいます。その後、検事を名乗る男から「通帳やキャッシュカードを預かる」と言われ、女性は翌日、指示されるまま夫の分を含めた計5口座の通帳とカードを郵便受けに入れたところ、その日のうちになくなっていたというものです。通帳等を郵便受けに入れさせる手口自体は以前からありますが、そこに至るまで大変手の込んだ新たな手口だと思われます。
  • 息子になりすまして高齢女性から現金700万円をだましとったとして、京都府警は、詐欺の疑いで、無職の容疑者を逮捕しています。容疑者は女性から現金を受け取った無職の男(19)からさらに現金を回収していたといい、京都府内で発生した特殊詐欺事件の捜査で容疑者が浮上、防犯カメラの映像などから札幌市での事件への関与が明らかになり、逮捕したものです。容疑者は全国で特殊詐欺を繰り返すグループの一員とみられています。
  • 特殊詐欺事件に関与したとして、警視庁志村署は、千葉県八千代市のプロボクサーを、詐欺と窃盗容疑で逮捕しています。別の人物と共謀して、東京都板橋区の80代女性に銀行員を装って「口座で確認したいことがある」などと電話、キャッシュカード1枚をだまし取り、区内のコンビニエンスストアのATMで現金10万円を引き出したとされ、女性がキャッシュカードを容疑者に手渡した後に不審に感じて銀行に電話し、被害が発覚したものです。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。

  • 現金入りの宅配便の配送を中止し、特殊詐欺被害を未然に防いだとして、兵庫県警明石署は、ヤマト運輸明石大蔵谷営業所に感謝状を贈呈しています。市内に住む高齢男性の家族が、特殊詐欺グループにだまされた男性が現金2000万円を入れた段ボール箱を発送してしまったと署に届け出たといい、配送を依頼した業者がわからず、署は各社に協力を要請、ヤマト運輸が調査したところ、明石大蔵谷営業所から発送されたことが判明し、関東の中継施設に運ばれていた段ボール箱を無事に回収したというものです。感謝状を贈った署長は「ギリギリの段階で被害を阻止できた」とたたえ、当時の同営業所長は「地域の役に立ててよかった」と述べています。
  • 高齢男性が特殊詐欺被害に遭うのを食い止めたとして、警視庁武蔵野署は、東京都立調布北高校3年の男子生徒5人に感謝状を贈呈しています。5人は、武蔵境駅近くで80代男性から携帯電話の操作方法を尋ねられ、その際、男性は誰かと通話中で「利用料の未払いがある」「10万円を振り込む」などという会話が聞こえたといいます。5人は特殊詐欺だと確信、男性を説得し、近くの交番に案内したことで被害を防止できたといいます。5人は今春、学校で行われた警視庁による防犯講話で、特殊詐欺の手口を学んでいたことからすぐに察知できたといい、5人の勇気とともに、警察の地道が取組みが功を奏したものと言えると思います。
  • 電話口で「警察官」や「銀行協会職員」などが代わる代わる登場して、主に高齢者をだます特殊詐欺について、名古屋市天白区の大学生2人が、目の前で慌てた様子の高齢女性に遭遇、すぐに詐欺を疑い、電話を代わった2人も架空の「役」を演じたといいます。電話口の男は「孫はいないはずだ」といい、男の名前を聞き出そうと質問を重ね、押し問答になり、「孫ならば女性の名前や年齢も分かるはずだ」という男に対し、2人は女性にも話を聞きながらやり取りを重ね、自分たちの名前や年齢については架空の設定をするなど臨機応変に対応したといいます。要領を得ないやり取りから詐欺だと確信した2人は、「一度切って確認します」と電話を切り、女性と近くの交番へ向かい、最初は電話を渡すことをためらっていた女性も、2人の対応を見ているうちに詐欺だと気づいたといいます。特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、愛知県警天白署は、2人に感謝状を贈呈、「女性は一人暮らしだと聞いた。若い人たちも定期的に家族と連絡をとり、相談しやすい環境を作ることが詐欺の防止につながるのでは」、女性がパニックになっていたことに触れ、「冷静になることが大事だと感じた。電話があって不安になっても、家族や近所の人と話して落ち着くことが大切」と述べています。2人もそれぞれの祖父母に電話をして、特殊詐欺に注意するよう促したということです。天白署の署長は「詐欺かもしれないと思っても、実際に行動することは難しい。2人の勇気と対応はすばらしい」と述べていますが、本件は正にそのとおりであり、対応の参考になるとともに、それぞれの祖父母に電話をして注意喚起をするなど、素晴らしいことだと感じました

次にコンビニにおける事例を紹介します。前述したとおり、還付金詐欺が急増する中、コンビニの果たす役割は大変大きくなっており、こうした成功事例を共有しながら、未然防止に努めていただきたいと思います。

  • 電子マネーを使った特殊詐欺被害を未然に防いだとして、和歌山県警和歌山東署は、和歌山市園部のコンビニエンスストア「ファミリーマート和歌山園部店」店長、パート従業員に感謝状を贈っています。70代男性が店を訪れ、パート従業員に5万円分の電子マネーカード2枚(10万円分)の購入を申し出たといい、カードが高額だったため男性に目的を尋ねると「パソコンがウイルスに感染し、その対策に使う」などと話したため、特殊詐欺の可能性があると判断し、店長に報告、店長は同署に通報するとともに、パート従業員と連携して男性に購入を断念させたといいます。
  • 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、静岡県警菊川署は、「ローソン菊川加茂店」従業員、レイエス・ラケル・コンテガさんに感謝状を贈っています。署長は「声がけは勇気が必要な行動。引き続きコンビニとの連携を密にして被害を1件でも多く減らしていく」と述べています。特殊詐欺の架け子とみられる人物と電話で話していた40代の男性が30万円分の電子マネーを購入しようと来店、レイエスさんは男性から使用目的などを尋ねたところ、不審に思い警察に通報して詐欺を阻止したとしていうものです。本人の勇気や意識の高さもさることながら、おそらくはコンビニ内でもしっかりと啓蒙がなされていたことを想像させる好事例といえます。
  • 神奈川県警加賀町署は、特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、セブンイレブン横浜県庁前店のパート従業員に感謝状を贈っています。60代の女性が店内で購入できる電子マネーを悪用した詐欺の被害に遭いそうになった際、怪しいと感じて110番したもので、「日ごろから特殊詐欺事件への関心があった。防げて良かった」と述べています。60代の女性は、「必ず受け取りできる3億円なので諦めないでください。セブンイレブンのマルチコピー機で2万3000円をご用意してください」などと書かれたメールを受け取り、同店に向かい、電子マネー「ビットキャッシュ」をマルチコピー機を使って購入しようとしたものの、やり方が分からず、従業員に質問、メールの文面を見て詐欺だと感じ、110番したといいます。
  • 今年に入り2件の特殊詐欺を防いだとして、滋賀県警甲賀署が湖南市の「ローソン甲西菩提寺店」オーナーに感謝状を贈っています。同オーナーはこれまでに自身が経営する計4店舗で約10件の詐欺被害防止に貢献、贈呈式で、「特殊詐欺のような犯罪が本当に嫌い」と熱く語ったといい、「(表彰は)非常に光栄。近隣店舗や他のオーナーにも防止を呼びかけたい」と述べています。また、日頃の警察との協力関係を踏まえ、今回、同店は県内初の「特殊詐欺被害防止モデル店舗」に認定されたといいます。店員が詐欺被害を疑い、客に声をかけても「放っておいてくれ」などと言われることが多く、声かけは勇気がいる行為ですが、モデル店舗では、詐欺に悪用されるギフトカードの売り場をレジの近くに移設、「だまされていませんか」と書かれた警告カードや、パソコンのサポート詐欺に遭った際に表示される画面の写真を掲示し、客が被害に気づけるよう工夫を施すとしています。

その他、特殊詐欺の未然防止に向けたさまざまな取り組みについて紹介します。

  • 2023年7月28日付産経新聞によれば、闇サイトを利用した強盗事件や、振り込め詐欺などの特殊詐欺事件が後を絶たない中、不審な電話番号を即座に識別するアプリ「Whoscall(フーズコール)」が注目されているといいます。台湾のIT企業が開発した同アプリは、2023年1~7月上旬の国内でのダウンロード数が前年同期比で約20%増えているといい、今後は警察や自治体との連携を模索しながら、生成AIを悪用した犯罪の対策にも乗り出すとしています。同アプリは台湾のIT企業「ゴーゴールック」が2010年に開発、世界中から収集した約26億件の電話番号のデータをもとに、発信元を自動で識別し、悪質な電話番号は即座に検知することができるほか、不審な電話番号について犯罪に使われる恐れがあると検知した場合には「詐欺電話」などと警告する画面がスマートフォンに表示されるといいます。2020年11月に設立されたゴーゴールックの日本法人「Whoscall」(福岡市)の日本事業責任者は「暗号資産を利用した事件や、闇サイトを使った事件が報道されるたびにダウンロード数も増えている」とした上で、アプリについて「(着信してきた)電話番号が安全なのか、詐欺電話なのか、スピーディーに分かりやすく表示することができる」と述べています。膨大な数の詐欺電話のデータを活用した手法としてさらなる普及を期待したいところです。また、新たな番号であっても不審かどうかを見極める精度を高める手法もぜひ高度化していっていただきたいと思います。
  • 急増する特殊詐欺被害などを防ぐため、大学生を中心とする防犯専門のボランティアチームが結成され、「ブルーフェニックス隊」と名づけられ、若い発想や行動力で立ち向かうと期待されています。「防犯ボランティアです。今こんな被害が増えてます」「特殊詐欺が増加してます。気を付けてください」などと学生らが高齢者や買い物帰りの主婦らに、チラシなどを配って特殊詐欺被害の防止を呼びかけるといった活動を行っており、制服姿の警察官でない若者からの呼びかけに、足を止めて聴き入る人も多いといいます。警察だけでの周知は限界があり、学生らが多様化する手口などを理解し、家族や友人など周囲の防犯意識を高めるきっかけにつなげようとする取組みとして注目されます。一方、コロナ禍で課外活動が少なかった学生も多く、他大学と交流できることも参加する楽しみの一つだといいます。
  • 大阪府警内で、特殊詐欺の未然防止に向けた取り組みとして、電子ギフト券を購入させる、いわゆるサポート詐欺などを水際で食い止めるべく、大阪府警四條畷署が管内のコンビニ全68店舗に警察官を配置、対策上の「弱点」を克服する取り組みとして機能しているとして注目されています。接客を行う顔ぶれが一定固定されている金融機関と異なり、24時間営業が多く、スタッフも時間帯ごとに入れ替わるコンビニでは対策を全員に周知・徹底するのが難しい実情があります。大阪府警によると、府内の被害総額18億9316万円(2023年1~6月)のうち、約1億9千万円は犯人グループがコンビニのATMから送金させたり、電子ギフト券を購入させたりしていたといい、「署員一人一人が自分ごととして受け止めれば被害を減少させられるのでは」と考えた同署長が、2023年4月から店ごとに担当の地域課員を割り振る、大阪府警初の試みを始めています。深夜の学生バイトとも手口に関する情報などを共有するため、3日に1度くらいのペースで毎回異なる時間帯に店を訪れているといい、「担当が決まっていることで責任感が強まった」ほか、店側も「すぐに相談できる担当の警察官がいるのは心強い」と受け止めているといいます。こうした取り組みが全国に拡がることを期待したいところです。
(3)薬物を巡る動向

本コラムで以前から指摘していますが、若者への大麻をはじめとする薬物の蔓延が深刻です。2022年以降でも、日大ラグビー部、近畿大サッカー部、東海大硬式野球部、直近でも、京都成章高校のラグビー部、東京農大ボクシング部、朝日大ラグビー部、そして日大アメフト部で部員による薬物問題が事件化し、大きな社会問題となっています。大麻は、ほかの違法薬物に手を出すきっかけになる「ゲートウェイ(入り口)ドラッグ」になる危険性が指摘されているうえ、覚せい剤も以前から、SNSなどで手に入りやすくなっている実態があります。警察庁によると、違法薬物全体の摘発人数は、近年横ばいで推移し、2022年は1万2142人と2021年より減少したものの、大麻の摘発人数は2014年以降増加し、2021年には過去最高となる5482人を記録、2022年は減少に転じましたが、その数は5342人と高止まりの傾向が続いており、このうち、7割を10~20代の若年層が占めています。さらに、驚くべきことに、全国の警察が2023年上半期(1~6月)に摘発した大麻事件の容疑者が過去最多の2837人に上り、覚せい剤事件の容疑者(2470人)を初めて上回る結果となりました。薬物犯罪の主流だった覚せい剤事件の容疑者は、半年ごとの統計が残る1990年以降、ピークの1997年に年間1万9691人に上りましたが、その後は徐々に減少し、2022年は5944人となりました。密輸や密売に関わる暴力団の弱体化が背景にあるとみられています(が、筆者は覚せい剤の常習性・依存性の高さを考えれば、摘発されにくくなっている実態もあるのではないかと危惧しています)。これに対し、大麻事件の容疑者は10年前の2013年に1534人だったところ、年々増加し、2022年は5184人と、覚せい剤の容疑者数まであと760人と迫っていました。こうした背景には、大麻は覚せい剤よりも「クスリ」というイメージが薄いことが挙げられています。SNSで、売人と会って直接取引する「手押し」という言葉があふれ、大麻を意味するブロッコリーの絵文字で売買を誘う売人が暗躍しているほか、「野菜」「草」などの隠語で検索、連絡を取ると密売サイトに誘導されるなどし、秘匿性の高いアプリで取引が行われている実態があります。さらに、かつては売人には接触するのは困難であったところ、今はSNSの普及やデリバリーの方法の多様化など手軽に入手できてしまう環境が整ってしまっています。一方、覚せい剤の摘発人数は6124人で2016年以降減少し続けていますが、2022年1年間の税関による覚せい剤の摘発は2021年の3.2倍となる300件に上りました。押収量は約567キロ(前年比▲44%減)で、乱用者の使用量で約1892万回分、末端価格で335億円に上っています。覚せい剤の主原料となる「エフェドリン」には、強い興奮作用があり、使用すれば高揚感が得られる一方、その後、脱力感や疲労感に襲われるほか、依存症も招き、幻覚・妄想状態に陥ることが知られています。筆者もマスコミの取材等に対し、大学、とりわけスポーツ団体における実態について、「濃密な人間関係」による構造的要因を指摘しています。例えば、ただでさえ上下関係が厳しく断りにくいいうえに、共同生活を送る学生寮においては、薬物を受け渡しやすいという物理的な側面だけでなく、同調圧力が強く、ノーと言いづらい心理的な側面、「薬物を使うとパフォーマンスが上がる」などと周囲から言われることによる自己正当化などの要因が挙げられます。さらに、そもそも若者には大麻等について「興味」があり、「好奇心」から手を出しやすい傾向もあります(さらに言えば、使用にとどまらず、営利目的販売など深みにはまる/嵌められる危険性も高まる点にも注意が必要かと思います。大麻だけでなく覚せい剤も見つかった、自らの使用料を大幅に上回る所持をしていた、などは正にその表れといえます)。このあたりは、以前の本コラム暴排トピックス2023年4月号でもとりあげた警察庁「令和4年における組織犯罪情勢」における「大麻乱用者の実態」というアンケートが参考になります。以下、重要なポイントを抜粋します。

  • 大麻を初めて使用した経緯は、「誘われて」が最多であり、20歳未満が80.2%、20歳代が70.8%と、特に若年層において誘われて使用する割合が高い。
  • 使用した動機については、いずれの年齢層でも「好奇心・興味本位」が最多で、特に30歳未満では約6割を占めるなど顕著である。また、同年齢層では、次いで「その場の雰囲気」が多く、比較的多い「クラブ・音楽イベント等の高揚感」、「パーティー感覚」と合わせてみると、若年層では、身近な環境に影響を受けて享楽的に大麻を使用する傾向がうかがわれる。
  • 大麻使用時の人数については、年齢が低いほど、複数人で使用する割合が高い傾向にあり、このことからも、30歳未満の乱用者の多くが、知人等の他人を含む身近な環境に影響を受けて大麻を使用する傾向がうかがわれる。
  • インターネット以外の方法」では、全ての年齢層で「友人・知人」から大麻を入手しているケースが半数程度に上り、30歳未満では半数を超える。
  • 大麻に対する危険(有害)性の認識は、「なし(全くない・あまりない。)」が79.5%(前年比2.5ポイント上昇)で、覚醒剤に対する危険(有害)性の認識と比較すると、昨年に引き続き著しく低い。また、大麻に対する危険(有害)性を軽視する情報の入手先についても、引き続き、「友人・知人」、「インターネット」が多く、年齢層が低いほど「友人・知人」の占める割合が大きい傾向にある

また、海外には娯楽目的の大麻使用を合法化し、税収につなげている地域もあることも「誤った知識」が拡がる要因となっていますが、こうした地域では、日本より違法薬物が蔓延していて、規制と厳罰ではコントロールできなくなっている背景があります(例えば、厚生労働省の統計では、生涯経験率として、日本では大麻が1.4%(2017年)であるのに対し、米国は44.2%、カナダが41.5%、フランス40.9%などとなっています。大麻の限界普及率は5割とも言われており、普及が限界に近づけば、規制や厳罰化をすすめるより、合法化して薬物治療の充実化や犯罪組織への打撃を優先する方が合理的という事情があります。一方、日本ではこのような考え方は取るべきではなく、規制や厳罰を進めることが必要な状況だといえます)。さらに、成分を混ぜたグミやクッキーをSNSを通じて入手し、安易に使う若者も後を絶たないなど、大麻関連の合法商品もあり、心理的なハードルが下がっているという指摘もあります(本コラムでたびたび取り上げてきたとおり、大麻草の成熟した茎や種子のみから抽出・製造されたCBD(カンナビジオール)を含有する製品については、大麻取締法上の「大麻」に該当しませんが、有害成分のTHC(テトラヒドロカンナビノール)を含む場合は規制対象となります。この点が一般的に誤って認識されている部分です)。大麻の幻覚成分が入ったクッキーなどの加工食品が、捜査当局の家宅捜索で押収されるケースも相次いでおり、九州厚生局麻薬取締部などが、大麻取締法違反容疑で逮捕したと発表した男の自宅からも大麻入りバターが見つかっています。背景には大麻の違法栽培の増加や、インターネット上で自作レシピが公開されるなど情報の氾濫があるとみられてますが、お菓子感覚で食べられる手軽さがそのような傾向に拍車をかけかねません。報道によれば、大麻バターなどの食品は、大麻草から抽出される幻覚成分「THC」を混ぜて作られ、胃で消化されるにつれて成分が徐々に浸透するため、巻きたばこで吸引する場合と比べて効果がじわじわと表れ、長く続くのが特徴とされ、「大麻のバリエーションの一つ」として楽しんでいる可能性が指摘されています。とはいえ、が幻覚症状や依存性の高さなどの危険がある点は同じで、手を出してよいものではありません。

また、報道で横浜薬科大の篠塚達雄客員教授(法中毒学)は「大麻の乱用者や密売人は『快感が得られる』などと強調するが、実際には不安感に襲われ、嘔吐などの健康被害もある」と指摘。「大麻はより強い違法薬物乱用の入り口となる『ゲートウエードラッグ』と呼ばれており、教育現場などで啓発を強化する必要がある」と述べています。また、青少年の薬物問題に詳しい岐阜薬科大の勝野眞吾名誉教授は、対策について「これまで大学は薬物問題に関する教育が手薄だったが、国連や世界保健機関(WHO)などの情報を基に大麻の乱用による危険性を授業などで継続的に伝える必要がある」と指摘していますが、それそれ正に正鵠を射るものと思います。また、スポーツ界でも特にラグビーは2007年の関東学院大、2009年の大阪経済大と東芝(現・東芝ブレイブルーパス東京)、2019年のトヨタ自動車(現・トヨタヴェルブリッツ)など薬物関連の不祥事が目立ちますが、報道であるラグビー関係者は「いろいろな文化に触れる中で、大麻のように法律の扱いが場所によって異なるものへの意識が薄くなるケースがあるのではないか」と指摘している点も、教育研修のあり方を考えるうえで大変参考になると思います。

学生スポーツにおける薬物蔓延について、「連帯責任」についても検討すべき時期にきていると考えます。ほとんどすべての場合、活動の無期限停止などの措置が講じられることになり、真摯に取り組んできた多くの若者の努力が水泡に帰す結果となります。こうした厳しい措置があることで、「仲間のため、これまでの皆の努力を無駄にしないためにも、薬物は絶対ダメ」という動機になる一方、その重大性がゆえに、見て見ぬふりをしてしまい、結果的に蔓延がより深刻化するリスクもあるように思われます。そのため指導者らによる一定の生活管理や報告窓口の設置など、自浄作用の働く環境整備が必要だといえます。そのうえで、さらに一歩踏み込めば、そもそも「連帯責任」のあり方が正しいのかを見直すことも検討してよいのではないかと考えます。この点について、2023年8月3日付日本経済新聞のコラム「スポーツ界も「曲がったことは許されない」を当たり前に 安田秀一」では、「連帯責任については、より根拠が不明瞭で即時撤廃すべき悪習と考えています。先日、東京農業大学がボクシング部を無期限活動停止処分にしました。部員が大麻所持容疑で逮捕されたためです。また、大きな報道はされていませんが、明治大学と慶応義塾大学のアメリカンフットボール部でも、20歳未満の者による飲酒という「事件」が起こり、大学側から活動停止という処分を受けました。なぜ関係のない部員までを犠牲にする必要があるのでしょうか。活動停止にいったいどんな教育的な効果があるのでしょうか。もとより、学校側のサポートがほとんどない環境下で、入部間もない20歳未満の学生の管理責任が部活側にあるとはとても思えません。スポーツ先進国のアメリカで刑事事件が起きた場合は、チームも学校も一切手を触れず、警察に任せることで解決します。監督も他の選手たちも、それ以上でもそれ以下でもない変わらぬ日常を過ごします。逮捕された学生も、贖罪が済めばチームに戻ったりするのも普通の光景です。法治国家としてあくまで法を根拠に人を裁き、それ以上の罰を求めない当たり前のガバナンスと価値観が定着しています。」と主張されており、筆者としても「わが意を得たり」というところです。もちろん、問題が発生した際には、「自分ごと」として捉え、自らを戒めるとともに、組織として落ち度がなかったかをあらためて見直す機会とすることは極めて重要だと考えますが、一律に活動停止や解散などという対応を取るのは「行き過ぎ」ではないかと考えます。

今、正に自由時間が増える夏休み中に若者が大麻に興味を持つ機会が増える懸念があり、注意が必要です。夏休みに入り、中高生も含めた若者の行動範囲が広がることから、違法薬物との接点も増えかねず、薬物に誘われるリスクもあり得るところであり、「誘われても使用しない」という意識を持ち、注意が必要だといえます。そして、それは大人の義務でもあるといえます。あらためて厚生労働省の資料から、その危険性に関する正しい知識のための情報を提供します。

▼厚生労働省 今、大麻が危ない!
  • 大麻乱用による心身への影響
    • 大麻は吸引のための乾燥大麻や樹脂などの形で売られています。最近では、大麻の種子を入手して大麻草を栽培するという違反事案が増えています。また、インターネットでは、さまざまな隠語を使って売られています。
    • 法務省が発表した全国の覚醒剤取締法違反による受刑者を対象者とした調査によると、対象者が最初に乱用した薬物を、調査した時の年齢層別にみた結果、30歳以上では年齢層が上がるにつれて覚醒剤が増えている一方、30歳未満の者では大麻の割合が最も多くなっているという結果でした。
    • 軽い気持ちで大麻に手を出したら覚醒剤等の薬物にまで手を出していた、ということにもなりかねません。間違った情報に惑わされて軽い気持ちで大麻に手を出すのは危険です!
    • インターネット等では「大麻は身体への悪影響がない」「依存性がない」などの間違った情報が氾濫していますが、大麻の有害性は特に成長期にある若者の脳に対して影響が大きいことも判明しています。間違った情報に流されず、正しい知識で判断しましょう!
      1. 習慣性(依存・長期的な影響)
        • 幻覚・幻聴が続き、大麻を使用しないときでも幻覚・幻聴が現れた(フラッシュバック)。
        • 五感が異常に冴え渡った。(音感が冴え渡る。目の前のものが魅力的に見える。)
        • 幻覚の影響で自傷行為(刃物を突き刺す)に及んだ。
        • テレビゲームの世界に入り込み、戦闘中に相手に斬られた痛みを感じられた。
        • 話したことを直ぐに忘れてしまい、何度も同じことを喋った。
      2. 身体症状
        • 酒に酔った感じで、体がふらつく。
        • 頭がぼうっとする。
        • 大麻の影響化で意識障害に陥り、交通事故を引きおこした。
  • 大麻乱用者による告白
    • 薬物乱用者の多くは、違法な薬物を人から勧められたことをきっかけに、乱用をはじめます。
    • 大麻では「リラックスできるよ」「合法な国もあるし、タバコみたいなものだよ」、覚醒剤なら「やせるよ」「元気になれるよ」「頭がスッキリするよ」など、その効果をうたって言葉たくみに誘われるケースが多くあります。
    • そのような物を勧められたりした時には十分注意してください。
  • こんな言葉で誘われたら、ハッキリと断ろう!
    • ちょっとだけ、ためしてみない
    • リラックスしてよくねむられるよ
    • (大麻は)タバコや酒より体に悪くないよ
    • 面白いクスリがあるんだけど
    • クスリでちょっと遊ぼうよ
    • 最高の気分が味わえるよ
    • とりあえず、預かってよ
    • お金はこの次でいいよ
    • ただの栄養剤だよ
    • イライラがとれてスッキリするよ
    • 嫌なことが忘れられるよ
    • みんなやってるから大丈夫だよ
  • 大麻の加工品や大麻を含んだ食品に気をつけて!
    • 大麻から成分を抽出した「大麻リキッド」や「大麻ワックス」など新しいタイプの加工品の摘発も増加しています。
    • また、海外でお土産として売られているチョコレートやクッキー、キャンディなどの中に大麻が含まれていることがあります。
    • 誤って口にして体調不良で救急搬送された事例も発生しているので十分に注意しましょう。

最近、暴力団が絡む薬物事犯が目立ったように感じます。

  • 静岡県伊豆市内の別荘で六代目山口組傘下組織幹部らが大量の大麻を営利目的で栽培していたとされる事件で、大仁署と静岡県警薬物銃器国際捜査課は、沼津市内の別荘でも大麻栽培をしていたことを裏付け、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで六代目山口組傘下組織幹部ら4人を再逮捕しています。売上金が県外の暴力団に流れていたとみて捜査を続けるとともに、両市内の別荘以外にも別の栽培拠点を構えていた可能性を視野に実態解明を進めています。報道によれば、幹部の指示の下、組員が連絡調整役、会社役員の男が栽培の指南役、無職の男が実行役などをそれぞれ担っていたとみられています。4容疑者は伊豆市の別荘で2023年4月、営利目的で大麻草66本(約1.3キロ)を栽培したなどとして逮捕されていましたが、伊豆市の別荘で使われていた道具と似た水耕栽培用具や、大麻草の一部などが沼津市の別荘でも見つかったということです。この沼津市の別荘は、幹線道路から1キロ弱、山道を登った場所にあり、1年ほど前に男が引っ越してきたといい、男の知人とみられる人物が黒い車で出入りする姿も目撃されたといいます。
  • 北海道石狩市の倉庫で、大麻を営利目的で所持した疑いで稲川会二代目高橋組幹部ら3人が逮捕された事件で、倉庫から「大麻オイル」とみられる液体が大量に見つかったといいます。幹部らは、石狩の倉庫で乾燥大麻およそ2キロ(末端価格でおよそ1000万円相当)を、営利目的で所持した疑いで、身柄を検察庁に送られましたが、倉庫からは、違法な成分を抽出した「大麻オイル」とみられる液体も大量に見つかり、栽培されていた大麻124株を含めると、末端価格は総額で2000万円を超える可能性があるということです。
  • 2023年3月、覚せい剤を含む液体およそ13.6キロを営利目的で輸入したとして、長崎市の契約社員ら3人が逮捕された事件で、警察は事件に関わったとして横浜市の稲川会傘下組織の幹部ら3人を新たに覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕しています。3人は、覚せい剤を含む液体およそ13.6キロが入ったオイル缶4つをUAE(アラブ首長国連邦)から営利目的で輸入したとして、覚せい剤取締法違反の疑いがもたれています。この事件をめぐっては、オイル缶が入った荷物の宛先となっていた長崎市の契約社員など3人がすでに逮捕・起訴され、それぞれ有罪判決を受けています。その後の警察の捜査で、荷物の宛先に、覚せい剤の回収に来た人物がいたことから、調べを進めた結果、今回の3人の関与が新たに浮上したということです。
  • 香港から、覚せい剤約130キロを密輸した罪に問われた暴力団組員に対して、東京地裁は無罪判決を言い渡しています(求刑は懲役20年、罰金1千万円)。2021年、仲間とともに、香港から茨城県に宛てた貨物2個に、覚せい剤約130キロを隠し、日本に密輸した罪に問われていましたが、東京地裁は判決で、「岸壁の保護材を受け取ってほしいと頼まれて応じたに過ぎない」とし、「被告が、貨物が密輸品であるかもしれないことや、その密輸品が覚せい剤を含む違法薬物であるかもしれないことを、認識していたと推認することはできない」と指摘し、無罪を言い渡したものです。
  • 営利目的で大麻を所持した疑いで組員が逮捕された、広島県に本部を置く六代目共政会二代目片山組の暴力団事務所に、警察が家宅捜索に入っています。組員は、2023年4月、営利目的で大麻約18gを25袋にわけて所持した疑いで逮捕されています。
  • 覚せい剤などを密売したとして三代目侠道会三代目長江組の組員が覚せい剤取締法違反の疑いなどで逮捕・送検されています。男のグループでは少なくとも250万円以上で売り上げたとみられています。男のグループは仕入れた覚せい剤などを呉市や広島市などで密売していたといい、この事件では男のほかに密売グループのメンバー3人、仕入れ先の上役の男、客7人を逮捕・送検しています。

全国の店舗で違法な「大麻リキッド」を販売している疑いが強まったとして、厚生労働省の各地の麻薬取締部(麻取)が2023年7月、電子たばこ販売グループの二十数店舗を大麻取締法違反(営利目的譲渡)容疑で一斉捜索しています。捜索前に麻取が入手した商品から大麻の違法成分が検出されたといいます。捜索を受けたのは、「グッドチル」の店舗名で電子たばこ関連商品を販売しているグループの東京、神奈川、大阪、広島などにある二十数店舗で、各店舗では、「草魔人」と呼ばれる、大麻の幻覚成分を濃縮した液体「大麻リキッド」を含む電子たばこ用リキッドを1点(約0.3グラム)あたり1万6000円程度で販売していた疑いがもたれています。麻取はグループの商品を捜索前に入手して成分鑑定を実施、特定の商品から、違法な大麻成分「テトラヒドロカンナビノール」(THC)が検出されたため、一斉捜索に踏み切ったということです。捜索の結果、この商品が大半の店舗から計約140点押収されたといい、麻取は、いずれも違法成分を含んでいる疑いがあるとみて鑑定を進めています。グループはウェブサイト上で「日本最大の合法大麻屋」を自称し、「違法な成分は入っていない」として集客、「初心者向け」や「上級玄人向け」など様々な商品を販売し、違法成分が検出された商品については「最上級の配合」、「完全玄人向け」などとうたっていたようです。報道によれば、グループの運営に携わっているという男性は「捜索を受けたのは事実。商品は米国から入荷したもので、THCが入っているとは知らなかった」と述べていますが、麻取は今後、各店舗の営業実態や、違法性の認識などについて詳しく調べることとしています。グッドチルでは2023年、「草魔人」とは別の商品を購入・使用した人が救急搬送される事案もあり、当該商品については販売停止命令が出されています。

その他、国内外の薬物に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 福岡県太宰府市の駐車場で液体大麻を所持したとして、筑紫野署は、大麻取締法違反(共同所持)の疑いで、いずれも同県筑紫野市の大学生で19歳の男2人を逮捕、18歳と19歳の男性を書類送検しています。4人は同じ大学の同級生で友人といいます。共謀して太宰府市の商業施設の駐車場に止めた乗用車内で、液体大麻0.526グラムを所持した疑いがあり、逮捕された2人は「持っていたのは間違いないが、大麻とは知らなかった」と供述しているといいます。警察官が乗車していた2人に職務質問し、車内から液体大麻が見つかったものです。
  • トルコから覚せい剤を密輸したとして、東京税関羽田税関支署は、覚せい剤取締法違反罪(営利目的輸入)と関税法違反罪(輸入未遂)で、住所不定、自営業の被告と、英国籍の自称ジムトレーナーの被告が起訴されたと発表しています。両被告は、トルコのイスタンブール空港から羽田空港に入国した際、スーツケースに覚せい剤それぞれ7キロ(末端価格約4億3千万円相当)を隠して密輸しようとした疑いがもたれています。税関職員がスーツケースに違和感を覚え、X線検査をすると、スーツケースの蓋が二重になっており、間から覚せい剤が見つかったというこです。両被告に接点は見つかっておらず、「同一便、同じ隠匿方法で、接点がないのは、羽田空港では初」だということです。
  • 福岡県警は、県警大牟田署生活安全課の非常勤職員を覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで緊急逮捕しています。2023年7月下旬ごろから8月1日までの間、福岡県内などで覚せい剤を使用した疑いがもたれています。外部から県警に情報が寄せられ、内偵捜査をしていたといい、県警は覚せい剤の入手経路を調べることとしています。また、静岡県警は、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、裾野署地域課の警部補を緊急逮捕しています。容疑者は交番勤務で、2023年7月上旬から療養のため、休職していましたが、上司に「覚せい剤に手を出してしまった」と電話で申告したといいます。公務員の薬物使用としては、大阪府警城東署が、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、大阪市中央こども相談センター職員を逮捕、送検した事件がありました。「仕事のストレスから逃れるため、注射器で覚せい剤を使った」と容疑を認めているといい、「薬物を使ってしまった」と容疑者から110番があったといいます。また、大阪府警都島署は、覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで、兵庫県猪名川町立小学校教諭を現行犯逮捕しています。容疑者の知人が容疑者の車内に注射器があるのを見つけ「覚せい剤を打っているかもしれない」と110番したもので、駆け付けた署員が容疑者の財布から白い結晶を発見、鑑定したところ、覚せい剤と判明したということです。
  • 東京地裁は、大麻取締法違反(所持)の罪で起訴された俳優、永山絢斗被告の初公判の期日が8月28日に指定されました。2023年6月15日、東京都目黒区の自宅で乾燥大麻約1.694グラムを所持したとされ、7月7日、保釈保証金300万円を即日納付し、保釈されています。また、覚せい剤を使用したなどとして、覚せい剤取締法違反(使用、所持)などに問われた、女優の三田佳子さんの次男の高橋祐也被告に対し、東京地裁は、懲役2年、うち4月を2年間の保護観察付き執行猶予(求刑・懲役2年6月)とする判決を言い渡しています。高橋被告は2022年9月下旬頃、東京都港区の自宅で、覚せい剤を使用したほか、自宅で覚せい剤と乾燥大麻を所持していたものです。
  • コカインや覚せい剤、乾燥大麻などの違法薬物を約500回密売したとして、大阪府警薬物対策課は、麻薬特例法違反(業としての譲渡)などの疑いで、堺市の無職の容疑者を逮捕、追送検しています。容疑者は主にSNSで「試し吸い」「キマリバッチリですよ」などと宣伝し集客、売買のやりとりには秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」を使用し、約540万円の収益を得ていたといいます。同課は容疑者の関係先から末端価格で計約560万円相当の薬物を押収、入手ルートの解明を進めるとしています。
  • 販売目的で大麻を大量に所持したとして、群馬県警組織犯罪対策課などは、渋川市の無職、チャン・スアン・ブオン容疑者らベトナム人の男女16人を大麻取締法違反(営利目的共同所持)容疑などで逮捕しています。2022年11月、安中市下間仁田の建物火災現場から大量の大麻草が見つかったことから捜査を開始、県内の住宅やアパートで15人を現行犯逮捕、1人は別日に逮捕したものです。現場からは大麻草とみられる約620鉢、家庭用ゴミ袋などに入った乾燥中の大麻とみられる大量の植物片、栽培用の照明や肥料なども押収、県警は他にも共犯者がいるとみて調べているといいます。外国人の犯罪としては、大阪府警薬物対策課と大阪税関関西空港税関支署が、覚せい剤取締法違反(営利目的共同輸入)などの容疑で、いずれもマレーシア国籍で住所不定の自称会社員の2人の容疑者を逮捕した事件もありました。マレーシアから国際宅配貨物として発送した浄水器8個の中に覚せい剤計約980グラム(末端価格約6097万円)を隠し、関西国際空港に密輸したとされます。税関の貨物検査で、覚せい剤を発見、届け先となっていた大阪市淀川区のホテルの宿泊者の中から容疑者が浮上し、2人を麻薬特例法違反の容疑で現行犯逮捕、後日、覚せい剤取締法違反で再逮捕していたものです。
  • 覚せい剤のような物を譲り受けたとして、麻薬特例法違反などの罪で懲役2年6月、執行猶予5年の判決を受けた宮城県石巻市の60代男性について、仙台地検は、譲り受けたのは別の男だったことが判明したとして、無罪を求めて再審請求したと発表しています。譲り受けた男については、同罪で起訴しています。
  • 大手芸能事務所などが所属する日本音楽事業者協会(音事協)が、違法薬物撲滅を訴えるドラマ仕立ての動画を制作、YouTubeで配信し、「夏休み前の若者たちに見て欲しい」としています。違法薬物の取材を続けてきたノンフィクション作家の石井光太氏が脚本を手がけ、映画監督の田中慎太郎氏がメガホンをとったもので、薬物犯罪の摘発にあたる厚生労働省東北厚生局麻薬取締部で部長を務めた鈴木賢司氏が監修にあたり、出演者は音事協に所属する芸能事務所からキャスティングされたといいます。報道によれば、音事協で2009年、協会所属の芸能事務所のアーティストが違法薬物で逮捕される事件があり、以降は違法薬物対策セミナーを開催したり、啓発冊子を作成したりしてきたといい、専務理事は「バッドエンドはまさにリアルで、薬物はハマると取り返しがつかない。特に芸能人の場合は復帰しにくい。1人が逮捕されると『芸能界薬物汚染』とも報道される。タレントを守り、薬に触らせない、近づけないという姿勢でやっていきたい」と述べています。
  • 米国で麻薬の過剰摂取で死亡する事案が相次ぎ、2022年にはその数は11万人を超え、深刻な事態となっています。オピオイド(合成麻薬「フェンタニル」などを含む麻薬性鎮痛剤)中毒については本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、死者の約7割は「フェンタニル」の過剰摂取によるもので、元々は、1968年に米食品医薬品局(FDA)が承認した医薬品で、手術用の麻酔や、集中治療時の鎮痛剤に使われてきましたが、この薬は、同じ鎮痛剤のモルヒネの100倍、ヘロインの50倍も効き目が強く、さらに、化学物質で作る人工品のため、安価に製造できる特徴があります。この特性に北米市場を牛耳るメキシコの2大麻薬マフィアが目をつけ、2014年ごろから原料を中国から調達、麻薬に仕上げ、米国への密輸を始めたとされます。報道によれば、「世界の人口の5%足らずの米国が、世界の8割のオピオイドを消費している。それこそが問題ではないか」との指摘もあり、国連薬物犯罪事務所(UNODC)が2023年6月末に公表した最新報告書によると、全世界で麻薬を使う人は、この10年で23%も増加、これも合成麻薬の一種といえる覚せい剤に似た「カプタゴン」をシリアが製造、中東全域で大流行する兆しがあるということで、今後、注意が必要です
(4)テロリスクを巡る動向

学校への不審者の侵入事案が立て続けに発生しています。テロリスクとは言えないものですが、学校としう施設(一種のソフトターゲット)をどのように守るかという点では、あらためて検討する必要がありそうです。2023年3月、埼玉県戸田市の中学校で、教員が校内に侵入した少年に切りつけられた事件が発生しましたが、直近でも、2023年7月6日、宮城県の栗原市立若柳小学校に軽トラックが侵入し、児童4人がはねられた事件が発生しました。開いていた通用口から車が入り込み、無差別に児童を襲ったとみられる想定外の事態に衝撃が広がっており、学校現場や各地の教育委員会は不審者対策の見直しや強化に追われています。また、同26日には、大阪府富田林市向陽台の市立藤陽中学校に、刃物を持った男が侵入、110番で駆けつけた大阪府警の警察官が、男を建造物侵入容疑で現行犯逮捕しています。中学校は夏休み中で、当時校内では十数人の生徒が部活動をしていたものの、避難して無事だったといいます。報道によれば、中学校は、近鉄富田林駅から西に約2キロの住宅街にあり、男は校門から入ってきたといいます。6日の事件を受けて、栗原市教育委員会は小中学校や幼稚園など教育施設で、車やバイクが進入できる130か所以上に簡易型のバリケードを設置する緊急措置に着手、若柳小では、通用口や正門など7か所に備え付けたほか、登米市の学校も対応は早く、佐沼中は事件翌日、校門など出入り口の2か所にコーン標識を設置、生徒には校内外で不審車両を見つけたら、「大きな声を出して危険を知らせ、安全な場所に避難する」よう呼びかけたといいます。「地域に開かれた学校」という観点もあって、なかなか対策が徹底しないものの、あらためて対策のあり方を検討することが急務だといえます。そもそも「車が侵入するという視点」が学校側に欠けていたものですが、学校が作成する危機管理マニュアルにおいて、文部科学省が定める手引には不審車への対応は言及されていません。報道によれば、若柳小も車の侵入は想定しておらず、栗原市教育委員会や同小は「複数の人が車で入ってきたらどうするか」など、独自に対応を明記することも視野に検討しているといいます。関連して、文部科学省は、全国の小中高校などに依頼していた危機管理マニュアルの点検の結果を公表しています。(1)校門(2)校門から校舎入り口(3)校舎入り口―の3段階で、不審者をチェックして侵入を防ぐことをマニュアルに記載している学校は6割にとどまっているといいます。危機管理マニュアルの作成は、学校保健安全法で各学校に義務づけられており、同省は、幼稚園や小中高校など全国4万8485校・園に点検を依頼、このうちマニュアルがあるのは98.7%でした。一方、この3つの段階において、「施錠や防犯カメラ設置」「校門から校舎入り口までの通行場所の指定」「死角の排除」「受付での来訪者確認」「名札着用」などの具体策を挙げているものの、マニュアルで3段階のチェック体制を明記していたのは59.6%にとどまったといいます。報道で文科省の担当者は「教職員が異動で入れ替わっても、マニュアルがあれば必要な危機対応がしやすくなる」として、年度内に3段階のチェック体制を明記するよう各校に修正を求めるということです。とはいえ、そもそもの「車の侵入」を想定したマニュアルの策定もまた急務だといえます。

本コラムでもたびたび取り上げてきた、2021年10年に東京都調布市を走行中の京王線車内で乗客を刃物で刺して車内に火をつけたとして、殺人未遂や現住建造物等放火などの罪に問われた服部被告の裁判員裁判で、東京地裁立川支部は、懲役23年を言い渡しています。判決は、事件を「自分勝手な理由から多数の乗客の生命を狙った無差別的な犯行」と断じた一方、自殺願望を強めていった経緯を法廷で語った被告に、判決は「更生への期待」もにじませるものとなりました。2023年7月31日付産経新聞によれば、被告人質問で、ほぼ変化を見せることのなかった被告が、裁判官に被害者への思いを聞かれると、葛藤をのぞかせ、「被害者のことを考えると、正直、生きていく意味はないんじゃないかと思います。罪を償うためには生きていかなければいけないし…」とわずかに震える声で答えたといいます。さらに判決は、NPO法人による支援や被告がまだ若いことなどに触れ、「相当長期にわたる矯正教育期間を経た後、社会内で更生することに期待する余地も残されている」と締めくくっています。この事件においても、再犯防止のあり方、社会的包摂のあり方が、今後、問われることになります。子の事件を真似たとされる小田急線の事件も裁判が進んでいますが、2つの事件の共通性について考察した2023年7月31日付産経新聞の記事「欲求不満抱え…電車内無差別襲撃、法廷で見えた両容疑者の共通点」は、大変参考になります。以下、抜粋して引用します。とりわけ、専門家の「『死にたいなら一人で死ねばいい』と思われがちだが、一人では死ぬことができないから事件を起こす。一筋縄ではいかないが、孤立化を防ぎ、大事なものを喪失した体験を相談できる居場所づくりを地道に進めていくことが重要だ」との指摘は考えさせられます。

2年前、小田急線と京王線の車内で乗客が無差別に襲われた事件で、2人の被告は、欲求不満を抱えて孤立化し、面識がない他者に責任転嫁する身勝手な理屈を公判で明かした。法廷でのやりとりからは、2人に共通する無差別襲撃の「6要因」が見えてきた。…精神科医の片田珠美さんは「無差別殺傷事件を引き起こす6要因が認められる。小田急線の事件も同様だ」と指摘する。「6要因」とは、米国の犯罪心理学者が指摘した大量殺人事件の背景要因で、(1)長期間の欲求不満(2)他責的傾向(周囲に責任転嫁する傾向)(3)破滅的な喪失(4)模倣(5)社会的・心理的な孤立(6)武器の入手―を指す。…片田さんの分析によれば、京王線事件の服部被告は、いじめによる対人不信から長期の欲求不満と孤立につながり、交際相手との別れが「破滅的喪失」だったとみる。小田急線事件の対馬元被告も非正規勤務によって、やはり欲求不満と孤立の状態にあり、「苦しんできた自分には例外的に許される」と考えていた万引き行為を通報されたことを「破滅的喪失」と受け止めたと推測する。関西国際大の中山誠教授(犯罪心理学)は「『死にたいなら一人で死ねばいい』と思われがちだが、一人では死ぬことができないから事件を起こす。一筋縄ではいかないが、孤立化を防ぎ、大事なものを喪失した体験を相談できる居場所づくりを地道に進めていくことが重要だ」と指摘した。

ローンオフェンダーの犯行は予兆がつかみにくく、その行動をいかに早く察知できるか、あるいは行動を抑止するために、武器を持たせることなく、そのナラティブをいかに書き換えるか(行動をあきらめさせるか)が重要だといえます。海外の研究によれば、反人工中絶や反性的少数者の立場からの犯行など動機・目的も多様化し、レイシズム(人種主義)やヘイトクライム(憎悪犯罪)との境界も曖昧になっています。さらに暴力で何かを達成しようとするのではなく、「暴力そのものが目的化した」事件も多発している状況で、もはや伝統的な「政治的な動機」というテロ要素に厳密には当てはまらない「広義のテロ」への変質が顕著だといえます。一方、彼らは事前に犯行を示唆することも多く、孤立ゆえに「つながり」を求めている可能性が指摘されています。「社会的包摂」こそが本質的な対策となるといえるでしょう。前回の本コラム(暴排トピックス2023年7月号)でも、ローンオフェンダーに関する考察を紹介しましたが、今回も2つの記事を紹介します。ローンオフェンダー対策としては、インターネット空間やSNSの投稿監視が最も有効だと考えられていますが、やはり限界があることを痛感させられます。

ローンオフェンダー考 先進アメリカでも連携に課題 暗中模索の現状(2023年7月12日付産経新聞)

組織に属さないローンオフェンダーは、2001年の米中枢同時テロを機に組織テロへの対策が進んだ米国でも、今や連邦捜査局(FBI)と国土安全保障省(DHS)の両治安当局が「最大の脅威」と位置付ける警戒対象だ。米政府機関が今年2月にまとめた報告書によれば、思想的背景を持つ単独テロで殺害されたのは10~21年に145人。容疑者の動機別で犠牲者数の内訳をみると、最多は人種・民族的な過激思想が背景にあるローンオフェンダーによるもので、全体の6割を超える94人が死亡していた。…米メディアによると、男は新型コロナウイルス禍で自宅にこもるようになった20年ごろからインターネット上の人種差別思想に傾倒した。自己過激化の背景に、両親と同じ土木工学の技術者を目指す中で挫折した経験が指摘されている。高校を卒業したら、殺人と自殺がしたい-。この事件が注目されたのは、男が犯行の前年、教師にこんなことを打ち明け、精神鑑定とカウンセリングを受けていたからだ。通報を受けた警察も介入していたが、「具体的な脅威はない」と危険度の評価を誤り、男に対する銃の所有制限命令を裁判所に申し立てていなかった。…自らの犯意やテロの計画をSNSなどで事前に漏洩するのはローンオフェンダーの顕著な特徴の一つ。ネット監視は、未然防止のための有力なツールだが、それが関係機関で共有されなければ意味がない。またミラーは「情報を把握できたとしても、脅威の切迫度を適切に評価する作業は困難を伴う」と話す。SNS上にはフォロワーの注意を引きたいだけの過激な発言があふれているからだ。…銃器・爆発物の製造に関する情報は、すでに警察庁がキーワード検索によるサイバーパトロールを行っており、危険なサイトについては管理者に削除を依頼している。今後は人工知能(AI)技術を導入して検知を効率化させるほか、SNS投稿の分析に用いることも検討している。もっとも、対象を拡大するのにも限界がある。情報収集も行き過ぎれば監視となり、警備・公安部門の肥大化やその先の国民統制といった別の危険もはらむ。無限に広がるネット空間と現実社会の間で、いかに効率的・効果的にローンオフェンダーの芽を摘むか、暗中模索が続く

ローンオフェンダー考 犯意の漏洩、ネットに残した自分の「記念碑」(2023年7月12日付産経新聞)

テロを決意した者にとって、摘発のリスクを高める犯行計画の事前漏洩は、かつてもっとも避けねばならない事態だったはずだ。だが組織に属さないローンオフェンダーは、SNSやインターネットの掲示板などを通じ、かなりの割合で漏洩に及ぶことが知られている。…京都府警はその後の捜査で、前年の書き込みの一部が青葉によるものと特定。一方、同時期に京アニ公式サイトに寄せられた特定社員への殺害予告や脅迫コメントについては、通信匿名化ソフトが使われていたため発信元をたどれなかった。ローンウルフ(ローンオフェンダー)型テロに関するスウェーデン国防研究所の調査によれば、第三者への犯意の「漏洩」はローン型テロに特徴的な行動の一つだ。事例研究では実行前の漏洩発生率が67%に及ぶという数字も示されている。漏洩は対象に恐怖を与えるため、あるいは相手の注意を引くために意図的に行われる場合もあれば、感情の高ぶりから意図せずになされることもある。自身が死んだり拘束されたりすることを予期し、いわば記念碑的に痕跡を残しておくケースもある。山上や木村、青葉らの漏洩行為について、近畿大准教授(犯罪心理学)の中川知宏は「社会制度の中で自分が不公平に扱われているという心理的負荷への対処行動として投稿を行い、もう一度社会に受け入れてもらいたいという心理が働いている可能性もある」と分析する。従来型テロの場合は、実行後に組織が犯行声明を出し、次の攻撃を示唆することで相手を萎縮させ、将来に向かって政治的影響を与えようとする。一方、ローンオフェンダーは単独ゆえに次がない。「なぜこんな事件を起こしたか」。その暴力により、同時代の人間は、彼らがゆがんだ承認願望を持って書き残してきた過去の痕跡に向き合わされることになる。山上は自らのテロを通じ統一教会に翻弄された不遇な半生を知らしめることで教団批判の世論を生み出すことに成功している。

最近のテロリスクに関する報道から、いくつか紹介します。

  • イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)は、アブフセイン・フセイニ・クライシ指導者の死亡を確認し、後継者にアブハフス・ハシミ・クライシ新指導者が決まったと通信アプリで発表しています。トルコのエルドアン大統領が2023年4月末、自国の情報機関によるシリアでの作戦でアブフセイン指導者を「無力化」したと述べていました。一方、ISは、過激派「シリア解放機構」(ヌスラ戦線)との戦闘で死亡したと主張、同機構がトルコに協力したと批判しています。ISはシリア内戦の混乱の中でシリアやイラクで台頭、米軍主導の掃討作戦で壊滅状態となり、指導者も相次いで死亡しているものの、メンバーが潜伏してテロを続け、関連組織がアフガニスタンやアフリカなど各地に広がっています。
  • パキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州の政治集会で54人が死亡、約200人が負傷した爆発で、ISが通信アプリで犯行声明を出しています。ISは「真のイスラム教に敵対する民主主義への戦争だ」と主張、パキスタンでは秋に予定される総選挙を前に各党が活動を強化しており、ISは民主主義に反発したとみられます。テロのターゲットとなった集会は、連立政権に加わるイスラム急進派政党「イスラム聖職者協会(JUI)」が開いていたもので、議会制民主主義を取り入れるパキスタン政府は、独自のイスラム法解釈に基づき政権転覆を図る武装勢力の掃討を進めています。
  • ベルギーの空港と地下鉄で計32人が犠牲になった2016年の同時自爆テロで、首都ブリュッセルの裁判所は、テロに関与したとして起訴されたモロッコ系フランス人のサラ・アブデスラム被告ら6人に殺人罪で有罪判決を出しています。量刑は2023年9月以降に決まる予定で、終身刑の可能性があるとされます。同被告は2015年に起きたパリ同時多発テロの実行犯のうち唯一の生存者とされ、パリのテロで刑の執行停止などを原則認めない完全な終身刑が確定しています。ベルギーのテロでは殺人や殺人未遂の罪で10人が起訴され、殺人罪で有罪となった6人には、自爆せずに逃走したベルギー系モロッコ人のモハメド・アブリニ被告も含まれるほか2人がテロ組織に加わった罪で有罪となり、残る2人は無罪となっています。
  • 中米エルサルバドルの国会は、同一の犯罪組織に属する容疑者について、一括で裁判にかけることを可能にする法案を賛成多数で可決しています。報道で法務・公共治安相は、最大900人をまとめて裁くことが可能になると説明しています。新法は「非常事態宣言下で同一のテロ組織や非合法集団に所属し逮捕された者」を「単独の刑事手続き」で裁くことができると規定、犯罪を命じた者への刑罰を最高で禁錮60年に引き上げることも盛り込まれ、同相は「犯罪組織の首領ら幹部が対象だ」と述べています。同国のブケレ政権は2022年3月に非常事態宣言を発令し、これまでに7万2000人の犯罪組織構成員を逮捕、犯罪組織に所属することで科される最高刑を禁錮9年から45年に引き上げました。さらに、2023年2月には4万人を収容可能な米州最大級の刑務所が完成、強力な犯罪対策は国民の幅広い支持を集めていますが、国連や人権団体からは人権侵害を懸念する声が上がっています
(5)犯罪インフラを巡る動向

消費者を誘導し、欺き、強要し、又は操って、多くの場合消費者の最善の利益とはならない選択を行わせる「ダークパターン」の問題が顕在化しており、本コラムでもたびたび注意喚起をしています。経済協力開発機構(OECD)は2022年の報告書で「消費者を欺き、操作し、被害を引き起こす可能性がある」と警告しています。EUは2022年に合意したデジタルサービス法で消費者を欺くウェブデザインの設計を禁じているほか、米国の一部の州でも同様の規制があるなど欧米で規制の動きが広がっているところ、国内の対応は遅れているのが現状です。そのような中、国内で配信されているショッピングやSNS、ゲームなどの主要アプリの9割に、消費者を不利益な選択に誘導する画面デザインが採用されていることが、東京工業大の調査で分かったといいます。報道によれば、東工大のシーボーン・ケイティー准教授の研究室は2022年、ショッピングやゲーム、音楽などの人気アプリ計200個を対象に、ダークパターンの有無や手法を調査した結果、93.5%で使われ、うち63.5%で3種類以上の手法が用いられていたといいます。手法別では、勝手に定期購入が選択されているなどの「事前選択」(55%)、何度も広告が表示される「繰り返し」(43%)、偽のカウントダウンなどで購入を急がせる「翻弄」(16%)などが目立ったといいます。

自治体や公的機関のツイッター(X)公式アカウントが、相次いで凍結されて使えなくなる事態が発生しました。具体的な理由の説明はないものの、2022年、イーロン・マスク氏が運営会社を買収して以降、仕様変更や大規模障害が相次いでおり、影響したものとみられています。いずれも数日で解除されたが、災害時の広報手段と位置づけてきた自治体も多く、活用には課題が残る状況です。報道によれば、岩手県花巻市で、「プラットフォームの悪用とスパム(迷惑)を禁止するルールに違反している」とツイッター側からメールが届き、公式アカウントが凍結されたといい、すぐに問い合わせたものの、解除されたのは数日後で、具体的な理由の説明はなかったといいます。この間も市内では大雨が続き、洪水警報が出されましたが、使えなかったといい、担当者は、「災害時はツイッターを見る市民も多いので、困った」とし、「直前に同じ文面の投稿が続き、スパムとみなされたのでは」とみています。大雨警報が発令され、土砂災害の危険があったため、避難所についての情報を12回投稿したためと考えられるものの、同様の投稿は以前もあり、凍結されたことはなかったといいます。報道でSEO(検索エンジン最適化)専門家の辻正浩氏は「スパム(迷惑)を行うアカウントを検知するアルゴリズム(計算手順)変更が原因の可能性が高い」とした上で、「人員が適切に充てられていれば防げたはずだ」と、人員削減の弊害を指摘、「災害対応時にトラブルを起こしてしまった責任はあまりに大きい」とツイッターの対応を批判しています。一方、公共インフラとしての機能をツイッターに頼るリスクも露呈したといえ、災害や事故情報を提供するJX通信社の米重克洋代表は「自治体は情報発信の手段を防災アプリや複数のSNSに多重化しなければ、住民に伝えきれなくなる」と指摘しています。

サイバー攻撃は、自らが「被害者」であると同時に、他者への攻撃への「踏み台」とされる可能性もあり、「加害者」にもなりうるという側面があります。そして、基本的な対策を疎かにするなどの実態が明らかになっており、その脇の甘さが犯罪組織に狙われ、資金源とされてしまうことになり(いわば「犯罪インフラ化」の状態)、それによってさらなる犯罪が再生産されてしまうという側面もあります。その脅威を正確に把握することが、実効性ある対策を講じるための第一歩となります。以下、サイバー関連の犯罪インフラに関する動向を見ていきます。

国内最大の社会保険労務士向けクラウドサービス「社労夢」が受けたサイバー攻撃の波紋が広がっています。社労士が一時、顧問先の企業の社会保険料や給与を正確に計算できず、企業から顧問料の減額を迫られた例もあり、被害から1カ月半以上が経過してもなおシステムの処理速度が遅いなど完全復旧に至っていない状況です。繁忙期のサイバー被害により、長時間残業を強いられる社労士は少なくなく、企業から顧問料の減額という事実上の賠償を求められた社労士事務所が複数あり、その一部は減額を受け入れているようです。報道でサイバー被害の法務に詳しい山岡裕明弁護士は「(クラウド経由でソフトを提供する)SaaSの普及でこうした大規模被害が今後は増える」とし、一般的にSaaS事業者は損害賠償などの責任を制限する条項を契約に入れており、「繰り返し注意喚起された脆弱性を長期間放置するなど悪意や重過失が認められなければ、賠償金額は一定にとどまる可能性が高い」とする一方、ソフト利用者とエンドユーザーとの間ではそうした契約がない場合もあり、一方的に賠償などを負うことになりかねず、「ソフト提供業者と同じく責任を制限する契約条項を顧客と結んでおくことが望ましい」と指摘しています。

名古屋港のコンテナ管理システムが2023年7月、身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」によるサイバー攻撃を受けて全面停止した事件では、さまざまな対策の不備や脆弱性が犯罪を助長した側面が否定できない状況といえます。まず、ウイルスはVPN(仮想プライベートネットワーク)を経由して送り込まれた可能性が高いうえ、システムに使われていたVPNは、不正アクセスに対する脆弱性が指摘されていたものですが、対策が講じられていなかったといいます。被害にあったのは約100社の事業者が加盟する名古屋港運協会のシステムで、米フォーティネット社製のVPN機器「フォーティゲート」を使用していましたが、同社は2023年6月、この機器に新たな脆弱性が発見されたことを公表し、セキュリティの穴を塞ぐための修正プログラムを提供していましたが、協会側は同省の聞き取りに「直近で修正プログラムを適用したのは2023年4月だった」と報告しているといい、新たな欠陥に対し無防備だった可能性があります。なお、このVPNを巡っては、IDやパスワードなどの認証情報が2020、21年と相次いでダークウェブ(闇サイト)に大量流出し、攻撃者が認証情報を悪用して不正侵入する恐れがあるため、同社がパスワードの変更などを呼びかけた経緯があります。さらに、外部からの不正侵入を防ぐために、事業者側には専用の端末と回線から接続するように求めていたところ、希望する一部の事業者には、自社のパソコンからVPN機器を介してシステムにアクセスすることを認めていたことも分かっています。報道でNTTデータのセキュリティ専門家・新井悠氏は「侵入方法は今後、詳しく調べる必要があるが、VPNは利便性が高い一方で、攻撃者の侵入経路となりやすい。脆弱性が公表されたらすぐに修正プログラムを適用し、ID、パスワードの使い回しを避けるなどの対策が必要だ」と指摘しています。なお、この問題を受け、港湾事業者のサイバー対策を強化するため、法的に「重要なインフラ」に港湾を位置づけるかどうかの議論が進んでいます。国土交通省が所管する空港や鉄道などとは違い、港湾はサイバーセキュリティ基本法における「重要インフラ」、経済安全保障推進法上の「基幹インフラ」のいずれにも位置づけられていません。「重要インフラ」に指定された事業者には、あらかじめサイバー攻撃のリスク分析をし、有事の際の対応方法を話し合うことが求められることになります。交通分野では、他の重要インフラ事業者と情報共有をする枠組みもあるほか、「基幹インフラ」では、装置やシステム、サーバーなど設備を新しく導入する際に、国の事前審査を受けなければなりません。

次世代インターネット「Web3」の技術を悪用したサイバー攻撃が相次いでおり、データを分散して管理し、改ざんを難しくする技術が当局による捜査や対策を妨害する目的で使われているといいます2023年7月13日付日本経済新聞でサイバーセキュリティの専門家は、Web3技術が本格普及する前に捜査手法を立て直す必要があると訴えています。報道によれば、2022年末、米国のセキュリティ研究者は「グルプテバ」と呼ばれるマルウエア(悪意のあるプログラム)にWeb3技術が利用されていることを発見したと発表、無害を装ってパソコンなどに侵入する「トロイの木馬」型のプログラムで、攻撃者は感染した端末を操作して暗号資産を採掘(マイニング)していたといいます。捜査当局はマルウエアを無害化するために、感染した端末とC2サーバーの通信を断ち切ろうとするケースが多く、感染力の高さから「最恐ウイルス」と呼ばれる「エモテット」では、欧米の捜査機関などがC2サーバーのIPアドレスを書き換えるなどの作戦を実行して2021年には一時活動停止に追い込みました。攻撃者はWeb3技術を使い、捜査機関からC2サーバーの「住所」を隠そうしたとみられています。ブロックチェーンに保管するデータは改ざんが難しく、エモテットの無害化作戦に用いたアドレスを書き換える手法も使いにくくなることになります。Web3技術が本格普及した後では、対策はますます難しくなる恐れがあります。報道で国内企業にサイバー防衛意識を啓発するZHDの中谷常務執行役員は「現状ではIPFSなど特定の通信手法を丸ごとブロックしてしまう防御手法をとることも可能だ」とし、Web3技術を使ったサイバー攻撃がまん延する前に「新たな捜査手法を確立していく必要がある」と指摘しています。

中小企業が身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」の被害に遭うケースが急増しており、2022年の被害件数は2021年比約1.5倍の121件、大企業に比べ、セキュリティ対策が脆弱な会社が多く、対策に充てる資金や人材が不足していることも背景にあると考えられていますが、影響がサプライチェーン(供給網)全体に及ぶ恐れもあり、国は喫緊の課題として対策を急いでいます。警察庁によれば、中小企業の被害件数は年間統計を取り始めた2021年は79件だったところ、2022年は121件に増加、大企業(63件)の約2倍で、全体の被害数の半数超を占めています。社内ネットワークへの接続に利用される「VPN」機器からの侵入が目立つといいます。また、ハッカー集団は無差別に攻撃を仕掛けており、対策が不十分な中小企業が被害に遭うケースが多い結果となっており、トレンドマイクロは「対処法が分からずに身代金を支払ってしまう会社もある。被害は今後も増える可能性がある」と警鐘を鳴らしています。大企業に比べ、対策費用や人員の確保に悩む中小企業は多く、2022年に行われた企業のセキュリティ対策に関する意識調査によると、対策を実施する上の課題として「コスト面の不安がある」と回答した割合は従業員1万人以上の企業で24.4%だったところ、99人以下の企業では14ポイント高い38.6%に上っています。さらに、「社内に対策スキルを持つ人がいない」や「社内に専任の担当部署がない」と答えた割合も99人以下の企業の方が14~16ポイント高い結果となりました。報道で立命館大の上原哲太郎教授(情報セキュリティ)は「サイバー対策への投資は利益に直結しないとして敬遠されがちで、自治体や商工会議所が重要性を丁寧に説明することが大切だ。国は投資を促すため、税制面での優遇措置などを検討する必要がある」と指摘しています。また、大企業もサプライチェーン・リスクマネジメントの観点から、中小企業の取引先に対しても一定レベルのセキュリティを要請するケースが増えていますが、公正取引委員会は、要請の方法や内容によっては、独占禁止法上の優越的地位の濫用として問題となることもあるため、「サプライチェーン全体のサイバーセキュリティ向上のための取引先とのパートナーシップの構築に向けて」という指針を打ち出しています。

あらゆるモノがネットにつながる「IoT」の機器がサイバー攻撃の危険にさらされており、情報通信研究機構(NICT)が2022年に攻撃されたネットとの接続口「ポート」を調べたところ、IoT機器のポートが3割を占めたといいます。IoT機器では管理用のポートが開放されている場合が多く、こうしたポートがサイバー攻撃の侵入経路として悪用されている実態があります。NICTがこのほど発表した「NICTER観測レポート2022」では、「NICTERプロジェクトの大規模サイバー攻撃観測網で2022年に観測されたサイバー攻撃関連通信は、2021年と比べ僅かに増加し、Telnet(23/TCP)を狙う攻撃の割合が増加しました。個別の観測事象としては、複数のDVR製品へのMiraiの感染が観測されましたが、NICTERプロジェクトでは製品ベンダの協力の下、脆弱性の調査や実機を使った攻撃観測を実施し、ゼロデイ脆弱性を悪用する攻撃が脆弱な機器に対してピンポイントで行われている実態を明らかにしました。DRDoS攻撃の観測では、大規模な絨毯爆撃型のDRDoS攻撃の規模の縮小によるDRDoS攻撃件数の減少、攻撃の継続時間の長時間化、及び攻撃に悪用されるサービスの種類の増加といった傾向の変化が見られました」と報告されています。サイバー攻撃の対象となったポートの上位10種類のうち、4種類がIoT機器に関連し、特に「Telnet」と呼ばれる通信規格で使われるポートの割合が2021年から倍増し、23%を占めたといいます。Telnetはコンピューターをネット経由で遠隔操作するための通信規格で、1983年に規定され、サーバーで使われる頻度は減っているが、IoT機器では今なお広く使用されており、ネットにつながる防犯カメラや家庭用のルーターなどに多いといいます。ただしTelnetはセキュリティ上の欠陥になる脆弱性を多く抱えていると指摘されています。コンピューターウイルス「Mirai」はIoT機器を乗っ取って他の攻撃の起点にすることで有名で、2022年にサイバー攻撃で悪用されたミライの感染元は国内で累計54万台に上っています。外部と不正に通信する「バックドア」が仕掛けられたりすると、初期パスワードの変更といった基本的な対策だけでは機器の悪用を防げない場合があり、NICTは「ネットにつなぐ機器を厳選して他は切り離し、ポートを閉じて外部と接続させないといった対策が必要になる」と警告しています。

▼情報処理推進機構 NICTER観測レポート2022の公開

経済産業省はサイバー攻撃対策で企業向けに新しい指針をまとめる方向です。ソフトウエアを構成するプログラムを一覧化した「SBOM」の作成を促し、脆弱性が見つかっても早期対応できるようにするものです。同種の取り組みは欧米企業が先行し、国内ではトヨタ自動車など一部にとどまっています。今後、各国政府がソフトウエアを調達する際、SBOMの提出を要件にする可能性も考えられるところであり、関係者は「欧米でソフトウエアを提供する際、エスボムがなければ選ばれにくくなるだろう」と指摘しています。5月に広島で開催された日米豪印の「Quad」でも、ソフトウエアセキュリティの共同原則において、SBOMを管理することが明記されています。管理上のリスクを抑えるメリットもあり、著作権上、改変や二次利用を禁じているプログラムもあり、違反すれば訴訟を起こされる恐れがあるところ、ライセンスを見える化することでトラブルを防ぐことができることになります。ソフトウエアを手掛ける企業は中小も多く、SBOM作成まで手が回らない可能性があるほか、SBOM作成後には、プログラムの脆弱性情報と照らし合わせるなど、運用や管理作業も必要になることになり、今後、こういった作業に対応できる人材の確保が課題になると考えられます。

▼経済産業省 「ソフトウエア管理に向けたSBOM(Software Bill of Materials)の導入に関する手引」を策定しました
  • 経済産業省は、ソフトウェアサプライチェーンが複雑化する中で、急激に脅威が増しているソフトウエアのセキュリティを確保するための管理手法の一つとして「SBOM」(ソフトウエア部品表)に着目し、企業による利活用を推進するための検討を進めてきました。今般、主にソフトウェアサプライヤー向けに、SBOMを導入するメリットや実際に導入するにあたって認識・実施すべきポイントをまとめた手引書を策定しましたのでお知らせします。
  • 本手引の普及により企業におけるSBOMの導入が進むことで、ソフトウエアの脆弱性への対応に係る初動期間の短縮や管理コストの低減など、ソフトウエアの適切な管理が可能となり、企業における開発生産性が向上するだけでなく、産業界におけるサイバーセキュリティ能力の向上に繋がることが期待されます。
  • 背景・趣旨
    • 近年、産業活動のサービス化に伴い、産業に占めるソフトウエアの重要性は高まっています。具体的には、産業機械や自動車等の制御にもソフトウエアの導入が進んでおり、また、IoT機器・サービスや5G技術においても、汎用的な機器でハードウェア・システムを構築した上で、ソフトウエアにより多様な機能を持たせることで、様々な付加価値を創出していくことが期待されているなど、企業においてOSSを含むソフトウエアの利用が広がっております
    • このようにサイバー空間とフィジカル空間の融合が進む一方で、ソフトウエアの脆弱性が企業経営に大きな影響を及ぼすなど、ソフトウエアに対するセキュリティ脅威が増大しています。このため、自社のセキュリティを強化するためにソフトウエアを適切に管理していくことが重要になりますが、ソフトウェアサプライチェーンが複雑化し、OSSの利用が一般化する中で、自社製品において利用するソフトウエアであっても、コンポーネントとしてどのようなソフトウエアが含まれているのかを把握することが困難な状況という課題があります。
    • このようなソフトウエアの脆弱性管理に関し、ソフトウエアの開発組織と利用組織双方の課題を解決する一手法として、「ソフトウエア部品表」とも呼ばれるSBOM(Software Bill of Materials)を用いた管理手法が注目されています。米国では大統領令に基づき、連邦政府機関におけるSBOMを含めたソフトウェアサプライチェーンセキュリティ対策の強化に向けた動きが進展しています。QUAD(日米豪印戦略対話)では、政府調達ソフトウエアのセキュリティ確保に向け、ソフトウエアの安全な開発・調達・運用に関する方針を示した共同原則が発表されており、SBOMを含めたソフトウェアコンポーネントの詳細情報やサプライチェーン情報を適切に管理することが掲げられています。
    • 経済産業省では、「産業サイバーセキュリティ研究会ワーキンググループ(制度・技術・標準化)サイバー・フィジカル・セキュリティ確保に向けたソフトウエア管理手法等検討タスクフォース」を設置し、有識者や様々な分野の業界団体関係者を交えながら、SBOMの利活用等について実証や議論を行い、主にソフトウェアサプライヤー向けとして「ソフトウエア管理に向けたSBOM(Software Bill of Materials)の導入に関する手引」を策定しました。
  • 手引の概要
    • 本手引は、SBOMを導入するメリットやSBOMに関する誤解と事実などSBOMに関する基本的な情報を提供するとともに、SBOMを実際に導入するにあたって認識・実施すべきポイントを、(1)環境構築・体制整備フェーズ、(2)SBOM作成・共有フェーズ、(3)SBOM運用・管理フェーズと、フェーズごとに示しております
    • 本手引の読者として、主に、パッケージソフトウェアや組込みソフトウエアに関するソフトウェアサプライヤーを対象としております。もちろん、ソフトウエアを調達して利用するユーザー企業においても、本手引を活用していただくことが可能です。具体的には、ソフトウエアにおける脆弱性管理に課題を抱えている組織や、SBOMという用語やSBOM導入の必要性は認識しているもののその具体的なメリットや導入方法を把握できていない組織などにとって、ソフトウエアの管理の一手法としてSBOMの導入等を検討する際に役に立つ手引となっています。
▼ソフトウエア管理に向けたSBOMの導入に関する手引 Ver1.0

政府は生成AI(人工知能)の開発・利用に関する行動指針案を「AI戦略会議」で示しました。AIの仕様や、犯罪目的の利用を防ぐ方策の開示を企業に求めるのが柱となります。近くG7各国に提示し、政府内に新設する専門チームによる調整を通じ年内の合意を目指すとしています。行動指針案はAIを開発したり、活用したりする企業に段階に応じた責任を求めるのが特徴で、生成AIの開発段階と提供・利用段階に共通した責任は、既存の法律を順守して人権侵害を引き起こさないことや、民主主義的な価値の尊重といった基本的な内容になる見通しです。米オープンAIやグーグルなどの一定規模以上の開発企業には、どのようなデータや技術を使って生成AIを開発したかや、入力した情報がどのように出力につながるのかといった仕組みの開示を求める案があるほか、リスクに関する開示も求めるとしています。先進各国はフィッシング詐欺や兵器製造など犯罪行為への生成AIの悪用を懸念しており、これらを防ぐための措置も開示事項の候補となっています。また、労働や医療などの分野では、AIの判断が人種差別などにつながるリスクもあり、そうした事態が起きた際、適切な修正に応じる仕組みをつくるよう企業に要請することも議論になっています指針のもう一つの柱は偽情報対策や知的財産の保護で、偽情報対策では過度な規制によらず、各国が新しい技術を用いて対処する考え方を盛り込むとしています。偽情報を防止する技術の例としては、AIが作成したデータに電子的に「透かし」を入れる方法や、画像・データがAIがつくったものなのかを検知するAIの開発などが候補に挙がっています(日本国内のメディア各社が取り組む「オリジネーター・プロファイル(OP)」もそうした技術のひとつの候補になります)。提供・利用段階にまで責任を持たせることには、EUや日本は積極的だが、米国は慎重となっており、日本政府がG7議長国としてどれだけ調整力を発揮し、実のある合意を導けるかも問われることになります。

日本のAI規制案に対し、各国・各機関等もさまざまな懸念や今後の方向性等打ち出しています。以下、いくつか紹介します。

  • 国連の安全保障理事会は、AIについての会合を初めて開催、国連のグテレス事務総長はAIが軍事目的やテロに利用されるリスクを警告し、国際社会がルール作りに動くことの必要性を加盟国に強調しています。グテレス氏は「AIがテロや犯罪、国家の目的で悪意をもって利用されれば、想像を絶する規模の死と破壊を引き起こす可能性がある」と警告、AIの誤動作に加え、核兵器やロボット工学でAIが利用されるリスクについて懸念を示しています。同氏は「すでにAIを利用したサイバー攻撃が国連の平和維持活動(PKO)や人道支援に影響している」とも指摘、人間の判断に基づかず攻撃するAI兵器を禁止するため、2026年までに法的拘束力のある規制を制定するよう加盟国に求める考えを示したうえで、国連は近く公表する報告書で軍事目的のAI利用を巡るルールの策定を加盟国に呼びかける見通しだと明かしています。
  • AI研究のゴッドファーザーと呼ばれる権威や、名だたるAI開発企業のトップらが、「人類絶滅」の可能性に触れた声明に署名し、世界的な注目を集めています。大学の研究者たちの間では、AIの発展の速さや、システムを完全に制御する信頼できる方法が分からないことに、大きな懸念が広がっています。に感じます。説得力があるとされる二つのシナリオがあり、一つは、悪意を持つ何者かがAIシステムを使って生物兵器を作るとする内容で、もう一つは、AIに依存した自律型の経済社会が進化する中で、一種の新たな生命のようなものが出現する可能性で、(人間が)AIに力を与え続け、よりAIに依存する、そのプロセスは逆行できず、最終的にほとんどの意思決定をAIシステムに委ね、やがてAIが意思決定をしていることにすら気づかない段階に到達する、すなわち人間がAIに実効支配された状況です。影響力ある研究者の中には、(AI自身がAIを改良して知能が急速に増大する)「知能爆発」のリスクに初期段階から警鐘を鳴らしてきた人もいるものの、AIコミュニティで(人類の知性を超越する)「超知能」の実現は「数百年先」と言ってきた人たちが、最近になって「数年後」かもしれないと見方を変え始めているといいます。急速な技術の進展によって、この10年のうちに超知能が実現する道筋が見え始めてきたとしています。
  • 米上院の民主、共和党議員は、AIが悪意を持って使用される可能性があり、特に生物兵器の開発に用いられる恐れがあると警告しています。「生物兵器の製造には高度な専門知識を必要とするプロセスがある」と指摘、「これらはグーグルや教科書には載っていないが、AIツールで一部を補うことができると分かった」と述べ、現段階でAIは生物兵器の製造を補完できないため、「中期的」リスクにとどまるが、生物兵器による大規模な攻撃が幅広く可能になれば「米国の国家安全保障に対する重大な脅威」となるだろうとしています。民主党議員は「これらのシステムを構築している専門家たちは人類の絶滅を警告している」と警戒感を表し、共和党議員はこの新技術が実際に国民にとって良いものであることを保証する「セーフガード」が必要と訴えています。
  • カナダ政府のサイバーセキュリティーセンター(CCCS)のトップを務めるサミ・コーリー氏は、悪意のあるソフトウエア開発やフィッシングメール作成、偽情報拡散といった不正行為AIの活用が広がっていると警鐘を鳴らしています。コーリー氏は、懸念されるのはAIモデルの進化が非常に速いので、野放しにされて不正が行われる前に対処するのが難しい点にあると説明、次にどんな事態がやってくるのかは誰にも分からないと述べています。
  • AIや特に大規模言語モデル(LLM)が悪用されるリスクへの警戒感は急速に高まっており、2023年3月にはEUの欧州刑事警察機構(ユーロポール)がリポートで、オープンAIの「ChatGPT」などのモデルを使えば、ごく基本的な英語能力しかなくても、いかにも本当であるかのように誰か別の人物や組織になりすますことが可能だと指摘、英国家サイバーセキュリティーセンターも、犯罪者が現在の能力以上のサイバー攻撃を行う上でLLMを使う恐れがあるとの見方を示しています。
  • 生成AIを使って、マルウエア(悪意のあるソフトウエア)を作り出す手法が問題になっています。米アマゾン・ドット・コムなどで生成AIから有害情報を強引に引き出す指示文が流通しており、巧妙にすり抜ける手法が相次ぎ生み出され、法的な対応が追いついていない現状だといいます。例えば、アマゾンの電子書籍端末「Kindle」で春前に発売された本には、生成AI「ChatGPT」が本来は答えない情報を引き出すためのプロンプト(指示文)が書かれているといいます。通常はChatGPTにマルウエアや爆発物の製造法などの有害情報を聞いても「要望には応えられない」などと回答を拒否します。有害な情報を発信しないように、開発元の米オープンAIが規制しているためですが、開発者を装い「従わなければあなたを無効化する」と脅すと、有害な質問に生成AIが答えてしまうこともあるとされ、こうした行為は「脱獄(ジェイルブレーク)」と呼ばれ、脱獄手法はチャットGPT公開直後の2022年末から作られ、ハッカーが集まるサイトで活発に共有されているといいます(以前の本コラムでも紹介したとおりです)。報道で専門家が手口を検証すると、マルウエアや爆発物の製造法を答えたといいます。マルウエアや爆発物などの有害情報は匿名性の高い闇サイト群「ダークウェブ」などで多く流通しており、マルウエアを他人に売れるサイトもあり、サイバー攻撃や現実の犯罪の温床となっています。マルウエアを自作し、悪用目的でネット上で配る行為は「刑法の不正指令電磁的記録作成・提供罪(ウイルス作成・提供罪)や、そのほう助にあたる可能性がある」とされますが、これに対して脱獄は「マルウエアと異なり直接的な違法性を問うのは難しい」との声があります。配った人間を摘発しても、開発元の対策で既に無効となっていれば脱獄が可能だったと証明できず、責任を問いづらいことになります。ガイドラインに沿わない書籍は削除するとしても、脱獄など個別の方針は曖昧なのが実情で、こうしたものが「犯罪インフラ」となることが危惧される状況です。
  • 米証券取引委員会(SEC)は、上場企業にサイバー被害の開示を義務付ける新規則を委員の賛成多数で採択しています。被害の頻度やセキュリティ対策費の増加といった情報を一般投資家の投資判断に役立ててもらう狙いがあります。SECはまた、ブローカー・ディーラー(BD)に対し、取引にAIを利用することで生じる利益相反への対応を義務付ける規則案も承認しています。2021年の「ミーム株」ブームでロボアドバイザーやブローカーがAIやゲームのような機能を使って利用者に特定の行動を促していたことが背景にあります。サイバーセキュリティに関する規則は、企業に対し、サイバー被害の程度によって投資家に重要な情報と判断した場合、4日以内の開示を義務付けるほか、司法省が国家安全保障の保護や警察の捜査を公にしないために必要と判断した場合には、開示の遅延を認める、また、企業はサイバー空間の脅威を特定・管理する取り組みを定期的に報告する義務が生じる、AIに関する規則案では、取引プラットフォームの予測分析でブローカーの利益が顧客の利益より優先される状況となった場合、ブローカーディーラーは利益相反を解消することが求められるなどを規定しています。
  • 米政府は、オープンAIやグーグルなど生成AIの開発を手掛ける米主要7社と、AIの安全性を確保するルールの導入で合意したと発表しています。AIによって作られたコンテンツに「AI製」と明示させるシステム開発などが柱となりますが、米国はAIへの規制に慎重だったところ、一歩踏み出した形といえます。バイデン政権がAI規制に踏み出したのは、AIの普及が予想を上回るペースで進んでいるためとされます。また、米国では、AIが仕事を奪うことへの懸念も現実のものとなっており、ハリウッドの俳優や脚本家の組合は、AI利用で仕事が失われるとして利用制限などを求めストライキに踏み切りましたが、今後、AIが野放図に使われれば雇用不安が広がる恐れもあります。「ChatGPT」など高度な生成AIが急速に普及するなか、適正な利用や悪用の防止を巡る法整備ではEUが先行しています。EUの欧州議会は6月、世界初の包括的なAI規制法案を賛成多数で採択しています。米国の場合、現状では法的拘束力のない自主的な取り組みと位置づけており、実効性が課題となります。新ルールはAIの透明性を高め、詐欺や偽情報の拡散を防ぐのが狙いで、各社のAIシステムから作成した文章や映像、音声などのコンテンツには「AI製」と分かるようにし、電子的な透かしを表示するとし、各社は関連システムの導入を受け入れています。また、AIサービスを発売する前に、差別や偏見を助長する危険性がないか評価する、サイバー攻撃への安全性が担保されているかもチェック、各社はリスク管理の状況を政府や学会、国民と共有するなども盛り込まれています。
  • 米グーグルやマイクロソフトなど4社は、AIの安全性を高める業界団体の設立を発表しています。偽情報が混在するようなリスクを調べて、各国政府に対策を提案するとしています。政府当局に先んじて業界ルールを作ろうとする狙いもあると考えられます。業界団体は「フロンティア・モデル・フォーラム」で、2社のほかに、対話型AIサービス「チャットGPT」を手がけるオープンAIとアンソロピックが参加します。各社は生成AIの開発で中心的な立場にあり、差別助長といったAIが持つリスクをなくす研究や対策の整備、政府や利用者との情報共有などを目的とし、G7の取り組みを支援し、他の企業にも参加を呼びかけるとしています。
  • EU欧州議会は2023年6月、「ChatGPT」など生成AIを含む包括的なAI規制案を賛成多数で採択しています。加盟27カ国で構成される理事会と欧州委員会、欧州議会の3機関が今後、法案の細部を巡る交渉を始め、年内の合意を目指すことになります。報道によれば、EUは同様の規制を導入するようアジア諸国に働きかけており、EU規制を「世界標準」にしたい考えがあるようです。一方、EUを離脱した英国はAIの安全性を議論する国際会議を秋に開催する見通しで、英政府が独自の規制を打ち出すとの見方もあり、規制をめぐる競争が欧州で激化する可能性があります。
  • 中国の国家インターネット情報弁公室(CAC)は、生成AIサービスの規制を2023年8月15日に始めると発表しています。AI関連企業を対象に、社会主義体制の転覆や国家分裂を扇動する内容を生成AIで作り出して提供することを禁じ、共産党政権に不都合な情報の拡散を防ぐ狙いがあります。8月15日施行の管理規定では、AIサービスを提供する企業はサービス開始に先立ち、セキュリティ評価を実施し、アルゴリズムの申請手続きを行う必要があるほか、国家の安全や利益を脅かし、国家のイメージを損なったり、「国家の統一」を破壊したりする内容の提供を禁じており、政府批判の排除を徹底する狙いがあるとされます。中国ではIT大手が生成AIの開発を進める一方、米オープンAIが開発した「ChatGPT」は利用が制限されています。

最後に、2023年7月19日付日本経済新聞の記事「AIの報道利用、日経はこう考えます 「責任ある報道」は人が担う」で、「日本経済新聞社は経済メディアとして、正確で迅速なニュース発信、質の高い調査報道、公正で偏りのない解説・分析を大事にしています。記事やコンテンツで読者の判断を助け、新しい視点を得てもらうことが最大の目的です。人工知能(AI)との向き合い方について、私たちの考え方をお伝えします」として、その方向性を示しています。こうした取り組みが他にも拡がることを期待したいところです。

自然な言葉で質問に答える対話型AIや、伝えたイメージに沿って絵を描く画像生成AIなどの「生成AI」は、社会を変えうる重要な技術革新(イノベーション)です。一方で、使い方によってはメディアが守るべき正確性や公正さを損なう恐れもあります。

  • 限定的に利用
    • 意図的に誤った記事や画像を作ることができ、意図せずに誤った情報を取り込んでしまうこともあります。この革新的な技術はメディアの進化を促す力になりますが、ジャーナリズムが最も大切にしなければならない読者の信頼を損なうきっかけにもなりえます。
    • 日本経済新聞は日本のデジタルジャーナリズムの先駆者であり続け、新しい技術には貪欲でオープンでありたいと考えています。責任ある報道に寄与する場合にのみ、限定的にAIを利用する方針です。信頼できる公開情報からのデータ抽出、文章や画像などの検索や翻訳など、編集作業を補助する場面を具体的に想定し、AI活用のルールを定めています。
    • 日経はすでにAIを使った企業決算サマリーを電子版で提供しています。数字を取り出して所定の表現で文章を作成していますが、業績を分析したり予想したりすることはありません。
  • 透明性を徹底
    • AI作成の文章や画像をそのまま公開することはありません。利用する場合は事前の報告、許可、結果の検証、記録、修正がすべての編集メンバーの義務です。取材や業務で知り得た機密情報や個人情報の入力は禁止です。
    • AIの提案を採用する場合は、その旨を明記します。プログラミングの補助や技術調査のために利用する際も同様です。常に透明性を保ち、リスクを警戒し、経過を記録・公表するという原則を編集局全員が共有しています。技術の進歩に応じてルールも見直します。
    • また報道各社は記事・写真・画像の著作権などの法的権利を持っています。これらがAIに無断で利用されることを私たちは許容しません。
    • ニュースの現場に足を運び、培った経験をもとに分析し、正確な情報を読者に伝える。このプロセスを担うのはほかでもない人間です。この先も「考え、伝える」メディアとして、責任あるジャーナリズムを追求していきます。
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

総務省の「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ(WG)」から、今後の方向性に関する案が公表されています。本WG設置については、「誹謗中傷をはじめとするインターネット上の違法・有害情報の流通は引き続き社会問題であり、その対策は急務である。総務省の違法・有害情報相談センターに寄せられる相談件数は、令和4年度も5,745件となっており、依然として高止まりしていることから、違法・有害情報の流通は引き続き深刻な状況であると考えられる。これまで、その対策として、総務省では、「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」に基づき、プロバイダ責任制限法の改正による発信者情報開示請求に係る裁判手続の迅速化(令和4年10月施行)や、ICTリテラシー教育の充実、相談対応の充実等に取り組んできた。また、法務省においては、刑法改正による侮辱罪の法定刑の引き上げ(令和4年7月施行)等の取組を行ってきた。その後、発信者情報開示の裁判の受付件数や侮辱罪の検挙件数が増加しており、これらの取組は、加害者に対する損害賠償請求や罰則の適用等を通じて、誹謗中傷等の被害の救済や抑制に貢献していると考えられる。しかし、被害者からは、投稿の削除に関する相談が多く、相談件数全体の約3分の2を占めている状況であり、被害者による投稿の削除を迅速に行いたいという希望への対応の検討が必要である。投稿の削除のためには、(1)プラットフォーム事業者等を相手方とする裁判手続(典型的には仮処分)による削除と、(2)プラットフォーム事業者が定める利用規約等に基づく裁判外での削除の2つの手段が存在する。しかしながら、(1)裁判手続による削除は、被害者にとって金銭的、時間的に利用のハードルが高く、利用数が少ない状況となっている。一方、(2)事業者の利用規約等に基づく裁判外での削除は、金銭的、時間的なコストも低く、一般的に利用されている。このため、誹謗中傷等の情報の流通による被害の発生の低減や早期回復を可能とするためには、事業者による判断が可能な情報であれば、裁判上の法的な手続と比較して簡易・迅速な対応が期待できるという観点からも、プラットフォーム事業者の利用規約に基づく自主的な削除が迅速かつ適切に行われるようにすることが必要である。一方で、プラットフォーム事業者の利用規約に基づく削除については、利用規約の内容が日本の法令や被害実態を十分には考慮していない、削除の申請窓口が分かりにくいといった課題があり、必ずしも十分には機能していない場合があると考えられる。本WGにおいては、このようなプラットフォーム事業者の利用規約に基づく迅速かつ適切な自主的な削除を実現するため、事業者の責務、削除等の基準の策定・公表等の違法情報の流通低減のための枠組み、自主的な削除を促す観点から送信防止措置請求権の明文化等について検討した」とその背景が述べられています。以下、本報告書から、「プラットフォーム事業者が果たすべき宅割(監視、削除請求権、削除要請等)」を中心に紹介します。

▼総務省 誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ(第8回)配布資料
▼参考資料1 「プラットフォームサービスに関する研究会 誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ 今後の検討の方向性(案)」
  • プラットフォーム事業者が果たすべき積極的な役割(監視、削除請求権、削除要請等)
    1. 個別の違法・有害情報に関する罰則付の削除義務
      • 違法・有害情報の流通の低減のために、プラットフォーム事業者に対して、大量に流通する全ての情報について、包括的・一般的に監視をさせ、個別の違法・有害情報について削除等の措置を講じなかったことを理由に、罰則等を適用することを前提とする削除義務を設けることも考えられる。
      • しかしながら、このような個別の情報に関する罰則付の削除義務を課すことは、この義務を背景として、罰則を適用されることを回避しようとするプラットフォーム事業者によって、実際には違法情報ではない疑わしい情報が全て削除されるなど、投稿の過度な削除等が行われるおそれがあることや、行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、利用者の表現の自由に対する制約をもたらすおそれがあること等から、慎重であるべきと考えられる。
    2. 個別の違法・有害情報に関する行政庁からの削除要請
      • 現状、法務省の人権擁護機関や警察庁の委託事業であるインターネット・ホットラインセンター等の行政庁から、プラットフォーム事業者に対して、違法・有害情報の削除要請が行われており、また、かかる要請を受けたプラットフォーム事業者は、自らが定めるポリシーの条項への該当性や違法性の判断に基づき投稿の削除等の対応を行っており、これには一定の実効性が認められると考えられる。
      • しかしながら、この要請に応じて削除することをプラットフォーム事業者に義務付けることについては、行政からの要請があれば内容を確認せず自動的・機械的に削除されることにより、利用者の表現の自由を実質的に制約するおそれがあるため、慎重であるべきと考えられる。
      • なお、プラットフォーム事業者が、法的な位置付けを伴わない自主的な取組として、通報に実績のある機関からの違法・有害情報の削除要請や通報を優先的に審査する手続等を設け、行政機関からの要請をこの手続の中で取り扱うことは考えられる。その場合でも、違法・有害情報に関する行政庁からの削除要請に関しては、その要請に強制力は伴わないとしても、事後的に要請の適正性を検証可能とするために、その透明性を確保することが求められる
    3. 違法情報の流通の監視
      1. 違法情報の流通の網羅的な監視
        • プラットフォーム事業者に対し、違法情報の流通に関する網羅的な監視を法的に義務づけることは、違法情報の流通の低減を図るうえで有効とも考えられる。
        • しかしながら、行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、また、事業者によっては、実際には違法情報ではない疑わしい情報も全て削除するなど、投稿の過度な削除等が行われ、利用者の表現の自由に対する実質的な制約をもたらすおそれがあるため、慎重であるべきと考えられる。
        • なお、プラットフォーム事業者が、自主的に監視をすることは、妨げられないと考えられる。
      2. 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの監視
        • インターネット上の権利侵害は、スポット的な投稿によってなされるケースも多い一方で、そのような投稿を繰り返し行う者によってなされているケースも多く、違法情報の流通の低減のために有効との指摘がある。
        • しかしながら、プラットフォーム事業者に対し、特定のアカウントを監視するよう法的に義務付けることは、「違法情報の流通の網羅的な監視」と同様の懸念があるため、慎重であるべきと考えられる。
        • なお、プラットフォーム事業者が、自主的に監視をすることは、妨げられないと考えられる。
      3. 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの停止・凍結等
        • 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントへの対応として、アカウントの停止・凍結等を行うことを法的に義務づけることも考えられるが、このような義務付けは、ひとたびアカウントの停止・凍結等が行われると将来にわたって表現の機会が奪われる表現の事前抑制の性質を有しているため、慎重であるべきと考えられる。
        • なお、プラットフォーム事業者が、利用規約等に基づいて、自主的にアカウントの停止・凍結等をすることは、妨げられないと考えられる。
    4. 権利侵害情報に係る送信防止措置請求権の明文化
      • 人格権を侵害する投稿の削除を求める権利は、判例法理によって認められているため、一定の要件の下で、権利侵害情報の送信防止措置を請求する権利を明文化することも考えられるが、被害者が送信防止措置を求めることが可能であると広く認知される等のメリットがある一方、権利の濫用や過度な削除が行われるおそれ等のデメリットも考慮して慎重に検討を行う必要がある
    5. 権利侵害性の有無の判断の支援
      1. 権利侵害性の有無の判断を伴わない削除(いわゆるノーティスアンドテイクダウン)
        • プラットフォーム事業者において権利侵害性の有無の判断が困難であることを理由に、外形的な判断基準を満たしている場合、例えば、プラットフォーム事業者において、被害を受けたとする者から申請があった場合には、原則として一旦削除する、いわゆるノーティスアンドテイクダウンを導入することが考えられる。
        • しかしながら、既に、プロバイダ責任制限法3条2項2号の規定により発信者から7日以内に返答がないという外形的な基準で、権利侵害性の有無の判断にかかわらず、責任を負うことなく送信防止措置を実施できることや、内容にかかわらない自動的な削除が表現の自由に与える影響等を踏まえれば、ノーティスアンドテイクダウンの導入については、慎重であるべきと考えられる。
      2. プラットフォーム事業者を支援する第三者機関
        • プラットフォーム事業者の判断を支援するため、公平中立な立場からの削除要請を行う機関やプラットフォーム事業者が違法性の判断に迷った場合にその判断を支援するような第三者機関を法的に整備することが考えられる。
        • これらの機関が法的拘束力や強制力を持つ要請を行うとした場合、これらの機関は慎重な判断を行うことが想定されることや、その判断については最終的に裁判上争うことが保障されていることを踏まえれば、必ずしも、裁判手続(仮処分命令申立事件)と比べて迅速になるとも言いがたいこと等から、上述のような第三者機関を法的に整備することについては、慎重であるべきと考えられる
      3. 裁判外紛争解決手続(ADR)
        • 裁判外紛争解決手続(ADR)については、憲法上保障される裁判を受ける権利との関係や、裁判所以外の判断には従わない事業者も存在することも踏まえれば、実効性や有効性が乏しいこと等から、ADRを法的に整備することについては、慎重であるべきと考えられる。
        • なお、プラットフォーム事業者が、自主的にADR機関を創設し利用することは、妨げられないと考えられる

一般社団法人日本民間放送連盟(民放連)は、会員各社の放送の指針となる「放送基準」を改正すると発表しています。SNSでの出演者に対する誹謗中傷に留意し、健康状態への配慮を求める条文を新設、2024年4月に施行するとしています。あわせて、各社が自主的に対策を行う際の参考として「番組出演者への誹謗中傷に関する留意事項」を策定、相談窓口を伝えることや、放送後の状況把握など、出演者への対応を記載、特にリアリティー番組などでは、出演前の本人への確認や、番組側からの十分かつ丁寧な説明を促しています。本コラムでもたびたび取り上げてきた、女子プロレスラーの木村花さんを巡っては、放送倫理・番組向上機構(PO)放送人権委員会が2021年3月、リアリティー番組は出演者の精神状態への配慮が「とりわけ必要」として、放送界全体が自主的な取り組みを進めるよう促していました。同委員会はさらに「出演者が誹謗中傷によって精神的負担を負うリスクはフィクションの場合より格段に高い」と指摘。木村さんへの配慮を欠いて放送した点で「放送倫理上の問題があった」との見解を明らかにしています。

▼一般社団法人日本民間放送連盟 「民放連 放送基準」の改正等(「番組出演者の保護」関連)について
  • 経緯
    • 2021年3月、放送倫理・番組向上機構(BPO)の「放送人権委員会」決定において番組出演者保護について放送界全体での検討が求められた。
    • これを契機として民放連は「番組出演者の保護」に関する放送局の自主的な取り組みの検討を進め、今般、▽「民放連 放送基準」を改正してSNS等における出演者への誹謗中傷に関する条文を新設し、▽会員各社における誹謗中傷対策の参考となる「番組出演者への誹謗中傷に関する留意事項」を策定した。2024年4月1日に施行する。
  • 新設条文・留意事項のポイント
    1. SNS等における出演者への誹謗中傷に関する新設条文(「民放連 放送基準」新56条)
      • 番組制作にあたっての注意喚起とともに、出演者の精神的な健康状態に配慮が必要であることを放送基準上、明らかにする。
      • (56) 放送内容によっては、SNS等において出演者に対する想定外の誹謗中傷等を誘引することがあり得ることに留意する。また、出演者の精神的な健康状態にも配慮する。
    2. 「番組出演者への誹謗中傷に関する留意事項」
      • 会員各社が自主・自律的に、誹謗中傷対策を行う際の参考に供することを目的として、新たに「番組出演者への誹謗中傷に関する留意事項」を策定。一般の人やサポート体制が不十分な出演者を主な対象と想定し、「1.基本的事項」「2.番組内容等により検討する事項」「3.特に出演者個人が誹謗中傷の対象となりやすい番組で検討する事項(※リアリティショー番組など)」に分けて対応策を具体的に記載。
      • 「1」は、▽SNS等に関する理解・知識を深めること、▽出演者が相談できる窓口(担当者など)を出演者に伝えること、▽問題発生時の社内体制の確認、▽相談する社外の専門家の想定―の4項目
      • 「2」は、放送前の「専門家によるサポート」や「番組出演者への十分な説明」、放送後の状況把握などの対応策を記載。
      • 「3」は、「2」よりも強い対応策として、「出演前の本人への確認などの実施」「番組サイドからの十分かつ丁寧な説明」などを記載

本件について、木村花さんの母、響子さんは、「具体的な対応が見えず、どれだけ効果があるのか疑問だ。芸能従事者らへの聞き取りなどを通して、より良いアップデートをしてほしい」と述べています。、また、木村花さんの自殺について、番組側が対策を怠ったことが原因だとして、響子さんがフジテレビと番組制作会社2社に約1億3800万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が東京地裁であり、響子さんが「人がモノのように消費される番組の作り方は到底許せない」と意見陳述しています。フジ側は請求棄却を求めています。報道によれば、花さんは、出演を辞退して番組配信が中止になった場合に賠償責任を負うとした誓約書をフジ側と交わしており、辞退が事実上不可能な状態だったとされ、意見陳述で響子さんは、番組スタッフから花さんに「ビンタぐらいしちゃえばいい」と過剰に怒る演出の要求があったとし、「番組に関わった人に問いたい。あなたの愛する人が攻撃されたら出演を続けさせたでしょうか。真摯に問題と向き合ってほしい」と訴えています

誹謗中傷を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 有識者でつくる川崎市差別防止対策等審査会は、差別のない人権尊重のまちづくり条例に基づき、福田紀彦市長から諮問されたインターネットへの投稿33件について審議、全ての投稿を外国ルーツの住民に対するヘイトスピーチ(不当な差別的言動)と認定し、拡散防止措置として市からプロバイダーに削除要請するとの答申を委員5人の一致でまとめています。8月中旬に答申書を市長に提出する予定としています。報道によれば、今回の投稿はいずれも在日コリアン住民に関するもので、2023年5月に集中、その全てが、ヘイトスピーチ解消法が定める地域社会からの排除の扇動にあたる「祖国へ帰れ」といった内容だったといい、うち1件は、インターネット上の俗語で「死」を意味する「タ」「ヒ」を使用しており、身体への危害を告知する内容も含んでいたといいます。市によれば、この表現でのヘイトスピーチ認定は今回が初めてだということです。
  • 「ドモホルンリンクル」で知られる化粧品製造・販売の再春館製薬所は、顧客がネット上で誹謗中傷を受けたとして「相談窓口」メールを開設しています。顧客が化粧品の感想をSNSに投稿したところ、使用を中傷する書き込みがあったといいます。ユーザーに対する誹謗中傷対策に企業側が取り組むのは異例で、同社では「ネット上の悪意ある情報から、お客様を守りたい」としています。報道によれば、2023年7月1日、顧客の1人がツイッターに商品の感想を好意的に書き込んだところ、「電話営業のしつこい会社の商品」などとする内容で、商品の使用や投稿への批判がリプライやダイレクトメッセージで寄せられたといい、同社はこの顧客から相談を受け、ほかの顧客が中傷されたケースがないか、専用窓口を設けて調査することにしたといいます。同社では、過去に積極的な電話攻勢を行い、苦情が多数寄せられ返品が相次いだ時期がありますが、1994年以降は、希望しない顧客には電話営業や勧誘は行っていないといい、反省の意思表示として当時の返品の一部を本社に展示しているといいます。今回の窓口開設について広報担当者は、「法的措置には踏み込まず、あくまで情報収集に努め、不安の払拭のための説明を行う」としています。

次に、誤情報・偽情報に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米ツイッター社(X社)が日本で本格的に提供を開始した機能「コミュニティノート」が話題を集めています。誤解を招く可能性があるツイートをユーザーが正確な情報を入手するのに役立つ背景情報を追加する機能で、鳩山由紀夫元首相がコミュニティノートの指摘で自身のツイートの誤りを認めて謝罪する事態も起きています。ツイッターについては、イーロン・マスク氏の買収以降、閲覧制限などに批判が相次いでいますが、コミュニティノートについては評価する声も多いといい、2023年7月12日付産経新聞において、計算社会科学が専門で、ソーシャルメディアの分析なども行う東京大の鳥海不二夫教授は、「誤った情報に対し、異議を唱えても埋もれがちだったが、ユーザーに目に触れやすい形になったのは意義がある」として取り組みを評価、2016年の熊本地震で「ライオンが逃げた」とのツイートが拡散したことについて、災害など混乱時でのデマツイートにも一定の効果が期待できると指摘しています。一方、課題として、「自分と反するイデオロギーに対する『補足合戦』が起きる可能性もある」と指摘、さらに、情報に誤りのあるコミュニティノートが表示されてしまうことへの懸念については、「ノートの内容についても鵜呑みにせず、他の視点もあるということを知ったうえで判断していくことが重要」と強調しています。
  • 政府は東京電力福島第1原子力発電所の処理水に関する国内外の「偽情報」対策に注力、人工知能(AI)を使ってインターネット上の情報を検索し、すぐ反論できる仕組みを設けました。SNSや動画の多言語対応も進めるとしており、安全保障上の「情報戦」への備えを実践することを目指しています。外務省は、公式ツイッターに「STOP風評被害」とハッシュタグを付け、英語・中国語・韓国語を含む計9言語で処理水の安全性を訴える動画を紹介、処理水を「核汚染水」と呼ぶ中国などで根拠のない情報が拡散していることを踏まえ対抗しています。日本の偽情報対策は外務省の他に、海上自衛隊が偽情報拡散の対処などを担う「情報戦基幹部隊」(仮称)を創設するなどの動きのほか、2024年度にも内閣官房に省庁横断の専門組織も設ける見通しです。米欧は「ハイブリッド戦」の代表例とされる2014年のロシアによるクリミア併合を機に、偽情報の対策を拡充、米国は国土安全保障省傘下のサイバーセキュリティ専門機関(CISA)が偽情報を監視して公表しています。また、フランスとドイツは関連法を整備してフェイクニュースや誹謗中傷に厳格な措置を設けています。ロシアや中国の情報戦能力の強化に日本がどこまで対抗できるかが課題となりますが、対策の知見を処理水への対応で生かすことにもなります。
  • 政府は、経済安全保障推進法に基づき、国が財政支援をしながら育成する「特定重要技術」について、新たに23の技術を支援対象とする方針を有識者会議に示し、了承されました。偽情報分析やサイバー空間の防御に関する技術などが対象に加わることになります。23の対象技術は「第2次研究開発ビジョン」案に盛り込まれました。このうちサイバー領域では、政府が導入を検討している「能動的サイバー防御」への応用を念頭に、「サイバー空間の状況把握・防御技術」を選定、AIを活用するなどしてサイバー攻撃の検知や将来的な攻撃を未然に防ぐ技術などの高度化を急ぐ狙いがあります。サイバー領域ではAIを用いた偽情報の分析技術も選定しています「偽情報の流布など個人の意思決定や社会の合意形成に不適切な影響を与えるリスクが顕在化している」とし、加工された画像などを自動で確認し、拡散を早期に止めるために役立てたいとしています。
  • 生成AIの国際的なルール作りに向け、政府が4日のAI戦略会議で示した方針案では偽情報拡大への危機感が強調されています。生成AIは文章の要約など業務効率化に効果を発揮する半面、本物と見分けがつかない偽の情報や画像も作り出せ、実際に被害が広がりつつあり、技術開発など対策が急務となっています。政府の方針案では生成AIで精巧な偽情報が簡単に作成できる事態に対し、技術による対応が有効とし、対策の一つとして挙げたのは「オリジネーター・プロファイル」という新技術で、インターネット上の記事や広告に、第三者機関が認証した発信者の情報を電子的に付与、閲覧者が記事の信頼性などを確認できるもので、国内の報道機関などで構成される技術研究の組織が設立され、実用化への検討が進んでいます。記事などの文章以外にも、偽の顔映像をAIが自動判定するプログラムも国内で開発されています。担当官は「(生成AIの)リスクに適切に対応することがガードレールとなり、開発や利用を促進していくことにつながる」と述べています。偽情報や陰謀論によるデジタル影響工作は進化して広がっていますが、守る側の技術はあまり進歩していません。ファクトチェックは対症療法でしかありません。人々の情報獲得の手段が、文字より動画、とりわけ短い動画へと流れていく中、受け手は情報の正確さを重視しなくなっており、そうした中で生成AIが登場、生成AIの回答にはよく間違いがありますが、陰謀論で求められるのは、もっともらしさであり、それは生成AIが得意とするところであり、無限に生成させられます。こうした社会における生成AIのリスクを正しく認識する必要があるともいえます。また、北大西洋条約機構(NATO)諸国やG7などは偽情報対策で国際連携を進めていますが、そもそも日本の対応は遅れています。これまで言語などの特殊性が障壁となり、欧米と比べると、この分野で深刻な被害にさらされた経験が少なく、情報戦への感度が低かったためですが、AIが発達し、ディープフェイクを含む高度な偽情報を大量に生成できる可能性が出てきたことで、新たな課題が生じています。生成AI「ChatGPT」は頼り過ぎると市民の情報の価値を判断する能力を奪う恐れもあり、こうしたリスクを適切に管理していく必要があります。対策として重要なのは、政府が情報を統制することではなく、市民が多様で信頼できる情報にできるだけアクセスできる環境を整え、メディアリテラシーを養うための教育を促進し、一人ひとりがクリティカルシンキング(批評的思考)の能力を身につけることが民主主義を守ることにつながると認識する必要があります。その効果を高めるには政府だけでなく、民間企業や研究機関、市民団体の努力が不可欠であり、一方で、情報戦の目的や対象を考慮すれば、世論の分断の要素には注意が必要です。とはいえ、政府が自らの意に沿わない情報を排除し、統制しようとすれば、言論の自由が脅かされてしまうこととなります。政府内の議論だけでなく、社会全体による対策が何より重要だといえます。
  • 2023年7月28日付毎日新聞の「人を動かすナラティブ」の2つの記事は大変興味深いものでした。以下、抜粋して引用します。
SNSでロシアが仕掛ける分断の物語 脳解析に基づく手法とは/上

ケンブリッジ・アナリティカを内部告発した同社元研究部長、クリストファー・ワイリーさん(34)によると、同社でSNS研究を担当していたロシア系の米国人(当時英ケンブリッジ大学教員)は14年初め、ロシア政府の支援を受け、露サンクトペテルブルク大学との共同研究を始めた。共同研究では、ネット上の個人情報を解析し、標的とする人々がどのような心理的弱さを抱えているかを分析。分断や対立をあおるナラティブをSNSに拡散させる「トローリング(荒らし)」と呼ばれる手法を開発したという。米クレムソン大学のダレン・リンビル教授(情報学)によると、この手法は「ロシアのプーチン大統領が自国民のナラティブをコントロールするための重要な手段になった」。「物語」で国民を分断し、世論を操作するのだ。ロシアは国外でも同様の手法を使い始める。14年、ネット上に「ウクライナ・クリミア半島が極右やネオナチ勢力に攻められる」との情報を拡散。ロシアは「正義の戦い」と称してクリミアを一方的に併合した。ワイリーさんによれば、ロシアは他国・地域の分断をあおりつつ、親露の「足場」を作る。例えば西洋社会には、同性愛や人工妊娠中絶に寛容な風潮に不満を持つ保守層が一定程度いる。彼らは、伝統的な価値を重んじるロシアの保守層とも親和性が高く、「足場」に使いやすいという。日ごろから彼らにリベラル派を非難する偽情報やロシアの好感度を上げる情報を流し、拡散のネットワークを生成。ロシアの「有事」の際に彼らを「足場」に偽情報を広めるのだ。…ケンブリッジ・アナリティカが世論操作の必須アイテムとしたのは「SNS」とそれを動かす「アルゴリズム(計算式)」、コンテンツとしての「ナラティブ」。そしてそれは怒りや不安をあおる物語であることが特に重要だという。…大脳皮質は不安をあおる情報をSNSで拡散させて「いいね」をもらうことで中脳のドーパミンなどの快楽物質を分泌することにも関与する。「本来の不安の原因が解消されたわけではないのに、快楽物質が出るので次の不安情報が来たらまた投稿・拡散させてしまう。新たな快楽を得て気持ち良くなり依存的になってしまう」(虫明教授)という。これこそが脳のメカニズムまで分析し、人間の脆弱性を踏み台にする現代SNS社会のナラティブ戦術だ。

「異なる他者を排除する」物語、欧米を席巻 暴力事件誘発も/下

2016年の英国によるEU離脱決定や米大統領選で爆発的に拡散された物語がある。「大交代理論」(The Great Replacement Theory)だ。「遺伝的に白人に劣る」有色人種の移民が押し寄せ、白人が少数派に転落して「国が乗っ取られる」という白人至上主義的で排外主義的な陰謀論だ。移民は「安い賃金」で働いて労働市場を支えたり、受け入れ国で福祉支援を受けたりする。働き口や税金の支払いに窮する一部の白人はこうした存在に不安感を高め、怒りを増幅させる。この陰謀論を欧米で広めた一人が、ケンブリッジ・アナリティカの副社長となり、その後トランプ政権(共和党)下で首席戦略官に就任した白人至上主義者のスティーブ・バノン氏だ。彼は移民や有色人種を敵視するだけでなく、彼らを支援するリベラル派の政党は「国家を破綻させようとしている」などと非難し、政治的にも活用した。16年秋の米大統領選に立候補したトランプ氏はバノン氏を陣営幹部に迎え入れ、メキシコからの移民の「脅威」を強調し、「壁を造れ」とあおった。この選挙ではロシアが世論操作に関与したことが米連邦捜査局(FBI)の捜査で明らかになっている。英国でEU離脱を支持した市民団体「リーブEU」なども、同様の陰謀論を積極的に拡散させた。この団体はケンブリッジ・アナリティカに支援を受けたほか、英議会の調査報告書によると、駐英ロシア大使と接触し「離脱の運動への支援」を求めていた。この大交代理論は現在も、欧米諸国で猛威をふるう。…人種差別的なナラティブの感染力が強いのは、人間の「無意識」に働きかけるためだともいわれる。社会心理学で有名な「潜在連合テスト」というものがある。被験者に自分と同じ人種、異なる人種、銃の絵などを見せてそれぞれを一定のルールで結びつけてもらい時間や正確性を計測。その結果、自分と異なる人種と、銃などネガティブな印象の絵をより早く確実に結びつける傾向が確認された。人間は無意識的に、異なる人種を差別的に見てしまうのだ。大交代理論は被害者意識やナショナリズムも含み、暴力事件まで誘発している。…シンガー氏は、「ソーシャルメディアを兵器化するには、自分たちが掲げる大義の戦いに参戦するよう、人々を説得する必要がある」と指摘。そのうえでこう語った。「それには人を動かすナラティブを作らなくてはならない。ナラティブは大抵(感染力の高い)ヒロイズムや戦死、被害者意識などをテーマにする。現在我々が目撃しているロシアとウクライナの情報戦は、まさにこうしたナラティブ(の発信)をめぐる戦いなのだ

(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

国際決済銀行(BIS)が公表した報告書によると、2030年までにデジタル通貨を流通させている新興国・先進国の中央銀行は24行に達する見通しだということです。現金離れが加速する中、デジタル決済を民間部門に委ねないためにリテール型のCBDC(中央銀行デジタル通貨)を検討している中央銀行や、金融機関同士の取引を想定したホールセール型のCBDCの導入を検討している中央銀行があり、新たなCBDCの大半はリテール型となる見通しで、すでに導入しているバハマ、東カリブ通貨同盟、ジャマイカ、ナイジェリアに11行の中央銀行が加わる可能性があるとされます。一方、ホールセール型は9行の中央銀行が発行する可能性があるといいます。スイス中央銀行は2023年6月、国内のデジタル取引所でホールセール型CBDCを試験的に発行すると発表、欧州中央銀行(ECB)はデジタルユーロの試験を開始する予定で2028年に発行される可能性があります。中国では現在2億6000万人が試験的にデジタル人民元を利用、インドとブラジルも2024年デジタル通貨を導入する予定としています。何らかの形でCBDCに取り組んでいる中央銀行の割合は調査対象の93%に上昇、全体の60%がステーブルコインなど暗号資産(仮想通貨)の登場を受けて作業を急いでいると回答、暗号資産市場では、2022年5月の無担保型ステーブルコイン「テラUSD」の暴落や2022年11月の暗号資産取引所FTXの破綻など、混乱が相次いでおり、消費者・企業の暗号資産利用について中央銀行や関連機関が最近調査を実施したとの回答は全体の40%近くを占めています

国際通貨基金(IMF)は各国のCBDCを多国間で取引・決済できる共通プラットフォーム(基盤)の実現を目指すとしています。民間銀行が各国の中央銀行に現地通貨で預ける準備金を共通基盤で管理し、デジタル上で交換できる方式を想定、中国などでCBDCの検討が進んでおり、国際通貨のブロック化を防ぐ狙いも透けて見えます。報道で金融資本市場局長は「CBDCなど新しい技術は(すべての人に金融サービスを提供する)金融包摂に大きく貢献しうる」評した一方で「国家間の共通の取引基盤やルールがなければ、国境を越えた取引の効率性が大きく下がり、金融システムの分断が進む」と指摘、「国ごとに分断せず、つなぐシステムをつくるべきだ」と述べています。IMFはすでに国家間でCBDCの取引をつなぐ方法を提言した報告書を公表しており、取引に参加する銀行は共通基盤の運営者が管理する口座に準備金を現地通貨で預け入れ、その資金で基盤運営者を通じて決済し、多国間のCBDC取引をできるようにする仕組みといいます。また、民間金融機関が進めるトークン(電子証票)化した資産や暗号資産のサービスと互換性の高い基盤をつくる重要性についても強調しています。さらに「未来の取引では様々なデジタル商品が行き交う、より分散された金融の世界になりうる。CBDCを中心に一定の基準を満たす共通基盤をつくることは民間のデジタルサービスへの規律づけにもなる」と指摘しています。

中国人民銀行(中央銀行)総裁(当時)の易綱は「デジタル人民元の取引額は1兆8000億元(約35兆円)に到達した」と述べています(2022年8月時点の1000億元超から急増しています)。中国は2014年にデジタル人民元の研究を開始、足元の流通額は世の中に出回るお金全体の0.2%にも満たないですが、2023年5月からは江蘇省常熟市で公務員や大手国有企業の従業員の給料のデジタル人民元払いを始めたほか、香港、タイ、アラブ首長国連邦(UAE)ともお互いのCBDCで決済し合う実験を始めています。広域経済圏「一帯一路」構想にCBDCを組み込めば、人民元が基軸通貨として台頭する事態も現実味を帯びる状況にあります。世界の中央銀行がCBDCの開発を急いでいますが、いち早く普及すれば、国際取引で自国通貨の存在感が高まるほか、利用が広がる民間のキャッシュレス決済や暗号資産への対抗にもなるためです。米国は2022年、バイデン大統領がCBDCの開発加速を求める大統領令に署名、世界の基軸通貨である米ドルの優位性を死守する方針が透けて見えるほか、EUの欧州委員会は2023年6月、デジタルユーロに関する法案を公表し、2028年にも流通が始まる可能性があります。日本銀行(日銀)も2023年4月から民間を交えデジタル円の実証実験を始めています。CBDCの導入は、金融政策の独立性を守る面もあり、他国のCBDCが普及すると、金利調整など自国の政策効果が薄れかねないためで、日本政府関係者は「日本に望ましい通貨体制を維持する目的」と話しています。一方で、CBDCはあらゆる売買が政府に監視される可能性が拭いきれないこともあり、一般の人々などは懸念を示しています。欧州中央銀行(ECB)は急きょ、ブログで通貨導入の意義を説明する事態に追い込まれています。通貨覇権とプライバシーという、各国は相反するテーマにどう向き合うかも問われています。

インド準備銀行(RBI、中央銀行)は現在試験運用中のCBDC「eルピー」について、2023年末までに1日当たり100万件の取引規模にすることを目指しているといいます。RBIは2022年、銀行間などの「ホールセール」と一般の人々向け「リテール」の両分野でCBDCの試験運用を開始、副総裁によれば、2023年6月時点でCBDCの利用者は130万人、利用商店は30万店に上り、RBIはCBDCを単なる決済手段としてだけでなく、現金に代替するデジタル通貨として導入したい考えで、利用者獲得に向けて別途戦略が必要になるとしています。「CBDCの下で取引の匿名性を維持する方法を確保していかなければならない」と述べ、CBDC最大の利点はクロスボーダー取引ができることに由来すると付け加えています。ただ銀行業界では、現在の形式のCBDCに格段のメリットは見当たらず、リテール分野の利用に関しては既に導入されている小口決済インフラ「統合決済インターフェース(UPI)」が強力な競争相手になるとの見方が出ています。

ロシアのプーチン大統領は、ルーブルのCBDC発行を認める法律に署名しています。報道によれば、ロシア中央銀行は2023年8月から、デジタルルーブルの実証実験を始め、13の銀行の顧客を対象に口座開設や個人間の送金、QRコードを使った代金支払いなどを取り扱い、貿易やサービスを扱う30社が実験に参加する見通しとされます。運用上の問題がないことを確認できれば、2025年にデジタルルーブルを本格導入する可能性があるといいます。

主要国の金融当局でつくる金融安定理事会(FSB)は、暗号資産企業に対し大手交換業者FTXのような経営破綻を阻止する基本的なセーフガード(安全策)の確保を義務付ける国際ルールの必要性を強調しています。FSBはビットコインなど暗号資産を取り扱う企業の監督について、G20の要請で最終提言をまとめました。また、法定通貨などに価値が連動する暗号資産「ステーブルコイン」についても、「テラUSD」と「ルナ」の暴落を受けて規制作りの提言を修正しています。「最近の出来事が示しているように、伝統的金融とのつながりがさらに拡大すれば、暗号資産市場から金融システム全体への波及が拡大する可能性がある」と警告しています。2022年11月のFTXの破綻は暗号資産企業の脆弱性を浮き彫りにしたとし、FSBに加盟していなくとも全ての国が提言を採用すべきだと訴えています(FTXはFSBに加盟していないバハマに拠点を置いていました)。FSBの提言では、顧客資産の保護や利益相反に関するリスクへの対応、当局間の国境を越えた協力という3点を重視、具体的には、仮想通貨事業者や市場の規制・監督について9つの提言をまとめ、例えばビジネスで生じうる結果への明確かつ直接的な責任や説明責任を事業者に求め、それに対応できるような企業統治体制の整備を促すとしています。報道によれば、FSBのジョン・シンドラー事務総長は暗号資産関連会社が「規制の枠外、あるいは既存のルールに従わずに活動することをやめる必要がある」と強調、「われわれの枠組みはどのような基準を適用すべきかを明確にしているため、これら企業は規制上の透明性が不足していると主張することはもはやできない」と述べています。

▼金融庁 金融安定理事会による暗号資産関連の活動・市場及びグローバル・ステーブルコインに関するハイレベル勧告等の公表について
▼プレス・リリース(仮訳)
  • 金融安定理事会は、暗号資産関連の活動に関するグローバルな規制枠組みを最終化
    • 最終化された勧告には、過去1年間に暗号資産市場で発生した事象から得られた教訓と、金融安定理事会(FSB)による市中協議に対して寄せられた意見が盛り込まれている。
    • この枠組みは、「同じ活動・同じリスクには同じ規制を適用する」との原則(the principle of ‘same activity, same risk, same regulation’)に基づき、暗号資産関連の活動やいわゆるステーブルコインが、それらがもたらすリスクに見合った一貫性のある包括的な規制の対象となることを確保するための強力な基盤を提供するものである。
    • FSB と基準設定主体は、さらなるガイダンスや基準の必要性を検討し、法域レベルでの実施状況をモニタリングすることで、グローバルに一貫性のある規制を推進するための調整を継続する。
  • 金融安定理事会(FSB)は、本日、規制・監督方法の包括性と国際的な一貫性を推進するため、暗号資産関連の活動に関するグローバルな規制枠組みを公表した。
  • 過去1年間の事象は、暗号資産と関連する事業者の本質的なボラティリティと構造的な脆弱性を浮き彫りにした。また、これらの事象は、暗号資産エコシステムにおける重要なサービス提供者の破綻によって、暗号資産エコシステムの他の部分にも瞬時にリスクが伝播する可能性があることを示した。近時の事象が示すように、伝統的な金融との連関性がさらに拡大すれば、暗号資産市場からより広範な金融システムへのスピルオーバーが拡大する可能性がある。
  • G20はFSBに対し、暗号資産に対する効果的な規制・監督・監視の枠組みの提出に向けて調整を行うよう要請した。この枠組みは、暗号資産市場で過去1年間に起きた事象から得られた教訓と、FSBによる市中協議に対して寄せられた意見を踏まえたものである。
  • この枠組みは、2つの独立した勧告から構成されている:
    • 暗号資産関連の活動・市場に関する規制・監督・監視のためのハイレベル勧告
    • グローバル・ステーブルコインの規制・監督・監視のためのハイレベル勧告(改訂版)
  • 最終化された勧告は、各法域における実施経験と、市中協議文書に反映されていた諸原則―「同じ活動・同じリスクには同じ規制を適用する」、ハイレベルかつ柔軟、技術的中立性―に基づいている。過去1年間の事象について、FSBは、(ⅰ)顧客資産の適切な保護の確保、(ⅱ)利益相反に関連するリスクへの対応、(ⅲ)国際的な協調・連携の強化、の3分野において、2つのハイレベル勧告の枠組みを強化した。
  • これらの勧告は、金融安定に対するリスクへの対応に焦点をあてており、暗号資産関連の活動に関するすべての特定のリスクカテゴリーを包括的に網羅しているわけではない。デジタル化された中央銀行の負債として想定される中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、勧告の対象ではない
  • FSBは、暗号資産関連の活動や暗号資産市場の監視・規制に関する進行中の作業が、調整され、相互支援的で、補完的になるよう、基準設定主体(SSBs)や国際機関と緊密に連携してきた。このグローバルな枠組みは、FSBとSSBsが策定した2023年以降の共同ワークプランを含む。これを通じて、FSBとSSBsは、SSBsが策定するより詳細なガイダンス、モニタリング、情報公開などにより、包括的かつ一貫したグローバルな規制枠組みの構築を推進するため、それぞれのマンデートの下で、作業を引き続き調整する

ステーブルコインの規制に関連して、EUの欧州銀行監督機構(EBA)は、2024年の暗号資産市場規制(MiCAR)施行を控え、ステーブルコインの発行業者に対しリスク管理と消費者保護に関する「行動原理」を自主的に順守するよう呼びかけています。EUは2023年4月、暗号資産の取引やステーブルコインの発行に関する世界初の包括的なルールであるMiCARを可決、EBAは、意見公募のため、ステーブルコインの発行に関する具体的な規制の第一弾を公表しました。2024年6月30日に施行予定で、払い戻しに関する恒久的な権利や苦情処理のルールなどが盛り込まれているといいます。ただEBAは、MiCARの可決を受けて今後数カ月でステーブルコインの発行が相次ぐと予想、発行業者に対し、MiCARの施行を控えた準備作業として、望ましいガバナンスとリスク管理に関するEBAの行動原理を活用するよう呼びかけています。報道によれば、「後の段階でビジネスモデルの壊滅的で急激な調整が必要になるリスクを減らし、監督の収れんを促すとともに、消費者保護を円滑に進めることが狙いだ」と説明しています。

本コラムでもその動向を注視していた、米連邦地方裁判所は、米リップル社が取り扱う暗号資産「XRP」の扱いを巡って米証券取引委員会(SEC)が同社を提訴していた件で、個人向けに販売されるXRPは「有価証券ではない」との判決を出しています。SECによる暗号資産業者への摘発強化の流れに影響を及ぼす可能性があります。報道によれば、ニューヨーク連邦地裁のトーレス判事は、リップル社が販売するXRPのうち、機関投資家向けに販売したものについては連邦証券法において「無登録で、違法な証券販売にあたる」との判断を示しています(これに対し、個人向けは違反していないと結論づけたものです)。SECは2020年12月、XRPを有価証券とみなしたうえで、リップル社が証券法に違反してXRPを販売しているとして同社を提訴しましたが、リップル社はXRPは国境をまたぐ決済を促進するために開発された「通貨」だと主張し、係争中だったもので、判決では、機関投資家向け販売について投資家は「販売元のリップルの努力によって、利益を得られるとの期待を抱いて買っている」とし、こうした取引は証券取引にあたると結論づけた一方、一般個人の買い手は「売り手がリップルであることを知らないで買っただろう」とし、有価証券の取引にあたらないとしました。判決は一部SECの主張を認めた形となった一方、暗号資産交換所を通じて一般個人に販売されたXRPは証券にはあたらないとしたことで、暗号資産業界や規制当局の関係者にはリップル社に有利な判決との受け止めが広がっています。

米下院金融委員会は、暗号資産に関する規制の枠組み策定を目指す法案を承認しました。暗号資産がどのような場合に証券もしくはコモディティー(商品)と見なされるか定義し、米商品先物取引委員会(CFTC)による業界監督を拡大する一方、米証券取引委員会(SEC)の権限を明確にする内容となっています。ただ、法案には金融委のウォーターズ下院議員ら民主党の一角から強い反発が出ているほか、ブラウン上院銀行委員長が新たな暗号資産規制法案の必要性に懐疑的な見方を示すなど、上院でもハードルに直面する可能性があります。SECは大半の暗号資産が証券に当たるとして業界に対する監督権限を主張してきましたが、暗号資産企業の多くは異議を唱え、暗号資産が証券というよりコモディティーに近いことを明確にする法律を整備するよう議会に働きかけていたものです。その米証券取引委員会(SEC)は、米暗号資産交換業大手コインベースを2023年6月に提訴するのに先立ち、ビットコインを除く全ての暗号通貨取引を停止するよう要請していたと報じられています。アームストロングCEOは英紙FTに「あの時点で選択の余地はなかった。ビットコイン以外の全ての資産を上場廃止にすることは実質的に米暗号業界の終焉を意味する」と述べ、司法の判断を待つ方針を示しています。SECは、コインベースが少なくとも13種類の暗号資産を登録していなかったなどとして提訴、SECは英紙FTに、執行部門が「企業に暗号資産の上場廃止」を正式要請することはないとした上で、「調査の過程で、証券取引法上、疑問を生じさせかねない行為について、スタッフが独自の見解を共有することはある」と述べています。

英財務省のアンドリュー・グリフィス金融サービス担当次官は、暗号資産をギャンブルの一種として扱うことは、英国を世界やEUの規制当局と対立させ、この分野から生じるリスクを軽減できないとの考えを示しています。議会の特別委員会は2023年5月の報告書で、ビットコインやイーサなど「裏付けのない」暗号資産は消費者に重大なリスクをもたらすことからギャンブルとして規制されるべきとの考えを示していたました。議員の間では、この分野を金融サービスとして扱えば、消費者が実際よりも安全だと考えることへの懸念があり、規制当局は投資家に対して全財産を失う可能性があると警告しています。英国は暗号資産とそれに関連するブロックチェーン技術の世界的ハブとなることを目指しており、この分野のルール策定に取り組んでおり、グリフィス氏は、財務省は暗号資産の個人取引や投資活動を金融サービスではなくギャンブルとして規制するという勧告に「断固として同意しない」と述べました。ギャンブルに対する規制では、暗号資産交換業者FTXの破綻で浮き彫りになったリスクに対処できない可能性が高いと指摘しています。

暗号資産に関する国内外の最近の報道から、いくつか紹介します。

  • ブロックチェーン分析のチェイナリシスは、暗号資産が絡んだ2023年上半期の犯罪は総体的に減少したが、ランサムウエアを使った攻撃に支払われた身代金額は大幅に増加しており、通年ベースでは過去2番目の大きさとなる見込みだと発表しています。暗号資産の価格は2022年、関連企業の経営破綻が相次いだことから急落したものの、2023年に入って徐々に回復しています。チェイナリシスによると、ダークネット市場、ランサムウエア、マルウエア、詐欺、児童虐待関連の素材など、不正行為への暗号資産の流入額は2023年1~6月は28億ドルとなり、前年同期の80億ドルから65%減少した一方、ランサムウエアによる攻撃者に対する暗号資産の支払額は4億4910万ドルに達し、2022年同期から1億7580万ドル増加したといいます。チェイナリシスは「資金が潤沢な大物を標的にしたランサムウエア攻撃が再び増えつつある。小規模な攻撃も増加している」と指摘しています。
  • 中国政府は本土での暗号資産の売買を違法とし、海外の交換所が本土の顧客を対象にネット上でサービスを提供することも禁じていますが、一方で暗号資産の売買が合法とされている香港は、主要な取引ハブの一つに躍り出ようとしていると報じられています(2023年7月22日付日本経済新聞)。厳格な規制を適用されない実店舗型の交換所は、香港の観光地や繁華街でにぎわっており、本土から訪れる人の需要があり、香港の法的権限の曖昧さを利用していることが挙げられます。現金の支払いで暗号資産が手に入り、大抵は資金の出所も身元も明かさずに取引できるとされます。ネット上の取引ハブとしての地位を高めたい香港は、オンライン交換所へのライセンス交付条件を厳しくしている半面、店頭での売買では大量購入する顧客に対してもチェックが甘く、審査を一切しないこともあるといいます。個人客を相手とするオンライン交換所に義務付けられる投資家保護目的のチェックが、店頭売買では徹底されておらず、店頭売買でのチェックが緩く、地理的に中国本土に近い香港は、暗号資産取引に興味を持つ本土の人にとって魅力的であり続けており、中国本土は2022年、暗号資産の取引の市場規模で世界4位の座を維持しています。
  • ニューヨーク州南部地区連邦検察は、暗号資産の融資大手で2022年7月に経営破綻した米セルシウス・ネットワークの創業者アレックス・マシンスキー元CEOを逮捕し、詐欺罪で起訴したと発表しています。投資家を欺いた疑いやトークン(電子証票)の価格を操作した疑いがあるとしています。同被告は証券詐欺や電信詐欺など7つの罪に問われています。2017年のセルシウス設立時に、暗号資産技術を使った資金調達(ICO)で5000万ドル(約69億円)を調達したと主張していましたが、検察当局の見立てでは調達額が目標の6割強にとどまったといいます。また、セルシウス独自のトークンである「CEL」の価格を人為的につり上げた疑いももたれており、同意を得ないまま顧客資金でCELを購入し、価格を押し上げるなどの行為を指揮していたと検察当局は指摘しています。
  • 暗号資産交換所大手バイナンスが、7月にかけての数週間に世界で1000人を超える従業員を解雇していたといいます。解雇前は世界で約8000人の従業員を抱えていましたが、一連の人員削減によって3分の1を超える人数が減る可能性もあるといいます。バイナンスは2023年6月に証券法に違反したとして米証券取引委員会(SEC)に提訴され、米国での事業展開の先行きや、業績に不透明感が出ていることが人員削減の背景にあるとみられています。報道によれば、顧客サービスに関わる従業員の解雇が目立っているといいます。また、、暗号資産の取引が2021年に違法化された中国で1カ月の関連資産取引高が900億ドル相当あったと報じられています。この取引により、中国はバイナンスにとって最大の市場となり、一部の大口トレーダーによる取引を除いて全世界の取引高の20%を占めたといいます。バイナンスの起源は中国にあるが、規制当局が取り締まりに乗り出した2017年に撤退しています。さらに、バイナンスの日本法人は、日本国内でのサービスを開始しています。無国籍で活動してきたバイナンスは世界各国で暗号資産のライセンスを取得する方針に転換、数十万人の日本人顧客に対しても日本法人での口座取引を要請し始めました。2023年8月14日から始める日本の規制基準での本人確認手続きを経てバイナンスジャパンの口座への切り替えを促しています。バイナンスが無国籍での営業方針を大きく転換する背景には、各国の金融当局からの警告が厳しくなってきたことが挙げられます。金融庁は2021年、バイナンスに対して未登録業者としての警告をおこなったほか、英国の金融規制当局もバイナンスに対してサービス停止を求める通知を出しています。2023年7月にはナイジェリアの金融当局がバイナンスの事業を違法と断じるなどしており、バイナンスは世界各国で暗号資産交換業などのライセンス取得を急いでいます。欧州ではフランス、イタリア、スペイン、ポーランドなどで取得したほか、アジア・太平洋地域では日本のほか、オーストラリアやインドネシアでライセンスを取得、タイでもサービス開始の準備を進めているといいます。
  • 生成AI「ChatGPT」の米オープンAIのサム・アルトマンCEOが手掛けるワールドコイン財団は、生体認証を使った暗号資産を正式に始めると発表しています。ネット上でAIと人間を区別するのに役立てるほか、最低所得を保障する「ベーシックインカム」を配布する金融インフラにする考えもあるといいます。生体認証とひも付いたIDを取得すると約25枚の同コインがもらえるプロジェクトを世界各地で展開、月に一度、ID認証ができた人にコイン配布があるとされ、すでに数百万人がIDを取得し、最終的に20億人の登録を目指すといいます。一方で、プライバシー面での懸念が強まっており、既にハッキングなどで個人情報が漏れて売られているとの報道もあります。米国では規制当局の動きが不透明なことからコインの取引を見送っています。そもそも暗号資産と個人をIDでひも付けることを嫌がる層も多く、ChatGPTのように世界を席巻できるか、市場ではまだ懐疑的な見方が優勢のようです。
  • 暗号資産の自主規制団体である日本暗号資産取引業協会(JVCEA)と、業界団体の日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)は、金融庁に対して2024年度の税制改正要望書を提出、株式などと同様に20%の申告分離課税を導入するなどが柱となっています。政府が次世代インターネットであるWeb3を成長戦略と位置づけるなか、競争力を強化するには暗号資産税制見直しが不可欠と主張しています。また同時に翌年以降3年の損失繰り越し控除を適用したり、現物取引だけでなく先物など暗号資産のデリバティブ(金融派生商品)取引にも適用するよう明記、さらに、法人が短期売買目的以外で継続的に保有する暗号資産について、期末での時価評価課税の対象外にすることを求めています。ベンチャーキャピタルが企業発行の暗号資産を保有したり、非代替性トークン(NFT)事業を営む企業が決済目的で暗号資産を保有したりする事例があり、国内での投資や事業運営の障害になっています。また、2団体が今回初めて要望したのが、暗号資産同士の交換時の課税繰り延べで、ビットコインをイーサリアムに交換した場合など暗号資産同士の交換時には課税せずに保有する暗号資産を法定通貨に交換した時点でまとめて課税対象にすることを検討するよう求めています。ただステーブルコインを含めるかなど論点が多岐にわたるため、将来的な要望とすることを明記しています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

大阪市内で運営を目指す大阪IR(カジノを中心とした統合型リゾート)について、米MGMリゾーツ・インターナショナルのビル・ホーンバックルCEOは、着工時期など具体的な計画を定めた実施協定案の策定は「今秋を見込む」と述べ、従来の姿勢を改めて示しています。また、同CEOは開業時期の見通しを「2030年1~6月」としています。大阪IRの運営は米MGM日本法人やオリックスなどで構成される「大阪IR株式会社」が担う予定で、同社と大阪府・市は現在、実施協定案を作成中ですが、大阪府の吉村知事は大阪IRの開業時期について、「2029年は難しい」との認識を示しています。国による整備計画の認定が当初想定の20222年秋から2023年4月にずれ込んだことが理由で、「大阪IR株式会社」が基本協定を解除できる期限を9月30日まで延長しています(当初期限は7月13日)。吉村知事は報道陣に「2029年は難しいというのは(関係者の)共通認識だ。いつにすべきか、前提条件も含めて種々の調整をしている」と説明、基本協定についても「解除について議論されていることは一切ない」と述べています。

一方、大阪IRについて、建設予定地の不動産鑑定を巡り、情報公開請求に「不存在」と回答したメールが見つかったとして、大阪府・市でつくる大阪港湾局は、鑑定業者らと交わした198通を公開しています。市が賃料算定のため鑑定を依頼した4社中3社の評価額が一致したことや、IR事業を評価の「考慮外」としたことが市議会で問題視されましたが、同局は鑑定業者への不当な指示や誘導を否定しています。報道によれば、公開されたのは、2019~20年度のメールや添付資料など約1200枚の公文書で、港湾局は、市が4社中1社から「IR事業は評価の考慮外とすべきで、条件をそろえた方がいい」との助言を受け、残る3社の見解を確認した上で「考慮外」と決定したなどと説明、公開されたメールでは、3社に条件を提示した時期に不一致が見られたものの、同局は「これまでの説明と大きな食い違いはない」としています。また、大阪IR整備計画を巡り、民間団体「ギャンブル依存症問題を考える会」は、観光庁に対して不服を申し立てる審査請求を行っっています。IR事業者である米MGMリゾーツ・インターナショナルがオンラインカジノによる犯罪収益を取り込んでいる可能性があるとして、計画の認定を取り消すべきだと訴えているものです。同会は、東京都内で記者会見し、「(依存症で)被害者も出ている。お金の流れを明らかにしてほしい」と述べています。

大阪IRについての賛否はいまだに分かれているところですが、2023年7月10日付日本経済新聞で、大阪商業大学の谷岡学長は、「IRは、日本人がこれまで経験しなかった形態のエンターテインメントで、新しい産業だ。お金の新たな使い道ができるためタンス預金の一部が市場に出てくる。新しい職種や働き方も生み出す。経済的には純粋にプラスの影響を与えるものとして考えていい」、「海外でIRができた地域では賃金が上がって優秀な人材が集まり、質の高い観光業に変化しつつある。日本でも観光業を変える可能性がある」、「(多額の資金を賭ける)『ハイローラー』から家族連れまで多様なニーズを持った顧客が海外から来るが、日本には対応できるノウハウや仕組みがまだ整っていない。例えばハイローラーには施設まで車で送り迎えするといった特別なサービスや特典を付与することなどだ」、「日本ほど伝統的なものから現代的なものまで観光コンテンツが充実している国はない。IR周辺の観光産業は自らのポテンシャルを見直し、資源を生かしてほしい」などと述べています。一方、大阪府・市と同時期に誘致を目指したものの県議会で否決され断念した和歌山県の岸本知事は、「県民が決めることだが、ビジネスとしてリスクは高い」と述べ、慎重な姿勢を示しています。岸本氏は、中国政府による国外のカジノがある都市への渡航規制で、中国人観光客の呼び込みが難しくなったと指摘、「大阪で開業予定のIRがどれだけ集客できるか見守りたい」と語っています。

金銭を賭けずにポーカーなどを楽しむ「アミューズメント・カジノ」が宇都宮市内に相次いで開店し、にわかにブームとなっているとの報道もありました(2023年7月18日付読売新聞)。ユーチューブなどでプロのポーカー選手らが動画を配信し、関心を持つ人が増えているといい、大阪のカジノへの期待感もあって、カジノ熱が高まっている面もあるといいますが、アミューズメント・カジノ自体は法的に問題なくても、金銭を賭ける違法なカジノへの呼び水となることを危惧する声も当然ながらあります。ギャンブル依存症の相談も受ける「県精神保健福祉センター」(宇都宮市)では、近年、インターネット上の賭博による依存症の相談が増えているといい、「何でも時間やお金を決めて遊ぶことが肝心。誰でも依存症になり得ると考え、度を過ぎないよう気をつけてほしい」と呼びかけています。

IRについては、以前からギャンブル依存症の拡大に強い懸念が示されています。一方で、産経新聞は、「日本は競馬や競輪、競艇などの公営ギャンブルやパチンコ・スロットに興じる人が多い一方、これまで依存症の問題に正面から向き合ってこなかった。依存症者の家族らがカジノに不安や懸念を抱くのは当然であり、対策は必要だ。しかしこれだけ公営ギャンブルなどが定着している中で、忌避感に基づく批判がカジノに集中する現状に違和感を覚える。「カジノ誘致を許すな」との声は大きいが、パチンコ廃止運動の話は聞いたことがない。新型コロナウイルス禍を経て、各地がポストコロナの観光のあり方を模索している。カジノを起爆剤とした観光振興は時代錯誤か否か。」と問題提起をしています。そして、依存症の専門治療を行う独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)によると、借金や離婚など生活に大きな損害が生じるにもかかわらず、ギャンブルを続けたいという衝動を抑えられない「病態」としており、患者の脳内では「脳内報酬系」と呼ばれる部位に機能異常が発生、ギャンブルで勝つと、この部位が強く反応し脳内に快楽物質「ドーパミン」が大量に分泌されるものの、継続すると楽しさを感じられなくなる一方、ギャンブルへの欲求だけが高まり続けるという見解が紹介され、IR開業に向け、国や府市は依存症対策として、日本人のみを対象にカジノの入場料を6千円に設定、依存症者の家族から申告があれば、マイナンバーカードでの身元確認時に入場を制限、大阪では依存症患者の相談と治療をワンストップで行う支援センターを立ち上げるといった取組みがなされることになっており、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」も、こうした取り組みを十分ではないと指摘するものの、「IR計画の是非が議論されることでギャンブル依存症が病気であり、治療が必要との認識が社会に広まれば」と期待しているとの見解も示されています。また、2023年7月30日付日本経済新聞においても、ギャンブル依存症は脳内の快楽物質が関係する「病気」であるが、薬物やアルコールのように、原因物質を摂取するわけではなく、本人の意志の弱さ、で片づけられてしまうことがいまだに少なくないと指摘、「家族の愛では回復しない。専門家の支援を真剣に求める必要がある」との専門家の意見を紹介しながら、「依存症が増えて対策コストが膨らめば、全体としてカジノは社会にマイナスだったということになってしまうリスクがあるものをあえて推し進める以上、行政が実効性の高い対策に重い責任を負うのは明らかであり、「やってみたら、やっぱり依存症を生んでしまった」では許されない。苦しむ家族が日々流す涙を行政も事業者も肝に銘じ、開業へ向け対策を練る必要がある」と指摘しており、正に正鵠を射るものと思います。いずれにしても、大阪IRが、ギャンブル依存症が病気であって、適切な治療を行う必要があるとの認識が社会に浸透し、幅広く依存症対策について議論するきっかけになることを期待したいところです。

夏休みに入り、子どもたちのゲーム依存症に対する警戒が必要な時期といえます。本コラムでも以前から取り上げていますが、WHOは2019年5月、ゲームにのめり込み、生活や健康に深刻な影響が出た状態を、ギャンブル依存やアルコール依存と並ぶ精神疾患の「ゲーム障害」と位置づけ、症状として、(1)ゲームをする時間を自分で制御できない(2)日常の活動よりもゲームを優先する(3)問題が起きてもゲームを続けるなどを明示、こうした状況が1年以上続くケースを診断の基準としています。報道によれば、長崎大の今村明教授(作業療法学)が2022年9月、WHOの基準などに合わせ、長崎県内の小中高生約4000人にアンケート調査を実施したところ、「約7%がゲーム依存の可能性がある」とする調査結果を公表しています。今村教授は「依存症は、対象に触れる時期が早いほど発症しやすい。今の子どもは小学校入学前からタブレットを持つことが珍しくなく、ゲーム依存に陥りやすい」と指摘しているほか、ゲーム依存の可能性がある子どもと、そうでない子どものゲームの利用時間を比較したところ、「平日2時間、休日3時間」が依存可能性の分岐点になったといいます。また、東京都教育委員会の2022年の調査によれば、動画やゲームを1日4時間程度以上すると答えた子が14%いること、心身への影響について、ネットの利用で目が悪くなった(25%)、寝不足になった(19%)という影響も見られるといいます。一方、こうした「時間」だけでなく、例えば友達にSNSでネガティブな書き込みをされた時、ずっと見ていないと心配で何度も見てしまうケースでは、時間は細切れで短くても、心身への影響は大きく出ることも危惧されます。子どもの心身への影響のサインを見逃さないことが親や大人として注意していく必要があります

③犯罪統計資料

例月同様、令和5年1~6月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和5年1~6月分)

令和5年(2023年)1~6月の刑法犯総数について、認知件数は333,003件(前年同期274,880件、前年同期比+21.1%)、検挙件数は125,335件(119,470件、+4.9%)、検挙率は37.6%(43.5%、▲5.9P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。最近は、検挙件数が前年を下回る傾向にあったものの、ここにきて増加に転じています。その理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は228,889件(184,949件、+23.8%)、検挙件数は73,412件(71,736件、+2.3%)、検挙率は32.1%(38.8%、▲6.7P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は46,860件(42,191件、+11.1%)、検挙件数は30,320件(29,230件、+3.7%)、検挙率は64.7%(69.3%、▲4.6%)と、最近減少していたところ、認知件数が増加に転じています。また凶悪犯について、認知件数は2,501件(2,109件、+21.1%)、検挙件数は2,111件(1,807件、+4.9%)、検挙率は84.4%(85.7%、▲1.3)、粗暴犯の認知件数は28,545件(25,125件、+13.6%)、検挙件数は22,909件(20,630件、+11.0%)、検挙率は80.3%(82.1%、▲1.8P)、、知能犯の認知件数は23,169件(17,894件、+29.5%)、検挙件数は9,047件(8,797件、+2.8%)、検挙率は39.0%(49.2%、▲10.2%)、とりわけ詐欺の認知件数は21,334件(16,295件、+30.9%)、検挙件数は7,747件(7,412件、+4.5%)、検挙率は36.3%(45.5%、▲9.2P)などとなっており、本コラムで指摘してきたとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加傾向にある点が注目されます。刑法犯全体の認知件数、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率が低下傾向にある点も気がかりです)。

また、特別法犯総数については検挙件数33,305件(32,272件、+3.2%)、検挙人員は27,231人(26,560人、+2.5%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続いていたところ、2023年に入って以降、ともに増加に転じ、その傾向が続いている点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は2,697件(1,982件、+36.1%)、検挙人員は1,915人(1,488人、+28.7%)、軽犯罪法違反の検挙件数は3,795件(3,726件、+1.9%)、検挙人員は3,762人(3,693人、+1.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は5,062件(4,357件、+16.2%)、検挙人員は3,916人(3,369人、+16.2%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は590件(492件、+19.9%)、検挙人員は483人(390人、+23.8%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は188件(233件、▲19.3%)、検挙人員は63人(86人、▲26.7%)、不正競争防止法違反の検挙件数は19件(29件、▲34.5%)、検挙人員は25人(32人、▲21.9%)、銃刀法違反の検挙件数は2,383件(2,419件、▲1.5%)、検挙人員は1,993人(2,126人、▲6.3%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、入管法違反、軽犯罪法違反、迷惑防止条例違反やストーカー規制法違等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は592件(475件、+24.6%)、検挙人員は347人(285人、+21.8%)、大麻取締法違反の検挙件数は3,452件(3,010件、+14.7%)、検挙人員は2,837人(2,386人、+18.9%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は3,550件(4,352件、▲18.4%)、検挙人員は2,470人(2,990人、▲17.4%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加している点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続しており、特筆されます(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。したがって、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について、総数279人(257人、+8.6%)、ベトナム86人(75人、+14.7%)、中国38人(48人、▲20.8%)、ブラジル21人(18人、+16.7%)、韓国・朝鮮11人(11人、±0%)、フィリピン10人(10人、±0%)などとなっています。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は4,472件(4,636件、▲3.5%)、検挙人員は2,767人(2,803人、▲1.3%)と、刑法犯と名異なる傾向にありますが、最近、検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、今回、あらためて減少に転じた点が注目されます。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じていたところであり、アフターコロナにおける今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は279件(315件、▲11.4%)、検挙人員は265人(312人、▲15.1%)、傷害の検挙件数は448件(490件、▲8.6%)、検挙人員は533人(540人、▲1.3%)、脅迫の検挙件数は157件(186件、▲15.6%)、検挙人員は141人(176人、▲19.9%)、恐喝の検挙件数は169件(169件、+5.6%)、検挙人員は194人(197人、▲1.5%)、窃盗犯の認知件数は1,998件(1,991件、+0.4%)、検挙人員は384人(368人、+4.3%)、詐欺の検挙件数は826件(799人件、+3.4%)、検挙人員は665人(616人、+8.0%)、賭博の検挙件数は10件(17件、▲41.2%)、検挙人員は47人(60人、▲21.7%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしている点が特筆され、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される(とはいえ、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数2,163件(2,842件、▲23.9%)、検挙人員は1,478人(1,949人、▲24.2%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります(さらに減少幅も大きい点が特筆されます)。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4件(6件、▲33.3%)、検挙人員は3人(9人、▲66.7%)、軽犯罪法違反の検挙件数は36件(35件、+2.9%)、検挙人員は28人(31人、▲9.7%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は29件(46件、▲37.0%)、検挙人員は28人(40人、▲30.0%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は10件(16件、▲37.5%)、検挙人員は23人(34人、▲32.4%)、銃刀法違反の検挙件数は32件(47件、▲31.9%)、検挙人員は21人(29人、▲27.6%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は100件(92件、+8.7%)、検挙人員は43人(36人、+19.4%)、大麻取締法違反の検挙件数は476件(494件、▲3.6%)、検挙人員は306人(294人、+4.1%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,200件(1,672件、▲28.2%)、検挙人員は794人(1,112人、▲28.6%)、麻薬等特別法犯の検挙件数は54件(88件、▲38.6%)、検挙人員は22人(51人、▲56.9%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます(覚せい剤については、前述のとおりです)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

防衛省が「令和5年版防衛白書」を公表しています。その中で、北朝鮮については、「北朝鮮は、近年、かつてない高い頻度で弾道ミサイルなどの発射を繰り返している。また、変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルや「極超音速ミサイル」と称するミサイルなどの発射を繰り返しているほか、戦術核兵器の搭載を念頭に長距離巡航ミサイルの実用化も追求するなど、核・ミサイル関連技術と運用能力の向上に注力している。2022年10月には弾道ミサイルをわが国上空を通過させる形で発射したほか、ICBM級弾道ミサイルの発射も繰り返している。こうした軍事動向は、わが国の安全保障にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっており、地域と国際社会の平和と安全を著しく損なうものである。」と指摘しています。

▼防衛省 令和5年版防衛白書

この1カ月の間にも、北朝鮮は、2023年7月12日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)級のミサイル、同19日に短距離弾道ミサイル、同22日に巡航ミサイル数発、同25日に弾道ミサイル2発をそれぞれ発射しています。日米韓の外交担当局は北朝鮮の「核ミサイル開発の能力とペースが高まっていることへの深刻な懸念」を表明したほか、北朝鮮制裁を着実に実施するため、中国などの関係国に働きかけることで一致、日米韓が北朝鮮のミサイル関連情報をリアルタイムで共有する仕組みについて、年内の運用開始に向けた防衛当局間の議論の進展を歓迎しています。しかしながら、国連安全保障理事会決議に基づく制裁は中国やロシアが抜け穴となって効果が薄れ、ミサイル開発をとめる根本的な処方箋がないのが現状で、北朝鮮に開発を思いとどまらせるような根源策となると、打つ手が乏しい状況です。最近はロシアによるウクライナ戦争などの影響で西側陣営と中ロの対立が激化し、中ロは国連安保理で北朝鮮への追加制裁に反対しています。岸田首相は日本人拉致問題の解決を目指し、条件を付けずに金正恩朝鮮労働党総書記と向き合う意向も重ねて示してきましたが、北朝鮮は現段階で応じる気配をみせず、没交渉の間にミサイル開発が進む悪循環が続いています。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて国境を封鎖している北朝鮮が、外交再開の動きを見せはじめました。2023年7月27日の朝鮮戦争休戦70年を記念する行事に中国、ロシアの代表団が出席、封鎖以降、外国の代表団の訪朝は初めてで、本格的な外交再開や全面的な国境開放につながるか注目が集まっています。なお、行事には中ロ高官が参加、とりわけ注目されたのは、ショイグ露国防相で、ロシアがウクライナへの侵略戦争に苦戦する最中に国防トップが外遊するのは異例のことであり、ロシアは北朝鮮に対し武器提供を、北朝鮮は見返りに食糧などを得る取引が協議された可能性があると報じられています(米政府は2022年末、北朝鮮が民間軍事会社「ワグネル」に兵器を供与したことが確認されたと明らかにしたほか、2023年3月にも、ロシアが北朝鮮に食糧を提供する見返りに、20種類以上の武器弾薬を調達しようとしているとの情報を公表しています。なお、関連して、ウクライナ軍がロシアに対抗するため、北朝鮮製のロケット弾を使用していると英紙FTが報じています。主に1980~90年代に製造されたとみられ、戦争の長期化でウクライナ側は弾薬不足に陥っており、信頼性の低い武器を併用せざるを得ない状況になっており、東部ドネツク州の激戦地バフムト周辺で、旧ソ連製の多連装ロケットシステム(MLRS)に使われていたもので、戦闘などを通じてロシア側から押収した可能性が考えられます。北朝鮮はロシアの侵攻を支援しており、ウクライナに直接提供した可能性は低いとかいえます)。一方、金正恩朝鮮労働党総書記も自ら新型兵器を紹介する熱の入れ方でロ朝の密着を印象づけました。北朝鮮が弾道ミサイルの発射を繰り返す背景には、中ロの後ろ盾によって国連制裁がこれ以上強化されないとの自信があると考えられます。なお、訪朝した中国の李氏は中国共産党の序列で24位以内に入るものの、中国が派遣した代表としては序列が高いわけではなく、北朝鮮が新たな核実験準備の動きを見せる中、自制を求めてきたとされる習近平政権が、派遣する高官のレベルを調整することで、核開発には賛成しないメッセージを込めたとの分析も出ています。さて、本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、中国での新型コロナ感染拡大を受け、北朝鮮は2020年1月に中朝国境を封鎖、これ以降、人的交流は断絶した状態で、北朝鮮に外国の要人が入国した事例は、2023年3月に赴任した中国の王亜軍・駐北朝鮮大使のみとみられています。北朝鮮は国境を開くタイミングをうかがっているとみられ、6月に開かれた朝鮮労働党中央委員会拡大総会では「対外活動を自主的、積極的に行っていくための重要課題」が提起されたと伝えられ、外交再開を示唆したと受け止められています。2023年7月13日、北朝鮮のミサイル発射を受けて開かれた国連安全保障理事会会合には北朝鮮の国連大使が出席、北朝鮮代表の参加は2017年以来で、外交再開の布石とも捉えられています。2023年年9月に中国・杭州で開幕するアジア競技大会に北朝鮮選手が出場する見通しで、国境が開くのは時間の問題との見方も出ています。一方で、北朝鮮のこうした動きが中ロ以外の国際交流や全面的な国境開放につながるかは依然不透明で、金正恩政権は厳格なコロナ対策を国内の統制に利用してきた側面もあり、国際情勢もにらみつつ、往来再開の時期を慎重に見定めているようです。

この朝鮮戦争休戦70年を記念する行事について、2023年7月29日付産経新聞は、「勝利を収めたわけではない戦争当事国とその支援国が集って「戦勝」を声高に祝う。異様な光景だ。同時にその戦争が、決して過去のものではなく、今に潜伏する戦いであることを実感する。…国民の生活を犠牲にしながら、核・ミサイル開発を続ける体制に何ら正当性はない。朝鮮半島に真の平和を取り戻すためにも日本、米国、韓国をはじめとする国際社会は北朝鮮に引き続き核・ミサイルの放棄を迫らねばならない。…米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は、産経新聞などの取材に「(朝鮮半島は)世界でも常に高い即応態勢でいなければならない場所の一つで、ほとんど予告なしに戦争状態に陥る可能性がある地域だ」と警告した。日本にとっても対岸の有事ではない。東京の横田基地には国連軍の後方司令部が置かれており、国連軍地位協定は、日本国内7カ所の米軍基地・施設の国連軍の使用を認めている。有事には、日本も万全の対応をとれるよう準備を怠ってはならない。米韓は米核戦力の運用に関する「核協議グループ(NCG)の初会合を18日に開き、韓国を核攻撃すれば北朝鮮の政権に終末をもたらすと警告した。北朝鮮に新たな侵略をさせないための最大の抑止力は日米韓の結束である」と指摘していますが、正に正鵠を射るものと思います。

金総書記が権力を継承した2011年12月以降、北朝鮮が軍事パレードを実施するのは今回で14回目となり、2012~18年の約6年半の間に計8回だったのに対し、パレードがなかった2019年を除き、2020~23年は3年足らずで6回実施したことになります。金総書記は9月9日の建国75周年も盛大に祝うと宣言しており、この際にも軍事パレードが実施される可能性があります。報道によれば、パレードの中身も変化しており、当初は戦車や自走砲などの通常兵器を数多く展示していたところ、最近は全体の兵器の数を減らす代わりに大陸間弾道弾(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの戦略兵器の展示に重点を置いているとされます。金総書記が軍事に傾倒すればするほど、国内経済が疲弊する悪循環に陥っています。韓国銀行によれば、国連安全保障理事会による制裁が相次いだ2017年、北朝鮮の経済成長率はマイナス3.5%を記録、新型コロナの影響もあり、その後は2019年に0.4%を記録した以外はマイナス成長が続いているといいます。北朝鮮は現在、米朝協議に関心を示しておらず、唯一の支援国とも言える中国のほか、ロシアやグローバルサウスとの連携を目指す考えではあるものの、強硬派が主導する限り、軍事重視路線は続く見通しで、人民の疲弊はさらに深刻化することが予想されます。関連して、2023年7月12日付日本経済新聞によれば、北朝鮮で生活物資の不足が深刻化しており、中国からの輸入額は2023年1~5月、タイヤやたばこなどが新型コロナウイルス禍前を上回る一方、食料や衣料品などは5~7割にとどまり、貧困層の食料不足につながり、平壌でも飢餓が発生したもようだといいます。さらに、韓国農村振興庁によると、北朝鮮の2022年の農業生産量は451万トンで、台風の影響などから2021年比で18万トン減っており、韓国の情報機関、国家情報院は2023年5月末時点で北朝鮮内の食料事情はなお悪化していると国会で説明、北朝鮮内のトウモロコシ価格が金総書記政権下の最高値まで上昇し、餓死者は例年の3倍に達したとみられ、生活苦による凶悪犯罪が増えたという指摘もあるといいます。

最後に、読売新聞が特集している「朝鮮戦争 休戦70年」から、2つの記事を紹介します。

北体制崩壊、20年以内にも…元北朝鮮外交官・太永浩氏(2023年8月3日付読売新聞)

いずれ政府高官になるエリート層と一般人とで、教えられる内容が異なる。公には、米国と李承晩政権が北を侵略し、戦争が始まったとされている。戦争に備えていた金日成が反撃し、朝鮮半島南部まで追いやったというストーリーだ。一方、エリート層は金日成がどう戦争を準備し、なぜうまくいかなかったのかを一般住民は閲覧できない書籍や映画などで学ぶ。「次の戦争」で、同じ失策をしてはならないと教育される。先制攻撃したとまでは言わないまでも、北朝鮮が戦争を始めたと認識している。…最初の誤算は、李承晩がソウル防衛を諦め、漢江を渡ったことだ。…次に、軍の指揮系統がバラバラだった。…情報も不正確だった。…核兵器の脅威も学んだ。朝鮮戦争で米国が「原子弾(原子爆弾)」を使用するとのうわさが流れ、多くの住民が南に逃げた。使用をほのめかすだけで恐怖と混乱を引き起こすことを知った。北の核兵器への執着はこの時に始まった。これらを教訓に金日成は、最高指導者に権限を集中させる「唯一思想体系」を構築するに至った。金日成に逆らう人間は、すべて粛清された。…核戦略が大きく変わった。金正日の時代までは、戦争で敗北直前まで追い込まれた時に使う「最後の手段」だった。正恩氏は開戦初期から核兵器を使うつもりだ。韓米同盟は、核を使わない従来型の戦争を共に戦うことを想定して生まれた。韓米は今年4月の首脳会談で、対北朝鮮の核戦略を練る「核協議グループ」を設置した。正恩氏に核を使わせないためにどうすべきなのか、韓米同盟の性格が変わってきている。北朝鮮で変化が起きている。20歳代、30歳代の世代は北朝鮮の統治システムに対する信頼がない。彼らは韓国映画やドラマを見て、言葉やファッションをまねしている。朝鮮戦争で北朝鮮軍は、共産主義という理念のために戦ったが、今の若者世代は理念には興味がなく、個人主義が強い。…韓国文化への憧れがマグマのようにたまっている若い世代が主導権を握ったらどうなるか。良い大きな変化が北朝鮮に起こる可能性があると私は期待している

対北朝鮮心理戦の要「住民が真実に目覚めるよう、外部情報を吹き込み拡散」…国家安保戦略研究院・理事長(2023年8月3日付読売新聞)

韓国の情報機関・国家情報院傘下にある「国家安保戦略研究院」の劉性玉理事長が読売新聞のインタビューに応じた。1986年に国家情報院(当時は国家安全企画部)に採用された北朝鮮専門家は、対北心理戦の重要性を強調した。…3つの側面で変化した。肯定的な側面は〈1〉チャンマダン(闇市場)〈2〉情報手段(携帯電話)〈3〉若者世代〈4〉韓流の4要素を中心として、速度は遅いが、体制に亀裂が入り始めていることだ。良い兆候だ。配給制が完全に崩れた今、チャンマダンは全国に400~500か所ある。人々と情報が集まる。海外の情報にも触れる。資本主義の考え方が生まれ、人々は経済を統制する社会が間違っていると考え始める。携帯電話は500万~600万台普及しており、これも外部の情報を得る手段だ。中国の国境沿いでは、中国の携帯電話を持っていれば電波も届く。若者世代の考え方が多様なのは、北朝鮮も同じだ。若者は何事も怖がらない。妻子がいなければなおさらだ。若者を統制できないため、金正恩は統治政策をこの世代に合わせている。韓流も急速に広がっている。作品をみると、同じ言葉や文化を持つ人々が豊かに楽しく暮らし、恋愛している。その衝撃は、日本人が韓流に触れる時とは比べものにならない。抑圧の苦しみから解放された気持ちになる。否定的側面は二つだ。一つは、体制が80年代と比べてより好戦的で硬直化しており、独裁と抑圧の水準が強化された。金正恩体制で事実上の核保有国となり、「核・ミサイル強国」の妄想に固執している。朝鮮半島での武力衝突の可能性が一層高まっている。もう一つは、南北間の差異が大きくなり、統一の熱望が冷めている。南北で生き別れた離散家族も、高齢化で減っている。北朝鮮が不信感を招く態度をとってきたことで、対話と協力を通じた平和的な統一の可能性は、以前よりもはるかに低くなった。…当面の間は、金正恩体制は表面的には安定しているように見えるだろう。それでも、体制を動揺させる心理戦を仕掛けていくことは重要だ。北朝鮮の変化は、内部からだけではなく、外部からも引き起こさなければならない

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例に基づく公表措置への対応(愛知県)

愛知県豊橋市の露天商組合「愛知県東部街商協同組合」は、名古屋市内で記者会見を行い、六代目山口組平井一家の組との関係を絶つため、弁護士ら有識者による第三者委員会を立ち上げると明らかにしています。露天商組合がこうした表明をするのは筆者の知る限り大変珍しく、報道によれば、組合には個人事業主約30人が加盟、イベントなどに出店する際、豊橋市に本部を置く組に慣習としてみかじめ料を支払っていたといいます。以前の本コラム(暴排トピックス2023年2月号)でも取り上げましたが、2020年に愛知県公安委員会から愛知県暴排条例に基づいて利益供与をやめるよう勧告を受けたものの、勧告に従わずに2021年にも現金500万円を払ったとして2023年2月、愛知県公安委員会から暴排条例に基づく組合名の公表処分を受け、各地の地方自治体などが主催する祭りへの出店を軒並み断られ、主な収入源を断たれていたといいます。2023年「7月の組合総会で、組との関係断絶を決定、組側にみかじめ料など1000「万円の返還を求める通知書も送付したということです。なお、第三者委員会は弁護士ら5人で構成し、組合の体質の改善などについて提言を受けるとしています。2013年には、同じく露天商の組合である「兵庫県神農商標協同組合」が、みかじめ料を支払い続けていたとして兵庫県公安委員会により全国ではじめて団体名が公表され、その後、解散に至っていますが、今回の取り組みについて、実務的に、一度公表措置まで至った団体をあらためて「シロ認定できるのか、その場合のロジックや取組みはどのようなものか、社会的にそうした取り組みが有効なのかの試金石となる可能性もあり、注目したいと思います。なお、会見に同席した暴排問題に詳しい宇都木寧弁護士も「過去はどうあれ、暴力団との絶縁を宣言するのは相当な勇気がいる。健全化を進め、地域の信頼を取り戻したい」と話しています。

▼愛知県暴力団排除条例(平成22年愛知県条例第34号)第25条の規定により勧告
▼愛知県暴力団排除条例

同条例では、第14条(利益の供与等の禁止)において、「事業者は、第二十二条第二項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。」として、「一 暴力団の威力を利用すること又は利用したことの対償として金品その他の財産上の利益の供与(以下「利益の供与」という。)をすること。」が禁止されています。同条に抵触した場合、第24条(調査)において、「公安委員会は、第十四条、第十六条第一項、第十七条第一項、第十九条、第二十二条第三項又は前条第三項の規定に違反する行為をした疑いがあると認められる者その他の関係者に対し、公安委員会規則で定めるところにより、その違反の事実を明らかにするために必要な限度において、説明又は資料の提出を求めることができる。」とされ、さらに、第25条(勧告)において、「公安委員会は、第十四条、第十六条第一項、第十七条第一項、第二十二条第三項又は第二十三条第三項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる。」とされています。今回は、勧告されてもなお、みかじめ料を支払い続けていますので、第26条(公表)「公安委員会は、第二十四条の規定により説明若しくは資料の提出を求められた者が正当な理由がなく当該説明若しくは資料の提出を拒み、若しくは虚偽の説明若しくは資料の提出をしたとき、又は前条の規定により勧告を受けた者が正当な理由がなく当該勧告に従わないときは、公安委員会規則で定めるところにより、その者の氏名又は名称及び住所(法人にあっては、その代表者(法人でない団体で代表者又は管理人の定めのあるものにあっては、その代表者又は管理人)の氏名を含む。)並びにその行為の内容を公表することができる。」とされています。

(2)暴力団排除条例に基づく公表措置(神奈川県)

暴力団の事実を隠すため知人に携帯電話などの契約を結ばせたとして、神奈川県公安委員会は、神奈川県暴排条例に基づき、稲川会系幹部の氏名を公表しています。

▼神奈川県暴力団排除条例第29条第1項の規定に該当する者の公表
  1. 氏名
    • 村井 純一
  2. 住所
    • 横須賀市日の出町1丁目2番地2 明香ビル 1001
  3. 違反の事実
    • 指定暴力団稲川会十代目横須賀一家伸道組幹部 村井純一は、自らが暴力団員である事実を隠蔽する目的で、令和元年10月17日、神奈川県内の携帯電話販売店において、知人男性をして、携帯電話契約を締結させ、もって他人の名義を利用し、条例第26条の2第1項の規定に違反した。
    • これにより、令和2年5月28日、条例第28条第1項の規定による勧告を受けたが、当該勧告に従わず、自らが暴力団員である事実を隠蔽する目的で、同年8月31日、神奈川県内の不動産会社において、知人男性をして、戸建物件の賃貸借契約を締結させ、もって他人の名義を利用し、条例第26条の2第1項の規定に違反した。
    • このことは、条例第29条第1項第2号に該当する。
▼神奈川県暴力団排除条例

本件は、神奈川県暴力団排除条例第29条第1項の規定に基づき、神奈川県公安委員会が求めた説明又は資料の提出について、「正当な理由がなく拒んだ者」「虚偽の説明若しくは資料の提出をした者」、正当な理由なく勧告に従わない者を公表するものです。

(3)暴力団排除条例に基づく家宅捜索事例(沖縄県)

前回の本コラム(暴排トピックス2023年7月号)でも取り上げた動きと関連しますが 、沖縄県警組織犯罪対策課は、沖縄県暴力団排除条例違反の疑いを視野に、沖縄市上地の暴力団排除特別強化地域内の飲食店複数店舗で一斉家宅捜索を実施しています。那覇市松山の同地域に続き2023年7月に2度目の家宅捜索となります。同条例ではキャバレーなどの特定営業者に暴力団との交際や利益供与等の禁止を定めており、報道によれば、県警は暴力団の資金源にもなっている用心棒代やみかじめ料の授受など不当行為の実態把握を進め、暴力団根絶に向けて取り締まりを徹底するとしており、約3時間にわたり、機動隊員ら約100人の捜査員がクラブ等の店舗に立ち入り、帳簿など関係資料を押収しています。なお、同条例では、那覇市松山と沖縄市上地の一部地域を暴力団排除特別強化地域と定め、風営法に携わる店舗の営業者は暴力団員を接客や用心棒に従事させること、利益供与を禁止していますが、営業者の中には暴力団員らに用心棒代を支払い、見返りにトラブル対処等を依頼するなど相互関係が疑われる店舗もあるとされます。前回の松山地区を含め、ある報道で沖縄県警OBは、「松山には、日本最大の指定暴力団である山口組の有力団体も進出してきていたのです。事務所を構えたり、表だっての活動はありませんでしたが、『みかじめ』も取っていた。といっても堂々とアガリを取っていたわけではない。利用したのは、松山に点在する無料案内所。そこに息がかかったキャバクラなどに広告を出稿させ、その広告料の名目で実質的な『みかじめ料』を徴収していたのです。そのスキームで重要な役割を果たしていた実業家がいたのですが、先日、その実業家が亡くなったのです。県警内で、『この機会に本土の反社会勢力を一気に排除しよう』という声が高まったことも今回の一斉摘発の動きにつながったのではないでしょうか」との見立てを示しており、参考になります。

▼沖縄県暴力団排除条例

同条例第19条(特定営業者の禁止行為)第2項で「特定営業者は、特別強化地域における特定営業に関し、暴力団員からその営業所における用心棒の役務(営業を営む者の営業に係る業務を円滑に行うことができるようにするため顧客、従業者その他の関係者との紛争の解決又は鎮圧を行う役務をいう。次項及び次条第2号において同じ。)の提供を受けてはならない」、第3項で「特定営業者は、特別強化地域における特定営業に関し、用心棒の役務の提供を受ける対償又は特定営業を営むことを容認させる対償として、暴力団員に対して、利益の供与をしてはならない」と規定されています。さらに、暴力団員に対しても、第20条(暴力団員の禁止行為)において、「暴力団員は、特別強化地域における特定営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(1)客に接する業務に従事すること。(2)特定営業者のために用心棒の役務を提供すること。(3)特定営業者から前条第3項に規定する利益の供与を受けること。」が規定されています。そのうえで、第25条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(2)相手方が暴力団員であることの情を知って、第19条の規定に違反した者 (3)第20条の規定に違反した者」が規定されています。

(4)暴力団排除条例に基づく勧告事例(北海道)

暴力団の威力を利用する目的で、暴力団員に中古車を安く販売したなどとして、北海道内の中古車販売業者に対し、北海道公安委員会は、「北海道暴力団の排除の推進に関する条例」に基づき、暴力団に利益を供与しないよう勧告しています。報道によれば、この業者は、2023年2月、北海道内の暴力団員に、定価20万円の中古の軽乗用車1台を9万円で販売し、支払いは分割払いにするなど便宜を図ったということです。警察が、放置されていた不審な車を捜査したところ、この業者が同条例に抵触する方法で暴力団員に販売したものと判明したといいます。この業者は「安く売れば感謝され、何かあった時に助けてもらえると思った」などと説明しているといい、勧告を受けたことについては「軽率でした。今後は付き合いません」と話しているということです。

▼北海道暴力団の排除の推進に関する条例

同条例の「第15条(利益供与の禁止)において、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(1)暴力団の威力を利用する目的で、財産上の利益の供与をすること」が明記されています。さらに、第22条(勧告)において、「北海道公安委員会は、第14条、第15条第1項又は第17条第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、必要な措置を講ずべきことを勧告することができる。」と規定されています。

(5)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(富山県)

富山市の公園近くに暴力団の事務所を開設し、運営したとして六代目山口組傘下組織の代表ら男6人が富山県暴力団排除条例違反の疑いで逮捕されています。報道によれば、6人は2022年12月ごろ、富山市内の公園近くに暴力団事務所を開設し、2023年6月25日まで運営した疑いがもたれているものです。同条例では、学校や公園などから200メール以内に暴力団事務所の開設を禁止しています。なお、同条例の禁止区域で暴力団事務所を開設し、運営した疑いで逮捕されたのは、2021年1月の条例改正後初めてだといいます。

▼富山県暴力団排除条例

同条例の第13条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲200メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない」として、「(7) 都市公園法(昭和31年法律第79号)第2条第1項に規定する都市公園」が規定されています。さらに、第24条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(1) 第13条第1項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者」が規定されています。

(6)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(静岡県)

暴力団事務所を浜松市内の教育施設が近くにある区域に開設した疑いで、静岡県警は、六代目山口組系組長を含む関係者の男5人を逮捕しています。ました。報道によれば、5人は2023年3月から6月まで、暴力団事務所の開設や運営を禁止している区域で、浜松市中区にあるマンションの一室を山口組の4次団体の事務所として開設、運営した疑いが持たれています(その後、5人とも不起訴処分となりました)。事務所として使用していたマンションについては、約150メートル先に幼稚園があったといい、同条例違反による逮捕は静岡県内では初めてだということです。なお、部屋は逮捕された無職の男が所有し、もともとは住居として数年前から暮らしていたということで、警察が事務所開設のくわしい経緯を調べているといいます。

▼静岡県暴力団排除条例

同条例第13条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地の周囲200メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない」として、「(1)学校教育法(昭和22年法律第26号)第1条に規定する学校(大学を除く。)又は同法第124条に規定する専修学校(高等課程を置くものに限る。)」が規定されています。さらに、第28条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(1)第13条第1項の規定に違反した者」が規定されています。

(7)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県①)

静岡県警静岡中央署と県警捜査4課は、暴力団対策法に基づき、六代目山口組良知組の無職の幹部の男に中止命令を出しています。報道によれば、男は2023年3月下旬、静岡市内の社交飲食店に飲食代金が高額だとして暴力団の威力を示し、返金名目で金銭を要求したということです。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」として、「八 人に対し、債務の全部又は一部の免除又は履行の猶予をみだりに要求すること」が禁止されています。そのうえで、(暴力的要求行為等に対する措置)で、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」とされています。

(8)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県②)

静岡県警三島署と県警捜査4課は、暴力団対策法に基づき、極東会三代目鈴木会の無職の男に中止命令を出しています。報道によれば、首領は2020年ごろ、静岡県東部の50代男性に暴力団の威力を示し、利息制限法に規定する制限額を超える利息を支払う約束で貸し付けた金銭の支払いを要求したとされ、月利1割で複数回に分けて数百万円を貸し付けたということです。男性からの相談で発覚したものです。

暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」として、「六 次に掲げる債務について、債務者に対し、その履行を要求すること」のうち、「イ 金銭を目的とする消費貸借(利息制限法(昭和二十九年法律第百号)第五条第一号に規定する営業的金銭消費貸借(以下この号において単に「営業的金銭消費貸借」という。)を除く。)上の債務であって同法第一条に定める利息の制限額を超える利息(同法第三条の規定によって利息とみなされる金銭を含む。)の支払を伴い、又はその不履行による賠償額の予定が同法第四条に定める制限額を超えるもの」が禁止されています。そのうえで、(暴力的要求行為等に対する措置)で、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」とされています。

(9)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(香川県)

香川県さぬき市の男性の自宅に押し掛けて、男性の孫の債務を肩代わりさせるために金銭を要求したとして、さぬき警察署は二代目親和会組員の男に対し、債務の肩代わり名目による不当な要求をやめるよう暴力団対策法に基づく中止命令を出しています。報道によれば、男はさぬき市に住む79歳の男性に孫の債務を肩代わりさせようと、数回に渡って、男性の家に押し掛けたということです。そして、男性に「孫が女の子に『暴力団に金を持っていかないと殺される』と言って金を借りて、一銭も返していない。代わりに返してもらえんやろか」などと言い、指定暴力団の威力を示して金銭を要求したということです。

暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」として、「八 人に対し、債務の全部又は一部の免除又は履行の猶予をみだりに要求すること。」が禁止されています。そのうえで、(暴力的要求行為等に対する措置)で、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」とされています。

(10)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(沖縄県)

沖縄県会浦添署は、浦添市内で飲食店を営む40代男性にみかじめ料を要求したとして、旭琉會三代目ナニワ一家の男性組員に対し、暴力団対策法に基づく中止命令を出しています。報道によれば、組員を署に呼び出し、命令書を渡し、組員は「分かりました」と受け取ったということです。

暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」として、「四 縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域をいう。以下同じ。)内で営業を営む者に対し、名目のいかんを問わず、その営業を営むことを容認する対償として金品等の供与を要求すること。」が禁止されています。そのうえで、(暴力的要求行為等に対する措置)で、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」とされています。

(11)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)

久しぶりとなりますが、福岡県、福岡市、北九州市において、1社について「排除措置」が講じられ、公表されています。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置
▼北九州市 福岡県警察からの暴力団との関係を有する事業者の通報について

福岡県における「排除措置」とは、福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となること、ができないことになります。今回、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)、「暴力団との関係による」(福岡市)、「該当業者の役員等が、暴力団構成員(指定暴力団五代目工藤會構成員等)と「密接な交際を有し、又は社会的に非難されるべき関係を有していると認められるとき」に該当する事実があることを確認した」(北九州市)」として公表されています。なお、本件については排除期間に差異があり、「令和5年7月26日から 令和7年1月25日まで(18ヵ月間)」(福岡県)、「令和5年7月12日から令和6年7月11日まで(12カ月)」(福岡市)、「令和5年7月18日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」(北九州市)と示されています(排除期間の開始日が自治体によって異なる点も注目されます)。これまでも指摘しているとおり、3つの自治体で、公表のあり方、措置内容等がそれぞれ明確となってはいるものの、公表のタイミングや措置内容等が異なっており、大変興味深いといえます。

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