SPNの眼

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危機管理専門会社ならではの時流を先取りする鋭い視点から切り込み、提言するコラムです。

労務管理の変化局面における「労務クライシス」の予防 第三回(2015.4)

3.「労務クライシス」への備えと予防策

 前二回は、本年に至って具体化が進む労働時間法制改革の内容や最新の判例、行政の動向等から、多様な労働力(働き手)と多様な働き方を活用していく上での企業の課題、また一面では長時間労働対策やその手前での労働時間管理の徹底が、今や喫緊の課題となっている現状について、企業危機管理の実務面から解説した。

 最終回となる今回は、それら企業の労務管理を巡る環境変化が企業危機管理にどのような影響を及ぼし得るのかについて概観するとともに、危機顕在化に対する備えと予防策について要点を解説したい。

労務トラブル多発化の懸念

 リスクという観点からは当然のことながら、労務管理における環境変化は、その変化の政策的な適否に関わらず、会社と社員の間にトラブルを惹き起しやすいものである。変化がもたらす影響は個々の社員の生活に直結するものであり、かつその立場ごとに受け取り方も異なることから、万人が満足することは通常ありえず、常に誤解や反発を覚悟せねばならないことは、実務者であれば承知のことであろう。前二回でお伝えしてきたような変化に対する反応には、特にそうした傾向が強まることに留意する必要がある。

 4月1日に施行されたばかりの改正パートタイム労働法を例にとろう。その前に、平成24年改正の労働契約法は、有期契約労働者の労働条件が、期間の定めがあるという理由で、無期契約労働者の労働条件と相違する場合に、それが業務内容や当該職務の内容、配置変更の範囲その他の事情を考慮して不合理と認められるものであってはならない、という規定を明確化した(労契法20条)。ここにいう「労働条件」とは、賃金や労働時間といった狭義の労働条件に限らず、災害補償・服務規律・教育訓練・付随義務・福利厚生といった労働者に対する一切の待遇を含むとされている。そしてまた、この規定には民事的効力が認められる(平24・8・10基発0810第2号)。つまり、労働条件を巡る裁判に至った場合に、損害賠償の基礎にできるという重大な効果である。

 これに対し、改正パートタイム労働法でも、多様な労働力を労働市場に呼び込み維持していくための仕組みとして、教育制度・福利厚生制度・正社員転換推進措置について、会社が雇入れ時等の説明義務を負うようになったことは前に述べた。これに加え、同法新9条では、正社員とパート社員の賃金の均衡についても、事業主の配慮義務を規定し、労働契約法とのバランスをとった。

 有期契約労働者やパートタイム労働者の賃金等ばかりではない。これも既述のとおり、最近の法改正には女性労働者の活用推進、派遣労働者のキャリア形成促進等、労働条件の均衡・均等化、即ち労働者の待遇における不合理な差異を是正しようという統一的な動きがある。一方でこれらは、労働者間の不均衡・不均等、即ち「差別の存在」を前提として認めている点に注意を要する。

 会社の制度改定は、その法定手続の厳格性や業績等との兼ね合いから、直ちに行えるわけではない。このため、法改正等による社員の認知から、会社による制度改定までの時間的ギャップが避けられない。また、会社の積極的な努力により従来の不均衡・不均等を改善しても、完璧な状態にまで解消できるものとは限らず、そこには理想と実態のギャップがやはり存在しよう。このため、より均衡・均等な制度は望ましいに違いないものの、不用意・拙速な対応は過去に対する不満を表面化させるという皮肉な結果になりかねないということである。

 同様のことは、労働時間管理やそれに伴う賃金制度の改定においても起こりうる。前回解説した事業場外みなし労働時間制など、従来よりも厳しい労働時間管理の要請に応えるべく制度改定を行なうことは望ましいが、それはやはり過去の労働時間管理や賃金支払の不適正を認めることに通じる場合がある。

 よって、制度改定に際しては、こうした既存問題や先送り問題の顕在化に備え、社員の反応を想定した慎重な対応が不可欠なのである。

トラブル多発化の促進要因

 前記した労務トラブル多発化の懸念を生じさせる背景としては、もちろん労働時間法制の近年にない大幅な見直し等の影響も強いが、そればかりではない。企業の労務管理の現況は、社員・会社・社会それぞれにおいて不安定な要素が充満しているため、何かのきっかけで内在するリスクが顕在化しやすい状況にあるといえる。

 まず、トラブルの発信元となりうる社員については、そもそも多くの企業が年功序列の賃金制度を見直す中、社員のみに従来的な帰属意識を期待するのは困難である。もっといえば、社員の中には不況期における人事制度改定で実質的な不利益を被った経験等から、会社の施策に対し警戒心を抱いている者も少なくなく、その不信感を払拭することも容易でない場合があることを認識せねばならない。

 インターネットで労働法に関する部分的な情報に触れ、自社はやはり違法なことをしていると誤認し、更には社内にそれを流布するといった信頼感の欠如が招く被害もよく耳にするところである。

 それらを土壌に、個人主義の強まりは権利意識を高め、相互犠牲による集団的利益よりも個人としての権利主張が優先される昨今の風潮では、制度改定は彼らにとって絶好の苦情・反発の場となりかねない。行政への内部告発、都道府県労働局等による多様な裁判外紛争解決制度(ADR)の利用、合同労組等の第三者関与など、会社の非を訴え権利主張すべき手段もまた多数に及んでいるのであるから尚更である。

 こうした状況を受けて立たねばならない会社もまた、不安定な要素を抱えている。労務管理を所管し、ひとたび労務トラブルが発生した場合には、主体性をもって対応の中心に立たねばならない人事部門は、多くの実例に照らせば概ね人材の余力不足にある。不況下での間接部門の合理化策で最少人員体制になって久しい中、最近においては景気回復とともに採用強化、多様な社員受入に向けた制度変更、賃金改定等、人事部門の課題は目白押しであろう。

 そうでなくとも、労務トラブルへの対応というものは限定的な人選でまかなわれているのが実情で、もはや新たな制度作りにもトラブル対応にも手が回らないといった声をよく聞く。そして、社員の反発を受けつつ新たな制度を導入したり、トラブルに対応したりといった精神的な耐性(タフさ)を期待できる人材の不足は、メンタルヘルスの問題を含めて更に深刻である。

 コミュニケーション能力、特に対人折衝力の低下は人事部門に限らず、会社を支える管理者層においても同様であり、制度改定等に際してはこれら会社側の対応力低下を認識してかからねば、無用なトラブルの発生・拡大を招くことになろう。

 そして、もう一つの大きな要素が、労務コンプライアンスに対する社会の受け止め方の変化である。ブラック企業問題が象徴するように、適切な労務管理を怠る企業に対する社会の視線は厳しく、業績への影響はもちろん、企業イメージの悪化は人材採用の困難さ等となって中長期的な損失となりうる。行政による監視の厳格化、ソーシャルメディアを通じた情報拡散の容易性なども、インパクトと風評を強める要素となっている。

 興味深い調査結果を一つ紹介すれば、平成25年10月に日本労働組合総連合会(連合)が行なった「有期契約労働者の考え方」の調査(調査対象者1,000名)によれば、自身の業務内容が正社員と同じであると考える割合は48.0%(「どちらともいえない」を加えると58.7%)、仕事への姿勢が正社員よりも真面目であると考える割合は48.7%(同94.6%)、そして仕事を遂行する能力が正社員より高いと考える割合は21.2%(74.0%)と、多くの有期契約労働者は、自身が正社員と同じ仕事を、正社員より真面目に遂行し、その能力も同等かそれ以上と考えていることが分かった。

 このように考える社員が雇用条件の不均衡・不均等に気づき、その是正を促進する社会の後押しを受けて、会社に対応を迫る機会は当然に増加することとなり、こうした一例からも、企業には強い対応力が求められているのである。

企業としての基本的な備えと予防

 それでは、企業として講ずべき対策は何であろうか。最も基本的な三点のみ、端的に紹介する。第一に、この変化局面に際して自社がとるべき方針を早期に設定し、社員に向け適切に発信することである。

 方針設定に当たっては、前記してきたような法制度や判例、行政動向や社会の変化を文脈として捉えることで、リスク管理の観点からより確からしい将来を見通すことが必要である。労働時間法制改革が進もうとも、特例的な労働時間管理制度を使用者の利便性のために活用することは許されず、長時間労働の是正や適切な労働時間管理は不可避かつ喫緊の経営課題であることなどをこれまで例示してきた。またその他にも、労務クライシスにつながりうる懸念を真摯に受け入れるためには、法制度改定に対する表層的な情報ではなく、その方向性や大きな潮流を理解するリスク認識が不可欠である。

 そして、制度改定の方針が決まったならば、次には発信方法が課題となる。制度改定までの時間的ギャップや改善できる実態的な限界と法律等とのギャップなどのリスクを顕在化させないためには、会社の目指す方向性を社員へポジティブに伝達し、協調的に巻き込んでいくリスクコミュニケーションとしての工夫が必要であり、第二・第三のポイントは、このためにも必須の要素となる。

 第二としては、管理者層の対応力強化が挙げられる。ここでいう管理者層とは、会社と社員の結節点となる階層にある社員を指しており、必ずしも管理職ではなく、それよりも広い概念で述べている。結節点の役割に求められるもの、それは情報の収集力・伝達力であり、その巧拙がリスクコミュニケーションの成否を決するといっても過言ではない

 厚生労働省による「『多様な正社員』の普及・拡大のための有識者懇談会(報告書)」(平成26年7月)においても、この管理者層の重要性は明確に示されている。即ち、今後の多元的な人事労務管理は「企業労使にとって様々な困難や試行錯誤を伴うものであり、課題が多い」として制度改定等における組織的対応の困難さを認めつつ、それらを円滑に進めるためには「職場における管理職のマネジメント能力が不可欠」であり、「近年、企業の経営環境が変化する中で、管理職のプレイングマネージャー化が進展しているが、あらためて十分なマネジメントが実現するような対応能力の向上を図るよう各職場の実情に即した検討が求められる」と、管理者層の対応力強化が今後の労務管理において不可欠であると明言していることは示唆に富む。

 ところで、とかく若い世代のコミュニケーション能力低下は、その対比として管理者層の相対的に強い折衝力等を前提に語られがちであるが、実際はどうであろうか。もはや世代を超えて適応力が低下し、メンタルヘルス問題も注視される中、管理者個人への過度な依存には限界のあることを理解すべき時期であろう。そこで必要なのは、管理者にとって自信の源泉となる教育訓練であり、いざとなれば逃避できる相談先の確保である。会社は、そうした体制により管理者層を活用できてこそ、社員と向き合い生の声を聞き出す情報収集力、会社方針を形式的にではなく理解可能な形で共有することのできる情報伝達力に支えられ、制度改定の推進もトラブル発生の抑止も期待できるといえよう。

 第三には、リスク情報の収集である。管理者層の強化もその一つとなるが、収集のチャネルは複層的・多面的であることが望ましい。典型的なチャネルの一つは内部通報制度であり、絶対的に必要なルートであるが、それさえも工夫を凝らさなければ機能しない。制度があるにも関わらず通報がなく、あるとき突然社外に告発がなされるケースは珍しくない。有用なリスク情報というものは、手段を尽くしてようやく入手できるものと心得ねばならないのである。また、その有用性を正当に解釈・評価できる力も管理者層の対応力の重要な要素であることは言うまでもない。

 手法としては他に、内部監査や、上司以外の第三者的立場(監査役、内部監査室、人事部、社外など)によるヒアリング、匿名性の高いアンケートなどが考えられるが、いずれにしろ重要なことは、会社がリスク情報を本気で求めている姿勢を社員に対して示すことであろう。そうしてこそ初めて、真に会社を思う情報保有者の協力が得られるからである。

 労務クライシスについて3回に亘り長々と論じてきたが、労務に関する危機管理の難しさは、それが外敵からの予防や排除とは異なり、常に社内を巻き込むところにあり、対応の誤りは小さなトラブルを社員の離反や制度の崩壊というクライシスに変えかねないことである。

 今国会中には紹介した以外にも労務関連の法改正が予定されている。また年末には、ストレスチェックの実施義務化も予定されており、これにマイナンバー制度の導入まで重なって、人事部門等の所管部門はいよいよ多忙が見込まれよう。しかし、時には一歩下がって、労務管理の制度や環境の変遷を俯瞰し、全体観をもった判断のできる余裕を持ちたいものである。変化に振り回されない泰然自若とした対応こそが適切なリスク管理には必要不可欠だからである。

 このような当社の情報提供等が、その一助となれば幸いである。

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