SPNの眼

企業として押さえるべき、カスタマーハラスメント対策~VOL.3

2019.12.04
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 これまで2回にわたり、企業のカスタマーハラスメント対策について解説してきた。本稿も今回が最終回となる。

 カスタマーハラスメントを含む不当要求は、従業員の大きなストレスを与える。この手の対応は対応力の高い社員に集中しがちなことから、対応力のあるスタッフは、過重労働にも発展しかねず、対応時のストレスと相まって、メンタル不調をきたす恐れがある。あるいは、上司が穏便に済ませるように現場に指示を出していたがために、現場担当者が精神的・肉体的に疲弊し、メンタル不調をきたす可能性も決して低くはない。

 カスタマーハラスメント自体は以前からあるものの、それが広く社会で蔓延し大きな社内問題となっている昨今の社会情勢を踏まえれば、カスタマーハラスメントがもたらす大きな影響やリスクも相応に周知・認識されており、その中で企業が何らかの対策を行っていないとすれば、将来的には、上司によるカスタマーハラスメントに耐えるような指示はパワーハラスメントとして、あるいはメンタル不調は職場の安全配慮義務違反として、裁判等で主張されてくるリスクも、十分に想定できる。

 改めて、企業としてのカスタマーハラスメント対策の重要性を認識し、特に現場部門を預かる幹部は率先して、従業員のケア等とカスタマーハラスメントを許さない職場環境づくりに取り組んでいただきたい。

1.現場スタッフの安心感の醸成

 今回は、カスタマーハラスメント対策の3つ目の柱である「現場スタッフの安心感の醸成」について取り上げる。カスタマーハラスメントに晒される現場スタッフにとっては、カスタマーハラスメント対策の中でも、重要な施策の一つといえる。

 「現場スタッフの安心感の醸成」対策として企業の経営幹部が認識・実施していくべき課題は、3つある。一つ目は、現場のスタッフやその現場を預かる管理職層への研修の実施である。二つ目は、上司の指示・サポートである。三つ目は、現場支援のための具体的な組織体制の整備である。それぞれの対策の概要について、以下順次解説していく。

(1)現場のスタッフやその現場を預かる管理職層への研修の実施

 カスタマーハラスメント対策の重要な対策の一つとして、現場で戦うための武器の整備が必要であることはこれまでに解説してきたとおりであるが、それを具体的な形で、定期的に、従業員や現場を預かる管理職に対して、研修を通じてレクチャーし、ロールプレイング等を交えて使える形で周知・訓練していくことが重要である。

 現場で戦うための武器としては、各社で整備・標準化されているものがあれば、それを活用する形で構わないが、通常のクレームへの対応マニュアルならともかく、カスタマーはラスメントや不当要求への対応要領となると、十分に整備・標準化できていないケースが少なくない。これには2つの理由がある。まず、熟練の経験者が社内にいても、カスタマーハラスメントや不当要求事案、ハードクレームのほとんどの事案が、この熟練の経験者に集中しがちなため、当該経験者が、それらの対応に時間を取られ、改めて自身の対応スキルやノウハウ等の検討・整理に時間が取れないことである。

 そして、もう一つの要因は、熟練の経験者であっても、自身の経験値やノウハウを整理・体系化・標準化するのは非常に難しく、高いスキルが求められることである。一つ一つの事例で、こうすべき、ああすべきと具体的なアドバイスはできても、スタッフ全員に一般的に展開できる内容に整理していくことは容易ではない。

 当社では、カスタマーハラスメントを含む不当要求事案に負けない危機管理的顧客対応指針として、5つの原理原則を集約・体系化した5か条を提唱しているが、いずれにしても何らかの対応指針やノウハウを従業員に周知するための研修を実施しておく必要がある。

 外部講師等による研修は「コスト」と考える向きもなくはないが、それはすなわち、自現場の従業員に対して、あなたたちの部門にはお金をかけませんと言っているようなもので、現場スタッフの安心感の醸成と逆行する施策といえる。このご時世、専門的なノウハウを外部からでも吸収して、自社の対応体制を盤石なものにしていくのが、本来の経営者・経営幹部の使命である。仮に、それが難しいのであれば、社内の有用なノウハウを整理・標準化したり、従業員に周知できるような人員配置や施策が重要となる。熟練の経験者が、自身の経験やノウハウを整理・体系化できる時間的余裕とそのサポート体制を整え、自社の無形資産を有形資産化することに注力し、それを従業員に対して、定期的に研修し、周知していく必要がある。

 なお、研修は、現場の担当者に対してのみ実施すればよいものではない。本稿でも再三指摘しているように、顧客対応や営業部門の部門長等が大事になって自身の管理能力を問題視されることを回避したり、面子を保とうと、現場には穏便に済ませるように、何とかするようにと、不当要求に応じることを黙認するような指示を出しているケースは、意外と聞かれる現場担当者の悩みである。ぜひ、幹部も加えて研修を行っていただきたい。

(2)上司のサポート・指示

 対策の二つ目は、上司のサポート・指示である。まず、指示のほうから言及すると、現場の担当者からすれば、カスタマーハラスメントで困っている時こそ、上司からの「不当な要求は断ってよい。困ったら、責任者が対応を代わる」という指示ほど、心強いものはない。カスタマーハラスメントに晒されている現場スタッフの悩みを踏まえ、ぜひ、上司が現場をサポートするような具体的かつ心強いメッセージを発していただきたい。

 そして、そのような指示を出すうえでも重要なのが、上司の現場のサポート体制の整備である。上司自らが対応に忙殺されていては、現場が必要な時に相談もできないし、カスタマーハラスメントを断るための指示も適切に行うことができない。そこで、上司、特に部門責任者自らが対応に忙殺されることのないように、次席のものを現場対応の最終責任者とするなどの階層的な対応体制の整備が重要となる。企業の職制でいえば、課長クラスを対応の最終責任者として、部長は全体の統括や適切なアドバイス・指示を出せるように極力在席している体制を組むことが重要となる。部長等の部門長が統括指揮できる体制ができていれば、必要に応じて速やかに法務部門や弁護士とも相談・連携したり、さらに上の役員と対応方針の協議等も行いやすい。

 また、長時間の対応や電話を終わったスタッフには、上司は、「大変だったな。何か困ったことがあったら、いつでも相談しろよ」と一声かけてあげていただきたい。ちょっとした些細なことではあるが、現場スタッフとしては、長時間対応に当たっているのを見ていてくれる安心感、大変さを少しでも理解してくれることや、いつでも相談できる環境づくりへの感謝など、上司のサポートが非常にうれしく感じられることを知っておいていただきたい。仮に対応を失敗しても、くれぐれも現場のスタッフをその場で叱ったり、担当者を批判、けなすことのないように注意していただきたい。対応は結果論でもあり、担当者は常に、この対応でよいのかなと一抹の不安を抱えながら対応しているものである。対応ミスを叱ったり、けなしたりしては、上司は現場を知らないと、上司への信頼感が薄れることは言うまでもない。

(3)現場支援のための具体的な組織体制の整備

 上記の(2)の上司のサポート・指示とも関係するが、これを具体的な組織体制として整備、構築することが求められる。

 相当に重大な案件は部長自らが対応に当たらざるを得ないとしても、次席者を原則として最終責任者とすることで、組織としても一体となった対応を行うための機動性を確保できる。このメリットは、特にカスタマーハラスメントと不当要求対応においては、非常に大きいことを認識いただきたい。

 当然のことながら、統括・指揮を行う部長クラスは、相応に現場の事情に精通したり、現場経験者であることが望ましい。また、このような体制を整備し、各現場スタッフに、その社内体制を知らせ、周知しておくことも重要である。

 こうすることで、現場のスタッフには、困ったときに対応方法について相談できる社内の窓口がある安心感と、必要に応じて適切なアドバイスや指示をもらえて、いざとなったら責任者がカバーしてくれるという社内体制への信頼感が生まれる。これこそ、現場スタッフの安心感の醸成に大きく寄与する重要な視点である。

 もし、組織規模等で階層的な組織体制の整備が難しい場合は、弁護士のような外部の専門家を利用した対応代行体制を検討すべきである。当社でも、設立以来、リスクマネージャーを企業に派遣して、案件によっては、企業の現場対応を直接的に実施している。現場スタッフにとっては、いざというときに対応を代わってくれる安心感や、何かあったときにカスタマーハラスメントや不当要求に対応してくれる専門家が後ろに控えている安心感は何よりも心強いものである。

 また、現場支援という観点からは、メンタルケアのための体制も整えて欲しい。カウンセラーを常駐させたり、ストレスを少しでも低減できるような執務環境、こまめな休息・休暇等を与えるマネジメント(配置)など、従業員が過度の緊張状態、ストレスフルになることを少しでも回避できるような対策に意を用いていただきたい。

2.最後に

 3回に分けて、カスタマーハラスメント対策としての組織体制整備の視点について解説してきた。従業員のメンタルケアについては、上記の対策のほかにも種々望ましい施策はあるが、到底紙面では伝えきれない部分もある。

 当社ではこれまで、現場対応のノウハウとしての危機管理的顧客対応5か条のセミナーを全国で開催して、現場の担当者の不安の払しょくに努めてきたが、今後は、カスタマーハラスメントからの組織防衛についても、順次セミナー等を開催していく予定である。ぜひ、参加いただくとともに、皆様の知見もいただきながら、カスタマーハラスメント対策の推進・普及に取り組んでいきたい。

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