HRリスクマネジメントトピックス

コンプライアンスやリスク管理に関するその時々のホットなテーマを、現場を知る
危機管理専門会社ならではの時流を先取りする鋭い視点から切り込み、提言するコラムです。

三匹の社労士・HRリスク相談室(3)「安易に解雇を求める現場管理職」(2018.7)

三匹の社労士・HRリスク相談室(3)
「安易に解雇を求める現場管理職」

 エス・ピー・ネットワークに生息する三匹(?)の社労士が、職場における、「人」にまつわる様々なお悩みの解決を目指し、初動対応や法的な責任、再発防止など、三匹それぞれの観点からコメントします。

【プロフィール】

イヌ社労士:

 公認不正検査士という顔も持ち、自慢の嗅覚で「事件」の裏側を読み解く(やや偏屈)。

クマ社労士:

 鮭をもらった恩は一生忘れない。法律も大事だけど・・・義理とか人情とかも好き。

ネコ社労士:

 猫なで声と鋭い爪をあわせ持ち、企業内での人事実務経験が豊富。産業カウンセラーでもある。

今月のお悩みは、こちら。

人事部門の担当者です。営業部門の偉い人(部長です)から、相談というより一方的に「確認しといてくれ」と、次のような話が来ています。どのように回答したらよいでしょうか?

 営業部のA課長について相談です。入社から20年、営業一筋でそれなりに成績も残してきましたが、この数ヶ月は私生活の乱れが影響しているようで、重大な失敗を繰り返しています。1ヵ月ほど前には大口の取引先との打合せを寝坊ですっぽかしました。幸い大事には至りませんでしたが、その後も別の取引先に金額を間違えた見積書を提出してあわや大損害になりかけ、昨日は新規の訪問アポイントをすっかり失念したらしく、またすっぽかしました。これらのミスのたびに私から厳しく叱責し、それぞれ始末書を提出させてあります。それから「次回、同じようなミスがあった場合にはいかなる処分もお受けします」との一筆も取ってあるので、次に何かあった場合はクビで問題ないですね?回答よろしく。

【ネコ社労士】

 これは怖い!解雇は、これほど安易にできるものではないし、すべきでもないと思いますよ。ひとまず、人事部門の担当者さんが、これから行うべき「初期対応」について考えてみます。

<A課長の事情確認>
 入社20年、営業として実績を上げていた方が、急にどうされたのでしょう。「私生活の乱れ」とありますが、まずはその事情を確認しましょう。
 会社として、「解雇」は最後の手段です。事情も把握せずに、ただ「ミスがある」と、表面的な事象だけを見て解雇するのは、軽率すぎます。ご自身の体調の問題であれば、休職して治療に専念していただくことも考えられますし、ご家族の介護などで睡眠が妨げられている等の事情があるならば、介護休業の取得も考えられます。まだまだ会社として、「解雇回避の手段がない」とは言えないはずです。
 A課長の勤怠の記録から、「欠勤」や「遅刻」「早退」等が増えていないか、まず確認しましょう。おそらく何か勤怠に影響が出ているはずです。勤怠の悪化が認められれば、それを理由に「どうされましたか?」と本人に確認することは、人事としてはとても自然な声掛けです。営業部長からの依頼について口に出せば、A課長も身構えてしまいますので、人事として「普通に行うべき声掛け」からはじめましょう。
 具体的な事情がわかれば、それに応じて、「どうしたら仕事を支障なく出来るようになるか」の視点から、対策を考えることになります。

<部長の言動を確認>
 営業部長の様子からすると、執拗な退職勧奨やハラスメントを行っていないか、非常に心配になります。A課長の事情を把握するのと並行して、営業部長がどんな言動をとっていたかも、会社としてきちんと把握すべきです。
 営業部長としては「指導」のつもりでも、ただミスを叱っただけでは、ミスをなくすための「指導」とはなりません。「気をつけろ!」「はい!」でミスがなくなりますか?多少は減るかもしれませんが、根本的な解決にはなりませんよね。ミスをなくすには、ミスしないようにするための「具体的な方策」が必要です。その方策を一緒に考えようともせず、ただ叱ったり、始末書を書かせたり、ましてや厳しい処分をにおわせる「一筆」を取ったりすれば、それは「指導した」という記録ではなく、「ハラスメントをした」証拠にもなり得ます。
 営業部長の言動は、かなりリスクが含まれていると思われます。会社として、そのリスクの程度を把握しておく必要がありますので、営業部長に対しても、「いつ、何をしたか」「何に対し、どんな発言をしたか」等、まずはしっかりヒアリングをしましょう。はじめから責めるような聴き方をすれば、営業部長は、自己保身のために本当のことを話さなくなる可能性も高いです。まずは冷静に「聴く」に徹し、よく聴いた上で、何が問題か、これからどうすべきかを、伝えていくことが望まれます。

【クマ社労士】

 私は、法的リスクを考えたいと思います。法解釈はそれぞれの会社の顧問弁護士さんにお願いするとして、以下の内容は一般論であることを申し添えます。

<安全配慮義務違反>
 本事例において、真っ先に思い浮かぶのは、安全配慮義務の部分でしょう。ご承知のように、労働契約法第5条には、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とあります。「一般職」と「使用者」であれば、部門全体を預かる部長は「使用者」の方に近い立場と言えます。そのため、安全配慮義務という視点は、部長という立場上避けては通れないでしょう。部長としては、予算等の数値目標のみならず、課長以下の課員の心身の健康・安全に配慮する義務を負うと言えます。課長の職務遂行能力の著しい低下の原因が私傷病か業務上の理由かは別途検討が必要ですが、少なくとも当該部長の言動は、安全配慮義務を果たしているとは言い難い側面があります。
 一方で、一般的にインターネット等でしばしば見受けられる「指導履歴」を積み上げるために、部長としては、「これらのミスのたびに私から厳しく叱責し、それぞれ始末書を提出させてあります」としてきたのでしょう。ただし、このような「指導履歴」としての始末書の提出は、職務遂行能力の低い(あるいは何らかの理由で低下してしまった)社員の状況把握や、会社としての判断(今後どうしていくのか、例えば休職を促すのか、部署を異動させて心機一転をはかるのか、あるいは現状の部署のままで負荷を軽減しつつ回復を図らせるのか等)の後でなければ、なかなか難しいのではないでしょうか。管理職と管理部門が一枚岩に「なっていない」状況で、先行して実施することは返ってリスクになりかねません。安全配慮義務を念頭に置くのであれば、まずは本人(今回は課長)の状況確認とともに、今後どうしていくのかの方向性をある程度見定めてから行動することが望ましいのかもしれません。

<不当解雇や執拗な退職勧奨>
 ご承知のように、労働契約法第16条には、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」とあります。多くの皆さまがご認識のように「解雇」として表面化することが少なく、多くの場合には「自己都合退職」として処理されているのではないでしょうか。しかし、その水面下では、「もし労働審判や裁判になったら」という側面から当該解雇が不当解雇と判断されない(解雇として成立すると思われる)程度の証拠を集めて、自己都合退職へ促しているという現実もあるでしょう。
 今回の問題点としては、当該部長が管理部門と協調しないままにこれらの手続きを進めようとしている点だと言えます。当該部長が管理部門を軽視してしまっていることが危惧されます。これまでの同様のケースで「最後の最後に管理部門に言っておけばいいだろう」くらいの認識である場合が危険です。不当解雇の問題は当然ながら、執拗な退職勧奨、それらに結び付けるための「過小な要求」や「人間関係からの切り離し(*1)」 などが横行していた可能性を排除しきれません。

<パワハラの間接的被害>
 上記視点に付け加えるならば、本コラム6月号でイヌ社労士が言及していた「パワハラの間接的被害」があります。その内容を引用すると、「最高裁は今年の5月17日、たび重なるパワハラ発言による精神的苦痛を原因とした従業員らによる損害賠償請求訴訟について、直接の被害者らのみならず、当該発言を身近で聞いていた同僚についても被害を認めた東京高裁判決について会社側の上告を棄却、これによりパワハラの間接的被害を認める判決が確定しました。」になりますので、ぜひご参照ください。

<中間管理職の疲弊~名ばかり管理職問題のしわ寄せ~>
 最後に、少し脱線するかもしれませんが、名ばかり管理職の問題を検討したいと思います。この言葉が世間をにぎわせたのは、10年程前でした。ご承知のように、労働基準法第41条には、「(略)労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。(中略)二、事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者(略)」とあります。このうち、「監督若しくは管理の地位にある者」は、管理監督者と呼ばれ、労働時間、休憩、休日の適用除外、一般的には(深夜手当を除く)割増賃金の対象外、いわゆる「残業代が出ない」役職となります。
 一見すると本事例と名ばかり管理職には関連性が薄いように思われます。しかし、現実にグレーゾーンの中で確実に存在する名ばかり管理職は、日頃中間管理職として部下と上司の間のまさにパイプ役としてストレスを一手に引き受ける存在と言えます。日常業務では忙殺されているのか、考えないようにしているのはわかりませんが、本事例のように心身の健康を害するような一定の限界点を超えた時、日頃蓄積してきた鬱憤が噴火する事例に触れることがあります。
 最悪な状況としては、背景に中間管理職とその上層部、そして管理部門が「一枚岩」ではなく、「いつはしごを外されるかわからない状況」の中で中間管理職がパイプ役を務め続けているような場合です。そうしますと、これまで「考えないようにしてきた/考える余裕がなかった」こと、すなわち未払い残業の問題が一気に顕在化することをリスクとして認識しなければなりません。「自分は名ばかり管理職なのだから、事実上一般職と同じ。だから、残業代を請求し尽くして辞めてやる」といった具合です。
 そして、それは本事例の部長、課長の関係性のみならず、部下にも悪影響を及ぼします。トカゲのしっぽ切りを目の当たりにするのですから。

 以上のように考えてみました。職制のラインのみならず、管理部門との連携、そして昨今は「パワハラの間接的被害」にも目配せが必要だと思います。

【イヌ社労士】

 ネコ社労士、クマ社労士が指摘しているように、本事例は既に危険な段階に至っているようです。営業部長もさすがに心配になってきて、自己保身のために遅ればせながら管理部門の言質を取り付けに来た、というのが真相かもしれません。
 このようなことが社内で横行し、労務トラブルが頻発するようになっては、組織は疲弊し、人材の流出や士気の低下により、業績面への影響も避けられないでしょう。そこで、私からは再発防止の観点を含めた今後の対応について触れておきたいと思います。

<部長、ルールをご存知ですか?>
 A課長の度重なる失態に対し「それぞれ始末書を提出させてあります」とドヤ顔の営業部長ですが、そもそも部長の一存で始末書を書かせることはできるのでしょうか。まずは会社の就業規則を確認いただきたいのですが、細かな用語の問題は割愛するとして、一般に始末書の徴取は会社の懲戒権と結び付けられています。それは、始末書が単なるミスの報告(顛末書など)にとどまらず、自己の非を認めて謝罪し、再発防止を誓約するという反省文の性質を併せ持つものであり、会社は業務命令権の一環として事実確認と原因究明を目的とした顛末書の提出は求め得ても、反省を強要することはできないからです。
 始末書が懲戒処分である限り、従業員は就業規則を通じて、予め「何をしたときに」(懲戒事由)「どのように処分されるのか」(懲戒手続)などを知り得る状況にあることが前提であり、これらに反した処分は無効となります。営業部長が管理部門の知りえないところでせっせと書かせていた始末書は無効の可能性が高く、ルールに反して謝罪を強要したコンプライアンス違反であることは勿論、そうまでして執拗に取り付けた始末書は、ネコ社労士指摘のとおり、まさにハラスメントの証拠になりかねません。
 最近では委員会制度等による公正な懲戒手続を導入される会社が増えてきましたが、中には懲戒処分を行った経験がないといった平和な会社がある反面、逆にその不慣れさも手伝って、当該営業部長のような独断がまかり通っているケースもまだまだ見聞きします。幹部社員は、それが人権侵害にも該当し得る重大なコンプライアンス違反であることの認識を共有する必要があります。

<職場環境を把握しよう>
 営業数字の達成は企業の成長にとって必要に違いありませんし、ミスの防止を求めることも当然です。しかしながら、管理職が営業成績の至上主義に陥り、従業員の人格を無視した指導を行えば、従業員もまた数字がすべてという感覚に変わっていきます。こうしたプレッシャーは不正の重大な要因となり、お客様を騙してでも数字を取る、会社に将来的な損害を与えても構わないから今月の数字を上げる、といった誤った判断を招くことにつながりかねません。そこまでには至らなくても、心身の不調をきたしたり、退職してしまったりといった従業員も出てくるでしょう。
 本事例でも、管理部門としては当該営業部門の職場環境を早期に把握し、対策を講じておくことで、ひょっとしたらA課長の異常を予防できたか、少なくとも初期段階で対処することができたかもしれません。仮にA課長の異常は私的な面の影響が大きかったとしても、この営業部長のもとでは、職場環境に何らかの問題が生じ、従業員のコンプライアンス意識の低下や心身の異常などが進行していることが懸念されます。
 職場で起きている問題の把握手段としては、多くの会社で改めて活性化の促進されている内部通報制度が代表例として挙げられます。当社の「リスクホットライン」でも、上司との人間関係に関する通報は全体の4割を超える多数を占め、深刻な相談が寄せられることが少なくありません。ただし、内部通報制度はいかに活性化を図ろうとも、最終的にはやはり従業員からの自発的な訴えを待つものであり、すべての率直な声を吸収できるわけではありません。
 そこで有効なのは、従業員の声を会社側から取りに行く職場環境調査や従業員意識調査などのアンケートでしょう。ストレスチェックにおける組織分析なども有効に活用し、複数のチャネルを通じて「職場の現状」を継続的にモニタリングしていくことが、不正防止等のコンプライアンスの面からも重要なのです。

<管理職のコンプライアンス意識を高めよう>
 以上のように、本事例はひとりA課長における異常と、その管理者である営業部長の問題にとどまらず、当該企業全体のコンプライアンス意識の低下や人材流出にも発展し得る危険性を示唆しています。当該営業部長が社歴の長い人物だとすれば、それを生み育てたのは会社であり、そして同じような思考の社員が拡大再生産され、会社の風土まで形成していきます。労務トラブルは頻発し、社会からの信用を損ねるような不祥事も、いつ発生してもおかしくない状況になりかねません。
管理部門としては、まずはA課長の問題について適切に対処しつつ、これを端緒として、改めて管理職を中心とした社員のコンプライアンス意識の向上を図ることが必要でしょう。
 コンプライアンス意識には、まず知識の習得が必要です。当該営業部長も、自身の行為がルールの逸脱どころか人権侵害に該当しかねないものであることや、組織全体に悪影響を及ぼす可能性を知ったならば、劇的な変化も期待できるかもしれません。意識とはそうたやすいものではないかもしれませんが、正しい知識に基づき継続した研修等を重ねることで、風土そのものを健全化していくことが重要です。人事担当の方、頑張ってください。

 「HRリスク」とは、職場における、「人」に関連するリスク全般のこと。組織の健全な運営や成長を阻害する全ての要因をさします。

 「HRリスク」の低減に向けて、三匹の社労士は今日も行く!

※このコーナーで扱って欲しい「お悩み」を、随時募集しております。

———-【参考資料】————

(*1) 厚生労働省 あかるい職場応援団「パワハラの6類型」本文へ戻る

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