SPNの眼
総合研究部 上級研究員 戸塚 直樹
2025年6月に「公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)」が公布され、2026年12月1日から施行されます。本コラムでは、現時点で施行まで1年を切った同法の主な改正ポイントを整理するとともに、実務上留意すべき点について考察します。
1.法改正の背景
公益通報者保護法は今から約20年前の2006年に施行された後、2020年に初めての改正(2022年施行)が行われました。このときの改正では、常時使用する労働者数が300人超の事業者に対する体制整備と従事者指名が義務化されたほか、守秘義務違反をした従事者に対する30万円以下の罰金規定などが新設されました。これが、内部通報制度の実効性を高めるために行われた第1回目の大幅改正でした。
しかし、2023年に消費者庁が実施したアンケート(「内部通報制度に関する就労者1万人アンケート調査の結果について(令和6年2月消費者庁)」)では、事業者内で重大な法令違反行為を目撃したとしても、労働者が公益通報を躊躇・断念してしまうおそれがある状況など、制度の実効性に関する課題が確認されました。また、公になっている企業不祥事の第三者委員会報告書において、「内部通報制度が有効に機能しなかった」「内部通報制度が形骸化していた」というような記述が現在でも散見されます。そしてこれらの背景にある主要因として、通報者を保護する仕組みの不足が指摘され、通報者が安心して声を上げられる環境を整えることが急務とされました。
海外に目を向けると、欧州では2019年12月に施行されたEU公益通称者保護指令により通報者保護が強化されたほか、2023年8月には日本が「国連ビジネスと人権の作業部会」から「通報者に報復する事業者に対する制裁措置を設けること等、通報者保護を更に強化すること」を勧告されるなど、グローバルな視点からも日本の公益通報者保護体制は不十分で、国際基準に合わせた制度整備が必要とされました。
2.今回の改正法の概要
消費者庁は同法の見直しに向けた検討会を2024年5月に発足、2024年12月に「検討会報告書」を取りまとめ、翌2025年6月に改正法が成立しました。今回の改正法は、前述のような背景から、通報者保護の実効性を高めることを最大の目的としています。そして、事業者にとって影響が大きいと考えられる項目を整理すると以下のとおりです。
| 1 | 不利益取扱いに係る対応の強化(解雇または懲戒が対象) | 推定規定の新設(立証責任の転換) |
|---|---|---|
| 刑罰規定の新設 | ||
| 2 | 公益通報の範囲拡大 | 特定受託業務従事者の追加 |
| 従事者指定義務違反行為の通報対象への追加 | ||
| 3 | 事業者の取るべき措置の強化 | 通報者探索の禁止 |
| 通報妨害の禁止 | ||
| 事業者の体制整備義務の強化 |
次項からは各項目のポイントを見ていきます。
2.1 不利益取扱いに係る対応の強化(解雇または懲戒が対象)
「不利益取扱い」とは、公益通報を行ったことを理由として、通報者に対して事業者が不当に不利益な取扱いをすることを指します。具体的には、解雇または懲戒のほか、降格、配置転換、減給、嫌がらせなども該当するということが指針の解説(「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」)で示されています。この前提に加え、改正法では不利益取扱いを防ぐ仕組みを強化する方向で以下の規定が新設されます。
2.1.1 推定規定の新設(立証責任の転換)
今回の改正では、「通報から1年以内(もしくは事業者が公益通報を知ってから1年以内)に行われた解雇または懲戒については、公益通報をしたことを理由としてされたものと推定する」という規定が新設されました。実務的には、これまで公益通報を行った通報者が不利益取り扱いを受けたと訴えた場合、通報と不利益扱いの因果関係を立証する責任は通報者の側にありましたが、改正後はその立証責任が通報者から事業者に転換されるということです。つまり、通報から1年以内に解雇または懲戒処分を受けた公益通報者が、「それは通報したことによる不利益取扱いだ」と訴えた場合、その解雇または懲戒処分が、通報とは無関係であることを事業者側が証明しなければならなくなったということです。そして、司法の場で不利益取扱いであると認められた場合には、行為者と事業者に対し次に挙げる刑罰が科されることになります。
2.1.2 刑罰規定の新設
これまでも、公益通報を理由とした不利益取扱いは禁止されていたものの、刑罰の対象にはなっていませんでした。しかし、改正後は、規定に違反して解雇または懲戒を行った場合に、刑罰が科されることになります。具体的には、行為者個人に対して、「6月以下の懲役または30万円以下の罰金」、事業者に対しても「3,000万円以下の罰金」の併科が可能となります。
本項で述べた立証責任の転換と刑罰規定の新設により、通報者が安心して違法行為などを報告できるようになることが期待される一方、事業者の責任は重くなることに注意が必要です。実務対応としては、通報から1年以内の公益通報者を解雇または懲戒処分する際には、その判断が正当であることを立証するための備えとして、そこに至った理由や背景事情をしっかりと記録に残し、合理的な理由を説明できるようにしておくことが肝要です。なお、今回の改正では「配置転換」は刑罰の対象には含まれませんでしたが、実際のところ当社の内部通報外部窓口「リスクホットライン:®」には、意にそぐわない人事異動を通報者が「不利益取扱いだ!」として申し出てくるケースが増加傾向にあります。つきましては、そのようなケースでも通報対応を長引かせないために、通報と異動の無関係性を示すことができるように備えておく必要もあります。具体的には、通報前から異動が検討されていたことを示す資料や、異動が通報者のキャリア形成を阻害するものでないことを示す評価記録等について保存しておくことをお勧めします。
2.2 公益通報の範囲拡大
2.2.1 特定受託業務従事者の追加
公益通報者保護法が適用される通報者について、現行法では「労働者、派遣労働者、1年以内の退職者、法人の役員等」となっていますが、改正後は新たに「特定受託業務従事者」が追加されます。つまり、契約終了から1年以内の方を含むフリーランスの方々も保護の対象になりますので、通報制度の利用者にも含める必要が出てきます。フリーランスを巡っては、国内での働き方の多様化によるフリーランスの増加に伴い、2024年に「フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)」が成立したこともあり、当社のリスクホットライン®の契約社の中にもフリーランスを窓口の利用対象に含める企業が増えています。しかし、残念なことに、フリーランスの方は個人事業主が多ため、どうしても個人が特定されやすいということから、利用率は極めて低い状況にあるというのが実際のところです。今後、各事業者においてフリーランスの方も安心して利用できる仕組みをどう整えていくかが課題と言えます。
2.2.2 従事者指定義務違反行為の通報対象への追加
これまで、従事者指定義務の違反行為については公益通報の対象として明示されていませんでしたが、改正後は従事者指定を適正に行っていない場合、それ自体が通報の対象となります。この点に関しては、消費者庁(長官)の執行権限も強化され、①事業者への立ち入り検査権限、②勧告に従わない場合の命令権、③命令違反に対する刑罰規定も新設されました。なお、リスクホットライン®の契約社の状況を拝見していて、内部通報担当者を従事者指定するという運用は定着している一方で、案件ごとの調査の過程での従事者指定が曖昧になっているケースはまだまだ目にします。今後、案件ごとに臨時で従事者を指定するといった運用も定着させることが求められます。
2.3 事業者の取るべき措置の強化
2.3.1 通報者探索の禁止
これまでは、やむを得ない場合を除いて公益通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとることは、公益通報者保護法の指針の解説にも明示されていましたが、今回の改正で、通報者探索の禁止規定が明文化(新設)されました。
これにより、通報者の匿名性と心理的な安全性が一層強化されることが期待される一方、事業者においては法的な注意義務を新たに負うこととなります。この規定に違反した場合の刑罰規定はありませんが、損害賠償責任を問われる可能性もあるため、より厳格な対応が必要となります。特に、「正当な理由」の例外規定を幅広に解釈して安易に通報者を探索する行為は極めて危険と言うことになります。
2.3.2 通報妨害の禁止
通報することを妨げる行為はこれまでも禁止されていたものの、法律上は通報妨害に関する明確な定めがありませんでした。改正後は、正当な理由なく労働者等に対して公益通報をしない旨の合意を求める行為や公益通報を理由とする不利益な取扱いを行う旨を告げる行為などが明確に禁止されます。こちらも違反者への刑罰規定はありませんが不法行為等に基づく損害賠償請求の対象にはなり得ますので注意が必要です。
この点については、正当な理由なく社内文書を外部提供した社員や、事実無根の情報を社外に流布して会社に損害を与えた社員の存在を把握した場合でも、その社員を特定して懲戒処分を科すことが今後は難しくなると考えたほうがよいと警鐘を鳴らす有識者の声もあります。
2.3.3 事業者の体制整備義務の強化
これまでも、公益通報者保護法やその指針および指針の解説において、内部通報制度を就労者に対して教育・周知することの必要性については言及されていたものの、こちらも法律上は明記されていませんでした。今回の改正では、労働者等に対して通報対応体制を周知することが事業者の義務として明文化されました。実効性のある内部通報制度の運用に向け、まずは従業員等が安心して利用できる体制を整備したうえで、制度の積極的利用を継続的に促すことが事業者により強く求められるようになるということです。当社では、アンケート等で定期的に制度の認知度や通報窓口の利用しやすさ等について確認し、その結果をフィードバックする機会を周知活動の一つとして有効利用することをお勧めしています。
3.おわりに
公益通報者保護法はその名の通り公益通報者を保護するための法律です。今回の法改正は事業者が内部公益通報制度の重要性を再認識する良い機会になることは間違いありませんが、肝心なのは実際にその実効性を高めることです。先日、日本証券取引所グループ(JPX)が、新規上場審査において内部通報制度の整備・運用状況をこれまで以上に厳格にチェックすると公表しました。特に経営陣から独立した通報ルートの確立を重視するとしています。当社の「リスクホットライン®」では20数年前にサービスを立ち上げた当初から、利益相反を回避する独立ルートの設置を契約社にお願いしてきましたが、近年そのルートへの通報が増加傾向にあります。実際に自浄作用を働かせることができたケースも増えています。今後、さらに事業者が自組織の内部通報制度を通じて不正やハラスメントの芽を早期に発見できたという事例が増えることを切に願うとともに、当社としてはそのお手伝いができるよう引き続き尽力してまいる所存です。
出所
- 株式会社エス・ピー・ネットワーク「実例で学ぶ内部通報実践対応88」(清文社)
- 株式会社エス・ピー・ネットワーク「内部通報窓口超実践ハンドブック改定版」(清文社)
- 消費者庁「公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)」
- 消費者庁「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3年8月20日内閣府告示第118号)
- 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和3年10月)
- 消費者庁「内部通報制度に関する意識調査」(令和6年2月29日)
- 消費者庁「公益通報ハンドブック」(改正法(令和4年6月施行)準拠版)
- 消費者庁「EU公営通報者保護指令(第2回公益通報者保護制度検討会(2024年7月8日)資料)」
- 中野真「公益通報者保護法に基づく事業者等の義務の実務対応〔第2版〕」(商事法務、2025)


