SPNの眼

コンプライアンスやリスク管理に関するその時々のホットなテーマを、現場を知る
危機管理専門会社ならではの時流を先取りする鋭い視点から切り込み、提言するコラムです。

「ワーク・ライフ・バランス」の捉え方(2015.10)

 

 今回の「SPNの眼」は、古くて新しいテーマである「ワーク・ライフ・バランス」について取り上げ、その本質について考察したいと思います。

1.「ワーク・ライフ・バランス」が求めるもの

 「ワーク・ライフ・バランス」という考え方が生まれたのは1980年代のアメリカと言われており、当時、産業構造が急激に変化しつつある中、女性の子育てと仕事の両立を実現させることを目的としたのが始まりとされています。日本の男女雇用機会均等法(1985年施行)もこの流れを受けてのものと言えます。

 このように、ワーク・ライフ・バランスという考え方は、実は随分前に生まれたものなのですが、日本ではここ数年、社会的な課題として改めて浮上してきています。最近では、行政機関や大手企業を中心に、働き方を多様化させる方向で積極的な取り組みが進められています。
 この夏、政府が、中央省庁に対して「早出」を推奨して「アフター5を充実させよう」という働きかけ(ゆう活)をしたことや、ユニクロを展開するファーストリテイリングが週休3日制を導入したことなどは皆様の記憶にも新しいと思います。

 「ワーク・ライフ・バランス」は日本語では「仕事と生活の調和」と訳されていますが、皆さんはワーク・ライフ・バランスと聞いて何をイメージするでしょうか。仕事と子育ての両立や「NO残業デー」等の労働時間の短縮、最近では仕事と介護の両立を思い浮かべる人も多いことと思います。そして、ワーク・ライフ・バランスのイメージについては、「仕事はほどほどにして余暇を楽しむこと」、「仕事とプライベートを同程度に重視すること」と捉えている方も多いのではないでしょうか。しかし、これは少し違うと言いますか、自分本位な捉え方であると感じます。

 「ワーク・ライフ・バランス」の定義は各種文献によって(どの点を重視しているかで)様々ですが、内閣府が「憲章」で謳っている定義は、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」というものです。
 要するに、ワーク・ライフ・バランスの考え方は、国民が適度に仕事をしつつ余暇を楽しみながら生きられる社会(だけ)を目的としているのではなく、一方で、会社や社会に貢献することも求めており、会社や社会には、生活環境の違う国民それぞれが、やり甲斐や充実感を味わいながら働ける環境を提供することを求めているのです。そして、その結果として、「みんなが幸せだと感じる国にしよう」ということなのだと(個人的には)解釈しています。

2.ある企業の「ワーク・ライフ・バランス」に関する取り組みについて

 先日、ある大手企業に勤める知人から、その会社のワーク・ライフ・バランスへの取り組みについて興味深い話を聞きましたので、その取り組み事例を紹介します。

 その知人が勤める企業では、『NO残業デー』は数年前から設定されていたそうなのですが、それでもなお内勤者の長時間残業が常態化していたため、今年に入ってから本気で『定時退社』の推進に力を入れだしたとのこと。具体的には、残業は最大でも19時までというルールが制定されたとのことであり、これだけ聞くと全く目新しくもないし、「どうせ水面下で『持ち帰り残業』をしているだろう」とか、「労働時間が減った分、生産性が低下しているのだろう」などと考えてしまいます。ところが、この企業では、多くの社員が終電まで働いていた頃と、殆どの社員が19時前に帰るようになった今とを比較して、業務が滞留してしまうような状況が出ているわけでもなく、業績も好調で、「これまでの働き方は何だったんだ?」と思うほど、全てがいい方向に回り出していると言うのです。

 では、なぜこのような状況が実現できているのか。真っ先に挙げられた理由が、「役員からの自分の好奇心を満たすためだけの資料作成の指示がなくなった」というもの。そして、これに付随して、「上司からの(無駄と思える)急な指示や、頻繁に行われていた会議も大幅に減った」というのが一番大きなポイントとのことでした。この点は、経営陣の意識を変える外部からの働きかけ(コンサル会社等による役員研修等)があったようです。やはり、経営陣の意識改革が、実効性の肝だったということでしょう。一方で、限られた時間の中でスピード感を意識しながら仕事をする社員が増えたことも大きいとのことでした。

 また、特に「なるほど」と思ったのが、早く帰った後の時間の使い方について、全社的にあるメッセージが発信されたという点です。そのメッセージとは、「早く帰った分の時間を、これまでなかなか会えていなかった友人や知人等、色々な人に会うことに使ってみて欲しい。また、新しいことを始めてみたり、これまで読んだことのなかったジャンルの本を手にとってみたりして欲しい。」というもの。つまり、「人間性を豊かにするための時間に充てて欲しい」というメッセージだったそうです。

 人間性が豊かになれば視野も広がり、「あの部署はどうだ」とか「あの人はどうだ」とか、恨みや妬み等も減って雰囲気のいい職場になり、中長期的に見れば、企業はもちろん、国にとっても色々な面でいい結果に繋がるはずです。「ワーク・ライフ・バランス」が求める社会(仕事と生活が上手く調和した社会)を実現させるための鍵となるのは、まさに人間性、あるいは人間性の回復なのだろうなと頷かされるエピソードでした。

3.「ワーク・ライフ・バランス」の捉え方

 さて、前項のエピソードを読んで、「大企業だからできること」、「うちの会社にはそんな余裕はない」、「贅沢な悩み」、「非正社員の自分には関係ない」、「『ワーク・ライフ・バランス』とか『ダイバーシティ』なんてそもそも胡散臭い」、「お国のきれいごと」などと思われる方もいらっしゃると思いますので、ここでは少し別の視点から「ワーク・ライフ・バランス」について考えてみます。

 近年の日本において「ワーク・ライフ・バランス」や「ダイバーシティ」が注目を浴びている背景には、「少子高齢化」があり、この先の日本の活力ある経済社会の維持、具体的には生産労働力の確保を見据えた国の政策の一環であることは間違いありません。妊娠・育児中の人、介護を必要とする家族がいる人、高齢者、外国人など、様々な背景や事情を持つ人が、それぞれに無理をせずとも働ける場を提供しよう、それを世の中に浸透させようという取り組みであり、「ワーク・ライフ・バランス」「ダイバーシティ」を、(個々の事情を乗り越えて)社会全体の枠組みとして捉えることが重要であって、これはこれで否定する要素はないのではないかと感じます。ではなぜ否定的なイメージで捉える人が出てくるかと言えば、あくまでこれらを個別の枠組みとして捉えるため、格差等からくる「不公平感」がどうしてもつきまとうというのが一つの理由だと思います。

 育児休暇や介護休暇の取得者が社内に増えてくると(取得する側の配慮不足が影響する場合もあるとは思いますが)、「自分の時代にはそんなものは無かった。甘い」、「私は死ぬ思いで子育てと仕事を両立させたのに…何様?」といった意見(感情)が出てくることもあるでしょう。働き方の面で言えば、例えばテレワーク(IT機器等を活用し時間や場所の制約を受けずに柔軟に働く勤労形態)などに対しては、監視(管理・監督)が難しく、怠ける人と勤勉な人との間で不公平感が生まれるのではないかという疑問(解消すべき誤解・課題)があります。一方で、日本を支える大きな原動力となっている工場や店舗等の現場で働く方々、特に長時間労働、過重労働を余儀なくされている方からすれば、「内勤者の贅沢な悩みだ」等の感情が湧いてくることも想像に難くありません。

 では、このような「不公平感」を無くすためには何が必要でしょうか。マクロの視点から言うなら、「格差社会(特に弱い人が追い詰められるような、格差の固定化)の改善」ということになるでしょう。ミクロな(身近な)視点で言えば、会社や上司はもとより、皆がお互いに相手の価値観や生活背景の違い、異なる文化等を理解し、尊重するという意識を持つということなのではないかと考えます。

 もう15年以上前になりますが、イタリアに住んでいた頃、日本人が「エコノミック・アニマル」とか「ワーカーホリック(仕事中毒)」等と揶揄されていた時代の名残かと思われますが、お年寄りのイタリア人から、日本人と見ると「日本人は仕事のために生き、イタリア人は(楽しく)生きるために仕事をする」というフレーズをよく聞かされました。人によって、何を幸せと感じるか、人生や生活のどこにウエイトを置くか、それぞれの価値観によって異なります。役員や管理職が自分の価値観を押しつけ、部下がそれに反発してどんどん自分勝手な主張をするといった悪循環に陥っているような組織には、明るい未来はないような気がします。役員や上司、部下という立場を超えて、一人ひとりが、相手の立場に立って(相手の立場を少しでも想像して)みる習慣が組織内に浸透すれば、「不公平感」からくる不満やハラスメント問題等も減り、色々なことがいい方向に回るようになると思います。お互いのいいところを褒める思いやりはもちろん、否定されたり叱られたりしても受け止める度量の広さや謙虚さも重要です。お互いの立場を理解し、個々の事情を乗り越え、受け入れるための工夫をしていくことによって、実は、より高い次元での「幸せのあり方」を見つけ出せるのではないかと思うのです。これは、職種や労務契約形態、さらには、子会社や下請企業などに対しても、同じことが言えなければなりません。

 このように考えると、やはり大切なのは前項で触れた「人間性を豊かにする」ということがひとつ。加えて、個々の事情を受け入れる器を大きくするために、「人間性を磨く」ということも非常に重要だということになります。人間性の回復が求められているのは、個々人、組織や職場、そして、社会の全てではないでしょうか。組織内の具体的場面で言えば、意味のない対立は回避していくべきですが、建設的な議論は大いにするべきだと思います。
 以上のような視点も含めて、「ワーク・ライフ・バランス」を捉えていくことも重要かと思われます。

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