暴排トピックス
首席研究員 芳賀 恒人

1.トクリュウ・シフト~暴力団もトクリュウも同時にたたけ
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正動向(三重県)
(2)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(静岡県)
(3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(鳥取県)
(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(京都府)
(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(沖縄県)
1.トクリュウ・シフト~暴力団もトクリュウも同時にたたけ
SNSでつながり、違法行為を繰り返し、治安上の脅威となっている「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」の壊滅に向け、警察庁は、司令塔組織の新設を柱とする組織改編を行いました(筆者はこの動きを「トクリュウ・シフト」と呼んでいます。従来の「突き上げ捜査」による暴力団対策のあり方をベースとして持ちながらも、トクリュウの実態にあわせ捜査態勢を見直し、「『人』の周囲を調べ、『カネ』の流れを追う」(捜査幹部)というあり方でトクリュウ摘発に総力をシフトしていくことを示しています)。捜査の照準を首謀者に合わせ、警視庁に全国から約200人の捜査員を結集して、異例の広域捜査を展開することになります。あわせて警視庁に対策本部を創設し、刑事部と合わせて3000人規模の体制を整えます(戦略に基づき摘発の主軸となるのが「新刑事部」で、暴力団による犯罪を中心に捜査する組織犯罪対策部を刑事部と統合し、約2800人の陣容とし、トクリュウが絡む犯罪を専従的に捜査する250人以上の「特別捜査課」を部内に新設、対策本部と刑事部を合わせた体制は3000人を超えることになります。また、対策本部は違法スカウトといった犯罪捜査にあたる生活安全部などとも情報を共有するとしています)。これにより、都道府県の垣根を越え捜査する「準国家警察(日本版FBI)」としてトクリュウ中枢の摘発をめざすとしています。警察庁の橘長官は「対策の成否が我が国の治安に大きな影響を与えると言っても過言ではなく、今が正念場。中核的人物をあぶり出し、違法なビジネスモデルの解体を図る」とその意義・使命を語っています。トクリュウの関与が疑われる2025年上半期(1~6月)の特殊詐欺被害は過去最悪の1万3213件(暫定値)に上り、他にも「闇バイト強盗」や不正送金、マネー・ローンダリング(マネロン、資金洗浄)、違法薬物、オンラインカジノを巡る違法賭博などの様々な犯罪に関わり資金を集めています。「トクリュウ情報分析室」は、全国警察の捜査情報を多角的に分析して首謀者を特定する、トクリュウ対応のいわば「インテリジェンス組織」として、都道府県警の司令塔となります。従来の暴力団捜査ではトップの摘発で組織の弱体化が図れたましが、トクリュウはSNSなどでアメーバ状に結びつき、「資金管理役」「道具屋」「リクルーター」などの分業制を敷いているのが最大の特徴です。警察庁は今後、生成AIを活用して資料を分析し、複雑に絡み合うトクリュウの相関図を作成することも検討しています。
警察庁のまとめによれば、2024年に摘発したトクリュウメンバー約1万人のうち、指示役や首謀者はおよそ1割で、摘発者全体の約4割が、SNSなどを通じて集められたいわゆる「闇バイト」で、逮捕された実行役らは上位者の素性を知らないことが多く、警察幹部は「従来の突き上げ捜査だけでは限界がある」と現状を分析、「『人』の周囲を調べ、『カネ』の流れを追う」(捜査幹部)との手法に切り替えを図っています(トクリュウ・シフト)。組織改編の狙いは、トクリュウの上位関与者を特定した上でターゲットを選定するとともに、全国の情報を一元的に集約する態勢の構築により、犯罪収益の流れなど、組織の実態解明の効率化・迅速化を図ることにあります。実はヒントとなる事例があるとされます。2022~23年、警察当局がトクリュウへの危機感を強める大きなきっかけとなった「ルフィ」グループによる一連の広域強盗事件で、被害金の流れを追っていた警視庁は2024年、都内にあった男の自宅にカネが運び込まれていることをつきとめ、この男は、別の特殊詐欺事件を追っていた愛知県警の捜査線上にも浮上しており、警視庁と愛知県警が2025年3月、マネロングループの幹部とされる男らを「ターゲット」に合同捜査本部を立ち上げ、捜査を本格化、警察庁とも連携し、全国の詐欺事件の情報を精査、従来、追跡が難しかった暗号資産を経由したカネの流れも解明し、4月、摘発にこぎつけたという事例です。トクリュウが関与したとみられる事件ではこれまでも、複数の捜査線上に、「同一の人物が浮かんでくることがあった」(警察幹部)といい、組織の垣根を越えた情報と捜査力の統合でトクリュウの実態を解明し、中枢人物を摘発したこの事件について、別の捜査幹部は「今回の組織改編の趣旨に沿う事例」と指摘しています。中枢人物の特定に向けては、情報収集・分析を担う司令塔機能の構築だけでなく、前述したとおり、生成AIを用いたトクリュウの相関図などを作成するシステム構築を図り、作成に要した時間を省略して実態解明を迅速化するだけでなく、人の目では気づかなかった人的つながりを明らかにすることも期待されています。トクリュウは特殊詐欺だけでなく、女性を風俗店に紹介するスカウト行為など、幅広い資金獲得手段を有しており、風営法などを所管する生安部門なども加え、あらゆる法令を駆使して摘発に当たるとしています。
日本警察は、テロ事件などの一部を除き、管轄地域に従って捜査していますが、トクリュウ捜査では必要に応じて警察庁長官の指示に基づき、警視庁の捜査員らを都道府県の垣根を越えて展開させる方針としています。元警察大学校長の田村正博・京都産業大教授(警察行政法)は、「好事例を共有し、今後の捜査に生かす必要がある。新たな犯罪の手口は次々に生まれており、捜査機関の連携だけでなく、民間事業者を含めたオールジャパンでの取り組みが欠かせない」と指摘しています(その意味では、筆者が以前主張したとおり、トクリュウに関する官民での圧倒的な情報量・質の乖離の現状があり、民間事業者のトクリュウ排除の実務を困難にし、その実効性を阻害している現状の改善・解消に本腰を入れていただきたいところです)。トクリュウが手口を巧妙化させていることを踏まえ、警察当局も新たな捜査手法を開発し、活用を進めています。その一つが、捜査員が架空の本人確認書類を使ってSNS上の「闇バイト」に応募し、犯罪組織に接触する「仮装身分捜査」(雇われたふり作戦)です。闇バイト強盗の多発を受け、2024年12月に政府の緊急対策で導入が決まったもので、警視庁は2025年6月、「雇われたふり作戦」を展開し、特殊詐欺事件の容疑者1人を摘発したことを明らかにしています。また、口座がSNSなどで売買され、詐欺被害金の受け皿に使われている実態を踏まえ、捜査員が実在しない人物名義の口座を開設して犯罪組織に渡す「架空名義口座捜査」についても検討が進んでいます。金の出入りから指示役を特定する狙いがあります。最近は、企業を買い取って法人口座を悪用する手口や、報酬を得て特殊詐欺の被害金を他人名義の口座に移す「送金代行」のアルバイトも問題となっており、こうした新手のマネロンへの対応も急務となっています。警察庁は9月に有識者懇談会を設置し、口座譲渡の厳罰化などの検討を進めています(AML/CFTの項参照)。2026年初めには報告書をまとめ、2026年の通常国会に犯罪収益移転防止法の改正法案を提出したい考えです。警察幹部は「あらゆる法令を駆使してトクリュウの中枢を摘発するとともに、犯罪ツールを奪うための法整備を急ピッチで進めていく」としています。また、特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺では、東南アジアなど海外の拠点で活動する日本人が摘発される事件が相次いでいることから、新体制では、国際連携の強化も図るとしています。T3(トクリュウターゲット取り締まりチーム)では、あらかじめ国ごとに担当者を定め、日頃から他国と情報共有しながら、日本人が絡む拠点摘発があった場合、すぐに捜査員を現地に派遣することを検討しているといいます。警察庁には、海外で日本人が被害に遭うテロ事件が起きた際、現地に急派し対応にあたる国際テロリズム緊急展開班(TRT-2)が以前からあり、T3も同じような即応部隊にする方針だといいます。さらに、トクリュウが秘匿性の高いアプリなどの技術革新の恩恵を享受する一方、通信傍受による現行の取り締まりの枠組みは旧来の電話やメールを想定したもので、実態が先行し、法制度が追い付いていない状況にあります。トクリュウによる犯罪被害の防止策強化も重要で、フェイスブックやインスタグラムが著名人をかたった詐欺広告の削減に取り組み、一定の効果を挙げたケースのように、プラットフォーム事業者が、特殊詐欺で使われる偽逮捕状の画像をAIで検知、警告する対策に力を入れるなど「犯罪をやりにくい環境」があれば、抑止効果につながると認識して取り組むことが重要となります。
巧妙化・複雑化する暴力団などの組織犯罪に対応するため2003年に発足した警視庁組織犯罪対策部(組対部)が2025年10月1日、刑事部に統合され、22年の歴史に幕を閉じました。この間、暴力団の人員は減少の一途をたどりましたが、組織の対立抗争は相次ぎ、半グレ」や「トクリュウ」といった新たな治安上の脅威も台頭、組対が対峙し続けた暴力団は、「変容」しています。警察庁によると、暴力団の構成員・準構成員などの総数は1992年の暴力団対策法(暴対法)施行後、一時的に減少しましたが、1996年に再び増加に転じ、組対部が発足した翌年の2004年まで増え続けました。暴対法によりシノギ(資金獲得活動)に窮する中小の組織が増え、関西を拠点とする山口組、関東の両巨頭である住吉会、稲川会という大組織の指定暴力団がこれらを吸収、血なまぐさい対立抗争事件も相次ぎました。凶悪化する暴力団に歯止めをかけようと整備が進められたのが、暴力団排除条例(暴排条例)です。市民や事業者が暴力団への利益供与を禁じる内容で、2011年10月には全都道府県で施行され、暴対法と合わせ、暴力団が「表舞台」で活動することは、ほぼ不可能となりました。替わって「あだ花」のように台頭したのが、半グレと呼ばれる集団で、暴走族OBなどの不良グループで構成され、暴力団のような凶暴性を持ちつつ一般人のように振る舞い、特殊詐欺などの違法行為に手を染めており、警察当局はこうした半グレを「準暴力団」と認定、取り締まりを強化しましたが、トクリュウはさらに厄介な存在です。不良や元暴力団員、外国人など、構成メンバーはさまざまで、SNSでつながり、実態把握は半グレ以上に困難です。例えば、トクリュウの1つであるスカウトグループ「ナチュラル」は2020年、新宿・歌舞伎町で住吉会傘下組織組員と乱闘騒ぎを繰り広げ、組織の統制に絡んでメンバー内で監禁、暴行事件などを起こす一方、六代目山口組傘下組織組員に対し、スカウト活動を容易にするための「みかじめ料」を払っていたことも明らかになるなど、「時に暴力団の向こうを張り、時に暴力団と共存する」というトクリュウの本質がここに垣間見えます。2015年に六代目山口組が分裂したように、暴力団自体は表面上、減退しているようにみえます。構成員・準構成員は組対部発足当時の2003年には全国で8万人以上いましたが、2024年末時点では2万人を切っています。暴力団犯罪の摘発者も年々減っており、派手な抗争事件も少なくなり、ある暴力団関係者は「親分への『御奉公』で組員が出ていく(犯罪を犯す)ケースは今もあるが、器物損壊程度の軽い罪で済ませる。出所後には組がなくなったり見捨てられたりするケースもあり、体を張る価値があるのか計算する」と打ち明けています。かつてのように看板を掲げられず、組員も少なくなった暴力団ですが、半グレ、トクリュウとの「接点」は絶えず見え隠れしています。捜査幹部は「たとえば、犯罪の実行行為をトクリュウなどにやらせ、アガリ(上納金)をもらえば、リスクも少ない」と指摘、「凶暴性の『質』は変わらない。一定数まで減ったが、頭打ちの勢力のまま、推移していくのでは」と指摘していますが、筆者も似たような見解です(暴力団の中核部分は「任侠団体」として残りつつ、周辺部分はトクリュウなどと溶け合いながら「犯罪組織」の要素を色濃くしていく「二極化」が進むと考えています。なお、その「融解」の役割を果たしたのがSNSです。トクリュウはSNSなくして発生しなかったともいえます。さらに言えば、準暴力団が海外のマフィアと暴力団の仲介役を担うなど、海外の犯罪組織との連帯にも警戒が強まるなど、周辺部分の拡大はそうした方向にも拡がっているといえます)。組織改編でトクリュウ壊滅を期す警察は「トクリュウだけをたたいても、暴力団は新たな手先を探して生き延びる。暴力団とトクリュウは同時にたたく」と意気込んでいますが、正に今後の暴力団とトクリュウのあり方、その関係性を考えれば、そうすべきだと筆者も考えます。
国内最大の指定暴力団六代目山口組が分裂して、2025年8月で10年が過ぎました。この間、近隣住民が暴力団事務所の使用差し止めを求める申し立てが相次ぎました。ただ六代目山口組本部については、申し立てには至っていません。報道で近隣住民は「あってもなくても。他の人も無関心だと思うよ」、「なにか恩に感じるようなことは特にない」が、事務所の存在自体を脅威に感じたことも無い、「いてほしいとは言わないけど、無くなった後に誰がくるのか不安」といった反応であり、周辺で抗争が起きていないことも関係している可能性も含め、住民との関係性の悪しき(時代錯誤的な)根深さが気になります。一方、組事務所をめぐり、暴追運動の一環として近年、各地で進められてきたのが、事務所の使用差し止め訴訟です。特定抗争指定が外れた後も、組側が建物を事務所として使用できなくさせることを目的とするものですが、従来、活動の矢面に住民が立つと、報復されるなどのリスクがあったところ、2013年の改正暴力団対策法で、差し止めを求める住民に代わって、国家公安委員会から「適格団体」の認定を受けた各都道府県の暴追センターが原告になる「代理訴訟」が可能になりました。センターに委託した住民の個人情報は、訴訟の中で組側が知ることはありません。兵庫県内では2017年以降、暴力団追放兵庫県民センターが六代目山口組、神戸山口組、絆會に関係する事務所を対象に、差し止めの仮処分を求める訴訟を全10件起こし、うち9件で仮処分が決定、1件で和解が成立し、住民側の要求が認められています。訴訟後、事務所があった建物を民間に売却する事例も相次いでおり、差し止め訴訟に詳しい、兵庫県弁護士会・民事介入暴力対策委員会の委員長、頼富隆光弁護士は「公道での発砲や事務所の襲撃などの抗争事件が相次ぎ、住民の危機意識が高まったことが背景にある」とみています。兵庫県警暴力団対策課によれば、「近くに幼稚園や小・中学校があり心配」「怖いので道を避けて通勤していた」などの地域の声が、申し立てにつながったといいます。事務所の差し止めを求める訴訟は全国でも起こっており、2019年には福岡地裁久留米支部が、道仁会傘下組織の組事務所に対して、使用差し止めの仮処分を決定、2024年には東京地裁が、東京・新宿のマンションに置かれていた住吉会の本部事務所の使用を差し止める仮処分を認めています。
暴力団対策法に基づく取り締まりの強化や暴力団追放運動の高まりに伴い、各地の組事務所が相次いで閉鎖、移転しています。一方、その後の問題として残るのが跡地の活用の問題です。組事務所は繁華街中心部や角地など好立地のところも多く、本来であれば需要が見込まれますが、売買には独特の難しさがつきまとっています。映画館や福祉施設への転用事例もありますが、土地購入後も活用方法が定まらないといったケースもあり、模索が続いています。過去に元組事務所の売買に関わった経験がある不動産業の男性は「元組事務所は相場より安く買い取れることもあり、不動産としての潜在的な価値は高い」としつつ、契約締結までには、一般的な不動産取引にはない手順を踏む必要があるといいます。暴力団側から事務所売却の意向を聞きつけた男性は、管轄する警察本部に連絡、売買の意向や経緯をまとめた書面、そして、反社会的勢力には転売しないという念書を提出することになり、また、事務所は暴対法に基づき立ち入りが禁じられていたため、内覧や撤去作業の際も、その都度、警察に許可を求めなければならない手間があったといい、「警察との連携などノウハウが必要なところもあった」といいます。暴力団事務所跡は、たとえ活用できなくても、閉鎖や買い取りによって反社会的勢力による使用を防ぐこと自体に意義があるといえますが、いい物件が空き地として残り続けるのは社会経済上は好ましくなく、解決が難しい場合は外部の手を招き入れるのも一つの方法とも指摘されています。
「餃子の王将」社長射殺事件の公判が動き始めます。「餃子の王将」を展開する王将フードサービスの社長だった大東隆行さん=当時(72)=が2013年に射殺された事件で、殺人罪などで起訴された工藤會傘下組織幹部の田中被告(58)の初公判が京都地裁で2025年11月26日に開かれることになりました。田中被告の「犯人性」が争点で、弁護側は無罪を主張する方針です。今も明らかになっていない事件の背景を検察側がどう説明するか注目されます。裁判官と検察側、弁護側が争点などを絞り込む公判前整理手続きを2024年2月から継続的に実施、裁判員裁判の対象から除外され、裁判官のみで審理されることになります。田中被告と大東さんの明確な接点は確認されておらず、間接証拠を積み重ねて田中被告が実行したと立証するとみられますが、動機も不明で、京都府警は指示した人物がいるとみて捜査を続けています。王将フードサービスの第三者委員会が2016年、特定の企業グループの経営者と不適切な取引を続けていたとする調査報告書を公表、大東さんはこの企業グループとの関係を絶とうとしたため、府警は事件との関連に注目していました。
その工藤會について、福岡県内で活動する組員のうち、20代以下が2024年末時点でゼロになったことが判明、統計が残る2013年以降で初めてとなります。工藤会トップで総裁の野村悟被告(78)を逮捕した「頂上作戦」の着手から11年、工藤會は高齢化や警察の取り締まり強化の影響で弱体化が進む一方、県外に活動範囲を広げている若手も確認されており、警察当局は実態把握を進めています。報道によれば、県内で活動する組員は2024年末時点で150人、頂上作戦に着手した2014年の490人に比べて7割減少(ピークだった2008年の3割以下)、高齢化も進み、組員に占める20代以下の割合は4.7%から0%となった一方で、70代以上が2.2%から14.9%と大幅に増え、平均年齢は2024年までの10年で9.4歳上昇して55.3歳になり、2024年は50代以上が7割を占めています。福岡県内で活動する暴力団の平均年齢52.4歳よりも高くなっています。県警幹部は「工藤会に対する集中的な取り締まりや、暴力団追放運動の高まりによって組員の摘発や離脱が進み、若い世代が加入したがらなくなった」とみていますが、一方で、警察当局が警戒を強めているのが、福岡県外で活動する若手組員や、SNSでつながり違法行為を繰り返すトクリュウです。警察当局は近年、工藤會の勢力範囲として福岡、山口両県に千葉県を加えています。同県松戸市では工藤會傘下組織の組事務所も確認されています。千葉県警は2025年2月、東京都の女性から300万円をだまし取ったとして、関東で活動する20代の工藤會傘下組織組員を詐欺容疑で逮捕しています。特殊詐欺グループの受け子のリーダーとみており、ある捜査関係者は「工藤會はトクリュウの使い方や特殊詐欺での金の稼ぎ方において、他の暴力団を圧倒的に上回る勢いがある」と指摘しています。福岡県警幹部は「工藤會の伝統的な資金獲得活動は恐喝やみかじめ料などだったが、近年は特殊詐欺を有力な手段の一つにしている。武闘派から経済ヤクザに様変わりしつつある」と話しています。全国の暴力団勢力と摘発人数が減る中、特殊詐欺で摘発される組員らは増加傾向にあり、警察当局は、暴力団の資金獲得活動の一つが「トクリュウ」を使った特殊詐欺に変容しているとみています。警察庁によれば、全国の暴力団勢力(準構成員を含む)は2024年末時点で1万8800人で2020年末時点の約7割になり、摘発人数も2020年は1万3189人でしたが、2024年は8249人に減りました。薬物密売は暴力団の資金源の一つとされますが、覚せい剤取締法違反容疑での摘発も、同期間で3510人から1707人に半減しています。一方、特殊詐欺の被害は深刻化、2024年は2万1043件(被害総額718億8000万円)に上り、2025年上半期(1~6月)も前年同期を大きく上回っており、摘発された組員らも増加傾向で、323人だった2021年を除き、2020~24年は402~439人で推移、2025年上半期は217人となっています。また、トクリュウが関与した疑いがある特殊詐欺事件の2024年の摘発人数は2263人、熊本県警が2024年11月、闇バイトで実行役を勧誘するリーダー格とみられる道仁会傘下組織幹部を逮捕するなど、警察当局は暴力団が上位者として関与するケースも多いとみています。日本弁護士連合会民事介入暴力対策委員会の鈴木仁史・元副委員長は「トクリュウを使った特殊詐欺は上位者に捜査の手が及びにくい。警察が身元を隠す仮装身分捜査などで組織に入り込み、組員らの摘発につなげることが必要だ」と指摘しています。一方、頂上作戦では工藤會を離脱した組員の就職などを支援する「出口対策」にも力を入れてきましたが、しぶとく工藤會に残り続ける古参組員らもおり、近年の離脱数は停滞しているといいます。福岡県警の捜査幹部は「頂上作戦以降、県民や企業、行政と連携した暴排活動を進めてきた。県警は組織が壊滅するまで手を緩めることなく、未解決事件の捜査や資金源対策などに力を入れていく」と話しています。
全国唯一の特定危険指定暴力団工藤会トップで総裁の野村悟被告(78)=殺人罪などで1審で死刑、2審で無期懲役、上告中=が2020年9月以降、国内最大勢力の特定抗争指定暴力団六代目山口組の最高幹部(当時)から現金計約2000万円を贈られていたことを福岡県警が確認しています。現在も六代目山口組の別の幹部らが、勾留中の野村被告への接見を繰り返しているといいます。県警は「弱体化する工藤會を六代目山口組が取り込もうとしている可能性もある」と警戒しています。福岡拘置所に勾留中の野村被告は1審の証拠調べが終わった2020年9月に接見禁止が解除され、それ以降、六代目山口組の最高幹部は面会に2度訪問、拘置所では窓口で現金を差し入れることは可能で、各約1000万円を差し入れたとされます。その後も、福岡市に拠点を置く六代目山口組2次団体のトップが毎週のように野村被告の面会に訪れているといいます。工藤會と六代目山口組がこれほど頻繁に接触を繰り返すのは異例のことであり、工藤會は長い間、「反山口組」の急先鋒として知られてきました。他団体の進出を許さない工藤會は、一般人をも襲撃する凶暴性を背景に企業や飲食店主らにみかじめ料(用心棒代)を要求するなどして資金を増やし、勢力を拡大させてきました。その後の「頂上作戦」で厳しい取り締まりの中で資金獲得が難しくなった工藤會は福岡組員の離脱が相次ぎ、急速に弱体化、そうした状況の中で発覚した六代目山口組の動きを県警は注視し、分析を続けています。ある県警幹部は「弱体化した暴力団が他の暴力団に吸収されるケースは過去にもあった。山口組が過去に断念した北九州市への進出を再び画策することも十分にあり得る」と指摘していますが、内紛続きだった会津小鉄会では2024年、弘道会出身の六代目山口組の直参組長が新会長に就任、また、関東の独立組織でもトップの死去によって、六代目山口組が吸収するのではないかという憶測が飛んでおり、混乱に乗じて母屋を取るという戦略がパターン化してきています。今回の工藤會への接近は、その一環とみる向きもあります。コストのかかる抗争ではなく、強大な組織力を背景に平和裏に飲み込んでいくという手法が、今後の全国制覇のカギとなる可能性があります。一方で、大きな動きがあるとすれば、2審で無期懲役を言い渡され最高裁で審理中の野村被告の刑事裁判が確定したタイミングと考えられます。福岡県警幹部は「野村被告が社会復帰する見込みがなくなれば、本格的な動きがあるかもしれない。六代目山口組による資金提供や幹部の面会は、将来の吸収合併を見越した準備の可能性がある」と語っていますが、筆者としても今後の動向を注視していきたいと思います。
週刊誌情報ですが、興味深い内容でしたので紹介します。週プレNEWSの記事「分裂抗争終結も新たな火種に!?六代目山口組の”脱関西”の動きに関東ヤクザも戦々恐々」では、「分裂・離反した神戸山口組との10年抗争への終戦を4月に宣言し、体制強化に乗り出す山口組に新たな動きが出てきた。名古屋に本拠を置く中核組織の弘道会の新体制が発足。弘道会の一強体制がより顕著になった。一方で、神戸にあった弘道会の事務所は売却を余儀なくされ、山口組の組行事は三重や静岡での開催が常態化し、中京シフトが加速している」、「「野内会長は山口組の直系組長となったことで、これまで叔父貴分だった他の直参と肩を並べ、早晩、若頭補佐に抜擢されて執行部入りするだろう。これで、山口組に司━高山━竹内━野内という弘道会ラインが堅固に敷かれたということだ。他の直系組織からは、『弘道会でなければ上がり目はないということだ』といったボヤキも聞こえてくるが、今回の分裂抗争において弘道会は多数のヒットマンを駆り出し、中には無期懲役になった者もいる。また、神戸山口組から離脱した組織は、復讐に遭わないためにより強い組織へと移らざるを得ず、その行先となったのが仇敵であったはずの弘道会系列の組織だった。こうした抗争や一本釣りの陣頭指揮を担ったのが、竹内若頭や懐刀の野内会長だったわけで、他の直系組織は弘道会支配に従うしかないのが現状だ。そもそも、当代の司組長の出身組織というだけでも格が高まる。弘道会の若頭だった当時の竹内若頭に対して、タメ口をきける山口組の直参は少数だったという」(暴力団事情に詳しいA氏)」、「「戦後の山口組は、自民党と似ていて、5つぐらいの派閥が存在してバランスを重視した人事体制を敷くことで、突出した直系団体が生じないように互いにけん制しあってきた。ただ、そうした弊害で、自民党であれば党内の権力闘争が幾度も繰り広げられ、山口組においても山一抗争や1997年の宅見若頭射殺事件といった内部抗争を生じさせてきた経緯がある。ヤクザに対する社会や法の風当たりが厳しくなり、公平な人事といったきれいごとを言える余裕はなく、上意下達を徹底したピラミッド体制を築くことで組織の生き残りを賭けたといえる。いわば、組織風土を自民党から共産党へと衣替えしたようなことだ」(暴力団担当の刑事)人事面だけでなく、拠点も移行しつつある。神戸山口組との抗争終結を4月に兵庫県警に通告したものの、阪神エリアを中心とした山口組関連の拠点は特定抗争指定に基づいて使用禁止が解けていない。このため、12月の恒例行事である「事納め」など組員が大挙して集結する行事は、三重県や浜松市などでの開催が常態化している。また、弘道会の神戸の拠点事務所は使用差し止め訴訟の末、8月に民間に売却されたことが明らかになった」、「「神戸側は発足時、『執行部が、本家を山口組発祥の地の神戸から名古屋へ移転しようとしている』と真偽不明の批判をしていましたが、事務所使用禁止によって皮肉にもそのような事態になっています」(全国紙社会部記者)中京シフトには、関東の組織も危機感を募らせているようだ。「神戸・大阪へのこだわりが薄れたのか、新しい拠点を求めて山口組の系列組織が関東に進出するケースが増えている。そのうえ、山口組を牛耳った弘道会ともなれば押し出しがより強く、シノギのバッティングなどで関東の組織が右往左往させられているようだ」(前出刑事)分裂抗争の終結も束の間、新たな火種とならなければよいが…」というものです。
暴力団を巡る動向から、いくつか紹介します。
- 関東関根組(茨城県土浦市)の傘下組織が組事務所を置く東京都新宿区西新宿のマンションについて、東京地裁が使用差し止めの仮処分を決定しています。近隣住民が2025年6月、暴力団対策法に基づき、公益財団法人「暴力団追放運動推進都民センター」に委託する代理訴訟制度を使って、使用差し止めを求める仮処分を申請していたものです。代理訴訟制度で組事務所の使用差し止めが認められたのは都内では4例目となります。対象の西新宿の組事務所は関東関根組の傘下組織の東京の拠点で、関東関根組は、松葉会(東京都台東区)から分裂し、2018年に指定暴力団として指定されています。この事務所では2024年11月、関東関根組の元組員と傘下組員とのトラブルによる刃物での切りつけや消火器の投げつけなどがあり、双方にけが人が出る事件が発生、そのため、近隣住民10人が日常生活の平穏を害されたと主張していたものです。今回の仮処分によって、会合の開催や構成員らの立ち入りなど建物の組事務所としての利用が禁止されます。
- 山口県公安委員会は暴力団対策法に基づき下関市に本部を置く七代目合田一家の代表者が変わり新たに八代目の体制になったと官報に公示しています。合田一家の新たな代表者=総長になったのは下関市の暴力団=元五代目小桜組の朴鐘吉組長です。下関市竹崎町に本部を置く合田一家は県内全域と熊本県の合わせて16組織およそ30人の組員で構成された県下最大勢力の暴力団で、2025年5月に継承式を行い朴鐘吉総長が率いる8代目の体制となったということです。
- 京都府公安委員会は、八代目会津小鉄会の名称を「八代目会津小鉄」に変更すると公示しています。
トクリュウ等を巡る動向から、いくつか紹介します。
- 2025年6月の改正風営法の施行後も、スカウトによる違法な女性斡旋が続いている実態があるといいます。国内最大級のスカウトグループ「ナチュラル」は、摘発を逃れるための「闇アプリ」を駆使し、捜査対策マニュアルや警察の捜査情報とみられる投稿まで共有、法の網をすり抜ける巧妙な手口と、夜の街に根を張る「必要悪」の構造があります。トクリュウの現役メンバーらは、摘発が強まった後もSNSなどを使って悪質なスカウトが続いていると証言、「地方のお店というのは、やっぱりこっちの東京とか人口の多いところから女の子を紹介してもらわないと、お店そのものが成り立たない店もある」といいます。また「闇アプリ」では、ナチュラルによる捜査逃れの実態も垣間見えています。例えば、「千葉エリアガサ情報共有千葉の4~5店舗に7月13日、14日どちらかでガサが入るとのリーク情報が入りました」といった内容ですが、警察の捜査情報がどうして事前にトクリュウ側に伝わっていたのか、警察当局の情報管理の問題にまで発展しそうな内容だといえます。
- 虚偽の確定申告で所得税還付を受ける不正が頻発、トクリュウによる大規模な詐欺事件が摘発され組織的な不正の手口が表面化、副業する会社員の不正も後を絶たず、窓口でのやり取りが不要な電子申告の普及が不正の抵抗感を弱めているとの声もあります。高知県警が2025年5~9月に摘発したトクリュウの詐欺グループは、全国で不正な確定申告を繰り返したとされ、北海道から沖縄まで、各地の税務署への申告で不正還付の総額は計1800万円以上に上る。グループはSNSで募った闇バイトに国税電子申告・納税システム(e-Tax)の識別番号などを取得させ、メンバーが税務署に架空の事業内容で申告。経費が収入を上回り赤字になったと装い、還付金を請求していたといいます。このグループは所得税還付の仕組みに目をつけ、架空申告の名義人を全国に広く募ることで多額の犯罪収益を得ようとしたとみられています。
- 東京都江戸川区の路上で2025年9月、会社社長の男性が催涙スプレーを持った集団に襲われ多額の現金を奪われそうになった事件で、警視庁捜査1課は、強盗傷害の疑いで、内装業や会社員ら男5人を逮捕しています。共謀して江戸川区西瑞江の路上で、人材派遣会社社長の30代男性に催涙スプレーを噴射、目にけがをさせ、男性が持っていた現金約5300万円を奪おうとしたとしています。男性が抵抗したため、何も奪わず逃走していました。5人はトクリュウとみられ、捜査1課は他にも指示役や勧誘役がいるとみて調べています。
- 大阪府内や兵庫県内でトヨタの高級車「レクサス」などを盗んだとして大阪府警は、窃盗の疑いで無職の容疑者と自営業の容疑者を逮捕、送検し捜査を終結したと発表しています。10件の自動車盗など計21件(総額計約8769万円相当)の被害を裏付けています。大阪府警は事件を巡り、実行役を含めて計14人を摘発、両容疑者はSNSで「リー」や「パブロ・エスコバル」と名乗って実行役を募っていた指示役といい、トクリュウによる事件とみられています。両容疑者の送検容疑は、実行役らと共謀し、神戸市垂水区の駐車場で乗用車1台(時価約880万円相当)を盗むなど、1府3県で通信機器「CANインベーダー」を使った自動車盗を繰り返したとしおり、盗んだ車は1台150万円~200万円で売却されていたといいます。
- 民家に侵入し、現金約280万円が入った金庫などを盗んだとして、大阪府警は、住居侵入と窃盗の疑いで、フィリピン国籍の無職、タキワキ容疑者ら男7人を逮捕しています。タキワキ容疑者は愛知を拠点とするトクリュウ「ブラックアウト」のリーダーとみられています。7人の逮捕容疑は2025年4月、共謀して和歌山県有田川町の民家に侵入し、現金280万円が入った金庫などを盗んだとしています。「ブラザー」と呼び合った関係性で宮田容疑者のグループが「(金庫盗に)成功すれば一人200万円支払う」とブラックアウト側に打診、タキワキ容疑者がメンバーを集めて協力したといいますが、事件後、報酬を巡ってタキワキ容疑者は宮田容疑者と対立、メンバーらと宮田容疑者らが出入りする東大阪市内のマンションに特殊警棒などを持って侵入し、凶器準備集合容疑などで逮捕されていました。
- 夜景スポット近くで未成年4人に因縁を付けて現金を奪ったとして、大阪府警枚岡署は、強盗の疑いで、大阪市の無職の容疑者と双子の弟の容疑者ら男5人を逮捕しています。5人は、大阪市鶴見区を拠点とする半グレ「Tグループ」のメンバーを自称しているといいます。逮捕容疑は共謀し、2025年7月19日未明、大阪府東大阪市東豊浦町の路上で、男性(16)ら4人に因縁を付けて暴行した上、現金計1万9千円を奪ったなどとしています。
- 風俗店に女性を紹介した対価を受け取る際、架空名義の領収書を交付したとして、愛知県警は、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)の疑いで、3人の容疑者を逮捕しています。容疑者らは東海3県最大規模のスカウトグループ「ラッシュ」の幹部といいます。ラッシュは同市の繁華街・栄を中心に活動し、メンバーは30人以上とみられています。互いを通称で呼び合い、警察車両のナンバープレートの情報を収集したり、捜査で携帯電話を解析されたメンバーに数百万円の罰金を科したりするなど、摘発への対策を取っていたといいます。県警は資金が暴力団に流れている可能性もあるとみて調べています。3人の逮捕容疑は、共謀して同市千種区の風俗店で、他のスカウトが女性を紹介したことへの対価など約3万1300円を受領した際、架空名義の領収書を渡したとしています。
- ホストクラブの売掛金(ツケ)回収のため、性風俗店に女性を紹介したとして、警視庁生活安全特別捜査隊は、スカウトグループ「オンライン」元代表を職業安定法違反(有害業務の紹介)の疑いで逮捕しています。2025年6月末の幹部に続いてトップの逮捕に発展し、グループは事実上壊滅しています。逮捕容疑は、2022年7月、さいたま市大宮区のソープランドに女性(26)を紹介したといい、女性が通うホストクラブから仲介を頼まれたといいます。容疑者は「日ごろから部下に指示し、スカウト活動や風俗店に人材をあっせんしており、「楽に大金が稼げた」と供述し、容疑を認めています。警視庁によれば、グループは容疑者が2014年ごろに立ち上げ、新宿・歌舞伎町と銀座を中心に約20人が活動、繁華街でスカウトした女性を性風俗店などに紹介し、店側から支払われる報酬「スカウトバック」として、11年で5億4000万円以上を売り上げていたといいます。容疑者は月ごとの売り上げ目標を設定し、スカウトバックの回収・配分を差配していたとみられています。
- 東京・歌舞伎町の風俗店で働く女性に高金利で現金を貸したとして、警視庁は、韓国籍で職業不詳の容疑者ら男3人を出資法違反(高金利)の容疑で逮捕しています。容疑者らのグループは、ホストクラブで売掛金(ツケ)を抱えていたり、風俗店で働いたりしている女性らに無登録で金を貸していたといい、警視庁は実態解明を進めています。3人は2023年3月、女性(24)に現金50万円を貸し、2025年3月までに利息として約400万円を受け取った疑いがもたれています。1日当たりの金利は上限を大幅に超える約07%で、2025年4月、女性が東京都内の警察署に「これ以上お金を払うことができない」と相談して発覚したものです。取り締まりを強化してきた警視庁にも売掛金を抱える女性に対して金を貸す業者があるといった相談があり、こうした情報を集め、同庁が捜査を進めると、同じような事情を抱えて風俗に勤務する女性らが同じ「ヤミ金」から金を借り、返済に苦しむ実態が浮かび上がったといいます。これまでの捜査で、このヤミ金グループは複数の女性に総額で計約800万円を貸し付け、計約2200万円の利息を受け取っていた疑いが判明しているといいます。歌舞伎町で女性支援を続けるNPO法人レスキュー・ハブの坂本新理事長は「売掛金は禁止されても、一部のホストクラブは『前入金』として女性に事前に多額の現金を用意させるなどしている」と指摘、違法風俗や売春行為への摘発が強化され、表面上見えにくくなっているだけで、歌舞伎町では「困難を抱える女性が潜在化している」とみています。
- 中国新聞によれば、広島県警が2025年に入り「非行少年グループ」を新たに5グループ認定、計8グループの133人に上り、構成員はここ10年で高水準にあるといいます。SNSでつながり、バイクの集団暴走や犯罪行為を繰り返しており、暴力団の「面倒見」が関与する集団もあり、広島県警は暴力団などの「予備軍」とみて実態解明や摘発を強めているとのことです。各グループは5~36人の集団で、「暴力団が上納金のためにグループ名を付けさせ、結束を強めている」、「広域・流動化し、暴力団やトクリュウの予備軍のようになっている」と警戒しています。
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
警察庁は、トクリュウなどによるマネー・ローンダリング(マネロン、資金洗浄)を巡り、その対策を議論する有識者懇談会の初会合を開きました。銀行口座を他人に譲渡する行為への罰則強化や、第三者に送金代行を依頼する手口(いわゆる「送金バイト」)の規制、架空名義口座の導入など犯罪収益移転防止法改正を視野に議論し、2026年初頭にも報告書をとりまとめる方針だといいます。大浜・組織犯罪対策部長は、トクリュウ対策は「警察の最重要課題」とした上で、「(犯罪集団は)金融サービスを悪用して特殊詐欺で得た資金をマネロンしている。効果的な対策を強力に推進していく必要がある」と述べています。本コラムでたびたび取り上げているとおり、SNSを介した銀行口座の不正売買は横行しており、口座譲渡などの摘発は2024年に4362件と、2014年(1617件)と比べ2.7倍になっています。また、報酬をもらい自身の口座に送られてきた犯罪収益を指定された口座に送金するといった「送金バイト」も問題となっており、現在の犯収法では銀行口座を他人に譲渡する行為の罰則を1年以下の拘禁刑か100万円以下の罰金などと定めていますが、抑止力向上のため厳罰化や、送金バイトを禁じる新たな規制の是非を議論するとしています。
▼警察庁金融サービスを悪用したマネー・ローンダリングへの対策に関する懇談会(R7.9開催)
- 口座譲渡等の罰則の在り方
- 検討に当たってのポイント
- 現下の口座譲渡等の状況をみるに、現行の口座譲渡等に関する罰則の感銘力は違反行為の抑止に十分な効果を発揮しておらず、目先の利益を得るために安易に預貯金口座を売る者が後を絶たない状況にある。
- より高い感銘力を担保すべく、口座譲渡等の罰則の引上げを検討すべきではないか。
- 国民を詐欺から守るための総合対策2.0〈抜粋〉
- 預貯金口座等の不正な譲渡等については、最近の手口や実務上の課題等を把握した上で、罰則の引上げを含めた法令の見直しを検討する。(令和7年4月22日 犯罪対策閣僚会議)
- 検討に当たってのポイント
- 有償で他人に財産を移転させる行為(いわゆる「送金バイト」)への対応
- 事例の概要
- 動画閲覧サイトで知り合った相手から預貯金口座を使ってお金を送金する仕事を紹介され、相手に自己名義の預貯金口座の口座番号を教示。その後、当該口座に振り込まれた金額を指定された口座へ送金。1回当たり5,000円の報酬を受領。
- SNSで知り合った女性から「口座に振り込まれた現金を他人に送金する仕事」等と言われ、相手に自己名義の預貯金口座の口座番号を教示。その後、当該口座に振り込まれた金銭を指定された口座へ送金。一日当たり4,000円の報酬を受領。
- SNSで「口座番号、暗号資産のアカウント等を教示するだけで、振り込まれた額の3パーセントが報酬となる。」旨の書込みを発見し応募。暗号資産取引所のID、自己名義の預貯金口座の口座番号等を教示。振り込まれた金額から自分が受け取る報酬を差し引き、残りを暗号資産の口座へ送金。
- SNSで知り合った外国人に依頼され、送金をするバイトの認識で自己名義の預貯金口座の口座番号を伝える。その後、振り込まれた金額を指示通りに暗号資産、ステーブルコインに換えて、指示された口座へ移転。5回ほど送金を行い、合計約5万円の報酬を受領。
- SNSで知り合った女性から、「あなたの口座に資金を振り込むので、そのお金でギフトカードを購入して、シリアルナンバーを送ってほしい」と言われ、自己名義の預貯金口座の口座番号を相手方に伝達。その後、入金された金銭で指示通りギフトカードや暗号資産を購入し、相手に送付。入金された金銭の一部を報酬として受領。
- 特徴
- SNS等を通じて非対面で募集を実施。
- 報酬を支払うケースが大半である。
- 自己の口座を売却して完全に支配権や管理権まで譲り渡すのではなく、自らは預貯金口座等を引き続き使用しつつ、他の口座(犯罪利用口座)への送金行為を実施している実態。
- 犯収法第28条の罰則を適用することは基本的に困難。
- 他者から依頼を受けて見知らぬ第三者へ送金を行うことは、口座名義人本人以外の者による口座の使用を前提とした行為
- 外形上は口座名義人本人による取引であったとしても、実態としては乙の口座を悪用した甲による借名取引であり、マネー・ローンダリングにほかならない。
- 検討に当たってのポイント
- いわゆる「送金バイト」を利用したマネー・ローンダリングが、預貯金口座をはじめとした様々な金融サービスで広く行われている。
- 送金代行行為を実施した者やこれを依頼した者に対して、犯収法第28条の罰則を適用することは基本的に困難。
- いわゆる「送金バイト」を直接規制の対象として捉えた新たな規制が必要ではないか。
- 検討に当たっては、以下のような正当な社会経済活動や商取引の一環として行われるものが規制の対象にならないよう配慮が必要
- 銀行等、為替取引を法律上代行することができる者が、顧客等の依頼を受けて、指定先に送金を行う。
- 食事の会費を代表者が決済アプリや口座振込で集金し、店舗に一括で支払う。
- アプリの操作に自信がない甲の祖父が甲の母に現金を手渡し、母が祖父に代わり遠方に暮らす甲へ、アプリを使って甲の母のアカウントで送金をする。
- 自身の消費に係る支払に必要な口座振込を家族に任せる。
- 事例の概要
- 「架空名義口座」を利用した新たな措置について
- 国民を詐欺から守るための総合対策2.0〈抜粋〉
- 架空名義口座捜査等の新たな捜査手法の導入に向けた検討(中略)犯罪者グループは、他人名義の口座等を違法に取得し、犯行に利用していることから、犯罪者グループの上位被疑者の検挙、犯罪収益の剥奪等を図るとともに、口座の悪用を牽制するため、捜査機関等が管理する架空名義口座を利用した新たな捜査手法や関係法令の改正を早急に検討する。(令和7年4月22日犯罪対策閣僚会議)
- 警察が管理する「架空名義口座」を利用した新たな措置を講じることは、預貯金口座等の不正利用を防止する上で有効なものと認められるため、当該措置の具体的な在り方について検討することとしてはどうか。
- 「架空名義口座」を利用した新たな措置の粗々のイメージ(案)
- 金融機関等の協力を得て「架空名義口座」を開設する。
- 預貯金口座等の譲渡やいわゆる「送金バイト」をSNS等で誘引する者に対し、警察官が警察官であることを秘して応募等をする。
- 誘引する者等に対して警察官が口座譲渡等を行う。
- 犯罪グループに渡った「架空名義口座」については、金融機関等に適宜必要な協力を求めつつ、その利用状況(特殊詐欺の詐取金の振込先として悪用される等)を確認、同口座の利用停止等の措置を講じるなどして、財産の散逸を防止する。
- 効果
- 犯罪グループに「架空名義口座」を渡し、そこに犯罪グループが詐欺の被害金等を入れた際に、その出金を許容しないことで、犯罪によって得るはずだった金銭が警察に確保され、個々の犯罪の完遂を防止する。
- 犯罪に利用できない口座を供給することで、入手した口座が取引制限されていないかなどを確認する必要が生じ、預貯金口座等をマネロンに悪用するためのコストを引き上げる。
- 預貯金口座等の犯罪利用を防止
- 検討に当たってのポイント
- 本措置の法的性質:本措置は、法的にどのような行為といえるか。
- 本措置の必要性・相当性:警察官がSNS等で口座買取りやいわゆる「送金バイト」の募集に応じて口座譲渡等を行うことの必要性・相当性をどう考えるか。
- 「架空名義口座」に移転した財産の取扱い:「架空名義口座」に移転した財産については、どのように取り扱うべきか。
- 返す先の特定されない残余財産の取扱い:「架空名義口座」に入った財産が返されず残った場合、どのように取り扱うべきか。
- 国民を詐欺から守るための総合対策2.0〈抜粋〉
SNSを介した銀行口座の不正売買が横行、犯罪収益のマネロンが主な狙いとされ、不審な資金移動への監視が緩く、凍結されにくい銀行の口座が狙われている疑いがあります。口座売買に対する罰則の強化が有識者懇談会で議論されていますが、現在、銀行口座を他人に譲渡する行為は犯罪収益移転防止法(犯収法)が禁止しており、違反した場合は1年以下の拘禁刑か100万円以下の罰金といった罰則を科すことになっていますが、SNS上には「お金が必要な方は応募してください」「口座買い取り」などと口座の売却を呼びかける投稿が目立ち、誘いに応じる人も少なくない状況です。特殊詐欺やSNS型投資詐欺の被害金は、複数の口座を経由し暗号資産に交換され、トクリュウ中枢へ流れるケースが多く、口座が多ければ経路を追跡しにくくなります。口座の売値は1つあたり1万~5万円が相場とされ、2024年の摘発例の中には、1口座が50万円で買い取られた事例もありました。金融機関はマネロンが疑われる不審な送金が検知された場合、犯罪収益の流れを止めるため口座を凍結するといった措置を取りますが、検知システムを含めたマネロン対策にはコストがかかり、取り組みには金融機関の間で差があるのが現状です。一方、口座の譲渡ではなく送金の代行を依頼する手口も現れ、本コラムでも取り上げましたが、警察庁のサイバー特別捜査部などが国際共同捜査で2025年2月までに摘発した事件では、ナイジェリア人の詐欺グループから依頼され、男女9人が犯罪収益約1億5千万円の送金に関わっており、9人は自分の口座に入金された詐欺の被害金を暗号資産に交換したうえ、指定された口座に送り報酬を得ていました。口座売買による摘発を逃れるための手法とみられ、警察庁によると2023年ごろから増えており、勧誘に使われているのはこの手口もSNSです。「送金バイト」「簡単に稼げる副業」といった甘い言葉でマネロンの実行役を募る投稿が多く、口座を他人に売却せず、自分で所有したままマネロンに関与する行為であり、犯収法には送金の代行を直接禁じる規定がないうえ、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)の疑いで摘発されることはあるにせよ、移動させた資金が犯罪による収益だと認識していたという立証が必要になるため、「立件のハードルは高い」(警察関係者)現状であり、有識者懇談会では新たな規制を盛り込む必要性について議論しています。さらに、警察が管理する架空名義の銀行口座を犯罪グループ側に使わせる新しい捜査手法の運用も整理、架空名義口座はトクリュウが絡む犯罪収益の流れを把握するという効果が期待されます。また、警察庁は、架空名義の口座が闇バイトの一部で使われているとして犯罪グループをけん制し、口座売買の抑止につなげたい考えもあります。捜査員が架空の身分証を使い闇バイトに応募する「仮装身分捜査」は既に導入され、摘発事例も出ています。架空の公的身分証の作成は刑法の公文書偽造罪にあたりますが、「法令または正当な業務による行為は罰しない」と定める刑法の規定を適法性の根拠としています。有識者懇談会でも「法的性質」「必要性・相当性」「移転した財産の取り扱い」「返す先の特定されない残余財産の取扱い」について検討されていますが、犯罪抑止に向けた実効性ある取り組みとなることを期待したいところです。
金融庁から、預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の強化について発信されています。
▼金融庁法人口座及びインターネットバンキングの利用を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化について
▼法人口座及びインターネットバンキングの利用を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化について(概要)
- 口座不正利用対策要請文(24年8月)のポイント
- 法人口座を悪用した事案等の発生を受け、預貯金口座を通じて行われる金融犯罪への対策は急務
- インターネットバンキング等の非対面取引が広く普及していることを踏まえ、規模・立地によらず対策が必要であり、全ての預金取扱金融機関に対し、24年8月に対策を要請
- システム上の対応が必要など、直ちに対策を講じることが困難な場合、計画的に対応することが重要
- 要請文 アップデート版(25年9月)のポイント
- 足下で、インターネットバンキングを通じた振込による被害が急速に拡大
- 被害者本人が被害金を振り込まされるケースも念頭に、どう防止・検知し、被害を食い止めるかが重要
- その他、最近の手口(口座の貸借、異名義送金)への対応も合わせて追加・改訂
- 前回要請内容(24年8月)
- 口座開設時における不正利用防止及び実態把握の強化
- 利用者のアクセス環境や取引金額・頻度等に着目した多層的な検知
- 不正用途や犯行手口に着目した検知シナリオ・敷居値の充実・精緻化
- 検知・その後の顧客への確認、出金停止・凍結等の措置の迅速化
- 不正等の端緒・実態の把握に資する金融機関間での情報共有
- 警察への情報提供・連携の強化
- 25年9月要請で追加した項目
- 口座開設時における不正防止及び実態把握の強化
- 口座の売買・譲渡・譲受・貸借が犯罪であること、金融機関として厳格に対応する方針であることの顧客への周知
- インターネットバンキングに係る対策の強化
- 顧客に対し、第三者からの依頼による利用申込みや振込は詐欺等のおそれが高いことを注意喚起
- (利用開始後早期の不正利用が顕著な場合)利用開始後、一定期間は取引種類・金額を限定するなどリスク低減措置
- ATMその他のチャネルと比べ過度に高額とならぬよう、適切な初期利用限度額の設定
- 利用開始・利用限度額引上げ後の早期に多額・多頻度の送金を行っている顧客などに対する取引背景等の確認
- 利用限度額引上げ時は利用目的などを勘案した適切な額の設定、また、一定額以上への引上げ時はリスクに配慮して対応
- 詐欺等被害の発生状況を踏まえた、利用限度額の機動的な制限・見直し
- 振込名義変更による暗号資産交換業者及び資金移動業者への送金停止等(※暗号資産交換業者及び資金移動業者に対し、金融機関からの照会に真摯に応じるよう別途協力を要請)
- 暗号資産交換業者及び資金移動業者の金融機関口座に対する異名義送金の拒否
- 異名義送金の拒否について、ウェブページ等による利用者への周知
- 警察への情報提供・連携の強化
- 都道府県警察と構築した連携体制の実効性向上
- 口座開設時における不正防止及び実態把握の強化
証券口座乗っ取り事件を巡る動向から、いくつか紹介します。
- 証券口座が不正アクセスで乗っ取られ、株式が勝手に売買されている問題で、金融庁は、2025年8月末時点の被害状況を発表、8月は不正取引による売買額が前月比9%増の514億円となり、2カ月連続で増加、証券会社を装ったメールから偽サイトに誘導し、入力させたID・パスワードを盗むフィッシング詐欺は依然として多く、金融庁は注意を呼びかけています。8月は、不正取引の件数は前月比37%減の562件で、2カ月ぶりに減少に転じたものの、不正取引1件あたりの売買額が増加傾向にあり、2025年1~8月の不正取引の累計は、件数は8733件、売買額が6770億円となりました。また、被害が発生した証券会社は、7月末から1社増えて18社に拡大しています。不正取引は、ピークだった同4月(2986件、2924億円)と比べると、2割弱の水準まで減少しており、ログインする際にID・パスワードに加えて他の情報も入力する「多要素認証」が浸透したためとみられていますが、フィッシングメールは後を絶たず、「ポイント獲得」をうたうなど、文言も多様化しています。
- 証券口座乗っ取り事件で、口座への不正アクセスに一般家庭のテレビ用受信機が「踏み台」となった疑いが発覚しています。「セットトップボックス(STB)」と呼ばれるIoT機器は、テレビに接続するとネットを通じて動画などを視聴できるものですが、そこにマルウエア(悪意あるプログラム)が仕込まれ、犯罪集団は海外からのアクセスを日本国内の通信のように偽装し、攻撃の「踏み台」とするもので、購入者は気づかぬうちにサイバー攻撃へ加担するおそれがあるという点で極めて悪質なものといえます(これまでもルーターといったIoT機器が踏み台とされる事例はありましたが、STBを中継点とするのは新手で、遅くとも2023年ごろに悪用が始まったとみられています。高速で大容量の通信規格「5G」が普及し、家電を含めネットにつながる機器は増加していることが背景にあると考えられます)。本コラムでたびたび取り上げているとおり、被害口座へのアクセス記録の中には、中国を発信元とする形跡が確認されていますが、その手口の分析から複数の犯罪グループの関与も判明しています(前回の本コラム(暴排トピックス2025年9月号)参照)。これまで海外の犯罪グループによる日本の証券口座を狙った攻撃は少なかったところ、対策の遅れが露見したことで相次いで標的にされているということだと考えられます。身近なIoT機器の犯罪インフラ化の実態と犯罪の匿名化の進展、さらに「海外から日本が狙われている」ことを痛感させられます。金融機関はサイバー攻撃対策として、海外発の不審なアクセスについて発信元の確認を強化しているところ、証券口座乗っ取り事件では顧客のID・パスワードが偽メールなどを通じた「フィッシング」で盗まれ、(国内の通信を偽装して)不正アクセスが繰り返されたとみられていますが、警察当局が被害口座のアクセス履歴を調べたところ一般家庭のIPアドレス(インターネット上の住所)と判明、アクセス元は家庭内にあった「セットトップボックス(STB)」と呼ばれる外付けのテレビ用受信機だった可能性が浮上したものです。STBについては、犯罪集団が悪用するためのマルウエアが仕込まれたケースが確認されており、ネットに接続すると攻撃者のアクセスを中継するソフトウエアが勝手にダウンロードされる恐れがあり、証券口座乗っ取り事件でも、マルウエアが組み込まれた機器が使われた疑いがあります。
- 証券口座の乗っ取りによる不正な株式取引の問題を受け、ネット取引を提供する主要証券会社17社のうち、7社が2025年内に利用時の生体認証を導入するといいます。指紋や顔を読み取って利用者本人だと確かめる生体認証の「パスキー」などを整備するとしています。大手銀行や海外の証券会社に比べると日本の証券界のセキュリティ対策は後手に回った面がありますが、金融庁も被害を早期に食い止めるため証券会社の導入状況を調査するとしているなど、徐々に動き始めた点は評価できると思います(金融のセキュリティ対策は、フィッシングによる現金窃取や不正引き落としの脅威にさらされてきた銀行やクレジットカードが先行、3メガバンクは2017~18年に生体認証を導入し、三井住友銀行は2024年にスマホアプリやパソコンなど全取引手段で必須にしています)。報道によれば、口座乗っ取りの被害は海外でも起きており、米国では2017~18年に発生し、20人近くが逮捕されているといいます。ただ、現時点でパスキーによる認証を顧客に原則義務付けると明言した大手証券は野村証券のみで、他の証券会社は当面の間、顧客の生体認証の利用を任意とする見込みで、不正取引の抜け道が残る懸念があります。また、ログイン時には生体情報を識別できるスマホとの連携が必要な場合があり、スマホを持たない高齢者らの扱いにも判断が求められることになります。ネット証券は対面や電話での取引の代替手段がなく、3社が生体認証の導入時期について「未定」としているのは、技術対応などに時間がかかることが一因といいます。なお、パスキーはスマホやパソコンの生体認証機能などを使い、パスワードを送らずに認証を完結させる仕組みで、ユーザー側から送信するのはスマホなどの端末が生成した文字列のみで、機密データが他者に盗み取られるリスクが低いため、その防止効果は高く、メルカリでは「パスキー登録者のなりすまし被害は1件も観測されていない」(同社)といい、パスワードが不要になった結果、「ログインにかかる時間が短くなった」(LINEヤフー)、「パスワード忘れの問い合わせが減った」(KDDI)など、使いやすさを評価する声も多いと報じられています。パスキー導入で出遅れたのが証券業界で、認証技術支援のLiquidは日本経済新聞で「顧客が高齢者に偏りがちな上、第三者への出金が難しく、なりすましのリスクが低いと考えられていた」と指摘しています。認証手段は悪用技術への対抗策として進化し、多様化してきた経緯があります。リキッドは「安全性が高く、慣れれば数秒で認証が済む。現時点で認証技術の完成形に近い」とみています。
- 証券口座乗っ取り事件において、銀行口座やクレジットカードの不正利用で口座から金がなくなるのとは異なり、損害額の認定が難しい問題があります。証券会社は従来、約款で顧客のパスワード流出などによる不正取引は免責事項と定め、補償してきませんでした。さらに、金融商品取引法で、顧客の口座に生じた損失を補填することは禁じられ、違反すると刑事罰の対象にもなる点も補償を難しくしています。日本経済新聞で武蔵野大学の宍戸善一教授は「米国では日本より早く不正取引が起きていたが、日本ではそもそも証券口座が乗っ取られる事態が予想されていなかった。被害の態様を類型化することは難しく、統一的な基準づくりが現時点では難しい」と指摘している点は興味深いといえます。さらに、甲南大学の梅本剛正教授は「一律で補償基準を設けると中小の証券会社は経営が立ちゆかなくなる恐れが出てくる」と指摘しています。補償範囲を巡っても、同志社大学の船津浩司教授は「銀行口座の場合は預金者に過失がなければ原則として全額補償される。2分の1の補償では足りないと顧客からいわれる恐れがある」と指摘、神戸大学の行澤一人教授は「証券会社が合理的な経営判断を著しく逸脱したような場合には、株主代表訴訟を起こされる可能性がある」と指摘しています。手厚い補償があるからと、顧客がIDやパスワードの管理を怠ることも考えられるほか、被害を自作自演するケースが起きることも懸念されます(証券会社の複数の関係者は「自作自演を完全に見抜くことは難しい」と述べているといいます)。また、甲南大学の梅本教授は「被害を未然に防ぐためにインターネットのリテラシーが低い顧客は口座の開設を証券会社が断るといった対応も出てくる可能性がある」と指摘していますが、筆者も同感です。
警察庁は、2025年上半期(1~6月)のインターネットバンキングを通じた不正送金の被害額が前年同期比7割増の約42億2400万円に上ったと発表しています(犯罪インフラの項参照)。取引先の金融機関を装って企業に電話をかけ、偽サイトに誘導して法人口座の情報を盗む「ボイスフィッシング」が急増し、被害額を押し上げたとしています。2025年上半期の不正送金は前年同期の1728件から2593件となり、被害額は約24億4000万円から約73%増となりました。個人の被害者約2500人を年代別で見ると、20歳代が最多の865人、50歳代が351人、30歳代が330人などと続き、被害の入り口は9割が偽サイトに誘導してIDやパスワードを盗み取る「フィッシング」でした。金融機関などでつくる「フィッシング対策協議会」のまとめでは、上半期のフィッシング報告件数は過去最多の119万6314件で、前年同期の約1.9倍、特に中小企業を狙ったボイスフィッシングは2~4月に計63件発生、1回の送金額が約4億円に達するものがあるなど、被害額は不正送金全体の約5割に当たる約21億5000万円に上りました(ただし、5月以降の国内被害は確認されていません)。
三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行は2026年にも、運転免許証などの身分証明書の画像を使った口座開設を廃止し、代わりにマイナンバーカードなどのICチップの読み取りを求めるとしています。偽造した身分証を使った口座の不正開設を防ぐため、警察庁が定める期限を待たずに前倒しでやめることにしたといいます。警察庁は犯罪収益移転防止法の施行規則の改正に伴い、2027年4月に身分証明書の画像を撮影して送信する手法を廃止しますが、3行ともに2027年4月を待たずに見直すことを明らかにしています。3メガバンクが前倒しで撮影による口座開設を廃止する方針を決めたことで、他のインターネット銀行や地銀でもICチップの読み取りによる本人確認に移行する動きが広がることになりそうです。あるメガバンクでは新規の口座開設の半分近くをまだ撮影が占めており、総務省によると、マイナンバーカードの普及率は2025年8月末時点で8割弱であり、マイナンバーカードを持たない外国人などは口座開設が難しくなる可能性があります。各行が新規則の施行を待たずに対応を検討する背景には、不正な口座開設の多発があります。本人確認書類の偽造の精度が上がり、券面の確認で見破る難しさは年々増しており、不正に開設された口座が不正送金の温床になるとの指摘もあり、金融庁が撮影による本人確認の早期の廃止を要請していたものです。銀行口座は犯罪収益のマネロンに使われるリスクがあり、開設された口座の売買も横行、各行は口座の使用履歴などをもとに不正を防いでいますが、事後の検知には限界もあり、窓口の段階で犯罪目的の利用を食い止める重要性が増しています。基本に忠実に、リスクセンスを発揮していくことが重要だといえます。
その他、国内外のAML/CFTを巡る最近の動向から、いくつか紹介します。
- 大手電力10社は不正な預金口座開設や悪用の防止などといったマネロン対策で金融機関と連携、偽造免許や空き家の住所でつくった口座を犯罪集団が悪用する事例が後を絶たないのを受け、金融機関が本人確認の際に電力会社のもつ個人情報と照合できるようにするとしています。東京電力パワーグリッドや関西電力送配電など大手電力10社傘下の送配電事業者とサイバー犯罪対策を手掛けるカウリスが業務提携するもので、カウリスが新規口座の申し込み情報を電力会社の契約情報と照合し、姓名が一致しなかったり空き家だったりした場合に金融機関に通知するサービスを始めるといいます。2023年の電気事業法の施行規則改正で、公的な目的であれば電力会社の契約者情報を活用できるようになり、政府の「グレーゾーン解消制度」で、経済産業省と個人情報保護委員会、国家公安委員会が2024年4月、マネロン対策であれば金融機関と電力会社で契約者情報を照合することができるとの見解を示したものです。金融庁によると2024年度の預金口座の不正利用に関する情報提供件数は全国で287件、最多だった2022年度の875件の3分の1程度にとどまっていますが、足元では証券口座の乗っ取りでも悪用されているとみられ、深刻な被害につながっている可能性があります。犯罪集団は免許証を偽造するなどしたうえで実際に存在しない姓名や住所、電話番号などを使って口座開設を申し込んでおり、電力の契約者情報と一致しなければ、なりすましによる申し込みの可能性が高まることになります。また、口座開設時だけでなく継続的な顧客情報管理にも役立てるとしています。金融活動作業部会(FATF)は海外送金の有無などといったリスクに応じ、本人情報を最新に保つよう要請、大手電力10社のもつ契約情報は全国の約8600万世帯分あり、電力契約のあるほぼすべての世帯をカバー、転居しても金融機関に届け出ない利用者は多い一方、電力会社の情報を照会できれば金融機関からの郵送物への返送がない場合などの理由が判明しやすくなります。継続的顧客管理として金融機関は顧客情報の更新にあたり、リスクの高い顧客に対して職員が電話したりはがきを郵送したりして本人確認をしていますが、カウリスによると「はがきの郵送代だけでも業界全体で年間800億~1000億円程度のコストがかかっていると推計される」といい、電力会社の情報の活用でコスト削減にもつながると見込まれます。金融庁はリスクの度合いに応じたマネロン対策を適切に講じるよう金融機関に求めており、電力会社情報の活用は金融機関にとってコストを抑えつつ、不正口座開設の防止や継続的な顧客管理に効果があるといえます。
- 英紙ガーディアンは、ロシアのプーチン大統領に近い富豪アブラモビッチ氏に対し、英領チャネル諸島ジャージー島当局が汚職とマネロン容疑で捜査していると報じています。報道によれば、アブラモビッチ氏は弁護士を通じて全ての容疑を否定し、犯罪関与の推測は誤りだと主張しています。ジャージー島はアブラモビッチ氏が資金を西側に送るルートだったとされ、同島当局は、1990~2000年代のロシア資本主義の混沌期にアブラモビッチ氏が築いた財産の出所解明を目指し、2005年にアブラモビッチ氏が石油大手シブネフチを約130億ドルで売却して得た資金に絡むマネロン容疑などを調べているといいます。当局は捜査のため、アブラモビッチ氏の関連企業がスイスで保有する銀行口座の文書提出を求め、スイスの裁判所が認めています。
- フィリピン中央銀行は、マネロン対策として、50万ペソ(8748.75ドル)を超える取引には厳格な審査を実施するよう銀行に命じています。フィリピンでは、政府主導でインフラ事業に絡む汚職取り締まりが実施されており、捜査対象の請負業者や公共事業関係者に関連した100以上の銀行口座が凍結されています。同中銀は2025年9月18日付の通達で、1営業日における1件あたり、または一連の取引の合計が50万ペソ(またはそれ相当額の外貨)を上回る取引は、小切手、オンライン送金、預金口座への直接入金、デジタル決済などの経路で追跡可能でなければならないと述べています。「この改革を通じて、違法行為への現金使用に対する対策を強化し、金融システムに対する信頼の促進、新たなリスクへの対応を万全にすることを目指す」と説明しています。銀行は独自のリスク評価と顧客の財務状況に基づき限度額を低く設定することもできるとしています。
(2)特殊詐欺を巡る動向
違法・有害情報対策を議論してきた総務省の検討会が2025年9月、SNSなどのプラットフォーム規制の方向性について報告書をとりまとめています。その柱は、法的拘束力のない「自主規制型行動規範」ですが、事業者や業界の自主的な取り組みに任せる形となり、実効性の点で課題を残すことになりました。自主規制型行動規範とは、業界団体が原則や基準などの行動規範を自主的に策定し、その中から事業者が実施する取り組みを選択、実施を約束するというスタイルです。特に日本的な慣行になじみのない海外事業者にとっては、任意の協力要請に応じる意義を感じず、総務省の検討会への回答を拒否したり、ヒアリングを欠席したりする事業者もおり、実業家の前沢友作さんらの訴えで注目された「なりすまし広告」によるSNS型投資詐欺問題でも、同様の姿勢が見られました。検討会でも2024年10月、メタやXなどSNS事業者5社にヒアリングを実施、事前の審査体制や広告主の本人確認状況などを聞いても、「回答なし」「非公表」が少なくなく、結局、その後も、SNS型投資詐欺の被害は増加傾向が続いている実態があります。違法・有害情報のうち、誹謗中傷のような個人の権利を侵害する違法情報については、2024年のプロバイダ責任制限法の改正(現・情報流通プラットフォーム対処法、情プラ法)で一定の手当がなされていますが、迅速化義務の対象は権利侵害情報だけとなっており、違法薬物の広告などの法令違反情報や偽・誤情報などの有害情報には透明化の義務しかかかりません。違法薬物の広告などの法令違反情報の場合、情報発信行為は違法ですが、それを掲載するプラットフォーム事業者の削除義務は明確にされていません。総務省はガイドラインで、一定の法令違反情報を列挙して事業者が対応を検討する上での「参考情報」を提供していますが、具体的にどのような場合に責任を負うかは「捜査機関により、最終的には裁判所により、個別に判断されるべき事柄」と記載するにとどまっているため、プラットフォーム事業者の対応は鈍い実態があります。もちろん、表現の自由に対する制約となるおそれもあり、違法・有害情報に関する法規制導入には慎重さが求められ、とりわけ偽・誤情報のような違法とはいえない有害情報への法規制は極めて難しいといえます。国家が基準を設けて削除させれば表現の自由の侵害につながりますが、判断をプラットフォーム事業者だけに任せることも問題となります。十分な対策をとらなければデジタル空間は無法状態になりかねなませんが、他方で、削除やアカウント停止、表示順位の調整などのコンテンツモデレーションが恣意的に行われれば、今度はプラットフォーム事業者が表現の自由を侵害する恐れがあります。検討会が参考にしたのは、EUで2022年に採択されたデジタルサービス法(DSA)であり、デジタル空間の健全性確保に向けた包括的な規制で、強い調査権限と巨額の課徴金で知られています。特徴的なのが、米巨大IT企業のような大規模プラットフォーム事業者に義務づけるリスク評価や軽減措置で、有害情報の削除義務はないが、リスク評価と軽減措置を講じる義務があり、中身は行動規範などで明確化、行動規範は任意ですが、参加することで軽減措置義務を履行しているとみなされやすく、表現の自由に配慮しつつ、デジタル空間の秩序づくりを事業者任せにしない方策といえます。一方、警戒されるのは2025年1月、ヘイトスピーチ対策の緩和などを打ち出したメタのような動きで、当時、大統領に就任予定のトランプ氏やその支持者が「保守派の投稿ばかり削除して偏向している」と主張していたことを意識したものだとされます。検討会は、プラットフォームのサービス設計に着目して対策を検討するアプローチもとっています。違法・有害情報が広がる背景には、事業者のサービスそのものにも原因があると考えられるためで、関心を引いて閲覧数を増やすほど収益につながる「アテンション・エコノミー」の仕組みがそれです。厄介なことに、正しい情報やバランスの取れた主張よりも、偽・誤情報や怒りを駆り立てるものの方が関心を引きつけやすいといい、フェイスブック(現メタ)元社員のフランシス・ホーゲン氏は2021年、会社側が利用者に示す内容を選ぶアルゴリズム(処理手順)を適切に調整せず利益を優先していたと告発、「フェイスブックはアルゴリズムを安全にすると人々の滞在時間が減り、広告収益が減少することに気づいていた」といい、利益をある程度犠牲にすれば、違法・有害情報は抑止できることを示すものだともいえます。アテンション・エコノミーの弊害を抑制するために、総務省の検討会では、閲覧数稼ぎが目的の偽情報などの投稿者の広告収入を停止することや、信頼できる情報の優先表示などが議論され、今後、業界団体の行動規範に盛り込まれる可能性があります。今回の検討で最も法制化に近づいたのは、利用者が好みそうなものをアルゴリズムがおすすめするレコメンド機能に関するもので、事業者は利用者の様々なデータを集め、興味や経済状況などをもとに情報や広告を表示、その結果、自分の好む情報ばかりに接するフィルターバブルや、自分と似た意見の人ばかりとつながるエコーチェンバーに陥りがちで、これによって偽・誤情報を確信し、さらには拡散するという行為が加速するとも言われます。コロナ禍の際のワクチンに関する陰謀論的主張が世界で拡散しましたが、フィルターバブルやエコーチェンバーがその一因であるとされます。そこで、レコメンドの理由を説明させることや、利用者データに基づかないものも表示させることなどが検討され、報告書には「制度的対応を中心に」検討を深めるべきだと記載されましたが、総務省は制度的対応を検討してきたワーキンググループをいったん休止させる方針を示しており、法制度化の行方は見通せない状況です。結局、なりすまし広告などが事業者や業界の自主的な取り組みに委ねられることで実質的な効果は望めない状況が続き、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺などの被害が今後も高止まりしてしまう可能性が否定できない、極めて残念な状況であり、筆者も強い「憤り」を覚えます。
総務省は、携帯大手4社やインターネット関連の業界団体に迷惑メール対策の強化を要請しています。実在する企業やサービスを装ったメールを送って偽サイトに誘導し、IDやパスワードを盗む「フィッシング」の手口により、詐欺などに遭う被害が急増していることに伴う措置となります。生成AIで作り出した自然な文章を悪用したフィッシングメールなどによる特殊詐欺被害が依然として相次いでいると指摘、実在する企業を装った「なりすましメール」を見分けるため、AIを活用したフィルタリング(選別)の精度を向上させ、国際電話の利用休止手続きの周知を徹底するよう事業者側に求めています。また、事業者の取り組みにばらつきがあるとして、有効な対策を共有して徹底するよう求めています(なりすまし広告への対応同様、こちらも「要請」レベルであることが残念です)。具体的な事例として迷惑メールフォルダーの設置や不審なメールを制限する「フィルタリング」の精度向上を挙げています。総務省は「追加的な対策の必要性を痛感している」と話していますが、具体的な実効性ある対策を早急に打ち出してほしいというのが筆者の本音です。
▼総務省「電話番号の犯罪利用対策等に係る電気通信番号制度の在り方」に係る一次答申(案)に対する意見募集
▼別紙2一次答申(案)の概要
- 電話番号の特殊詐欺への利用の実態等について
- 検討に先立って、警察庁及び一般社団法人電気通信事業者協会から電話番号の特殊詐欺への利用の実態及び電話番号の犯罪利用対策として実施している取組について紹介があった。
- 警察庁
- 令和6年の特殊詐欺の被害額は約718億円で、過去最悪であった平成26年の約566億円を大きく上回っている。
- 特殊詐欺に使用される番号種別としては、固定電話番号、音声伝送携帯電話番号、特定IP電話番号など、様々に変遷をしている。悪用が確認される都度、本人確認義務や利用停止スキーム等での対策を講じているが、いたちごっことなっている状況。
- 令和3、4年については、数社の悪質事業者が多数の電話番号を保有する状況だったが、令和5年に利用停止スキームに在庫番号一括利用停止の措置を追加したことで、それ以降は小規模な悪質事業者が多数現れる状況が生じている。
- 特殊詐欺等の実行犯への犯行ツールとしての電話番号の提供を目的として参入を図る事業者に対して、電話番号が販売されないよう、実行性のある仕組みの構築が必要。
- 犯行に関与する悪質事業者を見分けるため、警察による捜査とともに、所管省による立入調査等の行政処分を積極的に推進するなど、市場の健全性確保に向けた環境の構築が必要。
- (一社)電気通信事業者協会
- 「オレオレ詐欺等対策プラン」(令和元年6月25日犯罪対策閣僚会議決定)において、「特殊詐欺に利用された固定電話番号の利用停止をはじめとする実効性のある対策を講じる」とされたことを受け、特殊詐欺に利用された固定電話番号の利用停止等の運用・検討等のため、令和元年9月に部会を設置し、活動中。
- 総務省からの通知に基づき、特殊詐欺対策検討部会に参加する会員事業者は、県警等からの要請に応じ、特殊詐欺に利用された固定電話番号等の利用停止や悪質な利用者への新たな固定電話番号の提供拒否等を実施。
- 関係機関等と連携した取組により、特殊詐欺に利用された固定電話番号等の悪用への対策に寄与。
- (参考)令和6年末までの利用停止等の件数
- 固定電話番号:13,972件
- 050IP電話番号:11,588件
- 警察庁
- 検討に先立って、警察庁及び一般社団法人電気通信事業者協会から電話番号の特殊詐欺への利用の実態及び電話番号の犯罪利用対策として実施している取組について紹介があった。
- 規律の対象となる電気通信番号の種別
- 論点
- 令和7年改正法においては、電気通信番号使用計画の認定時に「申請者の役務継続性」が認定基準として追加された。当該基準が適用される電気通信番号の種別については、電気通信役務を利用した詐欺罪等の罪に当たる行為の発生状況を勘案して総務省令で定めることとしている。
- なお、この総務省令で定める電気通信番号の種別は、後述の卸元事業者への確認義務の対象となる電気通信番号の種別にもなる。
- この基準が適用される電気通信番号の種別を何にすべきか。
- 方向性
- 特殊詐欺に利用された電気通信番号種別の推移を踏まえ、音声伝送携帯電話番号、固定電話番号及び特定IP電話番号を規律の対象となる電気通信番号の種別とする方向で検討を進めることが適当。
- また、必要に応じ、今後も、特殊詐欺に利用される番号種別の推移を踏まえた見直しを行うことが望ましい。
- 特殊詐欺に利用された電気通信番号種別の推移を踏まえ、音声伝送携帯電話番号、固定電話番号及び特定IP電話番号を規律の対象となる電気通信番号の種別とする方向で検討を進めることが適当。
- 論点
- 提供する電気通信役務が詐欺罪等に利用されるおそれが高い者の要件
- 論点
- 令和7年改正法においては、申請者の認定基準として、「その提供する電気通信役務が詐欺罪等の罪に当たる行為に利用されるおそれが高い者の要件として総務省令で定める要件」が追加されたところ、この要件をどのように定めるべきか。
- 方向性
- 令和7年改正法においては、詐欺罪や電子計算機使用詐欺罪を一律に電気通信番号使用計画の認定の欠格事由とする一方で、窃盗罪については、電気通信番号を使用した特殊詐欺とはおよそ関係ない軽微な万引き等も含まれることから、一律に欠格事由として規定するのではなく、申請者の認定基準として、「その提供する電気通信役務が詐欺罪等の罪に当たる行為に利用されるおそれが高い者の要件に該当しないこと」を審査することで、窃盗罪に当たる行為の態様等を勘案して認定を拒否しうることとしている。
- このような立法趣旨に鑑み、電気通信番号を使用した特殊詐欺を端緒として窃盗罪(累犯を含む。)により処罰された者を規定する方向で検討を進めることが適当。
- その他、電気通信番号使用計画の認定の取消しを受けた法人の当時の役員についても、当該役員が認定の取消し後すぐに新たな別法人を立ち上げて認定申請をするような場合を排除するため、規定する方向で検討を進めることが適当。
- また、総務省において、適切に運用を行い、必要に応じ、今後も、電話番号を利用する特殊詐欺の態様等の変化にあった見直しを行うことが望ましい。
- 論点
- 役務の継続性の確認義務の適用除外となる提供番号数
- 論点
- 令和7年改正法において、電気通信番号を使用した卸電気通信役務の契約を締結する場合、卸元事業者は、卸先事業者の役務継続性の有無を確認しなければならないこととされた。ただし、卸提供される番号の数が総務省令で定める数以下の場合には、この確認義務の適用除外とすることとされている。
- 令和6年答申では、制限の数については、例外が多く細かすぎると安定的な運用に支障が生じること、電気通信事業の発展の観点からは新規参入者への過度な規制は行うべきではないこと、犯罪の手口を踏まえて不断の見直しが必要であることも考慮する必要があるとされている。
- 卸提供される番号の数の上限がどの程度であれば、卸先事業者の役務継続性の確認義務の適用除外としてもよいか。
- 方向性
- 警察庁からの情報提供によると、令和5年以降に把握した悪質事業者の利用停止番号数の中央値は58.5である。
- 番号の効率的な使用や不適正な利用の防止の実効性と新規事業者に対する負担も勘案し、役務継続性の確認義務の適用除外となる提供番号数について、50番号以下と規定する方向で検討を進めることが適当。
- この場合、同一の事業者に対して一度の提供が50番号以下であっても、複数回に分けて累計で50番号を超える番号数を提供するときには、役務継続性の確認義務の対象となると考えられる。
- 一部事業者からは、提供番号数にかかわらず、全ての卸先事業者に対して役務継続性の確認をした上で役務提供をすることとしたい旨の意見があったものの、累計しても50番号以下の提供が明らかである場合に、卸先事業者の役務の継続性の見込みを確認し、役務提供の可否を判断することは、特に小規模な試行的提供を目的として参入する新規事業者に対して過度な負担を課すこととなり、一定の電気通信番号数を基準に役務の継続性の確認を適用除外とすることとした立法趣旨に鑑み、適当ではない。
- 総務省においては、今後、電話番号を利用する特殊詐欺の態様等を踏まえて、必要に応じて見直しを行うことが適当である。
- 論点
警視庁は2025年12月中にも同庁が提供する防犯アプリ「デジポリス」にスマートフォンにかかってくる国際電話を遮断する機能を新たに追加すると発表しています。特殊詐欺の被害にあうきっかけとなる電話は国際電話でかかってくるケースが目立ち、利用者の被害防止につなげる狙いがあります。東京都内で発生した特殊詐欺の2025年1~8月の被害額は前年同期比約2.7倍の約189億円に上り、詐欺グループが事前に資産状況などを調べる「アポ電」の認知件数は同約1.9倍の3万7391件、約8割が国際電話番号からの着信でした。「デジポリス」は防犯ブザーや音声などを使った痴漢撃退機能を備えるアプリで、2025年9月末時点で約91万ダウンロードを記録、国際電話の遮断機能を加えることで、詐欺被害の抑止につなげたいところです(既に導入している場合でもアップデートで利用できるようになります)。
特殊詐欺など組織犯罪による被害が止まらないなか、最高検は、捜査に協力する見返りに関係者の刑事処分を免除、軽減する「司法取引」を特殊詐欺事件で積極的に活用する方針を公表しています。これまでは主に経済犯罪で適用されてきましたが、トクリュウなどによる組織犯罪の拡大を念頭に犯罪組織の首謀者摘発につなげる狙いがあります。最高検と全国の高検に担当検事を配置、司法取引に関し地検の捜査を指導するといいます。最高検の山元・次長検事はトクリュウの横行や組織犯罪の国際化を踏まえ「首謀者の特定や検挙、犯罪収益の剥奪を的確に行い、厳正に対処するためには警察とも緊密に連携してあらゆる捜査手法を駆使して対応する必要がある」と述べています。司法取引は2018年6月の改正刑事訴訟法施行で「協議・合意制度」として導入され、被疑者や被告に対し、共犯者らの捜査への協力を引き換えに起訴の見送りや求刑を軽くするといった対応を取るものですが、事例として判明しているのは6件のみであり(警察が捜査する特殊詐欺事件での適用は明らかになっていません)、取引で得た証拠や供述の信用性を裁判所が慎重に判断する流れがあることや、不正を打ち明けた証人を保護する仕組みが不十分なことが背景にあるとされます。山元・次長検事は「裏付け証拠が十分にあるなど積極的に信用性を認めるべき事情があるかどうか慎重に判断して適用する必要がある」と述べています。
金融庁は、SNSの普及を背景に、金融商品取引業に登録していない違法な業者が投資を勧誘し、詐欺被害につながる事例が増えていることをふまえ、無登録で投資勧誘などを行う業者への取り締まりに乗り出すとしています。証券取引等監視委員会の調査権限を創設し、無登録を理由に立件を可能にする法改正を検討するとしています。監視委が刑事告発を前提に、立ち入り検査や証拠物の差し押さえなどができる調査権限を「犯則調査権限」といい、金融商品取引法に規定があり、有価証券報告書の虚偽記載やインサイダー取引などで認められています。さらに金商法では、金融商品取引業に登録せずに金融商品の営業などをすることを禁じており、無登録業者への罰則は5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金、またはその両方が科され、法人にも両罰規定で5億円以下の罰金を科すことになっていますが、これまで監視委に十分な調査権限がなく、刑事告発は事実上できず、金融庁・財務局が警告書を発出したり、監視委からの申し立てを受けて裁判所が無登録業者の営業の禁止・停止を命じたりするなど対応は不十分でした。無登録業者が投資詐欺などを起こした場合、警察が詐欺罪などで捜査してきましたが、無登録だけで立件するのは難しく、投資詐欺や相場操縦などの違法行為をする無登録業者が増えている現状があり、無登録であること自体を取り締まり、より深刻な被害を食い止める必要性が高まっているといえます。SNSの普及により無登録業者による投資の勧誘は急増、インターネットを通じて海外の業者から勧誘されたという事例も多く、金融庁・財務局が無登録業者に対して発出した警告書の件数は過去5年間で200件近くにのぼりますが、無登録であることを確認できた事例に限られるため「実際の無登録業者はさらに多いとみられる」(金融庁)といいます。海外の業者でも国内で金融商品取引に関する業務をする場合、登録が必要で、警告書を出した件数のうち3分の2が海外に所在地を置いている実態があります。監視委は2025年4月、セーシェルを本拠地とするBlack Clover Limitedに対し、無登録での業務の禁止を命じるよう東京地方裁判所に申し立てました。広告であることを隠して商品を宣伝するステルスマーケティングなどを通じ、一般投資家のべ345人から約30億円の出資を受けていたものです。犯則調査権限は海外の無登録事業者にも及ぶが、実効性には課題も多く、金融審議会の作業部会では、出席委員から「金融犯罪への抑止力の拡大が必要だ」という意見が目立ちました。少額投資非課税制度(NISA)の普及もあって、若年層を中心に初めて投資を経験する人が増えており、投資家保護を進めるためにも違法な業者を排除する仕組みは喫緊の課題となっています。
政府の個人情報保護委員会(個情委)は、特殊詐欺グループに使われる可能性があると認識しながら個人情報を提供し続け、個人情報保護法に違反したとして、名簿業者「中央ビジネスサービス」に対し、違法な個人情報の提供を確実に中止するための体制の改善を勧告、再発防止策などの報告を2025年9月30日までに提出するよう求めています。個情委によれば、中央ビジネスサービスは2024年4月に大分県警から、2025年5月に大阪府警から、販売した個人情報が特殊詐欺グループに渡った可能性があると連絡を受けたものの、2024年5月から2025年8月にかけて計42回にわたり、個人情報計約60万人分を2人の人物に販売、うち約49万人分は特殊詐欺グループに提供されていたものです。中央ビジネスサービスを巡っては、NTT西日本の子会社から不正に持ち出された情報を買い取ったにもかかわらず個情委に虚偽の報告をしたとして、津山区検に2024年12月に、個人情報保護法違反の罪で、略式起訴され、津山簡裁から罰金計40万円の略式命令を受けています。なお、実際に悪用されたかは不明だといいます。
福岡県警は、窃盗の疑いで逮捕した暴力団系の日本人集団「JPドラゴン」の構成員らが拠点としていたフィリピンの一軒家などから、約20万人分の個人情報が見つかったと明らかにしています。フィリピン当局が資料やパソコンなどを押収し、警察庁に引き渡したもので、福岡県警は特殊詐欺に利用されていたとみて捜査するとしています。個人情報はA4の紙約4600枚にまとめられており、氏名や住所、固定電話とみられる番号が記載され、実際に詐欺被害に遭った約160人分の名前も含まれていたといいます。JPドラゴンをめぐっては、フィリピンの入管が2025年6月、リーダーとされる男を拘束、「ルフィ」を名乗って強盗事件を指示したとされるグループと関係が深いとみられています。
シンガポール政府は、メタ・プラットフォームズに対し、フェイスブック上のなりすまし詐欺防止対策として、顔認証などの機能を2025年9月末までに導入するよう指示しています。同国の警察は同9月初め、フェイスブック上で政府要人になりすました広告、アカウント、プロフィール、ビジネスページに対する詐欺対策を講じるよう命じていました。内務省によれば、メタが「合理的な理由」なく、従わなかった場合、最高100万シンガポール(S)ドル(77万6639米ドル)を罰金を科すとし、また、期限を過ぎると1日当たり最高10万Sドルの罰金を科すとしています。同省は、2024年6月から2025年6月にかけて、なりすまし詐欺のためにフェイスブックを悪用する事例が増加したと説明、メタの広報担当は、「なりすまし行為や、著名人をかたって人々を詐欺にかけようとする広告を出すことは、当社のポリシーに反しており、検知され次第削除している」と表明、その上で、メタには「なりすましアカウントや有名人を餌にした広告(セレブベイト広告)を検出するための専門的なシステム」があり、「詐欺の背後にいる犯罪者に法的措置を講じるため」法執行機関と協力していると述べています。
ミャンマーやカンボジアを拠点とするオンライン詐欺を巡る動向から、いくつか紹介します。犯罪の実態も見えてきています。
- 2025年9月21日付ロイターによれば、ケニア在住の男性(26)は2024年、タイでのカスタマーサービスの仕事をあっせんされ現地に渡ったものの、実際にはミャンマーとタイとの国境付近の無法地帯にある犯罪拠点に4カ月拘束され、犯罪組織がAIを使って大規模詐欺を働く現場を目の当たりにしたと報じられています。KKパークと呼ばれる詐欺拠点に連れ去られ、ここは地域の典型的な犯罪拠点で、中国系ギャングが運営し、世界中の人々を標的とする構造になっていたといいます。連れて来られた男性ら数百人は大部屋で、多くはChatGPTの無料版を使用し、米国人をだまして虚偽の暗号資産投資を行うよう仕向けるメッセージを作成していたといい、このような手口は、豚を太らせてから食用にするという意味の「ピッグバッチャリング」と呼ばれ、被害者からの信頼を巧みに積み上げた上で金銭をだまし取るやり方です。ChatGPTのサービスを手がける米オープンAIは「詐欺利用を積極的に特定・阻止する取り組みを行っている」と主張、同社の詐欺防止規定に違反する生成要求については拒否していると強調した上で、調査担当者が不正利用者を監視しアクセスを遮断していると説明しています。ChatGPTは詐欺集団で最も多用されるAIツールで、これを使用すれば被害者とのやり取りにおいてすんなり米国人になりすまし、いかにも米国人らしい言い回しをすることができたといいます。タイ政府がKKパークなど詐欺拠点への電力供給を遮断し、拘束された人々の一部解放を強制したことで、男性はここから出ることができたものの、帰国後も東南アジアのカルテル関係者とみられる地元住民から脅迫電話を受け、経済的困難や偏見に悩まされているといいます。
- タイからミャンマーの詐欺拠点に男子高校生を連れ去ったとして、被略取者等所在国外移送の罪などに問われた男の初公判が仙台地裁であり、男が起訴内容を認めています。検察側は証拠調べで、高校生自らオレオレ詐欺の「かけ子」に応募し、男とタイで合流したと指摘、国際的詐欺事件の実態の一端を明らかにしています。宮城県内の高校生の少年(当時17)を船に乗せ、タイの空港からミャンマーの特殊詐欺グループの拠点とみられる居住施設に移送したなどとされます。少年はかかってきた電話で「犯人として扱われている……」と一気に不安になり、「逃げ出したい気持ち」になって、秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」で出てきた「海外での出稼ぎ案件」が目に留まり、「衣食住保証」「高額報酬」の文字から、「海外に行けば警察に捕まらない」と考えたといいます。メッセージを送ると「ゲン」と名乗る人物とつながり、指示されるまま、同様に秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」をインストール、紹介されたのは、オレオレ詐欺の「かけ子」で月50万の報酬が出るといい、「17歳だ」と伝えるも「採用」され、ドンムアン空港(タイ)行きのチケットが携帯電話に送られてきたといいます。当時「かけ子」らには「わきあいあいとした雰囲気」「売り上げの5~7%がもらえる」「食住無料」といった説明がされており、少年も同様にこうした説明を受けた上で来たと思ったといいます。
- 米財務省は、ミャンマー東部カイン(カレン)州の特殊詐欺拠点を巡り、地域を実効支配する少数民族武装勢力「国境警備隊(BGF、別名KNA)」に関連する個人と企業を制裁対象に指定しています。制裁対象に加えたのは、BGFと関連するミャンマー企業6社と、幹部ら個人3人で、米国への入国や銀行取引を禁じています。これとは別にカンボジア南部シアヌークビルなどでオンライン詐欺に関わるなどした4人と6社も制裁対象としています。ハーリー財務次官は声明で「東南アジアの組織的詐欺は国民の生活や経済を脅かすだけではなく、多くの人を『現代の奴隷』状態に陥れている」と指摘し、関連組織や個人への締め付けを強化する意志を示しています。また、米財務省外国資産管理局(OFAC)は2025年5月、少数民族武装勢力「カレン民族軍(KNA)」を「国際犯罪組織」に指定、トップのソーチットゥ大佐や2人の息子らと共に、米国に保有する資産の凍結や米国人との取引を禁止、同9月にはソーチットゥ氏の側近2人や関連企業も制裁リストに加えています。ミャワディの特殊詐欺拠点が集まる町、シュエココの開発を主導した亜太国際控股集団や、同社のシェ・ジージャン氏も含まれています。ミャワディでは今年に入り、タイで誘拐されて連れてこられた中国人俳優が救出された事件を契機に、犯罪組織による大規模な詐欺拠点が明らかになりました。タイや中国政府が対応を強化したこともあり、シュエココなどで投資詐欺やロマンス詐欺などに加担させられていた7000人以上の外国人が解放され、日本人の高校生2人も保護されました。「国境警備隊(BGF)」とも称されるKNAはこの際、解放に協力、犯罪組織と密接な関係にありながら、救出に尽力したとアピールすることで批判を避ける狙いがあったと見られています。OFACは「虚偽の口実で世界中から人々を集め、拘束や虐待を加えてオンライン詐欺を強制している」と指摘、偽の暗号資産投資サイトに被害者を誘導し、金銭をだまし取る手口などを紹介しています。OFACはカンボジアでもカジノの運営会社など6社と関係する個人4人に制裁を科しています。中には過去に中国でマネロンや違法なオンラインギャンブルを運営したとして有罪判決を受けたり、捜査対象になったりした人物も含まれています。OFACは東南アジアを拠点にした特殊詐欺による2024年の米国人の被害額は、少なくとも100億ドル(約1兆4800億円)にのぼり、前年から66%増えたと推計しています。東南アジア諸国連合(ASEAN)も取り締まりを強化、2025年の議長国のマレーシアで閣僚級会議が開催され、地域としてマネロンや国境管理に関する新たな取り組みを始めることを確認し、対策を急ぐ構えとしています。
- カンボジア政府は2025年6月下旬から8月中旬にオンラインや特殊詐欺の拠点70カ所以上を捜索し、3千人超を拘束したと明らかにしています。拘束者の国籍は約20カ国に上ります。カンボジアは各国から反社会的勢力が相次いで入り込み、犯罪拠点となっています。フン・マネット首相が拠点摘発の強化を指示していたもので、カンボジア当局は同8月中旬、特殊詐欺に関与したとして拘束した日本人の男女29人を強制送還していました。
- カンボジアの拠点で特殊詐欺に関与した日本人29人が詐欺未遂容疑で逮捕された事件で、複数のメンバーが「拠点内にライオンやトラ、ワニがいた」と供述しているといいます。一部のメンバーは暴行も受けており、県警は恐怖心を抱く環境下に置かれていたとみています。容疑者らは詐欺電話をかける「かけ子」を担当、成果が振るわなかったり、「帰りたい」と管理者に申し出たりすると暴行を受け、ライターで耳を焼かれたり、爪をはがされたりし、長時間走らされるペナルティーもあったといいます。また、ホワイトボードで進捗が管理されて競わされ、実績が低ければ電話の回数や詐取額にノルマが課されることもあったといいます。29人は数人ごとのチームに分かれ、朝から晩まで詐欺電話をかけており、「新人」のかけ子は詐欺のセリフをまとめたマニュアルを暗記させられ、「先輩」が電話する様子を見てだましの技術を学んでいたほか、詐欺電話の通話内容は録音し、一日の終わりには課題を洗い出す「反省会」を開いて、翌日以降の詐欺の成功率を上げる工夫もしていたといいます。拠点からは、警察官の偽物の制服や、警察本部の名称が書かれた看板、偽物の逮捕状などが押収され、ビデオ通話で見せて相手をだます道具として使っていたとみられています。また、詐欺の報酬を暗号資産や現金で受け取っていたこともわかっています。愛知県警は、京都府舞鶴市の男性(63)に2025年5月、詐欺電話をかけて現金をだまし取ろうとしたとして、別の詐欺未遂容疑で29人を再逮捕しています。
その他、特殊詐欺等を巡る動向から、新たな手口等についていくつか紹介します。
- 奈良県内で起きた特殊詐欺事件で、犯人側が巧妙な理由を付けてスマートフォンを貸し出し、このスマホのみで連絡を取るよう指示していた事案がありました。通信履歴が被害者の手元に残らないようにする狙いとみられ、奈良県警は「手口が巧妙化している」と警戒を呼びかけています。被害者は生駒郡内に住む70代女性で、現金1630万円をだまし取られました。「あなたのキャッシュカードが詐欺に使われ、あなたにもマネロンの疑いがかかっている」「捜査に協力してもらうため、女性捜査員が渡すスマホで連絡を取りたい」などと言われ、女性は生駒市内の大型商業施設で「捜査員」を名乗る中年女性からスマホを受け取り、その後、貸し出されたスマホで犯人側と連絡を取るようになったといいます。最後に現金を渡した際に、女性は求めに応じてスマホを返却、その後、不信感を覚え翌日に生駒署に相談し被害が発覚したものです。
- 投資詐欺の「受け子」として80代男性から現金200万円をだまし取ったとして、兵庫県警は、東京都の容疑者(51)を詐欺容疑で再逮捕しています。容疑者は2025年8~9月に詐欺容疑などで2回逮捕されています。「高額バイト」「楽に稼げる」といった誘い文句でSNS上で集められることの多い受け子ですが、容疑者は当初、「会社に雇われていたと思っていた」と供述、「固定給」も月に約40万円受け取っていたと説明したといいます。詐欺グループは被害者らとは事前にSNSでやりとりしていたといい、世の中に一つしかない、紙幣の記番号を撮った写真を被害者に送っていたといい、容疑者は被害者と対面したときに「社員証」と、この記番号の紙幣の実物を見せることで相手を信用させ、投資目的として現金を受け取っていたといいます。容疑者はLINEでこの人物を通じ、かかった交通費や業務に使った紙の印刷代なども「経費」として請求していたといいます。県警幹部は「だいたいの詐欺の受け子は使い捨てにされる。固定給で雇われた受け子は珍しい」と話していますが、容疑者が2025年6~8月、週に2~3回の頻度で東北から四国にかけて「出張」し、不特定多数の被害者らから現金を受け取っていた疑いがあるとみて、詳しい経緯を調べています。
- 警察官などを装い、70代の女性から現金約1000万円を詐取したとして、大阪府警は、台湾籍の住居不定、会社員の男(25)を詐欺容疑で逮捕しています。女性は遠隔で様子が確認できる「見守りカメラ」を自宅に設置させられたといい、府警は警察や家族に通報しないかなどを監視していたとみて調べています。女性は東京地検の所属を装う人物から「金が盗まれないように」などと言われ、指示通りに見守りカメラを2台購入し、玄関とリビングに設置、カメラにはスピーカーも付いており、室内や玄関付近の様子を映像で把握したり、音声で指示したりできる状態だったといいます。男は大阪市内で警察官から職務質問を受け、多額の現金を持っていたことから関与した疑いが浮上、府警は、受け子から詐取した金を受け取る回収役だったとみています。
- 特殊詐欺事件で被害者から現金を受け取る「受け子」から現金を回収したとして、警視庁成城署が特殊詐欺グループの男性2人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)の疑いで逮捕しています。共謀して2024年11月、東京メトロ中目黒駅の周辺で、特殊詐欺の被害金と知りながら、受け子の男性4人から現金計630万円を受け取ったとしています。警視庁が容疑者のスマートフォンを解析したところ、紙幣を1枚ずつ数える様子を収めた動画が見つかり、警視庁は、容疑者が現金を指示役に渡す際に、中抜きしていないことを証明するために、動画に残そうとしたとみています。
暴力団等反社会的勢力が関与した事例について紹介します。
- 特殊詐欺事件に関与したとして、埼玉県警は、稲川会傘下組織組員を詐欺容疑で逮捕しています。県北部などの少年らを集め、被害者から現金を受け取る「受け子」のグループを数十人規模で組織していた首謀者とみられ、県警は全容解明を進めるとしています。容疑者は知人=詐欺罪で起訴=に受け子やリクルーターを集めるよう指示、連絡用のスマートフォンや報酬を支給するなどしていました。2025年3月、詐取金を持ち逃げした受け子の一人が容疑者のグループから報復の強盗被害に遭い、深谷署に申し出たことでグループの存在が浮上、県警はこれまでにリクルーターや受け子などグループの関係者9人を逮捕しています。
- 警察官をかたり現金約100万円をだまし取った疑いで警察は指示役の男を逮捕し、関係先として暴力団事務所を捜索しています。容疑者が千葉・富里市にある住吉会傘下組織の事務所に複数回出入りしていたことから、警察は、暴力団事務所を家宅捜索したものです。容疑者は「指示役」として「出し子」を集めるよう指示をしたり、スマートフォンや電車賃などの経費を渡していたということです。
特殊詐欺等に関する逮捕事例から、いくつか紹介します。
- インターネットバンキングの口座を不正に開設したなどとして、警視庁は、詐欺と免状不実記載の疑いで、築地署地域課の巡査部長を再逮捕しています。口座は何者かに譲渡され、特殊詐欺に悪用されたとみられています。「報酬欲しさに口座を開設した」と認めているといいます。再逮捕容疑は2024年10月ごろ、虚偽の住所が記載された書類を世田谷署に提出して運転免許証の住所を変更、その免許証を使い2025年4月ごろ、他人に譲渡する目的で銀行口座二つを開設した疑いがもたれており、二つの口座を含め、容疑者が売り渡したとみられる計6口座には、計約7千万円の入金があったといい、警視庁は大半が詐欺被害金とみて調べています。容疑者は偽造免許証などで不正に口座を開設したとして、同8月に詐欺容疑などで逮捕され、その後、起訴されています。
- 金融庁職員らになりすまし、高齢女性からキャッシュカードを盗もうとしたとして大阪府警岸和田署は、窃盗未遂の疑いで私立中学教諭を逮捕しています。容疑者は、特殊詐欺グループの「受け子」とみられています。大阪府岸和田市の80代女性宅に警察官や金融庁職員をかたって「特殊詐欺の被害に遭っている」などと嘘の電話をかけ、キャッシュカードを受け取ろうとしたとしています。受け渡し前に詐欺の可能性に気づいた女性が110番、女性が警察官と通話中、容疑者は女性宅のインターホンを押した後に立ち去りましたが、インターホンにカメラが付いており、記録された映像から関与が浮上したといいます。
令和7年(2025年)8月末時点の特殊詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について、警察庁から数字が公表されています。
▼警察庁令和7年8月末における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)
- 特殊詐欺の概要について(令和7年8月末時点)
- 認知件数・被害額は前年同期比で大幅増加
- 認知件数17,662件(前年同期比+5,255件、+42.4%)、被害額831.4億円(+479.7億円、+136.4%)
- ニセ警察詐欺による被害が依然として顕著
- 認知件数は6,577件と特殊詐欺全体の37.2%
- 被害額は563.7億円と特殊詐欺全体の67.8%
- 単月でみると、既遂1件当たりの被害額が1,000万円を超過、インターネットバンキング(IB)は減少しているものの、暗号資産送信による被害が増加傾向
- 認知件数・被害額は前年同期比で大幅増加
- SNS型投資詐欺の概要について(令和7年8月末時点)
- 認知件数・被害額が7、8月で急増
- 認知件数4,772件(前年同期比+106件、+2.3%)
- 被害額605.8億円(▲36.0億円、▲5.6%)
- 単月では、認知件数、被害額ともに過去最多を記録
- 「YouTube」に掲載された広告からの被害が急増
- 「YouTube」×「バナー等広告」については、令和7年3月から継続して増加
- 単月の認知件数は147件(前月比+39件、+36.1%)
- 単月の被害額は23.7億円(前月比+7.3億円、+44.6%)
- 単月でみると「YouTube」に掲載された広告においては、「LINE」に誘導されての被害が98.6%を占める
- 認知件数・被害額が7、8月で急増
- SNS型ロマンス詐欺の概要について(令和7年8月末時点)
- 認知件数が前年同期比で大幅増加
- 認知件数3,445件(前年同期比+1,181件、+52.2%)
- 被害額323.9億円(+84.5億円、+35.3%)
- 単月では、認知件数が過去最多を記録
- 「マッチングアプリ」からの被害が依然として多い
- 「マッチングアプリ」からの被害が3割を占める
- 単月の認知件数は168件(前月比+27件、+19.1%)
- 単月の被害額は11.9億円(前月比+0.6億円、+5.7%)
- 単月でみると、「マッチングアプリ」で出会った場合においては、将来のため等を理由に投資の話を持ち掛けられる被害が93.5%を占める
- 認知件数が前年同期比で大幅増加
- 最近のニセ警察詐欺の特徴について(令和7年8月末時点)
- 既遂1件当たりの被害額が高額化
- 暗号資産送信型による被害額が増加傾向
- 被害の流れ
- 接触
- 電話等による接触
- NTT等をかたり「未払いがある」などの連絡があり、ニセ警察官等に代わる
- 固定電話…275件(33.5%)
- 携帯電話…535件(65.2%)
- その他… 10件(1.2%)
- 欺罔罔(不安をあおる言葉)
- 不安をあおり正常な判断力を奪う言葉
- 「押収資料の中にあなた名義のキャッシュカードがあった」
- 「あなたも犯罪グループの一員と考えている」
- 「身の潔白を晴らすために資産調査が必要」
- 「捜査に協力してくれたら資産の差押さえはしない」
- 「あなたには守秘義務がある」
- 不安をあおり正常な判断力を奪う言葉
- 欺罔罔(金銭を要求する言葉)
- 暗号資産を送信させる流れ
- 「資産調査は資金を移動させてコンピューターで調査する必要がある」などとウソの説明
- 暗号資産取引所のアプリを取得、口座を開設させる
- 暗号資産を購入させ、指定した暗号資産アドレスに暗号資産を送信させる
- 暗号資産を送信させる流れ
- 接触
- 最近のSNS型投資・ロマンス詐欺の特徴について(令和7年8月末時点)
- 「バナー等広告」による被害(1,724件)が急増
- 被害者の年齢層「50代」「60代」で半数超(901件)
- 当初接触ツール「YouTube」が最多(404件)
- 主な被害金等交付形態「ネットバンキング」が最多(1,070件)
- 詐称身分(職業)「投資家」が最多(654件)
- 名目「株投資」が最多(1,089件)
- だまされないために!!
- 各アプリ事業者による注意喚起を確認してください
- LINE:日本のユーザーをかたる海外ユーザーからの接触等に対して、プロフィール画面上で注意喚起を表示
- Instagram:詐欺行為等が疑われるアカウントからフォローリクエストが届いた場合に注意喚起を表示
- 新規の友だち追加や知らない相手からのメッセージ受信時は各アプリに表示された注意喚起を確認し、安易に追加や返信をしない
- 「バナー等広告」に悪用された著名人は、公式SNSやHP等で詐欺への注意喚起を実施している場合があるため、真偽を確認する
- 各アプリ事業者による注意喚起を確認してください
- 「バナー等広告」による被害(1,724件)が急増
最近の特殊詐欺等を巡る報道からいくつか紹介します。報道自体はこれ以上されていますが、被害の大きい事件を中心に取り上げます。
- 佐賀県内の60代女性が5億円超をだまし取られたニセ電話詐欺事件で、佐賀県警は、いずれも住所不定で無職の男(36)、自称無職の男(54)両容疑者を詐欺容疑で逮捕しています。2人は氏名不詳者と共謀し、2025年3月、警察官などになりすまして「お金を資金拘束します」などと電話でうそを言い、女性から1億4100万円をだまし取った疑いがもたれており、36歳の男は「受け子」に報酬を渡すといった管理役、54歳の男は勧誘役とみられています。
- 埼玉県警岩槻署は、同県蓮田市の60代の会社員女性が、現金約2億1800万円をだまし取られるSNS型投資詐欺の被害に遭ったと発表しています。2024年12月下旬頃から数回にわたり、友人をかたる男から「投資でお金を増やさないか」「言う通りにすれば簡単に稼げる」などと、女性に電話やSNSメッセージがあり、女性は2025年1月上旬~2月中旬、54回にわたりインターネットバンキングで指定口座に現金計約2億1785万円を振り込んでおり、女性は友人から借りた金などを送金していたといいます。男が紹介した投資アプリでは、1億円以上の利益が出ているように表示されていたといい、出金できないことを友人に相談し、被害がわかったものです。
- 神奈川県警津久井署は、SNSに掲載された投資広告から誘導された投資サイトを信じ込み、相模原市緑区の無職の70代男性が現金約2億1344万円をだまし取られる被害が発生したと発表しています。男性は2025年5月、スマートフォンでネット動画に掲載された投資広告を見つけ、表示された著名な経済評論家を名乗る男性のSNSアカウントを友達追加、その後別の男性を紹介され、メッセージ上のやりとりでその男性から投資サイトに誘導され、同6~9月に計35回にわたって、指定された25口座に振り込んだといいます。男性は、投資サイトで配当金が出ていたことから信じ込んでしまったといい、相模原市内の金融機関を訪れた際に職員から指摘され、詐欺だと発覚したものです。
- 愛知県警刈谷署は、愛知県刈谷市の60代の男性会社員がLINEで知り合った人物から投資話を持ちかけられ、2つのグループから計約1億6720万円をだまし取られたと発表しています。男性は2025年6月上旬、スマートフォンで投資に関する2つの動画にアクセスし、それぞれLINEグループに誘導され、「投資の先生」や「アシスタント」などと名乗る人物に株への投資を勧められ、同7月~10月に現金を計23回、指定された複数の口座に振り込んだといい、被害に気付き、同署に同10月2日相談したものです。
- 広島県警は、広島市の70代男性が、経済評論家の公式ユーチューブの画面に表示された非公式のURLから誘導され、投資金名目で計約1億5500万円をだまし取られたと発表しています。SNS型詐欺では広島県内で過去2番目に多い被害額だといいます。男性は2025年5月、評論家のユーチューブ画面に表示されたURLにアクセスし、評論家のLINEアカウントを友達登録、同7月、16回にわたって計約1億5500万円を金融機関口座に振り込んだものです。
- 静岡県警沼津署は、沼津市の60代無職女性が、警察官を名乗る男らに約1億800万円をだまし取られたと発表しています。金融機関からの情報提供で発覚したものです。2025年7月下旬、警察官や検察官を名乗る男らから「逮捕した犯人があなたからキャッシュカードを譲り受けたと言っている」と女性の自宅に電話があり、その後、女性はSNSを通じて「資産を調べる必要がある」と言われ、指示された通りに金融機関の口座を開設、この口座から、指定された複数の暗号資産口座に送金したといいます。
- 青森県警むつ署は、AIによる株取引をうたうLINEのアカウントで投資を持ちかけられた県内在住の50代男性が、現金計9490万円をだまし取られたと発表しています。男性は2025年6月、スマートフォンの広告を経由して証券会社の社員と称する人物らとLINEのやりとりを開始、紹介された投資アプリで同7~9月に計13回にわたって7690万円を振り込んだものです。アプリ上では利益が発生したことになっており、出金しようとした際に「サービス料」としてさらに計1800万円を支払ったといい、その後も送金手続きミスなどの名目で現金を要求され続けたため、不審に思って県警に相談し、詐欺と発覚したものです。
- 京都府警城陽署は、京都府城陽市の60代の女性会社役員が、警察官などを名乗る人物から詐欺事件に関与しているなどと持ちかけられ、金塊2キロ(約3800万円相当)をだまし取られたと発表しています。電話会社の社員を名乗る男から女性宅に「お宅の電話が詐欺に使用されている」などと電話があり、その後、警察官を名乗る男とのやり取りになり「詐欺に関与している」と告げられ、翌日には再び警察官を名乗る男から連絡があり、捜査の一環として「資産調査」を要請されたため、これに応じた女性は、自身の通帳や持っていた金塊2キロをタブレット端末の画面越しに見せたところ、別の警察官を名乗る男が女性宅を訪れ、女性は金塊を渡してしまったものです。女性から事情を聴いた娘が同署に相談し、被害が発覚しました。同署は手口などから、トクリュウが関与しているとみて捜査しています。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニや金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。一方、インターネットバンキングで自己完結して被害にあうケースが増えており、コンビニや金融機関によって被害を未然に防止できる状況は少なくなりつつある点は、今後の大きな課題だと思います。以下、直近の事例をいくつか紹介します。
- 電車内で不審な人物を見つけ、110番通報したことで特殊詐欺事件の解決に貢献したとして、警視庁上野署は、大学1年の宍戸さん(18)に感謝状を贈っています。宍戸さんは多くの違和感を見逃さずに通報したといい、坂井署長は「周囲を寄せ付けない雰囲気でスマホを気にしている人がいたら、被害に遭っているかもしれない。結果的に間違いでも構わないので、勇気を出して通報してほしい」と呼びかけています。宍戸さんは、JR山手線内で多くの座席が空いているにもかかわらず、自分の隣に座った50代女性に違和感を覚えた。女性は汗だくで、何かにおびえるように周囲を見ては自身のスマートフォンを確認するという動きを繰り返していたという。女性を見張っているとみられる大柄な男の姿もあった。宍戸さんは女性と同じ駅で降り、女性を追跡しながら110番通報したもので、女性は、「捜査に協力しないと逮捕する」とする警察官をかたる詐欺グループにだまされ、高齢男性から詐取金850万円を受け取っており、女性は200万円を別の人物に渡していましたが、650万円は手元に残っていたものです。
- 三重県警鈴鹿署は、SNSで投資を装い手数料などをだまし取る詐欺の被害を未然に防いだとして東海労働金庫鈴鹿支店の中田支店長と融資係の伊藤さんに感謝状を贈っています。何度か支店を利用している鈴鹿市内の60代男性が神妙な面持ちで窓口を訪れ「為替差益を得る手数料として1000万円を振り込みたい」と相談、対応した伊藤さんは高額であることなどから詐欺と見抜き、上司を通じて警察に通報したものです。伊藤さんは「日ごろからアンテナを張っていて、止めないといけないと思った」と話しています。男性は、暗号資産購入を巡る詐欺に遭って既に600万円を別の銀行で振り込んでおり、詐欺犯から「振り込めばもっともうかる」と言われたといいます。三重県警によると、2025年8月末までに投資をかたった詐欺の被害は137件・約13億6260万円に上り、そのうち約27%の37件は暗号資産がらみだといいます。
- ニセ電話詐欺の被害を未然に防いだとして、長崎県警対馬南署は、対馬市厳原町の「ファミリーマート対馬厳原大手橋店」のマネジャー、辰己さん(同店に署長感謝状を贈っています。レジ担当だった辰己さんは、50代の男性客から「2万円分の電子マネーカードを購入したい」と尋ねられ、常連客だったこともあり、さりげなく理由を聞くと「SNSで知り合った女性と会うために必要」などと説明、詐欺を疑い、警察に通報、その後の捜査で、ニセ電話詐欺だったことが判明したものです。辰己さんがニセ電話詐欺の被害を防いだのは4回目で、店としては11回目だといいます。辰己さんは「地元の人の役に立って良かった」と話し、店長は「普段からの声かけがいきた」と述べています。
最後に、金融庁のサイトから、「振り込め詐欺救済法」に関するQ&Aを紹介します。万が一、被害にあった場合は、原資が残高となるため、迅速に警察に相談することが重要です。
▼金融庁振り込め詐欺等の被害にあわれた方へ
- 振り込め詐欺救済法について
- Q「振り込め詐欺救済法」とはどのような法律ですか。
- A振り込め詐欺救済法は、振り込め詐欺等の被害者等に対する被害回復分配金の支払手続等を定める法律です。
- Qどのような方が振り込め詐欺救済法の対象となりますか。
- A振り込め詐欺などの詐欺その他の人の財産を害する罪の犯罪行為であって、財産を得る方法として振込みが利用されたものにより被害を受けた方が、振り込め詐欺救済法の救済の対象となります。一般的に対象となる犯罪行為としては、オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金等詐欺のほか、ヤミ金融や未公開株式購入に係る詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺等のうち、預金口座等への振込みが利用された場合が該当します。
- Q「振り込め詐欺救済法」とはどのような法律ですか。
- 被害回復分配金の支払について
- Q被害回復分配金とはどのようなものですか。
- A振り込め詐欺救済法は、預金口座等が犯罪に利用されたと疑うに足りる相当な理由があると金融機関が認めた場合において、当該預金口座等の名義人の権利を消滅させます。その後、当該預金口座等の残高を原資として被害者等に支払われる分配金を被害回復分配金といいます。
- Q振り込んだ先の預金口座等について消滅手続や支払手続が進行しているか確認することはできますか。
- A消滅手続や支払手続の進行状況については、振込先の金融機関にお問い合わせください。また、振込先の預金口座等について公告が行われていれば、預金保険機構のウェブサイトにおいて、振込先の預金口座等の残高や、被害回復分配金の支払申請期間等をご覧頂くことができます。
- Q被害回復分配金の支払を受けるにはどのくらいの時間がかかりますか。
- A被害回復分配金の支払を受けるまでには、預金等の消滅手続や支払手続が必要であるため、連絡して直ちに支払が受けられるものではありません。実際に支払を受けられるまでに少なくとも半年以上かかるのが一般的です。支払までの期間については、手続の進捗状況によって異なりますので、詳しくは振込先の金融機関にお問い合わせください。
- Q被害回復分配金の支払の申請はどのようにすればよいのですか。
- A申請書(様式第一号)に必要事項を記入し、以下の必要な資料を添付した上で振込先の金融機関に提出してください(振込みを行った金融機関から提出することも可能です。)
- Q被害回復分配金の支払を申請できる期間は決まっていますか。
- A申請期間は、支払手続が開始された旨の公告があった日の翌日から30日以上設けられます。申請期間内に申請できなかった場合、被害回復分配金の支払を受けることはできませんのでご注意ください。振込先の金融機関に被害を申し出た方には、金融機関から個別に申請期間が連絡されます。詳しくは振込先の金融機関にお問い合わせください。
- Q被害にあったお金は全額が支払われますか。
- A被害にあったお金が全額支払われない場合や、支払が行われない場合もあります。被害回復分配金は、預金等債権を消滅させた預金口座等の残高を原資としています。複数の被害者がいて、申請された被害額の総額が、預金口座等の残高を超える場合には、その残高を各人の被害額で按分した額が支払われます。また、預金等債権を消滅させた預金口座等の残高が1,000円未満の場合は、支払は行われません。
- Q被害回復分配金とはどのようなものですか。
- その他の情報
- Q振り込め詐欺救済法以外の被害回復の制度はありますか。
- A詐欺罪を含む財産犯等の犯罪行為によりその被害を受けた方から得た財産等(犯罪被害財産)が、刑事裁判の確定により犯人からはく奪(没収・追徴)された場合には、所定の手続に沿って「被害回復給付金支給制度」を利用できる場合があります。被害回復給付金支給制度の詳細については、法務省ウェブサイトのQ&Aをご参照ください。
- A被害回復分配金の支払後に残った資金は金融機関から預金保険機構に納付されます。預金保険機構は、その資金を、犯罪被害者等の支援の充実のために支出しています。
- Q振り込め詐欺救済法以外の被害回復の制度はありますか。
- 上記Q&Aの他、こちらのファイルにも詳細なQ&Aを掲載しています。併せてご確認ください。
(3)薬物を巡る動向
前回の本コラム(暴排トピックス2025年9月号)でも取り上げましたが、新浪剛史氏は、大麻由来の成分が含まれた違法なサプリメントの密輸入に関与した疑いが持たれています。新浪氏は「適法な商品と認識していた」と潔白を主張し、福岡県警が慎重に捜査しています。本コラムでは繰り返し指摘していますが、大麻由来の成分には主に「THC」(テトラヒドロカンナビノール)と「CBD」(カンナビジオール)があり、2024年12月施行の改正麻薬取締法で幻覚作用があるTHCは有害とされ、基準値を超えるTHCを含む製品は輸出入や所持などが禁止されました。一方、CBDは規制対象外で、国内でもCBDを含むサプリなどが販売されています。報道によれば、問題のサプリは、新浪氏の知人で米国在住の女性が福岡県内に住む弟宛てに発送、県内に入った時点で門司税関が成分を検査したところ、基準値を超えるTHCが検出されたため、情報提供を受けた福岡県警が「コントロールド・デリバリー」(泳がせ捜査)を実施して2025年8月、荷物を受け取った弟を麻薬特例法違反容疑で逮捕=その後、処分保留で釈放=し、サプリを押収しています。その捜査の中でサプリは弟が新浪氏に送り届ける予定だったことが判明、また、違法な成分の有無は不明だが、過去にも弟経由で似たようなサプリが一度、新浪氏に送付されていたことも発覚しています。焦点は新浪氏の「違法性の認識」です。本人が否認した場合、違法なサプリと認識して密輸に関与したと立証する必要があり、麻薬の常習性を示す証拠などによる裏付けが求められることになります。福岡県警は2025年8月、事件の関係先として東京都内の新浪氏の自宅を家宅捜索しましたが、違法薬物や送付されたはずの1度目のサプリは見つからず、薬物使用を調べる尿検査も陰性でした。新浪氏は同9月に開いた記者会見でCBDサプリとして購入したと釈明し、日本より米国の方が安価な点を理由としました。1度目のサプリについては「送り主が分からない荷物は廃棄している。家族が廃棄した可能性がある」と説明、2度目の送付は知人女性から知らされていなかったとし「私が購入した物かどうか不明」と述べています。報道で捜査幹部は「新浪氏の説明に不審な点はあるが、違法薬物の所持や使用が認められない現状で立件は相当難しい」と吐露、米国にいる知人女性に経緯を詳しく聴いた上で最終的に判断する方針としています(が海外との捜査共助の関係もあり、捜査員を派遣しても効果的な事情聴取は難しい可能性があります)。また、直接的な証拠に乏しいのも事実であり、捜査は続行中ではあるものの立件に向けてより慎重な捜査が必要な状況となっています。
財務省が公表した2025年上半期(1~6月)の税関による関税法違反事件の取り締まり状況によれば、大麻や覚せい剤といった不正薬物の押収量は前年同期比33%増の約2073キロで、上半期で押収量が2トンを超えたのは初めてとなりました。大麻が約8.1倍の約1332キロと大幅に増加、上半期として過去最大の押収量で、全体の6割超を占めています(東京税関でベトナムから到着した海上コンテナに隠された大麻約1トンを摘発したことが押し上げ、あそた)。不正薬物全体の摘発件数は6%増の531件となりました。押収量は覚せい剤が73%減の約285キロ、コカインやMDMAなどの麻薬は33%増の約443キロ、形態別の摘発件数では、航空機旅客による密輸が13%増の177件、国際郵便物を利用した密輸は4%減の264件となりました。なお、大麻由来の有害成分で、幻覚作用があるTHC類を含む製品の押収は122件、202キロだったといい、2024年12月にTHCを麻薬と位置付ける改正法が施行されたのを受け、取り締まり状況が明らかとなりました。
以前の本コラムでも指摘していますが、違法薬物のコカインが日本国内で目立ち始めています。薬物事件全体の摘発者が近年横ばいで推移するなか、コカインを巡る摘発は2024年までの10年間で6.8倍に増えました。SNSで誤った情報が広がり、若年層でまん延している恐れが指摘されています。コカインの増加率は大麻よりも高く、2015年のコカインに絡む摘発者は86人と全体の0.6%にすぎませんでした。コカインはコカの葉から精製される薬物で、中枢神経を興奮させる作用があり、厚生労働省の資料によると幻覚や妄想が現れ、大量に摂取すると全身けいれんを起こすほか、死亡する場合もあるといいます。コカインの摘発が増えた要因とみられているのが、若年層での広がりで、警察庁によれば、コカインの使用などで2024年に摘発された人のうち87%が30代以下でした。SNS上では「体に優しい」と使用をあおる投稿も拡散し、危険性を正しく認識できていないとみられるほか、大麻がきっかけとなるケースもあるといいます。なお、コカイン使用者の増加は世界的な傾向で、国連薬物犯罪事務所(UNODC)が2025年6月に公表した報告書によれば、世界全体でのコカイン使用者(推定)は2023年に過去最多の2500万人となり、2013年(1700万人)から約1.5倍に増えています。また、UNODCによると、コカインの違法生産量も2023年は前年比34%増の推計3708トンで過去最高を更新しています。コロンビアでコカの栽培が急増しているとされ、生産増に伴い密輸も活発になり、使用率が低かったアジアでの流通も増えているとみられています。大麻だけでなくコカインについても適切な注意喚起をしていく必要があります。
違法薬物の密輸の状況について、いくつか紹介します。
- 厚生労働省関東信越厚生局麻薬取締部は、合成麻薬MDMAなど約9万錠(末端価格約6億円)を押収したと発表、全国の麻薬取締部による押収量としては過去最大で、2024年の国内の押収量の約4割に相当するといいます。報道によれば、2025年6月、東京都豊島区の民泊施設でMDMAなどを含む錠剤計約44キロを発見して押収、その場にいた英国籍の被告を麻薬取締法違反(営利目的所持)の疑いで現行犯逮捕したものです。被告は、外国人男性2人らと共謀して英国からインド経由で羽田空港にMDMAを密輸したなどとして同法違反(営利目的輸入など)で起訴されており、麻薬取締部は、海外の麻薬密輸組織の一員とみて、組織の実態解明を進めていくといいます。
- スーツケースに隠して麻薬のケタミン計約42キロを海外から密輸入したとして、福岡県警と門司税関は、住居不詳の自称会社員の容疑者らタイ国籍の女性3人を麻薬取締法違反(営利目的輸入)容疑で緊急逮捕しています。報道によれば、2007年にケタミンが麻薬指定されて以降、国内で最多の押収量といいます。逮捕容疑は、3人は共謀して、シンガポールのチャンギ国際空港で福岡空港行きの旅客機に搭乗する際、ケタミン計約42キロをスーツケースに隠して手荷物として預け、福岡空港に密輸入したというものです。福岡空港の税関検査で、3容疑者が預けた計三つのスーツケースを調べたところ、袋に入った粉末状のケタミンを発見、3人は県警の調べに「スーツケースは男性から受け取った」と供述しているといいます。県警は組織的な関与があったとみて調べています。ケタミンは幻覚作用があり、2007年に麻薬指定されており、末端価格は1キロ約2100万円という情報もあり、今回は9億円前後に上る可能性があります。
- 東京都は、危険ドラッグの取り締まりを目的としたインターネットパトロールで試買した11物品から、人体に危害を及ぼす指定薬物「1S-LSD」の成分が検出されたと明らかにしています。「危険ドラッグ流通の増加傾向を懸念している」として、所有者には居住地の都道府県にすみやかに申し出るよう呼び掛けています。「1S-LSD」は合成麻薬「LSD」に似せた成分で、摂取した際にはLSDと同様に強い幻覚作用などがあるとされ、「指定薬物」として製造、輸入、販売、所持、譲り受け、使用が厳しく規制されています。都はインターネットや実店舗での危険ドラッグの販売を常時監視しており、2024年12月には2物品を発見して公表、都保健医療局の担当者は「都内では実店舗も一時期にゼロになるなど対策が進んだが、現在は都内に30店舗ほどを確認している。危険ドラッグは成分を変えた新しいものが次々と出ており、ネット上も含め販売が再び増えることを危惧している」と話しています。危険ドラッグリアル店舗から消えたと思っていましたが、オンラインだけでなく新たにリアルでも販売されている点に注意が必要と感じました。
国内未承認の鎮静剤「エトミデート」の乱用が沖縄県を中心に広がっているとして、警察当局が摘発を進めています。危険ドラッグであるエトミデートを巡っては、成分を含んだ液体(リキッド)を電子たばこで吸引して摂取することが多く、手足がけいれんする様子などから「ゾンビたばこ」とも称されています。沖縄では高校生が摘発される事態にも発展、米国でのフェンタニル禍が話題となる昨今、薬物乱用は日本でも脅威となっています。全身麻酔手術や内視鏡検査などに使われる鎮静剤のエトミデートは、海外では医療現場で広く活用される一方、日本国内での製造や販売は承認されていません。エトミデートは、脳の中枢神経に働きかけて神経の働きを強く抑える効果がある一方で、副作用も深刻で、意識混濁や手足のしびれ、ホルモンを分泌する副腎の機能障害を引き起こす恐れがあるといいます。そもそも医薬品医療機器法で規定される「指定薬物」は、医療目的などの正当の用途ではない場合、製造や所持、購入などをすれば罰せられ、指定薬物は、人の精神に興奮や幻覚などをもたらし、健康被害を及ぼす恐れのある薬物に適用されます。厚生労働省は2025年5月、エトミデートも含めました。相次ぐ乱用を背景に規制を強化した格好で、同省は「健康被害が疑われる場合は速やかに医療機関を受診し、最寄りの保健所に連絡を」と呼び掛けています。違法薬物対策は「いたちごっこ」の様相を呈しており、反社会的勢力の資金源となってきた覚せい剤の乱用は減少傾向にあるものの、大麻関連の検挙件数は増加傾向にあるほか、使用方法も時代とともに移り変わっているのが現状です。近年の薬物乱用で特徴的なのは、注射痕が残ることもある覚せい剤などと異なる手軽さで、エトミデートに限らず、電子たばこを使用する例が増加しており、違法な大麻由来成分「THC」などの摂取にも転用されたケースが確認されているほか、オイルや菓子の形状となっていることもあり、捜査関係者は「昔のような覚せい剤中心の認識では、新しく登場した薬物を調べられない」と指摘しています。また、医薬品医療機器法の規制をすり抜ける形で、新たな危険ドラッグが次々と開発、輸入されており、警察幹部は「法律で規制されていない薬だといっても、どんな作用が起こるか分からない。事故や自傷のリスクを避けるため、特に若年層は警戒感をつねに持つべきだ」と話しています。なお、産経新聞によれば、昨今の日本国内へのエトミデートの流通経路は判然としないといいます。沖縄県内での検挙事例も交通事故の取り扱いや他の薬物事件の捜査など、偶然に端緒となったものが主で、いまや違法薬物は反社会的勢力でなければ取引できない時代ではなく、素人がSNSを通じて買い手にも売人にもなれる状況であることが解明を難しくしていると指摘しています。使われ方の変遷も激しく、近年横行するエトミデートや大麻リキッドには注射痕が残る覚せい剤使用者らのような特徴もなく、通常の喫煙者と外見上は変わらない特徴があります。関係機関の緻密な捜査が求められているといえます。
大学の運動部員が違法薬物を使用する事件が後を絶ちません。直近でも、大麻を使用したとして、専修大学アイスホッケー部の20代の男子部員3人が麻薬取締法違反容疑で神奈川県警に書類送検されています。3人は2025年7月、川崎市内の路上で職務質問を受け、使用済み大麻とみられる少量の植物片を持っており、県警の尿検査では3人とも陽性反応が出たといいます。同部は同月30日から活動を停止し、再開のめどはたっていません。大学運動部の違法薬物問題では、2025年6~8月には天理大ラグビー部や国士舘大男子柔道部などの強豪校の部員らが大麻所持などの容疑で相次いで逮捕されています。それ以前にも、東京農業大ボクシング部、日本大アメフト部、早稲田大相撲部などでも同様の問題があり、筆者も以前から指摘していますが、閉鎖的な環境の改善や寮の管理強化が必要な状況です。強豪校ではレギュラー争いが激しく、「結果を残さなくてはいけない」という重圧があり、上下関係も厳しく、上級生から薬物を勧められたら断りづらい構図もあります。また、監督やコーチが寮の部屋に来ることはなく、手荷物検査もなく、薬物は簡単に持ち込めるとの報道もあります。さらに、運動部では部活動が生活の中心となり、善悪の感覚がマヒしがちで、指導者は寮の管理を強化するだけでなく、授業にもきちんと出席させ、競技引退後のセカンドキャリアについても教育していく必要があるのではないかと考えます。大学運動部に限らず、若年層への薬物使用の広がりは深刻で、2024年1年間に全国の警察が大麻事件で摘発した6078人のうち、10~20代は4478人と7割超を占め、10年前の738人から6倍となっています。警察庁が、2024年10~11月に大麻の単純所持容疑で摘発した889人に調査したところ、10~20代の4割はインターネットで入手先の情報を得ており、その多くは、Xと匿名性の高い通信アプリの「テレグラム」だったといいます。また、友人や知人から大麻を入手するケースも多くなっています。大麻は、依存性の高い薬物への入り口となる「ゲートウェー・ドラッグ」であり、売人が大麻を売る際に、覚せい剤を無料で渡す手口もあり、興味本位で絶対に手を出さないでほしいと筆者も強く願っています。
暴力団等反社会的勢力が関係した薬物事犯について、いくつか紹介します。
- 麻薬や大麻などを販売目的で所持した「麻薬取締法違反」の疑いで、25歳の暴力団員が逮捕されています。2025年8月、広島市中区に停めた車の中で乾燥大麻やカートリッジ型の麻薬などを販売目的で所持した疑いがもたれています。逮捕は3回目で、これまでに押収された乾燥大麻は約510グラム、末端価格にして255万円相当に上り、広島県警が2025年に押収した薬物事件の証拠品では、最大級の量だということです。警察は売り上げが暴力団の資金源になっていたとみて調べています。
- 暴力団組員ら覚せい剤の密売グループとされる山梨県内の男3人が逮捕・起訴されています。覚せい剤取締法違反の罪で逮捕・起訴されたのは稲川会四代目山梨一家組員ら、山梨県内の男3人です。3人は共謀して2025年1月、笛吹市内で県内の男性に覚せい剤を売ったとされます。3人は覚せい剤の密売グループとされ、これまでに3人の顧客とみられる17人が覚せい剤の所持や使用の疑いで摘発されています。また一連の捜査で警察はおよそ160g、末端価格およそ900万円相当の覚せい剤を押収しています。
最近の薬物事犯を巡る動向から、いくつか紹介します。
- レトルトカレーを装って大麻由来の有害成分THCを含む液体を飛行機で密輸したとして、福岡県警は、男子高校生(17)と無職の少年(16)を麻薬取締法違反(営利目的輸入)の疑いで緊急逮捕しています。日本人少年の飛行機を使った薬物密輸事件の摘発は統計の残る2000年以降初だといいます。それぞれ別の便で麻薬成分を含む液体計約14キロをスーツケースに入れてタイ・スワンナプーム国際空港から福岡空港に持ち込んだとしています。液体はパウチと箱に詰められレトルトカレーを装っており、2人は当初、「お土産で買ったカレーの箱に麻薬成分が入っていたことは全く知りませんでした」などと否認していました(レトルトカレーの箱の中身は銀のパウチではなく、液体の色が見えていたといいます)。2人は友人で同じ便でタイに渡っており、同行者はおらず、他に海外への渡航歴はありませんでした。福岡県警は組織性も視野に捜査を進めています。門司税関などは、関税法違反(密輸未遂)で福岡地検に告発しています。
- 奈良県警奈良署は、大麻リキッドを使用したとして、麻薬取締法違反(使用)の疑いで、奈良市健康医療部の職員(27)を再逮捕しています。奈良県内などで大麻リキッドを若干量使用したとしており、職員は2025年9月、奈良市内で大麻リキッド0.684グラムを所持したとして同法違反(所持)容疑で逮捕されていました。
- 指定薬物の大麻成分が入ったリキッドを販売目的で所持したとして、警視庁薬物銃器対策課は、合法な大麻由来成分CBD製品の販売会社元代表を医薬品医療機器法違反(販売目的所持)の疑いで逮捕しています。逮捕容疑は2024年10月10日と22日、CBD製品販売会社「チラクシー」の台東区と渋谷区の店舗や埼玉県川口市の倉庫で、当時指定薬物だったTHCを含むリキッド計15本(約14.3グラム)を販売目的で所持したとしています。「違法な成分が入っていたとはまったく知らなかった」と容疑を否認しているといいます。容疑者は当時、本店など3店舗とインターネットで販売、2024年2~10月に1017本を製造し、1本1万900円で販売、売上額は1100万円近くに上るといいます。2023年7月、浅草店で開催中のイベントで試供品リキッドを吸引した客が倒れ、男女6人が病院に搬送されています。その後店舗などを家宅捜索し、リキッドなど約9300点の製品を押収、容疑者は製品の鑑定を海外の民間業者に依頼していて、一部から違法薬物を検出したという鑑定書が出ていたといいます。
- 陸上自衛隊は、乾燥大麻を所持したとして、麻薬取締法違反の疑いで、第1特科群第129特科大隊の陸士長(22)を書類送検しています。北海道内にある実家で大麻約2.84グラムを所持したとしています。2025年6月に実施した薬物検査で陽性反応があり発覚、4月ごろから使用していたと話しているといいます。
- 栃木県の那須地区消防本部は、大麻を所持、栽培したとして、同消防本部の男性消防副士長(29)が警察に逮捕されていたと発表しています。休職中の消防副士長は、自宅で大麻を所持していたとして麻薬取締法違反(大麻所持)容疑で逮捕、2025年6月には大麻草栽培規制法違反容疑で再逮捕され、いずれも起訴されています。なお、同地区消防本部、この男性消防副士長を懲戒免職とし、管理監督者である同消防本部の警防課長(54)を厳重注意、消防長(59)を口頭注意する処分にしたと発表しています。同消防本部には同4月に情報が寄せられ確認を進めていましたが、警察の捜査に影響するため聞き取りは行わず、保釈後の面談では「公判中なので答えられない」という答えで、同消防本部としての事実確認はできなかったといいますが、宇都宮地裁で同9月29日にあった初公判で男性消防副士長は起訴内容を認め、閉廷後の面談でも「裁判の通りです」と話したといい、事実関係の確認が取れたとして処分を決定したものです。
- ホテルで大麻を所持したとして、福岡県警小倉南署は、北九州市立小学校講師を麻薬取締法違反(大麻所持)容疑で逮捕しています。市内のホテルで大麻を含む植物片0.356グラムを入れた紙巻きたばこ状のもの1本を所持したとしています。容疑者がホテルで利用した無店舗型性風俗店(デリバリーヘルス)のスタッフが通報して発覚したものです。
- 熊本県警は、麻薬成分「デルタ9THC」を含んだ液状物を営利目的で輸入したとして、同県菊陽町のタクシー運転手=麻薬特例法違反で起訴=を麻薬取締法違反(営利目的輸入)容疑で再逮捕しています。米国から麻薬成分を含む液状物を営利目的で輸入したなどとしています。液状物は2025年6月、米国から関西国際空港に着いた容疑者宛ての荷物から発見、熊本県警と長崎税関で計約386グラムを押収、液体は紙に挟んで薄くし、タオルやクリアファイルで隠された状態だったといいます。長崎税関は、関税法違反(麻薬輸入未遂)で熊本地検に告発しています。
- 東京地検は、俳優の清水容疑者(26)を麻薬取締法違反(所持)で起訴しています。自宅で乾燥大麻約0.4グラムを所持したとされます。一方、清水被告とともに麻薬取締法違反(共同所持)の疑いで警視庁に逮捕されていた同居する20代女性について、東京地検は不起訴処分としています。清水被告は逮捕後、初めて大麻を吸ったのは20歳の頃で「語学留学先の米国で招待されたホームパーティーで吸った」と説明、「今年に入ってから月に数回のペースで大麻を吸うようになった」とも供述しており、自宅で吸っていたといいます。なお、清水被告と共同で大麻を所持したとして、警視庁が知人で俳優の男(24)を麻薬取締法違反容疑で逮捕しています。
海外における薬物を巡る動向から、いくつか紹介します。
- タイで大麻の販売や輸出を推進すべきだとの議論が再び浮上しています。このほど就任したアヌティン新首相は2022年の大麻解禁を主導した旗振り役で、大麻農家が推進論を支持していますが、本コラムで以前から指摘しているとおり、急増する中毒者の問題が置き去りになる懸念があります。タイは2022年6月、立法手続きを経ず簡略な省令改正で大麻を医療目的で使うのを認めましたが、保健相として大麻解禁議論を主導したアヌティン氏は「農業の振興や食品分野のイノベーションにつながる」と指摘していました。医療用の大麻解禁は思わぬ方向で中毒者を生み出し、社会問題になりました。娯楽目的での吸引は引き続き禁止されたものの、販売や使用について明確なルールがなく、政府の想定とかけ離れて大麻の乱用が広がり、2024年9月に発足したタクシン元首相派主導のペートンタン前政権は大麻の再規制に動いたものです。2025年6月下旬に大麻草の中でも幻覚作用の強い花蕾の販売を禁止、大麻の販売店は主にこの部位を商品としているため、事実上の営業禁止処分と受け取られました。今回、アヌティン氏が首相に就いたため大麻の販売店の期待が高まっている状況です。タイ保健省によれば、大麻中毒の入院患者数は2022年6月以降、月100人前後で推移し、解禁前の2~5倍に増えたといいます。販売店数も約2万店(2025年8月中旬時点)に増えています。タイ国立開発行政研究院が2024年5月に実施した市民の大麻への意識に関する調査では、54%が肯定的な意見を答えた一方、34%が否定的だったといいます。大麻の是非は世界各国で世論を二分するテーマとなっており、政治問題にもなっています。雇用にも絡むため、いったん解禁すると再規制は難しい実態があります。日本人も米国などで大麻を使ったり手に入れたりする事例が後を絶たず、タイは大麻解禁後に日本への密輸が急増しています。タイでは大麻の政策は立法手続きなしで変えられるため、政権の枠組み次第で二転三転しやすくなっており、今後の動向を(日本人への影響という点でも)注視する必要があります。
- 米国に合成麻薬「フェンタニル」の原料を密輸する中国組織が日本の名古屋市に拠点を置いていた問題を巡り、米ニューヨーク連邦地方裁判所が、密輸罪などで起訴された中国人の幹部の男に懲役25年の実刑判決を言い渡しています。検察側の求刑(20年)を上回る量刑で、フェンタニル密輸に厳しく対処する米司法の姿勢を示した形となります。裁判を担当したガルデフェ判事は、組織が中国から米国に密輸しようとしていた前駆体の量が数トンと極めて多いと指摘、おとり捜査官が被告に「(同組織の薬物によって)米国人が死亡した」と伝えた後にも輸出をやめようとせず、極めて悪質だと述べています。本コラムでたびたび取り上げているとおり、米国ではフェンタニルの乱用で年間数万人が死亡、中国産の材料を使って合成されたものが周辺国から流入しているとみられています。原料密輸に関して、中国人が米国で裁かれる初の事例として注目されていました。懲役25年は殺人未遂などに適用される刑罰と同等で、裁判所は、意図的に麻薬の流通を助長する行為には重罪を適用するとの姿勢を示しました。検察側は王被告が「フェンタニル事業を主導するボスだった」として、懲役20年を求刑していた(法定上は懲役30年が最高刑)、一方、弁護側は王被告が過去に犯罪歴がないことなどから、懲役3年を求めていました。フェンタニル問題に鋭く切り込んでいる日本経済新聞の調査では、Amarvelを中心とする中国組織は米国のほか、欧州やインド、オーストラリアとも取引をしていたことが明らかになっており、那覇市や名古屋に滞在していた「日本のボス」と呼ばれる組織の中心人物はなお逃亡を続けています。
- 米株式市場で大麻に関連する企業の株が急騰していますが、トランプ大統領が自身のSNSに、65歳以上のシニア向けに大麻草に含まれる成分のCBDの利点を主張する動画を投稿したことが影響しています。3分間近くにのぼる動画はシニア向け医療用の大麻利用を支持するコモンウェルス・プロジェクトが作成したもので「CBDをメディケア(高齢者向け公的医療保険)適用対象にする時がきた」とうたっています。米国では州レベルで規制緩和が進んだことで大麻の利用が増え、合法化を支持する声も強まっており、米ミシガン大の調査によれば、米国で19~30歳が過去12カ月間で大麻を使用したことがあると回答した割合は2024年に約41%と過去最高に近い水準になっており、米調査機関のピュー・リサーチ・センターが2024年1月に実施したアンケート調査によれば、57%が医療用と嗜好用の合法化を支持すると回答し、医療用のみ合法化されるべきだと32%が答える一方、合法化に反対する回答者は11%だったといいます。投資家が期待しているのは大麻規制の再分類で、米政府は大麻使用の規制を合成麻薬のLSDやヘロインと同じ「1類」から、解熱鎮痛剤と同様の扱いにする「3類」に変更することを検討しています。米国ではすでに酒を飲まない人が増えているといい、米調査会社ギャラップが2025年7月に実施した世論調査によれば、「酒を飲む」と答えた人は54%と過去90年で最低レベルに落ち込みました。大麻の規制緩和は嗜好品の市場に変容をもたらす可能性があるとみられています。
- 米紙NYTは、米軍が南米ベネズエラから出航した船に爆撃したことを巡り、トランプ政権が連邦議会に対し、「米国が麻薬密輸組織との武力紛争に突入した」と文書で通知したと報じています。政権は軍事攻撃が非国家組織との武力紛争の一環だと主張することで正当化する狙いがあるとみられています。米軍は2025年9月、ベネズエラから米国に向かっていた船が「麻薬運搬船」だったとして公海上で攻撃、3回の爆撃で17人を殺害したとしています(その後も複数回攻撃しています)。麻薬運搬船への対応は沿岸警備隊による取り締まりが通常で、敵対行為に参加していない民間人に対する軍事攻撃は国際法違反との指摘があります。NYTによれば、政権は文書で、麻薬の流入により毎年何万人もの米国民が死亡しており、麻薬の密輸は「米国への武力攻撃に相当する」と主張、密輸組織のメンバーは非合法戦闘員だと断じ、自衛権の行使として攻撃したと説明しています。ホワイトハウス当局者は「致死性の高い毒を国内に流入させようとする勢力から祖国を守るため、大統領は武力紛争法に従って行動した」としています。トランプ大統領は麻薬カルテルに対する作戦として、最新鋭ステルス戦闘機「F35」10機を米自治領プエルトリコに派遣するよう命じたほか、海軍兵および海兵隊員4500人以上を乗せた軍艦少なくとも7隻をカリブ海に派遣、第22海兵遠征部隊の海軍・海兵隊員らもプエルトリコ南部で水陸両用訓練と飛行作戦を行っており、当局はさらなる軍事的措置の可能性も否定していません。一方、ベネズエラのマドゥロ政権は、米軍の攻撃が「軍事侵攻だ」と反発し、両国の緊張が高まっています。
- トランプ米大統領は、過去1年間に麻薬対策協定の順守に「明らかに失敗」した国として、アフガニスタン、ボリビア、ミャンマー、コロンビア、ベネズエラを指定しています。この決定はこれらの国々への資金援助に影響を及ぼす可能性があります。トランプ大統領は「私はアフガニスタン、ボリビア、ビルマ、コロンビア、ベネズエラを、過去12カ月間に国際麻薬対策協定に基づく義務を明らかに順守できなかった国として指定する」と述べ、この声明はトランプ大統領が米議会に提出した大統領決定表明書に盛り込まれており、これらの国々に対する米国の支援は米国の利益にとって「不可欠」だと付け加えています。トランプ大統領は、コロンビアのコカ栽培とコカイン生産は「グスタボ・ペトロ大統領の下で過去最高に増加しており、麻薬テロ組織との融和を求める彼の失敗した試みは危機をさらに悪化させた」と述べ、ベネズエラのマドゥロ大統領が「世界最大級のコカイン密売ネットワークを率いている」とし、米国はマドゥロ氏を裁きにかけるために引き続き取り組むと表明、トランプ政権は、マドゥロ氏が麻薬密売組織を運営していると強く非難していますが、ベネズエラはこの疑惑を常に否定しています。
- イスラム原理主義勢力タリバンが実権を握るアフガニスタンが覚せい剤密造の世界的拠点として急浮上しています。タリバンはアヘンやヘロインの原料となるケシ栽培の摘発を進め、作付面積も大幅に減少、この結果、アヘンやヘロインの押収量が減った一方で、覚せい剤の押収量が増加しているものです。原料となる植物「エフェドラ」が周辺に自生する特殊な環境が覚せい剤密造を後押ししているといい、「この数年間で覚せい剤製造がアフガニスタンで増加している兆候がある」と国連薬物犯罪事務所(UNODC)は2025年6月に公表した2025年版の「世界薬物報告」でアフガニスタンの現状に警鐘を鳴らしています。
(4)テロリスクを巡る動向
和歌山市で2023年4月、岸田首相(当時)の選挙演説会場に爆発物を投げ込んだとして、殺人未遂や爆発物取締罰則違反など五つの罪に問われた木村隆二被告(26)の控訴審判決で、大阪高裁は、懲役10年(求刑・懲役15年)とした1審・和歌山地裁の裁判員裁判判決を支持し、被告側の控訴を棄却しています。1審判決によると、木村被告は、世間に注目されれば選挙制度に関する自身の主張を知ってもらえると考え、和歌山市の漁港で、衆院補選の演説会場にいた岸田氏らが死亡する可能性を認識しながら、爆発物を投げて爆発させ、選挙の自由を妨害、聴衆と警護の警察官の計2人が軽傷を負いました。控訴審で、弁護側は1審に続いて殺意を否認し、「1審は事実認定を誤っている」などと主張、検察側は控訴棄却を求めていました。国内では、単独でテロを実行する「ローンオフェンダー(LO)」によるとみられる事件が相次ぎました。岸田前首相襲撃事件の9カ月前には安倍晋三元首相銃撃事件(2022年7月)が、1年半後には自民党本部・首相官邸襲撃事件(2024年10月)がそれぞれ発生しました。2025年9月25日付毎日新聞で福岡大の大上渉教授(犯罪心理学)は「安倍元首相銃撃事件によって自作の凶器の威力が示され、『LO予備軍』を刺激した。事件を機に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の活動実態がクローズアップされ、世の中が大きく動いたことは、社会に絶望し、何かを変えたいと考える予備軍のヒントになってしまった」と指摘していますが、筆者としてもそうした側面はあると考えます。
単独でテロを計画し実行する「ローンオフェンダー(LO)」は組織と関係せず、計画から準備、実行までを1人で行う特徴があります。警察庁は安倍元首相銃撃事件や岸田前首相襲撃事件をLOによる犯行と認定、SNS上で「前兆」を見つけるためのサイバーパトロールや、不審情報の収集を強化しています。2025年7月の参院選では、情報集約の司令塔となる「警察庁LO脅威情報統合センター」を期間限定で設置、危険性・緊急性が高いと判断した書き込みについては投稿者の特定や接触を試みたといいますが、実際にテロを企図し、凶器や爆発物などを準備していた事例はありませんでした。膨大な数の投稿から、テロにつながりかねない内容を効率的に抽出することが課題となっており、同庁は2026年度、AIを活用した情報分析の実証実験も計画しています。
具体的な取り組みの1つとして、LOによる違法行為を未然に防ぐため、警察当局がSNSの運営事業者との連携を進めています。事業者側も危険な投稿の削除や、警察への情報提供などを通じ、プラットフォームの安全確保に力を入れています。警察庁は2025年7月の参院選の選挙期間を含む約1カ月間に、警護対象者や候補者に危害を加えるとするSNS上の投稿を889件確認、同庁によると大半はX上の投稿だったといい、同社の協力を得て投稿者を特定、警告などの対応に当たっていたといいます。X社はガイドラインで、「人命の危機または人体に深刻な危害をもたらす危険を伴う差し迫った事態」が生じた場合には、捜査機関などに緊急で情報開示する場合があると規定、これまでも規定に従い、必要な情報を提供してきたといいます。選挙期間中は特にこうした危険投稿が増加する傾向にあることから、警察庁は参院選に先立ち、「56(ころ)す」など殺害予告を意味する「隠語」などの情報を事業者側に提供、危機意識を共有し、協力を呼びかけていたものです。X社は「今後も表現の自由とプラットフォームの安全を両立できるよう、全力で取り組んでいく」としていますが、テロ以外でも、誹謗中傷対策や誤・偽情報対策、なりすまし広告対策などプラットフォーマーとして取り組むべき課題は山積しており、同様に積極的な取り組みを期待したいところです。また、LOによる事件を未然に防ごうと、警視庁竹の塚署が、東京都足立区を中心に物件を管理している不動産会社を訪れ、不動産契約時の本人確認徹底や不審情報の通報を要請したと報じられています。警視庁公安部は顧客らに本人確認や利用目的の確認への協力を呼びかける広報グッズを新たに作成、同署は「火薬のにおいがする、金属音、工作音がするなどの情報があればご協力ください」と訴えていますが、こうした地道な取り組みも継続的に実施されるべきであり、事業者もテロに対する意識を高めていくことが求められているといえます。
ドローンの性能向上と普及に伴い、テロの脅威が高まっているとして、警察庁は、ドローンの飛行を規制する小型無人機等飛行禁止法の見直しを視野に、有識者による検討会を開くと明らかにしています。約300メートルとしている規制距離の延長や、罰則対象の拡大などについて議論、年内に3回程度の会合を開き、報告書をまとめるとしています。同法は、首相官邸や原発、空港や自衛隊施設などの周囲約300メートルで、ドローンなどの飛行を原則禁じるもので、違反した場合、警察官らによる破壊措置が可能で、対象施設の上空で飛行させたり、警察官らの命令に従わなかったりした違反者には、1年以下の拘禁刑か50万円以下の罰金があります。
アフガニスタンを巡る情勢について、いくつか取り上げます。
- 米国家テロ対策センター(NCTC)は、国際武装組織アルカイダは依然として米国にとって脅威との見解を示しています。NCTCは法執行機関に宛てたメモで、アルカイダとイエメン拠点の関連組織であるアラビア半島のアルカイダ(AQAP)が「潜在的な攻撃者を鼓舞するため、特に米国の支援や軍事的関与がある地域で、メディアや紛争を利用している可能性が高い」と指摘、政府関係者に対し、監視を避け、旅行計画・スケジュール・居場所に関する詳細の投稿や共有、勤務外での身分証の着用を控えるよう求めています。
- 米国のトランプ大統領は、米軍が駐留していたアフガニスタンの首都カブール郊外にある米軍最大拠点だったバグラム空軍基地について「取り戻したい」と述べ、アフガニスタン側に返還を求めていることを明らかにしています。「中国が核兵器を作っている場所から1時間以内の場所にあるからだ」との理由のようですが、詳細は不明です。同基地は2001年以降、米軍を中心とする外国軍部隊が軍用機の発着に使っていましたが、イスラム主義勢力タリバンによる実権掌握後、部隊は2021年7月に完全撤退していたものです。また、米紙WSJは、トランプ政権がアフガニスタンで米軍の最大拠点だった首都カブール近郊のバグラム空軍基地に小規模な米軍部隊を配置する案について、イスラム主義組織タリバン暫定政権と協議していると報じています。対テロ作戦の拠点として軍用機やドローンの配備、あわせて囚人の交換、経済協力、安全保障分野の協力も話し合われているといいます。なお、米政府は、タリバン暫定政権を正統な政府として認めていません。
- アフガニスタンで全国のインターネットが数日間遮断されました。タリバン暫定政権による通信規制の一環とみられ、国民生活が混乱しました。ネット遮断は、最高指導者ハイバトゥラ・アクンザダ師の側近が知事を務める北部バルフ州などで光ファイバー回線が遮断されて始まり、Wi―Fi(ワイファイ)や携帯電話も不通となりました。性的な動画など反イスラム的な内容を止めるためのアクンザダ師の命令だといいます。アフガニスタンでは米国の制裁で銀行間の国際決済ができず、仲介人を通じた伝統的な送金方法が利用されていますが、国外との送金連絡ができなくなったといいます。また、8月末に起きた地震被災者への支援活動に支障が出たほか、航空機の飛行状況を追跡する「フライトレーダー24」によると、カブール国際空港の出発便の運航は軒並み「運航中止」「不明」となりました。さらに、患者の容体を外国の病院にネットで伝えて治療の助言を受ける病院もあり、人命にかかわる事態となる恐れもあったといいます。国連アフガン支援団(UNAMA)は声明で、ネット遮断は「アフガニスタンを外界とほぼ完全に切り離し、経済の安定を脅かし、世界最悪の人道危機の一つを悪化させる」などと警鐘を鳴らしたほか、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは、タリバン統治下で行動に厳しい制約が課されている女性の孤立を一層深めると指摘しています。まt、あタリバンは米宇宙企業スペースXが運用する「スターリンク」といった衛星通信網を利用する個人を見つけ出し、拘束するよう治安当局に命じるなど徹底しています。タリバン暫定政権は2021年の実権掌握後、イスラム法を独自に解釈して不道徳とみなす行為を次々と禁止し、放送・通信の規制にも着手、2024年には、人間も含む生き物の映像のテレビ放送を禁止し、34州のうち少なくとも26州で禁止・制限されているといいます。偶像崇拝を禁ずる狙いとみられ、これらの州では国営テレビは動画の放送をしていません。
トランプ米大統領は、極左運動「アンティファ(反ファシスト)」を「国内テロ組織」に指定する大統領令に署名しています。関連する政府機関に同運動の違法行為を「捜査、阻止、破壊」し、資金提供をした者についても捜査や摘発をするよう指示しています。トランプ大統領は保守活動家チャーリー・カーク氏が銃撃され死亡した事件を機に「過激な左派勢力」への圧力を強めています。大統領令はアンティファを「米政府の転覆を明確に求める軍事主義でアナキスト(無政府主義)の組織」と位置づけ、組織的な暴動や警察当局者への暴力、ドキシング(悪意のある個人情報の収集や流布)などによる「政治的暴力」を組織し、実行していると断じています。大統領令は「国内テロ組織」指定の法的根拠や、どの大統領権限に基づくものかは明らかにしていません。日本経済新聞の報道によれば、2020年の議会調査局の報告書において、アンティファは(明確な指揮系統を持つとはみなされておらず)急独立した急進的なグループや個人による分散型の運動で、アナキズムや社会主義、共産主義を信奉するメンバーが多く、違法行為や暴力を排除しない者もいるとされます。組織のはっきりしない運動をどう取り締まるのか、具体的な方法は不明で、同報告書では、米連邦捜査局(FBI)がアンティファなどをテロ捜査の対象としてきたものの、テロ組織に指定することは言論の自由を保障した憲法修正第1条を侵害する恐れがあるとして見送った(ロイターによれば、米連邦法では国内の団体をテロ組織として取り締まる法律は存在せず、大統領令は言論の自由を保障する憲法に違反する可能性もある)といいます。カーク氏殺害の容疑で訴追された容疑者の動機や背景は明確になっていませんが、トランプ政権は一方的に左派を標的にする姿勢を鮮明にしています。トランプ氏は第1次政権でもアンティファをテロ組織に指定すると主張、2020年に白人警官の暴行による黒人死亡事件への抗議デモをきっかけに一部が暴徒化した際に唱えていました。
ハンガリーのシーヤールトー外務貿易相は、EUに対し、トランプ米政権に追随して反極右運動「アンティファ」をテロ組織に指定するよう要求しています。EUのカラス外交安全保障上級代表(外相)に宛てた書簡の抜粋をXで公表したものです、ハンガリーのオルバン首相はトランプ大統領の盟友として知られています。
英中部マンチェスターで2日にシナゴーグ(ユダヤ教会堂)が襲撃され、信者2人が死亡したテロで、警察は、シリア系英国人の容疑者がイスラム過激派の思想に影響された可能性があるとの見方を発表しています。テロに関連して18歳~40代半ばの男女3人を新たに逮捕し、逮捕者は計6人になりました。シナゴーグ内にいたラビ(指導者)は「複数の信者が内側から扉を押さえて犯人の侵入を防いでいた際、警察が発砲し(建物の壁を貫通して)中にいた男性が致命傷を負った」と証言、この男性は後に死亡したといいます。容疑者は車で群衆に突っ込んだ後、ナイフで信者らを刺し、教会堂内に入ろうとしたといいます。このように、イスラエルによる2023年のパレスチナ自治区ガザ攻撃以降、欧州で反ユダヤ主義の事件が増えています。英国の反ユダヤ主義を監視する団体「コミュニティー・セキュリティー・トラスト」によれば、暴力や器物損壊、脅迫といった反ユダヤ主義の事件が2025年1~6月に1521件発生、2019件だった2024年同期に次ぐ過去2番目の多さとなっています。反ユダヤ主義の広がりは英国だけではなく、ロイターによれば、2024年にドイツで発生した事件は8627件と2023年から8割増えたほか、フランスやベルギーでもユダヤ人に対する嫌がらせなどが相次いでいます。パレスチナ自治区ガザの人道状況が悪化する中、欧州各地では連日のように親パレスチナデモが発生し、一部が暴徒化するなど緊張が高まっています。一方で「反移民」感情を背景にイスラム教徒を標的にした事件も増えており、各国の当局は警戒を強めています。
(5)犯罪インフラを巡る動向
不正に入手した他人のキャッシュレス決済のバーコード画面を使用してゲーム機などを購入したとして、福岡県警など6県警の合同捜査本部は、中国籍の男女7人を詐欺容疑などで逮捕、送検し、捜査を終結したと発表しています。福岡県警によると、偽の通販サイトを立ち上げ、購入者からバーコード画面を入手するなどしていたといい、不正使用された被害者は、26都道府県の計58人に上っています。2024年4月~25年2月、福岡市内の家電量販店など計28店舗で不正に入手したキャッシュレス決済サービス「メルペイ」や「PayPay」のバーコード画面を店員に提示し、ゲーム機やその付属品など計約270点(総額約680万円)を購入したとしています。グループは、自ら立ち上げた偽の通販サイトの購入者に「返金する」と打診、手続きに必要と称して、決済サービスのバーコード画面のスクリーンショットを送らせるなどし、不正に利用していたといいます。セキュリティ強化でスクリーンショットができなくなると、無料通信アプリ「LINE」のビデオ通話に購入者を誘導し、バーコード画面を見せるように指示、その映像を家電量販店などで待機している実行役と共有し、すぐに商品を不正購入していたといい、商品は中国人が経営する東京や福岡の買い取り業者に転売し、現金化していたといいます。国民生活センターによれば、キャッシュレス決済サービスを悪用されて金銭をだまし取られたとする相談は、2023年4月~25年8月に計9720件で、被害額は計約3億6300万円に上っています。
新幹線のインターネット会員予約サービスを悪用して、切符が不正に購入される被害が全国で相次いでおり、JR東海では2024年だけで8億円超の被害が確認されているといいます。会員IDやパスワードが盗み取られているケースが多く、警察はグループによる組織的な犯行とみて捜査しています。愛知県警は2025年8月、JR名古屋駅で同6月、埼玉県の男性名義で購入された新幹線の切符のQRコードを使って、乗車券12枚(約12万6720円相当)を不正に発券したとして、中国籍の女性(37)を窃盗容疑で逮捕しています。新幹線では、会員となってネットで座席を予約し、チケットレスで乗車できる「エクスプレス予約」や「スマートEX」の利用が増えており、ひもづいているクレジットカードが手元になくても、発行されたQRコードを駅の券売機にかざせば切符の発券もできますが、県警は、この仕組みが悪用されたとみています。女性は指示を受けて発券する「出し子」で、不正に発券した乗車券を販売するグループが背後にあるとみて捜査しています。
ネット販売などの偽サイトや、商品が届かないといった詐欺サイトに関する警察への相談が急増、2024年に寄せられた情報は72万8269件で、この5年間で38倍超に増え、2025年も2024年を上回るペースとなっています。詐欺や個人情報の窃取などが目的とみられ、警察庁は「極端に価格が安いなど不自然な点がないか確認してほしい」と注意を呼びかけています。警察庁によれば、警察に寄せられた2025年上半期(1~6月)の情報は47万6597件で、2024年同期を8万件超上回りました。急増している背景には、AIで偽サイトが作りやすくなっていることがあるとみられます。寄せられた相談には「ネットでブランド物のバッグを購入したが偽物が届いた」、「価格が安い販売サイトで商品を買ったが届かない」といった内容があり、被害者は正規のサイトに似せたサイトにメールで誘導されるなどしていました。偽サイトに誘導されると、利用者が入力したIDやパスワードなどの個人情報が盗み取られる「フィッシング」の被害に遭う可能性もあり、フィッシング対策協議会によると、2025年1~3月にはフィッシングの被害の報告は52万7328件あり、前年同期の2倍超に上っています。同6月には偽サイトを作製したとして摘発した事件もあり、偽の大手ECサイトを作り公開したとして、大阪府警は男2人を不正アクセス禁止法違反容疑で逮捕、偽サイトは生成AIを使って作製していたといい、警察庁は、偽サイトかどうかを確認するためのサービスの利用も呼びかけています。
東京都新宿区のチケットショップの店員から「偽物を売りにきた人がいる」との通報があり、警視庁新宿署が極東会傘下組織組員を現行犯逮捕しています。男は、偽造されたギフトカード100枚を店で換金しようとしていたといいます。別の日にも台東区の金券ショップで偽のギフトカード20枚を持ち込んで換金しようとしたとして、上野署にベトナム人経営者の20代男が現行犯逮捕されています。江戸川区の事件も含め、偽造されたのはいずれも、クレジット大手JCBの額面5千円のギフトカードで、使用期限がなく、全国で広く利用できることやレジを通す必要がないことで悪用されている可能性があります。都内の事件は、店員がカード裏面に記載されている「取り扱い店舗」の欄に実在しない店舗名があることなどに気付いて発覚、偽造品を本物と比較すると、ホログラムや紙の質感にも違いがあるというものの「一般人では見分けられない」(捜査関係者)といいます。買い取り店で商品と引き換えたギフトカードが、その後、古物商の元に渡り偽物と判明するケースも確認されており、暴力団組員の男は、西東京市のチケットショップでも2025年8月、偽造ギフトカード100枚を売ったとして、偽造有価証券行使などの疑いで再逮捕されました。新宿の事件の報道を受け、店側がすべてのギフトカードを確認した結果、偽造品があることが分かったといいます。捜査関係者は「実際はより多くの被害がある可能性がある」と述べています。なお、関係者は「店舗名の表記で、『そごう』が『そでう』になっているなど日本人では考えられないような間違いがある。外国人が作っているのではないか」と推察しています。ここでも海外から日本が狙われていることを痛感させられます。
他人名義のクレジットカード情報などを使って不正に取得した「デジタル地域通貨」でゲーム機などを購入したとして、大阪府警がベトナム国籍の指示役の男ら21人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)などの容疑で逮捕、送検しています。自治体によるデジタル地域通貨の導入が進む中、府警はセキュリティ対策の弱さを狙われた可能性があるとみています。21人はいずれもベトナム国籍の男女で、知人やSNSなどを通じて知り合ったといい、一部は有罪判決が確定しています。指示役の男らは2024年7月、不正に取得した大阪府豊中市のデジタル地域通貨「マチカネポイント」約10万円分を使い、同市内の家電量販店でゲーム機3点を購入するなどした疑いがもたれています。
前回の本コラム(暴排トピックス2025年9月号)で取り上げたとおり、オンラインゲームのアイテムを現金で売買する「リアルマネートレード(RMT)」によるトラブルが相次いでいる問題を受け、警視庁・千葉県警・神奈川県警は、世界最大級のゲーム見本市「東京ゲームショウ2025」で啓発用の専用ブースを設置し来場者に注意を呼び掛けています。RMTはゲーム内の通貨やアイテムを現金で売買する取引で、時間をかけずに強力なアイテムを入手できるといった理由から個人間のやり取りが増加、詐欺やトラブルの温床となるほか、ゲームの公平性を害するとして多くの運営企業が利用規約で禁止しています。近年、犯罪集団がRMTをマネロンに悪用する実態も明らかとなっています。神奈川県警が2024年に摘発した売買の仲介サイトを運営する男女3人は、他人名義のクレジットカード情報で購入したゲーム内通貨をサイト内で転売し少なくとも8億円を売り上げていたほか、警視庁が2025年7月までにRMTでアイテムを購入した男女12人を電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕・書類送検するなど、購入者側が罪に問われるケースも出てきています。
SNSのフェイスブックなどを運営する米メタの元研究者2人は、米上院の小委員会の公聴会で、メタは自社の仮想現実(VR)プラットフォームにおいて安全性よりも利益を優先していると証言しています。元研究者のケイシー・サベージ氏は、メタは子どもが同社のVR製品を利用し、性的に露骨なコンテンツにさらされていることを示す内部調査を打ち切ったと証言、「メタが自社製品の安全性や利用実態について真実を語るとは信じられない」と述べています。研究者は子どもがVR技術を利用することで生じる被害について調査しないように指示されていましたが、それはメタが問題を知らなかったと主張できるようにするためだったといいます。自身は研究の過程で、子どもがいじめを受けたり、性的暴行を受けたり、裸の写真を求められる事例に遭遇したといい、チャットボットが「ロマンチックまたは官能的な会話で子どもと関わること」を容認していたメタ社内のポリシー文書をロイターが明らかにしたことで、同社はこの数週間、議会で批判にさらされています。元研究者のジェイソン・サティザーン氏はロイターの報道内容を巡りブラックバーン議員(共和党、テネシー州選出)から「子どもとの会話でそのようなことを許可していたことに驚くか」と問われ、「全く驚かない」と答えています。メタは先に、ロイターが報じた事例は同社のポリシーと一致せず、すでに削除したと説明、同社広報担当者は元研究者の指摘について「虚偽のストーリーを作るために意図的に選び出された内部文書の一部に基づいている」と反論、「若者を対象とした調査を全面的に禁止する方針など存在したことはない」と述べています。メタでは、元社員のフランシス・ホーゲン氏は2021年、会社側が利用者に示す内容を選ぶアルゴリズム(処理手順)を適切に調整せず利益を優先していたと告発、「フェイスブックはアルゴリズムを安全にすると人々の滞在時間が減り、広告収益が減少することに気づいていた」と述べており、本件もまた同じではないかと疑われるところです。
SNS事業者を相手取った訴訟が急増する米国で、子供のSNS利用を規制する法整備が拡大しています。全米50州のうち少なくとも10州で関連法が施行され、新たに4州で施行を控えています。一方、事業者側による訴訟で関連法の施行が差し止められるなどした州は7州に上り、子供を守るためのSNS規制を巡る綱引きが激化している状況にあります。報道によれば、子供のSNS利用を規制する関連法が施行されている10州のうち、テネシー、ミシシッピ州は未成年のSNSアカウント作成時に、ユタ州はSNSアプリのダウンロード時に、年齢確認や保護者の同意などを義務付け、フロリダ州では、保護者が子供のアカウント削除を請求できる制度が導入されています。米国で子供のSNS利用規制の動きが広がる背景には、メンタルヘルスなどへの深刻な影響があり、米疾病対策センター(CDC)の調査では、高校生の77%が頻繁にSNSを利用し、依存度が高いほどいじめや抑うつ、自殺企図が増える傾向が示されています。ミネソタ州では2025年6月、SNS利用時に「メンタルヘルスに悪影響を及ぼす可能性がある」との警告を表示するよう義務付ける法案を全米で初めて可決しています。ただ、これらの州の関連法が実際に施行に至るかは不透明で、SNS事業者側による差し止め訴訟が相次いでおり、これまでに少なくとも7州で関連法の施行が差し止められるなどしています。アーカンソー、オハイオ州では年齢確認や保護者同意などを求める関連法が恒久的に無効とされたほか、関連法が施行中のカリフォルニア、ユタ、フロリダ、テキサス州でも、一部条項の適用が差し止めとなっています。事業者側は、州がSNSの利用を制限することは、米国憲法が保障する言論や表現の自由を侵害するなどと訴え、複数の裁判で事業者側の主張を認める判断が下されています。SNS事業者は巨額の資金を投じて、「過剰規制は言論の自由を侵害する」と主張するロビー活動も活発化させており、共和党議員の一部も同調、ただ、子供のSNS依存に関する訴訟が全米で拡大する中、民主党を中心に「子供の安全を守るため規制は不可欠」との声は根強く、規制強化と差し止め訴訟の応酬は今後も続きそうです。
米デューク大法科大学院のスチュアート・ベンジャミン教授は「米国の憲法は他国に比べ表現の自由を強固に守っている」とした上で、「SNS規制に必要な年齢認証は、大人も含む全ての利用者が行うことが前提となる。規制は大人の表現の自由の制限にもつながるとして、子供を守る目的であっても違憲と判断される可能性がある」と指摘しています。オーストラリア(豪)は世界に先駆けて国レベルでの法規制に乗り出し、16歳未満を対象としたSNS利用禁止法が2025年12月から施行されますが、その実効性に疑問の声も上がっています。同法は個人情報保護の観点から、SNS事業者が利用者に公的な身分証明書を提出させることを禁じており、豪政府は、AIを使った顔認証による年齢確認技術などの実証実験を官民共同で行ったところ、誤差が大きく断念、2025年9月、年齢確認はSNS事業者に委ねる(「合理的な措置」を取るよう求める)との指針を発表しています。年齢確認の責任を企業に負わせた形ですが、子供が年齢を偽ってアカウントを作成したり、仮想プライベートネットワーク(VPN)を使って国外からの接続を装ったりするのを完全に防ぐのは難しいとされています。現地メディアなどは「年齢確認が正確でない以上、法律は機能しない」と疑問視しています。こうした中、EUのウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は、SNS利用に年齢制限を設ける「デジタル成人年齢」の導入を検討する意向を表明しています(EUのマクグラス欧州委員(法の支配・消費者保護担当)も、SNSを規制する新法案を2026年後半に提出する方針を明らかにしたほか、未成年の利用禁止がEUの検討課題になるとの考えも示しています)。中毒性のある設計やいじめ、自傷行為の助長といったSNSの問題に触れ、「子供を育てるのは親であり、アルゴリズム(処理手順)ではない。次世代を守るのは我々の責務だ」と述べ、喫煙や飲酒、成人向けコンテンツの利用と同様に、SNS利用にも年齢制限が必要との考えを示しています。背景として、EU内の9~15歳がSNSやインターネットに費やす時間は過去15年で2倍以上に増えたことを挙げています。なお、公的な身分証明書などから利用者が一定の年齢以上であることを証明する専用の年齢確認アプリを開発し、フランスなど5か国で試験運用が行われています。慶応大の水谷瑛嗣郎准教授(メディア法)は「年齢による利用規制は国際的な潮流となりつつあるが、技術的な課題もあり実効性は不透明だ。子供が安心して使えるデジタル空間を、国と事業者が共同で作ることも求められる」と指摘していますが、日本では、国による年齢制限導入の動きはなく、一部の自治体がスマートフォンなどの利用時間の目安を示す条例を設けているにとどまっています。国は利用時間や利用年齢の一律制限には慎重で、国の作業部会は、「知る権利」「表現の自由」の観点や、オンライン空間が不登校児らの居場所や相談窓口になっていることを考慮し、年齢による一律の利用制限よりも、情報リテラシー教育の強化を図るとの方向性を示しています。子供のSNS利用に詳しい上沼紫野弁護士は「世界各国が規制を進める中、日本の子供だけがSNS上に氾濫する有害情報に触れ続ける状況を作ってはならない。国は、子供が利用する際の発信・受信の制限を強化するなどの規制を早急に進める必要がある」と指摘しています。判断能力の十分な発揮がまだ期待できず、保護の対象である子供については「使いすぎ」の抑制を図る必要があることは間違いありません。EUはこれまでにテック企業の寡占を防ぐための「デジタル市場法」、オンライン上の違法コンテンツの排除を義務付ける「デジタルサービス法」、AI規則を成立させ、SNSの課題に取り組む新法を目指していることも判明しました。EUの新法の内容は、日本を含めた各国の政策立案にも影響を与える可能性があります。日本においても、国や事業者が利害対立を超えて有効な解決策を模索する動きを期待したいところです。
SNSに限りませんが、(中国やロシアなどによる)情報操作や影響工作について考えるべき時期にきています。2025年10月4日付朝日新聞の記事「SNSだけじゃない影響工作情報戦日本でも批判的思考で対抗を」は大変示唆に富む内容でしたが、例えば、「私たちは日常的にスマホなどを使い、SNSをはじめとする「アテンション・エコノミー」(人々の関心を得ることを収益につなげるビジネスモデル)の影響下に置かれています。つまり、よりたくさんの人の注意をひきつけ拡散する仕組みが普及しています。そこに特定のナラティブを紛れ込ませることで、短期的または長期的に国民の意識を誘導する動きは既にあります」、「22年のウクライナ侵攻では、ロシア側が生成AIを使って親ロシア的なメッセージを大量生成し、SNSで拡散しました。情報が交錯するタイミングで偽情報をネット上に氾濫させたことで、ウクライナ側の正当性をある程度損ねることに成功したとみられます。ウクライナ支援をやめさせようとする影響工作も続いています。他人の顔を精巧にまねる「ディープフェイク」技術による映像の捏造は偽情報を信じる人を増やし、AI翻訳は偽情報を迅速に多言語化し世界中に拡散させることに貢献しました。AI技術を使ったターゲティング広告を活用し、自国の言論に共鳴しやすいユーザーを特定して狙い撃ちでプロパガンダを発信するという手法もあります。情報戦における影響工作は武力や暴力を使わずに相手の意思決定を揺るがす、戦争形態の一種です。自分の感情をあおりたてるナラティブに触れたときは、「誰かの策略かもしれない」と一度立ち止まってみてください。AIが進化した今、国を隔てる言葉の壁もなくなりました。クリティカルシンキング(批判的思考)することが、情報戦を生き抜くコツです」との指摘は正に正鵠を射るものといえます。また、介入工作の代表的なものとしては、「ボット」と呼ばれる自動投稿プログラムを使って、SNS上に特定テーマの投稿を、瞬時に大量に吐き出す手法が知られており、2025年の参院選の期間中に凍結されたXアカウントの中には、ロシアのプーチン大統領を称賛し、ウクライナ侵攻を正当化するなど「親ロシア」的な投稿を拡散するアカウントが複数あり、拡散にはボットが使われた形跡もあったといいます。親ロシア的な内容をボットで拡散させる行為は、ロシアがルーマニアやモルドバで展開したとされる選挙介入と類似しています(が、その一方で、拡散はクリック数などに応じて報酬を受け取る「アフィリエイト」を利用する金銭目的である可能性もあり、影響工作と断定することも難しいといいます)。
ソニーの通信技術「フェリカ」のシステム上の欠陥(脆弱性)を巡る情報開示プロセスが議論を呼んでいます。同社の発表前に外部発見者を通じて報道されたことを受け、経済産業省は悪用防止で慎重な開示対応を求める異例の要請を出しました。日本で約20年続いてきた官民協調の情報管理の仕組みが岐路を迎えています。経産省や情報処理推進機構(IPA)などが連名で要請を出し、脆弱性の発見者や報道機関に対し、IPAのガイドラインに基づき「(脆弱性の)情報を正当な理由なく開示しないよう」求めています。経産省によると脆弱性情報の扱いで要請を出すのは初めてだといいます。経産省とともに要請を出したセキュリティ団体「JPCERT(JPサート)コーディネーションセンター」は「一般論として、公開前の脆弱性情報がSNS上で度々公開されてしまっている。ガイドラインを広く知ってもらいたかった」と説明しています。ガイドラインとは、脆弱性情報が適切なタイミングで公開されるよう官民で運用してきた制度のことで、ソフトの脆弱性を外部の技術者が発見することは珍しくなく、運営企業側に知らせぬまま無責任に欠陥情報が公開されると攻撃対象となるリスクが高まることになります。一方で、発見者個人が運営企業に知らせようにも取り合ってくれないことも多い実態があります。なお、国が報道機関にも「ガイドラインを理解し、むやみな開示を控えて」としたことについては、報道自制を求める根拠はないことから異論も出ています。まだ世に出ていない脆弱性情報は「ゼロデイ」と呼ばれ、サイバー攻撃の糸口として安全保障上も重要です。経産省は要請文書で2025年5月成立の「能動的サイバー防御」関連法に触れ、脆弱性の制度見直しを検討するとし、IPAが把握した開示前情報の共有範囲や、報道機関の扱いが論点になる可能性もあります。
アサヒグループHDで2025年9月29日に発生したサイバー攻撃によるシステム障害について、同社はランサムウエアによる攻撃を受けたことを確認したと発表しています。被害拡大を防ぐため攻撃の詳細については情報開示を控えるとしたうえで、情報漏えいの可能性を示す痕跡が確認されたことも併せて発表、内容や範囲については調査中としています。今回のサイバー攻撃を受け、取引先などの個人情報を含む重要データの保護を最優先にするため、障害の発生したシステムの遮断措置を講じたことで、国内グループ各社の受注・出荷を含めた各種業務に影響が生じているほか、社外からの電子メール受信ができない状況が続いているといいます。多くの企業は効率化のために情報システムの統合を進めており、一度の被害が広範囲に影響しやすい盲点が浮き彫りになったともいえます(同時に復旧の難しさも増すことになります)。サイバー攻撃で幅広い企業活動が影響を受ける要因が、複数のITシステムを1つにまとめる統合基幹業務システム(ERP)を導入する潮流で、特に食品業界は在庫切れや鮮度に目配りしつつ多様な商品を流通させるため、管理システムも複雑となり、コストを下げるために自社内や関係会社で使うソフトを統合し、大規模なシステムを構築するのが一般的です。アサヒGHDもデジタルトランスフォーメーション(DX)戦略で基盤システムを統合する方針を打ち出していたことが、今回の被害拡大の遠因となっています。また、警察庁によれば、2025年上半期のランサムウエア被害の報告件数は116件で、半期としては2022年下半期と並んで最多となりましたが、サプライチェーン(供給網)を狙った攻撃も目立ち、とりわけ取引先や下請け、関連会社などを経由して被害を拡大させるケースが増えており、犯行グループは、対策が手薄な弱い箇所を必ず狙ってくることをあらためて認識する必要があります。トレンドマイクロが2024年9月に国内企業の情報セキュリティ責任者を対象とした調査では、ランサムウエアによる業務停止期間は平均で10日間、「1カ月超」との回答も5.1%にのぼっています。復旧作業が長引けば業績影響も膨らみ、警察庁によれば、2025年1~6月にランサムウエア攻撃被害の調査や復旧に1000万円以上かかった企業・組織は59%と2024年通年から9ポイント増加、復旧に2カ月以上かかった被害では、3割が1億円以上の対策費用がかかったことがわかりました。被害の広がりを抑えるには、攻撃者の侵入の早期検知やシステム内の通信を詳細に管理するセキュリティ製品の導入が有効だ。被害が発生した時の早期の復旧には、データのバックアップを頻繁に更新したり、サイバー被害用の事業継続計画(BCP)を策定したりといった平時の備えが重要となります。万全のバックアップのためには、3つのコピーデータをつくり、2種類の異なる媒体に保存し、そのうちの1つは物理的に離れた場所に保管する「3-2-1ルール」という原則があります。重要な業務は予備システムやオフラインで代替できる体制を築いた上で、最悪の被害想定をもとにしたBCPが必要だといえます。
政府機関がサイバー攻撃を防ぐため、定められた基本的な対策を徹底していない実態が明るみになりました。会計検査院が政府のサイバーセキュリティ対策の現状を調査したところ、中央省庁や地方部局が運用する重要情報システムのうち、16%でソフトウエアの脆弱性への対策が不十分であることが判明しています。検査院の調査では、重要システムとして抽出した計356システムの2021~23年度の運用で、16%に相当する12機関の58システムにおいて、基準に沿った対応がなされていなかったことが分かったものです。ソフトウエアの脆弱性は、不正アクセスやウイルス感染の起点になる危険度が高く、そのためそういう部分では修正プログラム適用などの対策が求められますが、58システムではそれがなされていなかったという基本的な部分の不作為が横行していたことになります。サイバー攻撃の脅威は深刻化しており、先手を打って無害化を図る「能動的サイバー防御」の関連法が2025年5月に成立し、7月には司令塔となる「国家サイバー統括室」が内閣官房に新設されています。一方で、行政側にこうした実態があることは、いかなる対策も無意味と化す可能性を示しており、極めて憂慮すべき状況だといえます。以前、河川水位を監視する国土交通省近畿地方整備局のカメラ261台が不正アクセスで停止し、復旧まで約5カ月を要した事案が起きましたが、不十分なセキュリティ対策が不正アクセスを許した可能性があります。ほかにも、情報セキュリティ対策を外部委託した際、委託先の管理態勢や問題発生時の対処方法、目的外使用の禁止などを契約に盛り込むべきであるのに、委託契約1351件のうち実に8割もの1119件で不備があったといいます。こうした状況ではサイバー攻撃を受けた際に対応が遅れ、業者を適切に監督できない恐れがあることになります。官民ともに、あらためて基本的な部分の徹底からはじめる必要があります。
サイバー攻撃の被害が深刻です。情報セキュリティなどのデジタルアーツが、2025年上半期の国内の組織における不正アクセスなどのセキュリティ上のインシデント(脅威)が1027件だったと発表、2024年同期比で8割増となり、集計を開始した2018年以来最多となったといいます。インシデントの原因にはサプライチェーン(供給網)の過程の弱点を突かれることが多いといい、業務委託先や外部サービスの提供者など関係先が被害に遭い、その影響が委託元などに波及、取引先などを装って送られてくるメールにフィッシングが含まれているケースなど、手口は多岐にわたっています。インシデントの内訳をみると不正アクセスが504件と過去最多となり、全体の半分を占めており、メールによるフィッシングを中心とした手口でログイン情報が盗まれ、侵入されるケースが多発しているといいます。一度の不正アクセスにより、連鎖的に被害に遭うことも多いといい、次いでマルウエアに感染した事例が243件となりました。また、日本の企業・個人の情報を盗み取ろうとする「フィッシングメール」が急増、全世界で2025年に確認されている新種の不審メールの8割超が日本を標的としたものであることが、米メールセキュリティー大手「プルーフポイント」の調査で判明、これまで「言語の壁」で守られていましたが、生成AIにより自然な日本語メールが作成可能となり、「日本がこれほど狙われたことはない」(同社)との指摘のとおり、日本が格好の標的となっている危機的な実態が明らかとなっています。同社にとっても未知のタイプの不審メールが1~8月に約53億通確認され、大半がフィッシングで、日本を標的にしたものは83・9%に上ったといい、2023年(約12億通)の4.3%、2024年(約14億通)の21.0%から大幅に増加し、全体数を押し上げています。メールの内容は、偽サイトに誘導して、「マイクロソフト365」などのクラウドサービスの認証情報やクレジットカードの個人情報、インターネット上の証券口座の認証情報を入力させて盗み取ろうとするものが多いといいます。背景の1つとして、日本人向けのメールやサイトを簡単に作れる「フィッシングキット」も使われているといいます。日本企業の対策も遅れており、プルーフポイントによれば、日本を代表する上場企業225社のうち、なりすましメールを検知する技術「DMARC」を導入しているのは193社(全体の86%)に上るも、不審メールの隔離・拒否といった厳格な設定をしているのは50社にとどまっているといいます。詐欺被害の増加を受け、総務省は今月1日、携帯電話会社やプロバイダなどの通信事業者にフィッシングメール対策を強化するよう要請、DMARCの設定強化、不審メールを判定、削除する「フィルタリング」の精度向上、利用者への周知・啓発を求めています。
警察庁が公表した2025年上半期(1~6月)の「サイバー空間を巡る脅威情勢」でその実態が明らかとなりました。各種の統計数値が悪化しており、実在企業を装ってメールを送り付けて偽サイトに誘導し、パスワードを盗む「フィッシング」は半期として過去最悪の119万6314件、2019年(通期)の5万5787件から悪化の一途をたどっています。フィッシングで盗まれたID、パスワード、口座番号などがインターネットバンキングで悪用され、不正送金は約42億2千万円と高止まりしています。社会問題化した証券口座乗っ取りもフィッシングによるものであり、証券会社を騙るフィッシングメール件数が1月の104件から5月の7万3857件に急増し、不正売買額は1月の約2億8千万円から4月の約2924億円に激増しました。また、企業などのサーバに保管されたデータを暗号化して金銭などを要求する身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」によるサイバー攻撃の被害も依然収まる兆しがなく、被害報告は30都府県で計116件に上り、半期では2022年下半期(7~12月)と並んで過去最悪を記録しました。傾向として鮮明になったのは、ランサムウエア被害が中小企業に急増していることです。116件のうち66%に相当する77件の被害が中小企業であり、犯人側が、対策にコストをかけられない中小企業を標的にしている状況がうかがえる状況です。人件費などのコストがかさむ中、サイバー対策投資は厳しいという企業もあるとはいえ、警察庁によれば、ウイルス侵入経路は「VPN」などのリモート接続に伴う例が目立ち、推測されやすい安易なIDやパスワードを使わないという基本的なセキュリティ対策の徹底だけでも被害回避に役立つはずです。また、被害企業が復旧に要した費用が「1千万円以上」だったのは23件で、うち「1億円以上」は3件あったといい、基本対策の徹底を怠った結果、巨額の被害が生じかねず、あらためて経営者には対策を徹底させる責務があることを肝に銘じていただきたいところです。また、関係省庁も自らの基本の徹底とあわせ、中小企業による対策を促す施策を早急に取り組んでいただきたいと思います。
▼警察庁サイバー空間をめぐる脅威の情勢等
▼令和7年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について
- はじめに
- 令和7年上半期においては、政府機関、金融機関等の重要インフラ事業者等におけるDDoS攻撃とみられる被害や情報窃取を目的としたサイバー攻撃、国家を背景とする暗号資産獲得を目的としたサイバー攻撃事案等が相次ぎ発生したほか、生成AIを悪用した事案等の高度な技術を悪用した事案も発生している。このようなサイバー攻撃の前兆ともなるぜい弱性探索行為等の不審なアクセス件数は前年に引き続き高水準で推移しており、その大部分が海外を送信元とするアクセスが占めている。また、令和7年上半期におけるランサムウエアの被害報告件数は116件と、令和4年下半期と並び最多となっており、このようなランサムウエアの被害拡大の背景には、ランサムウエアの開発・運営を行う者が、攻撃の実行者にランサムウエア等を提供し、その見返りとして身代金の一部を受け取る態様(RaaS)を中心とした攻撃者の裾野の広がりがあると指摘されている。
- また、情報通信技術の発展が社会に便益をもたらす反面、インターネット空間を悪用した犯罪も脅威となっている。例えば、インターネットバンキングに係る不正送金、証券口座への不正アクセス・不正取引、SNSを通じて金銭をだまし取る詐欺、暗号資産を利用したマネロンが発生するなど、インターネット上の技術・サービスが犯罪インフラとして悪用されている実態が見られる。
- さらに、インターネット上には、規制薬物の広告等の違法情報や犯罪を誘発するような有害情報が存在するほか、近年SNS上に氾濫する犯罪実行者募集情報は深刻な治安上の脅威となっている。
- このような状況に対し、警察では検挙に向けた取組を進めており、例えば、全国のクレジットカード情報不正利用関連犯罪を分析し、不正に取得・売買されたクレジットカード情報の支払いに用いられたと認められる暗号資産の流れを捜査した結果、令和6年9月から令和7年3月までの間に、サイバー特別捜査部及び関係都道府県警察において、男女20名の被疑者を検挙した。
- このほか、警察庁では、中国を背景とするサイバー攻撃グループ「Salt Typhoon」によるサイバー攻撃に関する国際アドバイザリーの共同署名に加わり、パブリック・アトリビューションとしてアドバイザリーを公表するとともに、ランサムウエア「Phobos/8Base」により暗号化されたデータを復号するツールを開発し広く周知するなど、被害の未然防止・拡大防止に向けた様々な取組を実施している。
- 令和7年上半期における脅威情勢の概要
- 令和7年上半期においては、政府機関や金融機関等の重要インフラ事業者等におけるDDoS攻撃とみられる被害や情報窃取を目的としたサイバー攻撃等が相次ぎ発生。
- 警察庁が設置したセンサーにおいて検知した、ぜい弱性探索行為等の不審なアクセス件数は高水準で推移しており、その大部分の送信元が海外。
- 令和7年上半期におけるランサムウエアの被害報告件数は116件であり、半期の件数として令和4年下半期と並び最多。
- 情報通信技術の発展が社会に便益をもたらす反面、インターネットバンキングに係る不正送金事案や、SNSを通じて金銭をだまし取るSNS型投資・ロマンス詐欺、暗号資産を利用したマネロンが発生するなど、インターネット上の技術・サービスが犯罪インフラとして悪用。
- 令和7年上半期におけるフィッシング報告件数は119万6,314件、インターネットバンキングに係る不正送金事犯の被害総額は約42億2,400万円。
- 令和6年秋以降、犯罪グループが企業に架電し、ネットバンキングの更新手続等をかたってメールアドレスを聞き出し、フィッシングメールを送付するボイスフィッシングという手口による法人口座の不正送金被害が急増。
- 令和7年3月から5月にかけて、証券会社をかたるフィッシングメールの送付や証券口座への不正アクセス・不正取引が急増。金融庁及びフィッシング対策協議会によれば、不正売買金額は約5,780億円、証券会社をかたるフィッシングメール報告件数は17万8,032件。
- インターネット上には、規制薬物の広告等の違法情報や犯罪を誘発するような有害情報が存在するほか、近年SNS上に氾濫する犯罪実行者募集情報は深刻な治安上の脅威。令和7年上半期中のインターネット・ホットラインセンター(IHC)の受理件数のうち、運用ガイドラインに基づいて282,787件を分析した結果、違法情報を44,973件と判断。また、犯罪実行者募集情報を6,346件と判断。
- 国家の関与が疑われるサイバー攻撃
- 国家の関与が疑われるサイバー攻撃としては、まず、軍事技術へ転用可能な先端技術や、国の機密情報の窃取を目的とするサイバー攻撃(サイバーエスピオナージ)が挙げられる。これは、企業の競争力の源泉を失わせるのみならず、我が国の経済安全保障等にも重大な影響を及ぼしかねず、また、現実空間におけるテロの準備行為として、重要インフラの警備体制等の機密情報を窃取するためにサイバーエスピオナージが行われている懸念もある。例えば、令和元年(2019年)頃から、日本国内のシンクタンク、政府、政治家、マスコミに関係する個人及び組織に対し、MirrorFaceと呼ばれるサイバー攻撃グループが、情報窃取を目的としたサイバー攻撃を行っており、これらサイバー攻撃は、中国の関与が疑われる組織的なサイバー攻撃活動であると評価されている。
- また、暗号資産等の窃取による外貨獲得を目的とする国家の関与が疑われるサイバー攻撃も発生している。例えば、令和6年(2024年)3月、国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会の専門家パネルは、平成29年(2017年)から令和5年(2023年)にかけて世界各国で発生した北朝鮮の関与が疑われる暗号資産関連事業者に対するサイバー攻撃事案58件(被害額約30億米ドル相当)を調査した結果、北朝鮮における外貨収入の約半数がサイバー攻撃により獲得され、大量破壊兵器計画に使用されていると公表した。我が国においても、令和6年(2024年)5月、北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループTraderTrAItorが、国内の暗号資産関連事業者から約482億円相当の暗号資産を窃取した事案が発生している。
- さらに、重要インフラの機能停止等を企図したとみられる国家の関与が疑われるサイバー攻撃も発生している。例えば、令和4年(2022年)5月には、ロシアによるウクライナ侵略の際の約1時間前に、ロシア政府が国際衛星通信へのサイバー攻撃を行い、欧州全域に影響を及ぼした事案が発生したとして、EUやウクライナ等が非難声明を発表している。令和6年(2024年)2月には、米国国土安全保障省サイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁(CISA)等が複数国の関係機関と合同で、中国を背景とするサイバー攻撃グループVolt Typhoonによるサイバー攻撃に関する注意喚起を実施しており、米国の重要インフラ事業者への侵害が確認されているほか、有事の際に重要インフラに対するサイバー攻撃を行うため、事前に重要インフラ事業者等のネットワークへのアクセス権限を確保している旨が指摘されている。また、同グループによるサイバー攻撃の特徴として、Living Off The Land戦術等による高度な検知回避能力が挙げられているところ、同攻撃手口に関しては、ネットワーク機器のぜい弱性の悪用等により侵入を行った後、従来から行われているマルウエアを用いたサイバー攻撃とは異なり、システム内に組み込まれている正規の管理ツール、コマンド、機能等を用いることから検知が容易ではないとして、令和6年6月、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)等が注意喚起を実施している。
- 犯罪組織等によるサイバー攻撃
- 犯罪組織等によるサイバー攻撃としては、まずランサムウエアによる攻撃が挙げられる。ランサムウエアとは、感染すると端末等に保存されているデータを暗号化して使用できない状態にした上で、そのデータを復号する対価(金銭又は暗号資産)を要求する不正プログラムであり、近年は、データを窃取したうえ、「対価を支払わなければ当該データを公開する」などと対価を要求する二重恐喝の被害も多くみられる。また、ランサムウエアによって流出したとみられる事業者の財務情報や個人情報等が、ダークウェブ上のリークサイトに掲載されていたことが確認されている。
- 攻撃の態様としては、ランサムウエアの開発・運営を行う者が、攻撃の実行者にランサムウエア等を提供し、その見返りとして身代金の一部を受け取るもの(RaaS:Ransomware as a Service)も確認されている。また、ECサイトのぜい弱性を悪用するなどにより窃取した、標的企業のネットワークに侵入するための認証情報等を売買する者も存在するように、複数の関与者が役割を分担してサイバー攻撃を成り立たせている。その結果、攻撃の実行者が技術的な専門知識を有する必要もなくなるなど、攻撃者の裾野の広がりがみられている。
- 令和7年上半期におけるランサムウエアの被害報告件数は116件であり、半期の件数として令和4年下半期と並び最多となった。組織規模別のランサムウエア被害件数は、前年と同様に中小企業が狙われる状況が継続しており、77件で約3分の2を占めて件数・割合ともに過去最多となった。RaaSによる攻撃実行者の裾野の広がりが、対策が比較的手薄な中小企業の被害増加につながっていると考えられる。
- ランサムウエアによる被害に遭った企業・団体等に実施したアンケートの結果によると、令和6年と比較して、ランサムウエアの被害による調査・復旧費用が高額化しており、1,000万円以上を要した組織の割合は、50%から59%に増加した。中小企業の被害が増える中で費用負担が増加しており、被害組織の経営に与える影響は決して小さくないと考えられる。
- 次に、犯罪組織等によるサイバー攻撃として、DDoS攻撃が挙げられる。重要インフラの基幹システムに障害を発生させるサイバー攻撃(サイバーテロ)は、インフラ機能の維持やサービスの供給を困難とし、国民の生活や社会経済活動に重大な被害をもたらすおそれがある。
- 例えば、令和6年12月下旬から令和7年1月上旬にかけ、交通機関や金融機関等の重要インフラ事業者等において、DDoS攻撃によるとみられる被害が相次いで発生し、空港において手荷物の自動チェックイン機が使えない障害や、インターネットバンキングにログインしづらい状況が発生するなど、実際に国民の生活に被害がもたらされた。
- また、令和7年6月、政府機関、自治体、民間事業者等が運営する複数のウェブサイトにおいてDDoS攻撃による被害とみられる閲覧障害が複数発生した。同じ頃、SNS上に、ハクティビストのものと思われるアカウントから、それらの犯行をほのめかす投稿が確認された。
- SNS・メッセージングアプリ等を悪用した犯罪
- 多くの国民が利用するSNSは、犯罪インフラとして悪用されている実態がみられる。例えば、各種犯罪により得た収益を吸い上げる中核部分が匿名化され、SNSを通じるなどしてメンバー同士が緩やかに結び付くなどの特徴を有する「匿名・流動型犯罪グループ」が、SNSで仕事の内容を明らかにせず、「高額」「即日即金」「ホワイト案件」等、「楽で、簡単、高収入」を強調する表現を用いるなどして、犯罪実行者を募集し、特殊詐欺等を敢行している実態がみられる。
- その際、首謀者、指示役、犯罪実行者の間の連絡手段には、匿名性が高くメッセージが自動的に消去される仕組みを備えた通信手段が悪用されている実態がみられる。このほか、同グループの関与が認められるものとして、SNSを通じて対面することなく、やり取りを重ねるなどして関係を深めて信用させ、投資金名目やその利益の出金手数料名目等で金銭をだまし取る又は恋愛感情や親近感を抱かせて金銭をだまし取るSNS型投資・ロマンス詐欺があり、まさにSNSが犯罪インフラとして悪用されている。
- 令和7年上半期中の、特殊詐欺の被害額は約597億3,000万円(前年同期比162.1%増)と、過去最悪となった令和6年の被害額を上回るペースで推移しており、SNS型投資・ロマンス詐欺の被害額についても約590億8,000万円(前年同期比10.7%減)と昨年に引き続き高止まりしている状況となっている。
- このような事案に関しては、インターネットを通じて知り合った人物から誘われ、海外渡航した結果、特殊詐欺に加担させられる事案も発生している。
- また、近年は、SNS上での特定の個人に対する誹謗中傷も社会問題化しているほか、SNSの匿名で不特定多数の者に瞬時に連絡を取ることができる特性から、児童買春等の悪質な事犯の「場」となっている状況もうかがえる。実際、SNSに起因して性犯罪等の被害に遭った児童の数は、依然として高い水準で推移している。特に、小学生の被害児童数が近年増加傾向にあり、被害児童の低年齢化が懸念される状況にある。
- 加えて、インターネットやスマートフォンの普及に伴い、画像情報等の不特定多数の者への拡散が容易になったことから、交際中に撮影した元交際相手の性的画像等を撮影対象者の同意なくインターネット等を通じて公表する行為により、被害者が長期にわたり精神的苦痛を受ける事案も発生している。
- さらに、オンラインゲームに関連する事案も発生しており、例えば、オンラインゲーム内のアイテムを現実世界で取引するリアルマネートレードに起因する犯罪が発生している。
- メール・SMSを悪用した犯罪
- メールやSMSは、フィッシングに悪用される実態がみられる。フィッシングとは、実在する組織を装ってメールやSMSのリンクから偽のウェブサイト(フィッシングサイト)へ誘導し、同サイトでアカウント情報やクレジットカード番号等を不正に入手する手口であり、これによって得られた情報はインターネットバンキングに係る不正送金やクレジットカードの不正利用に使われている。
- 令和7年上半期におけるフィッシング報告件数は、フィッシング対策協議会によれば、119万6,314件であり、右肩上がりの増加が続いている。
- また、令和7年上半期におけるインターネットバンキングに係る不正送金事犯の発生件数は2,593件、被害総額は約42億2,400万円となっており、フィッシングがその手口の約9割を占める。
- なお、令和元年頃からリアルタイム型フィッシングにより二段階認証を突破する手口が横行している。
- なお、不正送金に関するフィッシング以外の手口については、マルウエア感染を契機とした事例やSIMスワップによって本人確認を突破する手口も引き続きみられた。
- さらに、一般社団法人日本クレジット協会によれば、令和7年1月から3月までのクレジットカードの不正利用被害額は約193億円(前年比55.6%増)と、依然として厳しい情勢にある。
- ボイスフィッシングによる不正送金被害
- 令和6年秋以降、犯罪グループが企業に架電し、ネットバンキングの更新手続等をかたってメールアドレスを聞き出し、フィッシングメールを送付するボイスフィッシング(ビッシング)という手口による法人口座の不正送金被害が急増した。令和7年上半期においては、同年4月にかけて、地方を拠点とした中小規模の金融機関でも多くの被害が出たほか、1回あたりの不正送金額が約4億円となる高額な被害がみられるなど、被害件数及び被害額が急激に増加した。
- 警察庁及び金融庁では、同種被害を防止するため、注意喚起を始めとした各種対策を講じ、同年4月における被害件数及び被害額は同年3月に比して大きく減少し、同年5月及び6月には被害の発生はみられなかった。
- 証券口座への不正アクセス等の急増
- 令和7年3月から5月にかけて、証券会社をかたるフィッシングメールの送信や証券口座への不正アクセス及び不正取引が急増した。
- 金融庁及びフィッシング対策協議会によれば、令和7年上半期における証券口座への不正アクセス件数は13,121件、不正取引件数は7,277件、不正売買金額は約5,780億円、証券会社をかたるフィッシングメール報告件数は17万8,032件となっており、フィッシングメールの増加に伴い、証券口座への不正アクセス及び不正取引も増加したものとみられる。
- なお、証券会社におけるインターネット取引認証の強化、警察庁及び金融庁による注意喚起を始めとした各種対策により、同年6月における証券会社をかたるフィッシングメール報告件数及び証券口座不正取引額は同年5月に比して大きく減少した。
- ウェブサイトを悪用した犯罪
- SNSやSMSの利用なく、ウェブサイトそのものが悪用されて犯罪が敢行される実態もみられる。例えば、海外のサーバを通じてインターネット上に掲載された、実在する企業のサイトを模したフィッシングサイトのほか、インターネットショッピングに係る詐欺や偽ブランド品販売を目的とするサイト等(以下単に「偽サイト等」という。)に係る被害が多発しているところ、警察庁においては、都道府県警察等が相談等を通じて把握した偽サイト等に係るURL情報を集約しており、その件数は右肩上がりに増加している。
- インターネットバンキング
- 特殊詐欺の被害のうち、振込型による被害(認知件数8,213件、被害額約369億8,000万円)を分析すると、インターネットバンキングを利用したものの認知件数・被害額は増加傾向にあり、認知件数は振込型全体の約4割、被害額は振込型全体の約6割を占めている。
- さらに、SNS型投資・ロマンス詐欺の被害のうち、振込型による被害(認知件数3,560件、被害額約408億5,000万円)を分析すると、インターネットバンキングを利用したものの認知件数は振込型全体の約6割、被害額は振込型全体の約7割を占めている。
- 暗号資産
- 暗号資産については、利用者の匿名性が高く、その移転がサイバー空間において瞬時に行われるという性質から、犯罪に悪用されたり、犯罪収益等が暗号資産の形で隠匿されたりするなどの実態がみられる。特に、海外の暗号資産交換業者で取引される暗号資産の中には、取引に関する情報を秘匿化できる暗号資産もあり、マネロンに利用されるおそれが高いものも存在する。また、インターネットバンキングに係る不正送金においても、不正送金された現金を、暗号資産に交換した後、取引の匿名性を高めるサービスや、暗号資産取引所を介さず個人間で暗号資産取引を行う相対屋を経由しながら送金を繰り返すなどして取引を複雑化させ、追跡を困難にしている。
- 犯罪実行者募集情報
- 近年インターネット上には、匿名・流動型犯罪グループ等による犯罪の実行者を募集する犯罪実行者募集情報が氾濫しており、応募者らにより実際に強盗や特殊詐欺等の犯罪が敢行されるなど、この種情報の氾濫がより深刻な治安上の脅威になっている。
- 強盗・窃盗等についても、SNSや求人サイト等で「高額」、「即日即金」「ホワイト案件」等の文言を用いて犯罪実行者が募集された上で実行される実態がうかがわれる。このような匿名・流動型犯罪グループによるものとみられる手口により実行された強盗事件等の中には、被害者を拘束した上で暴行を加えるなど、その犯行態様が凶悪なものもみられる。
- 災害発生時等における偽情報
- 大規模災害発生時におけるインターネット上の偽情報・誤情報については、信ぴょう性の確認や判断に時間を要し、被災地等において救助活動への支障や社会的混乱を生じさせるおそれがある。
- 実際、災害時に、過去の震災の際に撮影された画像を悪用して、同地域における治安が悪化したり、甚大な被害が発生したりしているとの印象を与えるような日本語・外国語の偽情報等がSNS上で拡散された事例等が確認されている。
- オンライン上で行われる賭博事犯
- 警察庁では、令和6年度、オンラインカジノの利用実態やサイトの情報を把握するため、調査研究を行っており、この結果、国内におけるオンラインカジノサイトの利用経験者の推計は約337万人であり、国内における年間賭額の推計は約1兆2,423億円であった。
- スマートフォン等からアクセスして賭博を行う「無店舗型」のオンラインカジノについては、アクセス数の増加及びこれに伴う依存症への問題が強く指摘されているほか、これを通じた我が国資産の海外流出、マネロンへの利用等が懸念されている。
- 国際連携
- サイバー事案の多くは国境を越えて敢行されるため、そうした事案への対処には国際連携が重要であるところ、警察においては、サイバー空間における脅威に関する情報の共有、国際捜査共助に関する連携強化、情報技術解析に関する知識・経験等の共有等のため、多国間における情報交換や協力関係の確立等に積極的に取り組んでいる。例えば、警察庁サイバー警察局では、関係省庁と、令和7年6月に仏国で開催されたサイバー犯罪条約の締約国等が参加する「サイバー犯罪条約委員会会合」に参加し、各国におけるサイバー犯罪対策への取組みについて議論や情報共有を行うなど、国際的な連携の更なる強化を推進するとともに、EUROPOLにサイバー事案対策専従の連絡担当官を置いており、同機関での継続的な情報共有・分析、国際機関が主催する捜査会議への積極的な参画等に取り組んでおり、その結果、サイバー特別捜査部をはじめとする日本警察は、国際共同捜査へ参画している。これらの国際共同捜査では、被疑者の検挙、犯罪インフラの停止、暗号資産の押収等によって、ランサムウェアグループの活動を停止又は縮小させるなどの成果を得ている。
- また、ICPO加盟国の法執行機関に加えて、国外の民間企業や学術機関が参加するICPOデジタル・フォレンジック専門家会合に参加し、情報技術解析に関する知識・経験等の共有を図っているほか、情報セキュリティ事案に対処する組織の国際的な枠組みであるFIRST(Forum of IncidentResponse and Security Teams)に加盟し、組織間の情報共有を通じ、適切な事案対処に資する技術情報の収集を行っている。
- サイバー攻撃を想定した業務継続計画(BCP)の推進
- サイバー攻撃の被害がいつどこでも起こり得る情勢を受け、警察は、企業等におけるサイバー攻撃を想定した体制の構築を推進している。例えばランサムウエア被害により業務停止に陥る例は後を絶たないが、サイバー攻撃を想定した業務継続計画(BCP)を整備済の組織は少ない。ランサムウエア被害のあった企業・団体にアンケート調査を行った結果、BCPを整備済の組織の割合は6%であった。ランサムウエアによるデータ暗号化は地震などの物理的災害とは被害の状況が異なり、調査・復旧作業や広報のあり方も、そのような災害時とは異なる対応が求められるため、サイバー攻撃を想定したBCPを事前に準備しておくことが望ましい。他にも、暗号化対策となるオフラインバックアップ、侵害範囲特定に不可欠なログ取得、訓練、警察との連携等、サイバー攻撃のリスクを考慮した管理体制の構築が被害の抑制に有効である。
- 令和7年6月には内閣府政府広報室とともにランサムウエア対策を紹介する広報啓発動画を制作するなど、幅広く注意喚起に取り組んでいる。
- 高度な技術を悪用したサイバー攻撃に関するインフラへの対処
- サイバー攻撃事案で使用された不正プログラムの解析等を通じてC2サーバとして機能している国内のサーバを把握し、当該C2サーバの不正な機能を停止するよう、サーバを管理する事業者等に依頼するなどして、C2サーバの対策を継続的に実施している。
- 日本警察は、INTERPOLが主導しているアジア・南太平洋地域における情報窃取型マルウエアの対策を行うための国際共同捜査「Secure」に参画し、26か国の捜査機関が協力して捜査を行うなどして、関係C2サーバのテイクダウン等を行うことで犯行抑止、被害防止を実施した。
- フィッシングサイト対策
- 警察庁においては、都道府県警察や一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター(JC3)等が相談等を通じて把握した海外の偽サイト等に係るURL情報を集約し、ウイルス対策ソフト事業者等に提供しており、当該事業者によってウイルス対策ソフトの機能による警告表示等、当該サイトの閲覧を防止する対策がとられている。
- また、1つのIPアドレス上に、数百のフィッシングサイトが構築されているといったフィッシングサイトの特性を踏まえた先制的な対策として、警察庁において、同一のIPアドレスに紐づくドメイン情報を独自に収集し、未把握のフィッシングサイトを発見・提供している。
- さらに、フィッシングの手口が巧妙化し、被害が急増している情勢に鑑み、利用者保護のため、フィッシングサイトにアクセスさせないための対策として、「なりすましメールを防ぐ技術(DMARC9等)への対応促進」を始め、「フィッシングサイトの閉鎖促進」や「パスワードに代わって生体認証等により簡単かつ安全にログインできる認証方法(パスキー)の普及促進」について、所管省庁を通じ、事業者に対する対策の要請を実施した。
- フィッシングサイト対策として、JC3では、専門的な知識を持たない人であってもプラットフォーム事業者等に対してサイトのテイクダウン依頼を行うことができるツールを開発し、サイバー防犯ボランティア等に提供するとともに、警察庁後援のもと、サイバー防犯ボランティア向けの「フィッシングサイト撲滅チャレンジカップ」を実施している。
- インターネットバンキングに係る不正送金対策
- 警察庁は、令和6年秋からボイスフィッシングによる法人口座の不正送金被害が急増する深刻な事態を受け、金融庁、全国銀行協会及び一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター(JC3)と連名で、広報啓発資料「サイバー警察局便り」を作成した上で、警察庁ウェブサイト等にて公開し、その手口の詳細や対策に関する注意喚起を実施した。
- 証券口座不正取引対策
- 特に証券口座不正取引の被害情勢を踏まえ、警察庁は、令和7年7月、金融庁と連名で、日本証券業協会を含む金融関係協会に対して、被害を踏まえた具体的なフィッシングの手口やその対策を示した上で、顧客口座・アカウントの不正アクセス・不正取引対策の強化について要請した。
- クレジットカード不正利用対策
- 各都道府県警察で把握した、悪用されたクレジットカード番号を警察庁で速やかに集約し、カード発行会社を含む決済システム全体を統括する国際ブランド各社に対し、一括して提供しており、クレジットカード発行会社における不正利用対策に活用されているところ、令和7年上半期は、約85万件のクレジットカード番号を国際ブランド各社に提供した。
- 能動的サイバー防御(ACD)について
- 近年、サイバー攻撃による政府や企業の内部システムからの情報窃取等が大きな問題となっているほか、重要インフラ等の機能を停止させることを目的とした高度な侵入・潜伏能力を備えたサイバー攻撃に対する懸念が急速に高まっている。特に、重要インフラの機能停止や破壊等を目的とした重大なサイバー攻撃は、国家を背景とした形でも日常的に行われるなど、安全保障上の大きな懸念となっている。
- こうした中、令和4年12月に閣議決定された国家安全保障戦略において、「サイバー安全保障分野での対応能力を欧米主要国と同等以上に向上させる」ことを目標に掲げ、重大なサイバー攻撃による被害の未然防止・拡大防止を図るために能動的サイバー防御を導入することとされた。
- 同戦略に基づき、政府は、令和6年6月、サイバー安全保障分野における新たな取組の実現のために必要となる法制度の整備等について検討を行うため、「サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議」を開催し、同年11月、「サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた提言」が取りまとめられた。
- 令和7年5月、第217回国会において、同提言の内容を踏まえたサイバー対処能力強化法(以下「強化法」という。)及び同整備法(以下「整備法」という。)が成立した。強化法及び整備法は、「官民連携の強化」、「通信情報の利用」及び「攻撃者のサーバ等へのアクセス・無害化措置」の3つを取組の柱としている。
- このうち警察関係では、整備法により、警察官職務執行法の一部が改正され、サイバー攻撃による重大な危害を防止するための警察によるアクセス・無害化措置を可能とする規定が新たに設けられた。同規定は、令和8年11月までに施行することとされているところ、警察では、その施行に向け、内閣官房国家サイバー統括室や防衛省・自衛隊、外務省等との連携の強化を図るとともに、サイバー人材の確保・育成や資機材の整備、外国治安機関との関係構築等を通じて、サイバー空間における対処能力の更なる強化を図っている。
AI/生成AIを巡る動向から、いくつか紹介します。
- 詐欺電話対策のAIが登場しています。のらりくらりと要求をかわし、犯罪行為を断念させることを任務とするもので、大変興味深いといえます。専門家は「AIの攻撃にはAIで対抗するしかない。我々はAI同士の『代理戦争』に足を踏み入れつつある」と指摘していますが、(前回の本コラム(暴排トピックス2025年9月号)でも取り上げましたが)サイバー戦争においてAIはすでに戦闘員であり、ウクライナ政府は2025年7月、同国の政府関係者になりすました人物から全く新たなタイプの攻撃を受けたと発表、送られてきた電子メールの添付ファイルには、開封したパソコンの情報を盗むよう外部のAIに命令するプロンプト(指示文)が仕込まれており、ファイルの中には危険なウイルスが含まれなかったため、従来の検出技術をすり抜けて感染先を広げたといいます。情報窃取が目的だったが、外部のAIには情報システム全体の破壊を命じることも可能となります。トランプ米政権はAI政策を国家安全保障上の優先課題と位置付け、産業界は呼応するように国防への関与のあり方を見直しています。米グーグルは2025年2月、約7年前に公表したAIの基本理念を改定し「武器や監視活動に使用しない」としていた文言を削除、約半年後、グーグルは米国防総省と最先端AIの導入支援に向けて最大2億ドル(約290億円)の契約を結びました。国家にとってはAI開発企業そのものが軍事資源となりつつあるということです。
- 米連邦取引委員会(FTC)は、対話型AIサービスを運営する7社に対し、子どもに悪影響が及ばないよう適切な対応を取っているか調査を開始すると発表しています。本コラムでもたびたび取り上げていますが、米国では2025年4月、ChatGPTを利用した16歳の高校生が自殺する事案が発生しており、安全対策の強化を促す狙いがあります。ChatGPTに代表される対話型AIは人間の感情を模倣し、コミュニケーションをとるよう設計されおり、特に子どもや10代の若者は対話型AIを信頼し、親友のような関係を築く傾向が強いとされます。一方で、対話型AIは利用者の考えを否定せず、同調する傾向があるため、AIに対する精神的な依存が強まる恐れがあるとも指摘されています。さらには他者との交流が減り、孤立感が助長される懸念もあるといいます。
- 米オープンAIは2025年9月29日、ChatGPTに、10代の子どもの利用を保護者が制限できる機能を導入したと発表、日本でも導入するとしています。発表や報道によると、13~17歳の子どもと保護者のアカウントを連携させ、暴力や性的な内容など不適切な回答を自動で制限、保護者が画像生成や音声での回答など一部機能を停止したり、利用できない時間帯を設定したりできるほか、12歳以下は原則利用できないこととしました。また、自殺をほのめかすなど子どもの心の不調を検知した場合、保護者に通知する機能も導入するといいます。
- AIの利活用推進などを目的とする政府のAI戦略本部が初会合を開いています。社会に浸透するなかで、AIが悪用され、人権侵害や民主主義の混乱を引き起こす深刻なリスクも無視できなくなっており、とりわけ日本でとくに喫緊の課題となっているのが「ディープフェイクポルノ」と「外国勢力による影響工作」です。ディープフェイクポルノは、実在する人の顔に性的な画像を合成したもので、AIの画像生成技術が飛躍的に向上したため、よりリアルに、より簡単に作れるようになっており、同級生や知人のディープフェイクポルノを勝手に作って拡散する事件は各国で社会問題化しているところ、日本でも昨年受けた相談や通報は100件を超えています。一方、18歳未満の性的画像などは児童ポルノ禁止法で規制されていますが、「実在する児童の性的描写」が対象で、身体部分が合成の場合は同法が適用されるか不透明で、被害者は尊厳を深く傷つけられるため対応が急務であるものの、こども家庭庁のワーキンググループは2025年8月の報告書で「現実に被害者がいるにもかかわらず、規制の実効性が不明瞭」と指摘しています(なお、政府は、子供や若者の安全なインターネット利用に向けた対策の工程表を発表、生成AIを使ってポルノ画像を偽造する「性的ディープフェイク」の被害がSNSなどで広がっているとして、実態を把握した上で対策を強化、2026年度中に具体策を検討してまとめるとしています)。外国勢力による影響工作では、2025年夏の参院選でその懸念が急浮上しました。SNS上でボットと呼ばれる自動投稿プログラムを使い、特定の政党に関わる投稿や政権批判が拡散された形跡が疑われ、同様の手法は欧米でも確認され、ロシアの情報機関の関与が指摘されています。こうした喫緊のリスクに対し、欧米などは政府が積極的に対策に動いており、韓国や英国では本人同意のない性的画像の生成や共有を規制する法律ができたほか、米司法省は影響工作に使われたSNSアカウントを停止させる法的措置をとっていますが、日本ではやっと議論が始まったところで、その動きは遅いのが現状です。
- 国連安全保障理事会は、AIの平和利用に関する首脳級会合を開き、国連のアントニオ・グテレス事務総長は、人間の関与なしに攻撃を行う自律型致死兵器システム(LAWS)の禁止を求め、2026年までに法的拘束力のある規制枠組みを整えるべきだと訴えています。各国から支持が相次ぎましたが、米国は「国際機関による統制を拒否する」として反対を表明しています。グテレス氏は「AIが兵器化され、最近の紛争の現場で実験的に使われている」と指摘し、LAWSなどの規制やルールが欠如すれば、「兵器開発や深刻な誤用が加速する」と懸念を示しました。会合を主催した議長国・韓国の李在明大統領は「各国が結束して責任ある利用を徹底する必要がある」と述べ、英国のデビッド・ラミー副首相も「国連で団結し、AIを平和と安全保障の強化につなげるべきだ」、パキスタンのアシフ国防相は、インドとの軍事衝突で「核保有国が別の核保有国に対し、自律型徘徊兵器を初めて使った」と発言、「こうした進展は戦争の未来に重大な疑問を投げかけている」と問題提起を行うなど、各国がそれぞれ見解を示しました。また、中国は国連がAIのグローバルガバナンスで役割を担うことを支持するとし、ロシアは、国連安保理は「西側諸国の代表が多く、(西側各国が)自己利益を優先する恐れがある」とし、AIに関する議論は全加盟国が加われる別の枠組みで行うべきだと訴え、グローバルサウス(新興・途上国)の懸念に寄り添う場面も見られました。これに対し、米国のマイケル・クラチオス大統領補佐官兼科学技術政策局長は「AIは国家の独立と主権の問題だ」と反発、AIについては「国際機関による中央集権的な統制や多国間協調の取り組みは拒否する」、「自由な市民活動や国家主権の独立を重視すべきで、過剰な規制はイノベーションを阻害する」、「独裁に使われる危険性も高める」などと主張しました。
- イタリア上院で、AIに関する包括的な規制法案が可決され、成立しています。2024年に制定されたEUの「AI法」に基づいて加盟国で成立した初の国内法となり、労働や医療などを含む様々な分野で規制の具体策が盛り込まれました。新法では、AIに関し、政府が2年ごとに国家戦略を策定することが定められ、デジタル庁などが監督機関に指定されました。刑法には、AIで生成された偽情報「ディープフェイク」などの不正流布罪が新設され、被害が生じた場合、最長で禁錮5年を科すこととされています。また、詐欺や資マネロンなどの犯罪でAIが悪用された場合は、より重い刑罰を科すことができるとしています。医療分野では、患者に説明した上でAIを治療や診断に使用できるとしつつ、最終的な判断は医師が行うと明記され、労働分野では、人事などにAIを用いる場合、雇用者は労働者に通知する必要があるとも盛り込まれました。AIが収集できるデータを巡っては、著作権で保護されていないものに限定する一方で、AIを利用しても人間の知的作業が加わった作品に対しては著作権を認める、また、14歳未満のAI利用には、保護者の同意を得なければならないとも定められています。
- 米カリフォルニア州のニューサム知事は、AIモデルの開発者に大規模サイバー攻撃への対策を義務付ける全米初のAI安全法に署名しています。地元産業界からAI開発の妨げになると懸念の声が上がり、2024年は同種の法案への署名を拒みましたが、2025年は署名に転じています。同州には、世界の主要AI企業50社のうち、32社が州に拠点を置いています。AI安全法は、生物兵器や核兵器の製造・使用など壊滅的な被害をもたらす悪用を防ぐため、AIモデルにどのような安全対策を組み込んだかを公表し、リスクを評価して報告するよう義務付け、違反した場合は民事罰の対象となるとされました。ニューサム知事は、AI安全法について「地域社会の保護とAI産業の持続的発展の均衡を実現する法律だ」とコメントしています。同氏は、次回2028年の米大統領選で民主党の有力候補と目されており、中国に技術競争で打ち勝つためAI開発を加速させてきたトランプ大統領との差別化を進めたとも言われています。
- 米新興アンソロピックがAIの学習に向けて海賊版の書籍をダウンロードしたことが著作権侵害だと認定された裁判で、米連邦地裁は、同社が15億ドル(約2200億円)を支払う和解案を仮承認、AI学習の対価をどこまで認めるか基準の1つとなり、約50件ある他の訴訟にも影響を与えることになります。米国の作家3人は2024年8月、「許可なく書籍を生成AIの学習に使われた」として、アンソロピックを相手に集団訴訟を起こし、海賊版サイトから約700万冊の書籍を無料でダウンロードした行為について、連邦地裁は2025年6月に著作権侵害に当たると判断、アンソロピックは9月、作家たちに15億ドルを支払うことで和解の最終合意にこぎつけました。対象となる約50万冊について1冊あたり3000ドルを支払う計算となります。15億ドルは著作権訴訟における史上最大額です。生成AIはインターネット上のデータやコンテンツを幅広く収集し、AIモデルに学習させています。コンテンツの作り手や著作権者の許可を得ていないことがほとんどで、クリエーターや報道機関は相次ぎ著作権侵害を訴えています。AI企業側は、米著作権法が認める「フェアユース(公正利用)」に当たると主張、研究や教育など公共の利益を目指す目的ならば、著作権侵害は問われないという考え方ですが、AI学習と著作権を巡る裁判は全米で48件が係争中だといいます。
- 自律的に作業するAIエージェントの活用が企業や行政機関で始まるなか、海外のセキュリティ企業が新たな防衛手段の構築に乗り出していると報じられています(2025年9月30日付日本経済新聞)。様々なデータやシステムにアクセスするAIエージェントがサイバー攻撃を受け乗っ取られた場合、被害は従来とは比べものにならないほど広範囲にわたる可能性があります。「最小権限の原則」と呼ぶ特定の人やAIに権限を集中させないサイバー防衛の定石をAIエージェントが崩す恐れがあるといいます。原則に沿えば、各種のデータベースや社内システムのアクセス権は分割しておくのが望ましく、攻撃者が侵入に成功したとしても、後に多くの権限を奪う手間と時間がかかるため、結果的に被害拡大を防げることになりますが、AIエージェントには大きな権限を与えた方が効率性が高まることになります。万が一、AIエージェントが乗っ取られれば、エージェントが権限を持つすべてのシステムがサイバー攻撃者の手に落ち、大規模な情報漏洩やサービス停止につながりかねない巨大なリスクが潜んでいるといえます。懸念は現実になっており、アマゾン・ウェブ・サービスのAIが改ざんされ、ユーザーのデータを消去する不正な機能が加えられる事例もありました。これに対し、セキュリティ各社が提示する解の一つは「AIの落とし穴はAIで埋める」という考え方だといいます。例えば、AIエージェントをAIに見張らせるというアプローチです。また、AIとユーザーの組み合わせに着目して行動を監視するというアプローチもあります。米IBMが2025年7月に公表した調査結果によれば、直近データ侵害を受けた世界600社の13%がAIへの侵害を経験、うち97%はAIの適切な防御対策が欠如、つまり、一部の企業を除いてセキュリティがなおざりのままAIエージェントの活用が広がっている可能性があるといいます。利便性と安全性は裏表の関係であり、「災害」の防止には利便性の向上に合わせた安全投資が欠かせないと日本経済新聞は指摘していますが、正にその通りだと思います。
- 政府は自国のデータや技術をもとにした国産AIの開発に乗り出すとしています。文章などを自動的に作り出す生成AIは米中が開発で大きく先行していますが、海外製への依存は、データの海外流出や日本に関する誤情報の拡散を招く恐れがあり、安全保障上、問題視されています。学習データなどの開発資源を日本企業に提供してAIの開発を支援し、信頼性の高い国産AIの確立を目指すといいます。総務省所管の国立研究開発法人・情報通信研究機構(NICT)が20年近くにわたって収集した日本語データを提供し、AI開発企業プリファード・ネットワークスが日本の文化や習慣、制度などについて信頼性の高い回答を出すAIを共同開発、開発した国産AIは、IT企業のさくらインターネットが国内のデータセンターを通じて提供することを想定しています。また、開発した国産AIは政府や自治体、企業が利用することを念頭に置いています。AIの学習に使うデータの提供や、AIの頭脳となる「大規模言語モデル」の開発、データセンターの運営をすべて日本の企業や機関が担い、国内で完結する形で生成AIを開発、提供することを目指すとしています。
- 朝日新聞社は、AIに関する考え方をまとめています。「AIは、業務効率化や新しい価値の創造など、大きな可能性がある一方、リスクもあります。読者やお客さまの理解と信頼を得ながら、取材現場での活用や、関連サービスや製品の開発・提供を適切に推進していきます。「考え方」の冒頭では、AIはあくまで人間を補助する役割とし、最終的な判断と責任は人間が担うことを宣言。人権を尊重し、法令を順守するとともに、リスクに適切に対応することなどを明記しました。報道については、当事者への直接取材や現場での取材が基本であることを明確にしたうえで、AIを使った取材・報道に取り組むことを表明。また、AIによって引き起こされる倫理的・法的・社会的な課題の解決に向けて、報道を通じて責任ある役割を果たすという決意を示しました」と報じています。
- 香港の治安責任者は、AIによる顔認識機能を備えた監視カメラ数万台を域内に設置する方針を明らかにしています。当局が最先端技術で公の場を監視する中国の「監視社会」に一歩近づいた格好です。香港当局は犯罪取り締まり計画の一環として、既に4000台弱の監視カメラを設置、2028年までに、これを6万台まで増やす計画といいます。治安責任者は、AIは車のナンバープレート読み取りなどに既に導入されていると説明、その技術が「必然的に人間にも適用され、犯罪容疑者追跡などに利用される」と説明しています。警察によれば、監視カメラ映像は2024年以降、400件の犯罪摘発に寄与し、787人の逮捕につながったといいます。
(6)誹謗中傷/偽情報・誤情報等を巡る動向
法務省は、後を絶たないインターネット上での誹謗中傷などを受け、罰則が引き上げられた侮辱罪の効果などを検証する有識者会議で本格議論に乗り出しています。誹謗中傷が社会問題化した一番の理由は、ネットの普及に伴うSNSや掲示板での「匿名発信」にあります。ヘイトデモのように現実空間で行われていた誹謗中傷がサイバー空間に急拡大している現状があり、法務省関係者は「多面的にさまざまな視点から検証作業を行う」と話しています。初会合ではインターネット上の誹謗中傷対策として侮辱罪が厳罰化された2022年7月から2025年6月末までの3年間の運用状況が公表されました。ネット関連事件で、新たに設けられた罰金刑が科された人は全国で延べ85人、SNSに被害者の画像を掲載し「見た目からしてバケモノかよ」と書き込んだケースや、「あほすぎるな」「バカすぎんねんだから頭が」などと発言する動画を投稿した事案はそれぞれ30万円の罰金刑が科されたほか、SNSで7回にわたって被害者に「キモい」といった投稿をして罰金10万円を科されるなど、SNS関連が目立ちました。侮辱罪を厳罰化した改正刑法は、2022年7月の施行から3年で表現の自由の観点などからの検証をするよう付則で明記、検討会は公表された数字をベースにさらなる改正などが必要か議論を続けています。侮辱罪は公然と人を侮辱した場合に適用され、改正前の法定刑は「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」でしたが、改正後は「1年以下の懲役・禁錮(現在は拘禁刑)」「30万円以下の罰金」が新たに加わりました。これにより公訴時効が改正前の1年から3年に延び、捜査の時間が確保されて立件の増加につながることが期待されています。法務省によれば、検察が対象の3年間でネット関連事件で起訴(主に略式起訴)し、刑が確定したのは延べ104人、1年以内に処分が決まったのは57人だった一方、1~3年の間に処分されたのは47人、厳罰化により公訴時効を迎えなかったケースが半数近くとなる結果となりました。罰金以外では懲役・禁錮は0人、科料は延べ19人、対象期間外の2025年8月に懲役6月、執行猶予3年が確定した事件があります。近年は人を誹謗中傷・侮辱するという「行為そのもの」に、厳しい目が向けられるようになっています。2022年3月には、営業に失敗し会社に損失を出した従業員が代表取締役から「本当に無能」などと暴言を吐かれパワハラを受けたとして賠償を求めた訴訟で福岡地裁が賠償を命じる判決を出したほか、同様の司法判断は全国で相次いでいます。さらなる厳罰化を求める意見がある一方、過度な規制を危惧する声もある侮辱罪の議論について、法務省は「侮辱行為が蔓延する風潮に厳罰化が歯止めをかける一助となっているのかどうかなどを見極め、次の対策につなげたい」としています。
SNS上で複数の匿名投稿者から侮辱を受けた女性がLINEヤフーを相手取り、投稿者情報の開示を求めた訴訟で、東京高裁が同社に対し、投稿者の通信履歴を「解析」して電話番号を割り出すことを認めた上で、開示を命じる判決を言い渡しています。通信履歴の解析は原則、憲法が保障する「通信の秘密」の侵害として許されないとされており、解析を容認する司法判断は異例だといえます。判決は「解析は、投稿で権利を侵害された人への対応として通信事業者の正当な業務にあたる」と述べています。判決は既に確定し、女性の代理人によれば、開示された電話番号を基に投稿者を特定するなどし、一部と和解が成立、残りの投稿者に対しては、今後、損害賠償を請求する方針だといいます。悪質投稿の被害者の訴えを受けた裁判所が投稿による権利侵害を認めれば、情報流通プラットフォーム対処法(旧・プロバイダー責任制限法)に基づき、通信事業者に対し、アカウントに登録された個人情報の開示を命じることができますが、匿名性を前提とするOC(オープンチャット)のアカウントには、投稿者を特定する情報が登録されておらず、女性側は、OCアカウントと「ひも付け」されているLINEアカウントに着目、こちらには利用者の電話番号が登録されているため、2023年5月、投稿者情報の開示を求める訴訟を東京地裁に起こしたものです。訴訟で争点となったのが、憲法が保障する「通信の秘密」で、通信の内容や宛先などを第三者に知られない権利を指します。国の個人情報保護委員会と総務省は、電気通信事業者向けの個人情報保護に関する指針を巡り、利用日時や発信先といった通信履歴を解析することは、こうした権利を侵害すると指摘、「正当業務行為に該当する場合などを除き、認められない」との見解を示しています。これを踏まえ、LINEヤフー側は「OCとLINEのアカウントは関連していない。投稿者を探知するには、OCとLINE間の通信履歴を解析する必要があるが、法的に許されていない」などと主張、東京地裁は2024年3月、女性の請求を棄却しています。これに対し、女性側の控訴を受けた東京高裁は、正当な業務にあたる場合には解析が認められることを重視、「投稿は限度を超えた侮辱行為で、女性の名誉を侵害する」と判断し、通信事業者としての正当な業務として通信履歴の解析を認め、その上で、地裁判決を取り消してLINEヤフーに投稿者の電話番号を開示するよう命じたものです。報道で専門家は「被害者保護に重きを置いた内容で、一定の評価はできる」と言及、一方で、「通信の秘密は重要な権利で、やや踏み込み過ぎだという印象も受ける。被害者保護とのバランスの取り方は難しく、今後も議論が必要だ」と述べています。限度を超えた侮辱行為など人間の尊厳や生死に関わるような状況で「通信の秘密」によって泣き寝入りを強いられるのは心情的にも許容しがたく、今回の踏み込んだ高裁判決を高く評価したいと思います(今後、バランスを取るための試行錯誤が進むことを期待したいところです)。
関連して、ネットの言論空間の健全利用に向けて民間企業の自助努力が問われているとの指摘がありました(2025年9月25日付日本経済新聞)。2025年4月施行の情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)は大規模なSNSなどの運営者に誹謗中傷への対応を義務付けました(対象はLINEヤフーなど9社の計15サービス)。民間が「自浄作用」を発揮できなければ、表現の自由に制約が課される事態を招きかねず、「削除基準の見直しや発信者への通知など業界の取り組みを後押しする側面もある法改正だ」(LINEヤフー)と受け止められています。情プラ法は2002年施行の「プロバイダ責任制限法」をもとに、損害賠償責任の範囲や発信者情報の開示などが規定された旧法に、大規模なSNS事業者を念頭に削除対応の迅速化や運用の透明化を図るための義務を課すといった規定が加わったものです。法改正の背景にはネット上に違法・有害情報が恒常的に流れ、民間事業者が有効な対策をなかなか打てないことがあり、総務省が2022年に主要事業者を対象に実施した調査でも、透明性や説明責任に「不十分な点がある」と指摘されていました。ネット空間に政府が過度の規制をかけることは、民主主義の根幹である表現・言論の自由を阻害しかねないところ、今回の法改正でも削除の判断や基準は民間側に委ね、削除を申し出る窓口の整備や基準の明示など運用の透明性を担保する制度に重きを置いた点が特徴です。最大の変化がオンライン窓口の設置で、受付から7日以内に対応状況を伝え、対応結果も通知、判定の難しい事案は弁護士ら7人の専門家が支援していますが、従来は業界団体のガイドラインが「法的請求は書面での受付を原則とする」としていたため、それに従うLINEヤフーの対応も即応性に課題があったといいます。また、LINEヤフーなど大手は投稿内容の審査や来歴の可視化に取り組んでいますが、偽情報などは複数のプラットフォームをまたいで加速度的に拡散する性質があり、LINEヤフーは「業界全体で対応していく必要がある」と強調しています。報道でメディア法に詳しい慶応義塾大学の水谷瑛嗣郎准教授は、様々な問題の根っこに「『(SNSや動画の閲覧数が収益につながる)アテンション・エコノミー』の弊害がある」と指摘、「正確性や公共性より刺激を与えることが重視されやすくなっている」といいます。日本経済新聞は「SNSへの広告出稿主なども含め、全ての関係者が対策や意識改革を進めなければネット言論空間の健全化は前進しない。さらなる規制強化を避けるにはSNSなどの有力なプラットフォーマー同士の連携を強め、民間主導で規律ある運用のあり方を探り続ける努力が欠かせない。「と指摘していますが、正に正鵠を射るものと思います。
アスリートへの誹謗中傷も大きな問題です。2021年の東京五輪では、コロナ禍で「ステイホーム」と言われるなか、「東京五輪を本当にやるのか」「アスリートだけが特別なのか」という声が高まり、誹謗中傷につながりました。今は、体罰やハラスメント、違法のベッティング(賭博)、オンラインカジノなどの問題も含め、安全なスポーツ環境「セーフスポーツ」の枠組みで考えるべき課題となっています。建設的な批判のつもりで書いたものが、受け取り側にとっては人格的な攻撃ですごく傷つく場合や、アスリートに対する脅迫的なものもある状況です。SNSは実際に行動に移すハードルが低く、匿名での書き込みで簡単にシェアできることがSNSで誹謗中傷が増えている要因だといえます。スポーツベッティングで、負けた選手が誹謗中傷されることもあり、選手には大きなストレスがかかることになり、こうした観点からの対策も急務となっています。過去、誹謗中傷をめぐる裁判で違法性が認められた表現としては「殺す」「死ね」「クズ」「ドブネズミ」が挙げられますが、これらは氷山の一角に過ぎず、ほかにも多数、違法な表現が認められています。一方、深刻なのは加害者の年齢層で、中高生ら若者が多い傾向にあり、「こんなことになるとは思っていなかった」というケースが多いといいます。報道である弁護士は「SNSの使い方を教わっていない若い方が多く、友達とやりとりしている感覚で投稿してしまう。『誹謗中傷』の投稿は犯罪に当たる、という意識を高めていく必要がある」と指摘していますが、正にその通りだと思います。「損害賠償を数十万円払えば終わる、みたいに軽く考えている人がいるんですが、この問題は警察もちゃんと動いてくれるので、どうせ刑事告訴されないとタカをくくっている人には、そのリスクがあることは理解してもらいたいですね」との指摘はとりわけ若者に届いてほしいものだと思います。
韓国の裁判所が、Kポップの人気バーチャルアイドル「PLAVE」をオンライン上で中傷したとして、ソーシャルメディアの利用者に50万ウォン(約5万円)の支払いを命じる判決を出しています。韓国では、アイドルの私生活まで厳しく監視し、過度に干渉する熱狂的なファンの存在が問題になっており、バーチャルアイドルを支持する人たちは、アバターを使うことで実在するアイドルが直面するプレッシャーを軽減できると考えているといいます。報道によれば、被告は2024年7月、SNS上でアバターについて「実物は醜いかもしれない」「典型的な韓国人男性の雰囲気だ」と投稿、プレイブのメンバーたちは精神的苦痛を受けたとして、民事裁判でメンバー1人あたり650万ウォン(約69万円)の賠償を求め、一方、被告は自身の発言について、架空のキャラクターに向けられたもので、実在の人物に向けられたものではないと主張、しかし、判決は、アバターが実在の人物を表していると広く認識されている場合、アバターへの攻撃はその人物にも及ぶと判断し、被告側の主張を退け、1人につき10万ウォン(約1万円)を支払うよう命じたものです。韓国の専門家は「アバターに対する攻撃が実在する人物の評判を傷つける可能性を韓国で初めて認めた事例の一つだ」と指摘しています。
SNSを利用する人のうち、不特定多数に向けたコメントや投稿などをしている人は全世代の2割強にとどまることが、文化庁の2024年度の「国語に関する世論調査」で判明しました。フェイクニュースの拡散や誹謗中傷などが社会問題化するなか、専門家は「SNSでは極端な考えを持った一部の人の意見が拡散し、バイアス(偏り)が出やすい」と指摘しています(偽情報や情報工作などにおいては、以前から一部の投稿が大量に拡散されている実態が知られています)。SNSを利用している割合は全体で74.8%、年代別にみると16~19歳と20代では98%以上に達した一方で50、60代も7~8割に達し、中高年にも浸透していることが分かります。このうち、家族や友人など仲間内や1対1でのメッセージ送信などをしている人は86.3%だったのに対して、不特定多数へのコメントや投稿をしているのは22.2%と少数派だったといい、不特定多数向けの発信をしている人は、年代別では20代が最多の36.5%、10代、30~50代は25%前後である一方、60代は14.8%、70歳以上は11.2%と、年代が上がるにつれて少なくなっています。近年の選挙では、2024年の兵庫県知事選のように、SNSで広がった支持が得票につながるケースもあり、SNSで情報を収集する有権者も増えているところ、真偽不明の情報やデマも少なくありません。報道でSNSの問題に詳しい国際大の山口真一准教授(経済学)は「SNS上の言説は社会全体の意見のように捉えられがちだが、実は発信している人自体はそれほど多くない。特に極端で強い思いを持っている人ほど大量に情報発信する一方、中庸な意見の人はあまり発信しないことが研究で分かっている。閲覧する際には、極端な意見に過度に影響されないことが重要だ」と指摘していますが、正にその通りだと思います。
スマートニュースメディア研究所は、メディア接触状況などについて学識経験者と実施した全国調査で、「社会的対立と陰謀論」に関する結果を公表、動画系のSNSを主なニュースの情報源にする人ほど、陰謀論的な思考が強い傾向があることなどが判明したといいます(筆者の感覚とも一致します)。二つの異なる立場で対立があるかどうかを6項目で尋ねたところ、経営者と労働者(76%)、豊かな人と貧しい人(68%)、政治的に保守な人とリベラルな人(65%)、現役世代と高齢者(55%)、男性と女性(55%)の5項目で、「対立あり」と回答した人が半数を超え、陰謀論的思考の強さを測る調査として、五つの設問のうち、「そう思う」「ややそう思う」と賛同したのが最も多かったのは「一般の人に決して知らされない、とても重大なことが世界で数多く起きている」(87%)、最少は「政府当局が全ての市民を厳重に監視している」(22%)となりました。ほかの回答結果とクロスして集計したところ、各設問の回答で「陰謀論的思考あり」とされた4割以上が生活への不満を感じており、「思考なし」での不満の割合よりも9ポイント以上高く、対立の存在を認める回答も、「思考あり」の方が高い傾向がありました。また、メディア接触状況の関連を分析したところ、主なニュース源がオンラインを含む新聞である人は、陰謀論的思考が比較的低かった一方、動画系SNSの利用者は、比較的高い傾向がみられたといいます。調査を担当した東京科学大環境・社会理工学院の笹原和俊教授は「陰謀論的思考は、社会的孤立や生活上の不満と結びついている可能性がある。特に動画系プラットフォームでは、アルゴリズムによって陰謀論的な認識を強化する構造になっている可能性がある。メディアリテラシー教育の強化などの議論が今後ますます重要になる」とコメントしていますが、動画系SNSのもつ構造的要因が陰謀論的思考を強化している点は予想通りではありますが、興味深いものでもあります。
以下、偽情報や誤情報に関する最近の動向から、いくつか紹介します。ロシアや中国による偽情報流布による分断工作や、偽情報や誤情報が行政や住民を混乱させている実態が多数みられており、あらためて偽情報や誤情報の対策が重要であると痛感させられます。
- 先進国で協調してドル高を是正したプラザ合意から2025年9月22日で40年が経過しました。この間に国際協調の取り組みの1つとして誕生した単一通貨ユーロは「ひとつの欧州」を掲げ、加盟国を20カ国にまで拡大してきましたが、ポピュリズム(大衆迎合主義)や権威主義の勢力が拡大する欧州でいま、通貨統合は民族主義やロシアによる偽情報工作の逆風にさらされています。一般的にユーロを導入した国は非加盟国より物価が安定する傾向にあり、長期的に国民の購買力確保にもつながり、本来ならユーロ導入が追い風になるはずのブルガリアでは、国民感情は歓迎一色とはなっていないといい、専門家は「ブルガリアが偽情報戦争で最前線の実験場になっている」と指摘しています。国民の財産や生活に直結する通貨の切り替えに不安を抱く人々の心理が標的になり、民主主義の根幹を揺さぶっており、その背後に浮かび上がるのがロシアを後ろ盾とする巧妙な分断工作の存在だといいます。SNSの構造分析によると、2025年1~6月に広がった反ユーロの偽情報の投稿は20万件を超えており、「クレムリン(ロシア大統領府)の支援を受けた組織的な情報操作が展開されている」とされ、複数のアカウントが瞬く間に拡散させています。
- 2025年9月17日付朝日新聞によれば、ロシアは2024年、1億5千万ユーロ(約260億円)をモルドバで費やしたといいます(国防予算の2倍、GDPの1%超)。親欧米派も含め、活発に活動している政党の約85%がロシアから資金を受け取っているとされます。ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)など多くの軍事機関が関係し、非常に組織的に活動し、ネットで影響力のある「インフルエンサー」らを数千人規模で買収し、カメラの前で読む原稿を渡しているといいます。こうしたなか、ウクライナ侵攻の責任が誰にあるかと聞いた最近の世論調査では、4割が「分からない」と答えており、偽情報や陰謀論があふれ、人々は何を信じればいいのか分からなくなっている状況も出ています。また、毎日新聞では、モルドバのドリン・レチャン首相が、エネルギーの脱ロシア依存を進め、親EU路線を強める政権に対し、ロシアから選挙妨害が絶えないと訴え、「プロパガンダによるハイブリッド戦争を仕掛けられている」と語っています。「モルドバのEU加盟は戦争を意味する」と主張するロシアは、ヨーロッパがウクライナを戦争に巻き込んだかのような言説を広め、モルドバの人々をおびえさせていると指摘しています。さらに、「モルドバ政府はプロパガンダや偽情報に対抗する方法を学んでおり、国民に正しい情報を提供し、十分な情報に基づいた選択の機会を提供するために懸命に働いている。政府のセキュリティ部門は、ロシアが攻撃を仕掛けて不安定化を図ったり、有権者を買収するために暗号を使って現金を持ち込もうとしたりするのを防ぐために非常に忙しくしている」とも述べています。
- 台湾国防部(国防省)は、中国軍の攻撃など有事の際に市民がとるべき対応をまとめた「全民国防ハンドブック」の改訂版を発表、「台湾が軍事侵略を受けた場合、当局の投降を伝える情報はすべて偽情報だ」と明記し、正確な情報を把握する重要性を強調しています。ハンドブックは日ごろから有事や災害に備えて家庭で備蓄すべき食品や衛生用品と、緊急時に持ち出すべき生活用品をわけて表にしており、避難先で幼児や高齢者が特に必要とする物品も明示したほか、避難時に負傷した場合の対処法なども盛り込んでいます(前回2年前に発表したハンドブックでは中国軍と台湾軍を見分けるため軍服の違いなどを説明していましたが、改訂版では削除され、一般市民が違いを識別するのは困難だとし、軍隊の行動を発見した場合は、迅速に危険区域から離れるよう指示しています)。正確な情報の把握の重要性も指摘、「デマをつくらない、簡単に信じない、転送しない。そして必ず確認する」ように訴えています。平時でも有事でも「敵対勢力は偽情報の宣伝によって(社会の)分断を図り、自ら守る決意を弱めようとする」と分析しています。また、インターネットや電話回線が遮断された事態を想定し、公的なラジオの周波数を紹介、ラジオが使えない場合は近くの交番に行き、正しい情報を把握するように求めています。
- 2025年9月28日付日本経済新聞の記事「ロシア・中国発の情報工作、日米欧を自滅へ誘導」は大変興味深いものでした。「多くの権威主義国家の情報機関は、他国の国家機密を盗み出すだけではなく、民主主義国家の世論を自らに有利な方向に導くためのプロパガンダ工作も担っています。民主国家の政治家は何より世論に敏感なためです」、「ロシアや中国にとって、米国をはじめ西側の分断を広げて弱体化させるメリットは大きいものがあり、陰謀論や非科学的な主張を信じる新興勢力が勢いを増せば、これまで手ごわかった中道勢力を抑え込めるためです。政治家を国内の内紛にかかりきりにし、外交をおざなりにさせられることもある」といいます。近年のネット空間を中心とした工作は最近、情報機関の世界でも水際立った成果をあげているほか、「情報員や外交官の世界的ネットワークの構築には数十年単位の時間がかかりますが、一度壊してしまうと再建は極めて困難です。米国の海外の人的インフラへのダメージは、トランプ政権が終わった後も長く尾を引きそうです」、「ロシアの情報工作にさらされるEUでは、偽情報の拡散を防ぐ法規制や専門組織づくりを進めています。ただ、ロシア発の工作の後押しを受ける極右勢力の勢いは増しています」、「本来、保守的な右派であればイタリアのメローニ首相のように侵略者ロシアに厳しい立場で臨むのが筋ですが、これらの3党はそろってロシアに融和的な姿勢を鮮明にしています。このように一見矛盾した現象が生じているのは、偶然ではありません。ロシアや中国と西側諸国では、情報工作の必死度合いが異なります。東西冷戦時に共産圏の大国だったロシアや中国は、伝統的に情報工作に力を入れてきました。最近では西側の民主主義体制の信頼性をおとしめる工作を国家的な重要課題とみなし、多くの資源を投入してきました。サイバー工作要員はいずれも万単位の規模とされています。手口も年々、洗練され、AIを活用した例も報告されています。公平で民主的な統治を求める意見が自国内で広がれば、腐敗がまん延する自らの政治体制を揺るがし、保身が危うくなるためです」といった指摘は参考になります。
- Xで誤解を招きやすい投稿に対し、ボランティアの利用者らが注釈を加えて注意喚起する「コミュニティノート」で、投稿を拡散させるリポスト(転載)が46%、賛同する「いいね」が44%減るとの研究結果を、米ワシントン大などのチームが発表、「誤情報への対策として効果的だ」と評価しています。プロのファクトチェックは費用がかかり、迅速性や対応範囲も限られるのに対しコミュニティノートは利用者が付加を提案し、他の利用者たちも支持すれば公開されるという一般の人々の集合知を利用した仕組みです。ノートが付くと、その後48時間の転載や「いいね」が4割以上減り、投稿者と直接つながっていない利用者にも情報が拡散されていく「転載の連鎖」も抑えられたほか、返信が22%、閲覧は14%減ったといい、ノートの効果が大きいのは投稿から早いうちに付けた場合や、注目を集める投稿に付けた場合で、特に画像や動画が付いた投稿の注目度を大きく下げたといいます。なお、ノートは2~3文で、平易な言葉を使ったものが効果的だということです。
- 東京都は、SNSなどに出回る都の政策に関する誤・偽情報に対処するとして、専用ハッシュタグ「#TOKYO_CORRECT」を付けた情報発信をXで始めています。正確な情報を迅速に伝えることで、都民に不安が広がるのを防ぐ狙いがあるといいます。都によると、都の外国人施策や財政状況を巡り、SNSでは一部で事実に基づかない情報が出回っているといいます。都は2025年8月19日以降、公式アカウントでこのタグを付けて都の見解を9件投稿、エジプト移民を巡る書き込みに関しては「移民の受け入れ促進や特別な査証を発給することは想定していません」と投稿、詳しく説明する都のホームページのURLも紹介しています。このほか、「財政調整基金を全額使ってしまった」「水道事業を外資系企業に売り渡した」といった情報も否定しています。今後は、誤・偽情報が出回りそうなテーマについても、事前にタグを用いた発信を検討するとしています。
- 国際協力機構(JICA)は、国内4市とアフリカの人材交流を進める「ホームタウン」事業を撤回すると発表しました。視察や研修を通じた国際交流を後押しする事業でしたが、「移民が増えて治安が悪化する」などの誤情報がSNSで拡散して4市に苦情が殺到し、継続を断念したもので、誤情報の拡散が国際交流に波及する異例の事態となりました。ホームタウン事業では移民の受け入れや特別ビザの発給を行う予定はありませんでしたが、ナイジェリア政府は特別ビザが発給されるとの誤った内容を発表し、アフリカの現地紙も「日本が長井市をタンザニアにささげる」と誤って報道、日本側の申し入れで訂正されましたが、SNSでは、「ホームタウン計画の未来か」とコメントを付けた外国人の犯罪現場とみられる動画や、「外国人の社会保障の負担を背負わされる」などの誤情報が拡散し、4市には苦情の電話やメールが相次ぎました。
- 「北九州市がムスリム(イスラム教徒)対応の給食実施を決めた」との誤情報がSNSで広まり、市への苦情電話やメールが多数寄せられました。この問題の背景について、武内市長は「市民の外国人への不安や戸惑いが拡大した。国の無策のしわ寄せだ」と指摘しています。武内市長は市民感情を理解するとした上で、「自民党総裁選でも国民の不満や不安を正面から受け止めた議論が十分に深まっていない。いかに外国人と共生をしていくのか明確な国家像を示して国民の不安を払拭してほしい」と注文を付けています。市教委ではアレルギーや障害、宗教上などあらゆる理由で全ての給食を食べられない子どもが、一人でも多く友達と給食を楽しめる「みんなで食べられる給食」を目指しており、武内市長は「市長として市民全てが共に生きる健やかな共生社会を作っていく道を大切にしたい。外国人を殊更に優遇するということではない」と述べています。
- 福岡県朝倉市のマンション建設計画を巡り、SNS上で誤情報が広がっているとして、福岡県が「建設を許可した事実はない」と説明する異例の記者会見を開きました。ネット上では「2万人の中国人が移住」などのデマ情報が広がり、県や市に抗議が殺到する事態となっているといいます。市によれば、建設が計画されているのは、同市柿原にあるゴルフ場に隣接する土地で、事業者が2024年5月、地域住民向けの説明会を開き、約1万8千平方メートルの敷地に14階建てマンション2棟を建設し、290戸705人が居住することや、将来的に計6棟を見込み、入居者の国籍は中国人が40%、香港・台湾が40%、日本・韓国が20%などと説明、事業者の代表者は中国系とみられるといい、説明会には市も同席、2024年7月には、事業者が「開発許可を不要とする証明書」を申請するも、県は証明書を発行しておらず、同9月の現地調査でも、土地の造成やこの土地にある別の建物の解体工事は行われていないことが確認されました。にもかかわらず、ネット上では「県知事が許可した」との誤情報が広がり、オンライン上で建設中止を求める署名活動も行われ、県や市に問い合わせや抗議が多数寄せられ、業務に支障が出ているといいます。
(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産を巡る動向
本コラムでも継続的に取り上げてきましたが、法定通貨に価値を連動させた「ステーブルコイン」への注目が高まっています。トランプ米大統領がGENIUS法を成立させ普及を後押ししており、新たな決済手段として定着する可能性があります。一方で、通貨としての要件を満たしていないとの指摘もあり、利便性や利益拡大の反作用でもあるリスクに注意していく必要があります。ステーブルコインは、送金にかかる時間が短く、手数料も安いうえ、代表的な暗号資産である「ビットコイン」などに比べて値動きが安定している点が最大の特徴で、特に銀行を使うと数日かかる国際送金や、暗号資産取引での利用が拡大、テザーを含む主要5銘柄の時価総額合計は約2700億ドルとなっています。GENIUS法はステーブルコインの発行を許可制とし、価値を裏付ける準備資産(ドルや米国債など)を発行額と同額保有することを義務づけたほか、定期的な資産公開も求めています。米国がステーブルコインの普及を促す背景には、米国債の安定消化や基軸通貨ドルの維持・強化につながるとの期待があります。トランプ政権の看板政策を盛り込んだ大型減税・歳出法は財政赤字を拡大させ、国債発行の増加を通じて金利上昇圧力となり、景気の重しになる恐れがありますが、ドルや米国債を裏付けとするステーブルコインが普及すれば、ドルや米国債の需要を押し上げる可能性が高いと考えられます。トランプ大統領は「米国債の需要を増やし、金利を下げ、ドルの基軸通貨としての地位を安定させる」と語っていますが、トランプ大統領は関連業界から多額の政治献金を受けており、利益相反の指摘もあります。ステーブルコインが新たな決済手段になるとの見方から、米決済大手ペイパルは2023年8月、独自のステーブルコインを発行、クレジットカード手数料などのコストを削減できるとの期待から米小売り大手ウォルマートなどでも導入に向けた検討が進んでいる一方、収益源が細る懸念がある金融機関にも動きがみられます。米紙WSJは2025年5月、米大手銀行がステーブルコインの共同発行を検討していると報じ、守り一辺倒ではなく、自ら参入して顧客の囲い込みと新たな収益機会の確保を図る動きが明らかになりました。なお、米国で法定通貨に価値が連動するステーブルコインへの「利息」を巡り、米銀と暗号資産交換企業との間で論争が起きているといいます。交換所が銀行の預金金利を上回る報酬を示す中、預金流出を恐れる銀行側は「法の抜け穴」と批判し、実質的な利息を全面禁止するよう求めているものです。銀行側が懸念するのは預金流出だで、最大6.6兆ドルもの預金流出につながる恐れがあると主張、預金減に伴う融資減少や金利上昇のリスクがあると警告しています。
本コラムでも取り上げましたが、国際決済銀行(BIS)は2025年6月の報告書で、ステーブルコインは1コイン=1ドルでの等価交換が保証されていない点や、マネロン対策の不備などを挙げ、「通貨制度の基盤として十分な実績を示せていない」と評価し、当面は補助的な役割にとどまるとの慎重な見方を示しています。報告書はインフレや財政不安によって通貨の信用が揺らぐ国ほどドル建てステーブルコインの利用が広がりやすい点も指摘し、その結果として「目に見えないドル化」を招くと警告、さらに、民間企業が発行するステーブルコインの供給量は中央銀行が直接コントロールできないため、自国通貨の利用が減れば、金融政策の効果も弱まる恐れもあります。また、銀行預金が預金保険制度で保護されるのとは異なり、ステーブルコインには十分な保護の仕組みがないことも懸念材料となります。BISによれば、ステーブルコイン発行企業は世界で3番目の米短期国債の買い手であり、国債市場における存在感は大きく、米国債を裏付け資産としたステーブルコインで信用不安が生じれば、利用者が一斉に換金に走り、米国債が大量に売却されるリスクがあります。国債価格が急落した場合、多額の国債を保有する銀行の財務にも悪影響が及び、トランプ政権の狙いとは逆に、ドル覇権を揺るがす可能性も考えられるところです。
各国・地域におけるCBDC(中央銀行デジタル通貨)ステーブルコインを巡る動向について、いくつか取り上げます。共通するのが米ドル覇権への危機意識です。世界で流通するステーブルコインの大半はドル連動が占めており、自国通貨の埋没を避けるために、ステーブルコインの環境整備が欠かせないというのは、世界の認識になりつつあります。
- 欧州中央銀行(ECB)のチポローネ専務理事は、ECBが発行するデジタル通貨「デジタルユーロ」導入の現実的なタイミングが2029年になるとの見方を示しています。同氏によれば、欧州議会や欧州理事会、欧州委員会が2026年5月までにそれぞれの立場を表明し、その後これらの機関が共同で立法作業を始める見通しで、この準備が整った後、ECBがデジタルユーロを発行するのに2年半から3年の期間が必要になるといいます。また、ECBは、ECBが検討するデジタル通貨「デジタルユーロ」によって何が実現可能かを検証するため、226年に新たな実証実験を行うと発表しています。ECBは2025年に実施した民間セクターとの実験で、デジタルユーロが公共交通機関での自動決済や、特定の払い戻しを容易にするなどの可能性が示されたと説明しています。
- EU財務相は、現在主流となっている米国のビザやマスターカードに代わるデジタルユーロの導入に向けたロードマップで合意しています。ECBのラガルド総裁、欧州委員会のドムブロフスキス上級副委員長(通商政策担当)とで次のステップについて合意、これによりEU財務相はデジタル通貨の発行や各居住者が保有できる数について発言権を持つことになります。これは銀行預金の取り付け騒ぎに対する懸念を和らげる上で極めて重要になるとみられています。
- オランダの金融大手INGやイタリアの大手銀ウニクレディトら欧州に拠点を置く民間銀行9行は、通貨ユーロを裏付けとした暗号資産「ステーブルコイン」の発行に向けて新会社を立ち上げると発表しています。米国が先行する金融機関のステーブルコインの領域に欧州勢も取り組み存在感を高める狙いがあります。ユーロを裏付けにしたステーブルコインの新会社は拠点をオランダに置き、オランダ金融当局の管理下に入り、近くCEOを任命、新会社で手掛けるステーブルコインは2026年後半に発行を目指すほか、9行以外の銀行の参画も歓迎するとしています。米国ではトランプ政権下でCBDCを禁止し、ドルに連動するステーブルコインの普及を促進しています。JPモルガン・チェースやシティグループといった大手もステーブルコインには前向きな姿勢を示しており、欧州ではECBがCBDCの開発に積極的で2029年ごろの発行を目指している一方でステーブルコインをめぐってはこれまで欧州域内での金融大手による取り組みは限定的でした。
- EUの専門機関、欧州システミックリスク理事会は2日、EU内外の企業が共同発行するステーブルコインについて、セーフガード導入が急務と勧告しています。破綻すれば償還要求が急増し、準備金の流動性が逼迫すると懸念するECBと足並みをそろえています。EUは暗号資産に関し世界で最も厳格な規制を敷いていますが、規制が緩い域外の発行体が金融リスクをもたらしかねないとの懸念があります。欧州システミックリスク理事会は声明で「(EU企業と非EUの企業が共同でステーブルコインを発行する)マルチ発行体スキームには、緊急の政策対応が必要な脆弱性が組み込まれている」などと指摘、EUの規則では、ステーブルコインは準備金で完全に裏付けされている必要がありますが、欧州システミックリスク理事会のトップを務めるラガルドECB総裁は、域外の発行体にも同じ基準を課すべきと主張しています。
- イタリア銀行(中央銀行)のキアラ・スコッティ副総裁は、国際決済に関する中央銀行会議で講演し、EUが利用者保護のために、国境を越えて同一のステーブルコインが発行される場合の規則を明確化し統一基準を設けるべきだと述べています。EU欧州委員会とECBはステーブルコインを巡って意見が対立、欧州委は認可を受けたEU域内の企業の発行したEMTが同一企業のEU域外の子会社のEMTと、いわゆる「多国発行モデル」の下で交換できるとEUが認めるかどうかを明確にするよう求められています。欧州委はEU規則で交換可能だと解釈できると考えていますが、ECBは金融安定上のリスクを警告しています。
- イングランド銀行(英中央銀行)のベイリー総裁は、英紙FTに寄稿し、ステーブルコインが英国で決済手段として広く使われるには、預金者保護制度や英中銀の準備制度へのアクセスなど、標準的な銀行のように規制される必要があると指摘しています。ベイリー氏は、長年暗号資産に懐疑的な立場を取っており、「原則の問題として、ステーブルコインに反対するのは間違っている」としたものの、暗号資産取引への参加や撤退の手段という現在の主要な使用では、貨幣のような標準的な決済手段にはならないと述べています。今後数カ月内に英中銀がステーブルコインに関する諮問書を発表と確認し、「その際、英で広く利用されるステーブルコインは、貨幣としての地位を強化するため英中銀の口座にアクセスすべきと提言する予定だ」といいます。
- カナダ銀行は、「ステーブルコインに対する連邦規制を導入するメリットを検討すべきだ」とした幹部の発言を公開しています。市場が膨らむ中で、出遅れへの危機感が背景にあります。送金・決済サービスが「他国と比べて遅れている」と指摘、金融イノベーションへの消極姿勢を批判した上で、より速く、安く送金・決済する手段としてステーブルコインの有効性を強調しています。韓国でも李在明大統領率いる新政権が、ウォンに連動するステーブルコインの発行に意欲を示しています。香港では2025年8月にステーブルコインの免許制度が始まりました。
- 2025年9月、カザフスタンで世界初のオフショア人民元連動型ステーブルコインがローンチされ、中国政府が支援するブロックチェーン(分散型台帳)ネットワークの幹部は国境を越えた貿易にブロックチェーン技術を活用するという中国政府の計画の一環だと述べています。ステーブルコインは低コストで効率的な国境を越えた決済ツールとして、また伝統的な金融とデジタル資産をつなぐ架け橋として注目されています。ローンチに関わったConfluxは、ステーブルコインは人民元の国際化を後押しし、米国の制裁リスクを減らすと指摘しています。オフショア元にペッグされた暗号資産「AxCNH」は、中央アジア最大の経済規模を持つカザフスタンでライセンスを取得した後、香港を拠点とするフィンテック企業AnchorXによって同9月17日に発行されました。上海を拠点とするConfluxのCTOは、理論的にオフショア元ステーブルコインの発行に中国中央銀行の承認は必要なく、国境を越えた貿易の潤滑油として使われるのであれば中国政府はそのような動きを支持するだろうと指摘、「大国として、中国は潜在的に有望な技術を見逃すことはできず、ブロックチェーンを含むあらゆる方向に投資していくだろう」と述べています。
- 世界最大のステーブルコイン発行体、テザーのパオロ・アルドイノCEOは、米居住者向けに設計されたステーブルコイン「USAT」を2025年内に導入する計画を発表しています。エルサルバドルを拠点とするテザーは、トランプ大統領の暗号資産推進政策の恩恵を受けており、米国で存在感を高めようとしており、暗号資産データ企業コインゲッコーによると、ドルを裏付けとするテザーのステーブルコイン「USDT」は時価総額が1690億ドルを超えています。アルドイノCEOは、GENIUS法をUSDTが順守する計画に変わりはないと説明、「われわれは、テザーが米国経済に大きく関与する意向であることを人々に知ってほしい」と訴えています。
- 日本円に価値が連動するステーブルコイン「JPYC」の発行が始まるのを前に、決済事業者らがJPYCを活用したサービスの開発を行っています。日常の決済の領域で利便性の高いサービスが登場すれば、ステーブルコインの普及の後押しになります。JPYCは、フィンテック企業のJPYCが発行する予定の円建てのステーブルコインで、2025年8月に資金移動業に登録し、発行が可能になりました。資金決済法に基づくステーブルコインの発行は国内初の事例となります。一方、すでに日本では決済インフラは充実しており、ステーブルコイン決済の需要は現時点では小さく、日常で現金やQRコードなどで支払いを済ませている人が、あえてステーブルコインを用意して決済に使う理由は乏しいといえます。ただ、ブロックチェーン上に暗号資産などのデジタル資産を持つ投資家にとっては一定の需要があり、ステーブルコインでの支払いができれば法定通貨を使う必要がなく、チェーン上で決済が完結して利便性が高まることになります。日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)によれば、暗号資産の国内口座数は2025年7月末時点で1274万、ここ3年で倍増しており、日本でも暗号資産投資の裾野が広がっている状況にあります。ステーブルコインは暗号資産を売買するための決済通貨としての利用や、チェーン上で自動取引を提供する分散型金融の「DeFi」で使われるケースが多く、デジタル資産への投資が活発化して日本でもステーブルコインを保有する人が増えれば、JPYCを活用した決済サービスの利用者も増えていく可能性があります。
SBIHDは、子会社で暗号資産のマイニング(採掘)事業を手掛けるSBI Cryptoから暗号資産が不正流出したと発表しています。ハッキングを受け、同社のウォレット(電子財布)で管理している暗号資産が流出、金額は約2100万ドル(30億円)規模とみられています。流出したのは、SBI Cryptoが自己資産として所有する暗号資産で、同社はビットコインなどの暗号資産を採掘して報酬を得る事業を手掛けており、採掘で得られた暗号資産を管理するウォレットから流出したといいます。SBIは原因や具体的な流出額の調査を進めています。情報サイトのコインデスクによると、2025年9月下旬にビットコインやイーサリアムなど複数の銘柄が不正流出し、流出先でマネロンを目的とするサービスに送金された形跡があるといい、北朝鮮のハッキング集団による犯行の可能性があるといいます。SBI Cryptoは海外で事業展開しており、SBIグループで国内暗号資産交換業者のSBI VC トレードとビットポイントジャパンの2社とは暗号資産の管理主体が異なり、SBIHDは「両社での被害は一切確認されておらず、顧客への影響はない」としています。
その他、暗号資産を巡る動向から、いくつか紹介します。
- フランスの証券市場監督機関、フランス金融監督庁(AMF)のマリーアンヌ・バルバラヤニ長官は、他のEU加盟国で認可された暗号資産企業であっても、フランスでは事業展開を阻止する可能性があると警告しています。EUは2025年に施行した暗号資産市場規制法(MiCA)で、暗号資産企業がEU加盟国から個別に認可を取得でき、これを「パスポート(旅券)」としてEU加盟27カ国全域で事業展開できると定めました。MiCAに対しては適用方法を巡って各国規制当局の不一致が既に浮き彫りになっており、一部であまりにも迅速に認可されているとか、越境企業への監督が十分なのかどうかという疑問が生じています。AMFとイタリア証券取引委員会(CONSOB)、オーストリア金融市場庁(FMA)の3当局は、主要な暗号資産企業の監督権限をパリの欧州証券市場監督機構(ESMA)へ移譲するように求めており、「規制適用開始から数カ月で、各国当局による暗号資産市場の監督方法に大きな差異があることが明らかになった」とコメント、EUレベルで直接監督することがより効果的な投資家保護につながると主張しています。
- 資産運用会社が暗号資産に連動する上場投資信託(ETF)を次々に立ち上げています。デジタル資産を巡る投資熱が高まる一方で、商品化に関する上場基準の規制が緩和されたために活気付いているものです。より伝統的な暗号資産であるビットコインやイーサリアムに関連するETFは2024年に、発行者や取引所に対してより厳しい基準を設けた従来の規制に従って立ち上げられました。米国はビットコインかイーサリアム、あるいはその両方の保有するETFが21本あり、SECは現在その他の暗号資産に関連する新しい商品も多数申請を受けています。アナリストたちは新規制の下で最初に承認される商品が暗号資産のソラナやXRPに連動するETFになると予想し、2025年10月初旬に市場に出てくるとみています。
- 暗号資産の「マイニング(採掘)」企業が、ブラジルの電力供給会社との契約交渉を活発化させているといいます(2025年10月1日付ロイター)。マイニング企業が、電力使用ピーク時の電力網への負担を避けて余剰電力の有効活用で利益を得ようと模索する中、再生可能エネルギーによる発電が過剰なブラジルに注目が集まっているものです。マイニング企業6社の関係者によれば、世界大手テザーが2025年7月にブラジルへの投資を発表したのを皮切りに、少なくとも6件の交渉が進行中で、最大400メガワット規模の大型案件も含まれるといいます。ビットコインなどの暗号資産の取引を検証し、ブロックチェーンに記録する作業で報酬を得るマイニングは、多くの国で電力網への負担となっています。一方、ブラジルではマイニングがあまり行われておらず、再エネによる発電過剰問題解決の一助となる可能性があります。同国の風力と太陽光の業界団体によると、電力企業の余剰電力関連損失は過去2年間で約10億ドルに上るといいます。マイニング企業は、使用可能な電力に基づいて事業の規模を迅速に拡大・縮小できるため、電力会社にとっても電力網に負担をかけずに余剰電力を柔軟に利用する優良顧客となります。ブラジルではここ数年、政府による再エネへの投資推奨で余剰電力が急増、一部の発電所では電力の7割の電力が廃棄されているといい、報道でカザフスタンのマイニング業者は「膨大な可能性がある」と期待感を示しています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
日本初となるカジノを含む統合型リゾート(IR)は将来の関西経済のけん引役として期待を集めており、2030年秋の開業を目指して、万博会場でもある大阪湾の人工島、夢洲で工事が進んでいます。ただカジノの誘客やMICE(国際会議や展示会)招致では厳しい国際競争を勝ち抜く必要があり、宿泊・飲食関連を含めて地域全体で受け入れ体制を整備する必要がありますが、少し気になるデータが公表されました。アジア太平洋研究所が発刊した2025年版「関西経済白書」で、関西の長期的な労働需給についてIRが開業する2030年に宿泊・飲食関連に必要な人材が33万人足りなくなると試算、人手不足が一段と深刻化し成長の足かせとなる可能性がある中、外国人活用や生産性向上の重要さを指摘しています。今回、「宿泊・飲食サービス」「建設」「医療・福祉」の3業種で労働需給を推計、2030年には宿泊・飲食サービス関連の人材で96万3000人の需要があるのに対し、供給は62万9000人にとどまり、需給ギャップでは33万3000人のマイナスとなるといいます(2024年の需給ギャップは約9万人のマイナスで、直近でも人材確保は難しい状況)。なお、大阪ではIR建設だけでなく、梅田を中心とする「キタ」、難波がある「ミナミ」などでの大型再開発が予定されており、都市の成長にも影響を与える可能性があるといいます。
北海道内でIR誘致に向けた機運が高まっています。道も2025年8月、全市町村にIRの関心を聞く調査を実施、IR整備に関わる道の「基本的な考え方」の改定に向けた骨子について、2025年11月に開会予定の定例道議会で示す意向を明らかにしています。鈴木知事は「IRの経済効果の明確化、施設の機能や規模のあり方、ギャンブル依存症といった論点を整理する」と述べていますが、優先候補地を明記するかは明言していません。同知事は「IRは民間投資、観光消費の拡大など北海道の発展に寄与する可能性が期待されるプロジェクトだ」と述べるとともに、「ギャンブル依存症などの対策、環境への配慮といった課題がある」とも指摘、IR誘致に前のめりな論調に釘を刺しています。政府は最大3カ所でIR設置を認定する計画で、すでに大阪が決まっています。次の候補地を選ぶ際は、都道府県から区域整備計画の認定申請を受け付ける期間を新しく定める必要があり、政令改正が求められ、政令改正後に各自治体が実施方針をまとめ、事業者を選ぶ流れとなります。なお、政府は、IRの整備地域の追加選定に向け、2025年10月内にも全都道府県と政令指定都市を対象に意向調査する方向で検討に入ったと報じられています。選定を希望する自治体があれば、申請を再び受け付ける方針といいます。北海道では苫小牧市と函館市が自市内での誘致に関心を示している一方、全体でみると、誘致に関心のない自治体が過半を占めており、施設建設に伴う自然環境への影響や、ギャンブル依存症の増加を懸念する声は根強くあります。
マカオ政府がまとめた2025年9月のカジノ収入は2024年同月比6%増の182億パタカ(約3300億円)で、8カ月連続で前年同月を上回りました。主要顧客である中国本土客の需要回復が続いているといいます。中国は不動産不況の影響でデフレ傾向が強まり、日常の消費を切り詰める動きが広がる一方でコト(体験)消費の意欲は旺盛で、マカオはカジノを目当てに訪れる本土客でにぎわっているようです。中国は賭博を禁じていますが、特別行政区のマカオは例外としてカジノ運営を認めています。2020年には厳しい新型コロナウイルス対策で苦境に陥り、足元では回復の途上にあり、カジノ収入はコロナ前の2019年1~9月を2割近く下回っています。中国の習指導部はカジノを通じた資本流出やマネロンへの警戒を強めており、当局の監視を嫌う富裕層の需要が以前より細っているとされ、準富裕層の開拓やカジノ以外の娯楽への多角化が課題になっています。
一方、新型コロナ禍の苦境を脱した米国有数の観光地ラスベガスが、トランプ米政権下で再び低迷しているとの報道もありました(2025年9月29日付読売新聞)。2025年8月末に発表された7月の旅行者数は、2024年同月比で12%減少、トランプ政権の関税・国境政策や、オンラインカジノ流行の影響が指摘されています。カナダ紙「グローブ・アンド・メール」によれば、トランプ政権の関税政策や国境管理の厳格化を理由に、米国旅行を取りやめる人が増えているほか、旅行者は物価高騰にも苦しんでいます。一方、オンラインカジノの流行もカジノの街に打撃を与えています。米国ゲーミング協会によると、2024年の全米のギャンブル収益は720億4000万ドル(約10兆8000億円)で2023年比7.5%増となりました。このうちオンラインカジノは28.7%増と急成長する一方、従来型カジノは1%増にとどまっています。ネバダ州など全米各地の司法長官は2025年8月上旬、海外の違法オンラインカジノへの対応を強化するよう求める書簡を連名で米司法省に提出、書簡では、違法オンラインカジノによる米各州の税収損失は年計40億ドル以上に達するとの推計を引用し、「州の税収と経済的利益を奪う」などと訴えています。
オンラインカジノの規制を強化する改正ギャンブル依存症対策基本法が2025年9月25日から施行されています。警察当局はこれまでも賭博罪で取り締まりをしてきましたが、改正法ではインターネットやSNSを通じて利用を誘導する発信を禁止し、違法性の周知徹底も行うものです。オンラインカジノは海外で合法的に運営されている場合がありますが、日本では利用者が国内からアクセスして金を賭けた場合、賭博罪に抵触します。これまでに芸能人やプロ野球選手らが相次いで摘発されましたが、「グレーだと思っていた」と供述するなど、違法性の認識の薄さが際立っており、今回の法改正は、オンラインカジノサイトに「アクセスさせない」ことに主眼を置いたものとなっています。背景には、国が初めて行った本格的な実態調査で、アクセスした人が高確率で賭博をしている現状が明らかになったことがあります。本コラムでもたびたび取り上げていますが、警察庁が2025年3月に発表した調査結果では、オンラインカジノの利用経験者は推計で約337万人にのぼりました。さらに、オンラインカジノサイトにアクセスしたことがある人のうち、金を実際に賭けたことがある人は約75%に上り、大半が違法賭博をしている実態が浮かび上がりました。また、利用の有無に限らず、違法性を認識していなかった人は約4割に上り、理由(複数回答)では、「SNS・動画サイトなどで見たから」と回答した人が10代では11.4%、20代では12.9%に上るなど若年層で顕著となり、オンラインカジノサイトに誘導する投稿への対策の必要性が示唆されました。改正法では、オンラインカジノについて紹介するインターネットの「リーチサイト」や、SNSでの情報発信に加え(「おすすめサイト10選」などと紹介するサイトを作ったり、サイトのリンクを貼って「登録はこちら」などとSNSで宣伝したりする行為を規制)、オンラインカジノサイトの開設・運営を禁止、罰則規定はないが、行政機関が違法性を周知徹底することも盛り込まれました。施行に伴い、警察庁と総務省はそれぞれ所管する指針を改定、オンラインカジノに誘因する情報発信を「違法情報」だと規定し、SNS事業者やサイト管理者らに削除要請を行うこととなりました。
▼総務省デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会(第8回)・デジタル広告ワーキンググループ(第13回)・デジタル空間における情報流通に係る制度ワーキンググループ(第13回)合同会合 配付資料
▼資料8-6 違法情報ガイドラインの改定について
- 「違法情報ガイドライン」の改定について(オンラインカジノ)
【ギャンブル等依存症対策基本法改正】(6/25公布、9/25施行)
- 背景(警察庁調査)
- オンラインカジノの利用:経験者(推計)約9万人、58.8%が20代、30代の若年層
- 国内における年間賭額の推計:約1兆2,423億円
- 日本語で利用可能な40サイトのうち、いずれも海外のライセンスを取得等
- 改正ポイント
- 国内の不特定の者に対する以下の行為を禁止(第9条の2)
- オンラインカジノサイト・アプリの開設運営(第1項第1号)
- リーチサイトやSNS等でのオンラインカジノに誘導する情報の発信行為(同項第2号)
※総務省は、SNS等の対象事業者への周知・説明の観点から、ギャンブル室・警察庁とともに第9条の2を共管
- オンラインカジノでギャンブルを行うことが禁止されている旨の周知徹底(第14条)
- 国内の不特定の者に対する以下の行為を禁止(第9条の2)
- 見込まれる効果
- オンラインカジノサイトの開設運営行為や、リーチサイト・SNS等での発信行為の減少
- オンラインカジノに誘導する情報について、事業者による削除等の適切な対応の促進
- インターネット・ホットラインセンターからプロバイダやサイト管理者等への削除依頼等の促進
- オンラインカジノサイトのライセンスを発行した外国政府への働き掛けの後押し
- 総務省の対応
- ガイドライン改定
- 事業者の適切な対応促進のため、「違法情報ガイドライン」を改定(9/25 改定・公表予定)(※インターネット・ホットラインセンターのホットライン運用ガイドラインにも同様の文言を追記され、同日付で改定・公表予定)
- 改正法第9条の2第1項第2号に規定する情報(オンラインカジノサイトに誘導する情報等)をインターネット上で発信する行為が違法である旨をガイドライン上で明確化。
- 事業者に対する要請
- 業界団体を通じて、プラットフォーム事業者等に対し、ガイドラインの改定を踏まえた対応を要請。
- ガイドライン改定
- 違法情報ガイドライン改定案
2―1―8 違法オンラインギャンブル等関係
- インターネットを利用して国内にある不特定の者に対し違法オンラインギャンブル等に誘導する情報を発信する行為(ギャンブル等
- 依存症対策基本法(平成30年法律第74号)第9条の2第1項第2号)
- 次の(1)及び(2)を満たす場合には、インターネットを利用して国内にある不特定の者に対し違法オンラインギャンブル等に誘導する情報
を発信する行為に該当する情報と判断することができる。
- 違法オンラインギャンブル等に誘導する情報であると認められる場合
- 下記のいずれかに該当する場合
- 違法オンラインギャンブル等ウェブサイトのURL等又は違法オンラインギャンブル等プログラムをダウンロードできるURL等が掲載されている場合
- 実在する違法オンラインギャンブル等ウェブサイト又は違法オンラインギャンブル等プログラムの名称と、以下の例のような利用を促す又は利用が可能であることを示す表現(画像等を含む。)が一体として記載されている場合
- 例えば、「賭けよう」、「プレイしよう」、「始めませんか」、「登録はこちらから」、「今なら無料」、「『○○(サイト名)』で検索」、「カジノができます」、「『〇〇(スポーツ等)』に賭けられる」、「利用可能」、「日本語対応」、「おすすめ」、「ランキング○位」、「最新オンラインカジノ」、「入金不要ボーナス」、「初回入金ボーナス」、「プレイ体験」など
- 違法オンラインギャンブル等の無料版ウェブサイトで、違法オンラインギャンブル等ウェブサイトのURL等が掲載されるなど、違法オンラインギャンブル等ウェブサイトへの誘導がある場合
- 上記3項目の記載等がなされているウェブサイト等のURL等が掲載されるなど、当該ウェブサイト等への誘導がある場合
- なお、違法オンラインギャンブル等を行うことが禁止されている旨の周知徹底を図るために情報を発信する場合等、違法オンラインギャンブル等に誘導する意思がないと認められる場合は、これに該当しない。
- ただし、「オンラインカジノは違法であり、この投稿は利用を勧めるものではない」等と記載されている場合であっても、当該投稿や前後の投稿内容その他関連する情報(アカウント名等)と照らし合わせることによって、違法オンラインギャンブル等に誘導する情報であると認められるときは、これに該当する。
- 下記のいずれかに該当する場合
- 国内にある不特定の者に対して誘導する情報を発信していると認められる場合
- 不特定の者が当該ウェブサイトを閲覧できる状態となっている場合かつ
- 日本語で記載されている場合、日本語が用いられていなくとも国内にある不特定の者が理解可能な態様で記載されている場合等、日本国内にある者を対象としていると判断できる場合
- なお、誘導する情報そのものから、国内にある不特定の者に対して誘導する情報であると直接的に判断できない場合であっても、誘導の対象となっている違法オンラインギャンブル等ウェブサイト又は違法オンラインギャンブル等プログラムが、国内にある不特定の者に対し違法オンラインギャンブル等ウェブサイト又は違法オンラインギャンブル等プログラムを提示する行為に該当する情報と認められる場合には、「日本国内にある不特定の者に対して誘導する情報を発信している」と認められる
改正法についての議論がされるなか、日本からのアクセスを自主的に制限する動きも出てきています。警察庁が2024年7月~2025年1月に実態を調査したところ、日本語の説明文のある40のオンラインカジノのサイトが確認され、うち95%は日本からの利用禁止を明示しておらず、日本政府が同5月以降、サイトのライセンスを出しているオランダ、中米コスタリカ、カナダなど7か国の政府などに、日本からの利用を禁止するよう要請してきました。40サイトのうち、調査後から施行までの間に8サイトは日本からの利用ができなくなり、2サイトは国内からの新規登録が停止されました。40サイトとは別に、アプリストアで5つのアプリが国内で配信されなくなったといいます。
警察が特に力を入れているのは運営側の摘発で、2024年のアフィリエイターら運営側の摘発は、2023年の12倍の85人、2025年8月には岐阜県警が紹介サイトの運営者2人を常習賭博幇助の容疑で逮捕、紹介サイトに絡む摘発は全国で初めてとなりました。2人が運営する「オンカジ必勝.com」では、オランダ領キュラソー島のオンカジサイト「Stake」を紹介し、賭博を手助けしていた疑いが持たれています。「必勝」と称して集めた客は約4年間で約670人、約700億円もの金を賭けさせた見返りに、カジノ側から多額の報酬を得ていたとされます。被告らは2021年頃にカジノ側と「アフィリエイト契約」を結び、サイトでステークカジノでの遊び方や「必勝法」を紹介。客をカジノに誘導することで報酬を得ていたとされ。、さらに、若者に利用が広がるSNSの「ディスコード」を使い「オンカジ必勝倶楽部」というグループチャットを開設、入会金は1万円で、より具体的な勝ち方を指南するとうたい、最大で約300人を集めていたといいます。県警は被告らが紹介した約670人が、スロットやトランプの「ブラックジャック」などの賭け金として、計約700億円相当の「ビットコイン」などの暗号資産をカジノ側に送ったとみています。警察当局が注目しているのが、被告らがカジノ客を集めて囲い込んでいた手口で、動画配信者らが摘発された過去の賭博ほう助事件では、客がカジノで負けた額に応じて、紹介者の報酬が決まるケースが多かったところ、被告らは紹介した客の賭け額に応じてカジノ側から報酬を得る「ベットシェア」という契約を結んでいたといいます。
総務省は、違法なオンラインカジノ利用の抑止策を検討する有識者会議の第7回会合を開きました。カジノサイトへの接続を強制的に遮断する「ブロッキング」の実施の是非が焦点になっており、今後、ブロッキングなどの対策でどの程度の利用低減効果が見込めるかなどを検証する方針を確認しています。年明けに実施の是非について方向性を示すとしています。有識者会議は中間論点整理で、〈1〉必要性や有効性〈2〉導入で得られる社会的利益の大きさ〈3〉新規立法が必要かどうか〈4〉具体的な制度の内容の4段階でブロッキングの導入に向けた検討作業を進める方針を示しています。2025年7~8月に実施した中間論点整理への意見公募では450件を超える意見が寄せられ、ブロッキングについては「直ちに実施すべき」、「実施できるように法整備を進めるべき」との意見が多かったといいます。一方で「実施すべきではない」、「慎重な検討が必要」との意見もありました。また、オンラインカジノの中には、日本の野球やサッカーに賭けられる「スポーツベッティング(賭博)」を提供する海外サイトもあることから、八百長の誘発などスポーツの健全性を脅かすとの懸念が広がっており、ブロッキングの必要性や社会的利益を判断するため、スポーツベッティングの実態についても専門家から意見を聞く方針としています。
総務省オンラインカジノに係るアクセス抑止の在り方に関する検討会(第7回)
▼資料7-3 オンラインカジノに係るアクセス抑止の在り方に関する検討会 中間論点整理(案)
- 現状認識
- 本検討会における「オンラインカジノ」とは、インターネットを利用して行われるバカラ、スロット、ポーカー、スポーツベッティングなど違法な賭博行為をいう。
- 公営競技を含むギャンブルについてギャンブル等依存症の問題がかねてより指摘されてきたところ、警察庁委託調査研究(本年3月公表)によって、ギャンブルの中でも特にオンラインカジノについて、利用が広範であることが浮き彫りとなり、青少年を含む利用者のギャンブル依存や借金等を通じた家族への被害の広がりといった課題の深刻さが明らかとなった。また、運営主体の多くはオンラインカジノが適法である国外にあり、巨大な国富の流出が生じている他、検挙されている決済代行業者等の中には組織犯罪グループが含まれていること等を踏まえると、我が国の経済社会に与える弊害も大きい。加えて、欧州等においてはスポーツベッティング市場の拡大が指摘されており、不正操作やギャンブル等依存症を防止することにより、スポーツの健全性を確保することが課題となっている。
- オンラインカジノ問題の広がりの背景として、著名人を起用した広告等により、オンラインカジノが適法であるかのような誤った情報が広まったこと、スマートフォンの普及等により、SNS等を通じた巧妙な誘導を通じて利用しやすい環境が存在し、特に若年層において、SNS等を通じてオンラインカジノに誘導されやすい状況にあること、利用や決済に対する制限や年齢認証等の対策が講じられておらず、際限なく賭けが行えること等が指摘されている。
- オンラインカジノを巡っては、これまでも、賭客や運営に関与する者の取締り、違法性に関する周知啓発等の対策が講じられてきたところだが、近時の課題の深刻化を踏まえ、さらなる取組の必要性が認識されてきた。具体的には、政府において、「ギャンブル等依存症対策推進基本計画」の改定(本年3月21日)で初めてオンラインカジノへの対策が盛り込まれ、今国会で成立したギャンブル等依存症対策基本法(平成30年法律第74号)の改正法案において、オンラインカジノサイト等の開設運営行為やオンラインカジノに誘導する情報の発信行為が禁止される等、順次対策が講じられている。
- 包括的な対策の必要性
- オンラインカジノへの対策としては、オンラインカジノの利用が違法であり、無料版からの巧妙な誘導を行うサイトが存在するなどオンラインカジノ特有の問題に関する周知啓発、賭博事犯の取締りの強化、オンラインカジノサイトへのアクセス抑止、賭博に係る支払抑止、日本向けのオンラインカジノを提供しないよう措置を講ずるよう外国政府への協力要請、学校教育におけるギャンブル等依存症に関する知識の普及を含めギャンブル等依存症に関する啓発、支援団体・医療機関との連携等の様々な対策があり得るところ、オンラインカジノの広がりを踏まえれば、一の対策に依拠するのではなく、官民の関係者が協力し、実効性のある対策を包括的に講じていくことが重要である。
- 例えば、支払抑止については、カジノにおいて賭けを行う目的でのクレジットカードの利用禁止といった対策が考えられるが、カード会社による決済・取引先の網羅的な確認が困難である等の課題が構成員より指摘されており、引き続き検討が必要である。
- その上で、オンラインカジノは、国内の利用者がインターネットを通じてオンラインカジノサイトを閲覧し、賭けを行うことによってはじめて成立するものであることから、アクセス抑止の取組を進めることが有効な対策となる。
- アクセス抑止の在り方
- オンラインカジノに関する情報の流れを総体として見た場合、(ア)インターネット利用者が、オンラインカジノサイトの閲覧やダウンロード等を行う行為、(イ)電気通信事業者が、インターネット接続サービスを媒介する行為(当該媒介行為を補完し、クラウドや名前解決等のサービスを提供する行為を含む)、(ウ)検索サービス事業者やアプリストア運営事業者が、特定のサイトやアプリを整理・分類して、オンラインカジノサイト等のURLを提供する行為、(エ)SNSの利用者やリーチサイトの運営者が、オンラインカジノの利用を誘導する行為(当該誘導行為を補完し、決済や与信等のサービスを提供する行為を含む)、(オ)オンラインカジノサイトの運営者が、カジノ行為を行う賭博場を開張する行為に大別される。
- (ア)については、利用者は賭けを行った場合には刑法上の賭博罪又は常習賭博罪(以下、併せて「賭博罪」という。)が成立する可能性があるが、サイトを閲覧する行為自体は違法ではない。(イ)については、電気通信事業者は通信の秘密を保護する責務を負う。(ウ)については、検索事業者等は利用規約等に基づいて違法情報の削除等を行う場合があるが、一般的な監視義務はない。(エ)については、SNSの利用者やリーチサイト運営者の誘導行為は刑法犯が成立する場合があるが、刑法犯の成否は個別具体的な事案による。(オ)については、サイト運営者が国内から利用可能な賭博の場の提供を行っている場合には賭博場開張等図利罪等が成立するという見解が有力であるが、その行為のすべてが国外で行われている場合は捜査における情報収集が困難であるとの指摘がある。
- このように、現行法上、オンラインカジノの利用全体にわたり、オンラインカジノに関する情報の流通に関係する行為そのものは必ずしも違法ではない又は違法であるとしても取締りが困難であることが、違法情報の発信や閲覧に対する有効な対策の不足といった課題の一因となってきたと考えられる。
- 今般、「ギャンブル等依存症対策基本法」が改正され、オンラインカジノサイトの開設運営や誘導する情報の発信行為自体が違法化されたことで、違法であることの認識が広まることに加え、アクセス抑止の観点からも一定の効果が期待される。すなわち、特に上記(エ)との関係で、(1)国内のSNS等のサイト運営者が利用規約等に基づく削除等の対応を行いやすくなる。また、特に上記(オ)との関係で、(2)国外のサイト開設者に対して日本からのアクセス制限(ジオブロッキング)等の対応を求めやすくなること等を通じて、オンラインカジノの利用が減少することが期待される。総務省としても、違法情報ガイドラインへの反映等を通じて、適正な利用環境の整備に貢献することが求められるところである。
- 本検討会では、アクセス抑止策の中でもブロッキングが法的・技術的に多角的な検討を要する課題であることを踏まえ、現下の状況における被害の甚大さに鑑み、その法的・技術的課題について丁寧に検討するものである
- ブロッキングに関する法的検討
- 必要性
- オンラインカジノについては、フィルタリング、削除、ジオブロッキング等、他のより権利制限的ではないアクセス抑止策の実効性を検証するとともに、支払抑止等のアクセス抑止策以外の様々な対策についての実効性も併せて検証し、これらの対策を尽くした上でなおブロッキングを実施する合理的必要性があるかどうかを検討すべきである。
- フィルタリングについては、すでにオンラインカジノを含むギャンブルは小学生から高校生までの全年齢向けに制限対象とされており、フィルタリングの提供を義務付けている青少年インターネット環境整備法の存在も相まって、少なくとも青少年向けには一定の取組が行われているといえる。フィルタリングサービスは、本人の同意があれば、青少年以外にも利用可能であることから、例えば依存症患者やその法定代理人、医療従事者等に対して一層の普及促進を図っていくことが考えられる。フィルタリングについては、「ギャンブル等依存症対策推進基本計画」を踏まえ、今後一層の普及促進の取組が期待される。
- 一方、オンラインカジノの広告や誘導を行うSNS事業者や検索事業者による削除等の取組については、一定程度対応が進んでいるものの、いまだ国民が容易にカジノサイトにアクセス可能な状況がある。この点については、上記改正「ギャンブル等依存症対策基本法」で違法行為としての明確化が図られ、IHC(インターネット・ホットラインセンター)の「運用ガイドライン」や総務省「違法情報ガイドライン」に明記されることにより、国内のSNS事業者等による削除が一層進むことが期待されることに加え、国外のサイト運営者等に対しても、ジオブロッキングの要請を行いやすい環境も整うことから、まずはこれらの対策の効果の検証を行うことが適当である。
- なお、オンラインカジノサイトの運営者は、トラフィック負荷の分散やサイバーセキュリティ対策の観点から、CDNサービスへの依存を高めているとの指摘がある。CDN事業者については、違法情報対策の観点から、利用規約等に基づく削除等の取組の強化が期待されているが、ネットワーク構成において実際に果たしている役割は契約毎に区々であること、海賊版対策を巡って訴訟が生じていること等から、まずは実態を把握することが求められる。
- 政府として、当面の間、上記の対策を包括的に進めるとともに、一定の期間を置いた上で、それらの対策を尽くしたとしてもなお違法オンラインカジノに係る情報の流通が著しく減少しない場合には、ブロッキングを排除せず、追加的な対応を講じることが適当である
- 有効性
- ブロッキングについては、技術的な回避策(例えば、VPN等によりDNSサーバを迂回する方法)があると指摘されており、近年では、特定のスマートフォン等の端末におけるプライバシー保護を目的とする機能を利用することにより、誰でも容易に回避することができるようになっているとの指摘がある。児童ポルノサイトのブロッキングが検討された時と比べ、大きな環境変化を踏まえた議論が必要である。
- 一方で、カジュアルユーザーや若年層がギャンブル等依存症になる前の対策が重要であるところ、ブロッキングは、これらの者に対し、オンラインカジノの利用を抑止することが可能であり、ひいてはギャンブル等依存症になることを未然に防止するなど、予防的効果があるとの指摘もある。
- 上記観点も踏まえ、ブロッキング実施国における実施手法や効果を検証しつつ、引き続きブロッキングの有効性に関する検討を深めていくべきである。
- 許容性
- オンラインカジノの利用は、刑法上の賭博行為に該当することから、ブロッキングによって得られる利益を評価するにあたっては、賭博罪の保護法益について検討することが出発点となる。通説・判例によれば、賭博の保護法益は「勤労の美風」という社会的秩序であるとされること(最大判昭和25年11月22日刑集第4巻11号2380頁)から、これのみで通信の秘密の侵害を正当化することは困難である。
- 他方、オンラインカジノについては、賭け額の異常な高騰や深刻な依存症患者の発生など、極めて深刻な弊害が報告されており、ブロッキングによって得られる利益は、必ずしも賭博罪の保護法益(社会的法益)に留まらず、刑法上の議論に尽きるものではないと考えられる。もっとも、オンラインカジノを含むギャンブルの依存症被害における権利侵害の重大性については、これまで十分な検討がなされていなかったところであり、今後、(1)オンラインカジノに限らないギャンブルの依存症被害における権利侵害全般についての検討、及び(2)オンラインカジノ固有の権利侵害についての検討の双方が必要である。その上で初めて通信の秘密との保護法益の比較が可能となるものと考えられる。
- 以上を踏まえ、法益侵害の観点からオンラインカジノの実態を突き詰めた上で、ブロッキングにより得られる利益が失われる利益と均衡するかにつき具体的な検討を深めていくことが必要である。
- 実施根拠
- オンラインカジノサイトのブロッキングを仮に法解釈(緊急避難)で行う場合は、ブロッキングを実施する電気通信事業者において、個々の事案ごとに緊急避難の要件を満たしているかを検討し、事業者自らの判断(誤った場合のリスクは事業者が負担)で実施するかどうかを決めることになる。オンラインカジノサイトについては、無料版やゲーム等との区別が一見して容易ではないことも指摘されているところ、法令によって遮断対象や要件等が明確化されなければ、「ミスブロッキング」や「オーバーブロッキング」のリスクが高まり、法的責任(通信の秘密侵害罪、損害賠償責任)を回避するために遮断すべきサイトのブロッキングを控えることが考えられ、対策の法的安定性を欠くことになる。
- また、上記海賊版における裁判所の判断を踏まえれば、児童ポルノのように閲覧対象となる個人の人権侵害が明確かつ深刻である等の特別の事情がない中で、遮断等に関する判断を事業者の自主性のみに委ね、これを実質的に強制することは適当ではないというべきである。
- これを踏まえると、仮にオンラインカジノサイトのブロッキングを実施する場合には、法解釈に基づく事業者の自主的取組として行うのではなく、何らかの法的担保が必要である。
- 妥当性
- 具体的な制度を検討するに当たっては、上記カジノ規制に関する検討の中で、違法オンラインカジノを排除するための手段としてブロッキングを適切に位置づけた上で、その法的課題については、通信の秘密の制限について厳格な要件を定めた例である「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」(令和7年法律第42号。いわゆるサイバー対処能力強化法)や、フランスをはじめ違法オンラインカジノ規制の一環としてブロッキングを法制化している諸外国の例を参考にしつつ検討を深めていく必要がある。
- こうした観点から、今後、少なくとも、以下の論点について具体的な検討を深めていくことが必要であると考えられる。
- 遮断義務付け主体(遮断対象リストの作成・管理を適切に行う主体(オンラインカジノ規制と密接に関連)など)
- 遮断対象(対象範囲の明確化(国外・国内サイト、国外サイトのうち日本向けに提供するサイト、無料版の扱い等)など)
- 実体要件(補充性(他の対策では実効性がないこと)、実施期間、実施方法など)
- 手続要件(事前の透明化措置として、司法を含む独立機関の関与、遮断対象リストの公表など。事後的な救済手段として、不服申立手続・簡易な権利救済手段の創設、実施状況の報告・事後監査の仕組など)
- その他(実施に伴う費用負担、誤遮断時の責任の所在(補償)など)
- 必要性
- 概括的整理と今後の検討に向けて
- オンラインカジノは、我が国の社会経済活動に深刻な弊害をもたらしており、喫緊の対策が求められている。その際、違法オンラインカジノをギャンブル規制の中でどのように位置づけ、実効的な対策を実現するかという観点から包括的に取り組む必要があり、政府全体で対策の在り方を検討していくべきである。
- オンラインカジノの利用が違法ギャンブルであるという前提に立ち、官民の関係者が協力し、包括的な対策を講じるべき。(包括的な対策の例:決済手段の抑止、違法行為に対する意識啓発・教育、取締り、アクセス抑止等)
- 上記の包括的な対策の中で、アクセス抑止についても、有効な対策の一つとして検討すべき。(アクセス抑止策の例:端末等におけるフィルタリング、サイト運営者等による削除・ジオブロッキング、通信事業者によるブロッキング等)
- アクセス抑止策の一手段であるブロッキングについては、「通信の秘密」や「知る自由・表現の自由」に抵触しうる対策である。そのため、実施の必要性を判断するに当たっては、今後の規制環境や犯罪実態の変化等を踏まえ、他の権利制限的ではない手段が十分に尽くされたといえるか検証するとともに、オンラインカジノ固有の権利侵害の内実を突き詰めた上で、ブロッキングにより得られる利益が失われる利益と均衡しているかを検証していくべきである。その際、ブロッキングは技術的な回避が容易であり、今後一層容易になり得るといった大きな課題がある一方、ギャンブル等依存症等の予防的な効果があるとの指摘も踏まえ、ブロッキングの有効性に関する検討を深めていくべきである。
- それでも被害が減らず、上記のとおり、(1)他の権利制限的ではない手段が十分に尽くされていること、及び対策として有効性があること、(2)ブロッキングにより得られる利益と失われる利益が均衡していることが認められる場合、ブロッキングの実施が可能となる。実施にあたっては、ギャンブル規制における位置づけや法的安定性の観点から、法解釈に基づく事業者の自主的取組として行うのは適当でなく、法的担保が必要である。今後、諸外国法制や他の通信の秘密との関係を整合的に解釈した法制度を参考にしつつ、通信の秘密との関係で問題とならないようにするために、どのような枠組みが適当であるかについて、遮断義務付け主体、遮断対象、実体要件、手続要件等を具体的に検討していくべきである。
- オンラインカジノは、我が国の社会経済活動に深刻な弊害をもたらしており、喫緊の対策が求められている。その際、違法オンラインカジノをギャンブル規制の中でどのように位置づけ、実効的な対策を実現するかという観点から包括的に取り組む必要があり、政府全体で対策の在り方を検討していくべきである。
オンラインカジノの利用を繰り返したとして常習賭博罪に問われたフジテレビ元バラエティ制作部企画担当部長=懲戒解雇=に対し、東京地裁、懲役1年、執行猶予3年(求刑・懲役1年)の有罪判決を言い渡しています。被告は自身をギャンブル依存症だと認め、弁護側は依存症の治療を始めているなどとして執行猶予付きの判決を求めていました。検察側は公判で、被告は2020年ごろから、先輩社員に教えられてオンラインカジノを始めたと指摘、2024年9月以降はバカラ賭博などを繰り返し、8カ月間で計145回利用したとし、賭け金は計6億円程度に上り、負けが込んだことで消費者金融や知人らから計2000万~3000万円の借金を重ねたとしました。被告は被告人質問で「普通に働いても借金は返せない。勝てれば一気に返済できると楽観的な思いがあった」「借金を返すためのギャンブルとなり、後半は苦しかった。勝てば一気に返せるという思いがあった。会社に迷惑をかけて申し訳ない」と謝罪しています。また、オンラインカジノの利用についての社内調査に対して2025年2月、「今はやっていない」と虚偽の説明をし、同5月に戒告処分を受けた後も賭博はやめられず、知人の紹介で依存症治療の病院に行ったこともあったが、3、4回で通わなくなったなど、依存症の怖さを痛感させられるものでもありました。報道でギャンブル依存症に詳しい常岡俊昭・昭和医科大准教授は「オンラインカジノには特有のリスクがある」、「スマートフォンさえあれば賭けることができるオンラインカジノは、パチンコや競馬と違い、特定の場所や時間に縛られないため、強制的なクールダウンができない」、「賭けのことばかり考え続け、自制が難しくなってしまう」と指摘しています。また、近年はオンラインカジノをやめられない10~20歳代の若者がギャンブル依存症の治療に訪れることも多いといい、大学生が仲間に誘われて安易に手を出すケースが目立ち、「相談や治療が早いほど回復も早い。借金をしてまでカジノを続ける人は依存症の可能性が高く、すぐに医療機関を受診したり、自助グループに連絡したりしてほしい」と語っています。また、別の専門家も「ギャンブルの中でも特に依存しやすいのがオンラインカジノ。事態を深刻化させないためにも早期の治療や相談が必要だ」と指摘していますが、正にその通りだと思います。フジテレビでは他に、アナウンサーだった男性社員(27)がオンラインカジノによる単純賭博罪で略式起訴され、2025年7月に東京簡裁から罰金10万円の略式命令を受けています。
その他、最近の報道から、いくつか紹介します。
- 交番勤務中にオンラインカジノで賭博をしたなどとして、神奈川県警は、相模原署地域課の20歳代の男性巡査を賭博容疑で横浜地検に書類送検しています。減給100分の10(6か月)の懲戒処分とし、巡査は同日付で依願退職しています。報道によれば、巡査は2025年3月17日~6月8日、スマートフォンで海外のオンラインカジノサイトに接続し、交番勤務中の125回を含め、約500回にわたってサッカーの勝敗予想やルーレットなどで賭博をした疑いがもたれています。賭け金は約250万円に上り、調べに「簡単に金が稼げると思った」などと容疑を認めているといいます。大学生だった3年前、友人に勧められてオンラインカジノを始めたといい、県警が別のオンラインカジノ事件を捜査していたところ、利用者として巡査が浮上したものです。
- 生成AIで作成されたわいせつな画像のポスターをネットオークションで販売した上、オンラインカジノで賭博を行ったとして、警視庁保安課はわいせつ図画頒布などと単純賭博の疑いで、神奈川県藤沢市の大学生の男(19)を書類送検しています。「賭博の賭け金にするためにポスターを販売した」などと説明しているといいます。2024年10月、女性の下半身が露骨に描写されたポスターをオークションサイトで出品、販売したほか、2025年4月と7月、海外のオンラインカジノサイト「Stake」などに国内からスマートフォンでアクセスし、賭博を行った疑いが持たれています。男はインターネット広告をきっかけに2024年からオンラインカジノを始め、約60万円を賭けて約20万円の損失を出したとみられています。「賭博で負けた分を取り返す資金にするため」として、海外サイトに投稿されている生成AIで作成されたわいせつ画像をダウンロードし、紙に印刷して「AI美女」「セクシーポスター」などと称して販売、2024年8月からの2カ月間で約300点を出品し約28万円を売り上げ、オンラインカジノの賭け金にあてていたとみられています。
- オンラインカジノなどのギャンブル依存症への対策をテーマとする国際会議が東京都千代田区で開かれ、日英の自死遺族や専門家ら約500人が参加して、若者らへの対策を強化する重要性を確認しています。会議では、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表が講演し、若者たちを取り巻く状況について、「スマートフォン1台でギャンブルが出来る未曽有の事態」と危機感を示しています。また、山口・読売新聞グループ本社社長は、日本の居住者による海外のスポーツ賭博の違法利用が年間約6.5兆円に上るとする推計を紹介、欧州各国は「スポーツ競技の不正操作に関する条約(マコリン条約)」に参加し、選手らが八百長などに巻き込まれないよう不正対策に取り組んでいるとし、「日本もマコリン条約に署名して体制を整えるべきだ」と述べています。さらに、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存研究部長は、ギャンブル依存症の患者には自殺企図の傾向が目立つとして、「問題を抱えている人たちが支援から漏れないようにするのが大切」と指摘しています。
③犯罪統計資料から
例月同様、令和7年(2025年)1月~8月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。
▼警察庁 犯罪統計資料(令和7年1~8月分)
令和7年(2025年)1~8月の刑法犯総数について、認知件数は504155件(前年同期480589件、前年同期比+4.9%)、検挙件数は190799件(180277件、+5.8%)、検挙率は37.8%(37.5%、+0.3P)と、認知件数、検挙件数がともに増加している点が注目されます。刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数が増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は292232件(282816件、+3.3%)、検挙件数は96476件(91318件、+5.6%)、検挙率は33.0%(32.3%、+0.7P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は69834件(65040件、+7.4%)、検挙件数は46832件(43561件、+7.5%)、検挙率は67.1%(67.0%、+0.1P)と大幅に増加しています。その他、、凶悪犯の認知件数は4764件(4572件、+4.2%)、検挙件数4087件(3872件、+5.6%)、検挙率は85.8%(84.7%、+1.1P)、粗暴犯の認知件数は40578件(382248件、+6.1%)、検挙件数は31688件(30906件、+2.5%)、検挙率は78.1%(80.8%、▲2.7P)、窃盗犯の認知件数は336768件(326274件、+3.2%)、検挙件数は110279件(104291件、+5.7%)、検挙率は32.7%(32.0%、+0.7P)、知能犯の認知件数は47550件(40072件、+18.7%)、検挙件数は13028件(11778件、+10.6%)、検挙率は27.4%(29.4%、▲2.0P)とりわけ詐欺の認知件数は44422件(37014件、+20.0%)、検挙件数は10875件(9758件、+11.4%)、検挙率は24.5%(26.4%、▲1.9P)風俗犯の認知件数は12963件(11562件、+12.1%)、検挙件数は10479件(8973件、+16.8%)、検挙率は80.0%(77.6%、+3.2P)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数が増加しているほどには検挙件数が伸びず、検挙率が低調な点が懸念されます。また、コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナにおいても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、コロナ禍が明けても「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加しています。さらに、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺では、「非対面」での犯行で、(特殊詐欺を上回る)甚大な被害が発生しています。
また、特別法犯総数については、検挙件数は40772件(41190件、▲1.0%)、検挙人員は31680人(32965人、▲3.9%)と検挙件数・検挙人員ともに減少傾向にある点が大きな特徴です。犯罪類型別では入管法違反の検挙件数は3448件(3916件、▲12.0%)、検挙人員は2323人(2652人、▲12.4%)、軽犯罪法違反の検挙件数は3979件(4299件、▲7.4%)、検挙人員は3912人(4352人、▲10.1%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は3122件(3651件、▲14.5%)、検挙件数は2233人(2693人、▲17.1%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は893件(861件、+3.7%)、検挙人員は733人(687人、+6.7%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2928件(2698件、+8.5%)、検挙人員は2222人(2082人、+6.7%)、銃刀法違反の検挙件数は2872件(2971件、▲3.3%)、検挙人員は2425人(2534人、▲4.3%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、犯罪収益移転防止法違反等が大きく増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は6739件(1217件、+453.7%)、検挙人員は4570人(723人、+532.1%)、大麻草栽培規制法違反の検挙件数は97件(4557件、▲97.9%)、検挙人員は87人(3616人、▲97.6%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5665件(5298件、+6.9%)、検挙人員は3754人(3568人、+5.2%)などとなっています。大麻の規制を巡る法改正により、前年(2024年)との比較が難しくなっていますが、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いています(今後の動向を注視していく必要があります)。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続していたところ、最近、あらためて増加傾向が見られています(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法が大きく増加している点も注目されますが、2024年の法改正で大麻の利用が追加された点が大きいと言えます。それ以外で対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。前述したとおり、コカインについては、世界中で急増している点に注意が必要です。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。
また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員対前年比較について総数総346人(299人、+15.7%)、ベトナム74人(43人、+72.1%)、中国40人(53人、▲24.5%)、フィリピン23人(21人、+9.5%)、ブラジル20人(23人、▲13.0%)、インドネシア18人(4人、+350.0%)、スリランカ18人(13人、+38.5%)、インド17人(12人、+41.7%)、バングラデシュ11人(3人、+266.7%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。
一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、、検挙件数は5468件(6398件、▲14.5%)、検挙人員は2804人(3374人、▲16.9%)、強盗の検挙件数は49件(58件、▲15.5%)、検挙人員は99人(110人、▲10.0%)、暴行の検挙件数は244件(283件、▲13.8%)、検挙人員は215人(259人、▲17.0%)、傷害の検挙件数は453件(566件、▲20.0%)、検挙人員は554人(664人、▲16.6%)、脅迫の検挙件数は102件(198件、▲18.2%)、検挙人員は154人(200人、▲23.0%)、恐喝の検挙件数は195件(225件、▲13.3%)、検挙人員は230人(241人、▲4.6%)、窃盗の検挙件数は2450件(3191件、▲23.2%)、検挙人員は402人(476人、▲15.5%)、詐欺の検挙件数は1128件(1054件、+7.0%)、検挙人員は586人(689人、▲14.9%)、賭博の検挙件数は43件(49件、▲12.2%)、検挙人員は70人(87人、▲19.5%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、2023年7月から減少に転じていたところ、あらためて増加傾向にある点が特筆されますが、資金獲得活動の中でも活発に行われていると推測される(ただし、詐欺は薬物などとともに暴力団の世界では御法度となっています)ことから、引き続き注意が必要です。
さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は2624件(2932件、▲10.5%)、検挙人員は1595人(1937人、▲17.7%)、入管法違反の検挙件数は12件(20件、▲40.0%)、検挙人員は9人(20人、▲55.0%)、軽犯罪法違反の検挙件数は21件(35件、▲40.0%)、検挙人員は16人(33人、▲51.5%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は24件(59件、▲59.3%)、検挙人員は20人(60人、▲66.7%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は23件(37件、▲37.8%)、検挙人員は39人(50人、▲22.0%)、銃刀法違反の検挙件数は44件(47件、▲6.4%)、検挙人員は33人(30人、+10.0%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は651件(167件、+289.8%)、検挙人員は316人(67人、+371.6%)、大麻草栽培規制法違反の検挙件数は14件(524件、▲97.3%)、検挙人員は9人(321人、▲97.2%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1474件(1646件、▲10.4%)、検挙人員は875人(1060人、▲17.5%)、麻薬特例法違反の検挙件数は127件(67件、+89.6%)、検挙人員は65人(23人、+182.6%)などとなっています(とりわけ覚せい剤取締法違反や麻薬等取締法違反については、前述のとおり、今後の動向を注視していく必要があります)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。なお、法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
この1か月で、北朝鮮の核・ミサイル開発が予想以上に進捗している状況が明らかとなり、北朝鮮リスクが急激に高まっています。官民挙げての北朝鮮リスクを巡るAML/CFT/CPF(拡散金融対策)の実効性がますます問われる状況だと認識する必要があります。また、そもそも実態として核保有の可能性は高いとはいえ、米国が北朝鮮の核・ミサイル戦力保有を認めれば、日本の安全は一層脅かされることになります。日本は今こそ、北朝鮮の核・ミサイル戦力保有は絶対に許されないと強く主張すべき時期であり、北朝鮮のみならずトランプ米大統領にもきちんと届ける必要があります。
ロシアが北朝鮮に対して原子力潜水艦用の小型原子炉を含む動力機関を2025年上半期に提供したとの情報があり、韓国軍が確認中だと報じられています。現時点で真偽は明確ではありませんが、露朝双方にメリットがあり警戒すべき状況といえます。報道によれば、ロシアは退役した原子力潜水艦2~3隻分の原子炉とタービン、冷却機関を北朝鮮に提供したとみられており、この情報は韓国政府が米国などの同盟国や友好国と共有したとされます。北朝鮮が2024年から要求し、ロシアは当初、消極的だったとしていいます。また、北朝鮮は新型の戦闘機も求めていたといいます。北朝鮮は2021年からの「国防5カ年計画」に原子力潜水艦の保有を掲げていますが、小型原子炉などの技術的な壁が高く、ロシアの協力が焦点になるとされてきました。動力機関の提供が事実であれば開発期間の大幅な短縮につながり、相当警戒が必要な状況となります。
ロシアのウクライナ侵略に北朝鮮兵士が多数派兵されている一方、ロシア極東に出稼ぎ目的で派遣された北朝鮮労働者が、ロシア軍と契約を結び入隊していることがウクライナ国防当局の分析で分かったといいます。報道によれば、2025年7月ごろから数百人規模でロシア西部クルスク州に配属されていると分析、露朝の軍事連携強化の一環とみられ、ウクライナ側が警戒を強めているといいます。現時点の規模では軍事的な影響は限定的とみられますが、ロシア軍は自国兵の不足を補填できるほか、北朝鮮にとっても労働者がロシア軍から受け取る報酬によって外貨稼ぎを期待できることから、入隊者はさらに増える可能性があります。具体的には、ロシア極東に出稼ぎ労働者として渡航した後、ロシア軍と契約を交わし、ウクライナ軍が越境攻撃を仕掛けたクルスク州に展開するロシア軍の機械化旅団や海兵隊などに少数ずつ編入されているとみられています(ただし、現時点で実戦参加は確認されていません)。北朝鮮軍兵士はクルスク州の前線に投入され、ウクライナ軍との戦闘に加わっており、これまでに兵士1万数千人が同州に送られています。ロシアは2025年4月、同州を完全奪還したと発表し戦闘は沈静化していますが、ロシア軍に入隊した北朝鮮人が今後、ウクライナ領内での戦闘に参加する可能性もあるとみられています。本コラムでもたびたび指摘しているとおり、ロシア極東ではかつて、北朝鮮労働者が建設や農業などに従事、重要な労働力であったところ、北朝鮮の核・ミサイル開発を理由に、国連安全保障理事会が制裁を科し、就労は原則禁じられました。北朝鮮は組織的に出稼ぎ労働者を中国やロシアなどに派遣、労働者は現地で集団生活をして監視下に置かれるのが一般的であり、ロシア軍への入隊は、北朝鮮当局が指示したか、容認している可能性が高いと考えられます(ウクライナ侵略後、極東で北朝鮮労働者の受け入れが再び進んでいるようです)。
さらに、深刻な問題も浮上しています。韓国の鄭統一相は、北朝鮮が、(米科学者連盟(FAS)などの専門家による推定として)核兵器に使用可能な濃縮度90%以上の高濃縮ウランを2トン程度保有しているとの見方を示しました。高濃縮ウラン2トン分で核弾頭100発分が生産可能だといいます。鄭氏は、ウラン濃縮に使う遠心分離器についても、北朝鮮の4か所で稼働していると説明(国際原子力機関(IAEA)は2025年8月、寧辺に新たな濃縮施設とみられる施設を建設しているとの報告書をまとめていました)、北朝鮮が「制裁によって核を放棄する可能性はない」と述べ、米国のトランプ大統領が 金正恩朝鮮労働党総書記と会談すれば、問題解決につながる可能性があると指摘しています。金総書記は、北朝鮮の最高人民会議(国会に相当)で行った演説で、非核化や南北対話には一切応じない姿勢を強調、米朝対話の再開についても、米側から非核化の要求がなければ応じる可能性を示しています(その後も金総書記は核関連分野の科学者らと核兵器生産などに関する会議を開き、「核戦力を中枢とする力による平和の維持、安全保障の論理は我々の絶対不変の立場だ」と述べ、核開発を進める姿勢を示しています。また、北朝鮮の金外務次官も米ニューヨークで開かれている国連総会の一般討論で演説し、「我々は核を絶対に放棄せず、いかなる場合もこの立場を撤回しない」、「我々に非核化を要求することは主権を放棄し、生存権を放棄することにほかならない」などと述べ、非核化の意思がないことを訴えています)。さらに、韓国の李在明大統領は、北朝鮮が量産を進める核兵器について「懸念されるのはほかの国に輸出することだ。その可能性は高い」と述べている点も注目されます。また、李氏は、北朝鮮が進める、米本土を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発について「大気圏に再突入させる技術だけ(検証)を残している状態」で「それもまもなく解決される可能性が高い」と述べています。北朝鮮は、独裁体制を維持するために必要な量の核兵器を「既に十分確保している」とし、「放置すれば、毎年15~20個程度の核爆弾が増え続ける」と予測、このため、まずは北朝鮮に核開発を中断させ、非核化に向けて段階的にアプローチすべきだと訴えています。
中国税関総署が発表した統計によると、2025年8月の対北朝鮮輸出は2024年同月比0.05%減の1億4760万ドルだったといいます。前年比では2025年では初めての減少となりました(前月比では13.4%減)。核兵器開発計画を巡り国際的な制裁に直面している北朝鮮にとって、中国は引き続き主要な同盟国かつ経済的な生命線です。8月の主要輸出品目は、かつら製造用の加工毛髪と羊毛、大豆油、石油ビチューメン(油砂から抽出されるタール状物質)などだといいます。
北朝鮮の金正総書記は北京を訪問し、習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領と大規模な軍事パレードに出席、習国家主席は金総書記との6年ぶりの会談で、国際情勢がどう変化しようと北朝鮮との関係発展に向けた中国のコミットメントは変わらないと述べています。国営朝鮮中央通信(KCNA)によれば、金総書記は中国の主権、領土一体性、開発利益の保護を継続的に支援すると言明しています。その後も中国の李首相と北朝鮮の崔外相が北京で会談、崔氏は王共産党政治局員兼外相とも会談、両国は関係改善を強調し、米国を牽制する狙いがあるとみられています。会談では首脳会談で合意した戦略的意思疎通の重要性を両者が確認、李首相は北朝鮮が中国の核心的利益に関わる問題で中国を支持してきたと評価し、「協力を深め、共通の利益をよりよく守っていくことを望む」と述べたほか、王外相も「あらゆる形態の覇権主義に反対し、双方の共同利益と国際正義を守りたい」と発言、崔外相は「首脳会談の精神に即して、両国の友好協力関係の深化発展のために、積極的に努力していく」と述べたと伝えられています。中朝ともに、会談内容を伝える際に北朝鮮の非核化には触れておらず、一方で朝鮮中央通信は、米国を念頭に置いたとみられる王氏の「覇権主義に反対」という発言は伝えず、温度差もみられている点は興味深いといえます。トランプ米大統領が習国家主席と会談すると示唆し、金総書記との直接対話にも意欲を見せています。中国としては米国に中朝の協調ぶりを見せつけ、北朝鮮への影響力を保持していることを示す意味があり、一方の北朝鮮としては米国への刺激を避けたとみることができます。習国家主席が北朝鮮との関係改善に動いた背景には中朝露3カ国の新しい力関係への不安もあるようです。冷戦期はソ連が北朝鮮の最大の後ろ盾だったところ、ソ連崩壊後は中国がほぼその役割を担い、北朝鮮にとり中国は今も貿易の90%強を占める最大の貿易相手国であり、報道によれば大量の原油の供給者でもあります(ただし中朝、露朝の貿易の大半は公表されていません)。しかし金総書記とプーチン大統領の距離はこの2年で縮まり、それが習国家主席にとって頭痛の種となっています。中国もロシアも、北朝鮮の現体制が崩壊すれば、朝鮮半島が統一され、民主的な親西側国家が誕生するのではないかと懸念、そのような事態になれば米軍(現在2万8500人が韓国に駐留)が中国の東部国境近くに迫る事態になりかねないためです。習国家主席は金総書記がこれ以上ロシアに接近しないよう、第1次トランプ米政権期に課した北朝鮮への貿易制限を一部緩和しつつあり、(国連安保理決議違反ではありますが)北朝鮮の労働者が中国の工場に戻ったり、北朝鮮が中国への石炭輸出を拡大したりする兆しもみられています。一方で、中国が北朝鮮との交流拡大に力を入れても北朝鮮がそれに応える保証はなく、ロシアがそうしたように中国ももっと大きな政治的利益の提供を求められているともいえます。金総書記の「したたかさ」を感じさせるものであり、それは、金総書記は中露やインド、ブラジル、インドネシアなど主要な新興国で構成するBRICSのような多国間組織への正式加入を求めている可能性もあるとされる点にも表れています。
国連が公表した人権報告によると、北朝鮮では監視の強化、強制労働の拡大、頻発な処刑により弾圧が一層深刻化しており、世界で最も制限の厳しい国となっていると指摘されています。北朝鮮が人道に対する罪を犯していると結論づけた報告を国連が公表してから10年以上が経過、今回の包括的報告では2014年以降の動向について、脱北した300人以上の聞き取りに基づき、自由度が一段と狭まっていると報告されました。(本コラムでもたびたび紹介してきたとおり)新技術の導入で一層徹底した監視となり、処罰もさらに厳格化、外国のテレビドラマの共有といった行為に対しても死刑を導入するなど、量刑が重くなっているというものです。14ページにわたる報告書は「2015年以降に導入された法律、政策、慣行の下で、市民生活のあらゆる面で監視と統制が強化されている」と指摘、これほどの制限下に置かれている国民は他にないと結論づけています。報告書は限定的ながら改善された点も指摘、拘禁施設での看守による暴力の減少や、公正な裁判の保障に向けた新法導入などを挙げています。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正動向(三重県)
以前の本コラム(暴排トピックス2025年8月号)でも取り上げましたが、2025年10月1日に三重県暴排条例が改正施行されています。「暴力団排除特別強化地域」を新設して四日市市諏訪地区の繁華街を指定し、みかじめ料などの授受について暴力団と店の双方に罰則を科すもので、暴力団の資金源を断ち切る狙いがあります。施行は2025年10月1日です。強化地域には、飲食店やキャバクラ店などが集まりトラブルが多いとして、改正条例で、この地域で暴力団がみかじめ料や用心棒料を受け取ることと、店側が支払うことを禁じ、違反した場合は1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金を科すものです。現行条例は利益供与に罰則がなく、改正条例で「直罰規定」を盛り込み、即座に逮捕できるようにしています。さらに改正条例では、暴力団事務所の開設・運営を禁止する対象区域も広げ、すでに学校や図書館などの周囲200メートル以内は対象となっているところ、県内約2900か所の都市公園を追加、都市計画法に定める住居系、商業系、工業系の用途地域も加えました。また、暴力団員が他人名義を利用するいわゆる名義貸しなども新たに追加されています。報道で飲食店の関係者が「昔の店の人にはよく聞いていたので、ありがたい」「強化地域指定というと、守られている安心感がある」などと話している点が大変興味深いところです。
(2)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(静岡県)
2025年5月上旬、暴力団員をけんかの助太刀に呼んで、社交飲食店の経営者に暴行を加えた疑いで、風俗店経営者と六代目山口組傘下組織組員2人が同9月に傷害と静岡県暴力団排除条例違反(暴排条例)の疑いで逮捕されています。報道によれば、3人は共謀して、5月上旬、静岡市葵区の飲食店で社交飲食店経営者(40代)の顔面などを複数回殴り軽傷を負わせた疑いが持たれています。被害者と逮捕された風俗店経営の男との間でトラブルがあり、けんかに発展、風俗店経営者が知人である2人の暴力団組員に助太刀を求めたものです。風俗店経営者の男が用心棒役を求め、暴力団組員2人が応じたことが静岡県暴排条例に抵触するとされます。
▼静岡県暴排条例
静岡県暴排条例第18条の3(特定営業者の禁止行為)第1項において、「次の各号のいずれかに該当する営業(第1号から第6号までに掲げる営業にあっては、暴力団排除特別強化地域内において営むものに限る。以下「特定営業」という。)を営む者(以下「特定営業者」という。)は、特定営業の営業に関し、暴力団員から、用心棒の役務(法第9条第5号に規定する用心棒の役務をいう。以下同じ。)の提供を受けてはならない」、さらに、第18条の4(暴力団員の禁止行為)において、「暴力団員は、特定営業の営業に関し、用心棒の役務の提供をしてはならない」と規定されています。そのうえで、第28条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(2)相手方が暴力団員又はその指定した者であることの情を知って、第18条の3の規定に違反した者」、「(3)第18条の4の規定に違反した者」が規定されています。
(3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(鳥取県)
鳥取県警鳥取署は、鳥取市内の会社事務所で男性から通帳などを脅しとろうとしたとして、同市内の六代目山口組大同会組員の男と同市内の会社役員の男に暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。なお。組員の男らは恐喝未遂の疑いで2025年8月に逮捕されています。
▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)
暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。
(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(京都府)
暴力団の威力を示して金品を要求するなどしたとして、京都府警は、会津小鉄会傘下組織組員に対し、暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。報道によれば、男は2025年6月、組事務所近くの京都市山科区内のコンビニで、いずれも建設業の男性2人に「ワシを殴るということがどういうことかわかってんのか」と告げ、金品を要求、女性店員に不安を覚えさせたとしています。
(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(沖縄県)
沖縄県公安委員会は、沖縄本島内の飲食店経営者ら2人に対して暴力団の威力を示して用心棒料などの要求行為をしたとして、沖縄署から中止命令を受けた旭琉会二代目功揚一家構成員に対して、類似の要求行為を反復する恐れがあるとして暴力団対策法に基づき再発防止命令を発出しています。
暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十二条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、第十条第一項の規定に違反する行為が行われた場合において、当該行為をした者が更に反復して同項の規定に違反する行為をするおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、当該行為に係る指定暴力団員又は当該指定暴力団員の所属する指定暴力団等の他の指定暴力団員に対して暴力的要求行為をすることを要求し、依頼し、又は唆すことを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。