SPNの眼

労務管理の変化局面における「労務クライシス」の予防(2015.2)

2015.02.04
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1.労働政策から読み解く当面の課題

 平成27年が幕を開けて早や1ヵ月であるが、労務管理分野では年明け早々から注目を集めるニュースが続いた。まず元旦から早速、日本テレビがニュース24で、労働政策審議会が1月中にも「残業代ゼロ制度」の詳細案をとりまとめ、その結果が労働基準法改正案として本年の通常国会に提出される見込みであると報じた。その後、日本経済新聞が1月8日朝刊において「年収1075万円以上の専門職対象 労働時間規制外す」と一面トップで扱い、「働く時間ではなく成果で賃金を払う『ホワイトカラー・エグゼンプション』の制度案」を厚生労働省がまとめたと報じ、耳目を引くこととなった。

 また、裁量労働制が提案型営業職等へ拡大される、あるいは会社に一定日数分の年次有給休暇を時季指定することが義務化されるなどの情報が年初から相次ぎ、企業にとっても働く側にとっても労働政策の変化が気になる一年との印象を与えたことであろう。

 後述する通り、こうした動きはアベノミクス成長戦略の具現化の一つと捉えられ、今後の数年においては、企業の生産性向上と外国資本の対日直接投資拡大を目的とした労働市場のグローバルスタンダード化が、急速に進展するものと考えられる。

 企業としては、こうした変革の流れを捉え、事業拡大に向けて活用して行かねばならないが、一方ではその反動として生じ得るリスクを予見し、対策を講じつつ臨まなければ変化の荒波に呑まれかねない。「労務クライシス」である。

 そこで、この労務管理の変化局面において、政策・法令・行政の対応等の変化の文脈から想定すべき危機管理のポイントを読み解くべく、3回にわたりSPNの見方を解説してみたい。

労働政策が示す課題

 安倍内閣は2014年6月に、アベノミクス成長戦略の具体的な指針である「日本再興戦略」改訂2014-未来への挑戦-(6月24日閣議決定。以下、「再興戦略」)において、「日本の『稼ぐ力』を取り戻す」として、企業の生産性向上が労働者賃金を上昇させ経済の好循環を生むと訴え、また、その「担い手を生み出す」として、女性、若者、高齢者、そして外国人労働者の就業機会拡大に向けた多様な雇用管理制度の可能性を示唆した。

 年初から報じられたホワイトカラー・エグゼンプション等の今後に向けた施策は、かねて日本経済団体連合会等の経済団体からも要望の強かったものであり、この再興戦略に盛り込まれて以降にはスピード感のある検討が進んできたようで、本年1月16日には労政審議会労働条件分科会において「今後の労働時間法制等の在り方について(報告書骨子案)」(以下、「骨子案」)が取りまとめられ発表(1月29日報告)されたことにより、引き続き調整される部分はあろうが、今後の労働政策の方向性はかなり輪郭が明らかになってきたといえる。

 しかし、この骨子案を全体的に捉えてみると、ホワイトカラー・エグゼンプション(本骨子案においては「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル労働制)」。以下、「成果型労働制」)によって印象づけられる、「労働生産性の向上に向けた規制緩和」といった趣とはかなり異なることに気づかされる。確かに、成果型労働制の創設や裁量労働制の適用業務拡大と手続の簡素化、更にはフレックスタイム制の利便性向上といった施策は、企業の生産性向上とともに新しい働き方の可能性を提示するものであり、これがより多くの労働力を市場に取り入れる施策とも表裏一体になっている。裁量労働制については「ホワイトカラーの働き方の変化を踏まえ、(中略)新たな類型を追加することが適当」と述べられているなど、労働市場の活性化策としての、自由度の拡大というイメージさえ受けるかもしれない。

 ところが、骨子案が取り扱っている最初の課題は、「働き過ぎ防止のための法制度の整備等」である。その中の「長時間労働抑制策」においては、大企業では既に実施されている月間60時間超の時間外労働時間の割増賃金率を5割以上とする改正労働基準法(平成22年4月施行)の取扱いについて中小企業に対する猶予措置を撤廃すること、また健康確保を目的とした行政による監督指導の強化や管理手続の厳格化が盛り込まれているように、長時間労働抑制とそのための労働時間管理の徹底が強く打ち出されており、その方針は以降で記載されている成果型労働制等についても一貫している。会社による年次有給休暇の時季指定義務も、こうした文脈で現れて来るのであり、従来から行政による厳格な指導の行なわれてきたこの問題は、直近での裁判所判断の変化や、それも踏まえた行政による指導監督の方向性等を踏まえ、引き続き企業特性に応じた重要な課題として位置づけねばならないであろう。

 また、同じく「働き過ぎ防止」の章には「労使の自主的取組の促進」が盛り込まれ、労働時間等設定改善法に、企業単位で設置された労働時間等設定改善企業委員会を明確に位置づけ、当該委員会の決議(代替休暇、年次有給休暇の時間単位取得および計画的付与に関するものが候補)に法律上の特例設定(労使協定に代えることができるとする措置)を予定している他、労使において働き方・休み方の見直し、深夜労働の時間・回数低減を目的とした「朝型の働き方」や、勤務時間限定正社員等の「多様な正社員」導入等について検討することを支援していく方向を示すなど、労使による自治を促す姿勢が読み取れる。

 これは、日本経済団体連合会の「2015年版経営労働政策委員会報告」にも盛り込まれ、近年経済界等からの要望が強い「集団的労使自治」の考え方に通じるものといえる。成熟した企業と労働者の間では、労働基準法や最低賃金法等の最低基準効的な法システムではなく、集団的労使の自治システムにより自由に労働条件を設定しようという考え方であり、ドイツ等の先進欧米諸国では伝統的な手法となっている。かねて議論されてきた課題ではあるが、これもまた個別企業の事情により難易度は異なってこよう。

労働力の質・量的確保

 さて、以上に述べた長時間労働抑制とそれを目的とした労働時間管理の問題、また今後の集団的労使自治に代表される労使間の課題についての解説は次回以降に譲るが、再興戦略には当然盛り込まれているもう一つの課題であり、アベノミクス以前からの労働政策で継続的に推進されてきたのは、労働力の量的確保である。生産量を高めるためには労働量と生産性の両面を高めねばならないことは自明のことであり、この点、再興戦略を受けた厚生労働省の「平成26年版 労働経済の分析 -人材力の最大発揮に向けて-」(平成26年9月)においても「働き手の数(量)の確保と労働生産性(質)の向上の実現が求められている」と明確に述べている。このように見てみると再興戦略においては、労働生産性を高める質的向上については労働時間法制改革による成果型労働制導入等により促進し、労働力の量的確保については女性・若年者・高齢者・外国人労働者の労働市場への参加促進で対応する一方、その底流に長時間労働抑制等による職場の安全確保システムと、労働条件改善に向けた集団的労使自治システムを置いて安定化を図ろうとしている、という構図で捉えることができる。逆に、目につきやすい成果型労働制等の生産性向上施策を理解するためには、他の機能について理解を深めることが効果的であるように思う。

 そこで、まず労働力の量的確保についてであるが、これについては政権交代前からの施策を含め、既にいくつかの法改正が矢継ぎ早に行なわれており、企業実務においてはリアルタイムの課題になっているものがある。この数年の労働関連法の改正には、女性・若年層・高齢者を労働力として転化し継続させるための仕掛けとの推測が成り立つものが実際に多い。

 女性については、量的確保と同時に質的向上(生産性向上)の両面が政策・法改正・判例を通じて表れており、他の政策でもこうした一貫的な流れは意識的に理解しておく必要がある。つまり、再興戦略において「女性の更なる活躍推進」は相対的に大きなテーマとして扱われており、「放課後児童クラブ等の拡充」や税制の見直しといった量的確保策の一方で、女性の活躍加速化に向けた立法方針とともに「2020年に指導的地位に占める女性の割合30%」を数値目標に掲げた。これを受けて昨年9月、労働政策審議会雇用均等分科会が「女性の活躍推進に向けた新たな法的枠組みの構築について(報告)」を取りまとめ、前記数値目標の実現に向けて、女性の登用に関する国・地方自治体、民間企業の目標・行動計画の策定、女性の登用に積極的な企業へのインセンティブ付与等を内容とする新法を制定する旨の報告を行なった。これが女性活躍推進法案として10月に閣議決定・国会提出されたが、衆議院解散により廃案となったのは周知のとおりである。しかし、今国会でそのまま成立すれば、300人超の企業においては来年4月にも目標・行動計画の策定と一定の開示義務が生じることとなる。

 これ以外にも、男女雇用機会均等法施行規則の改正(昨年7月1日施行)により、間接差別範囲の見直しや事例強化、セクハラ対策の強化等と合わせ、性別差別事例への「結婚に伴う差別」の追加が行なわれたが、これと連動するように昨年10月にはいわゆる「マタニティハラスメント事件」の最高裁判決が下されるなど、女性労働力の拡大・維持に向けた総力的な動きが見て取れるわけである(なお、当該判決の趣旨は本年1月23日の前記施行規則解釈通達に反映された)。また、改正パートタイム労働法では労働条件の文書交付、正社員との均等・均衡待遇の確保、正社員への転換の推進等が盛り込まれ(本年4月1日施行)、またこちらも解散により廃案になったとはいえ、労働者派遣法改正案が派遣労働者のキャリアアップや常用社員化の促進を図っていることも、パート社員や派遣労働者に占める女性の割合が高い事実を勘案すれば一定の影響を期待しているものとも考えられよう。

変化への全社的な対応準備

 このような流れを受ける企業側は、どの程度の準備体制を整えているだろうか。もちろん、人事部門などの所管部門は適切に準備を進めているであろうが、問題はその他の部門の理解であり対応能力、受入体制である。

 例えば再興戦略で女性の管理職を増やすことが話題になって以降、焦燥を感じた男性社員によるポストの固守が際立ってきていることを遠因に、出産後に復職する女性を(過剰な配慮という善意の面もあるようであるが)補助的な仕事に専従させることでモチベーションを低下させ、結果的に復職後短期間で女性労働者が退職してしまうといったマミートラック問題なども話題になった。

 そもそも、安倍政権は上場企業に対し女性役員を1名以上登用するように求めたが、帝国データバンクによる2014年7月調査(全国1万1017社対象)の結果によると、それ以前に管理職が圧倒的に不足している現状が明らかになった。調査対象全体の8割以上の企業において、管理職のうち女性社員が占める割合は10%にも満たないといい、企業規模別の女性管理職の割合は大企業で4.4%、中小企業で6.8%、小規模企業で9.1%と、実は大企業ほど女性登用が遅れていることが分かったという。また、女性管理職の増加を見込む企業は全体の約2割にとどまり、6割は「変わらない」と答えているのが実情である。

 このように現時点での資源が不足する中で、もちろん法的義務ではないながら、経営陣や人事部門が性急に女性活用を進めることは、実力・経験不足の管理者による実務面の問題や、ポジティブアクションに対する反感を持つ社員による組織内の不和、士気低下等が懸念され、そうしたところから危機につながるような大きな誤り、不正の発生といったリスクも垣間見えてくるのである。女性管理職や役員のメンタル面への配慮も不可欠である。女性活躍推進計画を立案する段階では、そうした現実とのギャップを見越した副次的な対策も必要になってこよう。

 更に現実的なところでは、施行間近の改正パートタイム労働法では、パートタイム労働者を雇い入れたときの事業主による説明義務が新設され、そのガイドラインによれば、採用時には賃金制度のほか教育制度、福利厚生制度、正社員転換推進措置について説明し、また質問に対応しなければならないことになっている。適正に、かつ事後のトラブルを防止できる対応が面接者レベルに落とし込まれていなければならないということである。

 パートタイム労働者に限らず、既に平成24年8月に施行済みの改正労働契約法では、5年を超える有期契約を無期転換する規定が設けられたが、既に今年はその後3年を越えることになる。仮に3年単位の契約であれば「5年を超える」に該当する時期となる。そのような特殊なケースはもちろん、そうでなくともいわゆる実質無期、合理的期待といった契約終了の認められないケースが不測に発生しないよう、これも人事部門ばかりでなく全社的な点検や対応上の指導が必要である。

 一方、読み取っておくべき別の流れもある。平成26年3月に厚生労働大臣より発表された「外部労働市場の活性化について」は、まさに労働力の量的拡大を目指すものであり、再興戦略にも更なる強化が盛り込まれたが、そこで目指しているものは単なる労働市場外部からの労働力化だけではなく、有期契約労働者および派遣労働者の正規社員化である。各法改正がいずれも正社員化等に向けて動いているのはそれと軌を一つにするものと捉えられる。それは、いわゆる非正規労働者の正規社員化が、特に女性・若者の雇用拡大・維持に有用という認識によるものと推認される。逆に定年後の高年齢労働者を有期雇用の無期雇用化である5年ルールから除外した労働契約法の平成26年改正(本年4月1日施行)も、労働力の量的確保の文脈で理解できる。

 こうした時勢においては、しかもそれが長期的な成長戦略に合致するものであるならば、企業は早急に現在の固定観念から離れた新しい雇用システムへの移行を図らねばならなくなろう。

 他方で、働き方の多様化、社員の多様化は、正社員の同質性を根幹にして維持してきた従来的な会社の仕組みに異変を生じさせ、内部的な問題を多発化させるかもしれない(次回以降で解説)。企業は、法改正に対応するコンプライアンス(消極的な法令遵守)にとどまらず、中期的な政策変動を見越した社内制度の改定、社員の意識変革を行なっていかねばならない。とりわけ、制度の複雑化・多様化が進む中では、コンプライアンスの面からも、更に進んで危機管理の側面からも、多様化する社員を管理する層に位置する管理者・管理職の知識・対応力強化が急がれる。

 次回は、労働時間法制や行政の変化を踏まえた今後の労働時間管理上の問題について解説する。

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