クレーム対応・カスタマーハラスメント対策トピックス
【緊急レポート】東京都カスハラ防止条例の概観と対策の方向~「従業員カスタマーハラスメント対応相談窓口」のあり方~
総合研究部 上席研究員 宮本知久
10月4日、東京都カスタマー・ハラスメント(以下「カスハラ」)防止条例(以下「都条例」)が可決、成立した。来年4月1日施行となる。都内の事業者はカスハラ防止に必要な体制整備に努めなければならない。また、他の道府県でも同様の条例制定の動きがあるうえ、厚生労働省が労働施策総合推進法改正案の検討に入っており、法制化も進むことが予想される。現時点では、鉄道や航空、ホテル等、公共性の高いサービス業で先行して取り組みが進んでいるが、他の業界にも広がっており、都条例の成立は企業の取り組みを更に加速させている。
そこで、今回のレポートでは、都条例が要請している事業者の措置等の概観と、事業者が講じるべき従業員ケア・フォロー策のうち「従業員カスハラ対応相談窓口」の運用についてのポイントを紹介する。
皆さまの会社での顧客対応体制強化、危機管理強化の一助になれば幸いである。
1.東京都カスハラ防止条例の概観
都条例は、基本理念に「社会全体でカスハラの防止を図るとともに、その防止にあたっては、顧客等と就業者とが対等の立場において相互に尊重しなければならない」と定め、事業者だけに責務を課すのではなく、客、従業員、事業者が一体となって防止に取り組むことを求め、それぞれに責務を規定している。すべての人にカスハラを禁止する規定と、客にも責務を課している点は特徴といえる。
【禁止規定】
何人も、あらゆる場において、カスハラを行ってはならない。
【各主体の責務】
客の責務 | カスハラへの関心と理解を深め、就業者に対する言動に必要な注意を払うよう努める |
従業員の責務 | 顧客等の権利を尊重し、カスハラへの関心と理解を深め、カスハラの防止に資する行動をとるよう努める |
事業者の責務 | カスハラを受けた就業者の安全を確保し、顧客等に対し中止の申入れ等の措置を講ずるよう努める 従業員が顧客等としてカスハラを行わないように、必要な措置を講ずるよう努める |
事業者の責務については、従業員の安全の確保と、客にカスハラをやめるように必要な措置、つまり、毅然と要求等を断ることとあわせて、客にカスハラ行為をやめるように申し入れても態度が改まらない場合、警察へ通報を行うなどの対応が考えられる。加えて、従業員が客として他の事業者にカスハラを行わないように指導、教育することも責務とされている点に注意が必要だ。この点、社会全体でカスハラの防止を図るという基本理念に沿った内容だと言える。
▼東京都カスタマー・ハラスメント防止条例 東京都議会
2.東京都カスハラ防止条例における具体的な事業者の措置
事業者が行うべき措置について、都条例第14条を踏まえた要点をまとめると次のとおりである。なお、取り組み例は、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」でも例示されている。
組織体制の整備 |
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従業員のフォロー・ケア |
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マニュアルの作成 |
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マニュアルの周知を含めた指導、教育、研修 |
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(※)エスカレーションとは、上位者が交替して対応にあたることを指す。
社内体制構築にあたっては、これらの対策項目を骨組みとして進める必要がある。事業者が手引(マニュアルやガイドライン)を作ることを措置の例示としている点が特徴といえる。企業では、口承伝達でクレーム、カスハラ対応のノウハウを共有していることもみられるが、この機にマニュアル化するのがよい。
(事業者による措置等)
第14条 事業者は、顧客等からのカスタマー・ハラスメントを防止するための措置として、指針に基づき、必要な体制の整備、カスタマー・ハラスメントを受けた就業者への配慮、カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成その他の措置を講ずるよう努めなければならない。
2 就業者は、事業者が前項に規定するカスタマー・ハラスメント防止のために手引を作成したときは、当該手引を遵守するよう努めなければならない。
▼東京都カスタマー・ハラスメント防止条例 東京都議会
▼カスタマーハラスメント対策企業マニュアル 厚生労働省 2022年2月
▼カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(2022年3月)正誤表
3.企業が講じるべき対策の方向 ~7つの柱~
都条例や厚労省のマニュアルを踏まえ、当社で提唱しているカスハラ対策に必要不可欠な対策「7つの柱」を紹介する。7つの柱に照らして、各対策の導入と強化を検討していただくことをおすすめする。
【7つの柱】
- 自社のカスハラ被害・実態の把握
- カスハラ対応ポリシーの制定・明確化
- カスハラへの対応要領の明確化
- マニュアルの作成
- カスハラに関する研修の実施
- カスハラ対応時のフォロー・サポート体制の整備
- メンタルケア、従業員の保護対策の整備と運用徹底
この7つはカスハラの対策のみならず、企業が顧客満足を追求するため、また正当なクレームに誠実な対応を実現するための社内体制整備の項目とリンクしている。方針策定やマニュアル、研修など総合的な顧客対応力強化もあわせて検討してみてほしい。
顧客対応の現場において、カスハラをしようと強く心に決めて店に赴いたり、突然、カスハラを思いつき電話をかけたりする客は、ごく一部であり、実際には、客が店やサービスに不満を感じ始めたあと、その不満が企業によって解消されずに溜まったことで噴出する。客が店員に不満を話しはじめたあと、店員からの的を射ない返答で苛立ち、結果的にカスハラに至るケースが代表的といえる。現場では、このような“怒るつもりのない客を怒らせてしまう問題”も多い。7つの柱にそって、従前から取り組んでいる顧客対応の見直しやクレーム・カスハラの予防にも取り組んでいただきたい。
さて、7つの柱のより詳しい解説は、別のコンサルタントが『クレーム対応・カスタマーハラスメント対策トピックス』のコラムで解説しているため、こちらもぜひご確認いただきたい。
▼実行性のあるカスハラ対策~7つの重要な柱~ 総合研究部 専門研究員 森田 久雄
4.「従業員カスハラ対応相談窓口」のあり方 ~2種類の機能の具備~
都条例も厚労省のマニュアルも事業者が行う対策の方向として、カスハラの被害に遭った従業員のケア・フォローを要請していることに変わりはない。企業ではこの機に「従業員カスハラ対応相談窓口」の設置、導入の検討をはじめているところも多いと聞く。そこで、設置する相談窓口のあり方について述べる。
筆者は従業員カスハラ対応相談窓口を機能させるにあたって、次の2種類の機能を具備する必要があると考えている。
A 対応法の相談窓口 | B 被害救済のための相談窓口 | |
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窓口の概要 | 発生したカスハラ事案の収束に向けた対応のアドバイスが受けられる相談窓口 | カスハラ被害に関する悩み(事案や業務を原因として精神的負担を感じる等)に対するアドバイスやサポートが受けられる窓口 |
相談者への助言の方向 | 顧客対応の助言と支援 | 被害者に対する人事面からの助言や支援 |
助言・支援の例 |
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相談対応者に備わっておくべき主なスキル |
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また、特に、「B 被害救済のための相談窓口」の実効性を考察すると、プライバシー保護、不利益取扱い禁止を含めた「相談者の保護」を講じる必要がある。保護がなければ次のような相談は上がってきにくいばかりか、相談者との労務トラブルにも発展しかねない。
- 女性(相談者)が男性顧客からストーカーめいたアプローチを受けて悩んでいる
- 相談者は上司にカスハラ対応の相談を行ったが、上司が取り合ってくれず、顧客からのカスハラが続いている
この点から、窓口の運用は、内部通報窓口や労務リスク対策のノウハウを盛り込み検討すべきだろう。
しかし、多く企業では、上のAとB両方の機能とスキルを備えた窓口を設置すること自体が、悩ましい問題なのではないかと感じている。既設の内部通報窓口に一本化する場合、内部通報窓口の担当者(公益通報対応業務従事者)にカスハラ対応のスキルを習得してもらわなければならない。一方、カスハラ対応法の相談窓口に被害救済のための相談業務を担ってもらうとすれば、人事労務制度やプライバシー保護などの実務的な知識を習得してもらわなければならない。両面を兼ね備えた従業員を育成する研修プログラムを用意している会社は少ないであろう。
そこで、2種類の窓口を分けて設置、運用する、またはBの被害救済のための相談窓口設置しAの対応法の相談が入った場合、社内の関係部署と連携して相談者に助言を行うといった運用が妥当ではないかと思う。各相談事案に応じて、個別に対応法を検討、決定することが理に適っていると言えるだろう。
5.カスハラ対策と合わせて検討すべきリスク対策
おわりに、リスクマネジメントの専門会社として、カスハラ対策に向けた社内体制整備を進めていく中で、関連して検討が必要になると思われる事項について紹介し、問題提起しておきたい。「あれもこれも注意しろということか…」と読めてしまうかもしれないが、各社で具体的なカスハラ対策の議論が進めば避けられない問題と考えられるため、ご一考いただきたい。
(1)カスハラ客の個人情報管理~要配慮個人情報との関係整理~
カスハラ客の個人情報が要配慮個人情報に該当するかは、個人情報保護法や個人情報保護委員会のガイドラインの解釈に委ねられるが、人の犯罪歴は要配慮個人情報にあたるため、暴行や脅迫、恐喝、威力業務妨害などの言動を行うカスハラ客の個人情報も要配慮個人情報に準じて厳密に管理することが望ましいだろう。
また、カスハラ客から保有個人データの利用停止請求(いわゆる削除請求)があった場合、どのように取り扱うかは検討もあわせて必要であろう。
(2)カスハラ客が製品事故を申し出た際の対応~消費者保護・製品回収等のルールとの整合~
多くの企業、また厚生労働省のカスハラの定義では、客が「当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」、すなわち暴行や傷害、精神的な攻撃などの具体的行為を定めている。この定義は必要だ。
しかし、この定義の適用には、事案ごとで個別具体的な検討を欠かしてはならない。
例えば、客が自社の製品を使用して損害と不利益を被り、その損害の解消を主張するにあたって購入店の店員に定義の行為に及んだとする。このとき、客が主張する損害と不利益が自作自演で企業側にまったく責任がない場合は、毅然と要求を断ってよい。
一方で、企業側に損害を生じさせた原因がある場合、定義の行為があったからという理由だけで、客が被った損害を補う責任を免れるか否かは、慎重に検討すべきである。またこのケースでは、企業はこの客から製品を預かって事故原因の調査を行うなど、市場に流通した当該製品の自主回収、消費者保護を見据えた対応も検討すべきといえる。このように、事案の内容を踏まえず「カスハラ客の行為だけが定義に該当しているからすべての要求を断ってよい」と単純に決定することはリスクになりうると考える。
【例】
化粧品を使用した客が皮膚に疾患を発症し、その疾患の原因は、化粧品の製造過程で健康被害を発する成分が混入したことが原因の場合、企業は健康被害を解消するための治療費等を、責任の範囲に応じて支払う必要が認められる。ひどく怒鳴っている客だとして、その場は毅然と要求を断るべきだが、後日にわたって、企業が負わなければならない責任の範囲を含めて拒否し続けられるかは、個別に検討しなければならない。
(3)カスハラ客がSNSに誹謗中傷などを投稿したときの対応~インターネットリスクからの従業員の保護と広報対応の準備~
カスハラ客は次のようにSNSを使って従業員や企業を責めることがある。
- 従業員の顔写真を隠し撮りし、投稿して罵倒する
- 商品の写真を投稿して店の悪評を流す
- いわれのない噂話を事実のように流布する
SNSを悪用されたカスハラの被害者にとっては、インターネット上で半永久的に自分の個人情報等が残る被害を受ける。また、企業の誹謗中傷は、客の投稿に呼応して他のSNSユーザーが多くの投稿を重ね、自社のブランドが毀損されることも想定され、いわゆるSNS炎上事案も起こりうる。
これらを踏まえると、SNSによるカスハラ被害者のフォロー、ケア計画の策定、被害者を守るための損害賠償請求の準備、投稿されたサイト運営者への投稿の削除要請手順の把握、カスハラ事案発生時のSNSモニタリングの強化、SNS炎上事案対応体制の整備なども検討が必要になると考える。
今回のレポートでは、都条例施行を見据えたカスハラ対応体制強化のポイント、中でも「従業員カスハラ対応相談窓口」を中心に解説した。ぜひ参考にしていただきたい。