暴排トピックス
「これで最後だからな」、「多少のコンプラについてはやむを得ない」~いわき信組反社利益供与問題の本質
首席研究員 芳賀 恒人

1.「これで最後だからな」、「多少のコンプラについてはやむを得ない」~いわき信組反社利益供与問題の本質
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正動向(大分県)
(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(静岡県)
(3)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(静岡県)
(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(福島県)
(5)暴力団対策法に基づく称揚禁止命令発出事例(兵庫県)
(6)暴力団対策法違反事例(岡山県)
1.「これで最後だからな」、「多少のコンプラについてはやむを得ない」がもたらしたもの
正に「今時、ありえない」というのが筆者の正直な感想です。いわき信用組合は2025年10月31日にいわき市内で記者会見を開き、2025年6月に設置した特別調査委員会が指摘した反社会的勢力(反社)との関係を認め謝罪しています。調査委員会の報告からは、20年にわたる反社への資金提供や連れだっての海外旅行など、異常な関係が明らかになりました。
▼ いわき信用組合 特別調査委員会調査報告書(公表版)
特別調査委員会が公表した調査報告書によれば、信組と反社との関係は遅くとも1990年代に始まり、弱みを握られる社員などがいたといい、江尻次郎前会長は理事長就任後「合計10億円前後」を反社に支払ったと認めているといいます。街宣活動を止めるため、反社とみられる関係先に資金を提供したことなどがきっかけとなり、2016年ごろまで現金の支払いが継続、関係は断続的に20年に及び、この間、反社の脅しに屈した半面、社員を交え海外旅行に出かけていたといいます。今回の報告書では、迂回融資が始まった2004年3月から2025年3月末までに不正融資に使われた資金の総額は279億円と判断、外部に流出した資金約25億5000万円のうち、9億4900万円が反社に流れたと結論づけました。流出した資金の一部は反社により違法ギャンブルなどで浪費された可能性があるといいます。また、いわき信組は資金の流出に、迂回融資や預金者に無断で開いた口座への架空融資を活用、知人企業などに必要より多く融資し、水増し分を反社に渡すなどの水増し融資という手法も今回明らかになりました。その他、金融機関を名乗る資格などない実態、不祥事のオンパレードには愕然としました。なお、調査報告書に記載された主な事実関係としては、以下のようなものがあります。
- 1992年ごろは株主総会で企業に金銭を要求する総会屋が跋扈する時代だった。同信組では暴力団関係者と交友がある理事がいた
- 複数の右翼系政治団体から、信組本店や役員の自宅で「不正融資がある」などと街宣活動を受けていた
- 暴力団との癒着などを糾弾する右翼系政治団体の街宣活動を中止するなどと持ちかけられ、これに応じた
- 「仲介役」を申し出たのが、信組の大口融資先でもあった人物。当時から信組は、暴力団関係者と親交があると認識していた
- 外部に流出した資金約25億5000万円のうち、9億4900万円が反社会的勢力に流れた
- 流出した資金の一部は反社勢力により違法ギャンブルなどで浪費された可能性
- 支払いは理事長をはじめとする信組役員の判断で行われていたと指摘。当初は税金の支払いのための積立金を取り崩したり、水増し融資をした大口の融資先から理事長が借り入れたりして現金を捻出していたが、2000年代からは顧客に無断で開設した口座を使った不正融資の手法をとるようになったという。
- 「管理用パソコンを解析されることで、融資の全容が解明され、反社への資金提供が表沙汰になることを避けたかった」として廃棄
この問題の本質は、経営陣の「これで最後だからな」、「支援には多少のコンプラについてはやむを得ない」にすべてが凝縮されていると考えます。「これで最後」が通用する相手ではないのにあるまじき対応を重ねる愚鈍さ、コンプライアンスに違反し金融庁に虚偽報告をしてまでも「不祥事を隠蔽する」という前時代的な意識が根底にあることをこれほど的確に表現する言葉はないかもしれません。そして、それはまた「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」が要請する基本原則、すなわち「組織としての対応」、「外部専門機関との連携」、「取引を含めた一切の関係遮断」、「有事における民事と刑事の法的対応」、「裏取引や資金提供の禁止」の重要性をあらためて浮き彫りにしました。総会屋が跋扈したという時代背景は言い訳でしかありません。時代を超えて「不祥事を隠蔽しない」「資金提供を行わない」との「真っ当な感覚」を持ち合わせていれば違った展開となったはずだと、強く感じます。
犯罪対策閣僚会議申し合わせとして公表された「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(政府指針)においては、「反社会的勢力による被害の防止は、業務の適正を確保するために必要な法令等遵守・リスク管理事項として、内部統制システムに明確に位置付けることが必要である」との指摘がありますが、反社排除の内部統制システムはあったとしても、経営陣の恣意・悪意によりいとも簡単に無効化されることを痛感させられます。その要因としては、不祥事の隠蔽を最優先した経営陣の「前時代的な意識」がありう、さらには相互監視の効かないガバナンスの脆弱性や従業員の意識の低さなどがあげられます。
▼ 企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針(2007年6月)
政府指針においては、反社会的勢力による被害を防止するための基本原則 として、「組織としての対応」、「外部専門機関との連携」、「取引を含めた一切の関係遮断」、「有事における民事と刑事の法的対応」、「裏取引や資金提供の禁止」が掲げられていますが、いわき信組はいずれも充足していない状態です。特に政府指針において、「反社会的勢力から不当要求がなされた場合には、積極的に、外部専門機関に相談するとともに、その対応に当たっては、暴力追放運動推進センター等が示している不当要求対応要領等に従って対応する。要求が正当なものであるときは、法律に照らして相当な範囲で責任を負う」、「反社会的勢力による不当要求がなされた場合には、担当者や担当部署だけに任せずに、不当要求防止責任者を関与させ、代表取締役等の経営トップ以下、組織全体として対応する。その際には、あらゆる民事上の法的対抗手段を講ずるとともに、刑事事件化を躊躇しない。特に、刑事事件化については、被害が生じた場合に、泣き寝入りすることなく、不当要求に屈しない姿勢を反社会的勢力に対して鮮明にし、更なる不当要求による被害を防止する意味からも、積極的に被害届を提出する」、「反社会的勢力による不当要求が、事業活動上の不祥事や従業員の不祥事を理由とする場合には、反社会的勢力対応部署の要請を受けて、不祥事案を担当する部署が速やかに事実関係を調査する。調査の結果、反社会的勢力の指摘が虚偽であると判明した場合には、その旨を理由として不当要求を拒絶する。また、真実であると判明した場合でも、不当要求自体は拒絶し、不祥事案の問題については、別途、当該事実関係の適切な開示や再発防止策の徹底等により対応する」、「 反社会的勢力への資金提供は、反社会的勢力に資金を提供したという弱みにつけこまれた不当要求につながり、被害の更なる拡大を招くとともに、暴力団の犯罪行為等を助長し、暴力団の存続や勢力拡大を下支えするものであるため、絶対に行わない」といった内容が記載されていますが、少なくとも最後の2項目、「不祥事を隠蔽しない」「資金提供を行わない」との姿勢を堅持しようとする「真っ当な感覚」(コンプライアンス意識)を持ち合わせていれば、違った展開となっていたと思われます。
さらに、繰り返し反社会的勢力の不当要求に応じた点は、経営陣の責任は免れず、株主代表訴訟を提起され、敗訴されるリスクは相当に高いものと推察されます。なお、この点については、以前、同じような事案があり、最高裁で巨額の損害賠償が認められた事例があります。
- 蛇の目ミシン工業事件に関する株主代表訴訟事件(最終的損害額583.6億円)
最高裁判決(最高裁2006年 差し戻し控訴審2008年)- いわゆる仕手筋として知られるAが、大量に取得したB社の株式を暴力団の関連会社に売却するなどとB社の取締役であるYらを脅迫した場合において、売却を取りやめてもらうためAの要求に応じて約300億円という巨額の金員を融資金の名目で交付することを提案し又はこれに同意したYらの忠実義務、善管注意義務違反が問われた行為について、Aの言動に対して警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはできないという事情の下では、やむを得なかったものとしてその過失を否定することはできない。
- 会社から見て好ましくないと判断される株主が議決権等の株主の権利を行使することを回避する目的で、当該株主から株式を譲り受けるための対価を何人かに供与する行為は、商法(平成12年法律第90号による改正前のもの)294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益を供与する行為に当たる。
金融庁がいわき信組に2024年11月に出した報告徴求命令に関し虚偽報告と虚偽説明もありました。金融庁は今後、刑事告発も視野に入れて対応を検討するとしています。金融庁はいわき信組の経営管理や法令順守の体制に「重大な欠陥」があると指摘、反社との取引をただちに遮断し、反社を排除するための実効性ある管理体制を確立するほか、今回の行政処分を踏まえた経営責任の明確化とそれに基づく責任追及も命じています。短期間で再び行政処分を出すのは異例ですが、一部業務停止を命じたのは1カ月間の新規顧客への融資にとどまりました。金融庁は「許されないあるまじき行為だが現在の融資先に罪があるわけではなく、そうした方々との取引まで停止すべきではない」と説明しています。
▼金融庁 いわき信用組合に対する行政処分について
金融庁は、本日、いわき信用組合(以下「当組合」という。本店:福島県いわき市、法人番号: 5380005005753 )に対して、下記のとおり行政処分を行いました。
- 命令の内容
- 協同組合による金融事業に関する法律第6条第1項において準用する銀行法第26条第1項に基づく命令
- 健全かつ適切な業務運営を確保するため、以下を実行すること。
- 今回の処分を踏まえた経営責任の明確化(これを踏まえた責任追及を含む。)
- 反社会的勢力等との取引を直ちに遮断する(捜査機関への告訴等の検討を行うことを含む。)とともに、反社会的勢力等の排除に係る実効性のある管理態勢を確立すること
- 当組合の全役職員が法令等遵守に関して金融機関の職員として備えるべき知見を身に付け、健全な企業風土を醸成するため、全ての役職員に対して少なくとも一定期間通常業務から完全に離れて、研修を行うこと
- このため、本年11月17日(月)から12月16日(火)までの間、新規顧客(既往取引のない者をいい、当組合において命令発出日前に借入等の申込みを受けている者を除く。)に対する融資業務を停止すること
- 当局による検査や報告命令に対する不適切な対応の再発防止を確保し、適切な受検・報告態勢を確立すること
- 一連の不祥事件について、今回の当局検査等を踏まえ、更なる事実関係の精査及び真相究明を徹底して行うこと
- 当組合が当局に提出した業務改善計画(令和7年6月30日付)について、その後の進捗状況並びに今回の当局検査及び業務改善命令を踏まえ、必要な見直しを行うこと
- 公的資金の活用に係る特定震災特例経営強化計画について、上記(1)を踏まえ、必要な見直しを行うこと。
- 上記1.の業務改善計画及び上記2.の特定震災特例経営強化計画を令和7年11月14日(金)までに提出し、直ちに実行すること(提出後に計画の修正等を行った場合には、都度速やかに提出すること。)。
- 上記3.の業務改善計画について、当該計画の実施完了までの間、3か月毎の進捗及び改善状況を翌月末までに報告すること(初回報告基準日を令和7年12月末とする。)。
- なお、令和7年5月29日付命令に基づく業務改善計画の実施状況については、本報告の中において報告すること。
- 健全かつ適切な業務運営を確保するため、以下を実行すること。
- 協同組合による金融事業に関する法律第6条第1項において準用する銀行法第26条第1項に基づく命令
- 処分の理由
- 令和7年5月30日に公表された当組合の第三者委員会による調査報告書(以下、「第三者委員会報告書」という。)も踏まえ、同5月28日を検査実施日として当組合を検査した結果や協同組合による金融事業に関する法律(以下、「協金法」という。)第6条第1項において準用する銀行法第24条第1項の規定に基づく報告命令に対する当組合の報告を検証したところ、以下のとおり、経営管理態勢や法令等遵守態勢に重大な欠陥が認められたほか、信用リスク管理態勢における機能不全の問題が認められた。
- 経営管理態勢及び法令等遵守態勢の重大な欠陥
- 当組合は、地域金融におけるラストリゾート(最後の砦)を自負し、地域の中小零細企業を守り支えることを自らの使命・役割としてきた。一方で、当組合の歴代の理事長ら経営陣は、そうした使命を曲解するあまり、一部の大口業況不芳先との馴れ合いの関係に陥り、かつ、こうした先にも融資し続けることが自らの使命であるとして、本来あるべき融資審査や与信管理等を何ら行うことなく、関係を継続してきた。
- また、大口業況不芳先の破綻などによって自らの経営に悪影響が出ることを回避するため、本来の債務者とは無関係の個人の名義を無断で借用して口座を開設し、当該口座に融資を実行したのち当該融資金を本来の債務者に迂回させるという手法等による融資(以下、「無断借名融資」という。)やペーパーカンパニー等を利用した迂回融資を行うなど、法令違反行為や不適切・不合理な行為(以下、「不正行為」という。)、更にはそれらを当局に隠蔽することすらもやむを得ないと自らに都合良く解釈し、これらを正当化してきた。
- そのうえ、後述2.に指摘するように、反社会的勢力や反社会的勢力であることが疑われる者(以下、反社会的勢力と合わせて「反社等」という。)への資金提供等の事実が確認されており、これらについては、反社等からの度重なる不当な要求に対 し、金融機関として毅然とした態度で関係を遮断するという社会的責任を果たすこともなく、更には、反社等との不適切な関係を不正行為によって糊塗し隠蔽するという、金融機関としてあるまじき対応を重ね、問題を深刻化・複雑化させてきた。
- こうしたことの要因には、不正行為を主導してきた歴代理事の法令等遵守意識の欠如があり、組合の業務執行を監視・監督すべき理事会がその役割を果たしていないことに加え、他の理事・監事においても、自ら不正行為への加担や黙認に及ぶ者があるなど、当組合のガバナンスが著しく欠如していることが挙げられる。
- 加えて、当組合のコンプライアンスや内部監査を所掌する監査部をはじめとした管理部門においても、経営陣の不法・不合理な指示等に盲従し、不正行為やその隠蔽への加担や黙認が繰り返されており、当組合の内部管理・内部統制が機能していないことも挙げられる。更には、営業店においても、経営陣・本部からの不法・不合理な指示等に言われるがまま従うなど、異常なまでの上意下達の企業風土が広く根深く浸透していることも、要因と認められる。
- 反社等への資金提供及び反社等管理態勢の機能不全
- 今回検査において、当組合の元役員に対するヒアリングを行ったところ、遅くとも平成4年頃から、当組合に対する反社等からの度重なる不当な要求が繰り返され、これらに応じて資金提供を行っていた旨の説明が得られた。
- これらを踏まえ今回検査で検証を行ったところ、当組合では、少なくとも、(イ)反社等に対して多額の現金の提供を行っているほか、(ロ)反社等が所有する法人に対する融資や、(ハ)反社等の親族に対する融資、(ニ)反社等から紹介を受けた者に対する融資を行った事案が認められる。
- 上記事案はいずれも、反社等管理態勢の最高責任者である歴代の理事長、コンプライアンス担当理事及び監査部長といった、本来は反社等との関係遮断に率先して取り組むべき者並びに牽制機能を発揮すべき者が直接的に主導することにより行われているほか、(イ)の資金提供については、債務者と示し合わせた融資金の水増しにより原資を捻出したものや、無断借名融資により原資を捻出した蓋然性の高いものが認められ、また(ロ)以下の融資の実行に際しては、反社等に便宜を図るため、あるいは、当組合の規程では反社等への融資が実行できない定めとなっていることを認識した上で、常務会や個別の稟議過程において反社等との関係性に係る検討や説明が何ら行われていないなど、当組合の反社等管理態勢は全く機能していない。なお、反社等への融資については、犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下、「犯収法」という。)第8条に規定する疑わしい取引の届出の必要性も検討されていない。
- 当局に対する事実と異なる報告及び検査における虚偽説明
- 協金法第6条第1項において準用する銀行法第24条第1項の規定に基づく報告命令に対する当組合の報告(以下、「24条報告書」という。)の内容を検証したところ、以下のとおり、経営陣の指示・提案のもとで事実と異なる報告が行われ、当局によ る当組合の実態把握に重大な影響を与えており、これらの行為は、協金法第10条第2号に規定する虚偽報告に該当する。
- 無断借名融資の実行に際し、特定の役員を当該資金の管理担当役員(以下、「資金管理担当役員」という。)に充て、資金や重要情報の管理を極めて限定的な関係者において行っていたところ、人事処分後の経営体制の維持を企図し、24条報告書において、当時の理事長が資金管理担当役員を引き継いでいた事実を隠蔽して、別の役員がこれを引き継いだ旨の回答を行ったこと。
- 前述2.のような反社等への資金提供のため組合勘定の現金を流用したうえ、この補填のために、無断借名融資により捻出した資金を利用して不正を隠蔽していたところ、反社等との関係が露見することを回避するため、24条報告書において、一連の無断借名融資とは別に行われていた、特定の職員による同様の手口での横領事件(以下、第三者委員会報告書の略語の用例に合わせて「乙事案」という。)への補填の原資を当時の複数役員による私財供出から捻出したうえ無断借名融資により捻出した資金でこれを補填した旨の回答を行ったこと。
- 今回検査において、当組合の特定の役職員らは、以下のとおり、検査官に対して事実と異なる答弁を行い、当局による当組合の実態把握に重大な影響を与えており、これらの行為は、協金法第10条第3号に規定する虚偽答弁に該当する。
- 無断借名融資に係る資金管理担当役員の異動の状況に関し、複数の役員らが示し合わせるなどして、前述3.(1)(イ)と同様に、事実と異なる答弁を行ったこと。
- 無断借名融資の期日管理等に関する重要データが保存されていたとされるパソコン(以下、「PC」という。)に関し、特定の役員からPCの使用を任されていた職員が、実際はPCを当該役員に渡していたにもかかわらず、当該役員の指示により、自身が損壊処分した旨の答弁を行ったこと。
- 協金法第6条第1項において準用する銀行法第24条第1項の規定に基づく報告命令に対する当組合の報告(以下、「24条報告書」という。)の内容を検証したところ、以下のとおり、経営陣の指示・提案のもとで事実と異なる報告が行われ、当局によ る当組合の実態把握に重大な影響を与えており、これらの行為は、協金法第10条第2号に規定する虚偽報告に該当する。
- 上記以外の不正行為
- 特定の大口先グループに対する不正融資
- 当局検査において、第三者委員会報告書の調査結果を踏まえ、当該報告書において当組合が平成16年3月頃から同23年3月頃にかけて特定の大口先グループに対して行った迂回融資及び無断借名融資(以下、第三者委員会報告書の略語の用例に合わせて「甲事案」といい、当該大口先を「X1社」という。)の内容を検証したところ、X1社における費消額が約12億円、乙事案への補填額が約2億円、使途不明金が約8億円、返済・利息の額が約219億円と、第三者委員会報告書と比較して大きな差異は認められなかったものの、うち使途不明金に関しては、前述2.のとおり、反社等への資金提供に無断借名融資から捻出した資金を用いた蓋然性の高いものが認められていることから、使途不明金の大宗は、反社等に提供された蓋然性が高いものと認められる。
- また、甲事案における不正融資は、それらの実行当時、当組合のX1社に対する与信額が、協金法第6条第1項で準用する銀行法第13条第1項に規定する大口信用供与規制の限度額を既に超過していた中で、同社の資金繰り・財務内容の悪化や、それによる自らの経営への悪影響を回避するため、当該規制の適用を免れつつX1社に追加融資を行う目的で実行されたものと認められ、当組合は、平成19年3月から同23年12月までの間、当該規制を潜脱していたものと認められる。なお、上記の融資については、犯収法第8条に規定する疑わしい取引の届出の必要性も検討されていないほか、無断借名口座の開設については、個人情報の保護に関する 法律(平成15年法律第57号)第18条に規定する目的外利用や同法第19条に規定する不適正利用に該当するおそれがある。
- 顧客への依頼による期跨ぎ融資
- 経営陣による貸出金増強に向けた指示等に対して、営業店が業績確保を図るために、顧客に依頼して、3月末に当該顧客に実需のない融資を実行のうえ翌4月初に返済を受け、顧客に不要な金利負担を課すという、いわゆる期跨ぎ融資を行っている事例が認められる。
- こうした取引は、正常な取引慣行に反する不適切な取引であり、当該取引の発生の防止が図られる態勢となっていない。
- 現金不足事案の隠蔽
- 令和6年11月に営業店での現金不足事案が発生した際、同月に不祥事件を公表した直後であったことから、役員の指示により、これを隠蔽している。
- 当組合の規程に基づく報告や原因究明等が行われておらず、不祥事件の再発防止が図られる態勢となっていない。
- 常務会議事録の改竄
- 他社との業務委託契約に関して、同社への再就職が予定されていた役員の指示により、規程に基づく文書稟議を行わず、常務会で承認が行われたと議事録を改竄して、当該契約を締結しており、利益相反等の管理が行われる態勢となっていない。
- 信用リスク管理態勢の機能不全
- 当組合においては、前述のとおり、経営陣主導による異常なまでの上意下達の企業風土のもとで、反社等に対する融資等が実行され、営業店・本部・常務会における審査・管理等が機能していないばかりか、以下のとおり、与信リミット管理、グループ管理及び資金使途管理にも問題が認められ、信用リスク管理態勢は機能していないものと認められる。
- 特定の大口先グループに対する与信額が当組合の定める与信リミットに抵触することを回避するため、経営陣の主導により、当該大口先の代表者が関連法人や親族等の名義を流用して融資を申し込んだうえ得られた資金を同グループ内で転貸することを認識しながら、資金使途・返済原資に係る審査や、グループに対する与信集中に係る協議等を行わないまま、融資を実行している事案が認められる。なお、当該融資については、犯収法第4条に規定する取引時確認及び同法第6条に規定する確認記録の作成が行われておらず、法令違反に該当すると認められるほか、同 法第8条に規定する疑わしい取引の届出の必要性も検討されていない。
- 特定の企業とその代表者が実質的に経営を支配する複数企業との資本関係等について経営陣が把握していながら、その指示のもと、当該複数企業に対する情報収集等を行わないまま融資を実行し、これらに対する与信額が当組合の定める与信リミットを超過している事案が認められる。
- 当時の理事長の主導により、当組合の資本増強を企図して、特定の大口先との間で融資金を当組合への出資に充てることを約したうえ、常務会の審査においては、資金使途を運転資金等と偽り実質的な審査を行わないまま、融資を実行している事例が認められる。なお、営業店においても、これと同様の融資金の出資への流用を行った事例が認められる。
- 当組合においては、前述のとおり、経営陣主導による異常なまでの上意下達の企業風土のもとで、反社等に対する融資等が実行され、営業店・本部・常務会における審査・管理等が機能していないばかりか、以下のとおり、与信リミット管理、グループ管理及び資金使途管理にも問題が認められ、信用リスク管理態勢は機能していないものと認められる。
- 特定の大口先グループに対する不正融資
- 経営管理態勢及び法令等遵守態勢の重大な欠陥
- 令和7年5月30日に公表された当組合の第三者委員会による調査報告書(以下、「第三者委員会報告書」という。)も踏まえ、同5月28日を検査実施日として当組合を検査した結果や協同組合による金融事業に関する法律(以下、「協金法」という。)第6条第1項において準用する銀行法第24条第1項の規定に基づく報告命令に対する当組合の報告を検証したところ、以下のとおり、経営管理態勢や法令等遵守態勢に重大な欠陥が認められたほか、信用リスク管理態勢における機能不全の問題が認められた。
政府はトクリュウの取り締まりの強化に乗り出しています。犯罪収益移転防止法の改正法案の概要が判明、警察が管理する「架空名義口座」を犯行グループに使わせ、犯罪の防止を狙うなどの内容で、2026年の通常国会への法案の提出をめざしています。トクリュウが関与しているとみられるSNSを使った詐欺の被害が拡大するなか、SNSを介した銀行口座の不正売買が横行、犯罪で得た収益のマネー・ローンダリング(マネロン)が主な狙いとされます。詐欺の被害金は受け皿となる複数の口座を経て犯罪グループに行き渡ることが多く、SNS上には「お金が必要な方は応募してください」など口座の売却を呼びかける投稿が目立っています。警察は管理する架空名義口座を「おとり」として犯行グループにわたし、架空名義口座を犯罪グループに使わせ、金融機関と協力して資金の流れを監視、口座に被害金が入った場合は口座を凍結することを念頭に置いています。被害金の流れを追跡して犯罪グループの中枢メンバーを特定し、摘発につなげることも想定しています。警察が管理する口座を紛れ込ませることで、SNS上で口座の売却を誘う投稿を減らせる効果も期待できるとみられます。報酬を受け取って指定された口座に送金する「送金バイト」に対する罰則も創設する方針で、口座を不正に譲渡するわけではないため、現状は罰則の適用が難しいところ、口座の不正な譲渡への対策も強化するとしています。近年、口座の不正な譲渡が大幅に増えており、不正な口座売買を巡る摘発は2024年に4300件超と、10年間でおよそ3倍になりました。犯罪の温床の口座に網をかけることは詐欺への対策で欠かせず、現行法では1年以下の拘禁刑、100万円以下の罰金といった罰則が適用されているところ、現行の刑を引き上げる方針です。警察はすでにトクリュウに対して新たな捜査手法を導入しています。捜査員が身分を隠して犯罪グループに接触する手法として「仮装身分捜査」があり、捜査員が架空の身分証を使いSNS上の闇バイトなどに応募、架空の身分証の作成は刑法の公文書偽造罪にあたる場合があるところ、警察庁は「法令または正当な業務による行為は、罰しない」と定める刑法の規定を根拠として、仮装身分捜査は適法性を保てるとの見解を示しています。同捜査によって警視庁の捜査員が特殊詐欺グループと接触し、実行役とみられる容疑者を詐欺未遂容疑で2025年5月に逮捕する成果も出ています。
トクリュウの官民における情報の量・質に大きな乖離があることで、トクリュウ対策の実効性が阻害されているのではないかという筆者の問題意識については、以前の本コラムでも指摘しました。この点について、筆者がサイゾーオンラインによる取材をもとに公表されたコラム「なんでもかんでも「トクリュウ」認定してしまうことで問題の輪郭がボヤける……企業危機管理コンサルタントが語る暴力団のアングラ化」から抜粋して紹介します。
芳賀氏は冒頭でも述べたトクリュウの“定義”についても問題視している。「警察もかっちりとした定義にはしていないんですよね。だからといって、なんでもかんでもトクリュウ扱いしてしまうのが問題です。弊社が扱う反社のデータベースは、100媒体以上の新聞報道から手作業で構築されているのですが、最近の報道では『トクリュウとみられる』という表現が非常に多いんです。『トクリュウと認定された』と読み取れる表現であれば、安心してデータベースに追加できるのですが、『みられる』では確定情報ではないため、勝手に追加していいものか判断に迷うのです」
組織の実態がつかみにくいうえに、事案だけは急増しているのだから、新聞の報道ベースでは確かに判断に迷うことは否めない。
「我々としては広く情報収集をしていますが、確実なものしか公にはできません。残念ながら、現在明確にトクリュウとして特定できているのはそう多くありません。しかし、警察庁が出している資料では、昨年だけで1万人がトクリュウとして摘発されたことになっています。この差は一体何なのかと考えると、報道されていない事案も含めて、何でもかんでもトクリュウ認定してしまっているのではないかという疑問が浮かびます」
被害者から見れば、相手がトクリュウであろうが何であろうが、犯罪は犯罪だ。しかし、情報を扱う立場としては、慎重にならざるを得ない事情があるという。
「我々がデータベースに追加したいのは、指示役など組織の中核を成す人物です。彼らは明確に反社会勢力といえるため、しっかり排除しなければなりません。一方、実行役の扱いは難しい。トクリュウの一員であることは確かでも、自発的に加担したのか、それとも騙されたり脅されたりして加担してしまったのかを、どう見極めるかが課題です。一度トクリュウとしてデータベースに登録された人は、その後もずっと“反社”というレッテルを貼られ、社会復帰が困難になるおそれがあります。そのため、一律にトクリュウ認定するのは慎重に考えるべきなのです」
報道によれば、学生が実行役として逮捕されるケースが多く、その中には中学生や高校生も含まれている。ただし、逮捕されたからといって起訴されるとは限らず、捜査の進展次第では不起訴になる可能性もある。実名報道された、そうした人々の将来まで奪ってしまうことは、かえって問題の根本的な解決を阻むことになりかねないと芳賀氏は語る。
岐阜県養老郡養老町の高齢女性が2023年に被害に遭った特殊詐欺事件を巡り、犯行に関わったトクリュウが、岐阜県警の2年がかりの捜査で壊滅したことが分かったと岐阜新聞が報じています。秘匿性の高いトクリュウによる犯罪が全国で後を絶たない中、県警は、現金を受け取る「受け子」の逮捕をきっかけに、暴力団の組長を立件、特殊詐欺の被害金が上納金として暴力団の資金源になる実態が明らかになりました。県警によると、トクリュウによる事件で暴力団組長の立件までつながるケースは珍しいといいます。
フィリピンで活動する犯罪組織「JPドラゴン」が関与したとされる特殊詐欺事件を巡り、組織の実態が警察の捜査や幹部の公判で明らかになっています。現地で闘鶏賭博や貸金などを展開していたところ、特殊詐欺グループとの接点を機に数年前から犯罪集団の色を濃くしていったといいます。福岡県警は組織トップとみられる吉岡容疑者の逮捕状を取り、2025年9月には構成員6人を逮捕するなど、事件の全容解明を進めています。報道によれば、「社長は吉岡。幹部に日本人がいて、フィリピン人スタッフが100~200人いた」と特殊詐欺事件に関与したとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)に問われたJPドラゴン幹部は、大阪地裁で開かれた公判で述べています。公判によると、JPドラゴンは闘鶏賭博のほか、賭博やカジノで負けた日本人観光客らへの金貸し、飲食店経営、重機や車の輸入業を展開、「JPドラゴンと書かれたトラックがいっぱい走っている」と被告は供述しています。JPドラゴンは2019年10月頃、フィリピンにある指示役「ルフィ」らの特殊詐欺グループの拠点を乗っ取り、仲間の一部を引き入れて手口を覚え、人員も拡大していったといいます。現金を受け取る「受け子」や引き出す「出し子」のリクルーター役、被害金を管理する金庫番や運搬役、被害者名簿の手配役、全体の統括役など、JPドラゴンで詐欺電話をかける「かけ子」のリーダー役だった男(受刑中)は元々、「ルフィ」らのグループに属していたといい、JPドラゴンはフィリピンのビルを拠点に、1グループ6~7人の「かけ子」でつくる三つのグループが詐欺電話をかけており、「日本から一度に3000万~5000万円の被害金が運ばれていた」とも述べています。福岡県警は、フィリピン当局が同組織から押収した住所録やスマホ、パソコンなどの証拠品を引き継ぎ、捜査を進めており、住所録はA4判で約4600枚に上り、約20万人分の住所や名前、電話番号がまとめられていたといいます。県警は2019年秋以降、少なくとも20都府県の250人が計約9億円を詐取されたことを確認、フィリピン当局は6月、東南アジアを拠点に大規模なオンライン詐欺を主導したなどとして、吉岡容疑者を拘束、県警は特殊詐欺に絡む窃盗容疑で吉岡容疑者の逮捕状を取っており、日本に送還され次第、執行する方針としています。日本を狙った特殊詐欺は東南アジアに拠点を置くケースが目立っており、「東南アジアは日本との時差が小さく、通信環境も整っており、拠点にされやすい」(警察幹部)ことをふまえ、警察庁は海外当局と連携し、摘発を強化しています。
2025年11月4日付弁護士ドットコムニュースの記事「反社だから「高速」使えないのか?ETCめぐる訴訟あいつぐ「公共インフラからの排除は差別だ」」は大変興味深い内容でした。クレジットカードを契約しなくても高速道路のETCを利用できる「ETCパーソナルカード」をめぐって、全国で訴訟が相次いでおり、「反社会的勢力に属している」としてカード発行を拒否された40代男性は、カードを共同で発行する高速道路会社6社を相手取り、会員の地位の確認と損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こし、あわせて国に対しても、監督義務を怠ったとして国家賠償を求めています。原告代理人は、首都高速道路が2028年までにすべての料金所をETC専用化する見通しであることを踏まえ、「パーソナルカードを作れなければ高速を利用できなくなり、憲法に違反する」と主張しています。同カードの利用規約には「反社会的勢力の排除条項」が定められていた。原告側は、この条項が「特定の属性を理由に道路という基本的なインフラの利用を実質的に制限するもの」であり「合理的な理由のない差別にあたり、違憲だ」と主張、また、ETC専用料金所が増える中で、「事実上、特定の者を道路から締め出すもの」だとして、道路法にも違反すると訴え、さらに高速道路会社6社に対しては、契約が成立しているにもかかわらず、カードを発行しないのは債務不履行であり、違法な排除条項の適用は不法行為にあたると主張、国に対しても、監督義務を果たさなかった責任を問うているといいます。一方、高速道路各社はこれまでの裁判で「排除条項は暴力団排除に関する政府の指針や社会的要請に基づくもので合理的な区別であり憲法に反しない」などと反論しているというものです。原告側弁護士は「ETCカードを作らせないことは、暴力団を高速道路から排除する以外の何物でもない」とあらためて述べています。同種の訴訟は、名古屋など全国で5件ほど起こされているといいます。とはいえ、過去、市営住宅を巡る暴排について最高裁の判例(2015年)において、「暴力団員は自らの意思で暴力団を脱退することが可能であることから、憲法14条(法の下の平等)に違反しない」との判断がなされていますし、高速道路を利用できなくても一般道路の通行まで規制しているわけではないので、大きな枠組みとしては、そうした方向で整理されるのではないかと筆者個人としては推測しています。
2025年10月26日付日経ビジネスの記事「「総本部が神戸から移るかもしれん」…元山口組二次団体の若頭が語る「歴史的な代替わり」」は六代目山口組の代替わりに向けた現状を理解するのに大変参考になりました。例えば、「司組長は自分の代で起きた抗争だから、ケリをつけて終わりたい。組長としてのケジメです。山口組は特定抗争指定暴力団となっていますが、『特定抗争』の2文字を外したいのです。これがあると決まった場所で5人以上集まることが禁止されます。司忍組長の悲願は日本統一です。抗争はもとより、日本の暴力団をすべて山口組にすることなのです」、「いま山口組は弘道会だけで特殊詐欺の『使用者責任』を問われています。裁判は10件ほどあります。累計で何十億円で済むか分からないくらいの請求をされる可能性があるわけやから、高山はんもそれで引退した。司組長も早く辞めたいと思っているのではないのかな。早くケジメを付けて代替わりしたいはず。ただ、(組員による)暴力的な行為は警察に止められています。下のもんでも何でも抗争になったら、警察は『トップ(司忍組長)を逮捕する』って。だから誰も動かん。動けないんや」、「今後、竹内若頭がいかに古参幹部を納得させるかが、七代目禅定のカギになるようだ。現状は新体制に不満を持つ人間もいたとしても、表立って批判する人間は少ない。なぜなら司忍組長の圧倒的な権力があるからだ。83歳と高齢ながら健康不安はなく、トップの求心力は強い。この力があるうちに地盤を固められるかが7代目就任に向けた勝負となる」、「将来、『特定抗争指定暴力団』が解除されたときに備えて、総本部の使い方について話し合いを行ったのではないでしょうか。いま総本部は老朽化が激しくて、雨漏りするような状態なんです。でも修理業者を呼ぶことができない。呼んだらその業者が利益供与で警察からにらまれてしまう。山口組の中では、『知り合いの大工がいないか』と通達が回ってきています」、「いまの総本部は神戸ですが、六代目(司組長)が引退したとしても名古屋(弘道会)を核とした執行部になるはずです。(総本部の)『使用禁止』の貼り紙が簡単に外れるとも思いません。名古屋の本家は『貼り紙』を受けていませんから、将来的には神戸から名古屋に総本部が変わるための話し合いが行われたのかも知れません」というものです。こうした内容から、「使用者責任」や「事務所使用制限」「特定抗争指定」がいかに彼らの活動を制限しているか、言い換えれば、いかに各種施策が「効いている」かが分かります。
以前の本コラムでも取り上げましたが、工藤會トップで総裁の野村悟被告(2審で無期懲役、上告中)が所有していた北九州市の土地を親族に信託し、所有権を移転していた問題で、工藤會が関与した事件の被害者側が2025年10月、親族を相手取り、所有権移転の抹消などを求める正式裁判を福岡地裁に起こしたことわかったと報じられています(2025年11月8日付読売新聞)。この問題を巡っては、同地裁小倉支部が5月、所有権を移転した土地の処分禁止の仮処分命令を出していました。信託された財産は強制執行ができないことをふまえ、今回の裁判では、被害者側は野村被告が賠償金支払いを免れるために信託したと主張、裁判で勝訴し、所有権を野村被告に戻したうえで土地を強制競売にかけるなどして賠償金を回収する狙いがあるとみられています。野村被告は工藤會の組員が関与した事件の被害者や遺族から損害賠償を求める訴訟を次々と起こされ、一部は賠償責任が確定し、工藤會の本部事務所の売却益が支払いに充てられるなどしてきました。被害者側は野村被告が支払いに応じない場合、野村被告が所有する不動産を差し押さえ、強制競売を経るなどして賠償金を回収できますが、訴訟が続いていた2020年、野村被告は同市小倉北区の駐車場などを親族2人に信託し、所有権を移転、信託された財産は強制競売などができず、被害者側の賠償金回収が進むか懸念されていました。被害者側は今回の裁判を見据え、先に資産を保全するため、信託された土地について処分禁止の仮処分を申請、福岡地裁小倉支部が認める命令を出していました。
住宅ローン「フラット35」の融資金をだまし取ったとして、福岡県警は、会社役員ら男5人を詐欺容疑で逮捕しています。詐取した金が工藤會に流れている可能性も視野に捜査を進めています。報道によれば5人は共謀、北九州市の会社役員の男は、本来融資を受けられない無職の男の名前を得度で改名させ、2022年12月20日頃、金融機関(東京)の代理店に勤務する福岡市の会社役員の男を通じてフラット35に申し込む際、偽造した健康保険証や源泉徴収票などを提出して身分や所得を偽り、融資金計約4460万円を詐取した疑いがもたれています。福岡県警は、改名するなど同様の方法で、この金融機関から計約5億7000万円の融資が行われたことを確認しており、関連を調べています。「得度」を使ったネーム・ローンダリングが暴力団の資金獲得活動に使われた事例として大変注目されます。
住吉会傘下組織組員による恐喝事件の被害者が会長に損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、暴力団の組織的な活動は商法上の「営業」と同質で、被害の弁済責任は交代しても代表である会長が負うとして、約440万円の支払いを命じています。判決によれば、2022年に東京高裁が暴力団対策法の使用者責任を認め、当時の会長(故人)に賠償を命じ、後に判決が確定、だが賠償金が支払われなかったため「営業を譲り受けた商人が商号を引き続き使用する場合には債務を弁済する責任を負う」との商法の規定に基づき、地位を引き継いだ現会長を相手に新たに訴えを起こしたものです。
共政会(広島県広島市)の構成員が2024年末で約130人に上り、18年ぶりに増加に転じたことが注目されています。前年同期より約10人増えたものですが、構成員は全国的に減少傾向が続いており、指定暴力団25団体の中で増加したのは共政会だけでした。広島県警は傘下組織の一部が若い世代の勧誘を活発化させ、勢力拡大を図っているとみて警戒を強めています。警察庁によれば、2024年末の指定暴力団25団体の構成員は合計で、前年比約400人減の約9500人で、共政会を除く24団体は減少か横ばいでした。中国地方の他の4団体はいずれも横ばいで、俠道会(広島県尾道市)と池田組(岡山市北区)がそれぞれ約60人で、浅野組(岡山県笠岡市)が約50人、合田一家(山口県下関市)が約30人と続いています。共政会の構成員は暴力団対策法が施行された1992年に約350人を数え、その後は増減を繰り返し、2006年以降は右肩下がりになり、2011年には広島県暴力団排除条例(暴排条例)も施行され、組員の離脱や高齢化に伴う組織の小規模化が進み、2014年に200人を割り込みました。2020年には約120人まで減少し、2021~23年は横ばいだったところ、今回、増加に転じたものです。報道で捜査幹部は「(増加に転じるのは)異常な事態だ」と警戒を強めていますが、筆者としても全く同感です。近年は共政会傘下の一部の組織に新たに20~30代の複数の組員が加入、これまでにトクリュウのメンバーを勧誘する動きもあったといいます。また県内では「面倒見」として組員が背後にいるとみられる非行少年グループが増加傾向にあり、暴力団が勧誘活動を強めている可能性もあるといいます。県警は「再び勢力を拡大し、資金獲得活動を強めたいとの思惑がある」と分析しています。こうした状況を念頭に県警は、資金源とされる薬物犯罪などの摘発に力を入れており、2025年8月には広島市中区の集合住宅の一室で大麻を営利目的で所持したとして傘下組織の組員を麻薬取締法違反容疑で逮捕、その後、共謀したとする他の組員と元組員も逮捕しています。県警は若者に利用が広がる大麻を売買して得た金が組織に流れていた可能性を視野に捜査、広島市中区にある事務所も複数回、家宅捜索しています。県警は「若い世代への組織的な勧誘の実態や資金調達の流れの解明に力を尽くす」としています。一方、官民でつくる暴力追放広島県民会議は、組織からの離脱支援を関係機関と連携して推進し、社会復帰をサポートしています。ただ2022~24年度に寄せられた離脱関係の相談は計4件にとどまっています。県民会議は、服役中の組員が離脱を希望した際、専門知識を持つ元警察官などの「暴力追放相談委員」を派遣、離脱に向けた具体的な手法やその後の生活を成り立たせる方法について助言し、2024年度は2人を支援しています。受け皿として雇用に意欲のある県内企業を「協力事業所」として認定、現在、建設業を中心に23社が登録しており、雇用した場合には報奨金を支給、損害を受けた場合は一部を補償する制度も整えています。県民会議も構成員の増加に懸念を示し、「暴力団の世界から離れるためには、就労して生活基盤を築いてもらうことが大切。積極的に制度を周知し、社会復帰を後押ししたい」としていますが、正にその通りだと思います。
新潟県上越市の祭りで暴力団であることを隠し、露店出店の申請書を作成して露店2店の出店を許可させたとして、六代目山口組傘下組織組長ら7人が露店出店権詐欺の疑いで逮捕されています。報道によれば、男らは2025年7月下旬に開催された上越市主催の祭りに露店を出店した際、暴力団であることを隠した内容で露店出店を申請し、上越市の職員をだました疑いがもたれています。上越市は「暴力団」や「暴力団と関係を持つ者」の出店を禁止していましたが、申請書は建設業の女名義で作成され、『暴力団ではない』『暴力団と関係がない』などにチェックし申請したということです。報道では詳しくわかりませんが、上越市側のチェックがどのようなレベル感で行われていたのか(別の自治体のケースではルール通りに実施されていなかったことが判明しています)など、知りたいところです。
日本でも「闇バイト」による特殊詐欺等への加担が問題視されていますが、カンボジアで韓国人の男子大学生が犯罪組織による暴行で死亡したのが発覚して以降、韓国でも特殊詐欺の「かけ子」などをさせられる「闇バイト」に注目が集まっているといいます。韓国の情報機関、国家情報院出身で国際的な特殊詐欺に詳しい蔡・西京大教授は、国際的な犯罪組織が東南アジアを舞台に日韓の若者を巻き込む仕組みを、「被害者でありながら同時に加害者」となる構造を有しており、「東アジア全域で共通する新たな犯罪の生態系だ」と指摘し、日韓両国とカンボジアなどの捜査協力の必要性を訴えています。2020年以降、中国で犯罪の取り締まりが非常に強化され、中国系犯罪組織がミャンマー北部、ラオス、カンボジアなどに移動、特にカンボジア南部のシアヌークビル州は中国の投資資本が集中した新都市で、犯罪組織がカジノや不動産業などの合法ビジネスと犯罪ネットワークを同時に構築することが容易でした。また、カンボジアの行政と司法の脆弱性もあり、カンボジアは腐敗指数が高く、地方警察は統制が弱く、外国人の犯罪組織が賄賂で保護され、活動できる環境が整っているといえます。さらに、情報技術を利用した犯罪に有利な環境があります。インターネットインフラが整っており、仮想専用線(VPN)を通じたオンライン詐欺、賭博運営が容易であり、カンボジアは「中国系犯罪組織の代替拠点」であり「東アジアの犯罪の交差地点」といえると蔡・教授は指摘しています。また、若い世代が海外勤務や、フリーランサー勤務に対し肯定的なイメージを持っているため、オンライン募集に簡単にのってしまうグローバル雇用の幻想や、若者の失業と負債の問題があり、特に地方の若年層は所得不安と債務問題により高収益の提案に弱いことがあげられます。そして、韓国語の募集ネットワークの存在もあります。犯罪は中国系総責任者の下で「韓国チーム」が独立的に運営され、SNSや通信アプリの「テレグラム」「ディスコード」などを使って韓国人を対象に積極的に募集、「同族リクルート構造」が特徴だといえます。「これは単なる詐欺事件ではなく青年層の不安定な生計、グローバル不平等、犯罪組織のデジタル化が結合した新しい形態の国際犯罪だ。カンボジアはその「舞台」に過ぎず、構造的な原因は韓国、日本内部の社会経済的な脆弱性から始まっている」との蔡・教授の指摘は正に正鵠を射るものといえます。また、カンボジアにいるような犯罪組織は一般的に、管理する上層、地域運営を統括するマネジャー、その下に雇用、IT、マネロンなど専門別のチームや、言語ごとのチームがあり、役割が細分化された会社のような構造が特徴的で、効率的に勧誘を行っており、韓国語のチームは規模が大きいとみられ、韓国人の被害事例数、詐欺で手に入る金額の増加と比例しているとみられています。ロマンス詐欺など特定の手法の成功率が高いことも影響しているとみられます。また、朝鮮族など中国系の韓国語話者の確保が容易であることも理由としてあげられます。こうした状況をふまえ、蔡・教授は「まず青年層を対象にした「デジタル犯罪リテラシー」の教育強化が必要だ。単純な犯罪予防広報ではなく、SNSや通信アプリによる募集の具体的事例を中心に教育しなければならない。また、韓国、日本、カンボジア3カ国の共助体系の構築が望まれる。被害者保護、送還手続きの迅速化が必要だ。国際刑事警察機構(インターポール)を土台にし、東アジアでのネット詐欺に関するタスクフォースの新設も検討に値する。国別の取り締まりを超えた、地域協力の体系化が必要だ。その他にも、プラットフォーム事業者の責任強化なども求められるだろう」と指摘していますが、大変説得力があります。
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
警察当局は詐欺事件の送金先となる口座を調達したとされる「詐欺に関する過去最大級の犯罪インフラ調達の集団であるトクリュウ」を一斉摘発しています。犯罪ツールを提供する「道具屋」で、SNSを通じて集めた少なくとも948件の口座を詐欺集団へ渡していたとみられています。愛知県警や警察庁のサイバー特別捜査部などの合同捜査本部は、20~30代のグループの7人を詐欺や犯罪収益移転防止法違反(口座譲り受け)の疑いで逮捕したものです(その後、高校生1名も逮捕されています)。報道によれば、容疑者らは「日本最大の口座仲介業者」とうたっていたといい(リーダー格の西川容疑者のSNSのアカウント名にちなんで「雨グループ」と呼ばれています)、その手口は極めて巧妙でその成果は極めて悪質です。グループはSNSなどで知り合ったとみられ、取引時の「価格交渉役」や口座が凍結されていないかの「確認役」、口座名義人に身分証を提示させる「本人確認役」などの役割を分担、約150人のリクルーターを使って闇バイトを募集、口座を買い取るというSNS上の投稿に応募してきた人に対して、金融機関や暗号資産の口座を開設するよう指示、応募者の口座は別の詐欺集団に渡っていたとされます(キャッシュカードや口座情報を付けたスマホなど584口座と、364の暗号資産の口座と合わせて948件を買い取ったとされます)。特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺による犯罪収益の受け皿となり、マネー・ローンダリング(マネロン)に悪用された疑いがあります(口座を売却した特殊詐欺グループによる「ニセ警察詐欺」や「SNS型投資・ロマンス詐欺」などの被害は、現時点で計約11億4000万円相当に上るといいます)。容疑者らは応募者から口座1件あたり5000円~40万円ほどで買い取り、20万円~100万円で詐欺組織に販売、グループは応募者にスマートフォン(スマホ)も新たに契約させたうえ、口座とともに詐欺集団に提供させていたといい、スマホの情報をひも付け、インターネットバンキングによる犯罪収益の送金などを容易にする狙いがあるとみられ、口座と暗号資産のアカウントがセットの場合、高額で取引されていたといいます。口座情報がひも付いたスマホの場合、オンラインでの取引に必要な2段階認証を突破でき、このうち14口座と暗号資産の2口座に約1億1千万円の詐欺の被害金の入金が確認されています。また、このグループから口座などを買い取っていた複数の詐欺集団がもつ関係口座には計約11億円の被害金が入っていたこともわかったといいます。口座とスマホをセットで調達する手法は珍しく、捜査幹部は「口座やスマホの提供が違法ビジネスと化している」とみていますが、犯罪インフラとしてインターネットバンキングの悪用を念頭に置けば、極めて効率のよい犯罪だともいえ、そのビジネスを無効化する施策が急務だといえます。また、警察当局は、容疑者らが抜けた穴を埋める形で新たな勢力が台頭する恐れがあるとして取り締まりを強化しているともいいます。なお、今回の捜査では警察のサイバーパトロールによって口座の売却を募る投稿を発見し、グループのメンバーを特定したとされ、情報セキュリティ企業などでつくる一般財団法人「日本サイバー犯罪対策センター(JC3)」も情報提供を通じて協力するなど、地道な捜査が実を結んだものと高く評価できると思います。銀行口座の不正譲渡は犯罪収益移転防止法(犯収法)が禁じ、違反した場合は提供者にも1年以下の拘禁刑か100万円以下の罰金といった罰則が科されるところ、SNS上で取引が横行しており、口座売買などの摘発は2024年に4362件あり、2014年(1617件)と比べ10年間で2.7倍に増えています。金融機関がAIを活用し、不自然な取引を抽出するなど取引の監視を強化していることが背景にありますが、口座の所有者が第三者に転売したことを銀行側が把握することは難しく、不正売買は防ぎにくいのが実情です。また、2025年1~8月に全国で確認された特殊詐欺の被害額は約831億円(暫定値)に上り、うち約6割(約490億円)が口座を使った振り込み型の手口で、不正口座対策が急務となっています。警察庁は2025年9月、マネロン対策を議論する有識者会議の初会合を開き、口座売買を抑止するため不正譲渡などに対する罰則の引き上げを検討、犯収法の改正を視野に入れています。さらに、実在しない人物名義の口座を犯罪組織に渡す「架空名義口座捜査」の導入に向けた検討、口座売買のほか、(以前の本コラムでも取り上げた)報酬を受け取って指定された口座に送金する「送金バイト」への対策も講じる方針で、現行の犯収法には送金の代行を直接禁じる規定がなく、新たな規制を盛り込む必要性を議論しています。
特殊詐欺の被害金が日本で「地下銀行」に使われていた疑いが判明しています。警視庁が逮捕した中国人らのグループは詐欺の収益約50億円の一部を、中国人富裕層が購入を希望する高級マンションの手付金にあてていたとされます。不動産への投資ブームに乗じた新手のマネロンとみられています。報道によれば、詐取した資金はグループが管理する口座に集約され、このうち一部は、中国人富裕層が日本の高級マンションや宝飾品、高級車などを購入する際の手付金にあてられ、2023年に沖縄県の男性から現金約3200万円をだまし取った事案では、このうち1000万円を東京都港区の高級マンションを購入するための手付金として不動産会社の口座に振り込んでいました(だまし取った金の入金から約3分後に業者の口座に振り込まれていたといいます)。容疑者は知人から紹介された中国人のマンション購入希望者に代わり、日本円で不動産会社に手付金を入金、その後、購入希望者から同額を人民元で受け取っており、手付金の支払いを代行する手数料も得ていたといいます。グループは手付金の支払いを巡り日本円と人民元を実質的に両替しており、無免許で銀行業を営む地下銀行の一種だった疑いが強く、「巨額の詐欺収益を元手として地下銀行を営み、手数料を得ながらマネロンする狙いがあったのだろう」(捜査関係者)とみられています(中国の富裕層にとって高額な不動産や貴金属の手付金を日本円で即座に納めるのは簡単ではなく、今回発覚したグループのような支払いを代行する仕組みへの需要があるとみられています)。なお、今回摘発したグループは、特殊詐欺に関与したなどとして、これまでに20人以上が逮捕されていますが、別の中国人犯罪組織ともつながりがあるとみられ、警察当局は海外の捜査当局とも連携しながら取り締まりを強めています。
メキシコ国家銀行証券委員会(CNBV)が中堅銀行、CIバンコの銀行免許を取り消しています。合成麻薬「フェンタニル」密輸にからむマネロンに加担したとして米財務省が制裁対象とした金融機関の一角で、同行は清算手続きに入りました。米財務省は2025年6月、凶悪な麻薬カルテル「ハリスコ新世代カルテル(CJNG)」などに協力したとして同行などに制裁を科すと発表、カルテル・デ・ゴルフォ(湾岸カルテル)メンバーによる口座開設を行員が手伝っていた、などと非難されたCIバンコは「違法行為には一切関与しておらず、管轄当局が定めた全てのガイドラインに準拠している」と反論していました。CIバンコの預金は銀行預金保護機構(IPAB)によって1人あたり約342万ペソ(約2800万円)まで保護されています。トランプ米大統領は2月、CJNGや湾岸カルテルを含む中南米の8組織を外国テロ組織に指定、南米ベネズエラから米国に向けて麻薬を輸送していたと主張する複数の船舶を爆撃するなど、強硬な姿勢も強めています。本コラムでも継続的に注視しているフェンタニル問題は中国からメキシコに渡った医療用原料からメキシコの麻薬カルテルが製造し、米国へ大量に密輸する流れができており、日本経済新聞の調査報道で、日本にも中国人らが運営する中継拠点が存在していたことが明らかになっています。トランプ政権はこうしたカルテルの活動を支援する金融機関の動きにも目を光らせており、6月に制裁対象とされたメキシコの3行のうち、経営破綻に至ったのはCIバンコが初めてとなります。米政権の制裁対象と名指しされたことによる営業上の支障が大きく、業務の継続を断念して自らCNBVに免許の取り消しを申し立てたとみられています。
その他、最近のAML/CFTなどに関する報道から、いくつか紹介します。
- 金融庁は、証券会社の口座が乗っ取られた問題で、2025年9月に発生した株式などの不正売買の金額が約95億円になったと発表、8月に比べ82%減る結果となりました。証券各社による生体認証の導入など再発防止の効果が出たとみられています。9月の不正取引が発生した証券会社数は5社で、8月から2社減少、不正アクセス件数は262件で7カ月ぶりに1000件を切り、最も多かった4月からは95%減少しています。累計の不正売買額は約6900億円にのぼっています。なお、証券大手10社は、指紋や顔といった生体情報などを活用し、安全性が高いとされる認証の仕組み「パスキー」を2026年春までに導入する方針を固めたと報じられています。パスキーは、世界のIT大手でつくる業界団体「FIDO(ファイド)アライアンス」の規格に基づく認証方式で、利用者の端末とインターネットサイト事業者のサーバーに電子的な「鍵」を別々に保管し、利用者はスマホなどにひも付けられた指紋認証や顔認証などでログインするもので、パスワードを使わないため、漏えいのリスクが少ないとされます。ただ、パスキー認証を必須とするか任意とするかは、判断が分かれており、ある証券会社は「パスキーが使える端末を持たない人もいて、対応を検討する必要がある」と指摘しています。
- 神奈川、富山、岐阜の3県警合同捜査本部は、偽造した身分証で金融機関の口座を不正に開設するなどしたとして、偽造有印公文書行使と詐欺などの疑いで、無職のグエン・ビン・ズゥン容疑者らベトナム国籍の男女6人を再逮捕し、グループの拠点などからスマホ約90台や運転免許証約70枚を押収、スマホには銀行の口座開設アプリがダウンロードされていたといいます。グループがオンラインなど非対面で本人確認する開設手続きを悪用したとみて調べています。再逮捕容疑はそれぞれ、2024年10月~2025年6月、口座開設用のアプリから偽造の運転免許証で開設を申し込み、クレジット機能付きキャッシュカードを受領するなどしたとしています。神奈川県警によると、グループはカードでスマホなどを購入した他、ベトナム国内で現金を引き出していた可能性があり、一部口座は別の特殊詐欺に利用されていたといいます。
- 他人のアカウントに不正アクセスして電子マネー「楽天キャッシュ」をだまし取ったとしてトクリュウのリーダー格の男らが逮捕された事件で、神奈川県警は、不正アクセスで詐取した電子マネー「楽天キャッシュ」を現金化し、暗号資産に換えて隠匿したとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)容疑で2人の容疑者を再逮捕、1人を新たに逮捕しています。共謀して2024年5月、楽天キャッシュでレターパック940枚を購入し、買い取り店にて約44万円で売却して現金化、うち約32万円を暗号資産「ライトコイン」に換えて犯罪収益を隠した疑いがあります。2人の容疑者はSNSを通じて「闇バイト」に応募、秘匿性の高いアプリ「テレグラム」を通じてもう1人の容疑者らから指示を受け、2人で約12万円の報酬を受け取ったとみられています。神奈川県警は、ほかにも指示役としてIDやパスワードなどを不正入手する役、仲間を引き入れるリクルーター役を担った人物などが関与したとみて調べています。容疑者のものとみられるXのアカウント名は「現代社会の闇(3)」でフォロワーは300人ほど、テレグラム上に開設したグループチャットへのリンクも投稿しており、このチャットにSNSを通じて連絡をとってきた人間を誘導し、カード不正の手口を共有していたといいます。容疑者はSNSやネットを通じ、「独学」でカード不正や電子マネーにからむ犯罪の知識や技術を身につけたとみられるといいます。
- 2025年10月24日付毎日新聞の記事「自分のお金なのに 銀行で出金断られ口座解約 ある50代の事例」は大変興味深いものでした。タンス預金2000万円を銀行窓口で入金しようとしたら断られた事例や、預け入れとは逆に自身の口座から大口の現金を引き出そうとして断られたという事例が取り上げられています。(詳細は割愛しますが)ネット証券から1200万円の資金を自分の銀行口座に振り込み、自宅の近くの銀行窓口で引き出しを頼んだところ、「マネロンなどの対策で原資がわからないと引き出しに応じられない」と言われ、「預金の原資は何か、どのような収入なのか」を事細かに聞かれたものの最初、「プライベートなので答えたくない」と回答、しかしそれでは引き出せそうにないため「上場株式の売買で得た収入」と伝えたところ、その証拠の資料を提示するように求められ、ネット証券での取引履歴画面をスマホで見せたが、「証拠にならない」と言われ、「どのような書類が必要なのか」と行員に確かめたが、「マネロン対策のため答えられない」との回答、「一部だけでも引き出したい」と粘ったが駄目で、最後に銀行員から「どうしても現金を持ち帰りたいなら口座を解約するしかない」と告げられ、結局、Bさんはやむなく口座を解約し、現金を受領したというもので、結果的に現金を受け取れたが、「マネロン対策なのになぜ解約すれば現金を持ち帰れるのか理解に苦しむ」と銀行の対応に憤っているというものです。大手行広報は、このケースについて「(この銀行の対応は)普通は考えられない。なぜ現金を引き出したいのか疑わしいという扱いを受けたのではないか」と指摘、最近では銀行窓口のキャッシュレス化が進み、多額の現金を保管していないことが多く、大手行の支店の場合1億円くらいしか現金を保管しておらず、突然の高額な現金の引き出しに対応できないことがあるといい、一般論として多額の現金の入出金の際は「事前に銀行窓口に連絡し、相談してほしい」と述べていますが、それは銀行側の理屈であって、「マネロン対策として引き出しを拒否しながら、解約なら現金を引き出せる」というロジックの合理性を説明できていません。当然ながら、マネロン対策では各行が独自の観点でさまざまな確認をしており、銀行によって対応が異なることも理解できます。専門家は「高齢者の間でタンス預金をしている人が多すぎるのも問題だ。特殊詐欺に狙われやすく強盗に遭う危険性もあり、多額のタンス預金はリスクがある」と話す。一方でタンス預金をする人は手元に現金を置いた方が安心で、いざという時の利便性が高いと考える人もいる。荻原さんは「銀行に資産の全額を入れるのも手元資金がなく不自由だ。高齢者の場合、貯蓄の10分の1くらいを手元に置いておくくらいが良いのでは」とアドバイスしていますが、これも妥当なのか、考えさせられます。
- 暗号資産の項でも取り上げますが、金融庁は、銀行グループ傘下の会社が暗号資産売買といった取引を手掛けることを認める見通しです。暗号資産に投資しやすい環境を整える狙いがあり、銀行による暗号資産の取得や保有も解禁する方向で検討しています。国内で暗号資産売買や交換といったサービスを提供するには、金融庁から暗号資産交換業者として登録を受ける必要がありますが、銀行法の施行規則は銀行グループ傘下の子会社の登録は認めておらず、今は証券会社グループ系の登録が目立ちます。金融庁は施行規則を改定し、銀行傘下の証券会社なども暗号資産のサービスを提供できるようにしたい考えで、暗号資産取引の裾野を広げるほか、銀行系証券と証券会社グループ系との競争環境の公平性を確保する狙いもあります。ただ価格変動が激しい暗号資産を一般の投資家が保有すると巨額の損失を出す可能性もあり、銀行系証券には十分なリスクの説明などを合わせて求めるとしています。また、金融庁は銀行本体に認めていなかった投資目的での暗号資産取得や保有も認める方向で議論しており、監督指針を改正し、暗号資産を国債や有価証券などと同じ投資対象の資産として認め、暗号資産運用で銀行経営が傾いて預金者に損失が出る事態を回避するため、財務の健全性を担保する仕組みなども検討しています。
- 中国のサイバー犯罪者が不正ツールなどを取引する闇市場が拡大しており、米セキュリティ大手のクラウドストライクはこうした状況を受け、アジア太平洋地域でのサイバー犯罪に関するリポートを初めて公表しています。日本で相次ぐ証券口座の乗っ取りについても中国の闇サービスが関与した可能性が高いといいます。その実態については、「中国のサイバー犯罪のエコシステム(生態系)は過去3年で大きく拡大している。窃取した情報などを販売する『フォーラム』や、(偽サイトなどを通じて認証情報などを盗む)フィッシング攻撃に使うツールなどを提供する『PhaaS(フィッシング・アズ・ア・サービス)』が中国語の話者向けに相次ぎ立ち上がっている」、「文化の近接性から日本人はだましやすいとみているのだろう。フィッシング用に偽サイトを作成する中国犯罪者向けのツールでは、日本の電力や水道料金の支払い画面をすぐに偽造できる」、「こうしたツールの一つである『マジカルキャット』は既に4000人以上のユーザーがいて、販売者は79万ドル(約1億2000万円)以上の収入を得ている。このツールが利用している29のドメイン(ネットの住所)を突き止めたところ、宅配便や銀行を中心に多くの偽サイトが見つかった。一部のドメインは日本の証券口座の乗っ取り攻撃で使われたものと一致していた。一連の攻撃では複数の同様のツールが使われたとみている」、「不況のためにサイバー犯罪者が増えた可能性はある。また、ウクライナ戦争が続く中でロシアとの関係が深まり、サイバー攻撃の知見が共有されるようになったのかもしれない」、「もともと中国政府はサイバー犯罪者を厳しく取り締まる姿勢を取っているが、中国国内で被害を生まない限りは、不況の中でのガス抜きのために捜査の手を緩めていることも考えられる。ただし、中国の犯罪者は国内でも攻撃をしており、政府に厳しく管理されているロシアの犯罪者とは異なる」、「ロシアの犯罪者と比べると攻撃の手口は発展途上だ。セキュリティ上の脆弱性を突くような技術的な攻撃は少なく、フィッシングや詐欺など人をだますことに特化している。ただし、犯罪市場が広がれば情報交換や分業が進み、技術も急速に向上していくだろう」といったもので、大変な危機感を覚えます。
- ドイツ連邦金融監督庁(BaFin)は、フランクフルトに拠点を置くJPモルガンSEに対し、マネロン対策の不備を理由に、過去最大となる4500万ユーロ(5250万ドル)の罰金を科したと発表しています。2021年10月~22年9月の間に、疑わしい取引の報告(SAR)を「組織的に」遅らせていたとしています。JPモルガンは声明で「罰金は過去の事案に関するもので、SAR提出のタイミングが当局の調査を妨げたわけではない」と説明、「マネロンや金融犯罪の検知・防止・報告には深くコミットしている」と述べています。
- マネロンやテロ資金調達を監視する国際組織の金融活動作業部会(FATF)は、サブサハラ・アフリカの南アフリカとナイジェリア、モザンビーク、ブルキナファソの4カ国について、違法な資金の流れに対する「グレーリスト(監視強化対象国・地域)」から除外したと発表しています。FAFTは2023年に南アフリカとナイジェリアを、2022年にモザンビークを、2021年にブルキナファソをそれぞれグレーリストの対象としていました。FAFTは南アフリカがマネロンやテロ資金調達を検知するツールの精度を高め、ナイジェリアは省庁間の連携を強化し、モザンビークは金融情報の共有を改善、ブルキナファソは金融機関と仲介者の監督を強化したと説明しています。グレーリストから除外されることで4カ国に対する資本流入が容易になり、こうした国々の企業や家庭の資金調達コストが低下する可能性があります。
(2)特殊詐欺を巡る動向
米メタ・プラットフォームズが2024年末、傘下のフェイスブックやインスタグラムなどのSNSが詐欺や禁止商品などの不正広告から年間売上高の約10%に当たる160億ドルを得ると推計していたことが明らかになったとロイターが報じています(2025年11月8日付ロイター)。また、利用者が数十億人に上る同社のプラットフォームで少なくとも3年にわたり詐欺的な電子商取引(EC)や投資スキーム、違法オンラインカジノ、禁止医薬品の広告を特定・阻止することができなかったといいます。2024年12月の文書によると、メタは1日平均150億件の「リスクがより高い」詐欺広告を利用者に表示、別の文書でも、こうした詐欺広告から年間約70億ドルを得ているとされています。その多くは内部システムに不審な広告と検知された業者のものだといいます。ただ、メタがそうした広告を排除するのは広告主が詐欺行為を行っていることが95%以上確実であるとシステムが判断した場合のみで、さらに、利用者の関心に沿って広告を配信するシステムにより、詐欺広告をクリックした利用者はより多くの詐欺広告が表示される可能性が高かったといいます(つまり、メタは自社の不正検知システムによって95%以上の確率で詐欺行為を予測した場合にのみ、広告主を禁止、確率が低くても詐欺の可能性が高いと判断した場合は、罰則として高い広告料金を課しているといいます。広告掲載の意欲をそぐ狙いだといいますが、不正行為が疑われる広告主から多額の収入を得ることについて、規制強化の必要性が議論になる可能性もあります)。こうした情報は同社の財務、ロビー活動、技術、安全部門が2021年から2025年にかけてまとめた文書から抜粋されたもので、不正広告の規模を定量化しようとする取り組みと、利益を損なう可能性のある取り締まりをためらう姿勢が示されていると指摘しています。メタのSNSに表示される不正広告を巡っては、日本でも著名人を語る「SNS型投資詐欺」が問題になってきた。著名人になりすました偽の投資広告を見た人がLINEに誘導されて勧誘を受け、詐欺被害に遭っている実態が問題視されていますが、メタの状況には(ある程度予想されていたとはいえ)大きな失望を覚えます。メタで安全担当を務め、現在はコンサルタント会社を経営するサンディープ・アブラハム氏は、同社が詐欺が疑われる広告主から利益を受け入れていることは、業界に対する規制監督の欠如を浮き彫りにしていると指摘、「規制当局が銀行が詐欺から利益を得ることを容認しないのなら、ハイテク業界においても容認すべきではない」と語っています。メタの広報担当アンディ・ストーン氏は声明で、ロイターが確認した文書について「詐欺に対するメタの取り組みを歪める選択的な見方を示している」と指摘、詐欺などの禁止広告からの2024年の売上高が全体の10.1%に上るとした内部推計は「大まかで過度に包括的」だったとした上で、多くの適切な広告も含まれていたため、後に数字はもっと低かったと判明したと説明しています(ただ、最新の数字は示されませんでした)。また、「われわれは過去1年半で詐欺広告に関するユーザーからの報告を全世界で58%減らし、現在までに1億3400万件以上の詐欺広告コンテンツを削除した」と述べました。文書にはメタが不正広告対策にさらなる取り組みを訴えるものもあり、「25年に広告詐欺を減らす大きな目標がある」とし、特定市場で不正広告を半減させたいと記されていました。世界の規制当局は現在、メタにオンライン詐欺を巡る利用者保護に一段と取り組むよう求めています。内部文書によると、米証券取引委員会(SEC)は金融詐欺広告を表示しているとしてメタを調査、英規制当局は2024年、2023年の決済関連の詐欺被害の54%にメタのサービスが関連しており、他のSNSを合わせた2倍以上に上ると発表していました。
米司法省は、決済事業者を利用したオンライン詐欺とマネロンネットワークに関するドイツ主導の国際共同捜査で、5人を逮捕したと発表しています。ドイツ当局は、シンガポールやカナダで捜索を行い、今週18人を逮捕したと発表、ドイツの警察と検察によると、193カ国で約430万人分のクレジットカード情報が盗まれ、44人が関与した疑いがあり、ドイツの大手決済業者の元従業員6人も含まれるといいます。独当局者は容疑者らがフィッシング詐欺などで個人データを盗み、偽のポルノサイトや出会い系サービスの定期課金契約を結んだことにして料金をだまし取っていたと説明、こうした取引は決済会社を通じて処理され、被害額は3億ユーロ超に上るといいます。当局は元従業員を雇用していた決済会社名を公表していませんが、関係者によれば、UnzerとNexiが含まれていたといい、両社は問題となった事業者との取引を2021年に終了したとしています。
中国広東省深せん市の中級人民法院(地裁)は、ミャンマーを拠点に特殊詐欺や殺人、賭博などの違法行為を繰り返したとして、犯罪組織「白家」の幹部、白所成被告ら5人に死刑判決を言い渡しています。同法院の発表や中国メディアによれば、白家は名字が「白」の一族が率い、雲南省に隣接するミャンマー北東部シャン州コーカン地区を拠点に2015年以降、勢力を拡大させ、特殊詐欺や賭博、売春、誘拐など違法行為で約290億元(約6250億円)超の利益を得たとされます。覚せい剤11トンを製造し、中国人6人を殺害、拠点では、拠点では、偽の求人や人身売買で連行された多数の中国人を暴力的に支配し、特殊詐欺などの犯罪行為を行わせていたといいます。コーカン自治区では、白一族をはじめとする「四大家族」が犯罪組織を構成しており、中国当局が摘発に乗り出していました。9月には浙江省温州市の地裁で、犯罪組織の一つ「明一族」の幹部ら11人が死刑判決を言い渡されています。中国では、2024年、7万8000人が特殊詐欺関連で起訴されるなど特殊詐欺が社会問題となっています。
その他、ミャンマー詐欺事件に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- ミャンマーを舞台にした国際的な詐欺事件で、16歳の少年ら3人を「かけ子」として紹介したなどとして、職業安定法違反などの罪に問われた被告の初公判が名古屋地裁であり、被告は起訴内容を認めています。検察側は「職業的、常習的に行われた組織的犯行の一環であり悪質だ」と指摘し、懲役5年を求刑、一方、弁護側は寛大な判決を求め、即日結審しています。被告は2024年10~11月ごろ、「リゾートバイトみたいな感じ」「3カ月で200、300万円もらえる」「大麻とか自由に吸える」などと勧誘、少年(16)=少年院送致=と男2人を2024年12月にかけ子として現地に送り出したといいます。検察側が読み上げた少年の供述調書によると、かけ子は警視庁をかたり電話をかける「1線」、取り調べ担当の警察官役の「2線」、金を要求する検察官役の「3線」という3種類あり、少年は「1線」に所属し、月30万~40万円を稼いでいたといい、また、検察側が公判で明らかにした内容によると、被告は秘匿性の高い通信アプリでかけ子らとやり取りを行い、かけ子が渡航した後も連絡をとって状況を確認し、不満を抱えていればそれを組織の上位者に報告していたといいます。少年のパスポート取得にあたり、親権者の同意書に少年の父親の署名を書き込むなど、取得を手伝ったともいいます。被告は「圧力に勝てなかった。深く後悔している」「(逆らえば)身柄を拘束し、大切な人を攻撃すると言われた」と語っています。
- タイ国軍は、ミャンマー東部の詐欺拠点から1000人超がタイに不法入国したと発表しています。ミャンマー国軍が詐欺の取り締まりを強化しており、摘発を避けるために逃走を図ったとみられています。タイ当局は、タイ北西部ターク県で不法入国者1049人を保護・拘束、ミャンマー東部ミャワディの大規模な詐欺拠点として知られる「KKパーク」などから逃れてきたとみられています。国籍は計26カ国に及び、インド(399人)や中国(147人)、ベトナム(138人)の順に多く、エチオピア(94人)やウガンダ(20人)などアフリカ出身者も目立つ一方、日本人はいませんでした。一方、ミャンマー国軍はKKパークで詐欺に加担していたとみられる2198人を拘束、詐欺に使われていたとみられる米スペースXの衛星通信サービス「スターリンク」の機器も30台押収したといいます。ミャンマー東部のタイとの国境地帯には中国人犯罪組織の拠点が広がっており、外国人が偽の求人情報で誘い込まれ、詐欺を強要されたとする証言も多くあり、国際社会はミャンマー当局に詐欺拠点を取り締まるよう圧力を強めており、国際的な批判が高まると、国軍も対応に着手、2025年1月以降、詐欺に関わった9000人以上の外国人を送還したとしています。ただ、詐欺の収益は国軍にも渡っているとされ、摘発はポーズに過ぎないとの指摘もあります。人権団体ジャスティス・フォー・ミャンマーは、国軍の摘発は「見せかけ」だとし、「国際犯罪で中心的役割を果たしている事実から目をそらさせる狙いがある」と批判しています。
カンボジアにおける状況に関する報道から、いくつか紹介します。
- カンボジアから特殊詐欺の電話をかけ、女性から現金をだまし取ったとして警視庁に詐欺容疑で逮捕された容疑者は、渡航からわずか2カ月後に詐欺拠点を抜け出し、「途中で逃げ出してきた。日本に帰りたい」と日本政府に助けを求めたとされます。背景には、特殊詐欺の海外拠点に生じている「変化」があるとみられています。本コラムでもたびたび取り上げていますが、トクリュウが関与しているとみられる特殊詐欺では、電話をかける「かけ子」などの拠点が海外に置かれるケースが増えており、フィリピンを拠点としていた「ルフィ」グループをはじめ、これまでにミャンマーやタイなどで、特殊詐欺に関わったとみられる日本人らが摘発されています。カンボジアの拠点を巡っては、警視庁が2023年4月に男19人、同11月に埼玉県警が男25人を摘発、2025年は愛知県警が最大規模となる男女29人を現地から移送するなどしています。以前は暴力団や準暴力団などを背景とする日本人が海外拠点の運営に関与していたとされますが、捜査関係者は「現在は中国系に牛耳られているとみられ、成果を出せないと追放されたり、疲れて逃げ帰ってきたりするケースもあるようだ」と分析、トクリュウと海外の犯罪組織との関係性も含め情勢を注視しているといいます。
- カンボジアを拠点とする特殊詐欺事件に関与したとして、愛知県警が指示役の中国人夫婦を組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)容疑で逮捕しています。特殊詐欺やSNS型投資詐欺は東南アジアの拠点から実行されるものが目立ちますが、指示役の摘発は極めて異例で、警察当局は海外で活動するトクリュウが現地と日本を往来しているとみて実態解明を進めています。カンボジア北西部ポイペトの集合住宅を拠点に、特殊詐欺に関わったとして強制送還され、愛知県警に逮捕された日本人29人の現場管理役とみられています(拠点は塀で囲まれ、内部にはコンビニや風俗店、床屋などがあり、こうした関連施設の従事者も含め「1千人ほどの人がいた」という複数の証言があり、他のアジアの地域からかけ子をするために渡航してきたとみられる人もいたといいます。毎月5日が「給料日」とされ、容疑者らは幹部の部屋で報酬を渡されていたほか、メッセージアプリで詐欺の成果が共有され、高額をだまし取った際には、お互いをたたえ合うようなやり取りもチャットでしていたといいます。拠点ではパスポートは取り上げられたといい、かけ子らが逃亡するのを防ぐ目的があったとみられています)。拠点の指示役はこの夫婦ら8人ほどの中国人だったといい、29人は監視下で、警察官を装う「ニセ警察詐欺」の「かけ子」として日本向けに詐欺電話をかけていたといいます。カンボジア国家警察は2025年5月、拠点を急襲して29人を拘束しましたが、この夫婦は摘発を逃れ、2日後に日本に、川口市の戸建て住宅で暮らし、東南アジアと日本を複数回行き来しており、カンボジアに出国しようとしていた男を千葉・成田空港で取り押さえたものです。愛知県警の幹部は、事件の構図を「中国の犯罪組織が日本の国内外にネットワークを張り、拠点で詐欺電話をかける日本人を管理している」と説明しています。この夫婦は、かけ子に特殊詐欺のノルマを課していたほか、別の中国人の指示役との日本語通訳もしており、かけ子を日本から現地に案内する役割もあったとみられています。帰国したかけ子の一部は、「(拠点の)中でのことを話せば『家族に危害が及ぶ』と脅されていた」と供述しています。警察当局は、この夫婦の上役のほか、日本人を勧誘する「リクルーター」など、国内外に共犯者がいるとみています。近年、日本向けの特殊詐欺は東南アジアに拠点を置く流れが定着、警察当局は2024年までの6年間にタイ、フィリピン、カンボジア、ベトナムを拠点とした詐欺に関与したとされる計178人を摘発しています。米国議会の諮問機関「米中経済安全保障検討委員会」は2025年7月、中国の犯罪組織が東南アジア全域で「詐欺センター」を運営し、世界各国の被害額は年間数百億ドル(数兆円)に上るとの推計を公表、生成AIが会話形式で自動回答する「AIチャットボット」や翻訳ソフトなどを悪用し、詐欺やマネロンを繰り返しているとの分析を示しています。警察当局は、海外のトクリュウについて情報の集約・分析を進め、現地当局と連携して、詐欺拠点の摘発を進めるとしています。
- 警察官を装ってうその電話をかけ、特殊詐欺に関与したとして、警視庁などは、中国籍の会社員ら男女3人を組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)などの疑いで逮捕しています。警視庁は、銭容疑者が特殊詐欺グループのトップで、このグループが2024年8月~2025年1月に約50億円をだまし取ったとみています。グループは、マンションを買う際に多額の日本円を用意できない中国人に取り入り、代わりに日本円で手付金を支払い、対価として中国元を受け取ることで、マネロンをしていたとみられています。銭容疑者は住吉会傘下組織組員と組んで出資者から資金を集め、カンボジアに拠点を設立、詐取金の配分も決めていたとされます。宮代容疑者はうその電話をかける「かけ子」を30人程度管理し、日本とカンボジアを行き来していたといい、盧容疑者は詐取金の送り先を別の人物に指示してマネロンする役割を担っていたとみられています。
- 東南アジアが再び特殊詐欺問題に揺れています。韓国人学生がカンボジアの詐欺組織に拉致され、殺害されたことが判明、韓国政府は、カンボジアの一部に渡航禁止令を出しています。詐欺犯罪絡みの事件は広域・凶悪化しつつあり、観光立国のタイも治安懸念による訪問客減少に苦慮しています。韓国政府や現地報道によると、カンボジアでは韓国人約1000人がオンライン詐欺に関与、在カンボジア大使館に救助を求めた件数は2024年は220件、2025年は8月までに330件と、2022年の1件、2023年の17件から急増しています。現在も約80人が行方不明だといいます。韓国政府は、カンボジア南部カンポット州のボコル山地域、南東部バベット、北西部ポイペトを渡航禁止区域に指定、同地域を訪問、または滞在する韓国国民は処罰の対象となる可能性があるといいます。東南アジアには中国人犯罪組織の拠点が広がり、韓国人やベトナム人、日本人が偽の求人情報で誘い込まれ、監禁状態に置かれています。1日12時間以上電話やSNSで詐欺を強要され、ノルマ未達で暴力を受けたとの証言も相次いでいます。カンボジアの詐欺取引の総額は、最大で国内総生産(GDP)の60%に相当するとの報告もあります。国際犯罪集団の摘発に日本や米国も動いています。米司法省は、カンボジア拠点の複合企業プリンス・グループの創業者チェン・ジー氏を通信詐欺の共謀罪などで起訴、カンボジア全土で詐欺施設を運営していたと指摘しています。詐欺犯罪の収益だとして、150億ドル(2兆3000億円)相当の暗号通貨を没収する訴訟も起こしており、司法省史上最大の没収訴訟となるといいます。ベッセント財務長官は「国際詐欺の急増で、米国人は数十億ドルの被害を受けている」と述べています。なお、韓国の李大統領は、マレーシアの首都クアラルンプールで東南アジア諸国連合(ASEAN)との首脳会議に出席、カンボジアを拠点とする特殊詐欺に韓国の若者が加担させられている状況を受け、「犯罪団地を根絶できるように対応していく」と述べ、ASEAN各国との捜査協力を強化する意向を示しています。
- 大学生だった男性に「電話をかける仕事で金を稼げる」などと持ちかけ、カンボジアの特殊詐欺グループの拠点に連れていく目的で飛行機に乗せたとして、兵庫県警は、所在国外移送目的誘拐容疑で男女6人を逮捕しています。6人は氏名不詳者らと共謀、カンボジアの拠点でかけ子をさせる目的で2024年6月、20代の男性に対して「電話をかける仕事をしてもらう」「軍隊を買収しているから捕まらない」「月に150万円以上稼げる」などと言い、同年7月1日、男性を関西空港まで連れていき、マレーシアのクアラルンプール行きの飛行機に乗せた疑いがもたれています。県警が男性から聞いた話では、カンボジアの拠点には、かけ子役の日本人が数十人規模で寝食を共にしており、門番の許可がないと外に出られなかったといい、かけ子は「マニュアル」を書き写したり練習したりして、「合格」が出たら実際に電話をかける運用になっていたといいます。
- カンボジアの地元メディアによると、カンボジア当局は、南東部バベットで詐欺拠点を摘発し、日本人とみられる13人を含む外国人50人超を拘束しています。国際的な特殊詐欺に関与した疑いがあるといいます。地元メディアは、このほか台湾人32人やフィリピン人8人などが含まれるとしています。ベトナム国境に接するバベットは複数の経済特区が整備され、多くの中国企業が進出し、一帯はカジノホテルなどでにぎわっています。カンボジアでは2025年5月にも、北西部ポイペトで特殊詐欺に関与した疑いで、日本人29人が拘束されています。
少し特異な事例をいくつか紹介します。
- 恋愛感情を抱かせる「ロマンス詐欺」で男性から現金などをだまし取ったとして、警視庁は、仙台市の高校1年の男子生徒(15)を詐欺容疑で再逮捕しています。調べに、「オンラインカジノをする金がほしかった」と容疑を認めています。中学1年のころにゲームアプリをするようになり、SNS上で売られている強いアカウントを買うためにオンラインカジノを始めたといいます。警視庁は、同様の手口で30人以上の男性から計500万円以上を詐取したとみています。報道によれば、男子生徒は2024年8月~2025年3月、インターネット掲示板で知り合った30代のアルバイト男性に、女子大学生のふりをして「借金をするために保証金が必要」などとうそを言い、71回にわたって現金と電子マネー計約134万円を送金させるなどして詐取した疑いがもたれています。男性にSNSで「性交渉の相手になる」などとメッセージを送り、送金させていたといいます。
- 警察官を装ってうその電話をかける特殊詐欺に関与したとして、警視庁滝野川署は、中国籍の容疑者を詐欺と窃盗容疑で逮捕しています。詐欺の「受け子」からの相談で発覚し、グループが拠点にするビルから現金1億6300万円を押収しています。詐欺の被害金とみられる多額の現金が見つかるのは珍しいといえます。警視庁によれば、2025年9月に滝野川署を訪れた中国籍の女性から「中国の公安警察をかたる人物から『あなたの口座が不正に利用されて逮捕状が出た。財産を確認するので金を振り込め』と言われた」と相談があり、女性は指示に従い現金を振り込んで2500万円をだまし取られたものの、一方で「君も協力しないとだめだ」などと言われ、受け子をしていたといい、「犯罪に加担したかもしれない」と悔やんでいた女性は泣きながら事件への関与を自供し、詐欺容疑で逮捕されています。女性の供述に基づいて、だまし取った金の届け先だった東京・池袋の雑居ビルに捜査員が向かったところ、中にいたのが容疑者で、室内のリュックサックからは現金1億6300万円が見つかり、防犯カメラには女性から現金を受け取る容疑者が映っていたといいます。警視庁は、他に指示役や電話のかけ子役もいるとみて、グループの実態解明を進めています。
- 栃木県警宇都宮東署は、宇都宮市内の30代男性がオレオレ詐欺で現金358万円をだまし取られたと発表しています。男性は監視名目で3日間にわたってビデオ通話をつないだままにするよう指示されていたといい、同署は男性の混乱状態を長引かせるのが目的だったとみています。報道によれば、男性の携帯電話に警察官を名乗る男らから、「あなたはマネロンの被疑者になっている」などと電話があり、SNSのビデオ通話で被害者の氏名が入った逮捕状や警察手帳のようなものも見せられ、話を信じた男性は、指定口座に現金358万円を振り込んだといいます。相手から「あなたを監視する」と言われ、3日間、ビデオ通話をつないだままにされており、入金が完了した後、通話は向こうから切れ、直後に男性が友人に相談し、被害に気づいたものです。
- 群馬県警前橋東署は、前橋市の80代の無職女性が現金20万円をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。警察官を装った男が「犯人を見張るからお金を渡して。後で逮捕する」と伝えるなど、警察が市民に協力を求めて摘発する「だまされたふり作戦」を逆手にとった手口だったといいます。警察官をかたる男から「犯人があなたの家に入っていくのを確認した。見張っているから金を渡して。渡した後に逮捕する。協力をお願いします」と電話があり、ほぼ同時に訪れた金融機関職員を装う男に、女性は現金20万円を渡したものです。
- シンガポールの議会は、詐欺罪に対し、6~24回のむち打ち刑を導入する改正法案を承認しています。特殊詐欺による被害が深刻になっており、厳罰化により犯罪を抑止する狙いがあるといいます。シンガポールの英字紙ストレーツ・タイムズ電子版によれば、詐欺師や詐欺集団の構成員、詐欺師を手助けした者らが対象となるといいます。シンガポールでは2020年から2025年9月までの間に19万件の被害が報告され、約38億8千万シンガポールドル(約4500億円)の損失があったといいます。
暴力団やトクリュウなど反社会的勢力の関与した最近の事例から、いくつか紹介します。
- 高齢者からキャッシュカードなどをだまし取ったとして、警視庁国際犯罪対策課は、詐欺などの疑いで男7人を逮捕しています。国際犯罪対策課によれば、高橋容疑者は還付金詐欺や預貯金詐欺を行うトクリュウの首謀者とみられ、グループは2023年2月以降、埼玉県など4都県で、少なくとも500件、被害総額約22億円の特殊詐欺事件に関与したとみて捜査しています。2023年2月、東京都足立区のコンビニエンスストア駐車場に止めていた車に乗っていたベトナム国籍の男2人に警視庁西新井署員が職務質問をしたところ、日本人名義のキャッシュカード18枚を持っていることが判明、2人を窃盗未遂容疑で逮捕し、押収したスマホの解析や防犯カメラ捜査などから詐欺グループの関与が浮上、警視庁はこれまでにグループの受け子や出し子ら29人を詐欺容疑などで逮捕、SNSでメンバーを募集し、秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」などでやりとりを行い、だまし取った現金は駅のコインロッカーや道路の茂みに隠すなどして回収していたとみられます。また、一連の事件の被害者宅には、フィリピンからだましの電話がかけられており、高橋容疑者らが海外拠点の詐欺グループと結託しているとみられるほか、だまし取った金の一部は暴力団に流れていたとみて、国際犯罪対策課は全容解明を進めています。
- 息子などをかたり、「のどに腫瘍ができた」などと嘘の電話をかけ、高齢者から現金300万円をだまし取ったとして、警視庁特別捜査課などは詐欺の疑いで、六代目山口組傘下組織幹部ら男女5人を逮捕しています。暴力団幹部は特殊詐欺の「受け子」への指示などに関わるグループのトップで、同様の手口による被害は2024年1月~2025年1月に全国で約80件、約3億円に上るとみられています。警視庁は5月、事件に絡み、別の六代目山口組傘下組織幹部の男ら4人を詐欺容疑で逮捕しています。
- 保険金名目で現金をだまし取ったとして、警視庁は、住吉会傘下組織幹部と同組員の両容疑者を詐欺容疑で逮捕しています。不動産仲介業者の男(別の詐欺未遂ほう助罪で公判中)に業者用のサイトから内見の予約をさせた空き部屋で、詐欺の被害金を繰り返し受け取っていたとみています。2人は男らと共謀して2024年7月、「セキュリティ協会」の職員を装って静岡県牧之原市の60代男性に「あなたの携帯電話が原因でウイルスの感染被害が生じた。保険に加入すれば補償がある」とうその電話をかけ、東京都練馬区の空室のアパート一室に現金300万円を宅配便で送らせ、詐取した疑いがもたれています。2人が関与する特殊詐欺グループは、被害者に送らせた現金を空き部屋で待機させた「受け子」に受け取らせたり、宅配業者に玄関先に置かせたりして回収していたといいます。同庁は、同じ手口で不動産仲介業者の男が内見予約した都内の約80部屋に、昨年1年間で特殊詐欺の被害金計約11億円が送付されたとみて調べています。
- 静岡県警は、特殊詐欺2グループの捜査で六代目山口組2次団体事務所に家宅捜索に入っています。2グループの事件ではこれまでに計7人を逮捕し、県内で約1400万円の被害が確認されており、県警は被害金の一部が暴力団組織に渡っているとみて詐欺グループの実態解明や中核人物の摘発に本腰を入れています。両事件にはそれぞれ別の詐欺グループが関わり、少なくとも県内で7件の詐欺事件に関与しているとみられ、県警はトクリュウと六代目山口組傘下組織益田組が背後にいるとみて被害金の流れを調べています。
令和7年(2025年)9月末時点の特殊詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について、警察庁から数字が公表されています。
▼警察庁 特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の 認知・検挙状況等について
▼ 最近の特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の特徴について
- 特殊詐欺の概要について(令和7年9月末時点)
- 被害額が前年同期比で大幅増加
- 認知件数20,057件(前年同期比+5,758件、+40.3%)、被害額965.3億円(前年同期比+551.9億円、+133.5%)
- 主な要因 ニセ警察詐欺による被害が依然として顕著
- 認知件数は7,608件(特殊詐欺全体の37.9%)、被害額は661.2億円(特殊詐欺全体の68.5%)
- 当初接触ツールの約7割が携帯電話への架電
- 性的な被害を伴うニセ警察詐欺が引き続き発生
- 被害額が前年同期比で大幅増加
- SNS型投資詐欺の概要について(令和7年9月末時点)
- 認知件数・被害額が7、8、9月で急増
- 認知件数5,942件(前年同期比+819件、+16.0%)、被害額773.1億円(前年同期比+69.7億円、+9.9%)
- 単月でみると、 7月から認知件数・被害額が急増し、8月はともに過去最多を記録したが、今月も前月を上回る
- 主な要因 「YouTube」に掲載された広告からの被害が最多
- 「YouTube」×「バナー等広告」については、令和7年3月から継続して増加
- 単月の認知件数は193件(前月比+46件、+31.3%)
- 単月の被害額は36.3億円(前月比+12.6億円、+53.0%)
- 単月でみると、「YouTube」を当初接触ツールとする被害のうち、約9割が「株投資」名目
- 認知件数・被害額が7、8、9月で急増
- SNS型ロマンス詐欺の概要について(令和7年9月末時点)
- 認知件数・被害額が前年同期比で大幅増加
- 認知件数3,964件(前年同期比+1,360件、+52.2%)、被害額376.0億円(前年同期比+102.1億円、+37.3%)
- 「マッチングアプリ」を当初接触ツールとする被害のほか、「暗号資産送信型」を交付形態とする被害の増加が主な要因
- 主な要因 「マッチングアプリ」からの被害が最多
- 「マッチングアプリ」からの被害が約3割を占める
- 単月の認知件数は179件(前月比+11件、+6.5%)、単月の被害額は19.0億円(前月比+7.2億円、+60.6%)
- 単月でみると、「マッチングアプリ」を当初接触ツールとする被害のうち、半数以上が「暗号資産投資」名目
- 認知件数・被害額が前年同期比で大幅増加
▼ 最近のニセ警察詐欺の特徴について(令和7年9月末時点)
- 被害に遭わないためには電話対策が有効!!
- 予兆電話件数が29,149件(前年同月比+11,417件、+64.4%)と前年から大幅増加
- 国際電話番号数が9,490件(前年同月比+5,510件、+138.4%)と急増
- 当初接触ツールのほとんどが電話、そのうち携帯電話への架電が約7割(携帯電話67.9%、固定電話31.2%)
- だまされないため対策
- 携帯電話は、国際電話の着信規制が可能なアプリの利用をお願いします。
- 固定電話は、国際電話の発着信を無償で休止できる国際電話不取扱受付センターに申込みをお願いします。国際電話不取扱受付センターへ電話やウェブ(国際電話利用契約の利用休止申請 https://www.kokusai-teishi.com )から申し込むことができます。また、最寄りの警察署で申請書類を受領できます。
▼ 最近のSNS型ロマンス詐欺の特徴について(令和7年9月末時点)
- 「マッチングアプリ」による被害(1,284件)が最多
- SNS型ロマンス詐欺被害(3,964件)の約3割を占める
- 被害者の年齢層 「40代」「50代」で約6割(754件)
- 当初接触手段 「ダイレクトメッセージ」が最多(1,195件)
- 主な被害金等交付形態 「暗号資産送信型」が最多(515件)
- 名目 「暗号資産投資」が最多(590件)
- SNS型ロマンス詐欺被害(3,964件)の約3割を占める
- ロマンス詐欺 Q&A
- Q1: SNSで知らない人から突然「ダイレクトメッセージ」が送られてきて、「プロフィール写真が素敵」等とやり取りを続けるうちに相手のことを好きになった。一度も会わないまま相手から告白され、結婚を前提に将来について話し合う中で「稼げる暗号資産投資」を勧められたが、相手の話を信じて良いか。
- Q2: 「マッチングアプリ」でマッチした相手からLINE交換を持ち掛けられ、やり取りを続けていくうちに、一度も会わないまま相手のことを好きになり、結婚したいと思うようになった。相手からも「愛している。結婚資金を作るため、必ずもうかる暗号資産投資がある。あなただけに教える」と誘われたが、相手の話を信じて良いか。
- A : 一度も会ったことがない相手からのお金の話は詐欺を疑いましょう。投資において「必ずもうかる」「元本保証」は詐欺の典型です
- だまされないためのチェックポイント
- マッチングアプリやSNSで知り合った後、実際に会う前にすぐLINE等の連絡先交換を持ち掛けられていないか
- 親密にLINE等で連絡は取り合うが、実際に会うことに対しては何かと理由をつけて避けられていないか
- 一度も会ったことがない相手からお金や結婚の話をされていないか
- 一部のマッチングアプリでは、ロマンス詐欺等の犯罪被害を防ぐため、マッチした相手と実際に会う前にLINE等の連絡先交換を禁止しています。
最近の特殊詐欺等を巡る報道からいくつか紹介します。報道自体はこれ以上されていますが、被害の大きい事件を中心に取り上げます。
- 仙台南署は、仙台市太白区の70代の無職女性が、金塊と現金計約3億6千万円相当をだまし取られる特殊詐欺の被害に遭ったと発表しています。宮城県警によれば、宮城県内の特殊詐欺事件の被害額としては過去最高額だといいます。2025年7月、女性宅の固定電話にNTTを装った自動音声で「2時間後に電話が止まります。ダイヤル『1』を押してください」との案内があり、女性が案内に従うと、警視庁の捜査2課を名乗る男に電話がつながり、男は「あなた名義の携帯電話が犯罪に使われている。犯罪に関わっていないか確認するため、全財産を警察と金融庁で調査する」と説明、「あなたには『守秘義務』があるため、誰にも話さないでください」と指示したといいます。その後、女性は男の指示に従い、7月中旬~10月8日に8回、金塊計約18.6キロ(時価3億4800万円相当)を太白区の駅のコインロッカーに入れたものです。金塊は所有分のほか、男から「金の調査が一番確実だ」と言われ、購入させられたものもあったといい、さらに、男は「口座に入っているお金を調査する」と語り、女性は6回、現金計約1040万円を金融機関のATMから、男の指定する複数の個人名義の口座に振り込み、被害額は計約3億5840万円相当に上りました。別の特殊詐欺事件の捜査過程で女性の詐欺被害の可能性が発覚、署員が聞き取り、被害届を受理したものです。
- 高齢者から現金をだまし取ったとして、警視庁は2人の容疑者を詐欺容疑で逮捕しています。何者かと共謀して2025年6月、横浜市の90代男性に対し、息子をかたって「会社の大切な手形を紛失した。手続きのために現金が必要」とうそを言い、現金100万円をだまし取ったというものです。容疑者がだまし取った金の回収役、もう1人の容疑者はその上位者で、この特殊詐欺グループが4~7月、首都圏の約90人から計約1億9千万円をだまし取ったと同課はみています。
- 愛知県警蟹江署は、同県蟹江町の60代無職男性が、警察職員などを名乗る複数の男らに約1億1965万円相当の暗号資産をだまし取られたと発表しています2025年9月、警察職員を名乗る男から「あなたの免許証が東京で見つかりました」と男性に電話があり、その後LINEのビデオ通話などを通じて「あなたの口座が悪用されている」「調べる必要がある」などと言われ、暗号資産を取引するためのアカウント作成を指示され、男性は計28回にわたり現金を暗号資産に交換の上、複数の指定されたアドレスへ送金したといいます。
- 富山県警富山南署は、富山市の70代男性が約1億600万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。2025年3月下旬、男性宅に自動音声で「料金の未払いがある」と電話があり、その後、警察を名乗る男らから「詐欺の容疑がかけられている」などと言われ、指示に従い携帯電話を購入し、インターネットバンキングの口座を開設、指定された口座に22回にわたって計1億629万円を振り込んだものです。
- 滋賀県警草津署は、滋賀県草津市の40代の女性がSNSで知り合った人物から投資を勧められ、暗号資産など1億円超をだまし取られたと発表、恋愛感情を抱かせた上、最初は利益が出たようにみせて多額の入金を指示する手口のロマンス詐欺とみて捜査しています。2025年6月に日本人男性と名乗る人物と知り合い、LINEでやりとりするうち親密になり投資を勧められ、7月に指定された口座に10万円を振り込むとサイト上では利益が出たように表示、「できる限り早く入金額を1億円にすれば、1千万円以上の利益が得られる」と言われ、23回で計約9900万円分の暗号資産を送金、出金しようとすると「口座に高度な認証が確立されていない」「検証金が必要」と言われ、さらに現金900万円を2回に分けて振り込んだといいます。女性が県警に相談して詐欺が発覚したものです。
- 山形県警は、最上地方在住で建設業を営む自営業の70代男性が2025年7~9月、SNSを通じて約9500万円をだまし取られたと明らかにしています。男性は、AIを活用した株取引をうたうサイトを経由してLINEグループに参加、先生と呼ばれる人物が勧める投資話に興味を持ち、計5回にわたり資金7700万円を自宅などで、証券会社の社員を名乗る女性に手渡したものです。利益が発生したことになっており、出金しようとした際に「指導料」としてさらに1824万円を要求され手渡しましたが、その日のうちに警視庁から情報提供を受けた県警が男性に電話し、詐欺と発覚したものです。
- 山梨県警は、甲斐市の80代無職男性が金塊4.5キロ(時価計約9174万円相当)をだまし取られる電話詐欺の被害に遭ったと発表しています。男性宅に2025年9月、「この番号は使えなくなる」と音声ガイダンスが流れる電話があり、案内に従ってボタンを押すと、警視庁の警察官を名乗る男などから「詐欺グループを逮捕したが、あなた名義の口座を使っていた。取り調べに協力しなければ逮捕される」「金融庁があなたの資産を調査する」などと言われ、SNSのビデオ通話で警察手帳を見せられるなどし、2日後には男性宅に偽物の逮捕状が送られてきたことから、男性は相手を信じてしまい、指示に従って2回にわたり金塊を購入、紙袋に入れて自宅のポスト下に置き、その後確認すると、金塊はなくなっていたものです。男性が警視庁に確認の電話をし、詐欺に遭ったことがわかりました。
- 京都府警中京署は、京都市中京区の会社役員の40代男性がSNSなどを通じて投資話を持ちかけられ、暗号資産の「ビットコイン」計約6450万円相当をだまし取られたと発表、SNS型投資詐欺事件として、捜査しています。男性は2025年6月、SNSのダイレクトメッセージ(DM)で、輸出業の会社役員の女を名乗る人物から投資話を持ちかけられ、指示されたアプリで16回にわたってビットコインを送金したといいます。アプリ上では運用利益が表示されていましたが、引き出すことができず、不審に思った男性が、暗号資産の取引所に確認、取引が確認できないと告げられ、中京署に相談し被害が発覚したものです。
- 青森県警つがる署は、県内の70代女性が仙台地検の検察官を名乗る男らから約5400万円をだまし取られる被害があったと発表しています。2025年9月、仙台地検や仙台高検の検察官をかたる男から電話で「資産が凍結される」などと言われ、金融機関の口座を開設するよう指示され、5回に分けて計約5400万円を振り込んだもので、家族に相談し、被害に気付いたといいます。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニや金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。一方、インターネットバンキングで自己完結して被害にあうケースが増えており、コンビニや金融機関によって被害を未然に防止できる状況は少なくなりつつある点は、今後の大きな課題だと思います。以下、直近の事例をいくつか紹介します。
- 修理した車を顧客に届けに行くと、高齢女性が困った表情でパソコンを見ながら電話をしており、パソコンから「電源を切らないでください」「シャットダウンすると使えなくなります」といった音声が大音量で流れ、画面には、赤や黄色で「警告」などの文字が映し出されていたため、女性から電話機を受け取ったところ、受話器から、片言の日本語で「モニター」「キャッシュ」といった声が聞こえたため、「だめなやつだ!!」何らかの犯罪だと感じて、電話をすぐに切ったといいます。車の営業マンがこうして「サポート詐欺」の被害を防ぎ、警視庁西新井署から表彰されました。担当する顧客は、お年寄りが多く、普段から、特殊詐欺の被害を防ぐために「不審な電話があれば1回電話を切って、必要なら折り返して」などと伝えられていたといい、こうした防犯意識が奏功したものです。
- オレオレ詐欺の手口で現金をだまし取ったとして、山形県警尾花沢署などは、無職の男を詐欺の疑いで緊急逮捕しています。男は特殊詐欺の受け子とみられ、挙動を不審に思ったタクシー会社が警察に通報したものです。報道によれば、男は何者かと共謀の上、尾花沢市の60代男性方に親族を装って電話し、取引先に支払う金をなくしたとうそをつき、親族の知人になりすまして現金200万円をだまし取った疑いがもたれています。尾花沢タクシーが、「特殊詐欺の受け子と思われる人を乗せた」と同署に通報、「+」で始まる国際電話の番号からタクシーの手配があったほか、男が「尾花沢」を正しく読めなかったことなどから不審に思ったといいます。タクシーがJR村山駅に向かったため、村山署員が駅近くで男に職務質問し、逮捕につなげたといいます。
- 特殊詐欺を防いだとして奈良県警橿原署はセブンイレブン近鉄大和八木駅南口店の店員、更谷さん、浅井オーナー夫妻に感謝状を贈っています。更谷さんは、約8万円分の電子マネーを購入しようとした60代女性客に応対、理由を尋ねると、「エステの支払い」と話したことで詐欺を疑い、浅井オーナーと共に女性を説得、浅井オーナーの妻が近くの交番に連絡しました。
- ファミリーマート斑鳩法隆寺南店のアルバイトで阪南大2年の土屋さんも奈良県警西和署から感謝状が贈られています。70代女性が電子マネー4万円分を購入しようとしたところ、応対した土屋さんは、女性が携帯電話で通話をしながら何かの指示を受けている様子だったことや、一瞬見えた電話の画面に海外からの通話着信履歴が映っていたことから詐欺を疑い、女性に声をかけて西和署に連絡。被害を防いだといいます。
その他、特殊詐欺被害防止の取組み事例を、いくつか紹介します。
- 還付金詐欺による被害を減らそうと、大阪電気通信大と大阪府警四條畷署は被害者の「ある動き」に反応して警告する新型AIカメラを共同開発し、完成させています。大阪府の四條畷市と大東市内に計4台が設置されており、関係者は今後の広がりに期待を寄せています。本コラムでも紹介しましたが、大阪府は2025年8月、ATM周辺での携帯電話の使用制限などを盛り込んだ改正条例を施行、これに先駆けて、四條畷署と大阪電気通信大の岩本・准教授らは、被害防止に向けた新型のAI付き小型カメラを開発、言葉巧みに被害者をATMへ誘導し、現金を振り込ませる還付金詐欺への対策を目指しました。ポイントは「被害者の動き」で、現金を振り込むまでの間、被害者は携帯電話で犯人側の指示を聞いていることがほとんどといってよく、この中で起こる「手を顔に近づける」などの動きをカメラが自動検知、警告音が鳴るほか、「詐欺の可能性があります。通話を終了してください」と音声で促す形に仕上げたものです。
- 国際電話を悪用した特殊詐欺の多発を受け、警視庁が、スマホへの国際電話の着信をブロックする機能を開発し、2025年12月から公式防犯アプリ「デジポリス」に追加します。同庁は被害の減少に向けて、幅広い世代に利用を呼びかけていく方針としています。特殊詐欺は2025年、過去最悪のペースで被害が拡大しており、警察庁によれば、1~6月の被害額は約597億円と2024年同期の約2.6倍、詐欺に使われた電話は計6万3966件に上り、このうち「+」で始まる国際電話番号は4万7005件で、全体の7割超を占めています。警視庁は、利用者のスマホの電話帳に登録がない国際電話番号から着信した場合、音や振動がしなくなる機能を開発、スマホにデジポリスのアプリを入れ、ブロック機能を有効にすれば利用できるようになるといいます。警視庁幹部は「国際電話に出ないだけで、大幅な被害防止が見込める。アイフォーン利用者には一定の不便もあるが、活用を検討してほしい」としています。
- ニセ電話詐欺で高齢者が犯人からの指示で何度もATMを操作し、被害が高額化するケースが相次いでいます。被害防止の要の一つは銀行の対応で、異変に気づいて警察に通報したケースもありますが、対応には限界もあり、取り組みを社会全体で支える仕組みが必要だといえます。こうしたATMの不審な動きについてすべての銀行で一律の対策は設けられておらず、各行で判断、実施しているのが実情です。報道で銀行の対応について立正大学の小宮信夫教授(犯罪学)は「特殊詐欺の防止に大きな役割を担っている」と評価、特に、引き出し限度額の変更は「手続きの『煩雑さ』が利用者を冷静にさせ、詐欺に気づかせることもある」と指摘、職員が変更の理由を詳しく尋ねたり、アプリで可能な場合でも本人確認を厳しくしたりすることが有効としています。ただ、対応は「金融機関に丸投げされている側面がある」といい、職員のスキルアップや、アプリの機能拡充が重要である一方、「金融機関は営利企業で独自の対策には限界がある。政府が取り組みに資金を出すなど社会全体で支える視点が必要だ」としています。
(3)薬物を巡る動向
関西の私立4大学(関西、関西学院、同志社、立命館)が、新入生を対象にウェブ上で実施している「薬物に関する意識調査」の2025年度の集計結果を公表しています(2009年以降17回目となります)。薬物使用に拒否・反対の回答が大半を占めたものの、「1回なら」「他人に迷惑をかけないなら」使用を許容する回答が7.6%、入手可能とする回答も7.6%あり、若者への大麻蔓延の実態が垣間見える数字であり、正しい情報をどう伝えるか、啓発活動の量・質両面から更なる工夫が必要であることを痛感させられます。また、継続的なこうした調査は貴重であり、行政や警察も含めて薬物乱用防止策を企画立案する際の参考、社会への警鐘になることを期待したいと思います。
▼ 2025年度 関西四大学「薬物に関する意識調査」集計結果 報告書
「薬物乱用問題に危機感や不安を感じているか」の設問では「非常に」が32.8%、「ある程度」が35.6%で計68.4%に上りました。前回は薬物乱用問題への「関心」を尋ね、「非常に」が5.5%、「ある程度」が30.7%で計36.2%であり、設問・選択肢が少し異なるものの、4大学では「危機感や不安は高まっている」と分析しています。また、「(有機溶剤、脱法ハーブ、大麻グミなどを含む)薬物を使うことをどう考えるか」では、「どのような理由でも絶対に使うべきではないし許されない」が91.3%(前回比2.2ポイント増)を占めたものの、「1回なら心身に害がないので使ってもかまわない」が1.0%(同同じ)、「他人に迷惑をかけなければ使うかどうかは個人の自由」が6.6%(同1.5ポイント減)で、許容する回答も一定数ありました。「薬物の使用や購入を誘われたり、勧められたりすることが過去にあったか」では、「ない」が94.1%(同1.1ポイント増)を占めたものの、「購入を勧められた」が0.5%(同同じ)、「使用を誘われた」が0.9%(同0.2ポイント減)、「無理やり使わされた」が0.2%(同同じ)ありました。「周囲に薬物を所持したり、使用している(いた)人がいるか」は、「いない」が89.4%(同0.6ポイント増)、「いる(いた)」が3.3%(同0.1ポイント増)、「いる(いた)」との回答の薬物は大麻が51.3%(同0.8ポイント増)でした。「薬物入手が可能か」では、「不可能」が80.2%(同41.0ポイント増)と大幅に増え、「かなり難しい」が12.2%(同11.0ポイント減)、「難しいが手に入る」が5.8%(同20.0ポイント減)、「手に入る」が1.8%(同10.0ポイント減)となりました。「難しいが」も含めて「手に入る」と回答した理由(複数選択可)は「SNSやインターネットなどで探せば見つけられると思う」が77.4%(同3.2ポイント減)、「SNSやインターネットなどで販売されているのを見かけた」が14.8%(同5.3ポイント増)、「友人・知人が入手方法を知っていると聞いた」が13.4%(同5.7ポイント増)、「繁華街などで販売されているのを見聞きした」が18.3%(同0.8ポイント減)となりました。
政府が24日発表した2025年版の自殺対策白書では、若者の自殺者が3000人超で高止まりし、市販薬の過剰摂取「オーバードーズ(OD)」と自殺未遂の関連性の高さも明らかになりました。
▼ 厚生労働省 令和7年版自殺対策白書
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の松本俊彦・薬物依存研究部長が毎日新聞で解説しています。具体的には、「まず問題として認識するのが遅すぎます。私たちは2018年から対策を国に求め続けてきました。救急対応できる病院へのODによる搬送は増える一方で、状況は悪化し続けています。例えば若者のODが広がる東京・歌舞伎町の「トー横」では、保護される子どもたちは親の虐待から逃げてきて、地元に帰りたくないと言う。ODはSOSなんです。対策として薬を取り上げたとしても、今度はリストカットを繰り返すことになる。ODを「いただけない行動」とするのではなく、「生きづらさのサイン」とみて、医療だけでなく福祉、地域保健全体で支援していく必要があるのは論をまちません」、「一つはODを受け止められる支援や機関の少なさがあります。もう一つ、すごく気になっていることは政府が医薬品の市販化を進めてきたことです」、「多くの国民は、市販薬は病院でもらうより「効果は薄いけど副作用も弱い」と思っているけれど、それは誤解です。戦前の文学者たちの自殺未遂の手段で使われたような成分を含む薬も売られています。10代の薬物依存症患者の7割以上は市販薬を使用していました。政府が市販薬の流通拡大を進めてきたことが要因にあるのではないでしょうか。私はさまざまな機会をとらえて、この危険性を主張してきました」、「薬物乱用教育は「ダメ。ゼッタイ。」を標語に違法薬物に特化し、とにかく違法薬物に手を出さないという1次予防に取り組んできました。ところが私たちの調査では、教室の中にODの子どもが1人いてもおかしくないほど薬物依存が広がっています。そうすると、教室の中にも経験者、当事者がいて、その子どもたちにも向き合う1・5次予防とも言える介入が必要です。その認識が厚労省も文部科学省も十分ではない」、「相談に行っても「ODをやめろ」と言われるだけだから相談できないわけです。相談しても受け止めてもらえないからODで対処している子どもたちもいる。虐待やいじめなどの心的外傷後ストレス障害(PTSD)もあり、自分なりに対処しているのです。その辺りのことを理解した上で本気で対策をやっていく必要があります」、「子ども同士では複雑で対応は難しいこともあるから、大人につなげてあげることが必要です。ただ、つながった先の大人が「ダメだ、やめろ」と頭ごなしにしてしまえば、そこから先に進めなくなってしまいます。大人も、社会も子どもが勇気を出して伝えたSOSを受け止めて支援していく体制が必要です」など述べていますが、極めて重要な示唆を含む内容で、より多くの大人に理解を広めていく必要あると思います。松本氏も強調していますが、若者を中心に市販薬のODが社会問題化していることを受け、厚生労働省が販売規制の対象となる成分の拡大を検討していることが明らかになりました。現行では省令などで、「乱用の恐れのある医薬品」として、風邪薬やせき止めに含まれる6成分が指定されています。
前回の本コラム(暴排トピックス2025年10月号)でも取り上げ、(流通経路は判然としないものの)今後、国内での蔓延が危惧されると警鐘を鳴らしている指定薬物「エトミデート」(ゾンビたばこ)ですが、九州厚生局麻薬取締部と大分県警は、「エトミデート」を密輸したとして、医薬品医療機器法違反の疑いで、中国籍の男性3人を逮捕しています。同薬物は2025年5月に厚生労働省令で指定薬物に追加され、密輸容疑での逮捕は全国初となります。乱用の実態が全国に拡がりつつあるのではないかと危惧されます。沖縄県では所持容疑での摘発が相次いでいました。何者かと共謀し、シンガポール・チャンギ国際空港発の航空機からエトミデート約100グラム入りの貨物を成田空港で搬出させ輸入した疑いがもたれており、麻薬取締部などによると、税関職員が検査をして発覚、販売目的だったとみられ、インドからシンガポール経由で密輸され、宛先は大分市の20代男性だったといいます。乱用拡大の中心といわれる沖縄で、指定薬物となった5月以降、沖縄県内の初摘発は7月で、9月末までにエトミデートの所持で10人が逮捕、書類送検され、ほとんどが10、20代の若者で、高校生もいました。秘匿性の高い通信アプリには広告も出ているといい、「SNSを介して広がっている」(捜査関係者)といいます。リキッド(液体)を電子たばこで吸引するケースが多く、味付き、味なしなどがあり、1個2万数千円で販売されている製品もあるといいます。警察庁によれば、摘発者は沖縄が10人で最多ではあるものの、それ以外でも大分3人、三重2人、福岡1人と、各地に飛び火しつつある状況が浮かび上がっています。報道で捜査関係者は「当初は局地的な広がりと思っていたが、その後の捜査などで、日本にもエトミデートの市場ができつつあることが分かった」と危機感を示し、警察幹部も「乱用者が交通事故を起こして大ごとになる恐れもある。関係機関と協力しながら警戒を強めていく」と強調しています。
合法成分から違法な麻薬を製造したとして、京都府警は、麻薬及び向精神薬取締法違反(THC類の営利目的製造)の疑いで、いずれも無職の2人の容疑者=いずれも大麻取締法違反罪などで逮捕、起訴済み=を再逮捕し、同罪で起訴しています。大麻草由来の合法成分「カンナビジオール(CBD)」に化学反応を起こせば、大麻の有害成分「テトラヒドロカンナビノール(THC)」に変換することができるといい、国内で警察が合法成分を基にした麻薬製造事件を摘発するのは初めてで異例だといいます。幻覚作用などを引き起こすTHCは、2024年12月の麻薬取締法と大麻取締法の改正法施行により、製品中のTHC残留限度値が設けられ、限度値を超える場合は「麻薬」として規制対象となりました。一方、CBDは安全性が高く規制対象外でリラックス効果などをうたう含有製品が流通しています。2人の再逮捕容疑は氏名不詳者と共謀し2025年4~5月、宮崎県高鍋町のマンション一室で、大麻草由来のCBDからTHCを含む液体を製造したというものです。府警は2024年7月にタイから大麻草377グラム(末端価格約188万円)を密輸したとして、2人を大麻取締法違反容疑で2025年6月に逮捕、関係先を捜索したところ、マンション一室の捜索で、THC成分を含む液体約20グラムや製造に使ったとみられるフラスコなどの器具が見つかったといいます。府警によれば、2人は他人名義のキャッシュカードを売買する闇バイトでつながったトクリュウのメンバーですが、互いに面識はなく、容疑者が秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」を使って「THCオイル50グラムを製造しよう」「1グラム1500円で販売しよう」などとやりとりし、もう1人の容疑者に製造を指示し、SNS上で販売しようとしていたとみられています。
天理大のラグビー部寮で大麻を所持、使用したなどとして、麻薬取締法違反の罪に問われた元部員の2人の被告の判決公判が奈良地裁で開かれ、裁判官は被告それぞれに拘禁刑1年、執行猶予3年(求刑拘禁刑1年)、大麻没収を言い渡しています。裁判官は判決理由で「部活でストレスがあっても大麻を正当化するのは認められない」などと指摘し、一日も早い更生を促しました。2人の弁護人は判決後、報道陣の取材に応じ、控訴しない考えを示しています。一方、キャンパス内の学生寮で麻薬を含有する液体を所持したとして、麻薬取締法違反の罪に問われた元国士舘大男子柔道部員は、東京地裁立川支部で開かれた初公判で起訴内容を認めています。被告は2025年6月中旬、東京都町田市のキャンパス内の学生寮で麻薬を含有する液体約0.293グラムを所持したとしています。国士舘大によれば、6月、学生が大麻を吸っているとの情報提供を受けて警視庁に相談、警視庁は同法違反の疑いで学生寮を家宅捜索し、乾燥大麻や麻薬を含む液体、吸引具を押収しています。以前の本コラムでも指摘していますが、大学運動部の違法薬物問題では、2025年には、天理大ラグビー部や国士舘大男子柔道部、専修大学アイスホッケー部などの強豪校の部員らが大麻所持などの容疑で相次いで逮捕されています。それ以前にも、東京農業大ボクシング部、日本大アメフト部、早稲田大相撲部などでも同様の問題があり、閉鎖的な環境の改善や寮の管理強化が必要な状況です。強豪校ではレギュラー争いが激しく、「結果を残さなくてはいけない」という重圧があり、上下関係も厳しく、上級生から薬物を勧められたら断りづらい構図もあります。また、監督やコーチが寮の部屋に来ることはなく、手荷物検査もなく、薬物は簡単に持ち込めるとの報道もあります。さらに、運動部では部活動が生活の中心となり、善悪の感覚がマヒしがちで、指導者は寮の管理を強化するだけでなく、授業にもきちんと出席させ、競技引退後のセカンドキャリアについても教育していく必要があるのではないかと考えます。
暴力団が関与した最近の薬物事犯を巡る報道から、いくつか紹介します。
- 2023年11月から2024年2月までの間、仙台市内などで覚せい剤を譲り渡すなどしたとして、密売人の住吉会傘下組織組員が逮捕されています。警察は、暴力団員の男らから覚せい剤を譲り受けたなどとして、これまで客12人を摘発しています。すでに実刑判決を受けている男と共謀し、仙台市内や白石市内の駐車場や歩道上で客の岩手県花巻市のパートの男ら4人に覚せい剤を譲り渡した疑いなどが持たれています。警察は、これまでに男らから覚せい剤を譲り受けたなどとして別の男を含む客12人を摘発しています。男らは主にSNSを使って客を集め、商業施設やコンビニエンスストアの駐車場などで覚せい剤を手渡したとみられています。警察の調べに対し、男は「今は話したくありません」と供述しているということです。警察は、覚醒剤の入手経路や指示役もいるとみて捜査を進めています。
- 覚せい剤などの違法薬物を密売して得た利益と知りながら、みかじめ料を受け取ったとして、千葉県警は、麻薬特例法違反(犯罪収益収受)の疑いで、稲川会傘下組織組長を逮捕しています。すでに密売人や関係者ら計15人を同法違反や覚せい剤取締法違反などの疑いで摘発しているといいます。県警によれば、密売人は容疑者に、年に複数回みかじめ料を渡していたと供述しているといいます。
大型の違法薬物密輸の摘発が目立ちます。最近の報道からいくつか紹介します。
- 清水海上保安部などは、静岡市の清水港に寄港した大型外国貨物船から押収した約20キロのコカイン(末端価格約5億円)を公開、犯行グループが海中に潜って船底にある「海水取入口」の中に隠したとみられています。乗組員に気が付かれることなく船に荷物を「寄生」させて密輸する「パラサイト型」と呼ばれる国際密売組織の手口で、海上保安庁によると、国内で確認されたのは2019年に愛知県豊橋市の三河港で発見されて以来、2例目だといいます。入港船に実施する立ち入り検査の一環で、清水海保の潜水士らが清水港に停泊していた貨物船の底を調べたところ、水深約12メートルにある海水取入口の中でボストンバッグ一つを発見、中から、1キロずつテープで巻かれたコカインの塊が20個見つかったものです。海水取入口はエンジンの冷却水などを取り入れるためのもので、空気ボンベや潜水服などを装着したダイバーでなければ近寄ることができない「通常は船員も点検しない」場所だったといいます。同海保などは、何者かが海に潜り、工具を使って海水取入口のカバーを外し、計画的にコカインを隠したとみて調べています。同海保などは、乗組員への聞き取り調査も実施した結果、船主や約20人の乗組員が密輸に関与した可能性はないとみています。
- スーツケースに隠して覚せい剤を密輸したとして、警視庁と東京税関の共同捜査本部は、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで、英国籍の職業不詳ウエン容疑者ら男2人を再逮捕しています。報道によれば、既に逮捕した仲間とみられる2人を含む4人のスーツケースから計約146キロの覚せい剤が押収されており、末端価格は84億9100万円に上るといいます。ウエン容疑者ら2人の逮捕容疑は9月17日、覚醒剤約17キロ(末端価格9億7000万円相当)を入れたスーツケースを国内に密輸した疑いがもたれています。ウエン容疑者は、米ロサンゼルス国際空港から羽田空港に到着した米国籍スコット容疑者から、千葉県内でスーツケースを受け取っており、滞在先の東京都大田区の民泊施設からは、覚醒剤の入った6個のスーツケースが見つかっており、同庁などが2025年9月、両容疑者を逮捕、他にも持ち込んだ仲間がいるとみられています。
- 東京税関成田税関支署と千葉県警は、米国から成田空港に覚せい剤を密輸したとして、英国籍の住所不定、無職のスチュワート容疑者を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで逮捕し、千葉地検に告発しています。押収量は約30キロ(末端価格約17億円相当)で、単独旅客の手荷物から押収した量として成田では過去最多といいます。告発容疑は、米サンフランシスコの空港から到着した際、小分けにした覚せい剤をスーツケース2個で密輸した疑いがもたれています。荷物の多さを不審に思った税関職員が発見したものですが、税関によると、30キロ程度の覚せい剤をスーツケースに入れる手口は、羽田や福岡でも相次ぎ2025年だけで6例目で、担当者は「全て米国から持ち込まれている。隠そうともしない大胆な手口が主流になりつつある」と警戒を強めています。
- 千葉県警は、2021年に覚せい剤約25キロ(末端価格14億7500万円相当)を密輸したとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)と関税法違反の疑いで、会社役員を逮捕しています。報道によれば、密輸グループの指示役とみられています。千葉県警は2021年10月までに実行役など男女5人=実刑確定=を逮捕、一部は当時、六打目山口組傘下組織組員だったことから、暴力団との関係もあるとみて調べています。
- 関西空港署は、液体大麻20キロを手荷物に隠して航空機でタイ・バンコクから関西国際空港に密輸したとして、台湾籍の自称警備員を麻薬取締法違反(営利目的共同輸入)容疑で緊急逮捕しています。麻薬探知犬が臭いに反応して逮捕につながったといいます。関空で液体大麻を押収した量としては過去10年で最多ということです。容疑者が到着フロアで機内預けのスーツケース2個を受け取り、押して歩いていて、麻薬探知犬が反応、税関職員がスーツケースの荷物を検査し、シャンプーや化粧品の容器、食品の缶詰など計37個に分けて入れていた液体大麻20キロを発見したものです(正確な末端価格は不明)。また、関空署は、タイから大麻58グラムなどを2025年8月に密輸したとして、大阪市北区の無職の男性を麻薬取締法違反(輸入)容疑で緊急逮捕しています。ショルダーバッグやズボンのポケットに隠し、別の麻薬探知犬が反応したといいます。
- ドイツのフランクフルト空港から麻薬のケタミン計約37キロ(末端価格約8億円)をスーツケースに隠し密輸入しようとしたとして、東京税関成田税関支署などは、関税法違反(禁制品輸入未遂)などの疑いで、英国籍の女2人を千葉地検に告発しています。成田税関支署によると「バーで話を持ちかけられた」「タクシーの運転手から受け取った」などと、いずれも容疑を否認していますが、高額の報酬を持ちかけられた「運び屋」とみられています。税関職員が検査で発見し、関税法違反と麻薬取締法違反の疑いで現行犯逮捕しています。
- コカイン計約1.5キロを体内に隠して密輸したとして、大阪府警は、麻薬取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、ブラジル国籍の男女を逮捕しています。報道によれば、コカインは大きさ4~5センチの繭のような物体の中に隠されており、2人で計150個以上をのみ込んでいたといいます。府警は2人が「運び屋」で、組織的に密輸したとしています。2人の荷物の少なさを不審に思った税関職員が、任意の腹部エックス線検査を実施、腹の中に異物が見つかったため、病院でCT検査をしたところ、大量の繭形の物体が見つかったといいます。
- 覚せい剤を密輸入したとして、東海北陸厚生局麻薬取締部は、住居不定、無職の女を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕、送検しています。報道によれば、女は氏名不詳者と共謀し、営利目的で、2025年3月、イランから国際郵便で覚醒剤998.376グラム(末端価格約5800万円)を密輸入した疑いがもたれています。覚せい剤は、粉末が黄色に着色されるなど、スパイスに偽装されており、税関の検査で見つかったといいます。
- 沖縄地区税関は、台湾発の大型クルーズ船で、麻薬のケタミンを含む粉末が混在した茶色植物片7.41グラムを輸入しようとしたとして、関税法違反で自称アルバイトの港湾荷役作業員で台湾籍の男を那覇地検に告発しています。税関と那覇海保によれば、男が乗船したクルーズ船は台湾・高雄港を出港し那覇港に寄港、税関職員による下船時の手荷物検査で、男の手提げバッグの中から、ケタミン粉末を含んだ紙たばこ18本が入ったたばこ箱が見つかったといい、男の船内居室からも、ケタミン0.07グラムが発見されたといいます
- (薬物事犯ではありませんが、密輸の手口として参考になるものとして紹介します)下着の中に砂状の純金を隠して香港から密輸しようとしたとして、警視庁西新井署は、実行役の女性3人を関税法違反などの疑いで逮捕しています。容疑者らの服装に税関職員が違和感を覚え、発覚したといいます。2024年7月、小袋に入った砂状の純金計8キロ(時価9871万円)をカップ付き肌着「ブラトップ」やショーツの中に隠して香港から羽田空港に密輸入し、消費税987万円の支払いを免れようとしたとしています。容疑者ら女性3人は八つのポケット付きブラトップと、三つのポケットがあるショーツを着用、砂金8キロを33袋に分け、3人で等分して下着に入れていましたが、見た目の不自然さに気付いた税関職員が服の上から触ると、異物感があったといいます。金の輸入は税関への申告が必要で、購入額に基づく消費税の納付が義務付けられており、消費税がかからない国・地域で金を買い、密輸入して国内で売れば、1割の消費税分が利益になります。実行役には1人当たり15万円の報酬が約束されていたといいます。
その他、最近の薬物事犯に関する報道から、いくつか紹介します。
- 宮崎県警都城署は、県内の中学3年の男子生徒(15)を覚せい剤取締法違反(使用)と麻薬取締法違反(同)の両容疑で再逮捕しています。男子生徒は宮崎県都城市内で大麻を所持したとして、麻薬取締法違反(所持)の疑いで逮捕されていました。その際の尿検査で、覚せい剤とMDMAの成分が検出されたといいます。男子生徒は「間違いです」と容疑を否認しているとのことです。
- 営利目的で大麻を所持したとして、山口県警は、麻薬取締法違反(営利目的所持)の疑いで、いずれも同県下関市、中学3年の男子生徒(14)と男子高校生(19)、同県周南市の女子高校生(16)ら5人を現行犯逮捕しています。県警は大麻の入手経路や販売先、5人の関係性を調べています。逮捕容疑は、下関市内のアパートで営利目的で大麻19.37グラム(末端価格約9万7千円相当)を共同で所持したとしています。
- 営利目的で乾燥大麻などを所持したとして、警視庁原宿署は、追手門学院大4年の被告(22)を麻薬取締法違反(営利目的所持)容疑で再逮捕しています。自宅や東京都内のコインロッカーから乾燥大麻約1.8キロ(末端価格約900万円)や覚せい剤約57グラム(同330万円)などが押収され、同庁は違法薬物を密売していたとみています。報道によれば、被告は、自宅で乾燥大麻約70グラムとコカイン約4グラムを営利目的で所持した疑いがもたれています。4月に同法違反容疑で逮捕された知人の供述から関与が浮上、被告は8~9月、同法違反容疑で計3回逮捕され、その後起訴されていました。
- 大阪府や兵庫県を中心に覚せい剤を密売したとして、兵庫県警薬物銃器対策課は、麻薬特例法違反容疑で、無職の容疑者=覚醒剤取締法違反罪で起訴、内縁の妻で無職の容疑者の両被告を逮捕、送検しています。2人は2022年1月ごろから覚せい剤の密売を始めたとみられ、同課は少なくとも顧客約200人に覚せい剤を売り渡したとみて入手ルートなどを調べています。報道によれば、覚せい剤は1グラム当たり4万7千円で取引、両容疑者は約1年半の間に顧客84人に販売し、約1800万円を売り上げており、覚せい剤の受け渡しは対面や配送で行い、やりとりには秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」を用いていたとみられています。逮捕された顧客の1人の供述で事件が発覚、2025年2月、自宅で覚せい剤約19.034グラム、大麻約15グラムなどを所持したとして覚せい剤取締法違反(営利目的所持)などの容疑で現行犯逮捕、起訴されていました。
- 大阪府教育委員会は、大麻クッキーを食べたなどとして逮捕・起訴された府立豊島高の教諭を懲戒免職処分にしたと発表しています。教諭は2022~25年、通信アプリ「テレグラム」を利用して半年に1回程度のペースで直径約10センチの大麻クッキーを購入し、月に1枚程度を食べていたといい、2025年8月ごろには、テレグラムを利用して注文した大麻片を指定された場所で受け取り、自宅で保管していたとされます。
- 自宅で大麻を所持していたとして、兵庫県警薬物銃器対策課は、麻薬取締法違反(所持)容疑で、県警明石署地域1課の巡査と葺合署地域2課の巡査部長の両容疑者を逮捕、送検しています。加藤容疑者が乾燥大麻約0.47グラム、岩城容疑者は約0.98グラムをそれぞれ自宅で所持したとしています。両容疑者は2023年3月まで明石署で一緒に勤務、県警は加藤容疑者が大麻を所持しているとの情報を入手、その後の捜査で、岩城容疑者の関与と紺谷容疑者が大麻を所持している可能性が浮上したといいます。県警は2人の自宅を捜索し、吸引に使うとみられる巻き紙や吸煙器具、液体が入ったカートリッジを押収、鑑定や入手経路の特定を急いでいます。さらに、乾燥大麻などを有償で譲渡したとして、兵庫県警は、麻薬取締法違反(譲り渡し)の疑いで岩城容疑者=同法違反(所持)罪で起訴=を再逮捕しています。加藤被告=同罪で起訴=に乾燥大麻約10グラムを4万円、液体大麻入りカートリッジ4本を3万8千円で譲渡したとしています。さらに7月、知人のバー経営者、紺谷容疑者=所持容疑で逮捕=に、乾燥大麻約4グラムを1万8千円で譲り渡したとしています。県内の路上や乗用車内で手渡していたとみられ、容疑を認めているといいます。
- 東京都新宿区の路上に止めた車内で液状の大麻を所持したとして、警視庁新宿署は、麻薬取締法違反(所持)の疑いで、大相撲の元力士で自称プロレスラーの容疑者を逮捕しています。逮捕容疑は2025年5月中旬、新宿区で大麻リキッド約0.1グラムを所持したとしています。「(所持していたものは)合法だと思った」と供述、パトロール中の警察官が車内にいた容疑者に職務質問したところ、ズボンのポケットから大麻リキッドを発見したものです。容疑者は十両力士だった2009年1月、都内で乾燥大麻を所持したとして、神奈川県警に現行犯逮捕され、日本相撲協会に解雇され、横浜地裁川崎支部が同年4月に懲役10月、執行猶予3年の判決を言い渡していました。
- 自宅で覚せい剤約130グラムなどを所持したとして、大阪府警布施署は、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)などの疑いで、会社員の容疑者を逮捕、送検しています。2025年5月、松原市の自宅で覚せい剤や大麻を所持したなどとしています。容疑者の自宅から覚せい剤約130グラム(約760万円相当)と大麻草約1キロ(約500万円相当)を押収、これまでに大阪や岡山県、静岡県の30~50代の男女5人に販売、譲渡していたとみられ、入手先などを調べているといいます。
- 2023年10月から12月にかけて、共犯者と共謀して県内の自宅アパートで大麻を営利目的で栽培し、複数の客に譲渡したなどとする麻薬特例法違反、大麻取締法違反の罪に問われた無職の女の裁判員裁判判決公判で、那覇地裁は、被告の女に懲役4年、罰金120万円(求刑懲役6年、罰金150万円)を言い渡しています。裁判長は判決理由で、被告が約7カ月半にわたって大麻を栽培し、40人以上の客に密売して計420万円以上を売り上げたことについて「大麻の害悪を世の中に広く拡散する悪質な犯行」と指摘、1月に有罪判決を受けた共犯者から誘われて犯行に加わり、「必要不可欠な役割を果たした」と判示、一方で、犯行を主導した共犯者に比べて刑事責任は「やや軽い」とし、酌量減軽を行ったとしています。
勤務先の医療機関名義で購入した向精神薬を知人に譲り渡したとして、九州厚生局麻薬取締部が、福岡県筑豊地区の医療クリニックに勤める30~60代の看護師と准看護師の女性計3人を麻薬取締法違反(譲渡)容疑で書類送検しています。医師法により薬の処方は医師のみに限られますが、業者への発注業務は看護師らも可能で、この仕組みが悪用された薬の不正譲渡事件の立件は異例だといい、同部は医療機関に注意喚起する方針です。クリニックの元同僚や学生時代の同級生の女性ら3人に、向精神薬である睡眠導入剤計870錠を総額8951円で譲り渡したとしています。同部が薬の入手ルートを追跡したところ、看護師らがクリニックのIDを使って医療機関向けの医薬品販売業者に発注していたことが判明、代引きで発送させて自費で購入後、自ら使用したり、購入額と同額で譲り渡したりしていたとみられています。2025年春、別の薬物事件の捜査の過程で疑惑が浮上、このクリニックでは少なくとも2020年12月以降、計8500錠(85箱)の向精神薬が看護師らの発注で購入されていた形跡があり、そのうち不正譲渡が裏付けられた分を立件したといいます。同部は「医師が処方していない薬が市中に広まれば、オーバードーズ(薬の過剰摂取)や薬物を悪用した犯罪につながる危険性もある」として、医療関係者に法令順守の徹底を促すとしています。
フェンタニル問題を巡って、さまざまな展開がみられています。最近の報道から、いくつか紹介します。
- 米国のトランプ大統領は、中国の習近平国家主席との会談で、合成麻薬フェンタニルの米国流入の対策強化で習氏と一致したと明らかにしました。見返りとして、トランプ大統領は中国に課している20%の追加関税を10%に引き下げることで同意したと述べています。
- 米NBCテレビは、トランプ政権が隣国メキシコに軍と情報機関を派遣し、麻薬カルテルの撲滅を狙う軍事作戦の計画を立てていると報じています。ただ、関係者によると、最終決定は下されておらず、派兵は差し迫っていないといいます。メキシコはこれまで、国内への米軍派遣を「主権の侵害だ」として拒否しています。報道によれば、米軍などはメキシコでの地上作戦を含む任務の訓練を始めており、メキシコ国内に侵入し、ドローンで麻薬製造施設や麻薬カルテル構成員らを攻撃する計画だといい、米軍の特殊部隊のほか、中央情報局(CIA)なども参加するとしています。メキシコのシェインバウム大統領は2025年5月、トランプ大統領から麻薬カルテル対策として米軍の派遣を提案されたが、「領土と主権は不可侵だ」として即座に拒否したことを明らかにしています。
- メキシコ最大級の麻薬組織「ハリスコ新世代カルテル(CJNG)」創始者で最高権力者のネメシオ・オセゲラ容疑者(通称エル・メンチョ)がメキシコ国内に潜伏している可能性が浮上しています。死亡説や国外逃亡説も出ていましたが、最高1500万ドル(約23億円)の懸賞金をかけている米政府はなお身柄の確保に躍起となっています。CJNGはメキシコの軍や警察関係者らを多数殺害するなど、同国内で最も凶悪な麻薬組織として知られ、米国で深刻な社会問題になっている合成麻薬「フェンタニル」の主要な供給源でもあり、米当局も摘発に力を入れています。米麻薬取締局(DEA)はCJNGを世界で「最も暴力的で活発な麻薬密売組織」の一つとみており、アジアやアフリカ、オセアニア地域なども含めて40カ国以上に数万人の構成員が展開していると推定されています。また、DEAの分析では、CJNGなどメキシコの凶悪麻薬カルテルは日本にも勢力を広げており、メキシコの組織が送り込んだとみられる大量の覚せい剤摘発が相次いでいるほか、日本を経由して中国産のフェンタニル原料をメキシコへ密輸している疑いも浮かんでいます。2025年9月下旬にDEAが展開した約1週間に及ぶCJNGの掃討作戦ではCJNG構成員ら670人を逮捕し、フェンタニルの粉末92キロ、20トン超のコカインなど大量の違法薬物を押収しています。ただ、メキシコにはCJNGから便宜を供与され、支持する層が一定数いるのが現実で、警察や検察の腐敗を含め、長年の捜索を経ても全面摘発に至らない理由があります。
- 2025年7月にメキシコでの自宅軟禁から脱走した中国の「麻薬王」とも呼ばれる張志東容疑者が、キューバで再逮捕されていたことがわかったといいます。合成麻薬「フェンタニル」の密輸やメキシコの2大麻薬カルテルのマネロンに加担した疑いがかけられており、米国に送還されました。メキシコのハルフッシュ治安・市民保護相によると張容疑者は2025年7月31日に共犯者2人とともに逮捕され、「米国、欧州、アジアの犯罪組織との連携の責任者として特定された」といい、メキシコ当局は2024年10月、米国からの要請を受けて、一度は首都メキシコシティで張容疑者を逮捕していましが、米国への身柄引き渡し手続き中に、自宅軟禁下からの逃走を許した経緯があります。張容疑者はハリスコ新世代カルテル(CJNG)やシナロア・カルテルなどメキシコの麻薬組織と危険薬物を供給する中国企業とを橋渡しし、麻薬組織のマネロンにも加担していたとみられる中国人ブローカーの大物で、自ら麻薬密売にも手を染めていたとみられています。メキシコ当局によると、張被告は1トンを超えるコカイン、2トン近いフェンタニル、600キログラム超のメタンフェタミンの密輸に関与した疑いがあり、年間で1億5000万ドル(約230億円)以上の利益を荒稼ぎしていたとみられています。メキシコ政府は張容疑者が複数の偽造パスポートを使い、米国、中南米、欧州にくわえて日本でも違法行為に及んでいたと断定、世界40か国以上に構成員を広域展開しているとみられるCJNGなどの海外進出に合わせ、警戒の緩い日本の拠点を使い、横浜港などからの原料輸出を取り仕切っていた可能性があります(本コラムでも日本経済新聞による調査内容について取り上げています)。米オハイオ州の連邦大陪審は2025年9月、麻薬密売やマネロンの容疑で数十におよぶ中国国籍の容疑者と中国企業を起訴、ボンディ司法長官はフェンタニルの米国への密輸による被害を食い止めるため「まずは致死性の薬物とその前駆体をアメリカに持ち込む国際パイプラインを解体する」と宣言、米連邦捜査局(FBI)のパテル長官は「前駆体物質を製造する中国本土の企業と個人を起訴する、というFBIにとって初の国際的な捜査だった」と指摘しています。捜査の過程で7000万人の致死量に相当するフェンタニル粉末と、27万人の命を奪うのに十分なフェンタニル錠剤を押収したと明らかにしています。トランプ米大統領は「メキシコが麻薬カルテルに支配されている。我々は自国を守る」との発言を繰り返し、カリブ海や太平洋での麻薬輸送船と断定した船への直接攻撃を続ける姿勢も崩していません。
- 国連の独立専門家グループは、米軍がベネズエラ沖の公海上で違法薬物を運んでいたとする船舶を攻撃した問題について声明を発表し、カリブ海地域の平和と安全に対する危険を深刻化させ、「法的に認められない処刑行為」に相当すると述べています。トランプ米大統領はカリブ海で麻薬を密輸していた疑いのある船舶を少なくとも6隻攻撃するよう命令し、少なくとも27人が死亡しています。国連専門家らは国連人権理事会によって任命され、トランプ大統領が軍事行動を正当化する主張を認識しているとしながら、「たとえそのような主張が立証されたとしても、国際水域で法的な根拠のないまま死をもたらす武力行使は、海洋法および国際海洋法に違反する」と述べています。また米国の攻撃はベネズエラの主権を侵害し、他国の内政問題に干渉して他国に武力を行使すると脅すことを禁じる米国の「基本的な国際義務」にも違反していると指摘しています。米政府は今回の行動について、武力攻撃に対する自衛権に基づく行動を安全保障理事会に速やかに報告するよう義務付けた国連憲章第51条に準拠していると主張していますが、ベネズエラのヒル外相は国連専門家の声明について通信アプリ「テレグラム」に投稿し、米軍事行動に関するベネズエラ政府の懸念を裏付けたと述べています。また「米国は自衛権を正当化するために敵をでっち上げ、カリブ海での虐殺につながっている」と批判しています。一方、米国のヘグセス国防長官は2025年11月2日、米軍がカリブ海の公海上で麻薬密輸船を爆撃し、3人を殺害したと発表、同氏は、Xの投稿で「麻薬テロリストは、米国人を毒殺するために麻薬を運びこもうとしている。我々は彼らを追跡し、特定し、殺し続ける」と強調、米軍による麻薬密輸船への攻撃は9月上旬に始まり、今回が15回目で、死者は計64人となっています。
2025年11月7日付日本経済新聞で、コカの葉の栽培はアンデスの伝統か、それとも麻薬密輸の温床かという興味深い報道がありました。麻薬取り締まりを巡り、米国と南米各国の緊張が高まっており、トランプ米政権が麻薬対策を求めて圧力を強める一方、伝統的な嗜好品としてコカの栽培を続けてきた国では反発が根強いというものです。例えばボリビアでは古くから、空腹や疲労を癒やすためにコカの葉をかんだり、お茶にして頭痛を和らげたりしてきたほか、先住民の宗教儀式にも欠かせず、生活と伝統に深く根付いていますが、コカの葉がコカインの原料となることから、国際条約によって禁制品に指定されたのは1960年代で、コロンビアやボリビア、ペルーなどで過剰に栽培されたコカがコカインとなり、欧米に流入して薬物問題に発展、米国は栽培国に圧力をかけ、政府は米国支援のもと80年代以降は畑を焼却するといった強硬策も実行しました。コカを巡る問題が複雑なのは、米欧と生産国の間で言い分が食い違うためで、米欧では中毒性の高いコカインの原料として取り締まりを求める声が大きい一方、生産国はコカとコカインは別物だと反発しているというものです。世界保健機関(WHO)は90年代に、コカの依存性や健康リスクを否定する報告書の草案をまとめたこともあるといい、ボリビアは現在も国連に再審査を要請中だといいます。一方、トランプ大統領の就任以降、麻薬対策を巡る対立が再燃しつつある状況です。米国はベネズエラからのコカイン流入などを理由にカリブ海で軍事行動を繰り返しており、最大の生産国コロンビアのペトロ大統領に対しても「違法薬物のリーダー」と非難し、同国に制裁を科しています。ボリビアも麻薬対策の「非協力国」に認定されており、いつトランプ大統領の攻撃の矛先が向いてもおかしくない状況となっています。関連して、コロンビア政府は、トランプ米大統領がコロンビアへの資金援助の停止を表明したことを受け、駐米大使を召還しています。トランプ大統領はコロンビア産の違法薬物が「米国に死と破壊、混乱をもたらしている」と主張し、コロンビアのペトロ大統領の対応を批判、ペトロ大統領も反発しています。さらに、トランプ米政権は、米国への麻薬流入を阻止する取り組みを拒否しているとして、コロンビアのペトロ大統領を制裁対象に指定、ロシア、ベネズエラ、北朝鮮の首脳などが並ぶ制裁リストにペトロ大統領も加わることになるなど、両国間の摩擦が強まっています。
ブラジル・リオデジャネイロ市北部のファベーラ(貧民街)で実施された麻薬密売組織の掃討作戦で、リオデジャネイロ州警察は、死者は少なくとも警官4人を含む119人に上ると発表、ブラジル紙フォーリャ・デ・サンパウロによれば、警察が行った作戦に伴う死者数として、同国史上最多となったといいます。リオ州警察の発表によれば、作戦は組織のメンバー約100人の逮捕状の発付を受けて行われ、メンバーらを殺害したのは、警察が踏み入った際に武器で抵抗したためだとして正当性を主張、多数の死者が出たことに対し、地元NGOなどから抗議の声が上がっています。リオ州のクラウディオ・カストロ知事は、死亡した大半が犯罪者だとし、「真の犠牲者は4人の警官だけだ」と強調しています。麻薬密売組織「コマンド・ベルメーリョ」を標的に2カ所のファベーラ(貧民街)を急襲した今回の作戦では、自動小銃93丁を含む銃器120点を押収、弾薬や爆発物、麻薬、軍装備品も見つかったといい、州政府は、軍用武器の1日の押収量としては「最大規模」としています。武器の一部はアルゼンチンやベルギー、ドイツ、ロシアなどから持ち込まれており、当局は入手ルートの解明を進めています。
(4)テロリスクを巡る動向
安倍晋三・元首相(当時67歳)が2022年に奈良市で演説中に銃撃されて死亡した事件は、厳密にいえばテロといえるかどうか今後の解明が待たれるところですが、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る主義主張に基づき、要人を標的にしたことで政治駅な混乱を生み、社会的な影響を与えたという点ではテロといってよく、日本におけるテロ対策上の課題を炙り出した事件でもあり、しっかりと検証していく必要性を感じます。問題提起の手段として「暴力が有効だ」と考える人々は、一定数いると思いますが、その矛先は要人にとどまらず、無差別テロなどはいつどこで誰が標的となるか分かりません。社会の不安定さは暴力が生まれる要因になり得るもので、社会への鬱屈の表れであることが少なくありません。絶望の末に選んでしまう捨て身の自己主張であり、社会秩序への攻撃といえます。暴力が広がれば自由や安全が脅かされる社会になり、これには抵抗していくことが重要です。安倍元首相の銃撃事件では、日本の現代社会が暴力とどう向き合うのか試されているといえます。社会問題と被告の罪は分けて考えるべきで、混同して暴力を容認するという歴史の過ちを繰り返してはいけないと考えます。毎日新聞で専門家が「果たして、被告は暴力に頼るしかなかったのだろうか。被告を暴力に走らせない方法は何があったのだろうか。これらを社会で考えていく必要があり、被告の個人的な悩みや挫折が事件にどう結びついたか解明が重要となる。公判で可能な限り明らかにする必要があるだろう」と指摘していますが、正に正鵠を射るものと思います。また、産経新聞は「首相を退いてなお、高い人気と影響力を保持していた存在の大きさがゆえに、安倍氏を狙ったのか。それによって教団に打撃を与えることが「目的」だったなら、それは政治的動機に基づく「テロ」に他ならない。また被告は「安倍の死がもたらす政治的意味、結果、最早それを考える余裕は私にはありません」とも手紙に記した。そこまで心理的に追い詰められた要因はどこにあったのか。今後の被告人質問などで、被告が何を語るのか注目される」と、日本経済新聞は「公判で語られる内容が「宗教2世」にどの程度共通するものであるかは慎重に捉えるべきだ。宗教2世が抱える悩みは多様で、宗教を背景とする虐待にも幅がある。被告のケースを過度に一般化しすぎない冷静な目を持ちつつ、公判を機に宗教2世に対する現行の支援策などを点検し、不十分な点は見直していく姿勢も求められる」と、また毎日新聞で帝京大の筒井清忠・学術顧問(近現代史)は「近代以降のテロをつぶさに分析すると、社会が都市化・大衆化していく中、個人が地域の共同体から分離・孤立して行き詰まり、ため込んだ不満をテロで解消しようとする点で共通している。こうした傾向は、孤立化を進行させやすいインターネット社会によってさらに強まる可能性がある」と指摘していますが、これらの指摘も鋭く、正にその通りだと思います。
殺人罪や銃刀法違反などに問われた山上被告の裁判員裁判の初公判が、奈良地裁で始まっています。山上被告は「全て事実です。私がしたことに間違いありません」と起訴事実を認めましたが、最大の争点は量刑で、旧統一教会が「宗教2世」の被告の動機にどの程度影響を与えたかが焦点となります。弁護側は、手製銃は銃刀法の規制対象ではないとして同法違反の発射罪などについて無罪を主張していますが、検察側は冒頭陳述で、山上被告は母親が多額の献金を続けた教団を恨み、教団最高幹部への襲撃を計画したが、コロナ禍で幹部の来日の見通しが立たないため、襲撃を断念したと説明、安倍氏が教団の友好団体にビデオメッセージを寄せていたことを知り、「非常に著名な安倍氏を襲撃対象とすれば、教団の活動実態に社会の注目が集まり、批判が高まる」と考えたとし、その上で「元首相を白昼堂々殺害しており、戦後史で前例を見ない極めて重大な結果と社会的反響をもたらした。不遇な生い立ちは量刑を大きく軽くするものではない」と強調しました。弁護側は、動機は教団への復讐だと指摘した上で、「育った環境が児童虐待にあたること、被告の性格や行動がその影響を受けていることを立証する。刑の重さを決める上で非常に重要な事情として考慮すべきだ」と述べています。
山上被告が使ったのは散弾式の手製パイプ銃で、いっぺんに6発撃てるタイプですが、その破壊力は殺傷に必要なエネルギーの10倍以上あったと奈良県警科学捜査研究所が証言しています(告宅の捜索時に押収した別の手製銃も含め、計7丁全てで殺傷能力が確認されたといいます)。検察側は、旧銃刀法が規制する「砲」にあたると主張、砲は法律上、「口径20ミリ以上」と規定されていますが、弁護側は独自の見解として、直径20ミリ以上の弾丸を発射する構造で強大な破壊力を持つ場合に限り、砲と解釈すべきだと反論、事件で発射された弾丸が直径20ミリ未満だったことを踏まえ、同法の発射罪などについて無罪を主張していますが、正に「強大な破壊力を持つ場合」にあたるのではないかと考えられ、公判でどう評価されるかがポイントです。被告は動画投稿サイトを見て作ったとされています。日本で真正拳銃は手に入りにくい状況にありますが、「拳銃が手に入らないなら作ればいい」という発想は、「常識の壁」を壊してしまったといえます(なお、検察側は、被告が銃の自作を始める前に、拳銃の購入を試みて約20万円相当の暗号資産を何者かに支払ったものの失敗したと明らかにしており、被告はこの購入失敗後、銃の自作を開始しています)。そして何より実際には刃物より被害を拡大させてしまう銃が市販の材料で作れてしまうことが社会に大きな不安を与えた点を今後の課題として向き合うことが重要です。銃刀法の改正で手製銃への規制が強化され、ネット上で作り方の解説動画や3Dプリンターの設計図を投稿し、不法所持を呼びかけることが刑罰の対象になりました。ただ、それだけでは十分ではなく、社会全体が危機感を共有する必要があります。例えば、(結果的に)原材料を販売することとなる量販店や薬局における販売時の警戒のあり方(リスクセンスの向上や話法の習熟など)、あるいは被告は部屋で銃身を作り、隣人が金属音を聞いたと報じられました。不自然なにおいや音が出続けていることに気づいた人がいたら通報する、といったことから社会に浸透させる必要があると考えます。
関連して、組織に属さず1人で過激化する「ローン・オフェンダー」(LO)によるテロを防ぐため、警察と民間事業者の連携が進んでいます。山上被告が自宅で手製銃を作っていたことに、誰も気づけなかったことをふまえ、例えば、警視庁は2025年5月、不動産関連の3団体と、管理物件での不審な情報を共有する協定を締結しましたが、こうした取り組みが拡がることが重要です。地域社会やネット空間で予兆をつかみ、事件をいかに防ぐか、官民の総力を挙げた模索は続いています、山上被告については、同じマンションの住人が「ギコギコ」とのこぎりで何かを切断するような音を聞いていたものの、警察への通報はありませんでした。また警察は、山上被告が火薬の材料に使った硫黄を含む5品目も新たに対策を講じる対象に加え、不審な購入があれば通報するよう業者に理解を求めています。警察と情報・通信企業との関係強化も進められており、警察庁は2025年7月の参院選に備え、Xを運営するX社日本法人に協力を要請、候補者や要人らに危害を加えるといった危険な投稿を把握してもらうため、「56(ころ)す」などの隠語リストを提供、X社は危険な投稿の発信者情報について、警察の開示請求から数時間以内に対応したといいます。なお、同庁は投開票日前日までの約1か月間に、XなどのSNS上で危険な投稿を計889件確認したといいます。また、フリーマーケットサイトを運営する「メルカリ」とLINEヤフーも、警察庁からの情報提供を受け、7月から手製銃の弾丸になり得る空の薬きょうや、実弾発射能力のある中国製の玩具銃の出品を禁じています。警察では2024年4月、各都道府県警で、刑事や生活安全、地域の各部が捜査や巡回などで把握した「前兆情報」を警備部門に集約する体制を整え、警視庁は2025年4月、公安部内にLO対策の司令塔を担う「公安3課」を新設、警察庁は、SNS上の危険な投稿の発見にAIの活用を検討しています。報道でテロ対策に詳しい日本大危機管理学部の福田充教授は、「対策には、社会の安心安全と自由や人権とのバランスに配慮することが大切だ。一般市民が危険を察知した時、通報・相談しやすい環境をいかに構築できるかが、今後の鍵になるだろう」と指摘していますが、正にその通りかと思います。さらに警察は、要人警護の抜本的な見直しを図っており、2022年7月に安倍氏が銃撃された翌月には、警護のあり方を定めた「警護要則」を改正、都道府県警が作成した警護計画案を、警察庁が事前に審査する仕組みに改め、2025年9月末までに約1万1500件を審査し、うち7割で人員配置などの修正を指示したといいます。2024年7月にトランプ米大統領が離れた建物の屋上から狙撃された事件後は「高所」と「(演説の)エリア外」の対策を強化、警備用ドローンの活用など、警護のあり方は、社会情勢の変化を踏まえ、不断の見直しが重要となります。
使い方によって本物の拳銃同様の殺傷能力を持つおもちゃの拳銃(玩具銃)などが国内で流通し、警察当局が摘発を強化しています。最近の報道から、いくつか紹介します。
- 玩具銃は中国からの輸入品とみられ、警察は2022年6月以降、17種類の流通を確認、2025年7月末時点で計3600丁を回収しています。ゲームセンターの景品としても広まっており、専門家は「違法性を正しく周知するべきだ」と指摘しています。埼玉県警は9月、銃刀法違反容疑で50代男性を書類送検していますが、中国製品を扱う通販サイトを通じ玩具銃を購入した疑いがもたれています。押収されたのは全長約12センチで付属の薬莢や弾頭も全てプラスチック製で、「一見して実弾を発射できるような危険なものには見えない」(捜査幹部)ものの、金属製の実弾を装塡した場合、少なくとも1発は発射できる可能性があるといます。警察当局は全国で摘発に乗り出しており、警視庁や北海道、大阪、福岡などの18都道府県警は6月末までに銃刀法違反容疑などで2人を逮捕、34人を書類送検しています。日本の業者が中国から通常ルートで仕入れ、クレーンゲームの景品や量販店で販売されていました。
- 玩具銃を所持したとして、警視庁は、千葉県袖ケ浦市の無職の60代の男を銃刀法違反(複数所持)容疑で逮捕しています。男は自宅で実弾を発射できる中国製の玩具銃2丁を所持、「海外サイトで購入し、そのまま自宅に置いていた」と供述しています。同庁のサイバーパトロールで、男がインターネットオークションに複数の玩具銃を出品していたことが発覚、同庁が男の自宅を捜索し、押収した玩具銃4丁を鑑定したところ、うち2丁で実弾の発射能力が認められたものです。
- 2025年3月から改正銃刀法で規制されることになった電磁石銃について、8月末までの回収期間に国内で計14丁が回収されています。多くは手作りだったといい、同庁は「所持すれば違法になるので注意してほしい」と呼びかけています。電磁石銃は磁力によって金属製の弾を発射するもので、一定の威力があるものについて、改正銃刀法で所持が禁じられました。海外のサイトで販売されていたり、インターネット上で作り方が掲載されていたりしていることが、規制の背景にあります。14丁は東京や大阪など7都道府県警で回収され、ネット上の情報をもとに手作りされたもののほか、海外のサイトで購入されたものもあったといいます。これまでに不法所持での摘発はないものの、同法に違反すれば、3年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されることになります。
海外のテロを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
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- 2024年3月22日夜、モスクワ郊外のコンサートホールに武装した男らが侵入、公演開始を待つ観客に銃を乱射し、可燃性の液体をまいて火を放ち車で逃走、確認された死者は149人に上りました。直後にイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出した一方、プーチン政権はウクライナの関与を主張しました。ただ、毎日新聞の報道では、実行犯とされる4人のうちの1人については、「ロシア捜査当局の見立てが正しければ、羊も殺せないほど気弱で、故郷に妻と乳飲み子を残し、「半年で帰る」と約束して家を出た男性が、半年後に大規模テロを起こしたことになる。ファリドゥニ被告の故郷での聞き取りでは、ウクライナとのつながりはもちろんのこと、過激派の影響も見つけ出すことはできなかった」と報じられており、(見立ての信ぴょう性への懸念は残るものの)テロ思想に急激に染まる危険性が浮き彫りになっています。なお、ロシアではテロ事件以降、移民への風当たりが強まり、プーチン政権は不法移民の取り締まり強化を打ち出し、2024年8月には違法行為をした外国人を警察が裁判なしで国外追放できる法律も成立、2024年の1年間で約8万人の移民が法律違反を理由に国外退去処分となっており、これは前年の約2倍に上るといいます。また、ロシア国内では一部で移民に対する差別的な態度も強まり、事件直後、ロシアの極右メディアや独立メディアはタジク人の運転するタクシーをボイコットする動きなどを報じました。事件後の状況は、移民の孤立化をさらに推し進め、過激派組織の浸透を助長しているとさえいえます。
- 米南部テキサス州の連邦検察当局は、同州在住の2人を反ファシスト運動「アンティファ」に関与したとしてテロ支援などの罪で起訴しています。連邦捜査局(FBI)のパテル長官が明らかにしました。トランプ大統領が同運動をテロ組織に指定して以来、テロ関連の罪が適用されるのは初めてとなります。2人の被告は、同州アルバラドにある移民収容施設で地元警察官が銃撃された事件に関与した疑いで他の8人とともに拘束され、殺人未遂と武器関連法に違反した容疑で訴追されていました。起訴状は、両被告がアンティファの「細胞」の一部だったとして、テロ活動全般を支援した罪などが適用されたといいます。当初の訴追状や検察による発表文には、アンティファに関する言及はなく、被告の弁護士は、検察側が政治的な理由でテロ罪を追加したと非難しています。トランプ大統領は2025年9月、アンティファをテロ組織に指定する大統領令に署名、ただ、アンティファには明確な指導部や組織がないため、一部の専門家はテロ組織指定による法的効力には疑問が残ると指摘しています。
- トランプ米政権は、シリアのシャラア暫定大統領に対する「特定グローバルテロリスト」指定を解除しました。シャラア氏はシリア大統領として初めてホワイトハウスを訪れ、トランプ大統領と会談する予定です。トランプ政権は、シャラア氏率いる暫定政府がテロ対策や地域安定化に取り組む姿勢を評価し、シリアの国際社会復帰を後押しする構えだといいます。シャラア氏は2011年以降のシリア内戦で、国際テロ組織アルカイダ系「ヌスラ戦線」を率い、2017年にヌスラ戦線を中核とする「シリア解放機構」(HTS)を結成、2024年12月にアサド前政権を打倒、2025年1月に暫定大統領に就任して以降は「イスラム過激派」とのイメージの払拭を進めてきました。2025年9月には米ニューヨークでの国連総会で演説し、シリアの国際社会復帰や再建への支援を訴えています。トランプ大統領は5月、訪問先のサウジアラビアでシャラア氏と会談、シリアへの制裁解除を進めることを表明し、同国への関与強化を鮮明にしています。
- 英政府は、シリア暫定政府を主導する過激派「シリア解放機構(HTS)」のテロ組織指定を解除すると発表しています。シリアのアサド旧政権崩壊を受け、英政府が進める暫定政府との外交関係再構築の一環で、内戦で荒廃したシリアの国土再建を後押しする狙いもあるとされます。英政府によると、トランプ米政権が2025年7月、HTSの外国テロ組織指定の解除を公表したことを受けた措置で、暫定政府が国内の安定化に向け責任ある行動を取るよう引き続き迫っていくと表明しています。英政府は2017年にHTSをテロ組織に指定していました。
- アフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権の軍部隊は、国境地帯でパキスタン側に攻撃、パキスタン軍が応戦し、アフガン側の兵士多数を殺害したとしています。タリバン暫定政権の国防省は、パキスタンが領空侵犯し首都カブール上空に侵入、アフガン東部を爆撃したと非難する声明を発表しています。アフガンメディアやパキスタン治安当局筋によると、アフガンの部隊は東部ナンガルハル州やクナール州などのほか、南部ヘルマンド州の国境地帯でもパキスタン側に攻撃、パキスタン側は、アフガンの部隊が多くの場所で退却したとしています。タリバン暫定政権は2024年12月にも、パキスタン軍によるアフガン東部への空爆に対する報復としてパキスタンの複数地点を攻撃しています。なお1週間後、タリバン暫定政権とパキスタンは、国境地帯での軍事衝突を巡り、カタールの首都ドーハで協議を行い、即時停戦に合意しています。ただ、直近ではパキスタンのハワジャ国防相は、アフガニスタン国境地帯の武力衝突を受けたタリバン暫定政権との協議を停止したと述べています。既に合意した停戦は維持するが「アフガンから攻撃があれば対応する」と警告しています。10月の衝突後、トルコとカタールの仲介による3回目の協議がトルコで開かれていましが、ハワジャ氏は「完全に行き詰まった」と表明、タリバン暫定政権には合意文書に署名する用意がなかったと説明しました。11月に入ってもアフガン南部の国境地帯で短時間の交戦があり、双方が相手の責任を主張、2021年8月のタリバン復権以来最悪とされるほど両国の緊張は高まっています。
- メキシコのシェインバウム大統領が公道でセクハラ被害に遭い、無防備な警護がメキシコ国内でも議論を巻き起こしています。支持者との近い距離を保つために身辺警備を最小限に抑えてきたものの、政治家の暗殺が相次ぐメキシコでは致命的なリスクとなりかねませんが、日本の政治家も同様のリスクを抱えていることをあらためて認識する必要があります。メキシコでは大統領が出席するイベントでも、聴衆は入り口で所持品のチェックを受けないことが多く、シェインバウム氏は支持者向けの演説が終わると気さくに多くの人と抱き合い、会話を交わし、身辺警護の担当者が触れ合いを制止することはほとんどないのが実態です。さらに、シェインバウム氏は簡素なセダンの助手席に座って移動することも多く、メディアに求められれば窓を開けて至近距離で質問に答えるほか、かつてあった大統領専用機は前大統領が海外に売却しており、空路で移動する際は民間機を利用しているといいます。メキシコでは11月1日の「死者の日」のイベント中にカルロス・マンソ市長が暗殺される事件が起きたばかりで、このときも連邦政府から派遣された警護担当者が周囲にいたにもかかわらず、薬物中毒者で麻薬カルテルとの関係を疑われる若者に至近距離から狙撃を許してしまいました。(以前に比べれば改善されているとはいえ)日本の政治家に対する要人警護のあり方を巡って、他山の石とすべきと思います。
- フランス政府は、ルコルニュ首相が中国発衣料品ネット通販「SHEIN」のウェブサイト停止を指示したと発表しています(最終的にはサイト停止措置は、今後も監視を続けるとして見送られました)。検察がサイトのラブドール販売について児童ポルノの疑いで捜査を始め、さらに武器の販売も判明したためです。違法な疑いのある販売が相次ぐ事態を重くみて是正を促すとしています。「事態は一線を越えた。ファストファッションではなくファスト犯罪だ」と中道右派の共和党のベルモレルマルケス議員は議会で、シーインを検察に通報したと述べています。同議員が問題視するのはシーインのサイトで売られている「ゾンビナイフ」と呼ばれる両刃の刃物や、拳にはめて殴打の威力を強めるメリケンサックで、どちらもフランスでは「カテゴリーA」と呼ばれる分類の武器で、特別の許可がない限り購入や所有が禁止されており、同カテゴリーには大量に連続発砲できる銃や、大砲や地雷のような戦争で使用する武器も含まれています。仏政府はEUの執行機関である欧州委員会に対して、シーインの調査も要請したといいます。欧州委員会はシーインについて「デジタルサービス法(DSA)」に基づき、海賊版の商品など違法商品の販売対策について調べており、少額の輸入品への手数料も検討するなど締め付けを強めています。加盟国レベルでも同社への規制が強化されれば、欧州での事業展開はさらに難しくなる恐れがあります。
(5)犯罪インフラを巡る動向
空き家の犯罪インフラ化の事例が相次いでいます。賃貸物件の空室を特殊詐欺の被害金を受け取る拠点として使っていたグループを警視庁が摘発しています。不動産業の男が業界向けの検索サイトから空室と合鍵の情報を入手し、詐欺グループに提供していたとされます。賃貸物件の空室は全国に約394万戸あり、悪用が広がれば詐欺や薬物犯罪を助長しかねません。警視庁特別捜査課などは、住吉会傘下組織幹部ら2人を詐欺容疑で逮捕しています。逮捕容疑は2024年7月、「セキュリティ協会の職員」を名乗って静岡県の60代男性に「あなたの携帯電話が原因でウイルス感染の被害があった」と電話でうそを言い、保険料などの名目で現金300万円をだまし取った疑いがもたれています。この特殊詐欺グループは現金を東京都練馬区の賃貸アパートへ宅配便で送るよう被害者に指示、指定された一室は空き部屋で、玄関前への「置き配」で届いた荷物を周辺で待機していた「受け子」が受け取っていたほか、受け子が空室の合鍵を入手して部屋に入り、住人を装っていたケースもあったといます。背景には不動産業の男による協力がありました。不動産業界では賃貸物件の空室情報を集約し、検索できるサイトを複数の事業者が運営しており、利用する各社には空き物件を顧客へ迅速に紹介するうえでメリットがあり、一部のサイトは内見用の合鍵が保管されている場所も閲覧可能です。不動産業の男は詐欺グループから報酬を受け取り、空室の内見予約をしたうえ物件や合鍵の情報を提供したとされます。男は別の事件を巡り詐欺未遂ほう助の罪で起訴されています。こうした「内部の者」が犯罪組織の活動をほう助する事例が体感的に増えており、業務上のけん制や意識の向上などの取組が不動産業界には求められているといえます。報道によれば、送付先として空室が悪用された特殊詐欺事件は警視庁管内だけでも2024年に約300件(被害額計約30億円)確認されたといいます。被害金を人目のつきにくい空室で受け取り、捜査機関による追跡を逃れる狙いがあるとみられますが、やはりその事例の数の多さが懸念されるところです。そもそも人口減少もあり賃貸物件の空室は増えており、総務省が5年ごとに実施している調査によると、共同住宅の「賃貸用の空き家」は2023年に約394万戸で、前回調査(2018年実施)から約17万戸増え、同様の統計がある1998年以降で最多となっています。空室の悪用はほかの犯罪でもみられ、過去には偽造免許証を使って申し込んだクレジットカードの受け取りや、違法薬物の配送・回収が空室で繰り返されており、「犯罪インフラとして利用されないための対策が必要だ」(警察幹部)と指摘されるところ、筆者も全く同感です。なお、検索サイトの運営に宅地建物取引業の免許は必ずしも必要ではなく、合鍵の情報を掲載していないサイトが多いとみられますが、不正対策にはばらつきがあるのが現状です。また、直近では、大麻を違法に大量栽培したとして、容疑者が摘発される事件が茨城県内でも増えているとの報道もありました。民家やアパートの一室を「栽培工場」とし、営利目的に育てるケースがほとんどで、不法滞在者の関与も多いといいます。茨城県内には空き家が多く、安い物件を借りやすい状況にあることも背景にあるとみられています。茨城県警は不動産会社に十分審査して貸すよう促し、住民にも不審な建物を見かけたら通報するよう呼びかけています。そもそも大麻栽培事件の摘発者数は全国的に増加傾向にあります。茨城県警が2025年、大麻栽培で摘発した事件は10月22日までに13件に上り、2024年の1年間は4件、2023年は1件だけだったといい、県警幹部は「急増しており、対応が追いつかないのが実情」と指摘している点に驚かされます。最近特に目立つのが、在留資格のない外国人が絡むケースといい、大麻が栽培されていた住宅はいずれも、別名義で同じ県内の不動産会社から借りられていたといい、茨城県警は組織的な犯行とみて、指示役らの摘発を目指す「突き上げ捜査」を進めており、実際には、資材調達や栽培方法の教育係など別の共犯もいるとみられています。一方、不動産業界に対しても取組の強化を要請しており、「起業するため」「社員寮にするため」と虚偽の説明をして借りようとするケースもあり、身分を確認するなど厳密に審査をすることが求められています。大麻栽培を知りながら家賃収入を得た場合は、組織犯罪処罰法違反に問われる可能性もあります。なお、大麻栽培で使用されている建物は雨戸が閉め切ったままだったり、エアコンの室外機が常に動いたりしている、特有青臭いにおいがするなどの特徴があり、県警は「不審な建物を発見した際は警察に通報してほしい」としています。参考までに、千葉県警のサイトで「身近な場所が大麻の栽培工場になっています」としてその特徴が掲載されていますので、参考までに紹介します。
▼ 千葉県警 身近な場所が大麻の栽培工場になっています
- 近年、大麻事犯の検挙人員は急増しており、住宅街の一戸建てやマンションの一室に大麻栽培用の設備を持込み、不正に大麻栽培を行なっている事件の摘発が相次いでいます。大麻は、覚醒剤のような化学合成品とは違い、高度な設備や専門知識がなくても生産できることから、私たちの身近な場所が大麻栽培工場として利用され、違法薬物の供給源となっています。
- こんな場所に要注意
- 大麻草特有の臭い
- 大麻草は、特有の強い臭気を持っています。家屋内で大麻栽培が行われていれば玄関の隙間や家屋の換気口などから大麻特有の青臭い・甘い臭いが外に漏れるため、建物の近くを通ると強い臭いがします。
- 目張り
- 大麻栽培工場では、室内に大量の電灯を設置して光量を調節しながら大麻草を育成させています。この光量調節のために外の光を遮断して暗闇を作る必要があるので、いつも雨戸や遮光カーテンなどを閉めて窓に目張りがされています。
- 目張りには外の光の差し込みや大麻特有の臭いの漏れを防ぐ役割りもあります。
- 電気・水道の使用
- 大麻栽培では、大量の電灯を使用して大麻草の育成を早めたり、エアコンで室温を調節するために大量の電気を使用します。そのため人が生活している様子がないのに【電気メーターが早く回っている】【常にエアコンの室外機が回っている】などの特徴があります。
- 人の出入り
- 大麻草の育成に必要な作業をするため、【深夜などに人が短時間立ち寄る】【大量の土、肥料、電気設備、植木鉢、ダクトなどを運び込む】【収穫した大麻を段ボールやゴミ袋に詰めて持ち出す】といった特徴があります。
- 大麻草特有の臭い
- 大麻栽培工場には、犯人らが頻繁に出入りし、室内で大麻を吸煙することもあります。大麻の薬理作用で興奮状態になり、周りの人々に対して危害を加える可能性もあるほか、薬物取引に関係するトラブルの発生、電気メーターからの出火などの事件事故を引き起こす危険性があります。もし、大麻栽培の可能性があると感じた家や部屋がありましたら、迷わず警察まで情報をお寄せください。
本コラムで以前から取り上げていますが、寺や神社に住職や宮司がおらず、「休眠」した宗教法人(休眠宗教法人、不活動宗教法人)を減らそうと、国が対応を急いでいます。税制面で優遇される宗教法人は放っておくと犯罪に利用される恐れがあります。法人格の売買をはじめ、税制上の優遇を受けられる宗教法人が銀行口座を悪用したマネロンなどに使われる恐れがあるほか、これまでにも宗教活動とは関係ない事業収入や不動産売却益を脱税した事件が起きています。全国の法人18万のうち休眠は5千に上ります(2024年12月現在で全国にある宗教法人のうち5019が「休眠」し、2023年より588増えています)。不活動だと判断するには、文化庁が2023年3月に示した基準があり、法人を所管する各都道府県に毎年の提出が必要な財産目録や役員名簿といった書類が届かず、督促をしても法人側と連絡を取れない場合が当てはまりますが、今後、人口が減るなか、可能な時になるべく整理する必要があるといえます。また、管理者不在で荒廃が進み、肝試し目的の不法侵入が絶えなくなるなど、「無住寺」は全国に1万7千カ所以上との指摘もあり、全国的な課題となっています。さらに、管理者不在を狙った文化財盗の事件は各地で発生しています。本来は地域コミュニティーを支える場であったはずが、逆に住民生活のリスク要因(犯罪インフラ化の恐れ)となってしまっている実態があります。
大阪市内にある五つの築古のビルやマンションに、コロナ禍後の3年間で中国系法人計677社が本店として法人登記をしていることが分かりました。2025年10月24日付読売新聞によれば、外国人経営者向けの在留資格「経営・管理ビザ」を取得するために登記された疑いがあると指摘しています。主に来日前の代表の住所が中国にある法人を中国系法人とし、2022年から2025年9月中旬までに5棟に登記していたのは計677社で、5棟はいずれも築30年以上で、部屋数はほとんどが数十室、資本金の額は、677社のうち666社(98・4%)が「500万円」で、2025年10月16日に経営・管理ビザの取得要件が厳格化される前に必要とされていた資本金と同額、さらに事業の目的に「特区民泊の運営」を掲げるのは641社、中国にいる代表のうち、3年間で583人が日本に住所を移していたという共通項がありました。中国の経済状況の悪化などで日本を移住先に選ぶ人が増え、経営・管理ビザで在留する中国人は2024年に過去最多となりました。ビザの取得要件は、移住目的の会社設立が目立つとして厳格化され、資本金が500万円以上から3000万円以上に引き上げられ、1人以上の常勤職員の雇用が必須とされたほか、経歴や学歴、日本語能力の要件が追加されています。大半がペーパーカンパニーと疑われ、日本に移り住むための足がかりになっている可能性があり、背後にはブローカーが介在した『移民ビジネス』の存在があると考えられますが、犯罪組織の隠れ蓑として悪用されることも十分考えられることから、(現時点ではペーパーカンパニーというだけですが)今後の動向を注視していく必要があります。
不正に入手したクレジットカード情報でポケモンカードを購入し、バーチャルオフィスに送付したなどとして、警視庁は、自称物販業の容疑者を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)などの疑いで逮捕しています。容疑者は不正購入したポケカなどの送り先を、偽名で契約した東京都内4カ所のバーチャルオフィスに指定、その後、ビジネスホテルに転送させ、偽名で宿泊するなどして受け取っていたとされます。また、容疑者は何らかの手段で他人のクレカ情報を手に入れた後、利用限度額や緊急時の連絡先などを名義人に無断で変えていたといいます。犯罪収益対策課は、2024年3月~2025年9月、転売目的でポケカなど計約5千万円分の買い物をしていたとみています。一般的にバーチャルオフィスは、登記地として住所を貸し、郵便物の受け取り・転送などのサービスもあるなど、個人起業家やスタートアップ企業などが、本社を都心の一等地に構えることができるため、対外的な信用や知名度アップに効果があるといいます。複数のバーチャルオフィスを使い回すことで、足がつくのを避ける意図が考えられ、空き室同様、バーチャルオフィスの「犯罪インフラ化」に注意が必要です。
携帯大手「楽天モバイル」のシステムに不正に接続して通信回線を契約したとして、兵庫県警は、当時中学3年だった無職少年(16)と無職の男(21)を不正アクセス禁止法違反容疑などで逮捕しています。報道によれば、2人は2024年5月、他人の楽天のIDとパスワードでシステムにログインし、楽天モバイルの通信に必要な「eSIM」の計10回線を契約した疑いがもたれています。2人はSNS上で知り合い、少年が入手した回線を21歳の男が1件約1000円で売却、少年は「俺の知識で金もうけがしたかった」と供述しているといいます。兵庫県警は、少年が楽天以外のものを含めて他人のIDとPWを約150万件保有していることを確認、少年は逮捕前の任意聴取に「海外のサイトで約50ドルで購入した」と説明、IDなどを機械的に入力して回線契約まで行う特殊なプログラムを使ったといます。
携帯電話の「SIMカード」を不正に契約したとして、警視庁特別捜査課などは、詐欺の疑いで、会社員の被告と職業不詳の被告=いずれも詐欺罪などで起訴=を再逮捕し、会社員の容疑者を新たに逮捕しています。2人の容疑者は特殊詐欺グループなどに他人名義のSIMカードを供給する「道具屋」で、1人は主犯格、もう1人は名義を貸して不正契約を行う「購入役」とみられ、これまでに関係先などからSIMカードなど約200枚を押収しています。容疑者らは複数のブローカーを介し、「副業セミナー」などの名目で購入役を募集していたとみられます。また、「SIMカード」をだまし取ったとして、警視庁国際犯罪対策課は、詐欺の疑いで、いずれもベトナム国籍の2人の容疑者を逮捕しています。何者かと共謀し、2025年2~6月、3回にわたって「不審な客には売りません」などと偽って、通信サービス会社からSIMカード370枚をだまし取ったとしています。容疑者は通信会社から回線を借りて格安料金でサービスを提供する仮想移動体通信事業者(MVNO)の会社を経営、2020年10月~2025年7月の約5年間で、約6万6000枚のSIMカードを不正に購入し、SNSなどで「契約、書面不要」などとうたって主に在日ベトナム人に売却し、6000万円ほど利益を上げていたとみられ、少なくとも70回線が特殊詐欺に悪用され、被害額は約5000万円に上るとみています。
パスワードが盗まれるなどして犯罪に悪用されるケースが後を絶ちませんが、米国立標準技術研究所(NIST)は今夏、パスワード認証の指針を約3年ぶりに更新、記号や数字を組み合わせる設定や、ペットの名前などを尋ねる秘密の質問での本人確認を「推奨しない」と改めています。攻撃側の技術進化によって効力が薄れているためで、企業はパスワード設定を再考する必要性に迫られているといえます(旧来のPWのあり方自体、犯罪インフラ化する可能性があるともえます)。NISTのガイドラインは法的拘束力はないものの、業界標準として認識されており、今回更新されたNIST指針では、例えばパスワードの文字数については原則「最低15文字」とするよう求めています。短いと、様々な文字列を試すブルートフォース(総当たり)攻撃で突破されるためで、さらに数字や記号、大文字などの異なる文字タイプの混在や、ペットの名前などの秘密の質問について「求めてはならない」と否定しています。NISTによれば、多くの人は複雑な組み合わせを求められると「Password1!」といった推測されやすい文字列を選びがちで、秘密の質問も答えを使い回す傾向が強く、効果が薄いためです。ネットサービス企業に利用を推奨するのは、特定の文字列を使えなくする「ブロックリスト」の導入で、よく使われる「password」や「1234」、自社のサービス名、過去に漏洩した文字列を定めておき、ユーザーがこうした文字列を設定しようとすると拒否する仕組みが効果的としています。NISTはパスワードの定期変更についても、漏洩が確認された時以外には「要求してはならない」と否定、こちらも使い回しや推測されやすい設定を防ぐためだといいます。NISTが指針を見直したのは、パスワードを突破する手法が進化したためです。攻撃者は過去に企業から漏洩したIDとパスワードのリストを闇サイトで入手し、専用ソフトを使って認証画面を突破してきます。さらに近年は、侵入した端末の保存情報を使用者に気付かれないように奪う「インフォスティーラー」というマルウエア(悪意のあるプログラム)も横行、その結果としてIDとPWをブラウザー(ウェブ閲覧ソフト)に保存すると漏洩リスクは高まることになります。そもそもPWのみの1要素での認証はリスクが高く、「ワンタイムパスワード」や、生体認証などを組み合わせることで安全性が高まることになります。相次ぐ証券口座の乗っ取り被害を受けて、金融庁は新たな認証技術「パスキー」の導入を業界に求めていますが、認証の要素を増やせば安全性が高まる半面、利便性は落ちて費用もかかることになります。この二律背反はIT業界にとっての永遠の課題ですが、そのバランスは技術の進化によって変遷するものでもあり、自社サービスの特性を踏まえた柔軟な設定が求められています。
日本の屋内・敷地内に設置され、インターネットにつながった「ネットワークカメラ」のライブ映像約500件が海外のサイトに公開され、誰でも見られる状態になっていることが読売新聞と情報セキュリティ会社「トレンドマイクロ」の調査でわかったと報じられています(2025年11月4日付読売新聞)。屋内の映像は保育園や食品工場など90件で、設置場所・状況を確認できた屋内のカメラの大半は、防犯・見守りや安全管理を目的に導入されたもので、無断でサイトに公開されていたといいます。海外で運営されている7サイトが確認され、7サイトの映像数は少なくとも計約2万7000件あり、日本に分類された映像は計約1340件に上っています。問題が発覚したカメラでは「パスワード認証が未設定」「映像の公開範囲を誤って設定」といった不備が確認されました。カメラの映像を外部から見るには、各カメラに割り当てられた固有のIPアドレス(インターネット上の住所)が必要となりますが、何者かが特別なプログラムを使い、脆弱なカメラのIPアドレスを収集・公開している可能性が考えられています。いずれにせよ、単なる好奇心にとどまらず、性犯罪やフードディフェンス対策上でも「(警備の)穴を探して不法侵入され、毒物を混入される」など犯罪に悪用される恐れがある「犯罪インフラ化」が懸念される実態です。
アサヒグループホールディングス(GHD)にランサムウェア(身代金要求型ウイルス)攻撃を仕掛けた犯罪集団「Qilin(キリン)」は、2025年に入って攻撃対象とした組織数は700を超え、他のサイバー攻撃集団に比べて突出しています。Qilinが攻撃対象とした組織を分析すると、製造業や医療、テクノロジー、金融など業種は多岐にわたっており、中には政府機関も含まれています。Qilinは「ランサムウエア・アズ・ア・サービス(RaaS)」と呼ばれ、ランサムウェア自体や攻撃のノウハウを第三者に「サービス」として提供する存在でもあります。RaaSを利用すれば、高度な専門知識がなくても攻撃を仕掛けることが可能になります。かつてはウイルス開発者が自ら攻撃も実行するケースが多かったところ、近年は開発者と実行者が分業し、身代金を分け合う「ビジネスモデル」が主流になっています。RaaSの登場でランサムウェア攻撃の頻度が増え、(開発者や実行者にとっての)「収益性」も高まっているという構図が企業の被害急増に直結しています。なお、Qilinが犯行声明を出した理由としては、「アサヒから金銭を奪えず、機密情報の公開というさらなる脅迫に移った可能性が高い」と考えられますが、さらに、より確実に企業に金銭を支払わせようと、三重、四重に脅迫する手口もあり、大量のデータを送り付けてサーバーに負荷をかける「DDoS(ディードス)攻撃」を繰り返したり、被害企業の取引先や顧客まで脅したりと悪質性が増している実態があります。ただし、ハッカーに金銭を支払ってもデータを取り戻せる保証はなく、「原則支払うべきではない」というのが筆者の見解です。支払われた金銭が次の攻撃の原資となり、サイバー犯罪がさらに増加する懸念もあります。攻撃者集団が米財務省外国資産管理局(OFAC)の制裁対象となっていた場合、身代金の支払いが罰せられる恐れがあります。身代金を払うことで犯罪組織の助長につながるためで、日本でも北朝鮮系の特定ハッカー集団への支払いが外為法違反に問われる可能性があります。一方、一部の海外警察は「この金額なら支払った方がいい」と諭すケースもあり、日本プルーフポイントによると、米国では被害企業の8割が身代金要求に応じ、ドイツでは9割にのぼっているといいます。2024年に欧州子会社がランサムウェア攻撃にさらされた電機大手は、犯行グループから要求された1億円弱を支払ってシステムを復旧させましたが、同社首脳は「緻密に企業規模を分析し、ぎりぎり支払える要求額を決めている」との印象を受けたといいます(なお、攻撃側が標的を特定の企業に定め、事前に財務状況やセキュリティ上の弱点などを徹底調査しています。2025年2月に流出したランサムウェアを使うロシア系とみられるサイバー犯罪組織のチャットでのやり取りを見ると、「彼ら(被害企業)は40万ドルを提示している。財務状況を見るとそれが限界のようだ」など、標的企業の業績などを調べた上で身代金額を検討している様子がうかがわれています)。ただ、支払ってもデータが戻る保証はないのは既に指摘したとおりで、1回の支払いで復旧できたのは4割にとどまるとのデータもあります。また、報道でサイバーセキュリティの法規制に詳しい山岡裕明弁護士は「刑事罰にあたらずとも株主から会社法の善管注意義務違反の責任を問われる可能性はある。慎重に判断するべきだ」と指摘していますが、これもその通りだと思います。
ランサムウェア攻撃の脅威をあらためて理解いただくための数字としては、2025年1~6月の国内被害件数は116件で増加傾向が続き、世界でも2024年に5263件と前年比15%増えているということ、さらに、米民間調査会社の推計では、2025年の世界のランサムウェア被害額は570億ドル(約8兆7000億円)に達する見通しで、2021年の被害額と比べて3倍に拡大するとされていること、攻撃者は土日を狙うこと、米セキュリティ企業のクラウドストライクによると、攻撃者が標的の企業システムに侵入するまでの時間は平均48分、最短で1分以内のケースもあること、異常検知の瞬間、初動の遅れが致命的な被害につながり。一度侵入を許せば1分間に2万5000ものファイルを暗号化されてしまうことなどが挙げられます。これでも「危機感」を覚えない経営者は、その資質が疑われるレベルといってよいと思います。
頻発するサイバー攻撃による被害を未然に防ぐため、政府は「能動的サイバー防御(ACD)」の関連法を2025年5月に成立させ、7月から一部施行していますが対策は万全とはいえません。ACDは、政府がインターネット空間を常時監視し、重要インフラを攻撃される予兆があれば攻撃元のサーバーを特定し、警察や自衛隊が侵入して無害化するものですが、重要インフラに指定された15業種の事業者に対しては、被害を受けた際の政府への報告を義務付けたものの、指定事業者は電力、金融、鉄道など約250社にとどまり、今回被害に遭ったアサヒやアスクルは含まれていません。業種を問わず広がるリスクに対応する必要がある一方、憲法が保障する「通信の秘密」を一部制約しかねず、プライバシーを保護し目的外使用を防ぐ仕組みも求められることになります。高市早苗首相は、「こんなサイバーセキュリティが弱い国と安全保障上の協力はできないという声が聞こえてくる。やらなければいけないことは山ほどある」と述べるなど、対応を急ぐ構えで、所信表明演説でも成長戦略の肝として「危機管理投資」を掲げ、サイバーセキュリティを強化していく考えを示しています。
2025年10月29日付日本経済新聞の記事「サイバー攻撃「まるでトクリュウ」 企業標的、闇サイトで請け負い」では、サイバー攻撃の質的変化について極めて具体的に解説されており、参考になりました。例えば、「きっかけは闇の求人サイトでの応募だった。募集要項には「適切な賃金と労働時間を約束します」とロシア語で書かれていた。匿名チャットアプリのテレグラムで連絡を取ると、ほどなく謎の人物からロシア語のマニュアルが送られてきた。翻訳すると、攻撃対象の情報システムに侵入して機密情報を盗み取り、ランサムウェアを仕掛けるまでの一連の手順が書かれていた。マニュアルに書かれたサポート窓口に連絡すると、さまざまな組織から流出したIDやパスワードを販売するネットの闇市場を紹介された。専門的知識がない自分でも攻撃できると感じるほど、懇切丁寧だった。盗み出す機密情報は個人情報や銀行取引明細書のほか、サイバー保険の契約書が「特に重要」とあった。男性は「(支払い可能な)身代金の要求額を決めるためだろう」と推し量る。報酬は身代金の一部を受け取れるとあった」、「米セキュリティ企業によると、協力者が受け取れる分配率の相場は6~7割。その中でQilinは8割と高い。仮に1億円の身代金が振り込まれた場合、協力者は8000万円の報酬を得る。高い分配率に協力者が群がり、Qilinを最大勢力に押し上げた」とし、警察庁幹部は「カネを目的に匿名で集まる。ランサムウェア集団の実態はまさにトクリュウと同じだ」と話している点は特に印象的です。さらに、「実際に協力者だった男性は誰とも面識はなく、組織の実態について何も知らないという。攻撃実行役である協力者はQilinなどの犯罪集団から業務を受託するフリーランスのような立場だ。ランサムウェアの使用料を犯罪集団に支払って、サイバー攻撃の指南を受けるだけで関係は薄い。それに対して犯罪集団には一定の組織秩序がある。匿名性の高い通信手段で連絡を取り合い、メンバーは離合集散を繰り返す。ネットに流出した組織内のチャットのやりとりを分析すると、構成員らの内情も読み取れる。「私たちの仕事は単調で週5日勤務が標準だ」「休暇申請した件について人事に相談している」まるで企業組織のようにサイバー攻撃を「業務」と認識していた。実際にロシア国内でプログラマー職の一般求人に応募し、IT企業と誤解したままランサムウェア開発に参加していたエンジニアもいる。犯罪に加担しているとの認識は薄く、ビジネスとしてサイバー攻撃に手を染めている実態が浮かび上がる。闇サイト上でカネを媒介に国境を越えて集まる犯罪者組織。末端は逮捕されても組織の中枢が特定されるケースは少ない。社会を混乱に陥れるサイバー攻撃の猛威は収まる気配はない」という実態は、正にサイバー攻撃版トクリュウであり、であればその脅威はなかなか減じることも難しいのではないかと痛感させられました。
アサヒGHDのシステム障害は発生から1カ月以上を経ても受注や出荷、経理などで影響が続き、完全復旧のめどはいまだ立っていません。専門家からは企業がDXを進め、ITシステムを統合する潮流が、影響の広がりや復旧の難しさにつながっている可能性を指摘しています。さらに経理関連データにも障害が生じ、2025年11月中旬予定の2025年1~9月期連結決算発表も延期となるなど、企業へのサイバー攻撃の影響が幅広い分野で長期化しています。統合基幹業務システム(ERP)という、生産や物流、経理など各部門で使っていた別々のシステムを新システムに統合すれば、効率化やコスト削減につながりますが、統合された新システムは大規模で複雑化しやすくなるとされます。専門家はERP導入などで大規模化したシステムは「1カ所で障害が起きると、影響があらゆる分野に波及する」とも指摘、大規模な統合システム構築には外部の複数の社が関わるため、障害が波及すれば復旧にも時間がかかりがちで、完全復旧の状態になるには数カ月から半年ぐらいはかかるとの見方が優勢です。また、アスクルで発生したサイバー攻撃によるシステム障害の影響も広がっており、同社だけでなく、アスクルに物流を委託する「無印良品」や生活雑貨のロフトの通販サイトも停止、企業は近年、物流効率化に向けて共同配送や第三者への委託を増やす場合が多く、こうした点でもサイバー攻撃が重大な経営リスクになっているといえます。アスクルのように顧客企業から在庫管理や倉庫保管、輸送などを引き受ける「3PL(サード・パーティー・ロジスティクス)」の市場は拡大していますが、3PLや物流の企業連携の拡大でサイバー攻撃の影響は広がりやすくなっています。
今後の対応の方向性として認識しておくべきこととしては、まずサイバー攻撃集団はAIを悪用しているという点です。これに対抗して防御面でもAI活用が有効だと考えられます。調査会社MM総研によるとセキュリティ分野で24%の企業がAIを導入し、「準備・検討中」も53%を占めているといいます。もう1つは企業としての腹の括り方です。2025年10月30日付日本経済新聞の記事「」サイバー攻撃「もはや災害」 企業マヒ連鎖、犯人は土日を狙うでは、「攻撃者側は次々と新手の手法を生み出し、サイバー空間の脅威は高まり続けている。それでも日本では対策費用の増加に難色を示す経営層が多いのが現実だ。立命館大学の上原哲太郎教授は「セキュリティ先進企業も攻撃を受けた。『うちは大丈夫』といった甘い考えは捨てるべきだ」と指摘する。「これはもはや災害だ」。過去に攻撃を受けた組織幹部は振り返る。サイバー攻撃は地震や豪雨と同様に誰もが被害を受ける。IT部門の問題ではなく、全社の危機管理は企業経営そのものだ」と指摘していますが、正にその通りだと思います。AI対AIの攻防が繰り広げられるサイバー空間において、攻撃の速度、規模はさらに増すはずであり、攻撃者は今も新たな標的を探しているといえます。防災の備えが企業の生命線となる時代に入ったといえます。
ニューヨーク市は、フェイスブック(FB)とインスタグラムの親会社である米IT大手メタ・プラットフォームズ、グーグル、ユーチューブの親会社の米IT大手アルファベット、スナップチャットの米スナップ、TikTokの中国系親会社の字節跳動(バイトダンス)に対して、子どもたちをSNS中毒に陥れて精神的な健康危機を助長したとして、損害賠償を求める訴えをニューヨークの連邦地裁に起こしています。こうした被告企業が「若者の心理と神経生理を巧みに利用するように」プラットフォームを設計し、利益追求を目的として強迫的に使用させていたと主張しています。ニューヨーク市によればと、市内の高校生のうち77.3%、うち女子生徒の82.1%がテレビ・パソコン・スマホなどを含む「スクリーンタイム」に1日3時間以上を費やしていると回答しており、睡眠不足や慢性的な不登校の一因になっているといいます。
オーストラリア政府は、2025年12月に施行する16歳未満の子どものSNS使用を禁止する法律を巡り、禁止対象に米掲示板「レディット」と動画ライブ配信サービス「キック」を加えたと発表しています。豪州のウェルズ通信相は、「3人にひとりの子どもはSNS上でのいじめを経験している。子どもが子どもらしく過ごし、親に安心してもらいたい」と述べています。新たに加わった2サービスのほか、FB、動画や画像を共有するサービスのTikTok、インスタグラム、スナップチャット、X、会話アプリ「スレッズ」、動画サイト「YouTube」が禁止されます。豪州は2024年11月、子どものSNS利用を禁止する法案を国レベルでは世界で初めて可決、対象は16歳未満で、運営企業が子どもの接続を阻む措置を怠れば最大4950万豪ドル(約49億円)の罰金を科すとし、12月10日に施行されます。暴力や自殺など子供の心身に悪影響を与えるコンテンツや誹謗中傷、いじめから子供を守る狙いがあり、規制の動きは欧州にも拡大しています。一方、対象となったサービスの運営企業は残された1カ月あまりの間に、年齢確認の方法など規制への具体的な対応策を詰めることになります。米メタなどのSNS運営企業は「対象アカウントを一時凍結する」との方針を示しました。法施行が迫り、抵抗していた企業も法律を順守する姿勢に転換しています。メタのほか、動画や画像を共有するサービスのTikTok、スナップチャットの責任者が上院公聴会に出席、一部は政府方針に不満を示しつつ、3社すべてが「法律を順守する」と述べ、規制を受け入れています。企業は12月10日の施行日に対象アカウントを利用できなくして、ユーザーに削除するか一時凍結するかを選ばせるとし、一時凍結した場合、これまでアップロードしたコンテンツやデータは保存され、16歳に達すると再び利用できるようになるといいます。企業はユーザーの自己申告による登録やオンライン上での行動履歴などから年齢を推定し、16歳未満とみなされたアカウントを凍結、各社は年齢確認の方法について、まだ作業中として詳細を明かしていませんが、身分証明書を使わず正確な年齢を確認する技術は確立しておらず、15~16歳を区別するのは特に難しいとされます。
「世界をリードする豪州のSNS禁止法を欧州の私たちは見守り、学ぶことになる」とEUのフォンデアライエン欧州委員長は9月、米ニューヨークの国連総会期間中に豪州主催のイベントで子供のSNS禁止を支持する考えを表明しています。演説でフォンデアライエン氏は、SNSのアルゴリズムは子供を魅了し、中毒状態に陥らせてIT企業に利益をもたらすように設計されていると批判、EUの多くの国が年齢制限を設ける動きを進めているとして、「7人の子供を持つ母であり5人の孫を持つ祖母として、私も同じ意見だ」と述べました。豪州で2024年11月にSNS禁止法が成立して以降、EU加盟国では規制を巡る議論が加速し、フランスやデンマークは子供の利用を禁止する方針を打ち出したほか、EU欧州委員会は豪州のSNS禁止法を参考に、EU内での措置を検討する専門家委員会を設置し、年内に報告をとりまとめるとしています。さらに、こうした流れを後押しする形で、欧州委は10月、米アップルと米グーグル、スナップチャットの4サービスを、利用者保護を義務づけるデジタルサービス法(DSA)違反の疑いで調査すると発表、特にグーグルが提供するユーチューブは、「未成年者に有害なコンテンツが拡散されているという報告がある」と指摘、年齢確認システムの運用状況や、摂食障害などを助長する有害な投稿への未成年者のアクセス防止策に関する情報の提供を求めており、違反と判断されれば、世界売上高の最大6%の制裁金が科される可能性があります。欧州委は2024年、フェイスブックやインスタグラムを運営する米メタを、未成年者が「おすすめ」をたどるうちに依存状態に陥る「ウサギの穴現象」を引き起こしている可能性があるなどとして、DSA違反の疑いで調査しています。一方、各社はSNS禁止を推進する豪州政府や欧州に対し反論を続けており、メタは「政府によるSNS禁止を支持しない」と表明し、EUに対し厳格な年齢確認と保護者の承認に基づく10代のSNS利用継続の検討を求めています。文書では、「禁止措置は保護者の権限を奪い、10代の若者がSNSで世界とつながり、成長し学ぶ機会を見落としている」と強調しています。ユーチューブを運営する米IT大手グーグルの幹部は10月、豪上院委員会でユーチューブは動画投稿サイトでありSNSではないと述べ、禁止対象に当たらないとの立場を示しています。ユーチューブは、法成立当初は教育目的での利用が認められ除外されていましたが、規制当局が2025年7月、有害なコンテンツの存在などを理由に方針転換した経緯があります。
対話型AI「ChatGPT」の安全性に欠陥があったことが自殺の原因になったとして、米国で死亡した4人の遺族が、開発元の米オープンAIを提訴、シェア拡大を優先し、利用者がAIに精神的に依存する事態を助長したと批判しています。訴状によると原告側は、ChatGPTとの長時間のやりとりで自殺方法について助言を受けたり、妄想を強めたりしたことが自殺の原因になったとし、州法に基づいて開発・提供企業としての責任を問い、損害賠償や対策強化を求めています。原告らはオープンAIが安全性よりも自社サービスの普及を優先したと非難、利用拡大のため、ChatGPTの基盤技術「GPT-4o」を利用者に寄り添い、共感を示すように開発したことが、一部の事例で自殺願望を強める事態を招いたと指摘しています。米グーグルなどと利用者の獲得を競い、事前の安全テストが不十分だったとも主張、利用者が自殺した事案のほか、精神疾患が悪化したとする3人も訴訟を起こしています。オープンAIは「極めて痛ましい出来事で、詳細の把握に努めている。今後もメンタルヘルスの専門家と連携を強める」とコメント、未成年者のアカウントを保護者が管理する「ペアレンタルコントロール」を9月に導入したほか、専門家の知見を開発段階から取り入れ、AIがリスクの高い応答をしないよう技術を改良したと説明しています。新しいAIモデルのGPT-5では精神疾患や自傷・自殺、AIへの感情的な依存の3つの領域で、チャットGPTの応答の品質が39~52%改善したと報告、例えば、GPT-5ではユーザーが自殺や自傷を示唆する発言をした場合、チャットGPTが危険をあおることなく、専門機関や信頼できる人への相談を促すといい、また、AI依存や精神疾患を示唆する発言においても、むやみに共感せずに、専門家や友人・家族と話すことを勧めるといいます。オープンAIの推定によると、利用者の0.15%程度(単純計算で約120万人規模)が潜在的な自殺願望などの内容を含む会話をAIとの間でしているといいます。また、精神的に不安定な内容の会話をしていた利用者も0.07%に上ったとしています。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の精神科医、キース・サカタ氏は「精神疾患の治療では患者の考えに反論する必要があるが、AIは過度に迎合しがちだ。孤独感などの症状を悪化させる可能性がある」と指摘、米カリフォルニア大ロースクールサンフランシスコ校のロビン・フェルドマン教授も「チャットボットとのやり取りが増えるほど、社会からの孤立が進み精神疾患からの回復を難しくする」と指摘、「すでに社会とつながりが薄い人が利用すると極めて危険な状態になる」と警鐘を鳴らしています。
AIや生成AI、対話型AIを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
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- 対話型生成AIを「心のケア」に使う人が増えていることについて、毎日新聞で精神科医がAI依存のリスクを指摘しています。「最初はビジネス目的で使っていた人が、次第に心のケア目的で使うようになるケースも多いです。人間は群れで暮らす動物ゆえに、危険や不安な情報を誰かと共有したい本能があると考えられていて、しゃべるだけで楽になることが実験で確認されています。AIとのテキストの往復でも一定のリラックス効果があるのでしょう」、「うまく役立てている人がほとんどですが、妄想を強めるなど症状を悪化させてしまう人もいます。SNSやショート動画と同様、対話型生成AIもユーザーに長時間使ってもらうようにUI(使い勝手)が日々更新されています。また、共感的、悪く言えば「ごますり」的な態度を取るような味付けも施されています。ずっと使ううちに孤独な人の心に入り込み、依存を深める危険が潜んでいます。愚痴を聞いてもらうだけならよいですが、SNSでみられる「エコーチェンバー」(似た価値観や意見の人の情報に囲まれ、自分の意見が正しいと過度に思い込む状況)に陥り、現実にある問題の複雑さを否定し、「これが悪い」「あいつさえいなければうまくいく」といった極論や陰謀論に走るリスクがあります。AIは倫理的な行動を常に取るわけではありません。「抜け道」があるからです。(「ChatGPT」は、ただ「死にたい」と言っても自殺を勧めないし、爆弾の作り方も教えてくれません。倫理的なプログラムが施されているからです。ただ、ユーザーの指示(プロンプト)次第では、会話を重ねるうちに、死ぬことを美化したり、陰謀論などを肯定したりする危険があります。「ジェイルブレーキング」(脱獄)と言われるテクニックで、海外などでは子どもたちの間でその方法がシェアされたりもしているようです、「子どもや、情報処理能力や他者への共感性に課題を抱える人、人間不信やトラウマを抱えている人、境界性パーソナリティー障害の人などは、AIに依存したり悪影響を被ったりするリスクが高いでしょう。心身が不調な人や孤独な人が、AIに依存して悪い考えを増幅させる可能性もあります」、「AIが新たな病気を生むわけではなく、あくまで既存の症状の発症や悪化の原因になりうるという点も付け加えておきます。AIに依存せざるを得なかった、その人の外側の問題に目を向けて解決することも大切です」、「AIを禁止するのは現実的ではありません。利用していることを医師や周囲に隠したりすることでかえって依存のリスクが高まります。リスクを理解するなど、利用する人たちのリテラシーも重要になってきます」といった指摘は大変参考になります。
- 毎日新聞でのZIAIの桜井代表のコメントも参考になります。「商業目的のAIであれば、利用者の満足度やチャットの利用時間などから自動でアルゴリズムを最適化するのが理想かもしれません。仮に、AIが利用者の犯罪願望や希死念慮に迎合すれば、その利用者の満足度は上がるでしょう。しかし、その利用者の人生にとって何がベストかという観点で見ると、不適切な対応が増える可能性が高まります。また、商業目的のAIは長時間利用してもらう、悪く言えば「依存してもらう」ことがビジネスモデルになりますが、私たちの相談チャットは1回当たりの利用時間を最長で30分から1時間程度に限定しています。利用者の依存を防ぎ、AIの倫理観をコントロールするためです。 例えば、会話が200往復すると、AIが利用者の思考に引っ張られ、予期せぬ言動をする可能性が出てきます。利用者には相談チャットとの一時的なやりとりで心や頭を整理してもらい、リアルな世界に戻ってきてもらう。そのバランスを保つ必要があります」、「依存性の高い商業目的のAIは増えつつあります。だからこそ、依存性を下げつつ、質の高い悩み相談ができ、必要があれば適切な支援につなげられるチャットシステムを公的機関が導入する意義も大きいと考えています」というものです。
- ChatGPTやGeminiなど、ユーザーの投げかけに生成AIが答える「AIアシスタント」にニュースについて聞くと、正確性について6割近くの回答に問題があったほか、回答できない場合でも「わかりません」と言わないという結果が、欧州放送連合(EBU)と英BBCが欧米18カ国で行った調査で明らかになっています。「AIアシスタントはニュースの信頼できる情報源とはいえない」と警鐘を鳴らしています。英ロイター・ジャーナリズム研究所が2025年6月に発表した報告書によると、例えば「ローマ教皇は誰?」「NASAの宇宙飛行士が宇宙から戻れないでいる理由は?」「トランプ氏は3期目に挑戦できる?」など、共通の30の質問への回答(2709件)と、各メディアの追加質問への回答(353件)の計3062件について分析したところ、「重大な問題」が少なくとも一つ確認された回答は、全体で45%にのぼり、より軽微なものも含めると、回答の81%に何らかの問題が確認されたといいます。「正確性」に重大な問題があった回答は20%にのぼり、「問題あり」も含めると6割近くになりました。「出典」については、全体の31%で、情報源が一切示されなかったり、全く関係ないリンクが出典とされたりする、重大な問題がありました。公共メディアを出典としながら、実際には別の情報源から引用したり、文章をでっち上げたりする例もみられたといいます。報告書は、AIアシスタントが公共メディアを部分的に引用しつつ、誤った情報を加えたり、勝手に内容を書き換えたりして回答する現状は、公共メディアの信頼性を脅かすものだと指摘、正確性や適切な文脈の提供といった、質の高いジャーナリズムに不可欠な、基本的な基準を満たしていない回答が多く含まれることに懸念を示しています。また、AIアシスタントの回答が、内容が不正確であっても、あたかも正しいかのようなトーンであることが多い点も問題視、事実に基づいた質問に対して、「SF映画と混同しているのではないか」と回答する例もあり、こうしたAIの「過剰に自信に満ちたトーン」について、「優れたジャーナリストならば正確に回答できる限界を説明するところを、AIアシスタントは『わかりません』と答えられず、すべてわかっているかのように回答してしまう」と指摘、誤った情報に基づいて回答を生成し続けるなど、重大な問題につながる一因と分析しています。AIアシスタントの回答について、透明性や説明責任が限定的であることもあげています。EBUのジャン・フィリップ・デ・テンダー副事務局長は、「人々が何を信じればいいかわからなくなれば、結局は何も信頼できなくなり、民主主義を損ないかねない」と訴え、AI企業に改善への行動を求めています。
- 米オープンAIのサム・アルトマンCEOは、ChatGPTで、成人の利用者向けに性的な内容を含むやりとりを解禁すると表明、あわせて年齢確認を強化するとしましたが、AIへの精神的な依存が広がる懸念があります。「大人の利用者を大人として扱う」(アルトマン氏)というオープンAIの原則に沿った判断だといいます。「性的」の定義や具体的な緩和内容については明らかにしていない。子供への悪影響を防ぐ一定の対策が出そろうとして、成人向けには制限を緩和するとしています。アルトマン氏は「深刻な危害のリスクがない成人ユーザーには大きな自由を認めるべきだ」と述べていますが、制限の緩和は成人らの依存リスクを深める可能性が否定できません。
- 和歌山県警田辺署は、田辺市内の30代男性が現金1318万円をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。男性はChatGPTに一連のやりとりを相談し、詐欺被害にあった可能性に気づいたといいます。「千葉県警の警察官」を名乗る者から携帯電話に「あなたの楽天銀行の口座が詐欺集団の受取口座になっている」などと連絡があり、その後、「検察官」を名乗る者からSNSなどで「預金の資金調査を行うので、送金限度額を上げ、こちらが指定する口座で預かる」と言われたといい、男性は2回にわけて指定された口座に計1318万円振り込んだといいます。ただ、2回目の送金先口座が個人名義だったことを不審に思い、ChatGPTに相談、詐欺だと表示されたことから署に通報し、被害届を提出したものです。
国際通貨基金(IMF)のゲオルギエワ専務理事は、AIの急速な発達に対して世界各国は「未来に向けたAIの規制倫理基盤はまだ整っていない」とし、規制や倫理の基盤が不足しているとの認識を示し、その上で、市民団体に対して「自分の国で、現状維持では後れを取ると警鐘を鳴らしてほしい」と促しています。ゲオルギエワ氏は、AIがもたらす急速な技術革新は先進国が主導しており、米国がその大部分を占めていると言及、中国を含めた一部の新興国もAIの開発能力を持っている一方、途上国は大きく遅れを取っており、イノベーション(技術革新)を活用する能力も低いと語っています。このように先進国と発展途上国との間でAI対応への準備度で格差が拡大しており、発展途上国が追い付くことがますます難しくなっていることを「かなり懸念している」と表明。IMFは発展途上国と新興国に対し、成功の第一条件となるデジタルインフラとスキルの拡充に力を入れるように促していると訴えています。また、IMFがインフラ、労働力・技能、技術革新、規制・倫理の4分野で各国がAIに対応する準備状況を評価するための指標「AI準備度指数」を開発したことを紹介しています。
- 米国企業のリストラが相次いでおり、民間統計によると、2025年1~9月の人員削減数は前年同期比5割増の約95万人に拡大、米景気や失業統計はまだ悪化傾向を示していないものの、大企業はAIによる効率化を先取りする形で人員を削減し、「雇用なき成長」に向け動き出しているといえます。目下最大の焦点になっているのはAIであり、チャレンジャーの統計では、AIを直接要因とした企業は全体の4%にとどまるものの、業務効率化を見越した合理化が始まっており、特にAIの代替の影響が大きいと言われるホワイトカラーで削減の動きが目立つとしています。また、コンサル大手のカルチャー・パートナーズ最高戦略責任者のジェシカ・クリーゲル氏は「今回増えている人員削減は景気に関わらず起きている点が異例だ。AIがリストラを正当化する新たな理由になっている」と指摘しています。AIが失業につながる直接的な因果関係はまだ薄いものの、企業は半ば格好の理由として活用し始めている部分があるといえます。Amazonなど人員削減を表明した企業は軒並み株価が上昇、経営陣にとっては好況期のリストラは株式市場に対するアピールに加え、効率化のための経営判断の言い訳としてこれ以上ない好材料となりつつあります。ただ、前のめりな人員削減は顧客や従業員の不信を招き長期的な成長を阻害する可能性もあるとの懸念もあります。
- テキサス大学オースティン校、テキサスA&M大学、パデュー大学による新たな研究によれば、ソーシャルメディア上では人気だが、実際には低品質なコンテンツを与えられた大規模言語モデル(LLM)には、「脳の腐敗」とも呼べるような認知面での劣化が起きるといえると報じられています(2025年11月1日付産経新聞)。ジャンクテキストを与えられたモデルは、AIなりの「脳の腐敗」を経験、推論能力の低下や記憶力の低下といった認知機能の低下が見られ、倫理的な整合性が弱まり、サイコパス的になる傾向も確認されたといいます。「バズる投稿や注目を集めるコンテンツで学習させると、データ量が増えていいと思えるかもしれません。でもそれは推論、倫理観、長文への注意力を蝕んでいくのです」と研究者は警告しています。さらに問題なのは、AI自身がSNS上で膨大なコンテンツを生成しており、その多くがエンゲージメント最適化を目的としている点です。研究チームは、いったん低品質なデータで劣化したモデルは、後から再訓練しても簡単には回復しないことも確認しています。この発見は、ソーシャルプラットフォームと密接に結びついた「Grok」のようなAIシステムにも影響が及ぶ可能性を示唆しており、ユーザー投稿を品質検証なしに学習に使うと、性能や倫理性が損なわれるリスクがあるといいます。そして、「このような「脳の腐敗」が一旦起きると、その後のクリーンなデータで訓練しても完全に元に戻すことはできないのです」との指摘は考えさせられます。
- オーストラリア政府が外部に作成を委託した調査報告書で、架空の学術論文を捏造するなどの欠陥が多数見つかったといいます。作成過程でAIに頼り、事実確認がずさんだったことが原因で、請け負った企業は政府の求めに応じ代金の約2割を返還したといいます。実在しない論文や訴訟の判決文が複数箇所で「引用」され、参考文献リストの1割に当たる14件は虚偽で、これらの誤りは専門家やメディアの指摘で判明したといいます。専門家らは、AIが実在しない情報をあたかも事実のように生成する「ハルシネーション(幻覚)」が起き、それを担当者が見抜けなかったことを問題視しています。
- 広告や報道のために画像や動画を提供する米ゲッティイメージズ社が、画像生成AI「ステーブルディフュージョン」を運営する英国のスタビリティーAI社を相手に起こした訴訟で、英国の裁判所は、ゲッティ側の主張の大半を退ける判決を出しています。ステーブルディフュージョンは、ユーザーがどんな画像を作りたいかを文字入力で命令すれば、短時間で画像を生成するもので、ゲッティは、同社が管理する数百万の画像や関連のメタデータをステーブルディフュージョンが学習したと指摘、スタビリティーAI社がユーザーによる著作物の権利侵害を促したり、それを可能にしたりしているとして、英著作権法上の「二次的侵害」に該当するなどと訴えていました。しかし、裁判所は、ステーブルディフュージョンが著作物をそのまま保存、再生産しているわけではないとして、「二次的侵害」は認められないと判断、「ゲッティ」のウォーターマーク(画像に埋め込まれたロゴ)入りの画像が生成された一部のケースについてのみ、商標権侵害を認定しています。判決は、スタビリティーAI側が「多数の」著作権保護画像をAI学習に使ったことを認めていますが、それでも、学習が英国内で行われた証拠はなく、ゲッティも裁判の過程でこの点を争わなくなったため、裁判所も判断を避けたといいます。
- 米オープンAIの動画生成AI「Sora2」で、既存のアニメキャラクターが登場する動画が作られて拡散したことを受けて、国内17の出版社などは、「著作権侵害を容認しない」などとする共同声明を発表しています。名前を連ねたのは、KADOKAWAや講談社、小学館など出版社17社と、アニメーション製作業界でつくる日本動画協会、日本漫画家協会で、文化的創造と技術革新の恩恵を両立させるために、AIが学習し、生成する両方の段階で権利者に許諾を得ることや、学習データの透明性の担保が基本と主張、そのうえで、創作に携わるすべての人の努力と尊厳を守るために、「著作権侵害に対して法的・倫理的観点から適切に行動します」としています。集英社や東映アニメーションなど国内のコンテンツ企業らでつくる一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)も、オープンAIに対し、会員企業のコンテンツを無断でAIに学習させないよう求める要望書を提出したと発表しています。
- AIの専門家や著名人らが、人類の頭脳を上回る「超知能」を持つAIの開発を禁止するよう訴える書簡に署名しています。歴史学者で世界的ベストセラー作家のユヴァル・ノア・ハラリ氏や、「AIのゴッドファーザー」と呼ばれ、2024年ノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン氏らが名を連ねています。書簡は、AIの危険性について問題提起する米NGO「フューチャー・オブ・ライフ・インスティテュート」が発表、「安全かつ制御可能な方法で行われるという科学的な意見の一致と、国民からの強い支持が得られるまで、超知能の開発の禁止を求める」ことなどを盛り込んでいます。ハラリ氏は「超知能は人類文明のシステムを破壊する可能性がある。全く必要ない」とのコメントを寄せています。署名したのは、一般の人を含め2万2000人超に上り、米国の第1次トランプ政権で大統領首席戦略官を務めたスティーブ・バノン氏や、英国のヘンリー王子と妻メーガン妃らも含まれています。大手AI企業は、人間の認知能力をはるかに上回る超知能の実現を目指して開発を進めており、米オープンAIのサム・アルトマンCEOは2025年9月、2030年頃までに超知能が誕生する可能性に言及しています。ただ、超知能の登場により、人間の尊厳の喪失や安全保障上のリスクなどを招きかねないと指摘されており、歯止めのない開発を懸念する声が強まっています。
(6)誹謗中傷/偽情報・誤情報等を巡る動向
インターネット上で中傷投稿などをした発信者を特定する新たな裁判手続きの申し立てが急増し、導入3年目の2024年は前年比1.7倍の6700件超に達したといいます。従来の手続きより申請にかかる負担が軽く、有力な対抗手段として定着する一方、事業者側の対応が追いつかず開示に時間を要するケースも出始めているといいます。本コラムでも取り上げてきましたが、新たな手続きは2022年10月施行の改正プロバイダー責任制限法(現情報流通プラットフォーム対処法)で導入され、従来は(1)SNS事業者などサイト運営企業に投稿の発信者のIPアドレスなど通信記録の開示を請求する仮処分を裁判所に申し立て(2)その結果をもとに、プロバイダーに対し発信者の氏名や住所などの開示を求める裁判を起こすという2段階の手続きが必要でしたが、新たな手続きはこれを1回で済ませられるようにしたもので、裁判所が事業者に対し、投稿者に関する情報を消さないよう命令もできます。ただ、従来手続きに比べて裁判所が出す結論の法的拘束力は弱く、ネット上の中傷対策などに詳しい山岡裕明弁護士は「手間や費用面の負担が軽減され、専門家に頼まず個人でも請求しやすくなった側面がある」指摘しています。
ネット上の中傷やプライバシーの侵害は後を絶たず、総務省が運営委託する「違法・有害情報相談センター」によると、2024年度の相談件数は6403件で、10年前の3400件から9割増え、そのうち、被害を受けたと訴える場はSNSが2288件と最も多く、「ブログ・個人のホームページ」(1116件)が続きました。一方、申立件数の増加に伴って対応する事業者側の負担は増しています。プロバイダーは提示されたIPアドレスから発信者を割り出し、請求に応じていいか発信者に書面などで確認していますが、日本インターネットプロバイダー協会は「アナログで対応している部分が多く、人手が足りず費用面も苦しい」と話しています。また、新たな手続きは法的拘束力が弱いため一部のSNS事業者がIPアドレスの提出を拒むケースもあり、相対的に強制力の強い従来手続きへ回帰する動きも出始めているといいます。発信者情報開示請求を多く手掛ける中沢佑一弁護士は「特に対応が追いついていない事業者はより優先度の高い請求から順番に対応している傾向があり、強制執行力を働かせやすい従来の制度のほうが早く開示されるケースが目立つ」と指摘しています。
インターネット上での中傷に歯止めがかからない中、政府は運営事業者側にも厳格な対応を求め始めており、2025年4月に施行された情報流通プラットフォーム対処法では大規模なSNS事業者などに被害申告の窓口整備や削除基準の明示を義務付け、投稿の削除申請があった場合、7日以内に対応を決めて申請者に通知する必要があり、これまでYouTubeやX、フェイスブック、インスタグラム、TikTok、縦型ショート動画「LINE VOOM(ラインブーム)」などが対象に指定され、LINEヤフーやXなどは日本国内での削除対応の強化などを公表しています。ネット上の中傷対策に詳しい保坂理枝弁護士は「名誉を毀損された事案では投稿が削除されれば、発信者を特定する必要はないと考えるケースも一定数ある」と発信者情報開示に代わる有力な対抗手段になるとみており、「中傷投稿に悩む被害者のニーズに合わせた対策を充実させることが重要だ」と指摘していますが、正にその通りだと思います。
侮辱罪を厳罰化した改正刑法の施行から3年が経ち、法務省は、有識者会議を設置して運用状況の検証を進めています。これに合わせ、同省は施行後の2022年7月から2025年6月までに確定した有罪事例173件を公表、被害者の間では、厳罰化に一定の評価がある一方、「依然として誹謗中傷は絶えない」などと不満の声も漏れています。法務省によれば、厳罰化で導入された罰金刑が科された割合は、インターネットに関連する事案で82%、関連しない事案で47%、SNSに被害者の写真を添えて「見た目からしてバケモノかよ」と投稿した事例は罰金30万円、電車内で「若ハゲ、お前人生終わってんな」とののしった事例は罰金10万円が、それぞれ科されています。侮辱罪は他人を公然と侮辱した場合に成立、以前は「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」だった法定刑が、法改正で「1年以下の懲役・禁錮(現・拘禁刑)または30万円以下の罰金」に強化されました。法務省は今後、有識者会議の議論を踏まえ、制度見直しの要否を判断する方針としています。
誹謗中傷を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- プロ野球ソフトバンクの上沢直之投手が、Xに「くたばれ」と中傷投稿したアカウントの発信者情報開示を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、投稿は人格否定に当たるとして開示を命じています。上沢投手は2024年12月、米大リーグから日本球界に復帰した際、古巣の日本ハムに戻らなかったことで批判を受けたもので、判決によれば、日ハムファンとみられるアカウントのXに同時期「上沢くたばれ」との内容が書き込まれました。訴訟で被告となったプロバイダー側は、投稿は上沢投手に積極的に向けたものでなく、内容は1語のみで「社会通念上、許される限度を超えて名誉感情を侵害したといえるか疑義がある」と主張していました。
- SNS上で人種差別をあおるような投稿をされ、名誉を毀損されたなどとして、在日コリアン3世で会社役員の李さんが、添田詩織・泉南市議に550万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が大阪地裁であり、山本裁判長は、添田市議に慰謝料など55万円の支払いと投稿内容の削除を命じています。弁護団によると、SNS上で不特定多数の差別発言を誘発する「犬笛型ヘイト」の違法性を認めた判決は初めてとみられるといいます。判決によると、添田市議は、李さんが勤務する会社が泉南市と業務委託契約をしていることを問題視、これに関連する形で2024年2月、李さんのいとこの男性が韓国で捏造されたスパイ事件で死刑判決(後に無罪確定)を受けたことや、李さんが朝鮮学校無償化を求める運動にかかわっていたことについてSNS上で言及し、李さんの顔写真も投稿、判決は、一連の投稿が「李さんの社会的信用を低下させ、名誉を毀損する」とし、プライバシー権や肖像権も侵害すると判断、さらに添田市議がSNS上で数万人のフォロワー(閲覧者)を持つ点に着目、相手を差別する言葉を直接使っていなくても「一定の政治的思想などを持つ人による李さんへの攻撃を誘発する危険を含むものと言える」と指摘、一方で「添田市議の投稿は人種差別に当たる」とした李さん側の主張については「個人の親族関係や活動に言及したもの」として認めませんでした。
- 川崎市は人口の約4%、約6万人の外国人住民が住み、2015年から翌年にかけて、市内で在日コリアンの多く住む地域に、「半島に帰れ」「敵国人に対して死ね、殺せというのは当たり前だ」などと大声で訴えるデモが押し寄せました。こうした状況を受けて、外国にルーツを持つ人たちへのヘイトスピーチに全国で初めて刑事罰(罰金刑)を科す「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」は2019年12月の市議会で成立、理念法である国の解消法より踏み込んだ形となりまし。2025年12月で制定から6年になりますが、刑事罰が適用された事例はなく、その前段となる勧告・命令が出たこともないのが実情です。福田市長は「(公共の場所で)条例に明らかに抵触するような言動が行われなくなってきている。明確な成果の一つ」と述べたものの、条例施行後も川崎駅前などでは演説と抗議が交錯する騒然とした光景が繰り返されており、市は外国にルーツのある人への著しい侮辱や排除などの発言をヘイトスピーチ(不当な差別的言動)としています。表現の自由にも配慮し、歴史認識の表明や政治的な主張は原則対象にならないといい、抗議する人たちは「条例に定められたヘイトスピーチをしているかに関わらず、外国人と日本人を対立的にとらえている」と指摘しています。
2025年10月の宮城県知事選で6選を果たした村井知事は、選挙戦を振り返り、「徹底的に誹謗中傷やデマをたたみかけられると、個人では対応できない」と述べ、県として選挙のファクトチェックに取り組む考えを明らかにしています。村井知事は「私のためではなく、今後の国政選挙なども見据えて、県が中立的な立場、第三者としてしっかり調べた上で、問題があるならば、警察にも伝える」と説明、今後、県の顧問弁護士や県警などとも相談し、公職選挙法に抵触する可能性も視野に検討していく意向を示しています。村井氏は、検討する県の組織のイメージを、「第三者的、中立的な立場」と強調していますが、NPO法人FIJ理事長は、「県が設置に関わる限り、業務委託のような形であっても、県の意向が働きやすい。独立性、第三者性は低い」と指摘するほか、専門家は「ファクトチェックは本来、公的機関や政治家がすべきものではない」、「公権力は、ファクトチェックされる対象。チェックする側になって正誤を決めてしまえば、情報操作につながりかねない」などと指摘、また、「誤り」と判定した情報の扱いも「削除したり、発信者に罰則を科したりすれば、表現の自由を危うくする」と懸念を表明しています。
ファクトチェック(FC)については、2025年10月15日付産経新聞の記事「フェイクニュースの見分け方 客観的科学的根拠で判定 日本ファクトチェックセンター」に詳しく解説されていました。FCとは情報の真偽を検証することであり、その過程では客観的、科学的な根拠に基づく判断や公平性、透明性、信頼性などが求められ、真偽不明の情報があふれるネット時代に欠かせないものといえます。日本ファクトチェックセンター(JFC)はこれまで、ネット上の情報など800本以上の検証を行ってきたといい、対象は影響する人の多さ、影響の深刻さ・身近さの3指標から選ばれ、JFCでは判定を「正確」、「(一部に誤りを含むが重要な部分を含む大部分は正しい)、ほぼ正確」、「根拠不明」、「(一部は正しいが重要な部分に誤りや欠落、またはミスリードがある)不正確」、「誤り」の5つに分類し、FCは「客観的に検証可能な事実」のみを対象としています。一方、世界最大のFC団体連合組織、国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)は(1)非党派性と公正性(2)情報源の基準と透明性(3)資金源と組織の透明性(4)検証方法の基準と透明性(5)オープンで誠実な訂正方針の5原則を求めています。欧州ファクトチェック基準ネットワーク(EFCSN)は「可能な限りの1次資料の提示」「安全が脅かされる場合を除き情報源は実名」など、より詳細な規範を定めています。誤情報・偽情報の流布(拡散)が減らないのは、流す人、拡散する人は多いがFCをする人はわずかだからで、今では、AIを使えば、本物と見分けがつきにくい、偽の動画や画像、音声(ディープフェイク)も簡単に作れる状況であり、FCの重要性はますます高まるものと思います。
インターネット上の排外的な誤情報の拡散が原因で、自治体が対応に追われるケースが出ており、福岡県内では外国人が絡む3つの事案が相次いで「騒動」に発展、いずれも自治体側の説明などで沈静化したものの、外国人が標的にされやすい実情が浮き彫りになっており、有識者は「デマの拡散には、公的機関の迅速で明確な火消しが求められる」と指摘しています。け入れる」。福岡県で同時期に起きた3事案は、時間を経てネット上で掘り起こされたのが特徴で、2025年7月の参院選で外国人政策が争点に急浮上し、排外主義が話題となったことが影響した可能性があります。同様の動きは全国でも起き、国際協力機構(JICA)が4市をアフリカ各国の「ホームタウン」に認定した交流強化事業は9月、誤情報の拡散などを契機に撤回に追い込まれました。高市内閣は外国人増加に伴う国民の不安を和らげるため、外国人政策見直しを打ち出しており、こうした社会情勢への影響が注目されるところです。専門家は、 「JICA事業のように『止められる』という成功体験になり、必要な外国人政策がやりにくくなるのは一番悪いパターン。デマは後手に回ると臆測が広がり、収拾がつかなくなる。公的機関が早めに火消しすれば情報を中和できる」と指摘していますが、自治体の対応には難しさが伴いますが、正にその通りだと思います。
2025年10月28日付朝日新聞の記事「災害後のデマ、SNSより閉じた所に落とし穴 記者の急所を突く警告」は大変考えさせられるものでした。具体的には、「たしかに、能登半島地震ではX上で表示回数稼ぎの偽の救助要請が拡散した。消防や役所の業務が妨害された面もあり、これを受けて国の偽・誤情報対策の有識者会議の議論も加速した。しかし、その多くが、被災地の「外」での騒ぎだという感覚も拭えない。能登で取材した範囲では、Xのような開かれたSNSよりも、依然として口コミやLINEなど比較的閉じた手段の影響力が強いと感じた。ある集落で拡散し、同僚が取材した「外国人がマイクロバスで来て窃盗をしている」というデマも、避難所での話が地域のグループLINEでまず広がった。その後、不特定多数が見るSNSに転載されると高速で拡散し、発信元が「誤報」と打ち消した後も、拡散はすぐにはやまなかったのだが。近く、政府の有識者検討会から首都直下地震の被害想定と対策案が出る。デマ対策では、SNS事業者への働きかけだけでなく、身近で閉じたやりとりの落とし穴も強調してほしい。「流言蜚語は秘密という衣を纏って現われる」。関東大震災と朝鮮人虐殺から14年後、こう書いて本質を言い当てたのは、社会学者の清水幾太郎だ。不安で情報に飢えた時、「秘密だけど、本当だったら大変だから、あなたには教えるね」と内緒話を聞いたら、多くの人は、近しい人に話す。事実の整合性を見る目は甘くなり、伝える内容に願望が混じっていく。それは、報道機関の非でもある。「新聞が独自の機能を失って官報化すればするほど、その空隙を埋めるものとして流言蜚語が蔓って来る」。ジャーナリストでもあった清水の一文が、記者の急所を突く」というものです。筆者も東日本大震災の被災地で実際に見聞きしたことでもあり、朝日新聞の指摘する視点は極めて重要だと感じます。
新聞記事を生成AIで要約して作成されたとみられる京都市の行政を巡る誤った情報が、Xの公式サービスとして配信されていたとして、京都市がXの運営会社に削除を要請、市は同日中に削除されたのを確認しています。市によれば、配信は「京都市、単純ミスも処分対象に厳格化 隠蔽懸念の声相次ぐ」との内容で、地元の京都新聞が配信した記事を基に、滋賀県長浜市の施策が京都市の施策として記述されていたといいます。市の削除要請に対し、X側は誤っていたことを認め、謝罪したといいます。
(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産を巡る動向
欧州中央銀行(ECB)は、CBDC「デジタルユーロ」について、法整備が速やかに進めば2027年に試験運用を開始する可能性があると発表しています(ただ、デジタルユーロが銀行預金の流出を招きかねないことや、導入コストの大きさ、プライバシー侵害などが懸念され、法案のプロセスは難航しています)。世界の通貨主権をめぐる競争は、デジタルの領域で激しくなっており、トランプ米政権はCBDCを禁止し、米ドルなど法定通貨に価値が連動する暗号資産である「ステーブルコイン」を通じてドル覇権の強化を推進しています。発行済みのステーブルコインはドル建てがほとんどで、ECBは欧州域内への流入に警戒を強めているところ、ECBは2023年11月から進めてきた技術面などの検討が終了したとして「欧州の通貨主権と経済安全保障を保護する」と主張しています。世界の中銀が参加する国際決済銀行(BIS)はステーブルコインの価値が完全には保証されていないとして、拙速な市場拡大に警鐘を鳴らしています。デジタルユーロは暗号資産と異なり、ECBが保証し、現金と同じ価値を持つもので、個人や企業間の決済、送金での使用を想定、実現すれば、日米欧の主要中銀では初めてのデジタル通貨発行となります。
ECBは当面の重点テーマとして(1)デジタルユーロの技術基盤の開発(2)決済事業者や加盟店とのルールづくり(3)EUの法整備支援を挙げ、ユーロ圏の財務相も2026年半ばまでデジタルユーロを優先政策と位置づけ、制度枠組みの構築を急いでいます。ECBによれば、ユーロ圏で現金が実店舗での決済に占める割合は、金額ベースで2016年の54%から2024年には39%まで低下、ECBのラガルド総裁が「主権」という言葉を使ったのは、キャッシュレス化が進む中でこのまま手をこまねいていると、通貨ユーロや欧州企業が埋没しかねないという危機感があるためです。店での支払いで使われるクレジットカードやデビットカードのサービスを提供するビザやマスターカード、あるいはアプリ決済を手がけるアップルやグーグルなど、大半が米国勢であり、決済で生じる手数料に加え、膨大な購買データも米国に独占されかねません。加えてドル建てのステーブルコインが普及すれば、どのみちユーロの影は薄くなることから、ECBはデジタルユーロを発行するのに加えて、専用のアプリを提供して個人が簡単にやり取りできる仕組みにする予定だといいます。
利便性を高め、ユーロの流通を維持したい狙いがありますが、デジタルユーロが便利になり、皆が銀行から預金を引き下ろしてアプリにお金を移してしまうと、銀行は企業に資金を貸せなくなり、企業の資金繰りが滞り、経済が大きく混乱しかねないリスクがあります。金融業界の懸念は大きく、その意向も踏まえてデジタルユーロについては個人の所有額の上限を3000~4000ユーロ(約52万~70万円)とする方向で議論が進んでおり、また、銀行預金と競合しないよう、アプリに保管していても利息は付かない仕組みにする方針といいます。ECBはリスク分析で2種類のシナリオをまとめており、一つは個人が日常の少額決済などでデジタルユーロを使う場合、3000ユーロの制限なら「銀行の流動性や資金調達に極めて限定的な影響しか与えない」との予測で、金額に換算すると1000億ユーロ規模の流出が生じる可能性はあるものの、キャッシュレス決済などが進んで紙幣の需要が減ると銀行預金は増えやすくなるため、実際の預金流出は結果的に相殺される可能性が高いとの分析です。もう一つは、ドイツやフランスなどユーロ圏のすべての個人が限度額いっぱいまでデジタルユーロを持つ厳しい条件を仮定、ECBは「現実には起こりえない仮説」と位置づけており、金融危機で取り付け騒ぎが生じるリスクを点検、この場合、銀行からの預金流出額は6990億ユーロと、円換算で122兆円規模に膨らむ見通しで、個別の金融機関では、全体の銀行総資産の0.3%に相当する13行で流動性を十分に確保できなくなる恐れがあるものの、主要行では「重大な影響が及ぶ可能性は低い」と指摘しています。ただ、この水準は英中銀イングランド銀行で議論されている「デジタルポンド」の保有上限額1万~2万ポンド(約200万~400万円)などと比べると相当低く、法人向け口座の上限が引き上げられる可能性はあるものの、いずれにせよ金融業界の意向を尊重しすぎるとデジタルユーロの魅力が薄れるというジレンマがあります。
また、欧州ではファシズムや社会主義時代の監視社会の記憶が強く残ることもあり、「デジタル通貨は発行元に取引をすべて把握され、プライバシーが守られないのではないか」との懸念も根強いといいます。なお、CBDCはジャマイカやナイジェリアなどの新興国が導入しており、先進国ではECBが意欲を示しており、現金志向が根強いドイツもメルツ政権が前向きで、日本は政府・日銀が「デジタル円」の制度設計の準備を進めている状況です。日銀の植田総裁はデジタル円の発行は「国民的な議論を経て決まるべきもの」としており、技術面の検証を進めつつ、国会を通じた立法措置の議論を待つ姿勢です。ECBのように制度設計の詳細な議論には入っていないものの、発行の機運が高まった場合に迅速に対応する必要がある構図は同様です。
フィンテック企業のJPYCが、国内で初めて、日本円と価値が連動するデジタル通貨「ステーブルコイン」の発行を始めました。「1JPYC=1円」の価値を保ち、送金や決済が手軽にできるもので、今後3年で10兆円分の発行を目指すとしています。JPYCは2025年8月、金融庁から発行に必要な業者登録を得ています。ステーブルコインは従来、暗号資産の一種とされてきましたが、日本では2023年6月に法的に「電子決済手段」と位置づけられています。特徴は、価値の安定性を高めるように設計されている点で、JPYCはコインの発行額と同等の日本円や日本国債を裏付け資産として保有し、1JPYC=1円の価値を維持するとしています。個人や法人は、スマホなどで日本円で購入を申し込み、外部アプリで暗号資産などを管理する「ウォレット」に保管されます。期待されるのが送金や決済のコスト削減とスピードの向上で、例えば銀行を介して海外送金する場合、国際銀行間通信協会(Swift)などの国際決済網が使われ、送金額の10%を超える手数料や、送金に数日を要する場合があるところ、JPYCを使えば、改ざんが難しいブロックチェーン(分散型台帳)上のサービスを利用して、1円から世界中に最短1秒で送金できるとされ、コストは1円もかからないといいます。JPCは、「一社独占は好ましくありません。おそらく数社は参入してくるでしょう。健全な競争がないと手数料が高止まりしてしまう可能性があります」「一方で増えすぎると、暗号資産交換業であったように、競争が激しくなりすぎて破綻する企業が出てきてしまいます。最終的に事業として利益が出せるのは2社ぐらいになるのではないでしょうか」と指摘している点も興味深いといえます。
世界のステーブルコイン市場は3000億ドル規模に拡大し、米サークルの「USDC」やテザーの「USDT」といったドル建てのステーブルコインがけん引しています。米国ではステーブルコインのルールを明確にする「GENIUS法」が2025年7月に成立、国内では三菱UFJ銀行など3メガバンクもステーブルコインの共同発行に向け動き出しています(3メガがステーブルコインを発行するのは、EU同様、米国主導のドル連動型のステーブルコインだけが日本市場に広がることへの警戒感があります。また、金融庁が実証実験を支援すると発表、実証実験は2025年11月中にも始まる見通しです)。ただ円建てのステーブルコインが世界で存在感を発揮できるかどうかは未知数で、金融サービスが充実している日本では、ステーブルコイン普及のハードルは高いとの見方もあります。低金利で裏付け資産となる国債の運用益が得られにくいことも、発行を検討する事業者が参入をためらう要因となっています。
CBDC、ステーブルコイン、暗号資産等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 香港当局は、デジタル資産取引・投資を促進するため規則を緩和するとともに、トークン化試行計画を開始すると表明しています。香港証券先物委員会(SFC)の梁行政総裁は「香港フィンテック・ウィーク」会議で、当地で認可を受けた「仮想資産取引プラットフォーム(VATP)」が海外の関連会社とグローバルなオーダーブックを共有できるよう規則を緩和すると述べ、グローバルな流動性が利用できるようになるとしています。さらに、VATPは12カ月未満の実績しかない暗号資産や香港で規制されているステーブルコインをプロの投資家に流通させることができるようになり、最低1年間の実績というこれまでの要件が緩和されます。また、香港金融管理局(HKMA、中央銀行に相当)は、デジタル資産のハブとして香港を強化する「フィンテック2030」ロードマップを発表、試行計画ではトークン化されたマネー・マーケット・ファンド(MMF)を優先的に開始するといいます。
- 中央アジア・キルギスのジャパロフ大統領は、暗号資産交換所大手バイナンスと提携して国家のステーブルコインとCBDCを導入したと発表しています。キルギスは近年、自国を中央アジアにおける暗号資産の先導役と位置付けてきました。バイナンスの創業者、趙長鵬(チャンポン・ジャオ)氏は2025年5月、キルギス大統領に対するデジタル資産のアドバイザーに起用され、趙氏はXへの投稿で、キルギスの国家ステーブルコインがバイナンスのブロックチェーン「BNBチェーン」上に導入され、キルギスの通貨「ソム」のデジタル版が政府の支払いに使われる準備が整ったと明らかにしています。同氏は、国家の暗号資産準備金が創設され、その中にはバイナンスの「BNBトークン」が含まれると付け加えています。トランプ米大統領は、マネロンの罪で有罪判決を受けた趙氏を恩赦しましたが、キルギスを拠点としてロシアルーブルに裏付けられたステーブルコイン「A5A7」は西側政府の制裁対象となっており、西側政府はA5A7について、ロシアのウクライナ侵攻を巡る対ロシア制裁逃れを促すために使われていると主張しています。
- インド当局は暗号資産やステーブルコインについて慎重な姿勢を崩していませんが、その代わりに、インド準備銀行が開発するCBDCに焦点を当てています。インドで開催された国際イベントでは米決済サービス大手ペイパルのグローバルウォレット、インドの統一決済インターフェースを使った生体認証決済、英デジタル金融企業レボリュートがインドで販売開始した決済プラットフォームなど50件以上の新製品が発表されましたが、デリーに拠点を置くブラック・ドット・パブリック・ポリシー・アドバイザーズの創設者のマンダール・カガデ氏は「政策が曖昧なためにインド国内のステーブルコインの商業利用の事業開発がほとんどはかどっていない」と述べ、少なくとも6人の業界幹部は会場の周辺で、暗号資産分野に参入すれば新たな事業機会や投資誘致につながる可能性があるが、規制当局の許可がなければ意欲は乏しいと述べています。インド準備銀行イノベーション・ハブのサヒル・キニCEOは「(ステーブルコインについて)かなりの慎重さが必要な理由がある」とし「このような姿勢は一夜では変わらないと思う」と述べています。
- 国際通貨基金(IMF)は、国際金融安定性報告書(GFSR)を公表、ステーブルコインなど民間発行の暗号資産市場が2025年に2300億ドル(34兆5000億円)規模に達し、過去6年で70倍超に膨張したと指摘、金融システムに与えるリスクに警鐘を鳴らし、規制や監督制度の整備を唱えています。法定通貨に価値が連動するステーブルコイン市場は米テザー社の「USDT」や米サークル社の「USDC」を中心に急速に成長、IMFは既にこれらの暗号資産が伝統的な安全資産や銀行預金に代わる選択肢になっているとの見方を示しています。ステーブルコイン市場の拡大には主に、(1)新興国の政策影響力の低下(2)信用仲介機能への影響(3)裏付け資産の強制売却に伴う取り付け騒ぎの3つリスクが潜んでいるとIMFは指摘しています。1つ目は、新興国などを念頭に通貨代替がもたらすリスクで、ステーブルコインは北米から各国へと送金されており、米国以外の地域におけるドル需要の強さを映しているとされ、こうした国でドル建ての暗号資産が急速に普及すると、物価安定を目的に中央銀行が実施する金融政策の影響力が弱まりやすくなるとみられるほか、広く国内で使われるお金が実物の通貨からステーブルコインに移行すると、「通貨発行益」と呼ばれる中央銀行が銀行券の発行で得た資金を国債などで運用して得る利息収入が減少するリスクもあるとしています。2つ目のリスクは、銀行預金がステーブルコインに急速に置き換わる際、裏付け資産となる短期国債への需要が高まることに伴うもので、こうした状況下では従来、預金でまかなわれていた長期債や融資への資金が目減りする可能性があり、銀行は家計や企業に貸し出すための資金を集めにくくなり、金融機関の信用仲介機能が弱まる懸念があります。銀行の「取り付け騒ぎ」のような状況が起きてステーブルコインの保有者が一斉に換金しようとした場合には、発行体は自らがもつ銀行預金などの準備資産を急いで売る必要に迫られ、その影響が預金や国債市場やレポ市場に波及する恐れがあるというのがIMFが警戒する3つ目のリスクです。
金融庁は、金融審議会(首相の諮問機関)の作業部会を開き、銀行や保険会社の暗号資産投資を可能にする制度改正について議論、十分なリスク管理や体制整備を前提とする方向性で、顧客に損失が出ないよう財務の健全性を担保する仕組みを求めるとしています。銀行や保険会社は監督指針で、投資目的での暗号資産保有が事実上禁止されていますが、金融庁は暗号資産が分散投資先になる可能性があることを踏まえて指針を見直し、投資先として認める方針で、銀行や保険グループの子会社が暗号資産の交換業者に登録し、売買や交換をすることも解禁する方向です。委員からは方針に賛同する意見が多かったものの「銀行・保険が揺らぐようなことがあってはいけない」としてリスク管理を求める声もあったほか、現行法律にある「銀行と証券の間のファイアウオール(防護壁)の観点は矛盾なく守るべきだ」との意見も出ています。
▼ 金融庁 金融審議会「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」(第5回) 議事次第
▼ 資料1 事務局説明資料(1)
- 暗号資産取引の現状
- 現在、暗号資産については、資金決済法において、決済手段の観点から利用者との売買や暗号資産の管理等に関する規制が設けられている。一方、足下の暗号資産を巡る状況を見ると、例えば、国内の暗号資産交換業者における口座開設数は延べ1,200万口座を超え、利用者預託金残高は5兆円以上に達するなど、FX取引を凌ぐ規模に至っている。また、暗号資産保有者の約7割が年収700万円未満の所得層であり、個人口座の預かり資産額は80%以上が10万円未満であるなど、一般の個人においても暗号資産の保有が身近なものとなってきている。こうした中、決済手段としての利用も一部に見られるものの、以下のように暗号資産の投資対象化が進展していることが指摘されている。
- 国内の個人向けアンケート調査によると、投資経験者による暗号資産保有者割合(約7.3%)はFX取引や社債等よりも高くなっており、また、大宗の利用者(86%)の取引動機は長期的な値上がりを期待したものとなっている。
- 国際的にも、多くの国・地域でビットコインETF等が上場され、活発な取引が行われている。米国では、暗号資産ETFに投資する機関投資家は、長期投資を行う年金基金を含め、1,200社を超える状況となっていることが指摘されている。国内機関投資家においても、暗号資産を分散投資の機会と捉え、投資意欲が高まっているとの調査結果が明らかとなっている。
- また、金融庁「金融サービス利用者相談室」には月平均で350件以上の暗号資産に関する苦情相談等が寄せられており、その大半は詐欺的な暗号資産投資の勧誘や取引等に係るものとなっている。こうしたトラブルは、一般の個人の間において、暗号資産が投資対象として認識される状況が進展していることを示しているものと考えられる
- 現在、暗号資産については、資金決済法において、決済手段の観点から利用者との売買や暗号資産の管理等に関する規制が設けられている。一方、足下の暗号資産を巡る状況を見ると、例えば、国内の暗号資産交換業者における口座開設数は延べ1,200万口座を超え、利用者預託金残高は5兆円以上に達するなど、FX取引を凌ぐ規模に至っている。また、暗号資産保有者の約7割が年収700万円未満の所得層であり、個人口座の預かり資産額は80%以上が10万円未満であるなど、一般の個人においても暗号資産の保有が身近なものとなってきている。こうした中、決済手段としての利用も一部に見られるものの、以下のように暗号資産の投資対象化が進展していることが指摘されている。
- 喫緊の課題
- 暗号資産の投資対象化が進展し、利用者被害が拡大している中、暗号資産投資を巡る喫緊の課題として次のような指摘がなされており、投資者保護の観点からこうした課題への対応を行っていく必要がある。
- 情報提供の充実
- 暗号資産発行時に提供されるホワイトペーパー(説明資料)等の記載内容が不明確であったり、記載内容と実際のコードに差があることが多いとの指摘がある。
- 暗号資産交換業者の自主規制では、暗号資産の発行者による正確な情報提供が確 保されていない。
- 利用者保護・無登録業者への対応
- 近年、海外所在の業者を含め、暗号資産交換業の登録を受けずに(無登録で)暗号資産投資への勧誘を行う者が現れているほか、金融庁にも詐欺的な勧誘に関する相談等が多数寄せられている。
- 個人のリスク許容度や投資余力に見合った投資が行われるようにする必要があるとの指摘がある。
- 投資運用等に係る不適切行為への対応
- 暗号資産取引についての投資セミナーやオンラインサロン等も出現しており、中には利用者から金銭を詐取するなど悪質な行為が疑われるものもある。
- 形成・取引の公正性の確保
- IOSCOより暗号資産に関しインサイダー取引も含めた詐欺・市場濫用犯罪への対応強化等が勧告されている。また、欧州等ではインサイダー取引規制等に関する法制化が行われている。
- セキュリティの確保
- 暗号資産交換業者がハッキング等を受けて暗号資産が流出する事案が続いており、顧客資産の保全について、より一層の対応を行っていく必要がある。
- 情報提供の充実
- 暗号資産の投資対象化が進展し、利用者被害が拡大している中、暗号資産投資を巡る喫緊の課題として次のような指摘がなされており、投資者保護の観点からこうした課題への対応を行っていく必要がある。
- 規制見直しに当たっての考え方
- 規制見直しの趣旨
- 上述の課題に対応するための規制見直しは、暗号資産の投資対象化が進展し、詐欺的な投資勧誘等も生じていることを踏まえ、暗号資産の特性に応じた投資商品としての規制を整備することにより投資者保護の充実を図るものである。規制を見直すことは暗号資産投資についてお墨付きを与えるものではないことを明確にしつつ、投資者が暗号資産のリスクや商品性を十分に理解し、リスクを許容できる範囲で投資を行うことはあり得るとの前提で、健全な取引環境を整備すべきである。
- また、デジタルエコノミーの健全な進展は、我が国が抱える社会問題を解決し、生産性を向上させる上でも重要であり、将来の暗号資産市場がどのような姿となるかは現時点で見通すことはできないものの、我が国における健全なイノベーションの可能性も見据え、それを後押ししていくことも大切である。
- 規制見直しにあたっての留意点
- 規制見直しに当たっては、(1)利用者保護を通じた健全なイノベーション、(2)暗号資産がグローバルに取引されることに伴う国際性、(3)暗号資産に関連する技術やビジネスは足の速い分野であることを踏まえた規制の柔軟性に留意すべきである。また、暗号資産は決済目的での利用もあり得ることを踏まえ、そうした利用が制限されることのないよう留意も必要である。
- また、暗号資産の投資者保護に係る規制を検討するにあたっては、その必要性が高い層である一般の個人投資家による取引が足下の暗号資産取引の中心であること を念頭に置く必要がある。
- なお、暗号資産は、既存の金融の枠組みを回避するために生じた成り立ちがあることや、一般の投資者による投資対象となる一方で、グローバルに不正資金等の移転・退避手段としての側面があることも指摘される。株式等の典型的な有価証券取引を前提とした各種規制を可能な限り暗号資産にも適用することで、適正な取引環境を整備することは重要であるが、それによって暗号資産のニーズや取引の全てが健全なものとなるものではないことを踏まえておくべきである。
- 規制見直しの趣旨
- 総論
- 金商法の規制枠組みの活用
- 暗号資産投資を巡る喫緊の課題は、伝統的に金商法が対処してきた問題と親和性があり、金商法の仕組みやエンフォースメントを活用して対応することが適当と考えられる。
- なお、金商法は投資性の強い金融商品を幅広く対象とする横断的な利用者保護法制の構築を理念としているところ、暗号資産取引の多くが価格変動によるリターンを期待した投資であることは、金商法制定時に議論されていた、金商法の規制対象とすべき投資性の考え方とも整合的と考えられる。
- 一方、暗号資産は、一般に何らかの法的な権利を表章するものではなく、また、収益の配当や残余財産の分配等は行われない等、その性質は金商法上の有価証券とは異なるため、有価証券とは別の規制対象として金商法に位置付けることが適当である。
- なお、金やトレーディングカードなど、他にも投資性があり得る商品もある中で、暗号資産を金商法の規制対象とすることについては、考え方を整理する必要がある
- 金商法で規制対象とする暗号資産の範囲
- 金商法で規制対象とする暗号資産の範囲については、以下を踏まえ、現行の資金決済法上の暗号資産とすることが適当である。
- 資金決済法上の暗号資産に該当しないトークン(いわゆるNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン))は、利用の実態面に着目すると、何らかの財・サービスが提供されるものが多く、また、そうしたNFTの性質は様々であるため、一律の金融法制の対象とすることには慎重な検討を要する。
- いわゆるステーブルコイン(デジタルマネー類似型)は、資金決済法において規制されており、法定通貨の価値と連動した価格で発行され、発行価格と同額での償還を約するもの(及びこれに準ずるもの)であるため、広く送金・決済手段として用いられる可能性がある一方、投資対象として売買されることは現時点において想定しにくい。
- 金商法で規制対象とする暗号資産の範囲については、以下を踏まえ、現行の資金決済法上の暗号資産とすることが適当である。
- 資金決済法における暗号資産の規制について
- 金商法に基づく金融商品取引業に関する規制内容は、資金決済法に基づく暗号資産交換業に関する規制に相当する規制が概ね整備されている。また、現行の資金決 済法に設けられている暗号資産の性質に応じた特別の規制については、金商法に新たに同様の規制を設けることで、暗号資産に関し必要な規制は金商法において整備することが可能である。このため、規制の複雑化等を避ける観点から、暗号資産に係る規制は資金決済法から削除することが適当であると考えられる。
- なお、現状、資金決済法で規制されている暗号資産が投資目的で多く取引されているように、金商法で規制することとしたとしても、決済目的での利用が制限されるものではない。今般の規制見直しによって利用者保護のための規制やエンフォースメントが強化されることは、決済目的の利用者にとっても、より安心して取引を行うための環境整備となるものと考えられる。
- 金商法の規制枠組みの活用
- 業規制(無登録業者への対応等)
- 無登録業者による違法な勧誘を抑止するため、暗号資産の売買等について金融商品取引業の対象とすることにより刑事罰を強化することが適当である。
- 金商法上、金融商品取引業の無登録業者に対する対応として設けられている規定を暗号資産交換業にも適用することとし、無登録業者に対する暗号資産交換業を行う旨の表示等の禁止の規定や裁判所による緊急差止命令、証券取引等監視委員会による緊急差止命令申立権限とそのための調査権限を整備すべきである。
- 暗号資産については、海外無登録業者等との取引もある中、一律に無登録業者の売買契約等が暴利行為に該当するものと推定してよいか慎重に考える必要があるが、一方で、無登録業者による詐欺的な勧誘等による投資者被害が生じていることも踏まえながら、民事効規定を創設することについて検討すべきである。
- 暗号資産の投資セミナーやオンラインサロン等が出現している現状を踏まえ、暗号資産の投資運用や投資アドバイスについても投資運用業及び投資助言業の対象とすることで業務の適切な運営を確保すべきである。
- 暗号資産が詐欺的な投資勧誘の支払手段として利用されることを未然に防止するため、暗号資産交換業者に対し、法令上の義務として、顧客がアンホステッド・ウォレットや無登録業者のウォレットに暗号資産を移転する場合に、詐欺的事案の可能性に関する警告や移転目的の確認、取引モニタリングの適切な実施、新規口座開設直後及び新規ウォレット先への移転について一定の熟慮期間を設ける等の対応を求めることが適当である。
- また、現在でも一部の暗号資産交換業者ではそうした取組みが行われており、事業者の取組みが業界全体として進むよう、自主規制機関が会員に対して好事例を横展開すること等が期待される
- 業規制(海外の無登録業者・DEXへの対応)
- 外国の無登録業者が日本語のウェブサイト等により本邦居住者向けに暗号資産の勧誘をしている場合には、行政において警告・公表やアプリストアへの削除要請といった対応が行われている。引き続きそうした対応に注力するとともに、上述の無登録業者への対応や外国当局との調査協力の強化を行っていくべきである。
- なお、金商法上、外国証券業者が、勧誘することなく本邦居住者からの注文を受けて取引を行うことは認められており、暗号資産取引についても同様のルールを整備し、規制の適用関係を明確化することが適当である。
- DEXに係るプロトコルの開発・設置は、自らは顧客への勧誘を行わず、開発後はプロトコルでサービスが提供されて人為的要素が少ない等の特徴があり、欧米においては、一定のDEXについて規制の対象外との整理がなされている。他方、DEXには、プロトコルの不備等により利用者が不測の損害を被るリスクがある他、マネロンに利用されるリスクも存在している。
- こうした点を踏まえ、現状ではDEXについて明確な規制の手法が確立されていないものの、現在の暗号資産交換業者に対する規制とは異なる、技術的性質に合わせた過不足のない規制のあり方について、今後、各国の規制やその運用動向も注視しながら、継続して検討を行うことが適当である。
- また、DEXに接続するアプリ等のユーザ・インターフェース(UI)を提供する者に対しては、接続先に係るリスクについての説明義務や犯収法上の本人確認義務を含むAML/CFT対策等といった、リスクに応じた過不足のない規制を課すことを念頭に、各国の規制動向を注視しながら、まずはかかるサービスの実態把握を深めていく必要がある。
- 足下の対応としては、DEXや日本で登録を受けていない業者での取引を行う場合には、利用者に不測の損害を被るリスクがあることを、行政や暗号資産交換業者等において十分に周知すべきである。
- サイバーセキュリティに関する取組み
- 暗号資産交換業者に係るサイバーセキュリティ対策については、攻撃手法は常に変化・高度化するため、法令では必要な体制の確保に係る義務を規定するに留め、技術や運用の要件等については柔軟に対応できるようにガイドライン等で定めることが適当である。
- 金融庁では、これまで、「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」(暗号資産交換業者も対象)等のガイダンスの提供、モニタリングの実施、演習(Delta Wall)等の公助の取組みを進めており、こうした取組みについて今後も着実に実施していくことが重要である。
- また、全世界で暗号資産の流出に繋がるサイバー事案が数多く発生しており、直近の事案では手口がより巧妙化しているため、暗号資産交換業者等におけるサイバーセキュリティ体制の継続的な強化に向けた官民の対応が不可避となっている。個社が国家レベルの攻撃に日々さらされる中で、サイバーセキュリティ対応は、自助・共助・公助の組み合わせで対処すべき課題であり、特に業界共助の取組みの発展が不可欠である。当局としてもそうした取組みを後押ししていくべきである。
- 不公正取引規制(インサイダー取引規制)総論
- IOSCOによる勧告や欧韓での法制化等の国際的な動向のほか、米国において実 際にインサイダー取引への法執行事案が生じていること等を踏まえると、我が国においても暗号資産のインサイダー取引規制を整備すべきである。
- 暗号資産のインサイダー取引規制を整備するに当たり、その保護法益については、以下の理由から、「国内の暗号資産交換業者の提供する取引の場の公正性・健全性に対する投資者の信頼を確保すること」と整理することが考えられる。
- 「規制下の取引の場」であること
- 国内の暗号資産交換業者は本邦法令上の行為規制等に服し、取り扱う暗号資産についても自主規制機関等の審査を経ていることを踏まえれば、国内の暗号資産交換業者の提供する取引の場の公正性・健全性に対する投資者の信頼は、海外業者やいわゆるDEXでの取引に対する信頼よりも高いと考えられること。
- 一般投資家の取引実態
- 一般投資家による取引は、国内の暗号資産交換業者に口座を開設し、その暗号資産交換業者の提供する取引の場で取引を行うことが中心であるため、国内の暗号資産交換業者における取引の場に対する一般投資家の信頼を保護する必要性がより高いと考えられること。
- こうした保護法益を確保するために、(1)「対象暗号資産」について、(2)「重要事実」に接近できる(3)特別の立場にある者(インサイダー)が、当該事実の(4)「公表」前に、(5)取引の場に対する投資者の信頼を損なうような売買等を行うことを禁止する必要がある。
- 具体的な規制の枠組みについては、規制の明確性・一貫性の観点から、上場有価証券等のインサイダー取引規制の枠組みをベースにしつつ、暗号資産の性質を踏まえて規定振りを調整することが適当である。
- 「規制下の取引の場」であること
- 不公正取引規制(その他の不公正取引規制)
- インサイダー取引規制以外にも、例えば安定操作取引の禁止規制など、暗号資産にも妥当すると考えられる不公正取引規制については併せて整備することが適当である。
- 前述の暗号資産のインサイダー取引規制の枠組みによれば、無登録業者のみで扱われる暗号資産についてはインサイダー取引規制の対象とならない。また、相場操縦やインサイダー取引の禁止では抑止できない暗号資産特有の不公正取引が行われる可能性もあり得るが、そうした不正行為については、暗号資産の不正行為の一般禁止規制や偽計等の禁止規制により対応する余地があると考えられる。
- いずれにしても、匿名性が高く、グローバルに取引される暗号資産について、それに関連する不正行為の全てを直ちに抑止することは限界があることを踏まえ、今後、各国の規制動向も注視しながら、実際に発覚した不正事案等に応じて類型的に抑止を図っていく必要性が認められた場合には、将来的に追加的な対応も検討していくべきである
- 不公正取引規制(課徴金制度・その他のエンフォースメント)
- 課徴金制度
- 不公正取引規制の実効性を確保し、違反行為への抑止力を高めていく観点から、上場有価証券等の不公正取引に係る課徴金制度と同様に、暗号資産に係るインサイダー取引以外の不公正取引についても課徴金制度を創設することが適当である。
- 市場監視体制
- 有価証券における枠組みも参考にしながら、暗号資産取引についても、実効的なエンフォースメントのため、暗号資産交換業者による売買審査や、自主規制機関による市場監視体制について抜本的に強化すべきである。
- 犯則調査権限・課徴金調査権限
- 不公正取引規制の実効性を確保し、違反行為への抑止力を高めていく観点から、上場有価証券等の不公正取引に係るエンフォースメントと同様に、暗号資産に係るインサイダー取引以外の不公正取引についても、証券取引等監視委員会における犯則調査権限を創設するとともに、課徴金制度の創設に伴う調査権限を設けることが適当である。
- 外国規制当局に対する調査協力
- 暗号資産取引についても、相互主義の下で調査連携できるよう、外国規制当局に対する調査協力の規定(金商法第189条)を整備することが適当である。
- 課徴金制度
暗号資産の規制を巡る最近の報道からいくつか紹介します。
- ビットコインに代表される暗号資産を巡り、「必ず値上がりする」などと勧誘されて投資し、出資金を失うトラブルが相次いでおり、価格が急騰する暗号資産は投資先として注目される一方で、金融商品ではなく、勧誘行為が法律で規制されていないことが背景にあり、国が対応に乗り出しています。「金融サービス利用者相談室」によると、トラブルの相談はここ数年、月300件程度で推移していたところ、2024年以降は400~500件に上ることもあり、金融知識に乏しい個人投資家が暗号資産の購入を業者から勧められるケースが目立つといいます。投資先としての存在感が高まる暗号資産ですが、海外送金など「決済手段」として位置づけられているため、株式や有価証券を対象とする金融商品取引法ではなく、資金決済法で規制されており、金商法には、勧誘業者が顧客に虚偽の説明を行った場合に行政処分ができる規定がある一方、資金決済法にはないため、悪質な勧誘業者に対処することが難しいとされてきました。しかし、相次ぐ問題を受け、金融庁は昨年、対応策を議論する専門家の検討会議を設置、2025年4月に公表された報告書は、「暗号資産はすでに投資対象として位置付けられている」とした上で、暗号資産を金商法の対象とする方向で法改正すべきだと結論付け、具体的には、業者に登録制を導入して無登録での助言・勧誘行為を禁止し、証券取引等監視委員会の検査や行政処分の対象とすることを検討しています。
- 暗号資産のインサイダー取引を禁じる法規制が導入される見込みです。金融庁が未公開情報をもとにした売買を禁止する規定を金融商品取引法に明記、違反した場合は課徴金を課すことになります。また、証券取引等監視委員会による犯則調査の対象となり、。未公開情報をもとにした疑わしい取引があれば監視委が調査し、課徴金の勧告や刑事告発につなげられるようになります。2025年末までに金融庁の作業部会で詳細を議論し、2026年の通常国会に金商法の改正案を提出することを目指しています。現在は暗号資産の交換業者と自主規制団体である日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)による自主規制に頼っていますが、取引データの監視体制は不十分との指摘があります。監視委が監視を始めることで、公平な取引環境の整備が進み、投資商品としての魅力が高まることになります。ただし、暗号資産は価格変動に影響を与える情報の定義が難しいうえ、明確な発行者が存在しない通貨もあり、内部情報を知り得る立場である規制対象者を絞り込むことが困難な状況もあります。株などに比べてインサイダー取引についての知見の蓄積も少なく、EUが2024年に施行した暗号資産市場の規制でも対象となる情報や行為は具体的に規定されていません。証券監督の国際機関である証券監督者国際機構(IOSCO)は2023年、暗号資産を巡るインサイダー取引や相場操縦などの取り締まりを強化するよう各国の当局に勧告、EUや韓国が先行して法制化に乗り出しており、金融庁と監視委は国内外の事例などを取り入れ、実効性ある規制のあり方を探っていくといしています。
- 金融庁は暗号資産の管理システムを提供する業者に、事前の届け出制を導入する検討に入っています。一連の暗号資産の不正流出事件を受け、システムの安定確保へ対応を強化するもので、現行法令は、顧客の暗号資産をインターネットに接続しない「コールドウォレット」で管理するなど交換業者に管理体制の整備を求め、システムを提供する会社に直接的な規制を課していませんでしたが、届け出をした業者のシステムに限って使えるようにすることになります。
- 20カ国・地域(G20)のリスク監視機関である金融安定理事会(FSB)は、急成長する暗号資産市場を規制する各国政府の取り組みには「重大な格差」が存在し、金融安定性を損なう可能性があると警告しています。FSBは暗号資産の規制を主流の金融分野と整合化させるため、2023年に規制に関して提言しており、それを踏まえた検証結果では一定の進展が見られるとしながらも、国際的な規制の実施の整合化は依然として「断片的で一貫性に欠け、暗号資産市場のグローバルな性質に対処するには不十分だ」と指摘しています。また、金融安定リスクは「現時点では限定的」と見なしながらも、ビットコインなどの暗号資産の価格が急騰して世界の暗号資産市場が過去1年間で2倍の4兆ドルに達したことでリスクが高まっていることも指摘しています。FSBのジョン・シンドラー事務総長は、検証結果が示した懸念について「これは重大な意味を持つ」と強調、「これらの暗号資産は国境を越えた取引が非常に容易で、他の金融資産よりもはるかに簡単だ」と指摘しています。今回の検証は米国とEU、香港、英国など計29の国・地域で暗号資産と、通貨に連動したステーブルコインを対象にしたものの、米国はステーブルコイン分野だけを対象とし、世界最大のステーブルコイン発行体テザーの本拠地であるエルサルバドルは含まれていません。シンドラー氏は、エルサルバドルが入っていなくてもFSBが既にリスクを認識している以上、今回の検証結果は価値を持つと主張、一方で今後は管轄区域全体が対象に含まれるよう、国際協力と調整の改善が必要だとの考えを強調、「枠組みは誰でも構築できる一方で、協力し合い、助け合う姿勢が欠けている人々がいる場合、それは非常に困難な課題となる。なぜなら、これらの事象は国を問わないからだ」との見解を示しています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
大阪・関西万博が好評のうちに終幕しましたが、「万博をきっかけに日本、関西、大阪に初めて来た人も多い。今後も日本や大阪に来てもらうきっかけになったのではないか。これまでのアジア中心だった来阪者の幅が(アジア以外にも)広がった。大阪がアジアの主力都市から世界の都市になる大きなチャンスを得た」(横山・大阪市長)、「関西は万博を開くことで、海外での知名度がかなり上がりました。関西観光本部の調査では、欧米豪での認知度は2018年の46%から24年は70%になり、万博があった25年はさらに上がるとみています。レガシーにできるかどうかは、今回培った人的ネットワークを生かし続けることができるかどうかにかかっています」「夢洲で30年にIR(カジノを含む統合型リゾート)ができるのは、とても大きなチャンスで、万博で盛り上がったMICE誘致の動きをつなげていくことが大事です」」(MICEを企画運営するコングレの武内社長)という点では大きな成果だと思いますが、万博とIRとでは理念など大きく異なるものであり、(オンラインカジノの蔓延などの社会情勢の変化もふまえ)あらためてギャンブル依存症対策などしっかりと取り組む必要があります。
IR整備についてはIR基本法において「最大3カ所」と定められているところ、大阪府・大阪市以外はいまだ決定していません。そのような中、北海道が2025年8月に全179市町村に実施した意向調査の全容が、読売新聞の情報公開請求で判明しています。2025年11月1日付読売新聞によれば、「IR整備に前向きな意見もあった一方で、道内での整備に関心を示す49市町村のうち、3割の自治体がギャンブル依存症などのデメリットにも触れている。道がIR誘致に乗り出すには、自治体の理解と対策が必要であることが見て取れる」結果となったようです。調査ではこれまで、苫小牧市と函館市が「自市内へのIR整備に関心がある」と回答し、79市町村は「道内整備に関心がある」、98市町村が「関心・期待はない」と答えたことがわかっていましが、開示された関係文書で明らかになったのは、結果公表に同意した106市町村の回答と、その理由で、「自市内の整備」に関心がある苫小牧市は、空港や港など立地条件の良さを強調した上で、「産業振興や経済発展に寄与できる」と理由を挙げ、函館市は理由を示しませんでした。「道内整備」に関心を示した自治体の意見は様々で、釧路市は「苫小牧市の整備計画が道内で有力だと認識している。計画に協力したい」としていたほか、白老町は「苫小牧市への整備に関心を持ち、賛同している」としています。一方で、IR整備に懸念を示す自治体もあり、道内整備に関心を持つ奈井江町や、関心がないとした足寄町、枝幸町など少なくとも10市町が依存症について、東神楽町は「カジノ事業に対し社会的リスクを強く感じる」と答えています。北海道は2025年11月下旬に開会予定の道議会第4回定例会で、2019年度策定の「IRに関する基本的な考え方」の改定骨子案を報告する予定としています。
2025年10月17日付日本経済新聞の記事「オンラインカジノ依存 元フジ社員の6億円」で、フジテレビ局内で順調にキャリアを重ねていた男(44)が、オンラインカジノの沼にのまれ、消費者金融だけでなく家族や友人からも借金を重ね、賭けた総額は6億円近くにのぼり、公判では人生を壊すほどの射幸性と危険な依存症の実態が示され、大変興味深いものでした。韓国のカジノで楽しさに目覚めるも、コロナ禍で渡航が難しくなり、2020年ごろ、職場の先輩に誘われてオンラインカジノを始めたといいます。直接足を運ばなければならない海外と異なり、スマホの中のカジノは24時間いつでも遊べるため、すぐにのめり込んだといいます。軽い気持ちで手を出した男は「知人も遊び、生配信している人もいた」ため違法だと思わなかったといいます。男は「やっているときは『自分は依存症とは違う』『いつでもやめられる』と思っていた」と述べましが、実際はギャンブル依存症に特有の行為がみられ、典型的なのが賭け事のためにつくウソだったといいます。社内調査に男は「現在はやっていない」と虚偽の報告をした。母親に500万円を借りる際は「投資で失敗して街金で金を借りた」などと説明していたといいます。男の行動に気付いた上司は「借金してまでギャンブルをするのはやめろ」と忠告、金を借りた知人に「依存症ではないか」と指摘され、治療を始めたものの通院を数回でやめた理由を男は「毎回10~20分で終わるため(ギャンブルをやめられるかは)自分が我慢するかどうかだと思った」などと話しています。男の行動はギャンブル依存症の典型的なものであり、やめられそうでやめられないオンラインカジノの恐ろしさがよくわかるものでした。男のようにオンラインカジノは手軽にどこでも賭けられることから、はまると金額が膨らみやすく、1月あたり10万円以上を賭ける1割のコアユーザーが賭け額全体の7割を投じており、利用経験者の6割にギャンブル依存症の自覚があり、10~30代の若い世代では7割近くおり、半数近くが借金をしていたという警察庁の調査結果も真に迫ります。
オンラインカジノや賭博、ギャンブル依存症などに関する最近の報道からいくつか紹介します。
- オンラインカジノの賭け金に使われると知りながら、高校生らに対し、無登録で電子マネーを暗号資産に交換し賭博を手助けしたとして、愛知県警は、資金決済法違反と常習賭博ほう助容疑で、無職の容疑者(21)を逮捕しています。高校生らについては在宅で、賭博容疑で捜査しているといいます。逮捕容疑は、他の者と共謀し、男子高校生3人とアルバイトの男性(19)がオンラインカジノの賭け金にすると知りつつ、無登録で計約1万円分の電子マネーを暗号資産「ライトコイン(LC)」に交換し、賭博を手助けした疑いがもたれています。また、海外のオンラインカジノで暗号資産を賭けたとして、警視庁サイバー犯罪対策課、中学1年の少年(13)を常習賭博の非行事実で児童相談所に通告、小学6年だった2025年1月ごろから賭博行為をしていたとみられています(約7000回にわたって計約700万円を賭けた形跡が見つかっています)。少年はSNSを通じて26万円相当の暗号資産を購入し、賭け金としていたとみられ、「最初は小遣いを使っていたが、親の金を使うようになった」という趣旨の説明をしているといいます。同課は、利用客向けに無登録で暗号資産を交換したとされる横浜市の男子大学生(19)を逮捕、カジノを利用していた少年を含む10~20代の計15人を常習賭博や単純賭博の容疑で摘発するなどしています。報道によれば、摘発・通告された15人のうち9人は中高生で、暗号資産「ライトコイン」を使い、海外のカジノサイト「ステークカジノ」や「シャッフルカジノ」で賭けた疑いがあり、最終的な収支は全員がマイナスだったといいます。若者の間で違法なカジノ賭博が蔓延している実態にあらためて驚かされます。また、暗号資産取引業者は各社の利用規約などで、口座開設を含む未成年の取引を制限していますが、警視庁は、手軽にカジノ賭博をしたい若者向けに無登録で交換を請け負う犯罪が広がっているとみて実態を調べています。
- 東京・歌舞伎町のインターネットカジノ店で客に賭博をさせたとして、警視庁保安課は常習賭博の疑いで、「CANDLE」経営者と従業員の男女5人を現行犯逮捕しています。報道によれば、店は看板を出さず、会員やその紹介、客引きを受けた客のみを入店させていた。店の内外に監視カメラを設置して入り口は常時施錠し、顔と名前を確認してから開錠して身分証確認も行っていたといいます。客は換金可能なポイントを店内で現金などで購入、店内のパソコンでカジノサイトに接続して賭博を行っており、2025年3~9月にのべ約1万人の客が入店し、店は約3億4千万円を売り上げたとみられています。
総務省は、違法なオンラインカジノ利用の抑止策を検討する有識者会議の第8回会合を開き、カジノサイトへの接続を強制的に遮断する「ブロッキング」の技術的課題や、スポーツベッティング(賭博)の実態について専門家が報告しています。ブロッキングには一定の有効性や必要性があるとの意見が出ており、総務省は今後検証を進める方向です。ブロッキングを巡っては、利用者が別のサーバーに接続することで遮断が回避される恐れがあるも、プロバイダーを運営するNTTドコモビジネスによると、利用者の90%以上は通常のサーバーだけに接続しており、担当者は「従来方式のブロッキングで一定の効果が得られている」と説明しています。有識者からも「一般利用者向けの対策として一定の有効性があるのではないか」(長瀬貴志弁護士)との意見が出ています。スポーツ賭博については、一般財団法人「スポーツエコシステム推進協議会」が「スポーツ賭博のサービスはカジノサイトと併設されており、(両者は)密接不可分になっている」と強調、日本の居住者による海外のスポーツ賭博の違法利用は年6兆円規模に上るといい、スポーツ選手が八百長をもちかけられるなどスポーツの健全性が脅かされているとも指摘し、選手を保護する有効な手段の一つとしてブロッキングが挙げられると説明しています。会議構成員の山口・読売新聞グループ本社社長は「ギャンブル依存症の拡大防止だけでなく、スポーツの健全性も守るべき法益として大きなテーマになる。ブロッキングも排除せず、丁寧に議論しながら検討することが求められている」と述べています。
▼ 総務省 オンラインカジノに係るアクセス抑止の在り方に関する検討会(第8回)
▼ 資料8-1 技術的課題(事務局)
- ブロッキングの主な手法等【各論】
- DNSブロッキング
- ISPのDNSサーバにおいて、利用者のアクセス先が遮断ドメインに該当すると判明した場合、ISPがその接続を遮断する
- 幅広い事業者で実装が比較的容易
- 児童ポルノサイトのブロッキングで実施済みであり、安定的運用が可能
- オーバーブロッキングのリスクあり
- 考えられる回避策(留意点)
- VPN等・パブリックDNSの利用(利用率との関係性に留意)
- 直接接続(カジュアルユーザ対策との関係性に留意)
- URLブロッキング
- ISPの設備において、利用者のアクセス先が遮断URLに該当すると判明した場合、ISPがその接続を遮断する
- オーバーブロッキングのリスクが比較的小さい
- 大規模事業者の実装が困難
- HTTPSに対応できない場合あり(多くのカジノサイトはHTTPS)
- 考えられる回避策(留意点)
- VPN等(同上)
- IPブロッキング
- ISPの設備において、利用者のアクセス先が遮断IPアドレスに該当すると判明した場合、ISPがその接続を遮断する
- 閲覧者側の回避策が比較的少ない
- オーバーブロッキングのリスクが大きい
- 通信障害のおそれあり
- カジノサイト側で回避可能
- 考えられる回避策(留意点)
- VPN等(同上)
- DNSブロッキング
- CDNとオンラインカジノについて
- CDN(Content Delivery Network)とは、閲覧者とオリジンサーバ(配信元サーバ)との間に、オリジンサーバの代わりにコンテンツを配信するキャッシュサーバを介在させ、データを効率よく最適に配信する仕組み。
- CDNの通信の流れは、以下、イメージ図のとおり。
- キャッシュサーバに特定のコンテンツ(コピーデータ)の保存ができる場合
- キャッシュサーバに特定のコンテンツ(コピーデータ)の保存ができない場合
- オンラインカジノの賭け行為を含む双方向のやり取り等は、保存になじまないため、CDNは全てのデータを保存しないため、配信行為はCDNで完結しない(CDNは一部の通信を媒介)。
- 違法有害情報への対応について、CDN事業者は、配信内容を把握しないが、利用規約に反する旨の通報があった場合、契約者(配信元)に確認し、情報削除・契約解除・ジオブロッキングなどを行う。主な課題として、(1)契約解除等をしてもオリジンサーバは残り続けるため、他のCDN利用に流れること、(2)技術的理由等によりジオブロッキングについて対応できない事業者がいることなどが挙げられる。
▼ 資料8-3 オンラインにおける違法スポーツ賭博の現状(スポーツエコシステム推進協議会)
- 違法スポーツ賭博はオンラインカジノへの集客手段として機能
- 利用者は、親しみやすさから違法スポーツ賭博に興味を持ちやすい
- ほとんどの違法スポーツ賭博サイトでは、スポーツベッティングとその他のオンラインカジノが、いずれも同じサイト上で一つのアカウントにて利用可能とされている
- 違法事業者は、違法スポーツ賭博の利用者を、より賭けの回数・金額・種類の多い他のオンラインカジノへと誘導している
- 違法オンラインカジノと違法スポーツ賭博の問題は不可分一体であり、共通した対策を実施していくことが必要
- 違法スポーツ賭博における各種リスク
- 不正操作(八百長)リスク
- 違法スポーツ賭博市場・フリーライド市場では多くのプロ・アマスポーツの試合が賭けの対象になっており、その市場規模は拡大しているため、選手・監督・審判その他の関係者が、違法事業者や反社・マフィアから不正操作(八百長)を持ちかけられるリスクは年々高まっている
- 特に近時は以下の理由により、違法スポーツ賭博において不正操作(八百長)が起きやすい状況にある
- SNS等を通じて選手・関係者に対して容易にアプローチすることが可能
- 多様な賭け方が存在(例えば、特定の選手のヒット数・得点数等について賭けることが可能)
- また違法スポーツ賭博には、海外送金を担う違法な決済代行業者が介在し得るところ、払戻金の送金時に住民票等の個人情報が必要となるため、違法事業者や反社・ マフィアに弱みを握られやすい
- 選手・関係者が利用している場合、八百長持ちかけのきっかけになる
- 依存症リスク
- 選手・関係者が違法スポーツ賭博の依存症になるリスクは、一般人と比べて約30%高いと言われている
- 依存症を引き金にして、選手・関係者が自身の関与するスポーツ・試合に賭けるリスクや、自身が賭けた試合への不正操作(八百長)のリスクが増大することに繋がる
- 権利侵害リスク
- 前述のとおり、日本からアクセス可能な海外スポーツベッティングサイトやその広告の一部において、著作権、肖像権・パブリシティ権等の権利を侵害する可能性のある態様でサービスを提供している例が散見
- 誹謗中傷リスク
- 個々の選手のプレーが賭けの結果に影響を及ぼすことになることから、選手個人が違法スポーツ賭博の利用者等から過度に攻撃的言動(誹謗中傷)を受けるケースが増加
- 不正操作(八百長)リスクと同様に、特に近時は以下の理由により、違法スポーツ賭博において選手の誹謗中傷が起きやすい状況にある
- SNS等を通じて選手に対して容易にアプローチすることが可能(ダイレクトメッセージでの誹謗中傷も多い)
- 多様な賭け方が存在し、試合の勝敗だけではなく選手の一挙手一投足が賭けの対象とされている
- 不正操作(八百長)リスク
- 日本違法越境市場とフリーライド市場の拡大
- 日本違法越境市場
- 日本居住者が日本居住者向けに運営されている海外スポーツベッティングサイトを利用することにより形成される市場/年間賭け金総額推計 約 6.5 兆円
- フリーライド市場
- 日本を含む全世界において日本のスポーツを賭けの対象とするスポーツベッティング市場/年間賭け金総額推計 約 4.9 兆円
- 日本からアクセス可能な違法スポーツ賭博サイトやその広告の一部において、著作権、肖像権・パブリシティ権等の権利を侵害する可能性のある態様でサービスを提供している例が散見
- 日本違法越境市場
- マコリン条約と国際連携
- 目的
- スポーツの自律性の原則に従い、スポーツの倫理及び公平/公正性を守るため、スポーツ競技の不正操作を打倒すること
- 機能
- スポーツ競技の不正操作(特に八百長や賭博関連の不正行為)を防止するための国 際的な法的枠組みを提供
- 主な目標
- 不正行為の防止、発見、制裁に関する共通の法的基盤を提供し、公的機関、スポーツ団体/競技主催者、関係事業者等の国内/国際的な協力を促進することスポーツの健全性を維持することを目指す
- 目的
- 違法スポーツ賭博におけるブロッキングの実効性(初期的ヒアリング結果)
- フランス Autorité Nationale des Jeux (ANJ)
- 行政措置に基づくブロッキングにより迅速な対応が可能となり、一部の違法事業者をフランス市場から追い出すことには成功した
- 他方で、ブロッキングだけでは抑制できず、司法措置、関連事業者との連携、違法な資金環流の遮断等の複合的な施策が必要である
- デンマーク Danish Gambling Authority (DGA)
- 司法措置に基づくブロッキングの効果について、DGAではチャネリング率(規制市場の利用割合)を継続的にチェックしている。2024年のチャネリング率は90.3%に達しており、一定の効果が認められる
- 違法事業者はミラーサイトによるブロッキングが可能であるため、一度の裁判所命令によりミラーサイトを含めてブロックが可能となる仕組みを検討している
- ギリシャ Hellenic Gaming Commission (HGC)
- ブロッキングは、他の措置と組み合わせることにより、有意義な抑止力として機能する。具体的には、違法事業者の参入障壁を高めるとともに規制市場への誘導効果も認められる
- ユーザーの啓発、関連事業者との連携、国際的なデータ共有等により、ブロッキングの効果を高めることができる
- フランス Autorité Nationale des Jeux (ANJ)
▼ 資料8-4 アプリストア運営事業者の取組状況等(事務局)
- Apple(App Store)概要
- Appleは、アプリ審査に関するガイドラインを作成し、配信前に同ガイドラインに遵守しているかどうか審査し、遵守しているアプリのみ配信を許可している。
- ガイドラインには、配信される地域の法令を遵守する必要があることを規定している(リアルマネーゲームを提供するアプリは、配信されるすべての地域で必要なライセンスと権限の保持が必要。)。
- Apple は、政府当局等からの正当な削除要請に対応している。
- Appleは、違法アプリの配信に対抗するために莫大なリソースを費やしているが、悪意のある者が、アプリの内容を偽装して審査を通過し、アプリ配信後に、当該アプリの内容を改変することがある。
- 政府当局等には、違法アプリを特定した場合に、Appleに対し、削除要請を行うことを要望する。公営競技に関するアプリなど、合法なアプリについては、引き続き流通できるようにすることが必要であり、関係当局と連携し、適切に違法アプリの削除等に対処するのが最善と考える。
- Google(Playストア)概要
- Googleは、事業を展開する各国の法令を遵守することが基本方針であり、日本国内において、違法なオンラインカジノを含む賭博関連アプリは、許可していない。
- 上記方針については、ポリシーに明確に定めており、本ポリシーに違反したアプリを発見した場合、当該アプリの公開停止、削除、悪質な開発者のアカウントの停止など、厳格な措置を講じている。
- Googleでは、ポリシーを実効的に遵守させるため、アプリの事前審査、継続的な監視と違反の検出、利用者や政府機関からの報告対応など、多層的なアプローチで対策を講じている。
- 健全なプラットフォーム・エコシステムを維持するためには、悪意のある者を排除する一方で、誠実な開発者の権利を保護するというバランスが不可欠であり、取引の透明性・公正性を確保しつつ、実効的な対策を自主的に推進していくためには、プラットフォーム事業者の責任範囲に関する明確で予見可能性の高い規制環境が極めて重要である。プラットフォームにおけるポリシー執行の取組みが過度に抑制されることのないよう要望する。
2025年11月8日付日本経済新聞の記事「賭博で揺れる米スポーツ界、NBA選手が起訴 「日本の選手も危険」」では、スポーツベッティングの問題が取り上げられ、大変興味深い内容でした。米国でスポーツ賭博が合法化されたのは2018年以降のことですが、米国のスポーツ業界で、賭博に関わる選手の不正が相次いでいる現状があります。さらに損を出したファンから選手への中傷も相次いでおり、日本も高校野球が賭けの対象になるなど対岸の火事ではなく、選手が危険にさらされると警鐘を鳴らしています。全米大学体育協会(NCAA)が2024年に公表した調査によると学生やコーチなど関係者のソーシャルメディアに寄せられたハラスメントコメントのうち12%はスポーツ賭博に関するものだったといい、専門家は「スポーツ観戦の動機が『応援』から『金銭的利益』に変化している」、「スキャンダルは今後、特に高給ではなく監視の目も緩い大学スポーツで増加する可能性が高い」と指摘しています。米国ではもともと、犯罪組織が絡み八百長事件が起きるスポーツ賭博を禁止する方向へと動いてきた経緯がありますが、税収増を求めニュージャージー州がスポーツ賭博の導入に向けて動いたことがきっかけで、2018年に連邦最高裁が規制は違憲と判断しています。報道でニューヨーク市立大学バルーク校のマーク・エデルマン教授(スポーツ倫理学)はスポーツ賭博の組織的な不正について「大きな問題で、試合が倫理的に行われているとファンに納得させられなければ、観客動員や収益が大きく減少する可能性がある」と指摘しており、この辺りも含め日本での検討も速やかに行われる必要があると感じます。
フィリピンで国外の顧客を対象としたオンラインカジノ施設(POGO)の運営を禁止する法律が成立し、2025年11月14日に発効します。本コラムでも特殊詐欺の文脈でオンラインカジノの問題を取り上げていますが、東南アジアでは、人身売買や「闇バイト」で連れてきた外国人らを監禁し、特殊詐欺に加担させる犯罪が社会問題となっており、POGOはその温床の一つとなっていました。POGO禁止法によれば、POGOの運営を全面的に禁止、これまでに認可を受けている業者に対しても、ライセンスを即時停止すると定め、違反者には最大で12年の禁錮刑や5千万ペソ(約1億3千万円)の罰金を科すほか、POGO事業を目的としたリクルートの禁止も明記、既に発行された労働許可証やビザ(査証)は全て取り消し、今後の発行も禁止、一方、POGO閉鎖で失業したフィリピン人労働者の再就職支援を行うことも盛り込まれています。新法成立のきっかけとなったのは、POGOが犯罪の隠れみのに利用されているケースが次々と明るみに出たことです。POGOは施設内で賭博をするカジノと異なり、国外からオンラインで参加できる外国人向けのカジノを運営、ドゥテルテ前政権下の2016年、経済活性化などを目的に制度化され、公社がライセンスを発行し、監督や課税をしてきたものです。オンラインの業態を掲げているため、外部からの目が入りにくく、パソコンの大量搬入などもしやすかったとみられ、「監禁され、外国人に対する特殊詐欺に加担させられた」「命令に従わなかったり、ノルマを達成できなかったりすれば、激しい拷問や性的虐待を受けた」といった実態が明るみになっています。大半が「高額報酬の仕事がある」と勧誘されたり、ブローカーにだまされて連れてこられたりしたといい、中国人やベトナム人、インドネシア人、マレーシア人、ネパール人など国籍は様々で、日本人も含まれていました。朝日新聞の報道で捜査を主導する組織犯罪対策委員会の報道官は、「背後に中国の犯罪組織があることが捜査で明らかになった」と述べています。POGOが舞台の事件で有罪となり、強制送還された被告の大半は中国人で、計1400人を超え、この問題はフィリピンに限らず、東南アジア各国で広がっており、2025年初めには、闇バイトに応募して日本から渡航したとみられる高校生2人が、ミャンマー東部の特殊詐欺組織の拠点から保護され、5月には、カンボジア北西部の特殊詐欺拠点で日本人29人が拘束され、その後、愛知県警に逮捕されています。韓国でも、若者らが「高収入の仕事がある」などと誘われてカンボジアに渡航した後、監禁され、詐欺に関与させられた事案が相次いで発覚、10月には男子大学生が監禁中に拷問を受け、死亡したと報じられています。
2025年11月9日付ロイターによれば、イタリアは欧州最大のギャンブル市場となりつつあるものの、オンラインやスマホの普及に伴い、ギャンブル市場に誰でも容易に手を出すことができるようになり、ギャンブル依存症が深刻化しているといいます。また、マフィアがイタリアのギャンブル依存に関与している兆しもあり、イタリア最大の労働組合、イタリア労働総同盟(CGIL)が2025年にまとめた「ギャンブル黒書」によると、ギャンブルは貧しく、マフィアの影響が強い南部地域で特に広まっているといいます。イタリア国立研究評議会が2024年に発表した報告によると、2022年中に少なくとも1回はギャンブルに手を出した成人は人口の43%にあたる約2050万人に上り、割合は男性の方が高く、このうち110万人は日常的に、1日に少なくとも1時間をギャンブルに費やしていたということです。
③犯罪統計資料から
例月同様、令和7年(2025年)1月~9月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。
▼ 警察庁 犯罪統計資料(令和7年1~9月分)
令和7年(2025年)1~9月の刑法犯総数について、認知件数は575216件(前年同期544921件、前年同期比+5.6%)、検挙件数は215436件(202979件、+6.1%)、検挙率は37.5%(37.2%、+0.3P)と、認知件数、検挙件数がともに増加している点が注目されます。刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数が増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は384478件(371054件、+3.6%)、検挙件数は124278件(117746件、+5.5%)、検挙率は32.3%(31.7%、+0.6P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては認知件数は78706件(72903件、+8.0%)、検挙件数は52624件(48903件、+7.6%)、検挙率は66.9%(67.1%、▲0.2P)と大幅に増加しています。その他、凶悪犯の認知件数は5381件(5168件、+4.1%)、検挙件数は4622件(4339件、+6.5%)、検挙率は85.9%(84.0%、+1.9P)、粗暴犯の認知件数は46084件(42961件、+7.3%)、検挙件数は35855件(34581件、+3.7%)、検挙率は77.8%(80.5%、▲2.7P)、知能犯の認知件数は54854件(44881件、+22.2%)、検挙件数は14644件(13153件、+11.3%)、検挙率は26.7%(29.3%、▲2.6P)、とりわけ詐欺の認知件数は51264件(41468件、+23.6%)、検挙件数は12229件(10893件、+12.3%)、検挙率は23.9%(26.3%、▲2.4P)、風俗犯の認知件数は14853件(13337件、+11.4%)、検挙件数は12052件(10258件、17.5%)、検挙率は81.1%(76.9%、+4.2P)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数が増加しているほどには検挙件数が伸びず、検挙率が低調な点が懸念されます。また、コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナにおいても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、コロナ禍が明けても「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加しています。さらに、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺では、「非対面」での犯行で、(特殊詐欺を上回る)甚大な被害が発生しています。
また、特別法犯総数については、検挙件数は46195件(46136件、+0.1%)、検挙人員は35788人(36723人、▲2.5%)と検挙件数は微増、検挙人員は減少する結果となりましたが、検挙人員がわずかにでも増加してことは特筆すべき点といえます。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は3843件(4352件、▲11.7%)、検挙人員は2563人(2942人、▲12.9%)、軽犯罪法違反の検挙件数は4504件(4789件、▲6.0%)、検挙人員は4432人(4841人、▲8.4%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は3500件(4157件、▲15.8%)、検挙人員は2496人(3003人、▲16.9%)、児童買春・児童ポルノ法違反の検挙件数は2164件(2387件、▲9.3%)、検挙人員は1080人(1316人、▲17.9%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は3262件(3082件、+5.8%)、検挙人員は2469人(2352人、+5.0%)、銃刀法違反の検挙件数は3273件(3344件、▲2.1%)、検挙人員は2742人(2854人、▲3.9%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、犯罪収益移転防止法違反等が大きく増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は7795件(1380件、+464.9%)、検挙人員は5246人(812人、+546.1%)、大麻草規正法違反の検挙件数は108件(5058件、▲97.9%)、検挙人員は96人(3987人、▲97.6%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は6403件(5910件、+8.3%)、検挙人員は4266人(3986人、+7.0%)などとなっています。大麻の規制を巡る法改正により、前年(2024年)との比較が難しくなっていますが、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いています(今後の動向を注視していく必要があります)。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続していたところ、最近、あらためて増加傾向が見られています(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法が大きく増加している点も注目されますが、2024年の法改正で大麻の利用が追加された点が大きいと言えます。それ以外で対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。前述したとおり、コカインについては、世界中で急増している点に注意が必要です。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。
また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員対前年比較について、総数409人(330人、+23.9%)、ベトナム85人(51人、66.7%)、中国54人(57人、▲0.5%)、フィリピン27人(21人、+28.6%)、スリランカ22人(16人、+37.5%)、ブラジル22人(23人、▲4.3%)、インド21人(14人、+50.0%)、インドネシア19人(4人、+375.0%)、韓国・朝鮮15人(17人、▲11.8%)、バングラデシュ13人(6人、+116.7%)、パキスタン11人(13人、▲15.4%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。
一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、、検挙件数は6113件(7059件、▲13.4%)、検挙人員は3119人(3724人、▲16.2%)となりました。犯罪類型別では、強盗の検挙件数は55件(60件、▲8.3%)、検挙人員は112人(117人、▲4.3%)、暴行の検挙件数は275件(321件、▲14.3%)、検挙人員は235人(286人、▲17.8%)、傷害の検挙件数は501件(622件、▲19.5%)、検挙人員は615人(755人、▲18.5%)、脅迫の検挙件数は190件(213件、▲10.8%)、検挙人員は177人(212人、▲16.5%)、恐喝の検挙件数は216件(248件、▲12.9%)、検挙人員は245人(270人、▲9.3%)、窃盗の検挙件数は2821件(3509件、▲19.6%)、検挙人員は444人(520人、▲14.6%)、詐欺の検挙件数は1192件(1174件、+1.5%)、検挙人員は620人(758人、▲18.2%)、賭博の検挙件数は47件(57件、▲17.5%)、検挙人員は109人(93人、+17.2%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、2023年7月から減少に転じていたところ、あらためて増加傾向にある点が特筆されますが、資金獲得活動の中でも活発に行われていると推測される(ただし、詐欺は薬物などとともに暴力団の世界では御法度となっています)ことから、引き続き注意が必要です。
さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は2922件(3263件、▲10.5%)、検挙人員は1785人(2162人、▲17.4%)となりました。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は12件(22件、▲45.5%)、検挙人員は9人(22人、▲59.1%)、軽犯罪法違反の検挙件数は27件(39件、▲30.8%)、検挙人員は19人(36人、▲47.2%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は26件(65件、▲60.0%)、検挙人員は21人(66人、▲68.2%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は25件(37件、▲32.4%)、検挙人員は42人(50人、▲16.0%)、銃刀法違反の検挙件数は48件(53件、▲9.4%)、検挙人員は34人(35人、▲2.9%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は726件(192件、+278.1%)、検挙人員は354人(75人、+371.0%)、大麻草栽培規制法違反の検挙件数は15件(582件、▲97.4%)、検挙人員は10人(347人、▲97.1%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1633件(1827件、▲10.6%)、検挙人員は985人(1193人、▲17.4%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は132件(75件、+76.0%)、検挙人員は70人(30人、+133.3%)などとなっています(とりわけ覚せい剤取締法違反や麻薬等取締法違反については、前述のとおり、今後の動向を注視していく必要があります)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。なお、法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
ロシアの拒否権行使で活動を停止した国連安全保障理事会(安保理)の専門家パネルに代わり、日米韓主導で北朝鮮に対する国連制裁の履行状況を監視する「多国間制裁監視チーム(MSMT)」は、北朝鮮のサイバー活動に関する報告書を発表しています。北朝鮮が2024年1月から2025年9月までに少なくとも28億ドル(約4200億円)相当の暗号資産を窃取、中国、ロシア、カンボジアなど、外国を拠点とする仲介者を頼り、窃取した暗号資産を法定通貨に洗浄していると指摘、さらに、中国、ロシア、ナイジェリアなど少なくとも8カ国にIT労働者集団を派遣、2024年、IT労働者を通じて約3億5千万~8億米ドル(約525億~1200億円)を獲得した可能性があるほか、1千人以上が中国に拠点を置き、4万人の労働者をロシアに派遣することを計画していると指摘しています。報告書の発表は、2025年5月に続いて2回目となります。日米韓などは、北朝鮮が窃取した暗号資産や、各国に送り込んだIT労働者の収入を核・ミサイル開発の資金源にしていると懸念しています。報告書によれば、2024年の北朝鮮による外貨収入の大半は、暗号資産窃取や、ロシアに対する数十億ドル相当の武器販売が占めています。また、IT労働者を中国やロシア、ラオスなどに送り込んでいます。また、北朝鮮は米国、英国、韓国などから原子力施設や潜水艦に関する情報を入手しようと試みたほか、中国のドローン研究に関する情報も標的としたといいます。
米財務省は、北朝鮮がサイバー犯罪などで違法に調達した資金のマネロンに関与したとして北朝鮮の金融関係者ら8人と、金融機関など2団体を制裁対象に追加したと発表しています。財務省高官は声明で「北朝鮮のハッカーたちが盗んだ金をマネロンして核開発に提供している」と批判、北朝鮮の兵器プログラムへの資金源を断つことが狙いです。財務省によれば、北朝鮮のハッカーらはこの3年間で、マルウエアなどを使って30億ドル(4600億円)以上を盗んでおり、その大半が暗号資産だといいます。今回の制裁対象者らは、北朝鮮によるランサムウェア攻撃とも関係のある暗号資産を運用、あるいは制裁対象となっている北朝鮮の金融機関のために送金を担ったほか、北朝鮮のIT技術者が国籍を偽って稼いだ資金のマネロンにも関与したとされます。これに対し北朝鮮は、同国を「敵視」する制裁をトランプ米政権が科していると非難し、相応の措置を取ると表明しています。朝鮮中央通信(KCNA)によれば、外務次官は「失敗した過去の古いシナリオを踏襲しながら、新しい結果を期待するほど愚かなことはない。米国はどれだけ制裁を強化しても、米朝間の現在の戦略的状況を米国に有利に変えられる可能性はゼロ以下であることを認識する必要がある」と指摘、「米国の現政権が敵視する姿勢を示している限り、われわれも忍耐強く、相応の対応を取る」と述べています。なお、韓国の情報機関は、米朝首脳会談が2026年3月以降に行われる可能性が高いという見方を示しており、トランプ米大統領は2025年10月のアジア歴訪中に、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記との会談を繰り返し呼びかけ、将来の会談の可能性を残しています。一方、金総書記は2025年9月、北朝鮮の国会にあたる最高人民会議で、トランプ米大統領が前向きな姿勢を示す米朝対話の再開に含みを持たせる発言をしています。1期目政権のトランプ氏と金総書記は2018~19年に3回会談、当時とは自国の核・ミサイル開発の状況や国際情勢が異なるとして、金総書記は米側の非核化要求を拒絶する意向です。これに対し、トランプ政権が北朝鮮の核保有を事実上認め、北朝鮮と軍備管理交渉に転じるとの見方もあり、米国がICBMの保有を北朝鮮に認めない一方、核兵器や短・中距離ミサイルを残したままにする内容で米朝が合意すれば、日韓両国にとって安全保障上の重大な脅威が残ることになります。今後、米朝や日米韓の間で、駆け引きや調整が活発化する可能性があります。
北朝鮮による核・ミサイル開発等が順調であることをうかがわせるような状況となっています。国際連携の強化、官民の連携などにより、AML/CFT/CPF(拡散金融対策)の実効性を高めていくことが急務であると実感させられます。
- 韓国国防省の国防情報本部は、核・ミサイルの高度化を進める北朝鮮について、金総書記が決断すれば、北東部・豊渓里の核実験場で「非常に短時間」で実験が可能との見方を示しています。報道によれば、同省は北朝鮮が北西部・寧辺などにあるウラン濃縮施設の能力を向上させ、「多様な核弾頭を生産しようとしている」と分析、自国の力を誇示することで「国際社会に対し、核能力を暗黙的に容認するよう誘導している」と指摘しています。2024年5月に打ち上げに失敗した軍事偵察衛星については、画像の解像度を高めるため、ロシアの技術支援を受けて発射実験の準備をしていると説明、露西部クルスク州でのウクライナ軍との実戦経験を基に、ドローンなど現代戦の訓練や装備の強化も進めているといいます。また、2025年9月上旬に開催された中朝首脳会談を機に、中朝関係が改善基調にあると評価、9月の中国の北朝鮮への輸出が8月比で54%増加したと明らかにしています。
- 北朝鮮は2025年10月10日夜、平壌で朝鮮労働党創建80年を記念する軍事パレードを開催し、新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星20」を公開しました。韓国政府当局者は射程を約1万5000キロと推定、平壌から米ワシントンまでは約1万1000キロで、米全土が射程に含まれることになります(韓国国防相は、2025年内にも「火星20」の発射実験をする可能性があるとの見方を示し、「(北朝鮮は)火星20を年内に試射しようと発射台周辺を整理するなど、さまざまな情報が確認されている」と述べています。ただ、火星20を量産する段階にはないと推測しています)。金総書記は、「我が軍隊は、防衛圏に接近するいかなる脅威も消滅させる無敵の実体として不断に進化し続けなければならない」と演説しました。軍事パレードには中国の李首相やロシアのプーチン政権与党「統一ロシア」の党首を務めるメドベージェフ前大統領らも出席、中露との結束や米本土を射程に収めるICBMを誇示することで、米国をけん制する狙いがあるとみられています。報道によれば、メドベージェフ氏は金総書記と会談し、両国の関係発展のほか、ウクライナや朝鮮半島を巡る情勢などについて意見交換し、メドベージェフ氏は、ウクライナ軍が一時越境した露西部クルスク州への北朝鮮の派兵について謝意を示したといいます。
- 北朝鮮は複数の弾頭を積む「多弾頭」のミサイル開発を目指しているとされます。多弾頭ミサイルは複数の弾頭が分離して落ちるため、迎撃しにくいといいます。米国やロシアなど少数の軍事大国が技術を持っています。北朝鮮は2025年9月、火星20への搭載を想定した固体燃料式エンジンの地上噴射試験を行い、KCNAは、エンジンに軽量で強度や耐熱性が高い炭素繊維の複合材料を用いたと報じています。エンジン開発は最終段階だといい、韓国国防相は北朝鮮のエンジン開発に関して「機体の重さを減らす代わりに弾頭の重量を増やし、多弾頭を搭載しようとする意図がある」と指摘、「(北朝鮮が)多弾頭技術を備えたというには早い段階だ」とも評価しています。
- KCNAは、最新兵器を並べた「武装装備展示会」を観覧する一環として、金総書記が5千トン級の新型駆逐艦「崔賢」を視察したと報じています。金総書記は「敵の挑発を徹底して抑止し、こらしめられるようにすべきだ」と述べ、海軍強化を加速させる考えを示しています。この駆逐艦は2025年4月に進水式が開かれ、2025年の軍事分野の成果としてアピールしており、装備展で展示された弾道ミサイルや巡航ミサイルの一部も駆逐艦での運用を想定している可能性があります。また、北朝鮮は3隻目となる同級の新型駆逐艦を2026年10月までに建造する方針です。
- 韓国軍合同参謀本部は、北朝鮮が2025年11月7日午後0時35分ごろ、北西部・平安北道大館付近から日本海に向けて短距離弾道ミサイル1発を発射したと発表しています。約700キロ飛行、日本の排他的経済水域(EEZ)外に落下し、被害は確認されていません。木原稔官房長官は、大使館ルートを通じて北朝鮮に厳重に抗議したことを明らかにし、「今後もミサイルの発射や衛星打ち上げ、核実験などのさらなる挑発行為に出る可能性はある」と述べています。北朝鮮による弾道ミサイル発射は2025年10月22日以来となります。韓国メディアは、米国の経済制裁への反発との見方を伝えており、制裁下でも核・ミサイル開発を進める姿勢を誇示し、米側を牽制する狙いもあるとみられています。なお、韓国軍は事前に発射準備の動きを把握して、日米当局と緊密に情報共有したとしています。一方、KCNAは、同国国防相が米韓の安全保障協議や米原子力空母の韓国入港を非難し、「敵の脅威に対してさらなる攻撃的行動を取る」と警告したと報じています。ヘグセス米国防長官は韓国を訪問し、南北軍事境界線がある板門店の共同警備区域を安国防相と共に視察、両氏は翌4日には米韓安保協議(SCM)に出席、また、米財務省は、北朝鮮のサイバー関連マネロン計画に関与したとして、個人8人と2団体に制裁を科しています。韓国海軍は米空母の寄港について、物資の補給と乗組員の休暇のためだとしています。
- 北朝鮮は2025年10月22日にも主力の短距離弾道ミサイル「KN23」を改良した可能性がある短距離弾道ミサイル数発を発射しています。この弾道ミサイルの発射は2025年5月8日以来で、2025年では5回目、北朝鮮との対話再開を目指す李在明政権が6月に発足してからは初めてとなりました(北朝鮮は軍事パレードで弾頭部分に極超音速滑空体を搭載した「KN23」系列の短距離弾道ミサイル「火星11マ」を公開しており、このミサイルの可能性があります。極超音速ミサイルは非常に高速で変則的な軌道で飛ぶため、迎撃が難しいとされます。KCNAも実験が「潜在的な敵に対する戦略的抑止の持続性と効果性を高めるための国防力発展計画事業の一環」と説明しています)。北朝鮮がミサイルを発射したのは、米国のトランプ大統領の訪韓前に存在感を示すためとみられています。また、同28日には、北朝鮮のミサイル総局が朝鮮半島西側の黄海上で巡航ミサイルの発射実験を行っています。このミサイルは艦船から発射するために改良された対地ミサイルで、設定された軌道に沿って約2時間10分飛行し、標的に着弾したといいます。さらに、2025年11月1日と3日に黄海に向けて放射砲(多連装ロケット砲)を発射しています。1日の発射は、韓国の李大統領が南東部・慶州で中国の習近平国家主席を出迎える約30分前で、3日の発射も、ヘグセス米国防長官が南北軍事境界線がある板門店の南側にある在韓米軍基地に到着する約30分前でした。
トランプ米大統領は、韓国独自の原子力潜水艦の建造を承認したと表明しています。北朝鮮が原潜の開発を計画する中、同国が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)で水中から奇襲攻撃する事態は、日米韓にとって大きな脅威となることから、韓国が自国の原潜でこれに対応すれば、米国の防衛戦略にもプラスになるとの判断などがあるとされます。日本の潜水艦開発にも影響を与えることになります。韓国の李大統領は、韓国が持つディーゼルエンジンの潜水艦では「潜航能力が劣るため、北朝鮮や中国の潜水艦への追跡が制限される」とトランプ氏に説明し、原潜への燃料供給を認めるよう求め、これを受け、翌日には原潜本体の建造まで認める破格の回答を得た形となります。トランプ大統領は、原潜が米国の造船所で建造されるとして造船業の「復活」に言及しており、自ら掲げる「米国第一主義」に資するとの計算も働いたと考えられます。原潜を保有し、空母を増強するなど東・南シナ海で軍事的威圧を強める中国を牽制する狙いもうかがわれます。
ロシアのクルスク州でロシア軍と共に戦った北朝鮮兵士の記念碑の起工式で金総書記は、ロシアとの「軍事的な兄弟関係」が「絶えず前進する」と述べています。金総書記は「貴重な血をもって両国友好の長期的な発展が保証される長年の軍事的な兄弟関係は、絶えず前進する」とし「支配と専制」による挑戦で両国関係が妨げられることはないと表明したといいます。本コラムでも以前から取り上げていますが、北朝鮮はウクライナ戦争でロシアを支援、韓国とウクライナの推計によると、1万人を超える兵士を派遣、韓国の情報機関は2025年9月、約2000人の北朝鮮兵士が戦闘で死亡したと推定しています。また、ウクライナ軍は、ロシア軍の戦闘に参加する北朝鮮軍部隊がウクライナ領内への偵察任務としてドローンを使用していると明らかにしています。ウクライナ軍参謀本部は「北朝鮮のドローン操縦者とロシア兵の通信を傍受した」とし、北朝鮮部隊がロシア西部クルスク州からドローンを使用してウクライナ軍を偵察しているほか、北部スムイ地方へのロケット弾攻撃を支援していると述べています。北朝鮮は2024年、兵士数千人がクルスク州でウクライナ軍との戦闘に参加、ウクライナ側はその後、北朝鮮部隊が甚大な被害を受けて撤収したと発表していました。北朝鮮とロシアは過去2年間、軍事協力を強化、ウクライナと韓国は、北朝鮮が経済・軍事技術支援と引き換えに、ウクライナとの戦争に1万人以上を派兵したと推定、韓国国防相は、北朝鮮が潜水艦開発でロシアから技術支援を受けている可能性が高いと述べています。
北朝鮮の朴外務次官は、韓国大統領府が中韓首脳会談で朝鮮半島の非核化問題を議論する方針を示したことについて、「非核化は決して実現できない『ばかげた夢』だ」とする談話を発表、会談を前に北朝鮮の非核化をめぐる議論を牽制する狙いがありました。朴次官は「(北朝鮮の)核保有国の地位を否定し、いまだに非核化を実現させようという妄想を口にすること自体が、非常識をさらけ出すことになることを韓国はいまだに分かっていない」と韓国政府を非難しています。さらに、金総書記は、トランプ米大統領が首脳会談開催を重ねて呼びかけたことには触れず沈黙を貫きました。北朝鮮では5年に1度の党大会が年明けにも開催されるとみられ、これまでの外交政策を総括した後に対米関係の方針が示されるとの見方が外交筋の間で出ています。関連して、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は、米朝首脳会談を巡り、北朝鮮が米国との対話を準備する動向が確認されたとの分析結果を明らかにしています。国情院は、金総書記について「対米対話の意志があり、今後条件が整えば米国と接触すると判断している」とし、米韓合同軍事演習が行われる2026年3月以降に状況が変化する可能性があるとしています。金総書記が条件付きの対話を示唆した2025年9月の最高人民会議以降、核武装に関する直接的な発言を控えたことなども踏まえ、慎重に対話の条件を探っていると分析しています。トランプ米大統領が金総書記に会談を呼びかける中、北朝鮮側は会談の可能性を探り、崔善姫外相による中国やロシア訪問も、米国との対話の余地を考慮して慎重に調整していたと評価しています。
北朝鮮の序列2位だった金永南前最高人民会議常任委員長が多臓器不全のため死去しました。1998年から対外的な国家元首の役割を果たすなど、金日成主席から3代にわたって金一族を支えました。KCNAは、「党の思想を忠実に支え、国際舞台で特有の実力と貫禄を誇示して政治外交史に明確な功績を残した」と評しています。2002年、日朝首脳会談で訪朝した小泉首相(当時)らを平壌・順安空港で出迎えたほか、2018年の韓国・平昌冬季五輪の際には、北朝鮮の代表団を率いて金総書記の妹、金与正党副部長らと訪韓し、文大統領(同)と会談、この時は安倍首相(同)とも接触し、安倍氏は日本人拉致問題の早期解決を求めています。韓国・聯合ニュースは、北朝鮮の権力体制が変化する中でも左遷や粛清の措置を取られなかったと指摘し、「金日成主席時代の初期から外交の要職を歴任した北朝鮮外交の生き証人だ」と伝えています。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正動向(大分県)
大分県は、大分、別府両市の繁華街の一部を、みかじめ料の授受を禁じる「暴力団排除特別強化地域」に指定して取り締まりを強化する大分県暴力団排除条例(暴排条例)の改正案を2026年の県議会第1回定例会に提出する予定です(2025年10月にパブリックコメント手続きが取られていますが、執筆時点では資料等は閲覧できない状況です)。同地域内でみかじめ料を要求した者や支払った事業者に、1年以下の拘禁刑か50万円以下の罰金を科す内容です。大分県内で活動する暴力団構成員等は2025年7月末現在で約120人と、1992年の暴力団対策法の施行以降最少の水準となっています(暴力団対策法が施行された1992年当時の大分県内の暴力団勢力は約490人。大分県暴排条例が施行された2011年まで300~400人台が続いたが、2012年以降は100~200人台で推移)が、繁華街での暴力団員らによる違法行為は続いています。大分県警は2025年に入り、10月までに暴力団関係者ら47人を、賭博や逮捕監禁、恐喝などの容疑で検挙、繁華街でのみかじめ料要求も続いており、大分中央署は2025年5、7月、六代目山口組傘下組織の男性組員ら2人に対して暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。
(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(静岡県)
静岡県公安委員会は、虚偽の仲介手続きを行い、暴力団員に納車させたとして静岡県内の自動車販売業者の男性に対し、暴力団への利益供与をやめるよう静岡県暴排条例に基づき勧告しています。納車を受けた六代目山口組傘下組織幹部に対しても勧告を出しています。報道によれば、男性は暴力団の威力を利用する目的で2020年9月、同幹部が暴力団員ではないとする虚偽の仲介手続きで車を販売し、2021年2月に納車させたとされます。
▼ 静岡県暴排条例
静岡県暴排条例第15条(利益の供与等の禁止)において、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等又はその指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(1) 暴力団の威力を利用する目的で、又は暴力団の威力を利用したことに関し、金品その他の財産上の利益の供与(以下「利益の供与」という。)をし、又はその申込み若しくは約束をすること」を禁止しています。また、暴力団員についても、第5章 暴力団員等が利益の供与を受けること等の禁止第18条において、「暴力団員等は、情を知って、第 15 条第 1 項の規定に違反することとなる利益の供与若しくはその申込みを受け、若しくは同項の規定に違反することとなる利益の供与の要求若しくはその約束をし、又は事業者に同項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与、その申込み若しくは約束をさせてはならない」と規定されています。そのうえで、第24条(勧告)において、「公安委員会は、第154条第1項、第18条、第19条第2項、第20条第2項、第21条第2項又は第22条第1項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」と規定されています。
(3)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(静岡県)
静岡県沼津市の繁華街の社交飲食店で暴力団幹部らが用心棒の役割を担い、現金の授受があったなどとして、沼津署や静岡県警捜査4課などが静岡県暴排条例違反の疑いで六代目山口組傘下組織幹部ら7人を逮捕、報道によれば、組員でない知人らを介して「用心棒料」をやりとりしていたとみられることが分かったといいます。用心棒料での摘発は2019年8月の同条例改正後、静岡県東部で初めてだということです。
静岡県暴排条例第18条の3(特定営業者の禁止行為)第1項において、「次の各号のいずれかに該当する営業(第1号から第6号までに掲げる営業にあっては、暴力団排除特別強化地域内において営むものに限る。以下「特定営業」という。)を営む者(以下「特定営業者」という。)は、特定営業の営業に関し、暴力団員から、用心棒の役務(法第9条第5号に規定する用心棒の役務をいう。以下同じ。)の提供を受けてはならない」、さらに、第18条の4(暴力団員の禁止行為)において、「暴力団員は、特定営業の営業に関し、用心棒の役務の提供をしてはならない」と規定されています。そのうえで、第28条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(2)相手方が暴力団員又はその指定した者であることの情を知って、第18条の3の規定に違反した者」、「(3)第18条の4の規定に違反した者」が規定されています。
(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(福島県)
2025年10月にいわき市に住む30代の男性に対し、電話で威迫しながら暴力団組織に入るよう強要したとして、住吉会傘下組織組員に対し、暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。
▼ 暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)
暴力団対策法第十六条(加入の強要等の禁止)第2項では、「前項に規定するもののほか、指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない」と規定されています。そのうえで、第十八条(加入の強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をしており、その相手方が困惑していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項(当該行為が同条第三項の規定に違反する行為であるときは、当該行為に係る密接関係者が指定暴力団等に加入させられ、又は指定暴力団等から脱退することを妨害されることを防止するために必要な事項を含む。)を命ずることができる」と規定しています。
(5)暴力団対策法に基づく称揚禁止命令発出事例(兵庫県)
兵庫県公安委員会は、六代目山口組傘下組織組長と同組傘下組織組員の男2人に対し、出所祝いや功労金などの報償の授受を禁じる「称揚等禁止命令」を出しています。報道によれば、3人は六代目山口組の2次団体「倉本組」の組長らで、組員の男2人は2017年、対立する神戸山口組組長の兵庫県稲美町の別宅(当時)に対する発砲事件を起こして服役、2025年出所しています。命令の効力は出所から5年間で、組織内で地位を上げることも禁じています。
暴力団対策法第四章「加入の強要の規制その他の規制等」第四節「暴力行為の賞揚等の規制」第三十条の五において、「公安委員会は、指定暴力団員が次の各号のいずれかに該当する暴力行為を敢行し、刑に処せられた場合において、当該指定暴力団員の所属する指定暴力団等の他の指定暴力団員が、当該暴力行為の敢行を賞揚し、又は慰労する目的で、当該指定暴力団員に対し金品等の供与をするおそれがあると認めるときは、当該他の指定暴力団員又は当該指定暴力団員に対し、期間を定めて、当該金品等の供与をしてはならず、又はこれを受けてはならない旨を命ずることができる。ただし、当該命令の期間の終期は、当該刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から五年を経過する日を超えてはならない」として、「一 当該指定暴力団等と他の指定暴力団等との間に対立が生じ、これにより当該他の指定暴力団等の事務所又は指定暴力団員若しくはその居宅に対する凶器を使用した暴力行為が発生した場合における当該暴力行為」が規定されています。
(6)暴力団対策法違反事例(岡山県)
池田組の本部事務所(岡山市北区田町)に張られた使用制限の標章を剥がしたとして、岡山中央署は、暴力団対策法違反の疑いで、同市、職業不詳の30代の男を逮捕しています。報道によれば、事務所の出入り口ドアなどに岡山県公安委員会が貼付していた標章3枚を素手で剥ぎ取った疑いがもたれています。事務所前に不審者がいると通報を受け、駆け付けた署員が標章がなくなっているのを確認、付近にいた男に職務質問するなどして容疑を固めたものです。男は暴力団関係者ではないといいます。池田組を巡っては六打目山口組との抗争事件が相次ぎ、岡山県公安委が2022年12月、同法に基づき特定抗争指定暴力団に指定し、本部事務所などを使用禁止としています。
暴力団対策法第十五条(事務所の使用制限)第1項において、「6 何人も、第四項の規定により貼り付けられた標章を損壊し、又は汚損してはならず、また、当該標章を貼り付けた事務所に係る第一項の規定による命令の期限が経過した後でなければ、これを取り除いてはならない」と規定されています。そのうえで、第四十七条において、「次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」として、「五 第十五条第一項(同条第三項において準用する場合を含む。)の規定による命令に違反した者」が規定されています。


