SPNの眼

コンプライアンスの取り組みは「本質」を捉えて行うべし(第一回)

2023.01.11
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執行役員(総合研究部担当) 主席研究員 西尾 晋

コンプライアンス イメージ

※本稿は全4回の連載です。

1.はじめに

企業不祥事は起こるたびに、「コンプライアンスの徹底」「コンプライアス体制の強化」が毎度のように再発防止策として宣言される。2000年以降、企業不祥事が頻発しているが、20年以上たった今でも、結局、コンプライアス違反は繰り返されている。

なぜ、コンプライアンスが定着しないのか、形骸化したコンプライアンスの推進ではなく、実効性を持たせた形で推進していくためのポイントは、「コンプライアンスの本質」を正しく理解することが不可欠である。

本稿では、2022年11月24日に実施した当社主催のWEBセミナー「コンプライアンス経営の実践と事業・業務への導入のポイント」の内容を振り返りつつ、コンプライアンス推進のポイントについて、数回に分けて解説していきたい。

2.不祥事事例から見るコンプライアンスやリスク管理の形骸化

2016年6月に発覚した、神戸製鋼子会社によるばね用鋼線JIS規格偽装事件。親会社から赴任した新工場長が生産会議に出席し、おかしな言葉が使われていることに気付いた。その「おかしな言葉」とは、工場で普段から使われていた「トクサイ」という言葉で、「特別採用」の略である。この言葉に違和感を感じ、調査を開始したところ、偽装が発覚した。

その結果、工場独自の解釈・判断による「ローカルルール」が形成され横行している実態が発覚した。工場では、「当初の仕様から外れた不良品だったとしても、品質に問題がなければ顧客は十分に使える可能性がある上、安く譲り受けられるメリットがある」として、不正が横行していた。更に、「特異事項の横展開が行われ、次第に解釈・判断の独善化・曖昧化することで、ローカルルールが暴走」する事態になっていた。「トクサイ」というか言葉が、品質の強度についても横展開され、ローカルルールが拡大・暴走していた。

第三者委員会報告書では、「今回確認された不適切行為の原因」として、下記の事項が指摘された(当該企業や報告書に対する評価を行う目的ではないため、「引用」でなく、同趣旨の記述としている)。

(1)収益評価に偏った経営と閉鎖的な組織風土

収益優先で各組織の規律は、組織の自己統制力に依存しており、「(不正に関して)『何を言ってもムダ』という空気が現場に蔓延していた」。つまり、収益偏重の極めて閉鎖的な組織風土が形成されていたことが原因の一つとされた。

バランスを欠いた工場運営

「営業」・「製造」・「開発」機能がそれぞれの拠点で完結する事業運営となっており、生産・納期優先の風土と閉鎖的な組織による人の固定化が助長されていたことも指摘されている

(2)不適切行為を招く不十分な品質管理手続き

管理職ならば自己申告・自己承認での書換えも可能など、改ざん・捏造が容易な検査プロセスとなっていたことも指摘された。その背景には、そもそも守れない厳しすぎる社内規格による規格の形骸化(「工場規格」)があったとされる。

(3)契約に定められた仕様の遵守に対する意識の低下

自社製品に対する「誤った自信」が、「過信」を生み、製品の仕様書を遵守しようという意識の欠如に繋がる。そして、そのような仕様書規格外の製品の製造・出荷等の不適切行為が継続され売上規模拡大し、そのような不適切行為によって売り上げを上げた当事者の昇格することで、不適切な行為をしてでも売上を上げた者勝ちという意識が従業員の芽生え、不正やコンプライアンス違反が継承されていく。

(4)不十分な組織体制

同社では、製造部門の担当部長が品質保証室長を兼務していたが、このような自分で作った者を自ら検品するような組織的牽制の欠如が現場では常態化しており、本社等の別の部門による「監査」が行われていなかった。

そして仮に本社等の別の部門による監査を行っていても、そもそも当該製品が仕様書規格外であることや法令違反である可能性を指摘・発見するためには相応の品質管理・品質保証に関する知見が必要であるが、そのような知見の教育は、監査やコンプライアンス関連部門のスタッフには行われておらず、組織的な管理体制の不備が存在していた。

なお、コンプライアンスの綻びは、「部門や従業員の自己都合による小さな逸脱」から始まる。自己都合が優先されると、その自己都合を正当化すべく、独自解釈等による方便によりリスク管理対策として定められた基準を緩和して、逸脱(例外)の幅を広げようとする。「(時間がないため)今回は特別」、「お客様の意向」、「売り上げ確保のため」が、よく用いられる自己都合優先のための方便である。

そして、このような小さな逸脱は、ルール・上長等によるけん制が効いているうちは、実行されずに是正されるたり、調整されることになるが、業務都合が優先され、忙しさや決裁・調整に時間がかかる中で現場処理を進めないといけない状況になると、「(時間がないため)今回は特別」、「売り上げ確保のために今回はやむを得ない」という方便が幅を利かせてはじめ、例外的処理(逸脱)が許容され、拡大していくことになる。このように、職制によるチェック・是正の壁を突破してしまうと、手間・コスト・効率等の大義名分が更に幅を利かせる状態になり、悪しき前例を錦の御旗として、例外事情や基準緩和が拡大していく状態に陥る。こうして、例外・特例が常態化し、原則と例外が逆転してしまい、本来の原則を定める規定やルールが形骸化していくという事態を招いてしまう。こうなると、同種・関連案件への横展開や他部門同調が始まり、本来的なリスク対策より自己都合優先の風潮が加速していくことで、コンプライアンス軽視・独善化の判断・業務運営が促進されてしまう。他部門による牽制により本来の形に是正されれば本来あるべきコンプライアンスは維持されるが、部署間のパワーバランスや幹部間の意識のブレ(間違った方法による売上・利益確保)により是正されなければ、逸脱は一気に横展開されて、組織全体に蔓延ることになってしまう。このような状況に陥ると、現場では、製品不良やサービスに対するクレームが多数発生するものの、コンプライアンス違反の発覚(=自分たちの事情を優先したやり方ができなくなること)を恐れて、そのクレームや不都合な記録が改ざんされ、コンプライアンス違反の隠蔽工作や責任転嫁が行われ、内部統制が形骸化し、組織としてのチェック機能が働かなってしまい、企業不祥事に発展していく。

「不祥事事例から見るコンプライアンスやリスク管理の形骸化」に関連して、上記の逸脱のプロセスで見られる特徴を紹介していきおく。

不祥事のリスト

3.コンプライアンスとリスク管理の重要性

帝国データバンクの「コンプライアンス違反企業の倒産動向調査」、例えば、2020年の調査結果によると、2012年以降、コンプライアンス違反による倒産が年間約200件に上ることが秋かになっている。倒産に至らないまでも「コンプライアンス違反」により業績悪化等を招いた企業は相当数に上るものと思料される。

コンプライアンスについては、往々にして、概念論、理想論と考えられがちだ。しかしながら、コンプライアンス違反により、現実に企業が倒産に追い込まるという事実・実態を踏まえれば、「コンプライアンス」は決してお題目や概念論ではなく、現実論・実践論であることがわかる。まずは、この点について、正しい現状認識を持つことが重要である。

ところで、金融庁は、平成30年10月に「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」を公表した。このコンプライアンス・リスク管理基本方針に書かれた内容は、金融機関に限らず、多くの企業に共通する内容が含まれており、企業のコンプライアンスの推進に際して参考になる記述も含まれていることから、その内容をここで紹介しておきたい。

コンプライアンス・リスク管理の表
※出典:▼金融庁 コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方
(コンプライアンス・リスク管理基本方針)のポイント

上記の図にもあるように、従来のコンプライアンス・リスク管理上の問題点としては、①形式的な法令違反のチェックに終始していること、②発生した個別問題に対する事後的な対応になっていること、③経営の問題と切り離された、管理(コンプライアンス)部門中心の局所的・部分的な対応になっていること、が指摘されている。ここでは金融機関の対応と表記されているものの、この3点は日本企業でも比較的多く見られる特徴と言える。

詳述すれば、金融庁は、①については、「コンプライアンス・リスクは、ビジネスと不可分一体で、往々にしてビジネスモデル・経営戦略自体に内在する場合が多く、その管理は、まさに経営の根幹をなすが、金融機関の経営陣においては、そのような発想が十分ではなく、これまでのモニタリングにおいて、次のような傾向が見られた」として、これまでのコンプライアンス経営の障害として、「形式的整備」「表面的対応」「リスクオーナー意識欠如」を挙げている。「形式的整備」に終始している例として、経営陣において、コンプライアンス・リスク管理は、検査マニュアルのチェックリストに基づく態勢を形式的に整備するという発想で捉えられがちで、ビジネスモデル・経営戦略と密接不可分であり、経営陣自ら率先して対応すべきものという視点が弱いことを指摘している。そして、「表面的対応」については、発生した問題事象の再発防止について、社内手続きを加重するといった形式的対応にとどまりがちで、問題事象の根本原因(経営陣の姿勢、ビジネスモデル・経営戦略、企業文化等)まで遡り、原因を同じくする問題が形を変えて再発することを防ぐ視点が弱い旨指摘している。この点は、同じ企業で何度も企業不意商事が繰り返し起きていることや、内部通報があっても当該通報への対応がメインとなっており、根本原因の改善にまで踏み込めていない為、同様・類似の通報が繰り返し寄せられる企業が少なくない点をみても合点がいくことだろう。「リスクオーナー意識欠如」については、事業部門が、コンプライアンス・リスク管理を、手続等を所管する管理部門の問題であるとサイロ的にとらえていて、自らリスク管理をすべきという主体的・自律的な意識を持っていない点を指摘している。この点は、まさにコンプライアンスが日々の業務やマネジメントの中に組み込まれていないことの象徴と言えるであろう。

そして、金融庁はこれらの問題点に対する「改善の方向性」について、金融機関以外の企業・組織でも参考とすべき内容を提示している。すなわち、何よりもコンプライアンスやリスク管理は、経営の問題であるとの認識を醸成することが重要であり、経営陣においては、ビジネスモデル・経営戦略・企業文化とコンプライアンスを表裏一体のものである認識して、経営目線で内部管理態勢の整備・推進を主導することを求めている。

事例の部分でも紹介した通り、風通しの悪い組織風土は、コンプライアンス違反や企業負傷を起こす企業には共通して見られることが多い。特に、『何を言ってもムダ』という閉鎖的な組織風土は、組織がいわゆる暴走する場合によく見られる特徴の一つである。

最初のうちは社内でも「おかしい」という声が上がっても、コンプライアンス違反や不正が是正されずに、そのまま継続されていけば、次第に「言っても無駄」という社風が形成されていく。この過程で、声を上げた従業員が排除されたり、居づらくなった従業員が辞めていくことで「言うだけ無駄(損をする)」という意識が社内で蔓延し、閉鎖的な組織風土が助長される。上記の第三者委員会の報告書に見られる通り、幹部や関係者の人事に絡んで、不正や不適切な判断・行為、コンプライアンス違反が継続されいくのも、閉鎖的な組織の特徴である。このような、組織的な「不作為」によるコンプライアンス違反の継続が、企業不祥事や組織の暴走を生み、閉鎖的な組織風土を形成・助長していく。この点は、太平洋戦争下での日本軍の組織的特性を分析した、「失敗の本質-日本軍組織論的研究(中公文庫 と 18-1)」(戸部良一 他著)でも紹介されているところである。

したがって、不祥事に至らせないためのリスク管理対策としてのコンプライアンスの推進には、おかしいという声を吸い上げること、そしてその不正・不適切な行為、コンプライアンス違反を是正し、関係者を処分していくことで、不作為による現状追認・横展開を解消・是正していくこと、そのような組織特性を継続的に維持していくことが重要になる。言われてみれば「当たり前」かもしれないが、経営幹部が売上や利益に誘惑に負けて、「売上や利益にためなら少しぐらいの不適切な行為はやむを得ない」という形でブレてしまうと、この「当たり前」が実行されなくなっていってしまう。その意味では、おかしいという声を吸い上げること、そしてその不正・不適切な行為、コンプライアンス違反を是正し、関係者を処分していくことで、不作為による現状追認・横展開を解消・是正していくこと、そのような組織特性を継続的に維持していくという当たり前の取り組みを継続するためには、経営幹部が、「売上や利益にためなら少しぐらいの不適切な行為はやむを得ない」という意識にならないように、正しい意識付けを行っていくことが重要であり、そのために欠かせないのが経営理念や社是・社訓と言った、企業の存在意義を示す根本規範なのだ。

そして、コンプライアンス研修は一般従業員に対する研修以上に、経営幹部に対しても行い、正しい意識は何なのかを徹底的にすりこんでいくこと、さらには、日々の業務指導やマネジメントを通じて、従業員に対しても、刷り込んでいく必要がある。

コンプライアンス経営における経営理念の重要性は以前から言われているが、経営理念の浸透は、経営陣・経営幹部・管理職に対してこそ、重要なのである。しかも、金融庁が指摘するように、「経営陣においては、ビジネスモデル・経営戦略・企業文化とコンプライアンスを表裏一体のものである認識して、経営目線で内部管理態勢の整備・推進を主導すること」、すなわち、コンプライアンスを具現化する経営理念を明確に定め、その経営理念に基づき、ビジネスモデルや経営戦略を考え、それを推進していくための企業文化の形成に努めていく必要がある。業務を進める上でコンプライアンスを徹底するというよりも、もっと根本的に、企業の経営理念・経営スタイルの中に、コンプライアンスを反映し、それが業務推進において自然と具体化されるような人材育成を行うことこそ、コンプライアンス経営に他ならない。

第一回 おわり

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