SPNの眼

株主総会の危機管理(中) コーポレートガバナンス・コードへの対応を踏まえて

2016.04.06
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 前回、「次回は、コーポレートガバナンス・コードを踏まえた株主総会の危機管理について、留意事項を解説していきたい。」という形で締めくくった。
 今回は、まず、本年以降の株主総会の実務にも影響を及ぼすことになるであろう「コーポレートガバナンス・コード」について彫り下げてみたい。

1.コーポレートガバナンス・コード制定の狙い

 そもそも、コーポレートガバナンス・コードの狙いは何か。「コーポレートガバナンス・コード原案」序文(以下、「序文」)では、「本コード(原案)は、会社が取るべき行動について詳細に規定する「ルールベース・アプローチ」(細則主義)ではなく、会社が各々の置かれた状況に応じて、実効的なコーポレートガバナンスを実現することができるよう、いわゆる「プリンシプル・アプローチ」(原則主義)を採用している」とされ、「その意義は、一見、抽象的で大掴みな原則(プリンシプル)について、関係者がその趣旨・精神を確認し、互いに共有した上で、各自、自らの活動が、形式的な文言・記載ではなく、その趣旨・精神に照らして真に適切か否かを判断することにある。」とされている以上、企業としては、コーポレートガバナンス・コードの趣旨・精神を理解しておく必要がある。
 そのためには、コーポレートガバナンス・コード制定の狙いをしっかりと把握しておかなければならない。その制定の狙いをしっかりと把握することなく、各原則の内容字句を形式的に理解・解釈して、各原則に対する「コンプライ・オア・エクスプレイン」を決定することは、それこそコーポレートガバナンス・コードの趣旨に反することになりかねない。

 そのためには、コーポレートガバナンス・コード制定の狙いについては、「序文」にある【本コード(原案)の目的】に書かれている。それによると、

  • 本コード(原案)は、「『日本再興戦略』改訂2014」に基づき、我が国の成長戦略の一環として策定されるもの
  • 「コーポレートガバナンス」とは、「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」を意味している
  • 「会社は、株主から経営を付託された者としての責任(受託者責任)をはじめ、様々なステークホルダーに対する責務を負っている」。本コード(原案)は、「こうした責務に対する説明責任を果たすことを含め会社の意思決定の透明性・公正性を担保しつつ、これを前提とした会社の迅速・果断な意思決定を促すことを通じて、いわば「攻めのガバナンス」の実現を目指すもの」
  • 本コード(原案)は、「会社におけるリスクの回避・抑制や不祥事の防止といった側面を過度に強調するのではなく、むしろ健全な企業家精神の発揮を促し、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を図ることに主眼を置いている。」

 これらを要約すると、「成長戦略として、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」がコーポレートガバナンスであり、「会社におけるリスクの回避・抑制や不祥事の防止といった側面を過度に強調するのではなく、様々なステークホルダーに対する説明責任を果たし、健全な企業家精神の発揮を促し、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を図ること」を目的として策定されたのが、コーポレートガバナンス・コード(原案)ということになる。

2.コーポレートガバナンス・コード制定にいたる政府の問題意識

 これだけではなんとなく分かりにくい。制定の経緯をもう少し掘り下げてみよう。
 出発点は、「序文」にもあるように、『日本再興戦略』にある。そこで、今度は、『日本再興戦略』の記述から、関連部分を引用しながら、その問題意識を確認してみよう。

 まず、内閣府のHPでは、経済財政政策について、「安倍内閣の経済財政政策」として、アベノミスクの「三本の矢」が解説されているが、既にご存知のように、第三の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」である。その狙いとして、「民間需要を持続的に生み出し、経済を力強い成長軌道に乗せていく」こと、「投資によって生産性を高め、雇用や報酬という果実を広く国民生活に浸透させる」ことが掲げられている。

 そして、このような狙いを実現すべく、「日本再興戦略‐JAPAN is BACK」(*-1)が平成25年(2013年)6月14日に公表された。それによると、「成長戦略の基本的考え方」の中で、

  • 「第三の矢としての成長戦略が果たすべき役割は、明確である。それは企業経営者の、そして国民一人ひとりの自信を回復し、「期待」を「行動」へと変えていくことである」(1ページ)
  • 「今回の成長戦略のスタートとして、民間の全ての経済主体が挑戦する気概を持って積極的かつ能動的に成長に向けた取組を本格化することで、初めてこうした好循環が起動することになり、日本経済を停滞から再生へと、そして更なる高みへと飛躍させ、成長軌道へと定着させることが可能となる」(2ページ)

と記載されている。

 そして、「成長への道筋として」として、真っ先に「(1)民間の力を最大限引き出す」を挙げ、「新陳代謝とベンチャーの加速」の視点として、「企業経営者に大胆な新陳代謝や新たな起業を促し、それを後押しするため、設備投資促進策や新事業の創出を従来の発想を超えたスピードと規模感で大胆かつ協力に推進する。加えて、株主等が企業経営者の前向きな取組を積極的に後押しするようコーポレートガバナンスを見直し、日本企業を国際競争に勝てる体質に変革する」としている。(2ページ~3ページ)

 その上で、3つのアクションプランの第一「日本産業再興プラン」の一つとして、「緊急構造改革プログラム(産業の新陳代謝)」を打ち出し(24ページ)、「事業再編・事業組換の促進」施策を発表している。その中で、「国内の過当競争構造を解消し、思い切った投資によりイノベーションを起こし、収益力を飛躍的に高めることなどを通じて、例えば技術でもビジネスでも世界でも勝ち抜く製造業の復活を目指す」。「このため、事業再編や事業組換を促進し、経営資源や労働移動の円滑化を支援する。特に、「攻め」の企業経営に向けた経営者の思い切った判断をこれまで以上に強力に促すため、株主などのステークホルダーからの経営改善の働きかけを呼び込む仕組みを導入する」という狙いを掲げ、その施策の一つとして、「コーポレートガバナンスの強化」を例示している。(27ページ~28ページ)

 コーポレートガバナンス・コード制定の真の狙い・問題意識は、この部分に端的に現れている。そこで書かれている内容をここに引用(28ページ)する。

  • 攻めの会社経営を後押しすべく、社外取締役の機能を積極活用することとする。このため、会社法改正案を早期に国会に提出し、独立性の高い社外取締役の導入を促進するための措置を講ずるなど、少なくとも一人以上の社外取締役の確保に向けた取組を強化する。
  • 企業の持続的な成長を促す観点から、幅広い範囲の機関投資家が企業との建設的な対話を行い、適切に受託者責任を果たすための原則について、我が国の市場経済システムに関する経済財政諮問会議の議論も踏まえながら検討を進め、年内に取りまとめる。
  • 収益力の低い事業の長期放置を是正するため、企業における経営改善や事業再編を促すための施策について、経済産業省ほかの関係省庁における検討を加速する。
  • 国内の証券取引所に対し、上場基準における社外取締役の位置付けや、収益性や経営面での評価が高い銘柄のインデックスの設定など、コーポレートガバナンスの強化につながる取組を働きかける

 いかがだろうか。コーポレートガバナンス・コードの柱である「社外取締役の活用」、「機関投資家と企業の対話」などは、いずれも「攻めの会社経営を後押しすべく」や「企業の持続的な成長を促す」という修飾語が付いている。そして、「収益力の低い事業の長期放置を是正するため、企業における経営改善や事業再編を促す」とまで言い切っている。「収益力の低い事業の長期放置を是正」することが、「コーポレートガバナンスの強化」の文脈で語られているのである。緊急構造改革プログラムの副題が、産業の新陳代謝とされているように、「攻めの企業経営」や「企業の持続的成長」を促し、収益力の低い企業の経営改善を進めていこうとする経済成長戦略が、「コーポレートガバナンスの強化」の裏側に隠されている。

 2014年には、「『日本再興戦略』改訂2014-未来への挑戦―」(*-2)が公表されているが、そこでは、上記の方向性がより顕著になる。『日本再興戦略』改訂2014においては、鍵となる施策として、「1.日本の「稼ぐ力」を取り戻す」という項目を掲げ、いきなり「(1)企業が変わる」とぶち上げている。そしてその中で、「コーポレートガバナンス強化」を課題として上げ、

  • 日本企業の「稼ぐ力」、すなわち中長期的な収益性・生産性を高め、その果実を広く国民(家計)に均てんさせるためには何が必要か。まずは、コーポレートガバナンスの強化により、経営者のマインドを変革し、グローバル水準のROEの達成等を一つの目安に、グローバル競争に打ち勝つ攻めの経営判断を後押しする仕組みを強化していくことが重要である」
  • 「昨年の成長戦略を受けて、これまでに日本版スチュワードシップコードの策定、社外取締役を選任しない企業に説明責任を課す会社法改正、さらには公的・準公的資金の運用の在り方の検討を通じて、投資家と企業の間で持続的な収益力・資本効率向上やガバナンス強化に向けた対話を深めるための取組等が緒についたところである。」
  • 「今後は、企業に対するコーポレートガバナンスを発揮させる環境を更に前進させ、企業の「稼ぐ力」の向上を具体的に進める段階に来た。これまでの取組を踏まえて、各企業が、社外取締役の積極的な活用を具体的に経営戦略に結びつけていくとともに、長期的にどのような価値創造を行い、どのようにして「稼ぐ力」を強化してグローバル競争に打ち勝とうとしているのか、その方針を明確に指し示し、投資家との対話を積極化していく必要がある。」
  • 「公的・準公的資金の運用機関を含む機関投資家についても、適切なポートフォリオ管理と株主としてのガバナンス機能をより積極的に果たしていくことが期待される

としている。そして、主要な施策例として、企業統治(コーポレートガバナンス)の強化の内容として、「コーポレートガバナンス・コード」の策定と金融機関のよる経営支援機能の強化を上げている(18ページ)。

 平成26年の会社法改正により、従来のコーポレートガバナンスの強化の観点とはやや趣を異にする監査等委員会設置会社の制度が導入されたのも、この異様なまでの社外取締役による収益向上を、コーポレートガバナンスの名の下に強引に進めようとする思惑が見える。その導入の経緯については、「上場企業には、監査役会・社外監査役は置かれていても、外国人投資家にはその機能が理解・評価されにくいといわれる。そこで、社外取締役の設置を強く勧奨する動きがあるが、社外監査役との機能の重複、社外の人材確保の過重負担等の批判もある。そうした実情を踏まえ、平成二六年改正時に、監査役会に代えて、社外取締役が過半数を占める「監査等委員会」を設け、同委員会が、指名委員会・報酬委員会に代わるある程度の経営評価機能(株主総会における取締役人事・報酬等に関する意見陳述権)を持つ「監査等委員会設置会社」の形態の選択が認められるに至った。」とされている(株式会社法(第6版)・江頭憲治郎・有斐閣(2015)、381ページ)。また、同574ページでは、立法論の沿革に関して、「平成一四年改正による「委員会等設置会社」制度の導入後、会社法が制定されるまでの間、産業界には、指名委員会・報酬委員会を置かず、監査役会に代えて非業務執行取締役で組織する監査委員会を置く制度(「アラカルト方式」等と呼ばれた)を創設すべきであるとの立法論が強かった」、「監査等委員会制度の実質は、この立法論に近いが、平成二六年改正時に当該制度の創設を主導したのは、産業界ではなく、上場会社への社外取締役の設置強制を主張する勢力であった。」旨、記載されている。

 そして、2015年に公表された「日本再興戦略」改訂2015-未来への投資・生産性革命-(*-3)では、鍵となる施策として、「1.未来投資による生産性革命」を掲げる。そして、「(1)「稼ぐ力」を高める企業行動を引き出す」として、「「攻め」のコーポレートガバナンスの更なる強化」を打ち出している。ここにおいて、経済成長のための外圧による経営改善を意味する「コーポレートガバナンス強化」の考え方は一層過激さを増している。その内容を引用すると、

  • 「昨年の成長戦略では、日本企業の「稼ぐ力」の回復に向けてコーポレートガバナンスの強化を第一の柱に掲げ、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードを策定することで、金融・資本市場を通じて企業経営に規律を働かせ、経営者による前向きな判断を後押しする仕組みを導入した。」
  • 「その結果、投資家の目を意識した経営が幅広く浸透し、2年前には4社に1社であったROEが10%を超える上場企業は3社に1社を占めるようになった。また、1年程度の短い期間であるにもかかわらず、会社の経営体制も大きく変化しつつあり、今年は、複数の独立社外取締役を選任する上場企業が昨年から倍増し、全体の約半数に上る見込みである。長らく社内の人材のみで経営がなされてきた我が国の会社経営の在り方が一変し、積極的に社外の知見・経験を活用し、短期間に競争環境が激変する変革の時代を切り拓いていく準備が整いつつある。」
  • 「投資家に対する企業情報の開示が迅速かつ効率的になされるよう、会社法、金融商品取引法、証券取引所上場規則それぞれが定める情報開示ルールの見直しを行い、中長期的な企業価値の創造に向けた企業と投資家の建設的な対話を促進する。また、金融機関についても、企業に対する経営支援機能の強化等を一層推進し、企業の収益力向上や事業再編に積極的に関与していくように促していくこととする。」

とある。

 社外取締役という外圧による経営改善を通じた「稼ぐ力」の向上というコーポレートガバナンスに、更に、金融機関を通じた外圧を加えることで、企業の収益力を向上させ、経済再興を目指そうとする意図が端的に表されている。
 平成26年の会社法改正において社外取締役の設置義務化は見送られたが、その妥協をする代わりに、社外取締役を設置していない上場企業には、定時株主総会において、「社外取締役を置くことが相当でない理由」を説明しなければならない(会社法327条の2)(*-4)ものとし、更に株主総会参考書類にその理由を記載しなければならない(会社法施行規則74条の2)。「社外取締役を「置くことが相当でない理由」とは、単に「置かない理由」(「社外監査役が機能している」)ではなく、置くことが相当でない積極的理由、すなわち、一般には社外取締役を置くことが有用であると考えられていることを前提として、当社についてはそれがそうとうでない特別な理由であると解される」とされている(株式会社法(第6版)・江頭憲治郎・有斐閣(2015)、386ページ)。


 このように、コーポレートガバナンス・コード制定の背景や社外取締役が絡む会社法改正の経緯の一部には、「日本再興戦略」に象徴される景気向上・経済財政政策がある。投資家の代表格である機関投資家に(スチュワードシップ・コードを通じて)自覚を持たせて企業との建設的対話を通じた株主によるガバナンスにより経営者の奮起を促す一方で、社外取締役という外圧を使い、経営陣に対する指導・監督的な役割を担わせることで、企業の経営改善(「稼ぐ力」の向上)を目指す(「経営者のマインドを変革して、攻め勝つ経営をさせる」という狙いがあることは前述の通り)というのが、コーポレートガバナンス・コード策定の真の狙いであると理解できる。

 ここで注意しなければならないのは、「コーポレートガバナンス」という言葉の変容である。いかにも現政権的な手法であるが、同じ言葉を使いながらも、その内容や射程範囲がしたたかに変更されているのである。
 確かに、「コーポレートガバナンス」の概念に関しては、経営学・経済学・法学等の各分野で種々の定義づけや議論がされている。株主主権を本質と捉える学説や多様なステークホルダーを視野に入れるべきとする学説等、国内だけでも、様々な立場から種々の定義付けがなされている。

 本論考の趣旨からしても、その概念に細かく立ち入ることはしないが、いずれにしても、株式会社制度に起因する「所有と経営の分離」を契機とする企業統治(主たるステークホルダーたる出資者とその受託者たる経営者の受託責任)のあり方に関して、従来は、経営側の暴走(不祥事)をいかに止めるかという私的自治的経営コントロール対策に主眼が置かれていた「コーポレートガバナナンス論」(これまでの会社法の機関設計等に絡む諸改正の主眼もこの視点)から、「グローバル水準のROEを上げられない無能な経営者は去れ」と言わんばかりの「コーポレートガバナンス」となっているものと解しうる。
 監査等委員会設置会社制度や社外取締役を置かないことの相当な理由の説明に関する会社法の改正の意図や趣旨が十分に把握できなかった方々も、この「コーポレートガバナンス」という言葉の変容を前提にすれば、その狙いがなんとなく理解できるのではないだろうか。

 コーポレートガバナンス・コードの策定経緯やそれに絡む問題意識は既に説明したとおりであるが、その全てアベノミクスの影響を受けているわけではない。その問題意識を持ちつつ、OECD(Organization for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)のコーポレート・ガバナンス原則をベースにして策定されている。
 OECDのコーポレト・ガバナンス原則は、(1)有効なコーポレート・ガバナンスの枠組みの基礎の確保、(2)株主の権利の保護、(3)全ての株主の公正・平等な取り扱い、(4)コーポレート・ガバナンスにおける利害関係者の役割と利害関係者の権利の尊重、(5)情報開示と透明性の確保、(6)取締役会の責任、の6つの原則からなっている。純粋に企業に影響するのは、(2)~(6)までの5原則である。OECDのコーポレートガバナンスは、もともと1999年に発効されたが、2001年のエンロン事件の影響を受けて、2004年に改訂されている。
 そして、この1999年のOECDコーポレートガバナンス原則とほぼ同じ内容のガバナンス原則を東京証券取引所が2004年に公表しており、2009年に改訂されている。

 本稿は、コーポレトガバナンス・コードの比較、分析を行うことが目的ではないため、これ以上の検証は控えるが、今回のコーポレトガバナンス・コードの策定は、このような経緯、世界的潮流も根底にあることを確認しておきたい。
 なお、コーポレートガバナンス・コードに関連して、その目玉の一つでもある社外取締役の活用について触れておきたい。エンロンには、17人の取締役のうち、15人が社外取締役でであったが独立性や専門性に問題があったため、会長兼CEOの暴走を招いている(*-5)。ゆえに情報開示の促進や社外取締役の独立性、専門性に関する項目が、今回のコーポレートガバナンス・コードでも取り上げられているのである。
 また、リーマンブラザーズについても、CEO以外は全て社外取締役(10名)であったが、独立性に問題があった上、在任期間も長かった(*-6)。形式的に社外取締役を置けばよい言うことではなく、コーポレートガバナンス・コードの趣旨を踏まえた対応には、社外取締役の適正についても、検討していかなければならない。既に社外取締役がいるからと、社外取締役に関する原則を形式的にComplyとすることを求めているわけではないことに注意が必要である。

3.株主総会の危機管理

(1)コーポレートガバナンス・コード制定の背景は以上の通りであり、コーポレートガバナンスの議論が従来の会社法等の議論とはやや異なるとしても、コーポレートガバナンス・コードが求めている、「株主との建設的な対話」が促進されることは歓迎されるべきである。

 株主総会の危機管理に関する論考を書いていると、従来の総会屋対策的な高圧的で杓子定規な対策論を推奨しているように感じられる方もいるようだが、そのような「開かれた株主総会」の時代に逆行する対策や準備を進めているわけでは決してないことは、当然である。

 例えば、新規にIPOをした企業等では、やはり初めてということもあり、コーポレートガバナンス・コードが志向する建設的な対話を行う土壌がまだしっかりとできていない企業もある。ベンチャー系の社歴の浅い会社などは、上場企業で株主総会対策を行ってきた経験者が社内に存在しないケースもある。会社によっては、直ちにコーポレートガバナンス・コードの各原則にすぐに対応できるわけでもなく、また検討すらできていない企業があるのも現実である。これは何も、新規IPO企業だけではない。上場して数年経っている企業ですら、直ちにコーポレートガバナンス・コードの要請にすぐにこたえられない企業も決して少なくない。コーポレートガバナンス・コードでも、企業の実情に合わせて検討・対応していくべきとしていることから、できるところから、取り組んでいけばよいのである。

 このような企業に対して、コーポレートガバナンス・コードでこのようなことが求められているからと、リハーサル等で、やたらと細かい非財務情報の開示を求めたり、取締役会の実効性評価の内容を聞いてみたりしても、検討すらしていなければ答えようがない以上、あまり意味がない。「建設的な議論を行う上」では、株主側も、企業の身の丈にあわせて、実際にステップアップにつながる内容の質問や要請をしていかなければならないのである。だからこそ、株主側にも一定のレベルと自覚を持たせるために機関投資家に対してスチュワードシップ・コードを提示しているのである。

 3月期に株主総会を行う企業においても、実際に総会の危機管理の支援を行ってきたが、そこでの実例も踏まえていうと、残念ながら、上場企業の株主総会を支援する立場にあるものですら、リハーサルで、企業に身の丈に合わない想定質問を行ってしまっていたりしている。もちろん、株主総会当日も、一般株主から、同じような企業の身の丈に合わない質問がなされることも想定できる以上、最低限の回答や検討は必要であるにしても、杓子定規にコーポレートガバナンス・コードの項目を持ち出して質疑の練習をしてみても、かえって議長や関係者の不安をあおるだけである。

 コーポレートガバナンス・コードへの対応や説明が求められるのは、何も株主総会の場だけではない。IRページや決算説明会、事業説明会、投資家説明会、CSR報告書等、機会は種々あるのであり、株主総会は、会社法の要請も踏まえた準備・対策を行うことが、本筋であることを看過すべきではない。この観点から、株主総会の危機管理を考えていく必要がある。

(2)コーポレートガバナンス・コードを踏まえて、株主総会の実務にどのような影響が及ぶか、まずはその点について、私の見通しを記載しておきたい。

(1)株主に対する分かりやすい説明や対話を尊重する姿勢は、今後より重要になる

 株主総会に出席する株主は、コーポレートガバナンス・コードが想定しているような機関投資家ばかりではない。国内では圧倒的に個人株主が多い。まず、何よりも、この現実を踏まえておかなければならない。このような現状で、コーポレートガバナンス・コードが求めるレベル感を振りかざすことは、少数の機関投資家ないしそれに準じる株主への対応を求めているに等しく、木を見て森を見ずの発想である。
 まずは、多くの個人株主に対して、「どんな会社なのか」「どんなビジネスをしているのか」「どのような考え方で経営に望んでいるのか」「事業の見通しはどうなのか」、「役員はどのような考え方をしているのか(人間性や倫理観・社会認識も含めて)」等を知っていただくこと、これが出発点である。このコアの内容をできるだけわかりやすく丁寧に説明していくこと、これがより一層重要になるであろう。
 このような説明の中には、対処すべき課題や配当・報酬に関する内容も含まれてくるし、後継者育成や人材育成、コンプライアンス、経営理念等のコーポレートガバナンス・コードで求められている内容も含まれてくる。このような内容を今まで以上に丁寧に説明しようと心がけ、準備していくことが、コーポレートガバナンス・コードへの対応にもつながっていくのである。
 但し、この過程では、次の点に留意しなければならない。前回も書いたが、従来、企業によっては、株主総会においては、議長のみが答弁を行うという企業も少なくなかったものと思われるが、既に述べたように、コーポレートガバナンス・コードにより実質的な論点提示をされたことに鑑みると、議長一人ですべて答弁できるわけではなく、壇上に上がるすべての役員・幹部についても、株主にとって分かりやすい説明ができるように留意しながら、プレゼンテーション力の向上に努めておかなければならない。特に、社外取締役や監査役など、コーポレートガバナンス強化に重要な役割を担う立場の役員は、株主からの質問に対して直接答弁を行うことが求められる。

(2)日本においては、株主総会に参加する多くの株主は個人株主であることによる弊害も生じうる。

 個人株主の4分化(機関投資家、従来型個人株主、私欲追求型個人株主、経営・株価評論家型個人株主)がより顕著になっており、株主総会の想定問答の精査・充実や説明資料の改善等の対策が求められることになる。そして、その利害調整や開示・説明・答弁のレベル感の調整が難化することになる。
 コーポレートガバナンス・コードにより、「開かれた総会」を促進すべく、付加情報、特に非財務情報の開示等を充実させることが強く求められている関係上、開示資料の充実や説明資料作成に伴う負荷・負担の増大、インサイダーや営業秘密の管理を含めた、開示・非開示情報の精査・見極め、集約・整理、再構成等が必要になる。これに伴い株主総会でも、当該事項について質問を受けることになるため、想定問答についても、より補強していく必要がある。
 そして、株主総会の危機管理の実務で常に念頭においておかなければならないのは、建設的な対話を行う上で、相応しくない私欲型株主への対応の充実である。株主との対話の場が株主総会であるとするならば、株主総会における受付は正に株主とのファーストコンタクトの場であり、そこでの対応一つで、企業に対するイメージも大きく違ってくる。
 企業の株主総会に出席しては最前列に座り議長不信任を叫んだり、罵声を浴びせたりしながら、突進してくる名物株主などについては、名物株主として既に多くの企業・株主の知るところとなり、信託銀行等もコンサルティングを充実させていることもあり、企業側の対策も進んできているが、ここまでしないまでも、団塊の世代が定年後に蓄えを使って株を買い、配当や株主優待を期待しながら、株主総会に出席して、自身の社会経験や勤務経験、専門分野を活かした質問を行なったり、議長(社長)等を相手に、業界に関する薀蓄(うんちく)や経営に関する意見交換、(上から目線での)年齢的には後輩に当たる経営陣への指導や叱責を目的とした発言したりするケースも増えている。あるいは、その企業のOBが積極的に株主総会に参加しては、取締役選任議案に絡んで、候補者攻撃に当たるような質問をして会場を白けさせたり、退職した元社員が、会社や経営陣への批判や当て付けを目的に株を購入して社内の実情を暴露したり、一ユーザーがクレームを議長相手に質問しては、執拗に回答を求め、企業姿勢や回答を糾弾・非難するという事態も多くなっている。
 あるいは、株主総会において、徒党を組んで自分たちの主義主張を繰り返す運動型株主が大挙して押し寄せ、企業経営の観点からは「建設的な議論」とは言いがたい内容の質疑応答がなされる株主総会もある。
 コーポレートガバナンス・コードが種々の情報開示を要請していることを利用して、例えば役員選任候補者の主義・主張を殊更にたずねてみたり、修正動議等を行う事態も十分に視野に入れておかなければならない。不規則発言が飛び交ったり、特定株主(団)が私的な質問を執拗に繰り返すような議場では、「建設的な議論」はなりたたない。建設的な議論を行うためには、大人の論理に基づく相応の議事運営・議場の秩序維持が不可欠なのであり、特定のクレーマー的株主対策が以前以上に重要性を増していることも見逃すべきではない。
 なお、クレーマー的な株主ではないか、最近では、創業家メンバーによる経営権の争いや創業メンバーや経営陣間での経営方針の違いを巡る対立に端を発した対立型の株主総会も注目を浴びた。両者がPR会社を使った誹謗中傷合戦を繰り広げ、株主総会の場でも、それぞれの陣営から経営陣や現体制への批判・糾弾が飛び交うなど、企業価値を無視した泥仕合に発展するケースも最近では少なくない。このような対立や経営権争いも、企業の株主総会に影響を及ぼす。この点は前回触れたとおりである。

(3)企業にとっては実務上の負担が大きくなる。

 これについても前回の論考でも触れたが、改めて示せば、「開かれた総会」を促進すべく、付加情報、特に非財務情報の開示等を充実させることが強く求められている関係上、開示資料の充実や説明資料作成に伴う負荷・負担の増大、インサイダーや営業秘密の管理を含めた、開示・非開示情報の精査・見極め、集約・整理、再構成等が必要になる。これに伴い株主総会でも、当該事項について質問を受けることになるため、想定問答についても、より補強していく必要がある。
 また、開かれた総会や株主との対話を促進しようとすれば、企業としては、多くの株主が出席することを想定した種々の準備が必要になる。例えば、以下の点である(昨年の論考から引用する)。

  • 株主の荷物を預かるクローク対応においては、「預けていた物が無くなった」、「物を傷付けられた・汚された」等のクレームや、他の人に間違って渡してしまった等の事案が発生する可能性が高い。このようなクレームに対応に苦慮している企業も少なくない現状に鑑みれば、株主総会における受付対応や準備、危機管理という観点からは、クロークでの対応要領の整備やクロークの担当スタッフに対するロールプレイング等も重要になる。
  • 受付対応と同様に意外と重要なのが、最寄駅等からルート上に立つ誘導・案内スタッフである。6月末ともなれば、外は暑く熱中症のリスクもある中、クールビズとはいえ、案内板等を持って炎天下で立っていることはかなりの重労働である。自身の水分補給も必要になるし、トイレの問題もある。また、株主から、他の会社への道を聞かれたり、喫煙所の場所等を聞かれるケースもある。足元の不自由な株主様から、「遠い」等の苦言を呈されたりすることもある。
  • 上場企業が増加している一方で株主総会に適した会場が不足している事情もあり、駅から距離がある場所で株主総会を開催しなければいけない企業では、会場に至る最寄駅やルートも複数あり、複雑な行程工程をどのように株主を誘導するかという問題もある。基本的には株主様の自己責任とはいえ、案内スタッフを配置している企業が少なくない現状に鑑みても、単純に株主様の自己責任とは割り切れないのは言うまでもない。
  • 企業によっては、株主の案内スタッフに対するロールプレイングを実施するケースもあるが、会社の重大イベントである株主に粗相があってはと、スタッフも真剣である。エリア割による遊撃スタッフや、案内・誘導本部の機動的な人員配置・運用により、円滑な株主誘導・案内を行えるように、この点についても検討が必要である。実際に道中や会場に至るスタッフの対応で株主を怒らせてしまい、株主総会で多くの株主の前で当該株主が議長に指摘した事例もあれば、一方で、機転を利かせた案内スタッフの対応で企業へ好感をもたれた事例もある。
  • 「株主との対話」「開かれた総会」を求める企業こそ、株主に直接対応することなる受付や案内・誘導スタッフ等イベントとしての株主総会を下支えしているスタッフに対しても、レクチャーやロールプレイングを実施することが望ましいことは言うまでもない。当然、この過程で、名物株主等との接触もあり得るリスクを看過すべきではない。
  • 介添者の取扱いに関しても、留意が必要になってくる。株主の高齢化等に伴い、介助者、介添人付添で株主総会に出席する株主もいるが、介助者や介添人は株主資格が無いからとむげに断ると、それこそ企業イメージを悪化させかねない。事前にどのように対応するのか、対応方針を企業として明確にしておく必要がある。

 企業によっては、傍聴席を株主席とは別に設けている企業や、色違いのネックストラップ等を利用して議決権のある株主と議決権のない介添人を明確にした上で、入場を認めるような企業もある。企業イメージを悪化させない工夫が求められる。
 これに関連して、土曜日や日曜日に株主総会を開催する企業では、家族旅行を兼ねて地方等から株主総会に参加する株主なども想定しておかなければならない。小さなお子様連れの株主様がいた場合に、子供だけ入場を断るという対応は現実的にはしにくいことから、どのような対応をするのか、これについても企業で対策を検討しておくことが求められる。

(4)ガバナンスのあり方に関心が高まる

 社外取締役の積極的な活用を要請するコーポレートガバナンス・コードの趣旨を踏まえると、社外取締役の人となりや資質にも関心が高まるほか、社外取締役としてのコーポレートガバナンスに関する考え方に関しても、株主は関心を持つことになる。したがって、社外取締役に対する質問も増えてくることが予想される。
 従来、特に社外取締役は、株主総会で答弁を行うケースは極めて少なかったものと考えられるが、今後は、コーポレートガバナンス強化に向けて重要な任務を担うことから、質疑対応の訓練や答弁のシミュレーション、トレーニングを行っておく必要があるに留意が必要である。コーポレートガバナンス・コードの趣旨を踏まえる限り、同じ取締役だからと議長が代わりに答弁することにも一定の限界があることを前提とした準備をしておくことが望ましい。

 いずれにしろ、機関投資家との建設的な対話を志向するコーポレートガバナンス・コードが、良い方向にも悪い方向にも、株主総会の実務に影響を及ぼすことになる。より一層、株主総会の準備とリハーサルの充実を含む事前対策の重要性が増していることを改めてしておきたい。

次回は、株主総会の危機管理について、今回触れた部分以外の留意事項について、昨年の論考なども引用しながら、整理していきたい。


(*-1)首相官邸・日本再興戦略-JAPAN is BACK(平成25年6月14日)

(*-2)首相官邸・「日本再興戦略」改訂2014‐未来への挑戦‐(平成26年6月24日)

(*-3)首相官邸・「日本再興戦略」改訂2015‐未来への投資・生産性革命‐(平成27年6月30日)

(*-4)株式会社法(第6版)・江頭憲治郎・有斐閣(2015)
386ページには、「この説明義務は、最終事業年度の末日において社外取締役を置くことが相当でない理由の説明、すなわち、株主総会の議案と関係のない事項の説明である点で、制度として異例なものである」と解説されている。
 後述するように、エンロンやリーマンブラザーズでは10名以上の社外監査役がいても、不正会計や経営破綻を招いたことを勘案すると、このような異例な説明義務を課したとて、てまでの経済合理性の強制は、健全なコーポレートガバナンスの促進・強化につながるかは疑問のあるところである。とは到底思えない。「過ぎたるは及ばざるが如し」といえる。

(*-5)「経営者支配とは何か」(今井祐著・文眞堂刊・平成26年)119ページ

(*-6)「経営者支配とは何か」(今井祐著・文眞堂刊・平成26年)132ページ

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