SPNの眼

2022年4月より中小企業へのパワハラ防止法適用拡大!今、改めてパワーハラスメントを考える

2022.05.30
印刷

総合研究部 主任研究員 加倉井真理

部下を叱責する上司

はじめに

2022年4月より、通称「パワハラ防止法」が中小企業にも適用拡大され、6月には改正公益通報者保護法が施行されることを受け、「パワーハラスメント(以下「パワハラ」という)」や「内部通報窓口・相談窓口等」に注目が集まっています。パワハラを含む職場におけるハラスメントが公益通報者保護法に該当するケースは稀であると想定されますが、従業員の方からの相談が増加することは予想されるため、改めて職場におけるハラスメント、特にパワハラについて整理したいと考えます。

1.ハラスメントとは

パワハラを考える前に、そもそも「ハラスメント」とは何かを確認しておきたいと思います。

ハラスメントとは、簡単に言うと、色々な場面での「嫌がらせやいじめ」の事です。
その発言が、わざとであるか、悪意があるかなど、行為者本人の意図に関わらず、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益や脅威を与えることを「ハラスメント」と言います。

現在、一般的に〇〇ハラスメントと呼ばれるものは、50種類を超えると言われており、最近だと、モラルハラスメント(モラハラ)、テレワークハラスメント(テレハラ)などがマスコミ等を通じてよく聞かれる言葉になっています。これらの〇〇ハラスメントは、法律的な定義があるものではなく、いつの間にか名前がついて、勝手に世の中に広がっていき、固定化したり、時の流れとともに聞かれなくなったりするもので、過剰なものや流行語のような性質も含んでいるため、1つ1つに神経質になる必要はないと思われます。

重要なことは、「自分が気にしない事でも、不快に感じる人がいる」ということ、そして、時代とともに「様々な配慮が必要になっている」ということです。

一方、職場におけるハラスメントには、明確な定義がありますので、次の項でその定義を確認します。

2.職場におけるハラスメントとは

法律に定義されている「職場におけるハラスメント」は、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産・育児休業・介護休業に関するハラスメント、パワーハラスメントの3つです。

では、「職場」とは何を指すかというと、「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外であっても、業務を遂行する場所については、職場に含まれる。」という定義があります。

具体的に言うと、ふだん働いている場所、テレワークでは自宅も職場です。その他に、出張先や、取引先の事業所、業務で使用する車の中、業務の延長線上の宴会の場なども職場に含まれます。

次に、「労働者」の定義を確認します。「労働者とは、正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用する労働者の全てのこと」を言います。派遣労働者については、派遣元事業主のみならず、労働者派遣の役務の提供を受ける者、つまり「派遣先」についても、その雇用する労働者と同様の措置を講ずることが必要です。

また、近年の法改正で、フリーランス(個人事業主)の方、就職活動中の学生、インターンシップの方なども対象にするよう求められました。

セクシュアルハラスメント、妊娠・出産・育児休業・介護休業におけるハラスメントに関しても重要な事項ではありますが、今回は、4月に「パワハラ防止法」が中小企業へ適用拡大されたことに伴い、パワハラに焦点を絞ります。

3.パワーハラスメントとは

パワハラは、通称「パワハラ防止法」と呼ばれる「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(改正労働施策総合推進法)」にその定義があります。

パワハラが法制化されたことはご存じでも、パワハラとは、以下の3つの要素をすべて満たすことが要件であることをご存じの方は、それほど多くないのではないでしょうか。

要件を正しく知ることで、なんでもかんでも「パワハラ」だと言うことも、言われることも回避し、その言動が「パワハラ」であるか「指導の範囲」であるかをご自身で考え、また部下や同僚に説明をする際の一助になればと考えます。

職場におけるパワハラとは、下記の3要素をすべて満たすものを言います。

  1. 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
  3. 労働者の就業環境が害されること

なお、「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない」と明言されています。

パワハラは、「指導」との線引きが難しいことが特徴です。次項で、この3要件を具体例を含めて確認したいと思います。

4.パワーハラスメントの3要素

(1)「優越的な関係を背景とした言動であること」とは、客観的にみて、抵抗や拒絶ができない確率が非常に高い関係性があるということです。分かりやすい例は「上司と部下」の職位が上・下の関係ですが、部下から上司、同僚間でもパワハラに該当し得ます。

例えば、IT企業などで、部下の方が高い技術力や最新の知識などを有していて、部下の知識がなければ、業務遂行が困難な場合などは、部下が技術や知識面で上司より高い優位性があると言えます。

また、正社員は経験の浅い店長一人で、他はパート・アルバイト社員だけという店舗などで、パート・アルバイト社員が結託して店長をいじめる、追い出そうとする、といった行為があった場合などは、経験、人数などで正社員より非正規社員に高い優位性があると言うことができます。このように、何らかの高い優位性があれば、同僚間、部下から上司、非正規社員から正規社員へのパワハラも成立します。

次に、(2)「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」ですが、パワハラを判断する上で最も難しいことは、この「業務上必要かつ相当な範囲」の判断ではないかと思われます。いきなり、身も蓋もないことを言えば、パワハラには、「このラインからアウトで、ここまではセーフ」という便利な線引きはありません。業務上明らかに必要性がないか、又はその態様が相当でないかは、その言動の目的、受けた労働者側の問題行動の有無や内容・程度を含む言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、態様・頻度・継続性、労働者の属性(経験年数や年齢、障害がある、外国人である等)や心身の状況(精神的又は身体的な状況や疾患の有無等)、行為者の関係性等を総合的に考慮する必要があります。

例えば、命の危険があるような作業現場や医療現場などと、静かなオフィスでのデスクワークでは基準が全く違います。会社や職場ごとに、必要且つ相当な範囲を決めなければなりませんし、社会通念に照らし合わせることも忘れてはいけないポイントです。つまり、会社の基準を明確にするだけでなく、それが世の中の基準に合っているかを客観的に考える必要もあるということです。会社がパワハラと認定しなくても、裁判でパワハラと判断された例もあります。

最後の、(3)「労働者の就業環境が害されること」とは、その行為によって、身体的・精神的な苦痛を受け、就業環境が不快なものとなったために、その能力の発揮に重大な悪影響が生じる等、働く上で見過ごせないような支障が出ていることを言います。

この基準は、行為を受けた本人がどう思うか、ということだけでなく、「平均的な労働者の感じ方」で判断されます。「平均的な労働者の感じ方」とは、同じような職種・年齢・役職・働き方などをしている人が同じように感じるか、ということです。つまり、客観性が重要になるのです。

なお、言動の頻度や継続性は考慮されますが、暴力を受けたり、命の危険にさらされるような脅迫を受けたりしたなどの強い身体的又は精神的苦痛を与えるような言動の場合には、1回でも就業環境を害すると判断される場合があります。

また、直接その行為を受けている当事者ではなかったとしても、「次は自分があんな目にあわされるのではないか?」などと、周辺にいる多くの労働者が恐怖を感じて、働くことに支障をきたしている状況であれば、その行為はパワハラに該当する可能性があります。

5.パワーハラスメントの6類型

職場のパワハラは多様ですが、代表的な言動として、(1)身体的攻撃、(2)精神的な攻撃、(3)人間関係からの切り離し、(4)過大な要求、(5)過小な要求、(6)個の侵害の6つの類型があり、厚生労働省の「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)」では、類型ごとに、典型的にパワーハラスメントに該当し、又はしないと考えられる例が挙げられていますので引用します。

  1. 身体的な攻撃(暴行・傷害)
    • 該当すると考えられる例
      1. 殴打、足蹴りを行うこと。
      2. 相手に物を投げつけること。
    • 該当しないと考えられる例
      1. 誤ってぶつかること。
  2. 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
    • 該当すると考えられる例
      1. 人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。
      2. 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
      3. 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
      4. 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。
    • 該当しないと考えられる例
      1. 遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。
      2. その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。
  3. 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
    • 該当すると考えられる例
      1. 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
      2. 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。
    • 該当しないと考えられる例
      1. 新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること。
      2. 懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること。
  4. 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
    • 該当すると考えられる例
      1. 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
      2. 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
      3. 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。
    • 該当しないと考えられる例
      1. 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
      2. 業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること
  5. 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
    • 該当すると考えられる例
      1. 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
      2. 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。
    • 該当しないと考えられる例
      1. 労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。
  6. 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
    • 該当すると考えられる例
      1. 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
      2. 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。
    • 該当しないと考えられる例
      1. 労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。
      2. 労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。
        ※この点、プライバシー保護の観点から、(6)該当すると考えられる例(2)のように機微な個人情報を暴露することのないよう、労働者に周知・啓発する等の措置を講じることが必要である。

なお、上記は限定列挙ではなく、あくまで例示であり、個別の事案の状況等によって判断が異なることもあり得ますので、ご留意ください。

6.「パワハラ」と「指導」の違いとは

ここまで、パワハラの詳細を確認しましたが、ここからは、「パワハラ」と「指導」の違いについて考えます。

まず、その行為の「目的」についてです。パワハラの場合は、相手を排除することやバカにすること、行為者本人のストレス発散や自己保身が目的と考えられます。一方、指導は、相手の成長を促し、その後に望ましい行動がとれるように行動が変化すること、つまり、成長の促進を目的として行われると考えられます。

「対象」としては、パワハラは「人」に焦点が当てられ、例えば、「だから、お前はダメなんだ」といった、その人の人格を否定するような言動に繋がります。一方、指導は、起こった「出来事」に焦点を当て、その出来事や言動が、なぜ相応しくなかったのか、どうすれば適切になるのか、ということを対象とします。人にフォーカスすると人格否定や侮辱に繋がりやすくなるので、注意が必要です。

「態度」としては、パワハラは、感情的、威圧的、攻撃的で、相手を否定し、自分を尊重・優先するような様態であり、指導は、冷静で、肯定的・受容的であり、自然体で相手も自分も尊重する様態を示します。

こういった言動の結果として、「パワハラ」がある職場では、部下やメンバーが萎縮し、職場がギスギスし、やがて退職者やメンタルヘルス不調者が生じることにもなりかねず、生産性は下がると考えられます。一方、「適正な指導」が行われる職場では、部下やメンバーひとりひとりが、主体性を持ち、責任をもって発言・行動を行い、活気がある、生産性の高い職場に成長すると考えられており、そういった調査結果も複数出ています。

「パワハラ」と「指導」の線引きは難しいもので、時に「強い指導」が行われることもあるかもしれません。そういった時には、指導をする方は、この項で述べたような「目的」、「対象」、「態度」などを冷静に鑑み、「自分の言動は、適正な指導になっているだろうか?」と自己確認していただきたいと思います。また、指導を受ける方は「パワハラだ!」と言う前に、指導者や相手の言動が「行為者本人のためではなく、会社や自分のために行われたものではなかったか、自分の良くないところはどこだったのか、指導者や相手の言動が自分の次の成長につながるものだったか」などを考えて頂きたいと思います。

厳しい指導とパワハラは似て非なるものです。例え、「指導」が目的であっても、業務上適正な範囲を超えていれば、パワハラに当たる可能性があります。行為者が「これは指導だ!」と主張しても、客観的に見て不適切な方法であったり、やりすぎであったりすれば、その言い分は認められません。一方、厳しい指導であっても、客観的に見て、業務上必要で、相当な範囲だと認められる限りは、パワハラには当たりません。「私が嫌だと思ったからパワハラです!」は通用しないのです。また、「パワハラ」という言葉を利用して、上司や指導者などを追い詰める行為があれば、その行為自体が、部下から上司(指導者)に対するパワハラに当たる可能性もあります。

パワハラは、何らかの高い優位性が認められれば、誰でも被害者にも加害者にもなる可能性がある重大な人権侵害であり、相手の健康を害する恐れがある行為だと認識し、相手に敬意をもって接することが肝要です。

7.パワハラを受けたり、見聞きしたりした際の対応

ハラスメントを受けたり、見聞きしたりしたらどうすればいいのかにも触れておきたいと思います。

まずお伝えしたことは、一人で抱え込まないことが最も重要だということです。

行為者が、自身のハラスメント行為に自覚がないこともあり得ますので、ハラスメント行為を受けた方は、可能であれば、行為者本人に、「そういう言動をされることが嫌であること」を伝えます。見聞きした方は、行為者本人に、「そういった行為はハラスメントに当たる可能性があること」を伝えたり、行為を受けている方に、「困っていることはないか」などの声がけやフォローをすることが望ましいと考えます。

しかしながら、行為者本人に直接伝えることが難しい場合や、意見したことで、行為が悪化することも考えられます。そういった場合は、行為者以外の上司に相談したり、ハラスメント相談窓口や内部通報窓口、相談を受け付けてくれる人事部門やコンプライアンス部門などに相談してください。

会社はハラスメントから従業員を守る義務がありますので、ハラスメントを受けたり、見聞きしたら、我慢をしたり、見て見ぬふりをするのではなく、会社に相談することが大切です。

8.会社が行うべき措置とハラスメント防止への取組み

ハラスメントは当事者間だけの問題ではなく、会社の組織的な問題と考えられています。パワハラ防止法を含め、職場におけるハラスメントに係る各種法令では、会社(事業主)が講ずるべき措置として、以下の内容が定められています。

  • 「ハラスメントがあってはならない」という方針を明確にし、ハラスメントが起こった場合には、就業規則等に沿って厳正に処分することなどを従業員に周知・啓発すること
  • ハラスメントの相談に、適切に対応できるように、相談窓口を設置するなどの体制を整備すること
  • 職場でハラスメントが起こった場合には、迅速に事実確認を行い、事実が確認された場合には、速やかに被害者に対する配慮措置と、行為者に対する処分等の措置を行うこと
    なお、補足として、事実確認は双方に対して、中立・公正に行い、最初から加害者と決めつけたり、過剰に相談者(通報者)を擁護したりすることがないように注意することも必要であることを申し添えます。(相談者や通報者が、窓口の不適切利用を目的としていたり、本人の過剰な思い込みによる場合等があります。)
  • 被害者・行為者、双方のプライバシーの保護や、被害者が相談をしたことにより、不利益を受けたり、行為者が報復行為などを行わないように対策をすること
    (プライバシー保護と不利益取扱いの禁止)

再発防止対策も重要な措置と位置付けられています。新たな被害者や行為者を生み出さないように、全社的に再発防止の取組みを実施することが必要です。例えば、ハラスメントの背景として、労働環境に問題があれば、労働環境を改善したり、ハラスメントについての認識や知識に不足があれば、研修や教育をすることなどが考えられます。さらには、被害者や行為者を継続的にフォローし、経過を観察することが必要な場合もあります。

その行為がハラスメントと認定されなくても、職場環境の改善や、同様の問題が起こらないように対策をすることも大切なポイントです。ハラスメントに認定されないからといって、その職場に問題がなかったということではありません。事態を軽視せずに、ハラスメント防止の対策を強化することが肝要です。

最後にお伝えしたいことは、何よりも、働く私たちひとりひとりが、職場環境をより良くするために、自身に何ができるのかを考え、取り組むことが重要だということです。ハラスメントがないことは当り前のことと考え、健康的に働き、高い生産性を上げることができる「より良い職場」を目指しましょう。

以上

Back to Top