SPNの眼

コンプライアンスやリスク管理に関するその時々のホットなテーマを、現場を知る
危機管理専門会社ならではの時流を先取りする鋭い視点から切り込み、提言するコラムです。

労務管理の変化局面における「労務クライシス」の予防 第二回(2015.3)

2.労働時間管理の方向性と課題

 前回は本年1月16日に労働政策審議会労働条件分科会において発表された「今後の労働時間法制等の在り方について(報告書骨子案)」等から読み取れる今後の政策の方向性を踏まえ、多様な労働力(働き手)と多様な働き方を活用していくべき企業の課題を、企業危機管理の実務面から解説した。

 その後1ヵ月間の動きであるが、2月13日には労政審から前記報告書が厚生労働大臣へ建議され、2月17日には厚労省から同報告に基づく「労働基準法等の一部を改正する法律案要綱」が諮問されるというように、一部を除いて平成28年4月の施行を目指したスピード感のある改正作業が進められている状況が見て取れる。

 同報告に関しては、労働力の質的向上(生産性向上)を見据えた労働時間法制の弾力化・自由化は一面的なものであり、長時間労働抑制による労働者の安全確保や、時短に伴う多様な働き方の可能性拡大による、女性や高齢者等労働力の量的確保といった面を見落としてはないないことも前回述べた。
また、その生産性向上の面においてさえ、たとえば日本労働弁護団は同報告に対し「断固反対する」旨の意見書を提出しており、その中で同報告を「企画業務型裁量労働制の対象業務範囲を拡大するとともにその手続を簡素化させ、さらに『特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)』なる名称のもとで新たな労働時間規制の適用除外制度(エグゼンプション)を設けることにより、長時間労働を野放しにし、『残業代ゼロ』を合法化しようとするもの」と批判し、「長時間労働を真に抑制する法政策を行うよう求める」との姿勢を示している

 これらのことは、アベノミクス成長戦略の中で生産性向上に向けた労働法制改革が進展したとしても、一方で労働時間管理の徹底と長時間労働の是正、あるいはワークライフバランスの重点化といった流れは一層に強化され、監督行政や訴訟判決の方向性に影響して来ることを予想させる。長時間労働に伴う過労死等労災の発生や、賃金不払問題による行政処分等に対する社会的評価のあり様も、ひときわ批判性を高めていくものと見込まれよう。その結果、労働時間管理を誤った場合には、もはや労務管理の範疇を超えて、企業の信用失墜や従業員の集団的反発といった危機管理の領域に及ぶ懸念も生じて来る。

 そこで今回は、今後の労働時間管理の方向性を踏まえた、危機管理の観点による実務について解説を加えてみたい。

監督行政の厳格化の方向性

 長時間労働の抑制や賃金不払問題を含めた労働時間管理に対する監督強化の状況は、この数年において顕著に示されている。厚労省発表の資料によれば、平成25年度の監督指導による賃金不払残業の是正結果は、是正企業数、是正支払割増賃金額、対象労働者数ともに対前年度比で10%以上の伸び率であったとされ、厳格化の傾向を示している。

 報道等に基づく情報や、筆者ら社会保険労務士の間で共有される情報からの私見によれば、是正結果に影響した要因は大きく2点挙げられる。

 まず1点目として、厚労省による同資料には、「都道府県労働局や労働基準監督署には、労働者や家族の方などから長時間労働や賃金不払残業に関する相談が多数寄せられています。労働基準監督署は、労働者などから情報が寄せられた事業場などに対して重点的に監督指導を実施しています」との説明がある。一般的な定期監督のみならず、そうした相談(通報)を端緒とした申告監督に基づく是正が相当量存在することを窺わせる。

 そして、これと連動した動きとして想起されるのが、厚労省が平成25年12月に発表した「若者の『使い捨て』が疑われる企業等への重点監督の実施状況」である。厚労省がいわゆるブラック企業の社会問題化を踏まえ平成25年9月を「過重労働重点監督月間」とし、全国5000超の「若者の使い捨てが疑われる企業等の事業場」を重点監督した結果、対象事業場の約8割に法令違反が指摘されたというものである。

 ブラック企業問題はその後もマスコミやソーシャルメディア等で盛んに取り上げられており、社会的要請の高まりとともに、当事者である従業員およびその家族における意識の高まりも受け、重点監督・申告監督による是正が今後も更に厳格化されると考えるべきであろう。

 2点目は、労働時間管理の厳格化を方向づけた重要な判決の存在である。
平成26年1月24日、最高裁第二小法廷は、海外ツアーの添乗員に関する事業場外みなし労働時間制の適用について争われた事件に関し、指示書や業務報告書による具体的指示・報告の存在、そして携帯電話による指示・報告の仕組みに言及し、「勤務状況の把握が難しいとは言えない」として会社側を敗訴とし、不払賃金の支払を命ずる判断を示した

 同制度を採用している企業の注目を集めたであろう同判決以降、各社で制度再確認の動きはあるものと思われるが、一部地域の監督行政においては、実は前記最高裁判決より以前、同事件の東京高裁判決(平成23年9月)に基づき監督強化を開始していたと聞く。現に平成24年度には、同制度を採用しつつ携帯電話により常時指示・報告を行なっていた企業に対し、対象労働者数530名、遡及是正額約5億円という是正案件があった。本件においては、やはり携帯端末による通信履歴から時間外勤務が把握され、不払賃金額が算出されたという。

 携帯電話の貸与や使用が即ち事業場外みなし労働時間制の適用を不可とするわけではないが、専ら顧客連絡用に支給しているものではなく、必要により報告・指示を行なうための用途であるならば、今後は全国的な適用可否の厳格化が行われていく方向性を把握しておくべきであろう。

 更に付言しておくと、営業における宴席の労働時間性判断にも変化が及んでいるようであり、判例の変化とともに監督指導のあり方も変容していくため、時代環境に応じた制度改定が求められる。

監督強化の本質的目的

 さて、このような労働時間管理に対する監督の強化は、事業場外みなし労働時間制以外の、他の特例的な労働時間制度についても運用の厳格化として同様に進んでいるようである。例えば、企画業務型裁量労働制については、平成24年度に対象労働者数延べ約5700人、遡及是正額2億6千万円という大規模な是正案件があった。同裁量労働制については、企業全体に影響する企画・立案・調査といった対象業務要件の他、使用者からの具体的な指示の存否など裁量性が認められるための実態的な要件、更には労使委員会の関与等が求められており、本件の対象企業においては大部分の裁量労働制対象社員が妥当性を欠くとの判断もなされ、適用範囲の是正も求められている。

 企画業務型裁量労働制の適用事業場は、届出義務を通じて行政により把握されており、行政は定期的に実態監視のため全ての事業場に足を運んでいるとの声も聞く。またこれに限らず、変形労働時間制や、名ばかり管理職問題とも関連した管理監督者の労働時間など、特殊な労働時間管理に対する監視は厳しさを増すものと認識すべきである。

 では、こうした監督行政の厳格化は何を目的としているのか。これを履き違えてしまうと対策の方向性を見失ってしまう。長時間労働問題、不払残業問題、労働時間管理、それらに対する是正処分といったキーワードを並べた場合、企業としては本能的に不払残業代の遡及是正が最も避けたい問題と考えてしまいがちではなかろうか。

 しかし、平成26年11月には過労死等防止対策推進法が施行されているように、総合的な労働政策における重要課題の一つは、長時間労働を原因とした心身の健康被害発生、その結果としての過労死(自殺含む)という連鎖を断ち切ることである。そこで監督行政は、若者使い捨てとばかりに意図的に長時間労働を放置する企業とともに、不十分な労働時間管理のため結果的に長時間労働が発生している企業に対しての監督を強化している、と解釈すべきであろう。賃金不払問題の是正は、そうした意味からすれば労働時間管理徹底に向けたある種の間接強制とも言える。

認識すべき労働時間管理の環境変化

 以上のような文脈から、改めて今回の労働時間法制改革を見返してみよう。長時間労働対策については、行政は労働者の健康確保に配慮した助言指導を強化する旨が盛り込まれ、あるいは管理監督者の労働時間把握と健康確保措置も強化される。また、成果型労働制の新設等、労働時間制度の弾力化・自由化とも思える改正においても、健康管理時間の設定や集団的労使自治による長時間労働の抑制策が盛り込まれていることについては前回も述べた。

 それに加えて読み込んでおくべきことは、成果型労働制もしかり、企画業務型裁量労働制の業務追加等もしかり、新たな制度の創設や緩和は使用者側に便利な制度改定ではないという、形式論ではなく現実である。

 例えば、事業場外みなし労働時間制の適用厳格化は、営業職など外勤従業員の賃金制度改定を要することにつながるであろう。これに対し、前出の日本労働弁護団による意見書においても懸念が示されているように、企画業務型裁量労働制において追加される課題解決型提案営業職が、あたかもその受け皿になりうるかのような声が一部にあるが、どうであろうか。極めて厳格な条件下でしか認められないであろう、というのが答えである。

 つまり、生産性向上を目指す働き方の多様化は、一方で労働時間管理の強化、長時間労働の抑制といった安全対策と両輪で動いているものであり、前述のとおり企画業務型裁量労働制に対する監督行政の厳格な監視と合わせて考えるならば、もはや賃金不払いの道具としては当然のことながら、加えて「使用者側の労働時間管理の合理化(省略)目的には利用できない」ということを受け入れるしかない。

 過去には、特例的な労働時間管理制度を駆使して、賃金の低減化や管理事務の合理化に手腕を発揮するコンサルタントが重宝された時期もあったかもしれないが、労務コンプライアンスを取巻く環境の変化を見過ごしてはならない。安直な制度の採用は、かえって将来に負債を先送りするとともに、労務クライシス発生の危険性を蓄積していくことになりかねないのである。

 同様に、事業場外みなし労働時間制に限らず、現行の賃金制度に不払いと指摘される懸念のある企業、あるいは長時間労働が慢性化している企業においては、今後は申告監督を含めた行政の是正指導、その前提ともなる従業員からの指摘・苦情・要求が増加していく懸念を踏まえ、それらの改善を急がねばならない。もはや杓子定規に取組むより手だてがない課題であることについて、以上のような流れを踏まえて経営陣全体に理解を促し、計画的に対処していく必要がある。

 しかし、賃金制度の改革は、事業収益への影響からも、また法定手続の観点からも一朝一夕でできるものではない。このため、適正化に向けてはタイムラグを生じるとともに、改善後の制度も直ちに完璧に至るとは限らない。こうした時間的・現実的なギャップの中で、前回解説したような多様な働き手に対応していくに際しては、労務クライシスという全社的な危機を抑制していくための適切な個別対応やリスクコミュニケーションといった組織的対応が不可欠となる。

 次回は、ここまでの労働時間法制や今後の労働時間管理上の問題を踏まえ、労務クライシスの発生懸念の高まりと、これに対する企業としての基本的な備えについて解説する。

Back to Top