SPNの眼

企業として押さえるべき、カスタマーハラスメント対策~VOL.2

2019.11.06
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1.はじめに

 本連載は、10月から始まっているが、10月2日に東京で、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策のセミナーを実施した。これは、定例セミナーとして、会員企業の皆様に無料でご参加いただけるセミナーとして実施したものであるが、月初にも関わらず、100名を超えるお客様にご参加いただいた。

 東京で開催する定例セミナーは毎回、各テーマ、大変盛況で、多くの会員企業の皆様にご参加いただいているが、それでも100名を超えるお客様が実際に参加いただくことは非常に稀であり、カスタマーハラスメント対策への関心の高さが窺われた。

 10月2日のカスタマーハラスントのセミナーは、当社が提唱する実践的な不当要求対応指針、「危機管理的顧客対応指針5か条」(以下、「5か条」)に関するものであったが、本項は、今回、次回も含めて、全3回で、5か条の内容の解説というよりも、カスタマーハラスメントに負けないための組織作りの内容に重点をおいて解説する。

 ただ、5か条についても、カスタマーハラスメントに負けないための組織作りには欠かせない重要なノウハウであることから、組織作りという文脈の中で、必要な範囲で触れていくこととする。

 なお、カスタマーハラスメントに負けないための組織作りの詳細については、本年12月5日に大阪で開催されるカスタマーハラスメントに関する定例セミナーにてお話しする予定である。ご興味ある会員企業の皆様は、こちらに参加いただきたい。

2.カスタマーハラスメント対策としての危機管理的顧客対応指針5か条

(1)前回の振り返り

 前回は、理不尽な行為が行われるケースが多いカスタマーハラスメントや不当要求を断るためには組織として合理的な理由付けが必要であるが、不当要求は組織に種々の「ロス」をもたらすものであり、一度受け入れてしまうとそのロスはどんどんエスカレートしていくことから、その特性に着目して、要求や行為を「断る」ための理由として、活用することを説明した。そして、その観点から、「クレームと不当要求は区別」して、引き際を明確にする必要があることを説明した。

 前回の論考のトピックスを抜粋すれば、「カスタマーハラスメント対策を進める上で重要なのは、経営トップが、不当要求は『ロス』であることを認識し、そのロスを低減」させるために、『不当要求には応じないこと』、『効率的に対応すること』を、社内で明確に宣言すること」である。この方針の明確化、特に断るための理由付けこそが、カスタマーハラスメント対策の重要なポイントの一つである。

(2)カスタマーハラスメント対策の3本柱と今回の論考の位置づけ

 ところで、カスタマーハラスメント対策を進める上で、経営幹部が認識・実行していくべきことは、次の3つである。一つ目は、「不当要求=ロス」の意識を持つことである。これについては、前述で引用した通り、前回の論考において言及した。二つ目は、現場で戦うための武器の整備である。ここで重要な役割を果たすのが、5か条である。今回は、現場で戦うための武器としての5か条について、組織作りの観点からの意義と、その概要について解説する。そして、三つ目は、現場スタッフの安心感の醸成である。不当要求の中でも過剰・理不尽な行為の連続であるカスタマーハラスメントについては、対応に当たるスタッフのストレスと緊張感は相応なものがあり、安心して業務に当たれる環境になくては、カスタマーハラスメントに屈してしまいかねない。現場スタッフを孤立させないための組織的な対応体制の整備とスタッフのメンタルケアを中心とした、現場スタッフの安心感の醸成のための対策については、次回の論考において解説したい。

(3)現場で戦うための武器の整備

 さて、今回の論考は、カスタマーハラスメント対策の3本柱の一つである「現場で戦うための武器の整備」についてである。

 「現場で戦うための整備」として対処すべき事項は、「不当要求を断る方針の明確化及び社内外への明示」と、「負けないための危機管理的顧客対応指針5か条の活用」の2つである。

①「不当要求を断る方針の明確化及び社内外への明示」に関しては、前回の論考で触れたように、不当要求は断ることを社内で宣言することに留まらない。カスタマーハラスメントに負けないためには、社外や顧客に対しても会社の方針の方針として、「不当要求は断ること」「カスタマーハラスメントに対しては、決して屈せず、法的対応も含めて徹底的に対応すること」を明示することが重要である。

 例えば、下記のような宣言・掲示をおこない、カスタマーハラスメントを行おうとする者をけん制することも視野に入れなければならない。

「最近、一部のお客様から、従業員に対して、度を越えた暴言や暴力行為、長時間にわたる苦情申し立てによる拘束、対応できる範囲を超えた無理(社会通念を超えた)な要求への対応の強要等の行為が頻発しています。
当該お客様の事情・言い分を執拗に振りかざし、特別扱いを求めるこのような行為は、犯罪行為が行われる場合があるほか、他のお客様への対応の時間を無視して執拗かつ長時間に渡り行われるなど、多くのお客様に当社商品・サービスへのご満足度を高めていただく観点からも、当社としては到底看過できるものではありません。
当社としては、コンプライアンスの観点及び、他のお客様へご迷惑をおかけする事態を回避すべく、このような理不尽な行為に対しては、警察その他の関係機関と連携しながら、断固として対応してまいります。」

 カスタマーハラスメントは、一部のお客様が自らの主張をごり押ししようとする過程で行われるが、往々にして、自分の要求を通そうと執拗かつ長時間に渡り、行われるケースが多い。対応に従業員が長時間拘束されれば、他のお客様に対応できなくなったり、少ない従業員で他のお客様に対応せざるをえず、他のお客様にも甚大な迷惑がかかる。暴言や罵声を浴びせるために大声を出していれば、その声は他のお客様にも聞こえており、他のお客様からすれば、迷惑でしかない。暴力や物を投げる行為も、近くにいるお客様もあおりを食って巻き添えになってしまう場合もあり、他のお客様からすれば、迷惑でしかない。

 従業員を守り、お客様の安全・安心・期待を確保するためにも、堂々と上記のように宣言し、「他のお客様にも迷惑となりますので、お断りします。お引取りください」と明確に伝えられる環境を作る、あるいは、犯罪行為等の場合は躊躇なく警察通報できる方針を現場に明示することが重要であり、このような宣言が間接的に迷惑をこうむる他のお客様にも安心感を与えるのである。

 なお、現場の長や部門の長が、穏便に済ませたいと不当要求等に応じたり、カスタマーハラスメントに耐えるようにと、指示をする場合がある。5か条のセミナー等を通じて、現場で対応に当たる最前線の担当者の悩みを聞いても、このように部門長が弱腰で、現場が理不尽な行為への対応や忍耐を強いられているケースは依然として少なくないようである。このような適切ではない指示が仮に出されても、会社名で、上記のような宣言をしていれば、現場のスタッフは、不当要求に毅然と対応できる根拠となる。戦うための武器を使うためには、それを実現できる権限委譲も行っていかなければならない。

 もちろん、このような宣言は、例えば、航空機を利用した場合に搭乗直後に流れる航空法による禁止行為の伝達のような形でもよい。企業側が禁止・拒否している行為を、それを知りながら行った以上、対応打ち切りや警察対応等の行為者にとって不利益な対応をされても、それは自業自得でしかない。

 現場では、クレームか不当要求か明確に線引きしにくいにのは確かであるが、それでもなお、いざというときに対応を拒否したり、警察に通報したりといった毅然とした対応ができるための宣言を社外にも明確にしておくことが重要なのである。

②そして、現場で戦うための武器として、従業員に対して明確な対応ノウハウを周知・研修しておくことである。

 対応ノウハウについては、自社で確立されたものであればそれで構わないが、その内容は、不当要求対応やカスタマーハラスメントへの対応要領が具体的に盛り込まれた
ものでなければならない。また、それに基づいて対応したことで、従業員が世間から批
判を浴びることのない社会的合理性を有したものでなければならない。言い換えれば、対応を拒否するなら拒否するで、なぜ対応を拒否するのかが、現場においても、世間的にも、説明責任の果たせるものでなければならない。

  当社では、このようなノウハウとして、5か条を提唱・推奨している。具体的な内容の解説は本項の目的ではないし、当社で書籍も刊行しているので、ここでは触れないが、当社推奨の5か条が戦うための武器として、有用性を有していることの意義は次の5つである。

  • 多くの対応実績に基づき、不当要求に負けないための「エッセンス」が明確化されている(実践性)。
  • CSベースの対応を基本としており、企業イメージを損なわない。
  • 現場で使えることを重視し、実際の対応フローに併せてポイントを網羅している。
  • たった5つの内容で構成されており、シンプルで覚えやすい。
  • 行為者の自己責任・自業自得を根拠とする等、社会的合理性を有している。

組織としての内部統制システムやコンプライアンス体制の視点も加味すれば、上記に加えて、更に

  • 対応プロセスが標準化されるため、顧客対応におけるロス対策、不正対策としても有効に機能する。
  • メモ等の記録を残すことを前提としているため、対応プロセスが可視化、チェックできる。

等の意義も加わる。

 このように説明責任を果たせるだけの合理性を有しているが、5か条なのである。

(4)5か条の内容の紹介

 ここで、5か条の内容をここで紹介しておきたい。なお、それぞれの内容をどのように活用するかは、セミナーや書籍で確認いただきたい。

  • 第1条 初期対応は慎重かつ冷静に対処せよ
  • 第2条 クレームと不当要求は似て非なるもの
  • 第3条 初期対応では3つの基本を徹底せよ
    • ①話を聞くに徹する
    • ②事実関係の確認・明確化
    • ③対応時の内容の記録・共有
  • 第4条 お客様の「話」は4つの要素の使い分けを意識せよ
    • ①事実
    • ②不満
    • ③意見
    • ④要求
  • 第5条 お客様の要求に応じるか否かは、5つの基準で判断せよ
    • ①責任の有無
    • ②損害(不利益)との因果関係
    • ③要求行為の正当性
    • ④要求内容の対価性
    • ⑤要求内容と原因の関係性

 第1条は不当要求者が、初期対応で企業の担当者から何らかの約束や補償を取り付けようと注力していることを踏まえて、あせらずに、しかも即答を避けて、状況の把握に努めることを徹底するように意識付けしようという趣旨である。

 そして、そのために何をするかを明確にしたのが、第3条である。実際の顧客対応の流れにあわせれば、第1条→第3条と流れていく。

第3条では、具体的に初期対応で行うべき3つのエッセンスを提示している。初期対応の重要性は、クレーム対応でよく解かれるが、何をすべきかを具体的に整理すると、初期対応ですべきことは3つしかない。第1条でも触れているとおり、初期対応においてはお客様側の言い分や事実関係背景・意図等分からないために安易な回答・説明は控えなければならない。まずは、「お客様の話を聞くに徹する」ことが、負けないための方策として、非常に重要なのである。

 そして、お客様の話の中から、事実関係を抽出・整理をして、深堀り、裏取りしながら、「事実関係を確認・明確化」していく必要がある。この事実関係の確認・明確化は、不当要求対応の肝の一つである。不当要求に応じてしまっている事案は、往々にして事実確認が十分にできていない状況で、顧客側に押し切られて、対応させられてしまっているケースが多い。本来、要求する者が負うべき立証責任を、企業側に擦り付けて企業を困らせ、自分の有利に運ぼうとする熟練者もいる。それゆえ、どのように事実確認をするかを含めて、「事実関係を確認・明確化」は、不当要求に応じないための肝なのである。

 第3条に紐付くのが第4条である。クレーム対応に関するどの書籍でも、セミナーでも、「お客様の話を聞く」ということは必ず触れられているが、実際のところ、漠然と「話」を聞くという意識では、なれたクレーマー等の術中に嵌ってしまう可能性がある。そこで、「事実」、「不満」、「意見」、「要求」という話の要素に着目して、これらの要素を意識しながら、聞き分け、整理し、深堀りしていくことが重要となる。「事実」については、前述のように不当要求対応の肝になるし、「意見」と「要求」の使い分けは、まさに不当要求対応の極意である(詳細は割愛するが、極めて重要なロジックでもあるので、ご興味のある方は、書籍等を参照願いたい)。

 ここでまでのプロセスで、お客様の話を聞き、状況が相当程度把握できる。あとは、そこで出てきた「要求」を受け入れていいのかどうかを判断するのが、第5条である。5つの基準に照らして、正当な「クレーム」か、「不当要求」かを見極めていく。ここでも、例えば、③「要求行為の正当性」に関しては、暴言・暴行があった時は、それ自体が不当要求ではあるが、そのような行為は「止めて欲しい」と拒絶の意思表示を明確に伝えることで、カスタマーハラスメントを阻止するための防衛線を張ることが重要である。付きまといを止めて欲しいという相手に付きまとえばストーカーになるように、拒否している相手に対して、その拒絶している行為を繰り返せば、対応を打ち切られても、警察を呼ばれても、それこそ自業自得である。嫌がる相手に嫌がらせを続けたことの結果として、不利益を受けるのは、カスタマーハラスメント等の理不尽な行為を行った者の自己責任なのである。

 そして、5つの基準に当てはめて判断すれば、第2条のクレームか不当要求かが明確に判断できる。あとは粛々と対応していくだけである。

 このように対応プロセスにしたがって、それぞれのプロセスで何をすべきか、そこで留意すべきことは何かを明確にしたのが、5か条である。

(5)カスタマーハラスメント対策としての5か条の有用性

 5か条の概要については、上記で紹介したとおりであるが、この5か条がカスタマーハラスメント対策として、なぜ有用なのか。一部前回の原稿と重複する部分もあるが、カスタマーハラスメント対策としての5か条の有用性は以下の通りである。

①「ロス」の視点の導入と明確化

 まず、一つ目は、「不当要求=ロス」と位置づけることで、お客様からの「要求」について、「対応できないと断るべき場面もある」ことを明確化したことである。言い換えれば、不当要求への対応をお断りするために、合理的な根拠付けを行ったことである。

②対応フローを明確化

 二つ目は、クレーム対応の5つの基本的なエッセンスを明確にすることで、「どのプロセス」で「何をすべきか」、そこでの「留意事項は何か」を原理・原則に基づいて体系化したことである。

 これにより、組織としての対応方針を明確化・標準化が可能となった。

③実践経験に基づいた不当要求対応要領

 カスタマーハラスメント等の不当要求に適切に対応するためには、不当要求者の手口や攻め口、ロジックなどに耐えうるノウハウが必要である。5か条の有用性の三つ目は、「敵を知り、己を知れば百戦して危うからず」の言葉にしたがい、当社の圧倒的かつ豊富な不当要求対応実績に基づき、敵の手口を踏まえた実践的な不当要求対応要領を明確化したことである。

 実践に耐えうる対応要領でなければ、現場の負担は低減できない。

④覚えやすい、マニュアル化しやすい、シンプルな内容

 実際の対応現場では、スピード、即応性が求められることから、シンプルで覚えやすい内容のノウハウしか使えない。また、実際の顧客対応プロセスに基づくシンプルな指針であれば、実際の対応プロセスにおいて、段階的に訓練できる。

5か条の有用性の四つ目は、覚えやすく、マニュアル化しやすい、シンプルな5つのエッセンスに纏めたことである。

3.さいごに

 今回は、カスタマーハラスメント対策としての組織作りについて、重要な項目に絞って解説した。マニュアル化する際の留意事項や現場スタッフのメンタルケア等、まだまだ補足すべき事項はあるが、それは次回に譲りたい。

 もはやカスタマーハラスメントは、現場任せだけでは、対処できない。企業として、幹部自ら、ロスを防ぎ、従業員を守るべき場面もあることを認識し、カスタマーハラスメント対策に取り組んでいただくことを切に願う次第である。

以上

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