SPNの眼

危機管理と5S+「S」(5)

2019.02.06
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 前回に引き続き、今回も「危機管理と5S+『S』」について論じていきたい。
今月は、41個目~50個目までを解説する。

■選別力・選択眼
 41個目の「S」は、「41. 選別力・選択眼」である。
 情報化社会の現代、情報リテラシーやメディアリテラシーの重要性が方々で説かれ、またフェイクニュースの見極め方についても、多くの識者が様々な基準を提示している(裏を返せば、それだけフェイクニュースが多いというか、むしろ大半という状況というころだが)が、危機管理においても、種々の情報や状況から、事態の本質や広がり、取るべき手段等を見極める選別力、選択眼が重要であることは言うまでもない。
 様々な知識や見識も、また良識も「識」、すなわち「分かる」という文字を用いる以上、この選別力、選択眼を有することが前提となっている。
 危機管理の局面では、特に、クライシス対応の局面においては、選別力や選択眼がなければ、事態の評価や危機対応策の選択を誤り、事態を余計に悪化させることになりかねない。 
 したがって、危機管理を行っていく上でも、「選別力・選択眼」は重要な要素であるといえる。

■生産性
 42個目の「S」は、「生産性」である。
 今日では、この「生産性」なる言葉も、非常に流行っている。特に働き方改革の推進の肝とされるのが、労働生産性の向上である。
 「生産性」という言葉は、一見、リスクマネジメントやクライシスマネジメントには馴染まず、特にリスクマネジメントは、生産性向上に相反するものとして考えられる場合もある。しかし、生産性は危機管理においても重要なキーワードである。
 生産性とは、投資した労働力・資源等から、いかに高い付加価値を生み出せるかということであるが、それは言い換えれば費用対効果、実効性ということである。危機管理は、本来、様々なトラブルを回避し、また発生するダメージを極力少なくするための対策であるから、それが適切に行われなければ、種々の問題事象やトラブルが発生し、また事案等が発生した場合大きな損害・ダメージが生じてしまう。こうなれば、高付加価値、費用対効果どころではない。言いかえれば、危機管理の取り組みそれ自体が、まさに生産性を向上の取り組み、そのものなのである。 その意味で、「生産性」も、危機管理の重要な要素であるといえる。

■センスメイキング
 43個目の「S」は、「センスメイキング」である。
 センスメイキングとは、事象の意味づけ、合意形成に近い意味で、経営学で再び注目を浴びている言葉である。この考え方は、簡略化すれば、各種の事象に対して、従業員を納得させ、行動させるための、事象等の意味づけ、定義づけを重視するものであるが、言い換えれば状況認識、状況解釈と課題(事案)解決に向けた目標設定ということができる。
 リスクマネジメントを進める上では、関係者の理解・納得を得て、課題解決に向けた意味づけ(目的の明確化)を行い、関係者にそれに向けたアクションを促し、メンバーの多様性を前提に、種々のコンフリクトを調整していくことが求められるし、クライシスマネジメントにおいても、その目的が事態の収束とダメージの極小化にある点は別として、基本的に同様のプロセスをたどる。
 経営学の理論として提唱された概念でもあり、企業経営の安定化と企業価値向上を目的とする危機管理においても、センスメイキングが重要な意味を持つことは言うまでもない。

■Security
 44個目の「S」は、「Security」である。
 危機管理という言葉を聞いた場合、その主要テーマとして、「Security」(安全)というイメージを想起する人が多いのではないだろうか。
 そのキーワードが、なぜ44番目なのかということはさておき、多くの人が想起するように、「Security」が危機管理の重要なテーマであることは言うまでもない。
 この「Security」と次の「Safety」、いわゆる安心・安全は、事故防止やリスクマネジメントでは、主目的として掲げられる重要テーマであり、労働安全衛生対策も重要な経営課題であることに鑑みても、危機管理としての「Security」対策は、企業経営において極めて重要な位置づけであることは論を待たない。
 ヒューマンリソース・リスクマネジメントが注目をあびているが、ヒューマンリソースを有効に機能させる上では、それを発揮する「人」たちが「安全」に働けることが大前提である。

■Safety・備え
 45個目の「S」は、「Safety(安心)・備え」である。
 繰り返しになるが、「Security」と次の「Safety」、いわゆる安心・安全は、事故防止やリスクマネジメントでは主目的として掲げられる重要テーマであり、安心感の醸成・確保こそが、商品やサービスの提供の不可欠な要素である。
 安心感に不安のある商品やサービスは、消費者から利用を敬遠される。敬遠されてしまえば、売上げが上がらず、企業の存続は難しくなる。しかも、Security(安全)が比較的客観的なものであるのに対して、Safety(安心)は主観的なものである。多くの消費者に安心感を持ってもらうためには、多くの消費者の主観に訴求する取り組みが重要であり、企業としては、安心感の醸成のための作業は、大変な労力が必要となる。
 安心感なくして、企業の存続はないことを考えると、Safety(安心)そのものが、まさに危機管理として不可欠な要素ということができる。

■責任感
 46個目の「S」は、「責任感」である。
 危機管理に関する取り組みは、事故やトラブルの回避、また事案の早期収束を目的とした継続的なものであり、その維持・継続・強化には、強い使命感と責任感が不可欠である。
 強い責任感を持って、主体的かつ継続的に各種の危機対応・危機管理を行わなければ、事故やトラブルが発生し、あるいは、事態の更なる悪化を招き、大きなロスを出したり、企業存続を脅かす事態になりかねない。中途半端に終わってしまえば、そこまで行ってきた危機管理も、水の泡になってしまう。
 逆に言うと、危機管理が危機管理としての効果を発揮するためには、担当者や担当部門、もっと言えば、経営幹部が、強い責任を持って、主体的かつ継続的に推進していくことが重要である。
 責任感をもって、主体的かつ継続的に実施していかなければ、危機管理が危機管理として機能しないことを考えると、責任感は、危機管理の重要な要素であるといえる。

■ 即応性・瞬発力
 47個目の「S」は、「即応性・瞬発力」である。
 リスクマネジメントは事故やトラブルを回避するために行うものであり、クライシスマネジメントは、被害の極小化を目的とする。いずれも、時期を失してしまうと、かえって事態を悪化させてしまう。
 すなわち、リスクマネジメントにおいては、即応性・瞬発力を持って、迅速に手立てを行わないと、大きな事故を発生させて、クライシスの事態を招いてしまうことになる。即応性や瞬発力は、リスクマネジメントをしっかりと機能させるために不可欠な要因である。一方、クライシスマネジメントにおいては、重大事象の発生を前提に実施することになるから、対処が遅れれば遅れるほど、その被害は甚大になる。まさに、即応性・瞬発力が成否を分けるのであり、即応性・瞬発力なくして、クライシスマネジメントの成功はない。
 このように即応性・瞬発力は、リスクマネジメントにおいてもクライシスマネジメントにおいても、不可欠な要素であることから、危機管理において、重要な指標となる。

■親しみやすさ
 48個目の「S」は、「親しみやすさ」である。
 「親しみやすさ」については、一見すると、危機管理とは無縁のように思えるが、とっつきにくい対策は、特にリスクマネジメントにおいては、実施・推進を敬遠されてしまう。
 リスクマネジメントもクライシスマネジメントも、「人」がやるものであり、「人」を相手にするものである以上、主体及び対象、いずれの「人」に優しいものでなければ、終局的な成果は望めない。実施する側(主体)からの優しさは、対象者(客体・相手方)からの親しみやすさでもある。それなくして、対象者(客体・相手方)からの永続的な理解・支持は得られない。要は、リスクマネジメント、クライシスマネジメントいずれにおいても、「親しみやすさ」は、重要な要素と言える。

■守秘義務
 49個目の「S」は、「守秘義務」である。
 危機管理の中でも、クライシスマネジメントは、かなりの過酷状況下でも、平常心を維持して適切な危機対応を行い、うまくいかなくても善後策を次から次へと繰り出して、状況を踏まえて粘り強く行っていく必要があるが、そこでやり取りされる情報や、その真因には、相当な内部事情が含まれる。
 危機管理においては、危機管理広報が重要な役割であることは疑いないが、広報といっても、詳細な内部事情や機密情報まですべて公開・公表することではないことは、改めて説明するまでもないであろう。
 もちろん、改善が必要な部分の共有は必要であるが、知られてはいけない情報等は、しっかりと保護していかなれば、それこそ、経営の根幹を揺るがしかねないし、危機対応のために行った施策も、十分な効果を発揮できないことがある。
 その意味で、危機管理においては、「守るべき情報は徹底して守る」ことが不可欠であり、「守秘義務」の遵守は、危機管理を行う立場にある者すべてに課せられた、重要な責務・要素である。

■証明責任
 50個目の「S」は、「証明責任」である。
 リスクマネジメントを進めていく上では、各種のリスク対策が合理的な形で確実に検討、実施・実行され、その記録が適切に記録・保存されることが重要である。確実に実施されたことのエビデンスを残すことは、自身の業務や行為の正当性を担保する観点からも重要である。
 クライシスマネジメントにおいても、当該手段をとったこと、当該判断をしたこと等について、適時・適切に関係者に共有・説明して、理解を求めたり、実施を促すことが不可欠である。そして、その前提となるのが、エビデンスや判断基準の明確化・文書化と、実施する側の記録・検討、実施、状況報告である。
 要は、各種の危機管理対策の判断の合理性を判断・実施するためにも、その内容や行為等の正当性を証明していくこと必要があることから、「証明責任」は危機管理に重要な要素であえるといえる。

 

以上

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