SPNの眼
総合研究部 主幹研究員 齊藤泰生
目次
1.会見前に準備する「予定稿」
2.見出しに何がうたえるか
3.質問で引き出したいことは
4.報道現場で消えた「締め切り時間」
5.金曜午後の会見は記者の不興を買う
6.メディアトレーニングで見た社長の震え
7.不安を解消するには「経験」すること
世間を騒がす不祥事を起こし、社長が謝罪会見を開く。そのとき記者はどんな準備をし、記事をつくり、報じるのか。報道する側の動きや心理を知ることは、企業危機管理の備えにつながるかもしれません。全国紙の記者を務めた自身の経験と現役記者からのヒアリングでまとめました。加えて、謝罪会見を想定したメディアトレーニングで垣間見た社長たちの姿も記します。
経営トップが出席する謝罪会見は、製品の欠陥や事故で被害が生じ、その広がりが予想される場合、個人情報流出やサービス障害など多数の人に影響が及ぶ場合、粉飾決算など法令違反に問われた場合などで開かれます。会見開催の情報は少なくとも2時間前にメディア側に知らせるのがルールです。
1.会見前に準備する「予定稿」
会見の案内を受けて記者がまず準備するのは「予定稿」です。これまでに明らかになった不祥事の内容や経緯を書き込み、会見で明かされそうな新たな事実や発言といった、いわゆる「ニュースの核」となる部分を〓〓(ゲタ字)にした記事を作成します。それを携えて会見に臨みます。
世間の注目度が高い事案では、現場記者から原稿を受け取る報道センターのデスク(編集責任者)にも予定稿を共有します。デスクと記者は事前に、記事の狙いやポイント、紙面展開などを打ち合わせ、デスクはその内容をもとに、政治、経済、社会、国際報道など編集各部のデスクが集まる夕方の編集会議で、「この記事はトップ級で扱ってほしい」などとアピールします。そうして翌日朝刊1面の枠を確保するのです。余談ですが、編集会議の場でプレゼン力があり、「紙面取り」に強いデスクが朝刊当番のときに、記者は特ダネ原稿を出すようにしていました。
そのように準備する予定稿ですが、用意する意味は2つあります。一つは記事制作の時間短縮。もう一つは、会見で何を聞くべきか考えを整理するためです。ニュースの核となる〓〓部分の発言を経営陣からどう引き出すか。あらかじめ文章化することで見えてきます。もちろん会見では想定外の事実や発言も出ます。そこは予定稿をベースに柔軟に上書きしていきます。記者会見はまさにLIVE。記者のテンションも上がります。提出時間を気にかけながら記事を仕上げるとき、まっさらから書くよりも焦りが少ない。予定稿は気持ちを落ち着かせる効果がありました。
2.見出しに何がうたえるか
いざ、記者会見です。注目の会見では1社2~4名の記者を投入します。会見場ではどの記者もパソコンを打っていますが、質問に対して登壇者はどう答えたか、QA方式でメモしています。
記者はそれぞれ分担、連携して記事を出稿します。例えば、会見途中で新事実が明かされたとき、記者Aはメモ取りを中断。デジタル向けニュース速報として、新事実の部分に焦点を絞った記事作成に取り掛かります。他の記者は引き続き会見内容を追います。そのほかの役割分担としては、記者Aは会見全体の筋をまとめる本記担当、記者Bは1問1答をまとめる役、記者Cは解説を担い、会見のニュースを多面的に報じます。
記者会見が長時間になると、途中で報道センターにいるデスクと連絡を取り合います。そのときデスクが必ず聞いてくることは、「どんな見出し(タイトル)になるか」です。見出しに何がうたえるかでニュースの扱い、価値が変わります。インパクトのある見出しで大きく扱えるかを聞いてくるのです。
最近はデスクと現場記者のやり取りはメールで行われるようですが、私が若手記者のころはもっぱら電話でした。「見出しはなんだ、早く言え!」と急かされました。刻々と近づく締め切り時間、延々と続く会見。そこに耳を直撃するデスクの怒声。不祥事会見は記者にとっても緊迫の場なのです。
3.質問で引き出したいことは
近年の企業不祥事による社長謝罪会見を報じた記事の見出しを一覧にしました。ここから何が読み取れるでしょうか。
【最近の社長謝罪会見を報じた新聞の見出し】
| 掲載日 | 見出し(タイトル) | 不祥事・問題 | 媒体名 |
|---|---|---|---|
| 2022 4/28 |
「私の至らなさ」 知床観光船社長「風なく、行けると」 | 知床観光船沈没事故 | 読売新聞 |
| 2022 7/4 |
KDDI障害、3915万回線 過去最大級、復旧作業に40時間 社長謝罪、補償を検討 | 大規模通信障害 | 朝日新聞 |
| 2023 7/26 |
過剰ノルマ、不正まん延 社長辞任 社長「知らなかった」 | 保険金不正請求 | 日本経済新聞 |
| 2023 7/26 |
ビッグモーター会見一問一答
|
保険金不正請求 | 日本経済新聞 |
| 2023 10/3 |
ジャニーズ 補償後廃業 タレント、新会社に性被害325人申告 | 創業者による性加害 | 読売新聞 |
| 2024 8/14 |
「紅麹」報告漏れ新たに11件 小林製薬3度目 死亡と関連調査113件に 「情報連携に不備」 | サプリによる健康被害 | 日本経済新聞 |
見出しに取られているのは、「トップの発言」と「数字」です。記者はこの二つを引き出そうと執拗に質問を重ねます。経営トップの発言は企業の「公式見解」であり、不祥事に対する企業の姿勢を表すものです。また、社長の発言や振る舞いを通して記者は「企業体質」を伝えようとします。一方の数字は、事の重大さが端的に伝わる事実。記者が狙うこの二つの要素への準備が、企業側にとって重要になります。社長が軽率な発言をすれば、見出しに取られて大きな批判記事になります。誤った数字を公表して、あとで訂正するような事態になると、「ごまかそうとしている」「反省していない」などといった世論の批判が再燃し、企業のダメージを深めることになります。
4.報道現場で消えた「締め切り時間」
私が報道デスクを務めた15年前の新聞社では、ニュースの主戦場は紙でした。朝刊と夕刊にどんなニュースを掲載できるかでライバル社と勝負していました。今はデジタルファーストです。新聞各社は自社のニュースサイトに、いかに早く正確な記事を出せるかに注力しています。その結果、原稿の「締め切り時間」という概念は薄れました。随時記事を出さなければならないからです。そうしたデジタルファーストの記事制作で記者に求められているのは、会社員の帰宅時間帯にあたる午後6~7時台に新着ニュースの配信を目指すこと。閲覧数が上がり、広告収入にもつながるからです。
企業の不祥事会見は、事故などの緊急的なものを除けば、平日午後に開かれることが大半です。上場企業であれば株価への影響を考慮し、株式市場が閉場した午後3時以降に設定されます。例えば、午後3時に始まって2時間会見すると終わりは午後5時。帰宅時間帯までに完成原稿をまとめようとすると、執筆時間はあまりありません。朝刊主体の新聞づくりのときは、午後8時を過ぎて原稿を出しても大丈夫でした。デジタルニュースが主戦場の今、記者は常に急き立てられている状況にあります。
5.金曜午後の会見は記者の不興を買う
ちなみに、金曜午後の記者会見は避けたほうが無難です。金曜は政府が重要政策を発表したり、記者クラブへの配布資料が増えたり、重大事件の裁判の判決が言い渡されたりします。ニュース量が減る週末を通して長く報じられることを考えるからです。そこに、社長が出席する不祥事会見が設定されると、「忙しいのになんだよ」と記者の不興を買います。ニュースが重なれば、自社の記事の扱いは相対的に小さくなるだろう、そんな見立てがあるかもしれませんが、記者の苛立ちが募り、会見での追及が厳しくなるかもしれません。金曜午後の会見を避けたほうがよいのは、新事業発表などポジティブな案件も同様です。
6.メディアトレーニングで見た社長の震え
新聞社を早期退職した後の一時期、当職とは別の危機管理会社でメディアトレーニングの仕事に携わりました。多数の被害者を出した製品事故や、顧客の大量の個人情報流出など、クライアント企業の事業内容に合わせた不祥事案のシナリオをつくり、その筋書きをもとに、社長を含む経営陣が本番さながらの謝罪会見を行います。その質疑応答の練習で、経営陣を問いただす記者役を務めました。
模擬会見を前に経営幹部たちは集まって、誰が何をどのように答えるのか、記者からの質問を想定した回答を準備します。会見は1時間前後を設定。経営陣が控室から出てきて、カメラのフラッシュを浴びながら登壇するところから始まります。
そこで、思わぬ光景を目にしました。会見冒頭で謝罪文を読み上げる社長の手が震えていたのです。数千人の従業員がいる上場企業のトップでも、です。「この社長は気が弱いのかな」と、最初は思いました。ですが、一人だけではありませんでした。
模擬会見を終えてから、真剣な表情でトレーナーの講評に耳を傾け、うまく説明できなかった点を振り返りアドバイスを求める。そうした社長の姿に触れたとき、従業員の家族を含めれば1万を超える人の人生を預かる経営トップの責任感が、体の反応を引き起こしていたのだと理解しました。
7.不安を解消するには「経験」すること
経験したことのない事態に人は不安を抱きます。死はその最たるもの。経営を揺るがしかねない不祥事会見は、企業にとって生死を分ける場にもなります。不安を解消するには経験してみることです。メディアトレーニングの効果は、極度の緊張を強いられる記者会見の場で、いかに平常心を保ち、自社の説明を尽くせるか。精神面の訓練であると私は思います。
当社もメディアトレーニングの研修に取り組んでいます。記者会見は自転車と同じ。一度感覚がつかめれば、なんとか前に漕ぎ出せるようになるものです。


