暴排トピックス

暴排と不合理な差別の緊張関係~ETCカード利用判決/匿流の卒業基準を巡る取扱い

2024.05.14
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首席研究員 芳賀 恒人

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高速道路の料金所

1.暴排と不合理な差別の緊張関係~ETCカード利用判決/匿流の卒業基準を巡る取扱い

家族名義のETCカードを使って不正に高速道路料金の割引を受けたとして、電子計算機使用詐欺罪に問われた六代目山口組の直系団体「秋良連合会」会長、金東力被告の判決公判が、大阪地裁で開かれ、裁判長は懲役10月(求刑懲役1年6月)の実刑を言い渡しています。判決は、ETC発行社やカード会社が名義人以外の使用を禁じていることは規約やカードの裏面で「明確に示している」、ETCカードを持てないことを自分で認識しており「常習性がある」と指摘、「不正を黙認していた」という弁護側の主張を退け、罪の成立を認めています。その上で、刑罰を科すほどの「可罰的違法性」があるかを検討、事案の悪質性を考慮したうえで、組長と運転手が弟のカードを「頻繁に使っていた」ことや、ETCカードは暴力団組員には発行されないクレジットカードとひもづける必要があり、暴力団排除条項を潜脱する点を重視弁護側が「家族間の貸し借りは多くの人がやっていること」で、それが罪に当たるとなれば「社会は犯罪者であふれる」とし、民間会社に委託したアンケートで4割近くが「ETCカードを他人に貸したことがある」と答えたことを踏まえても、可罰的違法性があると結論付けています。さらに、弁護側は、法の下の平等を定めた憲法14条に照らして、「暴力団組員という理由だけで起訴した公訴権の乱用があり起訴は無効だ」とも訴えていましたが、判決は、暴力団組織の捜査をする中で容疑が発覚し道路会社が被害届を出した経緯に触れ、「組員という一事をもって起訴したとはいえない」と退けています。判決について、立命館大の松宮孝明教授(刑法)は「誰でも同じ行為をすれば立件されうると示したもので、一般の人も注意しないといけない」とし、一方で、処罰の理由として暴力団であることを重視しすぎているとも指摘、「警察が事件化したい人を立件するという、恣意的な捜査を許容することにならないか」と疑問を投げかけています。また、龍谷大の斎藤司教授(刑事訴訟法)は、立件に至った捜査過程に着目、「暴力団組員にも当然人権はある。『組員だから』という以外に長期にわたって監視した合理的な理由がなければ、プライバシー侵害の違法があると判断される可能性もある」と話しています。なお、暴力団組員のETC利用の是非を巡っては、民事裁判でも争われており、クレジットカードを持たない人でもETCを使える「ETCパーソナルカード」の会員資格を暴力団員であることを理由に取り消されたのは「不合理な差別で違憲だ」などとして、愛知県の暴力団幹部が高速道路6社と国に取り消しの無効確認などを求めている訴訟が名古屋地裁で進んでいます。

筆者としては、一般的な認識とは異なり、家族間を含めた貸し借りを禁止する規約に反して繰り返し利用していた行為の悪質性が認められたことがポイントであり(つまり、暴力団員かどうかは関係ない)、そのうえで暴力団員であること(クレジットカードと紐づけることで暴力団排除条項が問題となること)もふまえた妥当な判決であり、不合理な差別を否定したものと捉えています。なお、民事訴訟の件については、以前の本コラム(暴排トピックス2023年6月号2024年2月号)でも取り上げていましたので、あわせて再掲します。前者では、西宮市営住宅条例のいわゆる暴排条項の有効性に関する判例を取り上げましたが、暴力団排除条項を無効化するような判決ではなかったこと、後者の中では、弁護士の見解と今回の判決の趣旨に共通項が見られるように思われる点を指摘しておきたいと思います。

暴力団関係者であることを理由にETCパーソナルカード(パソカ)を使わせないのは違法だとして、愛知県の暴力団幹部が高速道路6社と国を相手取り、会員資格の取り消しが無効であることの確認と損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こしています。現役の組幹部がETCなどの利用を求めて高速6社と争うのは異例のことといえます。報道によれば、原告側はパソカの利用停止で「高速利用が相当程度妨げられ、今後不可能になる見通しだ」と指摘、公共性の高いインフラから暴力団関係者を排除するのは不合理な差別で、公序良俗に反すると主張しています。さらに、6社の規約改正などを容認した責任が国にもあるとし、精神的苦痛などの損害賠償として143万円を6社と払うよう求めています。パソカをめぐっては2022年9月、愛知県警が暴力団員9人を詐欺容疑で逮捕していますが、いずれも不起訴処分となっています。暴力団関係者へのカード交付が利用規約で明確に禁止されておらず、組員と明かして利用を申し込む者もいたといいます。6社は2023年3月から利用規約を変更し、暴力団関係者の利用申し込みを拒絶できるように、申込時には、暴力団関係者でないことの確認も始めたといいます。本件も、口座開設の問題同様、不合理な差別で、公助良俗に反するかが争われることになります。筆者としては、この問題を考えるに際して、2015年(平成27年)3月27日の最高裁判所第2小法廷による、西宮市営住宅条例のいわゆる暴排条項について、憲法14条1項及び22条1項に違反しない、との判決を下したものが参考になるのではないかと考えます(あくまで個人的な意見です)。当該判決について一部抜粋すると、「…地方公共団体が住宅を供給する場合において、当該住宅に入居させ又は入居を継続させる者をどのようなものとするのかについては、その性質上、地方公共団体に一定の裁量があるというべきである。そして、暴力団員は、…集団的又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体の構成員と定義されているところ、このような暴力団員が市営住宅に入居し続ける場合には、当該市営住宅の他の入居者等の生活の平穏が害されるおそれを否定することはでききない。他方において、暴力団員は、自らの意思により暴力団を脱退し、そうすることで暴力団員でなくなることが可能であり、また、暴力団員が市営住宅の明渡しをせざるを得ないとしても、それは当該市営住宅には居住することができなくなるというにすぎず、当該市営住宅以外における居住についてまで制限を受けるわけではない。以上の諸点を考慮すると、本件規定は暴力団員について合理的な理由のない差別をするものということはできない。したがって、本件規定は、憲法14条1項に違反しない」と判示しているものです。もちろん、市営住宅とパソカを同一視できるものではありませんが、パソカの利用を制限することが事業者の裁量の範囲なのか、暴力団側が制限される程度が受忍できる範囲なのかなどが争点になると考えられます(これもあくまで筆者個人の意見です)。いずれにせよ、本件についても今後の動向を注視していきたいと思います。
2024年2月5日付朝日新聞付において、ETCを巡る暴力団規制に関する裁判について特集が組まれていました。憲法学者、弁護士、(被告となる)高速6社がそれぞれの立場から主張しており、大変参考になりました。例えば、憲法学者は「憲法第22条第1項は『居住、移転及び職業選択の自由』を定めている。高速道を走る自由は、公共の道路を日常的に通れるのと同じように『移転の自由』に含む形で権利として保障される。暴力団員であっても同じだ」、「どの程度の制約や権利侵害になるかがポイントの一つだ。高速道から完全に排除すれば権利の侵害と言えるが、カードがなくてもETCレーンを通れるなら話は変わる。現金で利用する場合の手間や負担がどの程度か、身近なインターはどうなっているか。そうした実害の程度によっても判断は違ってくる」、「憲法第22条第1項には『公共の福祉に反しない限り』という前置きがある。公共の福祉は、みんなの幸せを指す。他人に迷惑をかけるような権利の使い方は認められず、制約できると解釈される」、「パソカの利用規約には以前から、『不当な要求行為』『脅迫的な言動や暴力』『業務を妨害する行為』などがあれば会員資格を取り消せると定めていた。これらは公共の福祉に反する行為だ」、「一方、暴力団員が高速道を走るだけで、暴力団員ゆえの迷惑行為が起きやすいと想定するのは難しい。不当な行為がないのに、属性だけで入会を断るのは、憲法や法律に照らすと正当化できない」、「全くの民間企業なら契約自由の原則があり、取引相手は自由に選べる。だが、国や地方公共団体では認められない。国から出資を受ける高速道路会社も、純然たる民間企業と同じ論法は通用しない。憲法上の権利を保障するために、国の関与を継続させているとも考えられる」、「憲法上は、暴力団をやめなくていい『自由』も保障される。やめられるかどうかが権利制約の理由にはならない。法律の世界では通用しない理屈だ」、「暴力団を排除すべきだと真剣に考えるなら、どういう種類の結社や職業がなぜ困るかという議論を正面からすべきだ。そうした議論を避け、隠然とわかりにくい形で公共サービスの細かいところに制約を加えていく考え方では、こっそりと憲法に違反することがまかり通ることになる」、「基本的人権に少しでも関わることは、検討が緻密であるべきだ。理屈や筋を通すべきで、『なんとなく規制してもいいんじゃないか』という雰囲気や空気が論理を凌駕することは認められない」などと(過去の最高裁の判断に対する反対意見も含め)極めて厳しい指摘が並びます。一方、筆者としては、こうした厳しい思考訓練を経て、暴排実務が深化・徹底されていくのであればいいかなと考えます。また、弁護士は、「暴力団側との契約や取引には、規制が必要なもの、規制が許容されるもの、規制すべきでないもの、という三つに分けると考えやすい。ETC利用は規制が許容されるものだと考えている」、「規制が法的に許容されるかどうかは、規制する必要性と、規制される暴力団側の不利益の比較衡量で決まる。規制の目的の正当性や手段の相当性に加えて、不利益がどの程度のものかが判断材料になる」、「暴力団排除を徹底するためには、企業はあらゆる取引を規制していくべきだ。その意味では、『規制が必要なもの』と『規制が許容されるもの』に大きな差がないと言える。生存に必須なライフラインまで規制するのはやり過ぎだと言える。しかし、そう考えても、ETCの利用が生活に必須とまでは言えないし、不利益はさほど大きくないので規制は許容されてよい」、「暴力団による被害を減らすためには、暴力団を弱体化させる必要がある。暴力団という存在自体が法律上は違法とされていないなかでも、暴力団の勢力を弱めることが被害の防止につながるのは間違いない」、「『企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針』を政府が取りまとめたのは2007年。その時点で8万人を超えていた暴力団員は、いまは2万人台にまで減っている。これは民間企業が暴力団との契約を拒むようになった影響が大きい。壊滅が目的ではないとしても、勢力を弱体化させる副次的な効果があると評価できる」、「お金の稼ぎ方が変わってきた面もある。国の給付金の不正に絡むこともあるし、被害が急増している特殊詐欺の事件でも、首謀者には一定の割合で暴力団員が含まれている。闇バイトで集めた学生から身分証明書を取り上げ、脅して犯罪をさせて使い捨てにする例もある。被害者や犯罪に加担させられた若者の将来を思えば、暴力団対策を緩めていいはずがない」、「暴力団員であり続けるかどうかは、本人の選択だ。暴力団を離脱する人が社会に受け入れられることも重要だが、そのうえで自ら暴力団員であり続ける選択をするなら、一定程度の不利益を甘受するのも当然。暴力団員でない人や、暴力団をやめる選択をした人たちと同等の生活をすることは認められない」といった見解が述べられていますが、筆者としても同様の見解であり、妥当なものと思います。さらに、高速6社については、「国がETC非対応車の料金徴収を検討中だとし、誤進入車を誘導するサポートレーンを使えば、パソカのない暴力団員でもETC専用の出入り口を通れる」、「暴力団排除は社会の要請であり、組員が自ら脱退できることからも違法とはならない」と反論しています。なお、公共サービスは法令で提供義務が課せられていることも多く、暴力団排除を積極的には推進していない実態があります。首都圏のJRや私鉄の交通系ICカードの規約、電力大手の電気供給や通信大手の携帯電話の約款に暴排条項は入っていません。一方、東京ガスは一般ガス供給約款に暴排条項を入れていますが、実際に排除するかは個々の判断で、法令で義務づけられた最終保障料金での供給を拒むことはないとしています。本訴訟の動向については、本コラムでも引き続き注視していきたいと思います。

もう1つ、「暴排と不合理な差別の緊張関係」という観点から考察します。10代の頃、全国的にも有名な暴走族「習志野スペクター」の21代目総会長を務め、メディアにも取り上げられるなど、地元ではカリスマ的存在だった人間が、20歳で稲川会傘下組織組員となり、35歳で破門となりましたが、その彼の週刊誌上の発言にも考えさせられるところがあります。例えば、「政府の『犯罪対策閣僚会議』が作った『第二次再犯防止推進計画』には、『就労・住居の確保等を通じた自立支援のための取組』として、元受刑者や元ヤクザの銀行口座開設や賃貸住宅の確保などの支援を義務づけていますが、あくまでも努力義務です。『契約自由の原則』もあり簡単ではない。そこで私は、重大犯罪は別としても、ネット上の『忘れられる権利』」について議論を深めるべきだと思います」、「特に地方の小さな街で逮捕されると、軽微な犯罪であっても地方紙に載ってしまうことがあり、それが拡散され続けます。また、就職や住居の賃貸契約に際してネットで名前を検索してネガティブな過去を調査するのが当然になっています。口座開設の際に参照される銀行保有の犯罪者データもネット記事などから集積していると聞きます。むやみな実名報道も見直されるべきだと考えます」といったもので、さらに記事は、不利益を受け続けて年齢を重ねると、さらなる犯罪に手を染める可能性も高まるとして、「更生を許す社会の実現は、真の暴排に繋がる」と指摘しています。暴力団離脱者支援の問題は、本コラムでも継続的に取り上げていますが、やはり難しい論点を数多く含んでおり、一筋縄では解決に至るものではありません。彼の発言からは、反社データーベースのあり方を見直すべきとの方向性がうかがえますが、筆者としては、反社データーベースはあくまで過去の事実の集積であり、むしろその事実を、その時々に企業がどうリスクマネジメントしていくのかの問題だと捉えています。つまり、「忘れられる権利」も「むやみな実名報道の見直し」も本質的なものではなく、あくまで社会や企業がその時代背景をもとにどう解釈するのかが重要だということです。本コラムでも最近注視している「匿名・流動型犯罪グループ」(匿流)の捉え方においては、正にそこが重要であり、例えば、闇バイトで参画した特殊詐欺であれば匿流として反社認定され、場合によっては半永久的に排除の対象となりうる一方、匿流ではない形で特殊詐欺に関与した者は、特殊詐欺という点で金融機関にとっては慎重にならざるを得ないとはいえ、反社認定とは異なる理屈から判断されることになります。その場合、両者の違いは現時点では何となく理解できるとして、10年後、20年後にどう受け止めるべきか(どう判断すべきか)を考えた時、匿流を安易に反社会的勢力として未来永劫認定することの問題点が顕在化してくることになります。この点については、筆者としてもいまだ整理中であり、別の機会にあらためて見解を述べたいと思います。

令和6年能登半島地震で全半壊した家屋を自治体が所有者に代わって解体・撤去する「公費解体」が本格化する中、解体工事への反社会的勢力の介入を排除しようと、石川県構造物解体協会は、「石川県解体工事業暴力団等排除連絡協議会」を発足させています。県内の解体工事業者で構成する県構造物解体協会は災害時応援協定に基づいて公費解体に協力、今後、協議会を通じて暴力団などの排除に関する情報交換を図るほか、必要な知識を習得するための講習の開催、不当要求が発生した時の関係機関との報告体制の確立などに努めるとしています。石川県警によると、震災の復興事業には暴力団をはじめとした反社会的勢力が解体工事事業に介入し、不当要求や違法行為を行うことが懸念されており、東日本大震災では、暴力団幹部が復興工事に関し、違法に労働者を派遣して利益を得ていた事例がありました。いわゆる「震災ビジネス」として反社会的勢力が主に復興フェーズの莫大な公共事業を狙って早い段階から介入してくることが以前から問題視されています。すでに現地では反社会的勢力が人脈作り等で暗躍している可能性も考えられるところですので、同協議会が実効性を持って機能していくことを期待したいところです。

工藤會の野村総裁に対する福岡高裁の判決(死刑破棄)について、2024年4月14日付産経新聞の記事「死刑か無期懲役か―「工藤会総裁」を最高裁はどう裁く? 「暴力団捜査」への重すぎる上告審」は興味深い内容でした。具体的には、「修羅の国。工藤会が本拠を置く北九州はそう呼ばれた。市民に対する苛烈な暴力支配への揶揄がある。あらゆる商業活動でアガリを差し出さぬ者には執拗で容赦ない暴力が加えられた。その恐怖支配は過酷の一言に尽きる」として工藤會の凶悪さを示酢事例を取り上げたうえで、「3代目山口組進出に伴う摩擦や、九州誠道会(現・浪川会、大牟田市)と道仁会(久留米市)の抗争など事件が相次ぎ、警察は対応力を削がれ、工藤会は強大化・増長する。「警察が工藤会を抑えられない。それを市民は目の当たりにした」。元刑事は苦々しく述懐する。だから平成26年からの「頂上作戦」の結果、市民襲撃4事件の殺人罪などで逮捕・起訴したトップの野村悟総裁(77)に、死刑が宣告されたときの北九州の驚きは大きかった。「こんな日が来るとは想像もできなかった」。そんな声で溢れた。工藤会の市民支配はそれほど凄惨だったのである。その福岡地裁判決(令和3年)は、工藤会の「鉄の結束」の証拠を総合し、「野村被告を最上位とした厳格な序列と意思決定で犯行がなされた」と推認する論理構成だった。実は平成26年に山口組絡みの事件で大阪高裁が同様の「推認」判決を出している。従って、決して今回が突飛な論理構成ではない。福岡地裁判決を受け、抗争中の6代目山口組と神戸山口組は襲撃を止めた。それほどの抑止力がこの判決にあった」、「2審は、1審の「推認」判断スキームは維持しつつ、さらなる立証の上積みを求めたのだ。「無期懲役でも年齢的に野村被告は娑婆には出て来られない。影響ない」と判決変更を過小視する意見に、警察幹部は怒る。「生きている限り求心力は残る。全暴力団への影響も含め、死刑と無期では意味が違う」」、「審理は最高裁に移る。「推認」認定を厳密解釈するか。暴力団だから緩やかに認定するか。あるいは全く別の判断を提示するか。最高裁の選択する結論が、工藤会の今後を分ける。日本中の暴力団が、最高裁のこの判断をじっと見ている。重い審理になる」と指摘しています。

関連して、週刊誌上で工藤會の元幹部の手記が掲載されています。例えば、「上層部は経験則上、自らに捜査の手は及ばないと自信を深め、結果として驕りを生んでしまったのは否めないだろう。実行犯に至っても、己の心情に反する事件にすら加担せざるを得なかったのは、工藤會が強固になればなるほど、一個人である組員が、組の命令に到底逆らうことができなくなってしまった」、「一連の事件は決して肯定できるものではない。しかし一方で、20余名の組員が合わせて数百年の刑に服し、賠償も負う。その余波は、未だに残された組員を苛み続け、家族的な絆も分断し、工藤會を未曽有の苦境に陥らせている」といった記述がありますが、「強固な組織性であったがゆえに自らを自壊に導くことになった工藤會の末路」を比較的正しく見通しているように思われます。

新型コロナウイルスに関する雇用調整助成金をだまし取ったなどとして、警視庁組織犯罪対策特別捜査隊は詐欺の疑いで、会社役員ら4人を逮捕、6億7700万円ほどをだまし取ったとみられ、一部が暴力団に流れたのではないかと報じられています。同様の詐欺事案は数多く発生しています。報道によれば、雇用調整助成金」について、東京都内における不正受給の摘発が2024年3月までで少なくとも140億円以上に上るといいます。新型コロナの感染症法上の分類が季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行してから1年、労働局はさらなる不正がないか調査を続けています。都内では2024年2月末までに計245事業所で約94億円の不正受給が発覚、3月には月島などでもんじゃ焼き店を運営する「加納コーポレーション」が、計約49億6800万円を不正受給していたと発表、1社当たりの不正受給額としては過去最高で、同社はすでに全額を返還したといいます。「コロナ禍ではスムーズな支給を優先させるために審査の基準を緩くしていたこともあり、不正受給が相次いだ。さらに不正がないか再調査に着手しており、発覚すれば粛々と処分をしていく」と労働局の担当者は話しています。不正受給が発覚した事業者に対しては督促を進めており、返還に応じない場合には民事訴訟などの法的措置も検討するといいます。また、東京商工リサーチが3月に公表した調査によると、全国の労働局が2月29日までに公表した雇調金などの不正受給件数は1040件、不正受給の総額は311億4553万円にのぼったといいます。このうち776社を分析したところ、産業別では、「サービス業他」の347社(構成比44.7%)が最多で、内訳は多い順に、飲食107社、宿泊25社などだったといいます。そしてこの中やまだ発覚していない事案の中に、暴力団等反社会的勢力の資金源となったケースも少なくないものと考えられます。こうしたケースに対し、厳しく回収を図ることを期待したいところです。

最近の暴力団等反社会的勢力の動向について、いくつか紹介します。

  • 六代目山口組の総本部の「責任者」が新しく決まったといい、これに伴い、長らく使用を制限されている神戸市内にある総本部に動きがあるのかが注目されているといいます。このタイミングでの責任者任命の背景については諸説あるようですが、「そろそろ総本部を制限なしに使用したい、できるかもしれないと踏んでのこと」と指摘する声もあるようです。彼らにとってそのための「最善の状況」は、特定抗争指定から外されることとなりますが、それを六代目山口組としてどういった手順で実現にもっていくのか、注目されるところです。
  • 水戸市中心部の小中学校が複数ある地域で2022年1月、六代目山口組傘下組織幹部が白昼に射殺された事件で、茨城県警は、絆會若頭、金容疑者を殺人と銃刀法違反容疑で逮捕、送検しています。金容疑者は2020年9月に別の絆會幹部に発砲して重傷を負わせたとして殺人未遂容疑で長野県警に指名手配されていました。絆會は2015年に六代目山口組から分裂した神戸山口組から更に一部が離脱し2017年に結成されましたが、2021年末、神部幹部が所属する団体と、絆會の傘下組織との間で暴力事件が起きていたといいます。絆會の織田代表は解散も考えていたといいますが、池田組の池田孝志組長が金銭的な支援は惜しまないと織田会長に伝えたことで考え直したといわれています。
  • 2024年4月18日夜、六代目山口組と敵対する神戸山口組と2社連合を組む池田組(池田孝志組長、本部:岡山市)の副本部長の関係者宅に手榴弾が投げ込まれる事件が発生しています。被害者が出ることはなかったが、現場の被害は甚大だったといい、実行犯として名前があがった組織とは別に、池田組内の犯行も想定されているといいます。警察当局も内部の揉め事のにおいをかぎとり、これに乗じて組織の弱体化を狙い、組員らに生活保護の手続きなどを説明してサポートすると同時に、「カタギになるように」と熱心に声かけをしているとされます。

匿流に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2023年末から悪質ホストクラブの問題が露呈しましたが、実はホストクラブに替わって、すでにスカウトが女性客にカネを貸すシステムが出来上がっているのだといいます。今やホストクラブは組織化され、若い女性にホストクラブ料金名目に売春させるその実態は実質、違法な売春組織としてマフィア化しているとされます。今回のホストクラブのツケ廃止に替わり、スカウトグループは女性客のツケを持つ替わりにそのツケ分の20%をホストクラブ側は支払うとの裏約束がされているといいます。さらに、スカウトグループ「ナチュラル」は、最近、東京の有力指定暴力団傘下組織を実質、乗っ取ったとされます。
  • 特殊詐欺でうその電話をかける「かけ子」のグループが、「受け子」や「道具調達」など役割ごとに別のグループに業務を依頼するケースが新たに出てきたと報じられています(2024年4月14日付朝日新聞)。別の暴力団に所属する組員2人が共に逮捕される事件も発生し、もともと関係性がない複数のグループが役割分担しており、警視庁の捜査幹部は「業務が外注され、組織が大きくなった」と警戒しているといいます。かけ子グループが受け子グループに被害金の受け取りを依頼、後者がネット上の「闇バイト」に応募してきた人を自ら面接し、約10人に受け子の仕事を割り振り、被害者から現金を受け取る様子を近くで監視していたといいます。これまで特殊詐欺は一つのグループ内で役割分担する例が多かったところ、「かけ子」「出し子」「道具調達」に加え、電話の拠点を準備する「ハコ調達」という4グループによる事件も起きています。警視庁は2024年2月、「かけ子」の拠点となる場所を不正に借りたとして、六代目山口組傘下組織組員を詐欺容疑で逮捕、同被告は不動産会社の元役員の男性らと共謀し、2021年9~12月、特殊詐欺で使用する目的を隠し、都内の賃貸マンションの契約を締結した疑いがもたれています。なお、道具調達グループのリーダーは住吉会系組員だったといい、警視庁は、六代目山口組系の被告と住吉会系組員に直接の面識はなかったとみており、役割ごとに協力し合う中で結果として4グループによる組織ができたとみています。報道である捜査幹部は、外注化が進む背景について「それぞれの専門グループは経験豊富で、ある意味『プロ集団』。そこに任せることで成功率は上がり、発覚のリスクも下げられる」と話しています。発注を受けるグループ側にとっても、ミスなくこなせば安定的に「仕事」を得られる利点があるといいます。別の捜査幹部は「組織全体が摘発されるリスクを下げたいのでは。犯罪グループの変化に合わせ、こちらも臨機応変に捜査していく」と語っています。
  • フィリピンのJPドラゴンについて、現代ビジネスが踏み込んだ解説をいています。具体的には、「JPドラゴンは、ボスのヨシオカリュウジが30年ほど前に作った組織です。もともとヨシオカは親戚が神戸山口組の組員で、自身も深い関係があるとされています。JPドラゴンの名前の由来は、ジャパンとフィリピンの頭文字に、『リュウジ』からもじったドラゴンをつけたもの。フィリピンに渡ってきた当初は、日本料理店のオーナーを恐喝して『みかじめ料』をかすめとることをシノギにしていました。ヨシオカは神戸山口組の後ろ盾を使ってカネを稼ぎ、警察や政治家にワイロを渡して地位を築いていきました」、「JPドラゴンはルフィGの存在を知ると、『俺たちに上納金を払わないと警察に言っちゃうよ』と得意の恐喝を行いました。当初、上納金は月に500万円でしたが、その後どんどん釣り上がり、最終的には5000万円を要求。ルフィGが一度支払いを拒むと、JPドラゴンは囲っている警察を使って拠点に踏み込ませ、ルフィGのメンバー36人を逮捕させたのです。これにより、ルフィGはヨシオカの恐ろしさを思い知らされ、JPドラゴンの完全な支配下に入りました」、「それまで、JPドラゴンには5人ほどのメンバーしかいなかったが、ルフィGを吸収したことで急成長。メンバー30人以上の犯罪集団となり、年間100億円超ともいわれる莫大な稼ぎを得るようになった」、「JPドラゴンは強盗をするためのリストを日本にいる『業者』から買っていました。リストには狙いやすい家の住所が並び、タンス預金がいくらあるか、どこに隠してあるかなど強盗に必要な情報が書かれていた。強盗のリストは特殊詐欺のリストよりも値段が高く、1件10万円はしますが、JPドラゴンの幹部が買い、ルフィGの今村に届けていました」、「リストを買っていたこの幹部こそ、「俺たちのことはしゃべるな」と今村被告に語っていたナンバー3の小山容疑者だ。ルフィGの幹部らはフィリピンの外国人収容施設から指示を出していたことが知られているが、小山容疑者は施設にいるルフィG幹部と毎日のように連絡を取り、名簿やスマホ、現金や食料を届けていたという」、「特殊詐欺だけでなく、強盗をやるようになったのもJPドラゴンの指示。やっぱり、詐欺よりタタキ(強盗)のほうが稼ぎがいいですからね。一度に3000万円といった大金が入ることもありました」、「ヨシオカらJPドラゴンの幹部による支配の方法は、警察への「密告」だけではない。ときには、日本の暴力団関係者をフィリピンに招いて豪華なパーティを開催するなど、影響力を誇示することもあった」、「JPドラゴンの正規メンバーは現在、7~8人ほどしかいないという。「代わりにフィリピンで台頭してきているのが、『アスカ』と呼ばれるオンナ詐欺師です。アスカもJPドラゴンの脱走組だけに、『オンナJPドラゴン』なんて呼ばれ方もしています。アスカは現在、7人ほどのメンバーとともにマニラ北部で特殊詐欺をして荒稼ぎしています」、「勢力の低下と同時に、フィリピンの現地警察も動き出している。ルフィGの事件以降、日本からJPドラゴンについても逮捕・引き渡しの要請があったとみられ、ようやくナンバー3の小山容疑者を拘束した」、「「小山が捕まったのは、JPドラゴンが経営する飲食店。ヨシオカの命令で小山が店に行ったところを逮捕された。自身が逮捕を免れるため、ヨシオカが小山を身代わりとして差し出したのかもしれません」といった内容です。
  • 栃木県那須町の遺体発見事件が世間の耳目を集めていますが、犯行グループが匿流ではないかといった議論も活発化しています。被害者が中国系ということもあり、暴力団とのトラブルという側面や、新たっぽい手口から海外の犯罪組織の関与といった見立てまでさまざまですが、現段階では決定的な根拠を筆者としては見いだせていませんので、見解は控えさせていただきます。
  • 高額報酬をうたって犯罪行為に巻き込む「闇バイト」を防ごうと、福井県警は仁愛大の安彦智史准教授(情報学)と、SNS上で実行役などを募る投稿をAIが自動で検知するシステムを共同開発しています。県警は2024年2月に本格運用を開始しています。投稿は時間を選ばずに多数行われる上に、闇バイトの求人とは関係のない投稿と判別する必要もあり、捜査員が1件1件確認するには膨大な手間がかかっていたといいます。本システムでは、Xでは2倍、インスタグラムでは34倍の速さで警告を出せるようになったといい、Xだけで、毎月約6000件の投稿をチェックしているといいます。
  • 東京・歌舞伎町の大久保公園周辺で路上に立って買春客を待ったとして、警視庁新宿署と保安課は、無職の20代の女性を売春防止法違反(客待ち)の疑いで逮捕しています。客待ち行為は、客とホテルに入る時などに現行犯逮捕で取り締まってきましたが、今回は、過去の行為について逮捕状を取り、女性が歌舞伎町に来ていたところを逮捕したもので、警視庁は新たな手法による抑止効果に期待しているといいます。大久保公園周辺での売春は、警視庁による摘発強化で2023年末までに一時減少傾向にありましたが、2024年1月以降は再び増え始めているといいます。警視庁幹部は「客待ちで何度も路上に立つ反復性と悪質性がある場合は、今回のように取り締まっていきたい。客待ち女性への警告になる」と話しています。
  • 女性が日本から海外に行き、売春行為に従事するケースが最近、相次いでいます。円安も背景にあるとみられ、米国は売春が疑われる女性の入国を次々拒否、日本の捜査機関にも斡旋業者などの情報が寄せられているといい、専門家は「『稼げればいい』とリスクの認識が薄くなっている」と警鐘を鳴らしています。警視庁は2024年4月、求人サイト「海外出稼ぎシャルム」を運営し、女性に米国での売春を紹介していた男4人を職業安定法違反容疑で逮捕しています。

その他、反社会的勢力を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2023年度に北九州市が市内の事業所を対象に実施した暴力団に関するアンケート調査の結果がまとまり、調査に協力した133社は暴力団からの金品の不当要求などを受けたことはないとしています。市は、引き続き、警察と連携して暴力団などの排除活動に取り組む方針としています。北九州市によれば、金品の不当要求を受けたと回答した事業所は2003年度の調査のおよそ34パーセントをピークに減少していましたが、今回、初めてゼロになったということです。北九州市の倉田武安全・安心推進課長は「市民、企業、警察、行政が一体となって暴力追放運動に取り組んできた結果だと思う。日本一安全な街を目指して、引き続き、警察と連携していきたい」と話しています。
  • 暴力団との決別を宣言して組織改革に取り組んできた露天商団体「愛知県東部街商協同組合」(豊橋市)は、杉浦慶憲氏を新理事長とする新体制を発表しています。収支の明確化など新たな方針を打ち出した結果、2023年11月時点で35人いた組合員数は6人に激減、杉浦氏は同市内での記者会見で「関係を切るのはもちろん、地域住民から愛される祭りをつくっていきたい」と誓っています。組合をめぐっては、愛知県公安委員会が2023年2月、愛知県暴排条例に基づく勧告に従わず六代目山口組の2次団体「平井一家」幹部に500万円の利益供与をしたとして団体名を公表、組合は祭事などへの出店ができなくなっていました

2024年5月12日付ロイターの記事「殺人や恐喝は時代遅れ、知能犯罪に転向する伊マフィア」は大変興味深いものでした。日本の暴力団や反社会的勢力も傾向としては概ね近いものがあると感じます。具体的には、「最近のイタリアンマフィアが血で手を汚すことはめったにない。恐喝は時代遅れになり、殺人も「ゴッドファーザー」たちにはおおむね評判が悪い。最新の公式データによると、イタリアでマフィアに殺害された犠牲者は、1991年には700人を超えていたのが、2022年には17人にとどまった」という点は筆者としても意外でした。さらに、「ロイターの取材に応じたイタリアのベテラン検察官らは、殺人や恐喝の代わりにマフィアが積極的に手を染めているのが、リスクが低く目につきにくい知能犯罪だと語った。脱税や金融詐欺へのシフトを加速させているのは、コロナ禍終息後にイタリア全土でばらまかれている何十億ユーロもの復興基金だ。景気回復の加速を意図したものだが、結果的に、詐欺犯が飛びつく絶好の獲物になっている」との指摘については、日本の暴力団等も前述したとおり、持続化給付金や雇用調整助成金が彼らの資金源となったこととあわせれば、やはり同じ構図だということです。また、「4月、ジョルジャ・メローニ首相が率いる現政権は、住宅改良制度に関連した160億ユーロ(約2兆6700億円)の詐欺を摘発したと明らかにした。さらに検察では、2000億ユーロ規模のEUの経済復興計画を巡る大規模な不正疑惑を調べている。検察官らは、全ての詐欺がイタリアの強力な組織犯罪集団によって仕組まれたわけではないが、その多くでマフィアの関与が疑われるとしている。国家マフィア対策・テロ対策検察庁の職員であるバルバラ・サルジェンティ氏は、「巨額のカネが動いているのをマフィアが黙って見送ると考えるのは見当違いだろう」と語る」との点については、日本の暴力団等が不正受給に占める割合がイタリアほどではないのではないかと考えていますが、全体像が不明のため断定はできません。「イタリアで最も有名なマフィア組織はシチリア島のコーザ・ノストラとナポリ市発祥のカモッラだが、組織犯罪集団として最も規模が大きいのは、南部のカラブリア州を拠点とするンドランゲタだ。ンドランゲタは欧州内のコカイン取引をがっちり掌握する一方で、この10年間は率先して金融犯罪へと手を広げてきた欧州検察庁(EPPO)は2月、EU全域にわたる金融犯罪の規模からして、その背後で組織犯罪集団が暗躍している疑いがあると警鐘を鳴らした。2023年にEPPOが捜査した1927件の事件のほぼ3分の1はイタリアに集中している。EU全体の被害総額193億ユーロのうち、推定73億8000万ユーロがイタリアで発生している」点については、むしろそのスケールの大きさに驚かされます。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

2024年4月25日付読売新聞の記事「4億6000万円の不審な送金「見逃し」か、金融庁がきらぼし銀行を聴取…ほぼ全額が回収不能」は、AML/CFTの実務の難しさをあらためて示すものとなりました。報道によれば、長野県内の50代の会社社長が2022年、地方銀行「きらぼし銀行」から約4億6000万円を送金した際、犯罪収益移転防止法(犯収法)などに基づく確認が不十分だった疑いがあり、金融庁が同行側から事情聴取したというものです。具体的には、「社長は2か月弱の間に、会社資金を外国人名義を含む多数の口座に1回数百万円以上の単位で約80回送金し、同法の関連指針などに抵触する可能性があったが、同行は送金目的などの確認を徹底しなかった」とされ、「社長はSNSで知り合った外国籍を名乗る人物から投資を勧誘され、指定された外国人名義などの複数の個人口座に自己資金を送金。さらに増額を求められ、会社資金約7億5000万円をきらぼし銀行を含む複数行にある自身の口座に移動させた後、各行の窓口などで口座からの送金を依頼」したといいます。また、「きらぼし銀行からは2022年5月以降、都内の同じ支店から一日のうちに500万円ずつ十数の口座に送るなど、残高が底をついたとみられる6月中旬までの間、約80回にわたり計約4億6000万円が送金された」、「送金先の口座は、のちに大半が捜査機関から「犯罪に使われた疑いがある」と認定され、金融機関が凍結したが、資金はその前にほぼ全額が引き出され、回収不能となっている」ものです。AML/CFTの実務においては、犯収法や関連指針に基づき、〈1〉資産や収入に見合わない高額取引〈2〉短期間の頻繁な取引〈3〉送金先について不明瞭な点がある取引などは依頼者側に送金目的などを繰り返し確認し、本店で送金可否を判断することなどを求めているところ、社長の依頼は〈1〉~〈3〉に該当する可能性があったものの、きらぼし銀行からの送金は、社長が最初に窓口を訪れた際に送金目的などを尋ねて明確な回答を得られなかったにもかかわらず行われ、繰り返しの確認や本店の送金判断もなく続けられていたといいます。金融庁はこうした対応を問題視し、職員らから事情聴取を行うなどしたといいます。報道において中崎隆弁護士は、「高額の資金を外国人名義を含む数十もの口座に繰り返し送金するなど不審点が多く、取引時確認のやり直しや犯収法に基づく追加調査が必要な事案とみられ、法令違反の可能性も疑われる」、「世界基準にならい、各金融機関が犯罪対策部門の予算・人員を拡充させるとともに、確認や追加調査ができない顧客の取引は金融機関が拒絶すべきことを法令で明確に定める必要がある」と指摘していますが、報道を見る限り、正にその通りかと思います。これだけAML/CFTの実務の実効性確保が求められている中、何重もの措置が無効化されていた実態からは、徹底することの難しさをあらためて痛感させられます

金融庁と主要行等との間の定期的な意見交換会の状況について、直近のものを抜粋して紹介します(AML/CFTに関するものが中心ですが、それ以外の領域についても一部含んでいます)。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • 令和6年能登半島地震に伴う在留期間の延長について
    • 令和6年能登半島地震を踏まえた特例措置として、出入国在留管理庁において、今回の地震に際し災害救助法が適用された災害発生市町村の区域に住居地がある者等の在留期間の満了日を2024年6月30日まで一律に延長する措置が講じられている。
    • 本件に関しては、各金融機関が管理している在留カードに記載された「在留期間の満了の日」が当該延長前の日付となっていることから、外国人顧客が保有する金融機関の口座が閉鎖される事例が発生している。
    • 各金融機関においては、このような事例が発生しないよう、本延長措置の内容を営業店に周知・徹底いただき、在留期間の取扱いにあたって、本延長措置を踏まえた適切な対応を行うとともに、「外国人顧客対応にかかる留意事項」や「取組事例」も活用しながら、外国人顧客の利便性に配慮した対応をお願いしたい。
  • マネロン等対策に係る態勢整備結果の報告について
    • 「マネロンガイドラインに基づく態勢整備」について、3月末に対応期限を迎える中、各行においては、態勢整備状況の最終確認を行っていただいているものと承知している。
    • 今般、各行の態勢整備結果を確認するため、4月末を期限とした「対応結果の報告」を求めたところ。
    • 今回は、3年間にわたっての対応結果について、網羅的に報告を求めることとなる。経営トップのリーダーシップのもと、しっかりと自己点検を行った上で、忠実かつ詳細に報告いただきたい。
    • なお、これまでも申し上げてきたとおり、期限までに態勢整備を完了しなかった金融機関に対しては、必要に応じて個別に行政対応を検討していくことを改めて申し添える。
  • FATF勧告16(クロスボーダー送金)改訂案市中協議の開始について
    • 金融活動作業部会(FATF)では、2月末にクロスボーダー送金の透明性に関して、勧告16改訂案の市中協議を開始した(5月初め期限)。
    • これは、送金のコスト減、スピード向上、透明性向上、金融包摂の実現の観点からクロスボーダー送金を改善するための、G20・FSBを中心とする取組の一環として、主に送金の透明性向上の観点から、必要なマネロン対策等の確保を狙ったもの。
    • 改訂の内容は、決済におけるビジネスモデルの変化等を踏まえ、(1)送付人・受取人情報に関する通知情報の内容及び質の改善、(2)主に資金移動業者やカード会社を念頭にした、same business, same risk, same rule の原則の徹底による AML/CFT 対応の確保、といったものになっている。
    • 金融庁としては、クロスボーダー送金の改善について、国際的に目標とされている、送金のコスト削減、スピード向上、金融包摂の実現という、それぞれの政策目的と並んで、マネロン対策等による透明性の向上も重要なものと考えている。今回の改訂案は技術的かつ複雑な論点が多く、また影響を受ける利害関係者も多岐にわたることが予想されるため、市中協議の期間が通常よりも長く設けられている。各金融機関の意見もよく聞きつつ、最終化に向けた議論に参画していきたい。

2024年3月12日、財務省のマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策政策会議は、「拡散金融リスク評価書」を公表しました。拡散金融とは、「大量破壊兵器(核・化学・生物兵器)等の開発、保有、輸出等に関与するとして資金凍結等措置の対象となっている者に、資金又は金融サービスを提供する行為を指す」とされ、「CPF」と略されることが多く、AML/CFTについては、AML/CFT/CPFとセットで語られる場面が増えています。本コラムでも、サイバー攻撃、暗号資産や北朝鮮等のリスク動向について、継続的に確認していますが、正にCPFの観点からのものであり、その重要性が増している状況にあります。

▼財務省 「拡散金融リスク評価書」
  • カネ(資金)の流出に係る主体
    1. 貿易:北朝鮮との迂回貿易取引や迂回送金を行う又は行おうとする主体
      • 北朝鮮に対する外為法に基づく措置としては、資産凍結等の措置の対象となる団体及び個人を指定し、当該団体及び個人向けの支払及びそれらの者との資本取引等を許可制の対象とするほか、北朝鮮との資金移転の防止措置をより強化するため、北朝鮮の核関連計画等に貢献し得る活動に寄与する目的で行う支払等を許可制の対象としている。加えて、我が国独自の措置として、北朝鮮向けの送金を原則禁止しており、北朝鮮に資金が流れることを防止している。また、貿易の面からも、北朝鮮に関して、国連安保理決議に基づく特定物品の輸出入取引禁止措置に加え、北朝鮮を原産地又は船積地域とするすべての貨物の輸入禁止措置が取られており、輸入を通じた資金の流れも防止している。
      • イランに対する措置としては、核技術等に関連する業種に対する投資を事前届出の対象とし、機微な核活動等に貢献し得る活動に寄与する目的で行う支払について許可制の対象としている。
      • しかしながら、そうした規制にも関わらず、周辺国等第三国を経由した北朝鮮からの迂回貿易取引や迂回送金を行う又は行おうとする主体が脅威として存在する。そしてこれは、先の「FATF拡散金融ガイダンス」の解説に従えば、資金の出所が非合法な取引によるものもあり、法令違反等として厳格に対応することが必要である。
      • 例えば、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書は、北朝鮮と武器や軍事関連の協力関係が疑われる国や、北朝鮮労働者の受け入れを行う国がサハラ砂漠以南のアフリカに多く存在すると指摘し、特にサハラ砂漠以南のアフリカにおける自治体の融資、補助金、外国直接投資を伴うプロジェクトの請負業者と下請け業者に対するデューディリジェンスを強化するよう勧告している。
      • この点、公表されているデータでも北朝鮮やイランは以下のような国・地域との貿易が盛んである。(注:中国・ベトナム・インド・タイ・香港・バングラディシュ・エチオピア・モザンビーク・ナイジェリア・タンザニアが北朝鮮の10大貿易相手国・地域。イランは、中国・イラク・トルコ・アラブ首長国連邦・アフガニスタンが上位5大貿易相手国
      • 政府としては、今後も引き続き、北朝鮮関連の取引が多い国・地域及び北朝鮮関連の品目について、最新情報及びデータに基づいて検証をしていく必要がある。また、民間事業者等もそうした注意を要する国・地域及び品目に係る取引に特に着目しながら、リスクに応じた適切な対応を実施していくことも有用である。
      • なお、近年では、懸念国等(大量破壊兵器等の拡散を行っているとして特に国際的な懸念がある国・地域)が大量破壊兵器などを不正輸出する際に、書類偽造や輸送経路の多様化などによって巧妙に国際的な監視を回避しつつ、移転を継続しているとの指摘もある。日本国内に大量破壊兵器等が持ち込まれた検挙事例等は現時点ではないものの、そうした懸念国等による迂回輸入について、国際的に協調して取り組む必要がある。
    2. ヒト:北朝鮮籍の者への送金等を行おうとする主体
      • 我が国から北朝鮮向けの送金は原則禁止されているところであり、我が国は、北朝鮮籍者の入国を原則禁止とするなど、北朝鮮との人的往来を広範に規制しているところである。
      • 他方で、周辺国や第三国においては、北朝鮮籍者の往来を禁止していない国・地域もあり、そうした国・地域の中には、北朝鮮労働者の受け入れを行っている国・地域等も存在する。我が国からこれらの国・地域に所在する北朝鮮籍者への送金において、それが合法・非合法な取引であるかを問わず拡散金融に該当するものが含まれている可能性がある。上記の観点から、北朝鮮当局等から派遣され、周辺国等の第三国において報酬を得ている北朝鮮籍の労働者等、北朝鮮当局等による拡散金融に係る資金調達に貢献する者への送金等を行おうとする主体は、脅威と考えられる。
      • 例えば、北朝鮮に対する支払原則禁止措置に関連して、中華人民共和国の東北地域の3省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)には、従来から北朝鮮からの出稼ぎ労働者等が存在し、そうした地域に向けた海外送金は特に注意が必要とされており、外為検査でも以下のような不備事例が認められている。
        • 事例1:海外送金において、送金受取人が北朝鮮の居住者に実質的に支配された法人か否かの確認が行われていない事例が認められた。
        • 事例2:北朝鮮に対する支払原則禁止措置に係る外為法第17条に基づく確認義務を履行するに当たり、中華人民共和国の東北3省向けの生活費名目の海外送金において、送金額の妥当性の検討、当該生活費の受益者の確認及び送金人と受取人の関係等の詳細な聴取が行われていない事例が認められた。
      • また、前述の通り、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書は、北朝鮮と武器や軍事関連の協力関係が疑われる国や、北朝鮮労働者の受け入れを行う国がサハラ砂漠以南のアフリカに多く存在すると指摘し、特にサハラ砂漠以南のアフリカにおける自治体の融資、補助金、外国直接投資を伴うプロジェクトの請負業者と下請け業者に対するデューディリジェンスを強化するよう勧告しており、ヒトの移動の場面でも脅威と想定される。
      • 政府としては、今後も引き続き、そうした特に厳格な審査を必要とするような国・地域等がないか、最新の取得可能なあらゆるデータに基づいて検証していく必要がある。また、民間事業者等もそうした注意を要する国・地域に着目しながら、取引に係る厳格な審査を実施していく必要がある。
    3. サイバー攻撃等を実施する主体
      • 国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書によれば、北朝鮮は、核開発計画やミサイル計画の資金調達のために、サイバー攻撃等を実施している。
      • 現に、令和4年版犯罪収益移転危険度調査書において、北朝鮮の関与が疑われるサイバー攻撃集団(「Lazarus(ラザルス)」)による日本の暗号資産交換業者等を標的としたサイバー攻撃が行われていることが記載されている。実際の攻撃事例として、DDoS攻撃を受けた際に、暗号資産による支払いを要求され、応じなければ更に大規模な攻撃を実施すると予告されるなど、そうした対価の支払いに暗号資産が利用されている事例も発生している。なお、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書は、暗号資産を管理するグローバルな規制メカニズムが存在しないことで、北朝鮮による暗号資産取引所等を標的としたサイバー攻撃によって盗まれた資金の追跡が困難となっていると指摘している。
      • あるサイバーセキュリティ企業の調査によれば、北朝鮮によるハッキングによって生じた被害総額は2022年には約16.5億米ドルに上るとされている。北朝鮮の主要情報機関である「偵察総局」に所属するサイバー攻撃部隊が、機微情報の窃取のために、他国の企業や政府機関に対するサイバー攻撃を実施している。
      • 日本においても、2021年中のサイバー犯罪の検挙件数が12,209件と過去最多を記録するなど、近年のサイバー空間をめぐる脅威は、きわめて深刻な情勢が続いている。
  • モノ・技術の流出に係る主体
    • 大量破壊兵器等の開発等を行うためのモノ・技術が、日本から流出してしまう場面を想定し、そうした場面において資金を獲得しようと試みる者やそれに関与する者を拡散金融の脅威として想定する。実際に、2019年12月までに、36件の大量破壊兵器関連物資等の不正輸出事件が検挙されている。前述の通り、特に我が国は高度な技術やそうした高度な技術を活用したモノを保有しており、それらが大量破壊兵器等の開発などを行う国等に渡った場合、国際的な脅威となり情勢が不安定化する恐れがある。
      1. デュアルユース品等の提供を行うことで資金を獲得する主体及びその送金に関わる者
        • 我が国においては、北朝鮮に関して、国連安保理決議に基づく特定物品の輸出入取引禁止措置に加え、北朝鮮を仕向地とする全ての貨物の輸出禁止措置が取られている。
        • しかしながら、北朝鮮を仕向地とする不正輸出や、第三国を経由した北朝鮮への迂回輸出を行う又は行おうとする主体が存在し、当該主体及びその送金に関わる者などが脅威として考えられる。例えば、以下のような事例が存在する。
          • 事例3:2017年北朝鮮工作員の男が、シンガポールに設置した偽装企業を迂回し、日本から北朝鮮向けの食品等を長期間、大量に不正調達していた。
          • 事例4:元貿易会社経営者の男は、2009年6月18日から北朝鮮を仕向地とした全ての貨物の輸出禁止措置がとられていたにもかかわらず、2017年1月、経済産業大臣の承認を受けないで、家具等を中華人民共和国・香港及び大連を経由して北朝鮮に輸出し、2019年8月、同男は外為法違反(無承認輸出)で検挙された。
        • このような事例はまれなものの、たとえ善良な企業であったとしても、外為法関連法令の知識不足や経営資源の問題等により、北朝鮮向け迂回輸出等に巻き込まれているおそれもある。現に、北朝鮮向けの不正輸出事件では、2カ所を経由させる二重迂回の手口が用いられるなど、その手口が巧妙化している。
        • 加えて、特に、我が国においては、品質・技術力の高い民間・軍事の両方の用途をもつデュアルユース品が存在し、それらが、大量破壊兵器等の開発等の目的で日本のインフラ等を使用して調達等された場合、輸出入の目的や経路の特定が難しく、証拠隠滅や制裁回避・迂回が容易となることから、拡散金融の脅威の一つと考えられる。
        • また、どういった品目が、デュアルユース品として事前の輸出許可を必要とするかについては、経済産業省が周知をしているものの、民間企業側が理解が不十分なままそれらの商品の輸出入を行い、違反であると認定されてしまうケースも見受けられる。
        • そうした中、現状以下のような違反事例・不備事項が見つかっている。
          • 事例5:対北朝鮮貿易商社の元代表取締役が、核兵器等の開発等のために用いられるおそれがあることを知りながら、凍結乾燥機1台を、経済産業大臣の許可を受けないで、2002年9月、横浜港から台湾経由で北朝鮮向けに不正輸出した。
          • 事例6:C株式会社は、核兵器・ミサイルの開発等のために用いられるおそれのある直流安定化電源装置の輸出に関し、経済産業大臣から輸出許可申請が必要である旨の通知を受けたにもかかわらず、2003年4月4日、同電源装置3台をタイ経由北朝鮮向けに無許可輸出を行った。
          • 事例7:対北朝鮮貿易商社の代表取締役が、核兵器等の開発等に用いられるおそれがあることを知りながら、真空ポンプ等を、経済産業大臣の許可を受けないで、2003年7月ころ、成田空港から台湾経由で北朝鮮向けに不正輸出した。
          • 事例8:有限会社Aは核兵器等の開発等のために用いられるおそれのあるインバーター(周波数変換器)の輸出に関し、経済産業大臣から輸出許可申請が必要である旨の通知を受けたにもかかわらず、2003年11月に同インバーターを共謀者に手荷物として持ち出させる形で中華人民共和国経由北朝鮮向けに無許可輸出を行った。
          • 事例9:D株式会社は、2007年から2016年にかけて、経済産業大臣の許可を受けないで、同社製「真空吸引加圧鋳造機」等を、イラン、中華人民共和国、タイ等へ輸出した。
          • 事例10:対北朝鮮貿易商社の代表取締役が、核兵器等の開発等のために用いられるおそれがあるものとして、経済産業大臣により輸出許可を要するとの通知を受けていた中古タンクローリー2台を、2008年1月、同大臣の許可が不要な韓国を経由させ北朝鮮に輸出する目的で、韓国向けに不正輸出した。
          • 事例11:B株式会社は、ミサイル開発のために用いられるおそれのあるジェットミルを、経済産業大臣の輸出許可を受けることなく1999年及び2000年にそれぞれ1台、イランに輸出した。
        • また、企業側の意図せざる違反に加え、今日の流通形態の複雑化に伴い、懸念のある主体が、実際のエンドユーザーの姿を隠しつつ様々な手法を用いて、機微技術や軍事転用可能な貨物・技術を巧妙に獲得している可能性がある。
        • 加えて、日本国内では合法的な手続をしているにも関わらず、流通の過程で輸出管理が厳格に実施されていない第三国を経由することによって、大量破壊兵器や通常兵器等の開発等を行っている国等へ転売されてしまうケースもある。
          • 事例12:2014年、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書は、日本製の炭素繊維が中華人民共和国からイランに向け出荷されたものの、イラン到着前に第三国で差し押さえられていたことを明らかにした。炭素繊維は民生用にも使われるが、ウラン濃縮用の高性能遠心分離機に不可欠とされ、一定以上の品質のものは国連安保理決議に基づき輸出が禁じられている。なお、日本の炭素繊維は高品質で知られ、イランが核開発のため入手を試みた可能性がある。同報告書などによると、日本企業から中華人民共和国へは適正な手続で輸出されたが、2012年後半、7200キロがイランに転売され、船で輸送された。
        • そうした中、政府としては、引き続き違反事例の公表及び注意喚起に努めるとともに、その周知の仕方や更に取り得る対策について、民間企業のフィードバックを受けながら、改善していく必要がある。
        • また、輸出入に関わる企業が、拡散金融に係る取引ではないかと疑うにあたり、例えば以下のような不審な点を端緒として確認することも有用となる。
          • 顧客が軍民両用品、輸出管理対象品、技術的背景がない又は顧客の事業内容等と一致しない複雑な設備の貿易取引を行う。そうした品目の決済に顧客が個人口座を使用する。大学や研究機関に所属する顧客が、軍民両用品や輸出管理対象品目を扱う。
          • 製造業や貿易会社である顧客が工業製品の取引やその他の貿易取引において現金を使用する。そうした可能性を示すものとして、預金口座の残高が急増し、その後現金が引き出される。
          • 貿易取引の商品の最終仕向の相手方が運送会社である場合や輸入者と異なる。
          • 運搬費用に対して貨物の申告価格が低い。
          • 出荷先の国の技術水準に見合わない商品の輸出が行われる。
          • 明確な目的なく複数の商品仕向地がある、頻繁に船籍を変更する、小型又は
          • 旧型の船舶を利用することを含め、回りくどい方法で商品の輸送が行われる。商品が懸念国を経由する。
          • 口座開設の承認前に、顧客が軍民両用品や輸出管理対象品に係る信用状の発行を求める
      2. 無形技術移転等を行うことで資金を獲得する主体及びその送金に関わる者
        • 我が国は、世界中で利用されている先端技術に関する情報や最先端の高性能製品を数多く有しており、これらの技術情報等の中には、使用方法によっては軍事用途に転用可能なものも含まれる。そのほか、懸念国が、先進国の主要企業や学術機関などに派遣した自国の研究者や留学生などを通じて、大量破壊兵器などの開発・製造に応用し得る先端技術を入手する、無形技術移転も懸念されている。合法な活動であったとしても、大量破壊兵器拡散行為に悪用される可能性がある。そうした中、外為法上例えば以下のような不備事項が指摘された。
          • 事例13:制裁対象以外の国から研究開発に関わる報酬を目的とする被仕向送金を受領するに当たり、当該研究開発が北朝鮮の核関連計画等に貢献し得る活動又はイランの核活動等に寄与する目的で行う行為等に該当しないことを適切に確認していなかったとして、外為法に基づく外為検査における不備事項と認定された。
      3. 「瀬取り」等の活動を行うことで資金を獲得する主体及びその送金に関わる者我が国は、四方を太平洋、オホーツク海、日本海及び東シナ海に囲まれた島国で、他国との人の往来や物流は海空港を経由して行われている。
        • 国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書によれば、北朝鮮の領海及びEEZ内等での石油製品等の違法な「瀬取り」が行われている実態が指摘されている。この点、国連安保理決議において、全ての加盟国は、北朝鮮船籍の船舶との間でのいかなる物品又は品目の供給・販売・移転及び船舶間の転移を容易にする又は関与することが禁止されている(国連安保理決議第2375号11等)。
        • これを受けて、防衛省・自衛隊では、警戒監視活動の一環として、海自艦艇等により国連安保理決議違反が疑われる船舶についての情報収集を行っている。また、これまで(2023年12月末時点)に防衛省から「瀬取り」の実施が強く疑われる事例として24件が公表されている。なお海上保安庁が摘発している北朝鮮関連の拡散金融に係る「瀬取り」、密輸、密航等はない。加えて、2023年12月末時点までに海上保安庁が、北朝鮮の不審船・工作船32として摘発した事例において、大量破壊兵器の開発等に繋がっていると判断したものはない。
        • しかし、2022年10月から新型コロナウイルス感染症に伴う水際措置が緩和され、国際クルーズ船の受け入れを再開する等、従来の国際的な物流・人流が戻りつつある中、今後増加する船舶の往来にまぎれて「瀬取り」による密輸等が行われるリスクが高まることも、大きな脅威である。
        • そうした「瀬取り」自体は非合法な活動であり、おそらく当該取引にあたっては金融機関等を経由しない現金取引が利用されている可能性が高く、金融機関等において厳格な確認を行うことは非常に困難と想定される。しかしながら、例えば、製造業や貿易会社である顧客が工業製品の取引やその他の貿易取引において現金を使用することや、そうした可能性を示すものとして、預金口座の残高が急増し、その後現金が引き出されることなどが確認された場合、重点的な確認を行うことが考えられる。
      4. 制裁対象者含む日本等に所在する不透明な企業を利用する主体
        • 最後に、資金の流出、モノ・技術の流出が想定される場面において、その土台としてどのような者が活動しているのかという点について分析する。
        • 我が国では、国連安保理決議等に基づき、制裁対象とされている団体及び個人の、団体名及び所在地等、個人名及び役職・生年月日・国籍・住所等が公表されている。そうした制裁対象者を指定するにあたり、北朝鮮については、北朝鮮の核関連、その他の大量破壊兵器関連及び弾道ミサイル関連計画に関与し又は支援を提供している者を資産凍結等の措置の対象に指定している。例えば国連安保理決議で禁止されている「瀬取り」による石油精製品や石炭の不正取引への関与等を行った者なども制裁対象者に含まれる。また、イランについては、主にイランの拡散上機微な核兵器の開発に関与し、又はそうした個人若しくは団体の支援等に関与した者等が指定されていた。
        • なお、これまで日本において、そうした制裁対象者による拡散金融に係る検挙事例等は確認されていないが、引き続き脅威として注視すべきである。
        • また、大量破壊兵器の拡散に対する資金供与の移転手段は、フロントカンパニーや合弁企業等の使用が指摘されており、この点はマネー・ローンダリング等と異なるものではない。現に、国連安保理決議第2270号(主文16)において、北朝鮮は、制裁に違反する目的で、フロントカンパニー、シェルカンパニー、合弁企業及び複雑かつ不透明な所有構造を有する法人を頻繁に使用していることに留意する旨記載されているほか、2023年10月に公表された国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書においても、国連に指定された北朝鮮の団体によるフロントカンパニーや傘下企業の利用を通じた北朝鮮の金融制裁回避について警戒することが加盟国に対して奨励されている。
        • 加えて、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書では、不透明な企業の登録規制強化が勧告されている。特に、2020年8月公表の同報告書において、北朝鮮は、ジョイントベンチャーやオフショア銀行口座、シェルカンパニーや暗号資産を用いることなどによって国際金融システムにアクセスしており、北朝鮮関連の個人や団体が国際的な海外送金を行うために東アジア及び東南アジアの中小規模の銀行を利用している旨、具体的に指摘されている。また、こうした状況は、各国国内の法人登録に関するルールへの対応が不十分であることでさらに悪化しており、北朝鮮はそれらの不透明な所有構造の企業を使って活動を続け、そうした制度上の不備により、金融機関による海外送金の際の取引時確認や制裁措置に係るコンプライアンスの確保が事実上不可能になっている旨指摘されている。
        • そうした所有構造や活動が不透明な企業への対応としては、まず前提として、監督当局が、法人の実質的支配者情報を適時に入手可能である必要がある。
        • 法人の透明性に関する基準を定めているFATF勧告24及びその解釈ノートは、マネー・ローンダリング等を念頭にしているFATF基準であるが、資金の出所が合法か非合法かを問わない拡散金融における一対応としても、当該基準の内容は当てはまると考えられる。これまで、日本においては法人の実質的支配者情報を確認するための制度等の整備を行っている。
        • FATF勧告及びその解釈ノートは、2022年3月に改訂され、法人の悪用を防止する観点から、国際基準が厳格化された。具体的には、捜査当局が法人の実質的支配者をタイムリーに特定するメカニズムとして、(1)法人に対して実質的支配者情報の取得・保持を義務化すること(いわゆるカンパニーアプローチ)、及び(2)公的組織(税当局、金融情報機関、登録機関等)による実質的支配者情報の保持(レジストリアプローチ)又は(3)その代替的な仕組みの義務化などが求められることとなった。今後の第5次対日相互審査では、改訂後のFATF基準に基づいた審査が行われるため、早急な対応が必要である。
        • そうしたことから、拡散金融を防止するためにも、法人に対して自身の実質的支配者情報の取得・保持を義務化し、それをアップデートさせる仕組みと、公的組織が実質的支配者情報を保持する仕組み又はその代替的な仕組みを構築することが必要であり、まずは既存の枠組みを活用した対応の可能性も含めて、関係省庁が連携して検討することが必要である。
        • 次に、金融機関等が取引を引き受けるにあたって、顧客、送金等の相手方、取引関係者等にこのような所有構造や活動が不透明な企業が含まれる場合には、送金取引の便益を受ける者が制裁対象者等ではないことを確保するために、当該企業の所有構造や事業の実態について重点的に確認することが重要である。
  • 拡散金融リスクの高い取引
    • 危険度の高い取引の類型:
      1. 暗号資産取引
      2. 非対面取引
      3. 海外送金
      4. デュアルユース品に係る輸出取引
      5. 大量破壊兵器等の開発に資するような技術移転に係る取引
        • 上記取引の危険度を高める要因:サイバー攻撃
        • 拡散金融に使われる蓋然性のより高い取引に特化して、まずは金融機関等が前章において先述したFATF勧告24及びその解釈ノートに関する実質的支配者情報を含む法人情報のみならず、拡散金融に係る取引と疑われるような場合の顧客確認等について重点的に確認することもリスクを低減する観点から有益であると考えられる。なお、2023年11月に財務省が公表した「外国為替取引等取扱業者のための外為法令等の遵守に関するガイドラインQ&A」では、経済制裁措置の違反、迂回、潜脱等の可能性がある状況として、以下の状況を例示している。こうした状況を端緒として重点的な確認を行うことも有効である。
          • 顧客が必要な情報の提供を渋っている。不明瞭な又は矛盾する内容の情報を提供する。
          • 懸念国やリスクの高い国に所在する又はこれらの国と繋がりがある。
          • 顧客が送金業者等の業務を営んでいる又はpayablethroughaccountである可能性がある。特に、これら口座において高額な取引に係る資金移転を急速に行っており、明確な理由がないにも関わらず日々の残高が少ない。
          • 所有構造が不透明な企業、フロントカンパニー、シェルカンパニーが関与す
          • る取引等。十分高い資本を有していない等シェルカンパニーの特徴を示す、又は、長年休眠していた口座の取引が急増している。
          • 例えば住宅ビル、私書箱、商業ビル、工業団地等、貿易会社の住所が集合建築物等の住所である場合。特に具体的な部屋番号等への言及がない。
          • 過去に取引を謝絶した顧客等の電話番号やIPアドレスと同じ情報を有する顧客からの取引依頼がある。
          • 顧客のウェブサイトが極めて簡素であり、記載されている事業の実態が不透明。
          • 合理的な理由なく、取引の相手方と決済の相手方が異なる。取引に関与しないシェルカンパニーやフロントカンパニーが支払を行うなど、商品の受取人以外の者が経済的な理由なく、商品代金の支払を行う。
          • 顧客が事業内容等と異なる分野で多数の第三者が関与する複雑な取引を行っている。経済的な合理性がない形で、複雑な又は回りくどい方法で取引を行っている。
          • 被仕向送金等において把握した目的と矛盾する態様で出金がなされる。決済を行う直前に第三者の送金の代理であること等が疑われる入金がある。
          • 謝絶された送金等の情報を一部変更して再度送金等を行う。通常利用している銀行や送金ルートと異なる経路で決済を行う。

上記レポートでも記載されていたとおり、財務省は、金融庁や警察庁、法務省などが連携して、金融機関などが保有する企業の実質的支配者の情報に、捜査当局がアクセスできるシステムの構築を検討するとしています。規制改革推進会議のスタートアップ支援策を議論する作業部会で明らかにされたもので、スタートアップ支援では会社設立の手続きを簡素にするとともに、マネロンに使われるような実態のないペーパーカンパニーの設立を防ぐことが課題となっています。上記レポートでも言及されていますが、FATFは勧告で各国に、法人の実質的支配者の最新情報を公的機関が保有するよう求めていますが、起業時に公証人が、定款について創業者の意思を面会して確かめる手続きで、法務省は動画やシステム上で会社設立の意思を確認できれば、オンラインを含めた面会による確認を省略できるよう見直すことも検討されています。法務省は公証人が面会して確認する現行のしくみは、AML/CFTに効果があるとみているといいますが、筆者から見れば、公証人による面談(面会)においても、反社会的勢力の属性を有する者が代表になるようなケースはほぼないうえ、AML/CFT上の問題となるような端緒を把握できることも難しいうえ、実質的支配者の確認も現行の「実質的支配者確認リスト制度」とあわせ、表面的な確認にすぎないという限界を有していることを、もっと深く認識すべきだと考えます。関連して、金融庁は株主名簿に載らないものの、株主総会で議決権をもつ「実質株主」について、企業が把握しやすくする仕組みをつくるとして、機関投資家向けの指針を改定し、企業が資産運用会社などに問い合わせれば、原則として自社株の保有状況を確認できるようにするとしています。機関投資家は運用業務に専念するために、有価証券の保管・管理や配当金の代理受領などは「カストディアン」と呼ばれる資産管理銀行に委託していますが、カストディアンが自らの判断で議決権行使など株主の権利を行使することはなく、一般的には機関投資家が指図することになります。議決権行使の方針を決める実質株主を特定するためには信託銀行などに株主調査を依頼する必要があり、実務上の負担は大きいものがあります。今回の改定により、株主調査にかかる費用や時間をかけずに実質株主を見つけやすくなる可能性があります。

2024年4月10日付毎日新聞の記事「欧州の観光地、高級腕時計の盗難急増 経験浅い集団が暴力的な手口も」によれば、欧州を中心とした観光地で、観光客が身に着けたロレックスなどの高級腕時計が奪われる事件が急増しているといいます。背景には新型コロナウイルスの感染拡大以降に加速した中古市場の拡大や、物価上昇、SNSの普及などがあるとみられ、2023年に世界各地で奪われたり盗まれたりした腕時計の被害額が17億ユーロ(約2800億円)を超え、2022年の3倍を上回ったとの統計もあります。奪われた高級腕時計は、状態が良ければ新品価格の7割程度の値で闇市場で取引されており、ナポリの窃盗グループが奪った高級腕時計は地元ナポリの密売人を介して中国や香港、ロシアなどの買い手と交渉するケースが多いといいます。また、物価上昇(インフレ)でモノに対する通貨の価値が下がる中、高級腕時計を資産の保存手段に利用する人も増えているほか、世界的にマネー・ローンダリングの取り締まりが強化される中、高級腕時計を資産隠しに使う犯罪組織も増加したとみられているといいます。

暗号資産の匿名性の高さが犯罪等に悪用されていることについては、本コラムでもたびたび指摘しているところです。上記財務省のレポートでも、「暗号資産そのものについて、利用者の匿名性が高く、その移転が国境を超えて瞬時に行われるという性質や、追跡の困難性等の観点から、拡散金融に使われやすいインセンティブがあるのみならず、新たな暗号資産やその取引手法が開発されるなど技術は日々進化しており、監督・規制との関係でサイバー攻撃と同様に「いたちごっこ」となりやすい。この点、暗号資産の取引のデータにおける入力や出力に、他の無関係なアドレスを記入し本来のアドレスと混在させることによって、第三者による取引の追跡やアドレスの名寄せをより困難にする「ミキシング」の手法も用いられている」との指摘があります。また、令和5年犯罪収益移転危険度調査書(国家公安委員会)では、「取引に利用されるウォレットが、本人確認等の措置が義務化されていない国・地域に所在する暗号資産交換業者や、個人の取得・管理に係るものである場合には、取引により移転した暗号資産の所有者を特定することは困難となる。また、暗号資産交換業者の取引は、その大半がインターネットを利用した非対面で行われていることから、取引における匿名性が高い。海外においては、暗号資産と法定通貨との交換を行うことができる暗号資産ATMが多数設置されている国があり、暗号資産の現金化又は現金による暗号資産購入が可能となるなど、利用者の利便性がこれまでより高まりつつある。海外では、薬物密売人が薬物売買で得た犯罪収益を、偽造した本人確認書類を用いて暗号資産ATMでビットコインに交換する事案が発生していることから、利用実態等について注視する必要がある」、「平成27年(2015年)8月、ISILを支援した罪で米国人Aが懲役11年及び生涯にわたる監視の有罪判決を受けた。同人は、SNS上で、ビットコインを用いてISILへの資金提供を隠蔽する方法や、シリアへの渡航を企図するISIL支持者へ便宜供与をする方法を提供し、ISIL及びその支援者に対して助言をしたことを認めた」といった指摘があります。さらに、暗号資産の取引は、必ずしも取引所を介さないP2P取引も行うことができることから、当局の監視を逃れるために悪用されているケースも多いものと推測されます。その点に関連して、2024年5月7日付日本経済新聞の記事「仮想通貨、広がる闇売買 SNSで無登録の換金横行」で、国に登録していない業者による暗号資産の違法売買が横行している疑いが浮上していると報じられています。具体的には、「個人がSNS上で電子マネーとの交換を持ちかけるケースが多く、取引の実態は見えにくい。犯罪収益のマネー・ローンダリングに悪用される懸念があり、取り締まりの強化と健全な取引を促す金融教育が求められる。「LTC(ライトコイン)換金」「BTC(ビットコイン)販売」。Xには仮想通貨の売買を誘っているとみられる投稿が並ぶ。売買金額の1~2割の手数料を払えば、電子マネーやクレジットカード決済で取引できるとするものが多い。仮想通貨と法定通貨の換金などを担う「暗号資産交換業者」は国への登録が義務づけられている。警察関係者によると、SNSで交換を呼びかけているのは無登録の個人とみられる。3年以下の懲役といった罰則がある資金決済法違反罪にあたる行為だ」ということです。さらに、「客を引き付けているのは取引の匿名性の高さとみられる」、「別の交換業者のウォレットに仮想通貨を移転する際には、事業者間で利用者情報を共有する「トラベルルール」も課されている。いずれもマネロンを防ぐため、法定通貨との交換状況や通貨移動の透明化を図る狙いがある。違法売買はこうした規制を逃れ、素性や原資を隠したまま仮想通貨を入手できる。不正に交換した仮想通貨をさらに現金化することも可能だ。捜査幹部は「犯罪組織がマネロンに悪用すれば、収益の流れの特定が難しくなる」と警戒する。他人名義の電子財布を使う不正取引も顕在化している」といった実態が明らかにされています。また、「日本国内で違法売買が広がる背景には、顧客管理が甘い海外の交換業者の存在もある。警視庁によると、カリブ海のオランダ自治領に拠点を置くとするオンラインカジノは仮想通貨の交換も取り扱っているが、ウォレット開設時の本人確認が不要だった。国際組織「金融活動作業部会」(FATF)は犯罪収益が仮想通貨へ流入しないよう対策を促しているが、取り組みには各国で差がある」といった課題も指摘されています。本コラムでたびたび指摘しているとおり、暗号資産には国境がない一方、その規制は「法域」単位で、厳格な規制を課している法域はごく一部にすぎず、これでは「抜け穴」だらけの状態(規制がほとんど意味を成さない状態)です。これだけ犯罪と親和性の高い暗号資産の規制を国際的な連携網で確立していくことが急務だといえます。

その他、国内外のAML/CFTを巡る最近の動向から、いくつか紹介します。

  • デジタル庁の「デジタル認証アプリ」計画が波紋を広げています。マイナンバーカードによる公的個人認証のためのアプリをデジタル庁が開発し、自らが認証業務を担う「署名検証者」になるという構想ですが、現在は民間事業者が担う公的個人認証の認証業務を、政府が行えるように施行規則を改正するというものです。官民の様々なサービスで本人確認に使える「デジタル認証アプリ」も開発し、デジタル庁が自ら運用するということで、「これでは、国民がいつどんなオンラインサービスを使っているのか、政府が網羅的に把握できるおそれがある」との懸念が高まっているものです。報道では、民間サービスでマイナカードによる本人確認を普及させることは、利用目的を達成する上で「必要」な範囲を超えた過剰な情報提供を、私たちユーザーに強いる状況を生むのではないか、「犯罪防止に必要な銀行口座の開設や携帯電話の契約などで強度の高い本人確認を求めることは合理性があるが、必要な範囲を超えて広がり、ネットサービス全体で強度の高い本人確認が求められる風潮となれば、ネット上での自由な意見表明や行動が委縮する可能性がある」(水町雅子弁護士)といった指摘があり、利便性や正確性は担保されるものの、プライバシー上の問題とのバランスを考えさせられます。
  • 米金融大手モルガン・スタンレーの富裕層向け資産運用事業が米連邦準備理事会(FRB)や米証券取引委員会(SEC)、通貨監督庁(OCC)、など複数の金融規制当局の捜査の対象になっており、AML/CFTにおける顧客の身分や取引内容を精査する管理体制を十分に敷いていなかった疑いが浮上しているといいます。各規制当局は、主にモルガン・スタンレーが新たに外国の顧客と取引する際、どのように身元や資金源、資金の出し入れ状況を審査し、違法なマネロンを防ぐ措置をとっていたかについて捜査を進めており、SECや財務省はモルガン・スタンレーに違法取引の可能性のある顧客リストを送り、身元や資金源を確認するよう要請、リストの中にはロシアのウクライナ侵略後、経済制裁の対象となったロシアの富豪とされる人物の名前も含まれているといいます。今後の展開を注視したいと思います。
  • 犯罪で得た収益を使って電力会社を乗っ取ったとして、警視庁犯罪収益対策課は、組織犯罪処罰法違反(事業経営支配)の疑いで、埼玉県川口市の会社役員で中国籍の被告=私電磁的記録不正作出・同供用の罪などで起訴=を再逮捕しています。報道によれば、既存の会社に対する事業経営支配に関する摘発は全国初といいます。再逮捕容疑は2020年3月、電力供給を巡って不正に入手した収益などを使って「第一日本電力」の発行済み株式全180株を取得し、配下を代表取締役に選任。株主の議決権を使って4月7日に役員を選任させ、企業を乗っ取ったというものです。
  • 訪日客らに対する免税品の販売を巡り、ブランド品の買い取り販売店を展開する「大黒屋」が、東京国税局から2023年3月期までの2年間で消費税計約2億3000万円を追徴課税されています。報道によれば、同社では商品を免税販売する際、他人名義の本人確認書類が使われるなど免税要件を満たさない取引があったほか、中国人らが転売目的で腕時計などを不正に購入したケースが確認されたといいます。何者かがSNSで購入役を募ったとみられ、一部店舗の従業員(当時)が不正を知りながら免税販売に関わった疑いもあるといいます。同国税局はこれらの取引分の消費税計約1億9000万円は申告漏れに当たると指摘、不正分については重加算税の対象としています。
  • 東欧・カフカス地方の小国ジョージアが金融関係者の注目を集めており、2024年4月に税率が低いオフショア地域から国内への資産移転に免税措置を講じる法案が可決され、近く発効する見込みとなったためだといいます。同じ旧ソ連圏のロシアなどからのマネー流入が想定され、マネロンの温床になる懸念も指摘されていると報じられています(2024年5月13日付日本経済新聞)。ジョージア議会で19日に最終的な可決プロセスを終えた同法案は、2028年1月1日までに資産をジョージアに移転するすべてのオフショア企業に税制上の優遇措置を与える内容で、移転に伴う税金のほか、移転された資産から得られる所得への利益税と個人所得税を免除するもので、オフショア企業から国内に移った資産に関する固定資産税も2030年1月まで免税となるといいます。新制度によってジョージアが「将来的に(西側に)制裁されるだろう」との見通しも示されています。TPジョージアもジョージアがマネロンの拠点になりかねないとして、運用にあたっては高い透明性基準を確立する必要があると指摘しているといいます。ジョージアを含む東欧・旧ソ連圏の動向については厳しく注視していく必要がありそうです。

(2)特殊詐欺を巡る動向

SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺が猛威を奮っています。実業家の前沢友作氏や堀江貴文氏をはじめとする著名人が、SNSの投資詐欺広告に肖像や名前を無断使用されている問題が社会的な問題となる中、米メタ(旧フェイスブック)がフェイスブックやインスタグラムなどを通じて2024年に配信した投資広告のうち、半数以上がなりすましとみられるということです。また、投資広告の配信元の約65%はアカウント名に日本語が含まれておらず、日本語が用いられていても不自然なケースもみられ、海外から大量に配信されている可能性が指摘されています。産経新聞が、メタが提供するフェイスブックやインスタグラムなどのサービス上で2024年に配信された「投資」という言葉を含む広告2万742個を調査したところ、前沢氏ら著名人の名前が含まれたものが半数以上を占めており、これらは同じ文章を流用して機械的に大量に作られていることから、詐欺広告の可能性が高いとみられています。前沢氏はメタに対して訴訟を起こすとしていますが、個人での対応には限界があり、政府に対してITプラットフォームに対する広告規制の強化を求めています。EUは、メタのターゲティング広告に対して厳しい規制を課しており、米グーグルは2024年3月、2023年にAIも活用し、55億件の不適切な広告を削除したと発表、メタも大規模言語モデル「Llama」を無料公開するなどAI技術で業界をリードする存在であり、同様の対応をとることは技術的に可能とみられています。関連して、自民党は、米メタの幹部を招き対策を聞き取りを行っていますが、具体策に乏しく、事実上無回答であったことから、削除対応が遅いとして、出席議員からはメタに対し広告停止の要求が出ました。海外に拠点を置く犯罪グループによる被害や、生成AIによるなりすまし手口も増え、政府の対応が追いついていないのが実情です。世論の批判の矛先は大手ITに向かうも、メタ担当者が「デジタル空間では発信元の国を正確に判定するのは難しい」とはぐらかそうとする場面もあるなど不誠実な対応が見られるのも事実です。米IT大手にとって最大の市場は英語圏で、それ以外の言語向け対策は費用対効果が悪く、日本語対応に遅れが見られるのもまた事実です。偽情報を発信する世界中のサイトでグーグルが配信する広告の掲載状況を分析したところ、英語サイトの広告掲載率は13%である一方、トルコ語やポルトガル語だと6~9割にのぼったとして、「非英語圏は偽情報発信者の収益源になっている」との結果となりました。また、日本の行政は立法事実を積み上げ規制をかけるのが一般的ですが、イノベーションが加速し、国境を越えて新しいサービスが広がる中、従来型の行政のやり方も大きな課題を抱えているのも事実です。英国オンライン安全法は詐欺的広告の流通防止を事業者に義務付けており、英国のように広告配信に着目した規律で実行力を持たせるのも一案だといえます。そもそもSNS上の詐欺広告がこれだけ蔓延している理由としては、メールアドレスと電話番号とクレジットカードの番号さえあれば、誰でも簡単に広告が出せることが大きいとの指摘があります。さらに、一部の業種を除いて身分証明書を提出させていない事業者も少なくないといいます。また、フェイスブックはなりすましでないかを厳密に確認しておらず、抜け穴になっているとの指摘があります。メタなどの事業者は、広告をチェックし、悪質な広告を排除するための人員を置いているとしていますが、大半は自動審査システムに頼っており、広告主や広告を新規登録してから早ければ数分で承認されて出ていくのは人力ではありえないスピードで、事業者にとっては、本人確認や広告審査を厳格化しても広告費が増えるわけではなく、不十分な審査でも機械に頼ってやったほうがもうかり、信頼性を高めるよりも、市場や株主を見ているスタンスが明確だと指摘されています。さらに、生成AIを使えば手元で誰でも精度の高いフェイク広告を作れるようになった中、広告審査のルール整備が追いついていない実態についてもと指摘されています。

こうした状況の中、フェイスブックなどのSNSで、著名人になりすました虚偽広告で現金をだまし取られたとして、神戸市や横浜市などに住む男女4人が、メタの日本法人を相手取り、計約2300万円の損害賠償を求める訴えを神戸地裁に起こしています。虚偽の広告かを調べずに放置したと訴えており、SNS運営元を提訴するのは異例のことといえます。訴状などによれば、40~60代の4人は2023年8~10月ごろ、メタ社が運営するフェイスブックやインスタグラムで、衣料通販大手「ZOZO」創業者の前沢友作氏らをかたり、投資を呼びかける偽広告を閲覧、アシスタントを名乗る人物らとやり取りしたうえで、外国為替証拠金取引(FX)への投資金として指定口座に送金したといいます。原告側は、メタ社が虚偽広告をSNSに掲載することにより、「利用者らに不測の損害を及ぼす恐れがあることを予見できた」と主張、広告の真実性を調査する義務を怠ったうえ、著名人らによる削除要請にも応じなかったとし、「虚偽広告を掲載しなければ被害を受けなかった」と訴えているものです。原告の一人は「正しいやり方での投資は自己責任。でも(間違ったものを)信じてしまったばかりにダメージを受けることは社会倫理的におかしい。広告はプラットフォームが管理するべきで、責任がある」と話しています。

SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺、さらには特殊詐欺にだまされる理由についても、最近の報道から確認しておきます。「クリックした先には、心をとらえて詐欺へと引き込んでいく言葉の駆け引きがあった」との証言があります。いわく、「指導者」からは、「まるで恋人のよう」にこまめに連絡があり、投資家としての才能があると励まされ、「あの人が私をだますはずがない」と信じ切ったといいます。女性は「劇場的にシナリオが組まれていて『指導者』のことを信じてしまう。本当に洗脳されていた」と振り返っています。また、三重県警は、特殊詐欺の被害者を対象に行ったアンケートの結果を発表しています。2023年に三重県内で被害にあった人の4割が、被害防止対策を「何も行っていなかった」と回答、「自分は大丈夫」という思い込みが、犯行グループにつけ込まれるケースもあると指摘されています。また、「自分は被害に遭わないと思っていた」「どちらかといえば被害に遭わないと思っていた」と回答したのは全体の計91.7%にのぼっています。特殊詐欺について日頃から相談できる相手が「いる」と答えた割合は79.2%を占めましたが、実際に特殊詐欺の電話やメールを受けた後、「誰かに相談した」と回答したのは16.0%にとどまっている実態も浮き彫りになりました。だまされた理由は、「パニックになったから」(27.2%)、「警察や銀行と言われて全く疑わなかった」(20.5%)との回答が目立ったといいます。また、だまされたと分かったら息子たちから激しく責められることが多いところ、ただでさえ苦しんでいるし、悪いのは犯罪者であって、孫のためを思ったおじいちゃんの行動は責められるものではない(むしろ「家族愛」だ)というべきだとの指摘もあります。完全に孤立した高齢者が自死を選ぶケースも少なくなく、家族が自死すると、その人を責めた家族も「自分が殺したようなものだ」と、後を追おうとするなど、孤立や自死は連鎖することを認識すべきだとの指摘もあります。正に特殊詐欺は「間接的殺人だ」と言われるゆえんです。「決して責めてはいけないし、むしろ、ほめてあげるべき」、「だます人・だまされる人、個人の問題ではなく、そういう社会をつくった我々の連帯責任だと捉えるべき」、とらえ「今の社会は人と人の縁が非常に薄くなっており、「孤立しない・させない」社会を作っていかないといけない」との指摘は正にその通りだと思います。一方、家族が事件を起こしてしまったら、加害者本人の再犯を最も心配すべきだという指摘も受け止める必要があります。社会に戻ったとしても、加害者本人はお金に困り、住むところにも困り、就職先にも困る、そういう事態が再犯につながりかねず、まずは最低限の生活を支えることを考えるべきで、その後は本人の自立に向けてアドバイスし、家族と一緒に支えていくことが大事だといいます。「予兆の察知はできないが、予防はできる」との指摘も考えさせられます。逮捕された「先」を教えてあげることが重要で、「世の中にはこういう犯罪があって、実際に逮捕されると、こうなるんだ」と、特殊詐欺ならば、「知り合いから誘われる場合もあるよ」、「こんな手口があるよ」、「現場にいって1人が逮捕されたら、あなたも捕まるよ」といった具合に、みんなで一緒にニュース見た時とか、家族の会話の中で話すことが望ましいといえます。

SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺に関する警察庁の資料を紹介します。

▼総務省 デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(第17回)配付資料 ※ワーキンググループ(第15回)合同開催
▼資料17-3-2 警察庁ご発表資料(SNSを悪用した投資・ロマンス詐欺の被害発生状況等について)
  • SNS型投資詐欺
    • 相手方が、主としてSNSを用いて投資を勧め、投資名目で金銭等をだまし取る詐欺
  • SNS型ロマンス詐欺
    • 相手方が、外国人又は海外居住者を名乗り、主としてSNSを用いてやりとりを重ねることで恋愛感情や親近感を抱かせ、金銭等をだまし取る詐欺
  • SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺ともに昨年下半期の増加が顕著。1件当たりの平均被害額は1,000万円超
  • 男性の被害がやや多い。男性・女性ともに40歳代から60歳代が多い
  • 500万円以下の被害が多いが、1億円超の被害も発生。男女間で被害額の傾向に大きな差は認められない。当初接触ツールとして、いくつかの特定のサービスの利用が目立つ
  • 被害時の連絡ツールは特定のサービスが8割以上。交付形態は振込が8割以上
  • 女性の被害がやや多い。男性・女性ともに40歳代から60歳代が多い
  • 500万円以下の被害が多いが、1億円超の被害も発生。女性は被害額がやや高額になる傾向が認められる
  • 当初接触ツールとして、いくつかの特定のサービスの利用が目立つ
  • 被害時の連絡ツールは特定のサービスが8割以上。交付形態は振込が約8割。恋愛感情や親近感を抱かせた上で、大半が投資話をもちかけられて金銭等を詐取される
  • SNS型投資詐欺の被害に遭うまでの流れ(イメージ)
    • SNSの広告をタップ
    • 犯人側との接触、グループに招待
    • 儲かっているなどとサクラが投稿
    • 投資家やそのアシスタントを名乗る者から振込指示
    • 偽の利益を掲載し、その一部(少額)を被害者口座へ振込
    • 高額の偽利益を表示。全額引出のための手数料等を要求
    • 突然、連絡が途絶える
  • SNS型投資詐欺の具体的被害事例
    1. 事例【被害者:60代女性、被害額:合計約1,400万円】
      • 女性(60代)が、投資コンサルを自称する男から、「モニター会員を募集しています。」「絶対お得で儲かります。」「もっと金額を増やしたら利益が出ます。」などとSNSで言われ、指定された口座に複数回振り込み入金して、合計約1,400万円詐取された。
    2. 事例【被害者:70代女性、被害額:合計約4,500万円】
      • 著名人を自称する者やその助手を自称する者との間で、SNS上の投資グループになった後、指定された口座に複数回振り込み入金して詐取された上、「倍増プランがあります。」、「上位クラスでの取引があります。」などと提案され更に被害に遭った後、「監督当局によって資金が差し止めされている。」などと言われて出金できなくなった。
  • 警察におけるSNS型投資・ロマンス詐欺への対策
    • 令和5年下半期において、SNS型投資・ロマンス詐欺の被害が急増し、同年の合計被害額が450億円以上にのぼり、同年の特殊詐欺被害額(440億円)を上回る。
    • これらの詐欺については、被害実態や詳細な犯行手口が必ずしも十分明らかではないため、被害実態等の早急な解明と対策が必要。
      1. 対策推進体制の構築
        • 特殊詐欺対策及び匿名・流動型犯罪グループ対策と一体的に推進
        • 関係部門横断的な体制を構築し、特殊詐欺捜査部門、生活経済事犯捜査部門、国際捜査部門、サイバー捜査部門等が、部門の垣根を越えて連携
      2. 実態解明等の推進
        • 匿名・流動型犯罪グループをはじめとする犯罪組織が関与している可能性を視野に、事件捜査等で得た情報を分析し、実態解明を推進
      3. 全国警察が一体となった捜査の推進
        • 特殊詐欺連合捜査班(TAIT)も活用し、被疑者の検挙や犯行拠点の摘発に向けた捜査を推進
      4. 外国捜査機関等との連携
        • 外国捜査機関との情報共有、捜査共助等を実施
        • 関連する国際会議等への出席を通じて、外国捜査機関との連携を深めるとともに、国際的な機運の醸成に努める
      5. 積極的な広報啓発
        • 捜査等を通じて把握した手口や被害発生状況等を踏まえ、被害者となり得る国民に対する効果的な広報啓発を推進
      6. 関係省庁・関係事業者への働き掛け
        • 関係省庁との連携強化
        • SNS事業者、金融機関等の関係事業者とも緊密に連携し、官民一体となった被害防止策を推進
          • 投資詐欺の入り口となる偽広告等への対策強化(偽広告等の審査・検知強化、警告や削除、関連が認められる広告の表示停止措置)
          • 犯罪利用が疑われるアカウントの停止措置、関連が認められる新規アカウントの開設阻止
          • SNS利用者の本人確認の厳格化
          • 知らない者からの検索拒否の初期設定化
          • SNS事業者の取組状況の開示 等

全国の特殊詐欺の発生件数が2024年に入り、小康状態となっています。1~2月は前年同期比で2割程度減少し、実行役を募る「闇バイト」の規制強化の影響がうかがえるものの、「2カ月間の集計だけで失速とみなすのは早計」(警察庁関係者)との見方をすべきかと思います。インターネットやSNSを通じた詐欺事件そのものは収束する気配がなく、現場の最前線では「非対面式」や「投資」がキーワードとして浮かんでいます。警察庁によると、2024年2月末までの2カ月間に全国であった特殊詐欺事件は2259件(うち既遂2208件)で、2023年同期の2816件(同2749件)から557件のマイナス、減少率は19.8%だとなりました。2月に限ると1125件にとどまり、月間としては過去1年間で最少となりました。詐欺事件を巡っては2023年、AIや外国人グループに雇用された日本人の翻訳担当者により、不自然な日本語をなくすなど一層進化したフィッシングメールやフィッシングサイトによるクレジットカード被害や、ネットバンキングサービス被害が過去最多を記録、特殊詐欺だけをみても1万9033件で、前年比1463件(+8.3%)と3年連続で増加しました。一方で、闇バイトで募集した受け子を使い捨てるような「対面式」の犯行は、警察当局による未成年者保護と闇バイト規制の強化で鈍化しています。被害にあった金銭も現金から電子マネーに移行するなど、「非対面式」の手口が目立つ状況になっています。警察幹部は「ネット社会を反映し、昨年は詐欺事件の潮流がフィッシング詐欺やSNSを通じた投資詐欺に転換した」と指摘、政府が「貯蓄から投資へ」のスローガンを掲げていることもあり、223年下半期には、株・為替取引のもうけ話や結婚準備を口実にした利殖話で、SNSの相手にだまされる投資詐欺が急増している状況にあります。被害者側にも特徴があり、1~2月の特殊詐欺では女性が全体の63.6%を占め、年代としては70代や80代女性が目立ち、高齢女性が詐欺のターゲットにされていることは変わっていません。また、手口別では、金融商品詐欺の発生件数が前年同期比で4.5倍に増えているのが特徴的で、被害額も15.2億円にのぼっており、特殊詐欺全体の被害額(63億円)を押し上げる結果となっています。金融商品詐欺は、未公開株や手形、小切手、外貨の購入費名目で代金をだまし取るなどする手口で、こうした特殊詐欺を含め、詐欺事件の現場の最前線では「投資」がキーワードであることが鮮明となっています。報道で捜査幹部が指摘した「親の情に訴えるオレオレ詐欺の隆盛に始まった詐欺のムーブメント(流行)は、拝金主義の投資詐欺に主役の座が収斂しつつあるようだ」との言葉は大変象徴的だと思います。この著名人をかたる偽広告などを使い架空の投資話でだます「SNS型投資詐欺」は、ビジネスパーソンを狙う傾向が鮮明になっています。警察庁の分析で被害者は40~50代が半数を占め、1件あたり1億円を超える事例も目立ち、警察は新社会人向けの出前講座などを通じて注意喚起を強化しているといいます。SNS型投資詐欺の特徴は中高年層の被害が多い点で、40~50代が49.8%を占め60代以上(33.4%)を上回り、30代以下も16.9%と目立っています。高齢者が狙われる傾向が強く、60代以上の被害者が87%を占める特殊詐欺とは大きく異なる特徴だといえます。捜査関係者は「資産形成を念頭に置く40代以上のビジネスパーソンが特に標的とされやすい」と指摘しています。「貯蓄から投資へ」の流れ、新NISAを始めたばかりといった投資経験が少ない人を、SNSを通じ誘い込んでいるとみられています。また、詐欺グループ側はSNSでのやり取りを通じ、時間をかけて被害者との信頼関係を築いていく点にも特徴があり、「一度信用してしまうと、長期間にわたって何度も金をだまし取られる傾向がある」(捜査関係者)とされます(2023年は1億円超に上る事案が26件ありました)。さらに、投資を誘う投稿には不自然な日本語もみられ、海外組織の関与も疑われていますが(AIの悪用等でかなり滑らかな日本語になってはいます)、捜査関係者は「海外のサーバーを経由している場合、投稿の発信元をたどるのは容易ではない」と指摘しています。報道で投資詐欺に詳しい杉山雅浩弁護士は、詐欺に使われる口座は外国人名義が多く「留学生らがアルバイト感覚で作成した口座を犯罪グループが不正に購入し悪用しているのではないか」として、口座から犯罪組織を突き止めるのも難しいと指摘しています。また、立正大学の小宮信夫教授(犯罪学)はSNS型投資詐欺について「サイバー空間で完結するため特殊詐欺などに比べて手間がかからない。捜査による被害抑止には時間がかかるため、まずは幅広い年代への啓発活動を進める必要がある」と指摘していますが、ともに本質を突いた分析かと思います。SNSやマッチングアプリを悪用すれば国境を越え日本国内のユーザーに容易にアクセスできる点が悪用されている可能性もあります。金融庁が2022年度に未登録の投資勧誘だとして出した警告28件のうち7割は海外業者で、正確な所在が分からないケースもあるといいます。監視委や警察による調査・捜査も海外には直接的な権限が及ばず、実態解明に時間がかかっているのが実態で、監視委幹部は「規制の網にかかりにくいことを意識して海外から勧誘している疑いもある」と指摘しています。

特殊詐欺については、インターネット振込みが急増している点も懸念されるところです。2024年5月12日付時事通信によれば、詐取金を自宅などからインターネットバンキングで振り込ませる手口が2023年、東京都内で前年比5倍超に急増したといいます。周囲が気付きにくく、繰り返し送金してしまうため、被害は高額化、詐取金を受け取る「受け子」を用意する必要もないため、詐欺集団の間で急速に手口が浸透しているとみられると指摘されていますが、構図的にはSNS型投資詐欺・ロマンス詐欺なども同様だといえます。警視庁によると、2023年に東京都内で確認された特殊詐欺被害は2918件(前年比▲9.3%)だったものの、このうちネットバンキングで振り込ませる手口は前年比5倍超の106件にのぼり、2024年も1~3月で36件と、2023年を上回るペースで被害が増えているとのことです。さらに、ネットバンキングでの振り込みの場合、ATMや窓口からの送金に比べ、被害が高額化する傾向があるのも特徴で、1000万円超の高額被害が出た122件を詐取金の受け渡し方法別で見ると、「ネットバンキングでの振り込み」は全体の26%(32件)を占め、38%(46件)だった「現金の手渡し」に次いで多かったようです。被害額が高額化する理由としては、金融機関窓口やATMのように、不審な振り込みをする人に声を掛ける水際の被害防止策が通用せず、繰り返し送金させられてしまう構造的な原因があると考えられ、ネットバンキングを日常的に利用する人は多いこともあって、今後も同様の手口は増加するとみられ、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺・特殊詐欺いずれにおいても注意が必要な状況です。

プラットフォーム事業者の責任はどうあるべきかについて、個人情報保護に詳しい板倉陽一郎弁護士は、「名誉毀損や商標権侵害のほか、仮に偽広告であることを知りながら長期間放置しているなら詐欺のほう助に当たる可能性もある。警察は詐欺罪で事業者も積極的に捜査すべきだ。そうすれば、放置はコストにつながるとプラットフォーム事業者が認識し、広告審査を厳しくするだろう。EUのように、偽情報などの違法コンテンツの削除を巨大IT企業に義務付けたデジタルサービス法を導入するなど、政府にも対策強化が求められる」と指摘していますが、筆者としても全く同じ考えです。

SNS型投資詐欺の被害に関する最近の報道から、いくつか紹介します(社会的な関心事であることから、報道自体はあまりに多く、その一部のみとりあげさせていただきます)。

  • 茨城県警は、SNS上で経済アナリスト・森永卓郎氏や実業家の堀江貴文氏をかたる投資詐欺の被害に遭い、県南部の70代の女性会社役員が計約7億円をだまし取られたと発表しています。警察庁によると、SNS型投資詐欺では最多の被害額だといいます。女性は2023年10月下旬以降、スマートフォンでインスタグラムを閲覧し、投資を勧める広告にアクセス、森永氏をかたるLINEアカウントの追加を促す画面が現れ、女性は登録、その後、森永氏を名乗る人物などから投資を勧誘され、44回にわたって約6億9000万円を口座に振り込むなどしたといいます。さらに、堀江氏を装った同様の手口で、4回にわたって約1000万円をだまし取られたものです。
  • 大阪府警は、府内の会社経営の70代男性がSNSで実業家の堀江貴文氏らをかたった貴金属への投資詐欺の被害にあい、2024年2~4月に計約2億2490万円をだまし取られたと発表しています。男性は、インターネット上で堀江氏の名前が掲載された投資勧誘広告を発見、広告を通じて堀江氏を名乗るアカウントとSNSでやりとりを始め、アシスタントを名乗る人物らからメッセージが届き、指定口座に現金を14回にわたって振り込んだといいます。大阪府内では2024年に入り、著名人の名前や画像を悪用したSNS上での詐欺被害が相次ぎ、府警は注意を呼び掛けています。4月時点で大阪府内のこうした詐欺被害件数は約120件(被害総額は約17億6100万円)にのぼっています。
  • 大阪府警は、SNSで暗号資産を使った投資をもちかけられ、大阪府内に住む40代の自営業の男性が約1億8千万円をだましとられたと発表しています。男性は2023年8月、SNSで中国人の女を自称し、「ワン・ペイテイ」と名乗る人物から友達申請のメッセージが送られたのをきっかけに連絡を取り合うようになり、「これからは暗号資産の価値が上がる」「私が教えてあげる」などと持ちかけられた男性は、言われるままに暗号資産に関するアプリをインストール、その後、暗号資産の購入をすすめられ、2024年1月までに約40回、指定された口座に計約1億8千万円を入金、男性が誘導された偽サイトでは利益が出ていると表示されていたといいます。
  • 大阪府警は、府内の60代女性がSNS上の投資を呼びかける広告にアクセスし、実在の投資アナリストを名乗る人物らの誘導で約1億7千万円をだまし取られる被害があったと発表しています。女性は2024年2月以降、金や石油への投資名目で21回現金を振り込んだといいます。女性が広告にアクセス後、証券会社のアナリストやその助手を名乗る人物とSNSでのやりとりが始まり、投資関連のアプリを使うよう指示され、指定口座に入金すると、アプリ上の画面では利益が上がっていると表示されたといいます。
  • 警視庁特殊詐欺対策本部は、東京都内の70代男性が、著名な実業家になりすました人物からSNSで架空の投資話を持ちかけられ、約1億4000万円をだまし取られたと発表しています。男性は2023年10月中旬ごろ、実業家と関連があるように装ったウェブサイトを閲覧、そのときに表示されたメッセージを見て、実業家を名乗る人物と無料通信アプリ「LINE」で連絡先を交換し、「投資のテクニックを教える」「確実に利益が出る」などと持ちかけられたといいます。
  • 栃木県警は、下野市に住む60代の非常勤講師の女性が、SNS経由で紹介された投資サイトで、金取引などの名目で計1億2300万円をだまし取られる被害にあったと発表しています。女性は2023年11月、SNSの広告から「投資の専門家」を名乗るアカウントと友達登録し、その後、紹介された投資サイトに取引アカウントを作成。送られてきたメッセージに従い、指定された口座に最初に10万円を振り込み、2024年3月まで手数料名目などで振り込みを繰り返したといいます。
  • SNS型投資詐欺で、滋賀県野洲市に住む70代の男性が現金計1億40万円をだまし取られたと滋賀県警組織犯罪対策課と守山署が発表しています。男性は2023年12月、メッセンジャーアプリで実在する大手証券会社の女性マネジャーをかたる者と知り合い、投資を学ぶグループに参加、先生を名乗る者などから、「投資家の著名人と投資市場について議論、利益目標は300%~400%、この資産構成はリスクを最小限に抑え、利益を最大に引き上げることができる」「満員になったら参加枠がなくなり、一定の免税額も受けられない」などと嘘の投資話を持ち掛けられ、第三者の個人口座などに入金、アプリ内で利益が出て、一部の利益がアプリ内の口座に振り込まれたといいます。その後も「資産を増やすと、利益も増える」などといわれ、これを信じた男性が3月4日までの間に計23回にわたって入金し、現金計1億40万円をだまし取られたといいます。
  • 長野県警は、同県安曇野市の70代男性がインターネット上の投資関連の広告からSNSに誘導され、経済評論家をかたる相手から投資名目として計1億円超をだまし取られたと明らかにしています。と、男性はインターネット上の投資関連の広告にアクセスしてSNSに誘導され、「資産を10倍に増やす」などのメッセージで投資を勧められ、2024年2月中旬~4月下旬、複数回に分けて指定された口座に計約1億102万円を振り込んだものです。
  • 長崎県警島原署は、島原市の60代の会社役員男性がSNS型投資詐欺に遭い、計約6000万円相当を詐取されたと発表しています。男性は2023年10月~2024年4月、LINEを通じて、「暗号資産を売買すれば利益を得られる」などと持ちかけられ、約5000万円相当の暗号資産と現金約1000万円を送金したといいます。男性から融資を依頼された金融機関の職員が不審に思い、同署に相談して発覚したものです。
  • 兵庫県警西宮署は、西宮市内に住む無職の60代の女性がSNS型の投資詐欺で947万円をだまし取られたと発表しています。女性は2023年9月、インスタグラムを利用していた際に「トヨタ社長が暗号資産をバックアップしている」という投資広告が表示され、アクセスして個人情報を登録、その後、女性に国際電話がかかってきて外国為替証拠金取引(FX)の投資を持ちかけられ、2024年5月までの間に26回にわたって指定口座に計947万円を振り込んだといいます。
  • 日本将棋連盟会長の羽生善治九段になりすまし「将棋を指南する」などという偽広告が、一時Xで広がり、羽生氏は、公式Xで注意を呼びかけ、偽のアカウントは羽生氏の投稿から約2時間後に凍結されています。
  • ある公認会計士は、フェイスブック上で、自らが「投資コミュニティ」への参加を呼びかける広告が出ていたといいます。広告には、LINEでつながれば「コミュニティ」に無料参加できると書かれていたものの、まったく身に覚えがなかったといいます。詐欺広告やなりすましが広範囲の人々をターゲットにしており、「それがシステムを構築してローコストで大量生産されていると考えられる」、「放置すれば『やった者勝ち』になってしまう。早急に対処してほしい」と訴えています。
  • 経済ジャーナリストの荻原博子さんは、自著「投資なんか、おやめなさい」を手に「投資を人に勧めたことは一度もないし、SNSもしていない。あり得ないことが起きている」と述べています。2023年6月頃、出版社から「フェイスブックで偽の荻原さんが投資を勧めています」と連絡があり、被害を知ったといいます。複数の著書の写真が投資を呼びかける偽広告に無断で使われていたものです。出版社がメタ側に削除を要請したが、返事はなかったといいます。
  • SNS型投資詐欺で、兵庫県加古川市の40代の女性が計約5120万円の被害にあったと兵庫県警加古川署が発表しています。「インスタグラム」で知り合った人物に、2024年2月下旬ごろから「金の取引が安定した投資」などと投資話を持ちかけられ、その後、女性は相手の指示に従い、金の購入名目としてインターネットバンキング経由で現金10万円を振り込み、さらに、携帯電話にダウンロードした投資アプリで3月25日~4月28日の間に、暗号資産計約5110万円分を購入のうえ送金し、だまし取られたものです。
  • 奈良県警は、奈良県大和郡山市の60代女性が投資詐欺にあい、現金1842万円などをだまし取られたと発表しています。女性は2023年11月、ユーチューブで新NISAの解説動画を見ていた際に、動画の概要欄にあったURLをクリック、促されるままにLINEのグループに参加したところ、知り合ったメンバーから「必ずもうけが出る」と投資や暗号資産取引に誘われ、2024年1~4月に指定された銀行口座に9回にわたり計1842万円を振り込んだほか、ビットコイン12万円相当を送信したといいます。その後、ネット上で投資詐欺の手口について目にする機会があり、被害に気付いたものです。
  • 兵庫県警長田署は、実業家の堀江貴文氏をかたって投資を促す広告につられ、神戸市長田区の団体職員の50代の女性が約5260万円をだまし取られたと発表しています女性は2024年2月、スマートフォンでフェイスブックを閲覧中、堀江氏の名をかたる投資教室の広告を目にし、アクセスするとLINEに誘導され、堀江氏の声に似た音声で、投資を勧誘されたといいます。その後も、アシスタントを名乗る人物とラインでやり取りし、3月14日~4月2日に計14回、指定口座に送金したといいます。女性の家族が不審に思い、同署に被害届を提出、偽造音声だったとみて調べています。
  • SNSを使った投資詐欺の発生が、兵庫県内各署から発表され、葺合署は、神戸市東灘区の70代の会社役員男性が2162万円をだまし取られたと発表しています。加古川署は、加古川市内の20代の男子大学生がSNSでの投資詐欺にあい、100万円をだましとられたと発表、豊岡署は、豊岡市の50代の女性会社員がSNSで知り合った相手から、投資話をもちかけられて現金を振り込み、575万円を詐取されたと発表しています。
  • 神奈川県警麻生署は、川崎市麻生区の80代の無職女性がSNSを通じて投資話を持ちかけられ、3000万円をだまし取られたと発表しています。著名な経済アナリストの男性を名乗る人物が連絡してきたといいます。異変に気付いた金融機関の職員が女性と共に署を訪れ、被害が発覚したものです。佐賀県警佐賀南署は8日、SNS型投資詐欺で、佐賀市の60代の女性が約5400万円をだまし取られたと発表しています。女性は2024年1月に投資に関するウェブサイトを通じて知り合った自称「日本人女性」からSNS上の投資グループを紹介され、さらにグループ内で知り合った自称「FX投資取引所スタッフ」から「利益300%」などと投資を勧められたといいます。そして、3~4月に言われるまま国内金融機関の14口座に計15回送金し、だまし取られたといいます。サイト上では利益が出ていることになっており、家族にこのことを話すと逆に詐欺だと指摘され、警察に相談して発覚したものです。相手とはインターネットを介したやり取りだけだったといいます。

ロマンス詐欺に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 愛知県瀬戸市の社会福祉法人が運営する保育園の預金約2億5100万円を着服したとして、業務上横領罪に問われた同法人の元理事長(65)に対し、名古屋地裁は、懲役4年(求刑・懲役7年6月)の判決を言い渡しています。元理事長は、恋愛感情を利用して金品をだまし取る「ロマンス詐欺」の被害にあい、巨額の横領に手を染めていたことが法廷で明らかにされました。「マインドコントロールされて、視野が狭くなっていた」と2024年3月に行われた被告人質問で、元理事長は、赤裸々に事件の経緯を語っています。相手は「名古屋市瑞穂区在住」と説明していましたが、警察の捜査の結果、メッセージの発信は全てフィリピンからで、海外の詐欺グループによる犯行で、被害金が戻ってくる見込みも薄いといいます
  • 人気グループ「三代目J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEのメンバーになりすまし、ファンの女性から現金計165万円をだまし取るロマンス詐欺事件に関与したとして、大阪府警は、詐欺の疑いで、容疑者を逮捕しています。事件には容疑者の口座が使われ、詐欺グループの資金洗浄役だったとみられています。女性は同様の手口で計約600万円をだまし取られており、府警は詐欺グループの実態解明を進めるとしています。女性とのSNSのビデオ通話でメンバーの小林さんの映像が写し出されたこともあったといい、映像はAIで作成された可能性があります。2023年11月、さらにお金を要求されたため、女性が同僚に相談し、発覚したものです。兵庫県警芦屋署は、イタリア在住の50代日本人女性が、SNSを通じて恋愛感情を抱かせるロマンス詐欺の手口で、計約1億5000万円をだまし取られる被害にあったと発表しています。女性は2023年4月、日系アメリカ人の男性を名乗る人物とSNSを通じて知り合い、「愛している」などのメッセージを受け取り、好意を抱き、この人物にFX投資を勧められ、同5月25日~同7月24日、計17回にわたり、日本国内の銀行ATMなどから指定された複数の口座に計約1億5000万円を送金したものです。
  • 秋田県警男鹿署は、同県男鹿市の50代男性が同郷の女性をかたる相手からSNSで外国為替証拠金取引(FX)投資を持ちかけられ、現金計4130万円をだまし取られたと発表しています2024年3月にメッセージが届き、やりとりが開始、男性は「親族がもうかっている」などとFX投資を勧められ、5月7日までに16回、指定された個人名義の口座に現金を振り込んだといいます。男性は金融機関の職員から詐欺ではないかと指摘され、警察に相談。被害が発覚したものです。
  • ウクライナ在住の日本人男性医師だとかたる「ロマンス詐欺」で、女性から現金50万円をだまし取ったとして、福島県警は、フィリピン国籍でアルバイを詐欺の疑いで逮捕しています。被害者は同容疑者名義の金融機関の口座に金を振り込んでいたといい、同容疑者は金を引き出したことは認めているといいます。容疑者は2023年11月下旬~2024年1月中旬、ウクライナに居住する医師などになりすまし、SNSのフェイスブックで知り合った同県二本松市の70代女性に対し、「ダーリン、愛している」「アメリカ旅行に連れて行きたい」などと恋愛感情を抱かせるメッセージを送り、現金50万円をだまし取った疑いがあります。なお、SNSを使ったロマンス詐欺の容疑者の逮捕は福島県内では初めてという。
  • 男から早々に「愛してます。妻になってほしい」と求愛され、2024年4月、「米国に帰る申請を代行してほしい」と頼まれ、費用の70万円は帰国後に返すからと送金先に「米国国防総省の担当者」の口座を伝えられたため、女性は、住吉我孫子東郵便局を訪れ、送金を試みたところ、窓口で方法を尋ねる女性の様子に、対応した男性は詐欺と判断、住吉署に通報し、被害を未然に防いだものです。
  • 千葉県警船橋東署は、同県船橋市の40代の女性が、外国人男性をかたる相手からSNSで暗号資産の投資を持ちかけられ、現金計約3600万円をだまし取られる被害にあったと発表しています。署は恋愛感情を抱かせて金銭を詐取する「ロマンス詐欺」とみて捜査しています。2024年3月に女性のSNSに相手から友達申請が届き、やりとりを開始、女性は「2人の将来のために資産を増やそう」などと嘘を言われ、4月中旬までに指定口座に複数回、現金を振り込んだものです。

次に特殊詐欺のさまざまな手口に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

年金事務所の職員を装って現金をだまし取ったり、個人情報を聞き出したりしようとする不審電話が急増しているといいます。日本年金機構によれば、2023年度の相談件数は1132件で前年度の3.1倍となっているといい、機構のホームページに具体的な手口を掲載し、注意を呼びかけています。最も多かった電話は、保険料の納め過ぎで給付金の還付があるなどと言って、請求の手続きをするよう指示する内容で549件、近くのATMを操作させて指示されるまま現金を振り込んだケースもあったといいます。また、アンケートと偽り、年金の受給状況やクレジットカード番号など個人情報を答えさせようとしたのが233件あったといいます。さらに、新たな手口として、機構の公式アカウントと称してLINE登録を促す手法も確認されているといいます(機構のLINEアカウントは存在しません)。また、不審電話は2021年度が256件、2022年度は369件でしたが、2023年度に急増、警察庁の統計でも、還付金詐欺の2023年の認知件数(暫定値)は医療費絡みなどを含む全体が前年比で減る中、年金名目は402件で3.7倍に増えていることが明らかとなっています。

  • 偽の警視庁のサイトに誘導し、銀行の口座番号などを抜き取るフィッシング詐欺の手口が都内で確認され、警視庁が注意を呼びかけています。携帯電話に非通知で着信があり、警視庁職員を名乗る人物から「あなたの口座が犯罪に悪用されている」などと言われ、その後、SNSで偽サイトのURLが届くき、警視庁の公式サイトとデザインが酷似した偽サイトには、「逮捕状」「資金調査」の項目があり、クリックすると氏名や電話番号、口座番号や暗証番号などの入力画面が表示されるというものです。こうしたサイトは少なくとも三つ確認されているが、いずれも現在は閉鎖されています。電話を受けた人が偽サイトの「逮捕状」の項目をクリックし、氏名や電話番号を入力すると、自身の名前が記載された逮捕状が表示され、「取り下げるには現金が必要」などと再び電話で要求され、SNSで送金先の口座が送られてくるというものです。
  • 長野県警は、長野市の70代女性が、検察官や警察官などを名乗る男からの電話での指示に従い、計約1億210万円をだまし取られたと発表しています。2024年2月中旬、女性の自宅に電話があり「捕まえた男があなた名義の口座を利用した可能性がある」、「インターネットバンキングを使えるようにしてほしい」などと言われ、女性は口座を開設して預貯金を移し、さらに3月上旬から下旬に他人名義の口座に7回以上にわたり計約1120万円を振り込んだといいます。不審に思いネットバンキングの口座などを確認すると、計約9090万円が第三者の口座に振り込まれており、県警に相談したものです。
  • 大阪府警は、府内在住のパートの60代女性がSNS上で通話相手と互いのスマートフォンの画面の内容を共有できる「画面共有機能」を使った特殊詐欺被害にあい、少なくとも計8250万円をだまし取られたと発表しています。府警は、女性の被害額は1億円を超えるとみています。この人物らはSNSで女性と通話し、画面共有機能を使って複数の暗号資産口座などの開設方法を指南、女性はいずれもこの人物らに言われた通りのパスワードで口座を開設しており、2024年2~3月に計9回にわたって入金を繰り返したといいます。
  • 大阪府警は、府内の50代女性が2670万円をだまし取られる特殊詐欺の被害にあったと発表しています。SNSのビデオ通話で、警察官の制服に似た格好の男性が登場、犯罪捜査名目で送金を指示されたため、信じて現金を振り込んでしまったといいます。府警は「これまでほとんどなかった手口」として注意を呼び掛けています。女性のスマートフォンに2024年4月、岡山県警の警察官を名乗る男性から電話があり、男性は、取り調べのために岡山に来るよう要請、女性が行けないと伝えると、ビデオ通話を求めてきたところ、ビデオ通話が始まると警察のような紺色の制服姿の中年男性が現れ、警察手帳のようなものを女性に見せ、女性は「口座が犯罪に利用されている。このままでは逮捕される」などとSNSでメッセージも送られたことから、家族に相談、家族も捜査だと信じ、計2670万円を指定された口座に振り込んだものです。送金後に男性側と連絡が取れなくなり、府警に相談したといいます。府警によると、府内では3月末以降、同様の手口の詐欺被害が他にも4件確認されているということです。
  • 岩手県警釜石署は、釜石市の40代男性がLINEでやりとりした警察官や検事を名乗る男の指示に従い、計約1200万円をだまし取られたと発表しています。男性の元に警視庁の警察官を名乗る男から「マネー・ローンダリングであなたの口座が使われている」と電話があり、男性は言われるままLINEの「捜査本部」IDを登録すると、ビデオ通話で大阪府警の警官を名乗る男に警察手帳と逮捕状を見せられ、さらに検事という男から「お金の現物を調査する必要があり、送金してほしい」と電話があり、男性は、インターネットバンキングで4回に分けて金を振り込んだものです。
  • 高齢女性から現金を詐取しようとしたとして、警視庁暴力団対策課は、詐欺未遂の疑いで、住吉会系組幹部=詐欺罪で起訴=ら男2人を再逮捕しています。男らは、車で高速道路を走りながら電話をかける移動型の特殊詐欺グループのトップと指示役とみられ、警察官などになりすまして佐賀県唐津市の70代女性宅に電話、女性に犯罪の疑いがかけられており、口座内の現金が犯罪のお金か調べる必要があるなどと嘘を言い、「捜査協力でお金を振り込んで」と指示していたといいます。女性が振り込み後に違和感に気付いて110番通報し、送金は停止されたといいます。なお、容疑者は特殊詐欺グループのトップ、もう1人は指示役とみられ、グループをめぐっては、これまでに24人が検挙されています。容疑者のグループは、車で高速道路を移動しながら詐欺の電話をかけるなどして2021年から2023年にかけておよそ65件、被害総額1億3000万円の特殊詐欺に関わったとみられ、警視庁は全容解明を進めています。
  • カンボジアを拠点とした特殊詐欺事件で、受け子やかけ子をSNSで募集するリクルーターの男の初公判がさいたま地裁でありました。詐欺罪に問われた男は起訴内容を認め、「月1万ドルの報酬」を提示されてカンボジアに渡ったいきさつや現地での作業を語っています。最終的に現地の警察に身柄を拘束されたといいます。カンボジアでの特殊詐欺をめぐっては、首都プノンペンでかけ子をしていたとされる日本人の男25人を埼玉県警などが詐欺容疑で逮捕し、さいたま地検が起訴していますが、被告とは別のグループということです。
  • 特殊詐欺事件で得た2810万円を自身の口座に不正送金したとして大阪府警は、電子計算機使用詐欺の疑いで、住居不定の無職の被告=詐欺罪などで起訴=を再逮捕しています。千葉県の80代女性に通信会社をかたる自動音声で電話をかけ、「携帯電話が犯罪に利用されている」などと説明、警察役につなぎ、捜査名目で個人情報を聞き出した上で、無断で女性名義のインターネットバンク口座を開設して計2810万円を詐取した疑いがもたれています。容疑者は中国・大連を拠点とする特殊詐欺グループの一員とみられ、「インターネットの掲示板でかけ子の募集があって応募した」と説明しているといいます。グループは「警視庁特殊犯罪捜査本部におつなぎします」といった自動音声も流し、信じ込ませていたといい、2024年2月、容疑者が現地の日本の領事事務所を訪れ、保護を求めたことから発覚、府警はグループの実態解明を進めています。
  • 警察官などをかたって嘘の電話をかけ、現金50万円をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は詐欺の疑いで、会社役員ら25~33歳の男5人を逮捕しています。5人はいずれも横浜市内のマンション一室を拠点とする「かけ子」グループで、警察官や検事、携帯電話会社など複数の登場人物を使ってだます「劇場型」の手口で2024年1~4月、全国で20件にわたり、約1億4千万円をだまし取っていたとみられています。
  • 秋田県警横手署は2024年4月、横手市の50代男性が競馬の情報提供料として現金660万円をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。男性は3月、スマートフォンに競馬情報サイトをかたるメールが届き、サイトに連絡先を登録したところ、「必ず当たる馬券情報がある」と電話を受け、相手の要求に従い、4月17日までに8回、指定された口座に現金660万円を振り込んだものです。
  • だまし取った現金をATMから引き出したとして、警視庁捜査2課は、窃盗などの疑いで、東京都足立区の容疑者を逮捕しています。都道府県をまたぐ特殊詐欺事件捜査のため、2024年4月1日に発足した「特殊詐欺連合捜査班(TAIT)」を投入していたもので、初の立件だということです。TAITは大都市を管轄する7都府県警に置かれ、警視庁は200人、埼玉や神奈川などの各県警には25~70人が配置されています。
  • SNSのやりとりを通じて茨城県の女性が現金計約2455万円をだまし取られた詐欺事件で、熊本県警熊本中央署は、東京都大田区、自称内装業の男を詐欺容疑で逮捕しています。事件では、息子らが逮捕されており、同署は、親子は現金の引き出し役(出し子)だったとみています。女性はパスポートの再発行にかかる費用や、海外の公的機関との交渉に必要な資金として入金を要求されていたといいます。
  • 茨城県警組織犯罪対策1課は、茨城町の60代の無職男性が架空料金請求詐欺で計2030万円をだまし取られたと発表しています。男性は2024年3月、「未納料金が発生している」とする自動音声電話を受け、指定された電話番号に架電、「支払わないと裁判になる」などと要求され、4月8日までに現金1930万円を振り込んだほか、100万円分の電子マネーを詐取されたものです。
  • キャッシュカードなどをだまし取る預貯金詐欺の被害に遭った三重県津市の80代女性が「被害に遭う人が少しでも減ってほしい」との思いから、だまされた手口を語っています。2023年6月、女性宅の固定電話も、金融機関の店長を名乗る男から電話があり、「振り込みの手続きにはキャッシュカードが必要です。今から職員が自宅に行くのでキャッシュカードを渡してください」という内容、その金融機関には所有する土地のことなど普段からいろんなことを相談しており、「信用しきっていた。完全に店長だと思い込んでしまった」といい、話した時間は15~20分で口調は優しく、「高齢のおばあさんでも怒らんと、はいはいと言って話を聞いてくれた」といいます

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。2023年における特殊詐欺の認知・検挙状況等(警察庁)によれば、「金融機関の窓口において高齢者が高額の払戻しを認知した際に警察に通報するよう促したり、コンビニエンスストアにおいて高額又は大量の電子マネー購入希望者等に対する声掛けを働き掛けたりするなど、金融機関やコンビニエンスストア等との連携による特殊詐欺予防対策を強化。この結果、関係事業者において、22,346件(+3,616件、+19.3%)、71.7億円(▲8.5億円、▲10.6%)の被害を阻止(阻止率 54.6%、+2.1ポイント)」につながったとされます。また、もう少し細かい数字で言えば、埼玉県警によると、こうしたケースは2023年1~8月で104件にのぼり、すでに2022年1年間(103件)を超えたといいます。県警は、街頭での啓発活動や金融機関でのポスター掲示などが一定の効果を上げているとみています。また、被害を未然に防げた「水際防止」は2022年に全体で2215件となり、1888件だった2021年を上回って過去最多を更新しています。2023年も1~8月で1444件と最多に近いペースとなっています。大多数は家族やコンビニ店員、金融機関職員が詐欺と気づいて声をかけたものですが、居合わせた一般の人による声がけや警察への通報は2022年同期(64件)の1.6倍に増えているといいます。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。以下、直近の事例を取り上げます。

  • 訪問先の高齢女性宅で特殊詐欺被害を防ぎ、警察に通報して容疑者逮捕にも貢献したとして、兵庫県警垂水署は、神戸市垂水区の電器店従業員(島田さん)に感謝状を贈っています。島田さんは2024年3月、風呂場の照明交換のため、兄と2人で区内の高齢女性宅を訪問したところ、玄関に住人の高齢女性と女がおり、近くには通帳などの入った金庫が全開の状態で置いてあったため、不審に思って注意を払っていたところ、女が封筒にキャッシュカードを入れようとしたため、「詐欺ですよね」と声をかけると、女は逃走、島田さんの110番を受け、女は窃盗未遂容疑で逮捕されています。島田さんは翌日、女性宅にカメラ付きのインターホンを設置したほか、固定電話機に相手の電話番号が表示される機能が使えるよう、申し込みを手伝ったといいます。リスクセンスが発揮され、勇気を振り絞った声掛け、さらには特殊詐欺被害防止のためのフォローまで行っており、大変感心させられます。
  • 2024年3月、JR尻手駅(川崎市幸区)前で、友人宅に向かっていた東京都板橋区の日本大学4年、阪部さんは1人の小柄な高齢女性に目がとまり、「オカネ……」とスピーカー機能にしたスマホから流れたボイスチェンジャーを使ったような機械音のような声が聞こえ、女性は片手にスマホ、もう片方の手に紙袋を持ち、周囲をキョロキョロしており、駅前から人の少ない住宅街に誘導されているようだったため、ネットニュースで見た特殊詐欺の記事を思い出したといいます。「ちょっとやばい。遅れる」阪部さんは友人に連絡を入れ、その後、「助けてあげて。早く来て」と110番通報、約200メートルにわたって後ろから女性を見守っていたところ、10分後、駆けつけた鶴見署員が女性を保護したものです。夕方の駅前は人通りも多いが、高齢女性の異変に気づき、行動したのは阪部さんだけだったといい、小さいころから「おばあちゃん子」で、自然と目がとまったといいます。
  • 架空請求詐欺を未然に防いだとして、神奈川県警茅ヶ崎署と藤沢北署が管内のコンビニ2店舗の従業員にそれぞれ感謝状を贈っています。茅ヶ崎署から表彰されたのは茅ヶ崎市の「ファミリーマート茅ヶ崎中島店」の男性従業員で、2024年3月、電子ギフトカード5万円分を購入するため来店した市内の80代男性が「マイクロソフトに頼まれた」と話したため店長に相談し、同署に通報したものです。署長から感謝状を手渡された男性従業員は「注意していれば被害を減らせると思う」と語っています。
  • SNSを利用した投資詐欺の件数が増える中、被害を未然に防いだとして、広島県警安佐南署は、もみじ銀行緑井支店の世良支店長に感謝状を贈呈しています。「投資をしたいので振り込みたい」と70代の男性が来店、対応したのは、パート職員の武田さんで、話を聞くと、振込金額は200万円だというものの、振込先に指定されているのが一般企業の名前だったため違和感を覚えたといいます。インターネットで調べると、確かに実在している会社のようだったが、企業の口座に直接、投資のお金を振り込むことは、通常あり得ず詐欺を疑い、警察を呼ぶことにしたところ、男性が「振り込みを止められている。詐欺じゃない証明をしてほしい」とLINEで相手にメッセージを送ると、専門用語のような言葉を多用した返信がきたといい、武田さんは男性に「警察に話して、安心してから振り込みましょう」と声をかけ、思いとどまらせたものです。
  • 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、高知署は、ゆうちょ銀行高知店の田村さんら2人に署長感謝状を贈っています。2024年4月、窓口にいた田村さんに、県内在住の中東出身の60代の男性が「ここに送金したい」とスマートフォンの画面を差し出したため、店内にある翻訳機でアラビア語を訳すと、「25万ドル当選、サウジアラビアの王女より」との内容で、当選金を受け取る手数料として350ドルの振込先が記されていたといいます。田村さんは「詐欺だ」と直感し、男性とその妻を隣にある高知署に行くよう誘導、男性は当初はメッセージを信じ切っていたものの、同署員の説得を受けて被害を免れたものです。
  • SNSを通じて好意や親近感を抱かせ、金銭をだまし取る詐欺を防いだとして、山口署は山口市の郵便局員の伊藤さんに感謝状を贈っています。2024年4月、来店した70代女性から口座番号と名義人が書かれたメモを見せられ、「ここに送金できる?」と言われ、理由を尋ねたところ、女性はSNSで有名スポーツ選手と連絡を取っており、「VIP会員になれば会える」と言われ、会員になる費用など40万円を振り込みたいと話したといいます。スポーツ選手を名乗る人物からフェイスブックでダイレクトメッセージが届いたのが、やり取りを始めたきっかけだったといい、伊藤さんは口座が個人名義であったことや、振り込みの多額さを不審に思い、女性に詐欺の可能性があることを伝えて110番通報し、被害を未然に防いだものです。
  • 岐阜県美濃加茂市の加茂署は、詐欺被害を未然に防いだとして、市内のローソンに勤める寺沢さんに感謝状を贈呈しています。2024年3月、70代男性が来店、「電子マネーをスマホに取り込んで知人に送りたい」と寺沢さんに尋ねてきたため、事情を聴き、スマホを見せてもらうと、「りのだよー。お昼だねー」という件名のメールに「詳しいことはここをクリック」と書かれていたといいます。男性は「これは会社の後輩。俺には分かる。世話になったからお金を送りたい」と言うため、「それは詐欺ですよ」と寺沢さんは男性を30分かけて説得、男性は帰ったといいます。男性が再び来店したのは約1週間後で、今度は「届いたメールを止めるのにお金が必要」として、電子マネーのカードを手にレジに来たため、寺沢さんは再び説得しようとしたものの、男性は聞き入れず、同僚も加わって30分ほどの押し問答の末、加茂署に連絡、警察官が駆けつけ、被害を防ぐことができたといいます。加茂署によると、詐欺被害者は「自分が正しい」と信じ込んでいて、説得できないことも多いといい、署は「結果的に詐欺ではなかったとしても問題ないので、詐欺被害かもと思ったら迷わず110番通報してほしい」としています。
  • パソコンがウイルスに感染したと偽って復旧名目で金銭を要求する「サポート詐欺」を防いだとして、74歳のコンビニエンスストア店員の男性に兵庫県警南あわじ署が感謝状を贈っています。70代の男性客が6万円分の電子マネーカードを購入しに来店、慣れていない様子で夜も遅かったため不審に思ったため事情を聞くと「片言の日本語を話す男から要求された」と明かされたため、了承を得て110番したものです。店員歴20年で詐欺事件に遭遇するのは初めてだったといいますが、啓発ポスターやマニュアルに目を通すなど日ごろから注意をしていたということです。
  • コンビニエンスストアでアルバイトをしていた高校生3人が機転を利かして高齢者が詐欺被害にあうのを未然に防いだとして、千葉県警我孫子署は、我孫子市内のコンビニ店員3人に感謝状を贈っています。3人は2024年3月末、来店したいずれも70代の男性が慣れない様子で高額の電子マネーカードを購入しようとするのを不思議に思い、警察への相談を勧め、購入を思いとどまらせたものです。同署が調べたところ、いずれも「パソコンがウイルスに感染した」とかたって、だまし取ろうとする詐欺被害に遭い掛けていたといいます。
  • 特殊詐欺被害を未然に防いだとして兵庫県警神戸西署は、神戸市西区のコンビニエンスストア「ファミリーマート西神南店」の従業員、河本さんと多田さんに署長感謝状を贈呈しています。河本さんは2024年3月18日午後、30万円分のアップルギフトカードを購入しようとした60代の女性を同店のレジで対応、念のため用途を確認したところ、「早くして」と焦った様子だったため不審に思い、多田さんを呼び、多田さんが女性に対し「詐欺だと思います」などと説明、説得して110番し、被害を防いだものです。多田さんは4月1日にも4万円分のアップルギフトカードを購入しようとした70代の男性を説得し、被害を防いだといいます。
  • プリペイドカードを買いに来た高齢の男性がどこか思い悩んでいる様子だったため、アルバイトの谷さんは、ピンとくるものがあり声をかけ、持っていたスマホの画面を見せてもらったところ、「8億円を譲る」「名簿登録のため3千円」といったメッセージが記されていたため、「あ、警察学校で習ったケースだ」迷いなくほかの社員に相談し、男性を高知署まで案内したといいます。谷さんは数年前、高知県警の警察官として採用されたが、すぐに退職、憧れの仕事だったが、けがなどであきらめざるを得なかったといい、せっかく警察官として育ててもらったのに、申し訳ないという思いを抱えていたといいますが、「ちょっとだけご恩返しができました」と話しているといいます。
  • 神奈川県警は2024年4月から、特殊詐欺への注意を呼びかけるコールセンターのオペレーターを従来の3倍超の40人に大幅増員しています。オペレーターが地域住民に直接電話をかけてオレオレ詐欺などに注意喚起、増員から3週間足らずで被害を未然に防ぐなど効果が出てきているといいます。神奈川県警は、詐欺の疑いがある電話を受けた住民からの通報を詳細に分析、2010年から、不審な電話が集中する地域を選定し、オペレーターが犯罪グループに先回りして個人宅や金融機関へ電話で警戒を促す業務を民間委託しているといいます。2023年は約50万件の架電をきっかけに詐欺被害を2件未然に防いだところ、2024年4月の増員後は9、17日と立て続けに防止し、2023年1年間の件数にすでに並んでいるなど成果が出始めているといいます。

(3)薬物を巡る動向

米国のガーランド司法長官は、連邦政府のマリフアナ(乾燥大麻)の規制を緩和し、医療目的での使用を認めるようホワイトハウスの行政管理予算局(OMB)に提言しています。審査などを経て、司法省麻薬取締局が最終決定する見通しです。大麻の合法化には至らないものの、州レベルに続いて連邦レベルでも緩和が一段と進むことになります。米国では、乱用や依存症のリスクに応じて規制薬物を5段階に分類しており、大麻は乱用の恐れが高く、医療用の使用も認めない「スケジュールⅠ」(ヘロインや幻覚剤など)に分類されてきました。しかし、バイデン大統領は厚生省や司法省に規制緩和の検討を指示、身体的な依存症になるリスクが低・中程度で、医療用の使用を認める「スケジュールⅢ」(ケタミンや筋肉増強剤の一部など)に2段階引き下げる方針が決まったものです。ピュー・リサーチ・センターによると、大麻の使用は全米50州のうち24州と首都ワシントンで合法で、他に14州が医療用に限って合法化しており、同センターの2024年1月の世論調査では、57%が「医療用・嗜好用とも合法化」、32%が「医療用に限って合法化」を支持していました。黒人や若者の支持が特に高く、バイデン氏には2024年11月の大統領選に向けて、大麻の規制緩和をアピール材料にする狙いがあるとみられています。なお、米の規制物質法は、薬物を5段階に分類しており、現在大麻はスケジュールIに分類されていますが、分類の最終権限は麻薬取締局にあります。スケジュールIに分類されている薬物は、他に、ヘロインやLSD、エクスタシーがあり、スケジュールIIにはコカインやモルヒネが分類されています。スケジュールIIIに再分類されると、ケタミン(スペシャルK)、アナボリックステロイド等と同等の扱いとなり、処方箋があれば合法的に入手できるようになります。なお、米行政管理予算局による検討とパブリックコメントの募集期間を経て、新たな規則として施行されるまで今後数カ月かかる見通しであり、変更が承認されても、すぐに連邦レベルで大麻が合法化されるわけではありません。ただすでに医療用大麻の使用が認められている州での利用が広まる、合法州で娯楽用大麻の市場が盛り上がる可能性などが考えられるところです。また、ティルレイ、トゥルーリーブ・カンナビス、グリーン・サム・インダストリーズなど米の大麻関連企業の株価が軒並み上昇しているとも報じられています。

スケジュールI:医療目的での使用も禁止

スケジュールII:医療目的で使用可能だが、厳しい制約が課される

スケジュールIII:医療目的で使用可能だが、身体的依存症リスクが低・中程度、心理的依存症リスクが高と認識

スケジュールIV:医療目的で使用可能だが、身体的依存症リスクがスケジュールIIIより低いと認識

スケジュールV:医療目的で使用可能だが、身体的依存症リスクがスケジュールIVより低いと認識

保健福祉省の勧告は、マリファナの分類に関する食品医薬品局(FDA)の広範なレビューに基づいており、国立薬物乱用研究所もFDAの勧告に同意しているといいます。保健福祉省は、マリファナの包括的な科学的リスク評価を11ヶ月という短期間で完了したことを明らかにしており、米国疾病予防管理センター(CDC)によると、2019年の時点で、米国人の約20%が1回以上マリファナを経験したことがあるといいます。以前の本コラムでも取り上げましたが、バイデン大統領は2022年10月、マリファナ使用に関する罰則を緩和しにいく新たな政策を発表し、単純所持の連邦犯罪の前科に全て恩赦を適用、州犯罪についても同様の措置をとるよう各州知事に促しています。また保健福祉省長官と司法長官に対し、マリファナの医療用途、乱用の可能性、安全性、依存の可能性に基づき、マリファナを再分類するよう要請していました(一方、トランプ前政権は、マリファナのスケジュール再分類には反対し、州政府が判断すべきとの立場を採っていました)。これまで取り上げているとおり、欧米ではマリファナの娯楽目的の解禁までが進んできていますが、軽微なマリファナ使用に警察パワーが割かれるのを避け、重犯罪への体制シフトや、商業化することで低品質のマリファナによる健康被害を防ぐ狙いが打ち出されています。一方、国際麻薬統制委員会(INCB)は2023年3月、一部の娯楽用マリファナ使用者の間で「健康への悪影響と精神病性障害」を引き起こしていることを示すデータを引用し、娯楽目的のマリファナ利用に警鐘を鳴らしています。さらに、国連1961年麻薬に関する単一条約にも反しているとの立場をとっています。なお、本件については、若者への大麻の蔓延をさらに助長する可能性を秘めています。つまり、「やはり大麻は安全だ」「大麻の依存性は低い」といった誤った情報を補強するものとして悪用されかねない点を筆者は危惧しています。報道をみても、「米当局、大麻の規制緩和へ 「解熱剤並み」低リスク薬に」(日本経済新聞)、「米、大麻の規制緩和へ 「解熱剤並み」に分類変更―報道」(時事通信)といったタイトルとなっており、ミスリードとなりかねません。日本においても、医療用大麻の解禁が決まったタイミングでもあり、(不正確だと指摘しているわけではありませんが)より正確な報道を求めたいところです。

米の薬物関連の動向でいえば、中南米経由で急増する米国への中国人不法移民の一部が、入国後にマリフアナの違法栽培に従事していることが米公共ラジオの取材で明らかになったと報じられています(2024年4月25日付産経新聞)。娯楽目的のマリフアナ使用の合法化が進む米国では2023年来、中国資本による無許可栽培が相次ぎ摘発されているといいます。連邦議会では超党派議員が中国共産党の関与も疑う動きが出てきているようです。マリフアナにはTHC(テトラヒドロカンナビノール)という有害成分が多く含まれ、「ハイになれる」と表現されるように、常習利用者は多幸感・陶酔感を得られるものの、乱用の危険性が非常に高い麻薬です。米国では近年、規制緩和が進み、現在は東部ニューヨークや西部カリフォルニアなど全米50州のうち約半数が、成人による娯楽のための摂取を認めていますが、合法化に伴ってマリフアナの違法な販売・栽培の摘発も増え、社会問題化しています。今回明らかになった中国からの不法移民によるマリフアナの違法栽培も、こうした社会の変化の中で起きたものといえます。違法栽培は組織犯罪の可能性が高く、摘発された農場の収益の一部は中国へ送金されていたといい、米連邦議会の超党派議員50人は2024年2月、司法省に宛てた書簡で「メーン州でのマリフアナ違法栽培の収益は推定43億7000万ドル(約6800億円)で、合法市場の収益1億5800万ドルをはるかに上回った」と指摘、その上で、議員らは中国共産党が「全米各地の違法栽培を直接的に支援していることを示唆するかなりの証拠がある」とも強調し、司法省に情報提供を要請しています。

本コラムでもその性急さから混乱を危惧していたタイについて、セター首相は、2024年末までに大麻を再び規制薬物リストに載せる考えを表明しています。2年前に大麻の家庭栽培を解禁しましたが、国内で大麻ビジネスが急拡大し、政策を転換したものです。セター氏はXに「保健省に対して規則を見直し、大麻を再び規制薬物リストに掲載するよう求める。保健省は迅速に規制を打ち出し、大麻の利用を健康・医療目的に限定すべきだ」と投稿しました。タイは過去の政権が2018年に大麻の医療目的での利用を解禁し、2022年には娯楽目的での利用も容認しました(正確に言えば、THCの含有量が0.2%以下の大麻を「麻薬リスト」から外し、家庭栽培を認めたというもの)。しかしこの2年間で大麻関連製品を扱う店舗が数万店に増加、観光客らが出入りし「娯楽目的での使用が事実上解禁されている」状況となり、大麻業界は2025年までに最大12億ドル規模に膨らむと予想されています。一方で反対派は、解禁は拙速で規制やルールに大きな混乱を引き起こしたと批判しています。セター政権は既に大麻の娯楽目的での使用を禁じ、医療・健康目的での使用に限定する法案を2024年内に打ち出すと表明済みですが、大麻が麻薬リストに掲載されるかどうかや、最初にどのような手立てが必要かは、明確にしてきませんでした。一方、医療用と健康目的の使用は引き続き可能で、実効性のある取り締まりができるかが課題となります。以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)では、「2019年に医療用大麻の使用を解禁したタイ政府はその後も規制を緩め、農業や観光業の活性化につなげようと生産を奨励、街では大麻成分入りの飲食物を提供するカフェが話題を呼んでいますが、世論調査では、知識不足や若者の乱用の危険性などから、7割が大麻合法化を懸念すると回答」していることを取り上げています。タイにおける娯楽目的の大麻の使用は2024年内にも禁止される可能性が高い状況ですが、すでに栽培、流通、販売の態勢ができあがっており、医療や健康用途に限られるといっても、どこまで厳格化されるかにより、規制が緩いものなら、使用できる場所が限定される一方、実質的には嗜好目的使用の市場は存続し、観光振興施策のような名目で一部の事業者が市場を独占する形になる可能性も考えられるところです。

タイでは大麻の問題とともに、安価な覚せい剤の蔓延も社会問題化しており、その背後には、隣国三ヤンマーの状況が深くかかわっています。ミャンマー国軍のクーデター以降、無法地帯と化した北東部シャン州で違法薬物の製造量が急増、隣国タイに流れ込む錠剤型覚せい剤の末端価格は1錠35バーツ(約147円)まで暴落し、周辺地域に薬物汚染の脅威が広がり、その影響は10代前半の幼い子どもにも及んでいるといいます。SNSで「ハイ」(覚せい剤を示す隠語)と打ち込み検索すると、「二つ購入すれば一つ無料。バンコクのどこでも配達します」などといった投稿がいくつも現れる実態があります。報道で取り締まりに当たるタイ当局の捜査関係者は「つまり、ミャンマーから大量のクスリが入ってきて、タイでも『おまけ』を付けられるほど安く売られているということだ」と解説しています。国連薬物犯罪事務所(UNODC)の2023年の報告書によると、タイ国内で販売されている覚せい剤のほとんどがミャンマーから流入、タイ国内では、安いものなら1錠1ドル程度で取引され、2020年の2ドルから急落、日本円にして1錠150円程度で売られ、1本40バーツ(約168円)程度で買える350ミリリットル入り缶ビールの値段を下回るという恐ろしい状況に陥っています。2021年に国軍がクーデターを起こすと、諸勢力が入り乱れ、戦闘が激化、法の支配が行き届かなくなり、麻薬の原料となるケシ栽培とともに、覚せい剤の製造が加速、「格好の条件下で、薬物が果てしなく製造され続けている」(同報告書)状況だといいます。また、ミャンマーで製造された覚せい剤は、タイやラオスの国境と交わる「黄金の三角地帯」を通じて密輸され、中国やインドなどに拡散、周辺国を経由し、日本や韓国、オーストラリアにも流入しているといい、日本も他人事ではいられません。報道で現地の記者が、学生でも簡単に手の届くような価格となった結果、「ちょっと試してみようかな」と安易な気持ちで手を出す若者が急増しているとして、「薬物の価格が暴落すると、合法かどうかは問題視されなくなる。それが今、タイで起きていることだ」と指摘していますが、日本にもそうした状況が起こる可能性を否定できず、大変憂慮される状況だといえます。

本コラムでたびたび取り上げているとおり、若者の大麻汚染が深刻化しています。令和5年における組織犯罪情勢によれば、2023年に大麻事件で摘発された人数は過去最多の6482人で、このうち7割以上が20代以下だといいます。また、2023年の大麻の摘発人数は過去最多を記録し、初めて覚せい剤を上回ったことも話題となりました。大麻は、乱用すると運動失調や精神疾患、記憶障害などが生じかねない危険な薬物で、「ゲートウェイドラッグ」とも呼ばれ、より副作用の強い覚せい剤やコカインなどを使用する「入り口」になるとされます。さらに近年、国内で流通する大麻には、幻覚作用と依存症を引き起こす成分が高濃度で含まれているという点も極めて憂慮すべき状況といえます。大麻汚染が拡大している要因の一つは、(前述したとおり)インターネットで「大麻は有害でない」「依存性も低い」といった誤った情報が流布されていることにあります。2023年に摘発された若者らへの聞き取り調査(令和5年における組織犯罪情勢)でも、大麻の危険性について7割以上が「全くない」「あまりない」と回答しています。さらに、SNSで容易に購入できることも汚染拡大につながっています。大麻が及ぼす悪影響は極めて大きく、健康被害にとどまらず、人生を狂わせ、家族や周囲も巻き添えにすることになります。2023年12月に大麻取締法が改正され、大麻の「使用」に関する罰則が導入されて7年以下の懲役となり、5年以下の懲役だった単純所持罪も7年以下の懲役に厳罰化されています。大麻の乱用は重罪であると、国民一人一人が認識すべきだといえます。一方で、薬物依存者を立ち直らせる取り組みも重要で、関係機関は連携し、相談や支援態勢を拡充して行くべきだと言えます。若者への大麻の蔓延という点では、2023年は日大アメフト部などの薬物問題が社会的に注目されました。こうした中、日大のダンスサークルに所属する2年の男子学生(20)が、東京・上野のビル屋上から転落し、死亡していたことが分かったといいます。検視の結果、この学生の体内から大麻に似た成分が検出されたことから、警視庁は学生が違法薬物を使用していたとみています。このビルのレンタルスペースではダンスサークルが飲み会を開催、この学生を含む30人以上が参加していたといい、警視庁は参加者に事情を聴いたり、尿検査を実施したりしたものの、違法薬物を使用した痕跡は確認されなかったといいます。また、大麻を所持したなどとして、北海道警が帯広市の帯広畜産大に通う20代男子大学生2人を大麻取締法違反の疑いで現行犯逮捕し、3月に同大を卒業した20代の男も麻薬特例法違反の疑いで逮捕しています。報道によれば、知人同士の3人が、自生する大麻を採取し、自己使用目的で所持していたとみられています。学生2人は2024年4月上旬、自宅でそれぞれ大麻を所持した疑い(1人は大麻を含む植物片約16.4グラムを、もう1人は同83グラムを、それぞれの自宅で所持した疑い)、卒業生の男は在学中の2023年8月下旬、学生と共謀し、自宅で違法と知りながら大麻とみられる薬物を所持した疑いが持たれています。さらに、大麻を譲り渡したなどとして、大麻取締法違反(譲り渡し、所持)の罪に問われた福山大サッカー部の元部員(21)に、広島地裁福山支部は、懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の判決を言い渡しています。裁判官は判決理由で、被告は今回初めて大麻を使用したわけではなく「大麻に対する親和性が認められる」と指摘、一方、犯行を素直に認め、今後は大麻を使用しないと述べ反省しているとし、執行猶予としたといいます。判決などによると、2024年1月、広島県福山市内で、当時の部員に大麻リキッド1本(約0.6グラム)を7千円で譲り渡し、もう1本(約1.1グラム)を所持したとされます。それ以外の若者の薬物関連の最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 福岡県警中央署は、県内の私立高2年の少年(16)を大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕しています。2024年4月2日午前3時頃、福岡市中央区の「親不孝通り」の路上で、大麻を含む植物片0.376グラムを所持した疑いがあり、「自分で吸うつもりだった」と容疑を認めているといいます。挙動不審な少年を警ら中の警察官が職務質問、バッグからポリ袋に入った植物片が見つかったものです。
  • 北海道余市町の北星学園余市高は、大麻を吸引したとして2年生の生徒3人を退学処分にしたと明らかにしています。同校は余市署に通報しています。3人は男子2人と女子1人で、1人がインターネットで大麻を購入し、2023年5~9月頃に町内の海岸で複数回、吸引したといい、別の生徒から教員に連絡があり、3人は事実を認め、「気を紛らわすためだった」と話したといいます。同校では2001年に大麻やシンナーなどを吸っていたとして生徒79人が処分され、薬物の違法性や危険性を指導してきたといいます。
  • 岐阜県警岐阜中署は、麻薬の一種であるMDMAを使用したとして、麻薬取締法違反の疑いで岐阜市の高校2年の女子生徒(16)を逮捕しています。逮捕容疑は、2024年4月18日午後11時ごろ、自宅でMDMAを使用したというもので、生徒がMDMAを使用したとの情報提供が署にあり、尿検査で、MDMA成分が検出されたといいます。また、岐阜県警各務原署などは、同県各務原市の中学3年の男子生徒(14)と同市の少年(15)を麻薬及び向精神薬取締法違反(使用)の疑いで逮捕しています。2人は友人同士で、2024年3月、それぞれ県内またはその近郊でコカインを使用した疑いがもたれています。岐阜県内では過去10年間で、中学生が薬物事件で検挙された例はなかったといいます。
  • 千葉県警四街道署は、覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで、千葉市中央区の少女(17)を逮捕しています。「(合成麻薬の)MDMAと思っていた」と話しているといいます。少女が持っていたのは、動物の顔のような形をした錠剤で「KENZO」と刻まれており、入手経路や成分を調べるとしています。逮捕容疑は高校2年生だった2024年3月、千葉県内で覚せい剤の錠剤2錠を所持した疑いたもたれており、少女は現在、高校を退学しています。

こうした若者への大麻汚染への危機感が高まっている中、警察当局と厚生労働省の麻薬取締部(通称マトリ)は新設される使用罪を武器に、組織の命運をかけて蔓延阻止に挑むと報じられています。厚労省医薬局監視指導・麻薬対策課の分析では(1)インターネットで「大麻には有害性がない」といった誤情報が流布(2)海外で大麻合法化の傾向がある(3))SNSで若年層が容易に購入できる(4)秘匿性の高いアプリで取引が行われるなどが大麻汚染の背景にあるとし、マトリ関係者は「戦後の日本が何度も経験した薬物汚染だが、売買取引の現場が実空間から仮想空間(サイバースペース)に完全移行してしまった点でまさに最先端の犯罪といえる」と指摘しています。警察官もおとり捜査はできるが、薬物を譲り受けることができないため連絡を取った密売人をおびき寄せたところで逮捕しなければならない一方、マトリは大麻を譲り受けることが、法律で認められています。警察庁の露木康浩長官は、「大麻が(昨年の)キーワード。改正法が今年施行され、使用が処罰の対象になることを踏まえ、関係機関と連携していく」と決意を述べています。警察幹部は「未成年の大麻汚染は警察かマトリかという次元で論ずべきものではなく、少子化する日本の担い手世代をオールジャパンでどう導くかという問題だ」と述べていますが、正にその通りだといえます。

暴力団の関与する薬物事犯もいくつか紹介します。

  • 神奈川県警は、絵画の裏に覚せい剤を隠して密輸したとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、前橋市江木町の会社員=麻薬特例法違反の疑いで逮捕=を再逮捕しています。絵画は割れた瓶をモチーフにした装飾画で、縦50センチ、横38センチの大きさで、その裏に覚せい剤成分を含む板状の固形物が貼られていたといいます。再逮捕容疑は、共謀して2024年3月、覚せい剤を含む固形物約1.47キロを絵画に隠してメキシコの国際空港から輸入したとしています。東京税関が成田空港で発見し、県警が偽物と入れ替えて泳がせ捜査(コントロールドデリバリー)を行い、覚せい剤取締法違反罪などで稲川会系組長ら3人が起訴されています。
  • メキシコから覚せい剤約15キロ(末端価格約9億4500万円)を密輸したとして、警視庁薬物銃器対策課などは、住吉会系組幹部ら40~70代の男女6人を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕、警視庁は、メキシコの麻薬組織が関わったとみて入手ルートなどを調べているといいます。逮捕容疑は2023年6月、米国を経由したメキシコ発の航空機で、成田空港に覚せい剤15.2キロを密輸したというもので、覚せい剤は、茨城県筑西市の空き家宛てに発送された小型のベルトコンベヤーのローラー部分に隠されており、東京税関職員による成田空港での検査で発覚しました。
  • 大麻を営利目的で所持したとして2024年4月、六代目山口組傘下組織幹部が逮捕された事件で、警察は、福岡市中央区にある組事務所を家宅捜索しています。この事件は、大麻を営利目的で所持した疑いがあるとして、傘下組織幹部が現行犯逮捕されたもので、警察は大麻の売買で得た金が組織の資金源になっていた可能性もあるとみて調べています。

その他、最近の薬物事犯に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 販売目的で覚せい剤を密輸したとして、警視庁薬物銃器対策課は、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)容疑で、元プロサッカー選手らカナダ国籍の男3人を逮捕しています。逮捕容疑は2024年4月、カナダから羽田空港へと向かう航空機で、覚せい剤約970グラム(末端価格約6600万円相当)をスーツケースに入れて密輸した疑いがもたれています。税関などから情報提供があり、3人の関与が浮上、押収したスーツケースの中には、覚せい剤とみられる粉が約20キロ(末端価格約13億2千万円)入っていたといいます。容疑者はカナダのプロリーグのほか、ベトナムやハンガリーのサッカーチームでも活動していました。
  • 覚せい剤15.9キロ(末端価格約9億5700万円)をシリアル食品の袋の中に隠して貨物船で英国から密輸したとして、警視庁と岡山県警などの合同捜査本部は、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、ナイジェリア国籍の飲食店従業員を逮捕しています。逮捕容疑は英国から覚せい剤を隠した段ボール箱3個を岡山県の男性宛てに発送し、2021年9月に横浜市の南本牧ふ頭の岸壁に着いた貨物船から陸揚げさせて営利目的で輸入したというものです。男性は2020年10月ごろから英国人を名乗る女性とSNSで連絡を取り、荷物の受け取りを依頼されたと説明しています。事実であれば、ロマンス詐欺の薬物密輸版ということになります。
  • 米国から覚せい剤約2キロ(末端価格約1億3千万円相当)を営利目的で密輸したとして、長野県警は覚せい剤取締法違反の疑いで、会社員を逮捕しています。逮捕容疑は氏名不詳者らと共謀して現地時間の2023年3月、米国から覚せい剤約2026グラムを隠した段ボールを白馬村にある自身の勤務先宛てに発送し、成田空港に到着させて輸入したというものです。覚せい剤は6万回分以上の使用量に当たるという。名古屋税関からの通報があり、共同で捜査していたといいます。
  • 本に挟んで隠したコカインを密輸入したなどとして、京都府警は、麻薬取締法違反の疑いで調理師=同罪で起訴済み、米国籍=を逮捕しています。「自己使用するために輸入した」などと供述し、容疑を認めているといいます。逮捕容疑は2024年2月、国際郵便でコカイン約27.25グラム(末端価格約68万円相当)を米国から勤務先の中京区のレストラン宛に発送して輸入するなどしたというものです。容疑者はインスタグラムのダイレクトメッセージ(DM)を通じ、密売人とみられる人物とやり取りを重ねており、輸入されたコカインは袋に入れた状態で本の中に挟まれ、隠されていたといます。
  • 覚せい剤を液体に混ぜて密輸したとして、大阪府警関西空港署と大阪税関関西空港税関支署は、覚せい剤取締法違反(営利目的共同輸入)容疑で、いずれもカナダ国籍で住所不定の事務アシスタントと飲食店従業員を緊急逮捕しています。逮捕容疑は2024年3月、覚せい剤が混ざった液体(合計約7.6キロ)をプラスチックボトルなど8つに分けて隠し、2人で関西国際空港に密輸したというものです。税関での検査で、1週間~10日と申告した滞在期間に対し、2人はボトル丸ごとのシャンプーやボディソープを所持、振るとシャカシャカという音がしたため、詳しい検査をしたところ、覚せい剤が見つかったといいます。
  • 大阪府警関西空港署と大阪税関関西空港税関支署は、麻薬取締法違反(営利目的共同所持)などの容疑で、いずれもベトナム国籍の2人の容疑者を逮捕しています。2023年11月、大阪府内で麻薬ケタミン約45グラムを所持していたなどというものです。2人は麻薬ケタミンが隠された荷物の受取先として浮上、2023年10月、ベトナムから関西国際空港に入国した旅客の荷物を検査したところ、高圧洗浄機内にケタミン約200グラムがあったもので、2人の関係先を調べた結果、ドライフルーツのパッケージ内に隠した合成麻薬MDMA約1800グラム(末端価格約2300万円)が見つかり、押収しています。
  • 関西国際空港に乾燥大麻を密輸したとして、大阪府警関西空港署と大阪税関関西空港税関支署は2日、大麻取締法違反(営利目的共同輸入)の疑いで、ベトナム国籍の容疑者を緊急逮捕しています。逮捕容疑は2024年4月、タイから関空に入国した際、乾燥大麻約5キロ(末端価格約2500万円)をアルミ袋10個に隠し、手荷物のスーツケースとリュックサックに分け入れて密輸したというものです。関空における大麻の押収量としては過去10年間で最多だといいます。アルミ袋は野菜チップスのパッケージで、下部には雑に圧着した跡が残っていたといい、税関検査の際、容疑者は自らスーツケースを開けたが、アルミ袋で埋め尽くされ、滞在に必要な日用品などを持っていなかったといいます。
  • コカインを含有する液体を密輸したとして、大阪府警関西空港署と大阪税関関西空港税関支署は、麻薬取締法違反(営利目的共同輸入)容疑で、ドミニカ国籍の自動車整備士を緊急逮捕しています。逮捕容疑は2024年4月、コカインを含有した液体約4.2キロをラム酒の瓶2本に分けてスーツケース内に隠し、ドミニカから関西国際空港に密輸したというものです。容疑者は税関検査の際、滝のような汗をかき、動揺した様子をみせていたといい、スーツケース内を拭きとり、微物の探知装置にかけたところ、コカインの反応を検出、さらに検査したところ、ラム酒瓶の中身にコカインが含まれていたというものです。
  • 薬物依存症患者のための回復施設「ダルク」に入所中に覚せい剤を使用したとして、京都府警木津署は、覚せい剤取締法違反の疑いで、木津川ダルクに入所する2人の容疑者、別のダルクに入所する容疑者3人を逮捕しています。逮捕容疑は2024年3月、京都府内などで覚せい剤を使用したというものです。2024年3月に別の薬物事件で逮捕された木津川ダルクの入所者の男の供述などから3人の関与が浮上、同署が捜査を進めていたといいます。ダルクで治療にあたっていても、薬物依存症から抜け出すことが難しいことをあらためて認識させられます
  • 大麻を営利目的で所持したなどとして厚生労働省近畿厚生局麻薬取締部は、大麻取締法違反(営利目的所持、栽培)の疑いで、「MARSHALL」の名前で活動するレゲエ歌手を逮捕しています。大阪市の自宅マンションの一室で乾燥大麻約250グラム(末端価格約125万円)を営利目的で所持し、同室で大麻草35株を栽培したというものです。麻薬取締部に情報提供があったことから、同部が捜査していたといいます。また、室内から栽培に使用していたとみられる照明器具や肥料なども押収されています。
  • 違法と認識しながら大麻とみられる薬物を譲り受けたとして、麻薬特例法違反の疑いで、北海道警が北見方面本部管内の警察署に勤務する男性巡査2人を書類送検しています。同期だった元巡査の男も逮捕しており、2人に譲り渡したとみられています。北海道警は書類送検と逮捕を公表していませんでした。2人の書類送検容疑は、2023年、札幌市で違法薬物と認識し大麻とみられるものを譲り受けた疑いで、道警は元巡査の逮捕容疑を明らかにしない理由を「逮捕前に退職していたため」と説明しています。
  • 大麻に似た成分を含む「大麻グミ」による健康被害が相次いだ問題で、近畿厚生局麻薬取締部は、グミを製造販売していた会社の元社長ら2人について、違法な成分を含む商品を販売目的で倉庫に保管したとする医薬品医療機器法違反容疑で逮捕しています。容疑者らは2023年11月、神奈川県厚木市内に借りた倉庫で、指定薬物の大麻類似成分「HHC」(ヘキサヒドロカンナビノール)を含んだ商品(約7.7キロ)を販売目的で保管した疑いがもたれており、この商品による健康被害は確認されていないといいます。
  • 自宅で営利目的で大麻を所持したとして、大阪府警布施署は、大麻取締法違反(営利目的所持)の疑いで、大阪府東大阪市の建設作業員を逮捕しています。容疑者の自宅からは栽培途中とみられる大麻のような植物39株や、大麻とみられる植物片を大量に詰め込んだ瓶、照明器具などが見つかったといい、同署は容疑者が大麻を栽培し、密売していたとみて調べています。逮捕容疑は、東大阪市内の自宅で約45グラムの大麻植物片を営利目的で所持したというものです。同署によると、2023年12月に警察庁から情報提供があり捜査していたといい、容疑者の自宅は電気使用量が不自然に多く、雨戸やカーテンを閉め切っており、不審な人物の出入りもあったといいます。本コラムでは何度か紹介してますが、埼玉県警のHPで注意点などがまとめられており、参考になります。
▼埼玉県警察 大麻(乱用が急増中!)
大麻事犯の検挙人員は増加傾向にあり、県内においても、住宅街の一戸建てやマンションの一室に大麻栽培用の設備を持ち込み、不正に大麻栽培を行っている事件や海外から大麻を密輸入する事件の摘発が相次いでいます。大麻は、覚醒剤のような化学合成品とは異なり、高度な設備や専門知識がなくても生産することが可能なことから、私たちの身近な場所が、大麻栽培プラントとして利用され、違法薬物の供給源となっている可能性があります

大麻栽培プラントでは、犯人とその仲間が出入りし、室内で大麻を吸煙します。薬理作用の影響で興奮状態に陥り、周りの人々に対して暴力などの危害を与えかねません。また、その場所において、薬物密売にかかるトラブルの発生や、電気メーターからの出火、水漏れなど、思わぬ事件や事故を引き起こす危険性があります。大麻栽培の可能性がある、あやしい家や部屋がありましたら、是非警察まで情報をお寄せください。

身近なところで大麻が栽培されている!

  • 県警で摘発した大麻栽培プラントは、県北の比較的民家の少ない集落において、複数の外国人が栽培を行っていたほか、暴力団関係者が、住宅街に所在する一戸建て民家、マンション・アパートの一室で栽培をしていた事例などがあります。最近では、組織性が認められない、個人的な使用目的の大麻栽培も増加しています。

こんな場所は要注意1(大麻特有の匂い)

  • 大麻草は、大麻特有の強い臭気(独特の青臭い匂い)を持っています。大麻栽培プラントでは、大麻草の強い臭気のほか、犯人が収穫した乾燥大麻(独特の甘い匂い)を吸煙している場合があります。玄関の隙間や家屋の換気口から、大麻特有の青臭い・甘い匂いがする場合は要注意です。

こんな場所は要注意2(目張り)

  • 大麻栽培プラントでは、居室内に大量の電灯を設置し、光量を調節しながら大麻草の育成を促進させています。この光量の調節のためには、外の光をシャットアウトして暗闇を作る必要があります。このため、雨戸や遮光カーテン等を閉め、さらに目張りをするなど、外の光の差込みや匂いの漏れなどを防いでいることがあります。

こんな場所は要注意3(電気・水道の使用)

  • 大麻栽培では、大量の電灯を使用して大麻草の育成を早めたり、エアコンを使用して室温を調節するため、大量の電気を使用することから、大麻栽培プラントでは、人が生活している様子がないのに「電気メーターが常に早く回っている」「常にエアコンの室外機が回っている」などの特徴があります。犯人の中には、配電盤や電気メーターを細工し、電気の使用状況や料金をごまかそうとする者もおり、電気メーターの細工により機械が故障し、火災が発生しそうになったケースもあり大変危険です。また、アパートやマンションの室内で水耕栽培により大麻草を育てる場合、大量の水を機械で循環させることから、機械の故障により水漏れが発生し、大麻栽培プラントであることが発覚したケースもあります。

こんな場所は要注意4(人の出入り)

  • 大麻栽培プラントでは、大麻草の育成に必要な作業のため、「連日深夜等に人が短時間立ち寄る」ほか、栽培に必要な「大量の土、肥料、電気設備、植木鉢、ダクトなどを運び込む」といった特徴があります。そのほかにも、「収穫した大麻を、ダンボールやゴミ袋に詰め込み、人に見つからないように持ち出す」といった特徴があります

「覚せい剤2本と吸引具などを返します」と前橋地検などが入る前橋法務総合庁舎前の掲示板に文書が掲示されているといいます。「持ち主が名乗り出てくるわけがない」(地検関係者)とはいえ、刑事訴訟法の規定に沿って行われている措置だといい、文書は還付公告と呼ばれ、同法では押収した証拠品の持ち主の所在が分からない場合、処分前に返還することを周知することが定められています。地検関係者は「名乗り出れば捕まるので、来るわけがない。無駄な業務だという意見もあるが、違法薬物も財物という扱いなので、やらなければいけない」と述べています。

本コラムでも継続的に取り上げていますが、薬を過剰摂取するオーバードーズ(OD)が若者を中心に広がっており、社会問題化しています。中には依存の果てに生死をさまよったり、悪質な性犯罪に巻き込まれたりするケースもあり、厚生労働省も販売規制強化に乗り出しているものの、SNSにはODをしたとみられる若者の画像投稿が後を絶たない状況です。2021年、2022年に全国の高校生約4万5千人を対象とした厚労省の調査では、過去1年間に「ハイになるため、気分を変えるため」に市販薬を乱用したことがあると回答したのは1.6%、大麻(0.16%)の10倍にも上っています。ODから抜け出すためには「自分が変わりたいと思う気持ちや、人とのつながりを持つことが大切で、若者を孤立させない仕組みづくりを官民で進めていくことが極めて重要です

米下院の中国共産党に関する特別委員会は、中国が麻薬鎮痛剤「オピオイド」の一種であるフェンタニルの生成につながる化学物質の製造に直接補助金を出し、米国のオピオイド中毒危機をあおっているとする報告書を出しています。中国はフェンタニルの類似体、前駆体、その他の合成麻薬を製造する企業に対し、国外に販売する場合に限って付加価値税の還付という形で補助金を提供し続けているといいます。特別委員会のマイク・ギャラガー委員長(共和党)は公聴会で、中国は米国へのフェンニタルの流入が増え、中毒が「混乱と荒廃」をもたらすことを望んでいるようだと批判、一方の在米中国大使館の報道官は電子メールで、中国は米国当局との麻薬取締協力に真摯に取り組んでおり、フェンタニルおよび前駆体を取り締り、違法な密輸、製造、密売を取り締まるための特別対策を実施中だと説明、米国のフェンタニル危機の原因は中国にはないとしています。バイデン米大統領と中国の習近平国家主席は2023年11月の会談でフェンタニルの生産と輸出の抑制に取り組むことで合意し、米中は2024年1月に合同の麻薬対策作業部会を発足させています。

(4)テロリスクを巡る動向

モスクワ郊外のコンサート施設で140人以上が殺害された2024年3月の銃乱射テロでは、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)系勢力「ISホラサン州」が犯行声明を出し、中央アジア・タジキスタン国籍の男らが起訴されました。プーチン露大統領は根拠のないウクライナ犯行説を主張し、侵略戦争での戦意高揚につなげようと躍起となっています。ただし、ロシア経済を支えているタジク人などの移民労働者に過剰な敵意が向かえば、ウクライナ侵略戦争もままならない事情があると指摘されています。ロシアでは建設や運輸、農業といった分野を中央アジアなどから来る労働者が下支えしている構図があるためです。今回の銃乱射テロの容疑者が主にタジク人だったことから、各地で「反移民」の動きが顕在化しています。治安当局は不法移民の取り締まりを強化するとして外国籍の数千人を一挙に国外退去させ、一般人によるタジク人襲撃も頻発、タジク人が運転するタクシーへの乗車拒否運動がSNSで広がり、テロ実行犯の一人が勤めていた露西部の街の理容店には抗議や脅迫の電話が殺到、極右思想のサイトではタジク人の強制送還を求める声、プーチン氏の支持層でもある右派の議員や言論人からは「移民規制を強化すべきだ」「国境を閉鎖せよ」といった意見が噴出しました。多くの在露タジク人は身に危険が及ぶのを恐れて外出を控え、自主的に母国に退避する人も続出、中央アジアのキルギス政府は自国民にロシアへの渡航を控えるよう勧告しています。一方、人手不足の穴を埋めてきたのが中央アジアやカフカス地方から流入する数百万人の移民労働者で、タジク出身者だけで100万人近くいるとされ、彼らは侵略戦争にも駆り出されているといいます。アフガニスタンに接するタジクは、一人当たり国内総生産(GDP)が約1064ドル(約16万3000円)という中央アジアの最貧国で、ラフモン大統領が長期の強権支配を続け、格差や腐敗も深刻という土壌があるため、アフガンに拠点を置く「ISホラサン州」がタジクで人員の獲得を活発化させている実態があります。移民への反発が強まれば、ロシアという国が立ち行かなくなるリスクもあり、危ういバランスとなっています。

関連して、ISに忠誠を誓い、米西部アイダホ州で教会襲撃を計画したとして、連邦捜査局(FBI)は連邦法違反容疑で同州に住む18歳の少年を逮捕しています。FBI側は、特別な思想教育を受けることなく自ら過激思想に染まる「自己過激化」が米国で「現実の脅威となっている」と警鐘を鳴らしています。少年はアイダホ州西部の教会で、ナイフや銃を使って教会に通う人々を殺害しようとした疑いがもたれており、捜査員らは2024年3月に発生し、ISが犯行声明を出したモスクワ郊外のコンサートホールでの銃乱射事件後、少年が教会襲撃の計画を進めていたとみているといいます。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計によると、イランで難民とみなされるアフガニスタン(アフガン)人は推計約370万人xs、タリバンが政権を掌握した2021年8月からは、1年足らずで約100万人を数えています。アフガンは1979年のソ連軍侵攻、その後の内戦と戦乱が続き、大量の難民が流出、2001年の米同時テロを受けたアフガン戦争を経て、民主的な統治の道を歩み始めたものの、治安は改善してきませんでしたが、アフガンは今、奇妙な状況にあります。市民らは「治安が改善した」と口をそろえて言い、国連も2023年6月の報告書で、ISの簡易爆弾によるテロに懸念を示す一方、「市民の犠牲は著しく減少した」と指摘しています。難民条約は、難民となる要件の定義として「恐怖」という言葉を用いていますが、実はアフガンでは、人権侵害という恐怖が、新たな難民を生み出しているといいます。大量の難民が発生すると人道支援が急務となり、国際社会は大騒ぎしますが、祖国の根本原因が解決しない限り、難民問題は長期化、そして難民の存在は、やがて忘れられるということが繰り返されています。。

フランスのマクロン大統領は、2024年7月26日に開幕を控えるパリ五輪について、テロの脅威が高い状態が続いた場合には五輪史上初となる競技場外での開会式の実施を断念する可能性に言及しています。パリ郊外の競技場を会場とする案など具体的な代替案を並行して検討していることを初めて明らかにしました。パレスチナ自治区ガザでのイスラエルとイスラム組織ハマスによる軍事衝突後、仏北部ではイスラム過激思想に影響された男が高校を襲撃して教員を殺害するテロ事件が発生、2024年3月に起きたモスクワ郊外の襲撃事件後には、犯行声明を出したISがフランスでも過去数カ月間に複数のテロを計画していたとして、仏政府は国内のテロ警戒レベルを最高水準に引き上げています。ロシアによるウクライナ侵攻やガザでの軍事衝突など、パリ五輪は複数の国際紛争が続く中で開幕を迎える可能性が高く、さらに、イランが自国大使館への攻撃の報復としてイスラエルへの攻撃に踏み切るなど、フランスを取り巻く情勢が緊迫化し、テロリスクは高まる一方です。なお、パリ五輪では、仏内務省は外国からの応援を含む警察4万5千人、軍兵士1万8千人を動員して警備にあたる計画で、上空からの攻撃に備えてドローン(無人機)も配備、水上パレードでは、潜水部隊を用意して水中でも警戒を行う方針としています。世論調査会社IPSOSの調査によれば、政府が開会式の安全を確保できると考えている人の割合は55%で、2023年の調査から13ポイント減少しているといいます。また、仏当局は、ロシアなどによるサイバー攻撃にも警戒を強めています。2021年東京五輪では、組織委員会によると大会運営のネットワークシステムに約4億5千万回のサイバー攻撃がありましたが、これを防ぎ円滑な運営を守り切った日本の知見は、パリでも大いに役立つことを期待したいところです。

本コラムでも以前取り上げましたが、ドイツで政権転覆を企てたとして一斉摘発された極右勢力メンバーらの初公判が独南西部シュツットガルトの裁判所で開かれています。報道によれば、ドイツ帝国再興などを唱え、反逆準備などの罪に問われている主要メンバーは罪状を否認しています。独検察当局は2022年12月、暴力的手段で独自の国家樹立を目指していたなどとして首謀者や支援者ら27人を摘発、このうち極右勢力「ライヒスビュルガー(帝国臣民)」メンバー9人の公判が始まっています。被告らは政権を転覆させ、「ハインリッヒ13世」と名乗る貴族の末裔の男を国家元首にしようと画策、9人は連邦議会(下院)を襲撃し、議員を拘束する計画の一員で、銃380丁や刃物350本、14万8000発の弾薬などを保管していたとされます。

岸田首相が襲撃されて1年が経過しました。警察が進めてきた要人警護見直しの柱は3つあり、1つは演説会場の安全確保の徹底で、「会場は屋内を優先に選び、出入りを管理する」、「来場者の手荷物検査、金属探知を実施する」、「握手など接触行動を控える」、「警護対象側の歩み寄りは不可欠」、「陣営が会場周辺を下見し、危険区域を警察と打ち合わせ、襲撃犯が潜める隙間を潰す詳細計画にする」、「この警護計画案を警察庁が事前審査し、必要な修正を加える」といったもので、安倍氏殺害後の2022年8月から二重三重に警護計画がチェックされるよう運用が変わり、2024年3月までに警察庁は約5600件を審査、約4300件で修正を指示したといいます。2つ目は最新テクノロジーの利用で、「演説会場などの上空にドローンを飛ばし、搭載カメラの映像から、群衆の異常行動をAIに検知させる」、「地上では防犯カメラ動画をAIで解析し、目視確認を補助する」、「効果測定を蓄積し、有用性を上げていく」というものです。警護計画の審査で3次元(3D)画像技術も導入しています。また、AIは防犯カメラ画像の解析に用い、AIが人間の動作パターンを学習することで、防犯カメラの画像から通常とは異なる動きをリアルタイムで把握できるといいます。目視による確認が難しい群衆の中でのリスク排除に役立てる狙いがあります。3つ目は、動向を把握しにくいローン・オフェンダー(単独テロ犯)対策で、「ネットでの不穏行動者の情報収集を行い、危険が予測される人物情報を集約する」取り組みを一部試行中です。2023年8月には、刑事や生活安全、地域など各部門が捜査や職務質問で得た人物の情報について、警備部門に集約する制度を一部の都道府県警で試行、危険な兆候の察知が目的で、2024年4月から全国に拡大しています。また、とりわけ、ゴーストガン(自作銃)対策も注目されています。2023年4月、岸田文雄首相の演説会場に爆発物が投げ込まれた事件では、2022年7月の安倍晋三元首相銃撃事件に続き、自作の凶器が使われました。インターネット上に出回る製造法の情報が悪用されたとみられていますが、爆発物や火薬を巡る法規制は手付かずのままです。警察庁は2023年2月、有害投稿として削除要請する対象に「爆発物・銃器等の製造」を追加(2023年は15件の削除を依頼し、7件の削除に結びついたといいます)、同9月にはAIを導入し、サイバーパトロールで爆発物や銃の製造・所持をそそのかす投稿や動画を自動検知できるようにしましたが、明確な法整備の動きは銃のみとなっています。安倍氏の事件を受けて銃刀法改正案が2024年3月に閣議決定、銃の製造・所持を不特定多数にあおる投稿に対し、1年以下の懲役または30万円以下の罰金を科す内容で、今国会での成立が見込まれています。爆発物や火薬の投稿も法規制が検討されていますが、実現には時間を要する見込みです。規制に関わる武器等製造法や火薬類取締法は経済産業省、爆発物取締罰則は法務省の所管で、省庁を横断した調整が必要なためだ。経産省の担当者は「まだ省内で意見交換の段階」と明かしています。なお、和歌山市の漁港で1年前、岸田文雄首相にパイプ爆弾が投げつけられた事件では、木村被告=殺人未遂などの罪で起訴=が、銃の製造方法をインターネット上で調べていたこと明らかになったといいます。後に爆弾に関する検索が目立つようになったことも判明、捜査当局は銃よりも製造が容易な爆弾に絞り込んだとみているといいます。実際に銃の材料を購入した形跡は確認されませんでしたが、兵庫県川西市の自宅からは爆弾に使ったとされる黒色火薬や鋼管が見つかっています。さらに直近では、自宅で鉄製パイプ銃を違法製造したとして、千葉県警が、武器等製造法違反(無許可製造)などの容疑で、20代の家電修理業の容疑者を逮捕しています。容疑を認め「政治を含め、世の中に失望していた」「こんな国にした者らの攻撃を想像した」などと話しているといいます。逮捕容疑は、自宅で2023年6~9月、鉄製パイプ銃を違法に製造し、同年12月に所持した疑いがもたれており、県警が同月、別の容疑で自宅を捜索した際に銃を発見、捜索の際に自宅で麻薬成分を含んだキノコ「マジックマッシュルーム」とグミを所持した疑いで逮捕され、2024年4月に麻薬及び向精神薬取締法違反(所持)で千葉地裁に起訴されています。なお、銃については、その後の鑑定で殺傷能力が認められ、県警は具体的な製造方法や詳しい動機などの解明を進めています。

(5)犯罪インフラを巡る動向

以前の本コラムでSIMスワップの脅威について取り上げましたが、その後、本人確認の強化が要請されたことで、SIMスワップは下火となりました。ところがここにきて、マイナンバーカードの悪用によって、SIMスワップの被害にあう事例が出てきており、注意が必要な状況です。報道である地方議員は偽造カードを使ったとみられる手口で、携帯電話の「乗っ取り」にあい、知らぬ間に約225万円の高級腕時計を購入したことにされていたといいます。議員であることから、自身のHPでは生年月日などの経歴のほか、問い合わせ先として携帯電話の番号や住所を公表していたところ、マイナカードには、氏名と住所、顔写真が記載されていることから、悪用した人物は、公表されている個人情報を利用し、顔写真を差し替えたカードを偽造した可能性が高く、偽造カードを使って携帯電話を乗っ取り、不正購入などを働いたとみられています。松田さんは「議員としてオープンにしている情報がまさかこのようなことに悪用されるとは思わなかった」と困惑する。報道でITジャーナリストの三上洋氏は、「免許証のICチップを読み込んで本人確認をするようになり、SIMスワップはほぼゼロになった。犯人側は偽造免許証が使えなくなり、試行錯誤するうちに偽造マイナカードが使えると知ったのだろう。公共料金支払書の確認などを組み合わせ、目視のみの本人確認はやめるべきだ。理想はICチップによる本人確認だ」と指摘していますが、正にそのとおりだと思います。こうした状況に対し、河野太郎デジタル担当相は、偽造マイナンバーカードを見分ける手法などを盛り込んだ文書を民間事業者向けに速やかに出す意向を示しています。河野氏は「カードの右上の(キャラクターの)マイナちゃんがパールインキで印刷されているので、券面を印刷しただけの偽造カードは本来見分けることができる。チェックポイントをもう一度きっちり説明する文書を発出する」と述べたほか、マイナンバーカードには氏名や住所などの情報が記載されたICチップが搭載されており、「ICチップを読み取っていただくのが一番確実な偽造対策で、厳格な本人確認ができる」と述べています。民間事業者が開発した読み取りアプリの利用を奨励するとともに、適切なアプリがない場合はデジタル庁で開発して無償提供をする考えも示しています

処方された向精神薬を密売したなどとして、中国四国厚生局麻薬取締部が麻薬取締法違反などの疑いで2024年3月に逮捕した青森県の20代の男が、送り主と受け取り側の双方が住所を明かさずに荷物を送ることができる「匿名配送」という仕組みを悪用し、向精神薬の売買を行っていたことが分かったといいます。報道によれば、匿名性の高いアプリ「テレグラム」で連絡を取り合い、男はXに、向精神薬の写真とともに「服用をやめたので余っている」などと投稿、連絡が来るとテレグラムに移行し、売買方法や代金といった詳細についてやりとりしていたもので、実際に注文を受けると、インターネットオークションやフリーマーケットアプリに薬物の代わりに架空の電化製品などを出品、顧客から代金が振り込まれると、掲載していた商品ではなく向精神薬を送っていたというものです。利用した匿名配送は、フリマアプリなどのサービスの一環となっています。こうした犯罪の手口が、今後、覚せい剤や薬物などに悪用される可能性があり、注意が必要であるとともに、匿名配送を提供する事業者には、こうした犯罪インフラ化を阻止すべく、対策を講じることが急務な状況だといえます。

本コラムではたびたび取り上げていますが、「CANインベーダー」という特殊な機器を使って高級車を盗んだとして、警視庁捜査3課は、容疑者を窃盗容疑で逮捕したと発表しています。アルファードなど高級車を狙った窃盗グループの指示役とみられ、2022年2月~23年6月に東京、千葉、埼玉の3都県で約70台(被害総額約3億円)を盗んだとみて調べているといいます。容疑者が指示役とみられる窃盗グループはCANインベーダーを使って車の制御システムに侵入して解錠し、エンジンを始動させて自動車盗を繰り返していたとみられ、盗んだ車は茨城県内のヤード(作業場)を通じてアラブ首長国連邦(UAE)などに輸出していたとみられ、これまでにこのヤードの運営者や車の運搬役、窃盗の実行役ら男女10人が逮捕されています。

太陽光発電に絡む犯罪が多発しています(太陽光発電の犯罪インフラ化とでもいうべき状況にあります)。各地の太陽光発電施設の遠隔監視機器、計約800台がサイバー攻撃を受け、一部がインターネットバンキングによる預金の不正送金に悪用されていたことが分かったといいます。ハッカーはネット上の身元を隠すために機器を乗っ取ったとみられ、発電施設に障害が起きる恐れもあったようです。セキュリティ企業によると、中国のハッカー集団が関与した可能性があるといいます。電子機器メーカーのコンテック社が製造した遠隔監視機器が悪用され、発電施設の運営会社が発電量の把握や異常の感知に使うため機器はネットにつながっており、同社は機器を約1万台販売、2022年時点でこのうち約800台について、サイバー攻撃対策の欠陥があったといいます。ハッカーは欠陥を突いて遠隔監視機器に侵入し、外部からの操作を可能にするプログラム「バックドア」を仕掛け、機器を操ってネットバンキングに不正接続し、金融機関の口座からハッカー側の口座に送金して金銭を窃取していたといいます。また、送電用ケーブルの窃盗事件が急増しているのも太陽光発電施設です。関東地方7都県では2023年、前年の3.5倍となる約5300件の被害が出ていたといいます。各地の警察も摘発に力を入れていますが、無人で防犯対策が薄い施設が多いうえ、目につきやすいソーラーパネルは、盗品を売却する窃盗団にとって「宝の山の目印」とされ、被害防止に向け、金属買い取り時の規制を強化する動きも出ています。報道によれば、狙われやすいのは、監視カメラがなかったり、警備会社との契約がなかったりする施設で、複数人で車を近くに乗り付け、刃物で銅線を切り、荷台に載せて逃げていくケースが多く、読売新聞のまとめでは、2023年、施設から銅線を盗んだ容疑などで逮捕されたのは、関東で少なくとも計42人、日本人は3割で、6割がカンボジア人で、ベトナム、タイ、ラオス、中国人もいたといいます。不法滞在の外国人らがSNSで集まったとみられ、捜査関係者は「無数のグループが存在している」とみています。北関東は平野でまとまった土地が多く、施設整備が進んでいるのが要因とみられるほか、銅の売却が目的とみられ、銅価格は高騰しており、非鉄金属大手のJX金属によると、2024年3月の価格は1トン当たり134万円と、5年前の倍近くなっているといいます。窃盗被害増加の影響は、損害保険業界にも及んでいるといい、被害の抑止には、盗んだ銅線の売却ルートを断つことも必要となっています。こうした状況について、警察庁の露木長官は、「治安上の大きな課題だ」として、対策を強化する考えを示しています。露木長官は、過去の検挙事例などから、外国人のグループが複数の県で盗みを重ね、被害品をまとめて買い取り業者に売却している実態があると説明、ドラッグストアなどでの大量の万引きや自動車盗と手口が共通しているとして、「不法滞在外国人の収入源になっていることがうかがわれる」と指摘した。

関連して、銅線などの金属窃盗は、欧米でも深刻な問題になっているといいます。産経新聞によれば、電線や信号ケーブルが遮断され、電車の遅れや電話の不通が続出、人命にかかわる事態に発展しており、各国が警戒を強めているといいます。英国では2024年1月、金属窃盗をめぐる議会報告書が公表され、「盗難被害額は10年間で43億ポンド(約8300億円)にのぼる」と警鐘を鳴らしています。報告書によると、英中部ドンカスターでは2022年、4日間で160カ所のマンホールが盗まれる事件が発生したほか、金属の傾斜台がなくなって車いすが立ち往生したり、病院が停電になったりしたケースもあったといい、最近は各地の教会で銅板の屋根が盗まれているといいます。報告書は英国内で約60の窃盗集団が暗躍しており、生活苦で窃盗に手を染める個人も増えていると指摘しています。フランスでも被害が広がっており、2023年春には北部で送電線が1キロにわたって切断され、観光列車が運行できなくなったほか、電話線の遮断で村民が外部と通信できなくなり、高齢者が孤立したこともあるといいます。また、仏通信最大手オレンジは2023年、国内で1200キロ分の電線が盗まれ、インターネットや電話の不通を招いたと発表しています。ドイツでも、3千台以上の列車の遅れを招いたとしているほか、米国やカナダでも続出しているといいます。

M&A仲介会社が事業承継に絡み、資金流出や倒産をもたらすような事例が起きているといいます。朝日新聞で連載されていましたが、報道の中で鈴木英司弁護士は「仲介業者が買い手に不審な点があると気づきながら、取引を急いだと疑われる事例もある。顧客の利益より取引成立を優先する構造的な問題がある」と指摘していますが、経営者の高齢化や後継者不足を背景に、M&A仲介は市場が広がり、仲介業者も急増していますが、資格や免許は不要で、ルールづくりは道半ばの実態で、売り手と買い手の双方から手数料を受け取る仲介業者は中立性を保つのが鉄則であるところ、どちらか一方に肩入れする利益相反の懸念も指摘されています。

インターネットのフリーマーケットサイトで食品を売買した3人に1人が、食品関連の法令を知らずに利用していたことが、東京都健康安全研究センターのアンケートで判明しています。食中毒につながる恐れがあるとして、センターは注意を呼びかけています。報道によれば、過去にトラブルを経験した人は、出品者で19.5%、購入者で6.3%、トラブル内容は、「食品が傷んでいた」が出品者(42.3%)、購入者(30.3%)ともに最も多かったといいます。

インターネットバンキングの不正送金やクレジットカードの不正使用被害が2023年に過去最多を更新しています。偽サイトに誘導しIDやパスワードを盗み取るフィッシング詐欺が主な要因とみられ、SNS上で「詐欺ツール」が売買され、手軽に犯行が可能になっている実態も影響していると考えられます。さらに、犯人グループは得た犯罪収益を暗号資産に換えて追及を逃れているとみられています。警察庁によると、ネットバンキングの不正送金被害は2023年中に5578件が確認され、被害額は87.3億円に上り、2022年からは件数、被害額ともに5倍前後と急増しています。また、日本クレジット協会のまとめでは、カード不正使用の被害額も2023年に540.9億円で2022年から約1.2倍に増加、カードの偽造による被害は0.6%に過ぎず、フィッシング詐欺などによりカード番号が盗まれたことによるものが93.3%を占めている状況にあります。フィッシング詐欺を行うには、IDやパスワードを読み取れる本物そっくりの偽サイトを用意することが不可欠で、偽メールの送信先となるリストを調達し、送信先をだますためのメールの文面も考える必要がありますが、秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」上で、こうした偽サイトや送信先リストが「ばら売り」されているとみられています。また、こうした「だましのツール」の決済は暗号資産で行われ、偽サイトの構造や使い方を解説したりする動画まであるようです。つまり、必要なツールを買い集めるだけで、誰でもフィッシング詐欺を始められてしまう状況にあるということです。警察庁は2024年2月、全国銀行協会や全国信用金庫協会など金融機関でつくる団体に、暗号資産の販売や買い取りを行う交換業者への不正送金対策強化を要請、交換業者の金融機関口座に送金する際、送金元の口座名義人とは異なる名前での送金を拒否することや、不正送金の監視を強化する取り組みを求めています

▼国民生活センター SMSやメールでのフィッシング詐欺に注意
  • 内容
    • 事例1:宅配業者名でSMSが届いた。ちょうど荷物が届く予定だったので、SMSに書かれていたURLをクリックして、記載されていた指示どおりに、IDやパスワード等を入力した。しかし、その後11万円を不正利用されていたことが分かった。(60歳代)
    • 事例2:スマートフォンに「ETCカードを更新するように」とのメールが頻繁に入るようになった。所有しているクレジットカード会社発行のETCカードの手続きが必要なのかと思い、URLを開いてメールアドレスやパスワード、クレジットカード番号等を入力した。その後、カード会社に連絡をすると覚えのない決済があり、1万2千円が使用されていた。(70歳代)
  • ひとこと助言
    • 実在する組織をかたるSMSやメールを送信し、IDやパスワード、暗証番号、クレジットカード番号等、個人情報を詐取したうえ、クレジットカード等を不正利用するフィッシングに関する相談が多く寄せられています。
    • 記載されているURLにはアクセスせず、事前にブックマークした正規のサイトや正規のアプリからアクセスするようにしましょう。
    • フィッシングサイトに個人の情報を入力してしまうと、クレジットカードや個人情報を不正利用されるおそれがあります。絶対に入力してはいけません。情報を入力してしまったら、同じIDやパスワード等を使っているサービスを含め、すぐに変更し、クレジットカード会社や金融機関等に連絡しましょう。
    • IDやパスワード等の使い回しを避けることで被害の拡大を防ぐことができます。
    • 困ったときは、すぐにお住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください(消費者ホットライン188)。

総務省の不適正利用対策に関するワーキンググループでは、SMS(ショートメッセージサービス)の不適正利用に対する対策を検討しています。直近の検討状況について、紹介します。

▼総務省 不適正利用対策に関するワーキンググループ(第3回)
▼資料3-1 SMSの不適正利用対策の方向性(案)について(事務局)
  • マルウエア感染端末からのSMS発信対策
    • マルウエア感染端末/回線の特定
    • マルウエア感染端末/回線の利用者への警告/注意喚起
    • マルウエア流通を防止する方策(OSでの対策等)の検討
    • スミッシングメッセージの申告/情報提供の推進
    • ⇒マルウエア感染端末/回線の特定及び利用者への警告/注意喚起の実施を進めてはどうか。スミッシングの申告受付が進んでいないことから、円滑に受け付けられる仕組みを構築してはどうか。
  • SMS配信者・受信者の不適正利用対策
    • SMS発信元の明確化/透明化
      • キャリア共通番号(0005番号)の普及/利用拡大
      • 海外通信事業者から配信されるSMSへの対策
    • SMS機能付きデータ通信専用SIMカードの契約時の本人確認の現状の把握、更なる推進
    • SMS認証代行事業者への対処
    • SMS配信事業者、通信キャリア間の情報連携、自主的対策の促進
    • RCS(+メッセージ等)の活用推進
  • 前回WGにおいて構成員から頂戴したご意見
    • マルウエア感染端末/回線の特定及び利用者への警告/注意喚起については、通信の秘密の取扱いに留意した上で、積極的に進めるべきである。
    • 利用者への警告/注意喚起の方法については、実効性のある方法を検討し、その結果マルウエアの削除や対策アプリの導入などの行動変容が実現したかどうかについて、フォローアップすべき。
    • スミッシングメッセージについて、円滑にユーザーからの申告を受け付けられるようにし、事業者横断で活用できるような環境を整備すべき。
    • 正規のメッセージがきちんと正規のものであると見分けられるよう、SMS発信元の明確化・透明化に係る取組を進めるべき。
    • 事業者間の連携に当たっては、SMSを利用する側の事業者とも連携してもらいたい。
    • SMS認証代行が悪用されていることから、対策を進めるべき。
    • 国外におけるSMS不適正利用対策の動向を確認し、参考として進めるべき。
    • 事業者側で行われている各種対策について、まだ利用者の理解が高まっていないことから、周知啓発を行うべき。
  • SMSの不適正利用対策の方向性(案)
    1. マルウエア感染端末の特定・警告の推進
      • 通信の秘密の取扱いに留意した上で、通信キャリアが提供するSMSフィルタリングにおいて得られたデータを分析し、マルウエア感染端末の特定・警告を行う取組を進めることにより、マルウエア感染端末の利用者の損害の拡大の防止に加え、利用者の行動変容を促し、スミッシングメッセージの拡散を抑制する。
    2. スミッシングメッセージの申告受付の推進
      • スミッシングメッセージ等の迷惑SMSを受け取った利用者から、さらに円滑に申告を受け付けられるようにしていくとともに、申告データを事業者横断で活用できるようにする仕組みを構築することにより、迅速な迷惑SMS対策ができるようにする。
    3. SMS関連事業者による業界ルールの策定
      • SMS不適正利用対策事業者連絡会の枠組を活用し、SMSを利用する側の事業者を含め、関連する業界団体と連携することにより、SMS発信元の明確化・透明化に係る取組や、SMS認証代行事業者等の悪質事業者への対策などを盛り込んだ業界ルールを策定し、正規のメッセージがしっかり正規のものとわかる形で配信されるよう、効果的な対策を実行する。
    4. 迷惑SMS対策に係る周知啓発の推進
      • スミッシングの攻撃手法は時々刻々と変化をしていることから、官民が連携し、最新の対策方法に関する情報発信を行うとともに、キャリア共通番号の仕組みの周知広報やRCSの活用推進など、SMSに関する利用者のリテラシー向上につとめ、自主的な防衛を推進する
▼資料3-3 本人確認書類の偽変造等の実態(警察庁)
  • 特殊詐欺の被害は、1日あたり1.1億円の被害が発生するなど引き続き深刻。2月末では、昨年同期に比較して件数面では約20%減少したものの、被害額は2%増加
  • 携帯電話の不正契約には、一見して真正なものと見分けがつかないほど精巧に偽変造された本人確認書類が用いられることが多い。

被害額が急増しているクレジットカードの不正利用を防ぐため、官民の対策会議の初会合が開催され、不正利用防止対策の強化に向け、本人認証サービスの普及を進めていく方針としています。電子商取引(EC)の拡大やインターネット上でのクレジットカード決済の普及を受け、前述のとおり、不正利用額は急増しています。フィッシングなどにAIを悪用して偽メールや偽サイトを精巧につくっているとの指摘もあります。日本のクレカ不正利用額は、ICカードの普及で偽造カードの被害が減ったことで2010年ごろに過去最低水準となりましたが、その後2014年ごろからオンライン決済が普及したことで、被害額は増加に転じています。警察庁はクレジットカードの不正利用対策として、ECサイトの不審アカウント情報を官民で共有する仕組みを検討するとしています。官民で対策を強化していますが、限界もあり、近年は偽メールの文書や偽サイトのデザインが自然なものとなり、AIの悪用もあって、ユーザーが見分けるのは難しくなっています。「取引の規制」や「情報確認」といった危機感をあおるメールについて、違和感を抱くことが重要となります。また。流出した顔写真や名前をもとにSNSのアカウントが特定され、さらに個人情報が漏れるという可能性もあり、SNSでの個人情報の公開には注意が必要です。警察庁は利用するサイトについて「メールやショートメッセージのURLをクリックせず、ブックマーク機能やアプリを活用する」「IDパスワードの使い回しをしない」「ネットバンキングのログイン時などに毎回発行される『ワンタイムパスワード』や指紋による認証方法を活用する」といった対策を推奨しています。

▼経済産業省 第1回 クレジットカード・セキュリティ官民対策会
▼資料2 経済産業省の取組について(クレジットカードのセキュリティ対策)
  • クレジットカードの不正利用被害額が急増しており、2023年の被害額は過去最大。不正アクセス等で窃取したクレジットカード番号によるEC取引での不正利用が大部分を占める。
  • クレジットカード番号の窃取は、EC加盟店やPSP等に対するサイバー攻撃のほか、フィッシング技術の巧妙化による消費者側からの窃取も多いと指摘されている。
  • 割賦販売法では、平成20年改正からクレジットカード・セキュリティへの対応を措置。EC取引におけるクレジットカード決済の増大にあわせて、平成28年改正、令和2年改正によって対応を強化。
  • 増加する不正利用被害等を踏まえ、2022年8月から検討会を開催し、2023年1月にEMV3DSの導入等を柱とする対策をとりまとめ
  • EUはカード会社に強力な顧客認証(SCA)を求める決済サービス指令を採択(2016年)。同指令では、EMV3DSを一般的顧客認証手段と位置づけているが、順次、加盟国による国内制度化が行われ、相応の効果を発揮していると推察される。なお、同指令では、リスク度合い等によって、顧客認証を免除する仕組みを採用している。
▼資料5 クレジットカード・セキュリティガイドライン【5.0版】の主なポイントについて
  1. カード会社(イシュアー)
    • 2025年3月末に向けたEMV3-Dセキュアの推進
      • 「イシュアーにおけるEMV3-Dセキュア推進ロードマップ」(2023年11月30日)に従って以下の目標を目指すこととしている。
      • EMV3-Dセキュアに必要なカード会員情報について、EC利用会員ベースで80%の登録率
      • 「動的(ワンタイム)パスワード等」による認証方法へ、EMV3-Dセキュア登録会員ベースで100%の移行率
  2. 加盟店(EC加盟店)
    1. 基本的なセキュリティ対策
      • EC加盟店は、新規加盟店契約申し込み前に、自ら「セキュリティ・チェックリスト」記載の対策を実施し、その状況をアクワイアラーやPSPに申告、アクワイアラーやPSPはEC加盟店からの申告を受けた上で加盟店契約を締結することが求められる。(試行)このEC加盟店によるセキュリティ対策の実施については、2025年4月から新規のみならず全てのEC加盟店に対して求めることとしている。
    2. 2025年3月末までに、原則、全てのEC加盟店のEMV3-Dセキュアの導入
    3. EMV3-Dセキュア導入の考え方
      • EMV3-Dセキュアの導入計画を策定し早期にEMV3-Dセキュアの導入に着手する。
      • 「不正顕在化加盟店」は既に不正利用が発生し被害が生じている加盟店であることから、即時にEMV3-Dセキュアの導入に着手する。
  3. 決済事業者等・PSP
    1. 基本的なセキュリティ対策
      ※加盟店(EC加盟店)と同様。
      • 「セキュリティ・チェックリスト」に記載されているセキュリティ対策を実施する必要性の周知も合わせて行う。
    2. 2025年3月末までに、原則、全てのEC加盟店のEMV3-Dセキュアの導入に向けて働きかける
    3. EC加盟店へのEMV3-Dセキュア導入優先順位の考え方
      • 「加盟店におけるEMV3-Dセキュアの導入推進ロードマップ」(2023年11月30日)に従って導入計画の策定及び導入を行うよう働きかける。
  4. 2025年4月以降のEC加盟店の情報保護対策及び不正利用対策
    1. カード情報保護対策 セキュリティ・チェックリストによる不断なセキュリティ対策の改善・強化
      • EC加盟店では、新規加盟店契約の申込み前に、自ら「セキュリティ・チェックリスト」記載の対策を実施し、その状況をアクワイアラーやPSPに申告、アクワイアラーやPSPはEC加盟店からの申告を受けた上で加盟店契約を締結することが求められる。(試行)このEC加盟店によるセキュリティ対策の実施については、2025年4月から新規のみならず全てのEC加盟店に対して求めることとしている。
    2. 不正利用対策 決済の場面(決済前・決済時・決済後)を考慮した場面ごとの対策導入
      • 非対面不正利用対策として、今後はより抑止効果を高めるために、決済の場面(決済前・決済時・決済後)を考慮して、それぞれの場面ごとに対策を導入するという、点ではなく線として考える指針の策定が求められる。そのため、加盟店によるEMV3-Dセキュア導入のみではなく、クレジットカード決済の関係事業者それぞれが実施すべき、これから目指すべき不正利用対策の「線の考え方」である全体像を示した。今後、詳細運用を検討する。
▼資料6 セキュリティ対策の進捗状況(クレジット取引セキュリティ対策協議会提出資料)
  1. セキュリティ対策の進捗状況
    • EMV3-Dセキュア等導入推進状況 EC加盟店の導入状況
      1. 既存加盟店
        • 現在カード会社(アクワイアラー)及びPSPは契約先EC加盟店を対象に「加盟店におけるEMV3-Dセキュアの導入推進ロードマップ」に従って導入計画の策定及び導入を行うよう働きかけを実施。
        • EMV3-Dセキュア導入の優先順位の高い、既に不正が発生しているEC加盟店については、凡そ8割程度に導入働きかけのアプローチ済。
      2. 新規加盟店
        • アクワイアラー、PSPがEC加盟店と新規に加盟店契約する際には、2025年3月末までにEMV3-Dセキュアを導入することを説明したうえで契約を進める取組を実施
    • カード会社(イシュアー)における導入、登録、OTP移行状況
      • カード会員における静的パスワード以外(ワンタイムパスワード等)の認証方法への移行については、現在2025年3月末に向けてワンタイムパスワード等への一斉切り替えなども含めた取組を進めている状況。
  2. 周知・啓発活動
    • EMV3-Dセキュアの登録推進に係る周知・啓発活動
      1. 目的
        • 既にイシュアー各社がカード会員に対して取組んでいる「EMV3-Dセキュアに必要なカード会員情報の登録」及び「静的パスワード以外(ワンタイムパスワード等)の認証方法への移行」に関する周知・啓発活動を後押しするもの。
      2. 具体的内容
        • 2025年3月までの期間を以下の2段階に分けて実施する。
        • 第一段階:統一キャンペーン(2024年6月頃)
        • 業界団体、カード会社、関係団体、行政による業界統一的な周知啓発キャンペーンを実施することを想定。具体的には統一メッセージやロゴ等を作成し、様々な媒体を通じ、消費者の認識を高める。
        • 第二段階:継続的な取り組み(2024年6月以降)
        • キャンペーン期間後もキャンペーンで使用した成果物を活用して、各主体が消費者へ継続的な周知啓発を行う。
        • 統一メッセージ:消費者に理解いただきやすいように「本人認証サービス」という文言を用いて、登録等を促す目的であることを主眼に以下を統一メッセージとして作成した「より安全安心なオンラインショッピングのために、 本人認証サービスへ登録を!」

ICPENの「詐欺防止月間」の今年のテーマは「ステルスマーケティング」や「インフルエンサーマーケティング」など「デジタルインフルエンサーによる広告」となります。以下、消費者庁からのリリースを紹介します。

▼消費者庁 ICPEN詐欺防止月間(2024年)
  • 消費者庁は、国境を越えた不正な取引行為を防止するための取組を促進する国際ネットワークであるICPEN(※)に参画しています。※ICPEN(アイスペン:International Consumer Protection and Enforcement Network(消費者保護及び執行のための国際ネットワーク)は、国境を越えた不正な取引行為を防止するため1992年に発足したネットワークで、約70か国の消費者保護関係機関が参加。「詐欺防止月間」では、加盟国が共通テーマに沿った注意喚起などを実施。
  • 消費者庁では、ICPENの取組の一つである「詐欺防止月間(Fraud Prevention Month)」を毎年消費者月間に合わせて実施しています。
  • 今年のテーマは、「デジタルインフルエンサーによる広告(advertising through digital influencers)」です。ここでは、最近目にすることが多くなってきたインフルエンサーマーケティングやステルスマーケティングなどについて御説明します。消費者の皆様におかれましては、このキャンペーンを、詐欺被害の未然防止に役立ててください。
  • インフルエンサーマーケティングについて
    1. 日本のデジタル広告市場は大幅に成長しており、2022年にはインターネット広告が3兆912億円、マスコミ4媒体(テレビメディア、新聞、雑誌、ラジオ)広告が2兆3,985億円となり、両者の広告費が初めて逆転した2021年以降、その差が広がる形となりました。
    2. このインターネット広告の中でも、SNS上やブログ、動画共有サイト等のソーシャルメディア上で表示される広告の市場規模拡大が著しいといわれています。このような広告は、SNSに蓄積されたデータやSNSにおける友人等とのつながりを利用し、事業者がSNS上で直接広告を行うものです。そのようなソーシャルメディア上で表示される広告には、第三者であるインフルエンサー等が広告主から依頼を受けて事業者の商品・サービスを広告することがあります。このインフルエンサーマーケティングの市場規模も年々増加していくことが予測されています。
  • インフルエンサーマーケティングを取り巻く状況
    1. 2022年に実施した消費者意識基本調査においては、インターネットでの商品・サービスの予約や購入で口コミや評価を判断材料にするかという質問に対して約85%が「とても当てはまる」又は「どちらかというと当てはまる」と回答しており、インターネットの広告や仕組みで便利だと感じるものとして約17%が「インフルエンサーによる商品・サービスの宣伝」を挙げています。
    2. 一方で、同調査ではインターネットの広告や仕組みで不利益が生じるおそれがあると感じるものという質問に対して約50%が「インフルエンサーによる商品・サービスの宣伝」を挙げているほか、消費者相談事例においては、インフルエンサーの宣伝を契機に商品やサービスに係る契約を結んだが、口コミや宣伝の内容と違ったといった事例もあります。
    3. これらのことから、インフルエンサーのおすすめだからとすぐに購入・契約をするのではなく、商品やサービスを購入したり契約を締結したりする前には、複数の情報源からの情報を見比べることや、購入条件・契約条件をよく確認することなどを消費者本人が注意することが重要と言えます。
  • 消費生活相談事例
    1. 11月初旬に動画共有SNSのインフルエンサーが、いつでも解約できると勧めた美容液を注文し、11月4日に商品が届き、商品代1,980円とコンビニ振込手数料220円をコンビニから支払った。商品受け取り後、次回の商品を12月14日に届けるとのメールが届いたので、業者に電話して解約を申し出たところ、解約できないコースだと言われた。スマホの注文工程の画面を録画しながら進めていたが、定期購入とは一度も書かれていなかった。2回目以降を解約したい。
  • 確認すべきポイント
    1. インフルエンサーがSNS上で「いつでも解約できる」と表現していたとしても、その内容が必ずしもいつも正しいわけではありません。実際に契約をする前にはその契約内容をよく確認してください。
    2. また、契約後にトラブルとなった場合に証拠となりますので、自分を守るためにも注文工程の画面録画機能をぜひ活用ください。
  • ステルスマーケティングの規制
    1. 広告であるにもかかわらず、広告であることを隠すことがいわゆる「ステルスマーケティング」です。広告・宣伝であることが分からないと、消費者は、事業者ではない第三者の感想であると誤認してしまい、その表示の内容をそのまま受けとってしまうおそれがあり、自主的かつ合理的に商品・サービスを選ぶことができなくなります。そのため、消費者庁は、ステルスマーケティングを不当表示とするよう、景品表示法第5条第3号に基づく告示を指定しました。
    2. これにより、2023年10月1日から、「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの」については、景品表示法上の不当表示に該当し、行政処分(措置命令)の対象となりました。
    3. インフルエンサーが事業者の依頼により商品・サービスの広告を行う場合、依頼を行った事業者は本規制の対象となります。※ 事業者から広告・宣伝の依頼を受けたインフルエンサー等の第三者は規制の対象とはなりません。
  • 終わりに
    1. インフルエンサーによる商品やサービスに対する推奨はSNS等で多く見られますが、消費者の皆様も、実際に商品やサービスを購入したり、申し込む際には、解約条件を含む取引条件や、商品やサービスの内容などを慎重に確認しましょう。
    2. 契約などで「困ったな」と思ったら消費者ホットライン(188番)までお電話ください。

以前の本コラム(暴排トピックス2024年34月号)でその摘発を取り上げた国際的なサイバー犯罪集団「ロックビット」に対する国際共同捜査で、中枢メンバーでロックビットが使うランサムウエアを開発したロシア人が米国当局に起訴されました。欧州警察機構(ユーロポール)と日本の警察庁が発表しています。このロシア人はロックビットの運営も行っており、米国などの当局が資産を凍結したといいます。捜査はユーロポールが主導し、日本が参加しています。ロックビットは2020年ごろから、世界各地の重要インフラなどに対し、データを暗号化して身代金を要求する「ランサムウエア」を使い、サイバー攻撃を仕掛けており、当局が入手したデータから、2022年6月から2024年2月までの間に各国に7千件以上の攻撃がされていたことが判明、攻撃では100以上の病院などが標的とされたといいます。また、2019年9月~24年2月、日本や米国など約120カ国の企業や個人にサイバー攻撃を仕掛け、情報流出を止めるための「身代金」として総額約5億ドル(約770億円)を奪っていたことも判明しています。起訴状によると、ドミトリー・ホロシェフ被告は2019年9月までに、他者のネットワークに侵入して、情報を暗号化したり、別のコンピューターに移したりするシステムを開発、さらに、特殊なソフトを使わないとアクセスできない闇サイト「ダークウェブ」で、システムを使ってハッキングする実行役の募集を開始、実行役は、暗号化された情報を元に戻したり、情報をダークウェブ上で公開するのを回避したりするのと引き換えに、被害者側に身代金を要求、米英の当局が2024年2月にロックビットのシステムを無力化するまでの間に、約120カ国で計約2500件の攻撃が実施され、総額5億ドル相当の身代金が奪われたといいます。身代金は主に暗号資産のビットコインで受け渡しされ、取り分はホロシェフ被告が2割、実行役が8割、米当局は、身代金以外に業務妨害などによる損害も総額数十億ドルに上るとみています。一連の犯行では、病院、学校、非営利組織(NPO)、インフラ企業、政府、法執行機関なども被害を受け、全体の約7割は米国関係だったが、日本、欧州各国、中国などでも被害があったといいます。また、米国の大手航空・防衛産業の企業が2億ドルを要求された例もありました。なお、ホロシェフ被告はロシア出身とされ、身柄は拘束できておらず、米当局は逮捕や有罪判決につながる情報に対し最高1000万ドル(約15億円)の報奨金を提示しています。また、ロックビットをめぐっては、これまでの共同捜査で主要メンバーが摘発され、使用されていたサーバーなどが閉鎖されましたが、その後もサイバー攻撃は続いていたといいます。日本の警察庁は2023年12月、ロックビットのランサムウエアによるサイバー攻撃で暗号化されたデータを復号するツールをユーロポールに提供、国内ではこれまでに、企業などから復号についての相談を10件以上受けており、100%近く復号に成功したケースもあるといいます。

▼警察庁 ランサムウエア「LockBit」被疑者の起訴等について
  1. 概要
    • 本年2月、我が国を含む関係各国による国際共同捜査により、ランサムウエア攻撃グループLockBitの一員とみられる被疑者を外国捜査機関が検挙するなどしたところ(令和6年2月広報資料参照)、この度、これに続く措置として、イギリス、アメリカ及びオーストラリア当局が、同グループにおいてランサムウエアの開発・運営を行うロシア人被疑者の資産を凍結するなどするとともに、アメリカにおいて同人を起訴した旨を、ユーロポールがプレスリリースした。
    • このプレスリリースにおいては、前回と同様、関係各国で関連するランサムウエア事案の捜査を行っており、当該捜査について、日本警察を含む外国捜査機関等の国際協力が言及されており、また、日本警察において開発したランサムウエアLockBitによって暗号化された被害データを復号するツールについても、同様に言及されている。
  2. 日本警察の協力
    • 関東管区警察局サイバー特別捜査部と各都道府県警察は、我が国で発生したランサムウエア事案について、外国捜査機関等とも連携して捜査を推進しており、捜査で得られた情報を外国捜査機関等に提供している。
    • 我が国を含め、世界的な規模で攻撃が行われているランサムウエア事案をはじめとするサイバー事案の捜査に当たっては、こうした外国捜査機関等との連携が不可欠であるところ、引き続き、サイバー空間における一層の安全・安心の確保を図るため、サイバー事案の厳正な取締りや実態解明、外国捜査機関等との連携を推進する

米国で病院や医療関連企業を標的としたサイバー攻撃が多発しています。米医療保険・医療サービス大手ユナイテッドヘルス・グループの傘下で保険請求サービスを手がけるチェンジ・ヘルスケアが2024年2月に受けたサイバー攻撃を巡り、アンドルー・ウィッティCEOが、米国人データの3分の1が盗まれたと米議会で証言しています(また、この攻撃による被害が8億7200万ドルに上ったと報告し、被害額が16億ドルとほぼ倍増する可能性もあると表明しています。報道によると、犯罪集団は盗んだ個人情報をネット上で売っており、被害は拡大している状況にあります)。チェンジ・ヘルスケアは米国の医療保険金支払い請求の約半分を取り扱っており、患者や医療提供者に多大な影響を与えたサイバー攻撃について、米議会がウィッティ氏を追及したもので、「ブラックキャット」としても知られるAlphVと呼ばれるランサムウエアを用いるハッカー集団が行ったチェンジ・ヘルスケアのシステムに対する攻撃で、詳しい情報流出の説明を求められたウィッティ氏は、米国人の保護された医療情報と個人特定が可能な情報の「恐らく3分の1」が被害にあったと述べたものです。さらにウィッティ氏は「われわれは影響があったデータの規模について調査を続けている。相当な(規模)になると考えている」と付け加えています。なお、本件については、複数の米メディアによると、同社はデータを取り戻すため、ハッカー団体にビットコインで2200万ドル(約30億円)相当の身代金を支払ったとされます。攻撃を仕掛けるハッカー集団はロシアやイラン、北朝鮮、中国などが拠点とされ、企業が身代金を支払うのを禁じる法案をめぐる議論も活発化しています。企業が支払わなくなれば標的にされなくなるとの見方がある一方、法律で禁止されても企業はこっそり身代金を支払うと考える専門家もおり。企業が政府に内緒で支払った場合、その情報がさらなる恐喝の道具として利用されて悪循環になる恐れもあります。ランサムウエア攻撃を受けたことを政府に報告しなくなる企業が増えるとして、米連邦捜査局(FBI)などは法整備に反対しています。

バイデン米大統領は2024年4月、急速に増大するサイバー攻撃の脅威から国内の重要インフラを防御するための大統領覚書に署名しています。ITや交通機関、エネルギー、防衛産業、原子力関連など16分野を定め、それぞれの対策強化に責任を持つ政府機関を明示、リスク評価や情報共有で事業者を支援するとしています。バイデン政権は重要インフラの脆弱性の改善が経済安全保障面の課題だと捉え、官民一体での対策強化を図っています。一方、日本では、外国政府が関わっている重大なサイバー攻撃でも、現在の法律では、攻撃に対して対抗措置を取ることができません。国際法上、対抗措置を行うためには、その国がサイバー攻撃に関与した事実を示さねばなりませんが、日本では、攻撃に関わる通信の傍受や攻撃者へのハックバック(逆探知)が法律で禁じられており、攻撃者が誰なのかを特定することができないためです。日本では不正アクセス禁止法によって、IT機器に対する外部からの不正アクセスは、たとえそれが外国からのサイバー攻撃を防ぐ正当な目的であっても、全面的に禁止されています。また、海外での対抗措置は、国際法上「軍隊」が実施することとされているものの、自衛隊を国際法上は軍隊として取り扱うというのが日本政府の立場である一方、その自衛隊が国外のサイバー空間で対抗措置を行う根拠法も整備されていないのが実情です。ようやくここにきて「能動的サイバー防御」の議論が本格的に開始される流れとなりましたが、こうした法整備が急務だといえます。また、ドイツ外務省は、ロシアがドイツの防衛・航空宇宙企業などにサイバー攻撃を仕掛けた疑惑に関連し、駐ロシア大使を一時的に帰国させたと明らかにしています。召喚は外交儀礼に沿ったもので、大使はベルリンに1週間滞在した後にモスクワに戻ることになります。問題となっているのは、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)と関係が深いとみられているハッカー集団「APT28」で、「ファンシーベア」の呼び名で知られており、ドイツ政府は物流、防衛、航空宇宙、IT分野の企業のほか、与党・社会民主党(SPD)などを標的に2年前からサイバー攻撃を仕掛けていると指摘しています。

チェンジ・ヘルスケアの問題について、フィナンシャルタイムズ紙は、「投資家と企業経営者に対し、サイバー問題に関する政府との関係や、自由市場における受託者責任の概念について考え直すことも強いるかもしれない」と指摘、「特に大きく警戒しなければいけない問題が3つある。まず、ロシアのウクライナ侵略以降、ハッキングが急増した。次に、ロシアと関係があることが多いランサムウエア犯罪集団が、防衛策がお粗末なベンダー企業や子会社をさらに標的にするようになった。3つ目の問題は、米政府関係者によると、特に中国政府が攻撃を強化し、(何より重大なことに)攻撃の性質を変えていることだ。以前は、こうした攻撃はもっぱらスパイ行為や知的財産窃盗に集中していたが、今では「リビング・オフ・ザ・ランド(環境寄生型)」と呼ばれる手法を使う「事前配備型」戦略が急拡大している。ハッカーはひそかにインフラ内に侵入し、じっと潜伏する。そして機が熟した時に大規模な混乱を引き起こせるようにするのだ。この事前配備型は検知しにくい」としています。さらに、「4つの大きな火種(かつ未解決の問題)を生んでいる。1つ目は、米国や英国などの政府が身代金の支払いはさらなる攻撃を招くだけだと主張し、支払いをやめるよう求めているにもかかわらず、保険業界が企業に代わって多額の身代金をハッカーに支払い続けていることだ。2点目は、国家安全保障担当の高官が企業のベンダーとサプライヤーの選定に関する統制強化を望んでいても、こうした国家の介入は大抵、企業経営者に忌み嫌われることだ。…第3に、経営トップは4月半ばに米議会で持ち上がった別の構想も嫌う傾向がある。サイバーリスクを減らすために企業のM&A(合併・買収)活動を取り巻く規制を強化する案だ。…最後に、米政府高官が対策を強く求めてきたにもかかわらず、株主と議決権行使助言会社はサイバー問題に関する適切なアカウンタビリティー(説明責任)を企業に課すのが遅かった」などと指摘しており、興味深いといえます。

EUの行政府にあたる欧州委員会は、フェイスブック(FB)やインスタグラムを運営する米メタに対し、デジタルサービス法(DSA)違反の疑いで調査を始めたと発表しています。誤りを含む政治関連の情報や金融詐欺の広告を放置していることなどを問題視しています。欧州委がDSA違反の疑いがあるとしたのは、日本でも問題になっている誤った広告の放置や、政治的な内容を含む投稿の過剰な制限のほか、研究者に対する不十分なデータ開示や、違法な投稿を見つけた際の通報のしづらさも挙げているようです。DSAは巨大IT企業を対象に、利用者保護や広告に関する情報の開示などを義務づけています。欧州委は特に、メタが2024年3月、投稿を追跡したり分析したりするためのツール「クラウドタングル」の廃止を発表したことを問題視、「ファクトチェック」に取り組む機関や研究者が検証作業に使っており、「市民の言論や選挙プロセスを、第三者が即時に監視できないことに懸念がある」としています。メタは5営業日以内に、対応策などを報告しなければならず、義務を履行しなければ、最大で世界での売上高の6%の制裁金が科される可能性があります。

2023年夏ごろからフェイスブックのアカウントを乗っ取ろうとする攻撃が活発化しており、日本の政府関係者のアカウントも狙われ、実際に則られたケースもあったことが分かったとのことです。2020年米大統領選挙への介入が指摘されたロシアの情報工作団体が再びSNSを使い、2024年11月の米大統領選に向け、米国の有権者らに影響を及ぼそうとしている可能性が考えられるところです。手口は、まずアカウントを詐取するために作られたリンクをユーザーに送り付け、IDとパスワードを詐取後、アカウントを乗っ取る、もとのアカウントの利用者を装って友人や知人に再度、悪意のあるリンクを送るといい、これが繰り返され、不特定多数に拡散されるといいます。フェイスブックユーザーのアクセスであるかを識別する機能を実装し、巧妙にユーザーを誤認させる特徴を有しているとみられています。2023年12月、長野県須坂市は三木市長の私用のLINEアカウントが乗っ取られる被害にあったと発表、このアカウントから複数の職員に「今忙しい?」「アップルギフトカードを購入してほしい」などの詐欺メッセージが届き発覚したものです。2024年1月には、講談社が、アニメ「攻殻機動隊」の公式Xアカウントが不正アクセスされ、乗っ取り被害にあったことを公表、スマートフォンそのものを乗っ取るイスラエル企業のスパイウエア「ペガサス」を使ったハッキング攻撃も確認されています。ペガサスは、スマホなどに感染させて通話記録や内蔵カメラの情報を入手できるスパイウエアで、2021年には台湾の政治家や当局高官ら100人以上のLINEの個人アカウントがハッキングされていたことが明らかになっています。

米グーグルは、悪質なアプリを高い精度で検出できる常時監視機能「リアルタイムスキャン」を、全世界で展開したと発表しています。インターネット上の詐欺被害が世界的に増えており、対策を強化するものです。グーグルの基本ソフト(OS)「アンドロイド」を搭載した端末を対象とし、悪質なアプリが実際に見つかれば、警告を表示したり、アプリを無効にしたりして、詐欺につながるアプリをスマートフォンに取り込むリスクを減らすといいます。グーグルによれば、悪質なアプリなどを通じ、金銭をだまし取る行為は2023年、日本を含むアジア太平洋地域で大幅に増えたといい、シンガポールやタイ、インドで急増したといいます。グーグルは悪質なアプリや詐欺を巡り、2023年に規約違反の228万のアプリについて、アプリ販売市場「グーグルプレイ」への公開を防いだとしたほか、33万3000件の悪質なアカウントも追放したとしています。

中国系動画投稿アプリ「TikTok」の米運営法人と親会社の字節跳動(バイトダンス)は、米で成立したアプリ禁止につながる法律の差し止めを求め、米政府を相手取って首都ワシントンの裁判所に提訴しています。表現の自由を保証する憲法に違反するとしています。法律はティックトック運営側が米国事業を期限内に売却しない場合、米国でのアプリ配信を禁じる内容で、2024年4月24日にバイデン大統領が署名して成立していたものです。ティックトック側は訴状で、法律が求める米国事業の売却は「法的にも商業的にも技術的にも不可能だ」と主張、このままでは2025年1月19日までに閉鎖を余儀なくされるとした上で、売却が可能だったとしても法の下の平等に反し、私有財産の不法な収奪に当たると指摘しています。ティックトックは米国で若者を中心に約1億7千万人の利用者を抱えているとされ、米議会では、中国政府へのデータ流出の懸念が超党派で広がっています。また、EUの執行機関である欧州委員会は、TikTok」関連サービスの一部停止命令を検討すると発表しています。アプリの仕組みに中毒性があると懸念、TikTokが十分なリスク管理をしていない、効果的な年齢確認の仕組みがなく未成年に有害だとして、制裁金もあり得ると警告しています。欧州委は2024年3月、DMAに違反した疑いで米アルファベット、アップル、メタの3社の調査を開始、DSAを巡ってはすでにTikTokとXに対し、偽情報などの拡散を問題視して調査に入っています。今回はさらに、TikTokの一部サービスの停止措置にまで踏み込んだ形となります。なお、TikTokについては、国内の10代の利用率が2020年からの4年間で約2.6倍に急拡大していることがNTTドコモの研究機関、モバイル社会研究所が公表した調査で分かったといいます。中国への情報流出や依存症による若者への有害影響の懸念から、欧米ではティックトックの利用を制限する法案整備などが進んでいますが、国際的な同調圧力を受け、国内で若年層への利用率がさらに拡大すれば、日本も同様の対応を迫られる可能性も高まることになります。なお、日本ではEUのDSAに準じた対応を可能とするプロバイダ責任制限法改正案が成立、違法・有害情報の削除基準の策定などを求める内容となっていますが、今回、EUがTikTokに停止措置を検討した根拠である、サービスが社会に影響を及ぼす「システミックリスク」への対応について法改正案には盛り込まれていません。日本はデータに関する児童保護が手薄で、プラットフォーム事業者に対し、健全な育成環境を整える法的措置をもっと求めてもよいと考えられる一方、法令による過度な規制は、企業の創造的な活動を制限し、イノベーションを阻害する恐れもあります。

以前の本コラムでも取り上げましたが、米国で子どものSNS利用を規制する州が増えています。SNSの過度な利用が子どもの自殺やいじめを引き起こしているとの懸念が背景にあります。一方で、SNSの規制は言論の自由の侵害につながるとの見方もあり、差し止め訴訟も相次いでいます。米疾病対策センターの2020年の発表によると、2009~18年の間に米国の14~18歳の若者の自殺率は10万人あたり6.0人から9.7人に6割増加しました。米国の保健当局は2023年、1日3時間以上をSNSに費やす子どもはうつ病など心の健康の問題を抱えるリスクが2倍になると警鐘を鳴らしています。一方、SNS企業は売上高の大部分を広告収入が占め、メタは売上高の95%超、ユーチューブを運営するアルファベットも70%超が広告収入で、自主的な対策の実効性には懸念が残ります。SNS規制を実施する上で問題となるのがプライバシーの侵害で、年齢確認を厳格にするには身分証明書をSNS企業に提出する必要があり、個人情報流出の懸念は拭えず、個人情報を提出しなければSNSの利用が認められないという点は、合衆国憲法修正第1条で定める言論の自由に反するとの見方もあります。

2024年5月6日付朝日新聞の記事「意見が単純化されるSNS 対面の会話で違いや複雑な文脈を意識」はなかなか考えさせられる内容でした。未来倫理に詳しい哲学者で、立命館大准教授の戸谷洋志氏の主張で、具体的には、「あなたの何げないSNSの投稿は、未来世代からどう見えるでしょう。SNS空間が、あと50年、100年続いたら? 有名人が数十年前の言動を問題化されるように、自分の投稿は未来の価値観や文脈に耐えられないかもしれません。差別的、暴力的な言葉に気をつけるだけでは不十分なのです。オンラインでは、「独り言」のつもりで書き込んだという「甘え」が出やすい。しかし、実際は独り言ではない以上、発言には責任が生まれます。SNSは現実を反映した言論空間ではありません。各人が多様な意見を言うのが、実は難しい場所だからです。例えばハッシュタグ運動は賛同の多さを可視化し、現実を変えることができます。それと引き換えに、一人一人の意見は単純化され、微妙な違いや繊細な文脈は見えにくくなる。実際は複雑な意見を持っているはずの多くの人にとって、ものが言いにくくなっている面があります。こうした同調圧力から距離をとらなければ、真に発言の責任を持つことはできません。。普段から対面で会話することをいとわず、それぞれの意見の小さな違いや複雑な文脈を受け止めておくことが必要です。そうした会話は、災禍に見舞われて社会のシステムが崩壊した時、皆で意見を調整し、一から新たな常識を作り上げていく際の礎にもなります」というものです。

AI・生成AIの抱える問題・課題について、最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 世界70カ国・地域以上で大型選挙が行われる「選挙イヤー」の2024年、SNSを通じて虚偽情報やデマなどを拡散し、世論操作を行う「インフルエンスオペレーション(影響力工作)」への警戒感が強まっています。AIで政治家の顔や声を本物そっくりに加工した音声やディープフェイク動画は各国で広がり、11月の米大統領選に向けて、より活発化する恐れもあります。SNSなどを介して虚偽情報やデマ情報を拡散する世論操作は「インフルエンスオペレーション」と呼ばれ、特定の政治的、社会的、経済的目標を達成するために、ターゲットとなる個人や集団の認識や行動を意図的に変えることを目的としています。インフルエンスオペレーションの脅威は、AIの進化によって偽情報が簡単に作れる一方で、サイバー攻撃のように明確な人的被害や物的被害が確認しづらいため、表面化しにくい点にもあります。カナダ政府は2023年10月、2018年からインフルエンスオペレーションキャンペーンを展開する「スパモフラージュ」の背景には中国がいると注意喚起、米メタは、関連するフェイスブックのアカウント約7700件などを削除、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出に関する偽情報の流布にも関与されたとされます。情報セキュリティ会社「トレンドマイクロ」の成田直翔氏は「いくつかの情報を複合的に巧みに織り交ぜて展開するため、受け手側が操作された情報なのか判別するのが難しい」と指摘、その上で、「情報リテラシーの向上や偽情報が拡散されにくい環境を整える必要がある」と訴えています。
  • 2024年6月の開票に向けて各地で投票が順次行われているインド総選挙(下院選)で、生成AIで作成された偽動画の拡散が問題になっています。党首や候補者らの中傷や礼賛を目的に作られているとみられていますが、インドでは偽動画の規制法が整備されておらず、事実上野放しとなっているといいます。ニューデリーのNPO法人が2024年1月に発表した総選挙に関する調査では、18~35歳の79%が「SNSなどで偽情報を受け取った」と回答、「偽情報が結果に影響すると思う」と回答した人も64%に上りました。
  • AIに関して想定できる最悪の悪夢の一つは、殺人ロボットが戦場をうろつき回り、アルゴリズムが死と破壊を決定するような事態になることです。パレスチナ自治区ガザに対するイスラエルの爆撃が示しているように、武力の行使における意思決定の自動化は、より目に見えない陰湿な方向へ向かっている可能性があります。イスラエルのオンライン媒体「+972」は2024年4月初め、レポートを公表、ガザでの紛争当初、イスラエル軍が「ラベンダー」として知られる、AIで大量の標的を抽出するシステムに大きく頼っていたことを明らかにし、システムはガザ住民3万7000人をイスラム組織ハマスの戦闘員として疑い、潜在的な標的と判断、その結果、多くの人が自宅で爆撃され、そして、その家族も殺害されたといいます。不満を持つイスラエル情報機関関係者は、+972の取材に対して、ラベンダーは推定10%のエラー率があり、暗殺の標的を間違って特定することがあったと語っています。AIはハマスの奇襲を受けた2023年10月7日からの数週間で、住民3万7千人とその自宅を攻撃対象候補に選定、うち数百件を無作為抽出して人間の手で確認したところ、90%はハマスと関係があったことが判明し、軍はAIに依存するようになったといいます。AIは対象人物が帰宅した時点で通知する仕組みで、同居する妻子らに多数の犠牲者が出たといいます(国連は2024年2月、ガザの死者の70%は女性と子供だと推計しています)。また、AIがハマス戦闘員と同じ氏名の人や、戦闘員が以前使った携帯を持っていた人を誤って攻撃対象候補に挙げた事例もあったといいます。さらに、イスラエル軍は、若手のハマス戦闘員1人がいた場合は15~20人の民間人が死んでしまうリスクがあっても攻撃を許可したといいます。標的が幹部クラスのハマス指揮官になると、この比率は100人以上にまで上昇したといいます。報道が事実であれば、10%は間違える可能性があることを知りながらAIを使用したことになり、ジュネーブ諸条約や追加議定書などで構成される国際人道法に違反した可能性が出てきます正に人類が技術をリードしなければならず、その逆であってはならないことを痛感させられます。
  • 米各州当局はいま、学校現場で急速に広がる新しい形態の生徒間の性的搾取やハラスメントの最前線と向き合っています。具体的には、米国の男子学生たちは、広く出回っている「ヌード作製」アプリを使って、ひそかに同級生の女性たちの性的画像を作り、スナップチャットやインスタグラムなどのグループチャットの中でこうした合成ヌード画像を共有しているというものです。また、日本では、保育園などがHPに園児が裸で写る画像を掲載し、第三者に悪用される事例があるとして、こども家庭庁と文部科学省は、全国の保育園や幼稚園などに対し、こうした画像を掲載しないよう注意喚起する通知を出しています。既に掲載している場合には即刻削除するよう求めています。毎日新聞が、保育園や幼稚園など少なくとも135園がブログなどに園児が裸で写る画像を掲載していたことを報じ、このうち、12園の画像は海外のポルノサイトなどに転載され、80園の画像はページごと外部のサイトに複製・保存されていたほか、少なくとも6園の画像はAIの学習に使われるデータに取り込まれていたことが判明したことを受けてのものです。関連して、マイクロソフトやグーグル、オープンAIなどの主要なAI開発10社が、AIによる児童の性的虐待画像を生成、拡散させないよう取り組むことを表明しています。こうした画像が生成AIによって大量につくられてしまうことへの懸念が高まっており、10社は米国の非営利組織(NPO)がまとめた原則に合意したものです。各国で取り締まりが進むなか、生成AIの登場によって、実在する児童の顔に合成したり、架空の児童を生成したりしたCSAMが新たな脅威となっています。原則は、AIモデルの開発運用プロセスに予防策を組み込むことを求めており、具体的には、学習データからCSAMを削除することや、不正コンテンツを生成するリスクがあるかを調べるテストの実施が有効としたほか、警察などの捜査で生成画像か否かを見分けられるようにするために、電子透かし技術の活用を促しています。
  • イングランド銀行(英中央銀行)の金融行政委員会(FPC)外部委員に指名されているジョナサン・ホール氏は、金融機関は市場の不安定化をあおって利益を得ようとするAIが開発したトレーディング戦略の利用を避けなければならないと述べています。講演で「ニューラルネットワークは、外部ショックを積極的に増幅することの価値を学習することができる。FPCが依然から目の敵にしている増幅という力がこういった新たな形で出現する可能性がある」と指摘、AIが搭載された半自律的な運用戦略である「ディープ・トレーディング・エージェント」を投資会社が開発することはあり得るとしています。現在行われている学術研究では、AI搭載型の運用戦略が違法ではあるものの人間では見抜くことが難しい方法で互いに共謀したり、市場の不安定化をあおろうとしたりするリスクがあることが示されています。また、このような戦略は混乱への備えが不十分な可能性もあります。ホール氏は、金融トレーダーはAIモデルを活用する前にそれらを徹底的に検査し、規制の精神と文言の両方を順守させる必要があると言及、「アルゴリズム取引が準拠せずに有害な動作を行った場合、トレーディングマネジャーが責任を負うことになる」としています。
  • 生成AIに奪われる雇用の割合がアジアの14カ国・地域で最も高いのは日本だとする試算が公表されています。AIで代替可能な事務的な仕事が雇用に占める割合が最も多いためといいます。日本はAIで自動化される可能性の高い雇用の比率が14.4%と突出、日本に続いたのは同様に事務的な仕事の多い香港(9.5%)や韓国(9.1%)で、ラオスやベトナムは逆に1%台と低かったといいます。調査したAMROは「精度の高い見積もりというわけではない」としつつも、日本では事務的な仕事が20%と他国の1~12%に比べ高いことが要因と説明、逆にAIにより増えそうな雇用の割合は、シンガポールが26.0%でトップと試算、ブルネイやマレーシアが続き、日本は9.2%で8位となりました。
  • 画像生成AIの精度を上げるための学習に使われる膨大な画像データの中に、事件や災害の犠牲者の顔写真が多数含まれていることが、読売新聞の取材でわかったと報じられています。ニュースサイトなどから収集されたものを無断で使っているとみられます。AIが犠牲者と似た画像を生成する可能性は排除できず、今後、是非が議論になる可能性があります。データセットの画像は、ネットを自動巡回するプログラムで集められており、収集先にニュースサイトや、そこから転載されたネット掲示板などが含まれているといいます。また、これまでの読売新聞の取材では、児童買春・児童ポルノ禁止法に抵触する恐れがある実在児童の性的画像もデータセットに含まれていることが明らかになっています。専門家は。「遺族からすると、AIの学習に使われることは想定外で、死者の尊厳にもかかわる。公益性がある報道とは異なる。AI開発企業が『申請があれば除外する』という対応では不十分だ」と指摘しています。一方で、無断学習の問題とは別に、亡くなった家族をAIで再現したいという需要が今後高まる可能性もあります。
  • 大学生らのレポートにAIがつくり出したコンテンツが相当量含まれている可能性があることを、AIライティング検知ツールを提供するTurnitinが発表しています。一方、多様な生成AIソフトの使用/不使用の基準については、学生も教師もまだ試行錯誤の段階です。学生が心惹かれるのはChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)だけではなく、ワードスピナーと呼ばれる、文章を書き換える別のタイプのAIソフトウエアもあり、こうしたものを使えば、そのレポートが盗作なのか生成AIによるものなのかが、さらにわかりにくくなるとされます。
  • 米グーグルが画像生成AI「Imagen」の学習に作品を無断で使用したとして、写真家や漫画家が、損害賠償を求めてカリフォルニア州の連邦裁判所に集団提訴しています。提訴したのは、写真家のジンナ・チャン氏や、漫画家のサラ・アンダーソン氏、ホープ・ラーソン氏、ジェシカ・フィンク氏で、4人は、生成AIの学習に著作権で保護された大量の画像を無断使用していることに、グーグルは責任を負うべきだと主張、損害賠償のほか、作品のデータを破棄するよう命じることも裁判所に求めています。生成AIを巡っては、マイクロソフトやオープンAI、メタなども著作権者らから提訴されています。
  • 米東部メリーランド州のボルティモア郡警察は、生成AI技術を使って、勤務先の高校の校長が黒人差別をしたかのような音声を流布したとして、高校の男性体育教員を学校の業務妨害などの容疑で逮捕しています。教員は保釈金5000ドル(約79万円)を支払って同日中に保釈されています。警察の発表によると、郡警察は連邦捜査局(FBI)や法医学の専門家に鑑定を依頼し、音声がAI生成による偽物だと断定、校長はこの教員が学校の運営資金を不正に流用した疑惑を追及しており、その仕返しだったとみられています。
  • 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、世界の人権状況をまとめた年次報告書を公表、AIの急激な発展が、法の支配をより速く崩壊させる恐れがあると警告、「規制の遅れが続けば人権侵害を助長させる危険性がある」と強調し、各国政府に強固な規制を整備するよう求めています。報告書は、民族対立にフェイスブックのアルゴリズムが使用されたり、少数派の抑圧に顔認証技術が乱用されたりしていると指摘、カラマール事務局長は、規制なき生成AIや顔認証、パソコンやスマートフォンから情報を抜き取るスパイウエアが、国際法違反や人権侵害を「異常なレベルまで深刻化させる」と警鐘を鳴らしています
  • 総務省は2024年度にインターネット上で生成AIを使った偽情報を判別する技術の実用化支援を始め、画像・音声などの加工の有無やコンテンツの信頼性を判断できる技術の確立を目指すとしています。総務省が支援に乗り出すのは(1)偽画像や映像、音声の判別技術(2)ネット上に流通するコンテンツの実在性や信頼性を判断できる技術の2種類で、偽画像の特徴などを機械学習させて判別したり、偽情報特有のゆがみに着目して検知したりする技術が念頭にあるほか、人間の血流状態による皮膚のわずかな変化を利用した映像分析手法も有力候補だといいます。コンテンツの信頼性を判断する技術に関しては電子的な「すかし」の付与による改ざん防止や、コンテンツに来歴情報や発信者情報を付す方策が候補となっています。
  • バイデン米政権は、米国のAIを中国やロシアから保護するため、最先端基盤モデルに輸出規制を設ける計画に取り組んでいるといいます。政府や民間研究者が懸念しているのは、膨大なテキストや画像を採集して情報を要約し、コンテンツを生成するモデルを敵対国が利用して、サイバー攻撃を仕掛けたり、果ては強力な生物兵器を作ったりする可能性です。ディープフェイクはAIアルゴリズムによって捏造された動画などで、米国の政治が二極化する中にあって、ソーシャルメディア上で事実と虚構の境をあいまいにしています。米国の諜報機関、シンクタンク、学界は、悪質な外国勢力が高度なAI能力にアクセスすることによるリスクに危機感を有しており、グリフォン・サイエンティフィックとランド・コーポレーションの研究者は、高度なAIモデルが生物兵器作りに役立つ情報を提供する可能性があると指摘しています。グリフォンは、敵対勢力によって大規模言語モデル(LLM)が生物化学分野で利用される可能性について研究し、LLMが生物兵器の製造に役立つ情報を提供することができるとの結論に至っています。米国土安全保障省は2024年の報告書で、パイプラインや鉄道を含む重要インフラに対する「より大規模で高速、効率的で、防御をすり抜けやすいサイバー攻撃」を可能にする「新しいツール開発」のために、AIが利用される可能性が高いと分析、同省によると、中国などの敵対国は、マルウエア攻撃を支援する生成AIプログラムなど、米国のサイバー防御を弱体化させる可能性のあるAI技術を開発しているとしています
  • 膨大な電力消費や偽情報のまん延など、生成AIの弊害が目立ち始めています。課題を乗り越えて新技術を社会に定着させるには、利用者側の意識変革が欠かせないといえます。スイスのビジネススクールIMDの教授でDXの権威として知られるマイケル・ウェイド氏は、企業は新たな責任を直視すべきだと提言、具体的には「ユーザーが『ChatGPT』に質問を投げかけるたびに、データセンターではコップ1杯分の冷却水が必要になる。同様に生成AIに1回画像を描かせるには、携帯電話を充電するのとほぼ同じ量の電力が必要だ。AIなどのデジタル技術は世界の温暖化ガスの排出量全体の6%を占める」、「次に脅威となるのは動画だ。『ディープフェイク』と呼ぶ精巧な偽動画を生成する技術の向上は著しい。スマートフォンなどの小さな画面であれば、人々は簡単にAIが生成した偽動画を本物だと信じ込んでしまうだろう」、「デジタルとサステナビリティー(持続可能性)という2つの大きな潮流は、これまで互いに独立して進化してきた。デジタルは仮想空間、サステナビリティーは物理的な世界が舞台で、交わることがなかったためだ」、「AIの普及によってデジタルと現実世界の垣根が崩れ、今は2つの潮流が交錯するようになりつつある。両者が相いれない概念というわけではない。状況が変わったと考えるべきだ」、「デジタル技術を使う企業にも意識改革が求められる。産業界に広く浸透した企業の社会的責任(CSR)の考え方では、企業は環境や社会、次世代に配慮した行動を実践するよう求められてきた。私はこうした取り組みに加えてAIなどの先端テクノロジーに焦点を当てた『企業のデジタル責任(CDR)』という新たな概念を提唱している」、「例えば生成AIの開発企業は学習用のデータから人種的な偏りや差別的な情報を排除し、AIが出力するコンテンツに可能な限り偏見が含まれないよう努めなければならない。知的財産権への配慮も重要なテーマだ」、「私は『ハイパーアウェアネス』という考え方を推奨している。自社の中核となる事業を取り巻く技術トレンドなどに常に目を向け、変化を鋭く知覚することだ。インターネットで集めたデータを分析することでも、世の中の変化を読み取ることができる

経済協力開発機構(OECD)が見直しを進めているAIに関する国際指針「AI原則」が改定されています。2019年の採択後、精巧な文章や動画を作り出す生成AIの利用が急拡大したことから、AI開発者らに対し、偽・誤情報への対処を求める項目を新たに盛り込むとしています。また、AIの開発者やAIを使ったサービス提供者らに「AIによって増幅された偽情報や誤情報に対処すること」を求める項目を追加するとしています。EUの欧州議会選や米大統領選といった選挙を控える中、偽情報など生成AIがもたらす脅威について加盟国が問題意識を共有したといい、日本が2023年にG7議長国として主導した「広島AIプロセス」の合意内容を反映して、AIの透明性や説明責任に関する項目も見直されています。開発者らに対し、「AIの能力や限界に関する情報」や「AIの学習データや生成過程に関する情報」の開示を求めています。

日本政府がAI開発の国内外の大規模事業者を対象に法規制を検討しています。社会での利活用が進む生成AIは安全性のリスクが問題視されています。主要国が規制強化に動いており、日本も政府とのリスク情報の共有といった強制力を伴う法的な枠組みの議論が必要だと判断したものです。生成AIは社会の利便性向上への寄与が期待される一方、偽情報の拡散や犯罪への悪用といった懸念があり、EUの立法機関である欧州議会は2024年3月に包括規制案を可決し、米国も2023年にAIの安全確保に向けた大統領令を出して規制を強めています。AI戦略会議で政府はAI開発を巡る法規制の是非について提起しています。トラブル時にAI関連の事業者が規制の強い国や地域への対応を優先すれば、日本政府は事態の把握が遅れ、被害の拡大につながる可能性があるほか、AIの学習データや情報管理体制を日本政府が把握できていなければ、経済安全保障上の懸念事項にもなりえます。米欧など主要国の規制内容を分析し、日本にどのような枠組みが適切かを議論するとしています。自民党案はChatGPTを開発した米オープンAIなどを念頭に、大規模なAI開発者を「特定AI基盤モデル開発者」に指定、高リスク領域での開発に第三者による安全性の検証を求め、リスク情報を政府と共有することを義務づけるほか、国にこれらの順守状況を定期的に報告し、国は違反行為に課徴金の納付を命じることもできるとしています。なお、規制で先行するのがEUで、AIを幅広く規制する「AI法案」が欧州議会で3月に可決され、2026年には全面適用される見通しです。AIのリスクを「容認できない」から「最小限」の4段階に分け、危険度に応じた義務を課し、違反者には制裁金を科す、個人の権利保護を重んじる、欧州で活動する外国企業も対象となることから、日本企業も対応が求められるようになります。一方、米国では、バイデン大統領が2023年10月、規制のための大統領令を出し、連邦議会でも法案が議論される見通しです。ただ、広く規制をかける欧州に対し、米国は安全保障などに関わる高度なAIを重視、自国の大手IT企業の成長を阻害しないよう、事業者の自主対応に軸足を置くスタンスとなっています。そうした中、日本は欧米の取り組みを眺めつつ、規制のあり方を探っているといえます。

政府は、AIにかかわる企業が守るべき項目を盛り込んだ「AI事業者ガイドライン」を公表、世界的に開発競争が加速する生成AIがもたらすリスクを念頭に、安全性や透明性、公平性など10項目を示しています。指針に基づいて適切な利用を促して産業競争力を高める狙いがあります。政府が生成AIを念頭に民間へ示した最初の指針となり、法的拘束力はないものの、企業には指針に基づいた自主的な対応を求めることとし、今後もAIを巡る動向を踏まえて指針を更新する考えです。

▼経済産業省 「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を取りまとめました
▼「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」
  • 基本理念
    • 「はじめに」で述べたとおり、我が国が2019年3月に策定した「人間中心のAI社会原則」においては、AIがSociety5.0の実現に貢献することが期待されている。また、AIを人類の公共財として活用し、社会の在り方の質的変化及び真のイノベーションを通じて地球規模の持続可能性へとつなげることが重要であることが述べられている。そして、以下の3つの価値を「基本理念」として尊重し、「その実現を追求する社会を構築していくべき」としている。
      1. 人間の尊厳が尊重される社会(Dignity)
        • AIを利活用して効率性や利便性を追求するあまり、人間がAIに過度に依存したり、人間の行動をコントロールすることにAIが利用される社会を構築するのではなく、人間がAIを道具として使いこなすことによって、人間の様々な能力をさらに発揮することを可能とし、より大きな創造性を発揮したり、やりがいのある仕事に従事したりすることで、物質的にも精神的にも豊かな生活を送ることができるような、人間の尊厳が尊重される社会を構築する必要がある
      2. 多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会(Diversity and Inclusion)
        • 多様な背景、価値観又は考え方を持つ人々が多様な幸せを追求し、それらを柔軟に包摂した上で新たな価値を創造できる社会は、現代における一つの理想であり、大きなチャレンジである。AIという強力な技術は、この理想に我々を近づける一つの有力な道具となりうる。我々はAIの適正な開発と展開によって、このように社会の在り方を変革していく必要がある
      3. 持続可能な社会(Sustainability)
        • 我々は、AIの活用によりビジネスやソリューションを次々と生み、社会の格差を解消し、地球規模の環境問題や気候変動等にも対応が可能な持続性のある社会を構築する方向へ展開させる必要がある。科学・技術立国としての我が国は、その科学的・技術的蓄積をAIによって強化し、そのような社会を作ることに貢献する責務がある
  • 共通の指針
    1. 人間中心
      • 各主体は、AIシステム・サービスの開発・提供・利用において、後述する各事項を含む全ての取り組むべき事項が導出される土台として、少なくとも憲法が保障する又は国際的に認められた人権を侵すことがないようにすべきである。また、AIが人々の能力を拡張し、多様な人々の多様な幸せ(well-being)の追求が可能となるように行動することが重要である。
        1. 人間の尊厳及び個人の自律
          • AIが活用される際の社会的文脈を踏まえ、人間の尊厳及び個人の自律を尊重する
          • 特に、AIを人間の脳・身体と連携させる場合には、その周辺技術に関する情報を踏まえつつ、諸外国及び研究機関における生命倫理の議論等を参照する
          • 個人の権利・利益に重要な影響を及ぼす可能性のある分野においてAIを利用したプロファイリングを行う場合、個人の尊厳を尊重し、アウトプットの正確性を可能な限り維持させつつ、AIの予測、推奨、判断等の限界を理解して利用し、かつ生じうる不利益等を慎重に検討した上で、不適切な目的に利用しない
        2. AIによる意思決定・感情の操作等への留意
          • 人間の意思決定、認知等、感情を不当に操作することを目的とした、又は意識的に知覚できないレベルでの操作を前提としたAIシステム・サービスの開発・提供・利用は行わない
          • AIシステム・サービスの開発・提供・利用において、自動化バイアス等のAIに過度に依存するリスクに注意を払い、必要な対策を講じる
          • フィルターバブル12に代表されるような情報又は価値観の傾斜を助長し、AI利用者を含む人間が本来得られるべき選択肢が不本意に制限されるようなAIの活用にも注意を払う
          • 特に、選挙、コミュニティでの意思決定等をはじめとする社会に重大な影響を与える手続きに関連しうる場合においては、AIの出力について慎重に取り扱う
        3. 偽情報等への対策
          • 生成AIによって、内容が真実・公平であるかのように装った情報を誰でも作ることができるようになり、AIが生成した偽情報・誤情報・偏向情報が社会を不安定化・混乱させるリスクが高まっていることを認識した上で、必要な対策を講じる
        4. 多様性・包摂性の確保
          • 公平性の確保に加え、いわゆる「情報弱者」及び「技術弱者」を生じさせず、より多くの人々がAIの恩恵を享受できるよう社会的弱者によるAIの活用を容易にするよう注意を払う
            • ユニバーサルデザイン、アクセシビリティの確保、関連するステークホルダーへの教育・フォローアップ 等
        5. 利用者支援
          • 合理的な範囲で、AIシステム・サービスの機能及びその周辺技術に関する情報を提供し、選択の機会の判断のための情報を適時かつ適切に提供する機能が利用可能である状態とする
          • デフォルトの設定、理解しやすい選択肢の提示、フィードバックの提供、緊急時の警告、エラーへの対処 等
        6. 持続可能性の確保
          • AI システム・サービスの開発・提供・利用において、ライフサイクル全体で、地球環境への影響も検討する
    2. 安全性
      • 各主体は、AIシステム・サービスの開発・提供・利用を通じ、ステークホルダーの生命・身体・財産に危害を及ぼすことがないようにすべきである。加えて、精神及び環境に危害を及ぼすことがないようにすることが重要である。
        1. 人間の生命・身体・財産、精神及び環境への配慮
          • AIシステム・サービスの出力の正確性を含め、要求に対して十分に動作している(信頼性)
          • 様々な状況下でパフォーマンスレベルを維持し、無関係な事象に対して著しく誤った判断を発生させないようにする(堅牢性(robustness))
          • AIの活用又は意図しないAIの動作によって生じうる権利侵害の重大性、侵害発生の可能性等、当該AIの性質・用途等に照らし、必要に応じて客観的なモニタリング及び対処も含めて人間がコントロールできる制御可能性を確保する
          • 適切なリスク分析を実施し、リスクへの対策(回避、低減、移転又は容認)を講じる
          • 人間の生命・身体・財産、精神及び環境へ危害を及ぼす可能性がある場合は、講ずべき措置について事前に整理し、ステークホルダーに関連する情報を提供する
          • 関連するステークホルダーが講ずべき措置及び利用規則を明記する
          • AIシステム・サービスの安全性を損なう事態が生じた場合の対処方法を検討し、当該事態が生じた場合に速やかに実施できるよう整える
        2. 適正利用
          • 主体のコントロールが及ぶ範囲で本来の目的を逸脱した提供・利用により危害が発生することを避けるべく、AIシステム・サービスの開発・提供・利用を行う
        3. 適正学習
          • AIシステム・サービスの特性及び用途を踏まえ、学習等に用いるデータの正確性・必要な場合には最新性(データが適切であること)等を確保する
          • 学習等に用いるデータの透明性の確保、法的枠組みの遵守、AIモデルの更新等を合理的な範囲で適切に実施する
    3. 公平性
      • 各主体は、AIシステム・サービスの開発・提供・利用において、特定の個人ないし集団への人種、性別、国籍、年齢、政治的信念、宗教等の多様な背景を理由とした不当で有害な偏見及び差別をなくすよう努めることが重要である。また、各主体は、それでも回避できないバイアスがあることを認識しつつ、この回避できないバイアスが人権及び多様な文化を尊重する観点から許容可能か評価した上で、AIシステム・サービスの開発・提供・利用を行うことが重要である。
        1. AIモデルの各構成技術に含まれるバイアスへの配慮
          • 不適切なバイアスを生み出す要因は多岐に渡るため、各技術要素(学習データ、AIモデルの学習過程、AI利用者又は業務外利用者が入力するプロンプト、AIモデルの推論時に参照する情報、連携する外部サービス等)及びAI利用者の振る舞いを含めて、公平性の問題となりうるバイアスの要因となるポイントを特定する
          • AIシステム・サービスの特性又は用途によっては、潜在的なバイアスが生じる可能性についても検討する
        2. 人間の判断の介在
          • AIの出力結果が公平性を欠くことがないよう、AIに単独で判断させるだけでなく、適切なタイミングで人間の判断を介在させる利用を検討する
          • バイアスが生じていないか、AIシステム・サービスの目的、制約、要件及び決定を明確かつ透明性のある方法により分析し、対処するためのプロセスを導入する
          • 無意識のバイアス及び潜在的なバイアスに留意し、多様な背景、文化又は分野のステークホルダーと対話した上で、方針を決定する
    4. プライバシー保護
      • 各主体は、AIシステム・サービスの開発・提供・利用において、その重要性に応じ、プライバシーを尊重し、保護することが重要である。その際、関係法令を遵守すべきである。
        1. AIシステム・サービス全般におけるプライバシーの保護
          • 個人情報保護法等の関連法令の遵守、各主体のプライバシーポリシーの策定・公表等により、社会的文脈及び人々の合理的な期待を踏まえ、ステークホルダーのプライバシーが尊重され、保護されるよう、その重要性に応じた対応を取る
          • 以下の事項を考慮しつつ、プライバシー保護のための対応策を検討する
            • 個人情報保護法にもとづいた対応の確保
          • 国際的な個人データ保護の原則及び基準の参照
    5. セキュリティ確保
      • 各主体は、AIシステム・サービスの開発・提供・利用において、不正操作によってAIの振る舞いに意図せぬ変更又は停止が生じることのないように、セキュリティを確保することが重要である。
        1. AIシステム・サービスに影響するセキュリティ対策
          • AIシステム・サービスの機密性・完全性・可用性を維持し、常時、AIの安全安心な活用を確保するため、その時点での技術水準に照らして合理的な対策を講じる
          • AIシステム・サービスの特性を理解し、正常な稼働に必要なシステム間の接続が適切に行われているかを検討する
          • 推論対象データに微細な情報を混入させることで関連するステークホルダーの意図しない判断が行われる可能性を踏まえて、AIシステム・サービスの脆弱性を完全に排除することはできないことを認識する
        2. 最新動向への留意
          • AIシステム・サービスに対する外部からの攻撃は日々新たな手法が生まれており、これらのリスクに対応するための留意事項を確認する
    6. 透明性
      • 各主体は、AIシステム・サービスの開発・提供・利用において、AIシステム・サービスを活用する際の社会的文脈を踏まえ、AIシステム・サービスの検証可能性を確保しながら、必要かつ技術的に可能な範囲で、ステークホルダーに対し合理的な範囲で情報を提供することが重要である。
        1. 検証可能性の確保
          • AIの判断にかかわる検証可能性を確保するため、データ量又はデータ内容に照らし合理的な範囲で、AIシステム・サービスの開発過程、利用時の入出力等、AIの学習プロセス、推論過程、判断根拠等のログを記録・保存する
          • ログの記録・保存にあたっては、利用する技術の特性及び用途に照らして、事故の原因究明、再発防止策の検討、損害賠償責任要件の立証上の重要性等を踏まえて、記録方法、頻度、保存期間等について検討する
        2. 関連するステークホルダーへの情報提供
          • AIとの関係の仕方、AIの性質、目的等に照らして、それぞれが有する知識及び能力に応じ、例えば、以下について取りまとめた情報の提供及び説明を行う
          • AIシステム・サービス全般
            • AIを利用しているという事実及び活用している範囲
            • データ収集及びアノテーションの手法
            • 学習及び評価の手法
            • 基盤としているAIモデルに関する情報
            • AIシステム・サービスの能力、限界及び提供先における適正/不適正な利用方法
            • AIシステム・サービスの提供先、AI利用者が所在する国・地域等において適用される関連法令等
          • 多様なステークホルダーとの対話を通じて積極的な関与を促し、社会的な影響及び安全性に関する様々な意見を収集する
          • 加えて、実態に即して、AIシステム・サービスを提供・利用することの優位性、それに伴うリスク等を関連するステークホルダーに示す
        3. 合理的かつ誠実な対応
          • 上記の「(2)関連するステークホルダーへの情報提供」は、アルゴリズム又はソースコードの開示を想定するものではなく、プライバシー及び営業秘密を尊重して、採用する技術の特性及び用途に照らし、社会的合理性が認められる範囲で実施する
          • 公開されている技術を用いる際には、それぞれ定められている規程に準拠する
          • 開発したAIシステムのオープンソース化にあたっても、社会的な影響を検討する
        4. 関連するステークホルダーへの説明可能性・解釈可能性の向上
          • 関連するステークホルダーの納得感及び安心感の獲得、また、そのためのAIの動作に対する証拠の提示等を目的として、説明する主体がどのような説明が求められるかを分析・把握できるよう、説明を受ける主体がどのような説明が必要かを共有し、必要な対応を講じる
            • AI提供者:AI開発者に、どのような説明が必要となるかを共有する
            • AI利用者:AI開発者・AI提供者に、どのような説明が必要となるかを共有する
    7. アカウンタビリティ
      • 各主体は、AIシステム・サービスの開発・提供・利用において、トレーサビリティの確保、「共通の指針」の対応状況等について、ステークホルダーに対して、各主体の役割及び開発・提供・利用するAIシステム・サービスのもたらすリスクの程度を踏まえ、合理的な範囲でアカウンタビリティを果たすことが重要である。
        1. トレーサビリティの向上
          • データの出所、AIシステム・サービスの開発・提供・利用中に行われた意思決定等について、技術的に可能かつ合理的な範囲で追跡・遡求が可能な状態を確保する
        2. 「共通の指針」の対応状況の説明
          • 「共通の指針」の対応状況について、ステークホルダー(サプライヤーを含む)に対してそれぞれが有する知識及び能力に応じ、例えば以下の事項を取りまとめた情報の提供及び説明を定期的に行う
          • 全般
            • 「共通の指針」の実践を妨げるリスクの有無及び程度に関する評価
            • 「共通の指針」の実践の進捗状況
          • 「人間中心」関連
            • 偽情報等への留意、多様性・包摂性、利用者支援及び持続可能性の確保の対応状況
          • 「安全性」関連
            • AIシステム・サービスに関する既知のリスク及び対応策、並びに安全性確保の仕組み
          • 「公平性」関連
            • AIモデルを構成する各技術要素(学習データ、AIモデルの学習過程、AI利用者又は業務外利用者が入力すると想定するプロンプト、AIモデルの推論時に参照する情報、連携する外部サービス等)によってバイアスが含まれうること
          • 「プライバシー保護」関連
            • AIシステム・サービスにより自己又はステークホルダーのプライバシーが侵害されるリスク及び対応策、並びにプライバシー侵害が発生した場合に講ずることが期待される措置
          • 「セキュリティ確保」関連
            • AIシステム・サービスの相互間連携又は他システムとの連携が発生する場合、その促進のために必要な標準準拠等
            • AIシステム・サービスがインターネットを通じて他のAIシステム・サービス等と連携する場合に発生しうるリスク及びその対応策
        3. 責任者の明示
          • 各主体においてアカウンタビリティを果たす責任者を設定する
        4. 関係者間の責任の分配
          • 関係者間の責任について、業務外利用者も含めた主体間の契約、社会的な約束(ボランタリーコミットメント)等により、責任の所在を明確化する
        5. ステークホルダーへの具体的な対応
          • 必要に応じ、AIシステム・サービスの利用に伴うリスク管理、安全性確保のための各主体のAIガバナンスに関するポリシー、プライバシーポリシー等の方針を策定し、公表する(社会及び一般市民に対するビジョンの共有、並びに情報発信・提供を行うといった社会的責任を含む)
          • 必要に応じ、AIの出力の誤り等について、ステークホルダーからの指摘を受け付ける機会を設けるとともに、客観的なモニタリングを実施する
          • ステークホルダーの利益を損なう事態が生じた場合、どのように対応するか方針を策定してこれを着実に実施し、進捗状況については必要に応じて定期的にステークホルダーに報告する
        6. 文書化
          • 上記に関する情報を文書化して一定期間保管し、必要なときに、必要なところで、入手可能かつ利用に適した形で参照可能な状態とする
    8. 教育・リテラシー
      • 各主体は、主体内のAIに関わる者が、AIの正しい理解及び社会的に正しい利用ができる知識・リテラシー・倫理感を持つために、必要な教育を行うことが期待される。また、各主体は、AIの複雑性、誤情報といった特性及び意図的な悪用の可能性もあることを勘案して、ステークホルダーに対しても教育を行うことが期待される。
        1. AIリテラシーの確保
          • 各主体内のAIに関わる者が、その関わりにおいて十分なレベルのAIリテラシーを確保するために必要な措置を講じる
        2. 教育・リスキリング
          • 生成AIの活用拡大によって、AIと人間の作業の棲み分けが変わっていくと想定されるため、新たな働き方ができるよう教育・リスキリング等を検討する
          • 様々な人がAIで得られる便益の理解を深め、リスクに対するレジリエンスを高められるよう、世代間ギャップも考慮した上での教育の機会を提供する
        3. ステークホルダーへのフォローアップ
          • AIシステム・サービス全体の安全性を高めるため、必要に応じて、ステークホルダーに対して教育及びリテラシー向上のためのフォローアップを行う
    9. 公正競争確保
      • 各主体は、AIを活用した新たなビジネス・サービスが創出され、持続的な経済成長の維持及び社会課題の解決策の提示がなされるよう、AIをめぐる公正な競争環境の維持に努めることが期待される。
    10. イノベーション
      • 各主体は、社会全体のイノベーションの促進に貢献するよう努めることが期待される。
        1. オープンイノベーション等の推進
          • 国際化・多様化、産学官連携及びオープンイノベーションを推進する
          • AIのイノベーションに必要なデータが創出される環境の維持に配慮する
        2. 相互接続性・相互運用性への留意
          • 自らのAIシステム・サービスと他のAIシステム・サービスとの相互接続性及び相互運用性を確保する
          • 標準仕様がある場合には、それに準拠する
        3. 適切な情報提供
          • 自らのイノベーションを損なわない範囲で必要な情報提供を行う

その他、AIや生成AIに関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 世界約90か国・地域の報道機関が加盟する「国際ニュースメディア協会」(INMA)の世界会議がロンドンで開かれています。加盟各社の幹部らが参加し、生成AIなど新しい技術の台頭への対応について議論しました。世界的な傾向として「デジタルの購読者は増えているが、広告量は減った。多くの変化が起きている」、会員対象の調査で生成AIについて「効率性や生産性を高める機会」との認識が広がる一方、「ニュース産業にとって脅威」とする回答も増えた、米国のトランプ前大統領がSNSで根拠に乏しい主張を展開していることに触れ、「主張が事実無根であることを報じなければいけない。誤情報が多いからと無視することは我々が必要とする読者サービスではない」などの指摘がありました。
  • イタリア政府は、AIを使用した犯罪を厳罰化する新法を制定すると発表しています。選挙での悪用を念頭に置き、AIによって作成した偽情報を流布して大きな損害を与えた場合には、最大で5年収監するとしています。新法はAIに関する国家戦略や、不正利用に対する刑事罰、著作権の保護などを定める目的で制定され、イタリア政府の担当閣僚は、選挙での偽情報の流布のほか、マネロンや詐欺、株価操作といった犯罪にAIを悪用した場合、従来よりも厳しい罰を科すとの考えを示しています。各国は生成AIを用いた偽情報作成に警戒感を強めており、英政府も、性的な偽動画や偽画像の作成を禁止し、悪質な場合には禁錮刑を科す方針を発表しています。
  • 中国の裁判所が、生成AIによる「ウルトラマン」によく似た画像について、AIサービスを提供していた事業者に著作権侵害の責任を認め、損害賠償などを命じる判決を出しています。生成AIと著作権を巡る判決として、日本でも注目される可能性があります。生成AIを巡っては、各国のクリエイターから著作権侵害への懸念の声が上がっていますが、まだ判例が積み重なっておらず、何が侵害か、明確な線引きは難しい状況です。日本では文化審議会の小委員会が2024年3月に「考え方」をまとめ、生成AIによる著作権侵害の責任は利用者が負うのが原則とした一方、高頻度で侵害物が生成される場合は、サービス提供事業者が責任を負うこともありうるとしています。
  • AIで生成された自身の声を模した音声が文章読み上げソフトに無断で使用されたとして、中国の女性ナレーターが関連企業5社に損害賠償を求めた訴訟で、北京市の裁判所は2024年4月下旬、人格権の侵害を認め、一部企業に25万元(約540万円)の支払いを命じています。国営中央テレビによると「AI音声」の権利侵害を巡る判決は中国で初めてだといいます。判決は「本件音声と原告の声色や語調はほぼ一致しており、本人と識別できる」と認定、人物特定ができる前提下で「声の権利」はAI音声にまで及ぶとの判断を示しています
  • AIを使って敵を攻撃する自律型致死兵器システム(LAWS)の規制について議論する国際会議が、オーストリア政府が主催して首都ウィーンで開催されました。同国のシャレンベルク外相は演説で、AIを使った兵器について「人が管理することを確実にするために今こそ国際的なルールと規範に関して合意すべき時だ」と呼びかけました。LAWSは実用化すれば、火薬と核兵器に次ぐ「第3の軍事革命」になると指摘され、武力行使の判断が瞬時に下り、一気に紛争化する恐れがあります。AIを使った兵器の開発競争が起きているという意見も出ているとして、「予防措置を取るための時間は急速に少なくなっている」と訴え、AI兵器への対応は切迫した問題だとの認識を強調しています。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

SNSを運営する大手企業に対し、違法な投稿への迅速な対応を義務付ける改正プロバイダ責任制限法が、参院本会議で可決・成立しています。インターネット上の誹謗中傷などへの対応を強化する狙いで、公布から1年以内に施行されることになります。なお、法律名は「情報流通プラットフォーム対処法」に改められました。改正法は、米メタやXなどのプラットフォーマーと呼ばれる巨大IT事業者が対象となる見通しで、不適切な投稿の削除を求める申請があった際、企業に迅速な対応や運用の透明化を図るために削除基準の公表などを義務付けるほか、削除を申請する窓口を設置すること、申請から一定の期間内に削除の可否や対応結果を示すことなどを求めるものです。また、削除の申請を受けた事業者は、申請から「14日以内の総務省令で定める期間内」に結果を通知する必要があり、違反した場合、総務省は是正勧告や命令を出すことができ、命令に応じない場合は1億円以下の罰金が科されることになります。また、対象となる事業者には海外の企業が多いことから、日本に関する十分な知識や経験を持つ人員を配置するなどの体制整備を求めることも含まれています。総務省は今後、施行に向けて詳細な運用ルールを含めた省令の検討を進めるとしています。改正法は、他者の権利を侵害するネット上の情報への対処が目的で、有名人になりすましてお金をだまし取る詐欺広告なども対象となります。前述のとおり、SNS上の詐欺広告を巡っては、メタが運営するフェイスブックなどを通じて被害が相次いでおり、自民党の作業チームが対策を検討しています。報道で、ネット中傷事件を多く担当する田中一哉弁護士は「特に海外事業者の場合、窓口がどこにあるか分かりにくく、手順も複雑だった。改正により、削除申請のハードルが大きく下がる」と期待を示しています。一方、改正法にはプライバシーなどが侵害された場合に投稿の削除を求める「削除請求権」を明文化する規定や、事業者に罰則付きの削除義務を課す規定は盛り込まれませんでした。法律による明文化や過度な規制は「表現の自由」の制約につながる恐れがあるためで、実際に削除申請に応じるかどうかは、これまでと同様、各事業者の判断に委ねられることになります。また、山口真一・国際大准教授(経済学)は、改正法を評価した上で「罰則を避けたり、迅速に対応しようと焦ったりして、事業者が過剰削除してしまう可能性がゼロではない。一方で、手当たり次第に削除を申請する動きが活発になる懸念も否定できない」と指摘、「そうした問題も含め、有識者による委員会で法律全体の効果を継続的に確認していく必要がある」と指摘しています。

最近の誹謗中傷や差別等に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 町長室で性交渉を強要されたという証言に苦しめられた群馬県草津町の黒岩信忠町長の指摘に考えさせられるものがあります。黒岩氏を巡っては、告発した元町議の新井祥子氏が2020年12月に解職請求(リコール)の賛否を問う住民投票で失職すると、草津町が「セカンドレイプの町」と国内外から批判される事態に至りました。一方、前橋地裁は2024年4月、黒岩氏が新井氏に損害賠償を求めた訴訟の判決で、新井氏の証言を「虚偽」と認定しています。産経新聞で、「被害者を名乗る女性の主張ばかりが世間で採用され、私の主張は何も通じなかった。特にフェミニストたちの主張は私や草津町を一方的に加害者扱いするものだった」、「一部、ネットで『間違った』『申し訳なかった』というコメントを掲載した所もあったが、これだけ騒がせたのだ。本来草津町に来て謝るべきではないか。寄ってたかって叩いておいて、都合が悪くなると逃げだして…。全員とは言わないが、フェミニストはひどい人たちだなと思っている。草津町に来てくれれば、私は会う。大きな声を出すようなこともしない。こういう顛末で終わるとフェミニストは今後、本当に性被害を受けた人を助けようとしても信用されなくなるのではないか」「ワイドショーは当時いつも『草津町長のレイプ事件』を報じていた。腹が立つので見なかったが、ものすごく拡散されたと思う。これほどはっきりとした名誉毀損事件もないはずだ。テレビも含めて報道機関は新井氏の証言が虚偽だったと大きく取り上げるのが筋だと思うが、取り上げない。不満に思っている」「地裁判決の内容を知ったならば再取材するのが礼儀だと思うが、その動きはない。みんなだんまりだ」などと指摘していますが、正にそのとおりだと思います。フェミニストやマスコミだけでなく、誹謗中傷への向き合い方、報じ方など考えさせれるものです。
  • 「志村さんに感染」デマと闘った大阪・北新地の「クラブ藤崎」のママの指摘も黒岩氏同様、考えさせられるものです。朝日新聞で、「反論しても聞く耳を持ってもらえなくて。デマを大声で叫んでいる人たちの中で、私ひとりが叫んだところで全然届かないっていうか。魔女狩りってこんなんだったんだなと。《藤崎さんは行動に移す。うその投稿や拡散をした一部の26人に損害賠償を求める訴訟を昨年、大阪地裁に起こしたのだ》私のデマが広がった時期と前後して、女子プロレスラーの木村花さんがSNSで誹謗中傷を受けて自死されました。同じことが続かないように。そしてデマや誹謗中傷を書き込むと訴えられることもあるんだとわかってほしくて、裁判をしました。ツイッター(現X)で拡散した人って投稿を削除するから追跡することがなかなか難しくて。発信者を特定できたのはごく一部です。…何年もかかって、(加害者側は)慰謝料でマイナス、私も訴訟費用を払ってマイナス。結局みんなお金を失う。ただ、やっぱりこうでもしないと、世間が関心を持ってくれないというか、こんなことがあったっていうことを知ってもらえないから。日本の法律ってまだまだ誹謗中傷される側が弱い。もうちょっと考えてほしいというか、社会や法律が変わってくれたらいいなと思っています」というものです。
  • 2022年10月に横浜市西区で車にはねられて亡くなったザ・ドリフターズの仲本工事さんの内縁の妻の女性が、うその記事で名誉を傷つけられたとして、週刊新潮と女性自身、週刊女性を発行する発行元3社に対し、名誉毀損などの疑いで神奈川県警に告訴状を提出し、受理されたといいます。各誌は「モンスター妻」「鬼妻」などの見出しで記事を掲載、事故後、仲本さんの病室に見舞いに来た加藤茶さんに、女性が大声で叱責されたと報じました。女性は告訴状提出後、報道陣の取材に「怒鳴られておらず、記事は悪質。真実でないことを報じられ、悪い印象がつき、(自身の)歌手の営業の仕事も断られた。しっかり調べてもらいたい」と述べています。女性はすでに、3社に損害賠償を求める裁判を起こしています。
  • 新型コロナウイルスのワクチンに関するツイッター(現X)での書き込みについて、医師でミステリー作家の知念実希人氏から「デマ」と投稿され名誉を毀損されたとして、元衆院議員で弁護士の青山雅幸氏が550万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は、2件の投稿が青山氏の社会的評価を低下させたと認め、110万円の賠償と削除を命じています。青山氏は2021年6月、ワクチン接種と不妊との関連性を否定するような政府の見解に対し、「『中長期的リスクは全く不明』が正しい」などとツイッターに書き込んだところ、知念氏は「デマだ」と投稿、裁判官は青山氏の書き込みは「ワクチンで不妊になるとの見解を述べているとは認められない」と指摘、知念氏の投稿は「副作用について虚偽を述べたとの印象を与える」と判断したものです。
  • フェミニズムの論客として知られる武蔵大の北村紗衣教授がXで名誉を毀損する投稿をされたとして、投稿者の男性に330万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、220万円の賠償を命じています。慰謝料の算定では、男性が提訴を受け、自身への支援金をXで募ったことに関し「公然とカンパを募ることは同調者をあおるものだ」として考慮しています。判決によると、男性は2019年から北村教授への投稿を行い、うち10件の投稿に関し「悪質な誹謗中傷が執拗に繰り返されている」として不法行為が成立すると認定しています。
  • ウェブサイトに被差別部落の地名や風景の写真などを掲載するのは「差別されない権利」の侵害だとして、掲載された地域に住む大阪府の70代男性が、サイトを運営する川崎市の出版社「示現舎」の宮部代表に削除を求めた仮処分申し立てで、大阪地裁が削除を命じる決定を出しています。決定書によると、サイトは全国300カ所以上の被差別部落の写真や解説文を掲載した記事が投稿されており、男性が削除を求める記事では、男性の住居を写したほか「部落の寺」「これは同和住宅」などと記していたといいます。大阪地裁は、記事で地域の秩序や治安に問題があるように示していると指摘、「差別を受けず平穏な生活を送る人格的利益を侵害している」としています
  • 障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年に差別意識に基づく殺傷事件が起きた、神奈川県相模原市の人権施策審議会は2023年春、ヘイトスピーチを規制する人権条例の制定を本村市長に答申、その内容は、全国的にもかなり進んだもので、例えば、救済機関として人権委員会を設けて独自の事務局を持たせ、不当な差別事案が起きた場合は自ら調査したり、市長に声明を出すように意見を述べたりできるほか、著しい差別的言動や悪質な犯罪扇動には、刑事罰か行政罰を科すことも求めるものだったといいます。しかし、2024年春、制定された「人権尊重のまちづくり条例」では、人権委は独自に活動できない市長の諮問機関とされ、罰則もない内容となっており、答申の意味がないがしろにされているとの指摘があります。外国にルーツのある人や性的指向などへのヘイトスピーチは広がり、差別的な動機による犯罪(ヘイトクライム)も起きている以上、実効性ある条例制定の必要性はますます高まっているといえます。
  • 「日本はクルド人の祖国。私たちはゲストではなくホスト。教育と学校の公用語はクルド語であるべきです」という内容のXへの投稿が2023年に話題になりました。その結果、「在日クルド人の投稿」として拡散され、「クルド人怖い」「日本の危機」「追い出そう」と排外主義的な主張が増幅してしまいました。投稿主はトルコ人で日本に行ったこともない男性だといいます。米英が拠点のNPO「センター・フォー・カウンタリング・デジタル・ヘイト」(CCDH)が2023年6月、Xが有料サービス利用者のヘイト投稿の99%に対応できていないとの調査結果を発表、「(表示の優先順位を決める)アルゴリズムが有害投稿を増幅していることが示唆される」としています。
  • SNSで相次ぐ誹謗中傷は、パリ五輪で大きな懸念材料となります。2021年東京五輪でも選手の被害が報告されており、国際オリンピック委員会(IOC)は選手を保護する対策強化に乗り出し、個別の競技も対応の動きが活発化し、被害撲滅へ向けて躍起になっています。IOCはパリ五輪で、プロバイダと協力して大規模な措置で選手らの救済を目指しており、プロバイダがXやインスタグラムなどでの投稿を監視し、刑法やSNSのガイドラインへの違反をリアルタイムで検知して投稿を削除する計画としています。

総務省のデジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会 ワーキンググループが、誹謗中傷や偽情報等への対応について議論を続けています。最近の議論から抜粋して紹介します。

▼総務省 デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会 ワーキンググループ(第16回)配付資料
▼資料WG16-1-1 デジタル空間における情報流通の健全性に関するWG検討課題(案)
  1. デジタル空間において具体的に表れた個別の現象としての課題
    • 偽・誤情報の拡散(なりすましを含む)への対応の在り方
    • 広告を巡る課題への対応の在り方
  2. 上記1をもたらす構造的・技術的な要因としての課題
    • アテンション・エコノミーが引き起こす課題(フィルターバブル、エコーチェンバーを含む)への対応の在り方
    • 生成AI・ディープフェイク技術の進展に伴うリスクへの対応の在り方
  3. 上記1・2の課題への具体的な方策に関する課題
    1. 事業者の取組に関する透明性の確保の在り方:WG開催要綱「3.検討事項」(1)
      • 事業者の取組の透明性・アカウンタビリティ確保の在り方
      • レコメンデーションやコンテンツモデレーションの在り方(アテンションを獲得しやすい情報(コンテンツ)の取扱いに関する透明性・アカウンタビリティ確保など)
      • プライバシー保護・利用者データの保護の在り方
    2. 事業者のビジネスモデルに起因する課題への対応の在り方:WG開催要綱「3.検討事項」(2)
      • 偽・誤情報等のアテンションを獲得しやすい情報(コンテンツ)付近や悪質なメディア(パブリッシャー)への広告掲載とクリック数等に応じた広告料の支払(それらの情報発信者等への間接的な利益供与によるブランド毀損等の問題)に対する経営層によるリスク管理・ガバナンスや産業界との連携・協力の在り方
      • 広告の質の確保の在り方
      • 偽広告など違法・不当な広告(権利侵害、法令違反、なりすましなど)への対応の在り方
      • 広告配信先のメディア(パブリッシャー)の質の確保の在り方
      • 広告費詐取を目的とした悪質なメディア(パブリッシャー)への対応の在り方
      • 偽・誤情報等のアテンションを獲得しやすい情報(コンテンツ)の投稿増加につながり得る閲覧数等に応じた経済的インセンティブの付与の在り方
      • 偽・誤情報等のアテンションを獲得しやすい情報(コンテンツ)を拡散するbotへの対応の在り方
      • パーソナルデータを用いたプロファイリングやそれに基づくターゲティング広告の在り方
    3. 関係者間の連携・協力の在り方:WG開催要綱「3.検討事項」(3)
      • ステークホルダー同士の連携・協力の在り方
      • 安心かつ安全な情報伝送に関する知見や情報の共有の在り方
      • 安心・安全で信頼できる広告出稿のための業務の在り方
      • 発信力強化のためのガバナンスの在り方
      • アテンションを得にくいが信頼できる情報(コンテンツ)に関するメディア(パブリッシャー)における制作・発信・伝送能力の強化の在り方
      • 研究機関等との連携・協力の在り方
      • ファクトチェック機関による連携・協力の在り方
      • 広告主としての国や自治体等による対応の在り方
    4. 災害発生時等における対処の在り方:WG開催要綱「3.検討事項」(4)
      • 緊急事態(災害、サイバー攻撃など)への対応の在り方
    5. その他の課題:WG開催要綱「3.検討事項」(5)
▼総務省 デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(第17回)配付資料 ※ワーキンググループ(第15回)合同開催
▼資料17-1-2 株式会社野村総合研究所ご発表資料
  • 災害時における真偽判別の難しい情報の伝搬プロセスと特徴・傾向
    1. 大規模な自然災害発生時には、真偽判別の難しい情報が生まれやすい環境が自然醸成される
      • 真偽判別の難しい情報は、いわゆる流言や偽誤情報、デマ等を含む
      • 不安・恐怖の高まり、必要とする情報・コミュニケーションの不足を要因に真偽判別の難しい情報は発生する
      • 災害時の環境下では上記の要因が高まりやすく、真偽判別の難しい情報が自然発生するため、発生を完全に防ぐことは難しい
    2. 「助けたい、支援したい」といった善意による情報発信・拡散が行われる一方、故意(悪意)による偽情報の発信も行われる
      • 影響力を持つメディアや団体等が拡散に影響を与える
      • 影響力をインフルエンサーが拡散の中心を担う平時とは異なり、一般ユーザも発信・拡散を担う
      • 発信・拡散される情報は、災害発生からの時間経過や災害種別によって傾向・特徴がある
    3. 一般への具体の心理・行動・生活への影響に加え、関連機関・企業への社会的影響も生まれる
    4. 事実にもとづいた情報が発信・拡散されることで収束する
      • 一般への影響が生じることに加え、関連機関・企業の対応コスト(問合わせの殺到等)の増大による業務への支障(支援活動の遅延等)が生じやすい
      • 多くの事例については、拡散から一定程度の時間経過とともに、のファクト情報が発生・拡散され、真偽の判別がつくことで、収束する
      • ただし、災害時は、事実確認が困難or時間を要するケースが多い
      • 一般からの打消し情報に加え、権威付けされた情報(信頼できる機関・団体、第三者)によって収束するケースも多い
  • 自然災害発生時における真偽判別の難しい情報の発生の要因
    1. 不安・恐怖の高まり
      • 心理学のアプローチでは、「不安」が重要な要素とされている
      • 廣井脩氏によると、「災害による破壊が壊滅的で、今まで存在していた社会組織や社会規範が一時的に消滅してしまう危機的状況が発生し、人心が不安と恐怖におののいている中、その隙間を突いて伝搬しやすい」とされている。
      • 参考:流言が拡散する強さ(流布量)は問題の重要性(importance)と、その真偽の曖昧さ(ambiguity)の積に比例するされている(G.W.オールポートとL.ポストマン)R(Rumor)=i(importance)×a(ambiguity)
    2. 情報・コミュニケーションの不足
      • 社会学のアプローチでは、「あいまいな状況にともに巻き込まれた人々が、自分たちの知識を寄せ集めることによって、その状況についての有意味な解釈を行おうとするコミュニケーションである」とされている。
      • 災害発生下では、情報が得られない状況や即座に解決できない状況が発生し、あいまいさが生じるため、被災者の情報ニーズに対応する形で、真偽判別の難しい情報(流言)が発生する。
  • 時系列の特徴・傾向
    • 災害時における真偽判別の難しい情報事例については、発災後24時間以内の事例が多い。内容としては、
    • 発災直後:一次被害・二次被害に関する真偽判別の難しい情報
    • 24時間~1週間以内:災害対応や災害再来・災害因に関する情報
    • 1週間以降:被災地での生活に関するものが多い傾向(1カ月以降は原発関連事例のみ)
  • 地震
    • 大規模地震に関する真偽判別の難しい情報事例が多く、全体の8割以上を占める(災害時の真偽判別の難しい情報の中心)
    • 幅広く甚大な二次災害が発生しやすく、災害対応も多岐に渡るため、被害(一次・二次)に関する事例に加えて、災害対応や被災地での生活に関する事例も発生しやすい
  • 水害・噴火
    • 事例は少ないが、局地的な被害が生じやすいため、被害(一次・二次)に関する事例が生じやすい
    • 災害の発生を一定程度、事前に予測できる場合が多いため、地震に比較すると、不安・恐怖の大きさや情報・コミュニケーションの不足が発生しにくい
  • 真偽判別の難しい情報による影響と収束のパターン
    • 被災者の実際の避難行動・生活や関連機関の対応コストを増大させる社会的混乱が主な影響となる
    • 事実情報が拡散されることで、速やかに収束するケースが多いが、大規模災害時には事実情報の確認に時間・リソースを要するケースも多い
    • 孤立状態となっていた地域に対する「仮設住宅が近くに造られず、置き去りにされる」等の情報が拡散⇒次々と町外へ避難(避難行動への影響)
    • 「外国人窃盗団がいる」「暴動はすでに起きている」といった被災地での治安悪化を示唆する情報が拡散⇒住民の不安・恐怖の更なる高まり、警察・自治体等の対応コストの増加
    • 「数時間後に大きな地震が来る」等の真偽不明の情報が拡散⇒避難所に多くの人が押し寄せ(避難所の混乱・対応コストの増加)
    • SNS上に、品薄状態の商品棚の写真が次々と投稿される(実際は一時的な在庫の不足)⇒食料品をまとめ買いする行動を誘発(生活への影響)
    • 真偽判別の難しい情報の伝搬傾向
    • 大規模な自然災害発生時には、真偽判別の難しい情報が生まれやすい環境が醸成されやすい⇒完全に防止することは難しい
    • インフルエンサーに加えて、一般ユーザも拡散の主体を担う⇒幅広い層・主体への啓発が必要
    • 発災後の時系列や災害種類に応じて拡散されやすい情報の傾向がある⇒情報発信・拡散されやすい情報の特徴・傾向を踏まえた対応
    • 事実情報のよる打消し情報が拡散されることで、収束が急速に広まる⇒速やかな事実確認と、それを適切な方法で情報発信・拡散することが必要

2024年5月2日付朝日新聞の記事「消せぬフェイク、女性政治家を標的 「バズりそう」内容見ずに拡散」は興味深いものでした。同記事の中で、国際的な議員交流団体「列国議会同盟」(IPU)の調査では、欧州45議会の女性議員の58・2%がSNS上で性的、または心理的危害を加えるコンテンツを作られ、拡散される被害に遭っていたといいます。また、ジェンダーと法を研究するバルセロナ大准教授のアルヘリア・ケアルト・ヒメネスは「社会的に目立つ政治家やジャーナリスト、アクティビストなどの女性は、SNSで偽情報の標的になりやすい。ここ20~30年でできたデジタル空間は、長い間かけて作り上げられた男性中心社会の映し鏡だから」と指摘している点も理解できるものです。一方の拡散側もあまり真偽を確認することなく、「バズりそうだから」というだけで偽情報を発信、それが更なる拡散を生む構図となり、一度流された偽情報は、削除しても否定してもまた増殖し、ネット上を漂い続けることになります。

2024年4月17日付日本経済新聞の記事「大谷翔平の元通訳の違法賭博、臆測がもたらす怖さ」は、筆者としても完全に同様の見解を持つ内容でした。具体的には、「メディアの伝える姿勢についても考えさせられた。安易な臆測をもっともらしく発信する怖さである。人は自分が信じたい情報、好ましい情報だけを受け入れる傾向がある。それだけならいいが、ネット社会ではそこから勝手な推測と解釈を重ねた意見を、酒席で噂話でもするようにSNS等で発信できる、そして何が事実か不明なまま、無数の主張が錯綜する。今回の騒動では、そんな無数の主張を生み出す「火元」がテレビのワイドショーのコメンテーターやSNSでの有名人の発信とそれを切り取っただけのネットニュース、米国の報道などから刺激的な内容を引用した記事であることがよく分かった。真実かどうかよりも、偏っていて心をざわつかせる内容ほど読まれやすく、拡散しやすい。…自分の狭い経験や知識に基づいた「常識」にとらわれて物事を決めつけてしまうのは、誰もが陥りやすいわなと考えるべきだろう。以前ならば不確かな臆測など、そのまま消えていくのが普通だった。ところが今は、ネット上でもっともらしく刺激的なほど注目され、広がっていく。…合理的な根拠に基づく論理的な判断や疑問を提示することと、一方的な臆測を垂れ流すことはまったく別である。それを肝に銘じなければならないと、あらためて痛感した」というものです。

2024年4月16日付毎日新聞の記事「偽情報の氾濫、なぜ 森亮二弁護士のフェイク論 アクセス稼ぎ、事実より優先」も興味深いものでした。具体的には、「組織ジャーナリズムによる誤報と、対策が検討されるべきフェイク情報とは、区別して考えた方がいいです。後者はフェイクニュースではなく、フェイクインフォメーション。誤情報、偽情報と呼ぶ方が、問題を浮き彫りにしやすいでしょう」、「ですが、ニュースではない個人の情報発信だからといって、その影響を軽視できません」、「難しいのは、こうした情報を流したからといって、それだけで直ちに発信行為を『違法』とはできないことです。表現の自由にも関わりますし、いたずらに国が規制すれば、都合の良い言論統制になりかねません」、「ソーシャルメディアの登場によって、今は圧倒的に発信される情報が増え、なおかつ拡散という形で複製・量産される。時代の追い風を受けています」、「アテンション・エコノミーの影響が大きい」、「自分の投稿を見てもらうこと、拡散してもらうこと、『いいね!』してもらうこと。それが直接の収益を生みます。正しいかどうか、ではありません。ユーザーが見たいのかどうか、面白いと思うかどうか、が情報を価値づけるポイントになっています」、「厄介なのは、質より量を重視するのは、ネットの発信者だけに限らず、そのデジタルプラットフォーム(X、グーグル、フェイスブックなど)も同じだということです。プラットフォームとしては、情報がより多く拡散され、ユーザーが増えれば広告収入が増える。投稿者が小銭を稼ごうとすれば、プラットフォームにとっても利益になりますから」、「アテンション・エコノミーを前提に事業を行うプラットフォームが、偽情報、誤情報を積極的に規制する方向に向かうとは、なかなか思えないですよね」、「広告収入に頼る今のデジタルプラットフォームが、アテンション・エコノミーのメカニズムから離れることは、当面はありえません。だからこそ、量ではなく、質に価値を置くジャーナリズムの存在意義が問われています」、「偽情報、誤情報があふれる時代に、正確な情報を発信することが、今のジャーナリズムには求められています。記事のページビュー(閲覧回数)が増えた、なんて『量』の多寡で一喜一憂している場合ではありません。質の高い情報を発信することが大切ではないでしょうか」というものです。

海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」をドローンから撮影したとみられる動画がSNSで拡散し、真偽をめぐって「論争」となりました。自衛隊・米軍施設の警備のあり方や、ドローン技術を活用した兵器への対応にも関わってくる問題ですが、最終的には防衛省は本物と認めています。そうした中、フェイクニュースの効果として筆者として驚いたのが「コスト強要(コスト・インポーズ)戦略」です。2024年5月6日付朝日新聞によれば、「軍事の世界で、目的を達成するために相手により多くの人を動員させて労力を使わせたり、より多くの予算を使わせたりするよう仕向け、人的、経済的なコストを押しつける手法は「コスト強要(コスト・インポーズ)戦略」と呼ばれる」、「動画が実写であれば、基地警備に「穴」があると露呈させたことになる。「自衛隊は自分たちの基地や装備さえまともに守れない」という印象が拡散され、自衛隊への国民の認識に影響を与える可能性もある。他国の世論を混乱させたり評判をおとしめたりすることなどを目的に偽情報を拡散させ、認知領域を含む情報戦を仕掛ける手法は、ウクライナ戦争でもたびたびみられる。一方、フェイク動画だったとしても、分析やこれまでのドローン対策への検証を迫られ、結果的に確認に要する人手と時間をさかれる」というものです。

認知領域を含む情報戦という点では、中国による「世論工作」が活発化していると報じられています(2024年5月12日付読売新聞)。報道によれば、中国政府と取引関係にあるIT企業「安洵信息技術有限公司」(本社・上海)から流出したとみられる資料から、中国発の世論工作の手口の一端が明らかになったといいます。中国国内には、こうした工作システムを開発する企業がほかにも存在するとされます。文書などによると、この工作ステムを使って他人のXのアカウントに不正URLを送信し、クリックさせることでアカウントを乗っ取ることができ、その結果、本来は外部から閲覧できないダイレクトメッセージを盗み見たり、中国当局の意に沿った意見を勝手に投稿したりすることが可能になるといいます。内部資料とみられる文書がインターネット上に流出したのは2024年2月中旬で、その後、HPは閉鎖されています。このIT企業は資料流出の経緯について中国警察の捜査を受けているといいます。流出した約580ファイルには、世論工作システムの営業用資料とみられる文書だけではなく、従業員名簿や従業員間のチャット履歴とみられる文書も含まれており、同社が、韓国やインド、東南アジアなどにサイバー攻撃を仕掛けたことを示すとみられる文書もあったといいます。専門家は「我々は中国政府の『雇われハッカー』業者だと分析しており、資料の流出はそれを裏付けるものだ」と分析しています。なお、近年、他人のSNSアカウントを乗っ取り、中国の国益に沿った主張を一斉に展開する組織的なキャンペーンが広がっており、こうした活動は、英語の「スパム(迷惑)」と「カムフラージュ(偽装)」を組み合わせ「スパモフラージュ」と呼ばれています。スパモフラージュは2017年頃から確認され、当初は香港の民主化デモなど中国の国内問題に焦点を当て、中国語や英語で反体制派を批判していましたが、2023年頃から多言語で他国に対するプロパガンダ(宣伝工作)を始め、日本では福島第一原発の処理水を巡る偽情報の拡散などに関わっているとされます。

インターネットの地図サービス「グーグルマップ」の口コミを巡って、医師らがグーグルに損害賠償を求める集団訴訟を起こしています。人気サービスだけに批判的な投稿の影響は大きく、原告側は「権利侵害の大きさは個人サイトと比較にならない」と訴えています。また、間違った情報や悪意ある口コミを書かれても「医師らは守秘義務があるため公の場で反論が難しい」こと、口コミの削除を求めても応じてもらえるのは一部で、削除のためには被害者側が負担の大きい裁判を強いられていること、グーグルはコメントができない設定をするといった適切な対処をしないまま、営利目的でサイト運営を続けているなど、サービスを運営するプラットフォーマーである巨大IT企業の責任を問う動きが強まっています。報道で専門家は、「医療機関は差別化が難しく、広告も制限されているため、受診する医療機関を選ぶ上で口コミの影響は大きい。グーグルマップは地図サービスの中でもシェアが高く、なおさら影響力は大きい。医師は公共性の高い職業で、一定の社会的評価を受けるのは仕方がない。他方で、事実無根の誹謗中傷を受けるいわれはない。嘘だと知りながら書き込んだ口コミまで、表現の自由で守られるということではない。ひどい口コミは削除することが求められるが、グーグル側が悪評の真偽を見分けるのは困難だ。診療内容について医師と患者で見解が異なる場合などは判断が難しい」と指摘していますが、確かにその通りだと思います。また、前述のとおり、フェイスブックなどのSNS上で著名人になりすました投資詐欺広告が拡大しているとして、運営するメタ社を提訴する動きが表面化するなど、サービスを運営するプラットフォーマーの責任を問う声は大きくなっています。本件もその流れの一環とみることができ、グーグル側も口コミを削除するかどうかの線引きを見直すことが求められるようになると考えられます

偽情報等に関するアンケート調査がさまざまな機関から公表されています。いずれも大変興味深い内容となっています。

  • 国際大学グローバル・コミュニケーション・センターなどの調査の結果、ネット上で政治などに関する偽・誤情報を見た後、他の人に伝える「拡散」をしていたのは17.3%で、手段を複数回答で尋ねると「家族や友人らとの直接の会話」が48.1%で最も多かったといいます。調査では、2022~23年に拡散された15件の偽・誤情報を扱い、一つでも見聞きしたことがある人は37.0%、その一部の3700人に情報の真偽の判断などを尋ねると、51.5%が「正しい情報だと思う」と答えた一方、「わからない」は34.0%、「誤っていると思う」は14.5%にとどまり、見聞きした偽・誤情報を拡散していたのは17.3%、20代(24.2%)と10代(20.8%)は2割を超え、他の世代より割合が高めという結果となりました。情報の分野別では、最も拡散されていたのは医療・健康(23.8%)、拡散手段を複数回答で尋ねると「家族・友人・知人などに直接の会話で」(48.1%)が最多、「SNSでのシェアなど」が27.0%、「SNSや動画共有サービスで『いいね』を押した」が20.5%となりました。調査によれば、「自分は批判的な思考ができる」と考える人ほど、偽・誤情報を拡散しやすい傾向がみられ、SNSやメッセージアプリ、個人のブログなどの閲覧時間が長い人も、拡散しやすい傾向があったといいます。
  • 紀尾井町戦略研究所が実施した調査によれば、フェイクニュースに「だまされない自信がない」と回答した人が約5割に上ったといいます。ニュースなどの最新情報を得る手段を複数回答で尋ねると、最多は「インターネットのポータルサイトやニュースサイト」(80.8%)、ネット関連では「ユーチューブなどの動画配信」(32.0%)や「SNSやメッセンジャー」(28.6%)も上位に入っています。こうしたネットからの情報に接する際、内容の真偽にどの程度の注意を払っているかについては、77.5%が「注意を払っている」と回答、ところが、フェイクニュースにだまされない自信があるか尋ねると「自信がない」「あまりない」は計49.7%に達し、不安を抱えている人の多さが浮かび上がったといいます(「自信がある」「ある程度ある」は計41.7%)。実際にだまされたり、間違った情報だと気付いたりした経験があると回答した人は26.4%、なりすまし広告への対応としては、SNS事業者らに対して「広告の規定や審査の厳格化」や「通報があった広告の削除などの迅速な対応」を求める意見が多かったといいます。
  • 外務省が2024年3月に実施した2023年度の外交に関する国内世論調査の結果で、外国が日本のなかで偽情報を拡散するなど情報の操作を行っていると感じたことがあるかを聞いたところ、「ある」と回答した人が59%にのぼっています。「ある」と答えた人に、なんらかの情報を確認するかと聞き「確認する」と答えた人が53%、どのように真偽を確認するかと聞くと「外務省など日本政府が発表する情報を確認する」は29%、「日本の報道機関の報道を確認する」は23%という結果となりました。一方、6.7%が「真偽を含め他の情報は確認しない」とし、情報操作は「ない」の回答も40.7%にのぼりました。東京電力福島第1原発の処理水海洋放出に対し中国が科学的根拠に基づかない偽情報を流布したことや、ウクライナ・中東情勢を巡って情報戦が展開されていることなどを踏まえ、外務省が初めて設けた設問でした。
  • Xやフェイスブック、ユーチューブなどのソーシャルメディアで交わされる情報について、朝日新聞社が実施した全国世論調査(郵送)で規制が必要かどうか尋ねると、「必要だ」という回答が85%に達したといいます。偽情報による選挙への悪影響を心配したり、他人への誹謗中傷を気にしたりする割合がいずれも8割を超えています。偽情報で選挙の際に有権者が影響を受けることは「心配」という割合が「大いに」32%、「ある程度」50%を合わせて82%に上ったほか、他人への誹謗中傷が「気になる」という回答も86%(「大いに」46%、「ある程度」40%)と多くなっています。規制の必要性については、憲法が「表現の自由」を保障していると前置きして質問したところ、それでも規制が「必要だ」が85%に上り、「必要ではない」は11%と少ない結果となりました。偽情報の悪影響を心配したり、誹謗中傷を気にしたりする度合いが強いほど、規制が「必要だ」という割合が多いといいます。また、規制が必要と答えた人に対して二つの選択肢のどちらで対応するのがよいかと聞くと、67%は「法律で対応する」のがよいとし、「事業者などの自主的な対応」を選んだ人は30%となりました。

自民党の外交部会などは、偽情報の拡散への対応策強化を求める決議案をまとめています。サイバー空間を含め国家間の情報戦が拡大していると指摘し、外務省や在外公館の情報収集・分析能力を向上させるべきだと記しています。偽情報を見極めるための正確な情報を提供する対応が必要であること、AIなど新興技術を活用して国際情勢を予測し、情報操作に迅速に対処することが重要であることなども指摘しています。2024年は世界中の「選挙イヤー」であり、6月の欧州議会選や11月の米大統領選など世界で重要な選挙が控えています。露がSNSなどを通じて世論に介入し影響を与える「インフルエンスオペレーション(影響力工作)」を仕掛ける事例も判明しており、決議案は日本の外交・安全保障政策の取り組みなどを戦略的に対外発信すべきだと提起、情報戦の能力を上げるためサイバーセキュリティの基盤構築や人材の育成を進めることを提案しています。

米オープンAIは、生成AIが作り出した画像の識別技術を開発していると発表しています。特殊なデータを生成画像に埋め込み、これを検出するもので、こうした技術を動画にも広げる予定で、米大統領選を秋に控え、偽情報氾濫への懸念に対処するとしています。報道によれば、オープンAIは2024年に入り、画像を作れる基盤モデル「DALL-E3」の生成した画像にこのデータを追加し始めているといい、試験段階では、98%の精度でダリ3で生成された画像を見分けたということです。今後、AIも活用し技術を向上するほか、文章や画像、音声、動画などの著作権を保有する制作者が、AIに学習させることを認めるか認めないかを指定できる技術も発表、2025年までの導入を予定しています。

EUの行政を担う欧州委員会は、Xに対して、不適切な投稿を監視したり削除したりする「コンテンツモデレーション」が不十分などとして、対応している人員数などの情報を提供するよう要求しています。2022年に発効したEUのデジタルサービス法(DSA)は、プラットフォーマーなどの巨大IT企業に、利用者の保護を義務づけており、その中で年2回、削除した投稿件数やコンテンツモデレーションに携わる人員数などを開示させる「透明性リポート」の提出を各社に求めています。Xは2023年10月に提出したリポート以降、コンテンツモデレーションの人員を20%近く削減し、対応言語をEU域内で使われている11言語から7言語に減らしたといいます。また欧州委はコンテンツモデレーションとは別に、生成AIで作られた、選挙に関連する「ディープフェイク」と呼ばれる精巧な偽動画や偽音声への対応策についても、報告するよう要求しています。これらの要求は、Xの偽情報対策が不十分だとして、欧州委が2023年12月にDSAの義務違反の疑いで始めた調査の一環だということです。コンテンツモデレ―ションについては、プラットフォーマーはかつて、言論の「場」を提供するだけで、投稿の中身には関与しない姿勢を取っていましたが、有害投稿が増えて対応を迫られ、監視態勢を強めた経緯があります。EUはDSAで、巨大IT企業に差別や偽情報などの有害投稿の削除を義務づけており、EUの行政府にあたる欧州委員会が各社に提出させた2023年10月のリポートによると、2023年4月下旬からの約5カ月で、フェイスブックが欧州で規約違反として削除した投稿は4669万件、多くはAIを使って自動的に削除しているものの、人の判断が必要なものもあり、モデレーターが削除したのは283万件、6%だといいます。モデレーターの数は、フェイスブックは約1万5千人、Xは約2300人、TikTokは約4万人で、視聴回数が一定以上の人気動画などの監視と削除にあたっているといいます。

2024年4月30日付朝日新聞で、早稲田大の伊藤守教授(メディア論)は当初、誰もが属性を超えて交流できる、多様な言論空間が守られると期待したもののそうはならず、その理由の一つが、「数の論理」によってSNS空間が形成されたことにあると指摘しています。「事業者は、投稿や動画を閲覧する人が多いほどネット広告の収入が増える。利用者を長くつなぎとめるため、好みの投稿をいち早く選び、提示する「アルゴリズム」の改良に力を入れるようになった。その結果、人々の関心や注目を集めやすい情報ほど、価値を持つようになった。「アテンション・エコノミー(関心経済)」と呼ばれる。SNSだけではない。情報の検索に使われる検索サービスも、検索した時に上位に表示されるサイトや画像が人種や性差別などを助長しているといった指摘を受け、アルゴリズムをたびたび変更してきた」と指摘しています。さらに、事業者任せには限界もあり、全世界で5億人以上が使っているとされるXの場合は、経営者が代わり、ルールが一変、有害な投稿に対処する外部委員からなる独立組織も、買収から約2カ月後に解散に追い込まれ、著名人を名乗るアカウントが本人であることを示す「認証バッジ」は、クレジットカード決済で誰でも手に入る有料会員制となり、著名人などになりすまして認証バッジを獲得したアカウントが出始めました。さらに、2023年夏には、有料会員や表示回数など一定の条件を満たせば収入が得られる「広告収益分配制度」が導入され、これにより、拡散した話題の投稿にゾンビのように群がり、盗用してインプレッション(表示回数)を稼ごうとする「インプレゾンビ」が大量に出現、元日の能登半島地震では、虚偽の救助要請が大量に投稿される事態となりました。同報道で山本龍彦・慶応大大学院教授は、「SNSが『刺激の競争空間』になってしまった」とするものの、「国家が言論空間に直接介入することには大きなリスクがあり、バランスと慎重さが極めて重要だ」、「強固なビジネスモデルに支えられたプラットフォーマーに対抗するために、まずはアテンション・エコノミーにのみ込まれた私たち自身が問題を自覚する必要がある。時間はかかるが、解決できない問題ではない」と指摘していますが、正に正鵠を射るものと思います。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

政府と日銀は、中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)の制度設計に関する論点をまとめています。

▼財務省 CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する関係府省庁・日本銀行連絡会議 中間整理(概要)

偽造に対する罰則や犯罪で得た収益の押収といった措置について法令上の検討が必要になると明記しています。日本のCBDCは、現金と同じように国内で幅広く利用でき、スマートフォンのアプリやカードを用いて即時に決済が完了する形を想定しており、政府と日銀の連絡会議が公表した中間整理では「導入を予断するものではない」としています。主な論点は、技術革新に対応した法整備としては、「お金の帰属や移転、差し押さえ(民法)」、「偽造に対する罰則や押収、没収(刑法)」、日銀と仲介機関の役割分担という点では「日銀が発行、銀行など仲介機関が流通業務」、現金や決済サービスとの共存という点では「現金は需要がある限り供給」、「電子マネー事業などに影響する可能性があり、当局や事業者、利用者を交えた議論が必要」、セキュリティ対策としては「マネロンやサイバー事案の取締り」、「経済制裁措置の実効性確保」などが挙げられています。特に、「不正利用対策の観点」については、「既存の決済手段と同様、本人確認等を行う必要。マネロン事犯・サイバー事案の取締の観点からは、利用者が特定され、CBDCの犯罪収益等としての移転や不正アクセスによる情報流出等の痕跡が追跡できることが望ましい。その上で、例えば、取引額上限の多寡に応じて、利用者の提供するべき情報の範囲を設定することも選択肢と考えられるが、今後の国際動向も見ながら検討を深めていく必要。非居住者による利用は、本人確認等は困難と想定される一方、他の決済手段を国内で容易に利用可能。利用者の範囲は、当面国内居住者としつつ、非居住者は今後の検討課題。仮に非居住者との取引における利用を認める場合、経済制裁措置の実効性確保など外為法の法益を確保できる制度設計とする必要」が指摘されています。また、「クロスボーダー決済」については、「迅速・低コスト・透明性あるものに改善することが国際的課題。まずはCBDC間の相互運用性の確保の観点から、技術面の標準化を通じた国際連携を進めておくことが重要。各国のCBDCや決済システムの相互運用性を確保すれば、すべてが解決されるものではない。各国間の規制や法制度の調和をいかに図るかといった他の課題の対応も検討していく必要。クロスボーダー決済に関する国際的スタンダードの議論にも積極的に貢献していく」としています。CBDCの開発や研究を巡っては、世界の中銀の9割超が着手しているとの報告もあり、日銀も技術面の実証を進めており、国際決済銀行(BIS)が各国中銀や民間銀行を交えて実施する国際送金の実証実験にも参加することとしています

スイス国立銀行(中央銀行)のジョルダン総裁は、CBDCを個人向けに発行する必要はないとの認識を示しています。ジョルダン氏は「消費者や企業は民間セクターが提供する効率的で革新的な決済手段を既に利用できる」と説明、「個人向けのCBDCは、現行金融システムや中央銀行と商業銀行の役割を根本的に変える可能性があり、金融システムにとって大きな影響を及ぼす」と指摘、利益よりもリスクの方が大きいとの見方を示しました。一方、スイス国立銀行は2023年、CBDCを決算手段として使う金融機関向けの試験プロジェクトは開始しており、UBSやチューリッヒ州立銀行などが参加しています。また、現物資産をブロックチェーン技術によってデジタルトークンに転換する「トークン化」について、より安全かつ効率的な決済手段として最適な形での活用を積極的に検討していく方針を示しています。スイスでは既に、トークン化資産の決済にホールセール型CBDCを用いる実験が行われ、スイス国立銀行が重要な役割を果たしています。

インド準備銀行(中央銀行)は、CBDC「eルピー」の利用普及に向け、アプリプロバイダーを含む銀行以外の決済事業社を活用する計画を発表しています。インド準備銀行は2023年、CBDCを試験的に導入しましたが、提供できる事業社を銀行に限っているため、取引量は低迷しているといいます。計画では、フォーンペ、グーグルペイ、ペイティーエムなどの決済アプリ事業社もeルピーを提供できるようにし、こうした事業社を通じた提供を円滑に進めるため、必要なシステム変更を行うと表明しています。

本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、暗号資産ビットコインの価格が上昇しており、2024年に入ってからもっとも価格が上がった投資商品としてビットコインがあげられています。2023年末比の上昇率は2024年4月23日時点で約6割と、MSCI全世界株指数(ドルベース、4%高)や金(ロンドン現物、12%高)を大きく上回っています。同4月20日には、コインの新規供給量を調整する「半減期」が発生し、需給引き締まりへの期待もマネー流入につながっています。関連して、日本国内の暗号資産市場も活況を取り戻しつつあります。ただし、暗号資産は株式や不動産のようにキャッシュフローを生むわけではないため、適正価値がわかりにくい面があります。投機マネーが入り込んで需給次第で価格が振れやすく、ボラティリティー(価格変動率)が大きい点には注意が必要となります。一方、ビットコインの採掘(マイニング)で消費される電力量の多さやそれが環境に及ぼす影響を巡り、全米で論争が白熱化しているといいます。バイデン政権は採掘業界にこの電力使用量の詳細な開示を要求する一方、業界側は自治体が事業拡大を規制するのを防ぐための法整備を推進しようとしています。半減期を迎えたことで、採掘のコストは割高化しています。

その他、最近の国内外における暗号資産を巡る動向から、いくつか紹介します。

  • 米議員らは暗号資産がロシアやイラン、北朝鮮の制裁逃れに使用されていることに懸念を表明し、バイデン政権に対応を求めているといいます。特にドルに連動するステーブルコイン「テザー」に関する懸念を提起、米紙WSJは、ロシアの仲介業者がドローン(無人機)など軍事機器の部品を調達するためにテザーを使って西側の制裁を回避したと報じたほか、ロイターも、ベネズエラ国営石油会社PDVSAが、米制裁再開に伴い、原油と燃料の輸出決済で暗号資産の利用を増やす計画だと報じています。議員らは書簡で「暗号資産がもたらす国家安全保障上の脅威により、米国の防衛コミュニティによる相応の対応が必要になっている」と指摘しています。
  • 米シアトルの連邦地方裁判所の判事は、暗号資産交換業世界最大手バイナンスの創業者チャンポン・ジャオ被告に禁錮4カ月の判決を下しています。本コラムでも以前取り上げたとおり、同被告はマネロン防止法に違反した罪に問われていたものです。バイナンスは米国を除く地域で「バイナンス・ドット・コム」と呼ぶ暗号資産の交換所を展開、VPN(仮想私設網)などを通じて米国でも事実上サービスを利用できる状況を放置し、マネロンの検知・防止プログラムも有効に機能していなかったほか、米国の制裁対象国イランやシリアの個人が米国民と取引できるようにしていたとされます暗号資産交換業に関する訴追としては、FTXトレーディング創業者のサム・バンクマン・フリード被告が同社顧客や投資家に対する詐欺に問われ、2024年3月に禁錮25年の判決を受けています(同被告は4月に控訴)。
  • 調査会社S3パートナーズのデータによると、暗号資産ビットコインへの積極投資で知られる米ソフトウエア会社マイクロストラテジーの株式空売り筋が3月以降に19億2000万ドルの損失を出しているということです。暗号資産交換所大手のコインベース・グローバルとビットコイン採掘会社クリーンスパークの空売り筋の損失も、それぞれ5億9350万ドル、1億0640万ドルとなっています。米証券取引委員会(SEC)が2024年1月にビットコインの現物に連動する複数の上場投資信託(ETF)を承認したことを受け、暗号資産が主流の資産クラスに近づいてます。
  • 欧州証券市場監督機構(ESMA)は、暗号資産の取引が一握りの交換業者に集中しているとの調査結果を公表し、大手の業者1社に問題が発生しただけでも影響がセクター全体に及ぶ恐れが高まっていると警鐘を鳴らしています。調査によると、ビットコインやイーサ、テザーなど暗号資産は、取引の約90%がわずか10社の交換業者に集中し、大手のバイナンスはシェアが50%を超えていたといいます。ESMAは「こうした状況は規模の経済故に、効率性という点では有益かもしれないが、主要な資産や交換業者の問題もしくは不具合が暗号資産のエコシステム全体に及ぼす影響について、かなり強い懸念がある」と指摘しています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

本コラムでも取り上げてきたとおり、カジノを含む統合型リゾート(IR)は観光振興の起爆剤として注目を集め、政府も観光戦略の柱の一つに位置付けています。特に人口減少が著しい地方部では滞在型の観光施設の整備を通じて国内外から人を集め、地域振興や雇用創出につなげるといった効果を見込んでいます。一方で現実は厳しく、招致レースは過熱したものの、国が申請期限としていた2022年4月までに計画を提出したのは大阪府・市と長崎の2カ所にとどまりました。誘致を目指していた和歌山県は資金計画への不透明性から県議会の反発を招き、計画案が否決されました。地域との十分な合意形成を得られず見送られたケースもありました。その1つが北海道です。直近では、北海道児童青年精神保健学会や道臨床心理士会など関係4団体は、北海道がIRの誘致を認めないように求める鈴木直道知事宛ての要請書を提出しています。札幌弁護士会も賛同しているといいます。要請書は、「ギャンブルは、家庭を破壊し、こどもの生活を脅かし、こどもの育ちに深刻な害を与えています。私たち専門家団体は、ギャンブル被害をさらに増大させるカジノの建設に反対します。鈴木直道知事に、北海道内へのカジノIR誘致を認めないことを、強く求めます」としています。また、宮崎県もその1つです。直近では、セガサミーHDが、宮崎県の「フェニックス・シーガイア・リゾート」の売却を発表、シーガイアはIRにする構想もあったとされます。

米司法省は、大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手の元通訳、水原一平容疑者が大谷選手の口座から約1700万ドル(約26億4400万円)を盗んだとする銀行詐欺などの罪を認め、司法取引に応じたと発表しています。報道によれば、水原容疑者は2021年~24年、違法スポーツ賭博で抱えた借金返済のため、大谷選手の口座から賭博の胴元側に不正に送金したとされます。連邦地検は、大谷選手は送金を知らず、許可もしておらず被害者だと強調、送金のために水原容疑者が大谷選手を装って銀行に電話したのは、25回ほどに上ったと明らかにしています(非対面で、(水原容疑者がなりすましの形で巧みにすり抜けたとはいえ)十分な本人確認もなされないまま、これだけ多額の送金が繰り返し行われてきた金融機関側の実務上の問題も無視できません)。

この問題に代表されるとおり、スポーツ賭博の問題、オンラインカジノの問題、ギャンブル依存症の問題が最近クローズアップされています。まず、国内では、オンライン賭博でギャンブル依存症になる若者に関する相談が急増しているとの調査結果を公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」(田中紀子代表)が発表しています。2023年の相談について、依存症の人の家族からスポーツ賭博を含むインターネットカジノに関する相談が97件あり、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年に比べて12倍になったこと、さらには相談のうち、当事者の年齢は20~30代が78%を占め、賭博の種別(複数回答)では、スポーツ賭博を含むオンラインカジノが20.3%だったこと、借金額も高額化しており、2023年は479件の平均で855万円だったこと、高校生に関する相談や、借金返済のために「闇バイト」に勧誘されたというケースもあったといいます。また、違法オンラインカジノへのアクセス数が2018~21年で100倍以上増え、公営競技でもオンライン賭博が売り上げの70~90%を占めるようになったとする民間のデータ分析会社や国の調査結果があるといいます。同会は対策として、違法にもかかわらずオンラインカジノやスポーツ賭博を紹介する、YouTuberやアフィリエイト広告の取り締まりを強化する新法成立を求めています。同団体は、急増の背景に、新型コロナ禍でのオンライン賭博の普及があり、オンラインで常に手軽に賭博が出来ることから借金額や犯罪への関与も深刻化していると指摘、国による早急な規制強化を求めています。報道で田中代表は、「いつでもどこでもギャンブルができる環境になり、その分、依存症が急激に進んでいる」。依存の当事者が若年化し、借金が多額となっていることや、犯罪への近接性は「未曽有の事態だ」としています。こうした現状を受けて、ギャンブル依存に苦しむ当事者らの支援に取り組む全国クレサラ・生活再建問題対策協議会と依存症問題対策全国会議は、国や全国の都道府県知事らに意見書を提出しています。意見書は、「違法なオンラインギャンブルの徹底的な取り締まりを強化し、そのために必要な法改正を行うこと」「合法なオンラインギャンブル(公営ギャンブルのオンライン化)の完全禁止、あるいは営業時間の制限など厳格な規制を導入すること」の2点を求めています。報道で同団体は「オンラインギャンブルはいつでもどこでも人に知られずに行うことができるため、対面型と比べてごく短期間で依存状態に陥って、高額の経済的損失を発生させてしまう特徴がある」、「コロナ禍を通じて広がってきたが、オンラインギャンブルに対する対策はほとんどない。抜本的な規制が必要だ」などと指摘しています。また、2024年5月9日付毎日新聞の記事「「今後も恐らくやる」 賭博投稿で有罪のYouTuberが語るカジノの沼」では、オンラインカジノで賭博をしたとして常習賭博罪に問われた男性の判決で、水戸地裁は懲役1年、執行猶予3年(求刑・懲役1年)の判決を言い渡したケースが取り上げられています。具体的には、「違法性は認識していたというが、有名人が出ている広告を見て「大丈夫と思った」。賭客の間で「起訴された例が1件も無い」という言説が広まっていたことにも背中を押された。手にできる金額も魅力だった。「カジノは競馬などに比べ、金額が返ってくる可能性が大きい」と語った」、さらには「底なし沼から抜け出せなくなる仕組みもあったと検察側は明かした。動画を見てアクセスした人の賭け金の一部がカジノサイトの運営側から支払われたのだ。「成功報酬」として半年間で2億~3億円を受け取った」といいます。そして検察官に「今後ギャンブルを断つことができるか」と問われた被告は、「今『やらない』と言ったとしても、恐らくやっている自分がいるかな。日本ではやらない」、今後も「恐らくやっている」と述べ、その恐ろしさの一端を垣間見ることができます。警察庁はホームページで過去の検挙例や検挙数を示して「国内でオンラインカジノに接続し賭博することは犯罪」と警鐘を鳴らしていますが、「スマホゲームぐらいの感覚で課金している人もいるかもしれない」のが実態だといえます

米のスポーツ賭博を巡る闇の部分も明らかになりつつあります。借金返済のため、水原容疑者が不正送金していた先は捜査対象となっている違法ブックメーカー(賭け屋)だったとされ、大谷選手の「情報目当て」に胴元側が水原容疑者に近づいた可能性が指摘されています。2024年4月12日付産経新聞の記事「米スポーツ界蝕む違法賭博、マフィア暗躍「選手は防衛意識を」 日本でも暴力団の資金源に」では、「違法なスポーツ賭博の胴元は、賭け金の回収や資金の提供などでマフィアと密接な関係にあり、例えば、ニューヨークを拠点とするマフィア「コロンボ一家」の場合、30~40の胴元が配下にあるとされる。プロスポーツ選手は高額の年俸を稼ぐだけでなく、賭博の結果を左右する「情報源」としてもターゲットになりがちだ」と指摘しています。さらに、「たとえ合法な州であっても、スポーツ賭博に手を染めた選手や球団関係者らは、マフィアの情報網で地下社会に瞬く間に共有されてしまう」といいます。日本でも、巨人の事件では胴元として暴力団組員が、大相撲の事件でも元大関から現金を脅し取ろうとした暴力団幹部がそれぞれ有罪判決を受けていますが、こうして事件化されるのは氷山の一角で、実態把握は困難との指摘もあります。

スポーツ賭博は株式市場でも成長分野と位置づけられているといいます。2024年4月7日付日本経済新聞で、「米モルガン・スタンレーは1月のリポートで、スポーツ賭博の収益が26年に169億ドルと23年から5割以上伸びるとした。スポーツ賭博大手ドラフトキングスの株価は昨年末比で3割高、同じく大手のフラッター・エンターテインメントも1割高と堅調だ。カジノに強いMGMリゾーツ・インターナショナルも手掛け、関連企業は多い」と報じています。一方、米問題ギャンブル全国協議会によれば、米国の成人の1%にあたる250万人が重度のギャンブル依存症の基準を満たすといい、特に1990年代半ば以降に生まれた「Z世代」の若い男性が多いといいます。スポーツ賭博合法化にあたり依存症増加への懸念は当然あったものの、米国ではその前から違法賭博が広がっていたのが実態です。報道でスポーツ法務に詳しい加藤志郎弁護士は「ライセンスを持つブックメーカー(賭け屋)を監督する方が依存症対策や関連犯罪の防止につながり、税収の増加も見込めるとして合法化が進んだ」と指摘しています。米国では2018年に連邦最高裁が連邦レベルでのスポーツ賭博の禁止を違憲と判断し、税収増を狙って解禁する州が増え、現在、50州のうち38州と首都ワシントンで合法化されています。報道によれば、オンラインでの利用に本人確認を徹底し、賭け金の限度額を設けるなど対策をとって合法化している州もあるものの、年齢確認もなく、限度額もない違法サイトが横行しているといいます。禁止された州からもアクセスできるため、リスクの高さは禁止された州でも変わらないといえます。さらに、勝ちが多いギャンブラーに対して賭博業者は賭け金の上限を制限するのに対し、負ける人には制限がなく、事実上いくらでも賭ける(負ける)ことができる(極端な経済的損失から人々を守る措置がない)点、違法業者は納税せず、合法業者のような規制もないため、有利なオッズを示すことができる点なども極めて憂慮すべき問題だといえます。日本でもスポーツ賭博でギャンブル依存症に陥る人が後を絶たず、海外サイトでの賭博を「グレー」と考える人も多いことから、国民に公営ギャンブル以外の賭博は違法だと周知していくことが重要となります。

前述した「ギャンブル依存症問題を考える会」の代表の田中氏は、自身もギャンブル依存症からの回復者で、「信頼を裏切るような行為に至ったのは、ギャンブル依存症という病気の症状」、「必要なのはバッシングではなく、社会の理解と適切な規制だ」と訴えています。そもそもWHOは「ギャンブル依存症(病的賭博)」を、賭け事をすると快楽を感じる「ドーパミン」という物質が脳内に放出されるところ、過剰な快感が継続するとドーパミンの感受性が鈍くなり、何度も快感を味わいたいと思うようになるとされ、これが依存症を引き起こす原因であること、依存状態になると負け続けてもギャンブルをやめられなくなるなど治療を必要とする病気と位置づけ、診断ガイドラインで「貧困や家族関係、個人生活が崩壊するなどの結果を招くにもかかわらず(賭博を)持続、しばしば増強する」のが症状だと明記しています。2024年4月28日付朝日新聞で、「多くの人が快楽を求めてギャンブルをすると誤解していますが、違います。苦痛を緩和しているのです。依存症が「緩慢な自殺」とも呼ばれるゆえんです。世界を見ても日本ほどギャンブルに無防備な国はありません。賭博は刑法で禁じられているにもかかわらず、全国どこにでもパチンコ屋があり、地方公共団体などが開催する競馬や競艇、競輪などの広告には有名タレントが出演する。非常に身近な存在です。違法オンラインカジノに対してはほとんど何の対策もしていません」、「欧米諸国だけでなく韓国でも、ギャンブルを認可するにあたって、売り上げの数%はギャンブル依存症対策費に充てるという仕組みがありますが、日本ではギャンブル依存症対策は基本的に事業者の自主性任せで、予算規模も認識や対策も圧倒的に遅れています」、「他者に知られたくない、自分で何とかしなければという思いが強いため、ギリギリまで追い詰められてつながることがほとんどです」、「米国には回復者が当事者をサポートする「アディクションカウンセラー」という資格があります。日本も取り入れるべきだと考えますが、日本では一度依存症になって問題を起こすと、回復してもたたき続ける空気がありますよね。ギャンブルだけでなくゲームやアルコール、買い物など、自分も家族もまったく依存症やメンタルの問題に無縁という人は今の時代、少ないと思います。たとえ無縁であっても被害に遭ってしまう可能性はある。依存症はけっして個人の話ではなく、社会が向き合うべき問題です。そのためには正しい理解を広めていくことが不可欠だと考えています」と述べていますが、大変示唆に富む内容だと思います。また、2024年5月4日付日本経済新聞の記事「ギャンブル依存症にご用心 若者急増「肩代わり」厳禁」では、「借金を家族が肩代わりすることも多いが、専門家は「立ち直りを遅らせる」と指摘する。早期に異常を把握し、適切な支援をすることが重要になる」と指摘しています。厚生労働省の推計では、ギャンブル依存症の経験が疑われる人は300万人超、アルコールでも100万人超に上る一方、実際に治療を受ける患者は一握りだといいます。立ち直るためには、当事者が集まる「ギャンブラーズ・アノニマス(GA)」といった会への参加や家族会、支援団体の手助けが重要で、異変を察知したら支援団体に連絡するか、本人にGAへの参加を促す方法が役に立つといいます。報道で、昭和大学付属烏山病院の常岡俊昭准教授も「ギャンブル依存症の患者は、自殺のリスクが一般の人と比べて20倍以上高いとされる」と警鐘を鳴らしています。

その他、依存症に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 海外のオンラインカジノで違法な賭博を行ったなどとして、神奈川県は、環境農政局の20代の男性職員を停職6か月の懲戒処分としています。報道によれば、男性職員は2020~23年、スマートフォンで海外のオンラインカジノにアクセスし、違法賭博行為をしたといい、県の調査に、「毎日のようにやっていた」と説明しているといいます。男性職員はこの間、複数のヤミ金業者から融資の条件として緊急連絡先の情報を求められ、同僚の職員ら11人分の氏名、電話番号を無許可で提供、自らの銀行口座の情報も提供して投資詐欺事件にも悪用され、2件計300万円の被害が出ていたといいます。最終的には犯罪に加担させられてしまう恐ろしさを痛感させられます。
  • ギャンブル、薬物、アルコール、買い物、ゲーム。さまざまな依存症からの回復が題材の映画「アディクトを待ちながら」が6月に公開される予定で、俳優の高知東生さんら実際に治療を受けてきた当事者や、家族たちが出演するといいます。映画は「誰もが陥る可能性のある病気だ」と、治療や社会復帰につながりにくい現状が変わるよう訴えています。監督は、親族がギャンブル依存症を経験、「依存症は『普通の人』でもなってしまう脳の病気であり、回復できると知っている人は少ない。私もそうだった」と振り返り、4年間、当事者らへ取材し、映画を撮ったといいます。「陥っても終わりではなく、大丈夫なんだと伝えたい。一人でも回復につながってほしい」と願う一方、依存症者へのバッシングや、逮捕された俳優の出演作品の放映中止など「排除の動きがあまりに強く、当事者が回復へ踏み出そうにも相談しづらいのが現実で、「国は自助グループが存在することの周知を徹底するべきだ」と強調しています。
③犯罪統計資料から

例月同様、令和6年(2024年)1~3月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和6年1~3月分)

令和6年(2024年)1~3月の刑法犯総数について、認知件数は157,566件(前年同期154,514件、前年同期比+2.0%)、検挙件数は66,425件(61,276件、+8.4%)、検挙率は42.2%(39.7%、+2.5P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。増加に転じた理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は106,132件(104,971件、+1.1%)、検挙件数は38,711件(35,871件、+7.9%)、検挙率は36.5%(34.2%、+2.3P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は23,723件(22,962件、+3.3%)、検挙件数は16,073件(14,869件、+8.1%)、検挙率は67.8%(64.8%、+3.0P)と、最近減少していた認知件数が増加に転じています。また凶悪犯の認知件数は1,532件(1,153件、+32.9%)、検挙件数は1,334件(1,002件、+33.1%)、検挙率は87.1%(86.9%、+0.2P)、粗暴犯の認知件数は12,718件(13,579件、▲6.3%)、検挙件数は11,129件(11,150件、▲0.2%)、検挙率は87.5%(82.1%、+5.4P)、知能犯の認知件数は13,456件(11,299件、+19.1%)、検挙件数は4,602件(4,740件、▲2.9%)、検挙率は34.2%(42.0%、▲7.8P)、風俗犯の認知件数は3,580件(1,683件、+112.7%)、検挙件数は3,088件(1,510件、+104.5%)、検挙率は86.3%(89.7%、▲3.4P)、とりわけ詐欺の認知件数は12,215件(10,409件、+17.4%)、検挙件数は3,728件(4,071件、▲8.4%)、検挙率は30.5%(39.1%、▲8.6P)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数・検挙件数が増加する一方、検挙率の低下が認められている点が懸念されます。また、(特殊詐欺の項でも取り上げている通り)コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、現状では必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺などが大きく増加傾向にあります。さらに、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺では、「非対面」での犯行で、(特殊詐欺を上回る)甚大な被害が発生しています。

また、特別法犯総数については、検挙件数は14,793件(15,878件、▲6.8%)、検挙人員は11,919人(13,022人、▲8.3%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続くも、2023年に入ってともに増加に転じ、その傾向が続いていましたが、ここにきて再び減少に転じた点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は1,189件(1,302件、▲8.7%)、検挙人員は832人(936人、▲11.1%)、軽犯罪法違反の検挙件数は1,512件(1,738件、▲13.0%)、検挙人員は1,531人(1,741人、▲12.1%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は1,476件(2,512件、▲41.2%)、検挙人員は1,051人(1,941人、▲45.9%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は276件(294件、▲6.1%)、検挙人員は221人(246人、▲10.2%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,062件(817件、+30.0%)、検挙人員は807人(610人、+32.3%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は114件(118件、▲3.4%)、検挙人員は42人(29人、+44.8%)、銃刀法違反の検挙件数は1,029件(1,122件、▲8.3%)、検挙人員は901人(940人、▲4.1%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、入管法違反やストーカー規制法違反、犯罪収益移転防止法違反等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では麻薬等取締法違反の検挙件数は339件(243件、+39.5%)、検挙人員は194人(154人、+26.0%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,544件(1,505件、+2.6%)、検挙人員は1,254人(1,201人、+4.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,671人(1,564人、+6.8%)、検挙人員は1,122人(1,056人、+6.3%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いている点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続していましたが、ここにきて増加に転じた点は大変注目されるところです(これまで減少傾向にあったことについては、覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところですと指摘してきましたが、最近、何か大きな地殻変動が起きている可能性も考えられ、今後の動向にさらに注目したいところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について総数は201人(135人、+48.9%)、ベトナム64人(43人、48.8%)、中国29人(18人、+61.1%)、ブラジル15人(6人、+150.0%)、フィリピン14人(6人、+133.3%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は1,957件(2,593件、▲24.5%)、検挙人員は1,085人(1,437人、▲24.5%)と、刑法犯と異なる傾向にありますが、最近、検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、2023年6月から再び減少に転じた点が注目されます。犯罪類型別では、強盗の検挙件数は13件(27件、▲51.9%)、検挙人員は26人(49人、▲46.9%)、暴行の検挙件数は102件(148件、▲31.1%)、検挙人員は95人(130人、▲26.9%)、傷害の検挙件数は181件(237件、▲23.6%)、検挙人員は200人(264人、▲24.2%)、脅迫の検挙件数は60件(79件、▲24.1%)、検挙人員は56人(71人、▲21.1%)、恐喝の検挙件数は66件(89件、▲25.8%)、検挙人員は79人(91人、▲13.2%)、窃盗の検挙件数は907件(1,234件、▲26.5%)、検挙人員は159人(185人、▲14.1%)、詐欺の検挙件数は335件(487件、▲31.2%)、検挙人員は216人(390人、▲44.6%)、賭博の検挙件数は33件(10件、+230.0%)、検挙人員は15人(42人、▲64.3%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしていましたが、2023年7月から減少に転じ、その傾向が続いている点が特筆されます。とはいえ、依然として高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される(ただし、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は888件(1,071件、▲17.1%)、検挙人員は592人(682人、▲13.2%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は10件(3件、+233.3%)、検挙人員は7人(1人、+600.0%)、軽犯罪法違反の検挙件数は8件(23件、▲65.2%)、検挙人員は8人(15人、▲46.7%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は30件(6件、+400.0%)、検挙人員は33人(17人、+94.1%)、銃刀法違反の検挙件数は19人(15人、+26.7%)、検挙人員は13人(10人、+30.0%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は31件(34件、▲8.8%)、検挙人員は7人(18人、▲61.1%)、大麻取締法違反の検挙件数は150件(250件、▲40.0%)、検挙人員は92人(152人、▲39.5%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は483件(560件、▲13.8%)、検挙人員は332人(336人、▲1.2%)、麻薬特例法違反の検挙件数は19件(32件、▲40.6%)、検挙人員は5人(12人、▲58.3%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示している中、一部増減を繰り返している点などが特徴的だといえます(覚せい剤については、今後の動向を注視していく必要があります)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

本コラムでもおなじみの、国連で対北朝鮮制裁決議の履行状況を調べる安全保障理事会の専門家パネルが、2024年4月30日をもって活動を停止しています。任期を延長する決議案にロシアが拒否権を行使し、事実上の廃止に追い込まれたものです。日米韓は代替となる仕組みの導入を模索していますが、具体化までは時間がかかる見通しで、制裁監視体制の弱体化により北朝鮮の核・ミサイル開発に拍車が掛かる恐れがあります。専門家パネルは2009年に採択された安保理決議に基づいて設置さら、約15年にわたって制裁違反が疑われる事例を調査し、報告書の形で年2回公表してきましたが、ウクライナに侵攻し、北朝鮮から武器を調達しているとされるロシアが2024年3月、任期を1年延長する決議案に全15理事国の中で唯一反対、各理事国が「制裁逃れに歯止めが利かなくなる」などと懸念を示す一方、北朝鮮は後に拒否権行使に謝意を表明していました(露が拒否権を行使したことを受けて開催された国連総会の場で、米国のロバート・ウッド国連代理大使は「朝鮮半島内外の安定と安全を危険にさらす」と指弾、日本の山崎国連大使はロシアへの北朝鮮の兵器供与を指摘して「拒否権行使はロシア自らの利益を守るためのものだ」と非難しましたが、北朝鮮の金星国連大使は「われわれは『制裁決議』を認めたことはない。これは米国の凶悪な敵対政策の産物だ」と主張、露のネベンジャ国連大使も「パネルの任期延長が朝鮮半島情勢の正常化に役立つとの(西側諸国の)幻想」により、拒否権発動を余儀なくされたと正当化しています)。2024年4月にはパネル委員がウクライナを訪問、同国内に同1月に着弾したミサイルの破片について、北朝鮮製の弾道ミサイル「火星11」由来だと結論付ける報告書をまとめています。北朝鮮との武器取引は制裁決議で禁じられていますが、露朝接近を受け、トーマスグリーンフィールド米国連大使が同4月、日韓を歴訪して対応を協議、専門家パネルの代替として、「国連総会決議に基づく活動」「国連事務総長の要請に基づく報告」「外部機関による調査」などが挙がっていますが、予算や調査への協力の確保といった課題があり、具体的には何も決まっていない状況だといいます。

以前の本コラムでも取り上げましたが、ウクライナへの侵攻を続けるロシアが発射した北朝鮮製ミサイルの部品に、日本の大手メーカーの「偽物」が使われていた可能性が高いことが判明しています。2024年4月26日付朝日新聞によれば、この「日本製」だけでなく、複数の欧州メーカーの模倣品も使われており、これらの模倣品が、ロシアが撃ち込むミサイルの精度の低さにも影響している可能性が指摘されています(露が少なくとも50発の北朝鮮製ミサイルを使用したとされますが、わずか20%程度のミサイルが標的近くに着弾し、およそ半数が空中で爆発しているといいます。ただ、戦場で自国兵器が使われることで、北朝鮮は技術を進歩させかねない懸念があります)。ミサイルからは電子機器など約290の部品や破片が採取され、8カ国26企業の製品が含まれると指摘、米国企業のものが75.5%に上り、日本企業は3.1%と全体で4番目、米欧と日本の企業で9割超を占め、ミサイルは2023年3月以降につくられたものだと推定されています。さらに、ミサイルの部品には軍民両用(デュアルユース)のほか、軍用も含まれているといいます。報道で国連北朝鮮制裁委員会の専門家パネル委員を務めた古川勝久氏は、北朝鮮のミサイル製造の背景について、「短距離ミサイルの精度向上を目指しており、外国製部品に頼らざるを得ないのが実態だ」と指摘、これまで、同パネルの調査などで、北朝鮮が中国やロシアを拠点にして、世界各国から様々な業者を介してベアリングを含むミサイル関連物資の調達を図っていることがわかっているといいます(AML/CFTの項で紹介した、財務省「拡散金融リスク評価書」でも、「企業側の意図せざる違反に加え、今日の流通形態の複雑化に伴い、懸念のある主体が、実際のエンドユーザーの姿を隠しつつ様々な手法を用いて、機微技術や軍事転用可能な貨物・技術を巧妙に獲得している可能性がある。加えて、日本国内では合法的な手続をしているにも関わらず、流通の過程で輸出管理が厳格に実施されていない第三国を経由することによって、大量破壊兵器や通常兵器等の開発等を行っている国等へ転売されてしまうケースもある」といった指摘がなされています)。古川氏は、こうした模倣品が使われたことについて、「北朝鮮は意図せず、(仲介業者から)偽物をつかまされた可能性が十分にある」と推察していますが、なるほどと思わされます

国連安保理決議違反としては、北朝鮮から露への武器輸送に関与しているとみられるロシアの貨物船が中国の港に停泊していることが明らかになっています。2024年4月25日ロイターによれば、露船「アンガラ」が2024年2月から中国東部浙江省の造船所に停泊しているといい、同船は2023年8月以降、北朝鮮製の武器弾薬とみられるコンテナ数千個をロシアの港に輸送したとされます。米国務省の報道官はアンガラが中国の港に係留されているという「信頼できる情報」を認識しているとし、中国当局にこの問題を提起したことを明らかにし、「全ての国連加盟国に対し、安保理決議2397号に基づく義務を履行するよう求める」と述べています。同決議は北朝鮮との貿易を制限し、不法行為に関与する船舶の登録を抹消することを義務付けています。また、米国のジョン・カービー大統領補佐官は、露が国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議に違反し、定められた量を上回る石油精製品を北朝鮮に輸送していると明らかにしています。カービー氏は露が2024年3月だけで16万5000バレルを北朝鮮に輸送し、この上限を超えていると指摘しています。カービー氏は、対北朝鮮制裁の履行状況を監視する安保理の専門家パネルがロシアの拒否権で活動停止に追い込まれたことに触れ、「露は自らの安保理決議違反を曖昧にしようとしている」と非難、露朝間の軍事協力が進展していることに懸念も示し「米国は露朝間の武器と石油精製品の輸送に関わる全ての当事者に制裁を科し続ける」と強調しています。

米国拠点の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、北朝鮮のアニメスタジオが米国からの制裁に違反し、米国や日本の制作会社が下請けに出した仕事に関わっていたとみられるとの分析を公表しています。各国企業が「意図せずに北朝鮮企業を使っている可能性」を示すものだとしています(制作会社側が知っていた形跡はないともいいます)。カリフォルニア州を拠点とする会社が制作したアマゾンオリジナルの「インビンシブル~無敵のヒーロー~」や、7月放送開始の日本のアニメ「魔導具師ダリヤはうつむかない」などの制作下請けに北朝鮮のスタジオが関与していたもようだと指摘、北朝鮮のIPアドレス上に置かれたクラウドサーバーに保管されていたアニメ制作の指示や作業結果を含むファイルを分析したといい、中国語の編集指示が朝鮮語の翻訳とともに記され、仲介者がいたことがうかがえるといいます。米国が制裁対象にした北朝鮮随一のアニメスタジオ「朝鮮4・26漫画映画撮影所」が関わっていたとみられ、38ノースによると、米国は同スタジオと協力した中国企業にも2021年と2022年に制裁を科しています。

関連して、北朝鮮が外貨稼ぎのために派遣した労働者を受け入れる中国の水産加工会社の製品が、欧米の市場でも流通していることが、非営利の国際調査報道グループ「アウトロー・オーシャン・プロジェクト」(OOP)の報告で明らかになっています。また中国の水産加工業で働く北朝鮮労働者の多くは女性で、OOPによる書面インタビューに対し複数の労働者は性暴力を含む人権侵害の実態を明かしています。報道によれば、「1日に16時間にも及ぶ厳しい労働を強いられ、休日は月に1日程度のこともある」、「業務と生活を監視する管理者にパスポートを預け、同伴なしで工場の敷地から出ることも認められていない」、「中国のテレビやラジオの視聴も禁じられている」、「ドル換算で月270ドル(約4万1000円)ほどの給与の大部分は北朝鮮側管理者によって朝鮮労働党関係機関などに上納される」、「集団生活で食費などを抜かれて労働者の手元に残るのは月30ドルにも満たない」といった状況のようです。さらに、書面を通じた聞き取りに対し、「20人の北朝鮮労働者のうち17人の女性が管理者から性被害を受けた」と証言しているともいいます。中国が8万~10万人の北朝鮮労働者を受け入れ、その多くが建設業や電子部品、衣料分野の製造業などに従事していることは以前から指摘されていましたが、(水産加工業における)こうした実態は明らかにされてこなかったところ、グローバル企業のサプライチェーンから強制労働などを排除するための人権デューディリジェンス(人権侵害リスクの把握及び防止)や監査の難しさを浮き彫りにしています。OOPが受け入れを確認した中国の水産加工工場の半分は、漁業の持続可能性を評価する国際的な第三者機関「海洋管理協議会」(MSC)による認証も取得していたといい、グローバル化した水産物市場の仕組みは非常に不透明で、真のトレーサビリティー(生産流通履歴)が欠如していることを目の当たりにし、認証の実効性に疑問符がつくところです。また、北朝鮮はコロナ禍を理由に約3年7カ月にわたって封鎖した国境を2023年から限定的に開放していますが、まだ多くの労働者が帰国を許されておらず、コロナ下の国境封鎖をはさみ、留め置かれた期間が8年以上と長期に及んでいるケースもあり、工場労働者の事情を知る複数の関係者は「労働者たちの精神的なストレスや不満は限界まで高まっている」と指摘している点も今後の大きな火種となる可能性秘めています(実際に、以前の本コラムで取り上げたとおり、北朝鮮労働者による暴動やストライキがあり、中国吉林省の工場で最初の大規模暴動が発生しています。なお、この件については、本国から管理監督責任を追及されるのを恐れて「北朝鮮側が自分たちに責任はないとことさらアピールしている」との報道も見受けられます)。人権侵害の観点では、中国による脱北者の強制送還についても懸念されるところです。米国務省は、ジュン・パク北朝鮮担当高官が、中国の劉暁明・朝鮮半島問題特別代表と東京で北朝鮮について協議、パク氏は、北朝鮮の「近隣諸国に対する挑発的で無責任な発言」を指摘し、露との軍事協力の深化に対する懸念を表明、さらに、対北朝鮮制裁を監視する専門家パネルの任期延長に対する露の拒否権行使が国連安保理の決議履行の取り組みを妨げると述べています。また「亡命希望者を含む北朝鮮国民の強制送還に関する米国の継続的な懸念を表明し、中国政府に対しノン・ルフールマン原則を順守するよう求めた」としています。国連規範のノン・ルフールマン原則は「拷問や残虐・非人道的・品位を傷つける取り扱い、刑罰その他取り返しのつかない危害を受ける国には誰も送還されるべきではない」ことを保証しているものです。なお、関連して北朝鮮は、米国が北朝鮮の人権を政治利用していると指摘し、政治的な挑発と陰謀だと非難しています。米国のターナー北朝鮮人権問題担当特使が2024年2月に韓国と日本を訪問し北朝鮮について協議したことに触れ、米政府が人権を侵略や敵対的、反北朝鮮的行動の道具としていることに対し、自国の主権と安全を守るため厳格かつ断固とした選択をするとしています。国務省が発表した年次報告書は、北朝鮮で違法な殺害や政府当局による拷問などが行われている報告を踏まえ「重大な人権問題」があると指摘しています。

また、中国各地にある北朝鮮レストランで、従業員が帰国したのに本国から新たに派遣できず、営業規模を縮小したり閉店したりする店舗が出ているといいます。外貨を稼ぎたい北朝鮮側は中国に派遣する労働者の入れ替えを望んでいるものの、思い通りに事は運んでいないようです。背景にあるのは国連の制裁で、北朝鮮の国外労働者をめぐり、国連安全保障理事会は制裁決議で2019年12月までに帰国させるよう加盟国に義務づけていますが、いまも中国には多くの労働者がおり、北朝鮮側は制裁を意識して研修などの名目で労働者を送り出し、中国側は事実上黙認してきたとみられています。前述のとおり、コロナ禍によって中国での滞在が全体的に長引いて労働者らの不満が高まり続けていることから、早期に人を入れ替えたいところ、労働者を帰国させた後に交代要員の受け入れを中国側に断られれば、外貨稼ぎに支障が出ることになります。まず交代要員を先に中国に送り出したいものの、中国側と話がついていない状況だといいます。それでも先送りになっていた労働者の帰国を完全に止めるわけにはいかず、中国で人手不足に陥っているというのが実態のようです。

北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)は、ミサイル総局が2024年4月19日午後に朝鮮半島西側の黄海上で、戦略巡航ミサイルの「超大型弾頭」の威力を確認する試験を実施したと報じています。新型の対空ミサイルの試験発射もしたといい、同通信は「新型兵器システムの技術を高度化するため」と強調し、目的が達成されたと報じています。「周辺の情勢には無関係の活動」だとも主張しています。巡航ミサイルは、低い高度を変則的な軌道で飛行できるため、北朝鮮は弾道ミサイルの開発に力を入れる一方で、攻撃手段の多様化を図るため、核弾頭の搭載を想定して巡航ミサイルの開発を進めている実態があります。在日米軍や韓国への攻撃が念頭にあるとされ、北朝鮮は2024年1~2月にかけても「新型兵器システムの高度化」などと主張して巡航ミサイルの試験発射を繰り返しています。さらに、同4月22日、北朝鮮が、北朝鮮国内陸部から少なくとも1発の弾道ミサイルを北東方向に発射し、最高高度約50キロで、約250キロ以上飛行したと防衛省が発表しました。ミサイルは朝鮮半島東岸付近の日本の排他的経済水域(EEZ)外に落下したとみられています。林官房長官は「弾道ミサイル発射は関連する国連安全保障理事会決議に違反し、国民の安全に関わる重大な問題だ」と非難し、北京の大使館ルートを通じて北朝鮮に厳重抗議したと明らかにしています。韓国軍合同参謀本部も、北朝鮮が首都・平壌付近から日本海に向けて短距離弾道ミサイルと推定されるミサイル数発を発射したと明らかにし、ミサイルは約300キロ飛行し、海上に落下したとしています。なお、朝鮮中央通信は、戦術核による反撃を想定し、「超大型ロケット砲」を発射する訓練を初めて実施したと報じています(発射されたロケット砲は600ミリ口径で模擬核弾頭が搭載され、352キロメートル先の目標に「命中した」とし、訓練を指導した金正恩朝鮮労働党総書記は「核戦闘武力の威力と効用は比類なく増大している」と述べたといいます。また、米韓両軍が行っていた合同演習を「軍事的挑発」と非難し、今回の訓練の目的について「敵に送る明確な警告信号」と主張しています)。さらに、金総書記が2024年4月25日に放射砲(多連装ロケット砲)の性能を確かめる試験発射に立ち会ったと報じられています。日米韓が短距離弾道ミサイルだとみる「超大型」のタイプより口径が小さい別の種類の砲弾で、韓国を狙う目的に加え、ウクライナに侵攻するロシアなどへの輸出用との見方もあり、注目されます。砲弾には「新技術」が取り入れられたといい、軌道の制御力を高めたとみられています。なお、同日は朝鮮人民軍の前身とされる朝鮮人民革命軍創建から92年の記念日に当たります。

一連のミサイル発射に関連して、米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は、北朝鮮が2024年4月下旬に北西部東倉里にある西海衛星発射場で、大型の液体燃料式ロケットエンジンの燃焼実験を実施したとの分析結果を明らかにしています。弾道ミサイルと人工衛星打ち上げロケットの開発を追求し続けていることを明確に示すと指摘しています。北朝鮮は2023年11月に軍事偵察衛星「万里鏡1号」を打ち上げ、2024年は3機の発射計画があり、日米韓が動向を監視しているところです。

北朝鮮の金総書記の妹、金与正党副部長は、2024年に入り米国が日韓と連携して共同訓練や軍事演習を繰り返していることに反発する談話を発表、「地域情勢は火が付いた導火線のようだ」とし、自衛のためとする北朝鮮の軍事力増強を正当化しています。金与正氏は、同4月2日に米空軍のB52戦略爆撃機と航空自衛隊のF2戦闘機、韓国空軍機が参加した訓練などを列挙し「ほぼ毎週、休む間もなく各種の軍事演習が行われている」と指摘、北朝鮮の安全を脅かす場合、米国と同盟国は「大きな危険に直面する」と警告、北朝鮮外務省の報道局対外報道室長も談話を出し、米国と韓国に「挑発行為の即時中断」を求めています。また、北朝鮮の国家航空宇宙技術総局は、米国と韓国が宇宙分野で協力を進めていることに反発する報道官談話を発表しています。偵察衛星の追加発射を念頭に、敵対勢力を監視するための「重大任務を計画通りに決行する」としています。談話は、米韓が2024年4月、衛星画像による情報に基づいて北朝鮮の軍事目標に打撃を加える訓練を強行したと指摘、米国は他国を制圧する軍事手段として宇宙空間を利用していると批判しています。さらに、米政府当局者は、米国がウクライナに対し最大射程300キロの地対地ミサイルATACMS(エイタクムス)」をここ数週間で供与したと明らかにし、ウクライナはこのミサイルを2度使用したといいます。これに対し、国防省高官は「米国はウクライナに長距離ミサイルを秘密裏に供給し、国際社会の不安と懸念をあおっている」と指摘、「どのような最新の兵器や軍事支援をもってしても、米国は英雄的な露の軍隊と国民を打ち負かすことは決してできない」と述べています。北朝鮮とロシアは軍事関係を強化しており、米国と同盟国は朝鮮半島の緊張をエスカレートさせていると指摘しています。

韓国政府は、北朝鮮による韓国の在外公館職員を狙ったテロ計画の情報があるとして、警戒のレベルを引き上げたと発表しています。韓国外務省によると、対象はカンボジア、ラオス、ベトナムにある大使館と、露・ウラジオストクと中国・瀋陽にある総領事館の計5カ所だといいます。韓国政府の警戒レベルは高い順に、「深刻」「警戒」「注意」「関心」の4段階あり、従来の「関心」を「警戒」に2段階引き上げています。北朝鮮のテロに備えて在外公館のテロ対策が強められたのは、2010年の韓国哨戒艦撃沈事件以来だということです。新型コロナウイルス禍の収束を受け、昨年後半から海外に長期滞在していた北朝鮮関係者の帰国が本格化、それに伴い、北朝鮮体制に疑問を抱いた北朝鮮の在外公館職員や留学生、貿易関係者など、エリート層の脱北が相次いでおり、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)によると、在外の北朝鮮国民を管理する北朝鮮当局職員は相次ぐ脱北について、中央政府に「外部の工作によるもの」と説明(責任転嫁の虚偽の報告を金総書記に上げたということ)、北朝鮮が「脱北を手助けした」として韓国職員に報復する恐れがあるといいます。すでに北朝鮮は該当地域に工作員を派遣し、韓国の公館への監視を強めるとともに「テロの標的となる韓国人を物色」するなど、具体的な活動に入っているということです。関連して、北朝鮮が2023年12月頃から、韓国につながる3本の道路すべてに地雷を埋めたことがわかったということです。金総書記は2023年末、韓国は「第一の敵対国」だと述べ、平和統一路線を放棄、2024年1月の最高人民会議(国会)では、南北交流の象徴と見なされてきた道路などを「回復不可能なレベルで、物理的に完全に切断」するよう命じていたもので、地雷の埋設で緊張を高める狙いがあると見られています。3本の道路はいずれも南北の対話や協力を象徴するルートだといいますが、将来、南北の対話や交流が再開しても、地雷の撤去や道路の復旧には相当な時間を要するのは確実と見られます。北朝鮮は地雷埋設に先立ち、南北非武装地帯(DMZ)でかつて撤去した監視所を2023年11月に復元、韓国側は、北朝鮮が段階的に韓国への圧力を強めているとみて警戒しているといいます。

韓国の警察当局は、北朝鮮の主要なハッキング組織が1年以上にわたって韓国の防衛企業に対して「徹底的な」サイバー攻撃を仕掛け、内部ネットワークに侵入して技術データを盗んでいたと発表しています。北朝鮮の情報機関とつながりのあるハッキング組織「ラザルス」、「キムスキー」、「アンダリエル」が韓国防衛企業のデータ管理システムに直接、あるいは下請け会社を通じて悪意あるコードを埋め込んだというものです。警察は韓国の情報機関や民間の専門家と協力し、IPアドレスやマルウエア(悪意のあるソフトウエア)のシグネチャーといった痕跡を基に3組織によるハッキングと特定しています。2022年11月に始まったサイバー攻撃の事例では、ハッカー集団が標的企業のインターネット網にコードを埋め込み、社内ネットワークを保護するセキュリティープログラムがネットワークのテストで一時的に解除された際に、社内ネットワークもマルウエアに感染したといい、ハッカーはまた、下請け会社の従業員が自分用と会社用の電子メールアカウントに同じパスコードを使っていたことを利用して防衛企業のネットワークに侵入し、企業秘密の技術データを奪取したとされます。また、直近では、韓国の聯合ニュースが、韓国の裁判所のネットワークが約2年間にわたり北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」によるとみられるサイバー攻撃を受け、個人情報を含む大量のデータが流出したと伝えています。報道によれば、ネットワークは2021~23年に侵入され、計約1014ギガバイトの分量に当たる資料が盗まれたとされ、内容が分かっている中には裁判当事者の陳述書や、債務、婚姻、診察などに関する個人情報が含まれているといいます。覚知やその後の対応の遅れなどのため、盗み取られた大半の資料は内容すら把握できない状態だといい、そもそものセキュリティの脆弱さに韓国国内で批判が集まる可能性があります。

北朝鮮は、新型コロナウイルス対策に伴う規制を解除し、各国との外交を再開、活発化させています。24年ぶりに北朝鮮訪問を予定しているロシアのプーチン大統領が先ごろ、金総書記に高級車をプレゼントしています。お気に入りらしく、金総書記はすでに専用車として使っていますが、ナンバープレートが注目されています。「7271953」は、朝鮮戦争の休戦協定が締結された1953年7月27日にちなんだもので、北朝鮮ではこの日を、米国を中心とする国連軍に勝った記念日「戦勝節」と呼んでいます。また、露のプーチン大統領の就任式に合わせて祝電を送り、「露の国家と人民のため、立派な成果があることを願う」と記しています。さらに、露で第2次大戦の対ドイツ戦勝記念日となる2024年5月9日に合わせ、8日にも祝電を送ったといいます。一方の露も、ペスコフ大統領報道官が、北朝鮮について「われわれの良き、有望なパートナーだ」と述べています。北朝鮮との2国間関係を評価しているとし、あらゆる方向で関係を発展させていくと強調しています。また、北朝鮮の外務省高官が北朝鮮を訪れているベラルーシのエフゲニー・シェスタコフ外務副大臣と、経済や文化などの面で二国間の協力を強化することなどを話し合ったといいます。さらに、モンゴルのフレルスフ大統領は、北朝鮮が故金日成主席の生誕記念日を迎えたことを受け、金総書記に祝電を送っています。フレルスフ氏は「都合の良い時期にモンゴルを訪問することを改めて招請したい」と記しているといいます。フレルスフ氏は過去にも祝電で訪問を求めたことがありますが、実現していません。両国は伝統的な友好関係にあり、2023年に国交樹立75年を迎え、フレルスフ氏は「訪問が両国の友好の新章を開く重要な意義を持つと確信している」と強調しています。2024年3月には北朝鮮高官がモンゴルでフレルスフ氏を表敬訪問していますが、2013年にモンゴルから当時のエルベグドルジ大統領が訪朝した際は、金総書記との会談が実現しませんでした。エルベグドルジ氏が滞在中に「いかなる暴政も永遠には続かない」と演説したことが問題視されたとの見方があるとされます。また、北朝鮮の朝鮮中央通信は、尹正浩対外経済相が率いる代表団がイラン訪問のために平壌を出発したと伝えています。両国は米国と対立する点で一致し友好関係にあり、両国間では軍事分野での協力も続けているとみられ、関係国が警戒しています。北朝鮮メディアが政府高官のイラン訪問を伝えるのは異例で、過去には2019年8月、最高人民会議(国会)副議長の訪問を報じたことがあります。韓国メディアは、ウクライナに侵攻したロシアを支援する目的で北朝鮮とイランが結束し、3カ国の軍事分野での関係が深まりそうだとの見方を伝えています。

北朝鮮の国営テレビが2024年4月、金総書記の新しい歌の放映を始め、ニュース番組では金総書記に「同志」を付けて呼ぶのに対し、この歌は「金正恩」と異例の呼び捨てとなっているといい、注目されています。北朝鮮に詳しい専門家は、「親しみやすい国父」のように演出し、民衆の統率を図る狙いがあるとの見方を示しています。金総書記は、韓国などの敵対勢力から「退廃的な文化」が流入し、社会主義体制が揺らぐことを警戒しているとされ、自国の文化・芸能を親しみやすい内容にし、外部の影響を受けにくくする目的があるとも指摘されています。

米国防総省による情報保全の資格制度「セキュリティー・クリアランス」の審査で、「米国と敵対するX国の独裁者と血縁の近い親族」であることを理由に30代女性に対し、最高度の「機密」を扱う資格が認められなかったことがあり、米国に亡命したこの女性は、北朝鮮の金総書記の血縁者だという説が出ています。公開された審査記録によると、女性は人権状況が劣悪で、国際テロを支援し、米国にサイバー攻撃を仕掛けている「X国」で生まれ、1990年代に両親と亡命し米国で市民権を取得後、家族全員、祖国との接触を断ったといいます。1998年に金総書記の母で元在日朝鮮人の故高英姫氏の妹、ヨンスク氏が夫や子供とスイスから米国に亡命しており、韓国に亡命した北朝鮮の太永浩元駐英公使は「(この女性は)ヨンスク氏の娘の可能性がある」と指摘しています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例の改正動向(島根県)

近年の暴力団を取り巻く情勢の変化に応じた規制を強化するため、島根県暴力団排除条例の一部を改正し、2024年7月1日から施行されます。主な改正内容は、(1)青少年を暴力団事務所へ立ち入らせることを禁止、(2)暴力団事務所の開設・運営の禁止、(3)暴力団排除特別強化地域の指定となります。

▼島根県警察 島根県暴力団排除条例の改正について

「青少年を暴力団事務所へ立ち入らせることを禁止」として、暴力団員が、正当な理由がある場合を除き、18歳未満の青少年を暴力団事務所に立ち入らせることを禁止、違反には中止命令又は再発防止命令を発出、命令違反には罰則(6月以下の懲役又は50万円以下の罰金)が科せられます。「暴力団事務所の開設・運営の禁止」では、現状、学校や図書館等の保護対象施設の周囲200メートルにおける開設・運営を禁止し、違反した場合は罰則(直罰)という「点」での規制であるところ、改正後は、現行の保護対象施設に「都市公園」を追加都市計画法に規定される用途地域(工業専用地域を除く)における開設・運営を禁止、違反した場合は中止命令を発出、命令違反には罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が科せられるという「面」の規制となります。さらに、「暴力団排除特別強化地域の指定(利益供与の規制強化)」については、暴力団の排除を特に強力に推進する地域として、松江市と出雲市の繁華街等を「暴力団排除特別強化地域」に指定、同地域の風俗営業や飲食店営業を「特定営業者」に指定し、同地域における暴力団員と特定営業者の間のみかじめ料等の授受を禁止するもので、違反した場合は双方に罰則(ただし、特定営業者のみ、自首減免規定あり。1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が科せられます。

(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(京都府)

暴力団組員に2000万円を提供したとして、京都府公安委員会は、京都府暴排条例に基づき、大阪市都島区の建設会社に対して利益供与をやめるよう勧告しています。従わなかった場合、事業者名や違反内容が公表されることになります。報道によれば、同社の役員が2023年5月9日、京都市下京区で指定暴力団組員(賭博開帳図利などの罪で起訴)に2000万円を提供し、暴力団の活動を助長したといい、同社は「トラブルの際に助けてもらおうと思った」と説明しているといいます。金銭授受は暴力団組員の男らが関わった野球賭博事件の捜査で発覚したということです。

▼京都府暴排条例

同条例第16条(利益供与の禁止)において、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等(暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者を含む。第22条第1項及び第2項並びに第23条第1項において同じ。)に対し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる金品その他の財産上の利益(以下「金品等」という。)の供与を行ってはならない」と規定されています。そして、第23条(勧告)において、「公安委員会は、第15条又は第16条の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者又はその相手方となる暴力団員等に対し、必要な勧告をすることができる」と規定されています。

(3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(群馬県)

群馬県警渋川署は、暴力団対策法に基づき、松葉会傘下組織幹部に対し、群馬県内在住の20代男性に組織への加入の強要や勧誘をしないよう中止命令を出しています。報道によれば、同幹部は2024年4月1日、面識のあった男性に対して「親子の杯があるから体を空けといてくれ」などと言い、組員になることを強要したとされます。男性が同署に相談して発覚したとのことです。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

同法第十六条(加入の強要等の禁止第2項)において、「前項に規定するもののほか、指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない」と規定されています。そして、第十八条(加入の強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をしており、その相手方が困惑していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項(当該行為が同条第三項の規定に違反する行為であるときは、当該行為に係る密接関係者が指定暴力団等に加入させられ、又は指定暴力団等から脱退することを妨害されることを防止するために必要な事項を含む。)を命ずることができる」と規定されています。

(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(山梨県)

山梨県笛吹市にある会社の役員に金品などを不当に要求したとして警察は、稲川会佐野組幹部などに暴力団対策法に基づく中止命令を出しています。報道によれば、2024年4月16日に笛吹市内にある会社で、この会社の役員に対し同幹部が、実際には仕事に関与していないにも関わらず、「手伝ったので、金を払え」などと不当に金品などを要求したということです。また、その場には、無職の男もいて不当な要求を助ける行為をしたということです。会社役員からの届け出を受け警察は、暴力団対策法に基づき幹部に会社役員に対して不当な要求を継続することや要求する目的で電話や面会を求めてはならないという中止命令を出したほか、無職の男に対しても、不当な要求の助けをしてはならないという中止命令を出しています。

暴力団員については、同法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。また、暴力団員以外についても、第十条(暴力的要求行為の要求等の禁止)第2項において、「何人も、指定暴力団員が暴力的要求行為をしている現場に立ち会い、当該暴力的要求行為をすることを助けてはならない」と規定されています。そのうえで、第十二条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、第十条第二項の規定に違反する行為が行われており、当該違反する行為に係る暴力的要求行為の相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該違反する行為をしている者に対し、当該違反する行為を中止することを命じ、又は当該違反する行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(兵庫県)

指定暴力団組員との関係をちらつかせて金品を要求したとされる男性に対して、兵庫県公安委員会は、暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。報道によれば、男性は223年12月に知人女性、2024年1月に知人男性にそれぞれ不当に金品を要求し、2月22日に明石署長と生田署長から中止命令を受けていたものです。再発防止命令の期間は2025年4月24日までの1年間で、根拠なく他人に金品を要求したり、その目的で連絡したりすることなどが禁止され、違反すれば3年以下の懲役または250万円以下の罰金が科されることになります。兵庫県内での同命令は、2022年3月以来約2年ぶりといいます。

指定暴力団員以外の者が、指定暴力団員の行う暴力的要求行為と同様に、暴力団の威力を示して暴力団対策法第9条に掲げる不当な要求行為(27類型)を行うことを「準暴力的要求行為」といい、同法第十二条の六(準暴力的要求行為に対する措置)第2項において、「公安委員会は、前条の規定に違反する準暴力的要求行為が行われた場合において、当該準暴力的要求行為をした者が更に反復して当該準暴力的要求行為と類似の準暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、その者に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、準暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

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